――おしゃれなカフェ――
高森藍子「加蓮ちゃん。今日は絶対に、私はここから離れませんっ」
(加蓮に膝枕をしてもらっている)
北条加蓮「……改めてどしたの?」
(藍子を膝枕してあげている)
藍子「そして、絶対に逃しませんからね!」
加蓮「…………??」
藍子「何を言われても絶対に離れませんからっ」
加蓮「いや、なんなの一体……」
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レンアイカフェテラスシリーズ第119話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「時計の音が聞こえたカフェテラスで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「アイドルのいるカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「言葉を探すカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「今日も、私とあなたとの時間を」
加蓮「それはいいけど、……ほら。上着、落ちそうになってる。かけ直してあげるね」
藍子「あれっ? 本当……。ありがとう、加蓮ちゃん♪ どうりで足がちょっぴり寒くなってきたなって思っていたんです」
加蓮「どう致しまして。……こんな上着って持ってたっけ、藍子」
加蓮「シンプルな柄の、クリーム色の……あっ、ポケットになんか入ってる。落ちたらいけないし出しとこうか?」
藍子「はい♪」
加蓮「カバンのとこに置いとくねー。上着をかけ直して。これで暖かい?」
藍子「うんっ。それに、足がちょっぴり寒くても加蓮ちゃんが暖かいから、平気ですよ」
加蓮「私って体温冷たい方だと思うけどねー」
藍子「そういうことではなくて~」
加蓮「ちらっと見たけど、手帳なんだ。メモ帳?」
藍子「メモ帳です。といっても大したことは書いていなくて……。お出かけした時に、ちょっと気になることを書き留めておいたり、電車を待っている時に小さな絵を描いてみたり、それくらいですよ」
加蓮「へぇー。スマフォでやったりしないんだ」
藍子「前にお父さんが、電車の中で手帳に手書きをしていたことがあって。その時のシャーペンが、ちょっぴり可愛くてっ」
加蓮「お母さんのじゃなくて、お父さんの?」
藍子「はい。あ、でも、元々はお母さんのシャーペンだったんですよ。間違えて持ってきていたみたい」
藍子「私が教えてあげたら……くすっ。お父さん、気付いていなかったみたいなんです!」
加蓮「あははっ。慌ててた感じー?」
藍子「それはもうっ。大あわてで……その後に、人と会う約束があったみたいで、今気付いてよかったってホッとしてもいました」
加蓮「仕事仲間とか、友達とかかな。そんなところで女性の使うシャーペンを取り出したりしたら……かわいそうなことになっちゃいそう?」
藍子「そうならなくて、よかったです」
加蓮「藍子が気付けたお陰だねー」
藍子「たまたまですよ、たまたま」
加蓮「……あれ。藍子とお出かけしたのに、藍子のお父さん、誰かと会う約束をしてたの?」
藍子「はい。帰りは1人で歩いたり、電車に乗ったりしましたから」
加蓮「?」
藍子「ちょうど隣町に用事があって、そうしたらお父さんも行くことがあるからって言っていたので、ついていっちゃいました♪」
加蓮「あ、そういうことだったんだね」
藍子「そうそう。駅のお店で、一緒に菓子パンを買って……そうそう。お父さん、その時にお財布を出すのに手間取ってしまっていたんです」
加蓮「ドジだー」
藍子「私はちょうどポケットにお財布を入れていて――ほら。お散歩の時って、ついいろいろ買ってしまいますから。取り出しやすくしておきたいんですよね」
加蓮「ふふっ。いつの間にか中身がなくなってそう」
藍子「う……。ま、まあ、そのお話はまた後にするとして、」
加蓮「後でならいじめていいの?」
藍子「いじめないでくださいっ」
加蓮「で、藍子がお財布を出してあげたと」
藍子「そうしたらお父さん、なんだか感激しちゃって。娘に買ってもらう日がこんなに早く~、みたいなことを言っていたんですよ」
加蓮「男の人って、そーいうプライドみたいなとこあるよね」
藍子「ありますよねっ」
加蓮「ねー」
藍子「お父さんと一緒にお出かけした時に、メモを手書きでしていたのを見て、手で書くのもいいなぁって思ったので、最近、メモを持ち歩くようにしているんです。えへへ……」
加蓮「そうだったんだねー……。以上、藍子ちゃんの"まいにちエピソード"でした」
藍子「まいにちエピソード?」
加蓮「ふふ。つい企画名っぽくしちゃった。条件反射ってヤツ?」
藍子「加蓮ちゃん、すぐにいろいろ思いつくからすごいですよね。私も、加蓮ちゃんに何か頼ってみようかな?」
加蓮「お高いよ?」
藍子「何を差し上げれば、引き受けてくれますか……?」
加蓮「私が満足する出来栄えのポテトと、私の飲んだことがない味のシェイク」
藍子「ハードルが高すぎます!」
加蓮「そんなに言うならしょうがないなー。じゃ片方だけでいいよ。ポテトだけ持ってきてくれたら、引き受けてあげる」
藍子「片方だけでいいのなら……。でも、加蓮ちゃんの満足するポテトですか。う~ん」
加蓮「……以上、加蓮ちゃんの"人を騙すならこれ! 必須テクニック"のコーナーでしたー」
藍子「人をダマす? ……加蓮ちゃん、私をダマしたんですか?」
加蓮「騙したことにも気付かれない、これこそ一流の騙し師だね」
藍子「満足していないで、どういうことか教えてくださいっ」
加蓮「ねー藍子。そーいう企画やってみない? 私が騙す役をやって、藍子が騙される役。で、こーいうやり方に気をつけましょうって言うの」
藍子「やりませんしイヤです!」
加蓮「ダメぇ?」
藍子「駄目!」
加蓮「藍子、あんなに私と一緒に何かやりたいって言ってくれたのになー」
藍子「だ、駄目なものは駄目です。それにきっとモバP(以下「P」)さんも駄目って言って却下してくれるハズです」
加蓮「Pさんなら絶対面白がってくれると思うけど」
藍子「ううぅ……!」
加蓮「でもさ……」
藍子「? 加蓮ちゃん、あんまり乗り気じゃない……?」
加蓮「うん。ちょっとね」
藍子「もしかして、具合でも悪いんですか? それとも最近何かあったとか――」
加蓮「何も無いし体調も正常。っていうか、人を騙す企画に乗り気じゃない加蓮ちゃん=異常って考えはどうなのよ。おらっ」ツネリ
藍子「いひゃいっ」
加蓮「ったく。なんかさ。……、……これ藍子に言わないといけないのかなぁ」
藍子「……? 言いたくないお話なら、無理に、とは言いませんけれど」
加蓮「んー」ジー
藍子「……じ~?」
加蓮「じー」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……うぁー」メソラシ
藍子「加蓮ちゃん、先に目を逸らしましたね♪」
加蓮「別ににらめっことは言ってないし……。膝枕してると、こーいう時に近くなるから、ズルいよね」
藍子「ふふっ」
加蓮「勝ち誇っちゃって」
藍子「では、勝ったごほうびということで、加蓮ちゃんのお話を聞かせてください」
加蓮「何よ。結局聞きたいんじゃん」
藍子「あんな言い方をされちゃったら、誰だって聞きたくなっちゃいますよ」
加蓮「だろうけどさ。……ホントに私が言うのもっていうか、自分で言うのもすっごい変なことなんだけど」
藍子「ふんふん」
加蓮「藍子がさ。日記コラムを書いてる時って、結構協力してたじゃん。私」
藍子「はい。相談に乗ってもらったり、1日付き合ってくれたりしましたね♪」
加蓮「その時って、藍子が真面目になってたっていうか……いや藍子はいつでも生真面目なんだけどさ。困って……困ってるってのも違うか」
加蓮「うあー、もー。なんて言えばいいのか分かんないっ」
藍子「加蓮ちゃん、落ち着いて? ……こ、ここからだと加蓮ちゃんの頭に手が届かないっ」
加蓮「っと。ごめんごめん」
加蓮「藍子が……そう。藍子が頑張ってるの見て、茶化しちゃダメだなって思ったの」
藍子「加蓮ちゃん、いつも真剣な目で聞いてくれましたよね」
加蓮「うん。その間は終わったらいっぱいからかってやろーとか、いっぱい弄ってやろーとか思ってたのにさ」
藍子「あはは……できれば、ほどほどでお願いします」
加蓮「そのつもりだったんだけど、なんか今気分じゃなくって」
加蓮「普段の私なら、藍子をあの手この手で騙すって企画とか今すぐPさんに相談している頃なんだけど――」
藍子「それはそれでどうかと思います」ジトー
加蓮「なんだか……ふふっ。藍子。目、つぶって?」
藍子「はい」スッ
加蓮「……♪」ナデナデ
藍子「~♪」ナデラレ
加蓮「……♪」ナデナデ
藍子「~~♪」ナデラレ
加蓮「ま、藍子ちゃんには責任を取ってもらって、もうちょっとの間、真面目モードの、らしくない加蓮ちゃんに付き合ってもらおっかな」
藍子「ふふ。ずっと、そのままでもいいんですよ?」
加蓮「刺激が足りないよー」
藍子「そんなことありませんよ~。刺激なら、日常の中にだって、ちょっとずつありますからっ」
加蓮「退屈」
藍子「退屈になっちゃったら、少し外にお出かけしてみましょ? 今度は私が、加蓮ちゃんの思うだけ付き合ってあげますから」
加蓮「えー……」
藍子「ねっ?」
加蓮「……」ナデナデ
藍子「~♪」ナデラレ
加蓮「じゃ、その時は目一杯振り回しちゃおっかな?」
藍子「はいっ。かくごして、いつでもお待ちしていますね」
加蓮「あははっ。覚悟」
藍子「かくごしていますよ~」
加蓮「変なのっ。覚悟して待ってる、って。……あははっ!」
藍子「くすっ♪」
加蓮「コラム、どう? 何か感想とか、ファンレターとかリプライとかもらった?」
藍子「おかげさまで、たくさんの感想を頂きました!」
加蓮「おー」
藍子「たくさん頂いたのは、またこういうのが読みたい、っていう言葉です」
加蓮「"日記"だもんね」
藍子「日記といえば、自分も日記をつけてみたくなった、日記帳を久しぶりに買った声もありましたっ」
加蓮「日記帳……」
藍子「コラムを書く時に、日記みたいにそのままに、って書いたからかもしれません」
加蓮「じゃあ、藍子に影響された人がいっぱいいるんだ?」
藍子「はいっ♪」
藍子「きっと、日記帳でも何でも、自分の1日あったことを振り返ることって、いいことだと思うんです」
藍子「嬉しかったことや、初めて見つけたものとか……そういうことのって、思い出さないと忘れてしまうことがありますから」
藍子「何か嬉しいことがあったけれど、詳しいことは覚えてない……なんてなったら、なんだか寂しくなっちゃいますもんね」
藍子「ときには、悔しかったことや寂しかったことを思い出してしまうかもしれませんけれど――」
藍子「それならそれで、いいなって思うんです」
藍子「なんとなくなかったことにすると、そのうち思い出しちゃうことがあるから……」
加蓮「……私みたいに、か」
藍子「はい。ときどき嫌な出来事思い出していた頃の加蓮ちゃんみたいに」
加蓮「もう……。今はやめたからいいでしょ?」
藍子「駄目だなんて言っていませんよ。それに……加蓮ちゃんだって、そうやって振り返ったからこそ、乗り越えてきたじゃないですか」
加蓮「それは藍子が引きずり出して、聞いてくれてたからだよ……」
藍子「でも、加蓮ちゃんが振り返ろう、向かい合おう、って思わないと、何も変わらなかったことだと思うんです」
藍子「私の日記コラムを読んでくださった皆さんも、ときどき、立ち止まることができるようになったら――」
藍子「それで少しでも、自分をほめてあげられたり、認めてあげられたりしたら……穏やかな気持ちになれたら、私はすっごく嬉しいですっ」
加蓮「……、……」ナデナデ
藍子「~♪」ナデラレ
藍子「ね、加蓮ちゃんっ」
加蓮「うん、……うん? そうだね……?」
藍子「もう。人ごとみたいに言わないでください。加蓮ちゃんを見ていたから、分かったことなんですよ?」
加蓮「じゃあ藍子がファンの皆に影響を与えて、その藍子は私から影響を受けてる訳だ」
藍子「そういうことですね♪」
加蓮「そっか。そっかそっかー……ふふっ。これはそこそこの対価を要求していい感じっぽいねー」
藍子「……へ?」
加蓮「藍子の人生にいい影響を与えた、ひいては藍子を通じてたくさんのファンを幸せにできた。じゃあ、その元凶の私には何か報酬があってもいいんじゃない?」
藍子「か、加蓮ちゃんがいつものあくどい顔に戻ってる……! 元凶って、悪いことをした人じゃないんですからっ」
加蓮「ひひっ」
藍子「もう……。何かどうしてもほしいものでもあるんですか?」
加蓮「……どうしても欲しい物? ……ううん。それを藍子が見つけてくれるからこそ、極上の報酬になるんだよ。うんうん」
藍子「思いついてないだけじゃないですか!」
□ ■ □ ■ □
加蓮「藍子。また上着がずり落ちそうになってる」
藍子「ありがとうございます、加蓮ちゃんっ」
加蓮「どう致しまして。なんか藍子の上着って感じの服だね、これ」
藍子「私?」
加蓮「うん。着やすそうだし、動きやすそうだし。裏地もしっかりしてて、あったかそー。でポケットもいっぱいついてるから、お散歩中でも安心だ」
加蓮「あと首回りのデザインがちょっとオシャレじゃない? わ、よく見たら何か刺繍が入ってる。これって何の柄?」
藍子「雲の柄なんです。ふわふわコート、っていう名前で飾られていたんですよ」
藍子「見つけた時にはつい手に取って、すぐにレジへ向かってしまいました」
加蓮「衝動買いだ」
藍子「もうちょっと選ばなくていいの? って言われたけれど、もうこれ以外に考えられなかったんです……」
加蓮「その時の藍子を見てみたかったなぁ。きっとこう、ほっぺたにすごい力を入れてたんだろうなー」
藍子「どうでしょう……。あまり自分では分かりませんね」
加蓮「アイドル」
藍子「あ、あはは……」
加蓮「ちょっとやってみせてよ。こう、気合が入ってます! みたいな顔」
藍子「そうですね~」
藍子「……ぐ!」プクー
藍子「こうでしょうか?」
加蓮「それは怒ってる時の演技。しかも下手くそ」
藍子「あうぅ。では――」
藍子「ぐ!」ブク
藍子「これでどうですかっ」
加蓮「もっと下手くそな演技」
藍子「う~っ! それなら――」
藍子「ぐっ!」ギュ
藍子「これなら!」
加蓮「うんうん、そんな感じそんな感じ」
藍子「やった♪」
加蓮「今度夏服を選ぶ時は誘ってよ。そういう藍子を見る為にっ」
藍子「……あの、加蓮ちゃん。誘うのはいいんですけれど……あんまりじっくり見られると、服が選びにくくなりそうです」
加蓮「確かに」
藍子「そんなにこの上着が気になるのなら、少し着てみますか? 私と加蓮ちゃん、背の高さが同じだから、加蓮ちゃんにも着られると思いますよ」
加蓮「……気に入ってたんじゃなかったの?」
藍子「気に入ったから、です♪」
藍子「それに、着ている加蓮ちゃんも見てみたいなぁ。加蓮ちゃん、あまりこういうコートを着ているのを見たことがありませんから」
加蓮「んー……」ツカム
加蓮「……またにしていい?」
藍子「は~いっ」
加蓮「楽しみに笑っちゃってー」
加蓮(……今の状態でこれ着るのってさ。藍子の体温がだいぶうつっちゃってるから――)
加蓮「たはは……」
藍子「?」
加蓮「なんでも」
加蓮「何か注文していい?」
藍子「はい。いいですよ」
加蓮「そしたら店員さんがこっち来て、膝枕されてる藍子が見られちゃうことになるけど」
藍子「……あっ」
加蓮「私の膝の上で幸せそーにして時々ニヤニヤしてる藍子のこと、見られちゃうよ?」
藍子「なんで具体的に言うんですかっ。にやにやはしていませんっ。……たぶん!」
藍子「でも、もうちょっとここにいたいなぁ……悩みますっ」
加蓮「……なんで今日の藍子ってそんなに私の膝にしがみ続けるの。それこそなんかあった?」
藍子「ううん、特にはなにも。あっ。いえ……あったと言えばあったかもしれませんっ」
藍子「日記コラムの感想をいっぱい頂いて、ひととおり読ませて頂いてから、自分でも書いたものを読み返してみたんです。……すこしだけ恥ずかしかったりもしましたけど」
加蓮「あはは……」
藍子「でも、そうしたら今までの加蓮ちゃんとのことをもう1回思い出すことができて――」
藍子「これからもずっといたいな、って思っちゃって!」
加蓮「それは嬉しいけど……結果が、膝の上でしがみつく藍子ちゃん?」
藍子「今日は離しませんよ~? もし、置いていこうとしたら、追いかけちゃいますからっ」
加蓮「そういう風に言われると追いかけっこがしたくなるなー。あ、でも私は追いかける方が好きだからパスで」
藍子「加蓮ちゃんが、追いかけてくれるんですか?」
加蓮「追いかける人の考えを読んで、逃げ場のないところに追い詰めるのって楽しくない? 思い通りに動いてくれた時とか、特に!」
藍子「えぇ……」
加蓮「分かんないか。藍子もまだまだだねっ」
藍子「きっと私にはずっとわからないことだと思います……」
加蓮「藍子がここにいたいならずっと膝枕はしてあげるけど、無理しなくていいよ。私は逃げたりしないし……。だから藍子も、何か注文していいんだよ?」
藍子「そうですね。それなら……あとで必ず、またしてくれますか?」
加蓮「はいはい。するってばー」
藍子「真面目にっ」
加蓮「真面目に言ってるつもりだけどー? 藍子、しつこーい」
藍子「ふふ、ごめんなさい。つい。では、起き上がりますね」
藍子「……」
藍子「……起き上がるんですからね?」
加蓮「はぁ。起き上がれば?」
藍子「……」
藍子「……」
藍子「……あと5分後に私は起き上がります」
加蓮「私は布団かっ」
加蓮「それに、何? そのナレーターっぽいセリフ」
藍子「自分を紹介したり、説明したりするナレーターですね。ひとり芝居、と言うのでしょうか」
加蓮「自分の心境とか行動とかを自分で説明するのだよね。あれも1回やってみたいなぁ」
藍子「ふんふん」
加蓮「やがて、時間が経っていることに気が付いた加蓮ちゃんは立ち上がります……みたいに、」
藍子「えっ、待って! あと5分だけっ!」
加蓮「はい?」
藍子「あれっ?」
加蓮「……いや、別に今立ち上がるとかじゃないんだけど?」
藍子「焦っちゃいました……」
加蓮「やったことないからやってみたいっていうのもあるし、そういう風に説明したらいっぱい見てもらえそうかな? って思うの」
加蓮「ほら、ひとり芝居だから他の出演者もいないし? 客席の目、ぜんぶ加蓮ちゃんが独り占めだねっ」
藍子「確かにっ。逆に、それだけ注目されると緊張もしてしまいそうですね」
加蓮「ね。感情を込めてセリフを言うのとか絶対難しそう」
藍子「何度も練習が必要そう……。それに、練習の時もみなさんに見てもらわなきゃ」
加蓮「簡単にやってみたいって言っちゃったけど、そう考えるとちょっと大変なのかなー……」
藍子「加蓮ちゃん。お話してるところ、ごめんなさいっ」
加蓮「ん?」
藍子「大変かもしれませんけれど、大変なお話ではなくて、どうやったらできるのかを話しましょ?」
加蓮「ん。……それもそっか」
藍子「今の加蓮ちゃんは、なんだってできるんですから!」
加蓮「あははっ……。今はどうしてもやりたいって程じゃないけどさ。やりたいって思った時には、今の藍子の言葉を思い出すようにするね。藍子のポジティブなとこ、まだまだ見習わなきゃ」
藍子「それなら私は、加蓮ちゃんの――」
加蓮「イタズラが好きなとこ、もっと見習っていいよ?」
藍子「え~」
加蓮「私がやったら"また加蓮ちゃんか"ってなって驚かれないことでも、藍子がやったら"えっ、なんで!?"ってびっくりしてもらえるかもよ?」
藍子「別に、誰かをびっくりさせたいわけでは――」
加蓮「手始めに更衣室に潜入して、誰かが服を脱いだ辺りで大声を出して驚かせるっていうイタズラとかどう?」
藍子「しませんっ」
加蓮「じゃあ、1日だけ全員の名前を呼び捨てにして回るっていうのは?」
藍子「それもしませんっ。加蓮ちゃん、いつもそういうことばっかりしているんですか?」ジトー
加蓮「してないしてない。言ったでしょ? 今の加蓮ちゃんは真面目モード、人を騙したりする気になれないって」
藍子「とてもそうには見えません……」
加蓮「ふふっ。どっちだろうね? で、何か注文しよっか」
藍子「そうでしたね。……お、起き上がらなきゃ、メニューが見れませんよね。うぅ~」
加蓮「ひとり芝居はまたにして、今は私がナレーターをしてあげる」
藍子「加蓮ちゃんが?」
加蓮「ごほんっ。――その時、藍子ちゃんは起き上がりました」
藍子「えいっ。……起き上がれました♪」
加蓮「実際に指示してもらえると、やりにくいことも簡単にできちゃうって何かで言ってたんだー。人からじゃなくて自分で言うのでもアリみたい。……あと藍子。ちょっと近い」
藍子「あっ、ごめんなさい。もしそうなら、今度から朝起きられない時にお母さんにお願いしちゃおうかな?」
加蓮「起きれないの?」
藍子「たまによふかしをしてしまって……。最近は特に、みなさんからの感想を読むのが楽しすぎて、つい」
加蓮「……起こしてもらうんじゃなくて早く寝なさいって言ってもらう方が良さそうだよね、それ」
藍子「メニューは――」パラパラ
藍子「あっ。前におしゃれになっていた写真や説明が、元に戻っています」
加蓮「ん? ホントだー。こっちの方がここのカフェっぽくていいねっ」
藍子「前の時のも好きでしたけれど、こっちだと安心できますね」
加蓮「限定メニューは……。なんだろこれ。梅雨の準備大福? 写真は大福しか映してないけど、梅雨の準備って……」
藍子「そういえば、今年の梅雨は早く来るって天気予報で言っていたような……? 傘と、雨の日用の靴を早めに用意しておかなきゃ。それに、防水カメラも!」
加蓮「準備万端だねー」
藍子「加蓮ちゃんを誘おうって思っていますから♪」
加蓮「……たはは……それ私の前で言う?」
藍子「じめじめした気持ちになるひまもないくらいに、外に連れていっちゃいますからね。……なんてっ」
加蓮「全く。お節介なんだから」
……。
…………。
加蓮「それでその時に――っと、店員さん。ありがとー」
藍子「ありがとうございます、店員さんっ」
加蓮「……店員さん、藍子と話したいなら譲るよ? コラムを書いてる時はずっと顔も合わなかったもんね」
藍子「そうですね。カフェには何回も来ていますけれど、店員さんとは、なんだかお久しぶりです」
加蓮「あ、帰っていっちゃった。私は店員ですからなんて……。もう。今さらだよっ」
藍子「今度はカウンター席に座りましょう。その方が、店員さんもお話しやすいかも」
加蓮「そういうもの?」
藍子「そういうものっ」
加蓮「梅雨の準備大福……準備って、そーいうことなんだ」
藍子「白い大福の上に、ちいさな傘のような葉っぱがすえられていて……梅雨の準備とは、傘を用意するってことなんですね。それにこれ、私の分と加蓮ちゃんの分で、色も違うみたい♪」
加蓮「私のが藍色、で藍子のが深緑色なんだ。合わせてくれたのかな」
藍子「そうかもしれませんねっ」
加蓮「店員さん、私達に渡してくれる前に1回確認してたみたいだもんね。こっちがこっちで……って感じで」
藍子「加蓮ちゃんも気づいていたんですか?」
加蓮「やっぱり藍子も見てたんだ。あれなんでだろうって思ってたけど、そういうことかもね」
藍子「はいっ」
加蓮「私のが藍色かぁ。……ふふ。なんかいけないことをしてる気分」
藍子「?」
加蓮「なんでもなーい。これ葉っぱは飾りってことでいいよね」
藍子「食べられそうではありますけれど、どちらでもいいと思いますよ。では……頂きますっ」
加蓮「いただきます」
藍子「もぐもぐ……」
加蓮「……うんっ。大福。あんこたっぷりで美味しー♪」
藍子「ちょっとだけ、お茶の風味が入っているみたいですね。梅雨の日みたいに、しっとりとした味……でも、同時に今の時期の、深緑の葉って感じもしますっ」
加蓮「一緒にあったかいお茶を頼んでおいて正解だったね。これ、結構甘めだし。大福にお茶なんておばさんくさーい、とか思ってごめんっ」
藍子「ふふ。誰に言っているんですか~?」
加蓮「心の中の誰か」
藍子「深緑の季節も、梅雨の季節も……ちょっとずつ、やって来ますね」
加蓮「最近は忙しくて、情緒や感傷に浸る暇もないけど……こういうところで季節を感じられるのって、なんだかいいかも」
藍子「カフェにいる時も、コラムの話がいっぱいで、なかなかゆっくりできませんでしたから……」
加蓮「一区切り?」
藍子「はいっ♪」
藍子「ふう……。ごちそうさまでしたっ」
加蓮「え、もう? 早くない。ゆるふわはどこに置いてきたのよー」
藍子「ほんのちょっとの間だけ、封印してしまいました。ってことで……加蓮ちゃんっ」
加蓮「……あぁ、そう。そういうこと。はいはい、どうぞ?」ポンポン
藍子「ありがとう。お邪魔します♪」ゴロン
藍子「~♪」
加蓮「……」
加蓮「……藍子ー。私の大福ってまだ残ってるんだけど、ほら。こっち、かじってない方。もうちょっと食べたい?」
藍子「え?」
加蓮「ほれ、ほれ」ブラブラ
藍子「……い、いいです。それは加蓮ちゃんの分です。大福は美味しかったですけど他の方の分まで食べようとは思いませんっ」
藍子「大福は美味しかったですけど……」
藍子「あ、あとからまた注文しますから。それは加蓮ちゃんが食べてください!」
加蓮「後から注文するんだー。これ結構大きいのに、まだ食べるんだね。それでレッスン増やされても知らないよ? 藍子のいやしんぼー」
藍子「なっ――」
加蓮「そうだ。私の方からPさんに報告しちゃおっかな。藍子がいっぱいお菓子食べてたからレッスン増やしてあげてー、って」
藍子「もうっ、加蓮ちゃん!」
加蓮「あはははっ! うんうん。やっぱりこうでなきゃっ」モグモグ
【おしまい】
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