女「私、あなたのことが好きになってしまいました」 (183)

男「うー、寒い寒い」

ガララッ

男「……ふう」

男(最近、めっきり寒くなっちゃったな)

男「あ、女さん」

女「男さん」

男「おはよう。今朝も早いね」

女「おはようございます」

男「あ、ストーブつけてないのか。つけるね」

女「お願いします」

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男「よいしょっと……」

女「……」

男「もうちょっとしたら暖かくなるからね」

女「はい。隣、いいですか」

男「? 良いよ」

女「……」

男「……」

女「男さん」

男「ん、何?」

女「私、あなたのことが好きになってしまいました」

男「……」

女「……」

ストーブから伝わる暖かさと、すぐそばにいる彼女の冷たく感じさせる視線は妙な相性を持っていた。

男「えーっと」

僕は静かに周りを窺った。というか、疑った。

彼女が、誰かに言わされているのかもしれないのではと考えたからだ。

女「何か」

男「いや、なにも」

この時間に僕らのクラスで登校してくる生徒は僕と彼女しかいなかった。

女「……」

彼女の視線は、ずっと僕に向かっていた。

男「あのさ、どうして好きになったの?」

純粋な質問をぶつけてみる。

女「難しい質問ですね」

ストーブで温めていた手を顎の方に持っていく。顔は無表情のままだ。

女「……」

沈黙。

訪れた静寂は、冬の寒さを助長した。

女「わかりません。この感情が、"好き"なのかすら」

ほんのちょっと残念そうに、首を振った。

男「……でもまあ」

僕は彼女からストーブに視線を変えて、

男「好きでいてくれるだけで、嬉しいよ」

と、曖昧な答え方をした。

女「……そうですか」

男「うん。嫌われてるよりも絶対に嬉しいし」

女「なるほど」

彼女は淡々と頷いて、僕のすぐそばでまた暖を取り始めたのだった。

男「それを言うなら、僕だって女さんのこと好きだよ」

女「……」

彼女はまた、黙り込んだ。表情は微動だにしない。

女「ありがとうございます」

そっと、頭を下げた。

男「え? ……ど、どういたしまして?」

その後、特に会話もないまま、ぎこちない時間が続いた。

クラスメイトが少しずつ集まってくる時刻になって、僕はストーブから離れた。

彼女も、僕に続いてストーブを離れ、そのまま自分の席に戻った。

行動も、特にいつもと変わらない様子だ。

男(さっきの発言は、なんだったんだろう)

まあ、なんにせよ。

こうやって毎朝、顔を会わせているんだ。

嫌われていなくて良かったと、喜ぶべきだろう。

いつも通り、学校が始まった。

12月。もうすぐ冬休み、という時期に入る。

僕は高校二年生の、普通の男子学生だ。

特に取り柄もない。ただ、一つ得意なことといえば、早起きくらいだ。

いつも学校には始業時間の一時間半前に着いている。これは、小中の頃から変わっていない。

毎日していることだから、もう僕にとっては当たり前のことなのだ。

小学校の頃は、みんなも同じ時間に登校していて、よく遊んだ。

中学になってからは、この時間に学校にいるのは、部活の朝練ぐらいだ。

そんな時、今年のクラス替えで一緒になった彼女は、僕と同じく、いつも早朝の同じ時間に登校していたのだった。

僕らの関係はそれくらいで、時々話をしたりはしていたけれど、特にお互い気にするような感じでは、なかったと思う。

彼女は真面目で勤勉、そのため成績も優秀、運動もとびきりできるわけではないけれど、平均よりも上。

背中まで伸びる漆のような黒髪は、彼女の性格を表すようにクセなく真っ直ぐだ。

容姿も実に優れていて、男女ともに人気がある。

少々つり上がった目尻に大きな目は無表情さに磨きをかける要素になっていた。

とにもかくにも、表情というものが大きく変わらない。

更に、僕が知っている範囲で彼女は学校では常に席に座っており、お手洗い以外はほとんど座ったきり不動。

おまけに終業後は真っ直ぐ帰宅してしまうようで、どのような人なのかはほとんど謎である。

クラスメイトは彼女と仲良くしたくても、雰囲気に呑まれて声をかけられない、というシーンをよく目の当たりにする。

女「……」

男「……!」

授業中に、目が合った。

というよりかは、僕が彼女を見入ってしまったためだ。

視線を逸らし、気を取り直して真面目に授業に取り組むことにした。

午前の授業をこなして、もうすぐ昼の時間になろうとしていた。

チャイムが鳴ると同時に弁当を取り出す男子を尻目に、僕は売店に出向こうと席を立とうとしていた。

女「男さん」

男「ん」

不意に、女さんから声をかけられた。

女さんが、席を立っている。

女「あの、良かったら一緒にご飯を食べませんか」

これも、不意だ。

男「食べる人、いないの?」

女「いえ、いつも一人で食べています」

デリカシーのない発言をしてしまった。

聞かないほうが良かったかもしれない。

男「今から売店でパンでも買おうと思ってたんだけど、女さんはお弁当だよね?」

女「はい。一緒に行ってもいいですか」

男「大丈夫だよ。でも結構混むから大変かも?」

女「そうなんですか」

男「うん。うちの学校のパン、人気で売り切れちゃうくらいだから」

女「初めて知りました」

有名だと思ったけれど。案外そうでもないのだろうか。

自分の常識は常に疑うべきなのかもしれない。

売店に近づくにつれて、喧騒は更に大きくなる。

男「今日も激混みだなぁ」

女「……」

男「ここで待っててくれる? パパッと買ってくるから」

女「はい、わかりました」

意を決して、混んでいる売店へと足を踏み入れた。

戦場へと赴く戦士のような気持ち……女の子を一人残して。

男「はー、なんとか買えた……」

ボリューム満点のタマゴサンドを死守して、彼女の待つ場所に戻ってきた。

女「どこで食べますか」

男「そうだね、屋上……いや、寒いから教室に戻ろう」

女「屋上」

ポツリと小さく呟いた。

男「?」

女「いいえ。教室に戻りましょう」

彼女は勢いよく踵を返して、教室へと向かった。

男「急に誘われてビックリしたよ」

女「そうですか」

男「うん」

教室に戻り、一つの席に向かい合って、昼食タイムが始まった。

タマゴサンドを包んでいる透明な包装を颯爽と外していく。

彼女も持ってきたお弁当を開けて、手を合わせた。

男・女「いただきます」

男・女「あっ」

男「タイミング、一緒だったね」

女「そうですね」

僕は笑ってみたけれど、彼女の表情は鉄のように硬かった。

女「男さんと、今日はご飯を食べようと思っていましたから」

男「どうして?」

女「一緒に食べたいから、では理由にならないでしょうか」

男「ええっと、なるかな」

僕は照れを隠すために大きなサンドイッチを豪快に頬張った。

女「売店、とても盛況でしたね」

男「うん。どれも全部とっても美味しいんだよ」

女「いつも売店で昼食を購入しているんですか」

男「そうだよ。だからほとんど食べたことあるかな」

女「すごいです」

彼女は珍しく、手をパチパチと叩いてみせた。

女「いつも、あの状況で買っているんですね」

男「あはは、アレ凄いよね。最初は僕もビックリしたよ」

女「あれほどの人気なら、さぞ美味しいのでしょうね」

男「うん。良かったら食べる?」

まだ手を付けてないサンドイッチを見る。

女「良いんですか、いただいても」

男「うん」

女「では、一口だけ。でも、今男さんが食べているもので大丈夫です」

僕が持っているサンドイッチを指さす。

男「えっ。そ、そう?」

女「はい」

男「じゃあ、どうぞ」

手を伸ばして、彼女の方に手渡そうとする。

女「……」

しかし、彼女は軽く席から立ちあがり、僕の手にあるサンドイッチに顔を近づけて、

そのまま、食べた。

男「!」

手で口を丁寧に押さえて何度か咀嚼して、

女「……美味しいですね」

と、言った。

女「どうかしましたか」

男「あ、いや……」

てっきり、一度手に持って食べると思っていたので、少々驚いていた。

女「ありがとうございます。とっても美味しかったです」

頭を軽く下げて、礼を言う。動作に一切無駄がない。

男「美味しかったなら、良かった」

僕はもう、それ以上言えなかった。

今朝のストーブの時くらい、顔が近かった。

女「弁当は作らないのですか」

男「え、僕?」

女「はい」

男「あはは……僕の出発時間が早すぎて母さんに作らせるのもなあって感じでさ」

女「なるほど」

男「女さんは朝早いのに、弁当なんだね。色合いもよくて、美味しそう」

女「ありがとうございます。いつも、考えながら作っているので」

ってことは、彼女は。

男「これ、自分で作ってるの!?」

女「はい」

男「ま、毎日?」

女「そうですね」

男「す、すごい……」

思わずさっき女さんがしたように、僕も拍手をする。

女「習慣づいてしまったので、あまり時間はかかっていないです」

男「それでもすごいよ。真似できない」

その後も、他愛のない会話は続いた。

彼女はとにかく表情は変わらないけれど、別に不機嫌というわけではないようだ。

男「ふう」

女「……」

彼女は昼食を取り終えて、お箸を置いた。

僕は両手を合わせた。

男・女「ごちそうさまでした」

男・女「あっ」

また、同じタイミングで言うのだった。

続きます。

冬のお話です。少々お付き合いください。

昼食の時間後、教室がいつもと違うザワつきに包まれていた。

男(な、なんだ?)

視線は、僕と女さんへと向けられていた。

男(なるほど)

どうやら、この視線は不動の彼女が動き出したことに起因するようだ。

よく考えてみたら、それはそうだろう。

お手洗いや移動教室以外ではめったに席を立たない彼女が。

教室の外に出て、他人と食事を共にしていたのだから。

驚かないわけがない。

男(これは、困ったな)

ストーブによって少し暑くなった教室で、僕はジトリと汗をかき始めたのだった。

この日最後の授業が終わり、ホームルームを終えて、僕は帰る準備をしていた。

女「男さん」

またまた不意に、僕の席に女さんは来ていた。

男「ん、何?」

女「今日はもう帰りますか」

男「うん。特に寄るところもないし」

女「では、一緒に帰ってもいいですか」

男「え……」

教室の時間が止まったかのように静まり返った。

彼女の言葉に、クラスメイトが全集中を傾けていることが、容易に想像できた。

男「えっと……い、いいよ」

途端にザワめきは、壮大になった。

男「……」

女「……」

男「家、同じ方向だったんだね」

女「はい」

男「ははは……」

僕と彼女は、一緒に下校している。

不思議なことが、今現在起きている。

女「一緒に帰ってくださって、ありがとうございます」

男「そんな、こちらこそお誘いありがとう」

女「はい」

彼女は短く返事をした。

女「断られなくて、良かったです」

男「断る理由なんてないよ」

女「そうなのですか」

男「うん。別に一緒に帰る人もいないし」

女「なるほど」

男「……もしかして、女さんの口癖って『なるほど』?」

女「どうしてですか」

男「よく言ってる気がするから」

女「そうなんでしょうか」

男「うん。別に悪いことじゃないんだけどね」

女「なるほど」

男「あ、ほら」

女「……驚きです」

彼女は口を手で押さえて、しばらくの間硬直した。

彼女なりの、リアクションなのだろう。

男「はは、癖って誰にでもあるよね」

女「そうなんですね。自分ではまったく気づきませんでした」

男「だから癖なのかもしれないね」

女「はい」

男「うー寒いなぁ」

女「はい」

男「夜になると余計冷え込んで、困るなぁ」

女「はい」

男「女さんは、寒いの得意? 苦手?」

女「あまり、得意ではないです」

男「そうだよね。……というか、それなら僕が来る前にストーブつけちゃえば良かったのに」

今朝のことを思い出す。

朝、僕が教室に着いた時には、彼女は窓から外を眺めていた。

女「それは」

口を噤んで、息を吐いた。

男「うん」

その吐息は、今日の寒さを表すには持って来いの白さだった。

女「男さんが、いつもつけてくれるから」

小さな声だった。

男「ぼ、僕が?」

確かに、いつも学校に来て、ストーブをつけるのは僕だった。

男「確かに、僕がいつもつけてたね。そうだったそうだった」

頭を軽く掻く。この言葉の意味が、僕には理解できない。

女「……それに」

彼女はまた言葉を紡ぐ。

女「夏はエアコンをつけてくれました」

男「えっ、そうだったかな……」

女「……」

黙って頷いたっきり、静かになるのだった。


つづきます。それでは。

女「……」

男「……」

沈黙が続く。

女「あの、男さん」

彼女が重い口を開く。

男「な、なに?」

女「好きな人には、どう接すればいいのでしょうか」

サラリと、感情のないアンドロイドのような顔でそう質問した。

女「私、人を好きになるのが初めてで」

もはや。

思考すらそれのようだった。

女「教えていただけないでしょうか」

彼女は、真剣だ。

冗談なんて、きっと一度も言ったことはないんじゃないかってくらい。

真っ直ぐな瞳をしていた。

男「ちょっと待って」

女「はい」

男「そ、その好きな人って」

女「あなたです」

男「……」

それはそうなんだけれど。

なんで。

それを僕に聞くんだ。

男「う、うーん……」

とにかく、この状況をどうすればいいのか、僕は迷った。

女「……」

彼女は無機質な表情で答えを待っている。

男「……えっと」

女「あっ」

男「?」

女「分かれ道です。男さんの家はどちらですか」

男「え、僕はこっちだけど」

女「なるほど。私は逆です」

そういって、彼女は僕の指した方と逆の分かれ道に行き、

女「それでは、これで」

男「あ……うん」

彼女は深くお辞儀をして、帰っていった。

通り雨のような、潔さだった。

彼女は、不思議な人だ。

好きな人に対して、好きな人にどう対応すればいいかと問う。

あまりにもナンセンスだ。

と、僕は思う。

男(どう答えるのが正解だったんだろう)

頭の中で質問がずっと右往左往していた。

わからない。あまりにも、難しい。

考えたこともない。好きな人に対してどうするか、なんて。

これまで、そういう経験は皆無だ。もちろん仲の良い友達は同性異性問わずいる。

だけれど、恋に発展するようなことは、今の今までなかった。

女「おはようございます、男さん」

男「お、おはよう」

次の朝。教室に着くなりいつも通りの変わらない挨拶を済ませて、僕はストーブをつけた。

女「昨日は、ありがとうございました」

男「え」

女「一緒にご飯を食べて、一緒に帰ってもらいましたから」

男「こ、こちらこそ、ありがとう」

女「はい」

男「……」

女「……」

ストーブの勢い良い音が響くだけの教室。

男「あのさ、女さん」

女「はい」

男「昨日の質問について、なんだけど」

女「はい」

男「僕自身も、わからないんだ」

女「……」

男「好きな人はいた……と思う。けど、だからって何か特別なことをしたかって言われると何もしてない」

女「……」

男「だから、僕から言えることは、特にない、かな」

女「なるほど」

彼女はストーブを見つめながら、そう答えた。

女「やっぱり、私は男さんのことが好きなようです」

男「え」

女「また一つ、質問をしても良いですか」

さっきの発言についてはスルー……?

回答に困るものじゃありませんように……。

男「……オーケー。何?」

女「好きな人って、誰ですか」


ここまで。また後日。

男「え」

女「男さんの、好きな人を教えてください」

男「む、昔の話だよ?」

女「昔でも、構いません」

彼女はジリジリと、僕との距離を詰める。

女「好きな人の好きな人を、純粋に知りたいのです」

男「む、昔の話だからね……」

僕は重ねて言って、彼女と少しだけ距離を置いて、話し始めた。

男「中学の頃に、陸上部の先輩がいてさ。凄い明るくてムードメーカーの」

女「ムードメーカー」

男「うん。僕自身、陸上部ではなかったんだけれど、委員会の活動とかで一緒で」

女「委員会」

男「陸上部で有名だったからこっちは一方的に知ってたんだけど、普段は長い髪を一つに結んでて、それが可愛かったんだ」

女「……」

男「ま、それだけで、もちろん告白はしてないし、先輩は引っ越しちゃって、お別れもしないままだったけどね」

女「悲しい、ですね」

男「いやあ、別にそんなこともないよ」

女「そうなのですか」

男「好きだったけど、付き合いたいとか、そういうのじゃなかったし。きっと先輩は、俺の名前も知らなかっただろうから」

女「……」

男「『憧れ』に近かったんじゃないかなって、今は思うよ」

女「『憧れ』」

男「うん。……あはは、なんか照れ臭いねこういう話って」

女「私の気持ちは、『憧れ』なのでしょうか」

胸に手を当てて、彼女はそう呟いた。

女「男さんに好きな人がいた、と聞いて、胸が少しだけ、キュッと締め付けられるような」

彼女の声色はゆっくりと暗く、重い雰囲気になっていく。

男「む、昔の話だからさ! そんなに思いつめられるとこっちも申し訳ないというか」

女「はい……」

表情は一切変えなくても、声のトーンで彼女が落胆しているのは感じ取れた。

男(……気まずい)

気づけば二人で寄り添うように、ストーブで暖を取る。

身体は少しずつ暖かくなっていくけれど、冬の空気は冷え切っていた。

このままではまずいと思い、声をかけてみる。

男「女さん」

女「はい」

男「趣味とかって、ある?」

女「趣味、ですか」

男「うん。何かない?」

女「そうですね。趣味というほどではないのですが映画はよく観ます」

男「へえ、どういうのを観るの?」

女「ジャンル問わずなんでも」

男「それは凄いね」

女「父が映画関係の仕事をしているので、よく観ます」

男「へえ! それはもっと凄い」

女「男さんは、映画は観ますか」

男「うーん、話題作とかは気になったら観に行くかな」

女「なるほど」

男「最近は観に行けてないなぁ。ちょっと観に行きたいかも」

女「……なるほど」

口癖を呟いて、彼女は暖かくなった手を小さくこすり合わせた。

男(ううっ、トイレ……)

軽く身震いをして、僕はトイレに向かった。

男「ごめん、トイレ行ってくるね」

女「はい」

そんな会話を済ませて廊下に出ると、だんだんと学生が登校し始めていた。

トイレから出れば、きっともう教室にはある程度人が増えていそうだ。

男「……ん?」

トイレを済ませて、僕は教室に戻ろうとしていた。

しかし、教室の中がいつもよりも騒がしい。というか、いつもと間違いなく違う騒がしさだ。

教室に入ると、一人のクラスメイトが僕の方にやってきた。

「おい、男! お前何したんだ」

男「……? な、なにが?」

「あれだよ、見てみろ」

男「え……。!?」

彼が指さした場所には、女さんがいた。

だけど。

常に真っ直ぐに下ろされていた黒髪が、一つに結ばれていた。

「昨日もだけど、お前と女さん付き合ってんのか?」

男「つ、付き合ってないよ!」

『好き』とは言われたけれど。

「それにしたって、昨日の今日で髪型変わってたらそりゃ誰だってビビるぜ……」

昨日というのは、きっと昼食のことだろう。

男「……あ」

「ん?」

男「いや、なんでもないよ。なんでもない」

もしかして、さっきの話……。

男「ま、まさかなぁ」

誰にも聞こえないほど、僕は小さな声でひとりごちた。

その日のお昼は、まさに驚天動地のことが起きた。

女「男さん」

男「は、はい」

長い一つ結びの髪を揺らしながら、彼女は僕の席にやってきた。

女「今日も一緒にご飯、いかがですか」

男「あ、うん。今日も僕は売店に買ってくるから……」

女「その」

男「ん?」

彼女は僕に弁当箱を差し出した。

よく見ると、彼女は二つ弁当を持っている。

女「今日、男さんの分を作ってきました。良ければ、食べてください」

男「べ、弁当?!」

女「いつも売店で購入していると聞いたので。迷惑でしたか」

男「い、いや迷惑じゃないけど……」

周りの空気は、今朝以上におかしな空気に満ち溢れていた。

女「……」

彼女はじっと、僕を見つめていた。

男「い、いただきます」

僕の言葉を聞いて、歓声のような声が教室に響き渡った。

男「……」

女「……」

男「本当にいただいてもいいの?」

女「はい。お口に合うと良いのですが」

弁当箱の包みを取り外し、箱を開けてみる。

そこには、一つの箱には色とりどりのおかずと、もう一つはご飯が丁寧に敷き詰められていた。

男「うわぁ、美味しそう!」

周りが気になって少し気分が滅入ってしまっていたけれど、それは一瞬で吹き飛ぶほど、美味しそうだ。

男「それじゃあ早速……」

女「はい」

男・女「いただきます」

男・女「あっ」

女「また、ですね」

男「そうだね」

卵焼きを箸で持ち上げて、口へと運んだ。

女「……」

男「美味しい! これ、女さんの手作り?」

女「はい」

男「すっごく美味しい! 味付けもダシ巻きで、好きな味だよ」

女「良かったです」

口に運ぶと、次々と色んな幸せがやってくる。どれも美味しい。

男「あっ、ごめん。食べるのに夢中になってあんまり話せなくて」

女「いいえ。気にしてません。美味しいですか」

男「うん。ご飯と合うおかずがたくさんあって、ついつい食べちゃうよ」

女「良かったです。……あの」

男「ん、なに?」

女「どうですか、これ」

彼女は、目を伏せて、横を向いた。

結ばれた髪型が、大きく揺れる。

男「髪型のこと?」

女「はい」

男「えっと……いつも女さんはストレートだから、新鮮だね」

女「なるほど」

正面に向き直って、弁当をつつき始めた。

男「……」

彼女は、あまり嬉しくなかったのだろうか。

女「……」

『なるほど』。よく聞くフレーズを言った後。

口数は妙に減ってしまったのだった。

彼女を眺めつつ、僕は深く思案する。

男(まずい、絶対に機嫌が良くないな……)

そう直感して、僕は何か話しかけようと試みようと思った。

女「……あの」

男「えっ」

先に、彼女が先陣を切る。

女「……あまり、見ないでください」

男「?」

彼女は自分の目を手で覆った。

女「照れます」

男「あ……」

どうやら彼女は。

想像よりも、喜んでいたようだった。

おまけに僕が見ているのが、更に拍車をかけて照れを倍増させたという。

男「ご、ごめん……」

女「いえ、すみません。そういうこと、言われ慣れていないので」

こっちだって言い慣れてないよ……。

そんなこんなで、お昼は終わった。

授業の合間合間で、僕は色んなクラスメイトに質問攻めにあった。

「付き合っているのか」「どういう関係なのか」「どうして仲良くなったのか」

どれもこれも、女さんのことだった。

横目で彼女を見ると、彼女は女子生徒から質問攻めにあっていた。

前まで怖がって話しかけられなかった彼女が。

気づけば、女の子に囲まれているのは少しだけ、非日常な感覚だった。

……よく考えれば、昨日から僕にとっては非日常的なことが、次々と起きているわけだけれど。

女「びっくりしました」

男「あはは」

帰路。僕は昨日と同じく、女さんと一緒に帰っていた。

男「お互いに質問攻めだったね。どんなこと聞かれたの?」

女「男さんのことを聞かれました」

男「やっぱり。僕も、女さんとのこと聞かれたよ」

女「そうなんですか」

男「うん。みんな考えてることは同じみたいだね」

女「そうなのでしょうか」

男「どんな質問されたの?」

女「『付き合っているのか』が一番多かったです」

男「ははは……僕も」

すると、彼女は急に歩みを止めた。

女「あの、男さん」

男「ん、何?」

女「『付き合っている』というのは、どういう状態なのでしょうか」

また彼女は。

難しい質問を平然とぶつけてきた。

女「お付き合いというものを、したことがないので」

男「う、うーん……付き合ったこと、僕もないからなぁ」

女「男さんの思う、『お付き合い』というのはどういうものなのでしょうか」

男「どういうもの……か」

彼女はジッと僕を見つめる。

その彼女の純真な瞳に、僕はタジタジになってしまう。

男「……やっぱり一緒に出かけたり……」

女「……お出かけ」

男「手をつないだり……」

女「……手をつなぐ」

男「き、キスしたり?」

女「……キス」

男「……と、とかかな!!」

どうしよう。

自分で言って、めちゃくちゃ恥ずかしい。

女「男さん」

男「は、はい!?」

女「抱き合う行為も、入りますか」

男「え!? ……あ、うん。そ、そうだね」

女「なるほど」

男「……」

女「よく、映画のシーンでもありますよね」

男「そ、そうだね」

彼女は妙に納得した風に、大きく頷いて見せた。

女「私は、まだ一度もしたことがありません」

彼女は音も立てず、自分の唇を指でなぞって、

女「キス……」

と、囁いた。

その時の彼女は、妙な色気があって。

僕は直視ができなかった。

女「ごめんなさい。時間を取ってしまって」

我に返った彼女は、また歩みを始めた。

女「……どうしましたか」

男「あ……う、うん」

そうして、僕らはまた帰路を歩き始めたのだった。


ここまで。また後日

そして日付が変わって金曜日。今年最後の授業日だ。

今日が終われば、明日から冬休みになる。

いつもの時間に登校して、教室の扉を開ける。

女「おはようございます」

男「うわぁ!?」

開けると、彼女は教室の引き戸との距離スレスレに立っていた。

女「昨日、ホラー映画を観て、思いついたので」

男「び、ビックリした……!」

女「ごめんなさい、驚かせてしまって」

彼女の精一杯のジョークに、まんまとやられつつ、僕はいつも通りストーブをつけた。

男「明日から冬休みだね」

女「そうですね」

男「どこか行く予定とかあるの?」

女「いえ、特には」

男「そっか~。僕もだけどね」

女「男さん」

男「ん、なに?」

女「男さんは、クリスマスパーティーは参加しますか」

男「クリスマスパーティー? ああ、生徒会主催の?」

女「はい」

男「うん。参加するつもりだよ。去年も楽しかったし」

女「なるほど」

男「女さんは?」

女「参加します」

男「そっか。楽しもうね」

女「はい」

女「それと」

ゴソゴソと彼女が自分のポケットを探る。

男「?」

何かを取り出して、彼女はこちらに向き直った。

女「冬休み、空いている日はありますか」

男「えっと、さっき言った通り何も予定はないけど」

女「……そうでした。ごめんなさい」

男「……」

謝れると逆に傷つくなあ。

女「あの、これ」

彼女の手には、何かのチケットだった。

男「これは?」

女「父から、映画のチケットをもらったのです」

男「ああ、映画関係で働いてるお父さん」

女「その、良ければ」

彼女はいつもより歯切れ悪そうな言い方で、

女「一緒に、映画を観に行きませんか」

と、言った。

女「……映画、観たいとおっしゃっていたので」

男「あ、ああ」

女「なので」

突然のことでとにかく戸惑う僕。

そして。

いつも以上に彼女は、緊張しているように見えた。

もちろん、表情はまったくわからないのだけれど。

女「……」

男「……」

女「嫌、ですか」

男「えっ」

女「その、嫌でしたら……」

男「そ、そんなことないよ! 映画観たいし!」

女「はい……」

男「で、でも……僕とでいいの?」

女「はい、もちろんです」

男「そ、それならいいんだけど」

女「どうしてそう思うのですか」

男「いやぁ……なんとなく」

女「なんとなく」

男「うん、なんとなく」

女「はい、わかりました」

彼女は鉄仮面をつけているように、表情を崩さず頷いた。

女「何を観ますか」

男「うんと、今話題の作品とかってあるのかな?」

女「はい。色々公開されてます」

そう言うとササっとチラシを取り出した。

それは近所の映画館のチラシだった。

女「近所で上映されているのは、ここからここまでです」

男「そうなんだ。よく知ってるね」

女「ありがとうございます。それで、何を観ますか」

男「うーん……どうしようかな」

女「……」

男「……」

チラリと彼女の方を覗く。

女「なんでしょう」

彼女と、ピッタリ目が合ってしまった。

男「あ、えっと……女さんが観たいやつって、ある? 良かったらそれを観に行きたいかなって」

女「私の観たい映画で、良いのですか」

男「うん。僕あんまり映画詳しくないし。それにチケットは女さんのだから」

女「なるほど。では、選びます」

彼女はおもむろに上映作品を眺めだした。

どうやら相当吟味しているようだ。

女「……」

男「……」

そうしているうちに、他のクラスメイトの登校時間になってしまった。

男「女さん、またあとで決めよう」

女「……ごめんなさい、すぐに決められません」

男「平気だよ。気にしないで」

女「はい」

そう言って、僕と彼女は自分の席へと戻った。

真剣に悩んでしまうくらい、好きなのだろう。

男「……」

授業中のこと。

僕は、全然集中ができないでいた。

男(映画……)

どうしても、僕は消極的でいた。

あまりにもウジウジしている自分がとても不快だ。

でも、そうなってしまう気持ちも、自分はわかってしまう。

男(……女さん)

どうして僕のことを、好きになったんだろう。

まったく理解ができない。

男(……)

彼女の方を見やる。

女「……」

彼女は真剣な目をしている。

真剣に、今朝の映画のチラシを眺めていた。

男「!」

女「……」

目が合う。彼女はいつもとは違い、慌ててチラシを隠した。

女「……」

また、チラリとこちらを見る。

顔は一切変わらずとも、女さんは焦っているようだった。

授業中に違うことをするなんて、珍しい。

いつもはノートと黒板を交互にしているだけなのに。

とは言いつつ……それなら、そもそも僕と目が合うことはないか。

器用な人だ。

ここまで。 またあした。

眠い眠い授業を数時間終えて、昼の時間。

彼女と僕は昨日、一昨日と同じく、一緒に昼食を取ろうとしていた。

女「今日も、お弁当を持ってきました」

男「今日も? あ、ありがとう」

女「あと、これ」

今朝の映画のチラシを差し出した。

男「うん。観たいものは決まった?」

女「はい。あの……」

指先が少し震えている。

女「……」

差そうとしていた指が、ゆっくりと不安げに宙を舞う。

男「女さん」

女「……これを、観たいです」

男「え……」

女「……」

視線を逸らして、僕から彼女の顔がほとんど見えなくなる。

男「こ、これ?」

彼女は小刻みに首を縦に動かす。

そう、彼女が選んだ映画は。

ドストレートな、恋愛映画だった。

冬休み、初日。

12月初めからうっすらと漂っていたクリスマスムードが、一気に加速していた。

気温はひんやりとしているが、周りは忙しく、クリスマスを迎えるための準備に人々が躍起していた。

そんな雰囲気を楽しみつつ、僕はとある人を待っていた。

女「おまたせしました」

ベージュのロングコートという、大人の装いで彼女は現れた。

澄んだ黒い長髪と、クールな目元がとてもマッチしている。

いつも制服姿しか知らないから、見違えるほどだ。

男「女さん」

女「遅れてしまいました」

彼女は少しだけ息を荒くしていた。急いだのだろうか。

男「ううん、僕もさっき来たところ」

女「いつもと逆になってしまいました」

男「え? ああ、学校と?」

女「はい。いつもは、男さんより先に私がいますから」

確かに、いつもと逆だ。

男「もうすぐクリスマスだね」

女「はい」

男「クリスマスパーティーは、去年も行ったの?」

女「強制参加だと思っていたので、参加しました」

男「ああ、そうなんだ。楽しかったよね。ダンスパーティーとか、ビンゴ大会とか」

生徒会が主催するクリスマスパーティー。

うちの学校の生徒会はすごく力が入っているから、凄く豪勢な学校行事だ。

毎年ほとんどの学生が参加し、参加率は9割を超えるほどだという。

女「ビンゴなら、私当たりました」

男「え、そうなの」

女「はい。雪だるまの貯金箱」

「これくらいの」と言いながら、手で大きさを表現している。

想像していたよりも大きいもののようだ。

男「へ~いいね」

女「だから、去年から少しずつ貯金をしています」

男「女さんってバイトしてるんだっけ?」

女「いいえ」

男「じゃあ、お小遣い?」

女「はい。あまり買いたいものとかも無いので」

確かに、物欲はなさそう。

女「映画を観に行ったり、映画をレンタルしたりはします」

本当に、映画が好きなんだな。

女「男さんは」

男「僕? 僕もお小遣いだよ」

よく考えてみたら僕もあまり物欲は無い。

男「そうだなぁ……漫画とかゲームとか、たまに買うけれどそんなに熱心に集めたりとかはしてないかなぁ」

僕って、平凡だ。

女「なるほど」

男「女さんは漫画とかは読む?」

女「映画の原作とかでしたら、読みます」

男「映画ありきなんだね」

女「そうですね。気づいたら、そうなっているのかもしれません」

映画鑑賞と、それに関連したアレコレ、か。

「趣味というほどではない」と言っていたけれど、そんなことはまったくないじゃないか。

男「そんな女さんが選んだ映画、楽しみだな」

女「そういわれると、重圧が」

男「ごめんごめん、そういうつもりで言ったんじゃないんだ」

女「はい」

表情はいつも通り、ずっと読めないままだ。

ここまで。また次回。

男「あ、ここだよ女さん」

女「はい」

早めに映画館にやってきた僕らはポップコーンとジュースのセットを購入して、席に座った。

男「ポップコーンを頼むと、一気に映画館の気分になるね」

女「わかります」

彼女は大きく頷いた。

女「最近はキャラメル味やチョコ味、色々な味が楽しめますね」

男「あ、女さん、ポップコーン好き?」

女「はい。好きです」

男「そうなんだ。じゃあ買おうって言って良かった」

女「男さんは」

男「僕も好きだよ」

女「そうですか」

胸を軽く撫でて、彼女は一息ついた。

しかし、ポーカーフェイスは揺るがない。

女「私、上映前のこの雰囲気が好きです」

彼女はまだあまり人が入っていない場内を見渡して呟く。

女「世界とちょっとだけ隔離されたような、そんな空間のようで」

男「なんだか詩的な表現だね。そう言われると、なんだか僕も好きになりそう」

静かな空気に穏やかな音楽がしっかりと「BGM」の役割を果たしている。

外の喧騒などからは隔絶された一種の空間のように感じる。

ゾロゾロと人が集まってきた。すると彼女は白く細い手首に巻かれた腕時計を見て、

女「もうすぐ予告が始まりますね」

と囁いた。

男「えっ」

彼女が言うと同時に、パッと辺りが暗くなる。

そして、映画の予告編がスタートした。

男(す、すごい。タイミングバッチリだ)

ここまで映画のタイムテーブルを把握できている彼女に、僕は素直に驚いた。

彼女は静かにスクリーンを眺めていた。僕も一緒に、眺めた。

数本の予告編と注意喚起の映像が終わると、照明は完全に消灯され、いよいよ本編が始まった。

内容は至ってシンプルな恋愛映画で、高校生のありふれたラブストーリーだ。

自分に自信が持てない男子、想いをどうしても伝えられない女子。

そのヤキモキさせられる感覚と、どんどん距離が近づいていくイベントの連続。

気づけば二人を応援している自分がいて、なにより楽しい映画だった。

作品内の季節も、ちょうど今頃と同じクリスマス周辺だった。

エンドロールでは今流行りのソロアイドルのバラードが聴こえてきた。

普段テレビでは聴かない、しっとりとしたものだった。

けれど、それがまた良い曲だった。



館内がパッと明るくなって、完全に映画の上映が終了したことを示唆した。

上映中、ほとんど動くことのなかった彼女が動き出した。

男「出ようか」

女「はい」

彼女はあまりポップコーンを食べていなかった。というか、ほとんど口をつけていない。

男「女さん、それ」

女「はい。集中してしまってあまり食べられませんでした」

微動だにしない彼女の横にいたので、僕もなんとなく察することはできた。

女「あまり食べていませんが、捨てます」

男「ああ、ちょっと待って。そのポップコーンもらえるかな?」

女「はい」

男「えっと、あそこのベンチで待ってて」

女「はい」

僕は彼女を置いて、売店に走った。

映画館で売られているポップコーンバケットを購入して、先程もらったポップコーンを入れた。

彼女の元に戻って、そのバケットを彼女に手渡した。

女「これは」

首を横に傾け、バケットを持ち上げて覗き込む

男「これで捨てずに済むでしょ。もったいないからさ」

女「なるほど」

そういうと、彼女は財布を取り出した。

男「ま、待って待って。それはあげるから」

女「男さんにいただく道理がありません」

男「え、えーっと……ほ、ほら! 早めのクリスマスプレゼント! だよ!」

女「クリスマスプレゼント」

彼女は更に首を傾げて、

女「男さんは、サンタさんなんですか」

と、彼女らしくない子どものような質問をしたのだった。

男「……ぷっ」

真面目にそう問うた彼女を見て僕は思わず吹き出した。

ここまで。

あけましておめでとうございます。

今月中には完結します。それでは。

映画を見て、ちょっと遅めの昼食を食べることになった。

男「良い映画だったね」

女「はい」

男「最後の女の子の告白とかすっごく良かったなぁ」

女「二人の関係と、あの告白に至るまでの過程を通して初めて言える台詞だと感じました」

男「そうそう。お互いに気になりだして、やっぱり踏み出す勇気がやっと出たからこその一言だったね」

僕と彼女は、映画の感想を楽しく語り合った。

彼女の顔は常にピッタリと「無」が張り付いたままだったが、映画の話はやはり好きなようで、熱が入っていた。

そんな彼女と意思疎通ができるのも、僕は楽しかった。

女「彼女の気分と、その時のシーンの色合いで表現されているのも素敵でした」

男「えっ、それには気づかなかったな」

女「はい。音が途中で止まって、また鳴りだすのも恐らく演出の一つです」

男「すごい。全然わからなかった」

彼女の感想は、映画をこよなく愛する人のそれだった。

ちゃんと様々な視点で映画を観ていて、感心せざるを得ない。

女「昼食、ごちそうさまです」

男「こちらこそ、映画誘ってくれてありがとう。お昼ぐらい出させてよ」

女「ありがとうございます。それに……」

男「ん?」

女「この、バケットも」

男「ああ、全然。気にしないで」

彼女は丁寧に色んなことにお礼をした。親切な人だ。

女「実は、恋愛映画を観るのは初めてでした」

男「え」

女「ずっと、観る勇気が無くて。今回やっと観ることができました」

男「そ、そうだったんだ」

バケットをギュっと抱きしめながら、

女「大事にします」

と、彼女は小さく言った。

女「クリスマスパーティー、必ず来て欲しいです」

男「行くよ、もちろん」

女「はい」

男「でも、どうして改めて?」

女「……内緒です」

とても驚きの回答だった。

男「そ、そっか。うん。じゃあ次はクリスマスパーティーだね」

女「はい。それでは」

男「うん。バイバイ」

僕は彼女と手を振って別れた。

彼女は静かに頭を下げて、去っていった。

正直に言えば、僕も恋愛映画は初めてだった。

帰り道、僕は彼女のことをずっと考えていた。

去り際の彼女は、少しだけ顔を上気させていたようにも見えた。

寒さというのもあるだろうけれど、いつもとは雰囲気が違っていた。

男(……なんだったんだろう)

外気の寒さに身体を震わせながら、帰途を黙々と歩いて行ったのだった。

ここまで。つづきます

そして、クリスマスパーティー当日。

僕は寒さを見込んで、厚めのコートを着て出かけた。

クリスマスパーティーには特にドレスコードというものはない。

というか、うちの高校は私服での登校も自由であり、基本どんな服を着ていようと構わないという方針だからだろう。

と、言いつつ僕は制服を着て登校しているけれど。

去年のパーティーはサンタの恰好をしている人や、スーツやドレスの人もいた。

年内に学校に行くことは、これが最後という人も少なくないため、張り切っている人も多いのだ。

でも、僕は別にさしてオシャレをするわけでもなく、普段着で行くつもりだ。

このクリスマスパーティーは生徒会有志であっても、文化部が気合を入れている行事だ。

春頃に学祭をやってしまうこともあって、手持ち無沙汰になっているのだろう。

クリスマスらしい色彩の入場門が作られ、校内はきらびやかなイルミネーションで輝く。

とにもかくにも、学校行事並の規模で行われるということは間違いない。

だからこそ、生徒のほとんどが参加するのだろう。

今年はプロジェクションマッピングもやるとかやらないとか。

とにかく、クリスマス当日を盛大に盛り上げるイベントというわけだ。

学校に到着すると、すでに校内はざわついていた。

今年は出店もあるらしく、去年以上に盛況している。

男(さて、と)

入場門で手渡されたガイドを読む。ガイドには校内地図と各地で行われるイベントが書かれていた。

男(どれを観に行こうかな)

女「男さん」

男「うわぁ!?」

女「……大丈夫ですか?」

男「あ、ああ、女さん……」

後ろから突然声をかけられて、素っ頓狂な声をあげてしまった。

周りの生徒に注目されてしまって、恥ずかしい。

女「ごめんなさい、急に声をかけてしまって」

男「ううん、こっちこそ驚いてごめん」

女「男さんが見えて、安心してしまって」

男「そ、そうなの?」

女「はい」

彼女の表情からは、「安心」を感じ取れなかったけれど。

どうやら安心したらしい。

彼女の佇まいは、先日の服装よりもカジュアルに近かった。

制服によせつつ色味はクリスマスらしく赤みのあるPコートに纏っていた。

チェック柄のストールをゆったりと首元に巻いて、手は可愛らしいミトンをはめていた。

女「今日は、誰かと回る予定はありますか」

男「ううん。むしろ今どこ行こうか考えてたところだよ」

女「なるほど」

男「女さんは?」

女「私もです。良ければ一緒に回りませんか」

男「うん、いいよ」

僕の返事を聞いて、彼女はストールを首から外した。

女「それでは、参りましょう」

男「うん。どこに行くの?」

女「とりあえず、校庭にあるクリスマスツリーを観に行きませんか」

男「いいね。そうしよう」

校庭は既にたくさんの人だかりができていた。

中央には大きなクリスマスツリーがそびえ立ち、煌びやかな装飾が施されていた。

男「うわー今年も大きいね」

女「はい」

男「えーっと、ここでやるイベントは……」

女「来年の抱負宣言、です」

男「そうなの? ……あ、ほんとだ」

校庭での開催プログラムは『メリクリ! 来年の抱負大宣言!』と書かれていた。

クリスマスでありつつ、終わればすぐに年末ムードになることにちなんだ企画のようだ。

生徒参加型で、来年の抱負をステージに立って言うという至ってシンプルなもの。

去年僕は観ていないので、しっかり把握しているわけではないけれど。

女「あと、校舎を利用したプロジェクションマッピング」

男「本当だ。女さん詳しいね」

女「ありがとうございます」

彼女はこちらを向かずに礼を述べた。

女「男さん」

男「ん、なに?」

女「いえ、なんでもないです」

男「? そう。とりあえず、ツリーの周りグルっと回ってみようか」

女「はい」

彼女が用もなく声をかけたことに驚きつつ、僕は彼女の隣を歩いた。

周辺を歩くと、本当にこの学校の生徒数の多さに驚かされる。

パーティーは生徒と教師以外は参加できないから、ここにいる人たちは皆、学校に直接関係がある人間しかいない。

もちろん、出店している人たちは部外者だけれど、それはごく一部だ。

ゆっくりと歩いていると、同じクラスの人たちを見かける。

しかし、顔を合わせても軽い挨拶をして、すぐに僕らから離れていってしまう

女「これは一体」

彼女は顎に手を置いて、軽く首をかしげる。

男「どうしてだろうね」

僕は離れていく理由がわかっていたけれど、知らないフリをした。

ここまで。終わりまで必ず書きますので、もうしばらく辛抱を。

「来年は赤点を取らないように頑張ります!」

溢れるような笑い声と共に、ステージに立つ男子学生は爽やかな笑顔を見せた。

「レベルの低い抱負ですが学生としてはとても大事な抱負でしたね~! それでは、次の方!」

サンタのコスチュームをした女子学生がMCを担っていた。「書記」と書かれた腕章をつけていて、生徒会であることが見て取れた。

男「去年もこんな感じだったのかな」

女「あのように抱負を言う人もいましたが、一発芸などを行う方もいました」

男「へー、あっ」

そう言ったそばから、次の生徒は頭で瓦を割りだした。

「来年はこの2倍割れるように頑張ります!」

そう締め括って、彼の宣言は終わった。

その後も多種多様な宣言は続き、この学校の多彩さを物語っていた。

男「みんな個性豊かで凄いなぁ。ね、女さ……あれ?」

隣にいたはずの彼女が、忽然と姿を消していた。

改めて周りを見渡すと、大勢の人。はぐれてしまうのも仕方ない人だかりだった。

でも、僕らは別に移動していたわけじゃないけれど。

とりあえず、このプログラムが終了したら探そう。

今は人が集中しすぎていて、探すのはとてもじゃないけど無理だ。

「それでは、今年最後の宣言者です! どうぞー!」

男「……えっ」

ステージに上がったのは、とても見慣れた女性だった。

さっきまで隣にいた彼女が。

女「……よろしくお願いします」

大人しく頭を下げたのは、女さんだった。

ザワザワと、周りが声をあげ始める。

周りの生徒達は彼女の顔を知っているようだった。

ただ一番ざわついた理由は彼女らしくないという点だった。

性格上、積極的にステージに立つような人ではないというのは、全員の共通の認識だった。

彼女は想像以上に有名人だった。

女「今日は、このような場を設けていただき、ありがとうございます」

彼女は、喧騒を無視してマイクに向かう。

女「このクリスマスパーティーを迎えるために様々な方の尽力があったとお見受けしております。重ねて御礼申し上げます。」

彼女は固い口調で淡々と話すし、深々とお辞儀をする。

女「それでは、来年の抱負を宣言いたします」

ポツリと放ったその言葉に校庭の学生達は大きくざわめいた。

彼女の口からどんな抱負が宣言されるのか、皆が注目する。

女「来年の抱負……確かにそれに当てはまるのですが」

彼女の言葉に、校庭の全員がうんうんと頷く。

女「まだ、今年やり残したことがあります」

「オオオー!!!」

校内は異常な熱気に包まれていた。

寒空の下。

学校のクリスマスイベント。

巷で有名な彼女の気になる宣言。

様々な状況が組み合わさってか、周りは異様な空気だ。

男(女さん……)

女「……」

彼女の表情は、まるっきりいつも通りだった。

女「やり残したことはとても簡単なことです。

  これをしなければ、私は新年を迎えられそうにありません。
  
  簡単なことでありつつ、凄く勇気が必要なことです。
  
  以前の私なら、間違いなくできなかったと思います。
  
  そして今も、とても緊張しています。
  
  でも、この機会は逃せません。覚悟を決めました。
  
  おそらく、私はこれをすることで失うものもあるかもしれません。
  
  でも、それでも。
  
  自分の正直な気持ちを、ぶつけようと思います。
  
  男さん、あなたのことが好きです」

視線は真っ直ぐ僕に向けられていた。

女「どうして好きになってしまったのか。

  正直、まだわかりません。
  
  でも、私はあなたが好きなのです。
  
  毎朝、忘れずに挨拶をしてくれること、
  
  夏にエアコンをつけてくれること、
  
  冬にストーブをつけてくれること、
  
  一緒にご飯を食べてくれること、
  
  一緒に下校してくれること、
  
  一緒に映画を観てくれること、
  
  うやむやになった質問にも改めて答えてくれること、
  
  私の口癖に気づいてくれること。
  
  凄く些細なことですが、私はたまらなく、
  
  あなたを好きになりました」

彼女は更に続ける。

女「恋愛を一切知らない私に対して、真摯に向き合ってくれました。
  
  あなたのことを考えると、胸の高鳴りが止みません。
  
  ずっと、そして今も。
  
  …………。
  
  ふう。
  
  男さん。
  
  私はあなたと、『お付き合い』をしたいです。
  
  順序は前後してしまいましたが、
  
  またお出かけしたり、
  
  手をつないだり、
  
  キスしたり、
  
  抱き合ったり」
  
男(ちょ……!)

女「わがままで、ごめんなさい。
  
  あなたと、一緒にいたいです。
  
  お返事、待ってます。
  
  私からは以上です。
  
  ありがとうございました」
  
より一層深いお辞儀を見せて、彼女はそそくさとステージからはけていった。
  
「……あっ! え、えーっと! こ、これで『メリクリ! 来年の抱負大宣言!』は終了です! みなさんありがとうございました!」
  
先ほどまで熱気に包まれていた校庭は、嵐が過ぎ去ったように静まり返っていた。

ほとんどの生徒が僕をジッと見つめては、「誰?」という顔をする。

それは当然の反応だから、さして気にしないけれど。

それ以上に、こんなに大勢の人から視線を浴びられる経験がない僕は、萎縮することしかできなかった。

男(女さん……)

こうして彼女の、僕への告白は。

ほとんどの生徒達の面前で、行われたのだった。

身体が妙に熱い。

コートを着ていることで、余計身体の熱は逃れることができず、僕の体に留まっていた。

きっとさっき起きた事柄のせいだろう。

人の多い校庭は、今の僕には不向きな場所だ。

男(涼みに行こう……)

冬らしからぬ思考になりながら、僕は人気のない場所に向かうことにした。

男「ふう」

息が詰まるような空気から解放された僕は、ゆっくりと息を吐いた。

今僕は、校庭から少し離れた場所にやってきていた。

校庭の方角からはガヤガヤとした声が聞こえるけれど、ここは静かだ。

コートを脱いで涼むことにした。

……それにしても。

男「……女さん」

まさか、あんな風に告白されるなんて思ってもみなかった。

大勢の前で、彼女は勇気を振り絞ったのだ。

僕なら、絶対にできない。

女「呼びましたか」

男「うわぁ!?」

後ろからいきなり声をかけられる。

女さんだ。

あれ、さっきもこんなことあったような。

女「ごめんなさい、またやってしまいました」

男「い、いや、いいんだよ……そ、それよりどうしてここに?」

女「男さんがこちらに向かっていたので」

彼女は若干息を切らしていた。走って追いかけてきたのだろう。

男「そ、そうなんだ……」

女「はい」

男「……」

女「……」

彼女の顔が、見れない。

男「えっと……」

女「無理はしなくても大丈夫です」

彼女はいつもの平坦な口調で、

女「ごめんなさい、あのような場所で告白をしてしまって」

と、頭を下げた。

女「……ごめんなさい」

彼女はまた、謝った。

遠くから聞こえるパーティーとはうってかわって、こちらはあまりにも静寂過ぎた。

比べるから、余計そう感じるのだろう。

僕らの今の雰囲気も、周りの空気と同じように静まり返っていた。

女「最後まで、聞いてくださってありがとうございました」

彼女は先ほどとは違う意味で、頭を下げた。

女「あなたのおかげで勇気を出すことができました」

男「僕の、おかげ?」

女「はい。男さんのおかげです」

男「僕は何もしてないと思うけれど……」

彼女が勇気を出したのは、自分で一歩踏み出したからだ。

僕は一切、力を貸してはいないと思う。

女「そんなことありません。男さんのおかげです」

彼女はすぐに否定する。

女「あなたでなければ、告白はしてなかったと思います」

男「僕じゃなければってどういうこと?」

女「さきほど、ステージ上で言ったことが全てです」

男「……」

不意にさきほどの告白を思い出す。

彼女は両の手のひらに息を吐いた。

女「今、ここでもう一度……」

男「うわわわ、ダメダメ! ダメ!」

僕は食い気味で彼女を止める。

女「でも」

男「て、照れるから!」

女「私も同じです」

男「女さんは照れてないでしょ!?」

女「いいえ、とても照れます」

男「い、言っとくけど女さん、表情に全然出てないからね!?」

女「そうなのですか」

一切照れてるようには見えない!

男「というか女さん、どうしてそんな薄着なの?」

ふと気づく。さっきまで纏っていたコートがない。

女「あっ」

彼女も今気づいたようだ。

女「緊張で身体が暑くなって、脱ぎました」

男「そ、そうなんだ」

女「薄着だと気づいてしまったせいか、寒いです」

彼女は自らの身体を少し抱きながら、震え始めた。

男「だ、大丈夫?」

女「はい、自業自得なので」

男「コートはどこにあるの?」

女「おそらく、ステージ袖です」

ここからステージ袖までは、結構な距離がある。それに、人もたくさんいる。

……というか、あそこからわざわざここまで来てくれたのか。

僕の、ために。

女「戻ります」

男「え、今から?」

女「はい」

校庭は恐らく、さっきよりももっと人が多い時間になっている。

なぜなら、もうすぐプロジェクションマッピングが始まるからだ。

多分、ステージまで辿り着くのはさっきの倍はかかると思う。

女「それでは」

彼女が去ろうとする。なんのためらいもなく、彼女は校庭に向かおうとしている。

男「ま、待って女さん!」

女「はい」

彼女はピタリと止まる。それでも身体は冷えているに違いない。

男「今からステージに向かうのは、多分時間がかかると思う」

女「ですが、他に方法がありません」

男「だから……そ、その……」

僕は意を決して、言った。

男「僕のコート、貸すから」

女「どういうことでしょう」

男「ほ、ほら! 僕今脱いでても寒くないし! 持ってるだけじゃ勿体ないから」

女「ですが」

男「え、遠慮しないで」

女「いや、その」

彼女に近づくも、ゆっくりと後ずさりして逃げていく。

女「とにかく、取りに行ってきます」

男「ま、待ってよっ」

逃げるように校庭に向かおうとした。

それを見て思わず僕は彼女の手を掴んだ。

男(あっ)

しまった、と思った。

僕が手を掴んだと同時に、彼女は顔を俯かせた。

男「ご、ごめん、つい……」

彼女は、嫌悪しているのだろう。

無理もないと思った。

僕がしようとしているのは、合理的なことばかりを優先して、彼女の気持ちなんて一切考えていない行動だ。

他人のコートを借りるなんて(ましてや男性のだ)、抵抗があるに決まっているのに。

女「……」

下を向いた彼女が、ゆっくりとこちらを向いた。

男「……えっ」

彼女は。

顔を赤らめていた。

女「……困ります」

消え入るような声で言う。

女「触れられるのは、慣れてません」

彼女の言葉に、僕も思わず赤面してしまう。

男「あ、いや、えと……てっきり、嫌なのかと」

女「嫌なわけ、ありません」

もう一度下を向く。グッと拳を固めて、

女「嫌なわけ、ないです」

耳まで真っ赤にしながらそう言った。

無表情でコーティングされていた彼女の顔が。

はっきりと朱色を帯びて。

眉毛を情けなく下ろしながら、唇を歪ませていた。

彼女が初めて、僕に感情を見せた。

刹那の静寂。

そして僕は、何故か。

彼女と同様に、赤面した。

女「男さん、どうされましたか」

男「いや、えっと……あれ……」

自分でもわからないくらいに。

想像以上に照れている。

男「だ、大丈夫だよ」

女「大丈夫そうには見えません」

顔を近づけてくる。彼女の顔はまだまだ赤い。

男「……」

女「……」

僕らはいつもよりも近くで、お互いに目を合わせた。

男(ああ、そうか)

どうやら僕は。

彼女が好きになってしまったようだ。

疑問を抱いていた『好き』の根拠が今目の前にある。

そういう表情で作られた像のように同じ顔をしていた彼女が。

僕に対して、感情を表したこと。

それを理解して、僕も大きく照れてしまったのだと。

今になって気づいた。

男「……女さん」

女「はい」

男「とりあえず、コート着る?」

女「……どうしても着ないといけませんか?」

男「もちろん強制じゃないけれど……体調が心配だから」

女「……」

彼女が背中を向ける。

男「……女さん?」

女「袖は、通せません。羽織るだけにしておきます」

男「そ、そっか。了解」

これは……僕が肩に掛けてもいいのかな?

男「……」

女「……」

過ぎた間を察して、僕は女さんの肩にコートを掛けた。

女「……」

ピクリと身体を動かす。

女「……ありがとうございます」

男「う、うん」

僕の返事を聞いて、彼女は自分の顔を両手で隠した。

男「女さん?」

背を向けた女さんの顔を覗く。

女「見ないでいただけると、嬉しいのですが」

どうしてなのかは、顔を見なくてもわかった。

隠れていない耳がさっきよりも赤いから。

男「あ、あのさ女さん」

女「はい」

男「僕、その……」

照れ臭くて、僕は頬の辺りを軽く掻いた。

男「……今の女さんの顔、見せて欲しい……な」

語尾に連れてどんどん小さくなりながら、そう言った。

女「どうしてですか」

顔を手で覆いながら問う。

女「なぜ、見たいのですか」

言葉は淡々としている。しかし、耳は変わらず赤い。

男「それは……」

思わず言い淀む。今から僕が言うことはとてつもなく変態性を持った言葉だ。

男「照れてる女さん、すっごく可愛かったから」

女「……」

男「……」

誰も邪魔できないほどの森閑。

男「さっき、見た時に凄くキュンとしちゃって」

僕は止まらない。

男「もう一度、見せて欲しいな、なんて……」

自分で言ってて恥ずかしい言葉が出てしまう。

僕はなんて変なやつなんだ。

女「……このような顔は、本当は見せたくありません」

今にも消えてなくなりそうな声を発する。

女「でも、あなたの望みなら」

「どうぞ」と。

抑揚のない声と一緒に、彼女は顔を覆い隠していた手をどかした。

そして、彼女の耳まで真っ赤になった可愛らしい顔が現れたのだった。

男「……わぁ」

つい声を出してしまうほど、彼女は可愛かった。

べったりと張り付いていた強靭な無表情が今は存在しない。

それほどに彼女は今、恥ずかしさのあまり沸騰状態にあるのだ。

女「変、ですか」

男「そ、そんなことないよ。むしろ、可愛くて……」

その言葉に反応して、そっぽを向いてしまう。

男「ど、どうしたの?」

女「あまり、言われ慣れていない言葉です。……恥ずかしい」

思っている以上に恥ずかしがり屋だ。

女「コートを借りているだけでも、大変なのに」

男「あの、女さん」

女「はい」

男「さっきの、答えなんだけれど」

女「待ってください」

男「えっ」

女「今、答えを聞けるほど冷静ではありません。心臓の高鳴りがまだ」

男「で、でも」

女「……これで断られたらと思うと、辛いです」

男「え……」

どうやら、とんでもなくネガティブな想像をしているようだ。

男「ふふっ……ふふふっ」

女「どうしましたか」

男「いやぁ……あははっ」

女「なにがおかしいのでしょう」

全くもって、おかしい。

男「こんな感じで、断るわけないじゃないか」

僕は背中を向けている彼女に近づいた。

男「女さん、僕と付き合ってください。……それが、僕の答えです」

女「え……」

急に女さんは血相を変えて振り向いた。

瞳をいつも以上に見開いて、驚きのリアクションをしている。

女「本当、ですか」

男「うん。僕で良かったら、喜んで」

女「……」

糸が切れたように、彼女は座り込んだ。

男「だ、大丈夫!?」

女「……なにがなんだか、わかりません」

彼女の瞳には、大粒の涙を含んでいた。

女「ど、どうして泣いているんでしょう」

それは、僕が聞きたい。

男「ちょっと、ごめんよ」

僕は彼女の羽織ってるコートに手をかける。

男「はい、ハンカチ」

女「……」

更に溢れる涙。

何故。

女「あの、勘違いしないで欲しいのですが、これは悲しくて流しているものでは、ありません」

男「わかってるよ。それよりほら、涙拭いて」

彼女がどんどん、可愛らしい存在に見えてくる。

頼りになって、真面目で、誠実で。

ちょっぴりポーカーフェイスな彼女だけれど。

こんなに表情が豊かだったなんて。

女「でも、どうして告白を承諾してくださったのですか」

渡したハンカチで涙を拭きながら、問われる。

男「女さんが、僕のこと本当に好きなんだなってわかったから」

女「それは失礼な言い方です。ずっと好きです」

音が出ていたら、間違いなく「ゴゴゴゴ」と後ろからしているような感じだ。

とてもストレートに「好き」と言われて少々照れつつ、僕は答える。

男「ごめんね。自分に自信がなかったから、つい勘ぐっちゃって」

女「なるほど」

男「それに、女さんの表情が読み取れなくて、さ」

この際、正直に言った方が良いだろう。

女「そうでしたか」

彼女はいつもの無表情に戻った。

顔はまだ、少しだけ赤いけれど。

男「……えっと、そろそろプロジェクションマッピング始まっちゃうけど」

腕時計に目をやると、あと数分で始まる時間になっていた。

女「男さんは、どうしたいですか?」

男「えっ、僕?」

女「私は、二人きりでいたいです」

目を伏せて、淡々とした口調でそう言った。

男「……女さんがそうしたいなら、それで」

僕と彼女は、校舎からそのまま学校を後にすることにした。

こうして僕らの一日は終わった。

クリスマス当日、僕に彼女ができたのだった。

サンタさんからのプレゼントなんて言い方はおかしいかもしれないけれど。

それくらい言ってもおかしくないくらいの、運命だった。

僕と彼女はその後、光り輝くイルミネーションの中を歩いて。

少しだけいつもと違う道を通って、特に何をするでもなく、帰宅したのだった。

これでいいのだろうかと思ったけれど、僕も女さんも当たり前のように初めてのことだったから。

ゆっくりとすこしずつ、恋人同士らしいことができればと思った。

女「デート、しましょう」

クリスマスの次の日、朝から電話がかかってきて、カフェに呼び出された僕に、彼女はこう宣言した。

男「えーっと、今から?」

女「はい。昨日は申し訳ありません、緊張してしまって何もできず」

僕は別に良かったけれど。

女「少なくとも、私は後悔していました」

男「どうして?」

女「舞い上がってしまって、周りが見えていなかったからです」

そうは見えなかったけれど……。

女「だから、名誉挽回のためのデートです」

男「そうなんだ」

女「はい。男さんは、何かご予定ありましたか?」

男「あったら来れてないと思うよ」

女「なるほど。確かに」

男「……昨日、帰り道お互いに黙っちゃってあんまり話できなかったのがちょっと心残りだったかな」

頼んでいたコーヒーが来る。砂糖とミルクを入れて、一口飲む。

女「確かに、ほとんど会話無しでしたね」

男「だから、今日はこのままお茶にしない?」

女「お茶」

男「うん。もっと女さんのこと、知りたいから」

女「私のことをですか」

男「うん。ダメかな」

女「もちろん、構いません」

「それに」、

女「私も男さんのこと、もっと知りたいですから」

紅茶を啜り、少しだけ目を逸らした。彼女は、わずかに赤面していた。

彼女の感情の機微がわかるようになって、僕は微笑む。

それを見て、ばつが悪そうにもう一度紅茶を飲むのだった。

男「ところで、女さんのやりたいことってなんなの?」

女「たくさんあります。ノートに書いてきました」

男「え……ま、待って。ノートに?」

女「はい」

男「えーっと……『屋上でご飯を食べる』『男さんの憧れになる』……」

女「音読されるとは思っていなかったので、少々恥ずかしいです」

男「ああ、ごめんごめん」

女「はい」

男「うん……たくさん書いてあるね」

女「そうです。時間には限りがあります。だから……」

男「ま、まあまあ。ちょっと落ち着いて」

女「はい」

男「ゆっくり、計画を立てていこうよ」

確かに時間に限りはあるけれど。

焦っても仕方ない。

男「僕は女さんと、お茶したいから」

女「……なるほど」

そう、ゆっくりでいい。

僕らにはそれが、ちょうどいいと思うから。

やりたいことノートの最後には、こう書かれていた。

『男さんのことを、もっと好きになる』


おしまい

おしまいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!



※以前書いたもの・現在進行系のサイトも再度貼っておきます。

ボクっ娘SS
http://note.mu/shiranuifuchika

過去SS(途中で落ちたのも多数)
http://nanabatu.sakura.ne.jp/new_genre/bokukko.html


それでは

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