【ハイスコアガール】小春「自転車二人乗り」 (35)



※公道で自転車を二人乗りするのは、本当はダメです。
※ただし例外もあります。詳しくはお住まいの自治体へ。



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――路上


小春「え…?」

小春(今、誰か…)

小春(私を呼んだ?)

小春(でも、周りに誰もいない)

小春(気のせいかな)

小春(でもはっきり聞こえた。私の名前を呼ぶ声)

小春(しかも……その声)

小春(矢口くん)

小春(矢口くんの声みたいだった……)

小春(矢口くんが“お~い、日高~”って……)

小春(矢口くんが近くにいるの?)

小春(もし、そうなら…)

小春(嫌だなぁ……)

小春(今、配達中なのに……)

小春(こんなとこ見られたくない)

小春(配達用の自転車に乗ってるとこなんて)

小春(こんな大きくてゴツゴツしてて、カッコ悪い自転車)

小春(こんなのに乗ってるとこなんて……)

小春(……とにかく)

小春(とにかく気にしないで、早く配達しちゃおう)

小春(早くお店の手伝いを済ませちゃおう)

小春(この角を、曲がって…)

小春(ここだ。この家)


キーッ キキッ


小春(相変わらずうるさいブレーキの音)

小春(お父さん、まだ手入れしてないんだな)

小春(もうかなりボロだしなぁ。この配達用の自転車)

小春(こんな自転車に乗ってるのなんて、ますます見られたくない)


ピンポーン


主婦『はーい』

小春「こんにちはー。日高商店でーす」

主婦『あ、はーい』

小春「毎度さまでーす。お酒持って来ましたー」

主婦『ちょっと待ってねー』


ガチャ


主婦「こんにちは。いつもご苦労さま、小春ちゃん」

小春「いえいえ。でも今も、いつもどおり…」

主婦「何?」

小春「お勝手じゃなくて玄関へ来ちゃいましたけど、よかったんですか?」

主婦「うちはその方が逆に都合がいいのよ。勝手口は人に見せられないほど散らかっててねえ」

小春「そうなんですか。じゃあここに品物、持って来ます。……よいしょ、っと」

主婦「すごいわねえ、何回見ても」

小春「何がですか?」

主婦「こんな可愛い女子高生がたくさん瓶ビールの入ったケース持ち上げるなんて」

小春「“可愛い”なんて……。それにもうこんなの、慣れてますから」

主婦「いつも思うんだけど、重くないの?」

小春「もちろん重いです。でもこれ持って長い距離を歩いたりするわけじゃないですし」

主婦「それもそうね」

小春「ちょっとコツを掴めば、私みたいな女の子にもできるんです」

主婦「コツって、さっき腰を少しクイッとしたこと? 重量挙げの選手みたいだったわね」

小春(こんなの、もっと矢口くんに見られたくない)

主婦「じゃ、そこに置いてくれる?」

小春「ここですね。よっ、と…。じゃあこれにハンコかサイン、お願いします」

主婦「はい、これでいい?」

小春「ありがとうございます。空き瓶とケースは…」

主婦「分かってる。月末にお父さんかお母さんが車で取りに来て、その時、一緒に代金ね」

小春「はい、お願いします。それじゃ、毎度ありがとうございましたー」

主婦「はーい。小春ちゃんご苦労さまー」

小春「失礼しまーす」

小春(さぁ配達終了)

小春(早くうちへ帰ろっと)


キ~コ キ~コ


小春「あれっ?」

小春(ブレーキだけじゃなくペダルも音がするようになっちゃった)

小春(もういろんな所に無理が来ちゃってるんだ)

小春(お父さん、きちんと手入れするか、新しいの買えばいいのに……)


キ~コ キ~コ


小春(……え?)

小春(また誰か私の名前を…?)

ハルオ「日高~」

小春「げっ…」

小春(気のせいじゃなかった)

小春(やっぱり矢口くんだ)

小春(どうしてこんな場所にいるのよ)

小春(私たちの住んでる近所からは少し離れてるのに)


キ~コ キ~コ


小春(こんなとこ見られたくない)

小春(ブレーキもペダルも音立てるような自転車に乗ってるとこなんて)

ハルオ「日高!」

小春「きゃっ」


キキーッ!


ハルオ「よう日高」

小春「矢口くん…!」

ハルオ「おう」

小春「もう! 危ないでしょ!」

ハルオ「はぁ? ちゃんと曲がり角の向こうから声かけただろ」

小春「ほとんど出会い頭だったじゃない!」

ハルオ「お前の進行方向を読んで先回りしたんだ。ダンジョン突破の経験の応用だな」

小春「まったくもう……轢くところだった!」

ハルオ「でも少しの間、姿を見失っちまったが何やってたんだ?」

小春「それより矢口くん、もしかしてちょっと前にも私を呼んだ?」

ハルオ「ああ。日高がチャリ乗ってるの見かけてな」

小春「どうしてこんな場所にいるの?」

ハルオ「いたら変か? この辺りに最近できたゲーセンの様子を見に来たんだ」

小春「でも、私たちが住んでる近所から少し離れてるし…」

ハルオ「おい日高。お前、この業界が絶えず進化してるのを忘れたわけじゃあるめぇ」

小春「……」

ハルオ「新しい動向を常に気にしてねーと」

小春「……」

ハルオ「今回の新ゲーセンはなかなかグッとくる所だったぜ。日高も今度行ってみっか?」

小春「うん…今度ね。じゃあ私はこれで…」

ハルオ「おっと。待てよ日高」

キキッ


小春「…何?」

ハルオ「お前、今、急いでるか?」

小春「……」

ハルオ「どうした?」

小春「別にそうじゃないけど……」

ハルオ「大体お前こそ、こんな所で何してんだ?」

小春「……見れば」

ハルオ「へ?」

小春「見れば分かるでしょ」

ハルオ「“見れば”?」

小春「……」

ハルオ「おっ、何だそのチャリ? すっげーゴツいな! 女が乗る物とはとても思えねぇ!」

小春(だから見られたくなかったのよ…!)

ハルオ「日高はエプロンしてるし……?」

小春「……」

ハルオ「あ、そうか! 家の手伝いか」

小春「やっと分かった? お酒の配達。これは配達用の自転車なの」

ハルオ「そういえば少し前に見た時は、後ろの荷台に何か乗っけてたな。ビールケースだったのか」

小春「この近くにあるお客さんの家へ、品物を届けに来てたの」

ハルオ「ふーん」

小春「それが終わって今、こうして矢口くんと会ったのよ」

ハルオ「宮尾が前に言ってたぜ」

小春「宮尾君? 何?」

ハルオ「“日高は自分の家の店をほとんど毎日手伝ってるそうだ。偉いな”って」

小春「偉くなんかないよ。うちは手伝いしないと、お小遣いをもらえないシステムなの」

ハルオ「あ、そうなんか」

小春「矢口くんだってバイトしてるでしょ。それと同じだよ」

ハルオ「そういうもんか」

小春「そういうもんだよ」

ハルオ「ま、それはそれとして…」

小春「何?」

ハルオ「乗せてけや、日高」

小春(……)

小春(私、今……)

小春(一瞬で、すごくいろんなこと考えた……)

ハルオ「……」

小春「……」

ハルオ「日高?」

小春「えっ? う、うん……」

ハルオ「店の手伝いが終わって、これから帰るんだろ?」

小春「うん……」

ハルオ「俺も家へ帰るから、行く方角が同じだ。乗せてけや、日高」

小春「……矢口くん」

ハルオ「ああ」

小春「まず…」

ハルオ「まず?」

小春「別にそれは、構わないけど…」

ハルオ「そうか! ありがてぇ。じゃあ…」

小春「ちょっ、何してるの!? 待ってよ!」

ハルオ「どうした?」

小春「つっ…次に!」

ハルオ「次?」

小春「何で矢口くんが後ろに乗ろうとするのよ!!」

ハルオ「あ? だってコレは日高のチャリじゃねーか」

小春「……」

ハルオ「漕ぐのはお前の方が慣れてるに決まってんだろ」

小春(何なの、この人……)

小春(女の子に漕がせて、自分はシレッと後ろに座ってるつもりなの?)

小春(男の子が前に乗って漕いで、女の子は後ろなのが当たり前なのに)

小春(こんなの当然よ。常識よ。法律でそう決めてもいいくらいよ。違反した男は捕まって罰金よ)

ハルオ「違うか? 日高」

小春「駄目。矢口くんが漕いで」

ハルオ「……」

小春「矢口くんが前」

ハルオ「……」

小春「これが、乗せてあげる条件」

ハルオ「……分かったよ」

小春「その次に…」

ハルオ「何なんだよ、さっきから“まず”とか“次に”とか」

小春「……」

ハルオ「どうして黙るんだよ」

小春「それは……」

ハルオ「俺にもっと注文があるなら早く言えや」

小春「それは……こんな自転車でいいの?」

ハルオ「“こんな”? どういう意味だ?」

小春「だって、こんな……」

ハルオ「……」

小春「大きくてゴツゴツしてて、カッコ悪い自転車……」

ハルオ「はぁ? 言ってる意味が分かんねぇ」

小春「……」

ハルオ「自転車は自転車だろ。ただの乗り物じゃねーか」

小春「……」

ハルオ「乗れれば十分だぜ。それ以外に必要なことなんてあるか?」

小春「それはまぁ……そうだけど」

ハルオ「にしても、見れば見るほどゴツいチャリだなコレ」

小春「……」

ハルオ「荷台やスタンドなんてメチャクチャ頑丈そうだ。それに、余分な飾りみてぇな物が全然ねーし」

小春「……実用車っていうんだよ」

ハルオ「“実用”か。まさに働くチャリだな。ある意味カッケーな」

小春「……」

ハルオ「じゃ、降りろ日高。俺が漕いでやっからよ」

小春「うん……」

ハルオ「どれどれ…おっ、このサドルやハンドル、硬ぇけどそれが逆にいい感じじゃねーか」

小春「……」

ハルオ「さすが実用に徹したチャリだぜ。コレに乗れる機会って、実は貴重なのかもしれねぇな」

小春(……)

小春(自転車、二人乗り……)

小春(矢口くんと……)

小春(矢口くんと、二人乗り……)

小春(その、せっかくの機会なのに……)

小春(何で自転車がコレなんだろう……)

小春(何で自転車が、うちの配達用の物なんだろう……)

ハルオ「じゃあ乗れ日高」

小春「うん……」

ハルオ「お前、後ろへどう座る?」

小春「え? 横座りかな…こういうふうに」

ハルオ「あ、駄目だ。逆にしろ」

小春「逆?」

ハルオ「座る向きを逆にしろ」

小春「?」

ハルオ「俺は止まる時に大抵、右足を地面に着くんだ」

小春「あ、そうか。自転車はそっちへ傾くから…」

ハルオ「お前は右側が背中の方へならないようにしろ。危ないからな」

小春(何よ、この人……)

小春(どうしてこんな、意外と優しいのよ……)

小春(紳士ぶっちゃって……)

小春(何よもう……こんな優しくされたら、私…)

ハルオ「ん? おい日高?」

小春「何…?」

ハルオ「お前、何だか急に顔が赤くなった気がするけど、大丈夫か?」

小春「えっ。だ、大丈夫だよ。多分……」

ハルオ「行くぞ。ちゃんとチャリのどっかへ掴まってろよ」

小春「うん」


キ~コ キ~コ


ハルオ「何だオイ、すげぇ音立ててるな」

小春「もう何年も使ってる物だからね……」

ハルオ「大丈夫かコレ?」

小春「多分……」

ハルオ「“多分”ばっかだな」


キ~コ キ~コ


小春(あ~あ……)

小春(もっと可愛い自転車だったら良かったのに……)

小春(せめて、ただの普通の自転車だったら……)

小春(こんな、漕ぐたびに音がするような物じゃなくて……)


キ~コ キ~コ


ハルオ「うーん……ペダルが思ったより固い感じで、重いぜ」

小春「……」

ハルオ「日高」

小春「何?」

ハルオ「やっぱお前が漕いだ方が良かったんじゃねーか?」

小春「今さら何言ってるのよ」

ハルオ「それなら、日高」

小春「何?」

ハルオ「お前、急いでないって言ったよな」

小春「うん」

ハルオ「俺もこれから、特に用事があるわけじゃねぇ」

小春「うん」

ハルオ「ゆっくり行かせてもらうぜ。いいだろ?」

小春「うん。いいよ……」


キ~コ キ~コ


小春(……)

小春(こんな自転車だけど…)

小春(私はこの自転車に感謝しなくちゃ、なのかな……)

小春(矢口くん、ゆっくり行くって言ってる)

小春(こんな自転車だから…)

小春(私たち、ゆっくり行く……)

小春(私たちはその間、ずっと二人乗り)

小春(この自転車だから…)

小春(ゆっくり、ずっと二人乗り……)

小春(私はこの自転車に感謝しなくちゃ、なのかも……)


キ~コ キ~コ


小春(…)チラ

小春(矢口くんの、背中……)

小春(矢口くんの背中が…)

小春(こんな近くに……)

小春(私は…)

小春(ずっとこの背中を見続けてきた気がする)

小春(ゲームをしてる矢口くんの、背中を……)


キ~コ キ~コ


小春(ゲームをしてる矢口くん)

小春(私は、それを後ろで見てるのが好きだった)

小春(自分もいつの間にか、ゲームをするようになったけど…)

小春(矢口くんに負けないくらい、強くなったけど…)

小春(やっぱり私は、後ろで見てるのが好きだった)


キ~コ キ~コ


小春(矢口くんの背中越しに、画面を見てた)

小春(でも同時に、矢口くんの背中を見てた気がする)

小春(この背中を見続けて…)

小春(私もゲームをやり始めて、強くなって…)

小春(そして、矢口くんをどんどん好きになっていった……)

小春(その背中が……)

小春(こんな近くに……)

小春(……)

小春(抱き着いちゃいたい……)

小春(…って、バカ。何考えてるのよ私)

小春(まだ付き合ってないのに…)

小春(そんなことしたら、馴れ馴れしい、いやらしい女って思われるだけじゃない)

小春(ちょっと待って…)

小春(今も私、何考えた?)

小春(“まだ付き合ってない”?)

小春(じゃあいつかは付き合えるってこと?)

小春(どうしてそんなこと言えるの? そんな保証がどこにあるの?)

小春(でも……でも、男女が自転車二人乗りしてるんだし…)

小春(付き合ってないんだから、抱き着くのは少しやり過ぎかもしれないけど…)

小春(体へ手を回すくらいはいいんじゃない?)

小春(だってそうしないと危ないでしょ?)

小春(万が一のときに危ないでしょ? ね?)

小春(ちょっと…私って今、一体誰と会話してるの?)

小春(あぁもう、いろんなこと考え過ぎて頭がおかしくなってる……私のバカ!)


キ~コ キ~コ


小春(でもやっぱり漕ぐ人に掴まってた方が、万が一のときに安心なはず)

小春(うん、どう考えてもそうよ。これは安全のためなの)

小春(決していやらしい意味なんかじゃないんだから)

小春(ちゃんとした理由があるのよ)

小春(だから、体に手を回すくらいならいいはず)

小春(でも、いきなりそんなことしたら…)

小春(矢口くんがびっくりしちゃうから…)

小春(そーっと……)スッ

ハルオ「ン゛ッ」


キキーッ!


小春「きゃっ、危ない!」

ハルオ「……」

小春「何よ矢口くん!」

ハルオ「……」

小春「急に止まったら危ないよ!!」

ハルオ「危ねーのはテメェだ! 日高!」

小春「え…?」

ハルオ「うぅ……」

小春「……」

ハルオ「まだ感触が少し残ってるぜ……」

小春「何? どうしたの?」

ハルオ「まったく……いきなり人の体に触るんじゃねーよ」

小春「……」

ハルオ「俺って腰、弱いんだよ」

小春「腰? 弱い?」

ハルオ「そうだよ。だから…」

小春「腰って……ここ?」ツン

ハルオ「アヒィ」

小春「あ、変な声出た」

ハルオ「やめなさいよ! マジで…」

小春「…」ツン

ハルオ「ウヒィ」

小春「…」ツンツン

ハルオ「アヒィ ウヒィ」

小春「わぁ…面白ーい! 触ったのと同じ回数、変な声が出る!」

ハルオ「いい加減にしろ!! 人の体で遊びくさって!!」

小春「だって、漕ぐ人の体に掴まってた方が安全かな、って…」

ハルオ「チャリに掴まってればいいだろーが。掴まるのが人かチャリかで大した違いがあるかよ」

小春「……」

ハルオ「とにかく腰はやめてくれよな、腰は」

小春「……」

ハルオ「じゃあ再スタートだ。行くぜ」


キ~コ キ~コ


小春(あ~あ……)

小春(残念……)

小春(せっかく、矢口くんの体に手を回せる機会だったのに……)

小春(もし、そうできたら…)

小春(矢口くんへ思いっ切り自分の体をぴったりさせて…)

小春(顔を、背中へ押し付けちゃおうと思ってたのに……)


キ~コ キ~コ


ハルオ「おっ……周りがだんだん見慣れた風景になってきたな」

小春「……」

ハルオ「俺たちの住む近所が近いぜ、日高」

小春(……)

小春(二人乗りが…)

小春(もうすぐ、終わっちゃう……)


キ~コ キ~コ


ハルオ「なぁ日高」

小春「うん」

ハルオ「お前、いいのか?」

小春「何が?」

ハルオ「俺たちこのまま、二人乗りしてて」

小春「……」

ハルオ「近所の誰かに見られるかもしれねぇぜ?」

小春「……そんなの」

ハルオ「……」

小春「そんなの別に、私は全然気にしないけど……」

ハルオ「俺みたいなアホと二人乗りしてるのを、誰かに見られるかもしれねぇぜ?」

小春「だから、そんなの別に……じゃ、じゃあ逆に、矢口くんはどうなの…?」

ハルオ「俺?」

小春「わ、私みたいな女の子と、二人乗りで…」

ハルオ「……」

小春「矢口くんはどうなの…?」

ハルオ「……」

小春「それに…」

ハルオ「それに?」

小春「お、重かったんじゃないの? 私……」

ハルオ「……」

小春「それなのに一生懸命、漕いでくれて……」

ハルオ「へー」

小春「何…?」

ハルオ「お前は、一応気を使ったりするんだな」

小春「…!」ピク

ハルオ「大丈夫だ」

小春「……」

ハルオ「重くなんかねぇぜ」

小春「……」

ハルオ「俺がさっき“重い”って言ったこと気にしてんのか? もしそうなら悪かったな」

小春「……」

ハルオ「重いのはお前じゃねぇ。このチャリのペダルが固くて重いんだ。お前じゃねぇ」


キ~コ キ~コ


小春「矢口くん」

ハルオ「ああ」

小春「さっき“お前は一応気を使ったりするんだな”って言ったけど…」

ハルオ「ああ。それが何だ?」

小春「お前“は”って、どういうこと?」

ハルオ「ん?」

小春「気を使わなかった人がいたってこと? 前に誰か、別の人がいたってこと?」

ハルオ「うっ……」


キ~コ キ~コ


小春「気を使って“私って重くない?”って訊いたりしない…」

ハルオ「……」

小春「そういう別の人が、前にいたってこと?」

ハルオ「な、何だよいきなり……」


キ~コ キ~コ


小春「矢口くん。前に、誰かと二人乗りしたことあるの?」

ハルオ「……」

小春「自転車の二人乗り。したことあるの?」

ハルオ「そ、それは……」

小春「……」

ハルオ「…………………………あるに決まってんだろ」

小春「どうして答えるまでそんなに時間が掛かるの?」

ハルオ「つ、つまんねーこと気にすんなよ……」

小春「誰と二人乗りしたの?」

ハルオ「小学校とかガキの頃の、ダチだよ……」

小春「男の子?」

ハルオ「当たり前だろ……ツルんで遊びに行く時に……」

小春「じゃあ女の子は?」

ハルオ「……」


キ~コ キ~コ


小春「矢口くん?」

ハルオ「急にどうしたんだよ、日高……]

小春「私は別にどうもしないけど?」

ハルオ「……」

小春「答えて、矢口くん」

ハルオ「お前、何だかいつもと雰囲気違うぞ……」

小春「いいから答えて」

ハルオ「……」

小春「矢口くん?」

ハルオ「……」


キ~コ キ~コ


小春(まただ……)

小春(また静かになっちゃった)

小春(普段はあんなにお喋りなくせに…)

小春(何だか歯切れが悪くなって、話をそらそうとしたりして…)

小春(また静かになっちゃった)

小春(あの人のことになると、いつもそう)

小春(大野さん……)

小春(大野さんのことになると、いつもこんなふうに静かになっちゃう)

小春(だから…)

小春(二人乗りした相手、大野さんに決まってる)


キ~コ キ~コ


小春(いつ大野さんと、自転車二人乗りしたんだろ)

小春(二人乗りして、どこへ行ったんだろ)

小春(そこで、二人で何したんだろ)

小春(……)

小春(……ムカつく)

小春(何でこんなムカつく男を、好きになっちゃったんだろう……)

小春(何でこんなムカつく男を、大好きなんだろう……)

小春(こんなに、大好きなのに…)

小春(こんなに、背中が近くにあるのに…)

小春(何で、どうにもならないんだろう……)

小春(ムカつく……)

小春(ムカつくから…)

小春(もう一回、この腰へ触っちゃえ!)

小春(ていうかもう、つねっちゃえ!!)ギュッ

ハルオ「アヒィー!」

――日高商店前


小春「お店の所まで来てもらっちゃって、ごめんね」

ハルオ「いいってことよ」

小春「矢口くんに送ってもらうみたいになっちゃった」

ハルオ「気にすんなって。こっちはチャリに乗せてもらったんだしな」

小春「何だか楽しかった。矢口くんの意外な弱点も分かったし♪」

ハルオ「テメェ……もうあんなこと二度とすんじゃねーぞ」

小春「エヘヘ、冗談だよ」

ハルオ「じゃあな日高」

小春「今日はありがとう、矢口くん」

ハルオ「俺もありがとな、日高」

小春「じゃあね。気をつけて」

ハルオ「ああ」

小春(……)

小春(矢口くんと……)

小春(矢口くんと、自転車二人乗り……)

小春(その時に、自転車がコレ……)

小春(自転車が、うちの配達用の物……)

小春(でも、コレで良かった)

小春(この自転車だったから、私たち、ゆっくり二人乗りできた)

小春(大野さんのことはちょっと引っかかるけど…)

小春(私だって今日、矢口くんと二人乗りできた)

小春(だからこれで、おあいこ)

小春(大野さんとおあいこ)

小春(私はこの自転車を、もっと大事にしてあげなくちゃいけないのかも)

小春(お父さんへ頼りっ切りにしないで…)

小春(私がコレを大事にして、手入れしてあげなくちゃ)

小春(だって、これからも配達で乗ることになるんだから)

小春(お父さん任せにしないで…)

小春(私がこの自転車を大切にしてあげるんだ)

小春(これからもよろしくね、配達用の自転車)

小春(そして、矢口くんと二人乗りさせてくれた自転車)



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