――おしゃれなカフェ――
高森藍子「いたいたっ。加蓮ちゃん!」
北条加蓮「やほ。待ったよ。……って、なんだかご機嫌だね?」
藍子「そう見えますか? ひょっとしたら……そうかも!」
加蓮「ご機嫌どころかウッキウキだねー」
藍子「すみませ~んっ。注文をお願いします! ……何を注文しようかな?」
加蓮「テンションが上がりすぎてアホになってる」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1599218699
レンアイカフェテラスシリーズ第133話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「目先と足元を確かめ直すカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「日常的なカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「汗の跡が残る場所で」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「1時間だけのカフェで」
加蓮「注文は……。盛り上がるジュースでお願いします」
藍子「ふふ。なんですかそれ~? ほら、店員さんも困った顔をしちゃっていますよ」
加蓮「え、そう? 結構言わない? 盛り上がるジュース」
藍子「……言うんですか?」
加蓮「言う言う」
藍子「加蓮ちゃん、またおかしなことを……あれ? おかしなことを言っている時の加蓮ちゃんじゃない……。それなら、本当に言うんですね」
加蓮「言うってばー。美嘉とか里奈とかのカラオケに付き合った時とか、あとファミレスとかで」
藍子「ちなみに、そう言うとどんな飲み物が来るんですか?」
加蓮「普通のジュース」
藍子「なるほど……?」
加蓮「もっと刺激的なのが欲しいのにねー」
藍子「それなら、刺激的なジュースってお願いするのはどうでしょうか。加蓮ちゃんがほしがっている物を持ってきてくれるかも――」
加蓮「……それはやめた方がいいと思うよ」
藍子「……聞かないでおきますね」
加蓮「藍子ちゃんのことが大好きな店員さんには、ちょっと酷な注文だったかな。そんなこと言われると悩みまくっちゃうよね……なんてっ」
藍子「そんなに考え込まなくても……。普通でいいですよ~」
加蓮「オレンジジュースでいいよー」
藍子「お願いしますね。……って、あれ? 私、まだ注文していませんっ」
加蓮「アンタの分まで注文してあげたんだから。察しなさいよ」
藍子「そうだったんですね。ありがとう、加蓮ちゃんっ」
加蓮「……変なの。そんなことにも気付けないなんて」
藍子「あはは……。ちょっぴり、浮かれちゃっているかも。落ち着かなきゃっ」
加蓮「そんなに楽しいことがあったの? 今日、確かCMの撮影だよね」
藍子「はい。この秋オープンするテーマパークの、15秒のコマーシャルですっ」
加蓮「確かナレーションは未央がやって、藍子は紹介のポーズを取るっていうヤツだっけ」
藍子「そうですよ。撮影は、普通に進んで……あっ、でも、早めに終わったので、未央ちゃんがスタッフさん1人1人に、あだ名を付けていましたっ」
加蓮「出た、未央のあだ名魔。私のことは未だに呼び捨てなのに!」
藍子「未央ちゃんによると、かれん――"加蓮ちゃん"と"かれんちゃん"は、別らしいですよ」
加蓮「まーね。未央はあだ名で呼んでるイメージなんだろうけどさ。まっ、今更変えられても違和感しかないし。今のままでいっか」
藍子「それなら、加蓮ちゃんが、未央ちゃんのことをあだ名で呼んであげるっていうのは、どうですか?」
加蓮「やだよー。つけるとしたら、ドロボーとかあんぽんたんとか――」
藍子「どうして!?」
加蓮「未央だって私のことを泥棒呼ばわりするからいいでしょ。本当に泥棒なのは藍子なのにね」
藍子「私っ!?」
加蓮「ほら、泥棒役」
藍子「……あ、あ~。それは分かりますけれど……それなら、未央ちゃんと加蓮ちゃんは? おふたりとも、泥棒の役をやったことってありましたっけ……?」
加蓮「役じゃなくて……あ、店員さん」
藍子「オレンジジュース、ありがとうございます。さっそくいただきますね!」
加蓮「わーお、すごい勢いで飲んでく」
藍子「……ふうっ♪ 美味しい!」
加蓮「藍子。口。ほら」フキフキ
藍子「ひゃ。……うぅ。恥ずかしいところを見られちゃいました」
加蓮「私しか見てないから平気だよ」
藍子「……いちばん見られたくないの、加蓮ちゃんですよ?」
加蓮「それはどう致しまして。私も飲もーっと」
藍子「むぅ……」
加蓮「ふうっ。撮影でとっても嬉しいことがあったって訳じゃないなら……分かった。モバP(以下「P」)さんだ」
藍子「?」
加蓮「藍子がメチャクチャにハイテンションな理由を探し中ー。Pさんに何か言われた?」
藍子「う~ん……? あっ、今日はよかったぞって、褒めてもらいました♪」
藍子「Pさん、撮影が終わった後に監督さんとお話していたんです。邪魔しちゃいけないけれど……Pさん、楽しそうで、だけどすごく真剣な表情でした」
加蓮「気になっちゃった感じ?」
藍子「はい。なので……2歩だけ、近くに寄っちゃいましたっ。盗み聞きなんて、やっぱりよくないですよね……?」
加蓮「……あはは。まあ、偶然ってことでいいんじゃないかなぁ」
藍子「Pさん、その後に監督さんと何をお話していたのか、少しだけ教えてくれたんですよ」
加蓮「きっと藍子が教えてほしいって顔をしてたからだ」
藍子「監督さん、喜んでくれたって! 私たちに教えてくれた時のPさん、すっごく笑顔だったなぁ……」
加蓮「おー」
藍子「そうしたら未央ちゃんも、やったね! って肩を叩いてくれてから……そうそう、帰りにお菓子を買ってもらって、車の中で食べたんですよ。ぷちパーティーですねっ」
加蓮「ひかえめー。そこはご飯に連れてってーとか言うところでしょ」
加蓮「で、普段食べないような、大人が行くところに連れてってもらったりして?」
藍子「行きたいって言う時の加蓮ちゃんの顔、思い浮かぶなぁ……」
加蓮「そういうところって軽いドレスコードがあったりするから、私に似合うコーデを一式で買ってもらってー」
藍子「食事の前に、服を見に行っちゃうんですね」
加蓮「もちろんっ。マナーってものがあるし。ご飯は当然、Pさんにおごってもらっちゃって?」
藍子「あはは……。私は、そこまでわがままは言えないかも」
加蓮「……ま、私もなんだかんだ言えないけど」
藍子「加蓮ちゃんだってっ」
加蓮「Pさんを私の掌で転がすのは1回やってみたいけどさ」
藍子「てのひらで……」
加蓮「ご飯とか服とかじゃなくて、ワガママを聞いてもらうことが大事なの。そうやって手玉に取ることそのもの的な?」
藍子「それでは、悪い人みたいになってしまいますよ」
加蓮「それがいいんじゃん! ……ま、Pさんにやるのはなんかアレだし、かといってPさん以外になんて冗談でもやらないけど」
藍子「だから、1回やってみたいってお話なんですね」
加蓮「……」ジー
藍子「?」
加蓮「いや、そういうこと言っていい相手って誰かいないかなーって思ってたんだけど」
藍子「……私?」
加蓮「藍子に言ってもなぁ……」
藍子「……むぅ。どういう意味ですか」
加蓮「だって藍子、ワガママ言ったらだいたい受け止めてくれるじゃん。それどころか、頼んでもないことまで勝手に察してセットでつけてくれるし」
藍子「勝手に、なんて。確かにそうかもしれませんけれど……何をしたら加蓮ちゃんが喜んでくれるかなっていうのは、分かりやすいですから♪」
加蓮「そういうことじゃなくて……そういうことじゃないんだけどー。なんて言えばいいのかな、こういうの」
藍子「なんとなく、言いたいことは分かりますけれど……。でもやっぱり、加蓮ちゃんは素直に、やりたいことや、言いたいことを言う方がいいなって思いますよ」
加蓮「ふふっ。前にも同じこと言われた気がする」
藍子「加蓮ちゃんが素直にお願いしてくれた方が、助けてあげようって思う方は多いと思いますっ」
加蓮「それも前に言った!」
藍子「そうですね」
加蓮「……藍子で弄ぶって話なのに、なんか私が弄ばれてない?」
藍子「……そうですねっ」
加蓮「今分からなくて言ったでしょ!」
藍子「ばれちゃいましたか?」
加蓮「それこそ藍子の考えくらい簡単に分かるって! ……もう、今の話はナシ。まだ私には早いってことで」
藍子「今の加蓮ちゃんに早いのなら、いつまで経っても早いってことになりそうですけれど――」
加蓮「うっさい!」
藍子「ごめんなさいっ」
加蓮「私はご飯だけにしとこ……」
藍子「私も、Pさんが連れて行ってくれる時には、素直にありがとうって言うようにしますね」
藍子「でも、今日は撮影が終わったら、ここで加蓮ちゃんとのんびりするって決めていましたもん」
藍子「ご飯に連れて行ってもらって、加蓮ちゃんを待たせるわけにはいきませんっ」
加蓮「んー……。別にいいのに――って言ってあげたいけど」
藍子「もし加蓮ちゃんのことをほったらかしにして、Pさんや未央ちゃんとご飯に行ったら、加蓮ちゃん、寂しがっちゃうでしょ?」
加蓮「否定できませーん」ヤレヤレ
藍子「そうなった時の加蓮ちゃんは、店員さんと一緒にお話して……あと、帰ってから好きなポテトをいっぱい食べたりして……」
藍子「それから次の日に、私に会ったら何か言っちゃいそう? ひょっとしたら、喧嘩しちゃうかもしれませんね」
藍子「でも、言いすぎたら加蓮ちゃん、それでまた落ち込んじゃって――」
加蓮「こらこらこら。何具体的にシミュレートしてんの。あと、人の心にずけずけ入り込んでくるなっ」
藍子「……違いましたか?」
加蓮「そうじゃないわよ!」
加蓮「で、話を聞く限り結局いつも通りっていうか、そんな特別なことはなかったって聞こえたけど……なんで今日の藍子、そんなにご機嫌なの?」
藍子「それは――くすっ♪」
加蓮「いや何なのホント」
藍子「加蓮ちゃん。できれば、笑わないで聞いてくださいね」
加蓮「変な話なんだ。じゃあ、笑わないで聞くけど」
藍子「カフェに到着して、待ってくれていた加蓮ちゃんの顔を見て……なんだか、すっごく嬉しくなっちゃったんです!」
加蓮「…………?」
藍子「ですっ」
加蓮「……今更?」
藍子「や、やっぱり今さらでしょうか……? 自分でも、そう思います。もう何度もあったことなのに……。でも、嬉しかったから嬉しかったんです」
藍子「実は、カフェに来る途中も……。最初は、加蓮ちゃんを待たせちゃってるかな、さみしがってないかな、って急いでいたんですけれど――」
加蓮「さっきから藍子、私を寂しがり屋にしすぎじゃない??」
藍子「途中から、待ってくれてるって思うと、足が自然と早くなって……」
藍子「そうそうっ! 加蓮ちゃん。加蓮ちゃんに、言いたかった言葉があるの!」
加蓮「うん」
藍子「ただいま、加蓮ちゃんっ」
加蓮「おかえり、藍子」
藍子「……えへへっ」
加蓮「ったく。ホント変な子なんだから……。ふふっ」
藍子「でも、もしかしたらそういうことなのかも――」
加蓮「?」
藍子「帰ってくる場所があって、そこに大切な人がいてくれることって……すごく、ほっとしませんか?」
加蓮「……そうだね。それは……うん、そうだよね。ホント」
藍子「ただいまって言える相手や、ただいまって言える場所」
藍子「私たち、ううん、もしかしたら、私だけなのかな……。いつの間にか、ここに来る度、ただいまって言うようになっちゃってます」
加蓮「そういえば最近よく言うようになったね。私もつい、お帰りって言っちゃうな」
藍子「ここはカフェなのにっ」
加蓮「カフェなのに!」
藍子「店員さんは、店員さんです」
加蓮「そうそう。店員さんなんだよね」
藍子「……う」
加蓮「?」
藍子「恥ずかしいことを思い出しちゃいました……。ほら、クリスマスの日に、加蓮ちゃんと一緒に……。あはは……」
加蓮「あぁ、店員さんに一緒に「ただいまーっ!」って言った時のこと?」
藍子「どうして最後まで言っちゃうんですか!」
加蓮「藍子が言わないから」
藍子「言いたくなかったから、言わなかったのにっ」
加蓮「カフェで私に言うようにはなっても、店員さんには言ってないからセーフじゃない?」
藍子「……なんだか、そのうちつい言ってしまいそう」
加蓮「じゃあその時恥ずかしいってならない為に、先に予防線張っとく?」
藍子「予防線?」
加蓮「店員さーんっ。ごめんね、空グラスじゃないの。藍子が言いたいことがあるんだって」
藍子「……えっ? ちょっと待ってっ!」
加蓮「はい、3、2、1――」
藍子「言いませんっ! な、なんでもないんです。店員さんは後でまたお願いします!!」
加蓮「あーあ、首傾げたまま帰って行っちゃった。ほら、藍子。どうどう」
藍子「ふ~っ、ふ~っ……!」
加蓮「たははっ。ごめんね?」
藍子「…………もう。いじわる」
加蓮「ごめんってばー」
藍子「それにこういうのは、自然に言うからいいんですよ。狙って言ったり言ってもらったりするのでは、ドラマの台本と同じになっちゃいます」
加蓮「それを駆け引きって言うんだけど、藍子ちゃんにはまだ早かったかなー」
藍子「早くなんてないですっ」
加蓮「……あ、これちょっと面倒くさいモードだ」
藍子「ご、ごほん」
加蓮「あれ、すぐに元に戻った」
藍子「……ごくごくごく」
加蓮「私もオレンジジュース飲んじゃお。……ふうっ」
藍子「ごちそうさまでした!」
加蓮「ごちそうさまでした」
藍子「……」チラ
加蓮「?」
藍子「……えへっ」
加蓮「ホント、ご機嫌なんだから……。もうっ」
□ ■ □ ■ □
藍子「~~~♪」
加蓮(あれから1時間くらいのんびりして……藍子も、ちょっとは落ち着いたかな?)
藍子「……」ジー
加蓮「?」
藍子「……♪」
加蓮「ダメかぁ」
藍子「?」
加蓮「ううん。今の藍子ちゃんを、ファンに見せてあげたらどうなるかなーって考えてた」
藍子「私を、加蓮ちゃんのファンの方に?」
加蓮「いやなんでそっちになるの……。アンタを応援してくれてる人たちに決まってるでしょ」
加蓮「藍子はいつも楽しそうだよね。でもその日の藍子はいつもより何倍も楽しそうで、目が合ったらにこって笑ってくれて……」
加蓮「……、」
藍子「?」
加蓮「……握手会場に大量のゾンビが出てきそう」
藍子「!?」
加蓮「ほら、まだ暑いし」
藍子「暑いのとゾンビに、なんの関係が……!?」
加蓮「……うん、何の関係もなかった。ただ、ヤバいことにはなるんだろうなーって」
藍子「……?」
加蓮「私がやってもゾンビ会場にはならないんだろうなぁ。あははっ。なんかムカついてきた」
藍子「……加蓮ちゃん。さすがに、自分で納得されて、自分で怒っているのを見ても、何を考えているのかは分かりませんよ?」
加蓮「ごめんごめん。ちょっと話が飛びすぎちゃったかな。えっとね、藍子ならファンがゾンビになっても優しく受け入れてくれるんだろうなーっていう話」
藍子「まだゾンビのお話!? ゾンビって、確か触ったり噛まれたりした人も、ゾンビになっちゃうんでしたよね?」
加蓮「うん。確かね。……詳しいね?」
藍子「この前、テレビでやっていた映画をたまたまちらっと見かけて……その……人が、ゾンビになってしまうシーンでした」
加蓮「うわぁ」
藍子「思わずリビングから逃げちゃいました……」
加蓮「なんかそこだけ見たら夢に出てきそう……。大丈夫だった?」
藍子「なんとか……。部屋に戻って、楽しいことや、アルバムを見返したりしているうちに、穏やかな気持ちになれましたから」
加蓮「ならいいけど」
藍子「ゾンビになってしまったら、いい天気のお昼にお散歩することもできなくなっちゃうのかな……」
藍子「……ううんっ。何かきっと、方法はありますよね。人間に戻る方法だったり、ゾンビのままでも歩けるようなやり方だったり!」
藍子「私は、絶対にまた、綺麗な青空の下でお散歩をしてみせます……っ!」
加蓮「……藍子ー」
藍子「はっ」
加蓮「1人でドラマをやるのはいいけど、それこそ加蓮ちゃんがついていけてませーん」
藍子「ごめんなさい、つい。次は、加蓮ちゃんのお話を聞かせてくださいっ」
加蓮「ゾンビの妄想?」
藍子「何か別の話題でです!」
加蓮「あははっ。……って、ん? げー、Pさんから電話だ。空気読めてなーい」
藍子「まあまあ。ひょっとしたら、急なお仕事かもしれませんよ」
加蓮「ちょっとごめんね?」
藍子「はい。行ってらっしゃい」
<からんころん
……。
…………。
<からんころん
加蓮「暑ぅ……」テクテク
藍子「~~♪」ゴクゴク
加蓮「ふうっ。ただいま、藍子」
藍子「おかえりなさい、加蓮ちゃん」
加蓮「……私までただいまって言っちゃった」
藍子「本当ですね♪」
加蓮「まあ、電話から帰ってきた時くらいは言うよね」
藍子「確かに……。私が言った時とは、ちょっと違う気が? 残念っ」
加蓮「ところで藍子、何1人だけ素敵な物を飲んでんの」
藍子「?」ゴクゴク
加蓮「こらっ。私にもよこせ!」
藍子「きゃっ。加蓮ちゃんの分も注文しておきましたから、落ち着いて?」
加蓮「え、そうなの? ……あ、店員さん。ホントだ、持ってきてくれてるー」
藍子「……♪」
加蓮「って、店員さんまでお帰りなさいって……。それはこの子に言ってあげてよ。私はほら、……私だし?」
藍子「加蓮ちゃん。よくわからないことを喋っちゃってます」
加蓮「ぐぬぬ。で、この飲み物は……アップルジュース?」
藍子「ブレンドジュースですよ。中身は……ふふっ。やっぱり秘密みたい」
加蓮「さてはライチのブレンドジュースで味を占めたな? 今度こそ何が入ってるか見破ってやるからっ。藍子が!」
藍子「加蓮ちゃんも、一緒に考えてみましょ?」
加蓮「しょうがないなー。じゃあまずはいただきます」ゴクゴク
加蓮「美味し……。ちょっと舌に残る感じの甘みがあって……なのに、すごくすかっとしてる」
藍子「レモンか、ミントを入れているのかもしれませんね」
加蓮「でも真っ赤な色なんだよね。……あ、でも、こうして見ると少し透き通ってるみたい」スッ
加蓮「ほら、藍子の顔もちょっとだけ見えるよ」
藍子「こっちからも、加蓮ちゃんの顔が見えますよ。ジュース越しに見ると、加蓮ちゃんが真っ赤に燃え盛っているみたいで……でも優しい表情。ふふっ。彩られているのに、加蓮ちゃんそのものみたい」
加蓮「急に何。っていうか、私を見てるんだからそりゃ私そのものでしょ」
藍子「そうなのかな?」
加蓮「こうしてると、なんだかまるで、紅葉の隙間から遠くの景色が見えるみたい――あ、もしかして!」
藍子「正解です♪ はい、加蓮ちゃん。メニューの、ここに書いてあります。ほらっ」
加蓮「"紅葉を飲み干す"……へー、これでメニューの名前になってるんだ」
加蓮「紅葉を飲み干す……」チラ
加蓮「ふふっ。気取ってるんだー」
藍子「おしゃれな名前ですよね。それに、これを見ていると……まだ暑いのに、もう秋を迎え入れた気分♪」
加蓮「秋を迎え入れる、っていうのも……気取ってるー」
藍子「気取っちゃいました」
加蓮「私は逆に、秋がちょっと遠くにあるって感じかな」
藍子「秋が、遠くに?」
加蓮「変わらず暑いし、クーラーがないと死ぬほどウザいし……。あと湿度もすごいしさ。さっき外から帰って来たばっかりからかもね。外、ものすっごく暑かったよー……」
藍子「ふんふん」
加蓮「だから秋はまだ遠いの」
藍子「私たちは、それを遠くから見ているんですね」
加蓮「でも……遠くにある物にだって、こうして手を伸ばすと、触ることも、飲み干すことだってできる――」
藍子「わあっ……」
加蓮「なんて、ちょっと気取りすぎ?」
藍子「ううん。すっごく素敵っ」
加蓮「遠くへ遠くへ旅を続ける誰かさんの背中、押してあげられたかな」
藍子「……?」
加蓮「……そこでぽかーんとされるとなんか滑ったみたいになるんだけど!?」
藍子「ご、ごめんなさい。そこまでは考えていなかったから……。それは……それって、私のことで……いいの?」
加蓮「他に誰がいるのよ。そこでなんで目を逸らすの。ったく」
藍子「ごめんなさい。……そうですよね。私のこと……。そっか。加蓮ちゃん、私のことも思ってくれて――」
加蓮「私がって言うより、店員さんがってことじゃないのかな。常連さんへの応援を、メニューに込めてもおかしくはないでしょ?」
藍子「え……?」
加蓮「店員さんから、旅を続ける大切なお客様へ。それがどんな遠くにあるものでも、あなたは手を伸ばして触ることができます……っていうのは、どう?」
藍子「……」ジッ
加蓮「ふふっ。今日はこんなのばっかりだね。秋はまだ遠いのにね……」
藍子「……そんな風に応援してもらえているって意識すると、なんだか足元が熱くなっちゃう」
藍子「加蓮ちゃん、店員さん……」
藍子「……」ゴク
藍子「……まだ遠くにある秋を、今のうちから飲み干しちゃいました。私の手は、もっと遠くへ伸ばせるのかな……」
加蓮「伸ばせるよ。藍子なら、きっと」
藍子「……うんっ」
加蓮「私も飲んじゃおっと。……と言っても、店員さんがどこまで考えてるかはわかんないし、私が勝手に良いように考えてるだけかもね」
加蓮「でも……これは美味しいっ。それは間違いないよ」
藍子「あっ……つい勢いよく飲んじゃったけれど、これでは何が入っているのか分かりません」
加蓮「それならまた注文する? 今日じゃなくても、また来た時にでも」
藍子「そうしましょうっ。もちろん、加蓮ちゃんも一緒に……ですよね♪」
加蓮「言うねぇ?」
藍子「もしよかったら、また私と一緒にここに来て、紅葉を飲み干してください!」
加蓮「……ホント言うねぇ? えーっと……。その招待、確かに頂きました。お嬢様」
藍子「……?」ポカーン
加蓮「……さっきからドラマティックにやってるし、なんかそれっぽいこと言おうかなって……」
藍子「か、格好良かったですよ」
加蓮「下手に慰められる方が辛いってば」
藍子「また来て、また頂いて……。そしてここは、帰ってくる場所――」
加蓮「? ……そっか、そういう意味も……。1回で飽きさせない味も、入っているものを想像したくなるブレンドも、ひょっとしたら狙ってるのかな」
藍子「ただいまって言える場所。おかえりなさいって言ってくれる場所。店員さんも……おかえりなさいって、言ってくれるのかな?」
加蓮「絶対、言ってくれるよ。藍子のことが大好きだもん」
藍子「ふふっ。……言うのはさすがに、恥ずかしいので言わないですよ? 言わないですからねっ」
加蓮「なるほど、招待状と同時に挑戦状も送ってくると。私に言わせてみろっていう?」
藍子「違います!」
加蓮「たはは」
藍子「恥ずかしいですけれど……いつかはそれでもいいかな、なんて」
加蓮「ただいまって言葉?」
藍子「はい。カフェはカフェで、私はお客さん。そこは、やっぱり大切にするべきですよね。店員さんだって、きっとその気持ちは保ち続けていると思います。店員さんとして、お客さんのことを思うからこその気遣い……いっぱい、ありますから」
藍子「けれど――ここは、私の好きな場所。加蓮ちゃんや店員さんがいてくれるから、ただいまって言える場所っ!」
藍子「ふふ。改めて言うと、ちょっぴり照れちゃうな……」
加蓮「そう? ……うわ、藍子がそう言うからっ。私まで顔が赤くなってきた!」
藍子「本当っ。加蓮ちゃん、どんどん顔が赤くなっています。……体調、大丈夫ですよね?」
加蓮「大丈夫だし原因はアンタでしょうが!」
藍子「きゃ~っ」
加蓮「分かってて言ってない!?」
藍子「まあまあ。加蓮ちゃん。その……」
加蓮「?」
藍子「……ただいま」
加蓮「はいはい、お帰りなさい」
藍子「えへへ……」
加蓮「ふふっ。変な藍子」
藍子「帰ってくる場所があるから、私は色んな場所にも歩いて行けるんです。知らない場所も、ちょっぴり遠い場所も。ときどき……知らない道を前にして、恐いなって思った時も――お帰りなさいって言ってくれる人や場所を思い浮かべれば、きっと一歩を踏み出せますよね」
藍子「……加蓮ちゃん」
加蓮「ん」
藍子「ありがとう。お帰りなさいって、言ってくれて」
加蓮「どういたしまして。……でも、歩いていけるのは間違えなく藍子の力だよ。だからもっと前を、ううん、上を向きなさい?」
藍子「はいっ!」
加蓮「ま、歩いていく先で待ってるのも私なんだけどー」
藍子「……あはっ。本当! 進む先にも、帰ってくる元にも、加蓮ちゃんがいてくれるんだっ」
加蓮「そんなに嬉しいって顔をされると、なんか茶化す気も薄れちゃうんだけど……。もう。藍子、私のことが好きすぎっ」
藍子「だって、大好きですから♪」
加蓮「あーもー。鬱陶しいなー。迷子になったらげらげら笑ってやるっ」
藍子「笑ってもいいですけれど、その後にはちゃんと、帰り道を教えてくださいね?」
藍子「もう遅くなっちゃってる……。加蓮ちゃん、そろそろ帰りますか?」
加蓮「そうだね。暗くなる前に帰ろっか」
藍子「では、一緒に――」
藍子「……、」
加蓮「?」
藍子「……ただいまって言うのは、さすがに恥ずかしくて。でも、こっちなら……今なら言えちゃうかも」
加蓮「……ふふっ。じゃあ、一緒に言ってあげる」
藍子「ぜ、絶対に言ってくださいね? 私1人で言ったら、もうそのまま逃げます!」
加蓮「言うってばー。こういう時はちゃんと言うよ」
藍子「絶対ですよ? ――店員さん、会計をお願いしますっ」
加蓮「今日も美味しかったよ。紅葉のジュース、おしゃれでいい感じ。何が入ってるか絶対見抜いてやるからっ。……藍子が!」
藍子「やっぱり私なんですね。加蓮ちゃんも、手伝ってくださいよ?」
加蓮「そうだけどさー」
藍子「店員さん。今日も、やすらぎの時間を分けてくれて、ありがとうございました。それでは――」
「「いってきますっ!」」
【おしまい】
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません