アスカ「かぐや様は告らせたい?」 (104)

【SS】アスカ・ラングレーは告らせたい
http://elephant.2chblog.jp/archives/52249297.html

アスカ・ラングレーは告らせたい 破
アスカ・ラングレーは告らせたい 破 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssr/1556959574/)


一応続きものだけど、読まなくても分かるよ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1558600850

レイ「……」ペラ

レイ「……」ペラ

レイ「……フフッ」


ゲンドウ「何をしている、レイ」

レイ「……心理学の本を、読んでいます」

心理学。
人の行動原理を読み解く学問。
目に見えない人の心を理解しようという試みの道のりは古く、実に紀元前にまで遡る!
そこまで長い歴史をもっていながら、心理学は未だ学問として発展途上!
人の心の複雑さ・奥深さは筆舌に尽くし難いものなのだ!

ゲンドウ「人の心に興味があるのか?」

レイ「はい」ニコッ

ゲンドウ「……楽しいか?」

レイ「……よく、わかりません」

レイ「でも、読んでいると心がワクワクします」

ゲンドウ「……そうか」

魑魅魍魎にして奇々怪界ーーまさしく、人の心とはパンドラの匣そのもの!
そんな希望と災厄の入り混じった匣を、今まさに、一人の少女が開こうとしていたっ!

【綾波レイは学びたい】

ーー教室・朝


レイ「……」ペラ

レイ「……」ペラ

レイ(……ドア・イン・ザ・フェイス、ね)

【ドア・イン・ザ・フェイス】っ!
要求水準の落差を利用した話法の一つ!
人は他人の頼みごとを断ると罪悪感を抱き、次の要求を承認しやすくなるっ!
それを利用し、最初に難度の高い要求を出して相手に一旦拒否させておき、それから徐々に要求水準を下げていくのがこのテクニックであるっ!

レイ(……よく、わからないわ)

レイ(相手に認めてもらうために、相手に拒絶させる)

レイ(矛盾している。筋が通らない。一体どうやれば……)

アスカ「だーかーらぁー。明日のお弁当にはステーキを入れろって言ってるのっ。霜降りで黒毛で和牛のやつっ!」

シンジ「無理だよアスカ。そんな豪華なもの、お弁当に入れても合わないよ……」

アスカ「はんっ、なんならキャビアかフォアグラで妥協してあげてもいいわよ?」

シンジ「余計に豪華になってるじゃないかっ」

アスカ「私には豪華すぎるくらいがちょうどいいの。……あっ、そうだ。それならブランドもののバック買ってよ。それで勘弁したげる」

シンジ「なんで僕がそんなもの買わなきゃならないのさ!?」

アスカ「どうせあんたは無趣味だから支給金持て余してるんでしょ? 私は派手に使い過ぎてミサトから制限かけられちゃったのよ」

シンジ「ダメだよ。僕たち、まだ中学生なんだよ? お金の使い方にも節度を持たないと……」

アスカ「あんたって無理だのダメだの否定してばっかりねぇ。ほんっと、つまんないヤツ」

シンジ「し、仕方がないだろ。アスカが無茶ばっかり言うんだから」

アスカ「ふんっ。……なら今日の放課後荷物持ちに付き合いなさいよ」

シンジ「荷物持ち?」

アスカ「そ。ちょうど買い物に行こうと思ってたから。これなら無茶でも何でもないでしょ?」



レイ「!」

レイ(最初に無理難題をふっかけて)

レイ(あえて拒否させて)

レイ(最後にハードルの低い要求を通す)

レイ(なるほど。こうやるのね)


シンジ「ごめん。今日の放課後は用事があるんだ」

アスカ「えっ」

レイ「えっ」

アスカ「……用事って、なんのよ」

シンジ「訓練だよ。ネルフの」

アスカ「……私は聞いてないけど、そんなの」

シンジ「個別訓練だからね。アスカだってたまに呼ばれてるでしょ?」

アスカ「だって私は天才だもん」

シンジ「僕は凡才だから、人一倍訓練しないとダメなんだよ」ハハッ

アスカ「……バックれなさいよ、そんなの」

シンジ「む、無理だよ。だってこれ仕事だよ?」

アスカ「仕事なんかより、私の荷物もつ方が大事に決まってんでしょ」

シンジ「ほ、本気で言ってるの!?」

アスカ「当っったり前よ! どーせ、バカシンジに成長する余地なんてないものっ。
 そんな青い鳥を探すより、私の荷物を持てる幸せ噛み締めた方がよっぽど有意義ってモンじゃない、このよわシンジっ!」

シンジ「っ」イラッ

レイ(まずい、碇くんがムッとしてるわ)

シンジ「……なんかさ。最近のアスカって変にわがままだよね。ちょっとがっかりした」

アスカ「えっ」

レイ(ああ……)

シンジ「さっきだってそうさ」

シンジ「とつぜんステーキがいいだの、キャビアを入れろだの言いだして」

シンジ「こっちはわざわざアスカが好きなハンバーグを作ってるのに、それじゃ不満なんだ?」

シンジ「それにいきなりバッグを買えってなんだよ」

シンジ「ぼくはアスカの財布じゃないんだよ?」

シンジ「都合のいい道具でもない」

シンジ「そりゃ前からわがままだとは思ってたけどさ」

シンジ「なんというか、うん。今回はほんとうに、ガッカリした」

アスカ「……」





アスカ「うぅっ」グスンッ

レイ(いけない、泣いてしまう)

レイ「碇くん、待って」チョンチョン

シンジ「? どうしたの、綾波?」

レイ「……碇くんは、誤解しているわ」

シンジ「何を?」

レイ「セカンドに、悪気はなかったの」

シンジ「?」

レイ「……ただ、碇くんをショッピングに誘いたかっただけ」


アスカ「ーーっ!」ハッ

シンジ「……そんなわけないじゃないか。さっきまでのやりとり聞いてただろ? 荷物持ちの件はあくまでアスカの妥協。数あるわがままの一つだよ」

レイ「違うわ。あれは【ドア・イン・ザ・フェイス】と言って……ムグッ!?」

アスカ「ちょっとこっち来なさい」

レイ「ん~~~~っ!」

シンジ「えっ、ちょ。どこに行くんだよ二人ともっ」



トウジ「おいおい。綾波のやつ、犬も食わへん夫婦喧嘩に飛び込みおったで」

ヒカリ「アスカ、大丈夫かな」

ケンスケ「……妙だな」



ーー廊下

レイ「……プハッ」

アスカ「……どういうつもり?」

レイ「? 質問の意味がよく、わからないわ」

アスカ「だから、どうして口を挟んで来たのよ」

レイ「……あなた、泣きそうだったから」

アスカ「泣くわけないでしょ。あの程度で泣かされてたら私は常時号泣よ」

レイ「……そう。普段から苦労してるのね」

アスカ「そ、そういう意味じゃないっ!」

レイ「ではどういう意味?」

アスカ「ぐっ……」

アスカ「……そもそも、違うから」

レイ「?」

アスカ「私は別に、バカシンジをショッピングに誘うつもりなんてなかったから」

レイ「……でも、【ドア・イン・ザ・フェイス】で碇くんを誘導しようとしていたわ」

アスカ「あれは偶然よ! ぐ・う・ぜ・ん! たまたまそういう段階を踏んじゃっただけで、別に狙ってやったわけじゃないの!」

レイ「……そう。でも【ドア・イン・ザ・フェイス】の意味は分かるのね」

アスカ「わ、分かるからって何だっていうのよっ!?」

レイ「碇くん、怒っていたわ」

アスカ「……ええ、そうね。らしくもなくキレちゃってさ。ああいう根暗ほど一度キレたら歯止めが効かなくなって、気持ち悪い醜態さらすのよね」

レイ「なぜ、誤解を解こうとしないの?」

アスカ「……誤解なんてないわよ。わたしは【ドア・イン・ザ・フェイス】なんか狙ってないし」

レイ「なぜ、認めようとしないの? あなたのやろうとしたことを、きちんと碇くんに伝えれば、きっと分かってくれるわ。彼、優しいもの」

アスカ「………」ピクッ

レイ「?」

アスカ「ーー仮に。仮によ。私が【ドア・イン・ザ・フェイス】を使ってバカシンジをショッピングに誘おうとしていたとして」

アスカ「『あなたに買い物に付き合って欲しくて回りくどいテクニックを使っていたんですぅ~』だなんて正面きって言えると思う?」

レイ「……言ったら、いけないの? ほんとうのことでしょう?」

アスカ「……忘れてた。アンタもアンタでバカなんだっけ」

レイ「バカ……わたしが?」

アスカ「そうよ。そういってんの」

レイ「なぜ?」

アスカ「もう少し人の心の機微について勉強しなさいなってこと」

レイ「……心の勉強なら、してるわ。だからこそ、あなたの狙いに気付けたのだから」

アスカ「いや、だからそういうことじゃなくて……あー、もうしゃらくさい」

アスカ「要するにっ。あんたのしようとしたことはただのありがた迷惑なのっ! 気持ちは嬉しいけど、もうやめてよねっ! でもありがとうっ! それじゃっ!」プイッ

レイ「あっ……」

レイ(行ってしまった)

レイ「……」

レイ(セカンドは【ドア・イン・ザ・フェイス】を使って、碇くんをショッピングに誘おうとしたーーそこに間違いはないはず)

レイ(なのになぜ、隠そうとするの?)

レイ(なぜ、彼女は怒ったの?)

レイ(人の心の機微って……なに?)

レイ「……よく、わからないわ」

綾波レイ。
肉体年齢14歳。
しかし彼女はわけあって直近5年ほどの記憶しか有しておらず、実質的な精神年齢は5歳相当に過ぎない。
その上人間社会で生活を送るようになったのはおよそ2年前ーー他人と積極的に関わるようになった期間に至っては半年に満たないのだ。
そんなハンデキャップを抱える彼女に、『心の機微』を理解しろというのは土台無茶な話であり、むしろよく健闘しているといえるだろう!

ケンスケ「簡単だよ。あれはただの照れ隠しさ」

レイ「あなたは……」

ケンスケ「同じクラスの相田だよ。覚えてないかな?」

レイ「……知ってるわ。碇くんの友達。でも、何故ここに?」

ケンスケ「そんなことどうでもいいじゃないか。それより、心の機微が知りたいんだろう? さっきも言ったけど。ただの照れ隠しだよ、あんなもの」

レイ「照れ、隠し……?」

ケンスケ「そうそう。ツンデレって言っても伝わらないだろうからね。本当は素直になりたいけど、恥ずかしいから素直になれない。そんな心理状態を照れ隠しっていうの」

レイ「……なるほど。その気持ちなら、分からなくもないわ」

ケンスケ「意外だね。綾波さんなら、そういうのも分からないって答えるかと思ってた」

レイ「私も、面と向かって言うには恥ずかしい言葉を……手紙に書いたことが、あるから」

ケンスケ「……ふうん? ま、いいや。ともかくさ、ここで肝心なのは”本当は素直になりたい”って部分なんだよね」

レイ「素直に、なりたい? ……つまり、セカンドは本当は素直に碇くんをショッピングに誘いたいってこと?」

ケンスケ「そうさ。それが出来ないから回りくどい手段に頼ったってわけ」

レイ「……ああ、だから彼女は怒ったのね。私は、彼女が隠そうとした気持ちを、暴こうとしただけ。……余計なことを、してしまったわ」シュン


ケンスケ「……」



ケンスケ「いや、そんなことはないと思うよ?」ニヤッ

レイ「どういう、こと?」

ケンスケ「言ったろ? 本音は碇をショッピングに誘いたかったんだ、って。
 それを代わりに綾波さんが伝えてくれたんだ。向こうだって感謝してるに決まってる」

レイ「……でも、彼女は怒っていたわ」

ケンスケ「それこそ照れ隠しさ。あんなのは前フリだよ。ツンデレにありがちだね。怒ったふりしてほんとは綾波さんに感謝してんの。ありがとうって言ってたろ?
 だから言葉を額面通りに捉えちゃダメだよ。あれは次も私を助けてねって意味だから」

レイ「前フリ? ツンデレ? ……よく、わからないけど。また同じような場面に出くわしたら、私はさっきと同じように口を挟むべきなの?」

ケンスケ「ああ、そうさ。照れ隠しを真に受けちゃいけない。隙があったらガンガンフォローに行くべきだ。ガンガンね」

レイ「……あなた、優しい人だったのね」

ケンスケ「そんなことないよ。僕はただ、あの二人にもっと仲良くなって欲しいだけなんだ」ニコッ

嘘である。
この男、レイを利用して日頃の鬱憤を晴らすことしか考えていないっ!
ケンスケとて、アスカが”本気で”レイの口出しを”嫌がっている”ことを理解している。
分かった上で、レイに誤ったアドバイスを伝えているのだ!

教室で日々繰り広げられる夫婦漫才がごときやり取り。
彼女が出来た途端付き合いの悪くなった親友。
女子と縁のない自分。

ーーケンスケのストレスは、今や趣味で発散できないほどに膨れあがっていたっ!
故に。
彼はこの際、シンジ・アスカ両名を徹底的にからかい倒すことを決意していたのだ!

ケンスケ(ーーだからリア充はみんな、爆発すればいいんだ)



ーー教室・昼休み

アスカ「……シンジ」

シンジ「なんだよ」ムスッ

アスカ「さっきは、その……言いすぎたわ。悪かったわね」

シンジ「えっ」

謝罪。
それはすなわち、自分の立場を相手より低い位置に置くということを意味している。
とりわけプライドの高いアスカにとって謝罪のハードルは高く、さながら断崖絶壁を駆け上るが如き難易度を誇るっ。

しかしっ。

一度その峠を越えさえすればーーアスカの”謝罪”は”不意打ち”に昇華するっ!
断崖絶壁からの奇襲っ!
一の谷の合戦にも匹敵する意外性っ!

結果ーー謝られ、優位を手にしたはずのシンジの方が戸惑うこととなるっ!

シンジ「や、やめてよアスカ。僕は別に、気にしてなんかないんだから」

アスカ「私の気が済まないのよ」

シンジ「い、いや。アスカこそ気にすることなんかないよ。……むしろ僕の方が言い過ぎたくらいだったし。こっちこそ、さっきはごめん」

アスカ「……ほんとに?」

シンジ「え?」

アスカ「本当に申し訳ないって思ってる?」

シンジ「う、うん」



アスカ「いいわ、許したげる。その代わりに私のわがまま一つきいてもらうわよ」

シンジ「……はい?」

アスカ「まっ、私にも非があるから。特別に二択のうち好きな方を選ばせてやってもいいわ」

シンジ「え、いや、でもそれはーー」


アスカ「選択肢1.今日が終わるまで私の言うことに絶対服従する」

アスカ「選択肢2.やっぱり放課後は私の荷物持ちに付き合う」


シンジ「ちょ、待ーー」

アスカ「さあ、好きな方を選んでいいわよ」



シンジ「……じゃあ、選択肢1で」

レイ「!」

レイ(……これは【ダブル・バインド】ね)

【ダブル・バインド】

別名 不自由な二択。
アメリカの文化人類学者『グレゴリー・ベイトソン』が研究し生み出した概念っ!
いっけん相手に選択権を与えているようで、相手がどちらを選んでも自分の利になる二択に誘導するテクニックであるっ!
アスカはシンジが動揺している隙をみごとに突いてみせたのだっ!

アスカ「……へぇ。そんなに私の荷物持ちするの、嫌なんだ」

シンジ「だって今日は用事があることになってるし……」

アスカ「……ま、いいわ。じゃあ、まずは一つ目の命令」

アスカ「今日の放課後、荷物持ちに付き合いなさい」

シンジ「えぇっ!?」

アスカ「あんたが選んだんじゃない、私に絶対服従するんでしょ?」

シンジ「無理だよっ。放課後は訓練があるって言ってるじゃないかっ!」

アスカ「そんなの私の知ったことじゃないわよ」

シンジ「なんだよそれっ!?」

シンジ「……酷いよ、アスカ」

アスカ「なにが」

シンジ「さっきアスカから謝ってくれた時、じつは嬉しかったんだ」

シンジ「アスカがああいうことを素直に口にすることなんて、滅多にないし」

シンジ「だからちょっとぐらいのわがままなら聞こうと思った」

アスカ「……」

シンジ「でも結局はこうやって僕をからかうためのものでしかなかったんだね」

アスカ「……別に、私はそんなつもりじゃ」

シンジ「関係ないよっ」

シンジ「アスカは僕の気持ちを裏切ったんだっ」

シンジ「誰がアスカの荷物持ちなんかするもんかっ。もう絶対に許さないからね!」

アスカ「はあっ!?」

ーー『何いきなり逆ギレしてんのよあんた!』と言わんばかりの表情だが、シンジの怒りはもっともである。

ダブル・バインドを行う際に最も気をつけなければならないのは、”相手に不公平感を与えない”ことっ!
その点、アスカの二択はあまりに理不尽!
露骨に不公平!
どう足掻いても荷物持ちっ!

話がこじれるのは必然である



レイ「待って、碇くん」

シンジ「綾波?」

レイ「……碇くんは、また誤解している」

シンジ「僕が、誤解?」

レイ「ええ」

シンジ「どういうこと?」

レイ「今のは【ダブルバインド】といって、相手に二者択一を迫ることで自分の都合のいい要求を通すテクニックなの。つまりセカンドはただ碇くんをショッピングに誘いたーームグッ」

アスカ「……はい。廊下行きましょ、廊下」

レイ「ん~~っ!」ズルズル

シンジ「な、なんなんだよ。二人してっ!?」



アスカ「……さっき口出すなって言ったわよね?」

レイ「よく分からなかったわ」

アスカ「じゃあもう一度、はっきり言っておく」

アスカ「口 を 挟 ま な い で ね」

アスカ「いい、分かった?」

レイ「分かったわ」



アスカ「ねぇ、バカシンジ」

シンジ「……なに」

アスカ「あんたってさ。出る釘打たれるのを嫌がるっていうの? 平々凡々を望むっていうの? なんていうか、ほんと特徴がなくてつっまんないやつよね」

シンジ「……なんなんだよ、いきなり。また悪口を言いに来たの?」

アスカ「被害妄想もはなはだしいわねぇ。ただの世間話じゃない。あんたって普通に固執しすぎよねってハナシよ」

シンジ「……いいじゃないか、普通で。普通を目指してなにが悪いんだよ」

アスカ「でもふつーの中学生ってさ。一度や二度は非行をやらかすものじゃない? ズル休みしたり、授業バックれたり」

シンジ「……それもそうかもね」

アスカ「なら訓練ぐらいサボってもいいんじゃない?」

シンジ「またその話ぶり返すの?」

アスカ「あんたがピリついてるからでしょ。わたし、そういうギスギスした空気はさっさとどうにかしたいタイプなの。停滞と後退は同義なんだから」

シンジ「……僕だって。ギスギスしてるのは、嫌だよ」

アスカ「じゃ、ちゃっちゃとどうにかしちゃいましょ。いいじゃない、一日くらいサボったって」

シンジ「…………ごめん。でも僕は訓練をサボる気にはなれないや」

シンジ「アスカもさ。今日くらい僕をこき使うの、諦めてよ」

レイ「違うわ、碇くん」

シンジ「こんどはどうしたの、綾波?」

レイ「今のは【ポジティブフレーミング】といって、交渉が解決に向かっていることをアピールすることで要求を通しやすくするためのテクニックなの。あと【一般化】も使っているわ。つまりセカンドはただあなたと買い物にーームグッ」

アスカ「もっかい廊下行きましょうか?」



アスカ「口出すなって言ったじゃん」

レイ「ごめんなさい」

アスカ「あんたも分かったって頷いてたじゃん」

レイ「つい」

アスカ「つい、じゃないわよ。何考えてんの」

レイ「次は気をつける」

アスカ「……絶対よ? 絶対だからね?」

レイ「分かってるわ」



アスカ「ねぇ、バカシンジ」

シンジ「……今度はなに?」

アスカ「エヴァを上手く操る方法ってなんだと思う?」

シンジ「なんでそんなこと聞くの?」

アスカ「いいから、答えて」

シンジ「シンクロ率をあげる、とか?」

アスカ「じゃあシンクロ率をあげるにはどうしたらいいと思う?」

シンジ「……分からないよ。トレーニングをたくさんこなせばいいんじゃないかな」

アスカ「違う。正解は精神を安定させること」

シンジ「精神を、安定……?」

アスカ「そ。エヴァを操るA10神経が、幸福や快感をつかさどることくらいは知ってるでしょ? シンクロ率をあげるにはね、A10神経を活性化させればいいの」

シンジ「A10神経を活性化……? もっと幸せを感じろってこと?」

アスカ「そう。ほんとうに強くなりたいならね、トレーニングなんてせせこましぃーことをするより、楽しい日常を謳歌するべきなのよ。例えば荷物持ちとか、荷物持ちとかね!」

シンジ「……じゃあなんでアスカは訓練をサボらないの?」

アスカ「そ、それは大人の面子を立ててやってるだけよっ」

シンジ「……へぇ。アスカは僕を出し抜いて、自分だけ訓練を積むつもりなんだね。そんなに一番になりたいんだ?」

アスカ「はぁ!? なんでそうなるのよ、あんたバカぁ!?」

シンジ「悪いけど、その手には乗らないよ」


レイ「待って、碇くん」

シンジ「どうしたの、綾波?」

レイ「今のは初歩的な【合理化】よ。つまるところ彼女はただ碇くんとーームグッ」

アスカ「廊下、来い」



アスカ「おいゴラ、ファースト」

レイ「……碇くん、どうして理解してくれないのかしら」

アスカ「まずはアンタがこっちの言いぶん理解しろや」

レイ「……もう何度も、繰り返し同じことを言ってるのに」

アスカ「こっちも同じ注意を繰り返してるんだけど?」

レイ「どうすれば碇くんは聞く耳を持ってくれるのかしら」

アスカ「どうすればファーストさんのお耳に私の言葉が届くのかしらねぇ?」イライラ

レイ「? ちゃんと、届いてるけど?」キョトン

アスカ「…………オーケー。もう口挟んでくんじゃないわよ。次やったらマジでキレるから。これ、最後通牒だから」

レイ「分かったわ」



ヒカリ「あの……碇くん? アスカ、ヘコんでたわよ。よかったらショッピングに付き合ってあげてもーー」

シンジ「……どうせアスカにそういえって頼まれたんでしょ?」

ヒカリ「そ、そんなことないわよ」

シンジ「……アスカとヒソヒソ話してたの、見てたよ。今度は委員長と二人して僕をからかうつもりなんだっ」

レイ「違うわ、碇くん。これは【ウィンザー効果】と言って他人越しに情報をつたえてもらうことで説得力をーームグッ」

アスカ「廊下来なさい」



アスカ「だぁーかぁーらぁーーっ!」

アスカ「口挟んで来んなって言ってんでしょおっ!?」

レイ「分かったわ」

アスカ「あんたそう言って分かってないじゃないっ」

レイ「いえ、分かってるわ」

アスカ「嘘つけぇ!」

アスカ「あんたもしかして反抗期ぃ!? 私の言葉に逆らいたいだけだったりするぅ!?」

ーー惜しい
当たらずも遠からずであるっ!

『照れ隠しは思っていることと、正反対の言葉を口にする』

ケンスケから誤ったアドバイスを受けたレイの脳内ではアスカの言葉はおおむねこのように変換されていたっ!

『も う 口 を 挟 ま な い で ね』



『ま た 助 け て ね』


レイ「大丈夫よ、ちゃんと分かってるから」

アスカ「ほんとでしょうねぇ!?」



アスカ「ねぇ、シンジ。さっきの話なんだけど」

シンジ「やだ。アスカが何言おうが僕は荷物持ちなんかしないよ」

レイ「待って、碇君。そうやって嫌なことからーームグッ」

アスカ「廊下ね」



アスカ「ねぇ、シンジ」

シンジ「やだ」

レイ「待って、碇くん。彼女はただーームグッ」

アスカ「廊下」



アスカ「……」

シンジ「……」

レイ「碇くん。荷物持ちの件だけどーームグッ」

アスカ「ろうかぁっ!」



アスカ「だから何のつもりよっ! 何回私の邪魔すれば気がすむのよ!! なんなのよっ! もおおおお!」

レイ「見て、られなくて……」

アスカ「あんたのせいでバカシンジ如きに誘いをことごとく断られた感じになっちゃったじゃないっ! 別に誘ったわけじゃないけどっ。バカシンジなんか誘いたくもないけどっ!!」

レイ「……私が口を挟まなくても、碇くんはあなたの誘いをぜんぶ断ってたと思うわ」

アスカ「うっさいうっさいうっさい! ホントのことでも、言っていいことと悪いことがあるでしょおっ!?」

レイ「ごめんなさい……」

アスカ「ほんとお願いだからっ! もう何でもするからっ! 次こそ口出してくんのやめてよおっ!」

アスカ「……って。どのみちもう昼休みも終わりじゃないっ」

レイ「……一つ、聞かせてもらってもいいかしら?」

アスカ「何よっ。もうなんでも答えてやるわよ。ちくしょうっ」

レイ「どうして、素直に碇くんを誘わないの?」

アスカ「っ! だから、それはっーー」

レイ「ごめんなさい。あなたがこのことを口にしたくないのは、私にも分かってる」

レイ「でもやっぱり納得できなくて……」

レイ「……だから。あなたの本音が、知りたいの」ジッ

アスカ「……」




アスカ「はぁ。しっかたないわね」

レイ「!」

アスカ「……いい?」

アスカ「仮にあんたの言う通りに、バカシンジをストレートに買い物に誘ってみたとする」

アスカ「でも考えてみなさいな、もしそんなことしようものならーー」



シンジ『……へぇ、アスカはただ僕とショッピングに行きたかったんだ』

シンジ『それであんなにも回りくどいことをしてたんだね』

シンジ『でもそれってつまりさあ。僕のことが好きってわけじゃない?』ニヤァ

シンジ『僕のことが好きで好きでたまらないから、あれだけ手の込んだ真似をしてたんだよねえ?』ニヤニヤ



シンジ『……お可愛いんだね』ニタァ




アスカ「ーーって言われちゃうじゃない!」

レイ「えっ」

アスカ「この私がバカシンジごときに見下されるわけには行かないの。つまりこれは矜持の問題ね、分かった?」

レイ「……いえ。さっぱり」

アスカ「はあ!? どうしてよ!?」

レイ「……だって碇くんはそんなこと言わないもの」

アスカ「そんなの分からないでしょっ。言うかもしれないじゃないっ!」

レイ「……碇くんは他人を見下すような人じゃないわ」

アスカ「 あんたバカァ!? 人間は誰しも自他の優劣を測りながら生きてんのっ!」

レイ「?」

アスカ「よーするに他人を見下さない人間なんて存在しないってことよっ。親子だろうが恋人だろうが、本質的には動物どうしの原始的な接触の延長でーー」

レイ「???」

アスカ「ーーかくかくしかじか、ってことなの。分かった!?」

レイ「いえ、さっぱり」

レイ「あなたが何にムキになっているのか、私には理解できない」

レイ「でも、このままだと碇くんを怒らせたままだわ」

アスカ「……構やしないわよ、そんなの」

レイ「ダメよ」

アスカ「なんであんたが決めるのよ」

レイ「だってポカポカしないもの」

アスカ「あのねぇ……」

レイ「……」ジィィ

アスカ「……」

レイ「……」ジィィ

アスカ「……はぁ」

アスカ「……そもそも私はね、バカシンジが意地を張り続けるならそれはそれで構わないのよ」

レイ「嘘ね」

アスカ「ほんとだっての」

アスカ「私がムキになってんのはね、単にバカシンジごときに逆らわれるのが気にくわないだけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

アスカ「あんたがヤキモキする必要なんてないの」

レイ「でも」

アスカ「デモもストライキもないっ」

レイ「……それでも私は、あなたと碇くんにポカポカしてもらいたいわ」

アスカ「……前から思ってたんだけど。あんたのその、ポカポカするってどういう意味?」

レイ「私にも、よく分からない」

レイ「ただ、碇くんやあなたといるとポカポカするの。だから、あなたたちにも同じようにポカポカして欲しい。それだけ」

アスカ「……」

アスカ「……っとに。アンタって、つくづくウルトラ馬鹿ね。自分が何口走ってるのか分かってんの?」

レイ「?」

アスカ「……ま、いいか」

アスカ「あんたの盛大な取り越し苦労に免じて」

アスカ「あとでいっぺんだけバカシンジにストレートでかましてみるわ」

レイ「!」

アスカ「じゃ、さきに教室戻ってるから。あんたも授業に遅れないようにしなさいよ」

スタスタ

レイ「……よかった」

ーー放課後・教室

シンジ「……」

アスカ「……」


ーー廊下

レイ(……空気が重いわ)

アスカ「……ねぇ、ばかシンジ」

シンジ「やだよ」

アスカ「まだ何も言ってないじゃない」

シンジ「どうせ荷物持ちに付き合えっていうんでしょ? でも僕には用事があるから」

アスカ「そういう割には悠長に居残ってんのね?」

シンジ「……時間の微調整だよ。ちょっと時間を潰してるだけ」

アスカ「あっそ」

シンジ「……」

アスカ「……」


レイ(ああっ、また……) オロオロ

アスカ「……今日は悪かったわね、色々と」ボソッ

シンジ「……どうせそれも嘘なんでしょ。二度も同じ手は喰わないよ」

アスカ「…………けっ」


レイ(違うわ。間違っているわ、碇くん……) ハラハラ

レイ(このままじゃ……二人のギスギスが深まるだけ……)

レイ(私は碇くんとセカンドに、ポカポカしてもらいたかったのに……)

レイ(どうしよう)

レイ「……」

レイ(心の機微。ほんのわずかな心の揺らめき。言語化し辛い微妙な心理。時には本人すら自覚できない、心の在り方)

レイ「…………わたしには、難しすぎたのね」

レイ(でもこうなったら、私が直接二人の間に割って入るしかーー)グッ


「ちょっと待った」


レイ「! あなたは……」

アスカ「嘘、ねぇ。あんたがそう思うなら別にいいけど」

シンジ「でも、嘘なんでしょ? ……アスカが僕に謝るはずがないんだ」

アスカ「さて、どうだか。……そうね。なら今度は宣言してあげる。『今からわたしは嘘をいう』」

シンジ「……なに言いだすんだよ、アスカ。さきに宣言したら嘘つく意味がないじゃないか」

アスカ「いいから、聞きなさいよ」

アスカ「わたし、今日はあんたに『荷物持ちに付き合ってほしい』って言ったじゃない?」

シンジ「うん、たしかに言ってたね」

アスカ「あれ、じつは嘘よ」

シンジ「……え?」

アスカ「ほんとはただ単に、あんたと一緒に買い物に行きたかっただけなの」

アスカ「荷物持ちなんてのは、ただの口実だから」

シンジ「!?」

シンジ「え、いや、その……嘘、なんだよね?」

アスカ「ええ、最初から言ってるでしょ? 『嘘』だって」

シンジ「ど、どっちなの?」

シンジ「『荷物持ちに付き合って欲しい』って言葉が『嘘』で、僕と買い物に行きたかったって言葉が本当なのか」

シンジ「それとも『僕と買い物に行きたかった』って言葉のほうが『嘘』なのか」

シンジ「分からないよ」


アスカ「……さあ。それくらい自分で考えたら?」

アスカ「ま、私から言いたいことはそれだけ」

シンジ「……」

アスカ「もう帰るわ」

シンジ「……」

アスカ「精々訓練で醜態晒さないように気張んなさい。あんた底なしのバカなんだから。……それじゃ」

シンジ「……待ってよ、アスカ」

アスカ「なに?」

シンジ「その……今日は用事が入ってるから、無理だけど」

シンジ「良かったら明日、させてくれないかな。荷物持ち」


アスカ「!」

アスカ「……あらあら。私の嘘を真に受けてそんなこと口にするなんて。シンちゃんったらバカみたいにお優しいのねぇ?」

シンジ「別に、アスカの言葉は関係ないよ。僕がやりたいと思ったから言ってみただけ」

アスカ「な、なに言ってんのよ。きょうび荷物持ちなんてやりたがるヤツがいるわけないでしょっ。
 はんっ、ほんとはこの私とショッピングにいきたいだけなんじゃないの?」

シンジ「そうだね。『荷物持ちをしたい』って部分は『嘘』だよ」

アスカ「!?」

アスカ「わ、私を騙くらかして惑わそうたってそうはいかないんだから」

シンジ「別にアスカを騙すつもりなんてないけど」

アスカ「……じゃあ嘘って、どっちの意味よっ」

シンジ「さあ。それくらい自分で考えたらいいと思うよ?」

アスカ「っ……このバカシンジ!! なにしょうもない屁理屈こねてんのよっ!」

シンジ「……お互い様じゃないか」

アスカ「あんた、約束そのものも嘘でしたとかぬかす気じゃないでしょうねぇ?」

シンジ「まさか。明日の放課後は空けとくよ。荷物持ちのために、ね」

アスカ「あっったり前よ。あんたの腕が根元から引きちぎれるまで買いまくってやる予定なんだからっ」

シンジ「……できたらそこは、お手柔らかにお願いしたいけど」




ーー廊下

アスカ「で。あんたはずっとここで見てたっわけ?」

レイ「ええ。うまくいってよかったわ、おめでとう」

アスカ「……別に。おめでたくなんかないわよ」

レイ「ウソね」

アスカ「ウソじゃいないっての」

レイ「……そんなニヤケた顔で言われても、説得力がないわ」

アスカ「えっ、うそ!?」ハッ

レイ「嘘よ。あなたたちの真似」

アスカ「はぁ!?」

レイ「でも頬を手で隠したということは、あながち的外れでもないのね」

アスカ「っ、……!」

レイ「おめでとう」

アスカ「……はいはい、ありがとうありがとう。そういえばいいんでしょっ、これで満足?」

レイ「ええ」

レイ「じゃあ、そろそろ私も帰るわ」

アスカ「……」

レイ「また明日」

アスカ「……あの、さ」

レイ「なに?」

アスカ「さいきんデパートに映画館が出来たじゃない」

レイ「そうなの?」

アスカ「そうなの。そこの映画のペアチケットが余ってたのを、たったいま、偶然、突拍子もなく思い出したのよ。しかも期限は今日まで」

レイ「ペア、とは二人一組ということ? 今日でないといけないの?」

アスカ「そうよ。たまたま、運良く、おあつらえ向きに二人一組のチケットがここにある。使わないのはもったいないでしょ?」

アスカ「だから、その……」

アスカ「…………映画、一緒に観にいかない?」


レイ「!」

レイ「……行くわ」ニッコリ


本日の勝敗

レイの勝ち(なんだか心がポカポカしたしため)

レイ「♪」

終わりじゃないよ
まだまだ続くよ

でも少し疲れたから休憩挟むよ

おまけ

ーー教室

シンジ「……」

「よっ、碇」

シンジ「!」

ケンスケ「個別訓練にはまだ行かなくていいのか?」

シンジ「……なんだ、ケンスケか。まだ訓練まで時間があるんだよ」

ケンスケ「へぇ、そっか。でも妙だな」



ケンスケ「今日は初号機のメンテナンスが行われる日って聞いてたんだけど?」

シンジ「な、なんでケンスケがそんなことを知ってるんだよっ。僕にすら知らされてなかったのにっ」

ケンスケ「いつも通り、パパ由来の情報さ。でも、碇に知らされてないってのはますます妙だな」

ケンスケ「ネルフは初号機なしで一体どんな訓練をさせるつもりなんだろうな?」

シンジ「し、シミュレーターで戦闘訓練はできるからね。他にも色々とやれることはあるよ」

ケンスケ「でも肝心のシンクロ率のテストは初号機がないと出来ないんだろ? なら、わざわざメンテナンスがある日に碇の個別訓練を敢行する必要はないと思うけど」

シンジ「うっ……」

ケンスケ「何でかなあ。不思議だなあ?」

シンジ「……ケンスケさ。もしかして全部分かってて僕を泳がせてない?」

ケンスケ「まあね。さっきから碇の白状待ちだよ」



シンジ「…………分かった。白状する。ほんとは個別訓練なんてないよ」

ケンスケ「どうしてまたそんなことを」

ケンスケ「ーーってのはひとまず置いといて。まだあるだろ? 白状すること」

シンジ「……ないよ。そんなもの」

ケンスケ「さっき綾波から話を聞いたんだけどさ」

ケンスケ「綾波に心理学の本を渡したのも、碇なんだろ?」

シンジ「っ」

シンジ「そ、それは……」

ケンスケ「おかしいと思ったんだ。ちょっと前までの綾波は他人に興味がない様子だった」

ケンスケ「かといって我がないわけじゃない。ペシミズムとも違う、確固とした何かを持ってるようにみえた」

ケンスケ「同じ14歳とは思えないほどにね」

ケンスケ「それが最近になって急に積極的に他人と関わりあい持つようになるんだもんな。今日なんて特に顕著さ。
 誰かが入れ知恵してると勘ぐるのは当然の帰結だろ?」

シンジ「……ケンスケ。そこはちょっと、誤解してる」

ケンスケ「誤解?」

シンジ「たしかに、綾波に心理学の本を貸したのは僕だよ。でも、それは綾波に頼まれたからなんだ」

ケンスケ「……綾波が、自発的に?」

シンジ「そうだよ」

シンジ「綾波はふつうの女の子だよ。ただ、人よりも感情の表現の仕方が不器用なだけなんだ」

ケンスケ「へぇ? ……碇がそういうなら、きっとその通りなんだろうな」

ケンスケ「……でも意外だな。碇はそういうの、逆に読まないタイプだと思ってた」

シンジ「そうだね。……実際僕のじゃ、ないし」

ケンスケ「ん? じゃあ誰のなの?」

シンジ「……アスカの、だよ」

ケンスケ「……おいそれ。持ち主に許可取ってんのか」

シンジ「……取ってない。どうせ貸してくれないから無断で借りた」

ケンスケ「死ぬ気か、碇っ!?」

シンジ「し、仕方ないじゃないかっ。綾波が僕を頼りにしてくれるなんて滅多にないんだからっ。ちゃんとおススメできるものを貸してあげたかったんだよっ。
 アスカが読むくらいの本ならハズレはないんだ。なら貸してあげたくなるのも当然でしょう!?」

ケンスケ「……碇って。八方美人なのか我が強いのか、よく分からない時があるよな」

シンジ「…………僕は悪くないっ。コソコソ読んでる癖して読み終えたらそこら辺ほっぽり投げるアスカだって悪いんだっ。
 いいじゃないか、バレなきゃ問題にならないんだし」

ケンスケ「バレてなきゃいいけどなあ」

ケンスケ「ま、今ので一つ謎が解けたよ」

ケンスケ「今日の綾波は察しが良すぎた」

シンジ「……綾波とアスカが読んでる本は同じだからね。アスカの意図は綾波に筒抜けだったはずだよ」

ケンスケ「……へぇ? そこまで分かってた癖してすっとぼけてたわけだ、碇クンは」

シンジ「……うぅ」

シンジ「な、なんなんだよケンスケは。さっきから僕を虐めて楽しいの!?」

ケンスケ「そりゃあもう、最高だね。リア充を好き勝手いたぶれるんだぜ? 弱小国が軍事大国をぶちのめすようなもんじゃないか」

シンジ「……ぐっ。僕はもう帰るよっ。何もバカ正直にケンスケに付き合う義理はないんだ」

ケンスケ「別にいいけど。その場合、いま白状してくれた碇のクズっぷりをクラス中に言いふらすからな?」

シンジ「こ、この悪魔っ! 友達だと思ってたのにっ!」

ケンスケ「はははははっ。なんとでも言えばいい。何にせよ、碇が今日のことを一切合切はくじょうするまで帰す気ないぜ」

シンジ「くそぅ……」

ケンスケ「なんだよ、そんなに言いたくないのか。まあ遠慮なく聞くけど」

ケンスケ「どうして『個別訓練がある』だなんて嘘をついたの?」

シンジ「……うっ」

ケンスケ「下手な小芝居まで打ってさ」

ケンスケ「はっきりいって、そこだけは検討もつかないんだ。碇がなにをしたかったのか、僕にはさっぱりだ」

シンジ「……加持さんって人のこと、覚えてる?」

ケンスケ「もちろんさ。あの日の見たものは死ぬまで忘れないよ」

シンジ「その加持さんに、相談したんだ」

ケンスケ「なにを?」

シンジ「……アスカがわがまま過ぎて困ってる、って」

ケンスケ「……なんでまたそんな人に、そんことを」

シンジ「加持さんって、頼りがいがある大人の人って感じじゃない? だから、何かアドバイスをもらえないかなって」

ケンスケ「あーっ、たしかに。あの人いかにも女の扱い慣れてますって感じだもんなあ」

ケンスケ「……で、なんてアドバイスを貰えたんだ?」

シンジ「これを読めって言われて、雑誌を渡されたんだ」

ケンスケ「雑誌って、どんな?」

シンジ「えっと……」ガソゴソ

シンジ「……あれ? おかしいな。鞄にいれておいたはずなんだけど」ボソッ

ケンスケ「?」

シンジ「……まあ、いいや」

シンジ「雑誌の中にはね『女を素直にさせるテクニック特集』ってコラムがあったんだ」

ケンスケ「はぁ? なんだそれ、いや~んな感じ?」

シンジ「ち、違うよっ。テクニックといっても会話のテクニックだよ」

シンジ「……コラムの中には『わがままな女を素直にさせる方法』っていうのも載ってたんだ」

ケンスケ「なるほど、ドンピシャだな」

シンジ「その雑誌曰く、わがままな女の子には『あえて冷たくする』のがいいんだって」

ケンスケ「あえて、冷たく……?」

シンジ「うん。そうすることで相手は不安を感じてわがままを言わなくてなるらしい。……眉唾だったけど、確かに効果はあったみたいだね」

ケンスケ「いや。ちょっと待て。お前もしかしてあれで冷たく接してたとか言うんじゃないんだろうな」

シンジ「う、うん。まあ、それなりに……」

ケンスケ「ただ正論で返してただけじゃんか」

シンジ「で、でも最近はロジカルハラスメントってものがあるらしいし……」

ケンスケ「それ加害者側が持ち出すやつじゃないからっ!」

ケンスケ「碇さぁ。そういう時は理不尽にいかないと。せめて正論でボコボコにDVするくらいの勢いでいけよ」

シンジ「そ、そうだね」

シンジ「……結局ステップ1で止まっちゃったし」ボソッ

ケンスケ「ん?」

シンジ「なんでもないよ」

シンジ「それにしても驚いたよ。まさかメンテナンスの日程だけで嘘がバレるだなんて思ってもみなかったから」

ケンスケ「いや、それは疑うきっかけに過ぎないよ。確信を持ったのは碇が失言したからだ」

シンジ「僕の、失言?」

ケンスケ「ああ。だってお前」



シンジ『だって今日は用事があることになってるし……』



ケンスケ「『用事がある“ことになってる“』って口滑らせてたろ?」

シンジ「そう、だっけ?」

ケンスケ「ああ、たしかに言ってた」

シンジ「そ、そっか。でもよかった。アスカに勘付かれなくて」

ケンスケ「……」

シンジ「アスカにこのことがバレたら生きて帰れる気がしないよ」アハハ

ケンスケ「……いや。あの時のあいつの反応、気づいてるようにも見えたぞ」

シンジ「…………え?」



アスカ「ーーってな会話が、今頃教室で繰り広げられてるんでしょうねぇ」ペラッ

レイ「?」

アスカ「気にしないで。こっちの話だから」ペラッ

レイ「……そう」

レイ「ところで、さっきから何を読んでいるの?」

アスカ「バカシンジの雑誌」ペラッ

レイ「……碇くんの?」

アスカ「そ。朝、家を出る前にちょろまかしてきたのよ」

レイ「碇くんの許可は取ったの?」

アスカ「いいのいいの。先に手を出して来たのは向こうなんだから」ペラッ

レイ「???」

アスカ「ぷぷっ」

レイ「……それ、面白いの?」

アスカ「ええ。見てみなさいよ。抱腹絶倒もんよ?」

レイ「『わがままな女を素直に堕とすテクニック』?」

レイ「……このページの端、折られてるわ」

アスカ「バカシンジが読み込んでるページってわけね」

レイ「……意外。彼、こんなものに興味があったのね」

アスカ「バカねぇ。人間には誰しも多面性っつーもんがあんのよ」

レイ「『ステップ1 あえて冷たくする』?」

レイ「……そういえば。今日の碇くん、いつもより冷たかったわ」

アスカ「そりゃそうよ。この雑誌の通りにしてたんだから」

レイ「……それ、あなたは気が付いていたの?」

アスカ「モチのロンよ。だから言ったでしょ?」

アスカ「『バカシンジが意地を張り続けるならそれはそれで構わない』って」

アスカ「あと『あんたは盛大に勘違いしてる』とも言ったかな?」

レイ「……強がりで言ったわけじゃ、なかったの?」

アスカ「もちろん」

アスカ「私はね、あのバカが”冷たく”しやすいようにお膳立てしてやってただけよ」

アスカ「しつこくまとわりついてくるヤツほど邪険に振り払いやすい人間はいないでしょ?」

アスカ「もしあのままバカシンジが意地を張り続けるようだったら、この雑誌を突き付けてこう言ってやるつもりだったの」



アスカ『どう? 狙った相手を素直に堕とすテクニックは。手ごたえあった?』

アスカ『それとも、もう少し続ける?』

アスカ『いいのよ。ほら、もっと私に冷たくしたら?』

アスカ『だって私を絶対に手籠めにしたいんですものね?』

アスカ『それくらい私のこと……”好き”ってことですもんねぇ?』ニッコリ



アスカ「ーーってね?」ケケッ

レイ「……詐欺にあった気分だわ」

アスカ「だいたいね。このわたしがバカシンジ如きにああも猪突猛進なモーションかけるわけないでしょ」

アスカ「やるにしても、もっと賢く優雅にやるわよ」

レイ(……それはどうしかしら)

レイ「……信じられないわ。全部お芝居だったなんて。あなたは本気で碇くんを誘おうとしていた」

アスカ「ま、そうね。半分は本気だったわ」

レイ「どういう、こと?」

アスカ「これも言ったでしょ? 『バカシンジ如きに逆らわれるのが気に食わないだけ。それ以上でも以下でもない』って」

アスカ「どんな理由であれ、歯向かわれるのは許せなかったのよ」

レイ「……なら、もしほんとうに碇くんがあなたの要求を飲んだらどうするつもりだったの?」

アスカ「それはそれで問題ないわ。つまりそれって私の魅力に屈して作戦を放棄したってわけでしょ」

アスカ「私の勝ちみたいなもんじゃない」

アスカ「……つまりね」

アスカ「シンジが私の要求に折れて荷物持ちに甘んじたら私の勝ち」

アスカ「バカシンジがあのまま意地を張り続けても私の勝ち」


アスカ「どっちに転んでも私の勝ちになる寸法だったわけよ」

レイ(……何の勝負?)

アスカ「でも現実はそのどちらにも転ばなかったわけだけどね。主にアンタのおかげで」

レイ「……私のしたことは、本当にありがた迷惑だったわけね」

アスカ「まったくよ。おかげでオンナ二人で映画を見る羽目になっちゃったし。何が悲しくて、って感じよ」

レイ「……ごめんなさい」シュン

アスカ「……」

アスカ「……次のページ、めくってみなさいよ」

レイ「? わかったわ」ペラッ

アスカ「なんて書いてある?」

レイ「『ステップ2 あえてキライと言ってみる』?」

レイ「え。でもおかしいわ。碇くんはあなたにキライだなんて言わなかったもの」

アスカ「いっぺん言う素ぶりはみせたんだけどねぇ」

レイ「……言わなかったのではなく、言えなかった?」

アスカ「そゆこと。あいつ、チキンでヘタレだから」

レイ「碇くんらしいわ。優しいのね」

アスカ「あら、見解の相違ね」

アスカ「……ともかく、そういうことだから。気にしなくていいわよ」

レイ「?」

アスカ「あんたの横槍がなくても、あのバカはステップ2以降に進めなかったでしょうしね。どのみち私の描いたプランは頓挫してた可能性大よ」

レイ「……もしかして、気遣ってくれてるの?」

アスカ「やーね。事実を述べてるだけよ。事実を」

アスカ「それにしても……ププッ。バカシンジのやつ、こんなものを鵜呑みにしちゃうなんて。思い返すにつけ笑えるわ」

レイ「……機嫌、いいのね。あなた、失敗したんでしょう?」

アスカ「そお? むしろ機嫌は悪いくらいだけど」


レイ(楽しそうに言われても説得力がないわ)

レイ(なぜ彼女はこんなにも嬉しそうなのかしら)

レイ(人の心の機微……ほんとうに、難しい) ペラッ



レイ(……これは)

レイ(『ステップ3 冷たくしたぶん優しくしましょう』)

レイ(『そうすることにより、わがままだった女の子はより素直に、可愛らしくなるでしょう』)

レイ(それって)



シンジ『良かったら明日、させてくれないかな。荷物持ち』



レイ(……なるほど)





レイ「ステップ2を飛ばしても、効き目はあったみたいね」ボソッ

 
 
 

アスカ「は? 何か言った?」

レイ「いえ」

ーープツンっ

レイ「っ! ……なに? 急にあたりが暗くなったわ」

アスカ「当たり前でしょ。映画館なんだから」

レイ「……わたし、映画館なんて来たことないから」

アスカ「マジィ!? 信じらんない。イマドキそんな化石人間、実在してたんだ」

レイ「ええ。だから誰かと映画を観るのも、あなたが初めて」

アスカ「……そりゃあ、光栄ね」

アスカ「じゃあ不慣れなあんたのために説明してやるわ。メンドイけど。いい、上映が始まったら静かにすんのよ? 今みたいに騒いでたら他の客に迷惑なんだから。あと前の椅子を蹴ると下手すりゃ場外乱闘にーー」

レイ「……」

レイ(ああ)

レイ(今。やっと、わかった気がする)

レイ(碇司令に聞かれた時は、分かったらなかったけれど)

レイ(きっと。これが”楽しい”って感情なのね)

終劇

おまけのおまけ

マリ(何であの子たち、女の子同士で恋愛映画観てるんだろ?)

アスカ(何であの人、一人で恋愛映画観てるんだろ?)

レイ(……おもしろい)

お気に入りの【かぐや様は嫌われたい】回がアニメで飛ばされたのが未だに納得できないので、むしゃくしゃして書いた
反省はしていない
スレタイ回収してないので、次の話もこのスレに書く
いつになるかは分からない

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom