【艦これSS】不器用を、あなたに。 (624)

・初のSSです
・スレ立て初めてです
・プロットは決めたんですが書き溜めがほぼ無いです

なのでクオリティは察してください

一応山城がメインですが群像劇っぽいかもです

p.s.あけましておめでとうございます!

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1546269785

---12月8日 7:40、某鎮守府---

眩しい・・・。
カーテンを閉めてるというのに、こんなにも明るいとは・・・

・・・ん?


ということは・・・・・・


山城「またやってしまったわね...」

とっくに起床の時刻は過ぎている。どうも早起きという行動は私には難しすぎるらしい。姉様が居ないとこんなにもダメなのか、と山城は自嘲する。

山城「でもいい加減慣れないといけないわね」

とりあえず布団を綺麗に片付けるのは後回しにして、最低限の身だしなみを整えてから自室を後にする。


~~~

部屋を出ると途端に寒さが身に染みる。ここ数日で1番寒いかもしれない。今日はただでさえ気分の乗らない日だというのに・・・。
気温も気分も最悪な中、俯きながら食堂を目指し廊下を歩く。しばらくすると前方がやや騒がしくなった。

山城「(...この声、姉様たちね)」

ふと目線を上げれば、階段のある曲がり角から見慣れた姿が出てきた。
扶桑と満潮が仲良く談笑しながら朝食から戻ってきたようだ ---

山城「姉様おはようございます!!!それとついでに満潮も。」

扶桑「あらあら、寝坊助の妹がやっと起きたみたいね」

満潮「ちょっと!!!おまけ扱いって喧嘩売ってんの!?てかあんた寝坊しすぎよ!」

山城「ふふ、冗談よ。まぁ寝坊については何も言い返せないわ...。」

山城「ところで姉様、今日は非番ですし午後に間宮にでも行きませんか?その、姉様と二人きりがいいに越したことはないけど、たまには満潮も...」

扶桑「それはいいわね。満潮も非番だし行くわよね?」

満潮「まぁ山城が誘ってくるなんて珍しいしね、その、甘味目当てなんだからね!」

山城「何照れてんのよ。それじゃあまた午後に---」

--- なんて、ほのぼのした会話が別の鎮守府では行なわれるのだろうか。でも他所は他所、うちはうちである。

そんなことを考えていたらいつの間にか彼女らとの距離は縮まっており、ついに目が合ってしまった。

山城「...おはようございます、姉様に満潮」

扶桑「おはよう」

満潮「...チッ」

冷たい語調の返事と舌打ちの音は山城に突き刺さった。

我に戻りふと振り返ると、2人は既に10歩分くらい離れていた。談笑を再開していて、その様子は何とも微笑ましい。実際2人はとても仲が良く、満潮は駆逐艦でありながら戦艦寮にて扶桑と同室生活を送っているのだ。

・・・でもまぁ挨拶が返ってくるだけマシかもしれない。淡白な言葉でも姉様が発声したものは全て美しいし、満潮のはちょっと舌が絡まりすぎちゃっただけとでも思えばいい。このくらいではうちの山城は不幸だなんて嘆かない。そう嘆く時というのはもっと・・・・・・

「あっ!時雨、ここ寝癖っぽいっ!」

・・・こういう声が聞こえた時である。

山城は少し緊張しながら、その声のする角を曲がった。

「ほんと?ありがとう夕だt...」

時雨「...」

夕立「...」

そこには予想していた通りの2人が居た。
両者はどちらからともなく一瞬立ち止まってしまった。

山城「.........おはよう」

とりあえず無難な事を口に出せた。名前まではとてもじゃないが出せなかったが。

時雨「...なんか今日は髪も跳ねるし不幸だなぁ」

夕立「この辺に幸運を拒絶するウイルスがあるっぽい...。さっさと部屋に戻ろ?」

時雨「そうだね夕立。白露たちも呼んで出撃までトランプでもするかい?」

夕立「楽しそうっぽい!」

仲良しな2人は気を取り直してその場を去った。

無視+精神口撃となるとさすがの私でもちょっとは堪える。慣れっこだし、ほんとちょっとだけどね。

はぁ、不幸だわ...



とりあえず今日はここまでです
たったこれだけで既に現在ある書き溜めの2割近くを投下してしまったという事実!
なるべくエタらないようにはします

みなさん良い初夢見ましょうね!

続き投下します

~~~

「ヘーイ、山城!今日はいつも以上に不幸な顔してるネー!」

階段を降り、その後は無事に食堂に着いた私は皆よりひと足遅い朝食をとっていた。無事とは言っても、朝食を終えてぞろぞろと自室に戻る不特定多数の艦娘からの陰口を考慮しなければの話だけれど。

山城「何よ、金剛。あんたはいつも元気ね」

嫌われ者の私に背後から元気に声を掛けてきたこいつは金剛型戦艦ネームシップ。この鎮守府の戦艦としては2番目に古参で高翌練度、しかも持前のフレンドリーな性格もあって人望も厚い。

金剛「当たり前ネー!先輩への挨拶は元気良くデース!」

そう言いながら金剛は隣に座ってきた。
たしかにここで一番古参の戦艦は私だったわね。・・・いや、先輩とか関係なくあんた誰にでも元気でしょ。てか挨拶ってあんたさっきヘーイくらいしか言ってないじゃない。

心の中でツッコミに励んでいると、その快活なエセ英国人は少しトーンを落として聞いてきた。

金剛「で、なんで山城はあんな顔してたネー?扶桑に無視されたとかデスネ?」

山城「さっきシンプルながらも素敵な挨拶を頂いたわ」

金剛「じゃあ時雨ネ!」

山城「なんでそうなるのよ...」

金剛「山城の悩みなんてこの二択デース。ほんとに違うんデスカー?」

半分は疑いながらも、もう半分は私を困らせる真の原因に興味津々なようだ。

山城「違うわよ、というか今更じゃない...(まぁそれも否定出来ないけど)」

山城「ただね、今日は12月8日じゃない?だから...」

金剛「Oh...艦の時代、私達が傷つくことになる戦争の幕開けの日デスネ」

山城「そうよ。別に私はあんまフラッシュバックとか無いけれどね」

山城「でも、もしあの戦争が無かったら、きっと私はこんな醜くならなくて良かっただろうにとか思ってしまうのよ」

その時金剛には、山城の目に後悔と寂しさが混在しているように見えた。
そこで答えを知っていながらも意地悪く投げかける。

金剛「それについて詳しく話すだけで時雨や扶桑、鎮守府のeverybodyとの問題は解決すると思いますヨ?」

山城「はぁ、そんなに簡単じゃないわよ...」

山城「それにこれは私のエゴだって自覚してるわ。あんたは納得してくれてると思ってたのだけど」

山城は一瞬躊躇ったような顔を見せたものの、すぐに呆れたような声で返してくる。

金剛「別にワタシは否定はしないヨー。ま、山城の好きにするがイイネー!」

やっぱり、と思いながらおどけた口調に戻る金剛。

山城「ふふ、あんたのそういう所は嫌いじゃないわ」

山城「それよりそろそろ姉妹のところに戻ってあげたら?」

山城「私が引き止めたわけでもないのに彼女達からさらにヘイトを買うなんて、全然大丈夫じゃないもの」

別卓から比叡や榛名が山城のことを、嫌悪を含むような目で見ている。霧島も眼鏡の反射光で分かりずらいが、よくは思ってなさそうだ。

金剛「ほんとに観察眼はスゴいんデスカラ。それじゃあ、よい1日を過ごすデース!」

金剛はニッコリ笑って席を立ち、姉妹の元へ帰って行った。

山城「(よい1日を、ねぇ...。非番だし、独り部屋で虚しくぼーっとするか図書室に篭るかしかないのだけど)」

社交辞令を深く考えてしまった。
周囲の明るく朗らかな声で思考の渦から引き戻される。
声のする方をチラ見すれば、やはり金剛が楽しそうに姉妹艦や近くにいる他の艦娘と喋っているのである。

山城「(...山城であること自体は良いとしても、どうせ艦娘に生まれ変わるんならあんな風になりたかったわよね)」

山城「(まぁ、絶対口には出さないけれど)」

山城はひっそりと羨望しながら目線を下に戻す。
食事は既に終わっていた。

山城「(さて、今日も今日とて欠陥だらけの不幸鑑らしい1日を過ごしましょうか)」

こうして嫌われ者は席を立つのであった。

???「よくは聞き取れませんでしたが山城さんの真意を知れるヒントがありそうでしたね...」

そう遠くない別卓で今の2人の会話に聞き耳を立てていた者がいた事など、山城は知りもしない・・・

今回はここまでです

初詣にでも行ってきます

書き溜めの半分を消費してしまったので今夜は投下できないかもです

結局書き溜めをほとんど増やせてません...
とりあえずまた少し投下します

~~~

12月9日 02:00 鎮守府廊下




暁「うぅ...」

暁「(響とか起こせば良かった...。お化けさん、ど、どうか今だけは...!み、見逃してください...!)」

暁「(トイレまであとちょっと!下向いてれば大丈夫...!下向いてれば大丈夫...!!)」


真っ暗な中、一人恐怖と戦いながら早足で
トイレを目指す暁の姿がそこにはあった。

暁「(川内さんが騒がない日に限ってトイレに起きるなんて...)」

いつも夜中に騒ぎ回る川内は今宵は姉妹艦と仲良く自室に居るらしい。

暁「(お化け...目の前にいたらどうしよう...怖いな...「暁?」 ひぅ!?」


目線を上げると、もうすぐそこまで迫っていたトイレの入口に、白い和服に身を包んだ、赤い目の、黒髪を長く垂らした女性がが居た。真っ暗闇の中じゃ幽霊と見間違いかねない。

暁「...山城さん?」

山城「またこんな所で会うとはね」

どうやら山城はトイレから出てきたところのようである。

暁「山城さんのその格好、心臓に悪いわよ...。2回目だから今回は大丈夫だったけど...」

実は4ヵ月程前、同じような形で2人は出くわしていた。
その時は山城を幽霊と勘違いした暁が気絶寸前になってしまい大変だったのだ。

暁「(とにかく山城さんでよかったわ!)」

暁「(でもトイレから出てきた所ってことは...また私1人よね...)」

まだ終わらぬ試練の存在に気づき、暁は意気消沈する。安堵も束の間、再び恐怖が思考を支配していく。すると予想外の言葉が山城から出てきた。

山城「...ねぇ、暁。ちょっとだけ喋っていかない?」

暁「喋る...?」

山城「あなたがトイレ終わるまで入口で待ってるから」

暁「わ、分かったわ!お喋りなら暁に任せてちょうだい!(これはラッキーね!山城ありがとう!)」

山城「付き合わせてごめんなさいね」

暗くてはっきりとまで見えなかったが、山城は微笑みをこちらに向けていた、ように見えた。

暁「(やっぱり山城さんだってホントはみんなと仲良く喋りたいのよ!)」

暁「(それにしても何喋るんだろう?あの山城さんが引き止めたくらいだし、話しにくい相談とかあるのかしら?)」

ホッとした気持ちと、山城とのお喋りが気になるモヤモヤを抱え、暁は個室のドアを開けたのだった。

とりあえず投下はここまでです

こんばんは、相変わらず書き溜めが増えないゴミです

今晩も小出しに投下します




暁「待たせちゃってごめんなさい。それで、何をお喋りするの?」

山城「あぁ、その、大した話ではないのだけど。結論から言うと伝言を頼みたいのよ」

暁「伝言?」

山城「えぇ。今日、じゃなくてもう昨日ね、神通の進水日だったじゃない?」

暁「そうね、私も川内さんが開いてたお祝いパーティーに参加してきたわ!」

そう、今日は駆逐艦達も日頃からよくお世話になっている神通の進水日だった。
艦娘にとって進水日はいわば誕生日のようなものなので盛大に祝う。
鎮守府古参勢の神通ともなると慕っている人は特に多く、大勢の有志達によって夕食後に彼女のためのパーティーが開かれたのだ。

山城「あら、そうだったのね。実を言うと私は昨日は直接会わなくてね、お祝いとかしてないのよ」

山城「でも長い付き合いの同僚だし、おめでとうくらいは言っとこうと思ったのだけど...」

山城「...私、彼女からも嫌われてるしね。嫌いな相手が一日遅れでお祝いしてくるのも気まずいだろうし、あなたに代わりにさらっと伝えてもらおうと思ったのよ」

暁「(あれ?そんなこと?)」

暁は拍子抜けした。そして少しだけ違和感を覚えた。

暁「(たしかに神通さんは2日がかりの遠征に出てて、昨日はみんなが夕飯を食べ終わった頃にようやく帰ってきたわ)」

そう、山城が神通に会わなかったという話自体はおかしくない。
それに、暁としては神通はむしろ他の川内型と同じように山城に理解がある側の人だと思うのではあるが、神通が山城の振る舞いをよく批判しているというのは事実だ。

暁「(けど、私を引き止めてまでするほどの話じゃないわよね)」

暁「(なんたって、川内さんと那珂ちゃんさんは山城さんの味方っぽいし、明日2人にでも頼めばいい話...)」

山城「...暁?」

暁「ふぇ!?」

山城「その、別に軽いお願いなんだし、もしめんどくさいならいいのよ?」

山城「あなたに会うまでは川内にでも伝えてもらえばいいと思ってたし」

どうやら暁が引き受けるかどうかを悩んでいるように見えたようだ。そして見事に暁の考えていたことを口にした山城。

暁「いや、そ、そうじゃないわ!」

暁「あのね、山城さん、神通さんは山城さんのこと、すごく嫌ってるとかじゃないと思うわ!」

暁「だからね、今回は私から伝言しておくけど、機会があったら神通さんに話しかけてみてもいいと思うの!」

誤魔化すために咄嗟に考えていることとは違うことを口にした。しかし今言った事自体は暁の本心である。

山城「...そう。まぁ、機会があったらね」

暁「(私の考えすぎだったのかなぁ...)」

山城「じゃあ要件も伝えたし戻りましょうか。前も言った通り、私もこっちだから」

暁「そうね!」

2人は駆逐艦寮の奥の方を目指し歩く。

山城の自室は本来は真逆の方向の戦艦寮である。しかし夜の静けさが好きな山城は、トイレのために起きてしまった夜などには、駆逐艦寮の端側の階段を降りて中庭に出て、そこらをぶらつきながら敷地を縦断して戦艦寮まで戻るのだ、と前回の時に教えてくれた。
その時暁は、だから同じく夜好きな川内さんは山城さんと仲がいいのか、なんて解釈をしてすごく納得したのだった。
もちろん電から話を聞いてからは、それだけが理由ではないと知っているのだが。

無言のまま、2人は暗闇を歩く・・・

今回はここまで

SSを書くって大変ですね
全然書き溜めを蓄えられないです

不幸だわ...

今晩は昨日よりさらに少ない投下量になっちゃいます
書き溜めが溜まったら一気に投下量増やせるんですけどね・・・

てなわけで投下開始です

暁「(にしても、深刻な相談だと思ってたから、ついに暁も山城さんに頼られるようなレディーになれたのかって思ったのになぁ...)」

山城の斜め後ろで、暁は先程の出来事を振り返っていた。

“レディ”というのは暁が目指している理想の姿である。
お淑やかで、美しく、慕われていて、頼りにもなって・・・
いつかはレディになれたら、と暁は日頃から強く思っているのである。

暁「(でも、喋っていかない?なんてあの山城さんから言われたら、期待しちゃうのも仕方ないわよね)」

そうやって内心舞い上がってしまった自身を慰めようとした時だった -

暁「(...やっぱ変だわ!)」

暁「(じゃあ何であの時、最初から「伝言頼んでいいか」って言わなかったのかしら?)」

先程の違和感の正体に気づく。

暁「(そうよ!それにあの程度の伝言を頼むためだけに、わざわざ私がトイレを済ませるまで待っててくれたのも気になるわ。こんな寒いのに...)」

天気予報では、昨日から特に冷え込みが厳しくなったと言っていた。本格的な寒波が到来してるんだそうな。

暁「(...!?)」

続けて暁はさらに大きな矛盾に気づく。
前を黙々と進む幽霊のような格好をした人物は、まさか後ろにいる少女が彼女のことをずっと考えているなど、露も知らないだろう。

しばらくして、暁はようやく納得のいく結論を導く。

暁「(もしかして...!山城さんは...)」

そう考えると、辻褄が合うのである。

暁「(どうしてこんな簡単なことに気づけなかったんだろう...)」

それは“嫌われ者の山城”という先入観が強すぎた故なのかもしれない。
それと同時に山城が現状を甘受しているというのも、この発見を妨げた原因であろう。

暁「(きっとみんなも、こういうところに気づけば...!)」

山城「...着いたわね」

暁「そ、そうね!」

暁が考え事をしている間に、早くも暁型の部屋の前に着いていたようだ。

山城「それじゃあ、おやすみ」

山城はそれだけ言うと、すぐにこちらに背を向け、歩みを再開させた。
それでもその短い言葉にはどこか優しさが篭っているようにさえ、暁には感じられた。
今だから、やっと、心の底からそう思えるのかもしれない。

暁「えぇ、おやすみなさい。......ありがとう、山城さん」

二言目は彼女に届いただろうか。

今回はここまでです

アニメ2期は時雨とか西村艦隊が重要な役で出るんじゃないか、なんて話が出てますね!
楽しみですね!!

昨日は投下できませんでしたが今日はします

別にその分ストックが増えたとかではないのですけども・・・

暁はドアをそっと開け、妹達が寝静まる部屋に入る。
ドアを閉めその場に座り込み、ドアに片方の耳を当てる。

コツ...コツ......コツ............コツ...

しっかりと耳を澄ませば、遠ざかっていく足音が聞こえる。

暁「(前回は私があぁなっちゃったから、負い目を感じたのか、山城さんは無条件でトイレの間付き添ってくれたわ)」

改めて、以前に今夜と同じような状況で山城と会った時のことを思い出す。

暁「(でも今回は私は驚かなかったし、そんな必要はなかった)」

足音はついに聞こえなくなる。

暁「(それでも山城さんは、私が安心できるようにと、一緒に居ようとしてくれた...)」

暁「(その気遣いを隠すために、わざわざ大したことない伝言を頼んだんでしょうね)」

.........コツ......コツ...コツ...コツ...

また足音が聞こえ始め、こちらに近づいてくる。

暁「(帰りだってそうよ。前の時は夏の暑苦しい夜だったから何も不思議に思わなかったけど...)」

コツ、コツ、コツ...

ちょうどその足音は、扉を隔てて暁の真横を通る。

暁「(こんな冬の日にあんな格好で中庭に出るわけないわ。だから、山城さんがこっちに来る理由なんて何も無いのに...)」

...コツ......コツ............コツ...

先程のようにまた足音は遠ざかる。もっとも、今度は真逆の方向にであるが。

暁「(...全ては怖がりの私のために。)」

暁はそっとドアノブをひねり、身一つ分だけドアを静かに開ける。廊下の先を窺えば“幽霊”が戦艦寮へ向かうのが見える。
皆から怖がられ、嫌悪される存在・・・

暁は再びドアをそっと閉め、今度こそ寝床に向かう。

暁「(こんなことをする人が、本心で時雨たちに暴言を吐くはずがないわ...!)」

そう確信をした。

ふと右側の二段ベッドの下段で眠る末の妹を見れば、彼女は穏やかな顔をして眠っている。

暁「(電、あなたがずっと言ってきた事はこういうことだったのね)」

周りからも奇異の目で見られてきた、電の必死な山城擁護。
姉妹艦である暁でさえ、そうまでする必要性は理解出来なかった。
それでも、真実の欠片を拾ってしまった今は、そうせざるにはいられない気分にさえなりそうだ。

明日この事を暁型で共有しよう。鎮守府全体ともなると先は長いのかもしれないが。
そう決心して暁は再び眠りに付くのだった。

投下はここまでです

明日の夜にでも続き投下出来たらいいなぁ、なんて。

そういやsagaを入れることを失念してました
まぁこれ入れたところでどうせ誤字るのであんま意味無い気もしますが・・・

続き投下します

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那珂「はぁ...」

那珂「もぅ~~~!!!なんでみんな那珂ちゃんのファンになってくれないの~~~(泣)」

麗らかな日光に照らされながら、朝礼台の上で嘆く川内型末妹の姿がそこにあった。

那珂「歌だって結構いいと思うんだけどなぁ!那珂ちゃんの可愛さにマッチしてるいい曲だと思うんだけどなぁ!!!」

那珂「神通ちゃんもそう思うよね!?」

朝礼台の傍に置いた音響機材を片している姉妹艦に同意を求める。


神通はいつもなんだかんだで 妹の“アイドル活動”に付き添ってくれるのだ。普段は規律に厳しく皆から“鬼教官”なんて呼ばれているが、こういう所に彼女の優しさを感じる。


神通「私もいい曲だとは思いますよ」

那珂「だよねっ!!!」

神通「そのせっかくの曲をみんな聞いてくれないのは、那珂ちゃんがアイドルアイドルうるさすぎるからなのでは?」

那珂「」

同意を得て完全に舞い上がっていた那珂は、強烈なカウンターを受け言葉を失ってしまった。前言撤回、やはり神通は鬼かもしれない。

川内「神通...。那珂ちゃんの心を解体しちゃダメでしょ」

もう一人の姉妹艦が配線ケーブルを纏めながらツッコミを入れる。
彼女もまた、妹の閑古鳥が鳴くステージの手伝いをしていた。
夜戦好きの印象しかない彼女だが、実は妹や駆逐艦達の面倒見が良かったりする。また神通と共にこの鎮守府の古参であり、戦力と人格の両方の面で慕われている艦娘であることは意外な点である。


神通「まぁ半分冗談ですけど、那珂ちゃんは普段からもっと大人しくしてて欲しいといいますか...」

こめかみを指で押さえて呆れているような表情をして言う。

神通「あ、もちろん姉さんもですからね?」

川内「え、私もなの!?」

那珂「なんで自分は大丈夫だと思ったの...。川内ちゃんへのクレーム、私のとこに来るんだからね?」


ここで神通と那珂が指しているものは、もちろん川内の夜に騒ぎ出す習性についてである。
夜戦好きな川内は夜になるとハイテンションになる。それだけでなく、周りを巻き込んでまで夜間演習をしようとしたりするので、鎮守府に所属するあらゆる艦娘に大迷惑なのだ。

神通「それと駆逐艦まで付き添わせるのはやめてください。あの子たちは遠征やら戦術講義やらがあって毎日大変なんですから」

川内「じゃあ軽jy」

神通「当然、軽巡洋艦や他の艦もダメですからね」

川内「うぅっ...妹たちが厳しいよ...」

トホホ...と、あざとく嘆く川内。

川内「でも最近はクレームないでしょ?」

神通「そういえばそうですね」

那珂「あれ?なのに相変わらず夜騒いでるけど、もしかして川内ちゃん一人で夜戦でもしてるの?」

たしかに川内による夜間演習招集のクレームはここ1週間は聞いていない。その割には毎日夜に騒ぎながら外へ飛び出しているのだが。那珂の疑問は自然なものだった。

川内「そんな、一人でやる夜間演習なんてつまんなくて私でも飽きちゃうよ~!」

川内「そうじゃなくって、お得意様が出来たんだよ!」

お得意様、と聞いて妹達は首を傾げてしまう。そんなに川内の夜戦に付き合うのを厭わないでくれる艦娘など居ただろうか?

神通「姉さんの夜戦に付き合うなんていう物好きな人がいるんですか?」

当然またもや沸いてくる素朴な疑問を声に出した神通。

川内「気になるぅ~?」

川内は束ねた複数のケーブルを拾い上げながら、ニヤけた顔で2人を煽る。
神通の方を見れば、勿体ぶらないで教えてください、なんて表情をしている。

その時、彼女の視界にタイミングよく映りこんだ艦娘がいた。
それを認めた川内は、反射的にその方を指しながら声を上げた。


川内「あ!ちょうどあそこにいる!」

神通と那珂はそのお得意様とやらが気になり、すぐに川内の指した方向を探す。その先に見つけたのは、2人が思ってもみなかった人だった。

神通「えっ...山城さんなんですか...?」

那珂「(えっ、山城さんって...あの...)」

やはり驚きを隠せない。


那珂「...嫌われてる...戦艦だよね...?」

本日はここまでです

また書き溜めを作らないと・・・

今日は寒かったですねぇ
明日も寒くなるんでしょうか

さて、ちょっと投下です

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1ヵ月程前、つまり那珂がこの鎮守府に着任した時、山城はすでに嫌われていた。というより、これは後から知ったことなのだが、ちょうど那珂の着任のわずか3日前に“事件”が勃発していたのだ。

那珂は艦時代に四水戦で指揮したこともあって、着任直後から村雨や夕立に歓迎された。そして自然に白露型達とよく話すようになると、すぐに彼女達が山城を憎んでいることに気づいた。それどころか、山城への憎悪の雰囲気は鎮守府の色々な所で見受けられたのだ。

もちろん他人事ではあるのだが、ここまで異常に嫌われているとなると気になって仕方がない。そこで那珂は着任して間もないうちに、遠慮気味にではあるが、皆が彼女を嫌う理由を夕立に聞くことにした。


夕立「アイツは...時雨の幸運が憎いのよ...」

すると夕立は、怒気をはらみながらも抑えたトーンで、ゆっくりと答えた。

夕立「自分が不運だからって、時雨の幸運に嫌味を吐いたの」

こみ上げ続ける怒りを懸命に抑えながら言葉を紡ぐ夕立。
その様子は可愛らしい語尾で元気に話してくれる普段の夕立とはあまりにかけ離れている。


夕立「しかもあのクソ戦艦は...他のかつての仲間たちにも暴言を吐いたわ」

夕立「私たち艦娘が1番大切にしている絆を、仲間ごっこと呼んで馬鹿にして...邪魔でしかない足枷ってほざいたわ...」

夕立の身体は小刻みに震えている。


夕立「そして最後には...ニヤけながらっ...!そんなに仲間ごっこが好きなら、スリガオ海峡で時雨が私の代わりに沈めば良かったわね、って!!」

夕立「時雨が誰よりもスリガオ海峡のことを気にしてるはずなのにっ!」

夕立「アイツはっ...!それを分かってながら嫌味を言った!!」

夕立「こんなクズを...憎まないでられるわけないっ...!!絶対に許さないっ...!!」

那珂はしばらく何も言うことが出来なかった。
嫌なことを思い出させてごめんね、とやっとのことで夕立に言った時には、彼女はすでに平静を取り戻しつつあった。

夕立「新しく来る人が事情を聞いてくるのは仕方ないし・・・」

夕立「むしろこっちこそ変な空気にしちゃってごめんなさい・・・っぽい」

そう言って夕立は苦笑する。


夕立「だからね、あまりアイツとは関わらない方がいいと思うっぽい」

語尾こそいつも通りに戻ったが、その口調にはナイフのような鋭い冷たさが残っていた。

そしてこれが、那珂がこの鎮守府の山城を一番最初に知った時であった。

今回はここまでです

書き溜めを作るのでこれから投下頻度が一気に落ちそうです

なかなか大変です・・・

お待たせしました、投下します



那珂「ねぇ、川内ちゃんと神通ちゃん」

川内「ん~、な~に?」

神通「何か相談ですか?」

夕立から山城の話を聞いたその日の夜、那珂は思い切ってその2人に山城の話を聞くことにした。
綺麗な姿勢で文庫本を読んでいる神通と、だらしなく寝っ転がりながらマンガを読む川内。このコントラストが川内型の日常風景だったりする。


那珂「あのね、山城さんのことなんだけど...」

那珂がそう言うと、神通は読んでいた本に栞をはさみ、そっと閉じた。その顔を見れば表情が少し曇っている。
川内はちょっとだけ真面目な顔つきになってこちらを一目見た。が、一瞥しただけですぐに視線をマンガに戻してしまった。

那珂「...(川内ちゃんと神通ちゃんでさえ、あまり触れてほしくないんだね...)」


なんとなく、そんな感じになるとは想像していた。人懐っこい夕立があんなにも憎悪の感情を剥き出しにしていたのだ。それに鎮守府のみんなが嫌っているとなると、いかに山城の吐いた暴言がショッキングなものだったかが窺える。

でも、だからこそ事の次第をより冷静に語ってくれそうな人の話を聞きたかった。そう思うのは、もちろん姉として2人を慕っているからであるし、また彼女らがこの鎮守府で山城に並ぶ古参勢だからということもある。

せっかく私たちは人の姿で生まれ変われたのだ。それならば今度こそ誰も沈まずに、みんなで笑い合いながら戦いを終わらせたい。そのためにもなんとかこの状況を解決して、ギスギスした雰囲気を無くせないものか。

そういう願いが那珂にはあった。

川内「で、那珂は山城さんの何が知りたいの」

目はマンガに向けたままで、川内が聞いてきた。
どうやら話はちゃんと聞いてくれているらしい。

那珂「山城さんは、艦隊の仲間に暴言を吐いたから嫌われてるんだよね...?」

神通「先日の件を知ってるんですね」

那珂「うん...。着任してからのここ数日ずっと気になってたから、さっき夕立ちゃんに聞いて教えてもらったの」

那珂「...すごい怒ってた。酷いこと思い出させちゃったな...」

自責の念に駆られて落ち込む那珂。その様子を見て神通は話を本題へ切り替える。


神通「でも夕立さんから聞いたのならそれ以上に何を知りたいのですか?」

神通「彼女は山城さんが暴言を吐いた現場に居合わせていたわけですし、逆にその場に居なかった私の出る幕は無さそうですが...」

あっ、でも、と思いついたように零して神通は川内の方を見る。

神通「姉さんはあの時もろに目撃してましたね」

那珂「川内ちゃんもその場に居たんだね」

川内「まーね」

那珂「それなら最初から夕立ちゃんじゃなくて川内ちゃんに聞いてれば良かったなぁ...」

那珂は再びしょんぼりとしてしまう。
すると今度は川内が口を開いた。

川内「...あえて私たちに聞きたいことがあるんだね?」


彼女はマンガを閉じて起き上がった。どうやら真剣に話を聞くに値する、と感じてくれたようだ。

那珂「そうなの。私思うんだけど、本当に山城さんはそんな酷い人なのかな、って...」

那珂「だからね、この鎮守府で軽巡最古参の川内ちゃんと、2番目の神通ちゃんなら山城さんがどんな人か知ってるかなって思ったの」


少し間を置いて、那珂は深呼吸をする。今から口にすることは、きっとこの鎮守府では決して歓迎されないことだろう。だからこそ、この2人には言うのだ。

那珂「ねぇ、山城さんは本当に仲間を邪魔だって思ってるのかな」

那珂「本当にずっと前からああいう人だったのかな」

那珂「みんなでずっと嫌い続けてていいのかな」



その疑問はとても斬新なものだった。

先日の事件以来、そんなことを口にするものは居なかった。一部の“優しすぎる”と呼ばれる艦娘は、何か事情があるんだと言って擁護しようとはしていた。しかしその努力は無駄でしかなかった。

とはいえ、もちろん山城の言動に憤りを感じながらも、多くの人は最初は「どうして?」の気持ちを抑えきれずに彼女に問い詰めた。
疑問に思っていたという点は那珂と同じなのである。


しかしそこに含まれる感情はあまりに違いすぎた。
信頼を踏みにじられた哀しみ、姉妹艦や仲の良い同僚を傷つけられた事への怒り、そんな考えを持つ山城自体への恐怖・・・

2人は少し黙りこんでしまった。しばらくして最初に沈黙を破ったのは川内だった。


川内「なんとなく那珂の言いたいことは分かったよ」

川内「みんな事件のショックに振り回されて感情的になりすぎてないか、ってことだよね」

那珂「うん...」

那珂「山城さんが絶対悪いけど、それでも仲直りしようとしないでみんなで嫌い続けるなんて良くないよ...」

那珂は懸命に訴えた。それは着任してから感じ続けてきた形容し難い嫌な雰囲気への、精一杯の抵抗だった。


川内「でもさ、那珂」

川内「山城さんはそれだけのことをしたんだよ?」

那珂「...うん、そうだね」

川内「那珂は優しいからさ、そう思えるのかもしれないけどさ」

川内「あの人が時雨に言ったことは許されないことだよ」

夕立とは違って一貫して落ち着いている川内。しかしその言葉の重みは夕立のと変わらず、強い感情が篭っていることが感じ取れる。


神通「それに私達だって、何度も彼女に聞いたんですよ。どうしてあんなことを言ったのか、って」

神通「返ってくる言葉は毎度「あの時言ったことが全てよ」なんです」

神通「ですから、もうここ2、3日前からは誰も問い詰めなくなりましたね」

神通曰く、山城は本当にそう思っていたのだという。
那珂の思いは引き裂かれようとしていた。

那珂「でも...!」

反論しようとしたが、すぐに川内にバトンが渡る。

川内「時雨はさ、初期の訓練から面倒見てるけど、本当に繊細な子なんだよ」

川内「どこか戦いを心底憎んで嫌ってそうで、でも自分が強くなって周りを守りたいと思ってて。」

川内「なのに自身の幸運で自分だけ無傷ななんて事が起きちゃう。その度に悔しさと悲しさと寂しさが混じったような複雑な顔をするの」

神通「そういったところが日常生活をに反映されてるのか、時雨さんは極端に遠慮がちですよね」

川内「うん、私が話しかけてもどこか申し訳なさそうにするしね」

神通「それくらいデリケートな彼女を、トラウマを抉ってまで傷つけたんです」

神通「こんなの擁護する必要はないと思いませんか」

古参の2人でさえ、ダメだった。
やはりこの考え方が正しいのだろうか。

那珂「...そう...なのかな」

那珂は自信なさげに呟いた

神通「まぁ、でも私はあの人は艦娘としてのスキルはかなり高いと思ってますよ。しょっちゅう被弾しますけど」

神通「なので任務の際は私情を持ち込まないで、彼女とも上手く協力するべきだとは思います」

川内「たしかにあの人は旗艦とか上手かったよね。冷酷だからか落ち着いてるし、艦隊メンバーの状況把握とか戦術理解はかなりのもんだよね。不運すぎるけど」

神通「ですので最初の疑問に答えるなら、山城さんは有能な艦娘ではありましたよ」

神通「ですが、ただそれだけです」

神通「私達は彼女の優しさを目の当たりにしたことがある、とかではないのです」

川内「そう。だからあの人のことは単に“酷いことが簡単に言えちゃう不幸戦艦”っていう認識でしかないよ」

いつの間にか那珂が沈黙する側になっていた。だが那珂の理想はまだ完全に否定されたわけではなかった。
山城となんてまだ直接会話したことなんてない。それでも山城は、いや山城だけじゃなく艦娘は皆、きっと自分と同じはずだ。
だからまだ言うことは残っている。

今回はここまでです
ほんと更新が遅くなって申し訳ないです
多分次回もまたこれくらい空くかもしれないですがご了承ください

首都圏でも雪降るくらい寒いですね!
明日の夜までには続き投下します
暖かくして眠りましょうね

度重なる遅延にただただ申し訳なく思っております...
続き投下します



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神通と那珂の、驚きを含んだ確認の問いは、しばらくの沈黙を作り出す。

川内「...あー、言っちゃった」

先程までの嬉々として語ってきた川内は別人だったのだろうか。
どういうわけか、やってしまった、という表情をしているのだ。


神通「姉さんが自分から言ってきた事じゃないですか」

川内「いやぁ、その...言いたい事だったのは本当なんだけど、言っちゃいけない約束だったから...」

まぁそのうち2人にはバラそうと思ってたけどね、と苦笑しながら川内は付け加えた。

神通「言っちゃいけないって...山城さんに口止めでもされてるんですか?」

川内「そうなんだよね...だから周りの人には秘密ね?」


神通「いいですけど...別に夜戦の練習相手くらい口止めする必要ないでしょうに」

川内「私もそう言ったんだけどね...約束だから...」

川内「ほんと必要ない約束なのに...」

2人が話す間に那珂は再度山城のいる方を見た。かなり離れた所のベンチに座って本を読んでいる。ベンチがこちらに向いていなかったおかげで、私達が注目していることは気づいていない。ここからではよっぽど大声で叫ばない限りは会話も聞こえないであろう。


那珂「でも戦艦が夜戦に付き合うなんて珍しいね」

ふと疑問に思ったことを口にした。
山城のことを話題にするなど、那珂にとっては久々であった。

艦種がまるっきり違うため、元々自発的な交流は期待しずらいというのもあった。そして戦闘や演習で同艦隊になった事も、着任して1ヶ月程度では片手で余裕で数えられる程しかなかった。


-もっとも、それらは実に些細な追加的説明にしかならない。一番の理由は、山城が嫌われ者で彼女自らも他者を拒絶する姿勢を見せていること、そして何よりもあの夜に姉達が放った言葉が、ますます真実味を帯びて那珂にとっての山城という人物像を固めていったことにあった。

こうして那珂には、最初は山城に対する漠然とした怯えが定着していった。次にその怯えは鎮守府生活への順応と共に、意識する必要がない程までに遠い距離感へと変容していった。そしていつの間にか、その遠い距離間ゆえに、山城のことを特別意識するということはほとんど無くなっていた。

それはちょうど、街を歩く時にすれ違う人々への態度に似ている。すれ違う知らない人々に対して、一々何か考えることなどあるだろうか。相手の進路を予測してぶつからないように歩くくらいである。


もはや山城の意図や思考が気になるなんてことはなくなっていた。山城が噂通りの言動をする度に、あぁ流石は嫌われ者だな、と納得するだけであった。

今もしも誰かに - 例えば取材好きの青葉にでも - 山城についての人物像を尋ねられたのならば、那珂は迷わずにこう答えるだろう。


酷いことが言えちゃう不幸戦艦、と。



だから川内が指差した先に山城が居ることには目を疑った。
しかし振り返ってみれば、素振りはあったかもしれない。
そういえば先日の山城が出撃部隊の救援を拒否した騒動では、珍しく川内が助け舟を出していた。
その出撃部隊というのが時雨を含んだ艦隊であったというのが問題を大きくしたのだった。

もちろん執務室は山城糾弾の熱気を一瞬にして帯び、最優先の救援部隊編成そっちのけで取っ組み合いが起こってもおかしくない状態になった。残念なことにその時は、神通や加賀といった冷静な振る舞いが期待できて発言力もある古参勢が不在だったというのに。

だからいつもは神通がやる役目を同じく古参の川内が引き継いだのだろうと、那珂は納得していたのだった。
だが今の話を聞くと、もしかするとその時既に川内は山城をお得意様としていたのかもしれない。


神通「たしかに。戦艦は闇夜に紛れて魚雷で肉薄攻撃するなんてスタイルじゃないですからね」

神通「そうなると避ける練習くらいしか出来ないと思うのですが」

川内「そうだよ、避ける練習になるからって付き合ってくれるんだよ」

那珂「うわ~、夜戦モードの川内ちゃん相手に練習したいなんてドMだね~」

川内は苦笑している。


神通「でもそこまでして避ける練習したいんですかね」

神通「というより、姉さん相手じゃ被弾する練習にしかならないじゃないですか」

川内「...被弾が前提だからね」

少しの沈黙の後に川内はそう答えた。先程よりその表情は険しくなっている。

那珂「どういうこと?」


川内「山城さんはね、自身の不幸を痛いほど理解してるの」

川内「不幸のせいなのか敵の外れ弾がやたら飛んでくるし、そのせいで被弾率は軒並みトップだし」

この事は鎮守府では知らない人はいない。何よりこれこそが、山城が嫌われ者になる事件のファクターなのだから。

川内「だから山城さんは、いかに致命的な被弾をしないかを考えてる」

川内「私との夜戦はね、どれだけ機関部に被弾しないでいられるかを極める練習なの」


神通「なるほど...被弾前提というのはそういう意味なのですね」

神通「機関部だけは守って窮地での生存率を上げるためですか」

那珂「あの人、自分だけは生き残りたいって思ってそうだもんね~」

那珂は別に悪意を込めてそのように言ったわけではなかった。そう思えたし、周囲もそう思っているからこそ、自然と口に出ただけだった。




川内「それは違うよ!!!」



川内が突如強く否定する。




川内「山城さんは...決して自分のために生き残りたいんじゃないのよ...」



そして懸命な訴えを絞り出すかのように、口にした。


神通「姉さん...山城さんから何か聞いたんですか?」

川内「うん...」

川内「でもごめんね、その内容は本当に言えない」

川内「こっちの方は、私が勝手に必要ない約束だとか言えるものじゃないから...」

悲しそうな顔をして川内は答える。
ということは、よっぽど触れてはならないような話なのだろうか。


那珂「でもさ、川内ちゃん」

今のやり取りを聞いて口を開かずにはいられなかった。

那珂「何か事情があったにせよ時雨ちゃんに言ったことは許されない、って川内ちゃんが言ったんだよ?」

那珂「それが許せちゃうほどの事情が存在するの?」

那珂「それがあるんだとして、そんな大きなことを隠し続けて正当化していいの?」

神通「那珂ちゃん...」


川内「悪いけどその事はこれ以上は言えないよ」

川内「私に言いふらす権利はないから」

どうやらこの点については譲る気はないようである。

川内「でもね、2人にだけは私が伝えていい範囲で、大きな事情があったことを知っておいて欲しいの」

既に伝えていい範囲守ってないけどね、と自らを皮肉って付け加えた。

川内「山城さんの言動は、全てその大きな事情のためなの」

川内「神通にも那珂にも、山城さんの味方をしてあげて欲しいとは思わない」

川内「そもそも味方になろうとしても本人が拒絶するしね」

川内「だけど、周りに流されないで欲しいの。先入観で、感情的に、山城さんの言動を受け止めないで」

川内「これは那珂があの日言ってたことでもある」

思い返せば、着任したてのあの時はそんなことを力説したのだった。

那珂「でもそれは間違ってたよ」

那珂「その時はまだあの人の酷さを自分では目撃してなかったからそう言っただけで...」

川内「それを言うなら、あの時那珂が最後に言ってた言葉は合ってたよ」

川内は食い気味に返してみせた。

最後に言った言葉...

---

那珂「...ねぇ、川内ちゃんと神通ちゃん」

那珂「私は2人にまた再会できて本当に嬉しかったんだよ!」

川内「い、いきなりどしたの...!?」

神通「えっと...それは今関係ある話なのですか?」

那珂「艦娘として、姿形はだいぶ変わったけど、それでもまた姉妹で一緒に居られるんだもん」

那珂「しかも今度は、夜に騒ぎ回ったり、本を読んだり、歌ったりできる」

那珂「どんな艦娘にとっても、これほど嬉しかったことはないよ」




那珂「だから思うんだ、山城さんだって本当は艦時代の仲間達のこと、誰にも負けないくらい大事に思ってるはずだ、って」




---


川内「神通だってこの言葉で少し変わったんじゃない?」

神通「...たしかに思うところはありましたが、そんなことはないですよ」

川内「でもあの日以来、積極的に山城を目立たないようにフォローしてるよね」

川内「事務伝達とか、部隊編成で山城を憎んでる子達を上手く納得させるのとか、その子達との対立を収拾つけたり」

川内「でも本来は神通は私と同じ駆逐艦の指導がメインだから、事務伝達は加賀さんや同じ艦種の金剛さんに任せればいいだけ。2人とも中立的だしね」

川内「トラブルだって放っておいても電ちゃんや古鷹さん、最終的には提督が対処してくれるよ」

川内「それを神通もやるようになったのは、那珂の言葉を聞いてからでしょ?」

川内「山城さんの事をどこかでまた信じてあげようって思えたからだよね?」


神通は下を向く。バレていないと思っていた事が見透かされていたことへの一種の恥ずかしさからであろうか。

那珂「(そういうのって、元々神通ちゃんの役目だったとかいうわけじゃないんだ...)」

そして自分の言葉を、大好きな2人が真剣に考えていてくれていたという事実に、嬉しさがこみ上げる。
それと同時に・・・

那珂「(じゃあ、私のあの言葉が合ってるって...)」


那珂「じゃあ山城さんは...本当に...?」

川内は声にこそ出さなかったが、1度頷いた。その頷きがきっと彼女が伝えられる最大限そのものなのかもしれない。

川内「それにさっき言いそびれちゃったけど、夜戦の練習に付き添ってる事を口止めされた理由もね、私達のことを心配してっていうのもあるんだよ」

那珂「私達を...?」

川内「駆逐艦のほとんどは山城さんに嫌悪や恐怖を抱いてるからね、駆逐艦と接する機会の多い私が仲良くしてるなんて噂が広まったら川内型は気まずい思いをするんじゃないか、って」

川内「特に那珂は白露型と仲が良いでしょ?だから鎮守府生活に慣れ始めたばかりの妹の事も考えなさい、ってね」


那珂「そうだったの...」

それが本当ならば、いよいよ山城への見方を改めなければならない。


神通「私はやはり山城さんに完全な理解を示すことは出来ないですね」

今度は神通が口を開いた。
否定の言葉を聞き、少し川内の顔が曇る。


神通「私ならどんなことがあっても姉さんや那珂ちゃんにあんな暴言を吐くことはないでしょうし」

ですが、と付け加えて話を続ける。

神通「信頼してる姉さんがそこまで言うんです、山城さんが理不尽に困っている時に助けるくらいなら協力しましょう」

川内「神通ありがとう...!」

川内はとてもまるで自分のことのように嬉しそうである。きっとそれ程までにその事情とやらは複雑で重たいものなのかもしれない。


川内や神通があの日言ったことは、那珂自身の目で見た山城と合致していた。
だがきっと今日川内が言ったことだって、真実の一つとして、いつか那珂が自身の目でも見ることになる山城であるのだろう。

また信じてみればいいじゃないか。

あの日に置いてきてしまった感情を取り戻した気がする。


那珂「那珂ちゃんはアイドルだからね!誰か1人を知らんぷりなんてしちゃダメだよね!」

那珂「もちろん那珂ちゃんも協力するよ!」

川内「那珂ちゃんもありがとう...!!」



ふと、また山城がいた方に視線をやった。
山城はまだ立ち去っておらず、さっきと全く同じように本を読んでいる。
だが不思議と、そこに居る人物はさっきと違っているようにすら見えたのだった。

今回はここまでです
なるべく次も早く投下したいですね...
いやほんとに。

明日投下しようと思います
遅筆で申し訳ないです

お待たせしてすみません、投下します

12月9日 13:00


ようやく昼時になった。

先程から絶え間なく聞こえてきた廊下のにぎやかな声も収まってきたようだ。

それはすなわち、午前が非番であった艦娘達がぞろぞろと食堂に向かったということでもある。
おそらくは演習組や既に帰投した部隊も、それに合わせて昼食を取りに行くのだろう。

今頃食堂は大盛況なはずである。

そこに嫌われ者の自分が赴いたら・・・

嫌われてからそれなりの月日が経過し、日々をなるべく平穏に過ごすための立ち回りが癖になってきた。
だから食事時のような、皆が集まる時間と場所は極力避けるようにしている。そうすることで要らないトラブルを起こさないようにしているのだ。

山城「時間と場所をわきまえるなんてね...ふふっ...金剛に窘められたわけでもないのに」

呟いた冗談は孤独で殺風景な空間に吸収されたのだった。

山城「(そろそろあの場所も行きやすくなった頃よね)」



昨日と同様にやはり外は寒い。
冬も本番といったところで、本当は2時間後の午後演習までは部屋に籠っていたかった。

だが今日は是非とも行っておきたい所があった。もっとも、それはたいそうな場所でもなく、鎮守府内のごく一般的な施設であるのだが。
先程まで頃合いを見計らっていたのもこのためであった。

なるべく接触するのは1人のみでありたい。
特に自分をこの上なく嫌う白露型の味方とは、出来る限り出くわしたくない。

色々と考え事をしながら歩いていると、ついに目当ての場所に来た。

- 工廠。

ここまでは誰ともすれ違わなかった。
それも時間帯を考えればその筈で、昼食を取る時間にわざわざ工廠に来る艦娘は居ない。

あとは工廠内に、機械オタクの軽巡が居ないことを望むしかない。おそらく彼女は、おっちょこちょいがトレードマークの白露型6番艦と昼食を一緒に取るために不在だと思う。

彼女たちはかなり親密な関係なのだが、艦種が異なるために -というより夕張が工廠の手伝いばかりで普通の軽巡扱いされないという点も大きいが- 普段は別行動を余儀なくされることが多い。だから食事などで時間を合わせるはずと踏んだのだ。

別に仲良しなら同部屋になればいいのに・・・。

まだこの鎮守府が今ほど大きくなかった3ヵ月くらい前は、姉妹艦が揃わないなんて当たり前だったし、同型艦以外と同室なんて風景はよく見られた。
そもそも、今だって姉様と満潮の例が・・・

山城「(…半分くらいは私が原因だけど...)」

山城「(まぁ、とにかく今度提督にでも部屋割り変更の進言しときましょうか)」

一つ結論を出しつつ、やや重たい扉を開けて工廠へ入る。

入った先には作業着姿の明石が居た。彼女は私を認めると、すぐに微笑んで「何か御用ですかー?」と尋ねてきた。

今ここには夕張が居ないことを知り、安心した。

山城「ええ、ちょっと装備のことで...」

しかしその安堵は束の間だった。

大淀「あら、誰か来たn...」

奥の方から大淀が顔を覗かせたのだ。
執務室でよく顔を合わせて気まずくなる彼女が、まさかこの時間に工廠に来ているとは思わなかった。

首から下げたバインダーと手に持つペンを見るに、在庫チェックでもしていたのだろうか。

それに彼女は明石と同じく鎮守府に最初から居る艦娘である。そう考えれば単純に仲が良いのだろうし、大淀自ら暇な時に顔を出しに来るのかもしれない。

いずれにせよ、山城はとりあえず気まずくも会釈した。
明石は申し訳なさそうな苦い顔をしている。


大淀「...何しに来たんですか?」

大淀が先程の明石と同様の質問をする。
しかしその語調や含意は真逆のものである。

山城「えっと...装備の相談で...」

大淀「そうですか、どんなに装備を変えても不幸は治らないと思いますけどね」

いきなり敵意が剥き出しであった。
そんなこと言われる前から分かっているが・・・


山城「使いやすさの問題で相談しに来ただけよ」

大淀「装備妖精との絆を深めれば使いやすくなるかもしれませんね」

大淀「あ、仲間との絆を踏みにじる人には無縁な話でしたね」

明石「ちょっと大淀!」

明石が大淀を止める。先程までの表情とは少し違い、やや怒気を含んでいた。


大淀「何で?今言ったことは事実じゃない」

対して大淀は澄ました顔をしている。

大淀「それにこの人の装備を完璧にしたところで、自分が生き延びるためだけにしか使われないですから」

大淀「艦隊の仲間を蔑ろにする人の装備の相談に乗る必要あるのかしら」

明石「大淀、本当に怒るよ?」

明石の言葉は今度は落ち着いたトーンで発せられた。しかし、それはあくまで表面上のトーンであって、明らかに明石は憤っていた。


明石「あんた山城さんが「まぁ、落ち着きなさいよ」......。」

これ以上進むと面倒くさい事になりそうなので私が止めることにした。

山城「大淀の気持ちは分かってるつもりだわ」

山城「誰だって憎い奴と同じ空間には居たくないでしょう」

山城「でも私だってなるべく人が居ない時間に来るように配慮してるのよ?」

山城「少しはそっちも我慢してもらえないかしら」

大淀はこちらを睨んではいるものの黙っている。私が概ね彼女の煽りをすんなり受け入れたことで、彼女は反論しようがない状況に陥るのだ。

本当に、こういう残念なスキルがやたら成長していく。


山城「それに貴方は批判的みたいだけど、自分が生き残ることに執着することの何がいけないの?」

山城「皆が自分が生き残るように執着すれば、結果的に皆沈まないじゃない」

山城「そうすれば誰ひとり傷つかない」

山城「自己犠牲精神が美しいの?」

山城「...絆なんて概念だけで苦しみを無くせるなんて思わないで」

つい熱くなってしまったかもしれない。
大淀の様子は相変わらずだが、これくらい釘を指しておけば充分だろう。


山城「...それじゃあ明石、本件に入らせてもらうわ」

明石「は、はい!」

山城「ざっくり言うと、フィット性を取るか火力を取るかという話なのだけど...」

相談したかった内容というのは、近日実行予定の大規模作戦に向けた装備調整である。

この鎮守府ももはや大規模なものとなり、複数の鎮守府との共同作戦で担う役割も著しく大きなものとなった。
そのため自身の心許ないスペックを最大限に活用するための装備選択が必須となる。


特に主砲については、自身に1番フィットする35.6cm砲か、さらなる火力が出せる41cm砲かという重要な選択肢がある。

なるべく取り回しや機動性を考慮して前者を使いたいが、それならば少しでも火力を上げるために改良等が出来ないかも打診しておきたかった。

こうした相談に明石は親身に乗ってくれた。

一方で大淀はこちらの邪魔はしなかったものの、ずっと私への睨みを効かせていた。
明石に何かするつもりなどないというのに・・・


工廠内に独特な緊張感を纏ったまま時間が流れたが、結局私は目的自体は達成できた。

試作品があるというので改良した35.6cm砲をとりあえず装備させてもらい、もう少しで始まる演習で試させてもらうことになったのだ。
明石は試作品を取りに少しの間工廠の奥へ姿を消し、やがてまた戻ってくると快活な声をあげる。

明石「お待たせしました!」


彼女から試作品を受け取る。

明石「それじゃあ、今日の演習での使い勝手とか聞かせてくださいね!」

山城「ええ、もちろん。助かったわ、ありがとう」

明石「いえいえ!あっそうだ、今じゃなくていいので、右の砲身よく見といてください」

山城「分かったわ。じゃあ失礼するわね」


明石「...ふぅー。...ちょっと、大淀?」

大淀「何...明石」

明石「いくらなんでもあれは酷いよ」

明石は大淀を再度窘める。

大淀「...何で明石はそんなに擁護してるの?」

すると大淀からのカウンターが飛んできた。


明石「...私達は直接暴言吐かれたわけじゃないじゃん」

大淀「それでもあまりに許せるレベルじゃないから皆嫌ってるのに?」

大淀「着任時から時雨さんと同室だったのにあんなこと平気でするような人でも?」

攻め立てるように続ける。

大淀「そのくせ自分が生き残るためにはあんなに必死になっちゃってさ」

大淀「...本当、明石までお人好しにならなくてもいいじゃない...」




明石は何も言えなかった。



いつもはとても話の弾む同僚との沈黙が続く。

もし自分が、悩みを綺麗に消す魔法の薬を作れたなら、などとありえもしない事を考える。
でも、そうだったら、こんな苦しさは最初から現れずに済んだのだ・・・



山城「(そういや明石が言ってた右の砲身を見ろ、って何かしら)」

指示通りに右の砲身を見る。
最初は砲身内部について言ってるのかと思ったが、やがて外側の付け根付近の横側に黒の細いマジックで何か記してあるのを見つけた。

「12/8に再発、軽度と推測」

山城「...」

山城「(...こじつけっぽくなるけど...言われてみればそうだったかも...)」

しばらく考えを巡らす。

そして明石の気遣いに心の中でお礼を言い、新しい主砲を手にして演習場へ向かうのだった。

今回はここまでです

いつもずるずると投下時間遅らせてて本当に申し訳ない限りです

今日は電ちゃんと古鷹さんの誕生日ですね!おめでとう!

投下を開始します

同日19:00 食堂への廊下

暁「今日はお夕飯何があるかな~」

響「私はボルシチにしよう」

雷「響それ毎日言ってるじゃない...」

電「しかも出てきた事ないのです...」

響のお決まりのジョークで和みながら、暁型4人は食堂を目指していた。

少しして食堂のすぐ近くまで来ると、何やら中が騒がしいことに気づく。


雷「なんかいつもよりうるさくない?」

電「叫び声が聞こえるような...」

暁「食事中はおし...おしやか...あれ?...。と、とにかくお静かにするべきだって熊野さんも言ってたわ!」

響「お淑やかって言いたかったのかい?」

暁「そう!それよ!」

電「ちょっと見てみるのです」

使いたかった言葉が分かってスッキリした暁はさておき、喧騒が気になる電は少し先行して食堂に入ろうとした。



ちょうどその時、甲高くも非常に強い怒鳴り声が響き渡った。



「言いがかりはやめてくんない!?」





空気が振動するようなその怒声に気圧され、暁や雷は思わず震え立ち止まってしまった。

響「満潮の声か...」

電「またなのです...」

早足で食堂に入った2人が見た光景は、山城と彼女を特に嫌う者達との喧嘩であった。
だが喧嘩というには少し深刻すぎる状態だ。

残念なことに、この鎮守府ではそれほど珍しくはないのであるが。


山城「言いがかりじゃないわよ、私はもっともな事言ってるもの」

夕立「人の粗探しがもっともな事だなんて、クズは考えることが違うね」

語尾を見るに、夕立はすっかり対山城モードのようだ。

山城「あら、それなら普段私に対して舌打ちと嫌味しか言えないあんたらも同じね。クズ仲間が増えて嬉しいわ」

満潮「は?」

夕立「お前と一緒にすんな」

飄々とした山城の返答の度に、2人はますますヒートアップしていく。


最上「煽りでも不幸戦艦の口から「仲間が増えて嬉しい」なんて、ボクの腹筋を破壊するつもりなのかい?」

一方でこちらはケラケラと笑いながら嫌味な皮肉で応えている。

村雨「うふふ、不幸が唯一のお友達というのはさぞかし堪えるんでしょうね」

白露型からは村雨も援護に来ていた。彼女は夕立と並んで、時雨より先に着任した白露型のたった2人のうちの1人だったりする。

時雨「そもそも舌打ちされて嫌われるのは当たり前だよね。今更何言ってるんだい?」

そして時雨もこれらに続く。


山城「私はアンタらが粗探しと言って脆弱な部分から逃げようとしてることを皮肉ってるだけよ」

山城「というよりお仲間ごっこの茶番ばっか気にする使えない奴らを仲間にして何になるってのよ」

夕立「...今なんて言った」

山城「何度も言ってるじゃない、昔の艦隊だとか絆が何なの?」

山城「それが具体的にアンタらの能力を引き上げるの?」

山城「大した個人能力無いくせにそんなのを持ち上げて強くなった気でいるから仲間ごっこだって言ってるのよ」

最上「てめぇ...!」


山城「特に西村艦隊なんて、苦し紛れの寄せ集めでしょ?そんなのに絆だなんて馬鹿じゃないの」

時雨「...っ!」

時雨だけでなくそこにいる全ての艦娘の顔つきに、一層の憎悪が表れた。
特に西村艦隊の面々はこの上ない怒りに支配され、顔を紅潮させている。

・・・先程から彼女らのすぐ後ろで山城を睨み付けるのみで留まっている扶桑だけが、唯一冷静な振る舞いを辛うじて保っていた。

山城「ノスタルジックにおままごとに執着するなんて...哀れね...」

満潮「ざけんなっ!クソ不幸艦っ!」

時雨「それを言うなって...言っただろっ...!」

自身の大切な艦隊の記憶を貶されて、ついに我慢ならなくなった満潮や時雨は山城に殴りかかった。

電「行ってくるのです」

少しだけ静観を決め込んでいた電であったが、これ以上は無理矢理にでも収束させるしかないと決意したのか、いつも通り仲裁をしに行く。

雷「き、気をつけなさいよ...」

その時だった。

手を出しかけた彼女達を扶桑が引き戻したのだった。


扶桑「“仲間”との団欒を邪魔しないで貰える?」


睨んだ顔ではあるが、冷静を維持していた扶桑がついに割って入った。
今しがた山城が否定したものをあえて再度使う辺りに、扶桑の内心に燃え上がる怒りが垣間見える。

扶桑も山城のことを毛嫌いするが、無闇に大きなトラブルとするのを良しとしない。

それゆえ扶桑の基本姿勢とは山城をスルーすることであり、他の山城を憎む者達もある程度ではあるが、スルースキルが身についてきた。

とはいえ今のように完全に嫌味な挑発を受ける場合でも安易に乗らないのは、もしかしたら扶桑くらいかもしれない。

・・・それに扶桑とて冷静を装う程度で、挑発の度合い次第では今のように嫌味で応酬する。

いずれにせよ仲裁しに行こうとした電は、とりあえずは扶桑に事態の収拾を委ねた。

山城「流石は姉様です。感情に振り回されてすぐ手が出るガキとは違いますね」

挑発されて、扶桑に腕を掴まれている2人はまた爆発しそうになる。

扶桑「時雨、満潮。落ち着きなさい」

満潮「なんでよっ...!」

時雨「...離してっ!」

扶桑「満潮は午後演習もやって疲れてるのに明日だって朝早く遠征があるのだから...」

満潮「それはそうだけど...」

ルームメイトがつまらぬ事でコンディションを崩したりしないように気遣う扶桑。

その落ち着いた口調が場に沈静をもたらし始める。

扶桑「それにさっき夕立から聞いたけど時雨だって昨日あたりから体調悪いんでしょ?」

そう言って時雨の方を少し見る。

時雨「...それは大袈裟だよ、ちょっと寝不足だっただけなんだ」

時雨も、そして喧嘩に参戦した者達も興奮が冷めてきた。

のだが・・・

山城「寝不足でコンディション悪いなんて呆れるわね...時雨が負けるまで夜通しババ抜きでもしてたとか?」

村雨「っ!」

夕立「お前っ...!」

今度は姉妹艦への嫌味を瞬時に理解した彼女らが爆発する時だった。

しかし扶桑を見習ってか、仕方なさそうに嫌々とではあるが、最上が2人を止める。

最上「ボクもあいつ殴りたいけど、ここは扶桑に従っておこうよ」

彼女らはそれでも納得がいかないという顔である。

時雨はといえば、少し山城を睨みつけ1度軽く深呼吸をして自身を落ち着かせた。

時雨「扶桑、心配しないで。一昨日は遠征帰りが夜遅かったからそれで生活リズムが崩れてね...」

そう言いながら時雨は何か思いついてにやけ顔になる。

時雨「昨日も夜に“仲間を祝う”パーティーがあったから、生活リズムの乱れを今日も治せてないだけなんだ」

扶桑への事情の説明と共に、ちゃっかり先程の仕返しも含ませた時雨。

夕立「誰かさんも居なかったから素敵なパーティーだったっぽい!」

夕立もここぞとばかりに借りを返す。

時雨「それで昨日の朝にダルそうにしてた僕を夕立が心配してくれて、一応明石のとこに連れてってくれただけさ」

満潮「夕立って意外と気が利くのね」

夕立「意外とって失礼っぽい!」

軽口を言う余裕も出てきたようだ。

扶桑「そうだったのね!じゃあ今日こそ早く寝て万全な状態にしなさいね」

時雨「そうするよ」

扶桑の誘導もあって、今度こそ彼女達は平静を取り戻し始めた。

激しい憎悪で剥き出しのこの場も、ひとまずは収束へと向かったようだ。

最上「じゃあボクは食事を取りに行くよ、あそこで日向達が待ってるし」

どうやら瑞雲愛好仲間と食事を約束していたらしい。

夕立「夕立たちも早くご飯食べるっぽ~い!」

白露型も最上に続く。

満潮「扶桑、私たちも席取るわよ」

扶桑「...そうそう、はっきりさせておくけれど」

しかし意外にも扶桑だけは事態の収拾に抗った。
満潮は思わず目を見開く。

皆の注目は、今、この姉妹のみに向けられた。

扶桑は山城の前に立ちはだかったまま言葉を続ける。

扶桑「私は碌でもない人とは完全に縁を切る事が最善だと思ってるの」

扶桑「だからこの子達が暴走しないようにって止めてるのも、そもそも関わって欲しくないからなのよ」

山城「...理性的な考えで素晴らしいですね?」

嫌われてもなお扶桑のことを「姉様」と呼んで(勝手に)慕っている山城でさえ、その言動の意図が掴めないようである。

先程まではヒートアップしていた当事者達も、固唾を飲んで扶桑が何を言うつもりなのかを見守っていた。


扶桑「単刀直入に言うわ。わざわざ相手が一番怒るようなことを引き合いに出して煽るのはやめてくれない?」

扶桑「それがお互いのためよ」

力強く、そして突き放すような冷たい口調で、扶桑は山城に要求をする。

山城「姉様、私は向こうが煽るから私も煽ってるだけですよ?」

扶桑「嫌味なんて慣れてるくせに、よく言うわ」

扶桑の表情は先刻と変わらない。

扶桑「それに自身のせいで嫌われておいて、いざそれに我慢ならなくなったら相手に突っかかるだなんて、本当に救いようの無い性悪ね」

山城「それなら気に食わない考え方をするからといって集団で激しく罵倒しておいて、突っかかられるのは嫌だなんてのもおかしな話ではないですか」

扶桑「...つまりやめる気はないのね?」

扶桑が睨みつけながら問い詰める。

山城「...姉様に逆らうということだけは気が引けますが、やめる道理がありませんから」

扶桑「そう...残念だわ」

そう言って扶桑はほんの少しだけ下がった。

そして次の瞬間。





食堂に響き渡る無慈悲な音と共に、山城が大きく態勢を崩した。



予想外の展開に、食堂全体の空気が凍りつく。

山城「っ...」

山城は左側の頬を抑えている。


・・・あの扶桑が、容赦なく山城の頬を叩いたのであった。



満潮「...ざまぁみろ」

時雨を始めとした強く山城を憎む者達はその扶桑の制裁に強く同調し、溜飲が下がる思いだったようだ。

食堂に居るその他大勢の艦娘とて、その程度に差はあれど、ほとんどが彼女達と思いを共有していた。

電「...やっぱり行ってくるのです」

一方で電はといえば、やはり彼女の方針に基づき、山城を助けに行くのである。

その言葉に、一緒に序盤から騒動を見てきた響、とっくに追いついて再び合流していた暁と雷はコクンと頷くしかなかった。

電「先に席を取っておいて欲しいのです。それと電が遅くなるようだったら気にせず食べ始めちゃていいのです」

雷「わたしは全然待つわ。いいわよね?」

暁と響も同意する。

電「ありがとう、なのです。...それと、どうか今朝暁ちゃんが言ってくれたことを思い出して欲しいのです...」

電はそう小声で言い残して騒動の渦中へと向かった。

響「...みんなが喧嘩に注目してる隙に席取っちゃおうか」

暁「そうね...」

こうして3人は逆に、電の言う通り席を確保すべく渦中から遠ざかるのであった。

そんな暁型の行動に並行して、凍りつく空気を融解させるべく、扶桑が口を開く。

扶桑「もっと殴ってもいいのだけど、悔しいことに私達より遥かに強くて貴重な戦力であることは間違いないもの...」

大きなトラブルにしたくないという彼女の基本姿勢も、山城の戦力としての存在自体は有益と判断するからこそなのだろう。

扶桑「でも個人的な事を言えば、顔すら見たくないわ。そういうことだからさっさとこの場から失せなさい」

山城からは明らかに余裕が消えていた。それだけ動揺しているのであろうか。

時雨「たしかに扶桑の言う通りだね」

まだそう遠くない位置にいた時雨が山城の近くに再び戻っていた。

時雨「でもみんなが限界まで強くなってお前が用済みになったら、その時はこの鎮守府から消えることになるだろうね」

時雨がそう言うと、山城は痛みに引き攣りながらも挑発的な表情を何とか作ってこう言ったのだった。






山城「そんな日が来ることを楽しみにしてるわ」






今度は山城の煽りには反応せず、彼女達は各自の仲間達の所へ向かうのであった。

それに伴いギャラリーも解散し、既に卓に付いていた者達も食事を再開させたのだった。

電「山城さん...!大丈夫...なのですか?」

群衆から駆け寄って来た電に目をやると、面倒そうにこう答える。

山城「別にどうってことないわよ...」

電「でも...口が切れてるのです...」

山城「はぁ...部屋に戻るから気にしないで。夕飯も食べたから」

電「嘘なのです」

山城「...もう勝手にしなさい」

そう言って山城は食堂から出ていった。

それを見届けると、電は厨房カウンターの所へ向かった。

途中で席を確保した姉妹艦の卓を見つけ寄り道してこれからする事を説明しようとした。
だが彼女達は電の言動をある程度理解しているためその必要は無く、「待ってるから」とだけ言われた。

電が厨房カウンターに着くと、何も言わずとも風呂敷に包まれたものを渡された。

電「鳳翔さん...すみません...」

鳳翔「...電ちゃんが謝ることじゃないでしょう」

電はペコリと可愛らしい一礼をしてそれを受け取り、食堂を出ようとした。

深雪「電、またなのか?」

話しかけてきたのは、この鎮守府ではかなり古くからいる吹雪型駆逐艦だった。

電「深雪ちゃん...」

深雪「いつも言ってるけどよぉ、電がそこまでしてやる必要ないじゃねぇーか」

深雪「古鷹さんもだけどなぁ」
付け加えるように言った。

深雪「優しい電は好きだけどさー、お人好し過ぎるのも良くないってもんだぜー?」

電「...」

電はつい俯いてしまう。

深雪「...まぁ優しすぎる電も好きなんだけどな~!」

少し気まずくなったのか深雪が電に抱きついて髪をわしゃわしゃする。

電「はわわ!深雪ちゃん、やめるのです~!」

深雪「あっ、そうだ!今度非番が被った日に久々にどこか外行こうぜ!」

深雪「どこでもいいけど、エスコートは深雪様に任せな!」

急に話題が変わった。深雪は鎮守府でも有数の元気っ子である。
それはもう、このように突然の思いつきやテンションで人を振り回すという事が多々ある程だ。

だが気まずい空気がすぐ消え去ってくれることはありがたかった。

それどころか、深雪の提案は電にとっても純粋に嬉しい限りなのである。

電「電も最近被らなくてそんなこと思ってたのです!どこか行きたいのです!」

深雪「へへっ!じゃあ約束だからな!」

そう言って深雪は嵐のように去っていく。


電は風呂敷を持って今度こそ食堂を出る。

その足取りは先程よりほんの少しだけ軽やかなものであった。

今回はここまでです

古鷹さんも登場させるので、書き始めの漠然とした予定では今日辺りに作中で2人を祝えたら...って思ってたんですが遅筆すぎて時間が進まなくて無理でした。
せめて古鷹出てくるシーンを今夜・・・

・・・無理ですね。

最後の更新からもうこんなに日が・・・
計画が・・・

続きを投下します


電が鳳翔から風呂敷を受け取っているのを横目に見ながら、残された暁型の3人は密かに話し合う。

暁「電に何も言わず協力してくれるなんて、鳳翔さんも何か知ってるのかしらね」

雷「しかもすぐにお弁当渡したってことは準備してたってことよね」

暁「鳳翔さんの立場的に...電の言う2人のうちの1人が、ってこともあるんじゃないかしら」

響「それは単純に前回の事があったからだと思うよ」

響「電が食堂に来たのを見てて、どうせ電は今回もそうするだろうと予想して喧嘩の最中に用意してくれたんだろう」

雷「それもそうね」

電を見れば今度は深雪に絡まれている。
表情から察するに、おそらくは軽く山城擁護について小言を言われているのであろう。

深雪については電の姉妹艦である彼女達も好意的に思っている。

その理由はもちろんその持ち前の快活さで場を明るくしてくれる点も一つであるが、とりわけ重要なことは、艦時代の衝突事故の件を気にすることなく電にも活発に話かける点であった。

そのおかげで控えめな性格である電でも、萎縮せずに深雪と付き合えているようである。
それどころか電は深雪に振り回される時は決まって、困惑の表情を浮かべると同時に、また心からの嬉しさにも満ち溢れてさえいる。

こうした背景から電の姉妹達-特に深雪より少し先に着任した最古参勢の響は-電の表情に明るさがもたらされていく過程を見てきただけあって、その最大の貢献者ともいえる深雪を信頼している。

・・・だからこそ3人とも本音を言えば、ほとんどの艦娘と同じように山城批判派側に立つ深雪と対立してまで、山城擁護の余地を探す事には気が進まなかった。

しかし電の気持ちをなるべく尊重してやりたいと思うのは姉妹艦として自然である。
また暁が今朝未明に経験して姉妹に共有したことは、信じ難くも同時に決して無視してはならない真実に思えた。

こうして3人は示し合わさずとも、先入観を捨て山城の言動を解明しようと努めだした。

雷「でもまたこれで山城さんがますます酷い人って感じになっちゃったわね...」

暁「うん......でも...きっと何か理由があるのよ...!」

その言葉はつい今日の未明に垣間見た山城の隠された裏側の一部を、もういちど反芻して自身に言い聞かせるためのようだった。

響「ただやっぱり動機が気になるね。あれを見ただけじゃ悪意を持って傷つけようとしてるだけにしか見えない」

雷「電が言うにはあれにも意味があるってことらしいけど...」

暁「でもそこからは電は教えてくれないし...私達で考えるしかないわね」

雷「そうね。そもそも今回はどうして喧嘩が起こったのかしら?」

電はといえば深雪と別れ食堂を出るところである。

もう先程の騒動の空気感はどこかへ行ってしまったようで、周囲はごく日常的で平和な喧騒で包まれている。

その時、3人の所にとある艦娘が話しかけてきた。

青葉「どーも恐縮です!お三方、ちょっとインタビュー宜しいですか?」

暁「インタビュー?」

その艦娘とは、いつもカメラを首にぶら下げ鎮守府内の様々なことを取材しては自作の新聞記事にして話題を提供している、重巡洋艦の青葉であった。

雷「電と深雪はまだそういう関係じゃないわよ?」

いわゆる大衆雑誌のような内容を取材する事がほとんどな青葉。

それを踏まえて雷は、この3人のみがいる状況で尋ねてきたという事実から、おそらくは電に関するスクープ狙いと推測して先に断りを入れたのだった。

青葉「たしかに仲の良いお二人の関係性も気になるんですけどね!今回はちょっと真面目な取材でして...」

響「スクープ記事目当てじゃないなんて珍しいね」

そうですかね、と苦笑した青葉は腰を屈めて3人と目線を合わせる。
そして顔少し近づけて周りに目立たない声で話し始める。

青葉「その、先程もそうでしたが、電さんが何故あそこまで山城さんを助けるのか気になりまして」

響「...!」

青葉「姉妹艦の皆さんなら何か知ってるんじゃないかと思ったんです」

雷「...電は優しいから...」

雷がありきたりの言葉を呟く。
このような質問には、まずそれで反応を見ることがこの3人の中でのマニュアルになっている。


青葉「...私は電さんが何か事情を知ってるからだと思います」

青葉「その事情のためにいつも山城さんを助けるのでは、と。」

少し小声で発声された青葉のその言葉を聞いた瞬間、3人が閉ざしていた門は開かれたのだ。

暁「偶然ね!ちょうど私達でその話をしようとしてたわ!」

響「(でも...青葉さんは時雨と同じタイミングで着任したはず...それもあってか仲良さそうだし...)」

雷「詳しい事は分からないんだけどね、電は...」

響「残念ながら私達が知ってることは何も無いんだ」

暁や雷が躊躇いなく話そうとするところに、響が被せるように言った。
何となく響から警戒心を読み取った暁と雷は驚きと不安を隠せぬまま黙って響を見つめた。
一方の響は動じずクールな表情を保っている。

響「だけど“お人好し”なのだって、私達の妹の大事な長所だからね」

響「だから私達は、たとえ電が必要無いまでの優しさを振り撒いていても、それを見守るだけなのさ」

響は終始落ち着いていた。
それに今言ったこと自体は彼女の本心でもあった。
青葉のインタビューを回避しようとする意図以外は、まさに嘘偽りのない返答なのだ。

それゆえに響の落ち着きは暁や雷の動揺を打ち消すほどの自然さをもたらしたのである。

しかし・・・

青葉「...やはり警戒しますか」

青葉も伊達に“取材”を続けてきたわけではないのだろう、その経験を活かしてか普段そこまで接点が多いわけでもない艦娘の心理を見事に読んでみせたのだ。

青葉「ですがこれは決して記事にするとかではなく、私個人のために内密に調べてることなんです」

青葉「どうか、些細なことでも、電さんについて知ってることを教えてくれないでしょうか」

青葉「きっと姉妹艦にだけなら、ってふと零した重要な言葉があるんじゃないかって思うんです」

どうやら青葉が本気で電の山城擁護について調べている事は間違いないようである。

響「...青葉さんが本気なのは分かったよ」

ひとまず青葉の意図を信頼し、警戒姿勢を緩める響。

響「ただ警戒したメインの理由はそこじゃないんだ」

青葉「他に何かあるんですか...?」

響「電が山城さんの味方をする理由を見つけるには、きっと、今ある山城さんの人物像を一度忘れる必要がある」

暁「先入観?を捨てるってやつね」

響「その通り。それはこの場合、鎮守府のほとんどの艦娘の考え方を否定することを意味する」

この言葉に、自らの試みの大変さを改めて確認して青葉達は沈黙してしまう。

雷「まぁ...この鎮守府で進んでやることじゃないわよね...」

響「特に青葉さんは時雨と同時着任で仲も良いじゃないか」

響「それでも本当にそんな調査をしたいと思えるのかい?」

響が危惧していたのはまさにその点であった。

ほぼ全員から良く思われていない者について、1度先入観を捨て去って再評価しようとするにはかなりの勇気が必要である。

そんなことをすれば鎮守府で浮いてしまうわけであるし、そもそもあれほど暴言を吐いてきた人に擁護の余地を見出そうとする事自体が、直感的にナンセンスなのだ。

もちろん鎮守府の雰囲気に流されずに中立や擁護すら見せる艦娘達も数人はいる。そして彼女らがその立場を理由に飛び火して嫌われるという事態は一切起きていない。

しかし彼女達はほとんどが古参の面々で、戦力的にも精神的にも鎮守府に大きく貢献している者達であることも同時に忘れてはならない。

つまりそれだけの存在だからこそ周囲の行き過ぎた山城嫌いを抑制できるのであって、これを他の者が安易に真似る事は得策ではない。

・・・それでも電の言動の意図を解き明かしたいのであれば、この道は避けられないかもしれないが。

青葉「...覚悟は決めてあります」

響の言葉で空気が重く沈んだが、やがて青葉が口を開いた。

青葉「もちろん私は時雨さんとは仲が良いです」

青葉「そして今までずっと山城さんのことを憎むべき人だと信じて疑いませんでした」

振り返れば青葉も山城への嫌悪は隠さないタイプであったように思う。

青葉「ですが冷静に考え直そうとしてみたら、それは思い込みなんじゃないかとすら思えてきたんです」

雷「それは随分と大きな心変わりね」

そこでちょうど今日未明の出来事が想起される。

暁「そう思うきっかけがあったのかしら?」

暁がそう尋ねると、青葉は意を決したように言葉を続けた。

青葉「ええ、数日前に古鷹さんがふと零した言葉が忘れられなくて...」

古鷹さん、という言葉に反応して暁型の3人はある気づきを得た。
しかし、誰から目配せをしたわけでもないが、ひとまずは青葉の話を中断せずに聞くことにした。

青葉「私がいつも通り山城さんを批判した時、古鷹さんは悲しそうな顔をしてこう呟いたんです」

青葉「山城さんは私よりよっぽど強くて優しいのに、って」

古鷹が言ったというその言葉の意味を3人も考える。

青葉「それは、喧嘩を仲裁する時みたいな普段の山城さん擁護とはちょっと違いました」

青葉「わざわざ古鷹さん自身を比較対象に出すくらい、本心から絞り出た古鷹さんの思いだった気がするんです」

青葉は困ったような顔をしている。

青葉「だから、もう私は分からなくて...古鷹さんは誰にでも優しすぎるから、って勝手に納得してただけなのかもしれないって」

青葉「古鷹さんの言葉を前提にしてみたら、きっと山城さんは今と全く別の人物になるんじゃないかって」

青葉「だからあの言葉の意味が知りたくて...でも古鷹さんは...」

青葉が次の言葉を口にしようとする時、またもや響が食い気味で被せてきた。

響「詳しいことを教えてくれなかったんだね?」

しかし今度の意図は話を回避するためではなく、むしろその真逆である。
まさに言おうとしたことを言い当てられて青葉は少し驚きを隠せずにいた。

雷「これって、古鷹さんが残り2人のうちの1人ってことよね」

暁「そうとしか思えないわね」

青葉「もしかして...やはり何か知ってたり...?」

響「うん。実をいえば私達もちょうど青葉さんと同じだからね」

雷「古鷹さんみたいな妹がいるもの」

青葉「やはり...!」

青葉「私も、古鷹さんが何か山城さんに肩入れする事情があるのだとしたら、古鷹さんと同じような立場を取る電さんもきっと同じはずだと思ってたんです」

青葉は自身の推測が正しかった事に興奮を覚えながら、それでも周りに聞かれぬようにある程度抑えた声量で話を続ける。

青葉「ですが仮にそんな事情があるとして、みなさんに仲良くして欲しい古鷹さんがそれを黙ってる理由は無いはずじゃないですか」

青葉「だから私の推測が合ってたとしても、電さん本人からも同じようにそれ以上の事は聞けないと思ったんです」

響「なるほど、それで私達が3人になった時にインタビューしに来たんだね」

青葉「そういうことです」

暁型の3人も、青葉と同じ発想を古鷹に対して適用しなかったわけではなかった。

何せ青葉は自覚があるかは分からないが古鷹にべったりであり、古鷹も青葉を特に大事にしている様子である。
青葉の妹である衣笠曰く、ヘタレな青葉が行動しないだけで実際は“事実上の恋人同士”らしい。

今では青葉に色恋沙汰を取材されたら「古鷹とはどうなのか?」と言い返せば青葉を退けられるとまで言われるほどである。

それほどまでに深い情で結ばれているのならば、自分達と同じように何か古鷹から打ち明けられたり相談されていそうなものだ、というのがこの3人の思考であった。

しかし電が自分達に一部を打ち明けてくれた一方で、依然として山城を嫌い続けていた青葉の様子を考えれば、古鷹は電と同様ではないと思えてしまったのだ。

それこそが、暁型が逆に青葉に尋ねることをしなかった理由であったのだ。

響「実はさっき暁と雷が話していたことが私達が持ってる唯一のヒントみたいなんだ」

青葉「2人のうちの1人...でしたか?」

雷「そうなの。以前電が教えてくれたのよ、事情を知ってるのは電を除いて3人らしいの」

雷「私達はその時に1人については教えてもらってて、その人は古鷹さんじゃなかったわ」

青葉「つまりそれは古鷹さん以外に事情を知ってる人が2人いるって事ですか?」

響「そうなるね」

青葉「それなら1人は昨日私も知ったんですよ」

その言葉にちょっとした緊張が走る。
青葉が知ったという人次第では、この鎮守府で山城についての何かしらの事情を知っている人を全員把握したことになるからだ。

青葉「私が知った人と言うのは川内さんの事なんですが...」

だがその希望は残念ながら通らなかった。

暁「私達と同じね...」

青葉「そうでしたか...」

新しい情報が得られず青葉も少し落胆をした。
しかしここで諦めず、少しでもヒントを得ようとインタビューを続行する。

青葉「ちなみにみなさんは電さんからどのように聞いたんですか?」

響「あれは暁が着任してすぐの時だね」

青葉「とすると8月半ばくらいですか」

雷「そのくらいだったわ」

青葉はいつの間にかメモ帳とペンを手元に用意していた。
流石は自ら記者を名乗るだけある。

響「山城さんが異常なまでに嫌われてることに気づいて、その理由を私達に聞いてきたんだ」

暁「山城さんに対してだけはみんな嫌な対応してたから、事情を知らない私はただただ怖かったもの」

響「そういうわけで暁には着任のほんの数日前に起こった出来事を説明したんだけど」

響「その時も電はやっぱり山城さんを擁護しようとしてたんだ」

雷「何か事情があったと思うし聞いたままの話だけを信じないで欲しい、って一生懸命フォローしてたのよ」

雷「でも私と響はそれにちょっと反対するような事言って、電は困った顔して黙っちゃってね...」

響「そこで暁が思い切って電にストレートに聞いてくれたんだよ」

響「「どうして電はそんな酷いことした山城さんの味方をしたいの?」ってね」

青葉「その時に事情を知ってるってことを?」

響「いや、実はこの時点ではまだ打ち明けてもらえなかったんだ」

響「だけどこの時私が、電は優しすぎるんだって言ったら、電が何か匂わせるような返答をしてね」

青葉「何て言ったんですか?」

暁「例えば川内さんとかも近いうちに山城さんの味方をするようになると思う。ほとんどの艦娘の敵対感情に配慮して堂々と仲良くは出来ないだろうけど、って」

青葉の質問には暁が答えた。

青葉「...その時点で川内さんの名前を持ち出してきたわけですか」

青葉は少し考えを巡らせているようだ。

暁「そうなの。それで電の言いたい事が分からなくてとりあえず「何でそう思うの?」って聞いたのよ」

暁「そしたら、山城さんと川内さんは仲良くなったから、って答えたわ」

青葉「仲良く...ですか...」

雷「それで、電もそれと同じようなもので、だから山城さんの味方をするのは別に電が優しくしたいからではない、ってことを強調してきたのよ」

一応電の言うことは筋は通っていた。
周りからは“優しすぎる”から味方をしていると言われる事に対し、“仲良くなった”から味方をするだけだ、と反駁したということである。

もっとも、それは苦し紛れの説明であることは今の3人には判明してしまっているが。

響「この事はまだ他の人には言わないで欲しいとも頼まれたよ」

響「そして青葉さんならその頃から既に居たし知ってると思うけど、実際に電の言った通りになったんだ」

雷「まさか夜戦練習に付き合ってもらうほどの関係になってたなんてね」

暁「今じゃ那珂ちゃんさんも巻き込んで完全な味方よね」

青葉「では電さんは川内さんも事情を知っていることを、その時点で把握していたってことですね」

青葉はメモにまた何かを書き込む。

雷「そういうことになるわ」

雷「今思えばわざわざ川内さんの話を持ち出したこと自体が電なりのヒントだったのかも...」

響「私はその時はまだ、電が水雷戦隊に大きな影響を持つ川内さんを説得して、なんとかあの事件を収束させようとしたんだと思ってたよ」

暁「私なんか以前の様子を知らなかったから、てっきり山城さんと川内さんはもともと仲良しで、電が間に入って2人の関係を元に戻したって事なのかと思ってたわ」

間違った解釈を誘発したあたりに、電が意図的に話をぼかした事が窺えるであろう。

響「それから1ヶ月くらいして、ようやく電が事情があって擁護しているということを打ち明けてくれたんだ」

青葉「そうなるとそれは9月の半ば頃ということですか」

青葉はメモを見ながら時系列を確認する。

暁「多分合ってるわ」

暁が確認に応える。

響「それで、もちろん詳しい事情を知りたかったから聞いたんだけど、ついに「事情がある」って事しか教えてくれなかったんだ」

響「だからさっき警戒して青葉さんに言ったことも間違ってないかもしれないね」

響は結局は大事な点を「何も知らない」ことを自嘲気味に語った。

雷「その時何とか聞き出せた唯一の事が、今さっき話した事情を知ってる人の数とそのうちの一人が川内さんって事なの」

雷「それを聞いて初めて、電が最初にぼかしを入れて話してたことの意味が理解できたの」

青葉「つまり電さんは“事情を知る”を“仲良くなる”に強引に置き換えて話していたわけですか」

暁「あとはこの事は基本的に他の人に言っちゃダメって、言われたわ」

暁「だけど、山城さんの事をちゃんと知ろうとする意志が見られたなら喋っていいとも言われたの」

青葉「それでこうやって話してくれたんですね」

暁が頷く。

青葉「ところで電さんがそれ以上話せない事やみなさんへの口止めは山城さんの指示ですか?」

雷「それもあるみたいだけど...その事情を伝える権利が電には無い、って電自身は言ってたわ」

その言葉を聞いて、青葉は「やっぱり...!」と微かな声で呟いた。
そして動かしていたペンの動きを止めた。

青葉「新情報はあまり得られませんでしたが、情報の整理は出来ました」

青葉はメモから顔を上げ、食堂の入口に目を向ける。
まだ電は帰ってきていない。

青葉「では今度は青葉が知ったことを教えますね」

暁型は青葉の情報に身構えた。

青葉「まず私が川内さんが事情を把握してることを知ったのは、昨日那珂さんに聞いたからなんです」

雷「あー、それでなのね」

青葉「私は何も知らない状態で調査を開始したので、とにかく山城さんに友好的な人から当たろうと思いまして」

青葉「昨日は神通さんの誕生日会もありましたから、そこで川内さんと那珂さんに詳しく聞こうと思ったんです」

青葉「何となく事件後着任の那珂さんの方が話しやすいと思ったので彼女に聞くことにしたんですが...ラッキーでした」

暁「ラッキー?」

響「川内さんに聞いちゃってたら警戒されて、「事情があった」以上の事実を知るのが余計難しくなるからだね」

青葉「ええ、何せ姉妹艦にすら教えない事なんですから余計な警戒は受けないようにしたいところです」

青葉「それともう一つラッキーな点は那珂さんもこっち側に引き込めたんです」

雷「引き込むって...青葉さんと一緒に調査してるってこと?」

青葉「はい、そうです」

響「それは大きい収穫だね」

青葉「そこで少し話は脱線しますが...もしよろしければお三方もご協力して頂けませんか?」

青葉「みんなで力を合わせれば、きっと私達の姉妹艦が話せない真実を知れると思うんです」

青葉のお願いに近い提案を受け、顔を見合わせる3人。
しかし彼女らも今の青葉と同じ気持ちを抱いてきたのである。

それゆえに結論はすぐに出た。

響「私も気になる、是非参加させてもらうよ」

暁「もちろん私もよ!」

雷「青葉さんがいれば何か分かりそうだものね!」

青葉「みなさん、ありがとうございます...!」

こうして賑わう食堂の一角で、ひっそりと探偵団が生まれたのだった。
しかし、電が戻ってくる時間を考えるとその結成を祝っている暇はない。

青葉はメモ帳を見ながら急いで話を続ける。

青葉「それで那珂さんから聞いた事は暁型での事例とほとんど同じでした」

青葉のまとめによれば、川内は事情を知って1ヵ月後くらいに神通と那珂に一部のみを打ち明けたそうだ。

その内容はやはり「事情があった」というものであるが、どうやら山城は川内型を気遣うような言動もしていたらしい。
那珂はその点に山城の良心の存在を見出し、結局詳しい事情を知らないままでも山城を擁護する側に立つと決めたのだという。

また山城から口止めを受けている点も暁型のケースと同様である。

青葉「ここで電さんと川内さんの動きを時系列で見ると、偶然にもかなり一致してるみたいです」

響「どういうことだい?」

青葉「どうやら川内さんが事情を山城さんから聞いたのが、ちょうど電さんがぼかしながら響さん達に伝えた頃になるみたいです」

雷「てことは電は川内さんが事情を知った事を把握した直後に、私達にあれを話したのね」

青葉「そして2回目の話をした9月半ば頃も、やはり那珂さんが川内さんから打ち明けられた頃に一致するようです」

青葉「那珂さんによれば川内さんからの打ち明けは口を滑らせたことから始まったらしいですから...」

青葉「おそらく電さんは川内さんの動向に添って、自身も姉妹艦に打ち明けたりしているのでしょう」

暁「そうだったんだ...」

青葉「それと川内さんも電さんもあれ以上を語らない理由を「権利がないから」としている点も重要そうです」

響「川内さんもそう言ったのか」

青葉「ええ。ひょっとすると川内さんに電さん、そしてもしかしたら古鷹さんもが、それを周りに言うのが躊躇われるような事情を持ってるという事なのかもしれません」

雷「そこは鍵になりそうね」

青葉「私が知ったことはこれくらいですし後は事情を知っている残り1人は誰かという話ですが...」

青葉「これは宿題になっちゃいますね...」

青葉は食堂の入口を見ていた。
そちらを見てみれば電がこちらに早足で向かってくるところであった。

青葉「では今度は那珂さんも呼んで集まりましょう」

青葉はそそくさと立ち去ろうとしたがそれを止めるように響が質問をする。

響「最後に一つだけ。今日の喧嘩の発端は何だったか見てたりしたかい?」

青葉「あー、それは今日の午後演習で山城さんが満潮さんを完膚なきまでに叩きのめしたらしくて...」

青葉「それでただでさえイラついてる満潮さんに「こんな雑魚が姉様に付きっきりなんてそりゃ不幸になるわね」って煽ったらしくて...」

響「なるほどね...」

電がちょうどやって来た。

青葉「では電さんも帰って来たことですし、青葉はこれにて!」

青葉「六駆の良い子達は宿題にちゃんと取り組むんですよ!」

そう言って青葉は去っていった。

電「すごい遅くなってごめんなさい、なのです...」

暁「気にしなくていいのよ、青葉さんが話し相手になってくれたし」

電「それは良かったのです...。どんなこと話してたのです?」

響「電が深雪とラブラブだって話しさ」

響がしれっと事実と違う返答をする。

電「はわわ~!?///」

電「からかわないで欲しいのです~~~!!!」

雷「電は本当可愛いわねぇ」

目の前に居るあどけない純粋な少女。
この子がほんの少数の者達と共に隠し続ける真実は一体どんなものなのだろうか。
3人にはまだ全く見当も付かないのであった。

今回はここまでです
出来れば今日か明日にもう1回投下したいですが・・・

なるべく早く投下できるようになりたいです

今日の夕方頃に続きを投下しようと思ってます

どうしてこんなに宣言を守れないんでしょうか...

ようやく投下開始です

12月11日 朝



目を開けば薄明るい光が自身に降り注いでいる。

窓から見える空模様は快晴。
カーテンは既に開いていた。

昨夜見た天気予報によれば、ここしばらく続いた冷え込みも今日は和らぐようである。

それと連動するかのように青葉の目覚めもここ数日と違ってすこぶる良いものであった。

青葉「~~~っっくぁ!」

青葉はベッドで起き上がると、まずは緩んだ変な声を出しながら伸びをした。

古鷹「おはよう、青葉!」

青葉「おはようございます、古鷹さん...」

青葉がまだ完全には醒めない眠気を取り払おうとしていると、ルームメイトである古鷹が元気に声をかけてきた。

古鷹もまだ可愛らしいパジャマ姿であることから、そこまで自分より早起きしたわけではないことが窺えた。

それでも彼女は既に眠気とは無縁な状態になっており、早くも1日のスタートを切ろうとしているようだ。

青葉「今日は秘書艦なので古鷹さんより早く起きるつもりだったんですが...逆になってしまいましたね」

古鷹「でもぐっすり眠れたみたいだし、良かったじゃない!」

青葉「それもそうですね」


にこやかに笑う古鷹を見て、青葉も微笑み返す。
本当に古鷹には笑顔が似合う。

だから古鷹にはいつも笑顔で居てもらいたい。
そんなことを青葉はよく考えるのであった。

青葉「それじゃあ身支度して、いつもより早いですが朝食に行く準備しちゃいましょうか」

古鷹「加古達も起こしてくる?」

青葉「どうせ加古さんは今日もギリギリまで布団で粘るんでしょうし...ガサに丸投げしちゃいましょう」

古鷹「まったく、加古ったら...」

古鷹の妹にあたる加古は寝坊助で有名である。
というより、いつでも隙を見つけては寝ようとするのだ。
そんな彼女をどうにかする役目は、第六戦隊の世話焼きな方の2人、すなわち古鷹か衣笠なのである。


青葉「まぁまぁ。昨日2人には、明日先に古鷹さんと朝食を取っちゃうかもしれない、って言ってありますし」

青葉「それにガサも加古さんの世話焼くの大好きみたいですから」

古鷹「たしかになぁ。じゃあ、2人のことは信じて私達だけで行っちゃおう!」

青葉「では私は顔洗ってきますね」

こうして2人は食堂に向かう準備をするのであった。




食堂には青葉と古鷹以外はまだ誰も食事を取りに来ていなかった。

始業時間を考えると朝食を取るには早すぎであり、大抵の艦娘はこの時間はギリギリまだ寝ている。

また空母勢は朝早くから鍛錬をしている様であるが、彼女達が弓道場からやって来るのもやはりもう少し後になってからである。

ただ、日替わりの秘書艦に任命された艦娘は始業に備えた準備をしておかなくてはならない。

そのため基本的にその日の秘書艦は早めの朝食を取って、ゆとりを持って執務室で始業時間を迎えるようにする事が奨励されている。

・・・もちろんマイペースな艦娘はここでも時間にルーズだったりするのだが。

そんな事情があるからこそ、今青葉に朝食を渡す鳳翔もこの時間から既に準備を整えているのである。


鳳翔「今日は青葉さんが秘書艦でしたか。頑張って下さいね」

青葉「恐縮です!こんな早くから朝食の準備、いつもありがとうございます!」

鳳翔「ふふっ、いいんですよ。これが着任時からの私の仕事ですから」

古鷹とはまた違った落ち着きと安心感をもたらしてくれる笑顔で鳳翔は青葉に食事を渡した。

厨房内の奥側では、日中は甘味処を運営する間宮や伊良湖、そして他の有志で手伝いをする艦娘が忙しなく準備に追われているのが見えた。
食事受け渡しのカウンター付近には、青葉と鳳翔しか居ない。


青葉「(そういえば鳳翔さんも...可能性は低いと思いますが...)」

青葉「(せっかくの絶好のチャンスですし)」

青葉は食事を受け取ると、少し小声で鳳翔に話しかけた。

青葉「あの、いきなりで申し訳ないのですが...」

青葉「鳳翔さんは何か山城さんについて知ってたりするんですか?」

その問いに鳳翔は驚いた顔をする。
その表情は隠し事がバレたから、というようなものではなく単に唐突の質問に困惑しただけのようである。

そこで少し補足をすることにした。

青葉「味方をしてあげたり、あまり敵意を持ってない人はほとんどが古参の方ですから...」

この説明で鳳翔は青葉の言いたい事を理解したようだ。

そして彼女の目線が一瞬青葉のさらに後ろを捉えた気がする。
どうやら青葉がなぜそれを聞きたかったのかの意図まで汲み取られてしまった。

流石は鎮守府の母親的存在といったところか。

鳳翔「たしかにそうみたいですが...私は何も聞いてなくて...」

ごめんなさいね、と言わんばかりの残念そうな表情を見せる。

青葉「いえ!むしろいきなりすみません...」

答えは予想はしていたが、やはり聞いた以上は少し残念な気持ちも拭えない。
同時に気まずい空気にしてしまった罪悪感もあり、謝罪の言葉を残し立ち去ろうとした。

しかし、繋ぎとめるようにさらに言葉が紡がれた。

鳳翔「...ですが私は信じていいと思ってます」

鳳翔「あの真面目な加賀さんが嫌ってはいないみたいですから」

彼女の表情は再び慈愛に満ちた優しいものへと戻っていた。

青葉「たしかに...」

その言葉はすんなりと青葉に浸透したのだった。

青葉「ありがとうございます」

青葉はお礼言って反転し、先に食事を取って待っている古鷹の所へ向かう。

今鳳翔の言ったことは、ここ1週間程で青葉が山城への先入観を懸命に捨てながら考えていたことと同じであった。

加賀と言えば鎮守府で一番真面目な艦娘である。
そんな彼女が、あまりに理不尽で勝手で腹立たしい理由で艦隊の和を乱し孤立する山城を嫌わない事があるだろうか?

実際に間接的にそれが加賀自身に迷惑を被らせることもあったのである。

青葉は以前までは加賀の立場について、山城を戦力としてだけは不可欠と考えるからこそ中立を維持しているだけだと思っていた。

それは、事実として山城が金剛と共に戦艦の中で群を抜いて練度が高いことや、加賀がその冷静な分析力を買われて作戦会議に呼ばれるような立場に居ることによって裏付けられているように思えた。

だが古鷹のふと零した言葉を聞いてから、そして決定的には那珂から事情の存在を聞いてから、そんなストーリーよりももっとシンプルな可能性が浮かび上がった。


加賀も事情を知る一人なのではないか、という事である。

この仮定は実に説得力があるように思える。

話を聞いた時に那珂は、山城を嫌わないでいる人は程度に差はあれ何かしらの事情を聞いているのではないか、と言っていた。
そしてその際に、金剛と加賀はおそらく事情を知ってるから中立的なのではないか、とも推測していた。

その推測は一昨日までは青葉も正しいと感じていたが・・・

暁型の子達曰く、事情を知る人は4人らしい。
このうち2人のことは確実に分かっており、もう1人もすぐそこで自分の着席を待っている人であると強く確信している。

だとすると最後に残った1枠は誰なのか。


青葉が今まで見てきたことを踏まえれば、その1枠もおそらくは古参勢で山城を嫌う態度を見せていない人である。

その条件からいえば鳳翔も該当はする。
だから先程は可能性は低いと思いつつも、一応彼女にも確認をしてみたのである。

青葉はこの時点で最有力候補を既に3人にまで絞っていた。

青葉「(山城さんに「あんたは納得してると思ってた」って言われるくらいだし...)」

青葉「(同室経験もあったと聞きますし、やはり金剛さんが1番可能性が高いですよねぇ)」

先日の朝に盗み聞きした会話を思い返す。

まさかの寝落ち...
またこうやって予定が狂っていく...

青葉「(ただ、鳳翔さんまでもが信じる根拠にしてる加賀さんも十分ありえるんですよね...)」

青葉「(それに正規空母の方々は口々に、加賀さんは明らかに後輩、もとい瑞鶴さん思いなところがあると言います)」

青葉「(そんな人が事情を何も知らないのなら、あんなことをする山城さんを到底容認するはずが無いのでは...?)」

青葉は思考を巡らす。
しかし身体は無意識的に自然と動いており、いつの間にか古鷹の前まで来て、トレーを食卓に置いていた。

青葉「(まぁでも電さんがその時言ったという情報が絶対正しいとも断言できないでしょうし...)」

青葉「(1人、2人くらいの誤差はあるのかもしれませんね)」

古鷹「...何か悩み事?」

思考を続けながら席についた時、古鷹がやや不安そうに首を傾げて聞いてきた。

青葉「いえ、まぁ今週の記事は何書こうかなぁって」

咄嗟に無難な返答をする。

古鷹「なぁんだ、良かった...」

古鷹「でも記事考えるのもいいけど、ずっと考え事は危ないよ?」

古鷹は青葉に対してはやや過保護である。
それだけ青葉を特に気にしてくれるという嬉しいことでもあるが。

古鷹「それと秘書艦業務中は仕事に集中しなきゃダメだからね!」

古鷹「提督に迷惑かけたりしないようにね?」

青葉「分かってますよぉ。青葉さんにお任せ!ですよ~」

妹の口癖を真似ておどける。
青葉はひとまず考えるのを止め、せっかくの古鷹との2人の時間を楽しむことに決めた。

たわいもない事を話したり冗談を言ったりしたり・・・
その度に古鷹が笑う姿はとても愛おしい。

4人で食事をするのも楽しいが、やはり古鷹を独り占めできる今この時間も、青葉にとってはこの上ない至福なものであった。

青葉「(今日は目覚めも良くて、朝から古鷹さん成分補充できて、いい日になりそうです!)」

青葉「(もしかしたら第3の候補からもいい情報聞けちゃうかもしれませんね!)」


~~~


12:00 執務室

提督「ふぅ...この書類は終わったか...」

提督「じゃあちょうどいい時間だしお昼にしよう」

青葉「待ってました司令官!」

提督「今のところ順調に進んでるし、青葉のおかげだ。午後もよろしく頼む」

青葉「恐縮です!」

提督「その辺軽く整頓したら食堂行くぞ」

ようやく昼休憩になった。

長時間に渡る秘書艦業務には必ず複数回の小休憩がある。
それは提督が適宜設けてくれるのであるが、文字通りの僅かな時間の休憩でもある。

それゆえその時間には軽い雑談程度なら気楽に出来るのであるが、長話に発展しそうな話題はなかなか話せない。

しかしその例外が昼休憩である。
昼休憩には昼食を取るために1時間程度が当てられている。
つまり提督としっかり喋りたい事がある者にとってはこの時間は非常に大事なものなのだ。

そして本日秘書艦の青葉も、この時間の到来を待ち望んでいた。
それはもちろん、提督に聞いておきたい重要な話があるからにほかならない。

その聞きたいことを思いついた時、ちょうどその数日後が秘書艦業務に就く日-すなわち今日であるが-だった事はかなりの幸運といえるかもしれない。

青葉「司令官、お昼に行く前に少し真面目なインタビュー宜しいですか?」

提督「インタビュー?まぁ、いいぞ」

提督から了承の返事を貰った青葉は一息ついて話を始める。

青葉「...では、司令官は山城さんについてどうお考えでしょうか?」

提督「山城について?...非常に高練度で優秀な航空戦艦だと思うが振る舞いは褒められたもんじゃないな...」

提督はありきたりな答えをした。
しかし、そこに少しだけ動揺があったのを青葉は見逃さなかった。

もちろんそれが、青葉の質問が唐突だったという、それだけのことから来た動揺であるとも解釈できるが・・・
しかし同時にそれがあまり触れられたくない点を聞かれた事によるものの可能性も十分に存在した。


青葉「(事情を知る残り1人の候補でもあるんです、ここは絶対聞き逃せません...!)」


そうである、青葉はこの目の前の男にも山城の事情を把握している可能性を見ている。

それもよく考えれば妥当な思考で、そもそも鎮守府を管理する者は全艦娘のパフォーマンスや行動原理に関する事情を知る道理があるはずである。
そして当然全艦娘を着任から見てきている。

それを踏まえれば提督も事情は知っていて、電は提督を無意識的に除外して艦娘のみで事情を知る人の数をカウントしただけだった、なんてことも有り得るのではないか。

さらにはその事情とやらの性質を考えても、他の候補よりも提督に確かめる事を優先したが得策である。
なぜならば今のところ、事情を知っている者達は皆それを姉妹艦などにすら打ち明けないからである。

そうなると金剛や加賀に取材を敢行してそれが見事図星だったとしても、おそらく内容については知れないのが容易に予想できる。
まさにそれは青葉が那珂より話を聞いて以来、直接的な取材を避けている理由でもある。

しかし鎮守府内で唯一立場の異なる提督であれば、少しは結果も変わるかもしれない。
艦隊指揮権を持っており艦娘でもない彼ならば、説得次第では知ってる限りの事情を教えてくれたり、あるいは彼が知らなくても山城本人に事情を話すよう促してくれるかもしれない。

青葉はそう考え、提督から何かしら新情報を得られる期待値は大きいと見ていたのだ。


青葉「司令官なら青葉がそういう返答を求めているわけじゃ無いことは分かるでしょう」

青葉「では聞き方を変えます。司令官は山城さんのトラブルを何故解決しようとしないんですか?」

青葉は追い詰めるように更なる詳しい返答を暗に求めた。

提督「...それは山城を追放しろという圧力か?」

提督は青葉が山城を嫌悪している故のその発言なのだと思っているようだ。
そこで青葉は首を横に振り補足する。

青葉「そうではなくて、純粋に疑問なんです」

青葉「あんな状態、艦隊運営の責任者である司令官にとってはたまったもんじゃないですよね?」

青葉「なのにどうしてそれを黙認しているんですか?」

その問いでようやく質問の意図を掴み、提督はゆっくりと話し出す。

提督「...私が艦娘達の私的領域に介入しない方針であることは君も知っているだろう?」

提督「たしかにあの険悪な関係は冷や冷やするが、現状それが原因で艦隊運営に支障が出たことは無い」

提督「だから私は静観するだけだ。それに私がしゃしゃり出て仲裁しても、しこり無く解決出来るものではないと思っているからな」

あまり深く考えなければ、提督の主張は論理的なものであった。
事実として提督は良くも悪くも艦娘にあまり口を出さない姿勢である。

それは深海棲艦に実際に対抗する艦娘達こそが自身を1番よく知っているのであり、したがって提督の役目とは彼女らがハイパフォーマンスを実現するための戦術や環境を彼女達の希望に沿って提供するべく尽力する事だ、という彼のポリシーに由来する。

そのため艦娘の私生活に関する領域についても、艦娘達が提督に進言をしてそれに許可をする事で自治性を保障するなどしていたりする。

ただ全艦娘からひっきりなしに提案が出るのも大変なので、何となくそれぞれの艦種の古参勢が意見をまとめて進言するのが常となっていた。

・・・改めて分析すれば、こうした慣習のおかげで古参勢に味方がいる山城は基本行動を制約されずに済んでいるともいえよう。

さて一見筋の通った解答を言い渡された青葉であったが、半ば確信に近い推測から逆算していた彼女はすかさず強烈な次の質問をした。

青葉「ですが艦隊運営に支障が出ていないのも、山城さんを味方する数少ない人達がその都度説得したり陰で調整しているからです」

青葉「それは司令官だってよく知ってるはずです」

青葉「そんなレベルで深刻なのに、司令官が全くのノータッチってのはおかしいと思うんですよねぇ」

提督「...」

青葉「それにほとんどの艦娘達が山城さんを憎んでいて司令官に文句や不満を言うんです」

青葉「なのにそういう時だけ戦力を理由に妥協するよう皆に求めるなんて...司令官のポリシーに反しませんか?」

提督「しかしそれは仕方ないだろう...皆が不満に思っていても重要な戦力を眠らせ続けるわけにはいかない」

提督「やりやすい仲間同士で出撃させてやりたい気持ちはあるが、そこは軍隊だからな」

青葉「なら尚更あの件を黙認し続ける理由がありませんよね?」

提督はいよいよ答えに詰まったようである。
その様子を確認してから、青葉はようやく本題に入るのである。

青葉「山城さんがあんな振る舞いをするのには事情があります」

青葉「そして司令官はその事情を知っているのでは?」

提督「...いや、特にそのようなことは聞いていないが」

青葉「ですが司令官、私はもう古鷹さん、電さん、川内さんがその事情を知ってるがために擁護を続けてきたということまで突き止めてます」

青葉「そして私だって、何かそれほどまでの事情があったのなら、山城さんについてちゃんと知ることから始めるべきだと思います」

青葉「ですからどうか、知ってることを教えて頂けないでしょうか...?」

青葉は切実に提督に訴えた。
日頃は取材と称して皆のプライベートに直撃して困らせたりなど、真面目や大人しさといった言葉とはかけ離れている青葉。

そんな彼女が真剣さながらに聞きたがる必死な様子は、やがて提督の口を開かせた。

提督「先に言っておくが、私も山城が何であのような振る舞いをするのかの理由については本当に知らないんだ」

提督「ただ原因についての心当たりはあるし、私にも責任があることだからな...」

その言葉を聞いて青葉は内心で歓喜する。

青葉「(やっぱり何か...!)」

青葉「その心当たりというのは?」

だが興奮を隠せない食い気味の青葉の質問は、またも大きな壁で阻まれることになる。

提督「悪いが、それは君に言うことではない」

青葉「なぜですか!?」

提督「...それについても黙秘させてもらうよ」

青葉「じゃあ、司令官に責任があるってのは?」

黙秘されたことに思うところはあるが、とりあえず青葉は食い気味に別の言葉の方にも追及する。

提督「山城がああいう振る舞いをするようになるのを招いたのは私の責任、ということだよ」

青葉「それはつまりどういう事なんですか?」

提督「そこからは事情の範疇だからな」

提督は再度それを話すつもりが無いことを暗示した。

青葉「...そこまでして隠すようなことなんですか?そんな意味があることって一体何なんですか?」

提督「...」

青葉「もしそんな事情があったんなら、青葉が責任持って山城さんを嫌う人達を説得しますから...!」

提督「悪いが君に教えるつもりはない。もちろん他の人にもだが」

結論が変わることはなかった。

青葉「どうしてもそれは話したくないんですか...?」

青葉「古鷹さん達も、司令官も、そんなのおかしいですよ...」

青葉「司令官はトラブルを解決したくないんですか...?」

一瞬大きな期待をしてしまったがために落胆も大きい。
そんな青葉の様子を見て思う事があるのか、提督は口を開く。

提督「...青葉。君は事情を知ってる人については突き止めているのに事情は知らないわけだ」

提督「それは多分、君と特別な絆で結ばれてる古鷹さえも教えてくれなかったってことだろ?」

青葉「特別な絆って...。古鷹さんとはそういうわけじゃないですよ?」

照れ隠しで否定した面もあるが、青葉自身は本当に古鷹とは特別な関係であるとは思っていない。

青葉「(古鷹さんは青葉だけじゃなくみんなに優しくて、青葉の方が特にそれに甘えてばっかってだけなのに...)」

青葉はそんな自覚を持っていた。
いつも青葉に振り回されながらも笑っていてくれて、そのくせ実は繊細な面も受け入れて寄り添ってくれる・・・

むしろその優しさに甘えてばっかりで迷惑をかけてしまって申し訳ないという気持ちすら青葉にはある程なのだ。

青葉「(...でもやっぱり古鷹さんの1番みたいに思われるのは...嬉しいな)」

そんな事を考えているとは思わず、提督は青葉の否定を打ち消す。

提督「そうなのか?でも私から見ても青葉と古鷹はお互いを強く想いあっていて素敵な関係だと思うよ」

青葉「うぅ...その...恐縮です///」

青葉は耐えきれず赤面する。
その様子を優しい目で見ながらも提督は話を続けた。

提督「そんな古鷹ですら君には話さない方がいいと判断した、というわけだ」

提督「つまりそこに意味がある」

提督は青葉に力強く言った。

青葉「...だからその意味を知りたいんですが」

提督「まぁそこに行き着くのは仕方ないよな...」

提督はまた少し黙ってしまった。
青葉も今度は追求するための備えが尽きてしまっていたため、それに合わせて沈黙するしかなかった。

二人とも、気まずさを紛らわすために書類を軽く整理し出す。

この作業を終えたら、もう気を取り直して昼食を取りに行こう。

青葉が落胆しつつもそう思った時だった。
思考が落ち着き始めたことにより、新しい気づきが突如思い浮かんだのである。

青葉「(...そういえばさっき司令官は山城さんの振る舞いについての理由自体は知らないと言ってましたね)」

青葉「(だとすると、まず司令官も知ってる事情があって、その事情で山城さんが暴言を吐くようになったと思ったけど、確証持っては知らない...ってことですかね?)」

青葉「(では電さんの言ってることが本当だとしたら、司令官は事情を知ってる組にカウントされてるのでしょうか?)」

事情をどうしても聞けないというなら、せめてその点だけははっきりさせておきたい。

青葉はすぐに提督に尋ねる。

青葉「...あの、さっき司令官は山城さんの振る舞いの理由については知らないって仰ってましたけど...」

青葉「それは本当なんですよね?」

沈黙を破った青葉に驚きつつも、提督はすぐに力強く返事をした。

提督「 あぁ、嘘偽りなく本当だ」

青葉「ではなぜ司令官の知った事情が山城さんの振る舞いの原因だと思ったのですか?」

提督「登場人物が同じだからな」

青葉「(事情というのが山城さんに関するものという事でしょうか)」

提督「それと、彼女からトラブルが起こった前日に釘を刺されてる」

青葉「...!その時何て言われたんですか?」

提督「...まぁ、事情があることは知ってるわけだし、これに関してはいいか...」

それを伝えるか少し迷ってから、提督は山城の言ったことをそのまま呟いた。



提督「今後、私と時雨たちとの関係について何も口出しするな」



提督「こう言われてな。私の知ってる事情が山城の今の振る舞いの理由に関係してて、だから口出しするなって言ってきたんだろうと思うわけだ」

たしかに前日に伝えてきた事も踏まえれば提督の推測は正しいように思える。

提督「もちろん単に私が介入して仲直りさせようとするのを嫌ったというのもあるんだろうが」

青葉「そう言われるとますますその事情とやらを聞きたくなりますよぉ...」

提督「そればっかはな」

やんわりと、しかし確固たる意志で提督は青葉の希望を跳ね除けるのだった。

青葉「でもせっかく山城さんへの見方を変えられるチャンスなのに、事情とやらを教えてもらえないなら私は一向に味方できないですよ」

青葉の言ったことはここ1週間の調査での素直な感想でもある。
どうやら山城は本当に擁護される理由を持ってるらしいと信じられるものの、未だ自身の実体験としてそれを見つけられない。

そもそも先日の食堂での騒動といい、相変わらず山城の言動はヘイトを集めるものでしかない。
そこにいくら「事情がある」と言われても、それを教えてくれないのだからやはり完全に納得するのは難しい。

そんな半ば不貞腐れるように落胆していた青葉に、提督から思いもよらない言葉が発された。

提督「...それなら事情とは関係ないエピソードを一つ話してやる」

提督「こっちも山城から口止めされてるが、特別にだ」

青葉「本当ですか!?」

提督「だからその代わり、あんまり山城の件を暴こうと執着しないでくれ」

提督「近日中に大規模作戦も始まるし、余計な事に気を取られないで欲しい」

青葉「はいはい、分かってますよ!」

青葉はすぐに機嫌が戻った。
そして手元には既にメモを用意していた。

提督「本当にジャーナリストって感じだな」

その様子に苦笑しながら提督は語り出す。

提督「ちょうど山城が私に釘を刺しに来た日、実はそれともう一つ用事があって山城はここに来たんだ」

提督「それがこの鎮守府の改装の進言でな」

青葉「あっ!そういえばその日に司令官が急に鎮守府を改装するって発表してましたね」

青葉は早速メモに書き込む。

提督「そうだ。実はあれは山城からの提案だったわけだ」

提督「もちろん部屋割り変更の要望もな」

青葉「全く知りませんでした...」

青葉が着任してから2週間程して、鎮守府はいくつかの設備の改装を行った。
設備の改装とはいえ艤装や装備と同様に妖精の力を利用するため、艦隊運営に影響は出ないものであったが。

この際に艦娘寮も改装の対象となり、それに伴って部屋割りも変わったのだ。
最初から古鷹と同室の青葉は違うが、実はその時までは艦種や型に関係ないバラバラな部屋割りだった。
しかしこの改装を機に、基本的には同型艦で分ける部屋割り体制になったといえる。

だが提督の話を聞いて、この改装の日が重要な意味を持っているように思えてならなかった。
なぜなら提督曰く、改装を進言した日に山城は提督に口止めのような事を言い、翌日にあの事件が起きたからである。

ここで青葉に閃きが生まれる。

青葉「...ということは山城さんは時雨さんとの同室を解消するために?」

青葉「翌日にああしようと決めていたからこそ、前日に司令官に釘を刺したり、部屋割りを変更できるようにしたんでしょうか...」

提督「まぁ多分それも兼ねていただろうが、メインは本当に部屋割りの変更が必要だと考えたからだろう」

提督「そこに自分の都合を上手く乗っけた感じだと思う」

どうやら青葉の推測は半分正しいが半分は違うようである。

青葉「では何で部屋割りの変更が必要だったんです?」

提督「それが彼女のよく知られない部分でな。簡単に言うと主に駆逐艦のためだったんだ」

青葉「?」

まるで話の筋が見えない。

提督「青葉はまだ当時着任したばっかであんま覚えてないかもしれんが...あの時は部屋が今より小さめで駆逐艦寮は3人部屋だったんだよ」

青葉「そういえば...たしか時雨さんが最初に山城さんと同室になったのもそれが理由の一つですよね」

提督「ああ、あの時白露型が既に3人着任済みでそこの部屋は埋まってたからな」

提督「ここで艦娘として実在する駆逐艦がどれだけいるか考えてほしい。今うちに着任してない子達も含めてだ」

青葉「駆逐艦だと他の艦種と比にならないくらい多いですね」

その言葉に提督は頷く。

提督「つまりそれだけで膨大な部屋数を使ってしまう。だから今後の鎮守府の発展に備えて対策が必要だった」

青葉「なるほど...!だから部屋数減らすために今は駆逐艦寮は4人部屋なんですね」

提督「そういうわけだ。ただこれは私の都合を考えてくれただけで、実はもう一つの理由を山城は挙げていたんだ」

青葉「まだ理由が?」

提督「それは暁型とか初春型を考えてやればいい」

青葉「...?」

提督「人数の問題なんだ。彼女たちは4人だからな」

青葉「...!まさか山城さんはそれを考慮して...?」

提督「ああ、特に暁型はあの時点で3人が着任していたからな」

提督「まだ未着任の姉妹艦が他にたくさんいる白露型とは違って、彼女らは残り1人だった」

提督「そこで山城は「せっかく姉妹全員揃ったのに部屋事情のせいで一人だけ別部屋なのは不幸でしょ」ってな」

提督「かといって駆逐艦で2人ずつに分けちゃうと、さっき言ったみたいに部屋が足らなくなるし...」

青葉「そんなことが...」

提督「実際に改装直後に暁が着任したしなぁ...」

提督は山城の的確な配慮を振り返って思わず感嘆している。

青葉も、艦種も全く違う駆逐艦のために細かい配慮を人知れず-それも鎮守府で最も憎まれ嫌われている者が-していたことに驚きを隠せなかった。

提督「それともう一つ。図書室を改装して一般的な小説や雑誌・マンガなどを置くスペースを作ったのも山城の提案だ」

青葉「えっ...それもですか?」

山城といえば図書室でよく目撃されるも、イメージの通り大衆的な本にまるで興味を示さないため、今の提督の言葉もまた信じ難いものである。

提督「これについても、もう少し小さい艦娘達を考えろって言ってたな」

提督「まぁそれも正論だ。青葉は着任時に図書室案内されたか?」

青葉「ええ、古鷹さんにしてもらいましたよ」

青葉「利用までしたことはないですけど、当時のはなんか古くさい資料保管庫って感じでしたよね」

提督「ほんとそんな感じだった。一応ここは軍隊だから、最初から置いてたものは君たちの艦時代についての資料だとかそういうものばっかでね」

提督「大事な資料なのは間違いないんだがそんなの見ても特に駆逐艦達は絶対喜ばないしな」

提督「そんなわけで改装後は新設した図書倉庫にそれらを入れて、開架としては読みやすい本を中心にしているってわけだ」

提督「皮肉にも自分の提案で新設した図書倉庫は、今じゃ山城が周りを気にせずに図書室を利用するための隠れ家みたいになってるらしいがな...」

青葉「そうですね...」

提督「こんな感じで、まぁ山城も結構見えないところでみんなを気遣ってるんだ」

提督「つい昨日もある艦娘同士の仲の良さを考慮して部屋割り一緒にしてあげたら?、なんて言われたばかりだしなぁ」

普段ならスクープを匂わせるその発言にすぐに食いつくはずだった。
それでも今はそんな気にはなれなかった。

いつまでも真実の核心に迫れないというモヤモヤはあるが、それでも山城の既存の人物像が青葉の中でポロポロと崩れ落ちていく感覚は確かにあった。

那珂の話を聞いた時点でも少し把握はしていたが、やはり山城が見えないところでかなりの配慮を効かせていることは間違いないようである。

青葉「そんなことまでする人が...どうして...」

こうなると、提督との約束を早速破るつもりではないが、山城についての真実の欠片を拾うたびに疑問は深まるばかりなのである。

提督「...繰り返すが私も理由をちゃんと知ってるわけじゃない」

提督「知ってる事情から推測して何となく察した気になってるだけだ」

青葉「でも提督もその事情を教えてくれないんですよね...まぁ約束しちゃいましたからもう聞かないですけど」

提督「そうしてもらえると助かるよ」

提督「...あと大規模作戦に集中してしっかり備えてくれよ?」

青葉「分かってますよ、青葉もやる時はやりますからね?」

提督「それならいいが...」

提督「最近調子はどうなんだ?」

青葉「...まぁいい感じですよー」

青葉のその返答を聞いて提督は少しだけ何か考え事をする。
そしてすぐにまた口を開いた。

提督「じゃあ大規模作戦で古鷹と同じ艦隊で激戦海域に派遣しても大丈夫か?」

今度は青葉が一瞬だけ動揺で沈黙してしまった。
すぐにそれを誤魔化すかのように慌てて返答する。

青葉「は、はい...!ばっちこいです!」

提督「...多分古鷹も中破は当たり前のようにするだろうし、大破撤退も普通に想定されるが」

提督「それでも大丈夫そうか?」

青葉「それは...」

青葉は言葉に詰まる。

青葉「けど私だって重巡内では結構な高練度の方ですし...!青葉も出た方が...」

決意を固めて絞り出した言葉は、提督によって阻まれた。

提督「すまない、ちょっと意地悪が過ぎた」

提督「私もなるべく余裕を持った戦略を立てたいし、激戦海域にはかなりの高練度勢だけを送るつもりだよ」

提督「青葉には古鷹と別艦隊で前哨戦を担当してもらおうと思ってる」

青葉「でも私も古鷹さんを側で助けたいですし...」

提督「前哨戦といってもかなり攻略難度は高い。青葉くらいの練度がちょうど必要になるんだ」

提督「だからこそ青葉に頼むというのもあるんだぞ?」

青葉「分かりました...その、ありがとうございます...」

提督「いいってことさ。君はそういう時こそいつもみたいに気楽で居るべきだよ」

青葉「(哨戒とか遠征ならまだしも、やっぱり私は古鷹さんと同じ艦隊ではまだ戦える気がしません...)」

青葉「(早く自信を持って古鷹さんを守れるようになりたいなぁ...)」

そんな考え事をしている青葉に提督が声をかける。

提督「さぁ青葉、長く話し込み過ぎてしまったし早く昼食に行こう」

時計を見れば確かに時間を使いすぎたようだ。
提督のその言葉によってようやく青葉はいつも通りの陽気な青葉に戻る。

青葉「そうですね!それじゃあ食事中は提督のプライベートについて取材しちゃいます!」

そう言って青葉は提督の前を歩き出す。

提督「おいおい、勘弁してくれよ」

いつもの青葉が戻り、提督もまたいつものようにスクープ記者青葉に困った声をあげてみせる。

提督「(きっと青葉に事情を話していいと思えるようになるのは、まだかなり先かもしれないな)」

だがそれと同時に提督は、青葉の後ろ姿を見ながらそんなことを考えるのだった。

~~~

2時間程前 廊下



古鷹「あっ...山城さん」

山城「あら、古鷹じゃない」

山城は古鷹と偶然廊下で出くわしていた。

古鷹「これから図書室ですか?」

山城「そこくらいしか行くところないからね」

山城は自嘲気味に言う。
そんな山城を見て古鷹はあることを思い出した。

古鷹「...そういえば山城さん、一昨日はまた...」

古鷹自身は出撃でその場に居合わせることなかった一昨日夜の食堂での騒動について言及する。

古鷹「いい加減あんなことはやめて下さいよ...」

山城「だけどそれでも上手くいくんだもの、仕方がないじゃない」

山城「時雨だって昨日今日と元気っぽいし」

古鷹「...結果はそうかもしれないですけど」

山城は一度周囲を見渡す。
他の艦娘は誰も居ない。
安全を確認した上で話を続ける。

山城「ところで貴方の方はどうなの?」

古鷹「...ぼちぼちってところです」

山城「やっぱり芳しくないのね」

古鷹「今日は大丈夫みたいですから...多分しばらくは...」

山城「そう。それは良かったわね」

古鷹「...でも最近思うんです。もしかしたらやっぱり山城さんが正解なのかなぁって」

古鷹「私の4ヵ月以上に対して、山城さんはその都度問題を起こすだけですから...」

古鷹「いっそ私も...」

山城「...馬鹿言わないでちょうだい」

山城「古鷹には無理だし、似合わないわよ...」

山城「それに貴方がそんなに気弱になってどうするの」

古鷹「それでも...あの日山城さんが言った事通りにしかなってない気がして...」

山城「根本的な解決をしてないのは私だって同じよ。お互い頑張りましょう」

古鷹「...やっぱり山城さんは優しいですよね」

山城「貴方ほどじゃないわ」

古鷹「ふふっ、そういう事にしておきますね」

古鷹「そういえば明石さんが嘆いてましたよ?山城さんはどうして意図を汲み取ってくれないのか、って」

山城「あぁ、一昨日の...」

古鷹「わざわざ伝えたのは、心配する程じゃないから何もしないで欲しいという事だったそうです」

古鷹「山城さんだって明石さんがあれを望んでたはずがないことくらい分かるでしょうに...」

山城「決めたことだし、もう今更よ」

そう口にすると古鷹は悲しそうな顔をした。

古鷹「...私達は山城さんの味方です。完全に納得はできないですけど、私よりも上手くいってますし...」

山城「あの子達に共通点はあるけど、背景は全く違うわ」

山城「だから私のやり方と比べたって意味無い。ましてやそれは人を不快にするのものだしね」

山城「それに何度も言うけれど私に味方なんてしない方がいいわ」

山城「ここに来てそこそこ長い子なら貴方がお人好しだからって納得するだろうけど、新入りが増えてくるとただの嫌われ者の同調者って思われるわよ?」

古鷹「...そんなんで済むくらいなら喜んで。」

山城はその返答に驚くしかなかった。
普段の古鷹からは想像できないような、強い心意気が垣間見えた。

古鷹「山城さんこそ、私の真の仲間なわけですから」

古鷹「山城さんだけが孤独なんて、私は嫌なんです」

そう笑顔で古鷹は付け加えた。

山城「私のエゴでやったようなものなのに...。まぁ、勝手にしなさい」

そう言うと同時に、視界の隅に駆逐艦を捉えた。
あれは陽炎と不知火だ。

山城「(白露型や朝潮型よりはマシだけど...まぁ立ち去るのが無難ね)」

山城「じゃあ私はこれで。何か困ったら助けるわ」

古鷹「山城さんこそ、何か困ったらいつでも」

こうして2人は立ち話を終えたのだった。



陽炎「おはよう、古鷹さん!」

不知火「おはようございます」

古鷹「二人ともおはよう!」

不知火「...さっき話してたのは不幸戦艦ですか?」

陽炎「ほんと古鷹さんはお人好しね。あんなの無視すればいいのに」

山城は嫌われ者である。
駆逐艦は恐らく暁型以外はみんな嫌悪感を抱いてるであろう。

それはあるべき状態ではない・・・
山城はそんな境遇に陥るべきではない・・・
本当は真実を全員に伝えてしまいたい・・・

そんな湧き上がる思いを捨て去り、今日も古鷹はいつものようにこう言うのであった。

古鷹「...たしかに山城さんは酷いよね...。だけど私は山城さんが本心からあんなこと言ったりするって思えないんだ」

そして古鷹の言葉は、今日も皆には“お人好し”という理由で浸透することなく軽く受け取られるだけなのである。

今回はここまでです

もう逆に投下予告宣言はしないようにしよう(戒め)

一部投下します


12月13日 15:00 間宮



瑞鶴「ほんっと、ありえない!」

本来はそこで出される美味しい甘味に舌鼓を打ち穏やかな時間を過ごす場所であるが、この空母だけは違っていた。

翔鶴「瑞鶴...いい加減に落ち着きなさい」

瑞鶴「そんなの無理だよ!」

瑞鶴「アイツは私のこと、見捨てても平気なんだよ!?」

翔鶴「それは何か誤解があるのかも...」

翔鶴が瑞鶴の興奮を抑えようとする。

瑞鶴「あるわけないじゃんっ!心配の言葉なんて一切なかった」

瑞鶴「口に出すのは「もしこれが救援が出せない状況なら沈んでた」とか「今日のに懲りたらもっと精進しろ」とか、全部批判で...!」

瑞鶴「何でもかんでも「慢心」で片付けてっ!赤城さんみたいに過去の反省から使ってるわけじゃない、アイツはただ私へ難癖つけるために使ってるだけじゃん!」

翔鶴「でも加賀さんが言ってること自体は間違ってないじゃない」

困った顔をしつつも翔鶴はなんとか瑞鶴に落としどころを見つけさせたいようである。

瑞鶴「そんなの分かってるよ!危険を招いた責任も感じてるし反省だって言われなくたってやるもん」

瑞鶴「けど、それでも私なりに頑張ってたのに...!」

しかし瑞鶴は酷く激高しており、それをどうにかするというのは無理であった。

瑞鶴「あれほどの敵の存在だってもともと作戦段階では想定外で...それでピンチになって救援要請したら心配するどころか説教で」

瑞鶴「挙句に救援艦隊入り拒否して赤城さんと二航戦の先輩に私を押し付けただけなんてね...!」

翔鶴「加賀さんが私情でそんなことするなんて思えないけど...」

瑞鶴「どうせそういうヤツなのよっ!アイツ不幸戦艦のこともちょくちょく味方するみたいだし、案外同じように幸運艦って理由で私のこと疎んでるんじゃない?」

翔鶴「加賀さんは私達に期待してるから厳しいだけで...山城さんとは違うわよ」

瑞鶴「どーだかね、アイツはきっと私達の性能に僻んでるのよ」

瑞鶴「古参仲間だからって、ばかわうちもあっちの味方するし...ムカつくムカつくムカつく!!」

翔鶴「ちょっと...」

普段から犬猿の仲で通ってる瑞鶴と加賀。
二人の喧嘩は別に珍しいものではなかった。

それゆえ近しい正規空母の面々や周囲に居合わせた艦娘達は特にそれを気にしないどころか、ある意味で惚気のように解釈しているのだが・・・


瑞鶴「もういい、あんなヤツこっちから願い下げだわ」

瑞鶴「援軍に来てくれたのがアイツ除いた正規空母フルメンバーでむしろ嬉しかったしね、焼き鳥なんか顔も見たくないわよ」

瑞鶴「あんな冷酷だなんて思わなかった...認めてもらおうって頑張ってきたのに...!」

翔鶴「瑞鶴...」

しかしそれは普段の喧嘩には、どこか師弟の絆のような愛情がお互いの奥底に垣間見える気がするからである。
お互い罵りあいながらそれでも信頼はしているという、実力差はあれども良き好敵手といった関係だったのだ。

しかし今の瑞鶴の様子は完全にそれとは違う。


瑞鶴は涙を浮かべながらもも意地で何とかいつものように罵倒で精神を保っているという感じである。

そしてその涙は、悔し涙などというある種のポジティブさを含んだものなどではなく、明らかにショックや悲しみといったものを隠しきれずに出てきたものであった。

間宮内に点在する艦娘達も、いつものとは違う瑞鶴の様子にやや不安そうな表情を浮かべる。
翔鶴が瑞鶴を慰めようとした時、五航戦のもとに一人の艦娘が話しかけてきた。

那珂「ちょっといいかな?」

翔鶴「那珂さん?」


那珂「那珂ちゃんも救援部隊編成決める時に執務室呼ばれてたし、川内ちゃんにも不満があるみたいだから...よければ瑞鶴さんの話聞くよ?」

その那珂の言葉で少しだけ落ち着き、瑞鶴は改めて事のあらましを語ることにした。



・・・発端はいつもの喧嘩からだったと思う。


今日も正規空母の日課である朝稽古があった。
そこでこれまたいつも通りに小言ばかりの加賀に苛立ち、瑞鶴もそれに応酬して喧嘩になった。

ここまでは普段と同じである。


今日は午前から瑞鶴が初めて旗艦を担う出撃があった。
その出撃海域は出現する敵も比較的低レベルであり、大して高練度ではない瑞鶴でも充分であった。

くわえて艦隊には比較的古くからのメンバーである龍驤や村雨がおり、瑞鶴の旗艦としての動きをフォローする体勢が整っていた。


またこの出撃は瑞鶴の旗艦経験を積ませる事だけが目的でなく、むしろ巡洋艦や戦艦の弾着観測射撃技術向上のための実践的練習の意味が強かった。

ちなみに本日この対象となったのは扶桑、羽黒、球磨であった。

そのため瑞鶴と龍驤は制空権確保を、村雨が対潜を担い、残りで弾着観測射撃を駆使して敵艦を殲滅していくという作戦であった。



作戦は大変順調に進んだ。


それもそのはずで、そもそもこの海域では基本的に敵に空母は出てこないか、出てくるとしても1部隊につき1体程度である。
瑞鶴のレベルでも制空権確保は可能であり、これにさらに保険をかけて龍驤まで付き添わせてあるのだ。


さらに潜水艦についてもこの海域での会敵はまだ報告されていなかった。

作戦前のブリーフィングでは提督はこれについて言及しつつも、万が一に備えるという理由で比較的高練度の駆逐艦も編成に加えたのだった。


それは杞憂に終わるかと思えたが・・・


当初は出撃海域にある諸島周辺の敵を殲滅したら帰投する予定であった。

しかし2戦終えて作戦目標完遂を確認した時、前方のそう遠くはない位置にもう1部隊いるのが見えた。


龍驤が偵察機で確認するとその部隊も軽空母1と重巡洋艦3を含むのみにとどまり、セオリー通りに制空権を取れればこちらが優勢を取れる編成だった。
そしてそれは客観的に考えても可能であると思われた。

また残弾薬に関しても余力があることもあり、瑞鶴は艦隊の同意を得たうえでその部隊の殲滅も行うことに決めた。

この際にもちろん状況報告も司令部へしており、提督も瑞鶴の判断に同意している。


・・・こういう経緯があるのだから改めて振り返っても、順調な作戦経過によって緊張が解れていたのは事実かもしれないが、加賀が瑞鶴を罵る時に使った「慢心」という言葉は言い過ぎかもしれない。


こうして予定外の戦闘を始めたが、ここでまず最初のトラブルが起こる。
先ほどまでと同様に制空権を取ってから段着観測射撃で圧倒した。

ここまでは良かった。


しかしその砲撃の最中にいきなり扶桑の足元に魚雷が爆発したのだ。
そして自身や他の味方にもさらにいくつかが命中した。

相手方の駆逐艦がたしかに魚雷を発射していたが、肉薄してるわけでもない距離でのそれは牽制用でしかない。
そしてその雷跡は皆読み切って避けていた。

それなのに魚雷が当たったのなら可能性は一つしか無かった。


・・・知らないうちに潜水艦が近くに来ていたのである。


ソナーを積んだ村雨が探知できなかった理由は、相手方の精度の低い砲撃がこちらの周辺に飛び散り聴音機能を封殺していたからであった。
その隙に雷撃可能範囲にまで侵入されていたのだ。

とはいえ既に水上の敵部隊には優勢に戦闘を進めていたためこれをまもなく殲滅し、潜水艦についても村雨が壊滅させた。

瑞鶴は幸運にも軽微な損害で済んだが、魚雷の不意打ちをもろに受けた扶桑など数名がこの時点で小破状態になった。


だがこの程度の損害で済んだことはむしろ及第点でもあった。

帰投に際して瑞鶴は、今度は対潜警戒を厳として慎重に進むことにした。


そして諸島間を縫うように来た道を戻り、ついにそこを抜け開けた場所に到達した時であった。

次のトラブルに見舞われることになる。

艦隊メンバーの目には右手側遠くからかなり多数の航空機が飛んでくる様子が小さいながら映ったのだ。


瑞鶴「ヤバいっ...!」


すぐに瑞鶴と龍驤は発艦体勢に移り、戦闘機をありったけ発艦した。

これまでの戦闘が順調だったとはいえ、航空機の消耗は無視出来ない程にはあった。

更には味方も対空射撃を想定した装備は全くしていない。


全ては自分ら空母で何とかするしかなかった。


幸いにも今回の出撃での役目は制空権を得ることであったので2人とも戦闘機を中心に搭載していた。

だがその距離からでも分かる敵機の多さを考えるに、それでも制空権を確保するどころか五分五分を死守できるかというところであった。


瑞鶴はその状況を第一報として提督に報告し、救援が必要になるかもしれない旨も伝えた。

しばらくしてそう遠くない地点で両者の航空機が戦闘を開始した。

やはり読み通り五分五分が精一杯というところであったが、ここで更なる試練が到来することになる。


龍驤「...!戦闘してるとこのもっと後ろから第2陣が来とるで!」


そう伝えた龍驤も、そして味方も一瞬にして顔が真っ青になっていた。

今戦闘中の敵機群が第1陣ならば、そしてもし第2陣が爆撃部隊ならば、一気にこちらが壊滅の危機になる。
そもそも現時点でかなり厳しいのにである。


瑞鶴「提督さん!すぐに救援お願いっ!」

瑞鶴「敵本体を見てないから分からないけど...ヲ級3体分の戦力はある...いや、もしかしたら鬼か姫がいるかも...!」

まずは想定できる範囲で敵の編成を推測しそれを無線で伝えた。
そして続けて無意識的にも次のように言った。


瑞鶴「こっちも空母でやり返すしかない!すぐに加賀さんとかを呼んで!」


そこで加賀の名前が自然と出たのは、何だかんだで瑞鶴にとって加賀は1番信頼できる先輩であったからであった。


もちろん搭載数といった性能面もそうだが、何より彼女なら性能等に関係なく己の積み上げてきた技術で圧倒してくれるはずという強い確信があったのだ。

やがて提督から救援部隊出撃を伝える無線を聞き、瑞鶴たちはそれが到着するまで撤退しながら懸命に耐えた。


救援部隊は赤城と二航戦2人の正規空母3人に、古鷹、川内、五十鈴という編成だった。

非常に強力な航空戦力に加え、鎮守府トップクラスの練度を持つ重巡洋艦1隻と軽巡洋艦を2隻、うち片方は対潜能力が非常に高い艦という、頼もしい編成だった。

その時には既に、甚大な被害を被って速度が落ちた瑞鶴達を追い回すように、敵艦隊は目視できる程には縮まっていた。

そしてやはり推測は当たっており、敵にはヲ級だけでなく装甲空母鬼までが居た。


こちらの損害は艦隊全員が中破以上、扶桑と球磨は大破であった。

・・・救援部隊の到着がもっと遅かったら、敵の巡洋艦がカットイン攻撃を繰り出して自分たちは全滅していたかもしれない。

到着した強力な救援部隊は圧巻の航空攻撃であっという間に敵を殲滅した。

こうして今度こそ無事に帰還の途につくことになり、瑞鶴は蒼龍に曳航されることになった。
その間に瑞鶴は蒼龍に詳細な戦闘経過を話した。

蒼龍はその話を聞くと瑞鶴にとある事を伝えた。

蒼龍「それなら瑞鶴は大きなミスをしたわけでもないね...帰還したら加賀さんにもちゃんと説明しといた方がいいよ」

蒼龍「今朝のこともあってか、加賀さんは瑞鶴が慢心してたんだと思ってるみたいだから」

瑞鶴「そんなことは...!たしかに少し気が緩んでたのは認めますけど...」

蒼龍「そうだよね...」

蒼龍は顔を曇らせる。

蒼龍「無線で加賀さん来て欲しいって言ったんでしょ?」

瑞鶴「まぁ一番強いから...パッと思い浮かんだだけです」

瑞鶴は内に秘めた強い信頼を隠して答えることにした。

この時はまだ、加賀がその場に来なかった事を気にすることもなかった。


だがそれは蒼龍の次の言葉で変わったのだ。

蒼龍「実はみんなも加賀さんが編成に入るもんだと確信してたんだけど...本人が断ってね...」

瑞鶴「えっ...?」

予想通りの瑞鶴の反応に蒼龍は心苦しそうな顔をする。

蒼龍「その、瑞鶴のことを見捨てようとしたわけじゃないと思うの...!私達と赤城さんで助けられると思ったから任せてくれたわけだし...」

蒼龍は慌ててフォローする。

瑞鶴「でも...断ったんですよね...?」

蒼龍「それがさっき言った事に繋がるんだけどね」

そう言って蒼龍はその経緯を語り始めた。

蒼龍「最初の放送で一航戦の2人、金剛さんと霧島さん、川内型が呼ばれて」

蒼龍「しばらくしてから今ここに居るメンバーの残りが出撃ドックに来るよう呼ばれたの」

蒼龍「それで私達がドック着いたらそのまま出撃だったんだけど、そこで私と飛龍は加賀さんから烈風を貰ったの」

先程の戦闘で敵機を殲滅してみせた烈風は、どうやら加賀から託されたもののようだ。

蒼龍「その時に飛龍が聞いてね、「加賀さんは行かないの?」って」

蒼龍「提督からの説明を聞いてもかなり強敵そうだったし、私も加賀さんが何で出ないのかは気になってた」

瑞鶴「そしたら...何て...?」

蒼龍「...私は行くつもりはない。日頃の注意に反抗してばっかなのだから私の助けなんて要らないでしょう、って言ったの...」

それを聞いた瑞鶴は大きなショックを受けた。

たしかに些細な喧嘩から加賀のことをよく思わない事はある。
むしろそれが平常運転だ。

しかしそのような対立を相手の生存に関わる一大事にまで持ち込む事は、瑞鶴としてはするつもりは無かった。

いくら当日の朝に喧嘩をしたとて、立場が逆だったなら自分が加賀を助けて無事に帰投してから嫌味を言うだろう。

加賀がしたこと・・・
それは窮地を知っていたうえでの救援拒否でしかない。

要するに加賀の言い分は、気に食わないから瑞鶴は見殺しにする、ということになるのではないか?

瑞鶴「そ、そんな...」

蒼龍「でもさっきも言ったけど、自分が行かなくても助かるって思ってたからそう言っただけで...」

蒼龍「...それに珍しく落ち着きなく気が立ってたし、瑞鶴が慢心してるって決めつけてイライラしてたから咄嗟にそう言っちゃったんじゃないかな?」

蒼龍「加賀さんも大人気ないよね」

蒼龍が再度フォローをする。

しかしそれは瑞鶴の心に染み込むことはなかった。

瑞鶴「けど、結局は自分の手では助けたく無かったってことですよね」

瑞鶴は食い気味に、しかし元気の無い声で蒼龍に言葉を返す。

蒼龍「...加賀さんも感情表現が苦手なとこあるからさ、瑞鶴がもう少し加賀さんに寄り添ってあげてほしいんだ」

蒼龍「加賀さんは絶対瑞鶴の事大事に思ってるもん!」

蒼龍「このことを伝えたのも、帰還した後に誰かから変な形で知って余計仲が拗れたりしないようにって思ったからで...」

蒼龍は少し息を整えた。

蒼龍「だから帰ったらまずは、加賀さんにも喧嘩腰にならないでさっきの状況を説明してあげて?」

蒼龍「そしたら加賀さんだって瑞鶴が頑張った所褒めてくれるよ!」

そう言われても瑞鶴はやはり納得が行かなかった。
では仮に自分が本当に慢心していたのだとしたら、加賀は容赦なく見捨てるというのか?
それくらい自分は本当に好かれてなかったのか。

瑞鶴の心は悲しみや怒りが混じった複雑な感情で満たされた。

ひとまずは蒼龍の言葉にとりあえず頷くだけして、あとはただひたすら曳航されるのであった。

帰還すると提督や出撃メンバーと近しい者達が出迎えに来ていた。
その中に加賀の顔を見つけた瞬間、瑞鶴は逃げ出したくなった。

しかし提督や翔鶴が居る手前、そういうわけにはいかなかった。

加賀「随分とやられたわね」

真っ先に心配して声をかけた翔鶴や、結果的にかなりの危険が伴う作戦を立案してしまったことに対し詫びを入れてきた提督と違い、加賀の台詞は酷く無感情なものに思えた。


提督への状況説明を終えて他の艦隊メンバーは続々と入渠へ向かった。

高速修復材を使うので他の者達の入渠を待つ事はないのだが、どうせ加賀と話さなくてはならないので瑞鶴はその場にとどまっていた。
古鷹や川内、五十鈴もさっさと引き上げたため、港には正規空母6人のみが勢揃いすることになった。

そこで案の定加賀は口を開いた。

加賀「...これに懲りたら上手くいってても慢心しないことね。救援が間に合わなかったら貴方は沈んでたわ」

加賀「まだまだ未熟なのだからもっと精進しなさい」

蒼龍「ちょっと、加賀さん...」

加賀はやはり瑞鶴が慢心したと決めつけていた。
先程の提督への報告をまるで聞いていなかったかのようである。

瑞鶴「慢心...?赤城さんのことしか頭に無いからって何でもその言葉で片付けないでもらえる?」

瑞鶴は蒼龍のアドバイスを忘れヒートアップした。

赤城「加賀さん、今回瑞鶴は旗艦としてちゃんと動けてたみたいじゃないですか。そこは褒めてあげましょうよ」

赤城も瑞鶴をフォローする。

加賀「ですがこの惨事の発端は、2戦目の後にやや離れた前方の敵を殲滅するのに必死で索敵が疎かになったからでしょう。それは旗艦の責任です」

瑞鶴「そんなの結果論じゃないっ!」

加賀「いいえ。今回の戦闘で貴方が索敵を流れ作業の一環としか考えてないことが分かったわ」

加賀「いつもより深入りしたのに、索敵についてはいつも通りのことしかやらなかったんでしょ?」

加賀「だから諸島の入口に戻った時に普段通りの索敵では捉えきれなかった敵が襲来してきて、初めてそこで危険に気づくことになったの」

加賀「今までの上手くいってたことしか頭に無くて気が緩んでたのが、どうして慢心じゃないって言えるのかしら?」

瑞鶴「っ...!」

飛龍「でもさ、瑞鶴も艦隊の指揮するのは初めてなんだし...」

加賀「実力で釣り合わない敵と戦わされたならそれは艦娘の責任じゃないわ 」

加賀「だけれど今回、ある程度消耗してる中で鬼級らを相手にしないといけなくなったのは、瑞鶴の旗艦としての甘い見積もりが原因よ」

加賀「旗艦を担うなら全ての結果に責任を負う覚悟を持たなければならないわ。旗艦ってそういうものだもの」

加賀の言ったことには反論はできない。
筋が通っていて、それを論理的に覆すほどの主張をできる気がしなかった。


だが、それでも・・・


瑞鶴「はいはい、そうですねっ...!」

瑞鶴「でも救援を拒否するような人でなしに何も言われたくないからっ!」


瑞鶴は嗚咽混じりに叫ぶ。
耐えてきた感情が爆発してしまった。


瑞鶴「アンタなんて大っ嫌い!」


加賀の表情に一瞬動揺が浮かぶ。


飛龍「...もしかして蒼龍話したの?」

蒼龍「何でこうなるのかな...加賀さんも意地張らないで褒めてあげてよ...」

加賀「実際に私は救援に向かうつもり無かったのだから隠しても仕方ないわ」


加賀はまた仏頂面に戻り冷酷にもそう言った。

そして瑞鶴はその場を飛び出しドックへ向かうのだった。


泣きながら全身と心の痛みに喘ぎ走っていると、途中で川内に見つかった。


川内は艦種は違えど親友であり、すぐに心配そうな顔をして何があったのかを聞いてきた。

そこで素直に加賀に言われたことを話した。

川内「救援拒否したってのはどこで聞いたの?」

瑞鶴「帰りに...蒼龍さんから...」

川内「あー、蒼龍さんとなんか喋ってるなぁと思ったら...そうだったのかぁ」

そう納得すると、川内は少しだけ苦笑いをして瑞鶴の方をじっと見た。

川内「ねぇ、瑞鶴。もう少し加賀さんのことを分かってあげな」

川内「多分蒼龍さんや飛龍さんですら全然分かってないと思う。だからこそ、瑞鶴が気づいてあげて。」

川内「今回は加賀さんに問題があると思うけど、やっぱりいつだって瑞鶴に対する加賀さんの姿勢って変わってないよ」

瑞鶴は川内の言ってる意味が分からなかった。
ただ、川内が加賀に寄り添って瑞鶴に妥協を求めているという事は理解できた。

それは、自分を平気で見捨てるような憎い奴を擁護してるようで気に食わなかった。

瑞鶴「かわうちも私を助けたがらない奴の味方なんだ...もういいや...」

そう吐き捨ててその場を後にする。
きっと翔鶴が自分を探し回ってることだろう。
ドックに行って高速修復材で身体を治すだけしたら、あとは姉と甘味処にでも寄って気分転換しようと思った。
姉ならば私の愚痴もきっと聞き流してくれるだろうという考えもあった。

川内「真逆なんだけどね」

川内が呟く声が聞こえた。
真逆?
とてもじゃないが川内が自分の方に味方してくれたようには感じなかったが。

そんな疑問も考えるのがダルくなり、まずはドックへ向かうのだった。

とりあえずここまでです

続き投下します


そして身体が完全なものになってから、私を探し回っていた翔鶴と合流し間宮で愚痴っていたというわけである。


那珂「なるほどね...」

那珂「だいたい分かったよ」

瑞鶴の詳しい話を聞き、那珂は「やっぱり」と思った。

瑞鶴「...で、那珂もやっぱ姉と同じ考えなの?」

瑞鶴は不満そうに聞く。

那珂「そうなっちゃうけど...川内ちゃんと違ってちゃんと納得はさせるつもりだよ!」

その言葉に瑞鶴は怪訝な顔をしつつも一応聞く体勢を取った。


那珂「あのね、結論から言うとね、多分川内ちゃんの言う通り瑞鶴さんの考えてる事は“逆”だよ」

瑞鶴「かわうちはどう考えてもアイツの味方してるじゃない」

瑞鶴は食い気味に返す。

那珂「そっちの逆じゃなくてね、加賀さんが瑞鶴さんを助けたくないって方が逆ってことだよ」

瑞鶴「...いやだって救援拒否したのよ?」


那珂「那珂ちゃんもさっきまでずっと知らなかったし、というか人に教えてもらわなかったら気づかなかったことなんだけどね...」



那珂「加賀さんは行きたくても行けなかったんだよ」


その言葉は瑞鶴の想定を遥かに超えていた。


瑞鶴「...どういうこと?」

那珂「...救援部隊がすぐ来なかったらほんとにどうなってたか分からないってのは、瑞鶴さんも今回改めて思い知らされたよね?」

瑞鶴「うん」

那珂「だからあの時の救援部隊編成で1番大事だったのも、練度よりも艦隊の速度だったんだよ」

那珂はそこであえてすぐに言葉を続けることはしなかった。

それにより生じた間で瑞鶴は那珂の言葉の意味を考えた。

キーワードを出されてしまえば、不思議なものですぐにある事が思い浮かんだ。

瑞鶴「...速度って...まさか...」

翔鶴「...!」

那珂「気づいたみたいだね...。加賀さんは正規空母で一人だけ普通の戦艦よりちょっと速い程度までしか出せないから...」

那珂「むしろ自分が行くと艦隊速度が低下するから、瑞鶴さん達を助けるために自ら拒否したんだよ」

加賀の艦時代について言えば、元々戦艦となる予定のものを無理やり空母に改装したこともあって、どうしても船体が重くなり速度も他と比べ遅いという欠点があった。

艦娘は装備については比較的艦時代の影響を受けない装着が可能なのだが、艤装の推進ユニットについてはもろに艦時代の性能の影響を受けている。

だから加賀に艦時代には存在しなかったはずの烈風を搭載することは出来ても、加賀の速力を他の正規空母と同等にすることは基本的には出来ない。

加賀は加賀であり続ける以上、“鈍足空母”から逃れられないのだ。
それは瑞鶴も稀にヒートアップした喧嘩などで罵る材料に使うことでもあるではないか。

瑞鶴「そんな...嘘だよ...」

瑞鶴の心を支配していた悲しみや怒りといった刺々しい感情が瞬時に消え去った。

瑞鶴「だって心配すらしてなかったじゃない...」

だが未だに瑞鶴は信じ切れないようである。
いや、信じる信じないというよりは、今までに抱いた大きな負の感情の行き場に困り果てているといった様子であった。

那珂「私もあの場ではそんなこと全く分からなかったけど...今思えば加賀さんは間違いなく瑞鶴さんを心配してたよ」

那珂は瑞鶴の心に残るモヤモヤを払拭してやるためにも、さらに詳しい話を始めた。

那珂「最初に私達を執務室に呼んだ時は、提督もまだ瑞鶴さんから援軍を求めるかもしれないって聞いてただけだったからね」

那珂「だからその時点では戦力重視で加賀さんも呼んでたみたい」

那珂「でも私達が執務室に集まった頃にちょうど瑞鶴さんから2回目の無線がきてね」

瑞鶴「航空戦の最中の...」

那珂「そう。その時の加賀さんは明らかに動揺してたよ」

瑞鶴の目が見開かれる。

那珂「だって勝ち気で前向きな瑞鶴さんが必死に救援要請するんだもん。いつも瑞鶴さんを見てる加賀さんからしたら、かなり厳しい状況だって直感的に分かったはずだよ」

瑞鶴「...」

那珂の言い分が正しいとすれば、自分はとんでもない誤解をしてしまったのではないか・・・?
そんな自問自答に苦しんでいるのか、瑞鶴はもう黙りこんでしまっていた。

那珂「それで提督が無線の内容も踏まえてすぐに空母中心の救援部隊の編成を決めたの」

那珂「その編成内容が一航戦と二航戦の正規空母4人を基本にするものでみんなそれを当然だと思ったんだけど...」

翔鶴「そこで加賀さんが「私は行かない」と言ったんですか...?」

翔鶴の問いに那珂は頷く。

那珂「最初はそう言ってた。だけど当然みんなは一瞬意味が分からなくて凍りついちゃって...」

那珂「そしたらね、加賀さんが一文字だけ訂正してもう1度呟いたの」


那珂「私は行“け”ない、って」

那珂「そしたら少しするとなぜかみんな納得したみたいな顔をしてね、結局加賀さんが代替案を出してそれがそのまま通ったの」

那珂「でも私は、そういえば今朝も瑞鶴さんと加賀さんは喧嘩してたし、それで拗ねてるのかなって思って...」

その時考えたことはまさに蒼龍づてに瑞鶴が聞いたストーリーと同じであった。

那珂「そう考えたら、直接は関係ない私だって許せないって気持ちにはなったんだけど...」

次にそれを打ち消す言葉が続くと察した五航戦姉妹は身を構える。

那珂「でもね、あそこに居たメンバー全員と提督が、そんな理由で最高練度の正規空母が出撃拒否するのを認めるわけないって思ったの」

執務室に居たメンバーは自分以外は全員古参勢で、さらに作戦計画を手伝うような者すら多かった。
そんな人達が私情まみれの自己中な行動を容認するとは到底思えない。

・・・本当はそれともう一つ思った事があったのだが、それはここでは言わないでおくことにした。

那珂「...その時はまだ、加賀さんが「行けない」って言った意味を考えたりまではしなかったんだけどね...」

那珂「あの時理由を察せなかったのは那珂ちゃんだけだったかも...」

那珂はあざとく苦笑いをした。

一方で那珂の話を聞いていた2人はそれとは全く違う顔をしていた。

翔鶴「「行けない」って言ったということは...やっぱり加賀さんは...!」

那珂「自分の速力で到着が遅れることを気にしたから、で間違いないだろうね。多分、自分が行きたい気持ちもあったと思う...」

那珂「だからこそわざわざ二航戦の2人に烈風を自分の手で渡して託したんじゃないかな?」

那珂「蒼龍さんが言ったっていう「気が立ってた」ってのも、瑞鶴さん達が心配で仕方なかったからだと思うよ」

瑞鶴「そんな...じゃあ...私っ...!」

瑞鶴からはついに大粒の涙が零れる。

瑞鶴は完全に理解してしまったのだ。
那珂の話を聞いて、今度は加賀を憎もうとする方が困難になっていた。

瑞鶴「いっぱい...ひどいこと言っちゃった...」

翔鶴が慌てて瑞鶴の肩にそっと手を添えて慰めようとする。

那珂「でもこれを気づけっていうのは無理だよね...」

那珂「川内ちゃんもそこは同意してるわけでしょ?今回は加賀さんに問題がある、って。」

瑞鶴「でも...!今まで速度のこと散々馬鹿にしてきちゃったのに...」

瑞鶴「もうどんな顔して会えばいいか分かんないよっ...!」

自分を責めてしまっている瑞鶴を見て、那珂は先ほどある人に言われたことを思い出した。

・・・せっかく瑞鶴は加賀を誤解せずに済んだのだ。
お互い素直になれるチャンスではないか。

那珂「...あのね、瑞鶴さん。みんなが瑞鶴さんと加賀さんを仲良しだって言ってきたのはね、からかってるわけじゃないんだよ」

突然の脈略のない話に驚いてか、涙で濡れた顔のまま瑞鶴はこちらを向く。

那珂「瑞鶴さんと加賀さんとはお互いを心の底では信頼しあってる」

那珂「それは川内ちゃんも空母の人達も、そして鎮守府のみんなが思ってることだよ!」

そう言いながら翔鶴の方を向いた。

翔鶴「私も那珂さんの言う通りだと思うわよ」

確認に対し翔鶴も同意して那珂を後押しする。

那珂「だからさ、せっかくそんな関係なんだしお互いもっと素直になろうよ!」

那珂「あんな感じじゃ加賀さんから歩み寄るのは難しいだろうから、瑞鶴さんが少しだけ意地張るのをやめて本当の気持ちを伝えてあげて欲しいの」

那珂「そしたら加賀さんともっと仲良くなれるはずだから!」

瑞鶴「私は別に...仲良くなりたいってわけじゃ...」

瑞鶴は俯いている。

那珂「...ただの先輩に見捨てられたと思ったなら、怒りしか湧かないだろうから泣いたりしないと思うなー」

場の雰囲気を明るくする意図も含め、少し軽い口調で言ってみた。

翔鶴「私も那珂さんの意見に賛成だわ」

翔鶴「普段加賀さんの話をする瑞鶴は、それが愚痴の時でもどこか楽しそうだもの」

翔鶴「加賀さんは難しい人だから、人付き合いに積極的な瑞鶴の方から距離を縮めてあげないと...」

日頃から瑞鶴を見ている翔鶴も、二人のぎこちないながら深い関係を目の当たりにしていたようだ。

瑞鶴「...分かってるけど...」

那珂「も~!瑞鶴さん、素直になるのは今からだよっ!!」

那珂「まずは仲直りしないと、いつもの喧嘩だってできなくなるよ?」

那珂「それは嫌だよね?」

瑞鶴「......そりゃ...嫌だよ」

小さく呟かれただけだったが、やっと彼女から素直な言葉を引き出せた。

今の瑞鶴なら・・・きっと上手くいくだろう。
那珂はそう確信した。

翔鶴「ほら、私も行くところまでは付き添うから。まずは加賀さんとちゃんと話し合いましょ?」

瑞鶴「うん...」

翔鶴「行く前に顔洗ってきなさい、ここで待ってるから」

瑞鶴「ありがと...翔鶴姉」

瑞鶴は手の甲で涙を拭いながら顔を洗いに化粧室へ向かった。

翔鶴「...那珂さん、本当にありがとうございます」

那珂「ううん、気にしないで!みんな仲良く、が私のモットーだからねっ!」

アイドル自慢のスマイルで返す。

翔鶴「そういえば那珂さんは誰から聞いて加賀さんの意図に気付いたんですか?」

翔鶴「やっぱり川内さんですか?」

那珂「あー、それはねー...」

那珂「...私のファンの一人だよっ!」

その答えに翔鶴はキョトンとする。

那珂「あ~っ!翔鶴さん那珂ちゃんにファンなんて居ないって思ってるでしょ~!」

翔鶴「いや、そんなことは...!」

翔鶴は慌てて否定する。

翔鶴「すんなり名前を言うと思ってたから...驚いただけですよ!?」

馬鹿にしてると受け取られたと思い不安になっている翔鶴を、冗談だよ、と言って安心させる。


那珂「その人は隠れファンなの...。那珂ちゃんのファンって公言するのは恥ずかしいんだって!」

那珂「だから言えないんだぁ...」

那珂はしょんぼりする。

翔鶴「そう聞くと自虐してるみたいですけど...」

那珂「...もしかしてやっぱり那珂ちゃんのことバカにしてない!?」

その後は瑞鶴が戻ってくるまで、那珂と翔鶴はこんな会話を続けていたのだった。


---

2時間程前


那珂は例の場所を目指して歩く。

先刻、救援部隊が出撃した。
出撃していた部隊の窮地を救うため、複数の正規空母を基幹とする部隊だったが直ちに編成されたのだった。

・・・だがその部隊に一番に入るべきだった存在であろう加賀は、それを拒否した。

執務室でそれを見ていた那珂は、数ヶ月ほど前に起きた別の騒動を思い浮かべたのだった。

那珂「(だいぶ前に、山城さんが時雨ちゃんのいる部隊の救援を拒否したのと似てる...)」

その時救援要請をしたのは、奇しくも加賀が旗艦を務めていた部隊だった。

たしかあの作戦では、その少し前に既に攻略していた海域を使って艦隊の練度上げをしていたのだ。
その対象に時雨も選ばれていたわけである。

だがその海域では、想定に反したおびただしい航空戦力が待ち構えていた。
出撃部隊は低練度艦の練度向上が目的であったこともあり、敵航空戦力と渡り合えるのは加賀しか居ないのにである。

これに加賀は索敵段階で気付きすぐに提督に報告して艦隊を転進させた。
しかし敵哨戒機に気付かれてしまい結局は熾烈な航空攻撃を受けることになったのだ。

偶然にも那珂はこの時はミニライブを行う許可を求めて執務室に来ていたため、騒動の一部始終を知ることとなる。

加賀からの救援要請では「赤城に戦闘機を満載、残りは練度で選んでほしいが撤退しながらの牽制砲撃も行える長距離射程艦を含めてほしい」とのことであった。

これを聞いた提督はすぐに館内放送で赤城、山城、金剛、川内、神通、響の名前を呼んだ。

提督は慌てていて神通が遠征中であることを忘れていた。
そこで近くにいた那珂がそれを教え、神通ではなく最上を再度呼んだ。

那珂「(あの時、執務室に放送で呼ばれたメンバーが集結して提督が事情を説明したら...山城さんが艦隊入りを拒否したんだよね)」


「それなら私は行かないわ」


山城から出た言葉はあまりにも冷酷なものであった。
そして山城が時雨を嫌っているが故に援軍入りを拒否したと思うのは妥当であるように思えた。

さらにその日の秘書艦は、不幸にも山城嫌いの筆頭の満潮だった。
さらには最上までもがその場に居るのである。

2人は山城の言葉を聞いて、途端に激高し激しく罵った。

口に出さないだけで、赤城や響も明らかに白い目を山城へ向けていた。
中立派の金剛はただ困った顔をして山城を見ていた。

那珂「(さすがに提督も「私情で命令に背くのはただの軍規違反だ」って批難したけど...)」

那珂「(山城さんは何食わぬ顔で「私の代わりに霧島を出して何とかすればいい、それで問題ない」って代案まで出してきた)」

さらには「提督は戦力でしか物事を考えられないのね」と嫌味げに言い残すまでしたのだった。

那珂「(そして罵倒に走った満潮ちゃんと最上さんに対しても「感情でしか動けないなら黙ってなさい」って言い返して...)」

最後には、「今あんたらが私を罵ってる無駄な時間に出撃した方がいいわよね」なんて言葉を挑発的にも言ったのだ。

その無駄な時間のきっかけを作った者が言うのだから、ますます周りの怒りの炎を大きくしたのだが・・・

那珂「(...そうして収拾がつかなくなりそうになったところで、川内ちゃんが山城さんに助け舟を出したんだよね)」


「そこまで山城さんが行きたくないならもうそれでいいじゃん」

「山城さんの言う通り、こんなことやってる暇ないよ!ここは山城さんの案で出撃しようよ」

結局それが一番妥当な落としどころかであった。

そもそも最上だって山城とともに行動するなど嫌なのであったし 。

そうして山城の代わりに霧島が編成に加わった救援部隊は見事に出撃部隊を無事帰還させたのである。

那珂「(やっぱり似てるよ...。違うのは加賀さんが嫌われてない事と、救援拒否が今回はすんなり納得されたことくらい...)」

那珂「(でもあんな古参メンバー達も認めたってことは、正当な理由があったはず...)」

那珂はおそらく存在するであろう正当な理由を知ろうとしていた。

それならば手っ取り早く理由を知っているであろう姉妹艦に聞けば良いのだが、那珂はこれをあることに利用したかった。

あれこれ考えているうちに、気づけば那珂は普段ライブステージに使っている朝礼台を通り過ぎていた。

そこで目線を前方にやれば、やはり期待通りにその人が居たのである。

那珂「...よしっ!」

那珂は深呼吸をすると、その人の所に駆け寄った。

那珂「やっましろさーん!那珂ちゃんだよー!!」

山城「...。はぁ...。」

ベンチに座って本を読んでいた山城は、急に背後から大声で話しかけられて困惑している。

那珂「何その反応!ファンサービスだよ!!」

山城「いや...私ファンじゃないんだけど...」

那珂「またまた~。私がライブやる日は必ずここに来て聴いててくれるのに~」

那珂「本当はこんな離れたとこじゃなくてステージ前で聞いてほしいけどねっ!」

山城「そういうわけじゃ...ここの居心地がいいだけよ」

那珂「素直じゃないなぁ~」

今那珂が言ったことは事実である。
というよりそれについては、那珂が山城に初めて接触を試みた時に一度認めてる事ですらあるのだ。

山城「...というか私がステージ前行ったら客誰も来なくなるじゃない」

那珂「...山城さんが望むならそれでもいいよ?だってファン1号だもん!」

山城「するつもりないわ...」

那珂のグイグイ来るスタイルに早くも疲れているようだ。

山城「そういえば...さっき放送あったし今日はライブ中止にするのかしら」

そう山城が聞いてきた。
那珂はことわりを入れることなく、山城の隣りに座った。

那珂「うん!艦隊のアイドルたるもの、みんなが揃ってて楽しくいられる時にライブしなきゃだからね!」

那珂「...出撃部隊には扶桑さんもいるし...」

山城を見て、ふとその事も思い出した。

那珂はしょっちゅう鎮守府内でライブを行うが、その開催にはポリシーがあった。

それは、皆が平和な日常を過ごせてる時のみに開催する、ということであった。

そう決めているのは今のように、出撃中の部隊の危険を知り不安で仕方ない姉妹艦などのことを考えてである。

山城「まぁでも編成考えれば対空も対潜も備わってるし、それで救援まで来るんだから大丈夫でしょ」

山城「それに姉様は強いわ」

持ち前の冷静さと同時に、自身を嫌う姉への信頼を覗かせた。

・・・那珂はこのタイミングで話を誘導することにした。

那珂「...大丈夫だから、か...。じゃあ加賀さんが行かないのもそういう事なのかなぁ...」

山城「...あれ?でも放送で加賀も呼ばれてなかったかしら...まぁ貴方もだけど...」

山城は見事に誘導に乗ってきた。

那珂「そうなんだよね...私はまだ練度がそこまで高くないから選ばれなかっただけなんだけど」

那珂「加賀さんは指名されたのに拒否したんだよね...」

那珂はそう言うと山城の表情を見逃すまいと顔を向ける。

普通は、自身の一番敬愛する姉の救援を拒否されたら怒り狂うはずである。

だが・・・

山城「...じゃあ結構まずいのかもね...」

山城は冷静だった。
いや、少し動揺はしてるように見えるのだが、それは少なくても怒りではなく姉の部隊への心配であった。

やはり・・・何か理由があるのだ。

那珂「...あれ?てっきり加賀さんに憤ると思ったけど...」

ここで那珂はわざと自然な感じを装ってそう零した。

山城「...?どうして加賀に怒るのよ」

那珂「だって、扶桑さんのいる部隊を助けないってことだから...」

すると山城は納得したような顔をした。

山城「あぁ、そういうことね。まぁ重たい部隊の旗艦や編成考案に携わってないと分からないわよね」

那珂「...?どういうこと?」

山城「どうせ加賀の代わりに選ばれたのは、次の放送で呼ばれた二航戦とかでしょ?」

那珂「そうだよ。練度高めな空母ってもう二航戦の人しかいないし...」

山城「それもあるけど、一番の理由は速力よ」

那珂「...速力?」

山城「貴方はあんま空母と関わりないし知らないかもしれないけど、加賀って正規空母の中では鈍足なのよ」

山城「物凄くってわけじゃないけど、一人だけ金剛型にも負けるくらいには遅いわ」

那珂「そうなの?」

山城「ええ。それで、至急救援求むって状況で一番大事なのは何かしら?」

那珂「...!」

那珂はようやく気づいた。

那珂「だから加賀さんは...!」

山城「そういうことよ。逆に言えばそれほど艦隊速度を気にしてるってことは...ちょっと心配ね...」

山城は不安そうに俯く。

その様子を脇目に、那珂は山城には申し訳ないがとんでもない発見をして興奮していた。

那珂「(てことは...!あの時山城さんが救援を断ったのも...!)」

山城「...はぁ、姉様が大変なのに何も出来ないなんて...不幸だわ...」

山城はブツブツと愚痴っている。

山城「私も高速艦だったら...」

その言葉は那珂な確信を与えたのだ。

那珂「...ねぇ、じゃあもしかして山城さんがあの時時雨ちゃんの部隊を助けに行かなかったのは...」

山城「ん...あの時...?あぁ...そんなこともあったわね...」

山城は遠い目をして懐かしそうに思い返している。

那珂「山城さんも...低速だから...?」

山城「まぁ...ね」

その時、山城はこう言ったではないか。

「私の代わりに霧島を出せ」と。

それは「低速艦の代わりに高速艦を出せ」ということだったのだ。

那珂「(提督に対して「戦力しか考えてない」って批判したのも...正論だったんだね...)」

山城「こればっかは仕方ないわ...不幸ね...」

那珂の作戦は大成功だった。

加賀の行動の理由をさっき執務室に居たメンバーにではなくあえて山城に聞いたのは、こちらの方についても気になっていたからであった。

あの件は当時、那珂にとっての山城像をいっそう悪くするものであった。

川内から事情の存在を聞いて以来、那珂は山城への見方を変えることになったわけだが、その騒動については“事情”とやらのためにあえてヘイトを集めたかっただけだと強引に納得していた。

だがそれについては違った。

今回の加賀も、山城も、むしろ仲間を助けたい一心で冷酷に見える決断を自らしただけだった。

那珂「...どうしてそれを言わないの...?」

那珂は素朴に尋ねる。

山城「私は周りに良い人だって思われたいわけじゃないわ」

山城は冷たく答える。

那珂「でも...!それじゃあみんな誤解したままだよ!」

山城「...それでいいのよ、私は。」

那珂「なんでよ!」

山城は少しの間沈黙し、やがて口を開く。

山城「...今回の件で貴方以外に加賀の思惑に気づいていない人はいるのかしら」

山城は那珂の質問には答えず、逆に質問で返してきた。

那珂「今考えれば最初の放送で呼ばれた人達は私以外みんな気付いてそうだった...もちろん提督も...」

振り返ればそのメンバーは皆程度に差はあれ、山城への理解がある者ばかりではないか。

もしかすると旗艦や艦隊運営の経験を積み重ねるうちに、自ずとあの時の山城の真意に気づけたからなのかもしれない。

那珂「...でも川内ちゃんをドックで見送る時に、二航戦の人達が同じ事を加賀さんに聞いてたから...」

那珂「もしかしたら蒼龍さんと飛龍さんも分かってないのかも」

山城「そう...」

山城「それじゃあ、もしその件で加賀が責められる事があったなら貴方が説明してあげなさい」

山城「加賀も人付き合いは苦手そうだし、特に今回は出撃部隊に瑞鶴が居るしね」

そう言って山城は立ち上がった。

どうやら山城自身についてはこれ以上は話してくれないらしい。

山城「加賀は私みたいになる理由が無いわ」

山城「“みんな仲良く”がモットーのアイドルなんだから、期待してるわよ」

那珂の頭を軽く撫で、山城はこう言い残した。

そしてスタスタと鎮守府内に向け歩いていった。


ベンチに座ったまま那珂は呆然とする。

那珂「あそこからは聞いちゃいけないってことなのかなぁ...」

誰も居なくなった場所で呟く。

それでも、また一つ山城の優しさを発見できた。

那珂「(青葉さんや暁型のみんなに教えてあげなきゃ...!)」

先日山城の事情を共に探ることになった青葉、そして同じく青葉が仲間に引き入れた暁型の3人に今聞いた話を共有しようと思った。

そして・・・

那珂「(加賀さんの事に気づいてそうな川内ちゃんや赤城さんも居るから大丈夫だろうけど...)」

那珂「(何か揉め事に発展しちゃったら今度は那珂ちゃんが止めなきゃっ!)」

そう、山城から託されたのだから。

外気で冷えた頭には、僅かな温もりがいつまでも残るのだった。

今回はここまでです
遅筆に付き合って頂いて有難いかぎりです・・・

ちょっとだけ投下します

---

あの日僕は・・・僕の練度上げが目的の出撃に食らいついてた。

一気に練度を上げるために、当時の僕にとってはかなり高レベルの相手と戦うことになってた。

でも艦隊の半分は最高練度勢だったし、最上と満潮だってその敵と戦うに充分な練度だった。


あれを招いた最初の原因は、たぶん僕がありえないミスをしたのが原因だったんだ。

・・・ほんとの事を言えばミスというより、僕の心が弱くて・・・何も出来なくなっちゃったからだけど。

だから、そんな僕をアイツが責め立てて、そして僕の幸運を憎む事は、当然のことだと思う。


でも・・・

--


山城 「ちょっと時雨っ!」

敵を目の前にしているにもかかわらず、思わず怯んで立ちすくんでしまった時雨。
先程は先行していた満潮への集中砲撃を、今度は敵戦艦に重たい1発を当てられた最上を気にしてしまって、思わず動きを止めてしまったのだった。

それを敵が見逃さずに時雨へ一斉砲撃をしてきた所に、山城がまたもや庇ってきて被弾したわけである。

時雨「ごめん...」

山城は落ち込む時雨を尻目に戦闘を再開した。

結局敵は山城、川内、電の3人によって片付けられた。
そのレベルの敵ともなると、最上や満潮でもまだ多少不安定な戦闘になってしまうようだった。

だからこそ1番練度が低い時雨が、味方に気を取られて自身を疎かにする事は危険この上ないのだ。
それについては時雨も分かってはいるのだが・・・


山城「今日は特に酷いわね」

戦闘を終え、鎮守府に戻る途上で山城が冷たく言い放った。

時雨「...ほんとにごめん」

山城がそんな態度を取ることは、着任してからのこの2週間は無かった。

時雨は初めて山城に説教をされたことになる。
それゆえショックも大きい。

時雨にとって山城は、姉妹艦と同じくらい大切で、尊敬している仲間で、一緒に居て安心するルームメイトでもあった。
だからそう落ち込むのも当然なのである。

・・・だがそれは間違いだったことがすぐに判明するのだ。


山城「...あんたは幸運艦でいいわよね、私は不幸だから沈むってのに」

時雨「えっ...」

全く思いもよらなかった言葉が山城から出てきた。

これには自責の念に駆られていた時雨といえど、驚きを隠せずにいた。

最上「え、ちょっ、山城?」

最上を始め、艦隊全員が動揺している。

時雨も山城の言葉によってパニックに陥った思考回路に何とか収拾をつけて、必死に言葉を紡いだ。

時雨「こ、今度こそ、そうはさせないから...!」

だがそれは無情にも跳ね返された。

山城「その結果がこれなの?」

時雨「...っ」

その冷酷な拒絶に時雨は今にも心が折れそうだった。

満潮「山城、さっきから何なの?」

山城「何って...ただの指摘でしょ」

満潮「指摘って!アンタ本気で言ってんのっ!?」

最上「どうしちゃったんだよ...山城」

山城「貴方達こそ何なの?時雨との問題に首突っ込まないでもらえるかしら」

満潮「仲間が理不尽に暴言吐かれて黙ってろって?しかも暴言を吐いてるのも仲間だなんてっ!」

山城「暴言って...時雨が幸運艦で私が不幸艦なのは変えられない事実じゃない」

山城「それに仲間...?そんなものになった覚えないわ」

その言葉には威勢の良かった満潮ですら絶句した。

時雨はといえば、もう涙で目がいっぱいになっていた。

川内「ちょっ、山城さん...?」

電「ど、どうしちゃったのです...?」

古参の2人ですら山城の冷酷な態度を全く理解できないでいた。

時雨「ねぇお願いだよ...僕のことは嫌いでいいから...西村艦隊では仲良くしようよ」

時雨は涙を流しながら悲痛に訴えた。
もう時雨は限界だった。
まさか山城が嫌っていたなんて・・・

それでも、幸運艦の自分の事は嫌いなままでも良いから、せめて満潮や最上とだけは仲が拗れて欲しくはなかった。

・・・それがかつてあの戦いで生き残った自分に出来る償いならば。

山城「時雨、アンタは勘違いしてるわ」

しかしその時雨の限界の叫びは間髪入れずに否定されることになる。

山城「私は貴方の事なんて好きでも嫌いでもないの」

山城「ただ、そのご自慢の幸運パワーを不幸な私に見せつけてくるのは勘弁ね」

時雨「そんなつもりは...!」

山城「それに頼んでもないのに付き纏ってきて変に仲間意識持たれてもねぇ...」

満潮「アンタねぇっ!」

山城「これは時雨だけじゃなくて貴方達全員に言える事ね」

山城「あんたらウザったいのよ。仲間ごっこに巻き込まないでくれる?」

最上「ねぇ山城...嘘だよね...?」

山城「嘘じゃないわよ。姉様のことは敬愛してるけど、あんたらなんてたまたま最後が一緒だっただけじゃない」

山城「別に西村艦隊の面々が嫌いとかじゃないの。ただ、艦時代の事わざわざ持ち出して艦娘になってからも縛らないでもらえる?」

満潮「っ!」

満潮が堪らず詰め寄ろうとする。

それを川内が何とか抑える。

最上「何なんだよっ!山城はそんなに僕達と仲間なのが嫌なのかっ!」

最上も泣きながら叫んでいる。
電は何も出来ずオロオロするばかりだ。

山城「強くてお互いが窮地を救いあえる程なら仲間として大歓迎だわ」

山城「でも貴方達はまだ強くないのに、昔の関係を持ち出しておままごとして遊んでるだけでしょ」

山城「せっかく艦娘として第二の生を受けたのだし、そんなアンタらの自己満足なんて足枷でしかないわ」

そう嘲笑うかのように言った山城。

その言葉は時雨の感情を変えた。

今や悲しみの雨が降り注いでいた心には激しい怒りの炎が灯り、その雨を瞬く間に消し去ったのだ。

時雨「...ねぇ、山城は本当に西村艦隊がおままごとだって言うの?」

時雨「あの時戦いを共にしたメンバーには何も思い入れが無いって言うの?」

時雨の目からは涙が流れ続けていた。
だがその語調は既に湿っぽいものではなくなっていた。

山城「だからそう言ってるじゃない...だって西村艦隊での記憶なんて、自身が沈んだ事くらいよ?まぁ貴方は生き残ったけど...」

その事を触れられてまたもや反応してしまう時雨。
その様子に気づいた山城が言葉を続ける。

山城「だけど、あの時私が沈んだのは私の不運のせいこそあっても、貴方の幸運のせいではないわ」

山城「そこを責めてるわけじゃないのは分かって欲しいわね。私は運を憎んでるだけよ」

時雨はそんなフォローが欲しいわけではなかった。

時雨「じゃあ...僕達のことなんてどうでもいいんだなっ!」

山城「そう思われたくないならもっと強くなりなさいよ。甘ったれた友情ごっこなんかしてないで。」

これには再び最上や満潮の怒りが爆発したが・・・

川内「...とりあえず、今はまだ作戦途中だよ」

川内「話し合いは帰ってからね」

満潮を抑えていた川内が静止させた。

それから鎮守府に戻るまでは誰も喋らなかった。

いや、正確には川内が冷えきった声で山城に「見損なったよ、山城さん」と聞こえよがしに呟いたきりであった。

鎮守府では恒例の帰還部隊の出迎えが待ち構えていた。
そこには提督や時雨の姉妹艦もいた。

そして当然その場で先程の続きが行われた。
今度はさらに多くの者達で山城を糾弾できたが、結局は山城の返す言葉は同じことの繰り返しだった。

これがあの忌まわしき日の出来事であった。


--

この時アイツが言ったことはいつだって忘れたことは無い。


「そんなに仲間意識とやらが強いんなら、スリガオでは私じゃなくて貴方が沈んじゃえばよかったわね」

「ま、アンタらはせいぜい好きなだけ仲間ごっこしてなさいよ」


・・・きっとみんなは僕への嫌味の部分に大きく反応したと思う。

だけど僕は正直そんなことはどうだっていいんだ。
実際アイツの言う通りでよかった。
アイツが沈んで僕が生き残ってしまった事については、求められるなら土下座だってしても構わない。

それでも・・・

大切な仲間と絆を踏みにじった事だけは許さない・・・


アイツは馬鹿じゃない。
だから僕がどれだけ仲間に置いていかれて辛かったかだって察してたはずなんだ。

つまりアイツは2週間も、僕のことを「仲間ごっこで傷ついてる」と仮面の下で嘲笑っていたわけだ。

僕達の絆を侮辱して喜んでたんだ。


・・・許せない。

たとえアイツが土下座をしてきても、僕は絶対に許さない・・・

今回はここまでです
相変わらずの遅筆で申し訳ないです

だいぶ時間が経ってしまいました
投下します

---

12月15日 7:00 執務室



山城「...おはようございます」

提督「おはよう」

かなり久しぶりとなる秘書艦に任命されていた山城は、執務室に来ていた。

提督「酷く眠そうだな...君は朝が苦手なタイプだったか」

山城「元々はそういうわけじゃないですけど...未明頃に目が覚めるのが習慣になっちゃってるのかしら」

山城「それで毎回二度寝することになるから...早朝に起きるのにはどうも慣れないわ」

提督「そうだったのか...」

山城「姉様と同室になった数日間だけは起こしてもらえたから良かったんだけど...」

山城「一人に戻ってからはまた早起きは苦手になったわね」

山城はボヤくように言う。

提督「...それならルームメイトが戻ってくるように手伝おうか?」

すると提督はこちらの反応を窺いながらそう口にした。

山城「...はぁ?...提督の方こそ脳が起きてないんじゃないですか?」

目の前の男から発せられた決して起こり得ない話に対し、山城は呆れたような口調で返す。

提督「私はしっかり起きてるさ」

提督「...そして今言ったことは本当に考えてることだ」

その様子を見るに、どうやらただの冗談ではないようである。

・・・だからこそ、山城もそれには眉をひそめた。

山城「...どういうつもり?」

提督「やっと、君の異常な振る舞いを正すチャンスが来たというだけだ」

山城「今更ね...。まずは詳しい話より先に、私との約束は覚えてるのかしら?」

提督「「今後、私と時雨たちとの関係について何も口出しするな」だろ?」

山城「分かってるじゃない...そういうわけだから変な介入は要らないわ」

提督「だけどその時、君は付け加えてこう言ってた」

提督「「時雨の件は何とかしてみせるから」とな。...私に詳しいことを話さずにだ」

提督はすぐにそう返した。

山城「...それが何か?」

提督「いや、勘違いしないでくれ。今更君を責めるつもりはないんだ」

提督「そもそも山城がこうなったのは、私が最悪のケースまで仄めかして焦らせてしまったからだ」

山城「そんなことはないわ。私もその通りだと危惧してたことだもの」

山城「提督は関係ないわ」

山城は提督に責任が無かった事を強調した。
しかし彼は山城に丸め込まれることを良しとはしなかった。

提督「それでも私の言葉がきっかけを作ってしまったのは事実だろう?」

山城「...まぁ、きっかけのほんの一部ではあるわね」

食い下がる提督に対し、渋々認める。

提督「山城が暴言を吐いた時すぐにとはいかなかったが...少し落ち着いて2、3日前からの君を思い出してみたらな、そんなことくらい簡単に気づいたさ」

提督「...そして当然、君があの件のためにそうしているんだろうともな」

少し息を整えてこちらを見つめながら彼は言った。

提督「だから直後は君に何度も聞いたんだ、どういう考えであんなことをしたのか、と。」

提督「まぁついに君は教えてくれなかったし...事情を聞いてそうな奴すら「言えるもんじゃないから山城本人に聞け」と言い出す始末だったが...。」

山城「...」

山城は沈黙してしまう。

提督「さすがにそこまで徹底されると...罪悪感もあったし、もう触れてはいけない事なんだと思うようにしたよ」

提督には詳しくは話さないでおいた領域に踏み込まれ、山城は少し警戒をする。



・・・山城としては当初から、提督に対しては自身の意図を強引にでも納得させる自信はなかった。

彼はこの鎮守府の責任者であるし、艦娘を指揮する - 言葉は悪いが道具として扱える権利を持つ - 人間なのである。

ネガティブな自分でも、いやむしろネガティブだからこそ、悲観的な事に対する分析にだけは自信があった。
それに、自分では寄り添う事は叶わなかったが、それでも彼女を一番知ろうと努力した事は間違いないと思っている。

自分の考えは、自らに出来る最善であったと確信している。

だから一部の艦娘達には黙認させることが出来たし、というよりその自信があったから事情を打ち明けたのだ。

・・・だがそれは自分と立場が同じ艦娘が相手だから可能であったのだ。
そして付け加えれば、弱みにつけ込めたからという点もある。

提督は艦娘の立場を尊重してくれる人間であるし、良くも悪くも放任的である。

しかしいくらそんな彼でも、提督としての責務を負う以上は、一人が艦隊の和を意図的に乱す事を容認するはずはない。

考えの根拠については提督にも納得してもらえる自信はあった。
それに彼だって、同じように早く解決してやりたいと強く思っていたのは間違いない。

・・・それでも、それがこれから起こす自身の行動を正当化しうるとは、自分ですら到底思えなかった。
何せ古鷹にすら事前に伝えることはとても出来なかった程だ。
提督ともなれば尚更である。

そして何より・・・提督は“実感”できない組なのだ。
だから彼もおそらくは、皆で寄り添えば・・・絆があれば・・・なんて考えしか理解できないのだろうと思えた。

もちろんそれは普通だ。

だがこれはそんな簡単な事ではない。
その程度の対応では、解決しないどころか余計に悪化する一方だ。
そういうレベルで深刻なのだから。

・・・そう考えると提督にも真意は伏せておきたかった。

こうして山城は、提督にはついに事情を話すことはしなかった。

ただ、それでもやはり追及を受ける事は覚悟していた。
何と言っても彼は、事情の最もコアな部分について知っている。
すぐに何かしらを察するとは思っていた。

その時が来たならば、せめて何とか本人にだけは真意が伝わらないように配慮してもらうことだけを絶対条件に、全てを話す覚悟であった。


だから、必要の無い罪悪感から彼が金剛や加賀と同じ立場を貫いてくれたことは、全くの嬉しい誤算だったといえる。

提督「...ちょっと話が脱線してしまったな。とにかく、それで私はついに山城の計画については知れなかったが...」

提督「ただ一つだけ、山城はおそらく焦りを覚えたから、それまでと真逆のアプローチに走ったんだとは確信している。違うか?」

山城「...好きに解釈すればいいわ」

提督「それならばこれが合ってる前提で本題に入ろう」

提督「山城が何を根拠にどこまで計算していたのか知らないが...結果的に君は本当に時雨を“何とかしてしまった”ように思える」

提督「あれから練度は順調に上がって今じゃ不安材料どころか、むしろ駆逐艦の中でトップクラスの戦力源として期待できる」

提督「あと少しで第二次改装も行う予定だ。要求練度が低めとはいえ、古参の響がようやく昨日Верныйになったことを考えれば凄まじい成長速度だ」

山城「ええ。そうね」

提督「ここまで来たのなら、彼女を心配する必要はないように思う」

山城「まぁ...私もそう思うわ」

数日前の件が頭をよぎったが、ひとまず話を合わせることにした。

提督「大規模作戦には改装が間に合うし、是非とも運用する気でいるのだが...」

ここで彼は言い詰まった。
山城の方を少し不安な様子で見ながらである。

しかしやがて勇気を振り絞るかのように一息ついてから言葉を続けた。


提督「そこで、君を旗艦として...西村艦隊を組もうと思う」


山城「...!」


驚きのあまり、思わず言葉に詰まる。
それでも冷静を何とか装う。

山城「...悪い冗談ね」

提督「さっきも言ったが、これは本当に考えてる事だ。西村艦隊メンバー5人と、これに適当な水雷系の艦を加えて編成しようと考えている」

その言葉にはさすがの山城も冷静を保てなかった。

山城「ちょっと!そんなの無いわよ!」

山城の声には怒りも含まれていた。

山城「提督だって分かるでしょう!?そんな事を大規模作戦でやったら...!」

提督「あぁ、そうだな。ちなみに大本営が立案した今回の作戦計画はこうだ」

普段は決して見れない山城の様子に気圧される事なく、提督は机に置いていた書類を山城に手渡す。

山城はそれを受け取ると興奮しながらも書類を見始めた。

提督「秘書艦は普段艦隊運営に関わらない子達から、事務仕事の経験も何回かは積んでもらう目的で選んでるわけだが...」

提督「今日あえて山城を呼んだのは...会議で作戦計画や編成を決める前に、君に決断をして欲しかったからなんだ」

今日はいよいよ1ヵ月後に迫った大規模作戦についてのブリーフィングが予定されている。

それに先駆け、普段から艦隊運営を手伝う古参勢も含めた会議を朝から行い、そこで作戦の詳細を決定してから全艦娘へのブリーフィングが実施される流れである。

だが山城は、そんな提督の言葉などにしっかり耳を傾けている気にはとてもならなかった。

目にした書類の内容が、嫌がらせのようにしか見えないからだ。

山城「(嘘でしょ...。これじゃまるで...)」

山城「作戦内容まで...スリガオと同じじゃない...!」

提督「そうだな...。目的も背景もかつてのとは異なるが...海域への同時突入が肝となる点はな...」


大本営より示された作戦要綱は以下のようなものであった。


一、敵の姫級らで構成される大戦力とその活動拠点の殲滅が今回の目標である。

二、該当拠点の周辺には島が点在し拠点へのルートが自ずと限られる。そのため複数部隊による複数ルートからの同時突入を推奨する。

三、敵に姫級の航空戦力が複数いる事が想定されるため、攻略部隊主力には高練度の空母戦力を含める事が必須となる。

四、三に関連し、練度が中程度の空母も遊撃部隊として編成するなどして不測の事態に十分に備えることを推奨する。

五、各部隊は必ず対潜を厳として行動し、想定外の被害を避けることに努めるべし。

大本営から直々に、あの時と同じ「同時突入」の案が示されている。

・・・提督の言う通り、今回の作戦はレイテ沖海戦とは決して同じではない。
相違点などいくらでもある。

しかし・・・大本営が大々的に計画する作戦、それもこの鎮守府がまだ経験した事のない領域である。
通常の出撃とは重みがまるで違う。

同時突入に失敗して、自身の指揮した艦隊が全滅・・・いや、正確にはあの娘だけは違ったが・・・そんな過去を持つ自分としては、どうしてもスリガオの記憶を重ねずにはいられなかった。

苦々しい、消し去りたい記憶。

それをまた・・・よりにもよってこんな作戦で西村艦隊を再編するなんて・・・
あんな状態なのに、このメンバーでなんて・・・!

そんな湧き上がる苛立ちは山城から普段の冷静さを消し去ってしまっていた。

山城「アンタは何考えてんの!?大規模作戦は普段の出撃とは比べ物にならないのよ...!」

提督「あぁ、分かってるさ。...でも、だからこそ絶好のチャンスなんだ」

提督「こんなにも重要で危険な任務を他でもない君達で成功させれば...」

提督は少しだけ言い淀んだ。

提督「...西村艦隊は元の絆を取り戻せるだろう」

山城「私は仲良しごっこなんて求めてないわ!リスクを背負ってまで...そんなもの...!」

山城は激しく反発する。

提督「そんなに西村艦隊が嫌いか」

山城「えぇ、そうよ」

提督「いいんだぞ、別に私は。君が編成入りを拒否したって認めよう。他の部隊で活躍してくれるならそれでいい」

提督「だが君以外のメンバーについては深い絆で結ばれているようだしな...せっかくだから彼女達は全員一緒の部隊にするよ」

山城「...っ!」

山城「(こいつは分かってて...!)」

提督「こういう事は言いたくないが...私は提督だからな。編成を決定する権利を持つのはあくまで私だ」

提督「異論は認めるし積極的に取り入れていくが...それは正当な理由がある場合のみだ」

山城「理由?アンタだって知ってるじゃない!」

提督「だが最近は特に不都合はないだろう」

山城「それでも安全策は取るべきでしょう!それに今だって、問題になってないのは私が強引に抑えてるようなもので...」

提督「ほう、そこは認めるんだな」

山城「っ...。まぁ...どうせ察してるんだろうしもう隠すつもりはないわ」

山城「...でも何で貴方は西村艦隊に拘るのかしら」

山城「私のやり方に不満があるのも分かるけど、提督として最優先で心配すべきはあの娘でしょう」

やや強めの口調で問い詰める。

提督「あぁ、もちろん心配してるさ。それに憎み合うメンバーで組むなんて、司令官としては不安で仕方がない」

山城「じゃあ何で...!絆がなんて、そんなの理由にならないわよ」

提督は少しだけため息をした後こう呟いた。

提督「山城と同じだよ」

山城「...どういうことよ」

提督「...それを聞きたいなら交換条件にしよう。山城も話してくれ」

唐突に提案されたら交換条件。

提督「あの日、山城が時雨たちにした事の意味を、理由を。包み隠さずに全てだ」

山城「だからほぼ察してもらってる通りよ...」

提督「全部教えてくれ」

提督はまっすぐと山城の目を見る。

山城「(まぁ...本当に彼にはバレてるだろうし...)」

山城「(隠し続ける必要性は無いわね...)」

彼女としては交換条件に乗ることにデメリットは無かった。
そこで・・・

山城「...分かったわ。その代わり提督にもその編成の意味はちゃんと説明してもらうわ」

山城「私がくだらない理由だと思ったら、即刻その案は中止にしてもらえるかしら」

提督「構わないよ」

こうして山城は提督に、今度は全ての事情を打ち明けることになった。


山城「まずは提督の推測通り...」




提督「そうだったのか...」

少しの間、提督は唸り声や微かな呟きを発するのみで、会話は途切れてしまっていた。

それでもやがて、提督はゆっくりと話し始める。

提督「...色々と思うところはあるが...まずは約束を守ろう」

提督「私の考えというのは...やはり予想通り君と同じだったみたいだ」

苦笑しながら提督は続ける。
まだ提督の言わんとすることが先読みできず、山城の方も黙って彼の話を聞き続ける。

提督「なぁ、山城。君は自分のやっている事が逃げだとは思わないか?」

山城「逃げ、ね...」

提督「だってそうだろう。山城の分析では、これは君が彼女の近くに居すぎてしまった事が原因の一つという」

提督「たしかに私も今の話を聞いてそこは納得したし、その本質をいち早く見抜いたのは流石と讃えるべきだが...」

提督「それは根本的な解決じゃないだろ」

その言葉は、まさに山城が今までに何度も自問自答してきたものだった。

山城「...随分とストレートに言うのね」

提督「気を悪くしたら済まない。でも実際君は、結局は今の立場に甘んじる事で問題から逃げてるだけとも言えないか?」

提督「...たしかにあれは結果的に最善だったと思う。山城のおかげで今まで大事には至らなかった」

提督「それでも...決して解決策なんかではない...」

提督は少し俯く。

山城「...そんなこと、私だって分かってるわ」

そう返した山城に、提督は一瞥して申し訳なさそうな顔をした。

提督「...何もできなかった私に言われたくはないよな」

提督「しかも、山城の言動の理由には早くから薄々気付いていたのに...結局は君の孤独な奮闘に頼ってしまってたんだ」

彼の視線は、自信なく虚ろなものだった。

山城「さっきも言ったけど、むしろそれで良かったのよ」

山城「...怪我した傷が痛む事だけが問題じゃないわ」

山城「ややこしくしているのは...怪我をしてしまう自分を責めている事だもの...」

山城「看護をしてやることが、余計に繊細さに染み込む毒となってしまう......どうしようもなく、不幸だわ」

そう言って山城は提督の自責の念を和らげようとしてやった。

その例えは決して取り繕ったフォローではなく、山城が感じ続けた無力感の表れであった。

提督「それでもな...この、まるで君達の悲劇をなぞるような作戦要綱が届いた時、閃いたんだ」

提督は顔を上げた。
依然として、彼から自信はまるで感じられない。

提督「この鎮守府で私は立場上、唯一の最高権力を持つ」

提督「だから...私が命令して荒療治をするのが...1番手っ取り早いんだ」

山城はようやくピンと来た。

彼は、山城に仲直りを求めているわけではなかったのだ。

提督「山城と同じと言ったのは...私達が突き放すという点だ。そして今回は、あの日よりも遥かに“解決”に近付けるものだと思う」

提督「...その代わりに比べ物にならないリスクがあるがな」

山城「ほんとよ...」

彼の考えを理解した山城にそれ以上の説明は必要なかった。

提督「それでも、試す価値はある」

提督「君の言う通り、最終的には本人が何とかするしかないんだから」

提督「その必要性から、私達までもが逃げてはダメだ...」

山城「でも...大規模作戦の海域ともなると...何かあっても私でもフォローは難しいと思うわ」

山城「あの頃みたいに保護者役に徹する事はできない。そんな余裕を残せる海域じゃないもの」

提督「分かっている。だからこれは山城に決めてもらいたかったんだ」

提督「さっきはあのように言ったが...本当に最初から君に委ねるつもりだった」

山城「(そういえば決断してもらうために秘書艦に呼んだみたいな事言ってたわね)」

提督「大本営からの通達も基本的には“推奨”であって、この通りの作戦を組む義務は無い。現場が状況に応じて合理的な別案を作成・報告しても、間違いなく許可される」

提督「そこは心配しないでほしい」

山城「この時代の司令体系はマトモでありがたいわね」

山城の軽口に提督の表情は、ほんの少しだけ和らいだ。

提督「どのみち、西村艦隊の多くは攻略部隊に編成して出撃させるつもりだ」

提督「扶桑はまだ心許ないが...他は既に充分な練度を持ってたり二次改装を終えて迎えられそうだからな」

提督「しかしあくまで山城の判断に従った編成にする。君が反対と言ったなら、西村艦隊はバラバラにして編成に入れる」

提督「もちろんリスクがあるそれ以外の艦についても考慮する。まぁ、それでも君のおかげでだいぶ編成に苦労はしなくなったがな」

山城「...それは何よりね」

提督「それと一番の要因だった山城は...逆に一緒にした方が安心だな」

提督は苦笑いする。
そしてまた、気まずそうに沈黙した。

山城「ほんとに私が決めていいのね...?」

提督「あぁ...今まで何もできなかった私なりの償いだ」

提督は終始弱気だった。

自分のエゴが、金剛や加賀と同じような立場と思っていた彼をも、実は苦しめていた。
そう山城は申し訳なく思うのだった。

山城「提督は...客観的に見てこの作戦が上手くいくと思うかしら」

ふと山城は尋ねる。

提督は想定外の質問をされ少し戸惑った様子だが、すぐに答えた。

提督「この戦力なら大丈夫だと思っている。もちろん余裕は一切ないが...」

提督「大本営だって各鎮守府の戦力や練度を把握した上で作戦要綱を作成している。この海域を割り当てたのも、私達で攻略できると判断したからだ」

提督「今の大本営はマトモさ、そこは信じていい」

山城「...そうね」

彼は山城の軽口をそのまま引用してみせた。

提督「空母がろくに足りてなかったレイテとは全く違う。今回はミッドウェー組が健在だ」

提督「同時突入だって...今度は指揮体系が一つにまとまっている。私達が普段通りの連携を発揮して部隊の歩調を合わせられれば、必ず上手くいくさ」

提督「少なくとも...一部隊が単独突入をして集中砲火で壊滅するなんて事は...絶対にさせない」

しっかりと断言した提督の顔は、少しだけ自信を取り戻していたように思えた。

提督「...私もだいぶ昔の事に詳しくなったもんだな」

それでもやはりどこか遠い目で、そう付け加えて呟くのだった。


・・・彼の提案は正しい。
それは自分でもいつかは必要と感じていたことでさえある。

それでも、どうしても不安が先行してしまうのだった。
だから避け続けてきた。進みすぎないようにした。

だが・・・
問題の早期解決のために身勝手に動いていた自分が、よりにもよってそのチャンスを不安を理由に拒むなど、そもそもおかしな話ではないか。

きっとこの作戦は、彼の言うように絶好のチャンスなのだ。

・・・私のあの日の決断は、この日のためじゃないか。

逃げてはいけない。
私が打ち勝てないでどうするのだ・・・!

山城「...受けるわ」

提督「...えっ?」

山城「だから、提督の提案を受けるわ。私を旗艦にして、西村艦隊を編成してちょうだい」

提督「自分で言っておいては何だが...本当にいいのか?」

山城「提督の言う通りだもの。私の存在が無くても大丈夫になって、初めて解決と言えるのだから」

提督「そうか...。」

自身の提案を認めさせたというのに、提督はちっとも嬉しそうではない。
不安に支配されている。

まるで私を映す鏡だ。

山城「...ところで、一つだけお願いがあるのだけど」

提督「...なんだ?」

山城「作戦の実行は1ヶ月後からでしょ?それなら準備期間は私の部隊については、私に完全指導権を与えてほしいの」

提督「...また「口を挟むな」かい?」

山城「...特に憎まれてる相手達だから...強い権限が必要になると思っただけよ」

やましいわけではないのに、些か言い訳のようになってしまった。

提督「心配するな、許可するよ」

提督「山城の分析はいつだって正しいからな。...苦すぎる薬だったのだと、ようやく今日になって答え合わせができた」

山城「随分と高く評価してくれるのね」

提督「そりゃそうさ。結局さっき聞いた話でも、君は正しい分析しかしていなかったように思う」

提督「賛成などしたくはないが...事実として上手くいってるわけだからな」

山城「...理解してくれるなら...提督には最初から全部説明しとけば良かったかしら」

提督「そんなことはないな。あの時私がこの話を聞いていても、やはり山城の言う通り断固反対してただろうな」

提督「そこすらも、読まれていたわけだ」

山城「そう...」

提督「今こうして納得できているのだって、もう一方が未だにあの頃から大きく改善してないのを知ってるからな」

山城「提督も把握してるのね」

提督「まぁ、ちょくちょく聞くようにしてる。つい先日、本人からもそれとなく聞いて確認済みだ」

山城「改善しないのも仕方ないわ...こればっかは本人次第だもの」

山城「かといって簡単に切り替えられるものじゃないから...」

提督「あぁ、まったくだ」

提督「あっちはいつになるか分からない...まさに君の予想通りだ...」

提督「本当、君の分析能力には恐れ入るばかりだよ...」

提督は困ったような顔をしながらも笑ってみせた。


私の読みでは、大規模作戦では恐れている事は起きないと思う。
・・・もちろんそれは、準備期間中に西村艦隊メンバーで慣れさせる事に成功すればの話だが。

それでも、レイテとは全く背景が違う事は大きい。
スリガオの要素など、この鎮守府の総力を以て事前に取り除いてしまえば良い。
単純な戦力も、指揮系統も、レーダーでの備えも、連携も・・・全てがかつてよりも優れているのだ。

・・・何より今の私は・・・ネガティブな忌まわしさではなくポジティブなもののはずだ。

山城は自身に言い聞かせて決心した。

山城「...作戦は必ず成功させるわ」

山城「あとは...目論見通りにそれが本当の幸運をもたらしてくれる事を祈るばかりね」

提督「そうだな...」

執務室の窓からは今日の太陽からの光が射し込んでいる。

提督「それじゃあ...これで会議を始めるよ」

提督は山城の決意を受け取り、放送用のマイクをセットする。

山城は手に持っていた作戦要綱を机に置き、明るく照らされた窓辺に歩みを進めたのだった

とりあえずここまでです
いやぁ、ほんとペースを上げたいです

気付いたら3週間が経とうとしてましたね...
一向に進まなくて申し訳ないです
今日の夕方頃に続き投下します

22時は個人的にまだ夕方です(毎度ほんとに申し訳ないです)

それでは投下します

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那珂「...だから山城さんは...むしろ時雨ちゃんの事は大事に思ってるんじゃないかな」

雷「そんなことが...全く気づかなかったわ...」

Верный「私も...これは驚いたな」

暁「やっぱり、山城さんもほんとは優しい人なのよ!」

青葉「暁さんや私の見聞きした話から考えても...いよいよそれは間違いように思えます」

青葉「でも...それなら何であんな態度を取るようになったんでしょう...」


つい最近結成されたばかりの探偵達は暁型の部屋に集まっていた。

普段、このメンバーだけで揃うというのは難しい。
このメンバーに限定したい理由はもちろん、目的が目的なだけに事情を知る組に悟られないようにするためだ。

ストレートに聞いてもある程度は話してくれるが、肝心の点については決して教えてくれない。
だからまずは何とか直接聞く事無しに情報を集め推測し、それに確信を得てから彼女らに -少し怖いが山城本人でも良いのだ- 確かめる方針なのである。

せっかく掴みかけている真実を諦めたくはない。

しかし残念な事に彼女らはそれぞれ、まさにその事情を知る組の姉妹艦(青葉は厳密には違うが似たようなものである)なわけである。

・・・逆に言えばそんな背景が、彼女らに山城が隠す何か重要そうな真実の存在に気づかせたわけであるが。

ゆえに尚更これ以上釘を刺されないように慎重に嗅ぎ回らなくてはならない。
こうした理由で下手には集まれないのである。

そんな中やって来たチャンスが、今ちょうど執務室で行われている大規模作戦に向けての会議であった。

この会議には普段の艦隊運営を手伝う者、つまり主には各艦種それぞれの最古参勢が呼ばれる。
ここにごっそりと事情を知る組が招集されているのだ。

また、那珂曰くこちらには引き込むのが難しそうという神通も会議に呼ばれている。
そして逆に神通より着任が早いВерныйが呼ばれなかったのはかなりの幸運かもしれない。

とはいえそもそも基本的に、より旗艦を任されやすい艦種が会議に呼ばれやすい事は当然ではある。
また軽巡の方がむしろ普段の駆逐艦の動きを客観的に見ているのだから的確な提言が期待できるし、駆逐艦代表として初期艦の電も招集しているから十分なのだろう。

いずれにせよ放送があって暫くしてから青葉はこのチャンスを無駄にするまいと、暇を持て余していた那珂を軽巡寮で拾って、またもや電のみが居ない暁型を訪ねたのであった。

こうして暁型の部屋で開かれることになった待望の“会議”で、まずは各々がこの1週間ほどで得た情報を共有しあったわけである。

Верный「みんなの話から考えると...やっぱり嫌われる事に意味があるみたいだ」

雷「でもそんな事ってあるのかしら...正直周りに迷惑でしかないわよ?」

暁「結局そこよね。山城さんは何がしたいんだろう...」

那珂「那珂ちゃんも山城さんとだいぶ仲良くなれたとは思うのになぁ...そこはどうしても教えてくれないみたい」

探偵達は行き詰まってしまった。
お互いの情報交換によって、今の彼女達の中における山城の人物像は変わりつつあった。

おそらくその事情とやらも、きっと山城の優しさの裏返しであるとすら強く思えるまでになった。

しかしそれが今のところの限界なのである。

そのもどかしさに皆は落ち込んでしまっていた。

青葉「この中で1番山城さんに絡んでる那珂さんすら、ですもんねー...。」

探偵団の創設者とも言える青葉もそれは同様であった。

青葉「...そういえば那珂さんはどうやってそこまで山城さんに近づけたんですか?」

青葉「あんな態度取り続けてるわけですし、てっきり歩み寄ってくる人に対しても容赦なく距離を置くんだと思ってましたが...」

那珂「それがね~、こっちからグイグイ行けば何だかんだ付き合ってくれるんだよ」

雷「へぇー、それは意外ね」

響「グイグイ行く、か...。那珂さんは凄いね」

暁「さすが艦隊のアイドルだわ!」

那珂「暁ちゃんは分かってるね~!」

アイドルとして認められ、那珂は嬉しそうな顔をする。

那珂「ちなみにね、今のアイドルパワー溢れる那珂ちゃんを作ってくれたのも実は山城さんなんだ!」

那珂「それに最初は...むしろ山城さんの方から歩み寄ってくれたようなもんだし」

青葉「...どういう事ですか?」

那珂「あれはね...」


那珂は行き詰まった調査の息抜きに、山城への初めての接触について皆に語るのであった。

--


川内から山城の事情の存在を聞かされてから数日後、那珂はまた朝礼台をステージにライブをしていた。

・・・観客は居なかったが。

艦娘達はちらほら足を止めるくらいはするのだが、その場にずっととどまって聞いてくれる人までは居なかった。

そんなわけで多少は落ち込みはするのであるが、もともと那珂はダンスをしながら歌えれば満足であった。
客が居ないからといって、その事実が那珂に絶望を与えるわけではない。

落ち込みといっても、「ちょっとは私の曲聞いてくれてもいいじゃん」くらいの軽いものなのだ。
それに、この状態には慣れっこであるし。

こうしていつも通りにパフォーマンス終了後に機材の片付けをする。
だがその日はいつも付き添ってくれる川内も神通も居なかったため1人で黙々と片していたのだった。

そんな時、那珂は思い出したようにあのベンチの方を向いた。

朝礼台から決して近くはないが、そこに座る人物を判別出来るくらいには遠くない・・・そんな絶妙な位置にあるベンチに、またしても山城が座っていたことを那珂はライブの途中に気付いていたのだった。

今や那珂の目に映るその人物は、以前までのその人物とは全く違って見えた。

何か大きな優しさを持っている。

川内がそれを、伝えられる範囲で最大限に教えてくれたのだ。

那珂はこの数日間で、川内が伝えてくれなかった部分を一生懸命に考えた。

だが出てくる推測はどれもあまりに強引なもので、とても山城の言動を正当化できるものではなかった。

神通にもそれとなく川内が隠した事情の話を振っても、「姉さんがあそこまで隠すのですし私はもう諦めます」と、まるで興味を示さなかった。

だから今この状況はチャンスだった。
川内も神通も、おそらく川内と同じように事情を知ってそうな人達も、逆に事情の存在を一切知らず山城を憎む人達も・・・皆この場所には居ない。

那珂「(まさか観客が居なくて喜ぶ日が来るなんて思わなかったなぁ)」

そう心の中で自虐しながら那珂はベンチの方へ向かった。

近くまで行くと、足音に気づいてか山城は顔を少しだけ横に向けながらこちらを尻目に見た。

那珂「あの...山城さんこんにちはっ!」

山城「...何か用?」

緊張のあまり上擦った那珂の挨拶に、単純に山城は困惑しているようだ。

那珂「いやぁ、そのぉ...用があるわけじゃなくて...世間話でもしようかと...」

突然の思いつきで行動した那珂はちっとも会話の準備をしていなかった。
本当は山城本人から事情について詳しく聞きたかったのだが、それ以前の問題である。

そんな挙動不審な那珂を見て察してくれたのか、山城は自ら口を開いてくれた。

山城「川内が謝ってきたわ。妹達に少しだけ喋っちゃった、って。」

山城「それ関連の世間話ならお断りよ」

一瞬で自分の意図を見抜かれ、那珂はビクッとする。
しかしそれと同時に、どうしてそこまで隠したがるのかがやはり気になって仕方がない。

那珂「詳しく教えてくれないのは...私が信用できないからですか...?」

山城「別に貴方だけの事ではないじゃない。しつこく聞いてきた人には面倒臭いから話しただけよ」

那珂「そ、それなら...!私もしつこく聞きます」

山城「何でそこまでしたいのよ」

那珂「だって...!山城さんが本当はやりたくない事で傷ついてるなら...」

那珂「そんなの放っておけないよ...」

山城「私が望んでやった事よ」

那珂「でも...!本心は違うんですよね?」

宣言通り食い下がる那珂に対し、山城は困った顔をした。

しかし沈黙する訳ではなく、那珂にまるで諭すような口調で話し始めた。

山城「...貴方に言うメリットがないのよ」

山城「川内には弱みにつけ込めば口出ししなくなる見込みがあったから言っただけ」

山城「でも貴方は...まぁそういう要素も少しはあるけど...そうはいかないと思う」

那珂「弱みって...」

山城「そこは気にしなくていいわ。とにかく貴方に言っても反対されるだけなのは明らかよ」

山城「私は自分が正しいと思ってるから。わざわざ邪魔されにいくような事はしないわ」

那珂「じゃあ山城さんのやる事に反対はしないって約束するから...」

山城「無理でしょ。というか何でそんなに必死になれるんだか」

その呆れたような言葉にも那珂はめげなかった。

もし自分が、何らかの事情によって川内や神通に暴言を吐かなくてはならなかったら・・・そんなのは考えたくもない。

だが目の前の人は、持ち前の不幸のせいなのか、きっとそういう状態を強いられているのだ。
川内が言っていた事は、そういう事だ。

ならば、絶対に見捨てることなんてできない。

那珂「山城さんだって...みんなと同じ1人の艦娘だもん...!」

那珂「せっかく艦娘として生まれ変われたのに...仲間たちと心から楽しめないなんて悲しいよ!」

その叫びは1度は忘れかけていた、それでも那珂の心に在り続けた1番大切な想いそのものであった。

山城「...そうね」

対する山城はそう呟いて肯定はしたものの、それだけだった。

その口調は乾いたもので、那珂の言葉に感情を動かされたような様子は見受けられない。

- そんなのは分かっている。だけど私は違う -

そう突き放されたように感じた。

2人は少しの間、気まずい沈黙に見舞われた。
それが耐えられず那珂は再び口を開いた。

那珂「でも、とにかく...少なくても山城さんは本当は悪い人じゃないって信じてますから...!」

那珂「だから私は...山城さんの味方です」

那珂「山城さんは拒否すると思うけど...いつか今の状況を変えたいんです!」

山城「アンタ、艦隊のアイドルじゃなくて嫌われ者になりたいの?」

山城はすました顔で那珂を軽くあしらう。

那珂「...白露型との仲が拗れないように、って気遣いまでしてくれた人を見捨てるなんて嫌だよ...」

那珂「そうしてまでみんなに好かれるアイドルなんかやりたくないです」

那珂はハッキリと意思表明をする。

山城「アイツに喋るんじゃなかったわね...」

山城はため息混じりにボヤいた。

那珂「お願いです、事情をどうしても教えてくれないなら、せめて味方でいさせてくださいっ!」

那珂「山城さんが孤独な所を見るのは...今は耐えられないんです」

山城「...嫌だと言ったら?」

その返しには少し戸惑ってしまう。

しかし那珂は山城をもう1度信じると決意しているのだ。
その決意が勇気を与えてくれる。

那珂「嫌だと言われても...付きまといます。みんなに...嫌われる事になっても...」

そう那珂が言うと山城は「馬鹿ね」とだけ呟いた。

那珂「...馬鹿でいいです」

那珂は強がってそう返すのだった。


正直に言えば、その時の那珂には不安まみれの覚悟しか無かった。
山城擁護を理由にせっかく仲良くなれた人達と関係が拗れる事は怖かった。

山城のように孤独を何とも思わずに過ごすなど、自分には到底出来ないと思っていた。

だが、ここで負けてはいけない。

自分の弱い心を見せたら、きっと山城はそれを理由に自身の味方など出来っこないと突き放すのだろう。

もしかしたら山城の言っていた「弱み」とはこの事なのではないか?
山城は皆の心の弱さを指摘することで、自身の味方をさせないのではないか?

そうやって彼女は孤独を維持し、いつまでも事情とやらを隠し続けるつもりではないか?

だとしたら・・・山城の味方をするためにも、孤独を恐れない強さを見せつける必要がある。

そんなことを考えていたのだった。


山城「...アンタ、自分で言うだけあってほんとアイドルに向いてるわよ」

那珂「へっ?」


那珂があれこれ考えていると、今度は山城から唐突に予期せぬ言葉がかけられた。

山城「もうちょっと工夫すれば立派な艦隊のアイドルになれるわ」

那珂「え...?本当ですかっ!?」

那珂「...って、何ですか急に..。山城さん絶対そんな事思ってないでしょ...」

今までの話の流れと全く関係ない事を持ち出されて困惑する。

とはいえ少しはお世辞でも褒められて嬉しいという気持ちはあるが。

山城「私がお世辞言うキャラに見えるの?アンタの歌はよくここから聞いてるわ」

那珂「ほ、本当に聞いてくれてるの!?」

山城「まぁね...。歌声も悪くないし、歌自体の出来も良いと思うわ」

那珂「嬉しいっ!そう言ってくれる人なんて川内ちゃんと神通ちゃんだけだったからっ!」

那珂「まさか山城さんに言ってもらえるなんて!!」

那珂はすっかり舞い上がり興奮してしまっていた。
自分が先程まで山城の事を案じていた事など忘れたかのようにである。

山城「けれど1番の点はそこじゃないわ」

山城「アンタのその活発さは...艦隊を明るくできる」

山城「そして、周りを動かせるような優しさも持ってる」

山城「まさに艦隊のアイドルに相応しい要素を持ってると思うわ」

那珂「そんな言われると照れちゃうなぁ...//」

山城「まぁ、だから私は応援してるってことよ」

山城はシンプルにそうエールを送ってくれたのだ。

普段の彼女からは想像もできないが、アイドル活動が上手くいっていないともいえる那珂を、なんと直々に励ましたのであった。

そもそも那珂とはろくな接点を持っていないのにである。

那珂「じゃあ山城さんはファン1号だねっ!」

山城「いや別にファンってわけじゃないけど...」

那珂「何でよ~!那珂ちゃんの歌、気に入ってくれたんじゃないの~?」

那珂「そういえばこの前ライブした時も山城さんここに居たし!やっぱりライブ全通の熱心なファンだよ!!」

山城「調子に乗らないで」

那珂「むぅ~!いいじゃ~ん!」

やはり興奮は冷め止まない。
だらしなくも嬉しさで頬が緩んでしまう。
そんな那珂に山城は呆れたような口調で応えたが、その表情もどこか穏やかな気がした。

山城「でもそうね、誰もファンが居ない様子には親近感を覚えるわ」

那珂「ひ、酷い...」

口ではそう言いつつも、山城と友達同士のような会話が出来ていることがとても嬉しい。

山城は意外と軽口を言うようだ。
それは勇気を出して話しかけていなければ絶対に気づかなかったであろう点である。

那珂「(まだ不安はあるけど...山城さんとも仲良くなれたらいいな)」

事情について聞き出す事が本来の目的ではあったが、話しているうちに那珂は山城という人物自体への興味も強く持ったのであった。

那珂「よし!決めたっ!」

那珂「山城さんが川内ちゃんに話した事も、今はこれ以上聞かないようにする!」

山城「そうしてもらえると助かるわ」

那珂「でも、その代わり変に気遣って那珂ちゃんの事避けないで欲しいな!」

那珂「そりゃ不安が無いわけじゃないけど...でも山城さんは大事なファン1号だもん!」

山城「いやだからファンってわけじゃ...」

那珂「那珂ちゃんルールではファンなの!」

食い気味に返してみせた。
山城は驚きで言葉を失っている。

とても、とても気分が良い。

那珂「だからさ、時間があるなら那珂ちゃんの歌、これからも聞いてよ!」

那珂「ここのベンチからでもいいから!」

そう言うと固まっていた山城がやがて返事をした。

山城「...まぁ、ここにはしょっちゅう来てるからいいわよ」

山城「実際アンタのライブとやらはしょっちゅう聞いてるわけだし...ファンじゃないけど」

那珂「最後は納得したくないけど...嬉しいな!」

山城「でもそれなら、貴方はちゃんと艦隊のアイドルを目指しなさいよ」

山城「私が艦隊の雰囲気を悪くする分、貴方がみんなを楽しませてあげて」

山城「どんな根深い闇も明るくさせる、艦隊の光になりなさい」

那珂「うん!」

嬉しさから、返事にも自然と元気が込められる。

那珂「でも今の状態だとそんなアイドルになるまでどれくらいかかるか分からないけどね...」

もっともライブを見届けてくれる客が居ない現実を思い出すと、少しダウナーになってしまうのだが。

山城「まぁ貴方の明るさや活発さも、もう既にこの鎮守府で楽しくやってる子達にとっては騒いでるようにしか聞こえないかもしれないわね」

那珂「辛辣だぁ...」

あざとく落ち込んでみせる那珂に、山城は言葉を続けた。

山城「アドバイスよ。貴方はせっかく恵まれたアイドルらしさを持ってるのに活かせてないのよ」

那珂「どういう事?」

山城「どうせ歌う事自体が楽しいからファンが居なくてもアイドル活動を続けてるんでしょう」

山城「でもそれじゃファンは増えないわよ。だって他人の趣味を追っかけるだけなんて面白くもないでしょ」

那珂「確かに...!」

那珂は山城の言葉に驚いていた。

だがその驚きとは、内容についても然ることながら、山城が自分の考えていた事を簡単に言い当てた事である。

- 観察眼が並外れている

山城を唯一褒めるものとして機能してきたその言葉を、今まさに実感したのである。

山城「貴方がアイドル活動でファンにしようとするべき対象は、もっと今に不安を抱えている子達だわ」

山城「そういう子達をターゲットに歌を披露したりすればいいのよ。「私が元気づけるから安心しろ」ってね」

那珂「なるほど...!」

山城「まぁ那珂も今は新参な方だけど、これからどんどん艦娘は増えるわ」

山城「貴方は最初から楽しくやれたみたいだけど...そう上手くいかない子だって出てくるはずよ」

山城「そういう子達を救うつもりでアイドル活動をしてれば、きっとファンも増えるでしょう」

その山城のアイデアは、那珂に驚くほど自然に染み込んだ。

自分がありたいと思う姿を、その言葉で山城が具体的に示してくれたように感じた。

那珂「そっか!そうだよね、艦隊のアイドルってそういう人だよね!」

那珂のアイドルへの憧れが再び燃え上がった。

今度は漠然とした自身の理想形としての艦隊のアイドルではなく、文字通り“艦隊の”アイドルを目指そうと強く思い立ったのである。

山城「せっかく“那珂”って名前なんだし、みんなの“仲”を取り持てるアイドルになればいいと思うわ」

山城「川内の話を聞いてると、貴方にはそういう素質があると思う。自信持ちなさい」

那珂「“那珂”が“仲”を...。うん...!凄くいい!」

山城がたった今さらっと言った言葉は、那珂にとってはまるで魔法の言葉のように感じられたのだった。

那珂「那珂ちゃんのアイドル活動で艦隊のみんなが仲良くなれたらいいな!」

那珂「(そして私が...山城さんとみんなの事も繋げられたらいいな)」

そう決心する那珂を、山城は優しい眼差しで見ていたのだった。



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那珂「って事があって今の那珂ちゃんになれたわけなんだよー」

暁「そんな事があったなんて...」

雷「“みんな仲良く”ってキャッチコピーが山城さんの発想から来てたなんて驚きよ」

話を聞いていた探偵達は驚きを隠せなかった。

青葉「そういう経緯があったから那珂さんはあんなに山城さんと仲良しなんですね」

那珂「うん!あの日以来、山城さんに恐怖とか近付きにくさを感じる事が無くなったからね~」

雷「にしても...まさか山城さんが自分から那珂さんの歌を褒めてたなんてね...」

Верный「正直私も...山城さんにまでファンサービスとか言ってる那珂さんは凄いなと思ってたけど...まさか本当の事だったなんて」

青葉「そこですよね。これかなりのスクープですよ、山城さんって物好きなんでしょうか...」

那珂「ちょっとぉ~!那珂ちゃんへの信用低くない!?青葉さんは特に酷くない!?」

暁「山城さんにまで認められてたなんて、やっぱり那珂さんはさすが艦隊のアイドルね!」

那珂「もうここにいるファンは暁ちゃんだけだよ...」

こうして彼女達は会議が終わる頃まで、山城の事を語り合うのであった。

今回の投下はここまでです

当初2~3ヶ月で終わらせる予定でしたがそれが無理になって今もちんたら書いてるわけですが、実は自分なりにデッドラインは決めてあります

そのデッドラインまであと1ヶ月切ってるのでほんとにGW中に一気に進めてあと1ヶ月以内に終わらせたいと思ってます

毎度遅筆で本当に申し訳ないです

p.s.艦これ6周年おめでとう!

続きを投下します

p.s.遅れましたが令和おめでとう!


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同日 22:00 古鷹と青葉の部屋



青葉「あの...古鷹さん」

古鷹「どうしたの青葉?」

就寝の準備を進めていたルームメイトの古鷹に青葉は声をかけた。

青葉「大規模作戦...。上手くいくでしょうか...」

青葉は不安気に言った。

古鷹「...心配?」

青葉「はい...」

その返答に古鷹の表情も少し曇る。

あぁ、またやってしまった。

彼女にはずっと笑顔でいて欲しいのに・・・
いつもそれを壊してしまう自分が、本当に情けない。

青葉はそう自責する。

古鷹「大丈夫だよ。青葉の練度なら、きっと上手くいくよ」

古鷹「青葉はもっと自信持たなきゃ!」

古鷹は天使のような微笑みで励ましてくれた。
天使はいつだって希望の光を青葉にもたらそうとしてくれる。

だがその光は時に、闇を強調してしまうのである。

青葉「いえ、その...私はいいんです。気を抜くわけではないですけど、前哨部隊ですから。」

青葉「でも、古鷹さんは攻略本隊じゃないですか...。危険度がかなり違います」

古鷹「...青葉は心配し過ぎだよ」

古鷹は俯いている青葉に近寄って頭を撫でた。

古鷹「油断はするつもりないけど、私だって練度高いんだよ?」

古鷹は子供を落ち着けるような優しい口調で言う。

古鷹「今回の作戦だって、主力殲滅まで全て任されるっていう事が初めてなだけだよ」

古鷹「厳しい海域に赴く事自体は何回もやってきたんだから。心配しないで」

顔を上げれば、古鷹は優しく青葉を見つめていた。

真っ先に彼女の綺麗な左目の光に目を奪われた。
青葉はその輝きに吸い込まれていくのだ。

私がその輝きを受け取る事はできない。
むしろ私がそれに包まれるしかないのである。


青葉「本当は、古鷹さんの隣で戦いたかったんです」

青葉「青葉なりに、少しは強くはなりました」

青葉「それでも、ちっとも古鷹さんの横に並べる気がしないんです」

古鷹「青葉...」

古鷹の表情が再び曇り出す。
それでも彼女の左目は相変わらず輝いている。

その眩しさに涙が出てくる。

青葉「古鷹さんを守れるようになりたいのにっ、私は弱いままなんですっ...!」

青葉「今度こそ私が古鷹さんを、って思うのに...!私は自分にすら勝てなくてっ...!」

青葉「こうやって、いつも迷惑しかかけられなくてっ...!!」

耐えきれず泣いてしまった青葉を、古鷹は優しく抱きしめた。

古鷹「大丈夫だよ、青葉。迷惑なんかじゃないよ」

古鷹は優しく背中をさすってくれた。

古鷹「青葉は心配性すぎるだけなんだよね。普段飄々としてる反動が一気に来ちゃうだけなの」

古鷹「それにね、青葉が私をそんなに想ってくれる事はすごい嬉しいんだよ」

天使は微笑む。

青葉「でもっ...私は古鷹さんに甘えてばっかで...」

青葉「これじゃいつまで経ってもっ...」

古鷹「気にしないでよ、そんな事」

古鷹が青葉の言葉を遮るように口を開く。

古鷹「私はいつまでも青葉の隣にいるよ」

古鷹「だから、「いつか」でいいじゃない。ずっと待ってるからさ」

彼女は優しく、そう言い切るのだった。


青葉は本音ではそれに従いたくはなかった。

古鷹への依存を正当化したくはない。
彼女の優しさに甘え続けるなど、あってはならない。

罪を背負っているのはこの私なのだから。

それでも、結局はそうするしかないのかもしれない。

頭の中にしつこく湧き起こるものを消す事はできないのだ。
それは影のように常に追ってくる。
考えないように意識するほど、それを考えてしまう。

私は罪からは逃れられないし、逃げてはいけないのである。

そして私は...未だにそれらを受容できないでいる。
逆に私がそれらに呑まれてしまっているのである。


青葉「今でも...古鷹さんが中破や大破したりすると息が止まりそうになります」

古鷹「...うん」

青葉「お願いです...無事に作戦を終えてください...」

青葉「私では何も力になれません...行っても逆に迷惑をかけてしまいます...」

青葉「だから祈る事しか出来ないんです」

そう訴えるように言うのだった。

古鷹「...青葉達が前哨戦で敵を減らしてくれれば、その分だけ私達攻略部隊も楽になる」

古鷹「だからさ、そんなに卑下しないでよ。青葉の頑張りはちゃんとみんなの役に立つんだから」

優しい言葉が耳に染み渡る。

古鷹「それに何度も言ってるじゃない。私は青葉が居るから頑張れるんだよ」

古鷹「青葉が居てくれるだけで...私は嬉しいから...」

古鷹はそう言って青葉を抱きしめた。

今日も青葉は天使の救いに包み込まれるのである。

古鷹「ほら、青葉。もう寝よう」

青葉を抱きしめたまま、古鷹が優しく言う。

古鷹「早速明日から大規模作戦に向けての演習が始まるでしょ?」

古鷹「ちゃんと眠って、明日に備えなきゃ」

青葉「そうですね...」

古鷹「青葉が眠るまで手繋いでであげるからね」

そう言うと古鷹は青葉の後ろに回していた手を解いて、再び微笑みながら青葉を見つめた。

古鷹の綺麗な金色の左目が、涙で濡れた青葉の顔を照らした。


この眼差しはなんて綺麗で残酷なんだろう。

青葉はそう思うのだった。


---


あぁ、またこれだ・・・


暗闇の中を、僕は仲間達と進んでいた。

しばらく進んでいると、僕達は敵と交戦することになった。

もうこのシーンにはうんざりだ。


「扶桑...!魚雷が来てる!」

結果を知っている僕は、扶桑に向かって叫んだ。

・・・それでもやっぱり魚雷は扶桑に当たってしまう。
扶桑はまた脱落だ。

そしてこれだけでは済まない。

「満潮っ!」

「朝雲っ!山雲っ!」

あっという間に敵の熾烈な砲撃で僕以外の駆逐艦仲間は全滅する。

そして次は・・・

お願いだ、沈まないで。

そう言おうとすぐ近くの旗艦を見た。

しかしその艦は、何故か不敵な笑みをこちらに見せていたのだ。

「じゃあ、貴方が沈めば?」

その言葉に僕の思考は固まってしまう。

・・・僕にとっては不思議な事ではないのだが、その場の僕にとってはまるで意味が分からないのである。

「私を不幸にさせるこんな艦隊、邪魔でしかないわ」

そう言ったその人は、主砲を最上に向けていた。

・・・は?

まさか・・・やめろっ・・・!


その場の僕の願いは届かず、最上は即座に炎上する。

味方に・・・いや、たった今敵になった者によって、最上は一瞬で沈められた。


・・・思い出した・・・こいつは・・・!
許さない・・・絶対に許さない・・・!

そしてようやく僕が、そこにいる僕に同化するのである。

こうして驚きが憎しみに変わった時、既にソイツは僕に主砲を向けていた。

「さようなら、時雨。アンタらとの関係を終わらせられるなんて...幸福だわ」

そう言って、アイツは僕を撃った。

激しい怒りに支配されながら僕は沈んでいく。
それでも僕は不思議とある種の安らぎを得ていた。

・・・むしろこれでいいのだ。

そうとすら思っている。


ただ、絆を引き裂き仲間を捨てて喜ぶお前だけは・・・絶対に許さない。
本当の仲間たちと共に、お前を全否定してみせる・・・!


こうして時雨は目の前の戦艦への憎悪を抱きながら、深淵な世界に優しく包み込まれていくのであった・・・


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12月16日 朝



目覚まし時計の音が聞こえる。

目は開いたが意識まではまだ微睡みから離れない。

この心地よい安息とお別れするのはなかなか気が進まない。


夕立「時雨~!村雨~!起きるっぽ~いっ!」

しかし結局は犬みたいにいつも元気な姉妹艦によって強制的に起こされるのである。

時雨「ふわぁ...おはよう...」

村雨「夕立は朝から元気ねー...。一番に起きたみたいだし...」

時雨と共にたった今起きたばかりの村雨もまだ眠そうである。

白露「むむっ、いっちばーんは私!」

既に起きて顔を洗っていた白露が洗面所から顔を覗かせていた。

時雨「はは...そんな所まで競わなくても...」

いつも通り姉妹艦は朝から賑やかだ。

ふと、今日はよく眠れたなぁと思う。
昨日の事があったから、尚更それは意外であった。

夢の内容はあまり覚えてないが、嫌な夢では無かったのだろう。

・・・でも何か僕は夢の中で怒ってた気もするのだが。

時雨は嬉しい誤算に安堵しつつ、パジャマから制服に着替える。


村雨「そういえば今日から2人とも...あの艦隊ね...」

村雨が遠慮がちにそう言った。

夕立「...クズ戦艦と同じかぁ」

時雨「提督も酷いよね。まさかわざわざアイツ入れた西村艦隊組むなんて思わなかったよ」

村雨「しかもよりによって旗艦だなんてね」

昨日のブリーフィングにてついに大規模作戦の詳細の発表があった。

それによると作戦では前哨部隊と攻略部隊に分け、攻略部隊は3つの部隊で構成するとのことである。

その攻略部隊の第3隊の旗艦が山城で、メンバーが西村艦隊組(扶桑、最上、満潮、時雨)と夕立という構成なのである。

この発表が全艦娘にとてつもない緊張感を与えた事は言うまでもない。

白露「いい?時雨も夕立も、また昨日みたいに何か突っかかってこられたらお姉ちゃんに教えるんだよ?」

いつの間にか顔を洗い終えた白露が会話に参加してきた。

実は昨日のブリーフィング直後に早速、山城とそれ以外のメンバーで口論になっていたのだ。
当然そのような事は容易に想定できたし、誰も驚きはしていなかった。

そしてその際に、山城はまたも腹立たしい言葉を執拗に使ってきたのである。

白露が指しているのはこの事であった。

夕立「大丈夫っぽい!逆に西村艦隊には不幸戦艦の味方なんて誰も居ないっぽい!」

時雨「そうだね。提督には悪いけど...アイツには絶対に容赦するもんか...!」


提督は昨日、あまりに危険なこのメンバーを発表した際に、こう付け加えるように説いた。




提督「私は皆お互い仲良くしろと強制するつもりはない。だから今まで一切口出しをしてこなかった」

提督「だが今やここは、非常に危険な海域の敵を殲滅させる任務まで任されるほどの鎮守府に成長した」

提督「こうなると艦隊全体の雰囲気に関わる不仲は、もはや見過ごせないレベルであると捉えるしかない」

提督「仲良しになれとは言わない。だが艦隊の戦術の幅を広める為にも、作戦を共に遂行するに相応しい仲にはなって欲しい」

提督「それと当事者達が1番よく分かっていると思うが...この作戦でわざわざ西村艦隊を編成する理由はもう1つある。言わずとも伝わるはずだ」

提督「だからどうか、お互い不満はあるだろうが、他でもないこのメンバーで海域攻略に貢献して欲しい」

提督「それがきっと、君達全員が望む結果をもたらすと私は信じている」


提督の望みはもっともだし、言わんとする事も分かった。

だが、それでもアイツへの嫌悪をどこかに置いておけるわけではない。

そもそも提督が問題に感じている不仲だって、絆を大事にして結束を固めてきた私達を馬鹿にしてぶち壊したアイツのせいなのだ。
アイツが存在しなければ最初からこんな事は起こっていないのに。

今更になって、まるで喧嘩両成敗のような言いぶりをする提督に、時雨は少し不満を感じたのであった。


時雨「まぁ第3隊の編成については...思う事はあるけど...古参勢が会議で認めたって事だし受け入れるよ」

時雨「だけどアイツについてだけは...絶対に許さない...!」

時雨「アイツは仲間じゃない...!クズ戦艦の手なんか借りずに私達で攻略してやる...!」

今日は始業の直後から、早速大規模作戦に向けた部隊ごとの集まりがある。

もちろんこういう時も自ずと部隊の旗艦がリーダーのような役割を担うため、時雨はもう既に気分が良くなかった。

あんな奴に指図されたくない。
あんな奴より下の立場でいたくない。
あんな奴が旗艦だなんて、書類上では認めてやるが僕達は絶対に認めない。

そう強く思うのである。

時雨「僕達だけの力で作戦を成功させて...アイツの居場所を無くしてやる...!」

今にも溢れ返りそうな強い憎しみを胸に、時雨は第3隊の初ミーティングを待ち構えるのであった。




9:00 中庭


山城「集まってくれて嬉しいわ。昨日あれだけ煽っておいたかいがあったわね」

満潮「......チッ...」

最上「独り言はいいから早く始めてくれない?こっちは顔も見たくないんだからさ」

時雨「全くその通りだね」

攻略部隊第3隊は中庭でミーティングを始めようとしていた。

ボイコットすらありえるこのメンバー構成のため、そもそもこのミィーティングは開催する事すら一苦労である。

そういう理由からなのだろう。
山城とメンバー達が昨日口論になった発端も、山城が「あんたら群れるしか能が無い烏合の衆はボイコットとかしちゃうのかしら。勘弁ね」と煽ってきた事だった。

実際それは時雨達も考えていた事であったから、そのような煽りを受けなかったらわざわざミーティングになんて来なかったかもしれない。


挑発に乗るのは癪だが、あえて乗ってこの場で改めて自分達の立場をはっきりさせておこう。

そうメンバー達で決めて、嫌々ながらもきちんと集まる事にしたのであった。

山城「じゃあミーティング始めるけど、まず最初に言っておくわ」

山城のその言葉に一同がさらに身構えた。

山城「アンタらが私を旗艦として認めたくないのは分かるけど...残念ながら実力と経験からして私しか無理ね」

山城「そういうわけだから、諦めて私の言う事は絶対聞いてもらうわ」

山城は冷たい口調で宣言した。

夕立「でも旗艦に相応しい人柄じゃないっぽい!」

満潮「......フフッ...夕立...w」

夕立が繰り出した鮮やかな横槍に満潮が噴き出す。

山城「はぁ。作戦の旗艦に人柄もクソもないでしょう。みんなが強いなら人柄で選べばいいけど、アンタらは雑魚なんだから」

対する山城は表情を一切変えずにあしらってみせた。

このメンバーの半数はだいぶ昔からいるというのに、その彼女達すら山城は“雑魚”呼ばわり出来てしまうのである。
・・・だがそれは認めたくなくても事実ではある。

最上「...ウザイなぁ...」

早くも皆の表情が怒りに支配された。

山城「まぁだから私の言う事は絶対に守ってもらうわ」

山城「あとそれは作戦時だけじゃなくて、今日からの作戦準備期間中の第3隊に関わること全てについてよ」

山城「訓練メニューとかについてもだから、アンタらがみんなでのんびりできる日は基本来ないと思いなさい」

時雨「は?」

あまりに高飛車な要求に無意識的に声が出た。

扶桑「...どうして?...何様のつもりなの?」

山城「姉様に命令するのは心苦しいのですが...生憎と戦力に不安がある者ばかりですので...」

時雨「...ッ!」

時雨は山城を睨みつける。
だが山城はまるで動じない。

山城「アンタらは弱いんだから、大規模作戦までになんとか強くしないと駄目なのよ」

山城「なのに口にするのは仲間だの絆だの...。こんな奴らに訓練委ねてたら成功する作戦も上手くいかないわ」

最上「...っ、仲間がいないお前には分かんないだろうね」

沸き起こる怒りを抑えて最上がすかさず嫌味で返す。

山城「別に仲間を大切にしている人全員に言ってるわけじゃないわ。金剛とかにこんな事を言ったりしないもの」

山城「ただアンタらは、実力が無いくせにそういう実体の無いものにばかりすがろうとするから言ってるだけ」

山城「この鎮守府の最高戦力組ですらしっかり調整しとかないと危ない海域なのよ?そこんとこ分かってんの?」

満潮「...アンタに言われなくても分かってんだけど!?」

満潮が怒気をはらんで言い返す。
一方の山城はやはり冷静なままだ。

山城「分かってないから「旗艦の人柄が~」とか言い出すんでしょ。和気藹々と深海棲艦相手に何するの?おままごとかしら?」

夕立「ッ...!」

先程の煽りをまんまと返されて夕立も苛立ちがピークになる。

山城「...そうね、アンタも頑張れば改二が間に合うから“使える雑魚”くらいにはなるわ。まずはさっさと改二を目指すことね」

山城は満潮の方を冷酷な目で見つめながら言った。

山城「時雨は改二は間違いないけど練度が問題ね。ただでさえ脆い艦種の3人の中で、アンタが1番練度低くて幸運頼りの雑魚だし」

続いて時雨の方を向き暴言を吐いた。

山城「最上、夕立は...まぁ練度はそこそこだけど...相変わらず周りが見えない雑魚ね。艦隊運動スキルを何とかしなさい」

その次は最上と夕立。

山城の一人一人に対する批評もどきの暴言に、全員の怒りが限界まで到達する。

そこで爆発するのを止めるものは、やはり山城に実力では勝てないという事実なのであろうか。

どんなに熾烈に反発してみせても、どうしても負け犬の遠吠えになってしまうのだ。
つくづく山城が最古参勢で最高練度を保持する事が憎たらしい。

山城「姉様は改二に間に合わせるのは難しいかもしれませんが...姉様なら大丈夫です!全力でフォローします!」

扶桑「...不快だから馴れ馴れしく呼ばないでもらえる?」

扶桑の嫌そうな顔をみて、山城はバツが悪そうにすぐに目を逸らした。

だがこうして出来あがった最悪の場の雰囲気を気にする事なく、山城は話を続ける。

山城「ちなみにこの事は既に提督に了承を得てるわ。気になるなら確認してみなさい」

満潮「...あのクソっ...!」

山城「彼も渋ったんだけど、それくらいの特権貰わないと統制出来ないと言ったら認めてくれたわ」

山城「そこで意地でも編成を変えないあたり、提督もアンタらみたいに絆とか大事にしてるみたいね」

山城「...まぁそんなものにこだわるなんて馬鹿だとしか思わないけど。」

・・・コイツは分かっててわざと煽ってくる。
本当に腹立たしい。

こんな言動・・・許すものか!
黙っていられるわけがない・・・!

時雨「お前っ...」

時雨にとっての禁句を出され、ついに爆発する。

山城「その代わり」

しかし、即座に時雨を遮るように山城が言葉を挟んだ。

山城「...その代わり、アンタらの命だけは保証するわ」

山城「私の言う事を絶対に聞くなら、どんな状況に陥っても必ずアンタら全員を生還させる」

山城「それだけは...約束するわ」

山城は力強くそう言った。

夕立「...こんな奴の力借りなくてもっ!」

夕立は強がるようにそう言う。


だが少なくても時雨においては、どうしても不安が拭えなかったのは事実である。

・・・アイツの力を借りるものか、とあれほど強く決意していてもである。

昨日のブリーフィングでも、真っ先に思い浮かんだ事は憎しみではなく不安だったのだ。

夕立は別だが・・・それは他のメンバーも同じではないだろうか。


最上「...」

満潮「.......クソっ...。」

少しの間、今までヒートアップしていた場に静寂がもたらされる。

扶桑「...そんなに自信があるのかしら?」

やがて扶桑が沈黙を破って尋ねた。


山城「不幸を散々経験してますから。良くない事が起こりそうな時はたいてい予測できます」

山城「案外、不幸艦だからこそ最悪を避ける能力には恵まれたのかもしれません」

山城は自身を皮肉るように笑ってそう言った。

扶桑はそれを聞いて少し考え込んだ。

そして・・・

扶桑「そう...。分かったわ」

沈黙を維持している他のメンバー達を軽く一瞥して、扶桑はついに決断した。

扶桑「じゃあ私はそれでいいわ。条件は飲みましょう」

夕立「扶桑さん!?」

最上「扶桑...」

扶桑「そこまで言うならいいじゃない。それに、指示に従いさえすれば何言ってもいいでしょう?」

山城「ええ、別に文句は気にしません。それに姉様達を奴隷のように扱おうというわけでもありませんし」

扶桑「こう言ってるし、どうかしら。正直私は作戦に不安もあるし、経験のある人の指示通り動く事はどのみち必要になるわ」

満潮「でもっ...!」

明らかな不満そうな満潮の肩にそっと手を置きながら扶桑は話を続ける。

扶桑「それでも、私達の絆は変わらないわ。西村艦隊4人と、そして夕立ちゃんと。」

扶桑「この5人でお互いに助け合って、大事にしあって、この作戦を乗り越えましょう」

その言葉は時雨の心にすんなりと入ってきた。

そして他の西村艦隊メンバーや夕立も、それは同じのようだった。

最上「そうだね...確かにボク達が仲間な事は変わらないもんね」

満潮「それもそうね。別に悪口言うなってわけじゃないんだし」

夕立「夕立も仲間に入れてくれて嬉しいっぽい!」


・・・嫌いな相手ともビジネスの都合で交流しなくてはならない場合がある。
今回はまさにそのようなケースだ。

まぁ提督が望む程のレベルでは無理だが、合理的な指示だというならアイツの指示も聞いてやっていいだろう。

それは僕達の絆がアイツに屈する事を意味するわけではないのだから。

時雨「うん。僕も扶桑やみんながいいなら同意するよ」

扶桑「決まりね...。じゃあそういう事で、指示に従うっていうのは妥協してあげるわ」

山城「姉様は理解が早くて助かります」

扶桑「その代わり...そっちも何言われてもいい覚悟は持っておくことね。まぁ、そんなの慣れっこでしょうけど」

扶桑は山城を睨みつけていた。

山城「...そうですね。慣れっこですから、構わないですよ」

独特な張り詰めた空気が場を支配した。


こうして第3隊は名実ともに山城が指揮をする事が改めて決まった。

憎悪を取り除く事なく結成されたその因縁の艦隊に未来はあるのか。

それは神のみぞ知る事である。

今回はここまでです
令和も頑張っていきたいものです

時雨お誕生日おめでとう!!!

ちょっとしたら少しだけ投下します

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12月19日 12:30 食堂


陽炎「うわっ...ペイントだらけじゃない...」

山城から昼休憩を貰った第3隊の5人は食堂に来ていた。
そして長机の一角にスペースを見つけ座ると、すぐ横に座っていた陽炎から声をかけられた。

時雨「これでもかなり落としてきた方なんだけどね」

夕立「どうせ午後もまた汚れるっぽい」

陽炎「たしかにそれだとちゃんと洗い落とす気にもならないわね...」

不知火「食堂に来る度に見ますから、この光景も慣れてきましたね」

陽炎の向かいに座る不知火が口を挟む。

満潮「......ほんっと最悪よ...」

夕立「でも夕立は5人で遊んでるみたいな気もして少し楽しいっぽい!」

最上「夕立は元気だなぁ...」

扶桑「そうね...」

第3隊の発足から5日目。
山城が指揮する訓練は過酷なものだっ
た。

まず第3隊は山城の方針で、海域への出撃による連携の確認といった事を一切やっていない。
なぜなら、山城曰く「雑魚同士で連携しても所詮雑魚の次元は越えられない」からである。

その代わりに彼女が行う訓練は、メンバーを1対5に分けてひたすら“1”の方を5人がかりの砲撃でいじめ抜くという、前代未聞のものだった。
ちなみに山城は最高練度を根拠に、自ら“1”をやる事は無い。

訓練ではペイント弾を使うため、轟沈判定以降も物理的には演習を続行できる。
山城はその性質をいわば悪用している。

つまり“1”に選ばれた者は山城が満足するまで残り5人の容赦ない砲撃に曝され続けるしかない。

たとえ全身がペイントで埋めつくされたとしても、それは訓練終了を意味しないのである。

そしてもちろん、諦めて回避運動や反撃を試みなかったり攻撃側が手を少しでも緩めると、必ず山城が口汚く罵ったり煽る。

その度に皆は当然怒りを露わにするが、ありったけの罵倒を吐きながら何とか精神を保つのである。


また他の部隊との演習も毎日、それも相手の都合がつく限り複数回行う。

山城が相手として選ぶのは専ら同じ作戦攻略部隊である第1隊と第2隊である。
両方とも戦力としては第3隊の格上であり、戦っても確実に負ける。
実際にこの4日間はしっかり全敗している。
山城は勝負にならないことを知っていながら演習を組むのだ。

ここで付け加えるべきは、5人は決して負け戦を強いられるのが嫌なわけではない事である。

何が腹立たしいかと言えば山城が、この必然の敗北を引用してやはり散々に罵る事なのだ。

つまり5人からしてみれば山城は自分達を罵倒するためだけに演習を組んでいるように思えて、それが余計に憎悪を深めるのである。

そしてこれらのハードな訓練を1日の活動時間に容赦なく過密に詰め込んでいる。
昼休憩を除けば、毎日朝から晩まで訓練漬けである。

さらに恐ろしい事に、もう少ししたら山城はこのメニューに加えて夜戦訓練も実施するつもりらしい。

「鬼の山城」

まさにその言葉が相応しかった。


だがそんな過酷な訓練を、よりにもよって世界一憎んでいる奴の指示によって受けているにもかかわらず、5人は山城へ一応は従っている。

それには理由があった。

不知火「まぁあの戦艦に指導されるのは私も嫌ですが...正直ここまで練度が上がるなら不知火も参加したいですよ」

陽炎「ペイントまみれは嫌だけど...ちょっと分かるわ」

時雨「...」

時雨はバツが悪そうな顔をして沈黙している。

扶桑「まさか満潮の改二も今月以内に出来そうなんてね...」

満潮「……」

満潮もやはり気まずく沈黙する。

最上「そういう扶桑も...このペースなら改二もありえなくなさそうじゃないか」

扶桑「私も早くみんなに追いつきたいわ」

そう言って彼女は柔和な笑みを見せた。


・・・そうである。山城の鬼の訓練は、信じられない程に第3隊の練度を引き上げていたのだ。

山城の独裁体制が始動した日の夜には早くも時雨の体が光りだした。
即座に2次改装可能の報告を受けた提督も、まさかここまで早いとは思っていなかったようで大変驚いていた。

また当初は作戦にギリギリ間に合うかどうかくらいに見積もられた満潮も、ここ数日での練度の上がり方を見るに、あと1週間程で改二要求練度に到達しそうである。

これ程の過酷な訓練をしているのだから当然であると思う一方で、山城が言うだけの成果を出してみせた点については認めないわけにはいかなかった。

くわえて意外にも山城は、訓練中は扶桑に対して1番容赦なかった。

もちろん扶桑にだけ態度や言動が特別な点は変わらないのだが、訓練の内容で言えば逆に扶桑を徹底的に砲撃し1日に何度も5人で彼女をいじめ抜いている。

それは言うまでもなく、着任が大きく遅れメンバー内で1番練度が低い彼女を大規模作戦レベルに引き上げるためであろう。

山城は私情に左右されず、あくまで練度と戦力の向上という目的に忠実なようだ。

そうなるといよいよ、指導理論においては山城に逆らう妥当性が見つからないのである。

これこそが5人が溢れんばかりの憎しみや怒りを抑えながらも山城の指示を聞く理由に他ならない。

陽炎「でもやっぱりストレスが尋常じゃなさそうね...。訓練内容もそうだけど、アイツに指揮されるってのが。」

夕立「そう!ほんとに嫌過ぎて吐き気がするの!」

露骨に嫌そうな顔をしながら言った陽炎の言葉に、待ってましたと言わんばかりに夕立が激しく肯定する。

最上「特に昨日今日は一段とクズだしね」

満潮「何で機嫌悪いのか知らないけど突っかかってこないでほしいわっ!顔見るだけで腹立つってのに...!」

最上の付け加えた言葉に呼応するように満潮が怒る。

不知火「一段とクズ...。それは精神衛生に良くないですね...」

扶桑「あまり相手にしちゃ駄目よ?やり返すだけ無駄なんだから」

夕立「そうは言ってもやられっぱなしはムカつくっぽい...!あのクズ、また時雨を...!」

時雨「...まぁ別にアイツが僕にどうこう言うのは気にしてないさ」

興奮している夕立を制するように時雨が口を開く。

時雨「何度も言うけど、僕が許せないのはアイツが絆を踏み躙る事なんだ」

時雨「アイツは、僕の大切な昔の仲間との記憶全てを馬鹿にしてっ...!」

時雨「そしてまたこうやって出会えた仲間たちとの絆までぶち壊そうとするんだ...!」

時雨「僕達全員、今度は完全な意思を持って生まれた艦娘としての存在を、アイツは嘲笑ってる...!そんなの許さないっ...!!」

満潮「ええ、そうよ!あんな奴っ!」

夕立「練度上がるからって我慢してあげたけど、午後はアイツに何かしといた方がいいかなぁ」

駆逐艦3人は瞬く間に憎しみに支配された。
・・・何か行動として、山城に報復を画策しそうな雰囲気になりつつある。

最上「...みんな、せっかくのお昼が不味くなるよ」

扶桑「とにかく落ち着きなさい。私だって腹は立つけど...せっかくの5人の団欒を壊したくないわ」

危険な雰囲気を2人がひとまず抑えた。

扶桑「他の人にも迷惑だから、ね?」

そう言いながら扶桑は隣を見遣る。

不知火「あ、いえ。お気遣いなく」

陽炎「私だって聞いてるだけで怒りが湧くもの」

最上「ごめんね、2人とも」

最上は苦い顔で陽炎と不知火に謝った。

最上「まぁアイツが機嫌悪くなってやたら暴言吐いてくるのも、いつもだいたい1日か2日で終わるし」

最上「明日にはマシなレベルに戻るでしょ。...嫌味とか罵ってくるってのは変わらないだろうけど」

扶桑「最上の言う通りよ。この間食堂で言った事が守られないのは腹立たしいけど...。わざわざ相手して余計なエネルギーを使うことはないわ」

扶桑「ムカつくのは元からでしょう。だからいつも以上に暴言を吐いてきても、憎むだけに留めて無視しておきなさい」

夕立「むぅぅ...分かったっぽい...」

満潮「扶桑がそう言うならそうするわよ...」

扶桑と最上のおかげで何とか楽しい昼休みの時間を取り戻せそうだ。

最上「...そんなことより楽しい話をしようよ!もうクリスマスまで1週間切ったよね!」

最上が話題を明るい方へ持っていく。
その言葉で皆の顔が和らいだ。

時雨「...ふふっ、そうだね。確かに楽しい事を考えた方がいいな」

時雨「みんなでクリスマスパーティーとかしようか」

夕立「素敵なパーティーしたいっぽい!!」

こうして彼女らの卓は、その後は楽しそうな声で包まれたのであった。




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守らなきゃ・・・
また自分が残ったんだから・・・

傍には空母が居る。

絶対に、護らなきゃ・・・
そう強く思いながら海を走る。



だがその想いも砕かれるのだった。

数本の魚雷の発射音が、脳に大きく響いた気がした。

避けて・・・。お願いだから・・・。


そう願っても、隣の空母は大きな水飛沫を上げながら被弾する。


そして・・・
ついにその空母は沈んでいく。


どうして・・・!

どうしてこんな目に遭わなければならないの・・・?

こんなの理不尽じゃないか・・・!


涙がひたすらに流れる。

これこそが・・・不幸じゃないか・・・!

心の内でそう叫んでいた。

そして自身の運を憎みながら、恨めしく敵潜水艦が逃げたと思われる方へ目をやった。


・・・するとそこに居たのは、どういうわけかアイツだった。

居るはずのない、アイツだったのだ。

彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


そうか、コイツのせいなのか・・・

コイツは許してはいけない奴だった・・・!

コイツは仲間なんかじゃないんだった・・・!


何の疑問を持つ事なく、憎しみが瞬く間に湧き起こった。

その憎しみはどこか心地よいものだった。

・・・そんな心地よい闇に呑まれつつ、またいつも通りの深淵な世界に誘われるのであった。

今回はここまでです

昨日が時雨の進水日!

当初の予定ではそもそもとっくに完結してる予定でしたが、終わらないと分かってからはこの日をデッドラインにしてました

そしたら・・・余裕で間に合いませんでした

ほんとに遅筆ですみません
エタる事はしないので気長にお付き合い頂ければと思います

長らく更新が出来てなくて申し訳ない次第です
月曜日くらいに続きを投下出来れば...と思ってます

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やはりそうだ・・・

眠っている彼女は雨に濡れていた。

・・・きっと私は雨を止ませる事は出来ない。
濡れた彼女の顔を拭いてやるくらいしか出来ないのだ。

それでも彼女ならきっと大丈夫だと思いたい。

雨は・・・いつか止むはずなのだから・・・



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山城「時雨...おはよう」

今しがた目を覚ましたルームメイトに声をかける。

時雨「......おはよう、山城!」

目を開いた直後も暫し夢現としていた時雨だったが、やがてにこやかに挨拶を返した。

時雨といえば、この笑顔なのである。

山城「...よく眠れた?」

時雨「...うん、ぐっすりさ!今日も訓練頑張れそうだよ」

時雨は明るい表情でそう言うのだった。

山城「そう...良かったわ。それじゃ時間にあまり余裕無いし、支度してすぐに朝食よ」

時雨「うん」

窓からは綺麗に晴れた青空が見える。
そして同時に、海の上に存在を主張する白く大きな入道雲が真夏らしさを強調していた。


時雨が着任して、6日目の朝だった。



時雨「今日は山城の予定はどんな感じなんだい?」

時雨「僕の午前の訓練には付き添ってくれるみたいだけど...」

身支度を済ませた2人は朝食を取りに、食堂を目指して廊下を並んで歩いていた。

山城のすぐ隣の場所は、すっかり時雨の定位置になりつつある。

山城「午前はそうよ。午後はまず昼食後に古鷹と一緒に執務室に行くから...その後はアンタの午後の訓練が終わるまで図書室にでも行こうかしらね」

時雨「古鷹さんと執務室か...また作戦会議とかあるのかい?」

山城「...そんなとこよ。これからこの鎮守府もどんどん戦力拡張していくから、運営会議とかも増えていきそうだわ」

時雨「やっぱり山城は凄いなぁ...うちでトップクラスの練度で、提督からも頼られて、艦隊運営に携わるなんて」

時雨は敬愛の眼差しを向けていた。
・・・その眼差しを照れくさくも素直に受け取る、なんて心持ちには到底なれなかった。

山城「ねぇ、時雨...」

時雨「何だい?」

山城「鎮守府生活にはそろそろ慣れたかしら?」

山城はすぐ隣を歩く少女に尋ねた。

時雨「うん、みんな優しくしてくれるからね」

時雨「それに山城が指導艦だもん」

時雨は明るい笑顔を見せる。
それは心の底からの、純度100%の喜びだった。

気付けば山城は歩くスピードを落とし、時雨の頭を撫で回していた。

時雨「どうもこれには慣れないけど、嬉しいな...//」

彼女は恥ずかしそうに顔を綻ばせた。

山城「それじゃあ...艦娘としてのは自分には慣れたかしら?」

山城はそう言うと同時に、撫で回す手をその頭から離した。

時雨「...うん、ちょっとずつだけどね」

少しだけ彼女の表情が曇る。
2人の歩むスピードはまた一段と遅くなった。

時雨「まだ艤装を上手く使えないけど...早くみんなを守れるくらいになりたいな」

時雨「艦娘になっても...また山城の横に立ちたいんだ」

彼女には明らかに苦悩が垣間見える。

それでも強くあろうとする決意を乗せて、やはり時雨はにこやかな表情をするのであった。

山城「...あまり焦らない事ね。艦娘になってすぐのうちは、どうしても慣れなくて安定しないものだから」

山城「...色々な事でね。」

漠然とした、それでも最適なアドバイスを彼女に贈る。

時雨「そう言ってもらえると安心するよ」

苦そうな笑みで彼女は山城のフォローを受け取る。

山城はもどかしくて仕方がなかった。

だが、他人の悩みに寄り添うという事はそれだけ大変であると気づいたのだ。

私がこの子を、早く他の子達と同じようにしてあげなくてはいけない。
それが自分の役目なのだから・・・。

山城「私はアンタの指導艦なんだから...何でも相談しなさい」

山城「私が出来る範囲でだけど、助けになるわ」

ありきたりな言葉で時雨を励ましてやる。
もどかしくも、それが最適なのだ。

時雨「山城は...優しいよね」

山城「...別に普通よ」

山城は目の前の少女の瞳から、霞んだ光を感じ取った。

・・・きっと時雨は私の胸中を察している気なのだ。

時雨「ううん、山城はいつも僕に気を遣ってくれる」

山城「そりゃあ、一応アンタのお世話係みたいなもんだしね」

時雨「...僕の心情を読み取って...いつも寄り添おうとしてくれるじゃないか」

時雨は、困り顔に笑顔を上塗りしたような、そんな顔をしていた。

山城「大袈裟ね、誰だって新人にはこれくらいするわよ」

時雨は物事を重く考えすぎなのだと思う。
それは良くも悪くも彼女の大事な特徴であった。
きっと本能がそうさせているのだろう。

時雨「でも金剛さんだって言ってたよ、ほんとに山城は洞察力がすごいって。」

彼女はちゃっかり、山城と同室だった経験を唯一持つ艦娘から色々と話を聞いているようだ。

金剛の事だから、多少オーバー気味な山城像を時雨に吹き込んでいるに違いない。

変に掘り下げられると自分はくすぐったくて堪らなくなってしまうだろうし、そして何より警戒される要素の存在は隠しておきたかったから、とりあえずその話題は受け流す事にした。

山城「はぁ...アンタはね、甘え下手なのよ」

山城「だからこっちは気遣わずにいられないの。私だけが特別気にかけてるとかではないわ」

時雨「そんなにかい...?」

今の時雨の心情が何となく読める。

きっと彼女には複雑な安堵が少しだけもたらされたはずだ。

山城「...ええ、そんなになのよ。アンタってすぐに独りで抱え込みそうだからね」

時雨「そんなことは...」

山城「とにかく、甘えられるところでは駆逐艦らしく甘えときなさい。アンタだって所詮はガキなんだから。」

どうにもこういう事は不器用な私には向かない。
それでも、この子のためにも少しでも励ませたらと願う。

時雨「...僕はむしろ甘えてるよ」

時雨「みんなより上達が遅いのに、それを分かってるのに...それでもちっとも良くならないんだ」

時雨「僕は今度こそ昔の仲間達を守るって決心したくせに、結局みんなに助けてもらってばっかで...甘えてるんだ...」

もはやいつもの笑顔も彼女からは消え去りつつあった。

山城「あのね...何回か言ってきたけど、時雨は艦時代だとかの今までの事にばっか目を向けすぎなのよ」

山城「それも大事かもしれないけど、それ以上に前を向くべきだわ」

時雨「前を向く...か...」

時雨にはなかなか言葉が浸透しない。

だから必要なのは、彼女の思考を踏襲しながら、こちらのメッセージを染み込ませる事なのだ。

山城「練度って確かに重要よ。これが十分にあれば、自ずと状況把握も連携行動も上手くなる」

山城「精神状態ですら、練度とともに強くなっていく傾向がある」

時雨がピクっと反応する。

山城「でもね、周りのサポートありきでも、ちゃんと練度は少しずつでも上がっていくわ」

山城「今のところ進捗が芳しくないってだけで、時雨も行き着くゴールは皆と同じなのだから...そんなに不安にならなくていいのよ」

時雨「そうなのかな...」

山城「だってそうでしょ、今は未熟でも...半年くらい経てばきっとそれなりの戦力にはなってるはずだと思えないかしら?」

時雨「そりゃ半年も経てば練度も上がってマシになってるとは思うけど...」

山城「じゃあそれでいいじゃない」

食い気味の返答に時雨は少しだけ驚いた顔をした。

山城「時雨は...そうね、桜が咲く頃になってようやく自分の才能も開花する、とでも思っとけばいいのよ」

山城「その頃にはきっと強くなってるはずだから」

時雨「うん...」

山城「ほら、だから前を見なさい。楽しい事を考えるのよ」

山城「私はそういうキャラじゃないけど...アンタにはそっちの方が似合うわ」

そう言って時雨の頭に手を置いた。

山城「皆、去年の桜がどうだったかなんて興味ないでしょ」

山城「ただただ、今年はどう咲くかって事に期待をふくらませてるのだから」

そう言葉を続けて彼女を軽く撫でてやってから、山城は歩き始める。

山城「...さてと、さっさと朝食に行くわよ」

こんな言葉で、彼女の心を完全な快晴に出来るとは思わない。
・・・彼女はそういう子だから。

それでも、少しでも憂鬱な雲を取り除けたならば嬉しい。

時雨「...うん。そうだよね...!」

少しの間の後、ついには時雨も早足で歩きだし山城の隣に再び並んだのだった。

時雨「不安はあるけど...きっと桜が満開になる頃には山城を助けれるくらいになっていてみせるよ!」

時雨「その時には山城の横を僕が守ってて...その...山城とお花見してたいな...!」

少し恥ずかしそうな顔をしながら、時雨はそう遠くはない未来を語った。

彼女の輝く顔に、少し希望が見て取れた。

時雨「山城は...紅葉のイメージだったけど...桜も似合いそうだね」

その言葉に思わず照れてしまった私の頬は、紅葉色だろうか、それとも桜色だろうか。

こうやって少しでも彼女に寄り添っていければ、と改めて思った。

山城「ふふっ...楽しい未来を考えれば、一見終わりの無さそうな苦境だって克服できそうに思えるでしょ?」

山城「それで実際に克服出来たら、つまらない事で悩んでたんだ、って思えるようにもなるわ」

山城「...お花見、今から楽しみにしておくわね」

時雨「うんっ!」

時雨「約束だからね!忘れないでよ!」

約束のための指切りをしてきた時雨は、これまでで1番子供らしかった。

・・・そしてそれが彼女があるべき姿だと、山城は強く思うのだった。

宣言通りの日時に続きを投下できないのは仕様なので許してください

信用されなさそうですがエタる事はしないので気長に待って頂ければと思います

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