北条加蓮「藍子と」高森藍子「あしあとを追いかけたカフェで」 (27)

――おしゃれなカフェ――

北条加蓮「店員さんが淹れてくれた、大人の香りがするコーヒー」

高森藍子「いつもメニューに用意されている、あたたかい味のホットケーキ」

加蓮「今日もお客さんが少しだけいる、静かなカフェ」

藍子「耳をすませば……かすかに聞こえてくる、水の音、食器の音。そして、ここで一緒に過ごす誰かの、穏やかな声――」

加蓮「ねえ、藍子」

藍子「はいっ」

加蓮「……私から言っていい?」

藍子「じゃあ、今日は加蓮ちゃんが♪」

加蓮「うん。――ただいまっ、藍子!」

藍子「おかえりなさい。加蓮ちゃんっ」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1607856994

レンアイカフェテラスシリーズ第145話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「何度だって言うカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「変わらないカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「お届けするカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんが忙しい日の、いつもではないカフェで」

加蓮「ちからがぬけるー」グデー

藍子「あはは……。ホットケーキを食べ終わったら、すぐに伸びちゃいました」

加蓮「うにゃー」

藍子「猫さんのものまね?」

加蓮「猫さんのものまねをする藍子さんのものまね……あ、こら、頭のてっぺんを押さえ込むなっ。ぐりぐりすんなっ」

藍子「じゃあ……押さえ込むかわりに、撫でてあげます」

加蓮「ふにゃー……」

藍子「今度こそ、猫さんのものまね♪」

加蓮「猫さんのものまねをする藍子さん(睡眠5分前)のものまね……うわーこらー、指を立ててつむじを押し潰そうとするなー」

藍子「まだやっていないのに、よく分かりましたね」

加蓮「藍子のことですからー」

藍子「ふふ……。そっか。……つんつんっ♪」

加蓮「やめろー、もっとものまねをするぞー」

藍子「そうしたら、もっとつついちゃいます。つんつんっ」

加蓮「うにゃー……」

藍子「お疲れ様、加蓮ちゃん」

加蓮「どういたしまして。……どういたしまして?」

藍子「……ありがとう?」

加蓮「いえいえ、こちらこそ……?」

藍子「……」

加蓮「……あははっ」

藍子「くすっ。どういたしましてっ」

加蓮「…………、」キョロキョロ

藍子「?」

加蓮「誰も見てたりしないよね……」

藍子「見ていないと思いますけれど……。加蓮ちゃんも、そんなに大きな声を出している訳ではないから」

加蓮「そっか。あははっ……。ちょっとね、今まで以上に視線を気にする日々が続いてたっていうか……」

藍子「アニバーサリーの間、ずっと……?」

加蓮「うん。ずっと。最初のうちに、アンバサダーを務めている以上は下手な態度は取れない、なんて思っちゃって……それからずっと、気合が入りっぱなし」

加蓮「LIVEは私が主役で……もちろん遠慮とかなんて一切する気はなかったけど、だからこそね」

加蓮「たくさんいるアイドルの中から、せっかく選んでもらえたの。私の最高の姿を見せ続けたいなって思っちゃった」

加蓮「それに、モバP(以下「P」)さんや、ファンのみんな。アイドル仲間にも……」

加蓮「どこかで私のことを見てくれている人たちみんなに、気持ちをいっぱい伝えたいって……。言葉でも、歌でも。楽しいことも、忘れられないことも、目一杯。だから、ずっと一生懸命だったなぁ」

藍子「……うんっ」

加蓮「今までの中で一番、アイドルしてた。自分の煌めきを全部見せて……ね。アイドルだったんだね、私……」

藍子「加蓮ちゃん――」

加蓮「……ふふっ。なんて、ちょっと浸っちゃったかな?」

加蓮「それにー、終わってからこの有様だと、藍子にまた叱られちゃいそー。無理すんな、って♪」

藍子「……、加蓮ちゃんっ。さっきの言い方だとまるで、アイドルが終わってしまったように聞こえますよ?」

加蓮「ん? あはっ、確かに。アイドルだった――って。今もアイドルだってのっ」

藍子「そうですよ。これからの予定を楽しそうにお話する加蓮ちゃんとPさん、見ちゃいましたもん」

加蓮「言っとくけど。あれPさんがノリノリだっただけだからね?」

藍子「はあ」

加蓮「私以上に燃え上がっちゃって。もっといっぱいのファンに届けような! って……もー。あの人すぐ休めだの無理するなだの言う癖にさー、休ませてくれないのはあっちだよね」

藍子「ふふ。そうですねっ」

加蓮「次は年末年始があって、バレンタインキャンペーンの話とかも。ぽつぽつ聞こえてきてるし」

藍子「まだ、2ヶ月以上も先なのに……?」

加蓮「気が早いよねー」

藍子「忙しない世界です」

加蓮「ね」

藍子「私も、がんばってついていかなきゃっ」

加蓮「じゃあ私は藍子につられてノロマにならないようにしなきゃっ」

藍子「……いつも通りに戻ったと思ったら、すぐにそういうことを言うんですから」ジトー

加蓮「くくっ。ま、今は休憩。燃え上がってるPさんに隠れて、藍子とのーんびり、なんてね」

藍子「そうしましょう。頑張り続けた分、ここにいる間くらいは、誰の目も気にしないで……力を抜いても、いいんですから」

加蓮「…………、」ムク

藍子「加蓮ちゃん? ……ど、どうかしましたか? そんなに、じい~っと見て――」

加蓮「……まいっか。藍子だし」

藍子「……喜んでいいのか、駄目なのか、なんだか微妙です」

加蓮「好きな方でいいんじゃないのー」

藍子「じゃあ、喜ぶことにしますっ」

加蓮「単純」

藍子「……♪」ナデナデ

加蓮「ふふっ。あー、ここで藍子とのんびりしてると……帰ってきたって気持ちになるー……。なんだか、あの日々が違う世界にでも行っていたみたいに……」

藍子「私も。……じつは、加蓮ちゃんたちのキラキラしている姿を眺めていると……少し遠いな、って思うことがあって。完成されたアイドルって、こういうのかなって……そこに自分がいつか立てるなんて、想像もできなくなってしまうんです」

加蓮「えー、また?」

藍子「ふふ」

加蓮「?」

藍子「その時も、カフェにいたんですよ。あっ、こことは違うカフェで……今度、加蓮ちゃんも一緒に行きましょうね。少し賑やかですけれど、加蓮ちゃんの好きそうなメニューがたくさんあってっ。店員さんも、元気で楽しそうなんです」

加蓮「いいよー、付き合ってあげる」

藍子「ありがとうっ。……ぼんやりと周りを眺めていたら、そのうち加蓮ちゃんが近くに感じられるようになって。加蓮ちゃんは、私と違うのかもしれないけれど、同じアイドルだって♪」

加蓮「そうだよ。藍子だってアイドルなの」

藍子「だから大丈夫。もう昔みたいな、弱音は言ったりしません」

加蓮「そっか……。すぐ心配させるようなことを言うんだから……」

藍子「でも、やっぱりこうして加蓮ちゃんと一緒にいる方が、もっと安心できますね。加蓮ちゃんがここにいるなぁ……って♪ 弱音は言わなくても、まだもうちょっとだけ自信は……ううんっ。それも加蓮ちゃんがいれば、大丈夫っ――」

加蓮「……ねぇ、藍子」

藍子「はい」

加蓮「いい話にしようとしてるとこ悪いんだけど……。つむじを押すの、やめてくれない?」

藍子「……う~ん」

加蓮「ちょっと??」

藍子「えいっ」ツンツン

加蓮「こら! そーいうことするなら私にも考え――」

藍子「つんつんした後は、なでてあげますね。なでなで~……♪」

加蓮「うにゃー……」

藍子「あはっ。加蓮ちゃん、すごくリラックスした顔……。いっぱい頑張りましたもんね」

加蓮「うん、頑張った……」

藍子「なでなで」

加蓮「うにゃー……」

藍子「ふふ♪」

加蓮「……。……ねえ藍子。あのさ。私で遊んでない?」

藍子「さぁ~、なんのことでしょうか~」

加蓮「だからちょっとくらい誤魔化しなさいよ!」

加蓮「藍子がそーいうことするなら、もう起きるっ」バッ

藍子「ああっ。加蓮ちゃん、もうしませんから。思うぞんぶん、ゆっくりしましょ?」

加蓮「いいっていいって。いつまでも溶けている訳にもいかないし」

藍子「私は気にしませんし……店員さんも、きっと分かってくれますよ。もう少し、くつろいでいても――」

加蓮「……そ、そうやってすぐ堕落の道に誘惑してくる。その手には乗らないわよっ」

藍子「へ?」

加蓮「このゆるふわ魔女め……。加蓮ちゃんがちょっと疲れるからって!」

藍子「……。……ふっふっふ~」

加蓮「むっ」

藍子「加蓮ちゃんのこと、たっぷり癒やしちゃいますよ~?」

加蓮「やれるものならやってみなさい!」

藍子「カフェでたっぷりとのんびりした後は、私の家まで来てもらいます。そこで私と、私のお母さんが一緒に作った晩ご飯……ちょっぴり熱いけれど気持ちいいお風呂――」

加蓮「ぐ」

藍子「ほかほかのお布団……朝は、炊きたての白ごはんにお味噌汁――」

加蓮「……私が悪かったです……!」

藍子「そんな。加蓮ちゃんは、何も悪くありません。だから……ふっふっふ……。いつでも、ゆるふわになっていいんですよ~?」

加蓮「やめて……! 降参してるでしょ、そんな酷いことをしないで!」

藍子「えへ」

加蓮「はぁ。……ふふっ。ホント、藍子が言うと、当たり前のことも怖くなっちゃうよね」

藍子「加蓮ちゃんの方がひどいことを言ってますっ」

加蓮「たははっ。でも真面目な話、たまにはそういう真面目ちゃんっぽいんじゃなくて、なんか悪いこともしてみたいなぁ」

藍子「悪いことですか……夜ふかしとか?」

加蓮「それいいかも。起きていられる間、ずっと誰かの悪口を言い続けるとかっ」

藍子「お布団、もう1枚増やしますね」

加蓮「えー」

藍子「悪口よりも、誰かのいいところや、優しいところをお話しましょうよ」

加蓮「だから、そーいうのが真面目ちゃんっぽすぎるんだって。悪口でもいいじゃんっ」

藍子「私は、そういうお話の方が聞いてみたいな。加蓮ちゃんのことも、もっとよく分かる気がして」

加蓮「……はいはい。藍子がそーいうなら」

藍子「えへへ」

加蓮「どうしよっかなー。普通に誰かアイドル仲間の話でもするか、それとも――」

藍子「それとも?」

加蓮「目の前で藍子のことを徹底的に褒めちぎるか」

藍子「……え、あの」

加蓮「藍子の部屋の隅にスマフォを置いて、密かに録音モードにして。それだけじゃ足りないかもしれないから事務所からビデオカメラを借りて。あっ、どの位置なら藍子ちゃんの真っ赤になった顔をバッチリ映せるか試してみなきゃ。藍子、今度リハ付き合ってよ。今日でいいよー」

藍子「まず撮らないでください! それにっ、そのお話でどうして私がいいって言うと思ってるんですか!?」

加蓮「えー、だって私、藍子みたいな盗撮魔にはなりたくないし」

藍子「……う」

加蓮「撮るなら撮るって言わないと……って、ん? なんでそこで詰ま――」

藍子「い、いえ、今のは、さっき食べたホットケーキが、お腹の中で、こう、ごろごろって、」

加蓮「うんうん。じゃあスマフォを見せてみよっか」

藍子「…………」

加蓮「…………」

藍子「…………違うんです」

加蓮「そーいうのもういいから、何を撮ったかだけ話してみなさい?」

藍子「……加蓮ちゃんが、パーティー会場でPさんとお話している時に、」

加蓮「よし分かった。店員さーん、塩水くださーい」

藍子「わあああ~っ」

加蓮「え、ない? 水に塩入れるだけでいいんだけど」

藍子「入れないでくださいっ。ほら、床にこぼれたり、窓際のちいさなモミの木にかかったりしたら大変です!」

加蓮「……ちっ。行っちゃった。思惑バレちゃった感じかなー」

藍子「ふ~っ……」

加蓮「会話が聞こえてたのかもね。店員さんが持ってきてくれないなら諦めよっと」

藍子「ほっ」

加蓮「撮るなら撮るって言ってよ」

藍子「そうしたら加蓮ちゃん、撮られる時の顔になっちゃうから……。その……ごめんなさいっ。加蓮ちゃんの笑顔を見たら、ずっと残しておきたいなって――」

加蓮「はいはい。オフショットだって言ってくれれば渡してあげるんだし……っていうかそもそも、そんなのもう見飽きてるでしょ」

藍子「何度見たって、飽きたりしませんからっ」

加蓮「……そういうこと言うんだから」

藍子「……?」

加蓮「じゃあ、見せびらかしたりは禁止。いい?」

藍子「うんっ」


□ ■ □ ■ □


加蓮「ずっとアンバサダーとアニバーサリーLIVEのことでつきっきりだったから、あまり意識できなかったけど……そういえばもう12月なんだ」

藍子「そうですよ。今年も、あともう少しで終わっちゃいます」

加蓮「窓際のモミの木のミニチュアも、今日が12月だよって教えてくれてる」

藍子「このちいさな鈴も、かわいいなぁ……ふふっ」

加蓮「あっという間だったよね。なんだか、花火を見た日がついこの間だったみたい」

藍子「加蓮ちゃん……。それは……ちょっぴり、大げさですっ」

加蓮「あ、やっぱり?」

藍子「くすっ。でも、そうですよね。私だって、事務所のみんなで焼き芋をした日が、つい昨日だったように……」

加蓮「藍子の方が微妙に近いじゃん。それに焼き芋って……食いしん坊めっ」

藍子「わ、私は半分ぶんしか食べていませんから。それを言うなら加蓮ちゃんです」

加蓮「あれはだって、奈緒が冗談混じりでいっぱい食べて元気になろうなとか言うのと、早食いに巻き込んできたのはみんなの方なのっ」

藍子「加蓮ちゃん、すごく熱心に食べていましたよね。ええと、あの時の相手は――」

加蓮「乱入してきた心さんと猛獣の目でやってきたかな子が、ここで夏の決着を! とか言うから、つい対抗的になって……あと焼き芋が美味くて」

加蓮「そういうのに参加するのは楽しいけど、からかわれるネタが増えていくのは複雑。ホントなら、私がからかう側なのに」

藍子「ふふ。加蓮ちゃん、最近よく奈緒ちゃんに意地悪をされてるところを見ますよ」

加蓮「そんなとこ見るなー」

藍子「歩いていたら見かけちゃうんですから、仕方ないじゃないですか~」

加蓮「せめて千枝やあかりちゃんにファッションの話を教えてるところとか、勉強を教えてあげてるところとかにしときなさいよっ」

藍子「それでしたら、確か仁奈ちゃんと一緒に気ぐるみ――」

加蓮「スマフォ沈めるわよ?」

藍子「……し、塩水はないみたいですよ?」

加蓮「水でも沈めればちょっとは効果あるでしょ」

藍子「大丈夫です。雨の日も撮れるように、防水機能がついていますから♪」

加蓮「くそう。やっぱり塩水じゃないとダメか……」

加蓮「冬の話かー。冬――……あっ」

藍子「?」

加蓮「そうだった。そう。今日ね、もう1つ話そうと思ってたことがあって」

藍子「はい。なんでしょうか」

加蓮「えーっと。……あのね、藍子? 怒らないで聞いてくれる?」

藍子「……………………、」

加蓮「ってなんでもうキレかけてんの……」

藍子「あっ。ごめんなさい、ついっ。ずっと前に……ちょうど、この時期に加蓮ちゃんが、すごく重い空気を作って、その後にクリスマスの予定が入ったってお話をしただけの時を思い出して――」

加蓮「あ、あー……。いや一応あれは心から申し訳ないって思ったからっていうのもあるんだけどね?」

藍子「それにしても、やりすぎですっ」

加蓮「ごめんごめん」

藍子「いいですよ。それで……お話は?」

加蓮「うん。前に藍子が渡してくれた、12月になったら開いてほしいって言った招待状。あれ……まだ見てないの」

藍子「!」

加蓮「ごめん。覚えてはいたんだけど……あれ、なんか外側からしてちょっと凝ってるっぽかったし、藍子がまごころを込めて書いたって感じがすごくするから、テキトーな気持ちで開けたくないなって思っちゃって……」

藍子「ううん。それは大丈夫ですよ。でも、まだ間に合うかなぁ――」

加蓮「あれってクリスマス関係の何かだよね?」

藍子「!」

加蓮「藍子があの時、それでも間に合うって言ってたし……12月まで開かせないって、何か意味があるのかなって。思いつくのがクリスマスくらいしかなくて――」

藍子「……正解です。やっぱり、あの時にバレちゃったんですね」

加蓮「ううん、後から思い出して気付いた感じ」

藍子「そっか」

加蓮「でさ――その招待状、今持ってきてるんだけど」

藍子「はい」

藍子「……はい?」

加蓮「ここで開けていい?」

藍子「えっ。……ち、ちょっと待って。今、持ってきてる……?」

加蓮「うん。ほら」ガサゴソ

藍子「……なんで!?」

加蓮「ここで開けていいって聞くところまで込みの話だから。元々その予定で誘ったんだし……さっきはアイドルとアニバーサリーの話で、ちょっと忘れかけちゃってたけどね」

藍子「え、ええぇ……。え~……こ、ここで開くの?」

加蓮「12月になったら、って言うけど……。アニバーサリーの件が終わったら開けようって思ってはいたんだけどね。10日も経つとなんだか開けにくくなっちゃった」

藍子「その気持ちは分かりますけれど、でも~……」

加蓮「藍子と一緒にいうと、そういう躊躇いとか全部飛び越えれちゃうの。だから、ねっ」

藍子「……、」

加蓮「なんだったら、私あっちの暖炉ストーブの前まで行ってから開けるから。……ダメ?」

藍子「……もう。いいですよ、ここで開けてください」

加蓮「よかった」

藍子「こんなことになるなんて~……。うぅ、さすがに恥ずかしいです」

加蓮「たはは……。どれから開けた方がいい?」

藍子「好きな順番で開けてください!」

加蓮「……ご、ごめん。えーと、表に描いてあるのは薄荷っぽい花とクリスマスツリーが2つ、それに……これはコーヒーカップの絵?」

加蓮「じゃあこの、薄荷っぽい花が描いてある明らかに私宛てっぽいヤツで」

藍子「…………」

加蓮「えーっと。"――加蓮ちゃんへ"」

加蓮「"またやってきたクリスマスに、私から、少しだけ優しさをお届けさせてください"」

加蓮「"今もまだ、広い世界の隅で少し寂しがっているかもしれない、あなたが幸せにしたいと思ったみんなと一緒に、私の世界へご招待します"」

加蓮「"もし受け取ってくださるなら、今度またお話しましょう。一緒に、夢と優しさをお届けしましょう"……これ――」

藍子「…………、」

加蓮「……他のも見るね。……あれ、違う? 待って、じゃあツリーのが……やっぱりそっか。あの2人――病院に入院してる2人への……」

加蓮「なら、このコーヒーカップのって子どもにじゃなくて――」

藍子「看護師さん宛てにです。昔、あなたのことをずっと見ていた方へ……」

加蓮「…………、」

藍子「――私、いつの間にかこのカフェでお会いしなくなった2人のことがあって、思ったんです」

藍子「何かが変わってゆき、いつかお別れが来るかもしれない時間の中でも、楽しいひとときはありましたよね。きっと、私に届けられた物はあるハズ……」

藍子「そうしたら、加蓮ちゃんが言っていた言葉を思い出しました」

藍子「夢を見せられる時間は、ほんの短い間かもしれないけれど、いっときでは終わらない……そして、いっときの夢を見せ続けるのがアイドルだ――って」

藍子「今年も、クリスマスがやってきますよね。私……今も寂しい思いをしているかもしれない、あなたが大切に想う子たちへ、また夢を見せてあげたいんです」

藍子「私は……加蓮ちゃんのように、世界の隅々までお届けするには難しいかもしれないから」

藍子「アイドルの私――アイドルとしての私っ、高森藍子の作る、優しくて、穏やかな気持ちになれる世界への、招待状ですっ」

藍子「えっと……。と言っても、まだ詳しいことはぜんぜん決めていません。前にお話した、カフェみたいな空間ができたらなって思っています」

藍子「あなたとずっと過ごしてきた、あたたかな場所を……。あなたも、そして私も、いっぱい優しい気持ちになれて、楽しい時間を過ごしたような場所を作ってあげて……少しだけでも、笑顔になってほしいんですっ」

藍子「……、」

藍子「……加蓮ちゃんは……みなさんに2度も、幸せをたくさん贈ってあげていました」

藍子「ううん。いつもの加蓮ちゃんを見るだけでも、笑顔になれているかも……」

藍子「もう元気いっぱいになれて、私が何もしなくてもいいくらいに、じゅうぶんに幸せだっていうのなら……その招待状は、そっと捨ててしまってください」

藍子「でも……もしもまだ私に、私と加蓮ちゃんにできることがあるなら――」

藍子「いつか加蓮ちゃんが悩み、歩いた道を、今度は……私にも、歩かせてください。こんなに優しい世界があるんだよって、教えてあげたいから……!」

加蓮「……、」

加蓮「…………藍子……」

藍子「はい……」

加蓮「……、」ギュ

加蓮「……うんっ」

加蓮「招待状、確かに受け取ったよ。明日、看護師さんに渡してくるっ」

藍子「……!」

加蓮「あの2人には……サプライズ、にするよりは……。病院でのクリスマス会の時も直前だけど教えてあげたし、今回も教えちゃっていいかな? ふふっ。きっと、ううん絶対喜ぶよ!」

藍子「加蓮ちゃんっ……! あの……私っ」

加蓮「ちょっ……。なんで藍子が泣きそうな顔になってんの」

藍子「だって、っ……。ずっと不安で……。これって、優しさなのかなって、自分でも分からなくて……っ。加蓮ちゃんの世界に勝手に入り込んで、私のやりたいことばかり――」

加蓮「あのねぇ。それ今更すぎだよ。いつだって私達は、自分がやりたいようにってやってきたでしょ? 閉じこもってた加蓮ちゃんの殻を破ってずかずかと入ってきたのは誰なのよ」

藍子「そう、ですけど……そんな言い方、ぅ~……!」

加蓮「……今までからかいがちに、藍子ってポジティブだねー、前向きだねー、って言ってたけど。藍子って変なとこで後ろ向きっていうか、変なとこで自信が持てないよね」

加蓮「十分に幸せなら、招待状は捨てちゃってくださいって……あのね。もしそうだとしても、幸せっていくら重ねてもいいものでしょ?」

加蓮「じゃあアイドルにデビューして、夢を叶えられた私はその瞬間から幸せになっちゃいけないって言うの? 別に、マイナスを埋めてゼロにするだけが幸福じゃないんだから」

加蓮「……なんかその辺は私が原因っぽい気もするけどなぁ――ああもう、ほら泣かない! さっきまで撫でてくれたのに、逆になっちゃったじゃん……」

藍子「ぐすっ……」

加蓮「もう……」ナデナデ

加蓮「カフェみたいな場所かぁ。……さすがにパッとは浮かばないし、これクリスマス会と違ってアイドルのお仕事とは少し違う気がするよね」

加蓮「ただ、Pさんには相談しておかなきゃ。そんなに大きなことにするんじゃなくて、ほんのちょっと、ちいさくやる感じで――」

加蓮「……もー、いつまでぐすぐすってしてんの!」

藍子「だってぇ……っ」

加蓮「店員さんがこっち来るまでは泣き止んでね? まーた私が怒られるんだから」ナデナデ

藍子「うん……」

加蓮「……そういえば、招待状っていうか入院してる子っていうならもう1人は? あの男の子の」

藍子「……招待状を作る時に、いろんなことを思い出したんです。クリスマス会の時にいた、子どもたちのことも、写真を見返したりして――」

加蓮「あの時にいた……あの時は通院だけの子も、ってアンタまさか」

藍子「全員分の招待状、書いてから家にしまってます」

加蓮「……うわぉ」

藍子「あと、加蓮ちゃんがお話していた、看護師さんやお医者さんの分とかも、いちおう……」

加蓮「…………アンタ、カフェじゃなくて病院でもオープンするつもり? それだったら私、言われた通り招待状を捨てるからね??」

藍子「あははは……。でも、ぜんぶ書いた後で、きっと私のやりたいことって、そうじゃないのかなって思って。あと……加蓮ちゃんみたいに、たくさんの方にって自信が……」

藍子「加蓮ちゃんがさっき言ったように……幸せを重ねがけするんじゃなくて、寂しさを埋めたい、って思う気持ちの方が強かったから」

藍子「自然と、そのおふたりと、看護師さんの分だけをカバンに入れてました」

加蓮「だから、なんでそんな変なところで後ろ向きなんだか……。もうちょっと自信をつければいいのに」

藍子「……私、そろそろ落ち着いてきましたかも。ありがとう、加蓮ちゃんっ」

加蓮「どういたしまして。そして店員さん、いいタイミングでやってくるんだね? もしかして見てた?」

藍子「あ、あのっ、これはべつに加蓮ちゃんがひどいことを言ったという訳では……」

加蓮「余計に疑われる言い方じゃんそれ! ……え、店員さん。分かってくれるの?」

藍子「よかった。……ふふっ。店員さんにも、なにかプレゼントを贈りますねっ。クリスマスの日に……」

加蓮「……おーい? 注文取りに来たんじゃないのー? 逃げ帰ったら売り上げ減るわよー? お客さん足りてるのー」

藍子「こらっ」

加蓮「たははっ」

加蓮「ねぇ、藍子」

藍子「はい、加蓮ちゃん」

加蓮「ありがとね。あの子たちのことを想ってくれて」

加蓮「……一応、あの看護師の分も」

藍子「ううん。私が、やりたいってだけかもしれませんから……」

加蓮「そこは素直にどう致しましてでいいのっ。そろそろ戻ってきなさい、パッションアイドルの藍子ちゃん?」

藍子「は、はいっ。藍子です!」

加蓮「そうじゃない!」ベシ

藍子「いたいっ」

加蓮「……まぁ……うん。ありがとう。じゃあ……今年もいっぱい届けてあげよっか。この世界にどれだけ夢が満ち溢れているか、そしてこの世界がどれだけ優しいかを、私達の知ってる限り目一杯に!」

藍子「はいっ。たくさんお届けしましょう。これからもずっと、笑顔と幸せを重ねていけるように♪」


【おしまい】

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom