私立天下統一カスカベ学園。
通称『天カス学園』に1週間体験入学した僕たちカスカベ防衛隊は、紆余曲折あって全員がスーパーエリートとなり、共に力を合わせて世界を救うことを決意した。
みんなを誘い、そして変えたのはこの僕だ。
僕はただずっとみんなと一緒に居たかった。
だからみんなをスーパーエリートに変えた。
しんのすけは、カスカベ防衛隊の総隊長。
ネネちゃんは、カスカベ防衛隊の中隊長。
ボーちゃんも、カスカベ防衛隊の中隊長。
マサオくんも、カスカベ防衛隊の中隊長。
そしてこの僕、風間トオルがカスカベ防衛隊の大隊長を務めている。
もともと春日部の愛と平和を守るのがモットーであったカスカベ防衛隊の現在の理念は、この世界の平和を守り、そして救済すること。
昔、しんのすけが想像した『ぶりぶりざえもん』というキャラクターは救いのヒーローであった。
正義の味方ではなく、救いのヒーロー。
そこには絶対的な大きな隔たりがある。
「風間大隊長、ご決断を」
「ぼ」
「僕たち、なんでもやるよ!」
ネネちゃんから作戦開始の号令を促され、ボーちゃんとマサオくんも後押しする。
しかし本当にいいのか。総隊長に確認する。
「しんのすけ、本当にいいんだな?」
「ああ」
総隊長野原しんのすけは深く頷き肯定した。
「僕たちは世界を救うんだ、風間」
しんのすけはもう『オラ』と言わない。
もう、風間くんと呼んでくれない。
僕がしんのすけを変えたから。
今はスーパーエリート野原しんのすけだ。
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「風間、進捗はどうだ?」
「概ね、順調さ」
総隊長に経過報告をしつつ手応えを感じた。
作戦が発動して、大きなニュースとなった。
世界各地に潜伏していた構成員たちが現地の住民をスーパーエリートに変える。
貧しい地域や、紛争の絶えない地域には重点的にスーパーエリートを増やすことにした。
「これで、世界中の人々は豊かになり、不必要で無意味な争いはなくなる筈だ」
優劣をなくすことで格差もなくなり、それは争いの意味を見失うことにつながる。
大抵の人間は、深く考えることで軽挙な行動を慎むようになる。短絡的な思考で考えなしに行動することがなくなれば、きっと。
「風間大隊長!」
「どうしたネネ中隊長。そんな慌てて……」
「紛争が激化しています!」
「なんだって!?」
大型モニターに現地の様子が映し出される。
より強力な、非人道的な兵器を自分たちで開発して、それを敵勢力に使用する人々の姿。
躊躇うことなくそれが『正義』だと信じて。
「風間、僕がいこう」
「総隊長、危険です!」
「部下の失態は、総隊長の責任だ」
しんのすけが動く。思わず生唾を飲んだ。
まるで、こうなることが最初からわかっていたように。僕もまた、わかっていた。
わかっていても、やらなくてはならない。
世界を救うために。総隊長は出撃した。
「ネネちゃん、速やかに現地に居る非戦闘員を至急避難させるんだ!」
「もうやってるけど、現地の人たちは子供に爆弾を持たせるような人たちよ!」
「各中隊長! ひとりでも多くの命を救え!」
「あいよ! しんのすけの旦那が来る前にやれるだけやってやるさ! 行くぜ、ボー!!」
「ボー!!」
慌てて僕は各中隊長に指示を出す。
それと同時に、しんのすけが出撃。
巨大なカンタムロボに搭乗して紛争地帯を制圧する。そしてその地区は地図から消えた。
「ネネちゃん……被害は?」
「甚大すぎて把握するには時間が必要です」
「そうか……」
モニターに映し出されるのは焦土。
カンタムロボは僕が作った兵器だ。
カンタリウム合金製の装甲を開発して、そして戦闘時には無線やレーダーを阻害する粒子を散布。両手の指から放たれる荷電粒子砲はあらゆるものを消滅させる世界最強の決戦兵器。
「マサオくんとボーちゃんは……?」
「2人とも安否不明です」
「僕のせいだ……」
通信を阻害する粒子をばら撒くせいで、友軍との連絡すらままならない。欠陥兵器だ。
しかし、その絶大な力だけは誇示できた。
これからあのロボは全人類から恐れられる。
「僕が、あんなものを作ったから……」
それを操縦した野原しんのすけは、全人類の敵として、その日から扱われることとなる。
「風間、いま戻った」
「しんのすけ!」
しんのすけは疲れた顔をして帰還した。
いろいろ言いたいことを全て飲み込む。
言っても仕方ない。それより仲間のことだ。
「マサオくんとボーちゃんは……?」
「彼らはよくやってくれた」
「しんのすけ……?」
ゾクリと、戦慄する。聞くのが、怖かった。
「彼らのおかげで、被害は最小限に済んだ」
「最、小限……?」
「ああ。彼らの犠牲を無駄にするな、風間」
何を言っている。犠牲とはどういう意味だ。
「あの2人を、助けなかったのか……?」
呆然として訊ねるとしんのすけは首を傾げ。
「僕たちは、助ける側の人間だろう?」
息が詰まる。人間とはなんだ。人間ならば。
「お前なら! 僕が作ったあのロボなら! マサオくんとボーちゃんを助けられた筈だ!!」
「しかし、それは不公平だろう」
「なに、を……?」
「僕たちが血を流さずに、現地の人々にだけ血を流させるのは、些かズルくないか?」
誰だ。お前は。お前はしんのすけじゃない。
「落ち着け風間、冷静になれ」
肩に置かれた手が、気持ち悪い。払いたい。
「今回標的にした地区は宗教上の対立が根深く、数千年も争い続けているような場所だ」
「それが……?」
「そこを平定するのにたった2人だけの犠牲で済んだのは風間、お前のおかげだ」
しんのすけに労われて僕は涙が止まらない。
悲しくて、苦しくて、救いが、欲しかった。
だけどしんのすけはどこまでも残酷だった。
「あのロボを量産しよう」
「し、しんのすけ……?」
「争いが発生した地域、もしくはこれから発生する恐れがある地域に常駐させて抑止力にするんだ。そうだ。こんなのも悪くないな」
しんのすけは名案を閃いたよう目を輝かせ。
「世界各地で対立している勢力それぞれにあのロボを提供しよう。お互いの組織を根絶やしにするまであのロボは止まらない。そうすれば、手間が省ける。そうだろう、風間」
違う別人だ。こんなのしんのすけじゃない。
「しんのすけ……」
「なんだ、風間」
「僕が悪かった」
「お前は何も悪くない」
僕は泣いた。僕はしんのすけに慰められた。
「世界を救うためには犠牲はつきものだ」
「違う……こんなの救いじゃない」
頭ではわかっていた。しかし実行に移すと。
「こんなこと……もうやめよう」
「今更なに言ってんのよ!?」
弱音を口にすると、ネネちゃんに叱られた。
「そもそもあんたが私たちをスーパーエリートにしたんでしょ!?」
「ごめん……ごめん」
「その出来の良い頭で考えなさいよ! この先ずっと争いが絶えない世界と、争いがなくなった世界、どっちが犠牲が少ないのか!!」
しんのすけとネネちゃんは正しい。だけど。
「それでも僕は、友達が大切だから……」
世界がどうなってもいい。友達さえ居れば。
「総隊長、風間大隊長の処分を具申します」
ゴミを見るような目で、ネネちゃんは総隊長であるしんのすけに僕への処分を求めた。
「風間トオルはスーパーエリートの風上にもおけない腑抜けです。大隊長に相応しくありません。総隊長が処分しないなら私が……」
「待て、ネネ」
ウサギのぬいぐるみを振りかぶったネネちゃんをしんのすけが止めた。そして、告げる。
「風間。お前がスーパーエリートの洗脳から解放されていたことはわかっていた」
そう。僕はもうスーパーエリートではない。
スーパーエリートの洗脳は、体験入学最終日のマラソンで解けている。それでも、僕は。
「僕は、友達とずっと一緒に居たくて……」
「それもわかっている」
しんのすけはすごいな。なんでも知ってる。
同じスーパーエリート同士でも、こいつにだけは敵わなかっただろう。いや、勝てない。
「風間、お前は救い待ち望む側の人間だ」
「救いを、待ち望む側……?」
「だから、風間。いや、風間くん」
「しんのすけ……?」
「僕が……オラが風間くんを救ってやるゾ」
「えっ……?」
昔の口調に戻ったしんのすけに唖然としていると、安否不明だった2人が部屋に現れた。
「騙してごめんね、風間くん」
「ぼ」
「ボーちゃん! マサオくん!」
2人は生きていて何故か洗脳が解けていた。
「ど、どういうことですか、総隊長!?」
「ネネちゃんもこの粉を吸うんだゾ」
「ふがっ……ぶぇっくしょい! あれ? ネネ、今まで何をしてたんだっけ……?」
状況が理解出来ないネネちゃんにしんのすけが怪しげな粉を嗅がせると、盛大なくしゃみをして正気を取り戻した。あの粉はまさか。
「それ、僕が作った粒子……?」
レーダーや誘導兵器を無力化するために開発したその粒子はたしかに通信障害など電気的な伝達を阻害する効果があるが、まさか脳内の電気的な神経伝達にまで作用するなんて。
「この不思議な粉のおかげでロボに乗ったオラも現地にいたマサオくんとボーちゃんもみんな正気を取り戻したんだゾ!」
なるほど。しかし、もはや全てが遅かった。
「でも、もう現地の人たちは……」
「あの人たちも洗脳が解けて、自分たちがしようとしていることの重大さがわかったみたいですぐに撤退したから平気だゾ!」
「でも、映像では辺り一面焦土に……」
「それはあんな土地があるからいけないって、オラそう思ったから、だからポチッと……」
宗教上の対立が生じていた聖地を吹き飛ばしたしんのすけは、重大さを理解していない。
それでも、しんのすけらしいと僕は思った。
「お前はそういうやつだったよな……」
いい加減で、不真面目で、無責任で、それでも僕は、そんなしんのすけが正しいと思う。
「僕はまんまと騙されたのか……」
地図から紛争地帯が消えたことには変わりないけれど、ひとまず人的被害はなかった。
そのことに胸を撫で下ろしつつ、僕は問う。
「しんのすけ、僕は間違っていたか……?」
しんのすけは、総隊長のふりをして告げる。
「間違っても止めてやるさ。友達だからな」
友達。仲間。部下でもいい。僕は、お前に。
「しんのすけ、ずっと一緒に居ような……」
「んもぉ~風間くんったら、ほんとうに甘えん坊さんなんだから……お?」
俯いた僕の頭を優しく撫でながら、気づく。
「風間くん、もしかして……?」
「ふんだ……お前が悪いんだぞ」
「なになに、どうしたの?」
「わ! 風間くん、顔色真っ青だよ?」
「ぼ。すごい、あぶら汗」
僕を取り囲む仲間たちも、すぐに気づいた。
「し、仕方ないだろ! あんな怖い思いをしたら誰だって漏らしちゃうに決まってるよ!」
「フハッ!」
しんのすけが嗤う。そして友達が哄笑する。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
嗤われて悔しい。恥ずかしいのに。だけど。
「ありがとう……しんのすけ、みんな」
みんなが元に戻ってくれたことが、嬉しい。
「脱糞くらいでオラたちの友情は揺るがないゾ! ウンカスカベ防衛隊ファイヤー!!」
「ファイヤー!!!!」
僕を救ってくれた仲間たちに心から感謝を。
【ウンスジ! 糞のウンカス学園】
FIN
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