竜「ゲンマイ、サバミソ、タクアン、クイタイ」 (10)





1943年、横須賀。

男の手に抱かれた大きな卵はピキピキと音を立て、殻を破りはじめた。


裂け目より現れたそれは、つぶらな瞳に蛇のような細長い身体……。

そして、二対の前足にコウモリのような小さな翼をもった、紛れもない『竜の子』そのものであった。


この日、蒸しかえるような工廠の一角で、ひとつの新たな命が誕生したのだ。






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男「……!」

竜「……」


車椅子に腰掛ける男は息をのみながら、竜の子の頭についた殻をおそるおそる取り除く。

すると、竜の子はぼやける視界の中……まぶたをパチパチとさせながら、男の顔をじっと見上げた。


竜「きぃ」

男「ほ……」

男「本物かよぉ……」






技術士官「ははは、驚かれるのも無理はありません」

技術士官「かくいう私も、竜種がこうして生まれてくる瞬間を目にするのは、初めてのことですから」

男「あ、あぁ……だって、まさかこんな……」


竜「きぃ、きぃ」

男「いだだ、噛むな噛むなっ」

技術士官「おめでとうございます、大尉」

技術士官「この子は、大尉のことを自分の親だと認識したようです」

男「あ、あー……」

男「この感じって、やっぱりそういう……」


竜「きゅー」

男「あだだだっ、だから生えそろってない歯で噛むなって!」






技術士官「それでは、私はこれで」

竜「?」

男「ま、待てっ」

男「この状況で俺一人をほっていかれても困るのだがっ」

技術士官「この後のことは、先ほどお話した通りですよ」


技術士官「あなたが開戦以前まで生家で営まれてきた、伝書鳩の育成経験……」

技術士官「そして、重慶での戦いから先月のミッドウェーに至るまでの空戦経験」

技術士官「これらの経験を生かし、このリントブルムの子――」

秘術士官「略符号J6Yを本国ドイツに倣い、実用段階にまで育て上げてください」

男「……いや、実用段階にって……あのさ」


竜「きー」

男「……コレと伝書鳩を一緒にされると、流石の俺も困るというか、その……」

男「ってお、おい!行っちまった!」






男「勘弁してくれよ……まったく」

男「こんなの、俺一人でどうしろっての……」


竜「きゅー」

男「……ま、しゃーないか」

男「こんな“足”じゃ、軍にいて他にできることなんて……たかが知れてるしな」


男はもう動くことのない自身の両太腿と、その上に乗っかる竜の子の姿を見下ろしながら、大きなため息をついた。


竜「?」

男(さっきのあいつ、竜の子は成長が早くて頭も賢いんだとか抜かしていたな)

男「……」


男「おい、馬鹿のチビ助」

竜「ガブ」

男「いででで!本当に言葉が通じるらしいいだだだ!」






男「はぁ、はぁ……」

竜「フン」

男「酷い目にあった……」


男(だが、言葉が通じるんなら……鳩を育てるより、遥かに楽かもしれんな)

男(やってやれんこともないだろう)


男「はは……さっきは、変な呼び方してすまなかったな」

竜「きー」






男「いいか、今日から俺とお前は運命共同体だ……」

男「いつかは俺に代わって、お前にこの国の空を守ってもらうことになるだろう」

竜「?」

男「はは、何を言ってるかわからねーって顔だな」

竜「きゅう」

男「……イヤ、今はそれでいい」

男「生まれたばかりのお前に話すには、今の状況はあまりに複雑で深刻なんだ」



男「ま……お手柔らかに頼むよ」

竜「……」







男が差し出した手を、竜の子が真っ直ぐな目で見ている。

そして、手に自らの頬を摺り寄せてきた竜の子を、男が包み込むように撫ぜる。


それは、うだるような夏のひと時のこと。

彼らの出会いは、こうして果たされた。


……
…………
………………


仕事に行きますので、一旦ここで切ります

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