西片「どうしていつもオレをからかうの?」高木さん「……なんでだと思う?」 (16)

隣の席の高木さんはからかい上手。
いつも酷い目に遭わされるけれど。
不思議と、憎めなくて、怒れない。

「ん? 西片、どうかした?」
「べ、別に、なんでもないよ」

隣に座る彼女の横顔を眺めていたら気づかれたので、慌てて視線を逸らすも、時既に遅く。

「今、私のこと見てたでしょ?」
「み、見てないよ!」

否定すれば否定するほど、高木さんの疑いの眼差しは強くなり、逃げられないと悟った。

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「ちょっとだけ、見てた、かも……」
「ガン見だったよね?」

そこまで凝視していたつもりはない。
高木さんは少々、自意識過剰だと思う。
ちょっと可愛いからって、自惚れているのだ。

「ガン見なんてしてないよ」
「嘘」
「嘘じゃないってば」
「こんな風に見てた」

そう言って、つぶらな瞳をこちらへ向ける。
まるで熱でもあるかのような熱い眼差し。
思わず生唾を飲み込むと、笑われた。

「ぷっ。西片、顔が真っ赤だよ?」
「か、からかわないでよ!」
「やだ」

高木さんは意地悪だけど、とても可愛い。

「西片、一緒に帰ろ?」

授業が終わると、帰り支度を整えた高木さんに誘われて、一緒に下校することとなった。

「寒いねぇ」
「そうだね」

季節は冬で、風が冷たい。
なんとなく、学生服の上にジャンバーを着るのは格好悪いと思い、とても寒かった。
そんなオレとは対照的に高木さんは制服の上にダッフルコートを着ていて、首にはマフラーを可愛らしく巻きつけ、手にはミトンの手袋を嵌めており、ちっとも寒そうではなかった。

「ねえ、西片」
「なんだい、高木さん」
「どうして上着を着ないの?」

見栄を張って痩せ我慢をしているとは言えず、ポケットに手を突っ込みながら言い訳を考えたのだけど、結局名案は浮かばなかったので。

「あ、暑がりだから……」
「ふうん? 暑がりねぇ……」

まるで、近所のお姉さんが意地を張る少年を眺めるような表情をされてしまったので、逃げるように歩調を速めると、袖口を摘まれた。

「待って、西片」
「な、なんだよ、高木さん」
「西片が本当に暑がりなのか試していい?」

高木さんはこういう女の子だ。
暑がりなんて出まかせだと知ってる癖に。
こうして、オレのことを困らせる。

「……嫌だって言ったら?」
「きっと西片は後悔することになるよ」

何だそれは。どういう意味だろう。気になる。

「後悔って、具体的には?」
「さあ? 知らぬが仏ってよく言うし」

この期に及んでよくもまあ、いけしゃあしゃあとそんなことを言えたものだと憤りが募る。

「だったら知らないままにしといてよ」
「そうしたら、私が後悔するから却下」
「はあ? どうしてそうなるのさ」
「ふふふっ。知りたい?」

知りたくないと言えば嘘になる。
知りたいに決まっている。
気になって仕方がない。

「……教えてよ」
「どうしよっかなぁ」

いつもこれだ。いい加減にして欲しいのに。

「じゃあ、もういいよ。オレ、先帰るから」
「待って、西片……行かないで」

摘まれた袖口を、振り払うことが出来ない。

「高木さんはさ……」

袖口を摘まれたまま、振り返らずに尋ねた。

「どうしていつもオレをからかうの?」

それは常々疑問だった。
けれど、問いただしたことはなく。
素知らぬふりをして、聞かなかった問いかけ。
思い切って尋ねてみると、高木さんは。

「……なんでだと思う?」

逆に尋ね返されて、急に怖くなった。
ただの疑問から、疑念へと変わる。
最悪の答えがよぎり、無視出来なくて。

「オレのことが……嫌いだから?」
「っ……!」

すると、わりと思いっきり、背中を叩かれた。

「うわっ! な、なにすんのさ!?」
「そんなわけ、ないじゃん……」

思わず振り返ると、高木さんは俯いていて。

「そんなわけ……ないよ」
「高木さん……」

トンっと、胸を小突かれる。
先程とは違い、あまりに弱々しい力。
泣いていると思った。
泣かせてしまったと思った。

「あ、あの、ごめ……」

反射的に謝ろうとすると、また叩かれた。

「どうして、悪くないのに謝るの?」

どうしてだろう。ただ泣いて欲しくなかった。

「悪いのは、いつも私のほうなのに……」
「……ごめん」
「……ばか」

丸い額をこちらの胸元にくっつけて、高木さんはしばらく肩を震わせて、嗚咽を漏らした。

「……もう平気」

そう言って顔をあげた彼女の目は、まるでウサギみたいに真っ赤で、酷く胸が痛んだ。

「どうして西片まで泣きそうになってるの?」

どうしてだろう。居た堪れない気持ちだった。

「高木さん」
「なに?」
「オレはどうしたらいい?」

自分はどうするべきか。
泣かせてしまった責任をどう取るべきか。
考えても答えが見つからず、尋ねると。

「おしっこを飲んで」
「えっ?」
「あ、やっぱ今のなし」

びっくりした。
あまりに驚いたので記憶が飛んだ。
もう何も覚えていないぞ。全部忘れたからね。

「あの、西片……」
「なんだい、高木さん?」
「もし良かったら、これを受け取って」

高木さんは鞄の中から何やら取り出して、ふわふわしたそれを、こちらに手渡してきた。

「これは……マフラー?」
「そう……私が編んだの」

まさかの手編み。思わず言葉を失っていると。

「もし本当に暑がりだったら、ごめんね」
「オレ、実はものすごい寒がりなんだ」

気づくと口が勝手に前言を撤回していた。

「やっぱり」
「やっぱりって……なにさ」
「西片は意地っ張りだね」

誘導尋問に引っかかりオレは自白させられた。

「西片は意地っ張りで、本当に、優しいよね」

ああ、結局。高木には敵わない。また負けた。

「全部演技だったの?」
「演技だと思う?」
「まさか」

自分で言って、自分で否定する。
さっきのやり取りが演技だとは思えない。
何せ、高木さんの目は、未だ赤いのだから。

「目、真っ赤だよ?」
「さっき目薬をさしたばかりだから」
「高木さんは嘘が下手だなぁ」

お返しとばかりにからかうと、おもむろに。

「じゃーん」

得意げにポッケから目薬を取り出す高木さん。

「ま、まさか、本当に……?」
「さて、どうでしょう?」

どうだろう。気になるところだけどひとまず。

「とにかく、マフラーありがとう」
「うん。どういたしまして」
「大事にするよ」

貰ったマフラーをしっかり首に巻きつけていると、端を引かれて、小さく耳打ちをされた。

「お礼は西片のおしっこでいいから」
「フハッ!」

限界だった。記憶を取り戻して愉悦に浸った。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

高らかな哄笑が寒空に吸い込まれていく。
奪われる熱よりも、湧き上がる熱が勝り。
巻いたマフラーの暖かさが、嬉しかった。


【編み物上手でおしっこ好きな高木さん】


FIN

隠しきれなかった性癖

>>12
本当にごめんなさい
もう恥ずかしいやら誇らしいやら……
読んでくださってありがとうございます

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