凛「私が魔法使いだって言ったら……信じる?」(106)

表向きは花屋を営む私の実家には、誰にも言えない裏の顔があった。

父「これが不老不死の秘薬だ」

父は純潔種の魔法使い。
この世界の万物をも歪める力を持っている。

母は誇り高きエルフ族。
エルフの血には不老不死の力が宿っているという。

私は生まれながらにして、不死の存在となった。

齢二十歳を過ぎれば、私の成長は止まり、以降永遠に老いることなく生き続けるのだろう。

魔法使い……無意識に世界の真理に触れる者。

私達は別に戦ったりなんてしない。
戦う必要もない。

ファンタジーで耳にする魔法使いとは違うのだ。

たった一人の魔法使いが生を冒涜し、死すら凌駕していく。

だからその数は、世界に僅かしか存在しない。

魔法使いには、永久の孤独が付き物。

魔法使いの敵は孤独だ。

幸いにも父には永遠を共にする相手がいる。

だが……、私にはいない。

やがて自立する時がきて、誰かを愛することがあったとしても……

愛した人は、私を残して必ず先に逝くだろう。

私には耐えられない現実。

父「私と母さんはこの世界の人間ではない。やがては元の世界に帰る。だが凛、お前は自分で選択するんだ」

ひとりきり?そんなのやだ

母が私を抱き締める。

父「どちらを選択しても、凛には辛い未来が待っているかもしれない」

父「この秘薬を口にすれば、誰もが簡単に不老不死を得るだろう。だが覚えておけ、凛」

父「不老不死となった者は、これまで人として生きた証……記憶を全て失うことになる」

凛「記憶を……?」

父「いつかお前も、その薬を使う時が来るかもしれない。しかしそれは、お前を苦しめる地獄の選択となるだろう」

父「永遠の苦しみを与えられた者は、いつか必ず、お前への憎しみで心を支配されてしまう」

母「あなたの愛した人は……きっとそこにはいないわ」


凛「でもさ、生きててくれたほうがいいよ。もう会えないよりはさ」

この頃の私は、まだ誰かを好きになったこともなく、恋愛というものを想像で語ることしかできなかった。





マセた私の10歳の誕生日プレゼントは、人を地獄に導く禁忌の薬。

それから果てしない時が過ぎ……私は運命に出会った。


「ふーん、アンタが私のプロデューサー?……まあ、悪くないかな…。私は渋谷凛。今日からよろしくね」


魔法使いがアイドルやってるなんて誰も思わないよね。

最初のアイドルとして事務所に所属した私は、彼……プロデューサーに対して特に思うことはなかった。

ただの上司、世話役、便利な奴、仕事仲間。

そんな風に考えていたのだ。

いくらでも「代わり」のきく存在だね。

その認識はすぐに覆されたけれど。

私が事務所で一番驚いたことは、私以外にも魔法使いがいたこと。

千川ちひろは魔法使いだった。(本人談)

彼女の販売するスタミナドリンクとエナジードリンクは、彼女自ら調合したものだろう。

その効果は絶大。

そしてそれこそが、人間離れした仕事量をこなすプロデューサーの秘密。

私はプロデューサーの横顔を見つめる。

普段は凛々しいくせに、不意に出る笑顔が可愛い。ふふっ。

モバP「ほんとに大丈夫なのか?」

加蓮「私は大丈夫だって。Pさん心配しすぎ」

プロデューサーがまた加蓮を心配してる。

北条加蓮。私の幼なじみで親友。

本当ならば、彼女の生はとっくに終わっていなければならない。

加蓮は身体が弱いだけではなかったから。

彼女を不老不死にしたのは同情なんかじゃない。

私が辛かったから。親友の死を黙って見ているなんて、耐えられないもの。

彼女を病よりも苦しめるのは私。

彼女を殺したのも私。

だからこれは……罪の記憶だ。

加蓮「ほんとはアタシ死ぬんだ」

そう告げられたとき、私はこう返した。

凛「もし……さ。加蓮が助かるとしたら、どうする?」

加蓮「……どういうこと?」

希望持たせるようなこと言わないで。
やめてよ。

加蓮は口にしなかったけど、私にはわかった。

加蓮は不機嫌そうに、「生きたいよ」とだけ口にした。

凛「一生老いることなく、死ねないとしても?」

加蓮「それでも……生きたいって。当たり前じゃん……アタシまだやりたいことあるし……」

凛「加蓮が今までの記憶を代償に捧げるなら、アナタを不老不死にしてあげるって言ったら?」

加蓮「……凛、いい加減にして」

凛「お願い。……真面目な話なの。答えて」

加蓮はうんざりした顔をして、それでも私に付き合ってくれた。

加蓮「……記憶、か。ずっと病室で寝たきりの人生だったなぁ。でも……凛のことも忘れちゃうんだよね?」

凛「……そうだね」

加蓮「それはイヤかな……」

凛「…………」

私もだよ。そう口にしたかった。

凛「また出会いからやり直せばいいよ。私は何も知らない顔をして、加蓮とまた出会うの」

加蓮「えー、記憶失ったアタシに優しく説明してよ~。親友だったとか言ってさ」

凛「それじゃダメだよ。真の友情は0から始めなきゃ」

加蓮「あはは、なにそれ」

何も知らない加蓮に、アナタの親友だよって言ってもさ。

それは押し付けの友情だよ。

加蓮はきっと喜ぶ。雛鳥が最初に目にしたものを、自分の親と感じるように。

そして私に縋り、私を頼るだろう。

でもそれは多分、私が造った友情。

生を得た加蓮は、もう今の加蓮じゃないんだから。

加蓮から親友だって思われたい。

『アナタの親友だよ』なんて口にしなくても、自然とまた……

……そんなのは嘘。
綺麗事だよ。

不老不死になった加蓮は、いつか絶対に私を恨み、憎むだろう。

殺したいほど憎んで憎んで……でも殺せなくて。

私はただ、そんな罪悪感から逃げたいだけ。

加蓮に永遠を与えて、私の巻き添えにしようとしてる。

孤独という恐怖を紛らわせるための道具として。

子供みたいなわがままでゴメン

ごめんなさい

加蓮「ならさ、またアタシと親友になってくれる?」

凛「……なるよ。絶対なる」

加蓮は「ありがとう」と微かに微笑んだ。

痩せ細った姿が痛々しくて、私は加蓮を抱きしめた。

加蓮「消えていく命だから。きっと……きっと記憶は天国へは持っていけないんだ。だからね、未練なんてないよ?」

凛「私さ。加蓮に内緒にしてることがあるの」


凛「私が魔法使いだって言ったら……信じる?」



加蓮「……信じてあげる」

『だって親友じゃん』
声に出さなくても通じたよ?

凛「この薬を飲めば……加蓮は不老不死になる。救われる。でも忘れないで。不老不死を得るかわりに、アナタは記憶を失うことになる」

加蓮「……それでも飲むよ。凛と普通の女の子みたいに遊びたいから」

凛「そっか」

加蓮「そうだよ」

あはは
二人で馬鹿みたいに笑う。

加蓮の目に迷いはない。

凛「不老不死になれば、加蓮の大切な人は誰もいなくなる。未来永劫、あなたと共にいられるのはきっと私だけ……。それは死ぬより辛いよ?」

加蓮「でも一人じゃないんでしょ?」

加蓮「凛、約束」

加蓮「必ず、アタシの親友になって」

凛「当然じゃん。……ばか」

加蓮「あー、ひっど~い。人が真面目に言ってんのに」

凛「安心して。加蓮を一人になんてしてやらないから。つきまとってやるんだ」

加蓮「ストーカー」

凛「聞こえなーい」

それから一週間後。
容態が悪化した加蓮は、自ら禁忌を口にした。

その日は加蓮の誕生日だった。

私にとっては最初の別れとなる、親友の命日。

加蓮「私……誰?何も……何も思い出せない……!」

病が突然完治した加蓮を見て、医師は口々に奇蹟と語った。

それほど手の施し様がなかったのだろう。

ドン
不安そうに病院内をフラつく加蓮とぶつかる。

加蓮「あっ……!ごめんなさい」

凛「別に。ねぇ、アンタ入院患者?」

加蓮「……はい。そう……ですけど……」

加蓮、ビビりすぎ。

凛「家族と知り合いの見舞いに来たんだけどね。私さ、今退屈してて」

凛「よかったら話し相手になってよ」

加蓮「……いいですよ?」

それが、私と北条加蓮の『最初』の出会い。

余談だけどね。子供の頃からアイドルに憧れていたのは私。

ずっと私の話を聞かされて、加蓮もアイドルに憧れるようになっていったんだ。

どうしてか加蓮は、アイドルに憧れていたことだけは覚えていた。

奇蹟ってあるのかもしれないね。

同時に、加蓮に薬を与えた私は、この世界で生きていくことを決意する。

両親は寂しそうに頷いてくれた。

ごめん

加蓮と仲良くなって

時が流れていった。

そして私達は、共通の親友を得ていた。

神谷奈緒。

アニメが好きな女の子だ。

奈緒「Pさんは過保護すぎる」

加蓮「奈緒顔真っ赤」

凛「プロデューサーは私達が心配なだけだよ」

奈緒「限度があるだろ!」

ああ、昨日の送り迎えの時の話か。

私達3人を事務所に送る途中、奈緒が一人で寄り道をしようとしたんだ。

行きたい場所があるからって、車から降りてさ。

するとプロデューサーが、「一人でなにかあったらどうするんだ」と、奈緒の頭をクシャクシャと撫でた。

ボサボサになった奈緒の髪を見て、私と加蓮は笑ってしまった。

奈緒は真っ赤な顔で、プロデューサーに文句を言っていたっけ。

照れ隠しか、髪をボサボサにされたことを怒ったのか、それがわからないほど私達は鈍くはない。

頭を撫でるのはプロデューサーの悪い癖だ。

彼の指で、奈緒の乙女が顔を見せる。

いいな。

私はプロデューサーが好き。

きっと加蓮も。

奈緒「あたし一人で帰れるって!」

加蓮「あれは奈緒の我が侭だよね」

凛「アニメショップに寄りたいから車を降りたんだっけ?」

奈緒「ま……まぁ、そうなんだけど」

昨日の出来事を思い出して奈緒に嫉妬するなんて……私重症かな……

加蓮「Pさん優しいんだから、あんまり心配かけちゃダメだよ」

奈緒「わかってるけどさ……」

凛「確かに最近のプロデューサーは過保護だよね」

奈緒「!?……だろ!?」

加蓮「私にはいっつも過保護」

奈緒「加蓮は身体が弱いからなぁ」

凛「ふふっ」

加蓮「なによぅ、凛」

凛「なんでも?」

加蓮「むぅぅ」

凛「怒らないの」


どうして彼を好きになったのだろう?

「ねぇ、プロデューサー」

彼の名を口にする。
愛しくて震えた。

「なんだ?」

最近おかしいんだ

優しくされるたび
触れられるたび
胸が痛い

どうしようもなく疼くんだ

叶わない恋を突きつけられて

心が張り裂けそう

プロデューサーが好き。

でも、無理なんだ。

私が好きになったのは『今』のあなただから……。

私には……あなたの記憶は奪えない。

こんなに人を好きになるなんて、思わなかった。

ううん、違うね。
きっと気づかない振りをしてただけ。

あなたの優しさに触れて、あなたの笑顔を感じて、私はとっくに恋してたんだ……。

辛いよ。
愛してる。

ある日の帰りの車内のこと。

久しぶりに二人きり。

モバP「最近元気ないみたいだけど、何かあったのか?」

凛「……大丈夫だから。心配してくれてありがとね」

彼の手が私の髪を撫でる。

私は怒ったような表情で、「子供扱いして」と口にする。

そんなこと思ってもいないのに。

プロデューサーは、困ったような顔で、手を引っ込める。

私は無言で、窓の外を見つめてる。

流れていく風景。
あの店は加蓮オススメの店だ。なんて無理矢理考えながら。

ホントはプロデューサーのことで頭はいっぱい。

モバP「どこか寄るか?」

凛「いいよ。遅くなったら悪いし」

モバP「気にしなくていいって」

なら、力ずくで私を奪ってよ。
ホテルでも連れ込めばいいじゃん。

そんなことはありえない。

プロデューサーは責任感の強い人だから。

我が侭を言って嫌われたくない。

他人への甘え方がわからない。

私不器用だね。

邪険にしてごめん。
大好きだよ、プロデューサー。



永遠なんていらない。

あなたと生きていきたい。

プロデューサーへの想いを誤魔化すために、私はアイドル活躍に必死になった。

逃げと言われても仕方ないだろう。

気づけば私は、シンデレラガールになっていた。

加蓮「おめでとー、凛」

奈緒「凛、よかったな!」

凛「二人とも……ありがと」

卯月と未央が駆けてくる。

他の仲間たちも。

私は幸せ者だ。

光を浴びて、スターへの道を歩き始める。

そして知る。私には未来はないのだと。


未来は夢だ。
限りある時間が連れていく。

×アイドル活躍→○アイドル活動

私は書類上、15年しか生きていない。

両親は私の老いが止まるのが早すぎるという。

私が二十歳の外見を得るのに、最低数百年は掛かるのだと。

そんな残酷な真実を告げた……。

認識の齟齬を埋めるため、父が周囲の意識を操作し、それからの私は何度も15歳を繰り返している。

16歳でも17歳でもいい。
人の認識は曖昧だ。

ねぇ、永遠の価値ってなんだろう?


このスポットライトの光も、いつしか当たり前として受け入れるようになるのだろう。

世界はいつまで色鮮やかなのだろう。

百年後の私は笑っているかな?

加蓮「凛、大丈夫?」

ごめんなさい。
ずっと思ってる。

終わりのない不安。
私は加蓮を巻き込んでしまったんだ……。

彼女の成長も止まっている。

私はいつまで、親友を騙し続けるのだろう。

出口のない人生という迷路に、加蓮を送り込んだ私の罪を。

私の過ちを。

いつか死ぬことを願う日が来るのだろうか。

先への不安が神経をすり減らせていく。

らしくないね。

私が普通に生まれていたら、きっと前だけ向いて突き進んでいたと思う。

振り返らず前を向いて。

加蓮「好きなの?」

凛「うん?」

加蓮「プロデューサーのこと」

気づかないわけないよね。

凛「べつに」

加蓮「嘘」

凛「まあ、どちらかといえば好きかも」

加蓮「素直じゃないね」

素直か……。

凛「プロデューサーの迷惑になりたくないし」

加蓮「私、Pさんが好きだよ」

凛「そうなんだ」

加蓮「うん」

泣きそうになる。

叶わない恋は私だけじゃないんだ。

凛「ごめん、加蓮」

加蓮「なにが?」

凛「私も好き」

加蓮「知ってた」

凛「ごめん」

加蓮「なんで?」

言えないよ。

凛「…………」

加蓮「最近溜め息ばかりだね、凛」

凛「……そうかな?」

加蓮「そうだよ」

加蓮「私、知ってるんだ」

凛「え?」


加蓮「不老不死、なんでしょ?……私たち」

頭を殴られたような衝撃で、目の前が暗くなる。

……どうして?
ありえないよ……

加蓮「伝えようか迷った。私だよね?凛を苦しめてるの」

手紙を取り出す加蓮。

加蓮「ずっと渡せなかった」

加蓮「凛の親友は私だって、自分への嫉妬かな」

加蓮「……渡せなかった。凛を傷つけるって知ってたのに……」


加蓮「けどそれも今日で終わり。……許してね、加蓮」

未来の親友へ。

それはありえないはずの……

過去からの手紙

凛はさ……きっと私に対して罪悪感とか感じてるよね。苦しんでるんじゃない?

自分が独りになりたくないから私を巻き込んだーって。

だからこの手紙を遺します。

今の私から凛への、最後の友情の証として。

親友を理解してる私に感謝してよぉ?

私はね、凛。
不老不死になったからって、絶対に凛を恨んだりしないよ?
だって薬を飲んだのは私の意思なんだもん。

凛は私に明日をくれた。

絶望しかない私の人生に、光と希望をくれたのはあなただよ。

凛が私に与えたのは生きるチャンス。

凛は私に不老不死になれなんて命じてないでしょ?

私は自分で考えて選択した。
生きたいってね。

だから私に対して罪悪感を抱いてるなら、それはお門違い。

私をあまり舐めないで。

私が私でなくなっても、私が凛を恨むなんて一生ありえないって。

生まれ変わっても(言い方がおかしいかな?)、また胸を張って凛の親友でありたいから。

ずっと対等でいて。あなたは私の親友、渋谷凛だって。いつもみたいにクールで。

約束を破ってごめん。
未来の私に、私の一部を託します。

あはは、これくらい許してよ?

未来の私。どうせこれ読んでるんでしょ?

あんたに一つ自慢したい。
私の親友は魔法使いなんだ~ってね。

凄いでしょ~。

凛は死の淵にいた私を救ってくれたの。

迫り来る死の恐怖を追っ払ってくれたんだ。

だから……あんたが不老不死になったのは私のせい。

あんたがもし将来苦しむようなことがあったら、そのときはこの私を恨みなさい。

その頃には私はもう死んでるけどぉ~。私無責任!?

あんたに辛い役目を押し付けた代わりに、私が夢見た明日をあげる。

凛の隣を譲ってやるんだから!感謝しなさいよ?

お願い。凛を恨まないで。凛を支えてあげて。

凛を理解して、支えられるのは……きっとさ、あなただけだから……

私は凛が大好き。未来の私も凛を好きになってくれたら、これほど嬉しいことはありません。

凛、あなたを悲しませてごめんなさい。

あなたと過ごした記憶を、あなたとの時間を……私は今から殺します。

忘れないで。私はきっと加蓮の中にいるから。

長くなっちゃったね。
最後に

一緒にアイドルできなくてごめんね



永遠の友 北条加蓮

凛「……ぅっ……加蓮……かれん……あああああっ……」

私は泣いた。みっともなく大声で。

加蓮「私が目覚めたときさ。これを読んで勝手だなって思った」

加蓮「誰かも知らない相手を頼むって手紙でしょ?無責任にさ。自分のこともわからない私に……色々重荷背負わせて……ほんと勝手だよ」

凛「…………うん……ぐすっ……」

加蓮「でも今は……感謝してる」

加蓮が私を抱きしめる。いつかの時とは逆の状況。

加蓮「言われなくたって支えるわよ。凛は私の……親友なんだから」

加蓮「私は私。たとえ記憶を失っても、凛が大切な親友だって気持ちだけは変わらない」

加蓮「それは私にも殺せない。きっと魂とかに刻まれた感情なんだよ」

加蓮「って!うわぁぁ……なんて青臭いことしてんだろ私たち」

凛「……言わないで」

加蓮「はやく泣きやめ。クールな凛はどこ行ったの~?」

凛「……ばか」

加蓮「あー、ひっど~い。人が真面目に言ってんのに」

『あー、ひっど~い。人が真面目に言ってんのに』

凛「ふふっ」

そっか
加蓮は確かに遺していたんだね。友情の証を。

加蓮「なにニヤニヤしてんの!」

凛「何でもなーい」

私は、プロデューサーが好き。

彼を不老不死にしたいと思ってる。

最悪のワガママだよね。

でもそれはしない。
彼は優しいから。

選択を迫れば……彼は苦しむ。

きっと将来、事務所が落ち着いたら、私と加蓮のために彼は薬を飲むだろう。

私の隣にいるという約束を守るために。

私たちを孤独から守るために。

自惚れじゃないよ。

そんな自己犠牲がさ、彼の不器用な優しさだって知ってるから。

だから選択を与えない。

私には……
あなたの人生を否定することはできないから。

あなたの中の功績を、記憶を、人生を、思い出を……

愛しているから奪えない。

冗談じゃない。あなたの中から私たちが消えるなんて。

……耐えられるわけないじゃん。

これから先の数十年、私と加蓮は今の姿のまま、弱っていくプロデューサーの隣に居続けるだろう。

彼が生涯を終えるときまで。

その時は思いっきり泣こう。

泣いて泣いて泣き疲れて。それでも繰り返される明日に苦笑しながら。

私たちは生きていく。

加蓮に私の気持ちを打ち明けた。
彼女は笑って許してくれた。

加蓮「私だってPさんの記憶は奪えないよ。それは死ぬより辛いもん……」

凛「私たちってワガママだね」

加蓮「女の子はワガママなくらいがいいんだよ」


奈緒「ああ?あたしも仲間に入れろって!」

どこかに隠れていた奈緒が、いつの間にか背後に立っていた。

凛「奈緒……」

奈緒「あ、あたしだって親友だから!凛の様子がおかしいことくらいわかるっていうか……仲間外れは嫌っていうか……くそっ!わかれよ!」

加蓮「今の話は冗談だって。不老不死なんてあるわけないじゃない」

奈緒「嘘かほんとかなんてわかる。だって友達だろ?」

加蓮「……記憶失っちゃうんだよ?」

奈緒「そん時は支えてくれんだろ?あたしの親友たちがさ」

凛「ダメだよ……今の奈緒は消えちゃうんだ」

奈緒「また親友になればいい。生きてるなら何度でもやり直せる」

加蓮「…………」

奈緒「あたしは二人との絆を信じてるから。神谷奈緒は生まれ変わっても照れ屋で、アニメ好きで、凛と加蓮の親友だ」

凛「今はダメ」

加蓮「うん」

凛「奈緒が大人になって、お姉さんになったとき。その時に改めて聞かせてよ」

奈緒「いやいや、今でも最年長だろ。あたしは二人よりお姉さんだっ!」

加蓮「私たち奈緒よりずっと年上だよ?」

凛「うん」

奈緒「嘘……だろ……」

加蓮「ほんと」

凛「不老不死は二十歳で成長が止まる……って思ってたんだけど違ったみたい」

加蓮「途中から成長が緩やかになる感じ」

凛「たぶん最終的に二十歳の外見になるんじゃないかな。……数百年後に」

奈緒「はぁ!?反則だろそれ!」

凛「うちの両親年々若返ってる気がする……」

加蓮「つーまーりー、逆に多少老いたとしても、二十歳の外見に戻るってこと。…………たぶん」

奈緒「無茶苦茶じゃねぇか!」

凛「だから焦ることはないんだ」

加蓮「ゆっくり考えて。後悔しないように」

奈緒「……しねぇよ。後悔なんて」

凛「約束する。20年後、奈緒が今みたいに不老不死を望むなら、私はあなたの記憶を貰う」

奈緒「なんだよそれ……。全部忘れちまうなら、早いほうがいいに決まってる……」

加蓮「今の奈緒を大切にして」

奈緒「……わかったよ。くそっ!」

加蓮「ふふっ、奈緒可愛い」

奈緒「うるせぇー」

ごめんね

不老不死なんて、簡単に決めちゃいけないことだから。

取り残される悲しみに押し潰されないように。

私のエゴだよ。


時は過ぎていく。

プロデューサーは若作りが上手い。

アイドルに老いを感じさせないのは凄いと思う。

最近では、「俺はまだまだ若いって」が口癖。

加蓮「禿げたPさんなんて見たくないよね」

なんて笑い話にしてたっけ。

認識を操作するのも限界で。

私たちは世間では有名な化物アイドルになっていた。

いつまでも劣化しない。整形疑惑など。

週刊誌だけではなく、テレビでも騒がれる。

ファンからは永遠のアイドルとか呼ばれているらしい。

奈緒はアイドルを引退した。

紛らわしい言い方だったね。
今は女優。

映画とかで活躍しているよ。

そうそう、アニメ映画では声優も務めたんだっけ。

素人の芸能人が吹き替えなんかするな!っていつも怒ってたのに。

奈緒は一生懸命頑張っていたよ。


映画は大ヒットを記録した。

時間は止まらない。

奈緒は毎日輝いていた。

後悔はあるよ。あの時奈緒を不老不死にしなかったことに。

加蓮「でもそれが人生なんだよ。一度きりの花火のような、儚いもの」

凛「……後悔してる?」

加蓮「どうだろ。私は『加蓮』の恐怖が理解できるから。責められないし、責めたくない」

加蓮「運命だって割り切ってるよ。せっかくの人生、『加蓮』の分まで楽しまなきゃね」

凛「……そうだね」

加蓮「凛、ありがとう。私に時間をくれて」

凛「果てしなく永いけどね」

加蓮「あはは」

凛「もうすぐ20年か」

加蓮「奈緒がどちらを選ぶか賭ける?」

凛「不謹慎」

凛「奈緒の人生だから。奈緒の選択に任せよう」

加蓮「……ばーか」

そして約束の日。

奈緒「凛、加蓮。ありがとう」

凛「私は何もしてない」

加蓮「ほんとにね」

奈緒「あの時止めてくれたからよ」

私にはその言葉だけでわかってしまった。

彼女との別れを。

奈緒「不老不死って凄いと思うわ。断るなんて愚かよね」

加蓮「だね」

奈緒「ごめんなさい。私は不老不死にはなれません」

奈緒の口調はあの頃とはすっかり変わった。

女らしくなったよ。

いい女って奈緒みたいな人を言うのかも……なんて。

凛「理由……聞かせて?」

奈緒「私は普通の人間として、精一杯自分を磨いてきたわ。……成長したでしょう?」

少しだけ羨ましい。

奈緒「若いっていいわよね。私も日々若返りたいって思うもの」

凛「……奈緒は綺麗だよ」

奈緒「ありがとう」

加蓮「私たちには得られないもの……か」

奈緒「永遠を得たあなた達は変わらないわね。姿も……心も……成長が止まってしまっている」

そう。私たちの時間は止まっている。十代の頃のまま。

凛「……うん」

奈緒「不老不死の代償は記憶なんかじゃない。向上心よ」

永遠に時間は続く。
シンデレラガールに選ばれた頃の私は必死だった。

自分に厳しく、特訓を欠かさず。

でも……約束された永久のなかで、努力し続けることは難しい。

明日がある。来年がある。永遠がある。

頑張ろう。
いつしかその当たり前の気持ちすら忘れていたんだね。

時間という枷に囚われていたのは私なのだ。

奈緒「私は進みたい。一度しかない人生のなかで、私が出来る精一杯を、この一身で」

加蓮「かっこいいね。かっこいいよ、奈緒」

凛「いいの?」

奈緒「ええ。今ならわかる。運命に逆らうのは反則なのよ。人は一度しかない人生を精一杯生きるべきだわ」

奈緒「人が成長を止めてしまっては、世界は堕落する一方でしょう?」

凛「……私たちは本来存在してはいけないんだ。わかっていたのに……」

成長しない生命に、何の価値があるのだろう?

凛「加蓮。約束するよ。いつになるかわからないけど、私たちが死ねるように」

奈緒「その約束が叶うよう、私は祈ってる。私はあなた達より先に逝くけれど、私の友情は変わらないから」

奈緒「あなた達の永い時間のなかの、本当に一瞬に過ぎないけれど。確かに二人を理解し、愛していた親友がいたと……」

奈緒「たまにでいいから思い出してあげて。そして笑ってよ。神谷奈緒って親友をネタにしてさ」

凛「……うん」

加蓮「……忘れられるわけないって」

奈緒「あたしたちは一生友達だ。それと、あたしがトライアドプリムスのお姉さんだからな!」

昔の奈緒と重なる。

ははっ……奈緒だって変わってないじゃん。

いいお姉さんになったね、奈緒。

奈緒と話してから、私たちは一つの答えを出した。

劣化も成長も止まった私たちよりも、夢を語る後輩たちに道を譲るのは正しい判断だと思う。

引退発表は大きく話題となった。

まだ私たちのファンはたくさんいたみたい。

アイドル冥利につきるってやつだね。

でも、ステージは独占していい場所じゃないんだ。

進みたいと願う者の立つ場所だから。

凛「加蓮、巻き込んでごめん」

加蓮「私はいいよ。『加蓮』と凛の約束を果たしただけ」

『一緒にアイドルできなくてごめんね』

あの手紙、律儀に守ってくれていたんだね。

加蓮「アイドル好きなのは本当だけど。もう未練はないかな」

凛「20年も続けられたし?」

加蓮「そうそっ♪」

これ以上は誤魔化せない。

老いないアイドルなんて、ただ気持ち悪いだけだから。

無人のステージに立つ。

観客はいない。

モバP「長い間ご苦労様」

プロデューサーはあの頃のままの姿で、いや……きっと私の贔屓目だね。まだ若いって思いたいだけかもしれないけど。

彼から労いの言葉を受けて、私は無意識の涙を止めることができなかった。

凛「あれ……?」

おかしいよ。

凛「なんで……だろ……」

頭を撫でる彼の手の温かさは、私をあの頃へと引き戻す。

ずっと隣で見ててね


凛「ここまで連れてきてくれて……ありがとう。プロデューサー」

この言葉にどれだけの感謝を込めたか……きっとあなたにはわからないでしょう。

加蓮「……凛」

モバP「凛と加蓮は俺の夢を叶えてくれた。お前たちは、確かにシンデレラだったよ」

凛「そう?」

モバP「ああ」

凛「嬉しいよ」

加蓮「私はもう忘れない。凛や奈緒、Pさんに仲間たち。みんなで目指した景色を」

凛「プロデューサー。最後のお願い、聞いて」

耳元で囁くと、プロデューサーは無言で頷いた。

そして観客席に移動する。

『私と加蓮の最後のステージは、プロデューサーのためだけにやりたいんだ』

過ぎていく時間取り戻すように。

今の精一杯を届けるから。

私と加蓮の歌が終わる。

加蓮「今までありがとうございました。私がアイドルを続けられたのは、Pさんのおかげだよ!」

凛「今日まで隣で見ていてくれてありがとう。プロデューサー。これからは……他の子を見てあげて」

凛「あなたを待ってるシンデレラがたくさんいるから」

私はきっと忘れないだろう。

プロデューサーが流した一筋の涙を。

「「お世話になりました!」」

モバP「……元気で」

凛「プロデューサーもね」

加蓮「困ったらいつでも頼って。私はずっとPさんの味方だから!」

モバP「俺の台詞だろそれ……ははっ」

それがプロデューサーとの最後の会話。

別れは辛いから。




渋谷凛と北条加蓮は、その日消息を絶った。

数十年、様々な世界を見て回った。

厄介な境遇のせいで、私も加蓮も、男の人とは一度も付き合ったことがない。

加蓮「私、菜々さんも魔法使いだと思ってたよ」

凛「それはある。私もそんな気がしてたし」

加蓮「老いた菜々さんは見たくなかったなぁ」

私たちが身勝手に消息を絶った理由。

数多くの仲間たちがいたけれど、彼女たちが老いていく様を……。
目にしたくなかった。

私たちの姿を見られたくなかった。

卯月や未央はいつまでもあの頃のままでいてほしい。せめて私の中だけでも。

老いた二人を前にして、変わってしまった彼女たちとのズレに、耐える強さはない。
今の私には。

不老不死でも弱くなるものだね。

命が無限でも、心は有限。

きっとどんな生き物でも、心の寿命からは逃げられない。

懐古とは過去を見続ける夢だ。

輝いていたあの日々に取り残された私と加蓮の。

前だけを見続ける。後ろは振り返らない。

それが昔の私。

思えば、後ろを振り返った瞬間、私に死が訪れたのだ。

人は弱い。

奈緒との親交は続いた。

あるとき、奈緒が倒れたと聞いて、私たちは病院に駆けつけた。

奈緒「……凛、加蓮。私はすっかり老いてしまいました」

彼女に身寄りはいない。

栄光の人生だった。
ファンも大勢いた。

加蓮「……奈緒、どうして結婚しなかったの?」

奈緒「どうして……でしょうね」

奈緒「私の中にはいつもいましたよ。大切な人が」

奈緒「その方は結局振り向いてはくれなかったのだけれど……」

凛「……っ!」

奈緒「私は生涯、恋をしていたんです」

加蓮「もう、少女漫画の読みすぎ……」

奈緒「その人に見てほしいと……私は頑張ることができた…………Pさん……」

奈緒「子も孫もいないけれど……私には胸を張って誇れるものがあった……」

凛「うん……うん……」

奈緒の手を強く握る。

奈緒「永遠を誓った親友たち……」


奈緒「……凛、加蓮。今までありがとう」

凛「薬ならここにある!私を憎んだっていい!飲んでよ!飲んでよぉ……!」

私、最低だ。

奈緒「ごめんなさい。そして、ありがとう」

奈緒「死は平等だから。私の人生は悔いのないものでした。この大切な思い出は、全て私が得た宝です」

私は知っていたはずなのに!

気付かされる。軽はずみの一言が、どれだけ残酷だったか。

凛「……ごめんなさい!うっ……奈緒っ……奈緒っ……」

言わずにはいられなかった。
大好きな親友。

奈緒「おい!なに……泣いてんだよ……!あたしが死んだって……親友やめてやらないからな……っ!」

あたしたちは一生友達だ!

17歳の奈緒

加蓮「奈緒は可愛いなぁー」

16歳の加蓮

時が還っていく。

凛「……二人とも騒がしいよ。ここは病室なんだから」

15歳の私

奈緒「凛はクールすぎるぜ……」

涙は隠せてる?

今を忘れない。
焼きつける。

きっと今生の別れだから。

凛「何言ってるの。二人が騒ぐからだって」

三人で声に出して笑う。

奈緒「……久しぶりにあの頃に戻れたよ」

加蓮「だね」

奈緒「未来を見ろ、凛。あたしの知る渋谷凛は強かったぞ」

凛「あ……」

振り返らず前を向いて。

奈緒「お前いつから弱くなった?」

シンデレラガールになって。

プロデューサーへの想いを絶ったとき。

奈緒「げほっ……げほっ……」

加蓮「大丈夫!?」

奈緒「……友達が迷ったときは、道を戻してやるのが親友の務めだ」

凛「……ありがとう」

奈緒「これが最後の願いだ。凛」

奈緒「過去に囚われるな」

奈緒「加蓮。凛を頼む」

加蓮「痛いとこ突かないでよ……」

奈緒「加蓮はしぶといから大丈夫だろ?」

加蓮「奈緒ひどーい」

奈緒「うるせぇ……」

奈緒は、最期まで私たちの知る神谷奈緒を貫いた。

私たちのために。

奈緒の訃報が発表されたのは、それから数日後のこと。

加蓮「大丈夫?」

凛「うん。もう大丈夫」

神谷奈緒という女の子がいた。

照れ屋でツッコミ気性で、赤い顔をしながら新しい衣装に身を包み、そしてからかわれる。

そんなアイドル。

墓前に花束を捧げる。

加蓮「奈緒、あんた早く化けて出なさいよ」

凛「同感」

加蓮「あと20年もしたらさ、私たちの知り合いは誰もいなくなるね」

凛「そうだね。父さんと母さんとちひろさんくらいか」

加蓮「いつか会いに行く?」

凛「うん?」

加蓮「ちひろさん」

凛「今はいいかな」

加蓮「あらら」

凛「もう過去に縋るのはやめたの。奈緒との約束だし」

加蓮「数十年無駄にして後悔?」

凛「前を見続けたとしても引退はしてたよ。私たちは老いないから」

加蓮「奈緒から言わせれば私たちが化けて出てるようなものだからね」

凛「化けて……か。次は卯月と未央の墓参りだね」

加蓮「そういえばさ。二人とも凛の大親友なのに、どうして正体明かさなかったの?」

凛「卯月は素直だから信じてくれるだろうね。それでも薬は飲まかったと思うけど」

加蓮「どういうこと?」

凛「奈緒と一緒でまっすぐだから。間違った道は選ばない」

加蓮「うわ……私への皮肉?」

凛「加蓮は別だし。早く死にたかったの?」

加蓮「はは……」

凛「未央は適当に聞き流して面白半分で飲んだだろうね」

加蓮「酷い評価!でも否定できない!」

凛「よくも悪くも人の中心……というかエンターティナー?ノリでやっちゃうみたいな」

加蓮「たしかに!」

ここにはいない奈緒も、きっと隣で笑っている。

さよならは言わない。

またね、奈緒。

あれから100年が過ぎた。

私は加蓮と二人で生活している。

加蓮とは同じベッドで眠るのが日課になっているけど、それは魔法使い固有の特性。つまりは寂しいのだ。

孤独への恐怖は、絡み合う指が解きほぐしていく。

加蓮の体温を感じて、私は安堵する。

それはきっと加蓮も同じ。

恋愛感情なんてない、純粋な友愛だ。

もういいかな
いい人見つけて適当に付き合っちゃおうか?なんて笑い話にしたり。

けれど実際に行動することもなく。

シンデレラは魔法使いの魔法で変身する。

魔法使い(私)は臆病だ。

それでも後ろは振り返らない。

親友との約束だから。

加蓮「そろそろだね」

凛「ここが今の事務所かぁ」

まるでお城だ。


一月前。

加蓮「プロデューサーになる?」

凛「うん」

凛「私たちは渋谷凛と北条加蓮の子孫ってことにしてね」

加蓮「あー、だから待ってたんだ」

凛「今度は裏方。シンデレラに魔法をかける魔法使い(プロデューサー)になりたいなって」

加蓮「いいんじゃない?」

凛「付き合ってくれる?」

加蓮「当然」

拳と拳が触れ合う。

凛「プロデュースの勉強はしてきたからね」

加蓮「もう嫌ってほどね」


行こうか

ちひろ「お久しぶりですね」

凛「千川さんもお変わりなく」

ちひろ「あら、ちひろでいいわよ?」

凛「私は渋谷凛の曾孫です」

加蓮「アタシは……北条加蓮の曾孫だよっ」

ちひろ「……やはり、魔法使いとは悲しい生き物ですね」

凛「まあね」

ちひろ「私は千川ちひろ。この事務所でアシスタントをしています」

加蓮「それで面接は?」

ちひろ「あなた方には必要ありません」

凛「依怙贔屓はダメだよ?」

ちひろ「社長の判断ですから」

凛「今の社長か」

加蓮「茂場(もば)さんだっけ?」

ちひろ「いいえ。茂場は実在しません」

加蓮「えっ?」

ちひろ「社長が来ました」

……そんな

…………嘘


社長「凛、加蓮。久しぶり」


それは私たちのよく知る人物で

加蓮「Pさん!?」


プロデューサー……モバPさんだった。

モバP(社長)「俺、社長になったんだよ」

凛「どう……して……」

モバP「俺が人間離れした体力してたの知ってるだろ?」

加蓮「いやいや、それはちひろさんの魔法ドリンクのおかげだって、ちひろさん本人に聞いたんだけど!昔!」

ちひろ「あれ嘘です」

凛「はい?」

ちひろ「あなたたちのプロデュースをする前から、いえ、最初からプロデューサーさんは既に不老不死だったんですよ」

加蓮「はあ!?」


ちひろ「はじめまして。私は魔法使いによって造られた人造人間、ホムンクルスの千川ちひろです」

凛「最初からって……まさか……」



モバP「……俺も魔法使いだったんだよ」

加蓮「はぁぁ!?なんで黙ってたの!?凛がどれだけ傷ついたと!」

凛「加蓮……ありがと」

加蓮の肩に手を置く。

プロデューサー……社長に掴み掛かろうとする加蓮を止める。

加蓮は言いたいことを堪えて、唇を噛む。

加蓮だってPさんが好きなのに。

私のために怒ってくれて、ありがとう。

モバP「……すまん。依存してほしくなかったんだ」

凛「わかるよ」

魔法使いは臆病だ。

凛「孤独は人を弱くするから」

加蓮がいなければ、私は廃人になっていただろう。

モバP「長い時間を生きる俺たちの敵は、孤独だ」

加蓮「私にはわからない。孤独なら支えてよ。優しく……してよ」

モバP「いつまでも」

プロデューサーが口を閉ざす。

目を閉じて、再び口を開く。

モバP「君たちを見たとき、俺は感動した。俺と同じ境遇でありながら、未来を目指すその姿に」

モバP「俺は一度挫折したから。孤独を恐れ、生命を造り出すという禁忌をも犯した」

モバP「申し訳ないと思っているよ。彼女の身体は人間と同じではないのだから」

ちひろ「謝らないでください、マスター。たとえそれが過ちでも、私は感謝しています。生まれてきて……よかったと」

モバP「ちひろ、ありがとな」

ちひろ「はい」

モバP「課金ガチャの存在を不思議に思わなかったか?」

凛「あー、あったねそういえば」

加蓮「Pさん金ない金ない言いながら必死に回していたっけ」

モバP「あれはちひろ、ホムンクルスに魔力を注ぐ行為なんだ。定期的にガチャを回さなければ、ちひろは止まってしまう」

凛「そういうシステムだったんだ……」

モバP「アイドルカードはその副産物だ。人工生命を無理矢理世界に定着させてるからな。その歪みが新しいアイドルを呼び寄せてしまうのさ」

加蓮「なにそれ怖いよ」

モバP「話を戻そう。俺はそんなことをしてまで、永遠を共にする会話相手を造った」

凛「私たちがプロデューサーが不老不死だって知ったら……」

モバP「キラキラと輝く君たちの表情は、俺だけに向けられるようになっていただろう」

凛「否定はしない」

加蓮「かもね」

モバP「俺がプロデューサーになった理由を明かすよ」

モバP「何を見ても感動できない。どこか過去で見た出来事と思ってしまう。新鮮さがないんだ」

凛「…………」

モバP「もう500年は生きたかな。死ぬ方法を模索していた。そんな頃だった」

モバP「全てが色褪せて見えていた俺を、一人のアイドルが変えたんだ」

モバP「それは胸に宿る光だった。日高舞。伝説のアイドル」

凛「凄い人だったのは覚えてる」

モバP「彼女は普通の人間だ。魔法も使えず、実力だけで人々を魅了した。俺も凛と同じで凄いと思ったよ。同時に感動した」

モバP「人間の生きる力、輝こうとするエネルギーに」

凛「だからなんだね。プロデューサーになったの」

加蓮「もう一度、感動……したかったから?」

モバP「……ああ」

モバP「そのためには、誰かに依存なんてしてほしくなかった。二人きりでも、前を向いて輝き続けてほしかった……」

凛「……私たちは感動させられた?」

モバP「最高だったさ。シンデレラに選ばれた凛、魔法使いでありながら輝こうとする姿。加蓮との友情、そして引退。君たちの人生はずっと見守ってきたんだ」

加蓮「ストーカー発言だね」

モバP「まあな。ある意味そうなのかもしれない。……偉そうに言ってるが、君たちに執着し、依存していたのは俺なんだ……」

凛「嬉しい」

加蓮「変態」

モバP「君たちを誰よりも愛しているのは自分だと……今思えば傲慢で恥ずかしい考えだ」

凛「あなたを狂わせた正体を、私も知ってるから」

加蓮「百年以上生きればね……」

モバP「君たちから成長を奪ったのは俺だ。未来を奪ったのも」

凛「それは違うから」

加蓮「それこそ傲慢だよ」

凛「私の人生は私のもの。だから、私の失敗は私のもの」

加蓮「誰かに押しつけていいものじゃない。責任っていうものは自分たちで背負うものだから」

モバP「……強くなったな」

凛「仲間のおかげかな」

加蓮「だね♪」

だって、今告白されても、私はきっと断るからさ。

長い時間のなか、互いの嫌な面を知って、嫌いになってしまうかもしれないから。

永遠に恋していたいんだ。

だから一緒にはいられないと願った。

いたくないと思ってしまった。

愛してるから。

嫌いになりたくない。

いつか消える気持ちでも、あなたに対してはいつまでも新鮮でいたいから

あなたへの恋じゃなくて、あなたに恋している私が好きだから。

身勝手でごめん。

それが百年経って出した結論……のはずだった。

後ろ向きに前向きに。

それこそが、私たちの心を守る手段。

モバP「これからは仲間として、よろしく頼む」

差し出された手に、私の結論は簡単に歪む。

一緒にいてもいいの?渋谷凛?

嫌な面くらい普通に生きてる人でも見てる。

駄目な部分だって受け入れようと努力してる。

綺麗なところしか見ないなんて、それこそ偽りの恋だ。

いつまで逃げるんだ?

奈緒の声が私の背中を押す。

現金だね、私。

凛「ふーん、アンタがこの事務所の社長?まあ、悪くないかな……なーんて」

加蓮「北条加蓮、改めてよろしくー」

私たちの恋愛は

今、始まったんだ。


おしまい

終わらない時の中で、私たちは生きていく。

これからもたくさん笑い、たくさん絶望するだろう。

それでも私たちは、一日一日を大切に。

まだ見ぬ明日を夢見て、駆けていく。

さあ、プロデュースをはじめよう。

シンデレラの魔法はまだ、終わらない。



このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom