小林「あなたは……誰ですか?」トール「……えっ?」【小林さんちのメイドラゴンSS】 (68)


・「小林さんちのメイドラゴン」の二次創作SSです。原作とアニメ版1期の両方を参考にしていますが、基本的にアニメ版準拠の内容となります。

・独自設定を多少ですが含みますので、ご注意ください。

・VIPで投稿するのは初めてですが、頑張りたいと思います!至らぬ点があれば遠慮なくご指摘ください。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1622983347


【夕方のマンション・小林宅、キッチン】

…………♪ …………♪ …………♪ …………♪

…………♪ …………♪ …………♪ …………♪

トール「……ン♪ ……フン~……♪ ……フフフ~~ン♪」コトコト

トール「フンフンフ~~ン♪ フフフンフ~~ン♪」グツグツ

トール「フンフンフ~ン、混沌・料理のさしすせそ~♪」トントン


トール「最初はサタン~、悪魔の王~♪」ザクザク

トール「しからばシヴァ神、破壊神~♪」ジュウジュウ

トール「砂国の魔獣、スフィンクス~♪」ガリガリ

トール「船舶沈めろ、セイレーン~♪」ドポドポ

トール「そ~してソロモン、魔神~の主♪」パリン!

トール「さあ征くぞ! 邪神よ! 其っの名っを此処に! 食材よ~、悲鳴を上げろ~!」ノリノリ


トール「斬っ裂、圧っ潰、掻っき混っぜろ~♪ 細断、熱板、火っ炙っり刑~♪」グチャグチャ

トール「『邪竜の業火、その身で味わえ……!!』(語り)」シャキーン

トール「地獄の釜に~蓋をして~♪ 気化した涙も逃がさない~♪」ボボボボ

トール「うっらむっならっ弱っい、おっのれっをうっらめ♪」バチバチ

トール「そ~して『悠久の時間(ルビ:しばらく)』待ったなら~♪」パカッ

トール「完成! ハンバーグ~~~!!」ジャジャーーン!!



カンナ「トール様、ごぎげん」ヒョコ

トール「おや、カンナ。どうしました?」

カンナ「とっても、いいにおいする。お腹すいてきた」フンフン

トール「もー、カンナは食いしん坊ですね。でも小林さんが帰ってくるまで、もうちょっとだけ待っててくださいねー」ナデナデ


カンナ「今日は、ハンバーグ? おいしそう」ジュルル

トール「いいえ、これは今日の夕食のほんの一品に過ぎません……」ニヤリ

カンナ「マジで」

トール「楽しみにしていなさい、カンナ。今日は沢山のご馳走を食べさせてあげますよ!」クワッ

カンナ「おー! トール様、すごーい。マジやばくねー」ピョンピョン

トール「ふふふ、そうでしょうそうでしょう! これでも混沌の邪竜ですからね!」フフン

カンナ「でも何で今日、ごちそう?」

トール「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました……!」クックック

トール「聞いて驚くがいいです! 何と今日はーー……っ!」ドドドドドドド



トール「パンパカパ~ン! 私と小林さんが出会ってから、ちょうど1年経った記念日なので~す!」ドドーン!

カンナ「おー」パチパチ


――――――――――――――――――――――――――――



【小林、帰りの電車内】

ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林(はあ、疲れた……)プヘー

小林(今日はちょっと遅くなっちゃったなあ)



ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林(今日はトールが、私と出会ってちょうど1年の記念に、ご馳走作って待ってるって言ってたっけ)

小林(トールのやつ、今日の朝は……)ホワンホワン

トール『実はこの日のために、何日もかけて綿密な準備をしていたんです!
    おおっと、驚かせたいためメニューについては秘密ですが、
    絶対に美味しいものを作りますので、ぜひ楽しみにしていて下さい!』フンス!

小林(……って張り切ってたけど、大丈夫だろうか)ウーン…



ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林「……今日でちょうど、1年かあ」ポツリ



小林(思い返してみれば、トールと出会ってから1年、沢山の事があった……)

小林(初めは、1年前の今日。私が仕事のストレスから飲みすぎて、酔いに酔って知らない駅で降りて、山に迷い込んで……)

小林(そして、傷ついたトールと出会った)



《(回想)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



トール『人間……?』フシュウウウウ……

小林『ドラゴンだぁ!! 超カッコイイ!! 抱いてーヒュー!』ブハー



トール『ドコカラ入ッテキタ……去レ! 食イ殺スゾ!』ギンッ

トール『……マア、ドノミチ……我モモウスグ死ヌガナ……』

小林(……? 剣がドラゴンの背中に、刺さって……)

トール『神共ト戦イ、敗レテコノ地……異界ヘ来タ……』

トール『最後ニ会ッタ者ガ人間トハ…… クク、ミジメナモノ――』

小林『あのさぁ、その話し方疲れない?』ユラユラ

トール『ナッ……』ピキッ

小林『ぜったいつかれるわー』

トール『貴様……』グググ……


小林『その剣抜けばいいの?』ゲフー

トール『愚カナ…… 人間ナンゾガ神ノ剣ニ触レレバ、精神ヲ破壊サレ――ッテオイ!』

小林『アーーー? 知らねーし……神がいるなら……んぬっつ!』ガシッ

小林『今すぐ納期をっ……延ばしてみせろってんだ!!』ズボォッ!

トール『!?……!?……!?』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(剣を抜いた後は、トールと酒を飲んで愚痴り合ったんだっけ)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『会社のバカヤロー! あたしゃあたしの仕事があんだぁ!!』ブハー!

トール『神のスカタン! おとなしく終焉させろぉ!!』バハー!


…………

小林『あー……なんで私一人なんだろ……』

トール『……! ……私も一人です…… 一人になりました。この世界で、さっき』

小林『……行くあてあるの?』

トール『いえ、というより、元々一人ですので……』

小林『――じゃあ、私のとこ来る?』

トール『……! い、行きます!』

小林『じゃあメイドやって!!』ガシィッ! ハアハア

トール『…………はい?』タジッ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》


小林(そしたら、その次の日の朝…… 彼女は本当に家に、メイドとしてやって来た)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



トール『じゃーーーーーーーん!』ジャーーーーン

小林『…………!?』



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小林(二日酔いで昨晩の記憶がおぼろげだった私は最初、彼女を雇うのを断った。けれど気付けば会社に遅刻ギリギリになっていたので……)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『トール!!……翔べる!?』ガシッ

トール『!――――――はい!』ニコッ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(それで、トールがうちでメイドとして住む事になった)


小林(しばらくすると、他にも色んな人……いや、色んな『ドラゴン』が、私の周りに現れる様になった)

小林(初めは、幼い竜の、カンナちゃん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



カンナ『トール様とわかれて』

小林『様……?』



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小林(カンナちゃんは行方不明だったトールを連れ戻しに来たと言うものの、実際は悪戯した事が原因であっちの世界を追放されていて―― 彼女は一人ぼっちになっていた)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『カンナちゃん。行くとこないなら、うち来る?』

カンナ『に…人間なんか信じてない! 何か企んでる!』ジリッ

小林『…………』ポン

カンナ『!』

小林『知らない世界で誰も信じられない…… 当たり前だと思う。私だって信じない』

カンナ『…………』

小林『友達になろうなんて言わないよ。一緒にいよう。そんだけ』ナデナデ

カンナ『っ……、 ……、 ……うん』コクリ



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小林(次に宝を守る邪竜で、人嫌いでゲーム好きで、引きこもり体質のファフニールさん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ファフニール『全く、人間の世界は面倒なものだ…… 絶やしたくなる』チッ

ファフニール『何故俺が人間に隠れてコソコソせねばならん。いっそのこと滅ぼして……』ギリッ



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小林(彼は今、私の会社の同僚でオタ友達の、滝谷くんの家に住んでいる)



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ファフニール『あそこのアイテムは取らんのか?』

滝谷『あれトラップでヤンス』ガチャガチャ

ファフニール『小賢しい……』



ファフニール『なんだコイツは!? 勝てんぞッ!!?』ガチャガチャ

滝谷『負けイベントでヤンス』

ファフニール『チィ……!!』ガチャガチャ



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小林(物知りで常に落ち着いていて頼れる、けれど何故かいつも痴女めいたファッションのルコアさん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ルコア『はじめまして、ケツァルコアトルです。長いのでルコアでいいですよ』タプーン

小林『その格好は?』

ルコア『うふふ、これは若者のフォーマルなものなんだよ』ドタプーン

小林『ではなく、体型的に痴女っぽいです』

ルコア『え!?』タプッ



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小林(彼女は今、隠れ魔法使い一家の少年、翔太くんの家に、使い魔として居候している)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ルコア『ほら~悪魔じゃないよ~、もっとよく見て~』スッパダカッ

翔太『うわー! お風呂に入ってくるなー! この悪魔めー!』ワタワタ



ルコア『いってらっしゃい、翔太くん♥』ムギューッ

翔太『むぎゅう、やめろー!!』ジタバタ



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小林(調和を尊び、いつもトールと喧嘩している、でも美味しいものには目がないエルマ)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



エルマ『トール!! ドラゴンはこの世界の秩序を乱す!! 私と一緒に戻るんだ!!』キッ

トール『相変わらずクソ真面目なカタブツみたいですね。私、帰りませんよ』フンッ



エルマ『うっ……』ぐぐううううぅぅぅぅぅぅ(腹の音)

小林『……食べる? クリームパン……』スッ

エルマ『……で、では、ご好意に甘えて……』ハムッ

エルマ『(―――何これ、おいしい……ほっぺたおちる、幸せぇ……!!)』はふぁ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(彼女は今、うちの会社の新入社員として一緒に働いている)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『結構PC操作覚えてきたねエルマ』

エルマ『任せておけ! このまま仕事の役に立ってやる!』フンス

エルマ『小林先輩、帰りアイス食べようアイス! あれはうまいぞ!』ウキウキ

小林『あーはいはい(すっかり餌付けしてしまった)』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》


小林(そして……終焉帝と呼ばれる、トールのお父さん)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



終焉帝『一緒に帰るのだ、トール。この世界に迷惑をかけてはいけない』ゴゴゴゴゴ

トール『………っ嫌です!』グッ



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小林(彼は本気でトールを連れ戻そうとやって来た)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



小林『あの……』

終焉帝『―――』バシュッ!

パリンッ!(小林の眼鏡が魔法で割られる音)

小林『ぐっ!?』ドサッ

トール『こ――――小林さんっ!?』

終焉帝『気を付けて喋ってほしい。放つ言葉によっては消し飛ぶのはあなたになる』

小林『――っ……!! ……はぁっ、はぁっ……!!』フルフル

終焉帝『何  か  な  ?』ゴゴゴ

小林『っ………………っ………………』ゴクッ


小林『………………へっ』ギリィッ

小林『トールは帰りたくないってさ!』

トール「……………!!」ギュッ

小林『私のメイドを持っていくな。これは私んだ!』

終焉帝『調子にっ……!』バチバチッ……!

トール『―――――!』ザッ!

終焉帝『!―――やる気かトール。ならばここは少々窮屈だ』バサッ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(トールが戦意を見せた事で、その後二人は場所を移し、激闘という名の親子喧嘩を繰り広げた)



《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



終焉帝『初めてだな、お前が私に逆らったのは』ゴオッ!

トール『自分の居場所は自分で決めます! 小林さんは私の、私の光です!』キッ

終焉帝『お前は何も分かっておらぬ! 戻ってこいバカ娘!』ドゴォッ!バシュッ!

トール『戻りません!』ガギッ、バギィッ!

終焉帝『ゆるさん、人間となど!』ゴバアァッツ!

トール『小林さんは特別なんです!』ボシュウゥ!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》



小林(戦いの末の説得で、トールのお父さんは、なんとか退いてくれた)


《~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



終焉帝『……認めはせん。人間など、共に生き切る寿命も持たぬ分際如きが。トール、愚かな娘よ……!』バサッ!



………………



トール『…………』

小林『……行っちゃった』

トール『―――――!』ダキッ

小林『うわっ!?』ドタッ

トール『………………』ギュウウウウ

小林『…………トール、わがまま言っちゃってごめん』

トール『……何を、あげたらいいですか? 全部……全部あげます』ギュウウウウ

小林『……そんなにいらん』ナデナデ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~》


ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 



小林(色んな…… 本当に色んな事があった)

小林(時には互いの常識の違いから衝突してしまう事もあったけど、その都度話し合って、すり合わせて、何とかやって来れた)

小林(最近は大きな喧嘩になるような事も減って、自分でも上手くやれてると思う)



ガタンゴトン……キキーッ プシュー

……〇〇エキー、〇〇エキー、オデグチハミギテガワ……



小林「お、着いた。よいしょっと……んーっ」ノビーッ

小林(このまま、仲良く一緒に暮らし続けられればいいなあ)



――――――――――――――――――――――――――――

【夜、小林宅】

小林「ただいまー」ガチャ

トール「あ、小林さん! おかえりなさーい!」パアッ

カンナ「コバヤシ、おそいー」プー

小林「あはは、ごめんごめん。今日はちょっと仕事が重なっちゃってね」

カンナ「『今日は』じゃない、『今日も』ー!」プープー

小林「あ、あはは……」ニガワライー

トール「毎度の事ではありますが、やっぱり小林さんは帰ってくる時間遅いですよね……」ムウ……

トール「……はっ!? まさか本当は私たちに内緒で夜のお店に遊びに……!?」ピキーン

小林「まーた変な事覚えて…… そもそも私がどんなお店に行くっていうの?」ハア

トール「それはもちろん、メイドのコスプレをした娘達でいっぱいのキャバクラに!」ドン!

小林「マニアックだな!? いや探せばありそうだけども!」

カンナ「ウワキモノー! カイショウナシー! ドロボウネコー! コノオンナダレヨー!」ワーワー

小林「カンナちゃんまで! ちょっとトール、子供に変な言葉教えちゃダメだよ?」

トール「私が休日にお昼のドラマを流してると、傍から聞いて覚えちゃうみたいなんですよねー。意味はまだ分かってないみたいですけど」アハハ

トール「ところで昼ドラって、本当に不倫とか三角関係とか多いですよね。
他人のドロドロの愛憎劇を見て喜ぶとかやっぱり人間って度し難いというか、
それに昼ドラって略称ドラゴンと被っててホント不敬というか、
というわけでとりあえず人間滅ぼしちゃっていいですか?」ゴゴゴ

小林「ダメに決まってるでしょーが!」

トール「え~しょうがないですね~……」プクー

小林「まったく…………」ハアァァー……

小林「…………」

小林「……ははっ」

トール「……ふふふっ」クスクス


カンナ「? 何が面白い?」クビカシゲ

小林「いや、この流れも久しぶりだなと思って」クックック

トール「はい、始めの頃は毎日こんな感じでしたよね」クスクス

小林「そうそう」

トール「でも、あの頃に比べたら私、随分成長したでしょー、小林さん?」エッヘン

小林「エー、ソウカナー? ソウカモネー?」シラジラ

トール「もー、小林さんっ!」プンプン クスクス

小林「ごめんごめん、あっはっはっはっは……」ケラケラ

トール「うふふふふ……」クスクス

カンナ「ふーん? よくわかんないけど、私もなんかうれしー」パタパタ

小林「あっはっはっは……おろ?」フラッ

トール「っ小林さん!?」パシッ

カンナ「コバヤシっ! だいじょぶ?」

小林「……ああうん、大丈夫大丈夫、疲れてただけだよ」ヨッコイセット

小林「いやあ、ちょっと気が抜けたら足がよろけちゃった。あはは……」

トール「…………小林さん」

小林「ん?」

トール「冗談は抜きにしても、やっぱりここ数日はずっと帰りが遅いですよ」

小林「…………」

トール「私、小林さんの体が心配です……」シュン

小林「……まあ、仕事柄どうしても、気張らなきゃならない時が出てきちゃうからねー」アハハ

トール「でも……!」


小林「心配しなくて大丈夫だよ」ポン

トール「!」カァッ

小林「今日の分でもう山場は越えた。明日からはもう普通の時間に帰って来れるからさ」ナデナデ

トール「もうっ、約束ですからね……」テレテレ

カンナ「あー、ずるいー、私もなでてコバヤシー!」ギュッ

小林「はいはい」ナデナデ

カンナ「~~♪」

小林「さて、我が家のメイドさんっ! 元気を取り戻すためにも、ご飯にしようか。私達が出会って、1年を祝して!」

トール「っ! はいっ、そうですねっ! どうぞこちらへ、ご主人様!」ニコッ

カンナ「トール様、料理とってもがんばってたー」

小林「おー、そりゃ楽しみだ。期待してるよー?」ニヤニヤ

トール「ええ、お任せ下さい! この日のために準備してきた、最高級のフルコース料理をご覧あれ!」ドーン!


――――――――――――――――――――――――

【小林宅・食卓】

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



小林「……………………」ゴゴゴゴゴ

トール「~~~♥」フンフンフーン

カンナ「?」ボケー



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



小林「トール…… これ、なに?」ジー

トール「トールお手製、龍の尻尾肉フルコースで~す♥」ジャーン!

小林「……………………………………………………………………」ゴゴゴゴゴ


トール「龍肉のステーキに~♥ こっちは龍肉ハンバーグ、龍肉のシチューに龍挽肉のピーマン詰め――」

小林「…………」

トール「――それで、こちらが龍肉の冷製ジュレ、龍肉の照り焼き、龍肉のハムサラダ、そして最後のとっておきは~~~~~…… こちら、龍肉の丸焼きになりま~す♥」

小林「あのさあ…… トール」

トール「いえいえ、言わずとも分かります。とっておきがただの丸焼きかよ! とお思いなのでしょう、いつも見せてますからね。ですが今回は下拵えから普段の三倍は入念に――」

小林「そういう事じゃない」

トール「へ?」ピタッ

小林「トール、今回はさすがに私も怒るよ?」ゴゴゴゴゴ

トール「もー、小林さんそうやっていつも好き嫌い言って、私の尻尾肉食べてくれないじゃないですか! もう良い機会ですし好き嫌い克服しましょうよ~!」プンプン

小林「好き嫌いとか、そういう話じゃない!」バンッ!

トール「わっ!?」ビクッ


小林「最初に出された時からずっと言ってるよね? 好き嫌いとか偏食とかじゃなくて、生理と倫理に合わないから食べられないってさ」

トール「あ、あの、小林さん?どうしたんですか、急に……」オドオド

小林「そりゃもちろん、私だって種族や文化の違いくらい考慮してるさ。
   トールからしたら自分の肉を食べてもらう事がなにより嬉しい事なんだろうって思うし、
   その気持ちに応えてあげられなくて申し訳ないともいつも思っちゃいるさ!」

小林「つっても、こっちの事情も考えてくれたっていいじゃん!
   私にとっちゃ隣人の体の一部を食べるっていうのはとてもハードルの高い事なの!
   覚悟決めなきゃ出来ない事なの!」

小林「今までは料理の中に一品だけ混ぜてくるぐらいだったからさ?
   私が自分で気付いて食べなければいいだけだったし、強く文句も言ってこなかったけどさ?」

小林「こんな全部に入れられちゃったら、もう強制されてるのと同じで……」

トール「…………」

小林「ちょっとトール、ちゃんと聞いてる――」ピクッ

トール「…………」プルプル

小林「……トール? (泣いて……)」


トール「なんで怒るんですか……私だって一生懸命、小林さんに美味しいって言ってほしくて作ったのに……」ポロポロ

小林「あの、その……別に怒ってる訳じゃなくて……」

トール「怒ってたじゃないですか、机叩いて、怒鳴って!」

小林「いや、それは、確かにちょっと熱くなっちゃったけど怒った訳じゃ」

トール「ちょっと!? ちょっとって何ですか! 今のが怒ってないなら何なんですかあ!」

小林「トール、話を聞いて――」

トール「もう小林さんなんて知りません!」バサッ

小林「トール!」



ガシャーン!



小林「あ…………」

カンナ「トール様、窓から飛んで出てっちゃった……お行儀悪い」


小林「…………」ペタン

カンナ「コバヤシ、だいじょぶ?」

小林「ああ、うん…… 大丈夫だよ、カンナちゃん」

カンナ「ほんとに?」

小林「うん、本当に本当」

カンナ「…………」ポン

小林「……?」

カンナ「……ムリ、しないでね」ナデナデ

小林「……うん」

小林(………ああ、くそ…… 仕事で疲れ切って、余裕がなかったからって………)

小林「……あんな事言うつもりじゃ、なかったのに……」

小林「何やってんだ、私……」ギュウウウ


――――――――――――――――――――――――

【地上から遥か上空】

ゴオオオオオオオオオオオオオオ!!

トール(竜形態)「GUOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」ビュゴオオオオオオオ!!

トール(何で!? 何であんな事言うんですか小林さん!)

トール(私、一生懸命に料理頑張ったんですよ!? 時間も手間も愛情もよりをかけて、今日のために準備してたんですよ!?)

トール(なのに、なのにっ、あんなっ……!!)

トール「……GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」キイィィィィィィィン!!



ビキ…………



トール(もう……)



ビキビキ……



トール(もう………!)



ビキ、ビキッバキッ!



トール(小林さんの顔なんて、もう見たくない!)



バキィーーーーーーーン!!



……………………………………………

………………………

……………

とりあえず、原作の振り返りも兼ねた導入はここまでです。

書き溜めたストックはまだあるので、近日中に再開します。では今日はお休みなさい~。

おつ
親子喧嘩の後のトールのセリフ好き

>>30
小林さんへの信頼の厚さが佳いよね… 佳い…

という訳で再開しますー。


――――――――――――――――――――――――

【数時間後、明け方の上空】

チュンチュン……



トール「ふー……」パタパタ

トール「一晩ずっと全力で空飛んでたら、何だかんだスッキリしました!」ノーン


トール「しかし、スッキリした頭で改めて考えてみると、やっぱり昨日の件は私が間違ってましたかね……」パタパタ

トール「小林さんの気持ちも考えず、自分の気持ちを押し付ける形になってしまった、私の責任です……」ショボーン

トール「もう朝ごはんの時間です、早く帰って、二人の朝ごはん作って……」

トール「……それで、ちゃんと仲直りしなきゃなあ」

トール「……まあ、小林さんは優しいから、ちゃんと謝りさえすれば許してくれますよね! うん、そうに違いない!」グッ

トール「よーし、じゃあさっさと帰りますか!」クルッ

トール「急がないとですね、行きますよー、せーの……っ!」グググッ

トール「――――――ふっ!」ビュオン!



………………………………………


――――――――――――――――――――――――

【マンション上空】

バサッ バサッ

トール「さて、帰り着きましたね」バサッバサッ

トール「一般人に飛んでる姿を見られない様、念のため認識阻害魔法・オン、と…… うん、問題なし」ブオン

トール(認識阻害ON)「二人はまだ寝てる時間ですかねー、ではまず朝ご飯作りますか」ノビー

トール「二人が起きたらすぐ謝って、その後、昨日の夕食の片付けと、洗濯、掃除……」

トール「あ、そうだ。昨日窓を割って出てっちゃったから、それも直さないと!」

トール「あちゃー、夜中、風が入ってきて寒かったりしましたかね…… その事も謝らないと……」ショボーン

トール「ドラゴンのカンナはともかく、小林さんは風邪を引いてないといいですけど……」ムムム

トール「ま、とにかく、まずは窓から直しますか。では、ベランダから部屋に入りましょうかね」

トール「――ほっ!」バサッ!


【マンション・小林宅のベランダ】

バサッ バサッ……

トール「――よっと」スタッ

トール「じゃ~ん、トール様のご帰宅~。頭が高いぞよ控えおろーう、なーんて……」ピタッ

トール「……ん? んん?? んんんんんんんっ???」ジーッ(窓越しに部屋内を凝視)

トール「――え、は……ちょ!? 何ですかこれ!?」バン!(窓に顔を張り付ける)

トール「部屋の中の家具が、ひとつ残らず無くなってるじゃないですか!?」

トール「え、これはどういう…… あ、も、もしかして部屋の場所、間違えちゃった? も、もー私ったらうっかりうっかり……」タハハ……

トール「お、お邪魔しました~……」パタパタ



………………………………………………………………



トール「…………」パタパタ スタッ

トール「……いや、改めて外側から確かめましたけど…… 確かにこの階の、この部屋、ですよね……?」ムムム

トール「そもそも、私が百歩譲って過去五十年間棲んだ巣穴の場所を忘れたとしても、
    この一年間小林さんと暮らしたこの愛の巣…… もとい家の場所を間違える事はあり得ません(断言)」

トール「……むーう、しかし、そうすると、つまり…… この何も無い空き部屋にしか見えない部屋が、本当に私達の家……?」ムムム

トール「と、とにかく部屋の中に……」カチャ(魔法で鍵開け) ガラガラ

トール(――あれ? そういえば、窓が割れてない…… 何で…… いや、そんな事よりも、まずは部屋の中の確認!)スタスタ


………………

【マンション・小林宅(?)】

スタスタ バンッ! スタスタ バンッ! スタスタ バンッ!

トール「……本当に、どの部屋にも何も残ってない……」

トール(各部屋の間取りや広さ、扉や壁紙の作り、窓から眺めた外の景色などからして、
    やっぱりここは、私が慣れ親しんだ、小林さん達と暮らす家のはず。それは間違いない)

トール(けれど、それなのに、ここに昨日まであったはずの家具や家電類は跡形もない、その痕跡すらも。まるで消滅したかの様に――)

トール「――ん、消滅?」ピクッ

トール「あ、そうだ! 消滅したものを元通りにする復元魔法があるじゃないですか!」ピコーン

トール「だったらさっそく試してみましょう! ん~~~、それ!」ピカッ



…………………………………シーン………………………………



トール「……あ、あれ? 調子悪いかな、もう一度、それ!」ピカッ



…………………………………シーン………………………………



トール「……あっれぇ~? 何でだー……?」ムー


トール(考えられる可能性は…… 復元魔法は文字通り、消滅したり壊れたりした物を、元の状態に「復元」する魔法だから……)ムムム

トール「物品を『消した・壊した』のではなく『移動した』から…… 復元の対象には選べない…… とか?」

トール「ハッ!? まさか小林さん、今回の私のやらかしが余りに腹に据えかねて、私が帰ってくる前に夜逃げを……!?」ガーン

トール「い…… いやいや、一晩であれだけの物品を運び出しとか、人間の業者に出来る訳はないですし。
    カンナだってまだそういう便利魔法は使えないはず……」

トール「いやしかし、ルコアさんやファフニールさん、あとエルマ辺りの誰かの協力があれば可能っちゃ可能……!」アセアセ

トール「窓が直ってるのも彼ら彼女らが直したとすれば不思議はない……!」ギリッ

トール「で、では昨晩はこんな感じで――」



小林(想像)『ええい、もうあんな被食願望マシマシの変態ドラゴンと同じ部屋にいられるか! 私は実家に帰らせてもらう!』

カンナ(想像)『ダメヨ、コバヤシ! トール様は一度狙った獲物は絶対に逃がさない、モンスターなハンター! ニゲラレハシナイワ!』

小林(想像)『問題ないさ! 出でよ、我が手下達!!』バッ

ルコア(想像)『あいあいさ~♡』スタッ

エルマ(想像)『あらほらさっさ!』スタッ

ファフニール(想像)『ふん…… やれやれだな』ザッ ドドドドド

小林(想像)『カンナちゃん…… 一緒に逃げよう……!』ギュッ

カンナ(想像)『コバヤシ……!(トゥンク) ツイテイキマス……!』ギュッ



トール「ご、小゛林゛ざーん゛! ヴェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!(泣)」ボドボド

トール「私を置いていかないでーー! あ、でも変態扱いはそれはそれで気持ちいい゛ーー!!」プルプル


トール「ヴェウウウウ…… はあ…… はあ……」ゼエゼエ

トール「…………………………………」

トール「……いや、流石にないか。昼ドラの見過ぎですね……」フー

トール「小林さんは、確かに怒ると怖いけど…… でも、こんな対話自体を拒む様な、頑なな事はしない人です。ええ、それはもう絶対」グッ

トール「でなきゃ、私は生きていませんし、ここでメイドをやれてもいません」

トール「だから、これが小林さんの意志による状況ではない…… というのは確かだろうとして……」

トール(ならば、この状況は一体……)

トール(……胸騒ぎがしますね――)

………………………………


【マンション・小林宅の玄関】

ガチャッ バタン……

トール「……うーん…… 玄関の表札も無くなっている、か……」

トール「結局、家の中にも手がかりは見つかりませんでしたし…… いったい何が起こって……」モヤモヤ

トール「あ、とりあえず玄関の施錠は鍵を携帯し忘れたので魔法でかけといて……」カチャリ



ガチャッ



トール(? 右隣の部屋から、誰か出てきた。あれは――)



笹木部「――さーて、朝のゴミ出しゴミ出しっと。主婦の朝は忙しいわねー全く……」



トール(隣人の笹木部さん! そうか、彼女なら何か知ってるかも! では早速……!)

トール(認識阻害OFF)「おはようございます、笹木部さん!」ズイッ

笹木部「きゃっ!?」ビクッ

トール「今日も朝からお疲れ様です。メイドではないものの同じく家事をこなす者として、主婦のあなたにはいつも共感と敬意を抱いています」ペコリ

笹木部「は、はあ…… どうも……?」ペコリ


トール「それでですね、ちょっとお伺いしたい事があるんですが……
    昨夜から今朝までの間で、隣の私達の部屋やこの廊下とかにおいて、何かおかしな事はありませんでしたか?」

トール「沢山の人の出入りがあったとか、家具を動かす様な音がしたとか…… 何でもいいんです、何かご存知ありませんか?」

笹木部「昨夜、隣で……? いえ、特に何も……」

トール「そうですか……」シュン

トール(……ん?『特に何も……』? 何かおかしい様な…… まあとりあえず置いておいて!)

トール「じゃ、じゃあ! 小林さんやカンナから、何か聞いてはいませんか!?
    私について何か言ってただとか、何処かに行く予定があるとか!」

笹木部「は、はあ……? その……」

トール「どんな些細な事でも構いません! 今は少しでも二人の手がかりが欲しい状況でして、どうか協力を――」ピクッ

笹木部「………………」

トール「――どうしたんですか、怪訝そうな顔をして?」

笹木部「ええと、その……ですね……」

トール「?」キョトン


トール(あ、そうだ、そう言えばさっきの違和感……)

トール(昨夜、私が衝動的に窓を割って出て行った時は、
認識阻害はしていなかったはずだから近隣に音が響いちゃったはずなのに、何で『特に何も……』と……)

トール「あの…… 笹木部さん?」オズオズ

笹木部「ええと、その…… 言いにくいのだけど……」

トール「はあ……」



笹木部「――失礼ですが、どなたですか?」



トール「………………………………は?」ポカン


トール「…………え? いや、何を、言ってるんですか、笹木部さん?」

笹木部「いえ、その、ね? やけに私の事を知っている風に話すから、私が忘れてるだけかなー、とも思って話を聞いてたんだけど……」

笹木部「やっぱりどうしてもあなたの事を思い出せなくて…… あなたの様に珍しい格好の人をそうそう忘れるとも思えないし……」

トール「な…………」

笹木部「その…… 知り合いを装って話を聞き出そうとする詐欺…… とかではない、わよね?」オズオズ

トール「な――何て事言うんですか! そんな気、微塵もありません!」

笹木部「きゃっ!」ビクッ

トール「あっ! ……す、すみません、大声で……」

笹木部「い、いえ、私こそ不躾でごめんなさいね。でも、じゃあやっぱり、人違いじゃないかしら?」

トール「そんな…… そんなはず、ありません!」

トール「だってあなたは、正月には栗きんとんのおすそ分けして下さった、料理好きの主婦の笹木部さんでしょう!」

笹木部「あら、私の得意料理…… どうして知ってるの?」

トール「ギガンテスの四股の様な怪音を出して調理をする割に、できた料理は味を含め至って普通という、主婦の笹木部さんでしょう!?」

笹木部「ふぇっ!? あ、あらいやだ、そんな事までご存知で……」カアァッ


笹木部「……うーん…… その必死な様子だと、嘘をついたり騙そうとしてる訳ではなさそうだけど……」

笹木部「でもごめんなさいね、本当に私はあなたの事、覚えていないのよ」

笹木部「あなたの言うコバヤシさんと、えーと、カンナさん? の事も、私は全く知らないわ」

トール「そんな…… だって、私達、ずっと隣同士で暮らしてきたのに……」

笹木部「あと、話の初めからずっと気になってたんだけど……」

トール「え……?」



笹木部「……隣の部屋は、もうここ一年くらいはずっと、空き部屋だったと思うわよ?」



トール「………… ………… …………は?」ゾクッ

笹木部「それ以前に住んでいた人も、コバヤシやカンナという名前ではなかったと思うけど……」ウーン

トール「え、いや、は? そんな……、そんな馬鹿な事……」

笹木部「あなた良い子そうだし、協力できるならしてあげたいんだけど…… ごめんなさいね。私、本当にそれ以上の事は分からないの」フルフル

笹木部「だから…… って、あ! ゴミ収集車そろそろ来ちゃう!? 急がなきゃ!」クルッ

トール「あ! ちょっと、待って――!」

笹木部「ごめんなさーい! 聞きたい事があれば他の人に聞くか、また後で聞きに来てー!」タッタッタ…………

トール「あ…………」

………………………………


【マンション・廊下】

トール「………………………………」ムムムムム

トール(念の為にあの後、左隣の部屋に住むバンドマン・谷菜さん(マンドラゴラの断末魔みたいな声)と、
    上の部屋に住む木工家・曽根さん(電動ドリルの音がうるさい)にも話を聞いてみたけれど……)

トール(……二人とも、反応は笹木部さんと全く同じ。
    『私や小林さん、カンナの事は何も知らない』『私達の部屋は1年前から空き部屋のはず』……)

トール(証言は完全に一致していて、各々の勘違い・記憶違いという事は考えにくい……)

トール(彼らが嘘を吐いている? いや、そんな事をする動機はないだろうし、演技とはとても思えない反応だった。
    脅されて知らないふりをしているという線もないだろう)

トール(なら後、考えられる可能性は――)

トール「――魔法による、記憶改竄を受けた……とか?」

トール「魔法なら、そういう事も一応、可能ではある。けど……」

トール「1年という長期間の記憶を、無矛盾に、違和感なく改変を行うというのは、並の力量では不可能だ。
    しかもそれを一晩で、少なくとも3人に……?」

トール「余程高位の魔術師か、長く生きたドラゴン、神霊でもなければ…… いや、しかし……」ブツブツ


トール「……あ~~~、も~~~! ダメだ、分からん!」ブンブン

トール(えーい、分からない事は後回し! とにかく小林さんとカンナの手がかりを探す事が先決!)パシン!

トール「――魔力感知魔法、展開! 探索・開始!」ブウン!



ブオンブオン ブオンブオン……



トール(この魔力感知魔法なら、魔力の強いドラゴンの位置は勿論、
    私が密かに魔力でストーキング……もといマーキングしていた小林さんの位置も、町内ぐらいの近隣であれば探知できる!)



ブオンブオン……



トール「…………………………………………」



ブオンブオンブオン……



トール「……くそっ! これも駄目なの……?」ギリッ

トール(何で? 現在地点どころか、魔力の残滓すら感じ取れない……)

トール(それどころか、小林さんやカンナだけでなく、ルコアさんやファフニールさん、エルマの魔力も感知できない……)

トール(皆、既にこの周辺にはいない……? いや、それでも魔力の残滓も感じられないのはおかしい)

トール(魔力感知の妨害が行われている……? 
    いや、それならそれで『妨害されている』という感覚がないのは変だ。今、魔力感知魔法は正常に作動しているはず……)

トール「それとも、私を超える魔法の使い手による、妨害している事を悟らせない程に高度な妨害魔法とか……?」

トール「……いやいや、私これでも上位の竜ぞ? そんな存在がそうそう、しかもこっちの世界にいるはずないですし……」ハハッ

トール「1兆歩譲って存在したとしても、そんな凄まじい存在に私やルコアさん達が全く気付かない訳がありません」

トール「……しかしそうなるとなぜ……? うーん、むむむ……」ムムム

トール「うーん、何だか不気味ですが…… 今ここで悩んでもしょうがなさそうですね」

トール「聞き込みも魔法も駄目なら、足で――いえ、ドラゴンとしては”翼”で直接稼ぐしかないですか」バサッ

トール「手がかりのありそうな場所……
    とりあえず小林さんが勤めてる会社、次にカンナが通っている学校、とかに行ってみましょう!」

トール「……もしかしたら異変が起きたのは二人が家を出てからで、案外二人とも平気にしてる可能性もありますし、ね! うん、大丈夫、大丈夫!」

トール「さあ、行くぞーー!」バササッ

バサッバサッ……



トール(……大丈夫、だよね?)



…………………………………………



…………………………………………

【小林が勤める会社・オフィス内】

カタカタカタ ピーガガガ ギャーギャー カチカチ、カタカタカタ……



トール(認識阻害ON)「さて、小林さんの職場に来てみた訳ですが……」チラッ



…………………………………………

社員A「はあ……はあ…… あー眠い…… キツ…… あーー……」カタカタカタ

社員B「オイオイ誰だよこのコード書いた奴…… 絡まり具合がスパゲッティってレベルを超えてんぞ……」ゲッソリ

社員C「納期数日前にwwwまた仕様変更とかwwwないわーwwwww ないわー………………」カチャカチャ

社員D「五徹目突入とか、我ながらやばい扉を開けちゃうかな……」ボロボロ

社員E「プログラムの中にはバ~グが一つ、プログラムを直すとバ~グが二つ……♪
    も一度直すとバ~グが三つ……♪ 直してみるたびバグは増える~……♪ へへ……へへへへ……!」フラフラ カタカタ

…………………………………………



トール「……相変わらず、忙しそうですねえ」テクテク

トール「皆さん、陥落寸前の城の兵の如く憔悴していて、見てるこっちまで疲れてきます……」ゲンナリ


トール「全く、昨日小林さんは『山場は越えた』と言っていたのに、全然そんな感じじゃないじゃないですか……」ハア

トール「……というか。むしろ前に私が来た時よりも忙しそうじゃありませんか……?」

トール「まっ、気の毒ではありますが、今私にとって大切なのは小林さんの事です。小林さんを探さねば」テクテク

トール「えーと、小林さんの席は確かこの辺りの、そう、あの席…… む!?」ギロッ



社員F「…………………………」カタカタカタ カチカチ



トール「なっ、貴様誰だ…… どうして小林さんがいるはずの席に、貴様の様な者が座っている……!」ゴゴゴゴゴ

社員F「……? 何か、急に寒気が……」ブルルッ

トール「……ッチ。 問い質したい所ですが、認識阻害を解いて騒ぎを起こすのも面倒ですね……」

トール(――周りをよく見れば、あのメガネ……もとい滝谷もいないし、そう言えばエルマもいませんね)キョロキョロ

トール(……二人がいるはずの席にも、私の知らない他の者が座っている。そして周りの者もその事を気にしている様子はまるでない)

トール(マンションの部屋と同様に、小林さん達の形跡はほんの少しも残っていない……か)

トール(恐らくですが、ここに居る者達も笹木部さん達と同様、話を聞いても大した情報は得られないでしょうね……)


トール(ここは無駄骨でしたかね…… 仕方がない、時間も惜しいのでさっさと次に――ん?)ピクッ



???「……………だから、んな事一々俺に聞くんじゃねえ! てめえの方で上手い事まとめておけ!
    電話切るぞ!(ピッ) ……ったく使えねえな!」ドスドス



トール「喧しい奴が入ってきましたね…… 全くどんな下品な輩が…………っつ!?」ビキッ



所長「――おらあ、てめえらチンタラ仕事してんじゃねえぞ! もっと速く手を動かせえ!」ギャアギャア

社員A「うげっ、もう戻ってきたよ所長の奴……」ヒソヒソ

社員B「ま~た今日も大分機嫌悪そうだよ、やだやだ……」ボソボソ

所長「山下ぁ、てめえ今月のノルマ、まだ7割程しか終わってねえそーじゃねえか…… やる気あんのか? あァ?」バンッ

山下「っは、はい、その、今週ちょっと、体調も悪くて……」オズオズ

所長「ああん!? 声小っせぇえんだよ、ちゃんと返事しろ返事ぃ!」ゴアァッ!

山下「ひっ、は、はぃい!」ビクッ

所長「ブツブツ言い訳してる暇があったら、さっさと働いて取り返せ無能が!」ケッ イライラ

山下「す、すみません……」シュン

社員C「出たよ、所長の八つ当たり……」ヒソヒソ

社員D「山下の奴、最近目ぇ付けられちゃって可哀想に……」ボソボソ



トール「な゛っ…………………っ…………………………っつ!??」ワナワナ

トール(何で…… あの男がっ、またこの職場にいるんです!?)ビキビキ


トール(あの所長という男は、一年ほど前に私がここを見学しに来た時、小林さんに対し罵詈雑言を吐いていた下衆の極み男……!)

トール(まあ勿論それを見ていた私は地獄の炎もかくやという程ムカついたので?
    数十回は足引っかけて転ばせて、無様を晒させてやりましたが?)

トール(それからしばらくして、あの男は『パワハラ』という名の罪状でこの会社から追放されたと小林さんから聞いていましたが……)

トール(一体どんな手を使って戻ってきたというのですか憎たらしい……っ!!)グヌヌヌヌ

トール(ええい、どうしてくれようか! 煮るか、焼くか、ポン酢でシャキッと〆てやろうか!!)ゴゴゴゴゴ

トール(……………いや、落ち着きなさい、私)スーハースーハー

トール(確かにあの男は顔を見るだけで反吐が出るが、優先順位を考えろ。
    今やるべき事はあの男への鬱憤を晴らす事か? 否、小林さん達を探す事が最優先だろう)

トール「そう、今はあんな奴にかかずらっている場合ではありません、抑えろ私……」フー

トール「……まあただ、少しだけ――」スッ



課長「……さあてめえらも、この無能みたいな醜態晒したくなきゃ全力で――うおわぎゃぁっつ!?」スッテーン!

ザワザワ…… ザワザワ…… ザワザワ……

課長「……………!? ………っ………?!」

社員A「――プッ、あの所長が漫画みたいに盛大にすっ転んでら――」ヒソヒソ

社員B「――おいおい、聞かれたらどうする、ププッ――」ヒソヒソ

課長「っ! ああ゛ん……?」ギロリ

社員A・B「あっいえ、何でも」フイッ

課長「く、くそっ……! て、てめえら、俺の事を見てる暇があったらキリキリ働け! ノルマ倍にすんぞゴラァ!」イソイソ

社員C「サー仕事仕事――」クルッ

社員D「なあ、あの案件今どうなって――」クルッ

課長「……ったく、畜生、何だってんだ――」ブツブツ



トール「……こんなものですか」フンッ

トール「本来ならお前にはこの百倍は恥辱と苦しみを与えてやりたい所だが……
    生憎、今はその暇すら惜しい、これで済ましておいてやる。命拾いしたな」チィッ

トール(……ここにもう用はありません、行かなくては。さあ次は――)

トール(――カンナが通う学校!)バサッ


…………………………………………

【学校・カンナが通う教室の窓の外】

バササッ

トール(認識阻害ON)「……着きました。今は授業時間中ですか」バサバサ

トール「さて、教室内にカンナは……」ジーッ

トール「……ここも、いませんか。というか、彼女の机すらない……」ハア

トール「……あ、でもカンナと親しいあの子…… 才川?さんはいる様ですね」



教師「――はい、それでは次の文章。才川さん、読んでもらえる?」

才川「はい!……『はじまりは、何だったのだろう? 運命の歯車は、いつまわりだしたのか?』」

才川「『時の流れのはるかな底から その答えをひろいあげるのは、今となっては不可能にちかい……』」
 
才川「『だが、たしかにあの頃のわたしたちは、おおくのものを愛し、おおくのものを憎み…… 何かを傷つけ、何かに傷つけられ……』」

才川「『それでも、風のように駆けていた 青空に、笑い声を響かせながら……』」

クラスメイト達「おおー……」「きれーな声……」「すげー……」パチパチパチ

教師「……はい、ありがとう才川さん。とても良い読み方だったと思います」

才川「ありがとうございます」ペコッ



トール(……あの子、あんな利発そうな子でしたっけ?
    何か普段はもっとこう『ぼへええ』って印象の、マタンゴの胞子を吸って錯乱した者の様な感じだった覚えが……)

トール(うーん…… まあ、今は関係ないかな? 他に特別変わった所は無い様だし……)ジーッ

トール「ここも空振り……ですか」ハア

トール「いえ、落ち込んでなんていられません! ここに手がかりがないなら、とっとと別の場所に捜索に行きましょう!」グッ

トール「他に思い当たる所というと…… うーん……」ムムム

トール「……よし! 次は近場で人も多い、商店街に行ってみましょう! 何か一つでも、手がかりとなるものがあれば……!」

トール(――待ってて、小林さん! カンナ!)バササッ



…………………………………………

【商店街】

…………? …………。…………! ……、……。 ……………。

肉屋の親父・辰田「……………ちゅう訳で、すまねえな、メイドの嬢ちゃん。役に立てなくて……」

トール「……いえ。お話聞かせて頂き、ありがとうございました」ペコリ

辰田「ああそうだ、お詫びと言っちゃ何だが、このコロッケ、持っていきな。そろそろお昼だしよ」サッ

トール「ありがとうございます……」モグモグ……

辰田「あ、あと午後は雨だって予報だぜ、嬢ちゃん雨具は――」

トール「いえ、大丈夫です、お気遣いなく――」ペコリ テクテク……



トール「……結局、ここでも手がかりはなし、ですか」ハア テクテク

トール(商店街の顔見知りの方々に、会えた端から声をかけて話を聞いてみましたが……
    結果は全員笹木部さん達と同じで『私や小林さん達の事は何も知らない』……)

トール(いえ、ただ知らない・覚えていないだけではない。
    私達が関わった事柄についての記憶も、私達がいなかった事を前提とした別の記憶に置き換わっていた)

トール(去年、地域の老人ホームで行われたクリスマスパーティーで、私達は先程の辰田さんに頼まれた縁で、劇を執り行った)

トール(諸々の苦労はあったものの、劇は大成功、老人ホームの方々にも大いに喜んでもらえた……)

トール(……それが、私が覚えている記憶。けれど先程の辰田さんに聞いた話では……)



辰田『――ああ、去年のクリスマスパーティー? よく知ってるねえ、嬢ちゃん』

辰田『けどあれはねえ…… 代打で劇をやってもらえる人を見つけられなくてねー……』

辰田『結局、劇は中止にして、ささやかなプレゼント交換だけやって終わりになっちまってね。あまり盛り上がらなかったのが残念だったよ――』



トール(……という話だった)

トール(この他にも、私が以前捕まえたはずのひったくり犯には逃げられた事になっていたりと、
    大小様々な記憶が、『私や小林さん達がいない』という事を前提にして、辻褄を合わせる様に変えられていた)

トール(まるで、私や小林さん達という存在が、最初からこの町にいなかったかの様に……)


トール「……う~ん、参ったな…… 調べれば調べる程、何が起こっているか皆目見当もつかない……」ム~ テクテク

トール(先程の小林さんの職場やカンナの学校でもそうでしたが、この商店街にも魔法の痕跡や魔力の残滓などは微塵も感じられない……)

トール(明らかに異常な状況なのに、異常である証拠を一つも見つけられない事が最大の異常。とても不気味だ……)

トール(仮にこれが魔法によるものだとしても、一夜にして町中の人間の記憶や物品の改変を、極めて高い整合性をもって行う必要があるわけで)

トール(それも、魔術的痕跡を一切残す事なく…… 並大抵の事ではない)

トール(一応、私より格上の神霊やドラゴンが、事前の準備をした上で全力で事に当たれば、可能でなくもない…… というレベルの状況ですが……)

トール(今度は、それだけの力を持つ奴が、どうしてわざわざこんな回りくどい真似をするのかという疑問が出てくる……)

トール(そもそも誰かの仕業だとしても、目的がまるで見えてこない。こんな状況を作って、一体何の得があると――)ピタッ



終焉帝(回想)『一緒に帰るのだ、トール。この世界に迷惑をかけてはいけない――』



トール「まさか……お父さんが……?」ザワ……


トール「ッッ!! ううんっ! そんな訳ない!!」ブンブンブン

トール「いくらお父さんが私を連れ戻したいからって、こんな事するはずが……」ギュウウッ

トール(……手がかりが一向に見つからなくて、少しナイーブになってるみたいだ…… 闇雲に悪い想像をしても仕方がない)

トール(仮説を立てるにしても、まずは手がかりがないと始まらない。調査を続けなきゃ……!)

トール「すーーーーっ、はーーーーーーー…… よしっ!」パシンッ

トール(気合を入れ直した所で…… さて、どうする?)グッ テクテク

トール(調査範囲を更に広げようか? 町内の目ぼしい場所は調べたけど、まだ心当たりがない訳じゃない)

トール(ルコアさんの契約者である少年・翔太君の家、才川さんの家、あと(行きたかないが)滝谷の家)

トール(他にも町の外なら小林さん達と行った海、温泉街。そして小林さんと初めて出会った山…… 幾つも候補はあるけど……)

トール(ただ、これまでの調査から推察する限りでは、恐らくこの町一帯、この異常の影響下にありそうです。いや下手をすればそれより広範囲が……)

トール(であれば、闇雲に調査範囲を広げても駄目そうな気がしますね……)ムー


トール(……もうお昼の時間ですか…… 朝からずっと捜索して手がかりはなし……)

トール(このまま漫然と調査を続けても、無為に時間を浪費する事になりかねない)

トール「……………………」ハーー

トール(……業腹ですが、自力では限界が見えてきた感が否めませんね)

トール(ここまでは、とにかく一刻も早く手がかりを見つける為、思い付いた場所からガムシャラに調べ回って来ましたが……)

トール(急がば回れ、焦りは禁物、慌てる勇者はミミックに喰われる、という人間達の諺もある事ですし)

トール(……ここは、ルコアさんやファフニールさんに連絡を試みるのも、良いかもしれませんね)

トール(消息こそ不明なものの、私と同格以上のあのお二人が、誰かにやられたり、術中に陥ったりするとは考えにくい。何処かに潜んで無事でいるはずです)

トール(それに、ルコアさんは全般的に博識だし、ファフニールさんも呪術関連にはめっぽう強い。きっと今の状況の解決策もご存知のはず!)グッ

トール(マンションでの魔力探知魔法と同様、普通の通信魔法では連絡が上手く行かないかもしれませんが……)

トール(携帯電話なり公衆電話なり、『他者と通信するモノ』という概念を持つ物品があれば、その概念を媒介にして通信魔法を強化できます)

トール(強化された通信魔法なら、世界の次元の壁を越えた先の相手とすら通話が可能な事は既に何度も実証してます。
    だから、きっと今の状況でも連絡できる!)

トール(…………はず!)ボーン

トール(結局、確証はありませんが…… 変わらず闇雲に捜索を続けるよりはマシなはず)ウンウン

トール(では、次は公衆電話でも探して……)テクテク

トール「――――ん?」ピクッ


【大通り・人混みの中】

ザワザワ…… プップー…… ザッザッ…… ガヤガヤ……

トール「あれ? ……考え事をしながら歩いてたら、大通りまで出ちゃいましたか」

トール「さすがに昼の大通りは人混みが凄いですねー。まさしく『人が混みの様だ!』と言った所…… いや、字が違うか?」

トール「まあ別にいいや、さっさと公衆電話を探しに――――」チラッ

トール「――――――――――――――――」ビタッ!



???「………………」スタスタ……



トール(――呼吸が止まる)

トール(ちらりと視界に入った、遠くの雑踏の中を歩くあの人、あの人間は――)

トール(淡い椿色の髪、特徴的な三白眼、大きく丸い縁無し眼鏡、無駄なく洗練された胸)

トール(いつも見慣れているはずの後ろ姿。でも今は、何だか無性に懐かしい後ろ姿)

トール(何故か髪を下ろしているけど、それでも間違いない。他の誰でもないこの私が間違える訳がない)

トール(あれは。あの人は――)



トール「小林さん!!!」

小林「わっ!?」ビクッ


小林「え? えっと……」クルッ

トール「ハア、ハア…… よかった、みつけた、ほんとうに、良かった……」ハアハア

トール(ああ…… 私、気付いたら駆け出してた。考えるより先に、嬉しさで体が動いてた)ヘヘ

トール「……小林さん、お怪我は、ありませんか……?」ハアハア

小林「え? あ、うん…… 怪我は、ないけど……」

トール「そうですか、ご無事で、何よりです……」フー

トール(ああ、近くで見てもやっぱり小林さんです。会えて本当に良かった――)



――チクン――



トール(――? 何だろう、胸が……?)

トール「……朝からずっと、探していたんですよ。家にも、職場にもいないから…… あっそうだ! 小林さんは今の状況をどこまでご存知で!?」

小林「え? えっと、その……」ポリポリ

トール「変なんです、皆さん私達の事をすっかり忘れてしまっていて……
    あっ、カンナが何処にいるかは分かりますか!? あの子の事も心配で――」ピクッ

トール「――どうしたんですか、小林さん?」

小林「…………………………」キョロキョロ

トール(――周りを確認する様に泳ぐ目線、ばつが悪そうに頬を掻く仕草)

トール(言葉を探す様に動いている唇、困った様に浮かべた苦笑い――)

トール(どうして、そんな不安そうにしてるんですか、小林さん……?)



――チクン、チクン――



トール(胸がざわめく…… 何だこの既視感、何だこのとても気持ちの悪い感じは……?)ザワッ……

トール「……どうしたんですか、小林さん…… 何か、言ってくださいよ……?」



――チクン、チクン、チクン――



トール(これは――怖れ? 何で、何に……)

小林「……………あの……………」オズ

トール「!」



――チクン、チクン、チクンチクンチクンチクンチクン――





小林「あなたは…… 誰ですか?」

トール「………………………………………………えっ?」





ザァッ……


…… ザワザワ…… チリンチリン…… プップー…… ザッザッ…… ガヤガヤ……

トール「え…………………………」

小林「…………………………」

トール「小林さん……? ははっ、ちょっと、何言ってるんですか……?」ヨロッ

トール「私ですよ、トールですよ? あなたの、メイドの……っ!」

トール「小林さん、ねえ、小林さんまで、私の事、忘れちゃったんですか……?」ジリッ

小林「……えっと、その…… ごめんなさい、覚えて、ない…… です」

トール「…………………………っ!!」



トール(――ああ。そんな困った様な瞳で私を見ないで)

トール(そんな、いかにも本当に小林さんが、初対面の相手にしそうな態度をしないで)



小林「その、人違いとかでは…… いや、ない、ですよね、その反応だと。“小林”ってはっきり言ってたし……」タハハ……

小林「いえその、本当にすいません! そちらは私の事良く知って頂いてる感じなのに、本当に失礼をしてしまって……」アセアセ



トール(そう…… 優しい小林さんなら、初対面の相手であってもきっと、こんな風に相手を傷つけない様、一つ一つの言葉を慎重に選んで話すだろう)

トール(それが小林さんだ。私が大好きになった小林さんだ。でも……っ)ギュウウッ



小林「ちょっと待って下さいね…… えーほんとヤバいな…… こんな可愛くてしかもメイド姿の子なんて絶対忘れる訳ないんだけどな……」ブツブツ

小林「えー、トール、トール、カンナ、カンナ…… 金髪、メイド…… メイドカフェ? いや店の営業って感じじゃ……」ウーンウーン……



トール(いっその事、冷たく突き離してくれれば。『誰だお前は』なんて言って、汚い言葉で罵ってくれればいいのに)

トール(じゃないと、認めなくちゃいけなくなる)



小林「あ~も~、何やってんだ私! 思い出せ思い出せ思い出せ、失礼にも程があるだろ~……!」グヌヌヌヌ

トール(正真正銘本物の小林さんが、本当に私の事を忘れてしまった事実を、認めなくちゃいけなくなる……っ!)



トール「―――――――――――――――」ポロッ

小林「あっ……(涙……)」

トール「――――――」ポロポロポロ

トール「―――――っつ!!」クルッ タタタッ!

小林「あっ、ちょっと、待っ……!」

トール「―――――………!!」タッタッタッタッタ……



小林「……あ…………………………」ポツン

…… ザワザワ…… プップー…… ザッザッ…… チリンチリン…… ガヤガヤ……


【人通りの少ない路地】

――タッタッタッタッタッ…… タッタッ…… 

スタスタ…… テクテク…… 

ピタリ……

トール「――ハア、ハア、ハア……」

トール「……逃げて来ちゃった……」ハア、ハア

トール「…………………………」



トール(……本当は、予想……できていた事じゃないですか)

トール(ただ、気付かない振りをしていただけ。考えない様にしていただけ……)

トール(小林さんはドラゴンでもなければ魔術師でもない、笹木部さんや他の人達と何も違わない、“只の人間”)

トール(町の人々全員が異常の影響下にあるなら、小林さんも同様であると考えるのが当然……)

トール(でもっっ!!)ギュウウッ!

トール(考えたくなかった! 信じたくなかった! 何よりも誰よりも大切な人に、全てを捧げても構わないと思った人に、忘れられている事なんて……)

トール(どこかで信じたかった。こんな状況でも、小林さんと会えれば、話せれば! きっと良い方向に進めるって……)

トール(小林さんは、そうやって私を救ってくれた人だから――)



トール「――――――――でも、今は……………」



……………………………………………

トール「………………………………………………」ボー

トール「これから…………… どうしよう……………」フラフラ

トール(何か…… やる事があった様な気が…… 何だっけ……)フラフラ

トール「何かを、探して………… ん…………?」チラッ

トール「あの道の角にあるあれは、公衆電話…… 公衆電話……?」

トール「っ!!」バッ

トール(そうだ、公衆電話! ファフニールさん達に連絡を!)

タッタッタッ、ガチャ!

トール「――通信魔法、展開…… まずはファフニールさんに……!」プルルルル



プルルルル…… プルルルル……



トール(人間の小林さんは駄目でも…… 力あるドラゴンであるファフニールさんやルコアさんなら、きっと大丈夫なはず……!)



プルルルル…… プルルルル……



トール(お願い、繋がって…………!!)ギュウウッ



ガチャッ!



トール「!!」

ファフニール『………………………』

トール「良かった、繋がった………! もしもし、ファフニールさんですか!? 私、トールです!」

ファフニール『………………………』

トール「今どこにいらっしゃいますか! こっちはちょっと大変な事になってて――」ザワッ

ファフニール『………………………』

トール「――あの、ファフニールさん……? 何か、喋って……」

トール(まさか、まさか、そんな……)ザワ……ザワ……

ファフニール『………………………お前は』ボソリ

トール「……はい?」ゴクッ



ファフニール『お前は…… 誰だ』



トール「ッッ!!!」

ガチャン!!

ツー、ツー、ツー……

トール「………………………」ハー、ハー、ハー

トール「………………切っ、ちゃっ……た」ハー、ハー


トール(……驚き過ぎて、勢いですぐ通話切っちゃった…… でも……)ハア、ハア

トール(今…… 確かに『お前は誰だ』と…… はっきりと聞こえた……)ハア、ハア

トール「そんな…… あのファフニールさんまで……? そんな馬鹿な……」ギリッ

トール「……っ…………っつ…………っ…………!!」ギュウウッ

トール「いや、落ち着け……! そうだ……ファフニールさんが駄目でも、ルコアさんなら……!」

トール「もう一度、受話器を――――」ビタッ

トール「――――――――?」プルプル

トール(手が、動かない)プルプル

トール(何を躊躇っているんだ、私。ここは確認しなきゃいけない所じゃないか)

トール(早く、ルコアさんにも連絡しろ。確認するんだ。もしかしたらルコアさんは、私を覚えていてくれてるかもしれないじゃないか)

トール(さっきのだって、ファフニールさんの魔術的防衛がなってなかっただけで、ルコアさんは大丈夫な可能性だってあるじゃないか)

トール(正直ファフニールさん、色々抜けてたり天然だったりする所あるし、ハハッ、あり得るあり得る……)ハハハッ……

トール(……でも)

トール(ルコアさんでも、駄目だったら?)

トール(ルコアさんにも『君は誰?』なんて言われるかもしれない。もし、そうなったら……)

トール(ルコアさんは、私が知る中でも随一の力を持つドラゴンだ)

トール(ずっと昔に実力を見たくて勝負を挑んだ事があったけど…… 全力でやっても手も足も、爪も牙も翼も出なかった)

トール(本気がどれ程の力量なのかすらも伺い知れない…… そんな彼女すら私の事を忘れていたら、それはもう……)

トール(……駄目だ…… その可能性を考えるだけで、怖くて…… 確認できない……)



トール「……………………………………………」ギュウウウウッ……



………………………

ガチャリ キイッ パタン……


ポツン……



トール「………………………?」チラッ



ポツ…… ポツ……



トール(…… 雨だ……)ボー



ポツ、ポツ、ポツポツ……



トール「……私は、いつの間にか…… こんなにも、孤独に弱くなっていたんだな……」ハハッ……

トール「ほんの少し前までは、一人が当たり前だったのになあ……」



ポツポツ、ポツポツポツ ピチョンピチョン……



トール(回想)『私も一人です…… 一人になりました。この世界で、さっき』

小林(回想)『――じゃあ、私のとこ来る?』



トール「……やっと、心休まる居場所を、共に歩める誰かの隣を、見つけたと思ったのに……」

トール「また、一人になっちゃった……」ハハッ…… ペタン



ザアアアアアアアア……


ザアアアアアアアア……



トール(どうして…… どうして、こんな事になっちゃったんだろう……)

トール(これは、何かの罰だとでも言うのか……? 一体、何の……)

トール(こうなる直前…… 昨夜、私は何をした……?)

トール(小林さんとの出会いから1周年記念で御馳走を作って…… けど、それが原因で喧嘩して……)

トール(窓から飛び出して、がむしゃらに夜の空を飛び回って…… それから……)

トール(……そういえば、あの時、私は何かを思って――)



トール(回想)『――小林さんの顔なんて、もう見たくない!――』



トール「………………………っ!!」ゾクッ



ザアアアアアアアア……



トール(もしかして、私が『小林さんの顔なんて、もう見たくない!』なんて思ったからですか……?)ガタガタ

トール(そんな、そんな……)

トール(私が、望んだから……? これが、私の望んだ結果だとでも……)



小林(回想)『――あなたは…… 誰ですか?――』



トール「………………………っ!!」

トール「――あ、ああ゛」ポロ

トール「あ゛あ゛…… あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」ポロポロ

トール「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」ボロボロ



ザアアアアアアアア……


トール「ごめんなさい…… ごめ゛ん゛な゛ざい゛……っ!」グスッグスッ

トール「本気じゃなかったんです…… いえ、あの一瞬だけはそう思ったとしても、本当にそう望んだ訳じゃなかったんです!」ヒグッヒグッ

トール「少なくとも…… こんな仕打ちは、望んじゃいない……っ!」グウゥッ

トール「ごめんなさい、許して下さい、やり直させて下さい……っ!」ポロポロ

トール「もう二度とあんな事言いません、小林さんの言葉にももっと真摯に向き合います、私の気持ちを押し付ける様な真似も慎みます!」

トール「だから、どうか、どうか――――」ギュウウッ

トール「う、う゛う゛………………………」



ザアアアアアアアア……



トール(――さっきから誰に祈ってるんだ、私は……)

トール(神か? 天使にか? 殺し合う程に嫌っている相手のくせに、こんな時だけ“神頼み”か? 浅ましい、愚かしい、嘆かわしい――)

トール(でも…… 誰でもいい。神でも天使でも悪魔でもドラゴンでも、人間でも)

トール(誰か…… 誰か、助けて下さい――!!)ギュウウッ


ザアアアアアアアア……

う゛う゛、う゛う゛う゛う゛う゛う゛……

ザアアアアアアアア……

う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……

ザアアアアアアアア……

ザア――

パサッ……



トール(? 雨が止んだ……? いや、傘……?)

トール(一体、誰が――)クルッ



小林「………………………」



トール「―――――――――――――!!」


トール「――小林、さん……? なんで……」

トール「まさか、記憶が――!」

小林「いいや。ごめん、結局君の事、誰だか思い出せないままだ」

トール「っ! ………………………」

小林「君は私の事、とても大切に思ってくれてるみたいだったのに……」

トール「………………………」



ザアアアアアアアア……



小林「――――けど」

トール「…………?」

小林「たとえ誰だか分からなくたって…… あんな悲しそうな顔で走り去ってしまった君を放っておける程、私は薄情な人間じゃないつもりだよ」

トール「…………!」ドクン

小林「聞かせてほしいんだ、君が知っているだろう、君にとっての私の事を」スッ(手を伸ばす)

トール「……………………」

トール「…………う゛」

小林「う゛?」

トール「う゛、う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛…… う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」ダパーッ

トール「小゛林゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」ガシーッ(伸ばされた手を取る)

小林「うわっ!? とととっ……」ヨロッ

トール「や゛、や゛っばり゛小゛林゛ざん゛は゛、記゛憶゛があ゛っでも゛な゛ぐでも゛小゛林゛ざん゛でず~~~~~!!」ダバダババー

小林「あ、あはは……」ポリポリ

本日はここまでとなります。ここまでで話全体の3割程度となる予定です。

ストックが切れたので、次の投稿はまたしばらく書き溜めてからとなります。

アニメ2期が始まる7月初めまでに完結するのが理想ですが、生来の遅筆故、とりあえず7月末までの完結を目指して頑張ります。

それではまた~。

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