女友達『それは要するに、ヤキモチを焼いたのよ』 (12)

「なんで彼氏作らないの?」

なんてことを友達にしょっちゅう聞かれる。
その度に茶を濁すのは、けっこー疲れる。
真っ先に口をつく理由は、機会がないから。
恋人が爆誕するようなイベントに恵まれない。
それでも相手が納得しない場合は、こう言う。

「付き合うって、よくわかんないから」

クリスマスにかけて急増した大勢のカップル。
そいつらを眺めていると、不思議で仕方ない。
どうやって、相手を選んでいるのだろうか。
それが気になって、ちょっと聞いてみると。

「えっ? 告られたから、断る理由もないし」

なるほど。そうきたか。さっぱりわからん。

「もともと、付き合う気はあったの?」
「ちょっとはね」
「ちょっとって……ちょっとでいいの?」
「いいんじゃない? 今、すごく幸せだし」

ああ、そうですか。末永くお幸せに。畜生。

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「じゃあ、ちょっと質問を変えるわね」
「何?」
「彼氏が欲しいとは思わないの?」
「すごく幸せになれるなら、是非とも」

極めて自然な回答だろう。誰でも幸せを望む。

「そんな風に受け身だから駄目なのよ」
「えっ? 駄目なの?」
「付き合った相手の幸せも考えてあげないと」
「あっ……はい。すみません……」

友人の諫言はまさに目から鱗の至言だった。
自分だけ幸せになれば良いのではない。
いつの時代の奴隷制度だ。あり得ない。
付き合うならば、相手の幸せも考えないと。

「なんか……めんどくさいなぁ」
「はあ……恋人が出来る日は遠そうね」
「ほっといて」

呆れられてもこればかりはどうしようもない。
相手を幸せにするのは、非常に大変だろう。
私が喜ぶことをしても、相手が喜ぶかは不明。
ましてや幸せの尺度や価値観など予測不能だ。
我々人間は個別の自我を持っているのだから。

「性格が合う人を見つけたら?」
「そんな人、居ると思う?」
「せめて、もう少し、協調性があったら……」
「なにそれ! どういう意味!?」
「短気なところも直したほうがいいわね」

本当に耳が痛い。私だってわかってるっての。

「悪い。先、帰っててくれ」
「あ、うん」

近頃、男友達の付き合いが悪い。
独りでトボトボ帰宅するのは、寂しい。
たぶん、彼女が出来たのだろう。
前に、それらしいことを口にしていた。
クリスマスにはデートをしたそうな。
そこで告白イベントでもあったのだろうか。

「……くそっ」

そこまで想像して思わず悪態を吐いてしまう。
帰りにゲーセンに寄ったり、マックを食べたり、公園のブランコに乗って駄弁りたいのに。
恋人なんてものが居るから、楽しみが減った。
どこの誰かは知らないけど、無性に腹が立つ。

「……ムカつくなぁ」

腹わたが煮えくり返って、ふと気づく。

「あれ? なんで、胸が痛いんだろ……?」

原因不明の胸の痛み。ズキズキする。痛い。
胃潰瘍か? それとも心筋梗塞の前兆?
怖くなって、駆け足で帰宅して、布団を被る。

「あ、もしもし? 実は、かくかくしかじかで」

不安になった私は、女友達に電話してみた。

『なるほど……それはズバリ、恋ね』
「はい?」
『あなたは彼に、恋をしてるのよ』

いやいや、まさか。少女漫画じゃあるまいし。

『一緒に帰れなくて、寂しいんでしょ?』
「……うん」
『彼を盗られて、腹が立ったんでしょ?』
「……うん」
『それは要するに、ヤキモチを焼いたのよ』

ヤキモチ、だと? これが、ヤキモチなのか?

『そのくらい、彼のことが好きだったのよ』
「そっか……だったら、やっぱり恋したくない」
『どうして?』
「だって、絶対に相手を幸せに出来ないから」

こんな醜い感情は相手を傷つけるだけだ。
だいたい、恋人がいる相手に恋するなんて。
そんな自分が許せなくて、私は通話を切った。

涙が止まらない。悲しくて、苦しくて、辛い。

「よう。昨日は悪かったな」
「っ……気に、しないで」

翌朝、いつもの調子で声をかけてきた男友達。
私は前髪で泣き腫らした顔を隠しつつ。
自己防衛の為に彼から距離を取る。保身第一。

「なんか顔、腫れてね?」
「あ、朝だから、むくんでるだけ……」
「なんか目、赤くね?」
「け、結膜炎だから、おかまいなく!」

結膜炎って。我ながら酷い言い訳で情けない。

「……何があった?」
「別に、何も……」
「どうして泣いてんだよ」

気づかれた。当然だ。涙を止められなかった。

「……あんたに、関係ないでしょ」
「関係ないって……なんだよ」
「いいからほっといて!」
「放っておけるかっ!」

悲しみ、後悔、羞恥、絶望、自己嫌悪。
こんな失恋イベントなんて、もう嫌だった。
まるでひと昔前の青春ドラマのような一幕。
それを鼻で笑っていた私が当事者になるとは。
一刻も早く、舞台から降りて、楽になりたい。

「私は、あんたの幸せを壊したくないの!」

泣きながら叫んだ悲鳴は、紛れもなく本心で。

「はあ?」

キョトンと首を傾げた彼には伝わらなかった。

「いや、だから、何回も言わせないでよ……」

物分かりの悪い男友達。本当に勘弁して。
こっちがどんな想いであんな恥ずかしい台詞を口にしたか、ちょっとは考えて欲しい。
しかし、先述した通り、我々は個別の自我を持って生きているわけで、意思疎通には言葉によるコミニュケーションが必要不可欠だった。
だから私は、ごほんと咳払いをして説明した。

「あんたにはもう恋人がいるわけで……」
「えっ?」
「えっ?」

どうにも認識に齟齬があるらしく、尋ねた。

「あんた、彼女出来たんじゃないの?」
「いや? 出来てないけど?」
「だって、クリスマスデートしたんでしょ?」
「違う。あれはデートなんかじゃない」
「どういうこと?」
「告られたけど、振ったから」

私の予想は半分当たりで、半分大外れだった。

「な、なんで……?」
「お前が好きだから」
「おっ?」
「お前が好きだから」

これは全くの予想外。会話をリセットしたい。

「ごめん、ちょっと考えさせて」

とりあえず、シンキングタイムだ。熟考する。
男友達は別に付き合ってるわけではなかった。
クリスマスに告白され、それを振ったらしい。
その理由は、私を好きだから。好きだから。
私のことが好きみたいだ。私を好きなのだ。
よりにもよって、私のことを、好きなんて。

「もしかして、ドッキリ?」
「そうだとしたら、性格悪すぎだろ」
「今なら、あんまり怒んないであげる」
「怒らせるつもりはない。マジだから」
「なら、最近付き合い悪かったのはなんで?」
「クリスマスに告られてから……お前のこと、妙に意識しちまって……悪かったと、思ってるよ」

そう語る男友達の顔が、赤いこと赤いこと。
どうやら、マジらしい。マジで好きなのか。
これは参った。びっくらたまげた。降参です。
意識されていたとは。鈍感で大変申し訳ない。
さて、困ったことになった。断る理由がない。
そもそも、別段困っていない。むしろ嬉しい。

「……嬉しい」
「っ……お、おう。そうか」

思わず独りごちて、じんわり、喜びに浸る。
なにせ、私は昨晩、嫉妬に狂った女だ。
枕をズタズタに引き裂こうかと思ったほど。
それくらい、居もしない恋人を妬んだ。
せっせとヤキモチを焼きまくって、自覚した。

「私も、あんたが好き」

女友達の言葉に嘘はなかった。私は恋をした。

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