浅野風香『高峯のあの事件簿・佐久間まゆの殺人』 (228)
あらすじ
山荘で起きた殺人事件、その容疑者は佐久間まゆ。
探偵高峯のあは真実に辿り着き、彼女を救えるか。
前話
大石泉「高峯のあの事件簿・都心迷宮」
大石泉「高峯のあの事件簿・都心迷宮」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1521022496/)
あくまでサスペンスドラマです。
設定はドラマ内のものです。
それでは、投下していきます。
元ネタ
木場真奈美「のあの事件簿・佐久間まゆの殺人」
木場真奈美「のあの事件簿・佐久間まゆの殺人」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399097311/)
設定はリメイク前と変更しました。
メインキャスト
探偵・高峯のあ
助手・木場真奈美
依田芳乃
佐久間まゆ
星輪学園
高等部2年A組B班
担任・川島瑞樹 (家庭科・マナー)
副担任・相川千夏 (英語)
高森藍子
浅野風香
緒方智絵里
工藤忍
長富蓮実
北条加蓮
岡崎泰葉
如月千早 (特別出演)
今井加奈
堀裕子
脇山珠美
柳清良 (化学)
クラリス (宗教)
刑事一課和久井班
警部補・和久井留美
巡査部長・大和亜季
巡査・新田美波
科捜研
松山久美子
梅木音葉
一ノ瀬志希
少年課
巡査部長・相馬夏美
巡査・仙崎恵磨
のあが大好きなアイドル・前川みく
大槻唯
古澤頼子
前編 (~58)
序
炎の記憶があります。
火事がありました。
火事があったみたいです。
黒い煙が上がっていました。
ちょうど、遊んでいて外にいたんです。
家族一緒にテレビを見ていました。
マンション近くの公園で、小さな山の上からそれを見上げていました。
わたしは、黒い煙の意味がわかりませんでした。
電話が鳴って、お父さんは急いで出て行きました。
悪い予感がしていました。
無事でよかった、と迎えに来たお父さんが言ってくれたんです。
事故じゃなくて事件だと言ってました。
ごめんなさい、とお母さんは言いました。
わたしは、その日のさよならの意味は後で知りました。
色々な人が離れ離れになりました。
行きたくなかったけれど、行くしかありませんでした。
今まで住んでいた部屋には戻れませんでした。
知らなくていいことがわかりました。
マンション火災は大きな被害が出てしまいました。
たくさんの大切な人が亡くなりました。
亡くなった人は戻らないけれど、残された人達は真実を求めました。
家族が、友達が、火事で命を落としました。
不幸な事故だったんです。
調べた結果、不幸な事故ではありませんでした。
……不幸な事故だと思えれば良かったのに。
ガス漏れ、荷物の散乱、防火に適さない安普請、それに不完全燃焼で燃え続ける断熱材。
火事が大きな被害を出した理由がどんどんとわかっていきました。
断熱材は毒ガスになりました、長い時間をかけて醸成された悪意のように。
亡くなった人の半分以上が中毒死だった、と書いてあります。
多くの人を逮捕したそうです。
火事を見上げる人達から、逃げるように去りました。
わたしは、その時は何もわかりませんでした。
火事の話は、私には関係ありませんでした。
火事を見上げる人達に交じり、同い年くらいの女の子がいました。
大切な人は無事でした。
火事の原因まで突き止めてしまいました。
ごめんなさい、と口に出さずに思いました。
わたしの大切な人は無事だったから、思うこともあるんです。
結果として、誰かの大切な人を傷つけてしまったのかもしれません。
誰かも、何を思っていたかもわからないのに。
月日が経って、あやまりグセがついていました。
やがて、私が大切な人を失う時が来てしまいました。
顔をあげずに、ごめんなさい、と繰り返していました。
あやまらなくていいように、してあげないと。
お父さんは生前に言っていました。怨みを残さないために強い心を持つんだ、って。
不幸なことも、逆怨みしたいようなことも、沢山ありました。
怨みの原因がなくなってしまえば、謝らずに新しい幸せを手に入れられるかな。
私も、お父さんみたいに、歯を食いしばって止められる強い人になれたかな。
たくさんたくさん謝って。
たくさんたくさん泣いて。
そんな私が手に入れた、手に入れることを赦してくれた大切な人達を。
私は決めました、大切な人達を守ることを。決めました。
序 了
1
高峯家・高峯のあの自室
高峯家
高峯ビルの4階。リビングは高峯探偵事務所と共用。2人の同居人に、宿泊客がいても十分な広さ。
コンコン……
高峯のあ「ん……」
佐久間まゆ「のあさん、おはようございます」
高峯のあ
高峯探偵事務所の所長。中学生の頃に両親を失って、長い間一人暮らしだった。
佐久間まゆ
のあの助手。親族の家を転々とし東郷邸で暮らしていたが、事件を機に高峯家に居候している。
のあ「おはよう、まゆ……早いのね」
まゆ「うふふ、今日は特別ですからぁ」
のあ「……山荘に行く日ね、ちゃんと把握しているわ」
まゆ「昨日も、夜更かししてたんですかぁ?」
のあ「していないわ。朝方でないだけよ」
まゆ「知ってます」
のあ「高森さんは起きてるのかしら」
まゆ「ええ、藍子ちゃんは早起きなんですよぉ」
のあ「彼女らしいわね」
まゆ「のあさん、準備が出来たら降りて来てくださいね」
のあ「ええ」
まゆ「二度寝はダメ……ですからね」
2
高峯探偵事務所
高峯探偵事務所
高峯のあが経営する探偵事務所。これから少なくとも3日は臨時休業。
のあ「おはよう」
高森藍子「のあさん、おはようございます♪」
高森藍子
まゆのクラスメイト。昨晩は高峯家にお泊り。いつも早寝早起き。
のあ「高森さん、準備は万端そうね」
藍子「はい!のあさんもスーツ、カッコイイですっ」
のあ「ありがとう。真奈美は」
木場真奈美「ここにいる。高森君、お手伝いありがとう」
木場真奈美
のあの助手。長崎にいる両親とは疎遠ではない、とのこと。
藍子「こちらこそ。私の分までお弁当用意してもらって、ありがとうございます」
真奈美「3人も4人も変わらないし、喜んでくれるなら何よりだ」
のあ「楽しみにしてるわ」
藍子「お弁当包みますね」
真奈美「それは私がやろう。のあは朝食を食べるといい」
藍子「朝はベーコンと目玉焼きです」
真奈美「登山も控えているからな。しっかりと栄養補給だ」
のあ「ありがとう、いただきます」
真奈美「本格的な登山でもないから、この程度で充分だろう」
のあ「本格的なものも作れるの?」
真奈美「もちろん」
藍子「真奈美さん、凄いですっ」
真奈美「ところで」
のあ「どうしたのかしら?」
真奈美「登山があるのはわかっているな?」
のあ「もちろん」
真奈美「何故スーツなんだ?」
のあ「向こうで着替えるから安心してちょうだい。昨日まゆに一式用意してもらっているわ」
真奈美「そういうことか」
藍子「私も制服で行った方が……?」
のあ「問題ないわ。要綱には制服で来ないことを推奨しているわ」
真奈美「ちゃんと読んでるんだな、意外だ」
のあ「意外、かしら」
真奈美「任せきりだからな」
のあ「文章を読むのは得意よ」
藍子「得意だから、なんですか?」
のあ「人は得手不得手があるわ。助け合いは大切よね?」
藍子「はいっ、とっても」
真奈美「高森君、多分都合の良い助け合いを期待してるだけだぞ」
まゆ「皆さん、雪乃さんから紅茶を貰ってきましたぁ」
のあ「まゆ、ありがとう」
藍子「カップを用意しますね」
まゆ「藍子ちゃん、ありがとう」
のあ「雪乃に留守の話は」
まゆ「ちゃんとお伝えしてますよぉ。ご安心くださいませ、って」
のあ「雪乃なら安心ね」
まゆ「菜々さんがお掃除と換気をしてくださるそうです」
真奈美「合鍵は相原君に渡してあるんだったな」
のあ「そこまでは頼んでいないけれど、厚意には甘えましょう」
藍子「良い香り……みなさん、どうぞ」
真奈美「ありがとう、ふむ、いつもとまた違うな」
まゆ「そう言えば、雪乃さんから茶葉をお土産に頂いたんです。先生達に、って」
のあ「ありがたいわ。雪乃の選択なら間違いないでしょう」
まゆ「運動にも紅茶は良いそうですよぉ」
のあ「紅茶を……確かに、昔の小説では運動後に飲んでるわね」
藍子「落ち着きますね……」
真奈美「だが、落ち着き過ぎは良くないな。飲み終わったら出る支度をしてくれ」
まゆ「はぁい」
のあ「時間には余裕を、準備は念入りに。大切なことね」
真奈美「時間にはマイペースだと思っていたが、珍しいな」
のあ「ライブの開演時刻は変えられないもの」
藍子「らいぶ……?」
真奈美「ライブのチケットが当たってから、こんな感じだ」
藍子「楽しみがあっていいですねっ!」
のあ「ええ。みくにゃんは私に癒しをくれるわ」
真奈美「夢を見るのもいいが、現実も見てくれ。怪我だけはないようにな」
のあ「わかってるわ。ところで、高森さん?」
藍子「私、ですか?」
のあ「手先は器用かしら」
真奈美「何を考えているかは大体想像がつくが、巻き込むのは良くないぞ」
3
幕間
昔から聡明ではあったわ。
「大丈夫、暮らしていける」
「寂しくなんか、ないよ」
「だから、ここで暮らす」
内心を全て包み隠して、誰にも本心は悟らせたくなかった。
強いのではなくて。
弱さを認められない中学生だっただけ。
伯母は私の言葉を受け止めて、望み通りにしてくれた。
ありがたかった、けれど。
泣いていいと、言って欲しかったのかしら。
あの時、私が求めていたのは誰だったのかしら。
あの時、私が求めていた誰かになれているかしら。
違うわね、望んだのは、私。
幸せになることから逃げないで、と望んだのは私。
他の誰かじゃなくて、あなたに、それを願ったのは私。
だから、私は身勝手に願うわ。
幸せな未来を。
いつか羽ばたく未来を。
今度こそ悲しい別れではないように。
祈るわ。
幕間 了
4
高峯家の乗用車・車内
高峯家の乗用車
のあが所有する外国製の乗用車。この他にスポーツカーと事務所の業務車も所有している。
のあ「ん……」
真奈美「お目覚めか」
のあ「そうみたいね」
藍子「最近、お疲れなんですか?」
のあ「そういうわけではないわ。心地よいから眠ってしまったようね」
真奈美「車と運転が褒められた、ということでいいかな」
のあ「ええ」
まゆ「優しい寝顔でしたよぉ、のあさん」
のあ「そうだったのかしら」
藍子「はい、とっても」
真奈美「良い夢でも見ていたか?」
のあ「……」
まゆ「のあさん?」
真奈美「変な質問だったかな?」
のあ「……いいえ、その通りね」
藍子「まぁ。どんな夢だったんですか」
のあ「面白いものはないわ……穏やかな場所で佇んでいただけよ」
真奈美「そうか」
のあ「後どれくらいで到着かしら」
真奈美「20分というところかな」
のあ「……思ったより寝てたのね」
まゆ「そうですよぉ、出発してすぐにすーすーって」
真奈美「40分ぐらいは寝てたな」
藍子「とっても、穏やかな夢だったんですね」
のあ「せっかくの機会なのに、もったいないことをしたわね」
真奈美「なに、時間はたっぷりとあるさ」
のあ「今日はこれから……楽しむわ」
5
星輪学園椋鳥山荘・駐車場
星輪学園
清路市内に所在する歴史ある私立学校。まゆは高等部2年に編入した。
椋鳥山荘
星輪学園が保有する山荘。旧館と礼拝堂が敷地内にある。住居がない山頂付近のため、ケータイの電波は圏外。
藍子「到着ですっ!うーん、とっても良い天気!」
まゆ「はい……とっても」
のあ「……日差しがまぶしいわ」
クラリス「お待ちしておりました」
クラリス
星輪学園の教会に住み込みのシスター。教職も務めており、道徳と宗教の授業を担当している。
まゆ「シスタークラリス、おはようございます」
藍子「おはようございますっ!」
クラリス「佐久間さん、高森さん、おはようございます」
のあ「おはようございます、シスタークラリス」
クラリス「高峯様お待ちしておりました、本日はよろしくお願い致します」
のあ「こちらこそ」
藍子「シスター、みんなは着いてますか?」
まゆ「先生達のお車もありますし……」
クラリス「はい。皆様お揃いですよ」
藍子「大変!まゆちゃん、荷物を置きに行きましょう」
まゆ「はい……」
のあ「行ってしまったわ。慌てる時間ではないのに」
クラリス「この年齢での時間は貴重です、無理もありません」
真奈美「のあ、荷物を部屋まで運んでくる」
のあ「手伝うわ」
真奈美「一人でも問題ない。リフレッシュでもしてるといい」
のあ「また、私を置いて行ってしまったわ。そんなに気を使わなくてもいいのに」
クラリス「善意に甘えられることは、人としての強さです」
のあ「そうなのかしら」
クラリス「貴方様なら、お分かりのはずです」
のあ「……そうね」
クラリス「施設をご案内いたします。いかがでしょうか」
のあ「お願いするわ。あちらの建物は」
クラリス「礼拝堂です。元はといえば古い礼拝堂があったのがここの始まりです」
のあ「星輪学園の所有物だったのかしら」
クラリス「いいえ。付き合いもなかったようです」
のあ「買い取ったのかしら」
クラリス「その通りです。朽ち果てた古い建物だったそうですが、改修しましたのでご安心くださいませ」
のあ「隣のクラシックカーは」
クラリス「私の愛車です」
のあ「良いものに見えるわ」
クラリス「金銭的芸術的な価値はわかりませんが、私には価値があるものです。そう言ってくださると先代の所有者達も浮かばれます」
のあ「先代……星輪学園が代々保有してるのかしら」
クラリス「その通りです。文化財としての保存も打診されたそうですが、この通り私と共にしてくださっています」
のあ「動いていた方がよいと言うわね」
クラリス「名を遺すのは死後で良いと……言葉が悪かったですね、動かなくなっても機械ならば残りますから」
のあ「ええ、良いと思うわ」
クラリス「定期的なメンテナンスが必要な手のかかる車ですが、大切なものです」
のあ「手のかかるものほど、愛着が湧くものよ」
クラリス「その気持ちもわかります。礼拝堂の中もご案内します。こちらへどうぞ」
6
椋鳥山荘・礼拝堂
椋鳥山荘・礼拝堂
星輪学園の礼拝堂。どことなく神秘的。滞在中、クラリスは奥の控室で寝泊まりする。
のあ「シスターの別荘?」
クラリス「管理も兼ねて使っています。利用する住民の方も近くにはおりませんから」
のあ「気分転換には良い場所だと思うわ」
クラリス「良い空気と静けさが必要な時はこちらに」
のあ「シスターにもそんな時があるのですか」
クラリス「私も人の子ですから。時には小さなことで悩みます」
のあ「ケータイの電波も入らないものね」
クラリス「故に、主の声に耳を傾けられる場所ですよ」
のあ「彼女のように?」
今井加奈「……」
今井加奈
まゆのクラスメイト。おしゃべりが好きな女の子だが、今は静かに祈っている。
クラリス「主の声に耳を傾けているのは私です、彼女ではありませんよ」
加奈「……あ」
のあ「お邪魔だったかしら」
加奈「いいえ!高峯さん、おはようございます!」
のあ「今井さんだったわね、おはよう。お祈りかしら」
加奈「お祈り……なのかな?」
クラリス「違うかもしれません」
加奈「たぶん、座禅とか瞑想とかに近いのかな?クラリスさんのお祈りとは違うと思います」
のあ「以前、シスターと何を信じるかを話したわ」
クラリス「そうでしたね、貴方様は自分の正義と」
のあ「あなたは」
加奈「うーん……友達とか?」
クラリス「時間をかけて答えを見つけていけばよいでしょう」
加奈「はい……あっ!」
浅野風香「あ……すみません、お邪魔でしたか」
浅野風香
まゆのクラスメイト。小説を読むのも書くのも好き。最近は書く方のアドバイスを受けているとか。
クラリス「そんなことはありませんよ」
加奈「信じられる友達が来ました!」
のあ「信じられる人は幾らいても、問題はないわね」
風香「すみません、挨拶が忘れてました。高峯さん、おはようございます」
のあ「そんなに気にしなくてもいいわ。おはよう」
クラリス「何かご用ですか」
風香「遅くならないうちに加奈ちゃんを呼びに来たんです。着替えもしてないから……」
のあ「着替えをしないとね、私もまだだけれど」
加奈「風香ちゃん、呼びに来てくれてありがとう!いこっ!」
風香「うん」
クラリス「……」
のあ「仲が良さそうね」
クラリス「ええ。幼馴染だそうです、離れていましたがこの学び場で再会したそうですよ」
のあ「まゆもそんな話をしていた記憶があるわ」
クラリス「簡単に縁は切れません」
のあ「そうだといいわね。シスター、他に案内してくださる所は」
クラリス「あちらに見える旧館があるくらいです。老朽化していますので、基本的に立ち入りは禁止です」
のあ「それなら、私も着替えに行こうかしら」
クラリス「それが良いかと。登山から始まりますから」
のあ「玄関は階段を上がった先だったかしら」
クラリス「はい」
のあ「シスター、登山はなさるのですか」
クラリス「山荘でお待ちしております」
のあ「……そう」
クラリス「お気をつけて」
7
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
真奈美「ちょうどいい所に来た。川島先生に挨拶をしていたところだ」
川島瑞樹「高峯さん、おはようございます!」
川島瑞樹
まゆ達2年A組の担任。担当は家庭科とマナー。よく喋る花の28歳。
のあ「川島先生、お世話になります」
瑞樹「こちらこそ!高峯さん、木場さん、今日はありがとうございます!」
のあ「いいえ、大丈夫よ」
瑞樹「お忙しいのに」
真奈美「のあは忙しいか?」
のあ「時間が自由に取れるのは自営業の特権よ」
瑞樹「またまた!名探偵と助手ですもの、後でお話聞かせてくださいね!」
のあ「お望みであれば」
真奈美「のあ、着替えるか?」
のあ「そのつもりよ。川島先生、また後で」
瑞樹「はい。オリエンテーションの後にみんなに紹介するから、その時に」
真奈美「1階の大教室だそうだ」
のあ「わかったわ。真奈美、私達の部屋は?」
真奈美「3階の東側だ、行くとしよう」
8
椋鳥山荘・3階・ロビー
岡崎泰葉「あ、おはようございます」
岡崎泰葉
まゆのクラスメイト。礼儀正しい前髪ぱっつんの少女。読書も好きだとか。
のあ「おはよう」
泰葉「今日はよろしくお願いします、高峯さん」
のあ「こちらこそ、岡崎さん」
真奈美「準備万端のようだな」
泰葉「はい、怪我だけは気をつけないと」
のあ「そうね」
泰葉「登山はしないのですか?」
のあ「ご一緒するわ」
真奈美「これから準備するよ」
のあ「また、後で」
泰葉「わかりました。時間なので失礼します」
のあ「……」
真奈美「のあ、どうした?彼女に何か気になることでもあるのか?」
のあ「真奈美」
真奈美「なんだ?」
のあ「カワイイわね、あの子」
真奈美「はい?」
のあ「カワイイじゃない。そうでしょう?」
真奈美「それについては同意するが、突然言うから驚いた」
のあ「驚かれるようなことだったかしら、よく言ってるつもりだったけれど」
真奈美「前川君と佐久間君あたりをそう言うのとは違うだろう」
のあ「その通りね。まゆに似てるのかしら」
真奈美「似てる……か?」
のあ「みくにゃんとまゆのカワイイだったら、まゆに近いと思うわ」
真奈美「まぁ、警戒しているよりはいいか」
のあ「いいわね、前髪ぱっつん」
真奈美「いや、そんな話はしてないが」
のあ「私もしてみようかしらね。帰ったら優に相談してみましょう」
真奈美「残念だが、のあには似合わないと思うぞ」
のあ「確かに、黒髪乙女の特権だったわ」
真奈美「ご乱心が終わったようで良かった」
のあ「黒に染めようかしら」
真奈美「終わってなかった。頼むから辞めておけ」
のあ「冗談よ、優が絶対に染めさせてくれないわ」
真奈美「別の美容室に行ったりしない、んだよな?」
のあ「しないわ。赤の他人である美容師に頼むことに気乗りはしない」
真奈美「のあが人見知りを克服してなくて助かった」
のあ「真奈美、私達の部屋は」
真奈美「東側だ」
のあ「西側は?1階は大教室だったけれど」
真奈美「生徒達の個室だ。覗くなよ?」
のあ「探偵だからこそ、それは心得てるわ」
9
椋鳥山荘・3階・のあと真奈美の部屋
真奈美「ケータイの電波は圏外か。テレビも置いてない」
のあ「真奈美、準備出来たわ」
真奈美「着替え終わったか」
のあ「ジャージどうかしら」
真奈美「似合ってるよ」
のあ「ありがとう。何か探してるのかしら」
真奈美「何があるかを探してる。テレビのケーブルとか」
のあ「ないわよ。インターネットも」
真奈美「電気だけ、か」
のあ「水道もあるわ」
真奈美「ふむ。星輪学園が負担にするには費用が多かったか」
のあ「電気も水道もたまたま通っていたのを繋げただけね」
真奈美「元から電気と水道はあった、ということは住家があったのか?」
のあ「答えはノー。温泉を汲み上げる施設があるわ」
真奈美「へー、温泉が出るのか」
のあ「昔は湧き出ていたようね」
真奈美「今は」
のあ「ポンプで引き上げれば、出ないこともない、みたいね」
真奈美「それは残念だな」
のあ「温泉ではないけれど、ここにも大浴場があるわ」
真奈美「ふむ、それも良いな」
のあ「安全のために出歩かないように、と」
真奈美「それは要綱に書いてあったな」
のあ「景色もいいわね」
真奈美「良い部屋だな」
のあ「礼拝堂も見れるのね」
真奈美「カーテンは閉めて置かないと光が漏れるな」
のあ「生徒と先生以外の部屋はここしかないけれど」
真奈美「用意してもらった、としておこう」
のあ「それがいいわね」
真奈美「さて、そろそろ時間かな」
のあ「行きましょうか」
10
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
真奈美「おや」
のあ「この山荘に唯一通っている電話線と電話機が、あれよ」
真奈美「今は利用者がいるようだ」
相川千夏「それでは、失礼します」
相川千夏
まゆのクラスの副担任。クールな英語教師。フランス語と若者言葉にも精通しているらしい。
のあ「どちらに電話を」
千夏「学校ですよ、高峯さん」
真奈美「安全対策か?」
千夏「はい。登山前と後で連絡します」
のあ「何かあったら、来てもらえるように」
千夏「危険があるような登山コースではないけれど、電波は入らないので」
真奈美「安全は最優先だ、どんな手間をかけてでも」
のあ「ええ」
千夏「そろそろ、オリエンテーションも終わりですね。最後にお二人を紹介します、大教室へどうぞ」
のあ「真奈美、聞いていいかしら」
真奈美「相川先生は先に教室に入ってしまったぞ、行かないのか?」
のあ「真奈美、私と彼女は似ているかしら」
真奈美「似ている所もあるかもな。質問の意味が分からないが」
のあ「大槻唯は知ってるわよね」
真奈美「知っているが、推しでも増えたのか?」
のあ「星輪学園に少ないタイプだからかしら。私の推しはみくにゃんだけよ」
真奈美「のあ、何か見つけたか?話が唐突すぎるぞ」
のあ「ライブグッズのTシャツをインナーに着てたわ、それだけよ」
真奈美「相川先生が、大槻君のライブTを?」
のあ「そうだけど」
真奈美「フムン、後で話でも聞いてみるか。色々と気になる」
のあ「待たせるわけにはいかないわ、行くわよ」
真奈美「呼び止めたのはそっちだろうに」
11
椋鳥山荘・1階・大教室
瑞樹「次は施設についての説明ね」
のあ「まだ、終わってないようね」
真奈美「そのようだ」
瑞樹「建物は、この山荘と階段を降りた旧館と礼拝堂があるわ。旧館には入らないでね、建物も古いし、物も多いから危険よ」
柳清良「こんにちは。これで終わりですよ」
柳清良
星輪学園の化学教師。穏やかな微笑みでも妙に迫力がある時があるとか。
瑞樹「最初はここね。1階西側がこの大教室よ。1階東側に大浴場と洗面所があるから後で見ておいてね。東側の突き当りの部屋は1階と2階が内階段でつながってる先生達の部屋よ。何かあったら、遠慮せずに来てちょうだい」
のあ「柳先生、今日はお願いします」
清良「こちらこそ、お願いしますね」
瑞樹「2階の西側は皆の個室。ロビーに簡易キッチンもあるから、お茶を淹れたりするのに使ってね。お茶以外のお夜食は美容の敵だからオススメしないわよー」
千夏「柳先生、クラリスさんは」
清良「来ると思うのだけれど、ほら」
クラリス「お待たせいたしました」
瑞樹「3階の西側も皆の個室よ。3階のロビーにもテーブルと簡易キッチンがあるけど、お夜食は乙女の嗜みじゃないわね。3階の東側は、そうね、ちょうどいらっしゃったから紹介するわ!」
のあ「私達かしら」
真奈美「そのようだ」
瑞樹「高峯さんと木場さん。今回、お手伝いをお願いしてるわ」
のあ「高峯です、よろしく」
木場「木場だ、何でも遠慮せずに頼んでくれ」
瑞樹「相川先生と化学の柳先生も一緒に登山してくれるわ」
清良「怪我がないようにしましょうね」
瑞樹「それと、クラリスさん」
クラリス「皆が無事を祈りながら、帰りをお待ちしています」
瑞樹「それじゃあ、三日間よろしくお願いします」
みんな「よろしくお願いしまーす!」
瑞樹「さぁ、最初のスケジュールはハイキング!みんな、準備はいいわねー?山頂で食べるお弁当は持ったわねー?張り切っていくわよ、えいえい、おー!」
12
登山道
登山道
椋鳥山荘南側の脇道が入口である登山道。女子学生にも丁度いいハイキングコースとのこと。道を間違えても同じ頂上に着く安心な登山道設計。
のあ「和やかね」
真奈美「後ろで眺めているのも悪くない」
のあ「ええ」
北条加蓮「ねーねー、高峯さん」
長富蓮実「お聞きしたことがありまして」
北条加蓮
まゆのクラスメイト。体力に少し不安があるとか。学園の中では比較的派手な方。
長富蓮実
まゆのクラスメイト。まゆとはお裁縫仲間。懐かしい雰囲気を感じる。
のあ「どうぞ。ペースは問題ないかしら」
加蓮「うん。前は体力なくて大変だったけど、今は平気」
蓮実「無理はしないでくださいね」
加蓮「貧血気味なのは変わりないし、そうする」
のあ「体調が悪かったら言ってちょうだい」
加蓮「大丈夫だよ、ありがとう」
のあ「問題があれば」
加蓮「その時は?」
のあ「真奈美が背負って行ってくれるわ」
真奈美「私か。まぁ、上り下りくらいはいけるか」
加蓮「いけるんだ」
のあ「それで、私に聞きたいことは何かしら」
蓮実「私達も聞きたいことは同じです」
真奈美「同じ?」
加蓮「探偵さん、外に出て大丈夫なの?」
蓮実「お肌が真っ白で羨ましいそうですよ」
真奈美「確かに、外見だけなら妖精の類だからな」
のあ「心配は無用、体力はあるわ」
真奈美「こう見えて、ランニングが日課なんだ」
蓮実「そうなんですね」
のあ「日焼け止めは手放せないけれど。肌が痛むのよね」
加蓮「やっぱり、お肌は気にしてるんだー」
のあ「日焼けもしてみたいわね、まったく焼けないのだけれど」
加蓮「へー、羨ましいなぁ。アタシ、ちょっと黒めだから」
のあ「悩みは人それぞれ。調査するには足が強くないとね」
蓮実「高峯さんは足を使って調査する探偵さんなのですね」
加蓮「なんか、大きな椅子に座って考えてそうだったから」
のあ「真奈美がいるから、それも出来なくはないわ」
真奈美「褒められたようだ、ありがたく受け取っておこう」
のあ「だけれど」
加蓮「だけど?」
のあ「真奈美には見えなくても私には見えるものがある。だから、私は足を運ぶわ」
蓮実「えっと……どういう意味でしょうか」
真奈美「そのままだ。自分だからこその発見があるのは、何事も一緒さ」
のあ「ええ。だから、外に出た方がいいわ。家の中でも色々なことが知れる時代でも」
蓮実「なるほど」
のあ「私はあなた達の年齢の時に部屋の中で過ごしてしまった。それが正解だったとは、今も思わないわ」
真奈美「……」
加蓮「うん、そうする。やっぱりね、窓から見る景色って楽しくないんだ」
のあ「ええ」
加蓮「よし、ちょっとペース上げられるかな」
蓮実「あっ、加蓮ちゃん、待ってください」
のあ「いってらっしゃい」
真奈美「……のあは、学生時代をやる直せるならやり直したいか?」
のあ「いいえ」
真奈美「即答なんだな」
のあ「真奈美とまゆとも出会えなかったでしょう、それに……」
真奈美「それに?」
のあ「……何かをやり直せるなら、父と母と共に生きたいわ」
真奈美「……そうか。悪いことを聞いた」
のあ「気にしてないわ、真奈美には何度か話しているはずよ」
真奈美「知ってる。知っていたのに、聞いてしまった」
のあ「今は学生気分を少しだけ味わえてるから、いいでしょう」
真奈美「なら、もう少し楽しまないとな」
のあ「ええ。一番後ろで、おすそ分けを貰うわ」
13
登山道・山頂近く
藍子「あっ、お花が咲いてますよ。近くに行ってみましょう」
如月千早「高森さん、待って。道を外れすぎると危ないわ」
如月千早
まゆのクラスメイト。得意なことは歌うこと。スケジュールを何とか組んだが、合宿の翌日から仕事が入っているらしい。
藍子「ここまでなら大丈夫♪千早ちゃん、こっちですよっ」
のあ「やっぱり、高森さんはおてんばさんなのね」
真奈美「ふーむ……」
のあ「真奈美、変な声だしてどうしたの?」
真奈美「如月千早が普通にいるのが、不思議でしょうがない」
のあ「前にも言ってたじゃない、まゆ達にとってはただのクラスメイトよ」
真奈美「そうは言うが、慣れない」
のあ「そういうものかしら」
真奈美「人に興味がない、のあが知ってるくらいだぞ?」
のあ「私はそこまで人嫌いなわけじゃないわよ」
泰葉「……」
真奈美「おや、疲れたかい?」
泰葉「あ、靴紐がほどけたので座っただけです。お気遣いありがとうございます」
のあ「そう。あなたも真奈美と同じことを考えたかしら?」
泰葉「何の話ですか?」
のあ「如月千早がクラスにいることについて」
泰葉「そうですね、最初はびっくりしました。有名人ですから」
真奈美「普通はそうだよな」
泰葉「1年生の時は学校にもほとんど来なくて、話しても素っ気なかったんです」
のあ「そうなの?」
泰葉「はい。でも、良い人達と会えたから変われたって言ってました」
真奈美「へぇ」
泰葉「芸能界でそんな人に会えるなんて、羨ましいなって思います」
のあ「彼女にとって、何よりも良いことだったのね」
泰葉「あっ、秘密ですよ?」
のあ「探偵だから口は硬いわ。友人も少ないし」
真奈美「自分で言わなくても」
のあ「少ないけれど良い友人を持ててるわ」
真奈美「……」
泰葉「ふふっ、本人を目の前で言わなくても」
のあ「真奈美のこと?」
泰葉「はい。とても仲良しに見えます」
のあ「真奈美は助手よ」
泰葉「そうでした、まゆちゃんも言ってました」
真奈美「佐久間君は何と?」
泰葉「高峯さんは真奈美さんと私をそう呼ぶ、って」
真奈美「それは光栄だな。私ものあを友人と呼ぶには違うと思ってる」
泰葉「大切な人だって、言ってました」
のあ「まったく、まゆもお喋りね……良かった」
泰葉「良かった、ですか」
のあ「まゆがクラスに溶け込めているようで」
泰葉「ほとんど藍子ちゃんのおかげかな。それと、高峯さんと木場さんが良い人だから話題に出せるって」
のあ「そう思われているなら、嬉しいわね」
加蓮「泰葉ー、おいてくよー、おいてっちゃうよー」
泰葉「もう……それじゃ呼んでるので行ってきます」
のあ「いってらっしゃい」
真奈美「良かったな、褒められたぞ」
のあ「真奈美も同じよ」
真奈美「いいや、のあが受け取るべきだよ」
のあ「謙遜しなくてもいいのだけれど」
真奈美「高森君が奥に行き過ぎてるな、止めてくるよ」
のあ「お願いするわ」
14
山頂付近
堀裕子「ムッ!」
脇山珠美「裕子殿、どうされましたか」
堀裕子
まゆのクラスメイト。サイキック美少女高校生らしい。
脇山珠美
まゆのクラスメイト。クラスメイトからは愛でる対象にされているが、学級委員でもある。
裕子「お静かに……来てる、来てますよ」
のあ「どうしたのかしら、不思議なポーズを決めているけれど」
珠美「これは高峯殿。前の方に来たのですね」
のあ「後ろは真奈美に任せて来たわ」
珠美「裕子殿なら心配はいりません」
裕子「ムムーン!」
珠美「いつものことです」
のあ「いつものこと?」
裕子「ムッ、そこだっ!」
のあ「……」
珠美「……」
のあ「何もないけれど」
珠美「ただの林です」
裕子「あれ?おかしいですね……」
珠美「高峯殿、ということです」
のあ「ちょっと待ちなさい、ほら」
珠美「あっ、何か動きました!」
のあ「奥へ逃げてしまったようね」
裕子「ふっふっふ、これがサイキックの力です!」
のあ「そういうことにしておきましょう」
裕子「私のありあまる体力があれば、きっと見つけられるはずです!」
のあ「堀さんは体力自慢なのね」
珠美「そのうえ力持ちです」
裕子「美少女も付け加えていいですよ!」
のあ「ええ、見ればわかるわ」
裕子「さぁ、行きましょう!サイキック・山歩き!」
珠美「裕子殿、待ってください!そっちではありません!」
のあ「……二人とも体力はあるようだから、大丈夫でしょう」
風香「ふぅ……」
のあ「浅野さんは疲れていないかしら」
風香「大丈夫です、もう少しで山頂なので……心配かけてすみません」
のあ「心配するのが仕事よ。運動は苦手かしら」
風香「運動は苦手で……裕子ちゃんが羨ましい」
のあ「慣れておくといいわ。インドア派でも必要な日が必ず来るわ」
風香「そうなんですか……?」
のあ「体力は大切よ、頭を動かすためには」
風香「……あの」
のあ「何かしら」
風香「その、高峯さんは知ってるとか気づいてるとか……?」
のあ「読書が好きだと聞いているけれど」
風香「あっ、そうです、そうなんです」
のあ「腰を痛めないためには筋肉を適度につけるのがいいわ」
風香「参考にします」
加奈「よいしょっ、風香ちゃん、平気?」
風香「うん、もうちょっとだね」
のあ「さて、行きましょうか。様子が悪い人はいないわね?」
加奈「さっき、加蓮ちゃんが座り込んでました」
のあ「少しはしゃぎすぎただけね、見てくるわ」
15
山頂
まゆ「到着……です」
藍子「到着ですっ、まゆちゃん、疲れてませんか?」
まゆ「少しだけ……皆の所にいきましょう」
藍子「はいっ!加蓮ちゃんは大丈夫ですか?」
加蓮「……」
まゆ「……加蓮ちゃん?」
加蓮「あー、疲れた!結局、ドンケツかぁ」
まゆ「元気そうですねぇ」
真奈美「そのようだな」
のあ「全員無事に登りきったわね。北条さん、お大事に」
加蓮「少し休んだから平気。さ、いこっか」
まゆ「はぁい。のあさん達もいかがですかぁ?」
のあ「お邪魔はしないわ」
真奈美「川島先生とお昼はご一緒するよ」
のあ「いってらっしゃい」
まゆ「はい、のあさん」
藍子「のあさん、また後で」
のあ「ええ」
真奈美「さて、先生方と合流しようか」
16
山頂・のあが持ち込んだレジャーシートの上
のあが持ち込んだシート
みくにゃんファンクラブイベントで販売していたネコちゃんが描かれた大きなレジャーシート。千夏はグッズだと気づいているらしい。
瑞樹「美味しい!木場さん、さすがですねっ!」
真奈美「家庭科の先生にお褒めいただくとは光栄だ」
のあ「川島先生、美味しいわ。これは何かしら」
瑞樹「それは新作なのよ。高峯さん、美味しいと言って貰えて嬉しいわ!どうかな、どうかしら!?」
のあ「私が好きな味がするわ、味覚を刺激する異国情緒」
清良「新感覚、って感じかしら」
真奈美「私も頂いていいか?」
瑞樹「もちろん!のあさんはわかってるわね!」
千夏「……」モグモグ
真奈美「ほう、これは……」
のあ「真奈美、お茶を」
真奈美「水筒はそこだ。自分で飲め」
のあ「親切に教えてくれてありがとう」
真奈美「フムン、確かにのあが好きそうな味だ」
千夏「私もそのお茶を頂いても、良い香りがしますね」
のあ「ええ、入れ物は」
千夏「これに」
のあ「どうぞ」
真奈美「スパイスが絶妙だ、独特だが日本人の舌にあう。何がブレンドされてるか見当もつかない」
瑞樹「そうでしょう、研究の甲斐があったわね!」
清良「お店でも開けそうね、本当に」
真奈美「全くだ。のあはスパイシーなものが好きなんだ」
のあ「その暁には通わせてもらうわ」
瑞樹「そんな褒めなくても!」
のあ「もう少し頂いても、いいかしら」
瑞樹「もちろん!ただし、条件があるわ」
のあ「条件?」
瑞樹「探偵さんの話、聞かせてちょうだい」
千夏「私も興味が」
のあ「別に面白い話でもないわ」
真奈美「偶には話をしてみるのも良いだろう」
清良「ええ、ぜひ」
のあ「そうね……なら、こんな話を。真奈美が来る前の話よ」
17
山頂
のあ「真奈美、私はチョイスを間違えたのかしら」
真奈美「少なくとも食事中か食事終わりにする話じゃなかったな」
のあ「……そういうことね」
真奈美「川島先生と相川先生は苦虫を嚙み潰したような顔をしていたな。柳先生は同じ微笑みだったが」
のあ「音葉には大好評だったのだけれど」
真奈美「特異的な条件を一般的な条件と勘違いするのは良くないぞ」
のあ「音葉、そんなに特殊かしら」
真奈美「誰と比較してる?」
のあ「志乃、留美、久美子、志希、それと真奈美とまゆ」
真奈美「自分で言うのも難だが、残念なことに世間一般とは違う価値観のグループのようだ」
のあ「それなら、誰かしら」
真奈美「そうだな、相原君とか」
のあ「フムン……確かに雪乃は食事中にそんな話を聞きたがらないわね」
真奈美「だがしかし、のあが話す気になっただけで良しとしよう」
のあ「上手く話せていたかしら」
真奈美「話は実によく伝わった、問題は話題の選択だ」
のあ「……気をつけるわ」
真奈美「私も昔の話を聞けて良かったよ」
のあ「真奈美も何か聞かせてちょうだい」
真奈美「事件に巻き込まれたことはないぞ」
のあ「そんな話だけを聞きたいわけじゃない、何でもいいのよ」
真奈美「そうか、少し考えておくよ」
のあ「お願いするわ……あら」
風香「……」
緒方智絵里「……」
工藤忍「……」
緒方智絵里
まゆのクラスメイト。小動物のようにカワイイ。粘り強い性格だとか。
工藤忍
まゆのクラスメイト。リンゴの皮むきが得意らしい。
真奈美「黙々と何をしているんだい?」
智絵里「あ……木場さんと高峯さん」
のあ「何か落としたかしら」
忍「落としてないから安心して」
のあ「それなら、何を」
智絵里「四葉のクローバーを探してて……」
のあ「四葉のクローバーね」
風香「幸運のお守りですから」
忍「そうだよね、智絵里ちゃん?」
智絵里「はい……遠くに行ってしまった人が幸運を形にして送ってくれるものなんです……」
のあ「そんな言い伝えもあるのね」
智絵里「少しだけ……強くなる勇気をくれるんです」
忍「いや、言い伝えじゃなくてね……」
風香「……」
忍「ごめん、忘れて。勘違いだった」
のあ「そう」
真奈美「お手伝いしようか?」
智絵里「大丈夫です……きっと、見つけられます」
真奈美「のあ」
のあ「何かしら」
真奈美「のあの力で見つけられないか?瞬時記憶とかできたりしなかったか」
のあ「ドラマの見過ぎよ、そんな超能力じみた能力はないわ。視力すら人並みよ」
真奈美「おや、それは残念だ」
のあ「人より思考力と容姿が優れているだけよ、私は」
忍「容姿が優れてるって、自分で言う人初めて見た……」
風香「本人から見ても美人なんだ……」
のあ「緒方さん、ごめんなさいね」
智絵里「ううん……きっと自分で見つけるのが一番ですから」
のあ「幸運は自分の手で掴むものだものね、お邪魔したわ」
真奈美「見つかることを祈ってるよ」
のあ「集合時間には遅れないように」
智絵里「はい……遅れないようにします」
18
山頂・見晴台
藍子「やっほー♪」
まゆ「やっほー……」
裕子「ヤッホー!」
真奈美「楽しそうだな」
藍子「あっ、真奈美さん、一緒にどうですか?」
裕子「自分の声が返ってくる、サイキックトレーニングを!」
のあ「サイキック……?」
真奈美「遠慮しておこう」
まゆ「真奈美さん、凄いですからぁ……」
のあ「堀さん、ただのやまびこじゃないかしら」
裕子「サイキック・やまびこです!」
のあ「承知したわ」
まゆ「いつもより納得するのが早い……」
蓮実「気持ちよさそうですね♪」
千早「はい、とっても」
裕子「新たなやまびこサイキッカー候補が来ましたね!」
蓮実「そういうわけでは」
裕子「そうですか……」
のあ「なら、何かあったのかしら」
蓮実「少し懐かしい歌の話をしていたんです。千早さん、懐メロ歌謡コンテストに優勝したこともあるんですって」
千早「こういう所で歌うのも気持ちよさそうですね」
蓮実「そんな話をしていたら、楽しそうな声が聞こえたので」
千早「来てみました」
真奈美「……懐メロ歌謡も出来るのか」
藍子「少しくらいなら歌っても大丈夫ですよ」
千早「いえ、お気遣いなく」
蓮実「今度、一緒にカラオケに行こうという話をしていました」
のあ「それがいいわね」
まゆ「私も一緒に……」
千早「行きましょう、スケジュールは……相談してみるわ」
藍子「のあさんはどうですか?」
のあ「私が何か」
藍子「お歌は上手ですか?」
のあ「人並みのつもりだけれど」
まゆ「うふっ……」
藍子「まゆちゃん、どうなんですか?」
まゆ「この前、事務所で歌ってたの聞いてしまいましたぁ……」
のあ「聞かれてたのね」
まゆ「真奈美さんはのあさんの歌を聞いたことありますかぁ?」
真奈美「私も独りで歌っているのは見たことあるな」
のあ「……」
真奈美「たまにカラオケにも行っているようだしな」
のあ「それも知ってるのね」
真奈美「別に咎めてはいないさ。たまには誘ってくれ」
のあ「……本職と行くのは気がすすまないわ」
蓮実「本職なんですか?」
真奈美「歌手じゃない、ボイストレーナーさ」
千早「そうなのですか?」
真奈美「如月君に指導するのは恐れ多い……」
裕子「本当ですか!?」
藍子「裕子ちゃん、どうしました?」
裕子「サイキック発声法を教えてください!」
真奈美「サイキックかどうかはわからないが、発声法は教えられる」
裕子「師匠、よろしく願います!」
真奈美「簡単だが、劇的に変わるぞ」
のあ「ねぇ、まゆ」
まゆ「のあさん、何ですかぁ?」
のあ「堀さんは何故発声法に興味があるのかしら」
まゆ「わかりませんけれど……」
藍子「大きい声を出すのは気持ちいいですよね?」
千早「そうね」
蓮実「鮮明な声で気持ちが伝わるなら素敵なサイキックです」
のあ「長富さんはおおらかね」
真奈美「よし、やってみようか」
裕子「はい、行きますよ……すぅー……ボエェェェェ!」
のあ「……」
まゆ「まぁ……」
藍子「凄いですっ」
蓮実「ふふっ」
千早「堀さん、鍛えているのかしら」
のあ「真奈美、あれね」
裕子「師匠、なんかでました!」
真奈美「君はある意味逸材だな。今後ともサイキックの暴走には気をつけたまえ」
19
山頂
智絵里「すぅ……すう……」
のあ「あら……お休み中ね」
加蓮「うんうん、カワイイよねー」
のあ「そうね……北条さんは何をしてるのかしら」
珠美「飾り付け、だそうで」
加蓮「妖精さんだから」
のあ「そう……」
加蓮「それに、手を見て」
のあ「手……見つかったのね」
珠美「幸せそうに寝てますね」
加蓮「珠ちゃんもカワイイよー、よしよし」
珠美「なっ、撫でないでください!」
加蓮「もー、遠慮しないの」
智絵里「……」
のあ「動いた……起きたかしら」
智絵里「……すぅ」
珠美「起きていないようです」
加蓮「でも」
のあ「何故……腕と足をパタパタさせてるのかしら」
加蓮「飛ぶ夢でも見てたり?」
珠美「かもしれません、ふぁ……珠美も眠くなってきました」
のあ「時間になったら起こすわ。ゆっくりしていてちょうだい」
加蓮「はーい……私も少し寝ようかな……」
20
山頂
瑞樹「みんなー、お昼は食べて十分に休んだわねー。はーい、点呼するわよー、浅野さん」
風香「はい」
瑞樹「今井さん」
加奈「はいっ」
瑞樹「岡崎さん」
泰葉「はい」
瑞樹「緒方さん」
智絵里「はい♪」
瑞樹「あら、良いことでもあった?如月さん」
千早「はい」
瑞樹「工藤さん」
忍「はい」
瑞樹「高森さん」
藍子「はいっ」
瑞樹「佐久間さん」
まゆ「はぁい……」
瑞樹「長富さん」
蓮実「はい」
瑞樹「北条さん」
加蓮「はーい……ふぁ……」
瑞樹「お昼寝開けかしらね。堀さん」
裕子「はい!!!」
瑞樹「いつにもまして元気ね。最後に脇山さん」
珠美「はい」
瑞樹「ちなったん」
千夏「その呼び方はちょっと……」
瑞樹「もー、ちょっとした冗談よ。柳先生」
清良「はい」
瑞樹「木場さん」
真奈美「ここだ」
瑞樹「高峯さん」
のあ「無事よ」
瑞樹「はい、全員集合ね。それじゃあ、クラリスさんが待つ山荘に戻りましょう。それじゃあ、しゅっぱーつ!」
21
登山道
加奈「わっ、あわわ!」
真奈美「おっと危ない。大丈夫か?」
加奈「ありがとうございます、えへへ」
真奈美「下りの方が危ないんだ、足元に気をつけるように」
加奈「はいっ」
真奈美「良い返事だ」
まゆ「まぁ……頭ポンポンまで」
真奈美「どうした?」
のあ「真奈美はいつも通り、と」
まゆ「はい……いつもと一緒」
真奈美「変なことをしたつもりはないが」
のあ「人助けはいいことよ」
まゆ「はい」
真奈美「……まぁ、いいか」
のあ「まゆ、疲れてないかしら」
まゆ「大丈夫ですよぉ」
真奈美「もう少しだ。安全第一で行くとしよう」
22
椋鳥山荘・駐車場
クラリス「皆様、お疲れ様でした」
のあ「人数は……揃ってるわね」
クラリス「皆様のご無事が何よりです」
瑞樹「それじゃ、しばらく休憩ねー」
柳「汗を拭いて、着替えてくださいね」
瑞樹「授業の時間には遅れないこと、いいわね?」
一同「はーい」
瑞樹「良い返事ね、私も準備しないと」
まゆ「のあさん、まゆは戻りますねぇ」
のあ「ええ」
まゆ「のあさんと真奈美さんは何をなさる予定ですかぁ?」
のあ「着替えてから、何をしようかしら」
真奈美「考えるとしよう」
藍子「まゆちゃん、一緒に行きましょう」
まゆ「うん、藍子ちゃん」
のあ「いってらっしゃい」
まゆ「のあさん、また」
真奈美「私達も着替えに行くとしよう」
のえ「ええ」
真奈美「先生方かどなたかとお茶でもしようか」
のあ「それもいいわね。雪乃のお土産でもふるまいましょうか」
23
椋鳥山荘・1階・東大部屋
東大部屋
大きなキッチンやソファーがある大部屋。2階にある先生方の寝室に内階段でつながっている。
千夏「この紅茶も美味しい……」
清良「……本当に」
のあ「昼の緑茶も良かったかしら」
千夏「甲乙つけがたいけれど、この紅茶の方が」
真奈美「それは良かった。久しぶりに淹れたから緊張したよ」
千夏「この紅茶は木場さんが選んだもの?」
真奈美「いいや、流石の私でもここまでのものは探し出せない」
のあ「雪乃が選んでくれてるわ。お昼の緑茶もよ」
清良「雪乃さんとは、どなたでしょうか」
のあ「喫茶店のマスターよ、事務所の下の階で営業しているわ」
真奈美「高峯家では紅茶は淹れるものではなく、淹れてもらうものだな」
清良「あら、贅沢ですね」
千夏「雪乃さんは、紅茶に詳しいのですか」
のあ「とても、かなり、行き過ぎてるくらいに」
真奈美「自分でお店を持つくらいだからな」
千夏「今度お伺いするわ。柳先生もいかがですか」
清良「ぜひ」
のあ「雪乃も喜ぶわ」
真奈美「川島先生は良かったのか?」
千夏「授業の準備中ですから」
のあ「別の先生が授業をしている時は、何をする予定かしら」
千夏「見学です」
のあ「見学?」
千夏「私達にとっては、他の先生の授業見学が目的なの」
清良「はい。だから、化学教師の私もここに」
真奈美「なるほど」
清良「昔はもっと大勢だったそうだけれど」
千夏「食事も先生方で作っていたとか」
のあ「それは大変ね」
清良「作っていなくても、今の人数で準備するのも大変ですから」
瑞樹「衛生の問題もあったりするし」
千夏「お手伝い頂いて、感謝しています」
のあ「問題ないわ、暇だもの。ところで、相川先生」
千夏「なにか、お聞きしたいことでも」
のあ「大槻唯が好きなのかしら」
真奈美「……聞き方がストレート過ぎないか?」
千夏「ええ、とっても」
真奈美「即答か……まさか、のあと同じタイプじゃあるまいな……」
24
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
真奈美「同じタイプだったか……」
のあ「饒舌になる時もあるのね」
真奈美「いつも冷静でいて欲しかったが」
のあ「気持ちはあまりわからないわね」
真奈美「のあ、本気で言ってるのか?」
のあ「何か変なこと言ったかしら、真奈美?」
真奈美「人の振り見て我が振り直せ、という諺は知ってるか」
のあ「知ってるわよ」
真奈美「のあも同じようなものだぞ」
のあ「それもわかってるけど」
真奈美「ん?気持ちがわからない、と言ったじゃないか」
のあ「確かに唯ちゃんはカワイイけれど、熱狂するほどかしら」
真奈美「そこか……」
のあ「まぁ、感性は人それぞれね」
真奈美「のあは、どうなんだ?」
のあ「愛する気持ちは同じだものね。真奈美、何か言ったかしら」
真奈美「のあは、どうして前川君のファンになったんだ?」
のあ「そんなの決まってるでしょう」
真奈美「決まってるのか」
のあ「運命よ」
真奈美「これまた普段なら使わない言葉が出て来たな……」
加蓮「あれ、どうしたの?」
泰葉「お疲れ様です」
のあ「あら、そろそろ授業の時間じゃないかしら」
加蓮「そうだよ」
泰葉「加蓮ちゃんがベッドで伸びていたので、起こしてきました」
加蓮「こら、バラさなくていいでしょ」
泰葉「ふふっ」
加蓮「って、話してる場合じゃなかった」
泰葉「川島先生、結構厳しいんですよ」
のあ「まゆから噂は聞いてるわ」
加蓮「特にマナーの方はね、それじゃ」
泰葉「失礼します」
のあ「ご健闘を」
真奈美「のあも見学してくるか?」
のあ「辞めておくわ。授業を今更受ける気にはならない」
真奈美「そうか」
のあ「真奈美を手伝うわ」
真奈美「そうだな、そろそろ到着する時間か」
のあ「ウワサをすれば、来たようね」
真奈美「受け取りに行くとしよう」
25
椋鳥山荘・1階・東大部屋
のあ「真奈美、これでいいのかしら」
真奈美「大丈夫だ、カレーを温めているだけだ。作るより簡単だろう」
のあ「そうだけれど、不安ね」
真奈美「念のために火は弱めておこう」
のあ「これでいいかしら」
真奈美「ああ」
クラリス「お邪魔します」
真奈美「シスタークラリス、何かご用事が」
クラリス「白米の香りがしましたので」
のあ「カレーではなく?」
クラリス「カレーも好物です、もちろんお野菜も」
真奈美「サラダも分けるとしよう」
のあ「日本の食事もお好きなのですか」
クラリス「日本で産まれ育ちましたから。日本のご飯が好きですよ」
のあ「そうでしたか」
クラリス「お邪魔しました、お待ちしております」
のあ「行ってしまったわ」
真奈美「……お腹が空いていたんだろうか」
のあ「誰だってお腹は空くわ」
真奈美「質素倹約なのかと」
のあ「質素倹約だから、かしら」
真奈美「時には心ゆくまでもいいだろう」
のあ「真奈美、どれを手伝えばいいかしら」
真奈美「そうだな、それを頼む」
26
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
裕子「うぅ……私はもうダメです……」
まゆ「裕子ちゃん、がんばりましたねぇ」
裕子「鬼教師川島にやられました、バタリ……」
まゆ「裕子ちゃん、しっかり……」
のあ「楽しそうね」
裕子「あっ、一緒にどうですか?」
まゆ「何を……?」
裕子「疲労で倒れ行く生徒ごっこです」
のあ「遠慮するわ」
裕子「はっ!高峯さんは授業で困ったことがないのでは!」
のあ「学校は好きとは言えなかったけれど、授業で疲れたことはないかしら」
裕子「まゆちゃん、やっぱり異世界人ですよ!」
まゆ「まゆもそう疑ってましたぁ……」
のあ「えっと……」
裕子「もちろん、ジョークです。サイキック・ジョークです」
のあ「サイキックかしら?」
裕子「まゆちゃんと以心伝心のサイキックジョークですよ」
まゆ「はい、サイキック……です」
のあ「そういうことにしておくわ」
裕子「さっきの話は川島先生にはご内密に」
のあ「心配いらないわ」
瑞樹「最初から聞いてるから」
裕子「なっ!」
瑞樹「何もしないから……そんなに鬼教師かしら?」
まゆ「そんなことないですよぉ」
裕子「最初からマナーが出来てるからです!私も習っていれば……」
まゆ「私はそんなのじゃなくて……」
瑞樹「堀さん、習うより慣れよ」
裕子「ぷらくてぃす、めいく、ぱーふぇくと!がんばりますから、ご勘弁を!」
のあ「堀さんは何を恐れているのかしら」
まゆ「川島先生からの宿題、合宿中はずっとマナー授業通りとか」
のあ「なるほど、苦手そうね」
裕子「ご勘弁を!」
瑞樹「せっかくの合宿なんだから、そんなことしないわ」
裕子「ほっ、さすが学園一の美人教師川島瑞樹先生様です」
瑞樹「言葉が軽いのよね。実際はどうなの?」
裕子「実際ですか?」
まゆ「誰が星輪学園一の美人教師か」
裕子「うーん、むむむー、ムムーン……?」
のあ「……」
裕子「……来ました」
のあ「何か受信したのかしら」
裕子「シスタークラリスです。道徳と宗教の先生ですから、教師です」
瑞樹「星輪学園の関係者だったら、納得しざるを得ないわね」
のあ「波風立てずに済みそうな回答ね」
まゆ「そうですねぇ」
瑞樹「さて、その人がハラペコそうだから夕食の準備をしましょうか。高峯さん、手伝うことはあるかしら?」
のあ「配膳をお手伝いしていただけるかしら、こちらへ」
27
椋鳥山荘・1階・大教室
クラリス「私達は今この時に食事を頂きます。天と地に与えられた神の惠と、食事をここに与えてくださった人々に感謝を。いただきます」
みんな「いただきまーす!」
クラリス「誰の舌にでも優しいカレー、色彩豊かなサラダ、そして大量炊飯の良さが引き出された白米」
真奈美「一口が大きいな……」
のあ「あの盛り方であっていたようね」
真奈美「のあも遠慮なく食べるといい……何してる?」
のあ「辛みを追加してるだけよ」
清良「スパイス、ですか?」
のあ「ええ。菜々から貰ったわ」
真奈美「いつの間に」
裕子「ムムーン、サイキックパワー注入~」
蓮実「はーい、受信しました~」
のあ「スプーンを持ってどうしたのかしら」
裕子「はい、サイキック・スプーン曲げ!」
蓮実「えいっ」
加奈「おー」
のあ「スプーンが曲がったわ」
真奈美「なるほどな」
藍子「サイキック美少女が増えた、のかな?」
風香「違うような……」
のあ「真奈美、出来るかしら」
真奈美「出来るな」
裕子「まさか、木場さんはサイキッカーなんですか!?」
真奈美「違うが……こうだ!」
まゆ「曲がりましたぁ……」
真奈美「曲げては食事に差し支える、戻しておこう」
千夏「腕力で戻したように見えるわ」
真奈美「如月君の言う通り、そういうことだ」
千早「私も出来るかしら」
泰葉「習わない方がいいかな……」
瑞樹「こらっ、食事中に食器で遊ぶんじゃありません」
蓮実「ごめんなさい、サイキック気の迷いです」
裕子「サイキックの暴走で済ませてはいけません」
智絵里「サイキックパワーを注入してたような……」
クラリス「盛り上がっているところ、申し訳ございません」
のあ「どうしましたか、シスタークラリス」
クラリス「おかわりを頂けますか」
真奈美「もちろん、他の人も遠慮なく言ってくれ」
28
椋鳥山荘・1階・大教室
クラリス「素晴らしい食事を終え、心は豊かに、体は力を取り戻しました。自身の使命に勤しみ、惠を与えてくださった神と食事を与えてくださった人々のご恩に報いることを誓います。ごちそうさまでした」
みんな「ごちそうさまでした」
瑞樹「はい、今日はこれから自由時間です。相川先生、大浴場の準備は」
千夏「出来ています」
瑞樹「ありがとうございます。9時までに大浴場は使ってね」
みんな「はーい」
のあ「真奈美、私達は」
真奈美「その後だ」
瑞樹「消灯時間は10時、それまではコイバナでも何でもしちゃってちょうだい」
加蓮「川島先生ってば……」
瑞樹「ただし、夜更かしはオススメしないわよー。寝れるうちにちゃんと寝ること、寝れなくなる年齢の前に」
のあ「そうなの?」
真奈美「睡眠は十分にとるのがベストだ、特に10代は」
のあ「そうなのかしら……私は寝すぎだったと反省しているけれど」
瑞樹「今日はないけれど、明日は夕食後も授業があるから忘れないでね。それじゃあ、今日はお終い。脇山さん、号令を」
珠美「起立、気をつけ、礼!ありがとうございました!」
29
消灯時間前
椋鳥山荘・3階・のあと真奈美の部屋
のあ「……」
真奈美「のあ」
のあ「真奈美、なにか」
真奈美「既に何冊を読み終わっているようだが、何を読んでいるんだ?」
のあ「色々ね、真奈美もオススメがあるなら教えてちょうだい」
真奈美「推理小説か?」
のあ「それもあるわ。眺めていて楽しいものを安斎都から教えてもらったの」
真奈美「眺めていて楽しい?」
のあ「安斎都は見る目があるわ。真奈美も興味があったら言ってちょうだい」
コンコン
のあ「どうぞ」
まゆ「こんばんは」
のあ「どうしたの、まゆ」
まゆ「もうすぐ消灯時間なので、様子を見にきました」
のあ「あら、もうそんな時間なのね」
まゆ「真奈美さん、よろしくお願いします」
真奈美「わかってるよ」
のあ「何を、かしら」
まゆ「うふふ……おやすみなさい」
真奈美「おやすみ」
のあ「おやすみなさい、まゆ」
真奈美「さて、私達も朝が早い。浴場に行こうか」
のあ「これを読み終わったら行くわ、お先にどうぞ」
真奈美「いや、一緒に行こう」
のあ「一人で行けないの、怖がりね」
真奈美「のあ、最近髪の手入れはしているか?」
のあ「優に言われてることは、やってる、と思うわ」
真奈美「シャンプーは持って来たか?」
のあ「いいえ」
真奈美「ということだ、確かめさせていただこう」
のあ「そんなに気にしなくても」
真奈美「せっかくの素材だから、大切にしよう」
のあ「そうね、私も切りたくはないの」
真奈美「切りたくはないんだな」
のあ「父が褒めてくれたから、伸ばしていたの」
真奈美「……そうか」
のあ「みくにゃんと同じ髪型にするなら、考えるけれど」
真奈美「のあの頭の中で価値観の順序はどうなってるんだ?前髪ぱっつんの件といい……」
のあ「冗談よ、大切にしてくれるものを捨てたりしないわ」
真奈美「信じてるぞ」
のあ「ええ。もう少し待ってちょうだい」
30
幕間
深夜
星輪学園・教会
古澤頼子「……」
井村雪菜「こちらにいたんですねぇ」
古澤頼子
自称は『キュレイター』。シスターが居るべきところに座っている。
井村雪菜
『化粧師』。今は高校生のような出で立ち。希砂二島の事件を引き起こした首謀者。
頼子「こんばんは」
雪菜「美術館を辞めてからはこちらに?」
頼子「いいえ、今日はここの主がいないので使っています」
雪菜「そうなんですかぁ、普段はどちらに?」
頼子「私に家などありません、あなたも知ってるように」
雪菜「そうですねぇ、最近は死んでる人と一緒になることもありますよぉ」
頼子「彼女は……元気にしていますか」
雪菜「うふっ、あなたが望む方だと思いますよぉ」
頼子「手間が省けました、ご報告ありがとうございます」
雪菜「シスターはどちらにお泊りなんですかぁ?」
頼子「星輪学園の山荘に。合宿らしいですよ」
雪菜「まぁ、楽しそう」
頼子「帰ってきたらお話を聞きましょう、ご一緒にいかがですか」
雪菜「遠慮しますぅ」
頼子「それは残念です」
雪菜「私も忙しくて、準備で大変なんですぅ」
頼子「執着は身を滅ぼしますよ」
雪菜「忠告のつもりですか……知ってるくせに」
頼子「……」
雪菜「あなたが私を操れるのは、その執着を利用しているからですよねぇ」
頼子「私は操りなどしません」
雪菜「私もあなたの思い通りには動きません」
頼子「操り人形なんて、つまらないものを見せられても困ります。私の想像より上を、心の奥底を、見せてくれることを期待しています」
雪菜「……」
頼子「なにか」
雪菜「そういう人でしたねぇ、ちょっと忘れてました」
頼子「人、ですか」
雪菜「人ですよ、あなたは」
頼子「肉体も精神もある人間です、それは事実ですから否定しません」
雪菜「うふっ……それじゃあ、失礼しますねぇ」
頼子「良い夜を」
雪菜「古澤頼子さん、おやすみなさい」
幕間 了
31
翌朝
椋鳥山荘・1階・洗面所
真奈美「川島先生、おはようございます」
瑞樹「おはようございます、眠れたかしら?」
真奈美「はい、静かでいつもより良く眠れたよ」
瑞樹「それなら良かったわ。聞いていいかしら、高峯さんって寝相はいいの?」
真奈美「寝息も静かで寝相も良い。良くも悪くも人間離れしてる印象だな」
瑞樹「へー、やっぱりそうなのね」
真奈美「朝食の準備を始めようかと」
瑞樹「真奈美さん、いつも朝は早いの?もう準備万端みたいだから」
真奈美「それなりです。川島先生こそお早い」
瑞樹「私は朝に時間がかかる年齢なのよね」
真奈美「そんなことは」
瑞樹「高峯さんは?」
真奈美「そろそろ降りてくると思うが」
のあ「……おはよう」
瑞樹「高峯さん、おはようございます」
真奈美「着替えは済んでるな」
瑞樹「メイクは……まさか、してないの?」
真奈美「そうみたいだな」
のあ「水が冷たくなってきたわね……」
瑞樹「いつもスッピンってことは……」
真奈美「それはない、流石にのあも成人した人間だからな」
のあ「朝食の準備は任せているから、この時間は眠いわ……」
瑞樹「高峯さん、ちょっと失礼します」
のあ「何かしら。私の頬を触っても、鳴き声が出たりしないわ」
瑞樹「真奈美さん」
真奈美「妖精の類だから気にしない方がいい」
瑞樹「ちょっとお借りしていいかしら」
のあ「借りる?」
真奈美「ご自由に」
のあ「話が読めないけれど」
真奈美「朝食の準備は問題ない、ごゆっくり」
瑞樹「高峯さん、こちらへどうぞ♪」
32
椋鳥山荘・1階・大教室
クラリス「皆様、おはようございます」
みんな「おはようございまーす」
クラリス「2日目となりました、昨日の疲れは残っていませんか」
真奈美「のあは」
のあ「私は問題ないわ」
クラリス「朝食をいただき、長い授業に備えましょう。それでは、いただきます」
みんな「いただきます」
のあ「朝食は目玉焼き」
真奈美「何かリクエストでもあったか?」
のあ「いいえ」
真奈美「川島先生には何かされたか?」
のあ「髪のセットとメイクをしていただいたわ、それ以外は特に」
瑞樹「何もしてないわ……ええ、本当に……」
千夏「なぜ、落ち込んでるのですか」
清良「私にはわかりませんけれど」
瑞樹「わからないわ……」
清良「混乱してるように見えますね」
瑞樹「それはともかく、今日のご予定は」
のあ「近くを散策するわ。真奈美、付き合ってちょうだい」
真奈美「ああ、古い神社があるんだったな」
千夏「滝もありますよ」
清良「足元にはお気をつけてください」
のあ「先生方は」
清良「午前中は私が化学を」
千夏「午後は英語です」
瑞樹「昼食は私が準備しますから、ゆっくりしていてください。時間に戻ってきていただければ」
真奈美「お言葉に甘えるとしよう」
千夏「お疲れであれば、授業を受けても」
のあ「遠慮しておくわ」
瑞樹「高峯さんは、英語は喋れるの?」
のあ「真奈美は出来るけれど」
真奈美「のあは何か国語か話せたはずだ」
のあ「初歩的なものが理解できるだけよ」
瑞樹「さすがですね」
清良「苦手な教科はあったのですか」
のあ「そうね……強いて言うならば」
真奈美「おや、苦手な教科があったのか」
のあ「家庭科ね」
真奈美「確かに、苦手だな」
瑞樹「それなら、お教えしましょうか?」
のあ「……」
瑞樹「あれ、変なこといいましたか?」
のあ「いいえ、鬼教師とは相性が悪いの」
瑞樹「違いますって、ね?」
千夏「……」
清良「……」
瑞樹「二人ともそこで黙らないでくれない?」
千夏「おそらく、実践的な部分だと思います」
真奈美「私と佐久間君で最低限は教えるとしよう」
瑞樹「それが一番ね。プラクティス・メイク・パーフェクト、習うより慣れよ、ですから」
真奈美「コーヒーの準備をしてくるよ」
のあ「飲んでから、のんびり出かけて行きましょう」
33
椋鳥山荘・駐車場
クラリス「お出かけですか」
のあ「ええ」
真奈美「上の神社と滝を見に行こうかと」
のあ「シスタークラリスは」
クラリス「お掃除を。道中は整備が行き届いておりません、足元にはお気をつけください」
のあ「ご忠告ありがとう」
クラリス「少々お待ちください、差し上げたいものがあります」
のあ「礼拝堂に戻ってしまったわ」
真奈美「何か役に立つものだろうか」
のあ「わからないけれど……戻ってきた」
クラリス「こちらの冊子をどうぞ、神社と滝についてのことを学生達が調べたものですよ」
のあ「いただくわ」
クラリス「観光地ではありませんから、自らで価値を見つけてくださるよう」
真奈美「見てから決めるとしよう」
のあ「そうね」
クラリス「数年前のものですから、変化があるかもしれません。ご考慮を」
のあ「変化を見つけるのは得意よ、仕事にしているわ」
クラリス「そうでしたね。神社から滝までは少し距離がありますから、時間には余裕を持って行動することをお勧めします」
真奈美「わかった」
クラリス「いってらっしゃいませ。無事に帰ってくることを祈っております」
34
廃神社
廃神社
椋鳥山荘より更に山道を登ったところにある廃神社。肝試しスポットとして人気だとか。
真奈美「この神社、もう使われていないのか?」
のあ「そのようね、古い建物だけが残っているみたい」
真奈美「廃神社か」
のあ「賽銭箱だけは定期的に回収しているそうよ」
真奈美「使っていないのに、か?」
のあ「肝試しに来た若者が使うらしいわね」
真奈美「なるほどな。管理はどこがしているか、わかるか?」
のあ「麓にある神社よ。そこの分社だったみたいね、土砂災害が昔は多かったようだから」
真奈美「ふむ、大切な場所だったんだな」
のあ「林業が盛んだった頃は近くに住民もいたから、親しまれていたらしいわ」
真奈美「今は怒らせる神様もいない、か」
のあ「土砂災害も林業も時代と共に少なくなっていって、御神体も麓にある神社に戻った」
真奈美「建物だけか」
のあ「ええ。更に、土地は売りに出されているようね」
真奈美「買い手は」
のあ「つかないでしょうね」
真奈美「そうだろうな」
のあ「買うとしたら星輪学園くらいでしょうけれど」
真奈美「神社は買わないだろうな、おそらく」
のあ「ええ」
真奈美「しかし、パワースポットという感じでもないな。杉林に囲まれていて、殺風景だ」
のあ「肝試しが目当てになるのは仕方がないわね」
真奈美「同感だ」
のあ「土地としても使い道はあるかしら」
真奈美「特には思い浮かばないな。別荘でも建てるか?」
のあ「別荘を建てられる余裕があるなら、もう少し良い土地にするわ」
真奈美「木でも植えるくらいしかないか」
のあ「そうね、神社が管理する土地として末永く残るのが良いでしょう」
真奈美「建物、中に入ってみるか?」
のあ「あまり入らない方がいい、と書いてあるわ」
真奈美「忠告に従うとしよう。特に何もないみたいだからな」
のあ「真奈美、これ」
真奈美「何か見つけたか?」
のあ「セロハンテープが残っているわ」
真奈美「比較的新しいな」
のあ「何を貼ったのかしら」
真奈美「肝試しの札でも貼ったのだろう」
のあ「なるほど」
真奈美「肝試しでもするか」
のあ「断るわ」
真奈美「おや、苦手か?」
のあ「幽霊がいるなら出て欲しいわ。枕元で一言だけでも、声をかけてくれたら」
真奈美「……」
のあ「肝試し自体は得意よ……どうしたの、真奈美」
真奈美「今もそう思うか、幽霊の話」
のあ「いいえ、きっとそんなものは存在しないのね。わかってるし、そんなものに縋ったりしなくていいもの」
真奈美「そうか」
のあ「私が二度と、心からそう思わないようにしたいだけ」
真奈美「……」
のあ「だから、真奈美とまゆで協力してちょうだい」
真奈美「もちろんだ」
のあ「奥の滝を見に行きましょうか」
真奈美「そうしよう……おや」
のあ「真奈美、どうしたの?」
真奈美「いや、2輪車のタイヤ痕があるのが見えただけだ」
のあ「誰かしら来ているということね」
真奈美「そのようだ、まぁ、それだけ」
のあ「私達は歩いて行きましょう」
35
椋鳥滝
椋鳥滝
山荘付近にある唯一の史跡。年々水量が減っており、人もほとんど訪れない。
真奈美「ここが椋鳥滝だそうだ」
のあ「滝だわ」
真奈美「滝だな」
のあ「……」
真奈美「……」
のあ「殺風景ね」
真奈美「水量も景気が良いとは思えないな」
のあ「良い所なら、先生方も一緒に来てるわね」
真奈美「確かに。飽きてるだけではないな、これは」
のあ「それにしても、どうして椋鳥なのかしら」
真奈美「冊子のどこかで見たな」
のあ「椋鳥が多かったからかしら」
真奈美「椋鳥の鳴き声は聞かないが……あったぞ」
のあ「何かしら」
真奈美「近隣にある古い礼拝堂を建設したとされる、スターリング牧師が由来だそうだ」
のあ「スターリング?」
真奈美「椋鳥の英名らしい。スターリング牧師の由緒とは関係ないそうだが、地域の人々が調べて名前をつけたらしい」
のあ「へぇ。その牧師、星輪学園と関係があるの?」
真奈美「星輪学園の歴史よりずっと前だ。宗派違いもあるから、関係はないと言われている」
のあ「その牧師は地域に貢献していたのかしら」
真奈美「布教というよりは、農業と教育で貢献していたようだ。百年以上前の話だな」
のあ「へぇ」
真奈美「その牧師が建てたとも、隠れキリシタンが建てたとも、色々な伝承があるのが椋鳥山荘の礼拝堂とのことだ」
のあ「歴史はある、と」
真奈美「歴史だけでは、残らない」
のあ「星輪学園のおかげで残ったわけね」
真奈美「そのようだな」
のあ「この滝もなくなりそうね」
真奈美「この冊子の写真と比べても、水が少ないな。水量が減ってるようだ」
のあ「冊子に理由は書いていないのかしら」
真奈美「そこまでは調べていなかったようだな」
のあ「細々でも残ることを願っておきましょう」
真奈美「ああ。昔は投げ銭をしていたらしい」
のあ「幾つか小銭が見えるわね」
真奈美「していくか?」
のあ「何に願うのかしら」
真奈美「牧師だろうか」
のあ「シスタークラリスに願った方が効きそうね。あるいは鷹富士茄子とか」
真奈美「確かにご利益はありそうだが……そうだな、滝と言えば龍の住処だが」
のあ「いなそうね」
真奈美「魚すらいないな」
のあ「……」
真奈美「……」
のあ「戻りましょうか」
真奈美「昼食の時間には戻れるだろう」
のあ「川島先生が準備をすると言っていたけれど、真奈美、聞いてるかしら?」
真奈美「聞いてはいない」
のあ「お楽しみということね」
真奈美「そうだな、行くとしようか」
36
椋鳥山荘・1階・大教室
のあ「オシャレね」
真奈美「ランチプレートだな」
のあ「雪乃のところで出てきそうね」
千夏「川島先生のお手製です、半分ほど」
真奈美「残りは」
千夏「ケータリング会社から」
真奈美「カレーを持って来た?」
千夏「そうよ」
のあ「色々やってるのね、ただの給食業者ではなく」
清良「ええ」
のあ「どれが川島先生のお手製かしら」
千夏「当ててみて、だそうです」
のあ「私には難しいわ」
真奈美「川島先生はどちらに」
清良「礼拝堂です」
千夏「シスタークラリスと一緒に」
のあ「お昼は一緒に食べないのかしら」
清良「恥ずかしいから、とか」
のあ「自信を持っていいのに」
真奈美「それとこれとは別問題なんだよ」
のあ「真奈美、心当たりがあるのかしら」
真奈美「得意でもプロではないからな、そこまで乗り気はない」
千夏「料理を振る舞うことですか」
のあ「違うわ」
清良「高峯さんはわかるのですか?」
のあ「歌うことね、あってるでしょう」
真奈美「まぁ、正解だな」
千夏「人前に出るのが苦手なのですか」
清良「意外です」
真奈美「そうなのかもしれない、私は主役じゃないよ」
のあ「……」
真奈美「ボイストレーナーが良いし、のあの助手が良いんだ」
千夏「いいんですか、探偵さん」
のあ「心配ないわ、真奈美だもの」
清良「心配ない?」
のあ「いざとなれば、矢面に立てるわ」
真奈美「立ちたくないな」
のあ「そう望むのであれば、協力するわ」
清良「話がそれましたが、シスタークラリスとはランチミーティングが目的です」
千夏「私達では見えない所を、教えてくれますから」
のあ「なるほど」
千夏「それに」
真奈美「それに?」
清良「シスタークラリスは食事中が一番話しをしてくださるので」
千夏「静かに喜んでくれるので、差し入れ甲斐もあります」
のあ「……そうではないかと思っていたわ」
37
午後
椋鳥山荘・3階・ロビー
まゆ「のあさん」
のあ「まゆに浅野さん、授業の休憩中かしら」
風香「はい、ちょっとお昼寝をしていて」
まゆ「私が起こしにきたんですよぉ」
風香「ごめんね」
まゆ「謝ることじゃないですよぉ……ね、のあさん」
のあ「そうね。仮眠は知識の習得には必要不可欠よ」
まゆ「のあさんは何をしてるんですかぁ?」
のあ「水を飲みながら、真奈美を待っているだけよ」
風香「何かご予定が?」
のあ「トレーニングを」
まゆ「トレーニング?」
のあ「真奈美に付き合うだけよ、体を鍛えて置いて損はないわ」
風香「そういえば、着替えてますね」
のあ「真奈美なら考えてくれるわ」
真奈美「のあ、水分補給はしたか?」
のあ「ええ」
まゆ「怪我には気をつけてくださいねぇ」
真奈美「もちろんだ、強度選びは間違えないよ」
のあ「お手柔らかに」
真奈美「夕食の準備もある、短時間集中でやるとしよう」
風香「私達は授業に」
まゆ「はい、また後で」
のあ「ええ、がんばってちょうだい」
真奈美「さて、行くとしようか。何かリクエストはあるか」
のあ「ないわ」
真奈美「ならば、坂道でのトレーニングでもしよう」
のあ「なぜ?」
真奈美「ここに山があるから、だ」
のあ「登山家みたいなことを言うのね」
真奈美「どんな機会でも有効に使うべきだ。いいか?」
のあ「異議はないわ。やりましょう」
38
夕食
椋鳥山荘・1階・大教室
クラリス「皆様、お疲れ様でした」
裕子「疲れました……」
風香「私も英語は苦手で……」
クラリス「食事の前に祈りの言葉を」
藍子「千早ちゃんは発音がいいですよね」
千早「ありがとう、洋楽も練習しているの」
まゆ「まぁ……ステキですねぇ」
クラリス「Bless us, all the gods and goddesses」
裕子「ムッ!ムムムーン……」
忍「英語だよね……」
智絵里「英語です……」
クラリス「Thank you for excellent food and those who prepare it」
加蓮「日本語しか話せないと思ってた」
泰葉「見かけはブロンドの美人なのに……」
珠美「好きな物は白米だと聞いてましたのに……」
クラリス「Thank you for beautiful friendship and good relationship between student and teacher」
蓮実「どういう意味なんでしょう?」
忍「たぶん、いつもの挨拶と同じと言うか」
千早「いつもより簡単じゃないかしら」
クラリス「We thank you, all the gods and goddesses, Amen」
まゆ「アーメン……」
クラリス「レッツイート。いただきましょう、美しい黄色と赤で構成されたオムライスを」
みんな「いただきまーす」
珠美「すみません、木場殿」
真奈美「私に何か?」
珠美「シスタークラリスはなんと?」
真奈美「君にはどう聞こえたかな?」
珠美「えっと……」
真奈美「のあはわかったか?」
のあ「大体は」
珠美「ご飯とご飯を作ってくれた人にありがとう、えっと、友達と先生にありがとう、神様ありがとう、いただきます?」
真奈美「十分だ」
のあ「最初の祈りが抜けてるだけね、相川先生、どうかしら」
千夏「合ってると思うわ」
珠美「ふぅ、午後の成果がありました」
真奈美「リスニング主体か?」
千夏「簡単な文章でも聞かないと慣れないのと」
のあ「他にも目的が?」
千夏「聞きなれていると、耳から勉強できるので」
真奈美「なるほど」
千夏「ちなみにですが」
瑞樹「ちなみに?」
千夏「シスタークラリスが流暢に話せる英語は、祈りの言葉だけです」
クラリス「聞こえていますよ、相川先生」
のあ「……やはり」
39
夕食後
椋鳥山荘・1階・大教室
クラリス「空腹を良質な栄養を摂取できる肉と卵を与えてくださった鶏様に感謝を。太陽の恵みを赤い果実に変えてくださったトマト様に感謝を。ごちそうさまでした」
みんな「ごちそうさまでした!」
瑞樹「はーい、それじゃあ、食後の休憩ね」
加蓮「川島先生、しつもーん」
瑞樹「はい、どうぞ」
加蓮「夕食後の授業はなに?」
蓮実「内容が書いてありませんでした」
瑞樹「それは相川先生から、お願いね」
風香「ということは英語……?」
千夏「夕食後は授業をしません、柳先生が用意してくれた映画を見ましょう」
清良「ドキュメンタリー映画よ」
裕子「おっ、授業は終わりですか」
清良「字幕はあるけれど、英語ね」
千夏「何か所か誤訳、とまでは行かないけれど、適切でない訳があるから探してちょうだい」
加奈「わー、どうしよう……」
千夏「そんなにかしこまらなくてもいいわ。真剣に映画を見るのもいいものよ」
清良「優秀者にはご褒美を」
加奈「じゃあ、がんばろう、しっかりメモを取らないとっ」
真奈美「私達はどうしようか」
のあ「私達も見ましょうか。動きたくないから」
真奈美「効いたか?」
のあ「存分に」
瑞樹「時間には遅れないでね、それじゃあ解散!」
40
ドキュメンタリー映画鑑賞中
椋鳥山荘・1階・大教室
のあ「……」
真奈美「真剣に見ているが、ドキュメンタリーに興味があったのか」
のあ「何にでも好奇心はある方だと自分では思ってるわ」
真奈美「そうか?」
のあ「映像としても価値が高いわ。カメラマンが優秀なのかしら」
真奈美「確かに、帰ったら調べてみるとしよう」
のあ「ええ」
真奈美「相川先生の課題は見つけられたか?」
のあ「現在までに一か所。何人がそのシーンの後でメモを取ったわ」
真奈美「ほう」
のあ「真奈美の見解は」
真奈美「答え合わせは佐久間君達と一緒にしよう」
のあ「なぜ」
真奈美「それも楽しみだから、だ」
のあ「……」
真奈美「学生気分も味わっておくといい。のあに足りないものだ」
のあ「……わかった。真剣に見るわ」
真奈美「良いことだ」
のあ「ネコが出てくるたびにみくにゃんのライブに気持ちが移らないように」
真奈美「なんだ、余裕じゃないか」
41
椋鳥山荘・1階・大教室
千夏「2つ目はこのシーンね」
藍子「まゆちゃん、わかりました?」
まゆ「書いておきました……自信がなかったけど」
藍子「すごいっ」
瑞樹「あれ、合っていたような?」
クラリス「なぜ、私までクイズに参加を?」
瑞樹「せっかくですから、ちなみに出来ましたか?」
クラリス「残念ながら……」
忍「先生、訳はあってると思います」
千夏「その通りね。どこにあるのか、フィリピンにある、フィリピンなんて時間内には行けない、と言葉の意味するところはあってるわね」
忍「うーん?」
千夏「誰か、わかるかしら」
風香「……はい」
千夏「浅野さん、どうぞ」
風香「確かにフィリピンですけど、意味は違うと思います」
千夏「具体的には?」
風香「地球の裏側、other side earthが訳されていないから、そんな遠いところなんて無理という感情的な反応が抜けっちゃってる……かな」
千夏「正解です、拍手を。実際は訳を漏らしたのではなく、字幕を長くし過ぎない配慮だと思うわ。それと、the other side of earthが正しいセリフね」
加奈「風香ちゃん、すごいっ」
風香「ありがとう、加奈ちゃん」
加奈「えへへ」
真奈美「のあはあっていたか?」
のあ「ここはあっていたわ」
千夏「3つ目は、ここね」
真奈美「これは?」
のあ「話の流れからわかったわ」
真奈美「フムン、いい勝負が出来そうだな」
のあ「別に真奈美と争うつもりはないけれど」
真奈美「偶には勝たせてくれ」
のあ「私のセリフじゃないかしら」
真奈美「それは光栄だ」
のあ「私は真奈美に勝とうとなんてしてないわ、考えたこともない」
真奈美「そういうと思ったよ」
のあ「どういうことかしら」
真奈美「君の期待に応えよう、のあ」
のあ「期待なんてないわ、ただ」
真奈美「それに続く言葉を、叶えてみせよう。のあ自身では出来ない」
のあ「……わかったわ」
真奈美「4つ目だ、どうかな?」
のあ「勝負は五分。期待しているわ、真奈美」
42
椋鳥山荘・1階・大教室
清良「結果発表です」
千夏「堀さんと緒方さん」
珠美「えっ!」
智絵里「あっ……」
裕子「珠美殿、そんな驚き方は失礼ですよ!何せ私は天才サイキック少女ですから!」
千夏「参考書を私から自費で差し上げるわ」
加蓮「あー、ブービーか」
千夏「川島先生、お願いします」
瑞樹「はーい、しっかり勉強してね」
智絵里「やっぱり……ちょっとウトウトしてたから……」
裕子「なんとっ!サイキック・ぬか喜び!」
のあ「なるほど、サイキック・応用パターン……」
千夏「僅差だから2人は安心して。ちなみにトップは木場さん、私と柳先生から商品を」
真奈美「海外歴が生きて良かった」
のあ「おめでとう」
真奈美「ご褒美は辞退しよう」
清良「では、ご褒美は生徒の上位3名に」
蓮実「私は違うかも」
忍「自信ない」
千夏「今井さん、如月さん、それと脇山さん」
今井「やったっ」
風香「加奈ちゃん、おめでとう。私は英語がやっぱり……」
加蓮「あれ、珠ちゃん、成績良いんだ。てっきり」
珠美「てっきり、なんですか!?英語は少し得意なんですよ」
加蓮「ごめんごめん、って」
千夏「脇山さんは良く勉強しているわ」
清良「3人にはこちらをどうぞ」
千早「これは、なんでしょう?」
千夏「カフェカードを。提携店なら割引が受けられるわ、ゆっくりとしたい時にどうぞ」
加奈「わぁ、オシャレ」
珠美「コーヒー10杯分ぐらいの金額?珠美には相場がわかりません……」
千早「事務所の近くの喫茶店で使えるわ……春香と行こうかしら」
瑞樹「相川先生、太っ腹ね」
千夏「それほどでも。ケーキとかにも使えるから、好きな時に」
加奈「ありがとうございますっ」
瑞樹「特別授業はこれで終わり、柳先生からは何かありますか?」
清良「良かったら感想を聞かせてくださいね」
瑞樹「相川先生からは」
千夏「テストの点も大切だけれど、日々の糧にしてくれると嬉しいわ。あと、今だからこそゆっくりできる時間を大切に。以上です」
瑞樹「相川先生、ありがとうございます。シスタークラリス、最後にお言葉を」
クラリス「学友と協力し、気持ちをわかちあい、時には競争することもよいでしょう。皆様、お疲れ様でした。ゆっくりとお休みください」
瑞樹「ありがとうございます。明日は最終日、羽目を外し過ぎないようにね」
藍子「はいっ」
瑞樹「今日は終わりです。脇山さん、号令を」
珠美「起立、気をつけ、礼!ありがとうございました!」
クラリス「おやすみなさいませ、良い夜を」
43
消灯後
椋鳥山荘・3階・ロビー
のあ「……」
藍子「あっ」
まゆ「あ……」
のあ「消灯時間は過ぎてるわ、ティーポットを持ってどうしたのかしら」
藍子「えー……っと」
のあ「責めるつもりはないわ、冗談よ。川島先生もお目こぼしをしてるみたいだから」
まゆ「ほ……」
のあ「静かにつかいなさい。階段は気をつけて使うのよ」
まゆ「のあさん、ありがとうございます」
のあ「ただし、一杯だけにしなさい。リラックスしているうちに布団にはいるのよ」
藍子「はい」
のあ「高森さんはまた家に泊まりにくればいいでしょう、そうしたらゆっくり出来るわ」
藍子「本当ですか?」
のあ「歓迎するわ。私は戻るから、次は会わないように」
藍子「のあさん、夜更かしはしないんですか?」
のあ「しないわ。夜更かしをする先生もいないし」
まゆ「麻雀好きな先生たちは徹夜でやっていたとか……」
藍子「川島先生が夜更かしするわけないですよね」
まゆ「のあさんはお部屋でなにかしますか?」
のあ「真奈美のトレーニングを体に反映させようかと」
藍子「……つまり?」
まゆ「眠る……?」
のあ「その通り。皆の邪魔はしないわ、おやすみなさい」
藍子「おやすみなさい」
まゆ「おやすみなさい……」
44
椋鳥山荘・3階・のあと真奈美の部屋
真奈美「お帰り。クールダウンは出来たか?」
のあ「ええ……ばたり」
真奈美「おや、お疲れか」
のあ「真奈美のトレーニングはハードね」
真奈美「のあに適切なレベルを見極めたはずだ」
のあ「その通り、適切すぎたわ」
真奈美「待て、髪は……乾いてるな」
のあ「心配いらないわ、お休み」
真奈美「いつもより寝る時間が早いな」
のあ「彼女達の邪魔をしちゃいけないもの」
真奈美「そうか」
のあ「真奈美、さっきの話だけれど」
真奈美「何の話かな」
のあ「真奈美は、出ていくのかしら」
真奈美「そんな話はしていなかった。飛躍しすぎだ」
のあ「私と暮らす目的が果たされる時は来るのかしら」
真奈美「既に叶っているよ。だが、もっと続けていたい」
のあ「……」
真奈美「だから、出ていくのは別の事情だ」
のあ「例えば」
真奈美「生活を別にする、そうだな、結婚とかな」
のあ「……そう」
真奈美「おや、寂しいか?」
のあ「ええ、当然よ」
真奈美「そう思ってくれて嬉しいよ」
のあ「でも」
真奈美「でも?」
のあ「辛い別れじゃないのなら、真奈美もまゆが出て行っても平気よ。今はそう、言えるわ」
真奈美「まだ先の話だ。ゆっくりと心の準備をしてもらうよ」
のあ「……」
真奈美「のあ?」
のあ「……」
真奈美「寝たか……やり過ぎてはいないはずだが」
のあ「……」
真奈美「この寝顔なら大丈夫か。おやすみ、のあ」
45
深夜
椋鳥山荘・3階・のあと真奈美の部屋
キャー!
のあ「悲鳴、真奈美起きなさい!」
真奈美「起きた……何時だ?」
のあ「午前2時よ。悲鳴はおそらく外から。旧館の前に誰かいるわ」
真奈美「外?」
のあ「上着を」
真奈美「ありがとう。のあ、頭の方は」
のあ「布団をかけてくれてありがとう、おかげで明晰よ」
真奈美「何もないと良いのだが」
のあ「そう願ってるわ」
46
椋鳥山荘・3階・ロビー
泰葉「高峯さん!」
のあ「何があったの」
泰葉「わからないんです、でも外から聞こえたって、如月さんが」
のあ「悲鳴の正体は」
泰葉「忍ちゃんだと思います」
真奈美「他の生徒は」
泰葉「起きた人は、下に行ってしまって」
のあ「どうやら、旧館みたいね」
泰葉「私も行きます!」
真奈美「待て、慌てるな」
のあ「私達も行くわよ、何があったか確かめるわ」
47
椋鳥山荘・旧館・玄関前
忍「……そんな」
千早「工藤さん、大丈夫……落ち着いて」
真奈美「何があった?」
忍「中……」
真奈美「中?」
泰葉「旧館の中に何があるんですか?」
忍「ダメ!見ちゃダメ!」
のあ「ダメとは?」
泰葉「忍ちゃん……手に、血が」
忍「え……何、何これ!わからない!」
千早「工藤さん、落ち着いて!あなたのせいじゃないわ!」
瑞樹「工藤さん、どうしたの!?」
珠美「何かありましたか!?」
まゆ「どうしたんですかぁ……?」
加奈「何か、あったんですか?」
真奈美「集まってきてしまったな……」
のあ「私が見に行くわ。川島先生、他の人の無事を確認して」
瑞樹「わかったわ!」
のあ「一時的に大教室に集めてちょうだい」
泰葉「加奈ちゃんは……」
加奈「私、風香ちゃんを見に行くね」
泰葉「あ、うん、お願いしようかな。私は2階の人を呼んできます」
千早「工藤さん、離れましょう……手も洗わないと」
のあ「明かりはある、工藤忍が付けたと推測」
まゆ「のあさん……」
のあ「まゆも山荘に戻っていて。真奈美」
真奈美「準備は出来てる。入るぞ」
まゆ「……」
のあ「まゆ、どうしたの?」
まゆ「もしも……目の前で起こる事件を止められるのなら……止めますよね……」
のあ「まゆ?」
まゆ「信じてます……のあさん」
のあ「……脇山さん、まゆをお願いしていいかしら」
珠美「私も行く心の準備をしていたのですが」
のあ「数分で出来る準備では足りない。まゆを頼むわ」
まゆ「……」
珠美「わかりました、行きましょう」
まゆ「……はい」
のあ「……」
真奈美「のあ」
のあ「感想を」
真奈美「最悪だ。入って確認してくれ」
のあ「……わかったわ」
48
椋鳥山荘・旧館・1階
のあ「緒方智絵里……真奈美、息は」
真奈美「残念だが……」
のあ「胸と腹を刺されている。死因はショック死か、あるいは失血死」
真奈美「この血だまりだ……急所を外していたとしても長くは……」
のあ「スイッチに血が付いていて、指の形も」
真奈美「工藤忍のものか」
のあ「おそらく。だけど、妙ね」
真奈美「妙とは」
のあ「スイッチ以外に血が付いていない」
真奈美「誰かがスイッチにつけた、と」
のあ「血飛沫の飛び方も偏っている」
真奈美「こちら側には飛んでいない」
のあ「つまり、犯人は返り血を浴びてるわ」
真奈美「返り血の反応が出た人物が犯人か」
のあ「私が犯人ならそんなことは考えておくわ、ここを見てちょうだい」
真奈美「少しだけ血が多い、線状に見える」
のあ「撥水性のものを伝わって垂れた」
真奈美「レインコートか」
のあ「簡単に処分できる、その前に」
真奈美「見つけないとだな」
のあ「真奈美、緒方智絵里の右手の先を」
真奈美「これは文字……ダイイングメッセージか?」
のあ「F、かしら」
真奈美「Fというと」
のあ「浅野風香だけ。でも、違和感がある」
真奈美「違和感とはなんだ?」
のあ「緒方智絵里が書いたとは思えない」
真奈美「その根拠は」
のあ「指を押し付けて書いたように見えるわ」
真奈美「誰かが死後に工作した、と」
のあ「殺害現場はほぼそのまま、偽装工作も簡単なものだけ……真奈美、質問を」
真奈美「なんだ?」
のあ「容疑者は」
真奈美「おそらく山荘にいる」
のあ「部外者の可能性を何故排除できるのかしら」
真奈美「ここが殺害現場だから、だ」
のあ「その通り。緒方智絵里を部外者がここまで運んできたとは考えにくい」
真奈美「誰かに呼び出されたな、山荘の誰かに」
のあ「ケータイも通じない場所で部外者が呼び出したとは思えない」
真奈美「夜中にこんな場所に来るんだ、相手は……」
のあ「真奈美、緒方智絵里は犯人に立ち向かえるかしら」
真奈美「そういうタイプには見えなかった」
のあ「危険を察知したら、逃げるはずよね」
真奈美「ああ」
のあ「ここにいる時点でおかしいわ」
真奈美「部屋の真ん中か、壁際ではなく」
のあ「親しい間柄のはず」
真奈美「やはり、犯人は」
のあ「……クラスメイトの誰か」
真奈美「……そうなるか」
のあ「彼女達を疑うのは嫌だけれど……難事件ではないわ」
真奈美「その根拠は」
のあ「現場は残っている、久美子達なら手掛かりは幾らでも見つけられるはずよ」
真奈美「後はアリバイか」
のあ「南側の部屋の生徒が目撃者となっていないかしら……いや、違う」
真奈美「のあ?」
のあ「犯人は殺人が露呈することを覚悟している可能性があるわ」
真奈美「待て、それなら」
のあ「山荘に戻りましょう。後がない人間は何をするかわからないわ」
49
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
千夏「はい、住所は……」
泰葉「高峯さん!」
のあ「大教室にいなさいと言ったはずよ」
泰葉「とにかく、今は3階へ行ってください!」
真奈美「警察への連絡は」
千夏「今しています!」
のあ「電話回線は無事、と」
泰葉「こっちです!」
真奈美「何をそんなに急いで……まさか」
のあ「まずは確認を。真奈美、行くわよ」
50
椋鳥山荘・3階・浅野風香の部屋前
泰葉「風香ちゃんの部屋です!」
清良「今井さん、しっかりして!」
加奈「……」
泰葉「加奈ちゃん……どうですか」
清良「この通り、放心状態で……」
真奈美「何があった?」
清良「様子を見に来たら、今井さんがへたり込んでいて……」
泰葉「私も加奈ちゃんと風香ちゃん以外は集まったから、様子を見に来て……」
のあ「真奈美」
真奈美「どうし……た」
のあ「親友の首吊り死体は……耐えられないでしょうね」
真奈美「悲鳴も出ないほど、か」
のあ「真奈美、今井さんを頼むわ」
真奈美「わかった。今井君を運ぼう、柳先生手伝いを」
清良「わかりました」
のあ「岡崎さんも行きましょう」
泰葉「調べなくていいんですか」
のあ「まずは全員の無事を確認し、万が一の可能性を止めることよ」
泰葉「……」
のあ「どうしたの、岡崎さん」
泰葉「自殺じゃない……ですよね」
のあ「今は考えなくていいわ。落ち着きなさい」
泰葉「……知ってるんです」
のあ「知ってる?」
泰葉「何でもないです……」
のあ「岡崎さん、ショックを受けてるのね」
泰葉「……そうかもしれません」
のあ「気丈に振る舞うのもいいけれど、事態が事態よ。無理をすることはないわ」
泰葉「違うんです……ごめんなさい、疑っています」
のあ「誰を、かしら」
泰葉「あなた、です」
のあ「どういう意味かしら」
泰葉「……皆の所に行きましょう。集まっていれば、安全ですから」
のあ「……ええ」
51
椋鳥山荘・1階・大教室
瑞樹「とりあえず、全員無事よ……」
のあ「全員いるわね、緒方智絵里、浅野風香、今井加奈とシスタークラリス以外は」
瑞樹「……ええ」
真奈美「シスタークラリスと今井君はどちらに」
瑞樹「ショックを受けてるみたいだから、シスタークラリスにお願いしているわ。1階の西側の部屋に一緒に」
のあ「……そう」
真奈美「警察は」
千夏「1時間後には。道や電話回線には特に問題ないと」
のあ「生徒達の様子は」
瑞樹「この通り……事態は伝わってるわ」
藍子「のあさんっ!」
のあ「ここにいるわ」
藍子「犯人は、智絵里ちゃんを殺した犯人は風香ちゃんなんですか……?」
のあ「今の所はわからないわ」
藍子「えっ……」
珠美「まさか、別に犯人がいると!?」
のあ「それもわからない。部外者の可能性もあるわ」
裕子「そうですよね!このクラスに人を殺せるような人はいませんから!」
加蓮「……本当に、そうかな」
裕子「えっ、何ですか、加蓮ちゃん」
加蓮「いるんじゃないの。ねぇ、岡崎さん」
泰葉「何を言ってるんですか……?」
加蓮「別に。あなたが恨んでて、それで殺しちゃったとか」
蓮実「あなたが言えることじゃない」
加蓮「なに、蓮実」
蓮実「なんでもない」
泰葉「デタラメなことを言わないでください!疑うなら、他にもいて……一番怪しいのは、そう、まゆちゃん」
まゆ「私……?」
泰葉「そう。だって、探偵さんと共犯だっておかしくないのに」
まゆ「……違う、違います!のあさんを疑わないでください!」
泰葉「信じられない。でも、他にも汚い手段が好きな人もいるから」
千早「なぜ、私を見るのかしら」
泰葉「……別に」
千早「岡崎さん、言いなさい」
泰葉「じゃあ、言います。あなたは兄弟を殺したんでしょう」
千早「……あれは事故だったのよ」
泰葉「不幸な事故だったの、本当に?」
藍子「泰葉ちゃん、やめたほうが……」
千早「何が、言いたいの」
泰葉「あなたが、そういう人だってことよ」
千早「岡崎さん、言っていい事と悪い事があるわ!」
藍子「待って、こんな時に言い争っても……」
千早「あなたは黙ってなさい、高森藍子!」
藍子「……うぅ」
珠美「千早殿、落ち着いてください!」
裕子「そ、そうですよ!」
千早「優……」
瑞樹「どうしたの、みんな落ち着いて!」
忍「……言い合っても仕方がないよ」
泰葉「冷静ですね、実はホッとしているから?」
忍「えっ、いきなり、何言うの?」
泰葉「……」
のあ「岡崎さん、落ち着いて」
泰葉「落ち着いてなんていられない!だって、クラスメイトが2人も殺されてる!誰も信じられないし、誰も傷つけたくないのに!なのに、何もやれなくて……」
清良「……」
珠美「珠美も同じ気持ちです。でも、騒いでも何も解決しません」
千夏「ええ……そう思うわ」
珠美「泰葉殿、落ち着きましょう」
泰葉「……うん」
のあ「素直に言うけれど、私は直ぐにこの事件を解決できないわ」
真奈美「……」
のあ「警察が来るまで、皆を守るわ。それだけは約束させて」
まゆ「……はい」
のあ「この部屋で待っていましょう。いいかしら」
瑞樹「みんな、従ってくれるかしら」
千早「……仕方がないわ」
加蓮「いたくないけれど」
蓮実「わかりました」
真奈美「のあ、事情を聞くか」
のあ「……いいえ。不安にさせるだけよ」
真奈美「承知した」
のあ「川島先生、今井さんとシスタークラリスを呼んできて。大丈夫そうであれば」
瑞樹「わかったわ」
のあ「真奈美はロビーで見張りを。刑事がかっ飛ばしてくるはずよ」
52
椋鳥山荘・駐車場
大和亜季「到着であります!久々にサイレンでかっ飛ばしましたな!」
新田美波「山道での運転技術、参考になりましたっ」
大和亜季
刑事一課和久井班所属の巡査部長。山道を苦にしない運転技術を披露した。
新田美波
刑事一課和久井班所属の巡査。普段は運転担当だが、今日は亜季が運転を担当した。
亜季「いやいや、褒められると照れますなぁ」
和久井留美「疲れていなそうね。新田巡査、今の時刻を」
和久井留美
刑事一課和久井班班長。階級は警部補。通報時はまだ起きていたらしい。
美波「午前3時25分です」
留美「通報からおよそ1時間。科捜研の車は」
美波「あそこに。後300秒くらいで駐車場に到着予定です」
亜季「早いでありますな」
留美「出発が早かったもの。署を出たのが一番早かった」
美波「でも、大和巡査部長が追い抜きました」
亜季「あっちはサイレンなしでありますから」
のあ「来たわね、留美」
留美「探偵さん、お疲れ様」
亜季「高峯殿、お疲れ様であります!」
美波「和久井班到着しましたっ」
のあ「状況は把握してるかしら」
留美「大まかには」
のあ「私と学生がここにいる理由は」
留美「大体聞いてるわ。新田巡査、1階東側の大教室へ。全員の安全を確保して」
のあ「真奈美がいるわ、使ってちょうだい」
美波「はいっ!」
留美「新田巡査、止まって。探偵さん、聞き取りは」
のあ「進んでないわ」
留美「探偵さんらしくもない。新田巡査、聞き取りもお願いするわ」
美波「美波、いきますっ!」
留美「遺体は2人と聞いてる。私はどちらを先に見ればいいかしら」
のあ「2階を」
留美「信頼しましょう。大和巡査部長、別館の状況保存と見分を」
亜季「了解であります!」
のあ「行きましょう」
留美「ちょっと待って。科捜研の3人が来てるの」
のあ「鑑識より先に到着してるとは、職務熱心ね」
松山久美子「のあさん、お疲れ様」
松山久美子
科捜研所属。常時白衣着用の美女。すぐに現場に行ける体制は整えてあるわ、とのこと。
のあ「久美子、早いわね」
久美子「清路の科捜研は現場主義なの。のあさん達も心配だったし」
留美「松山さんは私達と2階へ」
久美子「オッケー」
留美「そこのおふたり?」
梅木音葉「準備できました……なんでしょうか?」
一ノ瀬志希「にゃはは、深夜の緊急出動は興奮しちゃうねー」
梅木音葉
科捜研所属。久美子の後輩らしく白衣着用。耳が利くタイプ。通報時は科捜研で趣味に勤しんでいた。
一ノ瀬志希
科捜研所属。音葉の年下の後輩。鼻が利くタイプ。音葉が自宅に帰らないので、科捜研に泊まるつもりだった。
留美「梅木さんは大教室へ、新田巡査の手伝いを。科捜研の職務は、その後でいいかしら」
音葉「わかりました……」
留美「一ノ瀬さんは、緒方智絵里さんの殺害現場を見てちょうだい」
志希「んー……」
留美「嫌かしら」
志希「にゃはは!留美にゃん、適材適所!いってくるよー」
留美「なぜ、一ノ瀬さんは一目散に旧館の外へ?」
のあ「彼女なりに何か気づいているから」
久美子「信じておくと気も楽よ」
留美「信じましょう。2階の現場に案内して」
のあ「わかったわ」
53
椋鳥山荘・3階・浅野風香の部屋
留美「天井の梁に首吊り死体、お名前は」
のあ「浅野風香」
久美子「争った様子はないわね。のあさん、この部屋調べた?」
のあ「いいえ。あなた達に任せた方がよいかと」
久美子「何もしてなさそうね。そこの手紙、見ていいかしら」
留美「手紙?」
久美子「机の上。のあさん、中身見てないのよね?」
のあ「見ていないわ」
留美「あなたが見た時のまま」
のあ「ええ」
留美「その手紙、私にも見せてちょうだい」
久美子「うん、内容は遺書だったわ」
留美「そのようね。探偵さん、第一発見者は」
のあ「今井加奈。彼女が浅野風香と最も親しかった」
留美「浅野風香さんの得意科目は」
のあ「得意科目?」
留美「知ってるかしら」
のあ「おそらく国語。苦手なのは英語、何故そんなことを?」
留美「情報は幾らでも欲しい、柊課長に提出するために。彼女の趣味は?」
のあ「これも推測だけれど、趣味は本を読むこと、それと書くこと」
久美子「そうかもしれないわね。遺書の文章もしっかりしてるわ」
留美「家族構成は」
のあ「父親と二人暮らし。だけれど、苗字は母方の浅野を名乗ってる」
留美「自殺の動機は、この遺書に」
久美子「遺書の内容は……」
のあ「緒方智絵里を殺害、殺害は前から決めていた、動機は怨恨、自殺も決めていた」
久美子「のあさん、読んでないんじゃなかったの?」
のあ「読んではいないわ、推測の結果」
留美「遺書の筆跡は浅野風香さんのものかしら」
久美子「ノートと比べてみたけれど、本人の可能性が高いと思うわ。正確には鑑定を待って」
留美「凶器は」
のあ「今の所、見つかっていないけれど」
留美「すぐに見つかるでしょう」
のあ「見つからないといけない」
久美子「ねぇ、ツーカーなのは良いことだけど、私にもわかるように会話してくれない?」
留美「今は現場に集中して」
久美子「了解、事情は後から聞くわ」
留美「犯人は自殺。直筆の遺書もある」
のあ「そうね。だけれど」
留美「探偵さん、自殺だと思う?」
のあ「……わからない」
留美「松山さん、あなたの感想は」
久美子「自殺は偽装の可能性があるけど、本当に自殺かもしれない」
留美「根拠は」
久美子「自殺なら少なくとも自分の体を梁の近くに上げないといけないわ」
留美「その足場がない」
久美子「ええ。椅子か脚立があるはずだけれど、ない」
留美「梁から飛び降りた場合は」
久美子「梁に落下した時の傷がない」
のあ「そんなことしたら、縄が切れる可能性すらある」
留美「失敗したら、下の部屋の生徒が飛んでくるわね」
のあ「下の部屋は脇山珠美。悲鳴で起きて来たし、正義感も強いから確実に次の機会は失われる」
留美「縄の出所は」
のあ「旧館から」
久美子「梁は結構な高さがあるのよね」
のあ「それが問題」
久美子「結構グラマラスね。そんな浅野風香さんを持ち上げられそうな人は……」
のあ「いないわ」
留美「いるわよ、2人くらい」
のあ「その2人は、私と真奈美」
久美子「もしくは複数犯ということね」
留美「複数と言ってもパターンがある」
久美子「そうね、手伝ったのはどっちだったのかな」
のあ「どういう意味かしら」
留美「殺人、2件の殺人、殺人と自殺、どれをどこまで誰が手伝ったかはわからない」
久美子「死亡推定時刻は12時から2時くらい」
のあ「おそらく、緒方智絵里よりは後」
亜季『警部補殿、下へ来ていただいてもよろしいですか?』
留美「了解。松山さん、ここはよろしく」
久美子「わかったわ」
留美「探偵さんは私と下へ」
のあ「ええ」
54
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
真奈美「のあ」
留美「様子はどうかしら」
真奈美「問題ない。新田巡査と音葉君が聞き取りを進めている」
のあ「何か伝えたいことでも」
真奈美「緒方智絵里が旧館に移動するところを見ていた人物がいる」
留美「どなたかしら」
真奈美「長富蓮実だ」
のあ「2階の南側、起きていたら気づく可能性はある」
留美「何故起きていたのかしら」
真奈美「音楽を聴きながら、ボーリングのためのトレーニングをしていたらしい」
のあ「そう。それで何時ぐらいだったのかしら」
真奈美「1時頃だそうだ」
留美「夜更かしね。別に肝試しをしてようが咎める理由もなしと言った所かしら」
真奈美「工藤忍が緒方智絵里に呼び出された時間と相違がない」
のあ「呼び出された?」
真奈美「緒方智絵里が工藤忍の部屋に来て、2時に旧館に来る約束をしたのが12時半より前だ」
のあ「犯行時刻はその間。緒方智絵里は工藤忍を呼び出す動機がある」
真奈美「そうなのか?」
留美「……」
のあ「真奈美、詳細は後で」
留美「今は大和巡査部長の報告を先に」
のあ「そうしましょう」
留美「真奈美さん、引き続き聞き取りをお願い」
真奈美「わかった」
55
椋鳥山荘・旧館・裏口付近
留美「大和巡査部長」
亜季「警部補殿、こちらを見てください」
志希「聞くべきは刑事じゃなくて探偵。のあにゃん、何かわかるでしょ?」
のあ「発火装置……」
志希「報告書を見たよー、音葉ちゃんの愉快なリズムで書かれたヤツ」
亜季「佐藤心が作成していたもの、かと」
のあ「宮本フレデリカが小火を起こしていたものと同種ね」
志希「発火寸前だったから、水をかけちゃった」
のあ「発火寸前だった?」
志希「うん、志希ちゃんが見つけなかったら旧館は丸焼けだったよ」
のあ「室内に置けばいい、現場を隠蔽できるわ」
亜季「確かに、そうでありますな」
のあ「発火時間が遅すぎるのも不自然よ」
志希「うーん、それには反対。朝方なら、もしも山荘に延焼しても逃げられるよ?」
留美「他に発見したものは」
亜季「足跡であります。こちらを」
志希「小さめの足跡が一人分。身長は150センチ前半ってとこ」
のあ「消されてるわ。一人分になるように」
志希「使ったトンボは部屋の中にあったよ。指紋は後で調べとくー」
亜季「犯人は緒方智絵里殿を殺害した後に、裏口から出たようであります」
志希「そして、ここで山の斜面に近づいた」
亜季「犯人は凶器を投げ捨てたであります」
留美「見つかったの?」
亜季「発見済みであります」
志希「犯人は右足を踏み込んで、一生懸命投げたけど力が強くなかったみたい」
亜季「斜面を転がり過ぎることはありませんでした」
留美「強く踏み込んだ足跡が2つあるのは」
志希「凶器以外に、何かを投げたから」
留美「その何かは見つかったの?」
亜季「そちらは捜索中であります」
志希「三角形か丸い、ころころ転がる何か?」
のあ「転がるもの……」
志希「血が付いたレインコートとかだよ、のあにゃん、わかってるでしょ~」
のあ「……ええ」
志希「犯人は左手でその2つを投げた。それで、今度はこっち」
亜季「この壁であります」
志希「もたれかかってた。数時間前に」
のあ「……」
志希「肩の位置はこれくらい。身長は150センチくらい、足のサイズからの見立てと一緒」
亜季「犯人は、その後表に回り」
志希「堂々と出て行った」
留美「何故、ここにもたれかかってたの?」
亜季「山荘が見えるからであります」
志希「タイミングを計ってた」
亜季「こちらは暗くて見えませんが、明かりやカーテンの有無はわかります」
志希「だから、堂々と帰れたんだよー」
留美「フム、なるほど」
亜季「目ぼしい発見はそんな所であります」
留美「重要な証拠、凶器が見つかったわ。早期の連絡をありがとう」
志希「遺体はこれからじっくり見るよー、さっくりとは見たけどね。気になることがあるんだー」
留美「何かしら」
志希「刺したのは右、投げたのは左、共犯なのかなぁ?」
のあ「……」
留美「考慮に入れておくわ。のあ」
のあ「何かしら」
留美「山荘へ。新田巡査の調査結果を聞くわ」
のあ「ええ、行きましょう」
留美「待ちなさい、そんなに急がなくても」
亜季「……」
志希「……」
亜季「一ノ瀬殿も人が悪いでありますな」
志希「のあちゃんがいつもの調子だったら、仕事が終わってたのにねー」
亜季「同感であります。だから、私達がやるでありますよ」
志希「にゃはは、気分を入れ替えて、お仕事お仕事~」
56
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
のあ「留美、止まってちょうだい」
留美「どうしたのかしら、ソファーに座り込んで」
のあ「疲れたの……あなたの力になれそうもないわ」
留美「仕方がないわね、真奈美さんを呼んでくるわ」
クラリス「和久井留美様はどなたでしょうか?」
留美「私です。お名前をお聞きしても」
クラリス「クラリスと申します。星輪学園でシスターと教職についております」
留美「フルネームは」
クラリス「生徒の前ではお控えください」
留美「わかりました。ご用件をお聞きしても」
クラリス「和久井様とお話したい生徒がおります。あちらの部屋へ」
留美「私を名指し、ですか」
のあ「……」
クラリス「はい。和久井様お一人で来て欲しい、と」
留美「わかりました。伺いましょう」
クラリス「よろしくお願いします」
留美「木場真奈美さんを呼んでくださるかしら」
のあ「私は3階の部屋にいるわ。真奈美も3階に来るように」
クラリス「わかりました」
留美「聴取は順調ですか」
クラリス「皆様、落ち着いております。協力的かと」
留美「ありがとうございます。案内をお願いしても?」
クラリス「はい。その前にひとつお聞きしてもよろしいですか」
留美「何なりと」
クラリス「高峯様とは付き合いが長いのですか」
留美「そうです。真奈美さんよりも長いかと」
クラリス「長い付き合いが出来る理由は」
留美「変人だけれど、正義の人だから。これ以上ない美徳ですから」
クラリス「ご案内します。こちらですよ」
57
幕間
椋鳥山荘・1階・東大部屋
クラリス「こちらです。ごゆっくり」
留美「ありがとうございます」
まゆ「留美さん、こんばんは……」
留美「こんばんは、まゆちゃん」
まゆ「驚かないんですね……」
留美「私がいることがわかるのは、まゆちゃんだけよ」
まゆ「……はい」
留美「座っていいかしら」
まゆ「どうぞ……お茶も何もありませんけど」
留美「お気遣いなく」
まゆ「留美さんは……疲れていませんか」
留美「元気よ。最近は休みも取れてるから」
まゆ「……そうですか」
留美「学校は楽しいかしら」
まゆ「前の高校よりは……」
留美「のあが言っていたわ。心配そうに嬉しそうに」
まゆ「のあさんは……なんて、言ってましたか?」
留美「楽しそうよ、って」
まゆ「……」
留美「この行事も楽しみにしていたわ」
まゆ「……」
留美「まゆちゃん?」
まゆ「留美さんは……まゆが言うまで聞かないつもりなんですね」
留美「どういうことかしら」
まゆ「ごめんなさい……のあさんにも、真奈美さんにも言えなくて……」
留美「……」
まゆ「留美さんは……信じてくれますか」
留美「信じるわ。何を見たのかしら」
まゆ「……違います」
留美「違う……とは」
まゆ「言います……このままだと……のあさんが辛いから……」
留美「……」
まゆ「私が……やりました」
幕間 了
58
椋鳥山荘・3階・のあと真奈美の部屋
真奈美「のあ、大丈夫か」
のあ「……」
真奈美「のあ?」
のあ「犯人がわかったわ。今、留美に自供しているはずよ」
真奈美「本当か」
のあ「犯人は、まゆよ」
真奈美「……」
のあ「驚かないのね」
真奈美「 様子がおかしかった」
のあ「まゆの様子に気づいていたのね」
真奈美「違う。のあの様子だ」
のあ「……ごめんなさい、私はあの子の力になれそうもないわ」
真奈美「……」
のあ「せめて、真奈美が共犯だと思われないように動くしかなかった。頭は動かない、最悪なパターンしか思い浮かばない、それを補強する証拠しかでない」
真奈美「のあだったら、調査はするはずだ。最初の1時間が重要だからだ」
のあ「出来ない……」
真奈美「しかし、結論に辿り着いている。何故だ?」
のあ「私は調べていたから」
真奈美「何を」
のあ「まゆのことに決まってるでしょう!」
真奈美「落ち着け、のあ」
のあ「まゆ、浅野風香、緒方智絵里、工藤忍には動機となり得る関係があるの」
真奈美「関係か」
のあ「マンション火災よ、まゆは両親を失い、結果的に私の家にいるわ」
真奈美「……」
のあ「浅野風香の母親が火事の原因を引き起こしたわ、火災が多くの死者を出したのはマンションの設計が悪かったから……具体的には保温材が燃える際に毒ガスが出たから」
真奈美「……」
のあ「緒方智絵里の父親は原因を突き止めた、警察官だったの。浅野風香は母方の姓を名乗りつつ、父親と暮らしているわ。いられなくなったの、世間の目に耐え切れなくなって」
真奈美「緒方智絵里と工藤忍の関係は」
のあ「緒方智絵里の父親が殉職している……その事故に関わっているのが工藤忍の父親よ」
真奈美「……」
のあ「真奈美、工藤忍が緒方智絵里の遺体を発見した理由は何かしら」
真奈美「呼び出されていたからだ」
のあ「誰に」
真奈美「緒方智絵里だ」
のあ「まゆの部屋は」
真奈美「南側の3階だ、一番ロビー寄りの」
のあ「工藤忍の部屋は」
真奈美「佐久間君の目の前」
のあ「2人の因縁に気づいていた理由は」
真奈美「わからな……いや、ある」
のあ「そう、私よ。私が調べた資料があるの」
真奈美「佐久間君は緒方智絵里の計画に気が付いた」
のあ「……バカなことを」
真奈美「浅野風香の件にどう説明をつける?」
のあ「室内にある机と椅子があれば梁に手が届くわ。動かした痕跡が見つかるはずよ」
真奈美「遺体を持ち上げられない」
のあ「持ち上げたんじゃないわ、首を絞めたロープごと引き上げたの……そのロープを梁に結んだだけ」
真奈美「……」
のあ「おかしいのよ……工藤さんの悲鳴を聞いた直後に、岡崎さんと私達が話している所に一番まゆの部屋が近いのよ。なのに」
真奈美「遅れて出て来た、合流したのは旧館の前だ」
のあ「部屋から出て来たわけじゃないの。工藤忍が見つけるまで、旧館に隠れていたから」
真奈美「騒ぎに乗じて紛れ込んだ」
のあ「足跡もあったわ……凶器からも指紋が見つかるはずよ、レインコートから、まゆが寝間着に来ていたジャージの繊維も」
真奈美「のあ、違うぞ。それなら、辻褄があわない」
のあ「勘違いしてるのは真奈美よ、私達が見つけた順番にすぎない」
真奈美「……どういうことだ」
のあ「目撃情報から考えても、緒方智絵里を刺殺した後に工作が出来るわけないの」
真奈美「順番が逆……」
のあ「浅野風香が亡くなったのがおそらく1時頃、緒方智絵里は1時半頃よ」
真奈美「待て」
のあ「まゆは、復讐をするような、違うわ、そんなはずはないの!」
真奈美「のあ……」
のあ「まゆの復讐だったら、浅野風香の直筆の遺書なんて手に入らないの。まゆと同じように緒方智絵里の行動を利用する、動機がある人間がいたの」
真奈美「浅野風香か」
のあ「まゆは止めるしかなかった……そう思い込みたい」
真奈美「……」
のあ「まゆが浅野風香と緒方智絵里を殺した犯人よ。2つの殺人事件を止める代わりに、2つの殺人を犯したの……」
真奈美「……」
のあ「私の見立ては終わりよ、否定できる材料が見つからないの……」
真奈美「のあは、何を望んでるんだ」
のあ「そうでないことを!こんな結末でないことを、こんな別れじゃなければ、私は何とだって耐えられるのに……どうして……」
真奈美「……」
コンコン
留美「入っていいかしら」
真奈美「和久井警部補だ、入れていいか」
のあ「……断る理由はないわ」
真奈美「入ってくれ」
留美「お邪魔するわ。のあと話をさせてちょうだい」
のあ「まゆは話したのかしら」
留美「佐久間まゆさんは2件の殺人を自供しました」
のあ「……」
留美「のあにお願いしたいことがあるの」
のあ「わかってるわ。私の見立ては真奈美に話したから、真奈美から全部聞いて。まゆについて調査した資料は私の部屋のファイルを見て。まゆの対応と取調べは少年課の、出来るなら夏美にさせて。私も夏美以外の取り調べは受けない」
留美「わかりました。取り計らうわ」
のあ「ありがとう。だから、出て行って」
留美「……」
のあ「聞こえなかったかしら」
留美「出ていくわ。真奈美さん、のあを頼むわ」
真奈美「もちろんだ」
のあ「真奈美もよ」
真奈美「断る」
のあ「大丈夫だから、ただ……」
真奈美「なんだ」
のあ「泣きたいだけだから……お願い」
留美「真奈美さん、お話を。のあの見立てを教えてちょうだい」
真奈美「……ああ。のあ、気持ちは私も同じだ」
のあ「……知ってるわ、だから、私は、ワガママなの」
真奈美「それもわかってる。泣いておけ、自分の気持ちに整理がつくまで」
のあ「……うん」
真奈美「私は近くにいるからな。待ってるよ」
前編 了
後編に続く。
本日はここまで。
後編は明日にでも。
それでは。
後編 (59~)
59
翌朝
椋鳥山荘・駐車場
亜季「朝日が眩しいでありますな……」
久美子「仕事としては一段落ね。留美さんに報告書も出したし」
音葉「はい……生徒達もほとんど残っていません」
久美子「まゆちゃんも移送されちゃったし……」
亜季「まさか、こんな事になるとは……」
音葉「のあさん……大丈夫でしょうか」
久美子「大丈夫じゃないかもね……真奈美さんに出て行ってなんて今ののあさんは言わないわよ」
音葉「やはり……そうですか」
志希「あっ、日の出を見てる~」
音葉「志希さん……それは」
志希「下っ端らしく、コーヒーを淹れたんだよー」
久美子「あら、珍しい。いただくわ」
亜季「私も頂いて良いでありますか」
志希「どうぞどうぞ」
音葉「いただきます……」
亜季「むっ!」
久美子「独創的な味がするわ……」
志希「にゃはは、志希ちゃん特製ブレンド~、褒めて」
音葉「私は好きですよ……よしよし」
志希「にゃふふ~」
亜季「飲んでいると、これで良いような気がしますな」
久美子「気のせいだと思うわ……」
留美「お揃いね」
亜季「警部補殿、お疲れ様であります!」
久美子「のあさんの様子は?」
留美「まだ布団の中に隠れているわ、少しは眠れていたらいいのだけれど」
亜季「山荘に残っている人は」
留美「のあ、真奈美さん、2人と一緒に来た高森さん、それと戸締りをするために残ってくれている川島先生の4人だけ」
志希「マナミンはどこに?」
留美「1階のロビーで報告書を真剣に読んでるわ、新田巡査と一緒に」
音葉「自供とのあさんの見立て……それと私達の報告に差異はありませんか」
留美「大きな差異はなし。のあが言っている背後関係はこれから確認しましょう」
亜季「了解であります」
留美「それで……これは私の、刑事としての個人的意見よ」
亜季「何でありますか?」
留美「全てを鵜吞みにできない。自供も、のあの見立ても、現場の状況も」
亜季「何かあると思うのでありますな」
留美「ええ」
志希「留美にゃんの意見に賛成~」
音葉「私もです……音に乱れがあります」
久美子「私も勘から言えば賛成かな。例えば、何かある?」
志希「志希ちゃんは利き手の特定かなー」
久美子「東郷邸ならいざ知らず、まゆちゃんを特定してしまう」
音葉「聞き取り時に嘘をついた人物がいます……私の感覚ですが」
志希「音葉ちゃんの耳でそう聞こえるなら、そうなんでしょー」
音葉「怒っているような響きも……微かにあったように感じます」
久美子「浅野さんの遺体だけど、やっぱり自殺だと思うわ。首を吊った傷しかないの」
留美「まゆちゃんが嘘をつく、理由があるのかしら」
久美子「うーん、のあさんに嘘をつくようは思えないけれど」
亜季「わかりませんなぁ」
留美「いずれにせよ、私は納得なんてしていないわ。どんな穴も許さない、協力して」
久美子「了解です、警部補」
亜季「大和巡査部長、同じくであります!」
留美「少し休みましょう。頭も体もリフレッシュすべきよ」
60
椋鳥山荘・1階・玄関ロビー
真奈美「……」
藍子「……」
美波「気まずいです……」
真奈美「……」
藍子「……」
美波「あ、あの!」
真奈美「新田巡査、どうした?」
藍子「どうしましたか?」
美波「お茶でもいかがですか?」
真奈美「遠慮するよ」
藍子「お気遣いなく」
美波「そ、そうですか」
真奈美「……」
藍子「……」
のあ「……おはよう」
美波「高峯さん!おはようございますっ!」
藍子「のあさん……」
真奈美「のあ、気分はどうだ」
のあ「最悪よ。同じでしょう」
真奈美「……」
藍子「……」
美波「で、でも、お体とかは問題ありませんよね?」
のあ「健康体よ。真奈美、帰りましょう。高森さん、残らせて申し訳ないわね」
藍子「そんな、そんなこと……ないです」
真奈美「急だな」
のあ「ここにいても何も得られないもの。新田巡査」
美波「は、はい」
のあ「後は任せたわ」
美波「了解しました」
真奈美「高森君も家まで送るよ、準備をしてきてくれ」
藍子「はい」
のあ「留美にも声をかけてくるわ……良い態度ではなかったから」
61
高峯家の乗用車・車内
のあ「……」
藍子「あの……のあさん」
のあ「そういえば、朝食がまだね」
藍子「ご飯の話じゃないんです、その」
のあ「何かしら」
藍子「のあさんは、まゆちゃんが犯人だと思ってますか……?」
真奈美「……」
のあ「自供もしたわ、久美子達が証拠を積み重ねてくれる」
藍子「でも……」
のあ「……」
藍子「でも、違うと思います……まゆちゃんは、そんなことしません……」
真奈美「……」
のあ「したわ、本人が言った通り」
藍子「しません!」
のあ「……あなたのためだったら、納得したのに」
藍子「……してない、って、信じてます」
のあ「……だけれど」
真奈美「信じる権利はある」
のあ「権利はあるわね、その通りよ……でも、それだけ」
藍子「……」
のあ「信じる権利も自分の正義もあるけれど……ね」
真奈美「……」
62
高峯探偵事務所
真奈美「到着だ。久しぶりで、広く感じるな」
のあ「出て行った時は4人だったのに、今は2人だからよ」
真奈美「階段を走って登ると危ないぞ」
バタン!
真奈美「何を慌ててるんだ?」
のあ「……」
真奈美「降りるのは慎重か」
のあ「これを」
真奈美「ファイルか」
のあ「相葉夕美の事件の頃、私が調べた資料よ」
真奈美「佐久間君のか」
のあ「その通り。家族がいない理由、東郷邸に居た理由、前の学校生活、親族、それと火災のことも」
真奈美「見ていいか」
のあ「構わないけれど、警察に提出してちょうだい」
真奈美「わかった」
のあ「早いうちに、誰かが回収しにくるわ。よろしく」
真奈美「のあ、どこに行くつもりだ?」
のあ「部屋に戻るわ」
真奈美「部屋で何を」
のあ「寝るわ」
真奈美「寝れなかったか」
のあ「不貞寝よ。過眠症は私がストレスに晒された際に現れる、症状よ」
真奈美「その症状は治るのか」
のあ「十代後半は重篤だったわ。昨日までは治っていた」
真奈美「……」
のあ「真奈美、おやすみなさい」
真奈美「のあ」
のあ「手短に」
真奈美「準備はしておく。今日は夕方からボイストレーナーの仕事で留守にする。明日からにしてくれ」
のあ「……真奈美もちゃんと休みなさい」
真奈美「わかってる」
のあ「真奈美も状況は同じよ、気分も」
真奈美「心配は無用だ」
のあ「いいえ……心配するわ」
真奈美「好きなだけしてくれ。お互い様だ」
のあ「……そうするわ」
真奈美「引き留めてしまったな、おやすみ」
63
高峯探偵事務所
のあ「……何故、メイドが家に」
安部菜々「のあさん、こんばんは」
安部菜々
高峯ビル2階にある喫茶店St.Vの店員。ウサミンメイド出張サービスは高峯ビル限定。
のあ「菜々、今何時かしら」
菜々「夕方の6時です。よく眠れました?」
のあ「……あまり」
菜々「温泉の素を準備したんですよ、お風呂を楽しみにしてくださいね」
のあ「……」
菜々「ああっ、お風呂掃除もしてありますよ?先にお風呂にしますか?」
のあ「食事にするわ。良い匂いがする」
菜々「今ご飯をよそうので、座って待っててくださいねぇ。昨日は洋食だったそうなので、焼き魚、大根の煮物、大根の葉っぱをいれたお味噌汁です」
のあ「……菜々」
菜々「ご飯は大盛りにしますか?お昼食べてませんよね?」
のあ「真奈美から頼まれたのね。ご飯はいつも通りでいいわ」
菜々「はい。アイドルさんのお仕事なんて凄いですねぇ、ナナも憧れちゃいます」
のあ「今日の夕食係の……まゆがいないことも聞いてるのかしら」
菜々「聞いてますよ。でも、ウサミンメイドは口が堅いんです。メイドが見ても、言いふらしたりしません」
のあ「そうね……」
菜々「どうぞ、お待たせしました。しっかり食べてくださいね」
のあ「……」
菜々「食欲ありませんか?」
のあ「そういうわけではないけれど」
菜々「わかりました!魔法の言葉が必要ですね。ゴホン……美味しくなーれ、美味しくなーれ、ウサ、ウサ、ウサミン~、キャハ♡」
のあ「……」
菜々「ウサミンの魔法もかけましたから、ちゃんと食べてくださいね。食べないなら、食べさせてあげます!」
のあ「それは遠慮するわ。いただきます」
菜々「召し上がれ。ナナもご一緒していいですか?」
のあ「もちろん。メイドというわけではないのだから」
菜々「それじゃあ、お言葉に甘えて。よいしょ、っと。いただきます」
のあ「喫茶店の仕事はいいのかしら」
菜々「夕食はマスターと菜帆ちゃんで回せるので、心配ありません」
のあ「そう……美味しいわ、懐かしい味がする」
菜々「ナナは母親の味も得意なんですよー」
のあ「ファイルはどこに」
菜々「真奈美さんが、取りに来た刑事さんに渡したって言ってました」
のあ「他に真奈美から伝言は」
菜々「特にはありませんでしたよ?」
のあ「来客は」
菜々「えっと、何も言ってませんでした」
のあ「そう」
菜々「誰かを待っていたんですか?」
のあ「いいえ、そういうわけではないわ」
菜々「……」
のあ「……」
菜々「そのー、のあさん」
のあ「何か言いたいことでも」
菜々「やっぱり辞めます、ナナはメイドですから。ご主人様のことに口を挟みません」
のあ「繰り返すけど、菜々はメイドではないわ。言ってちょうだい」
菜々「わかりました、のあさん、言いますよ」
のあ「どうぞ」
菜々「のあさんは、人の話を聞かないし、頑固だし、趣味は偏ってるし、辛い物へのこだわりが強くて、美人で、スタイルがよくて、お金持ちで、変な人です」
のあ「……否定はしないけれど」
菜々「それに、優しい人です。ナナは信頼しています、まゆちゃんもきっとそうです」
のあ「……」
菜々「これから何があるかわかりませんけど、ナナと喫茶店St.V一同はのあさんを応援してます。まゆちゃんが戻ってきた時は歓迎してあげます」
のあ「……ありがとう」
菜々「あー、もう、柄じゃありません、忘れてください!さ、ご飯ご飯!」
のあ「菜々」
菜々「えっと……なんでしょうか」
のあ「真奈美が出かけた後からずっといるのかしら」
菜々「はい、います」
のあ「真奈美がそう頼んだのかしら」
菜々「……真奈美さんが言う通りに」
のあ「大丈夫よ、そこまで心配しなくても。東郷あいと同じ過ちを、まゆの居場所を奪うなんてことを私はしないわよ」
菜々「わかってます……でも、その」
のあ「……」
菜々「泣いてるのが……聞こえちゃって……」
のあ「……別に問題ないわ」
菜々「あー、もっと、良い言葉がかけられればいいのに!のあさん、ごめんなさい!」
のあ「謝らなくていいわ。ただし、要求があるの」
菜々「要求ですか?」
のあ「食後のお茶につきあってちょうだい」
菜々「もちろんですよぉ、今日はロシア風紅茶の準備として特製のジャムを用意してあります!」
のあ「楽しみにしてるわ、もう一つお願いを」
菜々「何ですか?」
のあ「お味噌汁をもう一杯貰っていいかしら、少し七味を入れて」
64
某芸能事務所・レッスンルーム
レッスンルーム
某芸能事務所が所有しているレッスンルーム。とあるビルの4階。
大槻唯「真奈美さん、はい、どーぞ☆」
大槻唯
天真爛漫な性格と抜群のスタイルで人気急上昇中のアイドル。
真奈美「ありがとう、手間をかけさせて悪かったな」
唯「でもでもー、サイン色紙なんか貰ってなにするの?家に飾る?」
真奈美「貢物だ。ちょっと込み入った頼みごとをする、可能性があるんだ」
唯「そうなんだ~、誰かにプレゼント用?」
真奈美「プレゼントと言えば、プレゼントだな」
唯「それじゃあ、返して♪お名前書いちゃうよ~」
真奈美「お願いしようか」
唯「いいよー、渡す相手の名前は?」
真奈美「相川千夏さんだ。漢字はこう」
唯「ふむふむ、かきかき、はい、出来た!」
真奈美「レッスン後に、私的な用事で済まないな」
唯「いいよー、真奈美さんにはお世話になってるしー、仕上げにチュッ♡はい、ちなったんに渡してね☆」
真奈美「喜ぶだろう。ただ、ニックネームで呼びあう仲ではないんだ」
唯「そうなの?どんな人?」
真奈美「メガネが似合う英語の女性教師だ。」
唯「へぇ~、大事にしてねっ、って言っておいて☆」
真奈美「伝えておこう。今日はお疲れ様」
唯「ゆい、歌うの好きだし、真奈美さんも好きだから、ぜんぜんだよー☆」
真奈美「好意は受け取っておこう。今日はこれで終わりか?」
唯「ゆいはおしまーい。あっ、みくにゃーん~」
前川みく「はぁ~、会議は疲れるにゃあ……」
前川みく
大人気ネコちゃんアイドル。単独コンサートの準備とレッスンで多忙な日々を送る。
唯「みくにゃん、お疲れなの?」
みく「真奈美さん、唯ちゃん、お疲れ様~。そうなの、会議が一杯にゃあ……」
唯「これから帰るなら、一緒に帰る?帰ろ?」
みく「リフレッシュしたいから、ちょっと歌おうと思って」
唯「ざんねーん、みくにゃん、またね~」
みく「ばいばーい。真奈美さんも?時間があるなら、見て欲しいにゃ」
真奈美「申し訳ない、私もあがるよ」
みく「そっか、うん、今日はみく一人でがんばるにゃ」
真奈美「普段なら付き合う所なんだが」
みく「帰らないといけないの?」
真奈美「同居人が心配でな」
みく「あっ、みくのライブに来てくれるって言ってた人?風邪でもひいてるの?」
真奈美「そんなところだ。今日はここで失礼するよ、相談事があればいつでも聞く」
みく「うん。その人には、みくのライブまでに風邪を治すようにしてほしいにゃ」
真奈美「ああ、最善を尽くすよ」
65
高峯探偵事務所
菜々「のあさんのお髪は本当にキレイですねぇ」
のあ「お風呂上がりの世話までは頼んでいないのだけれど」
菜々「ナナはメイドですから、遠慮しないでください!」
のあ「……楽しんでるわね」
菜々「えへへ。少しだけ、ですよ」
のあ「それなら、いいわ」
菜々「はい、おしまいです」
のあ「ありがとう、温泉の素も良かったわ。お肌の調子が良くなった気がするわ」
菜々「本当ですか?マスターにもオススメしておきます」
のあ「実験体だったのね」
菜々「いえいえ、のあさんがお疲れだなー、と思ったので」
のあ「冗談よ、わかってるわ」
菜々「のあさんの肌にも効果があるならマスターにも進めようかと。マスターが更にキレイになったら、お仕事も捗りますから!」
のあ「……そっちの方が本気で言ってるわね」
菜々「そんなことないですよー、マスターはそんなことをしなくても最高ですから。それに、のあさん、寂しかったらナナを呼んでくださいね」
のあ「いいえ、お店に行くわ。今日だけは特別よ」
菜々「はい、それじゃあ特別にウサミンメイドサービスをしましょう!」
のあ「ウサミンメイドサービス?」
菜々「お掃除とお洗濯はやってしまったので……肩たたきとか、昔話とか?」
のあ「メイド、なのかしら」
菜々「お話しするのもメイドの仕事です、たぶん」
のあ「別に、いいわ」
菜々「じゃあ、テレビを一緒に見ませんか?見たいドラマがあるんです」
のあ「帰って見ればいいのに」
菜々「真奈美さんが戻ってくるまで、いる約束ですから」
のあ「付き合うわ。どうせ帰れと言っても帰らないでしょうから」
66
高峯探偵事務所
真奈美「ただいま」
菜々「真奈美さん、お帰りなさい」
真奈美「のあは」
菜々「そちらのソファーで、お休み中です」
真奈美「寝てるのか」
菜々「はい、やっぱりお昼はちゃんと寝れていなかったみたいです」
真奈美「……そうか。のあの様子は」
菜々「ご飯もちゃんと食べてました、きっと大丈夫です」
真奈美「世話をかけて済まないな」
菜々「いえいえ!まゆちゃんのことで一番落ち込んでるのは、のあさんですから」
真奈美「のあは、何かしていたか?」
菜々「一緒にテレビを見てました、他に何もしないで」
真奈美「いつもとは違うな。片手間でPCで何かしていることが多いんだが」
菜々「そう言えば、一回だけ電話をしていました」
真奈美「電話……相手は誰かな」
菜々「うーん、菜々が知ってる人じゃない気がします。のあさんは先生と呼んでいました」
真奈美「先生か……」
菜々「心当たりはありますか?」
真奈美「わからない」
菜々「先生と呼ぶ職業は多いですもんねぇ」
真奈美「のあが名前も付けずに先生と呼ぶ人物は私も知らないんだ。まあ、本人から聞くよ」
菜々「はい。ナナはそろそろお暇しますねぇ」
真奈美「ありがとう。後でお礼をするよ」
菜々「なら、夕ご飯を食べに来てください。毎日は真奈美さんも大変でしょうから」
真奈美「……そうするよ」
菜々「お邪魔しました。後十五分くらいで起きなかったら、のあさんをお部屋に運んでくださいね」
のあ「起きてるわ……菜々、また来てちょうだい」
菜々「はい、また」
のあ「おかえり、真奈美」
真奈美「ただいま」
のあ「部屋で寝なおすわ、おやすみ」
真奈美「おやすみ」
のあ「朝食の準備をよろしく。また、明日」
真奈美「……朝食?」
67
翌朝
高峯探偵事務所
のあ「おはよう」
真奈美「おはよう。遂に寝間着から着替えたか」
のあ「真奈美、約束通り今日まで待ったわ」
真奈美「待ったのか?」
のあ「待ったではないわね、動けるようになったわ」
真奈美「寝たら元気になったか」
のあ「気持ちを変えたわ。私はワガママなの」
真奈美「ワガママとは」
のあ「まだ何も決まっていないわ。まゆはただ留置されているだけ。何もかも完全に否定されてから、諦めればいいの。私がそうしたいから、そうするのよ。まゆのために、自分のワガママを通すの」
真奈美「そうか。私も同じ気持ちだ、受け止めるには時間も足りない」
のあ「ええ、まずは朝食を。準備は」
真奈美「出来てるよ。雪乃君からコーヒーを貰ってきている」
のあ「コーヒーね、まぁ、いいでしょう」
真奈美「お茶の気分だったか?」
のあ「いいえ、私ではないけれど」
ピンポーン……
真奈美「来客だ。出てくるよ」
のあ「失礼ないように」
真奈美「のあよりは対応を心得ているつもりだ。どうぞ」
のあ「……」
真奈美「のあ、和服を着た可愛らしい感じの少女が来ているが、ご案内していいか?」
のあ「だから、失礼のないようにと言ったでしょう」
真奈美「言っている意味がわからない」
のあ「先生よ」
真奈美「先生?」
のあ「弁護士よ、父の代からお世話になってるわ」
真奈美「弁護士!?」
依田芳乃「高峯ー、私を驚かせるのに使うのは感心しないのでしてー」
依田芳乃
依田法律事務所の弁護士。年よりも幼く見られがち。関西在住。
68
高峯探偵事務所
芳乃「こちらはそなたが作ったものでしてー?」
真奈美「はい、お口に合いましたか」
芳乃「美味でしてー。コーヒーもでしょうかー?」
真奈美「コーヒーは下の喫茶店で淹れてもらっています」
芳乃「大方、高峯が連れて来たのでしょうー」
のあ「私がした選択の中でも、もっとも良い選択の一つよ」
芳乃「同感でしてー、木場様ー?」
真奈美「はい」
芳乃「高峯は手がかかりましょう、難儀な為人ですからー」
真奈美「いえ、そんなことは」
のあ「そんなに畏まらなくていいのに」
芳乃「そうでしてー」
真奈美「いや……父の代から世話になっていると」
のあ「父が世話になったのは先代と先々代よ。先生のお父様とおばあ様」
芳乃「木場様、いつも通りで構いませんよー」
のあ「そう言ってるわ」
芳乃「年齢も下ですからー」
真奈美「では、お言葉に甘えて」
芳乃「おそらく」
真奈美「おそらく……?」
芳乃「さて、どうしてわたくしを呼びましてー?この地、清路には高名な方もおりますー」
のあ「ビジネスに関わる人であれば不足ないわ。でも、今は先生しか信頼はおけない」
芳乃「信頼は心情的なものにあらず、あなたが欲しい事柄を探さす能力のことー」
のあ「その通り。ご協力くださるかしら」
芳乃「朝早い新幹線でここまで参りました理由はわかりますゆえー」
真奈美「佐久間君のこと、か」
芳乃「逮捕されたのは24時間前、残りは24時間となりますー」
真奈美「残り24時間の意味は」
芳乃「警察が送検を決める期限でしてー」
のあ「はい」
芳乃「しかしー、後見人となった高峯に連絡はありませんねー?」
のあ「はい」
芳乃「迷う理由があるのでしょうー」
真奈美「警察が送検していないということは」
芳乃「決めかねているー、もしくは反証が見つかったと思っておりますー」
のあ「その可能性はあるわ」
芳乃「しかし、釈放するほどの根拠もないのでしょうー」
真奈美「フム……」
芳乃「送検されるのは間違いないところでしてー」
のあ「私に残された猶予は」
芳乃「高峯はー、どう思っていますかー?」
のあ「私が考えていることは」
芳乃「違いましてー。どう思っているかを聞いていますー」
真奈美「思っているか。のあはどうしたい?」
芳乃「はいー」
のあ「まゆの無実を証明し、戻ってきてもらいたいの。一日も早く」
芳乃「では、釈放か不起訴を勝ち取りましょうー」
真奈美「その期日は」
芳乃「釈放なら24時間、不起訴なら追加で24時間と10日でしてー」
真奈美「のあ、充分か」
のあ「これから判断するわ」
芳乃「高峯の希望は聞きましたゆえ、わたくしの仕事をいたしましょうー」
真奈美「先生は何を」
芳乃「被疑者との接見は弁護士のお仕事でしてー」
のあ「私は接見出来ない可能性があるわ。何らかの隠蔽工作のおそれがある、と」
芳乃「顔見知りの刑事は、高峯を守るためにそうしているのでしょうー」
のあ「そうね」
芳乃「佐久間まゆ様とお話して参りましょう、高峯の叔母様からお聞きしたとっておきで釣りましょうー」
真奈美「その話は気になるな……」
芳乃「ごちそうさまでしてー。参りましょうかー」
のあ「ええ」
芳乃「しかしー」
真奈美「何か問題が?」
芳乃「清路警察署にはどのように行くのでしてー?」
のあ「真奈美、送ってちょうだい。私達も行きましょう」
69
清路警察署・科捜研
真奈美「依田先生は大丈夫なのか?」
のあ「見かけと言葉遣いが頼りなさそうに見えるだけよ」
久美子「あっ、のあさんが来た。音葉ちゃん、志希ちゃんー」
志希「来た来た~、おっはー、のあにゃん」
音葉「おはようございます……」
のあ「おはよう。土曜日も出勤とは殊勝ね」
久美子「休める時に休んでるから。でも、そんなこと言えるようだから安心した」
音葉「声音が安定しています……目的があって来たようです」
久美子「目的なく科捜研には来ないわよね」
音葉「来てくれても構いません……歓迎します」
志希「ねーねー、のあにゃん、昨日警察署に来てないよね?」
のあ「来てないけれど」
志希「ここが最初でしょ?」
のあ「ええ」
志希「にゃはは!志希ちゃん、大当たり~」
音葉「時間も順番も正解でしたね……アイスをご馳走します」
久美子「前に言ってたオススメのところ?私も食べたい」
志希「音葉ちゃんが買ってきてよー、まずはのあにゃんの用事を終わりにしてさ~」
久美子「そうね。のあさん、まず初めに科捜研に来た理由は?」
志希「何か聞きたいことがあるからでしょ」
のあ「その通り。時間がないから聞いていいかしら」
久美子「どうぞ。知っての通り、隠蔽工作とかには協力できないけど」
のあ「わかってるわ」
真奈美「出来る限りのことは教えて欲しいが」
のあ「まずは、緒方智絵里の死亡推定時刻について教えてちょうだい」
音葉「最初から……来ましたね」
志希「にゃはは、推理力豊かだね~」
のあ「私の見立てでもっとも齟齬がありそうで、間違っていて欲しい所を聞いただけ」
志希「留美にゃんと同意見だよ、それ。仲良しだね~」
のあ「どういたしまして。それで、いつだったかしら」
久美子「23時頃よ」
志希「死因は刺されたことによるショック死じゃなくて、失血死かな」
音葉「刺されてから少しだけ息が……あったと思われます」
久美子「少なくとも、のあさんが言ってた1時から2時じゃない」
真奈美「生徒の話と違うぞ」
のあ「まゆの証言は」
久美子「のあさんが山荘で言ってた見立てと同じ」
音葉「つまり……嘘を」
真奈美「佐久間君は犯行を起こしていないのか?」
久美子「いいえ、そこまでは言い切れない」
志希「やったことを正しく伝えてないだけかも」
のあ「何のために?」
志希「んー、志希ちゃんもそこまではわからないなー」
のあ「凶器について、続報は」
久美子「ええ、投げ捨てられたものは亜季ちゃんが見つけてた」
音葉「確かに……被害者の血液は付いていました」
真奈美「引っかかる言い方だな」
のあ「指紋が出なかったとか」
志希「指紋は出たよ、まゆちゃんのが」
のあ「他の人の指紋が出たということは」
音葉「いいえ……指紋は佐久間さんのものだけでした」
久美子「一致しないの」
のあ「何がかしら」
久美子「遺体の傷と、見つかった刃物の形が一致しない」
真奈美「佐久間君が投げ捨てたのは、凶器ではなかった……」
音葉「はい……緒方智絵里さんを殺害した凶器ではありません」
のあ「だけれど、血は付いていた」
志希「電源に血がついてたでしょ?」
真奈美「ああ。工藤忍が手に付けて動揺していた」
志希「目的はそれ」
久美子「電源と見つかった刃物につけるのが目的ね」
のあ「凶器でないことを隠すため、だと?」
志希「そうじゃないかなぁ?」
のあ「もう一度聞くけれど、理由は」
志希「答えは一緒。理由は志希ちゃんにはわかんなーい」
のあ「そう。久美子、まゆが投げ捨てた刃物の出所は」
久美子「犯行現場の旧館だと思うわ」
音葉「取られた形跡が見つかっています……」
のあ「レインコートは見つかったの?」
音葉「ええ……こちらも被害者の血液が付いていました」
久美子「まゆちゃんの指紋も出たし、着てた服の繊維も出たわ」
のあ「学校指定のジャージでしょう、何人か同じものを着ているわ。後者はあてにならない」
久美子「違和感があるのは、血の方ね」
志希「志希ちゃんが思うに足りないよー」
真奈美「持って行く必要があった……わけではないよな」
のあ「手袋は旧館にあったかしら?」
久美子「手袋?」
音葉「ありました……軍手とビニール製の手袋が幾つか」
のあ「刃物からまゆの指紋が見つかったのよね?」
久美子「ええ」
のあ「まゆの手や袖に血は付いていたかしら」
真奈美「いなかった」
のあ「レインコートも刃物と同じね、まゆの犯行だと思わせるために準備されたもの」
久美子「そう、まゆちゃんが緒方さんを殺害したという証拠には」
のあ「ならない。留美の見解は聞いてるかしら」
音葉「聞いています……」
志希「証拠にはならない、って言ってたよ」
のあ「だけれど、まゆの無実を証明するものではない」
久美子「ええ。犯行に使われた凶器ではないだけ」
真奈美「そんなことをする目的は」
音葉「一時的な釈放を狙う……」
久美子「その隙に本当の凶器を処分するとか、何か目的があったり」
真奈美「時間稼ぎか」
志希「誤認逮捕をメディアに言いふらして、警察の権威を傷つける!」
のあ「まゆが警察に何の怨みがあるのよ」
志希「東郷邸にいられなくなったから、とか」
のあ「それなら、私を怨めばいいわ」
真奈美「怨んでいたら、一緒に暮らしたりはしないだろう」
志希「まぁ、そうだよねー。まゆちゃんの両親が亡くなった火事も警察が解決してるし」
音葉「解決した警察官の娘が……被害者となっていますが」
志希「偶然?必然?」
真奈美「少なくとも、佐久間君が警察を毛嫌いしている様子はない」
久美子「そんな気持ちがあるなら、私達なんかと話さないわよね」
のあ「まゆの動機として怨恨は考えにくい」
志希「本人が言ってた通り、殺人鬼を止めるための殺人?」
のあ「まゆの性格からしても、それの方がまだ理解できるわ」
真奈美「これは私の勝手な想像だが」
のあ「真奈美、言ってみなさい」
真奈美「私は佐久間君が犯人でないとして動く。ならば、佐久間君がしていことの理由は何だと考えていた」
久美子「理由ね……」
真奈美「やっていることは操作のかく乱としか思えない、誰かに目を向けさせないようにしている」
のあ「誰か、とは」
真奈美「真犯人だ、佐久間君が守りたい相手なら」
のあ「クラスメイトでしょうね」
志希「殺人鬼の殺人も、ある意味そうだよねー」
音葉「なるほど……」
久美子「私達は証拠を探さないとね」
志希「椋鳥山荘にもう一度行く?」
音葉「ええ……凶器を見つけることが先決ですね」
シッポシッポシッポヨ……
のあ「電話ね、夏美からだわ」
真奈美「呼び出しがかかったな」
のあ「今から行くわ。そこで待ってなさい」
久美子「取り調べ?」
のあ「ええ。久美子、一つお願いして良いかしら」
久美子「私に出来ることなら」
のあ「現場にまゆが絶対に使わないものがあったわ」
音葉「なんでしょう……?」
のあ「発火装置を調べて。私に隠れて手に入れられるなら、大したものだわ」
久美子「わかった。夏美さん、待ちくたびれてるから行ってあげて」
70
清路警察署・少年課
相馬夏美「お疲れ様」
仙崎恵磨「お疲れ様ですっ!」
相馬夏美
少年課の巡査部長。業務とは別にランニングも兼ねた夜回りもしているらしい。
仙崎恵磨
少年課の巡査、夏美のバディ。先月をもって、夏美ともっとも長くコンビを組んだ人物になった。
のあ「お疲れ様。この通り、出頭してきたわ」
夏美「ありがたいわ。出頭してくれないどころか会ってくれない相手のばかりなんだもの」
恵磨「座ってください、お茶を持ってきます!」
のあ「気を使わなくていいのに」
夏美「余ってるのよ、在庫処分中」
真奈美「なら、遠慮なく」
夏美「ご指名を受けたから、私から取り調べをすることになったわ。よろしく」
恵磨「お茶です、熱いのでお気をつけて!」
真奈美「ありがとう」
のあ「……にがっ」
恵磨「いつも良い物飲んでるから、安物で中和しましょうっ」
のあ「ええ……質素倹約も趣味ではあるからそう思うことにするわ」
夏美「恵磨ちゃん、調書をよろしく」
恵磨「了解ですっ!」
のあ「それだけでいいのかしら」
夏美「取調官に調書係、充分じゃない」
のあ「連続殺人事件の容疑者、その共犯と疑われる人物なのだけれど」
夏美「誰が?」
のあ「私が」
夏美「のあさんが共犯なら私にわからないようにやってよ。聞いてるのは、その前」
のあ「容疑者はまゆよ」
夏美「これだけで良い理由はそこよ」
真奈美「理由は佐久間君にあるのか?」
夏美「未成年が逮捕された時に、少年課の仕事は大体真相解明じゃないのよね」
のあ「話が逸れたわ」
夏美「まあまあ、聞いて。校正の余地はあるか、釈放できないか、不起訴相当でいいか、示談に出来るか、そんな所を調べるのがほとんど」
のあ「何が言いたいのかしら」
夏美「私に殺人事件の調査なんて出来ない……ん、なんか似たような話を前にした?」
のあ「相葉夕美の時だと思うわ」
夏美「多分その時ね、じゃあ、家族関係、交友関係に問題ない優等生タイプの未成年が警察にお世話になる典型的なパターンの話もしたわね?」
のあ「聞いたわ。罪悪感を抱え込むこと。誰かを庇い事態が複雑化する」
真奈美「今回もそうだと?」
夏美「違うわ、その逆」
のあ「逆とは」
夏美「まゆちゃんは罪悪感を持ってるようには見えないわ」
真奈美「……」
夏美「ごめん、なんか言い方が悪かったわね」
のあ「いいえ、大丈夫よ。頭に血が上ったりしていない」
夏美「まゆちゃんは自分の罪の重さがわからないとは思ってない。それにも関わらず、殺人を犯した罪悪感が、私からは読み取れない」
のあ「つまり」
夏美「少なくとも、殺人は犯していないと思うの」
71
清路警察署・少年課
夏美「私の意見を言う場面じゃなかった、恵磨ちゃん、記録してた?」
恵磨「してません、夏美の悪いクセはわかってますから!」
夏美「なんか最近、口が達者なのよね」
真奈美「いいじゃないか」
夏美「私も悪いとは言ってないけれど。さて、取調べをはじめましょうか」
のあ「ええ」
夏美「2件の遺体が発見されましたが、関与はしてますか」
のあ「していないわ」
夏美「犯行を自供した佐久間まゆさんとの関係は」
のあ「同居人よ。後見人という立場でもあるわ」
夏美「犯行時刻には何を」
のあ「寝ていたわ。真奈美が証言してくれる」
真奈美「10時半まではな。私もその時間には寝ていた」
夏美「事件が起こったことを把握したのは」
のあ「悲鳴が聞こえてからよ」
夏美「どなたのですか」
のあ「工藤忍のものよ。飛び起きて、旧館へ向かった」
夏美「佐久間まゆさんと連絡を取っていましたか」
のあ「いいえ。直接話すくらいしか手段がないのに」
夏美「どうして?」
のあ「ケータイの電波が入らないから」
真奈美「手紙なども受け取っていない」
夏美「ちなみにだけど、まゆちゃんのケータイからは犯行に関するものは何も出なかったわ」
のあ「……」
夏美「遺体の発見後は何か行いましたか」
のあ「いいえ。調査はしたけれど」
夏美「通報はどなたが」
のあ「相川先生が、1階ロビーの電話で」
夏美「3階の浅野風香さんの遺体に気づいたのは何時ですか」
のあ「旧館から山荘に戻ってから。岡崎泰葉に事態を知らされた」
夏美「のあさん、これくらいでいい?」
のあ「どうして、私に聞くのかしら」
夏美「取り調べして欲しいと言ったのはのあさんだったし」
のあ「そんなことは言っていないわ。夏美以外の取り調べは受けない、とは言ったけれど」
夏美「私ものあさんのことはわかってるつもりだから、ねぇ、真奈美さん?」
真奈美「何かな」
夏美「この人、共犯になったりする?」
真奈美「しないと思うな」
夏美「まゆちゃんが泣きながら頼んで来たらどう?」
真奈美「自分で抱えて行って、和久井警部補に突き出しかねない」
夏美「そうよねー、そんな人に取り調べしてもって感じ」
真奈美「ただ、精神的に疲弊することはわかった」
夏美「仲良く暮らせてるみたいだし、いいんじゃない」
のあ「……言いたい放題ね」
夏美「取り調べを終わりにする代わりにお願いがあるの、いい?」
のあ「いいけれど」
夏美「共犯じゃないなら、昨日の状況を調査して」
のあ「……」
夏美「のあさんしか、事件発覚直後の状態を見た人はいないの」
のあ「もとより、そのつもりよ」
夏美「ありがとう、取り調べの手間が省けた。何かわかったら、私にも教えて」
のあ「夏美の目的はそれ?」
夏美「昨日先生とか生徒とか、まゆちゃんから話を聞いて思ったわ。ちょっと、私にはムリね」
真奈美「ムリとは」
夏美「まゆちゃんの行動といい、なんか引っかかるのよね。でも、私が情報集めて考えるよりはあの場に居たのあさんが気づく方が早い、そういう判断よ」
のあ「丸投げに聞こえるけれど」
夏美「適材適所。昨日私が調べたことは教えてあげる、今なら冷静に考えられるでしょ?」
のあ「……」
真奈美「のあ、どうした黙り込んで」
のあ「夏美はこれからどうするの?」
夏美「まゆちゃんにもう一度会ってみる。もう少し範囲を広げて、学校関係者とかから話を聞くつもり」
のあ「一つ聞いていいかしら、まゆのことで」
夏美「いいけど、まゆちゃんは学校関係者からは評判はいいわよ?」
のあ「私に謝っていたかしら」
夏美「あっ、そうそう。殺人を犯したわけじゃないと思うのだけど、のあさんに対しては謝ってたわね。本当に申し訳なさそうというか……」
真奈美「佐久間君は、のあに対しては引け目があるのか。被害者ではなく」
夏美「それがどうしたの?」
のあ「まゆである必然性があったのね」
夏美「どういうこと?」
のあ「私が冷静だったなら、今この時点で調べ直す必要などなかった。まゆが犯人だろうがそうでなかろうが、結論は出ていた可能性は高いわ」
夏美「容疑者は全員あそこにいて」
真奈美「のあは背後にある動機も知っていた」
のあ「なのに、出来なかった」
夏美「まゆちゃんが犯人だなんて、冷静じゃいられないわよね」
のあ「目的はわからないけれど、まゆは私を止めたのね」
真奈美「犯人や事件の真相がわからないように」
夏美「のあさんをパニックにさせるのが、まゆちゃんの役目?」
のあ「そういうことね。まゆにしか出来ないこと」
真奈美「だから、謝るとしたらのあだけか」
のあ「何も確かではないけれど、その可能性はある」
夏美「のあさん、でもおかしいわ」
のあ「何がかしら」
夏美「発火装置が作用すれば、そんなことしなくて済んだんじゃない?」
のあ「まだ真相は明らかになっていないわ。これからよ」
夏美「信頼してるわ。そうだ、私の方からお願いがあったのを忘れてた」
のあ「お願い?」
夏美「私にしか取り調べを受けないって言葉、撤回してくれない?」
のあ「まゆが犯人でない可能性がある以上、構わないわ」
夏美「よし、これで円滑に進められるわ。ありがと」
のあ「もしも、まゆが本当に犯人であればその時にお願いするわ」
夏美「少年課の勘が違うと言ってるわ、大丈夫!」
のあ「真奈美、私達も動きましょう。生徒へ話を聞きに」
真奈美「了解だ。誰の話を聞くべきかな?」
のあ「そうね……一番話を聞きにくい人物からにしましょう」
真奈美「聞きにくい人物とは」
のあ「如月千早よ」
真奈美「忙しいという理由で聞きにくいな」
のあ「夏美、如月千早の連絡先を教えてくれるかしら」
72
765プロダクション
四条貴音「お話は聞いております。只今、千早を呼んで参ります」
四条貴音
765プロ所属のアイドル。お留守番中とのこと。
のあ「ありがとう」
真奈美「四条貴音が応接してくれるのか……初めて来たが驚きだ」
のあ「うちのビルと同じくらいの大きさね。中堅の芸能事務所かしら」
真奈美「むしろ大手だ、事務所を移転しないのが不思議でしょうがない」
のあ「たしか、劇場は別にあるのでしょう?」
真奈美「ああ。今度一緒に見に行こうか」
のあ「そうね、如月千早がいる時にでも」
真奈美「あー……残念ながら不可能だな」
のあ「そうなの?」
真奈美「そんなことになったら、チケットが取れない。今の如月君千早の状況をのあはあまり理解してないよな」
のあ「まだ実感がわかないわ、まゆのクラスメイトとしか思えない」
真奈美「それはそれで良いか」
千早「高峯さん、木場さん、お待たせしました」
のあ「忙しいところ、訪ねて悪かったわ」
千早「いいえ、ちょうど仕事の合間で事務所に寄る時間でしたから」
真奈美「のあ、手短に終わらせよう」
のあ「わかったわ。如月千早、4つ質問をさせてちょうだい」
千早「はい、事件のことですよね?」
のあ「ええ。1つ目はあなた、寝起きは良いのかしら」
千早「寝起き?ええ、良い方だと思うけれど」
のあ「2つ目、岡崎泰葉と何かあったのかしら」
千早「いいえ。でも、私の方からは思い当たることがないのだけれど……」
真奈美「何かあるのか」
千早「私、岡崎さんから恨まれているのかしら。いつも人当たりがいいけれど、違う時があって」
のあ「……」
真奈美「のあ、どう思う?」
のあ「調べてみましょう。3つ目の質問を」
千早「どうぞ」
のあ「あなたはクラスメイトに何か思う所はあるかしら」
千早「……どういう意味でしょうか」
のあ「浅野風香には緒方智絵里を殺害する動機があるわ。まゆから浅野風香に対しても」
真奈美「……」
のあ「あなたにはあるのかしら」
千早「……」
のあ「ありそうね、例えば」
千早「待って。探偵とはいえ、プライベートに立ち入るのは失礼じゃないかしら」
のあ「謝るわ。話したくないのならば話さなくてもいい」
千早「そういうわけでは……」
のあ「……」
千早「私に……妹がいたことは知っていますね」
真奈美「一時期ニュースになっていた」
千早「交通事故で亡くなりました、それに関わった人がいると」
のあ「高森さん、かしら」
千早「はい。でも、本当かどうかもわかりません。優の事故は……不幸な事故だったのだと思います」
真奈美「……」
千早「決して、事件ではなく」
のあ「高森さんに声を荒げた理由がわかったわ。ごめんなさい、辛いことを聞いて」
千早「いいえ、今は受け止められています」
のあ「最後の質問を。良いかしら」
千早「時間にはまだ余裕がありますから、どうぞ」
のあ「緒方智絵里が殺害されていたのを知っていたのかしら?」
千早「いいえ。遺体も、見ていません」
のあ「私と真奈美よりも動きが早かったわ。慣れているかあるいは知っていないと、私達に先んずるのは難しいでしょう」
千早「工藤さんの悲鳴が聞こえたので、自然と体が動きました。それに」
のあ「耳が良いことは認めるわ」
千早「知っていた、なんてことはありません」
のあ「知る可能性があるとしたら、浅野風香の動きの方よ。あなたの部屋は、浅野風香の部屋の目の前なのだから」
千早「いいえ。事件が起こったことを知ったのは、工藤さんの悲鳴を聞いた後です」
のあ「……」
千早「終わりで、良いのですか」
のあ「ええ。ご迷惑をおかけしたわ」
真奈美「多忙の身で時間を取ってくれて感謝する」
千早「いえ。その、私から聞いても良いですか」
のあ「どうぞ」
千早「高峯さんの目的は、佐久間さんの無実を証明することですか」
のあ「ええ、私の目的は同居人を取り返すことよ」
千早「安心しました。準備をするので、このあたりで」
のあ「ええ。今後ともよろしく、如月千早」
73
某ハンバーガーショップ
真奈美「のあ、如月千早の話だが」
のあ「演技も上手なのね」
真奈美「やっぱり、嘘か」
のあ「へぇ、主演ドラマも数本。アクションものもあるわ、さすがトップアイドルというところね。更にダンスまで上手くて、あの容姿とは恐るべきね」
真奈美「何が嘘だと考えてる?」
のあ「寝起きは本当、岡崎泰葉と何かあるのも本当、高森さんとの件も本当……高森さんの件に関しては事実かどうか怪しいけれど彼女は嘘をついていない」
真奈美「事件を知らないことが、嘘か」
のあ「真奈美より先に行動できるなら、裏の仕事を疑うわ」
真奈美「裏の仕事?」
のあ「同業者とか。芸能界の闇を暴く稼業を」
真奈美「歌にしか興味がない、とウワサされていた人物がそんなことをしていたら驚きだな」
のあ「事態を知っていて、悲鳴で動きだす準備をしていたのでしょう」
真奈美「そうなると」
のあ「如月千早はまゆと同じ目的を果たそうとしている」
真奈美「真実を隠そうとしている」
のあ「それと、私の調査を止めること」
真奈美「フム……次はどうする?」
のあ「真奈美は誰がいいかしら」
真奈美「緒方智絵里の件、事件の順番を誤解させた人物がいる」
のあ「誰かしら」
真奈美「緒方智絵里の死亡後に、呼ばれたと言っている工藤忍と、緒方智絵里を見たと言っている長富蓮実だ」
のあ「留美が既に確認しているわ、内容も聞いたわ」
真奈美「なんだ、早く教えてくれればいいのに」
のあ「工藤忍に関しては、直接会っていなかった」
真奈美「それなら、どうやって呼び出した?」
のあ「ノックと手紙。その時には起きていたと証言した。緒方智絵里が立ち去るのも見たと言っているわ」
真奈美「別人と見間違えた、と」
のあ「ええ」
真奈美「長富蓮実も、か?」
のあ「長富蓮実は緒方智絵里だったと言い張ってるそうよ」
真奈美「緒方智絵里に誰かが成り済ました、という可能性はあるな」
のあ「背格好が同じくらいの生徒はいたわね」
真奈美「岡崎泰葉、今井加奈くらいか」
のあ「それに、まゆ。長富蓮実は目撃した人物が帰って来たという証言をしてないわ」
真奈美「確かにそうだな」
のあ「見たのはまゆだった、それなら辻褄は合うわね」
真奈美「佐久間君は戻っていないから、か」
のあ「長富蓮実の辻褄はあうけれど、まゆの行動が殺人に関係ないことを示せるわけではない」
真奈美「それ以前はないのか、本当の緒方智絵里殺害の時間近くで」
のあ「留美達が聞いた限りはないようね」
真奈美「フム……」
のあ「しかし、別の関係性は見つかった」
真奈美「別の関係性?」
のあ「緒方智絵里と工藤忍の関係性ではなく、工藤忍と長富蓮実の」
真奈美「何かあったのか?」
のあ「彼女達の母親に因縁があるみたいね。工藤忍の方だけは知っていたそうよ」
真奈美「……フム」
のあ「長富蓮実にも会ったわ。友人に対するイジメの加害者側だった人物がいるとか」
真奈美「誰だ?」
のあ「北条加蓮らしいわ」
真奈美「つながって来たな」
のあ「真奈美、書くものを持ってるかしら」
真奈美「これを使ってくれ」
のあ「ありがとう。そもそも、私が知っていた背景は」
真奈美「佐久間君、浅野風香、緒方智絵里の関係性だ。佐久間君が両親を失うことになる火事がそこにあった」
のあ「それに、緒方智絵里から工藤忍への関係があった」
真奈美「それで今日追加されたのが、工藤忍から長富蓮実、長富蓮実から北条加蓮」
のあ「それと、如月千早から高森藍子」
真奈美「北条加蓮から如月千早と……あまり考えたくないが、高森君から佐久間君に何か思うところがあれば円環になるな」
のあ「集めたのかしらね」
真奈美「誰かが作為的に集めた可能性はあるな」
のあ「もしくは、全て嘘か」
真奈美「全て嘘?」
のあ「事実関係が確認されているのはまゆ、浅野風香、緒方智絵里、工藤忍まで。後はウラが取れていない」
真奈美「のあが調べたものだけか」
のあ「それに、ここに入る人物は予想出来てるわ」
真奈美「北条加蓮と如月千早の間にか?誰だ?」
のあ「岡崎泰葉」
真奈美「確かに、言い争ってはいたな」
のあ「真奈美、北条加蓮と岡崎泰葉にアポを取ってくれるかしら」
真奈美「了解だ」
74
北条加蓮の自室
真奈美「岡崎君の印象が悪いのか?」
加蓮「うん、丁寧だし外面も良いし成績も良いしカワイイけど」
のあ「私にはそうは思えないけれど、なぜかしら」
加蓮「私の友達の夢を奪ったから……泰葉を怨むのは筋違いかもしれないけど」
真奈美「夢とは」
加蓮「芸能界の。あの子、色々やってたみたいだし」
真奈美「芸能界……?」
加蓮「やっぱり大変だったみたい。今はただの高校生、でも、私がそのこと忘れられるわけもないしさ……変な気持ちもまだあるんだ」
のあ「……」
加蓮「目的があるなら……やると思うんだ、あの子」
真奈美「待て……思い出すんだ……」
のあ「岡崎泰葉に復讐しようという気持ちは」
加蓮「ないない。そんなことしようとしたら、先に私が倒れちゃうよ。今みたいに」
のあ「思ったよりも疲れてしまったのね」
加蓮「うん、でも今は平気だから。ベッドの上でごめんね」
のあ「問題ないわ」
真奈美「……思い出した。見たことあるはずだな」
のあ「真奈美、どうしたの?」
真奈美「いや、後で話すよ」
のあ「いいけれど。岡崎泰葉からも話を聞いてみるわ」
加蓮「うん……さっきの話は秘密にしてよ、話す時は自分で話すから」
のあ「ええ」
加蓮「まゆちゃん、すぐに出てこれるといいんだけど」
のあ「私もそう願ってるわ。お邪魔したわ、お大事に」
75
卯美田駅前のカフェ
卯美田駅
星輪学園の最寄り駅。まゆが行きつけの手芸店が駅前にある。
泰葉「すみません、お買い物中で」
のあ「こちらこそ、急に会えないかと無理を言って悪かったわね」
泰葉「趣味のお買い物ですから、気にしないでください」
真奈美「何を買って来たのかな?」
泰葉「ドールハウスの小物です、ちょっとずつ買い揃えてて」
のあ「ドールハウス、学生にはお金的に大丈夫かしら?」
泰葉「私は手軽に楽しめる程度です。アンティーク品は手が出せませんけれど」
のあ「贅沢は覚えなくてもいいわ、自分に出来る範囲で背伸びをしないことよ」
泰葉「え?」
のあ「真奈美、何か変なこと言ったかしら?」
真奈美「変どころか良い心がけだと思うが、のあが言うとはな」
のあ「そうかしら」
真奈美「お金の問題で我慢することなんてないじゃないか」
のあ「岡崎さん、そう言うことかしら?」
泰葉「いいえ、高峯さんが言ったから驚いたわけではなくて。出来る範囲で背伸びをしない、大切なことですよね」
真奈美「そうだな、君らの年代なら特に」
泰葉「はい。それでお話と言うのは」
のあ「事件のことを聞きたいの」
泰葉「……すみませんでした」
のあ「謝られることなんてあったのかしら」
泰葉「共犯じゃないかとか言ってしまって……その、ちょっと取り乱してました」
のあ「いいえ、気にすることではないわ」
泰葉「そう言ってくださると、ありがたいです」
のあ「結果としてはもっともな疑問だったわ。まゆの犯行だという可能性があなたの中にあったのね?」
泰葉「……ごめんなさい、そうです」
のあ「その可能性はどこから」
泰葉「私の部屋、風香ちゃんとまゆちゃんの間でした。時々物音がしてましたから、その……あんなことになるとは思いませんでした」
のあ「物音とは」
泰葉「机みたいなものを引きずる音とかドアが開く音とか、です」
真奈美「起きていたのか?」
泰葉「寝ていたのですが、少し気になって」
のあ「物音が聞こえたのは」
泰葉「1時頃だと思います、おそらく。2時頃の悲鳴の時は眠りが浅かった、かも」
のあ「工藤忍の悲鳴を聞いた時は」
泰葉「とりあえず部屋から出て行きました。すぐに如月さんが忍ちゃんの声だと言って、下に降りて行ってしまって。高峯さんとはその後すぐに」
のあ「そうね、私の記憶とも違いないわ」
泰葉「旧館で別れた後は2階の人を起こして、3階に行ったら……」
真奈美「浅野風香の遺体を見つけた」
のあ「その前があるわ」
泰葉「はい。加蓮ちゃんはもう下に降りて来てたのに、加奈ちゃんが戻ってきてませんでした」
真奈美「3階の部屋だったのは、岡崎君と」
のあ「如月千早、北条加蓮、工藤忍、浅野風香、それとまゆ」
真奈美「つまり、浅野風香だけを呼べばいいはずだった」
のあ「悲鳴などは聞こえなかったわ」
泰葉「加奈ちゃんの気持ちを考えると……仕方ないと思います」
のあ「浅野風香ともっとも親しい友人だったそうね」
泰葉「はい……」
のあ「遺体を見つけた後は」
泰葉「こういう時は頼りになりそうな柳先生を呼びました」
真奈美「確かに、落ち着いてそうだ」
泰葉「その後に、高峯さんを呼びに」
のあ「事実と相違ないわ。岡崎さんは冷静ね」
泰葉「いえ、昔取った杵柄みたいなものです」
のあ「さて、本題に入りましょうか」
泰葉「事件は本題ではないんですか?」
のあ「あくまで事件の話よ。この画像の子供は、昔のあなたかしら」
泰葉「……はい。子役時代の私です。本名じゃないのに、よく探せましたね」
真奈美「見覚えがあったんだ、思い出せた」
のあ「芸能界には何時から」
泰葉「昔から……今は関係ありません」
真奈美「もう引退しているのか」
泰葉「はい。お仕事は一切してないんですよ」
真奈美「そうだったのか。私にはもったいないように思えるよ」
泰葉「私も少し思いました、でも不思議なんですよ」
のあ「不思議とは」
泰葉「私がいた世界の半分がなくなっても、平気なんです」
のあ「芸能界はあなたを構成する必須要素じゃなかったのね」
泰葉「そうみたいです、凄く悩んでたのに」
のあ「辞めることに悩んでいたのかしら」
泰葉「……」
真奈美「立ち入ったことを聞いてしまったかな」
泰葉「実は……その」
のあ「何かあったのかしら」
泰葉「……あの人、凄かったですよ」
のあ「あの人、とは」
泰葉「如月さんです」
真奈美「……」
泰葉「憧れられる場所に居たかったです、芸能界の先輩でなく」
のあ「彼女と何かあったのかしら」
泰葉「直接はありません」
のあ「間接的にはあるのね」
真奈美「狭い世界だからな」
泰葉「でも、勘違いしないでください」
のあ「勘違い?」
泰葉「怨んだりはしてません。あまり学校にいませんけれど、大切なクラスメイトですから」
のあ「……」
泰葉「電車の時間なので、失礼します」
真奈美「ああ。急に呼び出して悪かった」
泰葉「高峯さん、ごちそうさまでした」
のあ「礼には及ばないわ。また、お話ししましょう」
76
卯美田駅前の駐車場
真奈美「さて、次はどうする?」
のあ「……」
真奈美「どうした?」
のあ「……やっぱり、カワイイわね。元子役は伊達じゃないわ」
真奈美「いや、別の事を考えていただろう」
ニャニャニャン、デンワダニャ♪
のあ「志乃からだわ、もしもし」
柊志乃『こんにちは、探偵さん』
柊志乃
刑事一課長。どんな時でも平常心を崩さないこと、が刑事の心得とのこと。
のあ「志乃から電話なんて珍しいわね」
志乃『悪い知らせをしようかと』
のあ「悪い知らせね……何かしら」
志乃『まゆちゃん、送検することになったわ』
のあ「……そう、送検ね」
志乃『早いうちに戻してあげたかったのだけれど、ごめんなさい』
のあ「まだ期限に余裕はあるはずよ」
志乃『上が釈放に反対だったの、意見を覆す根拠はおそらく集まらない』
のあ「礼子の意見は」
志乃『同じ。加えて先に話を通したら、刑事部長の態度が硬化したわ』
のあ「志乃らしくもない、上を上手く扱うのは得意でしょうに」
志乃『そうね……謝るわ』
のあ「志乃が謝ることではないわ。釈放に反対された理由は」
志乃『自供が大きいわね……釈放後に証拠の隠蔽を図るのでは、とも』
のあ「妥当なところね。今は何を考えているかわからない以上、仕方がないわ」
志乃『そうね……』
のあ「まゆの様子は」
志乃『弁護士の依田先生から聞いて』
のあ「わかったわ」
志乃『もう少しだけ我慢してちょうだい』
のあ「覚悟はしてるわ、わざわざ連絡をありがとう」
志乃『こちらも全力を尽くすわ。またね……探偵さん』
のあ「ええ、また」
真奈美「間に合わなかった、か?」
のあ「仕方がないわ、予想の範囲内」
真奈美「これからどうする?」
のあ「やることは変わらない。真実を明らかにするだけ」
真奈美「ああ」
のあ「真奈美、合っていない生徒は」
真奈美「長富蓮実、工藤忍、今井加奈、堀裕子、脇山珠美かな」
のあ「もう一人いるわ」
真奈美「高森君がいるな」
のあ「フム……」
真奈美「高森君を疑っているのか」
のあ「まゆと同じでしょうね」
真奈美「何が同じなんだ?」
のあ「嘘をついているなら、そう簡単に白状してくれないでしょうね。柔らかくしなる物ほど折れにくいのだから」
真奈美「高森君も何か隠している、と」
のあ「真奈美はどう思うかしら」
真奈美「私の意見も同じだ。全てを話しているとは思えないな」
のあ「次は、脇山珠美の話を聞きに行きましょう」
真奈美「了解だ。その心は」
のあ「部屋が浅野風香の真下だったから。真奈美、連絡を取ってちょうだい」
77
星輪学園・剣道場
珠美「……そうですか」
のあ「罪が確定したわけではないわ、まだ家に戻ってこれないだけ」
珠美「あの、高峯殿はどう考えてますか」
のあ「何を」
珠美「佐久間殿は、本当は無実なのですか」
のあ「そう信じることにしたわ」
珠美「信じて、調べて、悪い方が本当だったら高峯殿はどうするつもりですか」
のあ「真実がそうならば捻じ曲げることなんてしないわ」
真奈美「真実が、言った通りならな」
のあ「捻じ曲げているのは誰かしらね。まゆに肩入れしている私かしら」
珠美「……」
のあ「昨日のことについて、聞かせてちょうだい」
珠美「はい」
のあ「部屋は浅野風香の真下だったわね」
珠美「はい」
のあ「物音はしたかしら」
珠美「いいえ」
のあ「工藤忍の悲鳴を聞いてから、どうしたかしら」
珠美「急いで旧館へ向かいました」
のあ「その時に何を」
珠美「佐久間殿の付き添いをして、山荘に戻りました」
のあ「なぜ」
珠美「なぜって、高峯殿にお願いされたじゃないですか」
のあ「真奈美、そうだったかしら?」
真奈美「私の記憶だと、のあが脇山君に頼んだのは事実だ」
のあ「まゆはあなたよりも先に来たのかしら」
珠美「先にいたような気がします」
のあ「まゆは、どこから来たかしら」
珠美「どこから?」
のあ「そう、どこから」
珠美「山荘から来たのではないですか?」
のあ「違うわ。旧館の裏からよ、騒ぎに紛れて」
珠美「裏から……」
のあ「見ていなかったかしら」
珠美「いいえ」
のあ「脇山さんはまゆは無実だと思うかしら」
珠美「……」
のあ「答えてちょうだい」
珠美「珠美は、佐久間殿はそんなことをするとは思えません」
のあ「ありがとう。それなら、他のクラスメイトは」
珠美「ありえません!」
のあ「事件は起こったわ」
珠美「……」
のあ「それは事実よ」
珠美「とにかく!ありえません!珠美は知りません!」
のあ「……」
珠美「珠美は……何も知りません」
のあ「脇山さん」
珠美「……」
のあ「私は、まゆを信じていいかしら」
珠美「……」
のあ「どんな目的があったとしても……まゆのことを信じていいかしら」
珠美「高峯殿」
のあ「……」
珠美「答えは、はい、です。珠美は何も知らないですけど……それは知ってます」
のあ「それというのは、まゆが無実だということかしら」
珠美「え?そんなことを言ったつもりはありませんが」
のあ「それなら、どういう意味かしら」
珠美「えっと……」
のあ「ごめんなさい、言わなくてもいいわ」
珠美「そ、そうですか」
のあ「お邪魔したわね、自主練中だったのに」
珠美「珠美は弱いので、人一倍がんばらないと」
のあ「あなたは強いわよ、脇山さん」
珠美「そうでしょうか……」
のあ「真奈美」
真奈美「なんだ?」
のあ「他の生徒にも話を聞いてから、今日は家に戻りましょう」
真奈美「わかった」
のあ「それと」
真奈美「それと、何かな」
のあ「先生を迎えに行きましょう、何をしてるのかしらね」
78
夕方
高峯探偵事務所
芳乃「ふうー、高峯家のソファーは上等なのでしてー」
のあ「連絡さえあれば、迎えに行ったのに」
芳乃「清路の地を歩き空気を吸えば、手に入れられるものがありますー」
のあ「何が手に入るのかしら」
芳乃「真実への道標でしてー」
のあ「道標……」
芳乃「ばばさまは言っておられました、真実に辿り着くには書類に残らないものが重要であるとー」
のあ「私の知っている証拠と理を重視する姿とは違うわ」
芳乃「人には複数の面がありー、わたくしにとってのばばさまはお茶をしながらお話をゆったりとするのが好きな人でしてー」
のあ「そうかもしれないわ……」
芳乃「しかし、そのお話はわかりやすく、理路整然とし、題材は豊富なのでしてー」
のあ「ふふっ……変わらないわね」
真奈美「お話中か」
のあ「真奈美、大丈夫よ」
真奈美「夕食の買い物をしてくる、何かリクエストはあるか?」
のあ「私はないわ。先生は」
芳乃「食後には緑茶を頂きたいのでしてー」
真奈美「わかった、和食にしようか。行ってくるよ」
のあ「いってらっしゃい」
芳乃「彼女は何故同居していまして?」
のあ「何故と言われても……」
芳乃「きっかけはどちらでしょうー」
のあ「私にはよくわかりません」
芳乃「質問が迂遠でした、どちらが同居を頼みましてー?」
のあ「それは、私。ここに住めばいいと提案したのは私が先だったわ」
芳乃「佐久間様もでしょうかー?」
のあ「私が提案したわ。あの子の場所を奪ってしまったから」
芳乃「高峯が望んだのですね」
のあ「……ええ」
芳乃「そうなれば力になりましょうー」
のあ「ありがとうございます。まゆは何か話していましたか」
芳乃「新しいことは何も話しておりませんのでしてー」
のあ「そうでしょうね」
芳乃「高峯に似ています、一緒に暮らしていると影響を受けるのでしょうー」
のあ「似ているかしら?」
芳乃「心に秘めた決意を曲げることはないようでしてー」
のあ「……そう。まゆの様子は」
芳乃「心身共に良好でしてー。空き時間は頂いた毛糸で手編みのものを作っているとー」
のあ「憔悴はしていない、と」
芳乃「はいー、高峯には謝罪の言葉を度々申しておりましたー」
のあ「やはり私なのね、被害者ではなく」
芳乃「はいー」
のあ「弁護士泣かせね、今のところ」
芳乃「更生の余地ありと判断されれば、未成年なら数年で戻って来れるでしょうー」
のあ「私に謝るくらいなら、早く戻ってくることを計画すればいいのに」
芳乃「そこに考えが至らぬほどに愚かには見えませぬー」
のあ「自供という行為にも矛盾するわね」
芳乃「ばばさまの言う通りかもしれませんー」
のあ「書類に乗らないものが真実への道標」
芳乃「雰囲気や態度はいかがでしょうー」
のあ「……フム」
芳乃「高峯ー?」
のあ「少し調べ物を。先生、また夕食時に」
芳乃「構いませぬー、ここでゆっくりとしていますゆえー」
79
夕食後
芳乃「まことに美味でしてー」
海老原菜帆「お口にあって嬉しいです~」
海老原菜帆
喫茶St.Vのアルバイト。学校では茶道部に所属しているらしい。
のあ「なぜ菜帆がいるのかしら」
真奈美「緑茶を雪乃君に頼んだら、こうなった」
菜帆「少しだけお茶請けを持って来たんですよ~、どうぞ~」
芳乃「これは、良き物でしてー」
のあ「美味しいわ」
菜帆「あら~、もうこんな時間ですね~、失礼します~」
のあ「ありがとう、菜帆」
真奈美「気をつけて帰るように」
芳乃「彼女も下の喫茶店での店員さんなのでしょうかー?」
のあ「ええ。学生だからアルバイトね」
芳乃「学生なのでしてー?」
真奈美「ああ。制服姿をよく見るよ」
のあ「今日は休みだから私服だったけれど。高校生にしては落ち着いているわね」
芳乃「高校生、ほー」
のあ「菜帆がどうしたのかしら」
芳乃「いえいえー、お気になさらずー」
のあ「まぁ、いいわ。真奈美、今日の調査のまとめをしましょう」
真奈美「わかった。ホワイトボードの準備をしよう」
のあ「先生、少しお付き合いを」
芳乃「構いませぬー」
のあ「真奈美、科捜研で得られた情報で最も大事なことは?」
真奈美「死亡推定時刻と凶器だ」
芳乃「佐久間様の殺人を肯定するものではなくー」
真奈美「だが、否定するものでもない」
のあ「誤認逮捕に見せかけて、釈放されるための可能性がある」
芳乃「送検はそれが理由と思われましてー」
のあ「結局、緒方智絵里を殺害した凶器は見つかっていないわね?」
真奈美「今の所見つかっていない」
のあ「私の考え通りなら、見つかるはずよ」
芳乃「その根拠はいかがでしてー?」
のあ「最後に話すわ。今日、話を聞いた生徒は」
真奈美「如月千早、北条加蓮、岡崎泰葉、脇山珠美、堀裕子、工藤忍、長富蓮実、かな」
のあ「今井加奈は話せる状況じゃなかったわ。高森さんには今日は連絡していない」
真奈美「心痛は想像に難しくない」
芳乃「そして、佐久間様でしてー」
のあ「真奈美、彼女達にある因縁を書いてちょうだい」
真奈美「ああ」
芳乃「ふむふむ……」
のあ「私が知っていた火事が原因の因縁で円を描くわ。まゆから始まり、浅野風香、緒方智絵里、工藤忍、長富蓮実、北条加蓮、岡崎泰葉、如月千早、高森藍子」
真奈美「そして、佐久間君に戻る可能性がある」
のあ「これについては聞いていないわ」
芳乃「脇山様と堀様はどうなのでしょうー?」
のあ「関係性は見つかっていないわ」
真奈美「脇山君が知らない、と言っていたのはこのことかもしれないな」
のあ「ええ。何が起こったかではなく、裏に何があったか」
芳乃「ならば、何が起こったかを知っているのでしょうかー?」
のあ「その可能性がある」
芳乃「すなわちー」
のあ「彼女が協力者の可能性もある」
真奈美「犯人の、か?」
のあ「いいえ、まゆの協力者よ。脇山珠美は協力というよりは、知っているだけかもしれないけれど」
芳乃「佐久間様だけでは不可能と思いましてー」
のあ「協力者はいるはずよ、まゆの証言を裏付けるような行動や言動をしている人物」
真奈美「そうだとすると、誰が協力者だと考えている?」
のあ「それぞれ疑うべきところはあるわ」
芳乃「彼女はいかがでしょうー。目撃証言が虚偽な可能性がありましてー」
真奈美「長富蓮実か……」
のあ「あり得るわ。しかし、緒方智絵里のニセモノを本当に目撃したとしても矛盾はない」
真奈美「ニセモノになれる人物がいるか」
のあ「まゆよ。あるいは、彼女ね」
真奈美「岡崎泰葉か、背丈も同じくらいだな」
のあ「工藤忍の証言は、緒方智絵里を偽った他人が呼んだのであれば、彼女が嘘をついていなくても筋は通る」
真奈美「堀裕子君はどうだ?嘘が苦手そうだが」
のあ「彼女、事件の時に起きていたわよね」
真奈美「そうなのか?」
のあ「髪は整っていたわ。見慣れたポニーテールに」
真奈美「確かに……言われてみるとそうだな」
のあ「待ち構えていた可能性がある。事件が発覚するのを」
真奈美「フム……全員なんとでも言えるな」
芳乃「それでは、協力者の可能性が高いのはどなたでしょうー?」
のあ「この3人よ」
真奈美「如月千早、岡崎泰葉、それと脇山珠美か。最初の2人は厄介だな」
のあ「非常時に私を騙す演技が出来てもおかしくないわ」
真奈美「脇山珠美は何か知っていそうだな、どう思う?」
のあ「浅野風香の件、何か知ってる気がするわ」
真奈美「同感だ」
のあ「脇山珠美の簡潔な受け答えは、如月千早と岡崎泰葉とは違って出来ないことを誤魔化すためのもの」
芳乃「演技という嘘ですー」
のあ「その通り。そして、もう一人」
真奈美「高森君かな」
のあ「私もそう考えているわ。なぜ、そう思うのかしら」
真奈美「佐久間君に協力するなら彼女が一番先だ」
のあ「いいえ、違うわ」
真奈美「違うのか?」
のあ「あそこにいた人物なら、私か真奈美よ」
真奈美「確かに、そうだな」
のあ「真奈美、出来るかしら」
真奈美「やらないが……やろうと思えば、もっと上手くやるさ」
芳乃「ふむー、高峯ー、聞いてよいでしょうかー?」
のあ「先生、どうぞ」
芳乃「彼女達の共通点は何でしてー?」
のあ「浅野風香の部屋が近いというのもあるけれど、事件後に同じことを言っているわ」
真奈美「同じこと、とは」
のあ「私にまゆの無実を証明させたがっているわ」
80
高峯探偵事務所
真奈美「佐久間君の無実を証明させたがっている?」
のあ「思い出してみなさい。如月千早の最後の質問は?」
真奈美「のあは何が目的か」
のあ「まゆの無実を証明すると言ったら、安心しましたと言っていたわ」
真奈美「フム……岡崎泰葉はそうは言っていなかったと思うが」
のあ「共犯を疑う人物に、何故協力的なのかしらね」
真奈美「確かに、犯人の同居人、もしかしたら共犯である人物に対して協力的過ぎると言えばそうだが……」
のあ「脇山珠美は、まゆを信じていいという言葉だけは簡潔な受け答えではなかったわ」
芳乃「……」
のあ「脇山珠美は、語気を強めた言葉もあったわね」
真奈美「クラスメイトが殺人犯などにはならない、と」
のあ「おそらく……それが嘘よ」
芳乃「高峯ー、嘘と希望は似て非なるものでしてー」
のあ「希望、そういうべきね。彼女はそう願っている」
真奈美「願っているということは……」
のあ「犯人は生徒の中にいるのでしょうね」
真奈美「……」
のあ「でも、まゆじゃない」
真奈美「犯人の目星は」
のあ「付いていないわ。まゆが私を止める理由もわからない」
真奈美「高森君も同じか?」
のあ「高森さんは、私にまゆが犯人でないことを信じさせようとしていたわ」
真奈美「帰りの車内でか」
のあ「本心でもあるでしょうけれどね。彼女が言ったのは、まゆはそんなことをしない、ということだけよ」
真奈美「のあを望むように動かしているのか」
のあ「思い出せば、心当たりがあるわ」
真奈美「例えば」
のあ「旧館の前でまゆが殺害を仄めかしていたし、岡崎泰葉は私がまゆの共犯ではないかとも言っていたわ」
真奈美「待てよ……教室内で言い争いがあったが」
のあ「岡崎泰葉が会話の中心にいたわ、あれにも目的があった」
真奈美「過去の因縁をのあに意識させるため」
のあ「そういうことね。あの後の振る舞いも気になるわ」
芳乃「わたくしの私見になりますが、因縁のある相手と同じ部屋に大人しくいるでしょうかー?」
真奈美「確かにそうだ。言い争っていた割には、大人しく意見を聞いた」
のあ「私があの場は混乱することも、今はまゆの無実を証明しようと奔走することも、まだ想定の範囲内」
真奈美「そうするように、のあを一番動かせるのは」
のあ「まゆしかいないわ。まゆが計画したことなのかはわからないけれど」
芳乃「つまりー、佐久間様は高峯の事を信頼していましてー」
のあ「先生、どういうことかしら」
芳乃「佐久間様の無実を証明し、釈放されることは確実だと思っているのではないでしょうかー」
真奈美「無実が証明されるから、この役を引き受けた」
のあ「そう信じましょう、私の助手だもの。それくらいの知恵はあるわ」
芳乃「ふむー、わたくしは虚偽の自供を罪に問われないようにすることを考えるゆえー」
のあ「ありがとう、私からもそれをお願いするわ」
芳乃「ええ、高峯は無実を証明してあげてくださいー」
のあ「言われなくても。真奈美、ずっと気になっていることがあるの」
真奈美「何か」
のあ「彼女達の事よ。違和感がある」
真奈美「詳細を言ってくれ、わからない」
のあ「彼女を繋ぐ因縁は、彼女達の今に影響を与えているように思えないわ」
81
高峯探偵事務所
真奈美「……」
のあ「真奈美、どう思うかしら」
真奈美「どう思う……か」
のあ「違和感はあったかしら」
真奈美「違和感はあった。私が見たこととわかったことが一致しない」
のあ「例えば」
真奈美「ここだ。長富蓮実と北条加蓮」
芳乃「蓮のおふたりでしてー」
のあ「まゆも同じことを言っていたわね、ロータスペアよ」
真奈美「長富蓮実が北条加蓮に今も同じように確執を感じているなら、あの態度にはならない」
のあ「趣味趣向も互いに異なるタイプに見えたわね」
真奈美「それにもかかわらず、むしろ仲は良好だ」
芳乃「互いの違いを知り、尊重できることは良き事でしてー」
のあ「そもそも、不仲と思われる生徒はいたかしら」
真奈美「思い当たらないな」
芳乃「それが高峯の言う違和感でしょうかー?」
のあ「ええ。印象と調査結果が異なること」
芳乃「高峯を信じましょうー、真実を掴むまで止まらぬようにー」
のあ「そうするわ」
真奈美「それで、だ」
のあ「何かしら」
真奈美「のあは、この事件の真実は何だと思っている?」
のあ「今の段階ではわからないわ」
真奈美「今の予想でいいんだ、聞かせてくれ」
のあ「まゆが殺人を犯したわけではないわ、動機が腑に落ちない」
芳乃「次の殺人を止めるためと申しておりましたー」
のあ「殺人が起きていないなら、私に言えばいいわ。絶対に止めるわ、絶対によ」
真奈美「専門家だものな」
のあ「それとも、まゆは私に話を信じてもらえないと思ったのかしら」
真奈美「佐久間君の話なら、のあは聞くはずだ。どんな話だろうが」
芳乃「そもそも、高峯は事情を多少は知ってましてー」
のあ「そうよ、まゆも私が調べたことは知っているはず」
真奈美「それにも関わらず、のあに相談しないのは不自然だな」
のあ「つまり、もう遅かった」
芳乃「高峯ー、話が飛びましたよー」
のあ「失礼。私は殺人を防ぐわ、何があったとしても。それでも、防げないのは起きてしまった殺人だったからよ」
真奈美「佐久間君が気づいた時には事件は終わっていた」
のあ「まゆは殺人あるいは自殺には関与していない。関与しているのはその後だけ」
真奈美「隠蔽工作だけ」
のあ「ええ。岡崎泰葉、如月千早、脇山珠美と協力して、真実を隠した」
真奈美「佐久間君の役割は限られてくるな、彼女にしか出来ないことであるなら」
のあ「目的は私を止めること。あの夜さえ凌げば、話を合わせることができるわ」
真奈美「山荘で連絡を取るのは難しいが、今なら簡単だ」
芳乃「証拠の提出を義務づける根拠には弱いでしょうー」
真奈美「もう話はついているなら、隠し通せる。脇山珠美の受け答え等も、誰かとすり合わせていた可能性は十分だ」
のあ「協力している以上は何らかの連絡手段は山荘にいた時にもあると考えているわ。これについては、調査が必要ね」
真奈美「佐久間君達が事件の真実を隠そうとしていると、のあは考えているんだな」
のあ「ええ、私はそう考えているわ」
芳乃「しかし、動機は何なのでしてー?」
のあ「わからない。誰かを庇っているのか、私を傷つけるのが目的なのか、警察を試しているのか、答えを出す段階ではないわ」
真奈美「のあにもう一つ聞きたい、いいか?」
のあ「どうぞ」
真奈美「隠そうとしている事件そのものについては、どう考えてる?」
のあ「こちらも結論を出すには早いけれど、私がもっとも可能性が高いと思っている仮説が一つあるわ」
真奈美「それは、なにかな」
のあ「浅野風香が緒方智絵里を殺害し、自らの命を絶った」
真奈美「見つかった遺書通り、ということか」
のあ「時間軸的にも通るわ。岡崎泰葉、如月千早、脇山珠美がまゆの協力者となっているのにも説明がつく」
真奈美「部屋は目の前が如月千早、隣が岡崎泰葉、下が脇山珠美だ」
芳乃「もしや、気づいたのでしょうかー?」
のあ「ええ。例え気づいていなくても自殺に繋がるものを見たり、聞いたりする可能性がある以上、この3人は協力者にするしかなかった」
真奈美「殺人の動機は」
のあ「過去の因縁かしら、真偽不明なものは多いけれど、浅野風香と緒方智絵里の関係は事実よ」
真奈美「……」
のあ「私の予想はこれまで。浅野風香の起こした事件を、複数の生徒が協力して真実を隠している。あくまで、それが目的でまゆが罪を被ることなど誰も望んでいない」
真奈美「だから、のあに調査をさせようとしている。調査にも協力的だ」
のあ「動機はまだわかっていない。連絡方法も。それらを調べて行きましょう」
芳乃「ふむー」
のあ「先生、何かご意見が」
芳乃「想像力豊かなことは良きことかと思いますがー」
のあ「率直な意見を」
芳乃「検察官に証拠としては採用されませぬー」
のあ「そうでしょうね」
芳乃「高峯ー、わたくしを呼んだ理由はなんでしてー?」
のあ「まゆの無実を証明することよ」
芳乃「然れば、なすべきこともわかりましょうー」
のあ「ええ。まゆが実行犯でないことを示す証拠が必要ね」
真奈美「証拠か、何を探せばいいのかな」
のあ「凶器よ、彼女達がまゆが裁かれることを望んでいないなら見つかるはず」
真奈美「話はわかった」
のあ「痕跡は消しきれない、いえ、残しているはずよ。必ず、見つかるわ」
真奈美「佐久間君の期待に応えるとしよう」
のあ「何があっても、味方でいてくれると示しましょうか」
真奈美「ああ」
芳乃「木場様、お茶のおかわりをー」
真奈美「用意します。のあもどうだ?」
のあ「いただくわ。今日は休みましょう」
82
翌朝
高峯探偵事務所
のあ「おはよう……あら」
ヘレン「グッモーニン、ディテクティブ」
ヘレン
イヴ・サンタクロースを追っていた国際捜査官。あたかも自宅のようにリラックスしてモーニングティーを飲んでいる。
のあ「ヘレン、何時から日本へ」
ヘレン「昨日よ。聞いていたよりは元気そうね、ディテクティブ」
のあ「おかげさまで。真奈美と先生はどこに」
ヘレン「雪乃の喫茶店でモーニングを食べているわ」
のあ「大方、先生が希望したのでしょうね」
ヘレン「ディテクティブ、本題に入っていいかしら」
のあ「私にも紅茶を貰っていいかしら」
ヘレン「イエス。私が用意しましょう、そこにお座りなさい」
のあ「ここは私の家で、私の定位置はヘレンがいる所なのだけれど」
ヘレン「臨機応変、日本には良い言葉があるわ」
のあ「……わかったわ」
ヘレン「紅茶を。良い色になったわ」
のあ「いただくわ……ヘレン、聞いていいかしら」
ヘレン「いいわ、質問なさい」
のあ「いつも雪乃が朝に用意してくれる紅茶じゃないわ、何を頼んだのかしら」
ヘレン「もっとも自信のあるものを。ご馳走するわ、遠慮なく飲みなさい」
のあ「そう……美味しいからいいけれど」
ヘレン「ディテクティブ、話を聞く準備は出来たかしら」
のあ「ええ」
ヘレン「ここに来た理由は見当がついていることでしょう」
のあ「ヘレンに何か頼んだ覚えはないのだけれど」
ヘレン「久美子に頼んだでしょう」
のあ「まさか発火装置の件、調査結果が出ている?」
ヘレン「イエス」
のあ「ありがたい。誰の手に渡ったか、特定できたのかしら」
ヘレン「それはノー。佐藤心はほぼ何も残さなかった。イヴ・サンタクロースからもあなたが望む結果までは辿り付けない」
のあ「結果まで、という言い方は気になるわ」
ヘレン「譲り受けた人物は数人特定出来たわ」
のあ「誰かしら」
ヘレン「ヨリコ・フルサワと名乗っていた人物よ」
のあ「知ってるわ。今回も古澤頼子が関係しているのね」
ヘレン「ただし、受け渡し場所は東南アジア。日本国内に持ち込まれた形跡はなし」
のあ「ヘレンは日本で受け渡していたものがないとは言ってないわ。そうでなければ、椋鳥山荘で見つかることはない」
ヘレン「その通り。私は行き詰まったわ」
のあ「結論もないのに、ヘレンはここに来ないわ」
ヘレン「発火装置は日本国内で幾つか使用されているわ」
のあ「宮本フレデリカが使ったものがあったわね」
ヘレン「結論を。発火装置を利用したと思われる、火事をとある条件で調査したわ」
のあ「火事……」
ヘレン「条件とは、特定の共通点を持つ被害者がいること」
のあ「特定の、共通点」
ヘレン「複数の死者がそれに該当したわ。ディテクティブ、この資料を見なさい」
のあ「見させてもらうわ……いずれも火事で死亡、放火の可能性は捨てきれない。年齢性別も共通点はなし」
ヘレン「そう、別のつながりがあるわ」
のあ「火事」
ヘレン「ザッツライト。火事よ」
のあ「死因ではない、昔のこと」
ヘレン「佐久間まゆが両親を失った火災が、被害者の共通点ね」
のあ「まゆが発火装置を使ったわけではないわ」
ヘレン「なぜそう言うのかしら、ディテクティブ」
のあ「まゆは火災によって両親を失ったわ。もしも怨恨で殺人を犯すのであれば、火事の原因となった人物、被害を拡大することになった建築業者、あるいは救えなかった消防士などに偏るはずよ」
ヘレン「そうね」
のあ「この人物達に怨みを持つ人物なら……」
ヘレン「心当たりはあるわ。火事の原因となった人物の」
のあ「娘……浅野風香よ」
ヘレン「オールライト」
のあ「ヘレンは、これは浅野風香の犯行だと考えているのね」
ヘレン「ノット」
のあ「ノット?」
ヘレン「答えを出すのは私の仕事ではないわ」
のあ「私達のやるべきこと、わかってるわ」
ヘレン「ごちそうさま。雪乃にお礼を言っておいてちょうだい」
のあ「もう帰るのかしら」
ヘレン「ヘレンは一秒も無駄にしないわ。ごきげんよう」
のあ「お元気で」
83
高峯探偵事務所
真奈美「発火装置の方が先に情報が出たか」
のあ「ヘレンは登場が早すぎるわ、他の事がわかってからだとばかり」
真奈美「結局、火事にまつわる因縁か……」
のあ「そのようね」
芳乃「高峯ー、行ってまいりますー」
のあ「まゆのこと、お願いするわ」
真奈美「車で送りますよ」
芳乃「ご心配にはおよびませぬー、ゆったりと参りますゆえー」
のあ「お気をつけて」
真奈美「さて、私達も行くとしようか」
のあ「相川先生に話を聞きに行きましょう」
真奈美「私のお土産も役に立ちそうだ」
84
星輪学園・教会
千夏「不仲ということはないと思いますが……」
のあ「そうよね、私にもそう見えた」
千夏「このような話なら、私よりも川島先生が良く知っているかと」
のあ「いいえ、少し離れた場所の人物に聞きたかったの」
千夏「私は客観的に務めているけれど……離れているとは思えません」
真奈美「少しだけ離れていること、遠すぎたら意味もない」
千夏「実際の所、不仲ということはないと思います。班分けを決めたのは川島先生ですから、真意のほどはわからないけれど」
のあ「どういう意味かしら」
千夏「口外しないで欲しいのだけれど、いいかしら」
のあ「どうぞ。私もこの場を貸してくれているシスターも秘密は守ると」
千夏「班分けは仲の良い人物と同じになるように決めています」
真奈美「川島先生の意向か?」
千夏「いいえ」
のあ「昔からの慣習かしら」
千夏「ええ、山荘での合宿は今に始まった行事じゃないもの」
のあ「理由は」
千夏「お楽しみですから。打ち解けていない1年生はともかく、2年生以上は気の置けない仲間と過ごして欲しいと」
のあ「まゆと高森さんが同じ班だったのは」
千夏「少しでも見ていればわかります」
のあ「そうね、わかるわ」
千夏「だから、あの夜は驚いたわ……知らないこともあるわね」
真奈美「知らない、か」
のあ「相川先生は、まゆのご両親については」
千夏「聞いています、彼女が隠してはいないので」
のあ「浅野風香とまゆの関係については」
千夏「……」
真奈美「相川先生?」
千夏「いえ……どちらかと言えば仲が良く見えていました。大人しいタイプですから、一緒にいると安心するのかと」
のあ「ええ、同感よ」
千夏「……わかりませんね、子供とはいえ」
真奈美「やはり……違うな」
のあ「ええ。相川先生、聞いていいかしら」
千夏「何かしら」
のあ「あなたが知っていた方と、最近知った方、どちらが本当だと思うかしら」
千夏「それなら、前者です」
のあ「根拠は」
千夏「勘ですよ、教師の」
のあ「それならきっと当たるわ、信じなさい」
千夏「……信じましょうか、自分を卑下するのも大変だもの」
のあ「物で証言を引き出したみたいで悪かったわ。だけれど、良い話を聞けたわ」
千夏「あの、名誉のために言いますが、物につられたわけでは」
のあ「言い訳は時間の無駄だから、素直に喜んでおきなさい。真奈美」
真奈美「なんだ?」
のあ「凶器を探すわ。まずは、科捜研へ」
85
清路警察署・科捜研
留美「あら、こんにちは」
のあ「留美。何をしているのかしら」
留美「調べ物の結果待ちなの」
真奈美「何か証拠が見つかったのか?」
志希「留美にゃん、おまったせ~。あ、のあにゃん、おはよう!」
のあ「おはよう。それで何を」
留美「新しいものじゃないわ。既に見つかっているものを」
志希「遺書だよー」
真奈美「現場にあったものか?」
留美「ええ。筆跡鑑定の結果は、どうだったかしら」
志希「色々照合したけど、本人以外ありえない」
のあ「色々?」
志希「日記とかノートとかだよー」
留美「他にわかったことはないかしら」
志希「あるある、いつもよりも若干走り書きだったよ。筆圧は強め」
留美「書かれた時間もわかると言ってたわよね」
志希「大体だけどね~」
のあ「いつだったのかしら」
志希「事件当日。とりあえず、ずっと前から用意してたわけじゃないかなー」
のあ「書いたのは」
志希「事件が起こる前か、後かな?そんなかんじ」
留美「……」
のあ「留美は何が知りたかったのかしら」
留美「もう一つ、指紋は見つかったかしら。浅野風香以外の」
志希「あったよー」
留美「どなたかしら」
志希「柳っていう先生と岡崎さんっていう生徒の」
のあ「発見した時に見た可能性が高いわね」
留美「それだけね?」
志希「うん、志希ちゃん嘘つかない」
留美「それなら、まゆちゃんは何を見たのかしらね」
真奈美「どういうことかな」
留美「自殺を偽装し、机の上にこの手紙は置いてあった」
のあ「中身を確認していないのはおかしいわね」
志希「知ってたとか、別の何かがあったとか」
留美「そういうこと。まだ見つかっていないものがありそうね」
のあ「ええ」
留美「私は戻るわ。またね、探偵さん」
のあ「留美もお疲れ様」
志希「のあにゃんと真奈美ちゃんは何しに来たの?暇つぶし~?自営業はいいな~」
のあ「志希、凶器は見つかったかしら」
志希「まだ見つからない、久美子ちゃんが必死に探してるけどさー」
のあ「久美子はどこに?」
志希「音葉ちゃんと一緒に椋鳥山荘。消したところが重要なの、とか言ってた」
のあ「消したところが重要?」
志希「そう、消した痕跡が重要なんだってさ。それでね~」
のあ「なるほど、真奈美。行きましょう」
真奈美「どこにだ?」
のあ「椋鳥山荘へ。消した痕跡が重要なの」
真奈美「もう少しだけ、その閃きの根拠を教えてくれ」
のあ「痕跡は残すはずよ、凶器が見つからなければいけないのなら」
志希「ん~、どゆこと?」
真奈美「佐久間君を犯人とさせないためには、凶器が出るのが絶対だ」
のあ「行きましょう、久美子なら何かを見つけてるはずよ」
真奈美「ああ」
志希「行っちゃった。のあにゃんに見せたいものがあったのに。まっ、いっか、そのうちで。オヤツにしよう~」
86
椋鳥山荘・駐車場
のあ「何をしてるのかしら」
真奈美「地面を調べているようだが」
音葉「こんにちは……何かご用ですか」
のあ「凶器を探しに来たわ。進捗は」
音葉「この通り……地面を調べています」
真奈美「何か手がかりが見つかったのか?」
久美子「んー…やっぱりこっちか」
のあ「久美子」
久美子「のあさん、足元になにかない?」
のあ「何もないわよ。足跡すらないわ」
久美子「ないなら、そっちね」
真奈美「久美子君、どういうことかな」
久美子「のあさん、事件の夜に来るまで誰か車で移動した?」
のあ「していないと思うわ」
真奈美「そのような証言はないはずだ」
久美子「問題、遺体が見つかるまでに行ける距離は」
のあ「幾ら急いでも、山道から出られないでしょうね」
音葉「はい……急いでも山道に投げ捨てるのが限界でしょう」
真奈美「音葉君が試したのか?」
音葉「運動は……嫌いではありませんから」
のあ「音葉、山道で何か見つけたかしら」
音葉「いいえ……歩いた痕跡がありませんでした」
真奈美「つまり、山道には出ていない」
久美子「それに、汗かいていた人いた?」
のあ「いなかったはずよ」
音葉「遠くまでは行けないはずです……ましてや暗い山道です」
真奈美「山荘近く、山の斜面は」
久美子「もう調べてる」
のあ「まゆが証言していた、偽物の凶器をそこで見つけているわ」
真奈美「そうなると、山荘の敷地内か」
久美子「虱潰しに調べる段階は終わったわ」
音葉「はい……見つかりませんでした」
のあ「隠し部屋などは」
久美子「あったら、真っ先にのあさんに教えるわ」
のあ「私の趣味を理解してくれていてありがとう。既に私が調べてるけれど」
真奈美「誰かが持ちさった可能性は」
久美子「それはないみたい」
のあ「根拠は」
久美子「留美さんが持ち物を検査したから。拒否した人はいなかったわ」
のあ「持ち物にないなら、どこかに隠していた」
音葉「そのような経緯がありまして……地面を調べています」
久美子「少なくとも事件現場から持ち出さないといけないから」
真奈美「痕跡が残る」
のあ「もしくは、その逆」
久美子「そう。掃除した形跡があるのよね」
のあ「シスタークラリスが丁寧に掃除をしていたわ」
久美子「掃き掃除でしょ?」
のあ「ええ」
久美子「道具が違うわ。竹箒じゃない」
音葉「刷毛のようなものです……」
久美子「ひとつずつ丁寧に消していった」
音葉「痕跡は残ります……多少ですが」
のあ「山荘からここまで来たということね」
久美子「ええ。山荘の裏口からここまで来たの」
のあ「残念だけれど、久美子は勘違いしてるわ」
久美子「あら、どういうこと?」
のあ「ここから山荘に戻った」
久美子「逆だった?足跡はこちら向きなはずよ、たぶん」
のあ「消すなら逆向きに歩いた方が楽でしょう」
久美子「あっ、確かにそうね」
のあ「そもそも、ここを通る必要はないわ」
真奈美「旧館から礼拝堂の裏側にも行ける」
のあ「回りくどいやり方だけれど、誰かが見つけてくれると信じている」
音葉「こちらにも形跡があります……」
久美子「そろそろ終着点じゃなくて、のあさんが言う通りなら出発点だと思うのだけど」
のあ「ええ」
久美子「駐車場のこの辺り」
音葉「どなたかの車が……ここにあったようですが」
真奈美「私でも、その車は覚えている」
久美子「真奈美さん、本当?」
真奈美「ああ、クラシックカーだったからな」
のあ「持ち主はシスタークラリス。該当する車は星輪学園に今はあるはず」
久美子「シスタークラリスの車内に隠して、ここから運ばせた?」
のあ「車内まで調査する時間は」
真奈美「なかった。佐久間君の自供は早かったから、山の斜面の調査を優先したはずだ」
のあ「留美達に連絡を……そう言えば」
久美子「圏外よ、わかってると思うけど」
のあ「真奈美、私達はもう一度星輪学園へ」
真奈美「わかった」
久美子「音葉ちゃん、科捜研の車に準備はできてる?」
音葉「はい……私達も星輪学園へ」
87
星輪学園・教会の裏
クラリス「知らずのうちに犯行に協力しているとは……思いませんでした」
のあ「あなたのせいではないわ、シスタークラリス」
クラリス「申し訳ありません、メンテナンスの日が近ければ」
真奈美「メンテナンス?」
のあ「言っていたわね」
クラリス「早くに見つけられたのですが」
のあ「……そうね」
久美子「あっ、のあさん」
のあ「結果は」
久美子「指紋が見つかった、たぶん浅野風香さんのもの。被害者の傷と刃物の形は一致しそう。付いていた血もおそらく被害者のだと思う、血液型がA型だった」
真奈美「本当の凶器が見つかった」
久美子「詳しくはこれから調べるから、それじゃ!」
のあ「ご健闘を」
クラリス「……」
真奈美「佐久間君は帰ってこれるかな」
のあ「まゆが嘘を認めればね。シスタークラリス、お聞きしても」
クラリス「私に協力できることであれば、喜んで」
のあ「椋鳥山荘で生徒達が連絡を取る方法はあるかしら。あなたや先生方に気づかれないように」
クラリス「ございます。生徒達には秘密にしてください」
真奈美「あるのか?」
クラリス「古くから学園内で使われています、見たことはないかもしれませんが」
のあ「教えてくださるかしら」
クラリス「ハンドサインとノックです」
真奈美「古典的だな」
クラリス「あまりにも厳格さが過ぎ私語も許されない時代に、生徒達が利用したとされています」
のあ「シスターは生徒達の使うサインの意味はわかるのですか」
クラリス「いいえ。意味を大人に漏らさないように、変化しています」
真奈美「複雑だな」
のあ「しかし、今はそんな時代ではないわ」
クラリス「はい。そのため、奥ゆかしさを好む一部の生徒が細々とつないでいます」
真奈美「佐久間君は好きそうだな」
のあ「ええ。浅野風香と長富蓮実あたりも好きそうね」
真奈美「のあには秘密にしておくべきだな。その方が良い」
のあ「興味が出たら解明してしまいそうね、まゆは良い判断をしてるわ」
クラリス「しかし、多くの生徒が使っている場合が今もあります」
のあ「椋鳥山荘ね」
クラリス「はい。夜のお供ですよ、こちらは主にノックです」
真奈美「具体的にはどのような」
クラリス「ノックの回数と組み合わせで連絡を取っているようですが、詳細はわかっていません」
真奈美「詳しいことは伝えられないな」
クラリス「伝えられるのも隣の部屋だけでしょう」
のあ「何分後に、どの部屋に、行くか来るか、その程度でしょうね。椋鳥山荘で夜更かしする分には十分よ」
真奈美「伝える順番と回答が決まっているなら、簡単か」
のあ「それに、ノックで十分よ。伝えるべき人物には伝わる」
真奈美「それは誰だ?」
のあ「浅野風香、岡崎泰葉、それとまゆ」
真奈美「3階南側の3部屋か」
のあ「主体とする人物だけに伝わればいい。全てのことをサインで会話する必要はない」
クラリス「お手紙は星輪学園では好まれます」
真奈美「手紙か……」
亜季「お話中申し訳ありません。クラリス殿、お話をお伺いしても」
クラリス「私は構いません」
亜季「高峯殿は良いでありますか」
のあ「……」
真奈美「のあ、何か考えごとか?」
のあ「ええ。大和巡査部長、もちろん構わないわ」
亜季「ありがとうございます。手短に済ますであります」
のあ「私達はこれで失礼するから問題ないわ。ごゆっくり」
亜季「そうでありますか、どちらへ」
のあ「高森さんに会いに行きましょうか」
真奈美「高森君にか。今なら話してくれそうだな」
のあ「ええ。そういえば、留美達にお願いをしておくわ」
亜季「私達にお願い事とはなんでありましょうか?」
のあ「ヘレンが調べていた火事の件、更に調べて欲しいの。まだ情報が得られるはずだから」
88
清路市・某コンビニ駐車場
真奈美「のあ、高森君は自宅にはまだ戻っていないそうだ」
のあ「ケータイにも出ないわね、どこに行ってるのかしら」
真奈美「散歩だと言っていたそうだが」
のあ「近くの公園かしら。真奈美、調べておいて」
真奈美「了解。高森君が徒歩で行きそうな公園は、っと……」
のあ「先生から着信だわ、もしもし」
芳乃『高峯ー、お疲れ様でしてー』
のあ「先生、どうしたのかしら」
芳乃『佐久間様が証言を変えたのでしてー』
のあ「まゆは凶器が見つかったことを知ったのかしらね」
芳乃『自供は嘘と言ってましてー』
のあ「まゆは殺人は否定した?」
芳乃『はいー』
のあ「犯人は誰だと」
芳乃『それについては答えないと申しておりますー』
のあ「どうやら知っていそうね。まだ、話す場面ではないと」
芳乃『わたくしも同感でしてー』
のあ「先生、ありがとう。まゆが何かを話したくなったら、聞いてあげてちょうだい」
芳乃『かしこまりましてー、それではー』
のあ「お願いするわ」
真奈美「佐久間君は自供を覆したか」
のあ「ええ。虚偽の証言はしたけれど、起訴まではいかないでしょうね」
真奈美「そうか。ひとまず目標達成だな」
のあ「今日か明日には戻って来れるでしょうね……」
真奈美「のあ、何か気になることがあるのか」
のあ「色々と。まだ証拠は隠して良そうね」
真奈美「例えば」
のあ「レインコート。凶器はあるのにこっちは見つかっていない」
真奈美「隠している理由に検討はつくか」
のあ「いいえ。高森さんが行きそうな公園は見つかったかしら?」
真奈美「もちろんだ」
のあ「行きましょう」
89
高森藍子行きつけの公園
のあ「高森さん、ここにいたのね」
藍子「のあさん、こんにちは。どうしてこちらに?」
のあ「連絡が取れないから直接探しにきたの。隣、座っていいかしら」
藍子「はい、大丈夫です」
のあ「ありがとう」
藍子「真奈美さんは一緒じゃないんですか」
のあ「車を置くところもないし、調べ物を頼んでいるわ」
藍子「……そうなんですね」
のあ「小春日和で良かったわ。肌寒くもない」
藍子「そうですね……でも」
のあ「事件が起こらなければよかったのに」
藍子「……はい」
のあ「違うわね、まゆが嘘の自供をしなければ良かった」
藍子「……え?」
のあ「本当の凶器が見つかって、まゆは自供が嘘だと認めたわ」
藍子「良かった、まゆちゃんは無実だったんですね」
のあ「あなたが私に言った通りになったわ」
藍子「まゆちゃんはそんなこと絶対にしませんから」
のあ「嘘が苦手ね、あなたには似合わない」
藍子「嘘なんて……」
のあ「絶対にしないと言い切れるのは、あなたがまゆが犯行をしていないのを知っているからよ」
藍子「……えっと、その」
のあ「そうでなければ、まゆが犯人だと言われて黙っていられないわ」
藍子「……」
のあ「あってるかしら、高森藍子?」
藍子「のあさん……ごめんなさい」
のあ「私に謝らなくてもいいわ」
藍子「まゆちゃんは何もしてません、だって……」
のあ「だって、何かしら」
藍子「ごめんなさい、実はわかってました」
のあ「わかってたとは」
藍子「私、まゆちゃんの部屋にいました。智絵里ちゃんと風香ちゃんのこと、2人で一緒に知りました」
のあ「私の想像より知っていた度合いが上だったわ」
藍子「……ごめんさない」
のあ「謝らなくてもいいわ。謝りグセがつくと、いいことはないわよ」
藍子「え?」
のあ「昨日も似たような反応をされたわ、私にも運があるわね。謝りグセがあるような人物がキーパーソン。私はその人物を知っているわ、そのクセがついた理由も」
藍子「……」
のあ「協力しているのは、まゆ達が隠蔽した理由も知っているから」
藍子「……はい」
のあ「浅野風香が何故自殺を図ったのかも」
藍子「……」
のあ「答えて。浅野風香は自殺なのね」
藍子「……ごめんなさい。風香ちゃんは自殺です、知ってました」
のあ「……そう」
藍子「自殺を疑わせるために、部屋の中を整理しました」
のあ「過去の因縁と犯してしまった罪を、あなたは知っていた」
藍子「知ってしまいました。風香ちゃんの遺書で」
のあ「火災と母親を咎める人物を火事に見せかけて殺してしまったことを」
藍子「……はい」
のあ「駆け引きはするものではないわね。その事実を肯定するものは、まだ見つかっていないわ。見つかった遺書に書かれていたのは、緒方智絵里の件だけよ」
藍子「え……あっ」
のあ「意外と抜け目ないわね、まゆといい私の扱い方を知ってるじゃない」
藍子「あの……すみません」
のあ「別の遺書があるのね、あなた達がこの事件の真相を隠蔽するためには必要なものが」
藍子「……あります、のあさん達が知らない遺書が」
のあ「それがなければ、隠蔽に協力する動機がないし、協力した生徒が同じ認識を持てない。あると考えるのが普通よ」
藍子「はい、私は何が起こったかをそれで知りました。今は……」
のあ「岡崎泰葉が持ってるのね」
藍子「え、なんで……」
のあ「まゆの部屋の隣、岡崎泰葉から呼び出されたから事件を知ったのでしょう」
藍子「のあさん、当たりです」
のあ「探偵だもの、想像することが仕事なの」
藍子「もう、隠せないかな……泰葉ちゃんから詳しくは聞いてください。私は、嘘をついたくらいしかしていなくて」
のあ「隠蔽の実行犯は」
藍子「泰葉ちゃんとまゆちゃんです、たぶん」
のあ「他に知っている人は」
藍子「わかりません、もう何人か知ってるかも」
のあ「あなたがしたことは」
藍子「自殺の隠蔽です、もう……謝らなくてもいいと思うんです。自殺で地獄に行かなくても、風香ちゃんがまた誰かに責められる必要なんて、もう、ないんです」
のあ「……そう」
藍子「ごめんなさい……のあさんに大変な思いをさせてしまって」
のあ「真実が確かめられたならいいわ、まゆのことを信じて良かった。私はこれから岡崎泰葉に会ってくるわ」
藍子「あの、のあさん」
のあ「何かしら」
藍子「まゆちゃん、すぐに帰って来れますか」
のあ「おそらく」
藍子「良かった……まゆちゃんのこと、あまり怒らないでください」
のあ「間違った行為だとしても、あなた達の気持ちは尊重するわ。まゆに対しても同じよ」
藍子「良かった」
のあ「だけれど、怒らないのは保証しかねるわ」
藍子「ごめんなさい、怒るのなら私が代わりに」
のあ「辛いわ。家族を失う恐怖は、知っているからこそ、あなたが想像している以上なの。まゆがそれを知らないはずないのに」
藍子「……」
のあ「話してくれてありがとう。これからもまゆをよろしくね、高森さん」
藍子「はいっ」
のあ「真奈美が迎えに来るまで、少し付き合ってちょうだい。そこの自動販売機で飲み物をごちそうするわ、何がいいかしら」
藍子「紅茶がいいかな」
のあ「ご希望通りに。それと、一つ聞きたいことが」
藍子「なんでしょう?」
のあ「まゆとあなたの間に何か因縁はあるのかしら」
藍子「ありません。あったとしても、まゆちゃんはまゆちゃんですから」
のあ「あなたならそう言うと思っていたわ。少し待っていてちょうだい、紅茶を買ってくるわ」
90
車内
真奈美「のあの予想通り、高森君も共犯だったか」
のあ「ええ。真奈美の方は見つかったかしら」
真奈美「ああ、岡崎泰葉と浅野風香が2人でいるところを見たという情報は見つかった」
のあ「予想通りね」
真奈美「仲は悪くなかったが、2人だけでいるような関係ではないとも言っていたな」
のあ「最近ということかしら」
真奈美「そういうことだ、だからこそ簡単に見つかった。学校でない場所がほとんどだった」
のあ「急に仲が良くなる何かがあったのかしらね」
真奈美「友人とはそういうものだ。突然壁がなくなったり、出来たりするのさ」
コネコジャナイノヨ、ニャオ!
のあ「夏美から電話だわ。もしもし、なにかご用かしら」
夏美『のあさん、誰か探してない?』
のあ「探してるわ。岡崎泰葉に会いたいのだけれど」
夏美『前髪ぱっつんのカワイイ子なら、目の前にいるわ。のあさんからその子に電話があったから、確認してみたの』
のあ「夏美、どこにいるの?」
夏美『署よ。とりあえず、少年課に案内してるの』
のあ「真奈美、清路警察署へ。岡崎泰葉がいるらしいわ」
真奈美「了解だ。しかし、半歩先を行かれている気がするな」
夏美『見せたいものがあるとか』
のあ「私の見たいものと同じでしょうね、岡崎泰葉は誰か待ってるのかしら」
夏美『誰かとは言ってないから、ご指名はないみたい』
のあ「夏美、岡崎泰葉の話を待たせられるかしら」
夏美『オッケー、担当者待ちって言っておく』
のあ「頼むわ」
夏美『私は星輪学園のこと聞きたかったから、ちょうどいいわ。じゃあね』
のあ「ええ」
真奈美「探す手間が省けたな」
のあ「真奈美が言うように半歩先を行かれている。高森さんが電話に出ないのも、時間稼ぎのためかしら」
真奈美「そういうことか、誰のために」
のあ「岡崎泰葉のため」
真奈美「警察に行くまでの時間を稼いだ?」
のあ「見せたいものがあると言っていたわ。その準備でしょうね」
真奈美「もう一つの遺書か」
のあ「おそらく」
真奈美「こちらが知りたいことを知らせてくれる、相手は半歩先にいるな」
のあ「ええ。本当の凶器が見つかったことで、動き始めた」
真奈美「誰かが調査の状況を教えているな」
のあ「ええ。その誰かを特定するのは難しい問題ではない」
真奈美「そうなのか?」
のあ「警察関係者か、捜査の連絡を受けた人物」
真奈美「シスタークラリスか」
のあ「ええ」
真奈美「佐久間君の過去も知っている、他の因縁を知っていてもおかしくはない」
のあ「まゆが自供する前に留美を呼びに来たのもシスターだった」
真奈美「待て。そうなると、凶器の隠蔽にも協力しているのか」
のあ「そうでしょうね。まゆが起訴されるまでに私達が見つけないのならば、車のメンテナンスで見つけたと通報があったはず」
真奈美「シスタークラリスの言葉なら、生徒も先生も信じるだろうな。隠蔽には必要な人物だったのか」
のあ「ええ。私の感想としては、まだ思い通り」
真奈美「思い通り?」
のあ「半歩先を追っている必要はない。追い抜いてしまいましょう」
真奈美「追い抜く、か」
のあ「相手が止まっているこの隙に。少しだけ夏美には雑談を続けてもらいましょう」
91
清路警察署・科捜研
のあ「フム……」
ヘレン「十分に情報は集めている。満足いくと思うわ、ディテクティブ」
のあ「流石というか、想像以上よ。真奈美もそう思うでしょう?」
真奈美「ああ……本当に凄いな、数日で集めたと思えない」
ヘレン「自分の目的で動いているだけ、賞賛は不要よ」
志希「あ、のあにゃーん、ハスハスさせろ~」
のあ「断るわ。何か言いたいことでもあるのかしら」
志希「そうそう、科捜研に後から来た資料を勝手に調べてたんだけどさ~」
のあ「後から来た資料?」
志希「このファイル。筆跡からすると」
のあ「筆跡どころか、私が提出した資料よ。まゆのことを調べていた」
志希「そうそう、手が滑って指紋鑑定しちゃったんだよね~」
のあ「何か見つかったのかしら?」
志希「逆。のあにゃん、まゆちゃんにこの資料見せた?」
のあ「見せたわ」
志希「中身まで?」
のあ「私は中を見ている所は知らないわ。でも、私の部屋には入ることは自由にできた。見ていてもおかしくない」
志希「まゆちゃんの指紋、どこにもなかったよ?」
のあ「なかった?」
志希「うん。まゆちゃん、これ見てないじゃないかな~」
真奈美「見てない?佐久間君は明らかに知っていたぞ?」
のあ「なるほど、まゆが起点だから勘違いしていたわ」
ヘレン「答えに辿り着いたようね、ディテクティブ」
志希「にゃはは、志希ちゃんお手柄?ハスハスしていい?」
久美子「ヘレン、志希ちゃん、ちょっと来て!」
志希「面白い感じかな、にゃはは、今行くよ~」
のあ「久美子、何があったのかしら?」
久美子「のあさん、見つかった凶器の資料はそこにあるから見ておいて」
のあ「既に見させてもらったわ。今は何をやっているのかしら」
久美子「ヘレンがくれた資料から色々とわかりそうなの。もう少しだけ時間をちょうだい」
のあ「ええ」
ヘレン「久美子、手伝うわ」
のあ「真奈美、私達は本来の目的へ。待たせ過ぎたわ」
真奈美「ああ。半歩先に行けたか?」
のあ「おそらく。ヘレン、感謝するわ」
ヘレン「礼には及ばないわ。グッドラック、ディテクティブ・ノア」
92
清路警察署・ロビー
のあ「留美」
留美「探偵さん、準備は出来たかしら」
のあ「ええ。留美に連絡した通りのことを岡崎泰葉は話すと思うわ」
留美「ええ。これまでの証拠を考慮しても、筋が通らない話ではないわね」
のあ「そこまではお願いするわ」
留美「それ以降も任せてもらってもいいけれど」
のあ「留美ではダメよ」
留美「言葉は正確に」
のあ「私が話す必要があるわ」
志乃「あら……間に合ったみたい」
留美「課長」
志乃「まゆちゃんの話、聞いたかしら」
のあ「先生から連絡はないわ」
志乃「岡崎さんと隠蔽工作をしたのを認めたわ、高森さんと一緒にいたことも」
のあ「私の目標は達成されたわ。真実も明らかになりそうね」
志乃「送検は間違いだったことを……示してしまいましょう」
留美「はい」
真奈美「のあ、和久井警部補」
留美「大丈夫かしら」
真奈美「夏美君の話は長引いたが終わった。岡崎泰葉も待ちきれない様子だ」
のあ「それぐらいでいいわ」
留美「課長、行ってきます」
志乃「ご健闘を……自分の目的を忘れないで」
93
清路警察署・少年課
留美「岡崎さん、お待たせしました」
泰葉「刑事さん。それに、高峯さんも」
のあ「ご一緒させていただくわ。真奈美も」
真奈美「邪魔はしない」
留美「夏美、交替」
夏美「はーい、ちょっと話過ぎちゃった。また、お話聞かせて、岡崎さん」
泰葉「はい、時間がある時なら」
夏美「約束よ。それじゃあ、留美さんバトンタッチ」
留美「任されたわ。岡崎さん、ここにはどうやって来たのかしら」
のあ「夏美、ちょっと教えて」
夏美「小声で何?椅子は自由に使って」
泰葉「電車とバスで来ました」
留美「交通の便が悪い所で申し訳ないわね」
のあ「彼女の様子で気になることは」
夏美「別に普通よ?」
のあ「そう」
夏美「まっ、せめて普通に見えるくらいじゃないとここに来た意味はないわよね」
留美「せっかくの休日なのにごめんなさいね、待たせてしまって」
泰葉「いいえ、そんなことは」
留美「夏美、準備はいい?」
夏美「どうぞ、記録する準備は出来てるわ」
留美「それでは本題に入りましょうか。岡崎さん、ご用件は何かしら」
94
清路警察署・少年課
泰葉「ふぅ……」
のあ「……」
泰葉「あの、私」
留美「慌てずに、時間はあるから大丈夫よ」
泰葉「ごめんなさい!」
のあ「ごめんなさい……ね」
泰葉「私、その、謝らないといけなくて」
留美「岡崎さん、落ち着いて。何を謝るのかしら」
泰葉「……嘘をつきました」
留美「正直に言ってくれてありがとう。辻褄のあわないことが増えて来て、困っていたの」
泰葉「やっぱり……」
留美「やはり?」
泰葉「警察と高峯さんを騙すのは、無理だって」
留美「そう思ったのは」
泰葉「昨日一晩考えて、正直に話すことにしました」
留美「何を話してくださるのかしら」
泰葉「……その」
留美「言いにくいことかしら。それなら、席を外してもらうけれど」
泰葉「いいえ、大丈夫です。ちょっと、驚かせるかもしれないので」
真奈美「……驚かせるか」
留美「刑事として色々なものを見て来たわ。言ってもらって大丈夫よ」
泰葉「私は知ってます……全てを」
夏美「全部かぁ……」
泰葉「これを見てもらっていいですか」
のあ「……便箋」
留美「見せていただくわ、これは何かしら」
泰葉「もう一つの遺書です、風香ちゃんの……殺人が告白されています」
留美「緒方智絵里さんのかしら」
泰葉「違います……これまで起こしてきた事件のことです」
95
清路警察署・少年課
留美「探偵さん、内容を確認して」
のあ「ええ。何が書かれているのかしら」
留美「火事に見せかけて殺害したと書かれているわ」
のあ「任されたわ、留美は続けてちょうだい」
留美「ええ。岡崎さん、これはどういうことかしら」
泰葉「事件の夜に、風香ちゃんの部屋で見つけました」
留美「事件の夜、ね」
泰葉「あの……」
留美「どうぞ、続けて」
夏美「留美さん、どうぞご自由にじゃ話し辛いんじゃない?」
留美「そうね、採用するわ。事件の夜、何時のことかしら」
泰葉「夜の0時頃です」
留美「なぜ、浅野風香さんの部屋に?」
泰葉「風香ちゃんに呼ばれました」
のあ「……呼ばれた」
留美「どうやって呼び出されたのかしら」
泰葉「隣の部屋だったので、ノックで」
留美「ノック、探偵さん何か知ってるかしら」
のあ「シスタークラリスによると生徒達が使っている暗号みたいのがあるそうよ」
留美「事件の夜もそれで?」
泰葉「はい。0時を過ぎたら、私の部屋に、来て、静かに、でした」
留美「方法の詳細を聞いても仕方がないわね」
夏美「呼び出したのは、誰かしら」
泰葉「おそらく……風香ちゃんだと思います」
のあ「……」
留美「0時頃、あなたは浅野風香さんの部屋に行ったのね」
泰葉「はい……そこで」
留美「遺体と遺書を見つけた」
泰葉「……はい」
留美「悲鳴はあげなかったのね」
泰葉「静かに、なんて伝えてくる意味がわかってしまって……それに、声をあげるのは得意ではないので」
留美「遺体を見つけたあなたは、何をしたのかしら」
泰葉「遺書が見えたので……それを読みました」
留美「何が起こったか、書かれていた」
泰葉「風香ちゃんが何を起こしたのか、わかりました」
のあ「……」
留美「自殺だと、わかったのかしら」
泰葉「机とか椅子を台にした形跡がありましたから」
留美「私が見たものとは違うわね」
泰葉「私達が、状況を変えました」
夏美「私達かぁ……他は誰なのかしら」
のあ「一人はまゆでしょう」
留美「あなた達は、何をしたのかしら」
泰葉「風香ちゃんのやったことを隠そうとしました」
留美「具体的には」
泰葉「まずは協力してくれる人に……話しました」
留美「どなたかしら」
泰葉「如月さん、珠美ちゃん、藍子ちゃん、それにまゆちゃんです」
夏美「予想通り?」
のあ「ええ」
泰葉「誤魔化せないと思ったから、協力してもらうことにしました」
留美「それぞれの役割は」
泰葉「藍子ちゃんと珠美ちゃんには見張りを頼みました、部屋から出た人はいなかったと聞いてます」
留美「浅野風香さんの部屋を整理したのは」
泰葉「如月さんです」
留美「片付いていたけれど、何をしたのかしら」
泰葉「ただ机と椅子を元の場所に戻しただけです。まゆちゃんに指紋だけつけてもらって」
夏美「へぇ……」
のあ「疑い深い人間なら、それだけで十分よ。例えば、私とか」
留美「旧館については」
泰葉「私とまゆちゃんでやりました」
留美「経験の浅い警察官だったら、逃げだしそうな状況だったわ。なぜ、出来たのかしら」
泰葉「思い込むんです、これはセットだって」
のあ「……セット」
泰葉「ドラマのセットだと思って、役通りに動くんです」
留美「心構えは理解できたわ」
夏美「できた?」
真奈美「私にはわからない」
泰葉「風香ちゃんではなく、まゆちゃんの犯行だと思わせるようにしました」
留美「ニセモノの凶器はどこから」
泰葉「旧館の中にあったものを使いました」
留美「本当の凶器は」
泰葉「車の中に隠せば遠くに持って行けるから、カギの開いていたシスタークラリスの車の中に」
留美「凶器はどこにあったのかしら」
泰葉「旧館の中にありました。たぶん……もう隠す気はなかったから」
留美「裏口に足跡があったけれど」
泰葉「それはまゆちゃんが」
のあ「一つ質問をいいかしら。両利きを仄めかすのは、誰の考えかしら」
泰葉「まゆちゃんです。高峯さんが解決した事件があるから、絶対に気づくって」
留美「のあに、まゆちゃんの犯行だと思わせるために」
泰葉「はい」
留美「探偵さん、他に質問は」
のあ「まだ留美に任せるわ」
留美「岡崎さん、したことを全て教えてくれるかしら」
泰葉「まゆちゃんが付けた裏口以外の足跡を掃除しました」
留美「何を使ったのかしら」
泰葉「旧館にあった刷毛とか箒とかです。2階に戻しました」
留美「他には」
泰葉「ダイイングメッセージを血で付けました。Fと」
真奈美「風香かな」
のあ「左利きのような書き方だったから、岡崎さんの言う通りなのでしょう」
留美「その目的は」
泰葉「高峯さんに気付かせるため、です」
のあ「……」
留美「隠蔽工作事態は難しいことではないと思えるわ」
夏美「私も同感」
のあ「彼女達の企みはここから」
留美「終わったのは何時ぐらいかしら」
泰葉「1時前には終わっていたと思います」
真奈美「事件発覚の2時まで、まだ時間はある」
留美「教えてちょうだい、事件発覚時に何があったか」
96
清路警察署・少年課
泰葉「私とまゆちゃんが掃除をしている間に、如月さんに忍ちゃんを呼び出すようにしてもらいました」
留美「それは0時半頃で間違いないかしら」
泰葉「それくらいだと思います。一度山荘に戻ってきた時には、終わったと言っていましたから」
のあ「……」
泰葉「少しだけ相談をして、まゆちゃんは旧館に行ってもらいました」
留美「長富蓮実さんがみたのは」
泰葉「まゆちゃん、です。髪型を変えたので、見間違えたのかな」
夏美「うーん……」
泰葉「後は自室で待っていました」
真奈美「工藤忍が見つけるまで」
泰葉「私は忍ちゃんが旧館に向かった時には3階のロビーにいました」
留美「探偵さんを止めるため」
泰葉「高峯さんの部屋、電気が点いていなくて安心しました」
留美「協力した人にお願いしたことは」
泰葉「悲鳴が聞こえてすぐに、如月さんに旧館に行って貰いました」
のあ「早すぎるのに理由がつくわ」
真奈美「岡崎君とその時に会話すらしていないからだ」
泰葉「藍子ちゃんと珠美ちゃんには他の生徒と先生の様子を見てもらいました。珠美ちゃんは誰かが起きて来たら、限られた人数だけは連れて旧館に行くようにと」
のあ「川島先生と今井加奈が起きて来たから、脇山珠美が一緒に降りて行った」
泰葉「本当は……風香ちゃんの遺体は別の人に見つけてもらうつもりでした」
留美「発見したのは今井さんだったわ」
泰葉「自分で呼びに行くといったので、そうしてもらいました……その、ショックを受けるのはわかってました」
のあ「……」
泰葉「まゆちゃんには、高峯さんを困らせる言葉を言ってもらいました」
留美「そうなの?」
のあ「言ってたわ。止められる犯行なら止めますよね、と」
留美「まゆちゃんが次の犯行を止めるために、殺人を犯したという筋書きを探偵さんに意識させるため」
のあ「私は人を集めるようにお願いしたわ」
泰葉「はい、川島先生にそちらはお願いしました」
留美「あなたは浅野風香さんの部屋へ」
泰葉「……はい。謝らないといけないですけど、予想通り、加奈ちゃんが呆然としていました」
留美「あなたは柳先生に今井さんをお願いした」
泰葉「はい。私は高峯さんを呼びに行きました」
のあ「私は浅野風香の部屋に。遺体を見つけたわ」
泰葉「高峯さんは自殺でない可能性に気づいてくれました。後は、何もしないでとお願いするだけでした」
のあ「お願い、というには厳しい言葉だったわ」
泰葉「……ごめんなさい」
留美「何を言われたのかしら」
のあ「まゆと共犯ならまゆの犯罪を隠すのでは、と」
留美「手厳しいわね。実際は隠していたのはあなた達」
泰葉「……はい」
留美「これだけかしら」
泰葉「いいえ、集まったところでお芝居を」
留美「お芝居?」
泰葉「皆が集まった前で、不仲であるようなフリをしました」
留美「目的は、探偵さんに過去の因縁に目を向けさせるため」
泰葉「はい。私が会話を進めています」
真奈美「のあなら気づいてくれる、実際にその通りだった」
留美「後で確認しましょう」
泰葉「その後は知っている通りです」
のあ「……」
泰葉「警察が来た後に、まゆちゃんに嘘の自供をしてもらいました」
留美「私だったのは」
泰葉「まゆちゃんが、一番いいだろうって」
夏美「よほどのことがない限り、留美さんは来るものね」
泰葉「もう一つ、刑事さんが良い理由があって」
のあ「私の目の前で呼ぶため?」
泰葉「はい。警察が来た後の早い時間なら一緒にいるから、って」
のあ「……」
真奈美「のあを止めるための状況作りだから、当然か」
泰葉「はい……すみません」
留美「何があったのか、まとめてもらっていいかしら」
泰葉「私達は風香ちゃんの犯罪と自殺を隠蔽しようとしました。調べられないように、高峯さんをまゆちゃんに止めてもらいました」
夏美「そう言っちゃうとシンプルね」
真奈美「ああ、シンプルだ」
留美「ありがとう。私からは最後の質問よ、大丈夫?」
泰葉「はい」
留美「隠蔽工作を行った動機を教えてくれるかしら」
97
清路警察署・少年課
泰葉「……動機ですか」
留美「そう、動機。何があったかは、わかったけれど、行う動機はいまいち理解できないわ」
泰葉「……」
留美「何人かクラスメイトを巻き込んでまで、隠蔽を行う動機が私にはわからないの」
夏美「ふーん、私には何となくわかるけど」
留美「相馬巡査部長に聞いてもいいのかしら」
夏美「本人から直接聞きましょう、ちゃんと聞いてあげてね」
留美「そうしましょう。岡崎さん、教えてくださるかしら」
泰葉「その……オカシなことを言うかもしれないですけど」
留美「オカシイことには慣れてるわ、言ってちょうだい」
泰葉「可哀そうだな、ってそう思いました」
のあ「……」
泰葉「風香ちゃんがどうして追い込まれないといけないんですか、オカシイじゃないですか」
留美「それは……」
夏美「留美ちゃん、ストップ。ここは話しやすいはずだから」
留美「遮って悪かったわ。岡崎さん、続けて」
泰葉「自分のせいじゃない火事で責められて、一緒に暮らしてるお父さんと同じ苗字も名乗れなくて、どうしてですか」
のあ「……」
泰葉「最後の遺書も、謝ってばかりでした。普段から……謝ってばかりなのに」
夏美「……」
泰葉「智絵里ちゃんを殺したこと、赦せるわけがありません!それでも……もう……これ以上責められなくてもいいと……思いました。ダメだとはわかってます!」
留美「……ええ」
泰葉「救ってあげられなかったから、私達も同じ罪を背負います」
真奈美「罪か……」
のあ「シスターが言いそうな言葉ね」
泰葉「結局、私達の計画は不完全でした……風香ちゃんの罪はわかられてしまいました。だけど、もう……責めないでください」
留美「私は責める気はないわ。法に基づくだけよ」
夏美「岡崎さんの言うところは私の仕事ね、最大限取り計らうわ」
留美「話してくれたもの、それで充分よ」
泰葉「刑事さん……ありがとうございます」
のあ「……」
泰葉「ごめんなさい……私達は混乱させただけでした」
留美「……」
泰葉「隠しきれないかもしれないのは、最初から……わかってました」
夏美「……」
泰葉「高峯さん」
のあ「私?」
泰葉「まゆちゃんも巻き込んでしまって……すみませんでした」
のあ「……」
泰葉「謝って許されるとは思いませんけれど……ごめんなさい」
のあ「まゆが自分で選んだのであれば、私があなたを責める理由もあまりないわ」
泰葉「大切な人を失うことを……まゆちゃんは知ってました。私の気持ちもわかってくれました……だから、甘えてしまいました」
のあ「……」
泰葉「不安な思いをさせてしまいました、ごめんなさい。まゆちゃんは何もしてません、人殺しなんて出来る子じゃありません」
のあ「謝らなくていいわ、まゆも戻ってくるでしょうから」
泰葉「まゆちゃんは何も悪くないんです、責めないでください」
のあ「少しは反省だけしてもらうだけよ、責めたりしないわ」
真奈美「そうだな」
泰葉「迎えに行って、もらえますか」
のあ「もちろん。例え本当に殺人を犯していたとしても、私はまゆを待つし、迎えに行くわ」
泰葉「ありがとうございます……山荘の事件はこれで全てです」
のあ「……そう」
泰葉「私が悪いんです……もう誰も責めないでください」
留美「相馬巡査部長、動機あってた?」
夏美「大人から見れば理解できない気持ち。よくあることね」
留美「そう」
夏美「まぁ、偽証で罪に問われるほどじゃないわよね?」
留美「ええ。まゆちゃんも不起訴で終わりにできるでしょうね」
泰葉「本当ですか?」
留美「もちろん」
泰葉「良かった……」
留美「岡崎さん」
泰葉「はい、嘘をついていてすみませんでした」
留美「あなたが話したいことはこれで終わりかしら」
泰葉「え……はい、そうです」
留美「だそうよ、探偵さん?」
のあ「私はまゆの無実が証明されたから目的は達成されたわ」
真奈美「私も、だ」
夏美「私は事件後の対応含めて協力していくわ」
留美「私は刑事一課の刑事なの。強盗、殺人といった事件を担当しているわ」
泰葉「えっと、ドラマとかで少し知ってます」
留美「正直に言ってちょうだいね、最後に確認を」
泰葉「はい」
留美「浅野風香さんを殺害したのは」
泰葉「……風香ちゃんの自殺です」
留美「その可能性が高いわ。緒方智絵里さんを殺害したのは誰かしら」
泰葉「自殺した、風香ちゃんです」
留美「……」
泰葉「……」
留美「あなたの証言はこちらの想像通りで、それ以上ではなかった。お疲れ様」
泰葉「……どういう意味でしょうか」
留美「これからは刑事というよりは、探偵のお仕事。探偵さん、交替するわ」
のあ「ええ。真奈美、任せてもらえるかしら」
真奈美「言った通りだ。私はのあを信じてるよ」
のあ「ええ」
夏美「留美さん、お疲れ様」
留美「ありがとう。普段の脅しみたいな方が楽だわ」
夏美「怖い職業病ね、刑事じゃなくて良かった」
留美「夏美の仕事よりは楽よ、おそらく」
泰葉「……」
のあ「捜査というよりは、推理よ。私から色々と話して良いかしら」
泰葉「良いですけど……もう話せることなんて」
のあ「あなた、浅野風香の件を隠すために本気だったのかしら」
泰葉「本気……です」
のあ「いいえ。誰かが罪を被る覚悟はなかったわ、あなたもまゆも」
泰葉「いいえ、まゆちゃんにそれをさせるわけにはいきません。そんなことは」
のあ「決意できれば、まゆならやるわ。私は、まゆが何をしたとしても待っているのだから」
泰葉「……」
のあ「まゆの犯行でないことわかるように、中途半端に隠蔽工作はされている。アリバイもすぐに綻ぶようなものだった。つまり」
真奈美「本気じゃないんだ」
のあ「浅野風香が緒方智絵里を殺害し自殺したということは判明されても良いと考えている」
泰葉「……そうかもしれません。最初からずっと」
のあ「ええ、あなたの言う通り」
泰葉「……」
のあ「最初からずっと勘違いしていたの」
98
清路警察署・少年課
泰葉「……」
のあ「幾つか気になったことがあるわ。真奈美、旧館に移動したという目撃情報は」
真奈美「長富蓮実が移動した、誰かを見たと言っただけだ」
のあ「そう。緒方智絵里も浅野風香もあなたも目撃したという証言が出ていない」
真奈美「不自然なほどに、だ」
泰葉「消灯時間後だから、変ではないような……」
のあ「高森さんは起きていたと言っていたわ、ほぼ黙認状態だったから他の生徒が起きていても不思議ではない」
真奈美「それにも関わらず、証言はほとんどない」
のあ「犯行を止められたとは言っていない」
真奈美「不思議に思っても、殺人だとは思うまい」
のあ「もう一つ、工藤忍の行動が気になっている」
真奈美「緒方智絵里に呼ばれたと言ったが、すぐに証言を変えたな」
のあ「何で呼び出した、と言っていたかしら?」
泰葉「ノックと手紙です」
のあ「留美、その手紙は」
留美「見つかっていないわ」
泰葉「……」
のあ「ないのよ、いいえ、不要だった」
泰葉「不要……」
真奈美「本来はいらない言い訳だった」
のあ「工藤忍が時間を間違えたのよ、嘘をつくべき時刻を」
真奈美「呼び出されたのは2時だったからな。勘違いしたのだろう」
のあ「それに、呼び出した如月千早と緒方智絵里を見間違うのは無理があるわね」
泰葉「違います、忍ちゃんは」
のあ「工藤忍は悲鳴をあげなかったら、どうするつもりだったのかしら?」
泰葉「え……?」
のあ「私の部屋まで呼びに来たら、まゆは出てくるタイミングを見失うわ」
真奈美「実際はその心配はしなくていい」
のあ「騒動は必ず起こるから、あなたにはそれがわかっていた」
泰葉「……」
のあ「つまり、工藤忍も協力者よ」
真奈美「長富蓮実もだろうな」
のあ「窓際の部屋だった人物が全員協力者になるわ」
真奈美「2階が脇山珠美、長富蓮実と高森君だ」
のあ「3階が浅野風香、まゆ、それと」
真奈美「君だ」
泰葉「……その通りです。あえて言う必要はないから、言わなかっただけです」
のあ「3階で作業する以上は北条加蓮も協力者の方がいい」
真奈美「根拠もある」
のあ「彼女、不仲のお芝居に参加していたわ」
真奈美「君と因縁がある以上は参加してもらわなければいけない」
のあ「その因縁は残っていないのね?」
泰葉「違います、そもそも……私じゃないです」
のあ「それを聞けて安心したわ。でも、更に安心したい」
真奈美「のあに同意だ」
のあ「あなたはまゆに罪を負わせるつもりは、ないのね?」
泰葉「ありません……まゆちゃんの犯行じゃないくらいはわかるようにしました」
真奈美「佐久間君は自供が嘘だということも認めた」
のあ「浅野風香の指紋がついた凶器が見つかるのも、想定内だったのか」
泰葉「……」
のあ「そう、これは答えられない」
真奈美「筋書きが変わるからな」
泰葉「どういう意味……でしょうか」
のあ「浅野風香には罪を被せていいと思っているからよ」
泰葉「ち、違います!」
真奈美「……」
泰葉「私は、ただ……」
真奈美「残念だが、凶器が発見されないと佐久間君が裁かれかねない」
のあ「シスタークラリスも協力者であり、いつか凶器は発見されるはずだった」
真奈美「佐久間君は帰ってくる」
のあ「私の目的は果たされる。それが狙いだった」
真奈美「のあの目的を、そこにさせる必要があった」
のあ「ええ。まゆを信じているということに、あなた達は安心したのではなかった」
真奈美「佐久間君の無実を証明することが、のあの目的であることに安心した」
泰葉「……」
のあ「浅野風香の自殺を偽装する必要性に合理性は感じられない」
真奈美「夏美君は衝動的な犯行はおかしくないというが、それにしては手が込んでいる」
のあ「シスタークラリスを含めて、協力者が納得する動機とは思えない」
真奈美「例えば、正義感の強い脇山珠美が承知するだろうか」
のあ「私の助手も、納得するとは思えない」
真奈美「ああ。高峯のあの助手に、真相を隠さないといけないと思わせるだけのものがあった」
のあ「理解できる状況もあった。まゆは私が調べた因縁についての資料を見ていなかったにも関わらず」
真奈美「つまり、君達は知っていた」
のあ「自分達の因縁を知っていた。一方的なものではなく、互いに」
真奈美「火事の因縁も理解していたのだろう」
のあ「浅野風香も含めて因縁でつながる全員が」
真奈美「知っているなら、状況が理解できる。対価が何か知っている」
のあ「対価は、彼女自身の命よ」
真奈美「重すぎる対価だ、払うべきものとも思えないが……」
のあ「浅野風香自らがそれを支払ったのよ」
泰葉「待って……高峯さん、どこまで……」
真奈美「もう戻れなかったんだ。浅野風香が全てを準備していたから」
のあ「浅野風香はあなたを呼び出す必要がないの。起きてから見つかっても何も問題がないのに」
真奈美「浅野風香は君を呼び出した。君なら演じてくれるはずだ、と」
のあ「浅野風香とあなたには接点がある、演じるということで」
真奈美「浅野風香の趣味は物語を描くことだった」
のあ「経緯は知らないけれど、その趣味とあなたの経歴は互いが知ることになった」
真奈美「趣味に対するアドバイスを君がしていた、何かを読んでいたのを目撃した人物がいる」
のあ「浅野風香は『佐久間まゆの殺人』という物語を描き、あなたに主演を託したの」
泰葉「違います!私が勝手にやりました、風香ちゃんは何も悪くないんです!」
のあ「それでも、疑問が残るわ」
真奈美「目的だ」
のあ「罪が明らかになることがわかっていたなら、まゆの行動に意味があるのかしら」
真奈美「ああ。浅野風香が自殺したという話だけでいい」
のあ「まゆもあなたも何もする必要はない。浅野風香も」
真奈美「君達が無駄なことをするようには思えない」
のあ「まゆが私を騙すというリスクを取るかしらね、無駄のために」
真奈美「目的が別にあった」
のあ「私達を止めるのがあなたの目的だった。浅野風香の事件で終わらせるために」
真奈美「それならば」
のあ「浅野風香が自分の命を犠牲にして自分を犯人に仕立て上げ、『佐久間まゆの殺人』という物語まで残した動機は何か」
泰葉「高峯さん!やめてください!私の話を聞いてください!聞け!」
のあ「……」
夏美「あら、厳しい言葉も出せるのね」
留美「余裕ね、あなた」
夏美「留美さんほどでも。ちゃんと記録してる?」
留美「もちろん、抜かりはないわ」
泰葉「目的は、まゆちゃんの無実を証明するだけでいいはずです!」
のあ「……」
泰葉「風香ちゃんがしたことは、正しいと思いません!でも、でも、気持ちをわかってください!もう、そこまで気づいているのなら!」
真奈美「……」
泰葉「私達も罪を背負います、裕子ちゃんも知ってます、風香ちゃんだって同じ気持ちです……だから、もうやめてください……」
のあ「……」
泰葉「風香ちゃんの事件で……終わらせてください」
夏美「……」
泰葉「おねがい、します……」
真奈美「のあ?」
のあ「正直なところ、あなたは最初から気になっていたわ。カワイイからかしら」
泰葉「……冗談はやめてください」
のあ「そうだと思っていたけれど、違うわ。どこか、まゆに似ていたのね」
真奈美「どのあたりが、かな」
のあ「人の意見に従うのに慣れていて、本心を押し殺して我慢しているような」
真奈美「ああ、そうかもしれない」
のあ「罪を被ることは恐ろしいことよ。でも、決意があれば、まゆもあなたも背負えるわ」
真奈美「君達は強いよ」
泰葉「はい、だから……」
のあ「だから、そんなことはさせられないの。まゆにもあなたにも」
真奈美「ああ。痛みに強くても、慣れていても……傷つくことに変わりはないんだ」
のあ「私はワガママなの。まゆに後ろめたい気持ちを残すことなんて、自分を許さないわ」
真奈美「君の気持ちはわかっても、私達は従うことはできない」
のあ「親友を失った痛みを抱えて、その痛みを友人に背負わせて、これからずっと生きて行くことなんて出来ないわ。まゆも、あなたも……そして、彼女も」
泰葉「あ……」
真奈美「罪を償う一番の時は、今だ」
泰葉「……もう、わかってるんです……ね」
真奈美「君の言う通り、堀君が君と同じ罪を被るなら、もう一人しかいない」
のあ「彼女の証言を封じることが必要だった」
真奈美「酷な方法だが、自殺した浅野風香を見せることだ」
のあ「あなたなら出来たわ。実際は、本人が進んでそれを選んだのだけれど」
真奈美「その時は、君は少しだけ安心したような顔をしていた」
のあ「緒方智絵里を殺害した犯人は」
真奈美「浅野風香が代価を払い、守ろうとしたのは」
泰葉「風香ちゃん、ごめんね、私……できなかった」
のあ「今井加奈よ」
99
清路警察署・少年課
泰葉「……違う、証拠がないはずです!」
のあ「その証拠を少なくともあなたは見ていない」
泰葉「……」
のあ「処分したかどうかも、わかっていない。浅野風香がどこかに隠したからよ」
夏美「……」
のあ「岡崎泰葉、お願い正直に答えて」
泰葉「……」
のあ「岡崎さん?」
泰葉「……グスッ」
夏美「のあさん、ストップ」
留美「相馬巡査部長、ここは任せました。捜査を進めるから、失礼します」
夏美「了解……岡崎さん、ごめんなさい」
泰葉「謝られることなんて……」
夏美「ここ数日、ずっと気を張っていたのね」
のあ「……」
夏美「もういいのよ、話さなくても。酷いお願いをしてしまったわね」
泰葉「大丈夫です、話します……大切な友達だから」
夏美「……」
泰葉「芸能界から離れても……私でいい、大切な場所だから、絶対に……」
夏美「岡崎さん、もう辞めよう」
泰葉「辞めません!私は……風香ちゃんが任せてくれた主役だから」
夏美「違うの、あなたは友人を失った女の子なの」
泰葉「……だって」
夏美「やめましょう、偽らなくていいと言ってくれたのでしょう」
泰葉「……グスン。だって……どうして……なんで……」
夏美「2人とも、外してくれる?」
真奈美「ああ」
のあ「最後に一つだけ」
夏美「一つだけね」
のあ「……あなたは最初からそうすれば良かったわ。悲鳴を上げてしまえば良かった。それが本心だったのだから」
泰葉「……」
のあ「夏美、お願いするわ」
真奈美「私からも頼む」
夏美「わかったわ」
100
清路警察署・ロビー
のあ「……」
真奈美「……」
ヘレン「ディテクティブ、受け取りなさい」
のあ「ヘレン……いきなり缶コーヒーを投げないでくれるかしら」
ヘレン「ワトソンにも差し上げるわ」
真奈美「どうも」
ヘレン「ジャパンの缶コーヒーは糖分が豊富で仕事終わりに最適だと聞いたわ。遠慮なく飲み干しなさい」
のあ「テレビドラマの見過ぎだわ」
真奈美「ありがとう、いただくよ……確かに甘いな、疲れに効きそうだ」
ヘレン「探偵の仕事は終わったのかしら」
のあ「おそらく。留美達がきっと終わりまで導いてくれるわ」
ヘレン「浮かない顔ね、解決したにも関わらず」
のあ「そうね……本当に、自分のワガママを通すべきだったのかしら」
真奈美「そう言わないでくれ。私も同意したんだ」
のあ「ヘレン、全ては正義に基づくべきかしら」
ヘレン「難しい質問ね、ディテクティブ」
のあ「あなたのように、この事件は見逃すべきだったのかしら」
ヘレン「ヘレンは後悔などしないわ。失敗は認めても、最善を尽くし、未来に進むだけよ」
のあ「自信家ね、あなたは」
ヘレン「諺よ、悩んだ顔は歓迎すべき客の顔を曇らせる」
のあ「……そうね」
ヘレン「久美子の調査結果が出ているわ、休んだら行きなさい」
のあ「ヘレンはどこに」
ヘレン「『キュレイター」が海外まで手を伸ばしていないか、調べるわ。グッドラック、ディテクティブ」
のあ「本当に急ね、また会いましょう」
真奈美「お元気で」
のあ「……その話に行くにはまだ早いのだけれど」
真奈美「国際調査官となると、距離を埋めるために早くなるのかもな」
のあ「ヘレンが特殊なだけだと思うわ」
真奈美「そっちの方が正しそうだ」
のあ「真奈美、先生から連絡は」
真奈美「佐久間君とは会えたそうだ」
のあ「まゆはなんて?」
真奈美「岡崎君が知っていること以上は知らない、と。彼女が話したことが私の話せる全部です、とのことだ」
のあ「まゆは、他の生徒達の行動を邪魔しないようにしているのね」
真奈美「そうだろうな、おそらく」
のあ「明日には戻れそうかしら」
真奈美「戻れるだろう、と先生は言ってるな」
のあ「岡崎泰葉の証言と、今井加奈の犯行の証拠、可能であれば自供があれば、まゆも全てを認めるでしょう」
真奈美「そうだな。和久井警部補の進展はどうだろうか」
夏美「のあさん、お疲れ様」
のあ「夏美、岡崎さんの様子は」
夏美「落ち着いたから恵磨ちゃんにお願いしてるわ。全部、話してくれると思う」
のあ「……そう。ありがとう、夏美」
夏美「ううん、後でご飯でもごちそうして」
のあ「ええ。岡崎さんから新しい証言は」
夏美「とりあえず、3つ目の遺書があるみたいよ。もう捨ててしまったらしいけど」
のあ「3つ目ね……筆まめになったのはこんなことに使うためでないでしょうに」
真奈美「1つ目が殺人の告白、2つ目が過去の殺人の告白」
のあ「3つ目が、その2つの犯人を隠すための告白ということ」
夏美「他には浅野さんが旧館に行ったのを、岡崎さんは見てたみたいなの。長富さんは本当に緒方さんが旧館に行ったのを見てたみたい、時間だけが嘘だったわけ」
真奈美「今井加奈も、か?」
夏美「そっちはいないみたい。幸運か不運かはわからないけど」
のあ「いないと決まったわけではないわ、目撃した人物が別にいたのでしょう」
真奈美「浅野風香か」
のあ「ええ。気づかなければ、準備もできない」
夏美「後、やっぱり浅野風香さんが凶器は隠したみたい。岡崎さん、おそらく全部は知らないわ」
のあ「まゆは用意されたニセモノを山に投げただけ、そういうことになるわね」
真奈美「浅野風香は、そこまでする必要があったのか」
のあ「……ないわ。どんなことがあろうが、生きて生きて生きるべきだったの」
真奈美「それもあるが、状況だ」
のあ「自分の自殺も隠蔽することね、必要だったわ。彼女が目的を果たすためには」
夏美「私も同感」
真奈美「理由は」
夏美「他の生徒全員が口裏を合わせていない証言があって、かつ、まゆちゃんのことで冷静でなくなっていなかったら」
のあ「私がその場で突き止められるわ、真奈美もそう思わないかしら」
真奈美「そうだな。高峯のあというのは、そういう奴だ」
音葉「夏美さん……お疲れ様です」
夏美「あら、音葉ちゃん、どうしたの?私に用事?」
音葉「伝言です……今井さんの取り調べをお願いしたいと」
夏美「誰から?留美さん?」
音葉「はい……私は証拠品を受け取りに行ってきます」
のあ「証拠?」
音葉「血が付着したレインコートと手袋が提出されたそうです……失礼します」
のあ「お気をつけて」
夏美「さて、私ももう少しがんばるわ」
真奈美「今井加奈は話せる状態なのだろうか」
夏美「わからない。だけど、大丈夫な気がするわ」
のあ「大丈夫、なのかしら」
夏美「皆が守ろうとした子だったから。きっと、事情があるはずよ。シリアルキラーでもなんでもないと、私は信じてるわ」
のあ「皆……」
夏美「それじゃ、お疲れ様。のあさん、その缶コーヒー、飲まないならちょうだい」
のあ「あげるわ。ヘレンがくれたけれど、私には甘すぎる」
夏美「ありがと。のあさん、またね」
のあ「こちらこそ」
真奈美「さて……家に戻るか?先生はこれから雪乃君のところで夕食にするそうだ」
のあ「気に入ってくれて何よりね。だけれど、まだ家には戻らない。会わなければいけない人物がいるわ」
真奈美「そうか、付き合おう。その人物とは」
のあ「久美子の調査結果を聞いてからにしましょう。必要になるわ」
真奈美「その前に」
のあ「何か、忘れていたことがあるかしら」
真奈美「私達も夕食にしよう。久美子君達にも差し入れが必要だ」
101
夜
星輪学園・教会
クラリス「お待ちしておりました」
のあ「こんばんは、シスタークラリス」
真奈美「夜分遅く、お邪魔する」
クラリス「構いません。ここは常に誰かを迎え入れる準備があります」
のあ「椋鳥山荘の事件について、話を」
クラリス「構いません、どうぞ」
のあ「証拠品を提出したそうね」
クラリス「はい」
真奈美「何故、あなたが証拠を持っているのか」
のあ「それは、あなたが協力者だから」
クラリス「事実を隠していたことは申し訳ございません。犯行に使われたものを隠蔽しました」
のあ「誰に頼まれたのかしら」
クラリス「あなた方はどうお考えですか」
のあ「答えてくれると楽なのだけれど。いいでしょう、私の考えを。可能性のある人物は限られるわ」
真奈美「岡崎泰葉かあるいは」
のあ「浅野風香」
真奈美「あなたは真実を知っている。そうだな」
クラリス「既に刑事さんにはお話ししています。浅野風香さんにお願いされました」
のあ「しかし、依頼通りには動かなかった」
真奈美「頼まれたのは、凶器以外の処分だ」
のあ「処分はおろか、警察に提出した」
真奈美「浅野風香の計画を完遂させなかったのは、何故か」
クラリス「理由は単純なものです」
のあ「その単純な理由を教えてくれるかしら」
クラリス「無実の罪で裁かれる必要は誰にもありません。彼女達の計画が破綻した時点で、私は決めていました」
のあ「私からは感謝するわ、その決意に対して」
真奈美「その決意ならば、すぐにでも真実を公表すべきだった」
クラリス「彼女達の意思も無下には出来ません。斟酌くださるとありがたいです」
真奈美「斟酌か。私達がこれから話すことへの許可と思っていいな」
のあ「あなたについて、考えていた」
クラリス「私、ですか」
のあ「まずは、どの時点で協力者となっていたか」
真奈美「あなただけは異なる」
のあ「浅野風香が自殺する前ね」
クラリス「その通りです」
のあ「岡崎泰葉の行ったことは、証言ほど多くはない」
真奈美「あなたと浅野風香が状況を作り上げたからだ」
のあ「あっているかしら」
クラリス「間違いはありません」
真奈美「必然的にとある疑問が浮かぶ」
のあ「あなたがどうやって犯行を知ったのか」
クラリス「真実とはつまらないものですよ」
のあ「目撃した、緒方智絵里か今井加奈を」
真奈美「旧館に灯りがついたことは、礼拝堂の自室から確認できる」
のあ「異変に気付いたあなたは、旧館に出向いた」
真奈美「そこで、緒方智絵里の遺体を発見した」
クラリス「その通りです」
のあ「目撃者はもう一人」
真奈美「浅野風香だ」
のあ「浅野風香とシスタークラリスが遺体の第一発見者だった」
真奈美「その時には、犯人に気づいていた」
のあ「犯人を庇うことにしたのは浅野風香の方ね」
真奈美「そう考えるのが普通だ」
のあ「生徒のために、協力者となった」
クラリス「……」
のあ「シスタークラリス、質問を」
真奈美「その場合に、腑に落ちないことがある」
のあ「あなたは、浅野風香の自殺を認めたのかしら」
クラリス「私は教職者です、自殺など認めるわけがありません」
のあ「聖職者でなく?」
クラリス「宗教を押し付けることなどしません」
のあ「八百万の神々に祈るシスターなんて不思議だと思っていたわ」
真奈美「あなたには独特の価値観があるようだ」
のあ「いずれにせよ、あなたは浅野風香さんの自殺には関与していない」
真奈美「証拠もある」
のあ「梅木音葉という警察官に取り調べを受けたわね?」
クラリス「はい」
のあ「微かに怒りのような響きを感じたと」
真奈美「耳が良いんだ」
のあ「ポーカーフェイスであるあなたの変化にも気づく」
真奈美「まぁ、どちらかと言えば直感に近いだろうが」
のあ「あなたは怒っていた」
真奈美「浅野風香に利用された側になった」
のあ「あくまでも、あなたの望みは浅野風香が犯人を庇うという行為だけ」
真奈美「自殺により真実を塞ごうなどとは思っていなかった」
クラリス「ご察しの通りです。しかし、起こってしまった以上は彼女の意思に従うしかありませんでした」
のあ「証拠を処分しなかったのは、彼女の行為への怒りからかしら」
クラリス「いいえ」
真奈美「最初から処分する気はなかったのか」
のあ「今と同様に調査が進めば、提出するつもりだった」
クラリス「違います」
のあ「どういうことかしら」
クラリス「浅野風香さんの隠蔽工作には協力しましたが、罪を全て被るように事を進ませるつもりはありませんでした」
真奈美「真実を明らかにするつもり、だったのか」
クラリス「はい。例え、今井加奈さん以外の生徒がなんと言おうとも」
のあ「あなたも予定を狂わされたのね」
クラリス「死を対価とされたなら……従うしかありません」
真奈美「あなたの意思とは違ったのか」
クラリス「私は今井さんに反省を求めました。浅野さんの行動はその助けになると」
のあ「目論見は外れた」
クラリス「彼女を待ってくれる親友は鬼籍の人となりました。赦されぬ罪だけが増えてしまいました」
真奈美「……」
クラリス「願わくば、私の浅はかな思惑と愚行をお許しください」
真奈美「どうする、のあ?」
のあ「私が聞きたいのは更に前のこと」
クラリス「どういうことでしょう」
のあ「岡崎泰葉が隠していた浅野風香の2つ目の遺書は、復讐に起こしたとされる事故の羅列のように見えたわ」
真奈美「1つ目や3つ目と異なり、彼女らしくない文体だ」
のあ「何かを写しただけのように」
真奈美「今井加奈はメモをよく取るタイプだそうが」
のあ「自宅からは、火事を起こした相手についてのメモ帳が見つからない」
真奈美「既に処分をしたと証言している」
のあ「浅野風香に話したことはないとも」
真奈美「今井加奈から浅野風香に伝わっていない」
のあ「それならば、詳細な事情をどこから知ったのか」
真奈美「生徒達は何故あの短時間で事情を理解できたのか」
のあ「浅野風香の死をトリガーとして、統一した目的に動けたのか」
真奈美「佐久間君はのあの調査記録を見ずに、過去の因縁を知っているのか」
のあ「因縁を乗り越えて、強固な結びつきを手に入れているのか」
真奈美「何もかもを知っていて、それを意図した人物がいる」
のあ「あなたは全てを知っていた」
真奈美「過去も今井加奈が起こした火事のことも」
のあ「シスタークラリス、あなたがこの事件の種を蒔いたのね」
102
星輪学園・教会
クラリス「……」
のあ「あなたの考えはいかがかしら」
クラリス「そのように思われても、仕方がありません」
真奈美「知っていたんだな」
クラリス「はい。私は知っていました、彼女達の因縁の輪も。今井さんの過ちも」
のあ「思った通りね」
クラリス「しかし、種を蒔いたということは否定させてください」
真奈美「どういう意味だ?」
のあ「事件を起こすために、行ったことではないと言いたいのかしら」
クラリス「その通りです。私は、種から萌芽した毒の扱いを誤ったのです」
のあ「毒も薬も同じもの」
真奈美「シスターの目的は」
クラリス「赦しにより、本当の結びつきを得ることを望みました」
のあ「その企みは成功した」
クラリス「時間はかかりましたが、古ぼけた鎖に彼女達が縛られることはなくなりました」
真奈美「悪い繋がりの輪は既に変化していた」
クラリス「はい。普通ならば得られない強い連帯の輪へと」
のあ「彼女達は、自分達を繋ぐ関係性を知っていたのね」
クラリス「その通りです」
のあ「そうでなければ、あの夜に同調して動けない」
真奈美「しかし、繋ぐ因果の輪に関係ない生徒がいる」
のあ「まずは脇山珠美、彼女は知っていたのかしら」
クラリス「彼女は過去の火事については知っていましたが、輪については知らないはずです」
真奈美「協力はしていたということは」
クラリス「浅野さんと岡崎さんの気持ちを汲み取ったのでしょう。正義感の強い、立派な女性ですから」
のあ「堀裕子は」
クラリス「私にはどこまで知っていたかは分かりかねますが、彼女は輪を無意識のうちに理解していたのではと」
のあ「見かけ以上に鋭いのね」
真奈美「そんな感じはするな、勘が良いタイプだ」
のあ「最後に今井加奈は」
クラリス「彼女は輪については知らないはずです。浅野風香との強い接点を持つからこそ、輪には関わらせませんでした」
のあ「それは、誰の意思かしら」
クラリス「特定の個人ではありません」
真奈美「その意思も共有していたのか」
クラリス「はい」
のあ「シスタークラリス、今までもこのようなことを?」
クラリス「人を繋ぐことはありました」
のあ「失礼、聞きたいことは違うわ」
真奈美「シスターとして、教職者として、その行為自体は私達が口出しすることじゃない」
のあ「どこから、この情報を仕入れたのか」
真奈美「学園に住み込みのシスターが持っている情報には思えない」
のあ「私が調べた程度に、まゆの過去を知っていて」
真奈美「今井加奈の起こした火事も知っている」
のあ「更に、それに発火装置が関わっている」
真奈美「そうなると、私達も追っている人物に突き当たる」
クラリス「知ってらっしゃいますね、その様子では」
のあ「教えてくださるかしら、シスタークラリス?」
クラリス「市立美術館の学芸員さんですよ」
のあ「古澤頼子」
クラリス「名前は嘘だと思っています。少なくとも学芸員を務められるほどに、美術館の知識が豊富であったことだけは事実です」
真奈美「だから、『キュレイター』と」
クラリス「はい」
のあ「付き合いは何時から」
クラリス「彼女が学芸員となってから数ヶ月もしないうちに」
真奈美「接触は向こうからか」
クラリス「はい。彼女の興味は、少年少女達の心や行動だったようです」
のあ「悪趣味ね」
クラリス「同時に美術教育などに熱心な人物でありました」
真奈美「裏の顔は隠せる能力はあった」
クラリス「彼女は星輪学園に貢献してくれる人物でした。本来の目的を隠すために、貢献を提供した」
真奈美「……本来の目的か」
のあ「生徒に道を外させるため」
クラリス「そして、輪が出来たクラスがいつの間にか出来ていました」
真奈美「いや、待て。輪は佐久間君がいないと成立しない」
のあ「高森さんはないと言っていたけれど」
クラリス「高森さんは佐久間さんとの因縁を無意味で無価値だと一蹴しましたから」
真奈美「薄々は感じていたが、彼女は強いな……」
のあ「まゆが星輪学園に入ることも、古澤頼子は織り込み済みだった」
クラリス「学芸員さんは、佐久間さんが以前住んでいた屋敷に出入りしていたと」
真奈美「佐久間君のことをそれなりに知っている」
のあ「私が引き取ったことも」
真奈美「事件が起きていられなくなることも、計画のうちか」
のあ「まゆが以前の学校に馴染んでいなくて、転校するのなら星輪学園の可能性が高いことも」
真奈美「予想の通り、か」
クラリス「いいえ。想定通りに偶然上手く行っただけです」
のあ「だけれど、クラス編成に関しては」
クラリス「どこかで介入したと」
真奈美「クラス編成の決定権は」
クラリス「学年主任の先生が決めるようですが、私にはわかりません」
のあ「シスタークラリス、お聞きしていいかしら」
クラリス「私は、それを望んではいません」
のあ「古澤頼子の仲間ではないのかしら」
クラリス「少なくとも、意思や価値観を共有してなどいません」
真奈美「古澤頼子は、先に布石を打った」
クラリス「生徒を集め、因縁を吹き込みました」
のあ「このような事件を起こすための、準備をした」
クラリス「おそらく。私は一部の生徒の様子がおかしいことから、学芸員さんに聞き出しました」
のあ「協力を装って」
クラリス「火事以外の因縁は、真偽も怪しいものばかりです」
真奈美「しかし、年頃の少女を惑わせるには十分だ」
クラリス「私は利用しました。彼女の目的が満たされつつ、状況を変えるために」
真奈美「古澤頼子の企みをひっくり返そうとしたのか」
クラリス「彼女の目的は、見たことのない心の動きを観察することです」
のあ「……知ってるわ、存分に」
クラリス「私は信じていました、彼女達なら変えられると」
のあ「……ええ。まゆなら、変えられるわ」
真奈美「実際に変わった。古澤頼子の思惑は外れた」
のあ「外れたけれど、見たいものではあった」
クラリス「しかし、学芸員さんは満足をしませんでした」
のあ「今井加奈を使って、次の一手を」
クラリス「申し訳ありません……気づいた時には遅かったのです」
真奈美「火事を……火事によって浅野風香の復讐を果たした後だったのか」
クラリス「浅野風香さんが、家族共々誹謗中傷などに傷つけられたのは事実です」
のあ「母の姓を名乗り、父と2人暮らしなことも」
真奈美「事実だが……」
クラリス「親友を再会し、過去を打ち明けても消えることのない繋がりを手に入れた彼女には不要な感情です。復讐を生きる意味などにする価値などありません」
のあ「存在しない復讐の理由を今井加奈に吹き込んだ」
真奈美「復讐の材料もだ」
のあ「同じ火災で殺すという計画も」
クラリス「……」
のあ「教会で祈っていたのは、そのためね」
クラリス「私は彼女の罪を聞きました」
のあ「今井加奈は、神の声を聞いてなどいなかった」
クラリス「私がそのようにするように、と」
真奈美「神ではなく、何に祈るように?」
クラリス「自分と友人が赦さなければ、彼女は救われません。必要なのは神ではありません」
真奈美「……」
のあ「浅野風香にこれ以上の何かを背負わせるつもりはなかったのね」
クラリス「はい……もっとも望まない結末になってしまいました」
のあ「……」
クラリス「私は今井さんの真意に気づいていませんでした。最後まで復讐を遂げることを、遂げることで赦されようとしたことに」
のあ「……」
クラリス「申し訳ございません……種は最終的に毒となり2人の命を奪いました。私は間違えたのです」
のあ「シスタークラリス、あなたは間違えたわ」
真奈美「しかし、勘違いしていることがある」
クラリス「勘違い、ですか」
のあ「今井加奈が起こしたのは火事だけよ」
クラリス「火事だけ、とはどう意味でしょうか」
真奈美「幾ら発火装置が優秀でも焼死に至るように使うのは難しい」
のあ「宮本フレデリカも利用していたけれど、死者はなし」
真奈美「小火で終わっている」
のあ「更に、今井加奈は下見や調査をした形跡はなかった」
真奈美「火事の直前に駅の監視カメラに写っていたが、いずれの現場でもその日だけだった」
のあ「計画的ではあるけれど、目的が違っていた」
真奈美「火事の時刻も深夜は少なかった」
のあ「火事だけが目的だったの、今井加奈には」
真奈美「悪評への復讐なら、殺人などしなくてもいい」
のあ「死体が今井加奈を狂わせていった」
クラリス「まさか……」
のあ「久美子からの調査結果が出てるわ」
クラリス「あの人達は、今井さんを狂わせるために殺人を行ったというのですか」
103
星輪学園・教会
のあ「今井加奈が引き起こした火事により、焼死したとされていた遺体を再度調べ直してもらったわ」
真奈美「不審な点が幾つか見つかった」
のあ「とある事件では、遺体の全身が焼け焦げていた」
真奈美「身元の特定が危ぶまれるほどに」
のあ「何故か」
真奈美「発火装置の近くで焼かれた」
のあ「油のようなものを体に撒かれたうえで」
クラリス「……」
真奈美「本当の死因が違ったものがあった」
のあ「アナフィラキシーショック」
真奈美「蜂毒による毒殺だ」
のあ「また、別の事件では焼死へと追い込む細工がなされていた」
真奈美「足が負傷していた。両足ともに腱を切られ、歩ける状態でなかった」
のあ「燃えて形跡がなくなる何かで縛られていた遺体もあった」
クラリス「……」
のあ「つまり、今井加奈を凶行に走らせるように追い詰めていった」
真奈美「見知らぬ人物を殺してまで、だ」
のあ「おそらく、あなたの知らないところで今井加奈とも接触してるわ」
真奈美「そこまでするぞ、あれは」
クラリス「私は意趣返しをされたと……そういうことになるのでしょうか」
のあ「そういうことでしょうね」
真奈美「輪から伸びた棘が事件を起こした」
のあ「古澤頼子の計画も成し遂げられたわ」
真奈美「同時に輪も崩れなかった」
のあ「あなたの望みも叶えられた」
真奈美「古澤頼子の望みも叶った」
クラリス「……」
のあ「今回の事件は、あなた達が引き起こしたものよ」
真奈美「シスタークラリスの良心は疑っているわけではないが」
のあ「仲間割れに、まゆを巻き込まないでくれるかしら」
クラリス「……ええ、おっしゃる通りです」
のあ「あなたが法に裁かれることはないでしょう」
真奈美「隠蔽にこそ協力したが」
のあ「刑事罰を問うようなことは行っていない」
真奈美「だからこそ」
のあ「あなたの神は、あなたを見てどう思うのかしら」
クラリス「……」
のあ「方法を間違えないことね」
真奈美「私からもお願いするよ」
のあ「期待しているわ、シスタークラリス」
クラリス「お望みとあらば……約束しましょう、必ず」
のあ「真奈美、帰りましょう」
真奈美「ああ。佐久間君を迎えに行く準備もしないとな」
のあ「良い夜を、シスタークラリス」
クラリス「高峯様、木場様、おやすみなさいませ。3人のこれからに幸あらんことを」
104
星輪学園・教会
クラリス「……」
水野翠「探偵さん達は行ってしまいましたね。シスターは口がお上手です」
水野翠
射手。教会内にずっと隠れていた。
クラリス「水野さん、先ほどの件について」
翠「もちろん、協力しています」
クラリス「……」
翠「私のことは隠してくれたのですね」
クラリス「私はまだ死を望んでいません」
翠「賢明です」
クラリス「水野さん、行いを改めるのであれば」
翠「改めないのであれば、何か起こるのですか?私が望むようなことが?」
クラリス「……いいえ」
翠「答えは出ています。これからもよろしくお願いします」
クラリス「……」
翠「シスター、選択肢などありませんよ」
クラリス「わかっております。まだ、あなた達は私に価値がある人達です」
翠「ふふっ、それはこちらもですから」
クラリス「良い関係を」
翠「はい。それにしても、シスターも嘘をつきとおしましたね」
クラリス「何を、でしょうか」
翠「何故探偵さん達が走り回ることになったのか、それを誰が望んだのか」
クラリス「知らなくていいことも、ありますよ」
翠「輪を作った因縁は知るべきものだったのですか」
クラリス「そう信じています」
翠「私には信じられませんけれど、意見の違いは有益です」
クラリス「ええ。あなた達と意思も目的も共有しません」
翠「意思も目的も共有していないのに、やっていることは変わりません。そこにちがいがありますか?」
クラリス「……ええ。翠さん、彼女の気持ちは私が覚えています、ひけらかすことなど無きよう」
翠「わかりました、もったいないと思いますが」
クラリス「……同意しかねます」
翠「私も家に戻ります。シスター、おやすみなさい」
クラリス「おやすみなさいませ」
クラリス「……」
クラリス「もしも、私の声をお聞きになっているなら……天に召された御霊が平安であらんことを」
105
幕間
事件当日
椋鳥山荘・旧館
風香「……!」
クラリス「お静かに……まだ息があります」
風香「智絵里ちゃん、さ、刺されて……早く人を呼ばないと」
智絵里「ううん……お父さんがね……言って……」
風香「しゃべっちゃダメです……お願い」
智絵里「怨みは……強い人が飲み込んで……止めないと……」
風香「智絵里ちゃん話せる傷じゃないよ、やめて、お願い」
智絵里「加奈ちゃん……守ってあげて」
クラリス「緒方さんは、赦すのですか。怨むことなく」
智絵里「風香ちゃん、ごめんなさい……」
風香「どうして、謝って……」
智絵里「お父さん……少し、早いかもしれないけど……そっちに……」
風香「智絵里ちゃん……智絵里ちゃん!」
クラリス「……残念ですが」
風香「そんな……」
クラリス「この苦痛から解放されました。彼女の魂が安らかな場所に行けるよう祈ります」
風香「ごめんなさい……智絵里ちゃんの気持ちは受け取ったから……」
クラリス「浅野さんはどうされますか」
風香「犯人は加奈ちゃんなんです……か」
クラリス「私も彼女の姿を見ました」
風香「私もです……智絵里ちゃんもそう言って……」
クラリス「……」
風香「……」
クラリス「どうされますか」
風香「シスター、私は決めました」
クラリス「今井さんを守りますか」
風香「……はい。協力してください」
クラリス「ご協力いたします。私からもお伝えしたいことがあります」
風香「加奈ちゃんのこと……ですか」
クラリス「はい。秘密にしていて申し訳ありません」
風香「教えてください……全て」
クラリス「あなたと緒方さんの意思を尊重いたします、怨みを断ち切るその強さを」
風香「ごめんね……智絵里ちゃん。私、あなたみたいに強くなるから……」
クラリス「浅野さん、何かご用意するものはありますか」
風香「それなら、ペンと紙をくれますか。私の出来ること……だから」
幕間 了
106
翌日
高峯ビル最寄りのバス停
真奈美「ここで良かったのか?」
のあ「別のバス停はないはずだけれど」
真奈美「いいや、迎えに行かなくて良かったのかと」
のあ「まゆの意思で行ったのだから、自分で帰ってくるべきよ」
真奈美「自分の意思か」
のあ「帰らせてはダメなの。帰ってきてもらいたいだけ」
真奈美「のあがそれで満足するなら、私も反省はしない」
のあ「先生が迎えに行っているから、ここまで来るのには問題ないでしょう」
真奈美「ああ。でも、バスの時間には少し早かったな」
のあ「そうかしら」
真奈美「待ちきれないか」
のあ「待つのは苦手ね。でも、まだわからないわ」
真奈美「何がわからないんだ?」
のあ「どうやって、まゆを出迎えればいいのかしら」
真奈美「そうだな、ドラマなら平手打ちかな」
のあ「暴力的ね」
真奈美「心配の裏返しさ」
のあ「ご提案ありがとう、採用しないわ」
真奈美「私もしてもらおうとは思っていない。のあが感じる通りにすればいい」
のあ「……ええ。まゆが早く戻れてよかったわ」
真奈美「そうだな」
のあ「みくにゃんのライブも楽しめなくなるところだった」
真奈美「なんだ、そんな心配をしてたのか?」
のあ「悪いかしら」
真奈美「残念だが、それは嘘だ。そんな心配をしている余裕はなさそうだった」
のあ「……お見通しね」
真奈美「私はのあの助手だからな」
のあ「留美も同じ気持ちだったでしょう。そんな心配などせずに、尽力してくれたわ」
真奈美「ああ。証拠も自供も揃った」
のあ「事件は解決したわ、一番思い罰も今井加奈は既に受けた」
真奈美「浅野風香が彼女に罰を与えた」
のあ「ええ」
真奈美「後は法の裁きを受けることになる。失った人間は戻らない」
のあ「それでも……彼女達なら乗り越えられるわ」
真奈美「ああ。だけど、ひとつ気になるな」
のあ「何かしら」
真奈美「どうして、そこで和久井巡査部長の名前が出てくる?」
のあ「何故、って」
真奈美「ん、まさか同じ心配とは、前川君のライブのことか?」
のあ「そうだけれど。隣で悩みを抱えた顔をしなくて済んだわ」
真奈美「一緒に行くのか、それは聞いてなかった」
のあ「変かしら」
真奈美「いや、今思えば当然ありうることなんだが、一緒にプライベートを過ごしてるイメージはなかった」
のあ「そうかしら。一時期道場でも一緒だったから、夕食相手だったことも多いわ」
真奈美「そうだったのか」
のあ「いつも一緒にいなくてもいいけれど、必要な時にいてくれる腐れ縁よ」
真奈美「どんな縁でも大切なものだ」
のあ「そうね。ネコアレルギーの私に現れたメシアなのとか言いながらみくにゃんを愛していても、大切な友人よ」
真奈美「本当にそんなこと言っていたのか?」
のあ「私は嘘をつかないわ」
真奈美「つい先ほど嘘をついていたばっかりだろうに」
のあ「バスが着いたわよ」
芳乃「よいしょ、高峯ー、お待たせしましてー」
のあ「先生、ありがとうございます」
まゆ「あっ……」
のあ「……」
芳乃「木場様、お荷物をお預けしてもー?」
真奈美「ああ」
のあ「まゆ」
まゆ「のあさん……ごめんなさい。嘘をついて、心配をかけて」
のあ「平手打ちかしら、やっぱり」
芳乃「乙女の柔肌を叩くのはオススメしないのでしてー」
まゆ「……っ」
真奈美「まぁ、のあはそんなことはしないよな」
芳乃「佐久間様のほっぺたは柔らかそうに思えましてー」
まゆ「のあさん、くすぐったい……」
のあ「寂しくて死んでしまいそうだったわ。あなたを失うと思うと、また家族を失うと思うと」
真奈美「……」
のあ「でも……帰ってきてくれたわ。まゆ、ここから出ていく時は幸福な別れの時以外は許さないわ。いいわね」
まゆ「……はい」
のあ「もう一度だけ約束させて。幸せになることから逃げてはダメよ、私があなたに望むのはそれだけなの」
まゆ「約束します……だから、その……」
のあ「なにかしら?」
まゆ「また……一緒に暮らしてもいいですか」
のあ「まゆ……」
まゆ「あっ……」
真奈美「おや。それが本心か、さっさと抱きしめてしまえばいいのに」
芳乃「姉か母のようでありましてー」
のあ「おかえりなさい……まゆ」
まゆ「ただいま帰りました……のあさん」
EDテーマ
探し人
歌 前川みく
終
製作 tv〇sahi
次回予告
真奈美「……いくら何でも遅すぎる」
第9話
井村雪菜「高峯のあの事件簿・高峯のあの失踪」
に続く
オマケ
撮影中の一幕・岡崎泰葉の悩み
のあ「泰葉……随分とプロデューサーと話しこんでいるわ」
真奈美「役作りに余念がない、流石だよ」
のあ「終わったようね」
真奈美「泰葉君、何を話していたんだい?」
泰葉「取り調べのシーンについて相談していたんです」
のあ「見せ場……あなたの力量が問われる場面」
泰葉「演技の演技をするのと、演技が出来なくなった演技をするので、アドバイスを貰いました」
真奈美「聞いてるだけで混乱しそうだ」
泰葉「友達思いで、大切な場所を見つけた生徒の役なんです。今の私なら、きっと良い演技ができます」
のあ「あなたになら出来るわ……私が保障する」
真奈美「私も保証しよう」
洋子「……」ドヤァ
のあ「何故……洋子が誇らしげなのかしら」
真奈美「今回は出番もないはずなんだが」
P達の視聴後
CuP「まゆ……なんて優しい子なんだ。犯人役にしようなんて考える人間の品性を疑わざるを得ない……」
PaP「そう言われてるが」
CoP「サプライズになりますし、いいかもしれません」
PaP「反省はしてないな」
CuP「のあさんも一度でも疑うなんて……信じられません」
PaP「ドラマの中での話だからな?」
CuP「つまり、ボクがまゆと一緒に住めばいいのでは……?」
CoP「そろそろ隔離しますか」
PaP「離し過ぎると危ない。適切な距離が大切だ」
CoP「どうしてこうなんでしょうか、仕事は出来るのに」
おしまい
あとがき
お待たせしました。
遂に1話で10万字越を果たしたので、読んでいただきありがとうございます。
リメイク前と同じタイトル回収ものです。違いは『 』。
今回はあらすじをちゃんと守りました。
次回は、
井村雪菜「高峯のあの事件簿・高峯のあの失踪」
です。
真奈美回です。
それでは。
シリーズリスト・公開前のものは全て仮題
高峯のあの事件簿
第1話・ユメの芸術
高峯のあ「高峯のあの事件簿・ユメの芸術」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472563544/)
第2話・毒花
相葉夕美「高峯のあの事件簿・毒花」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475582733/)
第3話・爆弾魔の本心
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1480507649/)
第4話・コイン、ロッカー
小室千奈美「高峯のあの事件簿・コイン、ロッカー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484475237/)
第5話・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵
安斎都「高峯のあの事件簿・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1503557618/)
第6話・プレゼント/フォー/ユー
イヴ・サンタクロース「高峯のあの事件簿・プレゼント/フォー/ユー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1513078349/)
第7話・都心迷宮
大石泉「高峯のあの事件簿・都心迷宮」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1521022496/)
第8話・『佐久間まゆの殺人』
浅野風香『高峯のあの事件簿・佐久間まゆの殺人』 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1550664151/)
第9話・高峯のあの失踪
第10話・星とアネモネ
最終話・銀弾の射手(完)
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。
殺人事件題材/推理ゲーム
『マーダーミステリー』
オーイシ×加藤のピザラジオ 第41回SP
(21:00~放送開始)
https://youtube.com/watch?v=4kg98SFvm4o
プレイヤー
オーイシマサヨシ、加藤純一
岩渕紗貴(Moshimo Vo.G)、Gero
佳苗るか、春日望(Cv.キズナアイ)
鈴木もぐら(空気階段)
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