理樹「リトルバスターズ…?」恭介「ああ、そうだ」 (240)

理樹(自分でも暗い過去を過ごしてきたと思う。叔父さんや叔母さんには悪いけど今日に至るまで家族のような愛を感じた人はいない、どこへ行っても孤独がつきまとう)

理樹(両親の存在が大きかったのか歳を重ねて物事を深く考えるようになって彼らとは段々気まずくなっていく一方だった。弱かった僕は半ば逃げるように全寮制の高校を選んだ)

理樹(これはそんな僕が出会った奇妙な人々と、それに劣らない衝撃的な体験談だ)

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ザワザワ

理樹「1-Dか…」

理樹(桜が立ち並ぶ校庭のそばで新入生のクラス割りが貼り出されていた。もちろん誰が誰なのかも分からないから緊張感しかない)






教室

理樹「直枝理樹です…よろしく」

パチパチ…

担任「ああ、先に皆に言っておくが直枝は『ナルコレプシー』という持病を患っている。たまに突然意識を失うように眠ってしまうんだがその時は皆が助け合ってくれ、そうなった場合特別な処置は要らないらしいが…?」

理樹「はい。僕の寮の部屋か保健室にでも寝かせてくれたら助かります」

ザワザワ

生徒「知ってる?その病気…」

生徒2「…確か昔テレビでやってたの見たことあるかも…」


理樹(新しいクラスになる時に一番嫌いな瞬間がこれだ。幸い今まではどの年でも理解してくれたけど、毎年この事を言うたび、それで虐められそうな気がするからだ)



キーンコーン


ガヤガヤ

寮長「はい、これ君達の鍵ね」

生徒「ありがとうございますー!」

タッタッタッ

理樹「……遅いなぁ」

「「うぉぉおーっ!!」」

理樹(2人の生徒がこちらへ走ってきた。1人はとても大柄な体格だった、もう1人も劣らない背の高さだけど、どちらかというと引き締まった体をした生徒だった。どちらもすごく汗をかいている)

「ぜぇ…ぜぇ…今回は俺の勝ちだな…!」

「バカを言うな、先に入ったのはどう考えても俺だろうが」

「はぁ!?ドアまでが勝負じゃなかったのかよっ!それなら開けて道を譲った俺がバカみてえだろーがっ」

「実際馬鹿なんだから仕方がない」

「んだとぉ!?」

「今は喧嘩よりも先に部屋に荷物を置くのが先だろ?」

「う…それもそうだな……」

理樹(暇つぶしに2人の喧嘩の行く末を見ていたら後ろから男の人の声が聞こえた。多分2年か3年の人だろう)

「すんませーん俺って部屋の番号どこっすかねぇ」

理樹(大柄な方の男子が言った)

寮長「名前は?」

「井ノ原真人ッス」

理樹「君が井ノ原君!?」

真人「へっ?」

寮長「君、この子に謝っておきなよ?普通寮の鍵は2人部屋だとその2人が集まらないと渡せないんだ。だからこの子は君が来るまでずっと待ちぼうけだったって訳さ」

真人「おいちょっと待ってくれよ、俺のルームメイドは謙吾じゃねえのか?」

理樹(そう言って謙吾という人らしき人物____先ほどまで言い争っていた生徒の方を指した)

謙吾「俺はメイドになるつもりはないが確かに同じ部屋だったはずだ。そちらの手違いじゃないのか?」

寮長「そんなことはない。ほらここにちゃんと書いてあるだろ?」

理樹(3人で覗き込んだが確かに【直枝・井ノ原】と、記されていた)

寮長「学校に問い合わせてみようか?」

「そうしてやってくれ」

理樹(と、上級生の人)





理樹(確認を取るために電話を掛けにいって5分後、寮長さんが戻ってきた)

寮長「ごめん!やっぱり間違っていたよ!」

真人「なんだよ、だから言っただろ?うっし、じゃあ部屋はこの場合どうなるんだ?」

寮長「いやいや、間違ってるのは寮の方じゃない、学校が手違いで部屋を登録してしまったという事なんだ」

真人「はあ?」

寮長「つまり直枝君と井ノ原君の方が正しいってこと。時間はかかるけどもしもアレだったら今からでも部屋を変えられるけど…」

理樹(仲が良さそうな2人だったし僕は1人部屋でも良かったので遠慮した)

理樹「じゃあそうしてあげて下さ…」

真人「いや、別にそれでもいいぜ」

理樹「えっ?」

謙吾「ああ、俺も同意だ。せっかく高校に入ったんだしお前の顔を見ながら目覚めたくない」

真人「てめえ言いかたってもんがあるだろ!?」

謙吾「やる気か?」

「だからやめろっつってんだろ。まあ、確かに新しい友を作るのも大切なことだな……というわけで真人と仲良くしてやってくれ直枝…と言ったか」

理樹(急に振られて少し戸惑った)

理樹「えっと…は、はい」

謙吾「じゃあとりあえず荷物を運んでこよう」

真人「待たせて悪かったな直枝。詫びのしるしにそのダンボール持ってってやるよ」

理樹「いや結構重たいよ…?」

真人「ふっ、俺を誰だと思ってる?」

理樹「いや僕ら初対面だけど…」

真人「よっと!」

理樹(僕の突っ込みにダンボールを全部担ぐことで返事をした)

理樹「わっ、凄いや…」

真人「よっしゃあ行くぜ直枝!」

理樹(重いはずなのに軽々とした足取りで階段を上がる)

理樹「ま、待ってよ!」



理樹(そんなこんなで僕の高校生活はスタートした)

理樹がもし幼少期にリトルバスターズと出会ってなかったらのお話

続く





真人「ふぅ…やっと終わったな…」

理樹(隣の人が無駄話をこれでもかと話すので部屋の整頓は1時間以上かかった)

真人「なあなあ…俺も上のベッド使いたいからジャンケンしようぜ…!」

理樹(僕ら以外に誰もいないのにイタズラの作戦を練っている子供みたいに声を潜めて言う。なんで僕も2階を使いたい前提なんだろう)

理樹「いや僕は別にいいよ…井ノ原君に譲るからさ」

真人「えっ、それマジで言ってんのか!?いやっほーう!」

理樹「あ、あはは…」

理樹(僕はこういう人が苦手だ。大抵はがさつで人の気持ちも考えない唯我独尊的な所があるからだ)

真人「じゃあ飯食いに行くか」

理樹「うん、いってらっしゃい」

真人「えっ…一緒に行かねえのか?」

理樹「行くつもりだったの!?」

真人「そりゃ奥さん、せっかくルームメイトになったんだし友好を深めるためには同じ釜のカツを食うしかねえだろ」

理樹「いやいやいや…えーっと…ほら、僕はもう購買で買ってきてあるからせっかくだけど他のみんなと食べに行ってきなよ」

真人「そうか?そこまで言うなら仕方がねえけどよぉ……じゃあ明日の朝は一緒に食おうな!」

理樹「…考えておくよ」

理樹(最後の声は聞こえたのか分からないまま全力でドアを開けていった)



理樹「……行ってこよう」

理樹(実はまだ食べるものなんて買ってきていない。井ノ原君と、その友達と食べるのが怖かったからだ。井ノ原君が僕を誘って(先ほど出会った)他の人たちが僕を快く歓迎しなかったらと思うと…)




購買ワゴン

理樹「こ、購買って凄く混んでるんだなぁ…」

理樹(声を張り上げないと買えないほど混雑しているとは思わなかった。あれじゃまるで戦争だ。しかし僕は彼にああ言った手前今更食堂で食べる気も起きなかった)






理樹(早めに部屋へ戻ろう。井ノ原君が帰ってきてもまだ食べてないなんて不自然だ)

生徒「あれっ、君直枝?」

理樹「……そうですけど」

理樹(この人は確か…同じクラスの人だったかな)

生徒2「ん?誰それ?」

生徒「さっき話したじゃん、突然寝ちゃう子」

生徒2「えっそれマジの話だったの!?ははっ、直枝君だっけ?それ本当?」

理樹「うん」

生徒2「はははっ!えっ、じゃあこんな感じ?」

理樹(そう言って突然倒れたふりをした)

生徒「ちょっとやめろよ…」

生徒2「いやぁこの前さあ…うっ……みたいな!」

理樹(また起き上がって会話の途中でいきなり倒れた場面を演じた。正直言ってこういうことは何度もされているせいかこういったことに関しての怒りは麻痺している。特に何も感じない)

クスクス

理樹(回りはそれを見て笑っている。ここに立ち止まる理由もないので自分の部屋へ戻ろうとするとそれを阻まれた)

生徒2「ちょっとどこ行こうとしてんの?ほら、一回やって見せてよ、倒れるところ」

理樹(彼はどうしても笑いを取らなければ収まらない人なんだろう。非常にやっかいな人だ)

「おいおい、いったいなんなんだこの騒ぎは…」

「ん?あれは確かお前の…」

「おっ!直枝じゃねーか」

理樹(嫌な所を見られてしまった。一階の階段前だからここを出入りする人に見られるのは当たり前だけど早めに切り抜ければ見られることもなかったかもしれない。井ノ原君と例の2人は観客からこれまでの経緯を聞いている)

生徒2「はーい本物!本物!」

理樹(手拍子は彼だけだ。半分はきまりが悪い顔をしていてもう半分は僕がどうするかを期待して見ている。携帯のカメラを持ち出す人もいた)

理樹「………」

生徒2「ほらどうしたの?一回でいいからやって見せてよ、ねえ…ぐっ…」

バタン

理樹(男子生徒はまた倒れた。しかし今度は再び起き上がってくることは無かった)

真人「てめえら…いったい何やってんだ…?」

ザワザワ

理樹(彼が倒れた原因はおそらく背後に立っていた人物が振り下ろしたゲンコツだろう。あの3人だった)

真人「こんなののどこが面白いってんだ!バカかお前らっっ!!」

理樹(振り下ろした張本人が大声で言った。対照的にあたりは静かになった)

「寄ってたかって1人を笑い者にするのは卑怯だな。そうは思わないか?」

(上級生の人が取り巻いていた1人に言う)

生徒「あ…いや……俺は」

「ほら笑えよ」

生徒「………」

理樹(次は自分達だと思ったのか蜘蛛の子を散らすように見ていた人達は散らばっていった。倒れていた生徒も抱えられていった)

真人「おい直枝、お前もお前だぜ」

理樹「……うん」

謙吾「なんであんな奴に言い返してやらなかった?どれだけ奴が悪くともあのままじゃお前の負けだ」

理樹「もういいんだよ…慣れてるし」

真人「慣れたらお終いなんだよ!俺だっておふざけ程度ならまだしも、ああやって人に馬鹿にされるのは我慢ならねえんだよ」

「まあ、お前は昔それで一悶着…」

真人「う、うるせえよ!そりゃずっと前の話だろっ」


理樹部屋

真人「んじゃ消すぜ」

理樹「うん」

真人「お休みー」

理樹「……お休み」

理樹(なんだか色々あったけど彼らが稀に見るいい人だということは分かった。……朝ご飯はついて行ってみてもいいかもしれない)



真人「ふんっ…ふんっ…!」

理樹「……う、うぅ…」

理樹(目が覚めると自分の肉体を鍛えている声が聞こえた)

真人「よう、起きたか直枝」

理樹(井ノ原君は片手の腕立て伏せをしていた)

真人「しかしタイミングがいいな、さっき200回にいったところなんだぜ?」

理樹(ここは驚くべきなのだろうが正直どうでもいい)

真人「じゃあシャワー浴びてくるからその間に着替えてこいよ。朝飯は食券で頼むらしいから早めに行かねえとな!」

理樹「そうだね」




食堂

ガヤガヤ

真人「へぇ…結構混んでるな」

理樹「これ僕らが食べられるところあるのかな…」

理樹(食堂は生徒でごった返していた。早めに来てこれではピーク時にはどうなってしまうんだろう)

「おーいこっちだぞ!」

真人「おっ!恭介じゃねえか!」

理樹(食堂の端のテーブルに昨日の上級生____恭介さんという人がいた)



真人「謙吾と鈴は?」

恭介「謙吾はもうすぐ来るはずだ、鈴は食券を買いに行ってる……ところで今日はちゃんと来てくれた様だな」

理樹(ニヤリと笑う恭介さん)

理樹「はい、あの…昨日はありがとうございました」

恭介「なに、ちょいと後輩を注意しただけさ」

恭介「ところで自己紹介が済んでいなかったな。俺の名は棗恭介、2年だがこいつと謙吾、それとこれから来る鈴の幼馴染だ」

理樹「なるほど、幼馴染でしたか。僕は直枝理樹といいます」

恭介「……なあ直枝…」

理樹(ひどく残念そうに恭介さんが語りかける)

理樹「はい?」

恭介「そりゃ先輩だからってのは分かるがちょいとよそよそしいんじゃないか?敬語なんか使うな敬語なんか!」

理樹「ええーっ…」

真人「まったくだぜ!俺のことも気軽にマッスルマスター真人って呼んでいいんだぜ?」

理樹「それはどうなんだろう…」

恭介「なあ真人、この直枝を…ゴニョゴニョ」

理樹(なにやら耳打ちしている)

真人「なるほど、そりゃいいな」

理樹「いったい何を話して…」

真人「そのあとしっぽりムフフといきたいものですな」

理樹「本当になんの話をしてるのさ!?」

謙吾「おや、俺は最後か」

真人「なんだお前にしちゃ珍しく遅かったな」

謙吾「まあな…ところで鈴…じゃない!?」

理樹(僕の肩に手を置いてやっと気付く謙吾君。苗字はなんていうんだろう)

理樹「僕は直枝理樹、ほら昨日の…」

謙吾「ああ、覚えているとも。いやしかし失礼だったな、4人集まっているとどうしても鈴と間違ってしまう。ちなみに俺の名前は宮沢謙吾だ。これからよろしく頼む」

理樹「ところでさっきから聞く『鈴』っていうのは…?」

謙吾「鈴は棗鈴といってその名から察せる通り恭介の妹だ。いつもは鈴と俺たちを含む4人で行動している。ちなみに俺達のこのグループには名前があるんだ、確か悪を成敗する正義の味方…」

恭介「おっとそれはまだ言うな謙吾!」

謙吾「はぁ?」

真人「理由は後で話してやるよ」

理樹「どういうこと?」

真人「夜には分かる」

理樹「?」

理樹(何を言いかけたのか疑問に思っていると小さな鈴の音が聞こえた)

チリン

真人「おっ、来たか鈴!」

恭介「何を頼んだんだ?」

「ゼリーだ」

謙吾「直枝、これが鈴だ」

理樹(テーブルの前にゼリー詰め合わせの袋を抱えて立っている少女を宮沢君は指した)

理樹「えっと…こ、こんにちは…」

鈴「……恭介、誰だ…それ」

理樹(これが彼女との最初の出会いだった)

続く(∵)






恭介「で、一緒に飯を食うようになった」

鈴「……」

理樹「よ、よろしく…」

鈴「う…」

ササッ

理樹(妹さんはテーブルの隅っこの席に座り、恭介の隣に隠れてしまった)

恭介「ダメだろ鈴、ちゃんと直枝に挨拶しろっ。…悪いな直枝、こいつは昔から人見知りが激しい奴なんだ」

理樹「そうらしいですね…」

謙吾「やれやれ、そんなので社会に入ってどうするつもりだ?今は俺たちがいるからいいものを卒業したら今度こそバラバラになってしまうかもしれないというのに」

鈴「…こ、こんなんで悪いか…お前はそれで死ぬのかっ」

理樹(初めて鮮明に聞く鈴さんの声。凛としていてとても透き通っていた)

謙吾「いや死にはせんが…」

鈴「それじゃほっといてくれ」

真人「おい、一応謙吾も気遣って言ってんだぜ?」

鈴「死ねバーカ」

真人「なんだとてめぇ!!」

ドンガラガッシャーン

恭介「……わ、悪いな直枝…実は俺たちも昔からこうでな…」

理樹(いきなりこうなるとは思っていなかったのだろう、少し顔が引きつっていた)

理樹「あ、あはは…」

理樹(メニューを頼むのは女子が先で後から男子達が頼む時間帯になるのが暗黙の了解だと恭介さんは僕らに説明した。なので一度乗り遅れた女生徒は大変らしい)

真人「いやっはぁ~!食った食った」

理樹「よく食べるね…」

真人「ふぅ…ここのカツが安くて助かったぜ!これなら毎日食ってもいいな」

謙吾「三度の飯よりカツが好きという奴だな」

恭介「なあ直枝、今日の夜暇か?」

理樹「多分用事はないと思いますけど…」

恭介「よし、じゃあお前ら!今日は真人と直枝の部屋に集合だ!」

理樹「ええっ?」

理樹部屋

恭介「邪魔するぜ!……へえ、やっぱ俺たちとは中身違ってんだなぁ…」

真人「ようこそ我が部屋へ、お飲み物はプロテインがございますが……?」

鈴「いるかアホ!」

謙吾「なるほど二人部屋の場合は二段ベッドか」

理樹(恭介さんに続き2人も入ってきた。5人居てもまだまだ余裕はあるのはびっくりだ)



恭介「さて!」

理樹(部屋を眺めていた恭介さんは僕らに向き直り手をパンとならした)

恭介「今日来たのは他でもない。直枝の歓迎だ、俺たちの仲間に引き入れるという歓迎をな!」

理樹「仲間?」

恭介「そう、仲間」

理樹(恭介さんがわざとらしく咳き込んでこう言った)

恭介「俺たちは、ほんの小さな頃から一緒だったのは知っているよな?」

理樹「そう聞きましたけど…」

恭介「その俺たち4人は昔からこう名乗ってきた…」

真人「にひひ…」

謙吾「…ふっ」

鈴「……」

恭介「悪を成敗する正義の味方。人呼んでリトルバスターズだっ!!」

理樹「り、リトルバスターズ…?」

恭介「小さな頃は…例えば近所に巣食う蜂などを悪に見立てては退治していた、今はそれらしい悪は見つからんがな……まあそれはともかくだ!直枝…いや、理樹、お前も入ってみないかリトルバスターズにっっ」

理樹「僕が…?」

恭介「ああそうさ、生憎様さっきも言った通り強敵はいないから今はただの仲良しグループだが……どうだ?」

理樹(みんな僕を見つめている。一瞬なんと言っていいのか分からなかったけど要は遠回しに僕に仲間に入らないか誘っているんだろう。僕は……)

理樹「いや、遠慮しておきます…」

恭介「……そう…か」

真人「ええーっなんでだよ!」

理樹「なんて言うか……いまいち何をやっているのか分からないし…」

理樹(助けてもらったのは充分感謝しているしこの人達には他の人と一味違うのも感じる。毎日居て飽きないんだろう)

恭介「まあ無理に、とは言わねえよ。いずれ分かってくれる時が来るさ…」

理樹(少し寂しそうな顔の恭介さん。彼らには悪いけど僕にはこの輪の中に入るのは無理だ、僕にはこの光のように眩しい彼らと一緒には居られない。暗い過去といつ来るか分からない病気。僕はこの2つのせいで接する人みんなに距離を置いてしまう)

謙吾「すまないな、こんな勝手なことを言いに上がり込んで来てしまって」

理樹「いやそんなことは…」

真人「り、理樹…それでも俺たち友達だよなぁ……?」

理樹(涙目になる勢いの井ノ原君。…いや、これからは僕も真人って呼んだ方がいいんだろう)

恭介「ま、今日言いたかったことはこれだけだ、じゃあそろそろ帰るぜ。……いつか必ずお前をリトルバスターズに入れてみせる」

理樹(そんな捨て台詞を言って恭介は出ていった。僕のどこを気に入ったんだろう)

謙吾「それじゃあ俺もお暇しよう」

理樹「うん、おやすみ謙吾」

理樹(急に呼び捨てにするのはなんだかむずむずする)

チリン

理樹(鈴の音がした)

理樹「あ、おやすみ鈴…」

鈴「……」

スッ

理樹「うっ…」

理樹(また無視された…いいや当たり前だ、仲間に入ろうともしない僕みたいなのが急に馴れ馴れしくしても気持ち悪いだけだ)

真人「じゃあ俺たちもそろそろ寝るか…」

理樹「そうだね」

理樹(こうして今日も夜は更けていく……)



……………
……

理樹(僕らは一線置きながらもそれなりに仲良くなった。僕が眠り病に陥った時も助けてくれたしつくづく彼らは良い人なんだと実感していく日々だ。第一印象はあてにならない)




1年後

理樹「わあっ。見て真人、僕ら一緒のクラスだよ」

真人「おっ、本当だな。謙吾や鈴もいるぜ!」

理樹「さっそく行こう。えーっとクラスは…2-Bだね」



キーンコーン

恭介「よっ」

理樹(HRが終わると恭介が待ち構えていた)

真人「おう恭介。ここに来たってことは俺たちが全員何組か分かってるってことだよな?」

恭介「ああ。なかなか運が良かったな、まさか真人と謙吾、それに鈴が集結するとは!」

謙吾「俺はこの暑苦しい顔をこれから教室でも見るかと思うとウンザリするがな」

真人「もっぺん言ってみろ!」

鈴「うっさいわ!」

理樹「こんばんわ恭介」

恭介「うっす理樹。お前もこのクラスだってな!」

理樹「うん。それじゃあ僕は用事があるから先に帰るよ」

恭介「ん?そうか、気を付けてな」

理樹「うん」

恭介「ところでお前らに言っておかなければならないことが………」

ss乗っ取る奴自体もう見かけないし多分大丈夫だろ

再開




理樹部屋

理樹「5月の終わりには修学旅行かあ…早いなあ」

ガチャ

真人「ただいまー」

理樹「おかえり真人」

真人「おう。さっそく食堂行こうぜ」

理樹「あ…ごめん、三枝さんがマフィンを作ってくれたんだ。焼きたてが美味しいって」

真人「ってことはもう済ませちまったのかよ……って俺の分は!?」

理樹「ああっごめん!そういえば一人分しか作れなかったからって秘密にしてたの忘れてた……」

真人「ノォォォ!!」

理樹「ごめんごめん…また言っておくからさ」

真人「まったく注意してくれよなぁ……それにしても三枝はお前に気でもあるんじゃね?」

理樹「な、なんで…!?」

真人「だってお前だけにケーキ作ったんだろ?普通ただの友達なら渡さねえよ」

理樹「この前鈴さんに渡してる所見たけどね」

真人「あ、そう…」

次の日




理樹「あれっ…そういえば恭介は?」

理樹(今日もいつものように食堂で集まると恭介がいなかった。寝坊でもしたのだろうか。そう思っていると謙吾がこたえた)

謙吾「そうか理樹は昨日聞かずに帰ったんだったな。多分今頃は県をまたいでいる所だろう」

理樹「ええっ!?なんでそんな遠くまで…」

謙吾「あのあと恭介が説明していたんだ」


恭介『ところでお前らに言っておかなければならないことがある。実は明日就活に行く』

謙吾『そんなのいつものことじゃないのか?どうした改まって…』

恭介『いや、明日明後日で帰れる訳じゃない。徒歩で行くからなぁ』

真人『どこまで行くつもりだよっ』

恭介『東京さ』



理樹「ええーっ!!」

真人「あいつはいつも急だからなぁ…」

謙吾「少し暇になるが別に一ヶ月も居なくなる訳ではないから気にとめる必要も無いさ」

理樹「でも恭介が行っちゃったら2人の喧嘩を止める人がいなくなっちゃうんだけど…」

真人・謙吾「「2人って誰のことだ?」」

鈴「……お前らのことじゃ…」

真人「なんだと!?……と思ったが確かにしょっちゅう喧嘩するな…」

理樹「止めなかったら2人とも絶対怪我するからねえ」

謙吾「はぁ……分かった。じゃあこうするのはどうだ?恭介が帰ってくるまで喧嘩しないってのは」

真人「け、喧嘩をしないだと…?俺とお前がか?」

理樹「なんでこれからもやること前提なのさっ」


理樹(少し一悶着あったがなんとか真人は了承した。そして誰かが言ったあの言葉の前までは平和だったのだ……)

「恭介が帰ってきたぞーーっ!!」

理樹(夜、電気も消してさあ眠りにつくぞというところでその言葉は聞こえた)

真人「遂にこの時が来たか……」

ガバッ

理樹(真人が起きた。そればかりじゃない、ドアを開けて今にも出て行こうした。僕は慌てて言う)

理樹「どこ行くのさ?」

理樹(真人は僕とは反対に凄く落ち着いた声で言った)

真人「……戦いさ」

理樹(結局出て行ったので着替えてから急いで後を追った。騒いでいる音からして多分食堂だろう)

……………
………









真人「いっつつ……」

謙吾「………モグモグ」

恭介「鈴、醤油とってくれ」

鈴「……んっ」

理樹(昨日は大変だった。真人と謙吾はいきなり喧嘩をしだすし止めに入った恭介も変なルールを付けるし今日だって鈴が止めなかったら……何も出来なかった自分が情けない)

キーンコーン

真人「ってもう予鈴じゃねえか!誰がこんなに長引かせたんだよまったく…」

謙吾「お前が全ての根源だ」

真人「にゃにぃ!?」

理樹「そんなことはいいから早く行こうよっ」

先生「今日はこの辺にしておこう。」

キーンコーン

「起立、礼!」




真人「くぅぅー…ああ、疲れた」

理樹「疲れたって…真人はただ寝てただけじゃない」

真人「いやいや、こんな硬いイスに座りながら寝れやしないぜ、結構体力使うんだなこれが…」

理樹「じゃあ寝なきゃいいのに…」

「あれっ、今日は黒板誰が消すの?」

「確か棗さんじゃなかったっけ?」

「ああ…どこへ行ったのかしら」

「どうせまた猫と遊んでいるんじゃない?」

理樹(クラスの人は皮肉交じりにそう言った。鈴さんは猫が大好きだ。学校でも放し飼いをしていて、猫とセットでいることが多く、そのお陰か男子からの人気はかなりあった。……対照的に女子からはあまりいい印象はなかったけど…)

真人「しょうがねえ。ちょっと鈴のところへ行って連れ戻してこいよ」

理樹「ぼ、僕?」

真人「流石に黒板消し忘れただけでまた株が落ちるのは可哀想だろ?」

理樹「そ…そうだね……」




鈴「右右左、右右左…右!ふっ、引っかかたな…!」

理樹「………」

理樹(鈴さんはみんなの予想通り猫と戯れていた。しかし声をかけるのはためらわれる)

理樹(実は鈴さんとは上手くいっていない。あちらは人見知りだし僕だって自分で言うのもなんだけど大人しいから他の3人より仲良くなっていない。それに綺麗な人だから幼馴染でもない限り気軽に話しかけられない…)

鈴「次はブラッシングだ…さあ一列に並べ」

理樹(しかし真人の言う通り連れて帰らなかったら鈴さんがまた女子の信用を無くすことになるだろう……それも本人の知らないところで)

理樹「えっと…もしもし?」

鈴「…っ!逃げろお前たち!」

理樹(さっきまで愛でていたのが無かったかのように猫を逃した。あれで誤魔化せたつもりなんだろう)

鈴「ふぅ……」

ジロリ

理樹(彼女は僕の方を警戒と戸惑いの目で見つめている。ここまできたら勇気を出して話すしかない)

理樹「えーっと鈴さん…?」

鈴「っ!」

理樹(人に懐かない臆病猫のように鈴さんはびっくりして後退りをする)

理樹「今日は君が日直だよ。行かなきゃまた女の子達に嫌われちゃうし行った方がいいと……僕は思うけど…」

鈴「…別に嫌われてもいい」

理樹「そんな訳にはいかないよ…友達が少なくなったら君も困るでしょ?」

鈴「困らん、な…直枝には関係ない…」

理樹(逆に僕が困ってしまった。まるで取りつく島もない)

理樹「あ、あはは…じゃあ僕が消してくるよ…」

理樹(心の中で真人の期待に添えなかったことに謝りつつ出て行こうとしたその時急に歩けなくなった。……というのも鈴さんが僕の制服をつまんでいるのだ)

理樹「ど、どうしたの…?」

理樹(鈴さんはどこへ顔をやっていいのか分からない様子でうつむいていた)

鈴「…お前がやる必要はない。私が行く…」

理樹「……じゃあ一緒に行こっか」

鈴「……ん」

理樹(恥ずかしそうな鈴さんと違って僕は少し笑ってしまった。やはり少し無愛想なだけで彼女も良い人なんだ)

眠い…今日はここまで。やっぱり明日から更新時間を1時間早めよう

1時間早めると言ったな、ありゃ嘘だ

理樹(2年になっても大きな変化はなかった。僕らは暇をつぶせることがないか捜索する毎日を送っていったがこれといったものは見つからないまま時は過ぎていき6月も終わりに差し掛かっていった……)

真人「修学旅行?」

理樹「そうだよ。パンフレット配られたでしょ?」

真人「そういやそんなこともあったか…」

理樹(修学旅行。みんなで騒げる数少ない学校の行事なのと同時に僕らが待ち望んでいた『楽しいこと』だった)

………




理樹部屋

理樹(修学旅行はいよいよ明日となった)

謙吾「いやっほーう!さあ修学旅行のジャージは何を着ていくっかなぁー!?」

真人「そういや旅行の間の猫の世話は誰にさせるんだ?」

鈴「寮長」

真人「なんだかんだで凄いコネ持ってるなお前…」

恭介「くそっ…!俺はなんでこの話の輪に入れないんだよっ!!」

理樹「そりゃ3年だからしょうがないよ」

謙吾「悪いがお留守番だな」ニヤァ

恭介「謙吾、ここまでお前にムカついたのはこれが初めてだ……いや、いいことを考えたぞ…」

理樹「えっ?」

恭介「何でもないなのだ!」

理樹「急にバカボンのパパのモノマネで誤魔化した!」

謙吾「じゃあそろそろ寝るとしよう。寝坊してバスに乗り遅れたらシャレにならんからな」

理樹(今日はその謙吾の言葉で解散した)



理樹「じゃあ行こっか真人」

真人「おう!」

理樹「……その荷物は?」

理樹(真人の荷物は僕がそのまま入れるぐらい大きなリュックサックだった)

真人「トレーニング用具とか詰めてたらこんなんなっちまってな」

理樹「あ、そう…」




バス前

運転手「荷物はこちらへ預けて下さーい」

???「……っ!」シュッ

理樹「!?」

真人「どうかしたか理樹?」

理樹「寝ぼけてるのかな…今なんか荷物を置くスペースに人影が入っていったような……」

真人「えっマジで?ちょっと見てみ…」

「ヘイガーイズ!」

理樹(早朝の静かな雰囲気に、それをぶち壊す明るい女の子の声が聞こえた)

真人「げぇっ三枝!?」

葉留佳「もー人を疫病神みたいに言わないでほしいナァ」

真人「……な、なんでこんな所にいやがるんだ?お前のクラスの車両はあっちだろ」

理樹「ああ、違うよ。実は僕が呼んだんだ」

真人「へっ?」

葉留佳「そーそー!理樹君は優しいなー!私がそっち行きたいって言ったら『隣の席に座りなよ』って言ってくれたんですからネ」

真人「結局お前がワガママ言ってるだけじゃねえかっっ」

理樹「というわけでごめん、真人は他の人と乗ってくれない?」

真人「おう、まあいいぜ」

謙吾「俺はごめんだからな」

理樹(後ろから謙吾の声)

真人「俺だって遠慮するぜ!」

ブーブーッ!



葉留佳「……と、そこへ龍脈がどーん!」

理樹「話がめちゃくちゃだよっ」

小毬「ふーんふふふーん♪」

美魚「……」パラ…

来ヶ谷「……」

クド「わふぅ…」

謙吾「鈴、ガムは?」

鈴「いらん」

真人「……んが…」


荷物置き場

恭介「ふっ…あいつらだけで楽しませるかよ……っ!」



葉留佳「ずどどでゅくしどっかーん!…木っ端微塵ですネ」

理樹「あ、あはは…」


ガンッ!!


理樹(それは突然やってきた)

ギギギ…ガタンッ

ゴォォォ!

理樹(あちらこちらから悲鳴が聞こえる。一旦バスがぶつかって、体を前へ乗り出したかと思うと一気に落下していった)

ギュッ

鈴「け、謙吾っ」

謙吾「真人!理樹を!」

真人「だ、ダメだ!あいつはずっと後ろだから間に合わな…」

理樹(僕は三枝さんに手を伸ばそうとしたが、これも運命なのか身体が触れる瞬間に目の前が真っ暗になってしまった……ナルコレプシー、僕を世界から切り外す病)

理樹「………」

理樹(ああ、もしもみんなを助けられたなら……)

ゴォォォ…




………………
……

寝てた…書いてた途中の奴だけ置いとく


……
……………

理樹「………」

ピチョン…

理樹(僕は今自分がどこにいるのか分からなかった。宙に浮いているのか地べたで這いつくばっているのか…何も見えないし何も匂いさえしない。…どうしたらいいのかおろおろしているとある男の人の声が聞こえた)

「俺たちだけの世界を作ろう。鈴を強くさせるための世界だ。バスに乗車していた人間はもはや助からない……謙吾に抱えられた鈴を除いてな。まだ生き残る可能性があるはずだ……手伝ってくれるか」

理樹(言葉も発せず手さえも動かせなかった。しかし僕が彼女を助けたいと心の中で想ったら、その想いは波紋のように広がり、別の数々の波紋と重なり合っていった)





_______________
________
__


チクタクチクタク…

理樹「はっ!」

理樹(気付いたら僕は自分の部屋にいた。ベッドで寝ていたのだ)

恭介「おう、起きたかい」

理樹(隣を見ると恭介が壁に寄りかかって座っていた。他には誰もいないらしい)

恭介「お前には分かっているだろう?この世界の秘密が」

理樹(言葉で説明されなくとも何故か僕ははっきり理解していた。ここは僕達が作った世界なんだ)

理樹(鈴さんはこの「夢」が醒めたあとは一人でも助けを求められるだろう。しかし恭介、謙吾、真人が居なくなって1人になった彼女は果たしてその悲しみを乗りこれられるだろうか?)

理樹(恭介はその望みは薄いと判断し、鈴さんがのちに来るであろう僕らとの別れを乗り切るために数々の試練を与えると言った)

恭介「これから俺たちは事故が起きる日のずっと前に時間を戻す。そしてお前にはいずれリトルバスターズに入ってもらう、いいな?」

理樹「…うん」

恭介「それじゃあ他の奴らにも話しにいってくる」

理樹(恭介は扉を開けて出て行った)

理樹「……この壁も空も全部夢なんだ」

理樹(こうして鈴さんを成長させる日々が始まった)





真人「……やんのかコラーっ!!」

謙吾「望むところだぁ!!」

「コラぁぁーっっ」

理樹「……」

理樹(来た。彼女はこの瞬間を既に経験していることに気付いていない。記憶を一時的に消しているんだ)

鈴「弱いものイジメはメッだ!」

謙吾「弱い者いじめだと…?弱い者というのはどちらだ?」

真人「お前のことじゃね?」

鈴「その猫だ!」

理樹(真人も謙吾も違和感なく同じやり取りを繰り返してのける。……しかしこれからは鈴さんのため別の日々を作り出す)

………



理樹(5月13日、それは朝の食堂で変化した)

恭介「野球をしよう」

真人「はぁ?」

理樹(それは突然のことだった。鈴にとっても僕らにとっても。おかげで真人は演技でもなんでもなく素で唖然としていた)

恭介「チーム名はリトルバスターズだ!」

真人「待て、急に何言い出すんだお前は…」

鈴「こいつがいきなり変なこと言うのはいつものことだ」

理樹「こ、今回は流石に突拍子が無さ過ぎるかな…」

理樹(そのあと恭介はいかに野球が面白いかなどを説明した。たまたま漫画で読んだから影響されたんだと真人は言っていたがおそらく前からやってみたかったんだろう。どうせ消える命なら最後にやり残したことをやっておきたいらしい)

真人「恭介、試合をするためには足りないものがある」

恭介「なんだ?」

真人「そうか…分からないなら教えてやろう…そりゃあ、残りのメンバーと、練習時間と、練習道具と、おまえ以外の人間のやる気と、残りのメンバーだよっ!


鈴「こいつ残りのメンバーって二回言ったぞ」

理樹「鈴さん、きっと真人なりの意味があるんだよあまり深く詮索しないであげてよ」

真人「意味なんてねぇーーよ!ごめんなさいでしたぁぁぁー!」

鈴「こいつやっぱり馬鹿だ」

理樹(なんだかんだでこんなやりとりをしているとあっという間に死への緊張が解けていく。……こんな日々がずっと続けばいいのに…)



理樹(恭介はこれが最初の試練だとばかりに言った)

恭介「なあ、鈴。ちょっとこい」

鈴「ん?」

恭介「一つ頼まれてくれないか」

鈴「なにを?」

恭介「もちろん、メンバー集めだ」

鈴「そんなのできない」

恭介「まあ、聞け。おまえこれを耳につけろ」

理樹(言って差し出すのは手作りのイヤホンのようなもの。それを鈴の耳に装着させる)

鈴「・・・・・・?」

理樹(続いて恭介は自分の携帯電話を取り出し、受話器を耳に当て、もしもし、と話しかけた)

鈴「っ!?」

理樹(鈴は飛び退くぐらい驚いた。どうやら、耳のイヤホンから恭介の声が聞こえたようだ)

恭介「感度良好。早速任務を命ずる、ずばり女生徒を我がリトルバスターズへ勧誘せよっ!」

鈴「こちら鈴、女子寮に潜入」

恭介「そこに生徒はいるか?」

鈴「いる」

恭介「勧誘しろ」

鈴「なんて言えばいいのか分からない…」

恭介「まずは挨拶からだな」

理樹(なるほど、恭介はまずこうやって他人と話すことを慣れさせていくらしい)

>>57
訂正



理樹(恭介はこれが最初の試練だとばかりに言った)

恭介「なあ、鈴。ちょっとこい」

鈴「ん?」

恭介「一つ頼まれてくれないか」

鈴「なにを?」

恭介「もちろん、メンバー集めだ」

鈴「そんなのできない」

恭介「まあ、聞け。おまえこれを耳につけろ」

理樹(言って差し出すのは手作りのイヤホンのようなもの。それを鈴さんの耳に装着させる)

鈴「・・・・・・?」

理樹(続いて恭介は自分の携帯電話を取り出し、受話器を耳に当て、もしもし、と話しかけた)

鈴「っ!?」

理樹(鈴さんは飛び退くぐらい驚いた。どうやら、耳のイヤホンから恭介の声が聞こえたようだ)

恭介「感度良好。早速任務を命ずる、ずばり女生徒を我がリトルバスターズへ勧誘せよっ!」




さささ「おーほっほっほ!」

取り巻き「流石佐々美様!」

鈴「うぐ…」

_____ミッション失敗_____

理樹「いやそもそもこれミッションじゃないから!」

恭介「どれも等しくミッションさ。とりあえず続きは明日だな。……それと理樹、お前にも頼みたいことがある」

理樹(恭介はマイクを覆い隠すように握って僕へ言った)





恭介「……という訳だが頼めるか?」

理樹「もちろんさ」

理樹(……なるほど、確かにこれは鈴さんには言えないことだった)

まずい、時間軸を忘れてしまった
最初の指令の日とか間違ってるかもだけど脳内補完しててくれ

あと明日こそ、今度こそ必ずいっぱい更新するんで信じて下さい!



教室

葉留佳「やはー!呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!!」

真人「誰も呼んでねえよっっ」

理樹「おはよう三枝さん」

葉留佳「やーやー理樹君おはよー!それと真人君もおはよっ!ところで理樹君…」

理樹(………)

理樹「ねえ三枝さん」

葉留佳「ほえ?」

理樹「僕には分からない…何故三枝さんはもうすぐこの世を去ると分かってるのにそんなに明るくいられるの?」

理樹(生徒の数人がこちらを向く。しかし彼らはどうせ作り物だろうからたいして気にならなかった)

真人「理樹…」

葉留佳「やはは…うーん、それはですナァ………ま、理樹君も分かってくれる時が来ますヨ」

理樹(はにかんでいるような…少し困った笑顔の三枝さん)

キーンコーン

葉留佳「あっ、ヤバ!遅刻遅刻ゥーッ!!」

理樹(慌てて出て行ってしまった。この世界でいくら遅刻しようと変わらないのに…)

理樹「そういえばなにか用があって来たんじゃなかったのかな…」

真人「思い出したらまた来るだろ」

休憩時間


「あれっ、今日は黒板誰が消すの?」

「確か棗さんじゃなかったっけ?」

「ああ…どこへ行ったのかしら」

「どうせまた猫と遊んでいるんじゃない?」

理樹(これだ。恭介から頼まれた仕事を果たさないと)


校舎裏

理樹「……」

鈴「…ねこねこ歌うー」

理樹(以前も同じように見た猫だらけの鈴さん。少し見守ってみたい気もするけどやめておこう。これは遊びなんかじゃないんだ)

理樹「おはよう鈴さん」

鈴「……っ!逃げろお前たち!……ふぅ」

理樹「今日は君が日直だよ。自分の義務を果たしに行かないと」

鈴「う…」

理樹「君も一応人気はあるんだからこういうところで落としてちゃ損じゃないか…それに友達も作れないよ?今は恭介達がいるけど卒業して社会に出た時は…」

鈴「死ねバーカ」

理樹「えっ!?」

鈴「……と、レノンが言っている……」

理樹(たとえレノンのせいにされても今のはかなり傷ついた…ちょっと言い過ぎたのかな)

鈴「……ん?なんだこれ」

理樹(鈴さんはレノンの腕に括り付けられていた紙を広げて見た。これが恭介の言っていた試練なんだろう)



昨日の夜

恭介『それと理樹、お前にも頼みたいことがある』

理樹『なに?』

恭介『俺は明日、鈴に試練を与えていこうと思う。…しかしまだ妹は立つことすらままならない猫のようなものだ。…だから理樹、その時が来たらお前は鈴をサポートしてやってくれ』

理樹『それってどういう…』

恭介『なあに時が来たら分かるさ、お前はいつも通りの日常を送ってくれ』



理樹(いつも通りの…とは前と同じ行動をしろということだろう。一ヶ月は前のことだからこれであっていたのか内心不安だったけどどうやら正解のようだ)

理樹「それでなんて書いてあるの?」

鈴「…この世界には秘密がある。それを知りたいならこれから与えるすべての課題をクリアしろ…?」

理樹(恭介らしいなぁ)

鈴「世界の秘密ってなんのことだ……ん?まだあるぞ」

理樹(鈴さんはレノンの尻尾にも紙を見つけた)

鈴「えっと…最初の課題を与える男子寮物置の衛生管理を解決せよ」

理樹「誰がこんな物を書いたんだろうね」

理樹(僕の口調は自然と生徒に算数を教えている先生と同じものになっていた)

鈴「猫からじゃないのか?」

理樹「猫が書くわけないでしょ…」

理樹(確かにこれはサポートがないと鈴さん1人でやっていける自信がない。しかし好奇心旺盛な男子ならともかくこんなものに引っかかる女の子なんて…)

鈴「男子寮の物置ってどこだ?」

理樹「や、やるんだ…」

鈴「うん…確かめる」

理樹「犯人を?」

鈴「その人が伝えたいこと…」

理樹「……」

理樹(鈴さんの瞳はワクワクしていた。まるで猫が目の前のふさふさしたものを追いかけるかのように。……だけど彼女が知りたがっているその人の思惑は決して愉快なものではない)

理樹「ねえ鈴さん、その課題…僕も手伝っていいかな?」

理樹(目の前の女の子は終了間際になって模試のマークシートが一つズレていたのが発覚したような顔をして僕を見上げている)

鈴「…おーまーいーが」

理樹「嘆いているのか承諾しているのか分からないんだけど…」

終わり

違う、夜に続く

恭介「ところで理樹、俺はお前を四番バッターにしようと思っている」

理樹「僕が四番!?」

恭介「ああ。一番非力そうな理樹が最強の四番打者に成長していくというのが王道の展開だろう」

理樹(なんの王道なんだ…)

真人「四人しか居ねえのに四番バッターもなにもねえだろ」

理樹(グローブをはめながらジャブの練習をする真人。そう、僕らは野球をすることになったけどやるのは今のところ恭介と鈴さんと真人、それと僕の四人だけだ。…謙吾は何故か参加しないと言う)

理樹「ねえ、謙吾はなんで…」

恭介「おっとその話は後だ。…いずれ奴も分かってくれる時が来る」

理樹「?」

理樹(意味を計りかねていると急にドアが開いた)

鈴「お前たち!男子寮物置の衛生管理を解決するぞ!」

理樹「よっと…!」

真人「モアイ像がなんでこんな所にあんだよ…」

鈴「……」

キュッキュッ

理樹(物置には蜘蛛の巣が何個も見えた。これを一から綺麗にするのは相当骨が折れるだろう)

恭介「……あれっ…」

理樹「?」

恭介「……理樹、お前もしかして屋上へは?」

理樹「えっ?別に行ってないけど……というかあそこ行けたの?」

恭介「いやまあ…その…だな……」

理樹(恭介が珍しく狼狽している)

「あれ~?」

理樹「あっ、神北さんじゃない」

小毬「みんな何やってるのかな?」

真人「おお!ちょうどいい所に来たな神北。ちょっと掃除手伝ってくんねえ?」

小毬「なるほど、お掃除をしていたのですね」

理樹「そりゃそうだけど手伝うほどのことじゃ…」

理樹(と、言いかけて恭介がこちらへ手招きした)

理樹(先ほどの神北さんという女の子は僕や真人と同じクラスの女の子だ。僕自身はあまり話したことはないけど持ち前の明るい性格で友達はかなり多い)

チラリ

小毬「?」

理樹(でもこの世界では人形も同然な彼女がなぜかここに来たのだろう。そんな疑問を他所に恭介は秘密話をする様に僕を端へやった)

恭介「理樹、鈴はコミュニケーションを取ることも大切だと思わないか…?」

理樹「なんでそんな小声で話すの?」

恭介「しっ!ともかく鈴にはあの人見知りを少しはマシにしてもらわないと後々困る。だから神北と友達になってもらおうというわけだ」

理樹「なるほど…つまり恭介が呼んだんだね?」

恭介「ああ。それに神北自身も前から仲良くなりたがっていたらしいからな」

理樹「えっ、神北さんが?でもあの人は…」

恭介「おっと理樹は知らなかったか?この世界で自我を持っている連中は俺たち以外に何人かいる。…まあ、誰もが複雑な事情を抱えて未練を持っているからだが」

理樹「ええーっ!?」

理樹(葉留佳さんが僕と同じようにここへ来た事はだいたい分かっていたけどまさかまだまだ居たとは…)

小毬「ほえ?直枝くんどうかしたの?」

理樹「いっ、いや何でもないよ!」

理樹(なるほどこれは確かに秘密だ)

理樹「……そ、それで具体的には何人いるの?」

恭介「ちょうど俺たちを含んだら一つの野球チームが作れるほどだな」

理樹「…………それって恭介の趣味で…」

恭介「違う、たまたまだ」

理樹(あまりにもハッキリと言うので一応納得する)

恭介「……いや、あいつらもいるな…」

理樹「なにか言った?」

恭介「いや、何も言っていない」

理樹(あまりにもハッキリと言うので納得する)





小毬「あの~…」

鈴「あっ…」

サッ

小毬「あうぅ…」

理樹(その後なんとか話しかけようとする神北さんと真人の背後へ隠れてしまう鈴さん。こりゃ友達が出来ないわけだ)

恭介「理樹っ」

理樹(ウインクする恭介。多分『サポート役よ、今こそ出番だ!』とでも考えているんだろう)

理樹「はいはい、行けばいいんでしょ…」

理樹(必死の攻防をしている2人に割って入った)

理樹「ねえ鈴さん、なにか神北さんが話を…」

グラッ…

鈴「…っ!」

小毬「りりりり理樹君!?」

理樹「えっ?」

理樹(と2人がこちらを向くと恐怖に顔が歪んでいた。彼女らの眼をよく見ると僕ではなくもっと上の方を見ていたのでその目線の方へ振り向くと見えたのは『学園革命スクレボ』とか『たんぽぽ娘』なんていうものを始めに色々な本を詰め込んだ段ボールが落下してくる光景だった)


ドンガラガッシャーン!

恭介「うお…痛そうだな……」





パラパラ……

真人「おっ、おい大丈夫か理樹!?」

理樹「いやぁ…はは、参ったな」

理樹(一面埃だらけだ…そしてその中心にいる僕はきっと酷いことになってるんだろう。制服ブラッシングしなきゃ)

鈴「……ぷっ」

理樹「えっ?」

鈴「……あっ…く」

理樹(一瞬しか見れなかったけど鈴さんはやっぱり笑ってる顔の方が綺麗だ)

小毬「ほわぁぁあ!大変理樹くん!大丈夫!?」

理樹「あはは…ちょっと大丈夫じゃないかも……まあでも汚れたのは顔と上着ぐらいだから」

理樹(神北さんは本気で僕を心配してくれていた。やっぱり神北さんは優しいなあ。友達が多いわけだ)

小毬「うーん……」

理樹(なにかを考え込む神北さん。その後の言葉がこうだった)

小毬「理樹くん、理樹くん」

理樹「なにかな?」

小毬「脱いで」

理樹「えっ…ええーっ!?」

理樹「そっ、それはいったい…」

小毬「んっ」

理樹(慌てふためく僕に彼女は怒っているのか少し悲しんでいるのかよく分からない眉の曲げ方をして手を差し出した。とにかく出せということだろう)

理樹「えっと…はい」

理樹(反抗出来る目線ではなかったので言われるがままに渡してしまった)

小毬「今日はこのまま預かります」

理樹「ほ、埃かぶってるよ?」

小毬「だからこそです」

理樹(小毬さんは汚い制服を綺麗に畳むと何事もなかったかのように掃除を開始した)

理樹「……っ」

真人「……」

恭介「……」

理樹(恭介と真人の方を見るもどちらも意図が読めないといった風に肩をすくめて首を横に降るだけだった。なんとなく腹がたつ)



数時間後

真人「ふぅー!なかなか綺麗になるもんだな!」

鈴「うん。…これなら課題も達成だな」

理樹(ちらりと横を向く鈴さん。僕はあえて顔の向きを動かさずうなずいた)

恭介「さぁて帰るかっ」

理樹「あっ、そういえば小毬さんさっきの制服だけど…」

小毬「うんっ、私がブラシしておくね。私はこう見えてもそういうのが得意なのです」

理樹「ええっ、そんな悪いよ!僕が自分で…」

小毬「それじゃあ皆さんさよならぁ~!」

理樹「まっ…待って!」

理樹(行ってしまった。成る程、神北さんが最初に制服を確保したのはこのためだったのか。多分制服の取り合いになると考えていたんだろう)

理樹「明日はセーターかな…」

理樹(辺りは真っ暗だった)

次の日

恭介「さて諸君、今日は鈴がやったような勧誘を全員でしてもらうぞ!」

真人「マジかよっ!なんであんな恥ずかしいことしなくちゃなんねえんだよっっ」

鈴「その恥ずかしいことを私にやらすなボケ!」

理樹「それって学校全体で?」

恭介「もちろんさ」

謙吾「俺はセーフだな。精々頑張ってくれ」

真人「なんだよ、お前だって野球参加してないなら勧誘ぐらい手伝いやがれ!」

謙吾「やりもしないものの勧誘をする方が道理に合わんわっ」

理樹(勧誘は昼からということになった)

校舎3階

理樹「といっても…」

理樹(今日は休日だから校舎はほとんど誰もいないような…)

真人『あ~こちら井ノ原~井ノ原~ただいま1階の職員室~』

理樹(なんてところに潜り込んでるんだ!)

「……」

タッタッタッ

理樹「?」

理樹(今、人が階段の方へ向かっていったような…)



理樹「いない…」

理樹(全力で下へ降りたのに人の気配すらしなかった。人が急にいなくなるなんてありえない。……もしかして)

屋上前階段

理樹「ここかな…」

理樹(謎の人物は上の方へ向かっていったのだろうか)

カラカラ…

理樹「あっ!」

理樹(行き止まりかと思いきやよく見ると窓が開いていた。ネジをドライバーで開けられたんだろう)




屋上


理樹「うーん…」

理樹(居ない。辺りを見回すも人間と言えば僕だけだった)

ヒュゥゥゥ

理樹「これは?」

理樹(上から埃が降ってきた。顔をあげるとどうやら貯水タンクからのようだ)

理樹(早速階段を上がってみた。するとそこにはなんと神北さんがいた。熱心に何かを擦っている)

理樹「おーい」

小毬「ひっ、ひやぁあ!?」

ゴンッ

小毬「い、痛い…」

理樹「こんな所でどうしたの…」

小毬「えっ、あっ、理樹くんだったのかぁ…はぁ良かった」

理樹(胸をなでおろす神北さん。手に持っていたのは僕の制服とブラシだった)

理樹「もしかしてこれずっと…?」

小毬「うん、部屋の中でやったらさーちゃんに迷惑だから…あとこれだけなんだけど取れにくいなあ…」

理樹「これくらいなら僕がやるよっ」

理樹(神北さんからひったくると力強く擦った。確かにちょっと取れにくいや)

小毬「……はぁ、困ったなぁ」

理樹(神北さんは足を伸ばして言った)

理樹「…鈴さんのこと?」

理樹(ブラシで擦りながら聞く)

小毬「うん。やっぱり打ち解けるには時間が必要かなぁって」

理樹「そうだね…でも神北さんは凄いや」

小毬「へっ?」

理樹「だって神北さんやみんなは鈴さんのためにあれやこれやと考えているけど僕は卑怯なことに自分が死んでいくことが怖くて純粋に何もかも楽しめないんだよ」

小毬「……」

理樹(また神北さんは困ったような顔をした)

小毬「うーん…それは考え方かなぁ。私はだからこそって思うの」

理樹「だからこそ?」

小毬「うんっ。だって私や理樹くんが居られるのは残りわずか…ならその限られた時間を少しでも未来がある鈴ちゃんの役に立たせたいなって…」

理樹(はたして僕が出会った中でここまで美しい心を持つ女性を見たことがあるだろうか。とても僕には真似出来そうにない)

小毬「だからね、私は今を一番楽しむの!だってもう悲しむことも出来なくなるから」

理樹(すこし悲しそうな神北さん。僕はこの間の葉留佳さんの言葉を思い出した)

葉留佳『ま、理樹君も分かってくれる時が来ますヨ』

理樹(僕は少し考え方が間違っていたらしい。成る程、つまり僕があの時葉留佳さんに言ったことは子供のおままごと遊びに『そんなの空想なのに何がおもしろいの?』と的外れなことを聞くようなものだったんだ)

理樹「………よし、これでもう目立たないはずだ」

小毬「わーパチパチ!」

理樹「いやぁ、ありがとう神北さん、あんまり話したこともない僕にここまでしてもらって…」

小毬「ううん、大丈夫ですよっ。それに直枝君が幸せになってくれると私も嬉しい」

理樹「えっ?」

小毬「誰かが幸せになると自分もちょっぴり幸せになるよねっ」

小毬「君が幸せになると、私も幸せ。私も幸せになると君も幸せ。ずーっと、ずーっとくりかえして。ほら、幸せスパイラル」

理樹「ははっ。確かに…」

理樹(確かに心からそう思えたら幸せになれる理論かもしれない)

小毬「直枝君がここへ来てくれてよかった。だってクラスが一緒なのにあんまり話したことなかったもんね」

理樹「あっ、そうだ。僕はここへ勧誘に来たんだった」

小毬「ほえ、勧誘?」

こっからは飛ばし飛ばしでやって行こうと思う。
続く(∵)

慣れ過ぎててうっかりしてたぜ!指摘どうも






恭介「はい合格」

小毬「わーい」

真人「ちょっと待てぇ!」

理樹(草野球のことを話すとやはり乗ってきた神北さん。恭介もこころよくチームに入れてくれた)

小毬「というわけでよろしくね鈴ちゃんっ」

鈴「うりゅ…」

理樹「ほらっ、鈴さん」

理樹(神北さんの前に来させると鈴さんは恨む目線で僕を見た。目を逸らしたかったけどここは我慢だ)

恭介「名前を呼んでみろ、ほら小毬さんと」

鈴「は、恥ずい…」

真人「小毬さんが面倒ならこまさんでもいいぜっ」

理樹(そっちの方が面倒くさいことになると思う)

小毬「はいっ、これを読んでください」

理樹(いつの間にかスケッチブックを持っていた小毬さん。そこには『こまりちゃん』と書かれていた)

鈴「こ…こ…」

鈴「駒田」

真人「駒田…」

小毬「わ、私駒田じゃないぃぃ~~!」

理樹(前途多難だ)

夕方


理樹(みんなが帰ったあと、更衣室から神北さんが偶然出てきたので少し話し合うことにした)

理樹「……結局言ってもらえなかったね…ごめん」

小毬「ううん、直枝君は全然悪くないよ。悪いのは私。もっと鈴ちゃんとお話しないとねぇ?」

理樹(色々努力はしてみたけど最後に鈴さんは逃げ出してしまった。あれじゃ僕らが消えたあとは相当大変だ)

理樹「……そうだ」

小毬「うん?」

理樹「今度さ、鈴さんを誘って遊びに誘ってみない?仲良くなるにはそういう思い出が一番さっ」

小毬「わあ、それはナイスアイディアですね~!うんっ、そうしましょう!じゃあさっそく明日誘ってみるね」

理樹「それがいい」

理樹(これで上手くいくといいなあ)

小毬「……あっ、待って直枝君」

理樹「なに?」

小毬「私のことは小毬でいいよっ」

理樹「君がそうお望みなら。僕も下の名前で構わないよ」

小毬「了解!じゃあまたね理樹君っ」

理樹「うん、また明日」



理樹「という訳なんだけど」

理樹(真人は僕の計画の旨を話すときっぱりと言った)

真人「無理だな」

理樹「ええ…」

謙吾「よく考えてみろ、鈴がいきなり名前も呼べない女子に誘われて付いていくと思うか?……というかそもそも誘えるかすら怪しいな」

理樹「た、確かにそうかもしれない…」

理樹(失敗か、なかなか良い案だと思ったんだけどなぁ…)

恭介「いや待ちたまえ、俺に一つ作戦がある」

理樹「作戦?」



恭介「よしっ!全員準備は出来たな?」

小毬・真人「おーっ!」

鈴「……なんで急に遊びに行くんだ」

理樹「たまには気分転換もどうかなって恭介の提案だよ」

鈴「そうか…」




ギーコギーコ

理樹「綺麗だねえここ」

真人「ああ。こんな天気で気持ちいいと寝ちまいそうだぜ…」

理樹(僕らは途中でボートを借りて湖の上に浮かんでいた。ここからが勝負である)

恭介『あーあー、聞こえるか?』

理樹「聞こえるよっ」

恭介『よしっ、今のうちに気付かれず退散だ!』

真人「よっしゃ来たぁ!」

理樹「しっ!静かに…っ!」

ギーコギーコ…

鈴「……」

小毬「それでねぇ~」

プルルルル

鈴「!」

ピッ

鈴「…恭介から…」

小毬「どうしたの鈴ちゃん?」

鈴「…メールだ…『悪い鈴、ちょっと俺と謙吾と真人と理樹は急用が入った。これから行かなければならないので目の前の神北と仲良くやってくれ』」


湖の近くのベンチ

恭介「ふっ…ミッションコンプリートだな」

真人「上出来だ」

理樹「作戦の内容自体はどうかと思うけどね」

鈴「あ、あたしも帰る!」

グラグラ

小毬「ほ、ほあぁぁ~!おっ、落ちゃう」

鈴「っ!」

パシッ

小毬「は、はぁ……ありがとう鈴ちゃんっ」

鈴「……い、今のは私が悪かった……」

小毬「えへへっ」



恭介「うむ、なかなか上手くいってるようだぜ」

真人「おい俺にも双眼鏡使わせてくれよっ」

恭介「ダメだ、こいつは100円出した俺の正当なる権利だ」

真人「ケチケチすんなよぉ~」

理樹「それじゃあ僕らはこれで帰る?」

恭介「ああ、初めてのお使いじゃないんだから多分大丈夫だろ……あっ、真っ暗になった」

真人「うぉぉおお!」




理樹(鈴さんが慌てて僕らの部屋の扉を壊す勢いで開けたのは夕方だった。ちょうど大雨が降り続けていて心配していたところだ)

理樹「どっ、どうしたのさ!?」

鈴「はぁ…はぁ…っ!こまり…ちゃん…がっ」

恭介「………」

真人「落ち着け、息切れまくってるぜ?」

理樹(真人の忠告を聞かずとにかく僕らに『何か』を聞かせることを重視した鈴さんは途切れ途切れに話した)

鈴「小毬ちゃんが……変になったっ…泣いてるんだ、凄く…泣いてる…」

理樹(先程からただごとでは無さそうではなかった形相だったので事実を聞いた僕は余計にそれを聞かされショックを受けた)

理樹「いったい何があったの?」

鈴「分からない…分からないんだ…っ!」

理樹(壊れた機械のように言葉を繰り返す鈴さん。彼女の目は今にも涙が出そうだった)

理樹「と、とにかく行こう!小毬さんはどこに?」

鈴「保健室だ!」

理樹(立ち上がって恭介達を振り変えった。すると恭介、真人、謙吾の3人は…悲しい顔をしていた)

理樹(そしてその時僕は少しだけ疑問に思った。彼らはまだ僕にも秘密を抱えているんじゃないかと…)

理樹「ほ、ほらみんなも行かないの!?」

謙吾「あ、ああ…そうだな!」

鈴「……っ!」

理樹(しかしそれについてゆっくり考えている余裕は僕には無かった。もしも時間がある時にその顔を見ることが出来たならもうちょっとでも観察すると彼らの秘密が分かる気がする。これから向かう小毬さんのことはそれと関係があるのだろうか…)

一旦このスレの進行を止める
その間に別のスレも立てちゃうかもけど続きは必ず書く

鈴部屋

鈴「とりあえずずぶ濡れで帰ったからシャワーだけ…」

小毬「………」

理樹「ど、どうしたの小毬さん?」

小毬「なにが?」

理樹「なにがって…ほら、急に泣き出したって聞いて……」

小毬「………私、泣いてなんかないよ?」

理樹(鈴さんは僕らにすがるような目を向ける。嘘を言っているわけではないようだ)

鈴部屋前

恭介「…ともかく今は風邪を引かないように安静が必要だろう。精神的にもな」

謙吾「神北の欠席は俺が言っておこう」

恭介「鈴、小毬を頼めるか?」

鈴「うん…」

理樹「……ちょっと話があるんだけどいい?」

恭介「なんだ?」

理樹「ここじゃ迷惑だから僕の部屋で」

恭介「………ああ、それがいい」

理樹(部屋に戻るなり僕は3人に怒りをぶつけた)

理樹「これはいったいどういうこと?恭介達はこうなることを知っていたんじゃないの!?」

謙吾「理樹…」

理樹「なにが『俺から言っておく』なのさ!わざわざ言わなくても想いのままにみんなを操れる癖に!」

理樹(小毬さんがおかしくなっているのは僕にだって分かった。目は虚ろで手が震えている…普段の彼女を見ているだけに相当なショックだった。しかもそれは恭介達が作った世界で起きたこと…彼らがこの事についてまったくの無関係であるとは思い辛かった)

恭介「悪かった。これについて俺が事前に理樹に言わなかったのが間違いだったな」

理樹「なにが…」

恭介「この世界で自我を持っている人間は全員トラウマを持ち合わせている。そのトラウマがこの世の未練になることでこの世界に入って来れたんだ」

理樹「それで…?」


恭介「だから俺はそいつらに交換条件を提示した。それらのわだかまりを解消させる代わりにそれを鈴が強くなるための試練として利用させてくれと」

謙吾「……つまりだ、神北や三枝はそれを分かっていてここへ来た…いや、来ることが出来たといった方が正しいか」

真人「分かってやってくれ理樹。ああ言うのを解決するにはそれなりに覚悟がいるんだ」

理樹「で、でも…それでも小毬さんをあのままにしておくことは出来ない」

恭介「だろうな。だがお前には関係ないことだ、余計な口出しはするなよ?」

理樹(恭介は今まで聞いたことのないような口調で僕を突き放した)

真人「……」

理樹「いや…出来ない。僕のわがままかもしれないけど困ってる人がいるのに鈴さんだけに任せて知らん振りなんて…」

恭介「………そんなに放っておけないか?」

理樹「うん」

理樹(恭介は2人を見た。なにか許可を欲しがってそうな顔だったけど真人と謙吾を見るなりそれは降りたんだろう、恭介は遂に根負けしたという感じで僕に顔を戻した)

恭介「ああ分かったよ…お前の思うように行動しろ」

理樹「!」

恭介「だが一つ条件がある。それは俺たちは一切手を貸さないということだ、どうしても救いたければヒント無しでゴールへたどり着いてみろ」

理樹「望むところだ」

恭介「それじゃあ俺たちは帰る…頑張れよ」

理樹(そういって2人は静かに出ていった。明日は僕も休むことになるだろうけどそれで気に病む要素は一つもなかった)

次の日

小毬部屋

コンコン

鈴「理樹、こっちだ」

理樹「うん…」

理樹(許可をもらって小毬さんのお見舞いに来た。ベッドが二つ並んであるけど誰もいないということはもう一人は部活にでも行っているんだろう)

小毬「……誰?」

理樹「やあ小毬さん、調子はどうかな」

理樹(自分で言ってて凄く間抜けなことを聞くもんだと思った。明らかに精神を消耗している様子を見れば誰だって良くないことは分かる)

小毬「なぁんだお兄ちゃんだったんだ。どうして今までずっと会えなかったの?」

理樹「ええっ?」

鈴「小毬ちゃん、こいつは直枝だ。人違いだぞ」

理樹(鈴さんの指摘なんて聞いていないように話を続ける)

小毬「ずっと…会いたかったんだ。私、いい子にしてたから、いい子で待ってたから」

理樹「………」

理樹部屋

理樹(僕は鈴さんを呼んで2人で話し合った。謙吾達は来ないと説明したのに付いてきてくれたのは意外だったけど…)

理樹「もう少しその時の様子を聞かせてくれない?」

鈴「うん。小毬ちゃんが変わったのは私がネコが死んでいるのを見つけてからだ」

理樹(帰りに鈴さんは雨が降っているなか、溝の中で冷たくなったネコを見つけたらしい。ネコを抱き抱えて埋葬してやろうと小毬さんに言うと彼女は手をついて急に泣き出し、一歩も動こうとはしなかったと言う)

理樹「その前…帰る前に小毬さんと何を話していたの?」

鈴「お菓子とかネコのこととかそれぐらいだ」

理樹「そう…」

鈴「あと、お兄ちゃんについて何か言ってたが…」

理樹「ぐ、具体的には!?」

鈴「お前やけにつっかかるな….。お兄ちゃんについてはなんか言おうとしてたけどやめてしまったから聞いてない」

理樹「これだけじゃ小毬さんが何に悩んでいるか分からないな…」

鈴「ん?小毬ちゃんは悩んでいるのか?」

理樹「え?い、いやなんでもないよ…あはは…」

理樹(このことはいくら小毬さんのためでも鈴には言えない。恭介とのルールは守らなければ)



理樹「ねえ真人…」

真人「なんだい理樹?」

理樹(今日はみんなで集まることは無かった)

理樹「小毬さんのこと真人は全部知ってるの?」

真人「またそっちか…」

理樹「?」

真人「小毬のことは詳しくは知らねえ。全部知ってるのは恭介だ」

理樹「そうなんだ」

真人「にしてもよぉ理樹、お前もうちょっと肩の力抜けよな。確かにここは本当の世界じゃない…だけど俺たちが入られるのももはやこの世界の中だけだ。小毬のことは応援してるがそれが終わったらお前も一度でいいから夢に騙されてみろ」

理樹「…小毬さんのことを解決できたらね」

真人「……頑張れよ」

理樹「うん。お休み」

理樹(こうして夜は更けていく………)



食堂

恭介「今日は全員集まったな。小毬はどうだった?」

鈴「今日はまだ見てない。部屋にいるかもしれん」

恭介「そう…か」

理樹(恭介は小毬さんがおかしくなったと聞いた時と同じ顔をした。肝心の恭介がそんな感じなので真人と謙吾は喧嘩をすることもなく、ただ静かに朝食を済ませた)


小毬「おはよう理樹くん!」

理樹「なっ!?」

小毬「ほえ、どうしたの?」

理樹(教室に行くと、なんと前の笑顔そのままな小毬さんが、僕に挨拶をしてきた)

理樹「こっ、小毬さんもう大丈夫なの!?」

小毬「あっ、昨日のことぉ?うん、大丈夫だよ」

理樹「えっ、いや、でも小毬さん昨日僕のことを…」

小毬「んー?理樹くんと私…昨日会ったっけ?」

理樹「なっ…」

小毬「ご、ごめんねぇ~実は昨日は意識がもーろーとしてたから記憶があやふやなの…」

理樹「そ、そう…」

小毬「でももうちゃんと治った!」

理樹「それはよかったね」

真人「おう元気が戻ってよかったなぁ」

小毬「うんっ」

理樹(そんな訳ない…根本的な解決には全くなってないはずだ。だって恭介も…)

小毬「ところで理樹君、真人君」

理樹「なに?」

真人「ん?」

小毬「私とデートしちゃいなよゆーっ!」

ビシッ

老人ホーム

恭介「と言うわけでお呼ばれされた訳だが」

小毬「うん、恭介さんも謙吾君も鈴ちゃんもありがとうっ」

謙吾「む…今さらっと下の名前で呼ばれたな」

真人「気にすんな、俺もだ」


「おお、小毬ちゃんが帰ってきたかぁ!」

「やあやあ小毬ちゃん、ちょっと話を聞いてちょうだい」

小毬「はいは~い」

恭介「流石小毬、すっかりモテモテだな」

真人「ほう…恭介も負けじとサラッと下の名前で呼んでやがる。俺も今度からそうしよう」

真人「ところで神北、俺たちは何をすればいいんだ?」

小毬「みんなのお話を聞いたり、お部屋の掃除をするだけでみーんな凄くニコニコだよっ」

謙吾「あそこにチリトリとホウキがあるな」

理樹(小毬さんは僕らを老人ホームに連れてきた。彼女は度々ここへ遊びに来てはお年寄りの人達の話し相手になっているらしい。僕らを読んだ理由は多分みんなにも仲良くなってほしいからだろう。行かない理由も無かったし、なによりここでヒントが掴めると思ったので鈴さんも呼ぶことにしたけどせっかくなので皆で行くことになった)

試合には勝ったが斎藤と謎の生物(2回戦)に勝てねえ!小毬は何故か斎藤にボロ勝ちしてたがっ!

小毬「じゃあみんなのお部屋に入ってお掃除しちゃってくださいっ」

恭介「世話話とかも交えていけばなお良し…だろ?」

小毬「その通り!恭介さん分かってますねぇ」

恭介「ふっ、なんてことはない」

理樹「なんかそれは緊張するなぁ…」

鈴「わ、私帰る…」

真人「ここまでバスで来たのにか?」

謙吾「歩いて帰るとなると夜になってしまうぞ」

鈴「走って帰る!」

理樹「そういう問題じゃないでしょ…」

小毬「二人とも恥ずかしがり屋さんなんだね~」

理樹(そんな訳で僕らのボランティアが始まった)

こんこんっ

理樹「お邪魔します、掃除をしにきました」

「おや悪いね。学生さんかい?」

理樹「はい、あっちの方からやってきて…」

「へえ」




理樹「それではまた」

「うん。また来てくださいな」

理樹(なるほど。ここの人たちは寂しがっている人が多いと小毬さんが言っていた。僕がその話し相手となることでお年寄りの人たちが幸せにぬるとすれば達成感があるような気がする、少なくとも悪く思わない。)

理樹(『あなたが幸せなら私も幸せ』自然とこの言葉が頭に思い浮かんでいた)

『雨に歌えば~♪』

理樹「?」

小毬『弾む心~蘇る幸せ~♪』

理樹(壁の向こうから小毬さんの歌声が聞こえた。多分ホールで歌っているんだろう。……少し前にあの表情を浮かべていたとは思えない)

「おや、小毬ちゃんが歌っているね…ちょっと杖を取ってくれんかえ?」

理樹「どうぞ」

…………
……





小毬「たたみを開けるとそこはぱりり~♪」

理樹(次の部屋に移る途中でホールを覗いた。やはり小毬さんが歌っていた。それも老人の皆さんからの拍手や音頭で凄く盛り上がっていた。歌はお世辞にも上手いとは言えなかったけど…)

…………
……



理樹「…ここもいない」

理樹(部屋は空の場合が多かった。小毬さんのリサイタルにみんな行ってるんだろう)

理樹(感心していると向こう側から鈴さんがやってきた)

理樹「やあ、鈴さん、向こうは終わったの?」

鈴「ん」

理樹(見ると手には掃除をしていったところの人からお菓子を渡されたようでポケットまでパンパンだった)

理樹(残る部屋は僕と彼女のはさみうちとなる閉じられた扉だけだった。なぜ閉じられているかは分からない。ここは使われていないのだろうか)

理樹(鈴さんに居たら僕のあとに続くよう言うとノックをした)

こんこんっ

理樹(反応がない)

理樹「こんにちはーっ居ますかー?」

理樹(これまた反応が無かったのでドアを開けてみた)

「……」

理樹(開けた先にはちゃんと人がいた)

理樹「あの…」

「だぁぁああれじゃきさんはぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ
あッ!!!!」

鈴「!?」

理樹(その人は振り返るなり大声で叫んだ。)

理樹「掃除をしに回ってるんですけど …」

「ノックぐらいせんかぁああああああああああああああああああッ!!!!」

理樹「したよっ!」

鈴「……ッ」

理樹(鈴さんは半泣きだ)

「ふんっ、掃除じゃとおっ?」

理樹(なんでいちいち怒鳴られなくちゃならないんだろう。というか部屋はいろいろなもので物凄く散らかっていた)

理樹「うん、一応部屋の片付けとか…」

「ふんっ、そんなもん必要ないわい。わしの身辺の世話をしていいのはわしの連れだけじゃ」

理樹(随分時代的なことをいう)

理樹「でもここ散らかりまくってるし…」

「じゃかあしいわあああああああっ!おどりゃしごいたるぞこんダラズがあああああああああっ!」

理樹「なんでそんないちいち怒鳴るのさ!?」

「わしゃ女子供は好かん」

鈴「……」

理樹(鈴さんはそんな間にも黙々と片付けを始めている)

「これ、片付けんでいいと言っとるだろうが!」

理樹「なんでさ?綺麗になった方が気持ちいいと思うけど」

「どうせすぐ汚くなるわ!」

理樹「なんだか意地でも片付けたくなってきたよ…」

「ふん、この小次郎痩せても枯れても小僧に下から物を頼むほど落ちぶれてはおらぬわッ!」

理樹「ああ、もう分かりましたよ…でも勝手にやりますからね」

理樹(とりあえず鈴さんに続いて辺りに錯乱している紙くずや新聞紙やらを拾い集める)

小次郎「なんじゃ、お前ら逃げ出さんのか」

鈴「私たちは掃除にしにきたからな」

理樹(初めて鈴が口を開いた)

小次郎「わしが必要ないと言っとるのにか?」

鈴「綺麗になったほうがじいさんも気持ちがいいだろ」

小次郎「わしゃ小次郎じゃ」

理樹「小次郎さん、僕らは別に仕事で来たわけではないですから。…自分が気分良くなるような動いているだけです」

小次郎「なんじゃそのてめえ勝手な理屈は」

理樹「あー、うん、友達の理屈をちょっと借りたんですけど…」

小次郎「ほお、なかなか骨があると見た」

小次郎「よし小僧、掃除をせい。ちゃちゃっとな」

理樹「まあ、そのつもりで来たんだけど物凄いやる気なくすなぁ…」

小次郎「ふん、最近の若いモンは目上の者を敬う心掛けもないのか」

鈴「じいさんが上から目線なだけなんじゃないか?」

小次郎「だぁあれがじいさんじゃぁああああ!!!」

理樹「どこからどう見てもおじいさんだよ…」

小次郎「心はいつでも十代じゃ」

理樹(この人と話すと疲れるな)

理樹「じゃあタメ口でもいいの?」

小次郎「年上を敬わんかこの小僧がああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

理樹「ただのわがままじゃないか…」

小次郎「ナイスミドルと思え」

鈴「……な、直枝…どうすればいいんだ?」

理樹「ごめん、僕にも分からない」

理樹(とりあえず拾い集めたゴミをゴミ箱に捨てにかかる)

小次郎「おかしな小僧じゃな」

鈴「じいさんよりマシだ」

小次郎「うはっはっはっは!気に入ったわいお前ら。ならばわしも動くとしよう」

理樹(すくっと立ち上がるとテキパキ辺りのものを拾い集め始める。……普通に元気な人だな)




…………
……


理樹(あらかた掃除を終えると小次郎さんは再び元の位置に戻った)

小次郎「ふん、落ち着かぬ部屋になったものよ」

鈴「そーか?私はすっきりしたと思う」

小次郎「こんなもん、一週間もすれば元通りじゃ。……よし貴様ら、また掃除をしにこい」

理樹「また気が向いたら」

小次郎「うむ」

理樹(ドアを開けたところでちょうど小毬さんが来た)

小毬「あっ、理樹君に鈴ちゃん!二人でお掃除?」

理樹「うん、たった今終わったところ」

小毬「そういえば…理樹君たちこの部屋から出てきたよね?」

鈴「変なじいさんがいたけどな」

理樹(まったく歯に衣着せないなあ…)

小毬「ほえ?なかに入れたの?今日はご機嫌いいのかな~」

小毬「私も入ってみようかな…」

理樹「いや多分やめたほうがいいと思うよ…」

小毬「理樹君、何事もちゃれんじ、ですよ!よおーし頑張るぞー」

理樹(意気揚々と中に入る)

小次郎「くらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

小毬「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

理樹(小毬さん、脱兎のごとく逃走)

理樹「ち、ちょっとなんてことを…」

小次郎「見て分からんか。威嚇をして追い出した」

鈴「そんなの可哀想だ!」

小次郎「言ったじゃろう、わしゃ女子供は好かん」

理樹(やっぱり鈴の言う通り変なおじいさんだ)

理樹「それにしたって今のは酷いですよ。小毬さん、悪い子じゃないんだから…」

小次郎「……」

理樹(小次郎さんが急に神妙な顔つきになった)

理樹「えっ、どうしたんですか?」

小次郎「………小毬というのかあの娘」

理樹「うん」

小次郎「わしの大昔に死んだ連れもこまりと言った」

理樹「………」

理樹(それを聞いた瞬間僕はこの人がただの恭介たちに作られた人達の一人じゃないと気付いた)

小次郎「お前ら、失念しておったが名前を聞いてなかったな」

鈴「棗鈴」

理樹「…直枝理樹です」

小次郎「そうか、なんとも言い難い名前だ」

理樹(微妙な評価をされる)

小次郎「わしは………神北小次郎という」

理樹「……!」

理樹(一瞬、思考が止まり、周りから遮断されたような感覚を覚えた。間違いない、確実に小毬さんの問題の鍵を握る人だ)

小次郎「小僧」

理樹「はい?」

小次郎「あの小娘をわしに近づけるな」

理樹「えっ、な、なんでですか…?」

理樹「小毬さんはきっと、あなたとも話をしたいと思っていますよ。さっきも言ったけど小毬さんはいい子だし…」

小次郎「いい子だったら余計にいかん」

理樹「どうしてそこまで拒絶するんですか!」

小次郎「わしゃあの娘と関わりとうない」

理樹「………」

理樹「小次郎さん、小毬さんとどういう関係なんですか?」

小次郎「お互いなんの関係もない同士じゃ」

鈴「でも名前が一緒だ」

小次郎「……余計な詮索はするな」

理樹(うってかわって厳しい口調で鈴に言った。どうやら今日はここで引くしかないらしい)

理樹「それじゃあ今日は失礼します」

鈴「また来る」

小次郎「………うむ」

理樹(夕方。ボランティアは一応学校が企画しているので指定のバスで帰ることになっている。もうすぐ帰る時間なので後片付けをするとバスの前で小毬さん達を待った)

理樹「鈴さん、小次郎さんは絶対小毬さんと関係があるよ。多分、前に起きたこともあの人なら何か知ってるかもしれない…」

鈴「うん、なんか怪しい」

理樹(このまま不躾に聞こうとしてもそう簡単に教えてくれそうにない。まずは僕らだけで手がかりを探さなくちゃいけないだろう)

理樹「うーん…」

恭介「いよっす!」

真人「あれっ、はえーじゃねえかお前ら」

理樹(頭の整理をして思考を巡らせていると3人が帰ってきた。小毬さんの手にはお菓子袋が3つもさげられていた。鈴さん同様もらいまくったらしい)

小毬「みなさーん、今日はありがとうございました!」

真人「なに言ってんだよ、俺たちは進んで来ただけだ」

謙吾「あくまで自分と相手の気分がいいようにやる…神北の言ってたことじゃないか」

小毬「えへへ~」



理樹(揺れるバスの中で考える。小次郎さんは何故ああも小毬さんを遠ざけるんだろう…何か後ろめたい理由でも……)

小毬「おにい……ちゃん」

理樹「えっ!?」

理樹(鈴さんからお兄さんについて少しだけ聞いていたが今、隣の席からハッキリとこの耳で聞いた。一度は壊れた原因に関係があるかもしれない)

がたんっ!

小毬「ほわっ…あう!?」

ごんっ!

小毬「い、いたひぃ~~…」

理樹(……つくづく不運な人だ。とにかくせっかく起きたので聞いてみる)

理樹「おはよう小毬さん。さっき寝言言ってたみたいだけど」

小毬「あ、あうぇ…?」

理樹「お兄さんがどうとか…」

小毬「ほ、ほわぁ!?恥ずかしいぃぃ理樹君に寝言聞かれてたぁぁあ~~!」

理樹「いやまあ」

理樹(気を取り直して聞き返す。他の人だとがっつき過ぎだと思われるだろうけどなりふり構ってられない)



小毬「お兄ちゃん?」

理樹「うん、小毬さんはお兄さんいるの?」

理樹(小毬さんの話によって彼女の中で取り巻く話のおおよそが分かったかもしれない)

理樹(小毬さんはいつも夢で、夢にしか現れないお兄さんが出てくるらしい。もちろん家族に聞いて小毬さんのお兄さんなんか居ないと聞かされているようだけど小毬さんはなんとなく嘘をついていると感じているようだ。それと…それが聞いてはいけなかったことも)

鈴「直枝!」

理樹「わっ」

鈴「お前なんかぼーっとすること多いな」

理樹「ごめん…」

鈴「小毬ちゃんのことは分かったか?」

理樹「まあ少しだけなら…」

鈴「よし、報告しろ」

理樹(鈴さんはあんなに恥ずかしがっていたのに今では小毬さんのこととなると積極的になる。鈴さんの成長を考えると恭介も喜ぶだろう)




理樹「…というわけ」

鈴「なるほどな。それじゃその絵本がヒントになるんじゃないか?」

理樹「うん、僕もそう思う」

理樹(絵本とは小毬さんが夢の中でお兄さんに呼んでもらっていたものだ。たまごとにわとりのお話…にわとりはたまごを産み、たまごはひよこになる。でもひよこはたまごだったことを忘れ、にわとりになるとひよこだったことも忘れてしまう…それがずっと続いていくなんだか哲学的な話)

理樹(その話を詳しく聞きたかったけど結局分かったのはその話の内容だけでタイトルは分からない)

理樹「きっとその本さえ見つかれば小毬さんはまた笑顔を取り戻せるような気がするんだ」

鈴「……お前、今そーとーはずいこと言ってるぞ」

理樹「うっ…」

理樹(しかし着実に小毬さんの謎の答えが分かっていく手応えは感じた。なんとしても突き止めなくては…小毬さんと鈴さんのためにも)

次の日

理樹(昼休み。きっとまた彼女はあそこで僕を待っているはずだ)

理樹「鈴さん、行こう」

鈴「うんっ」

真人「おーい理樹、学食行こうぜ」

理樹「ごめん、ちょっと他のところで食べるから…」

鈴「一人で便所で食ってろ」

真人「な……」

理樹(その時の真人の顔は出来るだけ思い出したくない)





屋上

小毬「くぅ…」

理樹「やっぱりいた」

理樹(見つけたのはいいけど)

鈴「寝てるな」

理樹「うん………あれっ…」

小毬「………」

理樹(小毬さんの隣に薄い本が置いてあった。本人には悪いけど手に取ってみる)

理樹「これ…」

鈴「ん?……ひよこの絵だな」

理樹「うん…ひよことにわとりの……そうだ!これが小毬さんが言ってた物だっ」

理樹(きっと小毬さんが言っていた本はクレヨンで画用紙に直に描いてあるところをみると市販のものじゃなく誰かが作ったものだったようだ)

理樹「探しても見つからないわけだ…」

小毬「うぅん…」

理樹「あ、おはよう小毬さん」

鈴「起きたか」

小毬「うーん?」




小毬「そうなのです。家の倉庫を探したら他の本と一緒に置いてあったの」

理樹「なるほど」

小毬「それでね…多分、お兄ちゃん本当にいるかもしれない」

理樹「……?」

小毬「ほらっ」

理樹(本を裏返して右の端っこを指す。そこには『神北拓也』という名前が載ってあった)

小毬「私の親戚に拓也っていう名前の人いないから。お母さんに聞いてもやっぱり嘘ついてるって分かった」

理樹「小毬さん…」

小毬「本当にいるなら会いたいよ…お兄ちゃん」

鈴「………」

鈴「小毬ちゃん!」

理樹(いきなり両肩をガシッと掴む鈴さん)

小毬「ほ、ほわぁっ…な、なにぃ?」

鈴「必ず会わせる。…理樹!今日の放課後行くぞ」

理樹「あ、うん!」

理樹(どこへかは聞かなくても分かる)

訂正




小毬「そうなのです。家の倉庫を探したら他の本と一緒に置いてあったの」

理樹「なるほど」

小毬「それでね…多分、お兄ちゃん本当にいるかもしれない」

理樹「……?」

小毬「ほらっ」

理樹(本を裏返して右の端っこを指す。そこには『神北拓也』という名前が載ってあった)

小毬「私の親戚に拓也っていう名前の人いないから。お母さんに聞いてもやっぱり嘘ついてるって分かった」

理樹「小毬さん…」

小毬「本当にいるなら会いたいよ…お兄ちゃん」

鈴「………」

鈴「小毬ちゃん!」

理樹(いきなり両肩をガシッと掴む鈴さん)

小毬「ほ、ほわぁっ…な、なにぃ?」

鈴「必ず会わせる。…直枝!今日の放課後行くぞ」

理樹「あ、うん!」

理樹(どこへかは聞かなくても分かる)



小次郎「なんの用じゃ貴様ら。学校はどうした?」

理樹「終わったところです。それにしてもすぐ散らかってますね…」

小次郎「ふん、言ったじゃろう。このくらい朝飯前じゃ」

理樹「別に自慢になりませんよ」

鈴「直枝っ」

理樹(裾を引っ張られる)

小次郎「なんじゃあ、2人はこれか?」

理樹(立てられた小次郎さんの指をまた折りたたんであげた)

理樹「違います…それより話したいことが」

小次郎「聞くだけ聞いておこう」

理樹「小次郎さん、小毬さんの話です。……お兄さんのことです」

小次郎「………」

小次郎「……あの話はせんと言ったろう」

理樹「小毬さんは拓也さんに会いたがっている!」

小次郎「じゃかあああああしいわあこのハナタレがあああああああああああああああああああああああああああっ!」

理樹「っ!」

小次郎「冷静になったか?この話を聞くならその方がええ。……なるほど名前まで知っておるか」

理樹「小次郎さん、小毬さんは一度壊れたようになって…」

小次郎「分かっておる。今からその話をしようと言うとるんじゃ」

小次郎「……ワシの連れがあの子と同じくこまりと言ったことは覚えておるな?」

理樹「はい」





理樹(小次郎さんと共にいた「こまり」は自分の兄のことを好いていた。しかしその兄はある日血を吐いて倒れてしまったらしい。それ以降「こまり」は毎日のように泣きながらもはやこの世に居ない兄を探し回るようになった)

理樹(小次郎さんはそんな彼女を助けてやりたいと思い彼女の側にいる。すると「こまり」は小次郎さんのことを死んだ小次郎さんの兄だと思い込むようになってしまう)

理樹(小次郎さん自身は自分が代わりになって「こまり」の悲しさを紛らわせるのならと、これが救いになっていると当時は信じ込んでいたらしい。しかし結局それは何の解決にもならず、時が過ぎる度に忘れては思い出すを繰り返して「こまり」は精神をすり減らしていったという)



小次郎「こまりがワシのことを完全に思い出したのも最期の3日間だけであった……しかしその3日が無ければ連れとも言えんじゃったろう」

小次郎「結局時間ばかりが過ぎてワシは最期までこまりを救えずに終わってしまった…」

鈴「……」

小次郎「親戚どもから聞いた話じゃがあの子の壊れるきっかけは大量の血か動物の死が原因と聞いた。なにかその時に心当たりはないか?」

鈴「猫が…死んでた」

小次郎「そうか……」

理樹「えっ?これは…?」

小次郎「持っていけ。ワシが出来るのはそれまでじゃ」

理樹「……ありがとうございました」

鈴「……っ」

理樹(部屋を出て開けてみると墓地の住所と番号が書かれていた。…あの人も自分の口で告げる勇気が無かったんだろう。そういうことらしい)

鈴「直枝…」

理樹「うん…」

理樹(これを小毬さんに伝えていいものか…帰りの足取りはとても重たいものとなった)

小毬「あっ、ここだよここ!私のオススメのドーナツ屋さん」

鈴「人が多いな」

理樹(今日は鈴さんと相談しつつ買い出しに付き合うことになるはずだったけどなぜか当の小毬さんも一緒に行くことになってしまった。これではただ女の子2人と遊びに行くだけだ……そう考えたら小毬さんはともかく凄く緊張する)

理樹「それじゃあ空くまでどこかで時間を潰す?」

小毬「そーしましょー!」

鈴「………」

理樹(鈴さんの様子がおかしい)

理樹「………どうかした?」

鈴「……が…なんで…」

理樹「えっ?」

理樹(最後の言葉が聞こえないので聞き返そうとすると、小毬さんも立ち止まってしまった)

小毬「あっ……う…」

理樹(2人の視線の先を見た……それは自動車か何かで潰された鳥の死体だった。既に原型をとどめていない)

理樹「そうか…!小毬さん、見ちゃダメだ!!」

理樹(鈴さんが強引に小毬さんを翻させようとしたが間に合わなかった…あまりにも遅かったのだ)

小毬「う、うあああああああああああああああっ!!」

理樹(その笑顔が崩れるのはあっという間だった。輝いて色んな素敵な物を見つけられていたはずの目はどんどん暗闇に変わり、死んだ魚のようなものへなりさがっていく。小毬さんは両足をつき、顔を手で覆い隠して人目もはばからず泣いてしまった)

ざわざわ

鈴「小毬ちゃん!しっかりしろ!」

理樹「と、とにかく学校へ帰ろう!」

理樹(もう嫌だ…解決しない限りこんなことがあと何回続くんだろう。やっぱりこれには終止符を打たなければいけない…僕と鈴さんで)

鈴部屋

理樹(次第に落ち着くと小毬さんはポツリと「みんな思い出した」と言った)

理樹(身体が弱くて入院していた小毬さんにとって優しいお兄さんはかけがえのない存在。しかし、とうとう自分が長くないことを悟った拓也さんは死の間際に全ては夢だと言って、言葉通り小毬はお兄さんの死を夢にしてしまった。そうすることで、小毬は悲しみから目を背けていたんだ)

理樹(そして、拓也の記憶を思い出した今は、誰かを兄と思うことで自分を守ろうとしていた)

墓地

理樹「………」

理樹(貴方の死が小毬さんに大きな影響を与えた……それほど彼女にとって重要な存在だったが今はもういない。この先見て見ぬ振りをするのは嫌だ…それが彼女のためでもありそれを取り巻く人達のためでもある)

理樹(拓也さんなら…彼が生きていたらどうしていた?)

理樹(………!)

理樹「……そうだ…鈴さん、本だ」

鈴「なに?」

理樹(同じく目を閉じていた鈴さんに呼びかける)

理樹「小毬さんを救うには原因と真正面からぶつかるしかない!」

…………
……





理樹「はっはっはっ…!」

ばらばらっ

理樹「これで材料足りる!?」

鈴「うん…」

理樹「鈴さんは絵が上手いね…」

鈴「ん…」

理樹(集中しているようだ。あとは鈴さんの夕食を持っていって小毬さんに会いに行こう)

鈴部屋

理樹「入るよ小毬さん」

小毬「あ、こんばんわお兄ちゃん」

理樹「僕は……ううん、ねえ小毬さん」

小毬「?」

理樹「明日また屋上に来てくれない?窓は開けておくからさ」

小毬「屋上~?」

理樹「うん、じゃあ伝えたよ」

ばたん

理樹「………はあ、やるだけのことはやろう」

理樹部屋

理樹「ただいま…真人?」

真人「おう理樹」

理樹(身体を動かさないまま答える真人。今日は謙吾の方へ泊まると聞いていたけどどうやら夜食の差し入れに来ていたらしい。横顔は呆れているのか微笑んでいるのかよく分からない。視線の先を辿ってみると…)

鈴「………」

理樹「寝てる…」

理樹(真人が帰ってから鈴さんが作り上げたものを見た。絵はもう完成していた)

理樹「………お疲れさま」

鈴「………」

理樹「よし、あとはホチキスで留めて…と」

理樹(起こすのは悪い気がするので鈴さんに掛け布団を羽織らせて寝てしまった。明日は早めに起こして自分の部屋に戻ってもらおう)



理樹「鈴さん」

鈴「うんっ」

理樹(昼休みになった。屋上へ向かう足取りは不思議と軽い)




屋上

理樹「……あとは待つだけだよ」

鈴「…直枝」

理樹「なに?」

鈴「小毬ちゃんを助けてやってくれ」

理樹「それは違うよ、二人で助けるんだ」

鈴「うん…そうだな」





理樹(小毬さんはそう間を置かずに来た)

小毬「よいしょ…」

鈴「小毬ちゃん!」

小毬「あ、鈴ちゃんもいたんだねえ」

理樹「……」

小毬「お兄ちゃん、どうしてこんなところに呼んだの?……そういえば白いひらひらもないね」

理樹「小毬さん。僕は拓也さんじゃない、お兄さんじゃないんだよ」

小毬「じゃあ私のお兄ちゃんはどこ…?」

理樹「神北拓也はもうこの世にはいない、死んでしまったんだよ」

小毬「そんな……嘘…あ……ぐ」

理樹(小毬さんがまた目を手で塞いでしまう前に用意しておいたものを差し出した)

理樹「小毬さん、これを見て!」

小毬「んっ……うぐ…」

理樹「絵本を描いたんだ…たまごのお話の続きを…僕と鈴さんとで描いたんだ」

小毬「絵本…続き……」

理樹(僕らの描いた先を小毬さんは読み始めた)

小毬「にわとりはっ……思い出しました…っ……自分がたまごだったことを…」

鈴「……」

小毬「ひよこは辺りを見回しました…そして気が付いたのです…周りにはたくさんの仲間がいることに……!」

理樹「僕はそうじゃなかった…両親が死んで塞ぎこんでた日々……小毬さんと同じような境遇だったとき、もしも恭介達と出会っていたなら明るい日々を過ごせたかもしれない……でも今の小毬さんにはそれが出来るんだ!」

小毬「……っ!」

理樹「だから笑って!辛い時も悲しい時もずっとリトルバスターズのみんなが一緒だからっ」

理樹「だから笑って陽だまりみたいに…そうしたらまた始まるんだ、小毬さんの物語が!」

小毬「私の物語…」

理樹「この後に続いている真っ白なページに小毬さんが新しく描いていくんだっ」

小毬「理樹…くん」

鈴「小毬ちゃん!」

小毬「わっ、鈴ちゃん!」

鈴「頑張れ…頑張れ!」

理樹(みるみるうちに小毬さんの瞳から本来の輝きが取り戻されていった)

小毬「…お兄ちゃんはもう居ないんだね…でもこれからはもっといっぱいステキなもの見つけられる…これからっ!」

理樹「うんっ」

理樹(こうして小毬さんの物語はひとまず解決したと言ってもいいだろう。あとは…)








恭介「よう。こんなところに呼び出してどうした?」

理樹「小毬さんの問題を解決してみせた…ちゃんと鈴さんと二人で」

恭介「…あれからよく救ったな」

理樹「ううん、救っただなんて偉そうなことは言えないよ。結局小毬さん自身の強さがなければ無理だったと思う…僕らはその手助けをしただけさ」

恭介「そうか……んで、用件ってのは報告だけかい?」

理樹「まあね…これからも出会う人たちがどんな困難にぶつかったとしても鈴さんと二人で乗り越えて、また強く成長させていくんだ」

恭介「おう。頑張れよ」

理樹(恭介は振り返り、手を挙げて帰っていった…そして僕は気付いた。これも恭介の計算のうちだったんじゃないかと。こうして僕に鈴さんが強くなるためのサポートをさせ、僕は知らずのうちに恭介の手足として操られていたんだと。……でも、それでもいい。それでみんなや鈴さんのためになるなら喜んで恭介に良いように使われよう。とりあえず今はもう疲れた……これからのことは明日から考えよう)

一旦ここまで
次からリフレイン編

………………
……








理樹(僕らは本当に長い道のりを乗り越えた。小毬さんに葉留佳さん、クドと西園さんに……来ヶ谷さんの願いを叶え、同時に鈴さんも成長してくれた。多分恭介の言う課題はもうほとんどクリアした…残すのは……)

鈴「”理樹”!」

理樹「どうしたの鈴さん?」

鈴「レノンからまた課題が届いたんだが…」

理樹「最後の試練とか書いてあった?」

鈴「な、なんで分かったんだ?」

理樹「ううん、なんとなく」

理樹(そりゃ分かるとも。恭介から直接言われたんだから)






昨晩

恭介部屋

恭介「理樹、おめでとう_____はまだ言えないがとりあえず良くやった…鈴をここまで強く出来たのはお前のお陰だ」

理樹「………」

恭介「遂に最後の課題をお前たちに課す」

理樹「『お前たち』じゃなくて鈴さんだけでしょ?……それはともかく鈴さんを独り立ち出来るようにするんだよね?」

理樹(恭介の部屋に集まった僕らは何度も行われてきた作戦会議を始めた。しかし今回のそれは少し雲行きが怪しい終わり方になった)

恭介「ああ。俺たちが消えた後に近いであろう状況に鈴を置き、逆境に立ち向かう力を付けさせたい」

謙吾「どういう意味だ?」

恭介「聞いてくれ。まず、併設校のとあるクラスがバスの事故を起こしたことにする…」




恭介「そして鈴の成長が完成する訳だ」

理樹(最初に真人が口を開く)

真人「うーん…なんかそりゃ急過ぎやしねえか?」

謙吾「俺もそう思う」

理樹(珍しく二人が意見を一致させた)

恭介「いや、俺はもう大丈夫だと思う。なんと言ったって理樹がこれまで必死で鈴をあそこまで引っ張っていってくれたんだ。二週間前の鈴が小毬達と仲良く喋っているところを想像出来たか?」

理樹(確かに想像出来ない。それ以前にこれまでの恭介の言動が間違っていたことはなかった。あの人がすることは何故か全てが最善に進んでいることは事故が起こる前から三人とも承知していた。僕は半ば盲目的に恭介に賛成の意を証明することにした)

理樹「僕は恭介の案がいい。だって恭介の判断はいつだって間違っちゃいないじゃない」

真人「まあ、そう言われてみればそうだが…」

謙吾「…だが少しぐらい様子を見てもいいんじゃないか?」

理樹(一人納得していない顔で謙吾が言った)

恭介「よし、じゃあこうしよう。一週間後に県会議員と理事長がこの学校に来る事にして理樹と鈴で校内を案内させるんだ。」

恭介「これを課題にして、もし4人全員が納得出来る程鈴が緊張せずにエスコートを終えられたらそこから併設校の話へ持って行く。これならどうだ?」

謙吾「む…」

理樹(それでもまだ納得しかねるといった感じだったが恭介の説得でようやく渋々ながら首を振った)



恭介「よし、決まりだ!それじゃあ早速、明日から鈴にその練習をさせよう」

理樹(僕はこの時、恭介に絶対の信頼を寄せて一つも疑わなかった愚かさに未だ気付いていなかったのだった…)

ね、寝る…

………………
……





鈴「レノンからまた課題が届いたんだが…」

理樹「最後の試練とか書いてあった?」

鈴「な、なんで分かったんだ?」

理樹「ううん、なんとなく」

鈴「理樹はエスパーなのか?」

理樹「まあね」

理樹(僕は時々鈴さんと仲良くなるにつれ騙しているような罪悪感に襲われる時がある。しかしその度、自分に、これも全て彼女のためだと言い聞かせた)

理樹「それで内容はなんだって?」

鈴「『HRで立候補しろ』……?訳がわからん」

理樹「多分、今日のHRで何かあるんだよ」

鈴「つまりそれに手を挙げればいいのか?…でもなんでこの手紙の人はそうなることを知ってるんだ」

理樹「……きっと今日の朝にその『何か』の情報を小耳に挟んだんじゃないかな」

鈴「そっかー」

HR

先生「そうだ、ひとつ大事なことを言い忘れていた。一週間後にこの学校へ理事長と県会議員の方々が視察へやってくる。その時に、うちの生徒2人くらいで学校の案内をしてもらいたい。誰かやりたい者は?」

理樹(来た)

理樹「鈴さん…」

鈴「……」

理樹(アイコンタクトで鈴さんも頷いた)

鈴「……」

スッ

先生「おっ、棗やってくれるか!もう一人は…」

理樹「はい」

先生「よし、ありがとう直枝。では今日の放課後また私のところへ来てくれ。それではHRを終わる」

「起立、礼、着席!」

……………
……



謙吾「そうじゃない鈴。理樹が先頭で案内をするなら鈴が二人の後ろを歩くんだ」

鈴「そうか…分かった」

理樹(一週間で鈴さんは案内に向けて恭介達に礼儀作法を教わった。…ただこれは形だけのもので、たとえどんな失敗を犯そうと鈴さんが気に入られることは確実なのだ。そう、この世界は鈴さん1人さえ騙すことが出来ればあとはどうにでもなる)



……
……………

議員「本日は校内の案内をどうもありがとうございました」

鈴・理樹「「はい」」


恭介(最後に聞きたいのですが)


議員「最後に聞きたいのですが」

鈴「?」


恭介(こう言っては失礼だが貴方は不器用そうな人間だ。しかしいい瞳をしている)


議員「こう言っては失礼だが貴方は不器用そうな人間だ。しかしいい瞳をしている」

理樹「………」


恭介(そのような表情が出来るのは何故ですか?)


理樹(おそらく恭介が最後に聞きたかったんであろう問いを言った。それに鈴さんも間髪いれずに答えた)

鈴「みんながいるからだ」

議員「………なるほど」







ブロロロロロ…


理樹「はあ…行っちゃったね」

鈴「なあ理樹。あれで良かったのか?」

理樹「うん。…鈴さんにしては上出来だったよ」



恭介部屋

恭介「3人は今の鈴をどう思う?」

真人「俺は恭介の考えに合わせる。もう考えは決まってるんだろ?」

恭介「ふっ…まあな」

理樹「僕も鈴さんは充分成長したんじゃないかと思うよ」

謙吾「………俺は…」

謙吾「俺は一応反対だ」

真人「なんだと?」

謙吾「鈴はまだ他人にすがらないと重要な場面まで一人で乗り越えられないと思う。今回のことも俺たちが教えたからあそこまでやれたんだ。やはり考えは変わらないもう少し様子を見たかった……しかし約束は約束だ」

恭介「……そうか。それじゃあ解散だ」

理樹(それは次の日の事だった)

昼休み

理樹部屋

ピロン♪

理樹「……鈴さんから?」

理樹(件名は『たすけてくれ(∵)』だった)



裏庭

理樹「はぁ…はぁ…!鈴さん!」

鈴「ん…理樹か。どーしたそんなに走って」

理樹「いやいやいや…だってメールであんなこと書かれてたら誰だって飛び出してくるよ…てっきり何かのトラブルに巻き込まれたのかと」

理樹(それにしてもこの数週間、鈴さんと二人だけの共通点だったのは恭介に与えられた課題だけだったというのにそれが終わった今、何故僕だけ呼んだんだろう)

理樹「ところでどうしてここへ呼んだの?」

鈴「うん、あのな、今日の授業に先生に呼ばれたんだ。そこで併設校に行けって言われた」

理樹「……っ」






鈴「それで断ろうとしたらもうちょっと考えてくれって言われたから考えてる」

鈴「理樹はどうすればいいと思う?」

理樹「分からない…何故その相談に僕なんかを呼んだの?恭介の方がそういうことはもっと良いアドバイスをしてくれそうなのに」

鈴「うーん…」

鈴「うーん?」

鈴「んーん?」

理樹「いや無理に答えようとしなくてもいいよ…」

鈴「…確かになんで理樹なのか分からない。なんとなくだ」

鈴「だけど…誰かを頼りたいと思って考えたら一番最初にお前の顔が浮かんだんだ」

理樹「……!」

鈴「理樹はいつも正しかった。みんなの色んな悩み事も理樹と一緒なら解決出来た」

理樹「そうだね…」

鈴「だから理樹、私にどちらが良いか言ってくれ。私はお前が言うことならなんでもする…お前の言うことならそれは正しいはずだから」

理樹「………」

理樹(鈴さんは…僕を認めてくれた。恭介や謙吾や真人ではなくただ僕を選んでくれたんだ。どうせ消えてしまう運命にある僕だけどもしこれが恭介達とで作った世界じゃなく本物だったとしたらきっとこれからも楽しい世界が広がっていったんだろう)

理樹「鈴さん、僕は…」

理樹(ただ、そんなことが実現しないのは百も承知だった)

理樹「行くべきだと思う」

鈴「………分かった……」

理樹(これでいいんだ。それが鈴さんのためになるなら)

理樹(鈴さんが決心してからこの学校を出て行くのにそう時間はかからなかった)





鈴「…行ってきます」

恭介「おう!生徒の力になってやれ。挫けるなよ」

小毬「鈴ちゃんファイトですよ~」

鈴「…理樹は?」

恭介「それが分からないんだ…まあ今生の別れって訳でもない、またすぐ帰ってこれるんだ。もう探す時間が無いからとにかく行ってしまえ」

鈴「分かった…」

謙吾「それじゃあ気を付けて行ってこい」

鈴「うん」

バタンッ





中庭

理樹「……」

恭介「行かなくてよかったのか?鈴はお前にも挨拶したがっていたが」

理樹「恭介は僕のいる場所くらい分かってたんでしょ?本当にそう思うなら鈴さんが行く前に言えばよかったじゃないか」

恭介「その通り、わざと聞いたんだよ。言わなかったのはお前が誘っても断る顔をしていたからだ」

理樹「だって……やっぱり鈴さんを騙してあんなところに行かせるなんて僕は卑怯だ…彼女は僕に……僕だけに教えてくれたのに」

恭介「そうか…理樹だけにか…」

理樹「…後ろめたいんだよ」

恭介「だがそれは結果的に鈴のためになると言ったろう。とりあえず今日はゆっくり休んで寝ろ。鈴のためにもだ」

理樹「……………」

明日に続く



理樹「……」

ピロン♪

理樹「……?」

理樹(鈴さんからメール…)

鈴『りきどうしたらいい?知らない人ばかりだ。みんなくらい(∵)』

理樹「……っ」

理樹(僕は見送らなかったというのにまだ僕にすがってくれるのか…)

カチカチ

理樹『がんばれ』

理樹(今はそれしか言えなかった)



鈴『りき、はなせる人がいない』



鈴『誰もはなしかけてこない』


理樹「くっ……」

カチカチ



理樹(『がんばれ』…なんて無責任な言葉なんだろう。自分は何もしてやれない癖に…)






理樹「ねえ恭介」

恭介「なんだ?」

理樹(今日は恭介のクラスに来た。目的はもちろん鈴さんのことだ。恭介自身それを分かっているはずだけど彼はあえて目の前の本に顔を向けたまま僕の方を見ずに返事をした)

理樹「ぶしつけだけどさ、鈴さんは今、その併設校でどんなことを?」

恭介「人を励ますことさ。そりゃ今は上手く行ってないがしばらくすれば鈴が明るくしてくれるはずだ」

理樹「そのしばらくっていつさ?」

恭介「……いつかだ」

理樹「ねえ恭介、鈴さんは今苦しんでいるんだ。僕へのメールからも分かる」

恭介「あのな理樹…お前も俺の意見に賛成したはずだぜ?大丈夫だ、絶対なんとかなる」

理樹(恭介が言う『大丈夫』は出会った時らいつも本当にその通りになってしまうので僕にとって一番安心出来る言葉だったが今回のそれは僕の不安を拭ってはくれなかった)





ピロン♪

理樹「あっ…!」

鈴『りき、もう頑張れない(T T)』


鈴『もうかえりたい(T T)』


理樹(泣いているんだ…多分画面の向こうの少女は本当に泣いている。僕はそこへ直接励ましてあげることも出来ない…)

理樹「もう耐えられない…鈴さんを助けに行こう」

理樹(ただ助けに行くとしても恭介はきっと鈴さんの居場所をどうやってでも教えない気だろう……ならばこの世界で唯一事情を知っていていて僕の話に賛同してくれる人……)







謙吾「………それで、俺と理樹で鈴を取り戻したいという訳か」

理樹「……うん」

続く

部室

謙吾「真人には頼まないのか?」

理樹「真人はこの問題に関しては中立にいるって言ってた」

謙吾「そうか…」

理樹「ねえ行こうよ謙吾!このままだと鈴はいずれ壊れてしまう」

謙吾「………」

理樹(謙吾は急かす僕とは反対に落ち着いた表情で僕をなだめた)

謙吾「まあ待て。今日はもうこんな時間だ、俺だって夜を朝にすることは出来ない。恭介が黙ってないだろうが連れて帰れさえすればこちらの物だ、見つかりにくい早朝にしよう」

理樹「う、うん…」

理樹(ただあせって行動にばかり移そうとする自分がひどく子供に感じた。相手は恭介だ。確かになんの策も無しにこの学校から出られるとは思えない)

謙吾「そして理樹のことを信用していない訳じゃないが行動を読まれて恭介に捕まらないためにも理樹は部屋から出ないでくれ。俺がお前の部屋に向かう。部屋の窓から出よう」

理樹「こうしてることも恭介は気付いてると?」

謙吾「まあそんなところだ」

……………
……


理樹部屋

理樹(謙吾はまだかな…)

コンコン

理樹「!」




ガチャ

理樹(ドアを開けると謙吾が背後に注意しながら素早く転がり込んできた。心なしか楽しそうな顔だった)

理樹「首尾はどう?」

謙吾「オールグーリン」

理樹(………)

理樹「え、えーっと…とりあえず真人はまだ起きてないよ。行くなら今のうちだと思う」

謙吾「グッド!」

理樹「け、謙吾…?」

謙吾「なんだ?」

理樹「なんか楽しそうだね」

謙吾「この俺が楽しそうだと?……まあな!」

理樹(認めたー!?)

謙吾「そりゃあワクワクするさ。俺たちは囚われの姫を城から取り返しに行く泥棒よようなもんなんだからな!」

理樹「なんでもいいけど大声出すと真人が起きちゃうよっ」

理樹(謙吾はもしかすると鈴のことさえなければいつもはこんか性格だったりするのだろうか…いや、見抜けるはずがない)

謙吾「ああ分かってる。さあ、ここからおさらばだ。窓を開けるから素早く出よう。今から学校に出るまで声を出してはいけないぞ?」

理樹「うん」

ガラッ

パタン

理樹(僕が出た瞬間に窓を慎重かつ素早く謙吾がしめてくれた。そして謙吾はジェスチャーで靴を履くように指示した。ちなみに謙吾の靴はまるで忍者が履いているような足袋だった…こんなものどこから調達してきたんだろう)

理樹「………っ!」

謙吾「……?」

理樹(どうした?といった顔の謙吾。僕はなんでもないと顔を振った。……驚いた訳というのは今、確かに真人が身体の向きを変えたからである。真人はいつも寝ている時に寝返りなんて滅多にうったりしない……これはたまたまだったんだろうか…それとも寝ている振りを?その疑問が僕の頭の中で駆け巡ったが今はそんなことを気にしている暇は無かった)





校門前

サッ

謙吾「よし……理樹、俺がキャッチしてやるから飛び降りろ」

理樹「う、うん…っ」

ガシッ

謙吾「ふう…なんとか学校からの脱出は成功だな」

理樹「そうだ、ここからどうやって移動するの?」

謙吾「徒歩だ」

理樹「……えっ?ごめん、もう一度言ってくれない?」

謙吾「徒歩だ」

理樹「ええーっ!確かここから併設校ってかなり遠いんだったよね!?」

謙吾「大丈夫だ、抜け道がある。こっちだ」




理樹(謙吾を信じて歩くこと数十分。謙吾が唐突に呟いた)

謙吾「もうすぐ着くぞ。ここからはまた慎重にな」

理樹「……嘘、こんな近くな訳…」

謙吾「ところが本当だ。鈴は心に余裕が無かったから道筋を確認することは無かったが実は大回りをしていたんだ。本当は言うほど遠くない…ただ理樹が学校周辺を散策しても見つかりはしなかっただろうがな」

理樹「そうか…僕が学校の場所さえ知らなければそれ程遠くに作る必要がないもんね」

謙吾「まあ流石の恭介も相談に乗りこそすれ俺がここまで裏切るとは思うまい」

理樹(そういう謙吾は恭介が楽しいことを考えている最中に見せるような不敵な笑みを浮かべていた)

併設校前

謙吾「…あまりここへ来たくはなかったんだがな」

理樹(気持ちは分かる。何故ならこの学校のモデルは僕らが全員死んだ後の自分の学校その物だからだ)

謙吾「一応作りは違うがセキュリティに問題はない。……いや、あちらからすると問題ではあるが……っと、その前に鈴にメールをしておけ。そろそろ行くと」

理樹「分かった…」

理樹(鈴さんには昨日の時点でこの作戦のことを伝えておいた。恭介には秘密だと釘を刺しておいたが追ってくる気配がないのを見ると約束は守ってくれたらしい)

理樹「鈴…起きてるといいな」

謙吾「ところで理樹はいつの間にか鈴を呼び捨てにしているがそんなに早く仲が良くなったとは少し驚いたな」

理樹「ええっ?あ、いや…まあ鈴も僕のことを下の名前で呼び捨てにしてたし、僕自身、謙吾や真人にも言ってるから鈴だけだと変かなあって」

謙吾「そのうち付き合ったりしてな」

理樹「いやいやいや!そんなことあり得ないから!」

謙吾「なんでもいいがその『いやいやいや』って言うの好きだな」

理樹「いやいやいや…」

謙吾「はっはっはっ!面白いなぁ理樹は!」

理樹「ほ、ほら早く行こうよ!」

理樹(せっかく気合いを入れ直そうと思ったのにそんな空気じゃなくなってしまった…)

謙吾「それでは行こうか、鈴を奪還しに!作戦名はオペレーション:ダスティン・ホフマンだっ!!」

明日はいっぱい更新が出来るな!続く!

理樹(門を静かに抜けたあと抜き足差し足で女子寮に来た。謙吾はこの学校の構造を知り尽くしているらしい)

謙吾「理樹…鈴から返事は?」

理樹「それが来ないんだけど…」

謙吾「やれやれ…向かいに行くとしよう。鈴の部屋は最上階の一番向こう側にある。一応合鍵を渡しておく」

理樹「やりたい放題出来るんだね…」

謙吾「なんでもは無理だ。ただここの人間は全員恭介の管轄だから気をつけよう」

理樹「分かった。ところで謙吾、その木の板は?」

謙吾「ん?ああ、これはだな、帰る時に『必要』になる」

理樹「?」

~ミッションスタート~

理樹(学校はいくら早朝だからといってもやはり朝練の用意をしている人もいるのか物音がそこらかしこに響いていた)

謙吾「……」

スッスッ

理樹「……」

コクリ

理樹(謙吾のジェスチャーで奥へと進む。その判断は的確だったらしい、あっという間に目的地へ着いた)

謙吾「……よし理樹、慎重にノックしろ…」

理樹「うんっ…」

コンコン

>>179と言ったな?ありゃ嘘だ。やっぱり明日書く

シーン

理樹「返事がないね」

謙吾「鍵は?」

ガチャッ

キイ…

理樹「あ、開いた…」

鈴部屋

理樹(ドアの前に立っただけでは見えるのは正面の窓しかなかった。しかし玄関の様子を見ただけでここがあまりにも質素で飾り付けのない部屋なのが分かる)

謙吾「鈴?」

理樹(相変わらず返事はない)

謙吾「様子が変だな…何か嫌な予感がする。気をつけて進め理樹」

理樹「う、うん…」

理樹(息を整え忍び足で廊下を進んだ。しかし、どう動いても廊下の板の軋む音がするのでバカバカしくなって、次第に普通にあるくことにした)

理樹(キッチンの側まで来るといよいよ部屋全体を見通せるようになった。やはりここも玄関と比例して必要最低限のもの以外特に置いているものはないらしい…しかし目線をベッドに向けたところで僕は衝撃を受けてしまった。多分、この光景は一生忘れられないだろう。………僕はそこで鈴の普段の姿からはかけ離れた姿を目にしてしまった)

理樹「う…あ…」

謙吾「どうした?鈴を見つけたのか?」

理樹「き、来ちゃダメだ謙吾ー!」

謙吾「………なっ…」

鈴「……………」

理樹(鈴は……パジャマ脱ぎかけでほぼ下着のままの状態で寝ていたのだ!)

謙吾「はあ…やれやれ、こういう所はまだ子供みたいだなこいつは。……おい鈴!起きろ!」

理樹(謙吾は動じることなくピシャリと声を張り上げて鈴を起こした)

鈴「んりゅ……なんだ…」

謙吾「今日は脱出の日だぞ?さっき理樹にメールを貰っただろう」

鈴「ん……あー…あれな」

理樹「あれなって…」

理樹(鈴が言うにはメールをもらってから用意をするために着替えていたらしい。しかし途中で眠くなったのか着替えている途中で…)

謙吾「寝てしまったわけか…」

理樹(なるほど、よく見れば辺りに制服が散乱していた。それにしても二人とも下着姿に関してまったくリアクションをとっていないけど幼なじみという奴はみんなこんな感じなんだろうか)

謙吾「しょうがない。早く着替えを済ませろ。そろそろみんな起きてくるぞ」

鈴「分かった」

理樹「と、とりあえず謙吾も後ろ向こうよ!」

謙吾「うん?ああ、そうだな。着替えが終わったら言ってくれ」

鈴「ああ」

理樹(まあ、でも…なんかもう色々手遅れな気がする…)

キイ…

謙吾「…よし、誰もいないな」

理樹(とは言っても下からは少しガヤガヤと人が出入りする音が聞こえた)

謙吾「仕方がないな…ここは下に降りると同時に一気に駆け抜けよう」

鈴「そんなことして後でまた連れ戻されないのか…?」

理樹(振り返ると鈴の顔は不安でいっぱいになっていた。それ程ここが苦痛でしかなかったのかもしれない…)

理樹「大丈夫だよ鈴。きっと僕がそばでいるからさ」

謙吾「そうだ。お前はここから出ることだけを考えればいい」

鈴「……分かった」

謙吾「覚悟はいいな二人とも?1.2の3で下に降りるぞ」

理樹「うん…」

謙吾「…1…2の…」

鈴「ちょっと待て」

理樹(緊張が最大まで高ぶった所で鈴が止めに入る)

謙吾「どうした?」

鈴「それは3!って言ってから出るのか3と同時に出るのかどっちなんだ?」

理樹「そんなの別にどっちでもいいと思うけど…」

鈴「いーや、よくない」

謙吾「はぁ…3と同時でいいな?」

理樹(ため息まじりに謙吾)

鈴「分かった」

謙吾「今度こそ行くぞ?…1…2の…」

「キャー!?不審者よーっっ!!」

謙吾「見つかったか!?走れ!」

理樹(さっそく取り決めた合図も意味がなくなり、各々のタイミングでがむしゃらに駆け出した)

「「待てー!!」」

理樹(出口に近付くほど追っ手の数は増えていった。しかし僕らは男だし鈴も運動能力は高い方だったのであっという間に女子寮を出ることができた)

謙吾「なっ!?」

理樹「どうしたの?」

「「止まれー!!」」

鈴「っ!」

理樹(先ほど通報されたのか風紀委員と思しき男子や若い用務員の人達が少し先から僕らを追ってくる!)

謙吾「門へ向かえ!そこまでたどり着ければ俺がなんとかする!」

理樹「なんとかってどうやって!?」

謙吾「いいからとっとと行けーっ!」

理樹(叱咤激励(?)された僕と鈴は前だけを向いて走り出した。鈴が少し疲れた様子なので手を掴んで類寄せるように走る)



理樹「はぁ…はぁ…!」

鈴「もう走れん…」

理樹「け、謙吾は…?」


謙吾「ここだ!」


理樹(謙吾は何かを両手に持ちながら凄まじい速度で門へたどり着いた。追っ手はもう数十メートルの所まで来ていた)

理樹「それは…そういえばここに来る前から持ってた木の板?」

謙吾「ああ。万が一のために持ってきたんだがまさか本当に必要になるとは…な!」

理樹(謙吾は持っていた板を門の扉にある隙間によく映画で扉を無理やり開けなくさせるようにする様な感じで入れてしまった)

がんっがんっ

「くそっ…どうなってるんだ!?」

「板が邪魔で開けられない!」

謙吾「よし…これで時間は稼げるはずだ。行くぞ二人とも!青春を駆け抜けよう!」

理樹(相変わらず謙吾は謙吾でぶっ飛んでいたけど仲間としてはこの上なく頼もしかった)

理樹(その後僕らは帰り道を笑いながら辿った。まるで修学旅行の前によく恭介達とやっていた『ワクワクすること』を久しぶりにやったような感じがする。謙吾がここまでハジけるのも無理はない気がした)

理樹「そろそろ学校が見えてきたね…」

謙吾「そうだな。……む」

鈴「あっ…恭介だ」

理樹(校門の前に恭介は1人仁王立ちをしていた。朝日に照らされた彼はそれだけで絵になっている気がしたが顔はちょうど影になっていて表情を読み取ることが出来なかった)

謙吾「理樹…恭介はおそらくもう異変に気が付いているはずだ」

理樹「うん…」

理樹(恭介の立場を考えると足が重くなったがここで怯んではいられない。意を決して進んだ)




校門前

恭介「……こんな時間にどこをふらついていたんだ?」

鈴「恭介…」

恭介「鈴…どうした、併設校に行ってたんじゃ?」

謙吾「俺が無理を言って連れ出したんだ。どうも鈴には併設校での食事が口に合わんらしい」

恭介「減らず口を叩くな。とりあえず鈴はこっちの自分の部屋に戻っていろ、あとで俺が説明しておく」

理樹(恭介は喜怒哀楽を消し去ってしまったのか誰にも読めない表情で言った。鈴は僕らの雰囲気に心配するような素振りを見せたが僕が心配いらないと首を振ると駆け足で戻っていった)

恭介「さて…話を聞こうか二人とも」

理樹(恭介にこうなるまでの経緯を伝えた。
鈴はもう充分だと。今更あえて壊す真似なんかしなくていいと)

恭介「……俺に一言も相談せずか?」

謙吾「そうするとお前は是が非でも理樹を止めただろ?」

理樹「これから…たとえば鈴を強行手段を使ってでも併設校に再び帰らせるのは簡単だと思う。だけどそれをする前に僕自身恭介と対等な立場で話し合いたかったんだ」

理樹(と言ってもこれは正直後付けの理由かもしれない。僕はそんな理屈を抜きにしてまず鈴のことを思うといてもたってもいられなかったんだ)

恭介「なるほどな…確かに俺は今でもお前の意見に賛成出来ない。……理樹、とりあえず腹減ったろ?そろそろ朝飯の時間だ、話はそれからにしよう。謙吾、お前は後で俺の部屋に来い」

謙吾「……」

理樹(これで僕と恭介は決定的に対立したことになる。皮肉な話だけど僕らはお互いに鈴のために戦わなくてならなくなってしまったのだ)

続く

食堂

鈴「……」

理樹「……」

恭介「……」

理樹(せっかく久々に5人で集まっているというのに辺りは驚くほど静かだ。いつもなら無理にでも明るい雰囲気を作ろうとする真人でさえ目の前の食べ物にしか関心がないといった様子で食事を続けている)

恭介「そうだ…今日は学校は休みだったな。創立記念日だ」

鈴「そうだったのか?」

理樹(多分、今決めたんだろう…恭介は僕に無言の挑戦状を渡した。それはいよいよ取り返しのつかない状況に変化していく合図のように思えた)




理樹(鈴を生徒と共に寮に帰らせて残ったのは僕と真人と謙吾、それに恭介の4人だけとなった)

真人「理樹。お前はもう鈴を元の世界へ返して一人立ち出来ると考えているんだな?」

理樹(最初に切り出したのは真人だった。今回ばかりはどちら側に立つかはっきりさせるらしい)

理樹「うん。だって昔の鈴じゃ知らない人に話しかけるとか考えられなかったでしょ?そりゃ最初は悲しむかもしれない…でも必ず立ち上がれるはずさ」

恭介「だったら何故今回のような強行手段に出た?俺が送り出したのはまさしく未来の学校と同じ環境なんだぜ?」

理樹「いいや、あっちじゃ鈴のことを誰も攻めたりするもんか。むしろ同情して話しかけに来てくれる人の方が多いはずさ!」

恭介「そもそも一人で乗り越えられる程強いか疑問だな。鈴の機転もあったとはいえ、これまでの課題も理樹のサポート無しじゃ無理だったはずだが」

理樹「そんなの…分からないよ!」

恭介「オーケー。あくまでお互いの意見は通らないって訳だ……なら勝負をしよう」

理樹「勝負?」

恭介「そうだ。謙吾、真人、お前達は俺と理樹以外の意見はあるか?」

真人「そうだな……どちらかというと俺は恭介の意見に賛成だ。まだ鈴はひよっこだろ」

謙吾「俺は理樹の味方だ」

恭介「つまりこうだ。俺と理樹が勝負してもし俺が勝ったなら鈴をまた併設校へ返して強くさせる。理樹が勝ったならその言葉を信じて鈴を元の世界へ戻す。鈴に一番近い存在で、俺に勝てる程の理樹が言うなら信じるしかない」

理樹(やっぱりこうなった…初めて会ってからずっと憧れの存在だった恭介と戦う時が来た)

理樹「分かった。でも対戦方法って?」

恭介「じゃあ…どうするかな」

恭介「リトルバスターズは今や野球チームだからな…またマウンドに立つとすっか」

理樹(恭介が立ち上がった)




グラウンド

恭介「味方の投げるボール、それを先に三本、柵越えさせた方の勝ちだ」

理樹「分かった。つまりペアを組むんだね?」

理樹(僕の味方はもちろん…)

謙吾「理樹」

理樹「うん」

謙吾「で…そっちの相方は?」

真人「悪いな」

理樹(これも予想通りだった)

恭介「こちらは真人だ」

理樹(振り返ると真人がバットを手にこちらへ向かって近づいてきた)

恭介「お前の筋肉が活きる時がきたぞ」

真人「るせぇ、こんなことのために鍛えてなんかねぇんだよ」

恭介「力任せに振れ、こっちから軌道にボールを投げ入れてやるさ」

真人「そんな簡単にいくか!…だが、負ける訳にもいかねえ…」

恭介「雨が降ってきそうだな…すぐ始めようぜ」

理樹(こっちも鈴をあまり長い間一人にしておけない。先行後攻を決めるジャンケンは僕が勝った)

理樹「どっちがいい?」

謙吾「練習が無しなら後攻だ」



恭介「ワインドアップで投げる。一球でタイミングを掴め。捨て球はこれ一球だけだぞ」




カィン!

理樹(大ファール。校舎を乗り越え、曇り空に消えていった)

恭介「飛距離は充分だな。次はいけるだろ」

理樹(手応えを感じたようだ)

恭介「交代だ」

理樹(僕は謙吾に顔を向けた)

理樹「もちろん…謙吾が打つよね」

謙吾「今、打たない手もあるなと思った。だがそれこそ俺の意味がなくなるな」

理樹「そうだね…」

理樹(この一本を成功させれば圧倒的に有利となる。先行する心理的プレッシャーは大きい。僕がストライクゾーンに投げさえすれば謙吾なら決めてくれる)

理樹(だって、あの謙吾だ。身体能力でいえば全国でも敵無しの凄いやつなんだ。それだけじゃない。精神力も、誰よりもある)

理樹(僕がしっかりしていれば勝てる戦いなんだ)

理樹「いこう」

理樹(慎重にセットアップに構える。謙吾はいつものように片腕でバットを構えた)

理樹(自分の鼓動が聞こえる…早すぎやしないか?緊張している?……大丈夫だ落ち着け、ここで考えたらダメだ、何も考えずこのまま投げよう。あまり焦らしすぎても謙吾がタイミングを計りかねてしまう)

スッ

理樹「……っ」

理樹(ステップを広げ、地面を足についたところで違和感。こんなにマウンドって高かったっけ?)

シュッ…

理樹(狂いが生じた。ボールを離す位置が浅すぎた!)

コロコロ…

理樹(バッターボックスからはどんな打球音も聞こえてこなかった。僕は…地面を見下ろしたまま、顔を上げられずにいる)

謙吾「構うな!次は打つ!」



理樹(ぽつぽつと頭に何かが当たってくる。雨が降り始めたんだ。…それはすぐ、強く打ちつけ始める)

恭介「これは長くは続けられないな…一本差でコールドゲーム成立だ、いいな!?」

理樹(恭介の声がグラウンドに響く)

謙吾「やむをえまい」

理樹(謙吾がそれを飲む。前に謙吾が天候までは操れないと言っていたし僕もこれが不利益に働くことはないと感じたので了解した)



カイーン!

理樹(短く締まった音が響いた。目で追わなくとも分かる…あの初速、角度、打球は軽々場外だ)

理樹(次、僕たちも打たないと負ける)

謙吾「理樹、お前は何も気負うことはない。安心しろ、お前の相棒は…」

謙吾「100戦無敗、負け知らずの男だ。信じろ」

理樹(僕は声も出せずこくんと頷く)

理樹(再びセットポジションについた)

理樹(いくよ謙吾。心の中で呟いたにも関わらず、謙吾はそれに頷いてみせた。)

理樹(足を持ち上げ、重心を移動。左足がしっかりと地面を捉える。腕を振るいボールを指先から放す)

シュッ

理樹(自然な投球が出来た。ボールは吸い込まれるように謙吾の胸元に、少し近かったが謙吾は切れないように充分引きつけ……)

カッキーン!

理樹(打った。片手で難なく打ち上げられた球はぐんぐん空へ向かい…フェンスを越えた)

理樹「やった…!」

理樹(もう一度謙吾の方を見返すと謙吾は不適な笑みを浮かべていた。…いや、今の謙吾は本当に敵無しだ)



カッ!

真人「チッ」



カィン!

理樹「やった!」

理樹(このまま僕が失敗するまでエンドレスに続くかと思っていたが次の恭介達の番はファールに終わり、最後も謙吾が上手くボールを拾って上へ飛ばした)

謙吾「コールドゲームだ。恭介」

恭介「…………ああ、負けちまったらしいな」

理樹(そう言う恭介は何故かそれほどショックを受けていなかった。もしかすると恭介は何かを企んでいるかもしれない……しかし、今の僕がそれに分かるはずもなかった。今はただ恭介に打ち勝ったことだけが頭の中でいっぱいだったんだ)

続く
多分次かその次に終わる

…………
……




裏庭

謙吾「こんな所にいたのか理樹」

理樹(空は夕方と夜が入り混じったような模様になり、とても綺麗な世界だった。今まで何度も見てきたこの景色もこれが見納め時かと思うと一層この目で留めていたくなる)

理樹「謙吾…謙吾は未練はないの?」

謙吾「……ない訳がないだろう」

理樹(謙吾の声は少し詰まっていた。謙吾も本当はもっとみんなで遊びたかったはずだ。それがこんなところで終わると考えると泣き出したくてたまらないはずなのにそんな感情を注意しないと分からないほど押さえつけていた)

謙吾「だがもともと死にかけていた俺だ、今ここにいることさえ感謝しないといけない」

理樹「鈴には明日ここへ来てもらうよ。謙吾も…」

謙吾「うん、分かってるさ。2人…いや、鈴を幼なじみである俺が見送ってやらないでどうするんだ」

「おうおう、なに話してんだ?」

理樹「真人」

理樹(真人はいつもと寸分違わない笑顔で後ろに立っていた。他人のために平気でこの馬鹿らしさを貫き通せる人は他には居まい)

謙吾「ちょうど、お前の馬鹿さ加減について話し合っていたところだ」

真人「なんだとぉ!?てめえ、もうすぐ死ぬって時まで俺を怒らせて楽しいかっ」

理樹「まあまあ落ち着いてよ」

理樹(不思議なことに彼らを見ていると心が落ち着く…。明日、みっともない醜態を鈴に晒してしまわないだろうかという心配もどこかへ消え去ってしまった)



カチカチ…

真人「鈴にメールか?」

理樹「うん…明日グラウンドにって」

真人「なんかまるで告白するみたいだな」

理樹「ちょっ!」

理樹(真人は恋愛面に疎い分、たまにとんでもないことが口から飛び出してくる)

真人「えっ、なんか変なこと言ったか?」

理樹「そりゃ変だよ…真人は僕が鈴に告白するとしたら驚くでしょ?」

真人「驚く…?いや、俺は別に驚いたりはしないが…」

理樹「ええぇーっ」

真人「んだよ、うるっせえな…」

理樹(逆にこっちが変な人みたいな目で見られた!)

真人「俺はだな理樹…いや、俺たちはいつ鈴と理樹がくっつくかと楽しみにしてたんだぜ?」

理樹「いやいやいや…いやいやいや!」

真人「恭介もずっとそうなったらいいなって思ってたらしいしな」

理樹(僕と鈴が付き合う…?そんなこと考えたこともなかった…だって彼女は恭介の妹で、僕はただの地味な男子だし…)

理樹「それに仮に僕が付き合ったとして鈴一人置いていかれるなら寂しいじゃないかっ」

真人「いやだって………あ」

理樹「なにその『あ』って」

真人「い、いやなんでもねえ!さーて俺は夜のランニングでも行こうかなーっと!」

理樹「あ、ちょっと真人!」

理樹(いったいどうしてしまったんだ…)

……………
……


理樹(僕らはいつもと同じように起き、いつもと同じように食堂に向かった)

鈴「……今日はみんないないな」

恭介「他の生徒のことか?今日はみんな風邪だとよ」

鈴「いや、そうじゃない。生徒じゃなくて…いや、生徒か…ううむ?」

真人「どうしたんだよ鈴」

鈴「誰かがいない気がする…私の横には誰かいたんだ」

謙吾「なんだ、隣の俺はいなかったことにされているのか?」

鈴「もっといたはずなんだ…ここで騒いでた」

恭介「………」

恭介「まあ、そのうち思い出すさ。飯を片づけよう」

理樹「………っ」

理樹「ごちそうさま」

恭介「さて、グラウンドに出ようか」

鈴「……?」

理樹「あれっ、鈴メール見た?」

鈴「見てない」

理樹「あらら…」

鈴「これからなんでグラウンドに行くんだ?」

恭介「そりゃもちろん野球さ」

鈴「やきゅー?なんでいきなりそんなことしなくちゃいけないんだ。あたしはルール知らないぞ」

理樹「うん…」





恭介「ほれボール」

鈴「あたしが投げるのか」

恭介「理樹がバッターだ。真人、謙吾」

理樹(恭介は一人一球で終わりだと伝えた。鈴はそれがどんなことを意味するのか気付いていない)

理樹「鈴、この辺りに投げるんだよ」

鈴「ん…りゃ!」

バシュッ

理樹(次第に薄れていく記憶の中でも散々鍛えたコントロールは衰えていないらしい)

理樹「それ!」

カキン

恭介「真人!」

真人「あいよ!」

理樹(真人は大きく逸れたファール球にも関わらず頭からぶつかるように突っ込んだ)

鈴「ま、真人…怪我するぞ」

理樹(その危なっかしさは鈴が珍しく真人の身を案じるほどだった)

真人「これぐらいなんでもないね。そら鈴」

理樹(真人はボールを鈴に返すところで手を止めた)

鈴「どうした?」

真人「なあ鈴、俺のことが好きか?」

鈴「うーん……」

真人「んな難しく考えなくてもいい」

鈴「……そーだな。真人は馬鹿だが好きだ。いや、馬鹿だからか?とにかくそれがどうした?」

真人「いやなんでもない…嫌われてないかどうか心配だっただけさ。…それじゃあな」

鈴「なに、もう帰るのか?」

理樹(真人はそれだけ伝えると鈴にボールを投げ、鈴がそのボールを受け取る前に……消えた)

鈴「何ィ!?真人が消えたぞ!理樹、真人はどこ行ったんだ!」

恭介「鈴、マウンドに戻ってくれ」

鈴「でも…」

理樹「鈴」

鈴「……わ、分かった」

理樹(世界はとっくの前から歯車が狂い始めていた。僕ら5人しかいない世界ではもはやその姿を取り繕うのが精一杯だ。しかしそのうちの一人がまた消えたことによっていよいよ本格的な崩壊が始まる)

鈴「そりゃ!」

ブンッ

理樹「はっ!」

カキンッ

理樹(次は謙吾の方へ向かっていった。フライ球なのが申し訳なかったが真っ直ぐ上を向いて手をかざす様にキャッチした謙吾の顔は満足していた)

謙吾「鈴、返すぞ」

鈴「うん」

謙吾「残念ながらこれを渡したら俺も鈴とはお別れだ」

鈴「お別れ…」

理樹(謙吾は鈴の元へ握手を求めた。鈴もそれが何を意味するのか直感で理解できたらしい)

謙吾「友情の証を」

鈴「……謙吾もいなくなるのか…そんなの嫌だ…っ」

恭介「謙吾を悲しませたくないならそのまま握手してやりな」

理樹「………鈴」

鈴「………」

謙吾「……ありがとう。俺はお前と友達でいれたことを誇りに思う」

理樹(次の瞬間、彼女の手は支えるものがなくなり、だらりとぶら下がった)

鈴「謙吾…っ」

恭介「ラストだ鈴。投げてくれ」

鈴「嫌だ…恭介と理樹までいなくなるなんて嫌だ!」

理樹「鈴っ!!」

鈴「…っ!」

理樹「真っ直ぐ僕だけ見るんだ。…さあ、ほら投げて」

鈴「う…く…」

理樹(彼女が投げた最後の球は物凄く弱々しくて…)

カッキーンッ

理樹(ボールはもはや恭介の取れる高さではなく、真っ白な球は上にグンと伸びてとうとう向こうの柵の中まで入ってしまった)

恭介「ふっ…やっぱり敵わねえなお前たちには」

理樹(恭介の顔はとても爽やかでどこか達成感が見え隠れしていた)

……………
……


恭介「さあ行け、二人とも。校門から出られる…理樹、鈴を最後まで引っ張ってやってくれ」

理樹(言葉通り僕は鈴の手を強引に引っ張って校門へと進んでいった)

鈴「待て理樹!」

理樹(一度も振り向こうとしなかったし、鈴にそれをさせなかった。何故なら僕の知ってる恭介なら今頃、自分でも許さなかった涙を流しているはずだから)

理樹「ごめん恭介…っ」

理樹(僕と恭介は鈴に涙を見せてはいけなかった。でも人の心を持っていない限りそんなことが出来る人なんていやしない)

鈴「理樹…」

理樹(校門に着くと外は白い光で包まれていた。ここを進むと鈴は現実に帰ることが出来るんだろう)

理樹「鈴、さあ行って」

鈴「行ったらどうなるんだ…?」

理樹「今に分かる。強く生きてほしい」

理樹(結局僕が鈴に出来ることは自分ではやれるか分からないようなことを本人に押し付けることだった)

鈴「……っ」

理樹「お願いだよ鈴。ここで行ってくれなきゃ僕らの努力が無駄になっちゃうよ…!」

理樹(すがるような口調で僕は鈴に叫んだ。鈴は怖気付いていたが時期に決意したような顔になり)

鈴「分かった」




……
…………


理樹(鈴の音が次第に聴こえなくなっていく…三人に比べたら大したことはやっていないけど僕は達成感を噛み締めた。途端にすっかり枯れたと思っていた涙がまたポロポロと肌を伝っていく…そしてそれを拭ったと思うと背中に衝撃が走った)

理樹「なっ…」

理樹(どうやら背後から誰かに押されたらしい。すでに一歩先は白い靄と化していた。僕が倒れこんだところは既に地面がなく、どんどん底のない底へ沈んでいくばかり…遅れながらもさっきまで居たところを見上げるとそこにはこの学校に残った最後の一人が立っていた)






恭介(明朝、異変に気付き、門の前で待ち構えていると理樹と謙吾、それに鈴が現れた。なるほど、謙吾もこれに噛んでいたのか。真人もおそらく黙認していたんだろう。ここまで他人に出し抜かれたのは爺さんを除いて初めてだ。お前がここまでやるようになったとはな理樹)

恭介「……こんな時間にどこをふらついていたんだ?」

鈴「恭介…」

恭介「鈴…どうした、併設校に行ってたんじゃ?」

謙吾「俺が無理を言って連れ出したんだ。どうも鈴には併設校での食事が口に合わんらしい」

恭介「減らず口を叩くな。とりあえず鈴はこっちの自分の部屋に戻っていろ、あとで俺が説明しておく」

恭介(鈴を移動させて二人に話をさせる環境を作った。まさか理樹がここまで成長するとは思わなかったな。今、俺は喜びを隠せているだろうか)

恭介「さて…話を聞こうか二人とも」

恭介(理樹は俺にこれまでの経緯を語った。どうやらただの身勝手な行動じゃなく、理樹なりにちゃんと考えていたらしい。まあそうでなかったら謙吾が同行するはずがないか…)

恭介「……俺に一言も相談せずか?」

謙吾「そうするとお前は是が非でも理樹を止めただろ?」

理樹「これから…たとえば鈴を強行手段を使ってでも併設校に再び帰らせるのは簡単だと思う。だけどそれをする前に僕自身恭介と対等な立場で話し合いたかったんだ」

恭介(……まだまだ未熟だな。とてもこれから独り立ちなんて出来ないだろう。あえてここはうんと頷いてやらない)

恭介「なるほどな…確かに俺は今でもお前の意見に賛成出来ない。……理樹、とりあえず腹減ったろ?そろそろ朝飯の時間だ、話はそれからにしよう。謙吾、お前は後で俺の部屋に来い」

謙吾「……」

恭介(この分だと理樹はまだ自分のことにまだ気付いていないはずだ。謙吾も俺が何をするか分かっているはずだろうが念には念を入れて真人も呼んでおこう)

恭介部屋

恭介(真人と謙吾がここへ来るのもこれが最後だろう)

恭介「明日、理樹とぶつかり合う。謙吾は今まで通り理樹の味方についてやってくれ」

謙吾「ぶつかり合ってどうするつもりだ?」

恭介「真剣勝負だ。勝ったら理樹の言う通りにしてやる。負けたら負けたで所詮それまでということ」

真人「だけどよお、真剣勝負とは言うが本当に理樹が勝っちまったらどうするつもりだよ」

謙吾「まったくだ。俺にはまだ鈴も理樹も充分成長したとは思えんっ」

恭介「そりゃまだ充分とは言えないかもしれない…だけどその2人がお互いを支え合うことが出来たなら?あの2人の絆は充分堅い1人では無理でも2人ならやれるはずさ」

謙吾「………」

真人「………」

食堂

鈴「……」

理樹「……」

恭介「……」

恭介(悪いな理樹。もうこの世界にいるのも僅かかもしれないというのに重い雰囲気にさせてしまって。だがこれも全部お前のためなんだ)

恭介「そうだ…今日は学校は休みだったな。創立記念日だ」

鈴「そうだったのか?」

恭介(もちろん今決めた。理樹はこれを挑戦状と受け取ってくれているだろうか)




恭介(鈴を寮に帰らせた)

真人「理樹。お前はもう鈴を元の世界へ返して一人立ち出来ると考えているんだな?」

理樹「うん。だって昔の鈴じゃ知らない人に話しかけるとか考えられなかったでしょ?そりゃ最初は悲しむかもしれない…でも必ず立ち上がれるはずさ」

恭介「だったら何故今回のような強行手段に出た?俺が送り出したのはまさしく未来の学校と同じ環境なんだぜ?」

恭介(お前と鈴がそこで苦痛を味わったとしても俺たちが駆けつけることは出来ない)

理樹「いいや、あっちじゃ鈴のことを誰も攻めたりするもんか。むしろ同情して話しかけに来てくれる人の方が多いはずさ!」

恭介「そもそも一人で乗り越えられる程強いか疑問だな。鈴の機転もあったとはいえ、これまでの課題も理樹のサポート無しじゃ無理だったはずだが」

理樹「そんなの…分からないよ!」

恭介「オーケー。あくまでお互いの意見は通らないって訳だ……なら勝負をしよう」

理樹「勝負?」

恭介(食いついてきてくれたか)

恭介「そうだ。謙吾、真人、お前達は俺と理樹以外の意見はあるか?」

真人「そうだな……どちらかというと俺は恭介の意見に賛成だ。まだ鈴はひよっこだろ」

謙吾「俺は理樹の味方だ」

恭介「つまりこうだ。俺と理樹が勝負してもし俺が勝ったなら鈴をまた併設校へ返して強くさせる。理樹が勝ったならその言葉を信じて鈴を元の世界へ戻す。鈴に一番近い存在で、俺に勝てる程の理樹が言うなら信じるしかない」

恭介(理樹は駆け引きについてはまだまだ下手くそだ。俺の出した船はなんの疑いもなしに乗り込んでしまう。まあそこが可愛いんだけどな)

理樹「分かった。でも対戦方法って?」

恭介「じゃあ…どうするかな」

恭介「リトルバスターズは今や野球チームだからな…またマウンドに立つとすっか」

……………
……




カッキーン!

恭介(打った。謙吾は今まで理樹にも嘘を貫き通していた鬱憤を晴らすかのように片手で難なく打ち上げ、球はぐんぐん空へ向かい…フェンスを越えた)

理樹「やった…!」

恭介(理樹は本当に嬉しそうだ。よく不安を我が物にした)



カッ!

真人「チッ」



カィン!

理樹「やった!」

恭介(真人が打ち損じた。実際奴は謙吾との勝負だけは手を抜けられない性分だから手抜きはないだろう。振り返ると謙吾は形容しがたい顔で言った。もしかしたらまだ迷っているのかもしれない)

謙吾「コールドゲームだ。恭介」

恭介「…………ああ、負けちまったらしいな」

恭介(この勝負はどちらに転んでも構わなかったがやはりここで勝つのが燃える展開というものだ。タッグだったとはいえ理樹に対して初の黒星をもらい、思わず笑みがこぼれた)

恭介(夜。俺は最後の宿題に取り掛かった。俺だけが見つけたあちらの世界へ帰る穴でやるべきことをやりに行くのだ…)

恭介(予想以上に提出日が早まったため、死に物狂いでやらないといけないな。まあ時間自体はたっぷりあるんだ。あとは根気だな。理樹があそこまでやったんだから俺もこれくらいこなしてみせないとカッコ悪くて見送ってもやれねえ)


…………
……




恭介(真っ暗な暗闇…ガソリンの匂いが鼻につく。這いつくばりながら何度も試みて俺はやっとそこへ辿り着いた)

恭介「直は熱すぎるな…このトレーナーを借りよう」

恭介(トレーナーを折りたたんで、熱い料理の下に敷く新聞紙の横領でもたれかかった。これなら充分時間稼ぎが出来るだろう。ああ、もう眠くなってきた…)



……
…………

恭介「ラストだ鈴。投げてくれ」

鈴「嫌だ…恭介と理樹までいなくなるなんて嫌だ!」

恭介(俺がやるべきことはほとんど終わった。最後の最後にこいつらと遊べる時間が出来た。役目を終えたら退場するのがこの世界での取り決めだったがこれぐらいのワガママはみんな許してくれるだろう)

理樹「真っ直ぐ僕だけ見るんだ。…さあ、ほら投げて」

鈴「う…く…」

カッキーンッ!

タッタッタッ



恭介(2人のあとをゆっくりと歩いて追いかける)



理樹「鈴、さあ行って」

鈴「行ったらどうなるんだ…?」

理樹「今に分かる…」


恭介(ちょうど理樹が鈴を見送っているところだった。そこには初対面の時、寮で見たあの弱々しい背中はそこには無かった」




……
…………



恭介(鈴が見えなくなってから理樹は泣いた。まあそれぐらいは許してやるよ、俺だって耐えられいしな。…だがそこを行った先からは泣いてばかりはいられないぜ?)

恭介「………」

理樹「なっ…」

恭介(俺たちも直ぐには気付けなかったがお前にはまだ未来が残されていたらしい。義理はないだろうがどうかあっちへ行っても鈴を支えてやってほしい。ずっと言ってやれなくて悪かったな)






………………………。

理樹(白い靄は次第に色がつき始めだんだん黒ずんでいった…そしてそれと重なるように徐々に痛みが僕を襲う…頭が割れるように痛い。どこだここは…これが死の世界なんだろうか。それにしては五感がハッキリし過ぎている気がする)

「~~~!」

理樹(ガソリンの匂いがした。そしてパチパチと不規則に聞こえる何かが焦げる音)

「…か…!」

理樹(なるほど、暗いのはまぶたが閉じていたからか。目を開くよう努力してみる)

「…真人…謙吾…理樹…!」

理樹(誰かが僕に助けを求める声がした。誰だったか……あまりしゃべった記憶がないのに物凄く聞き覚えがある)

理樹(声は次第にこちらに向かってきた…)

鈴「理樹っ!」

理樹(……!!)

理樹(思い出した。鈴だ、この声は鈴さん。そして僕らは修学旅行の途中で…あれ、じゃあなんで僕はまだ意識が残ってるんだろう……いや、今はそんなことを言っている場合じゃない)

理樹「~っ!」

理樹(鈴!と叫びたいのにかすれて声が出ない。物凄く喉が渇ききっていた。頭さえ動かせないけど目で見回すと自分の腕が異常な方向に曲がっていた。腕が折れている。痛みはない)

鈴「葉留佳…目を覚ませ!」

理樹(僕にもたれかかっている三枝…葉留佳さんは完全に意識がない。鈴が揺すっているがすぐに戻ることはないだろう)

理樹(………恭介の言う通りだ。鈴だけじゃ何も出来なかった。このままでは鈴は間に合わなくなってしまう。僕がやらなくちゃ…僕が責任を取って鈴をこれからも支えなくちゃ!)

理樹「………ぐっ!」

理樹(目がこちらを向いている間に死ぬ気でもう一つの方の手を挙げた)

鈴「理樹……?起きたのか…っ!?」

理樹(鈴は重たい僕の体を引っ張り上げた)

理樹「うっ…」

鈴「どうした?水か?ほら飲め!」

理樹(鈴は縦と横がごちゃごちゃになったバスの中でリュックを見つけ出し僕に分けてくれた)

理樹「はぁ…はぁ……!」

理樹(なんとか立てた。水でさえ喉を通ると痛みを感じたがちゃんと声を出せるようになってきた)

鈴「理樹…」

理樹(今に泣き出しそうな鈴の顔を見てなおさら自分を叱咤した。ここでは僕の行動一つが運命を分けるぞ)

理樹「鈴…落ち着いて聞いて」

鈴「うん…」

理樹「ここにいる人たちは残念だけどもう自力で起き上がることは出来ない。僕と鈴だけが託されたんだ…恭介は僕に嘘をついていた…鈴と僕は生きることを義務付けられている」

鈴「なに言ってるんだ…」

理樹「今は理解出来ないと思うけどとにかく時間がない!ここから脱出しよう」

理樹(鈴の手首を強引に掴み、割れた運転席の前の窓から出た。外はまさに悪夢と呼ぶにふさわしい場所だった。黒い煙があちらこちらから上がり、火の柱が僕らを包み込む)

鈴「待て、まだ小毬ちゃん達がバスの中に残ってる!」

理樹「鈴、ダメだ!戻ったらそれこそ恭介達に怒られるよ!」

パシッ

鈴「……っ!」

理樹「鈴…」

理樹(鈴は僕の手を離れた。真っ直ぐ僕を睨みつけ、バスの中で戻っていってしまった)




鈴「んっ…く…」

理樹(戻ると鈴は一人で謙吾の腕を引っ張っていた。あんな小さな腕だけではあの巨体を安全な場所へ移動させることは不可能だ。ましてやそれを30人に近い人数をタイムリミットまでに完遂するなんて絶望的だった)

理樹「鈴、離れよう」

鈴「やじゃ!離せボケ!」

理樹(もう鈴は先のことを考えていなかった。それは一歩先に落とし穴があっても気付かないほどに)

理樹「僕は鈴に恨まれたっていいんだよ。君のためなら僕はなんでもしなくちゃいけないんだ」

理樹(それが僕に課せられた、恭介に出された最後の課題だ)

葉留佳「…………」

葉留佳『理樹君は優しいなー!』

理樹「…………っ」

理樹(恭介ならどうしたんだろう…。恭介ならここでどう動くんだろう。鈴の手を握って、安心させて、それから……)

鈴「…………理樹、私は…みんなにありがとうって言えなかった…言いそびれたんだ…」

理樹「鈴…」

理樹(鈴は抵抗することもやめて僕の目を見て話し始めた)

鈴「さっき不思議な夢を見たんだ。小毬ちゃんが私にいろんなことを教えてくれた。お願い事一つ譲ってくれたんだ」

鈴「……今ここでみんなを助けなかった一生後悔する。私一人じゃダメかもしれない…だから理樹の力を借りたい。2人でみんなを助けたい、それから言えなかったありがとうをみんなに言いたい!」

理樹(ここで鈴を強引に連れ戻すのは容易いことだ。でもあちらの世界で恭介はあえてそれをしなかった。それはどうして?今なら分かる…)

理樹「鈴……」

鈴「………」

理樹(僕は……)





(声。声が聞こえる)

「…今日はくもりのちあめー…」

(単調なメロディ)

「ねこねこ、うたうー」

(けれど楽しそうに)

「のきしたはくらい、輪のしたはこわい、くさばはつめたい。ねこねこ、うたうー」

「明日はあめのちはれー…」

理樹「ん…」

理樹(僕は机の上にうつ伏せになっていた。顔を起こすと、開け放たれた窓と机に腰がけた鈴が見えた)

理樹「鈴…」

鈴「…ん?」

理樹(鈴は歌うのを止めて僕の方を見た)

鈴「起きた?」

理樹「うん…起きた…」

理樹(夏は駆け足で通り過ぎて行った。いつの間にか日の光がずいぶん優しくなっている。それとともに風にひんやりしたものを感じる季節になっていた)






理樹(ドアを開けると、窓から外を眺めているごつい人影が)

理樹「あれ、真人!?退院今日だったの!?」

真人「おう、理樹。ただいま!」

理樹「謙吾はまだしばらくかかりそうだね」

真人「あいつは怪我じゃなく馬鹿だから入院が長引いてるだけだぜ」

理樹「真人に言われたら謙吾もおしまいだね。それに普通に骨折してるだけじゃない」

真人「あ、お前あの話知らねえな?」

理樹「えっ、何かあったの?」

真人「今あいつずっと刺繍してるんだぜ?リトルバスターズジャンパーなるものを作るらしい。訳が分からねぇ」

理樹「えっ、なにそれは…ユニフォームみたいな?」

真人「ああ。常に着ていたいらしい。ロゴまで作って……」



理樹(真人はすっかり普段通りだ。クラスメイトのほとんどは夏休み中ずっと入院していた。教室には復帰する人が段々増えてきている。それが僕には嬉しかった)




小毬「りきく~ん!」

葉留佳「最新情報ですヨっ!」

理樹(放課後、小毬さん達が駆けてきた)

理樹「え、なに?」

葉留佳「ふっふっふっ…それはですネ…」

西園「…宮沢さんが帰ってくるそうです」

葉留佳「ああぁーっ!!私のセリフーっ!!」

クド「宮沢さんにお会いするのも、とても久しぶりなのです~」

来ヶ谷「そうなると残りはあとひとりか」

理樹「そう…だね」

「宮沢が帰ってきたぞーっ」


理樹(教室に駆け込んでくる生徒がそう叫んだ)

謙吾「久しぶりだなみんな」

理樹(松葉杖を付いた謙吾が教室に入ってきた。一斉にみんなで取り囲む)

西園「…足の方はその後どうでしょうか?」

謙吾「なに、ギプスも外れたことだしこう大袈裟にするまでもない」

真人「早いとこ治しちまえよ。決着はそのあとだぜ」

謙吾「決着か…。そうだな、そんなものを着けるのも悪くない」

真人「へへっ」

謙吾「ふふっ」

理樹(男二人が笑いあう)

小毬「これであとは恭介さんだけだね」

理樹「うん…そうだね」

理樹(恭介は一番の重症だった。あの後もすぐに集中治療室に担ぎ込まれ、誰一人面会を許されない状況だった)

理樹(みんなが地元の病院へ移されたあとも恭介だけは他の大きな病院へと移された。……心配じゃないと言ったら嘘になる。だけど恭介はきっと、帰ってくる。それまで、もうちょっとの間、恭介の代わりに僕がリトルバスターズをまとめていくのが役目だと思う)





理樹(夏休みも過ぎ、新学期が始まる頃には事故に巻き込まれたみんなもだいぶ帰ってきた。それでもまだいくつかの空席ぐある。…あれだけの事故だ。まだ完治せずに入院したままの人だっている。それでも命に関わる深刻な怪我をした人が一人としていなかったのは本当に不幸中の幸いだった)



数日後

謙吾「めでたく完治だ」

真人「ようやくこれでバトル再開か…早速勝負だ謙吾!」

謙吾「馬鹿か、バトルには足りないものがあるだろう」

真人「おっと、俺としたことが大事なもんを忘れてた」

謙吾「もう少し我慢しとけ」

理樹(そう、その人がいないと遊ぶ楽しさも半減してしまうんだ。たったひとりがいないだけ。そのひとりの存在はとても大きい)

理樹(けれど。きっと、その人はもうすぐ、帰ってきて…)



「みんな、揃ってるな」



理樹(窓の方をみる。…その人が。窓の向こうに、いた)

理樹「きょ、恭介っ!!」

恭介「ああ」

理樹(みんな口々にその名前を呼びながらその人の元へ)

理樹「恭介…お、おかえり…っ!!」

恭介「…いいタイミングだろう?」

理樹(そう言いながら無邪気に笑う。その人はこうやって帰ってきて、こう言って驚かせるんだ)

鈴「怪我…大丈夫なのか?」

恭介「大丈夫じゃなかったらロープで教室に参上なんて出来ないだろ?」

理樹(片手でロープを登ってみせる)

理樹「うわっ、危ないから!」

恭介「よっと…」

理樹(教室へ上がりこむと恭介は僕に聞こえるよう耳打ちするよう言った)

恭介「なあ理樹、ぶっちゃけ鈴のことをどう思ってんだ?」

理樹「ええっ!?」

恭介「ははっ!分かりやすいなあ理樹は」

来ヶ谷「なるほど、そういうことなら私も協力しよう」

理樹「く、来ヶ谷さん聞こえてたの!?」

恭介「ここに新たなミッションを掲げよう。…作戦名は『オペレーションラブラブハンターズ』なんてどうだ?」

理樹「か、勝手に話を進めないでよ…っ!」

葉留佳「えーなになに?なんの話してるのー!?」

謙吾「俺も混ぜろ!」

理樹「ああ、もう!」

恭介「ようし、それではミッションスタートだ!」






終わり

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