響「確かに気持ちは分かるのだけれど」 (12)
「疲れました。今日は真に疲れましたね。こんなにも疲れたのはいつ以来でしょうか。しかし、これも求められる者の定めと言いますか」
先程から目の前に座る貴音は大袈裟に肩をさすったり、しきりに大きなため息をついたりしているのが、どこかにやにやと薄ら笑いを浮かべながら嘘くさい身振りで何かこちらから声を掛けて欲しそうにしているのである。何かそれが癪に障るので、いや、癪に障るというほど苛立つ云々は全くなくて、むしろそれが面白いから先程から気付かない振りというか、わざと流しているのであるが、依然として疲労がだの気疲れだの何だの分かりやすく呟いているのであった。
「響、わたくしは疲れました」
そうしてしばらく貴音のそれを内心どこかで笑いそうになりながら聞いていたのだけれど、痺れを切らしてというか何というか、名指しされてしまったのでは仕方ないので、返事をうってあげる事にした。
「どうしたのさ、さっきから」
「いえ、本日のお仕事は中々大変でありましたので」
「そっか」
「はい」
そうして、また自分はスマホに視線を戻すのであるが、ぺちと頭に手を置かれたので顔を戻せば、貴音が不満げな顔をしてこちらを見つめているのであった。
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「響」
「おつかれさま」
「違います」
「何が」
「何だったの、とか」
「はい?」
そう言うと貴音は続けてぺちぺちと頭を叩いてくるので、それはそれとしてされるがままにして、スマホに顔を向けようとしたところ今度は頭をわし掴んで来るので、またもや仕方なく顔を挙げてあげるのである。
「何のお仕事だったの、でしょう」
「はい、何のお仕事だったのさ」
「はい、は不要ですよ」
とか言いつつすくりと立ち上がると、わざと声を張る様にして貴音は高らかに続けた。
「本日は雑誌の取材でした」
自分が答えるよりも先にこれぞ正にまんざらでもないという表情を浮かべながら貴音は辺りを見回し、さっきのそれよりも大きな声で本日は雑誌の取材でしたぁ、なんて事務所に響く様に言うものだから、それを聞きつけた何人かがこちらをみて顔を明るくしていた。
「やよい、わたくしは雑誌に載ります。表紙でしょうね。わたくしの顔が店頭に並ぶのです。あずさも楽しみにしていてください。小鳥、わたくしはやりました」
何だか選挙街宣の政治家みたいに手を振りながら一頻り面々に、すごいでしょう、羨ましいでしょうと触れ回ったのち、皆がすごいとかいつ出るのとか返してくれるものだから、本当に満足なんだなと思うのだけれど、目で弧を描きながら正面のソファーにしゃなりと座った。
にまにましているその顔はさておき、確かにこの弱小プロダクション、もとい駆け出しアイドル風情の自分達のを相手に、取材の仕事とは中々見どころがある雑誌というか、何というか。いや、偉そうに言うつもりは全くもって無いのだけれど、普段遊園地の小さなショーステージとか商店街とかが主戦場の自分達にとっては本当にありがたい話で、貴音の事とはいえ嬉しい話であるのも事実。
「ふふ、嫉妬が顔に浮き出ておりますよ」
嘘です。そんなささやかな気持ちももう吹き飛びました。頬をつんと突かれた辺りで、この浮かれタマネギをお祝いするとかそんな気分でも無くなりました。鬱陶しいことこの上ないと思うのは自分だけなのでしょうか。貴音の顔の奥向こうでは真が声を殺しながら笑っていたので、多分自分だけじゃ無い筈。
「ふぅ、わたくしもついにここまで登り詰めましたか。高みからの景色というのはこうも眺めがよく、おや、響が豆粒のように見えますね」
なんだそりゃ、とは口にはしなかったものの、自分の顔はしっかりと歪んでいたようで、そんな自分を見て貴音はあいどるは常に笑顔を云々と人差し指を立てながら言う貴音にはい、はい、と付き合ってあげるのであった。
と、いうのが大体ひと月前の話。
そうして貴音はらんらんと今日は発売日ですよ!と妙な顔文字と共に連絡が来て、そういえばそんなのあったなと思いつつ事務所に来てみれば、まだ来てない様子なので、先にのんびりしていた春香と律子を捕まえて大した話をするわけでもなくのほほんと過ごしていた。
そのうちに、他何人も事務所にやって来て、その面々に続くようにしてにんまりとした顔をしながら、本屋のロゴが入った紙包みを両手に貴音がやって来るのであった。
「本当だ。この上なくご機嫌だね」
仕事のスケジュールも特にないのにやってくる貴音の目的はたったの今まで二人やその他の面子に共有していたので、というよりこのひと月は貴音のその成り上がり感というか、やっぱりどこまでも浮かれタマネギだった訳なので、皆が皆その顔を見て納得するばかりなのである。
ごきげんようとばかりに会釈を振り撒いたその後、流れるようにしゃなりと自分達のいるソファーへと座り、わざとらしくその紙包みを机に置いた癖に今日は行楽日和云々だのと話を逸らすので、それってもしかして、とちゃんと訊いてあげるところが自分の完璧たる所以というか。
内心待ってましたとばかりな癖に、はて?とかなんとか言いつつ開けて取り出したるは紛れもなくその類いの雑誌で、聞けば実はまだ貴音も中身を見ていないとのことであった。因みに表紙は全然関係無いグラビアアイドルで、ぱっと見特に貴音がどうこうの記載は無かった。
「そんな事もあります、表紙は流石に時期尚早かと」
何が、かと、なのかは分かんないけどもそこら辺あっさりと引き下がるのは意外だななんて思いつつ、貴音はぺらりぺらりとそれを捲っては記事を探してを繰り返すのだけれど、一向に貴音特集的な記事は見付からず、巻末のよく分からないダイエットグッズの広告ページに差し掛かったところで夢中に探す貴音を他所に、自分達は顔を見合わせた。
気付けば事務所に居た全員が雑誌を囲むように集まっていて、じっとそれを見つめているのだけれども、とうとう全てのページを捲り終わっちゃったものだから、あれ、とか、無いね、と口々に呟き始める面々のそれを聞こえない振りというか、半ば自分自身に言い聞かせる様に、違います、そんな事はありません、と貴音は呟きながら手当たり次第の頁を開いて探し続けた。
「目次は?」
はっ、と自分を見つめた貴音は巻頭にページを戻し、それを確認するのだけれど、そこにも四条貴音の文字は無いのでいよいよ妙な空気が色を濃くするわけだけども、春香辺りがあっ、と指差したのは今注目のアイドル達云々という見出しで、貴音はばっとその該当の頭頁を開いたけれども、ぱっと見貴音の事を言う文章は無いし、勿論写真も載っていない。
だんだんとそんな空気に曝されたのか何なのか、貴音もさっきとはうって変わって頁を捲るスピードがそろりそろりという感じになっていて、それでも皆で眺めていれば、アイドル特集が始まって7、8頁目位で誰かが、あっ、と声をあげた。
貴音の写真だ。
にやりとした貴音のバストアップ写真がちょこんと載っていたのだ。
おぉ、載ってる載ってる、と思う一方で、何というか、その、どう表すべきか悩むのだけど、載ってる見出しも、『おまけ②:通好み!!イロモノアイドル』なんて物で中身も均せばしゃべり方に癖あり位事しか書いてないし、正直いって本当にちょこんって感じの小さな写真だったものだから、反応に困るというか。
きっと皆もそう思ってるに違いなくて、春香は何となく目を逸らしてたし、律子はまばたきし過ぎだし。そんな中誰かが呟いた一言で、事態は急速に変わっていくのだけれども。
「切手みたい」
ぼそっとした声だったし、また雑誌を眺めてたから本当に分からないのだけれど、誰かがそう呟いた。確かに貴音の写真は斜めからのバストアップで、それにサイズもサイズで切手のそれだし、あとは回りにギザギザの模様と右下に数字が入っていれば、完全にそれであった。何円だろう?、なんて考えた辺りから自分も含めそれぞれ限界だった様で、周りからくすくすと笑い声が漏れ始めた。
「誰ですか今の言葉は!!」
貴音は顔を真っ赤にして言うのだけれど、もうそれはちっちゃいおまけだし切手だし、元々表紙云々高らかに言ってたのにこれだしで、もはや漏れ笑いは伝染っていくだけであった。
自分は貴音の正面だから、流石に笑えないなと我慢していたのも束の間、またしても貴音の顔の少し奥では真が声を殺しながら笑っていたのが見えた途端、自分の顔がだんだんと違う意味で歪んでいくのが分かった。
「笑うのではありません!! やよい、いけません!!」
見ればやよいはお辞儀をしていると思えば、実際はお腹を抑えて顔を伏せているだけで、くふくふ声を漏らして笑っていた。
そんでもってやよいが笑い出したものだからもう皆耐えきれなくて、どっ、と笑い始めては次々に思い思いの事を言うもんだから、誰かが何かを呟く度に笑いが起こって、貴音が怒ってという感じであった。
「笑いすぎでしょう!! それに誰です切手とは!! 律子、あなたなのですか!!」
律子はまさか疑われると思ってなかった様子で少しだけ目を白黒させたのだけれど、結局顔が崩れていって、こちらもお腹を抑えて涙目になるもんだから、貴音は地団駄を踏んでいた。自分は絶対切手みたい、と言ったのは真じゃないかって思っていて、何故なら貴音の後ろでもはやうずくまる勢い笑っていて、ソファーから背中がちらちらと出たり消えたりさせてるのだから、もう何か自分の中では犯人は確実に真でそれがまた何だか可笑しくて更に笑っていたら、貴音に思いっきりほっぺたをつねられた。
「いひゃああああ!!」
すると貴音は黙ったまま、ここで震えていた全員のほっぺたをつねっていって、崩れ落ちてた真は暫くそのまま離してもらえずじたばたしていたけども、一通りつねった後、いつの間にか自分の席でパソコンに向かっていたぴよ子の太腿に顔を埋めて泣き出した。
「うわあん、あうあうあう!!」
よしよし、とか言いながらあやしているうちも結局顔を見られてない事を良いことに吹き出しそうになっているし、何よりさっき輪の中で一緒になって笑ってたのを自分は見てたのに。大人はずるいな、と今年一思ったのであった。
「なむこのみながいけずなまねを」
みんなダメよと窘めるその口も波打っていたし、脇腹を密かにつねってるのが何よりの証拠なのに。すると貴音は知ってか知らずか、いや確実にそんなぴよ子に気付きはしないのだけれども、すくりと立ち上がって、先程までのは泣き真似なのか何なのかという具合にしれっと、かつ少しばかり大袈裟なしかめっ面で言い放つのである。
「わたくしよりも大きく撮られたり、特集された者のみに笑う権利があります!!」
その後は皆が皆スマホだったり写真だったりを取り出し始めるんだけど、結局は切手2号3号が生まれただけで、自分に至ってはメディアに載ってる一番大きな写真が765の公式サイトの物だったからしっかり凹む羽目になった。貴音のせいで、良い迷惑である。
そんなこんなで各々顔を暗くしていたのであったが、事務所の物置部屋を漁ってた美希が慌てて部屋に入ってきたので、ふと見てみれば広げているのは地域の防災云々のポスターで、写っていたのはヘルメットを被りながら今より少し若い頃の笑顔眩しいぴよ子だったものだから、そんな物何処からとか恥ずかしいとか言う本人を尻目に、貴音を筆頭に皆驚きを隠せていなかった。
以来、事務所のホワイトボードにはそのポスターが崇められるかの様に貼り付けられていて、皆それを見るなり気合いを入れたりするそぶりをみせたり、貴音が拝んだりしている度に、ぴよ子は顔を赤くしているのであった。
終
ごめんなさい、お姫ちん
ごめんなさい、765プロ
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