園田智代子「BLackはお好き?」 (21)

プロデューサーさんに好意がなかったと言えば嘘になるけれど、私のこの気持ちは甘い夢を見ていたようなもので。

チョコアイドルを名乗る身としては、甘いものが溶けてなくなるのも仕方ないと、意外なほどすんなり受け入れられた。

「努さん、俺……」

「部屋の外ではただの社長とプロデューサーだと言ったはずだが?」

「す、すいませ……むぐっ」

「……っ、は。まったく私も甘いな。行け、これ以上私を甘くするな」

「はい!」

事務所の社長室の前。

たまたま陰から見てしまった、プロデューサーさんと社長さんの濃厚なキスシーン。


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色々と衝撃的な光景ではあるけれど、私の受けた衝撃なんて彼女に比べたらちょこっとだろう。

私は恐る恐る隣を、一緒にキスシーンの目撃者となった凛世ちゃんの顔を窺う。

「…………」

いつも通りの無表情であったことに安心してもいいものか。

「とりあえず、ここを離れよう」

「はい……」

私が小声で誘うと、凛世ちゃんは頷いて着いてきてくれた。

いったいその無表情の中にどんな感情が渦巻いているのか。

何も無い、わけがない。

だって凛世ちゃんがプロデューサーさんを想う気持ちは本物だから。

本物の失恋はきっと甘くない。

事務所のソファー、近くの喫茶店、公園。

色々考えたけど、結局凛世ちゃんの家まで来た。

少しでも凛世ちゃんが気兼ねなく感情を吐き出せるように。

凛世ちゃんの無表情は道中も変わりない。

いやむしろいつもより静かだ。

それが逆に、私には想像もつかない激情を抑え込んでいるようにも思えて少し怖い。

「さて、もういいよ凛世ちゃん」

部屋に入り、お互いに向かい合って座る。

「いい……とは……?」

「さっき凛世ちゃんも見たよね。プロデューサーさんと社長さんがき、キスしてるとこ」

「……はい」

「思ったこと、あるでしょ?」

少し強引な誘導。

そうでもしないと凛世ちゃんは何も言ってくれない気がするから。

少しでもいい、話して欲しい。

痛みを外に吐き出してほしい。

「いえ……はい、実は」

凛世ちゃんは少し言い淀んで、でも意を決したように思いを口にした。

「お二人はなぜ口づけをしていたのでしょうか」

…………なぜ?

なぜ口づけをしていたのか?

なぜ人は口づけをするのかってこと?

哲学ってやつですか?

「えっと、凛世ちゃん。口づけ、キス、チューがどういう行為かは知ってる?」

「はい……。思い合う男女が……気持ちを確かめ合うために行う交わりです……」

ほんのり赤くなる凛世ちゃん。

意味はわかってるみたい。

なら、いったい何が「なぜ」なんだろうか。

「ですが……あのお二人はともに男性で……男女ではありません……」

んんんんっ!?

「男性同士で行う口づけに……どのような意味があるのでしょうか……」

うえええっ!?

え、まさか、まさか!

凛世ちゃん、もしかして同性愛の概念がない!?

「り、凛世ちゃん。えっとね、世の中には同性愛っていって、男の人が好きな男の人や、女の人を好きな女の人がいてね」

どう説明したらいいものか。

私のしどろもどろな説明に、凛世ちゃんは深く頷いて。

「凛世も……智代子さんや事務所の皆さんのことは……好き、でございます……」

ありがとう!でもそうじゃない!

「その、凛世ちゃんがプロデューサーさんを好きなのと同じ意味で好きってこと、なんだけど」

「……智代子さん」

「は、はい」

「同性では……結婚できません……」

「そうだけど!」

結婚まで考えてたんだ!すごいね!

いやまあ、そのへんは国とか法律の問題だからやろうと思えば可能なのかもだけど、そういう話でもない。

「それに……子を成すこともできません……」

「そうだけど!」

子供まで!すごすぎるよ凛世ちゃん!

もしかしたら今か未来の科学力なら同性間の子もできるのかもだけど、そういう指摘は今意味がない。

「智代子さんからお借りした本にも……男性同士での恋愛はなかったかと……」

「だろうね」

そういう本は持ってないからね!!

「まさか……応用編、でしょうか?」

「まあ、応用といえば応用になるのかな?」

「智代子さん」

「は、はい」

「凛世は……男性同士の恋愛について、学びたいと思います……」

「マジですか」

「凛世に同性愛を……教えていただけないでしょうか……」

凛世ちゃん、その発言すごいマズイよ!?

「え、えーと、私もそんなに詳しいわけじゃなくて……」

「ご謙遜なさらないでください」

「あ、いや謙遜とかじゃ」

「智代子さんより恋愛についてお詳しい方を、凛世は知りません」

「……まあね!」

「まあね!」って何!?

凛世ちゃんの家での自分の言動を振り返り頭を抱える。

どうして私は反射的に見栄を張っちゃったんだろう。

言っておくけど私本当に同性愛関係の漫画は持ってないし、よくわからないよ!

言えなかったけど!

今もこうして本屋さんでそれっぽい漫画が並んでいるコーナーにいるけど(すごく恥ずかしい)はたしてどれがオススメなのかもわからない。

「とりあえずこの目についたやつを買ってみようかな」

そう思って積まれている漫画を手に取ったら。

「それは名作だけど、生々しすぎて初心者のお嬢ちゃんにはちょっとオススメできないじぇ」

「え?」

突然背後から謎の声。

振り返ると、マスクをしたお姉さんが立っていた。

「誰だ?って聞きたそうな表情してるけど、諸事情あって名乗れないんだ。お節介焼きのスピードワゴンとでも呼んでくれる?見るからに初心者の子が沼の前に立っていたから声をかけさせてもらったよ!」

「ぬ、沼?」

「そう。そこは一度入ったらなかなか抜け出せない底なし沼。あたしの役目は沼に落ちかけている子がいたら手を引っ張ってあげることだじぇ」

「落ちるのを防いでくれるんですか?」

「ううん。あたし自身どっぷり沼につかってるから、引きずり込む感じ」

「河童か何かですか!?」

突然の謎のお姉さん、スピードワゴンさんの登場に驚くけど、これはチャンスだ。

このお姉さんなら、きっと詳しいはず。

「あの、ちょっと相談にのってもらっていいですか?」

「いいじぇ。ようこそこちら側へ」

「い、いえ、あの、違います!」

「これは友達の話なんですけど」

「……うん」

「その優しいまなざし絶対誤解してますよね!?ホントに友達の話なんです!」

「いいよいいよ、続けて」

とりあえず私は、最近恋愛の勉強に少女漫画を読み始めた友達がいること、同性愛の概念がないこと、でも学びたいと言っていることを伝えた。

「話を聞くに、またずいぶんと個性の強い友達だね。キャラが濃いというか」

「まあ、今時珍しい子ですよ」

「あたしの知り合い含めても個性の強さでトップ50に入れる逸材だじぇ」

「お姉さん個性強い知り合い多すぎませんか?」

「そういう子を集めたがる人がいるからね。まあ、面白いからいいけど」

そう言いながらスピードワゴンさんは本棚から迷うことなく漫画を数冊手に取った。

「とりあえずその子とお嬢ちゃんへのオススメはこんなところだじぇ。ハマってる少女漫画と同じ学園モノで初心者向け」

「どんな話なんですか?」

「クラスのマドンナ相手に失恋した主人公が今まで隣で支えてくれた親友に告白されて、今まで男性に興味なかった主人公は初め嫌悪感を抱くんだけど、それでも次第にそっち方面の恋愛に目覚めていく葛藤を丁寧に描写されている名作で特に合宿編で親友とマドンナと同じ班になった時の」

「ごめんなさいお姉さん。早口すぎて聞き取れません」

「ともかくこれから男性同士の恋愛を学ぶにはオススメだじぇ」

「あ、ありがとうございます!」

「他にもいくつかオススメを教えておくから、興味を持ったらぜひ読んでほしい。絶対に読んでほしい」

ぐ、ぐいぐい来る。

「いつでも我々は君を待っているじぇ」

「だから沼に行く気はないですから!」

ともかく私は何冊かオススメされた本を買い、スピードワゴンさんにお礼を言って店を出る。

どうか今は知り合いに見つかりませんように。

あとファンも今はちょっと困るので本当にお願いします神様。

そんな願いを神様は聞いてくれたのか、特に問題は起こることなくまっすぐ家に帰ることができた。

さて、早速読んでみよう。

凛世ちゃんにオススメするからには私も内容を知っておかないと。

「……」

「……」

「……面白かった」

その道のプロのオススメは、確かに面白い漫画だった。

同性愛に興味ないし理解もない主人公が次第に変化していく様子がとても共感できた。

主人公の理解だけじゃなくて、まわりの目もあって、様々な逆境があるんだけど、それでも最後に親友を選んでキスをするシーンはうるっときちゃったり。

「これなら凛世ちゃんも男性同士の恋愛の気持ちがわかるはず!さっそく今度教えてあげよう!」

「……」

「……」

「……とてもよいお話でした」

「だよねだよね!」

凛世ちゃんの家で読書会。

私はスピードワゴンさんからオススメされた他の漫画を、凛世ちゃんは私が渡した本を読んでいた。

「これが、男性同士の恋愛……なるほど……」

凛世ちゃんは漫画を読み返して、しきりに頷いている。

そして漫画を置いて、こちらに向きなおした。

「智代子さん……ありがとう、ございます……」

凛世ちゃんは頭をさげる。

「よく理解できました……」

「あはは、私も今回は勉強になったというか、いつもの凛世ちゃんの気持ちが少しわかったみたいな……り、凛世ちゃん!?」

つぅ、と凛世ちゃんの頬に水が流れた。

「凛世は……失恋をしたのですね……」

「あ……」

私は馬鹿だ。

プロデューサーさんと社長さんのキスを理解できなかった凛世ちゃんがそれを理解することの意味なんて、考えなくてもわかるはずなのに。

目をそらしていた?

凛世ちゃんが悲しむ未来を見たくなかったから。

それとも忘れていた?

プロデューサーさんが誰かのものになった現実を信じたくなかったから。

プロデューサーさんを好きで、プロデューサーさんを好きな凛世ちゃんが好きで、ただそんな甘い時間が好きで。

それだけは溶けることなく続くと思っていて。

ああ、なんて。

甘い。

ぽろぽろと、涙が零れる。

「ごめん……ごめんね、凛世ちゃん……私がもっとちゃんと……」

「謝る必要はありません……これは、凛世が知りたいと願ったこと……智代子さんは何も悪くはありません……」

「でも、でも……」

「……」

ぽたぽたと、涙が零れる。

苦い苦い、二人分の涙の音だけがやけに大きく聞こえた。

やがて涙は止まり、ぼんやりと畳の上に並んで座りながら、ぽつりぽつりと話をした。

「凛世ちゃんはさ」

「はい……」

「アイドル辞めたりしないよね?」

凛世ちゃんがアイドルをしている理由の大部分がプロデューサーさんなのは知っている。

だからもしかしたら、という不安があって聞かずにはいられない。

「智代子さん……」

「うん」

「好き、でございます……」

「うん。……うんっ!?」

ちょ、な、えええっ!?

「り、凛世ちゃん!?あの、私その、理解はあるつもりだけど私自身はその」

慌てる私に、凛世ちゃんは「ふふっ」と悪戯っぽく笑って。

「果穂さんも樹里さんも夏葉さんも、他のアイドルのみなさんも、はづきさんも社長さまも、フアンのみなさんも……好き、でございます……」

「え、あ、そっちの好き……」

ビックリした!!

「恋愛の情ではありませんが……こちらの「好き」も凛世は大切に思っています……ですので」

凛世ちゃんは私の手を取って。

「これからも……どうか、よろしくお願いいたします……」

私も凛世ちゃんの手を取った。

「こちらこそ。よろしくね凛世ちゃん」

私たちはずっと友達でいよう。

そんな約束をいつかした。

さっきの「好き」の中に、無かった名前がいつか入るのか、それとも入ることなく残り続けるのかはわからないけど。

私たちはずっと。

おしまい!

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