タツマキ「サイタマにもチョコを渡したの?」フブキ「ええ、義理だけど……」 (12)

「はい、お姉ちゃん。いつもお疲れ様」

その日、大陸から海を越えて上陸してきた怪人ウイルスマンとの死闘を終えた私は、荒波が打ちつける埠頭で妹のフブキに出迎えられた。
可愛くラッピングされた包みを見て、気づく。
そう言えば、今日は2月14日。バレンタインだ。

「ありがと、フブキ。いつも悪いわね」

感染を防ぐために展開していた超能力のバリアを解き、有り難く贈り物を受け取る。
フブキは感染予防の為に装着したガスマスクを取り外し、端正に整った顔立ちを見せ微笑む。

「いいのよ。今年は沢山作ったから」
「そうなの? ちなみに誰に?」
「知り合いになったキングと、ジェノスと、バングさんと、それからまあ一応……あいつにも」
「サイタマにもチョコを渡したの?」
「ええ、義理だけど……」

所謂、義理チョコだとフブキは言う。
それにしては妙に顔が赤い。これはいけない。
私はすぐさま妹の周囲にバリアを展開して閉じ込めてから、辺りに飛散したウイルスの除染をしていたヒーロー協会の職員を呼び寄せた。

「私の妹がウイルスに感染したみたいだから、大至急隔離して潜伏期間中の経過をみて頂戴」
「ちょっと、お姉ちゃん!?」
「フブキ、悪いけどあなたの出番は終わりよ」

さあ、それでは赴くとしよう。新たな戦場へ。

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「さてと……どうしたもんかしら」

急ぎ自宅マンションに戻った私は、調理場という名の戦場に降り立ち、怪人チョコレートマン相手に悪戦苦闘しながらも辛くも勝利した。

「よし……出来た」

見た目はアレだが、チョコはチョコだ。
食べられないことはないだろう。
しかしながら、少々張り切り過ぎて作り上げたこの前衛芸術作品を、どうラッピングするか。

「わざわざラッピングする必要はないわね」

たしかに可愛くラッピングすれば見栄えは良いが、それを開けるのは至極面倒臭いものだ。
フブキから受け取ったチョコレートの包み紙をビリビリに破いて開け、中身を貪った私はそう結論付けて、丸まんま手渡すことに決めた。

「ふふっ……待ってなさい、サイタマ。今からあんたをこの私が『戦慄』させてあげるわ」

私の名前はタツマキ。
『戦慄のタツマキ』と、人は呼ぶ。
その名の通り、サイタマを戦慄させてやろう。

ピンポーン。

ピンポーン、ピンポーン。

ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン。

「ちょっと! 開けなさいサイタマ! 居るのはわかってんのよ! 神妙にしなさい!!」

ドンドン! ドンドンドンドン! ドガッ!!

「そう、怖気付いたってわけね。それなら……」

何度呼び鈴を鳴らしても、玄関のドアを叩いても、サイタマの部屋の中からは音沙汰がなく。
今日奴がフブキからチョコレートを貰ったことは事前に調べがついているので、恐らく夢中になって妹のチョコを貪り食らっているのだろうと当たりをつけた私は強硬手段に打って出た。

「ふんぬっ」

ミシミシ……ドギャンッ!!

「ふん……この私相手に居留守をするなら戦車よりも分厚い鋼板をドアに張っておくことね」

超能力でサイタマの部屋のドアを打ち破り、勝ち誇った私は悠々と室内に入り、そして愕然とした。

「げほっ……げほっ」
「……えっ?」

寒々しいサイタマの部屋に敷かれた、布団。
そこに弱った彼が横たわり、咳き込んでいる。
一目置いているヒーローが、床に伏せていた。

「ちょ、ちょっとあんた、どうしたのよ!?」
「げほっ……誰だよ、お前。N◯Kの集金ならお断りだぞ。テレビはあるが、NH◯は観ない」
「フブキの姉のタツマキよ! 忘れたの!?」
「ああ……あの、ノーパンの」
「余計なことは忘れなさい!」

こいつ、本当に病気なのだろうか。疑わしい。
どう見てもふざけているようにしか見えない。
けれど、それだけ朦朧としているとも言える。

ひとまず、熱があるか確かめようと、どこまでが額がわからない彼のハゲ頭に手を乗せて。

「熱ッ! あんた蒸気機関で動いてんの!?」

サイタマの額は酷く熱くて火傷しそうだった。

「とにかく、冷やさないとっ!」

氷枕を探しに冷凍庫を開けるも空っぽ。
ならばとタオルを水で冷やそうにも水が出ず。
どうも寝込んでる間に水道を止められた様だ。

「げほっ……フブキの、姉ちゃん」
「何よ! いいから黙って寝てなさい!」
「頼む……あんたの生尻で額を冷やしてくれ」
「はあっ!?」
「もう、それしか手はない……頼む」
「あーもう! わかったわよ!!」

八方塞がりの状況で、仕方なく覚悟を決めた。

「ほら、サイタマ。これでいい?」
「ああ……だいぶ、楽になった」

戦闘服のスリットが入ったワンピースをたくし上げ、私はサイタマの熱い額にお尻を乗せた。
なんか変な感じ。お尻が熱くてムズムズする。

「ほんと信じらんない。まったく、こんな有様でよくフブキからチョコを受け取れたわね」
「最後の力を振り絞った結果が、これだ……」
「呆れた。そんなにあの子のチョコが欲しかったの? あんたまさか、フブキのことが好きなんじゃないでしょうね? ぶっ飛ばすわよ」

気になって尋ねるとサイタマはぶっきら棒に。

「げほっ……そんなんじゃ、ねーよ」

じゃあ、どんな想いを抱いているのだろう。

「ただ、弱った姿を見せたくなかっただけだ」
「ふーん? ヒーローの矜持ってわけ?」
「ああ……そうだ」

茶化しても、真面目に返されて、反応に困る。

「だけど今はだいぶ弱ってるみたいだけど?」
「げほっ……お前なら、いいんだよ」
「えっ?」
「お前になら、弱ってるとこを見せてもいい」

どういう意味だそれは。気になるじゃないの。

「ねえ、サイタマ。それって、どういう……?」
「ぐぅ……」

寝てるし。
本当に勝手な奴だ。
好き勝手のことを言って、寝てしまった。
きっと、起きたら忘れているのだろう。

「ねえ、サイタマ」

彼の額にお尻を当てながら、私は独りごちる。

「私も……あんたになら、弱みを見せられるわ」

私は強い。
地球上で5本の指には入るだろう。
しかし、それほど強くはない。
地球上で一番強くはない。
無論、地球外から来た強者にも敵わない。

「だからその時は、私と妹を守ってね……?」

彼は寝ている。返事は期待してない。けれど。

「……ああ。必ず、守ってやる」

気のせいだろうか。そんな寝言が、聞こえた。

「先生! ご無事ですか!?」
「ん? なんだ、ジェノスか……おはよ」

翌朝、サイタマはジェノスに叩き起こされた。
ジェノスは病床のサイタマの為に、今流行りのウイルスに効く特効薬を探していたらしい。

「戦慄のタツマキが昨日、件のウイルスを退治したらしく、ようやくその残骸からワクチンを生成することが出来ました。さあ、これを」
「いや、もう治ったみたいだから、いらね」
「なんと!? 流石は先生!!」
「そんなことより、ジェノス」
「はい、なんですか?」

すっかり回復したサイタマはドアが吹き飛んだ玄関先に置いてある前衛芸術を指差し尋ねた。

「あの置物はお前が作ったのか?」
「いえ、てっきり先生の作品かと」
「俺はあんな下品な置物を作った覚えはない」

茶色い粘土質のその作品はまるで竜巻の如くとぐろを巻いており、どこからどう見てもうんこにしか見えず、よく見ると先端が欠けていた。

「もしかしてお前、食った?」
「いえ、まさか。ご冗談を」
「そうか……なら、いいんだ」

仄かに口に残る、タツマキがウイルスを撃退した際に手に付着したワクチン入りのチョコレートの甘みに首を傾げつつも、この芸術作品をあとで美味しく頂くことにしたサイタマを見て。
目敏いジェノスが、ふとあることに気づいた。

「おや、先生。額にうんこがついてますよ?」
「フハッ!」

うんこを額に付けたサイタマが愉悦を溢した。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

高らかに響き渡る全快したサイタマの愉悦という名の哄笑を耳にして、屋上から飛び立つ。

「ふふっ。良かった……あんなに悦んでくれて」

私はタツマキ。あらゆる者を戦慄させる竜巻。


【ウンパンマン 3撃目】


FIN

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