フィアンマ「助けてくれると嬉しいのだが」トール「あん?」 (1000)




・フィアンマさんが女の子

・雷神右方

・キャラ崩壊、設定改変及び捏造注意

・ゆっくり更新

・雑談希望ネタ提供ご自由にどうぞ

・時間軸不明、旧約一巻以前



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1382858026



強くなりたい。

いつからそう思い始めたのか、トールにはまったく判別がつかない。
気がつけば強くなるために、強さを求め、その強さのための強さを求めた。
最初は狩猟などで鍛えていたが、じきにそれでは物足りなくなった。

街中の人間と喧嘩をした。
最初は負けることもあったが、だんだんと強くなっていった。
それだけでも物足りず、やがて魔術というものにも手を出した。
北欧神話に前々から興味を持っていた自分にとって、術式を編み出すことは難しくなかった。
どんな神様をベースにして術式を構築するか。
悩んだり、迷うことはなかった。

『トール』

神々一の剛勇。
オーディンもそうだとは思うのだが、いかんせんそちらは知識の神としての側面が強い。
別に自分は知識が欲しいのではなく、とかく、強くなりたかった。

全能のトール
雷神のトール

神話を端々から端々まで眺め、考えた。
殺すための技術ではなく、勝つ為、倒す為の技術を磨いた。
手を伸ばし続けばいつか、星にだって手が届くと信じた。



――――守りたいものは、なかった。


やがて、そうして強さを手に入れていく内。
高みへ昇る度に、強さへの執着が増した。

より良い『敵』。

倒して気分が良くなるような、強くて凛々しい敵に勝利する。
それを目的に据えて、努力を続けた。
多くの魔術師を倒し、しかし殺しはしない自分は有名になった。
扱う術式の傾向は『トール』に絞ったものであった為。
自分は、『トール』と呼ばれるようになった。自分自身、その名を使い始めた。

元より、本名にこだわりはなかった。
本名は平凡なものだったし、親は既にこの世には居ない。

『この街にゃもう強いヤツはいねえな……』

戦争に介入してもみた。
傭兵ではないので、その場全てを壊し尽くして戦争を終わらせた。
『戦争代理人』という称号がついてしまう位に、自分は強くなってしまっていた。
自分の腕と釣り合う誰かと戦っただけで、その辺り一帯が壊れていってしまう位に。

そこまで強くなると、今度は更に戦う相手や場所を選ぶ必要が出てくる。

この段階まで強くなっても、どうしても。
どうしても、満足いかなかった。
まだまだ高い場所へ上り詰めたい、と心から思った。


戦い相手との障害を取り除く為、手が空いていたから…理由は様々だが、救えるものは救った。
自分の力で救えるのならそれ程良いことはない、とも思った。
だからといって、その一時的に助けた『誰か』を特別に感じたこともない。
孤独を感じたことはなかったが、強さを求め続けた俺を取り囲むのは孤高だった。

『それで、アンタが右方のフィアンマで間違いねえんだな?』
『命知らずとはお前のことを指すようだな』

敵を求め続けた自分が出逢ったのは、一人の男だった。
特別な右手を持ち、扱う術式は"相手に合わせて出力を最適に変えて確実に倒す"もの。
それならば周辺への被害は出ようはずもないし、自分の積みたい経験値には最高の相手だと思った。
勝ち負けは重要ではない。その戦いからどれだけの経験値を得られるかが、重要だった。

『聖なる右とやら、見せてもらうぜ』

ローマ正教の陰のトップ。
大聖堂の奥に普段は座している、最も秘匿された最終兵器。
まさか戦闘に応じてくれるとは思わなかったが、僥倖だ。

『好きに来ると良い』
『あん? そっちから来いよ』
『先手を打つ必要はない。何にしても、俺様の勝利は確定してしまっている』

呆れた様な声だった。
アーク溶断ブレードを見て尚、その余裕に変わりはなかった。


そして、俺の攻撃が届くまでもなかった。
相手が行ったのはただ一度、右手を振っただけ。
それも、虫を払うかの様な、平凡な動き。

それだけだった。

しかし、俺の身体は吹き飛ばされ、身体全体には重いダメージが残った。
恐らく『俺に合わせて』、敵の持つあの赤い腕が効果を発揮したんだろう。

『が、っ……』
『……つまらんな』

せっかく応じてやったのに、とばかりの声。
金色の瞳は酷く冷えていて、笑みは氷の彫刻のようだった。
俺はのろのろと手を伸ばし、霊装を消費してダメージを癒す。
周囲に被害は出ていない。ただ、俺だけを確実に倒してくれる『敵』。
どこまで強くなればあの腕に倒されないのか、勝てるのか、それを考えると笑みが浮かんだ。

『は、ナメやがって…ッッ!』

楽しい。
未だかつて、こんなにも楽しい戦いはあっただろうか。
何度も攻撃に立ち向かう度、容赦なく腕が振るわれる。
霊装を消費しても癒しきれないダメージが、徐々に体に蓄積してきた頃。

『おや、……時間切れか』

相手の『腕』が、空中分解を起こした。
俺の中の熱も急速に褪め、色あせていく。

『興ざめだな』
『すまないな。いかんせん不完全なんだよ』

やれやれ、と男は肩を竦め、俺に背を向けた。

『次は、もっと強くなってから出直してくるんだな』
『そうするよ』

また戦いたい、と思った。
あんなに最適な相手とは二度と出会えないだろう、と思った。


あれから、約二年の月日が経った。
俺は強さを求めて、日本へやって来た。
極東の女聖人が来ている、という話を聞いたからだ。

名は『神裂火織』。
扱う術式はワイヤーと魔術を両方駆使したものらしい。

どれだけ強いのだろう、と胸が高鳴った。
あの時よりも更に強くなった覚えはあるが、また戦いに行きたい。
だが、あの男を失望させるような腕では、自分でもダメだと思う。
せめて、あの『腕』と拮抗出来るくらいの存在になりたい。

「手は届くさ」

親にとってもらわなくたって、子は踏み台を使い、身長を伸ばし、棚に手が届く。
届かなければ、身長を伸ばせばいい。踏み台を増やせばいい。
俺にとっての強さとは、そういうものだった。存在理由であり、生きる意義。

「俺は、いつかアイツに――――」

冷めた瞳をした、容姿端麗で容赦のない男。
ヤツに勝利した時、俺はどれだけの達成感と強さを得たことになるのか。


「雷神トール……だったかな?」
「あん?」

振り返る。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
柔和な笑みを浮かべているものの、目は笑っていない。
そして、その瞳にはよくよく見覚えがあった。

「助けてくれると、嬉しいのだが」
「………」

髪にも、手にも。
俺が以前見かけた時は、赤いスーツを着用していた気がする。
現在は上はそのままに、下は赤いスカートのようだ。
膝上のスカートに赤い膝上靴下を着用しているようだが、女装には見えない。
というよりも、そもそも骨格からして違うような気がする。

「………お前、右方のフィアンマ…だよな? 妹さんとかいうオチか?」
「いや、俺様は俺様だよ。職務中は容姿を偽っているだけだ」

声音も、幾分か明るい。
ローマ正教のトップが女の子では示しがつかないだろう、と肩を竦められた。
確かに、以前会った時は容姿の印象はほぼそのままだが、骨格や見目は青年のものだった。
声も低かったし、身長はもう少し高かった。性別を偽る術式なら、俺にも蓄えがある程ポピュラーだ。

「なるほど。体裁を整えてた訳か……で、助けて欲しいって何だよ?」

戦った敵とはいえ、恨みはない。
むしろ、俺にとっての最高の敵は、尊重すべき存在だった。
他でもないそいつが困っているのなら、助けようと思うのも当然のことで。
俺の問いかけに対し、彼女は硝子板ばりにぺったんとした胸を張って答えた。

「所持金が無いので食事を奢ってくれ」
「堂々と言うことじゃねえよそれ」
「ああ、奢ってくれるのか。優しいな。わーい」
「無表情に棒読みかよ! 言ってねえし! 奢るのはいいけどよ……」
 


とりあえずここまで。
立てなければならないと思った(使命感)


言い忘れましたがこのSS,今後エログロあるかもしれません。















投下。


右方のフィアンマ。

ローマ正教二○億の頂点にして秘匿された魔術組織『神の右席』、その実質的なリーダー。
つまり、二○億人の頂点に君臨している、絶対的な王者。
『世界の管理と運営』という方向性を持つ組織の長なのだから、当然切れ者中の切れ者。
加えて、その身は『神の如き者』に対応しており、単一の『天使の力』、司る『火』を使いこなすと言われる。
『火』のスペシャリスト、それ以上のエキスパートとなると、扱うものは単純な火に留まらない。
火に比喩される人間の生命を取り扱うことも出来るだろう。
天使や神についてよくよく研究しているので、『異世界』との接続なども扱う。

恐ろしい存在だ。

指先一つで戦争を起こせるような地位や権力、強さ、頭脳を持ち合わせた人物。
本当にごくわずか、限られた者しか存在を知ることすら許されぬ強者。
冷酷な男であり、必要とあらば死体を踏み台に何もかもを殺し尽くす……。


………そんな存在だったはずだ、とトールは今一度噂や自分の印象を脳内で繰り返す。
しかしながら、当の本人は現在、スイーツバイキングで平皿にありったけのケーキを盛っていた。
ホットココアにアイスクリームを入れているし、シフォンケーキにはぶにゅぶにゅと生クリームを絞っている。
殺気や威圧感はまるで見当たらないし、上機嫌にケーキ盛り合わせを作っているその姿は唯の女の子だ。


「なあ、お嬢さんや」
「何だその話し方は」
「俺は、飯奢ってくれって言われたはずなんだけど」
「ああ、そうだな。確かに頼んだぞ。お前は受け入れた」
「ケーキが飯っておかしいだろ!」
「大きい声を出すな。痴話喧嘩だと思われるぞ?」

やれやれ、と肩を竦めるフィアンマ。
肩をすくめたいのは俺の方だ、とトールは眉を寄せる。
対して、彼女はアイスクリームをスプーンで突っついてココアに溶かしつつ。

「俺様は洋菓子しか食べられないんだよ」
「……あん? 偏食かよ?」
「体質的なものだ。『神の如き者』は洋菓子の守護聖人だろう?
 原罪を薄めて天使の要素を取り入れていたら、普通の食事が出来ない身体になってしまってな」

洋菓子以外を食べると体調を崩す、と彼女はいう。
本当か嘘かはわからないが、ひとまず信じてやるとしよう。

「…っつか、金無くしたって何だよ。そもそもアンタはどうしてここに?」
「財布を落としてしまったんだ。ああ、来た理由は…私用でちょっとな」
「…………私用?」
「世の中には知らない方が良いこともたくさんあるぞ?」

にっこりと笑みながら、彼女はケーキを口にした。
なかなか愛らしい笑顔なのに、綺麗なのに、怖い。


「……ま、それはいいか。…財布落としたって、どうするんだ?
 カード類もないなら不味いだろ」
「非常に不味い状況だ」
「…だろうな」
「ところで、お前は何の為に日本へ?」
「んあ? あー、極東の女聖人と会う為だよ。戦いたくてな」
「見つかったのか」
「いや、まだ。サーチかけながら意味もなく歩き回ってる状況だよ」
「どこかに住んでいないのか」
「ホテルを転々としてるから、定住とは言いがたいな」
「ほう。なるほど、なるほど」

ふむふむ、と考え込み。
口いっぱいにビスケットを詰め込み、フィアンマは首を傾げる。
傾げたまま暫く黙ったかと思うと、柔和な笑みと共に言葉を紡ぐ。

「暫く俺様を傍に置いてくれ。養ってくれればいい」
「………は!?」

一時的に食事を奢るならともかく、養えとは。
トールは驚愕のあまり、動揺を隠せない。

「そこまでの義理はねえよ」
「何、俺様の何の支払いも無しに養えとは言わん」
「……生憎だが、俺はさっきも言ったように定住してないし、家事をしてもらう必要はねえよ」
「膝枕をしてやろう」
「ぶっ」


アイスコーヒーを飲んでいなくて良かった、とトールは思った。
危うく飲み物を無駄にしてしまうところだった。

「おま、条件おかしいだろうが」
「何だ。世界でも有数の魔術師の膝枕だぞ?」
「何をさも価値のある財産を譲り渡すような言い方してんだよ」
「仕方ないな。ならあれだ、手も繋いでやる」
「そういうことに憧れてる訳じゃねえし」
「………セックスしないと気が済まんのか。仕方がない…」
「ぶぶふっ」

気管にコーヒーが入った。しぬ。
トールはげほげほとむせ、テーブルの空きスペースに突っ伏した。
そういうことではないのだが、どうして通じてくれないのだろう。

「……そんな理由で身売りまでするんじゃねえよ…」
「膝枕でもだめ、手では満足しない、となれば性行為を要求しているんだろう」
「そういう訳じゃ……」
「ならどうすればいいんだ?」

まったく、と呆れた顔をしているが、それをしたいのはこちらである。

「わかった、何もいらねえよ……また俺と戦ってくれりゃいい。当分養ってやる…」
「頭の良いヤツは好きだ。話が早くて助かる」

満足げにブルーベリータルトを頬張る彼女はとても上機嫌である。
見目の悪くない美少女だし、まあいいだろう、とトールは思うことにする。
そうでもなければやってられない。
後は、良い『敵』に飢え死にでもされたら困る、という理由にでもしておこう。
敵に塩を贈る、なんてことわざもこの日本にはあるらしいから。


(…ま…まあ? もうちょい胸…せめて揉めるおっぱいがあればさっきの申し出、頷いてたかもしれn)







――――雷神トールの細い身体はノーバウンドで吹っ飛び、窓の外へ飛び出し、ビルの五階から落下していった。


ここまで。
ネタ不足のため常に募集中です(いつものパターンです)


「ちくわ大明神」

トール「何だ今の」

フィアンマ「ちくわをチョコレートフォンデュにして食べろという神の啓示じゃないか?」

トール「んな訳あるか」



皆様ネタ提供ありがとうございます










投下。



酷い目に遭った。

咄嗟に鉄粉を含んだ物体を電力線で繋いだガラクタに腰掛け、少年はため息をつく。
危うくアスファルトに叩きつけられて肉塊になってしまうところだった。
一飯の恩人に向かって何ということを、とトールは眉根を寄せる。

「無傷そうで何よりだ」
「テメェが突き落としたんだろうが。喧嘩なら喜んで買うぜ?」
「喧嘩などとんでもない。ただの制裁だ」
「あん? 制裁? される覚えはねえんだけど」
「胸」

ピシャリと言い放つフィアンマに対し、トールはびくりとする。
何故心の中を読んでいるのだ、と背筋が冷える。
ひとまず人目が集まってしまう前にオブジェを崩し、安全に着地すると共に物品を元の場所へ。

「人の胸について平ら過ぎる、といった類の評価をしていただろう。
 有り体に言えば気に障った」
「気に障ったからってあんな高さから突き落として良い理由にはなんねえよ」
「………」

大したことではないという認識のようらしく、反省の様子は見られない。
この野郎、とトールは眉を寄せ続ける。
対して、フィアンマはちょっぴりほっぺたをふくらませてそっぽを向き。

「…………好きでこんな胸をしている訳ではない」
「…………ひとまず謝りはするが、人の心を勝手に読むんじゃねえ。後暴力反対」
「お前が暴力を否定するのか? ジョークにしてはユーモアがいまいちだな」
「オイ」


ツッコミが追いつかない、とトールは頭を抱える。
彼女は何事もなかったかのようにトールと共に歩いていた。
サーチをかけてくれているらしいが、本当だろうか。
何となく、この少女は思いつきで色々とやらかす気がする。

(世界の流れ全てを掌握する右方のフィアンマがそんなに軽はずみな訳……)

思う。
自分の考えを、丁寧に否定する。

しかし。

「トール、クレープというものがあるのだが」
「………あのな」
「ん?」
「食事はともかく、それはおやつだろ。食べなくてもいいブツだ」
「俺様にとっては食事と同じようなものだ。内容的に考えてもな」
「………」
「一口やろう」
「何でお前が買う訳じゃないのに分けてやる側の口ぶりなんだよ」

購入したのは、甘ったるいマロン生クリームクレープ。
モンブランを模しているらしく、マロンクリームもたっぷり入っていた。

「食べないのか」
「見てるだけで充分。……よく飽きないよな」
「これしか食べられないから、飽きるも何も無いんだ」

まふ、と柔らかい生地と甘いクリームにかぶりつき、フィアンマは空を見やる。
心地の良い秋晴れだった。


「トール、アイスが安い」
「新発売のアイスケーキだそうだ」
「パンケーキ専門店か。悪くないな」
「メープルチョコレートパフェ……」

単価が安かろうと何の意味もねえよ。

めくるめくデザートスイーツツアーに財布として連行され、トールはがっくりと項垂れた。
そんな彼を見やり、フィアンマは楽しそうにはにかむ。

……実を言うと。
彼女が財布を落として困っていたというのは、嘘である。
実際には、財布は落としたが、中身が増えて小一時間で戻ってきてはいた。
色々とあってお金が増えて戻るのだから、彼女の幸運は相当なものだ。

にも関わらず。

何故、嘘をつき続けてトールと一緒に居て、養ってもらっているのか。
答えは単純明快で、一人が嫌だったからだ。

そして。

人間として存在出来る間に、最後位、楽しい思い出を作っておきたかった、から。


もしかしたら女聖人の噂はガセなのかも、と思う雷神トール。
今しばらくはお休み期間でも良いか、と前向きに考え直し。
彼はフィアンマを伴い、ひとまず自分の宿泊しているホテルへ戻って来た。
人数ではなく部屋毎の金額設定なので、財布から出て行く金に変化はない。

(…それにしても、甘いモンは高いな)

コンビニの菓子パン一つは百円だが、ショートケーキは大概最低三百円から。
戦争代理人と呼ばれるような存在のため、今までいくつか仕事はしてきている。
その大抵は用心棒などのものだったが、結構な額をもらってはきたのだ。
表に出せない仕事、魔術師にしか頼めない仕事、様々なものがあった。
とある魔術結社に所属していた時に貯めた貯蓄の金もいくばくかある。

「それにしても持つかな……」
「何がだ」
「うお、」

シャワーを浴びていたらしいフィアンマが戻って来た。
バスタオルをまいており、下着含め衣類は身につけていない。
ちなみにトールは彼女の前に手早く浴びたので、逃げる口実はない。

「服着ろよ!」
「洗濯に出してしまったんだ」
「持ち合わせは?」
「無い」
「ありえねえ…」
「どうせ胸はないんだ。意識することもないだろう」
「………まだ拗ねてんのか?」
「……ふん」


フィアンマやがて退屈を持て余したのか、トールの長い髪に触れた。
女性のものかと見紛う程に長く、美しい金髪。

「しばらく遊ぶ。じっとしていろ」
「そう言われてじっとしてるやつが居ると思うか?」
「ならばこうしよう。俺様に昏倒させられるか、大人しくするか」
「へいへい」

彼女は指先で、トールの髪を丁寧により分ける。
それから、ミサンガのように編み込み始めた。
痛くないので、うまく拒絶出来ない。
人から髪の毛に触れられるのは初めてで、トールはこそばゆそうに目を細めた。

「お前の髪は美しいな」
「そうか? 特別手入れしてる訳じゃねえんだが」
「質が良いんだろう、恐らくな」

手放しで素直に褒め、彼女はトールの髪を撫でる。
三つ編みに飽きたかと思うと、今度はサイドテール。
次はポニーテールで、ツインテール。

「………ふ」
「笑うな」
「すまんすまん、今直す」

くすくすと笑い、フィアンマはトールの髪を丁寧にブラシで梳かし、一つにまとめた。
緩く結ばれた髪は、腰程にまで長く垂れている。

「こちらの方がすっきりとしていて良いな」
「ま、活動的ではあるか」





一週間共に過ごしたが、いまいちこの少女の考えは読めない。
天然ボケなのかと思いきや策略だったりするので油断出来ない。

「洋梨か……」
「そうだな」
「素通りするな」
「食いたいなら素直に言えよ! 可愛くねえな」
「……、」

後半の言葉を言った途端、黙る。
もしや怒っているのか、と冷や汗が噴き出た。
経験値を積む為の戦いは楽しいが、怒りによる制裁は楽しくない。
別に自分はマゾヒストではないのだから。

「……おーい?」
「………」

暫く黙り込んだ後。
フィアンマはつまらなそうに視線を逸らし、何を強請るでもなく歩き出した。

一時間。

常ならば欲しいかどうかはともかく『~が綺麗』などと話しかけてくるが、来ない。
割と喋るタイプなんだな、と思いながらも、その雑談を楽しんでいたトールであった、が。

(怒ってるなら手を出すか、嫌味言ってくるよな…?)

一週間の付き合いだが、彼女のパターンは何となしに読めている。
勿論人間なので例外はあるのだが、それでも大概は。

「………」

怒っているのだろうか、と予測している内は気づかない。
何故なら彼女は、落ち込んでいるのだから。


(可愛くない、か)

事実なのだから、言われても仕方ない。
それでも、結構切ないものというか、胸にクるものがあった。
具体的に言えば涙腺にもきそうだったが、それはプライドが許さない。

(確かに、可愛げはないかもしれないが)

職務中ならば、何を言われても応えない。
そもそも男の容姿なのだから、可愛いと言われて困惑するべきだ。
しかし、今は男でもなければ、職務中でもない。

(…………うまくいかんな)

慣れていない。
騙したり、陥れることはよく理解、実践出来ていても、甘えはそうはいかない。

命令なら出来るのに。

男として、トップとして魅力的であればある程。
それは同時に、『平凡な可愛い女の子らしさ』から遠ざかることを意味する。

「彼女達、今暇?」

男の声が聞こえた。
視線を向けると、そこには二人の男性。
如何にも軽そうな、軽薄な印象を存分に与えてくる雰囲気と顔つきをしている。

「二人とも可愛いね~。今から飯行かない?」
「奢っちゃうからさ」


腹立つ。

雷神トールの感想はそれだった。
どこからどう見ても、俺は男だ。
そう言わんばかりのオーラが放たれているが、ナンパ男達は気づかない。

「はは」

低い声を出したのは、トール…ではなかった。
その隣に居るフィアンマである。

「望む言葉とは、望む人物に言われないとそれはそれで腹立だしいものだな。
 いかんいかん。憤怒は大罪だと習ったのだが…まあ、これ位ならお赦しいただけるだろう」

うん、と勝手に結論を出し。
彼女は指先で、輪ゴムでも飛ばすかのように弾いた。
途端に、男二人の身体は吹っ飛び、電柱にぶつかって気を失う。
第三者には恐らく、映画の撮影か何かに見えたことだろう。

「お前達に可愛いと言われてもな」
「………」

ぴこーん。

トールの頭から電球マークが飛び出し、空気中でぱぁん、と消えた。
ついでにいうと女扱いされた怒りも消えた。
彼は悪気の無い明るい笑みを浮かべ。

「怒ってたんじゃなくて拗ねてたのか」
「………」
「悪かったよ。頼み方に可愛げがなかっただけで、お前自体は割と可愛いと思ってるよ」
「………」

媚売りではなく、本心からの言葉だったのだが。
フィアンマはトールを見ず。

「……葡萄のタルトが食べたいのだが」
「…へいへい」

白い頬がほんのちょっぴり赤くなっているのを、少年は見逃さなかった。


今回はここまで。
一応原作沿いにするつもりです。流れだけ

乙。トールかわいいよトール

この1はいつになったら左方♀×右方♀の百合SSを書くんですかねぇ(ゲス顔)


一日二十四時間はすごく短い……

>>39
それは書かないよ(震え声)
テッラさん女の子にしたらルチアちゃんと属性その他モロかぶりじゃないですかーやだー









投下。


葡萄のタルト。

甘さ控えめのクッキー生地に敷き詰められたレアチーズクリーム。
その上にぎっしりと詰め込まれているのは、色とりどりの甘い宝石。
具体的に言うなら、様々なブランド種無しブドウを乗せ、飴がけしたものだ。

お値段、時価。

お高いケーキ屋さんのプレミアムグレープタルト。
こんなに財布が軽くなったことは今まであっただろうか、とトールは遠い目で思った。
対して、フィアンマは何の悪びれもなく、もぐもぐと食べている。

「…そんなに美味いのか? それ」
「こんなに美味いタルトは初めてだ。
 やはり日本の料理は菓子でも繊細だな」

和菓子にも興味がある、と彼女は笑みを浮かべている。
手持ちの金のことを考えるとそろそろキツい。
しかしながら、彼女は金をもっていないのだ。
割り勘は出来ない。しかし、そろそろマズい。

「水を差したくないのは山々なんだが、そろそろ金がねえ」
「そうか」

ふむ、と考え込み。
彼女はトールの様子を眺めてから、肩を落とした。

「……致し方あるまい…。…こうなれば売春しかないか」
「………お、おい? そこまでしなくても、」
「お前を売る」
「おい」


勿論冗談である。
かといって金の宛てはなく、日本という平和な国では傭兵稼業にも就けない。
身元が曖昧不確かでもバイトが出来る国とはいえ、そんなことをするつもりはない。

そのため。

フィアンマは、自分の持つ幸運をフル悪用することにした。
フル活用ではなくフル悪用なところがミソである。
元手の金でスクラッチを多く購入し、次々と当てていく。
彼女が願っている通り、その金額は一万円以下だ。
一万円以上になると窓口では換金出来なくなる。
銀行口座を作るのは身分証明含め酷く面倒だ。なので、少額をガンガン当てるしかない。

「それにしても、よく当たるな。
 普通は当てる額を気にするんじゃなくて当てられることを祈るってのに」
「俺様の才能だ。とはいえ、予想以上の額が当たると困るな。
 適当に配れば慈善事業か何かになると思うか?」
「多分気味悪がられると思うが……」
「…さて。これだけあれば当分大丈夫だろう」

合計二十万円分程のスクラッチ(削り済み)が彼女の手元にこんもりとしている。
ハズレ券は四枚程で、それは既にゴミ箱へ放り込まれていた。
幸いにも大金は当たらなかったので、処分には苦労しない。

「お、おめでとうございます……」

ウチの売り場、こんなに『当たり』入ってたっけ。

そう口にせんばかりの売り場の店員より金を受け取り、フィアンマはそっくりそのままトールへ渡した。

「……ふと思ったんだけどよ」
「何だ」
「元手は貸してやるから、後はこういう方法で増やしていけばお前財布なくても暮らしていけるんじゃ、」
「………」
「ま、お前がそうしたくないってんならいいけどさ」

元より、トールは物事を深く考えない性質だ。
一度必要だと思ったことはどこまでも考え込むが、人の事情に余計な首を突っ込んだりはしない。
それが救われずにあまりにも見ていて気分が悪いのならばともかく、基本的には無干渉だ。
助けられそうなら助ける。それがポリシーだ。


コツン。

男の靴のカカトとコンクリートが、小気味良い音を奏でた。

「くぁ、」

彼は、トールと同じように神の名を名乗る魔術師だ。
専攻は幻術であり、基本的にはインテリ派である。

(……だってのに。人使いの荒いヤツだ)

ウートガルザロキは伸びをしながら、ぼんやりと魔神である少女を思い浮かべる。
とある事情から彼女についている訳だが、正直得たものは少ない。
少ないが、それでも失ったものに比べればマシかな、と思うので。

(んで、トールってのは……あれか)

事前に受けていた情報と、遠目に見える少年の容姿を重ね合わせる。
長い金髪は女のような印象を与えてくるが、あれでバリバリの武闘派もとい戦闘系なのだ。
世の中っていうのはうまくいかないものだな、とウートガルザロキは思ってみたりもして。

(……ん?)

ふと。
ただならぬ威圧感に視線を向ける。
そこに立っているのは、ゴルフウェアのような、青を基調とした服を纏う大男だった。

「貴様は何者である。もしや、"彼女"を追っているのであるか」
「あん? …女? 男だろ、よくよく見れば」
「……詳しく知っているようであるな」

排除するべきか。

男の静かなる戦闘意思に、細身の男はビクついた。

大男―――アックアは、ウートガルザロキがフィアンマの話をしていると思っており。
青年―――ウートガルザロキは、アックアがトールの話をしていると思って返事をした。

中性的且つ身体変化術式を持つ魔術師が二人居るとこうなる。
両者はお互いの勘違いにも気づかぬまま、狙われては困る相手の為に戦いを開始した。


「……んん、」

喉に引っかかった飴の欠片が飲みきれない。

そう表現出来そうな声を漏らし、フィアンマは目を細める。
感じ取ったのは、莫大な『天使の力』だった。
正確な計測は出来ないが、色は青で、使われた術式は水に関わるもの。

「……」
「どうかしたのか?」

トールは腕の立つ魔術師である。
しかし、その専攻はあくまで北欧神話であり、十字教様式で感じ取れるのは通常の術式だ。
というよりも、そもそも『天使の力』の使用痕跡を感じ取れるフィアンマが珍しいだけである。
当然、二人の間には認識の違いがあり、トールは不思議そうに首を傾げる。
対して、フィアンマは面倒そうに眉を寄せて。

「…追っ手だ」
「追っ手? お前のか?」
「分からん。……もう一人居るようだが、お前の方に心当たりは?」
「これまで誰かをぶん殴る人生だったからな。生憎心当たりにゃ困らねえよ」
「そうか」

やれやれと相槌を打ち。
フィアンマは腕を伸ばすと、足を引っ掛けてトールを転ばせた。
何をするのだと文句を言おうとするトールの体を、タイミング良く浮かばせ、姫抱きにして。

「面倒事からは三十六計逃げるにしかず、と古人も言っていたしな」

言うなり、彼女は一歩踏み出した。
平行瞬間移動により、二人の姿は一瞬にして消えた。


射線上に射程が拓けていれば、直線上にどこまでも進める。

彼女が持つ『聖なる右』の力の一つである。
そんな訳で、フィアンマとトールはだいぶ遠くまで逃げてきた。
具体的に言うと街の端っこから端っこ位までの距離である。

「……ふー」

ため息をつき、フィアンマはトールを降ろす。
納得がいかないのはトールである。
まだ百歩譲って手を繋いで移動の方がよかった。

「……女の子にお姫様抱っこってのは、なかなかダメージが重い」
「……女の子扱いをしていたのか? お前の中では」
「今のお前はな。どう見たってそうだしよ」
「………」

フィアンマは指遊びをし、少しずつ歩く。
トールも同じく歩き出すと、不意に。

唐突に、人の気配が無くなった。

明らかな『人払い』である。


「逃げきれなかったか」

舌打ちでもしそうな様子で、フィアンマがぼやく。
目の前に降り立ったのは、一人の大男だった。
その手に持たれているのは、金属で出来た棍棒<メイス>。
相手を徹底的に殴打して殺害する道具である。

「ようやく捕捉したのである」
「魔術は使っていなかったのだがね」
「魔力探知ではない」
「地道に探したのか?」
「かく乱されたがな。苦労したものである」
「今日は雄弁だな。珍しい」

ピリピリとした空気が、その場を支配する。

アックア――――後方を司る二重聖人は、躊躇なくメイスをフィアンマへ向ける。
実力行使をしてでも、どうやら彼女を連れ戻すつもりらしい。

「加減はするが、あまり期待はしないことであるな」
「んー? 加減? 何だ、お前もたまにはジョークを言うんだな」


先に動いたのは、アックアだった。
文字通り目にも止まらぬ速さで、フィアンマの間合いへ入ろうとする。
意識を絶って連れていこう、という魂胆だったのだろうか。

「……トール。下がっていろ」

つまらなそうに彼女は言った。
対して、トールはやや好戦的に返す。
一瞬の間だったが、それは会話だった。

「いいや、そうはいかねえよ」

予定とは違ったが、見た限りではこの男はフィアンマと同じ『神の右席』。
つい出来心、程度の衝動が、爆発的にトールの中で膨らんでいった。

ガギン

メイスと、トールの指先から伸びたアーク溶断ブレードがぶつかり合う。
ぎりぎりと押し合い、指に負担のかかったトールは僅かに表情を歪める。

「一つ言っておく。私は聖人である。そして、同時に『神の右席』だ。
 中途半端な考えで喧嘩を仕掛けては、命はないと思うことである」
「そりゃありがたいご忠告なことで。ま、安心しろよ」

彼は少しだけ考えて。
それから、『雷神』をやめた。

瞳に、炎の様な煌き。
殺意はなく、単純な戦闘意思がそこにはあった。
直接戦闘を追究していった、戦争代理人と呼ばれてしまう程の、その異常性の片鱗。

「雷神程度のトールさんじゃ、ちょっと相手にならなさそうだしな」

全能の神を冠する少年は目を細め、ニヤリと笑う。
対してアックアは笑み一つ浮かべず、ただその身で武器を振りかざした。


今回はここまで。
雷神右方は両者ズボンでデートしてると赤髪美少年と金髪美少女に見えるんだろうと思うと切ないです。おっぱい大j


(今夜中に火野右方案まとめよう…)


ウート「ははははは。俺が負けたと思ったか? 残念、それは俺の幻――――」
アックア「お見通しである」











投下。


「トール」

咎めるような少女の声が聞こえた。
しかし、トールは肩を竦めるのみ。

「お前を守る為って訳じゃねえよ。
 コイツは、俺が純粋な興味でやってるだけだ」
「死にたいのか?」
「そこまで弱くはねえよ」

人の体を易易と粉砕するメイスの一撃。
トールは怯むでも逃げるでもなく、真っ向から手を出した。
晴天にも関わらず一瞬の落雷があり、メイスに傷がつく。
アックアはひとまず引いて距離を測った。

近距離、中距離、遠距離。

敵によって、弱い距離というものは変わってくる。
アックアは確かに物理的に強力な力を持っているが、頭が悪いという訳ではない。
むしろ、ルーンなどの通常魔術を駆使しつつの体術が最も厄介である。


頭脳戦と物理。両方を扱い始めている男を見て、尚。
フィアンマは、アックアがまだ手加減をしているということを認識する。
当然のことだ。フィアンマと違い、トールは目的に含まれる人物ではない。

「……トール」

流石のフィアンマも、一応は恩人且つ一緒に過ごした友人とも呼べるトールに傷ついて欲しくはない。
本人は経験値アップということで楽しんでいるのかもしれないが、それはアックアには通用しない。

「私は仕事をしに来たのである。運動<スポーツ>に興じる暇はない」
「そっちは本気で来いよ。俺の方も好きにやらせてもらう」

アックアは距離を取る間にメイスで文字を刻んでいたらしい。
魔術文字という異名を持つ『ルーン』は、単体でもその威力を発揮する。
それも、『神の右席』に在籍するような腕の立つ人間が扱えば、その殺傷力は言うまでもなく強力だ。

水流。

マンホールが吹っ飛び、排水口から大量の汚水が溢れ出す。
それらは一瞬にして凍り、大きな塊のままにトールへ向かった。
その全てをアーク溶断ブレードで叩き落とし、トールはアックアの間合いへ向かっていく。
磁力の反発を利用した素早い動きだったが、聖人の視線で追える程度でしかない。


ガッ

幸いにも、骨の折れる音は聞こえなかった。
しかし、それは内臓にダメージがいっている恐れが高いということでもある。
アックアの眼前にまでブレードは届いたが、その体に一撃を喰らわせることは出来なかった。

「が、ぁ……ッ、」
「……終いである。が、見事であった」

アックアに一撃を喰らわせる寸前。
そこまでの実力があれば、大概の魔術師には勝利出来るだろう。
しかし、まだまだトールには経験が足りなかった。
戦争代理人と、世界中で戦い続けてきた傭兵とでは格が違う。
それでもよくやった方だ、とアックアは嘲り無しに純粋に思う。
故に、讃えた。やることは変えないけれども、賞賛には値した。

「障害は排除した。戻ってもらうのである」
「………」
「……ヴェントもテッラも、貴様を心配する余り心労で倒れそうになっている」

その二人から依頼された。故に、仕事。
対して、フィアンマは呆れたように深々とため息をついた。

「……お前の求めていることは理解出来るが、拒否する。
 ……どうする? 俺様とやりあったところで、敗北は必至だぞ?」
「だからといってこのまま引き下がる訳にはいくまい」
「真面目な野郎だ」

アックアは、再びメイスを構える。
対して、フィアンマは右手をつまらなそうに軽く振った。


視界が明滅する。
というよりも、妙な浮遊感があった。

何だか頭がふわふわする。

「……?」

雷神トールは、そろそろと目を開けた。
天井がまず視界に入ったことから、自分が横たわっている状態であることを自覚した。
ぼんやりとしながら、視線を横にズラしてみる。

「………、…」

……かくん。ふるふる。
………かくっ、…かくん。ふるふるふる。

今にも眠ってしまいそうな様子でうとうととしているフィアンマが、そこに座っていた。
その手には白いタオルが握られている。乾いたタオルだった。

「……」

静かに、そろりそろり。
毛布から手を出し、トールは自分の額に触れた。
予想通り、そこにはタオルが置いてある。
濡れタオルだった。元は氷水か何かに浸け、水気を絞ったものだろう。
何時間前に置かれたものなのか、すっかりぬるくなっているようだが。

「ん…? …目が、覚めたのか」

ぐしぐしと人差し指で目元を擦りながら、フィアンマはやや嬉しそうにはにかむ。
珍しく目元も笑っていた。本当に安堵した、という様相である。


「―――――、」

珍しく純粋に可愛い顔に見とれている場合ではない。

「俺はどうなったんだ?」
「アックアに敗北し、気を喪った」
「…ここ…はホテルか」
「お前を背負ってきた。身体全体へのダメージが著しかったものでな。
 発熱に変換することで看病し易くした。それから、二日間程経過している」
「ぶっ通しで寝てたのかよ…」
「全く目を覚まさなかったな。癒えぬダメージ、長く続く微熱…無理もあるまい」

ふーん、と相槌を打ち。
それにしてもあの男は強かったな、と思い返して。
それから、トールは今更ながら気がついた。

「…ってことは、お前、この二日間ずっと俺の看病してたのか?」
「感染する病の類ではないしな。何だ、不満か? 
 残念だったな。ナース服の巨乳おっとり系美女ではなくて」

謎の拗ねモードに入っているが、別にトールはガッカリしていたのではなく。
むしろ、どうして看病していたのかと不思議だったのだ。

「……俺はお前が止めても戦った。その結果がこのザマだ。
 なのに、何で手当なんかしたんだ? 放置してもおかしくねえのによ」

どのみち、放置していたとしても死ぬような状態ではなかったようだ。
フィアンマの性格なら、冷めた一瞥をくれて財布だけ抜き取り、何処かへ消えていそうなものである。


「………何故、と言われても困るのだが」

恐らく、トール以外なら、トールの言うように見捨てていた。
元より、義理人情に感動するような性格はしていない。
どれだけ尽くされようと、何を支払わせようと、捨てるものは捨てるのだ。

ただ。

アックアを退けた後。
倒れたまま動かないトールを見て。
放っておいてはいけない、と思った。
放っておきたくない、と思った。

「…恐らくだが」
「…?」

首を傾げるトール。
彼の言っていることは間違っていないし、普段の自分なら恐らくそうした。
にも関わらず、彼を助けたいと願い、動いた理由。

「……お前が死ぬと、ひとりで甘いものを食べなければならないからじゃないか?」
「今感動しかけたのに、台無しだな」

多分、きっと。
今の自分を、普通の女の子として扱ってくれたからだ。
自分の憧れている人生を、少しでも見せてくれたから。






そんなことを告げるのは恥ずかしくて、フィアンマは言葉を悪く繕うのだった。


今回はここまで。
デレるのはフィアンマちゃんが先ですが、デレが後々深いのはトールくんです。


書きたいシーンまでの道のりが長い。















投下。


一週間程で、トールの体調は完全に快復した。
フィアンマの看病のお陰であったり、本人の気力であったり、理由は色々だ。
そもそもトールは細身だが、体が弱いという訳ではない。

「すっかり良くなったな」
「おう。お前の看病のおかげだろ」
「……俺様は別に何もしていないが」

視線を逸らし、フィアンマは黙り込む。

くきゅるる

沈黙をすぐさま遮ったのは、少女の腹の音だった。
腹の音が鳴る、ということが奇跡である。本来なら飢餓状態でもおかしくない。
人体として完全に正常な反応を状況に対して示せないのは、彼女の体がやや天使に近いからだ。
トールにつきっきりで居た彼女は、彼が快復するなり眠っていた。
つまりこの一週間近く、何も食べていなかったのだ。
水は飲んだものの、甘いものを買いに行く暇がなかった。
加えて、不運なことにこのホテルのルームサービスに甘いものはない。
トールは未だちょっぴり疑っているが、彼女が洋菓子以外を食べられないのは事実である。
他の、例えば何の甘味もなく、洋菓子要素の欠片もないものを食べれば拒否反応が起きる。

具体的に言えば、その場で嘔吐するのだ。

体質的なもので、決して個人的なワガママなどではない。


そんなこんなで、二人は外へ出た。
やってきたのはお茶の出来るコーヒーショップである。
ウィンドウ越し、お高いケーキをぽんぽんとセレクトし、彼女は満足そうに飲み物を選ぶ。
選ばれた飲み物は、これまた甘そうな生クリームたっぷりのウインナーコーヒー。
トールはブレンドコーヒーを注文し、席について彼女の様子を眺める。
見ているだけでお腹いっぱいになりそうだし、彼はそんなに甘いものが好きではない。

「胸焼けとかしないのか?」
「特にそういう思いをしたことはないな」

そこまで歳をとってもいないし、と彼女は肩を竦め。
もぐもぐとタルトを頬張り、ケーキを口に含む。
コーヒーを啜って飲み込み、ゆっくりと息を吐き出す。
その吐息はとても甘ったるく、彼女の体全てが洋菓子で出来ているような錯覚を、トールは覚えた。

「お前は、」
「……あん?」

聞き返す。
何でもない、と彼女は小さく笑った。


女聖人を探す道の途中。
トールは不意に、視線をとある女性に向けた。

スラリと長い脚。
ふんわりとした金髪。
甘い顔立ち。
やわらかそうで豊満な胸。

「……、」

つい、見とれた。
完璧なプロポーションだった。
細すぎず、太すぎず、肉感的な美女。

「……ああいうのが好みなのか」
「……あ? あ…いや、別に?」
「視線が上と下を行ったりきたりしていたが」
「してねえよ」
「キャラメルのように粘ついた視線だった」
「人を変態みたいに言うんじゃねえ」
「言っていないが?」

赤い髪を揺らし、彼女は不機嫌そうに返した。
よくわからないやつだな、とトールは思う。


「お前の容姿ならばああいう女を捕まえるのは難しくないだろう」
「あのな、」
「男は本能的に子孫を宿したいと思うような女を見つめるように出来ている。
 残念だったな、俺様が巨乳庇護してやりたい系低身長美少女ではなくて」
「一言も残念なんざ言ってないだろうが」
「人間は直接言葉にせずとも態度で感情が出るものだ」

丁寧な言い方がかえって腹が立つ。
そもそも、綺麗な女性を見ただけで何故こうもボロクソ言われなければならないのだ。

「俺が何を見ようと俺の勝手だろ。そんなに言うなら巨乳になるよう努力でもしてくれ」
「…………」

フィアンマは沈黙し、ギリ、と歯ぎしりをした。
どうして腹が立つのか、自分でもわからない。
身近にいる男性全てに独占欲を持っている訳ではない。
テッラやアックアがどんな美女に見とれようと、こんな風に苛立ったりはしない。

(……恋愛感情ではないだろうとは思うが)

冷静に自分の感情を考察しながら、彼女は歩き進む。
対して、トールはやはりこの沈黙が苦痛だった。
イヤミにしろ何にしろ、彼女と会話をしていると、日常を実感出来るのだ。


そうして気まずい時間を過ごしていた頃。

不意に、人の気配が無くなる。

また後方のアックアか、とフィアンマはやや構える。
トールは自分への個人的な復讐者か、と警戒した。
目の前に現れたのは細身の青年であり、腕には包帯が巻かれていた。

「そう警戒しなくても良いぜ」
「お前は?」
「ウートガルザロキ。好きに呼んでくれよ」

幻術に長けた、北欧神話の神の名だった。
トールと同じように、そこまで究めた男なのだろうか。

「だから警戒すんなって。俺はただ勧誘に来ただけさ」
「勧誘?」

軽薄そうな男は小さく笑って。
トールを真っ直ぐに見つめると、痛むらしい腕を摩ってこう言った。

「俺の所属してる魔術結社に来いよ」


誘い文句は、明るかった。
所属している、という文言から、彼がリーダーではないのだろう。

「あー……」

トールは、少しだけ迷う。
そして、ちらりとフィアンマを見やった。
彼女は一度拒絶しているが、どうやら他の『神の右席』の人間は彼女の帰還を求めているらしい。
恐らく、このまま離れれば彼女は再び回収に来た人員とバチカンへ戻れるだろう。

自分じゃなくても。

彼女は、ひとまず養ってくれる人間が居れば良かったのだから。
多分、自分でなくても彼女を好む人間なら養ってくれるだろう。
自分は再び一人に戻っても何の問題もない。
何のデメリットもないし、ひとまず所属してみようか―――、と口を開こうとして。

ウートガルザロキの腕が、唐突にありえない方向へねじ曲がった。

「な、ッが……!?」

殺意も敵意もない状況での、タイムラグのない攻撃。
骨折の痛みに耐える彼に攻撃を加えたのは、勿論トールではない。

「……それは困る」

何の考えもなさそうに首を傾げたフィアンマだった。
その手には短い杖型の霊装が握られている。
恐らく、ウートガルザロキの腕と魔術的に"接続"して折ったのだろう。

「この男は俺様のものだ。今のところは」
「ク、ソ…何者だ、アンタ…?」
「何者だと思うんだ? 当てられるとも思わんが」

フィアンマは杖を握り、再びウートガルザロキの身体のいずれかと接続しようとする。
トールは慌ててフィアンマの手首を掴み、男に『逃げろ』というサインを送った。

(こんな役回りばっかりかよ…、)

それにしても、何の動きも殺意も殺気も敵意もなく一撃を喰らわせるとは、尋常ではない。
青年は舌打ちをすると、ひとまずその場から姿を消す。

「おま、何やってんだよ」
「お前が頷きかけていたからな」

たったそれだけで。
異常だ、とトールは思い。
思わず後ずさりそうになるが、フィアンマは続けて呟いた。

「……せっかく、…」

言葉の最後までは聞こえなかった。
ただ、その言葉の響きがとても寂しそうだ、と思った。





「……せっかく、………初めて心を開いた相手なのに…消さずに済むのに、…わたしたくない」



今回はここまで。
甘えたヤンデレ。


ウートガルザロキさんは後半いいやつになります。
でも原作沿い。お察しください。
















投下。


「秋の長雨というヤツか」
「こうも続くと嫌になっちまうな。日本の気候ってのは慣れないとしんどいもんだ」
「その内慣れるだろう。暖房でもつけるか? 多少は乾燥すると思うのだが」
「……暖房器具、扱えんのか?」
「勿論だ。ああ、何ならハイビジョンカメラも操作出来るぞ?」

ふふん、と平ら過ぎる胸を張り、フィアンマはクッキーを口に含む。
威厳がないな、と思うも、トールにとってはそれで良かった。
養うことになったきっかけは戦闘の思い出とちょっとした情だが、今となっては良い友人だと思う。
それなりに可愛い所やドジなところもある、至って普通の少女だと感じる。

……少々やきもち焼きや怒りっぽいという欠点は否めないが。

自分だって完璧な人間ではないのだから、とトールは別に気にすることもなく。

「科学に触れてそうな生活イメージは無かったんだけどな」
「忌避しなければ触れる機会はあるものだよ」
「ローマ正教は異教徒嫌いで有名だけどな」
「悪しき慣習だ。いつかはどうにかせねばなるまい」

差別をするのは合理的じゃない、と彼女は肩を竦め。
マドレーヌを完食すると、甘味のない紅茶を飲んで一休みする。

今日は雨天のため、ホテルに引きこもる日だ。
別に外に出ても良いのだが、見つかる気もしなかったからである。


「『聖人』の幸運ってことなのかね。さっぱり見つからねえな」
「本気で捜していないからじゃないか?」
「…元々サーチはそんなに得意でもねえんだよ」

はー、とため息をつき。
トールは甘くなさそうなクッキーをつまんだ。
ぶどうクッキーだったらしく、レーズンの味が口中に広がる。
ほろほろと口の中で溶ける生地には、たっぷりのバターが使われていた。
どことなく卵の味もする。なるほど、素材が良いのであれば高価であるのもうなずける。

「美味っ」
「俺様の目利きだからな」

偉そうに言葉を口にして、彼女はさくさくとビスケットを食べる。
机の上に山と積まれたお菓子は、恐らく今日中に無くなることだろう。

「……そんなに食べても太らないって、何かこう…人体じゃないよな、やっぱ」
「天使に近いからな、この身体は。正常な人体でないことは確かだよ」

もしゃもしゃぼりもりもぐもぐ。

食べながらもくぐもった声になっていないので、恐らくほっぺたに溜めているのだろう。
いつもの様にもう少し上品な食べ方をしてくれないだろうか、と思いつつ、トールもビスケットをかじる。
彼女と暮らすようになってから、甘いものがちょっとだけ好きになったような気がする。
あくまで"気がする"だけなので、沢山食べたいなどとはまったく思わない訳なのだが。


「ゲームでもしないか」

そう持ちかけたのは、フィアンマの方だった。
トールは首を傾げ、一体どんなゲームをしたいのかと聞き返す。

「トランプ」
「却下」
「何だ、つれないな」
「二人でやっても楽しくないだろ、アレ」
「タロットでも良いが」
「……占い?」
「ちなみに占いは出来ない」
「おい」
「いや、出来るがあまり得意ではないんだ。
 星占いなら昼間でも出来るのだがね」
「へえ」

興味を示したトールは、そのまま占いをしてくれるように頼む。
フィアンマはこくりと頷いて、空を眺め。

「……ん、俺様は今日もラッキーデイだ」
「俺のを先に見ろよ!」


トールの誕生日を聞き、星座と星の位置から割り出した占い結果。
それは曖昧で抽象的で、合っているかどうかは判別がつかない。

『望むものが手に入るが、その前兆と共に大きな損失に気がつく』

「…何だそりゃ」
「俺様に聞かれてもな。そういう結果が導き出されたというだけだ」
「どこかの名言みたいだな。あんまり占いっぽくないしよ」
「『失せ物見つかる、精進せよ』みたいなものだろう」
「十字教徒が日本神道式おみくじの言い方して良いのかよ」
「この程度ならお許しくださるだろう。何しろ、俺様が信仰している神なのだから」
「敬虔なんだか傲慢なんだか……」

そんなことを話している内に、再び暇を持て余す。
術式研究をするような真面目な気分ではない。
だからといって遊びに行く気力もなくて。

「んー……」

フィアンマはごろりとベッドに寝そべり、がさごそと買い物袋を漁る。
洋菓子を購入した時に、何やら長細い封筒を渡されたのを思い出したのだ。
ランダムで封入されているらしく、大概は割引券や無料券だったような。
ただ、ごく稀に旅行券だとか、高額ギフト券だったりだとか、何かのチケットだったりする。

「何か入ってるか?」
「一応入っていることは入っているが……」

するり。

中身を引き抜くなり、フィアンマはバッと手放した。
チケットがベッドの上にふんわりと乗り、トールは首を傾げながら覗き込む。
何か、暇つぶしになるものなら何でも良いのだが。


その長細い紙に印刷されているのは。
血まみれの顔の女、それも飛び出てきそうな目玉のドアップだった。


『ドキドキ☆ホラーハウス無料チケット(※ホラーハウスクリア後、遊園地へ入場できます)』


今回はここまで。
(いいやつっていうかいい扱いというか そういえばトール君シルビアさんを「お嬢ちゃん」呼ばわりしてましたが実は結構歳いっt)





「だから嫌だって言っただろうがあああああああ!!!!」
          全能を名乗るにはまだ未熟な魔術師――――雷神トール




「俺様の知ってる死体と違ううううううううう!!!」
             嘘をつき続ける救世主――――右方のフィアンマ




「あれ? お前もしかして……」
          平凡な学生――――上条当麻



上条さん登場か!

Level5も食蜂は中学生には見えないよな
麦野なんて完全に三十路近くはいっt


つまり皆さんの意見を総合して平均出すと
トールくん:19歳
シルビアさん:18歳
オッレルスさん:22歳
という感じですかね(あっ ありそう)












投下。



時に。
雷神トールにも、この世界で苦手なものがある。
傍若無人なフィアンマに対応出来る彼にも、である。

一つ、スプラッタ映画。
一つ、幽霊。

一つ、お化け屋敷。

そんな訳で、彼もフィアンマと同じく、手にしかけたチケットから即座に手を引く。
あまりにもおどろおどろしい絵ヅラが恐ろしかったからである。

「…なあ」
「…ん?」
「これ、どうすんだよ」
「…そう、だな…」

二人の間、ベッド上でその存在感をありありと示すチケットは二枚。
ペアチケットである。あんまり嬉しくはない。
が、よくよく読んでみると、どうやらお化け屋敷クリアを前提に遊園地の一日フリーパスになるらしい。

「……」

時計を見やる。
早起きをしてからぐだぐだしていたので、時刻は午前九時。
幸か不幸か、このチケットの使える遊園地の場所はかなり近い。
バスで二駅も経れば、後は徒歩三分程で入れてしまう位に。
今すぐ向かう準備をすれば、遊園地は余裕で楽しめそうな程、時間は有り余っている。


「……嫌だからな」
「……退屈よりはマシだろう?」
「そもそもそのチケットに触りたくねえ」
「…俺様が持とう」
「本気で言ってんのか」
「俺様は正気だ」

おっかなびっくり、といった様子でフィアンマはチケットをつまみ、封筒へしまう。
その封筒を軽く持ったまま、トールをちらりと見やった。
退屈よりは、たとえ恐怖があってもエンターテインメントを選ぶべきだ、とその顔には書いてあった。

「遊園地、ね…」
「…行ったことはあるのか?」
「んぁ? いや、無いな。興味もなかったしよ」

しかし、強制お化け屋敷である。
ぐ、とトールは歯を食いしばる。

嫌だ。
怖い。
苦手だ。
行きたくない。

でも。


往々にして、男子とは女子の前で格好をつけたがる生き物である。
余程対象外の眼中に無さすぎる相手ならばともかく、それ以外には。
トールは恋愛事になど興味を持たない男だが、しかしてプライドは確かにあった。

なので。

行かざるを得なかった。
それも、自分の意地によって。

「定刻通りに来るんだな」
「流石日本。几帳面なことで」

ほぼ時刻表通りに来るバスに感心しながら、二人はバスに乗り込む。
チケットは封筒の中である。怖いので直接触りたくはない。

「………」

うつらうつら。

バスの揺れは電車の揺れと同じで、人の眠気を誘う。
トールとフィアンマも類に漏れず、うとうととしていた。
たった二駅だというのに、うっかり眠ってしまいそうだった。

「何か眠気覚める方法とか無いのか…?」
「んー……んん…あ」

彼女はスカートのポケットを静かに漁り。
やがて発掘した飴を取り出すと、それを二つに割った。
赤い色をしている。美味しそうな赤みだった。

「ストロベリーミント味だ。食べられる味か?」
「くれんのか?」

トールはありがたくいただき、口に含む。







―――――脳天を突き刺すような清涼感が、少年の身を襲った。


飴を舐めて眠気を空の彼方へぶっ飛ばし。
トールとフィアンマは無事、遊園地に入った。
他のアトラクションや何かを楽しむには、ホラーハウスは避けて通れない。

「……仕方あるまい」
「…俺もお化け屋敷は好きじゃないが、何でお前『受難に見舞われる神の子』みたいな顔してんの?」

深刻な表情での彼女の発言に、トールは首を傾げる。
そもそも自分は嫌だと言ったのに、行こうと言って聞かなかったのは彼女なのだ。
まあ、あまりにも頼りがいがある恐怖心とは無縁な相手と一緒ではつまらないだろうが。

「…ん? 学園都市が提携しているのか」
「学園都市―――ああ、あの科学サイドの」

どうやらこの遊園地のアトラクション等の技術には、学園都市が関わっているらしい。
『超能力者』を養成する、科学サイドの長たる、あの街が。
当然、技術提携といっても、譲られた技術は当の街で使用されているものよりグレードダウンはしているだろう。
しかし、科学的に計算され尽くした人間の心理データを元にしたお化け屋敷は、恐ろしいことだろう。
それでも歩みを止めるつもりは毛頭なかった。

「ようこそ、どきどき☆ホラーハウスへ! チケットを拝見させていただきまーす」

従業員はとても明るかった。
お化け屋敷のスタッフとしては適切だろう。
衣装は魔女染みた可愛いものである。
が、驚くべきことに魔術記号は全く入っていない。
学園都市から提供された衣装なのだろうか、と二人は眉を潜めた。
普通、一般人が考えたものであればどうしても記号は含まれてしまうものなのだ。

「特別チケットのお客様ですね、頑張ってください!
 今回いらしたのは初めてですか?」
「ああ。ルールとかあるのか?」
「はい。まずお客様には手を繋いでいただきます。
 そして、どちらかのお客様にこちらのランプを持っていただきます」

従業員の見せたランプは、電気式である。
火を使っていないため、危なさはない。

「こちらのランプ、揺れや握る力、血圧等に対応してドキドキ度を測るものになっております」
「へえ。確かにメーターっぽいものがあるけど、溜まったらどうなるんだ?」
「こちら満タン…つまりドキドキが最高潮になると、色が赤になります。途中経過が黄色です」
「今は緑色だな」
「ちなみに赤色になるとお化け達がお客様を目指してすごい勢いで追いかけてきますので、捕まらないでくださいね♪」
「」
「」

酷いルールである。


お化け屋敷とはいえ、一般に想像するような狭いものではなく。
むしろ、ダンジョンと呼ぶにふさわしい大きさである。
途中脱出口がいくつか設けられているが、それはあくまで非常口。
ゴール地点まで無事辿りつけば、景品がもらえるとのこと。
ただし景品をもらうにはランプが赤色且つ二時間以内に出てくることが条件。
大概の客は恐怖に耐え兼ねて非常口から出てしまうらしいが。

「ま、来た以上は楽しむことにしようぜ」

舞台は廃病院。
死んで何年も経った今、怨霊と化した患者や医者達が客を襲う…ということらしい。
実際にはロボットだったり特殊メイクを施した従業員だろう、とトールは深呼吸しながら割り切った。
何事も、やるとなったら楽しむしかない。戦いだってそうだ。あちらは常に自分の意思だが。

「………おーい?」
「……手は、離すな」

ぽつりと呟き、フィアンマはトールの手を握る。
緊張しているのか、握る強さは不安定だ。

「ま、そんなに怖いことはないだろ」
「…そうだな。俺様達の相対する敵や生命の危機に比べればこんなものは」

後に、二人はお化け屋敷をナメてかかったことを後悔することになる。


全ての部屋を巡り、箱に鍵を入れるのがこのお化け屋敷(病院)の課題。
鍵を入れる箱は、ランプの上に設置されている。

「まずは…」

ランプについているボタンを操作し、立体映像の地図を見る。
ランプに付属のGPS機能により、鍵を回収した箇所には丸が付けられるようになっていた。

「手術室か」
「…存外怯えてはいないんだな」
「好きじゃないが、耐えられる範疇だっての」

歩く。

コツン、カツン。

靴音が、いやに響いた。
遠くからは時々、うめき声のようなものが聞こえる。
恐らくは録音したものなのだろうが、再生機器が優秀なのか、とてつもなくリアルだ。
トールは地図を眺め、彼女の手をしっかりと握ったまま歩く。
多くの土地を旅しては戦ってきた彼にとって、何かを決めることは苦ではない。
対して、フィアンマは大聖堂の奥に座して全てを決め、指示をすることが多かった。
そして、仕事モードではないので決めることは億劫だった。相性が良いのである。
これがどちらも主導権を握りたがるタイプだとまず喧嘩になる。

手術室のドアを、開けた。

ベッドの上には死体らしきものがある。
設定としては、どうやら手術を失敗してしまったようだ。
メスを入れるステンレスの器の中に、鍵は鎮座している。

「俺様がやる」

冷静にそう告げると、彼女は手を伸ばした。
鍵を指先でつまみ、箱へ入れる。

ぐるり

医者、看護師、死体。
それら全ての目が、二人を見た。
思わず身が凍ったが、ゆっくりと動く。
そして緩やかに手術室を出て、ドアを閉める。

「…ビビった。何だ、思ったより怖くねえな」
「ランプがまだ緑色だからじゃないか?」

二人とも緊張はしているが、まだまだメーターは溜まっていない。
次の部屋へ向かって、二人は歩き出す。


それからも、暫く順調だった。
待合室、診察室、入院部屋……周る場所は多かった。
鍵を箱に入れる度に恐ろしい目に遭ったが、メーターはギリギリ黄色。

「黄色なのは喜ばしいが、赤色にならねば景品は無いのだったか」
「だからといって意図的にドキドキするのは無理だろ」

会話をする余裕も出てきた。
次は霊安室だ。今回も、さほど恐ろしくはないだろう。

「……やっぱ緊張するな」
「俺様が開ける」
「二人で開けようぜ」

観音開きのドアを、一気に開く。
霊安室の中にあるのは、ベッドが一つ。
身体は真っ白なシーツで覆われ、顔には白い布がかけられている。

「此処が最後か?」
「いや、最後は院内温泉」

会話をしながら、鍵を手に。

とった、瞬間。

死体は起き上がり、四つん這いで二人を見上げた。

「お゛………」

形容し難い顔だった。
ところどころその身体はケロイド状で、腐敗していて。
腕は二の腕の途中でちぎれ、ぶら下がっている。
瞳に白目はなく、真っ黒な目から血を流していた。
口の中に歯は一本もなく、赤黒い液体を垂れ流している。

「……」
「……」


ドアを勢いよく開けて、廊下へ。
だが、背後からあの死体は追いかけてくる。
最後の手前だというのに、最上級の恐怖がやってきた。

「だから嫌だって言っただろうがあああああああ!!!!」
「俺様の知ってる死体と違ううううううううう!!!」

あんなに怖いものは、知らなかった。
一目見てしまっただけなのに、忘れられない。
思わず涙がこぼれそうだったが、トールは歯を食いしばって我慢する。

「っ、はぁ、」
「―――息切れか?」

必死に走って逃げるが、その内にフィアンマの息が切れた。
元々、走ることは苦手である。まして長距離を猛ダッシュというのはきつい。

「これ持ってろ」

トールは少し考えた後、フィアンマにランプを持たせた。
首を傾げながらも彼女はきちんと受け取る。
未だ呼吸の整わない彼女の体を、トールは横抱きにする。
彼女を抱えて走った方が早いと判断したからだ。

「ト、」
「これでよし」

結論付けて、トールは院内温泉の部屋へ駆ける。


顔が近い。
誰かに抱えられたことは、初めてだった。
落ちないようにトールの首と肩に腕を回しながら、フィアンマは視線を彷徨わせる。
別に誰も見ていないので羞恥はないはずだが、顔が赤くなる。

「お、……下ろし、」
「お前が走るよりこっちの方が速い」

言いながら、トールは彼女を抱え直す。
重くはなかったし、何より彼にはその見目以上の腕力があった。
そもそも、その腰に巻かれている霊装の効果でコンクリートで出来た橋を持ち上げられる程の力がある。
現在使用されているのは彼本来の腕力な訳だが。

揺れ。
走ったことによる心拍数の上昇。
フィアンマの緊張。

全ての要素が合わさり、メーターは上限ギリギリへ達した。
ランプの色は赤になり、後ろから駆けてくる足音が増える。
院内温泉の部屋へたどり着き、トールは素早く鍵をとった。
後はゴールまで一直線に走りきれば、二人の勝ちになる。
恐らく、今追いかけてきている者達は先ほどのトラウマ級ばかりだろう。
トールは前を見て走っているが、彼女はきっとそうはいかない。
だから、彼はこう言うことにした。

「絶対に俺だけ見てろよ、フィアンマ」

メーターの針が、軋んだ。
ゴールを抜けて病院のドアが閉まるまで、フィアンマは決してトールの背後は見なかった。
ただ、トールを見つめたまま、走ってもいないのに高鳴る心臓を意識していた。


「ぜぇ、はぁ……」
「…大丈夫か?」

景品はどのアトラクションにも優先的に乗れるパスが四枚と、サイダーだった。
激しい息切れをしつつ、トールはサイダーを飲む。
あんなに必死に走ったのは久しぶりだったような気がする。

「霊安室のアイツが怖すぎた」
「あれはトラウマ級だな。
 院内温泉の血の水に手を突っ込んだお前は凛々しかった」
「逃げることにしか神経使ってなかったからな」

サイダーの空き缶をゴミ箱へ。
トールは深呼吸を繰り返しつつ、フィアンマを見やった。
ちょっと目が潤んでいるし、顔は今も赤い。

(走るような立場じゃねえからか)

珍しく一生懸命走ったから未だ顔が赤いのだろうと結論付けながら。

「最初から最後までお前に世話になってしまったな」

ちょっとだけ申し訳なさそうに笑みを浮かべる顔が、可愛く思えた。
それが吊り橋効果なのか純粋な好意なのか、誰にも判別はつかないだろう。

「気にすんなよ。俺が好きで走ったんだ」

トールは照れ混じりにそう言うと、空を見上げる。
暗い施設に居たからか、殊更快晴に思えた。

「―――フィアンマ」
「んー?」

サイダーを飲みながら、彼女は首を傾げる。
対して、トールは数度深呼吸をして。

「…多分。俺にとって、お前は」

ほんの少し顔を赤くしながら、とある事を言いかけたところで。


「あれ? お前もしかして……」

声をかけてきたのは、黒髪の少年だった。
ツンツンとした髪をワックスで立たせているようだ。
容姿は人並みで、平凡そうな男だった。

上条当麻(かみじょうとうま)。

学園都市の学生であり、無能力者だ。
とある特別な右手を持つだけの、平凡な少年。
トールの知り合いではない。

「上条当麻か」

フィアンマは慌てて立ち上がり、上条に向かって微笑みかける。
完璧な微笑はトールにとっては違和感しかないものの、上条には綺麗に映る。
上条はトールを見やり、はっとしながらフィアンマに謝る。

「悪い、恋人か? デート中邪魔してごめん」
「そういう訳ではない。ただの友人だ」

どうしてだか。
その言葉は、トールにとって嫌な言葉だった。
友達だなんて、本当は良い表現のはずなのに。
何よりも、フィアンマが上条にとても友好的な態度なのか、トールにとって嬉しくないことだった。

「そ、そっか。この前はありがとな」
「別に礼を言われる程のことでもあるまい」
「いやいや、そんなことあるって」
「学園都市外へみだりに出て良いのか?」
「ん? ああ、ここ、ウチと提携してるだろ。
 ボランティアの一環として来たんだよ。手伝い」
「お疲れ様、と言っておくべきか」
「ありがとな」

にこにこと愛想良く、フィアンマは言葉を返す。
好きな男の子に好かれたい女の子の媚びのような雰囲気で。
トールは、彼女が何故そんな態度をとっているのか、知らない。
表面的に見て、端的に腹が立った。腹が立つ理由なんてわからない。

「フィアンマ、行きたい所があるんだろ。遅れるぞ」

トールは言うなり、彼女の手を掴んで立ち上がる。

「じゃあまたな」

上条は手を振って、休憩時間が終わるのか、急いで走っていった。

「……」

フィアンマの『邪魔をするな』と言わんばかりの視線。
トールは彼女から視線を逸らし、てくてくと彼女の手を引いて歩いて行った。





(……何だよ。何に怒ってるんだ、俺?)


今回はここまで。

あれ?フィアンマは上条のことが好きなのか?
三角関係かいな


>>89は…いいやつだったよ…まさか、あんなことになるなんてな……

>>109
(今回は三角関係なしでいきたいですね…)














投下。


生まれつき、特別な右手を持っていた。
それだけでなく、特別な力を抱え持っていた。
たとえ右腕を切断しても逃れられないものだった。

それは、ヒーロー願望のある誰しもが望む才能。

『世界を救える程の力』。
否、世界を救う為の、力。
ロールプレイングゲームの勇者には必須な才能だ。
そして、その才能に基づく莫大な幸運の恩恵が与えられた。

あまりにも突出した才能は、周囲から疎まれるのが常。

が、"幸運にも"そうはならなかった。
その代わりとして、ローマ正教の奥の奥へ招かれただけのこと。

『救世主の再来』

枢機卿は皆揃いも揃って自分を讃え、王座へ就けた。
出世することに苦労はなく、むしろ何度も押し上げられた。

特別な力を持った以上、その力に準じた振る舞いをしなければならない。
そう言われて育ったし、自分もそうすべきだと考えた。

辿るべき未来は決まっていた。
迎えるべき運命は明白だった。


物心ついた時に親は無く、彼女はいつでも一人だった。
たとえ友達を作っても、喪うことを予期していた。
否、世界を救う時に『さよなら』をするのが辛いから、必要無いと断じた。

『神の右席』に所属している人員は、いつでも後ろ暗い闇があった。

目的は同じでも、それに至る経緯は皆違った。
そしていずれにせよ、自分程の才能も、宿命も持たない人間達ばかりだった。
素の態度で接していれば、どうしても仲良くなってしまう。
嬉しいはずなのに、それは後々辛い思いをするための材料になってしまうから、断ち切る事を決めた。
孤独を埋めることは出来なかった。安心して友好関係を築ける相手がいなかった。

世界を救うための計画は、随分と前に立て、既に実行している。
今は各地の教会、聖堂の部品を聖別させている。
それが終わってしまうまでが、自分に残されたタイムリミット。
過ぎれば、自分はこの手で全てを壊すことになる。

こんな才能はいらなかった。
右腕を切断すれば無くなる程度のものであって欲しかった。

世界を救うため、『神上』へ至れば、人間としての思い出一切はなくなる。
ただ、正義を履行し、人類を救うための歯車のような存在になる。
そうなる前に、人間として、最後に楽しい思い出を作りたかった。

記憶を消さなくていい誰かと。
自分と仲良くなっても、思い出を共有しても、弊害の無い誰かと。


『助けてくれると、嬉しいのだが』

嘘をついたのは、トールと関係を築く取っ掛りにするためだった。

『所持金が無いので食事を奢ってくれ』

財布を無くした、だなんて。
彼はちょっとだけ迷惑そうな顔をして、それから、頷いてくれた。
自分でも我が儘で嫌な態度だと思うのに、我慢してくれた。
否、彼は我慢するような性格ではないので、受け入れてくれたのだろう。
あまつさえ、『右方のフィアンマ』としてではなく、唯の女の子として受け入れてくれた。
それは『右席』の面々もそうだったけれど、彼らとは関係上、記憶を消して『なかったこと』にする。

トールと、仲良くなりたかった。
仲良くなれるような気がした。

彼の側で笑っている状況が、心地良かった。
ずっとこの時間が続けば良いのにな、とうっすら思う。
そうはいかないことくらい、わかりきっているけれど。


「さっきのヤツ、誰なんだ? 友達って感じには見えなかったが」
「ん? ……今度話すさ」

幻想殺し(イマジンブレイカー)。

特別で特殊な、自分と同質であろうモノ。
それを封じ込めている右腕は、自分の力を引き出す『器』として使える。
彼との出会いは、彼が財布を無くしていたことから始まった。
ありとあらゆる異能を消し去る力は、自分の持っていた霊装を呆気なく壊した。
そもそも本物かどうかを確かめるためのものだったため、さしたる被害ではない。
しかし、彼は重く受け止めたらしく、再三の謝罪をした。
それから財布を見つけてやると、感謝と謝罪を交互にされた。

とても優しい少年だと思った。
漬け込みやすく、利用しやすいと思った。
好悪で言えば、嫌いなタイプだ。
特別体質という共通点における、同族嫌悪かもしれない。

優しく微笑みかけ、友好的に接するだけで、彼は疑うことなく信じてくれる。
自分と真反対の力を持つ彼は、今まで多くの不幸に見舞われてきたと聞いた。
それ故か、彼の持つ自己犠牲精神や卑屈な感情は精神根幹の多くを占めている。
友好的に接していれば、右腕の『回収』が容易かもしれない。




―――そんな打算で浮かべた微笑みだから、トールは怒っているのだろうか。


「何を怒っているんだ」
「怒ってねえよ」

トールはやや憮然とした様子で歩いている。
残念ながら、フィアンマは怒らせた少年の宥め方には詳しくない。
そもそも、相手が自分の怒りに怯える立場の人間ばかりだったからだ。

ただ、遊園地でずっと怒られているというのは楽しくない。

だからといって今上条との関係について説明すれば、更に気分を害するだろう。
主に、自分の考えや『計画』に対して。
全てを洗いざらいぶちまけるのは、別れを告げる時で良いはずだ。
フィアンマはきょろきょろと辺りを見回し、それから思い出したように言った。

「ティーカップ」
「あん?」
「ティーカップに乗ろう」

言って、今度は彼女が彼の手を引く。
向かう先は、ぐるぐる回るティーカップ状の乗り物。
真ん中のテーブルを回せば回す程、ぐるぐると回るものだ。
これに乗って思考を中断させることで怒りを払拭しよう、という姑息な手段である。


優先パスは四枚。
一人、一枚につき一度きり。

二枚を消費し、二人は並ぶことなくティーカップへ乗り込んだ。
手を離し、フィアンマはぺたりと中央のテーブルに触れる。
時間の経過と共に気持ちの高ぶりというのは治まるものだ。
トールも類に漏れず、その苛立ちは治まりつつあった。

「それでは開始しまーす」

能天気なBGMと共に回りだすティーカップ。
フィアンマはトールの様子を眺めつつ、情け容赦なくテーブルを回した。

「待っ、早すぎだろ」
「酔っても良いんだぞ?」
「そんな優しさ発揮するなら速度落とせよ、」

世界が回る。
ぐるんぐるんぐるん…と絶え間無い高速回転による遠心力は凄まじい。
トールは吹っ飛びそうになりながらカップ側面にしがみつく。
人間、考えられる余裕というのにも限度があるものだ。

そんな訳で、彼女の目論見通り、トールはめまいに全てを支配された訳である。


今回はここまで。
300レス位まではこういういちゃいちゃが続けられたら…いいな…。

《書き溜めは間に合わなかった》




フィアンマ「日本にはポッ○ーゲームなるものがあるそうだな」

トール「ああ、あのチョコプレッツェル口にくわえて食べてくやつか」

フィアンマ「敗北条件は折ってしまうことだったか」

トール「緊張してたらまずやらかすだろうな」

フィアンマ「ところで」

トール「あん?」

フィアンマ「ここに例のブツがあるのだが」

トール「薬物みたいな言い方すんな!」

フィアンマ「……しないか?」

トール「…何を」

フィアンマ「だから、ゲームを」

トール「却下」

フィアンマ「つまらんな」

トール「俺が言うのも何だけど、もっと自分を大事にしろよ」

フィアンマ「大事にした結果がこの誘いなのだが?」

トール「うぐ」

フィアンマ「……」

トール「~~~っっ。絶対しねえからな!!」


フィアンマちゃんはバチカンでエロ本を読んで育った可能性が…。

ところでどうしてロキじい及びグレムリンにかわいがられるショタンマくんスレはないんですか(憤怒)

















投下。


「し、死ぬ、かと、思っ、おえ、」
「大げさなヤツだ」

言葉を返しつつ、フィアンマはトールの背中を摩る。
未だ目の回る感覚が消えないのか、彼はくらくらとした様子でため息をついた。
冷たい飲み物を飲み、のんびりと空を見上げる。
どうにも、行列を作りたがる日本人は理解に苦しむ。
そんなに耐え忍んで待つ位なら、諦めて他のことを楽しんだ方が楽しいに決まっているのに。

「気がつけばもう夕方か」
「お化け屋敷で割と時間喰ったからな」
「何に乗ろうか」
「出来れば緩やかなモンをお願いしたいところだ」
「ジェットコースターにしよう」
「俺の話聞いてねえよな?」

意見を反映したとは思えない目標を設置しつつ。
フィアンマはすぐに向かうでもなく、ひとまず休憩を申し出た。
気がつけばお昼を食べていないのに陽が暮れ始めている。
由々しき問題である。お菓子を食べたい。


遊園地内のカフェのものはすごく高い。
キャラクターを模したパンケーキなど、絶対にぼったくり値段だ。
そうとわかっていても買ってしまうのだから、遊園地とは恐ろしい雰囲気を持つ空間である。

青い海を模したゼリーに浮かぶ、貝殻型のホワイトチョコレート。
貝の身に当たる部分は、林檎味のグミ。
森、自然を表現するために飾られた周囲の緑色のものは、抹茶味の生クリーム。
底面に敷かれているのはコーンフレークなどではなく、小さく刻んだマシュマロと砕いたビスケットだ。
チョコレートソースも底面に注がれており、あれらは混ぜて食べるものである。

要するに綺麗なチョコレートパフェだった。
ファミレスのぼったくり値段が霞んで見える値段だったが、トールは目を瞑る。
金は天下の廻物なんていう諺を聞いたこともあるし、そもそもこれは彼女がスクラッチで稼いだ金だ。

「悪くないな」
「飾りなんだかチョコなんだか、細々してるよな」
「菓子とは繊細であるべきだよ」

何でもかんでも砂糖をぶち込めば良い訳ではない、と彼女は憮然とする。
アメリカ辺りでそういう粗雑な洋菓子の洗礼にでもあってしまったのだろうか、トールは思う。


腹ごしらえを終えて。
二人は、ジェットコースター乗り場へとやって来た。
夕方ということもあり、家族連れの多くは帰り道を辿っている。
疲れを明日まで残したくない人々も帰宅していく。
故に、乗り場に並ぶ人は昼間に比べてだいぶ減った。

「空を飛ぶような爽快感…ね…」
「空など、その気になればいつでも飛べるから何とも言えんな」
「ま、撃ち落とされるのもセオリーだから、飛べないのと変わらないだろ」

現代魔術師にとって飛行するのは簡単だが、同時に撃ち落とすことも容易なこと。
故に、今の魔術師は本人が直接飛行することはまずありえない。
やるならば人間の形を崩したりする猛者が相応だろう。

そうこうしている間に、乗り込む。
今回は優先パスは使用しなかった。
そんなに並んでいなかったし、使う必要を感じなかったからだ。

「それではベルトを確認させていただきまーす」

係員が周囲を歩いては安全ベルトに触れ、安全性を確認する。
やがて確認と調整が終了したのか、見送りの挨拶と共にコースターが動き出した。


ガコガコガコガコ。

ジェットコースターの醍醐味は人それぞれだ。
中には、この昇っていく瞬間がたまらなく楽しいという人もいる。
トールとフィアンマはこのタイプであった。
ちなみに、パーティー用クラッカーは鳴らすまでが楽しいタイプでもある。

「結構高いな」
「曲がりながら走行するそうだ」
「なるほどな。だから吹っ飛びそうに……」
「……酔うなよ?」
「お前の回したカップよりかは遥かにマシだ、絶対。
 それより、そろそろ口閉じた方が良さそうだな」

舌を噛みたくなければ。

二人は前を向き、頂点へ辿りついたコースターに少しだけ緊張し。
それから、ほぼ直角に下降していく状況に、笑った。
浮遊感に感じるのは恐怖ではなく、遊興と緊張と、高ぶり。

「おおおおおおお!!」
「はは、ははははははははは!!!」

他の乗客は恐怖に叫んでいるが、二人は笑っていた。
感覚も、何もかも、普通の人とはズレているからか。

ただ、楽しかった。
こういう平和すぎる時間が、本当に。


ひとしきり遊んだ後。
定番とも言える観覧車に乗り込んだのは、夜。最後の乗車だった。
最後なので優先チケットを使用するが、そもそも回転率が早いので待つ必要が無かった。

滞空時間は大体三十分程。

外はすっかり陽が暮れ、真っ暗になっている。
遊園地の各アトラクションは、上から見ると美しいイルミネーションになっていた。
秋だからだろうか、どことなくハロウィンを意識したような形ばかりだ。
カボチャやかわいらしいデフォルメシーツおばけだとか、そんなものばかり。

「美しいな」
「科学ってのも悪くはないもんだな」
「適切に使用する分には便利なものだよ」

それに支配されてはいけないが、と彼女は肩を竦め。
ぺたり、と両手のひらを窓へはりつける。
琥珀の瞳は、ぼんやりとイルミネーションを眺めている。
トールは既に景色に飽きたのか、のんびりとしていた。
二人とも高所恐怖症ではないため、動揺はない。

「トール。お前に言おうと思っていたことがあるのだが」
「言おうと思ってた? 何だよ、言えばいいじゃねえか」
「……怒らないか?」
「内容によるだろ」
「そうか。…なら言わないでおこう」
「気になるだろ。言えよ」


トールの催促に対し、フィアンマは少しだけ考え込む。
人差し指の腹を唇下にそっとあて、空を眺めた。
夜空に輝く月は丸く、美しい。

誰かが、後押しをしてくれている気がした。

今ならまだ、道を踏み外して、どこか遠くへ逃げることだって出来る、と。
トールとずっと一緒にいることで、全てを投げ出すことだって、出来る。

でも。

多分それは、彼の迷惑になる。
それに、自分は世界を救うべき人間だ。
いいや、人間と名乗っていいのかもわからない怪物だ。
それ自体を億劫に思ったことはないが、未来が決まっているのは辛いものだ。
ただ、終わるまでにどれだけの幸福を詰め込めるかで、人間の価値は決まる。

「俺様は、本当はお前でなくても良かったんだ。
 ローマ正教と繋がりがなくて、俺様自身と過ごしてくれる誰かなら」
「………」
「だが、どうしてだろうな。今は、お前でなければダメだっただろうと思う」

僅かに、トールは息を止めた。
何となく、言葉の先が頭に浮かんで、ドキドキとする。

もしも彼女が自分に好意を抱いてくれているのなら、それは―――決して嫌じゃない。

だけど。

「だから、トール」
「……何、だ?」



彼女は振り返り、月光を背に受け、はにかんでみせた。









「恋人ごっこをしよう」
「………ごっこ?」


今回はここまで。


ちょっと色々あって薬飲んで寝込んでました。
ところで、神の右席と打ったら神の右籍と出たのでやはりこのカップルは早急に結婚していいと思います。



















投下。


ごっこ。

遊びに誘うような気軽さ。
あくまで本気ではなく、遊興の意図が見てとれる。
揶揄ではなさそうだった。

「……何でごっこなんだよ?」

別に、本当に恋人になっても問題はないはずだ。
現在、トールはフィアンマと一緒に生活しているのだから。
それに、本物の恋人になった方が、デメリットはないはずだ。
ごっこ遊びの恋人など、女性側が損をするだけだ。

照れと嬉しさと困惑と。

トールは真っ直ぐに聞き返したが、フィアンマは肩をすくめ。

「一生お前の世話になるつもりはないからだ」
「………」

言い切られた。
トールは口を噤み、言葉を呑み込む。

「それで、どうなんだ」
「…付き合ってやるよ」
「そうか」

良かった、と彼女は笑む。

一生世話になるつもりはない。

その言葉の裏に、『世話になれない』の意味を込めながら。


遊園地からの帰り道。
二人はどちらともなく手を差し出し、繋ぐ。
遊園地内でしていたような握手スタイルではなく、指先を絡ませて。
所謂恋人繋ぎというものには、羞恥心がつきものだ。
フィアンマは小さく笑って、トールは目を細めて手を握る。

きっかけと呼べるきっかけはなかった。

同じ場所で食事をして、睡眠をとり、会話をする。
そんな日常の繰り返しと積み重ねが、好意を生んだ。
その気持ちはとても大切なものだ、とフィアンマは思う。

思うけれど。

(人生というのは皮肉だな)

初めて、一緒に迎える未来を夢見た相手が出来た。
この手を離したくない、と想える相手が。
しかし、自分の才能と思想故に、離れなければならない。

もしも、自分が『右方のフィアンマ』でなければ。
あるいは平凡な少女として、一生を終えられたかもしれない。
その場合は、トールと出会い、暮らし、こうして手を繋ぐこともなかっただろう。


「まあ、関係が恋人ごっこになったとしても何をする訳でもないのだが」
「まあな」

ホテルに戻り、フィアンマはベッドにうつ伏せになってそう言った。
トールは軽く相槌を打ち、退屈そうにベッドに腰掛ける。
走ったり歩き回ったりし過ぎた影響で、すっかり疲れてしまった。
シャワーを浴びる気力さえない。仮眠をとったほうが良さそうである。

「……一緒に眠らないのか?」
「お前にゃ別のベッドがあるだろ」
「恋人というのは一緒に眠るものだろう?」
「……あのな」
「それとも何だ。シャワーを浴びないと嫌だ、と?」
「いや別にそこまでは要求しねえよ。疲れてるだろ」
「一緒に寝るというのは何もそういう意味だけを持つ言葉では…まあ、仕方がないか。お前の年齢では」
「人を猿扱いするなよ」

くすくすと笑っている辺り冗談だということはわかる。
が、かといって揶揄されっぱなしというのは気分が良いものではない。

「一応は十字教の修道女に分類されるお前がそんなこと言って大丈夫なのかよ」

貞操観念的な意味で、と彼は肩を竦め、彼女の隣に寝転がる。
対して、フィアンマはとある人物を思い浮かべ。

「見目も言動も行動も卑猥この上ない女よりはマシだと思うがね」
「………心当たりあんのか?」
「まあ、多少は。…というか、そもそもだな」
「?」
「バチカンは世界でも有数のエロ本が集められている場所むぐ」
「やめろ」


ざあざあ。

一晩明け、シャワーを浴び。
二人が見たものは、バケツをひっくり返したかのように振る雨だった。
今日はホテルから出ない方が賢明だろう。
季節が秋から冬に移行するにつれ、日に日に、気温は下がっていく。

「何か、別に良い『敵』は居ねえもんかな……」
「心当たりはあるが、あまり好戦的な相手ではない」
「組織か?」
「そうだな。天草式十字凄教という魔術結社だ」

正確に魔術結社と言って良いのか、判別はつかない。
ある程度の歴史を持った宗教集団の場合、それはもはや魔術結社の本質とは異なるからだ。
彼らの戦法は仲間と伝統を重んじ、身の回りの魔術記号を抽出して駆使するもの。
一対複数人というのは、なかなかに大変なことだとフィアンマは思う。
あくまでも一般論であり、自分にとっては何人居ようと関係無い訳だが。

「へえ」
「お前が今現在探している女聖人は、かつてその組織の女教皇をしていたらしい」
「………」

かつて所属していた。
絆や仲間を重んじる組織。

この二つの内容から予測出来ることは、ただ一つ。
天草式十字凄教と戦闘をして窮地に立たせる事が出来れば。
その事を察知した神裂火織が、現れるのではないか、ということ。

思いついてしまえば、即決だった。

「何にしても、俺にとっちゃ一石二鳥だな」
「人体実験などはしていないようだし、『敵』としては良い部類じゃないか?」

のんびりと言い、フィアンマは欠伸を呑み込む。
ついでとばかりにクッキーをつまみ、口へ放り込んだ。

「ところで、そいつらの居場所は?」
「知らんよ」


時に、天草式十字凄教という組織は逃亡や隠蔽に特化している。
江戸時代に強く迫害されたキリシタン時代に、その傾向は強くなった。
今現在もそれらの技術は駆使・改良されており、彼らを捕まえるのは至難の業だ。

至難の業。

つまり、無理難題。
フィアンマにとって、それはむしろ好都合だ。
彼女の保有する『聖なる右』は、ありとあらゆる試練を最適な力で乗り越える。
それは何も相手を吹き飛ばしたり殺すだけには留まらない。
少し対象や範囲の設定を調整すれば、人探しにだって使うことが出来る。
加えて、彼女は直線上に遮蔽物がなければどこまででも瞬間移動が可能だ。

絶対に逃げきれるとされている組織と。
絶対に見つけて捕まえる魔術師。

組織同士の社会的評価から鑑みても、どちらの能力がより優れているかは明白である。
天草式十字凄教にとっての不幸、不運の原因はただ一つ。

他ならぬ『神の右席』のリーダー、右方のフィアンマに"捜索"されてしまったことである。





「つまり、我ら天草式十字凄教と決闘がしたい…という解釈で良いのよな?」  
             天草式十字凄教教皇代理――――建宮斎字(たてみやさいじ)




「決闘って響きは格好良いが、俺のしたいことはそんな高尚じゃねえな」
                北欧神話の『雷神』を名乗る魔術師――――トール




「数人で一人を、というのはあまりにも不平等なんじゃ…?」
                   癒し系常識人――――五和(いつわ)




「俺様が加わってしまうと戦争が起きてしまうしな。まだ早い」
                恋人ごっこ中――――右方のフィアンマ


 


今回はここまで。
現実の方がゴタゴタしてるので来られるの遅いかもしれないです


曰く、トールくんは一線を悪い意味では越えなかった一方さんらしいのですが、つまりヒロインを持てばヒーローになれる資質が…?



















投下。


翌日、夕方。
探査術式による結果取得を終えたフィアンマは、のんびりとトールに伝えた。
言うまでもなく、天草式十字凄教メンバーの居場所である。

やって来たのは、夕暮れ時。
日本国内の、冴えないアパートメントだった。
もっとも、それは仮住まいであり、いくつか本拠地は存在する。
厳密には、そのどれもが本拠地ではない。

「…とりあえずノックしてみるか」

日本式の作法には疎いトールである。
彼は軽く首を傾げ、拳の手の甲でコンコン、とドアを叩いた。
程なくしてドアが飽き、ひょこりと少女が顔を覗かせた。
セミロング程度の黒髪で、清楚な印象を受ける少女だった。
柔らかそうなセーターを着用しており、下は派手過ぎず、長め丈のキュロットパンツ。
周囲によく馴染む衣服や立ち居振る舞いは、隠密に秀でた天草式十字凄教ならではか。

「お客様ですね。ご用件は…?」
「事前アポはとってねえ、悪いな。ここのリーダーは居るか?」
「建宮さんは中に居ますけど…」
「そいつと話がしたい」

これまで様々な相手に勝負を挑んできた経験からか、トールは堂々としている。
少女は少し悩んだ後、奥に一旦引っ込んだ。
代わって出てきたのは、クワガタの様な髪型をした背の高い男。

建宮斎字。

現天草式十字凄教教皇代理。

「この建宮斎字に御用とは尋常じゃねえのよな?」

頼みごとか、と言わんばかりの表情。
対して、トールはのんびりと言った。

「俺と勝負してくれ。教皇代理?」


事情と目的を説明すること、早三十分。
建宮はじっくりと話を聞いたが、意外にも二人を拒絶はしなかった。
むしろ、やや好戦的な笑みを浮かべて問う。

「つまり、我ら天草式十字凄教と決闘<しょうぶ>がしたい…という解釈で良いのよな?」

トールの望む条件は、何も建宮と二人きりの戦闘に留まらない。
もし許されるのであれば、天草式十字凄教メンバー全員と総当たり戦をしたい程だ。
彼の言うところの経験値は微微ながらも上がるし、運が良ければ女聖人と戦えるかもしれない。

「決闘って響きは格好良いが、俺のしたいことはそんな高尚じゃねえな」

でも戦闘<ケンカ>はしたい、と彼は明るく笑ってみせた。
そんな明朗活発とした様子が気に入ったのか、建宮はこくりと頷いて。

「ちょうど我らも体が鈍ってきていたところよな。是非受けさせてもらうとしよう」

まるでスポーツの練習試合でも引き受けるかのような軽さで、そう受け入れた。
決まってしまえば、動くのは早い。

「モノはついで、本番は夕餉を食べてからにするのが良いだろう」

うんうん、と頷いて。
建宮は掃除をしようと動いていた香焼を捕まえたかと思うと、トールの練習相手にあてがった。

「酷いすよー! 何で俺なんすか!」
「動かない的相手の鍛錬には飽きが来たとこの間言っていたばかりよなぁ?」

うぐ、と口をつぐむ少年を見て、男は小さく笑う。
トールも香焼相手に本気を出すつもりは毛頭ないため、のんびりと笑った。


トールの相手をしているメンバー以外はというと、夕飯の用意である。
自分の分は用意しなくて良い、と言うフィアンマに、五和は首を傾げる。

「でも、一人二人分のご飯なんて大して量増えないですよ?」

遠慮しなくても良いのに、と彼女は優しく言う。
五和と一緒に買い出しに来たフィアンマはのんびりと肩を竦めた。

「遠慮している訳ではない」
「?」
「宗教的理由で洋菓子しか食べられないんだよ」
「それは……その、大変ですね」

眉根を下げ、本当に残念そうに言う五和は、きっと優しい子なのだろうとフィアンマは思う。
どうして魔術の世界に身を置いたのかまるでわからないが、恐らく理由があるのだろう。
表面からでは読み取れないことなど、この世界には沢山ある。

もし、自分が世界を救えば。
争いの無い世界になる以上、こういった少女が戦う必要はないだろう。

計画通りに救済された人類は、手と手を取り合って生きていけるはずだ。
そうでなくては困る。自分が犠牲を払う意味がまるでない。

「じゃあマドレーヌ買いましょう」

同じ時間に同じ食卓で食べる事が大事なのだ、と五和ははにかんだ。
フィアンマはこくりと頷き、マドレーヌを眺める。

「どれも変わらんだろうな」
「私は食事を術式に取り入れている影響であまり詳しくないのですが…。
 こういうのって、おすすめとかあるものなんですか? その、お野菜みたいに、見分け方とか」

少し食べたい欲が出ているのか、五和は目を輝かせている。
スーパーで売っているものなどどれも変わらないのだが、フィアンマはちらりとマドレーヌを見やって。

「……そうだな。プレーンはあまりおすすめしないが。
 大してバターを使っていないのなら、香料で誤魔化された苺味なんかが良いと思うぞ?」

五和は手を伸ばしかけ、手を引っ込め。
ぐ、と唇を噛み締め、いけない、と首を横に振る。
そんないじらしい態度を見せる五和の様子を暫し眺め。
フィアンマは彼女に口止めをした後、実費で彼女に菓子を買ってやることにした。


そうして、夕飯を終え。
和やかな食事時間中とは打って変わり、"本番"が始まった。
トールの間合いは近距離~中距離を最も得意とするものだ。
遠距離だったとしても、追いついてしまえば問題ない。
そもそも、トールの相手をする人員は距離を取る必要などなかった。
"練習中"に色々と話が決まったらしく、トールの相手をするのは複数人。
メインは建宮だが、サポート役が何人も居る。
しかし、サポートはあくまで補助であり、連携を基幹とした術式を履行するための人員。

つまるところ、建宮とトールの一対一。

戦争代理人と歴史ある組織の長のぶつかり合い。
男のプライドとやらがかかった戦いだろうか、とフィアンマはぼんやりと思い。
非戦闘要員という名の後片付け係の五和と共に、彼女はマドレーヌを頬張っていた。
スーパーで買った安物なのでぱさぱさとしているが、甘いので我慢する。

「…やっぱり、数人で一人を、というのはあまりにも不平等なんじゃ…?」

五和は心配そうに呟き、トールを見つめる。
細身の少年という容姿は、見ている側にとってなかなかの不安材料だ。
別に筋肉ダルマでも弱いやつは弱いのだが、そういう問題とは別である。

「あの、やっぱりあなたも参戦しませんか?」

五和はフィアンマを見やり、問いかける。
親切な申し出だ。しかし、トールにとっては迷惑だろう。
それよりも何よりも。

「俺様が加わってしまうと戦争が起きてしまうしな。まだ早い」
「早い?」
「気にするな」

問題はそこである。
相手がアックアやローマ正教内の人間であればともかく、完全な異教徒に手を出すのは良くない。
最悪それが宗教間の戦争の火種になったりするのだから。
戦争は計画的に必要だから起こすものであって、悲劇的に"うっかりと"起こして良いような気軽なものではない。


アーク溶断ブレードの一振りで、フランベルジェが損傷する。
建宮は距離を取り、ともすれば何を避けているのかわからない回避をしながらトールへ間合いを詰める。
生活の中に紛れる魔術記号を取り入れて術式を完成させる彼らにとっては、動き一つ一つに意味がある。
食事や衣服、動き、徹底されたそれらは、一つの完璧な勝利を生み出す為に。
トールが磨いてきた個としての強さや、フィアンマの持つ天性の孤高の強さとは違う。
それらとは正反対の、集団としての強さ、結束と努力の生む結果。

それは。

とある心優しい聖人を支えられる位。
彼女を超えられる位に強くなって仲間として胸を張りたいという、彼らの思いが故。

「フィアンマ」
「何だ」

ブレードとフランベルジェの激しい打ち合いの中、彼は声をかけた。
存外のんきな声にのんびりと返し、彼女はクッキーを口に含む。

「この辺り一帯ぶち壊したら流石に怒るよな?」
「怒る。手加減しろ」


再び、言葉のない真剣な戦いが再開する。
トールの手加減とは、一般人のそれとは訳が違う。
言うなれば、フィアンマが『聖なる右』を使う・使わないの問題に等しい。
ひときわ強力な術式を用いなければ、周囲に被害は出ない。
フィアンマはゆるゆるとクッキーを頬張り、五和を見やった。

「ところで」
「はい?」
「此処の女教皇は何故出て行ったんだ?」
「………」

聞きようによってはあまりにも不躾な質問に、五和は黙り込む。
フィアンマは特に気にするでもなく、夜空を見上げた。
まん丸の満月が、暗い夜空の中でぽっかりと浮かんでいる。

「………私達の弱さで、失望させてしまったからです」
「……」
「我々天草式十字凄教は、あの方と共に在りました。
 『救われぬ者に救いの手を』。…口だけでなく、女教皇様はその身でそれを実行していました。
 たった一人の老人の願いの為に、百万人の軍勢を相手にすることだって、厭わなかった。
 私達はあの方の優しさに惹かれ、どこまでもついていきたいと思いました。
 ……それでも、『聖人』であるあの方には、なかなか届きませんでした。何人もが死に、傷つきました。
 元々優しい心根の方でしたから、……嫌気が、さしてしまったのでしょう」

全て自分達の責任だ、と五和はつぶやいた。
それは、天草式十字凄教メンバー全員が思っていることだった。
だからこそ、今は彼女を支えられる程強くなろうと鍛錬を続け、帰りを待ちわびている。

対して。
聞き出しておきながら、フィアンマは吐き捨てた。

「くだらんな」


五和は思わず敵意を抱くのを避けられず。
やや鋭い視線をフィアンマへと向けた。
しかし、思っていたような悪意は感じられない。
女教皇―――神裂火織を馬鹿にしているような態度でもない。

彼女は、トールの戦う様を。

いいや、その"向こう側"のどこか遠くを見つめながら、言葉を漏らす。

「自分を心から信頼してくれた部下を悲しませるのは、悪い上司のすることだ」
「………」
「本当に心優しいのなら、部下が悲しまないように対処するべきだった。
 その女聖人が行ったのは、只の『逃げ』だよ。……目の前の恐怖から逃げただけだ。
 お前達の努力や実力が不足してからではない。信頼するだけの度胸が無かったんだ」

それは。
どこか、自虐染みた声色にも聞こえた。
言い返そうとしていた五和は、思わず口を噤む。
踏み込んではいけないような気がした。
神裂本人であればともかく、自分では彼女と同じ意識は持てないと感じた。

「…本来は、離れないことが一番なのだろうが。
 馬鹿なヤツだ。……"他人"にならなくても、良い相手だというのに」

どこか、寂しそうな声だった。
たとえば、餓えを知る老人が、飽食に生きる若者を見るかのような、そんな雰囲気。

「あの、」

言葉をかけようとしたところで、ガギャン、と嫌な音がした。
フランベルジェが弾き飛ばされ、トールの指先から伸びるアーク溶断ブレードが、建宮の首スレスレに宛てがわれた。

勝負あり。

決定的に徹底的な、雷神トールの勝利。


「……降参させてもらうのよな。しかしお前さん、強いな」
「ま、伊達に戦ってきてねえからな。……しかし」

ぐるり、とトールは視線を巡らせる。
女聖人らしき気配は感じられない。
が、どこからか注がれる視線のようなものは感じ取れる。
それが女聖人なのか、はたまたフィアンマの追っ手か、自分への復讐者かはわからない。
しかし、勝利してしまった以上長居する必要性はまったくもって感じられなかった。

「それじゃ、ここらでお暇させてもらうけど、良いよな?」
「文句はねえのよな。今宵は良い戦いだった」

建宮は頷き、トールと戦った相手は全員一礼する。
トールは自らの意思でブレードを消去すると、フィアンマを見やった。
視線が合い、知らず知らずの内に薄く笑みが浮かぶ。
彼が自覚している以上に、トールはフィアンマを好ましく感じている。
そしてそれはもちろん、フィアンマもまた同じく。



帰り道。
女聖人が現れなかったことを残念に思いながらも、トールは今宵積めた『経験値』に満足していた。
ああいった正々堂々とした敵は大好きだ。姑息な手や、弱い者いじめをする人間は好かない。

「……何かあったのかよ?」

と、達成感に浸りながらも、トールはフィアンマの様子の変化に気がついた。
直球な問いかけに、フィアンマは曖昧な笑みを浮かべ。

「何かあった、という訳ではないのだが」
「……」
「…ま、少し思い出しただけだよ。仕事の関係で」

嘘ではないし、真実でもなかった。
彼女は息をするように誤魔化し、トールの手を握る。
先程まで戦闘にのみ使われていた手で最大限優しく握り返し、トールは言葉に悩み。
結局良い台詞なんて浮かばなくて、彼女に歩調を合わせてやるのが精一杯だった。


今回はここまで。

「魔法少女か…なあトール、俺様もなれるかな?」
「やめろ。お前の場合立場的に因果がヤバい」


『世界のため』に『他人が犠牲になっても構わない』共通点を考えるとむしろフィアンマさんがきゅっぷい


















投下。


それから、二週間ほどが過ぎた。
ホテルの場所を移し、よりアットホームで安価な場所とした。
現在、カレンダーの月を指し示す数字は、プラス一。
フィアンマは本日も変わりなく、お菓子に手を伸ばしていた。

「猫型のチョコレートケーキか…」
「モチーフだろ?」
「いいや、本物寄りだよ」

彼女が眺めているのは、カタログだった。
いろいろなお菓子を注文出来る、有名洋菓子専門店のものである。
売りは種類の豊富さ、新鮮な食材、珍妙な見目らしく。
彼女が指差すページには、猫の眠る写真があった。
大体ホールケーキ五号程度のサイズの猫。
やけに毛がぺたんとしているな、と思ったトールだったが、気づく。

「いくら何でもリアルすぎるだろうが! 食い辛え」
「ちなみに二種のベリーソースがついてくる」
「血液だよなそれ。どう見ても」
「人物の写真で生首ケーキも注文出来るのか。よし」
「よしじゃねえよ携帯ぶっ壊されてえのか」

プリペイド携帯(カメラ機能つき)を懐から引っ張り出すフィアンマを必死で制止し、トールはため息をつく。
本当に困った『恋人』だ、と。嫌いにはなれないけれど。


散財に散財を重ねるのはバカのすることだ。

そんな謎持論を今更に持ち出した彼女は、トールを荷物持ちとして頼っていた。
やってきたのは大型スーパーであり、彼女は小麦粉や卵をガンガンカゴにいれていく。
カートを緩やかに押しつつ、トールはケーキの材料を眺めた。
既製品のスポンジなども販売しているのだが、彼女は一から作るつもりらしい。

「……こういうこと言うと女性差別になるのかもしれねえけど」
「ん?」
「普通の料理さえ作れれば、お前結構良い嫁になりそうだよな」
「作れるぞ?」

危うくずっこけるかと思った。

トールはかろうじて壁に手をつくと、フィアンマを見て。

「……一度もそんな所見たことねえんだけど」
「お前が頼まなかったからな」
「頼めば作ってくれんの?」
「当然だ」

だって恋人じゃないか、と彼女はのんびりとはにかむ。
動揺混じりにそうだなと相槌を打って、トールは視線を彷徨わせ。

「なら、ケーキ作った後でいいからさ。…ハンバーグ作ってくれ」
「わかった。…お前の母親の味は流石に再現出来んが、良いな」
「親なら、物心つく前に死んでる。…気にしなくていい」
「そうか。特に嬉しさはないがお揃いだな」


ホテルに戻り次第、フィアンマは調理に取り掛かることにした。
ケーキの後でいいと言われたものの、トールの為の料理を先に作る。
"ごっこ遊び"とは傍目から見て考えられぬ程、彼女の行動は『恋人の為』に相応しかった。

手を繋ぎ。
笑顔で語り合い。
時々ハグをする。
好意表現はありったけ。

でも。
トールが問いただしてみれば、必ず『ごっこ』とつける。
どこか、目には見えない境界線をくっきりと引いているように。

「手伝ってくれないのか?」
「あー、料理は不慣れなんだよ。出来ることがあるならやる」
「隠し味は砂糖で良いかな?」
「隠し味って食べさせる相手にはバラさないモンだしどれだけ糖分とらせたいんだよ」
「疲れているかと思ってな」
「別に疲れるようなことしてねえよ」
「俺様のワガママに振り回されても?」
「内容的には迷惑レベルに達しない我が儘だしな…」

脱いだらすごい系の力ある男にとって、『これ重い持ってー』程度の我が儘は許容範囲である。


トールが危惧したようなゲロ甘ハンバーグが食卓に並ぶことはなく。
手作りのトマトソースがかかり、茹でた野菜の添えられたハンバーグが並んだ。
存外まともな見目である。ちなみに味見はしていない。
洋菓子と一切関係のないものを食べると拒否反応をガチで起こす彼女は、味見すら出来なかった。
それでも『味は良いはずだ』と胸を張っていたので、出来れば信じたいものである。
ホールケーキは時間がかかるから、という理由で、彼女はプリンを作った。
これなら一から作ってもトールと同じ食卓について食べられるから、との理由で。

「じゃ、食うか……」
「そう怯えずとも良いだろうに」

食前の祈りを済ませ、フィアンマはプリンを口に含む。
舌触りがなめらかで満足したのだろうか、彼女は幸福そうにスプーンを口に突っ込んだままでいる。
トールはフォークに手を伸ばし、ハンバーグを食べてみることにした。

美味しい。

味見をしていないとは思えない程だ。
肉汁が口の中で溢れ、程よい酸味のトマトソースと混じる。
口を動かせば動かす程、腹の奥底から食欲が誘われる。

「………」
「…口に合わなかったか?」

スプーンの先端を軽く口にはみながら、彼女が首を傾げる。
トールは素直に笑みを浮かべ、二口目を食べながら言った。

「美味い。俺が今まで食ってきたハンバーグの中で一番」
「……そうか。ならば良い」

事実を偽ることなく、良い口上もなしに伝えると、フィアンマは嬉しそうに笑った。

「デザートも作ってやろう。何がいい?」
「シャーベットとか出来るか?」
「問題ない。味に希望がないなら林檎で作る」
「それいいな」


食事後、シャーベットを作り。
久々の料理は疲れるな、とフィアンマはシャーベットを食べつつぼやいた。
人間、慣れていることは疲れないものの、久しぶりにやると疲れてしまうものだ。
トールはシャーベットを口にしつつ、労いの言葉をかける。
彼女は満足そうに笑って、汚れた食器を洗い、所定の位置へと片付けた。

「トール」
「あん?」

もう眠る時間だろうか、と時計を見やる。
フィアンマはというと、彼の予測とはまるで違うことを言い出した。

「今日は一緒に入浴しよう」
「ばッ」
「恋人だろう?」

このホテルには、各個室にやや広めの浴室がある。
『家族風呂』とでも呼べそうな程、つまり二人ならば余裕で入れる広さだ。
そこに"二人きり"で、"一緒"に入ろう、と誘っている訳である。
トールはベッドに転がったまま、彼女に背中を向ける。
そんな彼にひっつき、彼女はだらだらと強請った。

「駄目か」
「あの、な、」
「良いだろう、減るものでもないんだ」
「そういうことをお前の方から誘ってくるんじゃ、」
「一緒にはいろ」
「言い方ちょっと変えても意味ねえからな」

結局、根負けしたのは少年の方である。


今回はここまで。


トールくんの溶断ブレード♂が二キロメートルに伸びるお話ですか?

※このSSにはエログロ描写があるかもしれません※

















投下。


トールのイメージとしては、一緒にシャワーを浴びてすぐあがる感じだったのだが。
その辺りは双方の認識に齟齬があり。
トールがフィアンマに遅れて浴室に入った時、そこには既に湯の張られたバスタブがあった。

「何でお湯が白いんだよ」
「入浴剤だ」

ホームタイプのこのホテルは割と自由である。
故に、入浴剤を使って入浴しても怒られはしない。
一個売り・使い切りタイプの入浴剤(ボブだか何だか)を使用したらしく、浴室は甘い匂いで満たされている。
何の匂いだ、と聞くトールに、ミルクケーキ、とフィアンマは答える。
お湯が乳白色になる入浴剤には多くの種類があるはずなのにどうしてこれを選んだのか、少年には理解出来ない。

「さて」

彼女はというと、もこもことスポンジを泡立てている。
既に彼女自身は体を洗い終わってしまっているようなのだが。

「ひとまず背中からでいいか」
「自分でやる」
「何を恥ずかしがっているんだ」

首を傾げるフィアンマに邪気や悪意というものは感じられない。
しかし、体を洗われるというのは恥ずかしいものである。
まして、トールは現在自分の意思で体を動かせるし、彼女は商売女ではない。

「さ、先に浸かってろよ」
「のぼせるだろう」


トールという少年は押しに強い。
それは戦闘を愛する毎日の中で磨かれた気性故。
反対に、引きに弱いという欠点がある。
フィアンマ程親しい相手がいなかった今までは、そんなことはなかった。
引き下がっていくのなら、関わる必要もないと思ってきたからだ。
しかし、彼女相手にそう思うような段階は、既に過ぎている。

"かけがえのない"

そこまでの表現をすることは無いだろうが、トールにとってフィアンマは重要だった。
落ち込んでいれば、不器用ながらも慰めようと考える位には。
そんな彼の言動を予測した上で、彼女は落ち込んだ様子で引いた。
『やっぱ体洗ってくれ、好きにしろ』という言質を得てしまえば、後は彼女のものである。

「……ん」
「動くな」

こしこし、もこもこ。

身をよじるトールを咎めつつ、彼女はスポンジで彼の背中を擦る。
傷跡の目立つ背中だった。
服を着ているとそんなに感じないが、存外広くもある。

「……思ったよりも男だな」
「馬鹿にしてんのかテメェ」
「そう怒るなよ」


身体を洗ってもらったお返しに、という流れにより。
トールは現在、フィアンマの髪を洗っていた。
自分の髪よりは些か短いので、洗いやすくはある。
しかし、他人の髪を洗うというのはなかなか緊張するものだ。
加えて、後ろから洗うのでは隅々まで洗えないため、トールは現在彼女と向かい合っている。
髪を洗ってもらうということは、頭を垂れるということである。
要するに、少し前かがみにならなければならない。

「……、」
「ん、くすぐったいな、」

前かがみになれば、巻かれているバスタオルに余裕が出来る。
ましてや、フィアンマは胸が控えめどころでは済まない位の貧乳だ。
タオルと肌の間に隙間が出来れば、"中身"が見えてしまうものである。
シャンプーが目に入るといけないので、彼女は目をつむっている。
必然なこととして、トールの目の前には白い肌、タオルの隙間が提示されていた。
覗き込んだとしても、恐らくはバレない。
ぺったんこだろうがデカかろうが、女の子の胸は女の子の胸である。
男の胸板とは違って、骨格からして価値がある。

(かといってガン見すんのは、)

一応、雷神トールにも良識というものがある。
見えそうだからといって、そしてバレないからといって。
目の前の女の子のちっぱいをガン見して良い理由にはならない気がするのだ。

(―――いや、でも恋人だしな)

邪心が湧き起こる。
ちら、と視線を向けた。



――――脂肪分たっぷりケーキの効果か、トールが思っていたよりは成長していた。


泡をシャワーで洗い流している間に、トールがのぼせたようだ。
まだ湯船にも浸かっていなかったのに、とフィアンマは首を傾げる。
彼はというと、鼻の頭を指二本でつまみ、がっくりと項垂れていた。
何となく顔が赤いする気もするが、恐らくのぼせだろう。

「少し休憩してから入るか?」
「…すぐ治まるから問題ねえよ」

別に、トールは女性経験が無い訳ではない。
戦争代理人として名を馳せる彼は、これまでいくつもの依頼を引き受けてきた。
その中には金では賄いきれない分を身体で支払ってくる女性も居た。
なので、好きではない女を何度か抱いた経験はあるのだ。
にも関わらず血液が鼻腔奥から出ることになったのは恐らく、きっと、のぼせだ。
油断していたところにギャップがあったこと、浴室が明るかったことが主原因である。




ちゃぷ

ぐだぐだと洗髪等を行っていた為、お湯の温度は下がっていた。
湯船に浸かり、フィアンマはうとうととしながらトールの隣に座る。
温泉施設のそれと同じように、浴槽内には段差があった。
転倒防止用のものだが、椅子の役目を果たしてくれるものである。


前はAAサイズだったのに、A+位にはなっているような。
トールはちらりと隣を見やり、すぐに目の前の壁へ視線を移す。
そんな彼の様子を眺めつつ、フィアンマは手を伸ばし。
彼の手を握ると、軽く寄りかかった。

「……」
「……」

トールは彼女に視線を向け、ぼーっとその顔立ちを眺める。
いっそ冷酷な印象を与える程、整ったものだった。

(睫毛長いな…)

入浴している以上、化粧は落ちる。
つまり今の顔はノーメイクの本物だ。
そもそも、彼女と化粧は死ぬ程似合わないイメージ群同士だが。

「眠くなるな」
「まあな」
「眠ると死ぬらしいが」
「へえ」

甘い香りに、酔ってしまいそうになる。


「……でも、お前と一緒ならいっそ死んでしまうのも悪くないな」

ぽつり、と彼女の呟きに、トールは眉をひそめる。
彼女は自殺志願者とは程遠い気質であったはずだ。
フィアンマは姿勢を変え、トールに抱きつく。
思わずお湯の中に倒れこみそうになるが、何とか堪えた。
出会った時よりは多少成長した柔らかみが、彼の胸板に押し付けられる。
意識しないようにしつつ、トールは彼女の髪を指先で弄んだ。

「未来に夢も希望も無いような言い方すんなよ」
「実際、あってないようなものだよ」

ふふふ、と彼女は小さく笑って。
それから、細い指先、トールと繋いでいない方の手で、彼の頬に触れた。
つつ…、と伝っていくその指は、やがて、彼の太腿まで到達する。
自然と彼の視線は彼女の指につられていき、彼女の肢体を見る。

「トール」
「何だよ?」

濡れた赤い髪が、妙に淫靡だった。
吐息ひとつ取ってみても、誘惑しているような感触を覚える。
心臓が高鳴っている事実を深呼吸で誤魔化し、トールは冷静に聞き返した。


彼女はトールの手をとり。
柔らかな笑みを浮かべながら、自分の体へ持っていく。
やがて彼の手のひらは、ぺたり、と彼女の胸へ触れさせられた。
僅か、緊張する彼を見つめ、フィアンマは小さな声で言う。
声量は控えめなのに、浴室であるが故、エコーがかかって、かえってよく聞こえた。

「俺様を、抱きたいとは思わないのか」
「だき、たい?」

年齢的には大人とは言えないものの。
しかして、トールは決して子供ではない。
前述の通り、いくばくかの『経験』もある。
だから、彼女の発言の意味が理解出来ない訳ではなかった。

じ、と見つめてくる琥珀色の瞳。

長い睫毛に縁どられた、綺麗な目。
感情が篭っているかどうか読めない、その瞳。
触れている手、指先には柔らかい感触がある。
意識して意識下から除外しなければ、性的興奮を感じてしまいそうだった。
いいや、自分では気づいていないだけで、タオルの下は反応しているかもしれない。

「お前になら抱かれても良いのだが、お前はどうしたい?」
「………」

恋人『ごっこ』と、線を引いているのは彼女の方だ。
自分は彼女が好きで、本当に恋人でいたいくらいで。
ならば、抱いてしまっても何の問題もないのではないか。
ここで頷いて、この先何の弊害があるというのだろう。

「俺とお前は、あくまで『恋人ごっこ』―――ごっこ遊びの相手だろ」
「そうだな」

肯定した上で、彼女は少しだけ笑った。
視線を下へ向け、一度だけ深呼吸する。







「―――それでも、俺様はトールが好きだから、抱いて欲しい、……な」


今回はここまで。


フィアンマさんはどんな様子でもえろい人です。聖職者とは。











投下。


一瞬、揺らぎそうになる。
平常心などかなぐり捨ててしまおうかとも、思った。
しかし、気にかかることがある。
それを解消しないことには、心地よく性行為には及ぶことなんて出来ない。

「なら」
「…ん?」

抱きしめたままに。
彼はゆっくりと息を吸い込むと、頼み込むように言う。

「……『ごっこ』、外してくれよ」
「………、」

気がかりだった。
彼女は、きっと自分を好きでいてくれている。
そして、自分も彼女の事が好きだった。
なら、恋人『ごっこ』などという悪ふざけは終わりにするべきだ。
きちんと『ごっこ』を外して、"恋人"になって、それから行為に及ぶべきだ。
彼女の線引きが気に障っているトールとしては、言わざるを得なかった。

「フィアンマ、」
「断る」

きっぱりと言い切って。
フィアンマは彼から離れると、一足先に脱衣所へ姿を消した。
無感情な声が、妙に耳に残る。


部屋に戻ると、フィアンマは既にベッドに潜っていた。
トールに背中を向け、小さく丸まっている。
膝を抱えて毛布にくるまっているようだった。
トールは適当に服を着、彼女に近づく。
顔を覗き込んでみようとしたところ、もそもそと隠れられた。

拗ねているらしい。

本気で怒ってはいないようだが。
何に対して拗ねているのか分かり辛い。

「…フィアンマ」
「……ごっこはごっこだ」

もぞり。

「黙って据え膳を食えば良いものを」
「…あのな、」

確かにトールは戦闘狂で、魔術師で。
一般人とは多々感性がズレているかもしれない。
それでも、誘われたから本能ままに動く様な獣ではない。

「ごっこじゃねえなら、…俺は、お前が思うようにしたいと思ってる」
「………」
「けどよ、……ごっこ、なんだろ?」

言われ、フィアンマは沈黙する。


「何でごっこを付けたがるんだよ?」

トールは手を伸ばし、彼女の髪に触れる。
染めているのかどうか判別のつかない赤色。

「言っただろう、一生世話になるつもりはないと」
「………」
「…お前のことは好きだよ」

矛盾した発言だ、とトールは思った。
好きなら一緒に居れば良い。
好きなら世話になればいい。
わざわざ一線を無理やり引く必要なんて全くない。

「なら、」
「だが、…こちらにも事情というものがある」

赤い髪を指先で弄ぶ。
少し濡れたそれを、丁寧により分け、緩く編んだ。
その手を振り払うでもなく、フィアンマは毛布を握った。

ずっと一緒に居られるなら、苦労なんてしない。

そこまで身勝手になれないから、こうして黙ることしか出来ない。


目が覚める。
トールは自分の後ろで静かに眠っていた。
フィアンマはちらりと後ろを振り返り。
それからのろのろと起き上がると、静かにベッドを降りた。

「……」

結局、言い争い寸前の険悪な雰囲気で眠ってしまった。
どう言えば納得するのか、程よい嘘が思いつかなかった。

「……、…」

コップを手に取る。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップへ注いだ。
容器をしまいながら水を飲み、彼女はトールを見やる。

もし。

弱音を全て吐き出して、何も背負っていない子供のように泣いてみたら。
彼はどうにかしてくれるだろうか。
たとえば、手を取ってどこまでも一緒に行ってくれる、とか。

「…馬鹿馬鹿しい妄想だな」

世界中を敵に回してまで、自分の味方をしてくれる人なんてこの世界のどこにもいない。
その一番の候補であった親すら、そもそも居ないのだから。


甘い匂いで目が覚めた。
意識の覚醒と共に、甘い匂いに対する知覚は増していく。
甘ったるい匂いだが、不愉快なレベルには達していない。

「ん…」
「目が覚めたか」
「…何か作ってんのか」

ぐし、と目元を擦り。
起き上がったトールは自分の長い髪を尻で踏みそうになり、面倒そうに纏める。
手近に髪ゴムが見当たらなかったため、ストールで適当に結んだ。
本来そんな風に使用してはいけないのだが、寝起きの彼には関係のないことである。

「昨日はすまなかったな」
「あ? …あー…いや、誰しも一つや二つ、言えないことはあんだろ」

自分も大人気なかったのだ、と肩を竦め。
トールは振舞われたフレンチトーストをいただくことにした。

「ハンバーグも美味かったが、普段食ってるだけあって甘いモンの方がもっと作るの上手いな」
「だろう。その辺りの店では食べられん味だ」

得意げに(ちょっとしか)ない胸を張り。
フィアンマはまだ温かいトーストにバニラアイスを乗せ、ゆっくりと食べることにした。

「……今日は何をする?」
「ん……」

もぐもぐもぎゅごくん。

トールは砂糖が僅かに付着した唇端を舌先で舐め。
少し、悪戯っぽいような笑みと共に答えた。

「デートしようぜ」


今回はここまで。
デートって何処行けば良いんだろう。

科学が木原だから、フィアンマを愛する1は俺原でいいんじゃないかな(適当)


フィアンマ「俺様も、ずっと一緒にいたかった」

トールくんがヒロインってことですね

>>199
(俺原…オレ原…木原出身のオッレルスさんとかうわつよい…)
















投下。


トールが言った通り、二人はデートをすることにした。

遊園地― 一度行ったから却下。
水族館―うっかり通電が怖いので却下。

ありがちなデートスポットは多くあり。
その中の一つ、動物園へと二人はやって来た。
触れ合える動物の多い動物園である。
猫カフェの前身とでも言えるかもしれない。

「動物は好きなのか」
「嫌いじゃねえよ」

トールは服で手を拭き、猫を抱き上げる。
二人が腰掛けているのはベンチであり、足元には多くの猫が溜まっていた。
一部はくっつきあったり、一方がのしかかって眠ったりしている。
フィアンマは少し悩み、親子の猫に視線を向けた。
子猫が丸まっており、親猫は丁寧に毛づくろいをしてやっている。

「………」

目元を和ませる。
そんな彼女のふくらはぎに、猫が擦り寄った。
人懐っこい性格をしているのか、フィアンマを見上げゴロゴロと喉を鳴らしている。


「犬と猫ならどちら派だ?」
「鉄板の質問だな、それ」

トールは小さく笑って、少し考え込む。
うんうんと考え込んだ結果。

「飼うなら犬、愛でるなら猫…ってところかね」
「ほう」
「猫は人よりは場所に懐くモンだろ」

各地を転々としながら戦闘をしたがる自分には合わないだろう、とトールはぼやき。

「犬―――特に大型はなかなか強いだろ?」

警察猫は居ないが、警察犬は存在する。
長旅でもついていけるし、多少過酷な環境でも絆さえあればついてきてくれる。

「とはいっても、結局飼う気にはならねえけどな」

そう締めくくりながら、トールは猫の顎下をくすぐる。
猫は幸せそうに喉を鳴らし、しっぽをピンと立てた。


「そういうお前はどっちなんだよ?」

トールに聞き返されて。
フィアンマは甘えてくる猫を甘やかしながら、考える素振りを見せた。

「そうだな…猫だろう」
「へえ」
「犬は散歩しなければいけないからな」

基本的には、と付け加えて。

「俺様は職務上、みだりに外へ出られないだろう?」
「………」
「そんな目で見てくれるなよ。今は別だ」
「…ま、そうだな。そうプラプラ出かけるような職業じゃねえ」
「猫なら気ままに過ごしていてくれるし、外へ出す必要もない」
「なるほど。合理的な理由だな」

てっきり可愛いからかと思った、とトールは笑う。
犬だって可愛いものだろうに、とフィアンマは首を傾げた。

世界の頂点に君臨する王と。
世界を駆け回る孤高の少年。

あまりにも違うのに、違うから、惹かれるものがある。


猫の次は兎。
兎の次は犬。

散々動物を可愛がり、ペンギンに餌をやって戯れ。
そうしている内に、あっという間に夕方になった。

「兎は臆病というが、人に懐く種もあるものだな」
「ま、人間も色々いるし、それと一緒だろ」

トールはのんびりと言って、彼女の手を握る。
フィアンマは手を握り返し、夕焼けを見上げた。
美しい空に、長い金髪が緩く揺れている。
紛れもなくそれは隣の少年の髪で。

(どうして、こんなに美しいのに――――)

指先を触れ合わせ、暖をとる。
寒くて、息は白んでいて。

(――――この世界は歪んでいるのだろうな)


時が過ぎ行くのは早いもので、既に一ヶ月が経過して。
街はどこもクリスマスムード一色だった。
トールは神裂火織を捜すことを諦めつつあった。
本人はそう口にしていないが、そのように見えるのだ。
彼曰く『休暇』らしいので、別に良いかとフィアンマは思う。

「日本のクリスマスはどうも単なるイベント扱いだな」

ぷんすこ。

そんな単語が似合いそうな様子の彼女だが。
視線の先はしっかりとブッシュ・ド・ノエルやホールケーキに釘付けである。
十字教のトップの一人がこんなんで良いのか、とトールは思いつつ。

「その切り株、ぶっちゃけただのロールケーキだろ?」
「お前はふざけているのか?」

フィアンマは唐突にトールを睨み。

「このケーキには多くのエピソードがある。
 かつて北欧で樫の薪を暖炉に燃やすと一年中無病息災でくらせるという神話の説。
 前年の冬の燃え残りの薪で作る灰は、これから1年の厄除けになるという伝説により、菓子も縁起のいい薪形になったという説。
 切り株の形は『神の子』の誕生を祝った際に夜通し暖炉で薪を燃やしたことに由来しているという説。
 貧しく、恋人へのクリスマスプレゼントも買えないとある青年が、せめてもと、薪の一束を恋人に贈ったという説。
 いうなればこれ程多くの魔術記号を抽出出来る、共通した記号を持つ洋菓子だぞ?
 それをただのロールケーキ呼ばわりとはどういうことだ。デコレーションされているだろうきちんと」

ぷんすこぷんぷん。

何について怒っているのかまったく理解出来ないトールだったが、ひとまず謝ってみる。
詫びは形で入れるものだ、とのコメント。要するに食べたいだけだったようである。


ホテルに戻り、ケーキの箱を開ける。
皿によそうでもなく、彼女はフォークを突き刺した。
一口分をとると、トールの口元へと運ぶ。

「…あーん?」
「……」

言葉で静かに急かされ、トールはぱくりと食べる。
どう考えても毒見役にされているが、気にしない。

「……美味いな」

ケーキ屋の、それなりの値段だったブッシュ・ド・ノエルはなかなかにおいしい。
柔らかいクリームがすっと舌の上で溶けていくし、カカオの上品な香りが鼻腔をくすぐる。
ふわふわとしたスポンジ、甘酸っぱい苺、削ってかけられたチョコレート。
その全てが口の中で調和し、一つの芸術品の様に『美味しさ』を突きつけてくる。

甘すぎず。
苦すぎず。
重すぎず。

かといって味わいやコクがない訳でもない。

「…確かに美味だ」

クランベリーと共に口にし、彼女は満足そうな笑みを浮かべる。
甘く蕩けた琥珀色の瞳は、余韻を残しつつトールを捉えて。


「………」

ずい、と顔を近づけてくる。
何事だろうか、とトールは首を傾げた。
そんな彼の顔を眺め、彼女はやがてもう少し顔を近づけた。
ドキドキとしながら、ちろりと舌を出す。

「っ、」

トールは緊張しつつ、身を強ばらせて固まる。
嫌なのではない。心の底から緊張しているのだ。

「…ん」

しかし、彼女の舌先が触れたのは唇ではなく。
その僅か横、あくまでも"口元"だった。

「……なん、だよ」
「…クリームが付着していたからな」

定番だろう、と小さくはにかんで。
それからやっぱり恥ずかしかったのか、先程までの慎重さは消え、ガツガツとケーキを食べだす。
その顔色は彼女が着用している普段着と同じような色をしていた。
トールは未だいやに高鳴る心臓を抑えようと左胸を摩り、一度深く息を吸い込む。

砂糖の分量を間違えて菓子を作っているキッチンのような空間が、そこにはあった。


今回はここまで。
(まだ日常、まだ日常……  次のSSネタがさっぱり浮かばない…安価スレ…いいなあ…)


(よーし、次はウーフィアにするぞー! …受けると良いのですが フィア火野かこうとするとみなさんおこるので、
 木原ンマさんとか負ける気しないですね 木原のモルモットンマさんなら…『世界を救う力』徹底解析になるので必然と乱数右方になりますね
 みさきち…うーん…あっソギーは興味あります)















投下。








つまらない毎日の単調な繰り返しが幸せであることを、知っている。
劇的な変化程不幸の前触れもないということも、よく知っている。
退屈ということは、それだけ平和で穏やかだということだ。

「……」
「…なあ、くすぐったいんだけど」
「我慢しろ」

横暴に言い放ち、フィアンマはトールの髪を撫でる。
さらさらと指先で弄び、時折顔を埋める。
こそばゆいやら恥ずかしいやら、理由は様々あるが、トールは不服そうに顔を逸らした。

「一度も切ったことはないのか」
「それなら地面についちまってるだろ。
 ま、数える程しか切ったことはねえな」
「戦闘の邪魔にはならんのか」
「その辺りはならないように気をつけてる」

そうか、と相槌を打ち、フィアンマは眠そうにトールの後頭部に頬を寄せる。
当然のことだが、自分のものと同じシャンプーの匂いがする。

「…んー…」
「…寝るなよ?」

釘を刺したところで無意味だろうとは思いつつ、トールはそう言ってみる。
彼女はというと、眠そうに擦り寄り、ずるずるとトールの肩へ顎を乗せ。
あんまり話を聞いていない様子で、すやすやと眠り始めるのだった。


パンの形をしたクッキーを食べる。
食感はクッキーでしかないが、見目はパンそのものだ。
その中でもフランスパン型のものがお気に入りのフィアンマは、実に上機嫌だった。

「ところで」
「あん?」
「もうすぐ聖夜<クリスマス>だな」
「ああ、そういやそうだな」

イベント大好き人間でないトールは、のんびりとそう返す。
フィアンマはクッキーをぱくぱくと食べていきながら、じとりと彼を見た。

「通常、親しい人間はプレゼントを贈り合う慣例なのだが」
「……ふーん?」
「………」
「…何か欲しい物あんのかよ?」

フィアンマの視線に耐えかね、トールはそう聞き返した。
願った通りの質問をしてもらったからか、彼女は上機嫌にはにかんでみせ。

「お前が、俺様が喜ぶだろうと選んでくれたものがいい」
「………」

何ともハイレベルな要求である。


フィアンマが改めて昼寝を開始したため。
トールは外に出、彼女へのプレゼントを捜すことにした。
彼女は何を贈ってくれるつもりなのだろうか、さっぱり読めない。

「喜ぶもの、ね……」

残念ながら、トールは今まで誰かに贈り物をした経験というものがない。
女の子が喜ぶものなんてまったく知らないし、調べ方すら知らない状況だ。
実際、そんなテクニックや知恵なんてなくたって、今まではやってこられたのだから。

(プレゼントの原則は…)

相手が欲しいもの。
相手が笑顔になりそうなもの。
相手が喜んでくれるもの。

それくらいは一般常識だ。
しかし、フィアンマの好みといえば。

(甘いもの…は常食だしな。……アクセサリー…類?)

ヘタなものを買うと、彼女の魔術発動を阻害しかねない。
それを考えると、色気のないものの方が良いのかもしれなくて。

(霊装…は俺じゃあるまいし、喜ぶ訳ねえか。
 そもそも必要ないだろうし、ローマ正教の倉庫にたんまりとありそうだ)

となれば、戦闘関連はダメだろう。


うんうんと悩みながらショッピング街をぶらついて早三十分。
プレゼント候補の売り出し品はうんと溢れている。
しかし、その中から選ぶのは、結局のところトール自身である。

『お前が、俺様が喜ぶだろうと選んでくれたものがいい』

自分が悩んでいる時間もプレゼントに入る。

そう気づきつつ、トールはふらりと店に入った。
アクセサリー類を販売している店だったが、宝石店程かしこまった場所ではない。

「……」
「恋人へのプレゼントですか?」

不意に話しかけられ、そちらを向く。
女性の店員だった。
暇だったので、客に話しかけることにしたのだろう。
押し売りのような感じはせず、世間話モードだった。

「ああ。俺が選んだものなら何でもいいって言われてさ」
「素敵な人ですね」

はっきり決めてくれた方がやりやすかったのだが、とトールは口ごもり。

「生まれてこの方、女に贈り物なんかしたことなくてさ。
 やっぱ、喜ぶモンは高価なモンなのかね?」
「その方の好みにもよりますが…ハズレがないのは食べ物、メッセージカード…後はバッグでしょうか」
「バッグ…?」
「ええ。あ、でもそれならご一緒に買い物なさっている時の方が良いかも…?」

アクセサリー類は相手の普段着をよく知らなければあまり喜ばれない、と店員は言う。
普段着、というか彼女の衣装は赤を基調としたものしかない。


赤い服に合わせるなら、暖色のアクセサリー。
宝石は好みがあることに加え、術式に影響を及ぼしやすい。

「…これにするか」

トールが選んだのは、ユニセックスな印象のあるループタイだった。
前々から、彼女のスーツの襟形状なら飾りが映えるとは思っていたから。

「……」

ひと呼吸おいて、似合うかどうかを想像してみる。
問題なさそうだった。
喜んでくれるかどうかはわからないが、自分なりにとことん悩んで買ったものだ。
これで気に入らないのならば、それはそれで仕方がないと思う。

(喜べば、良いけどな)




一方。
フィアンマはというと、霊装をせっせと作っていた。
正確には、仕上げ作業に入っている。
別にトールが何もくれなくても、あげようとは思っていたのだ。
そして、彼が喜びそうなものは特に思いつかなかったし、聞く勇気はなかった。

「……」

多分、喜ばないだろう。
何せ、これは彼の求める『攻撃』の強さでなく、『防護』の強さに関するものだから。
思いながらも彼女が丁寧に削って作っているのは、ロザリオだった。
ローマ正教の匂いが強いが、これはあくまで消耗品。
かつて『神の子』が人類の原罪を請け負って死した伝承から派生させたもの。
日本の御守信仰の要素も混ぜることで、身代わりの意味を持たせる。

『致命傷』を『奇跡』的に『一度だけ代わりに請け負う』霊装だ。

持っているだけで良い。
使用されるのに際して必要となる莫大な魔力は、あらかじめ注いでおく。
霊装は基本的に一度魔力を通せば、ひとりでに魔力を消費したりはしない。

「トールも、死にたがりではないはずだ…」

嫌がりはしないだろう、とぼんやりと思う。


そうしてやって来た聖夜は、いつもと変わりないものだった。
ご馳走の大概はトールが食べ、ケーキの大半はフィアンマが平らげた。
話をして、入浴して、身支度をして、眠る準備をして。
一日の流れは変わらずにどこまでも平凡で、どちらかというと怠惰なものだった。

「プレゼント、一応悩み悩み選びはしたが…お前の趣味に合うかどうかはわかんねえ」

言いつつ、トールは箱を手渡した。
小さな箱だ、と首を傾げ、フィアンマはそっと受け取る。

「…俺様からはこれだ。役には立つが、お前の求めるようなものではない」

かわりばんこ、彼女は十字架を差し出す。
首にかけられるよう紐がついたものだ。

「首にかける必要はない。懐にでも入れておけばいい」
「霊装? …だよな。…わざわざ作ったのか?」
「俺様は『神の右席』だぞ? 霊装の一つや二つ作れなくては困る。
 効果は…言わなくても、お前程の知識があれば理解出来るだろう」

小さく笑って。
ちいさな声で、『開けても良いか』と尋ねる。
勿論だと頷いて、トールはロザリオをそっと懐へしまいこんだ。
彼女の祈りが、その十字架に精一杯詰まっていることを感じながら。


「…………」

箱を開けたフィアンマは、指先でループタイを撫でていた。
無言のまま何度も、確かめるように、なぞっている。
トールは感慨深いような、嬉しい気持ちでロザリオを(彼はローマ正教を敵視していない)服越しに一度だけ撫で。
それから、フィアンマの様子を静かに窺った。
彼女の様子には変化が感じられない。ただ呆然としているように見える。

「…そんなに拍子抜けだった、か?」

やはり高価な何かの方が良かったのかもしれない。
いいや、ただ甘いものの方が喜んだかも。

いろいろな考えが浮かび、トールは苦く笑った。
下から顔を覗き込んでみると、ばっと隠された。

「……お前が、自分の考えで選んだのか」
「……まあな。だから言っただろ、お前の趣味に合うかどうかは自信ねえって」

ぽたぽた。

シーツに水滴が落ちる。
汗をかく程暑い部屋ではないのに、と思い。
それから、トールは狼狽せずにはいられなかった。

「おい、何泣いて、」

泣く程気に入らないなら手放せば良いのに、とトールは思う。
彼女は唇を噛み、タイを指先でくすぐった。

「………大事にする」

それだけ絞り出すように言うと、彼女は毛布を被ってそっぽを向いた。
トールは首を傾げ、毛布をつっつくことにする。


嬉しい。
嬉しい、嬉しい、うれしい―――――。




思いがけず、プレゼントは身につけられるものだった。
これなら、墓場まで持っていける。
今まで、『右席』の面々から何かをもらったことは多々ある。
そのどれもは、『審判の時』までに捨てなければならないものだった。

でも、これなら。

どうにか、自分が神上になるまで、もっていけそうだ。
たとえ人の知識という闇が全て神聖な光で消し飛ばされても。
これを見れば、トールのことくらいは思い出せるかもしれない。

(大切にしよう、)

箱ごと、ループタイを抱きしめる。
この先、トールと別れることにはなるけれど、これだけはなくさないようにしよう。

(ごっこ遊びでも)

自分を好きでいてくれた恋人が居たのだと、何度でも想えるから。


今回はここまで。
300レス目まではいちゃいちゃだって…決めたんだ…

乙、どこかで見たことあるような1だけど前になんかSS書いてたことある?

おつ。ウーフィア期待。

クリプレとか渡す時、相手のそれとなく欲しそうな物を察して用意すんの難しいよな。楽しいけど

SS速報の板内検索で フィアンマ でやると出る90%くらいがこの>>1の作品って知ったら…

ウーフィアとかドストライクじゃないですかーやだー
フィアンマちゃんなのかくんなのか


>>223
>>224の通りです…いやでも80%位か…?

>>225
間とって男の娘で(迷走)



















投下。


大事にするとはいっても、アクセサリーは身につけることが前提のものである。
なので、フィアンマはきちんと身につけることにした。

「…ん」

くいくい。

後ろでフックを引っ掛ければ良いのだが、なかなかうまくいかない。
手元が見えずとも魔術記号ならば書けるというのに、何故かこういう地味な事柄は苦手である。
そんな彼女にじれったさを覚えたのか、トールは向かい合い、彼女に近づいて。

「ひっかけてやるよ」

そう告げ、手を伸ばした。
抱きしめられるかのようで、彼女は小さくはにかむ。

「任せる」

トールは指先でフックを掴み、丁寧に引っ掛けようとする。
やはりなかなかうまくいかず、失敗する度に密着度は上昇した。

(……眠気を誘う香りだ)

トールの体臭をそう判断しつつ、フィアンマは目を閉じる。
安心出来る相手だった。心が安らぐといっても良い。

「…ん、出来た」
「そうか」

礼を言い、彼女は少し調整してトールを見やる。
似合っているのだろう、トールは満足そうな顔をしていた。
良くも悪くも、感情が顔に出る少年である。


いつまでも閉じこもっていては体が鈍る。
二人の考えが一致したため、何を話すでもなく外へ出た。
クリスマスを越え、時期は年を越す方向へと順調に向かっている。
年を越す瞬間は家族とゆったり過ごしたいのだろう、人々は買い出しに出ていた。
なかなかの人ごみだったが、魔術師がはぐれるには至らない。

「なかなかに混み合っているな」
「買い物だろ。出る時間帯間違えたな」

だからといってホテルに戻るでもなく。
フィアンマとトールは、のんびりと歩いて橋へ出た。
ちなみに現在居るのはイタリアである。
ローマ正教の目と鼻の先だが、存外に気づかれないものである。
あるいは、もう諦めているのかもしれない。いつかは帰ってくるだろうと。
神裂火織に会う事を諦めたので世界巡りを再開した、という理由もある。

「……ん」

ぴく、と反応したフィアンマが不意に立ち止まる。
トールも同じく立ち止まり、不可解そうに問いかけた。

「どうしたよ?」
「……何か聞こえないか」

気のせいだろうか、と彼女はきょろきょろとしている。
トールは首を傾げたまま、同じく辺りを見回してみる。
原因はすぐに見つかった。幼い子供だった。


有り体に言えば、迷子のようだった。
しかし、迷子にしては様子がおかしいようにも見えた。

「迷子か?」

トールはしゃがんで子供に視線を合わせ、そう問いかける。
泣きじゃくりながら、子供は何かを答えようとして。

「えぅ、えと、げほっ、う、うぇ、」
「……ひとまず泣き止まねば話にならんな」

フィアンマはトールと同じくしゃがみ、子供の背中を摩る。
心臓の鼓動に合わせ、とんとんと軽く背中を叩く。
泣き止むまでに要したのは、十数分程だった。




「おかあさんがね、ここですわっていなさいって」
「それからどの位時間が経過しているんだ」
「……ふつか」
「…そうか」

すぐ戻って来るって言ったのに。

ぽつりと呟いて。
それから、母親の体調や怪我などを疑い、心配する子供はどこまでも無邪気で。
だからこそ、迎える結末が既に見えているトールとフィアンマは、胸が痛かった。
だからといって、置き去りにして良い理由にはならないだろう。


諦めがつくまでには長い時間がかかる。

両親など物心がつく頃には既にいなかった二人にも、それは理解出来た。
だから、きっと居ないだろうとわかってはいても、『母親を探そう』と提案した。
区切りをつけてやるために。後悔してしまわないように。

「ありがとうございます」

拙い言葉でお礼を言い、子供は柔らかい笑みを浮かべる。
フィアンマは優しく頭を撫でると、小さい身体を抱き上げた。

きっと、見つからないだろう。
見つからない方が、この子にとってはきっと良い。

それでも、無駄なことにだってちゃんと意味があるのだと。
フィアンマは、十字教の教えによって、知っている。

「体力保つのか?」
「問題ないだろう」

トールに任せるでもなく、フィアンマは子供の背中をとんとんと叩きつつ歩く。
思い当たる場所、ありえそうな場所、子供が言うままの場所。
全てを捜しても、母親らしき人物はたったの一人だって見つからない。
そうしている内に眠くなってしまったのか、幼子は静かに目を閉じる。
やがて眠りだした子供を抱え直し、フィアンマはルートを変えた。


「何処行くんだ?」
「教会だよ」

決まっているだろう、とぼんやりと言い。
フィアンマは少し腕が疲れたのか、トールに子供を預けた。
服装などを既に固定化している状態へ―――性別の変化を行い、再び子供を抱えて歩く。
自分と同程度の身長になった少女もとい青年を見やり、トールは空を見上げる。

「見つからなかったな」
「そうだな」
「……多分、俺たちが思ってる通りなんだろうけどよ」
「本人が知るのは、もう少し先でも良いだろう。
 教会ならば、適当な言い訳を用意してくれる」
「お前、結構子供あやすの上手いんだな」
「職業柄、幼い子供に接する機会は何度もあったからな」

神父として、と言葉を添えて。
無事教会に到着すると、フィアンマはシスターに子供を任せた。
軽い事情を説明し、憶測も話し、世話を頼んでみる。
特に問題はないらしく、シスターは優しく子供を慈しみながら中へと消えた。
フィアンマは暫くそこに立ち尽くすと、トールの方を振り返った。

「……随分と時間を消費してしまったが、買い物にでも行くか」
「ああ」


「意外と良い母親になるタイプだな、フィアンマ。
 家庭的な所もあるし、子供の面倒もみれるしな」
「つまり、俺様と結婚したら子供が欲しいと」
「ぶっ」

てっきり性別を元に戻したと思っていたトールの耳に、青年の心地良いテノールの声が届く。
思わぬ不意打ちに吹き出しながら、トールはベーコンをカゴへ入れた。
現在地はスーパーマーケットであり、選んでいるのは夕飯の材料である。

「あながち間違ってもいねえが、俺の目的からして無理だろ」
「戦闘狂のことか?」
「いつ死ぬかわからない父親なんて嫌だろ」
「死なないと思うが」
「死なない人間なんていないだろ。ましてや、魔術師同士の戦闘じゃ、死なない方が希だ」

フィアンマはプリンに手を伸ばし、それからゼリーに目標を変えて掴む。
そっとカゴに入れながら、困ったように笑ってみせて。

「そんな未来は決して来ない。俺様が来させない」
「………」

トールはそれを、治癒してくれるという意味だと理解した。
フィアンマは今の言葉を、そんな優しい未来を手に入れられはしないという意味で言った。

両者の食い違いはどこまでも大きく、それは彼女が狙ったところでもある。

「簡単には死ぬなよ」
「死にたがりって訳じゃない。自分から言い出して何だが、そうそう死にゃあしねえよ」


夕食はカルボナーラだった。
生クリームによる胃もたれ感にぐだぐだとしつつ、トールは霊装を手入れする。
フィアンマは見目を元に戻すと(筋力がもう必要ないからだ)、ベッドに寝転がる。

「食ってすぐ横になると牛になる、って話があるらしいな」
「単純に胃液が逆流して嘔吐する恐れが高いから、という内情を隠すためのものだろう」
「だろうな。親ってのは子供のために嘘つくモンなんだろうよ」
「……私利私欲のための嘘をつく親も居るがね」

夕方の子供を思いだし、フィアンマは口を閉ざす。
トールは霊装の手入れをしながら、静かに息を吐きだした。

「お前は、」
「…ん?」
「いつからローマ正教に居るんだよ」
「片手で数えられる位の歳には、既に。
 ……気がついたらこの"座"に居たしな」
「……」
「先代の教皇さんには、随分と良くしてもらった。
 幼く、ただ力だけがある俺様に対して、普通の子供の扱いをしてくれた。
 今居る右席の面々も皆そうだ。…俺様の後から入った者達だが。
 温かな春を過ごし、暑い夏を、寒い秋を、雪降る冬を、共に過ごした。
 各人の事情を知って言葉をかけて、救われたと、そう言ってくれた。
 嬉しいと思った。俺様自身、そうした関わりの中で沢山救われてきた」

どこか、過去形の話し方は、切り捨てるかのようだった。

「勿論、お前と過ごしているこの時間も、そういった良いものだ」

照れるでもなく、淡々と。

「幸せで、暖かで、心地よくて、完成された美術品のようなものだよ」

壊したくない。壊してはならない。

そう思える、日常という時間の流れの、一つ一つ。


「お前は、世界を旅して勝負をする―――今のような生活をいつ頃からしているんだ」
「物心ついて、暫く経ってから…ってところか。
 狩猟と只の殴り合いじゃ満足出来なくなって、もっと強くなりたかった」
「ほう」

強くなって、何かしたいのか。

フィアンマに問われ、トールは黙り込む。

守りたいものなんてない。
助けたい人々は目に入る範囲だけ。
ヒーローになりたい訳でもない。

「しいて言えば、」
「……言えば?」

(お前より強くなれれば、お前を守る位は出来るだろうとは思う)

言葉には出来なかった。
あまりにも照れくさかった。
奇しくも、それは彼女の迷いを振り切る事の出来る一言だったのに。

「ヒーローの真似位は出来るだろ?」
「ヒーローか」

ふふふ、と彼女は楽しそうに笑った。

「……なら、俺様の敵になるだろうな」


今回はここまで。
(皆さんも修羅場の方が好きだったりするんですかね日常より)


修羅場に移行しよう…。
にわとりトールくんかわいいですね


















投下。


冬が終われば、あっという間に春がやって来る。
生命の息吹というものは、植物の姿で人々の目を楽しませた。
日本では桜前線がどうこうで盛り上がっている。

「春か。早いものだな」
「ついこの前まで秋だった感じだよな」

二人が出会って、共に過ごすようになってから、今日で半年。
恋人ごっこを開始してから、大体三ヶ月位だろうか。
短い時間の中でも、お互いに知った部分が沢山ある。

好きな食べ物
嫌いな食べ物
好きなもの
嫌いなもの

照れた顔や、怒るポイントも。
『ごっこ』とは思えない程に、お互いを想う心だって、確かにある。
下らない日常から生まれたそれは、とても尊いものだ。

ただ。

幸せというのは、存外長くは続かないものである。


「じゃ、ちょっと出てくる」
「ああ。何かあれば連絡をしろ」

散策に出かけるトールに、フィアンマは珍しくついていかなかった。
少し体調が悪かった、理由はその一言につきる。

「………」

帰りに何か甘い飲み物でも買ってきてくれないだろうか。

ぼんやりとそんなことを思いながら、フィアンマは天井を見上げる。
真っ白な天井は、安らぎを与えてくれるようなものではない。
少し古びたその天井は、自分の住んでいた大聖堂を思い起こさせた。

「………」

(きょうこうさん、これはー?)
(聖書を開きなさい。これはその中でも―――)

(べんとのおとうとのかわりは、おれさまにはできないからね。
 はなしのないようおもいだして、おかしつくったん、)
(………あり、がとう……っ)

(てっら、これよんで)
(絵本ですか。構いませんよ)

(お前一人がただがむしゃらに働くよりも、より多くを救えるように)
(指示に対し、迅速に動く所存である。…貴様を信用しよう)

今頃、心配しているだろうか。
戻ったら少し怒られるかもしれない。
怒って欲しいとも思う。それが最後になるから。


通信霊装が、反応を見せた。
誰かが通信をかけてきた証拠だった。
フィアンマは熱に浮かされながらも確かに反応し。
ゆっくりと右手を伸ばすと、霊装を掴んだ。
声帯のみを変化させ、落ち着いた青年の声で応答する。

「何だ」
『ご報告を』
「そうか」
『聖別作業を無事終了いたしました。
 尚、各地の整備作業も完了しております』
「ご苦労」

淡々と相槌を打ち、通信を終える。
ついにこの日が来てしまった。

「半年、か」

長いようで、短い。
短かったようで、長い時間だった。

トールと手を繋いだことも、抱き合ったことも、全て思い出せる。

「……ああ、」

その声は、神に祈るような色をしていた。


(体調悪いヤツに受ける甘いものっていうと……)

散策を好きなだけ終えたトールは(道中何度か人助けをしつつ)、買い物に来ていた。
フィアンマの体調が芳しくないということは既に知っている。
故に、何か買っていってあげようと思ったのである。
熱がある様子だったので、嘔吐の危険性を考えるとクリーム系は良くないだろう。

(氷菓子系か…?)

首を傾げ、さっぱりとした味であろうフルーツバーを手に取る。
本当はスープ等が良いのだろうが、彼女の胃腸は拒絶するだろう。
本当に難儀な体質だ。いつか治るものだと良いのだが。

「プリンは鉄則だろ」

呟き、カゴにプリンを入れる。
ついでにゼリーも入れ、ミネラルウォーターのペットボトルも入れた。
会計を終えて袋に詰め、のんびりとホテルに戻る。
自分が居ない間に熱があがったのか、彼女は息を荒くしつつぼーっとしていた。

「フィアンマ」
「……。…ん?」

一拍おいて、彼女はトールを見やる。
それから、首をかしげて薄く笑んだ。
笑顔の似合う少女だと、つくづく思う。

「プリンとか食えるか? 自然由来の薬もいくつか買ってきた」
「……ん。……感謝する」

のろのろと起き上がる彼女を支え、簡素な間食の用意をする。


プリンやゼリーを食べ、薬を呑み。
改めてベッドに横たわったフィアンマは、毛布にくるまる。
トールはというと、彼女がよろめきながら淹れた紅茶を飲んだのみ。
そして、彼女の枕元、その脇に椅子を置いた。
入院患者を見舞いへ来た客のように、椅子へ腰掛ける。

「トール」
「ん?」

彼女の額には、氷水に浸し、軽く絞ったタオルが乗っている。
そうしていると少し幼く見えるな、と感想を抱きつつ、少年は聞き返した。
弱っている人間の声というのは不安定で、可愛げがある。

「これは、疲労熱…で、ほぼ間違いないのだが…」
「? そうかい。ま、治るまで色々買ってきてやるよ」

そうじゃない、とばかりに、彼女の細い指がトールの服に触れる。
熱い指をそっと握ってやり、トールはフィアンマを見つめた。
金色の瞳はどこか泣きそうに揺らいでいる。

「あ、した……俺様が、お前の隣にいたら、」
「……居たら?」

唐突に当たり前のことを言い出すとは何事だろう。

そう言わんばかりのトールの表情は、無邪気だった。
ぎこちなく、ゆっくりと、フィアンマは一語ずつ願った。

「キス、してくれないか」

少々照れくさいものの、お安い御用ではある。
何を言い出すのかと、と安堵に肩を竦め。

「それなら明日じゃなくても、」




―――そのまま、トールの体はぐらりと揺れ、床に倒れ込んだ。


フィアンマがトールに供した紅茶。
その中に溶かされていたのは、砂糖―――ではなく、遅効性の睡眠薬だった。
気づかれなかったようだ。いいや、警戒していなかったのだろう。
警戒しないでいてくれたのだ。それはとても嬉しいことで、それを利用してしまった自分が恨めしい。

「……」

フィアンマはのろのろと起き上がり、タオル等を片付ける。
だるい体に喝をいれ、トールをベッドへ横たわらせる。
そっと毛布をかけてやり、ふらふらと立ち上がった。

「………」

ドアへ向かう。
開ける直前、そのままずるずるとへたりこんだ。
床に座り込んだまま、フィアンマは携帯電話を弄る。
電話をかけたのは、自分が心から嫌いだと感じる、とある少年だ。

「……もしもし」
『ん…あ、もしもし。何かあったのか?』

上条の声はのんきだった。
フィアンマは小さく笑って、ドアに軽く寄りかかる。

「少し、迷っていることがあってな」
『迷ってる?』
「……俺様とお前は同じような人間だ。
 体質の特異性という一点において」
『………ま、そうだな』

フィアンマと上条には、同じ悩みがある。
自分の体質<みぎて>が、人を不幸に巻き込むこと、だ。

「大切なものがあるんだ。
 それを保管している環境を整えるには、大切なものを手放す必要がある」
『…何か難しいな。宝石か何かの話か?』
「…そう、だな。そういうことにしておいてくれ」
『……俺なら、手放すかな』

上条は静かに言って、卑屈に低く笑った。
フィアンマと同じ、"諦めた"者の笑みだった。

『俺が大事にしようとしても、巡り巡って壊れるだろうしさ。
 それなら、その宝石がいつまでも傷つかないような環境にするために、必死になると思う』
「………そうか」

ありがとう。

それだけ言うと、フィアンマは立ち上がる。
諸々、やるべきことを済ませ、トールに近寄った。
何も知らぬ少年は、静かに眠り続けている。


「………」

顔を覗き込む。
指先で、彼の頬を撫でた。
泣きそうになる衝動を無理矢理に抑え込んで、薄く笑みを浮かべる。
自分に涙が似合わない事くらい、とうに理解している。

「……大事にする」

ループタイに触れ、フィアンマはそう呟き。
それから、トールの頬へ、軽く口づけた。
震える手で少年の手を握り、唇をきつく噛む。

「約束、守ってやれないな」

また、勝負をしよう。

そう言ったのに、叶えられそうにない。
謝罪の言葉をかけ、息を吸い込む。

離れた。
一歩、一歩、のろのろとした足取りでドアへ。
ドアノブへ手をかけ、二秒程立ち止まる。

「――――さよなら、トール」





そうして、彼女は部屋を永遠に出て行った。


今回はここまで。


この後は原作ママなので飛び飛びな感じかなと思います。
あ、トールくんの方の描写で時間経過な感じです。



















投下。


緩やかに、意識が浮上する。
どうやら寝てしまっていたようだ、とトールは自己判断を下した。
自分でも知らぬ内に疲れが溜まっていたのかもしれない。
幸いにして、彼女のように体調悪化まではいっていない。

「ん……」

もそもそ。

毛布をどけて、起き上がる。
周囲を見回したが、彼女はいなかった。
あの体調の悪さで、まさか外出したとでもいうのだろうか。

「…あん?」

ふと。
トールの視線が、テーブルで止まった。
テーブルの上には、便箋と札束が置いてある。

「………」

立ち上がり、近寄った。
札束はユーロ紙幣だった。結構な額だ。
便箋は赤一色で、白いペンで文字が綴られている。
几帳面な文字は、彼女のもので間違いないだろう。

「えーと、…なになに…?」


カツン、コツン。

靴音がいやに響く。
フィアンマは無事、聖ピエトロ大聖堂へと戻って来た。
出迎えたのは、書類を眺めていた現教皇である。

「おお、戻ったか…」
「……教皇さん」

近寄る。
彼は立ち上がり、フィアンマへ近づいた。
そして、孫にでもするように、優しく頭を撫でる。

「ただいま」

お帰り、という優しい声が聞こえる。
頭を撫でる手は温かくて、安堵を誘った。

もう、我慢出来そうになかった。

部屋を出る時には我慢していた涙が、溢れ出す。
息が切れ、荒くなり、思うままに泣きじゃくる。
教皇は少し懐かしそうな表情で、彼女の背中を摩った。
ぱぱ、と呟きながら、彼女は教皇の豪奢な法衣を掴む。
それをたしなめもせず、老人は少女の頭を撫で続けた。

「ごめんなさい、」
「何を謝ることがある。こうして無事に帰ってきたのだから、謝罪はしなくとも」

そうじゃない。

うまく言葉にならないまま、否定は嗚咽に消える。


「おやおや、これは珍しい」

慈愛に満ちた声を出したのは、聖職者の男だった。
左方を司る彼はゆっくりと近づき。
教皇と同じように、彼女の背中を摩って宥める。

「……何事であるか」

外から戻ったらしい傭兵が、眉をひそめる。
ぐしゃぐしゃの泣き顔がみっともなくて、フィアンマは無言で俯いた。

「恐らく、心配をかけたことを悔やんでいるのだろう」
「優しい子ですからねー」
「そういう事情であったか。納得であるな」

そうではなかった。
この涙は後悔と、別れの悲しさによるものだ。
そして、これから自分が行うことへの心苦しさでもある。

「何泣かしてんのアンタら」

霊装の調整を終えたらしい女性の姿があった。
メイクはしていないらしい。
彼女はフィアンマに近寄り、袂から取り出したハンカチで目元を拭ってやる。
教皇から奪うように抱きしめ、頭を撫でて、快活に笑った。

「何かされたワケ? アンタが泣くなんて珍しい」

よしよし、と慰められる。
その心地良さが、かえって胸を締め付けた。


ようやく、泣き止んで。
フィアンマは他の右席と教皇へ向き直る。
赤い髪を揺らし、微笑みを浮かべた。

「迷惑をかけたな」
「皆心配していましたよー?」
「それは理解している。すまなかった」
「謝る位なら最初から失踪なんてするんじゃないわよ」

手を伸ばす。
虚空から取り出したのは、一本の杖。
口の中で詠唱をして、彼女は目を閉じた。

「過ごした思い出は、全て俺様が持っていく。
 今日、今、この瞬間から。……お前達は、俺様にとって、只の―――ただの、部下だ」

今日は、別れの日。
大好きな人達と、恋人と、その全てに別れを告げる日。


『親愛なる雷神様

 恋人ごっこは今日で終わりです。
 置いてある紙幣は、今まで使ってもらった金額を計算して用意しました。
 財布を無くしたというのは、嘘でした。あくまでも、一緒に居る為のきっかけ作りに過ぎません。
 沢山沢山嘘をついてきました。お詫びを申し上げます。ごめんなさい。
 これ以降、きっと関わることはないでしょう。むしろ、そう願うところです。
 

  さよなら。
 


                                あなたをすきだったことは、本当です』


「……何だそりゃ」

トールは、笑った。
うまく、現実を把握出来なかった。
便箋をテーブルへと置き、カレンダーを見やる。

「なあ、エイプリルフールにしちゃ遅すぎるだろ」

四月とはいえ、一日などとうに過ぎている。
トールは手を伸ばし、クローゼットや、シャワールームのドアを開けた。
どこにも、誰も居ない。求めている人影すら、見当たらない。
当然のことだった。冗談でも何でもなく、彼女は出て行ったからだ。

「何だよ、俺の知らない術式でも使って隠れてやがるのか? 
 十字教の隠蔽術式なんか全然わかんねえよ。ギブアップだ、だからさ、」

どうかそうであって欲しい、という思いが独り言となって漏れ出した。
彼の性格上滅多にしない敗北宣言までして、彼は必死に願っていた。
冗談であることを。幻想であることを。現実ではないことを。

「フィアンマ――――」


記憶を奪い、偽りの記憶を植え付ける。

フィアンマが行ったのは、簡単なことだった。
自分と築いた、幸せで救いある思い出を消し去るだけ。
たったそれだけで、対応はガラリと変貌した。

それでいい。

裏切るよりは、関係を絶って利用した方が良い。
そちらの方が、周囲の人々は傷つかないから。
自分が地獄の底を這いずり回ることになったとしても。
やり遂げなければならないことが、確かにあるから。

「…まずは、何からするか」

ぽつり、と呟く。
下準備は大体済んでいる。
戦争の火種を撒く作業に入るだけだ。
その過程で右席の面々は使い潰すしかない。
自分の敵として、眼前に立たせないために。

「――――これで良かったんだ」

呟く。
自分に言い聞かせるように。
ゆっくりと『奥』へ進み、沈黙する。
もう、少女の姿を誰かに見せることはないだろう。


今回はここまで。
トール先生の愛情深さにご期待ください


ウーフィアスレを何路線でいくべきか……あんまりギャグセンスないんですよね…。





















投下。


教会の門をくぐっては、次の教会へ。
あてもなく元恋人を探す少年は、ボロボロだった。

「っ、」
「だ、大丈夫でございますか…?」

おっとりとした様子の修道女が、親切に水を差し出してくれる。
紙コップを受け取り、一気飲みをして。
それから、長い長いため息と共に、紙コップを返す。

「…ありがとな」
「いえいえ。探し人でございますか?」
「……ああ。赤い髪の、俺よりちょっと身長が低い女の子なんだが」
「申し訳ありませんが、存じ上げません…」
「そうかい。ま、仕方ねえさ」

長い金の髪を緩くかきあげ、トールは歩いていく。
どうしてこんなにも彼女をさがしているのか、自分でも理由がわからない。
恋人ごっこは終わりだと、一方的にそう宣言されたのだ。
もう諦めた方が良い。そっちの方が、ずっと楽なのに。

頭では、わかっているのに。


ローマ正教の本拠地へ行ったところで、彼女は出てこないだろう。
強襲したところで、数の差で負けるに決まっている。
初めて出会って戦ったあの日は、彼女の温情でお目通りが適ったのだから。

「………何で、」

疲れた。
橋に寄りかかり、ぼんやりと空を見上げる。
何の前兆もなしに、彼女は出て行ってしまった。
自分が嫌いになっただとか、そういうことではないのだろう。
彼女はきっと、自分の元を去ることをきちんと決めていた。
そのために札束を用意して、手紙を書いて。

「………」

今思えば、あの異常な眠気は薬を盛られたのかもしれない。
彼女はそもそも、何度もこう言っていたはずだ。

『一生お前の世話になるつもりはない』

あれは、意思ではなかったのかもしれない。
"そうなれない"ということだったのか。
何もわかるはずがない。何も話してくれなかったから。


春が過ぎ、夏が来た。
鬱陶しい程の暑さの中。
フィアンマはジェラート店の中で片っ端からジェラートを食べていた。
甘く、水分の無い濃厚な高級菓子は、すんなりと喉を通っていく。

おいしくない。

店のせいではないことはわかっている。
自分の精神状態のせいであることくらい。

「……、」

食べ終わる。
ふらりと立ち上がり、右から十三番目のケースの中身を注文する。
再び席につき、スプーンを一定のペースで動かし、口に運んでいく。
芳醇な茶葉と甘いミルクの奏でるロイヤルミルクティーの味。
どんなに機嫌が悪くても笑みが浮かぶ位に美味しいはずなのに。

(……特に美味ではないな)

飽きた訳ではない。
ただ、食べることを楽しめない精神状態にいるだけだ。


暑い。

トールはケーキ屋に立ち寄り、涼やかなジュレやゼリーを眺めていた。
視線をそろりと動かすと、そこには様々なケーキ。

「………、…」
「ご注文はお決まりですか?」

定句を紡ぎ、店員はのんびりとトングを掴む。
彼は少し迷って、目を閉じた。
別れてから、もう三ヶ月は経過しているのに。
今でも、目の前に彼女がいるかのように、ケーキを食べる様が思い出せる。

「苺ショートからミルフィーユまで一つずつ」
「かしこまりました」

白い箱をカコカコと組みたて、店員はケーキを詰めていく。
その様を眺め、トールは考え事をしていた。
どうすれば彼女を見つけられるかを、ずっと考えていた。


ケーキを購入し、ホテルへ戻る。
椅子に腰掛け、サービスでもらったプラスチックフォークをビニールから取り出す。
箱を粗雑に開け、皿によそいもせず、ケーキのセロハンを外す。
脇に退け、食べる順番などロクに考えずに口に運んでいく。

甘い。
美味しくない。

酸っぱい。
美味しくない。

苦い。
美味しくない。

彼女は、あんなに美味しそうに食べていたのに。
自分も、一緒に食べている時は美味しかった。
たとえ安物のショートケーキでも。彼女は文句ありげだったけれど。

甘ったるい。
美味しくない。

しょっぱい。




――――しょっぱい?


白い生クリームに、ぽたりと透明な液体が落ちる。
フォークを握ったまま、トールは暫し制止した。

「あ……?」

ぽたぽたと溢れている。
どこからだろう。
考えてみれば、すぐにわかった。
自分の瞳から溢れた涙でしかなかった。

「あ、……」

目の前が滲んで、物が見えなくなる。
フォークを取り落とし、そのまま下を向く。
止まることを知らず、涙はテーブルを濡らした。

「――――ああ、俺、本当に、」

アイツのこと、好きだったんだ。

笑う顔が、泣いた顔が、驚いた顔が、拗ねた顔が。

ただ、目の前で、隣で、あるいは同じ部屋で。
ケーキを食べたり、構えとひっついてきたり。
冗談を言ってくる声も、繋いだ手も、好きだった。

こんなに長い間捜しているのは、彼女が恋しいからに他ならない。
下らない日々が、あまりにも心地良かった。
何を差し置いても守りたかったくらいに。

「初めて、守れるものが、出来たのにな」

気づくのが遅すぎた。
もっと早く、引き止めの言葉をかけるべきだったのだ。
あまりにも鈍感過ぎた。それが、結果として彼女を失う羽目に陥った。

たったの半年。
されど半年。

一緒に過ごしたその日々の、一日毎。
全てが楽しかった。知らないことを沢山知った。
無意識下、どこかで、そんな日々が永遠に続いていく気がしていた。

「ちくしょう、」

フォークを拾い上げ、ケーキを口に突っ込む。
やっぱり不味い。美味しくない。
だが、食べていると、彼女が食べている様子がまざまざと想い出される。

「あんな紙きれ一枚で、要らねえ札束で、諦めきれるかよ――――」


今回はここまで。


時間をあけて投下量を増やした方が良いのか、今のスタイルを続けてちまちま投下の方が良いのか迷います。



















投下。


今頃、トールはどうしているのだろう。

ざあざあと降る大雨の音を聞きながら。
フィアンマはごろりとベッドに横たわり、聖堂の天井を見上げる。
小さな宗教画のレプリカが、所狭しと飾られている。
その多くは神の如き者<ミカエル>や光を掲げる者<ルシフェル>を描いたものだ。
幼い頃から慣れ親しんだ、大天使達の神々しい御姿。

「………」

トールと別れて、早五ヶ月と、少し。
約百二十日もあれば、きっと自分のことなど忘れているだろう。
もしかしたら新しい恋人が出来たかもしれない。
ごっこ遊びなどではなく、きちんとした相手が。愛する人間が。

ちくりと、どこかが痛んだ。

彼の場合、戦いに明け暮れて毎日を過ごしていそうでもある。
何はともあれ、死んでいなければ良いと、そう思う。
自分があげた霊装は、あくまでも一回だけしか彼の命を守れない。

「…………」

目を閉じる。
睡魔が速やかに忍び寄ってきた。
今日はよく眠れるだろう。
何も考えないで、きっと。

「………」

前方のヴェントは、単身で学園都市へ潜入した。
都市内外を問わず、イタリアでさえ気絶する人間が出ている。
うとうととしながら、フィアンマは恐らく失敗するだろうと考えていた。

(失敗して、アックアが回収してくれば―――)

横を向き、枕を抱きしめる。

(―――死にはしないだろうしな)


橋にもたれかかる。
結局、今日まで彼女は見つからなかった。
そもそも、ローマ正教の最奥に存在する人間が見つかるはずがない。
彼女が表に出ていたこと事態、まずおかしかったのだから。

「何で俺、アイツを好きになったんだろうな…」

他の女の子を好きになれば、こんな苦労はしないですんだ。
たとえ逃げられても、世界中探せば見つかったはずだ。
それではダメだから、苦労をし続けている訳なのだが。

「よお」

男の声だった。
そちらを見やると、軽薄そうな青年が立っている。
北欧神話の巨人の王を名乗った、幻術使いだった。

「あー…ウートガルザロキで合ってるか?」
「合ってる合ってる。記憶力良いのな」
「何か用か?」
「スカウト」

前と用件は同じだ、とぼやき。
彼はトールと同じように橋に寄りかかった。

「人探ししてるんだって?」
「……まあな」
「俺の腕折ってくれちゃった子?」
「……ん」


言葉数少なに肯定して、トールは川を眺める。
静かに流れていく水面は、心を穏やかにした。

「何、フラれたとかそういうアレ?」
「………そうとも言えるのかもな。
 そもそも付き合ってるんだかどうか、曖昧な関係だったし」
「へー。それで、未練たらしく女のケツ追っかけてる訳か」
「ケンカ売ってんなら買ってやっても良いぜ?」
「勘弁してくれよ。俺はバリバリのインドアインテリ系だぜ?」

軽く笑って、ウートガルザロキは伸びをした。
トールの様子を眺め、それから空を眺める。
街ゆく人々は、二人の男に気を留めることはない。

「―――思えば何度もサインは出てた。俺は気づかなかった。
「…何なに、哲学?」
「アイツの話だよ」
「ああ、あの女ね。サインって?」
「俺とずっと一緒には居られないとか、世話になり続けるつもりはないとか。
 不意に黙って考え込んだり、寂しそうな顔してる時もあった。
 何も言わなかったから、聞くべきじゃねえと判断した。それは間違いだった」
「あのさー、俺神父じゃないんだーけーどー」
「んな事わかってるよ」

ため息をゆっくりと吐き出し。
トールは、目を閉じた。
失望しているように見えた。
ウートガルザロキは、空を見上げたままに。


「こんな事言うとウチの構成員に蹴り入れられそうだけど」
「?」
「女ってのは、基本馬鹿な生き物なんだわ。
 ああいや、男にもたまにいるけどな? クソメルヘン的でぶっ飛んでるヤツ」
「……」
「女は基本的に夢見がちな生き物で、しかも天邪鬼なモンだ。
 追いかけてきてくれることを夢見て家出したり。
 謝ってくれることを期待して『もう怒ってない』って言ってみたり。
 だから、言葉に出したことだけが真実じゃねえし、むしろ無言の方が事実だったりする」
「……、」
「俺にゃ詳しいことはわかんねーけど? ……まあ、アレだ」



―――――鈍感だったとしても、そんな男が再び手を差し伸べてくれる日を夢見ているのではないか。



彼はそう言って、励ますでもなく伸びをした。
どんな男にだって、好きになれば、女は夢を見てくれる。
その夢が醒めるのはいつなのか、本人にだってわからない。
間に合わないなどということはない。
何度でもやり直せるから、人間関係とは難しくて、易しい。

「俺も手伝ってやるからさ」

魔術結社への勧誘。
今のトールに、断るメリットはなかった。


「さて。いかがしましょうかねー」

左方のテッラは中身の入ったワイングラス片手に、フィアンマへ向き直っている。
口調こそ変わらないが、その視線から慈愛は撤廃されている。
あくまでも指示役として、フィアンマを見ているだけだ。
対して、青年の見目であるフィアンマは悠々と脚を組み。

「例の『文書』を使え」
「ふむ。アレですか」
「ヴェントとは違い、お前の術式は未完成だ。
 あれを使って暴動を煽る方が、お前の得意とするところだろう」
「ま、直接的な暴力も苦手ではありませんがねー。
 他ならぬあなたのご指示です。拒否をする理由も無いでしょう」

のんびりと言って、ワインを飲み干す。
その辺りの場末の酒場でもお目にかかれない安物だ。
いかにも不味そうなそれに、注意したくなり。
もうあの親しい関係には二度と戻れないのだった、とふと思い出して苦笑いする。

「動くタイミングはお前に任せる。早めに行うだろうが。
 報告は口頭でなく、文書で構わん」
「ええ、かしこまりました」

ゆったりと立ち上がり、ゆっくりと彼は歩いていく。
その後ろ姿を見送り、フィアンマは安物のビスケットを口に含む。
味は感じなかった。まるで紙を食べているかのようだった。


コツ、コツン。

ウートガルザロキに導かれた先。
立っているのは、一人の少女だった。
ほっそりとした肢体に、柔らかな胸。
布面積の少ない黒を基調とした衣装。
物々しい黒い眼帯。金の長い髪。

「お前が雷神トールか」
「ああ」

今まで戦ってきた相手の誰よりも強いだろう。

放たれるオーラからそう判断しつつ、トールは頷いた。
そうか、と平坦な声で相槌を打ち。

「私は魔神オティヌス」

名乗ると、彼女はトールを見据えた。
冷徹な緑の瞳が、トールの青い瞳と視線をかちり合わせる。

「お前のコードネームは―――そのままトールで問題ないだろう」
「ああ」
「一つ言っておく」

組織に居る間は、願いに対してある程度の協力はする。

「だが、私を裏切ればそこに待つのは死だけだ」

邪魔をすれば殺す。
それは元仲間だろうが現仲間だろうが結果論だろうが関係ない。

冷酷な宣告を前に、トールは肩を竦める。

「そうかい。俺は好きなようにやらせてもらうさ。
 あんたの利害基準に引っかからない範囲で」

彼女にもう一度会えるのなら。
『世界の敵』になっても良いと思える。

(お前は世界を管理するローマ正教のトップ。
    ――――世界を壊す側に回れば、出会うのは必然ってモンだろ)





―――たとえ、どれだけ底抜けに世界が滅茶苦茶になっていったとしても、彼女に傍にいて欲しい。


今回はここまで。
(今回は三角関係は入れないようにすべきかなあとおもいますこなみ)

乙。「敵になれば絶対会えるだろ」っていう自信と考え方は実にトールらしいな。

ウーフィアはチャラかっこいい路線、変幻自在で読者も登場人物も騙すような感じはどうか。

投下は適度がいいんじゃないかね。量も、頻度も。


ウートさんの久々の出番に笑っちまったwwチャラいけど良い事言うじゃん

ついにトールがグレムリン入りか…胸熱
この場合トールは原作よりもグレムリンに従順かな?


>>280
(ハイレベルすぎてわけがわからないよ)

投下頻度了解しました

>>282
原作よりは理由が複数ありますからね。












投下。


路地裏や公園は、基本的に猫のたまり場である。
フィアンマは現在、公園のベンチに腰掛けていた。
足元には数匹の猫が眠っている。
彼女の膝上には金色の毛並みを持つ猫が眠っていた。
産めや増やせやで放置した結果の野良猫達である。

「……」

彼女の視線の先には、人々の行列があった。
手には沢山のプラカードや、大きなメッセージボード。
綴られている内容は、恐らく『学園都市を許すな』だとかその辺りだろう。
先日の学園都市へ対するヴェント強襲で得られた"成果"である。
人々は科学サイドに反発し、自主的にデモを行っている。
ローマ正教には着々と『平和の為の基金』が寄せられている。
無論、そのほとんどは戦争準備の為に使われるのだが。

「なーん」
「…ん?」

目を覚ましたらしい猫が鳴き、尻尾をゆっくりと揺らす。
瞳は澄んだ水色をしている、毛並みの美しい金色の猫。
『誰かさん』に似ている気がして、フィアンマは薄く笑んだ。

「今頃は、誰かと戦っているのかな」


「特にやることなんてねえんだな」
「今の所は完っ全に準備段階だしなー」
「動くのはいつからなんだよ?」
「戦争が激化、あるいは終わってから」
「…あん? 戦争?」
「ローマ正教VS学園都市ってトコか。予想だと」

ウートガルザロキは沢山の写真を眺めながら、のんびりとガムを噛む。
一粒投げよこされたガムを口にし、トールは退屈そうにぼやいた。
集めるだけ集めた人員に対し、オティヌスの指示はただ一つ。

『不用意に目立つな』

これだけだ。
何かをしろと言ってくれた訳ではない。
故に、メンバーの多くは暇を持て余している。

「んでもって、やっぱそう易易と見つかるモンじゃねえな」

サーチ術式に使用されている霊装。
その針の先がピクリともしないことに、ウートガルザロキは残念そうに呟く。
トールが探す彼女は、未だに見つからない。
どんな術式を用いても、どれだけ歩き回っても。


「『助言』、要る?」

悪神ロキの妻―――『シギン』を名乗る女が、首を傾げる。
科学とも魔術とも言いがたい彼女の『助言』。
だが、それは必ず良い成果をもたらしてくれる。
ウートガルザロキはちょっぴり思考して、それからトールを見やる。

「霊装に関するヤツか?」
「人を見つける方法について」

思い浮かんだから、といった様子で彼女は言う。

「もっとシンプルにしてしまえばいいよ」

最初から多くの条件を設定しては見つかるはずもない。
面倒な手作業は覚悟で、ひとまず大まかな絞込みをすべきだと彼女は告げる。

「参考にするかどうかは任せるよ」

これはあくまでも『助言』。
責任は負えない、と彼女は肩を竦めた。


「見つかると良いね」

黄金の工具を整備しつつ。
黒小人の少女は、本心からそう言った。
それから少しニヤリと笑って、トールを見る。

「それにしても、トールがそんなゾッコンになる位美人なんだ?」
「………ま、否定はしねぇよ」

揶揄の響きを含む発言に、トールはふいとそっぽを向く。
『投擲の槌』と呼ばれる黒いドラム缶型の少女がガタガタと揺れた。
マリアンは少女に笑いかけ、トールをさらにからかおうとする。
一度仲間と認めた相手には、彼女は優しく、甘く、親しげだ。
逆に言えば、敵にはどこまでも一切の容赦をしない人間である。

「ウートガルザロキも見たことあるんだっけ?」
「おー、あるある。気のキツい美人。多分尻に敷かれるのが気持ちいいんだろ」
「ぶん殴る」
「ちょ、タンマタンマ! 写真破れるだろ!!」
「逆上するってことはあながち間違ってないからかねー?」
「うるせえ! マリアンだってベルシにひっつきっぱなしじゃねえか!」
「な、ななななッッ、ベルシは今関係ねぇだろ!!」

マリアンを庇う様に、投擲の槌がガタンガトンと揺れる。
ウートガルザロキは仕事道具を守ろうとするし、マリアンは工具を投げつける。
トールはそれを華麗に避け、シギンは迷惑そうに身を屈めた。

ガチャリ

ドアが開いて入ってきたのは、話題の渦中にあった『ベルシ』である。

「……何をしているんだ」

彼の疑問にも応えず、三人は半分取っ組み合いの状態にいる。
仕方がないので、シギンは軽く答えてあげることにした。

「恐らくだけど、痴話喧嘩じゃないかな」


フィアンマは夜更けになって、ようやく大聖堂へ戻って来た。
報告に来るはずだと踏んでいたテッラがどうにも見当たらない。

まさか、幻想殺しに殴られて気絶、学園都市に回収―――なんて間抜けなオチではないはずだ。

それならそれでどうにか回収しなければ。
いろいろな可能性を考えつつ、フィアンマは部屋を回る。
とある部屋に居たのは、後方のアックアだった。
彼はというと、凶器に付着した血液を拭っている。

「…何だ。誰か殺したのか?」

どこぞの戦争にでも勝手に出向いてきたのだろうか。
流れ者の傭兵である彼ならば別段おかしくはない。
『神の右席』といえど、自分達は魔術師だ。
組織の為だけに尽くす生き物であるはずもない。

「粛清である」
「……処刑でも?」
「私刑であるな」

親しくなって尚寡黙であった男は、記憶を持たぬ今、殊更に寡黙。
フィアンマは眉をひそめ、ひとまず聞いてみることにした。

「―――誰を、だ?」
「左方のテッラであるが」


――――数時間前。




「ご………ぉ、ぼ……」

口と、完全に切断された半身の傷口から血液を垂れ流し。
左方のテッラは、何故自分が攻撃されたのかをわからずにいた。

理由は明確だ。

観光客や一般市民を。
ローマ正教徒でないからといって、術式調整用に『使って』いたことが、アックアにしれたから。
魔術師というのは組織の都合だけでなく、実に個人の都合で動く。
アックアの中で、テッラは私刑に足る人物だった。だから殺す。

「ぁ………」

致し方ない。
一足先に神の国へ導かれることにしよう。

そう思ったテッラは、満足そうな笑みを浮かべる。
対して、アックアは冷酷に言い放った。

「貴様のような殺人者が神の国へ招かれるなどと、勘違いはしないことである」
「ぐ……」

侮蔑に、テッラの顔が歪む。

「神は全てを知っている。自らの罪を振り返って、自省するが良い」

言い返そうと、口を開き。
赤黒い血液の塊が、ボタボタと床に落ちた。
徐々に意識が薄れていく中、テッラは、忘れていた記憶を取り戻す。
それはとても暖かで、一人の少女を中心とした、穏やかな『右席』の姿。その情景。

「―――――、」

(てっら、ばいばい)

幼い少女が、手を振っている気がした。
自分はいつでも彼女の頭を撫で、微笑みかけていた。





どうしてわすれ―――――


テッラの最期について聞かされ。
フィアンマは適当な相槌を打ち、アックアの元から去った。
今、彼女の目の前にあるのは高級そうな桐の箱である。
その中には、テッラの死体の半分が収められている。
アックアが、イギリス清教への宣戦布告の材料として使用する為に、収めたのだ。

「……」

開けてみる。
どこか、寂しそうな表情を浮かべた男の上半身だった。
防腐処理が多少施されているようだ。

「……」

触れてみる。
冷たかった。
硬かった。

紛れもなく死体だった。

「……後戻りの出来ないところまで、来てしまったな」

自分という緩衝材を挟んで、少し前まで、テッラとアックアはそれなりの関係を保っていた。
その自分との思い出を消した影響で、関係は悪化の一途を辿ったのだろう。
奇しくも、自分が辛い思いをさせたくない一心で施した術式が、彼らの不幸と無理解、悲劇を招いた。

「これから世界を救うから、見守っていてくれ」

それしか、言えなかった。
言えなくて、彼女は静かに自分のロザリオへ口付け、聖堂を出て行った。


不思議と涙が出なかったのは、どこかで理解していたからかもしれない。
何の犠牲も無しに、物事の進歩などありえない。
時間、人員、労力、時には命を犠牲にするから、何かが進化する。

「後戻りは出来ない」

自分に言い聞かせるように呟いて、彼女は本のページをめくった。
幼い頃、テッラに読んで欲しいと強請ったことのあるものだった。
内容はお世辞にも子供向けとは言えそうにないものだが。

「……後戻りは、」

桐の箱に収まる死体。
病院で今も眠り続ける女性。

自分の指示の結果、一時的、あるいは永遠に眠った同僚。
自分が殺したも同然だ、と思う。
苦楽を共にしたくせに。いや、それを知るのは自分だけなのだが。

「………、ル」

彼に会いたかった。
しがみついて、思うがままに泣き喚いて、困ったように笑いかけて欲しかった。
その機会を捨てたのは自分であると、痛い程理解しているのに。
結局、自分は身勝手なのだ。多くをとろうとして、犠牲を生む。

本を閉じる。

アックアもきっと、倒されるだろう。
アウェイ戦で良い結果を期待する方が間違っている。


今回はここまで。
仲良しグレムリンとぼっちの右方


シギンさんあんまり見ませんね。致し方ない…





















投下。


「間もなくか」

世界各地のニュースを耳にしつつ。
魔神たる少女は、ぼんやりとした表情で呟いた。
そこには何の感慨もないし、心配もなかった。
たとえ世界が滅びても、彼女は50%の可能性で必ず生き残る。
イギリスでクーデターが起きれば、もう戦争は避けられない。
クーデターが起きずとも、ローマ正教の最奥に住む人間は強硬手段に出るだろう。
何とはなしに、戦争の陰の首謀者が望むものは見えていた。

そして。

その方式を突き詰めても、それは恐怖政治でしかないことを知っている。
あるいは、全人類の人間味を無くすだけだと。
右方のフィアンマが行おうとする『救済計画』に察しがつきながら。
それでも、オティヌスは今はまだ、怠惰に過ごし続ける。
この先未来がどう転んでも、自分の望む結果になるだろう。
自分がやりたいことは、正直に言ってシンプルにただ一つなのだ。


そうして、死体の半身はイギリス清教へと送られた。
残りの半身を丁寧に処置し、墓場へと運ぶ。
神父として誰かを埋葬する仕事をするのは何年ぶりだろう、とフィアンマは思った。
何年ぶりかに見た彼の本名は、実に一般的なそれ。

「……」

花束を、無造作に墓石の前へ。
とさり、と存外軽い音を立てた。
緩やかな風になびく花は、美しい赤色をしていた。

「……おやすみ」

夜更けに、部屋の前で別れるような。
そんな気安さで言葉をかけ、フィアンマは墓石へ背を向けた。
死者は何も語らないし、何も応えない。
だから、甘えない。後戻りは出来ない。

「今日は、アックアが潜入に出ている」

それだけ、無意味に告げると、聖堂へ。
徐々に秋の色を帯びる風が、いやに冷たい。


「何が悲しくて惚気なきゃならねえんだよ」
「いーからいーから」
「何が良いんだっての」
「俺の術式研究に協力すると思ってさあ。
 間違っても『リア充爆発しろ』とか言わねえし」
「あん? りあ……?」
「あ、知らない? 知らないならそのまま純粋なトールちゃんのままで」

ウートガルザロキは暇つぶしの材料に今現在、雷神トールを選択していた。
トールはというと、霊装の手入れをしながらやっぱり暇を持て余している。
催促されているのは惚気話である。
何でも『恋情という自分の経験したことのない感情の揺れ動きを術式の材料にしてみたい』らしい。
本当のことかどうか、怪しいものである。

「そもそも初対面の野郎の腕ポッキリ折っちゃう女のどの辺りが良い訳」
「まだ根に持ってんのかよ。……ケーキ食べてる顔とか」
「ふーん? 後は後は?」
「人が眠いところにのしかかってきたり。
 寝てる間に悪戯しやがったり。
 ……俺が軽く咳しただけで、数時間後には飴作って差し出してきたり」
「その後半のは女子力って言って良いのかね」
「あん? 戦闘力の一種か?」
「いやいやコッチのオハナシ。なるほどー、いやー、なるほどなるほどね」
「ま、仮にそういうのを二度としなくなっても、だからといって嫌いになったりはしねえな。
 口で言い切れるような理由だけで好きになった訳じゃないから、口で言えるような理由じゃ嫌わない」
「じゃあ感動の再会の時には涙流しながらハグしてぶっちゅーしちゃうんだ。マジ引くわー」
「ナメてんのかテメェは」

そんな訳ないだろアタック(電撃を纏った手刀)が繰り出される。
対してウートガルザロキはというと、自ら名乗る巨人の王の伝承に基づいた術式を用い、ひらりと姿を消したのだった。


一人、本を読む。
本の内容は、ロクに頭に入っていなかった。
ただ、自分を落ち着かせる為の所定の行動に過ぎない。
言うなれば精神統一の儀式のようなものだ。

「……ん」

報告が来た。
指示していた通り、文書によるものだ。

「――――、」

内容としては、後方のアックアの失態。
及び敗北、原因、その過程についての簡素な報告。
無言の内に文書を燃やし、聖堂の中央部へ出る。
そこにはローマ教皇が立っており、動揺している様子だった。
足元には紙切れが散らばっている。それでも内容は読めた。

『無条件降伏の要求』

それに尽きる。
真剣に悩み、落ち込む教皇に、フィアンマは小さく笑う。
自分が生きている限り、ローマ正教は安泰だというのに。

「教皇さん。そんなにうろたえてしまっては、『器』が足りないように見えるぞ?」
「……どうするというのだ。前方のヴェントは再起不能、左方のテッラは死亡。
 果てには、後方のアックアが倒れたとなっては、」
「まずはイギリスを討つ」
「なに?」

ローマ教皇へ向かって馬鹿丁寧な説明をしながら、フィアンマは自分の精神が冷えていくことを自覚する。
間違っていると考えてしまっては、それだけで全てが終わってしまう。
自分がなそうとしていることは正しいのだから、胸を張るべきだと、そう思う。

「させると思うか」
「止められると思うのか? たかが二○○○年の歴史で」


思えば、本当に右手を振るった事なんて、数度しかなかった気がした。
ほんの少し努力すれば、皆は自分に微笑みかけてくれた。
才能があるだけで。ただそれだけで、多くの人に望まれた。
自分が出来ることなんて、膨大な奇跡の一部を、ほんの少し人々に振舞っているだけなのに。

「ぐ……、」
「なあ、教皇さん」

ゆっくりと近づく。
自分の後ろに在る『第三の腕』を見て、彼は少し怯えた。
それは少し気分が良くて、とても、さみしい。

「確かにヴェント、テッラ、アックアの三名は希有な才能を持っていた。
 しかし、俺様とは比べ物にならん。比較する方がかえって哀れだ。
 『神の右席』なんてものは、俺様さえ生きていれば充分に機能する」

ゆらり、と右手を水平に掲げる。
まだ『第三の腕』は空中分解していない。
ローマ教皇の背中には、守るべき多くの市民、そしてその皆が住む大広場がある。
民衆を暴力から守ろうとするローマ教皇は、紛れもなく人格者だった。

人に選ばれたことなんて、気にする必要はない。
神様だって、あなたを選んだに違いない。

思いはしたが、言えなかった。
言わないままに、右腕を振るった。
意識を刈り取るための無慈悲な一撃が、優しい老男を貪った。


遠い、夢を見ていた。
本当にあったことなのかどうかはわからない。
ただ、夢のように朧げで、幻のようにあやふやだ。

『きょうこうさん』

小さな女の子だった。
幼い手を伸ばし、白い法衣を掴む。
本来ならば窘められるべきだが、周囲に書記官達は居ない。
自分は知らず知らず微笑んでいて、彼女の頭を撫でた。

お菓子を食べよう。

それが少女の食事であることを、己は知っていた。
自分の相談役である彼女は、低い背丈で、一生懸命棚のものをとる。
ホットミルクをいれ、クッキーを皿によそった。

『できた』
『そうか。こちらへおいで』

椅子に腰掛け、二人でテーブルに座る。
そうだ、『最初』は二人から始まった。

やがて左方のテッラが来て。
前方のヴェントが決まり。
後方のアックアの後任者が決定した。

一人ではなくなる度に、歳を重ねるごとに。
彼女は寂しそうに目を伏せた。

『きょうこうさん、せかいをすくうのはいいこと?』
『勿論だとも』
『そっか』

正しいことをするべきだ。

彼女はロザリオを握り、そう呟いていた。


それは、遠い日の記憶(ゆめ)。


今回はここまで。


オティヌスたんのポジションは………


















投下。


二つの道があった。

一つは、何も見ないフリをする楽な道だった。
もう一つは、全てを受け入れて辛い思いをする道だった。

選ぶ権利は、あるかのようで、最初から無かった。
ただ、背中を突き飛ばされるままに歩いてきた。
『神の右席』の頂点に君臨する者として、これまで沢山の人を救ってきた。

物資は限られていて。
人々はいがみあっていて。
格差は激しい。

一つの国を救う為に、いくつかの街を滅ぼす必要があったりもした。
その時自分は、迷わなかったように思う。

だからこそ、強く思うことがある。
そんな自分がトールとの復縁を望んでしまうのは、あまりにも身勝手なのではないか、と。


イギリスは火の海だった。
否、そう言ってしまうと少々語弊がある。
正確には、クーデターによる混乱の渦中にあった。
何しろ、クーデターを起こしたのはイギリスの第二王女なのだ、当然のことだろう。

「………まあ、俺様が誘導したのだが」

事実を呟いて、ゆっくりと歩き進む。
『神の子』の恩恵を利用した隠蔽術式によって身を隠しているため、誰にもバレない。
今頃は幻想殺しのあの少年が右往左往しながら戦っていることだろう。

ままごと遊びのようだ。

クーデターをしようがしまいが、自分の目的は達成される。
達成されれば、何にしても世界規模の戦争は起きる。
大掃除のようなものだ。致し方あるまい。

「………おや?」

宮殿へ入る。
常は警備の兵が多く居るはずだが、一人も居ない。
周囲を見回し、やがて一通の通知書を発見した。


「『退避』、か。なるほどなるほど」

全員、重要なものや機密文書を持って退避するように。

そんなような内容の通知書だった。
フィアンマが今回取りにきたものは、イギリス清教の暗部中の暗部に存在するものだ。
故に、その存在は誰も知らない。だから、持ち出せるはずもなく。

「だからといってポンと置いておかなくても良いだろうに……」

『それ』の使用方法を知る人間はごくわずか。
存在が秘匿されていればそれでいいのか、実際の『それ』は鍵のかかった箱の中で転がっていた。
鍵は存外軽く外せた。実に安易でつまらない仕掛けだった。

「…さて」

顔見せをしておくべきだろうか、と思う。
上条当麻に宣戦布告をしておくのも悪くはないだろう。
彼にはロシアへ来てもらった方が手間が省けるというもの。
ゆっくりと一歩踏み出し、向かう先は戦闘の終わったであろう中心地。


「久しい―――といったところで、覚えてはいないか」
「誰だ、テメェ。インデックスに…ッ、何をしやがった!!」
「知らんよ。整備不良はそっちのミスだろ」

敵意をむき出しにする少年の姿は、滑稽だった。
自分のことを覚えていない。つまり、禁書目録のことも覚えてはいないのだ。
そして本質的な性格を鑑みるに、記憶喪失について彼女に話してもいないのだろう。
ほんの少し会話しただけでこれだけのことがわかってしまうのは、やはり同族だからか。

「右方のフィアンマ、だし……ローマ正教…っぐ、」
「おいおい、自己紹介位自分でさせてくれよ」

のんびりと遮る。
緩やかな口調と共に、右手を振るう。
たったそれだけで、敵は面白い程距離を離して吹っ飛ぶ。
戦闘で苦労などしたことはなかった。
全て、自分の右手が、奇跡が、何とかしてくれた。

「ジ、ガ………」

ふらり、と揺れて。
インデックスの体が、地面へ倒れこむ。
フィアンマは彼女を一瞥し、上条を見た。

「俺様は、右方のフィアンマ。
 ローマ正教『神の右席』―――最後の一人」
「ッ、」
「――ーその右手の管理は、今暫く任せておくか」

背を向ける。
上条が走ってきた気配を感じ取って、小さく笑う。

自分は今、どんな悪人に見えているのだろう。


間もなく戦争が起きる。
『ブリテン・ザ・ハロウィン』と称された事件についてのニュースを聞きながらトールはそう思った。
恐らく、実態はイギリスでクーデターが起きたのだろう。
それも、魔術が絡むものだ。
英国国民全体を巻き込んでの『不可思議な現象』―――魔術しかありえない。

「なあ、オティヌス」
「何だ」

メンバーと馴れ合うつもりはないといっても、オティヌスは『グレムリン』のリーダーだ。
それなりにメンバーの言葉は聞くし、返事もする。
トールはそんな彼女に話しかけ、ぼんやりとした表情で質問する。
今、この部屋にはオティヌスとトールの二人しかいない。

「戦争の中心地は、何処だと思う?」
「ロシアじゃないか? 恐らくだがな」
「ん、そうかい」
「―――右方のフィアンマを、捜しているのだろう?」
「………、…」

トールを見やって。
オティヌスは珍しく、緩やかに微笑んだ。

「見つかると良いな」
「…応援してくれんのか? 意外だな」
「そうか?」

彼女に関しては別だよ、と。
魔神は嬉しそうに笑っていた。
トールは困惑のままに、頑張って捜索する、と頷いた。


今回はここまで。

>>1は過去に色々フィアンマ関連のSSを書いてた人か?もしそうなら過去作全部教えてたもれ。


>>314
http://ssmatomesokuho.com/trip/ss?id=2%2F3UkhVg4u1D
とかヤンデレフィアンマちゃんスレとかその辺りです。支部も含めるとおおよそ百本。












投下。


十月十九日。

先日の宣戦布告をもって、第三次世界大戦は開始された。
フィアンマは現在、ロシア軍基地の奥地で、椅子に腰掛けていた。
周囲には幾百もの見張りの魔術師が居る。
仮に侵入者が来ても彼らが排除するし、最悪彼らを囮にすれば逃げるのは容易だ。

「……」

机に片肘をつく。
短く低く詠唱し、光りだした本を開いた。
これは、本の形をした通信用霊装である。

「やあ、ニコライ。調子は如何かな?」

フィアンマの通信相手は、ローマ成教のニコライ=トルストイ司教だ。
出世の為、権力、財力のために、フィアンマに協力している人物だった。
漁夫の利を狙うばかりの意地汚い小物と称されることもある程に、人望はない。
人望がないからそうなったのか、こうなったから人望がないのか。
それは鶏と卵の不毛な論理のようにゴールや答えの見つからないものだ。

『良い訳はないだろう』
「んー? 予定通り開戦させたのはお前だろうに」
『お前が提案をした戦争だろう。本来ならばこうなる前に…。
 ……勝てるのだろうな。絶対に』
「勝てないのなら最初から誘ったりしないさ」

舌先三寸で適当に弄び、通信を終える。
空腹を感じない。
彼と一緒に居た頃には、あんなにも。


ざく、ざく。

雪を踏みしめる。
酷く寒かったが、術式を用いて我慢する。
ロシアには今多くの魔術師が居るはずだ。
自分一人がまぎれたところで問題はないだろう。

「いや、戦争代理人だからマズイんじゃねえの、フツーに」
「暴れなきゃいいんだろ?」

トールの隣で冷静に突っ込んだのはウートガルザロキである。
『捜索を手伝う』と宣言したので、付き合わない訳にはいかなかった。

「はー。軍服フェチだったら良かった」
「あ? 何だそりゃ」
「かわいー女の子も大体軍服だろ? マジ萎えー」

そんなことをぼやきつつ、彼は歩き進む。
トールも同じく歩き、やがて分かれ道に辿りついた。

「一旦二手に別れるか」
「おー。それっぽい女見つけたら連絡する」


成功しても失敗しても、もうトールと笑い合うことは出来ない。

でも。
もし、失敗して、それで、彼がまた自分を望んでくれたら?
ありえない。
ばかばかしい。

綿密な計画を再度見直し、適宜戦闘を行いながら。
フィアンマはずっと、トールのことを考えていた。

「……おっと」

せっかく回収してきた大天使の素体をうっかり握りつぶしそうになり、意識を整える。
ぼんやりしていると大天使の召喚に失敗してしまう恐れが高まる。
仕事は真面目にしなければ、と深呼吸して臨む。

「……それにしても」

上条に、記憶喪失の件で糾弾した時。
今までにない絶望の表情を浮かべていた。

心地良かった。

この感覚は、優越感というものによく似ている。
彼のことは、昔からずっと嫌いだった。
今の彼の方が、前よりずっと嫌いだが。

『jhgxjsqbhvgbh』

ジジジ、とラジオのノイズにも似た音が聞こえた。
魔法陣の中心に鎮座しているのは、水の大天使。

『お前の名は?』

遠隔制御霊装をはめ込んだ、操作用の杖。
杖型の霊装を通して話しかければ、思った通りの返答があった。

『ミーシャ=クロイツェフ』


初めに世界の歪みに気がついたのは、七歳の頃だった。
ありとあらゆる書物を読みふけり、術式を完成させていく途中でのことだった。

四大属性のズレ。

人々の争いの主原因は、世界の傾きや歪みによるものだ。
格差、階級、男女、学歴、政治、…数え切れない程の『悪性』。
最初は善良だった人間が、どうしてここまで狂ってしまったのか。
神様に似せて作られた人々が、どうしてこんなにも憎み合ってしまうのか。

答えは簡単。

世界に限界が来ているからだ。
神様の作った世界を動かす歯車のいくつかが、限界に達しているから。
ならば、それを調整して、あるいは継ぎ足しすれば、元に戻るはず。

手を取り合い、笑い合い。

そんな、神の国のような世界を取り戻す事が出来る。
そして、それを実現出来るのは自分だけだった。

正確には。
自分に宿る力は、そのために用意されてしまったものだった。


フィアンマは見つからない。
宙に浮かぶ城の中に居るのだろうか、とふと思う。
はるか遠く、高みに存在する彼女は、正しく神のようだった。

手を伸ばせど、手を伸ばせど。
矮小な人間程度に、神は捕まらない。

「……なら、あそこから降りてくりゃ、そん時は」

あの場所まで飛ぶことは、出来ない。
なら、神様が堕ちてくるのを待つしかない。
そして、トールは一つ、期待しているものがあった。

「上条当麻―――か」

今まで何度も学園都市、ひいては世界を救ってきたヒーロー。
トールがかつて嫉妬したことのある、フィアンマの友人。
彼は今ロシアに居ると、トールは聞いている。
英国の禁書目録と共に居ることも。否、彼女を救いに来ているということも。

「………」

彼女は今、成功と失敗のどちらを望んでいるのだろう。

トールは救いの城を見上げ、ふー、と息を吐きだした。


今回はここまで。


フィアンマ「ライスケーキか」

トール「ジャパニーズは砂糖つけて食べるらしいな。キナコ? ダイズパウダーと混ぜて」

フィアンマ「……」

トール「洋菓子じゃねえな…」

フィアンマ「吐き気に耐えれば存外、」

トール「食事は拷問じゃねえぞ」

フィアンマ「……大人しくケーキを焼くか」

トール「……」ナデナデ

乙。待て!あの、あれだ、こう…シュークリームの中身がおもちとかの洋菓子インザ和菓子みたいなんならなんとかイケるんじゃないか?


>>328
フィ「シュー生地の中にキナコモーチを入れた。これでいけるだろうもぐもがッ……」
トー「ああああああああフィアンマああああ!!」
















投下。


整えられた世界は美しかった。
月の光る、星の無い真っ暗な空。
自分が好む、綺麗な夜空。
『神の力』に整えさせた、思い通りの空模様。

「遅かったじゃないか?」
「『神の力』は消失した。テメェの負けだよ」
「あの大天使の役目は、あくまでも俺様好みの空へ、空模様を転じさせることだ」

正確には、世界環境―――四大属性のズレを元通りにすることだ。
自分の計画通りに、全ての事は進んでいる。進んで来た。
こうして上条当麻が目の前に立っていることも、計画通りである。
必要なのは彼の右腕であり、採取するには生きていてもらわなければならない。

「四大属性は全て元の位置へ配置された」
「……インデックスは返してもらう」
「ああ、返してやるとも」

右手の中で、遠隔制御霊装を転がす。
これを使えば使う程、あの少女には負担がかかるだろう。
そう事実を認識しながらも、使用しないという選択肢はない。

出来ることなら、目の前の少年をもっと苦しめてやりたい。

これは多分、自分という一人の人間としての、嫉妬だ。


出発点は同じだったくせに。
特殊な右手、極端な運、決して『普通』にはなれない特異さ。
自己犠牲の精神も、大切なものは手放すべきだという強迫観念も。
全て同一だったのに、上条は自分と進む道を変えた。

「俺様と違って、お前は自分の得を選んだ」

同じ劣等感と焦燥感に駆られていたはずなのに。

自分はトールと離れ、世界の為を願った。
上条はインデックスと共にあり、自分自身を幸せにした。

「俺様には綺麗事を言ったくせに。臆病者」

宝石が傷つかない環境ではなく、自分の手で宝石を守ることを選んだ。
"あの日"の電話で自分に同調しておきながら。裏切りに等しいと、そう思う。

「何を言って…?」
「今のお前の話ではないよ。だが、やはり俺様はお前が嫌いだ」

右手を振るう。
上条は咄嗟に右手を伸ばし、『第三の腕』を防いだ。

「お前を殺したところで気が晴れるとは思えんが」

生かしておくよりは、幾分か楽になるかもしれない。

フィアンマはそう思いつつ、大剣を振りかざした。


「一つ聞こうか」

学園都市側光化学兵器からの攻撃と思われる、閃光の爆弾。
空気が弾ける程の熱、その源を『聖なる右』で振り払い、フィアンマはそう問いかけた。
上条は拳を握り、間合いを測りかねながら、何だと聞き返した。

「お前は今のその行動が正しいと、確信は得られたのか?」
「正しいかどうかなんて関係ねえだろ」
「ほう」
「助けての一言も言えずに、インデックスが苦しんでる。
 苦しんで欲しくないやつを助けに行くのに、理由なんかいらねえよ。
 これが間違ってるっていうなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺してやる」
「なるほど。…そういう結論に至ったか」

右手を振るい、力を発揮する『第三の腕』の攻撃を防ぐ度。
上条の右手首は酷く軋み、その場に踏ん張ろうとする脚は酷く痛む。

「ぐ、……」
「この世界は歪んでいる。それは、根幹となる四大属性のズレに留まらん。
 人種、国家、男女、財力、身分、力量―――数え切れない程だ。
 世界が始まった時点では正常だったものが、何故歪むのか。
 答えは簡単だ。世界に限界が来ているからだよ。このままでは滅んでしまうだろう?」

世界滅亡は即ち、全人類の死亡を意味する。
その時までに、他の惑星に移住出来るかもしれない。
そうすれば一部の人間は助かる。だがやはり、人類の大方は助からない。
だからこそ、フィアンマはこの戦争を起こした。
戦争のために必要だという名目で、全ての材料を集める為に。
この大戦で多少の犠牲を払ったとしても、全人類を救うために。

それは絶対に正しいことだ。

「たとえば、目の前で今にも発射されんとする核ミサイルがあるとする」
「自分の手に握られているのは、ミサイルの制御キーだとしよう」
「この時、ミサイル発射を食い止めようとしようとすることは不自然か? 間違いか?」
「制御キーを差し込んで発射を食い止めた瞬間、それを発射しようとした者の死刑は確定する」
「俺様とお前が他者にやってきたのはそういうことだ。今回だってそういうものだよ」
「それを、お前は間違いだと否定するのか。お前の行動だって、今まで散々他者の人生を」

「他者が精一杯積み上げてきたものを、右腕一本で滅茶苦茶にしてきた」


「居なかったぜ」

トールと合流したウートガルザロキは、そう端的に報告した。
だろうな、と相槌を打ち、トールはゆっくりと息を吐き出す。
平熱の息は、寒空へ白い煙となって溶け消えた。

「に、しても。バカでかい城だな」
「拠点なんだろ」
「右方のフィアンマだっけ? 俺らの敵といやあ敵だよな」
「……、…」

トールは返事をせず、息を吐く。
そうだ。敵なのだ。彼女は、自分の敵。

「何、見つからなくてガチへこみ?」
「そういう訳じゃねえよ」

見つかったといえば見つかった。
しかし、どうしたって届かない。

「魔術師代表って感じで出てやがるな。あれで負けたらどう責任取るつもりなんだか」
「俺達が殺すんだろ」

トールの返しに、ウートガルザロキは僅かに目を瞬いた。

「…お前、殺し出来たんだ?」
「戦争代理人だぜ、これでも」


「キーなんていらない」
「…なに?」
「発射システムをハッキングしても良いし、キー穴に針金を突っ込んで食い止めてもいい。
 方法なんて探せばいくらでもある。発射しようとしたヤツが死刑になる? 
 やったことに対しては当然のことだろ。でも、事情があるなら助けに行くよ、俺なら。
 やむにやまれずミサイルを発射しなけりゃならなかったなら、それはそいつだけの責任なんかじゃない。
 犠牲ありきの方法なんか認めない。そんなのはハッピーエンドじゃないだろ」

そういった偽善者然としたところが嫌いなのだ、とフィアンマは思った。

「お前は、世界中でどれくらいの人が笑ってるか―――知ってんのか?」
「興味深い意見だ」

『神よ、何故私を見捨てたのですか』の光線が、上条に向かう。
それを右手で受け止め、彼は身をかがめて剣の一振りを避けた。

「お前は世界中の人間がどれだけ嘆いているか、知っているのか」
「沢山居るだろうさ」
「ならば、」
「だが、それを救うのはお前じゃない」
「……、…」
「上から目線の救いなんざクソ喰らえって言ってんだ!!」

上条が間合いを詰めようとする。
霊装を軽く揺すった。
『硫黄の雨は大地を灼く』が発動し、硫黄の雨が上条を襲った。
右手で払い、上条当麻はその場で立ち止まる。


フィアンマは、左手で自分の胸元に触れた。
トールがくれたループタイが、そよ風に揺れている。
大規模な攻撃で天井は突き抜け、床は二つに割れていた。
床の向こう、黒い粒子が見えた。
人の憎悪がくすぶっているように見えた。
フィアンマは、人の持つ『負』の感情をよく知っている。

人間は汚くて、醜くて、争ってばかりで、歪んでいて――――。

だから、誰かが救ってやらなければならない。
そしてそれは、『世界を救える程の力』を持つ、救世主たる自分の役割だ。

「御託は良い。どのみち、話し合って結論が見えるものでもあるまい」

以前の上条ならばともかく。
今の上条当麻と話し合ったところで、何の共感も無い。

ただ一度、右手を振るう。

大剣が床より振り上げられ、その過程で上条の腕を切り落とした。
少年の右腕を。右肩の先、その全てを。


宙を舞う右腕を、掴む。
右腕を分解し、『聖なる右』の力の受け皿として取り込んだ。
途端に『第三の腕』は血肉を得、空模様が変化していく。
現在の空はストッキングのように破け、神秘的な夜空へ変化する。
黄金の光がはるか天空より降り注ぎ、『ベツレヘムの星』を照らした。
あまりにも神秘的な存在となった右方のフィアンマの為に、世界自体が変化したのだ。
吸収時、『幻想殺し』と自分の力の源がぶつかり合う違和感に唇を噛み締め。息を吐き出し。

「右腕は回収した。お別れだ、幻想殺し。
 いいや、今は上条当麻と呼ぶべきか―――」

視線を向ける。
上条は下を向いたまま、大量に血液を滴らせていた。

ずるり。

力が抜けていく感覚に、フィアンマは眉を寄せた。
取り込んだはずの右腕が、徐々に消え失せていく。

「……何、だ…?」

力は取り込んだ。
だというのに。

「お前は何をして……」

上条の右腕。
正確には右腕のあった場所に、透明な『何か』が見えた。
生きている者全てを戦慄させるような、『何か』だった。

「テメェが何なのかは知らない。だが、」
「ここでは俺がやる。テメェは黙ってろ」

上条はそれだけ言った。
そうして『何か』を握りつぶすと同時、右腕が元に戻った。
フィアンマの内に、先程回収したばかりの右腕はない。
砕けた皿に料理を盛り付けるという役割は果たせない。
それと同じ、吸収した方の上条当麻の右腕は急速に劣化する。
まるで、『幻想殺し』を宿す右腕は、上条の右肩にしか相応しくないというように。


このままでは『幻想殺し』が『聖なる右』を食いつぶす。
素早く判断し、フィアンマは右手を振るった。
癒しと奇跡の力が、腐っていく右腕を地面へ排出する。

「っ、……」
「お前は」

排出時の苦痛に下を向いたフィアンマは、顔を上げた。
距離を保ったまま、上条当麻は右拳を握っていた。

「本当にやりたくて、今の行動をやってるのか?」
「……何を言っている?」
「俺は俺の得を選んだだとか、綺麗事だとか、裏切っただとか。
 俺には何の話かわからない。だけど、これだけは理解出来る。
 お前は、"以前の俺"と知り合いだったんだな。いや、…友達だったんだ」
「………」
「今の俺には、記憶がない。お前が指摘した通りにさ。それは事実だ」

右手が震える。
この男が何を言おうとしているのか、わからない。読めない。

「お前は、俺にとってのインデックスと離れた。
 多分俺は、その後押しをした。その結果が今なんだろ?」


「………、…な」
「俺はインデックスを救って、記憶を喪った。
 お前は大事なヤツと離れて、世界を救うことに専念した。
 だけど、そのことをずっと悔やんでる。そうなんだろ」
「……く、な」
「俺はお前と同じだって、何度も言ってたよな。
 同一視してた俺が自分と違う道を選んだから、お前は俺を憎んでる。
 切り捨てるものに、自分と同じ『大切な人』を加えられなかった俺を。
 お前は、そいつを手放したくなかったんだ。なのに何で―――――」
「知ったような口を利くな!」

右腕を振るい、霊装を握り込む。
彼女の瞳には世界に対しての憎悪があり、その精神は傷だらけだった。
幻想殺しによって力を削られ、魔道書の『汚染』が脳を苛む。
激しい頭痛に見舞われながらも、フィアンマは歯を食いしばって上条を睨みつけた。

「何も共有出来ない今のお前に、俺様の間違いを指摘する権利はない。
 俺様には手放すことが最善だとそう言いながら、お前はそうはしなかった。
 人間はそんなやつばかりだ。悪意と敵意と、欺瞞にしか満ちていない。
 それを救ってやろうと言っているんだ。上から目線の救いだとしても、お前達には必要なものだ」
「義務感だけで救おうとしてるのか」
「ああ、そうだ。それが俺様の使命だ、本分だ、義務だ、権利だ、責務だ。
 生まれながらにして『世界を救える程の力』を内包した、人間の。
 誰かがいつかやらなければ世界は崩壊する。俺様がやらなければならない!!
 俺様にしか出来ない。……やらなければならなかった。そうしなければ、」

世界が滅んだら。
自分が何もしなければ、トールは人類滅亡に巻き込まれる。

「俺様は免罪符だ」

戦争の全責任を負ってもいい。
何もかも自分のせいにしてくれていい。
そうして世界を救って平和にした先に。
彼が生きて、安心して戦える世界を。

「誰かにやれと言われたから。あいつのせいでやらなければならなかったから。
 お前達はそう言い訳しながら、俺様の思うように動いた。
 人間が善性に満ちていれば、こうはならなかった。
 この戦争は、確かに俺様が先導した。だが、実際に事を起こしたのはお前達だ」
「確かに、人は醜いところばかりかもしれない。俺にだって、目を背けたくなるようなどす黒さがあるに決まってる」


上条はそう認めた上で、対峙する。

「でも、人はそれだけじゃない。お前が救わなくても、いつか自分達で自分達を救うかもしれない。
 お前が、大事なやつを見つけたことがその証明だろ。醜い面しかないなら、大事には思えない。
 善性に満ちていなくたって、それは確かにある。お前が悪性を引き出して利用しただけだ。
 何でこうなる前に、誰かに打ち明けなかったんだよ。お前が間違う前に、誰かが止めたかもしれないのに、」

何度も、打ち明けようと思った。
手を伸ばして、誰かに縋ってみようかと思った。

「……俺様は間違ってなどいない」

こんな人間を、誰が救えるだろう。
こうする以外に方法がないのだから、良案など出てこない。
巻き込めば、親しくなった分だけ傷つける。
自分の手には、大事なものがあってはいけない。
だからこそ、教皇も、右席の面々も、記憶を消した。

「いや、間違ってるよ」
「何故そう言い切れる?」
「お前は、今のこの状態が楽しくないと思ってる。
 お前自身すら幸せになれないなら、この戦争は絶対に間違ってる」
「………」
「大事なやつは、死んだ訳じゃないんだろ。
 俺が止めてやる。お前が人類を無理やり救って只の免罪符になるなんて未来は食い止めてやる。
 使命と義務に追い立てられてるなら、俺がお前の悪役になってやるよ」

上条当麻のせいで救えなかった。
だから自分は悪くないと思え。

自分が免罪符になることを防ぐために、彼が自分の免罪符になるという。

「お前は、誰かに使命の重さを語ってよかったんだ」
「困惑させるだけだ」
「だとしても。…たった一人で背負って、大事なものを全て捨てる必要なんてどこにもなかった」

激しい頭痛と『汚染』で、視界が歪む。
酷く吐き気がして、まともに立っていられそうになかった。
上条が距離を詰めてきているのに、一歩後ろに下がることすらままならない。


「言っただろ。核ミサイルを発射しようとしたやつにだって、事情があるなら」
「自分は救ってやる、か」

息が切れる。
ぼろぼろと、変化術式で纏っていた身体が壊れていった。
右手に握った霊装を水平に掲げるが、立っていられない。
その場に座り込むと同時、上条との距離がほぼゼロになる。

「誰も、同じ役割なんて持っていなかった」
「誰も、止められるはずがなかった。気づくはずも」
「自分は正しいと言い聞かせて、ずっと立ってきた」
「何を喪っても良いように、ずっと我慢してきた」
「そっか」

「なら、もう我慢しなくていい」

重かった。
背負ってきたものは、無理やり背負わされてきたものばかりだった。

「お前でさえ、あの時、止めてくれなかった」
「ああ」
「お前のせいだ」
「そうだな」
「お前の」
「そうだな。だから、もうやめよう」

神浄の右手が、自分の右手を握る。
やめよう、という声は優しかった。
自分が嫌った、昔の彼によく似ていた。

「義務感に追われるまま、自分は正しいなんて言い聞かせて進むのは、もうやめよう」
「やり直せると、思うのか。普通の人間として。今、戦犯になってから?」
「出来るさ。記憶なんて無いし、お前と過ごした思い出なんて何一つないけど、そう思える」
「何故だ? 覚えてなどいないのに」
「多分、覚えてるんだ。お前が優しかったことも、辛かったことも。
 お前に大事なやつがいたこととかも、全部」
「どこ、に……?」



「心に」



そう言って、世界を救ったヒーローは優しく笑った。


「お前、…何で男の格好してたんだよ?」
「勝手がよかったからな」

霊装は上条へ渡し。
上条はインデックスに謝罪をした後、霊装を右手で壊した。
フィアンマはその間、どう『ベツレヘムの星』を始末するか迷っていた。
世界中の『善意』が救済を拒み、自分は弱体化を辿っている。
間もなくこの城は崩壊するだろうし、そうなると上条が危険だ。

「脱出用のコンテナがあ『聞こえてますか? 私です、レッサーです!』」

少女の声が割り込んだ。
何でも、自分に対してやれる限りの妨害行為を済ませたので先に脱出するとのことだった。
コンテナがだいぶ消費されているだろうな、とフィアンマはうっすらと思う。
これでは上条が安全に脱出出来ない。百人程度の魔術師など殺しておけばよかった。

「俺様は、お前が妬ましかった」
「インデックスのことで、か?」
「それもそうだが、他にも色々と要因はある。
 俺様の思ったように動かない男はお前だけだったしな」

コンテナのある場所に残るのは、個人用のものが二基。
幸運にも、二人分残っていた。

「俺様は後から行く。お前は先に行け」
「まだ後始末あるんだろ」
「問題ない。すぐに追うさ」

上条を追い立て、フィアンマはゆっくりとため息をつく。

「もし、」
「? 何だよ」
「もし再び会うことがあれば」
「ああ」
「友人に、なってくれるか」
「………インデックスに謝ったらな?」

その会話を最後に、上条は自ら選んだコンテナに乗って脱出した。
一人残った少女は、夜空を見上げる。
指先を床につけ、制御を行う。
地表を目掛けた『天使の力』を空中へ分散させ、息を吸い込む。

「………トールは、俺様と会っても、……また、笑ってくれるかな…?」


『jocbhvdusxijknbh不足vgsuhij』

ゴボリ。

『fxgyuhyiszjkhxbgvs』

足りない。

『guxhijbw水sx』

水が足りない。

『dgwusdquhgyhbjxnkinh』







大天使『神の力』が、再び動き出す。


今回はここまで。
(神の力「出番が足りない」  …機能タグ間違えちゃった…)


もう一つのスレも更新しなければ…と思い、冬。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。











投下。


神殿の城たる『ベツレヘムの星』内を歩き回り。
適所を破壊して天使の力を世界に還元しながら、フィアンマは地上を見やった。
黒い粒子のようなものは見えず、ただ地上の様子だけが見えた。
放っておいても墜落していく城に攻撃を仕掛けようとする人間は居ない。
ニコライ辺りが核兵器を打ち込みそうだと予想していた彼女は、首を傾げ。

(ああ、『善意』か)

核兵器を搭載したロケットを止めるのに、資格も義務も必要無い。
道具も何もかも、自力で揃えて止めれば良い。
やれる人間がやればいいし、やらなければならない人間なんていない。

そんな考えを持つあの少年には、多くの助けがあっただろう。
この戦争の最中でも、彼に与した人間は多かったはずだ。
その彼ら、或いは彼女らが核兵器の発射を食い止めたとして、何の不自然もない。

「……才能と努力の差か」

才能だけで辿りついた人間には、誰もついてこない。
努力だけで辿りついた人間には、誰かがついてくる。

恐らく、一生かけても自分は彼に追いつけないだろう。
追いつこうとも思わないが。自分はヒーローには不向きだ。


適所を破壊する毎に、落下速度が早まっていく。
時々制御して墜ちる方向性を変えながら、城は進んでいった。
北極海に着水しなければ、地表に激突する。最悪の場合、それが原因で氷河期が訪れるからだ。

『cghjiowsh』
「……、」

ゾゾゾ、という音が聞こえた。
大きな津波がやってくるような音に思えた。
『神の力』が北極海の氷や水を使い、自身の身体を再構成しようとしている。
万一にでもそれが完了してしまえば、それはそれで世界が変革してしまう。
自分の手を離れた天使が何をするか。
惑星の破壊、というフレーズがもっともしっくりくるようなことをするだろう。
自分が元の『座』へ戻るために。天使とはそういうものだ。

「努力とは報われないものだな」

自分に言っているのか天使に言っているのか。
ぽつりと呟くと、フィアンマは右手を水平に掲げた。
幸いにして、『ベツレヘムの星』は間もなく着水する。
『聖なる右』で目の前の大天使を片付けてしまえば、心配事は無くなるのだ。

「巻き込んでしまってすまなかったな」

人語で告げたので、きっと伝わりはしなかっただろう。

ただ、右手を振ったその瞬間。
水の大天使は、慈愛を湛えて微笑った気がした。


冷たい。
苦しい。

壊れた城の瓦礫が、身を裂こうと迫ってくる。
死力を振り絞って右手を振るい、のろのろと陸へあがった。
水で冷えたところに、ロシアの冷気はあまりにも冷たすぎる。

「は、」

逃げなければ、と思い立つ。
自分が脱出しなかったことは、既に一部に知れ渡っているだろう。
捕縛される相手にもよるが、相手によっては処刑は免れない。
たとえ、ローマ正教所属の人間に捕まったとしても極刑は免れないだろう。

自分の味方はどこにもいない。

そうなるように仕向けてきた。
自らの手で、味方になってくれる可能性を潰してきた。
ただ一人、こんな自分を傷つけないでいてくれそうな相手は。

「トー、……る」

体温が低下しているからか、足がもつれる。
うまく歩けないながらも、一歩一歩、着実にその場から遠ざかる。

彼に会いたかった。

謝って、言い訳して、みっともなくすがりつきたかった。
それを許してくれる程、この世界は甘くないことを知っている。


目の前で、神殿は徐々にスピードを上げながら北極海へ着水した。
その衝撃で城はバラバラに砕け、北極海は瓦礫の海と化した。
走ったが、間に合わなかった。
一つ、脱出した人物が乗っていたらしいコンテナは見えた。
それは少し不良箇所があったらしく、不安定な動きをしていた。
あちらは上条当麻が乗っているとの話を聞いた。
今頃は学園都市側が回収しているだろう。故に、トールは城の方を追った。
上条脱出後、コンテナの二つ目が脱出することはなかった。

つまり。

城の中には、彼女が残されていた。
今ならまだ、海水の中でもがいているかもしれない。
他の魔術師は捕縛という目的で彼女を探す中、トールは純粋な心配で捜していた。
走っている最中に連れ合いを残してきてしまったが、彼なら大丈夫だろう。

「クソ、」

水は冷たい。
ただ指先が触れただけで凍えそうなのだ、体ごと浸かったら低体温症は免れまい。

「何処だよ、」

もう少しで、後一歩で手が届く。
ずっと捜してきた。
たとえ敵に回っても、嫌われても、もう一度あの顔を見たかった。
欲を言えば、笑って欲しかった。泣き顔でも良かった。

「居ねえ…」

もしかしたら海の中からは脱出出来たのでは。

そんな考えに至り、トールは何度も海を振り返りながら周囲を捜索し始めた。


「………、…」

低体温症は、症状が進むにつれて意識が希薄になってくる。
独り言を呟く気力すらないまま、どこへ向かっているのかわからないまま。
彼女は鉛のように重い脚を引きずり、雪原を歩いていた。

「――――あ、」

不意に。
何の前触れもなく、彼女の右腕が切り落とされた。
肩口から切られ、細い腕が雪原を転がって彼方へ消えていく。

「がッ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

痛みは僅かに麻痺していて、ただ、咄嗟に左手で右肩を押さえた。
傷口からは大量に血液が噴き出し、酷く吐き気がした。
震えながら振り返った先には、逆さまに浮いた銀髪の人間が居た。

それは、『人間』としか表現出来ない。

女性とも男性とも聖人とも悪人ともつかぬ。

「……アレイスター=クロウリー……?」

直感的にそう思い当たり、彼女は首を傾げる。
対して、アレイスターは彼女を見据えた。

『君の行いは、私の『プラン』に大きな誤差を与えた。
 修正不可能、深刻なレベルに達している。…着眼点は悪くなかったが』
「お前、は……」
『十字教程度で"あれ"を理解しようとしたことがそもそもの間違いと言えよう。
 幻想殺しは―――ああそうか、私は月並みに怒りというものを覚えているのかもしれないな』

『プラン』。着眼点の間違い。誤差。怒り。

自分の救済計画が、アレイスターの想定していたものと似ていたのか、と彼女はぼんやりと思う。
上条の右腕を切り落とした直後に『見た』ものが、見てはいけないものだったのだろうか。
上条が無事見つからなかったのだろう。怒りを覚えているということは。

しかし、あの男がそう簡単に死ぬとは思えない。

恐らく、彼に友好的な魔術師に保護されたのだろう、とフィアンマは予測する。


『君の生存はプランにとって不都合だ』
「そう、だろうな」

アレイスターは、自分への怒りだけで殺しに来たのではない。
自分の計画、実行、その不出来な結果から自分のプランを逆算されないようにするために、消しに来たのだ。
そうして自分を殺した後、この魔術師はどのような行動に出るだろう。

上条当麻を利用することは間違い無い。

それは、絶対に許されざる行為だ。
あの少年の善意を利用してはいけない。
ヒーローとして駆けずり回った日々は、あの少年と彼を慕う人々達だけのものだ。
そして何よりも、再会したその日、魔道書図書館への謝罪を終えたその時。
自分と彼は友人となる。友人を策略に利用されるというのは、どうにもカンに障る。

「あの男が守ろうとしたものを、穢される訳にはいくまい」

上条を利用しようとするなら、上条の周囲の人間も利用することになるだろう。
彼が利用された思惑は、自分一人のものだけでいい。

今ならまだ戦える。

右腕を切り落とされたとはいえ、『第三の腕』の顕現位ならば、まだ。
左手をのろのろと外す。ボンッ! という音と共に、怪物の腕のようなものが現れた。
血液と天使の力で構成されたものだ。勿論、世界環境を整えたあの時よりは余程弱い。

「無駄だと思うがね」
「無駄かどうかの問題ではない」

『銀色の杖』のような、銀のもや。
伝説級の霊装のようなものを見て、彼女は少しだけ笑った。

この世界には救いなんて無い。
自分が願ったことなんて何一つ叶わない。

ただ、ここで死んでもあまり後悔はないだろうと思う。

『第三の腕』と、『銀色の杖』の力がぶつかり合う。
結果は言うまでもなかった。
片方はそのままに、もう一方が雪の山を転げ落ちていく。












もう、寒さを感じない。
身体の震えは完全に止まっている。

負けた。

生きているのは幸運と言っていいものか。
いや、捕まった後のことを考えると不運かもしれない。

「………」

視界がぼやける。
意識が薄れていくのが、自分でもわかる。
このまま死ぬのかもしれないな、と考えるも、文字通り手も足も出ない。

「……?」
「まだ生きて…いるようだね」
「運が良かったってところか」
「いや、彼女自身の実力だろう。あの場面で手を抜く理由がない」

金髪だけが目についた。
トールのものよりは、やや色素が薄い。
目の色は緑色で、透き通った水色とはまるで違う。

「……、…」

誰だ、と聞こうとして。
そのまま、フィアンマは気を喪った。


「………ん」

目が覚めた。
暖かそうな内装の、さほど広くない部屋だった。
アパートメントだろうか、とフィアンマは考える。
そんなことはどうでもいい。問題は、誰が自分を拾ったのかということだ。

「目、覚めたみたいだね」

唐突にドアが開いた。
入ってきたのは、金髪の女性だった。
豪胆そうな、さっぱりとしたイメージを与えてくる人だった。
身にまとうのは決して豪奢ではないエプロンなど、シンプルそのもの。
だが、彼女がまとうことで不思議と『メイド』のシルエットを浮かばせていた。
彼女が手にしているのは、湯気の立ち上るマグカップ。
甘い匂いだった。ココアだろうとすぐに予想出来る程、濃厚なカカオの香り。

「飲みな。多少は温まる。回復術式だけじゃ完全には良くならないだろ」

差し出されるマグカップ。
毒は盛られていなさそうだった。
毛布を手繰り寄せ、カップを受け取る。
一口啜ると、心地良く、甘い味が口の中に広がった。

「……それで。俺様が服を纏っていないのは、凶器を没収するためか」
「凍った服着たままじゃ回復しないから脱がしただけだよ。今は洗濯中」
「そうか」

ココアを飲む。
洋菓子やそれらに関連づいたものしか飲食出来ない自分にはありがたかった。


見つからない。

また、ダメなのか。
彼女の手がかりだけ掴んで、見つけられないのか。

トールは絶望感に駆られながら、雪原を歩いていた。
泣き出したい程に、彼女は見つからない。
何も、多くを望んでいる訳ではないのに。
ただもう一度、彼女に会えればそれだけでいいのに。
それだけできっと、我慢出来るのに。報われるのに。

「フィアンマ……っ!!」

視界に入ったのは、華奢な指先だった。
かつて握ったことのある、女の子の手だった。
雪に埋もれて、体温を奪われているのか。
ピクリともしない指先だったが、あの赤い袖は明らかに彼女のもの。

やっと。

ようやくだ。
ようやく、彼女を探し続けてきた努力が報われる。
まずは引っ張り出して、それから救命活動をしよう。
回復魔術は詳しいという程ではないけれど、冷えた体を温める程度なら自分にだって出来る。

「今出してやる、」

トールは瞬時に腕へ近づき、手を伸ばした。
しっかりと手首を掴み、雪の中から掘り出す。
腕の先には、青ざめた彼女が居るはずだった。
少なくとも、この状況なら女の子が雪の中に居るはずだった。

 
雷神トールが引っ張った瞬間。

切断面が鮮やかな腕だけが、小さな雪山から引っこ抜かれた。
 


「………あ…?」

トールの思考が、全停止した。

この腕は彼女のものだ。
血液が、雪に滲んでいる。

どうして?

彼女が居なくて、切断された腕だけがある。
いや、切断ではなく体がバラバラにされた、その内の肉片かもしれない。
彼女は今、第三次世界大戦の首謀者としてありとあらゆるサイドから狙われている。
科学サイドからはそうでもないかもしれないが、魔術サイドはほぼ全員が狙っているはずだ。
見つけ次第私怨で殺してしまったとして、誰も殺人者を責めはしないだろう。
彼女の純粋な味方は、実質自分一人しかいないのだから。

自分以外の誰かが彼女を見つけた?

だとすれば、殺されてしまった。
高威力の遠距離砲撃なら、弱った彼女を破壊し殺すには充分だ。

或いは。

城が着水した衝撃により、体が砕けてしまったのか。
科学についてはあまり詳しくないが、過去に起きた有名な飛行機事故程度なら知っている。
飛行機がバラバラになれば当然、乗っていた人体もバラバラとなる。
火薬こそ積んでいないものの、衝撃分散装置があの城にあったとは思えない。

事故か、殺人か。

何にせよ、ここに腕しかないという事実から導き出せる真実は一つ。

彼女は死んだ。
自分がもっと早く追いついていれば、見つけていれば、助けられたかもしれなかった。


「う、……ぇえ゛ッ…!」

のろのろと腕から手を離し、こみ上げるままに嘔吐した。
元々ロクに食べてはいなかったが、胃の内容物全てが胃液に混じって雪原へ吐き出される。
真っ白な雪が黄色に染まる様を眺め、苦い水に涙を浮かべながら、少年は嘔吐した。
喉が灼かれ、息が苦しい。死んでしまいそうな程苦しい。

「げほっ、かは、」

雪にみっともなく手をついて、吐き出す。
やがて治まる頃には、全ての気力が抜け落ちていた。

何だったんだ。

自分の努力は。
そもそも、希望を持ったことが間違いだったとでもいうのか。
ただ一度、もう一時だけ彼女と共に在りたかったというその願いは。
そんなにも悪いことだったのだろうか。

何も、胸を張れる人生だとは思っていない。

自分はどちらかといえば日陰者で、彼女もきっとそうだろう。
しかし、彼女とてそんなに悪いことをしたとは、トールには思えなかった。
たとえ扇動を命じたとしても、彼女は引き金を引いただけだ。

ここまで無慈悲な扱いを受けなければならない程、悪いことをしたとは思わない。

それは恋人の欲目だと批判されても、トールは構わなかった。

「………」

形見と呼ぶにはあまりにも残酷な腕一本を持ち。
彼はふらつきながら立ち上がると、やがて歩き出した。
大好きな少女の、片腕を抱きしめながら。





帰り道雪原を見やったが、指一本見つからなかった。


今回はここまで。


原作は別に良いんですけども、このスレでオッレルスさんがフィアンマちゃんにディナー奢りだとえんk















投下。


そうしてトールはやがて、『グレムリン』本拠地へと戻って来た。
先に戻っていたらしいウートガルザロキが、彼の方を見やる。

「ずいぶんお早いお帰りじゃねえか。見つかったのかー?」

気楽な声。
軽薄そうな青年は立ち上がり、トールの表情を窺おうとして。
少年の持っているものに、思わず後ずさった。

「……、…」

あれ腕じゃね? つーか腕だろガチリアルグロなんですけど。

そんなこと思いながら後ずさる青年に対し。
トールはうっすらと笑みを浮かべ、虚ろな瞳でこう申し出た。
口調やトーンが妙に平たいことが、聞く者の恐怖を誘う。

「なあ、氷とかクーラーボックスとか、ないか?
 このままじゃほら、腐っちまうかもしれねえだろ」
「………あ、ああー、クーラーボックスね! ちょい待ち」

逃げ出すようにウートガルザロキはそう答え、ひとまず奥へ引っ込む。
トールは少女らしい細腕を抱きしめたまま、椅子へ腰掛けた。

「………腐ったら、くっつけてやれねえもんな…?」

ぽつりと呟いて、手の甲へ口付ける。
まだ雪にまみれて凍ったままの腕は、死人のそれと同じように冷たかった。


「っくしゅん、」

くしゃみをしつつ、ココアを飲み終えた頃。
今はまだ痛みを麻痺させられている右肩を見やり、少女はため息をついた。
利き腕を失うというのは、魔術を使うにも、日常生活においても不便だ。
切られてしまった腕は恐らく雪に埋もれたままか、アレイスターに砕かれてしまっただろう。
出来れば拾って欲しかったが、シルビア達に要求するというのもお門違いで。

「…かといって感謝する気にもなれんが」

女性の方はシルビアで、もう一人の男の方がオッレルス。
……と、メイドのシルエットを持つ、ココアをくれた女性に聞いた。
気を失う直前に見た青年の名前だろう。
もっとも、北欧神話の神の名が本名だとは思えない。
魔術師にとって本名は特には意味を持たないため、どうでもいいが。

「……」

空っぽのマグカップを机へ置く。
流石にいつまでも裸のままでは風邪を引くので、服を貸してもらった。
シルビアは既に退室しているし、暫くは誰も来ないだろう。


毛布を左手で畳み、脇に置く。
軽く感じる眠気を首を振って払い、服を手にした。

広げてみる。

シックな赤いワンピースのようだ。
スカート部がかなり長く、清楚なイメージの一着。
長袖なので少々着づらい…と思ったものの、後ろにチャックがついている。
ドレスのようにゆとりのあるデザインらしい。

「…赤か」

自分、もとい神の如き者の属性色だ。
いざという時術式を執行するにあたって都合が良い。
余計な魔術記号が散りばめられていないか確認した後、ジッパーを下げる。
ジジジ、という音がして、ワンピースは上着のように別れた。
下着がないが、一体型のようである。シルビアのものではサイズが合わないからだろう。
わざわざ買ってもらうというのもおこがましい。そもそもそこまでの義理はない。

「っくしゅ!」

寒い。

さっさと着よう、とワンピースに腕を通したところで。

 
ガチャッ
 


ドアが開いた。
一瞬目に入ったのは金髪だったが、シルビアのものではない。
そしてフィアンマに、見知らぬ男へ裸を見せる趣味は無かった。
ノックをしないのはマナー違反である。たとえ家主であろうとも。

よって。

数々の条件から、フィアンマはノーラグノータイムで詠唱した。
一定の区域から敵を排除するものである。
防衛などで拒絶した場合にはペナルティーが課せられ、軽くビンタされた程度の痛みが走る。
実用的ではないが、日常生活の叱咤程度ならば有用である。

「痛、った!!」
「唐突に入ってくるとは良い度胸じゃないか」

さっさと服を着てドアを開ける。
ビンタ程度の威力をモロに喰らったのか、若干涙目の男が立っていた。
フィアンマは彼を(身長の関係上)見上げ、わざとらしくため息をつく。

「何の物音もしなかったから寝ているかと思って。すまなかったね」
「それで良い」

謝罪を受けて満足したため、フィアンマはベッドへ腰掛ける。
シルビアから軽く説明を受けた限りではもっと恐ろしい男だと想像していたのだが。

「…まあ、『神の右席』もそんなようなものだったしな。
 中に入ってしまえばイメージと違っていて当たり前か」
「? 何の話だい?」
「こちらの話だ。…さて、本題に入ろう。お前が俺様を助けた理由は?」

まさか何のメリットもなしに、とは思えない。そこまでお人好しには見えない。

聞かれた男―――オッレルスはというと、少し考えて。

「君の見聞きしたことを全て教えて欲しい。そして、今後協力して欲しいことがある」
「ふむ。良いだろう。こちらからも条件がある」

フィアンマはゆっくりと息を吸い込み、オッレルスを見据える。
本来は条件など出せる身分ではないが、約束事は大切だ。

「俺様が協力する、必須条件だ。守らないというならお前を殺しても構わん」
「はたして君に私を殺せるかどうか…まあいいか。内容を聞かせてくれ」


オッレルスの目的は、戦時中の混乱に乗じて『グレムリン』という組織を完成させた魔神を殺すこと。
フィアンマの目的は、雷神トールに会うこと。及び、彼の安全が守られる状況を作ること。

詳しく言えばお互いの目的は増えるのだが、大まかにはそんなところだ。
何にせよ、利害関係が一致していることは間違い無い。

「雷神トール―――戦争代理人とも呼ばれる魔術師か」
「知っているのか?」
「『グレムリン』の直接戦闘担当だよ」
「…なに?」

嘘はついていない。
オッレルスの様子を観察してそう判断し。
フィアンマはゆっくりとため息を吐き出し、天井を見上げた。

「条件は―――雷神トールを殺…いや、危害を加えないことだ」
「あちらから攻撃を仕掛けてきても、ということで良いかな」
「そういうことだ。……気絶させる程度に留めて欲しい」
「わかった、約束は守るよ。……では、私からの条件は」

知っていることは全て話した。
トールとの個人的な事は口にしていないが、こんな条件を出した時点で理解してはいるだろう。
魔神のなり損ないたるオッレルスはフィアンマを見つめ、やがて条件を出す。

「共に行動し、私の指示通りに動いて欲しい。君の指針と食い違わない程度で良いから」
「……シルビアは『聖人』なんだろう? 何故俺様を一番の手駒に?」
「力量、かな。…ああ、でも君の身の安全は保障するよ。ある程度は」
「そうかい」

信頼はともかく、信用はおけるだろうか。

ぼんやりと思ったところで、くきゅるる、という音がした。
ちら、と自分の平たい腹部に視線を向ける。お腹が空いた。

「何か食べたいものは?」
「……カスタードプティング」
「普通の食べ物は吐き気を催すのだったかな」
「そうだよ。ストーカーこわい」
「違うよ!? シルビアに聞いただけだよ!!」


ウートガルザロキにクーラーボックスをもらい。
シギンに大量の氷をもらったトールは、一人ふさぎ込んでいた。

クーラーボックスの中には、沢山の氷。
それから、薄手のビニール袋に包まれた一本の腕。

ボックスを隣に置き、トールは別人のようにぼんやりとしていた。
初めて守りたいと思ったものを喪えば、当然ではある。
彼女は生きていると信じたい想いと、死んだのだろうという予測する現実的な思い。
どちらをとるか測りかねて、トールは黙々とクーラーボックスを撫でる。
少なくとも、彼女のカケラはこの中に入っているのだから。

「完全に鬱入ってるね…」

トールの様子をチラ見したマリアンの呟きに、ミョルニルがガタゴトと揺れて同意する。
戦闘こど血なまぐさく、思考にもやや異常が見られるマリアンだが、感覚は情に篤い。
仲間が落ち込んでいれば何とかしてやりたいというのは、実に人間的な想いである。
しかしながら、どう慰めればトールが元気を取り戻すのかはわからない。

「オティヌス、」
「私に任せておけ」

音もなく部屋に入ってきた魔神の少女を見るなり、マリアンが期待の眼差しを向ける。
オティヌスはゆっくりとトールに近寄り、ボックスとは反対側、彼の隣へ腰掛けた。


「お前が行った後、私や使い捨て要員の方でも捜索を行った」
「………」

透き通った水色の瞳は、オティヌスを見ない。
少女のような印象を与える長い金の髪を垂らしたまま、彼は黙っている。

「……まだ、その腕の持ち主は……少女は、生きている」
「……適当な事言ってんじゃねえよ」

オティヌスに対してこのような態度をとれるのは、トールだからだろう。
他のメンバーであれば沈黙したままの方が賢いと考えるに違いない。
或いは、大切な人を喪った衝撃で自殺願望でも持っているのか。
内心ヒヤヒヤとするマリアンの視線をものともせず、トールは塞ぎ込む。

「オッレルス」
「………」
「私の対となる…虫唾が走るが、事実その状態にある男だ」
「…名前位なら知ってる」
「ヤツが拾った。恐らく、生かしている」
「……何のために」
「無論、使用するためだろう。使い捨てのつもりかもしれないな」
「ッ、」

悲しみは、怒りに転じやすい。
期待すればする程、絶望の濃度が高いように。

「我々は今後、奴らとぶつかることになるだろう。
 その過程で、取り戻せばいい。腕はその時まで保管しておくのが良いだろう」
「……本当だろうな」
「嘘をつくメリットがない。調べて判明した情報をそのまま伝えているだけだ。
 オッレルスの思考回路は私と対して変わらない。いや、魔神である私だからこそ読める。
 ある程度の戦闘は彼女を使って切り抜け、使い潰して捨てるつもりなのだろう。
 何かを失敗しても、彼女のせいにしてしまえば済む。何しろ先の大戦の首謀者なのだからな」

ギリ。

トールが歯ぎしりをする音だった。
怒りという感情は強く、立ち上がるには十分な原動力となる。


「……落ち込んでる場合じゃねえな」

これ以上、彼女を免罪符にさせる訳にはいかない。

トールはのろのろと立ち上がり、オティヌスを見た。
騙されているとも知らずに、彼の瞳には怒りの炎が点っている。
そんな少年の様子を眺め、魔神は満足そうに笑みを浮かべた。

「それで良い。私の役に立て」
「ひとまず飯食ってくる」

クーラーボックスを持ったまま、トールはふらりと本拠地を出て行く。
会話を盗み聞くにはいたらなかったマリアンは、ほっと胸をなで下ろした。

「私は作業に戻る」

告げて、オティヌスはマリアンの横を通り過ぎた。
帽子を目深にかぶった彼女の口元には、下卑た微笑みが浮かんでいる。


今回はここまで。
ヤンデレという属性、トールくんには似合わないと思います。

フィアンマがハリーポッターのホグワーツみたいに十字教学園的な魔法学校作って学園ラブコメするってぇのはどうよ?


フィアンマちゃんがトールくんに寄りかかって寝てるというただ幸せな夢を見ました。

>>379
学園モノ書くの苦手なんですがそれは…










投下。



オッレルスが一般人に紛れてハワイへ行っている中。
フィアンマはというと、シルビアと共に留守番をしていた。
さながら保護された子供である。あながち間違ってもいないのだが。

「手品を見た経験は?」
「特には」
「なら、暇潰しに見せるよ」

『聖人』は、その圧倒的な腕力をもってして敵を制す。
故に細かい芸当は苦手なはずなのだが、シルビアは類に漏れるようだった。
彼女の場合、結界術が得意だということに関連しているのかもしれない。

「右手がマシュマロ。左手がキャンディー」

口にした通り、シルビアの右手には個装のマシュマロ。
反対の手には個装のキャンディーが乗せられている。

「…それを?」
「これを、こう」

彼女はフィアンマの目の前でマシュマロを放り、キャンディーと入れ替える。
通常は、既に今の行動で右手にキャンディー、左手にマシュマロがあるはずである。

「さて、キャンディーはどっちだと思う?」
「……右手」
「残念」

手のひらを見せるシルビア。
確かにその手に収まったはずのキャンディーは無く、ちょこんと乗っているのは。

「残念賞でクッキー贈呈」
「………」

むくれながらも素直にクッキーを受け取るフィアンマは年相応である。

「種明かしは必要?」
「どうせ俺様が一瞬放られたマシュマロを見上げている間に聖人の力で素早く弾き、変えたのだろう?
 原型を留めていない以上、俺様にキャンディーを見せられるはずもあるまい。手品としては三流だな」
「何だ、バレてたのか。なら、何でキャンディーが入ってるって答えた?」
「菓子がもらえるかもしれんだろう?」

損をとって得をとる。

可愛くない子供だ、とシルビアは小さく笑った。


「ただいま」
「何か成果はあったのか」

シルビアからもらったキャンディー(いちご味)ひと袋を漁りながら、フィアンマはそう聞き返した。
成果がないのなら話は聞かない、といった態度でもある。

「まあ、多少は。火山が噴火してしまったよ」
「そうか」
「……素っ気ないな」
「歴史上、噴火などありふれているだろう。死者数によっては多少は反応を変えるがね」

『グレムリン』は、着々と下準備を行っている。
身内を切り捨て、命綱を絶ち、一歩も留まることなく前進する。
そのやり口は、フィアンマがかつて行ったものに似ていた。

机上で計算され尽くした犠牲者数。
その犠牲によって得られる恩恵。
全てを思いのままに動かす少女。

自分に対しての嫌味だろうか、とフィアンマはぼんやりと思う。
元はと言えば自分が戦争を起こしたせいで『グレムリン』は生まれてしまったのだが。

「上条当麻が居たよ」
「………、…」

飴を食べる手を止めた。
安堵を隠しきれない。良かった、生きていて。
魔神の思惑に振り回されているというのは少し哀れだが、死んでしまったよりもずっと良い。


「甘いものを好む人間は愛情が足りていないらしいね」
「…俺様に向かって言っているのか?」

シルビアは現在買い出し中である。
フィアンマは空っぽにした飴の袋を枕代わりにオッレルスを睨んだ。
彼は少しだけ微笑んで、悪意無く指摘する。

「正確には、愛情が足りていない人間は甘いものを好む。
 君の場合は体質的なもので、食べる様はつまらなそうだ。
 でも、まあ、見ていれば思うよ。雷神トールは、君の恋人なんだろう?」
「………だったらどうした」
「私は『グレムリン』の人員に容赦をするつもりはない。
 ただ、君との約束は守るし、あの魔神から離反するというのなら止めない」
「…………」
「もしも私と行動をするのが嫌になったら、いつでも離れてくれて良いよ」
「言われずともそうするつもりだが」

手を伸ばし、既製品のカスタードケーキサンドの袋を開ける。
甘ったるいバニラビーンズの香りを感じつつ、フィアンマは口を開けた。
相変わらず何を食べても美味しいとは感じられないが、食欲は戻った。
オッレルスは優しい。人間的には嫌いではないタイプだ。
上条と少し似ている気もするが、偽善者の感触がまるでない。
恐らく、彼もどこか歪んでいるからだろう。内と外の切り替えがはっきりとしている。
そもそも大人とはそういうものだし、魔術師とはそんなやつばかりだ。

自分も。


「………俺様に」
「……ん?」

ケーキを口に含む。
甘いものは、頑なな心を溶かす作用があるような気がする。
ほわほわとした生地と、甘ったるいバニラの香り。
舌先に広がるちょっぴり脂っぽいカスタードクリーム。
鼻を抜けていくのはバニラシュガーの香料だろう。

「トールとやり直す資格はあるのかどうか、自信がない」

同意が欲しい訳ではない。否定が欲しい訳でもない。

ただの独白。

自分はトールを事実上捨て、自らの目的を優先した。
その結果がこのザマで、トールはなりふり構わず進む破滅的な道に進んだ。
元々戦闘狂だったが、戦争代理人としての暴力的な側面が目立ち始めたのは自分と別れてからだ。
今頃になって、都合良く"はい元通り"といくのだろうか、という不安のようなものはある。

無償の愛は難しい。

好きになればなるほど。

「無いだろうね」

オッレルスはさらりと言い、フィアンマの前にクッキーの袋を置いた。
黙っている彼女に向かって、彼はどこか懐かしむように言う。

「そして、人間関係に資格という概念はないと思うよ」
「………」

 
「……良いことを言っているつもりなら、ずいぶん恥ずかしい男だな」
「え、今のは悪くなかったと思うんだけど。あれ? 何で引き気味のリアクション…?」
 


弱い者いじめをするというのは性に合わない。

それが、雷神トールの基本的な考えである。
それは『グレムリン』の面々が知るところ。
故に彼はハワイの一件には参加することがなかった。
否、正確にはあまり知らされなかったのである。

「………」

ぼんやりと。

天井を見上げ、トールはゆっくりと息を吐きだした。
今頃、彼女はどうしているのだろう。
自分のことを想ってくれる日はあっただろうか。

『トール』

自分の名前を呼んで笑う彼女の姿が、目を閉じるまでもなく浮かぶ。
一方的な情報を信じるつもりは無いが、オッレルスという男の全容は掴めない。

『優しいフリをして』
『甲斐甲斐しく世話をして』
『笑顔で地獄に突き落とすような』
『そういう男だよ、オッレルスは』

あくまでもオティヌスの談である。
嘘かもしれない。本当かもしれない。
もし彼女が少しでも心を許しているのなら、厄介だと思う。
自分の言葉を聞いてくれないかもしれない。

「……元々の目的は、敵になってでもアイツに会うことだ」

会ったら何とかなる。

自分に言い聞かせ、トールは枕元のクーラーボックスを撫でた。


今回はここまで。学園モノは安価ならまあ…しかし…。
一日が短すぎるので後九時間欲しい。

>>388ステイルはルーン魔術極めとるし土御門に至っては陰陽師の教員資格持ってるよなw


自分が思っていたようにストーリーが運んでくれない。これが無限の可能性か。

>>392
ステイル「では今日は炎のルーンの初歩を」
フィアンマ「俺様炎のエキスパートなので早退しまーす」












投下。


「バゲージシティでは一緒に行動してもらう」
「てっきり俺様はのけものかと思ったよ」
「君が居ないと困る」

嘘臭い。

そうコメントしながら、フィアンマは手を伸ばす。
引っ張り出したのは、乾いた自分の衣装だ。
赤一色のそれは、天使の力と対応している。

「………先に言っておくけど、彼は来ないと思うよ」
「……直接戦闘担当なのに、か?」
「君が語る通りの人物なら、弱い者いじめは嫌いだろう。
 使いにくい人材だ。私なら使わない。…ということはつまり、オティヌスも立ち入らせない」
「バゲージシティで起こされる争乱は『弱い者いじめ』なのか?」
「力量差で言えば確実に。そんなことを気にする連中でもないだろうしね」

見目を整える。
もはやローマ正教とは関係のない自分にとって、男の見目は不要だ。
しかし、神の如き者の力を扱うにあたってはこちらの方が都合が良い。
人工聖人と同じ理屈である。偶像の理論を扱うのなら、力を流す方の身体を変えるべきだ。

「……それにしても、ちぎれた袖の元も無しに服を直すというのはどういう技術だ?」
「メイドの特有スキルなんじゃないかな」


「よお、トールちゃん」
「あ? ああ、お前かよ」

食事を終え、一休み。
そんなトールに近づいてきたのは、予想通りというべきか。

ウートガルザロキ。

幻術を究め、神の名を名乗る魔術師。
彼はクーラーボックスを眺め、のんびりと笑った。

もしかすると。

今後、トールと話せなくなるような気がして。
自分の力量に自信がない訳ではない。
だが、バゲージシティで行う『実験』に巻き込まれる以上、悲劇に喰われれば死ぬ。
死ななくとも、無事では帰れないだろう。

それでもいい。

学園都市に一矢を報いる必要がある。

「彼女に会えると良いな」
「ん? おう」

何も知らないトールは、快活に笑ってみせて。
何も識らないウートガルザロキは、純粋に彼の恋を応援する。

世界は残酷だった。
いつでも、昔から、未来に至るまで。


コツ、コツ。

自分の前を歩く男の様子を眺め。
フィアンマは彼に歩調を合わせつつ、目的地へ向かう。
『実験』は食い止められなかった。
いくばくかの死者が出ただろうし、悲劇も起こっただろう。

何の感慨もない。

「……ん」
「……どうかしたかい?」

視界の端に、懐かしい顔があった気がした。
ウートガルザロキ、と名乗っていた魔術師だろうか。
死んでいるように見えた。眠っているようにも。
祈りを捧げるでもなく、通り過ぎていく。

自分にとって価値があるのは。

もはや世界ではなく、幻想殺しでもなく。






「出来損ないが」

吐き捨てながら振り返った魔神の少女。

オティヌス。

「――――、」

彼女を見た瞬間、フィアンマは息が止まるかと思った。
見覚えがある顔だ。緑の瞳は、以前見た時よりもずっと無機質で。

彼女の『見えない力』と、オッレルスの『北欧王座』がぶつかり合う。

何千何万という音が集約し、一つの大きな爆発音に聞こえた。

「私を殺しにきたのか?」
「殺せないよ。出来るんだったらもうとっくに殺してる」
「殺されに来たか」
「それもないな。わかっているくせに」

覚えている。

あの日、自分を睨んでいた少女の顔を。

「―――まあ、ちょっぴりだけなら、押し返す心当たりはある」
「なに…? ……、」

視線が合う。

緑の隻眼が、細まった。
見下ろす側に居ながら、フィアンマは緊張と恐怖を抑えきれなかった。
彼女は自分への悪意の象徴だ。そして、罪深い自分という一人の人間としての。


後にオティヌスと呼ばれる少女は、平凡だった。
否、正確には非凡さがバレていない子供だった。

彼女が産まれた街は、魔術<オカルト>一色。

魔術結社のメンバー同士が子を為し、歴史を作ってきた場所。
少女は周囲の人々が好きだったし、学んだ魔術は誇りだった。
それがどれだけ忌まれるべき内容だったとしても。

フィアンマがその街を訪れたのは、何年も前の冬だった。
排他的と思われた人々は存外に友好的で。
一定の異常性を越えたら殲滅対象、そのための訪問だったが、このままなら問題ないだろうと思った。

だが。

訪れて泊まり、三日目の夜に。
彼らはとある儀式の為に赤子を殺した。
"そういった"術式しか扱えない魔術師達だった。
そしてそのことを、微塵も悪いとは思わない。
生まれて来る前から、先祖がずっとやってきたことだから。


悪魔崇拝。

文字通りの宗教を持つ彼らは、赤子を使って悪魔を呼び出した。
何人殺されてもいい、誰かが願いを叶えられるのなら。
そう思ったのだろう。現れたのは本物だった。

もうそれだけで殲滅対象だったが、黙っておこうとフィアンマは思った。

人には良い側面がある、赤子一人の犠牲には目を瞑ろうと。
けれど、彼らが犠牲に選んだのは訪問者である自分でもあり。
悪魔はそもそも人間程度の言う事など聞かず、獣のように荒れ狂った。

少しだけ迷った。

右手を振るって悪魔から人々を救うか。
だが、そうしたところで、一度悪魔を呼び出すことに成功した彼らは変わらない。
そして、変わってくれることに期待するつもりもなかった。
もしも彼らが矛先を『外』に向ければ、他の街は壊滅する。

ここで、一つの選択をした。

聖職者でありながら、フィアンマは一歩引いて、彼らを見殺しにした。

そうして血まみれになった部屋で、ようやく右手を振った。
一瞬で悪魔は消え、多くの死体と自分だけが残った。

きっと、自分が殺したように見えただろう。
事実、それは間違っていなかった。
自分を陥れようとした彼らが恐ろしかった。
赤子を殺して笑っている人間が怖かった。
他の街のためにと口では言いながら、自分が怖いと感じたという実に人間的な理由だった。


『……なにしてるの?』
『……、…』

きっと、その子供は何も知らなかったのだろう、と思う。
あまりにも幼い子供は自分を見上げ、純粋な眼差しでそう問いかけた。

何と答えれば良いのかわからなかった。

自分が正しかったのか、間違っているのか、わからなくなった。
少女は自分が血を浴びていることと、死体を確認した。
言葉を喪い、静かに立ち尽くす彼女に、何も言えなかった。

『おとうさん』

父親の死体の残骸を揺さぶり。
小さな子供は、こちらを睨んだ。

ふわふわとした金髪。
緑色の美しい瞳。
真っ白な肌。

自分が慈愛をかけていれば、神様のように人を愛して、信じられたなら。
起こらない悲劇だった。取り返しがついた。




自分は。
彼女の親や大切な人達が死ぬことを、容認した。

ただ殺すよりも、余程悪質な方法で。


苛烈な争いを終えて。
フィアンマはのろのろと歩きながら、そんな昔のことを思い出していた。
二者択一を繰り返す中で一種の解を手にした今なら、あの人々を救っただろう。
ただ、あの時は幼かった。未熟だった。
人の可能性を信じる事が出来ない程に。
いいや、それは少し前まで継続されていたことだが。

言い訳にならない。

自分は、オティヌスから全てを奪った。

「君はこれから学園都市で実験を行って欲しい」
「…実験?」
「自分の気配を完全に消せる術式を作ってくれないか」
「……」
「学園都市に潜入したら別行動としよう。君は感知されないよう、歩いてくれていればいい」
「……わかった」

トールとやり直したい、とそう望むには。
やはり自分は罪に塗れ過ぎているのだと、今一度自覚した。


今回はここまで。

ウート「俺、バゲージシティから帰ってきたらシギンに告白するんだ…」


ウーさんのご冥福をお祈りいたします。
新刊ネタバレ:フィアンマちゃん結婚してました

















投下。


母が死んだ。

病気だと聞いていたが、幼心に違うと感じていた。
一定以上の年齢を越えたら皆が参加する『儀式』の日に死んだから。

『生贄』にされたのかもしれない。

そのことについて、憤りを覚えたことはなかった。
きっと、母親にも叶えたい願いがあった。
命を賭けてでも。今の自分と同じように。

父親と兄は優しかった。
運が良いのか、何度か集会に行っても死ぬことはなかった。
生活はそれなりに満ち足りていた。
自分や、自分の住む周囲がおかしいことなんて知らなかった。

『あの日』の三日前。

外部からやってきた人は、外の事を沢山教えてくれた。

食べたことのない果実のこと。
病の苦しみを楽にしてくれる薬のこと。
甘いお菓子や、砂糖の種類のこと。

どこか、母親に似ていた。
中性的な人だった。


『おかあさんにあいたい』
『ここには居ないのか』
『しんじゃったから』
『………』
『………』
『俺様と一緒に、死者を蘇らせる術式を考えよう』
『できるの?』
『魔術を究めれば、最終的には何でも出来るようになる。
 世界を創ったり、壊したり。死者と生者の区別を曖昧にすることなど造作もない』
『わぁ……!』
『…ただ、そのためには余程勉強して、神上になるか…はたまた魔神になるか。
 素質によっても左右されるしな。努力すればある程度の高みまでは昇れる』
『がんばる』

二人で文献を読んだ。
難しい文章は噛み砕いて説明してくれた。
もしも自分が『届かなければ』、代わりに願いを叶えると約束してくれた。





なのに。



オッレルスと賭けをした。
きっと自分が勝つだろう、とフィアンマは思う。
昔から賭け事には負けたことがない。

気配を殺す術式を構築することは簡単だった。

元々、昔は出向いて殲滅対象を決定していたのだ。
潜入に際して気配を殺すことはよくやっていた。
少々伝承を織り交ぜたが、不具合は無い。

「いらっしゃいませー」

入学希望者向けの大覇星祭は、所謂学生色がよく出ている。
そこかしこで、ほとんど裸みたいな女の子が歩いていた。
今はまだ準備期間のはずなのだが、コスチューム合わせというものらしい。
準備期間中の学生向けなのか、暇な学生や一部業者が出店をしている。
売っているものはたこ焼きや焼きそばといった、一般的な種別。

…なのだが、さすがは学園都市というべきか。

焼きそばはケミカルな色をしていたし、たこ焼きにはチョコ入り。
昆虫チョコなんてものも販売していて、なかなかシュールだ。
オッレルス曰く、自分が一般人と関わる分には問題無いらしい。
恐らく、オティヌスへの不意打ち要員として自分が選ばれたのだろう。

「……ん」
「かっていきませんか!」

フィアンマの服を引っ張ったのは、小さな子供だった。
魔力を練ったことのない人間以外には、フィアンマは気づかれるようになっている。
そういう隠蔽術式だ。なので、フィアンマは驚くでもなく、しゃがんで視線を合わせる。

「飴でも売っているのか?」
「えと、えと…ちょこましゅまろです!」

服のポケットから紙を取り出し、金髪の幼い女の子はそう読み上げた。
ふわふわとした金髪。少しだけ、懐かしい気持ちになる。
本人を前にしたら、恐怖と緊張と、申し訳なさしかないけれど。

「一つもらえるか」
「ありがとうございます、はいっ」
「ありがとう」


ウートガルザロキは、死体すら戻ってこなかった。
シギンもまた同様に。
学園都市に保護(という名の略奪)をされたかもしれない、とオティヌスはぼやいていた。
どうでもよさそうな態度だったので、あれ以上問い詰めても詳細はわからなかっただろう。

「………まあ、生きて…りゃ良いけどな…」

クーラーボックス片手に、トールはそう呟いた。
もしかすると、此処、学園都市内で会えるかもしれない。
ただ、トールにも優先順位というものがある。

目下のところ、自分をハブって弱い者いじめをしていたオティヌスからは離反する。
学園都市内で幻想殺しの少年を見つけ、『槍』の材料を助けるよう交渉する。
次に、オッレルス勢力内で此処にやって来ているであろう『彼女』を探す。

『槍』が完成してしまえば、後はオティヌスの強制恐怖政治だ。
そうなれば、仮に『彼女』を見つけられても殺されるのを待つだけ。
オティヌスの妨害をしつつ、フィアンマを助け出す。
かなりの度胸と力量を試されるが、今の自分は彼女よりも強いと、はっきりと言える。

もう二度と。

『彼女』を一人ぼっちで戦場に行かせたりしない。

「……さて」

上条当麻を発見するなり、トールはポケットに手を突っ込んだ。
使い捨ての霊装を取り出し、静かに詠唱する。

『―――其は白きアースの助言が故に。嫁ぎの装に変化せよ』

バリバリバキン、という硬質な音と共に、トールの見目が変化した。
具体的に言うと、その姿は寸分違わぬ『御坂美琴』という少女の見目。
声もまた同様に。仕草は自分で気をつけなければならないが。

「まずは拳骨で良いのかしら?」

フィアンマ関連で一度妬いた相手(今なら認められる)だ、ちょっとばかし鬱憤もある。
それに、彼女を救ってくれなかったという逆恨みも。

なので。

飛び蹴りからの拳骨コンビでご挨拶させていただくことにした。


チョコマシュマロは安っぽい味だが、妥当な値段だった。
むにゃむにゃと咀嚼しながら、街を歩く。
どんな魔術師にも、自分の姿を見つけることは不可能だ。
魔術師である時点で、一度魔力を練ったことがあるのだから。

「………」

たとえば、雷神トールにも。

フィアンマの視線の先には、先述の彼が居た。
彼はファーストフード店で、ハンバーガーらしきものを食べている。
その向かい側に居るのは上条当麻で。

「……」

恐らく、自分ならあの場所に介入しても良いだろう。
直接戦闘担当であるはずのトールが上条と交渉している時点で、『グレムリン』から離脱することは読める。
上条もトールも、自分に対しては拒絶の態度は取らないだろう。あまりにも優しいから。
そうしたら、オッレルスの元からは抜け、トールと逃げることだって出来る。

だけど。

そんなに楽な道を選ぶ訳にはいかない。
オッレルスは資格なんて必要ない、いつでも離れてくれと言ってくれたが、物事はそんなに簡単じゃない。
少なくとも、オティヌスとの間に決着をつけなければ、トールと顔を合わせる訳にはいかない。
上条に気づかれてしまえば、自分の存在を指摘される。
だとすれば、このまま眺めていることは問題だろう。してはいけない。

「……トール」

話の一つでもしたかった。

思いながら、背を向けて走り出す。


「フロイライン=クロイトゥーネ」

上条当麻とひと悶着あった後、トールはファーストフード店でポテトをつまむ。
彼の向かい側に座る上条は、のろのろとハンバーガーを食べ終えた。
そんなところで、トールは本題に入る。

「あの『窓のないビル』に閉じ込められてる、正真正銘の化け物だ。
 ……正確にゃ、化け物染みた力を持った、何年生きてるかもわからねえ女、か」
「そいつが…?」
「それが、『グレムリン』…もとい、『オティヌス』の求める主神の槍の最後のピースだ。
 彼女はオティヌスの手に渡れば、『主神の槍』は完成しちまう。
 彼女を手に入れるためなら『グレムリン』は何でもするし、それを妨害したいオッレルスもまた然り。
 そこで、お前を誘った訳だ」
「……」
「ヤツ等が彼女を捕まえる前に、俺たちで逃がしてやるって話だ」

上条当麻は、熟考する。
『窓のないビル』の中で閉じ込められているその女性は、きっと辛いだろう。
その話が本当なら、誰かが絶対に助けてあげるべきだ。
ようやく外に出られたとして、オッレルス勢力に殺されたり、『槍』を作るピースにされるなんてあんまりだ。

それでも。

上条は、尻込みする。

「……お前は敵だろ」
「だから?」
「本当の事を言っているかどうか、証拠がない。確信を持てない。
 それに、俺が救って…その後、どんな結果になるかわからない」

その一言は、トールの気に障った。
彼は視線を下に下げ、ゆっくりと指先で隣のクーラーボックスを撫でる。

「だから助けねえのか」
「……」
「俺が敵だから。信用できないから。
 本当にその子が閉じ込められているのかわからないから。
 本当に救えるかどうか確証が持てないから救うなんて嫌だ、テメェはそう言いてえんだな?」
「俺は! …俺はもう、俺が何かをしたことで、誰かが傷つくなんて結末を見たくないんだよ!!」


だから。

『彼女』を中途半端に見捨てたのか。

敵だからと切り捨てず。
敵だからといって、と救い出すこともせず。

中途半端に引きずりあげて掬っただけで。

そのせいで、『彼女』がどれだけ絶望したと思うのだろう。
最初から救おうとしないなんてもっての他だ。
そして、救ったなら最後まで責任を持つべきだ。

ましてや、今回助ける相手は敵じゃない。

敵だろうが味方だろうが救ってきた上条が敵でない彼女を救わないなんて、認めない。

「よく知らないから、会ったことがないから、仲良くないから。
 だから、自分が傷つきたくないなんて理由で見捨てられるのか」

テーブルを跳ね倒して立ち上がる。
上条の胸元を掴み、二発その頬を殴った。

「なら、最後まで救えば良いじゃねえか。
 最高のハッピーエンドを迎えられるまで付き合えよ。
 直近はともかく、今までのテメェは―――上条当麻はそうしてきたんだろうが!!」
「俺はただその子を救えれば良かった! なのに、お前らみたいな奴が1を0に、マイナスにしやがる!
 もうそんな結末はうんざりなんだよ!! 俺の"救った気"が、誰かを知らずに追い詰めてたなんて未来は!」
「そうかよ。テメェが振るってきた拳は、そうなりゃ只のワガママの道具だ」

上条の拳を途中で掴み、手首を捻った。
痛みに顔を歪める上条を見下し、トールは唇を噛む。

「……そして。もしもそんな理由で、本当に誰も助けなくなったら。
 テメェは、正真正銘の悪党だよ。誰が何と言おうともな」

紙ナプキンにメモに手をかざす。
上条にその内容を見せ、燃やした。

「夕方四時、ここで待つ。来ようが来まいが、俺はアイツを救う」
「……本当に」
「……あん?」
「本当に、フロイライン=クロイトゥーネは閉じ込められているんだな」
「ああ」

トールは手を伸ばし、クーラーボックスを取り、肩にかける。

「……悪りぃな上条ちゃん。さっきの内、一発は私怨だ」

告げて、店から出た。
いつまでも残っていると、警備員に捕まってしまう。


今回はここまで。


(何かおかしいなあ、と思った。 大覇星祭じゃない 一端覧祭だ…)

フィアンマ結婚してたってどこのってた?

乙。間違えやすいからしゃーない。やっぱ>>1の作品はおもしれーわ。

フィアンマさんとオッさんの賭けの戦利品はなんだろな

新刊での>>1とフィアンマさんの結婚式には涙がとまりませんでした

ウーさんとシギンでふと思ったけど>>1ひょっとして某ウートメインのスレ読んで…?


>>419-420
ヒント:シュレディンガーの猫箱

>>422
素晴らしい作品だと思っております。












投下。


「やあ」

裏路地。
地道に自分を探り当てたのか、オッレルスは現れた。
自分から居場所を教えたのに、随分と遅い到着だ。

「遊んでいたのか?」
「きちんとやることはやっていたよ。そうそう、賭けは君の勝ちだ」
「そんなことだろうと思っていたがね」

賭けの報酬は奢りディナーである。
フィアンマはオッレルスと共に、スイーツ食べ放題の店へ向かう。
高級店でデザートを多量注文しないのは彼女なりの情けである。

「シルビアはどうした」
「『グレムリン』の構成員とぶつかるだろうね」
「心配じゃないのか?」
「彼女は聖人だ。そう簡単に死んだりしないよ」
「お前と一緒に暮らしてきた女だしな」
「まあ、そういう実績も含めて」

無事、到着。
飲み物と皿にケーキを用意し、席につく。
ぱく、とティラミスを口に含み、フィアンマはニヤリと笑った。

「しかし、好いた女を自分の目の届かない戦場に送り込むというのはどうなんだ?」
「ぶふっ」


コーヒーを思いっきり吹き出しそうになりながら、オッレルスは動揺する。
目の前にいるのは美青年だが、その中身は少女である。
自分よりも年下の少女に恋愛事でからかわれるというのは居心地が悪い。

「い、いや別に、俺はそういう感情は、す、きとか、そういう、っっ」
「嘘をつくな。バレバレだぞ?」
「う、」
「……ずいぶん物知り顔で俺様を揶揄すると思えば、そういう訳か」
「………」

チョコレートを口に含み、オッレルスは沈黙する。
結婚すればいいのに、とフィアンマは思った。
恐らく、彼には彼なりの葛藤があるのだろうが。

「……確かに、俺は彼女が好きだよ」
「………」
「……ただ、優先順位を絞っていない。絞れない。
 彼女の為に世界中を滅ぼして回れるかと言われれば迷うしね」
「優柔不断だな」
「自覚はしているよ」

甘いクリームを舌で伸ばし、しっかりと味わう。
牛乳の匂いがするクリームだ。美味しい。

「なら、何かを犠牲にすれば踏ん切りがつくのか」
「……何の話かな」


ぱく、とプレッツェルを口に含む。
チョコレートの豊かな香りと、焼き菓子特有の軽快な音と、味。
ゆっくりと食べ進め、フォークでチーズケーキを突き刺す。
少しレモンを強めに効かせたらしいニューヨークチーズゲーキ。
甘くて良い匂いがする。口に含むと、爽やかで甘酸っぱい風味が広がる。

「はっきりとは言わんよ。ただ、一つ言っておく」
「……」
「…もしも何かを犠牲にするのなら、俺様を捧げてくれ」
「……雷神トールと会いたかったんじゃなかったのか?」
「そうだよ。…チャンスはあったが、捨てた」
「何の為に?」
「どう思う?」

妙な聞き返し方だ、とオッレルスは思った。
フィアンマはココアを啜り、視線をプリンに落とす。

「……もう疲れ過ぎて、自分がどうしたいのかもよくわかっていないんだ。
 楽な方に流れてしまえばずっと楽で、きっと幸せだと頭では理解している。
 ただ、それでトールと過ごせる程、俺様は様々な問題を無視出来ない」
「………」
「………お前に話すことでもなかったな」

ホイップクリームと共に、プリンを口に含む。

「俺様は、お前と友人になれたことを誇りに思うよ」
「……、…」

カスタード特有の、ふんわりとした卵の味がした。


フロイライン=クロイトゥーネを『窓のないビル』外へ出すことは成功した。
したのだが、敵味方の区別がついていない彼女はあまりにも無差別に攻撃し。
結果として、雷神トールは現在、体内の『妙な凝り』に身悶えていた。

「ぐ、……ぉが、…」

まだ、死ぬ訳にはいかない。
こんなところで死ぬ訳には。
少なくとも、彼女を救わなければならないから。

もう一度、彼女の笑顔を見るまで。
一緒に、何でもない日々を過ごせるようになるまで。
自分は何としても、生き延びなければならない。

バジジジジジジジィ!!! と激しい音がした。
体内の凝りを無理やり電気で破壊した途端、呼吸が元に戻る。
のろのろと手を伸ばして、上条の体にも同様の処置を施した。

「げほげほ! っ、あいつ、は?」
「フロイラインなら逃げちまったよ。想定外だ。どうするか…」
「……まだ、逃げて時間は大して経ってない。
 今ならまだ誤魔化せる。トール、俺に考えがある」

上条当麻は、立ち直った。
もう一度、ヒーローになることを決意した。
トールは、そんな彼の様子を眺めて満足していた。

(さあ、楽しいお祭りの始まりだ)


オッレルスは、再び闇に姿を消した。
彼には彼なりのやることがある。
自分にもまた、実験という義務があった。

「………」

一端覧祭が始まったようだった。
街中には着ぐるみやら何やらが闊歩している。
直接触れない限り、自分は魔術師には見つからない。
一般人からも、その姿を消そうとすれば出来る。
今日は一般人からも姿を隠してみることにする。
人ごみで軽くぶつかってしまえば、その人物にはわかってしまうのだが。

「フロイライン=クロイトゥーネは脱走か」

色々と読めるところはあるが、今回には参加しない。
あくまでも参加しないのだから、考えを伝える必要はない。

何となしに、自暴自棄な気分だった。

自分の思いは、いつでも自分の思うようにならない。
そのことに腹が立つ。酷く不服だ。

「……ん…」

軽い目眩を感じ、ビルの壁にもたれる。

自分が魔術師じゃなかったら、こんな目には遭わなかった。
自分が魔術師ではなかったら、トールには出会わなかった。

この世界は本当に、冷酷で、残酷で。


クーラーボックスをホテルへ。
中身を取り出して、ひんやりとした手の甲へ口付ける。

「……」

適切な防腐処理を施し、懐へ。
これで、しまっていても腐りはしない。
いつか彼女に出会えた時、つけてあげられる。

「行くか」






向かった先は、幹線道路の走る場所。
立っているのは、オッレルス勢力の二人だった。
途中捕まえた御坂美琴は、どうやら片方の相手を請け負ってくれるようだった。
上条を引き合いに出せばすぐ乗ってくれたのだから、恋する乙女はチョロいものである。

「今回ばかりは、私もそっちが良かったよ」
「今からでも遅くはねえけど?」
「悪いけど、こっちにはこっちの、心地良いしがらみってものがあるのさ」
「そりゃ羨ましい。…俺は精一杯生きてきて、ソイツを見つけることは―――出来なかった」

否。
実際には、見つけたはずなのに、喪ってしまった。

彼女の笑顔が。
彼女の声が。
彼女の手が。
彼女の涙が。

大切だったはずなのに、自ら手放した。
自分の鈍感が、彼女の孤独と、別れを招いた。

「まあ、安心しろよお嬢ちゃん。今回は『雷神』のトールさんでいてやるからさ」
「言うねえ。あんまり大人をナメるモンじゃないと思うけど?」




―――たとえ、どれだけ底抜けに世界が滅茶苦茶になっていったとしても、彼女に傍にいて欲しい。


この想いは間違っていないと胸を張れるように。
今は、ここで戦うことが正しいと、そう思える。


今回はここまで。


お待たせしました。



投下。


「……」

真っ暗な路地裏で、女はふらふらと歩いていた。
向かう先は決めていない。
全てをゼロとイチで決めるその生き物は、何も考えていなかった。
何も考えないようにしなければ、『友達』を食べることを、考えてしまいそうだったから。

「………」

『それ』は。
フロイライン=クロイトゥーネと呼ばれる、魔女狩り時代の怪物だった。
あまりにも人間離れして、あまりにも人間染みた、人間には思えない生き物。
多くの人類が『異物』の烙印を捺し、恐れた存在。

「……?」

彼女は、顔を上げる。
そこには、一人の青年が立っていた。
とっさの反応で彼の体には異分子が紛れ込んだはずだが、苦しむ様子は見られない。
じっと自分を見上げるフロイラインに対し、彼はこう聞いた。

「…フロイライン=クロイトゥーネ、だったか」
「………」

フロイラインの瞳が、ぎょろぎょろと動く。
まるで、検索エンジンにキーワードを入力したかのような、作業的な時間。

「……はい。私、はフロイライン=クロイトゥーネ、です」

ロボットが言わされているかのような、無機質な返答。
彼は、或いは彼女と呼ぶべき人間は、彼女と目線を合わせる。


「上条当麻には会ったか」
「………」
「黒髪の、…お前より身長が低い少年だ。
 お前を庇ったりしなかったか?」
「…はい」

こくりと頷いて、フロイラインは壁に寄りかかる。
その口からは、熱い息がひっきりなしに吐き出されていた。

「もう、限界、です」

ずるずると、彼女はその場に座り込む。
自分を友達だと言ってくれた、優しい少女達。
その一人を捕食したくて、この身は震えている。
自分に笑いかけてくれた少女の頭にかじりついて、脳みそを啜りたい。

それは、もはや『本能』。

我慢している状態の方が不自然だ。
空腹や睡眠をいつまでも我慢出来ないことと同じ。
そういう『機能』を獲得してしまったフロイラインには、今の状況が果てしなく辛い。
自分の意思だけで空腹を押さえ込める人間はそうそういない。
それに、空腹とは比較にならない程、フロイラインの抱える衝動は、強すぎる。

あの少年は、『大丈夫だ』と言ってくれたけれど。

きっと、ダメだ。
自分はいつしか彼女を捕食して、絶対に後悔するに決まっている。
全力で拒絶しても消えない衝動で、息が苦しい。
殺して欲しい。もう楽になってしまいたい。


「あの男に会ったなら、お前は救われるよ」
「……?」

焦点の合わない瞳でぼんやりとしているフロイラインに対し。
フィアンマはそうはっきりと告げた。

「お前は俺様と違って、何も悪いことをしていない」
「……、…わた、しは」
「俺様には『機能』をかく乱してやることしか出来ないが、時間稼ぎ程度にはなるだろう」

バードウェイのように、フロイラインを殺す技術を、フィアンマは持たない。
それは目指してきたものの違い。人間を超える存在となるべく純度を高める思想の、ローマ正教徒故。
フィアンマは手を伸ばし、フロイラインの右手に触れる。
ジュウ、と肉が焦げるような音がして、フロイラインの抱える衝動が僅かに鈍った。
鈍っただけで、消えた訳ではない。言うなれば、焼け石に氷を投げた程度。

「一箇所に留まるのは得策ではないな。行け」
「あり、がとう―――ござい、ます」
「………結局俺様は、誰も救えないんだな」


発生する過程は魔術でも、発生した電気は科学サイドのものと大して変わらない。
トールは砂鉄で作り出したクッションに足を置き、空中でのバランスを保っていた。
彼の敵であるシルビアは、懐から取り出した縄で結界を構築する。
聖人の腕力は人並み外れたものであり、幼少期より当人は使いこなそうと努力する。
シルビアは軽い手品を行える程に手先が器用で、且つ豪胆な女性だった。

「あれは……、」

注意を払い、シルビアの手元を観察する。
ただ適当に縄を揺蕩わせている訳ではない。
ぐん、ぐん、と速度を上げて振り回される縄。
結界を専門にしている、と先んじて主張した彼女なら、どんな魔術を使うのか。

「私は力の制御が苦手でね。よく宮殿を壊したもんさ。
 で、怒られる度に考えた。どうやったら制御出来るか?
 答えは簡単だ。結界を作って、自分から宮殿を守ればいい」

宮殿を守るのに使用するのは、通常『天使の力』。
トールはシルビアを観察しながら、とある事実に気がつく。
彼女が描いているのはシジルだ。
精霊や天使の力を多く借りたい時に使用する、ルーンとは違う魔術記号。
その形は役を為した瞬間に次々と形を変えていく。
単一の莫大な『天使の力』を制御する『神の右席』とは違う形。
シジル同士の相生のバランスをもって、それらの者を上回る為の技術。
縄を回してその『力』を制御し、高速回転させた上で、シルビアは思い切り振りかざした。
結界とは要するに莫大な質量の壁であり、この行為は家の屋根を投げたことに等しい。
当然のことながら、その力の矛先の制御は超厳密には絞られない。

だから。

トールの背後にある廃ビルが、丸ごと破壊された。
通常の物理現象である『ビル倒壊』は、周囲を巻き込んで被害を肥大化していく。

「ばッ、馬鹿野郎!!?」
「宮殿でもよく言われたっけな」

『天使の力』で加速化した怪物は、橋側面を走りながら縄を一段と大きくたわませる。
トールは指先からアーク溶断ブレードを現出させ、振るう。
彼の唱えた詠唱は、一瞬にして天候をも変化させた。



二つの巨大な力がぶつかり合い、一閃の雷、そして。


ガギャン、と形容すべきか。

激しい物音がして、シルビアの腕が軋む。
聖人といっても、人は人。
人体には変わりがない。
音速以上の攻撃を立て続けに防がれれば、腕にはダメージが残る。
だがそれは、雷神トールの比ではない。

「く、そ!」

鳴り響く雷鳴。
雷を呼び出し、ブレードで照準を合わせる。
シルビアはそれを易易と回避し、さらなるシジルを描いた。

神の如き者から神の力。
神の力から神の薬。
神の薬から神の火。
そして、神の如き者へ。

「は、」

神の如き者の性質は、彼女の専門だ。
彼女と戦い、過ごしてきた中で、天使の力にはクセがあることを知っている。

「これは、アイツに感謝するべきかな」

ぽつりと呟いた。
ブレードで地面に刻みつけた焦げ跡は、魔法陣を描いている。

「な――――」
「介入させてもらうぜ、結界のプロフェッショナルさんよ」


通常、天使の力には既に属性が付加されている。
フィアンマが通常魔術を使うのに『火』を使わなければいけないことがその証明だ。
『神の右席』は単一の天使の力の扱いに特化するが故、自分専用の霊装しか使用出来ない。
シルビアはあくまでも聖人であり、その体は『神の子』に似た人体でしかない。

つまり。

一定以上の天使の力が溢れた場合、術者の体に害がある。
『神の右席』やサーシャ=クロイツェフのように、彼女は天使の力を受け入れる度量を持たない。
また、キャーリサのようにどこまでも天使の力を受けいれられる霊装を持っている訳でもない。
そこを利用し、トールは魔法陣で結界に余剰な『神の如き者』だけの天使の力を封入した。

ケーキに小麦粉がありすぎると、焼き上がらないように。

結界はぐらりと揺れ、縄をもっているシルビアの表情が僅かに歪む。
制御を誤れば、高圧電流に触れた人間の身体のようになる。
つまりは即死。だからこそ、天使の力は軽々しく扱ってはならない。

繊細な力押しと、悪知恵の勝負。

シルビアは縄を回し、『神の力』の力を喚び込んだ。
『水』と『火』の属性がぶつかり合い、かえって中和される。
これは、第三次世界大戦中にフィアンマが召喚した『神の力』と同じ状態。

制御に時間がかかったのは、たった三秒。
だが、その三秒で充分だ。充分過ぎる。
トールは手にしている凶器で、思い切りシルビアの間合いへ飛び込むことが出来るのだから。

「届け――――」
「――――天使の力は神の御元に」


一瞬、空白が出来た。

シルビアは天使の力を、突如縄から解放した。
あれだけのシジルを描いて呼び出した力を、手放した。
それは、目の前のトールの攻撃に対応するためである。
術式で反撃や防御を行うものだと思っていたトールは、僅かに目を見開く。

それに対し。

シルビアは縄をコンマ二秒で結び、『剣』を作った。
例え縄で出来た『剣』であろうと、偶像崇拝の理論で本物と化す。

神の如き者の剣。

フィアンマの扱うそれに比べれば、見劣りする。
だが、それを聖人が振るうのなら話は別だ。
火を放ちながら、トールの眼前へ剣が振るわれる。

回避出来ない。

トールは仕方なしに右手を突き出し、ブレードで縄を切った。
強烈な膝蹴りが腹部に突き刺さり、彼の体が吹っ飛ぶ。

「…っと、危なかった」

あまりにも涼やかなシルビアには、追いつかない。

(これが才能と努力の差ってヤツかね)

ため息をつきたくなりながら、トールはふらりと立ち上がる。


レイヴィニア=バードウェイの離脱により、戦闘は終了した。
お互いに大怪我を負った訳でもなしに、一歩下がる。
武器をしまい、お互いの姿を両の目できちんと見た。
それだけで、場の雰囲気が和やかなものへと変化していく。

「ちぇ。だから言ったのに。そっちが良かったって」
「しがらみ持ちは大変だな」

トールは深呼吸し、シルビアを眺める。
フィアンマのことを聞こうか、迷う。
それによって彼女に不利益が生じても困ってしまう。
なので、ひとまず口を噤んでおいた。

「それにしても、結界を攻撃に転用するのは初めて見た」
「結界に関してはプロの自負があるよ」
「俺の『トール』と同じか。またやり合おうぜ。会えたらさ」
「戦闘狂相手の戦闘なら、一回でゴメンだね。二度もやったら身がもたない」
「体力自慢の『聖人』がそれを言うのかよ?」

会話を終えて、お互いに背を向ける。
シルビアには沢山の帰る場所があるし、トールには探さなければならない人が居た。


打ち止めと、フレメアと、フロイライン=クロイトゥーネ。

抱き合う三人の少女を遠くから眺め。
良かった、とフィアンマは思う。
自分と違い、罪の無い、或いはずっと軽い人は救われるべきだと願ったから。
上条当麻は本物のヒーローだ。自分と違って。

「……実験は成功か」

何だかんだいって、誰にも気づかれなかった。
フロイラインには自分から気づかれようと振舞ったのでノーカウント。
オッレルスには良い報告が出来そうだ、とぼんやり考える。
とても有意義な実験だった。これなら、誰でも後ろから刺せる。

「………」

自分を尖兵とするつもりなのだろうか。

オッレルスの考えを考察し、読み取っていきながら。
使い潰される人生こそ自分には相応しいと、フィアンマは考えてみる。


フロイラインの件が解決した以上、学園都市に留まる理由はない。
しいて言えば、彼女が脱出したかどうかを知りたかった。
彼女が居ないのなら、それこそ学園都市に用はない。

「………、」

怪我という怪我はないが、シルビアは強かった。
爆発などの余波で、少々身体は疲労している。
元々、トールは特別な体質の持ち合わせなどない。
努力だけで全能神の力にまで手を届かせたからこそ、この場所に立っている。
天性のものなど無い。あるとすれば、そうそう折れない心だけだ。

そんな、トールは。

ぴたり、と立ち止まる。
そこに立っているのは、オティヌスとよく似た雰囲気を纏った青年だった。

「やあ、雷神トール」
「……、…」

自分の中で、殺意が爆発的に膨らんだ。
オティヌスの言葉が全てだとは思わない。
だが、目の前の男は敵だ。それも、自分の気に食わない方の。
戦争に負けて戦犯にされ、ズタボロの彼女を引きずり回して戦わせている張本人だ。
フィアンマを愛するトールならば、苛立ちを隠せないのも当然といえよう。

「何の用だ」
「"彼女"からは、君を傷つけないように言われている。だから、そう警戒しなくてもいい」

トールは、僅かに警戒を解くか悩む。
対して、オッレルスは微笑むでもなく。






「――――なんて。言うつもりもなければ、彼女との約束も今は無効なんだけどね」


今回はここまで。
戦闘描写は一部リアルタイムで書き上げたので投下スピードが微妙ですみませんでした。


トールくんがかわいそうで涙が出ます。















投下。


殺気は無い。
殺意も無い。

いや、感じられないだけかもしれない。
こと、戦場において、オッレルスの態度は不自然だった。

あまりにも、緊張というものがみられない。

まるで家の中で寛いでいるかのような弛緩。
雷神トール程度の相手には、緊張する価値などないと宣言するかのような。

「彼女と私の契約は単純だ。
 彼女は私の命令に従い、私と共に行動する。
 その条件が守られている場合、私は雷神トールを攻撃しない。
 たとえ攻撃されようと、回避して、気絶させる程度に留める、とね」
「なら、今がその時じゃねえのか」
「ああ、一般的にはそういうことになるだろうね。
 ただ、彼女も私との契約を守っていない時間中なら、当てはまらない」
「…何…?」


 ・・・・・・・・・・・・・・
「私と彼女が共に行動していない」


屁理屈だった。
だが、彼は本気でそう発言している。

だからといって。

ここで殺される訳にはいかない。


シルビアと違い、抵抗する隙さえなかった。
ノータイムノーモションでぶつけられた『力』。
オッレルスはそれを『北欧王座』と称している、不可解な術式。

頭のてっぺんから。
足の指先まで。

痺れるような、重いダメージが浸透している。
壁に叩きつけられた背中が、ひどく痛む。

「が、ぁ…?」
「理解も出来ない内に叩きのめされる、というのは少々辛いかもしれないな」

そんなことを言いながらも、手加減は感じられなかった。
いや、力押しで圧殺されないだけマシかもしれない。

「本当は君を殺して彼女に見せても良いが」
「ッ…ふざ、けんじゃ、ねえ…」
「ああ、私もそう思うよ。だから、君のことは約束の一部通り、気絶に留めようかとは思う」

話しながら。
一瞬で、何の気配も動きもなく。
トールの眼前に、オッレルスが現れた。
五百メートル程の距離を、あっという間に詰められた。


まるで落ちた紙切れを拾うように、手が伸びてくる。
指先で地面に文字を描き、雷を落とす。
一閃の雷光はオッレルスの身体を貫いたはずだが、まるで効果をなしていない。

「余計な事を言われると困ってしまうから、」

まるで。
煮込み料理の鍋に、塩を足すような気軽さで。

オッレルスは手を伸ばした。
トールの片脚を掴み、容赦なく横に捻じ曲げる。

バギャグギ

そんな音と形容した方がいいのか。
はたまた、ただの衝撃であると言うべきか。

あまりにも軽い動作に反した重々しい痛みが、トールを襲った。
骨が無残に肉を突き出し、空気に晒される。

「ぎ、が、ぁアアアアアアア!!!!!!?」

痛みが強すぎて、何もわからなくなる。
痛いと思うことすら許されないまま、トールは一方的に攻撃されていた。
反撃をしようにも、届かない。間に合わない。


「全能神トールに届く程の実力はあるようだが…。
 それでも、人間に想像出来る程度の全能に過ぎない」

魔神の力とは確かに、違うだろう。
その差は絶対的で、埋められないものだ。

「君には彼女の鎖になってもらう」

いつでも離れてくれていい、と告げたその口で。
フィアンマを自分の手駒として縛り付ける為に、オッレルスはそう吐き捨てた。

怒りが力に変わるなんて展開は、少年漫画の中だけだ。
いくら目の前の男を憎いと思っても、トールの実力は上がらない。
こんなところで立ち止まる訳にはいかないのに。

彼女を、戦場から引きずり下ろしたい。

日常というステージまで。
それだけの願いなのに、叶わない。


どちゅっ、という音がした。

「……ぁ、…?」

トールの喉元には、弓が突き刺さっていた。
弓矢を放つモーションなど何一つなかったはずだ。
ありとあらゆる知識を総動員すれば、魔術発動に必要なキーは減る。
だとしても、あまりにも説明の出来ない攻撃。

致命傷。

そんな言葉がトールの頭に浮かんだが、彼が死ぬことはなかった。
代わりに、彼の腹部、服の内側で何かが砕けた音がした。
それは彼の体に刺さることなく、服の隙間からボロボロと地面へ落ちていく。

(こ、れ……)

そうだ。
彼女が、クリスマスにくれたものだった。
致命傷を受けててくれる、身代わりの霊装。

(フィアン、マ……)

『………大事にする』

彼女の嬉しそうな、涙声が、蘇る。
それを振り返る時間もないまま、トールの意識は深淵へ落ちていく。


オッレルスとの合流場所へ来た。
待ち合わせ時刻は間違っていないはずだ。
別に遅れたところで怒る性格とも思わないが。

「………、遅かった、な…」

言いかけて。
オッレルスが腕に抱えている少年の姿に、言葉を失った。


血まみれで、脚からは骨が突き出ている。
呼気は浅く、内臓が傷ついていることは明らかな顔色。
喉にも傷があり、掠れた吐息ばかりが零れている。


「……あ、…」
「路地裏で倒れていたんだ。…オティヌスの内部粛清だろう」

沈痛な面持ちで、オッレルスは俯く。
フィアンマは慌ててトールの身体を抱き受け、顔を覗き込んだ。
まだ生きているが、失血量もそれなりにあるようだ。

「私はこれから『グレムリン』に、…彼として潜入する」
「………ッ、…」
「君には追って連絡をするよ」

オッレルスは、ゆっくりと深呼吸をして。

「……間に合わなくて、すまなかった」

そう、小さく謝罪の言葉を残して、その場を去った。
フィアンマはトールを抱えたまま、ホテルへと向かう。


やや古びたホテルの者に多額の金を渡せば、一番良い部屋を用意してくれた。
あれで一ヶ月は宿泊出来るだろう。何をしても嫌がられないはずだ。

トールの身体を、ベッドへ寝かせる。

全てを回復させる術式は扱えない。
右腕がない以上、奇跡を借りることはそんなに出来ない。
無力感に打ちひしがれないように、必死で自分を鼓舞する。
失った生命力を元に戻すイメージをして、天使の力を使う。

呼吸だけは、楽になった。

露出している骨も、足の中へ戻す。
時間はかかるが、ここでじっとしていれば一ヶ月以内に全快するはずだ。

「………」

術式の設定を終え。
フィアンマは、トールの傍に膝をついた。
いつかの、倒れた彼を看病した時に似ていた。
ただ、その時よりも今の方が、ずっとくるしい。

「とー、る」

ぽた。

ぱた、ぽたぽた。

涙と呼ばれるものが、あふれて、ベッドに落ちる。
彼の衣服や、顔をも濡らした。

もう、我慢出来なかった。

ずっとずっと辛抱してきたものを、抑えることなんて出来なかった。


「あいたかった、ずっと、」

(俺も、だよ)

思っても、伝わらない。
どうやら声帯は完全に潰されているらしい。
身体は徐々に癒されていくが、今はまだ楽にならない。
指先の一本すら、自分の思うように動かせない。

「トールがいなくても、ずっと頑張ってきた。
 歩いて、走って、すすんで、立ち止まっちゃいけないと、おもって」

(そう、だな。お前はずっと、我慢して―――)

「俺様を捜していたのか。だから『グレムリン』に入ったのか」

(ああ、)

肯定も否定もしてやれない。
ただ、彼女の涙と独白と問いかけだけがこだましている。
胸が痛かった。抱きしめて、頭を撫でてやりたかった。

「俺様のことなんて忘れれば良かったんだ。
 ちょっとした偶然で出会っただけなのに、…」

(…それで片付けられないから、お前は泣いてるんだろ……)

涙で歪んだ顔をぐしゃぐしゃに歪め、彼女は唇を噛み締めた。
後悔している人間の顔に他ならなかった。

「俺様のせいだ」

(ちが、う)

「俺様がお前に頼らなければ、甘えなければ、こんなことにはならなかった」

(そんな、こと、)

「聞いてくれ。…死ぬかもしれないと思った時、お前の顔が浮かんだんだ。
 トールに甘えたいって、抱きついて、なきわめきたいって、…そんなことを」

(そっ、か…)

「あまりにも身勝手で、自分に呆れる。そのせいで、トールはこうなった」

(俺は、ただ…お前に、もう一度会って……)

届かない。
叫んでも、掠れた吐息にしかならない。


自分は、彼女にあえて良かったと、こんなに思っているのに。
出会って、話して、笑い合って。
何でもない日常を一緒に過ごして、好きになって、好かれて。

幸せだった。

きっと、それは自分の知ろうとしなかったものだった。
それは、あまりにもあたたかいものだった。
捨てたくないと、失いたくないと、みっともなくしがみつきたいほどの。

「馬鹿だな、…俺様に価値なんてないのに」

(価値だとか、善悪じゃねえよ。俺はお前が好きだから、)

「トールと一緒にいたかった。トールと一緒に、またお菓子を食べたかった。
 笑ってほしかった。叱って欲しかった。それしか望んでいなかった。
 俺様が間違っていたんだな。俺様の報いはいつでも、俺様には来ないんだ」

(どうしても――――)

「俺様が、トールを好きだと思ってしまったから」

(―――届かない)

「トールのことが…だいすきだったから……」

ただ、頷いてやれれば。
それだけできっと、彼女は楽になれる。
頭ではわかっているのに、身体は頭の命令に従わない。


「……もうかかわらない」

彼女はベッドに手をつき、ふらふらと立ち上がる。
引き止めたい、けれどやっぱり、声が出ない。

「……もう頼らない。甘えたりしない」

深呼吸をして、彼女は目元を拭う。
最初から出ていた答えを、再確認するように。

「……俺様が生きていることが、そもそもの誤算だった」

元を正せば、生まれてきたことすら。
自分の選択に、人生に、何の意味もなかった。
ただ、大好きな人達を不幸にしてきただけだ。

「俺様じゃなくたって、トールを好きになる女は沢山いる」

彼女は、笑みを浮かべる。
歪んだ笑みだった。
その身体は、小さく震えていた。

「その中に一人くらいなら、トールが好きになる女だっている」

言い聞かせるように。
そうしなければ、前に進めない。

(フィアンマ、俺、は……代わりじゃ、嫌なんだよ。何で、)

トールの指先が、ぴくりと動いた。
背中を向けているフィアンマは、気づかない。







「もう、大丈夫だ。俺様が、全人類の免罪符になる。――――さよなら」


ドアが閉まる。
『あの日』と同じように、無残に、残酷に。


今回はここまで。


驚きの憎まレルス率。












投下。



泣いたからか、精神的には少し楽になった。
ただ、身体的疲労はのしかかってくる。

オッレルスからの連絡待ち。

フィアンマはひとまず『外』へと出た。
学園都市の中に居るメリットを感じられなかったからだ。

『フィアンマ』
「……ん」

唐突に話しかけられ、反応する。
直接意識に割り込みをかけてくるタイプの通信術式だ。
結構な遠距離からかけてきているのか、声の大小が不安定だ。

『実験は成功だったようだね』
「ああ」
『下準備の方は覚えているかな』

思い浮かべる。
そういえば、アパートメントで二人で本を読んだ。
共通点はよくわからないものの、読むだけ読んで、と言われたものだ。

『あれの共通するテーマを元に術式を組んだんだけど、再現出来るかい?』
「…口伝でさせるつもりなのか?」
『君なら出来るよ』


レシピを口頭で教えられながらリアルタイムで料理をしているような気分だった。
それも、フランベなどの危険な作業に近いので危険度が洒落にならない。
そもそも、魔道書や写本で教えるべき術式手順を口頭でとは如何なものなのか。
自分が『汚染』された場合どう責任を取るつもりなのだ、と文句が口を突いて出る。

『君の場合そうそう汚染はされないだろう。宗教防壁は無くなるものじゃないんだし』
「俺様がこの局面で死んだら困るのはお前だろう」
『その通りだよ。…今度何かご馳走するから、機嫌を直してくれ』

困ったように言われて、少し笑う。
そういう気の遣い方は勘違いされやすいので、感心しない。

「……潜入は出来たのか」
『ああ。だから、そろそろ切ることにするよ』
「また後で」

通信を終える。
戦いのことを考えていれば、何も振り返らないで済む。

元は、ごっこ遊びだったはずだ。

傷つく方がおかしい。
おかしいのだ。間違っている。

「……だから、…」



あれから、何日経っただろう。
部屋に誰一人訪れないのは、彼女が金を出したついでに従業員へ言ったのか。
何はともあれ、身体の調子は徐々に良くなってきたように思う。

「ぐ、……」

起き上がる。
ぼんやりとした頭は、まだ少し血液が足りていないらしい。
ただ、それでも考えることは山ほどあった。

「………」

泣いていた。
身を震わせて、我慢してきたんだ、と吐き出していた。
会いたかったと、抱きつきたかったと、言っていた。

大好きだ、と。

言って、いた。
それなのに、また全てを我慢して、これまで以上に精一杯飲み込んで。
自分を『免罪符』なんてモノ扱いをして、彼女は行ってしまった。

「…は………」

視界が揺れる。
それでも、進まなければならない。

脚が折れようと。
手が砕かれようと。
内蔵が潰れようと。
声帯が駄目になろうと。

ここで進まなければ、一生後悔することになると、そう思うから。


十字架を背負って、ゆっくりと下る。
この先の場所が、自分の墓場だろうと思いながら。

「………」

『神の子』も、こんな気持ちだったのだろうか。
全人類の罪を着せられて殺される気分というものは。

「………」

十字架を、地面に突き立てる。
石に天使の力を込めて昇華させた、特殊なものだ。
聖霊十式程ではないが、教会の歴史あるものを使用した。
対応するそれは聖ピエトロの術式を組み替えたもので、自分にしか扱えない。

自分の死をもって。

世界を、大規模魔術による干渉から救う術式。
世界の全てをねじ曲げようとする魔神にしか効果はない。
元となった『使徒十字』とはまったく真逆の性質のものだ。
魔神が完成する前に、自分は死ななければならない。

「……」

そして、この術式には一つ、小細工が施してある。
それは、悪意や敵意といったものを自分へ集めるというものだ。
死して尚、自分は悪の象徴として祀り上げられるだろう。
それは、オティヌスの罪が消えるということも意味する。

敵意を向けさせる。

これは『天罰術式』の研究過程で得られた数値を流用したもの。
まだ記憶を消す前のヴェントが、自分へ教えてくれたこと。

「魔神オティヌスを止めるのは、俺様でなくてはならない」

ただ、幸せに暮らしていた少女の家族を。
結果的に、見殺しという形で殺害した自分の、けじめのために。


『船の墓場』は、思った以上にごみごみとしていた。
多くの、船の残骸が積み上がっている。
小舟から大型客船、無人船や元々は有人船であっただろうものもある。

「そこで何をしている」
「見てわからないのか?」

雷神トールの姿を保ち続けたオッレルスは。
モックルカールヴィの心臓を握りつぶしながら振り返った。
ごぞぞぞん…、という山の崩れるような音がする。

「出来損ないが。私の前に二度も現れるとはな」
「気づかなかったようだが」
「無限の可能性の傾きだろう」
「ああ、そうだな」

オッレルスは、オティヌスの目を見る。
ただそれだけで、遠くで、閃光が炸裂した。
あちらの方には確か、マリアンと投擲の槌が居たはず、だが。





つまり、製作中の主神の槍は―――――。


「……私の『死者の軍勢』は、人のためのものだ。
 神をその列へ加えるつもりはない」
「本物の魔神様が、他人を神様扱いか? いくら自分が寂しいからって、私を同類扱いしないでくれ」

激しい音と衝撃とがぶつかり合う。
魔神という領域にまで踏み込んだ二人が行う戦闘は、もはや人の言葉では語れず。
多くのものがひしゃげ、吹き飛び、粉々にされていく。

オッレルスは、片腕を犠牲にして前へ出る。

攻撃が一瞬やんだ中を進む。
オティヌスの攻撃が容赦なく突き刺さろうと、構わなかった。

手を伸ばす。

光の杭は、オティヌスの胸元を貫――――

「なかなか面白い小細工だ」

――――かなかった。

彼女はニヤリと笑い、その術式の性質を看破する。
理解するということは、術式を扱えると同義。
オティヌスは手を伸ばし、オッレルスが自分へそうしたように。

彼の胸のど真ん中へ、光の杭を叩き込んだ。


「第一希望は―――叶わなかった、が」

男が呟いた。
僅かに首を傾げたオティヌスの胸から。
赤の色を帯びた光の杭が、突き出した。

「が、はっ、げほ、」

びちゃびちゃ、とオティヌスの口から血液があふれた。
魔神へ杭を突き刺したのは、言うまでもなく。

「……」

右方のフィアンマに他ならなかった。

「第二希望は叶った…。…元より、私は自分の才能に固執などしていない。
 ただ、お前を止めることだけを考えていた。…本物の魔神に、人類は敵わない。
 ―――だが、妖精程度なら、人間でも何とかなるものだ」
「く、ふ。ああ、やはりお前は…出来損ないだな……」

どこか。
夢想するように、オティヌスは言った。
彼女はほっそりとした腕を伸ばし。

フィアンマの左腕を、掴んだ。

「私は、お前のことなどどうでもよかった。
 真に必要なのは、この女一人だ。お前は本当に天才だよ。
 私に利用され、私の願いを叶え続けるだけの! 嗚呼、私の人生は、ようやく報われる――――!」

ずるり。

少女の左瞳を覆う眼帯を、神の槍が。
容赦なく貫いて、主神の槍が現れる。
オティヌスは笑って槍を引き抜き、振るった。





「これまでの悲劇が、全部、ぜんぶ夢だったら良いのに。
 俺様が目を覚ましたら、隣にトールがいて。
 昨日はケーキを食べ過ぎたな、なんてからかわれて。
 恥ずかしいような気持ちになって、トールに文句を言って。
 誤魔化すように頭を撫でられて、俺様は、何も言えなくなって笑うんだ」
                  
                    元『神の右席』――――右方のフィアンマ




「全部知っていて、君は最初から俺を――――」

             妖精へ堕とされた魔術師――――オッレルス




「良い光景だ。私の感じた絶望に少し似ている。
 安心しろ。お前が産まれてきたという事実を含め、私が全て消してやる」
                 
                   完成した純粋な魔神――――オティヌス




「よお、フィアンマ。……間に合ったのは、これが初めてだな」
          
                  守る為の戦いを知る少年――――雷神トール





今回はここまで。
次回ゆっくりきます


インフルさんに殺されてしまいそうです。
後、キーボードの『A』が壊れて絶望しています。





















投下。


フレイヤ―――正確には彼女を宿す母親を。
ありふれた母子に戻ることの出来た魔術師を雲川鞠亜に任せ。

そうして。

ようやく『船の墓場』に、上条は辿りついた。

隣にはインデックス、御坂美琴。
レイヴィニア=バードウェイ、レッサーが居た。

共に死線をくぐり抜けてきた人員だった。
そして、ほぼ無条件に上条の味方を出来る人間。

「よお。遅かったな」

海に面した崖に、一人の少女が腰掛けていた。

彼女の右手には槍があり。
彼女の左手には、誰かの頭髪があった。

「『主神の槍』は完成したよ。マリアンは失敗したようだが、もはやどうでもいい」
「マリアンは失敗…なら、どうしてお前は…?」
「そもそも、こんな大仰な手間は必要なかったんだ。
 厄介な『無限の可能性』を誤魔化す為に多くの策を講じただけだ。
 多く挑めば、どれかは叶うだろうと思ったからな。おかげで、私は完全な勝利と敗北とを得た」
「何を、…言って…?」
「わからないやつだな」


まるで。

アニメに出てくる魔法少女が、魔法の杖で願い事を叶えるかのように。
彼女は槍を軽く振った。何の気なしのモーションだった。

それだけで。

到底理解出来ない光景が、上条の前に露呈された。
インデックスが、美琴が、バードウェイが、レッサーが、忽然と消えた。

「っ、」
「もはや私には誰も追いつけない。そして」

槍をもう一度振るう。
上条は、気がつけばオティヌスの向かい側、500メートル程先に立っていた。
オティヌスが左手で握っている頭髪は、フィアンマのものだった。
別に、髪だけではない。断髪など、生易しいものであるはずがない。

髪を掴まれているはずなのに、フィアンマは何も反応していない。
かなりの激痛のはずなのにも関わらず。


「さて、出来損ない」
「ぐ、」

上条から少し離れた場所に、血まみれで転がる人間が居た。
上条に言葉を紡いでいた時とはまるで違う。

無様な弱者のように、地に這い蹲る人の子でしかない―――オッレルス。

彼の前に、オティヌスはゆっくりと歩み寄る。
そして、フィアンマの髪から手を離した。
どさ、と重い音がして、彼女が僅かに呻く。

「選択肢をやろう。この女の小賢しい選択を応援するもよし」
「何…?」
「はたまた自分の感情の為に選択肢を切り捨て、この女に仮初の救いを与えるでもよし」

オティヌスは、槍を見せながらニヤリと笑ってみせる。

「そこの女は、自分の死と同時に私の世界への干渉を防ぐ術式を構成している」
「『世界を救う力』の、…性質、応用か……」

上条は、進めない。
介入出来そうになかった。
魔術で作られているのか、世界をそういう風にしているのか。
その場に居るのに、上条は右手を伸ばすことすら叶わない。
必死になる上条が害虫にでも見えたのか、槍が振るわれる。

上条の意識が、一瞬で途絶えた。

この戦場に、ヒーローは必要ない。


「私としては、どちらに転んでも構わない。
 『成功』し、この女を追い詰めた時点で満足しているからな」
「っ、……」

オッレルスが、立ち上がろうとする。
彼の瞳は真っ直ぐにオティヌスを睨んでいた。

どう考えても。

彼がフィアンマを殺すはずがない。
第三者が見れば間違いなくそう判断する。
彼はフィアンマと共に過ごし、戦い、友人であると認め合ったのだから。

ふらふらと立ち上がろうとするオッレルスの、手首を。

オッレルス以上にボロボロのフィアンマの左手が、掴んだ。
天使の力を通しやすくする男体変化は既に解けている。
その腕の力は弱々しく、あまりにも華奢で頼りない。

ただ。

その声には、力があった。

かつて、世界の動き全てを掌握した人間の意思の強さと。
今から、世界六十億人、自分を除いた全てを救おうとする人間の傲慢さが滲んでいた。


「俺、様が居なければ。…オティヌスは、…家族を喪わずに済んだ、かもしれない」
「……」
「君は、何を」

オッレルスは動揺していた。
この局面で、自分を引き止める理由がどうして彼女にあるのか、理解出来ない。
そして、どう転ぼうと自分の死が確定している彼女が、笑っている理由も。

「俺様が居なければ、オティヌスは魔神という概念を知ることはなかっただろう。
 俺様が、この口で教えてしまった。希望を与え、絶望を与えるようなことをした。
 そのために、復讐のために、オティヌスはこんなところまできてしまった」
「……フィアンマ…?」
「…たとえば、…俺様が、居なかったら。…お前は、魔神になれたんだ。何の邪魔も、略奪もされず」

段々と。
フィアンマの言わんとしていることが、オッレルスにも理解出来てくる。
聞きたくない、と彼は思った。
だが、腕を振りほどけなかった。
あまりにもその声が、自嘲的で、悲しくて、耳を塞ぐことも出来なかった。

「魔神に、なりたかったはずだ。そこまで、上り詰めたなら。
 本当に諦めているのなら、泣いたりしない。悲しんだりしない。
 お前は、なりたかった。奪われたことが、悔しかった。辛かった、憎んだはずだ、」
「や、め」
「俺様さえ産まれてこなければ、お前は―――」
「やめて、くれ」
「―――何も不安に思ったりなんてしないで、シルビアと、」

わかっていた。
頭の隅では、彼女が殺される為に自分を挑発していることくらい。
だけど、止められなかった。
オッレルスの手は、フィアンマの細い首にかかっていた。
片手とは思えない力で、少女の首を絞め上げる。

フィアンマは、やっぱり笑っていた。

全てを投げ出した顔だった。


「…そう、だ。それが、ただしい…」
「全部知っていて、君は最初から俺を――――」
「ああ、そうだよ…真実を知れば、お前はきっと俺様を殺、っ、」

意識がブレる。
指先が、意思とは関係無しに痙攣した。

楽になれる、と思った。

「良い光景だ。私の感じた絶望に少し似ている。
 安心しろ。お前が産まれてきたという事実を含め、私が全て消してやる」

世界全体に干渉は出来なくても。
人一人の因果位になら、出来るだろう。
オティヌスは全能を失うと知って尚、笑っていた。
自分を憎いと思い、復讐を達して満足するのなら、それでいい。

彼女は悪くない。

あの日、彼らを見殺しにした、自分の弱さが悪いのだから。

「    、  」

謝罪の言葉が、口を突いて出た。
オッレルスは手を離し、フィアンマから離れる。
彼の顔色が悪いのは、何も、出血量だけのためではないだろう。

「………」

たとえ、彼が殺してくれなくても。
自分がここで人生を我慢して死ねば、人類自体は助かる。



崖に立つ。
潮風が、頬を撫でていった。
オティヌスに痛めつけられた身体はボロボロで。

「……」

ただ、清々しかった。
今日で全てが終わり、報われる。

たとえ今日この日、自分が間違っていたにせよ。
百年後よりずっと先の未来で、誰かが自分を認めてくれるだろう。

「それじゃあ、」

振り返る。
笑みが浮かぶのは、生きていることに疲れてしまったから。

「―――さよなら」

足元を蹴る。
実に綺麗な自由落下で、彼女は崖の下に向かって落ちていった。


落ちている途中に人は意識を失うという。
そんなものは嘘だ、とフィアンマは思った。
地上までそんなに距離がないのに、自分は意識がある。
死を怖いと思っていないからかもしれない。

「……ひとまずは、」

テッラに謝ろう。
全て洗いざらい話して、泣いて、頭を撫でてもらおう。

二人で先代教皇を待って、謝ろう。
頑張ったのだと主張して、困ったように褒めてもらおう。

それから。

「………、」

空は、晴れていた。
不釣り合いな快晴。
オティヌスが介入したのかもしれない。

「死ぬには良い日だな、」

目元から、何かが溢れた気がした。
落下に伴い、ループタイが揺れるのが見える。

トールのくれたものだった。

涙が出るくらい嬉しい、プレゼント。

「……これまでの悲劇が、全部、ぜんぶ夢だったら良いのに」

願望が口を突いて出る。

「俺様が目を覚ましたら、隣にトールがいて。
 昨日はケーキを食べ過ぎたな、なんてからかわれて」

地上までもう間もない。
ぐちゃぐちゃの肉塊になって死ぬのだろうと思う。

「恥ずかしいような気持ちになって、トールに文句を言って。
 誤魔化すように頭を撫でられて、俺様は、何も言えなくなって笑うんだ」

誰かに夢を語るように、彼女はそう呟いた。

「そんな毎日が欲しかった」

目を閉じる。




今まで一度も感じたことのないような衝撃がこの身を襲――――――





うことは。


なかっ、た。




「よお、フィアンマ。……間に合ったのは、これが初めてだな」

腕の感触だった。
一度クッションのような感触を得たのは、きっと砂鉄や何かだろう。
或いは、彼が急場しのぎで何かを作ったのか。

「……」

目を開ける。

トールが、居た。
ズタボロの体で、掠れた声で、それでも、自分を助けに来た。

痛かったのに辛かったのに苦しかったはずなのに。

自分を助けるために、ここまで。

「とー、る…?」
「世界の為に投身なんて今時流行るかよ」
「…俺様一人が我慢すれば、それで済む、」
「……だから?」

彼は、彼女の金色の瞳を見た。

「だから俺まで我慢しなくちゃなんねえのか。
 お前の墓の上に人類皆が笑顔浮かべて楽しく暮らしてるのを見なきゃならねえのか?
 冗談じゃねえ。戦争中の方がまだマシだ。何だってお前一人が我慢するんだよ」
「俺、様が…ぜんぶ、悪いのに…、?」
「俺が、『フィアンマが正しいから』なんて理由でここまで来られると思ってんのか。
 世界平和の為に来るとでも? 俺が戦闘狂だって知ってるくせに。
 俺は、お前が正しいから、善人だから、世界が平和になってほしいからここまで来た訳じゃねえよ」

すぅ、と息を吸い込む。


「俺は、お前が好きだから此処に来た。
 痛かろうが何だろうが、お前が我慢してることが嫌だからここまできたんだ。
 お前が死んで穏やかになった世界なんて要らないからここにいろよ。
 世界六十億の内五十億九千九百九十九万九千九百九十九人が『死ね』って言っても、俺はお前に生きて欲しいんだよ。
 何でそんな簡単なことすら説明されないとわかんねえんだ。代わりなんかいないから探したんだろうが。
 出会いは偶然でも、きっかけは嘘でも、お前が俺を騙してても、やったことも、一緒に暮らしたことも無かったことにはならない。
 正直に言うと、お前に『我慢』なんて似合ってない。傲慢でいろよ、俺と一緒に居た時みたいに。
 
 俺はお前がいい。世界なんて馬鹿でかいレベルのもの全部が敵になってもいい。
 今までと同じように、何を敵に回しても俺は戦う。変わらないからな。
 
                                      だから、もういいだろ。
                                       いい加減折れて、俺の人生に付き合えよ」


初めて守りたいものが、出来た。
それは、お世辞にもお姫様<ヒロイン>なんてタイプの少女ではなかった。

偉そうで。
わがままで。
ヤキモチ焼きで。
身勝手で。

本当のことすら言わずに。
いつも一人で我慢して。
抱え込んで、大丈夫だと無理をして笑って。

世界中を救おうとした彼女は世界中から嫌われてしまったけれど。
自分は、彼女が好きだった。
守りたい理由なんて、初めからたったそれだけだ。

代わりなんていない。
忘れられなどしないし、忘れたくない。

撫でた時のはにかんだ顔も。
繋いだ手の温かさも。
嬉しそうな笑顔も。
感動を隠せない涙も。

彼女にしか創れないものだ。
自分が、この手で守りたいと願ってやまないものだ。

ヒーローも魔王も、彼女を救うことはなかった。
自分はあくまでも凡人で、どれだけ強くなったところで何らかの称号を与えられることはない、単純な戦闘狂だ。
それでもいい。

もう一度彼女が隣で笑っていてくれるのなら、何でも言う、何だって、する。


崖の下。
自分が憎む相手を抱きとめた少年が居た。
オティヌスは、つまらなそうにそれを眺める。

もはや何の感慨も湧かない。

そして、自分の前に障害もない。







「――――長々と待つのも面倒くせえな。世界ごと消しちまうか」






直後。

宣言通り、



今回はここまで。
諸々ミスすみません…。


今後(今回分除く)、暫くトールくんへの地獄展開があるので、地雷が多い人は見ない方が良いかもしれません。



















投下。



キーンコーンカーンコーン。


昼休み突入を知らせる呑気なチャイムで、トールは目を覚ました。
どうやら疲れが溜まっていたのか、授業中に寝入っていたらしい。

「んぁ…?」
「よう、ねぼすけ」

パコン! という音がした。
クラスメートの男子が、丸めた教科書でトールの頭をはたく音だった。
痛って、と愚痴の色を帯びた声を漏らし、トールは起き上がる。

「っ、何しやがる」
「何って、目覚まし?」

悪びれもせず彼は笑って、トールを購買に誘う。
そうだった、早く行かなければパンが売り切れる。
男子高校生にとって、昼食というのは最も重要なものだ。
せめてミニ弁一つでも腹に入れておかなければ午後は生きていけない。

「ギリギリサンドイッチゲット。お前は?」
「カツ丼とチキンサンド」
「うわマジかよ…運良過ぎ。ってか、肉被りじゃね?」

『日常』らしい『普通』の会話をしながら、トールは教室へ戻る。
炭水化物たっぷりの戦利品をガツガツと食べ始めた。
可愛い彼女の手作り弁当(はぁと)なんてものは夢のまた夢であった。


放課後。
何処か一緒に遊びに行くか、なんていう同級生の誘いを断り。
帰り道、絡んできた不良をぶん殴った後、トールは真っ直ぐ帰宅した。

「ただいま」
「お帰り。…また喧嘩してきたの?」
「いつものことだろ。親父は?」
「今日は遅くなるって。晩御飯はどうする?」
「ああ、食う」

元はとある田舎町に住んでいたトールを含む家族達は。
トールが幼い頃強盗の被害に遭い、都会の方へと引っ越した。
後数時間早く両親が帰宅していれば殺されていたかもしれない、という状況で。
犯人は、幸せそうな一家に恨みを持った隣人だったというのだから笑えなかった。
父親の取引先の関係もあり、移住先は日本にした。

幼い頃に都会へ移ったトールはすっかり馴染み。

喧嘩っ早いだけの、普通の少年へと育った。
魔術も科学もほどほどにしか知らない、あまりにも平凡な少年。

「今日はハンバーグにしたからね」
「おお」

ちょっぴり嬉しさを隠しきれない返事をして、自分の部屋へ。
ゲームでもやろうか、とぼんやり考える。


「はいどうぞ」
「ん、いただきます」

手を合わせ、ハンバーグを食べ始める。
本当は付け合せの野菜から食べるべきなのかもしれないが、健康など気にする年齢ではない。

「……」
「…どうかした?」
「いや、……」

ハンバーグは、トールが好きな家庭料理の一つだ。
だけど、何となく味気ない。
どこかで、もっと美味しいハンバーグを食べたことがある気がする。

「味見…したよな?」
「当然でしょう。どうしたの、急に」

その返答に、再び違和感。
ハンバーグを作ってくれる相手なんて、目の前の母親しかいないはずだ。
でも、その美味しかったハンバーグを作る時、『彼女』は味見なんてしなかった。
いや、出来なかったのだ。体質的に、吐いてしまうから。

「……何か食欲出ねえな」
「具合悪いの?」
「熱はないと思うけどな」


「おはよー」
「お、…はよ」

声をかけられ、挨拶をする。
いつも通りの通学路のはずだ。

「今日は何の日でしょーか」
「あん? …二月十四…?」
「去年一番もらっただろ、お前。今年はどうよ」
「は? 何が」
「おま、チョコだよチョコ!!」

実感がない。
確かに昨年のバレンタイン、チョコを沢山もらった記憶があるのに。

「学園一のモテ男君だもんなー、お前。
 何かそういうイケメンになるコツとかあるもんなの?」
「生まれつきの顔にコツも何もねえよ」
「うわムカつくー」

チョコレート。

脳裏に浮かんだのは、ブッシュ・ド・ノエルについて語る『誰か』。
色んなエピソードがあって、うんたらかんたら。
自分の方から折れて、ケーキを買ってあげて……。

誰、なのか。

思い出せない。


体育以外の授業は基本的につまらない。
ノートにつらつらと黒板の内容を書き込みつつ。
トールはぼんやりと一日を過ごす。

机の中にチョコレート。
下駄箱にチョコレート。
直接手渡しされるチョコレート。

甘ったるい匂いでどうにかなりそうだった。
これら全てを『アイツ』にあげたら、どんなに喜ぶだろう。
舌鼓を打ちながら、雑学の一つや二つ、披露してくれそうだ。

アイツって、誰なんだろう。

もやもやとした感情を抱えるままに迎える放課後。
綺麗どころの女の子に呼び出された。

その手には、ラッピングされているであろうチョコレートがある。

彼女は、かわいらしい赤い箱を差し出して。
それから、こう告白した。

「ずっと、大好きでした」

付き合ってください。

そう言い切る前に。
トールはようやく、『彼女』を思い出してこう言った。

「悪い。俺、もう付き合ってるやつがいるんだ」


夜空に、丸く浮かぶ満月。
雲一つ無い夜空に浮かぶ月は、大きく、美しく見えた。

「何だ。気づいてしまったのか」

哀れむように、彼女は嗤っていた。

柔らかな金の長い髪。
ほっそりとした体。
黒い服に、黒のマント。
魔女の意匠が伺えるつば広の帽子。

魔術を究め、本物の神となった一人の少女。
彼女は、学校の屋上、転落防止用の柵に悠々と腰掛けていた。

「忘れたフリをしていれば、両親も平穏も友人も、何一つ喪わずに済んだだろうに」
「元々存在しないモンに執着するつもりはねえよ」
「そうか。なかなかに残酷だな」
「フィアンマはどうしやがった」
「そういえば、お前は私の宣言を聞いていなかったな」

彼女の手には、神としての力を制御するための槍がある。
細い脚を組み、にやにやと彼女は笑う。

「あの女が、産まれてくるはずだった因果ごと。―――――私が、消したよ」


「元々存在しないものに執着するなよ。……そもそも"居なかった"のだから」
「テメェが消したんだろうが」
「そういえばそうなるか。だが、あの女が望んでいたことでもある」

オティヌスは、槍をゆっくりと振った。
その顔には、邪悪な微笑が浮かんでいる。

「私の復讐は達成した。
 イレギュラーの『幻想殺し』は、お前と違って夢の中。
 夢から醒め、神に牙を剥くというのならそれもいいだろう。
 私の退屈しのぎ程度になら、付き合ってやらなくもない」

本望だろう、戦闘狂。

トールは犬歯をむき出しにして宣言する。
オティヌスが折れるまで、何度でも戦ってやると。

「ああ、本望だよ。
 戦ってやる。テメェが俺に負けるまで」
「お前を押しつぶせば、私の勝ちだ。心身ともに叩き折る。
 あの女のたった一つ<ひとり>の痕跡<こいびと>を、この手と、世界で消し去ってやる」


世界の模様が、目まぐるしく変わる。
平和な世界、荒れ狂う戦乱の世界、どこかズレた奇妙な世界。

ただ、共通点があるとすれば。

自分の姿が誰にも認識されないということ。
そして、トールを見つけられないということだ。
とある世界では、自分の両親らしき男女がいた。
二人には幼い息子がいて、楽しそうに笑い合っていた。

多分。
きっと。
恐らく。

『自分』という存在は、オティヌスの宣言通り消されたのだろう。
自分という存在が、今こうして漂っていることがおかしいのだ。

『俺様は、どうしてここにいるんだろうな』

世界が変貌しても、誰も気づかない。覚えていない。
オティヌスが、好きなように世界を変えているのだろう。
むしろ、以前の世界を覚えている自分の方がおかしいのだ。

『………』

もう、疲れてしまった。
消えることも死ぬことも、生きていることも出来ない。
予想では、産まれてきていない人間なのだ。
誰からも認識されない、ただ思考するだけの魂。

幽霊にも劣る。

そう思うだけで、ぐっと気分が落ち込んだ。

新しく創造されていくどの世界でも、トールは幸福だろうか。
そうなら、それでいい、とフィアンマは思う。

静かにその場に座り込み、目を閉じる。
もう何も考えずに、楽になってしまいたい。
トールが助けに来てくれた、あの言葉を抱えて、このまま――――




『久しぶり。フィアンマ』

目を開けて見た先に居た、少年は。


今回はここまで。
地獄内容は…地雷属性にありがちなNTRとかカニバとかその辺です。


>>1の本領(絶望シーン)

















投下。


宝石店に、彼女が居た。
隣には金髪の男性がいて、二人で指輪を選んでいる。
それは結婚指輪らしい。ペアにしよう、と彼女がはにかむ。

『お前はどれがいいんだ?』
『俺はこれかな…君によく似合うからね』
『俺様のことを考えて選ばずとも、』
『将来結婚する相手を考えられないで、家庭を築くのは難しいだろう?』

オッレルスの指が、フィアンマの手に触れた。
くすぐったそうにはにかんで、彼女は小さく身じろぐ。
白い頬は僅かにピンク色に染まっていて。
彼に握られている手と反対の手は、彼女自身の下腹部をさすっていた。

『名前は何にしようか』
『……性別もまだわからん段階で決めるのはナンセンスじゃないか?』
『それもそうか。君に似るといい』
『お前に似た方が愛らしいと思うのだが』

女の子がいいな、とフィアンマは言った。
そうだね、とオッレルスは同意した。

幸せそうな、婚約者同士の一ページ。



吐きそうになるのを必死に堪え、トールは壁に背中を預ける。
地獄を味あわせる、と言っていたが、こういうことか。
仮にあの場へ暴力的に介入しても、届かないのだろう。
幻影だと、幻想だと必死に自分に言い聞かせる。

目を固くつむった。

目を、開ける。


彼女が居た。
平凡なセーラー服を着て、誰かと手を繋いでいる。
ツンツンとした、黒髪の少年だった。

『ああもう! 遅刻するうううう!!』
『たまには遅刻してもいいだろう』
『良い訳な、…はあ。お前は良いけどさ』
『冗談だよ。先を急ぐとしよう。あ、当麻』

手を引っ張り、フィアンマが上条を引き止める。
きらきらと目を輝かせて見つめているのは、クレープの屋台である。
新春苺フェアだか何だかで、苺生クリームチョコデラックスクレープとやらがイチオシらしい。

『……ッッだああああ!!  ……はぁあ……』
『午後から行けば良いだろう。どうせ午前中は自習だ』

上条は、がくりと項垂れる。
それから、仕方ないな、と小さく笑って、彼女とクレープを食べることにした。

『ん、……』

クレープにかぶりつき。
幸せそうな笑みを浮かべたまま、上条の手を握る。
くい、と引っ張り、頬にキスをした。

『な、ちょっ、』
『良いじゃないか、別に。…こ、いびとどうし、だろう?』
『………』

上条に頭を撫でられ、フィアンマは楽しそうに笑う。


仲良しな学生カップルの、和やかな一ページ。


指の先から冷えていくのを感じる。
嫉妬をはるかに超える、戦慄だった。

とん

トールの肩をそっと叩いたのは、オティヌスだった。
あまりの衝撃に動けない彼に、彼女は甘く囁く。

「今も昔も、あの女は自分の都合で簡単に裏切る。
 お前しかいない、という態度でいるだけだよ。
 実際には、自分に優しくしてくれる男なら誰でもいいんだ」
「んな、ことねえよ、」
「実際に、あの出来損ないの思惑に気づかなかっただろう?
 気づいていたなら更に問題だ。お前を見捨てたのだから」
「っ、」
「自分に甘い言葉をかけてくれて、甘やかしてくれる男なら誰でもいい。
 自分が最大限利用出来るのなら誰だっていい。あの女はそんな尻軽だ」

ふざけんな、と殴ろうとした途端。
オティヌスの体が煙の様に消える。


灰色のタキシードを着た、長身の少年。
その隣には、白いウェディングドレスを着た少女が居た。

『お、おお』
『馬子にも衣装、などと言えば羽を毟るぞ』
『言わねえよ。よく似合ってる。っつか恐ろしいこと言うんじゃねえ』

明るい色の髪を整えられた少年の見目は、よく整っている。
容姿も力も、充分に釣り合った二人だった。
ともすれば、結婚式のモデルにも見える。
しかし、別に撮影のためでなく、彼らは今日、本当に夫婦となった。

『何か、第一位に悪いな』
『幸之助なら、理解してくれているだろう』
『それはわかってるし、渡すつもりもねえけど』

ベッドに座り、結婚衣装のままに話をする。
衣装はレンタルでなく購入品のため、汚しても問題はない。

『俺にはお前しかいなかった』

垣根の手が、フィアンマの腹部に触れる。
真っ白なコルセットの紐を、少しずつ緩めていった。

『お前が第一位の前に立ちふさがった時、おかしいやつだって思った。
 第一位が執着してる女だから、奪い取ってやろうと思った。
 なのに、何か段々、……説明出来ないモンだな、"好き"ってやつは』

苦く笑う。
マリアヴェールを上げて、そっと脇に置いた。
硝子細工でも扱うように、垣根はフィアンマの白い肌を撫でる。


あの日。
初めて、誰かに認めてもらう心地よさを知った。
闇に君臨する人間が憧れてはならないものだと、わかっている。
わかっていても、欲しいと思った。失いたくない、と。

垣根は、フィアンマが好きだった。
かつてヒーローと交際し、第一位に愛された、聖女にはなれない少女。
彼女が第一位の子を孕んだのでは、という疑惑が浮かんだ時、その子の父親になりたいと願った。

たった一人。
自分の頑張りを、笑顔で認めてくれた。
それが嬉しかった。守りたいと思った。
自分と第一位に頼れと言った時の涙が、綺麗に見えた。

コルセットを外す。
ドレスを徐々に脱がしていきながら、垣根は嬉しそうに笑む。
下卑たものではない。あまりにも純粋な、笑顔だった。

『お前が、ずっと好きだった』
『これからも、の間違いだろう?』

泣きそうになりながら、フィアンマは手を伸ばす。
ぺたぺたと垣根の頬を触り、笑みを浮かべる。

『色んなことがあって、だけど今は、これからもずっと…帝督のことが、好きだよ』



耐えた。

こんなものは全てまやかしだと、頭から振り払う。
地面に膝をついて沈黙するトールに、オティヌスは楽しげに笑う。

「ああ、可哀想に。だが、これでわかっただろう? 
 この女は、お前が必死に取り戻そうとする程の価値はないんだ」
「そんなことはねえよ。絶対にある」

オティヌスは、僅かに眉を潜める。
全て殺したはずの害虫の生き残りを目にしたかのように。

「これらの世界は、実在した世界を引っ張り出したものだ。
 つまり、あの女が一度は選んだ結末だ。そこを理解しているのか?」
「ああ、そうだな。何百何千と世界があれば何度かはああなるだろ」

だけど。

トールは、深呼吸して立ちあがる。
そして、堂々とオティヌスを睨みつけた。

「俺が愛したアイツが、それを選んだ訳じゃねえ。
 俺が好きだと思ったフィアンマは、お前に消されちまっただけだ」
「……趣向を変えようじゃないか」


『久しぶり』

笑顔を浮かべるツンツン頭の少年。
ほどよく日に焼けた手を、フィアンマへ伸ばしている。
フィアンマは躊躇した後、彼の手をとった。

沈黙して、熟考する。

ああ、そうか。
彼は、自分がよく知る…。

『上条当麻、か』
『正解。…世界から、弾かれちゃった方だよ』

つまりは、"一人目"。
彼は、フィアンマの隣に座った。
彼もまた、世界から認識されない存在だ。

誰かが覚えているから。

魂だけが、ここにつなぎ止められている。

『ずっと、さ。見てきたよ』

フィアンマと一緒に、夕焼けの空を見上げ。

『ごめんな。…頑張ったな』

偽善使い(フォックスワード)は、そう言った。

それだけで、充分だった。

フィアンマにとって、彼こそが、一番の理解者だ。
お互いに特殊な右手を持ち、極端な運に振り回されてきたのだから。

『うん。……がんばったよ』

じわじわと、視界が滲む。
他ならぬ上条に認められたことで、安堵した。

『がんばった』
『ああ』


今回はここまで。
垣根くんのところは某スレの垣根くんです。



電波が悪すぎてシャレにならない。

















投下。


やっぱりダメっぽいので後で投下します!



酷い土砂降りだった。
まるでゾンビのように自分を追いかけてくる人間達を、一方的になぎ払う。
この世界は、病人で満たされていた。
治療の手立てのない、奇病だ。
手足が徐々に腐っていき、最期には内臓がボロボロと崩れていく苦痛の中で死ぬ。

その病から逃れる方法はただ一つ。

とある少年の血肉の一雫でも、口に含むこと。
自分の痛みから逃れようとする人間から、トールは逃げていた。
既にその片目は抉られているし、指も数本もがれている。
極度の緊張状態のためか、うまく術式を使えない。

「ッが、あ!」

刺された。

後方からナイフを突き立てられ、その血液を人々が啜って笑む。
品の無い二流ゾンビ映画もいいところだ、とトールは思った。

無数の手が伸びてくる。

腕をもぎ、脚を毟り、爪を剥ぎ。
沢山の凶器を振り下ろして少年を殺し、凶器に付着した肉片を咀嚼する。
何度も何度も殴打される内、トールの感覚は鈍っていった。

ダメだ。
まだ、折れる訳にはいかない。

くすくすと、どこかで女神が笑っている。


『ッ!?』

目が覚めた。
トールの体は、得体の知れない液体に浸かっている。
皮膚を全て剥がれているのか、ひどく液体が染みる。

『あ、ああああああ、あ゛あ゛あ゛!!』

絶叫したところで、誰も助けにはこない。
やがて、液体から掬い上げられた。
トールの身体は、もはや人体としての形をしていなかった。

ただ。

脳だけで、彼は思考していた。
研究者らしき人間は、その脳を丁寧に扱う。
表面に薬剤を塗布し、電流を流す。
何をされても、されなくても、絶え間無い激痛が彼を襲う。
痛覚神経をガリゴリと、剃刀のような器具で削られる。

噛み切る舌さえ与えられない。

ショック死すらも許されず、少年は延々と苦痛に晒される。
やがて彼は、静かに意識を手放した。


「……、…」

目を覚ます。
四肢を切断されていた。
ぼんやりとしていると、暗闇に銀色のナイフが見えた。
手術用のメスに、よく似ていた気がする。

「……あ」

腹を、ゆっくりと裂かれる。
『中身』を取り出され、伸ばされた。
ほかほかと湯気でも立ちそうな、ハラワタ。
無機質に撮影するカメラが、視界に入る。
なるほど、スナッフムービーの類ということか。

「う、あ……」

楽しげな男の声が聞こえる。
トールの腸は、水車小屋の水車のようなものにかけられた。
ゆっくり、ゆっくりと男が取っ手を回す度。
トールの中身が、徐々に引きずり出されていく。

「ああ、あ………」

抵抗しようにも、四肢がないのだ。
文字通り、手も足も出ないまま、うつろな表情で自らの内臓を見つめる。

「撮影終わったらどーするー?」
「何か詰めて食べようぜ。俺腹減ったー」

そんな呑気な声が耳に届いたところで。
視界がぼやけ、そのうち、真っ暗になった。


『ここまでされても』

少女の声だった。
彼女は憐れむように笑っている。

『あの女が恋しいのか。
 裏切られ、凄惨な目に遭わされて。
 私に屈服し、あの女を忘れれば、もう二度とこんな目には遭わないというのに』
『それでも』

ほとんど崩壊しかかった精神を、取り戻す。
絶対に折れたくない、という気持ちが燻っている。

『俺は、アイツを忘れたくない』
『言ったんだ。俺だけは、アイツに生きて欲しいと思うって』
『口だけじゃダメだろ。行動で示さなきゃならねえ』
『―――たとえ、どれだけ底抜けに世界が滅茶苦茶になっていったとしても』
『俺は、何があったって、アイツに笑って、傍にいて欲しい。
 俺が好きになったアイツには、その権利があると思うから』
『どんな地獄を味わっても、どんな天国を味わっても』
『やっぱり、フィアンマが居る場所が俺の楽園なんだと思うから』

手が届いたんだ。
親に取ってもらわなくたって、大切なものに自分の手が届いた。
もう、端から端までどの世界を探したって、彼女は存在しないのだとしても。
自分は、覚えている。心が壊れたって、絶対に忘れない。

『もう既に何万と世界で潰されたにも関わらず、まだ折れないか』
『折れねえよ。俺が折れたら、誰がアイツを迎えに行ってやるんだ』

わがままなオヒメサマを。

獰猛に笑う少年に、神はため息をついた。


「…っは!」
「よお。良い夢見れたか」
「最悪だよ。テメェのせいでな」

トールとオティヌスは、学校の屋上で対峙していた。


『お前は、ずっとここに居たのか』
『ん、まあな。ここにいるしかないし』

明るい調子で答えて、上条は空を見上げた。
最後の最期まで、不運に巻き込まれた少年は。
不変の永遠を、どこか喜んでいるように見えた。

『インデックスは元気そうだし、"俺"も頑張ってるし。
 俺の人生に意味があったとしたら、それはインデックスを救えたことかな。
 それと、フィアンマに出会えたことだと思う』
『……、…』
『……あの日。電話で止めてやらなくて、ごめんな』
『…裏切り者め。俺様は、お前のそういうところが嫌いなんだ』
『俺は、フィアンマのそういうとこ、好きだったよ』

淡々とした会話だった。
空の色も、人々も変わりゆく中、彼らだけが不変で居る。
世界から忘れ去られた、人間とも神とも呼ばれぬ存在。

『今の世界がどうしてこんなことになってるのかも知ってる。
 介入した方が幸せなのかどうか、迷った結果がこれだけどさ。
 お前がここに来たのは、"消された"からなんだろ?』

どことなく達観している彼は、本当に、人間らしからぬ雰囲気だった。
神浄、とでも呼ばれる存在なのかもしれない。或いは。


『戻りたい、って思わないのか?』
『こうなってしまった以上は、いっそ戻らない方が良いだろう』

空を仰ぎ、フィアンマは目元を擦る。
涙ぐむなど、らしくもない。

『俺様は、存在ごと消去された。
 となれば、トールも俺様のことを覚えているはずもない。
 仮に覚えていたとしても、諦めてしまった方が幸せだよ』

そして、戻る手段も考えられない。

肩を竦める彼女を見、上条は立ち上がる。
不思議そうに彼を見上げたフィアンマに、彼は手を差し出した。

『トール、だっけ。一緒に探しに行こうぜ』
『無理だよ。俺様がどれだけ捜したと思って、』
『一人なら無理でも、二人なら見つけられるかもしれないだろ?』

偽善者の慰めかもしれない。
それでもいいかな、とフィアンマは思った。
握手をするように手を握り、立ち上がる。

『フィアンマの気持ちが、収まるところに納まるまで。
 何百年でも、何千年でも付き合ってやるからさ』


上条と一緒に、果てもなく歩いた。
世界は常に変貌していたが、上条が常に前に居る為、見失うことはない。

『……俺様は、お前を利用しようと思っていた』
『知ってる』
『事実、記憶を喪った後のお前に酷いことをした』
『それも知ってる』
『今、俺様が思考を放棄せずに生きているのはお前のお陰だ。
 ………怒っていないのか? 俺様のことを』
『んー、怒る程でもないだろ。実際に被害に遭ったのは俺じゃないし。
 それに、そうだったとしても、お前が俺に優しくしてくれたことは変わらないだろ』

あっけらかんとしながら、上条は歩き進む。

『良かった。見つかったな』

上条が立ち止まった為、フィアンマも立ち止まる。
見上げた先には、トールが立っていた。
その百メートル程先に、オティヌスが立っていた。
オティヌスが槍を振るい、トールの体が滅茶苦茶にひしゃげる。
二人共、フィアンマの存在には気がついていないようだった。
勿論、上条の存在にも。


一度目。

槍を振るわれた。
意識がぷっつりと途絶える。

オティヌスから与えられる地獄を経験し、同じ場所へ。
一度の攻撃すら許されぬまま、何度も叩きのめされる。
繰り返す度に、トールの精神は着々と摩耗していった。
それは戦闘のためというよりも、経験する地獄の回数だけ。

百度目。

攻撃を避けて反撃するも、やはり届かない。

身体の随所を捻じ曲げられ、やり直し。
味あわされる地獄は同じものもあれば、違うものもあり。
満身創痍で神の前に立ち、それでも彼は諦めなかった。

「飽きないな」
「こういうレベルアップは初めてだ」
「ゲーム感覚か。気が狂ったか?」
「そうかもしれねえな」

言葉を交わす間にも、百回以上トールは死んでいる。
尚も、彼は諦めずに彼女へ挑み続ける。

千度目。
力無き拳が、届きそうになって。
指先だけが掠り、トールは呆気なく死亡した。


『……どうして、諦めてくれないんだ』

オティヌスの言葉に似た台詞が、フィアンマの口から漏れた。
自分には認識出来ないけれど、此処にやってくるまでにトールは苦痛を味わっているだろう。
自分には想像し難い苦しみのはずだ。
オティヌスが、それを示唆するような言葉を口にしているのだから。

『トールが戦っている理由は、俺様に過ぎない。
 オティヌスが折ろうとしているのも、結局の所、トールの俺様への執着心だ。
 俺様のことさえ無かった事にすれば、オティヌスはトールを放っておくはずなのに』

これ以上地獄を味あわなくて済む。
戦いや喧嘩というよりも、もはや一方的な虐殺の被害を受けないで済む。

『それでも、トールはお前を救いたいんだろ』

上条のシンプルな言葉に、フィアンマは沈黙する。
彼は彼女を見やり、もう一度同じ事を言った。

『戻りたい、って思わないのか?』
『もしも頷いたら、お前は手を貸してくれるのか』
『もちろん』

ならばどうして最初から申し出てくれなかったのだ、と言いかけて。
上条の真意に気がついた為、押し黙る。

もしここで簡単に戻ったら。

同じ選択をした時、自分はまた自己犠牲を選ぶ。
そうならないように、上条はずっと待っていた。
彼は最初から宣言していたはずだ。
自分の気持ちが、収まるべきところへ納まるまで、待つと。
だから待ち続けた。何十年も、何百年も。一緒に。

『俺様が戻れば、お前はまた一人になるぞ?』
『別に、良いよ』

上条は、苦々しく笑っていた。

『初恋(げんそう)もぶち壊されたことだしさ。
 やっぱり、俺は偽善者だから…狡い引き止めなんて出来なかった』

それから。

『俺はもう戻れないけど、フィアンマには居場所がある。
 もしも人生を終えて、ここに来たら。その時はまた、一緒に話そうな』

彼はゆっくりと息を吸い込み。

竜王の顎<みぎうで>を、前方へと突き出した。


硝子が割れるような、甲高い音が響いた。

『世界を元に戻す』力が働いた音だった。

フィアンマの視界から、上条が消えると同時。
オティヌスの創造している世界が、大きくたわんだ。

「……何故此処に存在している?」

オティヌスの問いかけに。
脚を折られて座り込んでいるトールの前に立ち、フィアンマが答えることにした。

「真実を語ろうと考えたからだ。
 全て自分のせいにしてもらうという、楽な方法を取ることをやめようと思ってな」

そのために友人に協力してもらった、とフィアンマは言った。
オティヌスは僅かに表情を歪める。憎悪の色が滲んでいた。

「真実? お前が私の家族を奪った時の話か?  
 私の家族や知己をどうやって殺していったかを話すつもりか」
「そうではない」
「……フィアンマ」

トールの声に、フィアンマはちらりと振り返る。
それから、オティヌスの方を向いた。
少しだけ震えた声で、呟くように言う。

「……来るのが遅くなって、本当に、……すまなかった」
「お前が居るだけで、充分だ」

もう、顔も、名前も思い出せなくなってきていた。
二万回の死を経て、何の為に戦っているのかもわからなくなっていた。

それでも、トールは。

今、フィアンマが目の前に居るという事実だけで、報われた。









「お前の家族を奪った、本当の正体。あの日の全てを教えてやる」


今回はここまで。


すっごい今さらですが
>>520の「某スレの垣根」が出て来るのって、なんてタイトルのスレでしようか
教えていただけたら嬉しいです

上条「俺は、美琴が好きなんだ」フィアンマ「……」と一方通行「俺は、オマエが好きなンだ」フィアンマ「……っ」だと

インフィアって書いてる?


愛はすごいとおもった(こなみ)

>>546
>>547さんに書いていただいた通りです。特に一作目の方。


>>547
安価スレでいくつかと、安価無しで一つあります。
フィアンマ 疲れちゃった とかで出ると思います。














投下。




学校の屋上であった場所は。
いつしか、思い出の街に変化していた。

「私が、お前の言葉を信じると思うのか」

語られる過去に、部外者は不要。
殺さず、トールをその場から消し去り。
オティヌスは、フィアンマを見据えた。

ずっと、憎いと思っていた。

母親のように慕った、ほんの短い時間の分、余計に。

フィアンマ自身。
憎まれていても良いと思っていた。
もしもトールが彼女を忘れたのなら、彼女はそれを受け入れただろう。

だけど、現実にはそうはならなかった。

だから、フィアンマは真実を語ることにした。
そのことで、目の前の少女がどれだけ傷つくかを知りながら。

「信じるさ。…嘘をついたら、神にはバレてしまうのだから」


「俺様はあの日、お前の家族や知り合い全てを見殺しにした」

とある悪魔の名を、口にする。
オティヌスが慕った彼らが喚び出してしまったモノ。
粛々と事実を語る毎に、オティヌスは唇を噛み締めた。

嘘はついていない。

それくらいのことは、オティヌスは理解出来ていた。
嘘をついてまで命乞いするのなら、もっと早い段階てしている。
一度存在を消され、恋人を何度も殺され。
それでも戻って来た理由は、自分へ真実を教えるため。

「人は、強い欲で生きる。
 だから、俺様を憎んでくれて良いと思っていた。
 そのことで、お前が生きるための気力を得られるのなら」

見殺しと、手を下すことは同義だと、フィアンマは思っていた。

オティヌスは、そうは思わない。

そして、ふと、一つの事実に気がつく。
自分はどこかで、目の前の人を過信していた。
怯えなど感じることはないのだろうと、盲目に思っていた。


実際には、フィアンマは当時、純粋な感性というものを持っていた。
脅されれば嫌だし、悪意や殺意が透けて見えることは怖かった。
今ならば脅し返すことだって出来たが、当時は、まだ。
オティヌスが思うような、出来た人間ではなかった。

「…………」

たっぷりの沈黙の後に。
オティヌスは、『主神の槍』を強く握り締めた。
沈黙が、世界を支配している。

「もしもこの話を信じないのなら、俺様を再び消せば良い」

何にしても見殺しにしたのだから、とフィアンマは言った。
目の前の少女が想うような人間ではなかった自分に、改めて失望しながら。

「因果を含め、全て。俺様はもう二度と、お前の安息を捻じ曲げない。
 トールにしても、遊んでやることをやめてしまえば良い。
 この街が創造出来る程なんだ。親も、友達も、知り合いも…蘇らせればいい」
「………」
「……俺様には、してやれなかった。世界を救うことも、お前を救うことも。
 俺様がお前と関わったことが、そもそもの不幸だったのかもしれない。
 その点については、ひたすら申し訳ないばかりだ」
「……私は、」


「だが、もしも――――もしも、俺様のことをもう一度信じてくれるなら」


一緒にかえろう。


夕方、子供を幼稚園へ迎えに来た母親のような口調で、彼女はそう言った。


夕暮れの街。
いなくなった人々。

今の世界は、オティヌスの思い出のままに存在していた。
誰もいなくなった、血塗られた黒魔術の街。
悪魔に縋って願いを叶えてもらうことが正しいと信じた人々。

「…私に帰る場所はない」
「……そうだな」
「仮に時を全て巻き戻しても、無かったことには出来ない」
「それ相応の償いはさせられるだろう。俺様と違い、お前は担ぎ出される対象だ」
「事実、それだけのことをしてきた。
 …きっと、真実を知っても、私は同じ事をしただろう」
「……お前の人生を狂わせ、神の座にまで追いやったのは俺様だ。……すまなかった」
「良いさ。……そもそも、お前の打ち込んだ『妖精化』は、私の内側を蝕んでいる。
 じきに、また不完全な…或いは、更に負に傾きやすい神に、私は堕ちるだろう。
 世界中の意思に殺されたとしても、もはや後悔はない。
 ………かつて愛おしく慕い、裏切ったとばかり思っていた相手が、裏切っていなかった。
 ただそれだけの事実を知ることが出来て、私は幸いだ。犯してきた罪に、向き合える程には」

フィアンマが近づいてくるのがわかる。
槍を振るえば殺すことも消すことも可能だったが、オティヌスは何もしなかった。
しゃがみこんで視点を同じ位置へ合わせ、フィアンマは手を伸ばす。
唯一自分に残された左手で、優しく彼女の頭を撫でた。

「俺様が守るよ」
「……、…私、を?」
「世界中から、お前を隠す。誰にも、お前の居る場所は教えない」
「………、……無茶なことを言うな」
「自分の命と引き換えに、お前の世界への干渉を食い止めようとした人間だぞ?
 それ位出来なくてどうする。……そしてこれは、…俺様自身の、罪滅ぼしだ」

償うことは出来ない。
贖うことなら出来るだろう。

許すから、許して欲しい。
フィアンマが言っているのは、そういうことだった。
十字教の原点である、『人同士の赦し合い』。

「わかった。………一緒に帰ろう」

ボロボロと、熱に晒された砂糖菓子のように主神の槍が崩れていく。
復讐という目的を喪った神様の一人相撲は、長い時間をかけて、あっさりと終わった。


「………」

そして、フィアンマは目を覚ました。
まだ意識がぼんやりとしているが、今までのことが夢ではないとしっかり知覚する。
その上で、自分が今何をどうしているのか、周囲を観察した。

どうやら、病室のようだ。

「……ん、」

起き上がる。
直感、といっていいものか。
オティヌスの居場所は、頭の中に入っていた。

約束を守るかどうか、試しているのかもしれない。

ただ、彼女が『槍』を手放したことは事実だ。
そして、『妖精化』によって弱体化しつつあるということも。
とはいえ、神のとしての力を使って隠れることには隠れられただろう。
彼女の安息が乱されるとしたら、自分が情報をバラした時位のもの。

「………」

これから一生をかけて、彼女は世界中から逃げ続けるだろう。
その苦しみを、償いとして世界に提供する。
彼女をより苦しめることが、きっと正しいことなのだろうと、フィアンマは思う。
だが、もう正しいからといって盲目に従うことはしない。
これまでの人生、何度も正しさを求めては、失敗してきたから。

「……」

そして、はっと気がついた。

・・・・・・・・・・・・・
右腕が再び接続されている。


「………お前が死ぬ前には、きっと助けに行くよ」

自分の良く知る場所にいるオティヌスに、ぽつりと呟いて。
左手で、右腕を撫でる。
『グレムリン』の起こした事件の余波は、残っている。
世界はじっくりと時間をかけて、それを克服するだろう。

「………」

終わったのだ。
戦いも、救いへの執着も、何もかも。
自分が抱えなければいけないことは、全部。

「……ふ」

息が漏れる。
槍を消失した『彼女』が腕を創造したとは思えない。
となると、元から誰かが保存してくれていて、医者が繋いでくれたのか。


こん、こん。


病室に響く、ドアをノックする硬質な音。
どうぞ、とフィアンマは無気力に言い放った。


がらり。


戸が開き、入ってきたのは。


「……久しぶり、で良いのかな」


苦々しい様相の、オッレルスだった。


今回はここまで。

そろそろトーフィアがいちゃいちゃに戻るのでネタ提供など、出来れば。

何だろう、最近この作者さんのssのせいでフィアンマって聞くと女しか連想されないんだがw


提供ありがとうございます! 緩やかにやっていきます

>>557
(フィアンマさんは大天使のような美青年です)













投下。



「…久しい顔だ」

その顔を見たのは、実に一万年ぶり程だろうか。
オティヌスと、上条と、トールと、自分。
あの時間を、他の誰かが知ることはない。
故に、話したところで理解はされないだろうが、本当に、久しい。

「……魔神オティヌスの件について、なんだけど」
「……ああ」

オッレルスは、丁寧に、時間をかけて説明した。
オティヌスが逃亡したこと、世界中は混乱の渦中から抜け出しつつあること。
怪我人の怪我が癒され、壊れた建物も一部修復されたということ。

「………」
「……それで、だ」
「俺様がオティヌスの居場所を知っていると踏んだのか?」
「…そういうことになる」
「なるほど。……知らないな」
「フィアンマ」
「例え中身がどうであったとして、俺様は猫が死んだと返すよ」

シュレディンガーの猫箱の話だった。

オッレルスは沈黙し、暫し思案する。
フィアンマは、つまらなそうに窓の外を見つめた。


「…わかった。……私が此処に来たのは、何も君から情報を聞き出す為だけではない」
「なら、何の用だ?」
「君に謝罪をするためだ」

きっぱりと言い切って。
彼はフィアンマに近づくと、静かに頭を下げる。
フィアンマはベッドから降りかけ、腰掛けたままで止まった。
じっと、自分に頭を下げる青年を見上げる。

「……雷神トールに手を挙げたのは、私だ」
「……オティヌスだと言っていたが」
「騙した。……君を、それで縛りつけられると思った」
「………呆れた男だな」
「自覚はしている。…許されようとも、思っていない」

静かな声だった。
フィアンマは沈黙して、彼をじっと見つめる。


「………」

すぅ、と息を吸い込む。

色んなことがあった。

自分のせいで、オッレルスは魔神になれず。
オッレルスのおかげで、自分の命は助かり。
彼のせいで、トールは傷つけられ。
オッレルスのおかげで、それなりのハッピーエンドへこぎつけた。

「俺様にもお前にも、お互いに功罪がある」
「……、…」
「正しいことだけが良いことではないのだと、俺様は学んだ。
 そして、自分が犠牲になることが一番でないことも。
 俺様が居なくなれば、誰かが本気で嫌がるということを。
 ……それは、お前にだって適用される。いや、世界に存在する人間のほとんどに」
「………」
「罪人を責めてもどうにもならん。俺様自身も大罪人なのだから。
 ……だからオッレルス。どうか、顔を上げてくれ」
「……」

世界中には今も尚、沢山の争いごとがある。
傷つけあうことで喪われるものがあるのなら、許しあうことで生まれるものがあるはずだ。


オティヌスのように復讐の為でなく。
策略の為に人を傷つけるというのは、酷い行為だ。
フィアンマも、今まで何度かしてきたことだ。

「……フィアンマ」

だからこそ、許しあうべきだ。
オティヌスとフィアンマが許しあえたように。
オッレルスとフィアンマなら、尚更和解出来る。

そうしたら。

もう一度、普通の友人へ戻れるはずだ。

オッレルスは、ゆっくりと顔をあげた。
フィアンマは、にっこりと微笑んでいた。

ああ、和解出来た、と思った。
誰もが、彼女が彼を許したと、そう感じるであろう光景。












―――――直後。

     情け容赦の無い右ストレートが、オッレルスの顔面にめり込んだ。


今回はここまで。
恵方巻きロールケーキ食べるフィアンマちゃんは果たしてエロいのか。

デカくて黒い長方形を咥えたフィアンマさんは本当にエロいのかなぁ?

よし、原作の挿絵ンマさんで試してみよう!(賞味期限切れの恵方巻きを取り出しつつ)


お久しぶりです。
エンデュミオン見ました。フィアンマ×レディリー読みたいなと思いました。

>>572
賞味期限切れの恵方巻きのせいでお腹壊すフィアンマさんかわいいですね!
















投下。



「ぐッ!? い、痛い!!」
「当然だ」
「い、今許す雰囲気だったんじゃ、」
「ああ。一瞬だけ、許すべきだろうと思った」
「、」
「だが殺す」
「殺すの!?」

ちょっとした惨劇が起きている彼の顔に二、三発パンチを叩き込み。
ぜぇはぁと息を乱し、点滴台を握り、ふらつきながらも立つ。
トールを愛している者としては、流石に殴るべきだと判断した。
オッレルスはというと、治療を自分に施して。

「……すまなかった」
「……お前は俺様の命を救った。
 その事実を無視しようとは思わん。…これで終わりだ。
 当人でない人間が復讐をしても、何の意味もあるまい」

そうだね、と同意して。
存外あっさりと終わった復讐に、オッレルスはゆっくりと息を吐き出す。
言うべきことは言った、伝えるべきことは伝えた。
もうこの病室に存在している理由はない。

「ああ、そうだった」
「何だ」
「君の右腕。…拾い上げて保管していたのは、他ならぬ"彼"だよ」
「………」
「それじゃあ、元気で」


ドアが閉まり、病室を静寂が支配する。
ベッドに腰掛け、のろのろと自分の右腕を見る。
ハンドクリーム辺りで手入れでもされていたのか、綺麗だ。
肩の継ぎ目は少々醜いが、他人に肌を見せる性格でもないし、困らない。

「……、…」

トールが、保管してくれていた。
ということは、あの雪原で自分が居なくなった後に、辿りついたということか。

きっと、辛かっただろう。

血液と、残された右腕。
自分を死んだであろうと、きっと思ったはずだ。
それでも追いかけ続けてくれたのは、意地だったのだろうか。

「……」

まだ具合が悪い。
少し眠るべきだろうか、と思って。

「…まずは現状確認が先か」

体調について医者から説明を受けよう、と思い立ち。
深呼吸を繰り返しつつ立ち上がり、フィアンマは病室を出た。


「よう、元気?」
「……生きてたのかよ、お前」
「酷ぇの。意外と科学サイドにも気が合うヤツってのは居るモンで」
「へー」

オティヌスの詫びのつもりか、トールの身体はほぼ健康そのもの。
とはいえ、一応の調子を看てもらうために病院へ来てみた。
実際には、見舞いにそのまま向かうのが気まずかったから、という理由があったりするのだが。
トールに缶ジュースを投げ渡したのは、ウートガルザロキだった。
彼は相変わらず軽薄そうに、軽い調子で肩を竦める。

「診断結果は?」
「健康体そのものだと」
「良かったじゃん?」

プシュリ、という音を立て、ジュースを飲む。
トールの様子を横目で眺め、ウートガルザロキはジュースをちびりと飲み。

「『此処』なんだろ? 行かねぇの?」
「……急かすなよ」

ぐしゃ、と長い髪を手で掻き、トールは息を吸い込む。
緩やかに吐き出し、首をコキコキと鳴らした。

「そういや、お前はこれからどうすんだ?」
「『グレムリン』も解散しちまったし、適当に暮らしていく」

またどこかで会うかも、と言い残し。
空き缶をゴミ箱へ放った彼はひらひらと手を振って歩いていく。

「……行くか」

呟き、トールもゴミ箱へ缶を投げ捨てた。


外傷はほとんど癒えた。
右腕で細かい所作をするためにはリハビリが必要。
内臓のダメージは治療が必要なほどではない。
ある程度静養して、問題が見当たらなければ退院可能。


医者に確認したところ、そんな結果が帰ってきた。
ひとまず安静にしておけ、ということのようだ。
治療・入院費についてはオッレルスが払ったらしい。抜け目の無い男である。

当面の心配事はない。

衣食住は、病院に居れば事足りる。
動けるので、洗濯なども自分で出来る。

「……ん」

紙パックのミルクティーを購入し(自動販売機と少し戦った)、病室へ戻る。
再びベッドへと腰掛け、ストローを紙パック裏の袋から取り出し、飲み口へ挿した。
口に含み、ちゅ、と吸い上げる。甘ったるい紅茶が、口の中に広がった。

「………」

こくん、と飲み下す。

「……」

自分の身体を調べてみる。
どうやら、天使に近い体ではなくなったようだ。
『第三の腕』は行使出来ない。
右腕を再接続したから、ではない。
『魔神による介入を食い止める為』自らの体質を変容させたためだ。
今はもう死んだところで、魔神の魔術的介入を止めることは出来ない。
というより、そもそもオティヌスは魔神としての力を喪っているはずだ。

つまり。

自分は、本当に、ただの人間になったということだ。
『世界を救える力』こそあるものの、出力方法を失った、一人の少女でしかない。

「もう、……トールと戦ってやれないな」

ぽつりと、呟きが漏れる。
約束を守れない。
また、戦ってあげると約束したのに。
最高の敵だと、言ってくれたのに。
もう、本当に、彼の力を高めてあげられない。


それは、子沢山の家庭を求める夫に対し、生殖能力を喪った妻の失望に似ていた。
かつて望んだものだが、今そうなっても嬉しくない。

「………」

それに。
ただの魔術師になって、オッレルスの保護下にも無い。
そんな自分が、この先世界中に狙われて生きていけるのか。
オティヌスよりは緩いとはいえ、自分も世界に追われる側ではある。

「……ああ、」

世界中を敵に回してもいい。
傲慢であって欲しい。

彼はそう望んでくれたが、あの地獄を乗り越え、今、どう思っているだろう。
幾千幾億の地獄を味わい、それでも自分を取り返そうと、彼は努力した。
しかし、そもそもの原因は自分にあり、冷静になれば、彼だってそれが理解出来るはずだ。
加えて、今の自分は『神の右席』に居た頃のような強さが無い。
雷神トール、いや、その辺りの一般魔術師にも劣る、ひ弱な女に過ぎない。

怖い。

力を喪ったことでなく。
世界から狙われ、殺されることでなく。

トールから嫌われたり、呆れられることが怖い。
会わせる顔がない。


コンコン。

ノックの音だった。
思わず返事出来ないでいるも、入ってこない。
いや、返事をしないから入ってこないのか。

「………、」

フィアンマには何故だか、ドアの向こうにトールが立っているような気がした。
あんなに会いたかったのに、甘えたかったのに、言葉を交わすのが怖い。
冷静になって現実を見て、彼はどう考えているのか。
自分に何を告げに来たのか。考えたくもない。

「……」

"もう逃げない"と決めたはずだった、が。

彼女はベッドに潜り込み、毛布をかぶった。
窓の方へ身体を向け、目を強く瞑る。

ドアが開いた。

靴音がする。
近づいてきた誰かは、やはりトールだった。
彼は気まずそうに数度呼吸を繰り返し。
それから、フィアンマの後ろ姿を見つめながら言った。

「お前に言っとくことがある、と思ってさ」


内側から毛布を握る指が青白む程、力が入る。
トールは彼女の寝たフリを見破っているのかいないのか、静かに言葉を紡いだ。

「長かったな」
「お前が出て行って、俺が追いかけ始めてから」
「最初は敵として、お前に飯を奢った。死なれたら戦えないしな」
「お前と暮らすようになって、印象が変わった」

枕元から手元へ引きずり込み、ループタイを抱きしめる。
そうでもしなければ、全身が震えてしまいそうだった。

「お前が幻想殺しと仲良く喋ってる時、イラついた」
「その時は、理由がわからなかった。適当に理由付けして、自分を誤魔化した」
「それからちょっとして、お前が恋人ごっこを持ちかけてきた」
「正直意味がわからなかったし、お前の言葉の意味も理解出来なかった」
「お前が出ていって、初めて意味がわかった」
「あれからずっと捜して追いかけて、何度か追いついて、その度にお前は何処かに行って」
「いつまでたっても、俺の目の届く範囲には居ようとしねえ。挙句の果てには世界そのものから消えて」
「お前を忘れようとしなかった俺は、オティヌスの野郎に拷問にかけられた。
 地獄を繰り返して、結局俺は勝てず仕舞いだ。レベルアップしていく感覚は良かったが、もう二度と味わいたくねえ」

瞼を強く、きつく、閉じる。
何を言わんとしているのか、予想しないよう努めた。

「――――俺はもう二度と、お前の恋人ごっこなんかには付き合わないと決めた」

ぎゅう、と。
心臓を握りつぶされるかのような苦しみに、フィアンマは唇を噛んだ。

「オッレルスの野郎から聞いた情報だが、お前の性質は変容した。
 洋菓子しか口に出来ない制約はなくなった…代わりに、『聖なる右』は行使出来ない。
 ……俺にとってお前はもう、戦い甲斐のある素晴らしい敵でもない。二度と戦うことはない」

首吊りすべく立っている足場を、少しずつズラされていくような感覚。
反論しようとは思わない。全て事実だ。

「敵でもないし、ごっこ遊び相手でもない。
 俺は、お前と本当の恋人になりたいと思ってる。
 敵になれないなら、一生涯、味方になるしかねえよな?」

ずっとずっと、気が遠くなる程長い間、そう思っていた―――と。

彼はそう告げて、彼女の髪を撫でた。


「もう逃がさねえぞ」











「お前は、俺のものだ」













宣言、直後。
毛布を剥いで出た少女は、勢い良く少年に抱きついた。


今回はここまで。
次回退院していちゃいちゃほのぼのします。


フィアディリー……フロイラインマスレみたいになりそうで。
シギンさんは犠牲になったのだ…犠牲の犠牲にな

「俺二段オチ好きなんだよね」
「あー、わかるわかる。騙されたヤツのアホ面たまんねえよなぁ!?」
「だよなー! こう、もう辛いことは終わった…みてえに安心しきったカップルが殺されるとかさぁ?」
「女の方が助かったら男が死んじゃうとかぁ? ぎゃははは!」

乱ウーとかないんですかね。










投下。


一時間位抱き合っていたような気がする。
ようやく我にかえった二人はベッドに腰掛け。
フィアンマは静かに、頭をもたれた。
トールの体温はほどほどに高い。
いかにも健康体といったところか。

「……生きているんだな」
「何だよ、唐突に」
「いや、…お互い、いつ死んでもおかしくはなかっただろう?」

実際トールは何度も何度も死亡した。
フィアンマに至っては、存在毎消された。

その二人が今こうして、何の問題もなく座って会話をしていること。
それ自体が奇跡だと、フィアンマはぼんやりと思う。

「奇跡って程じゃねえな。必然だろ」
「…必然?」
「俺がお前を取り戻したいって願って、お前がそれに応えた。
 それに合わせて世界が回っただけだろ。奇跡って程低確率でもない」

肩を竦め、トールはぼふりと後ろに倒れる。
そういうものかな、とフィアンマは薄く笑んで。
それから、彼の隣に倒れこんで、思うままにすることにした。



退院の日は、雪が降っていた。
一本の傘を屋根にして、歩く。
自然と近づく距離が、寒さを打ち消している気がした。

「…右手」
「…ん?」
「リハビリ、必要なんだろ」

後マッサージ、と言葉をかけ。
トールは、フィアンマの右手を握った。
まだリハビリの完了していない右手の動きはぎこちない。
指先を絡ませて握り、白い息を吐いて。

「トール」
「あん?」

ホテルに到着して、部屋へ入る。
繋いでいた手を離して、彼女は彼を見た。

「お前の味わった地獄について、話してくれ」
「……そりゃまた何のために」
「俺様の責任として覚えておきたいから、だ」
「……別に良いけど」


そしてトールは、自分が覚えている限りの地獄を語った。
味わってきた地獄の種類は幾万にも及ぶ。
地獄の合間には時折、楽園のようなものもあった。

フィアンマが存在しない、人類皆が幸せな世界。
トールの存在しない、フィアンマが幸福な世界。

そんなものもあった。
どちらかというと、そちらの方が地獄よりも辛かった。

自分ではない誰かと。
自分以上の出会い方をして。
自分よりもその相手を愛して。

そうして幸せになっていくフィアンマを見ることが何よりの苦痛だった。
少なくとも、トールという一人の男にとっては。

嫉妬、という単語では足りない。
絶望に近い。

「お前のことを口にする度に狂人扱いされる世界もあったっけな」

哀れまれる苦痛というものもあった。

「だが、それは逆に言えば俺しかお前を繋ぎ止めるものがないという事実の裏返しでもあった」

諦める訳にはいかなかったのだ、とトールは笑む。
あれだけの思いをしてまだ笑うことの出来る自分に、安堵する。



「……最初に、全て打ち明けていればよかった」

すまなかった、とフィアンマは頭を下げた。
嘘を嘘で隠し、弱さを覆った結果、取り返しがつかなくなった。
自分がしたかった、或いはしたくなかったことを全てを話せば良かった。
自分の抱えている体質が辛いのだ、と打ち明ければ良かった。

「……俺が鈍かったのも、若干理由ではあるしな」

くしゃ、と赤い髪を撫で。
トールは明るく言うと、長い息を吐いた。

「ひとまず」
「…ん?」

そろそろと頭を上げた彼女を抱き込んでベッドに倒れこみ。
トールはやや眠そうな表情でこう言った。

「二万年超。お前を独占出来なかった分は今から達成する」
「……喜ぶべきか判断に迷うな」


ベッドに腰掛けた少女の太ももは、存外に柔らかくなかった。
脂肪があまりないので仕方のないことである。
そもそも、フィアンマは太りにくい体質であった。
おっぱいがたゆんたゆんにも、お尻がぷりんぷりんにもならないタイプの少女である。

「……ん」

それでも居心地が悪いということはなく、トールは目を閉じた。
フィアンマは緊張した面持ちで綿棒を握りしめている。

「……来ないのか?」
「……緊張するだろう」

膝枕といえば耳かき。
定番中の定番<セオリー>をなぞっている。
緊張しつつ、フィアンマは綿棒をトールの耳孔に挿入する。
こそばゆさに時折びくつく少年は、ひどく愛おしかった。

「…痛く、ないか?」
「……問題ねえよ」

もっと突っ込まれても平気、と眠そうにトールは言う。
おろおろとしながら、フィアンマは綿棒を動かす。
温かな部屋で、程よい緊張が二人を包んでいた。
甘やかな時間を断ち切るかのように、彼の呟きが聞こえる。





「………まあ、もう少し太ももに肉は欲しいよな。腹回りじゃなくて」
「………」

直後。
垢の無い部分を綿棒で抉られた少年の悲鳴が響くのだった。


明日はいよいよバレンタインですね。
>>1はクーベルチュールチョコレートが好きです。

ひさしぶりにフィアンマの人のssを覗いてみたけどすごいよ。まだがんばっていた
いつかクロスオーバーで遊馬先生でフィアンマをカウンセリングしたい
96にした「そんな世界はいらねぇっ!」あたりの説法ならフィアンマにも効きそう


フィアンマ「今日、俺様の本国では恋人同士が贈り物を交換するか、男が女に贈り物をする」

トール「初めて知ったな。悪いが用意はなにもねえ」

フィアンマ「構わん。…ちなみに事の発端は聖ヴァレンティヌスというーーー」




トール「ご高説どうも。で?」

フィアンマ「が、日本では古来から義理或いは愛する相手にチョコレートを渡す日らしい」

トール「はー、なるほど」

フィアンマ「…という訳でフォンダンショコラを作ったのだが、見事に失敗した」

トール(ああ、あの冷蔵庫の美味そうなやつか)

フィアンマ「だからその、」

トール「…その?」

フィアンマ「…ひとまず、板チョコひとかけらを口移し、……で、…良い、かな…?」

トール「俺は今、珍しく生きてて良かったなと実感してる」


(イタリアの方でも14日ですが日本では15が本命日という話もあったのでその、   セフセフ)
(焦げたフォンダンショコラ。我々の業界ではご褒美です)


>>596
これ以上フィアンマさんの心を折るのは…!!













投下。


完全に、全てが終わったあの日から。
トールは、フィアンマから離れようとしなくなった。
基本的にはトイレ以外ずっと、である。
それはある種異常な執着に見えるかもしれないが、フィアンマは拒否をしない。
自分の行動が、彼をそうした状態に駆り立ててしまっているから。

「俺様がまだ出て行くことを危惧しているのか」
「まあな」
「信用出来ないか」
「ちょっとな」

好きだけど、と彼は呟いて。
好きだからこそだろう、とフィアンマは思う。
一種、ドメスティックバイオレンスといえばそうかもしれない。
人権侵害と断じてしまうのは簡単だが、そうは感じない。
ずっと、こうした束縛を待っていなかったと言えば、嘘になる。

「俺が寝てる間に出て行ったからな」
「もうしない。必要も、ない」
「頭では理解してる」

二万年以上苦しみ続けた心が理解しない、とトールは言う。

ごめん、と謝った。
怒ってる訳じゃない、と彼は言った。


寒いからといって引きこもりばかりではつまらない。
元来アウトドア派のトールはそう主張して、フィアンマを外へと連れ出した。
世界中から追われている、といっても、今のフィアンマはそこまで過酷な立場ではない。
オティヌスが起こした大きな事件の裏で、フィアンマの罪は薄れている。
少女の免罪符になろうとしたフィアンマは、その少女を免罪符にしてしまった。
ただ、『それでもいい』と当の本人たる元魔神は思っていることだろう。

「何処行く? ゲーセンとかカラオケとか。
 科学サイドの施設だけど、俺はそれなりに行き慣れてる」
「……げー、せん?」

不思議そうに首を傾げるフィアンマのマフラーを巻き直してやりつつ。

「ゲームセンターの略称」
「…げーむせんたー」

復唱するフィアンマはやっぱり不思議そうだった。
聞きなれない詠唱を復唱しているかのようで、発音も少しおかしい。

「説明するより行ってみた方が早いな」

うん、と頷いてきっぱり判断し、トールは歩いていく。
彼に引っ張られる形で、彼女はついていった。



ゲームセンターの中には、いつだって楽しさがある。
クレーンゲームの箱の中、ゲーセン限定のお菓子やぬいぐるみが吊られていた。

「……、珍妙な遊戯場だ」

そう評して、フィアンマは周囲を眺める。
見下すような批評を行っても、さほど嫌いな場所ではなかったようだった。
あまり大きくはないゲームセンターだが、ゲームの種類は少なくない。

レースゲーム、クレーンゲーム、音楽ゲーム、クイズゲーム。
体感型ホラーゲーム、格闘ゲーム、プリクラマシン、と実に色々である。

「……これは取れるものなのか」

箱の中、ぶらん、と吊り下げられているものはマカロン型のクッションだ。
クッションを吊り下げている糸を、操作する機械で上手く切断すれば一発ゲット。
動体視力とタイミングを測る力がものを言うゲーム。
旧型のクレーンゲームよりは、やや難易度が低いといえるかもしれない。

「ゲームだからな。勝てば取れる」
「説明は……ふむ」

手元にはボタンが二つと、説明書らしきイラストつきの印刷。
操作方法は理解出来たが、フィアンマはあえてトールを見やる。

「…自信はあるか」

自分の彼女に自信の程を聞かれて正直に答える男は稀である。

「勿論」


ぶら下げられているものが高級になるにつれて、糸は短くなる。
糸が短いということは、切断出来る範囲が狭まるということ。
フィアンマが願ったものは、細身のネックレスだった。
普通に購入すれば、円通貨にして千二百円程度だろうか。

「……なかなかうまくいかんな」

微妙なタイミングのズレで四回程獲物を逃し、フィアンマはそうぼやいた。
トールも努力はしているのだが、いかんせん逃してしまう。
設定でそうなっているのかもしれない。失敗するように。

「狙いを変更してくれ」

指差す先にあるのは、高級クッキーの詰まった小さな缶。

「よくよく考えたら、こちらの方が良い」

トールやる気を削がぬよう一言付け加え、フィアンマはじっと待つ。
一つ返事で、トールは獲物を変えた。
今度は先程よりもう少し糸が長いので、ぼとっ、と落ちる。

「っし!」
「流石、動体視力は素晴らしいな」

礼儀として褒め、缶を受け取るフィアンマは満足そうだった。
人から物をもらうことが、彼女は好きだった。
くれる相手が世界で一番愛しい少年ならば、喜びも何十倍である。


クイズゲームは対戦式を選び、ジャンルは神話。
引き分けた結果、反応の速さでトールが勝利した。
レースゲームはフィアンマの右腕の状態が完全ではないため、見送り。
音楽ゲームは9個のボタンを5対4で分けて緩やかに行い。
体感型ホラーゲームでは、トールが心拍数160を叩き出した。
格闘ゲームは互角な戦いを続け、時間切れでフィアンマが勝利。
意外にも、片手でも格ゲーは出来るようだった。

そして。


「……本当に撮るのか?」
「一応、記念に?」

プリクラの前で立ち往生しているカップルがひと組。
誘ってみたはいいものの、トール自身も微妙な気持ち。

「……また今度にするか」
「……ん」

きゅ、とトールの手を握り、フィアンマはじりじりと後ずさる。
スタイルも顔も悪くはないのだが、それと写真嫌いは別問題だ。


今日はここまで。


辛うじて生きてます。
近々加筆修正と小ネタを加えて支部に移しつつ、本編もまだまだ更新していくつもりです。
もうニ波乱くらい…ええ。

ちょっと体調が芳しくないので、良くなり次第書き上げて投下します。
今後もよろしくお願いします。

(結婚式キャンペーン話とかいいなと思いまし、)


早く元気に……
















投下。


「こういう表現は妙だろうが、丸くなったよな」
「………」
「悪いことじゃないと思うぜ?」

ホテルの食事は美味しくない。
そのため、近くのコンビニエンスストアでサンドイッチなどを購入してきた。
十何年振りに口にしたばかりの普通の食べ物は、まだ口にあわない。
あんまり美味しくなさそうに食事をする彼女に、トールは先述の通り明るく話しかけた。

ぴしり。

彼女はサンドイッチを口に含んだまま固まっている。

「…さ」
「……さ?」

特に考えなしに発言したのだが、反応がちょっとおかしい。
むぐむぐと一口を控えめにして食事ペースを落として、彼女はぼそぼそと自己申告した。

「……三キロしか、太ってない…から、丸くなってなど、…」
「……そういう意味じゃねえよ」

仮にそういう意味で丸くなったとしても大したことではない、とトールは思う。
見た目だけなら、世界中を探せば自分好みの者がもっと居ることだろう。
それでも、それではダメだから、何もかもを捨てて目の前の彼女を求めた。
……と伝えたはずなのだが、どうにも伝わらないようである。


カラオケに行ってみたい。

と言い出したのはどちらだったか。
確かフィアンマの方だったか、とトールは思い返す。

「………んでさあ、」

手は繋いでいた。
つい二十分前までは確かに握っていたはずだ。
にも関わらず、ちょっとした人ごみではぐれる。
完全に自分の不注意だ、とトールは頭を抱えたくなる。
というよりも、事実、抱えた。

「ああクソ、何でだよ…目立たない見た目でもないのに」

周囲を見回すが、見慣れた赤い髪は見えない。
くしゃ、と髪をかき、ひとまずビルを目指す。
人探しの鉄則はまず高い場所から全面的に、そして細部を探ること。


はぐれてしまった。

その事実を認識した時には、随分と元の場所から離れていた。
人ごみに紛れたのが久しいので、流されてしまったらしい。
となると、これ以上動くのは得策ではないだろう。

「………」

怒っているだろうか。

トールの様子を想像して少し落ち込みつつ、彼女は立ち止まる。
落ち込む反面、彼なら自分を見つけてくれる、という期待もあった。
世界中から追われる立場の人間は山ほどいる。
幸運な自分が、まさか追う側に見つかるなんてことはそうそうないだろう。

「…ん、」

ぴく。

右手の人差し指が無意識に動いた。
視線をすい、と横へ向ける。
先程まで行き交っていた人々の姿が見当たらない。



「確認させていただきます」


凛、と響く女性の声だった。
振り返った先には、アシンメトリーな服装の女が立っている。
長い黒髪を高い位置でポニーテールにしているようだった。

「……極東の女聖人…だったかな?」

後方のアックアを一時退却させた聖人だ。
『あれ』には天草式十字凄教も関わっているが。
首を傾げたフィアンマに、彼女は。

神裂火織は、ゆっくりと息を吸い込み。

「私には、あなたを捕縛するように、との命令が出ています」
「……」
「暴力は本意ではありません」
「何の話かわからんな」
「……良いでしょう」

ひゅん、という音がする。
ワイヤーが風を切る音だ。

「お気づきかとは思いますが、『人払い』は施してあります」
「んー。……お前程度では俺様には勝てないと思うが…」


見つからない。

地に降り立ち、トールはフィアンマを捜していた。
別に、彼女は『聖なる右』がなくたって優秀な魔術師だ。
自分よりは弱くなってしまったかもしれないが、方法によっては負けるだろう。
彼女の強みは幸運や頭脳など、他の要素も含む。

「やっぱり外に出すべきじゃなかったか…?」

ふとそんな暗い考えが頭に浮かび、振り払う。
自分は別に彼女を縛り付けていたい訳ではない。

「厄介事に巻き込まれてなけりゃいいが…」

サーチを展開させ、息を吸い込む。
指先を振って、一直線に走り出す。
彼女を一人で戦わせたくない、と思うから。


今回はここまで。
ネタ拾いをする日々。



トール「国によって飲酒の年齢制限はだいぶ違うな」

フィアンマ「その国の価値観、酒に関する考えなどに左右されるからな。ま、後は気候も関係があるが」


トール「まあな。ところで」

フィアンマ「…そんな目で見るな。くじ引きで当たったのだから仕方がないだろう」

トール「そこそこ度数も高いし、料理には使い辛いな…にごり酒だし」

フィアンマ「呑むか。致し方ない」

トール「…しかし、どうやってこんな細い口から林檎入れてんだ?」

フィアンマ「製法には詳しくないが、少なくとも林檎をビンに押し込んでいる訳ではないだろう」



?三時間後?


トール「……酔ってんのか。おーい」

フィアンマ「…酔ってない」

トール「なら服を離せよ、寝れねえだろ」

フィアンマ「や」

トール「あのな」

フィアンマ「だ」

トール「……はー」

フィアンマ「んー」

トール「割と酒弱いな。…つまみ無かったからか?」

フィアンマ「トールすきー」

トール「俺も好きだよ、酔っ払い」

フィアンマ「すき……」

トール「……」なでなで

フィアンマ「トール、の…お嫁さんになりたい…」うとうと

トール「…その内な」にへら


酉忘れちゃった…1です
小ネタはちょいちょい投げます



トール「人生には三回モテ期があるらしいな」

フィアンマ「ほう」

トール「理由もなくモテモテになるんだと。濃度とかは、まあ」

フィアンマ「個人差はあるだろうがな」

トール「だな。魔術(オカルト)では研究対象になってる」

フィアンマ「…俺様は興味はないが」

トール「面白いとか思わねえの?」

フィアンマ「俺様はトールから好かれていればそれで充分だ」

トール「……」

フィアンマ「……」

トール「……の、さ」

フィアンマ「…忘れろ。口が滑った」

トール「ちくしょう、……あーもう、……」

フィアンマ「……照れるな。俺様まで恥ずかしくなるだろう…」


(とりあえず支部に載せられました 本編はじきに更新します…)


戦闘描写だけ外注業者さんに依頼したい(再)

実際にモテ期ってあるのだろうか…

















投下。


「出来るだけ一撃で―――覚悟してください」

どうやら神裂は、フィアンマを捕縛することは本意ではないようだ。
無理もない。
捕縛されてしまえば最後、フィアンマは手荒な扱いをされ、惨い処刑をされるだろう。
何しろ第三次世界大戦の首謀者にして、魔神オティヌスを逃がした者なのだから。
いっそ、ここで神裂の手にかかって死んだ方が、死までの末路はマシ。
発見してしまった以上は、良心に従って捕縛する。
神裂は、静かに宣言する。慈悲をかけるための魔法名。

「―――『救われぬ者に救いの手を(Salvere000)』」

宣言と同時、『七閃』と呼ばれる技が放たれた。
魔術と分類するには至らない、術式と見せかけたフェイク(攻撃)。
街路樹やアスファルトが斬撃を受け、バラバラに砕ける。
ほんのわずかに掠ったフィアンマの頬が、痛みを発した。
熱にも似た痛み。ツゥ、と血液が頬を伝った。

「投降しては、いただけませんか」
「俺様に言っているのか?」
「以前の貴方であれば、私如きの攻撃は軽々と防いでいたはずです」

事実だ。

以前の『右方のフィアンマ』が、たかが一聖人に負けるなどということはありえない。
しかし今や、フィアンマには『聖なる右』も、その一部たる『第三の腕』もない。
神の右席としての特質を喪った今、彼女は一般魔術師より少し強い程度の魔術師に過ぎない。

「貴方は今、決して万全ではない」

誤魔化しとハッタリでどうにか出来るかと思いたかったが、そうもいかないようだった。

「……神頼みでもしてみるかな」

徐々に近づく足音に目を細め、フィアンマはにこりと笑む。


磁力を応用したブースターを装着した状態と同等のスピードで。
もはや走行といっても支障無き速度で戦場へ駆けつけたトールは、躊躇なくフィアンマの前へ立った。
ちら、と後ろを見やる。白い頬に赤い線が走っていることはわかった。

「…それくらい防げよな」
「速かったんだよ。見えなかった」

事実だろうが、それにしても防ぎようはあったはずだ。
肩を竦め、トールは眼前の敵を見た。

「初めまして、だな。天草式十字凄教とは和解したんだっけ?」
「何故彼らのことを、……貴方は」
「元『グレムリン』の直接戦闘担当、雷神トールと名乗っておくかね」

そんなことはどうでもいい、とトールは遮る。

「出来ることならじっくりアンタと戦ってレベルアップしたかったが、それどころじゃねえしな」

現在のトールの優先順位は、フィアンマが一番であり、戦闘は二の次だ。
そもそも、オティヌスと戦い続けたあの地獄と比べると、神裂との戦いの魅力はさほどではない。

「安心しろよ。手加減はしてやるからさ」
「参ります、」

風を斬る音がした。
指先から放つ溶断アークブレードでワイヤーを切断し、一気に間合いを詰める。
聖人の反応速度で追えないということはない。
あくまでも、トールは普通の人間に過ぎないのだから。

「ッ!」

ワイヤーを切断された以上、神裂には手加減というものが出来なくなる。
彼女は七天七刀を振り、トールに打撃を与えようとする。
殺すためでなく、意識を奪うための暴力。
対してトールは、躊躇なくブレードを神裂に叩きつけようとした。


「…実際にどうするかは別として、殺す覚悟ってのは大事だと思うぜ」
 


ジュゥ、と神裂のシャツの端が焦げる。
ブレードの端が当たり、布地が耐え切れなかったためだ。
もしも神裂が最大限の回避行動に出なければ死んでいただろう。
神裂は七天七刀を振るい、トールの手を叩き落す。
元より、トールの身につけている霊装は性質調整のためのもの。
その手腕は普通の人間のものであり、受ける反動もまた然り。
加えて言えば、トールは不利だった。
あまりにも強烈な攻撃を振るうと、フィアンマにまで危害が加わる。

折れた手を伸ばし、振る。

眩い光が放たれ、神裂の網膜を焼き尽くそうとする。
咄嗟に距離をとり、彼女は目を細めた。
白に近い強烈な光に、とても目を開けていられない。

目を開けた時。
そこに、少年と少女は――――居なかった。


「戦闘より逃亡を優先か。お前らしくないな」
「あんまり大規模なのやらかすと危ねえからな」
「……一般人は居なかっただろう?」
「お前だ、お前」

神裂の攻撃から身を守る術がない彼女が、自分の攻撃を捌けるとは思えない。
その辺りの対策もしていくべきだな、とトールは思った。
トールに横抱きされたままに、フィアンマは沈黙する。

―――重荷。

文字通りのそれだ、とぼんやり思う。
口に出さないのは、トールが怒ると思ったからだ。
軽くストールを掴んで、離し、フィアンマはトールの首後ろに腕を回した。

「……ところで、叩かれた方の手は」
「ああ、手首折れてる。でも楽しかったし、後悔はねえな」
「………」

あっさりと言って、トールはフィアンマを降ろした。
麻痺はしていないが、痛みへの耐性ならだいぶ出来ている。
地獄をめぐり続けた成果と言えばそんなところか。

「治してやる。手を出せ」
「ん? おう」

ポッキリと折れた上にヒビの入った箇所を特定し、固定する。
それから天使の力を引っ張ってきて加工し、流して治癒を行う。
唐突な治癒は身体に負担がかかるが、骨折した場所が場所だけに完治させる方が大切だと判断した。

「……トールは、俺様のどの辺りが好きなんだ」
「人気が少ないとはいえ街中で聞くことかよそれ…っつ、」
「……」
「……見た目? はまあまあ、…全部としか回答しようがねえけどな。
 あんまり考えたこともないし。そういう愛の告白とか欲しい方だっけ?」
「茶化すな。……要するに今まで築いてきた記憶ということか」
「そういうことになるな。俺が見てきたお前の側面が好きなんだし」
「………俺様が記憶を喪ったら、好きじゃなくなるか?」
「結果論から言えばそういうことになっちまうだろうが、実際にはねえだろうな」
「俺様はトールを忘れていて、そこには何もなかったことになっているのに?」
「そんな地獄なら既に通った道だ」

この話は終わり、とトールは手を引いた。

「あー、戦ったら腹減ったな。何か食いに行くか」
「ファーストフード店で良い。食べてみたいものがある」


今回はここまで。


次スレ行けるかな…














投下。


食べてみたかったもの。
フィアンマがそう称したのは、何でもないハンバーガーだった。
正確にはフィッシュサンドである。

「俺は…何にするか」
「こうも種類が多いと悩まされるな」

二人でメニューを眺め、トールとフィアンマは視線を合わせる。
ひとまず席を確保し、再びメニューを見た。
トールは性懲りもなく新商品を注文し、フィアンマは予定通りに。

「どうも新商品とか新発売って響きに弱いんだよな、俺ってやつは」
「その割には流行は気にしない様相に思えるが」
「服は霊装で整えてるんだから変わる訳ないだろ」

そういうことではなく、とトールは肩を竦め。

「んじゃ、食うか」
「ああ」
「別に昨日今日って訳でもないのに、お前が甘いもの以外を食ってると違和感あるな」
「見慣れている光景との差異だろう。じきにこちらの方が見慣れるさ」
「だな」

相槌を打ち、バーガーに被りつくトール。
予想はうっすらしていたが、ジュワ、と舌を焼かれたような感覚。

「!! ぐ、ぅぶ、」
「………?」

硬直するトール。
首を傾げるフィアンマ。

彼女はもふもふと両手でタルタルフィッシュバーガーを持って食べている。


「予測してなかったわけじゃねひぇが、か、か、」

からい、と言い切ることも出来ないままに水を飲む。
飲み物にコーラを選択したのは明らかに痛恨のミスだ。
ただでさえひりひりと痛む口内を刺激したら、考えるまでもない。

「……辛いのか?」

流石に一万年以上一人の男を見つめていると何が言いたいかわかるもので。
良妻よろしく、彼女は自分のテリトリーにあったバニラシェイクを差し出す。
ありがたく受け取って勢いよく吸い込む度、トールの顔色が赤から白へと戻る。

「ぷ、……っは。さんきゅ」
「多少は治まったか?」
「ああ」

でもやっぱりひりひりする、とトールは目元を拭った。
フィアンマはというとフィッシュバーガーを食べ終え。
トールのテリトリーに重々しく鎮座する激辛ハンバーガーを見た。

「…一口もらっても良いか?」
「ショック死…したりしねえよな?」

そんなに過保護に思わなくても。

フィアンマは大丈夫だというメッセージを込めて頷き、ハンバーガーを持つ。
ソースは赤を越えて黒色をしている。匂いからして噎せそうだ。

病めるときも健やかなる時も、貧しき時も。

愛の祈りの代名詞を思い浮かべ、フィアンマは共有欲を固定する。
出来るなら共有した方が、思い出になる。
それに、今はもう菓子以外のものを食べられるのだから、せっかくだし、人生経験として。

「ん、」


目が回る程辛い。
美味しいとかまずいとかそういうレベルを越えてしまっている。
辛さというより痛みというべき感覚に、口を手で抑える。
口に入れてしまった以上は、戻す訳にはいかない。
そこはプライドがある。曲げる訳にはいかなかった。

「か、ら………」

かろうじてそれだけ呟いたフィアンマに、トールは沈黙し。
自分が半量ほど飲み干したバニラシェイクの容器を差し出した。
ひとまず、水よりも何よりもこれが一番辛さを和らげる。
ストローを口に咥えて中身を吸い込む間にも痛みは増していく。
目に浮かぶ涙を零すまい、と彼女は必死で耐えた。
この程度のことで泣いてしまうのは威厳に欠ける…もう気にする相手は居なかったのだった。

「と、る」
「気持ちはわかるからひとまずそれ飲んじまえ」
「ん、ん……」

1:9程の割合でバーガーのかけらをバニラシェイクと共に飲み込み、深呼吸する。
水を飲み、アイスミルクティーを飲んでようやく落ち着いた。

「そういや上条ちゃんと飯食った時もこんなことあったな」

うんうん、と頷きながらそんなことを言って、トールはホットコーヒー用の砂糖をたくさん持ってきた。
机の上に置かれるスティックシュガーを見、フィアンマは彼を見て。

「バーガーの辛味を中和するつもりか?」
「こんだけ混ぜればスイートチリソース位にはなるだろ?」

二人が座っている席は、店員から死角にあたる。
悪童らしい笑みを浮かべて名案を語る彼につられて、フィアンマはくすりと笑った。


当初の目的であったカラオケ。
ファーストフード店の入っているビルの四階が運良くカラオケボックスだったため、目的は叶った。
曲を送信するための機械はタッチパネル式のもの。
ぴこぴこと操作しつつ、フィアンマはトールを見る。

「ところで、歌に自信はあるのか」
「詠唱のヤツとはだいぶ毛色が違うし、何とも。
 ただ、音痴じゃねえとは思ってる」
「先に入れるか?」
「いや、後でいい。お前の歌も気になるし」

じゃあ先に、と彼女はマイクに手を伸ばしつつ曲を送信する。
表示された曲名はやはりというべきか、一般アーティストがカバーした聖歌。

「予想を裏切らないよな」
「一応ロックも歌えるが、そちらの方が良かったか」
「マジかよ」

唐突に意外さを露呈されても戸惑う。
それも後で歌ってくれ、と要望しつつ、歌声を聴く。
上手だな、と素直に思った。
聴いていると眠くなってくる歌声だ。曲調も相まって。

「……、」

ずい、と機器を差し出される。
歌の評価なんかを求めないところが彼女らしかった。


採点ソフトによると、トールは90点、フィアンマは86点らしかった。
わざとらしいビブラートなんかも評価するので、本当に上手いかどうかは怪しいところ。
とはいえ、フィアンマがトールの歌声に幻滅することはなかったので、二人にとってはそれで良かったりする。

「トール」
「ん?」
「少し、一人にしてもらっても良いか」
「……お前、」

一気に険しくなるトールの表情に、フィアンマは緩く首を横に振る。

「墓参りに行きたいんだ」

トールの知らない相手だから、と彼女はぽつりと呟く。
トールは長い長い熟考の後、わかったと返事する。

「ただ、また何かあったら連絡しろよ」
「勿論だ」

こくりと頷いて、花屋へ。
どれが良いかな、とフィアンマは花束を眺める。

「……これを」
「かしこまりました」

『尊敬』の花言葉を持つ花束を購入し、進む。


左方のテッラの墓はこじんまりとしていた。
直属の元部下が掃除をしてくれているのか、綺麗だった。
雑草など見当たらないし、腐敗物もない。

「……ただいま」

そうつぶやいて、しゃがみこむ。
花束を墓前に置いて、じっと墓石を見つめた。

「あれから、色々あったよ」

先々代ローマ教皇と左方のテッラは、自分の父親のような存在だった。
自分に厳しく、人に優しく、そんな人だった。
自分が彼の未来を奪った。罪悪感はあるが、懺悔はしない。
きっと、この石の下で眠る彼もそれを望まない。

「好きな人と、一緒にいるんだ」

シンプルな報告。
笑みを浮かべて。

「好いて、好かれて。何を差し置いても求められて。
 権利は無いのだろうが、俺様は今、幸せに暮らしているよ」

だから。

だからあなたも、神の国でどうか安らかに。
ずっと聖職者として働き続け、人の幸福を祈り続けてきた寂しい人。

「頑張る」

以前に告げた『おやすみ』ではなく、宣言を。
花束をそのままに、彼女は背を向けて"前へ"進み、トールの下へ。




――――ぽた、ぽた。

ザ―――――        ジジジ――



大雨の中で、その青年は佇んでいた。
世界中で、一人ぼっちになってしまった。

『なあ、フィアンマ。終わったよ』

その笑みは、血に濡れている。
焦げて何が何だかわからない死体が、あちらこちらに転がっている。

『お前を殺したヤツも。お前を救おうとしなかったヤツも。
 お前を知ろうともしなかったヤツらも、全員。
 だけど、何でだろうな。……寂しいよ』

無造作にやや高い位置でまとめられたポニーテールの、金髪。
彼女が触れて戯れ、綺麗だと微笑んでくれたもの。

『これだけあれば、多分足りるだろ?』

黒い毛皮のストールに包まれた体は、酷い勢いで冷えていく。
得物をしまいこみ、ふらふらと歩いて、しゃがみこんだ。
測定は既に済んでいる。やることもわかっていた。

『世界中の人間を使って、お前とまたやり直したいんだ』

俺、おかしくなっちまったのかな。
それとも、最初から狂ってたのか。

アイスブルーの瞳の奥を感情の濁流で揺らし、彼は指先で地面をなぞった。




―――たとえ、どれだけ底抜けに世界が滅茶苦茶になっていったとしても、彼女に傍にいて欲しい。


その想いだけで、俺は、


俺は。


――――――――――ザザ、―――ジ。

 


トールの居る場所は、彼自身の意思で知らされていた。
言うことを言い終えて、気分は軽い。

「……」

天気が良いと、気分が良くなってくる。

「…トール?」

彼と、誰かが会話している。らしい。
ちょっぴり音声がもごもごしていて聞こえづらい。
それについて咎めるつもりは毛頭ない。
ないのだが。

「………」

会話している相手は『追跡封じ(ルートディスターブ)』のオリアナ=トムソンである。
自分の記憶に問題がなければ、まず間違いないだろう。
そして、トールの顔はというと、オリアナの豊満な胸の中にインしていた。
状況を整理出来ない。この程度のこと、嫉妬するまでもない。
世の中には正妻の余裕という言葉もあるのだ、動揺することですらない。

英雄色を好むとも言うし、トールだってたまにはああいうタイプの女を抱きたく―――

「むぐ、む!」
「あら、情熱的。そんなに押し付けられたらお姉さんまで熱くなってきちゃう」

ハートマークでもつきそうな、甘い声。
いろいろな意味でフィアンマとは真逆に位置する女性だ。

ただ、フィアンマは自分がどうするか決めた。
この状況に置いて最善の解はただ一つ。






「トール。右手と左手、どっちがいい?」


今回はここまで。


コツコツ書いていきます。
















投下。



もぐむんも。

わかり辛いが、『左手で』とのトールの回答である。
わかった、と頷いたフィアンマは左手を伸ばし。
思いっきりトールのストールをひっつかんで引っ張った。
ぐい、とトールの顔が魅惑の海から出てくる。

「ぷっは、」
「………」

無言のフィアンマは、怒っている訳ではない。
トールがオリアナの胸に突っ込んでいた原因がわかったからだ。

それは、ポイ捨てされたガム(食後)。

トールの靴裏に張り付き、まともな移動を困難にさせた上、ズッコケさせたらしい。
悪意ある一般人の仕業だ。オリアナのせいではない。
ちなみに原因が無かった場合トールはオとされていた(物理)。

「それじゃ、お姉さん行かなくちゃ。可愛いお嬢さんから睨まれ続けるのも嫌だもの」

うふふ、と楽しげに笑って、彼女は路地裏から姿を消す。
どうやら、自分達をよく知る人間ではなかったようだった。
そうでなければ、見逃すことにしたのかもしれないが。

「……鏡で自分の顔見てみろよ」
「ふてくされてなどいないが。どうせ俺様には埋もれるだけの脂肪はついていないさ」

明らかに不貞腐れている。加えて自覚もあるようだった。


フィアンマは拗ねると結構しつこい。
事故とはいえ原因が自分にあることは理解しているトール少年。
致し方ないのでいつも通りのパターン、おやつ購入に走るのだった。

「何食いたいんだ?」
「ここの棚を右から左までだな」
「おかしいだろ。何で大人買いなんだよ」

量り売りのクッキーコーナーを指差して宣言した彼女は無邪気だった。
もしかしたら悪意が隠れているだけかもしれないけれど。

「ついでだから夕飯も買って帰るか」
「ん、そうだな」
「リハビリがてら手料理を作ろうかと思う」
「手伝う」
「不要だ。やり遂げねば意味がない。…ハンバーグで良いか?」
「初めて食った時から思ってたが、あれが得意料理なんだな?」

言いつつ、材料を買い物カゴへ。

「材料も安く済むしな」
「お前が経済的観念を持ってたことに俺は今すげえ驚いてる」
「失礼なヤツだ」

これでもローマ正教の頂点に居たんだ、と口にはしないものの胸を張っている。
無い胸を。何も言わないでおこう、とトールはひっそり思う。


翌日。

前夜のハンバーグが予想外に効いた重い身体を引きずり。
二人は雨の日に散歩に出た。
最初こそ小雨程度だったが、だんだんひどくなってくる。
所謂相合傘をしている二人は、雨宿りをする場所を探す。

「降るなら思いっきり降った方が気分は良いな」
「天気雨は好かんのか」
「雨臭くなるだろ、あれ」

天気雨。
別名を狐の嫁入り、などという天候。
晴れなのに雨が降るという不思議な状態である。

「そこの仲良しカップルさん」

にへら、と人好きしそうな笑みを浮かべたスーツの女性に声をかけられた。
何のセールスだ、と思いつつも二人は立ち止まる。
仮に見目を偽った襲撃者であった場合、対峙した方が戦いやすいからだ。

「もしよかったら、モデルをしてはいただけませんか?」
「…モデル?」

はい、と女性は背後の建物を指差す。
所謂結婚式場だ。十字教系の教会を模しているが、宗教とは厳密には関係のない。

「スタイル抜群のカップルさんにお願いさせていただいているんです」

お願いします、と彼女は頭を下げる。
ウェディングドレスやタキシードを着て、顔を入れずに写真撮影するらしい。
多少の報酬も出るようなので受けても良かった、が。

(継ぎ目、か)

フィアンマの右腕は、接合手術を行ったことによって歪な傷跡がある。
素肌でも目立たない、と言い切るには少しだけ厳しい。

「ドレスは何種類位あるものなんだ?」
「色々ありますよ。ワンピースタイプ、肩出し、ビスチェ…」
「ふーん。…じゃ、やるか」
「トール、」

トールには、既に先述のことについて話してある。
そのはずだが、彼は危惧する様子がない。
戸惑う彼女の手を握り、彼は快活に笑みを浮かべてみせた。

「袖があるやつを着れば問題ねえだろ。飾り着けてみるとかさ」
「だが、」
「……『それ』は、お前が払った犠牲の証拠だろ。
 別に汚いものじゃないだろうが。お前の体に醜い部分は無い」

傲慢な方が似合っていると言ったはずだ。
そう言い切って、彼は歩き進んでいく。


………こういうところが、フィアンマは好きだったりする。


「お付き合い、長いんですか?」

着替え室は存外に広い。
女性スタッフの質問に、フィアンマはちょっとだけ迷って。

「…二万年ちょっと位かな?」
「えっ!?」
「……冗談だよ」

くすくすと笑って誤魔化し、彼女はドレスを見上げる。
トールと出会った頃より少し伸びた赤い髪が、さらさらと揺れる。

「仲良しオーラ出てましたよ、すっごく」
「そんなにベタついているように見えたのか?」
「いえ、どちらかというと遠距離恋愛っぽい雰囲気でしたけど」
「……当たらずとも遠からず、といったところかな」

少なくともほんのつい最近までは、自分はこの世界に存在しなかったのだから。
世界で最も遠い遠距離恋愛。

一着のドレスを手に取る。
長袖の上からビスチェで締め付けるタイプのものだ。
フェミニンで、上品というよりは可愛い印象のあるウェディングドレスだ。

「……未だにヤツの好みがわからん」
「彼氏さんの好みですか?」
「あまりファッションにこだわりが無いからな、お互い」
「何も言われないってことはきっと理想がないんですよ。
 あなたが着ることに価値があるんだと思います。きっとね」

褒め上手だ、とフィアンマは思った。
だからといって有頂天になる程お気楽な人間ではない。

「………」
「こっちのアクセサリーなんかもどうでしょう」

にこにことしながら、女性はネックレスを見せてくる。
美しく輝くダイヤモンドを眺め、フィアンマは軽く首を傾げた。




(……可愛く着飾ったら、喜んでくれる……かな)

>>1のフィアンマ愛は本当に凄い


今回はここまで。
ちょいちょいネタが尽きつつある…がまだ消化してないのありますねきっと。

乙。いずれはウェディングか

そーいや支部の表紙絵マジ美麗だったな。素晴らしい腕だと伝えてくれ

しかしあんないいもの書いてもらえる人脈があるとかうらやまだわー

乙!!
>>1氏の過去作全部教えてたもれ。


>>671
全部…ええと…諸々あわせて100作以上あるので、まずはSS速報のスレタイ検索で『フィアンマ』と打ってください。
何十件か出てきますが50件位は>>1の作品だと思います。確か。

個人的には フィアンマ「右手が恋人なんだよ」
      オティヌス「おにいちゃん、だいすき」フィアンマ「そうか」
      フィアンマ「俺様というものがありながら…」上条「ふ、不幸だー!」

が気に入ってます。仕上がりというか。











投下。


着替えには基本同性のスタッフが付き添いをするものである。
そんな訳でちょっぴり気まずい気分ながら、トールはネクタイを眺めていた。
幸いだったのは、一緒に選んでくれている男性スタッフが若く、明るいところだ。

「可愛いっすね、彼女」
「見た目は美人系だけどな」

自分よりも男らしいところもあれば、乙女チックなところもある。
何かとギャップが多いと言えば良いのか。

「髪長いな…どうやってまとめますかね」

後ろに流そう、という男の提案に頷いて同意する。
新郎側が髪が長いというのは珍しいらしい。
自分程の長さともなればそうそう居ないか、とトールは思った。

「結構長いのか」
「ああ、この企画ですか? まあ、それなりに。
 これを期にカップルさんにもっと仲良くなってもらうのが目的ですし?」

いやらしい話をすればそれが金に繋がるのだ、と男は笑った。
確かに綺麗に整えられたお互いに見惚れて惚れ直し、結婚する例は決して少なくはないだろう。
なるほど、と納得して、タキシードを選択する。


化粧をするのは本当に久しい。
まだ、ヴェントの記憶を消す前。
ずっとずっと前に、施された記憶がある。
ほとんど玩具にされたようなものだった。

「目を閉じてください」

言われた通りに目を瞑る。
ぽふぽふ、とパフの柔らかい感触があった。
唇をなぞっているのはリップクリームだろう。
下地から丁寧に作ると、化粧は失敗しない。

「ん、」
「はい、出来上がり」

流石はプロ、というべきか。
成果に対し、かかった時間は短かった。
鏡を見てみる。ほとんど変わらないが、血色が良く見えた。
化粧によって印象が柔らかなものとなったようだ。
普段が造形の良すぎる人形なら、そこに血を通わせたようなものだろうか。

笑みを浮かべてみる。

威圧感は減り、代わりにほのぼのとした雰囲気が漂う。

「ドレス準備できましたー」
「今向かいまーす」

スタッフに言われるまま、彼女は着替えていく。


長い金の髪は後ろの低い位置で緩く結び。
前髪などは整髪剤で後ろに流し固め、ネクタイを締める。
薄い灰色のベストに、同色のネクタイだ。
上下は白寄りの、やはり灰色。薄く縦にラインが入っている柄。
あんまりにも真っ白なタキシードは、少し躊躇われた。
こういうのは、新婦側が目立つものだと思うから。

「すげえ格好良いっすよ」
「そりゃどうも」

普段ピッタリとした服を着ている為か、窮屈な感じはない。
しいて言えば、首元がちょっぴりキツいくらいなものだ。
それだって、数時間で慣れてしまうのだろう。

「それじゃ、ご対面といきましょう」

男性スタッフはそう告げて、ドアを開いた。
どうやら自分が先だったようである。
ドアを抜けた先は、教会の内装を模した式場だった。


コツン、カツン。

彼女は、階段をゆっくり下りてくる。
いつもとはまた少し違う硬質な靴音。
白い、踵の少し高い靴を履いた細い脚。
常よりもっと脚が白く見えるのは、ストッキングか何かを身につけているのだろう。
ただでさえ細い腹部を締め付けるビスチェの白いコルセット。
沢山のフリルで膨らませた白いドレスが、彼女の華奢さを強調している。
肩から二の腕半分にかけては、濃い目の白レース地。
レース越しに見て、傷があるとは誰も思わない。
二の腕半分以降は広がった袖が短めに広がる。
そちらは薄手生地なのか、力のなさそうな腕が透けている。

「……、…」

白いヴェール。
やや俯きがちの顔は見えない。

「上げて良いか」
「……好きにしろ」

手を伸ばし、ヴェールを上げる。
長い長いヴェールは、確かマリアヴェールというのだったか。
そんな簡単な知識すら思い出せない程、トールは圧倒されていた。

いつもの冷たそうな印象を与える美しい顔。
化粧を施された顔は、緊張した様子も相まって幼い印象を与えてくる。
似合わないイメージ郡同士。見慣れない、新鮮さ。
可愛い、と素直に思った。綺麗、よりも先に立って。

「……似合って、」
「る。……似合ってる」

別に普段がかわいくないというつもりはない。
ただ、晴れ着を着て、化粧をした彼女は、やっぱり綺麗だった。
可愛らしくも見える。あばたもえくぼと言うが、それとはレベルが違うだろう。

「可愛い。すげえ似合ってる。…うまく褒め言葉が出てこないけどな」

ウートガルザロキに女の口説き方でも習えば良かった、とトールは小さく笑う。
化粧のせいだけではなく、フィアンマの頬は少し赤い。
所在を無くしている手を前に組んでいる。初々しい動作だった。

「じゃあお写真撮りますねー」

スタッフの声に、現実へと引き戻された。
慣れぬカメラの方へ身体を向けて。


使用されるモデル写真の方は顔を使用しないが、記念品にくれた方は一切手を加えていないものだった。
写真の中、ブーケを持たされた花嫁と、彼女の手を握る花婿。
幸せを絵に描いたかのような、美男美女の微笑み。

「……トールが持っていてくれ」

自分が持つのは気恥ずかしいから、とフィアンマは言う。
わかった、と一つ返事で、トールは写真をしまいこんだ。
写真立てもセットでもらったが、生憎定住はしていない。
化粧なども全て落とした彼女はいつも通りだった。
機嫌がとても良い、ということを除けば。

「……お前は、いつにも増して凛々しかったな」
「格好良いとかいうコメントはねえの?」

にやにやと笑ってからかってみる。
彼女はちらりとこちらを見て、それから枕を握った。

「俺様と結婚するのがこんな新郎で良いのか、とは思ったが」
「…なあ、それどっちの意味だよ?」
「自分で考えろ」

吐き捨て、彼女は洗面所へ姿を消す。
顔を赤くしていたので、良い方の意味だと思って良いだろう。
素直じゃないところがたまにキズだ。
そんなところも、嫌いじゃない。


「……人の美醜に拘ったことはなかったが」

しゃがみこむ。
蛇口を捻って、じゃばじゃばと水を出す。
顔を洗って冷やしているのに、なかなか落ち着かない。

有り体に言うと、惚れ直した。

元より見た目で惚れた訳ではない。
そういうことではないのだ。
第三者から見て高評価なのだから、自分にとっては超評価なのだ。
本人に『格好良い』と言うことが憚られる位に。

「……流石に面と向かって…見惚れたとは、」

言えない。

それをするのは恥ずかしい。
びちゃびちゃになった顔をタオルで拭き、深呼吸する。

『可愛い。すげえ似合ってる。…うまく褒め言葉が出てこないけどな』

「………、……う」

やっぱりもう二時間位、洗面所からは出られなさそうだ。



『ぱぱもままもけんかするならおれをまぜろー!』

赤い髪を揺らして、愛娘が足にしがみついてくる。
ただそれだけで、言い争いをしていた自分達がバカバカしく思えた。

『あのなあ、」
『こういうところはトールに似たな』

くすくすくす、と妻が色っぽく笑う。
先程までの怒りやら何やらが消え失せた。
我ながら単純だと思うが、フィアンマと娘が笑っていれば満足だった。

『ぱぱはままのことすき?』

小さな体。
これから成長する度に、きっとフィアンマに似ていくだろう。
性格はどうやら自分に似てしまったようで、随分おてんばだ。

『ああ、勿論。愛してる』

娘越しの告白が嬉しかったのか、フィアンマは満足そうな笑みを浮かべている。
俺の返答を受けた娘は、満足げにはにかんで相槌を打った。


打っているはずだった。



『ああ、勿論。……どんなことがあっても愛してた』
  


フィアンマが洗面所から戻って来た。
随分長かったな、と声をかける。
胃もたれをしていたんだ、という適当な返答。

「ケーキ半ホールぺろっといく奴が胃もたれって冗談だろ」
「昔の話だ」
「確かに食べる量も随分減ったな」
「………」
「……ダイエットしてんのか?」
「……別にそういう訳では」
「…無理すんなよ」

食べたところで思った場所につかないから、ごにょごにょ。

そんな言葉が聞こえた気がした。
別に彼女がまな板だろうと硝子板だろうが好きなものは好きである。

「…そういや、これは民間療法…? みてえな話だが」
「ん?」
「揉むとデカくなるらしいな」
「…………」
「そういや、『ごっこ』当時は俺に抱かれてもいいとか言って」
「ない」
「言って」
「ない」
「言って」
「にゃ、…い」

舌を噛んだらしく、舌打ちをされた。

「んん。…シ、たいのか」
「俺は言ったはずだぜ。"ごっこの内はしねえ"。
 んでもって、"ごっこはもうやめだ"、この両方をな」

視線がこっちに向いた。
腕を組んで少し威圧的にしてみる。

「………俺様を抱いても、きっと楽しくない」

言いながら、彼女はトールに背を向けた。
どうしても嫌だというのなら、トールとて無理強いするつもりはなく。

彼女はペンを取り出し、きゅきゅ、とメモを書く。
ずい、と後ろ手に差し出され、トールは素直に受け取って読んだ。





『先にシャワーを浴びてこい』


今回はここまで。

>>666
恐れ入ります。もっとフィアンマスレ増えないかな…

>>669
表紙絵描いていただいた方照れつつ喜んでました。


ウーシギの結婚は…某SSならありえそうだな… 
前の酉って◇H0UG3c6kjAじゃなかったっけ?
多分赤文字が怖かったやつは…上条さんがフィアンマさんに一目惚れするやつか、魔神オーディンがフィアンマちゃん拷問するやつだと思います。

※このSSにはエログロ表現があります※










投下。



じゃばじゃば。

排水口に流れていくお湯を見下ろしつつ。
自分が入浴している内に逃げるか、逃げ口上を画策する算段か、とトールは考えた。
彼女のことなので、自分の得意分野であるギャンブルに持ち込むかもしれない。

「…まあ何でもいいけどさあ」

たまにはひねくれないで素直に身を任せてくれても良いと思う。
本当に嫌なら断ってくれてもまったく問題はない。
色々とあった結果、自分の愛情は情欲と別離しているから。
彼女を抱かなくたって、愛情に変化はないと確信している。
肉体如何で好きになったのなら、二万年以上かけて取り戻そうとはしない。

「ふー」

熱い。
のぼせる程入ると疲れるので、早々に出てしまうことにした。
仮に部屋に居なくても、書置き位はあるだろう。


……と思っていたトールの視界に入ってきたのは、シーツお化けだった。

具体的に言うと、ワイシャツ一枚でシーツに潜っているフィアンマである。
別に逃げる為に時間稼ぎをしていた訳ではないようだった。

「……終わったのか。早かったな」

じゃあ、と交代に彼女は風呂場へ行こうとする。
所在なさげにワイシャツの袖を握る指。

こみ上げるものがあった。

それも、割と褒められない類の衝動が。

「お前は一度入っただろ」
「ッ、」

彼女は一度、化粧を完璧に落とすために入浴している。
そして、今の今に至るまで運動などをした訳ではない。
そう指摘して手首を掴むと、フィアンマの体が硬直した。

ぐい、と引っ張り込む。

ベッドに連れ戻した上で、のしかかった。
いつになく動揺しながら、彼女は自分を見上げてくる。
その一挙手一投足が征服欲を煽るということを、きっと知らないだろう。


甘い匂いがする。

ボディソープの匂いか、シャンプーか。
はたまた彼女自身の匂いなのかはわからない。
ただ、こうして密着していて心地良いということは確かで。

「とー、る」

たどたどしく名前を呼ばれる。
緊張しているのか、少し震えていた。

「…ん、何だよ」
「……流石に電気は、消してくれるだろう?」

つい、と指先が指し示す照明。
そういえばそうか、と頷いて指先を動かす。
磁力で持ち上げた家具の端を軽く当て、スイッチを切った。
薄暗い部屋で、ワイシャツ一枚の彼女はひどく扇情的に思える。

「それ、誘うために着たのかよ?」

自分が入浴する前には普段着だったはずだ、と指摘した。
気まずそうな表情でシーツを握り、顔を逸らし。

「……何かの情報雑誌で見たことがあったと思って、だな」


唇を寄せて、首筋に噛み付く。
痛い、と文句が聞こえた気がしたが、特にやめはしない。
舌を這わせる。匂いとは違って、甘い味はしない。
毎日ケーキを食べていればケーキのようになるのかと、少し期待したのだが。

「脱がすぞ」
「…宣言しなくて良い」

いつもよりずっと口数が少ない。
手を伸ばし、一つずつ、ボタンを外していく。
ワイシャツの色と遜色ない白い肌は、少し青くさえ思える。
こんなに頼りない体で、彼女は世界を守ってきて、救うことに失敗した。
辛いことにも苦しいことにも、ずっと耐えてきた。

「……この体で俺と戦ってたとは思えねえな」
「正確にはもう少し整えていたがね」
「根幹の部分では大して変わんねえだろ」

一発殴られたら、吹っ飛んでしまいそうだ。
簡単に手折れてしまいそう、な。

「本当に、醜いとは思わんのか」
「あん? 何が」

無言のまま、彼女が顎を動かす。
示された先、細い肩と、腕の接続部。

醜い、歪な、傷。

引きつったような、皮膚。


「思わねえな」
「……、」
「そもそもその腕は俺が拾って、ずっと保ってたモンだ。
 腐ってなくて良かった、っていう感想は当たり前にあるけどよ」

それだけだ、とトールは言い切った。
見た目の美醜はどうでもいい。
ただ、彼女が彼女であればそれで良いのだ。

「本当に好きなヤツなら、怪我しようが何だろうが好きだろ」

お前は違うのか、とトールは言った。
わかっていて、尚言った。

ふる、と彼女は首を横に振る。
彼女は、トールが自分のせいで怪我をした、と泣いた。
こんな風に傷つくなら、好きにならなければ良かった、と。
そんな彼女を愛しているのに、傷が何だというのか。
綺麗なだけのものを愛でたいのならば、美術館にでも行けば良い。

「フィアンマ、」

本当の名前は、知らない。
自分が、本当の名前を忘れてしまったように。


重ねた唇は甘い味がした。
キャラメルのような、それでいて溶けぬ柔らかな。

「ん、っん、」
「ふ、ぁ、」

きゅ、とズボンの端を握られる。
布を隔てない上半身同士が、触れ合う。
ふに、と微妙に柔らかな感触。
フィアンマの顔の横に手をついて、気が済むまで口付ける。
息が苦しいのか、力なくズボンを引っ張られる。
口を離し、小声で謝って、もう一度キスをする。
理性で常は崩れることのない表情が、ぼんやりと蕩けていた。
物欲しげに思える瞳が、こちらを見上げた。

「さ、わ…ぁ、」
「…、言われるまでもねえ」

戸惑いがちな強請りの言葉を人差し指で制し、爪で軽く小さい突起を引っ掻く。
少し大袈裟な程、びく、と体が跳ねた。
感度が良いのか、と思う。俗説では、大きさと感度は反比例するらしいが。
微かに聞こえる程度に、喘ぎ声は抑えられている。
恥ずかしいのか、はたまた声をあげるほどには気持ちよくないのか。
もう一つの可能性としては、快感に慣れていないというものだが。


最後の可能性が高いかもしれない、とトールは思う。
自然と笑みが浮かぶ程、可愛らしく思えた。
何も知らない子供のよう、で。

「体勢、キツかったら言えよ」
「ん」

身体を離し、彼女の脚を開く。
身体が硬いタイプではなかったようだ。
痛みではなく、いたたまれなさから視線を逸らしている。

「…、」

口をつけることに抵抗はなかった。
自分の行動に彼女が翻弄されるというのは、なかなか気分が良い。

「は、」
「ん、っっぅ、ぁ、」

手が、力なく頭を押してくる。
陰核に舌先が触れる度、彼女は泣きそうな声を漏らした。
興奮と自制心のせめぎ合いで、後者が勝利する。

「トール、」
「……終わり」
「おわ、…?」
「今日はな」

緊張と痛みに似た慣れない感覚に今にもしゃくりあげそうになりながら、彼女は首を傾げる。
本音を言えば最後までいきたかったが、そこまでしなくても満足した部分はある。
何より、彼女の涙を見てしまうと出るものも出ない。
適当にトイレで処理してしまうか、と思いつつ立ち上がろうとしたトールの手首を掴み。

「………俺様もする」


行為についての知識は、出身地のエロ本図書館で学んだらしい。
ただし、スキルと知識は比例するもではなく。

ぴちゃぴちゃ。

子猫がミルクでも飲むような音だ。
ぎこちない手つきで扱きながら、彼女は硬く屹立した肉の棒を舐める。
先端を舐め、おずおずと根元に移行し、精一杯握りながら上下に動かす。

「……、…っ」
「……世辞にも褒められん手管で申し訳ない」
「…上手だとそれはそれで萎えるし、いいっての」

謝られることが申し訳ない。

かといって彼女の手を振り払ってトイレに行くというのもデリカシーがない。

「ん、」

ロールケーキでも咥えるかのように、彼女は口を開けて呑み込んだ。
コツコツと当たる喉奥の感触と、追い立てるような根元を扱かれる刺激。

「っぐ、」

ぶる、と身体が震える。
否応なしに、我慢するまでもなく精を吐きだした。
口を離した彼女の口元に、頬に、びちゃりとかかる。

「………、…」
「、……ふ、…………悪い」

急速に落ち着きを取り戻す思考に導かれるまま、謝罪する。
彼女は指先で白濁を掬い、いたずらに一度ちろりと舐めて。

「………不味いな」
「そりゃそうだろ」

暫くの沈黙の後。
二人揃って、仲良く入浴することにしたのだった。


今回はここまで。
S/Sまと/め速/報さんなんかに載ってるっぽいです、酉で検索かけてみてください。
トールくんとフィアンマちゃんがまだやってないことについて模索中。

乙。次回エロか

やってないこと…ドライブとか一緒にゲームとかか?

乙!!!

フィアンマがメインのSSは全部>>1のだと思ってる
>>1のフィアンマ愛は神上や


関係ないけど遊馬vs96を見ると遊馬とフィアンマさんを合わせて見たいなと思ったりする
フィアンマのモンスター「第三の腕」はどんな効果になるだろうか……


>>706-707
それだ!

>>708
恐れ入ります…でも誰か他の人もフィアンマスレ書いてくれないかな…

>>709
『第三の腕』 特殊効果:ダイレクトアタックで相手はたおれる!













投下。


時に、トールは寝相の悪い少年である。
流石にベッドから落ちたりはしないものの。

「……ん」

夢とリンクしているのか、何かを抱きしめたがるクセがある。
寂しそうな声を漏らし、彼は腕を伸ばした。
いまいち寝付けていなかったフィアンマは、致し方なく抱きしめられ。

「………」
「う……」

どんな夢を見ているのだろう。

フィアンマは想像しつつ、首を傾げる。
表情が不快のそれなので、きっと悪夢だろう。
起こしてやるのが優しさなのか、判別がつかない。

「……フィア、ンマ」

抱きしめる力が強まる。
自分が死ぬ夢でも見ているのだろうか。
何処かへ消えてしまうのではと、今も不安なのか。

「それなら、俺様のせいだな」

申し訳ない、という気持ち。
嬉しい、という想い。

その両方を抱く自分を蔑みながら、彼の頬へ口付ける。
小さく身じろぐその姿が、愛おしい。


「……っ、」

数時間後。
フィアンマは未だ眠れず、毛布の中でもぞついていた。
一言で言うと、トイレに行きたいのだった。
しかし、トールの腕の力は存外に強い。
霊装の力を借りずとも、彼の筋力は同年代より遥かに高い。
彼女と手を繋ぐ時等、普段はきちんとセーブする。
が、眠っている間―――無意識まではそうもいかない。

「トール、」

しかも、眠りが深い。
揺さぶってみるも、軽く暴れてみても、まったく起きない。
生憎フィアンマはアイドルの類ではないし、我慢にも限界がある。
食欲や性欲、多少の睡眠欲ならばまだしも、排泄には我慢の限界値が存在するのだ。

「は、ぁ、」

ぶるり、と体が震えた。
流石にこの年齢で、脚が折れた訳でもないのに粗相はしたくない。

「………」

枕を引っ張り、毛布を巻きつける。
それをトールに抱かせる形で、するりと抜けた。
ぎゅう、と毛布と枕を抱きしめ、トールは不服そうに唸る。

「…獣か何かか」

ツッコミを入れつつ、フィアンマは目的を果たすことにしたのだった。


彼よりも遅く寝たはずだが、彼よりも早く目が覚めた。
ついでなので朝食でも用意しよう、とフィアンマは夜中と同じ方法で抜け出す。
キッチンはあるのだが、作る気力が何となく湧かない。

「……」

練乳をパンに塗ろう、と頷いて、席につく。
押し寄せる眠気に、だらしなく机へ上体を倒した。
テーブルに顎をついたまま腕を伸ばし、練乳を手にする。
キャップを外し、袋から取り出したスライス済みのバゲットへ塗りつけた。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、自然と気分が良くなる。
単に好きなものを嗅いでいるからであり、人によっては気分が悪くなるであろうことは理解している。

「…ぁ」

口を開け、かぶりつこうとする。
どうせ誰も見ていないのだ、一口ずつちぎって上品に食べる必要もあるまい。
そう思っていたフィアンマの手に持たれたパンに、誰かがぱくついた。
誰か、といってもいつの間にか部屋に居た侵入者などではなく。

「ん…甘いな。練乳か? コレ」
「…先程まで眠っていたのではなかったか」
「起きた」

さっき、と付け加え、もう一口。
行儀が悪い、と自分のことは棚に上げて制し、フィアンマも食べる。


世の中の恋人同士はあだ名なんてものをつけあっているらしい。
ファーストネームの頭文字を伸ばして呼んでみたり、そんな感じで。

「…っていってもな」

提案しておきながら、トールは肩を竦め。

「俺たちの場合、それぞれが通称だしな」

そして、お互いに本名は忘れてしまった。
ベッドでごろごろとしているフィアンマの髪をいじりつつ。

「付けるとしたら…フィーちゃんってところかね」
「その理屈でいくとお前の相性はトーちゃんになるが」
「やめろ」
「………」

ふふ、と少しツボに入ったフィアンマは、くすくすと笑い続けている。
何が悲しくて同い年の少女(恋人)から父ちゃん呼ばわりされねばならないのか。

「まあ、別読みならばそれはそれで愉快かもしれんな。
 わざわざそれをする必要性が特に感じられないがね」
「倦怠期ってヤツがきたら改めてやってみても良いんじゃねえの?」
「来ると思うのか?」
「どうだかな。多分ないだろ」

お前と居ると忙しくて飽きない、とぼやき。
トールはフィアンマの隣に寝っころがり、天井を見上げた。

「出かけるか」
「何処に?」


そうしてやってきたのはレンタルビデオ店であった。
ボロボロのDVDを無料同然で貸し出すため、珍しく会員制の店ではない。
誰でも気軽に借りられて、ポストに投げ込んで返すだけ。
いかにも趣味経営ですといった風の暇そうな店主を横目に、ラインナップを眺めた。
流石に新作は置いておらず、時期的には昨年から昔のものまでが置いてある。

「何か興味あるか? スプラッタとホラーはなしで」
「じゅじゅおん」
「おい」
「り・いんぐ」
「話聞けよ!」
「大きな声を出すな。痴話喧嘩かと思われるだろう」
「昔はともかく今日に限っては真実だろうが」
「……なら、感動系でも見るか?」

これとか、とフィアンマは適当な仕草で指を差す。
本気のほの字も見えない選び方だ。
指差した先は、感動モノと分類されそうな恋愛映画。

「とりあえずこれと…もう一本位借りようぜ」

トールも別に映画ファンやこだわりがある訳でもなく。
適当に彼女が指差したもの一本と、もう一つを探す。

「バトルものはどうだ」
「現実のバトルの方が面白えから却下」
「文句ばかりだな」
「お前だって深く考えて言ってる訳じゃないだろ? 
 ん、これ…にするか」

潜入捜査系のアクション映画だ。
ちょっと古びた感じのパッケージが名作の雰囲気を出している。


そんなこんなで、借りる作品は二つに決まった。
ホテルへ戻り、備え付けのDVDプレイヤーへ押し込む。
慎重にリモコンを操作し、まずはアクション映画鑑賞から。
部屋の電気を消してソファーに腰掛けると、それなりに臨場感が出る。

「血がドバドバ出ないやつだと良いが」
「どうだろうな」

主人公はそれなりに怪我するのでは、と思った矢先。
画面の中の男が倒れ、地面に広がる脳漿。

「………」
「………」

アクションとは名ばかりのサイコホラー、と分類すれば良いのだろうか。
珍しく意見が完全合致した二人は、急いでテレビを消す。
しばしの沈黙の後、恋愛映画の方へ手を伸ばすことにした。
世の中には誇大広告や詐欺というものがありふれている。
が、少なくともこちらの恋愛ものは問題ないだろう。

あらすじは、シンプル。

不治の病で短い寿命が定められた少女と。
ずっと喧嘩ばかりしてきた少年が、ひょんなことからひとつ屋根の下で暮らす。
やがて少年は少女の吐血や、様子のおかしさに気がつき一緒に病院へ。
だが治療法はなく、彼女は助からないと聞かされ、少年は彼女の夢を叶えるために奮闘する。


……などという実にありがちなストーリーである。


今回はここまで。
終盤近くなるまでこんな感じでほのぼのいく予定です。
次回は映画鑑賞会。



ふたりがしあわせならなんだっていいです。あとにひゃくれすくらいは。














投下。


『夢があった』
『あん? 夢?』
『一度でいいから、好きな相手と一緒に結婚式を挙げてみたかった』
『何で過去形なんだよ』
『だって、私もう死んじゃうもん。誰が一緒に結婚式なんてしてくれるの?』

少年に背中を向けて、少女は静かにそう言った。
自分なんかと結婚式をしたら、一生心に遺る。
それはきっと、怖いことだ。嬉しいと思うのも、きっと悪いこと。
自分は死ねばそれで終わりだが、付き合ってくれた方はどうだろう。
恐らく、悲しい思いをする。やはり、トラウマになる。
それら全てを想像した上で、それでも少年は言った。

『俺がする』
『……無理しなくても、』
『俺がそうしてえんだよ』

だからいいだろ、と彼は言った。
楽しげに笑って見せて、彼女の頭を撫でた。
顔を歪めて、思う存分泣きながら、少女は彼の胸元に頬を寄せる。


『ね、』
『…何だよ?』
『私、うまれかわったら、また…くんと、あいたいな』
『……』
『それでね、今度はびょうきじゃないおんなのこで、』
『……』
『……、…くんは、…喧嘩もうすこし、ひかえてくれて……』

呼吸器が曇って、彼女の呼吸が滞る。
げほげほ、と噎せながら、少女は最期まで笑みを浮かべていた。

結婚式、幸せだった。
本当の結婚なんかじゃなくても。
あなたと出会えて幸福だった。
こんな人生にも、確かに意味があったんだ。

『そしたら、今度はけっこん、してね。
 ……、…くん、の…あかちゃん、うむの…それでね、』

夢を語る薄い唇が、徐々に動かなくなっていく。
彼女の前ではせめて泣くまい、と少年は笑みを返してみせた。
これが最期だとしても、彼女の前では格好良くありたかった。

『女の子だったらさ、お前に似そうだよな。
 すげえ可愛いだろうな。……ほんと、に、』

細い手を握りしめて、少年は唇を噛み締める。
喧嘩ならもう自分の知る誰にも負けないのに、その力では彼女を助けられなかった。
最期まで夢を語り合い、彼女は静かに、そっと、息を引き取った。








『俺、頑張るから。お前と過ごした記憶全部、絶対に忘れないで生きていくから』


ありがちな話だった。
いかにも感動させようという監督の魂胆が透けて見えるくらいに。
にも関わらず、二人はというと泣いているのだった。
しかも噎せ込む程。割とガチ泣きというやつである。

「っ……」
「ぐすっ……」

ぼろぼろと流れてくる涙を指先で拭い、フィアンマは膝を抱える。
元より、右席メンバーに忘れられたり、上条に忘れられたりと、彼女には記憶に関する軽トラウマがある。
トールはというと、必死に未来を語りながら死にゆくヒロインに、隣で泣く恋人を重ねていた。
こういった恋愛ものは、各々の自己投影が多くなされるものだ。
二人も例に漏れず、ということ。ただそれだけなのだが、考えている内容が重い。

「………」

先に泣き止んだのはフィアンマだった。
よろよろと手を伸ばし、ティッシュを手にする。
何枚も使って顔を拭き、箱はトールに寄越した。
彼も同じように顔を拭き、ぐじゅぐじゅに濡れた目元を拭く。

「泣いたの久々だな…っげほ」
「水でも飲むか?」

深呼吸をして自分を落ち着かせ、彼女は立ち上がる。
欲しい、という回答をしたトールのために、コップへ水を注いだ。
ミネラルウォーターで満たされたコップ。

「…ふー」

冷たい水を飲むと、急激に思考も落ち着いてくる。

「…ま、なかなかいい話だったな」
「定番と言えば凡庸に過ぎないものだったがね」

肩を竦め、取り出したDVDを専用袋の中へ。
後は、ポストへと投げ込んで返却するだけ。




臨時収入があると、人は浮かれるものである。
それでもって、要らないものなんかを買ってしまいやすい生き物だ。

そんな訳で。

「見ろよこれを」
「……ゲーム、かな?」

かつてゲームセンターで見たものとは違い、家庭用だ。
先日、私兵として働いたトールの得た収入で購入されたものである。
ゲームソフトもセットで購入してきたらしい。

「ちょいと捻ったルールのパズルだよ。これならそんなにすぐは飽きねえだろ?」
「そうだな」

同意して、電源を点けてみる。
充電ケーブルをコンセントに差し、ゲーム機へと繋ぐ。
落ちものパズル且つブロックパズルという不思議な構成のパズルのようだ。
画面を半分ずつ、ボタンを半分ずつ担当することで対戦も出来るらしい。

「ちょっとやってみるか」
「ああ。……難しいな」

カチカチとボタンを押す。
段々と、攻略法はつかめてきた。


「あ、テメェ!」
「温存しているのも勿体無いだろう?」

妨害アイテムを使用しつつ、フィアンマはくすくすと笑った。
慌ててボタンをカチカチと押しながら、トールは妨害を耐え忍ぶ。
連鎖して消えゆくブロックが多い程、彼の焦りは高まった。

「よし、」
「………んん」

見事に反撃され、フィアンマは僅かに眉を寄せる。
圧倒的な勝負というのは、馬鹿馬鹿しくてもやっぱり楽しい。
反撃されるというのは、わかっていてもやっぱり不愉快。

「……こうか」

待機させていたブロックを消し、積み上げ、回転させる。
長い長い膠着状態のその後に、『電池切れ』という結果で勝敗がついた。





フィアンマが風邪を引いた。
寒暖の差が連日激しかったためだろう。
彼女はあくまでも『力』以外は普通の少女で。
オティヌスを止めるために戦ったあの時以来、その『普通』度は増している。
なので、ちょっとした熱でダウンしてしまっても仕方のないことであった。
ましてや、今は戦う必要もないのだ。追われてはいるが、敵は遠い。

「何か欲しい物とかあるか?」
「んー……」

以前は、風邪ではなく疲労熱を起こして彼女は倒れた。
その時と同じように、トールは看病しようとする。
彼女は、何もしない。紅茶を淹れたりなんて、絶対に。
ちょっとした行動で、彼を不安にさせるような真似はしない。

『あ、した……俺様が、お前の隣にいたら、』
『キス、してくれないか』

『親愛なる雷神様―――』

「………」
「あいす、くりーむ。……りんごのやつ」

あまいやつ、と彼女は付け加える。
言い方がおざなりで幼いのは、眠気と発熱のせいである。
幸いにして、材料は全て冷蔵庫に納まっていた。

「…作ってやるから少し待ってろ。起き上がるなよ」

『鉄の籠手』を外し、キッチンに立つ。
ごそごそと何か聞こえるが、恐らく文明の利器、ひえひえぴたっと辺りを漁っているのだろう。

「まずは林檎すり下ろす所からか……」

手間がかかるな、とトールは首をコキコキと鳴らし。
彼女の為だと思うとそんなに悪くもないな、と思った。


今回はここまで。
なかなかスムーズに書けない時期。

フィアンマ「これがあの男が命を懸けて救った世界、か」

↑これは>>1の作品じゃないと思われ……ちなみに落ちてしまって俺は相当ショックを受けた


トール「日本はイタリア同様に地方でだいぶ食い物に差があるみたいだな」

フィアンマ「ああ、北イタリアと南イタリアの違いか」

トール「日本の場合はカンサイとカントー」

フィアンマ「ほう。それで?」

トール「カントー版サクラモチとカンサイ版サクラモチ買ってきた。食うだろ?」

フィアンマ「!」ぱあっ

トール(分かりやすいな)

フィアンマ「丸いものとクレープ状のものか」

トール「ん」もぐ

フィアンマ「……」あむ

トール「塩辛いな。中身は甘い」むぐむぐ

フィアンマ「ワビサビというヤツではないのか。美味いな」

トール「どっちが好みだ? 俺はクレープっぽい方」

フィアンマ「俺様は丸い方だな」もぐもぐ

トール「和菓子、食えるようになって良かったな」

フィアンマ「そうだな」もにもに


クレープというか、薄い生地で餡子を巻いたものですね。


>>731
涙があふれる程同意
















投下。


丁寧に丁寧に林檎の皮を剥く。
魔術師は何かと手先の器用さを求められる。
トールはパワータイプだが、霊装を用意するにあたってそれなりに器用な感覚を持っている。
なので、リンゴを剥くにあたって指を切るなどという初歩的なミスを犯すこともなく。

「くぁ……ふ、」

芯を取り除き、擦り下ろす。
水気をしっかりと切り、その果汁は漉して冷蔵庫へ。
コップへ移せば天然林檎果汁百パーセントジュースとして飲める。

「ボウル……ここか」

しゃがみこみ、シンク下の場所からボウルを取り出す。
冷蔵庫からヨーグルトを取り出し、林檎と同様に水を切った。
ボウルを軽く水で洗い、砂糖とヨーグルト、生クリームを投入。
しゃかしゃかと泡立て器でかき混ぜる。目安としては七分立てだ。

「んで、林檎……」

水気を切っておいた林檎を投入し、丁寧に混ぜた。
片手間に容器を用意し、零さないように注げば、後は冷凍庫で凍らせるだけ。


「凍るまで待機。具合はどうだ?」
「……喉が痛い」

少しだけだが、とぼんやりした表情で返し、手を伸ばしてくる。
喉が渇いた、といった様子が見て取れる。

「スポーツドリンクと水、どっちがいい?」
「前者だ」

そちらの方が喉に痛くない、と付け加え。
彼女の要望に応え、トールは冷蔵庫から出してきたドリンクをコップへ注ぐ。
ストローつきのコップなので、横になったままでも飲みやすい。

「ん、」

ストローを吸う彼女の姿は、やや幼く見える。
彼女としては『みっともない』の範疇なのかもしれないが。
トールにとっては、自分しか知らない弱味のようで、ただ愛おしい。

「……アイス」
「だからまだ出来てねえって」


三時間後。
出来上がったアイスを食べる彼女は、随分と上機嫌だった。
それも当然、少し眠って熱が下がったからである。

「甘すぎなくて良いな」
「買うヤツは濃厚過ぎるとかあるしな」
「美味しい」
「そりゃどうも」

ちなみに彼女のほめ方は五段階程である。
『まあまあ』→『悪くない』→『評価に値する』→『美味だな』→『美味しい』の五段階。
今回の手作りアイスは、要するに特にお気に召したようだった。
自分の好きな相手が自分の為に作ってくれた、という感情面での評価も関係があるだろうが。
それにしたって、自分が一生懸命作ったものを褒められて嫌になる人間はそうそう居ない。
彼女と同じく機嫌の良い笑みを浮かべて、トールはひえひえ以下略に手を伸ばす。
彼女の額に既に貼られているものを剥がし。
新品の方はぺりぺり、と透明なセロハンをはがしてから、そっと貼った。

「ひ、ぇぅ」

条件反射で身体をビクつかせ、彼女はぎゅっと目を瞑った。
赤い前髪で隠されつつもやっぱり見えるひえひえ以下略は、ちょっと間抜けで。
すごく可愛い。病人萌えといってしまうと不謹慎になるが。

「もっかい寝ろよ。良くなるだろ」
「……その前に服を換えたいのだがね」
「そういやそうか」

用意するから待ってろ、と彼はあくせく働く。


服を着替えるにしても、汗を拭かなければならない。
フィアンマはぶんぶんと首を横に振ったが、トールは見て見ぬフリをして。
洗面器に溜めたぬるま湯にタオルを浸し、彼は黙々と絞った。

「……自分で、」
「洗面器ひっくり返したら一大事だろ」

ああ言えばこういう。

彼女を理解しているからこそ、つらつらと言い返せるのだ。
そもそも、本当に嫌なら突き飛ばせば良いだけの話である。
トールはフィアンマに手を挙げないが、逆ならば絶対に有り得ないというものでもない。

「……ん、」

濡れタオルで身体を拭かれるのは気持ちが良い。
ただ、それを素直に声に漏らすのは少し恥ずかしい。
ふる、と小さく身体を震わせ、フィアンマはトールの髪をいじった。


「綺麗な髪だ」
「前もそんなような事いってなかったか?」
「一度褒めたら同じことを褒めてはならないというルールはないだろう」

綺麗なものは綺麗だよ、と彼女は愛おしそうに言う。
何となく恥ずかしい気分になって、トールは口ごもった。

「別に気を遣ってるとかじゃねえけどな」
「切らないでくれ」

お願い、と彼女はイタズラっぽく、すがるように言った。
わかった、と答えて、彼は作業を終える。
彼の髪から手を離し、彼女はいそいそとパジャマを着込んだ。

「…っくしゅ、」
「おやすみ」

言いながら、彼は毛布をかけた。
もこもこと包まり、彼女は目を閉じる。

「……勿論、一番好きなのはトール自身だよ」
「……早く熱下げろよ」

それだけ言うのが精一杯で、彼は彼女に背を向ける。
薄く薄く笑みを浮かべて、彼女は幸せな夢の世界へ駆け下りていく。


一日貸切プライベートビーチ。

とってもリッチな響きの場所。
その更衣室に、トールとフィアンマはそれぞれ立っていた。
例のごとく、彼女が使用チケットをくじ引きで当てたのだ。
世界で一番幸運な彼女の場合、何があってもおかしくない。

「…どんな水着買ったんだろ、アイツ」

風邪の快気祝いも兼ねて遊びに来た訳だが、トールは彼女の水着を知らない。
先日、ショッピングモールで別行動購入したからだ。

(露出度高くないと良いが、…いやでも俺しかいねえしな)

どうせ自分にしか見せないなら、思いっきり露出度が高くても良いかもしれない。
そんなことを考えながら、トールは咄嗟に自分の表情の緩みを抑え込む。
流石にニヤニヤしながら彼女の前に出る訳にはいかない。みっともない。


もう少し地味なものにすれば良かったかもしれない。

服を脱いで水着に着替えながら、フィアンマはひっそりと後悔していた。
つい、つい店員の口車に乗せられてしまったのだ。

胸元に蝶。
腰、サイドに太めのリボン。
肩に細めのリボン。

色は赤い生地に白い装飾。

「………」

鏡を見てみる。
やっぱり恥ずかしいかもしれない。

「……、」

やっぱやめた、という訳にはいかない。
何しろ予備はないし、普通の服では入れない。

「……」

どうせトールしか見ないのだ。
そう割り切って、彼女は背中でリボンを固結びした。


そこそこ派手な、赤いフリルビキニ。
白の装飾リボンが眩しい。
肩にリボンがあるので、傷痕が目立たない。
それを見込んで購入したのかもしれない。
出会った頃よりずっと伸びた髪は、一つに結ばれている。

「………似合う、か」
「勿論」

笑って、髪を撫でる。
あくまでも崩してしまわないように。
気まずそうにもじついていた彼女が、嬉しそうにはにかむ。

本当に。

本当に彼女が好きだな、とトールは改めて実感する。
何気ないことの一瞬一瞬で、こんなにも楽しくて幸せな気持ちになる。
巡ってきた地獄の分を超えて尚、彼女と一緒に居て、この気持ちを味わっていたい。
たとえどんなことがあっても、彼女には笑っていて欲しい。




―――たとえ、どれだけ底抜けに世界が滅茶苦茶になっていったとしても、彼女に傍にいて欲しい。


「入るか」
「そうだな」





……彼女の微笑む此処が、自分の帰る場所だと、そう思う。


今回はここまで。

あのスレ落ちちゃってアンタ泣いたんかい
>>1の涙の理由を変えるには誰かがフィアンマスレを立てるしか…(無力感)


一応ハッピーエンドの予定ではあるのですが…。

>>749
―――>>1は、救われない。















投下。


プライベートビーチの帰り道。
水着をしまった鞄をそのままに、二人はジェラート店へとやってきた。
普通の食べ物を口に出来るとはいえ、彼女にとってやはり親しみがあるのは甘いもので。
もっとも、一番の理由は『運動をしたから』なのだが。
水分の少ないジェラートは濃厚な味わいで、フルーツ系のものもとても美味しい。

「どれにすっかな」
「んー」

レモン系とベリー系の間で視線をうろうろさせ、フィアンマは頭を悩ませる。
トールはそんな彼女の様子をのんびり眺めつつ。

「俺がクランベリーにするから、お前はレモンにしろよ」
「……気を遣う必要はない」
「レモン味は食ったことねえからな、俺」

彼女に気負わせぬよう、適当な嘘をつく。
その嘘を見抜きつつも、彼女は追及することなく。

「…なら、半分残った時点で交換としよう」
「そこは"あーん"じゃねえのかよ」


「綺麗な星だな」
「ん、」

ホテルまでの、なかなかに長い帰り道。
見上げた夜空には、いくつもの星が浮かんでいる。
今日はよく晴れている。明日もきっと晴れるのだろう。

「フィアンマは星が好きだよな」
「色々と逸話があるからな。利用がしやすい」
「そういうことかよ」
「……願えば叶うというものもある」

七夕とか、と彼女はぽつりとこぼした。
確か、中国で誕生した逸話であったように思う。
恋人同士の逢瀬に便乗して、願いを叶えてもらうお祭り。

「何ひとつ叶わなかったが」

トールと出会う前、まだ幼かった頃。
自分の持つ力がなくなりますようにと、祈った。
自分に微笑みかけてくれる人たちと、幸せになれるようにと。


「ま、神様なんてそんなもんだよな」

『雷神』を冠する彼はそう吐き捨て、ため息を吐き出す。
彼にも、祈った記憶があるのだろう。

「結局のところ、自分で何とかするしかねえよ。
 目の前に積み重なる無理難題だとしてもな」
「Heaven helps those who help themselves.」
「そういうことだ」

そして、ここまで来た。
手が届く場所をいつしか踏みつけて、高みへ辿りついた。
努力の賜物が、今のトールの全て。
人生にしろ、武器にしろ、強さにしろ、……愛する人にしろ。

「……と、いつまでも外じゃ風邪引いちまう」
「先日はすまなかったな」
「気にすんなよ。お前だって俺の看病するんだし」

お互い様だ、と告げて。
彼は彼女の手を引き、少し前を歩く。


本を開く。
近頃は寝る前に一冊読むのが習慣になりつつある。
欠伸を噛み殺し、トールは文字を視線でなぞった。
神話を元にした恋愛小説だ。
なかなか文学的な表現が多く、読んでいて目に楽しい。
こういった何でもないものから術式のヒントを得ることもある。
勉強はしておいて損はない。人生という観点で見れば。

「……」

もそ。

少し肌寒いのか、フィアンマはトールのストールを引っ張った。
しゅるしゅると解き、さながら恋人マフラーのように自分の身体を包んだ。
彼女の身体が細めとはいえ、ストールはそんなに大きくない。
若干の身狭さに眉根を寄せ、トールはフィアンマを見やった。

「…そのまま寝るなよ」
「んー……」

聞いているのか、いないのか。

生返事をしながら、彼女はうつらうつらとしている。

「………」

妥協して、本を読み直す。
今は読書の方が大切だ。それに、密着することが不愉快という訳ではないのだから。


彼女なりの甘え方なのだろうか。
本を読み終えて横を見たトール。
しかし、フィアンマに目を覚ます様子は見られなかった。

「……また風邪引くだろ」

毛布を引っ張り、彼女の体にかける。
あまり揺らすと起こしてしまうので、それ以上は触れないでおいた。
部屋の電気を消し、手を伸ばす。
座ったまま寝るとなると、明日どこかが痛むことは免れない。
けれど、今は明日のことより、今この瞬間を優先しよう。

「……おやすみ」
「……ん…」

トールの肩に頭を乗せたまま、彼女は僅かに身じろいだ。

「……動き辛え」

呟きながら、トールも目を閉じる。
愛とは、どこまで譲歩出来るかである。


今回はここまで。
900レス付近でシギンさん出します。


本人出してないけど通話に出ます。
次スレいきたい(震え声)




















投下。


「お帰り」
「ただいま。……って何だこりゃ」

トールが帰ってきて最初に目にしたものは、ハンバーグのようなものだった。
ただし、何やら輝きが違う気がする。

「ハンバーグ型プリンだよ」
「……プリン?」

確かにカラメルのような匂いはする。
恐らく、このデミグラスソースのようなものだろう。

「たまには趣向を変えて菓子作りをしようと思ったんだ」
「ケーキ屋でも始めた方が良いんじゃねえの」
「『恋が叶うクッキー』とかか?」
「ああ、『恋が叶うクッキー(黒魔術)』みてえな」
「俺様は黒魔術など使わんぞ」
「知ってるよ。っつーか、ローマ正教は悪魔崇拝と程遠いだろ」
「媚薬の数滴なら」
「なあ、俺はそれに対して突っ込むべきなのか?」

ひとまず席について、一口。
まずくはない。プリン部分はおいしい。

「……カラメル苦いな」
「手が滑った」
「やっぱ普通のハンバーグ食いてえ」
「カラメルソースで良いか」
「おいコラ」


「……何だ、唐突に」
「いいから座ってろって」

午前十時半ちょっと過ぎ。
椅子に座らされ、フィアンマは困惑していた。

「日頃の報復」
「…報復?」

何かしただろうか、とフィアンマは小首を傾げる。
動くなよ、と窘められて元に戻した。
何となく落ち着かないのは、髪に触れられる感触のせいか。

「んん、……」

トールの指先が、肩を少し越えた程度の髪を撫でる。
前髪こそ切ってはいるが、近頃後ろ髪は放っていた気がする。

「いつも俺の髪ばっか触るだろ?」

やられっぱなしは気に入らない、とトールはフィアンマの髪をいじり。

「ついでだからあれもやっとくか」
「……『あれ』?」


かれこれ一時間程髪の毛に香油を塗られている。
こんなに甘い昼下がりは初めてかもしれない。

「……」

トールの触り方は丁寧で優しい。
美容院で眠くなるのと同様に、徐々に眠気が押し寄せてくる。
添い寝と同じ理屈である。人肌は心地が良い。
蜂蜜のような甘い匂いが、ことさらに眠気を誘う。

「ん……」
「眠いのかよ」

ぺたぺたと髪の毛にトリートメントを馴染ませつつ、彼は問う。
素直に頷き、フィアンマは我慢して目を開ける。
しかしやはり眠気により、うつらうつらと身体が揺れた。
自分とはまったく違う色合いの彼女の髪に触れつつ。

「寝ちまえよ。飯は適当なのでいいだろ?」
「……」

こくん。

頷いて、そのまま眠りに堕ちる。


目を覚ますと、既に髪は乾かされていた。
目を覚ました場所はベッドであり、彼が移動させてくれたということは明白だった。
そもそもが彼の自己満足から始まった行動な訳だが。

「……、…」

髪はいつになくつるつるさらさらとしていた。
甘い匂いもする。
眠っている間ずっといじられていたのだろうか。
それにしても目を覚まさなかった自分には警戒心が足りない。

「…その必要もないから、か」

心のどこかで、危険な目に遭っても彼が守ってくれるとタカをくくっている部分はある。
それはきっと悪いことだけれど、良いことでもあるだろう。
少なくとも、彼は頼られると尚更パワーアップするタイプのようだから。

「トール?」
「ん、何だよ」

キッチンに立つ彼の姿が窺えた。
立ち上がり、フィアンマも手伝いに向かう。


作っていたのはサンドイッチだった。
トマトとハム、マヨネーズにレタスと彩の良いものだ。
切り落としたパンの耳を口に咥え、彼は黙々と作業をしている。

「…美味いものなのか?」
「いや、腹減ってるから食ってるだけだ」
「……」

あむ。

トールの口から長く飛び出たパンの耳を咥えて奪い、むぐむぐと咀嚼する。
特に何の味もしない。無味とまではいかないが、美味というものではない。

「……」
「……」
「…んー」
「人の口から奪っておいて微妙な唸り声出すんじゃねえよ」

トマトの切れ端を食べつつ、トールはそういって。
ぷい、と顔を逸らしたが、怒った様子はない。

「……段々わかってきた。照れか」
「うるせえ」


きゅ、きゅ。

ソファーに二人で並んで腰掛け、約一時間。
自分の手を握ったまま、何やら指先を動かすトールにフィアンマは眉を潜めていた。
何をしているのかさっぱりわからない。
痒みや熱い、或いは冷たいというのなら離せば良いだけの話。

「…先程から何をしているんだ?」
「いや、何も?」

誤魔化してはいるが、何かをしている。
自分の左手がそんなに珍しいのか、とフィアンマは首を傾げざるを得ない。
こと、頭脳戦において鋭い彼女は、得てして鈍い部分がある。

(細いな。……片側が…9号…ってやつか?)

脳内の知識と照らし合わせながら、トールは頭を悩ませる。
普通なら勘付かれるような行動で彼が行っているのは、指のサイズの計測だ。
握った感触と目測でもって、左手薬指のサイズを計測せんとしている。

「……」
「…こそばゆいのだが」
「悪い」
「……離す必要はない」

咄嗟に手を離したトールに対し、フィアンマはごにょごにょとそう告げる。
彼は少しだけ考えて、再び彼女の手を握った。

「……ん、よし」
「…何の話だ?」
「気にすんな」
「……?」


「…そういや好み聞くの忘れたな」

フィアンマからの通信術式はない。
つまり、彼女の身に危険はないということになる。
一人、外出中のトールは常に彼女のことを気にしながら、店の前に立っていた。

「おー、トールじゃねえか」
「あん?」

視線を向ける。
いかにも軽薄そうな青年が、ひらひらと手を振っていた。

「何見てんの?」
「見たらわかるだろ。宝石」
「へえ。宝石魔術はフレイヤ…はもう居ねえも同然だけど、あっちの専売特許じゃ」
「そうじゃねえよ」

プレゼントの方。

そう答えた途端、ウートガルザロキの表情が下卑た笑みに変化する。

「……"男の責任"取る位進んじゃった?」
「ぶん殴るぞテメェ」

実際には、そこまで至っていないのであった。
トールの暴言は八つ当たりである。


「やっぱコーヒーはコーヒー店に限るな」
「ああ、うるさいもんなトール」
「そうか?」

ちょっぴり汗をかいたグラスを手に持ち、アイスコーヒーを飲む。
ガムシロップもミルクも入れていないが、美味しい。
何も手を加えなくても美味しいのが真のコーヒーだ、とトールは思う。

「お前はどうしてたんだよ?」
「んー、ちょいちょい転々と。そうそう」
「?」
「シギンちゃん拾った」
「へえ。生きてたんだな」

素っ気ない言い方になるのは、トールもシギンも所詮『グレムリン』のみの付き合いだからだろう。
そもそもトールは裏切り者であるし、シギンは裏切る以前の問題だ。
ウートガルザロキはのんびりとメロンソーダを飲み。

「ま、ちょいと手足に問題は遺ってるみたいだが、概ね無事。
 今は『助言』してもらって色々やらせてもらってる。俺がね」
「戦闘とかか?」
「トールちゃんと一緒にしないでくれよ。ギャンブルとかその辺?」
「もうそれ『予言』だろ」

炭酸きっつー、などとぼやきながら彼は甘い液体で喉を潤す。
滅茶苦茶香料がキツそうだ、なんてトールは感想を抱き。

「トールの方はどうなんだよ」
「俺? 見た通りだ」
「指輪決めらんなくて帰れない感じ?」
「決められなくても必要ならいつでも帰るけどな」
「いいねえ、お熱くて。……ついでだし『助言』してもらうか?」
「……悪くない案だな?」


『久しぶりだね』
「ああ。で、早速助言もらっていいか?」
『私に出来るのは助言だけだからね。どうぞ?』
「恋人に贈る指輪」
『予算と、恋人の性別は?』
「予算は……二億九百七十三万二百七十八万ユーロ」

円にして約三○○万円、といったところ。
口笛を吹いて茶化すウートガルザロキを無視して、トールはシギンとの通信を続けた。

『ストロベリークォーツとダイヤモンド、と助言しておこう』
「ほかにはねえのかよ」
『細めのリング』
「……どうも」
『相手が喜んだら教えてね』

通信を終える。
いつも通り、というか、少し前と変わらない話し方だった。

「決まった?」
「ああ。結局セミかフルオーダーになっちまいそうだ」
「予算はたんまりあるんだし良いんじゃねえの」


ストロベリークォーツは天然石であり、恋愛に関する石である。
他人の欠点に対して寛大になる、なんて効果もあるらしい。

「ようこそ」
「オーダーしたいんだが」
「はい、ありがとうございます。ではこちらの…」

ウートガルザロキと別れてから、すぐ宝石店へ戻る。
内容さえ決まってしまえば、頼むことは辛くない。
そして、大して時間もかからない。

「ありがとうございました」

出来上がり次第連絡する、とのことで。
トールは店を後にし、ゆっくりと街を歩く。
のんびりとした雰囲気は退屈だが、悪くない。

「…喜ぶと良いけどな」

今まで、自分が何かをあげてフィアンマが喜ばなかったことはない。
泣く程嬉しがったこともあるし、はにかんだこともある。
ぎゅう、と抱きしめて嬉しそうにしていたことも。
それに、今回はシギンに『助言』してもらったのだ、なおのこと、きっと喜んでくれるはずだ。

「これから帰るけど、何か欲しいものあるか?」

通信を仕掛け、独り言のようにトールが問いかける。
対して、フィアンマはというと。

『耳栓が欲しい』

……隣部屋の喘ぎ声がうっすら聞こえて辛いので、とのことである。


今回はここまで。
ドライブするトーフィアを考えていたら逃避行にしか見えませんでした。愛の。


ウー「あーやだやだ、邪推されちゃうから困るよなあ、俺程誠実な男も居ないだろうにー、ねぇ?」
フィ「ええと、面白いジョークかな?」
トー「ジョークだな。とびっきりの」
















投下。



トールが戻って来たタイミングで、『行為』は終了したらしい。
気まずそうなフィアンマはというと、気をまぎらわす為にお菓子を作っていた。
痩せるだの何だのと言っていたのはどうなったのだ、とトールは思いつつも黙っておく。

「久々にウートガルザロキの野郎に会った」
「元気そうだったか?」
「まあな」
「そうか。良かったな」
「…で、何作ってんだ?」
「何だと思う?」

はぐらかしながら、彼女はオーブンに生地を敷いた紙皿を入れた。
既に余熱してあったらしいオーブンから漂う熱気に、トールは目を細め。

「シフォンケーキ」
「正解」


クイズ正解者に素敵なご褒美。

とはいってもケーキだったが。
紅茶の茶葉を入れたらしいシフォンケーキは、甘さ控えめでとても美味しい。
品の良い味と言えば良いのか、紅茶の香りがほどよく鼻から抜けていく。

「紅茶のケーキを紅茶で食うってのがな…」
「何か問題があるのか?」
「矛盾みてえなやつを感じる」
「ミルクティー味のケーキをレモンティーで食べることに矛盾があるのか?」

首を傾げ、フィアンマは紅茶を啜る。
レモンティーはフレッシュレモンでも濃縮還元果汁でもなく、レモンピールで淹れた。
なので、砂糖が少し溶けていてほどよく甘い。
ちょっとお上品が過ぎて物足りないような、とトールは思いながら。

「そういや」
「ん?」

思い出した、といった様子で、彼は自らの懐を探る。


「そろそろ居場所移そうと思ってさ」
「なるほど」

トールが取り出したのは、色とりどりのパンフレットだ。
多くのホテル名と、その特徴、相場が書かれている。

「国から出るつもりはないんだな」
「ちょっと野暮用があるからな」
「喧嘩相手でも?」
「んー、あー、そんなようなモン…ってことで」

じと。

不貞を疑う視線だ。
ピリリと辛い雰囲気をやんわりと口先三寸で誤魔化し。

「ケーキ部屋だってよ。内装が菓子なんだと」
「……ベターな選択だ」

パンフレットの中身、その一つを指差す。
彼女の視線は自然とそれに吸い寄せられ、目先の危険は回避した。


景色が良くても特に意味はない。
安すぎると居心地が悪いかもしれない。

のんびりと、対立するでもなくホテルを決める。
一つの場所に滞在し過ぎると、襲撃を受ける恐れがあるからだ。

「朝食がビュッフェ形式か」
「ワッフルばっかじゃねえか」
「ワッフルだぞ…?」
「その『え、何で?』みたいな顔やめろ」
「こちらは良いな」
「ルームサービス充実してるな」

日が暮れていき、パンフレットを閉じる。
そろそろ夕飯時だ。
いつまでも遊んでいる場合ではない。

「今日の晩飯のメニューは?」
「ハンバーグと肉団子と…肉まん」
「何も考えてねえなら素直に言えよ!」
「ひき肉を買いすぎてしまった」
「あー………パスタにするか」
「ミートソースということか?」
「ボロネーゼとハンバーグ」
「……」
「…何だよ?」
「そんなに食べられるのかと少し心配になっただけだ」
「問題ねえよ」
「……」
「……」
「……そんなに状態の悪いひき肉なのか?」
「……一晩放置してしまったというか、……」
「……"えへへ"って顔で全部許されるなら世の中魔術師要らねえんだぞ」


チェスをしよう、と言いだしたのはどちらだったか。
食後に頭を使って消化を促進する、という目的と。
お互いに相手にやらせたい罰ゲームを胸に、トールとフィアンマはチェスをすることにした。

「負ける気しかしねえ…」
「五番勝負にするか?」
「そうだな」

駒を交互に動かしていき、お互いに囲い込みをする。
トールは性格も手伝ってか、攻めを主体とした打ち方だ。
フィアンマはというと、じわじわと周囲から攻める。

「……性格が出るな。こういうゲームは」
「思考ゲームなんてのは大体そうだろ」
「罰ゲームは何をさせようかな」
「既に勝った気マンマンでいやがる…」

実際、トールは劣勢だった。
既に二回戦は敗北しているし、このまま一度でも負ければ終わってしまう。
フィアンマはニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべ、罰ゲームを考えていた。


結果は引き分け…かに思われた。
トールの攻め一本の手が功を奏し、フィアンマを数度押し負かせた。
そして今は、延長戦。
二人のどちらかは、どちらかの要望を聞かなければならない。

敗者は勝者に陵辱されるのみ―――これは、古来からの決まりごと。

「………」
「……どうした? 続けてくれ」
「今考えてる」

ため息を飲み込み、トールは駒を手にしたまま眉根をぐっと寄せた。
負ける訳にはいかない。対戦中に浮かんだことを是非やらせたい。

「……」
「……」
「……」
「……ここだ」

駒を置く。
視線を向けた先、彼女は困った顔をしている。

「……俺様の負けだ」
「打たねえのか?」
「もう勝つことは不可能だ。打っても意味がない」

盤面から鑑みるに、そんなことはないはずだが。
勝ちを譲ったのか、はたまた。

「……それで」
「?」
「俺様にさせたい罰ゲームとやらは何だ」

腕を組み、脚を組んで優雅にふんぞり返る。
とても投了した人間の態度とは思えないが、それは置いておく。



「聖天使ミカエロメイドと裸エプロンどっちがいい?」
「どっちもいやだ」
  


今回はここまで。
激おこ以下略フィアンマちゃん可愛いと思いました。


平和な日々っていいですね。とても。  とても














投下。


時は日中に遡る。
忘れ物がある、と言いだしたウートガルザロキに付き合い、トールは駅に居た。
駅のロッカーからアタッシュケースのようなものを二つ取り出した青年は、のんびりと伸びをして。

「お待たせ」
「全部取れたか?」
「おー、これで全部」
「…で、渡したいものってのは?」

何もないのにロッカーへ寄るのに付き合う程、トールは女性的な感性をしていない。
彼が何故ここに来たかというと、ウートガルザロキの『あげたいものがある』という発言のためだ。
要らないから帰る、と急ぐ用件もなかった。

「これこれ、えーと……こっち」

アタッシュケースに付箋でもつけていたのか、ウートガルザロキは両方を見比べ、一つを手渡した。

「嵩張るな。中身だけくれよ」
「恥ずかしいと思うけど、俺」
「…何なんだよ?」
「ちらっと開けたらわかる。まー、あれだ。
 大親友の俺の心からの贈り物ってことで」
「……?」

唆されるまま、少し開けてみる。
中に見えたものは、二着の衣装。


「………エプロン…とメイド服…か?」
「そうそう。メイド服の方は聖天使ミカエロメイド服とかいうやつ」
「何に使うんだよ、こんなの。霊装か何か?」
「何でも戦闘に結び付けんなよ。彼女にでも着せたら雰囲気出るだろ。
 本当は取引に使うモンだったけどやるよ。今日キャンセルされちまったし」
「どういう取引だよ……」
「これで脱どーていしてくれれば俺としては」
「童貞じゃねえよ」

ツッコミを入れつつ、トールはホテルに。
クローゼットにアタッシュケースを押し込み、チェスをして、今に至る。



そんな流れで、トールは先述の罰ゲームを提案した訳だった。
『どちらも嫌』なんてわがままは通らない。
選ばれなかったが故に、フィアンマは二着共を着用することになり。

「……まだかよ?」
『まだだ』

脱衣所に引きこもり、かれこれ一時間程出てこないのだった。


(………考えろ)

かつて世界の流れ全てを我が物顔で掌握していた少女は、衣装を手に迷っていた。
まずはメイド服を着るにしても、そのままではプライドに傷がつく。
何としても自らの自尊心は保ったままにメイド服を着用したい。
幸いにも目の前で着替えろとの指定はなかった。
ということは十分に工作時間が与えられたも同然。

(俺様に出来ることを)

助けはない。
自分の体ひとつで、目の前の現実と戦わなければ。

絶対にある、たったひとつくらいは突破口が―――。

「……、」

しゃがんだ状態から立ち上がり、フィアンマは今着ている服を脱ぐ。
黙々と脱ぎながら片手間に、懐から取り出したチョークで魔術記号を描いた。
もう使う必要はないだろうと思っていた変装術式である。
見目を青年のそれにすればきっと恥ずかしくない、と思った次第だ。
変装術式を使ったところで衣装は変わらないものの。
ぱんつじゃないから恥ずかしく以下略理論で、フィアンマは衣装を着用する。
身長が伸びた分、スカート丈は短くなったが、問題はない。

「……堂々としていればかえって羞恥心は消えるはずだ」

うん、と頷いて。
衣装を身につけ終え、フィアンマは脱衣場のドアを開ける。


脱衣所からようやっと彼女が出てきた。
トールは退屈そうな表情をやめ、そちらを見やる。
非童貞だろうが雷神だろうが男は男だ。
自分が好意を抱く女の子が可愛い衣装を着れば見るに決まっている。

赤を基調とした長丈シャツ。
ふわふわとした白パニエで膨らませた、赤いミニスカート。
絶対領域を形作る、白いガーターベルト。
白レースのエプロンはややシンプルな仕上がり。。
胸元には、トールがプレゼントしたループタイがいつも通り揺れていて。
ヘッドドレスは天使の輪っか仕様になっており、部屋の照明光を受けて艶めく。
シャツは襟がレースになっているもので、ボタンはさほど開いていない。
しかし、多分に透け素材を使用されているため、ほとんど素肌が見えていた。
重要な部分はエプロンで隠されているのが、一段と卑猥で。
袖は所謂ドレス袖であり、二の腕部は締まり、手首側につれ、広がるデザイン。

スカートから伸びる脚は細く。
ヘッドドレスは彼女を可愛らしく見せた。
大幅に控えめな胸はエプロンをほんの少し押し―――押し上げ―――、


「……何で男の見た目なんだよ」
「羞恥心を徹底排除するためだ。残念だったな?」
「………」

変な気起きそう、とトールは頭を抱える。
彼女のことは愛しているし、男の見目でも判別は出来る。
出来るが、ここでいやらしい気分になってはいけない気がした。

「ちくしょう……」
「充分だな。ならこれで」
「いや待て。俺はまだ裸エプロンを見てねえ」
「……」

話を終わらせようとするフィアンマに対し、トールはそう告げた。

「このままの見目で良いのか?」
「好きにしろ。こっちにも考えがある」


諦めの悪い。

そんなところに救われたのもあって、咎めはしないものの。
フィアンマはメイド服を脱ぎ、下着も脱ぎ、裸になった。
エプロンの着用は手馴れたもので、一人で出来る。
そもそも料理の際に何度もしている。
にも関わらず着せて何が楽しいのか、とフィアンマは首を傾げ。
自分にはわからないけれど、何がしかの面白みがあるのだろう、と頷いた。

「…しかし心許ないな」

青年の体ということはつまり、大事な部分も男である。
こんな丈の短いエプロンで大丈夫なのか、とフィアンマは眉を寄せた。
しかし背に腹は変えられないし、恥ずかしいよりはマシだ。
素の自分の肉体のまま着用しようものなら、きっと顔を上げられない。

「………」

ぐい、と地味に布を引っ張ってみる。
だめだ、伸びない。
そういう生地を使っているらしい。


よもや、青年の体で出てこようとは。
彼女の扱う術式について完全に失念していた、とトールは机に突っ伏す。

「クソ……」

やられっ放しは性に合わない。
何としても、彼女を元の身体に戻してみせる。

「……あれは確か」

変装術式の解析。
天使に明確な性別はない、というところからの派生逸話によるものだったはず。
となると、使われている記号も割り出せる。
どうやって妨害すれば良いのか、一生懸命頭を働かせた。
魔術師の戦いとは、本来このようなものだ。
そのために、禁書目録などという図書館まで作り出された程、解析は重要な作業。

「こっちで味付けしておくか」

入ってきた瞬間、変装術式が失敗するように。
笑みを浮かべ、トールは懐から木の板のようなものを取り出した。


もうそろそろ、とフィアンマは脱衣所から出た。
ぺたぺたと歩き、トールを探す。

「トール」
「着替え終わったのか?」

ニヤニヤ。

余裕に満ちあふれた者の笑み。

(……何だ…?)

本来ならば、まだ術式を解いていない自分に落胆するはずだ。
だというのに、どうしてトールは笑っていられる。

「………」

視線を四方八方に。
変わったところは見られない。

「……、…」

だとすれば、別のものを見て笑みを浮かべている?
そのようには見えない。彼は自分を見ている。

「まだ気づかないのか? おいおいフィアンマちゃんよ。
 俺も魔術師だぜ? 何も直接戦闘しか出来ないって訳じゃない」
「…………」

まさか。

まさか、まさか、まさか―――――


自分の身体を見る。
何も変化はなかった。
いいや、正確に言えば『変化』が『なかったこと』になっている。
部屋に手を加えて、自分の術式を妨害したのか。

「っ、ぁ」

水着姿や裸姿は見せたことがある。
タオル一枚のあられもない姿だって。
でも、だけど、あの時は心の準備が出来ていた。

エプロンは薄い薄いピンク。
白に近い、パステルカラー。
一部レースがあしらわれているが、実際にはシンプル。
エプロンの生地は決して分厚くはなく。

「あ、ぁ、」

緊張による汗で透けているかもしれない。
それを思うと一気に体温があがった。
ぼっ、と顔を真っ赤にして、フィアンマは絨毯に座り込む。
咄嗟に自分を抱きしめ、自分を隠すものを探した。
ベッドの上に毛布はない。トールが悠々と畳んでいた。

「ひ、きょうだ、こんな、こんなの、」
「お前に言われたくねえよ」

毛布を壁際に寄せて、トールはフィアンマに近寄る。
そして彼女のエプロンの肩紐を指先でいじり、笑みを浮かべたまま。

「顔、見せろって」
「……う、ぐ、……」


恥ずかしい。
勝利を確信していたのに、気づかなかった。
ぎゅ、とエプロンの生地を握り締め、フィアンマは脚をすり合わせる。
寒いのではない。ただひたすら、恥ずかしいばかり。
正に穴があれば入りたい、といったところか。

「……トール…」
「泣きそうな声出したってダメだ。お前が負けたのが原因だろ?」
「先程の衣装の方がまだマシだ、」
「そっちのチャンスで俺を騙したのはフィアンマだ」

ことごとくズバズバと言われ、フィアンマはじわりと目に涙を浮かべる。
結構打たれ弱いのはわかっているはずなのだが、容赦がないようだ。

「……」
「、っ」

髪を撫でられる。
嫌という感情は、当然ながら湧かない。
俯くその顔に触れられ、指先であげられる。

「可愛いってよりはエロいな」
「……変態なのか。お前は」
「どう思う?」

はぐらかし、トールは彼女のエプロンに手をかける。
脱がしはしない。ちょっとズラすだけだ。

「……恥ずかしい、からせめて毛布、」
「ダメだ」


エプロンをずらして愛撫をされると、非常にインモラルな感覚がする。
日常的な、実用的なものを着ておきながら、していることは本来の目的と程遠い。

「ん、ん……」

肩紐を下げられ、やんわりと胸を揉まれる。
痛いような気持ちいいような、不可解な感覚。
腰を抱かれ、肩に甘く噛み付かれる。
キスマークをつける程には、強くない。

「トール、」
「何だよ」
「……好きだよ」
「ん」
「俺様が『こういう』ことを許すのはお前だけだ」
「………」

満足げな表情を浮かべるトールに、フィアンマは目を細める。
手を伸ばし、指先で彼のストールを解いた。

「キス、してくれないか」
「俺が起きて、"いつも隣に居る"しな」

約束を守っている、から。

喘ぎ声をかき消すように口づけられ、息を止める。
すきだ、とうわごとのように繰り返し、フィアンマは身を任せることにした。


今回はここまで。



トール「そういや」

フィアンマ「ん」

トール「ローマ正教は男社会だったよな」

フィアンマ「いかにも」

トール「何でお前はそっちに完璧に紛れる形でいったんだ?」

フィアンマ「?」

トール「トップが少女ってのは必ずしもマイナスにはならないだろ。
    教皇の相談役、つまりは上位に君臨する人間が少女でも、それはそれで祀られたんじゃねえのか。
    ほら、日本なんかにゃヒミコっつーのが居たし、イギリスは女王や姫君達が政治の舵とってるだろ?」

フィアンマ「『神の子』が男とされている以上致し方あるまい。
      最初に言っただろう、示しがつかないと」

トール「そんなもんかね。ほら、俺ってよく変装術式使うし、『少女の王』がどう扱われるかわかってるからさ。
    そういう風にトップに居た方があるいはお前が楽だったんじゃないかと思って」

フィアンマ「それに」

トール「?」

フィアンマ「男にちやほやされるのは好かない」

トール「今まで一度もモテたいとかは」

フィアンマ「思わなかったな。ああでも」

トール「?」

フィアンマ「『男でもいいから』というのは居たような気がする」

トール「げっ。……でも俺と会った時…助け求められたときか。
    あの時は割と男受けする服じゃなかったか?」

フィアンマ「狩猟には狩猟の装備が必要だろう?」

トール「単にナンパするのにそうした方がいいと思ったからだろ。怖い言い方すんなよ!」


ウーさんはいいやつ(※ただし場合による)

小ネタは浮かび次第ぽんぽんと。

















投下。



膨らんだ腹を、自ら摩る。
肥満したそれではなく、『中身』は命だった。

『トールに似れば良いのだが』
『どうだかな』

でも、どっちかには似るし、きっと可愛いだろう。

彼はそう言って、幸せそうに自分の腹に耳をつけた。
とすとす、と揺れ動く胎内。"蹴った"らしい。
医者からは女の子だろうと診断されている。
女の子は父親に似るというから、トール似だろうと思う。

『名前決まんねえな……』

名前占いの本を開き、青年は深々とため息をつく。
名づけを一任してしまったので、彼は非常に張り切っていた。
平凡で、幸せな運命が約束された名前がベスト。


『…その様子だと子煩悩になりそうだな』
『俺自身もそう思う。悪いことじゃねえだろ?』

それにしても服などを買い漁り過ぎなのでは。
もはや浪費の域に達している育児道具購入量を鑑みて、フィアンマは苦く笑った。
しかし、それだけ、彼が子供のことを楽しみにしているのだとわかる。
優秀な助産師の居る病院を選び、絶えず体調を気にしてくれて。
今までも少々心配性気味なところはあったが、近頃は更にその傾向が顕著だ。
悪い気分にはならない。彼も自分も、両親は居なかった。
だからこそ、良い親になりたい。いや、平凡で、幸せな家庭を築ければそれで良い。
『特別』や『最善』がどれだけくだらないものが、よくわかっているから。

『女の子と言えば可愛い名前か…そうそう名前負けはしないだろうしな』
『あまり目立たせてもな……』

臨月に入って、悪阻はなくなった。
体調は比較的安定しているし、病院の定期検診でも何も言われない。

『…ま、俺が心配してるのはどっちかっつーとフィアンマだけどな』
『自然分娩の内は問題ないと思うがね』
『死ぬなよ、頼むから』
『俺様個人としては死ぬつもりなどまったくない』

ストールの端っこを弄り、トールは本を熟読している。
よもや自分が誰かと愛し合い、母親になるとは思わなかった。
思わなかったけれど、今この時を、心から幸せだと思う。


「……ん…、」

目が覚めた。
昨日の性行為のせいか、妙な夢だった。
脂肪の少ない太ももで挟んで擦ったところで、彼は本当に気持ちよかったのだろうか。
あまり思い出すと羞恥でベッドから出られなくなるので、首を横に振って払拭。

「…んー……」

今朝の彼はまだまだ眠いらしい。
もぞもぞと身動き、未だ眠っている。

「……おはよう」

ぽつり、と挨拶をして。
まだ起き上がる気にはなれなくて、ひとまず下着だけ身に着ける。
近寄って手に触ると、無意識下で抱きしめられる。
もしかしたら抱きつき癖なんてものがあるのかもしれない。
以前、飲酒をした際には自分が先に酔ってしまって何も覚えていないので、断言は出来ない。

「トール」
「ん……」

目が開いた。
綺麗な目だ、とフィアンマは思う。
自分の髪と正反対の、青い瞳。

「……はよ」
「おはよう」



「さて、」

長い髪を無造作にポニーテールにした青年は、退屈そうに伸びをする。
風に靡く金髪は、とても長い。
長身である彼の腰を軽々と過ぎる程度には。
透き通ったアイスブルーの瞳は、美しい景色を一瞥。

「……無事こっちに来られたことだし」

帰省した若者のような調子で、彼はそう言って。

「始めるとしますか」

うっすらと笑みを浮かべ、彼は右手を軽く振る。
たったそれだけの動作で、小さな村はまるごと『潰れた』。


「内戦が起きたんだってよ」
「内戦?」

ほら、とトールが見せてきた新聞。
イタリア語で書かれたそれを、フィアンマはじっくりと視線でなぞる。

「自然災害……食糧の奪い合いか」
「こればっかりはどうしようもねえよな…」
「行くのか?」
「俺が行っても、どっちかが勝つだけだ」

戦争を止めるのは俺の仕事じゃない、と肩を竦め。
彼はのろのろとスクランブルエッグを口に運んだ。
今日の朝食は喫茶店で優雅にモーニングセットである。
むぐむぐとハニートーストを口に含み、フィアンマは新聞を読む。

「……突然雷鳴が鳴り響き、大雨洪水。
 片方の村が火災を起こし、混乱した住民が他の住民を撲殺。
 死体ひとつ残さない程の撲殺はあまりに猟奇的で、その住民の出身村が報復を開始……」
「妙な事件だ。若干、俺たち<オカルト>の香りがするな」
「…似たようなニュースがもう一件ある」

新聞を彩るのは猟奇的な事件ばかり。

「こちらは連続殺人。…撲殺か」
「妊婦専門の強姦魔に、少女誘拐殺人犯。
 罪を償って刑務所出たところを一撃で……」

喫茶店内に設置されたテレビは、控えめに新聞と同様の内容を報道している。

「……何なんだろうな。どっかの馬鹿が術式の試し撃ちでもやってんのか…?」
「………」


小さな内戦は、第三次世界大戦後の殺伐さも手伝って戦争を生み始める。
個人同士の殺人のケースも増えてきていた。
新聞やニュースは、そういったニュースばかりを報道している。

『痴情の縺れか、男が交際相手を殺害』
『詐欺行為を働いたとして女性を集団暴行』
『いよいよ戦争か、――――が軍資金を増資』

「……いよいよ殺伐としてきていやがるな」
「誰も止められんのか……ああ、その辺りは俺様のせいだがね…」

自分の起こした第三次世界大戦の余波が、今も尚人々を凶行に駆り立てやすくしているのか。

フィアンマは目を伏せ、トールはそんな彼女を慰めることしか出来なかった。
今の彼女には、世界の流れを変えて戦争を止める術も持たない。
世界の流れをがらりと変える権力者は、フィアンマが使い潰してきた。

「……捨てっぱちになったロシアが死力を尽くすかもしれんな」

核爆弾を改造するかもしれない、とフィアンマは呟いた。
喫茶店で見たニュースからたった三ヶ月で、状況は最悪のものになりつつある。
第四次世界大戦勃発か、などという煽り文もよく目にするようになってきた。

「出かけてくる」
「フィアン、」
「……少し。一人にしてくれ」

トールの手を振り払い、フィアンマは外へ出た。
部屋に居れば、際限なく甘えてしまいそうだったから。


「相席をさせてもらいたい」
「ああ、構わな―――」

人気の少ないカフェに、一人。
大して混んでもいないのに、とフィアンマが顔を上げた先。
そこに立っている少女は、ふんわりとした金髪の。

「……、」
「…久しいな」

魔神オティヌス、だった。
薄く笑みを浮かべ、フィアンマは首を傾げる。

「…元気だったか?」
「お陰様で、といったところか。……ブレンドをひとつ」

店員にそう注文し、彼女は黒いタートルネックセーターの首元の生地を折り返す。

「ヤツとは一緒に居ないのか」
「トールのことか。……少し、一人になりたかった」
「私は邪魔か?」
「そういうことではない。……甘えてしまいそうだったからな」

カフェモカを一口飲み、口に広がるチョコレートの甘味に息を吐く。
甘ったるい吐息に嫌な顔をするでもなく、オティヌスは運ばれてきたブレンドを一瞥し。

「近頃世界の様子がおかしいことには」
「気づいているとも、勿論。…だが、俺様には何も」
「その件で言っておくことがある」
「言っておくこと?」

ブレンドにミルクをたっぷりと混ぜ、オティヌスは僅かに言いよどむ。

そして。
















「先日起きた撲殺による大量虐殺事件。未だ特定されない――――犯人は、雷神トールだ」


今回はここまで。


???「でーもそれって俺の愛なのー」















投下。


オティヌスの発言と同時。
フィアンマの脳裏に浮かんだのは、週刊雑誌のニュース欄。
とある宗教団体の集められたビル内で行われた大量殺人事件。
三百人を優に超える人々は、一人残さず女教祖に撲殺された。

「……だがあの犯人は」
「女教祖という話だったな。…犯行を否定している」

その時間、違う場所に居た。
アリバイこそあるものの、残された指紋などは全てその女教祖のもの。
証拠は充分、自白の裏付けを取り次第死刑だろう、という話が流れている。

「……トールは犯行時間、俺様と一緒に居た」
「………」
「だから、トールがそんなことを行える訳がない。
 そもそも動機がないだろう。どうしてそんなことをする必要が?」
「私にもそれはわからない。だが、見たことしか話していない」
「見た…? トールを、現場で?」
「ああ」

オティヌスを、見つめる。
嘘をついているようには思えない。
そもそも、そんなことで嘘をついても意味がない。
困惑させて苦しめるような関係ではない。
既に和解しているのだから。


「魔術師は唐突に発狂す(到達す)ることがある」

(元)魔神たる少女は冷静にそう告げて、コーヒーを啜る。
温かい飲み物を口にしているはずなのに、フィアンマの体温は下がっていった。
血の気が引く、という感覚に近い。

「それは、……わかって、いるだろう?」

魔術師。
もとい、魔術とは人間にとっての『毒』だ。
魔道書図書館にいくつもの防護機構が組み込まれているように、その知識は危険なもの。
目を縫って毒を抜く必要がある原典は、その最たるものだ。
魔術を学ぶ過程で多少の『汚染』は免れない。
特殊な才能や体質を持っていない限り。そして、トールは正にそのパターンだ。
努力だけで世界のトップランカーと渡り合う程の実力を持つ彼は、それに見合う努力をしてきたはず。
戦闘行為だけでなく、多くの魔道書を読みあさって今日を迎えているはずだ。
となれば、今更になって『汚染』のツケがあってもおかしくはない。
ましてや、彼は過去よりフリーの魔術師。術的防護に、教会世界の支援は望めない。

「………、……」
「……もしそういった精神状態で一連の事を起こしているのなら、」
「お前の見間違いかもしれないだろう?」
「……フィアンマ」
「そんな状態なら、俺様が気づかない訳がない。
 きっと他人の空似だ。こんなに広い世界ならば、何人かトールに似た男だって居る」

ふるふる、と首を横に振って否定し、フィアンマはカフェモカを飲み干した。

「……そんな訳がない。……無いんだ」
「仮にそうであった場合危害はフィアンマにも」
「だから、……違うと言っているだろう」

空っぽのカップを置き、フィアンマは立ち上がる。
オティヌスの前に自分の分の代金を置き、外へ出た。
吐き気がする。目眩も、だ。


「………戻った」
「おお、お帰り」

あまりにも退屈だったからか、トールは霊装の手入れをしていたようだった。
笑顔でフィアンマを迎えいれ、彼は霊装を片付ける。
何か飲むか、と彼は冷蔵庫を覗き込んで。

「……トール」
「ん? 何だよ」
「…トールは、俺様を信頼しているか?」
「な、…何だよ急に。そういうのは口に出すもんじゃねえだろ」

恥ずかしいし、と苦笑いして、トールはミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
硬水か軟水かを意味もなくチェックして、栓を開けつつ首を傾げる。

「何かあったのか?」

彼の様子はいつも通りで。
はぐらかしたということは、つまり、信頼してくれているということで。

「…………」

何でもない、と言い切るには、息が詰まった。
オティヌスの表情は心配そうだったし、きっとあの言葉は本物だ。
誰かがトールに化けているのなら、オティヌスが見抜いたはずで。

「……少し歩き疲れただけだ」
「そうか? 寝ても良…うおっ」


ペットボトルの蓋を締めた事を確認してから、抱きついた。
ぎゅう、と強く抱きしめる。
気持ちが伝わっている訳ではないだろうが、抱きしめ返された。

いつも通りだ。

おかしいなんて思えない。
何かが狂っているだなんて感じられない

なのに、どこかで疑っている自分が居る。

もしも、トールが本当に一連の事件に関わっているのなら。
真相を聞き出して、場合によっては戦う必要が出てくる。
彼のことは大切だが、無闇に人を殺して良い理由なんて存在しない。

「………トールは、疲れたりしていないのか」
「あー…まあ最近ちょっとばかし睡眠不足か。大したことじゃ」
「…一緒に寝よう」
「それは良いけど…本当に何かあったのか?」

不可解そうに首を傾げ、トールはフィアンマの髪を撫でる。
表情も、動作も、何もかも普通で、日常のそれ。


『……良い感じに温まってきたか』

口元に薄く笑みを浮かべ、青年はベッドに横たわる。
欠伸を飲み込んで、愛しい一人の少女について考えた。

無慈悲に奪われた少女。

自分が愛した、世界にたった一人の人。
彼女を守る為になら、世界を滅ぼしたって良い。
善悪は問わない。彼女の安全が確信出来るまで、自分は世界を殺す。
そうして"以前"は自分を除く全人類を滅ぼしたのだから。

『まだ会うには早ぇかな……』

でも会いたい。

会って、この手に抱きしめたい。
目一杯甘やかして、もう一度彼女の笑顔を見たい。
出来ることなら、手を繋いで一緒に歩きたい。

その為に。

障害は少ない方が良いし、今はあまりにも邪魔が多すぎる。

『仮眠して、再開するかね…』


甘えてくるのは良いのだが、ちょっと様子がおかしくないか。

眉を顰めそう思いつつ、トールはフィアンマを見つめる。
ぬくぬくと毛布の中で温まっている彼女は眠っていた。
寂しそうな、不安げな寝顔だ。

「ん……」

服、或いは手を握られる。
寝相代わりにその手の位置は少々変化する。
それ程までに、自分が何処かへ行くことが嫌なのか。

「……何なんだ?」

何かをした覚えはない。
近頃はさほど外に出ていないし、命に関わる喧嘩もしていないはずだ。
流れるニュースに彼女が不愉快になるのはわかるが、自分は一切関係がない。
多少、『グレムリン』として動いた事は関係があるとしても。
彼女の様子は、自分が傷つくことを恐れているような、しかし、少し方向性が違うような。

「……フィアンマ」

言ってくれなければわからない。
一人で抱え込まれて泣かれたって、助けに行くことは難しい。


この動乱の中でも仕事は仕事、きっちりやり遂げるらしい。

出来上がった指輪を取りに、トールは宝石店へと来ていた。
フィアンマは眠っていたようなので、置き手紙を残してきた。
何かあれば連絡がくるだろう、と思いつつ、店員と話をする。

「こちらです」
「……よく出来てるな」
「よろしいでしょうか」
「ああ、サイズも問題なさそうだ」

内金を差し引いた代金を支払い、店を後にする。

小さなストロベリークォーツで彩られた、美しいダイヤモンド。
ブリリアントカットだったか、と彼はダイヤの切り口を眺めながら考える。
細身のシルバーリングは、彼女の華奢な指にきっとよく似合う。

「……」

これはあくまでも婚約指輪。自分の分は作っていない。
そして、自己満足だということも理解している。
それでも、彼女が笑みを浮かべてくれたら嬉しい。

「……帰るか」


「ん……」
「はよ。今日は寝坊だな」

戻ってみると、彼女はぐっすり眠っていた。
置き手紙は不要になってしまったようなので、丸めて捨てる。

「………」

ぐしぐし、と目元を擦るも、やはり眠いようだった。
たまにはゆっくり休養も良いだろう、とトールは眠気を促すように毛布をかけてやる。
指輪は今すぐ渡さなくても良い。後で渡せば良いのだから。

「トー、ル……」
「朝飯か? 二度寝したら昼飯になっちまうけど、何がいい?」
「………」

ぐい。

手を掴まれ、霊装の手袋を脱がされる。
握られて引かれ、手の甲にほっぺたをくっつけられて。

「……女物の香水の臭いがする」

何もやましくないはずのトールの背中に、冷や汗が伝った。


今回はここまで。
フィアンマちゃん(さん)は浮気二回まで許してくれるイメージがあります。三回目でころす。


フィアンマ「近頃のアイスクリームのラインアップは面白いな」

トール「そっちは氷菓子だろ」

フィアンマ「シュークリーム味がある」ぱあっ

トール「へえ。このコンビニ限定みたいだな」

フィアンマ「トールはナポリタン味で良いか」

トール「良い訳ねえだろ、何でそんな珍しいやつなんだよ」

フィアンマ「男には負けるとわかっていても戦う時が」

トール「確かにあるがそれは今じゃねえ」

フィアンマ「致し方ない、定番の味にするか…」

トール「季節毎にフレーバーが違うのか。流石日本と言っておくべきかね」

フィアンマ「枝豆味……」

トール「……お前は俺に何と戦わせようとしてんの…?」

フィアンマ「右から左までひとつずつ」

トール「駄目」


もしかして:神上の顔も二度まで

コンポタ味は個人的にすごく美味しかったです。ナポリタンは怖くて手を出せない。


















投下。


「…………き。…のせいだろ」
「………俺様の嗅いだことのない臭いだ。
 ……フルーツ系か。…仕事をしている若い女のものだ」

確かに指輪を渡してくれた女性店員は若かった。
加えて、ふんわりと甘いフルーツ系の香水をつけていたように思う。
まだ眠いのか、理性を大して感じられない瞳がこちらを見る。
常より笑っていないことの多い目だが、今日は一際恐ろしい。

「…考え過ぎだっての……」
「………」
「………」

真実を話せば良いのだが、言い訳のように指輪を渡すのは嫌だった。
気分的にこう、納得出来ないものがある。

「買い物行った先の店員が女だったからちょっと移っただけだ」
「…何を買ったんだ?」
「……クレープ」
「…………まあいい。一度目は許す」

嘘はバレたらしい。

追及をやめ、フィアンマは毛布を抱きしめる。


ブランチはフレンチトーストとスクランブルエッグ、というありふれた取り合わせ。
むぐむぐと食べながら、フィアンマは徐々に機嫌を良くしていった。
『一度目は許す』という発言が気がかりだが、トールは黙々とスクランブルエッグを頬張り。

「俺の記憶が正しければ」
「ん?」
「今日の夜は何もなかったよな?」
「そもそもほぼ毎日何も無い生活だろう。特に俺様は」
「お前が傭兵稼業やると世界のバランスが今以上にマズいことになるからな。
 ん、それだけ確認出来りゃ良いんだ」
「何かしたいことでもあるのか」
「ちょっとな。デート」
「……デート?」

トーストを口に含んだままもごもがと返して、彼女はやや嬉しげにはにかんだ。
どうやら修羅場は完全に抜けたらしい、とトールはほっと胸をなで下ろし。

「たまには待ち合わせしてみるか」
「通信霊装もきちんと整備してあることだしな」


婚約指輪を渡すにあたってどんなことをすれば良いのか。
ひとまずもう少し状況が落ち着かなければ、どこぞの国で籍をいれることはままならない。

「……プロポーズ、すれば良いんだよな」

しかし、不慣れだ。
そもそも、プロポーズに慣れている男もそうそう居ないだろう。
シギンに連絡するべきだろうか、とふと思う。

思うのだが。

「んー……」

後ろで立体パズルに取り組んでいる彼女の前で女に通信を仕掛けるというのもどうだろう。
それも、何か戦闘に悩み悩んでかける訳ではないのだから。
また浮気を疑われると思うと恐ろしい。
物理面では何があっても彼女に手は挙げないと堅く決めているが、精神面でも対立はしたくない。
勿論、自分の意見とまるで合わず、お互いに妥協も出来なければ口喧嘩はするだろうが。

「……花束か。定番からすると…」
「……駄目だ解けん」
「珍しいな。俺もやる」


待ち合わせは夜七時。
それまでに買い物を済ませてしまえば良い。
トールは花屋の店頭で立ったまま、首を傾げていた。

彼女の好きな花を知らない。

好きな色は赤と白、そして金色にアイスブルー。
どうしてアイスブルーなんて限定的な色なのかはわからない。
水色が好きなのだ、と語っていたので、深く突っ込んで聞いてはいないのだ。

「お決まりですか? お好きなお花でお包みしますよ」
「恋人に包む花なんだけど、色がな…」
「お色はどのようなものを?」
「赤と白、金、アイスブルー」
「うーん……」

どれか二色にしましょう、と店員はそっと提案する。
じゃあ赤と白で、と指定した後。

「やっぱ花言葉って重要なモンなのか?」
「そうですねー…特に女性の方は気にする傾向が強いです」

トールが視線を迷わせた先、黒赤色の薔薇が一輪。
もう一度迷わせた先、白い薔薇が一輪。

前者は『決して滅びることのない愛』。
後者は『相思相愛』。

二つを組み合わせ、白薔薇を多めにすると『結婚してください』というメッセージになる。

「んじゃ、あれと……白い薔薇多めで……やっぱ同量で」
「…プロポーズですか?」
「まあ、……ん、そうだな」

歯切れの悪いトールに、店員は小さく微笑んで。

「じゃあ、一生懸命おつくりしますね。うまくいきますように」

【×白薔薇を多めに ○白薔薇と同量】




「……なかなかこないな」

噴水公園前、何の変哲もないベンチ。
待ち合わせ五分前、トールは姿を現さない。
勿論遅刻ではないのだから、責めるつもりは毛頭ない。
自分が退屈だから出てきただけのこと。

「………」

夕暮れの空は赤く、美しい。
少し、不気味な色とも思える。

「……俺様の考え過ぎだ」

トールは事件や、世界の流れの変化に何の関係もない。
そう信じなくては。
自分の、世界にたった一人の味方を信じずに誰を信じろというのだ。

「………来ないな」

約束時刻二分前。
足元の鳩を眺めつつ、フィアンマは今暫く暇を持て余す。


今回はここまで。

公園のベンチ、薔薇の花束、ここテストにでまーす


ノリのいい皆さんが大好きです。


風邪が完治しても咳が止まらないので>>1はもうダメかもしれません。












投下。


やはり緊張する。

赤い薔薇が三本に白い薔薇が七本という取合せの花束を手に、トールは深呼吸した。
生花の花束から漂う薔薇の香りで頭がスッキリとする。
古来よりアロマオイルなどに使われるだけあって、様々な効能がある薔薇。
もしかすると薔薇を渡すことで相手の精神を変調させられるのでは。
だからプロポーズやデートには花束を渡すのでは、なんて考察しながら。

「…フィアンマ」
「ん、時間は丁度だな……」

じゃあ行こう、と言葉を紡ぎかけ。
トールを見上げたフィアンマは、珍しく素直にきょとんとした表情を見せた。
完璧に刺の抜かれた美しい花束を差し出して、トールは笑みを浮かべる。

「プレゼントだ」
「…俺様に?」
「あー、花束苦手か?」
「花束が嫌いな女は少ないと思うが」

思っていたより淡白な反応だった。
とはいえ、表情は嬉しさというものを雄弁に語る。
幸せそうな柔らかい笑みを浮かべ、フィアンマはベンチから立って、彼から花束を受け取る。
その花言葉を少し考えてみたのか、思案の表情。

「……それで、夕飯はどこで食べるつもりだ?」

花束の意味するところに気がついたのか、フィアンマは誤魔化すようにそう問いかけて。
決めてある、とトールは彼女の手を握って前へ前へと進み歩き始める。


高級ホテルの最上階。
そんな場所にあるレストランともなると食事はお高い。
お高いが、毎日食べる訳ではないのだから大した金額でもない、とトールは思う。
もっとも、彼女にケーキを買わされる日々の中で金銭感覚が若干狂ったことは否めない。

「……珍しいな」
「あん? 何が」
「こういう店で食事をすることが、だ」

嫌という意味ではなく、とぱたぱたと片手を振りつつ。
フィアンマはそうコメントしながら、花束を店員に一時預ける。
確かに珍しいかもな、と相槌を打って、トールは懐の指輪を再認識する。

「こちらへどうぞ」

店員に案内され、白いテーブルクロスの引かれた席につく。
おとなしく座り、フィアンマは景色に目をやった。
大きな窓から見える夜空は美しい。

運ばれてきたのは前菜から。

イタリア料理のフルコースは慣れ親しんでいるのか、彼女に緊張はなかった。

「美しい景色だ。料理も美味しそうで」

良い店だな、と評価して、フォークを手にする。
食欲を駆り立てるトマトソースの前菜は舌に甘い。


前菜二種にパスタ、メインに肉料理。
サラダを食べ終えたところでチーズの盛り合わせ。
年代物のワインにはチーズがよく合う。
酔っ払わない程度に呑んで、デザートに手がかかる。
予想通りというべきか、彼女は食後のドルチェに最も目を輝かせた。
本当に素直だな、とトールは笑みを浮かべつつ思う。
勿論、政治の場ではこんな風に笑うことなんて出来なかっただろうが。

「……何を笑っているんだ?」

む、とほんの少し不服げに彼女がこちらを見る。

「可愛いと思っただけだ」

酔っているのか、そんな言葉がするりと出てきた。
ん、と言葉を飲み込み、彼女はティラミスを口に運ぶ。

「なあフィアンマ」
「ん?」

ドルチェを食べ終え、話しかける。
少しずつ食べていた彼女の器の中身も、ほぼ無くなっていた。
スプーンを置き、フィアンマが首を傾げる。
トールは深呼吸すると、懐から小さな宝石箱を取り出した。


苦いエスプレッソが運ばれてくる。
これでフルコースは終わり。
程よい酔いと満腹に目を細め、フィアンマはじっとトールを見つめた。
中身同様高級感のある宝石箱は小さく、灰色をしていた。

「………」
「……」

わずかな緊張を唾と一緒に飲み込み、トールは宝石箱を開けた。
中身を見せながら、彼女に向かって差し出す。

「………トール」
「…婚約指輪だ」
「……俺様に?」
「……フィアンマに」
「……、…くれるのか?」

戸惑いながら、フィアンマは指輪を見つめる。

小さなストロベリークォーツで彩られた、美しいダイヤモンド。
ブリリアントカット。
別名をアイデアルカットと呼ばれる手法で切削された形状。
細身のシルバーリングが、レストランの照明を受けて輝いている。


「もし俺とずっと一緒に居てくれるなら、…貰ってくれ」

格好良い台詞を考えて考えて、やっぱり浮かばなかった。
そもそも、彼女をときめかせるだけの素敵な言葉なんて識らない。
考え出せる程のレパートリーもない。
つい最近まで戦闘一辺倒だったのだから仕方ないとは思う。
思うものの、もう少し良い台詞は出てこないものだったか、と少し後悔して。

彼女は何も答えない。

受け取ってくれる、という確信はあった。
一秒経つ毎に、その確信は揺らいでいく。

自分が魅力的だと思うのだから。
彼女を魅力的だと思う人間はたくさんいる。
恋愛は尽くした度合いによって決まるものではない。
自分が彼女の為に何万年も戦ったところで、彼女が自分を必ず選ぶ訳ではない。

徐々に視線が落ちていく。
もしかすると、『重い』と感じたかもしれない。
彼女は結婚のけの字も口にしていない。


「………俺様で良いのか」

か細い声だった。


「俺様は、トールに沢山のものをもらった。
 右腕も、未来も、幸福も。…信頼も、恋心も」

これ以上貰っても許されるのか、判別がつかない。

混乱から飛び出した言葉だった。
彼女を安堵させて、確信を持たせる言葉をトールは知らない。
彼はいつでも自分の為に振る舞い、その結果が彼女の居場所に繋がってきた。

「俺様にこんなものを渡して、それがトールを縛り付けることにはならないのか」
「つまり、受け取ることは嫌じゃねえんだろ?」

うん、とまたか細い声で返答があった。
トールに関することではすぐに緩む涙腺に息を吐いて、フィアンマは指輪を見つめた。

「なら、受け取ってくれよ」
「俺様は、」
「世界中が何と言おうと、お前自身が何と言っても、俺はお前が好きだよ」

縛られるだとか、不安だとかは思わない。
自分がそうしたいのだから、怯える必要はない。
この先今日という日を後悔する日がくるとすれば、それは彼女が死んだ時だ。
彼女に恋なんてしなければと思うのは、彼女が自分の前から永久にいなくなったとき。

「俺も、お前に色んなものを貰った」

初めて、守りたいものが出来た。
他人の笑顔で幸せな気分になれることを知った。
心から心配されることの心地よさを知った。
繋いだ手を離したくないと思ったのも、初めてだった。

「お前はどうなんだ」

受け取る程好きなのか、突き返す程好きではないのか。


華奢な手が、指輪を取った。
はめる指に少し迷って、動きが止まる。
そうして迷いなく、左手の薬指にはめた。
トールの見立ては間違いなかったらしく、ぴったりとはまった。

「……一生、大切にする」

死んだら棺桶に入れてもらう、と言って、彼女は左手を右手で握った。
ぐし、と人差し指で目元を拭う。
本音を言えば抱きつきたかったが、公衆の面前でそんなことをするつもりはない。

「いつ作ったんだ?」
「ま、秘密裏に。つい最近」

冷えてしまったエスプレッソは口の中を苦く苦く染める。
心の中は甘くて温かい気持ちでいっぱいだった。

「俺様も渡すものがある」
「渡すもの? 今か?」
「ホテルに戻り次第渡す」

宝石箱に一度指輪を戻し、フィアンマは改めて指輪を受け取った。
嬉し涙と笑顔を両立させたその表情が一番好きだと、トールは思う。


今回はここまで。
張った伏線を回収する時期にきて…ゴホッ

錬金右方と一方右方のSS読んでここまで追いついた>>1


お陰様で少し良くなりました。

>>864
ありがとうございます。














投下。


ホテルに戻るなり、フィアンマは再び指輪を左手の薬指に填め。
がさごそと周囲を漁ると、紙袋を取り出した。

小物屋の紙袋だ。

白に黒の水玉。
とてもシンプルなラッピングを施された贈り物。

「これを渡そうと思ったんだ」
「…お…ストールか?」

黒い毛皮のストールだった。
手触りはとても滑らかで心地良い。
身体に巻いたらさぞ暖かいだろう、とトールは思う。

「こちらは髪留めだ。…伸ばせと言っておいてそのままもどうかと思ってな」

シンプルな、金色の髪留め。
小さなプラスチック埋め込み飾りは、アイスブルー。

「前々から気になってたんだけど、アイスブルーと金色に何か思い入れでもあんのか」
「……ルの」
「…?」
「トールの髪と、瞳の色だからだ」

だから好きになったのは最近のこと、と彼女はぼそりと付け加える。
なるほど、と納得すると同時、ニヤニヤとトールは笑みを浮かべ。

「結構乙女なところあるんだな?」
「…文字通り乙女なんだがな?」


ホイップした生クリームと卵黄、バニラエッセンス。
ストロベリーシロップをかき混ぜて冷凍庫へ。

それから、かれこれ一時間。

じっと忍耐強く冷凍庫を見つめるフィアンマにデコピンを食らわせ。

「見つめたってすぐ凍る訳じゃねえから」
「……少しは早く」
「なんねえよ」

いつから俺はツッコミキャラになったんだ。
頭を抱えるトールを見、フィアンマは冷凍庫にぺたぺたと触った。
ホテルの備品にしては良い冷蔵庫、もとい冷凍庫だったようである。
『急速冷凍』モードは、見事に彼女の期待を叶えてくれた。

「出来上がったようだな」
「……そんなに苺アイス好きだったか?」

上機嫌にスプーンを取り出し、タッパーに突き立てる。
危うく鉄の食器が折れかける程、そのアイスクリームは硬い。

「………」
「……確か何回かかき混ぜながら凍らせるんじゃなかったか?」

急速冷凍が通用するのはシャーベットだったような。
首を傾げるトールを前に、フィアンマは右手でスプーンを握りこんだ。

今流行りのヤンデレってやつかな。

ぐちゃぐちゃとアイスにスプーンを突きたてかき回す少女に、トールはぼんやりとそう思った。
髪留めもストールもまだ使っていない。大事に、しまっておいたまま。


曇りの日。
雨が降りそうで未だ降らぬ、黒い空。
このホテルの部屋の住人は見ていないが、ニュースでは雷雨の予報がなされていた。

夕方から夜にかけて、嵐が起きる模様です。

そんなニュースを聞くこともなく。
仮にテレビを点けていてもそれをかき消す勢いで、二人は言い争いをしていた。
何がきっかけだったのか、さっぱり思い出せない程のヒートアップ。
口論が口喧嘩に発展し、言い争いの内容は苛烈なものになっていく。

「俺様のことを何も理解していないくせに、」
「ならお前は俺を理解してんのか? してねえだろうが。
 何なんだよ、さっきから偉そうに御託ばっかり並べやがって」
「お前はどうなんだ。自らの態度を振り返って反省点はないとでも?」
「どっちもどっちだろ。細かく追及しやがって、しつこいんだよ」
「俺様はただ、」
「自己満足もいい加減にしろって言ってんだ。
 お前のそういうとこ本っ当可愛くねえ。俺はお前のそういうところが大嫌いなんだよ」
「っ、」

思ってもいないようなことが口から飛び出すから、口喧嘩は危ない。
素手同士の喧嘩ならば強い方が勝つが、口論には際限がない。
どちらかが諦めるか、冷静になるか、徹底的に言い合うか、第三者が割り込むかしか解消法が無い。
そして、現在のトールとフィアンマには三つ目の選択肢しか選べなかった。


「……所詮、俺様を救おうと思ったのも経験値に繋がるからだろう。
 戦闘狂は何があっても変わらない。俺様よりも戦闘の方が重要……そうなんだろう?」
「テ、メェ。言って良いことと悪いことが―――」

魔術師として根幹に関わる部分への暴言。

あんまりにもあんまりな言いように、トールの頭へカッと血が上る。
武器を使うことすら忘れて、彼は手を振り上げた。
そのまま振り下ろされれば、彼女の頬は赤く染まったことだろう。
下手をすれば傷を負い、血を流したかもしれない。

その、暴力を振るうギリギリ手前で。

トールは右手を震わせ、それから、握り締めた。
歯を食いしばり、静かに下ろす。
別に、フェミニストを気取っている訳ではない。
敵が女であっても殴る時は殴る。

それでも。

どんな理由があろうとも。

トールは、自分が彼女を傷つけることを許せない。
魔術師とはエゴと誓いの生き物で、自分に逆らうことは出来ない。
そんなトールの姿を見つめ。
フィアンマは背を向け、部屋のドアに手をかける。

「……頭を冷やしてくる」

宣言するなり、彼女は部屋から出て行った。


まだ雨は降っていない。
にも関わらずあまり周囲が見えないのは、もしかして泣きそうだからか。
冷静に自分を客観視しながら、フィアンマはあてもなく歩いていた。

ひどいことを言ってしまった。
取り返しのつかないことを。


『自己満足もいい加減にしろって言ってんだ。
 お前のそういうとこ本っ当可愛くねえ。俺はお前のそういうところが大嫌いなんだよ』

『テ、メェ。言って良いことと悪いことが―――』


思い出されるトールの言葉の数々に、唇を噛み締める。
一方的に傷ついているつもりはない。
自分も、頭に血が上るまま、彼を傷つけてしまった。

だけど、彼は自分を殴らなかった。

短気な彼が、だ。
ある意味、暴力を好むと表現しても支障の無い彼が。

殴らなかったのだ。

あれだけのことを言われて。
それが意味するところがわからない程、頭は悪くない。

「………」

仕事と私どっちが大事なの、と聞く女は愚かだ。

そんな、どこかで聞いた言葉を思い出して視線を落とす。
腕が誰かにぶつかった。謝ろう、と振り返る。

「お。あれ、フィアンマちゃん?」

いかにも軽薄そうな男が、ひらりと手を振った。


「雨降りそうだから急ぎ足で歩いててさ。痛いとこない?」
「問題ない。俺様こそすまなかった」
「俺も痛くないしだいじょーぶ。ま、上がって上がって」

こじんまりとしたアパートメントだった。
ウートガルザロキは部屋の奥に置かれたベッドの方へ声をかける。
少女の声音で返事があり、ベッドにもぞつきがあった。

「あそこで寝てんのはシギン。
 元『グレムリン』の…何つーかな。『助言』担当」
「……初めまして、で良いのか」
「こんにちは。…トールの恋人、で合っている?」
「………相違ない」

ベッドの上に座っているのは、手足が少し曲がった少女だ。
生まれつき、というよりは後天的なものに見える。
ただの骨折と違い、もうそのような手足の形になってしまったのかもしれない。
ウートガルザロキ曰く、戦闘中の後遺症で、まともに歩くのも難しいらしい。
ただ、相変わらず『助言』は素晴らしいので協力を受けつつ共同生活中、とも。

「……俺様にも助言を頼めるか」
「うん、いいよ。…指輪の件はうまくいったみたいだね」

フィアンマの左手を見、シギンは得意げにぼそりと呟いた。
首を傾げる彼女に、シギンは言葉の先を促して。


ぽつりぽつりと彼女が語ったのは、トールとの喧嘩から今に至るまでの全て。

「…頭を冷やすと言って出てきたは良いが、……」
「…………難しくない案件だ」

うん、とシギンは考え込み。
それから、曲がった手首、その指先でフィアンマを指した。

「笑顔」
「……笑顔がどうかしたのか」
「笑顔を浮かべて謝れば、かなり高い確率で許される。…と、助言しておこう」
「…そんなものか?」
「男は好きな子の笑顔に弱いモンだし、大丈夫だと思うけど。俺も」
「……お前もそうなのか?」
「ま、多少のことなら許すかな。怒るってスマートじゃないし、そもそも」

青年の手からカップを受け取り、ココアを飲む。
身体が温まり、反対に思考は冴えていった。

謝りに戻れそうだった。

「…感謝する」
「あれ、もう行くの?」
「助言もいただいたことだしな。善は急げ…だったか。そういう故事成語もあるだろう?」

トールと離れてから優に三時間。
シギンの言う通り、笑顔で謝れば許してくれるだろう。
もし駄目なら、誠心誠意彼に尽くして何とか許しを乞うしかない。



「見つけた」



とうとう降り始めた雨の中、独り。
青年は濡れるスーツも気にせずに呟いた。








「お帰り、フィアンマ」


今回はここまで。


これが実はオッレルスさんだったら吹き出す。














投下。


五階にスイーツバイキングの店がある、とあるビル。
フィアンマは大きめの屋根の下で雨宿りをしていた。
激しく降る雨の中では、まともに呼吸も出来ない。

「……トールは優しい」

だからきっと、謝れば許してくれる。
一生懸命頭を下げて、甘えて、目を見つめて謝れば、きっと。
彼は、当人が思っているよりもずっと優しい男だ。
そして何よりも愛情深い。執念とは、つまり言い換えるとそういうことだ。

「………」

無言で、左手を撫でる。
薬指にはまった指輪は、自分にとって幸福の象徴だ。
彼が自分を想って、きっと沢山の金を出して購入したもの。
高額な貢物なら覚えがある。しかし、それは擦り寄るためのもので。

「……っくしゅ、」

くしゃみが出た。
生憎ビルは改装工事中であり、中には入れない。
上に羽織るものもない。ほとんど飛び出してきたようなものだから。





ぽふ。


唐突に身体に巻かれたのは、黒い毛皮のストールだった。
自分が先日、トールにあげたものと同じもの。
そして何より、そのストールからはトールの匂いがした。

「俺たちが最初に飯食ったのって此処だよな」

紛れもなく、トールの声だった。
ストールを握り、フィアンマは下を向く。
懐かしむような声は、とても優しい。
既に怒りはないのか、声のトーンは落ち着いたものだった。

「……俺様が強請って、ケーキバイキングに行ったのだったか」
「そ。んで、俺は気分を害したフィアンマに五階から突き落とされた」
「…………」
「別に怒ってねえよ。本当に」

くしゃ、と髪を撫でられる。
それから丁寧に指先で梳かされて、抱きしめられた。

温かい。

「…先刻は、本当にすまなかった」
「ん? あー、もういいって」


ぎゅう、と後ろから抱きしめられる。
顔を見なくたって、トールが今どんな表情を浮かべているか想像出来た。
そして、とても安心する。許された、という安堵だ。

「……本当に申し訳ない」
「悪いと思ってるならキスのひとつでもくれよ。…なんてな」

悪戯っぽい、笑い混じりの声。
軽く頭を預けると、肩を貸された。
彼の腕の中でなら、自分は安心して死ねるだろう。

「トー………」

雨足が僅かに和らいで。
一緒に帰ろう、とフィアンマは言い出そうとした。
したのだが、ふと『違和感』に気がつく。


トールはこんなにもしっかりとした体つきだったか。
もう少し細くはなかったか。少女的な細さがあったはず。
身長はこんなに高かっただろうか。自分と数センチ差だったはずで。
声は低かったか。トーンが落ち着き過ぎではないか。

何かがおかしい。


振り向くのが躊躇われたが、のろのろと振り返る。
そこに居るのは、確かにトールだった。
フィアンマが見覚えのない、少し年齢が上の。

「……トール、なのか?」
「ああ、そうだよ」

アイスブルーの瞳に、長い長い金の髪。
金の髪は大して高くない位置で無造作に髪留めで留めてある。
ポニーテールのように、長い髪は流れている。
髪留めもまた、ストールと同じく自分があげたものだった。
金色に、アイスブルーの小さいプラスチック細工の埋め込まれた髪留め。

纏っているのは地味目のスーツ。

黒灰色のジャケット。
黒いスラックスに、普段と変わらないベルト。
インナーは白ではなく、どことなくくすんだ灰。

全体の雰囲気でもって、『喪に服す』雰囲気。

美しい水色の瞳の奥は揺れ、底知れない。
ただ、フィアンマに対しての愛情は確かにそこにある。

「お前を助けに来たんだ」

そう言って、彼はいつものように屈託のない笑みを浮かべた。


フィアンマが帰ってこない。

既に落ち着きを取り戻したトールは、眉を寄せて時計を見つめていた。
何の連絡もないし、彼女は戻ってこない。
何かあったのではないか、という心配が先に立った。

「聞こえてるか?」
『おー、トールか。何か用?』
「フィアンマに会ってないか?」
『ん、会った会った。ちょっとお茶出して、シギンの助言受けて帰ったけど』
「……あ? 帰った?」
『帰った。何、まだ到着してない?』

ウートガルザロキに連絡して、この返事。
とはいえ、襲われたのなら連絡がくるはずだ。
彼女が危険を感じた時点で、少なくとも通信が来る。
彼女が望まずとも、そうなるように設定してある。
怒ったばかりに霊装を壊していない限りは、必ず。
そして、彼女の性格から考えてそんなことはしていないはず。

「ん、それならいい。じゃあな」
『? おう』

通信を終える。
まだ、一人で居たいのかもしれない。
後二時間経過したら連絡をいれよう、とトールは思う。


今回はここまで。

個人的には~~からきました だけだと大変反応し辛いので乙とか感想とか添えてくれるとうれしいなって
トールさんの目は死んで一度元に戻りました。追々書きます。狂/乱ピン/ク氏に近いかもしれない。
体調はやや良くなってきたのでじきに更新します…


総合スレの方に木原ンマさん投下してきました。ちょっとだけですが。
今書き溜め中です。明日(今日?)に投下できたらいいな…


木原ンマさんは当分先ですがゆっくりお待ちください。

トールさん「狂ってるのは…俺とフィアンマが結ばれねえこの世界の方だよ!」
トール「うるせえ」

遅くなった分投下量多めです。
結構キツいグロ描写があるのでご注意ください。












投下。


今から、約十三年後。
そんな未来から来た、と彼は言う。
つまり年齢が十三も離れているのか、とフィアンマは頷いて理解し。
二人は揃って高級ホテルの一部屋へとやってきた。
未来や過去というのは別世界と捉えた場合、移動はさほど難しいことではない。
魔術の知識を総結集して術式を構築すれば、異世界の法則に則って世界移動は行える。
勿論、『異界反転(ファントムハウンド)』レベルの大規模儀式魔術程の術式でるならば、だが。

「……随分と良い部屋だな」
「サービスは良いし、多少何やっても目を瞑ってくれる。値段は、サービス料の高さだな」
「こんな場所に長期的に宿泊してやっていけるのか?」
「ちょっと厳しい。そろそろアパートメントの一室で借りるべきかとは思ってる」
「…ん? ということは長く滞在するつもりなのか」
「ちょっと色々あってさ」

ベッドに並んで腰掛ける。
時計の音が部屋を満たす。
トールは手を伸ばし、美しい音色のオルゴールを再生した。
昔ながらの、ネジ
柔らかい音色が奏でているのは、チャイコフスキー交響曲第6番。

『悲愴』。

こんな音楽が好きだっただろうか、とフィアンマは首を傾げ。
しかし、十三年もの月日が経てば、人は多少なりとも変わる。

「未来のことを尋ねても構わんか」
「……、…ああ」
「俺様とトールは、どうなっている?」

無邪気な問いかけに。
トールは、十三年前、或いは三年後の出来事を思い返していた。














20歳の誕生日をお互いが迎えた頃。
ようやく世界の均衡は元の状態に保たれ、一時的な平和が訪れた。

結婚式は、二人きりで行った。

こじんまりと、贅沢などせず。
神父の前で神に愛を誓った二人は、美しかった。
豪奢な婚約指輪は、質素な結婚指輪に変わった。
銀色の、とてもシンプルな細身のリング。

『……お前のこと、好きになって良かった』

強くなった。
守りたいと思うものを持つことの重要さを知った。
何より、彼女の笑顔ひとつで幸福になれた。

『俺様も、トールを愛して良かった』

未来も、幸せも、希望も、夢も。

その全てを貰った、と彼女は幸せそうに言う。
誓いのキスとやらは、彼女と一緒に食べてきたケーキのように、甘かった。


幸せだった。
何気ない毎日の全てが、退屈で、平和で、心地良かった。
戦闘を好む自分が平穏に幸福を感じられるようになったのは、間違いなく彼女のお陰だろう。
軽い口喧嘩だって、仲直りしてしまえば笑い話にしてしまえた。

何度も彼女を抱いた。
嫌がられたことは一度もなかった。
行為自体に恐怖や緊張はあっても、自分が相手だからと拒まれたことは。
愛情を言葉にして囁き、何度愛し合っても飽きることはなかった。
明け方になって、少し疲れた様子ではにかむ彼女が一層愛おしかった。

『…トール。これから話す事に、嫌な顔をしないと誓うか』
『ん? 何だよ急に』

細い指に光る銀色のリングを見る度に、安堵と機嫌の良さを自覚する。
毛布を手繰り、ぎこちなく言いづらそうに、彼女は告げた。

『子供を、授かったようだ』

その時、自分がどんな表情をしていたか覚えていない。
ただ、驚きと、嬉しさと、それに派生する責任で、胸が満たされていた。
早く言えよ、なんて言いながら彼女を抱きしめて、産んで欲しいと強請った。
元より堕胎なんて考えていなかった、と彼女は首を縦に振り。
産まれてくる前に名前やら何やらを考えなければ、と二人で頭を悩ませた。


悪阻は吐き気という形で出た。
それでも、一般的には酷い方ではなく。
お腹の子の経過は順調で、定期検診でも悪い事を宣告されることはなかった。
性別は恐らく女の子だろう、と医者から告げられた。

『名前か……』
『名前負けするとは思えないし、多少派手な名前でもいいな』
『大人になった時に困らない程度の華美に留めた方が懸命だろう』
『早く産まれてこねえかな…』
『そんな簡単産まれてくるのなら誰も苦労しないさ』

呼びかけると、お腹を蹴る音が聞こえる。
他人ならば何とも思わない。
けれど、自分の子供だと思うと、些細な事でも嬉しく思えた。

『産まれてきたら親馬鹿になりそうだな』
『ならねえよ、……多分』

言い切れない、と苦笑いした。
からかうように、腹を蹴る音が聞こえる。
見た目は彼女に似るだろう、とぼんやり予想して。


臨月に入って、それでも経過は順調だった。
出産予定日には多少ズレがある。
なるべく動かないように、と慎重に生活をしていた。

『じゃあ行ってくるけど、一人でも本当に大丈夫か?』
『だから心配無いと言っているだろう、先程から』
『家事とかすんなよ。コケたら一大事だし』
『わかっているとも。恐らく昼寝で時間を潰すよ』

部屋に残して絶対安静にしてもらうか、一緒に買い物に行くか。

前者の方がより安全だ、と俺は判断した。
三時間程度なら、一人でもきっと大丈夫だろう、と。




――――その時に判断を誤らなければ、きっとああはならなかった。


予定通り、三時間程の外出の後。

『ただい………』

言い切ることは出来なかった。
彼女の姿が、部屋のどこにも無かったから。

最初は、良い可能性から考えた。

もしかしたら出産が早まって、救急車を呼んだのか。
あまりにも退屈で、ごくごく一部の知り合いのところへ行ったのか。
はたまた自分を揶揄するために、外出しているのか。

だけれど。

そんな希望論で、自分を納得させることなんて出来なかった。
全身に冷や汗が伝い、否応なしに身体が震えた。

そんなはずがない。

彼女から連絡は一度もないし、何より身重で動くのは辛いはず。
ソファーを見やると、布の一部がほつれていた。

小さな違和感。

とても小さなそれは、胸騒ぎをいっそう激しくする。


色んな知り合いを当たった。
そのいずれの答えも、『知らない』だった。

もはや恐怖と焦りしかなくなった。

どうして、世界は平和になったはずではないのか。
彼女より、オティヌスの方が人々の記憶には強く残っているはず。
顔を伝うのが恐怖による涙なのか、焦燥による汗なのかもわからないまま。
がむしゃらに走り、霊装を使い、世界中を探し。


ようやく彼女の下へ辿りついた頃には、四日が経過していた。


イギリスの『処刑塔』の裏側。
そこに、彼女は幽閉されていた。


部屋に入った途端、濃厚で厭な血の臭いがした。
ありとあらゆる拷問道具がそこかしこに落ちている。

『………、…』

落ちていたのは、血まみれの人形のようなモノだった。
それも、頭の部分がぱっくりと割られている。
中にはどろどろとした何かが残っていた。
一部は抉られたのか、欠けている。
それが『何か』を理解した瞬間、嘔吐しそうになる。

『う、ぐ……』

惨めに這いつくばっている場合ではない。
どうにかして彼女の所へ、一刻も早くたどり着かなければ。

思って、一歩踏み出して。

気がついた。
その人形のようなモノの、はがされた肉のような部分。
そこには、赤ん坊特有の柔らかくとても短い髪の毛。



そして、それは。

とても見慣れた、美しい赤色に、よく似ていた。
 


『う、ぇェええええッッ!!』

耐え切れなかった。
人形なんかじゃなかった。
自分と彼女が誕生を待ち望み続けた、目一杯愛するはずだった愛娘だ。
頭を割られ、脳みそを乱暴に掻き回されて殺された、小さな命。
ペースト状の、血液で染まったピンクの塊が、ぼとりと床に垂れる。
びしゃびしゃと床に胃液を撒き散らし、ふらふらと立ち上がった。
これを行った者はこの手で息を止める、と胸に誓って。
せめて、せめて彼女だけでも、と部屋を出て、隣の部屋のドアを開けた。

数人の男が、"彼女"に群がっていた。

陵辱しているのか、と頭に血が上り。
直後、一瞬で血液が凍ったような感覚に襲われた。

彼らは。
彼女の内臓を、むしり取っている。
その上、自分達の口に押し込んで、無理やり飲み込んでいた。

喰っている。

『う、ああ、あ、』

イギリス清教は多くの宗教組織を抱え込む。
故に、外側より内側に敵が多いと言われる程。
そして、彼らは『偉人を食すことで内にその知識を取り込む』思想を持った連中だった。
なまじ、フィアンマが行ったことに神性があったからだろう。
ただ殺すのではなく、その身に孕んだ赤ん坊を取り出して脳を食い、本人に至ってはその全てを喰らう。

理解した。
その先、記憶がない。

ただ、数秒で、男達はこげた肉の塊となって床に転がった。
そのことだけは、頭に残っている。


薬を使われているのか、あるいは何らかの呪術か。
倒れたままの彼女は、力なくぼんやりとした表情を浮かべていた。
失血のせいで抵抗出来なかったのかもしれない。
薄い腹部は開腹され、だらだらと血液が床に広がっている。
内臓の一部は、床に転がっていた。

もう、どうすることも出来なかった。
何をしたって、彼女は助からない。

『とー………る……?』
『フィアンマ』

身体を抱えて、抱き寄せた。
べったりと否応なしに彼女の血が服を汚した。
もう痛みも感じない時期にきているのか、彼女は微笑んでいる。

『すま、ないな……子供、が心配、で…魔術、もまともに、』
『……わかってる』
『トールは、……やっぱり、俺様の…王子様、だ。ヒーロー、…って、言い換えても、いい』
『そんなことねえよ。…俺は、お前を助けられなかった。
 結婚したのに、お前の味方だって言ったのに。俺は……!』
『ゆうえんち、……覚えて、いるか?』
『遊園地…?』
『あの時も、…こんな風に、……トールが、抱き上げて、くれた。
 俺だけ、みていれば……こわくないと、…言って、くれたな』
『やめろよ、』
『あれ、……嬉しかったんだ。…俺様も、普通の女の子みたいに、……なれるきがして』
『やめろ……』
『俺様、と…トールの、…あかちゃん……あかちゃん、は…?』

真実を言えるはずがなかった。
流れ出す涙で、彼女の表情があんまり見えなくなってくる。
それでも、精一杯の笑顔を浮かべた。
せめて、彼女を安心させてあげたかった。

嘘を、ついた。


『ああ、無事だよ。間に、合った。隣の部屋で、即席で作ったベッドに寝かせてる。
 お前によく似てるよ。髪が赤くて、顔も可愛い赤ん坊だった』
『そう、か……よか、った』

本当に、良かった。

心底ほっとした表情で、彼女は手を伸ばしてくる。
血液にまみれた手が、ストールを握った。
彼女はよく、自分の髪とストールを触っていた。
触り心地が良いから、と言っていたのだったか。

『性格は…トールに、似るかな…?』
『俺に似たら、……困っちまう』
『そう、だな…戦闘好きは…困る……』

くすり、と笑う。
その表情はいつも通りなのに、何もかもがいつも通りなんかじゃない。

『……俺、強くなるから。
 お前をこんな目に遭わせた奴ら全員ぶっ殺せるくらいに、強くなる。約束する』

彼女を助けなかった世界中の人間がひたすらに憎かった。

『約束、するから……、』
『とーる、』

ぺた。

頬に触れた手は、温かくて、酷く冷たい。
低い低い体温と、酸化し始めた生ぬるい血液。
何かを言おうとして、笑みを浮かべて、口を開いて。




―――――そこで、彼女は息絶えた。


そうして、彼は大切なものを喪った。
その後の人生において、同じようなものも見つからなかった。
彼は欠けて、狂ったまま、全てが変わってしまった。
そしてそんな彼を、誰も慰めなかった。

せめて、子供が生きていれば違ったかもしれない。

彼は世界を恨みながら、子供に希望をもらって生きていたかもしれない。

でも、そうはならなかった。

そのことが、世界の命運を分けた。
それだけのことだった。

それだけのことに、過ぎなかった。


世界中の恋人を、親子関係を、人間関係の全てを。
変装術式で欺き、利用して、瓦解させた。
その不和は世界中に広がり、戦争という形に出力された。

彼女が救おうとした世界。

彼女が居た、世界。
もはや、そんなことはどうでもよかった。
全て、消えてしまえばいいと思った。

彼女が遺してくれたものは、彼女と、娘の墓。
それから、『聖なる右』を利用した自動出力術式の算出方法。

それを使って、右手を振るだけで任意のものを全て壊し殺す『投擲の槌』を創った。

彼女の最期の血がついたストールも服も、保管するのみで、着ないことにした。
彼女の数少ない形見である血液だったから。
葬式の時に着た、モノトーンのスーツを着るようになった。

『髪を伸ばしてくれ』

彼女がそう言っていたから、髪は伸ばし続けた。
以前、貰った髪留めで髪を留め、以前貰ったストールを身につけた。

彼女が死んで、十年後。
自分以外の全人類は、死体になった。

その死体を上手に配置して、世界を移動した。
他の『自分』を絶望させてでも、彼女を取り戻したかったから。


『……トールは優しい』

独り言は、とても愛おしいものだった。
きっと、喧嘩でもしたのだろう。
彼女の細い体は、とても寂しそうに見えた。

『……っくしゅ、』

くしゃみ。

生理現象がある。
今、目の前の彼女は、確かに生きている。
たったそれだけで、涙が溢れてきそうだった。

ずっと、会いたかった。
お前に、会いたかったよ。

言えない。
この世界の彼女は、何も知らない。

助けにきた、なんて嘘だ。
本当は、攫いに来ただけ。














「……ル。…トール?」
「ん、悪いぼーっとしてた」
「疲れているのか?」

オルゴールの音が止んだ。
笑顔を浮かべて、彼女の髪を撫でる。
不思議そうな表情を浮かべる彼女に、俺はまた嘘をついた。

「結婚して、子供が居るよ。可愛い一人娘だ。
 もうすぐ十歳になる。第一次反抗期ってところだな」
「ほう」

目を閉じれば、すぐにでも思い浮かぶ。

『ぱぱ、だっこ!』
『――――は甘えたがりだな』
『何だよフィアンマ、やきもちか?』

「見た目はお前に似て、性格は俺に似てる。じゃじゃ馬なところも含めて可愛いよ」

そうなるはずだった。
そうなっていなければおかしいはずだった。
そうはならなかったから、俺は『此処』に来た。

フィアンマを喰ったあの宗教組織の女教祖になって、全員を殺した。

お前を傷つける恐れのある奴らは、全員殴り殺した。
だから、この世界は安全だ。

後一人、殺すのは。

この世界で、フィアンマと喧嘩をしたままの『俺』だけ。

「飯食いに行くか」
「…、…そうだな。長く滞在していて、大丈夫なのか?」
「了解はとってあるから問題ねえよ」






――――きっと許してくれるだろ?  フィアンマ。


今回はここまで。
狂うだけの理由があるので厳密にはヤンデレじゃないような気もする。


今夜辺り更新します…
(トーフィア本編終わったら番外編学生トーフィアちゃん書きたいのですが皆さんどうでしょう)
ウーフィア構想まとまりました。そのうち。


(やったー)

ウーフィアは何センチ身長差あるんだろうか…フィアンマちゃんかさんかで迷ってます














投下。


ファミリーレストランで提供されている料理は安っぽい。
しかし、それは安心を呼ぶという側面を確かに持っている。
お値段だったり、いつ食べても同じ味だったり、理由はそんなようなものだ。
食欲がさほどなくたって、そもそも料理自体が大した量ではない。

「……体調でも悪いのか」

ゆっくりとバジルチキンを口に運び、フィアンマは首を傾げた。
目の前の青年は、ポテトを二口食べたきりでそんなに食が進んでいない。
自分が知っている彼はもっともっと食べるのだが。
三十代にもなると、食べる量が減ってしまうものなのか。
それにしても極端過ぎる。しかし、比較対象がいない。
せいぜい比較対象出来る知り合いといえば今は亡き左方のテッラ位だが、彼は元々少食だった。

「そういう訳じゃねえんだけどさ」
「その割にはまるで手が動いていないじゃないか?」
「お前に見とれてた」
「……何だ、唐突に」
「本当だって。やっぱ十三年も前になると、綺麗なのは変わらねえが可愛いなと思って」
「…………」

頭を冷やせ、とでも言いたいところだが。
軽口の延長線か、はたまた本気の発言か位は判別がつくので、言えない。
無性に恥ずかしいので、支払いを増やしてやろうとメニューに手をかけて。


仕返しのために余計なものを食べるのはどうなのか、と自制。
トールはというと、メニューに手をかけたまま沈黙する彼女を見て。

「ドルチェか? 頼めよ」
「………」
「体重なら二トンまでは増えても余裕で抱き上げてやるから」

何となく、冗談というより本気めの発言が多い気がする。
年月の差というものは存外に大きいのだな、とフィアンマは思い。

「橋の橋梁でもあるまいし、人がそこまで太れるとは思えんが」
「ああ、その前に死んじまうな」

死ぬのだけは駄目だけど、それ以外は何でも許せる。

そう告げたトールの瞳は昏く見えた。
ただ、何故そんな風に見えたのか、フィアンマは知らない。
彼女は、自分が辿るはずだったあまりにも残酷な運命や世界を識らない。

「雨、止んだな。食い終わったら何処か行くか」
「映画を見に行きたいのだが」
「おお、良いな」

半分食べる、と彼が言って、ドルチェを注文した。
二人でひとつの器からものを食べる。
何でもないことが、一番の幸福。



――― 一方。

雷神トールは、不安と後悔に駆られていた。
どんなに喧嘩をしても、それが原因で今まで彼女が出て行ったことはない。
それに、こんなにも長時間も戻ってこないなんて。

誰かに攫われたか。

一番に浮上する恐れ。
二つ目は、殺されているのでは、というもの。
彼女がそんなに簡単に殺されるとは、トールとて思ってはいない。
だが、相手によっては有り得ない話ではない。

居てもたってもいられずに、ホテルから出る。

雨は止んでいたが、トールの気分は晴れなかった。


映画館は、ファミレスから少し遠い。
そんな訳で、トールはレンタカーを手配した。
彼は常に上機嫌だ。彼女が隣に居れば、何も怖くない。

「運転は出来るのか」
「傭兵やってたしな。出来なきゃ不便だったしよ」
「免許はあるのか?」
「いくらでも偽造は可能だろ?」
「それはそうだが」

そもそも、魔術による『気配消し』は警察の目をすり抜ける。
そして、フィアンマはその幸運故にそういった検問に遭遇し辛い。

「車に乗るのは久しいな」
「昔はよく乗ってたのか?」
「幼少期は教皇さんについて回っていたからな」

勉強のために、と肩を竦め、シートベルトを締める。
なるほど、と相槌を打ち、トールは運転を開始した。
かっ飛ばす必要はまるで無いので、安全運転で。

「ところで車には心霊エピソードが多いらしいが…」
「やめろ」


映画館は、雨が降っていたということもあり、空いていた。
ほぼどこでも席が選べ、チケットは雨天割引で少し安かった。

「あまり前だと首が疲れるな」
「真ん中辺りが良いだろ」

中央付近の席を二つ並べて取る。
選択した上映時間は二十分後なので、食べ物を購入して入る。
席はまだ明るく、客はカップルが多い。
それもそのはず、フィアンマが『見たい』と言ったのは恋愛映画だ。

「ん、……悲恋モノか?」
「ファンタジーの恋愛物語だな。悲恋かどうかはわからん」

世界を治める神様に対する、今年の生贄に選ばれたお姫様。
彼女は死ぬことを恐れ、世界中を逃げる旅に出る。
主人公はそんな彼女と出会い、世界中の意見が変わるまで護り通すことを誓う。

そんな内容である。

やがて、フロアは暗くなり。
映画の予告と、提供紹介、そして本編が始まった。


追跡霊装の信号は消えている。
彼女が自らの意思で連絡を絶っているということだ。
念には念を入れ、あの霊装から発信される情報は自分と彼女にしか扱えないよう調整してある。

だとすれば。

彼女は、自分以外で心を許せる誰かといる。
それも、彼女に危害を加えないであろう人物と。
そうでなければ、流石に緊急信号をストップまではしないはずだ。

「信頼出来る人物……」

ウートガルザロキは嘘をついていない。
心底から困惑した声を出していたし、知らないで通さなかったからだ。
彼女が頼れる知り合い自体はとても少ない。

「まずは近場からあたってみるか」

よって、トールが向かった先はミラノにあるとあるアパートメントだった。


『私が居れば、足手まといになる』
『だから―――さよなら』
『待てよ!!』
『俺は、お前を護るって約束した。絶対に離さない』
『でも、』
『俺は! ……どんなことをしたって、お前を傍に置きたい…隣に居て欲しいんだ』

定番に定番を重ねた展開だ。
四方八方を敵に囲まれ、せめて主人公だけでもと姫は外に出ようとする。
彼女を抱きしめ、主人公は決して離さないと宣言した。
そうしている間にも周囲を敵が取り囲み。

『俺が活路を開く。お前は逃げろ』
『そんなこと出来る訳が』
『任せろ。―――何たって、俺は伝説の旅人だぜ?』

そう言って敵に飛びかかる主人公と、泣きながら走り去る姫君。
数年後、姫君は彼とかつて逃げ込んだ場所に戻って来た。
当時は死体であっただろうものがそこら中に落ちている。
生贄の話はどうなったのか、その辺りは描かれないらしい。

そして。

主人公は、彼女の後ろに立った。

久しぶり、と声をかけ。
姫君は振り向き、人生で最高の笑顔を浮かべ彼に抱きついた――――。


「思っていたよりも陳腐な作品だな」

つぶやきと同時に上映が終わり、場内は明るくなる。
周囲のカップルは女性側が泣き、男性側は優しい笑みを浮かべている。
彼らは連れ添って外へ出ていき、あっという間にフィアンマとトールは取り残された。
ゴミは清掃時に回収してくれるらしく、ドリンクホルダー等に置いておくだけで良い。
それにしても立つ気配がないな、と横を向いたところで。

彼女は、何の前触れもなくトールに抱きしめられた。

……良い匂いがする。

紛れもなく、自分の愛する人の匂いだ。

「……トール?」
「……フィアンマ、…愛してる」

『あの日』、最期に言ってあげられなかった言葉だ。
泣きながら約束するので、自分は精一杯だったから。
墓へいっても、花束を供え、謝罪をしてはすぐに殺しや騙しに戻っていた。
だから、彼女に愛を囁いてこなかった。ずっと、こうしたかった。
映画の中、何度も酷い目に遭わされる姫君が彼女の姿に重なった。

「何だ、映画に感化されたのか」

くすくすと笑って、彼女は抱きしめ返してくる。
その控えめな胸からは鼓動を感じるし、確かに呼吸していた。


映画館から出て、高級ホテルに戻る。
ルームサービスで用意されていた飲み物を飲み、二人でベッドに腰掛けた。
もうすっかりと暗闇が空を覆っている。
手早くシャワーを済ませた二人は、ぼんやりと時計を見つめた。

(……このトールと一緒に居るのは心地良いが)

でも、と良心に陰が差す。

("今の"トールには、まだ謝罪をしていない)

楽しく過ごしている間に、気がつけば午後九時。
喧嘩をして出て行ってから、かなりの時間が経過している。
見つけられるのは気まずいので、霊装の通信は切っていた。

「トール、非常に言いにくいのだが」
「あん? 何だよ?」

乾かして尚ほんの少ししっとりとした彼女の髪を撫で、男は首を傾げる。
意を決して、フィアンマはこう告げた。

「今のトールのところに戻る。謝らねばならん」
「……………、……………………」
「お前とはまた会うつもりだが、もうそろそろ帰」

彼女の視界が、ぐるりと回った。


その頃、雷神トールは見当はずれにも、オッレルスの下に居た。
シルビアが買い出し中の為、そこに居たのは彼一人。

「……フィアンマは何処だ」
「彼女? ここには来ていないけど」

彼が語っているのは事実だ。
実際、フィアンマはオッレルスへただの一言も連絡していない。
とはいっても、雷神トールがそれをそのまま信じるはずもなく。

「隠してるんじゃねえだろうな」
「そんな訳ないじゃないか」
「………」
「敵意を向けられても……」

心底困惑しながら、オッレルスは首を横に振る。
先日、彼とトールは和解し、現在地を教えあった。
謝罪だけでは、因縁や疑いはそう簡単に消えない。

「色々調べさせてもらうぜ」
「好きにしてくれ。本当に居ないんだけどね」

痴話喧嘩でもしたのか、という問いかけに、肯定とも否定ともつかぬ返答をした。

「見つからないんだよ。……通信も完全に絶ってやがるし」
「襲われた、とかじゃないかな」
「俺もそれは考えた。…けど、俺とアイツしかわからない通信霊装の術式も遮断してある。
 自分の意思で切ったってことだし、脅迫されて切る意味はない。
 だから、アイツは今信頼出来る誰かと居る。自分に危害を加えたりしないだろうと考えてるヤツと」
「それで、私の所へ来たのか。残念だけど、私は彼女からさほど信頼されてはいないよ」
「可能性のひとつとして来ただけだが、…マジで居ねえんだな」

家中を調べ尽くし、トールは静かに項垂れる。

「後はオティヌスだろうが、…流石にわからない」
「協力してあげられれば良かったんだけど…あ」

トールの扱えないサーチ術式で探そう、とオッレルスは提案する。
そして少年は、それに頼ることにした。他人に頼ることも、また力だと知っているから。


「……何、………トール…?」

両手首を掴まれ、ベッドに押し倒された。
目の前の青年に、表情はない。
ただ、瞳の奥が、不安定に揺れている。
自分が現在交際しているトールよりも、彼の方が体格が良く、腕力が強い。

暴れるという選択肢が、撤去される。

口を開いて放たれた言葉には、得体の知れない怨念のようなものが窺えた。
世界中に悪意を向け、孤独に磨かれたその低い声。







   ・・・・・
「俺はもう二度と、お前を逃がさない」


今回はここまで。


百合………フィアンマちゃん×フィアンマちゃんかな?(すっとぼけ)
最近ホモ書いてないな…どうしちゃったんだろ…

ウーさんは179cmなイメージがあります。
フィアンマさん176cm/フィアンマちゃん171cmのイメージ












投下。


その一言で、身が竦んだ。
危害を加える宣言ではない。
むしろ、つい最近までよくトールが主張していたことだ。

フィアンマを放っておけない。
いつまた出て行くかわからない。

ただ、彼の表情はそれを指しているようには見えなかった。
心配というより、執着の二文字がよく似合っている。

ぎゅう。

掴まれた手首を、更にきつく握られる。
血を止められてしまうのではないかと、不安になる程。

「トール……」
「俺は、」
「お前は、俺様と結婚して、子供も居るんだろう?」

トールの動きが、止まる。


「………ああ、もちろん」

彼の口元には笑み。
けれども、優しくも豪胆でもなく、不気味にしか感じられない。

「俺は、フィアンマと結婚してる。
 娘だって、十歳になる。可愛い、……可愛い、俺とお前の娘だよ」
「ならば」
「居るに決まってる。…そうじゃなきゃおかしい。
 狂ってるのは俺じゃねえ、この世界の方だろ…? なあ、」

様子がおかしい、と思うのに迷いは不要だった。
手首を掴まれたまま、せめて拒絶の姿勢を示そうとフィアンマは後ずさる。
引き腰の彼女の様子を見、トールの表情が一気に険しくなる。

「……どうして、俺を拒むんだ?」

不思議そうな声だった。

直後。

彼女の服に、男の手がかかる。


「……途中で弾かれるね。干渉されてるみたいだ」

サーチ術式を実行しながら、オッレルスは首を傾げた。

「彼女自身が拒否しているのか、…同行者か」
「……連れだろ」

未だ、自分に怒っていたとしても、オッレルスを無視するのはまた別の話。
彼女は賢い女だ、感情的な判断を下す頻度は非常に低い。

「フィアンマに警戒されず、それでいて、アンタのサーチを弾ける。
 ……となると」

浮上する可能性は、もはや一人しかない。

魔神オティヌス。

事実だとすれば、彼女の下へたどり着くことは不可能だ。
オティヌスの居場所を知るのは、世界でただ一人、フィアンマだけなのだから。

八方塞がり。

浮かんだ言葉に、トールが項垂れると同時。



―――ミラノの街が、戦火に包まれた。


「や、めろ」
「…お前は、俺の恋人だろ?」
「俺様は、」

服を脱がされることにこれまで恐怖を感じたことはなかった。
今日が、その初めての日だ。
ふるふると首を横に振り、必死に抵抗する。
それを嘲笑うかのように、彼は彼女の下衣に手をかける。

爆音がした。

それも、爆弾が地上に落ちた類のものだ。
トールの笑みが消え、表情もいつものものに戻る。
彼は彼女の上から退き、優しく抱き上げた。
唐突な雰囲気の変化に、フィアンマは困惑して彼を見上げる。

「爆撃だな。逃げるぞ」
「爆撃だと? 何故イタリアを」
「第四次世界大戦だ。まず、イタリアから潰す」

まるで、知っているかのような口ぶり。
『一度経験した』かのような。

「大丈夫だ」

彼は、真っ直ぐに窓越し、空を睨み。
そして、大きなプロジェクトを済ませた会社員のように、達成感に満ちた笑みを浮かべる。

「―――今度こそ、俺が守ってやる」


「うおっ、」
「……爆弾のようだね」

家中がぐらっと揺れ、トールは壁に手をつく。
オッレルスは立ち上がり、サーチ用の霊装を破棄した。
きちんと壊さなければ、中途半端に作動して危ないからである。

「シルビアを探しに行く。君は?」
「俺も出る」
「必ず、仲直りをしてくれ」
「…言われなくても」

フィアンマによる、命を賭した後押しを受けて。
彼は、シルビアと正式に交際することを決めた。
近々結婚もしようかと話していた程に。
聖人とはいえ、放っておく訳にはいかない。
二つの分かれ道を左右に別れ、愛する女性のために、彼らは走る。


トールに抱き上げられたまま、乱れた服装を正し。
混乱に逃げ惑う民衆を平然と見捨てるトールを見つめ、フィアンマは問いかけた。

「この先、結末はどうなる」
「ん?」
「お前は未来からここまで来たんだろう。
 ならば知っているはずだ、この戦争の末路を」
「聞きたいのか?」

走りながら聞き返すトールに、フィアンマは募る不安を抑え込む。
どうしてこんなにも、彼の言動が不安を掻き立てるのか。
柔らかな黒い毛皮のストールを握り、彼女は唇を舐め。

「……話せ。知りたい」
「人類滅亡。……程はいかねえだろうな」

今回は、という言葉を飲み込む。
『前回』、ほとんどの人類が死に絶えたのはトールが殺害したからだ。
今回は人類を率先して殺す必要がない。故に、被害は減るだろう。

「止められないのか」
「何で止める必要があるんだよ」
「人類が居なければ世界は、」
「人類の醜さに最も辟易してたのはフィアンマだろ?」

息が詰まる。
反論、出来ない。

「お前だけは、俺が守ってやるからな……」


「だ、めだ。見つかん、ねえ」

オッレルスの協力により、イタリア国内に居るということはわかっていた。
しかし、そんな漠然とした情報だけでは見つかるはずもない。
手がかりはほとんどゼロに近い。
この爆撃だ、彼女だって流石に何処かへ退避しているだろう。
彼女が見つかる可能性は絶望的な数値を指し示している。
だからといって、はいそうですかと目を瞑って忘れることなんて出来ない。

「トール」

少女の声だった。
振り向いた先、既に魔神の座を降りた少女が立っていた。

「フィアンマは一緒に居ないのか」

その一言は、彼女の下にフィアンマがいないことを証明する。
意を決し、今までの流れ、現在の状況を手短に説明した。
オティヌスは眉を寄せ。

「一つ質問がある」
「何だよ、早く言え」
「お前は近頃、人を殺したか」
「何?」
「殺したか、と聞いている」
「殺してねえよ。傭兵として戦場に出る回数は随分と減ったしな」
「……ふむ」

品定めをするように、オティヌスはトールを見つめた。
そして、嘘ではない、と判断を下し。

「だとすると不味い状況だな。推測するに」
「………」
「フィアンマは今現在、お前の姿を騙った連続殺人犯と共に居る」
「……俺の、姿を?」
「加えて言えば、恐らくこの第四次世界大戦の首謀者とも言えるだろう。
 変装術式のプロなのかどうかはわからないが、きっかけは多く作っている」
「………」

自分の姿をしていれば確かに、警戒する必要なんてないだろう。

だけれども、経歴から考えて、彼女ならば見抜けるはずだが。

「私も彼女を捜す。…何か、取り返しのつかない過ちが起きる前に」
「…ああ。……頼む」


重厚な結界に包まれた廃教会。
その中に入ってようやく、トールはフィアンマを降ろした。
ふらつきながらもしっかりと立ち、彼女は周囲を見回す。

「何故イタリアが攻撃される…?」
「ローマ正教が世界中から敵視されてるからな。
 ローマ正教徒は皆殺しにしろ、っていう感じだろ。
 近頃の殺人犯はローマ正教から輩出されてるし」
「……二○億もの人間を、…敵視…?」
「たかが二○億。潰れても、支配者次第で何とでもなっちまう」
「………たったの十三年で、何がそこまでお前を変えたんだ」
「……さあ。色々ありすぎて、今となっちゃ思い出せねえことばっかりだ」

コツ、コツ。

教壇に腰掛け、彼は不遜にも聖母の像を見やる。
彼の左手薬指には、指輪がはまっていた。
細身の、純銀のリングだ。
華美を必要としない、結婚指輪。

「……俺たちは、此処で結婚したんだ」

二人きりで、と彼は言って。
神父以外誰も呼ばずに、と。

「死が二人を分かつまで、なんて寂しいよな」

トールが、何の気なしに右手を振る。
聖母の像の首が、ごろりと堕ちた。

「死が二人を別つとも、だ」

あまりにも冒涜的な所業に、フィアンマは不愉快さを隠さない。
彼は、首を緩く横に振った。

「怒った顔も可愛いな、フィアンマ。
 ………このまま、お前は一生此処に居てくれればいい」
「………嘘を、ついていたんだな」
「しばらくしたら元の世界に戻るって話か? ああ、ありゃ嘘だよ」

んー、と伸びをして。
彼はスーツのジャケットを正す。

「俺は此処に残る。俺"が"、残るべきだろ。
 そのためには『俺』が必要だから、……行ってくる」

止める間もなかった。
異世界の、過去の自分を殺すと湾曲して宣言し、彼は教会を出て行く。
今のフィアンマに、そこから出る術はなく。
出たとして、その街に安全はなかった。






「テメェだって、フィアンマの幸せを拒絶した上で其処に居るんだろ?」
               
                   歪んだ愛に気がつけない全能神―――トール




「………沢山理由はあったけど、諦めるなんて出来なかった」

                   一人の少女の為に戦う雷神―――トール




「俺様のせいできっと、トールは狂った。だとしたら、俺様が取るべき行動は」

                    教会の奥に眠る少女―――フィアンマ




良い感じに終盤ですが、別にトールさんを倒しても終わりじゃないです。
今回はここまで。

この次元にいるWトールのほかに
トールきゅん、トールたん、トールくん、トールちゃん、トール姉、トール兄、パパトール、ママトール、トール爺、トール婆、トール先生、トール様、トール殿、トール天皇その他諸々がフィアンマちゃんを求めてくるのか
胸が暑くなるな

いろんなフィアンマがでてくるssを1は書けばいいんじゃないかな

個人的に放浪癖のあるフィアンマさんを推す


トールさんがこれからも出てくるって意味じゃねえから!!

>>954
これまでのスレで色んなフィアンマさん出てきてるから…(震え声)

>>956
放浪癖…となると嫁さんが必要になってきますね。













投下。


サーチ術式をかけると、一定のところまでたどり着いて弾かれる。
オッレルスと同様の曖昧な手応えを感じながら、オティヌスはゆっくりと歩き進む。
彼女はこの目で、トールではない『トール』を観測している。
この自分が違和感を覚える程なのだ、フィアンマが見過ごすはずがない。
そして、先程出会ったトールが演技をしているようには見えなかった。
狂っているのなら、説明時にあのような筋道の立った話し方が出来るとは思えない。

…となると。

ほぼありえないとは思うものの、一つの可能性が浮かび上がる。

「異世界の"雷神トール"か……」

『異界反転』という大魔術がある。
それは術者の存在する世界を異世界にしてしまうことで、術者の望む状態にするものだ。
ちょうど、自分が行った世界改変を一度で終わらせるようなものだろうか。
何をどうしたら出来るのかは不明だが、例のトールはその『逆』を行ったのかもしれない。
即ち、自分という個人を特定して世界を移動したということ。
しかし、そんなことを行うためには術者特定が厳密に行われるよう、自分以外の人類を殺す必要がある。

「…………」

それこそ、全盛期の自分のように『全能神』である必要が有り。
且つ、その力を捨てる覚悟で世界を移動する必要がある訳で。

「……確実に、正気とは思えんな」

力を捨てて、自らの故郷の世界を捨てて、その世界を移動する価値はそんなにも大きいものだろうか。
決して喪いたくないものを手に入れたことのない自分には、到底理解出来ない。

「………」

サーチを弾くのにも魔力は使われている。
根気勝負ならばこちらの方が上だ、とオティヌスはサーチを実行し続けた。


どうして、トールはあんな風になってしまったのだろう。
何らかの術式の影響か、鈍くなった足を動かし。
どうにか礼拝堂の席に腰掛け、机に上体を預けてぼんやりとした意識で思う。

「………」

言動を思い返してみる。

愛していると言って、抱きしめてきた。
どこか、自分を見る度に泣きそうな表情を浮かべていた。
未来から来たと言った。嘘をついていた、とも。

『―――今度こそ、俺が守ってやる』

思うに、自分は彼の前から姿を消した。
口振りからして、誰かに殺されたのだろうと思う。
そして、彼は間一髪のところで自分を救うことが出来なかった。

どうしようもなく遠いところにあるものなら、人は諦めることが出来る。
後一歩で届くところにあったものを、人は諦めることが出来ない。

意識がぐらぐらと揺れる。
微睡みの心地良さが、身体を支配していた。

「………だとしても」

自分は、幸せだったはずだ。
最後の最期、きっと彼は自分の傍に居てくれた。
たったそれだけで、自分は幸せだった。
本来ならば、いつ喪っていてもおかしくなかったこの命に。
彼が、未来をくれた。死期を先延ばしにしてくれた。

それで自分は充分だったけれど、彼にとっては不十分だった。

「う………」

ひどく、眠い。
もう、目を開けていられない。

「俺様のせいできっと、トールは狂った。だとしたら、俺様が取るべき行動は――――」


走ることに疲れ果て、トールは路地裏に身を潜めていた。
爆撃は一時止み、生き残った人々も彼同様様々な場所に潜んでいる。
これから、恐らく一般の民衆は逃げる用意に入るだろう。
バチカン辺りは、反撃の手はずを整えるかもしれない。
危惧されていた第四次世界大戦が、とうとう開戦された。
第三次世界大戦の敗者に期待を、勝者に憤怒を与えられた結果だ。
たった一人が真犯人の、多くの殺人が現在の状況を作り上げた。
違う世界の未来の自分の凶行によるものだとわかるはずもない少年は、空を見上げて舌打ちをする。

「……クソ。間が悪いな」

せめて、彼女と喧嘩する前だったなら。

目を閉じる。
仮眠をしないと、このまま倒れてしまいそうだった。


同じ世界に、一人の人間が二人居ると破綻する。
ドッペルゲンガー<もう一人の自分>を見ると死ぬ。

そんな噂は多々あるが、それらは単純な迷信に過ぎない。
にも関わらず、何故トールは自らを殺しに向かうのか。

自分が居ると、彼女がいろいろな場面で迷う。

ただそれだけの理由だ。
そして、厳密には同一人物ではない以上タイムパラドックスは起きない。
気にせず、殺すことが出来る。支障など何もない。

それは同時に、『フィアンマ』も別人であるということの証明になる。

彼は気づかない。
気づいても、目を逸らす。
そうしなければ、喪ったものを補うことが出来ないから。

「……居ねえな」

サーチをかけると、イタリア国内という結果は出るのだが。
首を傾げ、トールは自分を探す。


カツ、コツ。

オティヌスはやがて、廃屋染みた教会へと辿りついた。
多種類の結界がかけられており、競合しあっている。
バチカンにおける結界同様、競合しあう結界は非常に解き辛い。

「……面倒臭ぇな」

力押しで壊そうにも、迎撃が仕掛けられているのがわかる。
ひとつひとつ手探りでいかなければ駄目か、とオティヌスはため息をついた。
見捨てる訳にはいかない。この中に居る少女は、自分がかつて慕った存在だ。
自分の居場所を決して人に話すことをしなかった、誠実な人だ。
どんなに苦労してでも、此処から出すだけの価値がある。

「………」

結界を構成する霊装を黙々と破壊し、解いていく。
何度か放たれた迎撃をかわし、鍵に手をかける。
じゅう、と手のひらが焼ける厭な音と痛みがあったが、無視をした。


結界が破壊されていることに気がついてすぐ、右目を閉じた。
霊装を通じて見た先に立っている少女にはよくよく見覚えがある。

「…オティヌスか」

彼女は、もうフィアンマを傷つけるようなことはしない。
今すぐ戻って殺す必要などないだろう。
彼女のことだから、フィアンマを保護する程度に終わるはず。
まずは目先の標的を片付けて、追々彼女も殺すことにすればいい。
フィアンマは泣いて悲しむかもしれないけれど、必要な犠牲だ。

彼女を守れるのは自分だけだ。

彼女を守れなかったあの頃より、ずっと強かった自分だけ。
彼女だって、薄々それはわかっているはずだ。
自分はもう、誰にも負けたりしない。高みのその先へ進んだから。


フィアンマと喧嘩をして出て行かれて、四日。
奇しくも、トールが彼女を救うのに間に合わなかった時と同じだけの日数。
雷神トールは疲れた身体を無理やり動かして、のろのろと歩いていた。
ミラノの街は既に人がほとんど居らず、閑散としている。皆、散らばって他国に避難したのだ。

天気模様が悪くなってきた。

今にも泣き出しそうな真っ黒な雲を見上げる。

「……フィアンマ」

彼女は今、暖かい場所に居るだろうか。
寒い思いをしていないか、苦しい目には遭っていないか。

後悔よりも先に、彼女への心配が募る。
会ったらまず謝って、抱きしめて、それから少し怒ろう。

「……それが出来りゃ良いけどな」
「ッ」

揶揄するような男の声に振り向き、目を疑った。
装いこそまるで違うものの、明らかに『自分』だった。
年齢はだいぶ上のように感じられる。十は離れているだろうか。

「無様だな。そうやって、お前は何も守れないまま死ぬんだ」

言って、男は右手を振った。
トールの背後、建物の群がまとめて崩れてくる。


「ッ、ぐ……何、なんだ…テメェ、は…? 誰だ…」
「お前だよ。……俺自身だ」

ガレキの山を持ち上げて投げ、トールはふらふらと立ちあがる。
男はつまらなそうに右手を振って砕き、嫌そうに答えた。

「俺が此処に残るにあたって、テメェは邪魔だ。
 消えてもらうけど、文句はねえよな。あっても意味はねえけど」
「……お前が、フィアンマを攫ったのか」
「人聞きが悪いな。俺の恋人なんだから、俺の傍に居させるのは当然だろ?」

カッ、と頭に血が上るまま、トールは瞬時に溶断アークブレードを現出させて飛びかかる。
当然のようにそれを現出させた『投擲の槌』で受け止め、男はうっすらと笑った。

「そういうところがダメなんだよ。
 何をどうしようと、結局は自分の都合と感情に帰結しちまう。
 そして、その身勝手は何も結果を残さない。自分本位を正当化するだけの力がねえからだ」

正当化出来ない程度の弱い力はもはや悪だ、と男は吐き捨てて右手を振るう。
重くのしかかる重圧を手首で受け止めるトールの体からは、ビキビキという音がした。
骨が折れる、と咄嗟に判断して一歩引く。

「経験値、強くなる、強大な敵。
 そんなものにばっかり目を向けてるから、世界の広い範囲にまで目が届かない。
 フィアンマを喪って当然だ。いつまでもガキの目線じゃ、大事なものは守れない」
「喪っ……」
「勘違いすんなよ。俺が殺した訳じゃない。……そんなこと、出来るはずがない」

昏い瞳を僅かに輝かせ、男は純粋な暴力を振るう。
まともに鳩尾に蹴りを受け、トールは飛び散りかけた意識を必死でかき集めた。

「ふざ、けんじゃ…ねえ、ぞ…」
「俺は真面目だ。安心しろよ、俺がフィアンマを幸せにする」
「テメェ、の…勝手で…アイツの、幸せを決めんな…。
 そもそも、……アイツは、幸せだろ………介入、するんじゃ…」
「……へえ。俺らしい台詞だな」
「がっ、ァ」

伸ばされた手が、髪を掴む。
そのまま壁に叩きつけ、男は手を離す。

「テメェだって、フィアンマの幸せを拒絶した上で其処に居るんだろ?」

幸せに、介入した上で。

言い返せなかった。
自分でない『誰か』と幸せになった彼女の姿を、あの地獄で何度も見た。
それが気に入らなくて、駄々をこねて、彼女を手に入れた。

「だったら、それも拒絶されて然るべきだ。
 フィアンマの幸せを踏みにじって手に入れた幸福を、邪魔されないってのはおかしい」

振り下ろされる武力を、避ける。


「三年後、お前はフィアンマと結婚する。
 それから程なくして、彼女を殺される。
 産まれて来るはずだった娘も、彼女自身も。
 全部テメェが我が儘を突き通した上に、それを正当化出来ない程弱かったからだ。
 お前がフィアンマをどこかで諦めておけば、こんなことにはならなかった。
 テメェ自身も殺されなくて済んだ、俺に。俺は未来のお前だ。失敗したお前自身だ。
 今度は、俺が我が儘を突き通す。力のないテメェは黙って俺に譲れ。
 お前が今までそうしてきたように、弱者から奪って自分の世界を満たす!」

一方的な暴力だった。
腹に蹴りを入れられ、顔を殴られ、壁に叩きつけられる。
片脚を当然のように折られ、皮膚をごそりと抉られた。
降り出した雨が傷口に沁み、絶叫することすら許されない激痛が精神を圧迫する。

「二つに一つだ。……フィアンマを諦めるか、ここで死ぬか」

問いに続いて語られた未来は、あまりにも残酷だった。
きっと、目の前の男に彼女を任せれば、そんな未来はこない。
自分よりも遥かに強いのだと相対してわかるから、それは確実だ。

だけど。
でも。
それでも。

「………沢山理由はあったけど、諦めるなんて出来なかった」

『地獄』で何度も選ばされた。
彼女を見捨てて楽になるか、彼女を選んで苦しめられるか。

今回は、逆の問いかけだ。

彼女を選んで苦しめられるか、彼女を見捨てて楽になるか。
より正確に言えば、彼女を自分の傍に置きたいと我が儘を言う程、苦しめられる。

「……今回だって、諦めることなんか出来ねえよ」
「…………それが、最終回答なんだな」
「…は。そもそも、過去<俺>にばっかり責任押し付けてんじゃねえ」

破綻した論理に返すのは、筋道の通った意見。

「お前はお前だ」

一分後の自分は、一分前の自分にはなれない。
逆もまた然り。だって、今のトールはフィアンマを殺されたりなんかしていない。

「絶望位、自分で処理しやがれ!」


夢を見る。
所謂、自覚夢というものだった。

『う、あ……』

腹部が痛い。
のろのろと手を伸ばして触ると、冷たかった。
べっとりと手に付着したものは、血液だった。
それも、自分のものだとすぐに理解出来た。

『………?』

周囲の男は、こぞって何かを食べている。
それが何かを理解出来ないまま、男達は一瞬で肉塊になった。
暖かい腕に抱き上げられ、泣きそうな声で話しかけられる。

トールだった。

自分が直近まで会っていた彼とも、喧嘩をしていた彼とも違う年齢の。

『俺様、と…トールの、…あかちゃん……あかちゃん、は…?』

勝手に言葉が飛び出た。
彼は泣きそうな顔をして、それから無理やり笑って。

『ああ、無事だよ。間に、合った。隣の部屋で、即席で作ったベッドに寝かせてる。
 お前によく似てるよ。髪が赤くて、顔も可愛い赤ん坊だった』
『そう、か……よか、った』

嘘だな、とすぐにわかった。
嘘をつかなければならない程、彼は追い詰められていた。

泣かないで欲しかった。

自分がたとえ死んでも、前を向いて生きていて欲しかった。
とても悔しいけれど、誰かと結ばれてでも、良い人生を送って欲しかった。

なかないで。
ここにきてくれて、ありがとう。

何も言えないまま、意識が遠ざかっていく。


「……おい」
「……オティ…ヌス…?」
「…目は、覚めたか」

目を開ける。
雨の音が聞こえてくる。
教会の扉が開いているようだった。

傍らに立つ少女は、紛れもなく見知った顔で。

「眠っていたようだな」
「……昏倒術式を使用されたようだ」
「そのようだな。…さて、どうする?」
「…どうする、とはどういう意味だ?」
「トールの下へ向かうか、私の傍に居るか」

安全なのは後者だが、とオティヌスは付け加える。
自分の安全など、どうでも良かった。
"彼"に伝えておくべきことがあるし、何よりもトールが心配だ。

自分が『今』、交際している方のトールが。

「場所がわかっているなら連れて行ってくれ。
 わからないのなら、捜すのを手伝って欲しい」
「わかった。……フィアンマ」
「ん?」
「……私を売らなかったな」
「……売る必要があるのか?
 …助けにきてくれて、…感謝する」

長い金髪を撫で、陣を描く。
少し遅れて、オティヌスも陣を描き始めた。


今回はここまで。
そろそろ次スレを…スレタイ…

乙乙。

次スレタイ案

トール「助けてくれると嬉しいのだが」トールさん「あん?」


今回投下分で一区切りです。次スレは近々更新…したい。
次スレ立てて誘導し次第、埋めちゃってください。

>>972
不覚にもワロタ










投下。


彼女からもらったストールも髪留めもびしょ濡れだ。
教会に戻り次第手入れをしないと。

そんなことを考えながら、男は年若い自らを虐げていた。
必死の抵抗も、徐々に弱まってくる。
この辺りで決着をつけて、彼女の下に戻ろう。
真実を告げるかどうかは、彼女の様子を見て決める。

少なくとも。

こうして決着をつけておけば、彼女は自分と過去の自分で迷うことはない。

「終わりだ」

血液と胃液の入り混じった液体を口から零す少年に、ゆっくりと歩み寄る。
もうほとんど身体に力が入っていないのか、無抵抗にこちらを見上げられた。

「……アイツの下に帰るのは、俺だ」

そうでなければ、今までの苦労が報われない。
『投擲の槌』を振り上げると同時、彼女の姿が視界に入った。
厄介なことに、オティヌスがここまで連れてきたらしい。
危険な戦場に立ち入らせたくない、と振り返り声を出そうとしたところで。


「トール!!」

ほとんど叫ぶような声を出して、彼女はトールの方へと走ってくる。
その瞳は不安げに揺れ、心配しているということがありありとわかった。

「フィア、」

彼女は。
たったの一瞥も寄越さずに。
男の隣を走り抜け、雷神トールに駆け寄った。

「………」
「トール、目は見えるか。脚は…折れているようだな」

冷静さを必死に保とうとする少女の声が、背後で聞こえる。
それに対し、少年の自分が『大丈夫』『結構キツい』などと答えているのも聞こえた。

「……………、……」

うすらうすら、気がついていたけれど。
ここが終わり、此処が、限界。
沢山のものを壊して積み重ね、ようやくたどり着いて尚、手に入らないものがあるということ。
目を逸らしてきたもの全てが翻る、悲哀。


最初から、彼女は迷ってなんかいなかった。
彼女にとっての恋人は、『今を生きるトール』でしかない。
未来を生きたトールは、もはや彼女にとって別人に等しい存在だ。

わかっていた。

頭では理解していたが、都合の悪い事全てに見ないフリをした。

「……フィアンマ」

呼びかける。
雨の音でかき消されたのか、やはり、彼女は振り向かない。
意識しない内に、霊装を捨て、手を伸ばしていた。
彼女の細い首を絞め、この手で殺してしまうビジョンが脳内に浮かんだ。
雨水が目に入ったのか、じわじわと視界が滲んでいる。
息が苦しくて唇をきつくきつく噛み締めた。

「……、」

彼女が、振り向く。
その琥珀色の瞳は、潤んでいた。

「……トール」

そんなつもりは、到底無いだろう。
無いだろうけれど、糾弾しているように聞こえた。
どさ、とその場に膝をつく。身体に力が入らない。

「う、あああ、あああああああ…!!」
「………」


傷口の止血をして、振り返った。
伸ばされた手は震え、彼の表情は泣きそうだった。
咄嗟に優先したのは、当然ながら怪我をした方の彼だったけれど。
目の前の彼にも、伝えなければならないことがある。

「……るのか」
「……何を」
「俺を、恨んでるんだろ…? いいよ、罵れよ」
「………」
「お前を救えなかった俺は、お前の味方なんかじゃなかった。
 どれだけ力を手に入れようが、お前を守れなかった時点で恋人失格だ。
 ……恨んでるんだろ、俺を。無能だって、役立たずって、罵ってくれていい」

彼は今、自分が泣いていることに気がついているだろうか。

「お前に嘘をついた。沢山嘘をついて騙した。
 あれだけ夢を見せて、散々語っておいて、俺はフィアンマを裏切ったんだ。
 わかってる。………だから、嫌いになられたって、…仕方、ないよな」

でも、本当に好きだったんだ。
娘も含めて守りたいと、心の底から思っていたんだ。
信じてくれ。信じてくれ、頼む、信じて欲しい。

力なく懺悔でもするかのように頭を垂れる彼に、先程までの狂気は見当たらなかった。
フィアンマは手を伸ばし、彼の長い前髪と、首元に触れた。

「……、トールは俺様を助けに来てくれたんだろう?
 結果じゃない。過程が大切だと教えてくれたのは、紛れもなくお前だ。
 嘘をつかせて、すまなかった。お前を恨んだことなんて、一度もない。
 俺様は、最期まで幸せだった。傍に居てくれたら、それだけで満足だった。
 俺様が居なくなっても、死んでも、それがどんなに悲惨な悲劇だったとしても。
 それら全てを飲み干して、自分の人生を生きて欲しかった。俺様の望みは、きっとそれだけだったよ」

三年後の、十年前の『あの日』。

「助けようとしてくれて、嬉しかった」

彼女が、口にすることの出来なかった言葉だった。
一緒に生きられただけで幸せだったのだから、終わりは終わりとして受け入れる。
とても悲しいことだとしても、たった一度で終わってしまうから、人生は尊い。

「だが」


「だからといって。……俺様は、お前を受け入れることは出来ない。
 俺様が愛しているのは、愛せるのは、お前じゃない。今現在を生きているトールただ一人だ」
「…………ああ」

はっきりとした拒絶に、安堵した。
そう言えるような女性だったから、自分はいつまでも愛し続けられた。

「もしも。……遠い何処かで、知らない何時かに出会って。
 またお互いを好きになったら、その時は。……その時は、また、愛して欲しい」

他者から見れば報われない人生だったけど、もう満足だ。

「……そんな事言われて、そんな顔されたら」

立ち上がる。
服に付着した埃を手で払って、深く息を吸い込んだ。

「本当、攫えなくなっちまうよ。……ここで、終わりだ」
「トー、」

声をかけられる前に、立ち止まってしまわぬように、転移術式を使う。
向かう場所は決まっていたし、やることも決まっていた。

もう、どこにも居場所はない。

別の世界を求めたところで、結果は変わりようがない。
最期に、彼女の笑顔をまた見られて、良かった。
嬉しかったと、そう言ってもらえたのだから、充分過ぎる。
彼女の望む通りの生き方は、やはり、どうやら選べそうにない。


終わった、のか。

姿を消したトールを追いかけるでもなく、フィアンマはトールの傍らに座ったままでいた。
あまりにも濃密な数日感に、目眩がする。
彼がこれからどうするのか、予測がつかない。
とはいえ、自分達に関わってくることはもうないだろう、と感じた。
言うべきことは言って伝えた。どう考えるかは、彼自身の問題だろう。

「……俺様が死んでも、大切にしていたんだな」

彼が身につけていたものを思い返す。
自分があげたものを身につけていたことを。

「………!」

はっ、と振り返る。
浅い呼吸を繰り返す恋人を見、血の気が引いた。
輸血パックなんてものはなく、治癒術式を行うにも材料が足りない。

「病院まで向かうが、保つか…?」
「だい、じょ……ぶ…だろ……」

彼の顔色は非常に悪い。
力の入らない少年の身体を抱え、彼女は描いておいた転移用の陣に足を踏み入れる。


「よお、オティヌスちゃん」
「…………わざわざ、私の所へ来るとはな」
「一度は完璧な神の座についた者同士、仲良くしようぜ。とはいっても」
「殺されに、来たんだろう?」
「よくわかってるな」

トールがやって来たのは、オティヌスの下だった。
一般市民の避難に協力した後、彼女はビルの屋上に立っていた。
雨は止み、雷だけがごろごろと燻る音が聞こえる。

「お前は以前の世界で、私を殺したのか」
「まあな。……フィアンマを、救ってくれなかったから」
「狂人め。………抵抗は?」
「しちまうかもしれないから、お前を選んだ」
「なるほど」

幾万の地獄を踏み越え、一つの世界を犠牲にした男は。
一人の少女の拒絶によって、死を選ぶ。

「……、…守るものを持つというのは、弱みを得るということか」
「必ずしもそうとは限らねえがよ。俺はアイツと出会って、別種の強みを手に入れられた」
「そうか」

得体の知れない力の塊が、彼の身を貫いた。
ビルの屋上に血液が広がり、穢していく。

「……この大戦で、…フィアンマの、存在は…ほとんど、わすれ、られる」

抵抗せんとする本能的な闘争本能を抑え込み、男は笑う。
口端から血液が溢れ、痛みが体中を締め付ける。

「危険な、やつは…排除、した。
 後は、……俺、自身が…何とか、する…はず、だ」
「………」
「ぐ、ぉ…ぼ、……げほっ、けほ…」

どさ、とうつ伏せに倒れ込んだコンクリートは、冷たい。
目を閉じ、麻痺してきた痛みに酩酊にも似た感覚を得る。

「いつ、か。…どこか、で」

また、会えたら。
今度こそ、彼女の手を離さないでいよう。

甘酸っぱい恋をして。
つまらない毎日を一緒に過ごして。

今度こそ、一生を添い遂げたい。

それ位は、願ってもゆるされるはずだ。


チャイムの音。
聞きなれた靴音。

意識が朦朧としていて、反応出来ない。

『……具合が悪いのか?』

差し出された手に、見覚えがある。
ああ、彼女の手だ。

『フィアンマ、』


ここまで。
最後のは誤爆じゃないです。ちゃんと意味があります。

トール「フィアンマ、か。……タイプの美人だ」
トール「フィアンマ、か。……タイプの美人だ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399381899/)

次スレこちらです。移動&埋め願います(ついでに希望とかあったら埋めついでに書いておいてください)

そういや学パロ番外編ってどうなったんだっけ

現時点まとめ

・百合
・突撃となりの学園都市
・アックアさんに会いに行く

>>991
書く予定でいるのですが、ひとまずトーフィア(本編)終了後になります。
本来なら両立が望ましいのでしょうが、番外編と両立出来る気がしないので…   埋め


トール「…何埋めてんだよ」

フィアンマ「仮に死体だと答えたらどうする?」

トール「死体の身元聞いて、相手によっちゃ怒る」

フィアンマ「トマトの種だよ」

トール「トマト?」

フィアンマ「この地域はやたらと暑いからな。甘いトマトが出来るかと」

トール「なるほど。育ったら何かに使うのか?」

フィアンマ「潰してソースにする」

トール「生食用じゃねえのか」

フィアンマ「……生が良いのか?」

トール「………」

フィアンマ「……ん?」

トール「いや、何でもない。色々考えたけど昼間っから話す内容じゃないから忘れろ」


トール「………フィアンマちゃんさー」

フィアンマ「何だ、珍しい呼び方をして」

トール「ネタバレってどう思うよ」ペラ

フィアンマ「推理小説…書き込まれているな」

トール「モロ犯人の名前」

フィアンマ「……んー」

トール「ま、気になるなら古書で買うなって話なんだろうけどさ…」ヤレヤレ

フィアンマ「トリックを推理して楽しむという方法もあるぞ」

トール「別に密室殺人じゃないしな」

フィアンマ「ちなみに終盤で所謂どんでん返しがあって、主人公の妄想オチだ」

トール「おい。……おいこら」


フィアンマ「…映画を見ていてふと思ったのだがね」

トール「何を?」

フィアンマ「浮気を疑う定番の台詞に『この長い髪の毛誰のよ』というものがあるだろう」

トール「あるな。ベタベタな定番だけど」

フィアンマ「トールの場合はトール自身が長髪なので成立しないな」

トール「ああ、まあ…そうだな。そもそも浮気するつもりもねえけど」

フィアンマ「……」

トール「…何だよ」

フィアンマ「前科が」

トール「指輪買った先の店員の香水って説明しただろうが!」

フィアンマ「冗談だ、怒るなよ」

トール「ったく……」

フィアンマ「ちなみに俺様が不貞を働いた場合、やはりきちんと怒ってくれるのか?」

トール「ちょいとトラウマ刺激されて落ち込んだ後に怒る」

フィアンマ「心配せずとも浮気などしな…………この黒くて長い髪の毛は?」

トール「………クソッタレめ。道理で部屋の料金が安い訳だ!!」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom