小林「あなたは……誰ですか?」トール「……えっ?」【小林さんちのメイドラゴンSS】 (295)


・「小林さんちのメイドラゴン」の二次創作SSです。原作とアニメ版1期の両方を参考にしていますが、基本的にアニメ版準拠の内容となります。

・独自設定を多少ですが含みますので、ご注意ください。

・VIPで投稿するのは初めてですが、頑張りたいと思います!至らぬ点があれば遠慮なくご指摘ください。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1622983347


【夕方のマンション・小林宅、キッチン】

…………♪ …………♪ …………♪ …………♪

…………♪ …………♪ …………♪ …………♪

トール「……ン♪ ……フン~……♪ ……フフフ~~ン♪」コトコト

トール「フンフンフ~~ン♪ フフフンフ~~ン♪」グツグツ

トール「フンフンフ~ン、混沌・料理のさしすせそ~♪」トントン


トール「最初はサタン~、悪魔の王~♪」ザクザク

トール「しからばシヴァ神、破壊神~♪」ジュウジュウ

トール「砂国の魔獣、スフィンクス~♪」ガリガリ

トール「船舶沈めろ、セイレーン~♪」ドポドポ

トール「そ~してソロモン、魔神~の主♪」パリン!

トール「さあ征くぞ! 邪神よ! 其っの名っを此処に! 食材よ~、悲鳴を上げろ~!」ノリノリ


トール「斬っ裂、圧っ潰、掻っき混っぜろ~♪ 細断、熱板、火っ炙っり刑~♪」グチャグチャ

トール「『邪竜の業火、その身で味わえ……!!』(語り)」シャキーン

トール「地獄の釜に~蓋をして~♪ 気化した涙も逃がさない~♪」ボボボボ

トール「うっらむっならっ弱っい、おっのれっをうっらめ♪」バチバチ

トール「そ~して『悠久の時間(ルビ:しばらく)』待ったなら~♪」パカッ

トール「完成! ハンバーグ~~~!!」ジャジャーーン!!



カンナ「トール様、ごぎげん」ヒョコ

トール「おや、カンナ。どうしました?」

カンナ「とっても、いいにおいする。お腹すいてきた」フンフン

トール「もー、カンナは食いしん坊ですね。でも小林さんが帰ってくるまで、もうちょっとだけ待っててくださいねー」ナデナデ


カンナ「今日は、ハンバーグ? おいしそう」ジュルル

トール「いいえ、これは今日の夕食のほんの一品に過ぎません……」ニヤリ

カンナ「マジで」

トール「楽しみにしていなさい、カンナ。今日は沢山のご馳走を食べさせてあげますよ!」クワッ

カンナ「おー! トール様、すごーい。マジやばくねー」ピョンピョン

トール「ふふふ、そうでしょうそうでしょう! これでも混沌の邪竜ですからね!」フフン

カンナ「でも何で今日、ごちそう?」

トール「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました……!」クックック

トール「聞いて驚くがいいです! 何と今日はーー……っ!」ドドドドドドド



トール「パンパカパ~ン! 私と小林さんが出会ってから、ちょうど1年経った記念日なので~す!」ドドーン!

カンナ「おー」パチパチ


――――――――――――――――――――――――――――



【小林、帰りの電車内】

ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林(はあ、疲れた……)プヘー

小林(今日はちょっと遅くなっちゃったなあ)



ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林(今日はトールが、私と出会ってちょうど1年の記念に、ご馳走作って待ってるって言ってたっけ)

小林(トールのやつ、今日の朝は……)ホワンホワン

トール『実はこの日のために、何日もかけて綿密な準備をしていたんです!
    おおっと、驚かせたいためメニューについては秘密ですが、
    絶対に美味しいものを作りますので、ぜひ楽しみにしていて下さい!』フンス!

小林(……って張り切ってたけど、大丈夫だろうか)ウーン…



ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林「……今日でちょうど、1年かあ」ポツリ



小林(思い返してみれば、トールと出会ってから1年、沢山の事があった……)

小林(初めは、1年前の今日。私が仕事のストレスから飲みすぎて、酔いに酔って知らない駅で降りて、山に迷い込んで……)

小林(そして、傷ついたトールと出会った)



《(回想)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



トール『人間……?』フシュウウウウ……

小林『ドラゴンだぁ!! 超カッコイイ!! 抱いてーヒュー!』ブハー



トール『ドコカラ入ッテキタ……去レ! 食イ殺スゾ!』ギンッ

トール『……マア、ドノミチ……我モモウスグ死ヌガナ……』

小林(……? 剣がドラゴンの背中に、刺さって……)

トール『神共ト戦イ、敗レテコノ地……異界ヘ来タ……』

トール『最後ニ会ッタ者ガ人間トハ…… クク、ミジメナモノ――』

小林『あのさぁ、その話し方疲れない?』ユラユラ

トール『ナッ……』ピキッ

小林『ぜったいつかれるわー』

トール『貴様……』グググ……


小林『その剣抜けばいいの?』ゲフー

トール『愚カナ…… 人間ナンゾガ神ノ剣ニ触レレバ、精神ヲ破壊サレ――ッテオイ!』

小林『アーーー? 知らねーし……神がいるなら……んぬっつ!』ガシッ

小林『今すぐ納期をっ……延ばしてみせろってんだ!!』ズボォッ!

トール『!?……!?……!?』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(剣を抜いた後は、トールと酒を飲んで愚痴り合ったんだっけ)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『会社のバカヤロー! あたしゃあたしの仕事があんだぁ!!』ブハー!

トール『神のスカタン! おとなしく終焉させろぉ!!』バハー!


…………

小林『あー……なんで私一人なんだろ……』

トール『……! ……私も一人です…… 一人になりました。この世界で、さっき』

小林『……行くあてあるの?』

トール『いえ、というより、元々一人ですので……』

小林『――じゃあ、私のとこ来る?』

トール『……! い、行きます!』

小林『じゃあメイドやって!!』ガシィッ! ハアハア

トール『…………はい?』タジッ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》


小林(そしたら、その次の日の朝…… 彼女は本当に家に、メイドとしてやって来た)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



トール『じゃーーーーーーーん!』ジャーーーーン

小林『…………!?』



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小林(二日酔いで昨晩の記憶がおぼろげだった私は最初、彼女を雇うのを断った。けれど気付けば会社に遅刻ギリギリになっていたので……)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『トール!!……翔べる!?』ガシッ

トール『!――――――はい!』ニコッ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(それで、トールがうちでメイドとして住む事になった)


小林(しばらくすると、他にも色んな人……いや、色んな『ドラゴン』が、私の周りに現れる様になった)

小林(初めは、幼い竜の、カンナちゃん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



カンナ『トール様とわかれて』

小林『様……?』



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小林(カンナちゃんは行方不明だったトールを連れ戻しに来たと言うものの、実際は悪戯した事が原因であっちの世界を追放されていて―― 彼女は一人ぼっちになっていた)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『カンナちゃん。行くとこないなら、うち来る?』

カンナ『に…人間なんか信じてない! 何か企んでる!』ジリッ

小林『…………』ポン

カンナ『!』

小林『知らない世界で誰も信じられない…… 当たり前だと思う。私だって信じない』

カンナ『…………』

小林『友達になろうなんて言わないよ。一緒にいよう。そんだけ』ナデナデ

カンナ『っ……、 ……、 ……うん』コクリ



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小林(次に宝を守る邪竜で、人嫌いでゲーム好きで、引きこもり体質のファフニールさん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ファフニール『全く、人間の世界は面倒なものだ…… 絶やしたくなる』チッ

ファフニール『何故俺が人間に隠れてコソコソせねばならん。いっそのこと滅ぼして……』ギリッ



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小林(彼は今、私の会社の同僚でオタ友達の、滝谷くんの家に住んでいる)



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ファフニール『あそこのアイテムは取らんのか?』

滝谷『あれトラップでヤンス』ガチャガチャ

ファフニール『小賢しい……』



ファフニール『なんだコイツは!? 勝てんぞッ!!?』ガチャガチャ

滝谷『負けイベントでヤンス』

ファフニール『チィ……!!』ガチャガチャ



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小林(物知りで常に落ち着いていて頼れる、けれど何故かいつも痴女めいたファッションのルコアさん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ルコア『はじめまして、ケツァルコアトルです。長いのでルコアでいいですよ』タプーン

小林『その格好は?』

ルコア『うふふ、これは若者のフォーマルなものなんだよ』ドタプーン

小林『ではなく、体型的に痴女っぽいです』

ルコア『え!?』タプッ



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小林(彼女は今、隠れ魔法使い一家の少年、翔太くんの家に、使い魔として居候している)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ルコア『ほら~悪魔じゃないよ~、もっとよく見て~』スッパダカッ

翔太『うわー! お風呂に入ってくるなー! この悪魔めー!』ワタワタ



ルコア『いってらっしゃい、翔太くん♥』ムギューッ

翔太『むぎゅう、やめろー!!』ジタバタ



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小林(調和を尊び、いつもトールと喧嘩している、でも美味しいものには目がないエルマ)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



エルマ『トール!! ドラゴンはこの世界の秩序を乱す!! 私と一緒に戻るんだ!!』キッ

トール『相変わらずクソ真面目なカタブツみたいですね。私、帰りませんよ』フンッ



エルマ『うっ……』ぐぐううううぅぅぅぅぅぅ(腹の音)

小林『……食べる? クリームパン……』スッ

エルマ『……で、では、ご好意に甘えて……』ハムッ

エルマ『(―――何これ、おいしい……ほっぺたおちる、幸せぇ……!!)』はふぁ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(彼女は今、うちの会社の新入社員として一緒に働いている)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『結構PC操作覚えてきたねエルマ』

エルマ『任せておけ! このまま仕事の役に立ってやる!』フンス

エルマ『小林先輩、帰りアイス食べようアイス! あれはうまいぞ!』ウキウキ

小林『あーはいはい(すっかり餌付けしてしまった)』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》


小林(そして……終焉帝と呼ばれる、トールのお父さん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



終焉帝『一緒に帰るのだ、トール。この世界に迷惑をかけてはいけない』ゴゴゴゴゴ

トール『………っ嫌です!』グッ



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小林(彼は本気でトールを連れ戻そうとやって来た)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『あの……』

終焉帝『―――』バシュッ!

パリンッ!(小林の眼鏡が魔法で割られる音)

小林『ぐっ!?』ドサッ

トール『こ――――小林さんっ!?』

終焉帝『気を付けて喋ってほしい。放つ言葉によっては消し飛ぶのはあなたになる』

小林『――っ……!! ……はぁっ、はぁっ……!!』フルフル

終焉帝『何  か  な  ?』ゴゴゴ

小林『っ………………っ………………』ゴクッ


小林『………………へっ』ギリィッ

小林『トールは帰りたくないってさ!』

トール「……………!!」ギュッ

小林『私のメイドを持っていくな。これは私んだ!』

終焉帝『調子にっ……!』バチバチッ……!

トール『―――――!』ザッ!

終焉帝『!―――やる気かトール。ならばここは少々窮屈だ』バサッ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(トールが戦意を見せた事で、その後二人は場所を移し、激闘という名の親子喧嘩を繰り広げた)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



終焉帝『初めてだな、お前が私に逆らったのは』ゴオッ!

トール『自分の居場所は自分で決めます! 小林さんは私の、私の光です!』キッ

終焉帝『お前は何も分かっておらぬ! 戻ってこいバカ娘!』ドゴォッ!バシュッ!

トール『戻りません!』ガギッ、バギィッ!

終焉帝『ゆるさん、人間となど!』ゴバアァッツ!

トール『小林さんは特別なんです!』ボシュウゥ!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(戦いの末の説得で、トールのお父さんは、なんとか退いてくれた)


《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



終焉帝『……認めはせん。人間など、共に生き切る寿命も持たぬ分際如きが。トール、愚かな娘よ……!』バサッ!



………………



トール『…………』

小林『……行っちゃった』

トール『―――――!』ダキッ

小林『うわっ!?』ドタッ

トール『………………』ギュウウウウ

小林『…………トール、わがまま言っちゃってごめん』

トール『……何を、あげたらいいですか? 全部……全部あげます』ギュウウウウ

小林『……そんなにいらん』ナデナデ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》


ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林(色んな…… 本当に色んな事があった)

小林(時には互いの常識の違いから衝突してしまう事もあったけど、その都度話し合って、すり合わせて、何とかやって来れた)

小林(最近は大きな喧嘩になるような事も減って、自分でも上手くやれてると思う)



ガタンゴトン……キキーッ プシュー

……〇〇エキー、〇〇エキー、オデグチハミギテガワ……



小林「お、着いた。よいしょっと……んーっ」ノビーッ

小林(このまま、仲良く一緒に暮らし続けられればいいなあ)



――――――――――――――――――――――――――――

【夜、小林宅】

小林「ただいまー」ガチャ

トール「あ、小林さん! おかえりなさーい!」パアッ

カンナ「コバヤシ、おそいー」プー

小林「あはは、ごめんごめん。今日はちょっと仕事が重なっちゃってね」

カンナ「『今日は』じゃない、『今日も』ー!」プープー

小林「あ、あはは……」ニガワライー

トール「毎度の事ではありますが、やっぱり小林さんは帰ってくる時間遅いですよね……」ムウ……

トール「……はっ!? まさか本当は私たちに内緒で夜のお店に遊びに……!?」ピキーン

小林「まーた変な事覚えて…… そもそも私がどんなお店に行くっていうの?」ハア

トール「それはもちろん、メイドのコスプレをした娘達でいっぱいのキャバクラに!」ドン!

小林「マニアックだな!? いや探せばありそうだけども!」

カンナ「ウワキモノー! カイショウナシー! ドロボウネコー! コノオンナダレヨー!」ワーワー

小林「カンナちゃんまで! ちょっとトール、子供に変な言葉教えちゃダメだよ?」

トール「私が休日にお昼のドラマを流してると、傍から聞いて覚えちゃうみたいなんですよねー。意味はまだ分かってないみたいですけど」アハハ

トール「ところで昼ドラって、本当に不倫とか三角関係とか多いですよね。
他人のドロドロの愛憎劇を見て喜ぶとかやっぱり人間って度し難いというか、
それに昼ドラって略称ドラゴンと被っててホント不敬というか、
というわけでとりあえず人間滅ぼしちゃっていいですか?」ゴゴゴ

小林「ダメに決まってるでしょーが!」

トール「え~しょうがないですね~……」プクー

小林「まったく…………」ハアァァー……

小林「…………」

小林「……ははっ」

トール「……ふふふっ」クスクス


カンナ「? 何が面白い?」クビカシゲ

小林「いや、この流れも久しぶりだなと思って」クックック

トール「はい、始めの頃は毎日こんな感じでしたよね」クスクス

小林「そうそう」

トール「でも、あの頃に比べたら私、随分成長したでしょー、小林さん?」エッヘン

小林「エー、ソウカナー? ソウカモネー?」シラジラ

トール「もー、小林さんっ!」プンプン クスクス

小林「ごめんごめん、あっはっはっはっは……」ケラケラ

トール「うふふふふ……」クスクス

カンナ「ふーん? よくわかんないけど、私もなんかうれしー」パタパタ

小林「あっはっはっは……おろ?」フラッ

トール「っ小林さん!?」パシッ

カンナ「コバヤシっ! だいじょぶ?」

小林「……ああうん、大丈夫大丈夫、疲れてただけだよ」ヨッコイセット

小林「いやあ、ちょっと気が抜けたら足がよろけちゃった。あはは……」

トール「…………小林さん」

小林「ん?」

トール「冗談は抜きにしても、やっぱりここ数日はずっと帰りが遅いですよ」

小林「…………」

トール「私、小林さんの体が心配です……」シュン

小林「……まあ、仕事柄どうしても、気張らなきゃならない時が出てきちゃうからねー」アハハ

トール「でも……!」


小林「心配しなくて大丈夫だよ」ポン

トール「!」カァッ

小林「今日の分でもう山場は越えた。明日からはもう普通の時間に帰って来れるからさ」ナデナデ

トール「もうっ、約束ですからね……」テレテレ

カンナ「あー、ずるいー、私もなでてコバヤシー!」ギュッ

小林「はいはい」ナデナデ

カンナ「~~♪」

小林「さて、我が家のメイドさんっ! 元気を取り戻すためにも、ご飯にしようか。私達が出会って、1年を祝して!」

トール「っ! はいっ、そうですねっ! どうぞこちらへ、ご主人様!」ニコッ

カンナ「トール様、料理とってもがんばってたー」

小林「おー、そりゃ楽しみだ。期待してるよー?」ニヤニヤ

トール「ええ、お任せ下さい! この日のために準備してきた、最高級のフルコース料理をご覧あれ!」ドーン!


――――――――――――――――――――――――

【小林宅・食卓】

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



小林「……………………」ゴゴゴゴゴ

トール「~~~♥」フンフンフーン

カンナ「?」ボケー



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



小林「トール…… これ、なに?」ジー

トール「トールお手製、龍の尻尾肉フルコースで~す♥」ジャーン!

小林「……………………………………………………………………」ゴゴゴゴゴ


トール「龍肉のステーキに~♥ こっちは龍肉ハンバーグ、龍肉のシチューに龍挽肉のピーマン詰め――」

小林「…………」

トール「――それで、こちらが龍肉の冷製ジュレ、龍肉の照り焼き、龍肉のハムサラダ、そして最後のとっておきは~~~~~…… こちら、龍肉の丸焼きになりま~す♥」

小林「あのさあ…… トール」

トール「いえいえ、言わずとも分かります。とっておきがただの丸焼きかよ! とお思いなのでしょう、いつも見せてますからね。ですが今回は下拵えから普段の三倍は入念に――」

小林「そういう事じゃない」

トール「へ?」ピタッ

小林「トール、今回はさすがに私も怒るよ?」ゴゴゴゴゴ

トール「もー、小林さんそうやっていつも好き嫌い言って、私の尻尾肉食べてくれないじゃないですか! もう良い機会ですし好き嫌い克服しましょうよ~!」プンプン

小林「好き嫌いとか、そういう話じゃない!」バンッ!

トール「わっ!?」ビクッ


小林「最初に出された時からずっと言ってるよね? 好き嫌いとか偏食とかじゃなくて、生理と倫理に合わないから食べられないってさ」

トール「あ、あの、小林さん?どうしたんですか、急に……」オドオド

小林「そりゃもちろん、私だって種族や文化の違いくらい考慮してるさ。
   トールからしたら自分の肉を食べてもらう事がなにより嬉しい事なんだろうって思うし、
   その気持ちに応えてあげられなくて申し訳ないともいつも思っちゃいるさ!」

小林「つっても、こっちの事情も考えてくれたっていいじゃん!
   私にとっちゃ隣人の体の一部を食べるっていうのはとてもハードルの高い事なの!
   覚悟決めなきゃ出来ない事なの!」

小林「今までは料理の中に一品だけ混ぜてくるぐらいだったからさ?
   私が自分で気付いて食べなければいいだけだったし、強く文句も言ってこなかったけどさ?」

小林「こんな全部に入れられちゃったら、もう強制されてるのと同じで……」

トール「…………」

小林「ちょっとトール、ちゃんと聞いてる――」ピクッ

トール「…………」プルプル

小林「……トール? (泣いて……)」


トール「なんで怒るんですか……私だって一生懸命、小林さんに美味しいって言ってほしくて作ったのに……」ポロポロ

小林「あの、その……別に怒ってる訳じゃなくて……」

トール「怒ってたじゃないですか、机叩いて、怒鳴って!」

小林「いや、それは、確かにちょっと熱くなっちゃったけど怒った訳じゃ」

トール「ちょっと!? ちょっとって何ですか! 今のが怒ってないなら何なんですかあ!」

小林「トール、話を聞いて――」

トール「もう小林さんなんて知りません!」バサッ

小林「トール!」



ガシャーン!



小林「あ…………」

カンナ「トール様、窓から飛んで出てっちゃった……お行儀悪い」


小林「…………」ペタン

カンナ「コバヤシ、だいじょぶ?」

小林「ああ、うん…… 大丈夫だよ、カンナちゃん」

カンナ「ほんとに?」

小林「うん、本当に本当」

カンナ「…………」ポン

小林「……?」

カンナ「……ムリ、しないでね」ナデナデ

小林「……うん」

小林(………ああ、くそ…… 仕事で疲れ切って、余裕がなかったからって………)

小林「……あんな事言うつもりじゃ、なかったのに……」

小林「何やってんだ、私……」ギュウウウ


――――――――――――――――――――――――

【地上から遥か上空】

ゴオオオオオオオオオオオオオオ!!

トール(竜形態)「GUOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」ビュゴオオオオオオオ!!

トール(何で!? 何であんな事言うんですか小林さん!)

トール(私、一生懸命に料理頑張ったんですよ!? 時間も手間も愛情もよりをかけて、今日のために準備してたんですよ!?)

トール(なのに、なのにっ、あんなっ……!!)

トール「……GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」キイィィィィィィィン!!



ビキ…………



トール(もう……)



ビキビキ……



トール(もう………!)



ビキ、ビキッバキッ!



トール(小林さんの顔なんて、もう見たくない!)



バキィーーーーーーーン!!



……………………………………………

………………………

……………

とりあえず、原作の振り返りも兼ねた導入はここまでです。

書き溜めたストックはまだあるので、近日中に再開します。では今日はお休みなさい~。

おつ
親子喧嘩の後のトールのセリフ好き

>>30
小林さんへの信頼の厚さが佳いよね… 佳い…

という訳で再開しますー。


――――――――――――――――――――――――

【数時間後、明け方の上空】

チュンチュン……



トール「ふー……」パタパタ

トール「一晩ずっと全力で空飛んでたら、何だかんだスッキリしました!」ノーン


トール「しかし、スッキリした頭で改めて考えてみると、やっぱり昨日の件は私が間違ってましたかね……」パタパタ

トール「小林さんの気持ちも考えず、自分の気持ちを押し付ける形になってしまった、私の責任です……」ショボーン

トール「もう朝ごはんの時間です、早く帰って、二人の朝ごはん作って……」

トール「……それで、ちゃんと仲直りしなきゃなあ」

トール「……まあ、小林さんは優しいから、ちゃんと謝りさえすれば許してくれますよね! うん、そうに違いない!」グッ

トール「よーし、じゃあさっさと帰りますか!」クルッ

トール「急がないとですね、行きますよー、せーの……っ!」グググッ

トール「――――――ふっ!」ビュオン!



………………………………………


――――――――――――――――――――――――

【マンション上空】

バサッ バサッ

トール「さて、帰り着きましたね」バサッバサッ

トール「一般人に飛んでる姿を見られない様、念のため認識阻害魔法・オン、と…… うん、問題なし」ブオン

トール(認識阻害ON)「二人はまだ寝てる時間ですかねー、ではまず朝ご飯作りますか」ノビー

トール「二人が起きたらすぐ謝って、その後、昨日の夕食の片付けと、洗濯、掃除……」

トール「あ、そうだ。昨日窓を割って出てっちゃったから、それも直さないと!」

トール「あちゃー、夜中、風が入ってきて寒かったりしましたかね…… その事も謝らないと……」ショボーン

トール「ドラゴンのカンナはともかく、小林さんは風邪を引いてないといいですけど……」ムムム

トール「ま、とにかく、まずは窓から直しますか。では、ベランダから部屋に入りましょうかね」

トール「――ほっ!」バサッ!


【マンション・小林宅のベランダ】

バサッ バサッ……

トール「――よっと」スタッ

トール「じゃ~ん、トール様のご帰宅~。頭が高いぞよ控えおろーう、なーんて……」ピタッ

トール「……ん? んん?? んんんんんんんっ???」ジーッ(窓越しに部屋内を凝視)

トール「――え、は……ちょ!? 何ですかこれ!?」バン!(窓に顔を張り付ける)

トール「部屋の中の家具が、ひとつ残らず無くなってるじゃないですか!?」

トール「え、これはどういう…… あ、も、もしかして部屋の場所、間違えちゃった? も、もー私ったらうっかりうっかり……」タハハ……

トール「お、お邪魔しました~……」パタパタ



………………………………………………………………



トール「…………」パタパタ スタッ

トール「……いや、改めて外側から確かめましたけど…… 確かにこの階の、この部屋、ですよね……?」ムムム

トール「そもそも、私が百歩譲って過去五十年間棲んだ巣穴の場所を忘れたとしても、
    この一年間小林さんと暮らしたこの愛の巣…… もとい家の場所を間違える事はあり得ません(断言)」

トール「……むーう、しかし、そうすると、つまり…… この何も無い空き部屋にしか見えない部屋が、本当に私達の家……?」ムムム

トール「と、とにかく部屋の中に……」カチャ(魔法で鍵開け) ガラガラ

トール(――あれ? そういえば、窓が割れてない…… 何で…… いや、そんな事よりも、まずは部屋の中の確認!)スタスタ


………………

【マンション・小林宅(?)】

スタスタ バンッ! スタスタ バンッ! スタスタ バンッ!

トール「……本当に、どの部屋にも何も残ってない……」

トール(各部屋の間取りや広さ、扉や壁紙の作り、窓から眺めた外の景色などからして、
    やっぱりここは、私が慣れ親しんだ、小林さん達と暮らす家のはず。それは間違いない)

トール(けれど、それなのに、ここに昨日まであったはずの家具や家電類は跡形もない、その痕跡すらも。まるで消滅したかの様に――)

トール「――ん、消滅?」ピクッ

トール「あ、そうだ! 消滅したものを元通りにする復元魔法があるじゃないですか!」ピコーン

トール「だったらさっそく試してみましょう! ん~~~、それ!」ピカッ



…………………………………シーン………………………………



トール「……あ、あれ? 調子悪いかな、もう一度、それ!」ピカッ



…………………………………シーン………………………………



トール「……あっれぇ~? 何でだー……?」ムー


トール(考えられる可能性は…… 復元魔法は文字通り、消滅したり壊れたりした物を、元の状態に「復元」する魔法だから……)ムムム

トール「物品を『消した・壊した』のではなく『移動した』から…… 復元の対象には選べない…… とか?」

トール「ハッ!? まさか小林さん、今回の私のやらかしが余りに腹に据えかねて、私が帰ってくる前に夜逃げを……!?」ガーン

トール「い…… いやいや、一晩であれだけの物品を運び出しとか、人間の業者に出来る訳はないですし。
    カンナだってまだそういう便利魔法は使えないはず……」

トール「いやしかし、ルコアさんやファフニールさん、あとエルマ辺りの誰かの協力があれば可能っちゃ可能……!」アセアセ

トール「窓が直ってるのも彼ら彼女らが直したとすれば不思議はない……!」ギリッ

トール「で、では昨晩はこんな感じで――」



小林(想像)『ええい、もうあんな被食願望マシマシの変態ドラゴンと同じ部屋にいられるか! 私は実家に帰らせてもらう!』

カンナ(想像)『ダメヨ、コバヤシ! トール様は一度狙った獲物は絶対に逃がさない、モンスターなハンター! ニゲラレハシナイワ!』

小林(想像)『問題ないさ! 出でよ、我が手下達!!』バッ

ルコア(想像)『あいあいさ~♡』スタッ

エルマ(想像)『あらほらさっさ!』スタッ

ファフニール(想像)『ふん…… やれやれだな』ザッ ドドドドド

小林(想像)『カンナちゃん…… 一緒に逃げよう……!』ギュッ

カンナ(想像)『コバヤシ……!(トゥンク) ツイテイキマス……!』ギュッ



トール「ご、小゛林゛ざーん゛! ヴェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!(泣)」ボドボド

トール「私を置いていかないでーー! あ、でも変態扱いはそれはそれで気持ちいい゛ーー!!」プルプル


トール「ヴェウウウウ…… はあ…… はあ……」ゼエゼエ

トール「…………………………………」

トール「……いや、流石にないか。昼ドラの見過ぎですね……」フー

トール「小林さんは、確かに怒ると怖いけど…… でも、こんな対話自体を拒む様な、頑なな事はしない人です。ええ、それはもう絶対」グッ

トール「でなきゃ、私は生きていませんし、ここでメイドをやれてもいません」

トール「だから、これが小林さんの意志による状況ではない…… というのは確かだろうとして……」

トール(ならば、この状況は一体……)

トール(……胸騒ぎがしますね――)

………………………………


【マンション・小林宅の玄関】

ガチャッ バタン……

トール「……うーん…… 玄関の表札も無くなっている、か……」

トール「結局、家の中にも手がかりは見つかりませんでしたし…… いったい何が起こって……」モヤモヤ

トール「あ、とりあえず玄関の施錠は鍵を携帯し忘れたので魔法でかけといて……」カチャリ



ガチャッ



トール(? 右隣の部屋から、誰か出てきた。あれは――)



笹木部「――さーて、朝のゴミ出しゴミ出しっと。主婦の朝は忙しいわねー全く……」



トール(隣人の笹木部さん! そうか、彼女なら何か知ってるかも! では早速……!)

トール(認識阻害OFF)「おはようございます、笹木部さん!」ズイッ

笹木部「きゃっ!?」ビクッ

トール「今日も朝からお疲れ様です。メイドではないものの同じく家事をこなす者として、主婦のあなたにはいつも共感と敬意を抱いています」ペコリ

笹木部「は、はあ…… どうも……?」ペコリ


トール「それでですね、ちょっとお伺いしたい事があるんですが……
    昨夜から今朝までの間で、隣の私達の部屋やこの廊下とかにおいて、何かおかしな事はありませんでしたか?」

トール「沢山の人の出入りがあったとか、家具を動かす様な音がしたとか…… 何でもいいんです、何かご存知ありませんか?」

笹木部「昨夜、隣で……? いえ、特に何も……」

トール「そうですか……」シュン

トール(……ん?『特に何も……』? 何かおかしい様な…… まあとりあえず置いておいて!)

トール「じゃ、じゃあ! 小林さんやカンナから、何か聞いてはいませんか!?
    私について何か言ってただとか、何処かに行く予定があるとか!」

笹木部「は、はあ……? その……」

トール「どんな些細な事でも構いません! 今は少しでも二人の手がかりが欲しい状況でして、どうか協力を――」ピクッ

笹木部「………………」

トール「――どうしたんですか、怪訝そうな顔をして?」

笹木部「ええと、その……ですね……」

トール「?」キョトン


トール(あ、そうだ、そう言えばさっきの違和感……)

トール(昨夜、私が衝動的に窓を割って出て行った時は、
認識阻害はしていなかったはずだから近隣に音が響いちゃったはずなのに、何で『特に何も……』と……)

トール「あの…… 笹木部さん?」オズオズ

笹木部「ええと、その…… 言いにくいのだけど……」

トール「はあ……」



笹木部「――失礼ですが、どなたですか?」



トール「………………………………は?」ポカン


トール「…………え? いや、何を、言ってるんですか、笹木部さん?」

笹木部「いえ、その、ね? やけに私の事を知っている風に話すから、私が忘れてるだけかなー、とも思って話を聞いてたんだけど……」

笹木部「やっぱりどうしてもあなたの事を思い出せなくて…… あなたの様に珍しい格好の人をそうそう忘れるとも思えないし……」

トール「な…………」

笹木部「その…… 知り合いを装って話を聞き出そうとする詐欺…… とかではない、わよね?」オズオズ

トール「な――何て事言うんですか! そんな気、微塵もありません!」

笹木部「きゃっ!」ビクッ

トール「あっ! ……す、すみません、大声で……」

笹木部「い、いえ、私こそ不躾でごめんなさいね。でも、じゃあやっぱり、人違いじゃないかしら?」

トール「そんな…… そんなはず、ありません!」

トール「だってあなたは、正月には栗きんとんのおすそ分けして下さった、料理好きの主婦の笹木部さんでしょう!」

笹木部「あら、私の得意料理…… どうして知ってるの?」

トール「ギガンテスの四股の様な怪音を出して調理をする割に、できた料理は味を含め至って普通という、主婦の笹木部さんでしょう!?」

笹木部「ふぇっ!? あ、あらいやだ、そんな事までご存知で……」カアァッ


笹木部「……うーん…… その必死な様子だと、嘘をついたり騙そうとしてる訳ではなさそうだけど……」

笹木部「でもごめんなさいね、本当に私はあなたの事、覚えていないのよ」

笹木部「あなたの言うコバヤシさんと、えーと、カンナさん? の事も、私は全く知らないわ」

トール「そんな…… だって、私達、ずっと隣同士で暮らしてきたのに……」

笹木部「あと、話の初めからずっと気になってたんだけど……」

トール「え……?」



笹木部「……隣の部屋は、もうここ一年くらいはずっと、空き部屋だったと思うわよ?」



トール「………… ………… …………は?」ゾクッ

笹木部「それ以前に住んでいた人も、コバヤシやカンナという名前ではなかったと思うけど……」ウーン

トール「え、いや、は? そんな……、そんな馬鹿な事……」

笹木部「あなた良い子そうだし、協力できるならしてあげたいんだけど…… ごめんなさいね。私、本当にそれ以上の事は分からないの」フルフル

笹木部「だから…… って、あ! ゴミ収集車そろそろ来ちゃう!? 急がなきゃ!」クルッ

トール「あ! ちょっと、待って――!」

笹木部「ごめんなさーい! 聞きたい事があれば他の人に聞くか、また後で聞きに来てー!」タッタッタ…………

トール「あ…………」

………………………………


【マンション・廊下】

トール「………………………………」ムムムムム

トール(念の為にあの後、左隣の部屋に住むバンドマン・谷菜さん(マンドラゴラの断末魔みたいな声)と、
    上の部屋に住む木工家・曽根さん(電動ドリルの音がうるさい)にも話を聞いてみたけれど……)

トール(……二人とも、反応は笹木部さんと全く同じ。
    『私や小林さん、カンナの事は何も知らない』『私達の部屋は1年前から空き部屋のはず』……)

トール(証言は完全に一致していて、各々の勘違い・記憶違いという事は考えにくい……)

トール(彼らが嘘を吐いている? いや、そんな事をする動機はないだろうし、演技とはとても思えない反応だった。
    脅されて知らないふりをしているという線もないだろう)

トール(なら後、考えられる可能性は――)

トール「――魔法による、記憶改竄を受けた……とか?」

トール「魔法なら、そういう事も一応、可能ではある。けど……」

トール「1年という長期間の記憶を、無矛盾に、違和感なく改変を行うというのは、並の力量では不可能だ。
    しかもそれを一晩で、少なくとも3人に……?」

トール「余程高位の魔術師か、長く生きたドラゴン、神霊でもなければ…… いや、しかし……」ブツブツ


トール「……あ~~~、も~~~! ダメだ、分からん!」ブンブン

トール(えーい、分からない事は後回し! とにかく小林さんとカンナの手がかりを探す事が先決!)パシン!

トール「――魔力感知魔法、展開! 探索・開始!」ブウン!



ブオンブオン ブオンブオン……



トール(この魔力感知魔法なら、魔力の強いドラゴンの位置は勿論、
    私が密かに魔力でストーキング……もといマーキングしていた小林さんの位置も、町内ぐらいの近隣であれば探知できる!)



ブオンブオン……



トール「…………………………………………」



ブオンブオンブオン……



トール「……くそっ! これも駄目なの……?」ギリッ

トール(何で? 現在地点どころか、魔力の残滓すら感じ取れない……)

トール(それどころか、小林さんやカンナだけでなく、ルコアさんやファフニールさん、エルマの魔力も感知できない……)

トール(皆、既にこの周辺にはいない……? いや、それでも魔力の残滓も感じられないのはおかしい)

トール(魔力感知の妨害が行われている……? 
    いや、それならそれで『妨害されている』という感覚がないのは変だ。今、魔力感知魔法は正常に作動しているはず……)

トール「それとも、私を超える魔法の使い手による、妨害している事を悟らせない程に高度な妨害魔法とか……?」

トール「……いやいや、私これでも上位の竜ぞ? そんな存在がそうそう、しかもこっちの世界にいるはずないですし……」ハハッ

トール「1兆歩譲って存在したとしても、そんな凄まじい存在に私やルコアさん達が全く気付かない訳がありません」

トール「……しかしそうなるとなぜ……? うーん、むむむ……」ムムム

トール「うーん、何だか不気味ですが…… 今ここで悩んでもしょうがなさそうですね」

トール「聞き込みも魔法も駄目なら、足で――いえ、ドラゴンとしては”翼”で直接稼ぐしかないですか」バサッ

トール「手がかりのありそうな場所……
    とりあえず小林さんが勤めてる会社、次にカンナが通っている学校、とかに行ってみましょう!」

トール「……もしかしたら異変が起きたのは二人が家を出てからで、案外二人とも平気にしてる可能性もありますし、ね! うん、大丈夫、大丈夫!」

トール「さあ、行くぞーー!」バササッ

バサッバサッ……



トール(……大丈夫、だよね?)



…………………………………………



…………………………………………

【小林が勤める会社・オフィス内】

カタカタカタ ピーガガガ ギャーギャー カチカチ、カタカタカタ……



トール(認識阻害ON)「さて、小林さんの職場に来てみた訳ですが……」チラッ



…………………………………………

社員A「はあ……はあ…… あー眠い…… キツ…… あーー……」カタカタカタ

社員B「オイオイ誰だよこのコード書いた奴…… 絡まり具合がスパゲッティってレベルを超えてんぞ……」ゲッソリ

社員C「納期数日前にwwwまた仕様変更とかwwwないわーwwwww ないわー………………」カチャカチャ

社員D「五徹目突入とか、我ながらやばい扉を開けちゃうかな……」ボロボロ

社員E「プログラムの中にはバ~グが一つ、プログラムを直すとバ~グが二つ……♪
    も一度直すとバ~グが三つ……♪ 直してみるたびバグは増える~……♪ へへ……へへへへ……!」フラフラ カタカタ

…………………………………………



トール「……相変わらず、忙しそうですねえ」テクテク

トール「皆さん、陥落寸前の城の兵の如く憔悴していて、見てるこっちまで疲れてきます……」ゲンナリ


トール「全く、昨日小林さんは『山場は越えた』と言っていたのに、全然そんな感じじゃないじゃないですか……」ハア

トール「……というか。むしろ前に私が来た時よりも忙しそうじゃありませんか……?」

トール「まっ、気の毒ではありますが、今私にとって大切なのは小林さんの事です。小林さんを探さねば」テクテク

トール「えーと、小林さんの席は確かこの辺りの、そう、あの席…… む!?」ギロッ



社員F「…………………………」カタカタカタ カチカチ



トール「なっ、貴様誰だ…… どうして小林さんがいるはずの席に、貴様の様な者が座っている……!」ゴゴゴゴゴ

社員F「……? 何か、急に寒気が……」ブルルッ

トール「……ッチ。 問い質したい所ですが、認識阻害を解いて騒ぎを起こすのも面倒ですね……」

トール(――周りをよく見れば、あのメガネ……もとい滝谷もいないし、そう言えばエルマもいませんね)キョロキョロ

トール(……二人がいるはずの席にも、私の知らない他の者が座っている。そして周りの者もその事を気にしている様子はまるでない)

トール(マンションの部屋と同様に、小林さん達の形跡はほんの少しも残っていない……か)

トール(恐らくですが、ここに居る者達も笹木部さん達と同様、話を聞いても大した情報は得られないでしょうね……)


トール(ここは無駄骨でしたかね…… 仕方がない、時間も惜しいのでさっさと次に――ん?)ピクッ



???「……………だから、んな事一々俺に聞くんじゃねえ! てめえの方で上手い事まとめておけ!
    電話切るぞ!(ピッ) ……ったく使えねえな!」ドスドス



トール「喧しい奴が入ってきましたね…… 全くどんな下品な輩が…………っつ!?」ビキッ



所長「――おらあ、てめえらチンタラ仕事してんじゃねえぞ! もっと速く手を動かせえ!」ギャアギャア

社員A「うげっ、もう戻ってきたよ所長の奴……」ヒソヒソ

社員B「ま~た今日も大分機嫌悪そうだよ、やだやだ……」ボソボソ

所長「山下ぁ、てめえ今月のノルマ、まだ7割程しか終わってねえそーじゃねえか…… やる気あんのか? あァ?」バンッ

山下「っは、はい、その、今週ちょっと、体調も悪くて……」オズオズ

所長「ああん!? 声小っせぇえんだよ、ちゃんと返事しろ返事ぃ!」ゴアァッ!

山下「ひっ、は、はぃい!」ビクッ

所長「ブツブツ言い訳してる暇があったら、さっさと働いて取り返せ無能が!」ケッ イライラ

山下「す、すみません……」シュン

社員C「出たよ、所長の八つ当たり……」ヒソヒソ

社員D「山下の奴、最近目ぇ付けられちゃって可哀想に……」ボソボソ



トール「な゛っ…………………っ…………………………っつ!??」ワナワナ

トール(何で…… あの男がっ、またこの職場にいるんです!?)ビキビキ


トール(あの所長という男は、一年ほど前に私がここを見学しに来た時、小林さんに対し罵詈雑言を吐いていた下衆の極み男……!)

トール(まあ勿論それを見ていた私は地獄の炎もかくやという程ムカついたので?
    数十回は足引っかけて転ばせて、無様を晒させてやりましたが?)

トール(それからしばらくして、あの男は『パワハラ』という名の罪状でこの会社から追放されたと小林さんから聞いていましたが……)

トール(一体どんな手を使って戻ってきたというのですか憎たらしい……っ!!)グヌヌヌヌ

トール(ええい、どうしてくれようか! 煮るか、焼くか、ポン酢でシャキッと〆てやろうか!!)ゴゴゴゴゴ

トール(……………いや、落ち着きなさい、私)スーハースーハー

トール(確かにあの男は顔を見るだけで反吐が出るが、優先順位を考えろ。
    今やるべき事はあの男への鬱憤を晴らす事か? 否、小林さん達を探す事が最優先だろう)

トール「そう、今はあんな奴にかかずらっている場合ではありません、抑えろ私……」フー

トール「……まあただ、少しだけ――」スッ



課長「……さあてめえらも、この無能みたいな醜態晒したくなきゃ全力で――うおわぎゃぁっつ!?」スッテーン!

ザワザワ…… ザワザワ…… ザワザワ……

課長「……………!? ………っ………?!」

社員A「――プッ、あの所長が漫画みたいに盛大にすっ転んでら――」ヒソヒソ

社員B「――おいおい、聞かれたらどうする、ププッ――」ヒソヒソ

課長「っ! ああ゛ん……?」ギロリ

社員A・B「あっいえ、何でも」フイッ

課長「く、くそっ……! て、てめえら、俺の事を見てる暇があったらキリキリ働け! ノルマ倍にすんぞゴラァ!」イソイソ

社員C「サー仕事仕事――」クルッ

社員D「なあ、あの案件今どうなって――」クルッ

課長「……ったく、畜生、何だってんだ――」ブツブツ



トール「……こんなものですか」フンッ

トール「本来ならお前にはこの百倍は恥辱と苦しみを与えてやりたい所だが……
    生憎、今はその暇すら惜しい、これで済ましておいてやる。命拾いしたな」チィッ

トール(……ここにもう用はありません、行かなくては。さあ次は――)

トール(――カンナが通う学校!)バサッ


…………………………………………

【学校・カンナが通う教室の窓の外】

バササッ

トール(認識阻害ON)「……着きました。今は授業時間中ですか」バサバサ

トール「さて、教室内にカンナは……」ジーッ

トール「……ここも、いませんか。というか、彼女の机すらない……」ハア

トール「……あ、でもカンナと親しいあの子…… 才川?さんはいる様ですね」



教師「――はい、それでは次の文章。才川さん、読んでもらえる?」

才川「はい!……『はじまりは、何だったのだろう? 運命の歯車は、いつまわりだしたのか?』」

才川「『時の流れのはるかな底から その答えをひろいあげるのは、今となっては不可能にちかい……』」
 
才川「『だが、たしかにあの頃のわたしたちは、おおくのものを愛し、おおくのものを憎み…… 何かを傷つけ、何かに傷つけられ……』」

才川「『それでも、風のように駆けていた 青空に、笑い声を響かせながら……』」

クラスメイト達「おおー……」「きれーな声……」「すげー……」パチパチパチ

教師「……はい、ありがとう才川さん。とても良い読み方だったと思います」

才川「ありがとうございます」ペコッ



トール(……あの子、あんな利発そうな子でしたっけ?
    何か普段はもっとこう『ぼへええ』って印象の、マタンゴの胞子を吸って錯乱した者の様な感じだった覚えが……)

トール(うーん…… まあ、今は関係ないかな? 他に特別変わった所は無い様だし……)ジーッ

トール「ここも空振り……ですか」ハア

トール「いえ、落ち込んでなんていられません! ここに手がかりがないなら、とっとと別の場所に捜索に行きましょう!」グッ

トール「他に思い当たる所というと…… うーん……」ムムム

トール「……よし! 次は近場で人も多い、商店街に行ってみましょう! 何か一つでも、手がかりとなるものがあれば……!」

トール(――待ってて、小林さん! カンナ!)バササッ



…………………………………………

【商店街】

…………? …………。…………! ……、……。 ……………。

肉屋の親父・辰田「……………ちゅう訳で、すまねえな、メイドの嬢ちゃん。役に立てなくて……」

トール「……いえ。お話聞かせて頂き、ありがとうございました」ペコリ

辰田「ああそうだ、お詫びと言っちゃ何だが、このコロッケ、持っていきな。そろそろお昼だしよ」サッ

トール「ありがとうございます……」モグモグ……

辰田「あ、あと午後は雨だって予報だぜ、嬢ちゃん雨具は――」

トール「いえ、大丈夫です、お気遣いなく――」ペコリ テクテク……



トール「……結局、ここでも手がかりはなし、ですか」ハア テクテク

トール(商店街の顔見知りの方々に、会えた端から声をかけて話を聞いてみましたが……
    結果は全員笹木部さん達と同じで『私や小林さん達の事は何も知らない』……)

トール(いえ、ただ知らない・覚えていないだけではない。
    私達が関わった事柄についての記憶も、私達がいなかった事を前提とした別の記憶に置き換わっていた)

トール(去年、地域の老人ホームで行われたクリスマスパーティーで、私達は先程の辰田さんに頼まれた縁で、劇を執り行った)

トール(諸々の苦労はあったものの、劇は大成功、老人ホームの方々にも大いに喜んでもらえた……)

トール(……それが、私が覚えている記憶。けれど先程の辰田さんに聞いた話では……)



辰田『――ああ、去年のクリスマスパーティー? よく知ってるねえ、嬢ちゃん』

辰田『けどあれはねえ…… 代打で劇をやってもらえる人を見つけられなくてねー……』

辰田『結局、劇は中止にして、ささやかなプレゼント交換だけやって終わりになっちまってね。あまり盛り上がらなかったのが残念だったよ――』



トール(……という話だった)

トール(この他にも、私が以前捕まえたはずのひったくり犯には逃げられた事になっていたりと、
    大小様々な記憶が、『私や小林さん達がいない』という事を前提にして、辻褄を合わせる様に変えられていた)

トール(まるで、私や小林さん達という存在が、最初からこの町にいなかったかの様に……)


トール「……う~ん、参ったな…… 調べれば調べる程、何が起こっているか皆目見当もつかない……」ム~ テクテク

トール(先程の小林さんの職場やカンナの学校でもそうでしたが、この商店街にも魔法の痕跡や魔力の残滓などは微塵も感じられない……)

トール(明らかに異常な状況なのに、異常である証拠を一つも見つけられない事が最大の異常。とても不気味だ……)

トール(仮にこれが魔法によるものだとしても、一夜にして町中の人間の記憶や物品の改変を、極めて高い整合性をもって行う必要があるわけで)

トール(それも、魔術的痕跡を一切残す事なく…… 並大抵の事ではない)

トール(一応、私より格上の神霊やドラゴンが、事前の準備をした上で全力で事に当たれば、可能でなくもない…… というレベルの状況ですが……)

トール(今度は、それだけの力を持つ奴が、どうしてわざわざこんな回りくどい真似をするのかという疑問が出てくる……)

トール(そもそも誰かの仕業だとしても、目的がまるで見えてこない。こんな状況を作って、一体何の得があると――)ピタッ



終焉帝(回想)『一緒に帰るのだ、トール。この世界に迷惑をかけてはいけない――』



トール「まさか……お父さんが……?」ザワ……


トール「ッッ!! ううんっ! そんな訳ない!!」ブンブンブン

トール「いくらお父さんが私を連れ戻したいからって、こんな事するはずが……」ギュウウッ

トール(……手がかりが一向に見つからなくて、少しナイーブになってるみたいだ…… 闇雲に悪い想像をしても仕方がない)

トール(仮説を立てるにしても、まずは手がかりがないと始まらない。調査を続けなきゃ……!)

トール「すーーーーっ、はーーーーーーー…… よしっ!」パシンッ

トール(気合を入れ直した所で…… さて、どうする?)グッ テクテク

トール(調査範囲を更に広げようか? 町内の目ぼしい場所は調べたけど、まだ心当たりがない訳じゃない)

トール(ルコアさんの契約者である少年・翔太君の家、才川さんの家、あと(行きたかないが)滝谷の家)

トール(他にも町の外なら小林さん達と行った海、温泉街。そして小林さんと初めて出会った山…… 幾つも候補はあるけど……)

トール(ただ、これまでの調査から推察する限りでは、恐らくこの町一帯、この異常の影響下にありそうです。いや下手をすればそれより広範囲が……)

トール(であれば、闇雲に調査範囲を広げても駄目そうな気がしますね……)ムー


トール(……もうお昼の時間ですか…… 朝からずっと捜索して手がかりはなし……)

トール(このまま漫然と調査を続けても、無為に時間を浪費する事になりかねない)

トール「……………………」ハーー

トール(……業腹ですが、自力では限界が見えてきた感が否めませんね)

トール(ここまでは、とにかく一刻も早く手がかりを見つける為、思い付いた場所からガムシャラに調べ回って来ましたが……)

トール(急がば回れ、焦りは禁物、慌てる勇者はミミックに喰われる、という人間達の諺もある事ですし)

トール(……ここは、ルコアさんやファフニールさんに連絡を試みるのも、良いかもしれませんね)

トール(消息こそ不明なものの、私と同格以上のあのお二人が、誰かにやられたり、術中に陥ったりするとは考えにくい。何処かに潜んで無事でいるはずです)

トール(それに、ルコアさんは全般的に博識だし、ファフニールさんも呪術関連にはめっぽう強い。きっと今の状況の解決策もご存知のはず!)グッ

トール(マンションでの魔力探知魔法と同様、普通の通信魔法では連絡が上手く行かないかもしれませんが……)

トール(携帯電話なり公衆電話なり、『他者と通信するモノ』という概念を持つ物品があれば、その概念を媒介にして通信魔法を強化できます)

トール(強化された通信魔法なら、世界の次元の壁を越えた先の相手とすら通話が可能な事は既に何度も実証してます。
    だから、きっと今の状況でも連絡できる!)

トール(…………はず!)ボーン

トール(結局、確証はありませんが…… 変わらず闇雲に捜索を続けるよりはマシなはず)ウンウン

トール(では、次は公衆電話でも探して……)テクテク

トール「――――ん?」ピクッ


【大通り・人混みの中】

ザワザワ…… プップー…… ザッザッ…… ガヤガヤ……

トール「あれ? ……考え事をしながら歩いてたら、大通りまで出ちゃいましたか」

トール「さすがに昼の大通りは人混みが凄いですねー。まさしく『人が混みの様だ!』と言った所…… いや、字が違うか?」

トール「まあ別にいいや、さっさと公衆電話を探しに――――」チラッ

トール「――――――――――――――――」ビタッ!



???「………………」スタスタ……



トール(――呼吸が止まる)

トール(ちらりと視界に入った、遠くの雑踏の中を歩くあの人、あの人間は――)

トール(淡い椿色の髪、特徴的な三白眼、大きく丸い縁無し眼鏡、無駄なく洗練された胸)

トール(いつも見慣れているはずの後ろ姿。でも今は、何だか無性に懐かしい後ろ姿)

トール(何故か髪を下ろしているけど、それでも間違いない。他の誰でもないこの私が間違える訳がない)

トール(あれは。あの人は――)



トール「小林さん!!!」

小林「わっ!?」ビクッ


小林「え? えっと……」クルッ

トール「ハア、ハア…… よかった、みつけた、ほんとうに、良かった……」ハアハア

トール(ああ…… 私、気付いたら駆け出してた。考えるより先に、嬉しさで体が動いてた)ヘヘ

トール「……小林さん、お怪我は、ありませんか……?」ハアハア

小林「え? あ、うん…… 怪我は、ないけど……」

トール「そうですか、ご無事で、何よりです……」フー

トール(ああ、近くで見てもやっぱり小林さんです。会えて本当に良かった――)



――チクン――



トール(――? 何だろう、胸が……?)

トール「……朝からずっと、探していたんですよ。家にも、職場にもいないから…… あっそうだ! 小林さんは今の状況をどこまでご存知で!?」

小林「え? えっと、その……」ポリポリ

トール「変なんです、皆さん私達の事をすっかり忘れてしまっていて……
    あっ、カンナが何処にいるかは分かりますか!? あの子の事も心配で――」ピクッ

トール「――どうしたんですか、小林さん?」

小林「…………………………」キョロキョロ

トール(――周りを確認する様に泳ぐ目線、ばつが悪そうに頬を掻く仕草)

トール(言葉を探す様に動いている唇、困った様に浮かべた苦笑い――)

トール(どうして、そんな不安そうにしてるんですか、小林さん……?)



――チクン、チクン――



トール(胸がざわめく…… 何だこの既視感、何だこのとても気持ちの悪い感じは……?)ザワッ……

トール「……どうしたんですか、小林さん…… 何か、言ってくださいよ……?」



――チクン、チクン、チクン――



トール(これは――怖れ? 何で、何に……)

小林「……………あの……………」オズ

トール「!」



――チクン、チクン、チクンチクンチクンチクンチクン――





小林「あなたは…… 誰ですか?」

トール「………………………………………………えっ?」





ザァッ……


…… ザワザワ…… チリンチリン…… プップー…… ザッザッ…… ガヤガヤ……

トール「え…………………………」

小林「…………………………」

トール「小林さん……? ははっ、ちょっと、何言ってるんですか……?」ヨロッ

トール「私ですよ、トールですよ? あなたの、メイドの……っ!」

トール「小林さん、ねえ、小林さんまで、私の事、忘れちゃったんですか……?」ジリッ

小林「……えっと、その…… ごめんなさい、覚えて、ない…… です」

トール「…………………………っ!!」



トール(――ああ。そんな困った様な瞳で私を見ないで)

トール(そんな、いかにも本当に小林さんが、初対面の相手にしそうな態度をしないで)



小林「その、人違いとかでは…… いや、ない、ですよね、その反応だと。“小林”ってはっきり言ってたし……」タハハ……

小林「いえその、本当にすいません! そちらは私の事良く知って頂いてる感じなのに、本当に失礼をしてしまって……」アセアセ



トール(そう…… 優しい小林さんなら、初対面の相手であってもきっと、こんな風に相手を傷つけない様、一つ一つの言葉を慎重に選んで話すだろう)

トール(それが小林さんだ。私が大好きになった小林さんだ。でも……っ)ギュウウッ



小林「ちょっと待って下さいね…… えーほんとヤバいな…… こんな可愛くてしかもメイド姿の子なんて絶対忘れる訳ないんだけどな……」ブツブツ

小林「えー、トール、トール、カンナ、カンナ…… 金髪、メイド…… メイドカフェ? いや店の営業って感じじゃ……」ウーンウーン……



トール(いっその事、冷たく突き離してくれれば。『誰だお前は』なんて言って、汚い言葉で罵ってくれればいいのに)

トール(じゃないと、認めなくちゃいけなくなる)



小林「あ~も~、何やってんだ私! 思い出せ思い出せ思い出せ、失礼にも程があるだろ~……!」グヌヌヌヌ

トール(正真正銘本物の小林さんが、本当に私の事を忘れてしまった事実を、認めなくちゃいけなくなる……っ!)



トール「―――――――――――――――」ポロッ

小林「あっ……(涙……)」

トール「――――――」ポロポロポロ

トール「―――――っつ!!」クルッ タタタッ!

小林「あっ、ちょっと、待っ……!」

トール「―――――………!!」タッタッタッタッタ……



小林「……あ…………………………」ポツン

…… ザワザワ…… プップー…… ザッザッ…… チリンチリン…… ガヤガヤ……


【人通りの少ない路地】

――タッタッタッタッタッ…… タッタッ…… 

スタスタ…… テクテク…… 

ピタリ……

トール「――ハア、ハア、ハア……」

トール「……逃げて来ちゃった……」ハア、ハア

トール「…………………………」



トール(……本当は、予想……できていた事じゃないですか)

トール(ただ、気付かない振りをしていただけ。考えない様にしていただけ……)

トール(小林さんはドラゴンでもなければ魔術師でもない、笹木部さんや他の人達と何も違わない、“只の人間”)

トール(町の人々全員が異常の影響下にあるなら、小林さんも同様であると考えるのが当然……)

トール(でもっっ!!)ギュウウッ!

トール(考えたくなかった! 信じたくなかった! 何よりも誰よりも大切な人に、全てを捧げても構わないと思った人に、忘れられている事なんて……)

トール(どこかで信じたかった。こんな状況でも、小林さんと会えれば、話せれば! きっと良い方向に進めるって……)

トール(小林さんは、そうやって私を救ってくれた人だから――)



トール「――――――――でも、今は……………」



……………………………………………

トール「………………………………………………」ボー

トール「これから…………… どうしよう……………」フラフラ

トール(何か…… やる事があった様な気が…… 何だっけ……)フラフラ

トール「何かを、探して………… ん…………?」チラッ

トール「あの道の角にあるあれは、公衆電話…… 公衆電話……?」

トール「っ!!」バッ

トール(そうだ、公衆電話! ファフニールさん達に連絡を!)

タッタッタッ、ガチャ!

トール「――通信魔法、展開…… まずはファフニールさんに……!」プルルルル



プルルルル…… プルルルル……



トール(人間の小林さんは駄目でも…… 力あるドラゴンであるファフニールさんやルコアさんなら、きっと大丈夫なはず……!)



プルルルル…… プルルルル……



トール(お願い、繋がって…………!!)ギュウウッ



ガチャッ!



トール「!!」

ファフニール『………………………』

トール「良かった、繋がった………! もしもし、ファフニールさんですか!? 私、トールです!」

ファフニール『………………………』

トール「今どこにいらっしゃいますか! こっちはちょっと大変な事になってて――」ザワッ

ファフニール『………………………』

トール「――あの、ファフニールさん……? 何か、喋って……」

トール(まさか、まさか、そんな……)ザワ……ザワ……

ファフニール『………………………お前は』ボソリ

トール「……はい?」ゴクッ



ファフニール『お前は…… 誰だ』



トール「ッッ!!!」

ガチャン!!

ツー、ツー、ツー……

トール「………………………」ハー、ハー、ハー

トール「………………切っ、ちゃっ……た」ハー、ハー


トール(……驚き過ぎて、勢いですぐ通話切っちゃった…… でも……)ハア、ハア

トール(今…… 確かに『お前は誰だ』と…… はっきりと聞こえた……)ハア、ハア

トール「そんな…… あのファフニールさんまで……? そんな馬鹿な……」ギリッ

トール「……っ…………っつ…………っ…………!!」ギュウウッ

トール「いや、落ち着け……! そうだ……ファフニールさんが駄目でも、ルコアさんなら……!」

トール「もう一度、受話器を――――」ビタッ

トール「――――――――?」プルプル

トール(手が、動かない)プルプル

トール(何を躊躇っているんだ、私。ここは確認しなきゃいけない所じゃないか)

トール(早く、ルコアさんにも連絡しろ。確認するんだ。もしかしたらルコアさんは、私を覚えていてくれてるかもしれないじゃないか)

トール(さっきのだって、ファフニールさんの魔術的防衛がなってなかっただけで、ルコアさんは大丈夫な可能性だってあるじゃないか)

トール(正直ファフニールさん、色々抜けてたり天然だったりする所あるし、ハハッ、あり得るあり得る……)ハハハッ……

トール(……でも)

トール(ルコアさんでも、駄目だったら?)

トール(ルコアさんにも『君は誰?』なんて言われるかもしれない。もし、そうなったら……)

トール(ルコアさんは、私が知る中でも随一の力を持つドラゴンだ)

トール(ずっと昔に実力を見たくて勝負を挑んだ事があったけど…… 全力でやっても手も足も、爪も牙も翼も出なかった)

トール(本気がどれ程の力量なのかすらも伺い知れない…… そんな彼女すら私の事を忘れていたら、それはもう……)

トール(……駄目だ…… その可能性を考えるだけで、怖くて…… 確認できない……)



トール「……………………………………………」ギュウウウウッ……



………………………

ガチャリ キイッ パタン……


ポツン……



トール「………………………?」チラッ



ポツ…… ポツ……



トール(…… 雨だ……)ボー



ポツ、ポツ、ポツポツ……



トール「……私は、いつの間にか…… こんなにも、孤独に弱くなっていたんだな……」ハハッ……

トール「ほんの少し前までは、一人が当たり前だったのになあ……」



ポツポツ、ポツポツポツ ピチョンピチョン……



トール(回想)『私も一人です…… 一人になりました。この世界で、さっき』

小林(回想)『――じゃあ、私のとこ来る?』



トール「……やっと、心休まる居場所を、共に歩める誰かの隣を、見つけたと思ったのに……」

トール「また、一人になっちゃった……」ハハッ…… ペタン



ザアアアアアアアア……


ザアアアアアアアア……



トール(どうして…… どうして、こんな事になっちゃったんだろう……)

トール(これは、何かの罰だとでも言うのか……? 一体、何の……)

トール(こうなる直前…… 昨夜、私は何をした……?)

トール(小林さんとの出会いから1周年記念で御馳走を作って…… けど、それが原因で喧嘩して……)

トール(窓から飛び出して、がむしゃらに夜の空を飛び回って…… それから……)

トール(……そういえば、あの時、私は何かを思って――)



トール(回想)『――小林さんの顔なんて、もう見たくない!――』



トール「………………………っ!!」ゾクッ



ザアアアアアアアア……



トール(もしかして、私が『小林さんの顔なんて、もう見たくない!』なんて思ったからですか……?)ガタガタ

トール(そんな、そんな……)

トール(私が、望んだから……? これが、私の望んだ結果だとでも……)



小林(回想)『――あなたは…… 誰ですか?――』



トール「………………………っ!!」

トール「――あ、ああ゛」ポロ

トール「あ゛あ゛…… あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」ポロポロ

トール「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」ボロボロ



ザアアアアアアアア……


トール「ごめんなさい…… ごめ゛ん゛な゛ざい゛……っ!」グスッグスッ

トール「本気じゃなかったんです…… いえ、あの一瞬だけはそう思ったとしても、本当にそう望んだ訳じゃなかったんです!」ヒグッヒグッ

トール「少なくとも…… こんな仕打ちは、望んじゃいない……っ!」グウゥッ

トール「ごめんなさい、許して下さい、やり直させて下さい……っ!」ポロポロ

トール「もう二度とあんな事言いません、小林さんの言葉にももっと真摯に向き合います、私の気持ちを押し付ける様な真似も慎みます!」

トール「だから、どうか、どうか――――」ギュウウッ

トール「う、う゛う゛………………………」



ザアアアアアアアア……



トール(――さっきから誰に祈ってるんだ、私は……)

トール(神か? 天使にか? 殺し合う程に嫌っている相手のくせに、こんな時だけ“神頼み”か? 浅ましい、愚かしい、嘆かわしい――)

トール(でも…… 誰でもいい。神でも天使でも悪魔でもドラゴンでも、人間でも)

トール(誰か…… 誰か、助けて下さい――!!)ギュウウッ


ザアアアアアアアア……

う゛う゛、う゛う゛う゛う゛う゛う゛……

ザアアアアアアアア……

う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……

ザアアアアアアアア……

ザア――

パサッ……



トール(? 雨が止んだ……? いや、傘……?)

トール(一体、誰が――)クルッ



小林「………………………」



トール「―――――――――――――!!」


トール「――小林、さん……? なんで……」

トール「まさか、記憶が――!」

小林「いいや。ごめん、結局君の事、誰だか思い出せないままだ」

トール「っ! ………………………」

小林「君は私の事、とても大切に思ってくれてるみたいだったのに……」

トール「………………………」



ザアアアアアアアア……



小林「――――けど」

トール「…………?」

小林「たとえ誰だか分からなくたって…… あんな悲しそうな顔で走り去ってしまった君を放っておける程、私は薄情な人間じゃないつもりだよ」

トール「…………!」ドクン

小林「聞かせてほしいんだ、君が知っているだろう、君にとっての私の事を」スッ(手を伸ばす)

トール「……………………」

トール「…………う゛」

小林「う゛?」

トール「う゛、う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛…… う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」ダパーッ

トール「小゛林゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」ガシーッ(伸ばされた手を取る)

小林「うわっ!? とととっ……」ヨロッ

トール「や゛、や゛っばり゛小゛林゛ざん゛は゛、記゛憶゛があ゛っでも゛な゛ぐでも゛小゛林゛ざん゛でず~~~~~!!」ダバダババー

小林「あ、あはは……」ポリポリ

本日はここまでとなります。ここまでで話全体の3割程度となる予定です。

ストックが切れたので、次の投稿はまたしばらく書き溜めてからとなります。

アニメ2期が始まる7月初めまでに完結するのが理想ですが、生来の遅筆故、とりあえず7月末までの完結を目指して頑張ります。

それではまた~。

大変遅くなりまして、気付けば2か月近く経ちました。(汗)

再開していこうと思います~。


【人通りの少ない路地】

ザアアアアアアアア……



トール「ヒグッ…… ヒグッ…… エグッ……」ベソベソ

小林「………………………………………」

トール「グスッ…… グスッ……」スンスン

小林「………………………………………」

トール「スウー…… ハアー…… ――――ふう……」

小林「……落ち着いた?」

トール「……はい。ありがとうございます、小林さん」

小林「そう、良かった」ニコッ

トール「はい。 ……えへへ……♪」

小林「? どうかした?」

トール「いえ、何だか安心してしまって……」フフッ



トール(ああ、さっきまでの不安が嘘の様に、快い心地だ)

トール(小林さんの優しいまなざし。小林さんの嗅ぎ慣れた香り)

トール(そして、小林さんの手のぬくもり……)

トール(私が泣いている間、ずっと無言で手を握ってくれていた)

トール(記憶の有る無しに関わらず、小林さんはやっぱりとっても――)



トール「――ええ、本当に、ありがとうございます、小林さん」ニコッ

小林「な、何だか照れ臭いな…… へへっ、うん、どういたしまして」ニッ


ザアアアア…… ザア…… 

パラパラ…… ピチョンピチョン……



トール「……あ。雨が……」

小林「うん、小降りになってきた。通り雨だったみたいだね、良かった」

トール「……あ、そういえば、小林さんは、どうして私がここに居ると……?」

小林「ん? いやー、ここに居ると分かった訳じゃなくて、君が去ってしまった後、町の中をあちこち探し回ってたというか……」

トール「え、町中を、お一人でですか!?」

小林「いや、一人ではなく、協力してくれた人が…… あ、そうだった」ゴソゴソ

トール「?」

小林「いやね、君を探すのを手伝ってくれてた人がいるから、ここに電話で呼びたいんだけど、いいかな?」

トール「あ、はい。構いませんけど……」

小林「良かった、じゃあちょっと待ってて」カチャ プルルルル……

トール(手伝ってくれてた人? それって一体……)



プルルルル…… プルルルル……

ガチャッ



小林「もしもし? ……うん、彼女見つかったよ。ん、ありがとう。 ……なので合流したいんだけど……
   うん、じゃあ場所伝えるね。えーとここは大通りから――」

トール(親し気で気安い感じ―― むう、相手は誰でしょう……)プウ

小林「――うん、それでそこを曲がった路地。うん、じゃあ待ってるね。気を付けて」ピッ

小林「ごめんね。すぐ来ると思うからちょっと待っててね」

トール「あ、はい……」



………………



【数分後】

トール「……まだですかね?」

小林「多分そろそろ…… おっ?」



???「……~い ……お~い、小林さ~ん!」バシャバシャ



小林「うん、来たみたいだね。お~い!」

トール「……ん? あの人は……」



滝谷「……いや~、小林さん、お待たせ~!」フウフウ

小林「お疲れ~、急がせちゃったみたいでごめんね」



トール「………………げ」(苦々しげな顔)



滝谷「な~に、問題ないさ、これくらい」フウ

滝谷「で、その子が探してた子かい? ああ、言ってた通りの美人さんだね。本当に覚えがないの、小林さん?」

小林「いやー、恥ずかしながら……」ポリポリ

トール「…………………………」ブスー

滝谷「では僕も挨拶を、お嬢さん。僕の名前は――」サワヤカー

トール「知ってます。滝谷……さん、でしょう」ハア

滝谷「――へ?」ポカン

小林「あ、滝谷君の事も知ってるんだ」ヘー

トール「はい、まあ…… 一応」

滝谷「え、本当? こりゃ僕も小林さんの事言ってられないな…… 全然覚えがないや、ごめんね?」ペコリ

トール「いえ、別に……」ツーン

滝谷「?」


滝谷「それでその、君の名前は――」

小林「――ん? あ! そう言えば何だかんだ私も名前、聞いてなかった!」

トール「あ、そう言えば……」

小林「やーうっかりしてた。えーじゃあ改めまして…… どうやら知ってる様だけど、一応、私は小林と言います。
   ……君の名前、教えてくれるかい?」

トール「私は…… トールです。トールとお呼び下さい、小林さん」

小林「トール…… トールちゃん、だね」

トール「っ!!」ズッキューン!

トール「も、もう一度! もう一度呼んでもらっていいですか、小林さん!」フスフス

小林「え? う、うん…… トールちゃん?」

トール「~~~~~~!!(ちゃん付けめちゃくちゃ新鮮~~♡♡)」ジタバタ

小林「あ、あはは、よろしくトールちゃん……」

トール「はい!! よろしくされましたトール“ちゃん”です!!」ビシッ

滝谷「僕もよろしく、トールちゃん」

トール「あなたは馴れ馴れしく呼ばないで下さい、滝谷さん」ジロッ

滝谷「え? あ、うん、じゃあ、トール君で……(な、何か僕に対して妙に冷たい……)」アハハ……

トール「……まあ、それくらいなら認めましょう、甘んじて」ツーン

小林「え、何? 仲悪いの二人共?」

トール「いーえ、全然♪」ニコーッ

滝谷「いや、僕も覚えはないんだけど……」アハハ……

小林「なら良いけど……」

トール「………………………」ニッコリ ゴゴゴ

滝谷(笑顔なのに凄い圧を感じる…… ヤブヘビっぽいので触れないでおこう……)(汗)

滝谷「……ちなみに、小林さん。トールと言う名前に聞き覚えはある? 僕はないけど」ヒソヒソ(小声)

小林「いんや、私もない」コソコソ(小声)

滝谷「そっか…… 思い付くのは北欧神話の雷神とかだけど……」ヒソヒソ(小声)

トール「あ、そいつとは全く関係ないです」サラッ

滝谷「うおっ、聞こえてた!?」ビクッ

小林「地獄耳だね……!」ビクッ

トール「そ、そんな、小林さん、地獄の様な耳だなんて、照れちゃいます……♡」テレテレ

小林・滝谷((照れるポイントが何かおかしいな……))


滝谷「……さて、合流もした事だし、小林さん」

小林「そうだね。小降りになったとはいえ、雨の中こんな所で立ち話も何だし、急だけど家に行かない? トールちゃん」

トール「家?」

小林「うん、滝谷君のアパートなんだけど……」

トール「え? 滝谷さんのアパートと言うと…… 〇〇町のあのアパートですか?」

滝谷「え!? 家の住所まで知ってるの!?」

小林「え、マジで!?」

トール「あ、はい……」タドタド

小林「はー…… いよいよちょっとした関係じゃ済まなくなってきたねー……」

滝谷「えー……? 家の住所なんて親しい相手にしか教えてないはずだけど、それを忘れてる……?」ブツブツ

トール「あ、あの、何だか、すみませ……」オドオド

小林「ん? あーいや、大丈夫だよ。驚いただけで、特に怪しんでるとかではないから」

滝谷「……うん、そうだね。その辺も含めて、家に行ってから話を聞かせてもらえれば良いさ」

トール「お二人共……」

小林「さあ、行こうか、トールちゃん」スッ(手を差し出す)

トール「……はいっ!」パシッ(手を掴む)


滝谷「――と、その前に」

トール・小林「「?」」

滝谷「トール君、そんなに濡れてちゃ風邪ひいちゃうよ。ほら、タオル持ってきたから使って」スッ

小林「あ、そうだよね!? ああ、そう言えば服もびしょ濡れで…… ごめん、とりあえず今は私の上着だけでも貸して――」ワタワタ

滝谷「いやいや、小林さんも肩とか少し濡れてるじゃない、ほら別のタオル。彼女には僕のコート貸すから――」

トール「あ、いえ。私は大丈夫ですので、お気遣いなく」

小林「え? いやいや何言ってんの! 変に遠慮なんてしなくていいから!」

滝谷「そうだよ、若い女性が体を冷やすなんて――」

トール「いえ、遠慮とかではなく…… あー、いや、そうか……」

トール「……どうせ後で説明が必要な事だし、今見せちゃった方が早いですかね」

小林・滝谷「「?」」

トール「ちょっとお待ちを…… ふん!」



ニョキニョキ!(角) ニョキニョキッ!(翼) ボロン(尻尾)



小林「――――」ポカン

滝谷「――――」ポカン

トール(竜人形態)「……フー、どうですか? 私は実は人ではなくドラゴンなので――」フッフーン

小林「……あーコスプレ? コスプレイヤーさんなのかな?」ポン

滝谷「中々すごい早着替えだね……」フーム

小林「あ、じゃあオタク関係の知り合いなんじゃない? コミケで出会った子とか……」

滝谷「ああ、ありそうだね。でもこんな可愛いコスプレイヤーさんの知り合いを忘れる事は……」

トール「……むう、この姿ではいまいち伝わらないみたいですね…… ならば!」スタスタ

小林「? どしたの、距離を取って?」

トール「そのまま離れてて下さいねー、行きますよー……!」ズズ……

小林「へ?」



ムクムク、ズズズ……!



滝谷「え、いや、ちょ……!?」



ムクムクムク、ズゴゴゴゴ……!



小林・滝谷「「うわわわわわわ!?」」グラグラ



ズズーーーン……!!



トール(竜形態)「………………………」ゴゴゴゴゴ

小林「          」ポカーン

滝谷「          」ポッカーン


トール「………………………」

トール(二人共、唖然としてしまっている。必要な事だったとは言え、やはり怯えさせてしまったかな……)シュン

小林「……はえー…… マジかー……」

滝谷「ドラゴン、いるもんなんだねー、実際……」

トール「へ?」キョトン

小林「あ、ちょっと触ってもいい?」

トール「あ、はい、ど、どうぞ……」

小林「おーこれが鱗、硬くてすべすべ……」ペタペタ

トール「あ、ん……♡」ピクッ

小林「あ、でも温かくて、鱗の下で筋肉が脈打ってるのが分かる。スゲー、リアルー……」プニプニ

トール「あ、あん、あへ……♡」ピクッ ピクリッ

小林「あ、ごめん、不躾にベタベタと触っちゃって…… 大丈夫?」パッ

トール「は、はい、全然……♡」ハアハア

滝谷「あ、じゃあ僕もちょっと触らせてもらっても……」

トール「あ、滝谷さんは駄目です」キッパリ

滝谷「え、ええ~、そんな~……」ショボーン

トール「というか、その外行き用のキャラを続けられるの、いい加減に寒気がするんで、いつものオタク口調に戻ってもらっていいですか?」

滝谷「――――ほほう?」ピクッ

小林「へえ、滝谷君の素まで知ってるんだ?」

トール「ええ、まあ。ほら、いつものぐるぐる眼鏡でも掛けてて下さい」

滝谷「――ふっふっふ。ご要望とあらば見せざるを得ないね。なら僕の真の姿!刮目して――」ドドドドド

トール「あ、そういうの良いですから。するならさっさとして下さい」ズバッ

滝谷(眼鏡ON)「ええ~つれないでヤンスね」カチャ

小林(あ、普通に掛けた……)


トール「――では、どうやら私がドラゴンだと信じてもらえた様ですので、人型に戻りますね。小林さんはまた離れて頂いて……」

小林「あ、了解」スタスタ

トール「ふっ…………!」



シュルルルル……



トール(人間形態)「……よっと」ポシュン

小林「おおー、女の子に戻った」パチパチ

滝谷「……大丈夫でヤンス? さっきのドラゴンの姿、他の人に見られてたりすると……」キョロキョロ

トール「あ、お二人以外には見えない様、認識阻害の魔法を使っていたので大丈夫です」

滝谷「あ、そういうのもあるんでヤンスか……」ハエー

小林「ドラゴンに魔法、まさしくファンタジーだね……」ホヘー

トール「……………………ふふっ」

小林・滝谷「「?」」

トール「……1年前もそうでしたが、お二人はわりかし、すぐ受け入れてくれますよね。私がドラゴンという事」

トール「1年前はそういうものかと思いましたが…… 今改めて考えると、やっぱり他の一般人と比べてかなり順応性が高い様に思います」

滝谷「1年前が、というのは良く分からないでヤンスが……
   そりゃまあオタクだから、ファンタジーを受け入れるのは当然でヤンスよ。ねえ小林殿?」チラッ

小林「いや、オタクでもリアルはリアル、フィクションはフィクションだと区別してる人もいっぱいいるんじゃないの、多分?」

滝谷「……小林殿、それでは受け入れてる我々が、現実と妄想の区別ができない厄介オタクだと言っている様ではござらんか?」

小林「ああ゛~ん? 誰が厄介オタクだってぇ~?」ギロッ

滝谷「ひい! 冗談でヤンス、冗談でヤンスよ~」ナハハ……

トール「………………………」フフッ


小林「まあ後は何と言っても……」ニヤッ

滝谷「ええ、何と言っても!」ニヤッ

トール「?」



小林・滝谷「「メイドだから!!」」ドドンッ!



トール「!」

小林「こんな金髪美人のちゃんねーがメイド服着て会いに来てくれてるんだぞ!? もうその幸運だけで大体何でも許せちゃう!」ムハー

滝谷「メイドさんは2次元ならともかく、リアルではメイド喫茶やコスプレイベントなどの特殊な場でしかお会いできないでヤンスからね~、
   まさしく眼福というもの!」フスー

小林「しかもその上ドラゴンだって? そんなん属性が増えてむしろお得! いいじゃんドラゴンメイド、いやさ“メイドラゴン”!」

滝谷「お、いいでヤンスねー、メイドラゴンという呼称。4年半くらい前から知っている様に不思議と馴染む響きでヤンス」

小林「メイドと言えばさ、最近は――で――――だけど――――私は――――」ケンケン

滝谷「それは一理ありますが、オイラの考えは――――であって――――は――――」ガクガク



ギャーギャーギャーギャー……



トール「…………ふ、ふふふっ!」クスクス

トール(こういう所は記憶が無かろうが、全く変わってないんだな、二人共)

トール「お二人共、ありがとうござ――――」

小林「――メイドはホワイトプリムがメイドキャップがうんぬんかんぬん!」

トール「……あ、あの…………」

滝谷「いやいやヴィクトリアンがフレンチメイドがどうたらこうたら!」

トール「……あの~……………………」

小林・滝谷「「パーラーメイドがハウスキーパーがメイドオブオールワークスがちんぷんかんぷん!」」

トール「……あ、あのー!!」

小林・滝谷「はっ!」

トール「二人とも、そろそろ~……」アハハ……

小林「そ、そうだった…… ごめんねトールちゃん…… ヒートアップしちゃって……」ハハ……

滝谷「右に同じく、申し訳なし……」タハハ……


滝谷「……えー、それで、何だったでヤンスか…… あ、そうそう。
   結局トール殿は、『ドラゴンなので服が濡れてても体は大丈夫』、と言いたかったのでヤンスか?」

トール「はい。服も魔法で直ぐに乾かせるので、着替えやタオルのお気遣いは結構です」

小林「そっか…… でも」スッ(傘を半分差し出す)

トール「!!」

小林「わざわざ濡れていく必要もないでしょ? 一緒に傘、入ってこうよ」ニッ

トール「(小林さんと相合傘!?)は、はい♡喜ん――」

滝谷「あ、ちなみに予備の折り畳み傘も持って来てあるから、相合傘せずとも――」ゴソゴソ

トール「ア゛゛゛゛゛?」ギロリンチョ

滝谷「――と思ってたけど、どうやら忘れて来た様なので二人は相合傘で帰ってほしいでヤンス」スン……

トール「はーい♪」

小林「はいよー」

滝谷「そ、それじゃあ、行くでヤンスか…… あ、いや」カチャ

滝谷(眼鏡OFF)「――じゃあ、行こうか。アパートへ」サワヤカー

トール「……何で眼鏡取ってから言い直したんですか……」

滝谷「いやあ、オタクモードで往来を歩くのは流石に気恥ずかしいので……」アハハ


【移動中】

テクテク テクテク テクテク……



小林「…………」テクテク

滝谷「…………」テクテク

トール「…………」テクテク

トール(……しかし、つい聞きそびれてしまったけど、何で向かうのが滝谷……さんのアパートなんだ?)

トール(確かにまだ捜索してなかった所だから、私としても見る価値がない訳ではないけど……)

トール(うーん、正直興味が湧かない。小林さんの家の方が5000兆倍行きたい)



テクテク テクテク……



トール(……そういえば)

トール(小林さんは、今何処に住んでいる事になっているんだろう――?)



滝谷「はい、到着したよー」

トール「!」ハッ

小林「大丈夫? ボーっとしてたけど」

トール「あ、はい、大丈夫です。ちょっと考え事してたので……」

滝谷「じゃ、どうぞトール君、遠慮なく上がってって」ガチャ

トール「あ、どうも。お邪魔しまーす……」パタパタ

小林「はーい、私もお邪魔しまーす」トテトテ

滝谷「いやいやw」

小林「へっへw」

トール「?」キョトン


…………………………………………

【滝谷宅・リビング】

カチャカチャ トポポポ……



滝谷「――はい、お茶。どうぞ、トール君」カチャ

トール「あ、どうも……」ズズー

小林「滝谷君、やっぱ私も手伝おうか?」

滝谷「いやいや、小林さんは座ってて良いよ。ちょっと休んでて」

小林「でも……」

滝谷「どうやらトール君は、どちらかと言うと小林さんへの来客の様だしね。ならこういうおもてなしは僕がやっとくよ。はいお茶」カチャ

小林「えー? 滝谷君の事も知ってるんだから二人の来客でしょうに…… まあいいや、お言葉に甘えとくよ。ありがとう」ズズー



カチャカチャ カッチコッチ トポトポ……



トール(何だろう、先程から二人の会話に、妙に引っ掛かる所がある様な――)ズズ……



滝谷「さて」カチャ

トール「!」ピクッ

滝谷「一服して落ち着いただろう所で、そろそろ本題に入ろうかと思うんだけど、いいかな? トール君、小林さん」ヨッコイセット

小林「私はいつでも。トールちゃんは?」チラッ

トール「え、えっと、はい、その……」カチコチ

小林「……焦らなくていいよ、トールちゃん」ニコッ

トール「!」

滝谷「うん。君のペースで、ゆっくり話してくれて大丈夫だから」ニッ

小林「そうそう、私達、そんな急ぐ用事がある訳でもない暇な大人だからw」ヘヘッ

トール「――――――――」ギュッ

トール「……スーーー…… ハーーー…… スーーー……」

トール「――――はい。大丈夫です!」ニコッ

小林「――うん。それじゃあ聞かせて欲しいな、君が知っていて私達が知らない、君にとっての私達の事を」

トール「はいっ!」


トール(それから私は二人に、私が覚えている限りのこの1年間の思い出を語った)



………………。  ……、  …………!  ……………………  ………………。



トール(小林さんと出会ってからの事、その全てを語ればきっと何日も掛かるだろうから、なるべく要点だけのつもりで――)

トール(――けど、それでもたくさんの事を語った)

トール(当然。だって、この1年間、小林さん達との思い出のない日なんて、1日だってなかったんだから――)



…………………?  …………………………………。  ………………!  ……。



トール(二人は、途中いくつかの質問を挟みはしたが、少しも否定をする事はなく、ただ静かに私の話を聞いてくれた――)

トール(そして――――)



…………………………………………………………………………………………………………




【約1時間後】

トール「――――と、ここまでが、今私がここに居る次第です」フウ

小林「はっは~~~~……」ホエ~

滝谷「………………………」

トール「……あの、どう、でしたでしょうか、お二人共。聞いてみて……」オズオズ

小林「ん? んーそうだね、やっぱまずはビックリはした……かな。ね、滝谷君?」ズズー

滝谷「うん。異世界に魔法、ドラゴンの実在…… そしてそんな力あるドラゴン達と僕達が交流していたという話……
   確かにニワカには信じがたい内容ではあったね」ズズー

トール「………………」

小林「――でも同時に、信じても良いと思えるくらいに、リアリティのある話でもあった」ニコッ

トール「!」

滝谷「僕も同意だね。トール君含め、話に出てくるドラゴンの方達はみんな生き生きとしてて、
   確かな人格……いや、ドラゴン格?を感じられたよ」

小林「話の中での私達の言動も、一つ一つが何だかとても納得するというか。
   『うわー、もしそういう状況になったら、確かに私そういう事言いそうー!』って感じで」

滝谷「分かる分かる。僕らのオタクムーブや会社での立ち位置とか、すごく精緻で正確だったね。もう怖いくらい」フフッ

トール「………………」ホッ

小林「た、ただ…… 私がトールちゃんの命の恩人?だとか、
   何かやけに話の随所で私の事が持ち上げられてたのが、何だか気恥ずかしくはあったけど……」テレテレ

滝谷「そうだね。話の中でトール君だけでなくカンナちゃんにエルマさん、
   そして終焉帝というトール君のお父さんも説得してて、まさしく物語の主人公って感じの活躍だったね」ニヤッ

小林「う、うるせいやいっ!」ガーッ!

滝谷「よっ!我らがヒーロー、小林さん!」ヤイヤイ

トール「はいっ!小林さんは、まさしく私にとって一番の英雄《ヒーロー》ですっ!」フンスッ

小林「や、止めてってば! トールちゃんまでっ……」カアァ

トール(ふふふ、照れてる小林さんもカワイイ~~♪)

滝谷「安心してよ小林さん。そういうカッコいい所も含めて小林さんらしいって、本気で思ってるからさ」ニコニコ

トール「ええ、大変遺憾ですが、それについては完全に同意見ですね」ニコニコ

トール・滝谷「「(^_^) (^ω^)」」ニコニコ

小林「な、なんだよ、もぉ~……」カアアアア


小林「……コ、コホンッ! とにかくっ! トールちゃんの話は分かったっ!」ゲフンゲフン

トール・滝谷((強引に話題を変えたな……))

小林「――騙そうとする様な悪意は感じなかったし、恐らく嘘をついてはいないんだと、私は思ったよ」

トール「じゃ、じゃあ、信じて頂けるんですね……!」ギュウッ

滝谷「うん。僕もこれが詐欺だとか、ましてや人違いとかの話ではないのは分かったよ。
   とても詳細で、真に迫った説得力のある内容だった。だからこれは本当にあった話――」

トール「お二人共……!」パアッ……

滝谷「――で、あるか、もしくは」

トール「え?」ピタッ



滝谷「……君が、僕達のプライベートを隅々まで調べ上げた上で、
   その情報を元に『一緒に暮らした記憶』を詳細に作り上げられる程に極度の妄想癖のある子であるか、だ」



トール「――――な――――」サアッ



小林「ちょっと滝谷君、言い方っ!」キッ

滝谷「うん、意地悪な言い方をしたのは謝罪するよ。
   けれど意地悪だろうが捻くれていようが、それもまた現時点では否定できない、可能性の一つだ」

小林「でも、じゃあさっきの道中で一緒に見た、あのドラゴンの姿はどうなのさ。私なんか触って質感も確かめたんだよ?」

滝谷「そうだな……。例えばトール君は高度な催眠術を習得していて、僕達はあの時リアルなドラゴンの幻を見せられていた、とか?」

小林「っそんなの、魔法やファンタジーと同じくらいっ――」

滝谷「ああ、同じくらい荒唐無稽で、フィクションの様な話だね」

小林「んぐっ……!」グウッ

トール「………………滝谷さんは」ポツリ

滝谷「ん?」

トール「滝谷さんは、やはり魔法やドラゴンなんて非現実的で、信じられないと思ってるって事ですか……?」

滝谷「いやいや! 誤解しないでほしいんだけど、既に僕も9割信用していいと思ってるさ。信用したいともね」サラッ

トール「え?」キョトン

滝谷「だけど現状、まだ最後の1割を信用するにはどうしても無視できない、大きな認識の齟齬があるからね……」フウ

トール「認識の、齟齬……?」

滝谷「ああ…… この一年間の、『僕達にとっての記憶』とのさ。それは小林さんも分かってるだろう?」

小林「むっ……。そりゃ、分かってるけど…… あんな言い方……」プンプン

滝谷「ごめんごめん。ああ、トール君もごめんね。上手い言い方が思い付かなかったものでさ……」タハハ……

トール(――ああ、そうか)

トール(言い辛くても誰かが一度、はっきりと言っておかなきゃいけない事を、自分が言って憎まれ役を買って出た、という事ですか……)

トール(全く、この男は普段おちゃらけているくせに、こういう所があるから……)ハア

滝谷「トール君?」

トール「別に、気にしてませんよーだ。けど、人間風情が調子に乗らないで下さいね」プイ

滝谷「あ、あはは……」ポリポリ


トール「小林さんも、私の為に怒ってくれてありがとうございます。けど、大丈夫ですから」ニコッ

小林「……そう? まあ、それならいいけど」

トール「ええ。それより今は、話を進めましょう」

滝谷「ああ。今度は僕達が語る番かな、この一年間で僕達が経験してきた記憶について」

トール「はい、それでお願いします。……小林さんもそれで良いですか?」

小林「あ、うん、勿論! ……えっと、けど、何から話そうか……?」

滝谷「うーん、基本的にはトール君の話と大きく異なる点だけ掻い摘んで話せばいいかな。出来れば時系列順で……」

滝谷「あと、二人で話すと混乱しそうだから、語りは主に小林さんに任せていいかな? 僕は補足説明とかのフォローに回らせてもらうよ」

小林「野郎、さりげなく面倒臭い部分をこっちに割り振って来やがったな……! まあ別にいいけど!」

滝谷「いやいや、小林さんに語ってもらった方がトール君的にも嬉しいかと思っただけさ」ハハハ

トール「はい、お願いします、小林さん。……聞かせて下さい、お二人にとっての記憶というものを」ジィッ

小林「……うん、分かったよ。じゃあ、語らせてもらうね」

小林「――でも、上手く話せなくても、怒らないでね?」ヘヘ……

トール「大丈夫です! 小林さんのお言葉なら常にどんなものでも、一言一句過たずに心の言行録に刻んでいますから!」フンス

小林「いやそれは流石に大げさだと思うんだけど……」カアァ

トール「そんな事ありません! 私はいつか小林さんの事を『小林列王伝』として歴史書に編纂する気でいますからね!
    一次資料はあるに越した事はありません!」バーン

小林「こっ恥ずかしいな!? というか私は王ではないし、生涯なる気もないからね!?」



……………………………………………………

本日はここまでとなります。ここまでで話全体の4割程度の予定です。

7月末までの完結を目指すと書いたのは何だったのか、まだまだ時間がかかりそうです。

働きながら書くのは大変だろうと予想はしていたものの、予想以上でした…。

アニメ2期もとっくに始まっちゃいましたね。OP・ED共にめちゃくちゃ大好きになりましたが、見る時間ガガガ…。

現状の更新の目標は、アニメ2期が終わるだろう9月末までの完結としておきます。……できたらいいなあ。

それではまた~。

こんにちは。気付けば2か月近く経ちました。(二回目)(汗)

情けないですがまだ続きが書けてないので、今回はスレ保守を兼ねての近況報告となります。

もうすぐアニメ2期も終わりそうですね…。9月末までの完結目標と書いたのにどんどん有言不実行になっていく自分が悲しいなあ…。

とは言え元々自身が遅筆なのは分かっていたので、ここで辞める気はありません。

ですので今後は年末完結を最終目標としつつ、まずは近日中に一部更新できる様に励むつもりです。

それではまた~。

近日中(約2か月)(滝汗)

本日は少しですが、再開していきます~。


……………………………………………………

小林「えーコホン、では改めて語らせてもらおうと思うけど……」

小林「……やっぱ、初めに語るべきは、一年前の夜の事かな?」

滝谷「うん、そうだね。やはり恐らく、それが最初の相違点だ」

トール「一年前……となると、私と小林さんが出会った夜の事ですか?」

小林「うん。……いや、そう言うと、語弊があるんだけど……」

トール「……と、言うと……?」

小林「うん、その、言い難くはあるのだけど……」

小林「……私にはその日、トールちゃんと……というか誰かと出会った記憶はないんだ」

トール「――!」

トール「……………………」ギュッ

小林「トールちゃん……」

トール「……いえ、予想の範囲内です。続けて下さい」フー

小林「……うん、分かったよ」コクッ

小林「――1年程前、仕事がクソヤバかった日があったんだ」

トール「へ? ク、クソヤバ……?」

滝谷「フフフ…… 思い出すだけで怖れを通り越して笑えて来るね……。
   ラグナロクやアルマゲドンという言葉が頭をよぎったのを覚えているよ……」ゲッソリ

トール(あの終末戦争と同等の……!? 一体どれ程の……)ゴクリ

小林「まあ、あの頃はぶっちゃけほぼ毎日そんなもんだったとも言えるけど…… その日はひと際ヤバかったね」(遠い目)

トール(ほぼ毎日……!? 二人はエインヘリヤルか何かなのかな……?)ゴクリンチョ


小林「とにかく激務やら上司からの暴言やらでストレス溜まってた私は……
   えー、その日の夜にヤケ酒して泥酔した挙句…… その、電車を変な所で降りて山の中を彷徨った事がありました」タドタド

滝谷「いやー、後で話を聞いた時は僕もびっくりしたよ……」ハハ……

小林「うっ、面目ない……」シドロモドロ

トール「そ、それで! その後は――?」

滝谷「んー、結局あの時どうしたって言ってたっけ?」

小林「それが、その~……」ポリポリ

小林「……結局歩き疲れて山の中で寝過ごして、それで朝に目が覚めて…… そのまま家にも帰らず慌てて出社したんだよね、確か」

トール「!」

滝谷「あーそうそう、その時は小林さん、妙に葉っぱや土で汚れた姿で出社してた記憶があるよ」ハハ

小林「いや~、あの時は恥ずかしかった……」タハハ……

トール「そう、ですか……」

トール「……あ、あの! その彷徨ったという山は、〇〇市の××山という所ではないですか? △△駅が最寄り駅の……」

小林「ん? えっと、どうだったかな……」

滝谷「ちょっと待って。 ……はい、G〇〇gle Mapアプリで調べてみたよ、どう?」スッ

小林「おっ、サンキュ。――あー、確かに降りた駅はこんな名前だった気がする……かな? ちょっと記憶がおぼろげで申し訳ないけど」

トール「……いえ、ありがとうございます」

小林「トールちゃんの話で、私とトールちゃんが出会ったというのはこの山、という事なのかな?」

トール「はい、間違いありません」

小林「そっか……」

トール「……………………」ウーム

トール(……どちらの話でも、あの日の夜に小林さんが酔ってこの山を彷徨った事は共通している。
    違うのは、私達が出会わなかった事になっている点だけ……か)


トール「……分かりました、ありがとうございます。続きをお願いします」

小林「ん、了解。えー、次なんだけど、その山中を彷徨った日から数日後……」ピタ

トール「?」

小林「………………………………」ズーン

トール「あ、あの、小林さん?」タジッ

滝谷「……話し辛いかい、小林さん? やっぱり僕が話すのでも良いけど……」

小林「……いや、良いよ。今はもう大丈夫。ちょっと思い出してただけだから」ニコッ

滝谷「そうかい? ……無理はせずにね」

トール「??」キョトン

小林「待たせてごめんねトールちゃん。それで、次の話は山中を彷徨ってから数日後の事なんだけど……」

トール「は、はい!」

小林「えーその、ワタクシ小林、その、実は……」ポリポリ

トール「実は……?」



小林「……空き巣に遭いました……」ズーン



トール「ああ、空き巣に…… って、えええええ!?」ガビーン


トール「空き巣ってつまり、ええと、ど、泥棒に家を荒らされたって事ですよね!? な、なぜそんな事に……!」ワタワタ

小林「いやー…… 元々その頃この辺りでは、空き巣の被害が既に何度も報告されていてね。行政から注意勧告がされてたりもしたんだ」

滝谷「当時は結構ニュースでも取り上げられててね。
   なんでも手口のソツの無さから見た所、指名手配もされてる様な“やり手”の窃盗犯二人組による犯行ではないか、なんて言われてたりもしたね」

小林「とは言え『まさか自分が被害に遭いはしないだろー』なんて油断してたら、しっかり私もやられちゃったって訳。いやー馬鹿だねーホント」ヘヘヘ

トール「そんな、小林さんのせいじゃ……!!」

滝谷「そうさ、自分を卑下しちゃいけないよ、小林さん」

小林「いやあ、でも幸い加入してた火災保険が盗難にも対応してて、
   ある程度は家財補償もしてもらえたから、実はそこまで金銭的被害はなかったし……」ヘラヘラ

滝谷「それでも、精神的ストレスは酷かっただろう? 警察の事情聴取や保険会社との連絡で忙しくもあったみたいだったし」

小林「……うん、あの時は、仕事のフォローありがとね、滝谷君」

滝谷「いやいや、それぐらい何て事はないさ」ズズー

トール「そんな、大変な事があったなんて……」

トール(――ん? 空き巣というと――)ホワンホワン



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



【1年前・小林宅の玄関】

空き巣A『――この部屋の人間は出払っている時間だ』フッフッフ

空き巣B『さっさと済ませよう』クックック



カチャカチャピン ガチャ ギイッ……



トール(竜形態)『………………』フシュルルル



空き巣A『――――』
空き巣B『――――』

トール『――――――――グオォォォッツ!!』ゴアァ!!

空き巣A・B『『~~~~~~~~~~ッッッツ!!!(声にならない悲鳴)』』



クルッ ダダダダダダダダダッ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



トール(――確か、小林さん宅に住み始めてすぐの頃、そんなのを追い払った様な記憶がある気も……)

トール(そう言えばその後テレビで、
    『指名手配犯の空き巣、まさかの自首?“守ってくれ”と錯乱した様子も――』なんてニュースもやってた様なやってなかった様な……)ホワンホワン


小林「トールちゃん?」

トール「ハッ! ……い、いえ、ともかく、そんなとても災難な事があったんですね…… ん?」

小林「………………………………」

滝谷「………………………………」

トール「え、なんですかお二人共、その意味ありげな沈黙は…… 怖いんですけど」タジッ

滝谷「いやー、そのー、ねえ…… 話はこれで終わりでないというか……」シドロ

小林「この後の方が、空き巣以上に大変だったというか……」モドロ

トール「い、一体何が…… 気になりますから教えて下さいよ!」

小林「……そのー、あんまり驚かないでね?」

トール「大丈夫です、今の空き巣被害の事で充分驚きましたから! ドーンと来いです!」ドンッ

小林「そう……? じゃあ、続き話すね。空き巣被害に遭った数日後の事なんだけど……」

トール「はい!」フンス



小林「……会社をクビになりました……」ズズーン



トール「ははあ、会社をクビに…… って、どええええええええええ!!?」ガガビーン

小林(やっぱり驚いた……)

滝谷(昼とはいえ、騒音大丈夫かな……)

短く切りも悪いですが、今日は時間がないのでスレ保守代わりにこの辺で。

今週中に切りの良い所まで上げるつもりです。

それではまた~。

ハア……ハア…… 今週、中……?(すっとぼけ)

何はともあれ再開します。(また短いですが……)


トール「ななななななな、え、ク、クビって即ち、会社を解雇されたって事ですか!?」

小林「は~い、そうで~す……」ヘヘ……

滝谷「トール君、言い直さないであげて……」

トール「あ、す、すみません…… え、けど一体なぜそんな事に……!?」バタバタ

トール「だって小林さんって、かなり優秀なSE?なんですよね!
    私は詳しい仕事内容は分かりませんが、社内でも皆さんに、とても頼りにされていらっしゃったじゃないですか!」

小林「え、いや、別に私の腕はそれ程では……」

滝谷「いんや、トール君の言う通り。
   小林さんは部署内でもクオリティ・速度共にトップクラスのプログラミング能力を持つスーパーSEだったよ」ズイッ

小林「ちょ、滝谷君!?」

トール「ええ、ええ、聞いていますとも。本来一週間かかる仕事を『小林さんが1日でやってくれました』伝説!」ズズイッ

小林「いや、あれは工数の見積もりが過大だっただけだろうから――」

滝谷「いやあ、思い出すなあ小林さんの勇姿! 最後に放った『───教えてやる。これが、モノを作るっていう事だ』の決め台詞――」シミジミ

小林「おいコラ、言ってねえからな!? 捏造すんな!」カアァッ

トール「――――」フッ

滝谷「――――」ニヤリ

トール・滝谷 (ガシィッ!!)(無言の熱い握手)

トール「――あなたとは基本相容れませんが、殊、小林さんへの理解度に関してだけは認めてあげてもいいでしょう」グッ

滝谷(眼鏡ON)「ふふ、そういう時は『わかりみが深い』と言うものでヤンスよ――」カチャ

トール「これが―― わかりみ――」

滝谷「ふふ―― わかる――」



小林「二人で意気投合しないで!? あとそこ、スッと眼鏡を掛けるな!」ビシッ

トール「あ~、小林さん照れてる~! か~わ~い~い~!」フリフリ

滝谷「か~わ~い~い~!」プリプリ

小林「どつくぞ! 特に滝谷ァ!」ガーッ!

……………………………………………………


小林「はあ、はあ…… 全く、脱線し過ぎ! 話、戻すよ!?」フーフー

トール(赤くなってる小林さん、いいですよね……)コソコソ

滝谷(眼鏡OFF)(いい……)コソコソ

小林「ア゛?」ギロリ

トール・滝谷「「アッハイ、すみません」」スン……

小林「全くもう…………」フーーー……

小林「……………………さて、気を取り直して」コホン

小林「えーと話は確か、なぜ私が会社をクビになったか、という所までだったよね」

トール「はい。なぜ優秀なはずの小林さんがクビになる必要があったんですか?」

小林「それは…… と、その前にトールちゃんは、私のいた会社の所長については知ってるんだっけ?」

トール「はい。あの男尊女卑で声が喧しいパワハラクソ野郎の事ですよね」ゴゴゴ

小林「あーその…… まあ、否定はしない」ニゴシニゴシ

滝谷(トールちゃんの殺気が目に見える様だ……)ブルッ

小林「まあ、その所長についてなんだけど…… 1年前より以前から、所長のパワハラは目に余るものがあってね。私も問題視してたんだ」

滝谷「当時は特に、女性であり仕事も出来る小林さんに対して、強く当たってたね……」

小林「うん。だから私も、密かに所長からの暴言を録音したりパワハラの証拠集めをしたりして、いつか上層部にタレコミしようと準備してた」

トール(あ、そんな事してたんですね)

トール(あ、じゃあ、私の知るあの野郎がいつの間にか会社から追放されてたのは、小林さんの手によって――?)

小林「――でもね、駄目だった」

トール「え?」

小林「タレコミの前に、所長にバレちゃったんだよ。録音機を見つかっちゃってさ」


トール「え……? そ、そんな! 何で!?」ガタッ

小林「何で…… と聞かれるとその、所長と会話中に、懐に忍ばせた録音機を不注意でこう、手が滑って床に落としちゃって……」

滝谷「山の中で夜を明かしたり、空き巣に入られたりで、数日前から心身に疲労が溜まってたのも要因だろうね。
   それまでは小林さん、見事に隠し切ってたから」

トール「そんな…… で、でもそれでどうしてクビに……?」

小林「………………」

滝谷「……トール君。あの所長はパワハラも酷かったし、仕事においてお世辞にも有能という訳でもなかった。
   ではなぜ彼は、所長なんて役職に就けていたと思う?」

トール「え? ……分かりません。何でですか?」

滝谷「それはね…… 彼に仕事の才能はなかったが、上司に良い顔をする―― “媚を売る才能”は十二分にあったという事さ」

トール「なっ…………!」

滝谷「彼は部下に対しては横柄だが、上司に対しては驚くほど腰が低くて、媚びへつらうタイプだった様でね。
   上司をヨイショしたり、自分の部署の問題点を隠しつつ成績をアピールしたりするのもかなり上手くて、
   おかげで上層部からの彼の印象は中々良かったらしいよ」

トール「そんな馬鹿な……!?」

滝谷「更に言うと、彼は尊大な一方で、自己の保身の為なら手間を惜しまない周到さ…… いや、臆病さがあった」

小林「……うん。だから所長は、私が落とした録音機を見るやいなや、全てを察したのか―― まず即座に録音機を踏み潰した。
   『おっと、足が滑った』とか言ってね」

トール「なっ…………!?」

小林「パワハラしてた時の嘲りの表情は何処へやら、強く本気の敵意を持った――
   それでいて怯えた様な視線で私を一睨みすると、所長は凄い速さでオフィスを出て行った」

滝谷「自分のパワハラを密告される前に、小林さんを排除するために上層部に働きかけに行ったらしいよ。
   実際それから数日で、あっという間に小林さんは解雇されてしまった」


トール「そんな! 許されるんですかそれ!
    た、確かこの国の法は大分厳しくて、人を辞めさせるにもすぐに辞めさせてはいけないとかいう、なんか、あの……」

滝谷「労働基準法における“解雇予告”の事? 良く知ってるね」

トール「た、多分それです!」

滝谷「確かに通常は事業者が労働者を解雇するには、30日以上前にその予告をするか、
   又は30日分以上の賃金に相当する手当を支払う様に法で定められている」

小林「………………」

トール「な、なら!」

滝谷「しかし同時に労働基準法には“解雇予告除外認定”という制度があってね。
   天災などで事業の継続が不可能な場合の他、労働者自身に大きな問題がある場合には、
   予告も手当もなしに即時解雇する認定を受ける事が可能になる」

トール「お、大きな問題というと……?」

滝谷「長期の無断欠勤、著しく悪い勤務態度、経歴の詐称、ギャンブルなど風紀を乱す行い、横領や傷害事件などの犯罪行為――
   まあ要は“社会人としてアウト”な事した時って所かな」

トール「そんな事、小林さんがする訳が――!」

滝谷「勿論あり得ない。だが、『した事にされた』」

トール「………………!!」

滝谷「所長によってでっち上げられた小林さんの問題行動の報告を、上層部はすっかり信じて、小林さんを即時解雇した――」

滝谷「無論、小林さんも不当解雇であると反論しようとしたが、上層部からの信用は所長の方がずっと上であり、話も聞いてもらえなかった様だ」

トール「………………ッツ!」

小林「………………」

滝谷「……と、大体僕が話しちゃったけど、ごめん、小林さん。思い出すのも辛い記憶を勝手に――」

小林「……ううん、大丈夫。1年も前の事だしね。ていうかこっちこそごめんね? 代わりに話してもらっちゃって……」

滝谷「それこそ気にしないで。任せてよ、小林さん」ニコッ

トール「………………」ワナワナ


トール「――――」スック

小林「あれ、どうしたのトールちゃん? 急に立ち上がって――」

トール「――いえ、ちょっと今からあの男を血祭りにあげてこようかと……」ゴゴゴ

小林「へ?」

トール「足を引っかけるだけなど、やはり生ぬるすぎた様ですね……
    この世に生まれてきた事を悔悟するまで嬲り尽くしてから、魂の一片に至るまで完全消滅……
    いや、地獄の最奥に幽閉してやる方が良いか……」ブツブツ

小林「ちょっと!?」

トール「我が混沌竜としての秘奥義、もとい48のメイド技を全開放する時が来た様ですね……ッツ!」ゴゴゴゴゴ

小林「待った待った! 流石に血生臭いのは駄目だって!」

トール「GURRRRRR、GOAAAAAAAAAAAAAA!!!」ビキビキ

小林「あ、これマジでやばい奴だ! ちょっと、滝谷君も止めて――」ワタワタ

滝谷「ズズー……(茶をすする音)」

小林「飲んどる場合かーッツ!」ガビーン!

滝谷「んー? あんまり止める気しないなあ……
   僕もあの所長にはこう見えても業腹だからね。痛い目見るなら見てほしいという思いは正直あるよ」フウ

小林「いや痛い目とかそういうレベルじゃなさそうでしょこれ! もっと真面目に――」

滝谷「――とは言え、僕も所長を血祭りにするのは反対かな。流血沙汰は小林さんが嫌いだし、それに――」

滝谷「――もう既に、彼は報いを受けてるからね」

トール「GURR……………」ピタッ

トール「……それは、どういう意味ですか」プシュー

小林(お、落ち着いた……)ホッ

今回も切りが悪いですが、明日も早いのでこの辺で。

少し暗いパートが続きますが、ちゃんとハッピーエンドに向かうつもりなのでご容赦を。

次回は出来る限り今週末に上げる予定です。それではまた~。

こんばんは。少し更新します。


滝谷「うん、それを説明するには、まずは先程からの話の続きを聞いてもらわなくちゃいけない。だから、ま、座って座って」ニコッ

トール「……………分かりました、聞きましょう」ペタン

滝谷「うん。さて、話は小林さんが不当な解雇を為された後の事だけど――」

小林「――――!」ピコーン

小林「あ、滝谷君! そこから先は私が話して良い? というか私が話す!」ハイハイ!

滝谷「えっ? べ、別にいいけど。どうしたの小林さん、急に……」ビクッ

小林「いんやあ? ただ滝谷君ばかりに話させるのも悪いなあと思っただけさ。元々私がメインで話すって割り振りだった訳だし、ね?」ニヤリ

滝谷「そ、そう……?(何か企んでるな……)」(汗)

小林「トールちゃんもそれでいいよね~?」ニンマリ

トール「? はい! よろしくお願いします、小林さん!」

小林「よし! じゃあ語らせてもらおうか。えー、私が解雇通知を出された日の事なんだけど……」

小林「さっきの滝谷君の話通り、私は会社の上層部からは極悪な社員として見られた様で、通知を受けるとすぐ、鬼の様に急かされてね。
   とにかく身の回りの物だけ持って、追い出されるかの如く会社を締め出されたんだ」

トール「むう…………」プクー

小林「その時は私も流石に応えて、頭が真っ白になっちゃってね。
   山を彷徨って、空き巣に家を荒らされて、更には突然職まで失って…… たった数日で、色々ありすぎた」

小林「トールちゃんの話では、トールちゃんは神との戦いに負けて、全てを失ってこの世界に流れてきた……って事だったよね?」

トール「は、はい…… そうです」コクン

小林「まあ、それと比べると命あるだけマシかもしれないけど…… 私もその時は、本当に全てを失った様に感じて、茫然としちゃったんだ」

トール「……小林さん……っ」ギュッ


小林「しばらくぼんやりとしながら、目的もなく町の中をふらふらと歩いてた。現実感がなくて、ふわふわと、取り留めのない事を考えながらね」

小林「でも、あんまり長い事歩き続けていたら、流石に足が疲れちゃってさ。何処だか分からない裏路地で、一人しゃがみ込んじゃった」

小林「気付くと会社を出てから何時間も経ってて、辺りはとっくに暗くなってて――
   その時、やっと現実味が湧いてきて。『ああ、これは夢じゃないんだな』ってさ」

小林「そう思ったら、急に悲しくなってきてさ。涙が出てきて―― でも、変なプライドがあったから、声は押し殺して、すすり泣いてて――」ポロッ

トール「っ、小林さん? それ……」

小林「え? あ、涙……」ポロポロ

小林「あはは、ごめんごめん…… 当時を思い出したら、ちょっと泣いちゃった……」ズビッ

トール「小林さん、辛いのなら無理をしなくても……」

小林「ありがとう、でも違うんだよ」ズズッ

小林「これに関しては辛いから泣いたんじゃないんだ。むしろその逆」フフッ

トール「?」

小林「そうやってしゃがんで泣いてたらさ、ある人がやって来たんだ。誰だと思う?」ニヤー

トール「え? ある人って一体……?」

小林「ふふふー、それはね~……」チラッ

トール「?」チラッ



滝谷「………………………………(無言の赤面)」カァァァァ



トール「…………えっ! 滝谷さんですか!?」

小林「うん。顔を上げるとそこには、息を切らせて汗だくの滝谷君が立ってたんだ」


トール「どういう事ですか!? 詳しくお願いします!」ズイッ

小林「うん。滝谷君はね、その時まず『やあ、奇遇だね小林さん。大丈夫かい?』って話しかけてきて。
   言葉自体はいつもの様に爽やかなんだけど、でももう凄い汗だくで荒い呼吸で言うからさ、全然爽やかな感じじゃないの」ペラペラ

小林「実際は『や、あ……ハア、 奇遇っ、だね、小林、さんっ…… ゼエ、だ、大丈夫、かい……? ゲホッ……』って感じでさ。
   大丈夫かって、こっちのセリフだよと思ったね」アハハ

滝谷「……………………」プルプル

トール「ほほう、それでそれで!」ズズイッ

小林「その時の彼、『たまたま会えて良かったよ』とか言って、いかにも偶然を装おうとしてたんだけど。
   もうその息の荒さから、私を探して走り回ってくれてたのが丸分かりだったのね」

小林「笑顔もかなり無理して作ってたのが分かったしさー。もう彼のあまりの姿に、私も涙が引っ込んじゃった」アハハ

小林「ね~、滝谷君♡ あの時の君スゴかったよね~?」チラッ ニヨニヨ

滝谷「………………………………」プルプルプル



滝谷(これが狙いか~~~…………っ!)カアアァァァ

滝谷(急に自分から話したいと言い出して、絶対何か企んでるとは思ったけど…… 僕をこっ恥ずかしがらせるためとは……ッ!)

滝谷(普段僕がからかってる事への仕返しだろうけど……。 小林殿ッ!あなたがこれを狙っていたのなら、予想以上の効果を上げたぞッ!!)ゴゴゴ



小林「あれ~~? そんなに顔を赤くしてどうしたのかな~滝谷く~ん? 熱でもあるのかな~?」ニヤニヤ

滝谷「くっ、殺せ……!」プルプル

小林「これで普段、面白半分で君に褒めちぎられている私の気持ちも多少は分かったんじゃないのかね~? ん~~?」

滝谷「悔しい、でも(反省)感じちゃう……!」ビクンビクン

小林「んん~? 聞こえんなあ~~?」グヘヘ

トール「あのー!!」ワリコミッ

小林「ん?」

トール「取り込み中すみませんが、それで、話の続きは! その後どうなったんですか!?」ドキドキ

小林「おっと良い食いつきだねトールちゃん! 知らざあ言って聞かせやしょう、男・滝谷屈指の武勇伝を!」バーン!

滝谷「こ、小林さ~ん。その先を話すのは僕が代わってもいいかな~……?」タハハ……

小林「君に話すのを任せると、この辺サラッと省略して簡単に済ませそうだからダメ~♡」ニッコリ

滝谷「うっ……(見透かされている……)」


小林「それでね、息を切らして私を見つけてくれた滝谷君はね~……」

トール「はい!」フンフン

滝谷「………………………」ムズムズ



…………………………………



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【1年前・どこかの裏路地】



…………………………………



滝谷『――ハア、ハア…… ウッ、ハア、ハア……』ゼエゼエ

小林『……滝谷君?』グスッ

滝谷『ハア、ハア…… いや、たまたま、会えてっ、……フウ、良かったよ、小林さん』フウフウ ニコッ

小林『いや、たまたまって、全くそんな感じには見えないバテッぷりじゃ――』

滝谷『そんな事より!』パンッ

小林『!』

滝谷『どうしたんだい小林さん、こんな裏路地で地面に座り込んじゃって。地面冷たいだろうに、腰痛持ちが腰を冷やしちゃいけないよ?』

小林『どうした、って……分かってんでしょ、それぐらい』プイッ

滝谷『……そうだね、ごめん。いつでも軽口を叩いちゃうのは、僕の悪い癖だね』ハハッ

小林『…………』

滝谷『…………』

小林『……滝谷君の方こそ、どうしたの、こんな所で』ポツリ

滝谷『ん? 何が?』

小林『何って、仕事だよ仕事。暗くはなってきたけど、うちの会社なら今はまだ就業時間でしょ。こんな所で油売ってたら怒られ――』

滝谷『ああ、それなら大丈夫。会社、辞めてきたから』サラッ

小林『――――――――は?』ポカン

滝谷『うん。だからさ、小林さんが会社を出て行った後、僕もあの会社辞めてきたんだ。これで僕も小林さんと同じく無職って訳』ケロッ

小林『は……はああああああぁぁぁぁぁぁ!?』ドギャーン!


小林『は? ちょ、え、辞めっtて、待っ、ちょt、なn、えぇ、はああああ!?』ワタワタ

滝谷『ははは、小林さん慌てすぎw』ケラケラ

小林『なにわろてんじゃい! え?辞めたって、もしかして、私のせいで――』サアッ

滝谷『ああ、違う違う。小林さんのせいで辞めさせられたって訳じゃ全然なくて、僕が自分で辞めたってだけだよ』

小林『えぇ……?』

滝谷『小林さんが会社を出た後、僕たち他の社員は強引に通常業務に戻されたんだけど……。
   小林さんに対するあんな所業を見せられて、僕も憤懣やるかたなくてね。気付いたら退職願書いて、所長の顔に叩きつけてた』アハハ

小林『は……はああああああぁぁぁぁぁぁ!!?』ドビーン!

滝谷『いやー、叩きつけた時の所長の顔は最高だったね。
   それまで小林さんを追い出した事への安堵からかニヤニヤしてた顔が、叩きつけた後ポカン( ゚д゚)と呆気にとられてたから』アッハッハ

小林『な……』

滝谷『所長も10秒くらいしてやっと状況を飲み込めたのか怒鳴ろうとしてたけど……
   その時にはもう僕さっさとオフィスから出る所だったから、罵声を聞かずに済んだよ』

小林『え、ちょ……』ワナワナ

滝谷『あー、でも、私物は全部持ち出したから良いものの、社員証や健康保険証は後日会社に返さないとかぁ。
   結局、正式な退職手続きの為には改めて会社と話す必要もあるだろうし、面倒だなあ。全部電話や郵送で何とかならないかな――』

小林『ちょっと待って!』ワッ

滝谷『……何だい? 小林さん』スゥッ……

小林『何の……つもりなの。滝谷君まで辞めるなんて、おかしいでしょ? 辞めさせられる必要があったのは、あくまで私だけで……』ワナワナ

滝谷『小林さん、気にしないで。これは僕なりのけじめなんだから』

小林『けじめ……?』


滝谷『そう。確かに所長のパワハラの証拠集めをしていたのは小林さんだけだったけど、
   それは本来、部署の社員全員で取り組むべき問題だったし、全員が望んでいた事でもあった』

滝谷『それを、面倒事に関わりたくない、責任を負いたくないという利己的な思いから、
   皆が小林さんに任せっきりにしてしまった。……僕を含めてね』

小林『そんなの別に、私は何とも思ってないよ……。皆、日々の業務で手一杯だろうし、目を付けられるのは誰だって嫌だろうし……。
   それに皆、滝谷君もちょくちょく証拠集めを手伝ってはくれてたし』

滝谷『業務が大変なのも目を付けられるのが嫌なのも、全部小林さんだって一緒でしょ。それに手伝っていたのだって自己欺瞞に過ぎない。
   責任は取りたくないが、何もしないのも後ろめたいから、お咎めを受けない程度にだけ手伝っておこう――っていうね』

滝谷『だけどこうして小林さんが辞めさせられて……
   それに対して、自分はこのまま変わらずのうのうと会社に居続けるのかって改めて考えると、罪悪感と自己嫌悪で耐えられなかった』

小林『……だから、けじめとして自分も辞めたって事……?』

滝谷『ま、勿論、所長や会社の上層部への怒りや失望も多分にあるけどね』フフ

小林『……でも、だからって、いくら辛くても、その場の激情に任せて会社辞めるなんて、いつも飄々としてる滝谷君らしくも……』

滝谷『……小林さん、実はもう一つ、辞めようと思った理由があるんだ。何なら、それが一番大きい理由さ』

小林『もう一つ……?』

滝谷『うん。……その、僕があの会社に居る理由が、居なくなっちゃったから……』ポリポリ

小林『……。え? あ、うん、だからその理由は?』キョトン

滝谷『あーだから、理由がさ、居なくなっちゃったんで……』タドタド

小林『いや、うん。だからその理由を聞いてるんだけど――』

小林『――ん? 無くなったでなく、“居なくなった”? それってどういう……』

滝谷『~~ああもう!! だから! 僕が会社に居た理由は、小林さんが居たからだって言ってるんだよ!』カアァ

小林『…………………………………………』ポカーン

小林『…………へ? 私!?』ガチョーン


滝谷『そうですぅ! SEの仕事自体は嫌いじゃないけど、あの会社での激務や所長には元々嫌気が差してた。
   そんな中、あそこで仕事を続けられてた一番の理由は、その……色々気の合う小林さんが居たからだ!』ダー!

滝谷『その小林さんが居なくなるなら、強いてあの会社に僕が残る意味は、ほとんど見出せなかった。――だから、辞めようと思ったんだ』

小林『滝谷君…… そこまで私の事……』

滝谷『……ま、残してきた同僚や後輩達には少し悪い気もするけど……』メソラシ

小林『ああ…… 所長の次のパワハラの標的としても、業務量的にもね……』ハハ……

滝谷『だからって、それで辞めるのを思い留まる気はなかったよ。……それでさ、小林さん。提案なんだけど』

小林『ん? 何?』

滝谷『これからはさ…… 二人で仕事、してみないかい? フリーランスのSEとしてさ』スッ(手を差し出す)

小林『!』

滝谷『開業するための手続きや、仕事を取ってくる営業、経理だとか、フリーランスとして働くための諸々の雑務は僕がやるよ。
   小林さんはSEとしての本業務を集中してやってくれればいいからさ』

小林『滝谷君……』

滝谷『勿論、上手く行く保障なんてない。
   今まで会社がやってくれていた諸般の事務を全部自分達でやらなくちゃいけなくなる訳だし、僕自身、そういうノウハウに詳しい訳でもない。
   仕事を上手く取ってこれるかも分からない。最初の数年は苦労ばかりになるだろう』

滝谷『だから、小林さんが他の企業の社員として再就職を目指したいというなら全然反対しないし、喜んで協力もするよ。
   でももし、小林さんが良ければっ――』

小林『滝谷君』

滝谷『!』ハッ

小林『ありがとう、滝谷君。それは、思ってもない程に嬉しい申し出だよ。だけどね――』

滝谷『……そうだよね、やっぱりこんな話……』シュン

小林『――そんなありがたい申し出は、こっちから頼みたいって話だよ!』ガシッ(差し出された手を掴む)

滝谷『え?』ポカン


小林『断る理由なんて何もないさ。有難すぎて申し訳ないくらいだ。やろう、一緒に!』ニギリッ

滝谷『――快諾、だね。誘っといて何だけど、良いのかい? もう少し考えなくても』ハハッ

小林『うーん、ちょっと考えたけど…… まず、他社に行っても結局またそこがブラックな環境である可能性は否めないし……』ウーム

滝谷『ああ…… いや、流石に世の中ブラックな会社ばかりではない……とは信じたいけれどもね……』ハハ……

小林『それに面接の時、実情はともかく“前の職場に予告なしの解雇をされた”って事を説明しなきゃいけないのは、
   考えるだけで面倒で気が重い……』ズーン

滝谷『うん…… 僕も他社を受ける場合“上司に退職願叩きつけて辞めました”なんて面接で言う事になるのは、かなり辛いね……』ズズーン

小林『――どうせ同様に苦労するなら、せめて自分が納得できる形の苦労をしたいよ。滝谷君となら、きっと納得できると思う』ニコッ

小林『だから……よろしくお願いします』ペコリ

滝谷『小林さん……! うん、こちらこそ、よろしくお願いします!』ペコリ

小林『うん。じゃあこれからは、パートナーとして頑張っていこうか!』ニッ

滝谷『パ、パートナーっ!? それはどういう……』ドキッ

小林『? うん、ビジネスパートナーとして、さ』サラッ

滝谷『あっ…… うん、一緒に頑張ろう、ビジネスパートナーとして』スンッ……

小林『?』キョトン



………………………………



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》




………………………………



【現在・滝谷宅?リビング】

小林「――と、これがあの日の会話の内容ってワケさ」フイー



トール「……………………」



滝谷「………………………」プルプル

小林「おんや、どうしたんだい滝谷君。両手で顔を覆いながらプルプル震えて?」ニヤリ

滝谷「いやその…… 改めて思い返すと、やっぱりあの時色々格好つけすぎたかなあって、思い出し羞恥を……」プルプル

小林「え~? 良いじゃん別に。あの時の滝谷君、すっごいカッコ良かったよ?」ケラケラ

滝谷「うう、やっぱりああいう熱くてストレートな言動は僕のキャラじゃなくて合わないと思うんだけど……」テレテレ

小林「そんな事ないよ。普段は飄々として軽口ばかり叩く優男、だけどやるべき時にはしっかりやる熱い人――。
   それが滝谷君って人間だって思ってもいいんじゃない?」ニコリ

滝谷「そうかい……? うう、でもやっぱ気恥ずかしいな……」テレテレ



トール「……………………」



小林「いやあ、でもそうしてフリーランスとして再出発するって決めた後も大変だったよね」

滝谷「ああ、特にフリーランスとして活動を始めて半年くらいは、マジでキツかったね。
   開業の手続き、営業、経理…… 全部が1からの手探りで……。失業保険も僕らの場合、中々降りなかったし」

小林「まさか会社で働いていた時より忙しく感じる事があるとはね……」ハハ……

滝谷「初め、雑務は全部僕がするって言ったのに、結局小林さんにも手伝ってもらっちゃったし…… ごめんね」ペコリ

小林「いやいや、そこは
   『二人で始めた事なんだから、私にも背負わせて欲しい。雑務についてもお互い理解していた方が、都合が良い事も多いだろうし』
   って話になったじゃない? 気にし過ぎだよ」バシバシ

小林「それに滝谷君、初めの頃は並行して正式な退職手続きの為に、会社と結構揉めてもいたじゃん。
   いくら何でも一人で全部はきつかったでしょ?」フフッ

滝谷「うん…… そうだね、ありがとう」フフッ



トール「……………………」



小林「大変だったと言えばさー、会社で使っていたプログラミング言語が結構に特殊だったから、
   業界で主流のプログラミング言語を新しく覚え直す必要があったのも地味に大変だったよね」

滝谷「ああ、業界の主流を学んで初めて、あの会社での使用言語がいかに特異というか…… まるで魔法陣の様に複雑だった事に気付いたね」アハハ

小林「そうそう。なまじそれに慣れちゃってるから変な癖付いちゃってて、矯正するのが大変で大変で」タハハ

滝谷(眼鏡ON)「とか言って小林殿、数か月で直ぐに新しいプログラミング言語に慣れちゃったんだから、やっぱ凄いでヤンスよ。
        まさしくスーパーハカーと言うに相応しい」カチャリ

小林「何その称号~、何かちょっと褒めてなくない~? あと何で眼鏡掛けた~?」アハハ

滝谷「シリアスが続きましたからな、ノリでヤンス」フフフ



トール「……………………」


トール「……………………」シーン

小林「……? トールちゃん?」ピクッ

トール「……………………」シーッン

滝谷「ん? おーい? トール殿―?」

トール「……………………」シッシーン



トール(………………………………とか)

トール(不当解雇され傷心の小林さんのもとに、自身も退職して駆け付けて。
    それで二人で仕事しようとか? 自分が会社に居たのは君が居たからだとか? パートナーとか何とか?)ゴゴゴ

トール(それって…… それってもう……ッ)ゴゴゴゴゴ

トール(もうっ、ほとんどプロポーズみたいなもんじゃないですかーーーーーーーッ!!)ドカーンッ!!



トール「――――――!!」ドカーンッ!!

滝谷「うわっ、爆発!?」ビクッ

小林「黙ってたトールちゃんの頭から突然煙が! え、何これ大丈夫なの、トールちゃん!?」ワタワタ



トール(――いや――、いや、待て、落ち着け――!
    滝谷さんが小林さんに好意を抱いているのは、初めて出会った時から薄々分かっていた事のはずだ――!)ドドド

トール(それが、単純に隣人としての好意なのか、それとも、その…… オスとメス的な意味……のものなのかは判然としなかったけど……)ドドド

トール(……恐らく本来の世界では、私が小林さんのもとに現れた事もあって、自身は身を引いて、
    あくまで小林さんの良き隣人として徹していた所もあったのでしょう。この男、押しの弱い所ありますし……)ドドド

トール(――しかし、どういう訳か私と小林さんが出会わなかった事になってる今の世界では――
    小林さんが苦境に立たされ、他に手助けできる者がいない状況なら。
    基本的に前に出たがらないこの滝谷が、自ら積極的に動く事も充分考えられ――!)ドドドドド!



トール「……………………!」キュイイイイン!

滝谷「ちょっと! 煙もそうだけど、トール殿の全身から何か高熱が発せられてないでヤンスか!?」ビクビク

小林「ほんとだ! 何かPCの熱暴走時みたいな高音も出てるし! トールちゃん、起きて、起きてーー!」ドタバタ

トール「……………………!!」シュイイイイイン!

小林「えーい、どーせいっちゅうんじゃ~い!」ヤケクソ



トール(――どーせいっちゅう――?)ピクッ


トール(――どーせい? ……ん? え? あ? え、いや、待って?)カチ

トール(今、唐突に、ふと思い付いちゃった事があるけど…… え? もしかして?)カチカチ

トール(いや、確証は全然ない…… けど、この家に入る時に感じた違和感と、これまで聞いた話を総合すると、まさか……)カチカチカチ

トール(……た、確かめなくては……!)カチカチ、ピーン!



トール「…………………………あの」プシュー

小林「あ! 良かった、トールちゃん起きた!」ハッ!

滝谷「デジマ!? 良かった、消火器探しに行こうかと思ってたでヤンスよ!」フウー!

トール「あ、何か知りませんがすみません……。で、その、唐突ながらお聞きしたい事があるのですが……」

小林「ん? 何?」フイー……

トール「その、えーと、あ~…… あ、小林さんは~、今、どちらにお住まいなんですか~? な~んて……」ハハ……(目を泳がしながら)

滝谷「――――!」ピクリ

小林「ああ、そんな事? 何だ、何聞かれるのかと身構えちゃったよ」アハハ

トール「そ、そうですね、変な事聞いちゃって……」タハハ

小林「いや、全然良いよ。私は今ね~――」アハハ



小林「――この家。滝谷君の家に居候させてもらってるよ」サラッ



トール「――――――――」ピシッ

滝谷「……………………」



トール(…………やっ…………)

トール(やっぱり、“同棲”してたあああああぁぁぁぁぁ!!!?)ガビーンッ!?


トール「…………ッ! …………ッ!? …………!!」ワナワナ

小林「ん? どしたのトールちゃん?」ケロッ

トール「……え、そ、それは、その、小林さんは、た、滝谷さんと、ど、どどどどど同棲!?
    してらっしゃるって事で、宜しいんでありましょうか?」ガクガク

小林「ん、そうだね…… 同棲、同居。うん、そうとも言うね。一緒に住んでるって事」

トール「……ッツ………………ッ……………………ッツ!」ガタガタ

トール「ッツ!!」バッ!(滝谷に「どういう事ですか」という視線を送る)

滝谷「…………ッ」フイッ!(全力で目を背ける)

トール「…………チィッ!(小さく舌打ち)」

トール(この家に入る時に感じた、『やけに小林さんこの家に慣れてるな?』という違和感は、こういう事ですか――!)ゴゴゴ

小林「いやー、同居はね、フリーランスの仕事を始めてしばらくして、滝谷君から提案してくれた事なんだけど」

小林「『まだ開業したてで二人共生活費カツカツだし、この家はもう一人くらい住める余裕は普通にあるし。
   少しでも支出節約するためにも、どうだい?』ってさ。私も、じゃあ悪いけど居候させてもらおうかーって」ノホホン

トール(そりゃあ余裕ありますよね、本来の世界ではファフニールさんと二人で暮らしてたんですしねえ!)ゴゴゴ

トール(滝谷、貴様ぁ…… 仕事にかこつけてまんまと同棲に至るとは、貴様ぁ……ッ!)ゴゴゴゴゴ

滝谷「……………………」ダラダラ(汗)

小林「前のアパートは空き巣に一度荒らされてて、一人で住み続けるのも何かちょっと気持ち悪かったしさー。
   渡りに船って感じだったよ」ズズー(茶をすする)

トール「! そ、そうですか……(ぐっ、そう言われると強く言い難い……ッ!)」グヌヌ


トール「ッツツ!!」ハッ!

小林「?」

滝谷(……緊張で喉が渇いたでヤンスね…… お茶お茶……)コポポポ

トール「……あ、あああああああの、つかぬ事をお聞ききききしますすすすが……」ガクブル

小林「ど、どうしたのトールちゃん、落ち着いて。何?」

滝谷「……………ズズー(静かに茶を口に含む)」



トール「ま、まままままままさか、ふふふふふふ二人は、その……………… 交際、しているんですか?」ブルブル

滝谷「ブーーーーーーーッツ!」(茶を吹き出す)



小林「うわっ、汚っ!? 滝谷君どうしたのいきなり、大丈夫!?」ビクッ

滝谷「す、すみませんでヤンス、ゲホッ、ちょっと、茶でむせただけなんで……。こちらで掃除してるので、続けて頂きたい……」ゴソゴソ

小林「ええ……? まあ、了解したけど……」

小林「え~と、で何だっけ…… 滝谷君と私が交際?してるかだっけ?」

トール「で、ですです! そこの所、どうなのかと……」ズイッ!

小林「えー? そりゃ勿論、仕事のパートナーとしても同好の士としても、仲良く交際はさせてもらってるけど……?」

トール「そ、そういうんではなく!」ワキワキ

小林「と言うと?」キョトン

トール「あ~~~…… その~~~…… だんだんだだんだn男、女のそういうあれというか、
    え~~~…… 恋、愛関係的、なというか……………」シドロモドロ

滝谷「……………!!」ビタァッ!

小林「恋愛関係…… 私と滝谷君が?」

トール「はい……………」ドキドキ

滝谷「……………」ドキドキ

トール・滝谷「「…………………………!」」ドキドキ



小林「あっはっは! そんな事ある訳ないじゃん、私と滝谷君がなんて!」アハハのハ!

トール「――へ?」ポカン

滝谷「―――――――――――――」ピシッ


トール「ほ、本当に、そういう関係ではないんですか?」ズイッ

小林「当然でしょ~! こんなまるで女らしくもない私と恋愛したいなんて男、よっぽどの変人しかいないよ~」ケラケラ

トール「は、はあ……………」ボーゼン

滝谷「…………………………………………」プルプルプルプル(震える手でゆっくりと眼鏡を外す)

小林「これまで色々親身にしてくれてるのも、あくまで同僚だったよしみで、
   そして同じ趣味の同志としての友情で、でしょ? 滝谷君」ニコリ(屈託のない笑顔)

滝谷(眼鏡OFF)「……………………………………………うん」ニコッ……(絞り出す様な笑顔)

小林「いや~いい友達を、いや親友を持ったよ私も。あ、お茶切れてるじゃん。じゃ、ちょっと私お代わり淹れてくるね~」スック カチャカチャ

滝谷「うん……ヨロシク……………」シナシナ

小林「ほ~い。いや~、しかしトールちゃんも面白い冗談言うな~……」スタスタ



カチャ バタン……………



トール「…………………………(滝谷に憐憫の目を向ける)」

滝谷「…………………………(座り込み項垂れている)」


トール「……………その、なんか、すいません」

滝谷「いいや、トール君は何も悪くないよ……」ズーン

トール(ギンヌンガの淵の様に深く落ち込んでいる……。まさか私が滝谷に同情する日が来るとは……)

滝谷「…………1年近く同棲していながら、小林さん、いまだに遠慮して自分の事を“居候”と言うんだよね……。
   家賃は折半で払ってもらってるから、住宅の契約上はもう立派に対等な同居人なんだけど……」

トール「ああ…… だから小林さん、ここに来る時も、
    あくまでこのアパートの事を『私達の家』ではなく『滝谷君の家』と言っていたんですね……。納得いきました」

滝谷「うん……。この1年間、大人の男女がひとつ屋根の下で生活してるってのに、小林さん全くそういうの意識してる様子がなくて……。
   良く言えば信頼されてるんだろうけど、悪く言えば異性として見られてないというか……」ハハ……(乾いた笑い)

トール(まあ実際この男、奥手すぎて自分から手を出すのなんて無理そうですからね……。杞憂でしたか……)ハア



トール「……滝谷さん」ポンッ

滝谷「! トール君……」ハッ

トール「……………」ニコニコ

滝谷「と、トール君……!」グスグス

トール「どんまいっ♪」グッ☆(>ω・)b(満面の笑み)

滝谷「ちきしょうめーーーい!!(号泣)」ガーッ!

小林「うわっ、どしたの滝谷君? 大きい声出して……」ガチャリ

滝谷(眼鏡ON)「! ななな、何でもないでヤンス……」スチャ

トール(っ! 恐ろしく速いメガネ装着、私じゃなきゃ見逃しちゃいますね……)ホウ……



………………………………………

今日はここまで。あともう少しで切りの良い所まで行けそうです。

明日にでも更新できそうならする予定です。それではまた~。

こんばんは。更新していきます~。


………………………………………



滝谷(眼鏡OFF)「――――さて、そういう訳で僕と小林さんはフリーランスとして再出発したのだけど!」キリッ

トール(無理矢理切り替えましたね……)

小林「とは言っても、まあそれ以降はそのまま、フリーランスとして働いて今に至るって感じだよ」ズズー

滝谷「だね。さすがに大きな波乱はもうないよ」ズズー

トール「なるほど、長かった話もこれで終わり――」ウンウン……

トール「――って待って下さい!
    結局あのパワハラクソ野郎の所長が報いを受けたってのはどういう意味だったんですか! ちゃんと説明してくださいよ!」ハッ

滝谷「ああうん、そうだったね。勿論説明するよ」

滝谷「――あれは、フリーランスとして活動し始めて、半年程経った頃だったかな、小林さん?」

小林「うん…… フリーランスの仕事もやっと軌道に乗り始めた頃のある日、私達の元・勤め先だったあの会社から連絡が来たんだ。
   それも“謝罪させて欲しい”って連絡が」

トール「謝罪? それって――」

小林「うん。会社が私を解雇したのは不当だったって認めたって事」


トール「! それは―― え、でもなんで急に、半年もしてから――?」

滝谷「事の次第はこうさ。まず僕達二人が会社を辞めてから半年で、僕達がいた部署の成績はそれはもうガタ落ちしていた」

トール「ガタ落ち……ですか。ああ、それはまあ、当然……ですかね」

滝谷「ああ、当然と言えば当然さ。
   小林さんは部署のエース選手だったし、小林さん程ではないけど、僕もそれなりの業務量を担っていた古株だったからね。
   その二人が片方だけならまだしも、両方とも同時に抜けたんだ―― 業務に深刻な穴が空くのは避けられなかった」

滝谷「さしもの所長も、あまりのガタ落ちっぷりに成績を誤魔化すのも限界だった様でね。部署の異常は、会社上層部の知る所となった」

トール「ふむふむ」

滝谷「改めて上層部が部署の内部事情を調べると、僕達が辞めた直後に業務が成り立たなくなり始めている事がすぐに判明した。
   いよいよおかしいと感じた上層部は、部署の事に所長の事、そして僕達の事について徹底的に調べ直したそうだ」

トール「! それって、つまり……!」パアッ

滝谷「ああ。それにより所長のパワハラや隠蔽などの所業は明るみに出て、晴れて小林さんの名誉は回復されたって訳さ」

トール「~~……………!!」ウルウル

小林「あはは…… そんな、泣きそうにならなくても」ハハッ

トール「だって…… だっでぇ……」グスグス

トール「良がっだ…… 本当に良がっだでず、小林さん……!」ベソベソ

小林「あはは、もう…… うん、ありがとね、トールちゃん」ニッ


滝谷「そうした事実関係が明らかになった段階で、一度話し合いが持たれた。僕と小林さん、会社の上層部でね」

小林「会社もこの件はかなり重く見ていた様でね、あくまで平社員だった私達にも、きっちり頭を下げて謝罪してくれたんだ」

トール「うむうむ、トーゼンですね! 分かってるじゃあないですか!」ムッフーン

滝谷「誤解で小林さんを不当に解雇した事、それにより強い精神的苦痛を与えた事―― そうした事について謝罪した上で、彼らはある提案をしてきた」

小林「そう、『所長は責任を取らせるために解雇するから、どうか二人共我が社に戻ってきてくれないか』ってね」

トール「ひゅーう! それでそれで?」パタパタ

滝谷「うん。丁重にお断りしたよ」ニッコリ

トール「いえ~い! お断り―― って、え!? 断ったんですか?」ビクッ

滝谷「ああ。だって、そうじゃないと僕達、今こうしてフリーランスしてないでしょ?」

トール「あ…… まあそれはそうですが……。でも何でです? あのパワハラクソ野郎が居なくなるなら会社に戻ってもいいんじゃ……」

小林「うん、私も話を聞いた当初はそう思って、承諾しかけたんだけど……」

滝谷「二人共、人が良すぎ(トール君はドラゴンだけど)。
   確かに今回の騒動で直接小林さんを陥れようとしたのは所長だけど、会社上層部の対応だって問題だった」

滝谷「あの時、所長の言い分ばかりを信じて小林さんの訴えを聞こうともしなかった会社だよ?
   いずれ別の問題が起こった時、似た様な事になってまた僕達や他の社員が害を被る事がないとは言えないだろ」

トール「ああ…… 言われてみれば、その通りですね」

滝谷「いくら謝罪されたとは言え、再び社員として所属して働くには、正直信用しきれない―― まあ、そういった理由で申し出は断ったのさ」ズズー


小林「私もその時ね、滝谷君の話を聞いて改めて考えてみると、
   一度いざこざがあって辞めた会社に再び勤めるのって、何かすごく気まずくなりそうだなーって思って……」

小林「もうフリーランスとしての新しい生活にも慣れ始めていた頃だったし……。
   所長が居なくなっても、強いてもう一度勤めたいとは思えなかったから、私も最終的に断った」

トール「なるほど……。はい、小林さん自身が選択した事なら、それが一番よろしいかと、私も思います」コクリ

トール「……ん? では、あのクソ野郎への報いとは一体?
    というか改めて思い返せばそもそも私、今日あいつがまだあの会社で働いてるの見てるんですけど!?」

滝谷「うん。だからそれが彼の報い」ニコッ

トール「へ?」ポカン

滝谷「僕達が会社に戻るのを断る代わりに、ある要求をしたんだよ。
   『所長は解雇するのではなく、むしろ馬車馬の如くこき使ってやって下さい――』ってね」

トール「そ、それはどういう……」

滝谷「そもそも会社が僕達に戻ってきて欲しがったのも、別に善意なんかじゃないさ。
   単に、そのままじゃ部署の仕事が回らなくなったから仕方なく、ってだけに決まってる」

滝谷「さっきも言った様に、僕達が抜けた後、あの部署の成績はガタ落ちした。
   それでいてあの会社のプログラミング言語は特殊だから、新たに人を雇って1から戦力を増やすには、教育の手間が掛かりすぎる」

滝谷「だから即戦力になる人、それも元エースである小林さんを会社は呼び戻したかった訳さ」

小林「戦力として欲されたのは私だけじゃなくて滝谷君もでしょ~。全く、隙あらば、す~ぐ自分の事抜かそうとするんだから」

滝谷「ははは、まあその事は置いといて」サラッ



トール(そうか…… 確かに今日会社で見たあの男は、横柄な態度は相変わらずでしたが、それ以上にとても忙しそうに慌ただしくしていました。
    あれは、会社からその様に強いられていたんですね……)

トール(おべっかだけは上手いクソ野郎をただ社外に放流するだけでは、いずれ他の場所、他の会社で返り咲かせかねません。
    それだけでなく、小林さんの様にその被害を受ける人間を新たに生み出す可能性もある……)

トール(そういう意味でも首輪を付けてこき使う方が、確実に報いを受けさせられますかね)ウム


トール「……でも、会社側もその条件をよく飲みましたね。
    有能な人材であるお二人を呼び戻せず、その上、無能なクソ野郎は雇い続ける事になるのに」

滝谷「ああ、交換条件を出したからね」

トール「交換条件?」

小林「うん。『先程の条件を聞いてもらえるなら、会社には戻らない代わりに、ヘルプとして会社の業務を適宜手伝っても良いですよ』ってね」

トール「ははあ、なるほど…… 部下と上司の主従関係でなく、あくまで対等なビジネス相手としてなら手伝う、という事ですか」

滝谷「そう言う事だね。僕としては内心、別にそこまでする義理もないとは思ったけど……」

滝谷(――更に言うなら、慰謝料請求した上で縁切りするのが妥当だとすら思ったけど、野暮だからそれは黙っておこう――)ズズー

小林「そう、だからこの条件は私から提案したんだ。
   さすがに会社側に何のメリットもないんじゃ、さっきの条件も飲んでもらえないだろうし……。それに、元同僚達の事も気がかりだったし」

トール「同僚達?」

小林「ああ。私達二人が抜けて、一番業務のしわ寄せが行ったのは元同僚達だろうしね。
   元々ブラックな職場ではあったけど、その点については悪いことしたなあって思ってたんだ」

トール(ああ、確かに……。今日行った職場の方々皆、憔悴し切った様子でしたね……)

トール「では、そういう経緯もあって、会社の業務を手伝う事にはなったんですね」

滝谷「勿論、仕事相応の代金はもらう契約でね。
   下請けの様な扱いをして、足元見て安く値切ろうとしてきたらすぐ辞めるって、はっきり言ってあるよ」ズズー

小林「うん。会社員時代はどうしても雇われの身でやりにくかった価格交渉を、臆せず出来るようになったのは良かった点の一つかな」


小林「まあ、トールちゃんの話だと、社員の業務のブラック具合は今でも……いや昔以上にやばくなってる様だし、
   元同僚達には悪い気はしてるけどね……」ハハ……

滝谷「そう気に病まなくていいよ、小林さん。
   今の状況は僕も含めた他の社員が、所長のパワハラ問題を放置して、対処を小林さんだけに押し付けてきた事のツケでもあると言える。
   気の毒ではあるけど、皆にはしばらく頑張ってもらおう」ズズー

トール「ふーん。小林さんに比べドライですねえ、滝谷さんは。まあ同意見ですが」

小林「――とか言いながらね?」コソッ

トール「?」

小林「実は彼、同僚や後輩達が会社を辞めようとしていたら助けられる様に、
   フリーランスでやっていくためのノウハウをまとめたマニュアルとか作ってたりするんだよ」コソコソ(耳打ち)

トール「ほほー?」ニヨニヨ

滝谷「ブホッ!? ちょ、小林さん! 知ってたのかい!?」ゲホゲホ

小林「ふふ~ん。会社辞めた後も、密かに親しかった同僚達と連絡取り合って、
   辞めた件で詫び入れたり、相談や愚痴を聞いたりしてるのも知ってるぜ~?」ニヨニヨ

トール「ほ~ほ~? ドライを装った男の、正体見たり!って感じですね~え?」ニヤニヤ

滝谷「結構知られてるね!? ちょ、ちょっと待って、せっかく僕のイメージ、
   表向きは剽軽なお調子者だけど、本質はクールでドライな男、って感じで固めて来てたのに、それは……」

トール「自分で言うんですかそれ?」

小林「いやあ滝谷君、普段すましてるけど割と根っこは熱いし、ピュアで理想家な所あると思うよ~?」ニヤア~

滝谷「い、いや、ほんと気恥ずかしいから勘弁して……」プルプル

小林「(^_^)」ニコニコ

トール「(^w^)」ニヤニヤ

滝谷「(//´;ω;`//)」カアァー



……………………………………………………


滝谷「――全くもう、からかい過ぎだって……。あー、まだ顔暑い……」パタパタ

小林「ごめんごめん、つい、ね――」ケラケラ

トール「…………………………」ズズー

小林「――そう言えば先日実は、町を歩いてた時に偶然所長とすれ違ったんだけどさー」

滝谷「え、大丈夫だったかい?」

小林「うん、目が合った時にすごい恨みがましく睨まれはしたけど、
   しばらくしたらバツが悪そうに顔を背けて、何も言わずそそくさと足早に歩いて行っちゃったよ」

滝谷「ああ、彼にとって小林さんは、結果的に自分の悪行を暴いた相手である一方で、現状、部署の業務を助けてもらってる相手でもあるからね……。
   会社からもそこら辺、きつく言い含められてるだろうし、文句言いたくても言えないか」

小林「文句言いたいのはこっちの方だってのにねー、もう――」クダクダ

トール「…………………………」



トール(……これで、この1年間における『小林さん達にとっての記憶』については、大体聞き終わった様だ)

トール(驚くべき内容ばかりで、正直まだ頭が混乱している……)ヌヌウ

トール(でも、私の記憶と大きく異なるものの、お二人の記憶の話は終始筋道立っていて、矛盾や齟齬は感じられなかった)

トール(記憶の改竄自体は魔法で可能とは言え、この精度での辻褄合わせは上位存在でも極めて困難…… いや、到底無理と言っても良い程だ)

トール(一体何が起こっている? この記憶の相違にどんな意味が……?)

トール(くそっ、もう少し手掛かりがあれば、何か掴めそうな気がするんだけど――)



ピンポーン……



トール「!」ピクッ

滝谷「? 玄関のチャイムだ。誰か来たのかな……」

小林「今日は特に誰かと打ち合わせとかの予定は入ってない筈だけど…… 誰だろう? 滝谷君、宅配でも頼んだ?」

滝谷「いや? 僕も検討つかないな……。訪問販売や、ただの部屋間違いとかじゃ……」



ピンポーン!



???「――ごめん下さ~い……!」



トール「…………!!」ガタッ

滝谷「うわっ!」ビクッ

小林「トールちゃん? 立ち上がってどうしたの――」

トール(この声、それにこの気配…… まさか……!)ドクン



ピンポーン、ピンポーン!



???「――あの、すみません! ここにトール君…… いえ、トールという名の女の子が来ていませんか!?」



トール「まさか、ルコアさん……!?」ザワッ……!



……………………………………………………

今回はここまで。やっとひとまず切りの良い所まで上げられました。

途中ですが、ここで本文中の訂正とお詫びを2点。

・小林さんの上司である所長は、原作漫画版では「課長」、アニメ版では「所長」となっています。
 この話ではアニメ版の「所長」で統一しているつもりですが、見返したら>>49においてのみ「課長」表記が混じっていました。ややこしくてすみません。

・滝谷のオタクモード時の一人称は執筆開始時に1つも確認できなかったので勝手に「オイラ」にしましたが、改めて見直したら、
 原作9巻82話で1コマだけオタクモード時の一人称「小生」の記述ありました…。まあ滝谷はノリで一人称変えて遊びそうな気もするので、
 これはこのまま行こうと思いますが、申し訳ありません。

…細かすぎんだろ、と言われそうですが、まあ一応という事で。



ここまででやっと話全体の5割となる予定です。

書き溜めた分が切れたので、ここからはまたしばらく時間が空きます…。

アニメ2期もとっくに終わってしまいました(2期良かったですね)。これは年末どころか年度末までに完結するかも怪しいですね…。(汗)

ただ、一番書いてて苦しい部分はこれで終わった予定ですので、出来るだけサクサク書いて、また近日中に投稿できる様に頑張ろうと思います。

では皆様、寒い日が続きますが体調にはお気をつけて。それではまた~。

あけましておめでとうございます(震え声)

また2か月近く経ちましたが、年末年始の忙しさにかまけて全然書けてないので、今回はスレ保守のみで更新はなしです…。

書く気は失ってないので、あまり間を空け過ぎない様頑張ろうと思います。

今年の抱負は、年内完結(下方修正)。それではまた~。

もう三月も下旬…だと…?(滝汗)

今回も進捗なしのスレ保守のみです…。少なからず待っていて下さる方もいる中、申し訳ない。

やる気は、やる気はあるので…!どうぞ気長にお待ち頂ければ幸いです。ではまた~…。

おはようございます。(出勤前)

今日はスレ保守だけですが、近日中に少し再開する予定です。

こんばんは。

少しですが再開していきます。


滝谷「! 今の声、トール君の名前を……」

小林「トールちゃん、ルコアさんってもしかして、トールちゃんの記憶の話で出てきた……?」

トール「――はい。私の知り合いのドラゴンです」

小林・滝谷「「………………!」」



トール(……どうして?)

トール(なぜ来た?/なぜ今まで居なかった?/どこに行っていた?/
    私の名前を呼んだ、私の事を覚えているのか?/それとも思い出したのか?/
    なぜ彼女の気配に気付かなかった?/私が話に夢中だったから?/それとも気配を隠していた?/
    そもそも本物か?/……)

トール(……疑問が次々湧いてきて、考えがまとまらない。ただ、今は……)ゴクリ



トール「………………」ソワソワ

小林「……滝谷君?」チラッ

滝谷「ん? ……ああ、いいとも」コクリ

小林「ん。……トールちゃん、玄関、出て良いよ」

トール「っ! 小林さん……」

小林「確かめたいんでしょ? 色々と。突然の訪問だ、今あれこれ悩んだって仕方ないさ」ニコッ

滝谷「なあに、せっかくの手がかりがあっちから来てくれたんだ。丁度良いと思って、まずは思い切って当たってみても良いんじゃないかな」ニッ

トール「お二人共……!」

トール「――はい!ありがとうございます。トール、特攻してきます!」バッ スタスタ……

小林「いや、ちゃんと帰っては来てね?」ハハ……


【滝谷宅・玄関】

ルコア「…………すいません!ごめん下さ~――!」

ガチャ

ルコア「!!」ピタッ

トール「――――ルコアさん」

ルコア「……トール……君……?」フルフル



トール(――ああ、私の知っている通りのルコアさんだ)

トール(明るいウェーブがかった長い髪、鮮やかで特徴的なオッドアイ、
    今時の人間の若者の様なラフなファッション、そして特大の果実が如き胸……)

トール(姿や声だけじゃない。この近距離だからこそ感じられるその匂い、そして魔力の波長に至るまで……
    幻や偽物だなんて有り得ない程に、まさしく彼女の物だ)



トール「……本当に、あなたなんですね、ルコアさん……」ウルッ

ルコア「…………………………」スッ ペタッ…

トール「へっ!? ルコアさん? 何故手を私の頬に……」

ルコア「…………………………」ペタペタモニモニ

トール「リュ、リュコアしゃ~ん? にゃんれすか~?」ムニムニ

ルコア「――――生きてる」ボソッ

トール「?」

ルコア「幻影でも木偶でも死霊でも複製体でもない……。容姿、声紋、虹彩、臭気、魔力波長、生体反応……
   、感知可能な全ての要素が、この子が本当のトール君である事を示している……」ブツブツ

トール「えっと、ルコアさん、その……」

ルコア「…………」ピタッ

ルコア「――――ッ!!」ダキッ!(トールに抱き着く)

トール「わぷっ!?」

ルコア「…………………………っ」ギュウウウウッ…

トール「ちょっ、もう、苦しいですって、ルコアさん……」

ルコア「……本当に、君なんだね。トール君……」グスッ

トール「……えっと、ルコアさん、私の事。覚えてらっしゃるんですか……?」

ルコア「覚えているとも……! 忘れる訳ないじゃないか、君の事を……」ギュウッ

トール「! ルコアさん……」ウルウル


…………………………

ルコア「……いや、突然不躾にベタベタ触ってすまない。ありがとう、トール君」パッ(トールを解放する)

トール「いえいえ。ちょっとびっくりはしましたが、全く嫌ではないですから」アハハ

ルコア「そう言ってくれると有り難い。君が本当に君だという確証が、どうしても得たかったんだ」

トール「え~、私、疑われてるんです? いつものカワイイトールちゃんですよ~☆?」フリフリ

ルコア「アハハ、確かに可愛いけど、その見慣れない服装もあって疑ってしまった所もあって……」カンラカンラ

トール「えっ、見慣れない? (……いつものメイド服ですけど……)」



…………………………

小林「――良かった。無事に仲間のドラゴンさんと再会できたみたいだね、トールちゃん」コソリッ

滝谷「うんうん。仲良き事は美しきかな……」ヒタリッ

滝谷(……ところで、何ですかね、あのお姉さんのでっっっかい胸部装甲は。ありったけの夢がかき集められてるのかな?)ジー

小林「――滝谷君、今何見て何考えてる?」ジロリ

滝谷(!? 思考が……読めるのか? まずい……)ダラダラ

小林「何がまずい? 言ってみろ」ゴゴゴ

滝谷「…………………………ッツ!」ドドド



ルコア「――え~と、そちらの奥から覗いているお二人は、この部屋の住人さんかな?」チラッ

小林・滝谷「「!」」ピクッ

トール「ん? あ、お二人共、見てたんですね。はい、そうです! 小林さんに、滝谷さんです! どうぞお二人もこちらに!」グイグイ

小林「えっちょっ……あー、どうも、えっとその、人間の小林と申します、よろしくお願いします~……」ペコッ

滝谷「同じく滝谷です。よろしくお願いします」ニコッ サワヤカー

滝谷(ふう……事なきを得た……)ホッ

小林(後で滝谷君はどついておくか)

トール「えっと、ちゃんと話すと長いし複雑なんですが、とにかく私、このお二人に助けて頂いてて……」

ルコア「そう……。良かった、君がたった一人で困ってなくて」ホウ……


小林「――えー、それじゃ、玄関で立ち話もなんですし、中へどうぞ」スッ

トール「はい! どうしていらっしゃったのかとか、しっかり聞きたい事が沢山ありますし……」

ルコア「あ、すぐ話をしたいのは山々なんだけど、ちょっと待って。実は今日来たのは私一人じゃないんだ」

トール「え?」

ルコア「人様の部屋に急に何人も押し寄せるのは警戒させてしまうだろうから、って事でね。先に私だけ確認がてら来たんだ」

トール「ルコアさん以外にも来ていた方が……? 気付きませんでした」

トール「そう言えばルコアさんの存在も、玄関チャイムが鳴るまで認識できませんでしたが……。
    変ですね、いつもの私なら匂いや音なり魔力なりで知り合いの接近には気付けるはずなんですが……」ムウ

ルコア「それはしょうがないさ。私達は此処に来るまで、簡単にだけど認識阻害や魔力隠蔽を施していたからね。
    トール君ほどのドラゴンなら集中して探知すればすぐ見破れる程度のものだけど、
    逆を言えば明確に探そうと意識を向けない限り、気付けないのも無理はない」

トール(……ただ此処に来るのに、何故そんなに警戒して……?)

ルコア「皆を、呼んでもいいかい?」

トール「あ、はい、どうぞ…… ってそうだ、小林さんと滝谷さんは良いですか?」

小林「ん。全然オッケー」b

滝谷「もちろん。むしろこの部屋に大人数だと、ちょっと手狭になってしまいそうで申し訳ないけどね」アハハ

トール「ありがとうございます!」ペコッ

ルコア「感謝します、お二方にも。じゃあ、ちょっと呼んでくるね――」クルッ スタスタ……



…………………………

トール「……皆って……?」ポツリ


トール(先程ルコアさんは、私のメイド姿の事を見慣れないと言った)

トール(丁度1年前に小林さんと出会って以降、私がこのメイド服以外を纏った事はほとんどない)

トール(という事は、ルコアさんは私という存在は覚えているが、
    こちらの世界に来てからの――つまり、1年前からこれまでの私については恐らく覚えていないという事だ)

トール(――小林さん達同様、また“1年前”、か)

トール(偶然、ではないでしょうけど…… 具体的にどう関連してるかはまだ分からない)

トール(何にしろ、それも含めてこの後しっかりと確かめて――――)



タッタッタッタッ……



トール「?」ピクッ

小林「誰か、走って来て――」



タッタッタッタッタッ! バッ!



???「トール様!」ダキッ!

トール「わっ! ……あ、カンナ!?」

カンナ「…………………………っ」ギュウッ


小林「わ、可愛い女の子だ」

滝谷「トール君の脚に引っ付き虫だね」

小林「カンナ……と言うと、トールちゃんの記憶では、私とトールちゃんと一緒に生活してたっていうドラゴンの子、だよね?」

トール「あ、そうです。良かった、再会できて…… もう、心配したんですからね?」ナデナデ

カンナ「…………………………ん」ギュ



タッタッタッ ドタプンドタプン……

ルコア「――お~い、待ったカンナ、一人で行かないで~!」ドタップン

トール「あ、ルコアさん」

小林・滝谷((何だあの移動音……))

ルコア「も~、彼女、来て良いよって言うや否や、すぐ走り出しちゃって……」フウー

トール「そうですか、カンナあなた、ルコアさんと共に居たんですね……。安心しました」ホッ……

トール「ふふっ、けどカンナ、再会できたのは私も嬉しいですが、ちょっと引っ付きすぎですよ? 一回離れて……」

カンナ「…………………………!」ギューッ! フルフル

小林「ありゃ、更に強くしがみついちゃった」

トール「もうカンナ、一体どうし――」ピタッ

カンナ「……トール様……ほんとに……トール様…………」ポロポロ ズビズビ

トール「カンナ、泣いて……?」


スタスタ ザッザッ……



???「本当に……生きていたんだな、トール!」ザッ

トール「その声…… エルマ!?」チラッ

エルマ「その通り。私の事、覚えていたか…… 久方振りだな」

トール「エルマ、あなたも来て…… ん?」

ファフニール「………………」ムスッ

トール「え、ファフニールさんも!?」

ファフニール「………………何だ」ギロッ

トール「あ、いえ、あなたも来てくれたんだな、と……」

ファフニール「………………フン」プイッ

トール「ハハ……(ファフニールさんは私の事を忘れていたはずでは……?)」

トール「……えっと、とりあえずこれで全員ですか、ルコアさん?」チラッ

ルコア「いや、後一名…… ファフニール君、あの方は?」

ファフニール「問題ない、すぐ来る」

ルコア「いや、そーじゃなくて。君にはあの方の介助をお願いしてたはずなんだけど~?」プクー

ファフニール「馬鹿を言え。そこらの凡骨ならまだしも、王種たるモノに介添えなどむしろ礼を失するというものだ」フンッ

ルコア「ふ~ん……? ……混沌の邪竜を自称する割に、結構お堅いというか、面子や体裁にうるさいよね、君って」

ファフニール「黙れ」ゴゴゴゴゴ

ルコア「……まあ、そうだね。あの方ほどの立場の者に関しては、その意見も一理あるか」

トール「あの方? 王種って一体、誰が――」ピクッ



カツン……カツン……

トール(歩道の方から誰かが、ゆっくり歩いてくる音……)



カツン……カツン……

トール(……? この、馴染みがあるけど思い出し切れない気配は……)



終焉帝「………………」ユラリ…… カツン……カツン……

トール「え―― お父さん!?」


終焉帝「………………ッ!! ……トー、ル………………」ヨロヨロ

トール「お父……さん……? 本当に……?」

トール(姿を見ても、一瞬分からなかった……。気配は確かにお父さんの物、けれどこんなに衰弱してプレッシャーのないお父さん、見た事ない……)

トール(まるで別人、いや別龍の様な変わり様…… 一体お父さんの身に何が……?)

終焉帝「おお…… トール…… お前なのか……? トールよ……」フラフラ

終焉帝「っ!」ガクッ

トール「っちょっ……! 大丈夫ですか!? お父さん!」パシッ(肩を支える)

終焉帝「う、うう……」ググッ……

トール「どうして、お父さん程の方が、こんなにやつれて……」

終焉帝「……トール…… よくぞ、生きて……――ハッ!」

終焉帝「――いや。よくもまあ、しぶとく生き残っておったものだ」スクッ

トール「っ! お父さん……(これまでの、厳格な雰囲気のお父さんに戻った……)」

カンナ「っ、その言い方、ひどい! トール様がかわいそ――」キッ

ルコア「しーっ」ムギュ(カンナの口を手で塞ぐ)

カンナ「んむっ? んほははは(るこあ様)?」

ルコア「大丈夫。終焉帝もトール君を嫌ってる訳じゃない。勢力の長としての体面というしがらみがあるだけさ……」(小声)

カンナ「……むー」グスッ

トール「………………」

終焉帝「………………」


ルコア「――さてさて、全員揃った所で改めて!」パン!(手を叩く)

トール「!」

ルコア「それでねトール君、まず、なぜ僕達がこうして君に会いに来たかなんだけど……」

トール「……あ! そ、そうですね! 是非聞かせて下さい!」アセアセ

ルコア「うん。……事の始まりは、ファフニール君が数時間前に『突然トール君から連絡を受けた』と教えてくれた事でね。
    その後、君の事を心配していたドラゴン達にその事をすぐに周知して、こうして一緒に確認しに来たんだ」

トール「え、ファフニールさんが!?」

ファフニール「……フン、お前等はともかく、俺は心配なぞしていない。偶々退屈だったから、暇潰しに丁度良いと思って同行したまでだ」プイ

ルコア「素直じゃないねえ。それに、退屈なのはいつもじゃないの?」

ファフニール「………………」ゴゴゴ

ルコア「いや黙んないでよ……(図星を突かれた時、とりあえず黙って凄むよねえファフニール君……)」アハハ……

トール「ええ……? えっと、それはつまりあなた…… 私の事、忘れてないんじゃないですか!?」ガアアッ!

ファフニール「む…………?」

トール「電話越しで言ってた『お前は誰だ』って何だったんですか! あれ言われて私、めっちゃ傷ついたんですからね! 謝って下さい!」ブーブー

ファフニール「………………」ブスッ

トール「……何ですか、黙ったまんまで。何か言ったら――」

ファフニール「……誰だと言いたくもなる」ボソリ

トール「は?」ピクッ

ファフニール「改めて問おう、終焉帝の娘によく似たドラゴンよ。お前は…… 誰だ」ギロリ

トール「は? 何訳の分からない事言ってるんですか…… 喧嘩売ってるんですか? 買いますよ?」ゴキリ

ファフニール「フン…… 良いだろう。確かめるには、直接戦り合った方が手っ取り早い」ググッ

トール「……………………!」ゴゴゴゴゴゴゴ

ファフニール「……………………!」ドドドドドドドド



ルコア「こらこらこらこらこらこら」ズビシッ!

ファフニール「ぬぐっ!?」ポカリ

ルコア「何で当然の様にバトルの流れになってるんだい」ハー

ファフニール「黙れ。これが俺の流儀と言うものだ」ゴゴゴ

エルマ「あの、こちらの世界で暴れられてしまうと立場上、私も止めに入らざるを得ないのでやめて頂きたいのだが……」オズオズ

ファフニール「チッ、調和勢が……!」

カンナ「ファフニール様、ちょっとバトル脳すぎ」プー

ルコア「ほらー、子供にも駄目だしされてるよー。年長者としてどうなのかなーその辺」プープー

ファフニール「ぐ……………!」ギリッ


小林「トールちゃんも、玄関先で暴れるのはよしてね」

トール「は~い♡」クルッ

ファフニール「!?」
ルコア「!?」
カンナ「!?」
エルマ「!?」
終焉帝「!」

ファフニール「何……だと……」ドドドドド

ルコア「あのトール君が……」ドドドドド

カンナ「破壊の申し子と呼ばれたトール様が……」ドドドドド

エルマ「ただの人間の指示に……」ドドドドド

終焉帝「素直に従った……」ドドドドド

ドラゴン達「「「「「だと……!?」」」」」ドドドドドドドドドド……!



トール「いやあの、ちょっとさすがに失礼じゃないですか皆さん?」

ファフニール「ほれ見ろ、やはりこの竜はトールなどでは……」

トール「まだ言いますか!」ガー

ルコア「ごめんごめんトール君、後でファフニール君には僕からちゃんと言っておくから……」

ファフニール「お前に何を言われる筋合いも――」

ルコア「君はちょっと黙ってなさい」ギュッ

ファフニール「むぐっ!?」モニュッ

ファフニール(顔をケツァルコアトルの胸に押し付けられて…… 息が……!)バンバン

滝谷「あれは…… 何ともウラヤマC……!」ゴクリ

小林「何 か 言 っ た ? 滝 谷 君」ゴゴゴ

滝谷「イエ、ナンデモナイデス」スン……

トール「……全くもー、何なんですかこの引きこもりドラゴン。訳の分からない事を……」プンプン

ルコア「ごめんね突然。……でも、彼を許してあげて?」

トール「え?」

ルコア「彼がそう言いたくなってしまうのも、無理のない事なんだ」

トール「それって、どういう……」

ルコア「トール君…… 今目の前でこうして生きている君に対して、言いにくい事ではあるんだけど――」



ルコア「――少なくとも僕達の認識では、君はもう死んでいるものと思っていたんだ」

トール「…………………………え?」



ザァッ……

短いですが、今回はこの辺で。

この5,6月でスケジュールに多少余裕が得られる予定なので、あまり間を空けずに切りの良い所まで、小刻みに投下していきたい所存です。

それではまた~。

ぜ、全然2か月進捗がなかった…だと…(無念)

まさか空いていたはずのスケジュールに次々と新たなタスクが入り込んでくるとは…。

リアルが充実している結果、創作に割く時間が足りなくなるという事態は喜ぶべきか悲しむべきか。

とは言え依然完結を諦めてはいないので、待っていて下さる方は申し訳ないですが、気長にお待ち頂ければ幸いです。ではまた~…

うん、また進捗無しなんだ、すまない…(諦念)

様々なタスクが重なって忙しく、気付けばまた2か月…流石にそろそろ自分でも呆れる程の遅筆っぷりで情けなし。

待っていて下さる方には本当に申し訳ないですが、もう少しお待ち頂ければ幸いです。ではまた~…

2周年までに完結するかどうか賭けようぜ!

>>150
出来らあっ! 後6か月で完結まで行ってやるって言ったんだよ!!
…えっ!! 後6か月で完結まで!?(自縄自縛)

それはさておき、少し更新していきます~。


――――――――――

ルコア「……………………………」

トール「――私が、死んでいると思ってたって、どういう……」



小林「ちょ、ちょーっと待った~~!!」ズイッ

ルコア「!」

トール「わっ! こ、小林さん?」

小林「いやーそのー、込み入ったお話の最中すいませんが、良いですか皆さん?」ペコペコ

滝谷「ままままままま、お互い色々話がしたいのは山々だと思いますが…… そろそろ、部屋の中に入りませんか?」アセアセ

小林「そ、そうそう! 玄関先で立ち話もなんですし、まずは中に入って、落ち着いて腰を据えてからじっくり話しましょう!」ウンウン

滝谷「えぇえぇ、なのでどーぞどーぞ中へ!」ワタワタ

トール「お二人共……」

ルコア「……そうだね、大人数だし、そろそろ夕方だし、此処で話してちゃご近所にもご迷惑だよね。
    じゃ、お言葉に甘えさせて頂こうか。皆もそれでいいよね?」

カンナ「りょーかい」ハーイ

エルマ「私も、そちらの人間のお二人が宜しければ、それで異議はない」

ルコア「――終焉帝も、それで宜しいですか?」

終焉帝「……うむ、構わぬ」コクリ


ルコア「ファフニール君も、それで良――あ」

ファフニール「…………………………ッツ!!」バンバン

ルコア「ああ、ごめんごめん! 押さえ込んでたの忘れてたよ」パッ(手を離す)

ファフニール「ップハッ! 全く、巫山戯た真似を……っ!」ゼエゼエ

ルコア「ごめんって(笑)。それで、中に入って話をするって流れになったけど、良い?」

ファフニール「ハアハア……フン、力持つ竜が“話をする”などまどろっこしい事この上ないが……
       どうせ俺は暇潰しで付いて来ただけの身。お前らの好きにすれば良い」プイッ

ルコア「はいはい、君もお話聞きたいんだよねー。分かってる分かってる」ウンウン

ファフニール「貴様ッ、何を適当な――!」キッ

ルコア「はい、それじゃあ皆の了承も取れたので、部屋に上がらせて頂いていいかな? え~と…… 小林さん、に滝谷さん?」クルッ

小林「あ、はい!」

滝谷「はーい、いらっしゃいませどうぞ~! 5名様ご案内~!」ガチャッ

小林「飲み屋の店員か! ああいや、とにかくどうぞどうぞ~!」ササー

ルコア「は~い、お邪魔しま~す♡」スタスタ

ファフニール「おい! ケツァルコアトル、先程の発言――」

ルコア「さ、終焉帝もどうぞ」スッ

終焉帝「……うむ……」スタスタ

ファフニール「おい!」

カンナ「おじゃましまーす」テクテク

ファフニール「おい――」

エルマ「では私も、上がらせて頂く」スタスタ

ファフニール「おい……?」



ファフニール「…………………………」ポツン



ルコア「――――ファフニール君? どうしたの、早く上がりなよ。玄関閉められないよ?」ヒョコ

ファフニール「…………………………くっ!」スタスタ

ルコア「?」

バタン ガチャリッ……


…………………………………………

【滝谷宅・リビング】

ガヤガヤ、ワイワイ……



カンナ「せまい」ムー

トール「狭いですね……」

滝谷「いやー、流石に一部屋に8人もいると狭く感じるね……。あ、お茶入れるね」コポポポ

トール「あ、じゃあ皆さんに渡していきますね」スッスッ

滝谷「ありがとー」コポポポ…



小林「すいません、お二人には立っててもらう事になってしまって…… 大丈夫ですか?」

エルマ「いえ、家主の方を立たせる訳にはいきませんし…… それにドラゴンにとってこの程度、何の痛痒にもなりませんので」フルフル

ファフニール「…………フン」ブスッ

ルコア「ごめんね二人共~、僕、座らせてもらっちゃって」アハハ……

ファフニール「……別に構わん。ただし、面倒なので俺は口を出さんからな。その分、諸々の説明はお前が担当しろ、ケツァルコアトル」ゴゴゴ

ルコア「はいはい、了~解♪(何故か殺気を向けられている……なんでだろ?)」ケロッ

終焉帝「……私が立っていても構わないが……」スッ

トール「お父さん!? じゃ、じゃあ私も……!」スッ

ルコア「いえいえ! 終焉帝は是非、ご無理なさらず…… どうぞ楽にしていて下さい」

終焉帝「むう……すまん、かたじけない」ストン

小林「トールちゃんも、話さないといけない事が多いだろうから、それに集中できる様に座って楽にしてた方が良いんじゃないかな」

トール「は、はい……では、お言葉に甘えて……」ストン

終焉帝「………………」ジィッ……



カンナ「ルコア様、わたしも立つー?」

ルコア「んー? カンナはこのまま、僕の膝の上に座ってて良いよ~」

カンナ「はーい」ポフッ

滝谷(おっぱいを背もたれに……だと……!? なんと羨ま――)ドドド

小林「――おらぁっ!」ドゴッ!(滝谷の後頭部をどつく)

滝谷「いっだあ! 小林さん、突然何を……!?」ジンジン

小林「さっき玄関でどつきそびれた分、思い出したから清算しとこうと思って」ニコッ

滝谷「ホワット?! 理不尽……!!」イテテ


…………………………



ズズー(お茶を啜る音)

ルコア「――――ふう。さて、一段落した所で」コトリ

トール「ええ、改めて本題に入りましょう」

ルコア「……とは言え、何から話し始めようか? お互い現状認識に大分差がある様な雰囲気だし……」

トール「うーん、そうですね……
    なら、まずはどちらか片方が自分の認識する現状を一通り説明した後、今度はもう片方が同様に説明する…… というのでどうでしょう?」

小林「ああ、さっきまで私達がやってた感じだね」

トール「ですです!」

ルコア「……? さっきまでって、君達もお互いに説明を?」

トール「あ、はい。今日の昼過ぎに二人と出会えてから、先程までここで……」

ルコア「――んん? ちょっと待ってくれ、トール君とそちらのお二人は既知の間柄ではないのかい?」

トール「あ、え~と、その~、そうなんですが、そうなってなかったと言いますか何というか……」シドロモドロ

ルコア「――成程、そこも含めて“説明すべき現状”という事だね?」

トール「は、はい。ちょっと、複雑なんですが……」アセアセ

ルコア「そうか――。うん、それなら、最初はトール君、そちらの話から聞かせてくれないかな」

トール「え、その、よろしいんですか?」

ルコア「ああ。どうも、君の経てきた事情の方が複雑そうな気がするからね。まずはそちらを聞いておきたいな」

トール「で、でも大分長くなると思いますよ? 私の認識と合わせて、小林さん達の認識についても話さなきゃだし……」

ルコア「そこはそれ、トール君、君は確か“アレ”。使えただろう?」フフッ

小林「アレ?」

滝谷「アレ?」


トール「アレ…… ハッ! そうか! “アレ”ですね!!」ピーン!

小林「トールちゃん、何か覚えがあるの?」

トール「はい! フッフッフ、遂に“アレ”を使う時が来た様ですね……。48のメイド技が一つ、『圧縮言語』を!」ドン!

小林・滝谷「「『圧縮言語』……!?」」ゴクリ

トール「ええ。自身の有する情報を圧縮された魔力波に変換、その魔力を呪言に載せて聴覚を介して相手に送る事で、
    莫大な情報量を瞬時に伝達する事が出来る魔法です!」フフーン!

小林「……あー、成程。便利だね」サラッ

滝谷「うん。確かに便利だ」サラサラッ

トール「ってあれ!? 何か反応薄くないです!?」ガビーン!

小林「いやいや、うん、本当に凄いなーとは思ってるよ? 思ってるけど、方式にちょっと馴染みがありすぎて……」アハハ……

滝谷「要は『zipでくれ』というのと同じだろうからね……。親近感が凄い」ふふっ

トール「“ジップ”……?こちらの世界に伝わる秘儀か何かで……?」ゴゴゴ

小林「あーいや、うん、そんな感じ! まあまあこっちの話、こっちの話だから!」

滝谷「うん、ごめんね水差して? 気にせず続けて大丈夫だから、ね?」

トール「そ。そうですか……? ちょっと釈然としませんが……
    それじゃあ、伝える情報を取り纏めてから圧縮するんで、ちょっとお待ちを――フッ!」ギュオッ!

滝谷「おお!? トール君の前で透明な何かが渦巻いて玉の様に……(螺旋丸かな?)」

カンナ「キレー」お~


ギュオオオ…………!



小林「あれ、ところでその圧縮された情報って、私や滝谷君も受け取れるの?」

トール「いえ、あくまで魔力波を用いての情報伝達ですので、少なくとも魔法を扱える素養がないと理解はできないはずですね」ギュオオオ!

小林「そっかー、ちょっと残念」

トール「ふふっ、でも、もしかしたら小林さんも、ちょっとは分かるかもしれませんよ? ――っと、準備完了!」ギュン!

ルコア「うん、では説明よろしく♡」

トール「はい! ではドラゴンの皆さん、耳かっぽじってよ~く聴いてくださいね! 行きますよ~……」



ガバッ! パクッ!



小林(生成した玉を――)

滝谷(食べた!?)



スウ~~~ッ……(大きく息を吸う音)



滝谷(さて…… さっきは素っ気ない態度をとってしまったが…… 本当は興味深い……)ワクワク

小林(呪言に載せて伝えるそうだけど…… 一体どんな風に……)ソワソワ



トール「…………………………」

トール「ッ!」キッ!



トール『かくかくしかじか!まるまるうまうま!』ゴーン!



小林・滝谷((ん?))キョトン



トール『ほしほしとらとら!ばつばついぬいぬ!』



小林(これは……)

滝谷(小説とかで見る、説明シーンを省略する時のアレ……!)ノーン



トール『どらどらごんごん、めいめいどーどー!』



ルコア「ふんふん(相槌)」

滝谷(あ、本当に伝わってはいるっぽい……)



トール『こばこばやしやし、らぶちゅーべろちゅー!』ガー!



小林(あ、今のは何となく私の事言ってるなって分かった)


トール「――ふう。以上です!」

ルコア「うん、お疲れ様、ありがとうね」

終焉帝「…………うむ」コクリ

ファフニール「ふん、やっと終わったか」コキッ

滝谷(……皆あからさまに“長話が終わった感”出してるけど、本当に伝わってるのかなアレ……)

小林(うーん、嘘って事もないだろうけど……)

ルコア「ん――? ははーん、ほんとに伝わってるか怪しいな~って顔だね、お二人共?」フフッ

小林・滝谷「「!(バレとる……)」」アハハ……

ルコア「ふふっ。ま、証明代わりに今の話を要約すると……



一年前、神との戦いに敗れてこちらの世界に落ち延びたトール君は、人間の小林さんに命を助けられ、彼女のメイドとして共に暮らし始める。


小林さんの同僚・滝谷さんや地域の人々、そして私達ドラゴンを交えての、波乱はあれど充実した平和な日々を重ね、気付けば丁度昨日で1年。
トール君は出会って一周年を記念してのご馳走を準備するも、些細なすれ違いから小林さんと喧嘩をして、家を飛び出してしまう。


それから一晩中、激情のまま空を飛び回って頭を冷やしたトール君だけど、いざ今朝部屋に帰ってみると様子がおかしい。
部屋はもぬけの殻、更に隣人からは自分や小林さん達の記憶が無くなっていた。
異常を察したトール君は、小林さん達を探すために方々を飛び回るものの、更に謎は深まるばかり。


そして昼頃、偶然にも街を歩く小林さんを発見し駆け寄るも、
小林さんにもトール君との記憶が無い事が分かり愕然としたトール君は、ショックのあまり走り去ってしまう。
頼みの綱のファフニール君に電話もするけど返ってきたのは、すげない「お前は誰だ」コール。


打ちのめされたトール君は雨の中で泣き崩れてしまうけど、そこで現れたのが小林さん。
記憶はなくとも、それでも自分を心配して探してくれていた小林さんの優しさに、トール君はまたも号泣するのだった。


落ち着いた二人は、同じくトール君を探してくれていた滝谷さんと合流。
滝谷さん宅、つまり此処に移動して、状況理解のための話を始める。
まずトール君が自身の覚えている記憶を説明するが、小林さん達二人の認識はそれとは大きく異なるという。


曰く、まず1年前、小林さんはトール君と出会った覚えはないらしい。
そしてその後小林さんは空き巣に遭い、会社をクビになり、それに伴い滝谷さんも会社を辞め、
二人はフリーランスとして働き始め、四苦八苦しながらも何とか今日までやってきたという話。


互いの認識する記憶があまりに乖離しているこの状況。
どう考えればよいかと頭を悩ませていた所…… 丁度僕達が訪問してきた、って感じだよね?」



小林・滝谷「「(;゚д゚) (;゚д゚)」」ポカーン


小林「ちゃ、ちゃんと伝わってる…… というか、完璧すぎる要約……」オオオ……

滝谷「まるで、半年近く間が空いて、話がうろ覚えの人でも大丈夫な様に挟まれたあらすじの様に完璧だ……」プルプル

小林「いやその例えはちょっとよく分かんないけども」



カンナ「う~、頭重いかんじー……」ウー

エルマ「う、む。内容は理解したものの、濃すぎる魔力波に、ちょっと、酔った、かもしれん……」クラッ

トール「ちょっとー、まだ幼いカンナはともかく、あなたはあの程度の魔力波、普通に処理して下さいよ。“聖海の巫女”の名が泣きますよー」

エルマ「う、うるさい……! こういうまどろっこしい、もとい繊細な魔法はちょっとだけ苦手なんだ!」ガー!

トール「全く、この脳筋はらぺこドラゴンは……」ハ~

エルマ「何を~!?」ギャース!



ギャーギャー……

ちょっと中途半端ですが、今回はこの辺で。

気付けば今年も残り一ヵ月、皆様お元気でしょうか。
自分は病気こそしていないものの、仕事と私生活のリズムが中々掴めず、更新が半年近く空いてしまいました……(無念)

最近、やっと時間のメリハリの付け方が見えてきたので、この調子で進めていければと思います。
冒頭では冗談っぽく言いましたが、ここは本当に後6か月で完結する目標で行きたい所。

読んで下さっている方々は、もう少しお付き合い頂ければ幸いです。それでは~。

コメントありがとうございます。耳に痛いお言葉も多いので、真摯に受け止めさせて頂きます…。

という事で、また少し更新していきます~。


―――――――

ルコア「よし、それじゃあ次は僕達の話をする番だね」フウ

トール「はい、よろしくお願いします。どうしましょう、そちらの話も圧縮言語で……?」

ルコア「いや、こちらの話は普通に話すよ。どうやらそちらの人間のお二人にも、一応聞いておいてもらった方が良さそうだしね」

小林「え、そうなんですか?」キョトン

ルコア「うん、多分だけど」

小林「で、では謹んで」ピンッ

滝谷「聞かせて頂きます!」シャキッ

ルコア「あはは、そう緊張しないで。トール君が今してくれた話よりは長くならないよ。主な内容は二つだけさ」

トール「二つ、ですか」

ルコア「ああ。一つ目は玄関前でも言ったが…… 僕達の認識では、トール君は既に死んでいたものと思っていた、という事だ」

トール「……はい。ぜひ説明をお願いします」


ルコア「うん。1年前、トール君が神の軍勢に戦いを挑んだ末に敗北し、こちらの世界に逃げ延びた――
    その点については僕達の認識とも一致している」

ルコア「けれど僕達からすると、トール君がこちらの世界のこの地域に転移したという所までは魔法で追跡できたが、それ以降の消息は掴めなかったんだ」

トール「え……?」

ルコア「こちらの世界に入った辺りで、トール君の臭いや魔力反応どころか、その残滓もぱったり途切れてしまっていてね」

ルコア「恐らく高度な隠蔽魔法などで痕跡が消されていたのだと思うけど……
    それについて、トール君に心当たりは? 追っ手を撒く為などに自分で使った記憶はあるかい?」

トール「え? うーんどうでしょう、あの時は本当に命からがらで、そういう事を気にしてる余裕もなかったですし……」ウーン

ルコア「じゃあ、無意識にでも魔法を行使していたという可能性は?」

トール「あー…… いや、そこらの魔術師ならともかく、ルコアさんの様なドラゴンまで欺ける様な魔法を私が無意識で使えるとはとても……」

ルコア「そうかい…… いや、ありがとう。ひとまずその点は置いておいて、話を進めようか」


ルコア「トール君が消息を絶って数日後、トール君を捜索する為に僕はこの世界、この地域に訪れた」

トール「えっ、以前にもこちらの世界にいらっしゃった事、あるんですか?」

ルコア「うん、そうだよ~。実は1年前から何度も、この世界に来てたんだ。
    野山を飛び回ったり、人の町中を歩き回ったり、あちこち探してたんだよ?」ウフフ

ルコア「更に言うと僕、そちらの小林さんと滝谷さんの事も、姿だけは街中で見かけたもあるんだ。
    お二人は僕の事、認識阻害で見えなかったろうけど」チラッ

小林「えっ、そうなんですか!?」

滝谷「いやん、エッチ!」ササッ

小林「いや、シナを作るなシナを!」

ルコア「アハハ! 面白い人だね、君」

滝谷「ふふ、よく言われます」キリッ

小林「下手に褒めないで下さい、調子に乗って暴走しますんで……」

トール「まあ滝谷さんは置いといて―― すいませんルコアさん、私の為にご足労頂いてた様で…… ありがとうございました」ペコリ

ルコア「いやいや、そう畏まられる事じゃないさ。と言うのも、ある方の依頼だったからね」

トール「依頼? 一体誰から?」

ルコア「ふふっ、誰だと思う?」

トール「えっ、うーん、誰だろ、ルコアさん程の方に依頼なんてできる格の相手ってそんなに……」

ルコア「じゃあヒント。君の目の前で僕の横に座ってる方♡」

トール「え……」

トール「――――えっ!?」ガタッ

トール「お、お父さん……ですか!?」

終焉帝「……………………」ブスッ


トール「…………ほ、本当なんですか?」オズッ

ルコア「ああ、終焉帝に、トール君の捜索を内密に依頼されてね。もちろん僕自身、トール君の身が心配なのもあったから、快く承ったよ」

トール「お父さん……」ジーン

終焉帝「…………フン」

トール「……えっ、でもなぜ、わざわざ勢力の違うルコアさんに?」

終焉帝「……愚か者め、分からんのか」ギロッ

トール「っ!」ビクッ

ルコア「終焉帝!」

終焉帝「……………………」ゴゴゴ

ルコア「もう……。トール君、終焉帝はね、混沌勢の長として、大っぴらに君を捜索する事は出来なかったんだよ」

トール「え?」

ルコア「トール君は勢力の意向を逸脱して、単独で神の軍勢に戦いを挑んだ。
    それは言わば混沌勢の、ひいてはその長である終焉帝に対する反逆とも言える訳だ」

トール「あ……」

ルコア「トール君が実の娘とは言え―― いや、実の娘だからこそ、反逆者となった君を公然と助けようとしては、他の混沌勢の者達に示しがつかない」

ルコア「だから内密に僕に依頼して、表面上はあくまで傍観勢で根無し草の僕が、自分の意志で勝手にトール君を探していたという体裁にしたのさ」

トール「そうだったんですか……。でもルコアさんは大丈夫だったんですか?」

ルコア「ん~?」

トール「傍観勢は、混沌勢・調和勢の争いから逃れる代わりに、自身もどちらの勢力にも与してはいけないというのが暗黙のルールのはず……。
    混沌勢の私を探すのは、ルコアさんにも危険が及ぶのでは……」

ルコア「な~に、それくらい平気さ。勢力は関係なしに、私的に親交のあるドラゴンに会いに行こうとしていただけで、
    “たまたま”その子がその直前に神の軍勢とやり合っていたってだけ、だよ」

トール「そういう……ものですか?」

終焉帝「……とは言え、それですら筋としてはギリギリだ」

トール「!」

終焉帝「一線を越えたと見做され、調和勢や他の傍観勢から攻撃の対象となる可能性も少なくはなかった。
    そうした危険を押してまで依頼を受けてくれた事、改めて礼を言う、ケツァルコアトル殿」スッ(頭を下げる)

ルコア「……言いっこなしですよ~、終焉帝」ニコッ

トール「………………」


ルコア「――でね? そうして捜索している折にたまたま、父親に追放されてこの町を彷徨っていたカンナを見つけてね。
    そのまま放っておくのも忍びないので、僕の棲み処で今まで保護していたんだ」

カンナ「うぃー。お世話になってた」ハーイ

トール「そうだったんですか……。カンナも大変でしたね」

カンナ「だいじょーぶ。それに私も、トールさま探すの手伝ったりしてたー」

トール「あら、それはありがとうございます」ニコッ

ルコア「あっ、手伝うと言えばこの二人…… エルマとファフニール君にも何度か捜索に協力してもらったんだよ?」フフ

エルマ「ちょっ!ルコア殿……!」ピクッ

ファフニール「………………」ブスッ

トール「! ――へ~?」ニヤ~

エルマ「わっ! 私はっ、あくまで調和勢の者の務めとして、混沌勢のトールがこちらの世界に隠れ潜んで、
    悪だくみでもしていないか調査する必要があっただけでっ! 心配したとか、そういうのではないんだからな!」プイッ

トール「ふ~ん?」ニヨニヨ

エルマ「なんだその顔はぁっ!」グオオ

ルコア「ちなみにファフニール君は……」

ファフニール「……ひ――」

ルコア「暇潰し、だよね~分かってる分かってるって」ヒラヒラ

ファフニール「…………貴様…………」グルルル



小林(お手本の様なツンデレムーブ…… ドラゴンにはツンデレが多いのか……?)

滝谷(ツンデレドラゴン、略してツンドラ……)


ルコア「……まあ、そうして時には協力を得つつ、何度もトール君の捜索を行ったんだけど。
    結局手がかりを得る事は出来ずに時間はひと月、ふた月と過ぎて行った」

トール「…………」

ルコア「そしてここからが、話す内容の二つ目だ」

トール「……はい。一体何が……」ゴクリ

終焉帝「…………」

ルコア「二つ目の話、それはトール君が消息不明になってから3か月後、つまり今から9か月前の事――」



ルコア「――今度は終焉帝が、神に戦いを挑んだ」



トール「―――――――――――は?」ヒクッ




トール「――――いや、は? 冗談でしょう?」ハハ……

ルコア「いいや、本当だよ。3か月の捜索を経てもトール君の生存を確認できなかった事から、
    トール君は死亡したと結論付けた終焉帝は、弔い合戦として神と戦った」

トール「……そんな事、ある訳……」チラッ

終焉帝「…………事実だ」ポツリ

トール「っ! ―――本当に……?」チラッ

ファフニール「…………」コクリ

エルマ「…………」コクッ

トール「……………………っ!!」

小林「……トールちゃん? 大丈夫?」

トール「……そんな、お父さんが、私なんかの為に……?」ワナワナ

小林「いや、確かに驚きはする事だろうけど…… そんなに否定する事なの?
   親が子の仇を取ろうとするって、普通じゃない? 善悪はともかく」

トール「いえ、そうかも、ですけど……」フルフル

終焉帝「…………」

トール「けど……けど! それじゃ私、何の為に戦って……!」

トール「私が神と戦ったのは! 混沌勢とか調和勢とか、そういう自分や皆を縛ってる“しがらみ”を全部壊したかったから――!」

終焉帝「――知っていたとも。そんな事は」

トール「――――ッ!?」

ルコア「……僕も、気付いてたよ。『神さえ倒せれば、永年続く混沌勢と調和勢の不毛な対立を終わらせられる』
    ――本当は心優しく、自由を願う君がそう決心して、神に挑んだという事は」

トール「そんな…… でも、なら尚更、何で戦争なんて……」

終焉帝「何を勘違いしている」

トール「え?」

終焉帝「誰がいつ、私が混沌の勢力を率いて戦ったと言った? 勝手な思い込みで話を進めるな」

トール「……えっと、それはつまり……?」

ルコア「うん。勢力同士のこれ以上の対立を望まないというトール君の真意は、終焉帝も分かっていた。だから終焉帝は、娘の意を汲んで――」

ルコア「――トール君同様。神に、単騎で挑んだのさ」

トール「……………………!!」


トール「本当に、一人で……? お父さん……」

終焉帝「……ふん。ドラゴンが、それも混沌勢の長と呼ばれる者が、子の仇討ちで戦うなど笑い話にも程がある。
    そんな冗談に配下を巻き込むなど出来なかっただけの事だ」

トール「……………………っ」ギュッ



小林(……このお父さんドラゴンも、だいぶツンデレが極まってるな……)

滝谷(やはりツンドラ……)



ルコア「神も、単騎で挑んできた終焉帝の覚悟を見て思う所があったのか、神側の勢力に手出ししない様に伝え、戦いは一騎打ちとなった」

ルコア「二人の激闘は7つの昼と夜を越えてのものとなり――神にも深手を負わせたものの、結果は終焉帝の敗北となった」

トール「敗北…… じゃあ、お父さんがこんなにも衰弱しているのは……」

ルコア「ああ。その時の傷が、今もまだ癒えていないのさ」

トール「……お父さんが弱ってる姿なんて信じられませんでしたが、神を相手取ったというなら納得です」

トール「でも、それならむしろ、良く生き残る事が出来ましたね。神に歯向かって敗れた者を、天界の奴らが生かして帰すなんて……」

ルコア「それについてはね、彼も絡んでるんだ」チラッ

ファフニール「………………」

トール「ファフニールさんが?」

ルコア「そう…… 一騎打ちの趨勢を密かに窺っていた、ファフニール君を含めた少数の混沌勢の精鋭が、勝敗の決した後に終焉帝を逃がしたんだ」

トール「!」

終焉帝「……勢力の者には全員に、『手出しはするな』と厳に命じたはずだったがな……」ギロリ

ファフニール「ええ。ですが『戦闘中に手出しするな』と言われただけで、戦闘が終わった後の事は言われていなかったので」サラッ

ファフニール「それに混沌勢は力こそ全て、負けた者の命令など聞く義理はないはず」フンッ

終焉帝「……フン。よくもまあ、弁の立つ邪竜だな」


ルコア「……さて、そうして混沌勢は少なくない被害を出しつつも、何とか終焉帝を連れて逃げ延びた。
    神の軍勢側も、神が追撃を命じなかった事もあって、それ以上は追わなかった」

ルコア「それから現在まで、僕達の世界の情勢は緊張状態ではあるものの、
    混沌勢・調和勢共にトップを始めとして多大な消耗があるため下手に動けず、目下睨み合いが続いている、という所だ」

エルマ「直接的な衝突がない分、ある意味で均衡が保たれているとも言えるだろう。気は抜けないがな」

トール「そう……だったんですね」

トール「……傷は大丈夫なんですか、お父さん」

終焉帝「命に係わるものではない。長い時を要するが、いずれ癒えるだろう」

トール「そうですか……」ホッ

トール「……ファフニールさんも、その、ありが――」

ファフニール「やめろ」ゴオッ!

トール「っ!」ビクッ

ファフニール「これは将たる者と臣たる者の間の出来事だ。ただ将の娘というだけのお前には関係がない。
       感謝も謝罪も口にするな、頭も下げるな。殺すぞ」ゴゴゴ

トール「――――はい」

トール(――それでも、ありがとうございます、ファフニールさん)ニコッ

ファフニール「何を笑ってる! 笑うのもやめろ!」ガアッ!



小林(……ツンデレにしては圧が強~…… 魔力とか分かんなくてもプレッシャーがキツいんだけど)ビクビク

滝谷(もしやドラゴンって基本すごいツンデレなのでは……? ボブは訝しんだ)

という所で今回はここまでです。

いい加減グダグダ言い訳言っててもしょうがないので、できるだけ早くまた更新できる様に頑張ろうと思います。

それではまた~。

こんばんは。少し更新していきます。


――――――――――――

ルコア「――さて。これで、双方話すべき事は話したかな」

トール「……はい。私も、私達が把握している現状については、全て語ったつもりです」

ルコア「うん。じゃあ次は―― と、その前に」

トール「?」

ルコア「少し休憩にしようか。お互い、頭の中を少し整理したい所だろうし」

トール「……そうですね」

小林「あ、じゃあ一服しますか。お茶、淹れ直しますねー」カチャカチャ

トール「あ、手伝います!」カチャカチャ

滝谷「お茶淹れは任せろー!」トポポポ

小林「やめて! …………あ、いや別に止めなくていい、お願いね」

トール「?」

滝谷「小林さん、定型句に対して脊髄反射でレスするのはリアルだと色々危ないよ」ニコッ

小林「君が振ったんでしょーが君が……!」カアァ

トール「??」


――――――――

トール「……………………」ズズー

トール「…………ふう」ホフウ



トール(……とても、驚くべき内容だった)

トール(小林さん達の話…… ルコアさん達の話……。いずれも衝撃的で、それでいて真に迫っていて、嘘とは思えないリアリティを感じた)

トール(でも、ここまでの話はあくまで前準備に過ぎない)

トール(ここからだ。本題は、解決すべき謎は――――)



ルコア「――――――――」ズズー… コトン

トール「――――――――」ズズー… コトン



ルコア「――さて、準備はいいかい?」

トール「――はい。始めましょう」コクリ

ルコア「うん。じゃあここからは一緒に考えようか。
    この1年間についての『僕達の記憶』と『トール君の記憶』の間の、あまりに大きな差異をどう説明するかを」

トール(そう。ついにそこを考えるべき時が来た――)


ルコア「まず差し当たってトール君。君は今日1日、町中を飛び回って色々と見聞きしてきた様だけど……」

ルコア「その中で、この状況について説明する為の仮説とかは、考えたりしたかい?」

トール「仮説…… ですか」

ルコア「ああ、簡単な所感でも構わないから、あれば聞かせて欲しいのだけど」

トール「仮説…… 道中で考えたものは、一つありました」

トール「……でも今は、正直、良く分からなくなりました」

ルコア「ほう?」

トール「初めは…… 今日の朝、異変に気付いてからは、誰かの陰謀を疑っていました。
    私に敵対する何者かが、高度な魔法を用いて皆の記憶の改竄などを行って、私を孤立させようとしているのでは、と……」

トール「でも、小林さんと滝谷さんの話、そしてルコアさんの話を聞いてたら…… 『それは無理だろ』と思い直しました」

小林「そうなの? いや、魔法については良く分からないけど……」

トール「はい。私に関する記憶を皆から根こそぎ消す、という大雑把な処理ならともかく……
    私がいなかった場合の1年分の偽の記憶を、詳細に、筋道立てて創り上げて、私の関係者全員に植え付ける、なんていうのは私でも困難……
    というか、考えたくない手間のかかる行為です」

トール「ましてや、小林さんや滝谷さん達の様な、魔法への防衛手段のない一般の人間だけでなく、
    私達、それも最上位のドラゴンであるお父さんやルコアさん達も含んだ方々の記憶すら操り、操った事すら気取られない――
    なんて、私を倒した神ですらきっと至難でしょう」

トール「そんな事が出来る者がいたとしたら、それはもう――」

ルコア「――ああ。それはもう神をも超える、まさしく全知全能の“超越者”だ」

ルコア「“それ”を想定してしまうなら、それこそ何でもあり。
    仮説にどんな矛盾や難点があろうと、全能であれば通せてしまうからね。考察するのが馬鹿馬鹿しくなる」

トール「はい。だから、その…… っ……」グッ

トール「……まだ、私一人の記憶が何者かにイジられている、という方が現実的で……」

ルコア「ん~いや、それも同様に考え難いかな」

トール「!」

ルコア「トール君も最強格の存在達には及ばずとも、充分に上位の力を持ったドラゴンだ。
    そんな君の記憶を違和感も与えずに改竄する、なんて芸当は僕や終焉帝でも困難だ」

小林「うん。それにトールちゃんの話はしっかりとした感情や実感に溢れてた。偽物の記憶だなんて、私達には思えないよ」

滝谷「うん、右に同じ」グッ!b

トール「皆さん……」

ルコア「何にしろ、全能でその痕跡も残さない超越者というのは考えられない―― いや、厳密には“考えても良いが意味がない”。
    もし本当にそんな事が出来る相手が敵なら、僕達が何をしようと敵いはしないからね」

ルコア「それに、そこまで出来る存在がトール君や僕達に敵対しているというなら、
    今度はなぜわざわざ“記憶を改竄する”なんて迂遠な方法を採るのか? という疑問が生じる。
    トール君を攻撃するにしろ絶望させるにしろ、何でも出来るならもっとやり様はあるだろうしね」

ルコア「少なくともこの仮説は、他に考えられる可能性が全て棄却された時、もしくは超越者の存在を示す証拠が出てきた時、
    初めて考慮すれば良い程度のものだ。今は置いておこう」

トール「そうですね……」


トール「でも…… では他にどういった可能性が……?」ウ~ン

ルコア「……僕も話を聞いていて思った事と、そこから考え付いた仮説があるんだけど、言ってみても良いかな」

トール「思った事と、仮説……? はい、お願いします」

ルコア「うん。まず思ったのは、トール君の記憶と僕達、そして小林さん達の記憶との相違点についてだ」

ルコア「この一年間における僕達の記憶は、一見するとその大部分で差異が生じている様に思えるけど……
    本質的に違うのは、多分たった一点だけだと僕は思う」

トール「たった一点……? それって……」

ルコア「君も気付いてるんじゃないかい? 丁度一年前、『この世界に逃げ延びたトール君が、山中で小林さんと出会ったかどうか』さ」

トール「……!」

ルコア「それ以外の相違点は、あくまでその一点の違いから連鎖的に生じた、副次的なものに過ぎないんじゃないかな。
    いくらその違いが劇的に見えても、ね」

ルコア「ほら、トール君にとってのこの一年間は全て、小林さんと出会った事で成り立つもののはずだろう?

    小林さんが神剣を抜いてくれたからトール君は一命を取り留め、
    小林さんが誘ってくれたからメイドとして小林さんちに住み込み、
    小林さんとの生活を通じて様々な人間との交流が行えた。

    また小林さん側も、トール君と出会いメイドとして住み込んでもらえた事で空き巣の被害を防止でき、
    空き巣による疲弊がなかった事で上司のパワハラの証拠集めを気取られる事もなく、
    それ故に失職する事も無くなり、フリーランスになる事もなかったろう。

    僕達ドラゴンからしても、そもそもトール君が失踪せず生きている事が確認できていたなら、
    何度も捜索する事も、終焉帝が神に一騎打ちを仕掛ける事もなく過ごしていただろう。
    トール君の記憶通り、こちらの世界に遊びに来る事もあったかもしれない」

トール「確かに…… そう考えれば色々と話がすっきりしますね」

ルコア「だろ? とりあえず、ここまでは双方の話を照らし合わせて思った事。
    ひとまずこれを真として…… ここからがそれを元に考えた仮説なんだけど」

トール「はい」

ルコア「……………………」

トール「……ルコアさん?」

ルコア「……ん。ちょっとショックな事言うかもだけど、良いかい?」

トール「! ……はい、大丈夫です」ゴクッ

ルコア「うん。その、ね――」



ルコア「――トール君にとってのこの一年の記憶は、もしかしたら全て夢なんじゃないかな」



トール「―――――――――――」カヒュッ


小林「ちょっと……!?」

トール「……ふ……っ! ふっ…………っつ!」フルフル

小林「トールちゃん、大丈夫!? しっかり、焦らず、ゆっくり呼吸して……」サスサス

トール「…………っ」コクリ

エルマ「ルコア殿、今の発言、どういう意味ですかっ!」キッ

ルコア「うん。厳密に言えば、夢とは言ってもより詳細で具体的な想像……
    そうだな、こっちの世界で言う“シミュレーション”という奴かな」

エルマ「シミュ……? ってそうではなく――」

トール「…………っ、続けて下さい」フウッフウッ

エルマ「! トール……」

小林「トールちゃん、無理しちゃ……」

トール「二人共、心配ありがとうございます。でも、聞かなきゃ始まらないっ……!」グッ

ルコア(……ごめんね、トール君。君の強さに甘えてる。せめてその心意気に応じよう)

ルコア「……了解した、続けるよ」

トール「……………………」コクリ

ルコア「僕の仮説はこうだ。まず一年前、神との戦いで深手を負ってこちらの世界に逃げてきたトール君は、話の通り、とある山奥に落ち延びた」

ルコア「神の剣に貫かれ瀕死となったトール君は、傷を癒す為にそこで眠りに就いた。仮死状態と言い換えてもいいか」

トール「………………」

ルコア「その間、肉体は休眠している訳だが…… ドラゴンの感覚というものは、人間のそれより遥かに発達している。
    だから、眠った状態でも周囲の状況をある程度把握できていても不思議はない」

ルコア「……そう、たまたま近くをうろついていた人間の事を知覚する事も」

トール「! ……それが、小林さんだと……?」

ルコア「ああ。結局彼女――小林さんは、トール君に気付かずに通り過ぎて行ったかもしれないが、
    彼女を知覚した君は夢見る中で、こう思ったんじゃないか?」

ルコア「『願わくば、自分も勢力の立場から自由になって、他者と交流してみたい』と」

トール「………………!!」

ルコア「さっきも言ったが、ドラゴンの感覚は極めて鋭い。それのみに集中すれば、町一帯の生命体の言動を全て把握する事も可能だ」

ルコア「そして同様にその頭脳、特に演算能力も人間より遥かに優れている。
    ――知覚した周囲の情報から、極めて精確な未来予測(シミュレーション)を行う事も可能な位にはね」

トール「………………つまり、私は………………」

ルコア「ああ。この一年間、夢の世界――ただしそれは極めて具体的で現実に近い、それこそ“有り得たかもしれないもう一つの世界”――
    で過ごしていたのかもしれない」

ルコア「この場合も、君の記憶は決して偽物という訳ではない。ただ、現実の出来事ではなかっただけで」

ルコア「そして一年経ち、傷が癒えて目覚めた君は現実の空に飛び立った。――夢と現実を区別しないまま」


トール「………………っっ………………」フルフル

小林「トールちゃん…… 気をしっかり……っ!」ギュッ

トール「………………ッ!」ギリッ



トール(今までが、夢……? この一年の、小林さん達との思い出が、全て、夢……?)ドッドッ

トール(信じられない、信じたくない、そんなの……っ!)グゥッ

トール(…………でも、そう考えた方が、辻褄が…………)



滝谷「いや~、その仮説もどうかと思いますけどねぇ?」

トール「…………え?」

ルコア「…………ふぅん?」ピク

トール「滝谷……さん……?」

小林「――滝谷君。頼めるんだね?」

滝谷「――ああ、任せてよ小林さん」ニコニコ

小林「ん、じゃあ頼んだ。――ほら、トールちゃんはお茶飲んで、落ち着いて」サッ

トール「あの、でも……」

小林「だ~いじょうぶ。(普段はともかく)こういうレスバトルの様な時は彼、ほんとに頼りになるんだから」



ルコア「――どうかと思う、と言うと…… 具体的には?」ニコニコ

滝谷「いくつもありますよ。
   まず、瀕死のトール君が、通り過ぎた小林さんを知覚して『自由に他者と交流したい』と思ったという点ですけど……
   ちょっと無理がないですか?」

滝谷「トール君の話通り、2人が実際に出会い、語らい、お互いを知った結果として『この人と一緒に過ごしてみたい』と思うなら分かりますが、
   ただ通りすがっただけの人間を見ただけで果たしてそんなに交流したいとまで願いますかね?」

ルコア「そこはそれ、ドラゴンの高い推察能力で、話さなくても小林さんのひととなりを察知できた可能性もあるんじゃないかな」

滝谷「便利ですねえドラゴンの高スペック。だけどそもそもシミュレーションなんてしてる余裕あったんですかね?」

ルコア「……ふむ?」

滝谷「世界そのものの精確な脳内シミュレーション一年分、なんて、いくらドラゴンの脳がスパコン並みに凄くとも、
   実行するにはそれなりにエネルギーが必要なはずだ。瀕死の重傷を癒す為に休眠した、にしては妙に余裕ありすぎでしょう」

ルコア「………………」

トール「………………!」

滝谷「それに、一年で傷を癒して目覚めたって言いましたけど……
   トール君を貫いていたっていう神の剣とやらはどうしたんですか? 神の剣という位だ、ただの剣じゃないんでしょ?」

ルコア「……ああ。トール君を貫いた剣は、剣の形をした神の権能の一部。
    魔に属する竜を殺すという概念そのものであり、刺さっている限り竜の命を蝕み続けるだろう」

滝谷「そしてトール君の話では、自力で剣を抜くのは不可能だったと言う。なら、一年放っておけば傷が癒えたというのも疑わしい」

滝谷「そしてよしんばトール君が底力を発揮して、眠っている間に神の剣を自力で抜き、傷を癒したのだとして……
   それなら今朝のトール君は、その山の中で目覚めていないとおかしい筈だ。けど、そうではないんでしょトール君?」チラッ

トール「え…… あっ、はい! 結局昨夜から今朝まで一晩中、私は空を飛び回ってた、はずで……」

滝谷「――だ、そうですが?」

ルコア「――――面白い人だね、君」ニィッ

滝谷「ふふ、よく言われます」ニコッ


ルコア「――ま、実際仰る通り、僕の仮説も穴だらけさ。わざわざ超越的な敵を想定するよりはまだ現実的かな、と思って言ってみただけでね」フッ

滝谷「まあそこには同意しますよ。本質的な差異は『トール君と小林さんが出会ったかどうか』の一点のみ、というのは鋭い着眼点だと思いますし」ニコッ

ルコア「ありがとう。……そして本当に申し訳ない、トール君。憶測で無駄に君を怖がらせた形になった」ペコリ

トール「いえっ! 仮説を立てて検証するのは辛くとも必要な過程ですし、
    むしろ言い辛い事を言う役を担って頂いてこっちこそすみませんと言うか……」ワタワタ

ルコア「……ありがとう。その優しさに、改めて感謝を」フフ

トール「よして下さいっても~!」テレテレ



小林(――お疲れ、滝谷君。はいお茶)スッ ヒソヒソ

滝谷(ああ、ありがとう小林さん)カチャ

小林(すごいじゃん、ドラゴン相手にも全く怯まずに舌戦とか、ガチの英雄じゃん)ケラケラ

滝谷(いやいや、内心心臓バクバクの冷や汗ダラダラだよ? ほら見てこの手汗)ジットリ

小林(でも、トールちゃんの為に頑張ったんだ? やるじゃん)フフ

滝谷(いや、そんなカッコいいもんじゃ……)

小林(二人共、似た者同士なのかもね。滝谷君とルコアさん)

滝谷(んーそうかい? ……そうかもね)ズズー


――――――――――

トール「……でも、そうなると結局……」ウーン

ルコア「うん。振出しに戻っちゃったかなー……。ちょっと僕もすぐに次の仮説は浮かばないや」

滝谷「少し、皆で考える時間を取りますか」

トール「そうですね……」



一同「………………………………」ウーン



終焉帝「……………………」フム



小林(うーん、第3の仮説ねえ……)ムムム

小林(何か、もう少しな気もするんだけど……)



ルコア『――わざわざ超越的な敵を想定するよりはまだ現実的かな、と――』

滝谷『――まあそこには同意しますよ――』



小林(わざわざ敵を想定するよりは―― 確かにそうだ。今回の事態を説明するのに、現状必ずしも敵は必要ない)

小林(あくまで敵意のない、事故や現象と考えた方がよりすっきりする気がする……)



ルコア『――君の記憶は決して偽物という訳ではない。ただ、現実の出来事ではなかっただけで――』



小林(それは…… 本当にそうか? 確かにトールちゃんの記憶と私達の記憶は決定的に異なってはいるけれど……)



滝谷『――本質的な差異は『トール君と小林さんが出会ったかどうか』の一点のみ、というのは鋭い着眼点だと思いますし――』



小林(そう…… 違うのは一点のみ。でも“違う”という事と、“どちらかが間違っている”という事は本当にイコールか……?)

小林(くそ、もう少し、後ほんの少しな気が……。それこそ、私はこういうのを良く知っている様な……)

小林(う~~~~~ん………………………………)



ルコア『――“有り得たかもしれないもう一つの世界”――』



小林「!!」


――――――――――

一同「………………………………」ウーン

終焉帝「……皆の者。少し良いか――」

小林「――分かった」ポツリ

終焉帝「む?」

トール「小林さん?」

滝谷「分かったってまさか……」

小林「うん。私、分かったかも、今の状況がどうなってるのか」

一同「………………!」ザワッ

終焉帝「ほう……」

小林「って、あ、すいません。何か言いかけたのを遮っちゃいました? どうぞお先に――」

終焉帝「いや、構わない。其方の考えを語ってみよ。人間の淑女よ」

小林「しゅ、淑女……!? あ、その、では僭越ながら……」テレテレ

小林「ン、ン゛ッンー(咳払い)、アーアー…… スーハースー……」



一同「……………………」ジー



小林(うう、全員に注目されると、緊張するな……)

トール(小林さん、ファイト!)グッ

小林「スーハー…… よし。コホン」


小林「――昔のある哲学者が言ったとされる言葉にこんなのがあります。『ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきではない』」

滝谷「いわゆる『ベッカムの髪切り』というやつだね」

小林「いや『オッカムの剃刀(かみそり)』ね。それだと有名人が散髪してるだけだからね」

滝谷「ヘアスタイルは哲学……!」キリッ

小林「はいはい、無理に緊張ほぐそうとしなくて大丈夫だから。話進めるよ」

滝谷「はい(´・ω・`)」しょぼーん

小林「……さて、その言葉に従うなら、さっきルコアさんが言った様に、証拠もないのに無闇に敵を想定するのは合理的ではない事になります」

トール「はい。先程のルコアさんのシミュレーション仮説の様に、半ば事故的に発生した事態である可能性だってあるのですもんね」

ルコア「ああ。だが僕の仮説では結局、記憶の差異について上手く説明できなかった。
    小林さんはこの記憶の差異についてどう考えてる? どちらが正しい記憶だと?」

小林「そこです、私が疑うのは」ビシッ

ルコア「ん?」

トール「と言うと?」

小林「私達は無意識の内に、こう思い込んで、もう一つ不必要な仮定をしていたんじゃないですか?
   『トールちゃんの記憶と私達の記憶、二つの記憶に明確な差異があるなら、それは少なくとも一方が間違っている』と」

ルコア「…………!」ピクッ

トール「……? え、でも、それは当然の前提では? だって実際二つの記憶は互いに矛盾していて、両方が成り立つ事は……」

小林「勿論、普通に考えればその通りだ。現実に起きた出来事が一通りだけであれば、その正しい記憶も一通りだけが当たり前……」

小林「でも、そうではない場合があるとしたら? トールちゃんの記憶と私達の記憶、どちらも間違ってない正しい記憶である可能性もあるとしたら?」

トール「……!? 小林さん、それは一体……?」

小林「一見矛盾する二つの記憶が両方とも成り立つ場合…… それは、その二つが実は、別々の対象について述べていた時だ」

トール「どういう……意味ですか」ゴクッ

小林「………………………」

トール「……小林さん?」

小林「……その、うん。まあまだ証拠もないただの仮説だから、話半分で聞いてもらっていいんだけど……」ゴニョゴニョ

トール「……言いにくい事なんですね? 多分、また私にとってショックな内容だから」

小林「う゛。その…… はい」コクリ

トール「大丈夫ですよ小林さん、その優しさだけで充分です」フルフル

トール「今更遠慮は要りません。さあ思い切り言って下さい、ラグナロクを告げる予言の巫女の様に!」ドーン

小林「いや、そこまで破滅的な内容ではないよ!? ……でも、うん、分かった。変に濁さず、まっすぐに言うよ」コクッ

トール「はい!」ニコッ

小林「――よく聞いて、トールちゃん。私はきっと、君の知っている“小林さん”じゃない。
   君の知る“小林さん”ととても良く似ているけれど、厳密には別の存在」

小林「それは他の皆、滝谷君やドラゴンの皆さんも…… そしてこの世界すらも同様で、“そっくりさん”に過ぎないんだと思う」



小林「――この世界はきっと、トールちゃんにとっての並行世界なんだよ」

ちょっと切りが悪いですが、今回はここまで。また出来次第更新します。
それでは~。

こんばんは。また少し更新していきます。


小林「………………………」

トール「………………………」

小林「……あれ? 何か反応薄いね」

トール「あ、いえ、その……」モジモジ

トール「……すみません、“並行世界”って何ですか?」エヘヘ……

小林「へ?」ポカン

トール「失礼ながら聞いた事が無くて……。
    この世界とは違う世界の事で、かつ私達の世界とも違うものなのかな~というのは何となく分かるんですが……」

小林「え? ほんとに知らないの? 他の方達は?」

エルマ「……すまないが、私も聞いた事がない」

カンナ「私もー」

トール(あ、良かった私だけではない……)ほっ

ルコア「僕は魔術書とかで概念だけなら読んだ事あるかな~」

ファフニール「俺も聞き覚えぐらいはある。噂程度だがな」フン

終焉帝「私も同じ様なものだ。あちらの世界では仮説として提唱されてはいるが、実在を証明されてはいない…… 少なくとも私の知る限りはな」

小林&滝谷「へ~……」

ルコア「むしろこちらの世界にも同様の概念があるのに驚いたよ。もしかして、こちらの世界では実証されてたりするのかい?」

小林「へ!? いや、すみません私達もそんな専門家並に詳しいって訳じゃなくて、あくまで概念として何となく知ってるだけと言うか……」ワタワタ

滝谷「分岐世界や可能世界、多元宇宙や代替宇宙とか、色々呼び名はありますが……。
   あくまでこちらの世界でも想定されているだけで、実証とかはされてなかったと思いますね」

ルコア「ふ~ん?」

トール「博学なのですね、お二人共……!」オオ~

小林「いや、博学っていうか、創作物でよく見るテーマだから馴染みがあるだけっていうか……」ポリポリ

トール「?」

ルコア「――とりあえず、この事態の解明の前に、まずは並行世界についての説明が必要な感じかな?」

トール「はい、お手数ですが、よろしくお願いします!」フンス

エルマ「私も、よろしく頼む」ペコ

カンナ「たのむー」ペコ

小林「え~、上手くできるか自信ないんだけど……。分かりました、頑張ります……」


小林「え~と、並行世界っていうのは、私達のいるこの世界とほとんどそっくりで、けれど少し違う別の世界の事で……」

エルマ「そっくりな別の世界……? その“そっくり”というのは、どの程度を指すので? 陸地や都市の形が似ているという感じか?」

小林「いや、それもですけど、住んでいる人間や他の生命もほぼ同じ……
   そうですね、例えばこの世界に私が存在している様に、並行世界にも私と姿も記憶も人格もほぼ同じ、
   “もう一人の私”が存在しているってレベルでそっくりって事です」

エルマ「同一人物が存在……?」

トール(小林さんがもう一人……!? なんてお得……じゃなくて!)

トール「つまり、この世界と双子の様に瓜二つの世界がある、って事ですか?」

小林「うん。あくまで“あるとされてる”ってぐらいだけど……」

エルマ「それは…… 何者かがその様に用意した世界という事か?」

小林「え? いや、誰かが意図的に創った特別なものって訳でもなく、自然に存在するものっていうか……」

エルマ「自然に? 世界は原初の神々によって創世されたものだろう? それともこちらでは違うのか?」

小林「へ? あ~、神様が実在するならその考えも確かに妥当…… というかそっちの世界ではそれが事実なのかな? え~とこっちだとビッグバンとか……」

エルマ「ビッグパン? 大きなパンか?」ジュルリ

小林「あー………………(宇宙創生についての説明とかできる自信がないし面倒臭い)」

小林(……助けて、タキえも~ん……!)チラッ

滝谷「!(しょうがないなあ、こば太くんは……)」フフッ

滝谷「……並行世界論にも色々あるからね。あくまで概念が掴めればいいだけなら、ここは独立型じゃなくて分岐型で説明した方が話が早いんじゃないかな」

トール「分岐型?」

滝谷「うん。始まりの世界は唯一であっても、時間と共に世界が複数に分岐し、並立していくという考え方さ」

滝谷「『あの時、もしも違う選択をしていたら、今の自分はどうなっていただろう?』と思った事はないかい?
   並行世界は、その“もしもの可能性の世界”が、次元を越えて実際に存在していると仮定するものさ」

エルマ「もしもの、もう一つの世界……」

トール「……いえ、“もしも”なんていうのは世界に生きる命の数だけ、それこそ無数にあるはず。なら……」

滝谷「その通り。詳しく言えば、並行世界は無数にある“もしも”と同じ数だけ存在していると言われている」

エルマ「無数の、世界……!?」

トール(無数の、小林さん……!!? 超お得…… って、そうでもなくて!)ブンブン

滝谷「勿論、“もしも”と言っても大小様々だ。歴史が変わる様な大きな“もしも”から、日常のほんの些細な“もしも”までね」

カンナ「じゃあたとえば、『あの日私は川に遊びに行ったけど、ヘーコー世界では代わりに山に遊びに行った私もいるかも』ってことー?」ハーイ

滝谷「うんうん。そういう事だね」ニコッ

エルマ「『あの日私は肉料理と魚料理、どちらを食べるかで悩んだ末に肉料理を選んだが、並行世界には魚料理を食べた私がいるかも……』という事だな?」

滝谷「うん…… うん? まあ、それもそういう事だね」

エルマ「くっ、羨ましいぞ私……!」ジュルリ

滝谷「あ、例えじゃなくて実体験の話?」


トール「――そうか。そして同様に、『1年前に、もしも私と小林さんが出会ってなかったら』というその“もしも”が……」

小林「……うん。今、私達がいるこの世界なんじゃないかって話」

トール「なる、ほど……。人も歴史もとても良く似ているけど、少しだけ違うもしもの世界……。
    似ているだけで実際は異なる世界だから、記憶が食い違うのも当然、と……」

トール「……じゃあ、それが正しければ、ここにいる皆さんは、私の知る皆さんとよく似ているけれど、実際には……」

小林「そう。あくまでよく似ているだけの“そっくりさん”という事になる」

トール「………………………」シーン

小林「……その、ごめんね。やっぱりショック……」

トール「え? ああ、いえ、確かにショックはショックなんですけど、そうじゃないというか……」フルフル

小林「え?」

トール「精神的ショックの方は、もう予めしっかり心構えさせてもらってたのでそんなではなくって」

小林「あ、そ、そう? 良かったけど、じゃあ押し黙ってたのは一体……?」

トール「その…… まだ少し違和感があるというか」

小林「違和感?」

トール「はい。並行世界の仮説は、確かに前二つの仮説にあった矛盾点がきれいに解決できてて、きっと正しいんだろうなと私も思うんですけど……」

トール「……けど、それは私達の世界と、どの様に違うんですか?」

小林「ん? と言うと……?」

トール「えっとその、私達ドラゴンは、次元を越えてあちらの世界とこちらの世界を行き来できる訳じゃないですか。
    もし他にも世界があるとしたら、どうして今まで同様に行き来できていないのかな、と思って」

小林「……あー、確かに。異世界転移が出来てて、並行世界移動は今まで出来てない理由かあ……」

滝谷「なるほどねえ……。僕もちょっと、すぐにはピンと来ないな……」ウーン

ルコア「――じゃあ、並行世界をもう一段階上の区分だと考えるのはどうかな?」

トール「ルコアさん?」


小林「一段階、上とは……?」

ルコア「こちらの世界と…… ああ、少し言いにくいから、こちらの人間が暮らす世界を“人間界”、
    魔法やドラゴン、神が存在するあちらの世界を“魔法界”と仮に呼ぼうか」

ルコア「まず、トール君を初め、力あるドラゴンは、この人間界Aと魔法界Aを行き来する事が出来る。
    その一方、それらとそっくりな人間界Bと魔法界Bが、また別個に存在していると考えてみよう」

ルコア「この時、AはAで、BはBで一つのまとまりとなっていて、AとBのまとまりの間はそれらよりも離れているとしたら?」

滝谷「それぞれの並行世界の中が、更に人間界と魔法界に分かれている、入れ子構造って事ですか?」

ルコア「そう! 例えば人間界Aと魔法界Aは一つのシャボン玉の中にあって、1枚の膜で分かれているだけであり、
    その一方で人間界Bと魔法界Bはまた別のシャボン玉の中にある様な……」

トール&エルマ「???」

カンナ「ルコアさまの説明、ちんぷんかんぷん」ノーン

ルコア「あー…… ごめん。逆に分かり難い例えだったね。僕が読んだ本ではこういう説明だったんだけど……。他に分かりやすい例えはないかな?」

滝谷「う~ん……」

小林「……こういうのはどう? 並行世界を、家に例えるんだ」

トール「家?」

小林「うん。並行世界同士は、見た目も、中身の間取りも、住んでいる人もそっくりな家で、それらは隣同士に建ててあるとする」

小林「それぞれの家の中は、ルコアさんの言う人間界や魔法界と呼ばれる部屋があり、扉と壁で仕切られている」

小林「この場合、人間界と魔法界の移動は同じ家の中で隣の部屋に動くだけだけど、
   並行世界の移動は部屋から出て、家からも出て、隣の家に行ってまた部屋に入る様なものだから――」

トール「そっか、だから並行世界への移動の方がより手間が掛かって面倒、って事ですね!」

小林「そんな感じ! ……でどうすか?」チラッ

ルコア「うん、分かりやすい例えだと思うよー」ニコッ

カンナ「私もなんとなく分かったー」

エルマ「う、うむ! 私も(ぎりぎり)理解したとも!」

終焉帝「――うむ。凡俗ながら的確、平易故に明解な比喩である」

トール(! お父さん!?)

終焉帝「難解な事象を平凡な語彙で諭す事は、難解な語彙で諭す事よりもなお勝る……。小娘が、良くやるものだ」ゴゴゴ

小林「……は、はあ。その…… どもです」ペコ

小林(……凡俗や小娘って言われたけど、これは褒められたんだろうか……?)ヒソヒソ

滝谷(ど、どうだろ。褒められたんじゃない……?)ヒソヒソ

ファフニール「――あの終焉帝が人間如きを手放しに称賛するとはな……」ゴゴゴ

トール「――ええ、最高級の賛辞ですよ! 良かったですね、小林さんっ!」コソッ

小林(あ、ほんとに褒めてたんだ……)

滝谷(あれで最高級……? やはりツンドラ……)

終焉帝「………………………」ゴゴゴ


トール「今まで行き来できなかった理由がそうだとして……。後は、それならどうして今回は来れたのかですけど……」

小林「それはあれじゃないかな、転移した時の状況。勘だけど」

トール「状況?」

小林「ほら、私と喧嘩して、感情のままに叫びながら空を飛び回ってたって言ってたじゃない」



トール(回想)『――小林さんの顔なんて、もう見たくない!――』



トール(うっ……)ズキッ

トール「……その状況が、強い感情がきっかけだったと?」

小林「うん。強い想いが限界を超えた力を引き出す、ってありがちじゃない?」

滝谷「いわゆるイヤボーン……」ボソッ

エルマ(? 何の呪文だ……?)

小林「本当に並行世界を移動したんだとして、どうして行き先が“この世界”だったのかも、それで説明できると思う」

トール「? と言うと?」

小林「ほら、さっき並行世界は無数に存在し得るって話したでしょ。
   なのに、来れたのがこんなピンポイントにトールちゃんに関連する世界だったって事は、全くの偶然って訳でもなさそうじゃない?」

トール「確かに!」

小林「そうすると、トールちゃんが数多の並行世界の中でも、この世界にやってきた理由は……」

トール「『顔を見たくない』という言葉が何らかの作用をして、
    顔を見ないで済む様に“私と小林さんが出会わなかった並行世界”に飛んできた…… という事ですか」

トール(……あの雨の中考えた、”私が願ったせいでこんな事態になった”という発想も、あながち間違ってはいなかったという事ですかね。
    ちょっと心は複雑ですが……)

ルコア「………………………」

トール「――よし、そういう事なら!」ガバッ

小林「え? 急に立ち上がってどうしたの――」

トール「『小林さんの顔なんて、もう見たくない!』と強く念じて飛んでいたからこの並行世界に来たというなら、
    『小林さんに会いたい!』と強く念じながら飛べば元の世界に戻れるはず、という事ですね!ちょっと試してきます!」スタタッ ガチャッ!

小林「ちょっ! トールちゃん!?」

滝谷「……行っちゃった」


【上空】

………………………

トール「うおおおおーーーーーーー!」ゴオオオオオオオ!!

トール「小林さんに会いたい!会いたい!愛し合いた~~~い!ぎゃおおおーーーーー!」ビュゴオオオオオオオ!!

………………………



【滝谷宅・リビング】

小林「…………え~………… っと、どうしましょうか……」ポカーン

エルマ「全く、思い立ったら即行動の忙しなさは相変わらずだな……」ハア

滝谷「ていうか待って、これでもし世界移動に成功しちゃったら、このままお別れなのでは――」

ルコア「大丈夫。すぐ戻ってくるよ、多分だけどね」

小林「え?」

終焉帝「……恐らく、並行世界移動は成功しない。いくら彼奴の『帰りたい』という想いが強くともな」

小林「それって、どういう……」

ルコア「まあま、その説明もトール君が戻ってきてからにしよう。小休止って事で、ゆっくり待ってようよ。そろそろ日も暮れて来たし」ズズー

小林「まあ、そう言うなら…… あ、じゃあお茶淹れますね」コポポ……


……………………………………



ズズーッ…………

滝谷(眼鏡ON)「……うーん……」カチャッ

滝谷(眼鏡OFF)「いや、うーん……」スチャッ

小林「……どうしたの、滝谷君? 眼鏡を掛けたり外したりして……」

滝谷「いや、ここまでシリアスな空気が続いたし、何だか肩が凝ってしまってね……。ここらで素を出してリラックスしたいなあ、と……」

小林「そう。じゃあ…… 掛ければ?」

滝谷「いやでも、うーん……」

小林「どしたの」

滝谷「けど、ここまで素面で通してて、いきなりオタクモードを見せた場合の皆さんの反応を想像すると、怖くて……!」グヌヌ

小林「そう。じゃあ…… 外しとけば?」

滝谷「いやしかし……!」ウーン

小林(めんどくさ……)

カンナ「お? タキヤ、メガネかけて、ヘンシンするのー?」

滝谷「ん?」

エルマ「ああ、さっきのトールの話でちらっと出てたな。何でも滝谷氏は眼鏡を掛けると別人の様に変わるとか……」

小林「? 話って…… あ、もしかしてトールちゃんの圧縮言語ってヤツで聞いてたの!?」

エルマ「うむ。して、その眼鏡はマジックアイテムか何かなのか?」キョトン

滝谷「――ふふふ。知っていたなら話が早い……」ゆらり

小林「滝谷君?」

滝谷「その通り! 優しげなれど決める時は決める爽やかイケメンなど仮の姿……」スッ

滝谷(眼鏡ON)「その実態は! 常に面白さを追い求めるエンタメ狩人、滝谷真なのでヤンス!!」カチャーン!

カンナ「おー! ヘンシンしたー!」オ~

エルマ「前歯が突き出た!」ビクッ

小林(あっさり掛けた! 掛ける口実が欲しかっただけか……)ハア


ルコア「あ! 僕知ってるよ~。
    そうやって時と場合に応じて、状況に適した性格を仮面の様に使い分ける人を、こっちでは『ペルソナ使い』って言うんだよね~」フフッ

小林「え?」

滝谷「え?」

ルコア「ん?」ニコニコ



小林(……こ、これは……!)ゴゴゴ

滝谷(いや確かに、ペルソナという単語は心理学由来だし、原義からして間違っちゃいない言い回しでヤンスが……!)ドドド

小林(いやでも、ペルソナ使いって言っちゃったら思いっきりあの、我は汝、汝は我するゲームの方……)

滝谷(ツッコミ待ちか? 天然なのか? どっちでヤンスか~……!?)ドドドドド



ルコア「?」ニコニコ



滝谷(ど、どうしよう小林殿! カットイン出して『カッ!』とか『ブチッ!』とかやった方が良いんでヤンスかね!?)ヒソヒソ

小林(カットイン出せんの!? いや別にやらなくていいと思うけど!)コソコソ

滝谷(いや、ここでやらなくてはオタクの名折れ! 行くでヤンスよ~、ペ……! ル……!ソ……)

ファフニール「ボソボソと下らん話をするな。耳障りだ」ジトッ

滝谷「アッハイ」スン……



ルコア(……何か間違っちゃってたかな……)カアァ


【上空】

………………………

トール「……あ、会いたい、会いだ―― ウエッホ、ゲッホ!グエ~~ッホ!!」ゴホゴホ

トール「ハアハア…… ま、まだまだぁ! 小林さーーーーん! らぶちゅーべろちゅーーーー!」ゴオオオオ!

………………………



【滝谷宅・リビング】

小林「――しかしあれだね。自分で言っといて何だけど、ちょっと不安になって来ちゃったよ」ズズー

滝谷「む、何がでヤンス?」ズズー

小林「並行世界の仮説の話。自信満々に言っちゃってたけど、今考えると根拠がねー……」

滝谷「あー、いや筋は通ってる良い仮説だと思うでヤンスが、惜しむらくは具体的・客観的な証拠が欲しい所ではありますなあ……」

ルコア「――あるかもしれないよ。証拠」ポツリ

小林「え? それって――」



ガチャ



小林「! ――あ、帰ってきた! トールちゃんお帰り!」

トール「ただいまです……。うーん、帰れませんでした~…… なんで~?」ボロッ


小林「トールちゃん、すぐ行動に移す前に、まずは相談して……」

トール「うぐ、す、すいません。つい気が逸ってしまって……」

終焉帝「――全くだ、莫迦者め」ズオッ

トール「う゛っ、お父さん……」ギクリ

終焉帝「並行世界の移動は、強い力を持つ最上位のドラゴンと言えどまだ為し得てはいない難行だ。
    猶更、お前の様な未熟者が喚いて飛び回るだけで往来出来る訳がなかろう」ゴゴゴ

トール「ぐぬ……」

終焉帝「重ねて、別れに当たり挨拶も無しとは何事か。
    仮に運良く並行世界を渡れたとして、この世界に再び戻って来られるとは限るまい。ともすれば今生の別れとなろうに……」

終焉帝「知己へは勿論、助力頂いたというこちらの恩人達へも礼を失した行為だ。恥を知れ」ゴゴゴ

トール「ぐぬ゛ぬ゛…… はい、お父さんの仰る通りです……」ガクーン

小林「あらら、そんなにしょげないで……」ヨシヨシ

トール「うう、お父さんを怒らせてしまいました……」ショボン

小林「そう気落ちしないで……」

小林「――それに、多分大丈夫だよ」ヒソヒソ

トール「?」

小林「あれは、怒ってるんじゃなくて……」

小林(私にも身に覚えがある。子供の頃、家に帰るのが遅くなって、母さんにこっぴどく叱られた事があった)

小林(その時はただ怖かった記憶しかないけど……。大人になった今なら分かる。あれはきっと、怒ってたんじゃなくて……)

小林「……心配してたんだよ、トールちゃんの事」フフッ

トール「…………!」

滝谷「……えー、放送席、放送席。こちらツンドラ判定委員会!
   只今厳正な審議中で……、あっ出ました! 審議の結果…… これはツンドラ! ツンドラです! ヤッフゥ!」グッ!

トール「た、滝谷さん!?(いつの間にオタクモードに……)」ビクッ

終焉帝「ツン……ドラ?(なぜこの青年は急に極北の凍原について言及を……?)」

小林「こら滝谷君、ステイ! 茶化すな茶化すな!」バシッ

滝谷「アウチ! 申し訳なし、デリカシー……。ここまで真面目にしていた反動か、体がトンチキを求めてしまい……」ハアハア

小林「はいはい、もう少しの辛抱だから……」


……………………………



トール「えっと……。それで、結局どうしましょう? 状況を再現しても、並行世界の移動は出来なかった訳ですが……」

エルマ「通信魔法とやらはどうだ? せめて向こう側の並行世界と連絡だけでも取れたら……」

トール「おっ、確かに通信魔法は人間界と魔法界の次元の壁も越えて繋がりますし、可能性アリですね! エルマにしては良いアイデアです!」

エルマ「“にしては”は余計だっ!」ガー!

トール「よし、滝谷さん、携帯貸して下さい!」

滝谷「いいでヤンスよ」スッ

トール「ありがとうございます! よ~し、通信魔法、展開! あっちの小林さんに繋がれ~、繋がれ~……!」ミョンミョン



プルルルル…… プルルルル……

プルルルル…… ピピピピピ! プルルルル…… ピピピピピ!



トール(ん? 隣からも電子音が……)チラッ

小林「……私の携帯の着信だね」ピッ

小林「……『もしもし』」(直接と携帯越しで二重に聞こえる声)

トール「………………………」

小林「………………………」

トール「……『ぐ、ぐへへ。小林さん、今日のパンツは何色で――』」ハアハア

小林 ピッ(無言の通話終了)

トール「ああん! 素っ気ない!」ピエン

小林「微妙な空気に困ったからって、下らない事しないの、もう……」ハア

ルコア「まあ、予想の範囲内だね。隣にこちらの世界の小林さんという同一存在が居る以上、どうしても混線してしまうだろうし……。
    恐らく、他の魔法も似た様なものだろう」

トール「う~ん、連絡も無理ですか……。一体どうすれば……」ウ~ン


小林「……そう言えば、ルコアさん。さっき何か言いかけてませんでしたっけ? ほら、並行世界の仮説の証拠があるとか……」チラッ

トール「ほう?」チラッ

ルコア「うん。まあ、単純な話ではあるんだけどね」

ルコア「――トール君。並行世界にはそれぞれ、姿も記憶も性格もよく似た“そっくりさん”が暮らしてるとされるって話だったでしょ?」

トール「はい」コクリ

ルコア「ここがトール君にとっての並行世界だと仮定すると……
    この場に集った小林さんや滝谷さん、私やファフニール君、エルマ、カンナ、そして終焉帝も、皆あくまで厳密にはこの世界に住む存在であり、
    君の良く知る僕達の“そっくりさん”に過ぎない事になる。此処までは良いね?」

トール「……はい」コクリ

ルコア「では、質問だけど……」



ルコア「――1人、足りないと思わないかい? “そっくりさん”が」



トール「1人…… 足りない……?」

小林「……! それって……」

トール「――っ! そうか、“私”! この世界の、“私のそっくりさん”――!」ガタッ

ルコア「その通り」ニコッ


トール(そうだ…… 一見すると、皆が揃ってるから気付かなかったけど……)

トール(この世界が並行世界だというなら…… この世界の私もまた、存在するはずなんだ!)

ルコア「そのもう一人のトール君――
    “この世界のトール君”が見付かったなら、同一人物が存在している事、即ち並行世界の実在を証明できるだろう」

ルコア「それだけじゃない。今、此処にいるトール君がどうして並行世界の壁を越えてやって来れたかの理由にも、
    恐らく“この世界のトール君”が関わっているはずだ」

トール「!? それはどういう……」

ルコア「先程、終焉帝も仰ったが、確かにトール君の実力では、例え強い想いを伴ったとしても、それだけでは並行世界の移動は難しい。
    いくらトール君が並以上のドラゴンだとしても、単体では力が足りないんだ」

ルコア「――しかし、もし、単体ではなかったとしたら?」

トール「!」

ルコア「反対側――こちらの世界側にも、別の並行世界からトール君を呼び寄せる、何らかの要因があったとしたら?」

トール「……その要因って、もしかして……」

ルコア「うん。“この世界のトール君”ではないかと、私は推測する」


小林「“この世界のトールちゃん”は、並行世界の自分を呼び出したかった、って事……? でも、それはどうして……?」

ルコア「う~ん、そこまではまだ分かんないなあ。
    今ここにいるトール君も、別に並行世界を移動したいと思っていた訳ではないのだし、
    “この世界のトール君”も、並行世界云々は意識していない可能性はある」

ルコア「それに、結局これもまだ仮説だ。確かめる為にも、まずは“この世界のトール君”を見付け出す他ない」フルフル

トール「そうですね……。でも、それなら“この世界の私”は一体どこに……」

滝谷「ここまでの話では、二つの並行世界の違いは、本質的には『1年前、トール君と小林さんが出会ったかどうか』の一点のみという事でヤンスから……」

小林「この世界では、1年前に私とトールちゃんは出会わなかったって事で、そうすると……」

エルマ「……1年前、あの時のトールは、神の軍勢との戦いで満身創痍となってこの人間界に落ち延びたんだ」

ルコア「小林さんと会って神剣を抜いてもらう事もなかったとすれば、考えたくはないけど――」



ファフニール「――山中で人知れず野垂れ死に、だろうな」



トール「………………っっ!!」

小林「そんな…………っ!」ギュウッ

滝谷「…………………」

カンナ「……わたしの知ってるトールさま…… もういないの……?」

エルマ「…………………」

ルコア「…………………」

終焉帝「…………………」

小林「っけど、あくまで、仮説で……」

ファフニール「言い繕った所で、仕方あるまい」

小林「ッ! でも! もしかしたら他にも可能性が――!」

トール「小林さん」ポンッ

小林「っ! トールちゃん……」

トール「ありがとうございます、小林さん。いつも、私の為に憤ってくれて。でも、大丈夫ですから」ニコッ

小林「…………………うん」

トール「……もう外は、すっかり夜ですね」フウ……

トール「皆さん。昼過ぎから今まで、長い長い話し合いにお付き合い下さり、大変ありがとうございました」

トール「為すべき事は、これで漸く決まりました。なら、後は実行するだけです」



トール「―――探しに行きましょう。この世界の、もう一人の私を」



今回はここまで。また出来次第更新します。
それでは~。

こんばんは。
熱のこもったお言葉を頂きましたね……進捗が遅すぎる自覚はあるので耳が痛い。
今回も遅くなりましたが、この言葉に応えるにはしっかり完結までやるしかないと思っていますので、今後とも気張っていく所存です。

では、少しですが更新していきます。


……………………………………

【滝谷宅・キッチン】

グツグツグツ トントントン コトコトコト……



トール「…………………」

エルマ「…………………」

トール「…………………」チラッ

エルマ「…………………」ジー(凝視)



トール(……き、気まずい……!)グヌウ

トール(ど、どうしてこんな事に……)ムムム


トール(あの後―― 長い話し合いの末、“この世界の私”を探しに行こうとなった後)

トール(もう夜も遅くなったので、今日は一度休んで、明朝に出発しようという事になった)

トール(夜が明けるまでの間、カンナにエルマ、ファフニールさんはこの家で過ごすという話になったが、ルコアさんと、そしてお父さんは――)



ルコア『終焉帝には、一度魔法界の棲み処に戻って、ゆっくりお休み頂くよ。戦いの傷も癒えていないし、今日は話し合いで気疲れもされただろうしね』

ルコア『僕も、終焉帝に付き添って一度魔法界に戻る。
    実の所、今回の訪問も終焉帝としてはお忍びで来ているからね。混沌勢で下手な噂が起きない様、目を光らせておきたい』

小林『そんな、お疲れならうちのベッドを貸しますよ! ここで休んでいってもらっても……』

ルコア『いやいや、お気遣いなく! 魔法界の方が大気のマナがこちらより濃いから、休むには良いんです。
    それに明日はきっとハードな日程になる、人間であるお二人こそしっかり休んで下さい』

小林『そ、そうですか……。分かりました』

ルコア『あ、それとトール君。終焉帝の事、心配だろうけど魔法界に見舞いに来ちゃ駄目だよ』

トール『え、そんな!? どうして……』

ルコア『君は死んだ事になってると言ったろう? もし終焉帝の娘である君が生きている姿を見たら、混沌勢も調和勢も当然騒ぎになっちゃうからね』

トール『う……。確かに……』グウ

ルコア『明日の朝の出発までにはちゃんと戻ってくるから。心配せずに君達はこちらで休んで。それじゃ、おやすみなさい』

終焉帝『…………………失礼する』

トール『あ、はい……。おやすみなさい、お気をつけて……』



トール(――そうした経緯もあって、お二人は魔法界に戻っていった)


トール(小林さんと滝谷さん、残った私達ドラゴンはどうするかという話になったけど、夕食もまだだったので、まずは夕食を作る事になった)

トール(その際、是非に!と頼み込んで、私に料理させてもらう事にした)



トール『――とりあえず、この家にあった有り合わせの食材を使わせて頂こうと思うのですが、良いですか?』

小林『うん、良いよ。うちにこんな食材あったんだ』オオ……

トール『食器棚の奥にあったお皿やコップとか、出して使っちゃいますね』

小林『うん、分かった。うちにこんな食器あったんだ』ホエ~

トール『あと、冷蔵庫の中の消費期限過ぎて食べられなさそうなものとかは袋にまとめて縛っときました。明日ちゃんとゴミに出しましょう』

滝谷『いやー、うちに冷蔵庫ってあったんでヤンスね』

小林『いやその発言はおかしい』アハハ

滝谷『えーそうでヤンスか?』ウフフ

トール『………………』



トール(……やはりというか、悪い予感が的中というか)ウムム

トール(小林さんと滝谷さんだけの生活だと、あまり食事に気を遣ってなさそうだったので、
    明日の為にもお二人にしっかり栄養を取ってもらおうという考えだ)

トール(料理は私に任せてもらい、お二人には出来上がるまで休憩していてもらう事にした)

トール(その間、残ったドラゴンの方達には各々自由にしていてもらう事になった訳だけど……)チラッ



エルマ「…………………」ジイー

トール(……それで、こいつは何ですさっきから! キッチンの後ろで黙って立ったまま、私の事を凝視し続けて……!)グヌヌ


トール「――何か用ですかエルマ? 言いたい事あるなら言ったらどうですか」クルッ

エルマ「っ!」ピクッ

エルマ「…………………いや、いい」ムスッ……

トール「……そうですか」トントン



エルマ「…………………」ジイー

トール「…………………(#^ω^)」ピクピク



トール「……ああもう、気が散る! 用がないと言いながら、さっきからジロジロジロジロ!
    見てるだけなら料理の手伝いしてくれませんかねえ!?」ハ~ン?

エルマ「っ………………」

エルマ「…………………料理」ポツリ

トール「は?」

エルマ「……それだよ。料理とか、どうしたんだ、お前」

トール「はあ? 言ってる意味が――」

エルマ「昔、一緒に旅をしていた時、料理はいつも私がしていたのに」

トール「!」

エルマ「私の知ってるトールは、人間の繊細な味付けとか、手間のかかる料理とか、馬鹿にしていたのに……。いつの間に、そんなに上手くなったんだ」

トール「いつの間にって……、そりゃ、私もこっちに来てからしばらく勉強して……。って、わざわざそれを言いに……?」

エルマ「…………………それだけじゃない」フルフル

エルマ「私の知ってるトールは、そんなヒラヒラフワフワした可愛らしい服を着ないし……」

トール「け、貶してるんですか、褒めてるんですかそれ……? それに、着ないと言われても現にこうして――」

エルマ「――そもそもそんな丁寧口調でも喋らない……」

トール「ぐむっ…… まあ確かに以前は意識して尊大な口調で通してましたが……。いや、そうじゃなく!」

トール「何なんですか歯切れの悪い……。伝えたい事はもっとはっきり言ってくれませんか?」ハア

エルマ「っ私は……!」

トール「はい?」

エルマ「っ………………………!」グッ

エルマ「……いや、何でも……」プイッ

トール「ええ…………………?」


トール(何ですか、ほんとに歯切れの悪い。調子の狂う……)

トール(変な奴ですね。いつものエルマなら――)ホワンホワン



……………………………………

エルマ『トール!! ドラゴンはこの世界の秩序を乱す! 私と一緒に戻るんだ!』バーン

……………………………………

エルマ『トール、今日こそ成敗―― え、クリームパンくれる? 10個!? ……仕方がない、今日の所は許してやろう』ノーン

……………………………………

エルマ『ふん! トール、私はお前を連れ帰るのを、諦めた訳じゃないからな! ……本当だからな!』ツーン

エルマ『あ、こら! 笑うな!? 全く……』

エルマ『……全く』ふふっ

……………………………………



トール(――ああ、そうか)

トール(私は、この1年の間で、こいつと――いや、“私の世界のエルマ”と再会して、喧嘩して、また話す様になって……。
    仲良しこよしではなくとも、互いの生活の一部になるくらいには近くで過ごしていたけれど)

トール(こいつ…… この世界のエルマにとっては、私とは何十年も前に喧嘩別れして、それっきりで……)



エルマ「…………………………」ジッ



トール(……睨まないで下さいよ。そんな泣きそうな目で)

トール(――仲直りの言葉も、恨み言の一つも言えないまま死んだと思っていた相手に、
    会えたと思ったらそれは実は別人で、そいつはそいつで見慣れぬ服装で飄々としてたら――そんな目にもなりますか)

トール(…………………)ハア

トール(……本当に、私の知る世界とは、違う世界なんですね……)


トール「……はぁ~~~~あ」

エルマ「……何だ、そのでかい溜め息は」

トール「い~え? 何でも~? とにかく、邪魔しないなら別にいいですよ~」トントン

エルマ「…………………そうか」



トール「…………………」トントン カチャカチャ

エルマ「…………………」



トール「……あ~、そう言えば」

エルマ「?」

トール「さっきまでの話し合いで、並行世界同士でのこの1年間の差異は分かりましたけど……
    それ以前の出来事にも差異はあるんですかねえ?」ショリショリ

エルマ「? どういう意味だ?」キョトン

トール「だからあ。二つの並行世界の違いは、1年前に私と小林さんが出会ったか否かって話だったでしょう?
    けど、もしかしたらそれよりもっと過去の出来事にも、何か違いがあるかもしれないじゃないですか」カチャカチャ

トール「――例えば、昔、私達が一緒に旅をしていた時の事とか」

エルマ「!」

トール「あ~困ったな~、急に気になってきたな~。これじゃあ料理が手に付かないな~」ユラユラ

トール「昔の記憶を確認し合うために、料理中の暇潰しも兼ねて思い出話に付き合ってくれる旧知のドラゴンはいないかなあ~?」チラッ

エルマ「…………………っ!」

トール「――あ~あ、まあそんな都合の良い奴なんていないか~――」

エルマ「――お、オホンオホン!」コホッコホッ

トール「ん~?」ピクッ

エルマ「……しょ、しょうがないな! 調和勢たる者、敵であっても困窮している相手を助けるのはやぶさかでもない!」ソワソワ

エルマ「条件に合うのは、ど、どうやら今は私だけの様だし? 仕方ないから思い出話に付き合ってやろう、し・か・た・な・く!」フンス!

トール「……あーあー、全く素直じゃないおこちゃまドラゴンでちゅねーもー」ハアー

エルマ「な、何をぅ! 下手な小芝居うって、素直じゃないのはそっちもだろ!」ギャー!

トール「はいはい。――それで? どっから話しますか?」

エルマ「そ…… そうだな。じゃあ、最初、私達が出会った時からにしよう。
    あれはそう、私が巫女として人間の街を巡遊していた時、お前が突っかかって来て――」


……………………………………



グツグツグツ コトコトコト――



トール「そうそう、その時は――」

エルマ「あの時のお前と来たら――」



トントントン ジュウジュウジュウ――



トール「傑作でしたね、あれは――」アハハ

エルマ「何を言う! 誰のおかげで切り抜けられたと――」



カチャカチャ パラパラ トントントン――



エルマ「……いい匂いだな」

トール「ええ」ジュウジュウ

エルマ「あの祭りの日に屋台で食べた料理を思い出す」ジュル

トール「ほんと、ほっとくとあなたはメシの話ばかりしますね……」ハア

エルマ「し、失敬な! あ、あの料理はその……」

エルマ「……お前と一緒に食べたから、よく覚えているだけで」ボソッ

トール「――ああ。はい、私もよく覚えています」カチャカチャ


………………………………

トール「――驚きと言うべきか、やはりと言うべきか。ほんと、思い出に全く差がありませんでしたね。
    やっぱり、二つの並行世界の違いは、私と小林さんが出会ったか否かだけ、という事でしょうか」ザクザク

エルマ「……ああ。本当に、細かい所まで一致していて、恐ろしい程だ」ハハッ

エルマ「…………でも、だからこそ」

トール「?」

エルマ「こうして穏やかに、慣れた手つきで、人間の為に料理をするお前を見て、実感するよ。ああ、お前は私の知るトールとは違うのだな、と……」

トール「……エルマ」

エルマ「全く同じ過去を持ちながら、ほんの少しの辿った道の違いで、こうも変わるものなのかな」

トール「………………」

エルマ「……なあ。もし私が、こちらのお前ともっと早く再会して、仲直り出来てたら―― こんな風に、思い出話で笑い合ったりできてたのかな」グスッ

トール「…………ええ」

トール「きっと、いいえ絶対に」トントン

エルマ「そうか」ズビッ

エルマ「――ふふ、ありがとう」



……………………………………

今回はここまで。それではまた。

こんばんは。また少し更新していきます。


……………………………………

【滝谷宅・リビング】



小林(――ありがたい事にトールちゃんが夕食を作ってくれるという事なので、お言葉に甘えてリビングで待たせてもらっている訳だが……)

小林「……………………………………」

カンナ「……………………………………」チョコン

小林「………………………………あの」

カンナ「!!」ビクッ

カンナ「…………」ササッ(遠ざかる)

小林「あ、あはは……(…警戒されている……)」


トール(回想)『すいません小林さん、夕食の準備の間だけカンナの事、見ていてあげて下さいませんか? あの子寂しがり屋なので……』



小林(と、頼まれたので軽い気持ちでOKしちゃったけど、安請け合いだったか……?)

小林(いや簡単に諦めちゃダメだ、もっと積極的にコミュニケーションを図ってみよう)

小林(そういうの得意な方じゃないけど……!)ヌググ



小林「ダ、大丈夫ダヨカンナチャン、ワタシ、コワクナイヨー……」スッ(近寄る)

カンナ「…………」ススッ(テーブルの反対側に回る)

小林「…………」ススッ(近寄る)

カンナ「…………」スススッ(遠ざかる)

小林「…………」

カンナ「…………」



ジリッ…… ジリッ……

グルグルグルグルグルグルグルグル(テーブルを挟んで回り合う)



小林「…………っ」ハアハア

カンナ「…………っ」フウフウ

小林「…………ぶふっ!あはははは!」アハハハ

カンナ「!?」ビクッ

小林「何で私達、息切らしてグルグル回ってんの? おっかしーの……!」フフフ

カンナ「……………………………………」ムー


小林「あはは、ふう、いやーちょっと汗かいちゃった……」アハハ

カンナ「…………………おまえ、なにもの」ポツリ

小林「ん?」

カンナ「おまえ、いったいなにものって聞いてる」ススッ

小林「(お、近づいて来てくれた)……何者って言われても、そりゃただの人間だけど?」

カンナ「とぼけないで。トール様が親しげだった。トール様のお父様もほめてた。タダモノなわけない」ムー

小林「あー……(そういう警戒か……)」ポリポリ

小林「いやその~、トールちゃんのお父さん……終焉帝に褒められた事の方は、まあ私も良く分かんないんだけど……」

小林「ただ、トールちゃんの方に関しては、この私と言うより、並行世界の私が…… そして多分トールちゃん自身が凄いんだと思うよ」

カンナ「? どういう意味?」

小林「んー、この私はまだ会って一日も経ってない訳だけど、それでもトールちゃんがめちゃくちゃ良い子だって事は分かるんだ」

カンナ「ふん?」

小林「ドラゴンで、私達人間なんかよりずっと力があって、長い時を生きてきて……。
   様々のものを知っていて、でもその分汚いものも沢山見てきたはずだと思うんだ」

小林「でも、トールちゃんはとっても純真で、優しくて……。神と戦争したっていうのも、
   手段は荒々しいものだったかもしれないけど、その理由は勢力争いを終結させるためっていう仲間想いなものだったみたいだし」

カンナ「…………………」

小林「そうやって、辛くても腐らずに、他者と繋がりを築こうとトールちゃんが心を砕いてくれたから――
   あと、そんなトールちゃんと並行世界にいる私が1年間向き合い続けていたからこそ、ああして今この私に親しげにしてくれてるんだと思うよ」ニコッ

カンナ「…………………おまえ」

小林「だ、ダカラホラ、私コワクナイヨ。安全ダヨー」カクカク

カンナ「…………………ぷっ」

小林「!(笑ってくれた)」

カンナ「……おまえ、中々わかってるヤツ」

カンナ「そう、トール様すごいドラゴン。だからそんなすごいトール様と話せてるおまえの事、わたしもちょっと認めてやってもいい」フンス

小林「あ、ありがとう……?(ちょっとは警戒、解いてくれたのかな?)」

カンナ「そこ、すわって」

小林「? はい……」ペタン

カンナ「ん」チョコン

小林「!(私の膝上に、カンナちゃんも座ってきた!)」

カンナ「今日は、つかれた。すわってゆっくり待つ」ユラユラ

小林「う、うん。ゆったりしてようか(座ってユラユラしてて、可愛い……)」ノホホン


……………………………………

……ジュウジュウ…… ……トントン……



カンナ「いい匂い」クンクン

小林「そうだねー。美味しそうな匂いしてる。夕食楽しみだね」

カンナ「ん」コクリ

小林「――そう言えば、さっきの話し合いで気になったものの、聞けなかった事があるんだけど」

カンナ「ん?」

小林「さっきの話では、こっちの世界のトールちゃんは、その…… 恐らく亡くなっている、って事だったじゃない?」

カンナ「……うん」ショボ

小林「あ、ごめんね……。で!でもっ、それとは別に、今ここにいるトールちゃんをこの世界に呼んだのは、
   こっちの世界のトールちゃんではないかって話でもあったじゃない?」ワタワタ

カンナ「……うん、それが?」

小林「ドラゴンの方達はみんな特に疑問に思ってなかったみたいだけど、それってつまり、
   こっちの世界のトールちゃんは既に亡くなってるはずにも関わらず、何らかの意志を持ってる、って事になると思うんだけど……」

カンナ「? それってニンゲンにとってはヘンな事?」キョトン

小林「えっ!? う、うーん、そーだね、割と……(逆に聞かれるとは……)」


カンナ「ふーん。でもわたし達にとっては、生き物は体が死んでも、まだちょっと残ってるのがふつー」ユラユラ

小林「ちょっと残る……。それはその~、いわゆる魂ってヤツ? その生物の、想いや記憶みたいなものというか……」

カンナ「そう、それ。タマシイ」

カンナ「生き物は死ぬと体からタマシイが出て、近くで浮かぶ。
    ふつーの動物やニンゲンのタマシイは、よわいから大して残らないし、少しすれば薄れてあの世に流れてく」

カンナ「けど、つよいドラゴンのタマシイは体が死んでも、はっきりしてるし、何年も残るらしい。まだ何か考えたり、魔法を使ったりもできるって聞いた」

小林「はは~、なるほど……。じゃあこっちの世界のトールちゃんは、体は死んでるかもだけど、
   魂はまだ山で存在しているかもしれないから、会いに行こうって話な訳か」フムフム

カンナ「そ」コク

小林「……もし本当にトールちゃんの魂がまだいるのならさ。明日、カンナちゃんも会って話ができるといいね」

カンナ「……ん」コクリ



小林「……………………………………」

カンナ「……………………………………」



カンナ「……ん」ポス(頭を小林の胸に預ける)

小林「ん? ど、どしたの?」

カンナ「ん」コスコス(頭をこすりつける)

小林「え~と……(もしかして、頭を撫でろ、って事……?)」ウーム

小林「……………………………………」ナデリ

カンナ「!」ピクッ

小林「…………」ナデナデ

カンナ「…………~~♪」

小林(良かった、合ってたみたい)ナデナデ

小林(この子もドラゴンって事だけど、何か…… 子猫みたいで可愛いな)ナデナデ

カンナ「♪」



……………………………………

今回はここまで。それではまた。

こんばんは。また少し更新していきます。


……………………………………

【滝谷宅・滝谷の部屋】

カタカタ、カタカタカタ、カチカチ、カタカタ……



滝谷「―――――――――」カタカタ

ファフニール「――何をしている」ユラリ

滝谷「うおっ!? びっくりしたあ!」ビクッ! クルッ

滝谷「……え~と、あなたは確か…… ファフニールさんでしたっけ? いやあ、音もなく部屋に入って背後に立たないで下さいよ、驚くでしょ……」フウー

ファフニール「黙れ。人間共の礼儀など俺は知らん。勝手に驚け」ツーン

滝谷「あ、あはは……(唯我独尊系男子か……)、えっとそれで、僕に何か御用ですか?」

ファフニール「先程も聞いた、二度も言わせるな。部屋に一人で何をしている」ジロッ

滝谷「ああ…… これ(PC)ですか?」クルッ

滝谷「いやあ、明日は遠出になるみたいですしね、今日明日の分の仕事をまとめてお片付けしておこうかと思って……」カタカタ

ファフニール「仕事? その光る板と、手元で叩いている文字盤とでか」

滝谷「おっ、良い反応ですね。現代社会に転移したファンタジー世界の住人の、まさしくお手本みたいで」カタカタ

ファフニール「……良く分からんが、今俺の事を愚弄しなかったか?」ギロッ

滝谷「い、いえいえ滅相もない! あくまで新鮮な反応で興味深いな~と思っただけで、あはは……」カタカタ

ファフニール「……ふん、まあいい。
       その機械を用いて文章を――それも魔法陣の様な、何かを実行する為の命令文を書いているというのは一しきり見て分かった」

滝谷「っ! は、はいそんな感じです……(凄いな、一目見ただけでプログラミングの概略を推察できたって事? 流石ドラゴン……)」ゾクッ

ファフニール「差し詰め、お前はこの世界における魔術師という所か」フン

滝谷「いやまあ、それは大袈裟というか……」アハハ……


ファフニール「――あの小林とかいう人間はどうした。居間で休んでいる様だが、お前を手伝いはしないのか?」

滝谷「あ~それですか? 小林さんはどうもカンナちゃんの相手をトール君にお願いされてたみたいだし……」カタカタ

滝谷「それに僕も小林さんも、仕事は複数掛け持ちしてますからね。その内いくつかは共同で取り組んでますが、個別に持ってる案件もあって」カチカチ

ファフニール「む?」

滝谷「それで、今日はたまたま小林さんは外で打ち合わせ、僕は自宅で作業という日で。
   そして小林さんがトール君と出会ったのが丁度打ち合わせ後だった――てのもあって、僕だけ今日分の仕事が残ってるって訳でして」カタカタ

滝谷「なのでこうして、遅れを取り戻そうと気張ってるんです。だからすみません、作業しながら話しちゃってて……」アハハ カタカタ

ファフニール「クク、成程な。あのトールが訪ねてきたせいで迷惑を被っているという事か」ニヤリ

滝谷「いやいや、そんな意地の悪い事は言ってないでしょう!? 人聞き悪いなあもお……」クルッ

ファフニール「フッ、人間共の風聞など知った事か。俺は竜、人外の魔物だぞ。そら、手を止めていていいのか?」ククク

滝谷「ぐぬぬ……(嗜虐癖のある人、いやドラゴンだな……)」クルッ カタカタ


ファフニール「ところで、先程掛けていた眼鏡はどうした?」

滝谷「ああ……。あの眼鏡はあくまでオタクモードのON/OFFの為のアイテムなんで、仕事の時は一人でも基本外してますね」カタカタ

ファフニール「フン、成程な……」

ファフニール「――やはり油断ならんな」ボソリ

滝谷「え?――」カタ――



パチン! フッ……



滝谷「ッ!? (部屋の電気が、突然消え――)」バッ



ヒュッ――



滝谷「ひっ――(喉に、何か冷たくて鋭い物が当たってる感触が――)」ビクッ

ファフニール「大声を出すな。物音も立てるな」ゴゴゴ

ファフニール「俺は今お前の頸に爪を立てている。もし逆らう意思を少しでも見せれば――分かるな?」フシュウー……

滝谷「……っ! いきなりっ、何を……?」ブルブル

ファフニール「ああ、ちなみに一か八かトールやあの調和勢に助けを求めてもいいが……。その場合はお前だけでなくあの小林とかいう人間も殺す」ズッ

滝谷「ッツ!!」ビクッ

ファフニール「それが嫌なら、まずは息を整え、話を聞く姿勢になれ」ゴゴゴ

滝谷「……っ……、……。……」ドッドッド

滝谷「……スゥ―――……ハァ―――……」

滝谷「――分かり、ました。それで、話、って?」スッ……

ファフニール「…………フン」


ファフニール「やはり気に入らんな、その態度」

滝谷「……?」フウフウ

ファフニール「明確な脅威を前にして、確かに恐怖を感じつつも、狂乱せずに理性を保つ胆力。
       自身の置かれた状況を即座に把握する理解力。およそ只のヒトの物ではない」

滝谷「……それ、は……、どうも……?」ハアハア

ファフニール「それらの素質を持つ人間は、俺らの世界では一般に英雄、もしくは――」

ファフニール「――魔術師と呼ばれる者達だ」

滝谷「……!」

ファフニール「お前の仕事とやらの内容も、意識的に表面上の人格の切換えを行っている所もそうだが……。
       お前の器用さ、賢しさはどうも、俺が今まで見てきた魔術師連中によく似たものを感じる」

ファフニール「――それはつまり、本心を表に出さない狡猾さや、裏で何を企んでいるか分からない気色悪さも含めて…… という事だが」ググッ

滝谷「い゛っ――痛ぅっ……(爪が、食い込む……)!」

ファフニール「今日会ったばかりの、それも得体の知れないドラゴンの娘を助ける……? 
       魔法やら並行世界やら、人生で初めて触れる様な事象を目の当たりにしてすぐに信じる……?
       そんな都合の良いお気楽な“お人好し”は、御伽噺にしか存在しない」

ファフニール「もしいたとしてもそれは、相手の願望を読むのに長けていて、利己の為にそれをなぞり演じるのを躊躇わない詐欺師に過ぎないだろう」メリッ

滝谷「ぎ、ぅッ―――!」

ファフニール「――お前の本心を吐いてみるがいい。あの純真で莫迦な竜の娘を利用して、何をしようとしている?」

ファフニール「もしここで白状するなら、お前だけは命を助けてやろう。まあその場合、竜を謀った報いとしてあの小林という女は殺すが」ゴゴゴゴゴ

滝谷「ッ………………………!」



ファフニール「無論、何も言わなければお前を殺す。どうだ、分かりやすいだろう?」

滝谷「……ッツ………………………」フウーフウー

ファフニール「さあどうした。俺はそれ程気の長い方ではないぞ、今も指に力を入れるのを必死に堪えている位だ。何か言ってみろ」

滝谷「…………ッ………っ…………」ハアハア

滝谷「………………………、本当に」ポツリ

ファフニール「む?」ピクッ

滝谷「本当に、僕が何か企んでいて……ゲホ! それを洗いざらい、喋ったら……」

滝谷「僕だけは、助けてくれるのか……?」ハアハア

ファフニール「! フッ…… ああ約束しよう。お前だけは生かしてやるさ」

滝谷「……ふふっ……」ニヤッ

ファフニール「さあ教えてみろ、お前の内に秘められた企みを――!」ゴゴゴ

滝谷「………………………」



滝谷「だが断る」



ファフニール「…………!? …………貴様…………」

滝谷「――いやあ~、まさかリアルで言ってみたかった台詞を、本当に言う機会があるとはね。現実は漫画よりも奇妙なり、ってね」ヘヘッ……

ファフニール「……何を言っているか、分かっているのか……?」ズオッ!

滝谷「勿論。僕が死ぬ。けれどそれで小林さんは生きる。そういう事でしょ、なら、特に迷いはしないさ」ニヤッ

ファフニール「………………………」チラッ

滝谷「――――」ガクガク ブルブル

ファフニール(――手足は震え、冷や汗を流し、声も若干揺れている。強気な態度が虚勢なのは明らか)

ファフニール(だがこいつはその上で、虚勢で命を懸けている――)


滝谷「――本当の所を言うと」ポツリ

ファフニール「む……?」

滝谷「隠してた本心……、というか下心みたいなものは、あったんだ」

滝谷「ご明察の通り、僕は利己的で、小賢しくて……。人に良く見られる為に善人を装う事はしょっちゅうで……」

滝谷「実の所、トール君の事については、気の毒で大変そうだとは思うけど、正直面倒事に巻き込まないでくれという気持ちも大分ある」

滝谷「魔法だとか並行世界だとかも、筋は通ってるし、魔法もこの目で見たから、とりあえずは信じた振りをしてるけど……。
   まだ感覚的には全然腑に落ちていないさ」

ファフニール「…………なら、なぜ…………」

滝谷「でも」グッ

ファフニール「!(俺の爪に、手を……!)」

滝谷「今日の昼―― 小林さんが、トール君の『力になりたい』と言ったんだ。『滝谷君、手伝ってほしい』と頼んで来たんだ」

滝谷「僕と違って、小林さんは本当に“お人好し”なんだ。
   表面上はドライで冷めた振りをしてるけど、実際は困ってる隣人を放っとけなくて、助ける為ならすぐ自分は無茶をする様な……」

滝谷「そのせいで責任を全部背負って会社も辞めさせられる羽目になったってのに、全然懲りずにまたこうして誰かを助けようとしてる、そんなお人好し」

滝谷「馬鹿だと思うかい? 僕は思う。いつまた危ない目に遭うか分かったもんじゃない……。だから」ググ……

滝谷「――だから!」ギリッ!

ファフニール「!」

滝谷「傍でその馬鹿なお人好しを支える、大馬鹿が居なきゃいけないんだ!」ギンッ!

ファフニール「――――――――」


滝谷「さあ殺すなら殺してみなよ。けれども僕は生来の痛がりでね、予防接種の注射でも毎回泣き喚きそうになるのを必死に堪えるぐらいさ!」ハハッ

滝谷「死ぬ様な大怪我すればきっとアパート全部屋に響き渡るくらいの大絶叫をかますだろう。
   そうすれば小林さんは勿論、トール君やルコアさん? にも聞こえてしまうね、それはまずいんじゃない?」フウフウ

ファフニール「………………………」

滝谷「さあっ、それでも――」

ファフニール「…………フッ」

滝谷「へ?」

ファフニール「――フッフ、クックック、クハハハハハハ!」

滝谷「( ゚д゚)」ポカン

ファフニール「クク、道化の仮面の下の素顔がどんなものかと試してみれば、仮面の下も大真面目に莫迦を語る道化の顔とはな。
       流石にそれは慮外で、だからこそ愉快だ」ククク

滝谷「え、試すって……」

滝谷「………………まさか」ダラダラ

ファフニール「ああ、殺すというのは嘘だ」サラリ

滝谷「( ) ゚д゚」(言葉にならない)


ファフニール「貴様が自分で言ったろう、殺せばトールやあの調和勢が五月蠅いに決まっている。誰がやるか」フン

滝谷「……あ、あ、あなたねえ゛………………」ヒクヒク

ファフニール「フン――――――」パチン



チカッ チカッ ブーン……



滝谷(あ、電気点いた……)

ファフニール「――勿論、本当に何か企んで竜を謀っていたのなら、忘れられない恐怖を与えるくらいはしたがな」ブンッ!(首から手を外す)

滝谷「うわっ!? 乱暴だなあ~、もう、嘘で傷付けられちゃあ溜まったもんじゃ―― あれ?」ピクッ

滝谷「……喉に傷がない。痛みもない……。確かに爪が食い込んだと思ったんだけど」サスサス

ファフニール「幻肢痛、というものがあるだろう」

滝谷「幻肢痛? ってあの、手足を失った人が、その失ったはずの手足の痛みを感じるとかいう……」

ファフニール「そう。要は実際に怪我を負った部位が無くとも、頭の錯覚で生物は痛みを感じ得るという訳だが――。
       俺は、その痛みの錯覚を引き起こす呪いを使える」ズズ……

滝谷「ええ!? (なんて物騒な……)」

ファフニール「俺はあらゆる呪いについて精通していてな。この程度は児戯に等しい」フッ

滝谷「呪いに精通って一体、なぜ……?」

ファフニール「趣味だ」バーン

滝谷「趣味……。そ、そっすか……」


ファフニール「安心しろ。お前の応答は馬鹿馬鹿しかったが、良い退屈しのぎになった。一先ず呪いはしないさ」ククク

滝谷「さいですか………………」ハア

ファフニール「クックック………………」フフフフ

滝谷「………………(退屈しのぎ、ねえ)」



滝谷『本当は、トール君の事を慮って、僕と小林さんが彼女に害為す存在じゃないか確かめときたかったんじゃないですか?』



滝谷(――とか言ってみたいけど、言ったら今度こそ本当に殺されそうな気がするので黙っておく滝谷真なのであった、まる)

滝谷「………………」ジー

ファフニール「クク…… む、何だ睨みつけて。人間の苦情なぞ聞かんぞ」

滝谷「いえ、何でも」プイ

ファフニール「そうか。フフフ……」

滝谷(ま、何はともあれ何事もなく済んで良かった良かっt――――)

滝谷「ってあああAAAAAAAアアア~~~~!?!?」アアア


ファフニール「!? ……な、何だ突然奇声を上げて」ビクッ

滝谷「ピ、PC!PC! 忘れてた! 電灯が消えてたって事はPCも消えてた!? まだ仕事中で、データ保存してなかった!」ワタワタ

滝谷「い、今どうなってる? 今日の分の進捗吹っ飛ぶだけならまだしも、作業データ丸ごと消えてたり――」カチカチ

滝谷「――――あれ? 消えてない。そもそも電源も落ちてない……」キョトン

ファフニール「ああ、その光る板か。変化がないのは当然だ。何しろ実際に消えていた訳ではないからな」

滝谷「へ?」

ファフニール「先程、痛みの錯覚の呪いについて話したろう。
       それと類似した呪いで、光源そのものを消すのでなく、相手がその光を認識できない様にする事で、暗闇になったと錯覚させるものがある」

ファフニール「それを用いて、貴様が天井の灯りやその板の光を認識できなくしていただけだ。故に、呪いを解けば元通り、だ」

滝谷「そ、そう………………。良かったあ~~~………………」ハアア~~~……

滝谷(正直、さっき彼に爪で脅された時より焦ったかも…………)ヘナヘナ



トール「――滝谷さ~ん?」コンコン ガチャ

ファフニール「む……」

滝谷「おろ、トール君?」

トール「おや、ファフニールさんも居ましたか。二人共、夕食出来ましたんで来て下さい。小林さんにカンナ、エルマもお待ちかねです」

滝谷「了~解、今向かうね―― っと、その前に忘れず保存保存……」カチカチ

ファフニール「フン、面白い。この俺自らが料理の品評をしてやろう。ただし辛口になるのは覚悟しておけ」スタスタ

トール「うわ、何か妙にテンション高くないです? 何か嬉しい事でもありました?……」

ガヤガヤ スタスタ

パタン…………


………………

【魔法界・終焉帝のねぐら】



………………

ブウン スタッ

ルコア「――さあ、着きましたよ終焉帝」

終焉帝「うむ……」ヨロッ

ルコア「お疲れ様でした。さあ、もう横になってお休み下さい」スッ

終焉帝「ああ、かたじけない……」ズルズル トスッ……

終焉帝「…………フウ…………」ハァー……

ルコア(……トール君達の前では、出来るだけ気丈に振る舞っておられた様だけど……)

ルコア(本当は、外に出るのもまだお辛い程の重傷のはず。本人の意向だから出るなとも言えないけれど、せめて少しでも休んで頂かないと……)

終焉帝「……………うう……………」ハアハア

ルコア「――さあ、終焉帝。明日は早いですし、目を閉じてお休み下さい。朝は私がお起こし致しますから……」

終焉帝「…………………………」ハアハア

ルコア「………………終焉帝?」

終焉帝「…………………………(苦悶しながらも目を閉じない)」ハアハア

ルコア「………………眠れませんか、終焉帝?」

終焉帝「………………しい………………」ボソリ

ルコア「? 今、何と………………」

終焉帝「………………恐ろしい………………」

ルコア「………………!」

終焉帝「眠りに落ちるのが……恐ろしい……」ハアハア

ルコア「終焉帝………………」


終焉帝「もう二度と……“アレ”が生きている姿など見れぬと……思っていた……」

終焉帝「……笑う顔など、見れぬと、思っていた……」フウフウ

ルコア「…………………………」

終焉帝「……例え“アレ”が、本当は並行世界の存在で……よく似た別物であったとしても……」

終焉帝「それでも今日、“アレ”と出会えたのはまるで、奇跡の様で……っ、ゴホッ、ゴホッ!」

ルコア「終焉帝ッ! ご無理なさらず――」

終焉帝「ハア、ハア……恐ろ、しい……。ここ、で、目を閉じ、眠りに落ちたら……」

終焉帝「目を覚ました時……今日の出来事全てが、夢となってしまいそうで……」フウウ

ルコア「終焉帝………………」

ルコア「…………大丈夫ですよ」ソッ

終焉帝「む………………?」フウフウ

ルコア「まず、今日の事は夢ではありませんし……。それにもし仮に、この世界が貴方の見る夢だったとしても――」

ルコア「貴方が眠っている間は、僕がこの夢を代わりに見ます。代わりに維持します。
    ご存知でしょう? 僕が、夢の存在であったとしてもそのくらいの事は出来るドラゴンだって事」フフッ

終焉帝「…………………………」

ルコア「ですから、大丈夫です。安心してお眠り下さい、終焉帝」ギュッ(手を握る)

終焉帝「………………ああ、そうだな……。任せた、“翼ある蛇”よ……」フウ(目を閉じる)

ルコア「ええ。お休みなさい」

終焉帝「…………………………」スウスウ

ルコア(――――どうか、明日は皆にとって好い日であります様――――)

今回はここまで。それではまた。

スレ保持用投稿。

スレ保持用投稿。

5年は放置されてるスレが普通にそのまま生きてる管理放棄板だぞ
いちいち保守なんてせんでええわ

>>243
そうだったんですか…?(無知)書き始める前に調べたガイドラインにずっと沿って保守してました…。
教えて頂きありがとうございます。まあ、そもそも2か月以上も空けるなという話ではあるのですが。

それはそうと、少しですが更新しようと思います。


…………………………

【早朝・滝谷宅】

チュンチュン チチチ……



トール「――――んっんっ……。よし、これで準備OKです!」ギュッ

トール「小林さん! 滝谷さ~ん! そちらは支度、済みました~?」

小林「ん、大丈夫。出来てるよ~。頼まれてた生ゴミももう出したし」ヒョコ

滝谷「は~いお待たせ、僕の方も完了したよ~」テクテク

トール「良かった、ありがとうございます。では、外の公園に向かいましょう! 他の皆さんがお待ちのはずです!」

小林・滝谷「「了解~」」


【滝谷宅・玄関】

チュンチュン チチチ サンサン……

ガチャ バタン

テクテク テクテク……



トール「――ん~~~~! 快晴、良い朝です!」ノビー テクテク

小林「いやあ、気持ちの良い朝だね、トールちゃん」テクテク

トール「はい! 並み居る敵軍をブレスの一吐きで薙ぎ払った時の如く!」バーン

小林「物騒な清々しさだなあ……。ところで、その抱えてる籠って、もしかしてお弁当?」

トール「はい! 今日の調査は時間が掛かるかもですし。おにぎりやお茶とか、簡単なものですけど……」

小林「いや、充分助かるよ、ありがとう。ごめんね? 結局昨日の夕食や今日の朝食の支度や片付けに、更にお弁当まで任せっぱなしで……」

トール「いえいえ、私が好きでやってる事ですので! それよりお二人は、しっかり休めましたか?」

小林「うん、お陰様で。久しぶりにぐっすり眠れたよ」ニコッ

滝谷「ああ、僕も――ふぁ~~ああ……――ゆっくり休めたよ」アフゥ

トール「……にしては説得力のない大あくびですね……」ジッ

小林「滝谷君、夕食後も仕事してたでしょ~、大丈夫~?」ジッ

滝谷「いやいや、仕事してたのはちょっとだけだよ?
   大丈夫、きちんと休めたのはホントだから! 早起きがちょっと慣れてないだけだって!」ナハハ……

小林「ホント~? ならいいけど……」テクテク


トール「あ、夕食と言えば……。昨日の夕食、どうでした?」ボソリ

小林「え?」

トール「その、お口に、合っていたかなって……」モジモジ

小林「そりゃもちろん、美味しかったよ~!」

トール「…………!」パアッ

小林「味良し、量良し、栄養バランス良しで大満足の料理だった。ここ数年で一番ってくらい!」

滝谷「高級料理店もかくやという程美味しかったね。毎日食べたいと思ったよ」

小林「カンナちゃんやエルマさんも美味しそうに頬張ってたよね。
   あのファフニールさんも、料理漫画の解説役みたいな長台詞喋りながら食べ続けてたし」

トール「……ありがとうございます!」エヘヘ

トール(――ほら、大丈夫! 尻尾肉さえ入れなければ、普通に美味しく食べてもらえる!)

トール(……私の世界の小林さんにも私の料理、今度こそ食べて、喜んで頂きたいな……)

トール(……いや、食べてもらうんだ! 必ず帰って!)ムン


テクテク テクテク……

【滝谷宅近くの公園】



トール「――皆さ~ん! お待たせしました!」

カンナ「あ。トール様きたー」パタパタ

エルマ「ああ、来たかトール」

ファフニール「……フン」

トール「あれ、ルコアさんとお父さんはまだですか?」

エルマ「ああ。とは言え予定時刻までまだ間はある。じき来られるだろう」

カンナ「トール様ー、昨日はごちそうさま。美味しかったー」ピョンピョン

トール「は~い、ありがとうございます、カンナ」ナデナデ

エルマ「ああ、馳走になった。毎日食べたいくらい、美味だった」

トール「おや、あなたも随分気の利いた世辞を言う様に……」

エルマ「本気だぞ?」ズイッ ジュルリ

トール「そ、そうですか…… まあ、あなたならそうですよね……。今日もお弁当作ってきたんで、後であなたも食べて良いですよ」

エルマ「本当か!? 約束だぞ!!」グウウゥゥ

トール「今から腹を鳴らさないで下さい!」

ファフニール「確かに美味だった。お前の事を多少侮っていた様だ」スッ

トール「ファフニールさん?」

ファフニール「だが調子に乗るなよ。俺はまだお前を認めた訳ではない!
       素材や調理法から拘り直し、至高の一品を仕上げてから、再び挑んでくるが良い!」ゴゴゴ

トール「どういう立ち位置からの発言なんですか……」


ブウン



トール「! っと、二人もご到着ですか」

ルコア「皆、お待たせ~」スタッ

終焉帝「…………………………」ザッ

小林「おお、虚空に現れた魔法陣から二人が……」ホヘー

滝谷「空間転移か……。やっぱ便利だねえ~魔法、楽ちんそうでいいなあ」ホウ

トール「いえ、確かに転移魔法は便利ですが、そう楽ばかりでもないですよ」

小林「そうなの?」

トール「空間に影響を与える都合上、結構外界からの干渉を受けやすくて、
    他の魔法以上に繊細な操作が必要でして。単純に習得難度も高いですし……」

カンナ「わたしもテンイはできない。あとエルマ様も」

エルマ「あ、こら! 余計な事を!」ワタッ

小林「じゃあ二人は今回、他のドラゴンの方に連れてきてもらって?」

カンナ「うん、ルコア様に連れてきてもらったー」

トール「幼いカンナはともかく、エルマはもうちょっと頑張った方が……」

エルマ「う、うるさい! 向き不向きがあるんだ、空間の繋がりを乱す転移魔法は調和勢の者として感覚的にちょっと苦手で……」ゴニョゴニョ

トール「ふ~ん、どーだか」ジトー

エルマ「む、むう~~~……!」プルプル

ルコア「あはは、まあまあ――」



ギャイギャイ――


――――――――



ルコア「――さて、楽しいおしゃべりもそこそこにして……、本題に入ろうか」パンッ

トール「はい」

エルマ「う、うむ。お願いする」

ルコア「よし。では、出発の前に一度、改めて状況を確認しておこうか」

ルコア「昨日の話し合いによって導かれた現状に対する仮説は、この世界は今ここにいるトール君にとっての並行世界であり、
    トール君は“この世界のトール君”と引き合った事でやって来たという事」

ルコア「その仮説を検証する手がかりを得る為に、“この世界のトール君”が最期を迎えただろう場所、
    即ち1年前トール君が落ち延び、小林さんと出会ったという山に向かう……、というのが今回の目的だ」

トール「はい、承知してます!」フンスッ

ルコア「うん、良い意気だね。道中、トラブルが無いとも限らない。皆、気を引き締めていこうか」ニコッ

トール「はいっ!」グッ
エルマ「うむっ!」ムン
カンナ「おー!」ピョン

終焉帝「……………………」コクリ

ファフニール「フッ、誰にモノを言っている」フンッ

ルコア(……一番心配しているのは君の事なんだけどな~……)ボソッ

ファフニール「? 何か言ったか?」ジロッ

ルコア「いや、何も♪」ニコ~



トール「――特に小林さんと滝谷さんは脆弱……もといか弱い人間なのですから、無茶はせず、私達から離れない様にして下さいねっ!」ズイッ

小林「ぜ、脆弱……」アハハ……

滝谷「まあ、ドラゴンと比べたら人間が弱いのは事実だから……」フフ……

トール「あ、いえっその、そういう嘲りとか茶化しとかの意味ではなく、そのっ――!」ワタタ

小林「?」

トール「――二人共、事ある毎に無茶しがちな方達なので、心配で、その――」オズッ

小林・滝谷「「――!」」

小林「――ありがとう、トールちゃん」ギュッ(手を握る)

トール「!」

小林「約束するよ。無茶はしない。ちゃんとトールちゃん達の事、頼りにするから」ニコッ

トール「……! はいっ、頼って下さい!」ギュッ

滝谷「ああ、いざという時は脇目も振らずに全力で背後に隠れさせてもらうから、よろしくね!」グッ!

トール「そ、それはそれで絵面がどうなんですか……」


ルコア「じゃあ早速だけど、トール君と小林さんが出会ったという山まで移動しようか」

トール「はい、小林さん達の為にも、できれば日帰りで終わらせたい所ですし!」

滝谷「ハハハ、まあその為に無茶をして欲しくはないけれど」ハハハ

小林「そうなって頂けると仕事的にぶっちゃけ助かるね」アハハ

トール「ええ! では、時間も勿体ないし転移魔法でサクッと行きましょうか。私が準備しますね!」

ルコア「よろしく頼もうかな」

トール「行きますよ~……!」



ブオンッ!(魔法陣を展開)



トール(行き先をイメージ! 魔法陣の大きさ等の諸条件を設定……!)



ブオン ブオン チキチキ……



トール(後は術式の定着、空間への固定――ッ!?)

ルコア「っ!」



ブオン ブオ ……バチンッ!



トール「わっ!?」

小林「魔法陣が壊れた!?」

滝谷「これは一体……」


トール「な、何かミスっちゃいましたかね……。もう一回!」ブオンッ



ブオンブオン――パキンッ!



トール「駄目だあ……。何でえ……?」

ルコア「待ってね、僕も一応やってみよう」ブオンッ



ブオンブオンブオン――バチンッ!



トール「ルコアさんでも失敗……?」

ルコア「うーん、これは……」

ファフニール「悩むまでも無いだろう。妨害されている」

トール「妨害!?」

ルコア「――うん、魔法陣の不備という訳でもないのに、術式が特定処理中に突然壊れるこの感じ……」

ルコア「対抗魔法による妨害……。それもこの感じだと、転移先からの妨害を受けている様だね」

トール「転移先? って事はつまり、これから向かおうとしてる山から……?」

滝谷「それって、まさか……」

小林「“この世界のトールちゃん”が……?」


ルコア「う~ん、これだけだと誰が、というのはまだ分からないけど……。ただ、何者かが干渉しているのは間違いないかな」ポリポリ

ルコア「前に捜索の為この辺りに来た時は、こんな事はなかったはずなんだけど……」ムムム

ファフニール「状況が変わったのだろう、このトールがこの世界にやってきた事で」

トール「状況……。何者であれ、並行世界から来た私に山へ来ないで欲しい存在がいる、という事ですね?」

滝谷「ん? それって、逆を言えば……」

小林「うん、“私達にとって重要な手がかりが山にはある”って示してる様なものかもね」

エルマ「っ! 成程……」

トール「……これは尚更、山に行かなくてはなりませんね」グッ


ルコア「転移魔法が使えないなら仕方ない。予定変更して、空を飛んで直接現地に向かってみよう」

トール「はい、繊細な転移魔法は妨害できても、ドラゴンの直接突破を止められるモノはそうそうありませんから!」ビシッ!

滝谷(なんて力こそパワーな物言い……!)
小林(流石ドラゴンって感じだね)

ルコア「さて、そうなるとちょっと、組分けが必要かな?」

トール「あ、確かに。人間のお二人は、誰かの背に乗って頂かないと……」

小林「あ、じゃあトールちゃんに頼んでもいい?」

トール「はい、それでお願いします」

ルコア「ああ、それとカンナも」

カンナ「わたしも?」キョトン

ルコア「うん、カンナはまだ皆の飛行速度に付いていけないだろうから、今回は僕の背中に乗って。いいかな?」

カンナ「は~い、りょーかい」

トール「――ふむ。そうなるとエルマ、あなたは大丈夫なんですか?」

エルマ「何?」ピク

トール「いや、水竜のあなたじゃ泳ぐのは得意でも空飛ぶのは比較的苦手でしょう?」

エルマ「な、何をぅ!? 侮るなよ! 大陸間移動ならともかく、数都市程度の距離の飛行、何の問題もない!」フンスッ

トール「そ、そうですか……(侮るとかではなかったけども)。じゃあ、心配無用ですね」

エルマ「おおともっ!」フンッ


ファフニール「フン、俺は無論一人で飛んでいく」

終焉帝「うむ、私も自力で――、ゴホッ、ゴホッ――」ゲホゲホ

ルコア「ああ、終焉帝もまだご無理せず! どうぞ僕の背に――」

トール「あ……」チラッ

終焉帝「むう……」

トール「……………………」モジモジ

滝谷「(むっ? トール君の様子が……) ……はっ――!」ピキーン

滝谷(むふふ、成程……。ならばっ!)スッ カチャ……

滝谷(眼鏡ON)「――いや~折角なので、オイラはファフニール殿の背中に乗せてもらうでヤンス!」

トール「え?」
小林「滝谷君?」

ファフニール「は? なぜ俺が下等な人間を背に乗せなければならん」ブスッ

滝谷「いやあ、さすがにドラゴンとは言え、女の子のトール君の背中に乗るのは気が引けるというか……」ハハハ

ファフニール「俺なら良いとでも?」ズオッ

滝谷「そうカッカせず~。いいじゃないでヤンスか~、昨夜男同士で肌を重ねて親睦を深めた仲でしょ~?」クネクネ

ファフニール「気色悪い言動をするなッ!」イラッ

トール「え、お二人共、そんな事を昨夜……?」ヒキッ

ファフニール「待て。誤解をするな、肌を重ねてと言うのは爪を突き立て――」

滝谷「…………!」チラッチラッ(ルコアへの目配せ)

ルコア「……? っ――!」ピコーン

ルコア「え~? 爪を突き立て衣をはぎ取り、一糸纏わぬ裸体で交わり……!? わ~ファフニール君ってばダイタン♡」ウフフ

ファフニール「ケツァルコアトル、貴様は解って言っているだろう! 巫山戯るのも――」グルル


ルコア「滝谷君が移るというなら、終焉帝はトール君の背に乗られては? 折角の機会ですし」ズイッ

トール「!」

ファフニール「おい、無視す――」

終焉帝「……構わん。好きに配するが良い」

ルコア「ええ! それではトール君、頼めるかい?」

トール「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします……」ドキドキ

ルコア「よし。じゃあ、組分けも決まった事だし、早速出発しようか!」

カンナ「はーい。ルコア様、よろしくー」テトテト

ルコア「うん、よろしくね~♡」ギュッ

ルコア「じゃ、皆も付いて来てね! あ、認識阻害も忘れずに!」ズズズ……

ファフニール「おい聞――!」



ブアッ! バシュンッ!



小林「うおっ!(一瞬で空にかっ飛んでった!)」ゴオッ

ファフニール「ッツ……! 舐めた真似をッ!」ガシッ!

滝谷「ヤンス?」(ファフニールに掴まれる)

ファフニール「癪だが仕方ない、乗せて行ってやろう……。とにかく早急に奴を追うぞ!」ズズズ……

滝谷「おお、ありがたい! それでは小林殿、トール殿、我らはお先に――」

ファフニール「フンッツ!!」バシュンッツ!

滝谷「ヤンスーーーーー!?」キーン……(フェードアウトする悲鳴)

トール「滝谷さん……」

小林「良い奴だったよ……」


エルマ「――よし、では私も出立する。現地でまた会おう!」ズズ……

バシュン!



トール「えっと……。じゃあ、私達も行きましょうか。あ、小林さん、移動の間、籠を持ってて頂いても良いですか?」スッ

小林「あ、了解」ヨイショ

トール「よろしくお願いします。それでは……」ズズズ……

トール(竜形態)「――さあ、二人共、乗って下さい」ズズン

終焉帝「……うむ」ザッザッ

小林「うん……、よろしく」ウンショ

トール「……よし、乗りましたね? じゃあ行きますよ――」グググ

トール「――えいっ!」バシュンッ!



………………


【市街上空・ファフニール組】

ゴオオオオ……



滝谷「――きゃー、サラマンダーよりずっとはやーい!」キャッキャッ

ファフニール(竜形態)「――ム、待て。サラマンダーとは誰だ、ドラゴンの名か?」ピクッ

滝谷「へ?」

ファフニール「お前、以前にもドラゴンに乗った事があるとでもいうのか?」

滝谷「あ、いや今のは有名なゲームに出てくるセリフであって……」

ファフニール「遊戯《ゲーム》だと? 要は飯事(ままごと)の台詞か?
       つまり俺の飛行は児戯と比べる程度のものだと、そう言うつもりか貴様?」ゴゴゴ

滝谷「も~、何でもネガティブに捉え過ぎでヤンスよ~?
   これは幼き日に夢想した憧れと今を重ねて感動しているのだ、と思って欲しい所ですな~」ナハハ

ファフニール「チッ、口だけは回る道化だ……。今も、先程もな」

滝谷「? と言うと?」キョトン

ファフニール「とぼけるな。出発前のお前とケツァルコアトルの三文芝居の事だ」

滝谷「――ほう?」

ファフニール「あまりに強引に話を進める故に仕方なく乗ってやったが、何のつもりだあれは」

滝谷「はっは、お見通しでヤンスか。流石ファフニール殿、荒い言動に対して気配り上手」ハッハッハ

ファフニール「はぐらかすな!」ゴオッ

滝谷「はっは――いや何、トール殿が御父上――終焉帝殿と、何やら話をしたそうに見えたものでしてな」

ファフニール「む…………」

滝谷「今日の調査の具合によっては、ゆっくり話をする時間などもうないかもしれない。
   なら、少ないチャンスを無駄にせず、悔いのない様に言いたい事を吐き出してほしいと愚考した次第で」ナハハ

ファフニール「フン、物好きなものだ」

滝谷「いやいや、ファフニール殿には負けるでヤンス」

ファフニール「減らず口を……」


滝谷「……しかしあれですな、話してみると、ファフニール殿は中々面白いでヤンスな?」ニヘッ

ファフニール「……何だと?」ピキッ

滝谷「小林さんの、呆れながらも返してくれる温もりある対応とはまた別の、
   打てばその分返ってくる様な、やや天然が入りつつもキレのあるツッコミ……」

滝谷「同性だからですかな? 変に気兼ねなく喋れるのも心地好い……」

滝谷「ですので、親愛を込めて“ファフ君”と呼んでいいでヤンスか?」ニカッ

ファフニール「――――は?」プッツーン

滝谷「ねえ~、良いでヤンショ~、ファフ君~?」スリスリ

ファフニール「…………フ、フフフフフ…………、いいだろう」

滝谷「おお、マジデ!? 言ってみるもんで――」

ファフニール「――この俺に向かって選りにも選って親愛とはな。真意は兎も角、俺を舐めている事は良く分かった……」フルフル

滝谷「へ?」

ファフニール「怒りが一周回って興が乗った。ほんの少しだけ、本気を見せてやる――死にたくなければ死ぬ気でしがみ付いていろ」ゴゴゴ

滝谷「え、ちょ……」

ファフニール「……フンッ!!!」(スピードアップ)ゴォッ!

滝谷「ヤンスーーー!?」ガシィー



キーーーン……


………………



【市街上空・トール組】

ゴオオオオ……



トール「………………」

小林「………………」

終焉帝「………………」



ゴオオオオ……



トール「……あ、小林さん」

小林「……へっ!? う、うん何?」

トール「あ、いえ、椅子の座り心地は大丈夫ですか?」

小林「あ、ああ、この背中に出してもらった、鱗を変形させているっていう椅子? うん大丈夫、丁度腰にフィットして快適だよ」

トール「そうですか。何か気になればすぐ言って下さいね」

小林「うん、お気遣いありがとう」

トール「はい。……あ、その……」

小林「?」

トール「お父さん、の方は……、大丈夫ですか?」オズオズ

終焉帝「む…………」ピク

終焉帝「…………ああ、大事ない、このままで構わん」

トール「そ、そうですか……。良かったです」

終焉帝「うむ…………」



トール「………………」

小林「………………」

終焉帝「………………」



小林(いや空気、おっも!)ズーン


小林(出発時、滝谷君が急に組分けを変えてもらってた意図は、やっぱりこの親子二人のギクシャクしてる仲に関してだろう……)

小林(というか去り際にチラッと私に向けて『後は頼んだでヤンス♪』みたいな視線向けてきてたし)ムー

小林(とは言え……)チラッ

終焉帝「…………」ゴゴゴ

小林(う~、黙ってても凄味あるなあこの方。私にできるか~……?)

小林(――いや、トールちゃんの為だ。やるだけやってみようか!)ギュッ

小林(要はこの二人の間をいい感じに取り持てればいいって事でしょ?
   昨日の会話から察するにこの二人、表現の仕方がすれ違ってるだけで、ちゃんとお互いの事を想い合ってると思うんだよな……)

小林(なら、何かちょっとでも話し始めるきっかけさえあれば、後は流れで行けるはず!)

小林(となると、そのきっかけをどうするかだけど……)ウーン

小林「何……か……何かないかな……何か……」ゴソゴソ ポンポン

トール「小林さん? どうしました急に体中をまさぐって。痒いなら私が搔きましょうか?」

小林「あ、いや! そういうんじゃなくて……、えーっと……」ゴソゴソ ピクッ

小林「! (これは……! これなら行けるか……? いや、当たって砕けよう!) よし――」スッ

小林「――あ、あの! すみません、よろしいですか!?」ズイッ

終焉帝「む…………?」

トール「こ、小林さん!? 何を――」

小林「ちゃんとしたご挨拶が遅くなり申し訳ありません! 私こういう者でございます!」スッ

トール「! その小紙片は……」

終焉帝「名刺……、か」パシッ

小林「(! 知ってるんだ?)は、はい! フリーのSE……システムエンジニアをしております!」

トール「こ、小林さんどうして急に自己紹介を……!?」

終焉帝「……ふむ」ジィッ

小林「あっ、えっとシステムエンジニアというのはプログラミングなどのコンピューター関連の仕事を、あ~とプログラミングとは……
  (しまった、用語どこまで説明すればいいか分からん!)」ワタワタ

トール(小林さん……!)ハラハラ


終焉帝「……一つ、良いか?」

小林「っ! は、はい! なんでしょう?」

終焉帝「昨日の話で、貴殿が1年前に退職したという会社だが……、何という名だ?」

小林「へ? えっと、『地獄巡商事』ですけど……」

トール(改めて聞いても、名前だけは個人的に好みなんですよねえ、あの会社)

終焉帝「ふむ、やはりか……」

小林「?」

終焉帝「その会社の上役――専務とやらの役職に、“マガツチ”という男がおっただろう?」

小林「へっ!? あ、はい、います――いらっしゃいますけど…… 何故それを……」

トール(専務…… ああ、翔太君のお父さんである魔術師ですね)

終焉帝「あの男とは古くからの知り合いでな」

小林「へ!?」
トール「ふぇぇっ!?」

終焉帝「む?」

トール「あ、いえ……」

終焉帝「そう言えば1年程前、あの男と話した際、勤めている会社で社員が辞めた影響で、
    大分ごたついて大変だとぼやいていた覚えがあるが……。そうか、それが貴殿達の事だったか」

小林「そ、そんな事ってあるぅ……? 世間せっまい……」

小林「――って、はっ! そ、それよりすみません! ドラゴンの方のお知り合いにご苦労掛けてるとは露知らず!
   知らなかったとはいえ、ご容赦――」

終焉帝「フッ、止せ、構わん。むしろ良い薬だ」

小林「え?」キョトン

トール(! お父さんの、笑った顔……)

終焉帝「奴には私も世話にはなっているが、同時にあの腹黒狸親父ぶりには若干いけ好かない点もある。貴殿も覚えがあろう?」

小林「え……、まあ、はい……」タハハ……

終焉帝「あの男が焦っている所など、中々見れんのでな。良いものを見せてもらい、むしろ感謝しよう」フフフ

小林「あ、そうですか? それならまあ、良かったです……」ホッ

終焉帝「名刺についてだが、此方は生憎、今日は持ち合わせがない。機会があれば後日お渡ししよう」

小林「あ、いえお構いなく――、て言うか名刺持ってるんです!?」

終焉帝「あるが?」

小林「あるんだ!?」
トール(あるんだ!?)

終焉帝「しかしSEか……、情報機器には強いと見える。
    折角なのでメールアドレスを伝えておこう。PC関連で時に相談に乗って頂けると助かる」カキカキ

小林「メールアドレスあるの!? PCも!? (え、すごい意外。めっちゃ興味出てきた!)あ、謹んでアドレス承ります……」ペコ


小林「――いや~、プレッシャー凄いから内心、腰が引いちゃってたけど……。
   話してみるととっても気さくで面白――興味深いお父様だね、トールちゃん?」チラッ

トール「………………ムウ」プク

小林「ってあれ、トールちゃん? なんかご機嫌斜め?」タジッ

トール「だって……、小林さんズルいんですもん。そんなフランクにお父さんと会話してみせちゃったりして……」プク―

小林「え? 特段無理もせず、普通に話してるだけなんだけど……」ポリポリ

トール「それが普通じゃないんですっ! 普通の人間は、いやドラゴンでさえお父さんの前では呼吸すらままならなくなるものなんです!
    かく言う私ですら、お父さんの前では緊張で総毛ならぬ総鱗が立つ位なんですから!」

小林「そんなに~? いや雰囲気がおっかないのは分かるけど……」

トール「おっかないで済ますのは流石に呑気が過ぎますよ小林さん!」

終焉帝「………………」

小林「う~ん、じゃあ逆に聞いちゃうけど、トールちゃんのお父さん――終焉帝ってどんなドラゴンさんなの?」

トール「え?」

小林「いや、混沌勢というドラゴンの一派の代表格であり、神様とも闘り合えちゃう位凄い方ってのは昨日聞いたけども……。
   まだいまいち理解が及ばなくてね。トールちゃんが教えてくれる?」ニコッ

トール「え、え~? しょうがないですね~……」

トール「そりゃもうお父さん――終焉帝と言えば、
    神による支配に対する叛逆者たる混沌勢の筆頭であり、創世神話の時代を知る生ける伝説でして……」ペラペラ

小林「お、おう……(急に饒舌だ……)」

トール「その爪の一撃は新たな河を作り、その吐く炎は山を熔かすと言われ、圧倒的で無敵の肉体を誇る一方、
    知識に貪欲であらゆる事柄について知ろうとし、読み積み上げた書物は塔の如し!」

トール「その静かに、然れど凄烈に相手を睨みつける眼光は、敵だけでなく味方すらも震え上がらせる原初の恐怖……」

トール「その完全無欠の在り方故に、時に『死の炎』・『神聖の否認者』・『竜の絶対性の証明』、
   『滅びを告げるモノ』・『頂点種を総べる頂点』、そして『終焉そのもの』と数多の異名で称される、最強の竜の一角なのです――!」ゴゴゴ

小林「ひえ、何かもうラスボスみたいな人じゃん」

トール「――えっと。私の知る小林さんは、そのラスボスみたいなお父さんに啖呵切って、
    連れ帰られそうだった私を引き留めてくれたんですよ?」モジッ

小林「うわあ、ほんとに? 並行世界の私すごいな……、すごい命知らずって意味で」ハハハ

トール「だから、今も充分命知らずなんですって!」

小林「――ちなみに」

トール「?」

小林「途中からお忘れかもしれないけれど、ここまでの発言をお父さんもお聞きだからね?」チョイチョイ

トール「……はっ!!?」

終焉帝「………………」

小林「いや~羨ましい限りですねえ、めちゃくちゃ慕ってくれる娘さんがいらっしゃって」チラリ

終焉帝「………………フン、まあな」

トール「! は、はうぅぅ……」カアァ

小林(狙い通り……!)ニヤリ


小林(場の雰囲気が程良く和んできた今なら……!)

小林「――恥ずかしがる事はないよトールちゃん! むしろもっと素を出してっていいと思うよ?
   折角の機会だし、今まで話せなかった事があれば話してみるのはどうかな?」ズイッ

トール「え? えっと……」ピクッ

終焉帝「………………」

トール「うんと…… その……」タドタド



トール「………………」シーン

小林「………………」シーン

終焉帝「………………」シーン



小林(……あ、やべ。詰めがちょっと性急すぎたかも……?)

トール「………………」オズオズ

小林「あ、その、強引でごめ――」

終焉帝「――一つ、良いかトール」

小林「!?(こっちからのアプローチが来た!)」

トール「お、お父さん!? は、はい、なんでしょう……」ゴクリ

終焉帝「――此度の調査が首尾良く進み、元の世界に戻れるようになったとして、お前はどうするトール」

トール「……え?」

小林(一体何を聞いて……?)

終焉帝「……お前は、元の世界に戻るつもりか」

トール「も、もちろんですっ。その為の調査ですし――」

終焉帝「だが、戻る事が本当に、お前にとって最良の選択なのか?」ジッ

トール「!? 何を言って……?」

終焉帝「戻ってどうする。お前は元の世界――並行世界のこの人間・小林とやらと口論になり、仲違いの末この世界に来たのだろう」

トール「っ! そう、です……」

終焉帝「ならば、例え戻れた所で、必ずしも元の世界の此奴ともう一度暮らせるという保証はなかろう」

トール「…………っ! それは、そうですが……」

終焉帝「昨日も言ったが、並行世界とは本来交じり合う事のないもの。この異変が解消された後、再び世界間を移動できるとは限らん」

終焉帝「――幸い、此方の世界のこの人間は、お前の事を好意的に思ってくれている様だ」チラッ

小林「!」ピクッ

終焉帝「ならば、戻っても上手く行くとは限らない元の世界より、
    此方の世界で新しく関係を築き直す方が、お前にとって幸福なのではないか――?」

トール「……そんな、事は……っ!」グッ


トール(……でも、本当に、そうなのかな……)

小林「――いや、そんな事はないと思うよ」

トール「!」

終焉帝「何…………?」ゴゴゴ

小林「私って、昔からそんなに人付き合いが得意って訳じゃないからさ。
   仕事先ならともかく、家の中でまで気の合わない相手と過ごそうとしても、多分数日も保たないと思うんだよ」

小林「けど、トールちゃんはそんな私……、厳密には違ってもほぼ同じなそっちの世界の私と、一年も一緒に生活してきたんでしょ?
   ならその事実だけできっと大丈夫。喧嘩したってまた、仲直りできるさ」ニコッ

終焉帝「………………!」

トール「小林さん……!」

小林「それにもし、トールちゃんが謝って、それでもそっちの私が許さなかったなら、
   こっちの私が『何様のつもりだ小林!』って怒ってたって伝えていいからさ」グッ!(拳を握って挙げる)

小林「――ってヤバ、結局私が口挟んじゃった!? 折角二人が腹を割って話してたのに……」ワタワタ

トール「! (そうか、小林さん、私達親子を慮って……)フフ、ありがとうございます」

トール「――お父さん」

終焉帝「む…………」

トール「確かに、元の世界に戻った所で、必ず仲直りできるかは分かりません。余計に関係が悪化して、悲しい思いをする可能性もあるかもしれない」

トール「――でも、それでも良いんです」

終焉帝「何だと……?」ピクッ


トール「私は別に傷付きたくないから、争いたくないから小林さんと暮らしてきた訳ではありません」

トール「時に衝突しても、すれ違って辛い思いをしても……。
    それらも含めてこの人と同じ時を過ごしたいと、共に歩んで乗り越えていきたいと、そう思ったから一緒に居るんです!」

終焉帝「………………!」
小林「………………!」

トール「勿論、こちらの世界の小林さんと離れてしまうのも、寂しいですけれど……」

トール「それでも、私は戻れるなら元の世界に戻ります。辛くても苦しくても、あの人と共に在れるならどんな時間も私にとって宝物なんです!」ギュッ

終焉帝「………………そうか」

トール「だから、その……。ご心配、有り難うございます。お父さん」

終焉帝「フン、何の事だ。私は疑問を只尋ねただけだ」

終焉帝「お前が覚悟出来ておると言うのなら、これ以上は聞くまい。困難も苦労も、好きに味わって来ればよい」プイッ

トール「………………」

終焉帝「……戻れると良いな、元の世界に」ボソッ

トール「……っ! はいっ!!」ニコッ

小林「――いや、良いもの聞かせてもらったよ」パチパチ

トール「! こ、小林さん……!?」

小林「誇張や茶化しでは無く、ね。それだけ真っ直ぐに誰かに想われてるなんて……、
   違う世界の自分自身の事とは言え、ちょっと妬いちゃうな」パチパチ

トール「え、えへへ……、いえ、そう言われると自分でも勢いでちょっと、
    こっ恥ずかしい事を言っちゃった気がして照れて来ますね……」エヘヘ カアァ……

小林「うんうん、それもまた青春だね」ニコニコ パチパチ

トール「だ、誰目線なんですかっ……?」アハハ

終焉帝「………………」



終焉帝(――そうか。そういう道も、そういう可能性も、有ったのだな……)フウ……




トール「――あ、そうだ! 小林さん、持って頂いている籠の中の、一番上の保温容器を出して頂けますか?」

小林「ん? いいけど……(ゴソゴソ)……これ?」

トール「はい、それをお父さんに――」

小林「了解。えっと、では、どうぞ」スッ

終焉帝「む、これは…………?」パカッ

トール「――昨日のお夕飯の残りです。折角だから、お父さんにも召し上がって頂きたくて……」

終焉帝「……これは、お前が作ったのか?」

トール「はい、その、どうでしょう……?」オズオズ

終焉帝「……ああ、頂こう」

トール「! 良かった、ええ、どうぞ――!」

小林「………………」ニコニコ パチパチパチ

トール「だっ、だから、誰目線の何の拍手なんですか、小林さんっ……!」



バサッ バサッ ゴオオオオ………………

今回はここまで。それではまた。

こんばんは。
半年以上も空いてしまいましたが、また少し更新していきます。


【上空・トール組】

バサッ バサッ ゴオオオオ………………



トール(竜形態)「――そろそろ、目的の山が見えてきましたよ。お二人共!」バサッバサッ

終焉帝「む、もうか……」

小林「おっ、ホントだ。1時間くらいかかったけど、話してたらあっという間だったね」

トール「はい。同感です……」

トール(最初は転移魔法の妨害があってどうなる事かと思ったけど……)

トール「……案外、このまま何事もなく到着でき――」

終焉帝「――おい」ズオッ

トール「ひゃいっ!?」ビクッ

小林「ひっ――(何かオーラが出て……)」

終焉帝「そうして気が緩んだ時が最も危うい。既に我々を妨害する何者かがいるのは分かっておるのだ。上首尾な時ほど気を抜くな」ゴゴゴ

トール「は、はいいぃ、肝に銘じます……っ!」ドキドキ シャキッ

小林「――はっ! い、いやいやまあまあ、終焉帝さんもそんなにお怒りにならず……」ワタワタ

終焉帝「……む? いや、特に怒っては――」



――キィーーーーーン!!――



終焉帝「っ!これは……」

小林「え、何々、何の音です!?」

トール「魔法による緊急通信――、ルコアさんからです!」


ザザッ…… ザッ……!



ルコア『――みんな、聞こえる!? 今すぐ、減速し……ぐっ!』ザザッ

トール「ルコアさん!? 一体何が――」

終焉帝「トール!!」キッ

トール「っ! はい、とにかく、減速します! しっかり掴まってっ……!」グググッ

小林「うおっと、っとぉ!?」ガシッ

終焉帝「ぬぅ……!」ググッ



グググッ……

――ブオオオオオォッツ!!



トール「っ、前方から突風っ!?」グラッ



ゴオオオオオオォッツ!!



トール「っ……!姿勢が、維持できなっ……!」グラグラッ

小林「うわわわわわっ! 落ち落ち落ち、るぅわあああ!!?」ズルッ

トール「小林さんっ!!?」

終焉帝「――フンッ!」キュインッ!

小林「あああああ――お?」フワリ

終焉帝「彼女は魔法で最低限保護した! ――ゴフッ!?」ゲホッ

トール「お父さん!? お身体が……!」

終焉帝「ハア……! 長くは保たんぞっ、行け、トールッ!」

トール「――はいっ! お二人共、しがみ付いて! この空域を離脱します!」バサッ!



バサッ バサッ! ゴオオオオ……


【山の麓の草原】

バサッ バサッ…… ズズン……



トール「ハア、ハア……。何とか、着陸、成功です……」ヘタッ

小林「ふう、びっくりしたあ……」フイー

終焉帝「ゴホッゴホッ……。やれやれ、危うい所だった……」フウ

トール「お父さん、お身体の方は……」

終焉帝「案ずるな……。多少むせただけだ、支障ない」

トール「そうですか、良かった……。申し訳ありません二人共、危ない目に遭わせてしまって……」

終焉帝「いや、緊急通信を受けてからの対応は、判断及びその速度共に、概ね最善だったと言えよう。気に病むな」

小林「うん、ありがとうトールちゃん。それに終焉帝さんも、魔法で守って下さってありがとうございます」ペコリ

終焉帝「うむ、貴女も無事で何よりだ」

トール「……私からも、改めてありがとうございますお父さん」

終焉帝「む?」

トール「もし直前で気を引き締め直せてなかったら、対応が遅れてもっとマズい状況になってたかも……。油断大敵です」シュン

終焉帝「フッ……、それが理解できただけ上々だ。反省は、今後に活かせ」

トール「はいっ」コクリ


ガサガサッ ザッザッ



ルコア(竜人形態)「――ああ、いた! 無事だったかい、トール君達!」ザッザッ

カンナ(竜人形態)「トールさま~!」ピョンピョン

ファフニール(竜人形態)「無傷か。まあ当然か」ザッ

トール「! ルコアさん、カンナ、ファフニールさん!」



――――――――――――



トール(竜人形態)「なるほど、そちらも山に近付いた所で急に強風が吹いて……」

ルコア「うん、急いで後続の君達に通信魔法で注意を促して、僕達もとりあえず降りてきたって所さ」

ファフニール「フン、あの程度の風、貴様が止めなければ俺は突っ切って行けたがな」プイッ

ルコア「駄目だよ~? 君自身はともかく、君には滝谷さんが乗ってたでしょ~?」プクー

小林「あれ、そう言えば滝谷君は今どこに……」

ファフニール「あっちだ」クイッ

小林「あっちって――」チラッ



滝谷「」プルプルプルプルプル



小林さん「う、生まれたての子鹿みたいに四つん這いでプルプルしてる……」

トール「足腰立たなくなってますね。どうしてこんな笑え、もとい哀れな姿に……」

ルコア「ファフニール君~? 君、大分ハチャメチャなスピードで僕に追い付いて来てたでしょ~。
    人を乗せてる時はもっと加減してあげて~?」プンプン

ファフニール「咎められる謂われはない。俺を挑発した者の、当然の報いだ」フンッ

ルコア「も~……」

小林「大丈夫、滝谷君? この先、自力で歩ける?」サスサス

滝谷「の、ノープロブレム、でヤンス……。しばし休憩を頂ければ……!」プルプル

小林「そう……(大丈夫かな……)」サスサス


トール「あれ、滝谷さんだけでなく、エルマもいませんが……」キョロキョロ

ルコア「彼女はどうもまだ来ていな――、おっと、噂をすればかな?」チラッ

トール「むっ、町の方角から飛んできているあの影は……」



キイィーーーーーン!

エルマ(竜形態)「――――うおおおおおーーーー!…………」ゴオオオオ!



小林「エルマさんだね。おーい、こっちですよ~!」ブンブン

ルコア「……? 待って、彼女、あの速度……」

トール「止まらず山に突っ込もうとしてません!?」



エルマ「うおおおおおーーーー!」ゴオオオ!

――ビュゴオオオオオ!!(暴風)

エルマ「うおっ!? と……、う、うわああああああ!?」ヒュウウウウ



小林「ちょっと、風に巻かれてエルマさん墜ちてきてるけど!?」ガーン

トール「あの馬鹿、あの巨体で墜落なんてしたら辺り一帯が……! ルコアさん!」キッ

ルコア「うん、空中でキャッチしよう!」コクリ

ダンッ!ダンッ!(跳躍)



エルマ「わあああああ!!」ヒュウウウウ

ガシッ、ガシッ!

エルマ「わああ……、お?」

ルコア「ふう~」フヨフヨ

トール「全く、世話の焼ける……」ハア


――――――――――――

トール「――で? なんで思いっ切り山に突っ込んでるんですか?」ツーン

エルマ(竜人形態)「むぐ……、す、すまなかった……」(正座中)

トール「あなたもルコアさんからの“減速して”って通信、聞いてたんでしょ? 何で全速力出してるんですか?」

エルマ「う、うう……。た、確かに通信は聞いたが、だからこそ先行した方々に何かトラブルがあったなら助けに向かわねばと思い、急いで……」ムググ

トール「その心意気は、まあ殊勝ですが……。なら尚更、まずは通信し返して安否を確認したり、状況の把握をするべきでしょう?」

エルマ「う……、その通り、だが……」ヌググ

トール「? 何ですか言い淀んで……」

エルマ「……………………」

トール「……もしかして通信魔法、苦手なんですか……?」

エルマ「っ! ぬ、ぬぐぐ……っ!」プルプル

トール「そう言えばそもそもあなた、私より先に出発したのに後から来たのも、やっぱり空を飛ぶの苦手だったんじゃ……」

エルマ「う、う……っ」プルプル

トール「………………」(何とも言えないものを見る目)

エルマ「そ、そんな憐れみと慈しみに満ちた目で見るなあ!」ガアアッ!

エルマ「別にどっちも苦手じゃないからな! 到着が遅れたのも、途中で喉が渇いてしまったからちょっと川に寄り道して給水してきたからだし!
    通信魔法もわざわざ使うより直接飛んできた方が早いと思ったからそうしただけで、使えない訳じゃないし!」ギャーギャー

トール「……いいんですよ、エルマ」ポン(肩に手を添える)

エルマ「ぬ、むっ?」

トール「誰だって、苦手な事はあるものですから……」ニコッ……

エルマ「うっすら涙を浮かべながら微笑むなあっ!」ガーッ!


……………………

ルコア「……え~、何はともあれ、全員怪我もなく無事に集合できた訳だけれど」

エルマ「は、はい……、お騒がせしました……」シュン

ルコア「い~え~♡ で、ここから先の移動だけど……。僕は、上空を飛んでいくのはもうやめた方が良いと思う」

トール「え、それは何故です? 確かに凄い突風でしたが、止むのを待ってから向かうのでもいいのでは……」

ルコア「いや。僕達を阻んだ突風……。見た感じあれは、自然の風じゃあない」

トール「!」

ルコア「恐らくあれは、山に近付く者を排除する為に敷かれた、風の結界だ」

トール「風の……」

エルマ「結界……!」

ルコア「――いや、より正確には山に近付く者の内、強い魔力を持つ者を排除する、かな」

トール「?」

ルコア「上空を見てごらん。ついさっきはあんなに強く風が吹いていたのに、今は静かなもんだ」フイッ

トール「確かに……。風も、その音も感じられませんね」

ルコア「ああ、そしてあの辺り、目を凝らしてごらん」スッ

トール「? あの辺りって……、あ!」



チュンチュン パタパタ……



カンナ「トリだー」

トール「鳥が、普通に飛んでいる……。風に巻かれる事もなく……」

ルコア「ああ。あの様に山に近付く鳥や……、恐らく上空を通る飛行機なども風の影響は受けていない様だね」

滝谷「まあ確かに、あんな突風を飛行機が受けてたら、たちまち墜落して大騒ぎになってるでしょうでヤンスからね」

ルコア「うん。この事から、僕達ドラゴンの様な力ある存在が山に近付いた時のみ、突風が生じるのだと考えられる」

トール「で、でも! 突風が吹いても、私達が本気で突っ込めば風に負けずに飛んでいけるのでは?」

エルマ「……その場合、小林殿や滝谷殿、カンナや終焉帝殿はどうするつもりなのだ?」

トール「え? え~……。く、口の中に隠れててもらうとか!」ボーン

小林「え、ええ……」

滝谷「涎まみれはちょっと勘弁でヤンスよ……?」

ルコア「いや、そもそも僕達でも突破は難しいかもしれないよ」

トール「え? 何故……」


ルコア「先程の、エルマが突っ込んでいった時の事なんだけど……」

エルマ「うっ……」

ルコア「周囲の様子を観察していた限り、まずエルマが一定以上山に近付いた所で風が吹き出し、そこからエルマも多少は風に負けずに進めていたけれど……
    その後進めば進む程に、風も比例して強くなっていったのが確認できた」

トール「そうだったんですか?」

エルマ「う、うむ。確かに私も、体感として風がどんどん強くなっていっていたと思う」

ルコア「エルマはトール君とほぼ互角の力を持つドラゴンであり、更に言えば単純な筋力ならトール君以上だ。
    そのエルマが途中で力負けして墜落する程の風となると……」

ファフニール「フン、まあお前らでは突破は厳しいだろうし、俺でも流石に面倒だ」

滝谷(「俺にも出来ない」とは決して言わない辺り、ブレない俺様系でヤンスな~……)

トール「でも、上位のドラゴンすら退ける強度の結界を張るなんて、並大抵の技量では……」

ルコア「うん、単純な強度で僕らを弾ける結界を張れるとしたら、それこそ神霊や最上位の竜クラス。
    とは言え今回はそこまでヤバい気配はないから……、結界の方式が特殊なんじゃないかな」

トール「方式?」

ルコア「ああ、例えば結界内に侵入してきた者の力を吸収・利用して逆風を発生させる、とかね」

トール「吸収・利用……」

小林「ああ成程、確かにそれならエルマさんを押し返す風が、進む程に強くなったのも説明できますね」

ルコア「そう、この場合進む力が強い程に風も強まるし、風を発生させる力を結界側で負担しないから魔力切れもしない」

滝谷「侵入者自身の力で侵入者を止める……。スマートで理に適っているという訳でヤンスね~」

トール「――近付く力が強くなる程、際限なく風も強くなる……。理論上越えられない結界……!?」

ルコア「まあ勿論、力の吸収限界だとか何らかの弱点はあるかもだけど……。さっきも言ったがエルマが押し負ける程の風だ。
    仮に無理に突破できたとして、誰かしらの怪我に繋がりかねない」

トール「確かに、それだと空から行くのは危険そうですね……」


エルマ「しかし、それではどうすれば――」

ファフニール「先程試しに歩いて山に近付いてみたが、特段突風などの妨害はなかった。地上からの徒歩なら行けるんじゃないか?」サラッ

トール「はっ?」
エルマ「へっ?」
ルコア「――ファフニールく~ん?」ゴゴゴ

ファフニール「? 何だ?」

ルコア「君という奴は、何があるか分からない場所での団体行動中なのに無断で単独行動して~……」

ファフニール「俺は団体行動などしているつもりは元よりない。貴様等の今回の探索という団体行動に、俺が自由意志で帯同しているに過ぎん」ドーン

小林(なっ…………)
滝谷(何という屁理屈……ッ!)

ルコア「……………………は~あ、そうだね、君はそういう奴だよね……」フウ

ルコア(――それで一人置いてかれたりするときっちり拗ねたりする癖に)ボソッ

ファフニール「何か言ったか?」

ルコア「い~や? まあ、そういう事なら話は早い。とりあえず地上から目的地に向かってみようか」

トール「賛成です!」
エルマ「了解だ!」
カンナ「さんせー」
終焉帝「了承した」

小林「じゃあここからは山登りか……。そこまで急傾斜な山じゃないとはいえ、運動不足の私達に付いてけるかなあ」ハハッ……

滝谷「多少動ける服装はしてきたでヤンスが、本格的な登山装備ではないでヤンスしねえ」

トール「大丈夫です! 適宜、私がサポートしますから!」

ルコア「うん。疲労軽減の魔法とか虫除けの魔法とか、役立つ魔法も沢山あるから安心してね♡」

小林「わあ、ありがとうございます……!」

滝谷「感謝感激センキューベリベリマジックテープ!」

ルコア「ふふふ、何かの呪文かな?」スルー

トール「フ、フフフ……!(山中では私達の助けがないと弱々で何もできない(誇張)小林さん……、これはこれで萌え……!)」グフフ

小林「(なんか変な事考えてそうだけどまあいいか……)よろしくお願いしまーす!」


―――――――――――

ザッザッ……

【山中の森】

トール「――では、ここから先の道案内は私にお任せを!
    小林さんと出会った場所は私にとって運命の聖地! 道順は完っ璧に記憶しています!」フンスッ!

滝谷「お~、凄い自信でヤンスね。トール殿」

トール「はいっ!もはや目をつぶってでも辿り着けますね!」ドヤァ!

小林「そこまで言うなら安心だね。じゃあよろしく、トールちゃん」

トール「はいっ、任されました! 付いて来て下さい!」ハツラツ

ルコア「うん、よろしく~。終焉帝のご介助は僕に任せてくれればいいから、心配せず先導してね」

終焉帝「うむ、かたじけない……」コクリ

トール「よろしくお願いします! ご安心ください、すぐ着いちゃいますから! さあ行っきますよ~!」ザッザッ



ザッザッ……



【30分後】



ザッザッ……



トール「あっれ~~~……?」ノーン

エルマ「トール~? まだか~?」

ルコア「かれこれ大分歩いてるけど、大丈夫、トール君?」

トール「え~と……」キョロキョロ

小林「トールちゃん……。もしかしてだけど、これ道に迷って……」

トール「い、いや、道は絶対合ってるはずなんです!」バッ!

トール「ほら見て下さい、あの木はケヤキ263番であっちがクリ421番!
    時間経過による樹木の生長や枯損、風雨による地形の変化を考慮しても、ルート上は間違いないんですよ!」

小林「えっ、急に何その番号は……?」

トール「何って、私がこの山の木1本1本に付けている番号ですが?」シレッ

小林「ヒエッ……(引)」

トール「先程も言いましたが、ここは私と小林さんの聖地《サンクチュアリ⦆。
    この地を保全する為にその構成要素を余す所なく把握するのは当然の務めでは?」ドドド

滝谷(曇りない瞳で凄まじい事をさらりと……!)ドドド


小林「で、でもまあ、そこまで把握してるとなると、単に道の覚え違いというのも変だね」

トール「は、はい、そう……のはず、なんですが……」タドタド

カンナ「……でも何か、この辺り、見覚えあるかも?」

トール「ぐっ!?」ドキッ

カンナ「トール様、ホントは、同じ所グルグル回ってたりしない?」ズバッ

トール「ぬぐぅっ!?」ドキドキッ

エルマ「何だ~、その死霊の呻きみたいな声は~? 図星か~?」ケラケラ

トール「ええい、うるさいですね! そうですよっ! ここ通るのもう三回目ですぅっ!」ガーッ!

滝谷「おおうトール殿、Be cool……! どうどう、どうどう、威風堂々……」

トール「ひゅっ――」ゾクッ……
エルマ「ひっ――」ゾッ……

滝谷「(頭は)冷えたでヤンスか?」

トール「……はい、(唐突な寒いダジャレで全身が)冷えました、どうも……」ペコリ


トール「……変と言えばもう一つ、気になる点が」

小林「ん?」

トール「この山にはそれなりの数の鳥や獣が生息しているはずですが……。ここまでの道中、周囲にまるで気配を感じないんです」

小林「確かに、言われてみると……」キョロキョロ



シーーーン……



滝谷「鳥の声すら全然聞こえないでヤンスね……」

トール「はい、流石に偶然だとかでは片付けられない異常を感じます」

ファフニール「――おい、ケツァルコアトル。この感じは……」

ルコア「うん、僕も丁度思ってた所」コクリ

トール「? 何か気付いたんですか、お二人共?」

ルコア「うん、というかその~……、恐らく“また”なんだけど」

トール「?」

エルマ「また?」

ファフニール「結界が張ってある」

トール「結界ぃ!?」

エルマ「またぁ!?」


ルコア「うん……、けど先程の風の結界とはまた別系統かな」

トール「と言うとっ?」ズイッ

ルコア「恐らく認識阻害の一種だね。山に入った者の方向感覚を無意識の内に狂わせ、同じ所をグルグル回らせて、奥に立ち入らせない様にするまじない……。
    いわゆる“迷いの森”というやつだ」

トール「認識阻害……? え、でも私は全然違和感とかは……」

ルコア「ああ、それは仕方がない。僕やファフニール君でも、しばらく山中にいてやっと僅かに違和感に気付けたくらいの、強力な干渉力だ」

ファフニール「よもや俺が呪に関して後れを取るとはな……。癪だが認めざるを得ない、驚異的な結界だ」ギリッ

トール「そんな、お二人でも手こずる程の高度な結界、どう突破すれば……」

ファフニール「フン、突破方法は単純だ」

小林「……と言うと?」

ファフニール「この山一帯、丸ごと吹き飛ばす」ドーン

小林「THE・力技!?」

ルコア「また乱暴を言うね君ぃ!?」

滝谷「爆発オチなんてサイテー!」

ファフニール「五月蠅い、何が不服だ? 土地に紐づけられた結界など、土地ごと除いてしまうのが最も手っ取り早いだろう」ツーン

エルマ「いや、山一つ吹き飛ぶと流石に人間達の間でも騒ぎになりますし、動植物への被害も見過ごせませんし……」

ルコア「そもそも僕達はこの山の何処かにいる“この世界のトール君”を探しに来てるんだから、それだと彼女ごと吹き飛ばしちゃうでしょ……」

ファフニール「…………ム」ピク

ルコア「……………………」

ファフニール「…………終焉帝の娘ならまあ、耐えられるだろう、多分」フイッ

ルコア「取って付けた様な答えだねぇ!?」

終焉帝「――ファフニールよ、秘宝抱く邪竜よ……」スッ

ファフニール「ム、終焉帝…………」

終焉帝「状況に応じ即座に破壊を選択できるその姿勢、まさしく混沌勢と呼ぶに相応しい好戦性ではある――」

ファフニール「! おお、やはり王種は良く分かって――」

終焉帝「とは言え、やりすぎ。それは“無し”だわ」ボーン

ファフニール「ッ…………!」ガーン

トール「はい、この話題終了! 他の手考えますよ~!」パンパン!


ルコア「とは言え、ここまで結界が高度だと魔術的に解呪するのを目指すよりは、破壊を狙った方が早いのはそうなんだよね」

トール「ちょ、ルコアさんまで!?」

ルコア「いやいや、勿論山は吹き飛ばさないよ。この手の結界は大抵、魔力の流れの基点となっているポイントがあるものだ。
    それを探し出して破壊できれば、結界は解除できるはずだ」

トール「な、なるほど…………」

ルコア「ただ問題は、その魔力の流れも認識阻害によって隠蔽され、極めて追いづらくなっている事でね……」

小林「魔力の基点とやらを壊そうにも、どこにあるか分からない、という事ですか……。厄介ですね」

トール「! そうだ、お父さん程のドラゴンなら、何とか分かりませんか?」クルッ

終焉帝「……悪いが、期待には応えられそうにない」

トール「!」

ルコア「無理を言っちゃいけないよトール君。ここまで隠蔽されている魔力を追うには終焉帝でも強い集中が必要だろう。
    本調子が出せるならともかく、今の傷付いた体では……」

トール「す、すみません! 無配慮な事を言ってしまい……」ペコ

終焉帝「いや、謝らずとも良い、私こそすまんな」

ルコア「しかし困ったね。僕やファフニール君でも、ここまで薄く隠された魔力を追うのは一苦労だ。
    出来ないとは言わないが、専用の術式を組んだりする必要があるから、ちょっと時間が……」ムムム

エルマ「? 話がややこしかったので黙って聞いていたが……。要はその結界の基点とやらは、魔力の中心にあるのか?」

ルコア「え? うん、そうだけど……」

エルマ「なら、あっちに向かえばいいじゃないか」ピッ

ルコア「え?」

トール「へ?」

エルマ「ん?」キョトン


トール「エルマ……、あなた、結界の基点の位置が分かるのですか!?」ズイッ

エルマ「おっ!? お、おお……多分。薄っすらとだが、漂う魔力が臭っているからな」クンクン

小林「臭い……? 魔力って臭うものなの?」

エルマ「あっ、あくまで例えの様なものだっ! 五感で言うなら嗅覚による感覚に近いというだけで……」ゴニョゴニョ

トール「すごいじゃないですかエルマ! ルコアさん達でも感じるのが難しいものが分かるなんて!」

エルマ「そ、そうか……?」テレッ

トール「ええ、お世辞ではなく!」

エルマ「そうか……、ふ、ふふーん! まあ私は調和勢だからな!
    空間や魔力の歪み・淀みの様な“悪”の発見力には一日の長があるという事だ!」エッヘン!

ルコア(種族差による感覚の鋭さの違い……、いや、長年人間の国の巫女として土地を統治してきた経験……? 何にせよ、これは……)フム

カンナ「エルマ様、エルマ様ー。エルマ様が感じる魔力って、あっちの方って言った?」ピッ

エルマ「むっ? おお、そうだぞ。そっちの方角だ」

カンナ「ほんと? なら私も何となく分かるかもー」ピョンピョン

エルマ「なんと!?」

カンナ「私も手伝うー、役立ちたいー!」ピョンコピョンコ

トール「そういえばカンナも、魔術的な感知能力は元々高かったですからね……」ホホウ

小林「そうなんだ。(飛び跳ねてるカンナちゃん、可愛いなあ)」ニコッ

滝谷「これなら行けるのでは?(あぁ^~カンナちゃんがぴょんぴょんするんでヤンス^~)」

ルコア「うん……、ここは、二人に任せてみようか!」

トール「では二人共、ここからは先導お願いします!」

エルマ「うむ、合点承知!」グッ!

カンナ「しょうちー!」グッ!


ザッザッ……



カンナ「ん~~~~~~~~…………………………」ググーッ



小林(カンナちゃん、目を瞑って眉間に皺を寄せて唸ってる……。集中してるんだな)

小林(一方のエルマさんの方は……)チラッ



エルマ「(クンクン)(スンスン)(クンカクンカ)」



小林(四つん這いで一心不乱に魔力の臭いを追ってる……。ちょっと犬みたいだ……、いや頑張ってもらってるのに失礼だけど!)

滝谷(エルワン……)

トール「いや~カンナはともかく、エルマの格好は犬というよりトリュフを探す豚ですね」ズバッ

小林(言った! しかも更にひどい例えで!)ガビーン!

トール「見ていて下さい、その内こいつキノコ見つけてかじり出しますよ」

小林「と、トールちゃん、流石にそれは――」

エルマ「失礼な! 私だって真面目にやるべき時くらい、食欲を我慢して責務を果たせるとも!」フンス

小林「あ、怒る所そこなんだ!?」ガガビーン!

滝谷(それはつまり、平時なら本当にキノコにかじりつくと……!?)

トール「なら良いですが……。昔みたいに、毒キノコの食べ過ぎで動けなくなるのはやめて下さいね」フウ

小林「あ、過去実際にあった事なんだ!? あと“毒キノコの食べ過ぎ”ってワード何!?」

エルマ「い、いやあ、あの時のあれは、あのキノコが美味すぎるのがいけなくて……。ドラゴンの免疫力で毒は効かなかったし……」モジモジ

滝谷「確かに、毒のある生き物は美味いなんて話は時折聞きますが……っ!」



…………………………


【30分後……】

ザッザッ……



エルマ「――っふう! 疲れた!」フヘー!

カンナ「集中しすぎてヘトヘトー……」フイー

エルマ「私も嗅ぎ過ぎでいいかげん鼻が変な感じだ……!」ピスピス

小林「お二人共、お疲れ様です……」

ルコア「ふむ……。トール君、景色の方はどうだい?」

トール「はい、先導を二人に代わってもらってからは、景色のループは起こっていません。結界に惑わされずに進めているかと」

ルコア「そうか……。じゃあ、ちょっと休憩しようか?」

トール「ええ、良いと思います。丁度そろそろお昼ですし、お弁当を出して昼食にしましょうか」

カンナ「おべんとう!」ピクッ

エルマ「ご飯の時間か!? お腹ペコペコだったんだ、やったー!」ピョン

トール「そう言いながら、跳ねるくらい元気じゃないですか! 全くもう、ほらシート敷くの手伝って下さい!――」



―――――――


ワイワイ―― ガヤガヤ―― パクパク――



エルマ「――ん~! 美味しいな、このおにぎり!」モグモグ

小林「こっちのサンドウィッチも美味しいよ。種類も色々あってほら、タマゴにハムチーズ、サラダ……」

エルマ「モグモあ、そのホイップもグモグモ美味しそう、取ってくれグモグ!!」モグモグ

トール「こ~ら! せめて今食べてるもの飲み込んでからにしなさい!」



滝谷「ああ~……、お茶が体に沁みるでヤンス……」ホウー

カンナ「しみるー……」プハー

ルコア「あっはは! 二人共若いのに何だか老人臭いねえ。お茶が美味しいのは同意だけど」ズズー

カンナ「むっ。誰よりもおばあちゃまのルコア様に言われるのはちょっと心外」

ルコア「え~ひど~い! それに誰よりもって事はないだろ~、この場では終焉帝の方が僕より年上……、
    あれ? どうでしたっけ? そうですよね終焉帝?」チラッ

終焉帝「いや知らんが……。永く生きていると、流石に細かい年齢を数えるのは辞めてしまったからな」

ルコア「え~そんな~困ります~、これじゃあおばあちゃまを否定できないじゃないですか~!」

終焉帝「……一応尋ねるが、貴殿、飲酒してはおるまいな?」

ルコア「飲んでませ~ん、神話時代から絶賛禁酒中で~す!」ユラユラ

終焉帝「……そうか(場酔い、という奴か……?)」

ルコア「――ただ、大勢で騒がしく食事、というのが久し振りで。ちょっと浮かれてるのはあるかもしれません、すみません」フフッ

終焉帝「――そうか。まあ構わんさ、私も似た様なものだ」フッ



滝谷「あー小バアさん……、そっちのポット取ってくれんかね」ヨボヨボ

小林「誰が小バアさんだ! はいどうぞお爺さん!」ダンッ!

滝谷「おお、かたじけKnights of the Round Table……」フガフガ

小林「老人ムーブの癖に、挟むボケが流暢な英語で小憎らしい……!」

トール「フッ円卓の騎士ですか。ジョークとしては悪くないチョイスですね」フフフ

エルマ「ん? 珍しくないか、お前が人間の英雄達の話題で悪態を吐かないの」モグモグ

トール「逃れられぬ滅びに抗う愚かな人間達でしたが、気骨はある奴らでしたからね……。
    それに自分達を“赤き竜”と呼称していたのも、不遜ですがガッツは感じて嫌いじゃありません」クックッ

小林「ドラゴンサイドからの評価そんな感じなんだ、アーサー王伝説……」アハハ……


小林「そう言えば、落ち着いて考えるとちょっと変な気がしない? ここまでの道のり」モグモグ

トール「変……と言いますと?」トポトポ

小林「いや、さ。最初の転移魔法の妨害から上空での風の結界、そしてこの迷いの森……。
   確かに一見すると、私達を近付かせない為にいくつもの妨害を仕掛けているみたいだけど」

トール「はい、いずれも極めて高度な術式によるもので、私達ドラゴンでも苦慮するものばかりです」ハイオチャドーゾ

小林「うん。……けど逆を言えば、いずれも結果だけ見れば進行不可能にはなっていない、常に抜け道の様にルートが残っている」ドーモ

エルマ「む……、それは確かに。転移魔法の妨害はあっても、直接飛んでくる事は出来たし、風の結界も地上を歩き進む事を妨げはしなかった」バクバク

トール「この迷いの森も、魔力の流れを辿る事で現状先には進めている……」チャントカミナサイ

滝谷「ふむう……、確かに言われてみれば奇妙でヤンスね。まるで“わざと”進む道を残している様な……」ボリボリ

小林「でしょ? 本当に誰も近付かせたくないなら、そうする事も可能なはずなのに。例えばそれこそ風の結界を地上にまで張っておいたりとかね」ズズー

トール「私達の進行を妨害しているのにも拘わらず、何故か常に穴は残している……。矛盾していますね」フムウ

滝谷「まるで二つの異なる意思――、我々に来て欲しくない者と来て欲しい者の二者がいるみたいな感じでヤンスね」ゴックン

小林「来て欲しい者……。それなら昨日、そもそも今目の前にいるトール君を呼んだのは“この世界のトール君”じゃないかって話をしたじゃない?
   彼女が私達に来て欲しい方かな」プハー

エルマ「その場合、“この世界のトール”以外に、私達に来て欲しくない未知の相手がいる事になるか? それはちょっと……、まずくないか」ウヘエ

小林「上位のドラゴンだっていう皆さんをも翻弄する魔法の使い手って事になるもんね……」

トール「…………………………」


トール(未知の強大な第三者の存在……、確かにそういったものも想定しようとすれば想定する事はできる)

トール(けど、昨日の話でも似た話があった。“それ”を想定してしまうなら、それこそ何でもありになる)

トール(私達より強大な何者かが私達を妨害しようとしているなら、直接私達を攻撃するなりした方がもっと手っ取り早いはずだ。
    わざわざ結界なんて迂遠な方法を取る必要もない……)

トール(それに私がこの妨害から感じるのは、どちらかと言えば二者の思惑というよりは――)

ルコア「――はい、そこまでそこまで!」パンパン

トール「!」ピク

ルコア「確かに用心に越した事はないけれど、あくまで推測は推測。ネガティブに考えすぎて不安に陥るのも良くないよ」

トール「ルコアさん……」

ルコア「この山が現状一番の手掛かりである以上、進まない訳にも行くまいさ。警戒は怠らず! されど心は気楽に行こう、ね?」ニコッ

小林「……そうですよね。第三者の存在もあくまで仮定に過ぎない。
   考えすぎて止まっちゃうよりは、行って確かめてやるって気持ちじゃないとですよね!」グッ

ルコア「うん、その意気その意気♡ 大丈夫、案外ここから簡単に事が運んでくれる可能性も、あるかもしれない、ぜ?」パチンッ(ウィンク)

トール「――そうですね。そう願いたいです」



―――――――――



一同「――ごちそうさまでした!」パンッ
トール「お粗末様でした」ペコッ

小林「ありがとねトールちゃん。お弁当、とっても美味しかったよ」ニコッ

トール「ふふーん! どういたしまして!」フッフーン!

ファフニール「女将を呼べッ! 副菜の煮つけの味付けについて問い質し――!」クワッ

ルコア「さあ出発しよー!」スタスタ

一同「おー!」スタスタ

ファフニール「あっ待ておい――」

ファフニール「………………」ポツン

滝谷「――残念でヤンスね、折角のボケをスルーされてしまい……」ヌッ

ファフニール「ッ! 貴様……」ギロッ

滝谷「Don’t mindでヤンスよファフ君。オイラだってそんなのはしょっちゅうでヤンス。
   めげない・しょげない・諦めない! で再トライしていきましょうぞ!」キャッキャッ

ファフニール「――フッ、成程……滝谷真」ニヤッ

滝谷「はいっ!」ニコニコ

ファフニール「いずれ殺してやる」ザッザッ

滝谷「え、えええぇえぇ~~!? どうして今の流れで!? ちょっと待ってでヤンス~!」ザッザッ



ザッザッ……


【30分後】

ザッザッ……



カンナ「(ピコピコ)」ザッザッ

エルマ「(クンカクンカ)」ザッザッ



ザッザッ……

ピタッ



カンナ「……ここ?」

エルマ「ああ、私も同意見だ。恐らくここだろう」コクリ

ルコア「うん、僕もここまで近付けば確かに認識できる。ここが結界の基点に相違ないだろう」

小林「おお、遂に……!」

エルマ「どうだ!私はすごいんだぞ!」フンス

トール「まあ、あなたにしては結構お手柄ですね」

エルマ「何だその言い草は! もっとちゃんと褒めろ! 労われ!」

トール「はいはい、飴ちゃんあげますから」ゴソゴソ

エルマ「そんな飴玉一つなんかで私が――」

トール「はい」グイッ

エルマ「むぐっ」パクッ

エルマ「…………」

エルマ「ウマ~♡」コロコロ

トール「本当に、お疲れ様でしたね」ニコッ

カンナ「私も私もー!」

トール「はい、カンナもお疲れ様でした。どーぞ♡」ヒョイッ

カンナ「(パクッ)……~~♡」コロコロ


小林「じゃあ後は、結界の基点を破壊する……、でしたっけ」

滝谷「具体的には、どうするんでヤンスか?」

ルコア「うん、ここからは単純明快な力技。魔力の流れを生み出している結界の基点を、より大きな魔力を放出して吹き飛ばすのさ」

トール「フッフッフ……。任せて下さい、大得意です」ニヤッ

ファフニール「フンッ、下がっていろ青二才。俺一人で充分だ」ザッ

ルコア「いや、出来るだけ高い出力が欲しいし、ここは万全を期して協力してやろう、ね?」

ファフニール「……チッ、好きにしろ」ツーン

ルコア「流石に終焉帝にはご静養して頂くとして……。エルマ、カンナも協力してくれるかい?」

エルマ「む? よし、任せろ!」ムンッ

カンナ「がってんー!」ピョイン

終焉帝「すまぬ、頼んだ皆の者……」

ルコア「じゃあ皆、結界の基点を中心にして、取り囲む様に立って――」

「はい!――」「よし――」「フン――」「りょーかいー!――」ザッザッ……



小林「おお、なんか物々しい……。見てるだけの私達もちょっと緊張するね?」コソッ

滝谷「禿同(死語)……。変身だとか転移だとかの魔法は既に見ているでヤンスが、ガチの破壊を伴う魔法はこれが初めて。一体どんな――ハッ!?」ピコーン!

小林「ど、どうしたの滝谷君?」ビクッ

滝谷「ま、まさかこれは、生で本物の攻撃魔法の詠唱が聞けるチャンスでヤンス――!?」ゴゴゴ

小林「気になる所そこっ!?」

滝谷「勿論でヤンスっ! だって、オトコノコだもん……っ!」キラーン

小林「そ、そう……」



ルコア「――よし、配置に付いたね? 皆、準備はいいかい?」

「はいっ!」「うむっ!」「愚問」「おーけー!」ゴゴゴ

ルコア「よし、じゃあ行くよ~――――」ゴゴゴ

滝谷「…………………………っ!」ドキドキ



トール「はあああああああああああ!!」
ルコア「たあああああああああああ!!」
エルマ「りゃああああああああああ!!」
カンナ「ん~~~~~~~~~~~!!」
ファフニール「フンッ――――――!!」

滝谷「え?」



チュドーーーーン!!!


ゴゴゴゴゴ……



エルマ「――ふう! どうだ!?」

ルコア「――うん、成功だ! 周りを見てごらん!」

トール「! 景色が、急に開けた様な感覚……! 確かに結界が消えています! 今なら道がはっきり分かる……!」

カンナ「やったー!」ピョイン

ルコア「よし、皆ありがとう! じゃあトール君、ここからは改めて道案内を頼めるかい?」

トール「了解です! 大丈夫、見た限り目的地はもうすぐそこです! 行きましょう――!」ザッザッ

「「「おー!」」」ザッザッ……



小林「いやー無事に進めそうで良かった良かった……ん、滝谷君? どうしたの、うなだれて?」キョトン

滝谷「……いや、何でもないんでヤンス。オイラが勝手に期待して勝手に落ち込んでるだけでヤンスから……」○T乙 ズーン

小林「な、何か凄いショック受けてる……。何、魔法の詠唱が無かったのがそんなに不満?」

滝谷「はは、不満だなんてそんな……」

滝谷「でも『結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力を知れ!』とか……、
  『黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの』とかみたいな……。もっとこう、ロマン溢れるものを聞きたかったと言うか……」ブツブツ

小林「ふ、不満タラタラだ……!」


滝谷「勿論、実際に起きている事象は高度で凄い事なんでヤンショが……、
   やっぱりこう、一目・一聞きで只事じゃないと分かる呪文なり動きなりがないと素人には凄さが分からないと言うか……」タラタラ

小林「あーもう、本場の魔法相手にダメ出しまで始めて……」

ファフニール「――フン、下らん」ザッ

小林「あっ、ファフニールさん……」

ファフニール「何の呪詛を吐いているのかと思えば、魔法の凄さの分かりやすさ、だと? 存外低俗な事に拘る奴だ」チッ

滝谷「ファフ君……、そんな無体な……」オヨヨ

ファフニール「黙れ、ファフ君言うな。……そもそも魔法を使うのに大仰な詠唱や魔法陣を使うなど、力量の足りない人間の術士がやる事だ」

滝谷「へ……?」

ファフニール「真の強者たるドラゴンなら、目的に応じた必要最低限の術式をその場で構築し、最小の手間・最短の工程で行使するなど容易い」

ファフニール「特に今回は繊細な力加減など要らず、ただ基点を吹き飛ばすのみが目的……。
       ならばわざわざ技術で補助をするなど、むしろ竜にとっての恥と知れ」スタスタ

滝谷「………………!」

小林「あ、行っちゃった……。ほら滝谷君も、そろそろ起きないと、みんな行っちゃうよ?」

滝谷「……成程、そういう見方も……?」ブツブツ

小林「……滝谷くーん?」

滝谷「オイラとした事が、少々視野が狭まっていたか……? 
   確かに創作においては読み手に凄さを伝える為の特徴的で外連味のある口上や動き、
   いわゆる“大見得を切る”事は分かりやすさという点で極めて重要……」ペラペラ

滝谷「けど! 敢えてそれらを排しコンパクトな動作で粛々と実行するというのも、
   言わば花〇薫が技を磨いたりトレーニングしたりする事を女々しいと言うのに似た、
   ドラゴンという生来の絶対強者が持つ余裕・実力・誇りの表れと考えればそれはそれでいぶし銀で格好良――!」ドドド

小林「……置いてくねー」スタスタ

滝谷「ああっ、ごめんなさい! 待ってほしいでヤンス~!」ガバッ テケテケ



―――――



―――――

ザッザッザッ……



ルコア「――どうだい、トール君?」ザッザッ

トール「はい、もう少しです! この林を抜ければ――っ!」ザッザッ



ザアッ……!

小林「! ここが……!」



【山中・トールと小林の出会いの場所】



ルコア「空間が開けたね……」

エルマ「ここだけ木々がまばらな、広場みたいな場所だな」キョロキョロ

カンナ「ここがモクテキチ?」

小林(……? 奥の方に何か巨大な塊みたいなものが――って!?)

小林「トールちゃん! アレって……!?」バッ

トール「………………ええ、行きましょう」スタスタ

小林「あっ、その……うんっ」テクテク



ザッザッザッザッ……

ピタ



トール「――ハハッ……。なんて格好、してんですか……」

物言わぬドラゴンの骸「…………………………………………」



トール「やっと会えましたね……、“この世界の私”」

今回はここまで。それではまた。

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月19日 (火) 17:11:51   ID: S:e0Kzf8

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2 :  MilitaryGirl   2022年04月19日 (火) 20:19:26   ID: S:XgwBa7

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7 :  SS好きの774さん   2022年04月24日 (日) 09:21:04   ID: S:NG-IZk

どうか続きを…

8 :  SS好きの774さん   2023年12月19日 (火) 21:17:56   ID: S:okJ8EE

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