【アズールレーン】 黒青の空 (142)

※オリジナル設定多数

  ご了承下さい

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始まりはただのお役目であったように思う。それがいつしか敬意に変わり、やがて慕情へと変質するのに幾らも時間は掛からなかった。

切掛けは思い出せない。何故これ程までに想い焦がれるのかさえ分からない。元より理由などないのかも知れない。

ただひとつだけ確かなのは、あの日生まれた感情は今尚粘ついた炎のように胸の奥で燻り続け、

終生消えることは無いだろうという予感だけ。



―― 大講堂 ――

指揮官「赤城―。赤城、居ないのかー?」ガチャ

時雨「あら指揮官。こんな時間に講堂なんかでどうかしたの?」

夕立「めしか!?」

時雨「数分前にお昼済ませたばかりじゃないのよ」

指揮官「おぉ、時雨に夕立か。赤城を知らないか?」

時雨「うーん、今日はまだ見てないわね。でももしかしたらユニオンの宿舎にいるかも」

指揮官「ユニオンの? なんでまた」

時雨「昨日誰かに盆栽について何か質問されてたみたいだけど、よかったら直接教えてあげるみたいな話になってた気がするのよ」


時雨「まぁ言ってみればそれだけなんだけど、指揮官が赤城を探していた所に時雨様が居合わせて、たまたま前日の話を覚えていた……」

時雨「これはもう幸運の女神たる時雨様縁の巡り合わせに違いないと思ってね!」

指揮官「なるほど、妙に説得力があるな。ありがとう、行ってみるよ」

夕立「めし……」

時雨「もう、いい加減にしなさいな。別にお昼が少なかった訳じゃないでしょ」

夕立「別腹が寂しいの!」

指揮官「……そうだ二人共、この後用事が無いのなら少しここで待っててくれないか?」

時雨「? 別にいいけれど……どうかしたの?」

指揮官「すまないな。すぐ戻るから」ガチャ バタン

夕立「?」


―― 購買部 ――

不知火「毎度、有難うございます……」チャリーン

指揮官「よし。それじゃ宿舎に行く前にっと……」

???「指揮官様ぁ~」

指揮官「おぉ!? ……あぁ、赤城か」

赤城「はい、指揮官様。アナタの赤城で御座います」スッ

指揮官「音もなく忍び寄って背中ピッタリの距離から急に声を掛けないでくれ、怖いから」

赤城「うふふ、ごめんなさい。驚く指揮官様が愛らしくてつい」クスクス

指揮官(愛宕みたいだな……)


指揮官「赤城も購買に用事があるのか?」

赤城「いいえ。近くを通りかかっただけなのですけど、指揮官様の匂いがしたのでふらりと立ち寄った次第ですわ」

指揮官「なんだ、そうだったのか。てっきりユニオンの宿舎にいるものだとばかり」

赤城「あら? 確かに先程までクリーブランドと盆栽についてお話するためにユニオン宿舎に赴いておりましたが……何故指揮官様がそれを?」

指揮官「なるほど、大した巡り合わせだ……ちょっとお前に用があってな。探しているときに人からそう聞いたんだ」

赤城「まぁ! 指揮官様が私を探して下さっていたのですね! とっても嬉しいですわ!」

指揮官「はは、そんなに大事な話でもないんだけどな」

赤城「いいえ! 指揮官様とのお話というだけで赤城にとってはソニック実写化の報よりも重大なお話ですわ!」

指揮官「だいぶ偏ってるな」


指揮官「ほら、科学研究の資材なんだが。艤装解析に回してもいい汎用素材の数を把握しておきたくてな」

赤城「あら。確かに強化予定の装備の事を考えると、残しておいて欲しい数があるのは否定しませんけど」
赤城「それくらいなら指揮官様の裁量で幾らでも自由にしていい領分ではなくて?」

指揮官「そうなんだけどな。後になってアレがないコレが無いと慌てるのは恥ずかしいし……」

赤城「うふふ、着任したての頃はいつも後になって大童でしたね」

指揮官「やめてくれって。それでいつも秘書をやってくれてるお前かベルファストなら把握してた筈だと思い至って、探してたんだよ」


赤城「つまり指揮官様はあのメイドよりも赤城を頼って下さったのですね!? 光栄の至りですわ!」

指揮官「まぁベルは買い出しで今母港に居ないしな」

赤城「…………」

指揮官「取り敢えず一旦執務室に向かうか」スタスタ

赤城「あ、お待ちを指揮官様ぁ!」タッタッタ


―― 大講堂 ――

赤城「指揮官様? ここは執務室ではありませんけど」

指揮官「あぁ、ちょっとここに寄ってから行こうかとな」

赤城「も、もしや指揮官様はこのように普段人が集まる場所で致す事で興奮する性なのかしら!? 心配いりませんわ指揮官様、赤城はこういう事もあろうかと普段からあらゆる事態・場所・時間を想定した仮想訓練に余念がなく――」

指揮官「おーい、時雨、夕立、いるかー?」ガチャ

赤城「…………」


夕立「なに!? 良いの指揮官!?」

時雨「なになに、どうしたの? 気前がいいじゃない」

赤城「……指揮官様、もしや先程申していた私の居場所を教えた者とは……」

指揮官「そうそう、この二人だ。お陰で赤城と会えた訳だから、これはお礼だ」

夕立「お礼か! そういう事なら有り難く貰ってあげるぞ!」

時雨「夕立は何も言ってないでしょ。でも有難う指揮官! やっぱり時雨様の日頃の行いのお陰よね~」

赤城「良かったわね、二人共。でももうすぐお勉強の時間だから、早めに食べるか仕舞うかするのよ」

時雨「はーい!」


夕立「おいしい!」ムシャムシャ

時雨「あ、もう! ちゃんとお返事しないとダメよ!」

指揮官「ははは、気にするな。それじゃ、勉強頑張ってな」ガチャ バタン

…………

赤城「指揮官様が先程購買部にいらっしゃったのはその為でしたのね」

指揮官「ああ。赤城に会えたのは偶然だけど、協力してもらったのは確かだしな」

赤城「そんな事を言って……本当は夕立辺りがお腹を空かせているのを見てつい甘やかしただけじゃないんですか?」

指揮官「黙秘する…………ん?」

パタパタパタ

ル・マラン「あ! し、指揮官に赤城さん。御機嫌よう!」

指揮官「おぉ、お疲れル・マラン。お前も今から講堂か?」

ル・マラン「は、はい! 休憩時間にお昼寝してたらギリギリになっちゃって……急がなきゃー!」

赤城「廊下はあんまり走らないようにねー」

ル・マラン「ご、ごめんなさ~い!」パタパタ


指揮官「ふっ、慌ただしいな全く」

フラ……フラ……

ラフィー「あ、指揮官……赤城……おはよう……」

赤城「もうお昼よ」

指揮官「ラフィーも講堂か? そろそろ始まるからシャンとした方がいいぞ」

ラフィー「大丈夫……ラフィーは眠たいと思ってない……思ってない」フラフラ……

指揮官「……あれは居眠りするだろうな」

赤城「あの子、以前もあんな風にふらふらしてたのよね……あの時はポートランドが手を引いてたけど……一人で良いのかしら……」ソワソワ

指揮官「心配か。赤城は面倒見がいいからな。ま、あれで毎回授業には顔を出せているんだ、問題ないだろう」

赤城「んもう、面倒見が良いのは指揮官様だってそうでしょう」


赤城「……そう、本当に指揮官様は面倒見が良い方ですわ」

指揮官「どうした急に」

赤城「この艦隊も、随分と大所帯になりましたわ。新しい子がどんどん着任し、私などはまだ顔も合わせた事のない子だっています」

指揮官「以前のように毎回皆を集めて紹介するのもちょっと難しいからな、すまない」

赤城「でも指揮官様は、しっかりと全員を覚えて気にかけてくれています。別け隔てなく接して、人となりも把握して……本当に誇らしいばかりですわ」

指揮官「それしか出来ない人間だからな」

赤城「だからこそ、と……仕方ないことだとは分かっているのですが。長い事勤めている私のような者は、以前ほど一緒の時間が取れないことが、少し……寂しくもあります」

指揮官「…………」

赤城「ごめんなさい。ただの我儘だとは重々承知しているのですが」クスッ

指揮官「いや……」


―― 執務室 ――

赤城「えーっと、確か資材の在庫数を書き留めた資料と運用中の設備をまとめた資料がこの辺りに……」ゴソゴソ

指揮官「あぁ、その前に赤城、これを」スッ

赤城「如何しました、指揮官様?」
赤城「…………これは、お団子?」

指揮官「購買で天ぷらと一緒に買ったんだ。その……時雨たちへのお礼とは別に」

赤城「……わざわざ、私のために?」

指揮官「実は俺も少し気にしていたんだ。練度が高いお前に出撃も頼んだ方が安心だからと、つい任せきりにしていた事を」

指揮官「雑務も卒なくこなせるベルに秘書艦をお願いして効率的に仕事が出来るようになったのは良い事なんだが、そのせいで今まで兼任でやっていた赤城とは話す機会も減ってしまったものだからな」

指揮官「ご機嫌取りと言えなくもないが……久々に話す切掛けも出来たことだし、何でもいいから労いたかったんだ」


赤城「……指揮官様……」

指揮官「赤城も同じことを考えていたくらいだ。他の古参の艦たちも随分不安にさせてしまっているんだろう」

指揮官「すまなかった。今でも変わらずにずっとお前たちを頼りにしている。もっと行動で示せるように心がけるよ」

指揮官「……団子は今でも後でも遠慮せず食べてくれ。加賀が作った和菓子には敵わないかも知れないが」

赤城「指揮官様……! そのように言ってくださるなんて……」
赤城「赤城は、赤城はもう……!」

ガチャリ

ベルファスト「御主人様、ベルファストただいま帰還致しました」


赤城「…………」

指揮官「あぁ、お帰りベルファスト。早かったな」

ベル「はい。運良く帰りは道が空いておりましたので、予定より早く戻ることが出来ました」
ベル「赤城様もお疲れ様で御座います。執務室でお会いするのは久々ですね」

赤城「……えぇ、そうね……お疲れ様……」ガクッ

ベル「顔色が優れないようですが……大丈夫でしょうか?」

赤城「大丈夫よ、これは別に何でも無いから……」

指揮官「ベルファストも来たなら丁度いい。二人一緒に聞いてくれれば早々に片付きそうだ」

ベル「申し付けがあるのであれば、喜んでお受けしましょう」

赤城「…………んー! もう!」


―― 重桜寮 ――

赤城「……うふふ……」

ガチャリ

加賀「姉様、今戻ったぞ……どうした? その容器は」

赤城「あら加賀、お帰りなさい。これは指揮官様が赤城に下さったのよ」

加賀「容器を……? 贈り物にしては、その……随分、簡素というか」

赤城「これ自体が贈り物という訳じゃないわ。お団子を頂いたの。これはそれを入れていた箱」

加賀「……中身は食べてしまったのだろう? ではそれは捨てていい物では」

赤城「だめよ。せっかく指揮官様がくれたものだもの。勿体ないじゃない」

赤城「本当はお団子も大事にとっておきたかったのだけど……流石に食べ物は傷んじゃうものね。ならせめて、その証だけでも残しておきたいじゃない」

加賀「……まぁ、異臭がしない程度なら私は気にしない」

赤城「うふふ。指揮官様が赤城を想って下さったお団子……うふふ」

加賀「程々にな、姉様」


指揮官「うーん……うん? ベルファストか……?」

ベル「おはよう御座います、御主人様」

指揮官「あぁ、おはよう……一応聞いてみるけど、鍵掛かってなかったの?」

ベル「いえ、しっかりと施錠なされてましたよ」

指揮官「だよな。どうやって入って来たの」

ベル「メイドの嗜みで御座います」

指揮官「……まぁいいか。どうせ皆好き放題入ってくるんだし」

ベル「ご理解が早いのは御主人様の美徳で御座いますね」

>>17 コピペミス


―― 朝 ――

―― 指揮官部屋・寝室 ――

指揮官「…………」スヤスヤ

「御主人様、お目覚め下さいませ」

指揮官「うーん……うん? ベルファストか……?」

ベル「おはよう御座います、御主人様」

指揮官「あぁ、おはよう……一応聞いてみるけど、鍵掛かってなかったの?」

ベル「いえ、しっかりと施錠なされてましたよ」

指揮官「だよな。どうやって入って来たの」

ベル「メイドの嗜みで御座います」

指揮官「……まぁいいか。どうせ皆好き放題入ってくるんだし」

ベル「ご理解が早いのは御主人様の美徳で御座いますね」


指揮官「幾ら鍵変えてもどうやってか開けられてしまうものな。もう殆ど常時開放みたいなものだ」
指揮官「ベルファストはいつも俺が許可を出すまで入らなかったから、ちょっと驚いたが」

ベル「左様で御座いましたか」

指揮官「何かあったのか?」

ベル「何か……という程の事でもありませんが。強いて申し上げるのなら、昨日赤城様からお聞きした話が原因でしょうか」

指揮官「話?」

ベル「お団子を御主人様より賜ったとか、疎遠気味だったKAN-SENの娘達ともっとお話をしようと思い至ったのだとか」

指揮官「あぁ、なるほど。その話か」

ベル「端的に申し上げるのなら、羨ましいと感じまして」

指揮官「羨ましい……ベルファストがか」


ベル「意外で御座いましたか?」クスッ

指揮官「正直に言うなら意外だな……お前には執務、私事共々良く助けて貰っていたし」
指揮官「決して会話も少ない訳ではなかったと思うから」

ベル「確かに事務的な会話であれば普段から良くお話させて頂いておりましたが、私的な話題は頓と交わしませんでしたので」
ベル「失礼ながら御主人様は、私の趣味などをご存知でしょうか?」

指揮官「……言われてみれば」

ベル「でしょう?」

指揮官「そうだったか……すまない、ベルファスト。配慮が足りなかったな」

ベル「いえ、宜しいのですよ。私の方も必要でない限りは極力口を開かぬよう心がけておりましたので」
ベル「ですが、赤城様からのお話によれば今後はもっと目を向けて頂けるとの事。であれば、私の事も知ってもらえる機会を頂きたいと想いましたので」
ベル「こうして朝のお世話に出向かせて頂いた次第で御座います」

指揮官「歩み寄るための第一歩が奉仕か。如何にもベルファストらしいな」


ベル「ご迷惑でしたか?」

指揮官「そんな事はない。さっきも言ったが週に一度は誰かしら入ってくる空間だしな」
指揮官「ただ話を聞いたばかりで申し訳ないが、暫くはその世話もお休みして貰うかも知れないな」

ベル「あら。御主人様はメイドからお仕事を取り上げようと申されるのですか?」

指揮官「違う違う。赤城から聞いたんだろう、もう少し皆とコミュニケーションを取っていこうと思い至ったと」
指揮官「幸い今は落ち着いた時期だしな。出撃も秘書艦も委託任務も、少し休みを言い渡そうかなと」

ベル「なるほど……休息期間という訳ですか」

指揮官「俺も必要最低限の仕事だけして、残りの時間は母港の皆に顔を出して回ろうかと思ってな」


指揮官「そういう訳だから、ベルファストも俺の世話はお休みして好きなことをしていたら良い」

ベル「あら、本当にそのように申されても宜しいのですか?」

指揮官「うん? どうしてだ。何か問題でもあるのか?」

ベル「私が好きなことにだけ没頭するということは、御主人様は四六時中私にお世話されるという事ですよ」クスクス

指揮官「……やっぱり俺はお前の趣味をずっと前から把握してたみたいだな……」

ベル「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」

指揮官「褒めてはいない気もするが。まぁ、普段出来ない事をしてみたらいいさ。せっかくの時間なんだしな」

ベル「かしこまりました。では御主人様の朝食をご用意した後、メイド隊の教育にでも赴いて見ようかと想います」

指揮官「ありがとう。そっちも頑張れよ」


………………

…………

……

―― ユニオン寮 ――

指揮官「港内放送で休息期間の知らせも出した事だし、思いつきで出向いてみたが……」スタスタ
指揮官「ここに足を運ぶのも久々な気がするな」
指揮官「最近は忙しさにかまけて執務室に呼び出してばかりだったからな……」
指揮官「さて。部屋替えでもしてない限りは、この辺りだったと思うが」

【ロング・アイランドのお部屋】

指揮官「お、あったあった。以前のままだったようだな」
指揮官「どれ……」コンコン

???「はぁ~い。開いてるから入って~」

指揮官「……訪問者も尋ねずにか。不用心だぞ」

ガチャ

―― ロング・アイランドの部屋 ――


ロング・アイランド「いらっしゃ~……って、指揮官さん!?」

綾波「え、指揮官? どうしてここに……」

指揮官「お邪魔するぞ。随分油断した格好だな、二人共」


ロング「あわわわ、見ちゃダメなのぉ~!」

綾波「これは、その……くーるびず? なのです」

指揮官「全く、無防備に人を部屋に上げるから慌てるんだぞ」

ロング「乙女のお部屋に無遠慮に上がり込む方も良くないの~!」

指揮官「マンガにフィギュアにゲームにお菓子にと転がりまくったココのどこが乙女の部屋だ」

ロング「いいから一旦出ていって~!」

―― 数分後 ――

綾波「指揮官、もう大丈夫です。最低限整えたです」

ロング「もう~デリカシーが無いよね~」プンプン

指揮官「お前に言われるのは心外だなぁ」


指揮官「それにしても綾波は朝からどうしてこんな所にいるんだ」

ロング「こんな所だなんて失礼しちゃうの!」

綾波「昨日から一緒だったのです。ゲームをしていたので」

指揮官「なるほど。夜更ししていたせいで尚更頭が働いてなかったって所か」

綾波「指揮官こそこんな時間からどうしたのです?」

ロング「ま、まさかとうとう幽霊さんに夜這いを!?」

指揮官「今は朝だと言っているだろうに」ズルズル

ロング「いやぁ~! お布団剥がさないでぇ~!」

指揮官「別に大した用ではない……というか、綾波と似たような理由だろう。多分」

綾波「と言うと?」

指揮官「ゲームしに来たんだよ。ロング・アイランドなら暇してるかなと思って」


ロング「え!? 指揮官さん、相手してくれるの!?」

指揮官「うん、休息の布令を出したは良いものの、俺自身の余暇の過ごし方をすっかり忘れてしまっていてな」
指揮官「お前と遊んでたら思い出すかなーって」

ロング「やろうやろう! コントローラーも一個出すね!」

綾波「え……指揮官もゲームを嗜んでるんですか!?」

ロング「そーだよ~! 前は良く一緒に遊んでくれてたんだ~」

綾波「初耳です……」

指揮官「確かに綾波が来る頃には自室以外じゃ触らなくなってたかもなぁ」
指揮官「俺の方は綾波がゲーム好きなのは知ってたけど。配信も見てるぞ」

綾波「それは……嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいです」

ロング「指揮官さ~ん! はいコレ使って! 三人で対戦するの~!」


………………

…………

……

指揮官「…………」

ロング「へへへ~! 指揮官さん弱々なの~」

指揮官「勝ったと思うなよ……」

綾波「もう勝負ついてるから、です」

指揮官「いや今のハメでしょ? 俺のシマじゃノーカンだから」

ロング「時既に時間切れなの~」


指揮官「上手すぎだろう二人共……特にロング・アイランドは以前なら同じくらいの腕前だったのに」

ロング「ふふ~ん。指揮官さんがお仕事なんかにかまけている間、幽霊さんは特訓を重ねていたのだよ!」

綾波「暇さえあれば対戦三昧……この努力が実を結んだです」

指揮官「威張って言うことかコラ。お前ら二人だけ休日返上で働かせるぞ」

ロング「ブラック艦隊はんたーい! 労働者の権利をよこせー!」

綾波「さーびす残業許すまじ、です! 我々は断固戦うです!」

指揮官「ル・マランみたいな事言いやがって」

綾波「マランもたまにここに来るです」

指揮官「だと思った」


ロング「へへ~、それじゃ負けた指揮官さんには罰として……えいっ!」ガバッ

指揮官「うぉっとと……何してんだ?」

ロング「指揮官さんの膝枕、もーらい! なの~」

綾波「あ……ずるい、です!」

ロング「早い者勝ちなの~」

指揮官「なるほど、俺の足を痺れさせて対戦を有利に進めようという魂胆か」

ロング「そんな寝技使わなくても指揮官さんなら楽勝なの」

綾波「同感です」

指揮官「……今に見てろよ……」


ロング「へへへ……でも何だか安心したの」

指揮官「安心?」

ロング「最近の指揮官さんはあんまり一緒に遊んでくれなかったから。ちょっと寂しかったの~」
ロング「話すといったら仕事仕事ばっかりで。何だか遠くなったみたいな気がしてたの」

綾波「綾波も少し安心したです。もうちょっと、近寄りがたい人という印象だったです」

指揮官「……やっぱりそうか。自分で思っていた以上に気負いすぎてたのかもなぁ……」

綾波「今日の指揮官はとてもいい顔をしてる気がする……です」

指揮官「お前たちの運営を辛いと思った事はないが、仕事である以上少なからず緊張はあったんだろうな」
指揮官「久しぶりに人と遊んだが……うん、凄く楽しいぞ」

ロング「幽霊さんに感謝してね!」

指揮官「今日くらいはその不遜な言動も許してやるぞ」


綾波「そろそろお昼です。指揮官さんもここでご飯にするです?」

指揮官「うん? お前たちは食堂では食べないのか?」

ロング「お休みの日はこもりっぱなしでゲームしてるの! そのためのカップ麺買い置きなの!」

綾波「色んな種類があるのです。好きなものを取ると良いです」

指揮官「……流石に不健康すぎるわ! 違う意味で休ませておけなくなったぞ!」

ロング「えぇ!? そんなぁ~!」

指揮官「飯くらいちゃんとしろ! ほれ、今日は奢ってやるから食堂に行くぞ!」

綾波「本当ですか!? 流石指揮官、我らが上司様なのです」

ロング「やった~! 幽霊さんメニューの端から端まで頼むやつ、一度やってみたかったの~!」

指揮官「ちゃんと全部食うなら許してやる」

綾波「ご飯食べたらもう一度ゲームするです、指揮官」

指揮官「望むところだ。今度こそ返り討ちだ」

ロング「それじゃ、善は急げなの~!」

………………

…………

……


―― 翌日 ――

指揮官「ふわぁぁ……まさか本当に一日中ゲームするハメになるとは。これじゃロング・アイランド達を笑えないな」
指揮官「まぁあいつらも俺と遊ぶのを楽しく思ってくれた証拠かも知れないが……」
指揮官「さて、今日は……向こうに顔を出してみるか」スタスタ


―― 大講堂 ――

指揮官「流石に休息の報を出しても、ここはまだ賑やかな感じだな」
指揮官「グラウンドなんかは常に開放してるし、運動する娘も多い感じか」
指揮官「さて……」

【教官室】

指揮官「もしかしたら彼女たちも休んでるかも知れないが、とりあえず」コンコン

???「いいぞ。入ってこい」

指揮官「居たみたいだな。失礼するぞー」ガラガラ


―― 教官室 ――

アマゾン「どうしたー? 何か分からない所でも……し、指揮官!?」ガタタッ

指揮官「お疲れ様。流石に教官はそんなにすぐには休めないか」

アマゾン「あ、あぁ。生徒の為にもとりあえず残る人は必要だから、シフトを組んで調整をだな……ってそうじゃなくて!」
アマゾン「一体何の用なの、いきなり!」

指揮官「いや、驚かせたのならすまない。用事という訳じゃないんだ」
指揮官「ただ時間もあることだし、お前の調子はどんな感じかと気になってな」

アマゾン「わ、わざわざ私に会いに!? ふ……ふん! それは随分暇なものだな!」

指揮官「心配しなくてもちゃんと自分の仕事は済ませて来てるよ」

アマゾン「そ、そうか。昔に比べたら少しはマシになったようだな!」

指揮官「お陰様でな、ははは」


指揮官「休みの布令を出したのも殆どこれが理由みたいなものだ。いい機会だからちゃんとあちこち見ておこうと思ってな」

アマゾン「なんだ……そういう事だったのか。随分急な話だったから驚いたぞ、全く」
アマゾン「思いつきで動くのだけは変わらないみたいだな」

指揮官「いやぁ、面目ない」
指揮官「ところでさっき、生徒の為にも残る人は必要みたいに言ってたが、授業は普通に行っているのか?」

アマゾン「いや。自主的に勉強をしたいと言う生徒も何人か居てな。他所よりは集中出来るだろうと、決まった時間にだけ教室を開放しているんだ」
アマゾン「どうせ私もテストの採点なんかで出なきゃいけなかったし、鍵の管理ついでに質問したければココに来いと言ってある」

指揮官「そういう事か。関心な娘達も居るものだなぁ」

アマゾン「以前のお前とはえらい違いだよな」ククク

指揮官「その節はご迷惑を……採点、手伝おうか?」

アマゾン「いいの? 有難う、助かる。じゃ、指揮官はこの束をやってくれ」ドサッ


指揮官「こ、これは……すごい量だな!」

アマゾン「私は駆逐艦担当だからな。自分も含めて百二十程いる連中を受け持っているんだ、多くて当然だろ」
アマゾン「ま、既に通う必要が無い娘も居るから、これでも少なくなった方だ」

指揮官「……改めてお疲れ様」

アマゾン「ふふん、お前からの労いは心地良いぞ! ほら、とっとと手を動かせ!」

…………

……

指揮官「…………」シャッシャッ

アマゾン「…………」ペラッ
アマゾン「……しかし、なんだな。こうして二人で居ると、お前を指導していた頃を思い出すな」

指揮官「俺も同じことを考えていたところだよ」

アマゾン「そ、そうか……あの頃のお前と来たら、本当に根性なしで困ったものだ」
アマゾン「分からない事があるとすぐイジけて、ロング・アイランドの部屋に逃げ込んでサボっていたなぁ」ククク

指揮官「恥ずかしいからその話を蒸し返すのはやめてくれ……」


アマゾン「可愛い思い出じゃないか。ドアをノックした途端にロング・アイランドに即差し出されていたお前の顔と来たら!」ケラケラ

指揮官「思い出したらちょっと腹立って来た。あの野郎今度ほっぺた引っ張ってやる」

アマゾン「お前を匿ったせいで怒りが飛び火するのを嫌がったんだろ、お前が悪い」

指揮官「それはそうだけど、あいつにはチョコを握らせてやったのに俺を売ったんだぞアマゾン先生」

アマゾン「それは初耳だったな……ロング・アイランドばかりずるいぞ指揮官!」

指揮官「はいはい、いつでも奢りますよ」

アマゾン「ほ、本当に!?」ガタッ

指揮官「……? あぁ、時間さえ合えばだけど」


アマゾン「絶対に絶対だからね!」

指揮官「もちろんだとも。ほら、手が止まってるぞアマゾン先生」

アマゾン「む。生意気な事を言うようになったじゃないか」ククク

指揮官「はは、お陰様で」

アマゾン「……あの頃はこの港がここまで大きくなるなんて、思いもしなかったなぁ」

指揮官「あぁ、そうだな」

アマゾン「お前に教えることも殆ど無くなって、いつの間にか同じKAN-SEN相手に教鞭を執る事も増えて」
アマゾン「そうしていくうちにどんどん新しい娘も入ってきて、大講堂も本格的な施設に変わって来て」
アマゾン「私だけでは手が回らないからと教官も増員されて、今や立派な学園のようだ」

指揮官「…………」

アマゾン「今の生活に不満がある訳じゃないけど、時々昔が懐かしいよ」


指揮官「……寂しい想いをさせてしまっていたか?」

アマゾン「は、はぁ!? この私が、お前が恋しいと!? ば、バッカじゃないの!」ガタガタッ

指揮官「だろう。アマゾンの事だから有り得ないとは思ったが、ちょっと自惚れてみたんだ、ははは」

アマゾン「あ、いや、それは、そのぅ~……」
アマゾン「……まぁ、名残惜しくない、と言えば、嘘にはなるかも知れない」

指揮官「そうなのか?」

アマゾン「ほ、ほら! ダメな子ほど可愛いと言うだろう!」

指揮官「……凄く納得してしまったから勘弁してくれ」

アマゾン「うるさい、反省しろ!」


アマゾン「ふぅー……さっきも言ったけど、別に今の生活に不満は無いんだ」
アマゾン「皆が手探りだった時代は確かに懐かしいさ。今より気楽だったと言えるからな」
アマゾン「手のかかる生徒がお前一人だった時期に郷愁を感じるのは仕方ない事だ」

指揮官「…………」

アマゾン「でもそれ以上に、私は誇らしいよ」
アマゾン「あんなにおバカだったお前が、今やこうして私の手を借りずとも、ここを運営していける」
アマゾン「かつて尻を引っ叩いたものとして、こんなに嬉しい事があるもんか」ニッ

指揮官「……そう思ってくれてるとは知らなかったな。やっぱり俺はまだお前には敵いそうにない気がするよ」

アマゾン「ふふん! 力不足を感じた時はいつでも来い! また指導してやる!」


コンコン

アマゾン「ん、開いてるぞ。入れ!」

ガラガラ

Z23「失礼します! 少々教えて頂きたい事が……」
ジャベリン「さっきまでニーミちゃんと一緒に考えてたんだけど、どうしても分かんなくて~……今良いですか?」エヘヘ

アマゾン「構わないぞ。見せてみろ」

Z23「ここなんですけど……」
ジャベリン「あれー!? 指揮官がいるぅー!!」
Z23「えっ!?」

指揮官「よぅ」

ジャベリン「えぇー!? なんでなんでー!? 指揮官ここに何の用事があったんですか!?」
Z23「も、もう、居るのを知ってればちゃんと身嗜みを整えたのに……」アワアワ

アマゾン「丁度いい、お前が教えてみたらどうだ指揮官」

ジャベリン「えぇ!? 指揮官に!?」

指揮官「俺に教えられる範囲なのかさえ分からないんだが……どれどれ」スッ
指揮官「……あ、これなら大丈夫だ。ほら、ココがこうなってだな……」


Z23「あ、そっか、こうなって……有難うございます、指揮官!」

アマゾン「ちゃんと出来たじゃないか、良かったな」

指揮官「以前お前に教えて貰った内容だからな……偶然だよ」

ジャベリン「そうだ、指揮官! 暇なら一緒に教室行きましょう! ジャベリンもっと教えて貰いたいです!」
Z23「わ、私も! ぜひご指導ご鞭撻の程を……!」

アマゾン「お、それはいい考えだな! せっかくだ、一時間くらい指揮官の特別教室を開こうじゃないか!」
アマゾン「あと10分くらいしてからやれば、丁度お昼の時間になるしな!」

指揮官「おいちょっと、そんな事俺には……」

ジャベリン「わぁーい、やったー! ジャベリン、教室で待ってますね!」タタタ
Z23「待ってジャベリン! うぅ、10分じゃおめかしする時間無いよぉ~!」タタタ

指揮官「あー……」


アマゾン「タイヘンだなぁ指揮官? こうなった以上やらないとガッカリさせちゃうぞ?」ククク

指揮官「ひどい無茶振りもあったもんだ……仕方ない、やろう。何を教えればいいのかは分からないが」

アマゾン「それならこの私用の教科書を使え。90ページ以降からが彼女たちにまだ教えてない範囲だから、そこからやればいい」ポイッ

指揮官「お前が教壇に立って、それを俺が補佐するくらいの方が良さそうなんだけどなぁ」パシッ

アマゾン「かつての生徒が成長した姿を間近で眺めるのも一興ってもんだろ」
アマゾン「カッコいいとこ見せてよね、指揮官?」ニコッ


―― 講堂・教室 ――


指揮官「…………」

アマゾン「…………」


ドイッチュラント「この私が来てやったのよ下僕。つまらない授業にはしないことね」

グラーフ・シュペー「姉ちゃん……大急ぎで私を引っ張って来たと思ったら、こういう事だったの……」

プリンツ・オイゲン「うふふ。時間があれば指揮官にお揃いの制服を着てるとこ見せてあげられたのに……ね、お姉ちゃん?」

アドミラル・ヒッパー「はぁ!? アンタとお揃いなんて嫌よ! わ、悪目立ちしちゃうじゃない!」

U-110「指揮官ー。授業終わったら一緒に遊ぶぞー」

グラーフ・ツェッペリン「始めよう……我らの修学(おべんきょう)を」


ジャベリン「に、ニーミちゃん! すごい鉄血率だよ!?」
Z23「す、素早くおめかししようと寮に行って来たら、急いでる理由を聞かれて……教えたら皆ついてきちゃって……」
ジャベリン「……ニーミちゃん、わざわざアイドル衣装着て来たんだね……」


指揮官「……凄いことになっとる」

アマゾン「私の授業よりも大人気だぞ。良かったな」プクー

指揮官「アマゾン先生、怒ってらっしゃる?」

アマゾン「知らない! さっさと始めろ! 私はなーんにもアドバイスしてあげないから!」

指揮官「そんなご無体なぁ!?」


………………

…………

……


―― 翌日 ――

指揮官「……やれやれ、昨日は本当に驚いた」
指揮官「始めてみれば、意外と皆真面目に授業を受けてくれたのもそうだったが……」
指揮官「まさか終わった後に鉄血寮に歓迎されるとはな」
指揮官「ジャベリンとアマゾンを巻き込んでしまったのはちょっと申し訳なかったが」
指揮官「それにしても妙に柔らかい雰囲気の寮舎だった。また行ってみたいものだ」

指揮官「さて、今日はどこへ……ん?」
指揮官「あそこに見えるのは……」


―― 中庭 ――

エルドリッジ「お日様……ぽかぽか……」

加賀「あぁ、そうだな」

エルド「加賀……びりびり、する?」

加賀「いや、気持ちだけ受け取っておこう」

指揮官「おーい、加賀―、エルドリッジー」

加賀「うん? ……あぁ、お前か、おはよう」

エルド「指揮官、おはようー」

指揮官「おはよう。二人はここで一休み中か?」

加賀「まぁ、そんな所だ。見ての通り良い天気だったからな」


エルド「指揮官……抱っこ」

指揮官「あぁ、良いぞ」ギュッ
指揮官「済まない、加賀。隣に座っていいか?」

加賀「別に私の席では無い。勝手に座るといいさ」

指揮官「それじゃ、失礼させてもらおうかな」スッ

エルド「指揮官……ぽかぽか……」スヤスヤ

指揮官「寝てしまったか。起きたばかりだろうに」

加賀「ふっ。余程お前に抱かれているのが安心すると見える」

指揮官「誰が抱いてもこんなもんだ、エルドリッジは。加賀もやってみるか?」

加賀「いや、いい。……静電気で尻尾が逆立つのが気になってな」

指揮官「あぁ……そうか。その割には一緒に居てあげたんだな」

加賀「ここで座っていたらふらふらと歩いて来られただけだ。別に私個人に近寄った訳ではなかろう」

指揮官「そうでもないかも知れないぞ。加賀は小さい子に結構好かれているからな」

加賀「……好かれる心当たりなど無いのだが……不思議なものだ」


指揮官「今朝は赤城とは一緒じゃないのか?」

加賀「赤城なら翔鶴と一緒に服を見に行った。半ば引き摺られていくような形ではあったがな」

指揮官「相変わらず仲が良いようで何よりだ」

加賀「赤城は否定するだろうがな」フッ

指揮官「暫く見ないうちに交友関係も広がっているみたいだし、何だか安心したよ」

加賀「そういうお前はどうなんだ。今日は誰をたらしこみに行くんだ?」

指揮官「人聞きの悪い……というか知ってるのか、あちこち出向いてる事」

加賀「2日も続けて普段顔出ししない所に現れれば噂にもなるだろう」

指揮官「言われてみればそうか」


加賀「だが、良いのか。こんな事をしていて」

指揮官「放送で説明もしたが、今は余裕のある時期だしな。俺も自分の仕事はちゃんと――」

加賀「あまり褒められた事では無いのではないか。触れ合いすぎるのは」

指揮官「…………」

加賀「沈黙は肯定と受け取るぞ」

指揮官「そんな事は」

加賀「無いのだろうな。お前にとっては。だが規則は違う」

指揮官「…………」

加賀「ふっ。悪かった。元より私達に知られていい話でも無かっただろうに、困らせてしまったな」


加賀「瑞鶴が暇しているだろう。私はあいつの所へ向かうとするよ」スッ

指揮官「……待ってくれ。その話、他に誰が知っている?」

加賀「私の他にはあの家政婦くらいだろう。あいつが掃除していた時に、偶然お前への通達を見つけてしまった所に居合わせただけだからな」

指揮官「そうか、ベルファストも……」

加賀「そういう事だ。別に誰に言うつもりも無い。ただ少しだけお前が心配になっただけだ」
加賀「ではな」クルッ

指揮官「……加賀!」

加賀「……なんだ?」

指揮官「俺は……お前たちを、ただ戦う為だけの存在だとは、思っていない」

加賀「知っている。だから心配になったのだと言っただろう」フッ
加賀「そういうのは、どうせなら姉様……赤城にでも言ってやってくれ」スタスタ


指揮官「…………」

エルド「……指揮官?」

指揮官「! あぁ、エルドリッジ。起きたのか」

エルド「指揮官、お腹すいた。ごはん行こう」ピョン

指揮官「マイペースだなぁお前は。それじゃ、行こうか」

………………

…………

……


サンディエゴ「しっきっか~ん! 見てみて、馬と鹿の髪飾り! 可愛いでしょ~!」

指揮官「お前それ、重桜の言葉でなんて言うのか知っててやってるのか?」

サンディエゴ「え?」

…………

……

金剛「指揮官、せっかくだから重桜にも優雅な風習をとロイヤルの方に色々協力頂いたのですが……何故だかカードゲームが流行ってしまったみたいで」
金剛「私ルールが分からなくて困り果ててますの。教えて下さらない?」

指揮官「誰に頼んだか一目瞭然だなぁ」

…………

……

Z19「指揮官! 有意義な非番の過ごし方とはどのようなモノなのか、ご教授頂きたいのですが!」
カラビニエーレ「自分もお願いしたいであります! 自由にしろと言われても中々思いつかなくて……」
フォルバン「ただ訓練するだけではいつもと変わらないですよね……」

指揮官「どちらかと言えば俺も暇の潰し方を忘れていた側なんだが……さてどうしたものか」

アーク・ロイヤル「水臭いぞ閣下! 駆逐艦の妹たちと遊ぶのなら、私も誘ってくれれば良いものを!」

指揮官「とりあえず不審者に遭遇した時の対処法から教えようか」

…………

……


―― 指揮官部屋 ――

指揮官「いやぁ、終わってみればあっという間だったな」
指揮官「皆も想像以上にリフレッシュしてくれてたみたいだし」
指揮官「思い付きで設けてみた休息期間にしては上手くいった気もするな」

ベルファスト「お疲れ様でした、御主人様。ここ数日は仕事よりも大忙しでしたね」

指揮官「最近はもう当たり前のようにいるな、お前も」

ベル「御主人様がお好きになさっていいと申されたので」

指揮官「俺の同意は得てないような気もするが、まぁいいか」

ベル「ロイヤルの寮でも今回の長期休暇は喜ばれておりましたよ」

指揮官「それは嬉しい限りだ。やった意味もあったというものだな」

ベル「何より御主人様があちらこちらへと顔をお出しになるのがとても評判が良かったようで」

指揮官「改めてプライベートをおざなりにしすぎたと痛感したよ」


ベル「また一段と艦隊の雰囲気が良くなったと思います。もちろん私も大変うれしく思っております」

指揮官「少し照れるな……さて、明日からは通常通りだ。俺はもう少ししたら寝るから、ベルファストも下がってくれていいぞ」

ベル「かしこまりました。では御主人様、お休みなさいませ」ペコリ

ガチャン

指揮官「……ふぅ、楽しくはあったが、仕事とは違う意味で疲れたな」
指揮官「ま、これだけ気分のいい疲労感も久々に味わったが」
指揮官「さて、ベルファストにもあぁ言った事だし、もう風呂にでも入って寝るか……ん?」

指揮官「……埠頭に人影……? もしやあれは……」


―― 波止場 ――

赤城「…………」

指揮官「おーい、赤城―」

赤城「!? 指揮官様……!?」

指揮官「やっぱりお前だったか。こんな時間にどうした?」

赤城「いえ、長い休みも今日で終わりだと思うと、少し名残惜しくて……」
赤城「寝る前に星でも見てみようかと思ったのです」

指揮官「そうか。確かに今夜は良い天気だな。星がよく見える」
指揮官「隣、失礼するぞ」

赤城「えぇ、どうぞ。なんなら赤城の尻尾もお借りしますか~?」

指揮官「ははは、抜け出せなくなりそうだしやめておこう」


ザザーン

指揮官「……有難うな、赤城」

赤城「指揮官様? どうしましたの、急に」

指揮官「お前の事だから察していたとは思うが、今回の休暇はお前の心の内を聞いたから実行に移せたんだ」
指揮官「普段良く顔を合わせるお前でさえ距離を感じてしまっていたんだ。いわんや他の娘達であればな」
指揮官「あぁして赤城の言葉を聞くまで気付けなかった。視野の狭さを反省したよ」

赤城「そんな事は。第一あれは、ただの我儘を零してしまっただけで……」

指揮官「いや、それで良かったんだよ。不安があるなら口にして貰うのが一番良いんだ」
指揮官「俺はお前たちにはなるべく元気で居て欲しいと思っているからな。……なかなか実現は出来ないでいるが」
指揮官「だからああして赤城に素直に言って貰えて、本当に助かった。有難う」


赤城「……指揮官様」
赤城「そういう事でしたら、そのお言葉は有り難く賜っておきますわ」

指揮官「あぁ。そうして貰えると有り難い」

赤城「……でも、本当は……もう少し、我儘を言いたくもあるのです」
赤城「指揮官様。聞いて頂けますか?」

指揮官「いいぞ。明日からはまた通常業務なんだ、今のうちに言えることは言ってしまえ」

赤城「赤城は……私は、指揮官様が――」

???「こんばんはー! いーい夜だね、お二人さーん!」

赤城「!?」
指揮官「うお!?」


???「いいねー、ここから見える夜の海! 視界を闇で塗りつぶす漆黒の下半分! 輝光が所狭しとひしめき合う上半分!」
???「隣り合うようでいて、溶け合うように重なって、それでもまるで正反対な2つの景色! 歪で綺麗だと思わないー?」

赤城「え、えぇ……そうね、こんばんは……」
赤城(もう、どうしていつも邪魔が入ってしまうのよ!)
赤城(しかもこういう時に限ってまだ一度も顔を合わせた事のない娘じゃない……どう接するべきかしら……)

指揮官「……お前、誰だ……?」

赤城「ッ!?」

赤城(指揮官様が、顔を知らない? 着任した娘には立場上、必ず挨拶をしなければならない指揮官様が?)
赤城(……この娘、一体!?)バッ


???「お、良いね良いね! 怪しいとみるや即座に構えたその対応! 私好みで好印象よ!」
???「本当ならぁ、気配とかオーラとか? そんな摩訶不思議な判断基準で私を見た途端に警戒して欲しかったところだけどぉ~」
???「特別に花丸あげちゃうよ!」

指揮官「お前……一体何者なんだ? 部外者だとしても、こんな所まで入り込める筈が……」

赤城「指揮官様、下がって!」
赤城「あなた、所属と艦名は? 速やかに答えなさい」

???「えぇー? どうせ名乗っても無駄だとは思うけどなぁ。頻繁に顔合わせる程仲良くなる気は毛頭ないしぃ」
???「でも確かに【お前】だの【あなた】だの呼ばれるのも趣味じゃないしねー。仕方ないなぁ、じゃあ一先ず識別させてあげる!」

ピュリファイアー「――ピュリっちとでも、呼ーんで?」


赤城「……ふざけているのかしら?」

ピュリ「もちろんふざけてるよ! 大真面目にこんな事言う人がいたら、その方がよっぽどおかしいでしょ? 違う?」

指揮官「まともに口を利くつもりが無いようなら、早めにお帰り願いたい所だが」

ピュリ「――あんたたちはさぁ、鳴かないホトトギスをどうする派?」

指揮官「……ホトトギス?」

ピュリ「私はさぁ、鳴かないなら利用価値も無いし、さっさと殺してしまえばいいと思うんだよね」
ピュリ「でも私の上司様はさぁ、急いだって意味はない。鳴くまで待てばいいと悠長な事を抜かす訳なのよ」

赤城「……何の話をしているの?」

ピュリ「だからここは間を取って! 無理矢理鳴かせてみようと出向いて来たって訳!!」ガチャ ギギギ

赤城「艤装!? しかもその形状、この悪寒……まさかセイレーン!?」

ピュリ「御名答―ぅ」ドパンッ


赤城「ッ!? 目が……閃光弾!?」

指揮官「ぐぁっ!」ガシャッ

赤城「指揮官様!? 貴様ぁ、指揮官様に何を!!」

ピュリ「何もしないよう? ただお家に連れて帰ってしまおうと思うだけー」
ピュリ「こいつを返して欲しければ、強くなって奪いにこーい! みたいな?」
ピュリ「古今東西、闘争心を煽るならこの手に限るよねー!」

赤城「ふ……ふざけるなぁぁぁ!!」ゴォッ!

ピュリ「いやいや、今度は大真面目。私なりの折衷案ってヤツだもんねー」
ピュリ「ていうかぁー、目も見えないのに無闇矢鱈に艦載機飛ばしたって無駄無駄」
ピュリ「万全の状態でさえ怪しいのに、それじゃ一生かかっても私にはァ痛アッ!?」ドガァン!


指揮官「うぉっ!」ドサッ

赤城「指揮官様、ご無事ですか!?」ギュッ

指揮官「あ、あぁ。すまない、助かった」

ピュリ「イタタ……が、顔面ストライク!? お前今どうやって……」クラクラ

赤城「言動通りの大間抜けのようね。偵察機を利用すれば視界の確保なんて訳ないのよ」ブルルン……

ピュリ「視界の共有か……? クソ、うちの人形共は喋りもしないからそんなの知らないっての……」

赤城「覚悟しなさい抜作。指揮官様に手を出した罪、万死に値するわ」ボゥッ

ピュリ「ラッキーパンチが炸裂した程度でいい気になられちゃ困るなぁ~」ヴヴヴ……
ピュリ「初見殺しは何もそっちの特権じゃあ……ないんだよぉぉお!!」バシュン!

赤城「!?」
赤城(光学兵器!? 避けきれな――)

指揮官「赤城!!」ドンッ


ドジュゥゥ!

指揮官「ぐぅあああああッ!!」

赤城「し……指揮官様!?」

ピュリ「げっ……しまった。片腕ふっ飛ばしちゃった……」

指揮官「ぐ……くぅぅ!」ボタボタ

赤城「指揮官様! 指揮官様、しっかりして! 今止血なさいます!」

ピュリ「やっべーなぁ。これで死んじゃったら間違いなく私のせいだよなぁ……人間ってどれくらいで失血死するんだっけ……」
ピュリ「わっかんない! しゃーない、緊急事態だもんね」
ピュリ「おーい、あっかっぎー。これ使ってー」ポイッ


赤城「!?」

ピュリ「本来人間に使うようなものじゃないから完治は無理だけど、そのキューブなら願うだけである程度の治癒は見込めるよ」

赤城「こんな怪しいものを使えるわけがないでしょう!!」

ピュリ「いやいや、ある意味私なりの命乞いでもあるのよ。そいつに死なれると私の立場が本当にヤバイんだよね」
ピュリ「流石に腕が新しく生える事は無いだろうけど、せめて止血くらいはしてもらわなきゃィィ痛ッタァイ!!」ドガァン!

ピュリ「……誰かなぁ? 人が喋ってる最中に、横っ面に魚雷ブチ込む痴れ者はぁぁ!?」ガシャン!
ピュリ「? 居ない……?」

「通りすがりの……」

ピュリ「!? 後ろ!?」

ベルファスト「メイドで御座います!」ゴキン!

ピュリ「ごはっ!?」


赤城「ベルファスト!」

ベル「炸裂音を耳に致しましたので、とるものもとりあえず馳せ参じました。一体何が……」

指揮官「ベ、ベルファスト……気をつけろ。あいつ……セイレーンだ……!」

赤城「指揮官様! 無理をなさらないで!」

ベル「御主人様……!? ……なるほど、どうやら只事ではないご様子ですね」

ピュリ「い、いい蹴りだねぇ軽巡洋艦……リュウコツがイカれるかと思ったよ」

ベル「お望みでしたら砲弾と魚雷もフルコースでお付けいたします」
ベル「御主人様に働いた狼藉……よもや生きて帰れるとは考えてはいませんね?」

ピュリ「粋がるんじゃねぇぞ三下がァァァ!!」ガシャン!

???《勝手はそこまでよ。ピュリっち》

ピュリ「ッ!?」


ベル「? ……動きが止まった?」

ピュリ「お前……何をしてる!?」

???《随分と派手に暴れてくれたみたいね。既に取り返しの付かない過干渉の域よ》
???《最早手遅れだとは思うけど……僅かでも私達の痕跡は取り除く必要があるわ》

???《――よって、そのボディは破棄するわ。後でまた、新しい体で出直しなさい》

ピュリ「な……ッ!? てめぇ、何馬鹿なこと――」カッ!

指揮官「……ベルファスト! 離れろ!!」

ベル「!?」バッ!


ドゴォォォォン!!


ベル「くっ! ……自爆、した?」
ベル「一体何故……」

赤城「指揮官様、しっかりなさって下さい! 気を確かに!!」

指揮官(まずい、意識が……)

ベル「御主人様!? 赤城様、医務室へ! 早く!」

赤城「え、えぇ! わかったわ!」

指揮官「ベルファスト……お前は、残って痕跡の確認を……」
指揮官「騒ぎを耳にして、後から来る者に……母港内外の、警戒をするように……一体とは、限らない……」

ベル「承知しております! もう喋らずに!」

指揮官「頼……む」
指揮官(視界が、黒く――)


………………

…………

……

―― 医務室 ――

指揮官「…………」

コンコン

指揮官「大丈夫だ。入ってくれ」

ガラガラ

赤城「指揮官様……」

指揮官「赤城か。仕事を任せきりですまなかったな。怪我や疲れは無いか?」

赤城「いえ、私は指揮官様のお陰で何も問題ありません。それより指揮官様の方が……」

指揮官「これか。お前たちの処置が良かったんだろう、今はそれほど傷まない」
指揮官「まぁ、普段どおり振る舞おうとしても気を遣わせてしまうのは申し訳ないが」
指揮官「見舞いに来たロング・アイランドに“ゲームの相手してやれなくて済まないな“と言ったら号泣させてしまってな。ちょっとした騒ぎになってしまった」

赤城「ごめんなさい……確かに、笑い飛ばせませんわ」

指揮官「だろう。完全に失言だった。可哀想な事をした」

赤城「目を覚ましてまだ数日ですから……慣れなくても仕方ありませんわ」


指揮官「現場の報告は朝にベルファストから聞いた。何も見つからなかったそうだな」

赤城「はい。あの時動けるもの皆で朝まで捜索を続けましたが、他の個体が現れることも、侵入の形跡さえも見つかりませんでした」
赤城「突然その場に現れたとしか思えない程に、何もありませんでした」

指揮官「あの時、投げ渡されたキューブも無くなっていたそうだな」

赤城「現場の痕跡を担当したのはベルファストでしたから、目を離したのは数分にも満たないでしょう」
赤城「つまりこちらも、煙のように消え失せた……という事になりますわ」

指揮官「不可解な事ばかりだな……」

赤城「えぇ、本当に……」


指揮官「……赤城。今後の身の振り方についてなんだが」

赤城「はい」

指揮官「これはベルファストにも既に話をしてあるんだが……俺は指揮官を辞める事になる」

赤城「は?」

指揮官「実は目が覚めてすぐに上から連絡が来ていた。母港に敵対勢力の侵入を許し、その痕跡を掴めず、あまつさえ腕を負傷した。そのまま俺をここに置いておく訳にはいかない」

赤城「そんな……指揮官様の責任ではないでしょうに!」

指揮官「そこは上も織り込み済みではある。だがセイレーンの上位個体が現れたこの施設は、間もなく最重要拠点として認定されるだろう」
指揮官「そんな場所に不具の指揮官を置いておく訳にはいかない。どうしても業務に遅れが生じてしまう。そういう事だ」

赤城「それでは、指揮官様はどうなると言うのです!?」

指揮官「まだ分からないが……閑職に追いやられるかもな。だがどの道こうなった以上、俺は軍を退役するつもりだ」


赤城「認めません。私は指揮官様以外に指示を受けるなど考えられません!」

指揮官「そう言うな。元々お前たちKAN-SENを指揮できる人間なんて限られているんだ」
指揮官「饅頭との意思疎通やキューブの反応・運用……要因は様々だが、結局の所相性の良さが大事だとも言う」
指揮官「案外俺より上手くやれる人材が来るかも知れないぞ」

赤城「そういう問題ではありません! 私は貴方様を主と見込んだからこそ付き従ってきたのです!」
赤城「指揮官様が居て下さらないなら、誰が来ようと同じです!」

指揮官「……赤城……」

赤城「そうだわ、指揮官様が離れるというのなら私もご一緒します! どこまでも付いていきます!」


指揮官「赤城」

赤城「私は指揮官様が好きです。大好きです。愛しています!」
赤城「指揮官様の傍に居られるのなら、私はどこへでも――」

指揮官「聞いてくれ、赤城」


指揮官「お前たちは、人間と結ばれる事は許されない」


赤城「……え?」

指揮官「……本来なら、言うべきでは無いことかも知れない」
指揮官「だがお前が付いていくと言ってきかないのなら、恐らく教えるしかないだろう」

赤城「それは……どういう?」


指揮官「軍の考えで言えば、お前たちは兵器だ」
指揮官「一人ひとりが軍事力とも呼べる能力を持ち、対抗し得るのは同じ力を持つKAN-SEN……或いはセイレーンしか居ない」
指揮官「それだけの力を持った存在を、一個人に与えるべきではないという事だ」

赤城「そんなの、指揮官様一人がこの施設を運営していても同じ事ではないですか!」

指揮官「ここはあくまで軍の管理下に置かれている場所だ。外に出るのとはまた違う」
指揮官「……それに、本来であればそうならないように、お前たちとは深く関わってはいけないという規則もあるんだ」

赤城「……? でも、指揮官様は私達を良く気にかけて下さって……」

指揮官「僭越すれすれさ。規則では推奨されない、と書かれているからな。してはならないという程ではないんだ」
指揮官「だから母港内で人間は俺一人だし、他の人員は饅頭くらいだ。本当ならベルファストの買い出しだって頼んで良い事じゃない」

赤城「では指揮官様は、危ない橋を渡ってでも私達とお話を……?」

指揮官「……俺はお前たちをただの兵器とは思っていない。心もあれば感情だってある」
指揮官「必要最低限の接触だけでは、いつも俺達の都合で死地に向かわせられるお前たちを労うことなんて出来ないと思うんだ」
指揮官「そう思って上の方にも何度も改善案を提出したし、報告書でも殊更にお前たちの友好性を強調してみたのだが、成果は芳しく無くてな……」


赤城「もしかして、指揮官様がここから追い出されるのは……」

指揮官「……まぁ、それも多分に含まれているだろう。お前たちに入れ込みすぎた人間を引き剥がしてしまう絶好の機会だ、くらいには」

赤城「……でしたら、こんな力なんて必要ありませんわ!」
赤城「元より艤装さえ展開しなければ、普通の人間とほぼ変わりはありません! 力さえ無ければ、一緒になる事だって……!」

指揮官「無理だ。お前たちは船の記憶から産み出された、言うなれば分け御魂のような存在。艤装は、お前たちがお前たちでいるために、必要不可欠な物だ」
指揮官「艤装が修復不可能な程に傷付けば、お前たちは記憶へと還るしかない……それは退役により艤装を外しても同じことだ」
指揮官「それにお前の力は、これからの世界にも必要なものだろう。どうかそんな事は言わないでくれ」

赤城「そんな……そんな事って……!」


指揮官「……済まなかった、本当に。お前をこうも悲しませてしまうくらいなら、最初から規則に従うべきだったのかも知れないな……」

赤城「それこそ仰らないで下さい。指揮官様が居たから、私は頑張って来られたんです……」

指揮官「赤城、俺のことは忘れてくれ。老いる事もないと言われるお前たちには、きっとそれが一番良い事だと思う」

赤城「出来ません、無理です。無理ですわ……」

指揮官「赤城……」

赤城「どうして……どうしてこんな……」

………………

…………

……


―― 一月後 ――

―― 波止場 ――

指揮官「…………」

加賀「指揮官」ザッ

指揮官「加賀。わざわざ来てくれたのか」

加賀「あぁ。送別会には顔を出せなかったのでな」

指揮官「……お前一人か?」

加賀「赤城なら……まだ、寝込んでいる。恐らく、見送ってしまえば別れるという現実を突きつけられてしまう。それを嫌がっているのだろう」

指揮官「そうか……」


加賀「あれから赤城とは話していないのか?」

指揮官「あぁ。何となく避けられているような気はしていたが……そうか。そういう理由だったか」

加賀「どうか許してやってくれ。お前と離れたく無いからこその行動なんだ。子供のようだが……な」

指揮官「許すも許さないもない。ここを出ていくのは俺の不手際が原因なんだ」
指揮官「だが……そうだな。最後に一度くらいは話したかった」

加賀「指揮官。何の慰めにもなりはしないだろうが、私はお前が居たからこそ皆が笑顔で過ごせたのだと思う」
加賀「努力の先に得られる物が、常に望んだ物とは限らない……だが、お前のしたことは間違いではない。そう思うよ」

指揮官「有難う、加賀。勇気付けられる」

ボォーー

指揮官「……船が出るな。もう行かないと」

加賀「最後に何か、赤城に伝えたいことがあるなら聞くぞ」


指揮官「それじゃあ……“どうか幸せに”と、言っておいてくれないか」

加賀「任せろ」

カン、カン、カン

指揮官「それじゃあ、加賀……元気でな!」

加賀「あぁ。武運長久を祈っているぞ、指揮官!」

ボォーー

指揮官「……それはこっちのセリフだろうに」
指揮官「いや、あながち間違いでもないかもな。ただ生きる事もまた、戦いか」

………………

…………

……



赤城「…………」

赤城「どうして?」

赤城「どうして皆、私から離れていってしまうの?」

赤城「指揮官様……」

赤城「……天城姉様……」

赤城「…………」

続きはまた明日に。お休みなさい

再開します


離れてしまう。会えなくなってしまう。

未だかつて味わった事のない恐怖が全身に染み渡り、視界を赤黒く染めた。

焦燥に駆られた指先が遠ざかる温もりを追う。彼方にある光を握りしめた所で、掌にはなにも残らない。

撹拌された思考に漂う中、胸の奥底で何かが軋む音を確かに聞いた。


………………

…………

……

指揮官「さて、そろそろ家を出る時間か」

TV《画面の前の皆―、お元気かにゃ? 明石は連日番狂わせが起こる現場にてんてこ舞いだにゃ!》
TV《今日こそはと思いつつも何が起こるかは分からない! もう好きにしてくれと諦め半分で実況をお届けするにゃ!》
TV《それじゃ合同演習二日目のカードは、鉄血VSユニオン! 張り切って――》プツッ

指揮官「……ふっ。お前も大変だな、明石」
指揮官「よし。今日も一日頑張るか」

ガチャ バタン


―― 街道 ――

隣人「おや、おはようさん。今朝も早いね」

指揮官「えぇ。そちらも毎朝の清掃お疲れ様です。行って来ます」

指揮官「今の時間なら……ゆっくり歩いても十分間に合うか」
指揮官「普段通らない道でも行ってみるかな?」

指揮官(……あれから、二年が過ぎた)
指揮官(軍を辞めた俺は、上から斡旋された就職先には行かず、実家からも離れた街で暮らしている)
指揮官(港からも遠いこの街では、誰も俺の顔を知らない。就職先には流石に片腕であることは了承して貰っているが、普段の生活では義手のお陰で目立たずに済んでいる)
指揮官(そこまでする理由は自分でも分からないが、とにかく以前の生活から離れるだけ離れて、早く自立してしまおうという思いはあったのかも知れない)


指揮官(その甲斐あっての事なのか、こうして穏やかな日々を過ごす内に当時の事を思い出すことも少なくなってきた)
指揮官(彼女たちの活躍はテレビでも普段から目にしているが、自分がかつてあの場に居たことすら、最早単なる夢であったようにさえ思える)

指揮官(……ただひとつだけ、気になるとすれば赤城の事だ)
指揮官(こうして親交を深めるという名目で開かれる、お遊び半分といった合同演習の放送でさえ、彼女の姿は認められない)
指揮官(勿論単に画面に映らない程度のKAN-SENなら他にも多数居る。ただの思い過ごしだとは思うのだが……)

指揮官「……息災でいるか? 赤城」

………………

…………

……


―― 役場 ――

指揮官「ふむ……今日も届出はあまりないか」

上司「お疲れ様。午前中はこれくらいで切り上げて、休憩に入っても大丈夫だよ」

指揮官「そうですか。ではお言葉に甘えます」

上司「すまないねぇ、退屈させて。ここはそんなに大きな街でも無いからね」

指揮官「いえ、とてものんびりしていて性に合ってるくらいですよ」

上司「そう言って貰えると有り難いよ。じゃ、私も外で食べてくるから」スタスタ

指揮官「えぇ、行ってらっしゃい」
指揮官「ふぅ……それじゃ俺も休憩室にでも……ん?」

キィーン

指揮官「なんだ? この音……」


指揮官「俺の鞄からか? 音が鳴るような物は入れてなかったような……」
指揮官「ん? これは……」

キィーン

指揮官「……昔、加賀が餞別にとくれた呪符、か?」
指揮官「念話による通信手段として使っていたと聞いたこともあるが……何故今頃になって?」
指揮官「えーっと……確か額に当てれば良いんだったか……」スッ

加賀《指揮官!? 聞こえているのか!》

指揮官「うぉっ! 加賀……か? ど、どうしたんだ、そんなに慌てて」

加賀《よし、少なくとも通話に応じられない状況ではないと見て良さそうだな、指揮官》

指揮官「あ、あぁ。別段調子を悪くしたという事も無いが……」
指揮官「というか加賀、俺はもう指揮官ではないだろう」


加賀《そうだったな。だが今更呼び方を変えるのも決まりが悪い、見逃せ》

指揮官「対外的にはあまり良くなさそうだが……しかし、久々にお前の声を聞いたな、加賀」

加賀《あぁ、私としても久しぶりに聞く声だ。少しだけ安心する》
加賀《だが懐かしさに浸ってばかりもいられない。指揮官、そちらは本当に変わりないのだな?》

指揮官「あぁ……病気も怪我もしていない。街も平和そのものだが……?」

加賀《そうか。それは本当に何よりだ》

指揮官「……何かあったのか?」

加賀《…………》
加賀《心当たりとして、真っ先に思い浮かんだのがお前だった。一刻を争うかも知れないと思って連絡したが、こうなると無関係であっても話さずにはいられんか》

加賀《赤城が出奔した》


指揮官「……なんだと!?」

加賀《実は姉様は、お前が居なくなってからずっと覇気を失くしたかのように大人しくなっていた》
加賀《それは二年の歳月を費やした今でも同じで、まるで快方に向かう予兆を見せなかった》
加賀《ただ、話しかければ返事もするし、笑わなかった訳でも無かった……いつかは元通りになると信じていたのだが……》

指揮官「居なくなったのはいつだ?」

加賀《姿を見なくなったのは三日前。しかしその時丁度合同演習を翌日に控えていて、母港内は相当に慌ただしかった》
加賀《故に誰かが誰かの姿を見かけなかったとしても、それほど不思議には思われなかった》
加賀《だから正確な時期は分からない。母港のどこにも居ないと判明したのは今朝になってからだ》

指揮官「そんな事になっていたのか……」


加賀《何が起きたかも把握出来ない以上、まだ大事には出来ない。秘密裏に捜索を始めているが、今の所進展は無い》
加賀《……お前の現住地はこちらでは把握していない。軍から離れた時点で、お前の情報は更新されていない》
加賀《故に前もってそちらに向かう事は出来ない。無関係であるかも知れないからな》
加賀《だがもし、そこへ赤城が現れたら……》

指揮官「わかった。すぐにこの呪符でお前に連絡する」

加賀《すまない、迷惑をかける……ではな》キンッ

指揮官「…………」
指揮官「まさか……違うよな? 赤城」


………………

…………

……


―― 夜 ――

―― 街道 ――

指揮官「……すっかり遅くなってしまった。定時間際になってあんなに幾つも仕事が舞い込むとは……」
指揮官「加賀からの話も気になって集中し切れなかったし、皆に迷惑をかけてしまったな」
指揮官「だが今日一日、特に変化はなかった……TVで観る彼女たちも普段どおりのようだったが……」
指揮官「実はあっさり解決していた、なんて事も……あったりするか?」


―― 玄関前 ――

指揮官「さて、鍵を……ん?」
指揮官(空いている? 今朝、締め忘れていたのか?)
指揮官(……思い出せない。だが、中に入らない事には確かめる事も……)

???「お帰りなさい、指揮官様」


指揮官「ッ!?」バッ
指揮官「赤……城」

赤城「お久しぶりですわ、指揮官様。何もお変わりなく。素敵なお姿ですね」

指揮官「お前……どうして、ここに」

赤城「先刻までは、お部屋でお待ちしていたのですが……折角なので、偵察がてらお外を見て回ってましたの」

指揮官「そういう事を聞いているんじゃない。なんで港を離れてここに居るのかと聞いているんだ」

赤城「決まっているじゃありませんか。指揮官様に会いに来たのです」ガシッ!
赤城「軍の記録を調べ、実家を突き止め、痕跡を辿り……ようやくここまで来たのですから」グググ……

指揮官「は、離……くっ!」
指揮官(なんて凄まじい力だ……びくともしない!)

赤城「無駄ですよ。艤装を展開した私達の力、指揮官様は誰よりも承知しているはずでしょう?」


指揮官「馬鹿なことをするもんじゃない、赤城……! すぐ、戻るんだ……!」

赤城「いいえ、あそこにはもう戻りません。指揮官様も、ここに戻る必要はありません」
赤城「私がお連れしますわ……二人だけの場所へ」スゥッ

ボゥッ!

指揮官「ッ!? 方陣……!? 赤城、何を!」

赤城「少しだけ眠って頂きます。騒がれるのは本意ではありませんから」

指揮官「やめろ、赤城……考え直……」

赤城「そうそう、これは処分させて頂きます。何らかの形で加賀に伝わるとも限りませんから」ゴゥッ!

指揮官(呪符が、灰に……)
指揮官「……赤……城……」ガクッ

赤城「お休みなさい、指揮官様」


………………

…………

……

指揮官「……くっ……ここは……」
指揮官(真っ暗だ……高窓からの月明かり以外には、何もない……)
指揮官(廃倉庫かどこか、か?)

赤城「お目覚めですか? 指揮官様」

指揮官「!? 赤城、ここは一体……!」ジャラッ
指揮官(首輪!? 椅子に、繋がれて……)

赤城「申し訳ありません。暫くの間、動けないように拘束致しましたわ」
赤城「本来ならもっと快適な環境を用意したいのですけど……それはもう少しだけ待って下さい」
赤城「捜索の手が緩む頃に、遠く遠く……誰も知らない場所へ行きましょう」

指揮官「赤城……何故だ。何故こんな真似を……」


赤城「何故、と仰られるのですか? 指揮官様。分かりきっているじゃありませんか」
赤城「指揮官様と結ばれるために、赤城はここに居るのです!」

指揮官「まさか本当に、それだけの為に……?」

赤城「好きです。大好きです。愛しています、誰よりも!!」
赤城「指揮官様の為なら私は何だってしますわ。何を敵に廻したっていい!!」
赤城「例え世界が滅びようと、最後まで指揮官様のお傍にいると決めたのですから!!」

指揮官「……俺の、せいなのか。赤城……」

赤城「はい?」

指揮官「俺がもっと早く、規則について伝えていれば……いや、お前たちと触れ合おうなんて、最初から考えなければ……」

赤城「いいえ! いいえ指揮官様! 同じことですわ!」
赤城「貴方様が規則に従おうと! どれだけ私達から距離を置こうと!」
赤城「私は貴方様に、どうしようもなく惹かれていた!!」


赤城「一目惚れでした……」
赤城「始めてお会いしたその時から、運命を感じていました」
赤城「指揮官様と結ばれるのは、私しかいない! 私と結ばれるのは、指揮官様しかありえない!」
赤城「そう信じて、今までずっと生きてきたのです!!」

指揮官「すまない、赤城……本当に、すまない……」

赤城「謝らないで下さい。私達にはもう、何も関係ないのですから」
赤城「もうあそこには戻らない。指揮官様も、どこにも行かせたりしない」スッ
赤城「愛し合いましょう、指揮官様……今までの分まで、ずっと」シュル……

指揮官「待て、赤城……止めるんだ……!」

赤城「指揮官様……赤城は、ずっとこの時だけを……」

ブルルン……


指揮官「……? この音……どこかで……」

赤城「……偵察機? まさか!?」バッ

ズガァァァン!!

赤城「くっ!」

指揮官(建物が……倉庫が、爆撃された?)

赤城「随分と手荒な真似をしてくれるわね……指揮官様に怪我があったら、どう責任を取るつもりだったのかしら?」


ザッ

加賀「手加減はした。偵察機で中の様子を確認した上での爆撃だ、当たりはしないという確信もあった」

指揮官「……加賀!?」

加賀「すまない、指揮官。遅くなった」


ロング・アイランド「指揮官さん~! 大丈夫なの!?」

アマゾン「助けに来たぞ!」

指揮官「お前たちまで……来てくれたのか!?」

ロング「うわわ! な、なんで上半身裸なの!?」

アマゾン「……あ、ある意味間一髪だったって感じか……?」アセアセ


赤城「……妙に早いお着きじゃないの。一体どうしてここが分かったの?」

加賀「鈴早がいち早く姉様の目的を察知してな。杞憂だと信じたい気持ちを抑えて、指揮官の足取りを徹底的に辿ってくれた」

ベルファスト「ベルファストです。加賀様、何もこのような時にまで、律儀にコードネームを使う必要はございませんよ」

指揮官「ベルファストまで……」


加賀「後は密林が指揮官の自宅を中心に数十里程の範囲内で廃棄された施設を洗い出し、私と長島で虱潰しに偵察機を飛ばして捜索したと言う訳だ」

アマゾン「アマゾンだ」

ロング「ロング・アイランドなの~」

赤城「……変に正確だと思ったら……忌々しいメイドね」ギリッ

ベル「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」

加賀「姉様……どうしてこのような事をなさったのです」

赤城「おかしな事を言うものね、加賀。貴女が常々言っている事じゃないの」
赤城「公平も正義も強者に許された特権だと。私が指揮官様を得るために、自分の正義を通すことのどこに矛盾があるの?」

加賀「……それは戦場における正義です。戦線を離れた指揮官に適用していい論理ではない」

赤城「同じよ。望むものを手に入れるために生きるなら、全ては等しく戦場よ」


ベル「では赤城様は、軍の正義に著しく反すると知りながら今回の誘拐に至ったと?」

赤城「お硬い頭では理解出来ないのかしら。規則、規律と縛られて生きて、それで本当に幸せと言えるの?」
赤城「この胸に生まれた気持ち一つさえ自由にならずに、どうして生きていると言えるの?」
赤城「私達にだって心はある。それなのに、好きな人と添い遂げる自由さえ無いというの!?」

ロング「……少しだけ、分かる気持ちは……あるの」

赤城「私には出来ないわ。こんな想いを抱えたまま、ただ生きるなんて出来やしない」
赤城「この望みさえ叶うのなら、何を捨てようと私は構わない!」


アマゾン「私達は、人の願いより生まれ落ちた!!」


赤城「ッ!」

アマゾン「平和な海を取り戻すために……より良い世界を創り上げていくために。私達はその想いを一身に受け、船の記憶より建造される」
アマゾン「そうして生まれた私達は、役目を果たすために衣食住さえも保証され、国の支援の中で安住を約束される。言うなれば、あの港全てが人の想いの結晶だ」
アマゾン「その想いに報いる事も忘れて、ただ己の望みに耽溺することがお前の正義だと言うのか!!」

赤城「好きでこんな力を持って生まれてきた訳じゃないわ!!」
赤城「役目の為に心を殺して生きろと言うなら、家畜と何が違うというの!?」
赤城「だったら初めから心なんて与えなければ良い! こんな形で生まれて来る事自体が間違いなのよ!」

ロング「それは違うの!!」


ロング「確かに、私もお仕事は嫌いだし……よくサボっては、指揮官さんに叱られもしたの……」
ロング「でも大体は拳骨ひとつで終わらせてくれたよ! 玩具もゲームも取り上げられはしなかった!」
ロング「決まりごとさえ守っていれば、私達も自由でいることを守って貰えたの!」

赤城「……そんな下らないことと一緒にしないで。趣味と生き方はまるで違う話だわ」
赤城「本当の望みが叶わないのなら、縛られた中での小さな自由が何だと言うの」

ロング「私も、指揮官さんが居なくなるのは凄く悲しかった……」
ロング「ずっと一緒にいたくて、こっそり付いていこうかと思うこともあったの」

赤城「だったら……」

ロング「出来なかった。私にはそんな残酷な道は選べなかったの」
ロング「だって、かけがえのない物は、気付けばたくさん傍にあったんだもの!!」


ロング「私は欲張りだから……お部屋にあるものも、次から次へと大事になっちゃって……それでよくベルファストに叱られたりもするんだけど……」
ロング「あそこで生まれて感じた事も、皆と過ごした思い出も、指揮官さんとも比べられないくらい唯一無二の大事なものだったの」
ロング「赤城は違うの? 捨てたくないもの、他の何にも代えられないもの、母港にたくさんあったんじゃないの?」
ロング「それとも、赤城は……あそこで生まれたお陰で、指揮官さんと出会えた事さえ、間違いだったと思うの?」

赤城「……それは……」

加賀「姉様……」

赤城「ッ! ……加、賀……」

アマゾン「……私達は、ルールの中で生きている。それは信頼と言い換えてもいい」
アマゾン「規律を守る事によって生まれる信頼。規律を守る限り、私達は自由を保証されるという信頼」
アマゾン「お前は今回、私達の信頼を裏切り、乱心した。それは変えようのない事実だ」
アマゾン「だが、今ならまだ間に合う! お前はまだ引き返せるんだ!」
アマゾン「今の環境に納得が行かないなら変えればいい! 交渉でも嘆願書でも何でも手伝おう!」
アマゾン「帰ろう、赤城! 皆の所に!」


赤城「……私の願いが聞き届けられるまでに、どれだけの時間が掛かるの?」
赤城「今の環境が変わるまでに、指揮官様は生きていられるの?」
赤城「私達が人と結ばれても許されるまでに、戦いは終わるの!?」
赤城「現に指揮官様の訴えは届かなかった。不幸にも片腕を失いもした!」
赤城「迂遠な道で筋を通した所で、そこに指揮官様が居てくれなければ何の意味も無いじゃない!」

赤城「……私は信頼なんていらない」
赤城「仲間も、思い出も、帰る場所もいらない!」
赤城「指揮官様さえいれば、他に何もいらないッ!!」ゴォッ!


アマゾン「……探せば良かったんだ。生き方なんて……」
アマゾン「どうしようもなく狂ってしまうくらいなら、私達を頼れば良かったんだ」グスッ

ポン

加賀「……有難う。密林」

アマゾン「アマゾンだ……」ゴシゴシ

ベル「艤装の活性化を確認。来ます!」

アマゾン「――赤城ぃぃぃいいいーー!!!!」


爆炎が踊る。轟音が歌う。

悪い夢にせめてもの彩りを加えるかのように。

月明かりだけが照らす闇に沈んだ廃工場は、彼女が命を乗せて放つ輝きで、真昼と見紛う程に眩かった。

やがて崩れた倉庫の屋根越しに登る朝日が、黒青の空に白光を僅かに滲ませる頃。

――全ての決着がついた。


………………

…………

……


赤城「…………」ドサァッ

ロング「ひぃ、ひぃ……つ、強すぎるの……」ゼェゼェ

アマゾン「空母一隻で、この数相手にまさかここまでやるとは……」ハァハァ

加賀「限界を超えた動きだったな……だが、ここまでだ」ゼェハァ

ベル「えぇ、そのようです……赤城様。お覚悟を」フゥー


赤城「…………」
赤城「指揮官様……」ズルッ

ベル「ッ! 止まりなさい! さもなければ……」

加賀「待ってくれ!!」

ベル「加賀様! しかし……!」

加賀「……艤装は破壊された。姉様は、もう……」
加賀「だから、お願いだ。待ってくれ……」

ベル「…………」


赤城「指揮官様……指揮官様」ズルッ……

指揮官「…………」

赤城「好きです。大好きです。愛しています――何よりも」

指揮官「…………」

赤城「こんな想いを抱えてなんて、生きてはいけない……いっそ自刃してしまう方が、幸せだとも思いました……」
赤城「……本当は、諦めるために来たのです」
赤城「命を絶つ前にお顔を見たいと思ったのです。指揮官様を最後に一目、この目に焼き付けてから消えようと……」

指揮官「…………」

赤城「でも……どうしてかしら。何故かしら。以前と何も変わらず、ただそこに居るだけの指揮官様を見た時……私の中で、何かが弾けました」
赤城「添い遂げたくて、自分だけのものにしたくて……それ以外に何も考えることが出来ませんでした」


赤城「ふ、ふふ……浅ましいこと。天女に焦がれて羽衣をくすねた所で、卑劣な輩の行く末なんて分かりきっていた筈なのに」

指揮官「……赤城……」

赤城「指揮官様……それでも、一つだけ我儘が許されるなら……」
赤城「もし、この赤城を……ほんの僅かでも、哀れんで下さるのなら……」

赤城「嘘でもいい。最後に一度だけ、私を愛していると――」スッ


ドガァァァン!!


指揮官「ッ!?」

ロング「指揮官さん!? 赤城!?」


加賀「姉様!?」

アマゾン「馬鹿者、ベルファスト!! 何故撃った!?」

ベル「あれ以上近づければ、御主人様に何をするか分かりませんでした。危険です」

アマゾン「近すぎる!! 指揮官に当たったらどうするつもりだ!!」

ベル「この距離であれば外しはしません。ですが……確かに軽率でした。申し訳ございません」ペコッ

ロング「指揮官さん、指揮官さん!!」

指揮官「心配するな……俺は、問題ない」

ロング「良かった……え? それって……」

加賀「……姉様の、片腕……」


朝日が差し込む。縋るように伸ばされた片腕は、光の中で少しずつ輪郭を失い、やがて消えていった。

同時に、その袖の下から何かがひとつ転がり落ちる。

それは、後生大事に持っていたにしては、あまりにも粗末な――


指揮官「……これは、プラスチックの……パック? 何故こんな物を……」

加賀「……その容器は、お前が姉様に贈ったものだそうだ」

指揮官「俺がこれを……?」

加賀「それ自体が贈り物だったという訳ではない。本来は団子が入っていたらしい」
加賀「二年前の、長期休暇の前日……お前が団子をくれたのだと、私に嬉しそうに語っていた」

指揮官「!? あの時の……!」

加賀「お前から贈られた物は他にも数多くあった。だが不思議なことに、姉様はそれが一番のお気に入りだったように思う」
加賀「……今にして思えば、兵器として生まれた私達に人としての情をくれるお前の姿を、その使い捨ての容器に重ねていたのかも知れないな……」

指揮官「……赤城……」




指揮官「……簡単に捨ててしまえる想いなら、どんなに楽だっただろうな……」



………………

…………

……


―― 母港・面会室 ――

指揮官「…………」

コンコン ガチャ

エンタープライズ「失礼する」

指揮官「あぁ……お前か、エンタープライズ」

エンプラ「久しいな、指揮官。いや……元指揮官とお呼びするべきか」

指揮官「その方が良いだろうな。私用ならともかく、業務中はまずいだろう」

エンプラ「そうだな。少し馴染まないが……どうにか努力しよう」

指揮官「少し辛抱させてしまうが」

エンプラ「構わないさ。こちらこそ数日もの間、拘束して申し訳ない」
エンプラ「なにしろ表向きは恙無く合同演習を終わらせなければならなかったものでな……」

指揮官「分かっている。気にしていない」


指揮官「……お前たちには、本当に苦労をかけたな。俺のせいで、すまなかった」

エンプラ「今回の件は完全にこちらの落ち度だ。既に一般人である貴方を巻き込んでしまったのは私達なのだから」
エンプラ「責は全てこちらにある。本当に申し訳ない」
エンプラ「だから貴方は気に病まないでくれ、元指揮官」

指揮官「だが俺の不誠実な対応が、赤城をあそこまで狂わせてしまった」

エンプラ「二年もの猶予があった。元指揮官、二年もだ」
エンプラ「その間、赤城の心を癒やしてやれなかったのは、傍に居たはずの私達だ」
エンプラ「支えになってやれなかった結果がこれだ。私達こそ大いに恥じるべきなんだ」

指揮官「そんな事は……無いと思う。お前たちはきっと一生懸命やったのだと信じている」

エンプラ「有難う。ならばこちらも同じ言葉を返させて貰うよ」

指揮官「……気を遣わせたな。すまない」


指揮官「……俺の為に動いてくれた皆は、どうしている?」

エンプラ「独断で動いたのは確かだが、結果として惨事を未然に食い止めた。お咎めはないよ」
エンプラ「ベルファストは……自ら謹慎を申し出たが。やむを得ない理由があったとはいえ、赤城にとどめを刺した自分が無罪放免は許されないと主張してな」

指揮官「ベルファストらしいな……」

エンプラ「ロング・アイランドとアマゾンも相変わらずだ。少し気落ちした様子は見られるが……きっと乗り越えてくれる」
エンプラ「二人から伝言だ。”TVからいつでも指揮官さんの視線を感じてるからね~”と“チョコを奢ってくれるという約束はいつか守れ!”との事だ」

指揮官「……別にあいつだけを観ている訳ではないが。チョコの件は完全に忘れていた」

エンプラ「約束を反故にするのは感心しないな。私にも奢ってくれるというなら、今の失言は聞かなかったことにしよう」

指揮官「はは……高い口止め料だな」


エンプラ「加賀は……流石に塞ぎ込んでいるな」

指揮官「……無理もない。目の前で姉を失ったのだから」

エンプラ「だが、五航戦の二人が甲斐甲斐しく付き添ってやっている。加賀自身もそれを好ましく思ってはいるようだから、良くなることを信じている」

指揮官「そうか……本当に有り難いことだな」

エンプラ「……それで、元指揮官の処遇についてなのだが」

指揮官「うん」

エンプラ「先程も言ったとおり、今回の件は完全にこちらの落ち度だ」
エンプラ「故にメディカルチェックの後、すぐに解放される手筈になってはいるが……もう元の住まいには戻れないだろう」

指揮官「あれだけの騒ぎの後だ、当然だな」


エンプラ「それで、元指揮官が望むのであれば、軍の方でそちらの身柄を保護するか、或いは今度こそ誰の目も届かない住まいを探し出して提供するか、提案しているのだが……」

指揮官「不祥事の隠蔽の為に、手元で飼われるか世捨て人になるか選べということか」

エンプラ「……そう取られてしまっても仕方ないだろう。事実、上の方では過激な声もあると聞いている」
エンプラ「だが元指揮官に不義理な真似は許さないと、加賀を始めとしたKAN-SENの皆が交渉した結果がこの選択肢なんだ。その気持ちは汲んでやって欲しい」

指揮官「……そう言われたら、俺には感謝することしか出来ないじゃないか」
指揮官「心配しなくても良い。どの道、今度こそ誰も知らない土地へ旅立とうと考えていた所なんだ」
指揮官「軍が探してくれるというなら、喜んでその提案に乗るさ」

エンプラ「分かった。そう伝えておこう」


エンプラ「……さて、それじゃ私もそろそろお暇しようと思う。現在着任している貴方の後輩には、まだまだ補佐が必要だからな」

指揮官「……上手くやれているか?」

エンプラ「あぁ。彼女は優秀だよ。今や最重要拠点と化しているこの施設で、力不足と自覚しながらなんとか業務をこなしている」
エンプラ「私達の事もよく気にかけてくれているしな。少し、貴方に似ている」

指揮官「それは良かった。本当に、そう思う」
指揮官「……俺に似ているというのは、その人に失礼な気もするが」

エンプラ「私なりの最大級の好意の示し方だよ」


エンプラ「では元指揮官。私はこれで――」

指揮官「エンタープライズ。最後に一つだけ、教えて欲しい事がある」

エンプラ「なんだ?」

指揮官「お前たちは……心なんて無いほうが良かったと思うか?」

エンプラ「…………」

指揮官「……いや、済まない。忘れてくれ」

エンプラ「思った事がない、というと嘘になる」

指揮官「……!」

エンプラ「だが私は――心があるからこそ、誰かの想いを背負って戦うことが出来るのだと思う」


指揮官「例えそれが報われない想いかも知れないとしてもか?」

エンプラ「元指揮官……いや、敢えてこう呼ぼう。指揮官」
エンプラ「私達は確かに悩みもする。苦しみも悲しみもする。時には涙も流すだろう」
エンプラ「それでも私達が力を振るうことが出来るのは、そこに願いがあるからだ」

指揮官「願い……?」

エンプラ「明日は良い日でありますように。少しでも幸せでありますように」
エンプラ「そんな小さな願いを、普段の生活から僅かでも感じ取る事がある」
エンプラ「その度に思うんだ。この暖かな日々を守るためなら、例えこの体がいくら傷ついても構わないだろうと」

指揮官「…………」

エンプラ「私達の力は強大だ。ただ命令を遂行するだけの人形であれば、徒に戦禍を広げることにも躊躇いはしなかっただろう」
エンプラ「だから私達は心に委ねるんだ。己の力の矛先を、決して過たないように」
エンプラ「――守りたいものの為に、力を振るえるように」


エンプラ「指揮官。結末はどうあれ、赤城は心を持って生まれて、貴方を慕うことが出来てきっと幸せだった。私はそう思う」

指揮官「……強いな、お前は。俺はまだ、そこまで気丈にはなれないようだ」

エンプラ「失くしたものを忘れろとは言わない」
エンプラ「だが同時に憶えていて欲しい。貴方が守ってきた物もまた、この世界に息づいているのだと」

指揮官「……あぁ、忘れない。絶対に」

エンプラ「それは良かった。私もその中の一人なのだからな」
エンプラ「では、今度こそ……さようなら、指揮官」スッ

ガチャ

指揮官「あぁ。元気でな、エンタープライズ」

バタン

………………

…………

……


―― 波止場 ――

指揮官「…………」
指揮官「今度こそ、一人だけでの旅立ちだな」

指揮官「ただでさえ忙しい重要拠点の業務に加えて、今回の事件だ」
指揮官「暫くは激務に追われるんだろうな……合同演習もどうなった事やら」

ボォーー

指揮官「っと……もう出発か」
指揮官「急がねばな」


指揮官「……不思議だな」
指揮官「こうして離れていく岸を観るのは、今回で二度目だと言うのに」
指揮官「あの時とはまるで見え方が違う」
指揮官「……本当の意味で、永遠の別れのようだ」

スゥー

指揮官「……? なんだ?」
指揮官「向こうから飛んでくるこれは……」

パシッ

指揮官「……これは、加賀の式?」
指揮官「裏になにか文字があるな」クルッ

【達者でな。指揮官】

指揮官「……不器用な奴だな、本当に」
指揮官「お前も、幸せにな。加賀」


………………

…………

……

―― 孤島 ――


指揮官「…………」
指揮官(妙だ)

指揮官(事前に確認した地図でも、ここが軍に紹介された土地であることに違いはない)
指揮官(だが、人が居ない。あまりにも人の気配がしなさすぎる)
指揮官(それなのに、生活の痕跡は残っている……つい先程まで、確かに誰かが居たかのようだ)

指揮官(ここまで俺を送ってくれた船も、今では完全に無人と化している)
指揮官(俺が降り立つまでは間違いなく人が乗っていたはずなのに……何故?)


―― 指揮官宅 ――

指揮官(ここが軍によって俺に与えられた家……の筈だが)
指揮官(荷物は確かに届いているように見える)
指揮官(だが何故だ? ここに来るまでに誰一人として遭遇しなかった)
指揮官(幾ら何でも無人島という筈がない。何故だ。何故……)

「ようこそいらっしゃいました、御主人様」

指揮官(聞き覚えのある声が、背後からする)
指揮官(だがそれは本来、ここで聞くことは有り得ない筈の声だ)
指揮官(嫌な予感に体が凍りついて、動かすことが出来ない)

「今回は母港から直接お送りするという形でしたので、航行先を割り出すのは容易でした」
「故に先回りすることも可能だったという事です。驚かせてしまい申し訳ありません」


指揮官「ベルファスト……お前、どうしてここに……」

「最重要拠点の処理件数の数、合同演習の後始末、赤城様の件……」
「これら全てを並列に処理しなければならない母港に、細かい情報の操作が行き届く筈がございません」
「増して自ら謹慎を申し出た者が、既に母港内に居ないなどと……気づく頃には、既に足取りを追うことなど不可能でしょう」
「赤城様の使った手を参考にさせて頂きました」

指揮官「…………」

「この島の有様でしたら、ご心配には及びません。彼らはちゃんと穏やかに暮らしています」
「むしろ消えてしまったのは――御主人様の方なのですから」

指揮官「俺の、方……?」


「……二年前のあの日、セイレーンが残したキューブを一目みた時に、私は直感で分かりました」
「これは限定的ながらも、願いを具現化する特別な物体であるのだと」
「その時は上層部へサンプルとして収奪されるよりは、御主人様の為になるのならと思い、懐へ仕舞い込んでしまったのですが……こうして役に立つなんて、思いも寄りませんでした」

「ここは御主人様が住まう世界とは似て非なる空間……私達KAN-SENが、というよりはセイレーンが持つ力の一端により、産み出された空間です」
「御主人様にも耳慣れた言葉で言うなら……鏡面海域の応用、といった所でしょうか」
「見た目こそは元の世界と何も変わりはしませんが、ここで生きている人は私と御主人様の二人だけ」
「そしてただの人間である御主人様には、逃走は能わず。破壊は叶わず。完全に閉じた空間で御座います」

「ですがご安心下さい。御主人様を傷つける意図はございません」
「寧ろこの世界では、病魔も傷害も……老化でさえも、御主人様を脅かす事はありません」
「このキューブが生み出した世界は、御主人様の為だけの世界なのですから」


指揮官(聞いてはいけない言葉だと、頭の中では理解していた)
指揮官(だが、一欠片の信頼が、否定して欲しいとの想いが、その言葉を紡いでいた)

指揮官「……どうして、こんな真似を……?」

「御主人様が欲しかったからです」
「他の何を捨ててでも、御主人様と一緒になりたかったからです」

「あぁぁ……どれほど、どれほどこの日を夢見た事でしょう……」
「もう御主人様には、何も残されていません。軍を離れ、仲間との繋がりを断ち、俗世からも切り離された御主人様には、私しかおりません」
「貴方様は、これで正真正銘、私だけの御主人様です」
「そして私も、御主人様だけのメイドです」


指揮官(麻痺したように働かない頭で、それでも背後へ振り返る)
指揮官(ぶつかり合う視線の先では、金色に濁った瞳が歓喜に打ち震えていた)

「御主人様はもうどこにも行けません。誰に遭うこともありません」
「ここで私と共に、安寧に身を委ねる他ないのです」
「ご安心下さい。これからは私が、御主人様の全てをお世話させて頂きます」
「食事も、睡眠も、入浴も、洗濯も、排泄も、交合も――何もかも。全て完璧に、他ならないこの私がお世話致しますから」

指揮官(熱に浮かされたその表情をどこか他人事のように眺めながら、脳の片隅で自らを責める声を聞いていた)
指揮官(これは、罰なのだと)
指揮官(彼女たちと共に戦うことから逃げ、何も成せずに無能を晒し、自分だけ安全な生活を望んだ、愚かな男への報いなのだと)


先達の徳行は、私にとってはまさに青天の霹靂だった。

そうだ、欲しい物があるというのに、なにを我慢する必要があったのだろう。

枷より解き放たれた心は豪炎となった翼を広げ、黒青の空へと堕ちていった。

甘い痺れが走る手足を激情のままに動かし、柔らかな頬を両手で包み込む。

その瞳に灯された感情は、恐怖と、諦念と――ほんの僅かな、安堵。その色を見て取り、私は確信する。戦うことに疲れた彼を守るための判断は、やはり間違っていなかったのだと。

自身よりも大きく、しかし遥かに非力な体をしっかりと抱き締める。今度こそ、もう何処にも行かせない。二度と離しはしない。

「御主人様。好きです。大好きです。愛しています――心より」

――永遠に。



………………

…………

……




―― 反応消失 ――

―― 実験結果 / 不明瞭 ――

―― 記録停止 ――





―― ………… ――





―― 余剰情報 / 確認 ――

―― 再生を開始します ――




―― ??? ――

ピュリファイアー「―――っぷはぁ!!」ザバァ!

オブザーバー「あら、ようやくお目覚め? いい夢は見られたかしら、寝坊助さん」

ピュリ「……お前、自分であんな事しておいて、よくもまぁそんな口が利けるなぁ?」

オブザーバー「命令を無視したのはあなたの方よ。この世界では特異個体と番号Aの推移を見守るだけだと言ったでしょう」
オブザーバー「口を縫い合わせていないだけ優しいと思いなさい」

ピュリ「チッ! ……それで、どーなったの? 実験の方は」

オブザーバー「異例の結果を生み出したわ。あまり歓迎できない決着で……ね」
オブザーバー「特異個体は、よりにもよってあなたが置いてきたキューブの力を限定的ながら解放。願望が歪に具現化された鏡面海域を生み出して、この世界から消えたわ」
オブザーバー「データを取れたのはほんの一瞬だけ、ね」

ピュリ「なんでー? 生み出したのが鏡面海域なら追っかけて引きずり出せばいーじゃん」


オブザーバー「無駄よ。歪に、と言ったでしょう。あの娘が生み出した空間は、通常の世界とは位相が完全にズレている」
オブザーバー「最早私達でさえ流動を続ける座標の特定は不可能。言葉通り永遠に、彼女たちは二人だけで孤立した世界を漂うのでしょうね」

ピュリ「うげー……つまんなさそー」

オブザーバー「えぇ、本当に。誰かさんが余計なことをしなければ良かったのにね」

ピュリ「なーんか珍しく怒ってない? はいはい分かりましたよーごめんなさいでしたー」

オブザーバー「謝罪はいらないわ。行動で示してくれるなら、それで十分」

ピュリ「にしても不思議だよねー。特異個体と言っても別に何かが壊れてるって訳でもないし、どちらかというと完全に近いスペックだったんでしょ?」
ピュリ「なのにどうしてちょっとタガが外れたくらいであんなにも荒れちゃうんだろ」


オブザーバー「それを調べるための実験だったのよ」
オブザーバー「本来、感情の抑制さえ行われていないフルスペックの存在は、”特異点”の下でしか生まれてこない」
オブザーバー「にも関わらず、生まれてしまった特異個体。それが通常の人間による運用で、どこまで出来るのかを見守るはずだったのだけど……」
オブザーバー「藪をつついて蛇を出してしまったお陰で、不完全燃焼で終わったわね」

ピュリ「また話が振り出しに戻っちゃったよ」
ピュリ「別にいいじゃん。結局、あれだけ自我が剥き出しの個体全てを運用してみせてる“特異点”が異常すぎるってだけでファイナルアンサーでしょー?」

オブザーバー「えぇ、最後まで実験を続けられたのなら、その説の裏付けになったでしょうね」

ピュリ「めちゃくちゃ根に持ってんじゃん! もーうっせーな!」
ピュリ「ちょっと体動かしてくるわ。誰かさんに邪魔されたせいでフラストレーション溜まってるからな!」シュンッ


オブザーバー「私の中では、とても興味のあるタスクだったもの。意地悪もしたくなるわ」


オブザーバー「……さて。この世界での記録は、本当にこれでお終い」
オブザーバー「本来ならこれは、観測を終えた取るに足らない観察日記」
オブザーバー「数多に繰り返される実験の一つとして、ただ埋もれていくだけの物語に過ぎないものだけど」

オブザーバー「もしこの記録が、何かの偶然で……或いは必然で、誰かの目に触れる事があるのなら」

オブザーバー「小さな願いをよすがに傷つき」
オブザーバー「叶わぬ未来に心を壊し」
オブザーバー「それでも歩んでいく彼女たちの姿を、これを見ている誰かが――あなたが、憶えていてくれると言うのなら」

オブザーバー「またいつか、何処かでお会いしましょう?」


―― 記録映像 / 終了 ――

―― 情報転送 / 遮断 ――

―― 端末 / 機能停止 ――

―― 実行を終了します ――

最後まで読んで頂き、本当に有難うございました

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