「なんで彼氏作らないの?」
なんてことを友達にしょっちゅう聞かれる。
その度に茶を濁すのは、けっこー疲れる。
真っ先に口をつく理由は、機会がないから。
恋人が爆誕するようなイベントに恵まれない。
それでも相手が納得しない場合は、こう言う。
「付き合うって、よくわかんないから」
クリスマスにかけて急増した大勢のカップル。
そいつらを眺めていると、不思議で仕方ない。
どうやって、相手を選んでいるのだろうか。
それが気になって、ちょっと聞いてみると。
「えっ? 告られたから、断る理由もないし」
なるほど。そうきたか。さっぱりわからん。
「もともと、付き合う気はあったの?」
「ちょっとはね」
「ちょっとって……ちょっとでいいの?」
「いいんじゃない? 今、すごく幸せだし」
ああ、そうですか。末永くお幸せに。畜生。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1546785853
「じゃあ、ちょっと質問を変えるわね」
「何?」
「彼氏が欲しいとは思わないの?」
「すごく幸せになれるなら、是非とも」
極めて自然な回答だろう。誰でも幸せを望む。
「そんな風に受け身だから駄目なのよ」
「えっ? 駄目なの?」
「付き合った相手の幸せも考えてあげないと」
「あっ……はい。すみません……」
友人の諫言はまさに目から鱗の至言だった。
自分だけ幸せになれば良いのではない。
いつの時代の奴隷制度だ。あり得ない。
付き合うならば、相手の幸せも考えないと。
「なんか……めんどくさいなぁ」
「はあ……恋人が出来る日は遠そうね」
「ほっといて」
呆れられてもこればかりはどうしようもない。
相手を幸せにするのは、非常に大変だろう。
私が喜ぶことをしても、相手が喜ぶかは不明。
ましてや幸せの尺度や価値観など予測不能だ。
我々人間は個別の自我を持っているのだから。
「性格が合う人を見つけたら?」
「そんな人、居ると思う?」
「せめて、もう少し、協調性があったら……」
「なにそれ! どういう意味!?」
「短気なところも直したほうがいいわね」
本当に耳が痛い。私だってわかってるっての。
「悪い。先、帰っててくれ」
「あ、うん」
近頃、男友達の付き合いが悪い。
独りでトボトボ帰宅するのは、寂しい。
たぶん、彼女が出来たのだろう。
前に、それらしいことを口にしていた。
クリスマスにはデートをしたそうな。
そこで告白イベントでもあったのだろうか。
「……くそっ」
そこまで想像して思わず悪態を吐いてしまう。
帰りにゲーセンに寄ったり、マックを食べたり、公園のブランコに乗って駄弁りたいのに。
恋人なんてものが居るから、楽しみが減った。
どこの誰かは知らないけど、無性に腹が立つ。
「……ムカつくなぁ」
腹わたが煮えくり返って、ふと気づく。
「あれ? なんで、胸が痛いんだろ……?」
原因不明の胸の痛み。ズキズキする。痛い。
胃潰瘍か? それとも心筋梗塞の前兆?
怖くなって、駆け足で帰宅して、布団を被る。
「あ、もしもし? 実は、かくかくしかじかで」
不安になった私は、女友達に電話してみた。
『なるほど……それはズバリ、恋ね』
「はい?」
『あなたは彼に、恋をしてるのよ』
いやいや、まさか。少女漫画じゃあるまいし。
『一緒に帰れなくて、寂しいんでしょ?』
「……うん」
『彼を盗られて、腹が立ったんでしょ?』
「……うん」
『それは要するに、ヤキモチを焼いたのよ』
ヤキモチ、だと? これが、ヤキモチなのか?
『そのくらい、彼のことが好きだったのよ』
「そっか……だったら、やっぱり恋したくない」
『どうして?』
「だって、絶対に相手を幸せに出来ないから」
こんな醜い感情は相手を傷つけるだけだ。
だいたい、恋人がいる相手に恋するなんて。
そんな自分が許せなくて、私は通話を切った。
涙が止まらない。悲しくて、苦しくて、辛い。
「よう。昨日は悪かったな」
「っ……気に、しないで」
翌朝、いつもの調子で声をかけてきた男友達。
私は前髪で泣き腫らした顔を隠しつつ。
自己防衛の為に彼から距離を取る。保身第一。
「なんか顔、腫れてね?」
「あ、朝だから、むくんでるだけ……」
「なんか目、赤くね?」
「け、結膜炎だから、おかまいなく!」
結膜炎って。我ながら酷い言い訳で情けない。
「……何があった?」
「別に、何も……」
「どうして泣いてんだよ」
気づかれた。当然だ。涙を止められなかった。
「……あんたに、関係ないでしょ」
「関係ないって……なんだよ」
「いいからほっといて!」
「放っておけるかっ!」
悲しみ、後悔、羞恥、絶望、自己嫌悪。
こんな失恋イベントなんて、もう嫌だった。
まるでひと昔前の青春ドラマのような一幕。
それを鼻で笑っていた私が当事者になるとは。
一刻も早く、舞台から降りて、楽になりたい。
「私は、あんたの幸せを壊したくないの!」
泣きながら叫んだ悲鳴は、紛れもなく本心で。
「はあ?」
キョトンと首を傾げた彼には伝わらなかった。
「いや、だから、何回も言わせないでよ……」
物分かりの悪い男友達。本当に勘弁して。
こっちがどんな想いであんな恥ずかしい台詞を口にしたか、ちょっとは考えて欲しい。
しかし、先述した通り、我々は個別の自我を持って生きているわけで、意思疎通には言葉によるコミニュケーションが必要不可欠だった。
だから私は、ごほんと咳払いをして説明した。
「あんたにはもう恋人がいるわけで……」
「えっ?」
「えっ?」
どうにも認識に齟齬があるらしく、尋ねた。
「あんた、彼女出来たんじゃないの?」
「いや? 出来てないけど?」
「だって、クリスマスデートしたんでしょ?」
「違う。あれはデートなんかじゃない」
「どういうこと?」
「告られたけど、振ったから」
私の予想は半分当たりで、半分大外れだった。
「な、なんで……?」
「お前が好きだから」
「おっ?」
「お前が好きだから」
これは全くの予想外。会話をリセットしたい。
「ごめん、ちょっと考えさせて」
とりあえず、シンキングタイムだ。熟考する。
男友達は別に付き合ってるわけではなかった。
クリスマスに告白され、それを振ったらしい。
その理由は、私を好きだから。好きだから。
私のことが好きみたいだ。私を好きなのだ。
よりにもよって、私のことを、好きなんて。
「もしかして、ドッキリ?」
「そうだとしたら、性格悪すぎだろ」
「今なら、あんまり怒んないであげる」
「怒らせるつもりはない。マジだから」
「なら、最近付き合い悪かったのはなんで?」
「クリスマスに告られてから……お前のこと、妙に意識しちまって……悪かったと、思ってるよ」
そう語る男友達の顔が、赤いこと赤いこと。
どうやら、マジらしい。マジで好きなのか。
これは参った。びっくらたまげた。降参です。
意識されていたとは。鈍感で大変申し訳ない。
さて、困ったことになった。断る理由がない。
そもそも、別段困っていない。むしろ嬉しい。
「……嬉しい」
「っ……お、おう。そうか」
思わず独りごちて、じんわり、喜びに浸る。
なにせ、私は昨晩、嫉妬に狂った女だ。
枕をズタズタに引き裂こうかと思ったほど。
それくらい、居もしない恋人を妬んだ。
せっせとヤキモチを焼きまくって、自覚した。
「私も、あんたが好き」
女友達の言葉に嘘はなかった。私は恋をした。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません