北条加蓮「藍子と」高森藍子「今日もカフェテラスで」 (168)


レンアイカフェテラスシリーズ最終話です。



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――おしゃれなカフェテラス――

北条加蓮「お待たせ……! ごめんごめん、遅れちゃった……」

高森藍子「おはようございます、加蓮ちゃん。こちらこそ、朝から急に連絡してごめんなさいっ」

加蓮「藍子が謝ることじゃないって――」

藍子「それなら加蓮ちゃんが謝ることでもありませんね。待っている時間も楽しいですから……気にしないでください♪」

藍子「加蓮ちゃん」

藍子「いつもみたいにのんびりしても、いいんですけれど……今日、まずは最初に言わなきゃいけないことがあります」

藍子「今度は、私が重大報告をする番ですね。加蓮ちゃんみたいに意地悪は言いません。でも、加蓮ちゃんの心構えは……」

加蓮「分かってる。『あいこカフェ』のことだよね」

藍子「いま言っても、いいですか?」

加蓮「……うん。教えて。藍子は、どんな答えを出したの?」

藍子「『あいこカフェ』のこと、しっかり考えてきました」

藍子「私が、アイドルをこのまま続けるか、カフェの店長さんになるか――」

藍子「私、やっぱり、アイドルを続けようって思います。続けるって決めて、ここに来ました」

藍子「私がまだ、加蓮ちゃんに追いついていないのなら……この道は、ゴールするまで歩ききりたいんです」

藍子「もし、追いついたよって言ってくれるなら……今度はアイドルの道を、一緒に歩きませんか?」

藍子「この広い世界には、まだ私も加蓮ちゃんも知らない景色が……楽しいことも、幸せなことも、いっぱい待っているって思うから」

藍子「ゴールして、それで終わりじゃないんです。私、もっともっと歩きたいっ」

藍子「『あいこカフェ』を本物にするのは、もう少しだけお預けにさせてください。これが、私の決めた答えです……!」

加蓮「じゃあ……藍子は、アイドルの道を選ぶんだね」

藍子「はいっ。これからも、これまでのように一緒にアイドルですっ。だからまた、ここで作戦会議をしましょうね。私、まだまだ本気ですから!」

加蓮「……うんっ。いいよ。何回でもやろうよ!」

加蓮「作戦会議の作戦会議でもいいよ。途中でまた別の話になっちゃってもいい。何度だってアイドルの話をしようよ。今度はどうやってファンのみんなを喜ばせるかとかっ……」

加蓮「あははっ……。私、藍子がカフェをやりたいって言ってもいいって本気で思ってたのに……やっぱり、アイドルをやりたいって言ってくれて嬉しいや……」

藍子「加蓮ちゃん……。もうっ、泣かないでください。私まで泣きたくなっちゃう……」

加蓮「うん、よしっ。もう泣かないっ」

藍子「じゃあ……私も。目のはしを、ぎゅっと拭いてっ」

加蓮「そっかそっか。あーあ、そっかー。残念」

藍子「……残念だったんですか? でもさっき、私がアイドルをやりたいって言って、嬉しいって」

加蓮「カフェクイーン藍子様って呼びたかったのになー」

藍子「呼ばないでください……。もう、さっきまでの加蓮ちゃんはどこへ行ったんですか~」

加蓮「アイドルじゃない藍子なんて、藍子様で十分よっ」

藍子「呼び捨てより、さま付けの方が十分なんですか?」

加蓮「ふふん」

藍子「……加蓮ちゃん、へんなのっ。ふふっ」

加蓮「マジな話、私は藍子がどっちを選んでも本気で応援してたし、一緒にやるって決めてたよ。さっきはつい泣きかけちゃったけどね……」

加蓮「そして絶対に、どっちを選んでも一言くらい文句を言うって決めてた。こういう大きな選択って、きっとそういうことだと思うな」

加蓮「それを言いたくて、朝早くから電話してきたの?」

藍子「それもありますけれど……。今日は1日、加蓮ちゃんとたっぷりお話したいなって、昨日から思っていました!」

藍子「忙しいことがいろいろと終わったから、今日くらいは、1日のんびりしたいじゃないですか」

加蓮「そうなんだっ」

藍子「どうしても言わないといけないお話は、『あいこカフェ』のことだけ。あとは……私が、加蓮ちゃんと会いたかっただけです♪」

加蓮「一番大きな話が、最初で終わっちゃったじゃんっ」

藍子「加蓮ちゃん、きっと朝ご飯も食べていませんよね。朝食セット、食べてみましょうっ」

加蓮「そういえば普段食べたことないっけ」

藍子「朝にここに来るとしたら土曜日か日曜日で、それもお仕事やレッスンが多いですからね」

加蓮「だねー。朝ご飯を食べて、今この瞬間に今日の朝を迎えたって気持ちになれるかな」

藍子「はい、きっと。いつも通りだけど、今日は少しだけ特別な朝です」

加蓮「梅雨の時期は、やっぱり雨ばっかりで暗い気持ちになっちゃうけど……その分、朝の涼しさが気持ちいいっ」

藍子「風も、とっても気持ちいい……。冷たいのに、ほんのりと熱を感じられて、今だけは夏を先取りしている気分っ」

加蓮「梅雨の合間に見える、次の季節の風。なんだかそういうのもいいよね」

藍子「うんっ」

藍子「そして、梅雨が終わったら夏が来ます」

加蓮「夏服はもうバッチリ。水着は……さすがにまだかな。しっかり準備しなきゃ」

藍子「私も、夏になったらどこへお出かけするか、想像するだけでわくわくしますっ。靴や上着も、出しておかなきゃ」

藍子「でも……夏が来るということは、春が終わるということ。1つの季節が終わってしまう瞬間は、いつだってちいさな寂しさがありますよね……」

加蓮「そんな寂しさをいくつも乗り越えてるから、藍子は大人っぽいのかな」

藍子「くすっ。加蓮ちゃんを前にしたら、私はただの子どもですよ」

加蓮「藍子の前じゃ、私なんてただのワガママな子供だよ」

藍子「じゃあ……お互い子どもってことで♪」

加蓮「子供らしく、楽しんで生きちゃおっか」

藍子「楽しみになりすぎて、失敗が増えたりしないように……。加蓮ちゃんをいろんなところへ連れて行く計画が、台無しになってしまわないようにしなきゃ」

加蓮「……連れ回されるのは確定してるの?」

加蓮「逆に、せっかくの梅雨なんだし大人っぽくいくのもアリかも」

藍子「しっとりと落ち着かせてくれる雨や、空が暗い雲に覆われがちだからこそ、大人になれる季節かもしれません」

加蓮「思わせぶりに髪を降ろしてみたりして」

藍子「試しに、やってみようかな……?」

加蓮「……注文を取りに来た店員さんがすごい勢いで2度見した」

加蓮「さて、何を注文しよっかな? 限定メニュー……あれ、このブレンドジュースって」

藍子「ライチのブレンドジュースですね。夏らしいさっぱりとした味で、梅雨のじめじめにも効果ばつぐんっ」

加蓮「結局何が入ってるかわかんなかったヤツだよね。店員さんに聞いても教えてくれないし」

藍子「カフェのオリジナルブレンドは、やっぱり秘密です」

加蓮「知ってほしいんだかほしくないんだか」

藍子「加蓮ちゃんの言う、乙女心みたいな物かも。それでは店員さん、ライチのブレンドジュースと朝食セットで、お願いします」

加蓮「……店員さん? 私も藍子も、朝食セットとライチのブレンドジュースでいいよ?」

藍子「もしかして、朝はブレンドジュースをやっていなかったでしょうか……?」

加蓮「違うみたいだけど……」

藍子「許可をもらったことなら、もう少し後でやる予定ですよ。そうではなくて、何か言いたいこと……?」

加蓮「そんなに辺りを見渡して。今は誰もいないから大丈夫じゃない? ほらほら、言うなら今っ。今なら藍子ちゃんがサインでも握手でも、なんならここでソロLIVEだってやっちゃうよー?」

藍子「LIVEはちょっと……。あ、でも、『あいこカフェ』で歌った歌ならできるかもしれませんね」

加蓮「……えっと。店員さん、ホントに何が言いたいの?」

<…………。

<…………おかえりなさい、2人とも

藍子「!」

加蓮「だってさ、藍子っ」

藍子「店員さん。……ただいまっ♪」

加蓮「ただいま、店員さん。……こんなこと言うなんて、他に誰もいない今日だけだよー?」

加蓮「誰かが髪をまとめあげてたりすると、やっぱり手伝いたくなっちゃう」

藍子「……ゆっくりしすぎちゃいましたか?」

加蓮「ゆっくりだなーって思いながら見てはいたけど、そういうことじゃないよー」

藍子「家にいる時も、洗面所を長く使いすぎて、お母さんに叱られちゃったりします」

加蓮「それは私もキレる」

藍子「加蓮ちゃんの方が恐い……。でも、お母さんは私を叱った後に、しょうがないって言いながらも手伝ってくれるんです。髪もよくまとめてくれて……加蓮ちゃんも、やってくれますか?」

加蓮「…………」

藍子「……加蓮お姉ちゃんっ」

加蓮「言うと思った。うりゃ!」

藍子「ああっ。せっかくまとまりかけていたのに~」

加蓮「お出かけ計画とは違うけど、私も今日は藍子と色んな話をしたかったんだよ」

加蓮「どーでもいい話から、ちょっと重要なことまで……それこそ『あいこカフェ』のこと。まだ決まってないなら本気で話し合おうって思ってた」

加蓮「けど、藍子はもう決めちゃってたし……藍子の顔を見たら、なんかいろいろ吹っ飛んじゃったっ」

加蓮「だって、いつもみたいにカフェで私のことを待ってただけなのに、そんなに嬉しそうにするんだから!」

藍子「……私、そんなに笑っていましたか?」

加蓮「自覚なかった? とても大切なお話をする顔じゃなかったよ。急に切り出した時には少しびっくりしちゃった」

藍子「それなら……表情だけではなく、言葉でも伝えなきゃ。加蓮ちゃん、今日も会えて嬉しいですっ」

藍子「なんて……ちょっぴり、大げさだったかな」

加蓮「大げさー」

藍子「ふふ、やっぱり」

藍子「でも、そんなにお話したいことがあるなら電話してきてもいいのに。昨日の夜は、けっこう遅くまで起きていましたよ。『あいこカフェ』のことを最後まで悩んでいたから……」

加蓮「会いたくなるし、そうやってワガママを言うのはヤダ。昨日起きてたのだってたまたまでしょ?」

藍子「分かっていますけれど、一言だけでもいいんです。一言だけ、こんなことがあったよって話してくれて……」

藍子「よかったね、って言うだけでも、その日をもっと楽しく過ごせると思いますから」

加蓮「……」

藍子「なんて言っても、加蓮ちゃんはやっぱり、電話をしたら会いたくなるって言っちゃいますよね。せめて、会いたいって思った時の電話くらいは、かけてきてくださいね」

加蓮「……ううん。じゃあ……たまには一言くらいならいいかも。それで元気をもらえそうだしっ」

藍子「あれっ、珍しい。加蓮ちゃんが素直に認めた……? どういうことでしょう……?」

加蓮「いや、だから。その失礼な疑問をやめなさい」

藍子「加蓮ちゃんのお話は、なにですか?」

加蓮「だから大したことないんだって。でも藍子がアイドルをやりたいって言うから、じゃあどんなことをやるか話し合ってもいいかも」

藍子「今度は私が、加蓮ちゃんのやりたいことを叶える番です。なんでも言ってください」

加蓮「じゃあ、私1つやりたいことがあるの」

藍子「うんっ」

加蓮「藍子のカフェコラムの朗読会!」

藍子「……それはイヤです!」

加蓮「なんでも言ってくださいって言ったじゃん!」

藍子「イヤですっ」

藍子「そんなことを言うなら私も、アイドルとしてどうしてもやらないといけないことがあります――加蓮ちゃん、ゆるふわ大計画ですっ」

加蓮「だからそれ、しないでいいから!」

藍子「いいじゃないですか~。一緒に、ゆるふわになりましょう♪」

加蓮「やだ!」

加蓮「アイドルだからこそ、子供みたいに歌うのもやってみたいなあ……。子供らしくって意味じゃなくて、ただ楽しむだけの歌」

藍子「たまには、のんびり歌ってみましょう。童謡や、子守唄もおすすめですよ」

加蓮「肩の力を抜くためにも確かに選曲には気を遣わなきゃね。歌次第だとやっぱり勝手にスイッチが入るっていうか……」

加蓮「先に藍子に歌ってもらって、お手本にしてみよっと。リラックスして歌うのってこういうことなんだ、って感じで」

藍子「いいですよ、私で参考に……待ってください。加蓮ちゃん、私に何を歌わせるつもりですか?」

加蓮「それはもちろん千葉県から落花生の馬車に乗ってやってきた地球外生命体の電波ソングを」

藍子「そんな頭のいい子どものような悪口をまくしたてないでください! 菜々さん泣いちゃいますよ!?」

加蓮「あの人いつも泣いてるから別にいいじゃん」

藍子「そういう問題ではありません……」

<お待たせ致しました

加蓮「来た来たっ。お腹ぺこぺこー」

藍子「ふっくらご飯と、箸を入れる前からとろっとした卵が見える目玉焼き……いただきますっ」

加蓮「いただきます。……うんっ。しゃきっとした野菜とか、トマトも美味しい! カフェで食べるトマトって、家の美味しくないヤツと全然違うよね」

藍子「私も、ひとくち。……~~~~~っ!」

加蓮「美味しいのは分かったから……。頭ぐるぐるすると目が回っちゃうよ?」

「「ごちそうさまでした。」」


藍子「トマトが美味しくて……ほんの少し、カフェへの未練が生まれちゃいました……!」

加蓮「分かるけどさ……。ブレンドジュースって、意外と野菜に合うね。美味しー♪」

藍子「レッスンルームでお話した時には……カフェを開くのはトップアイドルになってから! って言ったのに、結局『あいこカフェ』はオープンしちゃいましたよね」

加蓮「あははっ。そんな話もしたっけ」

藍子「加蓮ちゃんと一緒にいると、私のやりたいことも、どんどん想像できてしまうから……」

加蓮「話したら話した分だけ夢が広がって、そして叶っちゃうの。お互いアイドルだもん、そういう関係だっていいんじゃない?」

藍子「お互い、アイドルですから」

加蓮「ね」

藍子「今までたくさんのお話をして、中には想像のお話だったのが、カフェと同じように叶っちゃったのもあります」

加蓮「ホント、今までたくさんの時間を過ごして、色んな話をしたよね……。藍子、確か近いうちにマイ・ヒストリーってコーナーに出る予定あったよね? 写真とか今持ってる?」

藍子「ふっふっふ~……今日は、加蓮ちゃんとお話するために準備してきましたよ。なんと、アルバムまで持ってきちゃいました!」

加蓮「さすが藍子! って、なんで鞄にアルバムが5冊も入ってんの……」

藍子「どの写真から振り返ってみますか?」

加蓮「そうだね――」

藍子「梅雨と言えば……事務所の屋上で、加蓮ちゃんと一緒に見た虹の写真!」

加蓮「雨が嫌いって言った私に、藍子が見せてくれた虹の光景……。それを見る笑顔の私、か。いい顔してるなぁ、この時の私……」

加蓮「……この時期は夏に向けてのレッスンも増えるし、雨にイライラすることもあって……藍子ほど、好きだって言い切るのは難しいかもね」

藍子「…………」

加蓮「だから……また嫌な気持ちになっちゃった時は、藍子に頼っちゃおうかな」

加蓮「甘えっぱなしは好きじゃないけど……。虹を見せてくれた時はすごく嬉しかったから。たまにはまた頼っちゃいたいなー……って思うんだよね」

藍子「……もちろんっ。その時は、加蓮ちゃんが元気になれるように、色んなお話をしますね」

藍子「これも、雨の時の写真。加蓮ちゃん、覚えてる?」

加蓮「覚えてる覚えてるっ。天気雨の後に思いっきり晴れて、カフェの外で大はしゃぎしたよね。藍子に撮ってほしくて駆け出しちゃったんだ」

藍子「加蓮ちゃん、あのとき急に撮るんですから。ほら、加蓮ちゃんが送ってくれた写真の私が、ぽかんってしちゃっています」

加蓮「その後の一緒に撮った1枚は、アイドルっぽい笑顔をしてるでしょ?」

藍子「はい。加蓮ちゃんも、私も♪」

加蓮「カフェのハロウィンの写真だ。……藍子がなんだか落ち込んだ顔になってるね。これ、もしかして藍子が相談してきた時?」

藍子「……はい、そうです。オーディションに落ちてしまって、いろいろ考え込んでしまって……もしかしたら周りのみなさんのこと、見下してしまっていたのかな、なんて思ってしまっていました」

加蓮「あの時の……」

藍子「あの時の」

藍子「……あの時の自分は、あまり思い返したくありません。それでも……加蓮ちゃんが励ましてくれたから、私にとってはこれもいい思い出です」

藍子「加蓮ちゃんは、私――高森藍子なら、絶対そうは思わないって言ってくれました。私のことなのに、私よりも自信まんまんでしたよね」

藍子「加蓮ちゃんの言葉が、すっごく嬉しかったんですよ。私が……加蓮ちゃんの言葉をお借りするなら、いい子ぶっているだけではないと自信を持てたのは、あの言葉があったからです」

加蓮「そっか……」

藍子「うんっ。加蓮ちゃんのおかげ……」

加蓮「……ふふっ、だってよく考えてみてよ。藍子がたかが余裕を持ったからって周囲を見下すとか絶対ありえなくない? どっちかっていうと、何馬鹿なこと言ってんだろ、って思ったくらいなんだよ?」

藍子「それでも十分ですよ。加蓮ちゃんの鋭い言葉が、心の奥側まで届いたんですから」

加蓮「これは……。私と藍子がカメラ目線で、机の上には藍子のスマフォ? いつの写真だろ……」

藍子「確か、とても早く雪が降った冬の写真ですね。覚えていませんか? 加蓮ちゃんと一緒に、ケーキを食べに行く予定や、イルミネーションを見に行く計画のお話もしました」

加蓮「えーっと……」

藍子「それから、ポテトの露店も出る情報を見た加蓮ちゃんが、」

加蓮「思い出した!」

藍子「ひゃ」

加蓮「ポテトの露店を食べそびれてて、その露店が出るイベントの情報を見た時のだよねっ」

藍子「50年ぶりに秋の雪を見られた日でもあったんです。覚えていますか?」

加蓮「だんだん思い出してきた……。記念に、店員さんに写真を撮ってもらったんだっけ」

藍子「はい。イベントの情報を見た後の、帰りぎわに。加蓮ちゃん、この日もすっごく楽しそうでした♪」

加蓮「こっちは、クリスマス探しの写真だね。これも懐かしいな……」

藍子「サンタさんの服を着ている子どもを見つけたり、リースの首輪を見つけたりして、その度に一緒に笑い合いましたね」

加蓮「子供みたい、って思っちゃったけど、だんだん楽しくなっちゃってっ」

藍子「時には自分から探しに行った方が、すてきな景色と出会えるんですよ。……そうだっ。また今度、雨が降った日に一緒に歩きませんか? そうすれば加蓮ちゃんも、今度こそ雨を好きになれるかも!」

加蓮「いいけど、好きになるのはきっとその日限定だよー?」

藍子「加蓮ちゃん、あいかわらず手強いんですから」

加蓮「わ、私がキッチンに立ってる写真……。エプロンまでつけて、すっごい真剣な顔……」

藍子「……そんなに震えながら、写真を手に取らなくても」

加蓮「藍子が元気になったらサンドイッチを作ってあげる、なんて軽く言った言葉が、まさかこんな大事件になるなんて――!」

藍子「私の家のキッチンに立つことが、大事件なんですか……?」

藍子「こっちのアルバムは――……」

加蓮「……えっと、藍子。藍子ちゃん? いま、あんまり人に見せちゃいけない写真がちらっと見えたような、」

藍子「えっ。違います! その……これです、これっ。加蓮ちゃんの水着の!」

加蓮「場所と相手によってはマズイでしょそれ!」

藍子「でもっ。こんなにいい表情の加蓮ちゃんなんですよ。誰も、いやっ……み、見られてはいけない写真だとは、思わないハズです」

加蓮「いま一瞬何を言いかけた? ねえ? ……まあ……確かに、この時の海の撮影も大切な思い出だけど……」

藍子「加蓮ちゃんから聞いた、いつも通りに迎えた日のことと、いつもとは違って見えた風景のお話……。こんな世界があったんだって思えた加蓮ちゃんのことは、すごくすてきでしたよ」

加蓮「あ、ありがと。急に蒸し返されると顔が赤くなっちゃうよ……もう。……けど、その写真を持ち歩くのは禁止! 分かった?」

藍子「ポテトをとってもおいしそうに食べている加蓮ちゃんです♪」

加蓮「……これってけっこう前の写真じゃない?」

藍子「3冊目のアルバムには、昔の写真をたくさん入れています。加蓮ちゃん、よく分かりましたね」

加蓮「写真の私がつけてる髪留めが結構昔のだったし、ポテト食べてる私が……こう、警戒してる感じじゃん?」

藍子「そう言われて、見てみれば……?」

加蓮「たぶん、事務所のみんなとまだうまく話せなかった頃だから……。自分の好きな物とか、人にあまり見せないようにしてたの」

藍子「そっか……。加蓮ちゃん。好きなものを素直に好きと言うことには、慣れましたか?」

加蓮「どうだろー……。ポテトは大好きだけど、モバP(以下「P」)さんに正面切って言うのはさすがに無理」

藍子「それはしょうがないかもしれませんっ」

加蓮「今度お礼の言葉を言っておくから、それで妥協して?」

藍子「妥協なんて。それでもPさんは、きっとおおよろこびですよ」

加蓮「あの人、私がちょっと本音を晒すだけですぐ泣くんだから」

加蓮「また昔の写真……。1年後の約束をした日のだよね?」

藍子「加蓮ちゃんが、やっと笑顔を見せてくれた時のことですね」

加蓮「笑顔? アイドルなんだし、笑って見せた事は何度もあったけど……」

藍子「それとは少しだけ違う笑顔でした。嬉しい……というよりは、ほっとしたような顔」

藍子「苦しいことも辛いことも、ぜんぶ出し終えたような表情でしたっ」

加蓮「……出し終えた顔。うん、合ってるかも」

加蓮「うわ、これも昔の写真! もう、なんでこんなのばっかり……」

藍子「カフェだけではなく、温泉にも一緒に行きましたね」

加蓮「温泉って言えばずっと気になってることがあるんだけど……。結局、あの時の私ってどんな寝言を言ってたの?」

藍子「どうでしたっけ。たぶん、私のことを大好き……って言ってくれてた気がしますっ」

加蓮「…………テキトー言ってない?」

藍子「えへ」

加蓮「温泉かぁ……。この時期は……ちょっと違うかな?」

藍子「温泉は、また冬ですね。秋に行って、紅葉を眺めるのもいいかも……。お湯に浮かぶ紅葉も、すっごく綺麗なんですよ」

加蓮「散った紅葉の楽しみ方……花筏とはまた違う、切ない風流だね」

藍子「散ってしまってからも人々を楽しませる、美しい姿……」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……私はやっぱり、温泉街の賑やかさの方がいいかもっ。みんなで射的をしたり、りんご飴を食べたりっ」

藍子「私も、また加蓮ちゃんと一緒においしいもの巡りがしたいです♪」

加蓮「藍子が魔法の世界に行ったこともあったよね。さすがに写真はないみたい」

藍子「それも、なつかしいなあ……。うそみたいなお話ですけれど、本当にあったことなんですよ」

加蓮「魔法で鳥を助けてあげたり、癒やしの魔女を名乗ったり」

藍子「魔法の世界を、ちょっとだけお散歩しちゃいましたっ」

加蓮「それが今ではすっかり時間を奪い取る魔女に」

藍子「む~……。いつかこの世界でも、加蓮ちゃんから癒やしの魔女って言ってもらえるようになるんですから」

藍子「この写真は、ひまわりのカフェの――」

加蓮「……これも、私達が大喧嘩した時の写真。好意って暴走するものなんだなって、少しだけ後悔しちゃった……」

藍子「好きという気持ちが、悪い物だとは思えません。その気持ちにドキドキすることも……だけど、それをごっこ遊びと言われた時は、かなり堪えました」

加蓮「……過剰な期待はただの甘えだよね。あの時はごめんなさい、藍子」

藍子「ううん……」

藍子「私も、好きっていう言葉の重みを知った時でもありました。……だけど私は、やっぱり何度だって、好きなものは大好きって言い続けて、伝え続けていきたいです」

加蓮「……私が言っていいのか分かんないけど……藍子には、そう言い続けてほしいな」

加蓮「次は――……きゃ! 風が急にっ……」

藍子「加蓮ちゃん。髪が乱れちゃってる……。左のところ。結び目がほどけていますよ」

加蓮「ホントだ。もう……。さっきまで、ずっと静かでいてくれたのに」

藍子「髪を降ろした加蓮ちゃんを、また見ることができちゃいましたっ」

加蓮「アルバムと写真は大丈夫だった?」

藍子「さっき取り出した、大切な1枚が飛んで行っちゃったみたい。拾ってきますね」

加蓮「こっちのアルバムはまだ1回も見てないよね。なんだろ……?」

藍子「加蓮ちゃん、お待たせしました。……っ、そのアルバムは――」

加蓮「雨の中で撮った……桜とも言えない木の写真だ。じゃあこの後は……」

加蓮「やっぱり。花筏の……それに惹かれた私の1枚……。あはっ……笑ってるつもりなのかな、この時の私。こんなにも、涙を堪えているのに――」

藍子「……楽しかった思い出も、悲しかった思い出も……特に、とっておかなきゃって思った写真のアルバムなんです」

加蓮「そっか……。私にとっては泣いてばかりの思い出だけど、大切にしておかなきゃいけないよね」

加蓮「大切な写真って言えば……ねえ、藍子。私が病院でプレゼントを配った後の……看護師さんが送ってくれたあの写真、まだ大切に取ってくれてる?」

藍子「看護師さんと、しろちゃんやそーちゃんが一緒に映った写真ですよね。もちろん、ちゃんとしまっていますよ。それはアルバムの一番後ろに――」

加蓮「ううん、いい。藍子が持っててくれてるって確認できれば、それだけで十分だよ」

藍子「……、」

加蓮「ありがとう、藍子。このアルバム、大切にしまっておかなきゃ。持ち歩いたりしちゃダメでしょー」

藍子「……加蓮ちゃん」

藍子「加蓮ちゃん、こっちを向いて?」

加蓮「ん?」

藍子「ぱしゃりっ♪」

加蓮「え。あ、こら! また撮った! もうっ……これで何百回めよ、こーいうの!」

藍子「ふいうちで撮らないと、すぐにアイドルの顔になっちゃうから。次は、撮るって言って撮りますね」

加蓮「そういうことじゃなくて……。急になんなのっ」

藍子「加蓮ちゃんが、さっきから少し落ち込んでいたみたいだから……。シャッターの音で、ちょっとでも元気になってほしいなって」

加蓮「!」

藍子「いま撮った写真は、加蓮ちゃんが消してほしいなら、消しておきます。思い出に残すためではなくて、加蓮ちゃんを元気にするための1枚ですから」

加蓮「……ふふっ」

藍子「あっ♪」

加蓮「残しといた方がいいんじゃない? 加蓮ちゃんが藍子ちゃんをイジメだした頃の切り札になるかもよー?」

藍子「そんなことしませんよ。ほらほら、加蓮ちゃん。もう1枚っ」

加蓮「じゃあ……はいっ。藍子のためのアイドルスマイル!」

藍子「ぱしゃり! ……ふふ、やっぱりさっきの加蓮ちゃんとはぜんぜん違いますっ」

藍子「ちいさなことに落ち込んでしまうのは、毎日がそれだけ楽しいから」

加蓮「自分を駄目だと思ってしまうのは、それだけ元々の自分に自信があったから」

藍子「楽しいお話を、何度だってしたくなっちゃうのと同じように!」

加蓮「前向きに考えれば、どんな出来事も気持ちもプラスになれる……」

藍子「加蓮ちゃんが毎日を大切にしてきたから悩むこともできるんです。1日1日を、大切に使い続けてきて……そうして、今日になったんです」

加蓮「……前にも同じことを聞いたよね。その時の藍子、すっごく自信なさそうだったけどっ」

藍子「あはは……。でも、今日はばっちり言い切りました!」

加蓮「藍子だって、私より毎日を大切に生きてきたからじゃない?」

藍子「……そう言ってもらえるのは嬉しいですけれど、そこで比較してしまう加蓮ちゃんの言い方は、あまり好きではないな……」

加蓮「そっか。つい言っちゃった……。悪い癖かもね、ごめん」

加蓮「アルバムの思い出巡りに戻ろっか。こっちは、私の誕生日の時の――」

藍子「……あっ」

加蓮「……私が、藍子に酷いことを言った時のだ」

藍子「…………」

加蓮「藍子になら話してもいいかなって思って……だけど話し方ってあって、最初に傷つける言い方をしたのは私なのに――」

加蓮「それで落ち込む藍子に、私、もっと酷いことを言ったよね。できないんなら最初から言うな、なんて……」

藍子「……本当のことですから」

藍子「私も……まだ、本当の気持ちを聞くことの責任や、痛みを、あまり知らなかった頃ですから、私も悪かったんです」

加蓮「…………」

藍子「せっかく、加蓮ちゃんがまた笑ってくれたのに――」

加蓮「……」

藍子「加蓮ちゃん。あの……」

加蓮「……、」フルフル

藍子「え……?」

加蓮「……過去の自分に苛立ったり、良い思い出で書き換えてばかりじゃ駄目なの。いつか、しっかり謝らないといけないなって思ってた」

加蓮「私、昔からずっとワガママで……それでも手を差し伸べてくれる藍子のことを、まるで信じてなかったよね」

加蓮「藍子は、私と初めてカフェで話した時から私の心配をしてくれてた。最初から、すごく優しかった」

加蓮「それを私は、偽善者とか、独りよがりだとか……本当に、酷いことばかり言ったよね」

加蓮「誰のことも信じなかった頃の私を、謝ることもせずに……昔は振り返らないなんて言って、蓋をしちゃってた」

加蓮「未来に進むことで、過去から目を背けてた」

加蓮「入院してた頃のことも、藍子と出会ったばかりの頃のことも、同じように目を背けてたと思う」

加蓮「藍子は私のこと、謝りすぎなんて言うけど、ホントに謝らないといけないことは何も言えてなかった……」

藍子「…………」

加蓮「だから――ごめんなさい、藍子」

加蓮「今までたくさん傷つけてごめんなさい、藍子」

藍子「加蓮ちゃん――」

加蓮「待って、もうちょっと喋らせて! ……私、もう1つ言いたいことがあるの!」

加蓮「藍子」

加蓮「ごめんなさい。そして……藍子。ありがとう。本当にありがとう」

加蓮「独りで塞ぎ込んで、手を差し伸べてくる奴らをみんな敵だって言って拒絶する私に、藍子はそれでも一緒にいてくれた」

加蓮「どんな酷いことを言われても、根比べだって言葉で自分を励まして、傷ついた手を伸ばし続けてくれた」

加蓮「だから……ありがとう、藍子!」

藍子「……っ」

藍子「……加蓮ちゃん。それなら、私の方こそありがとうございますっ」

加蓮「あは……っ。藍子が、何のお礼を言うのよ」

藍子「加蓮ちゃんが、楽しそうに笑ってくれるようになったこと……!」

藍子「昔、つらい表情ばかり見せていた加蓮ちゃんが……もっと笑えるようになればいいな、もっと甘えてくれるといいな……って、思っていました」

藍子「それは、私のやりたかったことです。いつかの甚雨の日にも、そう言いましたよね」

藍子「私のやりたいことで、でも加蓮ちゃんのことだって想ってるつもりです。嘘じゃないって堂々と言えます――って」

加蓮「うん……。私達が、自分の気持ちを大切にしようって決めた日だね」

藍子「加蓮ちゃんのことを想っているけれど、私がそうなればいいなって思ったことでもありました」

藍子「だから、笑ってくれてありがとう! それと……私も、きつい言葉をぶつけてしまって、ごめんなさい」

加蓮「……っ」

加蓮「私、まだ自分のことを完全に許せた訳じゃないけど――」

藍子「加蓮ちゃん。もう、十分謝ったじゃないですか。加蓮ちゃんの気持ちは、ちゃんと受け止めましたから……」

加蓮「…………」

藍子「その代わりに、もっと前向きなことを言いましょう。加蓮ちゃんなら、きっと言えますよ」

藍子「やりたいことをいっぱい楽しんで、と言うまで、ずいぶんかかってしまいました」

加蓮「……おかげさまで。毎日楽しく生きさせてもらってるよ」

藍子「私からも、そう見えます。だからこれからも、いっぱい楽しみましょうね」

加蓮「うんっ……」

加蓮「……でも、こういう時のありがとうっていうのはやっぱり違う気がするの。そんな綺麗事で、誤魔化そうとしていいことじゃないって……」

藍子「じゃあ……このお話は、もう終わりにしちゃいませんか?」

加蓮「うん。藍子もしんどそうだもんね……」

藍子「そんなことありませんよ。つらいお話と向かい合うのは決して得意ではなかったけど……。加蓮ちゃんと一緒にいて、少し慣れちゃいました」

加蓮「そういうのは、慣れなくていいの」

――おしゃれなカフェ(店内)――

藍子「すぅ、すぅ……」

加蓮「ちょっと落ち着こうか、って言って膝枕を提案して店内に移ったら、5分もせずにこうなっちゃった」ナデナデ

藍子「……かれんちゃん……えへ……♪」

加蓮「はいはい、加蓮ちゃんだよ。……藍子のこういう顔って好きなんだ。ほっとするよね」

加蓮「安心してくれてる顔。ちょっと気は抜けてる感じの、いつも通りでいてくれる……楽しいって思ってくれる顔……」

加蓮「本音をぶつけ合うのも……きっと、必要なことだって思うよ。そうじゃないと、今の私達はいないんだから……」

加蓮「でも私は、やっぱりこっちの顔の方が好きだよ……」

藍子「……むにゃ……♪」

加蓮「……ふふっ。また砂みたいな味のするコーヒーでも注文しちゃおうかな」

藍子(…………)

藍子(……あれっ、私……確か、加蓮ちゃんに膝枕をしてもらって……)

藍子(なんだか、ぼんやりしてる……。そうだ……。こうしてカフェで眠って、それでカフェの夢を見たこともあったっけ……)

藍子(あの時のように、夢の中で夢だって気がついたら……何か、魔法みたいなことができないかな)

藍子(……加蓮ちゃん、私のところまで来てくださいっ)

藍子(ふふっ。残念、何も起きないみたい)

藍子(……あれっ……急に光が強く! きゃ――)

藍子「ふわ…………、…………あれ、なんだか寒い……?」

加蓮「あ、起きた。店員さんがさっきドライを点けてたみたい。寒いならブランケットを――」

藍子「ここ寒いっ。冷蔵庫のなかですかそれとも南極ロケですか!?」

加蓮「……北極の次は南極?」

藍子「ごめんなさい、つい寝ちゃいました……。加蓮ちゃん、さみしくなかった?」

加蓮「…………」ペシ

藍子「いたいっ。だってっ、今日はまだ他のお客さんもいないからすごく静かで……こういう静かな場所が苦手だって、前にお話していましたよね」

加蓮「あのね。さっきの話があったからしょうがないけど……人の弱さばっかり見すぎ。藍子がいるし、ここはカフェだから大丈夫だよ。独りぼっちでいる部屋じゃないんだから」

藍子「……それなら、よかった。膝、ありがとうございました」

加蓮「どういたしましてー」

藍子「もとの席に戻って……いつもの場所に、加蓮ちゃんがいます」

加蓮「はいはい、加蓮ちゃんだよ」

藍子「加蓮ちゃん。はいっ」

加蓮「……手?」

藍子「手。つないでみましょ?」

加蓮「いいよ。はい、ぎゅー」

藍子「たまにはこうして、雨の日や晴れの日を歩いてみたいな……」

藍子「お互いにペースが違うからこそ、違う景色が見られるんだって思います」

藍子「でも、たまには歩調を合わせてるのも、いいですよね」

藍子「加蓮ちゃんと響子ちゃんとの3人で上がったステージのことは、今でも覚えていますから」

藍子「あんなに息がぴったり合って、気持ちいいなって思ったことはありません。加蓮ちゃんも、響子ちゃんも、すっごくいい表情をしていて……♪」

加蓮「……今度、Pさんに相談してみる?」

藍子「はいっ!」

藍子「ぎゅ~♪」

加蓮「はいはい、ぎゅー。……冬なら暖かくていいけど、この時期に手を握りっぱなしって。蒸れとか気にならない?」

藍子「加蓮ちゃんの手、ひんやりしてて気持ちいいですっ」

加蓮「そう……」

加蓮「膝枕は、もういい?」

藍子「はい。ありがとう、加蓮ちゃんっ。いまは、こうしていつもの場所から、加蓮ちゃんを見ていたいんです」

加蓮「……」

藍子「加蓮ちゃん?」

加蓮「ううん。……私、ちょっとまだどこかモヤモヤしてるっていうか……。膝枕してる間は良かったけど、こうして向かい合ってる藍子を見てたらまた無意識に謝っちゃいそうなの。それか、また黒い気持ちを吐き捨てて藍子を困らせちゃいそう」

藍子「……、」

加蓮「ふふっ、そんなに深刻そうに心配しなくても大丈夫。って、させてるのは私だったか……」

加蓮「ちょっと顔だけ洗ってくるね。少しだけ待ってて」

藍子(加蓮ちゃん、大丈夫かな……?)

藍子「待っている間に、メニューでも眺めながら……♪」

藍子「……?」

藍子「加蓮ちゃん、テーブルにスマートフォンを置きっぱなしだ。いつもお手洗いに行く時も、ポケットに入れていくのに……」

藍子「……」

藍子「…………そろ~」

藍子「あっ。残念、ランプは点灯していません。通知は来ていないみたいですね」

藍子「……」

藍子「……って、残念ってなんですか!? 私は、何をしようと――」

加蓮「ただいまー」

藍子「ひゃあああああああっ!! 違います、違いますっ。これは、その……私には分かりません!」

加蓮「……何が?」

加蓮「藍子の悲鳴に、店員さんがすっ飛んできちゃったじゃんっ」

藍子「ご迷惑をおかけしました……。なんでもありません……」

加蓮「藍子がごめんね……。ついでに注文しちゃおっか。そうだ。私、店員さんにまた言ってみたいことがあったんだー」

加蓮「ごほん。――私は、今日のオススメでお願いっ」

藍子「じゃあ私も、加蓮ちゃんと同じ物にします」

加蓮「悩んでる、悩んでるっ」

藍子「面白がってたら、店員さんに悪いですよ~」

加蓮「あ、決まったみたい。……なるほど。藍子はそれでいい?」

藍子「もちろんっ。店員さんにお任せしましたから」

加蓮「それで――っと、店員さん。早かったね」

藍子「わあっ……。加蓮ちゃんと、私の顔のラテアート!」

加蓮「こんなさっと描ける物なんだ……藍子の顔、すっごい似てるっ。でも私、こんなマンガみたいな顔してないよー?」

藍子「店員さんからは、こう見えるのかもしれませんよ。すっごく可愛いですっ」

加蓮「せっかくだし、私が藍子を頂いちゃおっかな。ふふっ……店員さん、顔を赤くして逃げちゃった。ちょっと刺激的だったかもね」

藍子「次の『あいこカフェ』では、私もラテアートに挑戦してみようかな……?」

加蓮「もう次の予定があるの?」

藍子「ううん、分かりません。またあったらいいな、って思います」

加蓮「そういう時はせっかちなんだから」

藍子「……ど、どうしよう」

加蓮「今度は何?」

藍子「加蓮ちゃんの顔のラテアートを、飲むことができませんっ……! ああっ、時間が経って、少しずつ形が変わって……!?」

加蓮「初めて注文した私みたいなこと言い出しちゃった」

藍子「いただきますっ。……んっ。ほっとする味……」

藍子「カフェラテをひとくち頂いたら、くるくる……」

加蓮「香りが引き立って、癒やされるなぁ……」

藍子「ずず……」

加蓮「美味し……」

藍子「……ふうっ」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……ふふっ。どうしたの藍子、目をとろんとさせちゃって」

藍子「加蓮ちゃんこそ。今すぐにでも、寝ちゃいそうな顔ですよ……♪」

加蓮「藍子、ほっぺたにミルクがついちゃってる」ピト

藍子「ひゃっ」

加蓮「あははっ。やっぱりまだまだお子ちゃまなんだからー」

藍子「確かに子どもですけれど、そう言われるのはなんだか恥ずかしいですよ~……」

加蓮「……」

藍子「……?」

加蓮「や……。ミルクのついた指を藍子の口に突っ込んでやろっかなって思ったんだけど、やめただけー」

藍子「はあ……」

加蓮(昔の私ってば、よくあんなこと平然とできたなぁ……。たはは)

加蓮「じー……」

藍子「……?」ズズ

加蓮「……すっ」(少し右にズレる)

藍子「……?」(加蓮を目で追う)

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……すっ」(少し左にズレる)

藍子「……?」(加蓮を目で追う)

加蓮「……あれ、店員さん? ラテはまだ飲み終えて……あ、違うんだ」

藍子「紫陽花の植木鉢を置くんですか? はい、いいですよ。私たちも、見に行っていいですか?」

加蓮「物好きなんだから。私もついていこっと」


――おしゃれなカフェテラス――

藍子「紫陽花が、壁際に仲良く並びましたっ」

加蓮「綺麗な紫色……。でも、もっと綺麗に咲けそうだね。雨を待っているのかな……」

藍子「紫陽花のみなさん、ごめんなさい。今日だけは、もう少しだけ待ってくれませんか?」

加蓮「私達、もうちょっとここにいたいから。……あっ、しまった」

藍子「?」

加蓮「紫陽花を置く前の写真を撮っておきたかったなって……。そうしたら、ほら」パシャ

加蓮「こうして梅雨になった写真と見比べて……なんか面白そうじゃんっ」

加蓮「……なんて、らしくない?」

藍子「ううんっ。すてきな考え。今日はドンマイです、加蓮ちゃん」

藍子「次は、加蓮ちゃんも撮りましょうか?」

加蓮「私? 撮ってくれるのは嬉しいけど……。紫陽花と一緒に撮るのは難しくない?」

藍子「できますよ。こうして、ここにしゃがんで……花びらの下に、そっと手を添えるんです。傷つけてしまわないように、指先で触れるだけ」

藍子「この状態で……加蓮ちゃん、シャッターを切ってみてください」

加蓮「……お。なんだかおしゃれな藍子が撮れたっ」

藍子「ねっ? 写真に残したいと思った瞬間を、誰かにお話できるように撮るのも、カメラの大切なことですから」

加蓮「さすが、加蓮ちゃん専属カメラマンの言うことは違うねー」

藍子「専属かあ……。加蓮ちゃんをひとりじめしたら……みんなから怒られちゃいそうっ」

加蓮「今日くらいは誰も怒らないよ。今度こそ私の番。私のことも、紫陽花に負けないくらい綺麗に撮ってね」

藍子「ぱしゃり♪ ふふ、綺麗に撮れました。これ……店員さんにも見せてあげたいな」

加蓮「今はちょうどお客さんもいないみたいだし、行ってきたら?」

藍子「そうしますね。邪魔にならないようなら、ひかえますから……ちょっと、行ってきます」

加蓮「行ってらっしゃーい」

加蓮「……そういえば朝起きてすぐ藍子から連絡来たし、スマフォ全然見てないっけ。藍子がいない間にトークルームを見てみよっと。なんか話してるかな」

加蓮「『第59回あーちゃんをかれんから取り戻す会議』」

加蓮「『第11回加蓮を藍子から取り戻す会議』」

加蓮「なんで2つもあるの。それにこれ何人いるの。……見なかったことにしよ」

藍子「ただいま、加蓮ちゃんっ」

加蓮「おかえり、藍子。写真は見てもらえた?」

藍子「残念ながら、内装の入れ替えで忙しそうだったので……」

加蓮「残念。……それにしては、中に入ってた時間が長くなかった?」

藍子「これを見かけて、つい読んでいたんです。この雑誌、覚えていますか?」

加蓮「カフェの雑誌みたいだけど……ん? この号……あっ! 藍子の日記コラムが載った時の?」

藍子「大正解です♪ じつは、このカフェにずっと置いてあったみたいなんですよ。ほら、ページの端に、何度も読まれた跡が……」

加蓮「ずっと置いてたんだ。全然気付かなかった……」

藍子「私も、他の雑誌と一緒なのでまったく……。ねえ、加蓮ちゃん。久しぶりに読んでみませんか? あの時の、私たちのそのままのことを」

加蓮「いいよ。ちょっと読んでみよっか」

藍子「『色んなことがあって、色々なことを考えますけれど……。それを一言で表すなら、きっとこの言葉になると思います。今日も、私とあなたとの時間を――』」

加蓮「……ちょっと読むつもりなのに、すっかり読み込んじゃった」

藍子「どの部分も、読んでいるとあの時のことを思い出せて……。私たち、ここで1日中ずっと書いていましたよね。私たちのことを、加蓮ちゃんと一緒にずっと」

加蓮「たったそれだけの日記みたいなものだけど……藍子の世界に惹き込まれるんだ。そして、私も自分のことを好きになっちゃえそう」

加蓮「あははっ。ダメだよ、藍子。これを読んだら、また藍子のことがからかえなくなっちゃう……」

藍子「もうっ。からかわなくていいのに」

加蓮「アイドルとしての藍子の言葉と、私の友達としての言葉がどっちも詰まったコラム。口に出して言うと不思議だけど、それが藍子なんだよね」

藍子「たくさん悩んで、加蓮ちゃんに教えてもらったからこそ、できたことかもしれません。アイドルとして道を進み続けていても、すぐ周りにある幸せは大切にし続けたいんです」

加蓮「そこに私は入ってる?」

藍子「うん、もちろんっ」

加蓮「そっか。……なんて、分かって聞いたけどね」

藍子「じゃあ加蓮ちゃんは、加蓮ちゃんの周りの幸せに、私のことも入れてくれていますか?」

加蓮「さあ、どうしよっかな。そうやって意地悪に意地悪で返す藍子ちゃんのことは、ぽいって投げちゃおうかなー? ……ふふっ、冗談だよ」

加蓮「でも、たまに気になることもあるんだよ。藍子にとってそういうのって……ちょっと重たくないのかな。大丈夫かな? って」

加蓮「私も……眠る時でさえ、アイドルの感覚が剥がれなかった頃があって……」

加蓮「私は自分が、なんて言うんだろ。アイドルのことばっかり頭にあるからもうそういう生き方だって自覚できてるけど、藍子はどうなの?」

加蓮「藍子のような、なんでもない毎日を大切にする子が……どんな時も、アイドルの重荷がつきまとってきちゃうのって、けっこう辛いって思っちゃうけど……」

藍子「……確かに、加蓮ちゃんの言う通りかもしれません」

藍子「どんなささいな時でも、アイドルである自分を意識してしまって、疲れちゃうことだってあります」

藍子「だけど、それは重荷なんかじゃないですっ」

藍子「それどころか、意識した時にはそのまま、自分にできることや、やりたいことを考えるんですよ。そのままPさんに相談しに行って、びっくりされちゃうこともありますっ」

加蓮「あははっ。でもPさん、そういう時も相談に乗ってくれるでしょ」

藍子「はいっ」

加蓮「優しい人だもんね。……余計なお節介だったね、私」

藍子「実は、店内にあった物をもう1つもらっちゃいました。見てみてっ」

加蓮「なに? ……あ、可愛い。紫陽花の折り紙?」

藍子「折り紙ですけれど、ここをこうして……ほら、風車♪」

加蓮「オシャレだね。ちゃんと回るかな?」

藍子「ふぅ~♪ ……あはっ、回りました!」

加蓮「嫌なジメジメも、これで吹き飛ぶと楽なんだけどなー」

加蓮「この雑誌って、藍子のコラムだけじゃなくて色んなカフェのことが乗ってるんだ」

藍子「カフェの雑誌ですから。どこか、行きたいって思ったカフェはありましたか?」

加蓮「んー……。藍子のオススメは?」

藍子「そうですね~。では、こんな場所はどうでしょう」

藍子「まず、ドアを開いた時にベルが鳴ります。内扉と外扉のあるカフェなので、店員さんは磨りガラスの向こうにいます」

加蓮「メニューボードとか植木鉢が置いてあるスペースだよね」

藍子「店員さんはまだ、お客さんには気がついていません」

加蓮「磨りガラス越しなら気付かないのも分かるかな」

藍子「外扉をゆっくりと閉め、内扉を開くと……狐の香りが、うっすらと……」

加蓮「き、狐の香り?」

藍子「まるで、狐が来客を知らせてくれたように……。それと同時に、店員さんがいつの間にか側に来ているんですっ」

加蓮「それ、店員が狐っていうことなんじゃ……!」

藍子「ふふ。もちろん、普通の人間ですよ。でも、本当に狐がカフェにいるような雰囲気なんです。それ以外は、動物の置物もほとんどない、ごく普通のカフェなのに……」

加蓮「もしかしてメニューも、そういう仕掛けがあるの?」

藍子「どうだったでしょうか~」

加蓮「ぐ……! そう言われたら行こうって誘いたくなっちゃうじゃん!」

藍子「うまく、その気にさせることができちゃいました」

加蓮「人をその気にさせるのがうまいなぁ。さすが藍子。私と長いこと一緒にいただけのことはあるね」

加蓮「……」

加蓮「私と長いこと一緒にいやがっただけのことはあるね」

藍子「どうしてまた言い直すんですか」

藍子「加蓮ちゃんは意地悪なだけではなくて、意地悪な人の気持ちにも詳しいですよね」

加蓮「……え、急に何の悪口?」

藍子「これでも褒めているつもりです」

加蓮「言葉だけ聞いたら嫌味だけど……。藍子がそう言うと、ホントに褒めてるみたい」

加蓮「カフェって言えば、海沿いのカフェ……。藍子が話してくれた、バッジをくれるカフェさ。結局行かずじまいだったね」

藍子「それなら今度、晴れた日にでも行ってみませんか? 海風が心地よくて、つい目をつむってしまうんです」

加蓮「じゃあ梅雨が開けたらかな。あとは……マネキンのカフェだっけ。店長さんがコーデ好きっていう。コーデ勝負とかできないかな?」

藍子「急に言われたら、店長さんも困ってしまうかも。あらかじめ連絡しておくのはどうですか?」

加蓮「サプライズ感はなくなっちゃうけど、その方がいいかな」

藍子「加蓮ちゃんが好きになりそうな場所、まだまだいっぱいあります♪」

加蓮「ふふっ……。どれだけ時間があっても足りなくて、困っちゃうくらい……」

藍子「……あれっ?」

加蓮「台本でも入れっぱなしだった?」

藍子「ううん。がさごそ……じゃんっ。てのひらサイズの招き猫っ♪」

加蓮「……高校生の鞄から出てくる物なのかな、それって」

藍子「もともと加蓮ちゃんにプレゼントしようって思っていたから、ちょうどよかったです!」

加蓮「しかも私への!? も……もうちょっと他になんかなかった?」

藍子「え~っ。だめでした……?」

加蓮「ダメってことはないけど、だから高校生が持ってくるプレゼントじゃないって……。でもこれ、どこかで見たことある気がする。普通の招き猫なのに……なんでだろ」

藍子「ふっふっふ~」

加蓮「……? ……あ、分かった! 雑貨カフェで見たヤツ!」

藍子「加蓮ちゃん、正解です。ちょうどこの間、近くまで行く機会があって……あの店員さんとも久しぶりにお話したんですよ」

藍子「活躍を見てますって、言われちゃいましたっ。招き猫も、ちょっぴり値引きしてもらっちゃいました」

藍子「本当は、そのまま加蓮ちゃんにプレゼントしようと思っていましたけれど――どうやら、いらないみたいですね」

加蓮「……もしかして余計なこと言った? ごめんっ、藍子。猫ちゃんも可愛いと思う!」

藍子「もう遅いです!」

加蓮「そこをなんとかっ」

藍子「分かりました。でしたら加蓮ちゃん……いまから1つの問題を出します。それに正解したら、この招き猫は加蓮ちゃんにプレゼントします」

藍子「もし外してしまったら、招き猫は事務所に置いて、みなさんへの幸運を運ぶ子になってもらいます!」

加蓮「……えーと。それ、私が勝ったら私がみんなの分の幸せをぶんどるってことにならない?」

藍子「アイドルはきびしい世界だと教えてくれたのは、加蓮ちゃんですから……!」

加蓮「ええぇ……」

藍子「それでは、問題です」

藍子「加蓮ちゃん、ここに3枚の写真があります。どれが私の撮った写真でしょうか♪」

藍子「1つは未央ちゃんが撮った物で、もう1つは私のお母さんが撮った物です。さあ、どれがどれだか分かりますか……?」

加蓮「どれって言われても……。その桜の木がメインのが藍子」

藍子「わ」

加蓮「花見をしてるみんなの楽しそうなところを伝えようとしてるのが未央の。で、少し遠景気味にして藍子を綺麗に撮ったのが藍子のお母さんの。違う?」

藍子「……大正解です! でも、なんだか複雑……。未央ちゃんのことまでそんなに詳しく分かるんですよね。できれば、私にだけ……」

加蓮「……藍子って大概面倒くさいとこあるよね、私も言えないけど」

加蓮「じゃあ今度は、私から勝負っ」

藍子「いいですよ。いまは、もうちょっと勝負したい気持ちなんです!」

加蓮「燃えてるねー。いま、藍子が欲しい物を1つ選んで、紙に書いて裏返して。私がそれをあっという間に当てて見せるっ」

藍子「私のほしいものですね」

加蓮「私は目をつぶっておくから、書いたら言ってね」

藍子「は~い。ほしいもの……。う~ん……。また加蓮ちゃんの写真を撮って、アルバムに入れて思い出にしたいな……」

藍子「それから、今度カフェに行って、気になるメニューを注文してみて……」

加蓮「…………ねえ、藍子? 私が当てるゲームなのに、藍子が口に出してどうすんの」

藍子「えっ? いま、口に出ていましたか?」

加蓮「藍子ちゃんの欲しい物は私の写真、またはカフェの気になるメニュー。はい終わり」

藍子「あ、本当……。でも、こうして気持ちが伝わっちゃうのも、たまには悪くないかもしれません」

加蓮「いや勝負……もういいや、もうっ」

加蓮「これは私がもらっちゃったから、事務所に置く分は私が探して来ようかな。ううん……本物を置くのもいいけど、藍子が招き猫になるのはどう?」

藍子「……ええと、私が?」

加蓮「手招き藍子ちゃん。誰かが通りかかると、ゆるふわ~って鳴くの」

藍子「ゆるふわは、鳴き声ではありません……」

加蓮「そしてそれを聞いた通行人は呪いにかけられたかのように――」

藍子「呪いでもありませんっ」

加蓮「そっか、藍子ちゃんは立っているだけの看板では満足できないんだったよね」

藍子「今度は、何のお話なんですか……」

加蓮「招き藍子ちゃんのポーズの話」

藍子「招きあいこ?」

加蓮「猫は手をこう動かすことしかしないけど、藍子ちゃんは人間だからもっとできそうでしょ? じゃあ、藍子の思う看板娘のポーズまで――」

藍子「えっ、えっ?」

加蓮「3、2、1、ゴー!」

藍子「うぅ、看板娘……。カフェの店員さんではないんだよね……? えっと……」

藍子「よ、よければ、私のお店でご飯を食べて行きませんか~……?」

加蓮「……藍子、そういうのはダメ」ポン

藍子「えっ?」

加蓮「そういうのは、ダメ」

藍子「はあ……」

加蓮「ん~~~……っと! 時間が経ったなーって思った瞬間、ちょっとだけ身体が動かしたくなるの。藍子も、そういう時ってない?」

藍子「たまにあるかも……。もうこんなに時間が、って思ったら、まるで何日もここに座り続けていた気持ちになるんですよねっ」

加蓮「そこまで行くと大げさかなぁ……。周りの目も無いし、藍子はこういう時に気を遣って見ないでいてくれるだろうし?」

藍子「気を遣われることなんて、なによりも大嫌いなのに?」

加蓮「誰かさんはやめろって言ってもやっちゃうから、逆にね。……ん~~~~っ! と。ふうっ、スッキリした」

藍子「私も、少しだけ背伸びしちゃます……ん~~~~っ♪」

加蓮「ずず……」

藍子「ふうっ……♪」

加蓮「……もうちょっと話さない?」

藍子「加蓮ちゃんも、そう思いましたか? 私もっ。話したいこと、まだまだいっぱいありますっ」

加蓮「話したいことがっていうより、話そのものって言うか……あはは。なんか……せっかくだもん。何がせっかくなのか、分かんないけどね」

藍子「それなら……今はカフェにいる時間ですけれど、ちょっぴりだけ、アイドルの時間にしてみませんか? 女の子として、そしてアイドルとして、「私たちの時間」をお届けするんです」

加蓮「その言葉も懐かしいね。さっきのコラムを書く時にも、最後に出した答えだったっけ」

藍子「はい。今回は、ちょっと形は変わってしまいますけれど――」

加蓮「どういう形?」

藍子「じゃんっ」

加蓮「……マイク? それに、ラジオの録音機材が出てきた。そしてスマフォを並べて……もしかしてだけど、今からラジオでも録る気?」

藍子「はい、加蓮ちゃん用のマイクですよ。カフェにいる私と加蓮ちゃんの、なんでもないお話を、みなさんにもちょっとだけおすそ分け――「カフェラジオ」のお時間ですっ」

藍子「ごほんっ。……みなさん、こんにちは! 私、高森藍子は、加蓮ちゃんと一緒にいつものカフェにいます。……はい、加蓮ちゃんっ」

加蓮「……え、マジで収録するの?」

藍子「はい。本当に収録します。大丈夫、ゆるく放送するラジオになる予定です。ちゃんとした番組の企画で、既にSNSで募集したお便りもいくつか頂いていますっ」

藍子「このカフェのことは詳しく説明はしませんけれど、店員さんからは許可をもらっていますよ」

加蓮「……この間Pさんがウキウキしてたのって、これかぁー」

藍子「途中で飲むお茶も、店員さんに淹れてもらいました。さあ、始めましょうっ。もう1回録音ボタンを押して……」

加蓮「――このカフェには、優しい店員さんと、滅多に表には出てこない店長さんが1人」

藍子「それから、晴れた日にはカフェテラスに」

加蓮「雨の日や、とても暑い日、冬の寒い日には、入り口から入って一番遠くの席に、いつも座っている――」

藍子「時には喧嘩もしてしまうけど、楽しそうにしているお客さんが、2人」

加蓮「今日もまた、静かでゆったりとした1日が、始まろうとしています……」

藍子「……」

加蓮「……いいタイミングで自然の音とか鳴れば綺麗だったのに」

藍子「こればかりは自然の機嫌しだいですから」

藍子「自己紹介の前に、まずはこのおたよりから。『お互い、相手の中での自分はどう思われていると感じていますか?』だそうです」

加蓮「藍子が私をどう思ってるかは自信があるよ」

藍子「わあっ。答えてみてください!」

加蓮「藍子はこういう時絶対に「加蓮ちゃんは、加蓮ちゃんです」って言う!」

藍子「……あはは、大正解です。じゃあ、加蓮ちゃんの中の私は――」

加蓮「さあ、私の中の藍子ちゃんはどうなっているかなー?」

藍子「私の大好きな人♪」

加蓮「……それを堂々と言うんだからさ」

藍子「それでは、改めて私からご紹介します。私と一緒にお話してくれるのは、アイドルの加蓮ちゃんですっ」

加蓮「どうも、加蓮だよー」

藍子「加蓮ちゃんのことを知らない方へ、一言で紹介すると……」

藍子「う~ん」

藍子「……意地っ張りな女の子?」

加蓮「おいっ」

藍子「本当は自分のことをいっぱい見てほしいくせに、ものすごく意地っ張りな女の子。それが、加蓮ちゃんですっ」

加蓮「ねえ? 私、藍子になんかした??」

藍子「本当は、とても可愛くてとっても真面目で……アイドルの最先端を走り続けているのが、アイドルの北条加蓮ちゃんなんですよ」

藍子「だけどここにいる時の加蓮ちゃんは、いつもよりのんびりモードですっ。今日は、ふだん見せることのない加蓮ちゃんの姿を、お楽しみください♪」

加蓮「ふふっ。カッコいい私に憧れてる子は幻滅しちゃうかなー?」

藍子「そうなったら、今度は素の加蓮ちゃんを好きになってもらいましょう」

藍子「次は、加蓮ちゃんの番」

加蓮「オッケー。藍子の紹介だよね。さて、どうしよっかな。くくくっ……」

藍子「……あの。ふざけようか、真面目に答えようか、悩んでいませんか?」

加蓮「って感じに私のことなら何でも知ってる侮れないゆるふわアイドル、それが高森藍子ちゃんだよ」

藍子「わっ……! 今のを、紹介に使われるとは思いませんでした」

加蓮「癒やされるゆるふわアイドル、だけど時々パッション。みんなに愛されるお散歩ガール。髪型は今日も可愛いっ」

藍子「か、加蓮ちゃん、急にその……褒めすぎですよ、も~っ」

加蓮「そして、ときどき黒子ちゃんになります。真の正体は高森黒子ちゃんです」

藍子「藍子ですっ。黒子じゃないです」

加蓮「大切な物は?」

藍子「心のファインダーにっ」

加蓮「歩くアルバム、高森藍子!」

藍子「いえいっ♪」

加蓮「…………」

藍子「……いまいちですか?」

加蓮「やっぱりいまいち」

藍子「それでは今日も……なんて、今日からのラジオですけれど。お互いにいつもみたいに、お話したいことをゆっくりお話しましょう」

加蓮「オッケー。あ、でもせっかくラジオなんだから、ハッシュタグとか合言葉とかは決めておかない?」

藍子「それもそうですね。何がいいでしょう……?」

加蓮「合言葉なら、これしかないねっ。みんなでせーのっ、「ゆるふわ~」」

藍子「ゆるふわ~♪」

藍子「まずは、カフェラジオならではのおたよりからいきましょう。『おふたりの思う、カフェの魅力を教えてください!』加蓮ちゃん、どうぞっ」

加蓮「そうだねー……。やっぱり……藍子と一緒にいられること」

藍子「私のことではなくて、カフェのことですよ~」

加蓮「藍子がいてくれる場所」

藍子「真面目に答えてくださいっ」

加蓮「真面目に言ってるよ?」

藍子「『おふたりは、カフェでアイドルバレしたりないんですか?』加蓮ちゃんに、ありましたっ」

加蓮「みんなアイドルがいるって分かったらすぐ盛り上がるけど、こっちは結構大変なんだからね? オフモードから、急にアイドルの顔にならなくちゃいけないんだから」

藍子「加蓮ちゃん、笑顔になって、サインを書いてあげていましたよ。私から見ても、かっこよかったなあ……」

藍子「残念ながら、その時の写真は撮っていません。街で出会えた人は、ラッキーですね」

加蓮「……明日からもっと変装を強めにしよーっと」

加蓮「『友達と外で食事する度に、同じ話を繰り返し聞かされます。どうしたらいいでしょう』……これは結構ガチのお悩み相談みたい」

藍子「そうですね~……。何度も同じお話をするということは、もしかしたらそのお話を聞いてほしいということかもしれません」

加蓮「まあ、聞いてほしいから話す訳だし……」

藍子「話したいだけということかもしれませんし、もしかしたら、自分の気持ちが伝わっていないのかな……と、不安に思われているかもしれませんね」

藍子「同じお話を繰り返し聞くのは、面倒って思うかもしれませんけれど、1度ちゃんと聞いてみてはどうでしょうか。気持ちが通じ合った方が、お互い笑顔になれますから♪」

藍子「メッセージではなく、直接お話したいというサインかも? 私も、加蓮ちゃんの気持ちが分かっても、加蓮ちゃんから教えてほしいなって思うことがあるんですよ」

加蓮「分かってることを聞きたいって気持ちと、分かってもらえてることでも言いたいって気持ちは……。ちょっと違うのかもね」

藍子「加蓮ちゃんも、話したいってサインを出している時があって――」

加蓮「もしもーし? 人が深い話をしようとしてる隣で暴露話を始めるのはやめて?」

藍子「あいさつも、お礼の言葉も、何回だって言いたくなりますから♪」

藍子「お願いしますって言えば、これから始まるんだって気が引き締まりますし、ありがとうございましたって言えばお互いすっきり終われます」

加蓮「じゃあ、おはようございますやこんにちは、は?」

藍子「その日最初に出会った時の、最初の笑顔の交換ですっ」

加蓮「私も直接言いたい時ってやっぱりあるから……藍子の言う通りなのかも」

藍子「そうだっ。私も、加蓮ちゃんに言いたいことがあったんでした」

加蓮「私に?」

藍子「加蓮ちゃん、今度のお仕事のオーディションに合格したんですよね。おめでとう、加蓮ちゃんっ」

加蓮「あははっ、そのことか。ありがと。わざわざ改まって言わなくても、メッセとかでいいのに」

藍子「やっぱり、おめでとうって言葉はこうして直接言いたいですから。その時の加蓮ちゃんの笑顔も、こうして見られますし♪」

加蓮「もー、またそういうこと……一応ラジオなんでしょ? もうっ」

藍子「加蓮ちゃんって、演じることが得意なハズなのに、ときどき分かりやすくなってしまいますよね」

加蓮「そ、そう?」

藍子「とっても、分かりやすいです♪ そして、そんな時の加蓮ちゃんはたいてい本音を口にしていて……自分で照れてしまった時や、言わない方がよかったと思った時で……」

加蓮「待って待って待って、待って! 冷静に解説しないでよ!」

藍子「ほら、今も」

加蓮「これはまた違う話でしょ!?」

藍子「いつも通りのお喋りを、そのままお届けするというコンセプトですよ?」

加蓮「いいからっ。おたよりはないの?」

藍子「む~……。『おふたりは、昨日どんな夢を見ましたか?』」

加蓮「昨日見た夢かー。……実は私、昨日すごい夢を見ちゃったんだよね」

藍子「……! どんなお話が出てくるのでしょうか……」

加蓮「夢の中で、私はカフェにいるの。今いる場所みたいに、何人かがけのテーブル席で……藍子はいないんだけどね。テーブルには食べ終わったパフェと、あとプリンのお皿もあったかな」

加蓮「普通のカフェと違うのは、外が真っ白だってこと。壁も天井もない、ぜんぶ真っ白な空間なんだ……」

加蓮「藍子はいない、店員さんも他のお客さんも、誰もいない。ここどこ? 不安になるんだけど、すぐにこれが夢かもって思えるようにもなるの」

加蓮「で……夢の中で、自分が夢を見てるって気付いたら、不思議なことが起きたりできたりするって言うよね」

加蓮「ここが夢の中の、カフェと呼べるような呼べないような場所だと気がついた加蓮ちゃんは――」

藍子「か、加蓮ちゃんは……!!」

加蓮「そこで目が覚めました」

藍子「そこで、目が覚めたんですね。……………………はい?」

加蓮「おわり」

藍子「……あの……それだけ?」

加蓮「それだけだよ? あ、目が覚めたらまだ朝の4時だったからもっかい寝たけど、その時の夢は覚えてないっけ」

藍子「…………」

加蓮「で、数時間したら藍子の着信に叩き起こされました。……どしたの藍子? そんな恐い顔――待って待ってっ。みんな、リプライで炎上させるのはダメだよっ。私はあのピンク髪と違うんだから! ほら、今のもこうやって藍子に話している内容をそのまま言っただけで、」

藍子「そこまで想像して言えるなら、そうやって人をその気にさせるようなことっ……加蓮ちゃん~~~~っ!!!」

加蓮「うわ!? 藍子、掴みかかってこないでっ。放送事故になるから!!」

藍子「『いつもカフェにいる藍子ちゃんだからこそ、いつもと違う姿を見てみたいです。加蓮ちゃん、うまくやっちゃってください!』……だそうです」

加蓮「雑に振られたなー。しかもこれ、普段私が藍子のこといじりまくってるって知ってる人だよね。カフェの誰かかな」

藍子「加蓮ちゃん、なにかお題をください。演じてみせますね」

加蓮「オッケー。んー……藍子ちゃん男の子説は放送事故レベルだから――」

藍子「……次へ行きましょうか」

加蓮「それでは今回こそぶっちゃけてみようか。普段は絶対聞けない藍子ちゃんの愚痴コーナー!」

藍子「また急にっ……!」

加蓮「3、2、1、はいどうぞ!」

藍子「愚痴……というより、困っていることになります。加蓮ちゃんがいつも無茶なことばっかり言うので困ってますっ。この間も、レッスンが終わってくたくたになっていたのにポテトを買いに行かされそうになって――」

加蓮「……ホントごめん。レッスン上がりだって知らなかったの」

加蓮「キャラ変以外でいつもと違う姿って言えば……ベタだけど、自分の呼び方や人への呼び方を変えてみるとかかな?」

藍子「呼び方を変える、ですか……」

加蓮「藍子は自分のことを「私」って呼ぶけど、「アタシ」とか「うち」とか、……んー、どっちもイメージじゃないみたい」

加蓮「いっそ自分の名前で呼んでみるとか、どう? 藍子なら、あんまりあざとくもないでしょ――」

藍子「……加蓮っ♪」

加蓮「んぶっ!」

藍子「では、ラジオの間だけ加蓮ちゃん――加蓮っ♪ 呼び方を、変えてみますね」

加蓮「このラジオ打ち切り! 今日で終わり! お疲れさまでした!!」

藍子「『最近、友だちがため息をつくことが増えています。悩みごとは解決したようですが、なんとか笑顔にさせたいです。どうすれば笑わせることができるでしょうか。ちなみに私は芸人ではありません』」

加蓮「悩みが解決したけど溜息をついちゃうんだ。……その最後の一文は必要だった?」

藍子「時間が解決してくれるのが一番ですけれど……ずっと暗い気持ちでいたら、つらい時間がそれだけ増えてしまいます」

加蓮「そういう時って、1回大笑いすれば治ることがあるんだけど……」

藍子「加蓮ちゃんも、そうなんですか?」

加蓮「まあね」

藍子「う~ん……。それなら面白いことを言うとか? でも、芸人さんではないんですよね。やっぱり、こういう時はどこかにお出かけして、面白いって思える物を見つけに行くのが――」

加蓮「そんなの簡単だよ、藍子。藍子の言う通りテキトーなところに連れ出して、こう唱えればいいの」

加蓮「『ただしその人の頭はつるつるです』」

藍子「んぐっ!? ん、ふふっ、んふっ……加蓮ちゃんっ! 加蓮ちゃん~~~~~っ!」

加蓮「さっきの逆襲だからっ」

加蓮「真面目な相談のも結構届いてるんだ。読んでみていい?」

藍子「いいですよ。どれにしますか?」

加蓮「……これ。藍子がいいならだけどね」

藍子「『友達と大喧嘩しました。私の気持ちなんて知らないくせに、と言ってしまいました』……。きつい言葉ですよね……」

加蓮「私の気持ちなんて知らないくせに、か……。今思い返しても、やっぱり呪いの言葉だよね」

藍子「それを言われてしまうと、何も言えなくなってしまいますよ……」

加蓮「向こうも私の話を聞くつもりなんてないんだろうし、あ、じゃあいいやってなっちゃうな。私だったら」

藍子「そういう時の加蓮ちゃんは、きびしいけれど……私なら、そこまできっぱり考えられないです」

加蓮「どうかな? 私も藍子が相手だったら、何を言われても必死になって、分からせようとしたり分かろうとするけどね」

藍子「そう思えることこそが、自分にとって大切な相手だということなのかもしれません」

加蓮「このおたよりをくれた人にとっても、そんな相手だったらいいね……」

藍子「どうか、元通りの関係に戻れますように」

加蓮「……ところで藍子。さりげなく自分は加蓮ちゃんに大切にされてるんだーってアピールしたねー?」

藍子「え? ……そういうつもりじゃなくて! そっ……それくらい、言ったっていいじゃないですか!!」

加蓮「いいよいいよ、どんどん言っちゃえっ」

加蓮「こっちのも、似た相談みたい。『ずっと一緒にいる幼馴染に、心の中でとんでもなく酷いことを思ってしまいました……顔を合わせるのもしんどいです。僕はどうすればいいでしょう』だって」

藍子「確かに、長く一緒にいるからこそ冷たいことを思ったり、自分が嫌になるほどの感情を抱くことも、あるのかもしれません」

加蓮「藍子は……」

藍子「私だって、まったくない訳ではありません。……何度も加蓮ちゃんのことを」

加蓮「それを言うなら私なんて、その何百倍もあるよ。前にね、ここでお昼寝している藍子を見て、1人でここに来るくらいなら誘ってほしかった……って言ったのは、ホントにすっごく後悔した。藍子は、ちょっと思ったことなら気にしないって言ってくれたけどさ」

藍子「ちょっと思ってしまうことなら、誰にでもあると思います。いろいろなことを考える加蓮ちゃんなら、余計にそうかもしれません」

藍子「……仲良しの相手に対して、ひどいことを思っただけなら、気にしないようにしましょう! もし、どうしても落ち込んでしまうなら……言わずに留めていられた自分を、褒めてみるのはどうでしょうか?」

加蓮「次の日1日くらいは、無理して笑っちゃうのも……きっと、誰も責めないよ。藍子っぽく言うなら、頑張って笑っていられた自分を褒めてあげるのもいいかもね」

藍子「それでも、まだ落ち込んでしまう時は……。加蓮ちゃん、どうすればいいでしょうか」

加蓮「……。昔の私がやってた方法になっちゃうんだけど――」

藍子「加蓮ちゃん……?」

加蓮「"なかったこと"にすればいいよ。そんな予定なんてなかった、そんな出来事なんてなかった……世界のどこかで起きたことかもしれないけど、私の中では起きてないことって思うようにすればいい。そうすれば、辛いことも悲しいことも無くなっちゃうでしょ?」

藍子「……それは……」

加蓮「傷を塞ぐ方法の1つだよ。言ったでしょ、昔の私がやってた方法だって。藍子にとっては納得がいかなくても、そういうやり方だってあるんだから」

加蓮「けど……これは、どうしても傷が痛くて、今すぐ塞ぎたいって時だけ」

加蓮「今は相談できる相手がいなくても……いつか必ず、話せる人と会える筈だから」

加蓮「そうしたら、今度は"なかったこと"にしちゃダメ。それは、あなたの傷を癒やしてくれる人の手も振り払うことになっちゃう」

加蓮「……まだ、幼馴染さんとはいい関係が続いてるんだよね。その関係、大切にしてあげてね。辛い時には、助けてって口に出そうね」

加蓮「ちょっと明るいおたよりを読もっか。『加蓮ちゃんと藍子ちゃんの活躍を、いつも病院から見てます。私も元気をもらえます――』」

加蓮「……よかった。私、ちゃんと元気をあげられてるんだ」

加蓮「そう言われると、また新しい挑戦をしたくなっちゃうな。ねえ藍子、次は何をやろっか」

藍子「今度は加蓮ちゃんが主役ですね。さあ、何をやりましょうか♪」

加蓮「『藍子ちゃんの知る秘蔵写真はたくさん見せてもらったので、今度は加蓮ちゃんが知る藍子ちゃんの秘蔵写真を見てみたいです!』……藍子ちゃん? なにを見せたのかなー?」

藍子「さ、さぁ~? なんのことでしょうか~」

加蓮「ラジオだから言葉でしか説明できないけど、私にもとっておきのがあるよ。まずはこれ。カフェでクッキーをつまんでる様子を写した1枚。[まったりカフェ時間]高森藍子」

藍子「それが、この写真の名前ですか? まったりしてますよ~」

加蓮「そしてこちらが[まったりカフェ時間・食べあと]高森藍子」

藍子「2枚目? って、クッキーの食べ切れをつけてる写真なんて! 加蓮ちゃん、いますぐ消してくださいっ」

藍子「『大学生になってからというもの、やりたいことがたくさん増えて困っています。時間の女神様、どうか私に時間をください!』」

藍子「時間の女神ではありませんけれど、気持ちは分かりますっ。私も、やりたいことがいっぱいあるから……一緒ですね♪」

藍子「まず、1度やりたいことをメモにしてみるのはどうでしょうか。最初に書いたことからやっていく、というのもいいかもしれませんね」

加蓮「藍子みたいに部屋中メモだらけにならないように気をつけてね」

藍子「最近はメモが増えすぎたので、いくつかをアイドル仲間のみなさんに分けてあげているんです」

加蓮「……藍子のやりたいことを分けてあげてるの?」

藍子「日々がんばっていらっしゃる、看護師さんからのおたよりです」

加蓮「藍子、それは読まないで次に行こう」

藍子「ごほんっ。加蓮ちゃん、いつも病院のみんな、特に入院しているみんなへ夢を届けてくれてありがとう。子どもたちと一緒に、加蓮ちゃんたちの輝く姿を見ています――だって♪」

加蓮「っ……も、もう。だいたい加蓮ちゃん"たち"って、藍子のことも含まれてるじゃんっ。応援してくれるんだったら私だけを見なさい!」

藍子「看護師さん、応援してくださりありがとうございますっ。これからも、加蓮ちゃんと一緒に元気と笑顔をお届けしますね」

加蓮「何勝手に締めようとしてんの!」

藍子「だって、加蓮ちゃんが次に行こうって言うから――」

加蓮「ワンテンポ遅いのよ! のろまっ!」

藍子「ずっと喋っていると、喉が乾いてしまいました。加蓮ちゃん、ちょっとだけお茶タイムにしませんか?」

加蓮「そうしよっか」


藍子「ずず……」

加蓮「ずず……」

藍子「はふぅ……」

加蓮「ん……。たまにはお茶もいいね」

藍子「ずず……」

加蓮「ずず……」

藍子「はふ……♪」

加蓮「はふぅ……」

加蓮「……」


加蓮「……ラジオは?」

藍子「あ!」

加蓮「お茶を飲んでて思いついたんだけど、カフェラジオ初回を記念して、何かプレゼントでも用意しちゃおっか」

藍子「それ、いいアイディアですっ。私のサインでもいいでしょうか……?」

加蓮「いいんじゃない? いつもみたいに、レア物には私のサインまでセットでつけてあげる。これはもう応募するしかないねー?」

藍子「みなさんの応募とおたより、お待ちしてますっ」

藍子「『悩んでます。すごく悩んでます。悩んでいました。ありがとうございました』」

加蓮「……え、終わり?」

藍子「悩んでいるっていうことそのものを、知ってほしかったのでしょうか……?」

加蓮「1人で悩む……って言ったら、やっぱり相手が大好きなんだって話?」

藍子「好きという気持ちは、いつだって複雑です」

加蓮「好きだからどうしたいとか、そういうのをすぐ考えちゃうのは……。ちょっと悪い癖かなって思うんだよね」

藍子「そんなことありませんよ。好きな人とやりたいことを思い浮かべるのは、誰でもやることだって思います」

加蓮「ふぅーん……」

藍子「ね?」

加蓮「……どっち?」

藍子「ふぇ?」

加蓮「なんでもありませーん」

藍子「『お散歩が大好きな藍子ちゃんに聞きたいです! 意外とここが面白いって場所を教えてほしいです。今度行ってみます!』」

加蓮「おっ、藍子の腕の見せどころだね」

藍子「いつも行くところではなく、意外な場所がいいんですよね。それなら……神社はどうでしょう?」

加蓮「神社ねー……」

藍子「……歌鈴ちゃんのことではなくて。神社ですよ」

加蓮「はいはい、分かってるって。じゃあついでに、お賽銭でも投げとこっか」

藍子「加蓮ちゃんは、神様にどんなお願いをしますか?」

加蓮「うーん……。いっぱいの楽しさと幸せを、笑顔でいられる今の人生への感謝……かな」

藍子「……そっか」

加蓮「って、違う違う。そんな話をしたかったんじゃないのっ」

藍子「続いてのおたよりは――」

藍子「……! 加蓮ちゃん、これっ」

加蓮「え、急に何?」

藍子「これは、加蓮ちゃん宛てみたいですよ」

加蓮「えーと。『加蓮様の「薄荷-ハッカ-」、しかと聴かせて頂きました。切なきメロディの中に脆く見えども、決して燃え尽きぬ意志は、かような老爺の涙腺に堪えますな。ほっほ……』」

加蓮「……」

加蓮「……これって……」

藍子「加蓮ちゃんっ。ラジオを聴いているみなさんにも、説明してあげて?」

加蓮「そっか……。このおたよりを出してくれた人は、きっと前に会ったことがある人だと思うの。私のCDも聞いてねってお願いしたら、ホントに聞いてくれたんだっ」

加蓮「今はうまく説明できないかもしれないから、今度みんなにも教えてあげるね。時計と、店員さんが素敵なカフェのこと」

加蓮「『加蓮ちゃんの番組に、いつ藍子ちゃんが出演するか楽しみです!』」

藍子「今度こそは、私と加蓮ちゃんで一緒にやるんです!」

加蓮「……挑戦番組にずっと長いこと呼んでなかったこと、まだ怒ってる?」

藍子「む~」

加蓮「怒ってた……」

藍子「ラジオネーム、あなたの心にウサミンハート☆ さんからのおたよりです」

加蓮「何してんのあの人……」

藍子「おいしいご飯を炊くには意外と洗い方も大切なんですよっ。先にお米を入れてから洗う人が多いですが、まず水を張ってからお米を入れた方が――」

加蓮「相談じゃないし、送ってくるならそんなおばあちゃんの知恵みたいなのじゃなくて、せめてウサミン星人のなりかたとか教えて?」

藍子「そういえばこの間、商店街で菜々さんのCMが流れていましたっけ。前に私が食レポをさせてもらった商店街です。マッサージのCMだったかな……? それを見ていたおばあちゃんが、うんうんと頷いていて――」

加蓮「やめてあげてね?」

藍子「私たちの事務所では、いつでもウサミン星人を募集中ですっ♪ みんなも一緒に……せ~のっ」

加蓮「うっさみーん」

加蓮「……なんで私達がこれやってるの?」

藍子「えへっ」

藍子「店員さんにありがとうって言うと、一緒にいた友だちからおかしな目で見られてしまいました。私が悪いのでしょうか?」

加蓮「……藍子、ご回答をどうぞ」

藍子「私? お礼を言うことは、とっても大切ですよね。言ってもらえた側も、すっごく嬉しくなります」

藍子「でも……無闇に言ってしまったり、タイミングを間違えてしまうと、言葉が軽くなってしまうかもしれません。友だちの前では、言わない方がいいのかもしれませんね」

藍子「店員さんに大きな声で言うのではなくて、こっそり言ってしまうのもいいですっ。ちょっとだけ、ドキドキを味わえちゃいますよ」

加蓮「……。あと、大したことじゃなくてもイラッとしちゃった時には1度徹底的に話すのもいいかも。もちろん、相手との距離にもよるけど」

藍子「加蓮ちゃん」

加蓮「あははっ。私の嫌い――苦手な相談だったけど、つい」

藍子「加蓮ちゃんのアドバイスも、参考になったでしょうか? ちなみに加蓮ちゃんは、私がお礼を言うと、たいていそっぽを向いちゃうんですよ」

加蓮「こらっ」

藍子「次は、どれをお読みしましょうか。これがいいかな? こっちがいいかな……?」

加蓮「……! このおたより――」

藍子「加蓮ちゃん。何か読みたいのが見つかりましたか?」

加蓮「ううん、なんでもない。……おたよりを読み続けるのもいいけど、ちょっとトークに切り替えてみるのもいいんじゃない? あんまりサービスしすぎると、逆に読まれなかった人が怒っちゃうよ。こういうのは、読まれない人の割合をかなり多めに調節するのがポイントなの」

藍子「そうでしょうか。せっかく頂いたのですから、たくさんのおたよりを読みたいのに」

加蓮「読まれた人が10人と読まれなかった人が5人、読まれた人が3人と読まれなかった人が12人。どっちの方が怒る人が少なくて、喜ぶ声が大きくなるって思う?」

藍子「えっと……。あっ、なんとなく分かった気がします!」

加蓮「よろしい。トークテーマは……初回だし、ありきたりにカフェってことにしとこっか」

藍子「は~いっ」


『元気にやってるんだな、まあ……こっちも元気だ。がんばれ』

藍子「そういう、戦略? というのでしょうか。加蓮ちゃんは、私たちの事務所でも大活躍なんですよ」

加蓮「『あいこカフェ』の時も、ちょっとだけアイディアを出させてもらったんだー」

藍子「ときどき、全力で私をダマそうとすることだけ気をつければ、とっても頼もしいんですっ」

加蓮「藍子以外は騙さないから、安心して任せてね」

藍子「私のこともダマさないでください!」

加蓮「騙される藍子の姿が面白いのが悪いのっ」

藍子「――ふうっ。けっこうお話しましたね。うまく録音できたかな……?」

加蓮「あとは編集さんのお仕事だね。私が語ってるところをカットされたら、抗議しに行かなきゃっ」

藍子「カットされることはほとんどないと思います。だってこの『カフェラジオ』は、私と加蓮ちゃんがお話していることを、そのままお伝えする物ですから」

加蓮「じゃあ例のコラムと同じように時間無制限?」

藍子「Pさんは、10時間くらいお話してもいいぞって言っていました。逆に、5分だけならそれはそれで、とも仰っていました」

加蓮「えー……」

藍子「時間は意識しないで、自然な感じで録ってほしいって♪」

加蓮「ま、確かに藍子のラジオらしいけど」

藍子「加蓮ちゃん。私と加蓮ちゃん、2人のラジオですよ?」

加蓮「そうだったね。私達のラジオらしい……かな?」

藍子「ラジオの音源は、送るのにとても時間がかかってしまいそうなので、直接事務所に持って帰ることにしました」

加蓮「ということで録ったことだけ連絡してみたけど……Pさんからの返信、来ないね」

藍子「来ませんね……。お仕事で忙しいのでしょうか」

加蓮「なんか前もこういうことあったなぁ。焦らすだけ焦らされて、やっと連絡が来たって思ったらクリスマスの依頼を持ちかけられたこと――」

藍子「Pさんがずっと悩んでいた件ですよね。加蓮ちゃんにお伝えするかどうかで」

加蓮「もしかして、また私に大きな話を隠してる?」

藍子「ひょっとしたら……?」

加蓮「今度は私がカフェを開いちゃう?」

藍子「それとも……加蓮ちゃんが、またPさんにひどいことを言ったから?」

加蓮「えー……。今度は何も言ってないっ」

藍子「それなら、よかった。Pさんも、加蓮ちゃんのことを信頼しているぶんだけ、きつい言葉に傷ついてしまうんですから。あんまり、ひどいことを言わないであげてくださいね」

加蓮「はーい……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……だめですよ?」

加蓮「分かってるってば」

加蓮「私は言ってないのに、Pさんからはこの前ひどいこと言われたんだよ」

藍子「ひどいこと?」

加蓮「レッスンにちょっと力を入れすぎちゃって、くたくたになっちゃって……」

藍子「無理するな、って言われたのでしょうか」

加蓮「それもなんだけど、その後に……。藍子に面倒をかけちゃ駄目だぞ、って!」

藍子「私?」

加蓮「その前の日にもお母さんに同じこと言われて喧嘩になりかけたのに、よりによってPさんまで! 藍子は私の監視役じゃないんだけど!」

藍子「……加蓮ちゃんのこと、じっと見ちゃいますよ~?」

加蓮「なれって言った訳じゃないから……」

加蓮「Pさんってば、女の子の気持ちが分かってなーいっ」

藍子「ちょっと、加蓮ちゃん……」

加蓮「返信を待ち遠しにしてる藍子の気持ちも、無理したいって思う私の気持ちも、分かってなーい!」

藍子「……私の気持ちはいいので、加蓮ちゃんの無理を止めてください」

加蓮「こら」

藍子「Pさんに文句ばかり言ったり、そうまでして無理ばかりしてしまうのなら、また加蓮ちゃんを足湯カフェに連れていきますよ!」

加蓮「なっ……! なんなのその脅しっ」

藍子「のんびりする加蓮ちゃんのことだって、じっと見ちゃいます!」

加蓮「もう今更でしょ!」

<ぼーん、ぼーん……


藍子「あっ、時計の音……」

加蓮「時計の音って、待っている間に聞くのもいいよね。1秒1秒を意識できるっていうのかな……」

加蓮「返信を待つ、焦っちゃう時間も落ち着けるな……」

加蓮「……さっきのPさんへの文句、なかったことにしていい?」

藍子「ラジオのおたよりにもありましたけれど……直接言っていないので、セーフですっ」

加蓮「……ん? 私のスマフォだ。でも残念、Pさんからじゃないみたい。ほら」

藍子「歌鈴ちゃんから、加蓮ちゃんへ……? それもそれで、気になります」

加蓮「歌鈴の話かぁ……。どうしよっかな」

藍子「なにか、秘密にしておきたいことですか? それなら、無理にとは言いませんよ」

加蓮「ううん。詳しく説明したらまた藍子が嫉妬するかもしれないから」

藍子「…………」プクー

加蓮「あははっ」

加蓮「アドバイスをください! 甘いことは言わずにっ……だって。って、何の話?」

藍子「……もしかしたら、ランウェイの時のことかな?」

加蓮「この間主役に抜擢されてたヤツだっけ」

藍子「はい、これっ。歌鈴ちゃんが、自分で選んだファッションだそうですよ」

加蓮「……うわっ、だいぶ強気に出たね! へぇー、あの歌鈴がこんな……」

藍子「他にも、こんなコーディネイトも試したみたいで――」

加蓮「あははっ、こっちは歌鈴らしい♪ お蔵入りしちゃったヤツもあるんだ。他にもたくさんある。色々挑戦してみたのが、あの大胆な1着だったんだね……」

藍子「私たち、『あいこカフェ』のことがあったからあまり相談に乗れなかったけれど、歌鈴ちゃんもその間にものすごく張り切っていたみたい。何度も何度も練習を重ねて、当日も大歓声だったって♪」

加蓮「それでもアドバイスを……って言うなら、教え甲斐があるじゃんっ」

加蓮「今はパッと思いついたことだけ送っておこうっと。えーと、このファッションならもうちょっと攻めっ気のアクセを――」

藍子「あっ、私のスマートフォンにも何か来たみたい……。ちょっと失礼しますね」

藍子「茜ちゃんから? ええと……。ごめんね、いま加蓮ちゃんと一緒にいるから――」

加蓮「……茜って言えば、この間また謎のボンバー爆撃を食らったんだけどあれ何? 私なんかした?」

藍子「ぼ、ボンバー爆撃……あの、大量にスタンプを送られたっていう事件が、また起きたんですね」

加蓮「うん。どうせ藍子絡みなんだろうけど、ホントに心当たりがないの」

藍子「なんでしょう……。心当たりは私にも……この間、加蓮ちゃんのお話をしたことくらい?」

加蓮「……何話したの」

藍子「先週末に、加蓮ちゃんの家にお泊りして――」

加蓮「しばらく通知切っとこ」

加蓮「…………」

藍子「……今度は、誰から連絡が来たんですか?」

加蓮「……。ごめん、ちょっとだけ待っててね」スタスタ

藍子「あ、はい。……加蓮ちゃん?」

藍子「……、」

藍子「……最初は唇を尖らせていたのに、すぐにレッスンルームでも滅多に見せないくらい真剣な顔つきに……」

藍子「……」

藍子「……トップアイドルを目指すって決めてからは、誰よりも……妬けちゃう相手なのかも」


加蓮「ただいまー……」

藍子「おかえりなさい。……ずいぶん、げっそりしちゃいましたね」

加蓮「はぁ、もー……」

藍子「やっぱり、嫌いですか?」

加蓮「苦手。別に……好きか嫌いかって聞かれたら……嫌いじゃないんだけどね、忍のこと」

加蓮「もうそろそろ夕方になるのに、Pさんまだ返信してこない……」

藍子「焦らず、ゆっくり待ちましょう。急ぎの用事ではありませんから」

加蓮「だね……ん? 店内に入ろうとしてるあの女子2人組は……おーいっ! 2人ともーっ。こっちこっちっ」

「わ!」
「…………!!!」

藍子「お2人とも、お久しぶりです♪ この間は『あいこカフェ』に来てくれて、ありがとうっ」

「ン!」
「い、いえ、こちらこそ……ああこら固まるなっ。久しぶりに行こうって言ったのアンタじゃんか!」

加蓮「ホントホント、ここでは随分久しぶりだね?」

藍子「ひょっとして、すごく忙しかったとか……?」

「あぁいや……加蓮さんには前にお話しましたけどこいつバイトやってたんです。藍子さんにつられたのか、カメラとか遠出用の道具を買いたいってかなりシフトを入れちゃって」

藍子「そうだったんですね。元気そうで、よかった」

加蓮「久々の女神様との邂逅で死にかけちゃってるみたいだけどね」

「アイコサン……」
「……だいじょうぶー? はぁ……ぐぬぬう、やっぱり重い……!」
「ハッ!」

加蓮「あ、復活した」

藍子「……さっきの加蓮ちゃん、なんだか蘭子ちゃんみたいな言葉遣いでした」

加蓮「そう? 私も蘭子や美穂から教えてもらおっかなぁ」

「あ、ああああ、あのっ!」

加蓮「私?」

「この前はすごくっ、楽しかったです! か、加蓮さんがカフェをやる時にも必ず行きます!」
「すごい! よく復活して言えた!」

加蓮「……張り切って言ったところ悪いけど、私はカフェをやらないと思うよ? ここにいる時はともかく、世間の加蓮ちゃんはあまりそういうイメージじゃないと思うし」

藍子「えっ?」

加蓮「……え?」

藍子「そんなことないと思いますけれど……。えっと、確かこの前――」

「あはは、すみません……。あたしが、加蓮さんが店員をやってるとこを見つけちゃったから……」
「詳しく説明されちゃって、私も見たいな~って思っちゃいました……」

加蓮「うーん、そう言われると応えたい気持ちになっちゃうなぁ……」

藍子「あった♪ 見てください、加蓮ちゃんのファンアートです。ほらっ。にっこり笑顔で、カフェの店員さんをやってる!」

加蓮「いやいや、これはさすがに美化しすぎだから……。やっぱやんないっ」

「あたしたちは中の席にいますね。コイツがすみません……ほら、行くよ」
「うん。……えへへ、久しぶりに藍子さんに会っちゃった」
「あいこさんカフェでも顔は合わせてる筈なんだけどなぁ……。あ、店員さん。どうも……」
「こんにちは! お久しぶりです」


加蓮「いつの間にかあの子って、藍子に……限界? けど最初はもっとクールな子だった筈なんだよね……」

藍子「最初にお会いした時は、もっと物静かな印象でしたね……。ここにお誘いする前に、握手会でお会いする時は、お互い言葉に詰まっちゃう時もあったくらいでしたよ」

加蓮「今では違う意味で会話になってない」

藍子「そ、そういう日もありますよ。ほらっ、私だって1年ぶりくらいに加蓮ちゃんに会ったら、同じようになってしまうかもしれません」

加蓮「想像させるのやめてー……」

藍子「……? 私のスマートフォンですね。今度こそ、Pさんでしょうかっ」

藍子「残念、違っていました。愛梨さんです」

藍子「写真が1枚? ……っ!!?」

加蓮「え、どしたの……? あ、私のとこにも来てる。同時に送っ――!?」

藍子「か、加蓮ちゃん。なんでしょうかこれ……! どうして、服がほとんど脱げてしまった歌鈴ちゃんの写真が、愛梨さんから……!?」

加蓮「まさか愛梨……自分だけでは脱ぎ足りないからって!」

藍子「あっ、続けて連絡です!」

加蓮「『歌鈴ちゃんがドレスルームでドジをしちゃって、大変なことになっちゃってますっ』」

加蓮「……紛らわしいし、それなら先にメッセージから送りなさい! そもそも、写真を送らなくていいからっ!!」

加蓮「さっきからたくさんメッセージが来るけど、急にどうしたんだろ。合同レッスンが終わったとかかな?」

藍子「事務所の盛り上がっている様子を想像すると、ほんのちょっぴり、寂しい気持ちになっちゃいます……。私たちだけが、置いていかれている気持ちになってしまいますね」

加蓮「そうだね。何が起きたか明日しっかりチェックしなきゃ」

藍子「お話を聞いている間に、新しいことが起きていそう……。アイドルの世界って、大変ですよね……」

加蓮「それはちょっと大げさじゃない?」

加蓮「今度はこずえから連絡だ。……みおが、あかねといっしょにおこってるぞ~、って。今度はまた何……?」

藍子「……茜ちゃんの通知を切ってしまったからではないでしょうか。もしかしたら、何かメッセージが来ているのかもしれませんよ?」

加蓮「あー……。一応見、うわっまたボンバー爆撃! なんなのよ、もうっ」

藍子「こずえちゃんと言えば……」

加蓮「藍子は私のものなの、文句があるならかかってきなさいっ! これでよし」

藍子「加蓮ちゃん、ちょっと頭を出してみて?」

加蓮「……? こう?」

藍子「なでなでっ♪」

加蓮「…………急にどしたの?」

藍子「こずえちゃんがこのあいだ、加蓮ちゃんの頭を撫でると楽しいよ~、って言っていたのを思い出したんです」

藍子「ちょっとくしゃくしゃってやる方が、加蓮ちゃんは喜ぶって……だけど、せっかく整えた髪を乱すのは無理ですね。私は、優しく撫でることにします♪」

加蓮「わ、……こずえめっ。今度あのふわふわヘアーをわしゃわしゃしてやるー」

加蓮「こずえって言えば、この間もちびっこみんなで作戦会議してなかった? わいわいやってる時にこずえがまとめ役をやってたのが、びっくりしたんだよね」

藍子「していましたね、「さくせんかいぎ!」。確か、鬼ごっこをする作戦……だったかな?」

加蓮「鬼ごっこって……。外が雨だし、事務所で走り回ると危ないのに」

藍子「みんなで天気予報を毎日見て、晴れの日があったら予定を合わせようってことになったみたい」

藍子「ずっと見守っていた私も、いつ晴れるかな? って、何度も聞かれちゃいました」

加蓮「なんて答えたの?」

藍子「最初は、そのうち晴れるといいねって答えてましたよ。みんな賢くて、私がごまかしているって言われちゃったから……絶対に晴れる日が分かったら教えてあげるね、って約束をしちゃいましたっ」

加蓮「いつもの天気予報だね」

藍子「晴れたら、加蓮ちゃんを連れて行くって言っておきましたよ~」

加蓮「じゃあ体力作りし直さないといけないじゃん。ちびっこの前でダウンするとか絶対嫌だからねっ」

藍子「せっかくですから、勝った子にはなにか商品をあげてもいいかもしれません。あまり時間やお金が目立たないもので、例えば……加蓮ちゃんに、ヘアメイクをしてもらえる権利とか?」

加蓮「それくらいならいいよ。じゃあ、めいっぱいやってあげなきゃ」

藍子「可愛くしてあげてくださいね。それとも、大人っぽくしてあげた方がいいのかな? みんな、加蓮ちゃんに憧れていると思いますから」

加蓮「ふふっ、どうだろ?」

加蓮「勝った子には1時間くらいたっぷりかけてヘアメイクをしてあげて、負けちゃった子にもアクセサリくらいは配ってあげようかな? この間、可愛いリボンを見つけたんだ。こんなちっちゃいヤツなんだけどね」

藍子「加蓮ちゃんにしては、珍しいっ。それをつけてあげるんですね」

加蓮「っていうか、もうしてあげたんだ。また仁奈ちゃんと一緒に撮影することがあったから、みんなに内緒でこっそり」

加蓮「髪の内側に留めて、じっと見ないと分からないくらいにして……これじゃ物足りねーです、って言ってたけど、密かなオシャレこそ大人の極意だって教えてあげたのっ」

加蓮「周りの人達が今日のオシャレさんに気付いてくれるかなっていう、テストみたいな感じ。気付かれないなら、それはそれで2人だけの秘密っ」

藍子「わあっ。どうだったんですか?」

加蓮「最初に見抜いたのはPさんだったよ」

藍子「さすがPさんっ。仁奈ちゃんも、おおよろこびだったんだろうなぁ……」

加蓮「秘密って言ったのに、Pさんにバレた瞬間に仁奈ちゃんってば片っ端から言いふらしちゃったけどね。そこも含めて可愛かったけどっ」

藍子「そうそう、柚ちゃんが今度、加蓮ちゃんにものまねをしてほしいって言ってましたよ」

加蓮「この話の流れで名前が出てくるのもあれだけど……。モノマネってなんの?」

藍子「私のものまねをしてほしいそうです」

加蓮「……なんで?」

藍子「私が、加蓮ちゃんのものまねに再挑戦したら、柚ちゃん印を押してもらったんですよ。スタンプを押すみたいに、てのひらとてのひらで、ぽん♪」

加蓮「なるほど、リベンジ達成したんだ。……今度は私が滑る有様を見たいと」

藍子「笑ってもらえるように、今から練習しましょう」

加蓮「藍子の目の前で? 藍子のモノマネの練習をしろって言ってる??」

加蓮「藍子の真似をするならセリフとかじゃなくて、動きで魅せたいよね。もしかして藍子ちゃんの真似? って言わせたら、私の勝ちっ」

加蓮「未央はよく雰囲気が似てるって言うけど、どうしたら藍子っぽくなれるかな……じー」

藍子「……にらめっこですか? それなら私もっ。じ~」

加蓮「じー」

藍子「じぃ~」


――30秒後――

加蓮「」チーン

藍子「……加蓮ちゃん、大丈夫?」

加蓮「……加蓮ちゃんはゆるふわに呑まれましたって伝えておいて……」

藍子「えぇ~……?」

――おしゃれなカフェ――

藍子「膝枕をしてほしいって言うから、また中に入りましたけれど……加蓮ちゃん、いいの?」

加蓮「何が? こうして……膝枕なら、藍子とにらめっこせずに済むっ」

藍子「きゃ。加蓮ちゃん、ごろごろされるとくすぐったいですよ~。ひゃあっ、髪がお腹に当たって……」

加蓮「ふわぁ……。何度してもらっても、心地いいなぁ……」

加蓮「さっきのラジオでちょっと疲れちゃったのかも。こうしてると、ホント寝たくなっちゃう……」

加蓮「ととっ、藍子をしっかり見てモノマネできるようにならなきゃ。でも……ぼんやり、空を眺めるのも悪……く……」

「……ど、どうも~」
「私たちお邪魔です……よね?」

藍子「……だから、いいの? って聞いたのに」

加蓮「……」

加蓮「…………アンタ達、出禁!」

「ああああ! ついに出禁にされちゃった!!!!?」
「落ち着け! 正直なところ自業自得だ!」

藍子「冗談ですから、加蓮ちゃんがちょっと怒ってるだけですからっ」

<わ、わたしまだ藍子さんと会っていいんだよね? 握手会行っていいんだよね!?
<大丈夫だから落ち着け! 藍子さんはいいって言ってくれたんだよ!
<藍子さんがいいって言ってくれ……アッ
<…………勘弁してー


――おしゃれなカフェテラス(加蓮が率先して逃げてきました)――

加蓮「何やってたんだろ、さっきまでの私……」

藍子「加蓮ちゃん、落ち着いた?」

加蓮「うん、なんとか……。席、元に戻るね」

藍子「……膝枕はそのままでもいいんですよ?」

加蓮「ヤダ。戻る。甘いものでも食べて出直そっと……」

加蓮「疲れちゃった時は、ココアも美味しいね」

藍子「いつもの味が、一番……落ち着きますよね」

加蓮「ね……」

藍子「……ふう」

加蓮「ふうっ」

「あ、あの、あのぉ~……」
「あたしらそろそろ帰るんで、一応……」

加蓮「2人とも。わざわざありがとね。……えっと、なんでそんなに怯えてるの?」

「私もうここには来られないんでしょうか!? 藍子さんの握手会に行ったら恐い黒服のおじさんが来るんでしょうか!!」

加蓮「あははっ。来ない来ない。脅かしすぎちゃったね」

藍子「……また、来てくれますか?」

「は、はいいぃ! あ、えっと、はい!」
「よし、よく持ち直した! ……あのっ。あたしも、……応援してます!」

加蓮「ありがとう。また会おうねっ」


<久しぶりに藍子さんに会えた……嬉しかった……
<覚えててくれてよかったね。バイトちょっとくらい減らしなよ
<だめだよ! 藍子さんと同じ靴を買うんだから!


藍子「……、……気をつけて帰ってくださいね~! また、お会いしましょう~っ」


<ンィ!?
<……。頑張って持って帰ろ……


加蓮「いやいや、トドメを刺しにいってどーすんの……」

藍子「そういうつもりではなかったんですけれど……。会えたことが、嬉しかったから」

加蓮「……、」

藍子「どうしても、もう一言だけ……我慢できずに、叫んじゃいました」

加蓮「……良かったね。変わらないものも、ここにあって」

藍子「うんっ……」

藍子「いつの間にか、夕焼けがこんなに綺麗に……」

加蓮「なんだか今日は、1日が長く感じられたみたい。でもそれも終わりかな」

藍子「……夕焼け」

加蓮「……? ――――! 藍子――」

藍子「加蓮ちゃんっ」

加蓮「……藍子?」

藍子「ねえ、……一緒に……一緒に歌おう、加蓮ちゃんっ!」

加蓮「一緒にっ……」

藍子「靴を、とんとんって整えて……」

藍子「加蓮ちゃんの隣に並んでっ」

藍子「……やっぱり、この夕焼けの中で見る加蓮ちゃんは、すごく綺麗」

藍子「今だって、ほんの少し足が重たくなっちゃいますけれど……」

藍子「アイドルとしての気持ちをなくしかけた私へ、加蓮ちゃんが向かい合ってくれた日のことは、決して忘れません」

藍子「自分好みになれ、私好みにしてやる……なんて、加蓮ちゃんらしい、少し不器用で乱暴な言葉。でもそれだけ強い想いが、私を引き上げてくれたんです」

藍子「もう、煌めく加蓮ちゃんのことを見ても……私も同じアイドルだって気持ちは、どこにもなくなりません」

藍子「今なら――高森藍子の、トップアイドル計画っ♪ そんな名前でさえ、見栄を張った物だとも思いません」

藍子「それくらい口に出して、初めて立てる場所を目指しているんです」

藍子「そしてたどり着いたら、今度は……加蓮ちゃんと一緒に、どこまでも歩いていくんです」

藍子「この世界にはまだ、私も加蓮ちゃんも知らない、楽しいことで溢れているに決まってますから!」

加蓮「……もう。私、ちょっと心配しちゃった。藍子がまた、観客に戻っちゃうんじゃないかって」

藍子「たくさんの思い出があれば、私はどこまでだって歩いていけますっ!」

加蓮「そっか……。そうだよね。藍子はたくさんの思い出を運んで、歩いていくんだよね」

藍子「はいっ。世界中の人たちが笑顔になれるように、どこまでだって……」

加蓮「どこまでも届けていこうね。藍子のあたたかさ」

――おしゃれなカフェ――

藍子「レジの横のお菓子、何か買って帰ろうかな……?」

加蓮「……、」

藍子「あれ、加蓮ちゃん? 忘れ物ですか?」

加蓮「ううん。……あのっ、店員さん!」

<……?

加蓮「店員さん。今日も素敵な場所をありがとっ。藍子とのかけがえのない時間を過ごせるのは、店員さんがいてくれるからっていうのもあるんだよ」

藍子「……私からも、ありがとうございます♪ アイドルの加蓮ちゃんと私が、こうして2人で、のんびりできたり、秘密のお話ができたりするのは、このカフェがあってのことですから!」

<……っ

<お越しいただき、ありがとうございました。是非、またいらっしゃってくださいね

加蓮「また来るね!」

藍子「また来ますっ」


<……

<……~~~~~!



加蓮「じゃあ……そろそろ、帰ろっか」



藍子「帰りもゆっくり、歩きながら♪」


 ――夕焼けの色が濃くなる帰り道。今日という1日は終わりに近づいていく。
 次は……何日後かな。1週間後か、2週間後か。そのうちまたカフェに来て、のんびりして……。
 話すこともやりたいことも、まだまだいっぱいあるんだから。次の限定メニューだって気になるもんね。

 でも、このお話はこれでおしまい――





 ……じゃないの。

 もう1つだけ、みんなにお話しておきたいことがあるんだよ。

 ねえ、何かを忘れてない? 例えばいつまでも連絡をサボってる人のこととか……?
 それに、まだ振り返っていない思い出があったよね。

……。

…………。


藍子「加蓮ちゃん、何度も立ち止まって振り返ってる……。名残惜しいなら、もうちょっといてもいいんですよ? 閉店まで時間はありますし、お母さんだってあらかじめ連絡しておけば怒ったりしませんから」

加蓮「そういうのじゃないのっ」

藍子「もうっ。……そうそう、今度のお休みの予定ですけれど――」

加蓮「……っと、ごめん、ちょっと電話」

藍子「はい、どうぞ。歩きながら電話するよりは……私はそこのベンチに座って、待っていますね」

加蓮「ごめんね? えーと相手は……うわ、Pさん。やっと連絡してきてくれたよ。さすがに遅すぎだってば……」

藍子「加蓮ちゃん、あんまりひどいことは」

加蓮「言わない言わないっ。さて、どんな言い訳をしてくるかな?」


<もしもし? うん、うん。今はカフェラジオ? が終わってからずっと藍子と一緒にいて、今帰るとこだけど……ちょうどいいって何が?
<…………え?
<ええっ? なんでそんな急っ……ま、待って。私にって、何が……え?
<……ええええっ!? え、……え、えっ……
<それって、……ホント? 私、そういう嘘は大嫌いだよ? うん……う、うん、分かった。……うん、うん


藍子「加蓮ちゃん、なんのお話だろ……? なんだか、びっくりしているみたいだけれど……なにかあったのかな?」

加蓮「藍子、今から事務所に行こうっ!」

藍子「は、はい! 事務所ですか? 何か、急なお仕事とか……」

加蓮「ううん違うの。Pさんが私達に会わせたい子がいるって……! 今事務所にいてそれからっ」

藍子「加蓮ちゃん、落ち着いて……」

加蓮「っ……ごめん。落ち着きたいけど落ち着けない、だって……! とにかく事務所! 事務所に行けば分かるのっ……!」

藍子「わ、分かりました。事務所に行けば分かるんですね?」

加蓮「Pさんは車出せないっていうから――」

藍子「お母さんに大急ぎで連絡してみますっ」

――車内――


藍子「……えっ!? じゃあ、それって……!」


加蓮「うんっ……!」

――事務所――

<バンッ!

加蓮「Pさん!」

藍子「新しいアイドルがやってきたって、本当ですか……!?」

「2人とも。遅い時間に呼んでしまってごめんね。それから返信が遅れたのも――」

加蓮「そうじゃなくてっ。もしかして、もう来てるの!?」

「あぁ、それなら」



「かれんちゃん!!」



加蓮「そーちゃん……!」

「そうです!」

加蓮「……っ、ここで、会えるなんてっ……。Pさん、私達のプロデューサーさんが連絡をくれたの。そーちゃん、アイドルになったの……?」

「わかんない! こうほせい? です!」

加蓮「そっかっ……。じゃあ、もう元気になったんだね!」

「わかんない!」

加蓮「え……。どういうこと? Pさん」

「ほぼ完治はしているよ。もう絶対に再発しないと断定できたら本人に伝えると言っていた。……賢い女の子みたいだから。加蓮のようにね」

加蓮「そっか……」

「えへへ!」

加蓮「……そっかっ」

藍子「加蓮ちゃん、そーちゃん……。よかったね」グスッ

「加蓮ちゃんに一言話そうと思っていたんだけれど、持っていかれちゃったわねー」

藍子「あれっ。看護師さん! こ、こんばんは……」

「こんばんは、藍子ちゃん。そーちゃんね、初めて入院した頃からずっと診ていた子なの……私が付き添いに指名されちゃった」

藍子「そうだったんですね……」

「本当は親じゃないといけないんだけど、そーちゃん、泣き喚いちゃってねぇ。うちの病院、誰も彼も子供に甘くなっちゃったから……誰かさんのせいでね」

藍子「あはは……。それだけ、そーちゃんが元気いっぱいになったってことですっ」

「どうなることやら……。ねえ、藍子ちゃん。そーちゃんは、加蓮ちゃんのように輝けるかしら?」

藍子「きっと、輝けますよ。アイドルになりたい、輝きたいって気持ちがあれば、絶対に……」

「かれんちゃんっ――げほっ」

加蓮「……! そーちゃんっ」

「ううん、だいじょうぶです! おいしゃさんと、かんごしさんが、かれんちゃんになれるよっていってくれたんだ!」

「そうも、きょうからかれんちゃんだよ!」

「あっ。かれんちゃんって、サンタさんなんだよね?」

「じゃあ、そうもサンタさん! ほっほっほー!」

加蓮「……っ、もっ……」

「……? どうしたの、かれんちゃん?」

加蓮「なんでもないっ……! そっか……。あなたも私と同じ……同じようにきっと輝けるよ……! こんな奇跡、ホントにあるんだっ……」

「わっ。かれんちゃん、てがおおきい!」

加蓮「大きくなったもん。そーちゃんっ、……ほっほっほーっ」

「ほっほっほー!」


 ――奇跡の小さな輝きが都会の夜に瞬いて、これで本当に、このお話はおしまい。

 みんな、今までありがとう。これからもよろしくね。
 ……もしまたカフェで私達のことを見つけても、そっと見守っててねっ。


【おしまい】

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