タツマキ「この私こそが、正義よね」サイタマ「はは。完全にヤベー奴だな」 (9)

「ふんっ」
「いや、ふんじゃなくて……」

なんとなく夜寝付けなくて、散歩に出かけようとしたら雨が降っていて、超能力で雨雲を払い除けるとまん丸のお月様がそこに居た。

「お前な、勝手に雨止ませるのはやめとけ」
「なんでよ。雨なんて鬱陶しいだけなんだからいつ止ませようが私の勝手でしょ」
「お前はそれでいいかも知れないけど、雨が好きな奴だって居るかも知れないだろうが」
「うぐっ」

たまたまその現場に居合わせたお月様みたいな頭をしたサイタマの説教に反論するも、正論を返されて、悔し紛れに私は尋ね返した。

「なによ、アンタ雨が好きなわけ?」
「いや、別に。むしろ嫌いだな 」
「じゃあ黙ってなさいよ!?」

つい今しがた納得しかけた自分が許せない。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1637763280

「今夜は満月だったんだな」
「そんなの見ればわかるでしょ」

こんな奴と並んで月を眺めるなんて不愉快で時間の無駄な筈なのに、私はどうしてか飛び去る気になれない。何故だろう。不可解だ。

「お前のおかげだな」
「は?」
「お前が雨雲を吹き飛ばさなかったら俺は今晩満月だって気づけなかったわけだろ」
「そんなこと、どうでもいいでしょ……」

どうでもいいことなのに、何故か嬉しかった。自分の超能力が役に立ったことが誇らしかった。そんな気分になったのはひとえに。

「アンタのおかげよ……」
「は?」
「と、特に意味はないから」

意味なんてない。こんな会話、寝て起きたら忘れる。私はともかく、サイタマはそういう奴だ。私はたぶん、寝る前に思い出すケド。

「帰らないのか?」
「うっさいわね……アンタこそ帰れば?」

しばらく2人でぼけっと月を眺めていたら帰るタイミングを失ってしまった。このまま帰らなければ彼はどうするだろう。家にあげてくれるだろうか。別に、期待してないケド。

「俺はまだ、ひと仕事ある」
「え?」

淡い期待は霧散して世界が壊れる音がした。

「なにアレ、怪人?」
「だろうな」

そいつはまるで月蝕のように月の裏側から現れた。みるみるうちに月面を覆い尽くしていく。あっという間に、月は真っ黒になった。

真っ暗な月が浮かぶ夜空はそこだけが切り取られてぽっかり穴が空いているようだった。

「不気味ね……」
「ああ。だから、ちょっと行ってくる」
「へ? あ、ちょ、ちょっと!?」

ズンッと地面が沈み、次の瞬間、衝撃波と共にサイタマの姿が消えた。彼は行ってくると言った。どこに。まさか。頭上を見上げて息を飲む。真っ暗に汚れた月が、まるで洗剤を垂らしたように白く、綺麗になっていった。

「綺麗……」

アドレナリンが、噴き出してくる。

「なんなのよ、アイツ……」

彼は今、月に居る。そこで怪人と戦っている。1匹や2匹ではないのだろう。数万、数十万の群れに1人で挑み、蹴散らしているのだ。

「どっちが怪人よ……」

最近、よく思う。S級ランキング2位になってから私はほとんど、敵無しだった。無敵の期間が長くなるにつれて、倒した怪人よりも自分のほうが怪物であると思い知らされて、ヒーローとしての在り方を見失いそうになる。

「でも……私には、フブキが居る」

そんな私を繋ぎ留めているのは最愛の妹であるフブキだった。彼女こそ、私が戦う理由。
私の存在価値。私の存在理由。それなのに。

「アンタは、どうしてそこまで……」

明らかに私よりも強いアンタは、どうして戦うの? 何を理由に、何を根拠に。どうやって、怪人にならずに済んでいるのだろうか。

「教えてよ……サイタマ」
「ん? 呼んだか?」
「ふあっ!?」

ズドンッと地鳴りを響かせ、彼は帰還した。

「い、いきなり居なくなんないでよ!?」
「悪い。手遅れになりそうだったからさ」

手遅れってなによ。怖いこと言わないでよ。

「どんな怪人だったの……?」
「見た目はウサギみたいな奴だったな。どうやら月の地下で繁殖してたみたいで、餌を求めて地球に降りて人間を食い散らかすつもりだったらしい。間一髪で気づけて良かった」

ウサギって。確かに雑食だけど、恐ろしい。

「お前が雨雲を晴らしたから気づけた」
「わ、私は、別に何も……」
「だからお前は怪人じゃない」

見透かしたようなことを。だけど、嬉しい。

タイトル見てお前だろうと思ったが文体でお前だなと理解した

「アンタは何のために戦うの……?」
「理由なんて考えたことねーな」

漂白された月をまた眺めながら彼はふと思いついたようにこちらに顔を向けて、訊ねた。

「月は黒いより白いほうが好きだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「なら、それが俺の戦う理由だ」

まるで、私だけのヒーローみたいで素敵だ。

「ねえ、サイタマ」
「なんだ?」
「たとえば、今回みたいに沢山の怪人が現れて、その中には怪人に感化されて同調してしまった一般人が居て、このままだと世界全てが悪に染まってしまいそうになったら、アンタはどうする? 世の中全てを敵に回す?」

私がいくら考えても結論を出せない問題をぶつけると、サイタマはマントを靡かせて。

「正しさなんて多数決では決まらないだろ」

何も考えてないような顔をして、断言する。

「納得出来ないなら、とことん戦うだけだ」

彼が納得することが正しさ。しっくりきた。

「そうよね……私ったらバカみたい」

力に溺れて驕っていたのだろう。改めよう。

「この私こそが、正義よね」
「はは。完全にヤベー奴だな」
「アンタにだけは言われたくないわよ」

ヘラヘラ笑うサイタマににっこり微笑むと、悩みは消えた。だから私は彼に教えてやる。

「お礼と言ってはなんだけど……」
「なんだジュースでも驕ってくれんのか?」
「違うわよ。アンタ、漏らしてるわよ」
「は?」

彼のズボンに広がる染みには理由があった。

「真空中では穴という穴から漏れ出すのよ」

ウンパーンチ!

「フハッ!」

まったく。こんなヒーローに恋するなんて。

「ふんっ。糞の責任、取りなさいよね」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

せいぜい嗤うがいいわ。気が済むまで哄笑して冷静さを取り戻したその時、償って貰う。
ハネムーンはそうね。やっぱり月面かしら。

「フブキへ。お姉ちゃん婚約しましたっと」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

ひとまずフブキに婚約したってLINEしとこ。


【ウンパンマン 8撃目】


FIN

>>6
毎度お付き合い頂きありがとうございます
ギリギリ限界まで我慢していたのですが、悠木碧さんの声がタツマキにとてもよくお似合いで、どうしても鍛えた技を注ぎ込んで書きたい衝動を堪え切れませんでした
ふんっとか、ぷんっとか、ほんと最高です

最後までお読みくださりありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom