男「あー、イケメンになりてー」 高校生女「……」 part2 (92)

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東応大学構内……

テクテク、テクテク

男「ふああっー」

医学部女(チラリ)「あら、男くん、随分お疲れの様ね」

男「ああ、ここ最近、研究所の仕事が忙しくてな」

医学部女「幼女ちゃんは元気にしてる?」

男「元気だよ」

男「世界中を飛び回っていてほとんど研究所にいないけどな」

男「ほんと、幼女先生には頭が下がるよ」


医学部女「ふーん、さすがね」

医学部女「でもあんまり根を詰めてもいい研究はできないわよ」

医学部女「もう少ししたら大学も休みになるし」

医学部女「女さんと一緒にどこか旅行にでも行って気分転換してみたら?」

男「んー、そうだなあ」


スタスタ、ピタ

男「んっ?」

ボブヘアーの女「よう、男」

男「ん、ああ、よう、ボブ女」

ボブ女「男、今日の講義は終わりか?」

男「あ、ああ、終わりだけど」

ボブ女「そうか」

ボブ女「ならばちょっと来い」

グイッ


男「お、おい、何だよいきなり」

ボブ女「いいから来い」

男「おい、ちょっと待てって」

ボブ女「……」

男「医学部女、お前も何とか言ってくれよ」

医学部女「あら、男くんはもてるわねえ」

男「おい……」

ボブ女「さあ、歩け、男」

グイッ、グイッ

医学部女「ふふっ」

医学部女「いってらっしゃい、男くん」


都内某所……

テクテク、テクテク

男「……」

ボブ女「……」

男「おい、一体どこにいくつもりだよ」

男「すげー高級住宅街じゃねえか」

ボブ女「……」

男「おい……」


ボブ女「わたしの家だ」

男「……えっ、……何で?」

ボブ女「お前にはある人物に会ってもらいたい」

男「……誰?」

ボブ女「わたしの弟だ」

男「……何で?」

ボブ女「お前には弟の家庭教師をやってもらいたい」

男「家庭教師?」


男「俺は家庭教師なんてやるつもりはねーぞ」

男「わりーけど帰るからな」

スタッ、ザッ

ボブ女(ジッ)「……」

男「……おい、どけよ」

ボブ女「……」

男「……」


ボブ女「報酬は何が欲しい?」

男「報酬なんていらねーよ」

男「とにかく俺は今忙しくて時間がないから」

男「じゃあな」

スタッ、ザッ

ボブ女「……」

男「……おい」


ボブ女「お前をこのまま帰すわけにはいかない」

ボブ女「お前には弟の家庭教師をやってもらわなければならない」

男「なんで?」

男「少なくとも俺でなければならない理由はないだろう」

男「家庭教師をやっている連中なんてごまんといるわけだし」

ボブ女「他の奴らではだめだ」

ボブ女「わたしの弟は頭がいいのでな」


男「ならそもそも家庭教師なんていらねえじゃねーか」

ボブ女「わたしの弟は頭はいい」

ボブ女「しかし勉強をしないのだ」

ボブ女「もうすぐ中学受験も控えているというのに」

男「だったら家庭教師よりも生活指導をしてくれる先生を探せよ」

ボブ女「だめだ」


ボブ女「わたしの弟は誰のいうことも聞こうとはしない」

ボブ女「自分が誰よりも頭がいいと思っているからな」

ボブ女「だからお前でなければならないんだ」

ボブ女「お前は私が今まで出会った人間の中で一番頭がいいからな」

男「……はあ、そうかい」


男「ボブ女、お前の話から察するに」

男「その弟くんはただ単に反抗期なだけだと思うぞ」

男「俺だって勉強をちゃんと始めたのは高校3年からだし」

男「弟くんはまだ小学生だろ?」

男「受験、受験ってばっか言われても息苦しくなっちゃうぜ?」

男「もう少し長い目で見てやれよ」


ボブ女「……そうか」

男「うん、そうだ」

男「じゃあ、そういうことで……」

ボブ女「待て、とにかく一度わたしの弟と会え」

ボブ女「もう家はすぐそこだ」

ボブ女「嫌とは言わせない」

男「ボブ女、お前も強情な奴だな」

ボブ女「……」

男「へいへい、わかりやしたよ」


ボブ女の家……

コンコン

ボブ女「入るぞ、弟」

カチャン

ボブ女「弟、新しい家庭教師を連れて来たぞ」

男「こんちわ」

弟(チラリッ)「……」

弟(プイッ)「……」

男「……」


ボブ女「弟、この男はわたしの同級生だ」

ボブ女「しかし、こいつはすごく頭がいい」

ボブ女「なんせ……」

弟「知ってるよ」

弟「春にできた学術センターのセンター長やってる人でしょ?」

ボブ女「そうだ、よく知っているな」

弟(チラリッ)「あんたが書いたっていう論文も読んだことあるよ」

男「えっ……」


ボブ女「ほう、そうか」

ボブ女「何のことを言っているのかさっぱりわからなかっただろう?」

ボブ女「しかしちゃんと勉強をすれば分かるようになるのだぞ」

弟「理論の組み立てが甘い」

男「はい?」

弟「よくあんな論文で上官の人は許してくれたね」

弟「もし僕が上官だったらあんな論文即突っぱねると思うけどなあ」


ボブ女「弟、お前は論文の中身もわからないだろう」

弟「細かい話は分かんないよ」

弟(ニヤリ)「僕は勉強ができないしね」

弟「でも感覚的に感じ取ることはできるよ」

弟「それがいいものなのか悪いもののなのかを」

弟「あんたの書いた論文は粗悪なただのジャンクだね」


ボブ女「弟、お前は何も分かっていないだけだ」

ボブ女「素直にこの男に教えを乞うてみろ」

ボブ女「お前の知らない世界をきっと教えてくれるぞ」

弟「無理だよ」

弟「僕がその人から学ぶことなんて何一つないよ」

ボブ女「なぜそう言い切れる」

弟「僕の長年の経験からさ」


ボブ女「お前はまだわたし達の半分しか生きていないだろう」

弟「でも分かるんだよ」

ボブ女「お前はそうやって逃げているだけではないか?」

弟「逃げている? 誰が?」

ボブ女「お前だ」

弟「……ねーちゃん、もう出て行ってくれよ」

弟「誰が何と言おうと僕は家庭教師なんかいらないから」


ボブ女「だめだ」

弟「もう、しつこいな」

弟「出てけよ」

ボブ女「だめだ」

ボブ女「お前が、この男に教えを乞うと約束しない限りこの部屋からは出て行かない」

弟「……本当にしつこいな」

ボブ女「……」

弟「……」


ボブ女「……」

弟(チラリ)「……」

弟(ニヤリ)「いいよ、その人を家庭教師にしても」

ボブ女「本当か、じゃあ話は決まりだな」

弟「ただし、条件がある」

ボブ女「何だ?」

弟「その人が僕に碁で勝つことができたらいいよ」

男「碁?」


ボブ女「男、お前は碁をやったことはあるか?」

男「いや、ないけど……」

弟「負けたら当然家庭教師の話はなし」

弟「それと今後一切僕のことには干渉しないと約束してもらうよ」

ボブ女「どうだ? やれるか?」

男「いや、やれるかと言われても……」


弟「あんた、碁はやったことないみたいだね」

弟「じゃあ、仕方がないから1週間時間あげるよ」

弟「その間にせいぜい勉強してくるんだね」

男「ははっ、ちなみに弟君はどの位の腕なのかな?」

弟「この前、名人の人とやったよ」

男「名人って……?」

弟「囲碁のプロのタイトルホルダーだよ」


弟「4子のハンデでやったんだけどね」

弟「僕の圧勝だったな」

男「ははっ、その歳でプロと打って勝つなんてすごいなあ」

男「その名人の人もうかうかしていられないと思ったんじゃないかなあ」

弟(ジロッ)「あんた、何か勘違いしてない?」

男「えっ、何が?」

弟「僕がハンデをあげたんだよ、名人に」

男「えっ……」


ボブ女(チラリ)「……」

ボブ女「男、どうだ?」

ボブ女「1週間あれば弟に勝てるか?」

男「無理」

ボブ女「そう言うな、何とかしろ」

男「無理なものは無理だって」


男「はっきり言うがお前の弟は天才だって」

男「勉強なんか無理にやらせなくても十分将来有望だろ」

ボブ女「だめだ」

男「何で?」

ボブ女「こういう自信家は一度痛い目にあっておかなければダメなんだ」

ボブ女「お前がわたしの弟の将来を本気で考えてくれるなら」

ボブ女「1週間後の勝負では必ず勝ってくれ」

男「本気って言われても……」


弟「話しは済んだ?」

弟「もう出て行ってよ」

ボブ女「分かった」

ボブ女「勝負は1週間後だ」

ボブ女「その代り約束は必ず守ってもらう」

ボブ女「男がお前に勝ったらちゃんと受験勉強をするんだぞ」

弟(ニヤリ)「ああ、いいよ」

弟(ニヤニヤ)「勝つことができたらね」


帰り道……

スタスタ、スタスタ

男「お前も本当に無理を言ってくれるな」

男「どうやっても俺に勝ち目はないだろう」

ボブ女「わたしはお前を信じている」

ボブ女「必ず弟に勝利してくれるとな」

男「信じるのはお前の勝手だけどよ」

男「もう少し現実を見ろよ」

ボブ女「……」


ボブ女「わたしも碁は少しだがたしなんでいる」

ボブ女「お前が望むなら泊まり込みでも教えてやる」

男「……いや、それは結構」

ボブ女「……」

ガサガサ、ガサガサ

ボブ女「これは碁の入門書と基本的な詰碁の本だ」

男「……へい」

ボブ女「お前しかいないんだ」

ボブ女「頼んだぞ、男」

男「……へい」


翌日……

グッタリ

医学部女「あら、男くん、昨日より更にお疲れのようね」

男「あんまり寝てないからな」

医学部女「ふーん」

医学部女「ところで、昨日ボブ女さんとはどこに行ったの?」

男「家に連れて行かれたよ」

男「弟の家庭教師をしてくれって」

医学部女「へえ」


男「お前が代わりにやってくれよ」

医学部女「うーん、家庭教師くらいなら別にやってもいいけど」

医学部女「ボブ女さんはあなたじゃないとできないお願いだから」

医学部女「あなたに頼んだんじゃないの?」

男「いや……」


スタスタ、ザッ

ボブ女「男、どうだ?」

医学部女「あら、ボブ女さん、こんにちは」

ボブ女「ああ」

ボブ女「男、顔を上げろ」

ボブ女「どうだ、昨日の本は読んだか?」

男「……いや、まだ」

ボブ女「なぜだ?」

男「研究所の仕事が忙しくてな」


男「昨日もほぼ徹夜で研究レポートをまとめてたし」

ボブ女「……」

ボブ女「仕方がないな」

ボブ女「今日からわたしはお前の所に泊まり込む」

医学部女「あらっ」

男「おい、勝手に話を進めるな」


男「大体俺は研究室に泊まり込んでるんだし」

ボブ女「ならばわたしもお前の研究室に泊まる」

男「いや、無理だし」

男「部外者は立ち入り禁止だし」

ボブ女「お前はセンター長だろう?」

ボブ女「そのくらい、何とかしろ」

男「何とかしろって言ったって……」


医学部女「まあまあ、二人とも」

医学部女「じゃあ、こういうのはどうかしら」

医学部女「取りあえず男くんには仕事が一区切り着くまで頑張ってもらって」

医学部女「その後ボブ女さんのお願いを聞いてあげるっていうことで」

男「……」


ボブ女「男、お前の仕事はどの位で一段落つくのだ?」

男「あと1週間くらい」

ボブ女「あと3日で片付けろ」

ボブ女「その後は合宿をするぞ」

男「んな、無茶苦茶な……」

男「大体合宿なんてどこでする気だよ」

医学部女「わたしの部屋を提供するわ」

医学部女「わたしは一人暮らしだし、気兼ねしないでしょ?」


ボブ女「いいのか、医学部女」

医学部女「ええ、お気になさらず」

医学部女「ところで何の勉強をするのかしら?」

ボブ女「碁だ」

医学部女「碁……」

ボブ女「男には碁でわたしの弟に勝って」

ボブ女「わたしの弟の家庭教師になってもらう約束になっている」

医学部女「ふーん」


男「俺は約束なんかしてねーぞ」

医学部女「あら、ボブ女さんがこんなに一生懸命お願いしているのに」

医学部女「男くんともあろう人が引き受けてあげないわけ?」

男「……」

医学部女「じゃあ、こうしましょう」

医学部女「男くんが弟さんに勝ったあかつきには」

医学部女「ご褒美としてボブ女さんにほっぺにキスをしてもらうっていうことで」

男「え゛っ……」


ボブ女(チラリ)「……」

ボブ女「そのくらいならしてやるぞ」

男「いや、そんなのいらねーし」

医学部女「じゃあ、どうすれば引き受けるの?」

男「……」

ボブ女(ジッ)「……」


男「……」

男「……分かったよ、引き受ければいいんだろ」

医学部女「さすが男くん、頼りになるわね」

ボブ女「ありがとう、男」

ボブ女「だが、やるからには必ず弟に勝利してくれ」

男「……へい」


3日後、医学部女のマンション……

フラフラ、フラフラ

ボブ女「大丈夫か、男?」

ボブ女「足元がおぼつかないぞ」

男「1週間分の仕事を何とか3日で仕上げたからな」

男「もう体力の限界だよ」

ボブ女「そうか、無理をさせているな」

男「……」


ボブ女「しかし今日からの3日間は寝る暇もないと覚悟しておけ」

男「お前、絶対俺に同情してないだろ」

ボブ女「同情して欲しいのか?」

男「いや、もういいっす……」

ボブ女「そうか」


ピンポーン、カチャ

医学部女「いらっしゃい、どうぞ」

男「おじゃましやっすっと」

ボブ女「失礼」

スタスタ、スタスタ

男「おい、おい」

男「お前のマンションは一体何部屋あるんだよ」


医学部女「寝室は4部屋あるわ」

医学部女「ちょうど4人だから一人一部屋ね」

男「……ん? 4人?」

ガチャ

女「やっほー、男」

男「お前……なんでここにいるんだよ」

医学部女「あら、女さんはわたしの一番の親友よ」

医学部女「あなたは初めてかもしれないけど」

医学部女「女さんはもう何度もここに来たことがあるしね」

男「そうなのか?」

女「あはっ、まーねー」


スタスタ

女「はじめまして、女と言います」

ボブ女「ああ、はじめまして」

医学部女「女さんは男くんの彼女だから」

ボブ女「そうなのか」

ボブ女(ジッ)「……」

ボブ女「男にはもったいない位の美しさだな」

男「……おい」


ボブ女「ところで、碁盤はどこにある?」

医学部女「こっちの部屋よ」

スタスタ、ビリビリ

ボブ女「うむ」

男「宅急便で送ったのか?」

ボブ女「ああ、そうだ」

男「ん、なぜ2つも?」

医学部女「折角だからわたしと女さんも一緒に教えてもらおうと思ってね」

男「……へい、そうですかい」


ボブ女「男、1時間やるからこの前渡した本を今からすべて読め」

ボブ女「お前ならわたしに教えられるよりその方が早いだろう」

男「……へい、分かりやしたよ」


1時間後……

ボブ女「どうだ、読み終わったか?」

男「ああ、大体な」

ボブ女「よし、ならば早速対局しよう」

男「おい、いきなりかよ」

ボブ女「ああ」

ボブ女「お前が黒を持て」

ボブ女「長考はなしだ」

ボブ女「それでは行くぞ」


20分後……

ボブ女「ここまでだな」

ボブ女「わたしの負けだ」

ボブ女「序盤はわたしが優勢だったが」

ボブ女「中盤に複雑な戦いが始まってからは形勢は不明になった」

ボブ女「しかし、きわどい攻め合いもお前は正確に読み切っていたようだな」

ボブ女「さすがだ、男」

男「ああ、あんがとよ」


ガサガサ、ガサガサ

ボブ女「男、次はこの本の内容をすべて頭に叩き込め」

ドンッ

男「……なんか、辞典みたいな分厚さの本だな」

男「しかも何冊あるんだよ」

ボブ女「布石、定石、手筋のすべてがこれで分かる」

ボブ女「1日時間をやるからすべて覚えろ」

男「またそんな無理難題を……」

ボブ女「男、お前なら大丈夫だ」

男「へい、分かりやしたよ」


その日の夜……

シーン

男「……」

ガチャ

女「やっほー、やってるね」

男「ああ、お前か」

男「お前も暇人だな」

女「あはっ、まーねー」


スタスタ

男「医学部女たちは寝たのか?」

女「うん」

男「まったく、薄情なやつらだ」

女「あはっ」

スッ、パラパラ

女「……」

男「……」


男(チラリ)「……」

男「お前、碁なんて分かるのか?」

女「分かんないよ」

女「でも今日、ボブ女さんに教えてもらったからルールだけは何となく分かったかな」

女「あと、ボブ女さん、男に無理させてごめんねって」

女「さっきわたしに謝ってくれたよ」

男「……あいつがそう言うのは口だけさ」

女「あはっ」

女「そんなことないと思うけどなー」


男「……」

女「……」

男「お前も寝ていいんだぞ」

女(チラリッ)「……」

男「俺ももう少ししたら寝るからさ」

女「あっそう」

女「うーん、もう少し起きてるよ」

女「暇だしね」

男「あっそうですかい」

男「ではお好きにどうぞっと」


翌日……

ボブ女「どうだ、男、すべて覚えたか?」

男「お前、俺をコンピュータか何かと勘違いしていないか?」

ボブ女「そんなことはない」

ボブ女「お前は人間だ」

ボブ女「で、覚えたのか?」

男「お前、俺の話全然聞いてないだろ……」

ボブ女「どうなんだ?」

男「……まあ、一応、大体は」

ボブ女「そうか」(チラリッ)

ボブ女「そろそろか……」

男「何が?」


ピンポーン

医学部女「あら、どなたかしら?」

ボブ女「私が呼んだ客人だ」

ボブ女「男を鍛えてもらうためにな」

ボブ女「部屋の中に入れてもいいか?」

医学部女「ええ、もちろん」

男「……誰?」

ボブ女「2年前まで囲碁界の頂点にいた人物だ」


ボブ女「現在は一線を退いて隠居生活を送っている」

男「それってめちゃくちゃ重鎮なんじゃねーか?」

ボブ女「そんなことはない」

ボブ女「くだけた性格の持ち主だ」

ボブ女「何も固くなることはない」

ボブ女「では連れてくる」


スタスタ、スタスタ

医学部女「どう? 男くん」

医学部女「すごく強い方のようだけど」

医学部女「何とかなるっていう手ごたえはあるのかしら?」

男「さあな、俺が知るかよ」

ガチャン、テクテク

……「失礼するっていう」

男「……!」


ボブ女「紹介する」

ボブ女「こちらが元7冠棋士のニート氏だ」

男「……てめえ、久しぶりだな」

男「また変な所から出てきやがって」

ニート「誰かと思えば男、お前だったかっていう」

ニート「女、医学部女も久しぶりだなっていう」

女「あはっ、久しぶり」

医学部女「ふふっ、相変わらずね」


ボブ女「何だ、お前たちはみな知り合いだったのか」

ボブ女「ならば話は早い」

ボブ女「ニート氏、早速だが男と打ってやってくれ」

ニート「承知したっていう」

スタッ

ニート「男、顔見知りだからって手加減はしないっていう」

ニート(ニヤリ)「幾多の敗北、覚悟しておけっていう」

男「くっ、そう簡単にはやられねーぜ」


10分後……

男「……ありません」

ボブ女「ふむ、やはりニート氏の強さは段違いだな」

ニート「男、お前の打つ手はセオリーに忠実過ぎるっていう」

ニート「もっと深い読みあいで勝負を仕掛けないと俺には勝てないっていう」

男「んなこと言われたって仕方ねえだろ」

男「俺はまだ実戦は2戦目なんだしな」


ニート「泣き言を言っている暇はないっていう」

ニート「お前、ボブ女の弟に勝つつもりなんだろうっていう」

ニート「今のままでは天地がひっくり返っても勝てないっていう」

男「お前、ボブ女の弟のこと知ってるのかよ」

ニート「奴は俺の教え子だっていう」

男「おい……そうなのか、ボブ女?」

ボブ女「ああ、そうだ」

男「そうか……」


男「おい、ニート、お前はとんでもない天才を育てちまったぜ」

男「ボブ女の弟は名人に4子置かせて圧勝しちまうんだぜ」

ニート「それがどうかしたのかっていう」

男「えっ……だから4子を置かせて名人に……」

ニート「まだまだ俺の足元にも及ばないなっていう」

ニート「俺なら18子置かせても余裕で名人に勝てるっていう」

男「……おい」


ボブ女「ふむ、ニート氏が引退直前に打った碁を思い出すな」

ボブ女「非公式の対局だったが」

ボブ女「今の名人に18子置かせて打たれた碁だった」

ボブ女「あれはすさまじい碁だった」

ボブ女「ニート氏の読みの速さに今の名人はまったくついていけてなかった」

ボブ女「途中何度かニート氏が2手連続で打っていた様な気もしたが」

ボブ女「あれは気のせいだろう」

ニート「その通りだっていう」

ニート「気のせいだっていう」


男「てめー……さてはズルしたな」

ニート「ズルなんかしていないっていう」

ニート「俺が放つ高速の一手に奴がついてこれなかっただけだっていう」

ニート「そんなことより男」

ニート「おしゃべりで時間をつぶしている暇はないっていう」

ニート「とっとと次の対局を始めるっていう」

男「くっ、てめーだけには絶対に勝つ」


3日後……

スタスタ、ピタ

ボブ女「男、準備はいいか?」

男「ああ」

ボブ女「そうか、ではいくぞ」

ガチャ、スタスタ

弟(チラリ)「……」

ボブ女「待たせたな、始めよう」

弟「待って」


ガチャ、スタスタ

男「……?」

ボブ女「……!」

弟(ニヤリ)「……」

ピタ

……「どうも、こんにちは」

ボブ女「あなたは名人」

ボブ女「なぜここにいる?」


弟「僕が呼んだんだよ」

弟「僕の対局が見たいってずっと言ってたからさ」

弟「丁度いいだろ?」

弟(ニヤリ)「日本一の頭脳の持ち主が相手なんだからさ」

ボブ女「……分かった」

名人「では、わたしが立会人を務めさせてもらうよ」

ボブ女「男、座れ」

男「はいよ」


スタッ

名人「両者とも準備はよろしいかな?」

男「はい」

弟(ニヤリ)「いつでも」

名人「うむ」

名人「本局はコミは6目半、持ち時間はなしで1手20秒以内で打つこととする」

名人「では、にぎりを」


ジャラ

弟「僕が白番だね」

名人「男くんが黒番、弟君が白番だ」

弟(ニヤリ)「考えすぎて時間切れにならないようにせいぜい気をつけなね」

男「……」

ボブ女「弟、口を慎め」

弟「……ふん、はいはい」

名人「では、対局を開始する」

男「よろしくお願いします」

弟「……よろしくお願いします」

男「……」


パチッ

名人(……何だと……初手が6の6?)

名人(……自信があっての手なのか?)

名人(……いや、弟くんを動揺させるための陽動作戦に過ぎないか……)

弟(チラリ)「……」

弟(……ふん)

弟(……こんなんで僕が動揺するとでも思っているのか?)

弟(……あんたの薄っぺらい作戦なんて)

弟(……木端微塵に砕いてやるよ)


スッ、バチッ

男(パチッ)「……」

弟(バチッ)「……」

男(パチッ)「……」

弟(バチッ)「……」

男(パチッ)「……」

弟(バチッ)「……」

名人(……すごい)


名人(……過去に打たれたことはまずないであろう碁形なのに)

名人(……この二人の流麗なうち筋はどうだ)

名人(……まるで既に定石として確立されている手順を辿っているかのように)

名人(……二人の打つ手には一分の隙もない)

名人(……そして何よりも)

名人(……打たれる一手一手に)

名人(……お互いの深い読みが交錯していて……)

男「……」

パチッ


弟「……!」

名人(……何だと!)

名人(……ここで切って来た)

名人(……こんな手が成立するとでも?)

弟(チラリ)「……」

弟(……ふん)

弟(……あんたの狙いなんて見え見えさ)

弟(……反撃してやるよ)

弟(……これでも喰らいな)

バチッ


男「……」

名人(……なに!?)

名人(……今の弟君が打った手……)

名人(……一見悪手に見えるが)

名人(……)


名人(……そうか、男くんにかけつぎで守らせた後)

名人(……弟君はのぞきを決めてから黒のケイマにつけこして)

名人(……黒石を分断して戦いを仕掛ける積りなのだな)

名人(……周囲は白が厚い)

名人(……一たび戦いが始まれば黒の苦戦は必至……)

男「……」

パチッ


弟「……!」

名人(……ここでツケ!?)

名人(……それでうまくいくのか?)

名人(……それとも苦し紛れの一手?)

弟(ニヤリ)「……」

弟(……完全に僕の読み筋だ)

弟(……その手は悪手だよ)

弟(……一気に勝負を決めてやる)

バチッ


男「……」

パチッ

弟「……!?」

弟(……ここで手を戻しただと?)

弟(……生きは一旦放棄したということか?)

弟(……)

弟(……劫の味を残されたまま地合いで先行された)

弟(……くそっ)

バチッ


男(パチッ)「……」

弟(バチッ)「……」

男(パチッ)「……」

弟(バチッ)「……」

名人(チラリ)(……)

名人(……この男くんは一体何者だ?)

名人(……聞くところでは碁は全くの初心者だったはず)

名人(……少なくとも1週間前までは)


男(パチッ)「……」

弟(バチッ)「……」

男(パチッ)「……」

弟(バチッ)「……」

名人(……しかし、彼の打つ碁を見ていると)

名人(……すべての手に非の打ちどころがない)

名人(……読みの深さ、早さ、そして大局観のすべてにおいて)

名人(……あの弟くんを完全に凌駕している)

名人(……それに何だろうこの感じは?)

名人(……男くんを包み込んでいるこのえもいわれぬオーラは?)


名人(ハッ)(……)

名人(……そうだ、この感じはあの時と同じだ)

名人(……ニート氏と対局した時に感じた威圧感と)

名人(……この男くんはひょっとして)

パチッ


弟「あっ……」

名人(……)

名人(……右上と中央の白の連絡が断たれた)

名人(……そして中央の白にはもう)

名人(……生きがない)

弟「くっ……」

弟(ジャラ)「……」

弟(グッ)「……」

弟(ズチャ)「……ありません」


名人「うむ」

名人「ただいまの勝負は黒番男くんの中押し勝ちだ」

男「ありがとうございました」

弟「……」

ボブ女「よくやった、男」

男「ああ」

ボブ女「弟、約束は守ってもらうぞ」

弟「……あり得ない」

弟「僕が負けるなんて……」

男「……」


名人「弟君、顔を上げたまえ」

名人「素晴らしい一局だった」

名人「この一局を打てたことを」

名人「君は胸を張って誇っていい」

名人「その位の素晴らしい碁だった」

弟「……」


名人「負けたことがあるということが」

名人「いつか大きな財産になることがある」

名人「君はここで終わるんじゃない」

名人「君の未来はここから始まるんだ」

弟「……」

名人「……」


名人(クルリ)「男くん、見事な一局だった」

男「へい、あざっす」

名人「今日、立会人になることができて本当に良かったよ」

名人「将来の囲碁界を背負って行ってくれる人物にこうして出会えたのだからね」

男「えっ?」

名人「単刀直入に言おう」

名人「男くん、是非プロ試験を受けてくれ」


名人「いや、もとい」

名人「プロ試験は私の力でなんとか免除にする」

名人「棋院の方には私から連絡をしておくから」

名人「それから、君のことはこれからは」

名人「先生と呼んでもいいかな?」

男「ははっ、お気持ちだけありがたく頂戴しておきます」

男「では、俺はこれで」

クルリッ、ダッ

名人「あっ、待ちたまえ、男くん」

名人「せめて連絡先だけでも……」


翌日、東応大学キャンパス内……

ボブ女「男、昨日はありがとう」

男「あ、ああ」

男「でも、わりーけど家庭教師はパスな」

男「お前も知っての通り俺、忙しいから」

ボブ女「分かっている」

ボブ女「家庭教師の話は言葉のあやだ」

ボブ女「弟を駆け引きの土俵に乗せるための手段だっただけだ」

ボブ女「それに、もう必要なくなったしな」

男「ん、どゆこと?」


ボブ女「弟は来年からアメリカの大学に飛び級で入学することを決意したからだ」

男「ははっ、そうっすか、さすが弟君」

ボブ女「今はお前へのリベンジに向けて燃えている」

ボブ女「今度は研究の勝負でお前に勝つとな」

ボブ女「あと5年もしたらお前の研究所で世話になることになるかも知れない」

ボブ女「そうなったら、弟の事は頼んだぞ、男」

男「ははっ、首を洗って待ってます……」

久しぶりですが、1、2ヶ月に1話のペースで書いていきたいです。(・∀・)

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