――拝啓 北条加蓮ちゃん
本当は、「北条加蓮様」って書くところですけれど、いざ書いてみると、すごく変な感じがしたのでやめました。
だから私の、一番好きな呼び方で書こうと思います。
加蓮ちゃん。
初めてカフェでお話した時のこと、覚えていますか?
加蓮ちゃんは、もう忘れちゃった、って言うかもしれませんね。
カフェで最初にお会いした時の加蓮ちゃん、すごく刺々しかったことを、今でも覚えています。
それでいて、助けを求めているような、もっと近くに来てほしいような……。不思議な感じがしていました。
最初は、やらなくちゃいけない、って気持ちだったかもしれないけれど、今は、一緒にいたい、って思うようになりました。
そういえば。加蓮ちゃんは、私のことをほとんど知らなかったけれど、私は加蓮ちゃんのことをいくつか知っていて、加蓮ちゃんが驚いていましたっけ。
あの時と比べて、私のこと、少しは知ってくれましたか?
あれから、いろいろなことがありましたね。
いろいろなことを、お話しましたね。
楽しいことだけじゃなくて、つらいことや、嫌いなこと。
喧嘩しちゃうこともありました。
たくさんの時間を過ごしましたね。
もう、目をつむっていても、あのカフェのことを思い出せるくらいに。
もう、あなたを見なくても、あなたの顔を思い浮かべられるくらいに。
たくさん、たくさん、一緒の時間を過ごしました。
加蓮ちゃん。私は――
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レンアイカフェテラスシリーズ第79話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「そわそわ気分のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「のんびり勝負のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「朝涼みのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「七夕のカフェで」
いつもの約1.9倍の長さとなっております。ごゆっくりお読みください。
――駅のホーム――
<プシュー,ガゴン
北条加蓮「…………」
高森藍子「着きましたっ。加蓮ちゃん、行きますよ」ピョン
加蓮「……………………」
藍子「……行きますよ?」
加蓮「…………もう1駅くらい乗っとかない?」
藍子「乗りませんっ」
加蓮「出たくないー」
藍子「何言ってるんですか。ほら、早く出ないとドア閉まっちゃう~っ」グイグイ
加蓮「わ、こら、引っ張るなって暑ぅ! 外暑すぎでしょこれ! やだー! 私今日は電車の中で過ごす!」
藍子「到着、したら、きっと、クーラーも効いて、涼しい、ですから!」グイグイグイグイ
加蓮「ふんぬぬぬぬ……!」
藍子「わ~っ、発車ベルの音が! 加蓮ちゃん! 加蓮ちゃん!!」
加蓮「ふんぬぅ~~~~~~~!!!」
……。
…………。
――路上――
加蓮「……まぁ藍子に力とか体力で勝てる訳ないか」
藍子「加蓮ちゃんがずっと電車にしがみついちゃうから、手が痛くなっちゃいました……」
加蓮「だってさ、暑くない!? 何この日差し! 最近雨ばっかりだったのに」
藍子「……、」ミアゲル
<ジリジリ...
藍子「……到着するまで、我慢ってことで」
加蓮「はぁ……」
加蓮「……」テクテク
藍子「……」テクテク
<ジリジリ...
加蓮「……」テクテク
藍子「……」テクテク
<ジリジリ...
加蓮「……藍子ー」
藍子「何ですか~……」
加蓮「その麦わら帽子貸してー……」
藍子「やです」
加蓮「えー」
藍子「加蓮ちゃんに貸してあげたら、私の分がなくなっちゃいますっ。私だって、暑いですよ~」
加蓮「予備の帽子とかって無いー? ほら、予備の靴とかいっつも持ってるじゃん。藍子」
藍子「予備の帽子はありませんね。……靴? えっ、靴って……。そんなにいつも持ち歩いている訳ではないですよ?」
加蓮「この前一緒に歩いた時に足痛いー疲れたーって言ったら、さっ、と出してくれたじゃん。私あの時本気で藍子が魔法使いか何かに見えたよ」
藍子「……うふふ。靴の魔法使いのアイコですっ」
加蓮「魔法使いさーん。私に似合う靴を出してー」
藍子「残念です。今は、魔力切れなんです」
加蓮「暑いから?」
藍子「暑いからですね……」
藍子「もうっ。靴はともかく、帽子を持ってきた方がいいですよってメッセージで送ったじゃないですか」
加蓮「てっきり藍子がまた写真を撮りたいのかなって思って……」
加蓮「最近のマイブームのコーデがさ、帽子よりリボンが似合うヤツだから。ほら、これ」サワサワ
藍子「大きなピンクのリボンと、水色のレースシャツ……」ジー
加蓮「合ってる?」
藍子「うんっ。とっても可愛いです♪ でも、加蓮ちゃんにしては珍しいファッションな気が……?」
加蓮「最近周りがみんなキュート系コーデばっかやってるから対抗してみたくて」
藍子「あ~。でも、それなら事務所に行く時にお披露目した方がよかったんじゃ……」
加蓮「みんなの前で着るのはちょっと恥ずかしいっていうかさ。こういうの、着るより着せたい方だし? だけど――」
藍子「流行を無視しちゃうのは、加蓮ちゃんとしては許せないっ。なんて?」
加蓮「まあねー。こういう時藍子はいいよね。いつも通りでスルーできちゃうんだし」
藍子「そうですね……。せっかくの夏ですから、何か別のファッションも」
加蓮「ほう」
藍子「……ちょっぴり。ちょっぴりだけでお願いしますね? 大胆な冒険とかいりませんからっ」
加蓮「今こそダメージデニムとへそ出しキャミソール――」
藍子「話を聞いてください!」
てくてく・・・
加蓮「藍子ー。あとどれくらい?」
藍子「あと5分くらいかな……」
加蓮「ん」
藍子「……」
加蓮「……暑い……」
藍子「……、」ソワソワ
加蓮「……」
加蓮「?」クルッ
藍子「あ、ううんっ。何でもないですよ~」
加蓮「そう?」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……、」ソワソワ
加蓮「……」テクテク
藍子「……」
藍子「……、」
藍子「か、加蓮ちゃん」
加蓮「うんー?」
藍子「たまには……ほら、その。私と加蓮ちゃん、よくカフェで、えっと、一番カフェでのんびりしてることの方が多いから――」
加蓮「……???」
藍子「だから、こうやって歩くの、そんなにないからっ」
加蓮「……いや、だからこの前歩いて藍子が靴の魔法使いになったばっかりじゃん」
藍子「ひさしぶりなの!」クワッ
加蓮「う、うん。そう、だね?」
藍子「だから……。たまには、手、繋いでみたりしませんか?」スッ
加蓮「……、」
加蓮「藍子――」
藍子「?」
加蓮「や、いっか……。いいけど、前にやったら歩幅合わないって」
藍子「いいから! えいっ」ギュー
加蓮「わ」
藍子「ほら、行きましょ? 加蓮ちゃんっ」
加蓮「……ん。行こっか」
藍子「着いたら何を注文しようかな~。やっぱり飲み物からですよね。暑いですし、喉乾いちゃったし……」
加蓮「そうだね。初めて行くカフェだし、うーん」
藍子「ごほんっ! 加蓮ちゃん。ここで、カフェ検定のお時間ですっ」
加蓮「カフェ検定」
藍子「はじめて行くカフェでは、まず、何から注文するべきですか?」
加蓮「……、店員のスマイル?」
藍子「それはファーストフード店です!」
加蓮「あははっ。コーヒーとパンケーキって言って欲しかったんでしょ?」
藍子「はい、正解です♪ なんて……ルールや、決まりって言うつもりはないんですけれどね」エヘヘ
加蓮「お茶目ー」
藍子「迷ったらおすすめですよ。それに、いきなりスペシャルメニューから、っていうのも、ちょっぴり刺激的ですけれど楽しいですっ」
加蓮「それは刺激的だね」
藍子「お話していたらお腹も空いてきちゃいました。お昼ご飯も食べなきゃ」
加蓮「おすすめのメニューとかあるの? ほら、口コミ的なの」
藍子「分からないです」
加蓮「……分からないの?」
藍子「私も、初めて行くカフェですから。そういうところは、行って自分の目で見てみる方が楽しいから――」
藍子「あっ、でも、今回は加蓮ちゃんと一緒だから、調べた方がよかったかも」
藍子「その方が、加蓮ちゃんをおもてなしできましたよね。失敗しちゃいました……。うぅ」
加蓮「いや別にゲストとかじゃないんだから」
藍子「……それもそうなのかな?」
加蓮「じゃ、藍子は今から行くカフェのことは何も知らないんだ?」
藍子「ううん。1つだけ知っていることがあります。そこは――」
――質素なカフェ――
藍子「はい。オレンジジュース2つと、フレンチトースト2つと、ピザ(大)1つ、お願いしますっ」
<少々お待ちください
加蓮「…………!」キラキラ
藍子「ふうっ。う~、体が熱い~……。冷えシート、持って来ればよかったなぁ――」
藍子「加蓮ちゃん?」
加蓮「…………!」キラキラキラキラ
藍子「加蓮ちゃ~ん」フリフリ
藍子「……あはは。魅入っちゃってる」
藍子「でも、本当にすごいなぁ。窓から外に、一面のひまわり畑……」
藍子「写真で見た時から、絶対行きたい、行かなきゃっ、って思っていたけれど、来てよかったですっ」
藍子「あっちの道が……。紹介文にあった、遊歩道かな? あとで行かなきゃっ」
藍子「もちろん、写真も撮って。ひまわりをバックに、加蓮ちゃんと、私と」
藍子「それから……」
藍子「……、」チラ
加蓮「はっ!」
藍子「あ、加蓮ちゃん。お帰りなさい」
加蓮「ただいま。……あれ? ここ藍子の家だっけ。私いつから藍子の家に住むことになったっけ?」
藍子「帰ってきてないっ。……そうなったら嬉しいけれど……ううん。加蓮ちゃん、帰ってきて~!」
加蓮「???」ホケー
藍子「ほら、ここはひまわり畑のすぐ近くのカフェですよ。ええと、私と加蓮ちゃんは、一緒に電車に乗って、それから降りて歩いて、ここまで来たんです。思い出せましたか?」
加蓮「電車に乗って、降りて……。あぁ……そうだったね。カフェだったね」
藍子「はい。カフェです」
加蓮「藍子」
藍子「はい?」
加蓮「ううん。藍子だね」
藍子「はあ。藍子ですよ~」
加蓮「……」ボー
藍子「か、加蓮ちゃん。大丈夫……? もしかして、暑さで……!?」
加蓮「あ、ううん。大丈夫大丈夫。……暑さでちょっと疲れちゃったのはホントだけど」
加蓮「状況が分かったら、それはそれでぼーっとしたくなっちゃったって言うか……」
加蓮「気、抜きすぎだね私。初めて来る場所なのに」
藍子「ふふっ。気は、抜いて大丈夫ですよ」
藍子「初めて来る場所でも、ここはカフェです。みんな肩の力を抜いて、ゆっくりしていい場所なんですよ」
藍子「緊張しちゃったら……わ、私がいます、から。ねっ?」
加蓮「いや分からないよー。実はあの店員の正体はなんか悪い人で――」
藍子「何のお話ですか……。なんか悪い人、って、結局どんな悪い人なんですか?」
加蓮「……」
藍子「?」
加蓮「……想像の話にリアルなの持ち込むのはマナー違反だよ。って奈緒が言ってた」
藍子「は、はあ」
加蓮「らしくないか」
藍子「そうですね~。……あっ。注文が来たみたいです」チラ
<お待たせ致しました
加蓮「ホントだ。ありがとね――ありがとうございますっ」
藍子「ありがとうございます」
藍子「ふふ♪ 加蓮ちゃん、今」
加蓮「さー食べよ食べよ。その前にオレンジジュース飲もー」
藍子「……くすっ」
加蓮「何その顔。藍子だって時々やらかす癖に!」ゴクゴク
加蓮「ぉ……。これ、美味しい。これ美味しいっ。すごいすっきりする!」ゴクゴク
藍子「私も、いただきます。……本当っ! すごく、すっきりしますっ」
加蓮「ごくごくごくごく」
藍子「ごくごく、ごくごく……」
加蓮「パンも食べちゃお。ピザは後にしよーっと」
藍子「それだったら、私はピザから頂いちゃいますね。あむっ……♪」
加蓮「んぐんぐ……。ピリ辛だー」
藍子「チーズがとろとろで、生地の端もすごくかりっとしていて……。美味しいっ」
加蓮「なんだろ。これ食べてると、いつものハンバーガーを思い出す感じが……」
藍子「加蓮ちゃん、加蓮ちゃ~んっ」
加蓮「?」
藍子「ううん。また、遠い目をしちゃっていましたよ。こ~んな風に……」ホワーン
加蓮「…………、」モグモグゴクン
加蓮「いや無いから。そんな夢見る乙女みたいな顔しないから。私」
藍子「でも、この前は加蓮ちゃんだって夢見る乙女だよ、って言っていましたよね?」
加蓮「……言ったっけ?」
藍子「あれっ? ……あ、そっか。あれは、夢のお話でした」
加蓮「ふうん……」モグモグ
加蓮「いや、夢? 夢の話……? いやそれ以前に、夢の中で私がそんなこと言ってたの?」
藍子「はい。言ってましたっ」
加蓮「詳しく聞かせてよ。場合によっては藍子に指導しないといけないし」
藍子「詳しくですね。まずは――」
藍子「待ってください。ちょっと待ってください。指導?」
加蓮「藍子の中の加蓮ちゃん像をね? そろそろ本物と全然違うことになってそうだから。確認して、それからネジ、きっちりしめてあげなきゃね?」
藍子「加蓮ちゃん、加蓮ちゃん? その、きつく握った両手は何、ですか……?」
加蓮「想像をリアルに持ち込んじゃダメなんだよ。あれ、リアルを想像に持ち込んじゃダメなんだっけ? どっちでもいっか」
加蓮「じゃあ藍子ちゃん。ちょっと頭を出そっか? ネジ、巻いてあげる♪」
藍子「待ってください、巻かないでいいです! ほ、ほら、加蓮ちゃん。夢のお話、してあげますから。ねっ?」
加蓮「ちぇー。うん。聞くから教えて?」
藍子「私が見た夢は、この前の七夕の時――」
……。
…………。
藍子「――という訳で、私は夢の中で、加蓮ちゃんと宇宙旅行をしたんです♪ おしまいっ」
加蓮「おー」パチパチ
加蓮「あの時寝てた時にそんな夢を見てたんだー」
藍子「現実では、雨が降っちゃったから見れなかったですけれど、夢の中では、天の川を見ることができましたっ」
加蓮「にしてもホント、メルヘンだね。ソファとかテーブルがアレで? で、私が念じたら時計が出てきた、と」
藍子「だからこの夢は、加蓮ちゃんが見た夢で、私がそれに誘い込まれたのかな? ってお話をしたんです。夢の中の加蓮ちゃんと」
藍子「加蓮ちゃんは、どう思いますか? 人の夢に誘われるってこと、本当にあると思いますか?」
加蓮「さー……。無いとは言えないかもね。あるってことも知らないけど」
藍子「そういえば、あの時って加蓮ちゃんもつられて寝ちゃったって言っていましたよね。加蓮ちゃんは、覚えていませんか? あの時に見た夢とか」
加蓮「私、あんまり夢って見ないし見てもすぐ忘れちゃうのがほとんどだから」
藍子「そういえばそうだっけ……」
加蓮「ま、その分覚えてるのはくっきり覚えてるけどね」
藍子「あの日の夢も、くっきり覚えていればよかったのに。残念ですっ」
加蓮「しょうがないよー」
藍子「もぐもぐ……。ごくんっ。ごちそうさまでした」パン
藍子「ふわぅ……。おなかいっぱいになったら、眠くなっちゃいました。暑い中を歩いた後だからかな……」ゴシゴシ
加蓮「え、ちょっと待って? ……ちょっと待て! 藍子! 藍子ォ!」
藍子「ひゃうっ。はい! 目が覚めました! 藍子です!」
加蓮「いつの間にピザ食べてたの!? 私一切れしか食べてない!」
藍子「え? さっき、夢のお話をしている間にですけれど――」
加蓮「なっ……! 油断してる内に!!」
藍子「油断って、加蓮ちゃんも目の前で見ていたじゃないですか」
加蓮「私見てない!」
藍子「私、加蓮ちゃんの目の前で食べましたっ」
加蓮「見てないもん!」
藍子「もうっ……。じゃあ、どうしますか? もう1枚注文してもいいですけれど、量、けっこう多いですよ」
加蓮「うーん。でも食べてみたい……」パラパラ
加蓮「あ、ピザ(小)ってあるじゃん! これなら行けるっ。すみませーん!」
藍子「……、」
加蓮「小さいピザとジュースおかわりお願いします。……ふー」
藍子「加蓮ちゃん。そのピザ、ちょっとだけもらっても」
加蓮「あ?」
藍子「なんでもないです」
□ ■ □ ■ □
<お待たせ致しました
藍子「コーヒー、ありがとうございますっ」
加蓮「いただきまーす……って苦っ」
藍子「そんなに苦いの……? ちょこっとだけ」ゴク
藍子「……うん。ミルクを入れちゃいましょう」マゼマゼ
加蓮「ずず……」
藍子「ごくごく……」
加蓮「ふうっ」コトン
藍子「……えへへ」コトン
加蓮「ねえ藍子。今日ってなんで――」
加蓮「ごめん、なんでもないや。ん~~~~っ」ノビ
藍子「……? ……外、まだ暑そうですね。歩くのは、もうちょっと涼しくなってからかな?」
加蓮「外? どっかこの後行きたいとこでもあるの?」チラ
藍子「このひまわり畑には、遊歩道があるんです。カフェを訪れたお客さんが、歩いて楽しみやすいように、って」
加蓮「おー」
藍子「せっかく来たんですから、歩きたいなって。それに――」チラ
藍子「……も、もし加蓮ちゃんが疲れているなら、無理にとは言いませんから」
加蓮「疲れてはない……。ない? や、疲れてることは疲れてるかも」
藍子「だったらっ」
加蓮「あはは、いいっていいって。ひまわり畑のお散歩なんて面白そうじゃんっ。もうちょっとした後で行こうよ!」
藍子「そ、そうですね。うん。行き……ましょうね」
加蓮「向日葵畑かー。……あれ? 藍子、この話っていうかここの話だいぶん前にしてない?」
藍子「はい。しましたよ。それに、この夏に行きたい場所があるって……あれ、ここのことだったんです」
加蓮「そっかー。言ってくれればあれやってたのに」
藍子「あれって?」
加蓮「麦わら帽子と白ワンピース」
藍子「あ~。憧れますよね。そういうの♪」
加蓮「麦わら帽子は藍子のがあったからその時だけ借りれてさ。それくらいなら貸してくれるでしょ?」
藍子「はい、いいですよ」
加蓮「……でも白ワンピースがないんだよね。ないものはしょうがないっか」
藍子「そうですね~……。私も、見てみたいなぁ。本気のお嬢様の加蓮ちゃん」
加蓮「口調でも変えよっか? 御機嫌ようですわ藍子様」
藍子「…………」
加蓮「何その、えぇー、みたいな顔」
藍子「だって……。う~ん。変です。上手くは、言えないんですけれどね」
加蓮「うっさい。どうせ似合ってないわよー」
藍子「そうじゃなくて~」
加蓮「格好だけでいいなら、また来た時にできるかな――」
藍子「……また、一緒に来てくれるんですか?」
加蓮「あ。あー、いや、そういう意味じゃなくて」
藍子「……」
加蓮「待って。そういう意味じゃないこともないから悲しそうな顔をするのはやめて……ああもう、ややこしいっ」
藍子「ひまわり畑が一番輝くのは、夏の間です。だから、加蓮ちゃんっ」
加蓮「……アンタがちゃんとレッスンとかお仕事とかこなせて、スケジュールを空けれたらね」
藍子「む。私だってそれくらいはできますよ~。加蓮ちゃんこそ、その時になって体調を崩したっ、ってなったりしないように――」
加蓮「…………あれはホントごめん」
藍子「ああっ違うんです! 責めているわけではなくてっ、ええと、そうならないように体調はしっかり管理しましょうねってお話、そういうお話ですよ!」
加蓮「ん……。あははっ。うん、分かった。気をつけなきゃね」
藍子「そうですよ~。暑いからって、夜にお布団をかけないで寝たり。アイスばかり食べて、体を冷やしたり。夏休みになったからといって、夜更かしをしたり。そういうのはダメですよ?」
加蓮「なるほど。藍子ちゃんは夜におへそを出して寝て隙あらばアイスを食べ」
藍子「私のお話じゃないですよ~」
加蓮「夜になればアルバムを開き1人ヤバイ笑みを浮かべてる、と」
藍子「私のお話じゃないですよ~っ。やばい笑い声なんて出してないです!」
加蓮「そう? たまに見返してうへへうへへって笑ってるんじゃない?」
藍子「だから、変な笑い声は出してないです! ……たぶん」
加蓮「ふーん??」
藍子「って、加蓮ちゃんも知ってるでしょっ」
加蓮「たはは。知ってるよ。いい顔……。うん。藍子っぽい顔してるよね」
藍子「うぅ。褒められているのか、微妙に分かりにくい……」
藍子「とにかく。そうやって健康に悪いことをしたりしないで、ちゃんと自分を大切にしてくださいね」
藍子「せっかく、健康アイドルっぽくなれたことですし」
加蓮「……なんで健康アイドルランキングのトップ5に入っちゃったんだろうね私」
藍子「毎日、コツコツ積み上げた結果ですね♪」
加蓮「積み重ねた結果、すごい綺麗な私の銅像ができた気分」
藍子「いいことですね」
加蓮「加蓮ちゃんにそんな綺麗なのは似合わないよ。もっとこう、ほっぺたのこっち側がくいっと上がってて、こーんな感じに。あくどい表情じゃなきゃ」ニカッ
藍子「確かに、それも加蓮ちゃんですね。どっちも、加蓮ちゃん」
加蓮「ま、健康アイドルランキングだけで言えば絶対トップにはなれないからいいや」
藍子「あれ? 珍しい。加蓮ちゃん、対抗心を燃やしたりはしないんですか?」
加蓮「上があまりにも強すぎるもん。さすがに勝負にならないよ。私だって、看護師相手には喧嘩を売るけど院長相手には媚びを売るよ?」
藍子「何してるんですか……」
加蓮「結局、秘蔵のあれこれをゲット! なんて、ならなかったけどね」
藍子「何を狙っていたんですか……」
……。
…………。
<ぼーん、ぼーん...
藍子「それで、その時に春菜ちゃんが眼鏡を――あっ。時計の音……」
加蓮「……なんだかお寺みたい。ふふっ。歌鈴とお寺でお茶を飲んだ時を思い出すなぁ」
藍子「……、」チラ
藍子「……」
藍子「――うんっ」
藍子「加蓮ちゃん。もう、5時みたい、ですっ――」
藍子「……、」
藍子「ひまわり畑の遊歩道、歩いてみませんか?」
加蓮「うん。外もいい感じに日差しが弱くなったみたいだし、これ以上のんびりしてたら遅くなっちゃうもんね」
藍子「はい。帰りも電車ですから」
加蓮「オッケー。……いいよ。行こっか」
藍子「はいっ」
――ひまわり畑の遊歩道――
藍子「わあぁ……!!」キラキラ
加蓮「カフェから見ても、すごかったけど……」
藍子「あっちにもこっちにも、どこを見てもひまわりがいっぱいで……!」
加蓮「こんなに大きな向日葵がいっぱい並んでるとこなんて見たことないよ……。いつか藍子の言ってた通り……。息を吸うだけで、全然違う世界……!」
藍子「こっちのひまわり、すごく大きいっ。……ん~~~~~! 全然手が届かない~っ」
加蓮「…………」クルクルクル
藍子「加蓮ちゃん?」
加蓮「!」
加蓮「あー、えと、ほら。なんか……よ、妖精になった気分だなー、なんてっ」
藍子「……」ウーン
加蓮「……笑うなら笑いなさいよなんでもなんでもノロマな反応返すのやめなさいよ悪いの!?」
藍子「妖精さん、妖精さん。一緒に遊びましょ?」
加蓮「絶対ヤダ!」
藍子「そんな~」
加蓮「こっちの道は、もっと大きな向日葵が並んでるんだ。……もう、空もほとんど見えないくらい」
藍子「なんだか、ひまわりのドームって感じですよね。たくさんのひまわりに、見守られてるみたいっ」
加蓮「う……。そう考えるとちょっと気分悪くなってきたかも」
藍子「へ?」
加蓮「圧迫されて締め付けられてる感じがする……。藍子、こっちの道に戻らない?」
藍子「は~い。……はい、加蓮ちゃん。ここなら、空もちゃんと見れます」
加蓮「うん。解放された。綺麗な物も、大きすぎるとちょっと良くないのかな」
藍子「いつも見ているものも、見上げるとちょっぴり怖くなってしまうかもしれませんね」
藍子「すぅ~、はぁ~」
加蓮「すー、はー」
藍子「……、」チラ
加蓮「……、」チラ
藍子「……えへへ」
加蓮「ふふっ」
藍子「見てみて加蓮ちゃん。咲きたてのひまわり、見つけましたっ」
加蓮「これ? ホントだ。今咲きましたって感じの色をしてるね」
藍子「この子も、みんなみたいに大きくなるのかな……。陽の光を浴びて、いっぱいに育って……」
加蓮「そしたらまた見に来る?」
藍子「見に来ましょう! 次に来た時は、ここのひまわりが大きくなっているか、チェックしなきゃ」
加蓮「ま、大きくなってるでしょ。これだけたくさんの向日葵を咲かせた人だもん。きっと、このちっこいのも忘れずに気付いてくれるよ」
藍子「そういえば、カフェの中にひまわりを頑張って育てていますっていうパンフレットがありましたよね。やっぱり、カフェの方が育ててくれているんでしょうか」
加蓮「あったあった。店員もほら、すごく優しそうな人だったし」
藍子「目が、優しい方でしたよね。……育ててくれて、ありがとうございます~っ」
加蓮「ありがとーっ」
藍子「……やっぱり、こういうのは直接伝えましょうか」
加蓮「え、言うの?」
藍子「はい。お礼や、思ったことは、直接言った方がいいに決まっていますっ。加蓮ちゃんも一緒に、ね?」
加蓮「……しょうがないなぁ」
藍子「ふふっ♪」
……。
…………。
藍子「これで、遊歩道は1周しましたね」
加蓮「かな? あははっ、すっかり夕暮れになっちゃってる」
藍子「ですね――」
加蓮「こうして見渡すとホントすごいなぁ……。向日葵畑。来てよかった……」
加蓮「ね、藍子。連れてきてくれてありがとねっ」クルッ
藍子「…………!」
藍子(夕陽に照らされる、ひまわりを背景に。白い歯を見せて笑う加蓮ちゃんの笑顔が、キラッと輝きます)
藍子(息を呑んで見る私に、加蓮ちゃんは、目を細めて。なんだかまるで、人間を――私を誘惑する、妖精さんみたい)
藍子(……バッグの中に)
藍子(入れている、1通の手紙)
藍子(あらためて、こういうのを渡すのって、やっぱり緊張しちゃうなぁ……)
藍子(でも、やっぱり今っ。うん。今……今、うん……。うぅ~……)
藍子(それに、なんて言えばいいんでしょうか。加蓮ちゃんになんて言えば――)
加蓮「……あははっ。そうだよね――」
加蓮「ねえ、藍子?」
藍子「……あ、はい。何ですか、加蓮ちゃん?」
加蓮「藍子さ。私に何か言いたくて、何かやりたくてここまで連れてきたんでしょ」
藍子「!」
加蓮「いつもの場所じゃなくて。特別感が欲しくて、わざわざ電車まで乗らないといけない、だけどこんな素敵な場所に。何かあるから、私を誘ったんでしょ?」
藍子(見破られ……っ! そんなことまで――!)
藍子(ううんっ。でも、でもっ、それが。それが加蓮ちゃんです)
藍子(隠しごとだって、悩みごとだって、見抜くまでじゃなくて見抜いてから悩んじゃう子)
藍子(どうしよう……。い、言っちゃいましょうか? 勢いつけて。でもっ)
加蓮「何て言うんだろ。そういう建前っていうのかな。飾ってる感じ? 分かっちゃうんだよね」
加蓮「嘘、作り物、建前……そういうの、知りたくなくても知っちゃう環境にいて、そういう風に育っちゃったから、私」
加蓮「何か作ってるな、っていうの。分かっちゃうの」
加蓮「って言っても藍子は無自覚なんだと思うけどさ。悪意って感じにも見えないし」
藍子(……え?)
藍子「あの、加蓮ちゃん……?」
加蓮「その辺は藍子相手だから見抜けたのかな? なんてっ」
藍子「加蓮っ、加蓮ちゃん!」
加蓮「んー? ……何かな、藍子」
藍子「あの……っ? 何か、誤解していませんか?」
加蓮「何を?」
藍子「何をって……。なんだかその言い方、まるで私が悪いことしてるような風に聞こえて……」
加蓮「ふぅん。悪いって思ってないんだ?」
藍子「?」
加蓮「ねえ藍子。ごっこ遊びは、楽しい?」
藍子「ごっこ……遊び?」
加蓮「いくつあるんだっけ。いつもの藍子じゃないけど、私もちゃんと覚えてるんだよね」ユビオリカゾエ
加蓮「人の寝顔を見てなんか悶々したり?」
加蓮「口のところが濡れてたら、わざわざ身を乗り出して拭いちゃったりして?」
加蓮「なんかやたら回りくどく私を誘おうとしてたこともあったっけ」
加蓮「たまたま隣に座ったら、そのままべったりしてて」
加蓮「勢い余って飛び込んできたと思ったら、なんかドキドキしてみたりってこともあったね」
加蓮「前は私のことを何かあるごとに好き好きって言ってたのに、最近はなんか好きって言葉を言うのが照れたりして」
加蓮「で、挙げ句の果てにこんなきれーな景色のすてきーな場所に連れてきて、で何か私に渡そうとして?」
加蓮「言っとくけどね。バッグの中ちらちら見てんの気付いてるんだよ?」
藍子「……、」
加蓮「そういう"どきどきごっこ"は、やってて楽しい?」
藍子「……あの。加蓮ちゃん? これは、何のお話なんですか?」
藍子「何か、加蓮ちゃんが怒っていて、それだけは分かります。でも、そんなに怒られても、責められても……今回は……今だけは、本当にわかりませんよ……!」
藍子「ごまかしてるとかっ、はぐらかしてるとか、逃げてるとかじゃなくてっ! 加蓮ちゃん、何が言いたいんですか? 何のお話をしているんですか!?」
加蓮「……あぁ、あー、そっか。無自覚だからそういう反応になるかー」
藍子「加蓮ちゃんっ――」
加蓮「藍子さぁ」
加蓮「そのバッグの中に入れてる手紙、最後の言葉とか結局思いつかなかったでしょ」
藍子「……? ……、……っ!?」ギュ
加蓮「一番伝えたい最後の言葉が思いつかないで、とりあえずなんか書いてみたけど何が言いたいのかさっぱり分からないような内容になって、それでもいいや、渡しちゃえって――」
藍子「待っ……待って!? なんで! なんっ……」
加蓮「何が、何で?」
藍子「……、」
藍子「……この中に、加蓮ちゃんへの手紙を入れていること。文末が思いつかなかったのも……なんで分かるんですか!? どうして知って……っ!?」
加蓮「今藍子が言ってくれたし」
藍子「そういうの今はいいですから!!」
加蓮「……なんでって、あのさぁ? 藍子が私を理解してくれるのと同じように、私も藍子のこと、これでもそこそこ知ってるつもりなんだよ?」
藍子「知ってるなんてものじゃ……! こんなの、どこかで盗み見したとか、それこそ魔法を使わないと――」
加蓮「何言ってんの。藍子だっていつも魔法レベルで私のこと見抜いてくるじゃん」
藍子「それは……。それは違います! なんで、なんで……!?」
加蓮「じゃあ違っててもいいけど、今藍子が知りたいのは何で加蓮ちゃんが知ってるかってことなの?」
藍子「っ……」
加蓮「本当に?」
藍子「……」
加蓮「藍子が知りたいこと、藍子が今やりたいことって、本当にそれなの?」
藍子「…………」
加蓮「……私さ、別にごっこ遊びを否定する気は無いんだよね」
加蓮「ちっちゃい頃、私は何もできないから、空想の世界で何でもできる子のつもりになって。何にもなれないから、何かになれたつもりになって」
加蓮「形にならない空想ばかりして……やがて、掃き溜めみたいな世界から抜け出して、本当のアイドルになれた」
加蓮「モバP(以下「P」)さんに出会えて、みんなや藍子に出会えて……」
加蓮「あぁ、そうだね。私もPさん相手に、恋ごっこをしてるかもしれない。好きとか、面向かって言える訳ないし。だいたい本当に好きかどうかって自信も無いし」
加蓮「……それはそれで自分にムカつくかも。何してんだろうね、私」
加蓮「ま、この話は別でいいや」
加蓮「そういう恋ごっことか、どきどきごっこを全否定する気はないよ。さっきだって、お嬢様の話とか妖精の話とか。ああいうの結構好きだし。でも――」
藍子「……じゃあ、加蓮ちゃんは何が言いたいんですか?」
藍子「何が気に入らなくてっ。私、加蓮ちゃんに何をして、加蓮ちゃんはどうして怒ってるんですか!?」
加蓮「何もしてこないままだから怒ってんだけど!!??」
藍子「はあ!?」
加蓮「人を散々助けておいて、歪んだ心をまっすぐに捻じ曲げて、自分を植え付けて、いつでもここにいます、いつでも助けてあげますって、こっちに転がり落ちていいよって言ってるのに! いつかのカフェのLIVEの時なんて大好きって面向かって叫んだりしたのに!」
加蓮「私、藍子のこと、全部の意味で好きだって分かってて。……もう、覚悟を決めたのに」
加蓮「藍子のことが好きだって、もし藍子がどういう意味でも今以上を望んだり、いや逆にアイドルとして線を引こうって決断しても、泣いてもいいから向かい合おうって決めてんのにさ!」
加蓮「……なんで、アンタはずっと"ごっこ遊び"をしてんの?」
加蓮「いつまでどきどきごっこしてんの?」
加蓮「いつまで下手くそな少女マンガみたいなことしてんの!?」
藍子「……………………っ」
加蓮「はぁっ、はあっ……!」
藍子「……」
藍子「……、」
藍子「……あなたは」
藍子「加蓮ちゃんが、言っていることって」
藍子「加蓮ちゃんが言ってること……」
加蓮「…………」
藍子「私、」
藍子「……もしも」
藍子「もしも、あなたの言う通り、私が、あなたの気持ちに向かい合っていないとして、私が、そのごっこ遊びをしていたとして――」
藍子「それの何が悪いんですか!? ぜんぶ一瞬で決めないといけないの? どっちかしかないんですか!?」
藍子「どっちでもない、曖昧な状態でいることって、そんなに悪いことなんですか!?」
藍子「私だって、分からないんです……!」
藍子「何がしたいかなんて、なんにもなくて……」ガサゴソ
藍子「加蓮ちゃんの言う通りですっ。この手紙だって、最後に書く言葉、最後まで見つからなかったですよ!」
藍子「でもっ……」
藍子「ただ、あなたとずっと、こうして一緒にいられたらいいなって……」
藍子「やりたいことは……いっぱいあるけど、変えたいものなんてないんです。変化がほしいとか……好きって言ったり……今以上の、関係になったり……。そんなの、なくていいから……!」
藍子「このままで、って思って、何が悪いんですか!」
加蓮「……、……ふふっ」
藍子「はあ!? 何そのっ……ぜんぶ終わったよ、みたいな顔っ!」
加蓮「いや、だからその、ちょっと笑っただけで見抜くの。ほぼ魔法でしょ」
藍子「今その話、」
加蓮「落ち着きなさい。……挑発したのはごめん。私も血が昇ってた。だから、落ち着いてお話しよ?」
加蓮「大丈夫だよ。ちょっと怒鳴りあったからって、話せなくなる仲なんかじゃないでしょ?」
藍子「っ……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……いい?」
藍子「……」コクン
加蓮「私は言ったよ? 藍子のことが大好きなんだなあ、って」
藍子「いつ――」
加蓮「藍子が私に飛び込んで来て、でその次に会った時に藍子がすごい緊張してた時。私も悩んでて、でも藍子を見てると馬鹿らしくなって」
加蓮「色々考えたら、あーそっか、私って藍子のことが大好きなんだね、って。確かに今更な結論ではあるけど、ちゃんと言ったよ?」
藍子「…………」
加蓮「その後、それでどうしたいんだろ、って悩んだけど、それはもう結果は出なかった。だから覚悟だけ決めといた。もし藍子が言ってくるならちゃんと受け止めよう、って」
加蓮「……知らなかった、って顔してるね。劇的な告白をしないとノーカンなのかな? 好きって言葉は、そんなに軽い物なのかな?」
藍子「……。……大切な気持ちを伝えるってことだって、そんなに軽い物じゃないですよ」
加蓮「へぇ?」
加蓮「ちゃんと劇的に言えと? 夕暮れの向日葵畑の中みたいな立派なシチュエーションの1つでも作らないと藍子の心に言葉は届かないの?」
加蓮「……そういう舞台になったらなったで、勝手に傷ついて、自分はアイドルとしてーとか言い出して勝手に私から遠ざかる癖に」
藍子「……………………」
藍子「――加蓮ちゃんの中で、言ったから終わりってことにして、伝え終えた気持ちにならないでください」
藍子「お話の相手、向かい合ってる場所に、私が座っているんです。それを、忘れないで……」
藍子「それと――」
藍子「私は……その、確かに、加蓮ちゃんの気持ちが伝わったり、隠していることがなんとなく分かったりすることって、あるかもしれませんけれど」
藍子「だからって言えば簡単に伝わるって思うのは……それは、ズルです!」
加蓮「ズル?」
藍子「あの時のことは、私だって覚えています。私――」
藍子「……~~~~~っっ。私っ、あの時いきなり加蓮ちゃんに大好きって言われたから、頭が真っ白になったんですよ!」
加蓮「……へ?」
藍子「だから加蓮ちゃんがそんな気持ちだったことなんて気付けないし、伝わってないも――つたっ、伝わってませんっ!!」
加蓮「…………あー、そういえば藍子、なんか口パクパクしてたよね」
藍子「うぅ~~~~~!」
加蓮「あーそっか。そうか……。いや、なんかごめん」
藍子「……私の方こそごめんなさい。確かに加蓮ちゃんの言う通り、加蓮ちゃんはちゃんと言っているのに」
加蓮「いや私だって藍子なら伝わるだろうなーって甘えてたとこあっただろうし……。気付いてくれる藍子に甘えてた。それはごめん」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……私、加蓮ちゃんが心の中でそんなこと考えてたなんて、全然知りませんでした。いつも通りだな、いつもみたいだな、としか、見えてませんでした」
藍子「気付けなかったこと、曖昧なまま、加蓮ちゃんを怒らせちゃったことは……謝ります」
藍子「けれど……そ、それで私だけが加蓮ちゃんに煽られて怒鳴られるのはおかしいです! そこは、私でも怒っちゃいますよ!」
加蓮「……うん。私もごめん。でもさ……でも、私がどう考えててるとか抜きにしても、アンタいつまでどきどきごっこしてんの!」
加蓮「私達さ。気が合わない時はぶつかりあって、怒鳴り合って……たまに泣いたりして、だからこそ割と何でも言える状態だよね」
加蓮「何がしたいのか分からなかったら、何でそれ素直に言わないの。いつまでシチュエーションに酔っぱらってんのよアンタは!」
藍子「いっ、言わないのってそれ加蓮ちゃんにだけは言われたくない!」
加蓮「私はちゃんと言うだけ言ってるし!」
藍子「伝わってないもん!」
加蓮「口にすら出さないでマンガの世界に浸ってる藍子の方がよっぽど酷いわよ!」
藍子「加蓮ちゃんだって!」
藍子「加蓮ちゃん、だって……?」
加蓮「……?」
藍子「……」
藍子「……ねえ、加蓮ちゃん。それこそ……今、私と加蓮ちゃんがやりたいことって、こんなことなのでしょうか?」
加蓮「あー……」
藍子「違いますよね。私も、加蓮ちゃんも、もっと、別に言いたいこと……あるハズですよね?」
加蓮「……分かった。ちゃんとやりたいことやろう。私達」
藍子「うん……」
加蓮「藍子」
藍子「……はいっ」
加蓮「私は藍子が大好き。全部の意味で大好き。友達としても、アイドル仲間としても、……それ以上の意味でも、私の世界にある全部の意味で、大好き」
加蓮「もし、藍子が線を踏み越えて……今以上の何かが欲しいって言うなら、藍子に転がり落ちる覚悟はできてる」
加蓮「ううん。そうじゃなくても……受け容れてくれるなら、それだけで――」
加蓮「逆に引き下がるって言うなら、それでもちゃんと応える。……泣いてでも、応えるよ」
藍子「…………」
加蓮「……私は、それを伝えたかった。全部大好き。全部の意味で大好き」
藍子「加蓮ちゃん――」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「…………」
加蓮「…………」
藍子「……この手紙、なんとなくで書いたんです」
藍子「なんとなく、書きたくなって。最後の言葉は思いつきませんでした。何も、書いていないままです」
藍子「……いろんな言葉を書いてみました。でも、どれも違うって思いました。カフェのLIVEの時みたいに、好き、って書いてもしっくり来なくて――」
加蓮「っ……」
藍子「またカフェでご一緒しましょう、なんて書いても、ぜんぜん違うってなっちゃって……」
加蓮「あはは。社交辞令じゃないんだから……」
藍子「ふふっ。そうですよね」
藍子「言葉は思いつかないままでもいいから、そのまま渡しちゃえ、なんて」
藍子「ここを選んだのは、その……そういうこと、やってみたくて」
加蓮「ごっこ遊び」
藍子「……その通りかもしれません。私、楽しんでいたのかもしれません。加蓮ちゃんに、どきどきすることや、加蓮ちゃんのこと、違う意味で意識したりとかっ」
藍子「直接伝えたいことも、やりたいことも、なんにも見つからないまま……ただ、どきどきごっこを楽しんでいただけ……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「…………」
加蓮「…………っ」
藍子「――あっ」
加蓮「……っ? なに、藍子……? いいから早く、言いたいこと、言いなさいよ……!」
藍子「そっか――」
藍子(私のやりたいこと。私の本当の気持ち)
藍子(七夕の夢の中で、短冊に書きたい願い)
藍子(手紙の最後に、記したかった言葉)
藍子(私、もう、言ってた)
藍子(私も、加蓮ちゃんと同じかもしれません。今さらだったから、気づかなかったのかな――)
藍子「私、加蓮ちゃんと、ずっと一緒にいたいです!」
藍子「ずっと、ずっと、今みたいな時間を過ごして……。今みたいな時間っていうのは、カフェでのんびりしたり、一緒に遊びに行って、一緒の物を見て……ときどき、言い争いもしたりして、でもそうやって、加蓮ちゃんの本音を知ることができて」
藍子「もちろん、アイドルもですよ。また、一緒のステージに立ちたい。カフェで歌いたい。大舞台で、並んで笑顔を届けたいっ」
藍子「……加蓮ちゃんの言う、ごっこ遊びだって」
藍子「私、今はちゃんと決めなきゃって思いますけれど、ごっこ遊びだって悪いことじゃないって思ってますっ」
藍子「加蓮ちゃんにどきどきしたり、見とれちゃって目が離せなかったり、そういう、曖昧な瞬間だって、私にとっては今まで通りの、大切な……ずっと続けていきたい、時間の1つです」
藍子「だから、加蓮ちゃん」
藍子「ずっと、私と一緒にいてください」
藍子「それが、私の本当にやりたいこと……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……そんな気はしてた。藍子はきっと、そう言うだろうなって」
藍子「くすっ。やっぱり、これもお見通しだったんですか?」
加蓮「藍子ほど立派には言い切れないけどね……」
藍子「私、いつも自分で言っていることなのに……いつの間にか言葉が軽くなっちゃって、ただ言っているだけになっちゃっていました。加蓮ちゃんのこと、怒れませんね」
加蓮「ん。そういうものだよ」
藍子「そういうもの……なんですか?」
加蓮「そういうもの」
加蓮「ずっと一緒に……。ホント、今更過ぎておかしくなっちゃう。そんなことの為に、藍子が悪い、加蓮ちゃんが悪いって言い合っちゃったりして」
藍子「もうっ。本当に加蓮ちゃん、最初は何を言っているのかぜんぜん分からなくて、怖かったですよ……」
加蓮「ごめんね? でも藍子も悪い。なんか決意を固めてる顔とかしちゃって……これでも、多少はその、色々期待してたんだよ? 実際は何も見つけれてなかったみたいだけどね」
藍子「う……」
加蓮「……だから怒鳴っちゃった。私だって悪かったの」
藍子「ううん、それは大丈夫っ。それこそ、今さらじゃないですか」
加蓮「そうかもね……」
藍子「って、お返事をもらってませんっ。加蓮ちゃん。私と、一緒にいてくれますか?」
加蓮「……はー? アンタこそ返事してくれてないでしょ。一応私、……これでも告白したつもりなんだけど?」
藍子「そ、それは~……ええと――」
<ぼーん、ぼーん...
加蓮「……?」クルッ
藍子「時計の音が、かすかに……。カフェの方から?」
加蓮「あれ、まだあのカフェやってるんだ。灯りがついてる」」
藍子「あ、はいっ。あのカフェは、夜にお酒もお出しするみたいですから」
加蓮「バーとカフェを兼ねるってヤツだっけ。何かで見たことある――」
藍子「夜のひまわり畑に灯る、暖かな光なんて……まるで、旅のお話みたい――」
加蓮「…………」
藍子「…………」
「「今って、何時?」」
――帰りの電車の中――
加蓮「……どうしよう藍子。お母さんがブチ切れてる!」
藍子「私は、今日は遅くなると思うってお母さんに伝えているので、大丈夫です」
加蓮「……」
藍子「……♪」
加蓮「……泊めて?」
藍子「は~い。着替えは、私の家に置いている物でいいですよね。……あっ、スマートフォンにメールが――」
藍子「……」
藍子「……………………」
加蓮「あ、うん。ドンマイ……。っていうかもう今9時前だよ。怒られるに決まってるじゃん……」
藍子「……駅についたら、一緒に謝ってください」
加蓮「えー。こんな時間にまでなったの誰のせいよー」
藍子「加蓮ちゃんのせいですっ」
加蓮「藍子のせいなんだけど?」
藍子「加蓮ちゃんだって、自分が悪いって認めたじゃないですか!」
加蓮「って言っても元は藍子が全部悪いんだし?」
藍子「む~」
加蓮「むー」
加蓮「……心配かけちゃったし、藍子のお母さん、たぶん私も心配してくれてるよね。ちゃんと謝ろっか」
藍子「はいっ♪」
加蓮「はぁ……」
藍子「……ねえ、加蓮ちゃん」
加蓮「何ー?」
藍子「その、告白の話――」
加蓮「いーよ。もうそんな気持ちじゃないし」
藍子「でもっ」
加蓮「私のやりたいことと、藍子のやりたいことって微妙に違うでしょ? っていうか私だって別に、好きって言っただけでそれでしかないんだし。付き合いたいとか何かしたいとかなんにも言ってないでしょ?」
藍子「……確かに。でも、いいんですか? お返事は、ってあの時」
加蓮「じゃあしてくれる?」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……前に、カフェ巡りをしていた時……カフェの奥の席で、お話した時のこと。覚えていますか?」
加蓮「一応は覚えてるけど、どのこと?」
藍子「私が加蓮ちゃんのこと、家族みたいだって思ったら、胸がちくりとしたお話」
加蓮「あー」
藍子「私、たぶんあの頃から加蓮ちゃんのこと、好きを飛び越えて好きになっていたんだと思います」
加蓮「好きを飛び越えて、好きに……」
藍子「それが、そういう意味なのか、それとも、すごく好きだって意味なのかは、私には分からないですけれども」アハハ
加蓮「……ん。まぁ……とりあえずあの時の答え出せてよかったじゃん。ほら、分かったら教えてって私もあの時言ったし」
藍子「はい。なんだか、心の中のもやもやがなくなった気持ちですっ」
加蓮「よかったね、藍子」
藍子「えへへ」
藍子「その時の……ううん、今もここにある気持ちがそうなのかは、やっぱり分からないけれど――」
藍子「加蓮ちゃんと、ずっと一緒にいて、いつか見つけてみたいなって思います。好きを飛び越えた好きっていう気持ちが、何なのかを」
加蓮「……ったく。私が言うのもだけどさ」
藍子「?」
加蓮「ホントは分かってない?」
藍子「……わ、分からないのは本当のことですよ。だって――」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……藍子がその気持ちにピンと来た時には、強引に行かせてもらうからね」
藍子「強引に、って……?」
加蓮「ほら、加蓮ちゃんはじーっと待つのが苦手なタイプだし?」
藍子「う……」
加蓮「ふふっ。……うわ、そろそろ着くよ」
藍子「着いちゃいますね~……。お母さん、駅まで来ているそうです」
加蓮「そうそう。言い忘れてたけど……。藍子」
藍子「はい、加蓮ちゃん」
加蓮「ずっと一緒にいようね」
藍子「……はいっ」
【おしまい】
>>2 タイトル一覧の修正をさせてください。
誤:・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「朝涼みのカフェで」
正:・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「朝涼みのカフェテラスで」
大変申し訳ございません。
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