理樹「この間、いきなり知らない人に抱きつかれてさ」恭介「なに?」 (34)



理樹(その日の夜、街へ買い物に出かけた帰り道のことだった)

トコトコ・・・

男性「・・・・・・」

理樹「・・・・・・」

理樹(駅へ向かっていると、反対側の道からサラリーマン風の男の人がやってきた。年齢は40代くらいで、清潔感があるが、目はどこか虚ろだった。その普通ではなさそうな様子がちょっと気になってしまい、失礼かなと思いつつもその男の人に視線を向けていると、あと5mくらいですれ違うといった所で視線が合ってしまった)

理樹「・・・っ」

理樹(慌てて目を逸らしたけど、その人は見なくても分かるくらい僕へ視線を向けていたのが分かった。とうとう横に並ぶくらいの所でその人は立ち止まった。てっきり怒って僕を呼び止めるかなと思ったけど、その声は意外にも柔らかいものだった)

男性「なあ君」

理樹(他に誰もいないので明らかに僕にかけられたものだった。本当はその場からすぐ立ち去りたいくらいだったけど、僕にも悪い所があったので素直に向き直って応じることにした)

理樹「な、なんですか?」

男性「とても非常識なお願いだとは分かっているんだが・・・」

理樹(その人の次の言葉を待っていると、その人のまるで何かを耐え忍ぶような顔つきが、今度はどんどん情けないようなものに変化していき、しまいには目から涙をこぼしてしまっていた)

理樹「えっ、ど、どうしました!?」

理樹(大人の人が泣くのを見るのは映画やテレビだけだったから僕は凄く動揺した。それもまったく理由が分からないんだから当たり前だ)

男性「何も聞かないでくれ。後で不審者が現れたとでも警察に届けてもいい」

理樹(明らかに嗚咽が出ないように我慢した声だった。心配になってその人の傍に近寄ると
、彼は僕の上着のポケットの辺りをぐいっと掴んで僕の前に跪くようにすすり泣いた)

理樹「あっ、あの……」

理樹(どうしていいか分からずに服を掴まれたまま立っていると、その人はか細い声で呟いた)

男性「少し、挫けそうなんだ・・・」

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理樹(その人は今度は体勢を変えないまま、その腕を僕の腰に巻きつけた。最初はそういう人なのかと思って身構えたけど、なんだかそういう雰囲気でもなくて、どちらかというと子供がお母さんに甘えるそれに近かった)

男性「ううっ・・・」

理樹「・・・・・・」

理樹(異様な状況だった。たまたま近くを通りかかる人がいなかったから良かったけど、大の大人が高校生に泣きついているところなんて見られたらどう思われるか。ともかく泣きつかれてしばらくした後、その声が聞こえなくなったかと思うと、その人はすくっと立ち上がって言った)

男性「すまなかった。ありがとう」

理樹「え、ああ・・・」

理樹(その人は涙目のまま口をへの字にしてヨロヨロと立ち去っていった。僕は何が起きたのか分からず、ポカンとしばらくその場で突っ立っていた)

・・・・・・・・・・・


・・・・・・


・・

恭介部屋


理樹「・・・ってことがあったんだ」

恭介「ううむ・・・」

理樹(なにか非日常な事件が起きたら大体恭介に相談するのが僕ら幼馴染のお約束となっていた。理由は簡単で、そうすれば恭介は何かしら納得できる答えを出してくれるからだった。しかし、この日の恭介はそうという訳にもいかなさそうだった)

恭介「他に変わったことはなかったのか?」

理樹「うん・・・別に何も盗まれてなかったし、その人自身も普通そうにしてたらどこにいてもおかしくないどころか、むしろ人並み以上に身嗜みはちゃんとしてたよ」

恭介「その人に見覚えは?」

理樹「うーん・・・」

恭介「そうか・・・わざわざ相談しにきてくれて悪いが、あまり理樹を満足出来る答えは用意出来なさそうだなぁ」

理樹「いや、まあ、どのみち恭介には話しておこうと思ってさ」

恭介「一応似たような事をされた人がいないか調べておくが、またそのおっさんが理樹に近づいてきたときは連絡してくれ」

理樹「うん、そうするよ」

理樹(恭介は不審者だと暗に思っているようだったが、僕にはあまりあの人の事を怪しいとは思わなかった。むしろ、あの苦しそうな姿はどこか他人事とは思えないようなものがあった)

次の日

表庭

理樹「いただきます・・・」

理樹(今日の昼御飯は真人が野球部の助っ人でいなかったので表庭のベンチで食べることにした)

佳奈多「あら・・・直枝ね?」

理樹「あっ、二木さん」

理樹(二木さんはバス事故のあと、葉留佳さん経由で少し話すようにはなったけどまだまだ『ちょっと気まずい知り合い』って感じの人だった。しかし、彼女は御構い無しといった様子で隣にストンと腰を下ろした。右手に弁当箱を持って)

佳奈多「あなたも昼御飯?」

理樹「まあね」

佳奈多「ここに昼御飯を食べに来る人って結構少ないのよね。日差しは良いし、静かなのに」

理樹(そう言って二木さんは弁当箱を開けた)

理樹「まあ、教室から少し遠いしね。それに静かなのは人が少ないからだと思うけど」

佳奈多「ふふっ、確かにその通りね」

理樹(少し言い方にトゲがあったかなと思ったけど、二木さんは構わず笑った。事件の前の冷たい感じがした彼女からは考えられない事だと思った)

理樹「いつもここでお昼ご飯を?」

佳奈多「気が向いた時はね。普段はちょっと行儀が悪いけど寮長室で仕事の片手間に済ませているわ」

理樹「そっか」

理樹(それを最後に会話らしい会話をするでもなく二人並んで昼御飯を食べた。我ながら気が利かないとは思っていたけど、特に話す話題も無かったからしょうがない。それに彼女は沈黙を苦にするような人でもないようだったし)

>>4訂正

次の日

表庭

理樹「いただきます・・・」

理樹(今日の昼御飯は真人がサッカー部の助っ人でいなかったので表庭のベンチで食べることにした)

佳奈多「あら・・・直枝ね?」

理樹「あっ、二木さん」

理樹(二木さんはバス事故のあと、葉留佳さん経由で少し話すようにはなったけどまだまだ『ちょっと気まずい知り合い』って感じの人だった。しかし、彼女は御構い無しといった様子で隣にストンと腰を下ろした。右手に弁当箱を持って)

佳奈多「あなたも昼御飯?」

理樹「まあね」

佳奈多「ここに昼御飯を食べに来る人って結構少ないのよね。日差しは良いし、静かなのに」

理樹(そう言って二木さんは弁当箱を開けた)

理樹「まあ、教室から少し遠いしね。それに静かなのは人が少ないからだと思うけど」

佳奈多「ふふっ、確かにその通りね」

理樹(少し言い方にトゲがあったかなと思ったけど、二木さんは構わず笑った。事件の前の冷たい感じがした彼女からは考えられない事だと思った)

理樹「いつもここでお昼ご飯を?」

佳奈多「気が向いた時はね。普段はちょっと行儀が悪いけど寮長室で仕事の片手間に済ませているわ」

理樹「そっか」

理樹(それを最後に会話らしい会話をするでもなく二人並んで昼御飯を食べた。我ながら気が利かないとは思っていたけど、特に話す話題も無かったからしょうがない。それに彼女は沈黙を苦にするような人でもないようだったし)



理樹部屋

理樹「えっ、これから後1週間も!?」

真人「おお・・・俺も断ろうとは思ったんだけどさぁ、どうもその熱出したって奴がインフルエンザだったらしくてよぉ・・・」

理樹「大変だね・・・」

真人「ああ。まあ、一度引き受けたからには最後まで付き合うさ」

理樹「ファイトだよ真人」

真人「おうっ!」



次の日の朝

食堂

ガヤガヤ・・・

真人「なんだぁ?今日はやけに人が多いな・・・」

理樹「いや、なんだかいつもと違うようだよ」

理樹(その真人の違和感の正体は、僕らがいつも座っているテーブルの方だった。その食堂にいる生徒ほぼ全員が立ち上がったり、あるいは座ったままそのテーブルに視線を注いでいたのだ)

女性「だから、私は本気なんです棗先輩!」

恭介「・・・・・・」

理樹(それは、誰が見ても間違いなく告白だった)

女性「いつも見てて、でも棗先輩は私を避けるから・・・」

鈴「・・・・・・」

恭介「ああ・・・」

理樹(そのテーブルには真人と僕以外のリトルバスターズの皆が座っていた。おそらく食事をしてる最中にその女性は恭介に言い寄ったんだろう、鈴はどうしていいのか分からず、ただ恭介の方を遠慮気味に見つめていた。恭介もその状況には流石に困った様子だった)

真人「ありゃ、リボンの色からして俺たちと同じ2年だな・・・」

理樹(横の真人がポツリと言った)

恭介「そうだな・・・皆も見ているし後で話さないか?ここじゃあゆっくり話も出来ないだろ?」

女性「嘘!そうやってまた誤魔化すんでしょう?今ここではっきり言ってください!」

理樹(女性は周囲の注目は気にならないようだった。恭介は自分の提案がまるで通用しない事を知ると困った様に頭を掻いた。もはや食堂で物音を立てる人は誰もいなかった)

恭介「・・・分かった。じゃあ言おう・・・・・・お前のことはなんとも思ってないし、俺たちの間には何もない。むしろ、時と場所を選ばずに・・・俺の妹だっているのに・・・こういう事をされるとはっきり言って不愉快だ」

女性「!!」

理樹「・・・っ」

理樹(女性はその後、ギリギリ聞き取れるかと言った声量で「すいませんでした」というと、顔を両手で隠して食堂から出て行ってしまった。それからは徐々に食堂に人の声が戻っていき、あまり時間がかからないうちに元の賑やかな場所に戻ってしまった)

続きは明日(∵)

理樹(それから僕らはどんな顔をして恭介達のいるテーブルに行こうか考えたが、結局何も知らない風を装うことにした。その方が他の皆もいくらか気が楽だろう)

理樹「おはよう、みんな」

真人「あ~腹減ったぜ。おいおい、なんだ恭介、シケた面しやがって!」

恭介「いや・・・なんでもないんだ。さあ、全員集まったし食べようか」

謙吾「そ、そうだな!」

小毬「えへ・・・食べよっか、鈴ちゃん」

鈴「うん・・・」

理樹「・・・・・・」

理樹(その朝ご飯はみんな心なしか早く食べ終わった)




休憩時間

教室

理樹「はぁ・・・」

理樹(おそらく、朝ご飯の時の騒動はきっと誰も悪くない。女生徒は恭介への想いが昂りすぎた結果ああなっただけだし、恭介も興奮した彼女を諌めるにはあそこまで言うしかなかった)

理樹(頭の中ではそんな事は分かっているんだけど、どうしても僕の中ではモヤモヤが残って離れなかった。それはきっと恭介があんなぶっきらぼうな口調になった所を見たからだろう。もちろん、恭介に聖人のような幻想を持っていた訳じゃないけど、あんな姿を見たのはかなりショックだった)

真人「どーした理樹、ため息で過呼吸でも起こそうとしてるのか?」

理樹「そんな訳ないでしょ・・・朝のことだよ」

真人「ああ・・・」

理樹(真人はまるで言われるまで忘れていたかのような声をあげた。いや、忘れようとしていたと言った方が正しいか)

理樹「前にもあんな風な事ってあったかな?」

真人「さあな。恭介はモテるが、そういう事は俺たちから徹底して隠してきてた。きっと今日はそれがたまたま、それも悪い所が見えちまっただけなんだろうぜ」

理樹「ううん・・・」

真人「ま、あんまり気にするなよ」

昼休み

理樹(真人はああ言ったが、僕は依然とその小さな傷を燻らせていた。既に終わった事だし、僕自身には何も出来ることがないという点が僕に思考の終着点を与えなかった)

理樹「・・・・・・」

佳奈多「あら、また来たの?」

理樹「・・・・・・」

佳奈多「ねえ、聞いてる?」

理樹「・・・・・・」

佳奈多「ち、ちょっと。無視はないでしょう!」

理樹「うわっ!えっ、二木さん?」

佳奈多「もう、失礼ね」

理樹「ごめん、話しかけてくれてたんだね。気付かなかったよ」

佳奈多「勘違いしないで。ただ、知り合いがいたから声をかけただけ。別に貴方自身に関心があったとかじゃないから」

理樹(二木さんは素っ気ない口調でそういうと、昨日と同じように僕の隣に座った。これまた昨日と同じく小さな弁当を持って)

佳奈多「・・・人を無視するなんてよっぽどのことを考えていたんでしょうね?」

理樹「いや、それは・・・」

理樹(一瞬、二木さんにこの事を相談しようか迷ったけどすぐに頭を振った。こんな事話してもどうにかなるものじゃないし、あんまりこの話自体学校に広まってほしくないものだったからだ。そこで僕は慌てて、話を逸らすことにした)

理樹「そ、そういえば、お弁当なんて珍しいね。中身もちゃんとご飯を詰めてるんでしょ?」

佳奈多「ああ、これ?」

理樹(そう言って二木さんは弁当箱を開けた)

佳奈多「お弁当と言っても寮にある炊飯器を使ってるだけであとは冷凍食品とか、買ってきた惣菜を詰めてるだけよ。そんなちゃんとしたものじゃない」

理樹(そうは言っても見た目は、とても家庭的でよく見る『ザ・母のお弁当』といったものだった)

理樹「そうかな。僕から見れば凄く凝ってると思うけど・・・」

佳奈多「・・・こんなものでも普段から作ってないと将来、怠けて自炊しなくなるかもしれないから。あなたこそいつも昼ご飯はパンばっかりね」

理樹「嫌いじゃないからね。食堂はうるさくてあまり好きじゃないんだ」

佳奈多「ううん・・・」

理樹「どうしたの?」

佳奈多「いや、なんでもない。あなた、食べ物で何かアレルギーある?」

理樹「アレルギー?いや、特にないけど・・・」

佳奈多「そう」

理樹(今日はここで話が尽きた。てっきり二木さんが次の言葉を紡ぐものかと思って待っていたら黙り込んでしまったので、僕もそこから話すタイミングを失ってしまったのだ。・・・まあ、昨日よりは持った方だろう)

自動販売機



理樹(その日、なんとなく眠れなくなって自動販売機にコーヒーを買いに行った時のことだった)

「吉谷さん!」

理樹「!」

理樹(声は自動販売機の方からした。恐る恐る木の陰からその声がした辺りを覗くと、そこには暗い影が二人分、学校の東棟の扉付近に立っていた。よく目を凝らしてみると1人は30代くらいの男の人で、もう1人の方はたまに学校で見かける60代くらいのお爺さんだった)

お爺さん「はい、ごめんなさいね・・・えっと、どれだったかな・・・」

理樹(お爺さんは用務員としていて働いているのは知っていたし、若い方も同じ作業着を着ていることから用務員の1人と見て間違いないだろう。ただ、お爺さんのと違って作業服にちょっとした装飾がなされていることから若い人は管理職か何か、とにかく普通よりちょっと偉いのかもしれない)

用務員「もうとっくに交代の時間なんですよ?あなた1人のせいで時間のズレが・・・」

理樹「・・・・・・」

理樹(お爺さんの方は一つのリングで繋がってる大量の鍵を一つ一つ扉に試してみてはまた別の鍵を刺してと、あまり効率の良さそうではないやり方で扉を開けようとしていた。それをイライラした顔で後ろから見ている若い方の用務員)

お爺さん「ハハハ、ええと・・・」

理樹(後ろからの怒声をごまかし笑いしつつ焦った動きで鍵をイジるお爺さん。・・・見たところ若い方の人が怒っていること自体はなにもおかしくないのだろう。むしろ、この状況では作業を終えていないお爺さんが悪いのは明白だった。でも、若い人がああも自分の何倍も生きているであろう年寄りを頭ごなしに叱りつける姿というのは見ていられない)

理樹部屋

ガチャ

理樹「ただいま・・・」

真人「おう、おかえり!・・・あれ、なんにも買ってきてないのか?」

理樹「ああ・・・いや、来る途中で全部飲んじゃったんだ」

真人「ふーん、そっか」

理樹(嘘だった。本当はあの場を横切って自動販売機まで行く勇気はなかったし、あれ以上あの場にいてられなかったから逃げ帰っただけだった)

理樹(でも、そういうショッキングなことを真人に言ってもかえって真人まで嫌な気持ちにさせるだけだと思ったからつい誤魔化してしまった。愚痴という形で人の気持ちを沈めたくはない)

理樹「もう寝るよ」

理樹(枕に顔を埋めるように乱暴にベッドへ寝転んだ)

真人「えっ?シャワーは?」

理樹「朝浴びる」

真人「・・・珍しいな。了解、じゃあ電気消すぜ」

理樹「うん・・・」



次の日

理樹「いてっ・・・」

理樹(朝の目覚めは小さな口内の痛みから始まった)


シャワー室

洗面台

理樹「口内炎か・・・」

理樹(舌にぷっくりと白い口内炎が出来ていた。多分、原因は昨日昼ご飯を食べていた時に少し舌を噛んでしまった事が原因だろう。これに関しては最近嫌な事が立て続けに起こったストレスも手伝っているのかもしれない)

理樹「はぁ・・・」

謙吾「おお理樹珍しいな。朝からシャワーなんて」

理樹「ああ、おはよう謙吾」

理樹(汗だく姿の謙吾が入り口から入ってきた。恐らく朝練の帰りだろう)

理樹「ねえ、謙吾見てよ。口内炎出来ちゃった・・・」

理樹(僕が舌を見せると、謙吾はそれを一瞥して「ああ、痛そうだ」と言ってそのまま更衣室に行ってしまった)

理樹「・・・・・・はぁ」

理樹(謙吾の反応に別におかしな所はない。僕だって誰かに口内炎を見せたらそれくらいの感想で終わるだろう。でも、今は色んな嫌な事が重なってて精神的に凄く参っている最中だった。そこで僕が痛がっていても素っ気なく返されると、僕自身でもよく分からない程の孤独感が襲った。たかが口内炎ってだけなのに)

お昼休み

ワゴン車

理樹(今日の天気は曇りだった。もはやここまで来ると笑ってしまいそうなくらい僕の心は沈んでいた。ここ最近嫌な事が立て続けに起こり続けている)

「はい120円ねー!そっちは300円!」

理樹(最近の昼休みの定番になっているワゴン車での買い物も今日は気乗りがしなかった。単純に食欲がない)

理樹「はぁ・・・」

理樹(なんだかよく分からないため息が溢れた。今日はお昼ご飯はやめて机でずっと寝ていることに決めた)



表庭

佳奈多「・・・」

パクパク

佳奈多「・・・ふん、晩御飯を準備する手間が省けたわ」

佳奈多「・・・・・・」

佳奈多「・・・なんで今日に限って来ないのよ」

深夜

理樹部屋

理樹「はぁ・・・はぁ・・・」

理樹(なにも焦ることはない。今の僕にとって差し迫った危機なんて全くないはずだ。なのになんだこの息の苦しさは!)

理樹「うう・・・」

理樹(頭の中で最近起きたことを整理してみたが、どれも一つ一つは本当にくだらないものだ。でもこうなってようやく分かった。嫌なことというのは重なるとまるで掛け算のように心を蝕むんだ)

理樹「くそぅ・・・・」

理樹(そしてこれらの最も厄介な性質というのは、それらを全部誰かに打ち明けたとしてもその不快感がまるで伝わらないことだ)





食堂

理樹「・・・・・・」

鈴「理樹、食べないのか?」

理樹「・・・えっ?」

鈴「ご飯に全然手付けてないぞ。もうそろそろHRの時間だ」

理樹「ああ・・・・」

鈴「クマも出来てるぞ。夜中なにしてたんだ?」

理樹「いや・・・なにも」

鈴「ウソつくな。なにかあるんなら聞いてやるから・・・」

来ヶ谷「・・・・・・」

小毬「鈴ちゃん・・・」

理樹「ごめん、鈴や皆じゃダメなんだ」

理樹(とても乱暴な言い方だったと思う。でも今の僕にそういう気遣いを求めるのは難しい相談だった。思うに、こういった気持ちの延長線で気遣いが出来ない人間が出来上がるんだろう)

4限目

理樹「はぁ・・・」

理樹(結局朝ご飯にはほとんど手を付けなかったせいで4限目に凄くお腹が空いていた)

「おい、直枝・・・」

理樹「えっ?」

理樹(隣の席からクラスメイトがニヤニヤした顔で先生の目を掻い潜って一枚の紙を渡してきた)

理樹「これは?」

男子生徒「書いたら俺に返せよな。井ノ原や宮沢には内緒だぜ、ノリ悪いから」

理樹(そういうと後ろで寝ている真人をチラリと見ながらさっと身を引いた。もらった紙を開いてみると、そこにはこんなことが書いてあった)

『彼女にしたくない女子ランキング』

理樹(大きく書かれたそのタイトルの下には複数人が書いたであろう文体で様々な女子の名前が書かれていた)

理樹「・・・・・・」

理樹(僕がそれを読んでいるのを見てそのクラスメイトは下品な笑いをこらえているように見えた)

理樹「ああ・・・」

理樹(ペンを持つ僕の手が震えた。はっきり言ってとても怒っていた。でも、その怒りをぶつける勇気もなかった。だって本来はそこまで激怒するようなことじゃないのは分かっていたからだ。本来なら何をくだらないと鼻で笑って紙を返すだけでいいんだ。でも、今までに起きたことのせいでもし仮に、このことについて注意しようものなら今までのわだかまりを全部彼に投げつけてしまうことは簡単に予想出来た)

理樹(そしてそれは全然フェアじゃないことも分かっていた)

ガタッ

男子生徒「ど、どうした直枝・・・」

先生「直枝、なんだ?」

理樹(僕が急に立ち上がったもんだからクラスの皆がいっせいに僕に視線を送った。でも今はそんなこと気にしない気分だった)

理樹「いや・・・」

理樹(とにかくここから出たくて、立ち上がったは良いものの黙って行くわけにもいかなかった。しかし、ちょうどその時昼休みのチャイムがなってくれた)

表庭

理樹「・・・・・・」

理樹(フラフラと歩いていると自然と表庭についていた。まだお昼ご飯も買ってないのに何をやっているんだろう僕は)

理樹「まあ・・・でも・・・いいか」

理樹(ベンチに腰掛けて太陽の光を浴びると、少し気分が落ち着いた。お腹は減っているけどあまり気にしなくもなった。このまま午後の授業もサボってここに座っていたい。そう思っていると、さっき僕が来たほうから誰かが歩いてきた)

佳奈多「今日は戻って来たのね」

理樹「やあ」

佳奈多「・・・あなたどうしたのその顔色?今にも死にそうよ」

理樹「色々考えてて疲れたんだ」

理樹(それから恥ずかしかったけど、お腹が空いていることも付け足した)

佳奈多「ふふっ・・・いや、えっと」

理樹「?」

佳奈多「食べる?」

理樹(そういうと二木さんは後ろに隠し持っていた弁当を2人分見せて来た)

理樹(弁当箱を開けると、卵焼きやキンピラごぼうが顔をのぞかせた)

理樹「凄いな。これ本当に食べていいの?」

佳奈多「要らないならいいわよ」

理樹「いや・・・」

理樹(口の中から思い出したかのように唾液が流れ出てきた)

理樹「いただきます・・・」

パクッ

理樹(朝に漫然と口に入れていたものとは全然違った。食堂で食べるものもそれは美味しいものだけど、なんというか二木さんの作ったこれは、まるで遠い昔に亡くしたお母さんが作ってくれたもののような・・・)

ポタポタ・・・

理樹「凄く美味しいねこれ・・・わざわざ作ってもらって悪いな・・・」

理樹(そう口にしてからようやく『自分のためだけに作ってもらった手料理』をもう何年も食べてなかったことに気付いた)

佳奈多「別に、ついでに作ったものだから・・・って、直枝・・・」

理樹「えっ?」

理樹(振り返ると二木さんが神妙な顔つきでこちらを見つめていた)

佳奈多「・・・なんで泣いているの?」

理樹「え、うそ・・・」

理樹(頬をこすると確かに涙が出ていた。まったく気づかなかった)

理樹「な、なんで・・・」

理樹(言葉を続けようとした瞬間、まるでタイムラグのように心臓の鼓動が急に早くなった)

理樹「ううっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

佳奈多「直枝!」

理樹(涙の勢いが増して、息遣いも荒くなってきた。それに引っ張られるように心が苦しくなってくる)

理樹「大丈夫・・・グスッ・・・これは・・・」

理樹(まるで詰まっていた濁流が押し寄せるように今までの気持ちが心にぶつかって来た)

佳奈多「どうしたの!弁当が原因!?」

理樹「違うんだ二木さん・・・ただ、少し挫けそうになってて・・・!」

理樹(その台詞で急にこの前にあったおじさんの事を思い出した。そうか、あの人もこんな風に考えていたのかもしれないな・・・周りの人に打ち明けても効果はなく、それでいて誰かにこの気持ちを理解してほしい。そう思ってあの人は・・・)

理樹「ねえ、二木さん・・・」

佳奈多「な、なに?」

理樹(僕は珍しくおろおろしている二木さんへ唐突にハグをした)

佳奈多「!!」

佳奈多「な、な、な・・・」

理樹(突然のことで何も反応が出来ていないのか全く身体を動かそうとしていなかった。僕だってまさか今の今までそんな行動しようとは思っていなかったんだからそれは当然だ。それでも僕は強く二木さんを抱くと彼女の制服が濡れるのをお構いなしでわんわん泣いた。とても情けない声で、誰かに聞かれてもおかしくないような声量でとにかく泣きじゃくった)

佳奈多「あのっ、ちょっと・・・!こ、これは・・・!」

理樹(僕に起きた事をまったく知らない彼女の前だからこそ逆に気兼ねなく感情を爆発させることが出来た。二木さんからしたら急に泣きつかれてとても迷惑だったかもしれないけど、そんなことは今はまったく考えられなかった)

理樹「グスン・・・ヒック・・・」

ギューッ

佳奈多「あう・・・」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




・・・・・・・・・・・




・・


理樹(しばらくしてから僕はようやく正気に戻り、二木さんに平謝りした。冷静に考えてみると年頃の女性にいきなり抱きつくなんて到底許されることではない。でも意外にも二木さんから怒号はなく、僕の奇妙な事情の説明をしている時もただ顔を下に向け、コクリと頷きつづけるだけでほとんど言葉を発することはなかった。それが逆に怖くもあったけど)

理樹「ん・・・なんか甘いね」

佳奈多「ええ、今日は久々に甘い卵焼きを作ってみたの。あなたの食環境じゃあ、なかなか食べないんじゃない?」

理樹「というか初めて食べたよ。でも結構イケるね」

佳奈多「当然よ、昔練習したんだから」

理樹(胸の内を吐き出して、みんなから心配されなくなってからも結局表庭で昼ご飯を食べる習慣は消えなかった。真人には悪いけど、手料理を食べられる機会なんてなかなか無いし、しばらくは二木さんに甘えさせてもらう事になりそうだ)

理樹「・・・ねえ二木さん」

佳奈多「なに?」

理樹「・・・いや、やっぱりなんでもないや」

佳奈多「なによ」

理樹「あっ!凄いこのウインナータコの奴だ!」

佳奈多「ふっふっふっ・・・それはね・・・」

理樹(こうして僕は人に話すってこと以外で嫌なことを忘れさせる方法があるのを知った。なかなか荒療治かもしれないが、一度やってしまうと案外気が楽になるんだな。これが)



終わり

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