アスカ「かぐや様は告らせたい?」 弐 (121)

①アスカ・ラングレーは告らせたい
http://elephant.2chblog.jp/archives/52249297.html

②アスカ・ラングレーは告らせたい 破
アスカ・ラングレーは告らせたい 破 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssr/1556959574/)

③アスカ「かぐや様は告らせたい?」
アスカ「かぐや様は告らせたい?」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1558600850/)

続き物だよ。よかったら読んでね

https://i.imgur.com/ErvRYIX.png
https://i.imgur.com/owVhuQ9.jpg

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1560679868

人を好きになり、告白し、結ばれる。
それはとても素晴らしいことだと誰もがいう。

だがそれは間違いである!

恋人たちの間にも明確な力関係は存在する。
搾取する側とされる側。
尽くす側と尽くされる側。
勝者と敗者。

ミサト「はぁーっ!? せっかくあげた恋愛映画のチケット。女の子と観に行ったの!?」

アスカ「……悪い?」

ミサト「悪いわよっ。あんたがだいっっ好きなシンジくんと観に行くって言うから、チケット譲ってあげたのにぃ!」

アスカ「いや、別に好きじゃないから」

恋愛は戦っ!

ーー好きになった方の負けなのであるっ!



【葛城ミサトは告らせたい】

ミサト「あんたねぇ、あれはただの映画じゃないのよ?」

アスカ「男女で観に行くと100%結ばれる恋愛映画、でしょ」クダラナイ…

ミサト「しかも上映される映画館が少ないドマイナー作品。人気ある割にチケット手に入れるのも大変なんだから」

アスカ「やだやだ。この国の人間って、どうしてこうもヘンテコなジンクスをありたがるのかしら」

ミサト「……そのヘンテコなジンクスを聞いて目の色変えてた人間の言葉とは思えないわねぇ」

ミサト「で、どうしてチケット渡せなかったの?」

アスカ「……文句を言うなら、レイとシンジに言ってよ」

ミサト「ん? なんでシンジ君たちが出てくるのよ?」

アスカ「あの二人がバァカなことをやり始めたから、こっちまで振り回されちゃっただけ」

ミサト「……よくわからないけど。残念ね? シンちゃんと映画に行けなくて」

アスカ「……ハァ」

アスカ「この際はっきり言っておくけど」

アスカ「別に私はバカシンジのことなんか好きじゃないから」

ミサト「……また始まった」

アスカ「真面目に聞いて。ほんとのことなんだから」

アスカ「たしかに、あいつに興味が全くないと言ったら嘘になるわ」

アスカ「だけどあくまでそれはエヴァのパイロットとして」

アスカ「考えても見てよ。私が10年近く培って来た研鑽に、あいつは何もせずに並んで見せたのよ?」

アスカ「シンクロ率は今にもこの私を追い抜きそうな伸び方。実践での活躍に至ってはアイツの方が上。……意識するなっていう方が無茶でしょうが」

ミサト「それにアスカはシンジ君に何度か危ないところを助けられてるもんねぇ?」ニヤニヤ

アスカ「……ええ、そうね。クソ忌々しい事実だけど」

アスカ「それでいて当の本人はそのことを大して誇らしく思っちゃいない。未だに自信なさげにウジウジしてるんだからある意味スゴイわ」

アスカ「どんだけトラウマとコンプレックスを抱えこんだらああいう精神構造になるのかしらね? バカシンジを見てると、ヒトってああも劣等感に塗れることが出来るんだなーって感心しちゃうもの」

ミサト「じゃあ異性としては脈なしって言いたいわけ?」

アスカ「…………ナシよりのアリくらいには気にかけてやれないこともない、って感じね」

アスカ「でもそれは、あいつから私に告ってくる前提の話。だって私からあいつを好きになる理由なんて、何一つとしてないんだから」


ミサト「なるほどなるほど。あなたのシンちゃん熱はよーく伝わりました」

ミサト「そんなあなたに朗報です」

ミサト「じゃんっ! ここに映画のペアチケットがもう一組分あります」

アスカ「!」

アスカ「……それ。私に、くれるの?」

ミサト「正確にはあなたとシンジ君に、ね。今度こそ二人で観て来なさいな」

アスカ「……いらない」

ミサト「え、なんでよ?」

アスカ「だってもう、その映画観ちゃったし」

ミサト「ふふん。これはあなたが観て来た映画とは別のタイトルよ。それでいてジンクスは同じ。男女で観にいくと結ばれるらしいわよ?」

アスカ「……は? なにそれ、そんな都合のいい話があるわけないでしょう」

ミサト「あるのよねー、それが。同じ時期に同じジンクスの映画が運良く二つも公開されていた。
 ……これって運命的よね? 活かさない手はないんじゃない?」

アスカ「……いい。いらない」

ミサト「はい?」

アスカ「いらないって言ってるの」

ミサト「どうしてそんなこというのよ?」

アスカ「だって……」

ミサト「だって?」

アスカ「…………だもん」ボソッ

ミサト「ん?」

アスカ「だって……ぃ……から」ボソッ

ミサト「ごめん。ちょっち何言ってんのか分からない」

アスカ「っ……だ、だから。バカシンジにどんな風にチケット渡したらいいのか、分かんないのよっ」


ミサト「……」

ミサト「はぁ!?」

繰り返すっ。
恋愛は戦っ。
好きになった方が負けである!

ーーそれはさておき
世の中には、勝ちにこだわり過ぎて身動きがとれなくなることもあるのだ!

ミサト「そんなん普通に渡せばいいじゃない」

アスカ「……無理よ」

ミサト「なんでよ?」

アスカ「だってそんなことしたら」



シンジ『へぇ、アスカってば僕と映画に行きたいんだ?』

シンジ『しかも恋愛映画? 異性に観に行くと結ばれるジンクスがある? へぇぇ』

シンジ『つまりそれってさぁ、僕のことが”好き”ってことだよね?』ニヤァ

シンジ『そうじゃなかったら、男女で、二人きりで、恋愛ものの映画を、観に行ったりしないもんねぇ?』ニヤニヤ



シンジ『お可愛いね』ニタァ



アスカ「ーーって言われちゃうじゃないっ」

ミサト「いやいやいや」

ミサト「シンジ君はそんなこという子じゃないでしょ」

アスカ「そんなの分からないじゃないっ!」

ミサト「あの子は他人を見下せる性格してないわよ。これでも保護者な私が保証する」

アスカ「っ……どいつこいつもっ。判を押したように同じようことを言うんだからっ。現代社会の歪んだ道徳が産んだ、性善説の奴隷ねっ。いい? 他人なんて所詮はーー」

ミサト「……うーん」



ミサト(携帯は……っと) キョロキョロ

ミサト(おっ、あったあった) ヒョイ

ミサト『シンちゃんへ。よかったら今週の日曜日アスカと二人で映画に』ポチポチ


アスカ「何してんのっ!?」バッ

>>9
×今週→○来週

ミサト「いや、そんなに誘うのが恥ずかしいなら私が仲介してあげようかなーっと……」

アスカ「ダメでしょっ。そういうことやっちゃダメでしょっ!」

ミサト「なんで?」

アスカ「とにかくダメなの! シンジから誘ってくれなきゃ意味ないのっ!」

ミサト「まどろっこしいわねぇ」

ミサト「じゃあ前回あげたチケットはどうやってシンジ君に渡すつもりだったのよ」

アスカ「それは……」

ミサト「それは?」

アスカ「……その、渡す直前になるまで気づかなかった、というか。ギリギリになってことの重大性に気づいたというか」

ミサト「なるほど。結局こっぱずかしくてチケットを渡せなかったってわけ」

アスカ「ち、違うわよ。ヘタレ扱いすんなっ。ただ渡す渡さない以前の段階でつまずいただけよ!」

ミサト「なおさらヘタレじゃないの」

ミサト「つべこべ言わずに観て来なさいな」

アスカ「……うっさい。チケットなんていらないって言ってるでしょ」

ミサト「いいの? せっかくシンちゃんをモノにするチャンスなのに」

アスカ「何度でもいうけど、別にシンジのことなんか好きじゃないから」

ミサト「じゃあこのチケットはレイにあげてもいい? あなたの代わりにシンジくんと観て来てもらおうかしら」

アスカ「……っ!」ギロッ

ミサト「親の仇を見るような目で見ないで」

アスカ「……違うわよ。別にそんなんじゃないから。レイとは知らない仲じゃないしね」

アスカ「レイがバカシンジの毒牙にかかけられるなんて、想像するだけでゾッとしちゃうってだけ」

ミサト「ふうん」

ミサト(……あれ? 今、ちょっと違和感が)

ミサト「……まあいいわ。要するに、シンちゃんからアスカを映画に誘わせればいいんでしょ?」

アスカ「……そうね。あいつがどうしてもというのなら、行ってやれないこともないわ」

ミサト「じゃあ後で私から、シンジくんにチケットを渡して置くわ」

アスカ「ミサトが、シンジに、チケットを?」

ミサト「そ。シンちゃんにはアスカを誘うように言い含めておくわ。あなたはただシンジくんの誘いにただ頷けばいい」

ミサト「名案でしょ?」

アスカ「……やっぱイヤ。それも無理」

ミサト「はぁ? 今度はなんでよ」

アスカ「どうでもいいでしょ。無理なもんは無理なの」

ミサト「どうでもよかないわよ。理由をいいなさいな」

アスカ「だって……」

ミサト「だって?」

アスカ「それってつまり、バカシンジはただミサトに命じられるがまま私を誘うだけってことじゃない?」

ミサト「まあ、そうなるわね」

アスカ「……ここで世間一般的な女子の意見を語ります」

ミサト「ます?」

アスカ「いや、まあ、わたしは別にそうは思わないんだけど」

アスカ「あくまで一般的に。はじめて意中の男子から映画に誘われる女子の心理を考えてみると」

アスカ「初めて一緒に映画に行くときくらいは、さ」

アスカ「『できたら、自分の意思で誘って欲しいなあ』」

アスカ「とか、思うもんじゃない」

アスカ「ーーましてそれが初めてのまともなデートなら、ね?」カァァ


ミサト「……」







ミサト「乙女かっっ!」バンッ

ミサト「アンタはピュアピュアな乙女か!? 初恋かっ!?」

アスカ「そうだけど?」

ミサト「そうだったわね、ごめんなさいっ!」

アスカ「ーーあっ。今のは乙女の部分を肯定しただけであって、別にあのバカに恋してるって意味じゃないから」アセアセ

ミサト「はいはい、ご馳走さまご馳走さま。ありがとうございますぅ」

ミサト「ぐっ……舐めてたわ。なによこの甘酸っぱさ。アラサー女子にはキツ過ぎるわぁ」

アスカ「ち、違うつってんでしょ。そういう意味じゃないんだってば」

ミサト「じゃあ他にどう解釈しろってのよ。今の乙女節はどう考えてもシンジ君が好きってことでしょうがっ。いい加減認めなさい」

アスカ「違うからっ。今のはただ、唐突に意中の男子から映画に誘われる女子の心理を語りたくなる衝動に駆られただけだから!」

ミサト「そんなピンポイントすぎる衝動があるか!」

ミサト「あんたねぇ。いっちょ前に大学出てるならもうちょっと納得できる言い訳考えてみなさいな」

アスカ「……分かったわよ」

アスカ「これ言うのも疲れて来たんだけどさ」

アスカ「私、バカシンジのことなんて好きじゃないの」

アスカ「そもそも惚れた腫れただなんてくだらない」

アスカ「要するにそれ、依存でしょ?」

アスカ「私は一人で生きていけるし」

アスカ「ハリを抜かれたヤマアラシになり下がるつもりもないの」


アスカ「つまりね」

アスカ「私はシンジのことなんか好きじゃないし」

アスカ「私からシンジに告白するつもりもない」

アスカ「恋愛にすら、興味ないのよね」

アスカ「興味があるとすればーー」


アスカ「あいつが 自分の意思で 誰かの中から 私を選ぶこと」

アスカ「そこに意味があんのよ」

アスカ「ただ選ばれればいいってわけじゃないわ」

アスカ「誰かに命じられたからって、私を選ぶのはダメ」

アスカ「大して好きでもないくせに、なんとなしに私を選ぶなんて絶対に認めない」

アスカ「他の誰にも頼れる人間がいないから、仕方なく私を選ぶなんて死んでも許さない」

アスカ「頭のてっぺんから爪先まで、身も心もぜんぶ捧げてこの私のものになりたいーーそう、シンジの方から哀願してきたその瞬間」

アスカ「そこではじめて、私の魅力と優秀さが証明されるってわけ」


アスカ「ーーすなわちっ。私はシンジを跪かせたいだけであって、決して好きなけではないっ。はい、Q.E.D.!」




アスカ「どう? 非の打ちどころがない完璧な理論でしょ」フフンッ

ミサト「……」

ミサト(…………すごい。途中から言い訳するどころか、聴いてるこっちが恥ずかしくなるような惚気を口走ってただけなのに)

アスカ「ふんっ」ドヤッ

ミサト(こんなにも清々しい、したり顔が出来るなんてっ!)



ミサト「はぁ。昔はもっと賢い子だったのになあ……」ボソッ

アスカ「?」キョトン

ミサト「……あなたの言い分はよくわかった。でもそれならチケットはどうするの?」

アスカ「それは……」

ミサト「あなたから誘うのもイヤ。シンジくんに誘わせるのもイヤ。だけど映画には行きたい。
 ……気持ちは分からないでもないけども。世の中そう都合よく回るもんじゃないのよ」

アスカ「……分かってるわよ。そんなこと」ムスッ

アスカ「……要は、シンジが自分の意思で誘いにくればいいのよ」

ミサト「シンジくんが自発的に映画のチケットを手に入れて、あんたを映画に誘うっての?」

ミサト「現実的じゃないわねぇ」

アスカ「バカね。そうじゃないわ」

ミサト「……何か手があるってこと?」

アスカ「そうよ」

ミサト「……分からないわ。いくら考えても、そんな都合のよい方法があるとは思えない」

アスカ「あらあら、作戦部長もお手上げってわけ? 私が思いつく程度の作戦も思いつかないなんて……ふふっ。今度から作戦立案するの、代わってあげよっか?」ニヤ

ミサト「……悔しいけど、完敗ね。見直しちゃった。やっぱりあなた、腐っても天才なのね」

アスカ「そうでそうでしょー? もっと褒めてくれていいのよー?」フハハハハッ

アスカ「……腐っても、ってどういう意味?」

ミサト「いいからいいから、はやく作戦を教えてちょうだい」

アスカ「しっっかたないわねぇ」ニヤニヤ

アスカ「まず、ペアチケットを、なんかこう……」

アスカ「上手いことバカシンジに押し付けます」

ミサト「ふむ」

アスカ「そしてチケットの処遇に悩むバカシンジを、なんていうかこう……」

アスカ「上手いこと誘導します」

ミサト「ふむ」

アスカ「最後になんやかんやと紆余曲折あったのち、バカシンジは私を映画に誘います」

アスカ「以上です」

ミサト「なるほど」










ミサト(ーーーー馬鹿なのっ!?!!?)

ミサト(まず上手いことってなに!? なにをどう上手いことやるの!?)

ミサト(そこ具体的に言えない人が、上手いこと何かを成し遂げられるとは思えないんだけどっ!?)

ミサト(あと計画の最後に『なんやかんや』とか、『紆余曲折』組みこむ必要あるっ!? そこなくても成立するでしょっ! ただですらふわっとしてる計画に不確定要素ぶちこんでどうするのっ!)

ミサト(よくもまあ、作戦部長を馬鹿に出来たわねっ!? 謝れ! この私に謝れっ!!)

ミサト「………………ふぅ」

ミサト(ーーと、一通りつっこんでは見たけれど)

ミサト(ふふっ。いくらなんでもこれは冗談よね。今のはアスカなりのジョーク。ゲルマンジョークに違いないわ)



アスカ「ねね。どうよ? 今の私の作戦。作戦部長の目から見て何点くらい?」ワクワク

ミサト(……私の同居人はもうダメかもしれない)

ミサト(本気でこの作戦ともいえないナニカがイケてると思ってるわ、この子)

ネェー、キイテルノー?

ミサト(これじゃ酔っ払ってた時よりも酷いじゃない)

オーイ、サイテンハー?

ミサト(どうしちゃったのアスカ。なにがあったらここまで深刻なIQメルトダウンが起こせるの。プラグ深度だってここまで急速に落ちるこたないわよ)

ナントカイエー、ミサトー

ミサト(…………まてよ、もしや)


ミサト(この子。シンジくんが絡む時だけ、頭が緩くなるんじゃないの?)

ミサト(……ありえない仮定じゃないわね

ミサト(お酒を飲んだ時も、さっきのアホな作戦を建てたときも)

ミサト(アスカが頓珍漢なことを口走る時は、決まってシンジくんの話題が出ていたし)


ミサト(……試してみるか)

ミサト「ねぇ、アスカ。あなたの作戦を採点してあげたいのは山々なんだけど」

ミサト「その前に確かめないといけないことがあるの」

アスカ「何を確かめたいってのよ」

ミサト「……あなた、今ここで100までの素数を数えられる?」

アスカ「はぁ? なんでいきなりそんなことーー」

ミサト「必要なことよ。答えて」

アスカ「……あのね、もしかして私を馬鹿にしてんの?」

アスカ「これでも古巣は理系よ? そりゃ数学は専門分野とは言い難いけど、半分工学専攻みたいな学科だったし。バリバリに使ってたわよ」

アスカ「100までどころか、3桁の素数くらいならソラでいえるってーの」

ミサト「じゃあ、やってくれるわね?」

アスカ「いいわよ。何を試したいのかよくわかんないけど」

アスカ「……っと、あほらし。じゃあ始めるわよ」

ミサト「ええ、好きなタイミングで初めて」

アスカ「2・3・5・7・11」

ミサト(滑りだしは好調ね。さすが、言うだけあるわ。でも……)


アスカ「13・17・19・23・29」

ミサト「あっ、こんな所にシンジくんの写真がっ」ペラッ

アスカ「!?」

アスカ「っーー30・32・33・34・35」

ミサト(……やっぱり)

ミサト(シンジくんの写真を見せた途端、素数以外の数字もカウントし始めた)

ミサト(それだけアスカは動揺しているってことになる)

ミサト(……確定的ね)

ミサト(とどのつまり)



ミサト(アスカはシンジくんについて考えているとき、『アホ』になるということ!)







アスカ「36・38・39・40・42」

ミサト(ていうか的確に素数だけを数えられてないのね!? 逆にすごい!)

ミサト「……アスカ、もういいわ」

アスカ「は? まだ100まで素数数えてないじゃない」

ミサト(……しかも自覚なし、か)

アスカ「で、どうなのよ? 私の考えた作戦の評価は」

ミサト「えっと……」

ミサト(プライドの高いアスカだもの、馬鹿正直に感想を伝えたら傷つくに決まってるわ)

ミサト(かといって、あの作戦をそのまま実行されてもアスカが大火傷を負うのは目に見えてる)

ミサト(あちらを立てればこちらが立たず、板挟みね)

ミサト(さて、どうしたものか)

ミサト(……気は進まないけど)


ミサト「アスカの考えた作戦……あれは、ね」

アスカ「……」ゴクリ

ミサト「いやー、無理無理。自分から映画に誘う勇気すらない生娘が、男の行動を掌握しようだなんて……ププッ。前提から間違ってるというかぁ? 片腹痛いにも程があるって話なんですけどー? あんたどんだけ自分を客観視出来てないのぉ?」アハハ

アスカ「!?」

ーーあからさまな挑発!
その効力は絶大であり、使われた者は例えあらかじめ相手の意図を看過していたとしても平常心を奪われる!
まして、アスカにとってミサトは身内!
挑発されるなどとは夢にも思わず無防備を晒していたところにこれは、クリーン・ヒット!
元よりプライドの高いアスカが示す反応は一通りしかありえない!

アスカ「ちょっとなに笑ってんのよ、馬鹿にすんな! 適当なこと言わないでっ。その気になればバカシンジの一人や二人、簡単に誘えるわよっ!」

ミサト(かかった)

ミサト「ふうん。じゃ、シンジくんを映画に誘ってみなさいよ」

アスカ「え?」

ミサト「なに、出来ないの?」

アスカ「……出来るとは言ったけど、やるとも言ってない」

ミサト「やっぱり出来ないの?」

アスカ「ち、違うわよ。だから何度も言ってるけど、バカシンジから誘ってくることに意味があんのよっ」


ミサト「ならいい考えがあるわ」

ミサト「電話越しに誘っちゃえばいいのよ」


アスカ「……どういう、こと?」

ミサト(アスカがシンジくんのこととなるとアホになっていくのは、先の実験で立証済み)

ミサト(つまりこうして会話している間にもアンチIQフィールドがアスカをむしばんでいることになる)

ミサト(現時点でのアスカの推定残留IQはおよそ3っ)

ミサト(今なら容易く誘導できるっ)

ミサト(ーー悪く思わないでね)

ミサト「まずあなたからシンジ君に電話をかけます」

アスカ「うん」

ミサト「次にシンジ君に日曜日の予定がないか聞き出します」

アスカ「うん」

ミサト「恐らくシンジくんは、日曜日に予定はないと答えるでしょう」

アスカ「でしょうね」

ミサト「そこであなたはすかさずシンジくんを映画に誘い出します」

アスカ「うん」

ミサト「以上です」



アスカ「……うん?」

ミサト「どう、私の作戦は?」

アスカ「待って、何かがおかしくない?」

ミサト「どこがおかしいの?」

アスカ「何がおかしいのかは分からないけど、何かが決定的におかしいわ」

ミサト「なら気のせいじゃない?」

アスカ「……あっ、そうよ。これじゃあ私からシンジを誘ったことになるじゃない」

ミサト「そうかしら?」

アスカ「なんかさっきから私を馬鹿にしてない?」

ミサト「落ち着きなさい、アスカ。この作戦には続きがあるの」

アスカ「続き?」

ミサト「無事シンジくんを映画に誘ったあなたは、その後も変わらずシンジくんと接します」

アスカ「うん」

ミサト「その間、アスカからは日曜日のデートについては一切話題にしません」

アスカ「デートじゃないけど、うん」

ミサト「すると必然的にシンジくんの方から、デートの話題を振ってきます」

アスカ「うん」

ミサト「直接デートの話を持ちかけてきたのはシンジくんが先なので、自動的にあなたの勝ちとなります」

アスカ「……う、ん?」

ミサト「電話越しにデートを誘う行為と、直接デートに誘う行為。どちらが”真剣”なのかは火を見るより明らかよね?」

アスカ「そりゃ、直接誘ってくる方が気持ちはこもってそうだけど……」

ミサト「電話はあくまでシンジくんの”真剣な行為”を引き出すためのブラフよ」

ミサト「つまりこれは攻めの一手。あなたらしい鮮やかな姿勢でしょ」

アスカ「そうかしら。でも攻めの一手なら……あり、なのかな?」

ミサト「歯切れが悪い。あなたらしくないわね。迷ったらやる、即決即断があなたのポリシーでしょ。さくっと、電話でシンジくんを誘っちゃいなさいな」

アスカ「……そう、よね。こんなの私らしくない。たしかにミサトの言う通り、かも?」

ミサト(よし、丸め込めた)

ーー勢いに任せた説得っ!
相手のキャパシティを越える情報量を短時間のうちに叩き込み、判断力の低下・からの間違った決断を誘発するせこいやり口っ。
古来より詐欺や悪徳商法の常套手段として起用されているその手法は、原始的ではあるが時に恐ろしいほどの効果を発揮する!

ミサト(アスカが素に戻ってメンドイこと言い出す前にピ、ポ、パッと)

ミサト「はい、アスカ。早速シンジくんに電話繋げといたわ」ポイッ

携帯『ブルルルル…』

アスカ「えっ、今ここで誘うの?」

ミサト「善は急げっていうでしょ?」

アスカ「それはそうだけど……」

携帯『ブルルルル…』


アスカ「…………え? 待って、おかしくない? なんでこんなことになってんのよ? 冷静に考えたら電話越しに誘うのも直接誘うのも同じことよね? どのみち誘った時点で告白みたいなもんじゃない? 私の負けじゃん。ナニコレ。おいこらミサト、ふざけっーー」


携帯『はい、碇ですけど』

アスカ「……」

ミサト(ピタリと黙った)

アスカ「……」

シンジ『もしもし?』

アスカ「……」

シンジ『ミサトさん、ですよね?』

アスカ「……」

シンジ『あの……』

アスカ「……私よ」

シンジ『え、アスカ?』


ミサト(第一障壁、突破ね)

シンジ『驚いたな。アスカから電話をかけてくるなんて』

アスカ「何よ。私が電話しちゃいけないっての?」

シンジ『だってそれ、ミサトさんの携帯でしょ?』

シンジ『それに昔、アスカの連絡先を聞いたら、教えてもらえなかったこともあったしね』

ミサト「はぁ!?」

アスカ「そりゃあんたとは家でも学校でも同じなわけだし。基本的に連絡は必要ないじゃない。携帯でも密に連絡とりあうなんて面倒いだけよ」ギロッ



シンジ『今、ミサトさんの声がしなかった?』

アスカ「さあ。気のせいじゃない」

ミサト(……今この子、仮にも保護者に向かって般若みたいな顔をした)

シンジ『でも嬉しいな』

アスカ「なにが」

シンジ『最初は番号すら教えてくれなかったアスカが、こうしてミサトさんの携帯を借りてまで電話をかけてくれるなんて』

シンジ『ちょっとは認めてもらえた気がして』

アスカ「はぁ? なに気色悪い勘違いしてんの。こっちはあんたに用があるから掛けただけよ」

シンジ『そ、そうなんだ。でもアスカからの電話が嬉しかったってことには変わりないから』

アスカ「だからそういうのが気色悪いつってんのよ、このキモシンジ」

シンジ『ご、ごめん……』

アスカ「…………ふんっ」ニヘラッ

ミサト(……般若との落差がすごい)

シンジ『それで。用ってなんなの?』

アスカ「……それは、その」

シンジ『うん』

アスカ「その……」

シンジ『その?』

アスカ「よ、よかったら、来週の日曜日ーー」


ミサト「……っ」グッ

ミサト (そうよ、アスカ)

ミサト (奇跡を待つより捨て身の努力よ)

ミサト (がんばっーー)


携帯『おいおい、センセ。もしやさっきから、嫁はんと電話してるんかぁ?』


アスカ「!?」

ミサト「!?」

シンジ『嫁はんって……違うよトウジ。アスカはそんなんじゃないって』

シンジ『いま電話してるんだから静かにしててよ』

アスカ「…………待って、そこに誰かいるの?」

シンジ『うん。ちょっとトウジとゲーセンで寄り道しててさ。でも静かにしてもらったから気にしないでいいよ』

シンジ『それで、今なんと言おうとしてたの?』

アスカ「……」



ミサト (……まずいわね)

ーー恋愛関係において『好きになった方が負け』は絶対のルールであるっ

“異性を映画に誘う”などもはや告白同然の行為!
敗北一歩手前の悪手!
それだけで好き認定をくらいかねない!
好き認定を食らったら最後

異性を恋愛映画に誘う

好き認定

告白同然としてクラス中に拡散



ーーと、最悪死に至る大変危険な状況なのである!

ミサト (けどアスカはそのリスクを受け入れた)

ミサト (多少強引な手は使ったものの、”映画に誘う”気になってくれた。なのにーー)

もしも対象が一人だったのなら、例え好き認定を食らってもクラスに拡散される可能性は低いっ。

しかし今回のように対象の側に一人でもクラスメイトがいた場合ーー拡散からの死のリスクがグッと高まる!

ミサト (どうすれば……一旦アスカを退かせる? でもこの機会を逃したら、アスカがまたその気になってくれることなんてーー)

ミサトが思考を張り巡らせたその時、アスカが動いたっ。


アスカ「……」

アスカ「よかったら、来週の日曜日ーー」


ミサト 「!」

ミサト(……そう。リスクは承知で突き進むのね?)

ミサト(行きなさい、アスカ)

ミサト(誰かのためじゃない、あなた自身の願いのためにーーっ!)


『おい、碇。”そんなんじゃない”って言い方はどうかと思うぞ。言われる側の気持ちを考えろよ』


アスカ「!?」

ミサト 「!?」

シンジ『なにわけ分からないこと言ってるんだよ、ケンスケ。だから今電話してるんだってば。向こうでトウジと話しててよ』

アスカ「……」

シンジ『ごめん、アスカ。……今言おうとしてたこと。もう一度言ってもらってもいい?』

アスカ「……相田もそこにいるの?」

シンジ『もちろん。ケンスケを仲間外れにするはずないよ』

アスカ「……今のあいつのくちぶり。こっちの会話はばっちり聞かれてんのよね」

シンジ『うん、そうだよ。でも特に問題ないでしょ?』

アスカ「……」

シンジ『?』





ミサト (汲んであげてーーーっ!)

ミサト (お願いだから、アスカの気持ちを汲んだげてぇぇぇ)

ミサト (シンジくんさえ気づいてくれれば、どうにでもなるからっ)

ミサト (さりげなくその場を離れるとかっ!)

ミサト (話を聞かれないようにヒソヒソ話すとかぁっ!)

ミサト (お願い、シンジくんっ)



シンジ『えっと……』

アスカ「……」

シンジ『あっ、もしかして男子がいるところだと話しにくい内容?』


アスカ「!」

ミサト「!」

シンジ『ごめん。そんな大事な話だとは思わなくって』

アスカ「別に。大事な話ってわけじゃーー」

シンジ『場所、変えた方がいい?』

アスカ「………………うん」コクリ

シンジ『分かった。今から移動するからちょっと待ってて』

アスカ「うん」

シンジ『じゃあーー』


シンジ『いいんちょーっ。ちょっとこっち、ついて来て貰ってもいーい?』

ヒカリ『え?』

アスカ「え?」

ミサト 「え?」

アスカ「待って」

シンジ『ん?』

アスカ「……いくつか、ツッコミたいことがある」

シンジ『順番にどうぞ』

アスカ「まず一つ。ヒカリがそこにいるの?」

シンジ『うん。いるよ』

アスカ「……どうして?」

シンジ『よく分からないけど、トウジに用があるらしくって。一緒に付いて来たんだよ』

アスカ「じゃあ二つ目」

アスカ「…………何故いまこのタイミングでヒカリを呼んだ?」

シンジ『だってアスカは男子の前じゃ話しにくいことを話すつもりなんでしょ?』

アスカ「そうよ」

シンジ『僕も男じゃない?』

アスカ「そうね」

シンジ『なら、この場で唯一女の子な委員長を呼ぶのは当然でしょ』

アスカ「………………そうね」




ミサト(いや、なんでそうなるのっ!?)

ミサト(違うでしょっ)

ミサト(過程と!)

ミサト(結論が!)

ミサト(おかしいでしょっ!)

ミサト(普通に考えたら分かるでしょ!)

ミサト(普通に考えたら分かるでしょっ!!)


ミサト「…………ふぅ」

ミサト (……困ったわ。シンジ君って、ちょっち鈍感なところが玉に瑕なのよねぇ)



アスカ「……」

ヒカリ『あの、碇くん』

シンジ『どうしたの委員長?』

ヒカリ『アスカは多分、碇くんと二人きりで話したがってると思うの』


アスカ「!」

ミサト(うしっ)


シンジ『え、そうなのアスカ?』

アスカ「……さぁ?」

シンジ『分かった、今から人気のないところにいくね』

アスカ「ん」



シンジ『移動したよ』

アスカ「みたいね」

シンジ『それで、用件ってなに?』

アスカ「……」



アスカ「……」スゥゥ

アスカ「……」ハァァ

アスカ「らい、しゅうのーー」



ミサト(あれ、アスカ。ちょっと緊張してない?)

アスカ「らいしゅ、うのーー」

シンジ『それは今聞いたよ』

アスカ「日、曜日に……」

シンジ『うん』

アスカ「……」

シンジ『?』
 
アスカ「らい……」

シンジ『え?』

アスカ「らっ……」

シンジ『来週の日曜日に、らいらっ?』

アスカ「っ……」



シンジ『ごめん。アスカがさっきから何を言いたいのか、ちょっとよく分からないんだけどーー』

アスカ「っ~~~~!」



アスカ「うっっっさいわねぇ!! グチグチ急かすんじゃないわよ、このバカっ」

シンジ『な、なんだよいきなりっ』

シンジ『アスカが”来週の日曜日にらいらっ”とか訳の分からないこと言うのがいけないんじゃないかっ』

アスカ「”来週の日曜日にライラックの花束買って来い”って言おうとしてたのっ! そういうことにしておくっ。これで満足!? よかったわねぇ、スッキリ出来てっ。じゃあ用が済んだから切るわ、さようなら!」

シンジ『え、ちょ、待っーー』ピッ



アスカ「ーーふぅ」

ミサト「いや何やってんの、あんた!?」

ーー逆ギレっ!
これは大別すると突発的なもの・恣意的なものの二つにカテゴライズされており、今回のアスカの場合は、前者に相当する!

ミサト「ちょっと。今のどういうつもり!?」

アスカ「別にいいでしょ」

ミサト「よかないわよ。ちゃんと説明してくれなきゃ納得がーー」


アスカ「…………」ズーンッ



ミサト(……なんか。すっごい、凹でるみたいなんですけど)

ーーそして突発的な逆ギレは、やらかした後にとんでもない自己嫌悪に苛まれるという特徴がある!
これにはプライドと自信の塊であるアスカも凹まざるを得ないっ!

ミサト「ーー分かった。私はもうこの件については責めないし、言及しない。絶対に茶化さない」

ミサト「だから落ち着いて、ね?」

アスカ「……もう落ち着いてるわよ」

ミサト「そ、そうね」


アスカ「……」

ミサト「……」



ミサト(こんな時、なんて励ましたらいいのか分からない)アセアセ

アスカ「……ダメなのよ」

ミサト「え?」

アスカ「ああいうのは、勢いが大事なのよ」

アスカ「そもそもこの電話自体、不本意だったし」

アスカ「私は最初から、やる気なんてなかったし」

アスカ「むしろあいつから掛けてこいって話だし?」

アスカ「……いやまあ、そもそもあいつは私の連絡先知らないんだけど」

アスカ「私が昔、教えるの拒否ったせいで……」ションボリ



ミサト(自分で自分の地雷を踏み抜いて落ち込んでるわ……)

アスカ「…………ああ、なんだ。じゃあ結局私のせい、ってことになるじゃない」ボソッ

アスカ「ふふっ、なにそれ」

アスカ「シンジのせいにすら出来ないとか……なんて、無様」

アスカ「これじゃまるで、ホントに私がヘタレみたいじゃない」

アスカ「……」

アスカ「……さっきからなに黙って見てんのよ」

アスカ「笑えばいいでしょうが。罵倒すればいいでしょうが。さっきみたいにヘタレとでも何とでも呼べいいじゃない」

アスカ「ええ、そうよ。私はバカシンジ一人映画に誘うことも、誘われることすらできないヘタレよ、ほら笑えって言ってんでしょうが笑いないさいよごらぁ」ウルウル

ミサト「えと、その……」



ミサト(ほんとうに、なんて返したらいいのやら……)オロオロ

ーー葛城ミサト、29歳。
これまでの人生を振り返ってみれば、本気で凹んでいる一回り歳下の人間を励ました経験なぞ、ついぞなかったことに気が付く!

ミサト「な、何ヘコたれてんのよ。アスカは悪くないわ」

アスカ「……じゃあ、誰が悪いってのよ」

ミサト「え、えと、それはーー」

アスカ「それは?」

ミサト「……」





ミサト「し、シンジ君が悪いと思うわ!」

ーーミサト。
熟考の末、責任をシンジに押し付けることを決断!
保護者どころか、大人としてちょっとどうかと思われるこすい手を選択!

ミサト「今のは、ほぼほぼシンジくんが悪いと思うわ。9:1でシンジくんに非がある。いやなんなら全責任はシンジくんにあるわね。だってあまりに鈍感過ぎたもの」

ーー本人がいないのをいいことに、好き勝手畳かける、ミサト!
もはや人としてどうかと思われかねない深度(りょういき)に踏み込む!

アスカ「……」

アスカ「……そうよ、あいつもあいつよ」

ーーしかし、それが今のアスカには効果抜群だった!

アスカ「こんな美少女と同居しておいて告白一つ寄越さないなんてどういうことよ」

アスカ「思考回路からしておかしいのよ、あいつは」

ミサト「その調子よ。そのままシンジくんの不満をぶちまけちゃいなさい」

アスカ「……いいの?」

ミサト「当たり前よ。そうでしないと、あなたも鬱憤が晴れないでしょ?」

アスカ「……わかった」

アスカ「そもそもね」

アスカ「あのバカは、表面上は女に耐性がない、そこらの盛ったエロガキみたいな振る舞いを見せるけど」

アスカ「根っこのとこではさ。
 恋愛だとか、惚れた腫れただとかーーそういうのに、とことん興味がないのよ」

アスカ「ほんっとーに、自分しか内にいないんだわ」

アスカ「気づいてた? あいつが私や他の人間を命張ってでも助けるのはね」

アスカ「他人を見捨てることができる”自分”を受け入れたくないからよ」

アスカ「そんな”自分”を碇司令や、他の人に受け入れてもらえるとは思えないから、必死こいて他人に優しくしてるだけなのよ」

アスカ「たぶんあいつ。他人を殺すか、自分が死ぬか選べって言われたら、死を選ぶわよ」

アスカ「嫌な”自分”になる勇気がないから」

アスカ「誰でもいいから”自分”を見て欲しいから」

アスカ「ーーただそれだけの理由で死ぬの、あいつは」

アスカ「……怖いくらいに、自分しか見えてないのよ」

アスカ「そんなやつにちょっとでも義理やら感謝やら感じてた時期があったってのは、今じゃお笑い種ね」

アスカ「つまりあいつはね、鈍感なんかじゃない。ただ単に、他人に興味がないだけ」

アスカ「そんなのに告らせようなんて、無理な話だったのよ」

アスカ「だって他人に興味がないんだからーー持ちたくったって、持てない心の持ち主なんだから」

アスカ「……」

アスカ「……あいつが恋愛に興味がないのなら、私だって惚れた晴れたに関心を抱かない」

アスカ「あいつが私を好きじゃないのなら、私だってバカシンジのことなんか好きにならない」

アスカ「あいつが誘ってこないなら」

アスカ「映画にだって、行きたくもない」

アスカ「……だから、これでよかったのよ」

アスカ「……つまり、あいつと私は水と油だったってわけね」

アスカ「一見、根っこが似ているようだけど」

アスカ「その実、とことんソリが合わない」

アスカ「世界中探し回って一人いるかいなかってレベルの、奇跡的な相性の悪さ(マリアージュ)よ」

アスカ「そういう奴を跪かせてこそ、私の優秀さが証明されると思ってたんだけどーー」

アスカ「……ま。私の惨敗みたいね」

アスカ「これに懲りて、勝手にくだらない勝負をあいつに持ちかけるのはもう金輪際止めにーー」



ミサト「ーーいい加減になさい」



アスカ「……」

ミサト「あんた、本気でそれでいいと思ってんの」

アスカ「それは……」

ミサト「ごちゃごちゃ理屈を並び立ててるけど、要はシンジ君を映画に誘えなかったのが悔しいだけでしょ?」

アスカ「……」

ミサト「あんたただ、自分の嫌な部分をシンジくんに責任転嫁してるだけじゃないっ」

アスカ「……そうよ。いけない?」

アスカ「さっき、バカシンジを『誰でもいい』から自分を見てもらいたがってるって言ったけど」

アスカ「ーーそれは私自身のことでもある」

アスカ「……私はバカシンジと違って『誰でも』じゃなくて『誰か』に見てもらいたい。そうじゃなきゃ嘘だと思う」

アスカ「でもその『誰か』に『誰でも』なれてしまうなら」

アスカ「つまるところ、バカシンジと同じなのよね」

ミサト「アスカ、それは……」

アスカ「だって、仕方ないじゃない。私にも分からないんだもの」

アスカ「その『誰か』が本当にソイツじゃなきゃ駄目なのか。それともソイツ以外の誰でもいいのか」

アスカ「結局のところ」

アスカ「碇司令の代わりに『誰でも』いいから他人を求めるシンジのように。私が『誰か』を求めるのは、代償行為でしかなーー」

ミサト「アスカ」ギュッ

アスカ「……ミサト?」



ミサト「いいのよ、それで」

ミサト「私もね、これでも昔好きな人がいたの」

ミサト「でもある日ふと気づいたわ」

ミサト「私はその人のことが好きだったんじゃなくてーーただ父親の面影を重ねていただけだったんだ、って」

アスカ「……どうなったの?」

ミサト「別れたわ。別れて遠ざけた」

ミサト「自分が嫌になったのよ」

ミサト「その人そのものを見ていない自分が、その人そのものに見られたいと思えていない自分が、気持ち悪くて仕方がなかったの」

アスカ「……」

ミサト「でも、失ってから気付いたわ」

ミサト「ただ、面影を重ねてただけじゃなかったんだな、って」

アスカ「? どういう、こと?」

ミサト「人は誰かの代わりになんてなれっこないってことよ」

ミサト「……正直なところ、私はあなたたちの保護者代わりにはなりきれてない。
 アスカが私を、保護者として認めてないことも、ちゃんと自覚してる」

アスカ「!」

ミサト「でもだからこそ出来ることもある」

ミサト「今こうして『保護者』ではなく『葛城ミサト』としてあなたに接してるように、ね」

ミサト「つまりそういうことなの」

ミサト「人が誰かの代わりになることも、人を誰かの代わりにすることも、最初っから出来っこないの」

ミサト「出来もしないことに嫌悪感いだいたって、仕方がないのよ」

アスカ「……」

ミサト「ーーそれにあなたはシンジくんのことがちゃんと好きよ、私が保証する」

ミサト「だからあなたも」

ミサト「不必要に自分を責めたりしないでいいの」

ミサト「ましてや、好きな相手を貶すような真似しちゃダメ。絶対に、ダメなんだからっ」

アスカ「ミサト……」











アスカ「でもシンジの悪口を言えって言い出したのはミサトよね?」

ミサト「…………」

アスカ「さっきも責任転嫁がどうとか言ってくれたけど、そもそもミサトが責任はシンジにあるとか言い出」

ミサト「ーーまだそうやっていい訳するつもり?」

アスカ「えっ」

ミサト「そりゃ都合の悪いことを全部人のせいにしてれば楽でしょうけどね」

ミサト「あんたはほんとにそれでいいのっ」

ミサト「嫌なことから目を逸らして、逃げて、誤魔化してーー中途半端が一番よくないわよ!?」

アスカ「……あっ、はい」





ミサト(よし誤魔化せた)

ミサト「ともかく」

ミサト「あなたは少し、シンジ君に対して強情っぱりが過ぎるわね」

アスカ「それはバカシンジが逐一私のカンに触るから……」

ミサト「そういうのを強情っぱりって言ってるの」

アスカ「うっ……」

ミサト「ーー来週の日曜日まで、まだ時間があるわ」

ミサト「このペアチケットはあなたにあげる」

アスカ「!」

ミサト「その代わり、来週までにきちんとそれをシンジくんに渡せるようになんなさい」

アスカ「……」

アスカ「そんなこと言われたって……無理なもんは無理なのよ」

ミサト「たしかに、人は急には変われない。だからといって諦めるの?」

アスカ「じゃあ、どうしろってのよ」

ミサト「電話でダメなら直接誘うのはどう?」

アスカ「…………無理ね。電話越しですらあのざまよ? 直接あのバカの顔を見ようものなら、腹わた煮えくり返って平常心保てなくなるわ」

ミサト「そうかもね、それなら練習すればいいのよ」

アスカ「練習って、何を? どうやって?」

ミサト(シンジ)「こうやるのさ」スッ

アスカ「!?」

ミサト(シンジ)「どうしたんだい、アスカ。鳩が豆鉄砲食らったような顔をして」

アスカ「…………なに、やってんの?」

ミサト(シンジ)「ミサトさんが僕のお面を付けたみたいだよ」

アスカ「どこから持ってきたの、その、バカシンジのアホ面がプリントされたお面」

ミサト(シンジ)「有能なミサトさんにかかれば、こんなの一瞬で用意出来るんだってさ」

アスカ「その口調、バカシンジの真似してるつもり?」

ミサト(シンジ)「そうさ」

ミサト(シンジ)「『碇シンジ』の顔を見て平常心を保てなくなるというのなら」

ミサト(シンジ)「この僕を『碇シンジ』に見立てて、素直に話す練習をするんだ」

アスカ「あ ほ く さ」

アスカ「考えが安直過ぎ」

アスカ「いくらシンジの口調を真似て、仮面をつけたところで、中身はミサトじゃない」

アスカ「……バカシンジにしては喋り方が軽快過ぎるし」

アスカ「ちょっとでも似せる気があるなら、もっと弱々しく喋って」

アスカ「イメージは産まれたての子鹿ね。ちょっと庇護欲わきそうな感じでお願い」

アスカ「あと服もミサトがいつも着てるものじゃ雰囲気でないわ」

アスカ「……シンジといえばスクールシャツよね。あいつ、私服ダサいし」

アスカ「ちょっと、あいつの部屋からスペアの制服拝借して来るわ」ドタバタ



ミサト(シンジ)「…………アスカが予想以上にノリノリで、ぼくも嬉しいよ」

アスカ「いいからほら、これ着て。はやく」グイグイ



アスカ「うん、まあまあね。これはそこそこのクオリティのバカシンジだわ」

ミサト(シンジ)「最終的にさらしまで付けさせられるとは思わなかったわ……」

アスカ「ーーよし。このミサト(シンジ)を映画に誘えばいいのね。楽勝よ」

ミサト(シンジ)「……いや、気が変わった」

アスカ「はい?」

ミサト(シンジ)「ここまでさせられたんだ。そのくらいじゃ割にあわない」

アスカ「割にあわないって言われても……どうすればいいの?」

ミサト(シンジ)「僕に”好き”って告白してみてよ」

アスカ「はぁ!?」

アスカ「な、なんで私がシンジに告白しなくちゃならないのよっ」

ミサト(シンジ)「いいじゃないか。僕はミサトさんなんだから」


アスカ「ややこしいわっ」

アスカ「……どちらにせよ。わたしはバカシンジに告るつもりはないの。逆ならともかく、ね」

アスカ「だから練習する必要もないわ」


ミサト(シンジ)「アスカ、もしかしてビビってるの?」

アスカ「もうその手には乗らない」

ミサト(シンジ)「……そっか。僕のことが好き過ぎて、上手く言える自信がないから。そうしてチキってるんだね」

アスカ「何言ってーー」


ミサト(シンジ)「だってそうでしょう? そもそもは僕を映画に誘えなかったから、こうして練習してるわけじゃない?」

ミサト(シンジ)「そんなアスカに、告白なんて出来るはずがなかったんだ」

ミサト(シンジ)「ほんっと。アスカってば普段は凜としてるのに」

ミサト「一皮剥いたら、女々しいというか、いじらしいというか」


ミサト(シンジ)「ーーお可愛いよね」


アスカ「っ~~~~!」

アスカ「いいわよっ。やればいいんでしょ。やってやるわよ! 余裕よそんくらいっ」

ミサト(シンジ)「じゃあ台詞は僕が指定するね」

ミサト(シンジ)「『わたしは シンジのことが 好きです』」

ミサト(シンジ)「言える?」

アスカ「……何を言わされるのかと思いきや。意外と味気ないのね」

ミサト(シンジ)「シンプルイズベストだよ。エモくはないけどね」

アスカ「さすがにこれくらいなら楽勝よ」

アスカ「練習にもならないわ」

ミサト(シンジ)「じゃあ、試しに言ってみてよ」

アスカ「ええ」



アスカ「わたしは」

アスカ「シンジのことが」

アスカ「す……」

アスカ「すっーー」

アスカ「すぅぅぅっーーーー!!」








アスカ「しゅきですっ!!!!」



アスカ「……」

ミサト(シンジ)「……」

アスカ「よし、成功ね」

ミサト(シンジ)「いや、失敗だよ」

アスカ「なんでよ。ちゃんと言えたじゃない」

ミサト(シンジ)「言えてないよ。全くちゃんとしてないよ」

アスカ「いや、ちゃんと言えた」

ミサト(シンジ)「言えてない」

アスカ「言えてた」

ミサト(シンジ)「『しゅきです』なのに?」

アスカ「……」



アスカ「でもちゃんと言えてたから。そういうことになったから」

ミサト(シンジ)「逃げちゃダメだ」

アスカ「……言い分がある」

ミサト(シンジ)「いいよ、言ってみて」

アスカ「あんたはミサトでしょ?」

ミサト(シンジ)「今は『碇シンジ』って、ていだけどね」

アスカ「それがいけないのよ」

アスカ「ミサトをシンジと呼ぼうとするから、混乱して噛んじゃうの」

ミサト(シンジ)「じゃあどうしろと?」

アスカ「そのお面、とって」

ミサト(シンジ)「えっ」

アスカ「あと、さらしと制服脱いで普段着に着替えて」

ミサト(シンジ)「えっ」

アスカ「そしたら次は『わたしは ミサトのことが 好きです』に台詞を変えてリトライするから」

ミサト(シンジ)「あんた、この練習の趣旨覚えてる?」



アスカ「よしっ、今度こそ上手くやったるわ」

ミサト「…………何やってんだろ、私」

アスカ「わたしは」

アスカ「ミサトのことが」

アスカ「す……」チラッ

ミサト「……」ジーッ




アスカ「すっーー!」チラッ

ミサト「……」ジーッ




アスカ「しゅきですっ!!!」



アスカ「……」

ミサト「……」



アスカ「どうしてこうなるの?」

ミサト「私が聞きたい」

アスカ「言い分がある」

ミサト「どうぞ」

アスカ「ミサトいま、私の顔をジーッと見てたでしょ」

ミサト「そりゃ見るわよ」

アスカ「それがいけないのよ。顔を見合わせながら小っ恥ずかしいこと言おうとするからいけないの」

ミサト「いけないのはあなただと思うわ」

アスカ「なら次は電話越しにーー」

ミサト「お願いだから趣旨を思い出して」

ミサト(……なるほどね)

ミサト(この子、シンジくんが相手だからああなる、ってだけじゃなくて)

ミサト(他人に好意を伝えることそのものに慣れてないんだわ)

ミサト(ーー表面的ならまだしも)

ミサト(それより内には決して誰にも踏み込ませない)

ミサト(『私は一人で生きていける』か)

ミサト(この子の経歴を考えたら仕方のないことだけど……)


ミサト「……はぁ」


ミサト(ほんとうに、根っこはシンジくんに通ずるものがあんのねぇ)

ミサト(でも、まあ)

ミサト(私がこの子らと同い年だった頃のありさまを考えたら)

ミサト(……とても人のことは言えない、か)

ミサト「ーーけどそれはそれ、これはこれよ」

ミサト「あんたね。私にすら”好き”と言えないようじゃ、とてもシンちゃんに告白できないわよ」

アスカ「す、するつもりないし。出来なくてもいいわよっ」

ミサト「あら。無敵のアスカ様が情けないこというのね」

ミサト「”出来ない”のと”しない”のとじゃ、大違いだと思うけど?」

アスカ「うっ……」

ミサト「ほら、私を練習台にしていいから。もうちょっとトライしてみましょ?」

アスカ「……わかった」

Take1

アスカ「私は」

アスカ「ミサトのことが」

アスカ「……しゅき」


ミサト「もう一回」



Take5

アスカ「私は」

アスカ「ミサトのことが」

アスカ「すっ……しゅき」


ミサト「惜しいわね」



Take23

アスカ「私は」

アスカ「ミサトのことが」

アスカ「す、す、すっ……しゅきっ!」


ミサト「もうひと押しっ」



Take?

アスカ「私は」

アスカ「ミサトのことが」

アスカ「しゅ、しゅ、しゅっ……しゅきぃぃぃっ!」


ミサト「……」




ミサト「悪化してるじゃないっ!!」バンッ

アスカ「な、何いってんのよ。私だってちょっとずつ進歩してるわよ」

ミサト「ーー無駄だった。今の努力と時間はぜんぶ無駄だったんだわ……ダメな子に何をやらせてもダメなのよ」

アスカ「や、やめなさいよ。そんな見捨てるようなこと言わないでっ」

アスカ「私はただ『しゅき』って言おうとしたら『しゅき』になるんだけで……ってあれ?」


ミサト「ほらもう、ふつうに『好き』っていうことすら出来なくなってるじゃないの!」バンッ,バンッ

アスカ「なによっ。これも”やれ”って言い出したのはミサトじゃないっ! ミサトってほんとに無責任ねっ」

ミサト「だから今こうして責任とろうとしてるでしょ!」

アスカ「じゃあどうしたらいいのか、もっと具体的に指示しなさいよ!」

ミサト「『私は』『ミサトが』のくだり、は無駄なのよっ。毎回律儀に言わなくていいからっ!」

アスカ「しゅき、しゅき、しゅき、ミサトしゅきっーーはい、これでいい!?」

ミサト「いいわけないでしょ! 『好き』って言えてないじゃないっ」

アスカ「言えないから困ってんのよっ!」バンッ

アスカ「しゅき、しゅき、ミサトしゅきっ!」

ミサト「もっと感情を込めて!」


アスカ「しゅき、しゅき、ミサトしゅきぃぃぃ!」

ミサト「もっと!」

ミサト(あれ)


アスカ「しゅきぃぃ、ミサト大しゅきぃぃ!」

ミサト「も、もっと!」

ミサト(何これ)


アスカ「しゅきいぃぃぃ、ミサトしゅきなの!」

ミサト「も、もっと。もっとお願いっ!」

ミサト(すっごい、気分がいい)パァァア


ーー葛城ミサト 29歳
思い返せば、シンジとアスカの保護者を請け負ってこの方、二人に真っ正面から好意を伝えられたことなど、指折り数えるほどしかなかったことに気がつく!



ーー玄関

<シュキィィ??ミサトダイシュキナノォォ??
<モット!モットヨアスカ??


シンジ「……」←電話の内容が気がかりだったのでダッシュで帰って来た


<シュキィィィィ??ミサトシュキィィィィ??
<イイワアスカ!モットォ!モットイッテェ??


シンジ(いまアスカの部屋でとんでもないことが繰り広げられているーー!?)



本日の勝敗

ミサトの勝ち!(ある意味告らせることに成功したため)



ーー玄関

<シュキィィ!ミサトダイシュキナノォォ!
<モット!モットヨアスカ!


シンジ「……」←電話の内容が気がかりだったのでダッシュで帰って来た


<シュキィィィィ!ミサトシュキィィィィ!
<イイワアスカ!モットォ!モットイッテェ!


シンジ(いまアスカの部屋でとんでもないことが繰り広げられているーー!?)


本日の勝敗

ミサトの勝ち!(ある意味告らせることに成功したため)

文字化けしたので>>104>>105

おまけ

シンジ「アスカって、その……ソッチの人なの?」

アスカ「は?」

おまけのおまけ

ーー後日・ネルフにて

加持「好きだ」

ミサト「……はぁ」

ミサト「……はいはい。どうせ他の女にも言ってるんでしょ。忙しいから後にして」カタカタ

加持「好きだなんて歯の浮きそうなこと言えるのは、葛城だけさ。君以外に言ったことなんかないよ」

ミサト「そのセリフからして浮いてるものね」カタカタ

加持「ははっ、一本取られたな」

加持「おや、嫉妬かい? やっぱり脈ありとみて良さそうだな」ハハハ

ミサト「……」イラッ

加持「ところで葛城。来週の日曜日の件、考えてくれたか」

ミサト「……ああ、あんたのくれた映画のペアチケットなら、もうないわよ」

加持「なに?」

ミサト「今更あんたなんかと恋愛映画なんて観に行くもんですか。忌々しいから、破いて捨ててやったわ」

加持「そうか。時に葛城。お前、別の恋愛映画のペアチケットを裏ルートで買ったそうじゃないか。それも飛び切りの高値で」

ミサト「……なんでそんなん知ってんの」

加持「俺の仕事をご存知ないのかな」

ミサト「職権乱用」

加持「ーーもしかしてそのペアチケット。俺に渡すつもりで買ったんじゃないか?」

ミサト「……残念ながら。それも忌々しいから破り捨てたわ」

加持「自分で買ったのにか!?」

ミサト「私のものをどう扱おうが勝手でしょ。さっ、用がないなら向こういって」

加持「用ならちゃんとあるんだよな。これが」

ミサト「用があるなら、手短にお願い」

加持「仰せのままに」スッ

ミサト「…………なに、これ」

加持「ライラックの花束さ。いい香りだろ?」

ミサト「それ、アスカがシンジ君に買って来いって言ったやつ……」ボソッ

加持「知ってるのか? らしくないな。花より団子ってのは葛城のためにある言葉だろうに」

ミサト「うっさいわね、バァカ」

ミサト「……で。これはなに?」

加持「プレゼントさ」

ミサト「それこそらしくないわね。あんたが花束なんて」

加持「なに。とある少年から、『ライラック』の花言葉について相談されてな。それで調べてみたら、中々にいい言葉だったんで、俺も葛城に渡すことにしたのさ」

ミサト「……とある少年って、もしかしてシンジくん?」

加持「悪いな。クライアントの秘密は、漏らさない主義なんだ。信用第一の商売なんでね」

ミサト「……なぁーにが商売よ。この自由人気取りが。ほんとのあんたは、二人の上司に板挟みにされた中間管理職のおっさんみたいなもんじゃない」

加持「ははっ、手痛いところをついてくるなぁ」

ミサト「それで。ライラックの花言葉、ってなんなの?」

加持「『謙虚』『無邪気』『友情』」

ミサト「…………ナニソレ。よーするに、お友達でいましょうってこと? それ、こっちの台詞なんだけど」

加持「そう心配するなよ、葛城。ライラックの花言葉は後二つある」

加持「『恋の芽生え』『初恋』だ」

ミサト「……ふうん?」

加持「『謙虚』な少年と『無邪気』な少女。二人の仲は『友情』によって繋がれていた」

加持「しかし『友情』はやがて『恋の芽生え』を促し最後には『初恋』に成る」

加持「ーーーー実にあの二人にぴったりな花言葉だとは思わないか?」


ミサト「……クライアントの秘密は守る主義じゃなかったの?」

加持「誰とは言ってないだろう? 要は個人名を出さなきゃいいのさ」

ミサト「信用第一の名折れったらないわね、ったく」

ミサト「……なるほどね。アスカも苦し紛れにしちゃあ、ロマンチックな感情の伝え方するじゃない。ちゃんとシンジ君に伝わってるようだし」

加持「偶然じゃないのか? ま、俺は男の子の方から断片的に状況を聞いただけなんだが。とても意図的にやったようには……」

ミサト「偶然なんかじゃないわよ、あの子はこれを狙ってやった」

加持「どうして分かる?」



ミサト「女の勘よ」

加持「……なるほど。そりゃ間違いないな」

ミサト「でもそこに気が付くシンジくんも大したものね。そんなに人の心の機微に聡い子じゃないはずなのにーー」

ミサト「……なんだ。じゃあ、あの子、ちゃんと『他人に興味』持てるんじゃない。やっぱりちょっと『鈍感』なだけだったんだわ」クスッ

加持「なんの話だ?」

ミサト「……昔から。その人のことを一番正しく理解している他人は『恋人』よりも『保護者』に決まってる、って話よ」

加地「そうかな? 少なくとも俺は、君の親父よりも君の寝相の悪さを熟知しているつもりだが」

ミサト「黙れバカ」

ミサト「ーーして、この花束を私に渡す心は?」


加持「そのままの意味だよ。『無邪気』な君に、実は『謙虚』な君。その両面に『友情』を感じていたかつての俺は、いつしか『初恋』に落ちてしまったっていたって昔話さ」


ミサト「…………うげぇ」

加持「なんだよその反応、傷つくな」

ミサト「反応してやるだけありがたく思いなさいよ。ぬわぁにが、初恋よ。適当ほざいてんじゃねぇっての」

加持「……それは本気で傷つくぞ。事実、あれは初恋だったんだからな」

ミサト「……え?」

加持「言ったろ? 浮ついたことを言えるのは葛城だけだって。俺が恋をしたのは最初から最後まで、ただ葛城一人だよ」

ミサト「……よくもまあ、そんな小っ恥ずかしいこといえるわね。この部屋、監視されてるのに」


加持「なあに、すでにダミーを走らせてある。映像も音も、な」

加持「この部屋の様子を覗き見出来るのは、特殊回線を握ってる碇司令くらいなもんだよ」

加持「そして碇司令はここを覗き見するほど暇じゃない」


ミサト「……ばーか。アスカじゃあるまいし。んな回りくどーいアプローチが許されんのは、若い子だけよ。あんたがやるとただただみっともないわ」

加持「恋は盲目っていうだろ? それだけ葛城の魅力にやられちまってるってわけだな、今の俺は」

ミサト「…………ほんと、バカね」



ゲンドウ「……レイ」

レイ「はい」

ゲンドウ「何をしている」

レイ「加持一尉と葛城三佐のやり取りを覗き見しています」

ゲンドウ「…………そうか」

レイ「碇司令。一つ、質問があります」

ゲンドウ「なんだ」

レイ「なぜ葛城三佐は、さきほどからしかめ面をしながら顔を綻ばせているのですか?」

ゲンドウ「……」

ゲンドウ「……気になるのか?」

レイ「はい」

レイ「私の友人も、よく似たような表情をするので」

ゲンドウ「……」

ゲンドウ「……お前には、まだはやい」

レイ(人の心ってむずかしい)


終劇

終わります
読んでくれた人いたら、ありがとう

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