私「多分いない方がいい先輩」 (60)


オリジナルのSSです

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──

私「私が所属するテニス部には、学校で一番キレイな先輩がいる」

私「先月の大会ではチームの3番手をまかされていた」

私「試合が終わった後はよく髪が濡れている」

私「タオルに手を伸ばすときの火照った横顔は、テレビで見る女優と比べても遜色なく美しかった」

私「天然の茶髪が可愛い」

私「私の憧れの先輩」

私「だけど、多分いない方がいい先輩」


──ショッピングモール──

ガヤガヤ

友達「服と靴は買ったし、次はタオルか」

私「タオルくらい家のを持っていこうよ」

友達「つまんないヤツね。合宿前にタオルを新調しないなんて陰キャよ」

私「どんな判定基準なの」

友達「お気に入りのタオルを買えばそれだけでやる気も出るってものでしょ。あんた好きな色は?」

私「茶色」

友達「うわ、やっぱり陰キャだ」

私「好きな色で人を判断しないで」


友達「この合宿で次の大会のレギュラーが決まるのよ? どうせならもっと気合いの入った色にしなさい。赤とか」

私「レギュラーねぇ」

友達「まるで興味ないみたいな口ぶりね。私より強いくせにムカつくわ」

私「興味がないわけじゃ無いけどさ」

友達「無いけどなんなの?」

私「……なんでもない」

友達「しっかりしなさい。1年でも3番手なら任されるケースはあるんだから」


──家──

母「合宿用にタオルを買ってきた? もったいないなぁ、家にたくさんあるのに」

私「血は争えないか……」

母「?」

私「それより、合宿の同意書にサインはしてくれた?」

母「あ、うん。ここにあるよ」

私「ありがと。あとは私が名前書いて終わりと」

カリカリ…


母「……あんたって、それなりに強いの?」

私「んー? なんの話?」

母「部活よ。高1で身長165センチもあるだからそれなりに活躍してるんでしょ」

私「……まぁ強い方だとは思うけど、身長が全てじゃないしさ」

母「あんたより背の高い子そうはいないでしょ」

私「いるよ。部活の中に1人」

母「誰?」

私「美人の先輩」


──回想──

私『……』

先輩『あなた、名前は?』

私『え?』

先輩『こんなところでなにしてるの?』

私『校庭を見ています』

先輩『それは見ればわかるわよ』クス

私『……入る部活について考えているんです』

先輩『そっか。でもこんな場所で見学していたら、熱中症や日焼けが怖いわよ』

私『いいんです。別に気にしませんから』


先輩『あなたは背が高そうだから、運動部に入ったらきっと活躍できるわね』

私『……』

先輩『って、言われるのって、めちゃくちゃウザいよね』

私『えっ?』

先輩『私もしょっちゅう言われてきたからわかるんだ。身長や容姿は私の一部でしかないのにね』

私『……』

先輩『活躍できるかどうかで部活を決めようとしているのなら、それはオススメしないわ』

先輩『それはあなたの一部を全部にしてしまう選択よ』

私(西日が先輩の端正な顔に濃いコントラストをつけていた)

私(私はこの時の光景を、きっと一生忘れない)


ピピピピ

私「……」カチッ

私「またあの時の夢を見ちゃった」

オーイ

私「? 窓の外から声がする」ガララッ

友達「朝のランニング行くぞー!」

私「……断る!」

友達「断るのを断る! 私より強いくせにサボるな無気力JKコラ!」

私「む、無気力JK……」


タッタッタッ

私「もしかして毎日走ってるの?」

友達「当然でしょ。私の朝は2キロメートルのランニングと1リッターの牛乳で始まるの」

私「ストイックだねぇ」

友達「誰かさんに勝てないのが悔しくてね!」グイッ

私「うわっ……やったな!」

キャイキャイ アハハ…


──土手──

友達「しっ。あれを見て」

私「?」

部長「ほっ、ほっ……」

友達「部長だよ。ほらあの筋トレしてる人」

私「あぁ、本当だ」

友達「かっこいいわ、誰もいないところであんな努力をしているなんて。さすが私の憧れの人ね!」

私「そうだね。偉いなぁ」


友達「あんたは誰か尊敬してる先輩とかいないの?」

私「尊敬してる人? そうだなぁ……」

友達「まさかあの、顔だけが取り柄の先輩なんて言わないわよね」

私「えっ?」

友達「今3番手の先輩よ。美人だからって実力以上にちやほやされてる人。私ああいうタイプが一番嫌い」

私「そ、そんな言い方……」

友達「部活はちょいちょい休むし、化粧は濃いしスカートはミニだし。裏で何やってるかわかったものじゃないわ」

私「……」

友達「合宿では3番手に食い込めるよう頑張りましょう。私はもちろん、あんたも精一杯やるのよ」

私「私は他人の席をわざわざ奪おうとは思わないよ」

友達「はぁ? 部活は競争社会よ、情けなんて無用だわ。あんたの弱点はその甘ったれたメンタルね」


──合宿当日──

顧問「バス来たから順番に乗ってください。席はこのプリントにあるよう座ること」

ハーイ

私「私はの席は……あっ」

スッ

先輩「私たち、隣同士見たいね」

私「せ、先輩。はい、よろしくお願いします」

先輩「私トランプ持ってきたの。バスの中で一緒に遊びましょう」

私「はい。ぜひ……」ドキドキ


グイッ

友達「ちょっとあんた。こっちきなさい」

私「? 何か用?」

──

友達「あの先輩と隣の席になったみたいだけど、浮かれてる場合じゃないわよ。懐柔なんて絶対にされちゃダメだからね」

私「カイジュウってどういう意味?」

友達「手懐けられるって意味よ。それがあの先輩のやり方なの、仲良くなって試合で戦い辛くするっていう」

私「先輩はそんな人じゃないよ」

友達「知ったようなこと言うじゃない。でもそういう噂が流れているというのも事実よ。せいぜい気をつけることね」


ブロロロロロ…

先輩「こうして2人で話すの、いつぐらいぶりかしら」

私「多分、初めて校庭で会って以来です。部活では挨拶だけで、会話することはなかったから」

先輩「……テニス部に入ったのね」

私「え?」

先輩「『活躍できるかどうかで部活を決めるべきじゃない』。うちへの入部は、私の言葉を考えてくれてのことなのかしら」

私「あ、はい。そうです」

先輩「……ふふ、嬉しいわ。ありがとう」

私「いえそんな。私こそありがとうございます」


先輩「でも、そういう意味では入る部活を間違えてしまったかもしれないわね。現部長の方針はバリバリの体育会系だから」

私「……昔は違ったみたいな言い方ですね」

先輩「ええ。私が入った頃は、ゆるりとした良い部活だったわ」

先輩「よくあることなのよ。最初は勝っても負けても楽しいのが、そのうち勝つことしか楽しくなくなる」

先輩「古くなると人は真面目になるの。真面目になってつまらなくなるのよ」

私「……」

先輩「ごめん、暗い話をしちゃったね。さあトランプやりましょう。私トランプ大好き」


シャッ シャッ

先輩「見てこのシャッフル、見事なもんでしょ。私バイトの履歴書の特技欄にはいつもヒンズーシャッフルって書くのよ」

私「はは……」

先輩「戦争は知ってる? スコパは?」

私「あ、一応どっちもできます」

先輩「そう。じゃあ順番にやりましょう」

スッ… ペラ…

先輩「どっちから配る?」

私「じゃあ、私から……」


ドサッ!

私「!!」

友達「……テニスの雑誌。今週号」

私「は……? ちょ、ちょっと。トランプの最中に持ってこなくても」

友達「特集のページ見ときなさい。あんたの苦手なサーブが載ってるわ」

先輩「……」

友達「失礼します」ペコ

スタスタ

私「す、すみません。あいつ朝から機嫌悪くて」

先輩「いいのよ。落ちたトランプを拾いましょ」


私「本当にすみません。後でキツく言っておきます」

先輩「……彼女とは仲がいいの?」

私「え?」

先輩「今の雑誌の子。部活でもよく一緒にいるわよね」

私「……はい。親友です」

先輩「そう。私は本当に気にしてないから、これを理由にケンカなんかしないでね」

私「? ありがとうございます。でも注意はします」

先輩「友達を大事にね」

私(先輩の遠い目は誰かのことを思い出しているようだった)


──旅館──

友達「……1回よ。それで終わりだからね」

私「うん」

ベシ ベシッ

友達「痛った! あ、あんた約束が違うじゃない!」

私「私と先輩で1回ずつだよ」

部長「そこ、遊んでないで。先生の話始まるよ!」

友達「あっ、すみません!」


顧問「私たちはこれから、この旅館で3泊4日の合宿を行います」

顧問「基本的に旅館側のコートで練習をすることになりますが、3日目だけは近場のトレーニングジムを使うことを許可します」

顧問「最終日には1対1の練習試合を行い、その結果を参考に次の大会のレギュラーを決めるので、みんな真剣に合宿に臨むように」

顧問「今日はもう遅いですから、各自部屋に行ってください。就寝時間はプリントにある通りです」

顧問「では解散」

──

友達「荷物運んだら早めに温泉いかない? 夕食後だと混みそうだから」

私「いいね。そうしよう」


──温泉──

カポーン

私「あー、いいお湯」

友達「……」

私「どしたの、急に黙っちゃって」

友達「……本当に悪かったわよ。あんたと先輩の仲を邪魔しちゃってさ」

私「あぁ……」

友達「……」

私「あのさ、純粋に疑問なんだけど、どうして先輩にそんな敵対心を抱いてるの? あんまり接点ないよね?」


友達「……いい噂を聞かないからよ」

私「噂? 朝も何か言ってたよね、懐柔がどうのって」

友達「それだけじゃないの。放課後はいつも夜遊びに出ているって話も耳にしたことがあるわ」

私「よ、夜遊び?」

友達「あんたはあの先輩によく似ている。背の高いところも、顔が良いところも、テニスの才能があるところも」

友達「だからこそ先輩のような道に進んじゃダメなのよ。あんたは1年の期待の星で……私のライバルなんだから」

私「……」


バシャッ

私「わっ。急に何?」

友達「うっさい! 合宿初日にこんな話させんな無神経JKコラ!」

私「む、無神経JK? 私のせいなの? ちょ、わかったから、水かけるのやめてっ」

友達「うっさいうっさい! 今の私の言葉全部忘れろ~!」バシャッ

ヤメテヨ! ウルサーイ!

──

友達「消灯時間になったから電気消すわよ。寝坊しないようにねっ」

私「う、うん。おやすみ」


カチッ…

私(目を瞑るといつものように、あの日の光景がまぶたの裏に映る)

私(校庭で強い日差しの下、先輩が端正な顔で微笑む)

私(だけど……)

 友達『放課後はいつも夜遊びに出ているって話も耳にしたことがあるわ』

私(……友達の言っていたことは本当なのだろうか)

私(本当だとしたら、それはとても傷つくし嫌なことだ)

私(だって先輩は、私にとって──)


──翌日・コート──

私「次の練習はラリーか。誰か空いてる人は……」

部長「練習相手を探しているみたいだね」

私「あ、部長」

部長「よかったら私と組まないか」

私「え? そんな、私と部長じゃ釣り合いませんよ」

部長「謙遜することはない。君の実力はすでに上級生レベルだ。あっちのコートで一緒に打とう」


パコン パコン

部長「部活にはもう慣れたか?」

私「えっ? はい、慣れました」

部長「それは良かった。うちの部は他と比べて練習がハードだから、嫌になってなければ良いんだけど」

私「嫌じゃないですよ。楽しいです」

部長「あはは、それは何よりだ。これからの活躍を期待しているぞ」

私「あ、はい」


パコン パコン…

部長「……昨日のバスはどうだった。隣にえらい美人が座っていただろう」

私「あー……はい。久しぶりに話せて楽しかったです」

部長「前にも話したことががあったのか。それは知らなかった」

私「ええまぁ。素直でお茶目な人ですよね。テニスも強くて今も3番手ですし」

部長「うむ。あいつの才能は誰もが認めるところだ。私も同じ部員として、友達として頼もしく思っている」

部長「だからこそ残念だ。あれほどの才能を持ちながら、援交の仲介なんかに手を出しているなんて」

私「──え?」

ガシャン コロコロ…

私「はぁ……はぁ……」

部長「……少し休憩しようか」


ゴクゴク…

部長「大したものだよ。これでもラリーは得意でね、私についてこれた1年は君が初めてだ」

私「……さっきの話、本当なんですか?」

部長「ああ。残念ながら本当だよ」

私「先輩が援交の仲介? 信じられません。何かの間違いだと思います」

部長「そう思いたくなる気持ちもわかる。だけど多くの人が目撃し、証言をしているんだ」

部長「前々から悪い噂は流れていたんだ……悪の道へ行くことを止められなかったことを、友達として悔しく思う」

私「……」


部長「君は優しいね。他人のためにそんな顔ができるなんて」

私「……優しいわけではありません」

部長「? ……でもだからこそ、その優しさにつけこまれないよう気をつけてくれ」

部長「一緒に遊ぼうと誘い、遊び先で乱暴されたという噂も流れている」

部長「後輩に手を出すほど堕ちてはないと思うが、彼女からの誘いは必ず断るように。いいね?」

──昼──

友達「旅館のお弁当おいしいわね。腕がいいわ」モグモグ

私「うん」

友達「私おやつにバナナ買ってきたの。分けてあげるから一緒に食べましょう」

私「いらない」


友達「何よ元気ないわね。まだ午前よ、シャキっとしなさい」

私「……」ボーッ

友達「……?」

スッ

先輩「お邪魔してもいいかしら」

友達「わっ!?」

私「!!」

先輩「ベンチどこも空いてなくて。ここで一緒に食べてもいい?」

私「あ、はい。どうぞ!」ササッ

友達「何で急に元気になってんのよ。むかつくやつね……」


先輩「ラリーはみんなどこでやってたの?」

私「私はAコートです」

友達「……Dです」

先輩「そう。みんな別々の場所でやってたのね。どうりで顔を合わせないわけだわ」

友達「……。私、トイレ行ってきます」

タタタ

先輩「あら。行っちゃったわね」

私「き、気にしないでください。あいつ頻尿なんですよ、頻尿」

先輩「……Aコートということは、部長と打ってたのね」

私「え? あ、はい」


先輩「すごいわね。1番手の部長と打てるってことは、かなり実力がついてきたってことじゃない」

私「そんなことないですよ。息上がっちゃいましたし、ラリーでやられちゃいましたし……」

 部長『あれほどの才能を持ちながら、援交の仲介なんかに手を出しているなんて』

私「……」

先輩「ん? 私の顔に何かついてる?」

私「い、いえ。なんでもないです」

先輩「そう。それで、今日ここにきたのはあなたに用があったからなの」

私「私に? 何でしょうか?」

先輩「明日の練習、一緒にズル休みしない?」


私「え……」

先輩「先生が言っていたように、明日は近くのジムで練習して良いことになってるわ。ジムに行ったことにして、2人で遊ばない?」ニコ

私「……」ポカーン

先輩「……ごめんね。急に驚くわよね。先輩が後輩をたぶらかすみたいなことを言って」

先輩「だけど、昨日話してみて改めて思ったのよ。あなたと私はとてもよく似ているって」

先輩「私はあなたと友達になりたいの。自分でも不思議なくらいあなたに興味を惹かれてる」

私「あ、あの……」

先輩「ふふ。答えは明日でいいわ。集合場所を書いた紙を渡しておくわね。来ないようなら1人で遊ぶことにするから」ペラ


──夜──

友達「電気消すわよー」

パチッ

私(目を瞑って考える。部活のこと、先輩のこと)

私(噂の真偽はわからない。けれど私の友達は嘘をつくようなやつじゃない)

私(それ以前に、レギュラーを決める大切な合宿をずる休みするなんて、やっちゃいけないことだと思う)

私(でも、私がこの部活に入ったのは──)

 先輩『活躍できるかどうかで部活を決めようとしているのなら、それはオススメしないわ』

 先輩『それはあなたの一部を全部にしてしまう選択よ』

私「……」


──翌日──

先輩(……来ない、か。まぁ当たり前だよね)

先輩(もしかしたら私の噂話がもう耳に入っているかもしれないし、そもそもこんな誘いに乗らないのが人として普通の判断よ)

タタタッ

先輩「え?」

私「ごめんなさい。道に迷って遅れちゃいました」ハァハァ

先輩「……来てくれたんだ」

私「ええ。正直悩みましたが、私も先輩と色々お話ししたかったので」


──ゲームセンター──

ピコピコ

私「先輩上手ですねぇ」

先輩「これでも手先は器用な方なの。あとはまぁ、単純に慣れね」

私「もう最終ステージですよ」

先輩「ええ。百円で遊べるところまで遊びましょう」クス

私「……」

先輩「……怖くなかったの?」

私「ん?」

先輩「私が言えることじゃないけど、これは明確なサボり行為だわ」

先輩「今日遊んだからって強さがどうこうなるわけじゃないけど、バレたら最悪部活を辞めさせられるかも知れない」


先輩「それに私には……」

私「?」

先輩「……とにかく、今ならまだそんなに時間も経ってないから引き返せるわ。これが最後の忠告よ」

私「忠告って……不思議なこと言うんですね。サボりに誘ったのは先輩なのに」

先輩「ほら、自分は勉強しなかったくせに子供に勉強しろっていう親いるじゃない。あれと同じよ」

私「先輩子供がいるんですか?」

先輩「いるわけないじゃない」

私「ふふ、面白いですね先輩って」クスクス

先輩「あ、あのねぇ。これでも私は本気で心配して言ってるんだけど」


私「……先輩。私は別にそうなったらなったでもいいんです」

先輩「え……?」

私「あの時、日暮れの校庭で先輩に話しかけてもらって」

私「一部を全部にしなくても良いって言ってくれた、あの言葉」

私「私はあの言葉に救われたんですよ」

先輩「……」

私「何事にも一生懸命にならなくちゃいけない」

私「才能があるならそれを精一杯活かさなくちゃいけない」

私「そういう常識に縛られていた自分を、先輩が解放してくれたんです」

私「『あぁ、そう思っても良いんだ』って……心の底にあった言葉を先輩が言い当ててくれて、本当に気持ちが楽になったんです」


先輩「……」

私「だからもし先輩が悪い人で、仮に私を騙していたんだとしても、それでも後悔はありません」

私「だって先輩は私が出会った、初めての似たもの同士なんですから」

先輩「……」

バキューン

私「あ、ゲームオーバー」

先輩「……。ちょっと驚いちゃった」

私「え?」

先輩「シンパシーを感じていたのは、私だけじゃなかったのね」


先輩「あなたとこうして話せただけでも、最後に合宿に参加したかいがあったわ」

私「最後?」

先輩「本当はね、合宿前に部活を辞めるつもりだったの。さっきの口ぶりからしてもう知ってるんでしょ、私の噂話のこと」

私「……」

先輩「この合宿を通じて私の噂はさらに広がっているみたい」

先輩「……でも信じてほしい。私は援交も援交の仲介もやっていないわ。あれは根も葉もない嘘なの」

私(先輩の目は涙で潤んでいた)

私(それは、どこか超然的な雰囲気をもつ先輩が見せる、初めての年相応の表情だった)


──翌日──

顧問「今日は予告通り1対1の練習試合を行います。結果を参考に次の大会のレギュラーを決めますのでそのつもりで挑んでください」

顧問「ルールは勝ち抜きで行います。勝ったものは次の対戦相手を指名できることとします。なお、指名は自分より番手が上の人のみとしてください」

顧問「なお、体調不良で欠席が1名いるので、試合の順番は若干変化する場合があります」

私(その体調不良者とは先輩のことだった)

友達「ねぇ、昨日一緒に筋トレしてたんでしょう。何かあったの?」

私「……わからない。熱が出ちゃったのかも」

友達「ふーん?」

部長「……」


私(かくして勝ち抜き戦が始まった)

私(何勝できるかが鍵となるため、みんな実力の近い番手を指名していった)

私(友達が3連勝し、次の対戦相手に私を指名した)

──

ゲームセット!

私「はぁ、はぁ」

友達「……負けた」

私「お疲れ。握手しよっか」

友達「ふん、生意気ね。でも……良い試合だった」

ガシッ

友達「先輩がいないからこれであんたの3番手はほぼ決定ね。何だか締まらない決着だけど、おめでとう」

私「……うん。ありがとう」


パチパチパチ…

部長「良い試合だったよ。掛け値なしに」

私「部長……ありがとうございます」

部長「うん。少し裏で話せるかい? 部長として伝えておきたいこともあるからね」

私「はぁ、わかりました」

──

部長「まずはおめでとう。1年という縛りがある中でレギュラーに選ばれたこと、とても頼もしく思うよ」

私「ありがとうございます」

部長「良い試合だった。……まぁでも実を言うと、私としてはあの背の低いお友達の方に勝って欲しかったんだけどね」

私「え?」

部長「私が気付いてないと思ったかい?」

部長「昨日、サボっただろ」


私「……」ドキ

部長「全く、才能があるやつはこれだから困る。能力にあぐらをかいてすぐに手を抜く」

部長「サボるという行為が努力をしている人間の神経をどれだけ逆撫でするのか、根本的に理解が及ばないんだ」

部長「お前たちみたいな人生イージーモードのやつには、私たちの気持ちなんて一生理解できないんだよ」

部長「ムカつく、ムカつく、ムカつく……」ブツブツ

私「……言い訳するつもりはありません。どうぞ顧問に好きに報告してください」

部長「ふふ。別に今すぐどうこうするつもりはないよ。私はこれでも後輩には甘いんだ」

部長「それに勝利は勝利だからね。どれ、ご褒美に1つ良いことを教えてあげよう。耳を貸して」スッ

私「……」


部長「今日休んだあのバカの、嘘の噂話を流したのはこの私だ」ボソ

ピーッ

部長「ホイッスルの音……さて、お呼ばれしていることだし今日はこの辺にしておこう」

部長「でも覚えておいてよ。私の目の黒い内はもう2度とサボりなんてできないようにしごいて──」

私「部長」

部長「?」

私「今日の試合に勝利した人は、負けるまで次の対戦相手を選べるルールですよね」

部長「ん? けれど、君の3番手はもう確定したも同然だよ。そして1年は2番手以上になれない」

私「知っています。その上で勝負したい人がいます」

部長「……それは誰?」

私「部長。あんただ」


──

私(その試合のことを私はよく覚えていない)

私(とにかく一心不乱にラケットを振って、気づいた時には試合に勝っていた)

私(息を切らして跪く部長がどんな表情を浮かべていたのか、私たちの試合を見つめるギャラリーがどんな顔をしていたのか)

私(それは思い出せないし、思い出したくもない)

私(合宿後、私はテニス部を辞めた)

私(親も友達も、それを引き止めはしなかった)


──後日・ショッピングモール──

友達「……久しぶり」

私「うん。久しぶり」

友達「部長のことは全部聞いた。最低ねあの人。あんたが辞めた次の日に、部長も部活を辞めたわ」

友達「ちなみに件の美人の先輩も辞めた。これは、あんたの方がよく知っていることだろうけど」

私「……ごめん」

友達「なんであんたが謝るの」

私「変だよね。でも……ごめん」

友達「……」


友達「あんたがあの先輩に似ているように、私は部長に似ているのかもね」

私「え?」

友達「嘘の噂話を流したことは最低だって頭では分かっていても、その気持ちは、痛いほど分かってしまうもの」

私「……」

スッ

友達「選別よ。これあげる」

私「これって……赤いタオル?」

友達「ええ。やっぱり私の思った通り、あんたには赤色がよく似合う」

友達「結局私はあんたに一度も勝てなかった。……タオルのセンス以外はね」

私「……ありがとう」

友達「同じ部活ではなくなったけど、私たちは友達。そうでしょ?」

私「……うん」


──トランプ同好会──

ガチャ

私「おはようございます」

先輩「あ、おはよう」

私「何描いてるんですか?」

先輩「入会希望者を募るチラシ。3人集まらないと部活にならないからねぇ」

私「うわぁ。先輩器用なくせに絵心はないんですね」

先輩「うるさい」

アハハ…


先輩「……。あなた、なんだか今日は晴れやかな顔をしているわね」

私「え、そうですか?」

先輩「久しぶりにあのお友達と遊んだんだっけ? その様子だと、喧嘩別れとかはしていないみたいで安心した」

私「はい。この先もずっと親友です」

先輩「……よかったわ。本当に」

スッ

先輩「バスの中で『友達を大事にね』なんて、偉そうに忠告したのを覚えてる?」

私「え? あ、はい」

先輩「私と部長もね。かつては友達、いや親友だったのよ。ちょうど、あなたたちのような」

私「……」


先輩「初めは何をするのも楽しかった」

先輩「適当にラリーして、サーブして、ゲームして。テニスを楽しむこと自体が目的だった」

先輩「だけど、お互い同じように遊んでいても、実力差が開くようになってしまったの」

先輩「部長はそれをコンプレックスに感じ、目的や練習スケジュールを合理的に組むようになっていった」

先輩「そして次第に強くなること、試合に勝つことばかりに注力するようになってしまったの」

先輩「ある日、私は手を抜いて部長にわざと負けたわ。親友である彼女の苦しむ姿を見たくなかったから」

先輩「でもそれが決定的となって、私と部長の仲は壊れてしまった」

私「……」


先輩「……暗い話をしたわね。さ、続きを作りましょう」

カリカリ

私(私と先輩は似たもの同士だ)

私(容姿や性格もそうだし、もっと根本的な価値観が似通っている)

私(私たちはきっと真面目な人間ではないし、組織にとってはいない方がいい人間だった)

私(それを自覚しながらも、私たちは私たちらしくしか生きられない)

私(なぜなら似たもの同士の本音以上に、心に響く言葉はないのだから)


──

私(出会わなければよかった)

私(なんて、口に出さなくてもお互いに分かっている)



おわり


お疲れさまでした

見てくださった方、ありがとうございました


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このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 02:29:13   ID: S:dwHemY

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