北条加蓮 『不幸な兄妹?』 (289)


下記内容を予めご了承ください。

・アイドルマスターシンデレラガールズのSSです
・地の文有、一部過度な依存的な描写があります
・拙い文章力故に更新が遅くなるかもしれません

 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


過去の作品

渋谷凛『不思議なお店?』
渋谷凛『不思議なお店?』 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1385298329/)

モバP「雨の日の過ごし方」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-3028.html


*直接的な繋がりはありませんが、予め上記2作品を読んでから本作品を読んで頂けると世界観が分かり易くなると思われます。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1393784619




~side:白菊ほたる~



私がいると周りの人が不幸になるんです。

小さい頃からそうでした。

物が落ちてきたり、怪我をしたり、私がその場所にいるだけで、皆不幸になってしまうんです。

そんな私は一体何が欲しかったのでしょうか?

周りに不幸をまき散らす私でも誰かを笑顔にしたい。

そう思って、アイドルになりました。

でも、何故、アイドルだったのでしょうか?

それが時々分からなくなってしまうのです。



そんな私には少し歳の離れた兄がいます。

私の兄はとても不器用な人です。

とても不器用で、いつも少し寂しそうに笑います。

それが兄の癖なのです。

「大丈夫」

私が自分の不幸体質の訴えた時、兄はそのことを否定したりはしません。

きっと、私は私が不幸体質ではないと言われても、それを信じることができないからでしょう。

いつも言葉少なく、問題は無いと伝えて、私の髪をクシャクシャと撫でるのです。




ある日、私が所属していたプロダクションが潰れてしまいました。

目の前が真っ暗になって、私が所属していたからだろうかと思い、消えてしまいたくなりました。

夏の日の蛍のように、一瞬だけ輝いて、消えてしまいたい。

本当に一瞬だけ、綺麗って思われて、誰かを笑顔にして消えてしまいたい。

あの頃、私は本当に心の底からそう思っていました。

でも、それでも、私の兄は言うのです。

「こらこら、それはダメだろう」

なんで。私がいると周りを不幸にしてしまうのに。

なんでっ!?

「確かにほたるの回りでは色々起こるけど」

「それでも、ほたるは僕の妹だから、幸せになって欲しいよ」

違うんです。兄さん違うんです。私が欲しいのはその言葉じゃないんです。

嘘です。そう言ってくれるだけでも嬉しいです。でも、家族まで不幸にしたくないんです。


こんな私は消えてしまえばいいのに。

でも、そんなの嫌なんです。

私はどうすればいいのでしょうか?誤って、謝ってばかりの私はどうすればいいのでしょうか?

「じゃあ、こうしよう」

いつもの少し寂しげな笑みを浮かべて兄は言いました。

「1か月間、ほたるが何かある度に『ごめんなさい』って言わない」

「もし、その約束を守れたら。ほたるに幸せになるチャンスをあげる」

指切りをしました。そんなことをしたのは久しぶりでした。



1か月後、私の兄はアイドルプロダクションの『プロデューサー』になりました。

「ほたるをスカウトしたいんだけど、いいかな?」

私は子供です。子供ですけど、就職することがとても大変で、人生で重いことは知っています。

私のために兄の人生を台無しにしてしまった。

どうして、そんなことを。

こんなことして欲しいなんて言ってない。

言いたいことはいっぱいありました。思ったことはたくさんありました。

でも、私はそんな兄の優しさに甘えてしまいました。

兄さんがプロデューサーで、私が担当アイドル。

私はまたステージに立ちました。



もちろん、私の不幸体質は変わりません。

それでも、兄は根気強く私のことを守ってくれました。

いつも一緒に居てくれました。

同じ事務所にアイドルが増え、友人も増えました。

今度の事務所は潰れたりしてません。

私のファンになってくださる方も徐々に増えました。

初めて私の歌を収録したCDが店頭に並びました。

私を想ってくれる兄が、家族がいる。それだけで私は十分に幸せなのです。

だから、誰よりも優しい私の兄が、私以外のダレカに私が見たことの無い笑顔を見せていても、私は十分に満たされているのです。

なので、別に妬ましくなんて無いです。

本当ですよ。






~side:北条加蓮~


「別にこんな風に生まれたくて、生まれたわけじゃない」


誰かが言ってた言葉だけど、結構、私にも当てはまっているような気がする。

誰が望んでこんな不自由な体で、生まれてくるものか。

誰がこんな程度の才能で生まれてきたかったなんて思えるものか。

足りない、足りない、欲しがってばかり、どうしようもないね。

だって、なぁーんにも変わらないもん。

才能には努力だけじゃ勝てない。神様はいつだって、不公平。

何歳まで、生きれるの?さぁ、普通の人よりも短いけど、貧しい国の子供よりは長い。

んで、その程度の長さの人生で、私はどうするの?ねえ、どうするの?


もう、どうだっていいや



同情って、結局は上から目線だし、お見舞いも、もういいよ。

同情するならその体をくださいってね。

「はいはい、そんな泣きそうな顔で言われても説得力ゼロですよ」

私の歳の離れた従弟は、いっつも、私が愚痴るとこう言う。

そんなに泣きそうな顔してるかな?

「してるって、泣きそうな顔してるよ」

へぇー、そうなんだ。んで、私はどうすればいいの?

「さあ?」

まあ、それもそう。普通、そう言うよね。無責任なこと言われるよりマシだけど。

もうどうでもいいんだけどね。

「本当にもうどうでもいいの?」

うん。別に何かが変わるわけじゃないからね。

「じゃあ、加蓮ちゃんに暴行するけどいい?」

はぁ?何言っているのこの人?頭沸いてるの?キモッ!



「別にどうでもいいんでしょ?」

いや、まあ、そうだけど。

「じゃあ、別にいいんじゃない?」

いやいや、良くないよ。全然良くないよ。

確かにどうでもいいって言ったけど、さすがにそれは嫌だ。

「じゃあ、アイドルやってみる?」

アイドルってテレビに出てるアイドル?ほたるちゃんがやってるアイドル?

憧れとか、興味が無いといえば嘘になるけど。

「また、ほたるがいた事務所が潰れてね」

確か前も同じ話があったようななかったような。2回目だっけ?

「そうだね。こういう業界だから中小企業は3年以上継続するのは難しいらしいよ」

それ分かってて、就職したの?ちょっと、大丈夫?

「心配してくれるんだ?」

それは、まあ、従弟だし、よくお見舞い来てくれるし。

「そう、ありがとう」

心配してくれてるのは分かってるし。



「北条加蓮さん。あなたをアイドルとしてスカウトさせてください」

私が体力に自信が無いこと分かって言ってる?あんまり運動できないって分かってる?

「もちろん」

じゃあ、よろしくお願いします。プロデューサー。

そして、私はアイドルになった。病弱少女の成功劇場。

本当にどうなってもいいと思っていた。

この先、希望なんて無いと思っていた。

でも、私の体は完治ではないけど、普通の人以上に動けるようになっていて。

感謝している。この恩は絶対に返したいと思っている。

努力して、プロデューサーの一番になりたいと思う。

でも、まあ、兄妹だし、ほたるちゃんが最優先なのはしょうがないよね。

私は2番目。それでいいよ。それで満足。うん、大丈夫。


だからさ、いつまでも、そのヒトのこと見てないで、ちゃんとコッチ見てよ。




~side:服部瞳子~


私と白菊君の関係?高校2年生と3年生の時のクラスメートよ。

仲が良かったかと言われると、別にそうでもなかったわ。

ただ、私が一方的にお世話になっていた形ね。主に勉強関連で。

いつとは言わないけど、一時期アイドルデビューしていたことがあってね。

出席できる日数も限られていたから、たまに白菊君にノートを借りていたの。

席が近かったのと、私がアイドル活動をしていることで変な質問とかしない人だったから。

本人には申し訳ないけど、色々と都合がよかったのよ。

まあ、知っているとは思うけど、私の初デビューは失敗。



芸能界を諦めて、専門職を目指そうと考えている頃に白菊君から連絡があってね。

妹さんがアイドルとして活動し始めたから、業界の話を聞かせて欲しいって。

せっかくだから、直接その妹さんとあってみようと思ったのが再開のきっかけ。

ほたるちゃんの第一印象?

「気が弱すぎる」かしら

芸能業界は世間が認識している以上に複雑な利害関係が絡んでいるから、どうしても人の汚い部分が際立ってしまう。

その世界は、ほたるちゃんでは到底無理だと正直思ったわ。

ええ、厳しい言い方かもしれないけど、身内は皆ライバルくらいの気の強さは必要ね。

それにほたるちゃんが所属していた事務所もあまり良くなかった。

アイドルの移籍が相次いでいたから、資金繰りがよくなかったのでしょうね。

そこは白菊君も気が付いてた。だから、私に話を聞きに来たんでしょうけど。

当初の懸念通り、その事務所はほたるちゃんが所属してから半年で倒産。

事前に予測していたから、私の紹介で別の事務所に移籍する形になった。

白菊君とはその頃、よく話していたわ。主にほたるちゃん関係で。

シスコン?そうね、シスコンね。それも重度の。



後はご存じの通り。また、ほたるちゃんが所属していた事務所が倒産。

原因は社長による事務所の資金の不適切な運営。本業以外にも投資していたみたいね。

その後、二人で話し合って、白菊君はプロデューサーになる決意を固めた。

私?正直言うと必要以上に関わるつもりはなかったわ。

自分の生活もあるし、年齢を考えれば就職にも限界があるから。

トレーナーをやって欲しいって言われたけど、最初は断ったわ。

それから、3ヵ月間くらいある企業の事務員をやったわ。

お給料は安定していたし、残業も少なめ。真面目で独身の男性も多かったし、このまま身を固めるのもいいかもって思ってた。

優しいこの場所で、ゆっくり過ごすのもありかなって。

でもね、なんでかしら、それだけじゃ悔しいって、まだ足りないって思ってしまったの。

本当になんでかしらね。別にあのままなら生活に困ることはなかったのに。


ほたるちゃんに触発された?ああ、そうかも。

しばらく、白菊君のところでトレーナーをやっていたら、再デビューの話が来た。

ええ、白菊君が裏で色々と動いていたみたい。本人曰く、

「不完全燃焼だと勿体無いから」

まあ、今は女優してそこそこの知名度で頑張っているわ。

今度はもうやり切ったと思えるとこまでやり切るつもり、

だから、最後までよろしく。

あっ、嘘は許さないから




~side:鷹富士茄子~


私、とっても運がいいんです。

くじ引きでは外れを引いたことが無く、何かしら運は私の味方をしてくれました。

幸運の才女と呼んでくださる方もいます。でも、白菊先輩はそんな私が好きではないそうです。

私にとって初めての経験だったので、凄く嬉しかったんです。

小さい頃から運が良かった私は、時々、ちょっとした『お仕事』をお願いされていました。

神社のお手伝いだったり、病院に行ったりしてお話をするだけ。

それだけで、たくさんの人が喜んでくれる。私はそれが凄く嬉しかった。

「茄子ちゃんがいれば大丈夫」

皆、そう言ってくれる。

茄子ちゃんはそこに居てくれればいいって。

茄子ちゃんは優しい、茄子ちゃんは可愛い、茄子ちゃんはいい子、茄子ちゃんは…




ある日、友人が包帯だらけの人を指差して言いました。

「ねえ、茄子、知ってる?また、あの人事故に巻き込まれたんだって」

友人から噂は聞いてました『運の悪い』白菊先輩。

運が悪いことでとても有名な先輩。話したことは無いけど、頻繁に絆創膏とか、包帯とか巻いている人で、目立つ人でした。

でも、先輩は一度も私の所に来ませんでした。幸運を分けて欲しいとか言いに来たことはありませんでした。

何を思ったのか、ある日、私は白菊先輩に会いに行きました。

「白菊先輩は運が良くなりたいとは思いませんか?」

「思うけど、別に今はいいや」

物凄くあっさり断られました。

「だって、鷹富士さんは色々大変そうだし。運が悪いのも強みだから」

運が悪いと言い訳できるからねと白菊先輩は苦笑いで応えました。

「それにさぁ、頑張っても、運の良し悪しで何でも決められたら嫌じゃん」


幼い頃から、ずっと言われてきました。

茄子ちゃんは運がいいから。

茄子ちゃんは運がいいから。

茄子ちゃんは運がいいから。

茄子ちゃんは運がいいから。

茄子ちゃんは運がいいから。

頑張っても、頑張ってもその一言で片づけられてしまう。それが当時の私はとても悲しかったのです。

凄く切なくて、寂しかったのです。

でも、この人なら、私を運と関係なく、ありのままのちょっと抜けた私を見てくれる。

そんな淡い希望を抱いたのです。

欲しいものは何かしらの形で手にすることができました。




でも、ずっと、欲しいと思っていたものは、まだ中途半端に

ほたるちゃん。ほたるちゃん。

ほたるちゃんは強い子。

どんなに運が悪くて、どんな逆境でも言い訳しない。

自分ができないことを決して自分の不幸体質を理由にしない。

ほたるちゃん。ほたるちゃん。

蛍よりもずっと、眩しくて強い子。

私の運を全部挙げますから、ほたるちゃんが一身に受けているその愛を私にくださいな。

ほー、ほー、ほーたる恋♪








嘘吐きには何も残らない。


嘘を付いてしまったら、それを本当にするか、隠すために嘘を付き続けなければならない。


嘘をついてしまった記憶は中々薄れない。


特に自分についてしまった嘘は。


さぁーて、嘘吐きはだぁーれだ







『不』シリーズ第二作目



北条加蓮 『不幸な兄妹?』



~序章 終~




本日の更新は以上となります。

過去の作品とは異なり、本作品は地の文有という形となっています。

相変わらずも拙い作品ですが、お付き合いいただけると幸いです。

白菊ほたる(13)
http://i.imgur.com/P4jPkzU.jpg
http://i.imgur.com/iVTZuTa.jpg

北条加蓮(16)
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服部瞳子(25)
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鷹富士茄子(20)
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投稿が遅くなり申し訳ございません。

纏まり次第 第一話「日常」を投稿します。

尚、本作品は前作同様に5~7話構成となっております。



~side:プロデューサー~


「今日いいことがありました♪」


事務所でスケジュール調整を行っていると唐突に鷹富士さんが話し掛けてきた。

「今日、ほたるちゃんとお買い物をしていたら『お姉ちゃん』と一緒って言われちゃいました」

確かに似てなくもないかもしれない。鷹富士さんは何かと妹の面倒を見てくれているのでいつもお世話になっている。

「ほたるちゃんにお姉ちゃんって呼んで欲しいって頼んでるのに、中々呼んでくれないんですよ」

困りましたという鷹富士さんにただ恥ずかしいだけだと思うと告げると非常に残念そうな表情になった。

「加蓮ちゃんのことは加蓮お姉ちゃんって呼んでるのにぃ」

従妹なら特段珍しい話でもないと思うが。頬を膨らませて怒ることでもあるまい。

「ズルいです」

確かに加蓮ちゃんとほたるは昔から仲は良い方だったと思う。

「服部さんと私はさん付けなのに、加蓮ちゃんだけちゃん付けなのはズルいです」

ほたるは呼び捨てなのだが。




「私も早くほたるちゃんのお姉ちゃんにならないと茄子ちゃんって呼んでもらえませんね」

別にほたるの姉になる必要性は必ずしもないと思うが。

「いーえ、ほたるちゃんみたいに可愛い子はみーんな大好きなんです♪」

「早くお姉ちゃんって呼ばれたい♪」

まあ、確かにほたるも姉がいた方があれ程ネガティブにならずに済んだかもしれない。


「ほたるちゃんに『お姉ちゃん』はレッスンに行ってきますって言っておいてくださいね♪」


ヒラリヒラリと手を振って鷹富士さんは事務所を出て行った。

ほたるちゃんのお姉ちゃんか。少し考えてみるべきなのかもしれない。



「担当アイドルはダメよ」

言われなくても分かってますといつの間にか後ろにいた服部さんに返した。

「高校の頃からシスコンは変わらないのね」

家族を大事に思うことは悪いことじゃないと思う。

「もちろん。それがあなたの良い所。家庭を持ったらきっといいお父さんになれるわ」

確かに自分の家庭はちゃんと欲しいと思う。

「で、この写真は何かしら?うちのスポンサーの社長秘書だったと思うけど」

そう言って、服部さんは僕の机から書類と『和久井留美』さんの写真を取上げた。

「確か、他のプロデューサーもこの人の写真を持っていた気がするけど、アイドル候補かしら?」

そうだったらまだよかった。あまり楽しい話じゃない。

「スポンサー企業の社長の愛人か何かが邪魔だって言ったんでしょ?代わりに秘書やらせろとか?」

正解。社長経由で知ったのだろうか。




「そんなとこ。優秀な人材はどこも欲しい。特に人手不足のうちの事務所は」

また正解。この業界については、服部さんの方が遥かに詳しい。

「スポンサーとしては表向き円満退社にしたい。女性の場合、結婚して辞めることは別に不自然ではない」

その通り、結婚して職場を離れるというのはよくある離職理由だ。

「ぜひ、総務としてうちに欲しいと思った社長はお見合いか何かを企画して、引き込もうとしているそんなとこかしら?」

実は全部知っているのではないだろうか。

「あ、それ社長が手軽な独身男性に声を掛けてるみたいだけど、もうすぐ撤回されるから」

何故、和久井さんとは何度か仕事をさせてもらったことがあるが、うちに欲しい人材であることに間違いない。

「総選挙の上位者が社長室に怒鳴り込みに行ったわ。社長もさすがにお手上げね」

ああ、佐久間さんだろうか。彼女ならそういうことをするかもしれない。

「まったく。誰が変な入れ知恵したのかしら」

と楽しげに服部さんは笑った。

「うちの事務所の情報管理を一度見直した方がいいのかもしれないわね」

社長の考えてることがバレバレなのも問題ではある。風通しが良けれはいいわけではない。





「和久井留美、25歳。ちょうど、私と同じね」

一応社長から貰った書類だったのだが、服部さんにシュレッダーされてしまった。

「私がいるから別にいらないでしょ」

服部さんは一通りの事務がこなせるので確かに僕は他のプロデューサーと比較して余裕がある方だ。

「元事務員の経験がこんな形で役に立つなんてね」

アイドルに事務やらせるなって社長にこの前指摘されたことは言わない方がいいだろう。

「あ、それも解消したわよ」

考えていることが顔に出ていたらしくすぐに指摘された。

「私は自分の引退後のことも考えているって言ったら納得してくれたわ」

まだ担当して1年程度で引退と言われても困るのだが。




「安心して、別にどこかに行くわけじゃないから」

それならいいのだろうか。

「再デビューの時、ちゃんと最後まで見ててくれるって約束でしょ?」

無論その約束は守るつもりだ。

「ならいいわ。何でも言うけど、私は嘘を許さないから」

担当になった時に度々聞かされた。服部さんは約束を破ることを何よりも嫌う。

「あと、今度の同窓会の参加はどうする?」

仕事のスケジュールを見て決めると応えると、服部さんは珍しくすねた表情を見せた。

「女優も悪くないのよ。ただ、結婚したヒト増えたでしょ。行き辛いのよ」

男性には分からないが、女性にはそういうこともあるのかもしれない。




「同窓会の代わりに飲みに行かない?」

最近、服部さんには助けて貰ってばかりだったので、ちょうどいい機会だ。おごらせてもらおう。

「なら、お店は私が決めるわ」

正直その方が助かる。

「そう、約束よ。一緒に飲みましょう」

スケジュール調整が出来たらまた連絡すると告げると揚々と服部さんが離れていった。

社長室の方が何やら騒がしかったが、関わらないことにした。

和久井さんは残念だが、他の担当に頑張ってもらおう。



「兄さん」

ほたるの声が後ろから聞こえたので、ふと振り返ると髪を編んだほたるが立っていた。

「どう?自信作なんだけど」

加蓮ちゃんがやってくれたのだろう。普段からファッションに気を使っている彼女らしく、丁重に編まれている。

加蓮ちゃんも同じ髪型にしたのか二人ともよく似合っている。

「ね、ほたるちゃん言ったでしょ」

「はい」

加蓮ちゃんが後ろからほたるを抱きしめ頬擦りした。

「もう、ホント、カワイイなぁ。お姉ちゃんは妹がこんなに可愛いと辛いよ」

「くすぐったいです」

本当の姉妹のような二人を見て仕事の疲れが少し和らいだ。

「今日はこのまま撮影行こうね♪」

そろそろ時間なので、車を用意するべきかと立ち上がった際に加蓮ちゃんはこう言った。

「今も、昔も、ずっと私はほたるちゃんのお姉ちゃんだからね」

本当にこれからもそうあって欲しいと思う。


本日の更新は以上となります。

次回はアイドル目線の裏側になります。

ほたるちゃんは絶対に家族に愛されていると作者としては信じたいです。

非常に短いですが、本日中に服部さんメインの幕間を投稿させていただきます。

>41様のご指摘については後半で書きますので、恐縮ですがもうしばらくお待ちください。


~side:服部瞳子~


二人で飲むのは久しぶりね。

皆は今頃、同窓会かしら。

悪いわね、無理矢理。

どうしても、今日は飲みたかったの。

今日はね、私の初デビュー記念日よ。

私の原点。

初めて芸能界にデビューした日。

別に謝らなくていいって、私が言ってなかっただけ。

二回目にデビューして初めて迎えた、初デビュー記念日。

だから、なんとなく二人で飲みたかったの。



私ね、普通に歩いていてスカウトされたの。

その時のプロデューサーがね、私をスカウトした際にこう言ったの。

「君を必ずトップアイドルにして見せるって」

トップアイドルになれるか、なれないかは、本人の実力、プロデューサーの手腕とか次第だから、最初失敗したのは私の自業自得。

ただね、一つだけ許せなかったことがあるの。

私をスカウトしてくれたプロデューサーが途中で担当を変わったこと。

会社の方針もあったんだろうって?

ええ、そうね。そうかもしれないわね。

でもね、当時は、少なくとも私が知っている限りは違ったの。


私の最初のプロデューサーはね、

別の子の担当になるために私の担当を降りたの。

本当に唐突に、十分な説明もないまま。

アイドルとして輝けなかったのは、私の責任。

他の誰でもない私自身の実力不足。

でもね、最後まで見てて欲しかった。

私が頑張って、手が届かなくても最後まで見て欲しかったの。

今までの私はなんだったんだろうって。

たくさんの優しい言葉も、アドバイスも、全部なんだったんだろうって。

嘘?それともその時は本当にそう思ってた?

ねえ、どう思う?

そう、分からない?ええ、そうね。私も分からないわ。

ただね。嬉しかったの。何にも無かった私に頑張る理由をくれたのが。

嬉しかったのよ。

認めて欲しかった。愛されたかった。必要として欲しかった。

あの人の役に立ちたかった。


まあ、結果はご存じの通りだけど。

でもね、またこうしてこの場所に戻ってこれた。

だからね、白菊君。私にもう一回チャンスを与えた以上はちゃんと最後まで見ていて。

私がどうなるか、最後まで見ていて頂戴。

ほたるちゃんの参考になるか、分からないけど。

何度も言うけど、約束よ。

絶対に、絶対に約束よ。

もう嘘は嫌なの。

嘘だらけの世界にいるのに、嘘が許せない。

絶対って思える約束に縋りたくなる。

こんなんだから駄目なのかもしれない。


あー、呑み過ぎたわ。

でも、今日は飲む。

予め、謝っておく。ごめん、白菊君。私今日、荒れるから。

ほたるちゃんを加蓮ちゃんの家に預けてきたから大丈夫?

そう、なら飲むわね。

パパラッチ対策だけお願いね。

ええ、ごめんね。これも仕事だと思って。


プロデューサーのバーカ。私の青春と初恋返せ


最後まで見ててくれるって約束したのに。


なんで、駄目だったの


ねえ、どうして?


ごめんね。白菊君。こんなトラウマ持ちでごめんね。

ねえ、白菊君。お願いがあるの。無理だったら別にいいから。

もう、こんな歳だけど、ライブバトルに挑戦してみたいの。

一回だけ、もう一回だけ。

相手はね、XXXXXのXXXXXでお願い。

なーんだ、知ってたの?私の元プロデューサーのこと。

担当になる時に社長から聞いた?なら、しょうがないか。

うふふふ、え?大丈夫よ。

大丈夫、私はダイジョウブ。

泣いてる?あら、嫌だ。本当だ。

ううん。ライブバトルはやりたいの。自分なりのけじめをつけたいから。

うん。ごめん。ごめんね。私、お酒が入ると駄目なの。

うん、大丈夫。今日だけだから。

今日だけ甘えさせて。


うん、お水ちょうだい。

うん、ありがとう。

白菊君。ありがとうね。

いつも、ありがとう。

あのさ、その笑い方止めた方がいいわよ。

凄く寂しそうに見えるから。

ああ、ごめん。私まだ泣いてた?

だから、そんな顔してるの?

私が泣いてるから?

そう、あのね。

白菊君は重いわ。正直、凄く重い。



優しくて重い。あの人とは正反対。

重い想いってね。ねえ、どうして、そこまでほたるちゃんのためにできるの?

あなたなら大手企業に就職して、安定した生活を送れたはずよ。

能力的にも標準以上、性格は堅実。

それこそ、この前の和久井さんとお見合い結婚とかできたはず。

ねえ、どうして?

インセストとか、異常な性癖でも持ってるの?

ねえ、どうして?




だって、白菊君はXXXXを理解できないのでしょう?




なのにソレを知りたいと切実に願っている

ああ、その顔良いわね。凄くいい。

私ね、人を分析するのが得意なの。

あながち、この自己評価は間違いじゃなかったみたいね。




約束をしましょう白菊君。

私はもう一度、この舞台で全力を尽くす。

最後まで白菊君は一緒に私とその道を歩く。

その代わりに私が一緒に探してあげるわ。

白菊君が欲しくて、ずっと探していて、ほたるちゃんに見出そうとしているモノを

私なら見つけてあげられる。ソレがあれば、教えてあげられる。

今ね、私がここにいるのは白菊君のおかげ。本当に感謝してる。

だから、約束しましょう。

二人だけの破らない約束。


白菊君は最後まで私と一緒にいる。

その代わりに、私が見つけてあげる。そうすれば、もう、そんなに寂しそうな顔しなくていいわ。

ね、約束よ。白菊君。

破らないでね。嘘はダメよ。





~幕間① 服部瞳子 『トラウマと嘘』~


は以上となります。お目汚し失礼致しました。
  


本作品構成は以下の通りです。

序章
第一話『日常』

幕間① 服部瞳子 『トラウマと嘘』

第二話『仕事』

幕間② 北条加蓮 『不器用』

第三話『新人』

幕間③ 鷹富士茄子『言い訳』

第四話『発覚』

幕間④ 白菊ほたる『シアワセ』

第五話『異常性癖』

幕間⑤ プロデューサー『嘘吐き』

最終話 『不幸な兄妹』

なるべく早く投稿したいと思いますので引続きよろしくお願い致します。


路上スカウトは無理と断言されたため、事務所及び育成所で担当アイドル候補を探すことにした。

「一緒に行っていい?これから一緒に仕事をするかもしれないわけだし」

トライアドの一員として、名が売れている加蓮ちゃんが一緒の方が相手も話易いだろうと共に向かった。

「どういう人を探しているの?」

明確なイメージは無かった。ただ、確かに現状路線にそろそろ新しい要素を加えるべきだとは思っていた。

「私達だけじゃ不満?」

そういうわけではない。

「ああ、ごめん。別にそういうこと言いたいわけじゃなかったんだけど」

不満であることは明らかだ。

「やっぱり、嬉しくはないよ。頼りにされてないみたいでさ」

ごめんと謝るしかできなかった。

「あとね、道でスカウトとか絶対にしない方がいいよ」

何故だろうか、やはり、不審者として警察の御用になるかもしれないからか。

「育成所とか、事務所内で声かける時も必ず誰かと一緒にいてね。できれば、服部さん。もしいなかったら、私か茄子さん」

何故。

「たぶん、プロデューサーさんの人生が、ううん、私達みんなの人生が終わっちゃうから」

どこか悲しげに、加蓮ちゃんは告げた。


その日は育成所に向かったものの、加蓮ちゃんの言ったことが気になって集中できなかった。

何度聞いても明確な答えをくれなかった。

僕やほたるの人生が終わるとはどういうことだろうか。

それも新人をスカウトするという行為がどう直結しているか分からない。

僕にはXXXXが分からないから、理解できないのだろうか。

XXXXが理解できない僕だから、十分な危機感を抱けないのだろうか。

人生が終わるとはどういうことだろうか。

社会的に、それとも本当に生命活動が停止してしまうのだろうか。

グルグルと思考が回る。回る。回って、回って、グルグル回る。

ベッドで横になり、グルグル考える。

ほたるは、もう寝ただろうか。

もし、加蓮ちゃんの言っていることが本当なら、ほたるにも危険だということだ。

なら、その言いつけを守るべきだ。

スカウトの際は必ず誰かに同行してもらおう。


携帯電話が震えた。

着信画面を確認する。

知らないアドレスからメールが届いていた。

件名には『白菊さんへ緊急』と書かれていた。



白菊さんへ。

仕事を辞めて遠くへ行くことをお勧めします。

これはあなたを思ってのことです。

詳しい事情を話すことはできませんが、なるべく早く遠くへ逃げてください。

あなたの担当アイドルには決して知られない様に、遠くへお逃げください。

不器用で、優しいあなたが生き延びるにはソレが一番確実です。

この忠告は読んだらすぐに消してください。

私が助けてあげられるのは、これが恐らく、最初で最後です。

大事な妹さんを連れて逃げなさい。





悪戯にしては、あまりに僕の事を詳しく知り過ぎている。

担当アイドルがいて、僕に妹がいることを知り、それを明記している。

釈然としないまま、メールを削除した。

ほたるが部屋で寝ていることを確認。

昼間の加蓮ちゃんの発言、この奇妙な警告メール。

ナニカがあると思いつつ、ゆっくりと目を閉じた。

明日には新人候補を探さなくては。



今の事務所はほたるの居場所であり、幸せがある。

ソレを捨てることなんて僕にできるはずがない。

ほたるの幸せが僕の最優先事項なのだから。


本当にほたるは幸せなのか?


そうあって欲しいと願う僕は、傲慢なのだろうか。





~第二話『仕事』~


は以上となります。次回より本格的に物語が動き出します。








~幕間② 北条加蓮 『不器用』~





~side:北条加蓮~


基本的に、私は他のユニットメンバーの二人、渋谷凛と神谷奈緒と一緒に仕事をする。

別に不満があるわけじゃない。年齢差はあるけど、それなりに仲は良い方だ。

アイドルとして、歌手として順調な日々、

学生としてもそれなりに順調な日々、

なのに、2、3ヶ月に一度、私の心が決壊する。

これでも大分少なくなった方。

夢を見る。



真っ白な病室、点滴が落ちる音、揺れるカーテン、


私の胸に空いた真っ黒い穴からこぼれ出すタールのような液体。


粘り気を帯びたソレは私の胸からあふれ出し、病室を満たし、やがて、私は溺れる。



虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、


ドラムロールのように淡々と『虚しい』が連呼されて、潰れそうになる。


時々、こんな夢を見る。




自分が抱えたナニカに溺れる夢を見る。


夢を見た翌朝は酷い顔している。真っ青で、鏡で見て、確信。これがアイドルの『北条加蓮』だと分かる人は誰もいない。きっと、凛と奈緒も分からないし、知らない。


両親と従妹の二人を除いては、誰も知らない。私の秘密。


翌日か、運がいい日は夜中に目が覚めた時、プロデューサーさんに電話をして迎えに来てもらう。

ほたるちゃんが居る時は、お兄さん借りるねと断ってから。

大体の場合、私はパジャマのままで、プロデューサーさんは仕事の帰りでワイシャツ。

そのまま、私が寝て、起きるまで、プロデューサーの心音が聞こえる様に傍にいてもらう。



無言で頭を撫でてもらいながら、トクン、トクン、トクン、トクンって音に耳を澄ます。

私はちゃんとここに居て、生きていて、アイドルで、学生で、家族がいることを確認する。

自分の心音だけだと、ちゃんと生きているか不安になるから、プロデューサーさんのと合わせて確認する。


トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、


プロデューサーさんの心拍数は変わらない。女子高生に抱きつかれても変わらない。

メトロノームみたいに、一定のペースでトクン、トクン、トクン。

偶にそれが乱れるのが聞きたくなって、ワイシャツの中に手を入れて思いっきり爪を立てる。

血が滲んで、ワイシャツが少し染まるくらい、強く、強く、爪を立てる。

トクン、トクンがドクン、ドクンに変わる。

この感覚が好き。ゾクゾクする。



それでも「大丈夫、大丈夫」って言いながら撫でててくれるから、もう少し甘える。

ワイシャツを肩まで降ろして、噛む、甘噛みじゃなくて、痕が残る様に、血が出るまで噛む。まずは右、次は左。

歯磨きをした時、歯磨き粉で歯が染まる様に、血で歯と唇を紅くする

それでも、プロデューサーさんは優しい表情を崩さない。

でも、心音は嘘はつけない、トッ、トッ、トッ、トッ、トッと血の流れが速くなる。

口内が渇く、ざらついた味がする。

美味しくも、不味くもない。血の味と心音。ヌチャ、ヌチャと私が犬みたいに傷跡を舐める音。

これは、ただの確認作業、私は生きていて、大事な人に大事に思われている。

そんなことを確認するだけの確認作業。

こんなことでしか、ちゃんと生きてることが、愛されていることが分からない不器用な私。

この半分、カニバリズム染みた行動が、私なりの確認作業。


普通の男の人なら、肉欲に溺れて行動しているかもしれない。

この人はそんなことはしない。絶対にしないと信頼できる。

だから、尚更、失いたくない。傍に居て欲しい。見ていてほしい。

私はこの人の二番目。

一番はほたるちゃん。

二番目は譲らない。絶対に譲れない。



御婆ちゃんから聞いた話、

白菊家の男は、皆訳ありの女に好かれる。

何故かは分からない。ただ、心に深い傷を負った人に惹かれやすい。

だから、とても心配だと言っていた。

御婆ちゃん。その通りだよ。周りに何人かいるよ。

きっと、これから増えるかもしれない。

だから、不安になる。私の心が、また、こんな風になってしまったら、

私が二番目じゃなくなってしまったら

その時ちゃんと愛してもらってるって、確認できなかったら、

私はどうなるんだろう。

それが怖くてしょうがない。



服部さんは過去に愛したヒトに見捨てられたトラウマが

茄子さんは幸福目当てに他人に利用された経験が

私は今が全部、夢なんじゃないかって不安が、

ほたるちゃんは自分が家族を不幸にしている疫病神かもしれないって恐怖心が、

皆それぞれ、事情を抱えていて、それをプロデューサーさんに吐き出している。

そうやって、自分を保っている。

ほたるちゃんは知らない。私達三人の同盟関係。

お互いが壊れない様に、お互いを守るために、きちんと分ける協定。

だから、新人なんていらない。

いちゃ駄目だ。もし、来て、このバランスが崩れてしまったら、

誰かが暴走する。そして、一番の被害者はほたるちゃんになる。

それだけはダメだ。



また、あの夢を見た。

病室に溢れた黒いタールに溺れる夢。

今度は違う、いつもは黙って溺れるだけ、今度は精一杯足掻いていた。

ほたるちゃんの部屋で一緒に寝ていたから、ほたるちゃんがすぐに異常に気付いてくれた

無理矢理起こされたから、溺れる瞬間まで見ないで済んだ。

プロデューサーさんの胸にしがみ付く、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン

大丈夫、私はまだここにいる。北条加蓮はここにいる。

大丈夫、ちゃんとまだ頭を撫でてくれる。

大丈夫、大丈夫、ダイジョウブ。

私は大丈夫だ。



いつもより甘えた。

いつもよりたくさん引っ掻いた。

いつもよりたくさん噛んだ。

喉が渇いた。

喉が渇き過ぎて、大事な人に傷跡を残してしまった。

舐める、舐める、舐める、動物みたいに舐める。

大丈夫、私の髪を撫でてくれる手は優しい。

だから、大丈夫。

よかった、ちゃんと、プロデューサーさんの部屋まで我慢できて。

ほたるちゃんにこんな光景見せなくてすんで。

大丈夫だよ。新人なんていなくても。

私がほたるちゃんもプロデューサーさんも守るから。

凛と奈緒と一緒にトップになって、最高のプロデューサーの評価をあげるから。

だから、ごめんね、ほたるちゃん。

これからも、ほたるちゃんのお姉ちゃんで、プロデューサーさんの甘えん坊の妹でいさせて。


トクン、トクン、トクン、トクン、

子守唄みたいな心音を聞きながら目を閉じる。

トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、

ちゃんと人肌を感じられてる。温かい。

トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン

眠い。少し、興奮し過ぎた気がする。もう夜中の2時だ。

トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、

視線を感じる。プロデューサーさんじゃない。

眠い。落ち着いてきた。

眠い。

眠い。

ああ、凄く深くて、黒い綺麗な瞳。

おやすみなさい





~幕間② 北条加蓮 『不器用』~


は以上となります。お目汚し失礼致しました。


加蓮ちゃんはジャンクフードが好みとのことですので、きっと魚より肉を好むと作者は思っています。




休日中に 第三話「新人」を投稿します。
もうしばらくお待ちください。



~side:プロデューサー~

加蓮ちゃんに噛まれるのは、慣れていたため、翌日の出社には支障が無かった。

ほたるが心配そうな様子だったが、学校にはきちんと行ってくれた。

加蓮ちゃんも落ち着いたらしく、シャワーを浴びた後、きちんと帰ってくれた。

書類の精査を終え、給油室にコーヒーを取りに行った際に、事務員の千川さんに呼ばれた。

「白菊さん。今、お時間よろしいですか?」

特に問題が無いことを伝えると、そのまま会議室へと案内された。

「ほたるちゃん。最近、笑顔が増えましたね」

そうかもしれない。

「そんな白菊さんには本当に申し訳ないのですが、ご相談があります」

嫌な予感がした。


「率直に申し上げますと、事務所内で茄子ちゃんを変に信仰する人たちが出てきてます」

差し出されたA4の紙には事務所の上席、アイドルの名前が相当数書かれていた。

その中に僕の上司の名前も含まれていた。

「今、白菊さんと茄子ちゃんは危うい立場にいます」

淡々と千川さんは告げる。

「この事務所が元々小規模だったのは、ご存じだと思います。アイドルも凛ちゃんを筆頭とする数名しかいませんでした」

しかし、業界内では伝説となっている渋谷さんのプロデューサーの手腕により、事務所は急激に規模を拡大、所属アイドル数が劇的に増えた。


そこで大きな問題となっているのが、事務所内での仕事の取り合い。


人気上位のアイドルを除いて仕事の無いアイドルは日々をレッスン場で過ごすことになる。

少しでも上に登ろうと熾烈な争いになってしまう。

それが最近、事務所の空気を悪くしているのは事実だ。



ほたるや加蓮ちゃんのように、体力面に問題を抱えながらもここまで来れたのは運もある。

「実力ではどうしようもなくなったら、人は運に縋りたくなるものですよね」

嫌な予感が的中した。

「白菊さんの下を希望している候補生は大勢います。茄子ちゃん目当てで」

確かに鷹富士さんは運がいいが、別に特別な能力を持っているわけではない。

「仮に白菊さんが路上スカウトをした場合、その新人さんはかなり危ない橋を渡ることになるでしょう」

まさか、この前の加蓮ちゃんの警告はこのことだったのだろうか。

「また、茄子ちゃんが他のプロデューサーからのトレード対象として有力視される可能性もあります。正確に言うと、かなりの有力候補です」

僕は彼女が望まない限り、担当を離れる気はないのだが。

「今日、白菊さんを呼んだのは、そのトレードの話です」

僕は彼女の担当を降りるつもりはないと告げた。




「ええ、そうでしょう。茄子ちゃんもそんなこと、望んでいませんしね」

千川さんの笑みはいつも通りだったが、僕は寒気がした。

そのまま、千川さんはアイドルのプロフィールを取出した。

① 前川みく(15歳)

② 佐久間まゆ(16歳)

③ 岡崎泰葉(16歳)

④ 黒川千秋(20歳)

⑤ 三船美優(26歳)

「私の個人的な推薦です。この中で何名か担当していただけませんか?」

「これで茄子ちゃんのトレード関連の話題を避けることができます」

しかし、上司に運動特化系の人材をスカウトされている状況であり、彼女たちは条件を満たさない。

あと、佐久間さんは今の担当と引き離すのは不味い気がする。

「私が話しておきますので、誰を選んでも問題はありません」

そう千川さんは断言した。


なんで、僕なんですかと問いただした。

彼女たちの事情はそれなりに知っているつもりだ。

推薦されたこの5名は、各々問題を抱えている。

「このプロダクションで三番目に信頼できる人だからですよ」

一番目は恐らく、創業当初からいた渋谷さんの担当だろう。

「二番目は凛ちゃんですよ」

ああ、なるほど。社長の優先順位が低かったことには触れないでおこう。

「白菊さんが一番心のケアが上手いと感じたからです」

それは過大評価もいいところだ。身内だからできるだけ。

「正直、今の事務所は嫌なんですよ。昔の、私が好きだった雰囲気が無くなってしまって」

昔を知らない僕に言えることはない。

「小さくても、凛ちゃんがいて、あの人が汗まみれで帰ってきて」

そういう千川さんはどこか泣きそうだった。



「お願いです。白菊さん。この子達を助けてもらえませんか?」

即答はできなかった。ただ、少し考えさせてくださいと頼んだ。

自分の机に戻り、それぞれの課題を整理することにした。



一人目の前川さん。

典型的な猫キャラとして売り出し中。ユニットも組んでいるが、他の二人が目立ちすぎている。

バラエティを中心に活躍中。ただし、ゲスト登場がメイン。

典型的なキャラクターであるが故に、どう長期的に活かすかが課題。

最近、ファン離れも目立っており、今後が問題視されている。

特に20代までこの業界でいるとするならば、どこかで方針転換は必須。

確かにプロデュース方針の再検討は必須な人材ではある。




二人目の岡崎さん

幼い頃から芸能界に身を置き、子役として活躍。

しかし、幼い頃から芸能界の昏い部分を見過ぎてしまったため、同世代とのコミュニケーションに若干の問題有。

一部の監督からは演技が異常なまでに機械染みているとの評価有

両親からの過度な期待に押し潰されそうになっていた時期もあった模様。

この事務所に移籍してからは、友人関係を徐々に作っているが、伸び悩んでいる様子。

向上心は非常に高い一方、真面目すぎる性格が負担となっている。

千川さん曰く、岡崎さんが一番必要としているのは、家族とは必ずしも忌避するものではないことを教えてあげられる大人。

「ほたるちゃんのことを誰よりも愛している白菊さんが適任だと思います」

過大評価もいいところだ。



三人目の佐久間さん。

アイドルとしての素質は事務所内でも上位。

元読者モデルということもあり、それなりに情報通でもある。

仕事の応用力も高い。ただし、現在の担当者に病的なまでの執着を見せている。

現在の担当者は既婚者であり、事務所としてはスキャンダルは避けたい。

管理能力の高い人間の下で活かすべきとの意見が多々有。

性格は温厚で、年少組に対する面倒見も良い。

監督者の管理能力及び本人とのコミュニケーションが課題。



四人目の黒川さん

某財閥の令嬢であることから、事務所内でも扱いに困っている。

実力は事務所内では中位。バランスは良いが、良くも悪くも平均的。

強いて言えば、彼女を伸ばせる人材が当事務所に不足している。

歌手としての評価は高いため、どう活かすかが課題。

彼女をプロデュースできる、プロデューサーがいない。

担当したことが無いため、詳細は分からないが事情があるもの思われる。



五人目の三船さん。

事務所内の評価は高い。女優、歌手としての素質共に一流。

儚げな雰囲気から、ドラマのヒロインとして抜擢されたこともある。

但し、担当プロデューサーが別のアイドルと婚約を発表してから不調が目立つ。

スカウトの経緯から、彼に惹かれてデビューしたものと思われる。

この『失恋』が本当なのか、定かではないが、彼女の心境を考えると一旦担当を変えるべきだ。




さて、どうしたものかと冷めたコーヒーを啜る。

携帯電話が震えた。

また、あのアドレスから



『騙されないで、早く逃げて』



今度は返信してみた。


「一度、詳しいことを聞かせてもらえませんか?何か力になれるかもしれません」


最初で最後と言っていたのに、また連絡が来たことに妙な安堵を感じた。


この奇妙なメールの送り主は一体誰なのだろう。




再度、携帯電話が震えた。

今度はメールではなく、着信だった。

画面を確認する。




『着信:鷹富士茄子』




携帯電話を片手に廊下に出た。


終始、誰かに見られている気がした。







本日は以上とさせていただきます。

大まかなプロットの作成は終わっているのですが、まだこの五名のうち誰を登場させるべきか迷っています。

内容がまとまり次第続きを投稿させていただきます。

ご意見などお待ちしておりますので、引き続きよろしくお願い致します。







~幕間③ 鷹富士茄子 『言い訳』~ 後編




~side:渋谷凛~

白菊プロデューサー。

うちの事務所の四人目のプロデューサー。

加蓮の従兄で担当プロデューサー。

ほたるちゃんのお兄さん。

いつも寂しそうに微笑んでる人。

私と私の大事な人の恩人で共犯者。

どこか根本的に壊れている人。

気持ちの悪い程、優し過ぎる人。

呼吸をするように嘘を付ける人。

嘘がとても上手な人。

私に演技を、嘘のつき方を教えてくれた人。

私の嘘の先生。

嘘吐きアイドルの嘘の先生。


私はファンと仲間に嘘を付いている。

私には恋人がいる。私をアイドルにしてくれた人、私の担当プロデューサーと付き合っている。

アイドルとプロデューサーでありながら、私達は恋仲だ。

ファンの事を顧みない禁断の関係。

共に歩んできたちひろさんすら裏切ってる。誰にも言えない、私たちの関係。


初めて好きなヒトが出来て、心が浮ついてて、私は自分がアイドルってことを忘れてしまった。


一瞬の油断、一瞬の慢心、アイドル生命がスキャンダルで終わる一歩手前。


でも、白菊プロデューサーが嘘で、嘘で、嘘で、誤魔化してくれて、終わらなかった。

茄子さんが手伝ってくれたらしい。

それから少し話す様になった。上手な社会との接し方を教えてくれた。

社会の汚い部分をどううまく避けるか、スキャンダルの避け方、誤魔化し方

仕事をする人間としての姿勢は勉強になった。


基本的に自分にストイックな人。

「加蓮ちゃんをよろしくね。僕の大事な妹だから」

けど、ほたるちゃんと加蓮の話をしている時だけ、優しい笑い方をする。

私はこの人が嫌いじゃない。いいお兄さんだと思う。

ただ、どこか変。

それに気が付いたのはいつのことだった?

いつも加蓮を妹と呼ぶ。

ほたるちゃんなら分かる。実の妹だから。

加蓮は白菊プロデューサーを従兄と呼んでいる。

なのに、白菊プロデューサーは加蓮を妹と呼ぶ。

特段大したことは無い。

なのに、何か引っかかった。



気になったから、少し調べてみた。

あまり他人の事情を詮索するような性格ではないのに。

何故か、気になった。

止めておけばよかった。

ちひろさんが新しいプロダクションを建てようとしていること。

私と同じ人を愛していること。

茄子さんが協力していること。

白菊プロデューサーが一部の感情を理解できない心の病を抱えていること。

全部知ってしまった。


一人のアイドルとして、プロデューサーと結ばれた身だから分かる。

もしも、自分の想いが伝わらなかったら。

その意味すら理解してもらえなかったら。

きっと、枯れて壊れてしまう。

ほたるちゃんと加蓮を巻き込んで。

それは見たくない。

あの家族で完成された世界が壊れるのは、嫌だった。

だから、白菊プロデューサーに警告した。

ここから逃げてと


でも、駄目だった。

茄子さんが気が付いた。

「次は無いですよ~」

きっと、あの人は本気だろう。

あの人が私の破滅を願ってしまえば、私も、プロデューサーも事務所を追われてしまう。

ごめん、加蓮。これ以上は無理。

正直、茄子さんの強運はそんなに怖くない。

人の幸せに直結する内容しか効果が無いみたいだから。

一番怖いのは、加蓮が不幸になること。


加蓮が昔、辛い思いをしたのは少しだけ知ってる。

今もそれに悩んでいて、白菊プロデューサーが支えていることを。

加蓮が白菊プロデューサーに対して抱いているのが、思慕なのか、感謝なのか。

私には分からない。

でもね、加蓮にとって必要な人なのは分かる。

同じユニットで、歌って、踊ってきたから。なんとなく分かる。

加蓮は本当に今に感謝しているって。

アイドルが本当に好きで、そんな加蓮と奈緒なら上に行けるって。

私は二人となら、どこでも行けると思う。


でも、ごめんね。本当にごめんね。

やっぱり、選べないよ。

加蓮に支えてくれる人がいるみたいに、私にもどうしても譲れない人がいるから。

もし、私とプロデューサーの関係が世間にバレてしまったら。

きっと、私とあの人の関係は崩れてしまうから。

だから、これ以上私は何もできない。

でも、最後に一つだけ、茄子さんに最終通告を宣言される前に残したから。

お願い加蓮。

気が付いて。







「白菊さんになんで『妹』って呼ばれているのか考えてみて。誰が加蓮を『妹』にしたの?」




~幕間③ 鷹富士茄子 『言い訳』~


は以上となります。次回は新人追加編になります。

① 前川みく(15歳)
② 佐久間まゆ(16歳)
③ 岡崎泰葉(16歳)
④ 黒川千秋(20歳)
⑤ 三船美優(26歳)

のいずれかが加わることになります。

遅くなり、大変申し訳ございません。


第四話『発覚』を順次投稿させていただきます。



~side:プロデューサー~


千川さんからの推薦も踏まえ、新しい担当候補を二名に絞った。

本人たちと面談を行う前に、まず、年齢の近い加蓮ちゃんに話を聞くことにした。

「みくと泰葉?」

前川みくさんと岡崎泰葉さん。この二名を候補として選んだ。

「運動系って話じゃなかった?」

千川さんから貰った候補者のリストと事情を説明すると加蓮ちゃんは非常に戸惑った表情を見せた。

「あのちひろさんが?何か変じゃない?」

確かに何故、僕を選んだのだろうか。そもそもこの人選はどこから持ってきたのだろうか。

「確かに、事情は分かるよ。みくと泰葉とは割と話す方だし」

僕はまだその二人のことを知らないので、正直助かる。

「みくは、まあ、本人も悩んでたし」

「最近、みくの仕事量が減って来てるのも、自覚してた。どうするべきか、悩んでた」

残念ながら、このままでは厳しいのが現状だ。仮に20代後半までアイドルを続けるとしても、猫キャラを維持するのは難しいだろう。



仮にみくの担当になったとして、方向性はどうするの?」

事務所側としても、それが大きな課題ではある。僕なりに考えはある。

「へえ、どうするの?」

本人が大学受験を控えていることを踏まえ、弄られ系だが、クイズなどには的確に応えることができるインテリ系を目指す方針だ。所謂、頭の良い弄られキャラだ。

「私も一応受験生なんだけど」

もちろん、そこは精一杯サポートする。

「まあ、みくは結構強いから大丈夫か」

弄られてる人程案外精神的に強かったりする。

「正直、泰葉は難しいと思う」

難しいとはどういうことなんんだろうか。

「物凄く、真面目で良い子なんだけどね」

「たぶん、知らないことが多過ぎて、かみ合わないんだと思う」

若干、複雑な表情で加蓮ちゃんはそう言った。

「この前、収録の帰りが一緒だったから、ご飯食べに行ったんだけど」



「私と同じモノ注文してたんだよね」

別に珍しいことではないと思うが。

「でさ、サラダに何もかけて無かったの。ドレッシングとか」

まあ、生野菜が好きなヒトもいる。

「それでね、私が、何もかけなくて大丈夫って聞いたら」

『栄養は大して変わりませんから』

食事に関しては各人の好みなので、何とも言い様がないが、少し変わっているのかもしれない。

「あと、プリクラの撮り方知らなかったり、何かこう、たまにアレって思うことがあるんだ」

つまり、幼い頃から芸能界に浸り過ぎたせいで、普通の学生の感覚が分からない部分がある。

「うん、そんな感じだと思う」

接し方を考えなければいけないのかもしれない。面談の前にもう少し考えてみるか。



「あ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど、ほたるちゃん何かあった?」

恐らくあのミュージカル企画だろう。光と闇を一人二役で演じる企画。

ほたるのダークサイドは非常に好評だった。

あのハイライトの消えた目と、若干吊り上った口角が這い寄ってくる暗い印象を与える。

名演技だった。しかし、変なファンが増えてしまった。


「ほたるちゃんに罵られたい」「見下されたい」「叩いて欲しい」等。


無論、全て検閲で確認しているが、いい加減にしてほしい。

「何か、あの演技の後から若干癖になってない?」

できれば指摘して欲しくなかった。

あの企画で覚えたらしく、僕が仕事で帰りが遅くなった日等、無表情に加えて、あの何とも言えない背徳感のある表情で攻めてくるようになった。

「なんか時子さんがほたるちゃんにだけ、敬語で話してるんだけど」

なんだそれは。





「あとさ、ほたるちゃんは妹だよね」

そう、家族で妹だ。

「私は?」

家族で妹。

「従妹でしょ?」

「いつから私の事を妹って呼ぶようになったんだっけ?」

何時からだろうか、確か誰にそう呼ぶように指示された記憶がある。

「私じゃないよ」

そう、確か加蓮ちゃんではなかった気がする。

誰だっただろうか。

ダレカニ繰り返し、繰り返し言われた気がするのだ。

加蓮ちゃんは妹だと。

誰だっただろうか。

「思い出したら教えてね」

本当にいつからだろうか。あまりに自然になり過ぎていて意識していなかった。

ただ、加蓮ちゃんを従妹と呼ぼうとするたびに、喉の奥が渇いてうまく言葉が出なくなる。

何故、この言葉を口にすることができないのだろうか。

まるで、刷り込まれたかのようだ。



ああ、少し思いだした。確か、ほたるが…

「兄さん。加蓮お姉ちゃん」

「あ、ほたるちゃんどうしたの?」

気が付くとほたるがスーツの裾を掴んでいた。

「その、兄さんの担当が増えるかもしれないって聞いて」

まだ確定事項ではないのだが、誰かが言ったのだろう。

僕が僕である以上、ほたるの担当を外れることはないが、本人は不安そうだ。

ほたるの頭を撫でながら、加蓮ちゃんが宥めている。

「大丈夫。変な人が来ない様にちゃんと見張っとくから」

一応、ほたるの意見も聞いておくべきだろう。

「前川さんと、岡崎さん?」

百面相しているほたるを見ているのは楽しい。

「あまり、話したことない」

年齢が違うから接点は少ないかもしれない。

「大丈夫だよ。二人とも良い子だから」

加蓮ちゃんならほたるの性格もある程度把握しているので、その辺りの判断は任せる。

「…ん、時子さんとレッスン行ってきます」

最近、ほたるも笑顔が増えてきたものの、時折、不安そうな表情を見せる。



「私、今日中にあの二人に今の担当さんとの関係とか聞いとくよ」

いつも加蓮ちゃんには助けられてばかりだ。

「甘えているのは、私の方だから。たぶん、今夜は大丈夫な気がする」

なら少し遅くまで残業ができそうだ。

「ほたるちゃん連れて帰るね」

ほんと、いいお姉ちゃんだ。

確か、僕が加蓮ちゃんを妹扱いし始めたのも、ほたるに言われたからだった気がする。

何と言われたのかは思い出せないが。



~side:北条加蓮~

みくと泰葉か。

どうなんだろうね。

ちひろさんの推薦って時点で怪しいし。

凛もあのメールについて聞いても、何も答えてくれない。

何か私の知らない所で動いている。嫌な感じ。

みくの担当替えが必要なのは、分かる。

みくは良い子だし、弄りやすい、話していて楽しい。友人としては良い方。

でも、ユニットを組める仲じゃない気がする。

普通に友達なんだけど、一緒に何かやろうってタイプじゃない。

私、そもそもバラエティそんなに出ないし。

正直、みくのプロデュースは難しいと思う。

泰葉。泰葉は分からない。

演技も上手い、歌も上手い。全然、私達とは経験値が違う。

でも、単純なファンの数だけで言えば、トライアドの方が多い。

なんでだろって考えてみると、誰も『岡崎泰葉』を知らないから。

この映画に出てるとか、この歌のカバー歌ってるとかは知っているけど、

どういう性格で、どういう女の子で、どういう趣味を持っててとか、

最近流行りの馴染みやすさが足りていない。

まあ、それは今、プロデュースしている人の問題かもね。

そう考えると、ちひろさんの推薦も正しいのかもしれない。

ただ、何か引っかかる。

なんか違和感。

なんだろう。


一回、あの二人について整理してみよう。

まず、みく。

典型的な猫キャラ。歌とバラエティがメイン。

最近、ファン離れが目立って仕事が減ってきている。

んで、担当替えが必要と。

間違ってはいないんだけど、なんであの人の所なのか。

ここが違和感の原因。

幸子ちゃんの担当さんとか、みくを伸ばせそうな人は他にもいる。

なのに、なんで?

泰葉は何となく分かる。

初期の頃の私とほたるちゃんに少し通じるものがあるから。

諦めと、自分の軸みたいなものが無い、個性というか「自分」の無さ。

色々と諦めてた私がどうこう言えないけど。

ただ、正直、泰葉は少し危ういところがあるから、怖い。

自分を大事にしてくれる人、欠けているものをくれたら依存しそう。

まゆとは違う形の依存になりそうな気がする。




「あれれ、珍しい人がいるにゃ」

みくは基本的にいつも笑顔だ。一瞬泣きそうになったり、悲しそうな顔をするけど。

笑顔でいないと空気が悪くなるからっていつも笑ってられるのはスゴイと思う。

「みくに何かようかなにゃ?」

みくの場合、細かい言い訳や遠回しな表現より、直接言った方が早い。きちんと答えてくれるから。だから率直に聞いた、これからどうしたいか。

「……誰かに頼まれて様子見に来てくれたのかにゃ」

察しが良くて助かるよ。

「んん~、みくはこのまま頑張れるとこまで頑張ってみるにゃ」

キャラを変えるとかは、事務所も考えてるみたいだけど。

「結構考えたけど、今のみくのファンを裏切るわけにはいかないにゃ」

なるほど、今のファンのためにか。大事なことだよね。


「だから、みくは最後まで自分を曲げないにゃ」

担当プロデューサー変えるとかは。

「それは事務所が決めることだから、みくは口出ししないにゃ」

「でも、猫キャラは譲れないにゃ」

なるほど、徹底した猫アイドルか。その姿勢は見習うべきだよね。

「んで、担当替えの話でも来たのかにゃ。加蓮ちゃんのとこだと白菊さんかにゃ」

正解。まあ、暫定候補だけど。

「別にいいにゃ。正式に決まったらちゃんと受けるにゃ」

へえ、もっと嫌がるかと思ってた。思ってたよりもプロ意識が高い。


「…後は誰?」

語尾ににゃを付けるのを忘れてるよと指摘なんてできない。みくの目が真剣だったから。

泰葉だよと告げた瞬間にみくの目が細くなった。

「難しいにゃ」

私も少しそう思ってた。

「だって、あの二人そっくりにゃんだもん」

ああ、なるほど。さっきから感じていた違和感はソレか。

さすがは、みく、人を見る眼はちゃんとしている。

泰葉とあの人は似ている。

何かが根本的に欠落しているってことがそっくりだ。

「同族嫌悪って結構ありえるにゃ」

確かにね。ああ、なるほど、泰葉はほたるちゃんに似ているんじゃなくて、あの人に似ているんだ。

「みくもなんとなーく、気が付いてるけど、不味いんじゃにゃい?」

相互依存に成りかねない。たぶん、ちひろさんは、泰葉はほたるちゃんと私に近いと思って推薦したんだど思う。

けど、それは勘違い。確実にあの人に近い。

ん、ここでまた違和感。

ちひろさんがこんなミスをするだろうか。



結論:誰か別の人がちひろさん経由であの5人を推薦した。



うん、たぶんこの感覚は間違っていない。

服部さんか、茄子さん。たぶん、茄子さんな気がする。

茄子さんは本気で1人の女性としてあの人を欲しがっている。

拠り所としている服部さんや私とは少し違う。

もし、茄子さんが抜け駆けしようとしているなら、凛の変なメールも納得できる。

凛が何かに気が付いて注意しようとした。でも、口止めされてる。

ただ、なんで『妹』にした人なんだろう。

凛にしては、変。だって、私はほたるちゃんのお姉ちゃんだから必然的に妹に収まったわけで。



アレ?何か変?


私、いつからほたるちゃんを妹って認識していたんだろう。


従妹なのに。



本日は以上となります。

次回はほたるちゃんの幕間になります。

完結まで後三話の予定です。








~ 第五話『異常性癖』~







~side:プロデューサー~


服部さんの過去との決別をかけたライブバトルから2週間が経過した。

票数は僅差だったものの、ライブバトルに勝利した。

服部さんのパフォーマンスは間違いなく過去ベストだっただろう。

担当アイドル全員で応援にかけつけたこともあり、誰にとっても良い経験となる。

圧倒的なキャリアの差を見せつけた。

手足の一つ、一つの挙動に完全に会場が引き込まれていた。

最高のライブだった。

なのに、その二週間後、僕は服部さんが入院している病院のロビーで佇んでいる。


頭を抱えて、叫びたくなる。

昨晩、服部さんの対戦相手だったアイドルが引退を表明した。

妊娠3ヶ月。相手は一般人男性と報じられているが、相手は服部さんの元担当プロデューサーだというのが専らの噂だ。

こんなスキャンダルを抱えてこの業界で生きていくことはできない。

今後、どうやって二人は生活していくつもりなのだろうか。

そのニュースを聞いた時、背筋に寒気が走った。

本能的な危機感と言ってもいい。

ほたるを北条家に預け、鷹富士さんと千川さんと共に服部さんのマンションに向かった。

大家さんに非常時のマスターキーで玄関を開けた時に最初に感じたのは異臭。

夥しいアルコールの匂い。

リビングで倒れている服部さん。

酔いつぶれている感じではなかった。顔色が紫に変色していた。

救急車が到着してからのことはあまり覚えていていない。

「適切な処理でした」

事務所に戻る前に、千川さんがこう言ってくれたのを覚えている。

「白菊先輩。加蓮ちゃんに連絡しました。ほたるちゃんは今日、加蓮ちゃんのところで泊めるそうです」

ありがとうと一言だけ言って、再び視線を落とした。無言で、鷹富士さんが手を握ってくれた。



特にお互い話すことはなかった。ただ、手を握って祈ることしかできなかった。

鷹富士さんが肩に頭を乗せてきた。小気味に震えていたのでスーツの上着を掛けた。

「優しいですね」

あまりその言葉が好きではなかった。

「服部さんは、元担当プロデューサーさんのことを忘れられなかったんでしょうか」

恐らくそうだろう。今回の昏睡もアルコールの過剰摂取が原因らしい。

僕の責任だ。僕が悪い。

「どうしてですか?」

怪訝そうに鷹富士さんは言う。

彼女をこの業界に復帰させたのは、僕だから。

そして、社長から警告はされていたのだ。

かつての所属先に執着するアイドルの想いの強さについて、その危険性について。

僕が『服部瞳子』という一人の女性の人生を壊してしまった。

彼女を引き込んだのは僕だ。

僕が壊した。壊してしまった。

僕が服部さんを。

「先輩!しっかり!」

鷹富士さんの声で思考が止まる。今は、ネガティブ思考よりも今後の服部さんをどう支えていくかが問題だ。しっかりしなくては。



「服部さんは社会人です。自己管理は社会人として当然の責任です。特にお酒関連は」

正しい。

「服部さんの自己管理能力の問題です。白菊先輩には責任があるかもしれませんが、実際に判断して、行動したのは服部さんです」

確かにそうだ。でも、鷹富士さん。違うんだ。そうじゃないんだ。

「じゃあ、なんですか?」

若干、鷹富士さんの顔に苛立ちが見えた。はっきりしない自分に対する怒りだろう。

自己管理を促すのも、心情を察して適切な対応もするのもプロデューサーの仕事の内だから。

もし、服部さんが前の担当に対する思慕を捨てきれずにいて、それが負担になっていたなら、そこは僕が話を聞いて、きちんと気持ちに整理をつけさせるべきだったんだ。




むう、という効果音が聞こえそうな程、不満そうな鷹富士さんは唐突に僕の頭を掴んだ。

「白菊先輩のばーか」

内心かなり傷ついた。

「もう、そんな白菊先輩だから支えたくなっちゃうんです」

「私が幸せにしてあげます。絶対にこの役割は譲りません!」

そのまま抱きつかれた。ただ、それだけのこと。

しばらくして、医師が説明にきた。

幸い、命には別状が無かったものの、しばらくは安静が必要とのこと。






鷹富士さんの『幸せにしてあげる』の意味をしったのはそれから更に一週間後のことだった。



でも、その時にはもう何もかも遅すぎて、僕は担当アイドルを失った。








非常に短いですが、本日は以上とさせていただきます。

尚、楓さんは現場にお戻りください。









~最終話 『不幸な兄妹』~









ある所にとても不幸な兄妹がいました。



兄は不幸な妹に幸せになって欲しくて、たくさん嘘を付きました。



妹は家族に愛して欲しくて、たくさん想いを囁きました・



兄はアイドルのプロデューサーになりました。



妹はアイドルになりました。



その結果、兄は、妹の幸せな姿を見ることができて、生きる理由ができました。



その結果、妹は、家族に愛されて小さな幸せを手に入れることができました。



でも、兄は、家族以外を愛することができなくなりました。



でも、妹は、兄の異常性を知ることはありませんでした。



兄は家族を愛し、妹もそれに従いました。



二人はお互いの幸せのために、陰で努力をして嘘をついて頑張りました。



途中で事務所が変わったりしましたが、二人はずっと一緒でした。



二人はいつまでもお互いを大切にする兄妹でした。



めでたし、めでたし。







ある所に病弱な女の子がいました。



病弱な女の子には夢がありませんでした。



ある日、従兄のお兄さんが夢に近いものを持つ機会をくれました。



病弱な女の子は精一杯努力して、輝くステージに立ちました。



病弱な女の子は病弱だった女の子になりました。



でも、病弱だった女の子は不安でした。



今は全部夢で、冷めてしまうのではないかと、とても不安でした。



病弱だった女の子は時々、怖い夢を見ました。



今もまだ、時々夢を見ます。



夢じゃないって確かめるために、女の子は従兄のお兄さんの心臓の音を聞きました。



ドクン、ドクン、ドクンと何度も、何度も聞きました。



それで、夢じゃないって分かって安心できるのです。



でも、病弱だった女の子はいつの間にか、従兄のお兄さんの妹になっていました。




大事な、大事な妹です。大事な、大事な家族です。




とても、大切に愛されていました。




病弱だった女の子のココロは変わらずに、ずっと仲の良い家族でした。




めでたし、めでたし







ある所に努力家の女性がいました。



アイドルになって一番上を目指して努力していました。



努力家の女性は恋をしました。



でも、実りませんでした。アイドルも辞めてしまいました。



それでも、捨てきれないまま日々を過ごしました。



努力家の女性には頼れる同級生がいました。



頼れる同級生に諭されて努力家の女性はもう一度立ち上りました。



でも、過去を振り切れませんでした。



努力家の女性は旅に出ました。



そして、最後に自分の居場所を見つけました。



努力家の女性は頼れる同級生にありがとうと言いました。



ただ、頼れる同級生が一回だけ嘘を付いたことに気が付きませんでした。



でも、努力家の女性は幸せでした



めでたし、めでたし






ある所にとても運の良い女性がいました。



小さい頃からとても運が良く、大勢の人に頼りにされていました。



運勢以外にも見て欲しいとずっと願っていました。



運の良い女性には好きな先輩がいました。



その先輩はあまり運が良くありませんでした。



でも、その先輩は運の悪さを決して言い訳にはしませんでした。



運の良い女性は先輩のそんなところが大好きでした。



それからというもの、運の良い女性は先輩に好かれるためにたくさん努力しました。



時々、自分の運も使ったりしました。



緑の事務員さんと協力して新しい事務所まで作りました。



大好きだった先輩の秘密も知りました。



大好きだった先輩とお付き合いを始めました。



でも…………






大好きな先輩は中々『愛』を理解することができませんでした。



家族を愛することはできました。でも、他の人は難しかったのです。



運の良い女性は早く先輩の彼女になることを望んでいました。



そうすればきっと、自分も愛してくれると信じて。



かつて、大好きな先輩が努力家の女性に嘘を付いたように。



運の良い女性も一度だけ寝ている先輩に嘘を付きました。



繰り返し、繰り返し、祈る様に。



やがて、運の良い女性は大好きな先輩と結ばれ、家族になりました。



そして、大好きな先輩と先輩の妹と先輩の従妹と仲良く暮らしましたとさ。



めでたし、めでたし







プロデューサーである男性は自分の妹と担当アイドルのために、嘘を重ねました。



ある不幸な少女は家族に愛されるために、想いを囁きました。



ある病弱だった女の子はステージで輝きました。



ある努力家の女性は、最後の最後に自分の居場所を見つけることができました。



ある運の良い女性は、愛した男性と家庭を持つことができました。



でも、誰もが秘密と嘘を抱えています。














最後に問題です。















極めて簡単で、正解の無い問題かもしれません。





ですが、二択からお選びください。
















この物語はハッピーエンドでしょうか?





それとも嘘だらけのバッドエンドでしょうか?









どのような過程を巡ったにしろ。



誰も『不幸』になった人はいません。



不幸な女の子は家族に愛され。



病弱だった女の子は夢を叶え。



努力家の女性は居場所を見つけ。



運の良い女性は愛した男性と結ばれた。



さて、この物語の結末は…?
























 ~北条加蓮『不幸な兄妹?』 終~














作者です。


以上にて本作品は完結となります。


誰も不幸にならなかったものの、その過程が恐ろしく間違っている物語。


ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか、読者様がそれぞれ考えていただけるような結果になっていれば幸いです。


読んでくださった全ての方に心よりお礼を申し上げます。






尚、次回作については投稿時期未定ですが、


三船美優さんまたは、神谷奈緒をメインに短い人妻系の話を書きたいと思っていますので引き続きよろしくお願い致します。


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