渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」 (224)
あらすじ
少女は星と出会う。そして、夜が明ける。
前話
井村雪菜「高峯のあの事件簿・高峯のあの失踪」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1570101339
注
あくまでサスペンスドラマです。
設定はドラマ内のものです。
グロ注意。
それでは、投下していきます。
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メインキャスト
渋谷凛
島村卯月
高峯探偵事務所
探偵・高峯のあ
助手1・木場真奈美
助手2・佐久間まゆ
刑事一課和久井班
警部補・和久井留美
巡査部長・大和亜季
巡査・新田美波
科捜研
松山久美子
梅木音葉
一ノ瀬志希
少年課
巡査部長・相馬夏美
巡査・仙崎恵磨
交通安全課
巡査部長・片桐早苗
巡査・原田美世
序
All I met you has changed
If I don’t understanding
But you call me,
I trust you
I want to go to find with you.
序 了
1
12月18日(金)
夜
高峯探偵事務所
高峯のあが営む探偵事務所。高峯ビル3階。数年前の大晦日は依頼で大忙しだったとか。
ピンポーン……
高峯のあ「来客……誰かしら」
高峯のあ
探偵。ここ最近は依頼がないので、探偵は事実的に休業中とのこと。
木場真奈美「そのようだ。久々に、依頼主かな」
木場真奈美
のあの助手。ここ最近は助手としての仕事よりも、ボイストレーナーの仕事が忙しいらしい。
佐久間まゆ「はーい、私が出ますよぉ」
佐久間まゆ
のあの助手。期末テストも終わったので、忙しい真奈美の代わりにほとんどの家事をしている。
のあ「まゆ、誰かしら?」
まゆ「あら、雪乃さんですよぉ」
のあ「雪乃?あがってもらって」
まゆ「はぁい。雪乃さん、あがってください」
相原雪乃「こんばんは。ご団欒のところ、お邪魔して申し訳ありませんわ」
相原雪乃
高峯ビル2階にある喫茶店St.Vのマスター。既に厚いコートを着込んでいる。
のあ「構わないわ。座ってちょうだい」
雪乃「ご遠慮しますわ。そろそろ出ますので」
真奈美「珍しく厚いコートを着ているな」
まゆ「お出かけですかぁ?」
雪乃「これから秋田の実家に帰省しますの。今年はゆっくりとクリスマスとお正月を過ごしますわ」
まゆ「まぁ、素敵ですねぇ」
真奈美「いいじゃないか。喫茶店も長期休みかい?」
雪乃「いいえ。臨時のアルバイトさんが見つかりましたので、菜々さんと志保さんにお任せしますわ」
まゆ「お2人なら問題ないと思いますよぉ」
雪乃「ええ。菜帆さんも冬休みは多めに出てくださるそうですし、クリスマスイベントもお任せしてしまいました」
真奈美「任せるのはいいことだ」
のあ「そうね、上に立つ者には必要なことよ」
雪乃「明日から新しいアルバイトさんも来ますわ。よろしければ様子を見に行ってくださいな」
のあ「そうさせてもらうわ」
雪乃「ありがとうございます。不在の間、よろしくお願いしますわ」
のあ「ええ、何も心配せずにいってらっしゃい」
真奈美「今から出るなら、送って行こうか?新幹線だろう?」
雪乃「心配には及びませんわ。迎えの車が来ていますの。皆さま、よいお年をお迎えくださいな」
まゆ「はぁい、良いお年を」
のあ「雪乃、また来年」
まゆ「雪乃さんのご実家はどちらでしたか?」
のあ「秋田よ。まゆの実家からは近いかしら」
まゆ「近くもないですよぉ、仙台は東北では南の方ですから」
のあ「そうなのね」
真奈美「……迎えの車?秋田から?」
のあ「帰省の時は、車の迎えが来てるわ」
まゆ「雪乃さんはお嬢様なんですかぁ……いいえ、どう見ても身も心もお嬢様ですねぇ」
のあ「私の家とは比べ物にならないくらいのね。ばあやがいるらしいわ、世話役の」
真奈美「私にはわからない世界だな……」
のあ「昔は随分と世間知らずだったそうだけれど、今は自立してるわ。喫茶店も黒字みたいだし経営者としても立派よ」
まゆ「そうなんですねぇ」
のあ「学ぶことは大切よ。いつでも」
真奈美「そうだな」
のあ「そういえば、真奈美?」
真奈美「どうした?」
のあ「今年の正月は実家に帰るのかしら」
真奈美「仕事の関係もある、長崎には帰らないよ」
のあ「そう。まゆは予定があるかしら」
まゆ「まゆは……特にありませんよぉ。ここでテレビでも見てようかなぁ」
真奈美「のあは予定があるのか?」
のあ「年明けに奈良に行こうと考えてるわ」
まゆ「奈良?」
のあ「叔母に招待されているの。先生にも挨拶に行きたいわ、今年は世話になったから」
真奈美「そうか。しばらく行ってないんだろう、いいじゃないか」
のあ「ええ。それで、提案なのだけれど」
真奈美「提案?」
のあ「一緒に帰りましょう、どうかしら」
真奈美「なんだ、そういうことか。仕事でない電話をするのが多いと思ったら」
まゆ「のあさん、いいんですかぁ……?」
のあ「なぜ、そんなことを聞くのかしら?」
まゆ「ううん、何でもないですよぉ。一緒に行きますっ」
真奈美「私も行くよ。スケジュールは調整する」
のあ「叔母に伝えておくわ。歓迎してくれるはずよ」
まゆ「楽しみです、のあさんにそっくりなんですよねぇ」
真奈美「この世の中にのあに似てる人物がいるとは思ってもみなかった」
のあ「そんなに気になるかしら……叔母が居たから、自分が特別な美人であることの理解が遅れたのは認めるわ」
まゆ「性格も似てるのでしょうか……?」
真奈美「似てない、はずだ。のあが2人は私でも面倒が見切れない」
のあ「酷い言われようね……性格は似ていないから、そこは心配しなくていいわ」
2
22時前
良楠公園
らなんこうえん。風花というお花屋さんが北口の前にある。シンボルの大きな桜が花開く時期では、今はない。
渋谷凛「……そろそろ時間かな」
渋谷凛
最近は良楠公園近くの寝床を利用している。かつては駅近くの花屋の一人娘だった。
島村卯月「あ、あの!」
島村卯月
CGプロダクション所属のアイドル。満開の笑顔で人気を集めている、CGプロダクション期待の星。
凛「……この前の」
卯月「やっと会えましたっ、この前のお礼をしたくて」
凛「別に……お礼なんて」
卯月「ありがとうございましたっ。私、島村卯月です」
凛「……」
卯月「あの!お名前、聞いてもいいですか?」
凛「名前なんて……」
卯月「ダメ、ですか」
凛「別にそういうわけじゃ……凛。し……」
卯月「し?」
凛「凛でいいよ」
卯月「凛ちゃん」
凛「……」
卯月「ちょっとお話しませんか」
凛「え……まぁ、いいけど」
卯月「隣、座っていいですか?」
凛「そろそろ夜の10時だけど。危ないから帰れば?」
卯月「10時……わぁ、本当ですね!」
凛「私も帰るから」
卯月「そうですね。あの……」
凛「前も夜に会ったけど、何してるの?部活?」
卯月「えーっと……聞いていいですか?」
凛「聞いていい?何を?」
卯月「私のこと、知りませんか?どこかで見たこととかありませんか?」
凛「うーん……知らない」
卯月「うぅ、そうですか……もっとがんばらないとっ」
凛「変なの。それじゃ」
卯月「また来ますね。今度はもう少し早い時間に」
凛「……また来る気なの?」
卯月「帰り道ですから、レッスンの後なら何時でも」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
凛「会えたらね。ばいばい」
3
12月19日(土)
昼
のあ「まゆ」
まゆ「まゆはここですよぉ。おはようございますぅ」
のあ「おはようには遅いわね」
まゆ「そうですねぇ、12時も過ぎてますし」
のあ「真奈美は?」
まゆ「朝早くからお仕事に行きましたよぉ」
のあ「そう、最近多いわね」
まゆ「熱心にレッスンをしてるアイドルさんがいるそうですよぉ」
のあ「へぇ……」
まゆ「あらぁ……?興味、ありませんかぁ?」
のあ「聞き過ぎるとファンの領域を逸脱するもの」
まゆ「みくちゃんと同じ事務所ですものねぇ」
のあ「ええ。赤西瑛梨華もでしょう?」
まゆ「はい。瑛梨華ちゃんから聞いた話は、のあさんには秘密です」
のあ「そうしてちょうだい」
まゆ「でも……あまり聞いてないです」
のあ「あなた達の仲なのだから聞けばいいのよ、気軽に。お腹が空いたわ。まゆ、何か準備してるかしら」
まゆ「いいえ。のあさんが中途半端な時間に起きてきそうなので、St.Vに行こうかと」
のあ「ご明察。行きましょう」
4
喫茶St.V
喫茶St.V
高峯ビル2階。相原雪乃が営む落ち着いた雰囲気の喫茶店。定期的に新メニューが追加されることも評価が高い理由。
安部菜々「いらっしゃいませっ!」
安部菜々
喫茶St.Vの店員。優秀なウサミンメイド。槙原志保も安部菜々も、この程度のフロア面積なら1人でまわすことは可能とのこと。
のあ「お邪魔するわ」
菜々「のあさんにまゆちゃん、お好きな席へどうぞっ」
まゆ「ありがとうございます」
のあ「ここにしましょうか」
まゆ「はぁい」
のあ「菜々、ランチのメニューをちょうだい」
菜々「かしこまりました~」
まゆ「今日のランチはなんでしょうか……楽しみです」
のあ「ええ。雪乃が言っていた新しいアルバイトは……いたわ。可愛らしい衣装なのね、菜々のお手製かしら」
水嶋咲「お待たせしましたっ、ランチのメニューをどうぞ♪」
水嶋咲
喫茶St.Vの臨時アルバイト。制服はリクエストに応えたウサミンメイドが製作。
のあ「え……」
まゆ「ありがとうございますぅ。のあさん、どうしましたかぁ?」
のあ「あなたが臨時のアルバイト?」
咲「あたし、水嶋咲!年明けまでアルバイトに入ってるから、よろしくね♪」
まゆ「よろしくお願いします……佐久間まゆです、上の階の」
咲「聞いてるよ。だから、ちょっとサービス☆」
まゆ「サービス?この紙は……?」
咲「シホナホが和パフェ特訓中なんだ☆良かったら頼んでね♪」
まゆ「そうなんですかぁ。考えてみますねぇ」
のあ「……聞いていいかしら」
咲「あたしに?」
のあ「雪乃、知ってるのよね?」
まゆ「何をですかぁ?」
咲「……」
のあ「……」
咲「うん。知ってるよ。逆にね、声をかけてくれたんだ。ここにお客さんとして来た時に」
のあ「……雪乃が許したのなら私は反対しないわ。雪乃が不在の間、よろしく頼むわ」
咲「パピッとお任せ!決まったら呼んでね♪」
のあ「ええ。さて、何にしようかしら」
まゆ「あの……お知り合い、ですか?」
のあ「会ったのは初めて。声を知ってるわ」
まゆ「声?」
のあ「聞きたいのなら、戻った後に言ってちょうだい」
まゆ「わかりましたぁ。まゆは決めましたよぉ、クロワッサンサンドにします」
のあ「私はカレーにするわ」
まゆ「パフェは……」
のあ「志保に聞いてからにしましょう」
まゆ「凄い量が出てきそうですよねぇ……一番下のとか」
のあ「同感よ。注文いいかしら?」
咲「はーい、ただいまっ!」
5
喫茶St.V
槙原志保「お待たせしました!カレーとクロワッサンサンドのランチですっ」
槙原志保
喫茶St.Vの店員。学生時代からウェイトレスのバイトをしていたとのこと。
のあ「カレーは私。クロワッサンサンドはまゆよ」
志保「はーい」
まゆ「ありがとうございますぅ」
のあ「見慣れないサラダとスープね。何かしら?」
志保「菜々さんの気まぐれです、食べてのお楽しみ。それと、のあさんはこれ使ってくださいね」
まゆ「瓶に入った……」
のあ「スパイスね」
志保「水嶋さんから頂きました、カレーに拘りのある友人がいらっしゃるそうですよ」
のあ「そう。ありがたく使わせてもらうわ」
志保「辛いので少しずつ使ってくださいね」
のあ「志保、ちょっといいかしら?」
志保「追加オーダーですか?」
のあ「志保も菜々もわかってるのかしら?」
志保「はい、マスターからお話いただいてますから」
のあ「もう一つ、聞いていいかしら。この和パフェなんだけれど」
志保「特訓中なのでお試し価格なんです」
まゆ「2人で食べるなら、オススメはどれですかぁ?」
志保「そうですねぇ、これとこれは2人でシェアするのがいいと思います」
のあ「1人用は」
志保「さっきのは、私と菜帆ちゃんなら1人分です。オヤツの時に」
のあ「ありがとう。よくわかったわ」
まゆ「じゃあ、これにします」
志保「オーダーありがとうございます。食後にお飲み物と一緒にお持ちしますね」
のあ「ちなみにだけれど、一番高いこれは?」
まゆ「限定1食って……書いてありますね」
志保「それは……こうで、こうで、これくらいです!」
まゆ「志保さんが両腕で抱えるくらい?」
のあ「何人用よ……そんな器があるのかしら」
志保「マスターにクリスマスプレゼントでいただきました!すっごく素敵なんですよ!」
のあ「クリスマスプレゼントのチョイスを間違ってるわ、雪乃……」
6
高峯探偵事務所
のあ「……」
まゆ「のあさん、休憩しませんか?」
のあ「そうね。パフェの糖分を使い切るわ、このままだと」
まゆ「美味しかったですねぇ。菜帆ちゃんはもっと良くなると言ってましたけれど」
のあ「私には分からない領域ね」
まゆ「今は何を考えているんですか?」
のあ「次について」
まゆ「次……ですか」
のあ「古澤頼子が行う、次のこと」
まゆ「のあさんが誘拐されてからは何もしてませんけれど……」
のあ「次がないと思うかしら」
まゆ「……思いません」
のあ「このまま消えるのなら、井村雪菜を殺したりしないでしょう」
まゆ「それも……命令ですかぁ」
のあ「古澤頼子の命令だと考えているわ」
まゆ「……」
のあ「古澤頼子の目的は何かしら?」
まゆ「わかりません……」
のあ「そう、わからない。怨恨、金銭、あるいは政治的な主張」
まゆ「そういうのじゃありません」
のあ「ええ。それでも、わかっていることは?」
まゆ「誰かを標的にしている?」
のあ「正解。私の誘拐は、私でも真奈美でもなく」
まゆ「誘拐犯だった……人」
のあ「罪を犯す、あるいは犯している人物。つまり……」
まゆ「つまり?」
のあ「古澤頼子の協力者」
まゆ「仲間を……標的にするんですか」
のあ「ええ。松永涼だって、そうだったでしょう」
まゆ「はい……心当たりはありますか?」
のあ「人物の特定はできていないけれど、協力者はまだいるわ。例えば、殺し屋」
まゆ「殺し屋……」
のあ「大石泉が見ているわ。私を誘拐したのも単独犯ではないでしょう」
まゆ「のあさんが悩んでいるのは……誰かわからないからですか」
のあ「誰も、何を、どこも、いつもわからない」
まゆ「……」
のあ「起きてから追いかけるのでは遅いわ。止めるわ」
まゆ「でも……難しいんですよね。のあさんが、ずっと悩んでるのに」
のあ「手掛かりは少ない。でも、やるしかないわ」
まゆ「わかってます、のあさん」
のあ「休憩すると言ったのに、ダメね。休みましょう」
まゆ「はい、コーヒーを淹れますねぇ」
のあ「ありがとう、まゆ」
7
夜
良楠公園
卯月「いち、に、さん……」
凛「……今日は先にいるんだ」
卯月「あっ、凛ちゃん!こんばんは!」
凛「……もしかして、待ってたの?」
卯月「はいっ、半分はそうです」
凛「半分……残り半分は何かの練習?」
卯月「ステップの確認をしてるんです、よくここで練習してて」
凛「ダンス?」
卯月「はいっ。来月大切なステージなんです」
凛「ふぅん……ダンス部なんて意外」
卯月「部活じゃないですよ。私、実は」
凛「実は……?」
卯月「アイドルなんですっ」
凛「……」
卯月「あ、あれ?本当ですよ?信じてませんか?」
凛「嘘をつくタイプには見えない。本当なんでしょ」
卯月「驚かないんですね」
凛「別に、興味ないから」
卯月「凛ちゃんはクールですねっ」
凛「続けてていいよ……邪魔しないように帰るから」
卯月「待ってください、凛ちゃんとお話に来たんです。今日は、時間ありますよね?」
凛「時間はあるけど……私が話すことなんてない」
卯月「お花の話を、聞きたくて」
凛「花の話……なんで?」
卯月「お花の話をするときの凛ちゃん、素敵でした」
凛「はぁ?」
卯月「今日はいいですよね、ね?」
凛「いいけど……」
卯月「それじゃあ、ベンチに行きましょう!こっちです、凛ちゃん!」
凛「結構強引だよね……アンタ」
8
良楠公園
凛「高校は行ってない。今は仕事をしてる」
卯月「どんなお仕事なんですか?」
凛「……便利屋みたいなこと」
卯月「わぁ、カッコイイです!」
凛「そうかな……」
卯月「あれ、もうこんな時間!帰らないと、明日もレッスンなんですっ」
凛「朝から?」
卯月「はいっ」
凛「今日もレッスンなのに自主トレもして……元気だね」
卯月「好きだから、がんばれますっ」
凛「……そうなんだ」
卯月「今日はありがとうございました!もっと色々なこと聞かせてくださいねっ」
凛「会えたらね、島村……さん?」
卯月「卯月でいいですよ、凛ちゃん!」
凛「じゃあね……卯月」
卯月「はいっ、またここで」
凛「……わかった」
卯月「ばいばーい」
凛「……ばいばい」
9
深夜
高峯探偵事務所
のあ「島村卯月?」
真奈美「ああ。知ってるよな?」
のあ「知ってるわ」
真奈美「CGプロの合同ライブの映像も、そこでよく見ているものな」
のあ「前回のライブも買ったわ。みくにゃんのファンクラブ向け特典のインタビューが最高だったわ」
真奈美「お買い上げありがとう」
のあ「次の合同ライブは行けないけれど。映像が出るのを待つわ」
真奈美「おや、そうなのか?」
のあ「冬の広い屋外ステージでセンター不在となれば余裕だと思ったのだけれどね……みくにゃんファンクラブ内にも嵐が吹き荒れてるわ」
真奈美「適切な会場が抑えられなかった、とか言っていたな」
のあ「活動が長ければ、そういうこともあるわ。次の機会を楽しみに待っていましょう」
真奈美「珍しく冷静だな」
のあ「私はいつも冷静だけれど」
真奈美「我を無くして、金の力で潜り込む算段をするか、悲嘆にくれるものだと」
のあ「そんなことしないわ。私は品行方正なみくにゃんファンよ」
真奈美「わかってるよ」
のあ「……確かに手段は色々あるわね」
真奈美「そこまで言っておいて、悩まないでくれ」
のあ「私の話はいいわ。それで、島村卯月のレッスンをしてるのね」
真奈美「島村君だけじゃないが、彼女が多めに入ってるな」
のあ「真奈美にとっては臨時収入かしら」
真奈美「どういうわけか依頼が集中していてな。偶には、のあにご馳走しようか?」
のあ「結構。真奈美が欲しい物でも買いなさい」
真奈美「欲しい物か……」
のあ「保管場所はあるから好きな物を買えばいいわ。物が少ないわよね、真奈美は」
真奈美「のあと比べれば誰でも少ないさ」
のあ「まゆと比べても少ないでしょうに。何かないの?高くて手の届かなかったもの、とか」
真奈美「思い浮かばないな。ま、無駄遣いせずに貯めておくよ」
のあ「真奈美は、貯めて何をするのかしら」
真奈美「のあのおかげで生活は困っていないな」
のあ「生活のためでないのなら、何?」
真奈美「スキルアップか、趣味かな」
のあ「趣味ねぇ」
真奈美「のあの探偵業と一緒だな」
のあ「そうかしら」
真奈美「そうだよ。理由はもう一つ」
のあ「もう一つ?」
真奈美「使命感だよ」
のあ「使命感……」
真奈美「のあと同じ。依頼人を放ってはおけないのさ」
のあ「……」
真奈美「心当たり、あるだろう?」
のあ「ええ。働きづめで、無理はしないでちょうだい」
真奈美「こっちのセリフだ。1人で動くなよ?」
のあ「わかってるわ」
真奈美「というわけで、島村君のレッスンをしている。なにせ、センターだからな」
のあ「待って。センターなの?」
真奈美「そうだ。今日の昼に、対外向けにも発表されてる」
のあ「みくにゃんではないのね。CGプロのアイドル部門全員で構成されるシンデレラガールズのセンターでありAランクアイドルの諸星きらりが参加しない最初の合同ライブでシンデレラガールズのセンターを務めるのは、みくにゃんではないのね?」
真奈美「そうだが、よくそんなまどろっこしい言い方を一息で話せるな」
のあ「そうなのね……」
真奈美「前川君にセンターを務めて欲しかったのか?」
のあ「先に言っておくと、島村卯月を選んだことは素晴らしい選択よ。理由は私でもわかるほどに。真奈美、手伝ってあげなさい」
真奈美「私は歌のレッスンをすることしかできない。彼女は世間の人が知っているよりも立派だよ」
のあ「だけれど、みくにゃんがセンターを務めて欲しかったわ。それは仕方ないの、大好きだからしかたないの。だって、推しが一番だもの。推しがセンターに立ったら、人は泣くのよ。ソロとは違うの、素晴らしいことなの。みくにゃんがセンター……」
真奈美「まさか想像だけで泣けるのか?」
のあ「泣くのは叶ってからにするわ。みくにゃんなら叶えられるはず」
真奈美「そっちには同意する」
のあ「そろそろ休むわ」
真奈美「ああ。そういえば、言い忘れていた」
のあ「何か?」
真奈美「赤西瑛梨華がここに来たいと言っていた、連れて来ていいかい?」
のあ「もちろん、私は構わないわ。まゆは聞いてるの?」
真奈美「赤西君から連絡しているはずだ」
のあ「まゆが良いなら歓迎するわ。お休み、真奈美」
真奈美「本当に休めよ、のあ」
のあ「わかってるわ」
真奈美「……少し気晴らしが必要かな」
10
12月20日(日)
昼
某雑居ビル3階・空きテナント
凛「……」
古澤頼子「こんにちは、渋谷凛さん」
古澤頼子
静かにドアをあけて、彼女は現れた。意外にもピンクのセーターを着ている。
凛「来るなら言ってよ」
頼子「いいえ」
凛「いいえ?」
頼子「そのためにお願いしたのですから」
凛「意味がわからない」
頼子「いかがでしょうか」
凛「アパートはさっぱり。来客すらほとんどいない」
頼子「わかりません。ですが、来るとしたら」
凛「クリスマスか年末年始。去年は訪ねて来てる」
頼子「お願いします」
凛「ねぇ、頼子」
頼子「なんでしょう、渋谷凛さん?」
凛「名前、なんで呼ぶようになったの?」
頼子「いけませんか」
凛「前は死んだ人間として会話もしなかった。今はしてる。なんで?」
頼子「理由は深くありませんが強いて言うのなら、気が変わりました」
凛「気が変わった?」
頼子「面倒でしたから。私も人間ですから、気が変わるのです」
凛「……」
頼子「寝床はいかがでしょう」
凛「悪くないよ。人がいなくなるまで待たないといけない以外は」
頼子「そうですか」
凛「別にここで寝てもいいんだけど」
頼子「夜にいると怪しまれますよ」
凛「ふうん。そもそも、夜は見張ってなくて問題ないの?」
頼子「問題ありません」
凛「どうして」
頼子「彼が夜に訪れることはありません」
凛「なんで言い切れるの?」
頼子「絶対だからですよ。引き続きお願いしますね、渋谷凛さん」
11
夕方
高峯探偵事務所
真奈美「帰ったぞ」
まゆ「真奈美さん、おかえりなさい……あっ!」
赤西瑛梨華「まゆちゃん、逢いたかったYO☆」
赤西瑛梨華
ラブリーバラドル。まゆとは一時期一緒に暮らしていた。現在はCGプロ所属で事務所の寮住まい。
まゆ「瑛梨華ちゃん、まゆも逢いたかったです……ギュッ……」
瑛梨華「HA・GU☆」
まゆ「……」
瑛梨華「……」
真奈美「急に静かになって、どうした?」
瑛梨華「うーん☆ちがう!」
まゆ「うふふ……そんな間柄じゃないですよね」
瑛梨華「うんうん。ただいまーって言ったら、台所から返事が来るくらいで!」
まゆ「私もそう思います」
瑛梨華「ちょっと前も会ってるし☆」
まゆ「改めて……瑛梨華ちゃん、おかえりなさい」
瑛梨華「まゆちゃん、ただいま☆」
のあ「あら、赤西瑛梨華。来たのね」
瑛梨華「のあちゃん、O・HI・SA☆」
のあ「お久しぶり。真奈美、お茶でもいれてちょうだい」
真奈美「わかった」
まゆ「それじゃあ、まゆが……」
真奈美「いいや、ここは私がやろう。先に座っていてくれ」
のあ「赤西瑛梨華、好きな所に座ってちょうだい。まゆも、よ」
12
高峯探偵事務所
のあ「合同ライブは初めてなのね」
瑛梨華「瑛梨華ちゃんは小さい会場で数をこなすタイプ!」
真奈美「それが出ない理由にはならないぞ」
瑛梨華「真奈美ちゃんのO・NI!」
のあ「前も言ってたわね、そんなこと」
まゆ「真奈美さん、厳しいんですかぁ?」
瑛梨華「いえーす。べりべりはーど」
真奈美「青木トレーナーの方がよほど厳しいと思うが。特に麗君は」
瑛梨華「ツッコミがTU・YO・I・ZO☆」
のあ「確かに」
真奈美「のあの言動は時々突飛だからな……」
瑛梨華「そんな真奈美ちゃんのおかげで、瑛梨華ちんもビックライブデビュー!」
まゆ「おめでとう、瑛梨華ちゃん」
瑛梨華「そうそう、というわけでHO・N・DA・I☆」
のあ「本題?」
瑛梨華「ライブにご招待☆瑛梨華ちんを一緒にO・U・E・N☆」
まゆ「まぁ……チケットいただいていいんですかぁ?」
瑛梨華「まゆちゃん、のあちゃんと一緒に来てYO☆」
まゆ「はい……行きます」
瑛梨華「のあちゃんもみくにゃんのファンなんでしょー?」
のあ「そうだけれど……真奈美、話した?」
真奈美「チケットがないことも話したが、関係ないぞ。赤西君が佐久間君を招待すると決めたのはそれより前だ」
瑛梨華「そうそう☆」
のあ「……」
瑛梨華「あれ?ノー乗り気?」
のあ「遠慮するわ」
まゆ「みくにゃんさんが大好きなのあさんが……まさか」
瑛梨華「みく質を食べて生きてるのあちゃんが!」
のあ「まゆ、東郷邸にいた誰かと行ってきなさい。それがいいわ」
瑛梨華「へー」
まゆ「はぁい……そうします、のあさん」
瑛梨華「のあちゃん、やさしー!」
のあ「真奈美、予想外だったかしら」
真奈美「いいや。そう言うかな、と思ってた」
瑛梨華「おー、以心伝心?」
真奈美「みく質に頭をやられて、前川君狂いなのは事実だが、のあはそれだけじゃないよ」
のあ「当たり前でしょう」
まゆ「それじゃあ……由愛ちゃんと一緒に行こうかなぁ」
のあ「成宮由愛?」
真奈美「そう言えば、清路市内にいるのか」
瑛梨華「保奈美ちゃんの舞台もよく見に来てたから、一緒にO・I・DE☆」
まゆ「連絡してみますねぇ、うふっ……楽しみです」
のあ「成宮由愛……」
真奈美「のあ、成宮由愛に何かあるのか?」
のあ「いいえ。まゆ、機会があったら成宮由愛に会いたいわ。いいかしら」
瑛梨華「由愛ちゃんと?」
まゆ「わかりました、それも話してみます」
のあ「必ず、とは言わないわ。成宮由愛も忙しいようだし」
真奈美「そうなのか?」
瑛梨華「また個展やるとか言ってたYO☆」
真奈美「売れっ子なんだな」
のあ「楽しんで来てちょうだい」
まゆ「はぁい。瑛梨華ちゃんの舞台を見るのは久しぶり……」
真奈美「ほう、前もライブだったのか?」
まゆ「前は音楽じゃなくて、漫才のライブでした」
瑛梨華「あの時は、ウケもスベリも盛りだくさんだった☆」
まゆ「ふふっ……」
のあ「お笑いのライブもいいわね、時には」
瑛梨華「おや、のあちゃんはわかるくち?」
のあ「私だって、関西人の両親から産まれたもの」
まゆ「あまり想像はつきませんねぇ」
真奈美「そうだな。大笑いするタイプじゃないものな」
のあ「笑うわよ。私はマネキンでもアンドロイドでもないのだから」
真奈美「それ、誰かに言われたのか?」
のあ「昔に留美にね……あの頃は口が悪かったわね、今と比べて」
瑛梨華「おっと!」
まゆ「瑛梨華ちゃん、どうしました?」
瑛梨華「寮の夕ご飯、行かなきゃ☆」
真奈美「ここで夕食を食べていかないのか」
まゆ「そうですよぉ」
のあ「私は構わないけれど」
瑛梨華「夕飯の後に打合せ、お誘いありがと☆」
のあ「あら、忙しいのね」
瑛梨華「プロデューサーちゃんがねー」
まゆ「そうですかぁ……また、来てくださいね」
瑛梨華「まゆちゃんが寮に遊びに来てもいいよ☆」
のあ「いいのかしら。事務所の女子寮でしょう?」
真奈美「佐久間君ならいいだろう。家族みたいなものだからな」
瑛梨華「真奈美ちゃんの許可もでたし、瑛梨華ちんはO・SA・RA・BA☆」
のあ「真奈美、送ってあげて」
真奈美「ああ。瑛梨華君、行こうか」
13
12月21日(月)
昼
高峯探偵事務所
のあ「……」
真奈美「地図を眺めているのは楽しいか?」
のあ「楽しく見えるかしら」
真奈美「いいや。キレイな顔に皺が寄ってしまいそうで心配だ」
のあ「皺の心配は無用。私の遺伝子は並じゃないわ」
真奈美「皺以外なら心配してもいいか?」
のあ「ご自由に……潜伏先はリセットして考えなおしかしら」
真奈美「のあ」
のあ「なに?」
真奈美「出かけよう」
のあ「出かける用事はないけれど。どこにかしら」
真奈美「カラオケかボウリングあたりかな」
のあ「学生みたいな選択肢ね」
真奈美「確かに」
のあ「もっとも、私の学生時代には無縁だったけれど」
真奈美「それなら、今のうちにしておくか」
のあ「カラオケもボウリングもしたことあるわ」
真奈美「つまりだ、私は気晴らしに行こうと誘ってるだけさ」
のあ「……」
真奈美「おそらく、このまま同じ状態で悩んでいても答えは出ないぞ」
のあ「それは、私もわかってるわ」
真奈美「それなら、問題ないな」
のあ「わかったわよ。出かける準備をするから待ってなさい」
真奈美「了解だ」
のあ「そうだ、ひとつだけ」
真奈美「なんだ?」
のあ「ゲームセンターにも行きましょう。いいかしら」
14
夜
良楠公園
卯月「今日は凛ちゃん、来ないのかな?」
相馬夏美「こんばんは。ちょっといい?」
相馬夏美
清路警察署少年課所属。階級は巡査部長。夜回りを兼ねたランニングの途中。
卯月「こんばんは!ランニングですか?」
夏美「そうよ、最近ストレスで食べ過ぎなのかお腹にお肉がねぇ……ちょっと長めに走ってるの」
卯月「そんなっ、痩せてますよ?」
夏美「ありがと、痩せるんじゃなくて太らないためなの。次に会った時も痩せてると行って貰うようにがんばるわ」
卯月「はい、がんばってくださいっ!」
夏美「あなたはこんな時間に公園のベンチに座って何をしてるの?学校の制服みたいだけど」
卯月「えっと、レッスンの帰りなんです。学校から直接事務所に行って、この公園は帰り道の途中にあるんです」
夏美「レッスン……あー」
卯月「はいっ。ダンスのレッスンです」
夏美「わかった。早く帰るのよ、治安は悪くないけれど用心に越したことはないのだから」
卯月「はいっ」
夏美「ライブがんばってね、島村卯月さん」
卯月「はいっ、島村卯月がんばりますっ!」
夏美「じゃあね♪」
卯月「あれ?私のこと知って……走るの速いです、行っちゃった」
凛「……行ったかな」
卯月「凛ちゃん!」
凛「卯月、待ってたの」
卯月「少しだけです」
凛「待たせたお詫び。ホットレモン、キライじゃないよね」
卯月「ありがとう、凛ちゃん。レモンは疲れた時にいいんですよね」
凛「卯月、疲れてるの?」
卯月「年末休暇の前に、少しだけがんばってレッスンしてるんです」
凛「ふうん、そうなんだ」
卯月「凛ちゃんもあのお姉さんとお話が終わるまで待っててくれたんですか?」
凛「待っていたというか……見つかりたくなくて」
卯月「え?」
凛「警察官だよ、さっきの」
卯月「警察の人だったんですか、だから走るのが速いしカッコイイんですね!」
凛「補導とか担当してるんだけど……厄介だから」
卯月「そうなんですか?ステキな人に見えましたよ?」
凛「だからというか……家から近くないしランニングコースでもないよ」
卯月「そうなんですか?」
凛「日課なのに見たことないでしょ、あいつ。夜回りで色々な所を走ってるから」
卯月「そう言えば……」
凛「警察には会いたくない」
卯月「私も警察の人を見ると背筋が伸びちゃいます」
凛「卯月」
卯月「なんですか、凛ちゃん?」
凛「私はいないことにして。さっきみたいに」
卯月「……」
凛「誰にも。名前もダメ。特に警察には」
卯月「えーっと……」
凛「本当は卯月だって……わかってるでしょ」
卯月「……」
凛「……」
卯月「わかりません!けど、わかりましたっ!」
凛「大丈夫かな……まぁ、そういうことだから」
卯月「はいっ。約束ですっ」
凛「約束……」
卯月「指切りしますか?」
凛「いいよ、そんなの」
卯月「はいっ!」
凛「いや……要らないって意味で……」
卯月「?」
凛「……わかった」
卯月「ゆーびきりげんまんー」
凛「うそついたらー」
卯月「はりせんぼんのーます」
凛「おーわかれよ」
卯月「え?」
凛「ゆびきった」
卯月「針千本飲ます、じゃないんですね」
凛「……最後は別に何でもいいから」
卯月「約束を守れば、お別れしなくて済みますか?」
凛「……」
卯月「さっきのは気にしないでください!そう言えば、今日教室でこんなことがあったんですよっ」
凛「……」
15
高峯探偵事務所
のあ「ボウリングは負けたわ。3ゲームの合計で、私が444」
真奈美「私が459。逃げ切れたよ」
まゆ「スコアが高いですねぇ」
真奈美「そうか?」
のあ「素人の女性としては高いでしょう」
まゆ「昔、練習してたとか?」
のあ「遊びで何回か。真奈美は」
真奈美「私も一緒だ」
のあ「真奈美の嗜むは怪しいけれど、ボウリングはそうみたいね」
まゆ「まゆだったら50くらいかなぁ」
のあ「真奈美、これが女子力よ」
真奈美「違うぞ?」
まゆ「このぬいぐるみ達はどっちが?」
のあ「それは私。才能があるみたいね」
真奈美「才能と財力の合わせ技だな」
まゆ「カワイイですねぇ。のあさんが選んだんですかぁ?」
のあ「ええ」
まゆ「こういうのが好きだったんですねぇ」
のあ「違うけれど。取れそうだから、選んだだけよ」
真奈美「照れ隠しだな」
のあ「ご自由にどうぞ。シューティングゲームは、挑戦してみたけれど」
まゆ「負けちゃいました?」
のあ「ええ。無謀だったわね」
真奈美「面目を保つのに必死だった。上手かったぞ」
まゆ「ゲームをやっていたとか?」
のあ「違うわ。私が練習していたのは実弾よ」
まゆ「え?実弾?」
真奈美「……ふっ」
のあ「……」
まゆ「あのぉ……笑顔で誤魔化さないでくれませんかぁ?」
のあ「私が言いたいことは、木場真奈美は凄いということ。カラオケも負けたわ」
真奈美「採点で勝負してみたんだが、これは負けるわけにはいかないからな」
のあ「負けてはいけない勝負ほど大変ね」
真奈美「まったくだ。あんなにHotel Monnsideが上手いとは思わなかった」
まゆ「CGプロの速水奏ちゃんの?」
真奈美「そうだ」
のあ「門前の小僧習わぬ経を読む、ね」
まゆ「ライブ映像で覚えたんですねぇ」
真奈美「まぁ、楽しかったよ。のあも意外な趣味も分かったしな」
まゆ「意外な趣味?」
真奈美「ロックが好きだったんだな。一昔前の」
>>32
スペルミス Moonside
まゆ「そうなんですかぁ、シャウトするとか?」
真奈美「結構していたな」
まゆ「意外でしたぁ、だって」
のあ「だって?」
まゆ「みくにゃんの曲しか知らないと思ってましたよぉ」
真奈美「何も躊躇わずに言ったな」
のあ「まぁ、そう見えるでしょうね」
真奈美「ロックはいつ聞いていたんだ?」
まゆ「最近は聞いてないですよねぇ」
のあ「父が好きだったの。父が車内で流しているのを聞いていたわ」
真奈美「今は聞かないのか?」
まゆ「真奈美さん、それは……」
のあ「まゆ、大丈夫。聞いたところで、枕元にも立ってくれないもの」
まゆ「……」
真奈美「大丈夫の意味が違うよ、佐久間君」
のあ「ええ。聞きたくなったら聞けば良かったのね、理由なんて付けずに」
真奈美「今日は楽しかったか?」
のあ「楽しかったわ、ありがとう。父が聞いていたロックも、改めて聞いてみるわ」
まゆ「うふふっ……今度はまゆも連れていってください」
のあ「そうね、真奈美のアイドルソングも聞くと良いわ」
まゆ「真奈美さんがアイドルのお歌を……?」
のあ「上手かったわ、五十嵐響子みたいだったの」
まゆ「響子ちゃんみたい……?」
真奈美「私は教えないといけないからな。のあの前川君も上手かったぞ」
のあ「当然よ」
まゆ「普通できないですよぉ」
のあ「真奈美にコツも教わったわ。これで私も前川みくにもう一歩近づいたわ」
真奈美「近づく必要は全くないが」
まゆ「それにしても、のあさんと真奈美さんは勝負が好きなんですねぇ。意外です」
のあ「そうかしら」
まゆ「喧嘩とか言い争いも見たことなかったので」
真奈美「私はのあと張り合うのキライじゃないんだ、前も言った通り」
のあ「私もキライじゃないわ。真奈美は何事も真剣にやるから」
真奈美「何事も本気にやるのがいいのさ、斜に構えずに」
のあ「そうね、早めに気づいていたら良かったわ」
まゆ「今日は本気でした?」
のあ「ええ、だから気晴らしになったわ。ありがとう、真奈美」
真奈美「それは良かった」
のあ「今日は何も考えずに眠るわ。その方が、閃く可能性は高そうだもの」
16
12月22日(火)
朝
のあ「おはよう」
真奈美「おはよう。今日は早いな」
のあ「早めに寝たら、自然と目覚めたわ」
真奈美「それは良かった。朝食は何がいい?」
のあ「トーストとコーヒー。コーヒーは半分くらい牛乳で、砂糖はいらないわ」
真奈美「わかった。待っていてくれ」
のあ「今日は真奈美の担当なのね、まゆは?」
まゆ「まゆはここですよぉ。おはようございます、のあさん」
のあ「おはよう」
まゆ「真奈美さん、今日のお夕飯はお願いしますねぇ」
真奈美「わかった。遅くなるようなら迎えに行くよ」
まゆ「そこまでは遅くならないと思います。のあさん、行ってきます」
のあ「いってらっしゃい」
真奈美「気をつけるんだぞ」
のあ「いつもより早いわね」
真奈美「朝活中だそうだ。テレビでもつけたらどうだ?」
のあ「朝活?」
真奈美「授業が始まる前を、クラスメイトとの趣味の時間にしているそうだ」
のあ「それは有意義ね……あら、テレビに日野茜が出てるわ。朝から元気ね」
真奈美「今週は裁縫をしていると言っていたな。テスト前は対策をしていたと言っていたぞ」
のあ「まゆ、前から余裕を持って登校してるわよね?」
真奈美「今日はすることがあるんだろう」
のあ「遅くなるとも言っていたけれど、聞いていたかしら」
真奈美「ああ。先にコーヒーだ」
のあ「ありがとう。その理由は?」
真奈美「……」
のあ「わかったわ。私にはヒミツなのね」
真奈美「決めつけが早いぞ」
のあ「真奈美が答えないで黙ることなんてほとんどないわ。隠し事なら嘘をすんなりと出るように準備しているでしょうし、本当なら躊躇う理由はない。隠すほどではない、いつかはわかることをヒミツにしている」
真奈美「まぁ、その通りなんだが。少しだけハズレだ」
のあ「ハズレ?」
真奈美「ヒミツにするかしないか悩んだから、言い淀んだ」
のあ「なるほど。それで、どちらにするのかしら」
真奈美「決めた。佐久間君は学校から帰りが少し遅れる理由はヒミツだ」
のあ「わかったわ」
真奈美「夕食当番は交替したから、私にリクエストがあったら言ってくれ」
のあ「流石に朝食前には答えられない」
真奈美「ははっ、その通りだ。トーストはバターとジャムでいいか?」
のあ「ええ。リクエストは思いついたら言うわ」
17
夕方
星輪学園・校庭
星輪学園
清路市内に所在する歴史ある私立学校。まゆは高等部の2年生。弓道部は強豪とのこと。
高森藍子「まゆちゃん♪」
高森藍子
まゆのクラスメイト。時間を使うことは得意らしい。
まゆ「藍子ちゃん……待っていてくれたんですかぁ?」
藍子「ううん、図書室にいたんです。一緒に帰りませんか?」
まゆ「うん」
藍子「どうでした、進路相談?」
まゆ「そうですねぇ……川島先生と話して良かったです」
藍子「うんうん」
まゆ「でも……もう少し悩もうかな」
藍子「まだ時間はあるから大丈夫。のあさんには話したんですか?」
まゆ「ううん……のあさんにはまだ」
藍子「そうなんだ」
まゆ「ちゃんと悩んでからじゃないと……」
藍子「なにかあるんですか?」
まゆ「凄い援助と甘い提案が来ちゃいそうで……」
藍子「ふふっ、のあさんはまゆちゃんに甘いですから」
まゆ「だから、私で考えから相談することに決めたんです」
藍子「良いと思いますよ。でも、アドバイスです」
まゆ「アドバイス……?」
藍子「甘えすぎないと、のあさんがへそを曲げちゃいます」
まゆ「うん……わかってます」
藍子「もう2学期も終わり、早いですね」
まゆ「ついこの前、転校してきたみたいなのに」
藍子「……」
まゆ「藍子ちゃん?」
藍子「あそこ、シスタークラリスが走ってきます」
まゆ「なにか……あったのでしょうか」
クラリス「お二人とも、お力を貸していただけますか」
クラリス
星輪学園の教会に住み込みのシスター。慌てた様子なのは珍しい。
藍子「はいっ、どうしました?」
まゆ「何か……」
クラリス「急病人です。こちらへ」
18
星輪学園・弓道場
まゆ「水野先輩……?」
藍子「だ、大丈夫ですかっ!」
水野翠「はぁはぁ……」
水野翠
星輪学園の3年生。大学で弓道を続けることが決まっており、部活で使用していない時間で練習を続けているとのこと。
クラリス「練習中に倒れたようです」
まゆ「凄い熱……藍子ちゃん、タオルを濡らしてきてもらえますか」
藍子「はい、待っててくださいっ」
クラリス「私は養護教諭を呼んで参ります。見ていてあげてください」
まゆ「わかりました……救急車は……」
翠「不要です……」
まゆ「大丈夫ですか……?」
翠「はい……この通り」
まゆ「大丈夫じゃないですよぉ。凄い熱に呼吸も荒くて……」
翠「疲れただけ……です」
まゆ「弓道の練習だけでそんなに疲れたりしません」
翠「いえ……あります、よ」
藍子「まゆちゃん、これ」
まゆ「ありがとう。とりあえず、横にしましょう」
藍子「枕はこれでいいかな、私のカバンで」
まゆ「いいと思います……防具、はずれるかな」
藍子「よいしょ、これでいいかな。水野先輩、すみません」
まゆ「とれました……横向きの方が苦しくないかな」
藍子「水野先輩、大丈夫ですか」
翠「ふぅ……はぁ……」
藍子「息がすっごく荒いです」
まゆ「過呼吸……?」
藍子「大きく息を吸うようにすると良いって聞きました。水野先輩、できますか?」
翠「はい……タオルも、ありがとう、ございます……」
まゆ「話さないでいいですよぉ。藍子ちゃん、飲み物を持ってませんか」
藍子「ありますよ、ミネラルウォーターですっ。どうぞ」
翠「すみま……せ、ん……」
19
星輪学園・弓道場
翠「お騒がせいたしました」
藍子「すっかりいつも通りの水野先輩に戻りました」
まゆ「本当に平気なんですか……?」
翠「ご安心ください。熱も下がりましたから」
まゆ「あんなに出てたのに……?」
藍子「今は平熱ですね。汗もかいてません」
翠「何度からありましたから。そうでしたよね、シスタークラリス?」
クラリス「はい。お一人で練習しているから見回りに来たのですが」
翠「申し訳ありません。今後気をつけます」
まゆ「理由はわかってますか……?」
藍子「悪い病気とか、じゃないですよね?」
翠「違いますよ。お医者様が言うには、極度のストレスだそうです」
まゆ「ストレス……」
藍子「弓道、大変なんですか?」
まゆ「本当は、辞めたいとか……」
翠「すみません、誤解してしまいますね。ちょっと追い込んで集中しすぎていると言われました」
クラリス「自身で追い込み過ぎている、と」
翠「だから、インターハイに出場出来ましたが簡単に負けてしまいました。弓道は極限に追い込んだ一射だけの競技ではありませんから」
まゆ「あの……失礼かもしれないですけれど……」
翠「なんでしょうか」
まゆ「本当に大丈夫ですか……?」
翠「はい、問題ありません。極限まで集中し、己を出し切ることは気持ちの良いことです。極限まで集中すると風の流れがわかるんですよ、的以外は何も見えなくなるのに」
まゆ「えっと……大丈夫かなぁ……?」
翠「気分は良いですが、体には毒だとわかっています」
藍子「水野先輩が倒れちゃったら、みんな悲しみます。だって、大人気ですから」
翠「大人気、ですか」
藍子「はいっ。文武両道でカッコよくて、ね、まゆちゃん?」
まゆ「はい、人気ですよぉ」
翠「……」
クラリス「翠さん」
翠「人気には応えないといけませんね。もう少し休んでから私は帰ります。今日はありがとうございました」
20
夜
良楠公園
凛「へー、高校はそんなことが流行ってるんだ」
卯月「……」
凛「卯月、どうしたの?」
卯月「あの、凛ちゃん!」
凛「びっくりした、なに?」
卯月「もう一度聞きますけど、私のこと知りませんか?」
凛「島村卯月。自己紹介されたから知ってるよ」
卯月「えっと、そうじゃなくて……そう!」
凛「そう?」
卯月「私をテレビで見たことありませんか?アイドルですからっ」
凛「ごめん。テレビとかあまり見ないから。言われなかったら知らなかった」
卯月「わかりましたっ!」
凛「何が?」
卯月「あの、見て欲しいんです」
凛「だから、何を?」
卯月「私のステージ、です」
凛「ステージ……」
卯月「1月24日にライブがあるんです。でも、家族が来れなくなっちゃて」
凛「……」
卯月「凛ちゃん、来てくれませんか?」
凛「ごめん、行けない」
卯月「予定があるんですか?」
凛「ないけど……」
卯月「じゃあ、とりあえず受け取ってくださいっ!都合があったら、来てくださいっ」
凛「ごめん、卯月。いけない」
卯月「凛ちゃん?」
凛「行けない。私は、卯月とは違うの」
卯月「みんな違います。私、凛ちゃんみたいな綺麗な黒髪憧れますっ」
凛「違う」
卯月「違う……?」
凛「行けない理由は……そうじゃなくて」
卯月「凛ちゃん、話してくれませんか」
凛「話せない」
卯月「指切りしましたっ、ヒミツですっ」
凛「……だから」
卯月「だから?」
凛「話せないんだってば!私は普通じゃないから……」
卯月「……」
凛「……帰って」
卯月「凛ちゃん」
凛「帰ってよ」
卯月「わかりました、今日は帰りますっ。凛ちゃん、また会えますか」
凛「……わからない」
卯月「そうだっ!ネットで調べてください、CGプロの島村卯月ですっ。ぶい♪」
凛「なんで、ピース……」
卯月「凛ちゃん、少し笑いました?」
凛「してない」
卯月「今度は笑ってもらいます。またね、凛ちゃん!」
凛「……」
卯月「……ばいばい、凛ちゃん!」
21
深夜
高峯ビル前
咲「……」
のあ「あら」
咲「のあさん、お疲れ様!戸締りしたし帰る所だったんだー。男手少ないから、あたしは最後!」
のあ「空を見上げてどうしたの?」
咲「月が目に入って。もうすぐ満月だな、って」
のあ「雨が降りそうな雲ね。満月の空は晴れるかしら」
咲「それでね、月にはウサギがいるでしょ?」
のあ「ウサギの餅つきに見えるわね」
咲「グリーンランドだと、どう見えるのかな?」
のあ「天体観測が趣味だから答えは知っているわ。でも、そういうことではないわね」
咲「うん」
のあ「……」
咲「クリスマスイブだけは早上がりして、プレゼントを配るんだ♪欲しい?」
のあ「私も配る側よ。援助しましょうか」
咲「いらなーい。マスターから前払いも貰ったよ☆」
のあ「そう、それがいいわね。気持ちが伝わるわ」
咲「ねー。のあさんは何してるの?」
のあ「私はランニングへ。体力が落ちてきそうだから」
咲「夜にランニング?危ないから、一緒に走ろうか?」
のあ「大丈夫よ。危ない所は良く知っているから、避けるわ」
咲「へー、探偵っぽい」
のあ「探偵だもの。あなたも気をつけて帰りなさい」
22
12月23日(水)
昼
清路警察署・刑事一課和久井班室
大和亜季「警部補殿」
和久井留美「大和巡査部長、何かしら」
和久井留美
刑事一課和久井班班長。階級は警部補。彼女もCGプロの合同ライブのチケットが手に入らなかった。
大和亜季
刑事一課和久井班所属。階級は巡査部長。雪山サバイバルはハードルが高いであります、らしい。
亜季「お昼にするでありますよ」
留美「あら、もうそんな時間?」
亜季「その前に、ひとつ気になることが」
留美「何かしら」
亜季「愛知の事件がたまたま目に入ったでありますが」
留美「見せてちょうだい」
亜季「こちらであります」
留美「概要は」
亜季「先日の日曜日、不審な死体が発見されました」
留美「不審死ね、見立ては」
亜季「死因が特徴的であります。こちらを見てください」
留美「胸に丸い穴。鉄パイプでも突き刺さったのかしら」
亜季「これが発見された状態であります」
留美「抜かれた」
亜季「そのようであります。胸を何かで突き刺され、凶器は抜かれたようであります。凶器は行方不明」
留美「どんな凶器だと推測するかしら」
亜季「そうでありますな、槍はなさそうですな、銛でしょうか」
留美「犯人は漁師なのかしらね」
亜季「犯人は見つかっていませんが。気になるのは被害者であります」
留美「被害者、聞いたことあるわね」
亜季「そうでありますか?聞いたことはなかったであります」
留美「思い出したわ、海外に高飛びした横領犯。うちのヤマじゃないわね」
亜季「横領に関しては清路警察署担当でありました。国内にいたのでありますな」
留美「それで、ここにも情報が回ってきたわけね」
亜季「情報提供は済ませたようであります」
留美「聴取も必要かしら、昔の職場とか」
亜季「愛人とその娘が清路市内にいるとのウワサもありますが」
留美「そうなの?」
亜季「残念ながら、ネットのウワサ程度で警察は未確認であります。わかっていれば、犯人にも良かったでありますが」
留美「それは、どういう意味?」
亜季「横領で捕まっていれば、殺されることもなかったであります」
留美「悪いジョークね」
亜季「ちょっと冗談が過ぎたでありますな」
留美「ええ」
亜季「話は終わりであります。昼食としましょう!」
留美「大和巡査部長、書類整理はどうかしら」
亜季「最近は大きな事件もありませんし、午後はのんびりでありますな」
留美「午後は休暇を取りなさい。どうせ、いつか忙しくなるのだから」
亜季「ふーむ、そうでありますな。上司の勧めに従うであります」
留美「そうして頂戴。休むのも私達には重要なこと。雨だから家で体を休めるにはちょうど良いわ」
亜季「警部補殿はどうするでありますか?」
留美「私も休もうかしらね。その前に、お昼を付き合ってくれるかしら」
亜季「もちろんであります。食堂でよいでありますか?」
留美「ご馳走するわ。どこか外へ行きましょう」
亜季「おおっ、それではお肉が良いであります!」
留美「昼から焼肉も悪くないわね。車、出してくれる?」
亜季「了解であります!」
23
高峯探偵事務所
のあ「雨、やむかしら」
梅木音葉「真夜中まで……このままの予報です」
梅木音葉
清路警察署科捜研所属。本日は休暇。行きつけの森は、雨だと足元がぬかるんで危ないらしい。
のあ「そうらしいわね」
音葉「お出かけの予定があるの……ですか?」
のあ「いいえ。音葉は?」
音葉「志希さんのトリミングに行く予定だったのですが……優さんのところに」
のあ「トリミング……」
音葉「失礼しました、言い方を間違えました……放っておくと、自分で切ろうとするので」
のあ「志希、下にいるの?」
音葉「朝起きたら……いなくなっていました」
のあ「でしょうね」
音葉「お天気も惠ませんでしたので……とりあえず、こちらに」
のあ「音葉と志希2人揃って休暇だったのね、珍しい」
音葉「科捜研の所長が高橋署長に怒られまして……」
のあ「残業が多い、とか」
音葉「業務外で居座っているのは……働き方が今時ではないと」
のあ「当然の指摘。礼子の言うことを聞きなさい」
音葉「せっかく……音響を整えたのに」
のあ「それが原因じゃないのかしら。目につくでしょう、あれ」
菜々「お待たせしました~、本日のブレンドですっ」
のあ「菜々、頼んでないけれど」
音葉「こちらです……私が頼みました」
のあ「St.Vで飲めばいいじゃない」
音葉「ご一緒にいかがですか……ごちそうします」
のあ「別に……それは構わないけれど」
菜々「決まりですっ。クリスマス限定スノーボールもお持ちしましたっ」
音葉「ありがとうございます……」
菜々「それでは、ごゆっくり~」
音葉「のあさん……どうぞ」
のあ「ありがとう。音葉、聞いていいかしら」
音葉「なんでしょう……?」
のあ「暇なのね」
音葉「その通りですが……のあさんにお願いがありまして」
のあ「私に?」
音葉「気になるアイドルが……いまして」
のあ「みくにゃんかしら」
音葉「違います……志希さんがいるので充分です」
のあ「それなら、誰なのかしら?私はみくにゃん以外は全く詳しくないけれど」
音葉「日野茜さんです……知っていますか」
のあ「CGプロに所属してるわね。生で見たこともあるわ」
音葉「小さくて……カワイイと」
のあ「確かに生で見ると小さいわね。音葉が好きなのは意外だったわ」
音葉「子犬のようで……元気を貰えます」
のあ「それは同感だわ」
音葉「この部屋が……防音であることを知っています」
のあ「ああ、そういうこと?」
音葉「合同ライブの映像を見たいのですが……」
のあ「音葉が頼みごとをするのも珍しいし、暇だから付き合うわ」
音葉「ありがとうございます……出来れば、昨年5月のものを」
のあ「リクエストもあるのね……」
24
夕方
高峯探偵事務所
まゆ「ただいま、まゆが帰りましたよぉ」
のあ「お帰りなさい」
音葉「お邪魔しています……」
まゆ「音葉さん、こんばんは。お仕事終わりですかぁ?」
音葉「いいえ……のあさんと一緒にライブの映像を見ていました」
のあ「ええ」
音葉「勉強になりました……お礼にオペラ観劇の作法をお教えします」
まゆ「のあさん、ライブのお作法を教えたんですかぁ?」
のあ「少しだけよ」
音葉「素晴らしいですね……のあさんと留美さんが没頭するのもわかります」
のあ「でしょう」
音葉「大切なのは気持ち……にゃーにゃーと心をあわせていうこと」
まゆ「音葉さんに悪影響が……久美子さんに怒られちゃいます」
のあ「大丈夫よ、おそらく。少なくとも久美子に怒られることはないわ」
まゆ「そうかなぁ……あっ、音葉さん」
音葉「なに……でしょうか」
まゆ「お夕飯をご一緒しませんか?今から準備するので、待っていてくれれば」
音葉「お誘いありがとうございます……ですが、志希さんから連絡が来たので帰ります」
のあ「あら、連絡がきたの?」
音葉「迎えに来て欲しいと……バスを使ったのでしょうか、随分と遠くに……」
のあ「志希も自由ね」
音葉「わかってはいます……帰ってくるだけよいかと」
のあ「そうね。居てくれるだけで助かるわ」
音葉「そうですね……私はこれで」
まゆ「はぁい。音葉さん、また来てくださいねぇ」
音葉「はい……またお邪魔します」
のあ「運転に気をつけて帰りなさい」
まゆ「音葉さんと一緒で楽しかったですかぁ?」
のあ「新鮮だったわ。音葉はなかなか気づけないことも気づくから」
まゆ「良かったです。お夕飯の準備しますねぇ」
のあ「ええ。みくにゃんに対する知見も深まったわ……」
まゆ「のあさん、そう言えば」
のあ「音葉の言う通りオペラの知識を習得すれば深い見方が……まゆ、何かしら?」
まゆ「高峯家のクリスマスは、何をするんですかぁ?」
のあ「クリスマス……あまり考えてないわ。去年は雪乃から貰ったケーキを真奈美と食べたわ」
まゆ「昔は、どうだったんですかぁ?」
のあ「父と母が居た頃もチキンとケーキを買ってきたぐらい……プレゼントは実用的なものを父が贈ってくれたわ」
まゆ「実用的なもの……筆記用具とか?」
のあ「そうね、高峯家の習わしだそうよ。一度だけ望遠鏡だったわ、狙い通りに」
まゆ「昔から知恵が回るんですねぇ」
のあ「そうかもしれないわ。それと、思い出したわ」
まゆ「なんですかぁ、あっ、ツリーを飾り付けたとか?」
のあ「ええ。毎年倉庫から出したわね、プラスチックで出来た1mくらいの」
まゆ「この前、掃除した時に見かけましたよぉ。奥の方にしまってありました」
のあ「最近は出した記憶がないもの」
まゆ「今年は飾りましょうか」
のあ「そうね……思い出してみましょうか」
25
夜
良楠公園
凛「……」
卯月「凛ちゃん」
凛「……卯月」
卯月「待っててくれたんですか?」
凛「……違う」
卯月「雨、寒くないですか?」
凛「大丈夫」
卯月「そうですかっ、安心しました!」
凛「……」
卯月「凛ちゃん、今は大丈夫でも、ずっと濡れていると風邪を引いちゃいますよ」
凛「卯月も、帰れば」
卯月「今日は帰ります。ねぇ、凛ちゃん」
凛「……何」
卯月「話したいことがあるんです、約束しませんか?」
凛「話したいことって……」
卯月「嘘つきだった島村卯月の話です」
凛「……嘘つきには、見えないけど」
卯月「次の土曜日、夜8時にここで会えませんか」
凛「重要な話なの、それ」
卯月「凛ちゃんには大切です、きっと」
凛「……」
卯月「約束して、くれますか?」
凛「わからない」
卯月「それじゃあ、待ってますね。約束の時間に」
凛「……」
卯月「今日は温かくして寝てくださいね」
凛「……温かさだけは平気」
卯月「そうだ!凛ちゃん、これをどうぞ」
凛「……クッキー?」
卯月「チョコクッキーです、メリークリスマス!」
凛「そっか、クリスマス……」
卯月「お家に帰って食べてくださいね」
凛「……うん」
卯月「ばいばい、凛ちゃん。またね!」
26
12月24日(木) クリスマス・イヴ
昼
のあ「包むとは本質を見えなくすること……いいえ、まとめて手に持てるようにすることかしら」
ピンポーン……
のあ「誰かしら。事務所は営業していないはずだけれど」
志保「のあさん、失礼しますっ!クリスマスツリー、素敵ですね!」
のあ「飾った甲斐があったわ。志保、慌ててどうしたのかしら」
志保「あらっ、トルティーヤですか!」
のあ「ええ。真奈美が昼食用に作ってくれたの。好きなだけ包んで食べなさい、と」
志保「美味しそうですね、具材も種類がたっぷり」
のあ「志保、包んだら何をするかしら」
志保「もちろん、手に持って食べますっ。トルティーヤにクレープ、ガレット、生八つ橋!」
のあ「生八つ橋を自分で包んで食べたことはないわね。話は、食べながらでいいかしら」
志保「大丈夫です。あの、ご相談なんですけれど」
のあ「何でも言ってちょうだい」
志保「マスターが帰省してそろそろ一週間です」
のあ「そうね、何も問題なく営業出来てるのは流石ね」
志保「寂しさを紛らわせて、マスターのことを思うと仕事も進む……のはいいんですけど」
のあ「けど?」
志保「やり過ぎちゃいました」
のあ「何を?」
志保「菜々さんと早朝からクリスマスケーキとスウィーツを作り過ぎました」
のあ「お裾分けなら受け取るわ」
志保「いいえ、売るほどあるんです!」
のあ「もともと売り物でしょう。どのくらいかしら」
志保「車のトランク1台分くらいです、探偵事務所の業務用で」
のあ「それは、作り過ぎね」
志保「予約と喫茶店で販売する予定数とは、別で」
のあ「菜々も志保も行動を冷静に振り返るクセをつけなさい、熱中しすぎよ」
志保「水嶋さんが今日は早退するから人手も足りなくて」
のあ「何となく話が読めて来たわ」
志保「マスターへの愛情が詰まっていますから無駄にしたくありません!」
のあ「協力するわ。要するに、売りたいのね」
志保「ありがとうございますっ!」
のあ「それで、何が必要かしら」
志保「業務用車と人が欲しいんですけど、真奈美さんはいないんですよね?」
のあ「ええ。イベント運営の手伝いよ、あっちも人手が足らないそうだから。帰りもいつになるかわからない」
志保「まゆちゃんは」
のあ「終業式は明日。昼間はいないわ」
志保「そうですか……真奈美さんなら全て解決だったんですけれど」
のあ「同感ね」
志保「のあさんには、場所を確保して欲しくて」
のあ「駅近く使えそうな場所を見つけておくわ」
志保「うーん、菜々さんに車を運転してもらって……違うかな……」
のあ「志保」
志保「のあさん、どうすればいいと思います?」
のあ「私も実業家だから、手筈はそれなりにわかるわ。任せてちょうだい」
志保「忘れてました、そうでした!みくにゃん大好きな金持ちでしたっ」
のあ「言い方が悪いわ」
志保「のあさん、お願いしていいですか?」
のあ「もちろん。場所と人は集めておくわ。出発前に準備をお願い」
志保「わかってますっ!」
のあ「雪乃が野外販売の手筈は整えているはずよ」
志保「クリスマスですから、サンタとトナカイの衣装が必要ですよね!安心してください、余分に準備してあります!」
のあ「違うわ」
27
清路駅前・大通り広場
大通り広場
清路駅北口にある広場。北口の再開発時に整備された。おかげで白骨死体が見つかったのよね、状態が悪くて鑑定が大変だった、とのこと。
松山久美子「はーい、どうぞ♪」
松山久美子
清路警察署科捜研所属。いつもは白衣だが、志保が用意した赤いサンタ風制服を身に着けている。休暇を取らされて暇を持て余しているとか。
のあ「まるで本職みたいね……」
原田美世「売れ行きがいいですっ」
原田美世
清路警察署交通課所属。階級は巡査。今日は夕方から巡回とのこと。バイト代はのあが所有する車の貸し出し。
のあ「美人は得ね」
美世「赤い服なんて普段絶対着ないのに、似合ってます」
のあ「血と薬品がついたら見えないのに着るわけないでしょ、とか普段言ってるとは思えないわね」
美世「さも自分が作ったように売ってるけど、ウワサだとアレなんですよね」
のあ「ウワサ通り、久美子の料理は壊滅的よ」
美世「本当だったんだ」
のあ「私も人のことは言えないけど」
久美子「そこ、聞こえてるから」
のあ「久美子、手伝ってくれてありがとう」
久美子「暇を持て余してるからいいのよ。暇そうにしてるなら働いたら?」
のあ「私は経営者だもの」
美世「あたしは運転手」
久美子「はいはい、言い訳はそこまで。トナカイはサンタの言うことを聞いて」
美世「はーい」
のあ「わかったわ」
久美子「美世ちゃんはレジとかお願い」
美世「高校出てすぐに警察に入ったから、こういうことして見たかったんだ」
久美子「のあさんは……はい、これ」
のあ「菜々が作ってくれた、宣伝ボードね。菜々は絵も描けたのね」
久美子「これを持って微動だにせず突っ立ってるか、広場周辺をウロウロしてて」
のあ「それだけでいいのかしら」
久美子「自分の容姿わかってるでしょ?」
のあ「わかってるわ、十二分に人目を引くでしょう」
美世「自分のことそう思ってたんだ、知らなかった……」
久美子「わりと有名」
のあ「では、優と真奈美が合流するまでがんばりましょうか」
28
夜
清路駅前・大通り広場
真奈美「遅くなったな、どうだい?」
のあ「上々よ」
太田優「真奈美さん、お仕事お疲れさまぁ」
太田優
美容師。高峯ビル1階の美容室Z-artに勤務している。今日のお手伝いで、愛犬アッキー用の特性クリスマスケーキを手に入れた。
真奈美「優君こそ、お疲れさま。仕事終わりだろう?」
優「ぜんぜん~、アッキー用のケーキも貰ったし☆」
久美子「真奈美さん、来てそうそうだけど、商品出すの手伝ってもらえる?」
真奈美「もちろんだ」
優「あ、お客さん来たから対応するねぇ」
久美子「優ちゃん、お願い」
優「いらっしゃいませー☆」
久美子「びっくりするくらい簡単に売れるわ。それなりのお値段なのに」
のあ「志保は、この材料でこの値段はお手頃だと言っていたわ。この様子だと20時には完売するわね」
真奈美「SNSで話題になっていたからな」
のあ「SNS?」
真奈美「ああ。銀髪の美女がトナカイのような恰好をして客引きしてると」
久美子「そっちでも話題になってるのね、なるほど」
のあ「そこじゃないと思うわ」
真奈美「そこじゃない?」
のあ「大切な情報は私ではなくて、雪乃のお店が限定的に路上販売をしていること」
久美子「お店の常連とか、雪乃さんの知り合いがよく来るの」
のあ「身なりのよさそうなご婦人が多かったわ」
久美子「夜の女王様みたいな雰囲気の知り合いも来たの。雪乃さんが帰省していると聞いたら、嬉しそうに帰って行ったわ」
真奈美「雪乃君も顔が広いな」
久美子「私とは全く違う交友関係ね、本当に」
真奈美「味もブランド力も高い商品なら、営業に困りはしまい。さ、売り切って帰るとしよう」
久美子「やっぱり頼もしいわ」
のあ「でしょう」
真奈美「それで、衣装はあるのか?」
のあ「サンタとトナカイ、どちらがいいかしら。久美子と優はサンタ風の赤よ」
真奈美「私もサンタクロースにするとしよう」
久美子「真奈美さん、こういうことに抵抗ないのよね。意外」
のあ「あなたもよ、久美子」
29
高峯探偵事務所
のあ「ただいま」
まゆ「おかえりなさい、のあさん」
のあ「遅くなって悪かったわ」
まゆ「大丈夫ですよぉ。真奈美さんは?」
のあ「St.Vで今日の処理を終わらせてから来るわ。まゆ、夕飯は?」
まゆ「まだですよぉ」
のあ「食べていれば良かったのに」
まゆ「今日は豪華だから待っちゃいましたぁ」
のあ「豪華?あら、菜帆がいたのね。アルバイト、お疲れ様」
海老原菜帆「お邪魔してます~。キッチン借りてます~」
海老原菜帆
喫茶St.Vのアルバイト。こう見えて手際よく動けるんですよ~、と本人談。
のあ「もうアルバイトは良いのかしら?」
菜帆「もうお客は少なくなったので~、志保さんと菜々ちゃんにのあさんをおもてなしするように、って」
まゆ「志保さんと菜々さんから色々いただきましたぁ」
のあ「豪勢なケーキに料理もたくさんね」
菜帆「スープも温めてますよ~。まゆちゃん、後は任せてください~」
まゆ「お言葉に甘えます」
のあ「おもてなしを受けるとしましょう」
真奈美「ただいま」
まゆ「真奈美さん、おかえりなさい」
菜帆「おかえりなさい~」
真奈美「ご褒美にシャンパンを貰った。これで乾杯しようか」
のあ「色々貰い過ぎね」
真奈美「助け合いの結果なら、いいじゃないか。クリスマスらしいだろう?」
のあ「そうね、クリスマスだもの。サンタクロースも許してくれるわ」
31
早朝
12月25日(金) クリスマス
某雑居ビル3階・空きテナント
凛「……」
桐生つかさ「よっ。寝床に帰らなかったのか?」
桐生つかさ
GP社の高校生社長。頼子の依頼はそれに見合う報酬があるから受けている。
凛「昨日はクリスマスイヴだったから。帰る必要も……昨日はないし」
つかさ「もしかして、寝てないか?」
凛「仮眠は取ってる。標的は見逃してない」
つかさ「ムリとムダは最高の結果の敵だ」
凛「昨日今日はムリする時」
つかさ「へぇ、根拠でもあんの?」
凛「見ててわかった。質素な暮らし、してそうでしょ」
つかさ「同意見。母と娘の2人暮らしなら、そんなもんだな」
凛「装っても、わかるんだ」
つかさ「装う、か」
凛「服装とか日用品が高級品だったりする。昨日は来客がないのに、2人分には多い料理を買ってきてた。袋はデパートのやつ」
つかさ「つまり、結論は」
凛「ターゲットは帰ってきて、目的は達成できる可能性がある」
つかさ「で、どうすんの?」
凛「頼子が諦めるまでは続ける。頼子が諦めたら、終わり」
つかさ「賢明だな」
凛「そっちは」
つかさ「今日は稼ぎ時だからな、早朝出勤だ」
凛「どっちの仕事?」
つかさ「表だよ」
凛「答えるんだ、平気なの?」
つかさ「平気さ、死んだ人間のタレコミに誰が耳を貸す?生き返らないと、言葉は受け止めらんないの」
凛「別にただの忠告だから。気をつけなよ」
つかさ「言わないとわからないだろ」
凛「頼子に切られないように。仲間、減ってるから」
つかさ「仲間だったのか、はっ、お気楽だな」
凛「仲間じゃないか」
つかさ「せいぜい、協力者。残ってる奴を考えれば当たり前、わかる?」
凛「何が」
つかさ「一番危険なのは、古澤頼子」
凛「殺し屋は」
つかさ「アレは問題ない。頼子が動かない限りは」
凛「ふーん……」
つかさ「言われなくても、わかってるわけ」
凛「……」
つかさ「そうだ、クリスマスだろ?」
凛「そうだけど」
つかさ「クリスマスプレゼントは誰だって欲しいよな。小さくても気持ちがこもっていれば」
凛「はぁ……?」
つかさ「OK、決まったわ。じゃあな」
凛「意味わかんないだけど……」
32
清路警察署・和久井班室
留美「来たわ」
亜季「柊警部殿が到着でありますっ」
新田美波「課長、お疲れ様ですっ!」
新田美波
刑事一課和久井班所属。階級は巡査部長。クリスマスデートのお誘いが幾つかあったが、家族と過ごすとのこと。
柊志乃「遅くなってごめんなさい……会議が長引いたわ」
柊志乃
刑事一課長。階級は警部。酔っていても並の刑事以上の能力を発揮するので、呼び出しても構わないらしい。
留美「別に大した用事じゃないけれど、こっちのほうがいいかと思って」
志乃「何かしら」
美波「お誕生日おめでとうございますっ、柊課長!」
志乃「あら……覚えてくれていたのね」
美波「和久井警部補から教えてもらいました」
志乃「留美からは祝ってもらったことがないけれど」
留美「仕事で恩は返してるつもりです」
志乃「私もそれでいいわ……」
美波「でも、それとこれとは別ですっ」
留美「気配りの出来る部下が入ったので、受け取るといいかと」
美波「柊課長、どうぞ」
亜季「私も選んだであります」
志乃「ありがとう……何かしら」
美波「ワインは大量に頂いていると思いますので、日用品の詰め合わせですっ」
志乃「ありがたいわ……使わせてもらいましょう」
亜季「作戦通りでありますな」
留美「今年は何本手に入れたのかしら?」
志乃「20本くらいね……安いのは受け取らないけれど」
美波「20本……安いのは受け取らない……」
亜季「大人の世界でありますなぁ」
留美「この人、昔からジジイ殺しだから」
亜季「それが出世の秘訣でありますか」
留美「それもあるけれど、理由は結果が出ていたから」
美波「昨日の夜は、どうされていたんですか?」
志乃「昨日?」
亜季「気になるであります」
志乃「待機時間が終わって……自室で礼子からもらったワインを開けて……12時になる前に寝たわ」
美波「えっと……」
亜季「それだけでありますか?」
志乃「そうだけれど……」
亜季「夜景の見える高級レストランで食事は」
美波「生まれ年のワインが運ばれてきたりは……」
亜季「宝石たっぷりのクリスマスプレゼントはないのでありますか?」
志乃「ないわ……お誘いはあっても仕事に差し支えるもの」
亜季「なるほど……余裕でありますな」
美波「これがテクニック……勉強になりますっ」
亜季「そうですな!」
留美「違うから。真似しない方がいいわ」
志乃「ありがとう……でも、私の一番は」
留美「市民の安全と」
志乃「あなた達の無事。危険に巻き込まれずに、自分の正義を信じられること。それを守れるなら……私は十分」
亜季「おお……」
美波「……」
志乃「これからもがんばってちょうだい……仕事に戻るわ」
美波「来ていただいて、ありがとうございましたっ」
志乃「もっと頼ってもいいわよ……和久井警部補?」
留美「心得るわ」
志乃「失礼するわ……」
留美「……」
亜季「うむ、自分の正義を信じるのが一番でありますな」
美波「は、はいっ」
留美「大抵あの言葉が返ってくるから、辞めたわ」
亜季「なんだ、警部補殿もやっていたでありますか!」
留美「私も気持ちは同じ。警察官として心身共に強くあること」
亜季「もちろんであります!クリスマスの雰囲気でトンチキになった若者も厳しく取り締まるであります!」
留美「言い方……」
美波「まずは防犯ですっ!」
亜季「はっはっは!そうでありました!」
留美「追い詰められてるよりはいいかしら。私達も仕事に戻りましょう」
亜季「了解であります!」
33
夜
高峯探偵事務所
のあ「……」
まゆ「……」
真奈美「事務仕事は疲れるな……睨みあってどうした?」
のあ「よくがんばったわね」
まゆ「ありがとうございます」
のあ「真奈美も見てちょうだい」
真奈美「通知表か。終業式だったものな」
のあ「色々あったけれど、立派ね」
真奈美「同感だな」
のあ「進学するのであれば、有利になりそうね」
まゆ「え……」
のあ「何か変なことを言ったかしら」
まゆ「い、いえ……はい、良い成績で満足です……」
のあ「不満がある、わけではなさそうね」
まゆ「えっと……」
真奈美「勉学に励むのは悪いことじゃない」
のあ「今のうちに学ぶことは学んでおくべきね」
真奈美「学校の勉強は終わっても、学ぶことには終わりはないからな。学びのクセをつけるのは大切だ」
のあ「ええ」
まゆ「はい、これからもがんばりますねぇ」
真奈美「通知表は返すよ」
のあ「来学期は皆勤しましょう。健康が一番よ」
まゆ「……はい」
真奈美「健康か」
まゆ「昨日は食べ過ぎてしまいましたぁ……」
のあ「クリスマスイヴだもの、仕方ないわ」
真奈美「さっぱりとした胃に優しいものがいいかな。夕食の準備をするよ、待っていてくれ」
34
12月26日(土)
早朝
某雑居ビル3階・空きテナント
頼子「結果はいかがですか」
凛「何かあったら連絡してる」
頼子「いらっしゃいませんでしたか」
凛「そういうこと」
頼子「残念でしたね」
凛「……そうだね」
頼子「交替しますよ。ちゃんと寝ていないようですから」
凛「……」
頼子「どうですか」
凛「そんな提案してくると思わなかった」
頼子「自分の勝手な想定が現実と違ったことが、そんなに気に入らないですが」
凛「そういうわけじゃない。ちょっと驚いただけ」
頼子「こちらをどうぞ」
凛「カギ、どこの?」
頼子「お使いください。古いアパートですが、問題はないかと」
凛「……」
頼子「寝具と、幾つか家具もあります。時間制限もありません」
凛「今の寝床は」
頼子「怪しんでいる人がいるようです。気づかれる前に去りましょう」
凛「わかった。これは?」
頼子「続けてください。年末年始もありますから」
凛「うん。カギ、住所を教えて」
頼子「メールで連絡してあります。確認してください」
凛「……今の寝床と近いね」
頼子「人通りが少ないため、隠れるのに適している場所ではあるのですよ」
凛「ふーん……骨董品みたいなアパート」
頼子「それで、どうされますか」
凛「屋根と壁があれば十分」
頼子「今から何をするか、です」
凛「帰って寝る。任せたよ」
頼子「かしこまりました、渋谷凛さん」
35
昼
高峯探偵事務所
まゆ「はぁい……楽しみにしてますねぇ。由愛ちゃん、ばいばい」
のあ「成宮由愛から?」
まゆ「はい、一緒に瑛梨華ちゃんの応援に行けることになりましたぁ」
のあ「そう、それは良かったわ」
まゆ「その前に会えるか、聞いたのですけど……」
のあ「会えない?」
まゆ「今日から滋賀のお家に帰ってるそうです、年明けの予定はまだ分からないって」
のあ「急ぎじゃないから、いいわ」
まゆ「また聞いてみますねぇ」
のあ「聞いてくれてありがとう、まゆ」
まゆ「のあさん、どういたしまして」
のあ「まゆ、冬休みの予定は」
まゆ「月曜日はお出かけします、藍子ちゃんと」
のあ「わかったわ」
まゆ「のあさんは、何かご予定がありますか?」
のあ「年末は、特にないわ」
まゆ「年始は、どうですかぁ?」
のあ「奈良に行くくらいね。まゆの始業式は」
まゆ「6日ですよぉ」
のあ「ゆっくり出来るわね」
まゆ「やることは……たくさん、かな」
のあ「あら、そうなの?」
まゆ「ふふっ……」
のあ「……深くは聞かないわ。がんばりなさい」
まゆ「はぁい、のあさん」
36
夜
良楠公園
凛「ベンチでうたた寝してる……」
卯月「すぅ……すぅ……」
凛「卯月」
卯月「……あ、凛ちゃん!こんばんは!」
凛「卯月……疲れてるの?」
卯月「少しだけ、です。朝からハードで」
凛「そう、なんだ」
卯月「凛ちゃんこそ、疲れていませんか」
凛「私?」
卯月「はい」
凛「私は、平気だよ」
卯月「……」
凛「卯月?」
卯月「えへへ、お腹が空いちゃいました。一緒にご飯に行きませんか、凛ちゃん」
凛「……」
卯月「どうですか?」
凛「条件が1つだけ。いい?」
卯月「はいっ。何ですか?」
凛「お店は選ばせて」
37
洋食フレッチャ
洋食フレッチャ
老夫婦が営む小さなレストラン。混雑していることは稀な知る人ぞ知る名店だとか。洋食を掲げ店名もイタリア語由来だが、メニューは洋食に限らない多彩なラインナップ。
卯月「ううーん……どうしましょう……」
凛「決まった?」
卯月「メニューが多くて迷っちゃいます……凛ちゃんは決まりましたか?」
凛「うん」
卯月「私も早く決めないと」
凛「焦らなくても」
卯月「えっと、ポークジンジャーって聞いてことあるような?」
凛「豚のしょうが焼き」
卯月「そっか、ジンジャーは生姜ですよね。えっと、ガルショークは……」
凛「ロシア料理のスープ。何食べても美味しいと思うけど、わからなかったら聞いてみたら」
卯月「うーん……決めました!」
凛「私はオムライスにする」
卯月「私はポークカツレツにします、豚肉って疲れに効くらしいですよ」
凛「しっかり食べるんだね」
卯月「お腹すいちゃいました!」
凛「サラダとかデザートもつける?」
卯月「はいっ!Aセットで!」
凛「私もそうしようかな。サラダ、デザート、飲み物は……」
卯月「生ハムサラダにしますっ」
凛「お肉好きなんだ。すみません、注文いいですか」
38
高峯探偵事務所
のあ「真奈美」
真奈美「どうした?」
のあ「明日の昼はいるかしら」
真奈美「すまない、仕事だ」
のあ「そう」
真奈美「明日で仕事納めだ。何かあるのか?」
のあ「お昼のお誘いよ、留美と三船さんが来るから。St.Vでランチをするようね」
真奈美「三船さん?」
のあ「鷹富士神社の近くにあるムーンパレスで会ってないかしら」
真奈美「会っていないな。あの時は長野で合宿中だった」
のあ「会ったのはまゆの方ね。私は最近も会ったけれど」
真奈美「どなた、だ?」
のあ「留美の同級生よ。大学時代の」
真奈美「長い付き合いの友人か」
のあ「そうみたいね、仲の良い友人がいるのはいいこと」
真奈美「のあはどうなんだ?」
のあ「私に学生時代からの友人はいないわ」
真奈美「和久井警部補とは友達じゃないのか?」
のあ「同業者とか仕事仲間だと思ってたけれど、友達なのかしら?」
真奈美「さあな」
のあ「さぁ、って」
真奈美「のあがどう思うか、じゃないか」
のあ「そういうことね、わかったわ」
真奈美「せっかくだから楽しんでくれたまえ。佐久間君は?」
のあ「誘ったけど断れたわ。用事が出来たとか」
真奈美「そうか」
のあ「真奈美、まゆは何を隠してるのかしら」
真奈美「前にも言ったろう、待っていればいい」
のあ「待つことはよいことかしらね」
真奈美「悪いことじゃないさ」
のあ「そうするわ。待つは天命、私に出来ることは……」
真奈美「何か思いついたか?」
のあ「特には。待つのもいいかと思っただけよ」
39
洋食フレッチャ
卯月「凛ちゃん、チョコレート大好きなんですね」
凛「え?」
卯月「今日もチョコレートケーキを食べてるから」
凛「選んじゃうんだよね、無意識に」
卯月「カフェオレも好きなんですか?」
凛「うん、ミルク入りの方が好きなんだ。卯月もミルクティーでしょ?」
卯月「はいっ。オレンジジュースも好きですよ」
凛「クリームブリュレケーキも美味しい?」
卯月「美味しいですっ!一口食べますか?」
凛「いいよ……別に」
卯月「はい、どうぞ」
凛「……」
卯月「あーん♪」
凛「……はむっ」
卯月「どうですか?」
凛「……美味しい」
卯月「うふふっ」
凛「……ちょっと恥ずかしいんだけど」
卯月「普通ですよ?」
凛「私には普通じゃない……そう言えば、卯月のこと調べたよ」
卯月「そうなんですか?」
凛「本当にアイドルだったんだ、結構人気なんだね」
卯月「えへへ」
凛「お忍びには良かったかも」
卯月「そうですね、静かで料理も美味しくて!」
凛「……うん」
卯月「ねぇ、凛ちゃん」
凛「何かな」
卯月「約束していた話をしていいですか?」
凛「嘘の……話?」
卯月「はい。私、ずっとアイドルに憧れていました」
凛「夢だったの」
卯月「キレイな衣装を着れて、キラキラして、お姫様みたいで……夢でした」
凛「夢を叶えたんだね、卯月は」
卯月「いいえ、デビューまで結構長くて」
凛「そうなの?」
卯月「プロフィールみませんでした?」
凛「ごめん、そこまで見てなかった」
卯月「事務所に所属してからすごく時間があって。ヒールでダンスが踊れなかったり、最初のライブはあんなに練習したのに最後のターンは失敗しちゃったし、笑顔でやりきれなくて心残りがいっぱいで」
凛「……」
卯月「私は夢を叶えられるだなって思ったら、がんばれました」
凛「卯月は……」
卯月「なんですか、凛ちゃん?」
凛「ずっと同じ夢を持ってたんだ。変わらないのは凄いよ」
卯月「……違いますよ、凛ちゃん」
凛「違う……?」
卯月「同じ夢だったのに、同じことを言っていたのに、嘘になっていました」
40
洋食フレッチャ
卯月「凛ちゃん、私の良い所ってどこだと思いますか?」
凛「……いきなり言われても」
卯月「何でもいいです、1つだけ」
凛「なら……笑顔かな」
卯月「はいっ、笑顔には自信がありますっ。ぶいっ」
凛「正解」
卯月「凛ちゃん。私、笑えてますか?」
凛「うん。アイドルに大切なのは笑顔」
卯月「本当ですか?」
凛「最初に花屋で会った時、覚えてる?」
卯月「はいっ。アネモネを選んでもらいました」
凛「嬉しそうだった。笑って見送ってくれた。本当に笑ってた、心から」
卯月「あの日、決まったんです」
凛「決まった?」
卯月「私、次のライブでセンターに選ばれたんですよ」
凛「……ごめん、私にはどれくらい凄いのか分からない」
卯月「凛ちゃんが気にしないでくださいっ」
凛「でも、本当に嬉しかったのはわかる。がんばってきたのが、報われた」
卯月「だって、島村卯月はがんばり屋ですからっ」
凛「えっと……そっか、花屋で会った時に言えば良かった。おめでとう、卯月」
卯月「ありがとうございます。でも……」
凛「でも?」
卯月「アイドルに、ずっとキラキラしてる何かになれるって、最初は思ってました」
凛「卯月は、キラキラしてるよ」
卯月「最初の、デビューした時のまま、ずっとこのままだったらいいなって」
凛「卯月……?」
卯月「私、がんばり屋です。養成所と事務所のレッスンルームにいると、落ち着きました」
凛「……」
卯月「魔法でキラキラしている舞台に上がって、でも……その魔法は解けてしました。アイドルに憧れる私は……いなくなってしまいました」
凛「卯月は……」
卯月「アイドルに憧れて、アイドルのレッスンをがんばって、同じことをしてるのに……いつの間にか、嘘になっていて……」
凛「それは、卯月が変わったから……?」
卯月「そうだと思います。私、怖かったんです」
凛「怖い……」
卯月「凛ちゃん、笑ってください」
凛「え?」
卯月「はい、にー♪」
凛「えっと、にぃ……」
卯月「笑顔なんて誰にでも出来ますよ?」
凛「いや、できないから。私は卯月みたいには笑えない」
卯月「いいえ。笑えてます」
凛「笑えてない。卯月は凄いよ」
卯月「信じられません」
凛「いや……信じてよ。だって」
卯月「だって?」
凛「そうじゃなかったら、ここにいないと思う」
卯月「……」
凛「なんか、恥ずかしいこと言った気がする……」
卯月「昔の私は信じられませんでした。笑顔なんて、誰にでも出来ますから」
凛「出来ないんだよ……卯月」
卯月「がんばって報われなかったらどうしよう、特別になれなかったらどうしよう、このまま時間が来て魔法が溶けちゃったら、アイドルの時間が終わっちゃったらどうしよう、って」
凛「……」
卯月「次に進むのが怖かったんです。だから、本当にがんばるフリをして……」
凛「フリ……」
卯月「アイドルに憧れて、夢を叶えた島村卯月のままでいたかったのかな」
凛「……」
卯月「あの時……私は嘘をついていました」
凛「今は……嘘じゃないの?」
卯月「嘘に見えますか?」
凛「ううん、見えない」
卯月「凛ちゃん、速水奏さんは知ってますか?」
凛「ホームページで見たような……キレイな人だよね」
卯月「仕事をお休みしてレッスンをしている時に、言われちゃいました。なんで嘘ついてるの、って」
凛「……」
卯月「凄かったんですよ」
凛「……何が?」
卯月「私の嘘は誰にも見抜けませんでしたっ。私の笑顔が良いと言ってくれた人なら誰でも……笑顔に自信があった私自身も」
凛「それって……良いことなの?」
卯月「凛ちゃんはどう思いますか?」
凛「悪いことだった」
卯月「どうしてですか?嘘は、気づかれない方がいいです」
凛「私の知ってる卯月は……その時より楽しそう、多分」
卯月「はいっ!奏さん、その後何言ったと思いますか?」
凛「何がしたいの、とか」
卯月「いいえ、何も言ってくれませんでした。だから、私の方から質問しました。私、笑顔じゃないですか、って」
凛「……どう答えたの?」
卯月「それで笑ってるつもりなの、って言われました。私と違ってウソの笑顔が苦手なのね、って」
凛「その人、厳しいね」
卯月「でも、気づけました。私、嘘をついてるんだって」
凛「……そっか」
卯月「奏さん、その日はそれで帰っちゃって。自分で考える時間があって。そうしたら、事務所のプロデューサーさんと打合せの日になってました。アイドルにしてくれた、魔法をかけてくれた、その人に」
凛「……何を話したの?」
卯月「嘘をついていること、話しました。信じられないような、そう、鳩が豆鉄砲を食ったような顔、でした!」
凛「……」
卯月「えっと……話しているうちに気持ちが整理できて、やっとわかりました。私、泣いちゃって」
凛「怖かった……から」
卯月「私のプロデューサーさんも、笑顔が魅力だって言ってくれました。それなのに、私が、笑顔なんて笑うなんて誰にも出来るから、って言ったら……」
凛「どうしたの……?」
卯月「思い出すと……プロデューサーさんがこのまま死んじゃうんじゃないかって顔をしてました。顔が真っ白になって……ああ、今も元気で一緒にお仕事してますよっ!」
凛「別に、そこは心配してないけど」
卯月「プロデューサーさん、しばらく黙っちゃって……鼻をかんでから、何を言ったと思いますか?」
凛「その人は、卯月の笑顔が好きだって言ったんだよね。それなら」
卯月「それなら?」
凛「卯月を信じられるんだ……心から笑ってくれるって。私も、卯月を信じられる。理由はわからないけれど」
卯月「えへへ」
凛「だから、その人は多分だけど」
卯月「……」
凛「謝ったと思う。信じちゃって、信じすぎちゃって、嘘が見えなくなった。それで、卯月が泣いたなら、自分のせいだって」
卯月「凛ちゃん、凄いですっ。正解です、謝られちゃいました」
凛「その人は、手を差し伸べてくれたの?」
卯月「はい。可能性を信じているから、卯月ちゃんも自分を信じてくださいって。先に進みましょう、って言ってくれました」
凛「恩人なんだね」
卯月「だけど……私はすぐに返事が出来ませんでした」
凛「でも、卯月は信じた」
卯月「あのままはイヤだから、確かめたいから、信じてみました。皆が信じた、私の笑顔を。ウソの笑顔じゃなくて、心からの笑顔を」
凛「良かったね、嘘をつくのは卯月のすることじゃないよ」
卯月「はいっ!実は、私らしさってまだよくわかんなくて」
凛「アイドルって……そんなに良いのかな」
卯月「アイドルってキラキラで本当に素敵です!」
凛「うん、それなら良いと思う」
卯月「みんなと、あの場所が大好きです」
凛「あの場所って……」
卯月「ステージです!同じ事務所のアイドルと一緒に立って、色々な人が協力してくれて、応援してくれるファンがいて、友達がいて、家族がいて、初めて私はあそこに立てるんですっ」
凛「家族……」
卯月「1人のステージも好きですけど……みんなとのステージが大好きです。だから、凛ちゃん」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
凛「……卯月、何か言った?」
卯月「どうしました?」
凛「別に……」
卯月「それじゃあ、改めて!凛ちゃん、見に来てください」
凛「ライブのチケット……」
卯月「はいっ!私の晴れ舞台ですっ」
凛「……」
卯月「招待券ですから無料です、安心してくださいっ」
凛「何で、卯月は私に見に来て欲しいの?」
卯月「えっと……その」
凛「私じゃなくても友達はいるでしょ。多そうなタイプだし」
卯月「凛ちゃん」
凛「なに?」
卯月「凛ちゃんは嘘をついていませんか?」
凛「……前にも言ったでしょ、卯月には言えないことばっかりだって。普通じゃないから」
卯月「知ってます」
凛「卯月は何も知らない」
卯月「凛ちゃんは、このままでいいんですか」
凛「……え?」
卯月「新しいことを知ると刺激になりますよっ!ライブは楽しいですから、リフレッシュに良いかも」
凛「……」
卯月「凛ちゃん、来てくれませんか?」
凛「ごめん」
卯月「わかりました、もう少し待ちますね」
凛「そういう意味じゃなくて……」
卯月「……?」
凛「いいよ、それで。待ってて」
41
良楠公園
凛「お店のご主人が卯月を知ってると思わなかったね」
卯月「えへへ、サイン書いちゃいました。アイドルみたい」
凛「アイドルでしょ、卯月は」
卯月「はい、島村卯月はアイドルですっ」
凛「ふふっ……」
卯月「凛ちゃん、また会えますか?」
凛「会えると思うよ。連絡先も交換したし」
卯月「はいっ。電話していいですか?長電話が好きなんですっ」
凛「それは難しいかも」
卯月「話過ぎて怒られちゃうんですよね、気をつけます」
凛「卯月、レッスンは」
卯月「明日で今年は終わりです。大変だったけど、凛ちゃんに力貰いました!」
凛「そうかな……」
卯月「そうです!」
凛「それじゃ、こっちだから。またね」
卯月「凛ちゃん、またね!」
42
12月27日(日)
昼
喫茶St.V
菜々「いらっしゃいませ!」
のあ「菜々、お疲れ様」
菜々「のあさん!この前はありがとうございました!」
のあ「礼には及ばないわ。留美はいるかしら?」
菜々「いらっしゃいますよ、こちらへどうぞっ」
のあ「ありがとう」
菜々「お友達と一緒でした。2人とも背が高くて美人で羨ましいですっ」
のあ「そうかしらね、菜々くらいがカワイイわよ」
菜々「ふへへ、のあさんは褒め上手ですねぇ」
のあ「152cmくらいが個人的にはいいわね」
菜々「お連れ様が来ましたよ~」
留美「お疲れ様、のあ」
のあ「疲れてないわ」
三船美優「こんにちは……」
三船美優
留美の同級生。大学1年生からの付き合いだとか。清路市内でOLをしている。
のあ「こんにちは。お久しぶりね、ご一緒させてもらうわ」
美優「はい……よろしくお願いします」
留美「あの時以来ね、そう言えば」
のあ「あの時ね……」
美優「みくにゃんのライブの時ですよ……ね?」
のあ「ごめんなさい、何でもないわ」
留美「ええ」
のあ「お邪魔するわ」
菜々「のあさん、どうぞ座ってください。メニューをどうぞっ」
43
喫茶St.V
のあ「大学時代の留美はどうだったのかしら」
美優「変わらないですよ……正義感が強くて、よく助けてもらいました」
のあ「キャピキャピしてなかったのかしら」
留美「残念だけれど、してないわ」
のあ「若気の至りは」
美優「最初からきっちりして……素敵でしたよ」
留美「のあは私に何を求めてるのかしら」
のあ「大学時代の恥ずかしい写真が見たいわ」
美優「大学時代の写真はありますけど……」
留美「恥ずかしい写真はないと思うけれど、何も見せなくて良いわ」
のあ「あら、残念。冷静な刑事のルーツが見たかったのに」
留美「それなら、警察官になったのは美優のおかげかもしれないわ」
のあ「そうなの?」
美優「いいえ……最初から留美さんが候補にしていた職業の1つでした」
留美「美優が勧めてくれたから、決めたのよ」
のあ「他には何が候補だったのかしら?」
美優「会計士とか公務員と言ってました……」
のあ「慧眼ね。そっちは向いてないわ」
留美「向いていなくはないと思うけれど」
のあ「こう見えて上に立てつくでしょう。留美が不安を溜めるわ」
美優「ふふ……なんとなくわかります」
留美「そうかしら」
のあ「刑事なら求める結果は同じだもの。良かったじゃない」
留美「それは納得するわ。同じ方向を見るのは大変なのは、知ってるわ」
美優「真面目で正義感も強いですから……いいな、と」
のあ「書類作りと昇進試験が得意な人間が、警察として心身共に鍛えられるのだから」
美優「また、昇段したそうですよ」
のあ「相変わらず熱心ね。何かしら、柔道、剣道、空手?」
留美「違うわ」
のあ「少林寺拳法もやってたわね」
留美「薙刀。有段者になったわ」
のあ「幾つ目よ、これで。簡単に取れるものじゃないでしょう」
美優「最初、道場にご一緒したのですが……初心者とは思えませんでした」
のあ「留美はセンスがあるのかしら。あなたは?」
美優「私は……全然で」
のあ「留美が何事も得意なのがおかしいわね、事務職向きそうなのに」
留美「身を守る術は身に着けておくといいわ。護身術でも教えましょうか」
のあ「留美に教わるとスパルタになりそうね」
留美「確かにそうね」
美優「否定しないんですね……」
留美「護身術の教室を見つけたの、試しに行ってみましょう」
美優「それは……」
のあ「潜入捜査というんじゃないかしら」
留美「別に違うわ。もちろん、何かあったら報告するけれど。それはどこに行っても同じこと」
美優「店員さん、すみません……行ってしまいました」
のあ「……」
志保「はーい、私が承ります!」
美優「お水を頂いても、いいですか……」
志保「かしこまりましたっ」
留美「それと、1つ。逃げて行った店員さんに伝言をいいかしら」
志保「伝言、ですか?」
留美「現行犯でもない限り見つけたからって、どうにもできないわ」
美優「……」
志保「そのまま、お伝えすれば良いですか?」
留美「ええ。私にもお水を」
志保「はーい、お待ちください」
のあ「実際のところ、どうなの?」
留美「証拠が揃わないから、ホシと確信があっても泳がせていることもあるわ。時間があるなら、解決できることも多いわ」
美優「そうなんですか……」
留美「仕事の話はナシ。どうせ、探偵さんからはこれからするもの」
のあ「そうね。もう一杯、紅茶を飲むかしら。ご馳走するわ」
44
夕方
高峯探偵事務所
まゆ「ただいま、帰りましたぁ」
のあ「まゆ、お帰りなさい」
留美「お邪魔してるわ」
まゆ「留美さん、こんにちは。留美さんのお友達は……?」
留美「元々予定があったから、お昼で別れたわ」
まゆ「それからは、ずっとこちらに」
留美「そうよ、のあを借りて悪かったわね」
まゆ「大丈夫ですよぉ。お2人で何をしていたんですかぁ?」
のあ「少し相談事を」
まゆ「相談事?」
のあ「古澤頼子について」
留美「署内で井村雪菜が殺されたことは失態だった」
のあ「だけれど、分かったことがある」
まゆ「分かったこと……?」
のあ「警察署内に協力している人物が、未だに存在していること」
まゆ「だから、留美さんに相談を……?」
留美「そうね。残念ながら刑事課に出入りできる人物か、刑事課にいると思うけれど」
のあ「残念ながら特定はできていない」
留美「どうやっているのかしらね、不思議だわ」
のあ「それと協力者についても。まゆは、誰か思い当たるかしら。古澤頼子と関わりのある人物よ」
まゆ「うーん……美術館の人としか知らなくて」
留美「美術館に勤務していた時も異常なまでに交友関係が希薄」
のあ「何度か会っている人物はいたわ、仕事に関係ないところで」
まゆ「それって……」
留美「名前は乙倉悠貴」
のあ「亡くなってるわ」
まゆ「そうですよね……」
留美「東郷邸の事件に彼女も関わっていた」
のあ「井村雪菜も、おそらく」
まゆ「保奈美ちゃんにお化粧をした……?」
留美「そうでしょうね。他にも東郷あいにコトを持ちかけた人物もいる」
のあ「袴姿の幽霊とか」
留美「協力者はその2人だけとは限らない。幽霊が協力しているとは思えないけれど」
のあ「大石泉が見た人物は残り2人」
留美「お世話役と」
のあ「殺し屋」
まゆ「物騒ですねぇ……」
のあ「古澤頼子が切り捨ている以上、どちらか特定できるといいけれど」
まゆ「難しい……ですか」
のあ「現状は、ね。大石泉が顔を見ているけれど」
留美「全てを覚えているわけではないもの」
のあ「そんな話をしていただけよ」
まゆ「のあさんが、また悩んじゃいますねぇ……」
のあ「お正月くらいは何もないと良いのだけれど。今は相手の動きを待つしかないでしょうね」
留美「それは同感だけれど……オフレコよ、聞いて」
まゆ「オフレコ……?」
のあ「聞くわ。録音はしていない」
留美「ヘレンからの情報よ。信じないで聞いておいて」
のあ「ええ」
まゆ「……」
留美「機動隊の瀬名詩織さん、知ってるかしら」
のあ「瀬名詩織?まゆ、会ったことあるかしら」
まゆ「会ったことないですけど……お話は聞いたことあるような」
のあ「美世の先輩ね。話は時々聞くわ」
まゆ「その人が……どうかしましたか」
留美「サンタクロースの事件で怪しい動きをしていたことが、ヘレンの調査でわかったわ」
のあ「サンタクロースを逃がすには適役ね」
留美「のあが誘拐された時も非番だったそうだし」
のあ「非番の警察官なんていくらでもいるでしょう。休日だったのだから」
留美「真偽は不明。たまたま耳に入ったウワサだと思ってちょうだい」
のあ「そうする前に、聞いていいかしら」
留美「何故協力しているか」
のあ「ええ。そして、古澤頼子が切り捨てるとしたら」
まゆ「目的を叶えさせてから……」
のあ「破滅させてる。瀬名詩織の目的は何?」
留美「優秀な白バイ隊員、海沿いを散歩することが趣味、海沿いまでは私用の大型二輪で移動してる」
まゆ「えっと……なんというか」
のあ「留美みたいな感じね。家族や交友関係は」
留美「怪しいところにないわ。沖縄でご両親とも健在、ヘレンが今行ってるわ」
まゆ「沖縄に……ですかぁ?」
のあ「ただの冬休みバカンスじゃない」
留美「真意を、私が知ったことじゃないわ。他言無用、いいわね」
のあ「わかったわ」
留美「さて、お暇するわ」
のあ「付き合ってくれてありがとう」
留美「むしろ私の仕事。協力、感謝するわ」
まゆ「留美さん、お夕飯はいかがですかぁ?」
留美「のあが喜ぶかもしれないから誘ってくれるのね。気持ちだけ受け取っておくわ」
まゆ「あ、いえ……そういうわけじゃなくて。大人数で食事するのが好きなんです」
留美「そうね、パーティーでも開く時は誘ってちょうだい」
まゆ「はい……ぜひ」
留美「探偵さん達、お邪魔したわね」
のあ「いいえ。何時でも来てちょうだい」
まゆ「……」
のあ「さて、片づけようかしら」
まゆ「留美さん、何か用事があるのでしょうか?」
のあ「ないのじゃないかしら」
まゆ「お昼は一緒にしたのにお夕飯はダメなのかなぁ……」
のあ「そういうわけじゃないわ。マイルールがあるのよ、私と2食以上一緒にしないわ」
まゆ「不思議なルールですねぇ……何故なんでしょう」
のあ「私と留美は似ているところが、あるわ」
まゆ「確かにそうですねぇ」
のあ「ずっといると視点が近くなってくるのよ、そこまでは近づかない方が良いから」
まゆ「わかるような……わからないような」
のあ「留美は誘ったら来てくれるわよ。ああ見えて、付き合いはいいから」
まゆ「そうですねぇ、計画してみようかな」
のあ「きっと喜ぶわ」
まゆ「留美さんは何が好きなんですかぁ?」
のあ「そうね……」
まゆ「何でもいいですよぉ」
のあ「それなら、ネコとか」
まゆ「ネコは……食べられませんよぉ」
45
CGプロダクション・3階・レッスンルーム
CGプロダクション
前川みく達が所属する芸能プロダクション。自社ビルの他に女子寮と社員寮も完備された。アイドル達が住む寮の名前は綺羅星女子寮というらしい。
真奈美「よし、帰るとしよう」
マスタートレーナー「真奈美さん、お疲れ様」
マスタートレーナー
CGプロダクションに雇われた青木4姉妹の長女で、名前は麗。諸星きらりによると、れいちゃまと呼んでみたら叱られちゃったにぃ、とのこと。
真奈美「麗君か、お疲れ様」
マストレ「すっかり、出ずっぱりだな。どうだ、そろそろ社員になってみないか」
真奈美「しばらくはフリーランスだ。のあがへそを曲げてしまうからな」
マストレ「探偵の、か?」
真奈美「ああ。助手は増えたが、運転手は増えてないからな」
マストレ「残念だ。ダンスの方も叩き込んで戦力にしようと思っていたのだが」
真奈美「ははっ、勘弁してほしいよ」
卯月「あの……」
マストレ「どうした、島村?」
真奈美「島村君か、お疲れ様」
マストレ「島村、良くなったぞ。だが、休むのも時間を置くのも上達のコツだ」
真奈美「着替えは終わってるようだが、どうした?」
卯月「あの、真奈美さんって探偵さんの所に住んでるんですよね」
真奈美「そうだ。島村君は、会ったこともあるかな」
卯月「えっと、その……何でもありません!」
真奈美「何かある人はそう言うものだ。だが、無理には聞かないさ。何時でも相談してくれ、いいかな」
卯月「はいっ」
マストレ「島村、もしかして不審者を見ているか?」
卯月「え?そんなことないと思いますけど」
真奈美「不審者?」
マストレ「ああ。無言電話とかも来ていてな。事務所としてはアイドルには自衛を求めたい、いいか?」
真奈美「芸能事務所には避けられないこと、か」
卯月「わかりました」
真奈美「具体的にどうすればいいのかな?」
マストレ「一人では出かけないこと。特に夜は気をつけてくれ。そうだ、許可は取ってある。こんな時間だ、タクシーを利用してくれ」
卯月「タクシーですか……?」
マストレ「事務所持ちだが、何か事情でもあるのか」
卯月「いえ、ありません!それじゃ失礼しますっ。皆さん、よいお年を!」
真奈美「帰り道に寄りたい所でもあるのかな」
マストレ「わからん。ま、目立った被害もないからな、用心を心がけるしかない」
真奈美「うちの探偵も今は暇をしてる。何だったら使ってくれ。前川君の秘蔵写真で受けてくれるだろう」
マストレ「それはそれで、事務所に入れるのは心配だ」
真奈美「確かに。私も失礼するよ、良いお年を」
46
12月28日(月)
夕方
まゆ「……」
のあ「あら。帰ったのね、まゆ」
まゆ「のあさん……」
のあ「今日のお出かけは楽しかったかしら」
まゆ「あの、これは……」
のあ「これって何かしら」
まゆ「帰り際に通帳を記帳したら……」
のあ「したら?」
まゆ「見慣れないお金が振り込まれてて……凄い額で……」
のあ「そう。無駄遣いしないで必要な時に使ってちょうだい」
まゆ「お小遣と生活費は別で貰ってるのに……いらないです」
のあ「それなら、将来使えば良いわ。受験とか自動車の免許とか」
まゆ「……」
のあ「まゆ?」
まゆ「のあさん、ごめんなさい……じゃなくて」
のあ「そうね、謝られても困るわ」
まゆ「もう少し甘えさせてください。使い道は、また後で」
のあ「それでいいわ」
まゆ「のあさんは、最近は大きなお買い物はしたんですかぁ?」
のあ「島」
まゆ「え……?なんて言いましたか?」
のあ「小さな島を買ったわ」
まゆ「それは……移住したいとか、じゃないですよね?」
のあ「引っ越すつもりはないわ。投資目的よ、観光政策の見直しがあるみたいだから」
まゆ「島を買えちゃうなんて凄いですねぇ」
のあ「観光地も昔のようにはいかないもの。事業者に資金と一緒に貸すわ」
まゆ「お金稼ぎが目的じゃないんですねぇ」
のあ「短期間でないから、そう見えるだけよ」
まゆ「あの……」
のあ「何かしら、言ってみなさい」
まゆ「のあさんは、市長さんとかになりたいんですかぁ?」
のあ「政治家?政治家は考えてないけれど」
まゆ「慈善事業にも熱心で……お父様も有名だったんですよね」
のあ「考えてみると、なれるかもしれないわね」
まゆ「将来は女市長、とか……?」
のあ「父もそんな未来を考えていたのかしらね。私も、少しだけ考えてみるわ」
47
12月29日(火)
高峯探偵事務所
安斎都「むむむ……」
安斎都
希砂二島で起こった連続殺人事件を解決に導いた探偵。のあからは弟子と言うよりは友達のように思われているのではないでしょうか、とのこと。
真奈美「これまで、か」
まゆ「時間です……」
のあ「探偵さん、決断を」
都「心を決まりました。発表します」
のあ「……」
都「犯人はまゆちゃん、共犯者は真奈美さん、目撃者はのあさん、以上です!」
まゆ「えっ、そんなぁ……」
都「その反応は、まさか!」
まゆ「私は犯人じゃありません……」
真奈美「のあの見立ては」
のあ「まゆは目撃者、真奈美が犯人よ」
真奈美「正解だ。犯人は私だ」
まゆ「目撃者なのに……犯人にされちゃいましたぁ」
都「何と……!」
のあ「共犯者は私。探偵役の負けね」
都「つ、強い……何という強さ」
のあ「今はこんなボードゲームもあるのね」
まゆ「学校でも同好会があるみたいですよぉ」
都「私もこれは友人から借りました」
のあ「そんなに頭を使いたいのかしら、今の若者は」
真奈美「のあがそれを言うのか?」
都「職業にしている人は違いました。友達に勧められた時は誰も五分五分だったのですが」
まゆ「証拠開示カードという運の要素があるから……そうはならないのですけど」
真奈美「正体を隠す形式のゲームはのあの独壇場だな……見てみろ、この顔を」
のあ「……」
都「美しく整っていますね。シミひとつありません」
真奈美「どの役だろうが同じ表情で同じ口調だ」
まゆ「更に……頭も回りますから」
都「探偵役では完全正解、目撃者は探偵を正解に導き、共犯だったら目撃者を犯人に仕立て上げる、ですからね。完全勝利です」
まゆ「犯人になったら、どうするつもりだったんですかぁ?」
のあ「状況にあわせるけれど、そうね……私が犯人なら」
真奈美「のあが犯人か……」
のあ「探偵を混乱させて、共犯者を犯人だと思わせるわね」
都「味方を売るとは、極悪非道ですね!」
のあ「ありがとう、褒め言葉として受け取っておくわ」
真奈美「都君は、のあの腕前を見るために来たのかい?」
都「いいえ。人と場所がいるので、暇つぶしに。真剣な遊びです!」
のあ「当然の事。都、このゲームの教訓は?」
都「推理というのは難しいものです!」
まゆ「それで、いいんでしょうか……?」
真奈美「いや、それでいい」
都「結局のところ、このゲームの肝は時間制限と情報制限です。不明確な時点で断定しないといけませんから。本体は仮定でしかないのに」
まゆ「……」
都「おや、何か間違えたでしょうか」
真奈美「のあみたいなことを言うんだな、と思っただけさ」
のあ「要するに推理を楽しむゲームだもの」
都「不確定な情報で混乱させてはいけませんからね」
のあ「情報と言えば、都、お願いしていたことだけれど」
都「申し訳ないですが、古澤頼子氏の新情報はありません。希砂島のことを思い出してみたのですが」
のあ「仕方がないわ。高垣楓にも話を聞こうかと思ったけれど」
真奈美「何かあったのか?」
のあ「年末年始は希砂本島にいるみたい」
まゆ「お休みは取らないんでしょうか……?」
のあ「1月末に冬休みを取るそうよ。こっちにも来るそうだから」
都「その時にお話は聞けそうですか」
のあ「1月25日に約束はしているわ。良いお酒と交換で」
真奈美「何かあると良いのだが」
都「難しいかもしれませんが、ゼロではありません」
のあ「そうね」
都「ということで、何事も可能性はゼロではありません。もう一度やりましょう!」
48
12月30日(水)
清路警察署・少年課
夏美「ふむ……」
仙崎恵磨「あっ、夏美!」
仙崎恵磨
少年課所属の巡査。夏美のバディ。交番勤務時代から年下には好かれるタイプらしい。
夏美「お疲れ様。恵磨ちゃん、非番でしょ?」
恵磨「それはこっちのセリフ。夏美、どう見ても私服だし」
夏美「偶々通りかかった時に、気になったことを思い出して」
恵磨「どこが嘘?偶々通りかかる?気になったことを思い出した?」
夏美「恵磨ちゃん、信頼なさすぎるわ」
恵磨「でも、正解っしょ」
夏美「偶々通りかかるは本当。気になったことも本当」
恵磨「じゃあ、思い出すが嘘か。考え過ぎ」
夏美「恵磨ちゃんも考えてることくらいあるでしょう。警察官なんだし」
恵磨「否定はしないけどさ。切り替えないと仕事も上手く行かないんじゃない?」
夏美「切り替えないくらいに強くなれば」
恵磨「ムリ。夏美は超人じゃないから」
夏美「そっかー、残念残念。やりたいことが一杯あるのに」
恵磨「本当にわかってる?」
夏美「言いたいことはわかるわ」
恵磨「はぁ、手伝うからさっさと帰ろう。飲みにでも行く?」
夏美「恵磨ちゃんこそ、何しに来たの?」
恵磨「デスクに賞味期限間近のお菓子を忘れててさー」
夏美「それだけ?」
恵磨「騙せないか、手帳も忘れた。そっちが本命」
夏美「あら、私と同じ?」
恵磨「多分ね。大晦日は気になるっしょ」
夏美「少年課だもの。仕方ないわ」
恵磨「やばいなー、夏美化が進んでる」
夏美「一緒にいるとね、そこは諦めて」
恵磨「いや、抗う!警察官もワークライフバランス!」
夏美「ふーん」
恵磨「科捜研とか思い浮かべない!」
夏美「いや、刑事一課の方」
恵磨「同じ!むしろ悪い!」
夏美「あはは、わかったから。でも、丁度いいわ」
恵磨「何が?」
夏美「冬休みだから誰もいなし、ちょっと聞いて」
49
清路警察署・少年課
夏美「こんなところ。課長あたり居たら絶対話さないけれど」
恵磨「とりあえず、話さないのは正解」
夏美「信じられない?」
恵磨「夏美が言うことは信じるけどさ、警察官としては厳しい」
夏美「私もそう思うわ。物証は特にないし、私の心象……というか勘だけね」
恵磨「最近事件があったとはいえ星輪学園の生徒でしょ?」
夏美「容姿端麗、成績優秀、文武両道、名家のお嬢様。渡した写真のイメージ通りよ」
恵磨「1年生の冬には弓道部主将就任。個人は3年間全部、団体は2年連続インターハイ出場か。すごっ」
夏美「進学先も弓道が強豪の有名私立大学」
恵磨「名前は水野翠。水に翠かぁ、名前と外見が一致してる」
夏美「どう思う?」
恵磨「夏美がオカシクなったとしか。写真見ても何というか清く正しい女学生の理想像みたいな感じだし」
夏美「同感ね、私がオカシイように思えるわ」
恵磨「弓道部の優等生と、弓矢と短刀を使う殺し屋と結びつけるのは無理筋」
夏美「ええ」
恵磨「でもさ、夏美が言うなら、何かあるんだよね」
夏美「態度や行動に違和感があるわ。知人から話をまた聞きした程度だけれど」
恵磨「うーん……」
夏美「まっ、相馬夏美の妄執ならそれで良しだから」
恵磨「もし本当なら、ウチの案件じゃない」
夏美「刑事一課案件ね、わかってる」
恵磨「アタシ達は少年課だから、やることは」
夏美「やっぱり防犯よね。犯罪を起こさせない、巻き込ませない」
恵磨「話、聞きに行っておこうか」
夏美「ええ、そうしましょう。年明けね」
恵磨「オッケー、夏美の話は終わり?」
夏美「恵磨ちゃんに話せておいて良かったわ。帰って休むわ」
恵磨「いや、飲みに行こう」
夏美「こんな昼間からはNG。食事間隔が狭すぎ」
恵磨「えー。まさか、また太った?確かに胸回りがボリューミーになったか」
夏美「残念、それは気のせい。お茶ぐらいならご一緒するわ」
50
12月31日(木)
夕方
某雑居ビル3階・空きテナント
凛「おーねがい……しーんでれら……ゆめはゆめでおーわれない……」
頼子「お邪魔でしたか」
凛「急に出てこないでよ」
頼子「申し訳ありません。歌いながら現れれば良かったのですね」
凛「そう言う意味じゃない」
頼子「いかがですか」
凛「今日はお寿司みたいだよ。大晦日だからかな」
頼子「そうですか」
凛「でも、現れてはいない」
頼子「そうですか」
凛「三が日で現れないようなら考えた方がいいかも」
頼子「……そうですか」
凛「聞いてる?」
頼子「聞いています。多くの時間をこちらにいるのですか」
凛「うん。帰る必要もないし」
頼子「そうですか」
凛「不自由はないよ。今の寝床が悪いわけじゃない」
頼子「お正月ですよ。何かしないのですか」
凛「別に。前から、季節行事は好きじゃない」
頼子「そうですか」
凛「頼子は何かするの?」
頼子「私が神頼みをするのですか」
凛「しないね、頼子は」
頼子「人混みは悪くありません。今年は初詣をしましょう」
凛「……するんだ」
頼子「ここはお任せします。何時までかは別途指示します」
凛「わかった」
頼子「お聞きします」
凛「なに?」
頼子「私に似合う色は何でしょうか。服装の」
凛「は?まぁ、青とか紫じゃない」
頼子「そうですか」
凛「別に好きな色を着ればいいでしょ」
頼子「そうですね」
凛「何で、そんなこと聞くわけ?」
頼子「歌の練習でもしてみましょうか。失礼します」
凛「……意味わかんない」
51
1月1日(金)・正月
昼
高峯探偵事務所
のあ「着替えて来たわ。初詣に行きましょう」
まゆ「はぁい。まゆも準備できましたよぉ」
のあ「真奈美は?」
まゆ「優さんに呼ばれて、お手伝いに。そろそろ戻ってくると思いますよぉ」
真奈美「ただいま。美容室も着付けで盛況だ」
のあ「おかえり。真奈美は着付けもできたのね」
真奈美「人並みさ」
まゆ「つまり、着付けもできるんですねぇ」
真奈美「ちょうど良いタイミングで戻ってきたな。約束通り初詣に行くとしよう」
まゆ「はい、鷹富士神社でいいんですよね?」
のあ「ええ。どこでもいいわ」
真奈美「のあ、優君が和装をしないのか聞いていたぞ。青いサイバネティック感のある着物を持っているそうじゃないか」
のあ「持っているけれど、優は何で知っているのかしら」
まゆ「まぁ……のあさん、来ましょう」
のあ「気分じゃないわ」
まゆ「そうですか……」
のあ「別の機会にね。まゆのお着物も準備するから」
まゆ「それなら……楽しみにしてます」
真奈美「それがいい。私も佐久間君の和装姿は楽しみだ」
のあ「真奈美も用意しておきなさい。持っていたわよね?」
真奈美「前に来たのはアルバイト用のレンタルだ。2人が着るなら私も用立てよう」
のあ「そうしてちょうだい。さて、行くとしましょうか」
52
鷹富士神社・境内
鷹富士神社
この土地に古くからある神社。お祝い事には最適とのウワサがここ最近広まっているらしい。
のあ「……」
まゆ「以前とは……雰囲気が違いますねぇ」
真奈美「盛況だな。特に若い参拝客が多いぞ」
まゆ「もっと落ち着いていたような、地元の人が多くて」
のあ「ローカルな場所だったはずだけれど」
真奈美「地元の人には見えないな」
まゆ「露店も多いですねぇ、ちょっとオシャレです」
のあ「いわゆる的屋的じゃないわね」
真奈美「古き良き風情はないが、良いんじゃないか。盛況のようだからな」
のあ「参拝に並ぶとしましょうか」
鷹富士茄子「あら?こんにちは~」
鷹富士茄子
たかふじかこ。本名。鷹富士神社の一人娘。巫女服でお目出度い雰囲気マシマシ、らしい。
のあ「お久しぶり、鷹富士茄子」
まゆ「明けましておめでとうございます」
茄子「はい、おめでとうございます~。ご参拝ですか?」
のあ「ええ。随分と盛況ね」
茄子「そうなんですよー、事件があったから心配していたんですが」
まゆ「ですが……?」
真奈美「何かあったのか?」
のあ「事件は5月だったわね、半年で何があったの?」
茄子「最初はお引越しとか閉店が多かったんですよ、でも8月くらいから状況が変わりまして」
まゆ「良くなったんですかぁ?」
茄子「はい、若い人が増えたんですよ。新しいお店とかアパートが足ったり」
のあ「この神社の参拝客も増えたのかしら」
茄子「何もしてないんですけど、ネットで評判が良いんですよ。お正月以外でも参拝客が増えました」
まゆ「雰囲気はいいですもんねぇ」
茄子「地域に活気が出ると、こちらも嬉しいです。がんばって、幸運をもたらしますよ~」
真奈美「冗談ではなさそうだな、本気かな」
茄子「良いことばかりですけど、ひとつだけ気になったことがあるんです」
のあ「聞いておくわ」
茄子「泥棒が入ったんです」
まゆ「神社に、ですか?」
茄子「いえ。心さんのお店です」
真奈美「爆発事件の犯人が営んでいたところか?」
のあ「そうよ。そのまま残ってるの?」
茄子「縁戚に権利があるそうなのですが、神社で管理しています」
のあ「買い手は付かなそうね」
茄子「はい、色々とそのままなのですが。この前掃除に行ったら」
まゆ「泥棒に入られていた?」
茄子「はい。棚を開けた形跡があったりしたんです」
のあ「盗まれた物は」
茄子「わかりません」
真奈美「わからないか」
茄子「何があるかは把握していなくて。服とか布だと思ってます。被害届は一応出しました」
まゆ「どこから入ったのでしょう?」
茄子「多分ですけど、玄関からです」
真奈美「ピッキングか?」
のあ「合鍵があるのかしら」
茄子「おそらく、入るのに困った様子はないんです。鍵も全部しまってました」
真奈美「不思議な話だな」
のあ「人の被害がなくて良かったわ」
茄子「そう思うことにします。ご参拝のお邪魔をしてしまいました」
のあ「構わないわ」
茄子「今年は御神籤も御守も種類を増やしました、ぜひ~」
のあ「あなた、意外と商魂あるのね」
53
1月2日(土)
朝
高峯探偵事務所
まゆ「お茶が入りましたよぉ……どうぞ、志希さん」
一ノ瀬志希「ありがと、気が利くねー。ままゆんは最高だよー」
一ノ瀬志希
清路警察署科捜研所属。音葉と引き続き同居しているとのこと。音葉も志希も家事は苦手らしい。
まゆ「ままゆん……?」
のあ「まゆ、私にもくれるかしら」
まゆ「もちろんですよぉ。はい、のあさん」
のあ「ありがとう」
まゆ「真奈美さんもどうぞ」
真奈美「すまないな」
志希「いやー、緑茶を飲みながら大学対抗の駅伝を見る、これぞニッポンノショウガツ!」
のあ「不思議な発音ね、ちゃんと聞き取れるわ」
志希「音葉ちゃんが作った人工方言なんだ~」
のあ「音葉もまた変なことをしてるわね」
志希「人工方言の次は、人類未踏発音に挑戦してるよ~」
真奈美「何に使うんだ?」
志希「人類で話している人間はほとんどいないから、特定できるんだって」
まゆ「音葉さんと志希さん、を?」
のあ「あなた達は特定する側でしょう。特定される側でなく」
志希「にゃはは、何かやっちゃうかもしれないしー」
真奈美「そうならないように努めて欲しい」
志希「わかってるー、おっ、来たね来たよ、順位が入れ替わるよー」
まゆ「志希さん、駅伝が好きなんですかぁ?」
志希「キライじゃないかなー。だって、あっちのカレッジスポーツがさー」
真奈美「志希君は向こうの母校を応援していたのか?」
志希「ううん。アレなんだよ、アレ」
まゆ「アレ?」
志希「アレは戦争なんだよ、地域間の代理戦争」
のあ「戦争とは物騒ね」
志希「試合もそうだけど、それ以外もさー。あんなに相手を殺すつもりな血走ったマーチングバンドは日本じゃ見られないよー」
まゆ「血走ったマーチングバンド……」
真奈美「確かに、あの情熱は凄いな」
志希「路上で母校の旗を立てたり、大根持って踊ってるくらいがいいよ~」
のあ「そうなのかしら」
志希「のあにゃんは興味なさそうだねー。こんなこと言うけど、ままゆん、母校に愛があるのは悪くないよ~」
まゆ「そうなんですか……?」
志希「そうだよ~、のあにゃんから学費をねだって夢のキャンパスライフ!そうだ、海外にしよう!紹介する!何なら志希ちゃんが付いてくよ、のあにゃんが心配するからね~」
まゆ「あはは……」
真奈美「もはや誘拐か失踪だな」
のあ「まゆを困らせないでちょうだい」
志希「ざんねーん」
のあ「志希、音葉はどうしたの?」
志希「音葉ちゃん?今は寝てるよー。そろそろ起きるんじゃない?」
のあ「志希の方が早起きなのは想像と違うわ」
まゆ「夜に何かしていた……とか?」
志希「海外のニューイヤーコンサート放送をハシゴしてた。今日もクラシックコンサート行くってさー」
のあ「楽しんでるわね」
まゆ「志希さんは一緒に見ないんですかぁ?」
志希「ちょっと一緒に見てたけどー、飽きちゃった」
のあ「でしょうね」
志希「良い時代になったものです……って、時々呟いてた」
真奈美「時代は全世界配信か」
のあ「愛好家はどこにでもいるものね。音葉を起こしたくなくて、ここに来たのかしら」
志希「うーん?志希ちゃんはヒマだから来ただけ~」
まゆ「気まぐれでいいですねぇ、憧れます」
のあ「憧れなくて良いわ。無計画なだけよ」
志希「にゃはは、お客扱いしなくていいからちょっと居させてよー」
のあ「居ることに問題ないわ。好きなだけくつろいでいなさい」
志希「それじゃあ、駅伝が終わるまで。音葉ちゃんにお昼を買って帰らないと~」
のあ「あら、殊勝ね」
志希「音葉ちゃんも保護者が必要だからね、志希ちゃんがお世話しないと」
真奈美「音葉君が甘やかしていると思っていたが」
まゆ「違うんですねぇ。音葉さんも少し世間ずれしたところがありますから」
のあ「そうだから、志希が家出しないのでしょう。実に奇跡的よ」
志希「ブッチちゃんを思い出すよ~」
まゆ「なるほど……わかります」
真奈美「私も気持ちがわかる」
のあ「それ、どういう意味かしら?」
54
1月3日(日)
夜
高峯探偵事務所
まゆ「ふぅ……お家に到着しましたねぇ」
のあ「お疲れ様」
真奈美「奈良から日帰りは余裕がなかったな。私はともかく2人はゆっくりしていれば良かったのに」
まゆ「ううん、大丈夫ですよぉ」
のあ「決めたのは私だもの。叔母の家に長居をするわけにもいかないし」
まゆ「お忙しそうでしたねぇ、お正月じゃない方が良かったかな……?」
のあ「むしろ、ご挨拶する準備があるから指定されたわ」
真奈美「紛れもない名家だったな」
まゆ「CMに出てきそうなお寺かと思いました……」
のあ「義父は代議士、夫は会社会長だもの。当然よ」
真奈美「流石の私でも最初は緊張した」
まゆ「まゆもです……でも」
のあ「緊張する必要なんてないのに。あそこまで成功している人物が邪険に扱うことなんてないわ」
真奈美「いや、のあの叔母を見た時にな……」
まゆ「はい……」
のあ「叔母がどうかしたかしら。前に話した通りの人物だったでしょう?」
真奈美「佐久間君、似てたよな」
まゆ「のあさんにそっくりでしたぁ」
真奈美「のあが言っていたがな、本当だとは」
まゆ「のあさんが叔母様の娘に勘違いされた話は、きっと本当ですねぇ」
真奈美「年齢も感じさせない色白の美人だったな」
まゆ「でも、表情が穏やかで性格が優しくて関西弁で話して……」
真奈美「そうだな、表情筋豊かな高峯のあだった」
まゆ「真奈美さん、それです」
のあ「好き勝手言ってくれるわね。叔母も褒められるのはキライではないでしょう、伝えておくわ」
真奈美「のあの恩人だ。会わせてくれてありがとう」
まゆ「まゆも……同じです」
のあ「もっと早めに紹介できれば良かったわね」
まゆ「そんなことありませんよぉ……叔母様からお許しももらいましたから」
真奈美「堂々と高峯探偵事務所の助手を名乗れるな」
のあ「前から堂々と名乗ればいいでしょうに」
まゆ「うふふ……そうします」
のあ「それに」
真奈美「それに?」
のあ「叔母よりも父の母、祖母は更に似てるわよ。隔世遺伝かしら」
真奈美「のあに似てる人物がこの世にいる時点で驚きだが」
まゆ「もう一人いらっしゃるのですか……」
のあ「鬼籍に入っているから写真でしか見たことはないけれど。曾祖母も似ていたという話は聞いているわ」
真奈美「のあの外見をつかさどる遺伝子は強すぎないか……?」
まゆ「ひとりじゃない……奈良県は凄い土地ですぅ」
55
1月4日(月)
夕方
高峯探偵事務所
まゆ「そろそろ、お夕飯の準備しないと……」
のあ「降りて来たのね、まゆ」
雪乃「まゆさん、お邪魔しておりますわ」
まゆ「雪乃さん、お帰りなさい」
のあ「宿題は終わったかしら」
まゆ「終わってますよぉ。蓮実ちゃんとお話してたんです」
のあ「そう」
まゆ「雪乃さんは、今日戻られたのですかぁ?」
雪乃「はい。久々にゆっくりと家族と過ごすことが出来ましたわ」
のあ「お店は」
雪乃「明日から営業を再開しますわ。私がいなくても、大丈夫そうですわね」
まゆ「そんなことないですよぉ、菜々さん達寂しがってました」
雪乃「のあさん達にもお手伝い頂いたと聞いておりますわ。菜々さんも張り切り過ぎはよくありませんから、言いつけておきます」
のあ「構わない。可能であるなら、ここでの営業を続けてちょうだい」
雪乃「もちろんですわ。お礼と言うほどではありませんが、お土産をお持ちしました」
のあ「気は使わなくていいのに」
雪乃「そう言わずに受け取ってくださいな、お菓子とお魚の干物ですわ」
のあ「ありがとう。まゆ、見てくれるかしら」
まゆ「はぁい……お菓子は食後にでも、お魚は秋田だからハタハタですかぁ?」
雪乃「定番ですけれど、お召し上がりになってくださいな」
まゆ「ありがとうございます。のあさん、今日出しても良いですか?」
のあ「もちろん。お願いするわ」
まゆ「わかりましたぁ」
のあ「雪乃が帰って来たということは、臨時バイトもお別れかしら」
雪乃「いえ、これからも時々お手伝いいただこうと思ってますわ」
のあ「そう」
雪乃「場所を作ってあげることは、どんな人にでも出来るわけではありませんの」
のあ「……」
雪乃「私が出来るのであれば、そうしてあげたいと思いますわ」
のあ「私もそれが良いと思うわ。菜々にも志保にも、St.Vは必要よ」
雪乃「お客様にも」
のあ「それに、ビルのオーナーにも必要だわ」
雪乃「がんばってくれた従業員にご褒美が必要だと思いまして。今日、ディナーにご招待してますの」
のあ「ディナー代以上にがんばってくれたものね」
雪乃「久しぶりにお会いするのも楽しみですわ。のあさん、ここで失礼しますわ」
のあ「ええ」
雪乃「ディナーを喜んでいただけるといいのですけれど。私の趣味で選んでしまいましたから」
まゆ「それは、心配ないと思いますよぉ」
のあ「雪乃にディナーに誘われたって、こっちに喜びの報告が来たくらいだもの」
56
夜
良楠公園
卯月「凛ちゃん、こんばんは」
凛「卯月」
卯月「待ちましたか?」
凛「ううん、待ってない」
卯月「凛ちゃん、明けましておめでとうございます」
凛「……えっと」
卯月「あれ……喪中とかですか?」
凛「そういうことになるのかな」
卯月「すみません。それなら、今年もよろしくお願いしますっ」
凛「……よろしく」
卯月「お正月は何をしていたんですか?」
凛「特に何も」
卯月「えへへ、私もほとんど家から出ていなくて。一緒ですね」
凛「卯月、ちゃんと休めたんだね。元気な顔してる」
卯月「はいっ。食べ過ぎちゃわないようにするのが大変でしたっ」
凛「今日からレッスンだったの?」
卯月「そうなんです。でも、凛ちゃん、聞いてください!」
凛「どうしたの?」
卯月「休む前より上手になってました!」
凛「疲れが取れたから?」
卯月「トレーナーさんは休んで頭を整理したのが良いって言ってました」
凛「勉強とかも寝ると定着するって、言うのと同じかな」
卯月「そうかもしれません。私、レッスン大好きだからがんばり過ぎちゃうのかも」
凛「夢中になれることがあっていいね、卯月は」
卯月「今年も、アイドルがんばりますっ」
凛「うん」
卯月「凛ちゃんは今年の目標はありますか?」
凛「あんまり考えてない。卯月は?」
卯月「私はまずはライブを成功させます!それと」
凛「それと?」
卯月「考えてみたいんです」
凛「何を考えるの」
卯月「私が、どうしたいのか」
凛「……」
卯月「うわわ、凛ちゃんが深刻そうな顔しなくていいですよ!私、目標とか立てるの苦手だから今年はがんばってみよう、って。やりたいこと、私からも提案していきたいんです」
凛「……そう」
卯月「そうだっ。凛ちゃんにも聞いてみましょう!」
凛「何か、聞きたいことでもあるの?」
卯月「どんなアイドルが好きですか?」
凛「私、知らないから。答えられない」
卯月「何でも良いんです」
凛「それなら……」
卯月「それなら?」
凛「……やっぱりナシ」
卯月「えー、そうですか……」
凛「それは、卯月がどうなりたいかのヒントに使うんだよね」
卯月「はい。アイドルの研究も大切ですから」
凛「考え過ぎない方がいい、多分……きっと」
卯月「うーん、そうなんでしょうか……」
凛「悩み過ぎたら相談した方がいいよ」
卯月「凛ちゃんに、ですか?」
凛「私じゃない。事務所の人とか」
卯月「凛ちゃん、やっぱり見に来て欲しいです」
凛「……」
卯月「まだ、分からないことが多くて」
凛「どうして……」
卯月「でも、夢のような時間は限られているから」
凛「……」
卯月「今、見に来て欲しいんです。凛ちゃんと会えた、アイドルの島村卯月を」
凛「……」
卯月「もし、事情があるんだったら……その、話してもらえませんか」
凛「私の事情は、卯月には話せない」
卯月「……わかりました」
凛「だけど、行くのは考えておく。それくらいなら……私にも許されそうだから」
卯月「え、本当ですかっ!」
凛「決まったわけじゃないから……期待しないで」
卯月「はいっ、凛ちゃん!」
57
1月5日(火)
某雑居ビル3階・空きテナント
凛「は?」
頼子「ネイルです。お好きなのであれば、ご教授頂こうと」
凛「教えられるほどできないから。会員制ネイルサロンくらいあるでしょ」
頼子「確かにそうですね」
凛「頼子、最近おかしい気がする」
頼子「正しいを押し付けるのですか、どんな人間にその権利があるのでしょう」
凛「わかった。この話はやめる」
頼子「本題ですが、あなたの提案を受け入れます」
凛「受け入れる……張り込みのこと?」
頼子「読み違えました。これ以上は待つ価値もありません」
凛「ふーん……頼子が言うならいいけど」
頼子「こちらを。しばらくは暮らせるかと」
凛「お金は十分……次は」
頼子「考えていません。指示を待ってください」
凛「わかった」
頼子「寝床はお使いください。余りにも退屈であれば、張り込みを続けていても構いません」
凛「そういうことなら……そうする」
頼子「辛くはありませんか?」
凛「急になに……別に平気だよ」
頼子「死んだ者、存在が不明瞭な者として行動するのは簡単ではありません」
凛「わかってる、春からずっとそうだったんだから」
頼子「私も学芸員として勤めている頃は無用な警戒をせずに済みました」
凛「頼子も楽だと思うことがあるんだ」
頼子「私とて、肉体に精神が宿る人ですから」
凛「学芸員としても怪しまれてはいなかった。どうして、こっちに戻ったの?」
頼子「さて、どうしてでしょう?」
凛「どうして、って……」
頼子「必要だったから、ですよ」
凛「答えてくれなそうだけど、聞くよ。何のために?」
頼子「渋谷凛さんのご想像通り、お答えはしません」
凛「あっそ」
頼子「くれぐれもご注意ください。安寧の暗闇から引きずり出されてしまいますよ」
凛「わかってる」
頼子「しばらくは会うこともないでしょうから、良い機会です」
凛「隠れるの?」
頼子「ええ。ひとつだけ、言っておきます」
凛「仰々しく、何?」
頼子「私という存在は長くは持ちません」
凛「……」
頼子「早いなら今月にも状況は変わるでしょう。その際に、あなたはどうしますか」
凛「つまり、頼子の立場に成り代わるかどうか?」
頼子「化粧師にも言ったことがありますが、私に取って代わった所で何も見えませんよ」
凛「独立して動けるようになっておかないと、か」
頼子「選択肢は幾らでもありますよ。私にはあなたにそれを用意することはありません」
凛「言いたいことはわかった。どうするか、考えるから」
頼子「私からは以上です」
凛「資金繰りとかは教えてくれないでしょ」
頼子「教えるものではありません。受け継ぐものもありません。精神も物体も金銭も全て」
凛「そういうと思った。私も何もない」
頼子「それでは失礼します。さようなら、渋谷凛さん」
58
1月6日(水)
早朝
高峯探偵事務所
まゆ「いってきます」
のあ「いってらっしゃい」
真奈美「気をつけて行くんだぞ」
のあ「3学期の始業式。東郷邸の事件から1年、早いものね」
真奈美「色々あったが、これで良かったんじゃないか」
のあ「そう信じることにしているわ。真奈美、今日の予定は」
真奈美「CGプロに行ってくる。ここまで関わった以上、徹底的に関われとのご用命だ」
のあ「そう、がんばってきなさい。彼女達にとっては少ない機会なのだから」
真奈美「ああ。だが、完全な裏方の仕事は慣れないな。バックコーラスとして舞台に立っている方が楽だ」
のあ「人を動かせるようになって損はないわ」
真奈美「難しいな。のあのような投資家にはなれそうもない」
のあ「私も元手が大きいから出来るだけよ。真奈美が望むのなら幾らか任せるけれど」
真奈美「勘弁してくれ」
のあ「そう。真奈美がいないなら、タクシーでも使おうかしら」
真奈美「のあも今日は予定があるのか?」
のあ「ちょっと出かけてくるわ。夕食までには戻るから」
真奈美「了解だ」
のあ「新年の道場開きも行ってくるわ。準備に越したことはないでしょうし」
59
1月7日(木)
夕方
星輪学園前
夏美「出てこないわね」
恵磨「今日は練習が終わった後に自主練らしいから、そろそろだと思うよ」
夏美「情報通ね。それまでは」
恵磨「図書室で勉強してるって。大学はもう決まってるけど」
夏美「本当に優等生ね……」
恵磨「あっ、来た来た」
夏美「少し行った所で声をかけましょう」
恵磨「了解、と言いたいところだけれど。こっち見た」
夏美「気づかれた?」
恵磨「気づかれて問題あるっけ?」
夏美「ないわね。恵磨ちゃん、行きましょう」
恵磨「ごめん、ちょっといいかな」
翠「どうかされましたか」
夏美「清路警察署少年課の相馬です」
恵磨「同じく仙崎です」
翠「……少年課」
夏美「お話を聞かせて欲しくて」
恵磨「時間ある?」
翠「少しでしたら」
恵磨「ありがと。それじゃ……」
翠「お話は。私自身のことですか。それとも違いますか」
恵磨「……」
翠「空腹ですので早く帰ろうかと。違うなら他の人を当たってください」
夏美「聞きたいことは、あなた自身のことよ」
翠「わかりました。何でしょうか」
夏美「最近物騒な事件が多いでしょう。怪しい人とか見なかったかしら」
翠「そのようなことには巻き込まれていません。幸運なことに」
夏美「それは良かったわ」
翠「気づいていないだけかもしれません、人から天然だと言われるのですが。そんなことはないと思います」
恵磨「……」
夏美「巻き込まれないことも大事だけど、加害者にならない事が何よりも大切よ」
翠「承知しています。自転車の運転は気をつけています」
夏美「夜道は気をつけてちょうだい。不安なことがあれば、ここに連絡して」
翠「お受け取りします」
夏美「恵磨ちゃんも名刺あげておいて」
恵磨「はい、何時でもどんなことでも連絡していいからさ」
翠「ありがとうございます。お話は以上ですか」
夏美「ええ、夕食前なのに止めて悪かったわね」
翠「本当に終わりですか?別に構いませんが」
夏美「何をかしら」
翠「私の何を疑っているのか、聞いても構いませんと」
恵磨「……」
夏美「別に何も疑ってないわ。私はただ、見ていることを伝えに来ただけ」
翠「なるほど、そういうことですか」
夏美「ええ」
翠「警察は信頼しています。平和のため、よろしくお願いします」
夏美「期待に応えられるようにするわ」
翠「それでは失礼いたします。何かありましたら、ご連絡します」
夏美「そうして」
恵磨「気をつけてね!」
夏美「……」
恵磨「達成して欲しくない目的は達成したかな」
夏美「唾はつけられた。必要ないがベストだったけどね」
恵磨「うーん、修行不足だ。和久井班あたりで研修したい」
夏美「あら、いいんじゃない。本気なら話しておくけど」
恵磨「あっ、異動したいわけじゃないから。ここが向いてる気がするし!」
夏美「それは同感。ずっと尾行しているわけにもいかないわね、どうしようかしら」
恵磨「こっちの仕事もあるし、時間が足らない」
夏美「そっか。私達の時間が足らないだけじゃない」
恵磨「夏美、名案でも思いついた?」
夏美「他人の時間を使えばいいのよ」
60
1月8日(金)
夜
CGプロダクション・3階・レッスンルーム
服部瞳子「卯月ちゃん、お疲れ様」
服部瞳子
CGプロ所属のアイドル。のあとは依頼を通して知り合った。最年長だけれど、それを理由に怯えていてもしかたないもの、とのこと。
卯月「瞳子さん、お疲れ様ですっ!」
瞳子「今日もがんばってたわね。飲み物、良かったらどうぞ」
卯月「わぁ、ありがとうございますっ!」
瞳子「あと2週間ね」
卯月「もうすぐ、ですね」
瞳子「今の気持ちはどうかしら?」
卯月「楽しみですっ!」
瞳子「ふふっ。私だったら、緊張し過ぎて怖くなってるかもしれない」
卯月「緊張とか不安とかもあると思うんです、でも楽しみで……どうなんでしょう、おかしいのかな?」
瞳子「いいえ。卯月ちゃんが積み重ねてきたことが、きっとそうさせてるの」
卯月「積み重ね……」
瞳子「私が入る前から、ずっとここで練習してきた成果。きっと大丈夫」
卯月「瞳子さんがそう言うなら、信じてみますっ」
瞳子「信じてくれて、ありがとう」
卯月「あっ、そうだ。もっと時間があれば、色々新しいことも出来るのにって思います」
瞳子「失敗しないようにじゃないのね」
卯月「本当ですね、でも失敗しそうとか思わないんです。やっぱり、レッスンの成果でしょうか?」
瞳子「きっとそうよ。新しいことは、トレーナーさんとかと相談しながらやってみましょう」
卯月「わかりましたっ!あの、瞳子さん」
瞳子「なに?」
卯月「最後にストレッチをしたいんです、手伝ってもらえませんか?」
61
1月9日(土)
昼
高峯探偵事務所
大石泉「こんにちは」
大石泉
のあに協力しているプログラミングが得意な中学生。弟の病気治療は順調とのこと。
まゆ「泉ちゃん、こんにちは。何かごようですかぁ?」
のあ「私が呼んだの。真奈美がいないから迎えも出せないのに、早急に来てくれてありがたいわ」
泉「さくらとの約束は遅らせたから、約束の物をもらえるなら大丈夫」
のあ「準備してるわ。泉、コーヒーと紅茶のどちらがいいかしら」
泉「それなら、コーヒーがいいな」
のあ「わかったわ。まゆ、下からコーヒーとお願いしたものを取って来てちょうだい」
まゆ「わかりましたぁ」
のあ「座ってちょうだい」
泉「それで、話を一緒に聞くんだよね」
のあ「ええ。相馬夏美という警察官が時期に来るから、聞いてちょうだい。今日は非番らしいわ」
泉「何の話なんだろう?少年課の人だよね」
のあ「あなたが都心迷宮で目撃した人物のことよ、おそらく」
62
高峯探偵事務所
夏美「こんな所だけど、話は理解できた?」
のあ「言っていることはわかったわ」
まゆ「水野先輩が、うーん……」
夏美「まゆちゃんはどう思う?」
まゆ「そんなことないと思います……でも」
夏美「でも?」
まゆ「この前に会った時、様子がおかしいような気がして……」
夏美「生徒の一言目は、そんなはずありません、ね」
のあ「二言目は」
夏美「ちょっと不安なこともある、かしら」
泉「その人の写真、ある?」
夏美「有名人だからネットで調べれば出てくるわ。のあさん、調べてみて」
のあ「水野翠、星輪学園……彼女ね。私も学校見学会で見たわ」
泉「のあさん、見せて」
のあ「どうぞ。あなたが見た、サンタクロースを殺した人物かしら」
泉「……間違いないと思うよ。名前も古澤頼子が言ってたのと同じな気がする」
夏美「はぁ……参るわ」
泉「目撃証言だけで、捕まえられるかな」
夏美「普通なら、ね」
泉「普通じゃない、ってこと?」
夏美「ええ。残念だけど、彼女に繋がるものは何も出ていない」
のあ「イヴ・サンタクロースの遺体にも痕跡はなし。久美子に確認したわ」
まゆ「それと、もう1つ確認していて……」
のあ「彼女、アリバイがあるわ。あなたが目撃した時間に」
泉「そっちは偽装だよね。何か裏がある」
のあ「そういうことになるわ」
夏美「あなたの言うことは信じるわ、だけどね」
のあ「過去に協力者だったあなたが、証拠もなく、偽装したアリバイのある中で、閉鎖された場所で見たことを証言しても効果がない」
夏美「犯行を否定したら、釈放するしかない」
泉「正義のヒーローじゃないし、そう簡単にはいかないか」
まゆ「あの……」
のあ「まゆ、意見があるなら言ってちょうだい」
まゆ「泉ちゃんは、安全なんですか……?」
泉「よく分からないけど、私が情報を漏らす分には良いから安全、だった」
のあ「身動きを封じるとなると、思惑が働く。水野翠ではなく古澤頼子の方に」
泉「目撃証言が全てになってるから、悪い結末が安全策になるかも、ってこと?」
のあ「残念ながら」
夏美「身の安全が第一。もう数手ないと相手を詰ませられない」
のあ「そういうこと。まゆ、それでいいかしら?」
まゆ「わかりました……泉ちゃん、気をつけてくださいね」
泉「わかった」
のあ「ひとまず、留美とヘレンには伝えておくわ」
夏美「私の情報はのあさんにも教えるから」
のあ「こちらから夏美にも情報共有を」
夏美「ありがと、お願いね」
のあ「泉が見た人物を確認させて」
泉「古澤頼子、水野翠、サンタクロースと、お世話係」
夏美「お世話係はわかってるの?」
泉「わかってない。派手なOLみたいな感じだったけど、名前も何もわかんない」
まゆ「誰かがわかれば……」
のあ「泉が特定できそうね。候補者すらいないけれど」
夏美「上手くやってるわけ、ね」
のあ「これで古澤頼子の足掛かりにはなるわ。水野翠と瀬名詩織をマークしましょう」
夏美「瀬名詩織?交通機動隊の瀬名さん?」
のあ「留美からは他言無用と言われているけれど、夏美ならいいでしょう」
夏美「瀬名さんが何のために?」
のあ「理由は私にはわからない」
泉「マークって、具体的には何をするの?」
のあ「瀬名詩織は留美と警察に任せるわ。水野翠は、張り込みをしましょうか」
夏美「それを相談しに来たんだった。のあさん、大丈夫そう?」
のあ「四六時中は難しいわ。真奈美も仕事が忙しいから」
夏美「少し手を借りるだけでも、ありがたいわ」
のあ「いいえ、心配は無用。私がやらないといけないわけではない」
まゆ「どういうことでしょう……?」
泉「私も協力しようか?」
のあ「人手も問題ないでしょう。サンタクロースを殺害した犯人なら、彼女が協力しない訳がないから」
63
夜
良楠公園
凛「卯月、今日は仕事だっけ」
凛「……」
凛「久しぶりのオフだからランチ……もう何もないから平気だよね」
凛「明日は……返事しよう、チケットのこと」
64
1月10日(日)
早朝
高峯探偵事務所
のあ「おはよう……見覚えがあるわね、この光景も」
ヘレン「ハイサイ、ディテクティブ」
ヘレン
イヴを追っていた国際捜査官。追っている事件は複数あるらしい。自ら持参したさんぴん茶を自室にいるかのような態度で飲んでいる。
のあ「ヘレン、来てくれたのね」
ヘレン「離島にいたから朝一になってしまったわ」
のあ「沖縄はどうだったかしら」
ヘレン「収穫はなし。シオリ・セナに接触したのは警察官になった以降でしょう」
のあ「まゆと真奈美はどこにいるのかしら」
ヘレン「私の頼んだモーニングをSt.Vで食べてもらってるわ」
のあ「何故、ヘレンが食べなかったのかしら」
ヘレン「雪乃のサプライズには驚いたわ。まさかトナカイを手の内に引き入れるとは」
のあ「驚かれてそうね、向こうに」
ヘレン「何もする気はないわ。その証明のために、モーニングは切り上げた。ディテクティブのワトソン達にはお礼として高い紅茶も付けたわ」
のあ「ありがとう、それで問題ないわ。このお茶を頂いていいかしら」
ヘレン「イエス。タイムイズマネー、本題よ」
のあ「水野翠の件について」
ヘレン「泉の証言、受け取ったわ。監視する人を昨夜から配置した」
のあ「早いわね、さすが」
ヘレン「ディテクティブ救出作戦を共にした泉を疑うなど時間のムダでしょう?」
のあ「そう言ってくれると嬉しいわ」
ヘレン「次は止めましょう。古澤頼子の被害者となる前に」
のあ「ええ、同意するわ」
ヘレン「ディテクティブ、ひとつ情報を」
のあ「何かしら?」
ヘレン「クエスチョン、ヘレンが沖縄に行った理由は?」
のあ「瀬名詩織の身辺周りを調査するため」
ヘレン「イエス。ちなみに今日は瀬名詩織の誕生日よ。しかし、動機ではない」
のあ「動機?調査のイロハではないということかしら」
ヘレン「古澤頼子は異常な長期計画をしているわ、その意味は?」
のあ「自分を追わせないため」
ヘレン「グッド。隠れた協力者には、布石は打っておきながら利用しない捨て石すらいるはず」
のあ「異常な執念ね」
ヘレン「そこまでの異常な準備をしながら、それを公開しつつある。なぜ?」
のあ「私はわかりたくないわ」
ヘレン「先に分からなければ、思い知らされる日が来るだけ」
のあ「……困ったわね」
ヘレン「仮説は幾つあってもノープロブレム。ディテクティブ、仮説を1つ増やしなさい」
のあ「今かしら」
ヘレン「オフコース。30秒あげるわ」
のあ「……協力者を破滅させるため、あえて姿を現したのが今までの仮説」
ヘレン「イエス。そうでない仮説は?」
のあ「正体を明かしたのにも関わらず、彼女は逃げきれている」
ヘレン「追っているにも関わらず。変装も得意だという情報もあるわ」
のあ「逃げていることを楽しんでいるわけではない。情報の開示も副産物なら……」
ヘレン「時間よ」
のあ「姿を現さざるを得ないことを、起こそうとしている」
ヘレン「その仮説だと、思い知らされる日が来てしまいそうね、ディテクティブ?」
のあ「その行動は起こっていない。止められる可能性があるわ」
ヘレン「イエス。水野翠を追うわ」
のあ「糸である前に、次の犯罪を止める楯にしたいわ」
ヘレン「夏美の意思は汲むわ。ご武運を、ディテクティブ」
のあ「いつも通りゆっくりとはしないのね」
ヘレン「助けを求める声は幾らでもヘレンの耳に届いている」
のあ「ひとつお願い出来るかしら」
ヘレン「お願いは簡潔に」
のあ「原田美世の身辺を洗ってもらえるかしら。問題ないことを知りたいの」
ヘレン「理由は聞かない、そのお願い受けるとしましょう」
のあ「頼むわ」
ヘレン「ディテクティブ、マタヤーサイ!」
65
昼
洋食フレッチャ
卯月「ごちそうさまでしたっ」
凛「ごちそうさま」
卯月「和風ハンバーグとお味噌汁も美味しいかったです」
凛「意外とチャレンジャーだよね、食事に対しては」
卯月「そうなんでしょうか?」
凛「意識してないの?」
卯月「食べ物はあまりしてないんですけど、ちょっとチャレンジしようって思ってます」
凛「そうなんだ。あっ、卯月、あれ見て」
卯月「あれ……あっ」
凛「飾ってくれたんだね」
卯月「あはは、ちょっと恥ずかしいです」
凛「良いんじゃない、自信持てば」
卯月「凛ちゃんがそう言うなら、そうします」
凛「ねぇ、卯月」
卯月「凛ちゃん、改まって何でしょう?」
凛「卯月は……いつかアイドルじゃなくなったら、何になるの」
卯月「え?」
凛「ごめん、聞き方が深刻過ぎた。例えば、事務所を移籍することになったらどうなるの」
卯月「うーん、考えたこともないです……」
凛「想像でいいから」
卯月「きっと平気です」
凛「平気?」
卯月「変わっちゃうかもしれませんけど、きっとアイドル島村卯月ならへっちゃらです」
凛「……そっか」
卯月「凛ちゃんもお仕事が変わっても、凛ちゃんは変わりませんよね?」
凛「そうかな」
卯月「クールだけど、優しくて、チョコレートとお花が好きな凛ちゃん」
凛「私は……」
卯月「私は?」
凛「私は……何者なんだろう」
卯月「凛ちゃんは凛ちゃんです」
凛「……それがイヤだったのに」
卯月「え、なんて言いました?」
凛「なんでもない。卯月、私の仕事が変わったのは言ったよね」
卯月「聞きました」
凛「時間も作れるようになったから……その……えっと」
卯月「その?」
凛「……卯月のライブ、見に行きたい」
卯月「本当ですか?嘘じゃないですよね?」
凛「これは本当……いいかな」
卯月「もちろんですっ。ちょっと待ってくださいね」
凛「……」
卯月「はい、凛ちゃん。1月24日の日曜日、再来週です。絶対に来てくださいね」
凛「ありがとう……必ず行くから」
卯月「楽しみが1つ増えましたっ」
凛「楽しみ……?」
卯月「本番前なのに楽しいんです、凛ちゃんに見てもらえるならもっと楽しめるしがんばれますっ」
凛「……凄いよ、卯月は」
卯月「えへへ、凛ちゃんの方にピースしますから、見ててくださいね!」
凛「そこまで気にしなくていいから。後、2週間だけど何かするの?」
卯月「来週の土曜日に通し稽古があって、レッスンとインタビューとかのお仕事が一杯です」
凛「そうなんだ、体には気をつけてよ」
卯月「凛ちゃんと話すとリフレッシュできるんです、えへへ。学校とも事務所とも違う人だからかな?」
凛「そうかな……?」
卯月「そうです、信じてくださいっ」
凛「……信じる」
卯月「はいっ。でも、次の木曜日と本番前の金曜日くらいしか時間がなくて」
凛「無理して、会わなくても……」
卯月「凛ちゃんは、どうですか?」
凛「……私は話したい」
卯月「それじゃあ、約束ですっ」
凛「うん。公園でいいよね」
卯月「はいっ、楽しみにしてます」
凛「……卯月、前に約束したことだけど」
卯月「約束は守ってます、これからも守ります」
凛「ありがと。チケット貰ったお礼に、デザートご馳走するから。卯月は何がいい?」
卯月「それなら、ショートケーキがいいです。凛ちゃんはチョコレートですか?」
凛「変えてみる。どれにしようかな……こんなに選べるんだ、今更気が付いた」
66
1月11日(月)・成人の日
午前中
高峯探偵事務所
のあ「時間ね。まゆ、話って何かしら」
まゆ「のあさん、こちらへどうぞ」
のあ「ありがとう」
真奈美「私も同席するよ」
まゆ「真奈美さん、お仕事前なのにありがとうございます」
真奈美「仕事より優先さ。大丈夫、スケジュールには問題ない」
のあ「真奈美も聞くことかしら」
まゆ「のあさんに秘密にしていたこと……です」
真奈美「私は既に相談を受けている。結論も、のあが起きる前に聞いた」
まゆ「のあさんに相談する前に……自分で考えて決めたくて」
のあ「何でも言ってちょうだい。秘密にしていたのも問題ないわ」
まゆ「はい……相談したいのは、高校を卒業した後の進路のこと、です」
のあ「進路。なるほど、思い当たるフシがあるわ」
真奈美「気づいていたのか?」
のあ「いいえ。考える必要もないもの。成人の日には、良い話題よ」
真奈美「日付は偶々だがな」
のあ「まゆ、聞かせてちょうだい」
まゆ「なりたいものがあるんです」
のあ「職業のことかしら」
まゆ「のあさんみたいに……助ける人になりたいんです」
67
高峯探偵事務所
のあ「ふむ……」
まゆ「どうでしょうか……?」
真奈美「私は良く考えていると思うが」
のあ「同意するわ。ここまで考えている同年代も少ないでしょう」
真奈美「そうだな。私なんか高校の卒業式当日のフライトで、あてもなくアメリカだ」
のあ「私は高校中退。まゆはしっかりしているわ」
まゆ「ちょっと特殊過ぎます……」
のあ「志望校も少しだけがんばれば大丈夫でしょう。星輪学園のOBも多いし、安心できるわ」
真奈美「学内推薦もあるみたいだからな」
のあ「なりたいのは福祉士、でいいのよね」
まゆ「はい」
のあ「楽な仕事ではないわ。私の財産を上手く使う方が世の為人の為になるかもしれない。その仕事であれば、まゆに任せようと思うわ」
真奈美「……」
まゆ「いいえ、それは出来ません」
のあ「その理由は」
まゆ「のあさんが、まゆをここに居させてくれるのと同じ理由です」
のあ「……そう」
まゆ「まゆ、逃げないことにしました。言い訳なんていらなくて、手を直接差し伸べられるように……なりたいです」
のあ「真奈美、この質問まで考えていたの?」
真奈美「私も聞いた。佐久間君からのあが言ったことは、私も聞いている」
まゆ「いつまでも、のあさんにお世話になるのも……悪いですから」
のあ「……」
まゆ「だから、お願いがあって……」
のあ「お願い?」
まゆ「志望校はここから通えるので……大学卒業まで、ここに居させてくれませんか」
のあ「そういうことね。志希が言うように海外でも構わないわ。援助をしている金額だったら、まゆよりも大きい人もいるから」
真奈美「今日は、意地悪だな。のあ?」
のあ「そうね、意味のないことだったわ。まゆが考え抜いたことなら、反対はしない。学費も援助するから、ここに居てちょうだい。私は居て欲しいの、あなたに」
まゆ「ありがとうございます、のあさん」
のあ「私が望むのだから、遠慮することはないわ」
まゆ「ふふっ、前にも聞きました」
のあ「何でも相談してちょうだい。ヒミツにするのは疲れるものだから」
まゆ「そうですねぇ……のあさんから隠すのは難しかったです」
のあ「プライベートは尊重するけれど。隠す事なんて大変なだけだもの。それなら……」
真奈美「どうした?」
のあ「背負いきれないほどじゃないわね、何でもないわ」
真奈美「正直が一番だ」
まゆ「これから、そうします」
のあ「がんばりなさい、まゆ。中学生の頃の、高峯のあが望んでいた誰かになるのよ」
まゆ「はい……のあさん」
68
1月12日(火)
星輪学園・弓道場の更衣室
翠「……」
頼子「お待ちしておりました」
翠「背後を取られましたか」
頼子「声をかける前に気づいていました。私に、花を持たせたのでしょう」
翠「花はありません。何もしなくて良いから、反応しないだけです」
頼子「そうですか」
翠「ここの所、私に見張りがついています。警察に疑われているのでしょう」
頼子「知っています。しかし、疑っているのは警察官。ここまでは見ていません」
翠「通信も傍受はされていないでしょう。手ぬるいことで」
頼子「あちらにも事情があるのですよ」
翠「事情など知りません」
頼子「水野翠」
翠「はい」
頼子「仕事です。資料はこれを」
翠「受け取りました」
頼子「指定した場所から標的を撃ち抜いてください、一射で」
翠「……」
頼子「あなたであれば可能なはずです」
翠「タイミングは」
頼子「情報は得られます」
翠「装備は」
頼子「期日までには配置させます」
翠「見張られています」
頼子「問題ありません、目を逸らすのは容易いことです」
翠「承知しました」
頼子「逃走経路については」
翠「結構。逃げ道を考えていたら信念が濁ります。逃げ道も二射目も私にはありません」
頼子「そうですか。それでは、当日お伝えします」
翠「標的は、微塵の狂いもなく、必ず、ここに立ちますか」
頼子「保障しますよ。そうでなければ、射抜く価値もないでしょう」
翠「一射絶命。命を賭けて射抜きます」
69
1月13日(水)
昼
高峯探偵事務所
美世「のあさん、こんにちはっ!車借りに来たよ!」
のあ「美世、待ってたわ。有休まで取るとは本気ね」
美世「せっかくだから、サーキットも走ることにしたんだ。真奈美さんは良いって、のあさんは?」
のあ「私も構わないわ。存分に走ってちょうだい」
美世「まかせて、メンテナンスもしていおくよ」
のあ「美世が欲しいなら譲るけれど」
美世「いやー、警察官の身の上じゃちょっと。のあさんみたいに資産として持てる人じゃないと」
のあ「今の状態がどちらも得ね。美世、キーを貸す前に話をしていいかしら?」
美世「いいよ、何の話?」
のあ「暴走族だったことはある?」
美世「ないない。高校生からバイクは乗ってたけど」
のあ「警察官になると決めたのは何時かしら」
美世「高校3年生のぎりぎりだったなー。自動車専門学校と迷ってて」
のあ「どうして、警察官にしたの?」
美世「白バイは警察官じゃないと乗れないから、それが決め手だったような?免許を取らせてもらえるのも良いよね」
のあ「ヘレンの調査通り」
美世「調査?」
のあ「古澤頼子との関係はないか調べさせてもらったわ」
美世「あたし?まさかー、ないない。見当外れ過ぎるよ」
のあ「美世は疑っていないわ。疑っているのは、瀬名詩織よ」
美世「え?」
70
高峯探偵事務所
のあ「話は以上。何だったら、ヘレンと私が集めた資料も送るわ」
美世「そこまではいらないけど……」
のあ「確定した情報ではないわ。可能性というだけ」
美世「のあさん」
のあ「何かしら」
美世「のあさんは、あたしにどうして欲しいの?」
のあ「……」
美世「答えないのはズルいと思う。あたし、のあさんと違って、まっすぐ行くくらいしかできないのに」
のあ「それで良いから、話したの」
美世「わかった。話は聞いたから、これでいい?」
のあ「ええ。キーを貸すわ、ドライブは楽しんで来てちょうだい」
美世「よしっ、切り替えて走ってくる!いってきますっ!」
71
1月14日(木)
良楠公園
凛「卯月は家族と仲が良いんだね」
卯月「はいっ、お母さんとかCDが出るといつもたくさん買っちゃって」
凛「そうなんだ」
卯月「あの、凛ちゃん?」
凛「どうしたの、そんなに人の顔見て」
卯月「最近元気になったみたいで、安心しました」
凛「そうかもね、仕事が暇になったから」
卯月「そうなんですか?」
凛「長めに寝てるんだ」
卯月「それは良かったです!私も夜更かしは辞めてるんです」
凛「辞めてるというか、疲れてるから寝ちゃうとか?」
卯月「ええ、どうしてわかるんですか?」
凛「そんな気がしたから」
卯月「そうなんです、えへへ」
凛「卯月は、アイドル楽しい?」
卯月「はいっ」
凛「躊躇なく言えるの、凄いと思う」
卯月「凛ちゃんはどうですか?」
凛「どうだろう、自分で選んでなったけど」
卯月「楽しく、ありませんか?」
凛「何事も、楽しいと言える人の方が珍しいから。だけど……」
卯月「だけど?」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
凛「ごめん、何でもない。そう言えば、さ。あの桜、咲くと綺麗なの?」
卯月「はい!この公園の桜は綺麗で大好きです!」
凛「卯月は、春が好きなの?」
卯月「季節だったら春が好きです。そうだ、約束しましょう!」
凛「約束?」
卯月「春になったら一緒にお花見しましょう、ここで!」
凛「……約束、か」
卯月「凛ちゃんの約束を守っているので、お相子でどうですか?」
凛「……約束する前に、聞いていいかな」
卯月「なんでしょう?」
凛「卯月は、去年この桜が咲いたのを見てたの?」
卯月「見てました、だって帰り道ですから。凛ちゃんは何をしてたんですか?」
凛「……花屋で働いてた」
卯月「やっぱり!詳しいのは、働いてたからなんですね」
凛「卯月、私は春にどうなってるかわからない」
卯月「……」
凛「それでも、卯月は約束をしたいの?守れないかもしれないよ」
卯月「私は約束したいです、凛ちゃんと」
凛「だって、私は……」
卯月「……」
凛「ごめん、忘れて」
卯月「凛ちゃん、さっきもそう言ってました」
凛「もしも、去年の春に会えてたら……違ったかな」
卯月「違いません、凛ちゃんは凛ちゃんです」
凛「なんで、そんなこと言えるの?」
卯月「えっと、上手く言えないですけど……その、信じてるからでしょうか」
凛「……私を?」
卯月「凛ちゃんもですけれど、自分を」
凛「自分……」
卯月「あの日、凛ちゃんを素敵な人だと思った私を、信じてるんだと思います」
凛「私は……私を、信じられない」
卯月「それなら、私が信じてます、凛ちゃんを」
凛「ちょっと待って、私?私って……」
卯月「ねえ、凛ちゃん」
凛「なんかおかしい……最近変だよ」
卯月「凛ちゃんは、誰に、嘘をついてるんですか?」
凛「え……?」
卯月「あわわ、すみません、変なこと言っちゃったような」
凛「誰に……か」
卯月「凛ちゃん、違う話をしましょう。そうだ、この前コンビニに行ったら……」
凛「……卯月、聞いて」
卯月「……はい、凛ちゃん」
凛「桜を見ることを約束したいから……待ってて。次会う時、言うから」
72
1月15日(金)
夜
高峯探偵事務所
まゆ「こうですかぁ……?」
のあ「恥じらいがあるわ。堂々とやればいいの、皆はステージを見ているのだから」
まゆ「こう、ですか?」
のあ「そうよ。楽しそうにやれば、気持ちを共有できるわ」
真奈美「ただいま。遅くなってしまったな」
まゆ「真奈美さん、お帰りなさい」
真奈美「2人して、何をやってるんだ?」
のあ「これは、瑛梨華ちゃんのEはカワイイのE、よ」
まゆ「カワイイのEー」
真奈美「いいぞ。やってくれると嬉しいと言っていたな」
のあ「ライブを楽しむために、まゆにはこれをあげましょう」
まゆ「この冊子は……?」
のあ「この冊子は、非公式応援組織である前川みくニャンニャン親衛隊が作り上げたライブの心得よ。コールガイドを中心に、ライブ前からライブ後まで完璧よ」
真奈美「分厚いな……」
のあ「これで、みくにゃんの応援はバッチリね。サイリウムも貸すわ。ネコミミと法被も必要かしら」
真奈美「のあ、佐久間君は関係者席だ。もう少し落ち着いて見れると思うが」
のあ「……それもそうね。私の状況と違ったわ」
まゆ「この冊子、お返ししますか?」
のあ「持っていて、何冊かあるから」
真奈美「何冊かあるのか……」
のあ「サイリウムは持って行きなさい。損はないでしょう。ネコミミも一応」
真奈美「それくらいがいいな。レーベルのプロデューサーも近くにいるだろうから、挨拶は忘れずにな」
まゆ「そ、そうなんですか……ちょっと緊張してきました」
のあ「まゆはいつも通りにしていれば大丈夫よ」
真奈美「準備も含めて、気負いしなくていい」
のあ「しまった、ついついみくにゃんを優先してしまったわ。本当に渡したいのはこっち」
まゆ「みくちゃんと違う色のサイリウムとウチワですか?」
のあ「前川みくニャンニャン親衛隊のツテで貰ったの。赤西瑛梨華の定番ライブグッズよ、成宮由愛と2人分譲っていただいたわ」
まゆ「ウチワに、バッキュンして、と書いてありますね。あと、はぁと、も」
のあ「赤西瑛梨華のファンサービスは評価が高いわ。間奏中が狙い目だそうよ、観客席を良く見ているそうだから」
まゆ「ウチワはどうやって使えばいいですかぁ?」
のあ「高く上げると視界の邪魔になるわ。胸元に掲げるのよ」
まゆ「わかりましたぁ」
のあ「赤西瑛梨華は目と目が逢う瞬間、必ず反応してくれるとのウワサよ。そうやって、ファンを増やしているらしいわ」
真奈美「前世はガンマンというウワサは伊達じゃないな」
のあ「きっと、気づいてくれるわ」
真奈美「再度言うが、佐久間君は関係者席だ。見ただけで気づくんじゃないか?」
のあ「……確かに」
まゆ「きっと喜んでくれます、由愛ちゃんに使ってもらいますねぇ」
のあ「そうね。まゆ、大切なことは一つだけ」
まゆ「それは、なんですか?」
のあ「来てくれただけで十分よ」
真奈美「私も同感だ」
まゆ「わかりました。でも、せっかくだから楽しまないと」
のあ「それなら、もっといいわね」
真奈美「ああ」
のあ「真奈美、食事は」
真奈美「まだ済ませてない」
まゆ「それなら、準備しますねぇ。真奈美さんは休んでいてください」
のあ「紅茶を貰ってくるわ。一人で食べているのも寂しいでしょうから」
73
1月16日(土)
午前中
M体育館
M体育館
清路市の北にあるM中学校に併設されている公営の体育館。床面積も広く、観客席もある立派な体育館。CGプロ合同ライブの全体リハの会場。
卯月「いっち、に、さん、し……」
本田未央「しまむー、おはよっ!」
本田未央
CGプロ所属のアイドル。卯月とはデビューした時期が近いが、ユニットは組んだことがない・
卯月「未央ちゃん、おはようございます!」
未央「はやいねー、もしかして一番乗り?」
卯月「はいっ、スタッフさん以外なら。お父さんに早めに送ってきてもらいました」
未央「しまむー、やる気バッチリって感じだね!良い顔、してるよ」
卯月「はいっ。きらりちゃんから、受け取ったバトンを果たさないと」
未央「だって、きらりん?」
諸星きらり「うきゃー☆卯月ちゃん、おっすおっす!」
諸星きらり
CGプロ所属のトップアイドル。零細だったCGプロをここまで引き上げたスーパースターでセンター。明日からモデルのお仕事などで海外行脚に出発とのこと。
卯月「きらりちゃん!来てくれたんですか?」
きらり「うん☆きらりん、明日からお仕事でライブを見れないから、今日は来てみたの」
卯月「ありがとうございます!私なりに色々考えましたけど、アドバイスくださいねっ」
未央「きらりん、リハーサルの感想をビシバシお願い!」
きらり「おっけー☆」
真奈美「おはよう。おお、諸星君じゃないか」
きらり「真奈美ちゃん、おっすおっす!」
卯月「おはようございますっ!」
未央「真奈美の姉御、おはようござんす!」
真奈美「大仰だな、その挨拶は。明日フライトじゃなかったのか?」
きらり「そう!でも、見に来ちゃった☆」
真奈美「ちょうどいいじゃないか。島村君、安心させてやろう」
卯月「はいっ!」
未央「真奈美の姉御は、今回も来ないの?」
真奈美「そのつもりだったが」
卯月「今回は見て欲しいんです!」
真奈美「色々とすることはありそうだしな。今回は裏で見させてもらうよ」
未央「やった、直前にアドバイス欲しいときあるから助かる!」
卯月「そうですね、でも今は」
きらり「リハーサルの準備だにぃ」
卯月「はい!島村卯月、がんばりますっ!」
74
渋谷駅前・渋谷生花店跡地
渋谷生花店跡地
渋谷生花店の建物は取り壊されており、更地となっている。枯れかけたアネモネの花束が一束だけ供えられていた。
凛「……」
75
M体育館
ベテラントレーナー「よしっ、上出来だ!全員集合!」
CGプロダクションに雇われた青木4姉妹の次女で、名前は聖。未央によると、ひじりんというあだ名をつけようとしたら怒られたらしい。名前の読み方はヒジリではなくセイ。
真奈美「私の出る幕はないかもしれないな、これは」
きらり「うん。ねぇ、真奈美ちゃん」
真奈美「なんだ?」
きらり「卯月ちゃんのプロデューサーさんが言ってたの、絶対にきらりんに追いつくんだ、って。言ったの、いつだと思うゆ?」
真奈美「最近か?」
きらり「デビューする前!卯月ちゃん、すごいにぃ」
真奈美「おや、どこか行くのか?」
きらり「きらりん、お支度しないと」
真奈美「一言くらい、何か言っていけばどうだ?」
きらり「ううん。真奈美ちゃん、卯月ちゃんを見て見て」
真奈美「何か意見を交換してるな」
きらり「卯月ちゃんはダンスもフォーメーションも、センターとしてもばっちし☆」
真奈美「諸星君が言うなら、信じよう」
きらり「きらりんはお家に帰るにぃ、おにゃーしゃー!」
真奈美「任された。気をつけて」
きらり「いつも安全運転だから、平気だにぃ」
真奈美「やはり……運転手付きの高級車、諸星君の送迎車だったのか」
76
1月17日(日)
高峯探偵事務所
午前中
のあ「……」
真奈美「佐久間君、そろそろ買い出しに行こうか」
まゆ「しー……」
真奈美「のあがテレビの前で仁王立ちだ、何があった?」
前川みく『本番まで後1週間、準備はバッチリだにゃ!』
前川みく
CGプロ所属のアイドル。1週間後に迫った合同ライブのインタビューに答えている。高峯のあはネコ耳が新調されていることに目ざとく気がついた。
真奈美「なるほどな」
のあ「……」
みく『センターの卯月チャンを中心に一致団結、コラボもあるから楽しみにして欲しいにゃ!』
のあ「……ふむ」
みく『でも、次はみくがセンターをやるにゃ!卯月チャンには負けないよ!』
のあ「……!」
まゆ「表情が明るくなりましたねぇ……」
みく『来週のライブも、これからもずっとみくとシンデレラガールズを応援して欲しいにゃ!会場で会うのを楽しみにしてるにゃ!ばいばーい!』
のあ「そう……そうよ!みくにゃん、がんばるのよ!応援するわ!」
真奈美「ここ最近で一番テンションが上がってるな……」
まゆ「センターって大切なことなんですね」
真奈美「ああ、私も軽く思っていた。違うんだな、あの場所は」
のあ「あら、真奈美。下りて来ていたの」
真奈美「ああ。そうだ、来週の日曜日は裏方として行くことになった」
のあ「わかったわ。みくにゃんがセンターに立つ日を待つわ、私は」
真奈美「条件を決めると逆に苦しくなるぞ」
のあ「それもそうね。みくにゃんがいるライブには全て行きたい、こっちが本音よ」
まゆ「ちょっと欲望に正直すぎますねぇ……」
真奈美「佐久間君は送らなくて平気かい?」
まゆ「由愛ちゃんを最寄り駅まで迎えに行って、一緒に行きます」
のあ「それがいいわね」
真奈美「わかった。今から買い出しに行ってくる」
まゆ「行ってきます。のあさんも行きますか?」
のあ「たまには一緒に行くわ」
真奈美「そうか、それならチャンスだ。佐久間君、今だ」
まゆ「あの……まゆ、欲しいものがあるんですぅ」
のあ「真奈美の入れ知恵ね。まぁ、いいわ。どうせ家事に関係するものでしょうから、買いに行きましょう」
真奈美「成功だ」
まゆ「やりましたぁ」
のあ「それで、何が必要なのかしら?」
まゆ「発酵機と卓上ミキサーが欲しいな……って」
のあ「それくらいならいいけれど、持ってなかったかしら」
真奈美「私は見たことがないな」
のあ「理由がわかったわ。母もケーキは作らなかったし、今は雪乃に言えばケーキそのものか道具が借りられるもの」
まゆ「なるほど」
のあ「何に使うのかしら」
まゆ「パン作りをしてみようかと、思ったんです。米粉のパンも家庭で作ると美味しいらしくて」
のあ「初耳ね。興味が湧いてきたから、協力させてもらうわ」
77
1月18日(月)
清路警察署・ロビー
瀬名詩織「……」
瀬名詩織
交通機動隊所属、いわゆる白バイ乗り。リスクを冒すことで、望む状況を作り出そうとしている。
美世「……」
片桐早苗「美世ちゃんに、詩織ちゃん、お疲れ様……どうしたの、2人で黙って?」
片桐早苗
交通安全課所属。美世のバディ。清路市内の運送業界では人気者らしい。
詩織「お疲れ様です。何でもありませんよ」
早苗「そう?」
詩織「美世さん、言った通りです。もしも、その時が来るのなら追って来てください」
美世「……」
詩織「早苗さん、お帰りですか?」
早苗「今日は定時!飲みに行く?」
詩織「お誘いは嬉しいですが、お酒は飲めませんので」
早苗「そうだったわね」
詩織「ここで、失礼します」
早苗「詩織ちゃん、またね」
美世「……」
早苗「いつもクールだけど、こっちは違うものね。美世ちゃん、どうしたの?」
美世「えーっと……何でもない」
早苗「それで引き下がるほど早苗さんは甘くないわよ?」
美世「あはは……」
早苗「美世ちゃんが言い淀むなんて相当ね。わかった、今日は聞かない」
美世「早苗さん、ごめんなさい」
早苗「ちゃんと言うのよ、先輩には何でも相談しないと!」
美世「はい、でも……その、待っててくれると」
早苗「わかった。じゃあね、運転には気をつけて帰るのよ」
78
1月19日(火)
夜
喫茶St.V
まゆ「こんばんは……」
菜々「まゆちゃん、いらっしゃいませ!」
志保「いらっしゃいませ!紅茶ですか、コーヒーですか?」
まゆ「いえ、雪乃さんはいらっしゃいますか?」
菜々「マスターですか?」
志保「いらっしゃいますよ、カウンターにどうぞっ」
まゆ「ありがとうございます」
雪乃「まゆさん、こんばんは。座ってくださいな」
まゆ「はい、失礼します」
雪乃「紅茶をお飲みしますか、サービスしますわ」
まゆ「いえ、今日は渡したいものがあって……どうぞ」
雪乃「まぁ、ありがとうございます。シフォンケーキでしょうか」
まゆ「はい、米粉のシフォンケーキなんです。紅茶味にしてみました」
雪乃「この弾力は米粉由来ですのね」
まゆ「のあさんにお料理グッズを買ってもらったので……試作品のお裾分けです」
雪乃「せっかくですから、一口ここでいただきますわ。紅茶の葉はどちらのものを?」
まゆ「お家にあったものを使ったので、わからなくて」
雪乃「いただきますわ……美味しい」
まゆ「お口に合いましたか……?」
雪乃「紅茶を含めた味付けが素晴らしいですわ、まゆさんらしい優しい味ですの」
まゆ「雪乃さんに褒めてもらえると嬉しいです、クラスの皆にも作ってみようかな」
雪乃「実は紅茶のシフォンケーキが好物ですの」
まゆ「それは、のあさんのリサーチ通りです」
雪乃「ふふっ、のあさんには以前のお店でお話したかもしれませんわ」
まゆ「いつもありがとうございます、お礼の気持ちと」
雪乃「味見係になれて光栄ですわ。そうだ、お礼をしないと」
まゆ「いいえ、これは私の気持ちですから」
雪乃「それなら、お言葉に甘えますわ。すみません、お客様がお呼びなので失礼しますわ」
まゆ「私も帰りますねぇ、失礼しました」
菜々「じー……」
まゆ「菜々さん、どうしましたかぁ……?」
菜々「まゆちゃんが好感度を上げに来るとは、うかうかしていられません。紅茶シフォンまで持ち出してくるとは」
まゆ「たぶん……何かの勘違いだと思いますよぉ」
79
1月20日(水)
清路警察署・刑事一課和久井班室
留美「わかったわ。また、日曜日に」
亜季「ご友人からのお電話でありますか?」
留美「ええ。いつもなら夜にかかってくるのだけれど」
美波「日曜日は、24日ですね」
亜季「待機日ではないでありますな」
留美「アルコールは取らないし、連絡は取れるようにしておくわ。安心してちょうだい」
美波「わかりましたっ」
亜季「早々重大事件は起きないであります。よくお話を聞いている、ご学友でありましょう?」
留美「ええ。そう言えば、チケットが取れない話をしたわ。気を使ってくれたのね」
亜季「良い関係でありますな」
美波「私もキャンパスライフは憧れますっ」
留美「課長に付けるんだったら、大学には行かなかったわ」
美波「そうなんですか?」
亜季「柊課長は強者ですからなぁ、私も多くを学んだであります」
留美「結果として、良い上司と友人が得られたから良しとするわ」
亜季「新田巡査、安心するであります」
美波「何をですか?」
亜季「和久井警部補は、課長に負けず劣らずの強者であります。損はしないでありますよ!」
留美「あなた達の責任は持つわ。市民の安全のために成長してちょうだい」
美波「了解ですっ」
留美「そう言えば、大和巡査部長」
亜季「何でありましょう?」
留美「愛知の事件についてだけれど」
美波「愛知の事件……逃走していた横領犯が殺された事件、でしたか?」
亜季「その通りであります。凶器が弓矢ではないか、という話でありますな」
留美「水野翠の犯行であるかどうか、調べられたかしら」
亜季「もちろんであります。結果から言うと、シロであります」
留美「シロ、理由は」
亜季「愛知に行って帰ってくる時間はありませんな。土日共に、地元の弓道場で小学生に教えていたであります。教えていない時は自分が練習していたであります」
留美「夜は」
亜季「自宅にいたようでありますな。ご両親に確認しております」
美波「最寄り駅とかはどうですか?」
亜季「彼女、近所では有名人でありますからなぁ。誰にも目撃されていないのは難しいかと」
留美「殺害現場付近で似た容姿の人物が目撃されていることは」
亜季「犯人が似ているのであります。背格好と長髪だったら、新田巡査がそこにいたとしても同じ目撃証言がいられるでありますよ」
美波「え……そ、そうですか?」
亜季「それくらい不確定なものであります」
留美「つまり、結論は」
亜季「本件は彼女とは無関係であります」
留美「ありがとう。こっちで行くのは難しいわね」
美波「任意同行をお願いするのは、どうでしょうか」
留美「厳しいわね。拘留と起訴は更に難しい」
亜季「明確な証拠があれば良いのでありますが」
美波「ふーむ……」
留美「いつも言っているけれど」
亜季「いつの日か、でありますな」
美波「準備をして、必ず」
留美「本当は全ての事件を一刻も早く解決し、裁きを受けさせたいわ」
亜季「現実問題難しいでありますからな」
美波「慌てても冤罪の可能性もありますから」
留美「最大限の結果を残すように順番に、迅速に、それと」
亜季「時期を逃がさぬこと、柊課長からも言われたであります」
留美「冷静に考え、困難に負けないこと。いいかしら?」
亜季「はいっ、心得ております!」
美波「わかりましたっ」
留美「よろしい。引き続き、がんばるとしましょう」
80
1月21日(木)
清路警察署・科捜研
音葉「久美子さん……」
志希「にゃはははー、邪魔しに来たよー」
久美子「どうしたの、2人揃って?」
志希「ハッピーバースデー!」
音葉「お誕生日、おめでとうございます」
志希「音葉ちゃんと志希ちゃんで、プレゼントを選んだのだ~」
久美子「あら、覚えてくれたのね」
音葉「ささやかな物ですが……どうぞ」
久美子「ありがと、開けて良い?」
音葉「もちろんです……どうぞ」
志希「きっと喜ぶよ~」
久美子「これは美容液?」
音葉「はい……志希さんが選んでくださいました」
久美子「へぇ、志希ちゃんが?意外?」
志希「久美子ちゃんの肌組織を研究して、世界で一番相性の良いものを見つけたのだ~。研究期間は1ヶ月!」
久美子「研究は気になるけど、ありがたく使わせてもらうわ……何語かわからないけど、成分は大丈夫よね?」
志希「ちゃんと日本でも合法だからヘイキヘイキ。サンプルが徹夜時だったから、そういう時に使うといいよ?」
久美子「いつサンプルを採取したのよ……」
志希「ヒミツ~」
久美子「詳しくは聞かないことにするわ。こっちは音葉ちゃんが選んでくれたの?」
音葉「良い音が出ますよ……北海道土産です」
久美子「オルゴールね、キレイ。どうして、オルゴールなの?」
音葉「慌てている時に聞いてください……強制的に考えを変えられます」
久美子「なるほど、行き詰った時に使ってみるわ」
音葉「仕事机に置いておくとよいかと……見た目もキレイですから」
志希「オシャレ~、プレゼントは白衣だと思ってた」
音葉「白衣は一緒に買いに行くので……志希さんも行きませんか」
志希「そうなんだ……考えとく~」
81
夜
水野翠の自室
水野翠の自室
水野家の2階。ほぼ娯楽用品がなく、和風の内装と相まって質素な雰囲気。
翠「もしもし」
つかさ『よう、元気か?』
翠「警察に疑われています。家の外に監視がいます」
つかさ『通信までは行けてないから、監視してんだよ。決定打はないのさ』
翠「ご用件は」
つかさ『準備は出来てる。下見に行くか?』
翠「不要です。必要なことは教えていただいています」
つかさ『そうか』
翠「以上ですか」
つかさ『アタシのアドバイスを聞くか?』
翠「ご自由に」
つかさ『そろそろ、危険じゃないか?』
翠「そうでしょうか」
つかさ『逃げ道はないぞ?いいのか?』
翠「構いません」
つかさ『アタシは撤退だ。あの辺りをカネに変えられたら一刻も早く』
翠「そうですか」
つかさ『相変わらず何考えてるか、わからないな』
翠「何も考えていませんよ」
つかさ『そういうのが怖えの。まさか、こっちを狙ったりしてないよな?』
翠「私はしていません」
つかさ『ま、そういうこった。せいぜい、がんばれ』
翠「かしこまりました。失礼します」
82
1月22日(金)
夕方
真奈美「ただいま」
のあ「お帰りなさい、今日は早いのね」
真奈美「今日はスタッフと打ち合わせだけだったからな、歌のレッスンは終わってる。佐久間君は?」
のあ「まだ帰ってないわ」
真奈美「最近夕食は任せきりだったからな、今日は私が準備の日だ」
のあ「そう」
真奈美「何かリクエストはあるか?」
のあ「ステーキでも焼いて欲しいわ」
真奈美「おや、活力でもつけたいのか?」
のあ「まゆの食事で栄養状態は最高よ。St.Vの食事も昼食としては最高クラスだもの」
真奈美「何か不満があるのか?」
のあ「申し訳ないけれど……健康的過ぎるわ、肉体を甘やかしすぎるのもどうかと」
真奈美「健康に悪そうな辛さとか好きだったな。よし、リクエストに答えるとしよう」
のあ「ありがとう」
真奈美「一応言っておくが、私にも佐久間君のような料理は作れるぞ?」
のあ「十分に知ってるわ。真奈美、張り合ってるのかしら」
真奈美「そういうわけじゃない。小さなプライドくらいわかってくれ」
のあ「心配無用よ、楽しみにしてるわ」
真奈美「よし、動物性油を摂取できるメニューにしよう。考えてみるよ」
83
夜
良楠公園
凛「……」
卯月「凛ちゃん」
凛「……卯月」
卯月「こんばんは」
凛「今日は早いんだね」
卯月「今日は、少し体を動かして、打合せをして終わりだったんです」
凛「そっか。日曜日は本番だもんね、リハーサルはどうだった?」
卯月「ばっちりですっ!」
凛「卯月は凄いね、期待しているから」
卯月「凛ちゃんに良い所を見せちゃいますっ!凛ちゃんは、今週は何をしていたんですか?」
凛「ちょっと、出かけてた」
卯月「お出かけですか?私も明日はオフだから、いえ、明日はゆっくり休んで段取りを確認するだけにしないと。ライブが終わったら、お出かけしようかな」
凛「それがいいと思う」
卯月「凛ちゃんは、どこにお出かけしてたんですか?」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
凛「前に働いてた、花屋とお屋敷を見て来た」
卯月「お屋敷?お屋敷で働いていたんですか?」
凛「うん」
卯月「メイドさんとか?」
凛「卯月のメイド服姿、ネットで見たよ」
卯月「あはは、ちょっと恥ずかしいです」
凛「メイドじゃないよ。出入りの花屋だったから……広い庭で色んな花が咲いてた。冬の時期も」
卯月「やっぱり、凛ちゃんはお花屋さんになるんですか?お仕事を変えるみたいだったので」
凛「そういうわけじゃなくて……」
卯月「きっと向いてますよ。凛ちゃんのお店にお花を買いに行きます」
凛「……」
卯月「実は、会場設営のバイトもした時にお花も運んだことがあるんですっ」
凛「前に働いていた花屋もイベントのお花を受けてた」
卯月「そうなんですね。持って帰れるなら持って帰れるようにしてます」
凛「その方が喜ぶよ、送った側も」
卯月「えへへ、凛ちゃんはお花のことを話してると優しいですね」
凛「……」
卯月「そのお花屋さんには戻らないんですか?」
凛「卯月……違うの」
卯月「違うお花屋さん、ですか?」
凛「考えてた、卯月と話すようになってから、ずっと」
卯月「凛ちゃん?」
凛「どうなりたくて、どうしたくて、何をしたのか……これから、どうしようかって」
卯月「……」
凛「私、卯月と一緒に桜が見たい」
卯月「はいっ、一緒に行きましょう」
凛「だから……聞いて欲しい」
卯月「何を……ですか」
凛「今ここにいる、私のこと」
卯月「わかりました。聞かせてください、凛ちゃん」
84
良楠公園
凛「何もわからなくて」
卯月「……」
凛「卯月がアイドルに憧れて、養成所に入ったみたいなこと、何もなかった」
卯月「……」
凛「花屋の手伝いくらいしか、してなかった。私にあったのは、小さな花屋で得られることだけ」
卯月「……」
凛「このままじゃイヤだった。花屋のテーブルから人波を眺めてる、花屋の娘なのが……嫌いだった。私は私のことが嫌いだった」
卯月「……」
凛「踏み出す勇気もなくて、あの場所に居ただけ」
卯月「……」
凛「いっそ消えちゃおうかな、と思ってた。ここでないどこかでなら、花屋の娘でしかない私から逃げられるから」
卯月「……」
凛「卯月は、島村卯月じゃない誰かになれる?」
卯月「えっと、お芝居のことですか?」
凛「違う。本当に別人に」
卯月「それなら、なれません」
凛「私はなりたかった。ううん、違う……誰にもなりたくなんて、なかった」
卯月「……」
凛「だから……」
卯月「……」
凛「……だから、なったの。名前もない、何もない、誰かに」
卯月「……」
凛「後悔なんてしてなかった。その誘いに乗ったのも、間違いだって思ってなかった。なのに」
卯月「……」
凛「わからなくなってきた、本当に今のままでいいのかって。あんなに望んでたのに。自由になれて、心が晴れたと思ったのに……なんで」
卯月「……」
凛「卯月、私……言えないことがある」
卯月「知ってます」
凛「卯月が想像するより、ずっと……酷いことをしてる」
卯月「……知ってます」
凛「知ってる、って何を?卯月に分かるはずがない!」
卯月「ごめんなさい、知ってます……渋谷凛ちゃん」
凛「……なんで、名前……」
85
良楠公園
卯月「気になって調べちゃいました。インターネットで爆発事件のことが出てきて、図書館で調べた昔の新聞には凛ちゃんの顔写真も載ってました」
凛「いつ、調べたの」
卯月「図書館に行ったのは冬休みです」
凛「……」
卯月「約束は守ってます。誰にも言ってませんし、自分で調べただけですから」
凛「それなら、わかってるよね」
卯月「何をですか?」
凛「私が……家族を殺して、何の関係もない女の子を自分の死体に仕立て上げたのも」
卯月「……はい」
凛「私が死んだことになってるのも、わかってるなら……なんで」
卯月「……」
凛「どうして、ここにいるの。どうして、そんな顔していられるの?わかってるの、本当に」
卯月「島村卯月は嘘つきなんです、きっと」
凛「なにそれ……それだけじゃない、もっと、酷いことを色々してきた、それなのに」
卯月「凛ちゃんは正直に言ってくれました。私も正直に言いますね」
凛「……なに」
卯月「渋谷凛ちゃんに戻って欲しいです。だから、この公園に来ました」
凛「……戻れない」
卯月「凛ちゃん」
凛「卯月とは違う、大切な家族がいて、夢があって、夢を叶えられて……自分は島村卯月だって、心から笑える卯月とは違う」
卯月「凛ちゃん、聞いてください」
凛「笑顔なんて、誰にも出来ないよ。笑うなんて、出来ない」
卯月「凛ちゃん」
凛「どうして、何度も呼ぶの?私には何もないの、こっちに来ちゃったから何もないの、名前だって……もうないから」
卯月「違いますよ、凛ちゃん」
凛「どんなにがんばっても、私には何もない……何にもないの」
卯月「凛ちゃんは、嘘をついてます」
凛「え……?」
卯月「同じことでも人は嘘になるんです」
凛「嘘なんか……」
卯月「凛ちゃんは、本当に、何も持ってないですか?」
凛「だって、私は」
卯月「お花の話をするときの凛ちゃん、素敵でした。これは嘘じゃないですよ?」
凛「……」
卯月「私、たくさんの人に助けてもらいました。今度は、誰かを助けてあげようって。皆が言ってくれる笑顔でたくさんの人を元気にしようって」
凛「おかしいよ……おかしい」
卯月「えへへ……夢とか魔法みたいなことに聞こえますよね」
凛「こんなはずじゃなかった、こんなこと思ってなかった……卯月と会ってから、おかしい……おかしいよ……」
卯月「凛ちゃん」
凛「卯月のアイドルをがんばってるとこ、調べたよ。本当にキラキラしてて、星みたいだった。私には無縁なのに、なんでだろう……想像しちゃうんだ……この公園の桜が咲く頃に、って……そこで会えてたら……」
卯月「……」
凛「こんな暗いところじゃなくて……明るい場所に」
卯月「……」
凛「名前のない誰かじゃなくて……渋谷凛として」
卯月「……」
凛「卯月が連れて行ってくれたんじゃないか……って」
卯月「……」
凛「そんなはず……ないのに」
卯月「凛ちゃん、顔をあげてください」
凛「……ごめん。できない」
卯月「星はいつもそこにあるんです。凛ちゃんが、見ようとすれば、目指す星はそこにあります」
凛「ない……そんなのない」
卯月「凛ちゃん、戻りましょう。渋谷凛ちゃんに」
凛「できない!」
卯月「違います、凛ちゃんはできますっ!」
凛「できないの……戻る場所もないのに」
卯月「凛ちゃんは怖かったんですね。何もないかもしれない未来が」
凛「……そう」
卯月「何も見つけられないなら、諦めてしまえばいいと思ったんですね」
凛「……そうかも」
卯月「本当にそうだったのかな。ううん、それじゃいけませんでした」
凛「……」
卯月「凛ちゃん、答えてください」
凛「……」
卯月「凛ちゃんは、このままでいいんですか」
凛「わからない……わかんない、怖い……」
卯月「きっと怖いと思います。何が起こるかわからないから」
凛「渋谷凛に戻って……戻っても何もないのが、怖いよ……」
卯月「私が凛ちゃんの友達です、ずっと」
凛「卯月が……」
卯月「やっと顔をあげてくれました!凛ちゃん!」
凛「卯月……」
卯月「もしも、迷ったら相談してくださいっ。もしも、元気がなくなったら応援します。もしも遠く離れても、凛ちゃんをいつも応援できるようにがんばりますっ!だって!」
凛「島村卯月は、アイドルだから……?」
卯月「はいっ!」
凛「本当に……卯月は……」
卯月「渋谷凛ちゃん、約束しましょう」
凛「約束……」
卯月「渋谷凛ちゃんと島村卯月は、この公園でお花見をしましょう。何時の日か、絶対に」
凛「……うん」
卯月「約束ですっ。ゆーびきりげんまんー、うそついたらー……」
凛「……」
卯月「はりせんぼんのーます、お別れなんかしませんっ、ゆびきった!」
凛「……ゆびきった」
卯月「凛ちゃん、約束は守ってくださいね!」
凛「卯月……」
卯月「凛ちゃん……よしよし、もう大丈夫ですよ。もう、大丈夫です」
86
良楠公園
卯月「落ち着きました?」
凛「うん。ありがと」
卯月「どういたしましてっ」
凛「あのね、卯月」
卯月「どうしましたか?」
凛「自分のやったこと、ちゃんと償うから。全部、ちゃんと」
卯月「わかってます」
凛「待っててくれる……かな」
卯月「待ってます、ずっと。アイドルとして」
凛「言わない方がいいよ。アイドルなんだから」
卯月「ヒミツにする約束は守ってますっ」
凛「……うん」
卯月「そうだ、1つ提案があるんです」
凛「提案……?」
卯月「ライブを見に来てくれませんか?」
凛「ライブ……」
卯月「それくらいは許してくれますよ、ね?」
凛「ありがとう、卯月。でも、違うよ」
卯月「違う?」
凛「私が見に行きたいから、遅らせる。警察に行く前に、準備もしないといけないから」
卯月「準備、ですか……」
凛「アイツじゃなくて卯月に先に会えたら良かった。心からそう思う」
卯月「アイツ……」
凛「ごめん、少し考えないといけなくなる。早いうちに、全てを打ち明けるから。待ってて」
卯月「いいえ、待ってます。凛ちゃんは約束を守ってくれますから」
凛「絶対に守るよ。ライブ、楽しみにしてるから」
卯月「遅れないで、来てくださいね!凛ちゃん!」
凛「うん…卯月、ありがとう」
87
1月23日(土)
昼
清路駅・中央出口
高垣楓「あいむ、あっと、きよろすていしょ~ん」
高垣楓
希砂本島の駐在さん。階級は巡査部長。遅い冬休みの前半は清路市のホテル、後半は温泉旅館で過ごすらしい。
楓「ここは来るたびに景色が変わりますね。あそこに良さそうなお店が……」
楓「……」
楓「予定より早く着いてしまいましたから、一杯くらい。いいですよね」
88
高峯探偵事務所
のあ「支払いはいつも通りで。お願いするわ」
真奈美「電話は終わりかい?」
のあ「ええ。明日の花を贈ったわ。真奈美も確認してちょうだい」
真奈美「前川君にか?」
のあ「前川みくニャンニャン親衛隊の方で出してるわ。今のは、赤西瑛梨華に楽屋花よ」
真奈美「そういうことか、気が利くな」
のあ「まゆと成宮由愛の連名で送るわ。私は手配しただけ。真奈美、これを」
真奈美「ファンレターか?」
のあ「みくにゃんには別で毎月出してるわ。これも赤西瑛梨華に渡してちょうだい」
真奈美「毎月出してるのか……分かったが、赤西君への手紙は佐久間君からじゃなくていいのか?」
のあ「私が勝手に及川雫と棟方愛海からビデオレターを貰ったの。まゆには後で伝えておくわ」
真奈美「どうした?本当に気が回るようになってるぞ」
のあ「どうした、はないでしょう。これくらい出来るわ」
真奈美「冗談だよ、それくらいは知ってるさ」
のあ「どうだか」
真奈美「喜ぶだろう。渡しておくよ」
のあ「お願いするわ。今日は真奈美も休みなのかしら」
真奈美「前日は完全オフだ。今回は移動もないからな」
のあ「そう。明日は早いのかしら、開演は15時だったわよね」
真奈美「そうなると、朝も早いのさ。のあはゆっくり寝ていてくれ」
のあ「気が向いたら起きるわ」
真奈美「それでいい」
のあ「がんばってらっしゃい」
真奈美「のあは、前川君あたりに伝えたいことはあるか?」
のあ「それは、前川みくニャンニャン親衛隊の掟に反するわ」
真奈美「掟があるのか、しかも律儀に守るんだな」
のあ「そうね、なら服部瞳子に伝えておいてちょうだい。期待してるわ、と」
真奈美「ああ、わかった」
のあ「明日、撮影が入るのよね?」
真奈美「そう聞いてる」
のあ「みくにゃんの雄姿はそこまで待つことにしましょう。待つことは得意だもの」
89
夜
清路市内・某所
プルルル……
頼子「……」
凛『……もしもし』
頼子「渋谷凛さん、こんばんは」
凛『知らないケータイ番号かと思ったら……何か用事?』
頼子「明日の依頼を」
凛『……明日?』
頼子「明日は1月24日です。日曜日です」
凛『それは、わかってる』
頼子「陽動してください。警察の目に留まるだけで良いです」
凛『……』
頼子「水野翠さんが見張られています。ノイズを増やしてください」
凛『目的は』
頼子「ノイズを増やしてください」
凛『それだけ?』
頼子「はい。身柄を捉えられる危険もないでしょう」
凛『……』
頼子「時刻は午前10時頃。わかりましたか」
凛『わかった』
頼子「よろしくお願いします。データを送りました」
凛『確認しとく』
頼子「失礼します。良い夜を」
90
1月24日(日)
早朝
高峯探偵事務所
のあ「おはよう」
まゆ「のあさん、おはようございます」
真奈美「今日は早いな」
のあ「偶にはいいでしょう。真奈美は出る所かしら」
真奈美「ああ」
のあ「終日晴れ、気温も上がりそうで良かったわね」
真奈美「彼女達の日頃の行いが良かったんだな」
まゆ「真奈美さん、おにぎりと水筒です。がんばってくださいねぇ」
真奈美「ありがとう。行ってくる」
のあ「行ってらっしゃい」
まゆ「のあさん、朝ご飯をご一緒しませんか?」
のあ「そうするわ。まゆは何時頃出発かしら」
まゆ「12時頃に。それまではゆっくりしてます」
91
濡碧公園・オープンホール・ステージ上
濡碧公園
じゅへきこうえん。寺務乃市が管理する複合公園。スポーツ施設や遊園地も敷地内に併設。清路駅から電車で30分ほどの寺務乃駅から、更に歩いて10分ほどの位置にある。
濡碧公園・オープンホール
公園内にある野外会場。収容人数は立ち見自由席を含めて約1万人。野外会場ではあるが外壁は高いので、入場せずに肉眼で見えるのは公園内の観覧車くらいしかないらしい。
卯月「おー……」
速水奏「ステージを見た感想は、どうかしら」
速水奏
CGプロ所属のアイドル。ムーンショットというアイドルプロジェクトに選ばれ、活動の場を広げている。
卯月「そうですね、広くて、座席は段差があって、一番後ろまで良く見えますっ」
奏「今日の意気込みは」
卯月「最高のステージを、笑顔を見せますっ。ぶいっ!」
奏「嘘ではなさそうね。ちひろさん、撮った?」
千川ちひろ「はい、ばっちりです」
千川ちひろ
CGプロダクションのアシスタント。アイドルの写真や映像を撮るのが好きとのこと。
卯月「ええ、いつの間に!」
ちひろ「ステージに向かう所からです」
奏「つまり、全部ね」
ちひろ「せっかくなので。卯月ちゃん、一言お願いします」
卯月「そうですね、ずっと前のライブを思い出しましたっ!」
奏「前のライブで何かあったのかしら」
卯月「えへへ、舞い上がって立ち位置を間違えちゃって、テープ打ちに驚いて倒れたことがあるんです」
ちひろ「ありましたね、私も肝を冷やしました」
卯月「今回は、絶対に上手く行きます。だって、私は」
奏「……」
卯月「センターですからっ。事務所の皆と一緒に、見てくれる人の応援を受けて、島村卯月、がんばりますっ!」
ちひろ「卯月ちゃん、ありがとうございます」
卯月「それに、今日は初めて見に来てくれる友達がいるから」
奏「あら、それで元気なのね」
ちひろ「そろそろ打ち合わせの時間です、行きましょうか」
92
午前10時頃
水野家の近辺・路地裏
凛「……これでいいのかな」
詩織「良いみたいですよ」
凛「びっくりした……なんだ、詩織か」
詩織「国際捜査官の部下は既に追っていません」
凛「帽子、サングラス、マスクに厚手のコートもあるけど……ニセモノだとわかってる?」
詩織「そのようです。朝から2人目ですから」
凛「2人目?」
詩織「桐生さんが用意した人物が既に1人」
凛「……そういうこと。詩織は何でここにいるの」
詩織「もし、追われているようでしたらお助けしようかと」
凛「いらない。いらなくなった」
詩織「そのようです……残念なことに」
凛「……」
詩織「滞在するのはオススメしません。何かご予定があるのなら、お送りしますが」
凛「いらない」
詩織「そうですか」
凛「……ねぇ、アンタは」
詩織「なんでしょうか?」
凛「何でもない。じゃあね、詩織」
詩織「さようなら」
93
昼
高峯探偵事務所
のあ「連絡ありがとう。続けてちょうだい」
まゆ「のあさん、お電話ですかぁ?」
のあ「ヘレンからよ、水野翠のニセモノが何人か現れたみたいね」
まゆ「水野先輩のニセモノ?」
のあ「背格好だけ似せただけ。本人は自宅にいるわ、雇われた学生か何かでしょうね」
まゆ「何のため、ですか?」
のあ「まゆは、今は考えなくていいわ。準備は出来たかしら?」
まゆ「はい。瑛梨華ちゃんも直前のリハーサルは終わったそうです」
のあ「楽しみね。成宮由愛は?」
まゆ「お出かけする準備は出来たみたいです。清路駅まで迎えに行って、一緒に行きます」
のあ「そう。帰りは?」
まゆ「由愛ちゃんを送って、バスで帰ってきます」
のあ「わかったわ。急がずに気をつけて」
まゆ「行ってきますねぇ。のあさんの分まで楽しんできちゃうかも」
のあ「それがいいわ。行ってらっしゃい」
94
CGプロ合同ライブ・開場後
濡碧寺公園・オープンステージ・舞台裏
神谷奈緒「よし、自信持てた!真奈美さん、ありがと!」
神谷奈緒
CGプロ所属のアイドル。担当プロデューサーの趣味でゴシックロリータを着る仕事が増えているとかいないとか。
真奈美「どういたしまして。本番は期待してるよ」
奈緒「流れに乗って、やってみる!」
真奈美「心配なさそうだな。おや、島村君」
卯月「あ、真奈美さん。お疲れ様です」
真奈美「開場したみたいだな。様子を見て来たのかい?」
卯月「はいっ。続々とお客さんが入ってきてました」
真奈美「完全ソールドアウトだからな。島村君の晴れ舞台なら、もっと大きい会場が良かったとすら思えるよ」
卯月「いえ!私だけの力じゃないですから」
真奈美「そう言えるのが島村君の良い所だな」
卯月「真奈美さんも、力を貸してくださいっ!はい、タッチ!」
真奈美「タッチ。もしかして、全員とやってるのか?」
卯月「全員のつもりで!だって、皆のステージですからっ」
真奈美「そうだな、良いステージにしよう!」
卯月「はいっ!」
95
濡碧寺公園・オープンステージ・入場口付近
成宮由愛「人がたくさん……」
成宮由愛
画家として注目を集める中学生。市立美術館で行われた個展の評価は高かった。まゆとは東郷邸で一時期共に暮らしていた。
まゆ「こんなに広い会場なんですねぇ」
由愛「はじめて来たから……」
まゆ「ライブは初めてですか?」
由愛「うん……ママと行ったクラシックのコンサートとか保奈美ちゃんの舞台くらいしか……」
まゆ「ふふっ、実は私もです。一緒ですねぇ」
由愛「うん……」
まゆ「あの……お母さんから反対されませんでしたか」
由愛「まゆちゃんとだから……許してもらいました」
まゆ「ありがとう……由愛ちゃん」
由愛「あ……まゆちゃん、見てください」
まゆ「大きなポスターですね、瑛梨華ちゃんもいます」
由愛「まゆちゃん……写真を」
まゆ「はい、一緒に写真を撮りましょう。瑛梨華ちゃんのポスターの前で」
由愛「うん……」
まゆ「すみません……写真をお願いしてもいいですか?」
96
濡碧寺公園・オープンステージ・入場口付近
由愛「無駄遣いしちゃった……かな」
まゆ「してないと思いますよぉ。のあさんと比べたら……比べたらいけませんね」
由愛「パンフレットのデザインも素敵で……衣装も綺麗で、つい……」
まゆ「うふふっ、アイドルさんは凄いですねぇ」
由愛「あと……写真」
まゆ「由愛ちゃん、写真にも興味があるんですかぁ?」
由愛「うん……こんなに変わるんだって」
まゆ「真奈美さんに聞いてみましょうか、プロのカメラマンさんを紹介してくれるかも」
由愛「えっと……その」
まゆ「その……?」
由愛「一緒に写真を撮れたらって……みんなで」
まゆ「はい……きっと、いつか」
由愛「まゆちゃん……時間は……?」
まゆ「大丈夫ですよぉ。慌てないように、早めに席に行きましょうか」
97
高峯探偵事務所
のあ「そろそろ開演ね」
志保「真奈美さんもまゆちゃんもライブに行ってるんですよね」
のあ「何故、私と志保がお茶をしているのか。そう、チケットがないからよ」
志保「知ってます。まぁまぁ、休憩中の美人店員が宅配してくれて一緒にお茶をしてくれるんですよ、喜んでください!」
のあ「美人店員を自称するのはどうかしら?」
志保「のあさんはいつも自分のことを美人探偵って言ってませんか?」
のあ「事実だもの。それで、試作品のパフェだけれど」
志保「どうでした?」
のあ「青いパフェは季節感がないわ。大豆味はトレーニングしている気分に」
志保「もうひとつは?」
のあ「山椒と胡椒の効いたクリームは厳しいわ、流石の私でも」
志保「やっぱり。マスターにはお出しできませんね」
のあ「やっぱり、と言うものを出さないで欲しいのだけれど」
志保「お客様のご意見が大切ですから」
のあ「お客様という言葉は免罪符ではないわ」
志保「それなら、反応が面白いから?」
のあ「家主をもう少し敬いなさい」
志保「のあさんなら、まさかマスターを追い出したりしないはずです!マスターの素晴らしさを知ってるのに!」
のあ「St.Vの2号店を出そうかしら。店長に任命してあげましょう、雪乃に意見を飲ませる自信はあるわ」
志保「申し訳ございませんでした。マスターと一緒に働けないと死んでしまいます。ご無礼をお許しください」
のあ「よろしい。お口直しは」
志保「はい、こっちの甘さ控えめジャムとマフィンを。ジャムはマスターのお知り合いが試供品をくださいました。秋田で農家も営んでいるそうです」
のあ「最初からそっちが良かったわ」
志保「紅茶にいれてもいいみたいですよ。新しいものを淹れますね」
98
濡碧寺公園・オープンステージ・関係者席
凛「ぎりぎりだったかな……座席は、ここか」
まゆ「あ……こんにちは。由愛ちゃんも」
由愛「こんにちは……」
凛「……どうも。帽子もメガネも、もういっか」
まゆ「誰かのお友達ですか……?」
凛「友達……そう、卯月の友達」
まゆ「卯月ちゃんですか?私、はにかみdaysが凄く好きなんですよぉ。それに、センターなんですよねぇ」
凛「……言ってた。家族が都合で来れなくなったから、代わりに」
由愛「卯月ちゃん……?」
まゆ「この子ですよ、カワイイ……です」
由愛「卯月ちゃんは……うん、淡いピンクの雰囲気……」
凛「そっちは、誰かの友達?」
まゆ「赤西瑛梨華ちゃんと下宿先が同じ屋敷だったんです、前は」
由愛「はい……ウチワも用意しました」
凛「屋敷?もしかして……」
まゆ「広いお屋敷だったんです、個室がいっぱいあって」
凛「ねぇ、アンタ」
まゆ「私、ですか……?」
凛「私のこと、見たことある?」
まゆ「ないと思いますよ……?」
凛「そっか、ぎりぎり会ってないのか。それじゃ、今日はよろしく」
まゆ「あの……」
凛「何?」
まゆ「よろしければ、これをどうぞ」
凛「……ネコミミ?」
まゆ「似合うと……思います」
由愛「とっても似合いそう……」
まゆ「ネコミミをつけてたら、みくちゃんもきっと喜びますよっ。あっ、サイリウムもあるので、なかったらお貸ししますよぉ」
凛「本当に赤西瑛梨華の知り合いなんだよね、アイドルオタクじゃなくて?」
99
19:10頃
高峯探偵事務所
ニャンドゥトロワ!
のあ「……まゆから電話?まだライブ中のはずだけれど。休憩挟んで5時間とはよくやるわね」
のあ「まゆ、どうしたのかしら。ライブは終わったの?」
まゆ『の、のあさん、聞いてください……それと、早く来て欲しくて』
のあ「まゆ、慌てているようだけれど落ち着いて」
まゆ『卯月ちゃんが……』
のあ「島村卯月に何かあったのかしら?」
まゆ『弓矢で撃たれて……亡くなりました……』
のあ「……は?」
100
幕間・古澤頼子から渋谷凛へのボイスメール
渋谷凛さん、こんばんは。
星は見えましたか?
星とは道標。冒険の海を越え、新たな島へと向かう航路を示します。
しかし、星は遠くありませんか。
あなたに手を差し伸べ、寄り添い、安寧を与え、囁いたのは星でしょうか。
いいえ。
あなたの居場所は、名前のない闇の中。
星の光を遮る、厚い屋根の下。
せっかく、導いてあげましたのに。
誰でもない、自由の闇。
星明かりが窓から漏れていましたか。
想像しました、か?
もしも、星の明かりに導かれていたら。
もしも、桜の花を一緒に見たのなら。
もしも、渋谷凛のままでいたのなら。
想像は自由です。あり得ないことを想像することで人は癒されるのですから。
そう、あり得ないこと。
渋谷凛さん、あなたはこちら側です。
ずっと、最初から。
出会いによって、変わるとでも?
幾多の可能性があるとでも?
名前のない幽霊、素晴らしいですよ。素晴らしいと思っていなかったのですか。
せっかく手に入れたのに。
どうして、渋谷凛さんに戻ってしまったのですか?
私は幽霊のあなたが好きだったのに。
表舞台に出てこない、あなたが。
それなのに。
これでは、まるでヒロインではありませんか。
ズルい人。
羨ましいし、妬ましい。
なので、渋谷凛さん?
ここで物語は終わりです。
人の情動が揺れ動くクライマックスを見るのはキライではありませんから。
そう、趣向。趣向が変わってきたのです。私とて、人間ですから。
渋谷凛として、罪悪感という下らないモノに苛まれていればいいのですよ。
そうして、この舞台から降りるのです。
スポットライトの要らない昼空では星は見えないのですから。
さようなら、渋谷凛さん。
幕間 了
101
濡碧寺公園・オープンステージ・入場口付近
のあ「大騒ぎね。警察、いえ、警備員?やたらに多いわね……事件に関係なく増やしていたのかしら」
亜季「高峯殿!」
のあ「大和巡査部長、知り合いを見つけられてよかったわ」
亜季「警部補殿からお呼びでありますか?」
のあ「いいえ。まゆからよ、客席にいたの」
亜季「なんと」
のあ「真奈美はスタッフとして。2人の無事を確認したい。どこにいるかしら」
亜季「おそらく、舞台裏であります。入り口は開けております」
のあ「ありがとう」
亜季「ひとつ、ご質問を」
のあ「何かしら。ここまではタクシーで来たわ」
亜季「警部補殿と連絡が取れないであります」
のあ「あら、珍しいわね。映画でも見てるのでしょう、問題ないわ」
亜季「そうでありますか?」
のあ「刑事は1人じゃないわ。留美が来るまでに、やることをやれるだけ」
亜季「了解であります」
のあ「案内してちょうだい」
102
濡碧公園・オープンステージ・舞台裏
のあ「真奈美!」
真奈美「のあ、待っていたぞ。ここまで、どうやってきた?」
のあ「タクシーで来たわ。真奈美と比べて遅いわね」
真奈美「手伝うぞ、何をする」
のあ「そうね、私からの最初のお願いは」
真奈美「なんだ?」
のあ「タクシーを待つ間に、志保にコーヒーの入った水筒と軽食を幾つか貰ったわ。まずは、これを受け取ること」
真奈美「受け取った」
のあ「コーヒーでも飲んで、休んでなさい」
真奈美「いや、私は大丈夫だ」
のあ「そんな表情初めて見たわ。教え子が亡くなって、ショックを受けている。いつもなら、ここまでに状況を簡潔に説明してくれる。違うかしら」
真奈美「いや……」
のあ「落ち着いていたら、まゆより連絡が遅れることはないでしょう」
真奈美「……そうだな」
のあ「他のスタッフもいるのだから、皆を落ち着かせつつ、話でも聞いていなさい」
真奈美「わかった。ありがとう、のあ」
のあ「元気を取り戻した頃に迎えに行くわ」
真奈美「ああ」
のあ「まゆは、どこかしら」
真奈美「控室Cだ」
103
濡碧公園・オープンステージ・控室C
のあ「まゆ」
まゆ「のあさん」
のあ「大丈夫かしら」
まゆ「まゆは、大丈夫です」
のあ「真奈美より落ち着いてるわね、辛かったでしょう」
まゆ「いえ……もっと、大変な思いをしてる人がいるから……」
のあ「成宮由愛は」
まゆ「あそこで瑛梨華ちゃんと」
のあ「赤西瑛梨華に抱き付かれてるわね……成宮由愛、話を聞いていいかしら」
由愛「探偵さん……調査ですか」
のあ「ショック状態ではなさそうね。赤西瑛梨華は……」
瑛梨華「ごめんね、由愛ちゃん。また、こんなことになって、由愛ちゃんのママにまた叱られちゃうよ……」
のあ「こっちにケアが必要そうね。見ていたの、あれを」
由愛「……はい。音が終わって、皆が静止しました。卯月ちゃんはステージの真ん中でした。左右対称の美しいライティング、お客さんの歓声は波みたいで……ずっとずっと輝いていて。でも、左側に影が出来て……真っ赤な……歓声が悲鳴に代わって、真黒になりました。赤の補色……緑が通り過ぎて、消えました」
のあ「まゆ……成宮由愛は大丈夫かしら」
まゆ「たぶん……観察力は芸術家だから、だと思います」
のあ「信じるわ。赤西瑛梨華は」
瑛梨華「瑛梨華ちゃんは……全体曲だから」
まゆ「ステージの上です、卯月ちゃんから右に4人目でした」
瑛梨華「悲鳴が聞こえたのに、ぜんぜん……気づけなくて」
由愛「瑛梨華ちゃん……アイドルだった……お客さんの方、ずっと見てたから……」
瑛梨華「由愛ちゃん……ありがとう……ぎゅー」
由愛「私も……ぎゅー……」
のあ「2人はここで待っていて。警察には協力してあげてちょうだい」
由愛「わかりました……」
のあ「まゆ、手伝いをお願い」
まゆ「はい、のあさん」
のあ「同年代の子がいるのは承知のうえよ、事件の状況を聞くこと、それとまだ精神的に落ち着いていない子もいるでしょうから、面倒を見てあげて。先走った勉強をしているのは知っているから」
まゆ「あ……気づいてましたか」
のあ「まゆなら出来るわ。あなたには経験と優しさがあるもの」
まゆ「はい、わかりました」
のあ「頼んだわ。私は現場を見てくるわ」
まゆ「現場を見たら、一度戻ってきてもらえますか」
のあ「いいけれど、なにか」
まゆ「会ってもらいたい人がいます……今は泣いているので、もう少し後で」
のあ「……わかったわ」
まゆ「あ、のあさん、後ろに人が」
のあ「失礼……あっ」
みく「お姉さん、警察の人?」
のあ「ごめんなさい、2秒待って」
みく「え?2秒?」
のあ「1、2、よし。探偵の高峯よ。こちらは助手の佐久間まゆ。真奈美がお世話になってるわ」
みく「真奈美さんが一緒に住んでる、探偵?」
のあ「そうよ」
みく「卯月チャンの……その……犯人見つけてくれる?」
のあ「もちろん。まゆに協力してくれるかしら、聞き込みを頼んでいるの」
みく「わかったにゃ!」
のあ「前川さんも無理をしないでちょうだい。仲間を失ったのだから」
みく「ううん、こういう時に元気づけるのがみくの仕事にゃ!」
のあ「はふぅ……素晴らしいわ」
まゆ「のあさん、漏らしちゃいけない声が漏れてます」
のあ「体は冷やさないように。現場に向かうわ」
まゆ「のあさん、がんばってください」
みく「……」
まゆ「前川さん、ご協力ありがとうございます。のあさんの元気が補充されました」
みく「みくでいいにゃ。迅速な捜査のためには、お安い御用にゃ」
まゆ「それじゃあ……みくちゃんが、のあさんを知ってるのは驚きました」
みく「あれだけ目立つ容姿で熱心なファンなら覚えるにゃ……真奈美チャンの知り合いだし」
まゆ「確かに……一目見たら忘れにくいですからねぇ」
みく「ファンサービスじゃなくて、卯月チャンのためは本当にゃ。みくは、まだ泣かない」
まゆ「……はい。行きましょう」
104
濡碧公園・オープンステージ・舞台上
のあ「これは……阿鼻叫喚にもなるわね」
久美子「のあさん、お疲れ様」
のあ「久美子」
久美子「ほとんど見た通りだけれど、説明はいる?」
のあ「お願い」
久美子「被害者は島村卯月さん。弓矢は心臓を貫いていた、即死よ」
のあ「遺体は、何故このままなのかしら」
久美子「心臓を貫いた後、舞台の鉄鋼に突き刺さったから。鑑識が終わってないからじゃない」
のあ「弓矢はどこから」
久美子「ステージから見て右斜め、上から」
のあ「上から、舞台に突き刺さるほどの速度を持って?」
久美子「その通り。つまり、この会場内から弧を描くように放たれたわけじゃない」
のあ「それなら、どこから」
久美子「それは、そこの2人でがんばってる」
音葉「志希さん……屋根に当たった……やり直しましょう」
のあ「志希はどこに?」
久美子「科捜研で計算機と格闘中。撃ち出された場所を探してるわ」
のあ「ある程度絞り込めればいいわ」
久美子「今のところ、ビル100個くらいまで絞り込めたわ。公園内の建物と木は除いてね」
のあ「もう少し絞り込みが必要ね。矢そのものについては」
久美子「弓道とも最近の軍用とも違う。オーダーメイド、矢はもちろん、打ち出す方もそのはず」
のあ「これから追えるかしら」
久美子「難しいと思うけど、志希ちゃんに協力してもらうわ」
のあ「犯人は、水野翠なのかしら」
久美子「矢に指紋や証拠はついてなかった。私には、わからない」
のあ「……」
久美子「他にある?」
のあ「射手は、視認できる場所にいなかったのよね」
久美子「十中八九、そうよ」
のあ「射手からも見えていない可能性は」
久美子「弧を描くように打ち出したなら、弓を放つ瞬間は見えてないんじゃないかしら」
のあ「矢が到達したタイミングは」
久美子「曲の終わりだったみたいよ、全体曲。島村卯月ちゃんはセンターで、最後の決めポーズは約10秒」
のあ「タイミングを知っていないといけない。会場に共犯者がいる」
久美子「観客席の誰かが、タイミングを指示した?」
のあ「いいえ。姿勢も知っていないといけないわ」
久美子「のあさんの言いたいことがわかった。スタッフ側に、内通者がいる。姿勢も場所もわかる」
のあ「そう、ここはアイドルのステージだから。私は、内通者を追うわ」
久美子「了解。こっちは科捜研らしくやらせてもらうわ」
のあ「それがいいわ。頼んだわ」
音葉「ふむ……思ったような下降軌道になりませんね……」
久美子「音葉ちゃんが悩んでるわね……のあさん、閃きをちょうだい」
のあ「ひらめきね……音葉」
音葉「のあさん……どうされましたか」
のあ「見えないものも重要よ。風は?」
音葉「気象データは手に入れています……」
のあ「他に見逃しているものはないかしら、見えないものとか」
音葉「なるほど、先端の形状……調べます……志希さん、少し待っていてください」
久美子「のあさん、良い閃きだった」
のあ「口から出まかせも役に立つわね。まゆが会わせたい人がいるらしいから、そこに行くわ」
105
濡碧公園・オープンステージ・舞台裏
留美「……」
のあ「留美、来てたのね」
留美「珍しく電話に出損ねたわ」
のあ「状況は把握してるかしら」
留美「大まかには。忙しくなりそうよ、人手不足で」
のあ「人手不足?」
留美「別の殺人事件が起こったわ。殺害されたのは水野翠のご両親」
のあ「……本当に?」
留美「これは嘘じゃないわ。殺害されたのは数時間前、午前中かもしれないとのこと」
のあ「犯人は、水野翠なのかしら」
留美「わからない」
のあ「ヘレンが付いていたのでしょう。見逃した?」
留美「既に別人に入れ替わってたのでは、とのことよ」
のあ「入れ替わり……」
留美「リビングを自由に出入り出来ていたもの、疑わないでしょう」
のあ「……そのために、殺害を」
留美「わからない。入れ替われる人物に心当たりは」
のあ「それこそ、古澤頼子なら可能性はあるわ」
留美「変装も得意らしいものね。でも、どちらも行方不明」
のあ「警察は大忙しね」
留美「現場よりも犯人確保が優先ね。ここの警備員が多くて助かったわ」
のあ「私も思ったけれど、理由は」
留美「元々パパラッチだか面倒事のあるファンがいるから、警備を増やしていたそうよ。加えて、公園内の別の場所からも警備員が応援に来てる」
のあ「事件後の混乱で問題は」
留美「体調不良者がいるけれど、大きな混乱はないわ。体調不良者は公園の救護室へ」
のあ「偶然……かしら」
留美「混乱は目的としているなら、警備員にも何か起こるはず」
のあ「目的が混乱でないのなら、なにが目的かしら」
留美「古澤頼子の関係者がいるのでしょう、探偵さんの言う通り」
のあ「該当者は……ごめんなさい、電話にでるわ」
留美「どうぞ」
のあ「美世?どうしたの、車……事情は勝手に調べるわ。好きに使ってちょうだい。早苗には連絡するのよ、それだけは約束して。気をつけて」
留美「原田巡査かしら」
のあ「ええ。留美に聞きたいことは、瀬名詩織のこと」
留美「瀬名さんね。ご察しの通り、音信不通。古澤頼子か水野翠のどちらかと一緒にいる可能性もある」
のあ「検問にかかるといいけれど」
留美「望み薄ね。情報は遮断されていても、検問場所くらいは把握してるはず」
のあ「美世に頼んだ以上は任せるわ」
留美「足を止めてしまったけれど、探偵さんは何をするつもりだったのかしら」
のあ「まゆに聞き込みをお願いしているわ。会わせたい人がいるとか」
留美「まゆちゃんが?私も同行するわ」
106
濡碧公園・オープンステージ・控室B
まゆ「こちらです……」
のあ「……」
まゆ「のあさんは……知っていますか?」
留美「私は知ってるわ。探偵さんは」
のあ「私も知ってるわ。見つからないはずね、彼女は対象にしていなかった」
留美「死んでいるはずだもの」
まゆ「……」
のあ「お話を聞いていいかしら、渋谷凛」
凛「……探偵と刑事か」
まゆ「事件の後は錯乱していたんですけど……今は話せるくらいになりました」
留美「先に一つだけ。渋谷生花店の遺体は別人なのかしら」
凛「……そう。死んでることにして、色々と動いてた」
留美「まゆちゃん、科捜研の2人に偽装の調査をお願いして」
のあ「そうしたら、聞き込みを続けて」
まゆ「わかりました……久美子さんにお願いしたら、みくちゃんと聞き込みを続けます。行ってきます」
凛「……」
のあ「古澤頼子のターゲットは、あなた」
凛「そうだよ、私。私のせいで、卯月が……」
留美「聞きたいことは色々あるけれど、犯人の確保が優先」
のあ「協力しなさい。逃げないということは、そういうことなのでしょう」
凛「……そう」
留美「犯人に心当たりは」
凛「水野翠……翠以外にあんなこと出来るわけない」
のあ「水野翠が、どこにいるかは」
凛「わからない……何が何だか……でも、早くしないと」
のあ「どういうことかしら」
凛「翠も無事じゃすまない……回復したら、何をするかわからない」
のあ「留美、聞いてるかしら」
留美「弓道の試合で一射目だけ異常な成績なのは聞いたわ。身柄確保を最優先に多くの署員が動いてる」
凛「私が……全部悪いの……」
のあ「反省は後で幾らでも聞くわ。古澤頼子は」
凛「わかるわけない。いつも番号が違うし……昨日はケータイから」
のあ「ケータイ?番号は」
凛「……これ。え、かけるの」
のあ「一番早いでしょう。ん?」
凛「鳴った……?」
のあ「切ったわ。直接が早い。行ってくるわ。あなたは、ここにいなさい」
凛「……協力する。卯月の、ために」
留美「行動が早いわね、いつにも増して」
凛「そっちは……」
留美「必要以上に慌てても仕方ないわ。確認したいことがあるのだけれど」
凛「……何」
留美「桐生つかさ、あなた達の協力者かしら」
凛「そうだよ……人や物資を調達してる。慎重な奴だから、尻尾を掴むのは難しいと思うけど」
留美「それが聞ければ問題ないわ。渋谷凛、あなたの命を狙われる可能性は」
凛「頼子が……必要と思うなら」
留美「書類上は死んでいるのだから、消すのは難しくないわ。私にも」
凛「……そうかもね」
留美「私はあなたの身柄を守るわ。だから、私に協力なさい」
107
濡碧公園・オープンステージ・舞台裏
のあ「どこで、鳴ったのかしら」
音葉「のあさん……お話が」
のあ「音葉、発射場所は特定できたかしら」
音葉「もう少しかと……現場周辺に警察は向かっています」
のあ「話は、渋谷生花店の方?」
音葉「はい……科捜研の鑑定ミスというわけではない、と」
のあ「そう信じてるわ。何があったの?」
音葉「歯型は……歯医者から偽物を提出されたようです。DNA鑑定は試験所への配送中にすり替えられましたかと……」
のあ「本当の渋谷凛の物に?」
音葉「はい……遺体と親子関係が確認されるはずです」
のあ「わかってみれば、単純ね。疑えば、わかる。疑う理由がなさ過ぎたわ」
音葉「そうですね……申し訳ありません」
のあ「音葉のせいではないわ。ちょうどいいわ、音葉、協力してちょうだい」
音葉「はい……もちろんです」
のあ「今からケータイを鳴らすわ。どこで鳴ったか、教えてちょうだい」
音葉「先ほど聞こえましたよ……あちらです」
108
濡碧公園・オープンステージ・大楽屋
真奈美「おや、のあと音葉君か」
音葉「……」
のあ「スタッフは、ここに集めているのかしら」
真奈美「全員じゃないが」
のあ「落ち着いてみたいね」
真奈美「おかげさまで。進捗は」
のあ「犯人に協力者がいるようね。音葉、もう1度かけましょうか」
音葉「不要です……真奈美さん、先ほど電話がなりませんでしたか」
真奈美「鳴っていたな。直ぐに切れたが」
のあ「私が切ったもの」
音葉「どちらから……」
真奈美「あのあたり、だったかな」
音葉「それでは、あなたです……ご提出ください」
マストレ「何を、だ」
プルルルル……
のあ「ケータイ電話を。怪しまれないように動かなかったのが敗因ね」
真奈美「さて、事情をお聞きしようかな。青木麗君?」
ベテトレ「ち、違う!こんなことになるのは聞いていない!」
のあ「それでは、何をしたのかしら」
ベテトレ「ステージ正面の映像と音声を渡していただけだ!」
のあ「そう。そのケータイは」
ベテトレ「連絡用に送られてきた。何も連絡は来てない!」
真奈美「何のために、渡したのか」
のあ「こうするためでしょうね。渋谷凛からあなたを結びつけるため」
ベテトレ「それに、事情がある。聞いてくれ」
のあ「それを聞いている暇はない。水野翠か古澤頼子の居場所は」
ベテトレ「前者は知らない、後者は、ここ5年は会ってもいない!」
真奈美「CGプロが君達のビルに来るより、前か」
のあ「事情は分かったわ。自分で警察に話しなさい」
音葉「わかりました……のあさん、ご報告が」
のあ「場所がわかったの?」
音葉「はい……住所を送りました」
のあ「ありがとう。真奈美、行けるかしら」
真奈美「もちろんだ」
のあ「音葉、ここは任せたわ。まゆに外に行くことを伝えておいてちょうだい」
音葉「はい……任されました……」
109
寺務乃市内・某雑居ビル・屋上
真奈美「本当にここなのか、矢は公園を横断していったことになるぞ?」
のあ「確認すればいいこと。あれが、弓のようね」
真奈美「弓……想像していたのと違うな。どちらかと言えば、砲台だ」
久美子「のあさん、こっちに来たの?残念だけど、もぬけの殻よ」
のあ「久美子、早いわね」
久美子「音葉ちゃんが現場にいるから任せて、こっちに来ちゃったわ」
真奈美「本当に、これで撃ったのか」
久美子「志希ちゃんの計算結果通り。この建物に固定された弓なら、速度も精度もシミュレーションの条件が出るって。シミュレーションの結果をみる?」
のあ「参考までに。早回しでいいわ」
久美子「斜め上に撃ち出されて、回転が軌道を安定させてる、先端形状で落下の軌道を変えてるみたい、公園の上空で落下しはじめて、ステージに」
真奈美「もし、視界に入っても一瞬だな」
のあ「上を警戒してなければ気づくのも不可能。このディスプレイは?」
久美子「何かの通信機みたい。標的を映していたとか?」
真奈美「肉眼では会場の屋根が少し見えるだけだな」
久美子「ディスプレイが幾つかあるのよね、何を映していたのか調べてる」
のあ「久美子、志希から何か見解は」
久美子「クレイジー、本当にクレイジーだって」
真奈美「どういうことだ?」
久美子「ちょっとしたパラメータで結果が変わるらしいの。だって、最後は自重で下向きに落とすのよ?異常なデータを瞬時に処理して、微調整しないとムリだそうよ」
のあ「志希が言うなら相当ね」
真奈美「私には今日が悪天候だったなら、成功したようには思えないが」
久美子「そうだと思うわ。恐ろしいくらい成功率の低いことを、それも含めて成功させてしまった」
のあ「嘘のようなことでも、結果は変えられない。水野翠の犯行を裏付けるものは」
久美子「少ないけど指紋が出たわ。照合用の指紋はヘレンからデータ提供済み」
のあ「犯人は水野翠」
真奈美「だが、ここにはいない。渋谷凛の証言とは違う」
のあ「どのような状態になるかは、まゆから聞いてるわ」
久美子「監視カメラの映像があるの。屋上入口の防犯用ね」
のあ「見せてちょうだい」
久美子「ええ。これが、水野翠が入ってきた時」
真奈美「フード……というか頭巾を被ってるのか」
のあ「ロビンフッドかしら」
久美子「私には忍者に見えるわね。次に入ってきた人」
真奈美「フルフェイスのヘルメット」
のあ「背格好はわかるわね。165cmくらいかしら」
真奈美「時刻は」
久美子「犯行直後。それで、こっちが出ていく人物を捉えた時」
のあ「ヘルメット外してるわね」
久美子「瀬名さんね、交通課の」
真奈美「担がれているのは水野翠だな」
のあ「生きてるのかしら」
真奈美「むしろ、呼吸が荒い」
のあ「何故、顔を明かしたのか」
久美子「逃走に使った車両が特定できてるわ。近くのコンビニの監視カメラに映ってた」
真奈美「これはまた、大型のバイクだな」
のあ「白バイ乗りなら問題ないでしょう。追跡は」
久美子「志希ちゃん、聞こえてる?該当車両の追跡は出来た?」
志希『にゃはは~、ついさっきの場所が分かった!ここ!』
久美子「これ、検問の近くじゃない?」
志希『背中に誰かいるよ~。ていうか、検問の手前で止まったみたい?引き返して逃げる?』
久美子「志希ちゃん、情報展開を」
志希『りょうかーい』
のあ「美世、志希が場所を特定したわ。追って」
志希『警察官が該当車両を発見!やっぱ、逃走したぞ~!』
久美子「犯人と共犯者の場所は特定」
のあ「古澤頼子のターゲットも分かった」
真奈美「のあ、原田君を援護するか?」
のあ「こちらが依頼した以上は、そうするべきでしょうけれど」
真奈美「別の何か、あるのか」
のあ「渋谷凛の身代わり、水野翠のニセモノがいたのよ。運んでいる人物もニセモノかもしれない」
久美子「可能性はないとは言い切れないわね」
真奈美「別の潜伏場所を探すか?」
のあ「警察が人を動員した方が今は早い。つまり、情報がない」
真奈美「なら、どうする?」
のあ「水野翠の家に行きましょう。情報を集めるのよ」
110
水野家・リビング
のあ「ヘレン」
ヘレン「ディテクティブ、ソーリー。出し抜かれたわ」
のあ「私に謝罪は不要」
真奈美「何があった?」
ヘレン「水野翠のご両親が殺害された」
のあ「死因は」
ヘレン「扼殺よ。首の骨は折られていたわ」
真奈美「聞き覚えがあるな、西島櫂と同じ手口だ」
のあ「犯人の目星は」
ヘレン「遺体には、ここにいないはずの誰かの痕跡あり」
のあ「水野翠では、ないと?」
ヘレン「イエス」
真奈美「水野翠のニセモノか?」
のあ「そうでしょうね。争った形跡は?」
ヘレン「ないわ。遺体はキッチンと書斎で発見。外からは異常も発見できなかった」
真奈美「もはや、暗殺者だな」
のあ「殺害の動機は」
ヘレン「ニセモノが家を自由に動き、こちらを疑わせないため」
のあ「犯人は、ここで昼食を取っていないかしら」
ヘレン「ご名答。キッチンに死体がある中で、リビングで昼食を取っている」
のあ「ニセモノと入れ替わったは何時かしら」
ヘレン「今日の午前中でしょう」
のあ「連絡をくれた陽動は」
ヘレン「水野邸から目を逸らすためのもの」
真奈美「その隙に、入れ替わった」
ヘレン「水野翠が家を出たのも、その時の可能性があるわ」
のあ「入れ替わりなんて、そんなことが出来る人物はいるのかしら」
ヘレン「いるわ、『化粧師』よ」
真奈美「『化粧師』はもういない」
のあ「井村雪菜と名乗っていた人物に可能であるのなら」
ヘレン「他に可能な人物もいるということ」
のあ「陽動に協力した人物については」
ヘレン「最初の人物は特定。お金で雇われた高校生よ、雇い主の名前すら知らない」
のあ「もう1人は」
ヘレン「そちらは行方不明。長身で黒髪だったわ」
真奈美「該当者が1人いる」
のあ「渋谷凛ね」
真奈美「……つまり、協力者にされたのか」
のあ「趣味が悪いわ。この行動をさせて、渋谷凛に自分のせいだと強く思わせた」
ヘレン「クエスチョン。リン・シブヤとは?」
のあ「後で、留美に聞いてちょうだい。今も取り調べをしているでしょう」
ヘレン「了解」
真奈美「渋谷凛が何か知っているかもしれないな」
のあ「ええ。ヘレン、水野翠が外に出た方法は」
ヘレン「調査中よ。大胆な仮説も検討してるわ」
のあ「真奈美、弓の位置まで徒歩でも行けるかしら」
真奈美「時間的には問題ない。犯行時刻は夜7時だぞ?」
のあ「久美子に確認し損ねたわ。水野翠がビルの屋上に着いたのは?」
真奈美「午後2時頃だった」
ヘレン「一射に5時間もかけるのね、日本のアーチャーはクレイジーだわ」
のあ「足取りは追えるかしら」
真奈美「ちょっと待ってくれ、片桐君から連絡だ」
のあ「出てちょうだい」
真奈美「木場だ……わかった」
のあ「要件は」
真奈美「瀬名詩織の身柄を抑えたそうだ」
ヘレン「言い方が気になるわ。つまり?」
真奈美「抑えたのは瀬名詩織だけだ」
のあ「調査は継続。ヘレン、ここは任せたわ」
ヘレン「オーケー、ディテクティブ。グッドラック」
111
清路市内・某所
真奈美「これは派手にやったな」
のあ「車体のフレームごと曲がってるわね。真奈美、修理できそうかしら」
真奈美「難しいな。そこそこのスポーツカーなら買えるくらいの費用を出せば」
早苗「ごめん、美世ちゃんも覚悟を決めてるから許して?」
のあ「ええ、何があったの?」
早苗「見ればわかるけど、先回りしてバイクを車のサイドフレームで止めた」
のあ「怪我人は?」
早苗「重傷者はなし。美世ちゃんも怪我はないけど、ね」
のあ「瀬名詩織と話せるかしら」
早苗「わかった。検問のテントに一時的にいるわ」
のあ「案内してちょうだい」
早苗「いいけど、拍子抜けよ?」
112
清路市内・某所・検問臨時テント
のあ「……」
早苗「さっきから、ずっとこんな感じ」
詩織「私のしたことは……お話しました」
のあ「つまり、トナカイを逃がす手助けをした」
真奈美「のあの誘拐にも協力した」
のあ「今日は、水野翠を屋上から逃がすのと」
真奈美「渋谷凛を無事にライブ会場に行くようにすること」
詩織「厳密には全てではありませんが……その通りです」
のあ「質問するわ、答えなさい」
詩織「どうぞ……何でも」
のあ「『化粧師』を殺害したのは、あなたかしら」
詩織「違います……」
早苗「自分の領域以外は一切知らないそうよ」
真奈美「君の領域は」
詩織「運転と移動です……」
のあ「検問にわざと現れたわね?」
詩織「はい……美世さんに位置を知らせる必要がありましたから」
のあ「水野翠の居場所は」
詩織「わかりません……」
のあ「検問までは一緒だったのかしら」
詩織「……」
のあ「違いそうね。瀬名詩織、答えなさい」
詩織「二輪であの状態の彼女を運ぶのは……厳しいかと」
のあ「そうなると」
真奈美「弓があったビルの近辺か?」
詩織「いいえ……自動車で清路市内まで移動しました」
のあ「場所は」
詩織「正確な場所はわかりませんが……」
真奈美「車両がわかれば、科捜研の方が早いな」
のあ「誰かと合流したのかしら」
詩織「いいえ……水野翠さんは1人で歩いていました」
のあ「どんな状態だったのかしら」
詩織「歩けては……いましたよ」
真奈美「それなら、バイクで運んでいたのは誰だ?」
詩織「マネキンです……追われている時に、投げました。事故が起こる前に回収いただければ」
のあ「早苗、お願い」
早苗「それはやっておくわ。車両の追跡もね」
のあ「あなたは、何が行われるか知っていたの」
詩織「私の知る所では……ありません」
真奈美「それは、どうなんだ」
詩織「私の目的はスリルを得ること……美世さんが叶えてくれました。高峯さん……あれは良い車ですよ……お目が高い」
真奈美「……」
詩織「私は然るべき裁きを受けて……世界のどこかで、やり直します」
のあ「そう。美世については」
詩織「私の枠が空きますから……希望が通るかと」
のあ「……これじゃ、美世も浮かばれないわ。真奈美、行きましょう」
真奈美「ああ」
詩織「お疲れ様でした……お元気で」
113
清路市内・某所・検問臨時テント前
美世「あの……のあさん」
のあ「美世、お疲れ様」
美世「ごめんなさい!」
のあ「私に謝る人が多いわね、その必要はないのだけれど」
美世「30年ローンくらいで許してくださいっ!」
のあ「何だったら、美世にあげるわ。部品だけでも、かなりのお金になるでしょう」
美世「壊しておいて、それは恐れ多いですっ」
のあ「そう、わかったわ。費用は私で何とかするわ。気にしないでちょうだい」
美世「……」
のあ「私の方こそ、謝るわ。あなたを利用した」
美世「いえ!やらないといけないことだったから」
のあ「瀬名詩織の望む通りに」
美世「……」
のあ「相変わらず、犯人は行方知れず。後は、私達で何とかするわ」
美世「あの……のあさん」
のあ「何かしら」
美世「あたしも……同じなのかな」
のあ「違うわ。自信を持ちなさい。何かあるなら、早苗を頼りなさい」
美世「ははっ、早苗さんにも同じこと言われたっ」
のあ「あれで、ちゃんとした大人だから」
美世「うんっ、減給とかにならないように頑張ってもらうね!」
のあ「……そっちは私の責任ね。埋め合わせはするわ」
真奈美「のあ!」
のあ「真奈美が車を回してくれたから、次へ行くわ」
美世「のあさん、ありがとう。あたしに任せてくれて」
のあ「感謝するのはこちらの方よ。ありがとう、美世」
114
濡碧公園・オープンステージ・舞台上
真奈美「島村君は、ようやく寝ることができたか」
のあ「……そのようね」
音葉「のあさん……志希さんから結果が出たと」
のあ「水野翠の追跡結果ね。教えてちょうだい」
音葉「『消えちゃった~』……とのことです」
のあ「相変わらず、声音を似せるのが上手ね」
真奈美「消えた?どういうことだ?」
音葉「とある監視カメラまでは足取りが分かりましたが……そこからは」
のあ「移動してない」
真奈美「それなら、見つけられる」
のあ「隠れた、ということね」
真奈美「もう一声じゃないか」
のあ「真奈美、言ってみなさい」
真奈美「隠れながら移動している」
音葉「位置情報をお知らせします……警察が捜索は続けていますが」
のあ「真奈美、つまり何が言いたいのかしら」
真奈美「サインを探そう。都心迷宮と同じだ」
のあ「賛同するわ。音葉、以前のデータベースは」
音葉「使えます……水野翠さんが消えた周辺には……」
真奈美「あるのか?」
音葉「残念ながら……ありません」
のあ「サインらしきものを探してもらえるかしら」
音葉「可能です……依頼します」
のあ「水野翠は回復したかしら」
真奈美「いや……逃亡してるなら、落ち着いていないだろう」
のあ「……」
真奈美「のあ、どうする?」
のあ「私達も少し落ち着きましょう。糖分が必要よ」
真奈美「わかった」
のあ「まゆと合流しましょう。音葉も休憩するかしら」
音葉「私はここの仕事と……久美子さん、志希さんとの連絡がありますから」
のあ「わかったわ、続けてちょうだい」
115
濡碧公園・オープンステージ・舞台裏
のあ「新田巡査、お疲れ様」
美波「お疲れ様ですっ」
のあ「渋谷凛はいるかしら」
美波「はい。警部補と控室Bにいらっしゃいます」
のあ「そう。取り調べの方は」
美波「私が担当しました。資料を、読みますか?データ化もしてありますよっ」
のあ「紙の方を貸してちょうだい」
美波「どうぞ」
のあ「ふむ……」
真奈美「新田巡査、随分と人が減ったようだが」
美波「捜査と取り調べはほぼ終わりました。順次、帰宅してもらっています」
真奈美「そうか。前川君達は?」
美波「アイドルさん達は、一緒に事務所に戻ったそうです」
のあ「成宮由愛はどうしたのかしら」
美波「お母様が迎えにいらっしゃいました」
のあ「新田巡査、ありがとう。渋谷凛に会うわ」
美波「わかりましたっ。案内はいりますか?」
のあ「不要よ。それと、まゆがいる所を教えてちょうだい」
116
濡碧公園・オープンステージ・控室B
留美「他言無用よ、いいかしら」
凛「……わかった」
コンコン!
留美「どうぞ、入って良いわ」
のあ「お邪魔するわ」
真奈美「失礼する」
のあ「留美、お疲れ様」
留美「彼女に御用かしら。それとも私?」
のあ「渋谷凛に」
凛「……」
留美「どうぞ、ご自由に」
のあ「渋谷凛、話を聞かせてちょうだい」
凛「……いいけど、もう色々と話した」
のあ「おそらく、聞いていないこと」
留美「ここは任せるわ。話が終わったら、署に送るわ」
凛「……元より、そのつもりだから」
留美「探偵さん、終わったら呼んでちょうだい」
のあ「わかったわ」
留美「失礼するわ」
凛「それで、話は」
のあ「急がないこと。コーヒーが来るまで待ちなさい」
117
濡碧公園・オープンステージ・控室B
まゆ「スタッフさんから備品のコーヒーをいただきました……どうぞ」
のあ「ありがとう、まゆ」
真奈美「すまないな」
まゆ「渋谷さんも……どうぞ」
凛「……貰っていいの」
のあ「話をしてもらうから、受け取りなさい」
まゆ「お砂糖とミルクも置いておきますね」
凛「……ありがとう」
のあ「留美と何を話していたのかしら」
凛「身の守り方」
まゆ「身の……」
凛「警察の内通者も1人はわかってる……だけど、言えない」
のあ「賢明ね。留美に任せなさい」
真奈美「情報を明かすことで危険になるのなら、そうしないべきだ」
凛「信頼していいのかな」
のあ「もちろん。保証するわ」
凛「わかった……そうする。それで、私に聞きたいことは」
真奈美「水野翠の身元がわからない」
のあ「この辺りで消息が絶えたわ。心当たりは」
真奈美「地図でいうと、ここだ」
凛「この辺り……私や頼子の隠れ家はないかな」
のあ「都心迷宮のようなサインは」
凛「都心迷宮のサインは駅から遠いところにはないから」
真奈美「何か、ないか」
まゆ「隠れられる場所とか……」
凛「うーん……そうだ。ここ」
のあ「ここ?」
凛「半グレの溜まり場だった、使われてない地下の駐車場があるはず」
のあ「半グレ?」
凛「半グレ集団は仲間割れで死亡事件起こして解散。その後はホームレスがいたけれど、今度はホームレス狩りにあって寄り付かなくなった」
真奈美「それなら、今は」
凛「住み着いている人間はいないと思う。スケートボードの練習台は置いてあった」
真奈美「小松伊吹か?」
凛「知ってる。あそこで練習してたかは知らない」
のあ「住み着いていないけれど、使っている人物は」
凛「特定の人間じゃない。宿がない学生が夜を明かしたり、話したりはしてるみたい」
真奈美「ということは」
まゆ「未成年……?」
凛「この近くは再開発区域外だから、他にも場所はあると思う」
のあ「水野翠が回復を待てるのには」
凛「十分だと思う。これ、渡しておく」
まゆ「カギ……ですか」
凛「どこかの扉のカギ。頼子が集めて使ってた。役立つかもしれないから」
のあ「受け取っておくわ。ありがとう」
凛「……そんなこと、言われる権利はないから」
まゆ「……」
のあ「コーヒーを飲んだら行きましょう。渋谷凛、後で話を聞きに行くわ。話したいことが、あるみたいだから」
凛「……待ってる。翠、止めてあげて」
のあ「ええ」
真奈美「未成年者がいる場所なら」
まゆ「聞く人に心当たりが……」
のあ「ええ。夏美に聞くとしましょう」
117
濡碧公園・駐車場
まゆ「夏美さんは……つながりません」
真奈美「清路署内にもいないようだ。仙崎君は?」
まゆ「のあさん……いかがでしょうか」
のあ「恵磨と通話してるわ。恵磨、スピーカーにしていいかしら」
真奈美「それなら、車内だ。乗ってくれ」
のあ「わかったわ。恵磨、少し待ってちょうだい」
まゆ「よいしょ……」
真奈美「車内のスピーカーにつなげるか?」
のあ「もちろん。恵磨、聞こえるかしら」
恵磨『そっちも、聞こえてる!?』
のあ「ボリュームを下げて」
真奈美「了解」
のあ「恵磨もよ」
恵磨『りょーかい』
のあ「恵磨も夏美と連絡が取れないのよね」
恵磨『そう。事件の情報がまわってきたから、イヤな予感がして』
まゆ「夜回り……ですか?」
真奈美「その時間には早いんじゃないか」
恵磨『基本的には22時以降だからね。夏美の趣味知ってる?』
のあ「ランニング」
恵磨『流石の夏美でも3時間は走らない。よく、夜の空を眺めてる』
のあ「夜空?」
まゆ「天体観測が趣味……?」
真奈美「のあと同じだが」
のあ「それだったら、話を聞いているうちにわかるわ」
恵磨『どこかに出かけては飛行機を探してるんだ』
真奈美「飛行機?」
恵磨『前はCAになりたかった、って。今は旅行にすらほとんど行かないけど』
真奈美「確か、英語も達者だったな」
のあ「それなのに、どうして少年課の警察官をやっているのかしら」
恵磨『あー、聞かなかった。アタシも少年課の警察官だから』
のあ「つまり」
恵磨『同じ顔するんだよね。言いにくいことのある未成年と、さ』
まゆ「……」
恵磨『話が逸れた。夏美はストイックだからこそ、時々贅沢してるんだ』
真奈美「今日は出かけていたのか?」
恵磨『たぶん。日曜日だし』
のあ「夏美は水野翠が逃走していることを知った、そうしたら?」
恵磨『まず、バディに連絡しよう!』
真奈美「どうやら、彼女は違うみたいだ」
恵磨『その文句は後で言っとかないと。何か心当たりが、あった』
真奈美「水野翠が行きそうな場所?」
のあ「夏美に心当たりがある?」
恵磨『いや、ないはず。精々、若者の溜まり場とか』
まゆ「手当たり次第に探してる……とか?」
のあ「恵磨、夏美が電話に出ないことはあるの?」
恵磨『たまーに。でも、直ぐに折り返してくる』
まゆ「でも……通話できていません」
のあ「折り返してこない理由は?」
恵磨『幾度となく聞いてるっ。ケータイ電話に掛けたことがあるなら、聞いてること』
真奈美「それはつまり、電源が入っていないか」
まゆ「電波の届かないところ……」
のあ「地下ね。アンテナのないような」
真奈美「既に地下に潜っているのか」
恵磨『使われてない、管理されてない場所なら夏美は署内で一番詳しい、はず』
真奈美「恵磨君も知ってるか?」
恵磨『そこなんだよね、知ってる場所はたくさんあるわけ』
のあ「夏美が知っていたことに組み合わせればいい」
恵磨『どういう意味?』
のあ「今日知ったことは?」
まゆ「事件が……ありました」
のあ「真奈美、あの弓は初見で使えるかしら」
真奈美「普通の人間にはムリだ」
のあ「そう、ムリ」
恵磨『試し打ちしてる?』
のあ「あれだけの物、痕跡が残るはずよ」
真奈美「事件が起こって、意味がわかった」
恵磨『アタシには、わかんないんだけど』
まゆ「夏美さんだけが見ていた……夜回りの途中とか」
のあ「水野翠の状態は良くないわ。その状態で行けるなら」
恵磨『既に行ったことがある場所!』
真奈美「極秘練習場か」
のあ「ええ。真奈美、弓を打つ場所と言えば」
真奈美「距離が取れるところだ。細長い場所」
のあ「例えば、通路。建物と建物をつなぐような」
まゆ「駐車場とか……」
のあ「平行でなくてもいい。縦長でも問題ない」
真奈美「見えて来たな」
のあ「ある程度の場所は絞り込めてる」
恵磨『あー、もう!だから、なんで一人で行くかな!』
のあ「怒るのは後。恵磨もこっちに来てちょうだい」
恵磨『わかった!すぐ出るから!』
のあ「まゆ、志希と連絡を取って。場所の絞り込みに手伝いを」
まゆ「わかりました……」
のあ「人員も借りましょう。私から、志乃に連絡するわ」
真奈美「のあ、私は何をしようか」
のあ「現場まで。急いで」
118
射手の地下通路
射手の地下通路
家電量販店と市営の地下駐車場、そして閉店した百貨店を繋いでいた地下通路。百貨店が閉店したため、常時封鎖されている。
翠「ふー……いらっしゃいましたか」
夏美「こんばんは、水野翠」
翠「少年課の方でしたか……最初は……」
夏美「あなたは未成年だもの。私が来ないといけない」
翠「ここは……封鎖されているはずですが……」
夏美「百貨店の警備員が合鍵をろくでもない連中に売ったわ、リストラの腹いせね。ま、最終的に百貨店は閉店しちゃったけど。合鍵は何個かあって、1部は不良グループに流れた。それが、この1つ」
翠「なるほど……同じ物を持っていますよ……ふぅ……はー……」
夏美「体調が悪そうね」
翠「ええ……全てを出し切りました、見たでしょう」
夏美「見ていないわ。私は知ってるだけ」
翠「そうですか……残念」
夏美「そこの壁は、弓があたった後なの?」
翠「その通りですよ……しかし、空を裂く弧の軌道は一度だけ」
夏美「……」
翠「今日だけ……ですよ。よ……っと」
夏美「立ち上がれるの?」
翠「ええ……死んでいないなら、立ち上がれますから。酷い眩暈がします」
夏美「大人しく、降参なさい。いずれ、捕まるわ」
翠「そうですか……それはわかっています」
夏美「自分がしたことを理解できないほど、あなたが愚かだと、私は思わない。だから」
翠「お願いしますか……私に?」
夏美「ええ。全ての罪を話してもらうわ」
翠「そうしたら……救われますか」
夏美「あなたに意思があるのなら、必ず」
翠「知っています……私の誕生日、ご存知でしょうか……?」
夏美「……12月5日。18歳よ」
翠「極刑は……あり得ることでしょう」
夏美「……」
翠「それが、救いでしょうか……」
夏美「違うわ。その時を待つだけならば、あなたも誰も救われない」
翠「……」
夏美「終わりにしましょう。刑事じゃないから、私は丸腰。差し出せるのは、この手だけよ」
翠「すぅ……」
夏美「水野さん、お願い」
翠「それが……イヤなんですよ!」
夏美「……え」
翠「何時だって、誰もわかってくれない!私の求めるものを、誰も差し出さない!そうやって、優等生としての私しか見ない!」
夏美「……」
翠「この外見と表層しか、分からない……おっと……」
夏美「水野さん、大丈夫……それをしまいなさい」
翠「弓だけではありません、短刀も……ありますよ。お見せします」
夏美「辞めなさい!」
翠「止めたいのなら……どうぞ。止めてください、さぁ」
夏美「ちっ……警察官、舐めるんじゃないわよ」
翠「ええ……殺す気で来てください」
夏美「……ふぅ」
頼子「そこまで、です」
夏美「きゃあ!」
119
清路市内・某所
のあ「恵磨!」
恵磨「お疲れ様ですっ!場所はわかった?」
のあ「志希のおかげで絞り込めたわ。私達はカギの必要そうな場所へ」
真奈美「のあ、これを」
のあ「ええ。真奈美は」
真奈美「問題ない」
恵磨「えーっと、ちょっと黙っておく」
のあ「お気遣いありがとう。恵磨、まゆと一緒に待機してちょうだい」
恵磨「わかった。連絡役をすればいい?」
のあ「いいわ。あまりにも連絡がこないなら、探してちょうだい」
恵磨「怖いこと言わないでよ」
のあ「真奈美がいるから平気よ、行ってくるわ」
120
射手の地下通路
夏美「痛……ぎぃ、古澤頼子……!」
頼子「そんなに歯を食いしばっても、睨みつけても足の痛みは変わりませんよ」
翠「お見事です。弓の使い方が上達しましたね」
頼子「稽古の成果です。この程度の弓が使いやすいかと」
翠「洋弓は趣味ではありませんから」
頼子「そうですか。アキレスの泣き所とはよく言ったものです」
翠「アキレス腱には当たっていません。矢が刺さっているため、歩ける状態ではないですが」
頼子「水野翠。その短刀を渡しなさい。あなたには不要です」
翠「どうぞ」
夏美「何を、する気……」
頼子「あなたには、別に興味がありません。こう、するのですよ」
翠「あ……え……」
夏美「さ、刺した……」
頼子「望んでいたことですよ、あなたが」
翠「がはっ……どうし……て」
頼子「水野翠には、こちらが良いかと」
夏美「くっ、一瞬だけ動け!」
頼子「うるさいです。」
夏美「う……蹴りぐらいで、止まるわけには……」
頼子「さようなら、水野翠さん。矢で打ち抜かれること、それが定めでしょう」
夏美「やめて!」
頼子「矢は既に放たれました。遺体が増え、足を負傷した警察官が1人」
夏美「なぜ?殺す必要はないはず!」
頼子「なぜ?そんなことも分からないのですか?」
夏美「人殺しの考えなどわからない!」
頼子「水野翠は罰を求めていました。それに応えただけのことです」
夏美「違う、そんなはずは、ないっ」
頼子「誰も彼女の本心に気づかない。誰も彼女の正体に気が付かない。誰も彼女を怪しまない。分かったとしても、誰も彼女を強引には止めない。彼女はずっと、そのまま」
夏美「……」
頼子「思い当たるものがあるからこその間、悪くありませんよ。彼女は容姿を褒められることにも慣れていました、本当はそんなことは求めていないのに」
夏美「それなら……」
頼子「あなたがいつも通りやれば良かったのです。夜回りで見つける不良少年少女を扱うように。18歳の誕生日を迎えるまでに、強引に止めたのなら」
夏美「起こらなかったって……言いたいの……痛っ……」
頼子「感情が揺らぐと痛みに支配されますよ。ええ、その通り。彼女が求めていたのは、自信の欠点や負の感情を突きつけ、叱ってくれる誰かですよ。あなたの得意なことではありませんか」
夏美「それなら、殺し屋なんてする必要ないでしょう!」
頼子「命を奪わなければ、誰も命を賭けてくれませんから。そうでしょう?」
夏美「お前は……」
頼子「少年課の相馬夏美巡査部長、充分です。あなたに捕まるのも殺されるのも面白くありません。あなたは、病院のベッドで指をくわえて見ていてください。ああ、爪を噛むのは厳格な両親に矯正されましたか。比喩というものです」
夏美「私のこと、知ってるわけね」
頼子「知りたくもありませんでしたが、偶然ですよ。私のお楽しみはこれからです。乞うご期待、なんてはしたない言い方でしょうか」
夏美「何を……するつもりなの」
頼子「ご安心ください。未成年者はいませんよ」
夏美「そういう話じゃない!」
頼子「あら、怖いこと。命に別状はありませんし、あの探偵さんが時期に迎えに来てくれることでしょう。私は逃げないといけません。それでは、ごきげんよう」
夏美「待っ……追うのはムリか……」
夏美「動くのも痛いけど……水野さん、答えて!水野さん!」
夏美「……ダメか……こうなるのを防ぎたかったのに」
121
射手の地下通路・入口前
のあ「この扉の先は」
真奈美「連絡通路だ。倒産した百貨店跡地につながってる」
のあ「電波は通ってないわね」
真奈美「アンテナがないからな。誰も来ないところに設置する義理はない」
のあ「内側、明かりが点いてるわ」
真奈美「扉は開くか?」
のあ「開かない。施錠されている」
真奈美「カギは」
のあ「渋谷凛は使ったことはないと言っていたわ。どれかは分からない」
真奈美「順番にやるか。いや、カギの形状がわかればいいのか」
のあ「百貨店に繋がるから防犯用……いえ、一度替えたのね、ピッキングしにくいものに。こうやって、渋谷凛や他の人物が持っていたら意味はないけれど。ディンプルキーはあるかしら」
真奈美「この丸い打痕があるやつか?」
のあ「その通り。4つだけね……いや、4つもあると言うべきかしら」
真奈美「4つなら順番にやればいい」
のあ「簡単ね。4つもある問題は後で考えましょう」
真奈美「カギは開いた」
のあ「行くわよ……3秒後に」
真奈美「了解だ」
のあ「3、2、1……」
真奈美「行くぞっ!」
122
射手の地下通路
のあ「真奈美、いたわ。夏美と……水野翠」
夏美「あっ、本当にのあさんが来た」
真奈美「大丈夫か!?」
夏美「この通り。これ以外は」
真奈美「よく平然としてるな。歩けるか?」
夏美「ちょっと無理。油断しちゃった」
真奈美「油断ですませるものには見えないぞ」
のあ「水野翠は亡くなってるわ。死因は胸に刺さった矢、腹部には短刀」
夏美「……ごめん。止められなかった」
真奈美「誰にやられた?」
夏美「古澤頼子。私の足に刺さってるのも短刀も全部」
のあ「古澤頼子が、ここに来ていた」
夏美「もういない。のあさんとは逆方向に行ったけど」
真奈美「百貨店方向か。追うか?」
のあ「追いつかないわ。こちらを優先しましょう」
真奈美「わかった。怪我人優先だな」
のあ「真奈美、地上まで走ってきなさい。警察と救急車、あと担架もあったら持ってきて」
真奈美「夏美君、もうしばらくの辛抱だ。行ってくる」
夏美「ありがと、真奈美さん」
のあ「夏美、足の様子を見せて」
夏美「うん、どうぞ」
のあ「応急処置は自分でしたのね」
夏美「そう。上手くできてる?」
のあ「ええ。痛みはどうかしら」
夏美「かなり、やばいわ。強がってるの、わかるでしょ?」
のあ「やっぱりね」
夏美「せっかく間に合ったのに。やっぱり、ダメね」
のあ「まだ強がっているべき。まずは、恵磨を連れて行かなかったのは失敗よ。怒られなさい」
夏美「そっか、覚悟しておかないと」
のあ「話していた方がいいかしら」
夏美「そうして。気絶も出来そうもなくて」
のあ「わかったわ」
夏美「ごめん。間に合ったのに止められなかった」
のあ「古澤頼子は、最初から水野翠を殺すつもりだった。あなたが無事で良かったわ」
夏美「……そうかな」
のあ「水野翠を呼び出したのは古澤頼子よ。そうでなければ、タイミングが良すぎる」
夏美「それも止められたかも、しれない」
のあ「どういうことかしら、話してちょうだい」
夏美「身元もわかってるから、口封じもいらない。殺すに値する相手じゃなくしてあげないと、いけなかった」
のあ「古澤頼子の思考を考えるのは辞めた方がいいわ。理解すべきじゃない」
夏美「水野さん、罰を欲しがっていたそうよ」
のあ「本人が言ったのかしら。それとも、古澤頼子の言い訳かしら」
夏美「本人よ……たぶん、本心だった」
のあ「罰なんて、この世には幾らでもあるわ。少し手を抜けば、彼女は罰や叱責を得られた。古澤頼子の詭弁でしょう」
夏美「違うと思う、わかるの」
のあ「……何が」
夏美「演技だったら、本気では取り合ってくれない。適当な悪事は本気を産み出さない。悩みは解決しない」
のあ「……」
夏美「そういうものでしょ、わかる?」
のあ「水野翠については、同意しかねるわ」
夏美「気づいた時に、殴れば良かった。そうしたら、事件もなかった」
のあ「それも同意しかねるわ。警察にもいられなくなるのだから」
夏美「経験則だもの。存分に経験してきた」
のあ「多くいるタイプなのかしら、問題を起こす少女に」
夏美「多くはないと思うわ」
のあ「会ったことがあるの?」
夏美「私」
のあ「問題児だったの?」
夏美「違う違う。優等生で、学校内では注目されてなかった」
のあ「水野翠とは違うわね。彼女は注目の的だった」
夏美「気づかれないのは一緒。優等生って、つまらないもの」
のあ「程度が違うわ」
夏美「……そうかしら」
のあ「そうよ」
夏美「次は、がんばるわ。被害者の罪滅ぼしにはならないけれど、警察官として」
のあ「それなら、任せたい人物がいるわ」
夏美「……今回の共犯者?」
のあ「今回は、共犯じゃない。渋谷凛、覚えてるかしら」
夏美「西園寺邸の犯人?」
のあ「生きてたわ。警察が身柄を保護してる」
夏美「……」
のあ「島村卯月と関係があるみたい。ショックを受けてるわ」
夏美「そう、わかった。夜の公園で会ったの、そういうことね」
のあ「渋谷凛に?」
夏美「生きてるのは、今知ったわ。私が会ったのは島村卯月ちゃんの方、秘密の友達がいたのね」
のあ「お願いできるかしら」
夏美「ええ、渋谷さんは反省してるの?」
のあ「私には、そう見えたわ」
夏美「それじゃあ、怪我が良くなったら会いに行く。約束ね」
のあ「夏美、公園の名前を教えてくれるかしら」
夏美「良楠公園。花屋が目の前にあるわ」
のあ「ありがとう。先に調べておくわ……何か聞こえるわね」
夏美「恵磨ちゃんの声が聞こえたわ。声は抑えて、って言ってるのに。特に感情が高ぶる時は」
のあ「バディへの要求はお互い様ね」
夏美「そうみたい。ありがと、のあさん」
のあ「何も出来てないわ。殺されたのに……穏やかな眠り顔ね、水野翠は」
夏美「せめてもの幸運に、なるわけないわ……」
のあ「……ええ」
夏美「あたたた……痛みの方に意識が行った。ダメね、ほんと」
のあ「そんなことはないわ。あなたは必要な人物よ」
夏美「そうなれていると、いいけれど」
のあ「なれてるわ。ゆっくり休みなさい、おそらく入院だから」
夏美「そうね、ベッドでのんびりさせてもらおうかしら」
123
清路警察署・留置場
のあ「こんばんは」
凛「探偵か……来たんだ」
のあ「少しだけ話に来たわ」
凛「そう……1人なの?」
のあ「今は。助手の集めた情報を警察に渡している所よ。今日は長居せずに帰るわ。水野翠については聞いてるかしら」
凛「……聞いた」
のあ「あなたはこうして生きているわ、渋谷凛と名乗って」
凛「……でも、だから、卯月を巻き込んだ」
のあ「今日は島村卯月の話を。少し調べたから、聞いてちょうだい」
凛「早いね」
のあ「いいえ、遅いわ。良楠公園で会っていたのは間違いないかしら」
凛「……合ってる」
のあ「初めて会ったのは、公園前の花屋、風花ね」
凛「そう。卯月は花を選んでた、嬉しそうに」
のあ「センターであることが、公表された日ね。買った花は」
凛「……アネモネ」
のあ「渋谷生花店の跡地に、島村卯月が備えた花と一緒」
凛「あれ……卯月だったんだ」
のあ「花言葉は、期待や希望」
凛「詳しくなったね」
のあ「さっき、電話で聞いたわ。相葉夕美に」
凛「……」
のあ「謝らないといけない人がいるわね、たくさん」
凛「……うん」
のあ「洋食フレッチャに島村卯月のサインが飾られていたわ。一緒にいたのは、あなたかしら」
凛「そう、私」
のあ「ご主人がお喋りだから、それはわかってるわ。問題は、あの店に盗聴器があること」
凛「……」
のあ「知らなかったようね。電気工事の際に取り付けられたと推測」
凛「つまり、古澤頼子は知ってた。当たり前か、教えてくれたんだから」
のあ「あなたを標的にしたのなら、公園にも何かあったのでしょう」
凛「……そうかもね、私が標的なら」
のあ「おそらく、あなたが知らないことを2つ。あなた、誰かを見張ってたの?」
凛「そう。これは、刑事さんに言ったかな」
のあ「横領犯かしら」
凛「そう、横領犯の愛人と隠し子」
のあ「横領犯は殺されてるわ。凶器は弓矢、古澤頼子が相馬夏美巡査部長と水野翠を打ったものと似ていた」
凛「え……何時?」
のあ「12月20日よ。あなたは、それ以降も張り込みを続けている」
凛「……そういうことか」
のあ「夜、島村卯月に会えるように、障害は取り除いた」
凛「私の知ってる古澤頼子は、もう少し賢かった」
のあ「ええ。直接手を下すことはなかった」
凛「何か……おかしくなってる。最初からおかしいけど、もっと」
のあ「私の話はこれで最後。島村卯月の日記帳は知っているかしら」
凛「日記は、知らない」
のあ「ある時、日記をつけるようになった。自分自身に嘘をつかないように」
凛「……卯月に聞いた」
のあ「あなたのことも書かれていたわ。現物は渡せないけれど、写真を何枚か。どうぞ」
凛「……くれるの」
のあ「私は、その方が良いと思ったわ」
凛「……ありがと」
のあ「渋谷凛、あなたが犯したことに対して、贖罪の機会が与えられるか、どうかもわからないわ」
凛「……」
のあ「それでも、渋谷凛でいなさい。島村卯月の友人で、彼女が……取り戻したかった渋谷凛で」
凛「……これ、本当に読んでいいの?」
のあ「その答えは自分で出しなさい」
凛「……わかった。読む、全部」
のあ「今日は休みなさい。疲れが取れたら、協力してもらうわ」
凛「ねぇ、聞いていいかな」
のあ「私の話は終わり。構わないわ」
凛「もしも、だよ」
のあ「仮定の話、得意分野ね」
凛「卯月に会ってなければ……声をかけなければ、卯月は死なずに済んだのかな」
のあ「もしもの話は未来にだけするべきよ。過去は変えられないのだから」
凛「正論だけど、さ。他に言い方はないの?」
のあ「私の両親が死ななかったイフをずっと考えていたわ。考えていても、変わらない。だけれど、変えようと思う行動は未来を変えられる」
凛「……」
のあ「未来は変わったわ。そうして出来た、変わった過去を背負って、人は進むしかないの」
凛「最悪の結末……でも?」
のあ「そうよ。この事件について言うのなら、あなたは完全に被害者だもの。島村卯月の情報を古澤頼子には流していないのでしょう?」
凛「うん。話す必要なんか、なかったから」
のあ「渋谷凛は戻って来れたわ。誰かのおかげで」
凛「そう……卯月のおかげ。私、やっと、自分になれた」
のあ「あなたがなれたあなたに期待しているわ。贖罪をし、この連鎖を止めることを」
凛「……そうする」
のあ「今のあなたに聞いておくことを思い出したわ。答えられるでしょう」
凛「何?」
のあ「西園寺琴歌を蜂毒で殺害したのは、渋谷凛、あなたね」
凛「……そうだよ。蜂を温室に放ったのは、私」
のあ「被疑者死亡で逃げられなくて、良かったわ。さようなら、また来るわ」
124
清路警察署・ロビー
のあ「留美、お疲れ様」
留美「お疲れ様。渋谷凛の様子はどうだったかしら」
のあ「協力はしてくれそうよ。西園寺邸の事件についても自白したわ」
留美「そこまでやったのね。私はもう疲れたわ、明日は休もうと思って」
のあ「あら、留美にも珍しいこともあるのね」
留美「私だって、有休くらいとるのよ」
のあ「それなら、高垣楓が家に来るわ。どうかしら」
留美「遠慮しておくわ」
まゆ「のあさん……お疲れ様です」
真奈美「こっちは終わりだ」
留美「助手さんが迎えに来たわ。さよなら、探偵さん」
のあ「留美、また会いましょう」
まゆ「お疲れ様でした……おやすみなさい」
真奈美「さて、帰るとしようか」
まゆ「そうですねぇ……お腹が空きました」
真奈美「朝から働きづめだったのを思い出した。エネルギー補給が必要だ」
まゆ「朝から……あぁ」
のあ「どうしたの、変な声を出して」
まゆ「素敵なステージだったのに……色々あって記憶が」
のあ「記憶は良く飛ぶわ、仕方ないの。ええ、逃れられないのよ」
真奈美「のあが言うのと意味は違うと思うぞ」
まゆ「事件は残念ですけれど……卯月ちゃんも、みんな、素敵でした」
真奈美「ああ、私も誇れるよ。彼女の魔法の時間は、こんなことでは奪われるべきではなかった」
のあ「……そうね」
まゆ「ふふふ、みくちゃんと仲良くなりましたぁ。次は一緒にライブに行きたいです」
のあ「あら、そうしましょう。真奈美、会場はアリーナで頼むわ」
真奈美「私が決めることじゃない」
のあ「それもそうね」
真奈美「さて、今日はラーメンでも食べに行こうか」
のあ「こんな時間に?」
真奈美「こんな時間だから、さ」
のあ「私は構わないわ」
真奈美「佐久間君はどうかな?」
まゆ「私も……食べたいです」
真奈美「決まりだ」
まゆ「ライブのことを少し話したいな……」
真奈美「付き合おう」
のあ「私、見ていないのだけれど」
真奈美「見ていないといけないのか?同居人の世間話だよ」
のあ「確かに、ファン目線が抜けきらなかったわ」
真奈美「食事が優先だ。さぁ、行くとしようか」
のあ「英気を養いましょう。事件の解決と、次を止めるために」
まゆ「……はい」
真奈美「ああ」
のあ「次はないわよ、古澤頼子」
エンディングテーマ
探し人
歌 前川みく
125
エピローグ
1月25日(月)
夕方
高峯探偵事務所
楓「こんにちは~」
真奈美「高垣君か、いらっしゃい」
のあ「待っていたわ。休暇は楽しんでいるかしら」
楓「はい、久しぶりの都会もいいものです。これ、つまらないものですが」
のあ「あら、ありがとう。真奈美、受け取って」
真奈美「高垣君、いただくよ」
のあ「紙袋の中には何が入っているのかしら」
楓「希砂島の新しいギフトセットです。宣伝も兼ねて、配っているんですよ」
のあ「相変わらず、馴染んでいるようで何より。真奈美、お茶でもいれて」
真奈美「貰った中に茶葉があった。これを出してもいいかい?」
楓「希砂島のハーブをたくさん使った、ハーブティーです。二日酔いには最適なんです」
真奈美「淹れてみよう」
のあ「楓、飲み過ぎてないかしら」
楓「大丈夫。待機日が2日に一度来ますから」
のあ「休み中は」
楓「この通り、お昼からちょびっと。そうだ、お酒も持ってきましたよ」
のあ「私はいらないわ。真奈美は?」
真奈美「後でいただくよ。それなら、雪乃君も呼ぼうか」
楓「下のカフェの店長さんでしたね、この機会にお知り合いに」
のあ「来たら、紹介するわ。暇だったら、寄ってあげて」
楓「ぜひ。昨日は大変だったみたいですね」
のあ「ええ。犯人は殺されて、昨日の事件は終わり」
楓「ニュースで見たので、留美さんに協力を申し出たのですが」
のあ「断られた?」
楓「はい。休暇中に働かせるわけないでしょう、と」
のあ「留美らしい言い方だけど、同感ね」
楓「しかし……希砂二島の事件と同じ手口だった、とお聞きしました」
のあ「水野翠の両親については、そうよ」
楓「犯人は、あの場所にいた人物でしょうか」
のあ「そうでしょうね」
楓「つまり……」
のあ「犯人は古澤頼子でしょう。逃げるのも隠れるのも得意ね。ヘレンが調べた結果、2回の陽動で視線を逸らすことだけで水野翠を逃がしたそうよ。自身は水野翠になりすまして」
楓「彼女は……私達の島にも事件をもたらしました。協力させてくれますか?」
のあ「気持ちはわかるわ。だけれど、今は休暇に専念なさい」
楓「不思議な言い方ですね」
のあ「その気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう」
真奈美「淹れてみた。香りは……そうだな、効きそうだ」
のあ「ありがとう……効きそうね、確かに」
真奈美「高垣君もどうぞ」
楓「いただきます。ちょっとスパイシーで独特な風味なんですよ」
のあ「ふむ……言った通りね。悪くないわ」
真奈美「最初は刺激的だが、後味は悪くない。仕事中に飲むといいかもな」
楓「ふむふむ、お土産屋さんに伝えておきます」
のあ「確かに後味は良いわね。後味が悪いほど、効きそうな感じもするけれど」
真奈美「ははっ。その気持ちはわかるが、実際は良いことじゃないな」
楓「終わり良ければ総て良し、と言いますから」
のあ「そうね。でも、全てが気分よく終わるとは限らない」
楓「……はい。知っています」
のあ「そうなるように努めるだけね。今日の寝つきが良くなりますように」
真奈美「ああ。夕食は豪勢に行こうじゃないか」
楓「ふふ、楽しみです」
のあ「菜々にも手伝ってもらうわ」
楓「菜々?」
ピンポーン……
真奈美「来客か。ウワサをすれば、菜々君だ」
のあ「あげてちょうだい。何か用かしら?」
真奈美「菜々君、あがってくれ」
菜々「のあさん、大変ですっ!」
楓「こんにちは」
菜々「こちらの美人さんは……あっ、今日来る元刑事さんですねっ。はじめまして!」
楓「はじめまして。希砂本島に駐在しています、高垣楓巡査部長です」
菜々「そう、刑事!のあさん、テレビつけてください!」
のあ「テレビ?真奈美、お願い」
真奈美「わかった。チャンネルは」
菜々「緊急ニュースなら、どこでも!」
真奈美「これで、いいな」
楓「ヘリからの映像、ですね」
のあ「見覚えのある場所だわ、鷹富士神社の近くかしら」
テレビ『先ほど鷹富士神社近辺の建物内で射殺体が発見されました。遺体は建物内に入っていたGP社、社長の桐生つかささんとみられています。桐生つかささんは女子高生社長として近所では有名で……』
真奈美「桐生つかさ?殺されるような動機はあるか?」
のあ「事業的に殺人に巻き込まれるようなこともやってないと思うのだけれど」
楓「存じ上げませんが、銃殺は気になりますね」
菜々「疑われてる人が、その、知ってる人で!」
のあ「知り合い?」
テレビ『現場の遺留品から、清路警察署刑事一課、新田美波巡査が関わっているとみられています。現在連絡が取れず、警察が足取りを追っています』
楓「留美さんの……部下」
のあ「真奈美、感想は」
真奈美「何が何だかわからないが、マズイことが起こっているのはわかる」
のあ「同感。のんびりはしていられなさそうね」
エピローグ 了
終
製作 tv〇sahi
次回
最終話
銀の銃から、弾丸は放たれた。
古澤頼子「高峯のあの事件簿・マスターピース」(完)
オマケ
撮影中の一幕・その1・妥協をしていては世界レベルには到達しないわ!
ステージ上
未央「うわぁ、しまむーが串刺しだよ……」
凛「凄いね……これ」
卯月「あっ!未央ちゃん、凛ちゃん」
凛「卯月、お疲れ様」
卯月「あの、写真を撮ってくれませんか?」
未央「いいよー」
卯月「ぶいっ!」
凛「そのメイクで笑顔だと……」
未央「しまむースマイルを消し去るとは……何たるメイク術!」
凛「海外から美術スタッフが来たって、本当なの、プロデューサー?」
CoP「本当です」
未央「コレ、かかってますなぁ」
CoP「そのポーズは土屋さんにお任せしましょう」
凛「費用とか大丈夫なの?」
CoP「いや、ダメ。本当は、寝かされた後しか撮らないつもりだったんだけど」
卯月「そうなんですか?」
未央「しまむー、お水飲む?1時間くらい、その恰好だよね?」
卯月「ありがとうございますっ」
未央「ストロー、ストローっと。はい、しまむー」
卯月「ちゅー……」
凛「死体が水飲んでる……」
CoP「何だったらライブシーンも取るつもりないし、ステージを借りるつもりもないし、きらりちゃんのシーンを撮る予定もなかったんですが……」
凛「何か、あったの?」
CoP「いつの間にか海外から特殊メイクチームが来るのも、会場も決まってて」
ヘレン「ヘイ!ニュージェネレーション!撮影は順調かしら?」
凛「あー……大体わかった」
撮影中の一幕・その2・安らぎの香り
射手の地下通路
カットカット!
夏美「はい、お疲れ様!」
のあ「お疲れ様……水野翠、起きれるかしら」
翠「ありがとうございます。この通り、立てました」
のあ「穏やかな死に顔……文脈が示す感性通り」
夏美「演技が上手よね。何か、秘訣でもあるの?」
翠「いいえ、この血糊は安らぐ香りがするので」
夏美「そうなの……あ、ホントだ。花の香りがする……」
のあ「人間は不思議……示された感情を見間違える」
翠「この香りが好きなので、血糊が使うシーンが増えると嬉しいかもしれません」
夏美「それ、誤解されないようにね?」
オマケ・CGプロ所属のアイドル一覧
赤西瑛梨華
ラブリーバラドル。東郷邸でまゆと暮らしていた。上京時は別の事務所だったとのこと。
五十嵐響子
卯月、響子とユニットを結成している。真奈美が彼女のモノマネを得意とする。
小日向美穂
カワイイ。みくにゃんがソロ曲をカバーしてライブで歌っていた。
神谷奈緒
真奈美を師匠と慕っているらしい。みくにゃんがソロ曲をカバーしてライブで歌っていた。
服部瞳子
のあのかつての依頼人。CGプロで芸能活動を再開した。頼れるお姉さんとのこと。
速水奏
人気急上昇中のアイドル。卯月に立ち直るきっかけを与えてくれた。
大槻唯
相川先生が好きなアイドル。彼女の存在が相川先生の価値観を変えたらしい。
日野茜
梅木音葉が気になっているアイドル。志希によると声を真似る練習を音葉がしているとか。
本田未央
卯月と仲の良いアイドル。とはいえ、ユニット活動はないとのこと。
諸星きらり
CGプロのAランクアイドル。彼女の活躍により、今の事務所と女子寮が備えられた。
前川みく
カワイイネコちゃんアイドル。悲劇の後に気丈に耐えていたが、帰りの車で泣いてしまったらしい。
P達の視聴後
PaP「費用だが、何とかなった」
CoP「良かった、助かりました」
PaP「企画の方に入ると、気苦労が増えるな」
CoP「はい。ですが、これが仕事ですから」
CuP「疑問があります。何故、まゆがセンターでないのでしょう?」
PaP「こういう奴もいるからな。大変だ」
CoP「劇中の設定ですから、ご勘弁ください」
PaP「ちゃんと回答するんだな。準主役だし、良い役だものな」
CuP「それはそれ、これはこれです」
CoP「そうなると、私の出る幕が……」
PaP「事務所的にはセンターとなると、きらりちゃんか卯月ちゃんしかいないと思うけどね」
CuP「まさか、まゆの魅力を全然わかってないのですか?センターに相応しくないと?」
PaP「実力は認めるさ、そうだ!」
CoP「何か思いつきましたか?」
PaP「まゆちゃん、センターにしよう。だから、ライブツアーの地方公演1つはお前に任せた」
CuP「……はい?」
CoP「唐突ですけど、賛成です。がんばりましょう」
おしまい
あとがき
渋谷凛の未来は、出会い次第。
次回、最終話。決着の時。
次回は、
古澤頼子「高峯のあの事件簿・マスターピース」(完)
です。
それでは。
シリーズリスト・公開前のものは全て仮題
高峯のあの事件簿
第1話・ユメの芸術
高峯のあ「高峯のあの事件簿・ユメの芸術」 - SSまとめ速報
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第2話・毒花
相葉夕美「高峯のあの事件簿・毒花」 - SSまとめ速報
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第3話・爆弾魔の本心
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」 - SSまとめ速報
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第10話・星とアネモネ
渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1588154916/)
最終話・マスターピース
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。
>>221
番号ミスです
おつおつ
ずっと音沙汰無かったから忘れ去られてる訳じゃなくて良かったよ
更新情報ツイートではいいんだけど出来れば固定ツイか何かに現在の最新話的なのほしいかな
画像ツイートやRTとかで流石にTL遡って更新情報確認しきれないや
>>223
遅くなりましたが、更新情報を既作リストをプロフィール欄に追加しました
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