北条加蓮「藍子と」高森藍子「寒い冬のカフェで」 (50)

――おしゃれなカフェ――

北条加蓮「してない」

高森藍子「何をですか?」

加蓮「返事。看護師、病院の」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1577007590

レンアイカフェテラスシリーズ第98話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「お互いを待つカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「のんびり気分のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「違うことを試してみるカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「12月中ごろのカフェで」


※これより先の第98話と第99話は、

第40話『北条加蓮「藍子と」高森藍子「瑞雪の聖夜に」』
北条加蓮「藍子と」高森藍子「瑞雪の聖夜に」 - SSまとめ速報
(ttps://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482571837/)
第41話『北条加蓮「藍子と」高森藍子「膝の上で よんかいめ」』
北条加蓮「藍子と」高森藍子「膝の上で よんかいめ」 - SSまとめ速報
(ttps://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483090417/)

を読んで頂いてから進まれることを推奨します。

前回のあらすじ:病院の看護師さんから加蓮に「クリスマスの日、病院の子供達にアイドルとしてプレゼントを配ってほしい」という依頼が来たみたいです。


藍子「それで今日、私が呼ばれたんですね」

加蓮「ごめんね? 忙しいところに」

藍子「ううん……。それは大丈夫なんですけれど、それよりもお返事の方です」

藍子「確か、クリスマスの日にプレゼントを……ってお話でしたよね?」

加蓮「……」コクン

藍子「クリスマスってことは25日だから、もうあと3日しかなくて……。準備とかもあるでしょうから、あまり直前まで保留にするのは――」

加蓮「そこなんだけど……。保留にされることを予想されてたみたい」

藍子「予想?」

加蓮「私が迷うだろうってこと。で、23日まで大丈夫だからって」

藍子「23日……」

加蓮「返事」

藍子「……えっ、じゃあ、準備の日数が2日しかなくても大丈夫ってことなんですか!?」

加蓮「すごいよね。ただ単に病院に呼んでプレゼントをってならまだしも、"アイドルとして"って話なのにさ」

加蓮「モバP(以下「P」)さんに突っ込んで聞いてもらったんだけど、機材とか段取りとか全部あっちでやるから、ってさ」

藍子「それは……。すごいですね」

加蓮「あいつらそんなことできたんだ、って。なんかちょっと感心しちゃった。悔しいなぁ」

藍子「あはは……」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……とりあえず、何か注文しましょ?」

藍子「ほら、ここはカフェですから。店員さんもきっと、加蓮ちゃんに注文してほしくて待っていると思いますよ」

加蓮「……そだね」

……。

…………。

藍子「店員さん、ありがとうございますっ」

加蓮「ありがと。いただきまーす♪」スッ

加蓮「って甘!?」

藍子「ずず……。ふうっ♪」

加蓮「ごめん藍子。こっちたぶん藍子の分、間違えて飲んじゃった……。今から交換する?」

藍子「えっ? でも、私の飲んだ方もけっこう甘かったから……。どちらも同じ味だと思いますよ」

加蓮「そうなんだ……」

藍子「ずず……」

加蓮「ふうっ……。最近、注文だけしかしなくなったよね」

藍子「……?」

加蓮「ほら、コーヒーって言っても銘柄とか味の濃さとか何も言わないでさ。店員さんに任せっぱなしになったじゃん」

加蓮「前はなんか、色々言ってたような気も――」

加蓮「……あれ? 言ってたっけ」

藍子「くすっ。加蓮ちゃん。カフェに来たお客さんは普通、そこまで細かく注文しませんよ」

加蓮「あー」

藍子「中には、注文される方もいらっしゃいますけれどね。私たちは、あまりしてこなかったと思いますっ」

加蓮「それもそっか。……ほら、私ハンバーガーとかポテトとか注文する時にけっこう言う方だし?」

藍子「ジャンクフードのお店に行った時ですか?」

加蓮「そーそー。揚げたてのポテトよこせー、私はアイドルなんだぞー、みたいに?」

藍子「何してるんですか……」

藍子「そんなことをしたら、加蓮ちゃんがアイドルだってばれてしまいますよ」

加蓮「ふふっ。ごめん、後半は冗談。ポテトは揚げたてでってよく言うけど、そんなことでアイドルバレするのも嫌だもんね」

藍子「ですねっ」

加蓮「どうせバレるならこう、派手にバレたいじゃん?」

藍子「そ、それはそれで目立ってしまいそうで……。私はいいかな?」

加蓮「なるほど」

藍子「……加蓮ちゃん。目をきゅぴ~んと光らせないでください」

藍子「もう。……ごほんっ」

藍子「加蓮ちゃん」

加蓮「ん」

藍子「……、」

加蓮「……何?」

藍子「看護師さんからの頼まれごと、どうして引き受けないんですか?」

加蓮「……ありがと」

藍子「どういたしまして」

加蓮「……、」ズズ

藍子「……、」ズズ

加蓮「ふう」コトン

藍子「ふうっ」コトン

加蓮「前にさ……。私、サンタになってプレゼント配ったじゃん。病院で」

藍子「はい、配りましたね」

加蓮「あの時は、私があの人に……看護師ね。あの人に私の方から頼んで、子供達にプレゼントを配って」

藍子「はい」

加蓮「あの時に私が話したこと、覚えてる?」

藍子「……。いっときの夢を見終わった後に、また寂しい時間が続くなら、夢なんてないほうがいいかも……って」

藍子「でも、世界はそんなに意地悪ではなくて……それはアイドルになった加蓮ちゃんも分かっていた、ってお話でしょうか」

加蓮「……すごいね。私が言いたいこと、そこまでドンピシャで来るんだ」

藍子「ふふ。加蓮ちゃんのことですもん」

加蓮「ホントにズルだよ。隠しごともできなくなるでしょ?」

藍子「加蓮ちゃんが隠してほしいって思っていることなら、考えないようにしますよ。……ちょっぴりくらいは気になっちゃいますけどっ」

加蓮「正直ー」

藍子「うぅ、それくらいは許して~」

加蓮「あははっ」

藍子「くすっ」

加蓮「でね。この前看護師さんから……って言ってもPさんづてなんだけど……依頼された時、あの時のことを思い出したの」

加蓮「私、サンタさんになって、みんなにプレゼントを――希望を、配ってあげて」

加蓮「それからその……私みたいになりたいって子と話して」

藍子「うんうん」

加蓮「それからー……あー」

藍子「? ……あっ」

藍子「……わ」

加蓮「わ?」

藍子「わ、わすれちゃったな~、そのあとかれんちゃんは、なにしたっけな~」

加蓮「そこまで棒読みになるならいっそ覚えてるって言いなさいよアンタ私を煽りたいの!!??」

藍子「違いますっ違いますっ、し、正直に言ったら加蓮ちゃん絶対怒るじゃないですか!」

加蓮「怒るに決まってるわよ!」

藍子「理不尽~っ!」

加蓮「世の中の方がもっと理不尽なのよ私なんてまだ優しい方よ! アンタなんてね! 私がいなかったら今ごろ、」

藍子「……い、いまごろ?」

加蓮「……」

藍子「……?」

加蓮「……ねえ、藍子」

加蓮「私って……藍子に必要な存在なのかな……?」

藍子「えええぇ……!? 感情の揺れが……か、加蓮ちゃん、大丈夫ですかっ?」

加蓮「あはは……。藍子にはいっぱい仲良しがいるもんね。っていうか私、むしろ邪魔してるよねー……」

藍子「だ、大丈夫ですっ。加蓮ちゃんは、私にとってとっても大切な存在ですから」

藍子「そのお話を続けてもいいですけれど、今は、加蓮ちゃんのお話ですよね。だから……ほら、吸って~、吐いて~?」

加蓮「すぅー、はぁー……。……ごめん、取り乱した」

藍子「ううん。……ちょっぴり怖かったですけれど」

藍子「とにかく、加蓮ちゃんはあの時にサンタさんになりましたよね。サンタさんとして、世界に希望はあるんだよ、って教えてあげたんですよね?」

加蓮「うん。私と同じ子たちに、私だから伝えられることを――」

加蓮「それでさ。あの時の私ってサンタだったんだよね」

藍子「そうですね。サンタさんの加蓮ちゃんでした。病室を出る時まで泣くのを必死に堪えていたのも、」

藍子「あっ。え、えと、あの後の話は、いったんおいておいてっ」

加蓮「……2度とアンタの前で泣いたりするもんか」

加蓮「前回の私は、寝ている子供達にはバレないサンタクロース。ま、1人にはバレちゃったけど」

加蓮「でも、今度はちょっと違うの」

藍子「違うんですか……? 今度も、プレゼントを配るってお話ですよね」

加蓮「確かにそうなんだよね。たぶんサンタ衣装とか使うだろうし。……まぁ、場所が場所だけに前のは使えないかもしれないけど」

藍子「……あ~」

加蓮「たださ。看護師さん、"アイドルとして"って言ってるの」

加蓮「謎のサンタクロースの加蓮ちゃんじゃなくて、アイドルの加蓮ちゃんを指名してきててさ」

藍子「アイドルの加蓮ちゃんに……」

加蓮「なんでそんな限定すること書いたのか分かんないけど、とにかく私はアイドルとして病院に行って、クリスマスプレゼントを配らないといけない訳」

加蓮「……って考えたら、なんかその……やだなぁ、って」

藍子「……、」ズズ

加蓮「……、」ズズ

加蓮「……私が言うのもだけど、アイドルの加蓮ちゃんが病院でプレゼントを、なんて言ったら、きっと話題になるよね」

藍子「話題になりますね。絶対」

加蓮「私が元々身体が弱くて入院歴もあるっていうのは、だいたいのファンも知っちゃってると思うんだけどさ……」

加蓮「ほら、私しょっちゅうツイッターで殺されてるし?」

藍子「あ、あはは……。幽霊の加蓮ちゃんのイラストを描いている方も、よくいらっしゃいますよね」

加蓮「ホント! あれはさすがに失礼だと思わない!? 確かに幽霊役をやったことはあるけどさ」

藍子「本当に嫌なら、嫌だ、ってはっきり言った方がいいと思いますけれど……」

加蓮「……あー、えと」

藍子「……なるほどっ」

加蓮「待ちなさい。待て。何がなるほどよ」

藍子「大丈夫です。加蓮ちゃんが、口では文句を言いながらそ~っと"いいね"を押していることは、みなさんには秘密に――」

加蓮「わざわざ! 解説を! するな!!」

藍子「ごめんなさいっ。ふふっ」

加蓮「……絶対何か弱み握ってやる。絶対何か見つけてやる!」ゴクゴク!

藍子「ずず……ふうっ♪」

加蓮「私がツイッターで殺されるのは、この際いいとして」

藍子「い、いいんですね」

加蓮「たださ。そういうのを、私がアイドルとして使うのって何か違うと思う」

藍子「……」

加蓮「私の武器にしたくないし、そういう風になんて見られたくない。どうせ使われるなら幽霊役の方がまだマシ」

藍子「……それで」

加蓮「ん。そういうのを考えるとこう……」

加蓮「だから返事してない。……なんであの人、わざわざ"アイドルとして"なんて……」

藍子「……、」ズズ

藍子「ごちそうさまでした。……でも、断ってはいないんですね」

加蓮「うん。そういうのって私の都合だし」

加蓮「藍子はきっと、私の都合や気持ちだって大切にしろって言うんだろうけど。やっぱ……病院の子供達のために、って言われるとさー」

加蓮「……あ、店員さん。カップありがと」

加蓮「っと。ほら……あの夜に合った子の顔を、って藍子は見てないか」

加蓮「顔とか思いだしたら、こう……。ね?」

藍子「……そうなんですね」

加蓮「ハァ……」

加蓮「どうしよっか。……あははっ。重たいのを押し付けちゃってごめんね?」

藍子「それは大丈夫ですよ。……もうっ。加蓮ちゃん、さっきから謝ってばかりですよ」

加蓮「こういう話だとねー。ごめ――っと」

藍子「こらっ」ベシ

加蓮「たははっ。痛い痛いっ」

藍子「重たいお話だからこそ、一緒に持ちましょ?」

加蓮「うん。ありがと。……もー。藍子ー? そういうことばっかり言うから騙されるんだよ」

藍子「……? 別に、誰かにダマされてなんていませんけれど」

加蓮「そうじゃなくて。今後誰かにって――」

藍子「あ。加蓮ちゃんになら、何回もダマされています」ジトー

加蓮「……ちょっと。何、その目」

藍子「加蓮ちゃん。今回のことだって、本当はもうどうするか決めていて、ただ他の誰かに背中を押してほしいってだけなんじゃないですか~?」

加蓮「違っ……今回はマジで違うんだって! 私は、本当に悩んで」

藍子「ですよね♪」

加蓮「……は?」

藍子「はい。分かっていますよ。加蓮ちゃんが、本当に心から悩んでいること。……からかうようなこと言っちゃって、ごめんなさいっ」

加蓮「……私アンタに何かしたっけ?」

藍子「ええと――」

加蓮「あー分かった、指折って数えなくていいから。うん」

藍子「なんて。……加蓮ちゃん。これで、ちょっとは肩の力が抜けましたか?」

藍子「こういう悩みだからこそ、力を抜いて、リラックスして……。いつも通りの加蓮ちゃんで。ゆっくり考えて、進みたい道を見つけましょ?」

藍子「私も、ここで加蓮ちゃんを見ていますからっ」

加蓮「藍子――」

藍子「……♪」

加蓮「……いい言い訳を見つけたー♪ とか思ってない?」

藍子「えっ。そんなことは~っ」

加蓮「たははっ」

加蓮「でもマジでどうしたらいいんだろ。また前みたいに夜に行っちゃダメなのかな……。そしたら誰にもバレないしさ」

加蓮「メッセージカードにさ、アイドルの加蓮ちゃんより、って書いたりして。それでアイドルとしてってことにならない?」

藍子「そうですね……。1つ、気になったんですけれど」

加蓮「うん」

藍子「どうしてそう言われたのか気になるのなら、実際に聞いてみるのはどうでしょうか」

藍子「病院の側にも、それかその看護師さんにも、何か事情や理由があるのかもしれません」

加蓮「えー。やだよ。病院なんて行きたくなーい」

藍子「えぇ……」

加蓮「どーせ私の名前をダシにしたいとかそういうのに決まってるんだっ」

藍子「違うってこと分かって言っていますよね?」ジトー

加蓮「……なんで今日の藍子はそうなの」

藍子「真面目なお話なのに、加蓮ちゃんが冗談で逃げようとするからですっ」

加蓮「ぐぬ……」


□ ■ □ ■ □


<ブブッ

加蓮「ん? ちょっとごめん」ポチポチ

藍子「はい、どうぞ」

加蓮「Pさんからだ。なんだろ、今回の件かな――」

藍子「何か食べようかな……? う~ん」パラパラ

加蓮「……は?」

藍子「? 加蓮ちゃん?」

加蓮「は? ……ハァ? え、何。なんで?」

藍子「な、何が書いてあったんですか。Pさんからの連絡なんですよね? 見せてくださいっ」

加蓮「……ん」スッ

藍子「どれどれ……?」


藍子「――プレゼントの件を断るにしても引き受けてくれるにしても、看護師さんが加蓮ちゃんに会いたがっている?」

藍子「看護師さんって、例の……ですよね?」

加蓮「そうでしょ。会いたいって……いや、会ってどーすんの」

藍子「でも、逆にきっかけになるんじゃないでしょうか? ほら、どうしてアイドルのって依頼されたのか聞こうってお話だったハズですっ」

加蓮「それアンタが勝手に提案しただけだからね?」

加蓮「そもそも理由なんてどうでもいいわよ。だいたい今更何を話すって言うの……。私はこの通り元気なんだし、話し相手なら他をあたってほしいのに――」

藍子「……? 加蓮ちゃん、ちょっと待ってください。ひょっとして、この看護師さんとは、最近お会いになっていないんですか?」

加蓮「前にプレゼント配った時以来」

藍子「えっ」

加蓮「あ、正確にはその後手紙と写真くれて……いや直接会ってはないや。うん、プレゼントを配った時以来だね」

藍子「……、」

加蓮「とにかく。なんで今更って話。言いたいことも話したいことも、もう何もないんだし――」

加蓮「……あれ?」

藍子「……?」

加蓮「あー」

藍子「……加蓮ちゃん」

加蓮「そっか……」

加蓮「藍子。今なんか自分の気持ちに気付けたかも。ちょっとスッキリした」

藍子「加蓮ちゃんの気持ち……」

加蓮「藍子。私、この話は断ることにする」

藍子「……。理由を、教えてください?」

加蓮「うん、もちろん」

加蓮「さっきまでえらそーにベラベラ言ってたけどさ。それこそこう、色んな物を言い訳にしてただけ」

加蓮「そういうんじゃなくて、私、もう戻りたくないんだと思う」

加蓮「ちいさい頃の加蓮ちゃんとか、自分のことなんて誰も見てくれない敵だらけの牢獄とか、そういう話に」

藍子「…………」

加蓮「昔の事じゃなくて今の事が見たいの。病弱とか、入院してた頃のこととか、そういうんじゃなくて」

加蓮「……まぁ、身体が弱いってのは今もだから、そこだけはしょうがないっていうか。向かい合わないといけないんだけどね」

加蓮「そんなことより今の事を見たい。ううん、今だけじゃなくて、明日とか、来月……ふふっ、もう来年か。そういう話がしたいの」

加蓮「昔話なんて、もういいよね? 飽きちゃった。いっぱいしちゃったから。藍子にもたくさん聞いてもらっちゃったし」

加蓮「ああ、でもさっきの話が全部嘘とか建前ってことはないよ」

加蓮「病弱とか、そういうのは絶対武器にしていきたくないし……。そういう風に見られるなんて、死んでも嫌だし?」

加蓮「普通の女の子で、1人の輝くアイドル」

加蓮「で、藍子ちゃんが好きな子っ」

加蓮「そういう風に見られたいんだ、私」

加蓮「うんっ。昔の加蓮ちゃんからは卒業! もういないの! うじうじ悩んだりいつまでも引きずってるなんて嫌だもんねっ」

加蓮「だからこの話は断るの。看護師にも、もう会わないっ」

加蓮「お世話になった人ってことは認めるけど、恩返しは前の分で十分だよ。あの人だって、相当強い筈だし」

加蓮「だいたい何を気にしてるのか知らないけど、話はあの時にもしたし?」

加蓮「あー……子供達には、その、申し訳ないけど……」

加蓮「やっぱりメッセージカードくらいは送ってあげた方がいいのかな……。藍子も手伝ってくれる? ほら、加蓮ちゃんがサボっちゃわないように見張ってくれるだけでも、」

藍子「…………」

加蓮「……? 藍子?」

加蓮「えっと……一応、理由は言ったよ?」

藍子「……加蓮ちゃん」

藍子「その――」

加蓮「……ふふっ。納得いってないって顔」

藍子「……、」

藍子「……前を向くことは」

藍子「後ろではなくて、前を向くことは、すごく……いいことだと思います」

藍子「きっとそれは、加蓮ちゃんにとって、とても勇気のいることで――」

藍子「その方が……加蓮ちゃんは、もっと素敵な女の子に……アイドルに、なると思うから……」

加蓮「じゃあ、藍子? それなのに、どうして藍子はそんなに私を睨んでくるの?」

藍子「……前を」

藍子「前を向いて、乗り越えられるエネルギーがあるのなら……きっと、向かい合うこともできるハズだから」

藍子「もう1回だけ、向かい合ってみませんか?」

加蓮「何と?」

藍子「昔のあなたと」

加蓮「……、」

藍子「…………」

加蓮「……いや、なんで?」

藍子「少し前から気になっていたんです。加蓮ちゃんは……昔の、その、いやな思い出から抜け出そうとして――でもそれは、目を背けているだけなんじゃないかな、って」

加蓮「はぁ……?」

藍子「私、前に加蓮ちゃんに言いましたよね。昔の加蓮ちゃんがいて、今の加蓮ちゃんがいるんだって。だから、昔の加蓮ちゃんをいなかったことにしないであげて、って」


『……今の加蓮ちゃんが、今の自分を大切にする気持ちは……とても大事だと思います』
『でも、だからといって、昔の加蓮ちゃんをいなかったことにするのは……』
『……違う、と、思い……』


加蓮「言われたね。自信なさそーにだったけど」

藍子「だから今度ははっきりと言います。言うことにします」

藍子「例え振り向くことをやめたとしても……昔のことを、なかったことにしないでください」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……じゃあさ。振り返れ、向かい合えって言うけど、それに何の意味があるの?」

藍子「意味?」

加蓮「なんか昔の私を思い出さないといけない理由でもあんの?」

加蓮「……散々、昔話ばっかりしてきた私が言うことじゃないかもしれないけどさ」

加蓮「もうそういうのは止めて、前だけ向いて行こうって……」

加蓮「なんで藍子はそれを止めようとするのよ。暗くて冷たくて、つまらない話なんてもうどうでもいいじゃん」

加蓮「それをしないとアイドルを続けていけないとかじゃないし、それとも何? そういう話をしてくれない私とは一緒にいたくない、とか言い始める訳?」

藍子「そういうことではなくて……ただ、忘れてほしくなくて……」

藍子「それと――加蓮ちゃんに確かめてほしいことがあるんです」

加蓮「確かめてほしいこと……」

藍子「加蓮ちゃんはよく、ちいさかった頃にいた場所の……病院の人たちを、敵って言ったり、自分のことなんて何も分かってくれないって言ったりしますよね」

加蓮「まぁ言うけど、それはその通りのことを言ってるだけ――」

藍子「本当に、」


『昔、周りの人が誰も見てくれない場所にいたから。そういう女の子だったから、私』

『昔の私をいなかったことにはしないで、かぁ』
『……ん、まあ、覚えとく』


――昔は……色々な気持ちを閉じ込めて、世界を恨んでいたかもしれない、灰をかぶった女の子
――だけど今の加蓮ちゃんは、最初からどこかにいたような気がします

――今なら。今の加蓮ちゃんなら……向かい合えるんじゃないかな


藍子「本当に、そうなんでしょうか?」

加蓮「え? ……はっ?」

藍子「だって! 加蓮ちゃんがお世話になった看護師さんから、プレゼントを配ってほしいってお願いされたんですよね? それから、また会ってお話がしたいって言われたんですよね!」

藍子「加蓮ちゃんの……加蓮ちゃんの言う通り、本当に加蓮ちゃんのことを何も考えてない人たちが、加蓮ちゃんの"敵"が、そんなことするハズありません!」

藍子「アイドルのっ――」

藍子「"アイドルとして"って言葉……。勝手な想像かもしれないけどっ」

藍子「たくさんいるアイドルの中から、わざわざ加蓮ちゃんにお願いしたっていうことって」

藍子「ちょっとくらいは加蓮ちゃんのこと、こう……嫌な気持ち以外の何かを、持っているからじゃないんですか!?」

加蓮「……利用したいだけだよ。元病院の住人っていう肩書を利用してさ」

藍子「そうじゃないかもしれませんっ!!」

加蓮「アンタね、」

藍子「前の時だって! 加蓮ちゃんのプレゼントを配りたいってお願い、すぐにオッケーしてくれたんですよね? あの看護師さん1人だけで決められるハズがありません!」

加蓮「っ……」

藍子「きっと色んな人が、加蓮ちゃんのやりたいって気持ちを叶えてくれて……本当にみなさんが加蓮ちゃんのことが大っ嫌いなら、加蓮ちゃんのお願いなんて聞いたりしませんよ!」

加蓮「……」

加蓮「……あの看護師さんのことはさ」

加蓮「あの人は……昔から私を看てくれてた人だし。私も、あの人のことはそこまで嫌いじゃないし、もっと笑えるようになれたらって――」

加蓮「でも、もういいの」

加蓮「もう会わなくていい。あっちだって、今は私なんかより看ないといけない子がいるんだし」

加蓮「私なんて、もう気にしなくていいよ」

加蓮「何か辛いことがある、っていうんだったら……なおさら。私をそんなことに使ってほしくない」

加蓮「それに、それ以外の奴らなんて……全員敵だよ」

加蓮「私のことなんて何も知らないで、見ることもしないで、自分の思ったことばっかり喋って。私のことなんて子供の患者としか見ないで――」

藍子「それは、」

加蓮「……それは?」

藍子「それは……」


藍子「それは本当に、大人のみなさんだけが悪かったことなのでしょうか?」


加蓮「……!?」

藍子「加蓮ちゃん。加蓮ちゃんって、分かりやすいけれど分かりにくい女の子だと思ってます」

藍子「私は、その……加蓮ちゃんのこと、大好きだし、一緒にいる時間が長いから、なんとなく分かるけれど……」

藍子「でも、やっぱり分かりにくいところってあると思うんです」

藍子「前ほどではありませんけれど、私、たまに聞かれるんですよ。加蓮ちゃんのこと、他のアイドルのみなさんから」

藍子「今の加蓮ちゃんが、そうなのですから」

藍子「昔の加蓮ちゃんは、今よりももっと分かりにくい女の子で……」

藍子「それに、昔の自分がひねくれていたっていつも言っていたの、加蓮ちゃんです」

藍子「分かりにくくて、ひねくれていた女の子だから……どう接していいのか、どう話しかけていいのか分からなくなる方だって、いたんじゃないんですか!?」

加蓮「アンタね……!」

藍子「それにっ!」

藍子「……昔の加蓮ちゃんのこと、あまり知らないから、偉そうなことは言えないかもしれません。でも!」

藍子「加蓮ちゃん、アイドルになっていっぱい成長したと思います。そして、とっても優しい子になったって思います!」

加蓮「……何、まるで昔は優しくなかったみたいな言い方――」

藍子「はい。そう言っているつもりですよ」

加蓮「アンタねぇ!」

藍子「昔の加蓮ちゃんは今と全く同じくらいに、キラキラしていて、賢くて、優しくて、困っている人の解決方法がすぐ分かったり、それができたり、周りの人の考えてることをびしっと当てられるような、そんなすごい女の子だったんですか?」

藍子「本当に、周りのみなさんの気持ちを絶対正解できてたって、自信をもって言えますか!?」

加蓮「……っ」

藍子「……目、背けましたよね。今」

加蓮「……今だってできないもん、そんなの」

藍子「今と同じくらいにできますか?」

加蓮「私のこと買いかぶり過ぎでしょ!」

藍子「全く成長していない、ぜんぜん変わってなんてない、なんて、本当に胸を張って言うつもりですか?」

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「……いいじゃん」

加蓮「別にいいじゃん! ちっちゃい頃の私の周りにいた奴なんてどうせ全員敵だったし、意地悪だったし、今さら仲良くなりたいとか思わないし!」

加蓮「もうあの頃のこととか考えたくないの! 前だけ向かせてよ。それでいいじゃん!」

加蓮「前を向いてポジティブに生きましょうって言ってくれたの、藍子の方じゃん!」

藍子「……はい。言ったと思います」

加蓮「でしょ!? だからっ、」

藍子「加蓮ちゃん」

加蓮「何!」

藍子「嘘、つかないでっ!」

藍子「つらいことと向かい合いたくない気持ちは、とってもわかります。みんなそうだと思います。私だって……苦しかった思い出なんかより、楽しかった記憶を大切にして、アイドルをやりたいですから……」

藍子「でも、今の加蓮ちゃんなら昔と向かい合えるって、私は知ってますっ!」

加蓮「何をっ……! 何を勝手なこと言ってんのよ。傷ついた女の子を虐めてそんなに楽しいの!?」

藍子「加蓮ちゃん」


『忘れないよ。ずっと覚えてる。藍子と一緒に虹を見たこと』

『別に……。約束するのがちょっと怖くなった。それだけのことだよ』
『また休みが重なったらさ、いつものカフェでのんびりしようよ』

『ちっちゃい頃は、こんな私なんて……って、何度も思ったのにさ。変わったら変わったで、変な感じなんだね』

『……あのね。いくら私でも、その言い回しくらいで不機嫌になったりしないって』
『じゃ、授業料ってことで……何かおごってー♪』


藍子「色々なこと、乗り越えてきましたよね。大嫌いなことも、好き……ってほどではなくても、克服してきましたよね」

藍子「今の加蓮ちゃんは、強い女の子なんだって」

藍子「嫌なこととだって、昔のこととだって、向かい合える女の子だって」

藍子「私は、知っています。そして……それに、加蓮ちゃん自身も気付いているってことも」

藍子「だから、嘘をつかないで!」

藍子「あなたの強さを、嘘をついて、無くさないで……!」

加蓮「…………っ」

藍子「……、」

藍子「……ごめんなさい。加蓮ちゃんの気持ち、勝手に決めつけるようなことを言っちゃって」

藍子「その……」

藍子「依頼を受けてください、って強く言うつもりはありません」

藍子「さっきの加蓮ちゃんの、アイドルとしての武器にしたくないってお話も、正しいって思いますから」

藍子「でも……せめて、看護師さんにはもう1度だけ会ってあげてください」

藍子「そして、聞いてみてください。あなたの見ている世界は、本当にあなたの思っているだけのものなのか……」

藍子「今のあなたなら、きっと……冷静に向かい合うことが、できると思いますから」

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「……、」

藍子「……」

加蓮「……藍子が」

加蓮「私の気持ちを勝手に決めつけてるんじゃなくて、ちゃんと私のことを見抜いて、知って、それから言ってるってこと――」

加蓮「逃げてるだけの私を叱ってくれてるってことは、分かってるから……」

藍子「加蓮ちゃん……」

加蓮「ふふっ。……あはははっ!」

加蓮「もう。藍子の前では泣くもんかって思ってたのに……なんか、涙出てきたんだけど……!」

藍子「え、ええっ!? あ、あのっ、つ、強く言いすぎちゃったっていうのはその、ごめんなさっ――」

加蓮「……あはっ」グシグシ

加蓮「あっれー? 謝るなって言ったのは誰だったかなー?」

藍子「あっ……! あっ、あれはっ、加蓮ちゃんが何回も言うからですよ~!」

加蓮「藍子だって3回言ったじゃん!」

藍子「加蓮ちゃんはもっと言った!」

加蓮「あはははっ!」

藍子「も~っ……あはっ♪」

加蓮「悲しかったとか嫌だったとかじゃないよ。ちょっと前までは、そういう決めつけられるなんてすごく嫌だったけど――」

加蓮「なんかさ。藍子が私のことを分かってくれて、私を叱ってくれてさ。……藍子だってキツイのに、それでも怒鳴ってくれて。それが今、すごく嬉しいの……」

加蓮「……あれ? 藍子の言う通りだ。私、嫌だって思うことにも別の気持ちを持てるようになってるっ」

藍子「……、」グシグシ

藍子「ほらっ。もう、加蓮ちゃん……分かってて逃げるんだから、一番悪いですっ」

加蓮「たまには逃げたっていいでしょ? そんなさ、全部のこと真正面から向かい合って張り倒す! みたいな、そーいう熱血とかイマドキ流行らないよ?」

藍子「わ、分からないじゃないですか。流行るかもしれませんよ?」

加蓮「む」

藍子「分かりました。そんな顔するなら私が流行らせちゃいますもんっ。そうしたら、加蓮ちゃんもそうなってくれますか?」

加蓮「ゆるふわになれって言った次はボンバー星人になれと? そろそろ素の加蓮ちゃんの良さに気付いてほしいなー?」

藍子「ぼ、ボンバー星人……! それっ、茜ちゃんの……あはっ……こ、ことですか? あはははっ……!」

加蓮「あっははははっ!」

加蓮「はー。……はー。逃してくれない、か」

藍子「ダメです。逃げていい時と、逃げちゃダメな時があります」

加蓮「駄目?」

藍子「ダメっ」

加蓮「そっか。……ま、正直さ。うん……気にはなる」

加蓮「今の私が見る、昔の私が見ていた世界。正しいか違うかってだけじゃなくて……」

加蓮「昔の私は……昔の私こそ、周りなんてぜんぜん見てなかったと思うし」

加蓮「あの時私がいた世界……」

加蓮「うん。決めた。私、看護師に会ってみる。もう1回だけ話してみる!」

藍子「……はいっ。是非、そうしてください」

加蓮「でも私から病院に行くのは嫌。っていうかあの人のために何かするっていうのがもうヤダ」

藍子「じゃあ、こちらに来てもらいますか?」

加蓮「え? こっちにって……呼ぶってこと?」

藍子「はいっ」

加蓮「……どこに呼ぶの」

藍子「……こことか?」

加蓮「え、ヤダ! それは絶対嫌! 藍子、ここは聖域なんだよ。あんな汚い大人を入れちゃ駄目なの!」

藍子「き、汚い大人って……。分かりました。では、このカフェの前というのはどうですか?」

加蓮「それも微妙にヤダ……。もっと別の場所がいいなぁ」

藍子「う~ん……」

加蓮「なんでここにこだわるのよ。アンタだって、変な人は呼びたくないでしょ?」

藍子「へ、変な人……」アハハ

藍子「看護師さん、きっと今の加蓮ちゃんに興味があると思いますから……。今の加蓮ちゃんを見せてあげたいなって」

藍子「そうしたら、最初にここが思いついたんです。今の加蓮ちゃんが、大好きな場所っ」

加蓮「あー……」

加蓮「……まぁ、カフェの前ならいいや」

加蓮「じゃあ藍子。その時には藍子も一緒にいてよ? じゃないと会ったりしないから」

藍子「それは私の方からお願いしたかったくらいですっ」

加蓮「そなの?」

藍子「だって……私も、色んなことが気になりますもん。それに――」

藍子「前にプレゼントを配った時は、私、加蓮ちゃんを見てあげているだけだったから……」

藍子「あの頃は、それだけで満足でしたけれどっ」

藍子「今は、あなたの隣にいて、あなたの見ている物を、私も一緒に見たいんですっ!」

加蓮「グイグイ来るねぇ」

藍子「えへ♪」

加蓮「じゃあ、っと……」ポチポチ

加蓮「……」ポチポチ

藍子「……」ジー

加蓮「……送信、っと。あとはPさんが伝えてくれて……うん、オッケー」

藍子「お疲れ様でした。加蓮ちゃん」

加蓮「藍子こそお疲れー、って。まだ何も終わってないってば」

藍子「ふふ、そうでしたね」

加蓮「はーっ。疲れた。……あ、店員さん」

藍子「……あ、ええと。はい、お話は終わりました。その……ごめんなさいっ」

加蓮「あーそっか。大騒ぎしちゃったもんね。ごめんね、店員さん」

藍子「他にお客さんはいませんから……ですか? それなら……」

加蓮「叫んで疲れちゃったし、迷惑かけちゃったもん。何か注文しようよ」

藍子「そうですね。何にしようかな……?」パラパラ

加蓮「……」

加蓮(あーあ。加蓮ちゃん、地獄行きの列車に乗せられましたー)

加蓮(しかも連れ込んだの藍子なんだよ? 私なんかより万倍優しい藍子ちゃんがだよ? ありえなくない?)

加蓮(……なんてっ)

加蓮(ありがとね、藍子)


藍子「~~~♪ ……? 加蓮ちゃん、何か言いまし」

加蓮「私も同じのでお願い、って言っただけー」

藍子「……は~い。それなら、このミニ定食を――」

加蓮「えーご飯系? ホットケーキとかにしなーい?」

藍子「じゃあ、そうしましょうか。ホットケーキを2人で、お願いしますっ♪」

加蓮「お願いねっ」


【おしまい】

次回第99話 北条加蓮「藍子と」高森藍子「灰を被っていた女の子のお語」
12月24日のお昼過ぎ頃に投下予定です。また読んで頂ければ嬉しいです。

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