もしも涼宮ハルヒと長門有希のパンツが足元に落ちていたら迷わず長門のパンツを拾うことは言うまでもなく、ましてやそこに朝比奈さんのパンツまでもが加わるのならばヘッドスライディングを辞さず朝比奈さんのパンツに飛びつくに違いないことはわざわざ説明する必要が見当たらない必然であるのだが、では口頭で「パンツください」と誰に言えるかと言うとそれはハルヒ以外の選択肢がないことも、悲しい哉、また事実である。
「は?」
「いや、だからパンツを……」
「無理」
とはいえ、その願望を口にしたとしても理想通りに事が運ばないのが現実というもので、にべもなくハルヒに却下されるのもまた必然であると言えよう。ちぇっ。ケチ臭い奴め。
「……明日」
「ん? なにか言ったか?」
「明日まで待って」
しかしながら事実は小説よりも奇であるとはよく言ったもので俺は首尾良く涼宮ハルヒのパンツを譲渡して頂く確約を得たのだった。
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「ハルヒ。例の件だが……」
「わかってるわよ。急かさないでよ」
翌日。と言っても、正直昨晩は一睡も出来ていないので体感的には翌日という気はまったくしないのだが、この地球上で文化的な日常を送るためには本初子午線、或いは日付変更線に従わざるを得ず、理屈の上では翌日と定義される記念すべきはその日に登校してすぐ、約束のブツを受け取るべく俺は催促した。
「さっさとよこせ」
「口の利き方には気をつけなさい」
こいつ。約束を反故するつもりか。ならば。
「ああ、神よ。涼宮ハルヒ大統領閣下。どうかこの憐れな子羊に慈悲を恵んでください」
「ふんっ。最初からそうやって平身低頭で頼みなさいよ。ありがたく受け取りなさい」
「ははぁーっ!」
深々と頭を下げつつ手を出すと、そこにパンツと思しき布切れが置かれた。俺はキレた。
「ちょっと待て! なんだ、これは!?」
「なんだって、私のパンツだけど?」
「誰が洗濯したパンツを持って来いって言ったんだよ! 冷えきってんじゃねぇか!!」
冷えたパンツを床に叩きつけながら怒鳴る。
この時俺は、涼宮ハルヒからどのような罵倒が返ってくるかを想定しつつ即座に反論出来るように身構えていた。どのような正論にも屈しない覚悟を抱いていた。しかしながら。
「1番のお気に入りだったのに……ぐすっ」
「涙……?」
「もう知らない! あんたの顔なんか見たくない!! 出てけ、バカキョン!!」
こうして俺は教室から追い出されましたとさ。
「なんだってんだ、ハルヒのやつ……」
めでたしめでたしとは当然いかず、俺はついさっき歩いて来た道をとぼとぼ歩いていた。
涼宮ハルヒの泣き顔なんて初めて目撃したこともあり、正直言ってかなり動揺していた俺は命じられるがまま早退した。早退の理由としてペストやら赤痢やら腸チフスだの口にした覚えはあるのだが涼宮ハルヒの泣き顔が強烈に印象に残っているせいで定かではない。
「俺が悪かったのか……?」
思わず自問してしまう。何が悪かったのか。
たしかにパンツを貰った立場からすれば、あの態度は良くなかったかも知れないが、俺は血の通った人間であり、感情のないロボットではないのだ。故に、当然の反応だと思う。
「俺は、ただ……」
俺は何を求めていたか。考えるまでもない。
俺は涼宮ハルヒの温もりが欲しかったのだ。
それなのにあんな冷えきったパンツを寄越されて、だから、ついカッとなってしまった。
「ああ、そうか……」
俺は自分が思っているよりも期待していた。
「やれやれ。久しぶりに再会した友人がまるでこの世の終わりを目撃したかのような顔をしている場面に出くわすなんて、僕もついてないな」
振り返るとそいつは居た。佐々木が、居た。
「佐々木……? なんで、お前が……?」
「何故という質問に対して僕が用意出来る回答はただひとつ。なんとなく、さ。なんとなく今日は電車に乗りたくなかったし、なんとなく北高方面に足を向けた。その理由はすなわち、なんとなくキミの顔を見たくなったからという結論に至る訳だ。困ったことにね」
恐らく幽霊でも見るような目をしている俺に対して、佐々木は記憶の中の佐々木のまま、小難しい物言いでこの場に自分が存在する理由を説明し、そしてくつくつと喉を鳴らす。
シニカルに、口の端を曲げて、肩を揺らす。
それこそが佐々木の独特な笑い方であり、それこそが目の前の少女が佐々木であるという存在証明であるとも言え、肩の力が抜けた。
「よう……久しぶりだな、佐々木」
「久しぶりだね、キョン」
改めて現実世界の出来事であると認識した俺が挨拶をすると、中学卒業以来会っていなかった佐々木はまるで昨日ぶりかのような気軽さで挨拶を返してきた。懐かしさすらない。
「せっかくだし、どっかで何か食べるか?」
「そうだね。キミが何故、この世の終わりみたいな顔をしていたのかについて興味があるし、僕に話を聞いて欲しいようだから会食することはやぶさかではない。困っている友人を見過ごせるほど、僕は冷たくないからね」
というわけでお言葉に甘えて、近場の茶店で軽食を食べることにした。いや、佐々木が言う通り、俺は今朝の話を聞いて欲しかった。
「なるほど。話はだいたいわかった」
「わかってくれたか」
流石は佐々木。物分かりが良いと思いきや。
「しかしながら、僕にも理解しかねる部分はある。キョン、キミの対応についてだよ」
「俺の対応に不備はなかった筈だが……」
「大有りだよ。百歩譲ってキミの主張を認めたとしても、あまりに配慮が足りていない」
はて、配慮とは。それは食えるのだろうか。
「相変わらず食えない男だね、キミは」
「お前にだけは言われたくない」
やれやれと呆れた様子の佐々木の方が食えない女であり、それでいて噛み砕いて説明してくれる良い奴だから余程タチが悪いだろう。
「まずはキョン。キミの主張はそれとして、涼宮さんの主張を考えてみたまえ」
「ハルヒの主張?」
そんなもん、ただの嫌がらせ以外あるまい。
「キョン、冷静になりたまえ。キミは主観的に物事を捉えているから涼宮さんの行動に対して憤りを抱いている。客観的に見たまえ」
客観的に見ればパンツを渡す前に洗濯することはたしかに常識的に思えるから不思議だ。
「そう。涼宮さんは珍しく、キミに対して常識的な振る舞いをした。それは何故かな?」
「だから、ただの嫌がらせだろう?」
「だから、主観的に物事を考えるのはやめたまえよ。もしかしなくてもわざとやっていることはわかっている。素直になりたまえよ」
わかってるよ。ハルヒの気遣いってことは。
「そう。彼女はキミに配慮して洗濯した下着を贈った。それなのにキミは配慮を欠いた」
そう言われると、まるでこちらが一方的に悪いと責められている気分になる。違うんだ。
「もちろん、僕はキミの友人だから肩を持ってあげたいとは思う。でも今回に限ってはそれがキミのためになるとは思わない。甘やかすことで、友人が成長する機会を奪いたくはないからね。だからキョン、勇気を振り絞って自分の気持ちを自分の言葉で伝えたまえ」
勇気。勇気か。やれやれ。青春ってやつか。
「俺は……」
「おっと。どうやら僕の出番はここまでのようだ。申し訳ないが、失礼させてもらうよ」
「……そうかい」
話は終わったとばかりに席を立った佐々木に対してひとこと言いたい気分ではあったが、それよりも優先するべきことが俺にはある。
「今日は俺が奢るからな」
「やれやれ。男子、三日会わざれば刮目して見よ、か。随分と良い男になったようだね」
「ハルヒのおかげでな」
「……羨ましいね」
勘定書を手に取る俺に皮肉げな笑みを浮かべて喉の奥をくつくつ鳴らしていた佐々木が小さな声で何やら呟いていたが、聞こえないふりをしておく。それが友達ってもんだからな。
「よう、ハルヒ」
「あんた……ずっと待ってたわけ?」
その日の夕方。放課後まで俺は待っていた。
今更どの面下げて教室に戻れば良いのかわからなかったので、校門でハルヒを待った。
「悪かった」
真っ先に謝罪すると、ハルヒは鼻を鳴らし。
「どこがどう悪かったのか言ってみなさい」
「配慮が足りなかった。そこは素直に謝る」
「それで?」
何か言いたいことがあるんでしょ? と促してくれるハルヒは将来良い上司になるだろう。
「その上で、言わせてくれ」
「言ってみなさいよ」
「俺は、お前に気を遣って欲しくなかった」
勇気なんざ必要ない。俺は言うべき事を言った。それくらいの信頼関係はある筈だから。
「私も……悪かったわよ」
「ハルヒ……」
俺は思わず愕然としてしまった。何故なら。
あのハルヒが。涼宮ハルヒが謝罪したのだ。
するとハルヒは何故か赤面して顔を逸らし。
「だって……見られたくなかったんだもん」
「なにを?」
「私の……ウンスジ」
「フハッ!」
申し訳ない。この愉悦だけは、赦してくれ。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「うう~っ……嗤うなぁ! バカキョン!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
嗤う門には、『糞』来たる。
嗤うことは『悪』じゃない。
愉悦は『罪』ではないのだ。
「ふぅ……なあ、ハルヒ」
「……なによ」
「俺はウンスジ付きのほうが好きだぞ」
「……バカじゃないの」
罵倒が心地良い。お前には涙は似合わない。
「せっかくだし、一緒に帰るか」
「ふん……当たり前でしょ」
「手、繋ぐか?」
「バカ。調子に乗んなっての」
そう言いつつも、手を差し出す涼宮ハルヒ。
その主張は客観的に見れば、明らかである。
言い出しっぺの俺が、その手を取るべきだ。
そうだな。勇気を出すならこの辺りだろう。
【涼宮ハルヒの主張】
FIN
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