北条加蓮「幸福なお伽噺」 (41)

・モバマス、北条加蓮のSSです
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昔々、それほど遠くない昔


真っ白なお城の、真っ白なお部屋に住むお姫様がいましたとさ


彼女は、これまた真っ白な召し使いを抱えています


しかし、普通のお姫様とはちょっとだけ違いました


時折、召し使い達が彼女を連れまわして様々な事をするのです


中には痛いこともありました


彼女は嫌がります


しかし、普段なら我が儘を聞いてくれる召し使いも、この時ばかりは言うことを聞かないのです


さらにもう一つ


お姫様はお外に出させてもらえません


世界が真っ白に染まった日も


その感触を知れません


世界が揺らめくほど暑い日も


その温度を知れません


召し使い達は、彼女を宥めます


その代わりに、彼女の望むモノは大概叶えられました


望む前に叶うこともしばしば


まさにお姫様のような、不自由な生活を送っていました


そんな毎日の、ある日


お外が一際輝いていた日のことでした


窓からの景色しか知らず


四季の変化も分からない


そんなお姫様に、


なんとも不思議な、見知らぬ人からプレゼントが


“花”という、プレゼントが贈られました


#

時は移って、少し昔


彼女が目を覚ますと既に日は傾きかけていて、授業は終わっていました


誰もいない最上階の教室から校庭の様子を眺めます


この階からでしか校庭は見えません


(高校に入ったら屋上に行けるだなんて、誰が広めたんだろう)


彼女には屋上への通路も分かりません


(単に私が無関心だけかもしんないけど)


しばらく眺めていると、熱心にボールを追いかける生徒が目に入りました


泥まみれになりながら、怒声を掻い潜りながら


必死にもがいて、夢を追っています


(そんなに楽しいのだろうか)


(辛くて、苦しくて)


(いったい何になるというのか)


(あ、転んだ)


彼らを見ていたら、ファストフードが食べたくなりました


安くて早いそれは、彼女の今の気分にちょうど良いのです


最近は、人気アイドルが考案した女性向けヘルシーバーガーなるものが人気のようです


(量も少なかったから食べきれるでしょ)


鞄を手に取り、スマホでクーポンを探しながら教室を後にします


#

店内に入ると少しばかり混雑していました


(なるほど、アイドルのストラップが付いてくるのね)


例のバーガーを一つ買うと、そのアイドルのストラップが七種類の中から一つ選べるようです


女性客はバーガーで、男性客は景品で


(頭いいなぁ…)


そんなことを考えながら注文をします


ストラップは適当に選びました


「高槻やよいのモヤシバーガー七個ください」


彼女の次に並んでいたサラリーマンがそう告げます


(あの人、ストラップ欲しさか)


しかし、現実は残酷なもので


「申し訳ございません。ただいま三番のストラップが無くなってしまいましたので…」


「……え…?」


(ん?三番って…)


(私の選んだストラップ、確か三番のはず)


普段なら関わらないようなこの状況でしたが、この日は違いました


彼のあまりにも悲愴感漂う表情のせいか、はたまたただの気まぐれか


『ねぇ、アタシ三番のだから交換してあげるよ。別にこだわらないし』


「ほ、本当で…す、か……」


彼は彼女の顔を見ると、喜びの表情から、まるでガラス玉を見つけた少年のような表情へと変わりました


「…アイドル、やりませんか?」


『はぁ?』


「アイドルです、アイドル。まぁ、立ち話もなんですしとりあえずあちらへ」


突然の事で事態を呑み込めない彼女を、テーブル席へと引きずるように連れて行きました


「えー、では改めまして。私こういう者です」


“CGプロ”と“プロデューサー”の文字が入った名刺を渡されました


(これは夢なんだろうか)


懐かしい夢を垣間見ます


(でも…)


彼女の中に芽生えた期待は、瞬時に打ち消されました


(現実には、もう慣れている)


『いいよ』


「え?」


『アイドル、やってあげる』


「怪しまないんですか?」


『うん。でも、』



『アタシ、特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい?』


「……」



(無理でしょ?知ってるんだ、アタシ)


“努力しなければ報われない”


これは、スタートラインに立てて初めて言える言葉


彼女は夢を見れません

彼女も夢を望みません



(私の事なんか、放っておいてよ)


彼女の心は涙を流します


「いいですよ」


返ってきたのは、予想の斜め上をいく肯定の言葉でした


『別にあしらうために適当言ってる訳じゃないよ。ホントに身体弱くて、体力無いの。入院歴もあるし』


「嘘を言ってないのは分かります。そして、アイドルを望んでいることも」



(そんなの、嘘だ)

彼女は夢を見ないのだから


#

事務所に入って三ヶ月が経ちました


一週間に四回のペースでレッスンが行われています


『はっ…はっ…はっ…はぁっ…ちょ…もう無理っ…』


彼は怒りません


彼女が勝手にレッスンを止めても、いつもニコニコしています


(きっと他の奴と同じなんだろーな)



彼女の過去に同情して

優しさと憐れみを勘違い



「それじゃ、休憩にしようか」


『えー…まだやるのぉ…』


「んー…ステップの確認だけしてしまおうよ。それで終わりでいいから」


彼女のレッスンは全て彼が指導しています


この事務所には専属のトレーナーさんがいるにも関わらず


彼自身、担当が彼女だけといっても、他の仕事があるだろうに


未だ初歩のステップがやっとの彼女を指導しています


『ねー、Pさん』


「んー?」


『なんでPさんが指導してくれるの?専属のトレーナーさん、いるんでしょ?』


「トレーナーさんが相手だと、加蓮ちゃん、やめちゃうでしょ?」


『確かにねー。体育会系って苦手だし。Pさんの方がいいや』


「加蓮ちゃんらしいよ」


『じゃぁ、Pさん。もう一つ』


『何で“怒らない”の?』




『同情?』


沈黙が二人を包みます




「……」


「いや…」


いつもの笑顔が消えていました


「……“君しだい”なんだよ、加蓮ちゃん」


「この世界にはね、輝かずに消える星がごまんとある」


「輝く才能の無かった星」

「輝く機会の無かった星」

「輝く運命に無かった星」


「理由は様々だけど、才能を持ち、運命に見出だされながら、機会に恵まれず輝けない星ほど僕は残念でならない」


「そんなことが無いように」


「二度とそんなことが無いように」


「僕は君に機会を与え続けるんだ」


「それを受け取るかは“君しだい”」


彼女に過去があるように

彼にも過去があるのでしょう


『でも、それだとPさんが困らない?担当、私だけなんでしょ?』


「輝ける星を失う方が怖い。それに、」


「僕は君に惚れたんだ。君の才能と共に、君自身に」


『それが、私をスカウトした理由?』


「そうだよ。主観の混ざった直感だけど、間違いないと思ってる」


『ふーん』


彼は“優しく”なんかありませんでした


望むだけでは、叶えてくれません


彼は彼女を眺めています


“可哀想なお姫様”を無視して


真っ直ぐに、“彼女”と向き合います




(ならば私は、彼に応えよう)


「僕からも一ついいかな」


「どうして、あの時即答したんだい?」



その前に、彼女自身と向き合わなくてはなりません


自分の想いを

隠してしまった想いを


十年以上前の記憶から探ります



『……小さい頃に見たんだ』


『まだ、売れてないアイドルだったけど…病院でクリスマスライブをしてくれたの』


『私の知らない世界が、とても輝いていて』


『それから、アイドルが私の夢になったんだ』


『まさか、ホントに叶うなんて思わなかったけどね』


「…そっか…。彼女のことで、何か他の記憶はあるかい?」


『えっと…確か“花”って曲を歌ってた気がする。その曲がすごい好きになって…どうかしたの?』


「……いや、なんでもないよ。…ありがとう」


『…?変なPさん。それじゃっ、ついでにもうひとつ!』


「もう時間だ、レッスン始めるよ」


『いいじゃん!ね、Pさんの夢、教えてよ!教えてくれたら頑張るからさ』


彼の想いに応えるために


「僕の夢?そりゃぁ、加蓮ちゃんをトップアイドルにすることだよ」


『ふふっ…予想通り。それなら、私の夢も今決めた。アイドルになる夢はPさんが叶えちゃったしね』


「何にしたの?」


『ふふっ。今はまだナイショ!』


彼女は誓います


『いつか、教えるから待っててね!』



いつか、星が沈むその時に


#

今日はPさんに呼ばれました


「そろそろ、具体的な目標が欲しいんじゃないかな?」


『そーだね。毎日レッスンばっかりで飽きてきちゃった。Pさん、ちゃんと営業してる?』


「最近はレッスンばっかりでもないでしょ。お仕事もあるし」


『ち・い・さ・いお仕事ね』


「まだ、新人なんだから。生意気言わない」


あの日からアイドルを進み始めた彼女は、まだまだ新人の域ですが、確実に前進しています


「それで、加蓮ちゃん」


「三ヶ月後のクリスマスライブ、加蓮ちゃんも出るから」



クリスマスライブ

CGプロが総力を挙げた一年の締め括り



『え?』


「そこで持ち歌披露」


『…』


「本格的、デビューだ」


『……はい』


彼との二人三脚が実を結ぶ

ついにその日を視界に捕らえたのです


#

本格的なトレーニングのため、事務所専属トレーナーである青木麗さんが彼女のレッスンを担当してくれることになりました


麗さんのレッスンは、マスタートレーナーと呼ばれるだけあって、相当なレベルを要求されます


事務所総出の一大イベントなのですから、中途半端は許されません


Pさんからの指示で、ヴォーカルだけに照準を当てて指導してもらいますが、それでもレッスンをするたびに課題を突き付けられる毎日です


彼女が悲鳴をあげている間、彼は彼でクリスマスライブと彼女の営業で忙しそうです


仕事ぐらいでしか会話する時間が取れない日々


寂しい気持ちも辛いという感情もありますが、何より苦しさを覚えます


それでも、今は堪えるしかありません


彼女と彼の夢のために


(もう、望むだけの私はいない)


#

12月24日

クリスマスライブ一日目


渋谷凛、島村卯月、本田未央などの一期生を筆頭に、破竹の勢いで進むCGプロのライブはすぐにソールドアウト

満員御礼です


そんなライブで、彼女の出番は遅めの方


ちょうど星が見え始める時間帯


そして、前を渋谷凛、後ろを高垣楓に挟まれています


両者共に、一番最初にCDデビューしたCGプロの看板です



(この観客数でただでさえ緊張してるのに、Pさんは何を考えてセッティングしたんだろう…)


肝心の彼は朝から見ていません


「あ、加蓮」


その渋谷凛から声を掛けられました


彼女と凛は歳が近いこともあり仲が良いのです


『やっほー』


「緊張してるね、加蓮」


『しない方がおかしいでしょ。よりによってあの順番だし』


「そうかな。私は上手いとおもったけど」


『それにPさんもどこか行っちゃったし』


「…昔と比べて加蓮もだいぶ変わったね」


『も、もう…昔の事は恥ずかしいから、思い出さないでよ』


「大丈夫だよ。加蓮のプロデューサーさんは、加蓮の事とても大切に思ってるみたいだし」


「それに、今日は何か準備してるみたい」



凛の言葉が引っ掛かりました


#

ライブが始まりました


控室が騒がしくなります


彼女も、スタイリストさんに手伝ってもらって衣装に着替えました


本物より動きやすくはしてありますが、一目でウェディングドレスだと分かるような衣装です


(また、ウェディングドレス…)


以前、ちょっとしたドラマで花嫁役をやった事があります


それが大きな反響を呼び、彼女の知名度を押し上げました


しかし、新人は覚えてもらってなんぼの世界


印象に、記憶に残すために


再び純白に身を包みます


(でも、婚期を逃すっていうのに…二回も着ちゃったら…)


その事で彼に文句を言ったら、「似合ってる」という言葉と共に、謝られました


(これは…責任取って貰うしかないかな)


早く彼に会いたい

彼に見てもらいたい

彼に誉めてもらいたい




―ホウジョウサン、ジュンビオネガイシマス


突然のスタッフの声に、顔が引き締まりました


#

ステージ上の様子を窺います


凛はステージの中央で、デビュー曲である“Never say never”を歌っていました


今日も絶好調です


凛のイメージカラーである、蒼のサイリウムが統率のとれた動きをします


(次は、私があそこに…)


ステージが、遠くに感じました






「加蓮ちゃん」





待ち望んでいた彼の声


「遅くなってごめんね」


緊張が解れます


『もー。どこに行ってたの、Pさん』


「ごめんね。いろいろと準備が、ね」


彼からのクリスマスプレゼント


“いろいろ”が気になりましたが、尋ねる前に照明が落とされてしまいました


凛だけが照らし出され、トークが始まったのです


お姫様の為に、時間を稼いでくれています


「恐いかい?」


『大丈夫、貴方が育てたアイドルだよ』


「…うん、そうだね。さぁ、行っておいで」



暗闇の中、転ばないように

雛壇の最上部へ



ただ、厳かに

高みから歌だけでねじ伏せる

彼は賭けとも思える演出を、お姫様に課してきました



(ちょっと、壮大すぎないかな)



所定の位置について


お姫様の為に用意された世界を頂点から見渡します



そこから見えたのは



空に幾千の星が輝いて


床が白い光で覆われて


ゆらゆら、ゆらゆらと左右に揺れる


真っ暗で暖かな世界


#

「…こうして、お姫様は輝き始めましたとさ。めでたしめでたし」


「えー!もーおわりー?もっとおはなししてよ、おかーさん!」


「また今度ね。そろそろお父さんが帰ってくるから準備をしちゃいましょ」


「うん!きょうはくりすますいぶだもんね!さんたさん、はやくこないかなー」


「ふふっ…ちゃんと来るわよ。……あら、雪が……」


サンタさんは必ずやって来る


その人に必要なモノを携えて


彼の姿は見えないが


確実にプレゼントは行き着いている


“タダイマー”


「あ!かえってきた!」


“オカエリー!”

“オオ、イイコニシテタカー”



娘の出迎えに、夫の声が弾む

私にも、クリスマスプレゼントが来たようだ




全ての始まりの日に




愛する人達と過ごす幸せ




これ以上、何を望もうか




これから先、何十年




彼に言えるなら、それでいい




『メリークリスマス、Pさん』

以上になります。


読んでいただきありがとうございました。

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