――おしゃれなカフェ、の玄関前――
<ザッザッザッ...
北条加蓮「あーもう、買ったばかりの靴なのに……。水たまりに突っ込むとかホントやめてよねあのトラック――」ブツブツ
加蓮「ん?」チラ
高森藍子「~~~♪ あっ、加蓮ちゃん!」フリフリ
加蓮「……なんで店の前のベンチに座ってんの? 藍子」
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レンアイカフェテラスシリーズ第83話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「7月24日の23時にて」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「膝の上で ろっかいめ」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「夏休みのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「残暑模様のカフェで」
加蓮「……あっ」
藍子「なんだか大変だったみたいですね、加蓮ちゃん――って、あの、なんでしょうか。その、気の毒そうな人を見る目……?」
加蓮「いや……。そっか。とうとう追い出されちゃったんだ……」
藍子「追い出されていませんよ!?」
加蓮「いっつも騒いでばっかりで、営業妨害にも程があったもん」
藍子「追い出されていませんからね!?」
加蓮「ま、私にも責任はあるし……藍子と一緒にいると楽しくてつい――じゃなくて、えーっと……」
加蓮「そう! 藍子みたいなお子ちゃまに付き合ってると、私までつい昔を思い出しちゃって……ね?」
藍子「ねっ、って……。そもそも加蓮ちゃんの昔って」
加蓮「あ、そこ突っ込む? そこ突っ込んじゃう?」
藍子「……つっこみませんから、とりあえず私のお話を聞いてください。追い出された訳じゃなくて、」
加蓮「ほら、店員さんに一緒に謝ろ?」
藍子「話を聞いて!」
加蓮「裏で陰口を叩いててすみませんでした、って」
藍子「そんなことしてませんよ!? ……って、加蓮ちゃん。もしかして……」
加蓮「私? やだなー、私がそんなキャラに見える?」
藍子「……見えません。加蓮ちゃん、そういうの大嫌いですもんね」
加蓮「ふふっ」(隣に座る)
藍子「でも、じゃあ誰が店員さんの陰口を言っていたんですか?」
加蓮「藍子が言ってた」
藍子「……私が、そんな人に見える?」
加蓮「見えませんけどー?」
藍子「……もうっ」
加蓮「あははっ」
加蓮「追い出されたんじゃなかったら、ここで何してんの?」
藍子「何もしていませんよ~。ただ、ちょっとだけ外にいたかったんです」
藍子「到着した時にはまだ雨が降っていて……。雨の音、聞きたくて」
加蓮「……それはさすがに寒くなかった? 濡れたりしてない?」
藍子「心配してくれてありがとうございます♪ でも、大丈夫っ」
藍子「ほら、ここ、屋根が外側に広くなっていますから」ユビサシ
藍子「おかげで、ぜんぜん濡れずにいられましたよ」
加蓮「ホントだー……」ミアゲル
藍子「雨が上がったら、中に入ろうって思っていたんですけれど……」
藍子「雨上がりのここは、都会なのにこんなにも空気が綺麗で、風も涼しいから。それを、肌で感じていたくて」
藍子「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ。なんて思っていたら、加蓮ちゃんが来たんです♪」
加蓮「そっか……。ふふ、変なの。雨が降ってる間は外にいたくて、雨が止んだら中に入るなんて」
藍子「あははっ、確かに?」
加蓮「じゃあ、私もちょっとだけ堪能しちゃおっかな?」
藍子「はい。そうしましょうっ」
加蓮「……」
藍子「……♪」
加蓮「……晴れてきたねー」
藍子「でも、やっぱり涼しいですね」
加蓮「ここ陰になってるからかも。ほら、屋根」
藍子「屋根ですね~」
加蓮「こういうところも配慮してんのかな」
藍子「あんなに素敵な店員さんのいるカフェですから、店長さんもきっと、気が利いて優しい方に違いありませんね♪」
加蓮「分かんないよー? 実はすごい厳つい顔の人だったりして」
藍子「いかつい顔の人……。でも、甘い物が大好きで?」
加蓮「周りにバレないようにこっそりスイーツショップに通う日々」
藍子「自分でも、こんな美味しいものを作ってみたい! そう思った店長さんは?」
加蓮「自分でカフェを開くことにしました。集まってきたのは、物静かで柔らかくて、ただちょっぴり自分の好きなお客さんを贔屓してしまう店員さんと」
藍子「……加蓮ちゃん、加蓮ちゃん。ちょっぴりだけ、言葉に毒が入っていますよ?」
加蓮「だってあの店員いっつも藍子にばっかりいい顔見せるし」
藍子「あはは……」
加蓮「……それと、時には喧嘩をしてしまうけど、いつも楽しそうにしているお客さんが2人」
藍子「今日もまた、静かでゆったりした1日が始まろうとしています――」
加蓮「わー」パチパチ
藍子「わ~」パチパチ
加蓮「ナレーションとかはお手の物だね、藍子」
藍子「最近、こっそり練習もしているんです」
藍子「……練習、って言うほど、格好いいものじゃないかな? 絵本を手に取って読んでみたり、新聞の難しい内容を誰でも分かるようにしてお話してみたり」
加蓮「へぇー……」
藍子「誰かに聞いてもらったりはしないんですけれどね。お仕事以外では……ときどき、モバP(以下「P」)さんに聞いてもらうくらいかな?」
加蓮「え、何それ。そんなことしてたの? Pさん、藍子には甘々だからいつも褒めてくれるでしょ」
藍子「はい♪」
加蓮「うっわーいい顔ー。なんかあるの? 練習するようになった理由とか」
藍子「ううん、特に……。あっ、ただ、ラジオの収録や番組の撮影の時、話す速度がゆっくりすぎるって何回か言われたから、その対策ですね」
加蓮「藍子が急に早口言葉とか始めたらびっくりするわよ。そういうことなら、今度歌鈴と一緒に瑞樹さんとこに弟子入りしたら?」
藍子「もっと練習が必要になったら、そうしますね」
加蓮「そしてゆくゆくはカフェコラムの朗読を、」
藍子「それはしません」
加蓮「全国のカフェ好きなファンの前で」
藍子「しませんってば!」
加蓮「いっそ藍子が番組立ちあげてみたら? 穴場のカフェの紹介とかするの。で、最後の5分コーナーとかで藍子がこれまで書いたコラムの朗読を」
藍子「そんなにしたいなら、加蓮ちゃんが書いてそれを自分で読み上げてくださいっ」
加蓮「私ー? 私にはカフェのコラムは書けな――」キュピーン
藍子「?」
加蓮「じゃあその予定で台本作って、いざ本番。持っていくのは藍子のコラム。ドッキリ大成功!」
藍子「……………………」ジトー
加蓮「藍子ちゃん藍子ちゃん。目が冷たいです。涼しくてもさすがにまだ夏だよ?」
藍子「……。まだ夏ですけれど、だからこそ、涼しい風が気持ち良いですよね」
加蓮「ねー」
藍子「久しぶりにテラス席に座りたかったけれど、これだとびしゃ濡れでしょうね……」
加蓮「結構降ったもんね……。あ、ごめんね藍子。時間、遅れちゃって」
藍子「いいですよ。雨が降ったから、小ぶりになるのを待ったんですよね?」
加蓮「今日もお見通しかー」
藍子「お見通しも何も。加蓮ちゃん、しっかり連絡をくれたじゃないですか」
加蓮「それはほら、藍子ちゃんが寂しくて寂しくて仕方なさそうだから?」
藍子「くすっ。私の顔も見ていないのに、私のことが分かったんですか?」
加蓮「だって私だし。で、藍子が藍子だし」
藍子「え~っ」
加蓮「ん? ……へー? ホントに寂しくて寂しくてかまってもらえないハムスターみたいな状態だったの? へー、へー?」
藍子「そうですよ~。加蓮ちゃんといっぱいお話しようと思っていたのに。加蓮ちゃん、全然来ないんですから!」
加蓮「む」
藍子「スマートフォンでの連絡だって……ほらっ」スッ
藍子「"雨が降ったからちょっと遅れるよ。ごめんね"」
藍子「これだけですもん。これだけじゃ、受け取った側は寂しくなっちゃいますよ?」
加蓮「次からもっと気の利いたこと言わないとね」
藍子「ふふっ」
加蓮「藍子ならなんて送る? どうしても待ち合わせに間に合わない時とか」
藍子「そうですね――あっ」
加蓮「?」
藍子「加蓮ちゃん。お話の途中ですけれど、そろそろ中に入りませんか?」
藍子「さっきから、お店の中からちらちらと見られている気がして。もしかしたら、店員さんが気にかけてくれているのかも……」
加蓮「あ、やっとそれ気付いたんだ」
藍子「へ?」
加蓮「いや結構露骨に見られてたでしょ。あと、なんかちょっとそわそわって気配もあったし」
藍子「そこまで分かるんですね……」
加蓮「入ろっか。今日は何食べる?」
藍子「今日は、加蓮ちゃんと同じ物。そういう気分なんです♪」
加蓮「はいはい」
<カランコローン
――おしゃれなカフェ――
加蓮「――うん。ミニ定食2つお願いね」
藍子「お願いしますね」
……。
…………。
加蓮「……こういうの、言っちゃダメなんだと思うし、絶対聞かれたくないから小声で言うけどさ」
藍子「?」
加蓮「クーラーより外の風の方が気持ちよかった」ボソ
藍子「あ~……」
加蓮「夏と言えばクーラーの効いた部屋でゴロゴロする、ってのが加蓮ちゃんの過ごし方だったのにね。森ガールな誰かさんの影響を受けたせいだね、きっと」
藍子「……くすっ」
加蓮「よーし。藍子。ラブレターの書き方、私に教えてよ」
藍子「は~い……はい? ラブレター……??」
加蓮「ラブレター」
藍子「……そんなお話してましたっけ?」
加蓮「藍子ちゃんの考える"受け取ると嬉しいラブレター"とは! はいどうぞっ」
藍子「はえっ。あ、えっとえっ……う、嬉しいラブレター!?」
加蓮「あははっ。パニクるタイミング遅くない?」
藍子「そ、そんな。嬉しいですけど私はアイドルだからその、お付き合いとかは――」
加蓮「しかもマジの番組みたいに狼狽えてるっ」アハハ
藍子「……。……加蓮ちゃん?」
加蓮「どうしましたか高森さん」
藍子「どうしましたか、じゃないですっ。うぅ~……」
加蓮「ホントの収録みたいに思っちゃったでしょ」
藍子「…………」コクン
加蓮「ふふっ。藍子ちゃんがしっかりアイドルをやれてるようで、安心安心。うむうむ」
藍子「加蓮ちゃんはいったいどの立場なんですか……」
藍子「ラブレターではなくて、待ち合わせに間に合わない時のメッセージのことですよね」
加蓮「うん。つい手短にしちゃうけどさ、やっぱり可愛げがないかなーって」
藍子「可愛げ……」
加蓮「スタンプで誤魔化してもいいけど、なんかもうちょっとだけ気の利いたこととか書いてみたいんだよね。藍子、何か思いつく?」
藍子「……くすっ。それは、いつかPさんに試してみたいことですか?」
加蓮「えーなんでそこでPさんが出てくるの」
藍子「あれっ」
加蓮「私は1人のアイドルとしてもっと可愛さを追究してるだけなのよー。素っ気ないメッセージより可愛い文章の方がいいに決まってるでしょー。いいから教えなさいよー」
藍子「あっ……。加蓮ちゃん、これ誤魔化してる時の顔……。これ以上は言わない方がいいのかな?」アハハ...
藍子「う~ん……。気の利いた文章、ですか……」
加蓮「何書いたらいいかな。ちょっと遅れるけど寂しがってちゃダメだよー、とか書いた方がいい?」
藍子「ふふ。加蓮ちゃんらしい」
藍子「でも、受け取った側は、もしかしたら怒っちゃうかもしれませんね。遅刻したのになにごとだ~っ、みたいに」
加蓮「あー。……藍子が怒って両手を握ったポーズをしても可愛いだけだけどね」
藍子「?」
加蓮「なんでも。じゃあ謝ってみた方がいいかな」
藍子「遅れてしまいます、ごめんなさい……とか?」
加蓮「……堅くない?」
藍子「堅いですね」
加蓮「遅れちゃうけどごめんね? ってくらいなら軽くはなるかな。でも気が利いてるって感じはしないなぁ……」
藍子「う~ん……」
加蓮「……なんかこうやって考えると、メッセージの内容で悩むよりさっさと行って顔合わせた方が楽な気がしちゃうよ」
藍子「確かに。それに、そもそも加蓮ちゃんってそんなに遅刻しないじゃないですか」
加蓮「今日しちゃったよ?」
藍子「"11時30分頃"としか決めていなくて、加蓮ちゃんが来たのは40分頃ですから、セーフですっ」
加蓮「えー。藍子がいいならいいんだけどさ」
藍子「私がいいので、いいんです♪」
加蓮「……もうちょっと可愛く見せる方法とか考えてみたかったけど、なんかいっか。そういう気分じゃなくなっちゃった」
藍子「また気分が乗った時にでも考えてみましょうね」
加蓮「だねー。あ、店員さん。お皿ありがとー」
藍子「ありがとうございます。今日も美味しかったです♪」
加蓮「……ああいうのが気が利いて可愛い子って見られるコツなんだよね。知ってるー」
藍子「……?」
□ ■ □ ■ □
藍子「そういえば、加蓮ちゃん。靴、大丈夫でしたか?」
加蓮「靴?」
藍子「来る途中に、濡れてしまったって」
加蓮「……あぁ、そういえばそうだっけ。あーもうあのトラック思い出したらまたムカついてきた!」
藍子「ええっ。……お、思い出させてしまってごめんなさい?」
加蓮「人の地雷原を片っ端からスコップで掘り返す子が今更何を」
藍子「最近は加蓮ちゃんが話したがってるじゃないですか~っ」
加蓮「靴……。言われて思い出したけど……あ、結構乾いてる。でもちょっと気持ち悪いし脱いで端っこに置いとこ」ポイ
加蓮「ついでに靴下も脱いで、っと。藍子、タオル持ってるー?」
藍子「はい、どうぞ」スッ
加蓮「さんきゅ」フキフキ
加蓮「ふうっ」パンパン
加蓮「うんっ。フットネイルしてなくてよかった。ありがとね、藍子――」
加蓮「……、」
藍子「?」
加蓮「いや……。さすがに濡れた足を拭いた後のタオルをそのまま返す気にはなれなくて……」
藍子「……あぁ」
加蓮「洗って返すね?」
藍子「そこまでは大丈夫ですよ?」
加蓮「やだよ。私がやだ」
藍子「大丈夫なのに……」
藍子「あっ♪」
藍子「それなら、そのタオルは洗ってから加蓮ちゃんが持っていてください。そして、今度私が何か困った時には、加蓮ちゃんが貸してくださいね」
加蓮「……ふふっ。そう来るんだ? いーよ」
藍子「えへへっ」
加蓮「今は靴下を包んで席の端に置こっと。……やっぱり靴の上にしとこ。なんか気になるし」ポイ
加蓮「ちょっと手洗ってくるー」
藍子「は~い」
……。
…………。
「「いただきます。」」
……。
…………。
「「ごちそうさまでしたっ。」」
加蓮「ん~~~~っ」
藍子「ふわぅ……」
加蓮「んー」パンパン
加蓮「……外で裸足なのに、妙に落ち着くんだよね」
藍子「ん……」ゴシゴシ
藍子「きっと、それだけここが、加蓮ちゃんにとって慣れた場所だってことですねっ」
加蓮「そのうち空いたスペースに"加蓮ちゃんのネイルコーナー"とかできたりしないかな」
藍子「それ、店員さんが聞いたら、きっと本当にやっちゃいますよ?」
加蓮「大丈夫大丈夫。あの店員藍子の要望には全部応えるけど、私の要望とか絶対スルーしてくるから」
藍子「そんなことしないと思うけれど……」
加蓮「眠い?」
藍子「少しだけ……。ふわ」
加蓮「いいよ、無理しなくて。1時間くらい寝ちゃっても」
藍子「ん……」
加蓮「今なら大サービス。加蓮ちゃんが膝枕してあげる♪」
藍子「…………」フルフル
藍子「ありがとう……。でも、今は、眠るより、加蓮ちゃんとお話していたいなぁって……」
加蓮「そっち」
藍子「うん。そっち」
加蓮「……。ぼやっとした藍子っていつも以上に無防備なんだよね……。いろいろやれちゃいそ――じゃなくて、いろいろ聞けちゃいそう♪」ボソ
藍子「……聞こえてますよ?」
加蓮「うぐっ。そこは寝惚けてなさいよ……」
藍子「ふふっ。ね、加蓮ちゃん……。私、今ちょっぴり眠いんです。でも眠りたくはないんですよ」
加蓮「ん」
藍子「だから、加蓮ちゃんが、何か……私の眠気をなくしてしまうようなお話、してください♪」
加蓮「ハードル高くない?」
藍子「えへへ~」
加蓮「しょうがない。この夏のために用意してたけど話す機会のなかった――」
藍子「……え、あの、まさか」
加蓮「"本当にあった病院の怖い話"25連発を」
藍子「目が覚めました!!! はい、大丈夫です!! 今目が覚めましたから!!!!」
加蓮「わっ。……びっくりしたー。私がびっくりさせてやろうって思ってたのに、びっくりさせられちゃったよ」
藍子「ぜ~っ、ぜ~っ……」
藍子「10個とか、100個とかじゃなくて、25個、って言うあたりが、本当っぽくて怖いんですよ!」
加蓮「狙って言ってみた」
藍子「それより別のお話をしましょうっ。ね? 別のお話っ」
加蓮「えー。怪談話は? 夜遅くに聞こえる足音の話はー?」
藍子「しなくていいです!」
加蓮「藍子ちゃん、私の話なら何でも聞いてくれるんじゃなかったのー?」
藍子「それとこれとは別のお話ですっ!」
加蓮「くくくっ」
藍子「……」ジトー
加蓮「何?」
藍子「……そういえば、前に何かの本で読んだことを思い出しました。ううん、テレビで見たことだったかも?」
藍子「人をびっくりさせるのが好きな人って、びっくりさせられることに弱い傾向にあるんですよね」
加蓮「そうかもね?」
藍子「……加蓮ちゃん」
加蓮「んー?」
藍子「先週の……お盆の終わり前後に、あまり事務所のみなさんと顔を合わせていなかったのって、加蓮ちゃんの誕生日の予定のことがあったからじゃなくて、もしかして――」
加蓮「え、何言ってんの藍子。私って元々そういうアイドルでしょ?」
藍子「どういうアイドルですか?」
加蓮「同じアイドルだからって必要以上に馴れ合わない。事務所のみんなだってライバル。人と群れることはしない一匹狼――」
加蓮「……あ、うん。冗談だからそのアイスを冷やしてる冷凍ケースみたいな目はやめよう?」
藍子「…………」ジトー
加蓮「あれはホントに理由がなくて、ただなんとなく1人で色々やりたかっただけだよ。これはホントのことだから」
藍子「……」
藍子「……加蓮ちゃん」
加蓮「ん?」
藍子「……」ジー
加蓮「……?」
藍子「…………」ジィー
加蓮「……??」
藍子「……、」
藍子「わっ!」バア!
加蓮「……は?」
藍子「びっくりしましたか?」
加蓮「びっくりしませんでした」
藍子「なんでですかっ。びっくりしてくださいよ~」プクー
加蓮「馬鹿でしょアンタ……。アンタがそこまで馬鹿だってことにびっくりしたよ……」
藍子「む~」
藍子「……加蓮ちゃんのびっくりした顔が見てみたいなぁ……。加蓮ちゃんを怖がらせてみたいなぁ……」ブツブツ
加蓮「藍子。ちょっと。藍子。何可愛くないことぶつぶつ言ってんの。戻ってきなさーい?」ペシペシ
藍子「はっ」
加蓮「怪談話でもしてたの? みんなで」
藍子「していたみたいですよ」
加蓮「ふうん。なんか他人事ー。藍子は参加しなかったんだね」
藍子「……みなさんでやることって言っても、さすがに。花火やスイカ割りとかは、喜んで参加させていただきましたっ」
加蓮「スイカ割りやってたんだ。事務所で……事務所で??」
藍子「怪談をみんなで持ち寄って、怪談話をした翌日、みなさんがその……。あんまりよくない顔をしていて」
加蓮「どんだけガチだったの……。だいたい誰が原因か思いつくけど」
藍子「中でも、歌鈴ちゃんのお話と、芳乃さんのお話が、評判が良かったみたいですよ」
加蓮「あれ、なんか違う子の名前が出てきた」
藍子「……この場合、評判が良かった、って言っていいんでしょうか?」
加蓮「あははっ。いいいんじゃないかな。それより小梅ちゃんの評判は悪かったの? さすがに慣れてきたらみんな平気になってきて――」
藍子「…………小梅ちゃんのお話は、誰も、話題にあげようとしませんでした」
加蓮「あぁ……」
藍子「加蓮ちゃんも参加していたら、いい勝負だったかもしれませんね」
加蓮「どうだろ。あの辺はガチなの持ってそうだからなー」
藍子「加蓮ちゃんのお話だって、実体験なんですよ、ね……」
藍子「……うぅ。口にしたらなんだか寒くなってきちゃいました」
加蓮「実体験……って言えば実体験のもあるけど、逆に話すと大したことないんだよね。私の知ってるヤツって」
藍子「確か、真夜中の病院の廊下で車椅子がひとりでに動いていて……」
加蓮「それだけ。怪談としては割とありきたりでしょ?」
藍子「……確かに。実際に見たら気絶しちゃいそうですけれど、お話として聞いたら、よくある怪談って感じがしますね」
加蓮「そうそう。あとシチュエーションかな。例えばほら、夜の病院に連れ出して今の話をしたらそこそこビビらせれるかもしれないけどさ。女子寮で言っても……ね?」
藍子「ふんふん」
加蓮「逆にここで"このカフェの入り口から見て4番目の席は、実は――"みたいな話をされる方が怖くなるでしょ」
藍子「…………」チラ
藍子「い、いません、よね?」
加蓮「いません。安心してください」
藍子「ほっ」
加蓮「ま、そーいうこと。怪談ってそういう物でしょ。場所を選べば聞いても大して怖くない。馴染みの薄い舞台の話をされても、"?"で終わる物なんだよ」
藍子「なんとなく、分かる気がしますね」
加蓮「うんうん。じゃあそんなに怖くないって分かったところで、加蓮ちゃんの秘蔵の怪談35連発を聞いて行――」
藍子「嫌です! それに数が増えてる!!」
加蓮「藍子と話してたら事務所や遊びに行った女子寮を舞台にした怪談をいくつか思いついたからねー」
藍子「今お話している間にですか!?」
加蓮「さすがに10個はちょっと盛っちゃったけど、そこら辺はアドリブで」
藍子「そのアドリブ力はもっと別のところで発揮してください……」
加蓮「はーい」
藍子「そういえば……。怪談話をした後、3日くらい女子寮のある階数に誰も帰らなくなっていたみたいです」
加蓮「怖っ。それが既に怪談じゃん」
藍子「小梅ちゃんいわく、そういうお話をしたから、"あの子"が活発になっちゃった、って」
加蓮「小梅ちゃんでもコントロールできないって……」
藍子「でも、みなさんその間はいろんな子たち同士でお泊り会をやっていたみたいですよ。あれには参加してみたかったなぁ~」
加蓮「もれなく謎の音とうめき声がセットでついてくるけど?」
藍子「……それならいいです」
藍子「とにかくっ。加蓮ちゃんは、怖がらせるのは好きだけど怖がらせられるのは嫌だからあまり顔を見せなかったんじゃないんですか!?」
加蓮「えー。だから違うって。そもそも私、そういうことしてたって知らなかったし」
藍子「……ちぇ~」
加蓮「あ、今舌打ちしたでしょ。そんなに加蓮ちゃんの弱みを握りたいっていうの!?」
藍子「加蓮ちゃんばっかり私の弱いところを知っていて、私が知らないっていうの、なんだか不公平じゃないですかっ」
加蓮「アンタだってそこそこ知ってるでしょうが。藍子が全部バラしたりしたら、私しばらく下世話な雑誌の常連になるわよ?」
藍子「う~ん……。例えば?」
加蓮「例えばこの前の――って、何で今言わないといけないの!?」
藍子「?」
加蓮「無自覚だし……」
……。
…………。
藍子「す~、す~……」
加蓮「……トイレから戻ってきたら寝ちゃってるし」
藍子「す~……」
加蓮「藍子ー。寝たフリなんてやめなさーい。加蓮ちゃんにはお見通しなんだよー?」
藍子「く~……」
加蓮「……ガチっぽいね。まあ、そこまで器用なことできる子でも……いやどうだろ。最近の藍子は手強いからなー」ブツブツ
加蓮「ん……。あぁ、店員さん。うん。見ての通り。静かにしてあげてね。コーヒーだけお願いしていい? いつものヤツでー」
加蓮「……」
藍子「すぅ……」
加蓮「……寝てる藍子なんて無防備通り越して誘ってるってヤツだよね。今なら好きなことし放題ー♪」
藍子「く~……」
加蓮「……」チラ
藍子「す~……」
加蓮「……起きてる時にやらないと意味ないし、面白くないか」
加蓮「靴……。乾いたかな。せっかく新しく買った靴なのに」
加蓮「てか藍子のヤツ、濡れたことの心配はしてくれたのに靴のことには気付かないんだもん」
加蓮「……」チラ
藍子「むにゃ……」
加蓮「……」アハハ
加蓮「あ、店員さん。コーヒーありがと」
加蓮「……」ズズ
加蓮「……、」
藍子「すぅ……」
加蓮「……裸足で歩くのは……さすがにちょっと、っていうかだいぶ抵抗があるけど、ちょっとだけなら」テクテク
……。
…………。
――おしゃれなカフェテラス――
加蓮「うわーやっぱりびしゃ濡れ。まともに歩けるの、この屋根の下だけだね」
加蓮「ん~~~~っ」ノビ
加蓮「っふう」
加蓮「……ふふっ」(ドアを背もたれにしながら)
加蓮「……」チラ
加蓮「……起きた時に私がいなかったら、藍子ってどうするんだろ」
加蓮「私を探しに来てくれる? それとも、独りで泣いちゃう?」
加蓮「ま、答えは知ってるんだけどね」
加蓮「本音を言うなら、私が立ち上がった時に気付いて、起きて追いかけてほしかった――」
加蓮「なーんて、それはさすがに高望み……を通り越して、押しつけだ」
加蓮「……じゃあ今は、後で藍子を悔しがらせられるように、この美味しい空気を独り占めしちゃおっと」
加蓮「どうして起こしてくれなかったんですか! とか言いそうっ。いや絶対言う! くくくっ」
加蓮「そしたら言ってやるんだ。起きなかった藍子が悪いんだよ、って!」
加蓮「ん~~~~~~っ」ノビ
加蓮「っふう」
加蓮「……」チラ
加蓮「……ふふっ」
【おしまい】
【おまけ】
以下のお話は、本来であれば2018年9月6日、
[トゥインクル・パーティー]北条加蓮&[笑顔のレセプション]高森藍子の登場記念、そして加蓮の誕生日記念(意図的な1日遅れ)として投下する予定だったものです。
当時はこの場所のサーバーダウンにより投下できずにいました。今回、ガシャ復刻記念として置いておきます。
またこのお話は、第57話『高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「ある意味でヤバイカフェで」』(2人がカフェ巡りしてた話の1つ)の頃に書いたものです。
今とは色々違っている部分があります。ご了承くださいませ。
高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「また毎日が始まる日のカフェで」
――おしゃれなカフェ――
色々なお話も一段落して、ふと、話題が途切れた頃のことです。
加蓮ちゃんが、窓の外の景色をじーっと見ています。
何を見ているのか気になったけれど、なんだか話しかけるのが躊躇われます。
まるで、雪でできたとても綺麗なお菓子があって、つい触りたくなるけれど、そうしたら崩れちゃうような。
どこか憂いを帯びているような横顔。だけど目は、何かにうきうきしているように楽しそう。
遠くから見れば大人っぽいけれど、身を乗り出して近くで見たら、すごく可愛い女の子。あと、口を開いたら意地悪な人。
そういうのがぜんぶ加蓮ちゃんで、こうして座っているだけでもよく分かりますよね――
「~~~♪ ……どしたの藍子? 私をじーっと見て」
「あっ……。う、ううん。なんでもありません、加蓮ちゃん」
ばれちゃったっ。
「なになに? かまってくれないから寂しかったとかー?」
「違いますよ~っ。私が見ていたのは、」
「見てたのは?」
「……か、加蓮ちゃんは、何を見てるのかな? って、気になっただけですっ」
隠しごとをしています、って、顔に書いちゃった気分です。別に、ごまかすこともないのかもしれません。
カフェで、お話しないでいる時間、っていうのはそんなに珍しくありません。
そういう時、私はメニューをめくっていたり、外を眺めていたり、あるいは、加蓮ちゃんを見ていたり。
加蓮ちゃんだって、同じです。あ、私を見ているな、って気がつくことだってあるんですよ。
あれは、いつだったかな……。
夏の、ちょっと前くらいの頃、同じようにお互い話すことがなくなってしまって、それから。
加蓮ちゃんが、私をじいっと見つめてくるから、私もなんとなく、見つめ返しちゃって、無言のまま1時間くらいすぎていたことがありました。
沈黙がなくなったのは……。
加蓮ちゃんが「にらめっこみたいだね」って言った時、だったかな?
「あっ、思い出しました!」
「何を?」
「前に同じようなことがあった時、加蓮ちゃん、最後に「口の端にサンドイッチの卵がついている」って言って」
「あー、あったね……ぷくくっ」
「もうっ! ……い、今は何もついていませんよね?」
「ついてないついてない。嘘じゃないよ。ほら」
……いや、撮らなくていいです加蓮ちゃん。ドヤ顔でスマートフォンをこっちに向けなくてもいいです加蓮ちゃん。
「どうしてそんな、自信満々なんですか?」
「だって私だし?」
「あぁ。……加蓮ちゃんの、いじわるっ」
「だって私だし?」
「も~っ」
「それにさ、今は藍子が私を見つめて来てたでしょ? どしたの? 惚れた?」
何をいまさら。
「今日の加蓮ちゃんは、なんだか楽しそう」
「そう? んー、そうかも。熱が引いてないのかな……」
「熱?」
「いやだからさー、熱ってワードに過剰反応するのやめなさいよ。アンタも、モバP(以下「P」)さんも」
「え?」
「あれ?」
「……」
「……」
加蓮ちゃんの瞬きが4倍の速度になりました。私は……つい、苦笑いが。
これもまた、よくあることなんです。
おかしなところで、ずれてしまうというか。
加蓮ちゃんって、分かりにくいように見えて分かりやすいんですけれど、分かりやすいのに分からないことがあるんです。
おかしいですよね。もう結構長い間、こうしてここで一緒にいるのに。
「……なんか、ごめん」
「ふふっ、私こそごめんなさいっ」
気まずくなったら、とりあえず笑ってしまいましょう。
どこか呆れたような笑い息をもらした加蓮ちゃんは、まあねー、と頬杖をつきました。
「楽しいっていうより、浮かれてるかも」
「うふふ、なんとなく分かりますよ」
「すごかったよね。パーティー」
「アニバーサリー、楽しかったですねっ」
「ね、ね、藍子。私のステージ見ててくれた? 船の上で、きらめくドレスで――」
「はいっ。ばっちり見ていましたよ」
「ありがとう。しかもさ、誕生日まで祝ってもらってさー。……ふふふふっ」
「あはは、顔がとろけちゃってる……」
でも、しょうがないことかもしれません。
アニバーサリーパーティーの主役をもらった、って報告してきた時の加蓮ちゃんは、これまでとはぜんぜん違う――
美しい笑顔と、可愛い笑い声と、それから、とろけた顔と。
その上、誕生日のお祝いというサプライズまでもらっちゃったんですから、思い出しただけで頬が緩んでしまいますよね。
「何よ。ちゃっかりサプライズを仕掛けてきて! 何なのよ藍子は!」
「怒られたっ」
「私知ってるんだからね。最初はいいのかなー大丈夫かなーって傍観者ぶってた癖に、途中から誰よりもノリノリになってたこと」
「う、それは……。だって、加蓮ちゃんをお祝いするってお話だったから……ついテンションが上がってしまって。それに……」
「それに?」
一拍。
二拍。
……よくばって、三拍。
あ。加蓮ちゃんの目が、ぎゅう、って細まってる。
「なんていうか……。負けたくないな、って、思っちゃったんです」
「負けるって、誰に何を」
「プレゼントの中身とか、渡すタイミングとか、あとメッセージカードとか……。そういうミーティングを見ていると、みんな加蓮ちゃんが大好きなんだなって」
「うん。……な、なんか照れるね」
「そうしたら……。それに、負けたくない……なんて?」
「……そ、そっか、うん」
……そうですよね。冷静になって考えると、私って何を言っているんでしょうか。
いや、その……。加蓮ちゃんのことは……。
ほ、本当に何を言ってるんだろう私っ。沈黙が耳に痛いです。慣れてても、慣れてない気まずさですっ。
話題、話題を変えなきゃ……!
「そ、それより、どうして秘密のミーティングを加蓮ちゃんが知ってるんですかっ」
「あ、あぁー、それね。それ。ほら、Pさんがさ。その時の、ミーティング? の時のを録画してたみたいで」
「そ、そうだったんですね。……って撮影していたんですか!? あの時?」
「みたいだよー。だってさ、こういうと言い方悪くなるかもしれないけど、アイドルがアイドルの誕生日をお祝いするよー、って話だよ?」
「はあ」
「ファンのみんなだって見たいって思うじゃん。何かの特典に、とか言ってたっけ」
「……なるほど~」
人差し指を首の下に置いて、確かあれはー、と何かを思い出そうと天井をにらんでいる加蓮ちゃん。
少しだけ、ぽかんとしちゃいました。
でも、確かにそうですよね。
私はアイドルで、加蓮ちゃんもアイドルです。
逆にして考えてみれば、すぐにピンと来るお話です。
加蓮ちゃんと、アイドルのみんなでやる、秘密会議……うん。きっと、みんな見たいハズですよねっ。
「加蓮ちゃん、加蓮ちゃん」
「なにー?」
「何か、秘密の作戦会議をする予定ってありませんかっ」
「…………アンタ何言ってんの? 暑さで頭やられた?」
「やられてませんっ」
ああ、加蓮ちゃんの目が冷たいです。
「忘れてください……」
「じゃあ忘れるね。……私以上にアンタの方が浮かれてない?」
「ふふ。もしかしたら、そうかも?」
「そんなに楽しかったんだ。Pさんのエスコート」
「私だって――って、そこじゃないですっ。そうじゃなくて、」
「ふーん。そこは違うって言い切れる? そうじゃないって断言できる? 私はただ案内しただけですーって神に誓える?」
「……………………」
にやにやしながら迫ってくる加蓮ちゃん。うぅ、逃げ場は。逃げ場はどこですか!?
……あれ? そういえば。
「……神に誓って、って、それ加蓮ちゃんが言うんですか」
「ああうん、まあ……。たまにはいいかなって」
「たまには」
「神様がなすりつけてきた不幸はまだ許せてないよ。不幸な子を今も生み出す神様なんてくたばっちゃえ、って今でも思ってる」
「あはは……」
「でもさ。なんだろ……。感謝してるんだよね」
「感謝、ですか?」
うん、と1つ頷いてから。
「パーティーの時の……主役のさ。主役っていうか、アイドルの……。きらめくステージに立って、輝く景色を見た時にさ。色々と思い出したんだ」
「……」
「初めてPさんに出会った時とか、ステージに上った時とか。あと……なんにもなかった昔の頃のこととか」
「……」
「……ふふっ。最近あんまり昔話ってしてなかったからねー。どう? 久々に重たいのいっとく?」
「……それはいいです」
途中まで聞き惚れていたのに、急に口元を歪めるあたり、やっぱりいつもの加蓮ちゃんです。
「なんてね。藍子が今聞きたいのは、そんな話じゃないでしょ?」
「……話すなら聞きますけれど、自分で自分を傷つけることはないと思いますよ?」
「そだね。ま、色々思い出したの。ステージの……歌い終わって、いっぱいの声援をもらって、それからちょっと落ち着いた頃だったかな」
指を1つずつ広げて、時間を数えて。
「昔の私は、本当に何もなかった。ちょっと楽しいことを見つけても、すぐに灰のようにさらさらと消えていく」
「……」
「誕生日だってクリスマスだって、なんにもなくて。……あぁ、一応お母さんのケーキくらいはあったかな? でも、それも全然おいしくなかった。ただ1日が過ぎてただけなの」
「……」
「今の私は……。Pさんが私を見つけてくれて、私はアイドルになれて、綺麗な衣装をもらえて、いっぱいのファンに応援してもらえて。あと――」
「……あと?」
「……あと……その……」
「……大丈夫、加蓮ちゃん。ここには、あなたと私しかいませんから」
「ん……。みんながいてくれて。藍子がいてくれて」
「はい」
「私が……。私が、こんなにみんなから……好きって言ってもらえるんだなって分かって」
あぁ……。
そうでしたね。
あのお話をしたのは、いつでしたっけ。
加蓮ちゃんを好きな人は、加蓮ちゃんが想像しているより、遥かにたくさんいる、って、私が言ったのは。
あの時は加蓮ちゃん、ピンと来ていない顔をしていましたけれど――
「そういういっぱいの楽しさと、幸せがさ。もし、神様からもらえたものなら……。たまには、感謝してもいいかなって思ったんだ」
「……そうだったんですね。加蓮ちゃん」
ふと、窓から陽の光が入ってきました。
懐かしい頃に憧憬を馳せる加蓮ちゃんの顔が、あたたかく照らされます。
きっと――もしかしたらまだどこかに残っているのかもしれない、加蓮ちゃんの凍りついた心は。
こうして何度も暖められて、溶かされていってるんだと思います。
9月のはじまりの日から、少し過ぎた今日。
なんでもない日かもしれないけれど、あの想い出の日、全身で受け止めた熱はまだ、確かにここにあるんです。
「うん……。……も、もうっ。シリアスモード終わり! 終わりー! なんかむずかゆいじゃん」
「じゃあ、おしまいっ」
「センチメンタルごっこも終わりー! 決めた。やっぱり今日から神様死んじゃえ派になる!」
「ああっ。いいお話だったのに!」
「ばーかばーか!」
せっかくの雰囲気が、一瞬でなくなっちゃいました。
ばーかばーか、とそこにいない誰かに言い続ける加蓮ちゃん。心なしか、ストレートヘアがちょっぴり荒ぶっているような気がします。
加蓮ちゃん……。向こうから店員さんがこっちを見ていますよ? 首を左に振って右に振って……あの、助けを求めても、今日のお客さんは私たちしかいませんよ……?
だ、だからと言って私を見ないでください! すがるような目を向けないでください!
「ふうっ」
あ。加蓮ちゃん、満足したみたい。
「あー、すっきりした。……ううん、まだ足りないかも。ねー藍子。この後カラオケにでも行かない?」
「え~。私、今日はずっとここでのんびりしようと思ってたのに……」
「そなんだ。じゃあそうしよー」
すみませーん、と加蓮ちゃんが手を振ります。こわごわとやってくる店員さん。なんだかごめんなさい……。
コーヒー2つとホットケーキを手早く頼んで、お願いね、と加蓮ちゃんがにっこり笑います。
あっ、店員さんもいつもの雰囲気になりました。
ごゆっくりくつろぎください、って。あれはなんとなく、社交辞令ではないような気がします。
「~♪ ……って、どしたの藍子。また私をじーっと見て」
「あっ」
「……?? あぁそっか。勝手に注文決めちゃってたね。コーヒーでよかった?」
「う、うん。それはいいんです。ただ……」
「ただ」
会話が途切れます。でも、今度は心地よい静けさです。
お話とお話の間に生まれるすきまの時間。今日は、加蓮ちゃんをずっと見ていたい。
ちょっとしたことで、にへら、って笑ったり。
さっきみたいに、芸術品のような美しい雰囲気になったり。
……小悪魔さんみたいに口元を歪めるのは、少しだけ、ほんの少しだけ控えてもらえると嬉しいかも?
「あっ、加蓮ちゃん。コーヒーが来ましたよ」
「ん。ありがとねー店員さん」
「はい、加蓮ちゃんっ」
「はい、藍子」
「……あれ?」
「……ん?」
コーヒーを受け取った私たちは、なぜかお互い相手に差し出していました。
どっちも同じコーヒーなのに。
また一瞬のすき間があって、すぐに、ぷっ、と噴き出してしまいます。
「乾杯でもしてみよっか」
「コーヒーなのに?」
「たまにはいいじゃん」
「ふふっ。じゃあ、かんぱ~い♪」
熱気に溢れた記念日と、笑顔がいっぱいの9月5日がすぎて、いつもの毎日が、また始まる。
それでも、過ぎ去った日は終わったお話ではありません。
感じたもの。大切にしたい想い出。それらをいっぱい抱きしめて、また私たちはここに来ます。
【おしまい】
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