【旧家】
わらし「昔は大勢の家族がいて賑やかだったものだけど」
わらし「最後にひとり残っていたおばあさまも、独立したお子さんと同居するために家を離れることになりました」
わらし「人がいなくなると、なんと静かなことか」
わらし「――……かれこれ200年」
わらし「この家にはずいぶん愛着があるけれど、仕方がないでしょうね」
わらし「家が栄えるのは、主あってのことですから」
【路上】
わらし「しばらく見ないうちに、この町もずいぶんと景観が変わったものですね」
わらし「てれびで流れる情報や家族の変化は眺めてきたけれど、見ると聞くとでは大違い」
貧乏神「これはこれは、座敷わらし殿」
わらし「おや、貧乏神ですか。お久しぶりですね」
貧乏神「ほんに、久々に顔を見ましたな。ここで会ったということは、家を出られたということかな」
わらし「はい。200年ぶりです」
貧乏神「ほぉう、200年とは。ずいぶんと長い間、いい家で暮らしなすったんですなぁ」
わらし「おかげさまで」
貧乏神「わしなんぞ、年に2,3回は家探しに励んでおるよ」
わらし「そうなんですか。長居はお嫌いで?」
貧乏神「はっはっは。わしに長居されて喜ぶような人間はそうそうおらんよ」
わらし「あっ、すみません」
貧乏神「なんも、わらし殿が謝ることはない。わしは貧乏神。貧乏が好きな変わり者など滅多におらんでね」
わらし「……。でも、貧乏神さんが去った後の家は裕福になるんでしょう」
貧乏神「まあの。貧乏があるからこそ裕福にありがたみがある。それを人間に知らしめることが、わしらの仕事じゃからな」
わらし「そうですね」
貧乏神「といっても、お前さんと違ってわしは歓迎されんからな。あまり長居をしては人間も辛かろうよ」
わらし「……はい」
貧乏神「だからしょっちゅう次の家探しをせにゃならん。貧乏暇なしじゃよ、はっはっは」
わらし「ふふふ」
貧乏神「さてさて、長話して、わらし殿に貧乏性が移っても困るでな。また、どこかで会おうぞ」
わらし「はい、また。さようなら、貧乏神さん」
【公園】
わらし「ようやく、緑の多い場所に辿り着きました」
わらし「町はこんくりーと、だったかしら? 固そうな建物ばかり……地面も川岸も車も」
わらし「ちょっと気が遠くなるわね」
わらし「人間そのものも……本当に変わってしまったわね」
母「ほら、もうおうちに帰る時間でしょ」
子「えー、もっと遊びたいー!」
母「また明日にしようね」
わらし「こういう親子の触れ合いは、昔と変わらないか」
子「……」
母「どうしたの、ゆうちゃん」
子「おねーさん」
母「お姉さん?」
子「着物のおねーさんがいる! 赤いの!」
母「着物の……って、どこに」
子「あそこ!」
わらし(あら、いけない)
わらし「ばいばい」
子「ばいばーい」
母「ゆうちゃん……着物のお姉さんなんていないよ」
子「いるよ! ほら、あそこに、……あれ、いなーい?」
母「か、帰るわよ!」
【路上】
わらし「うっかりしてました。意識して姿を消していても、小さい子には私の姿が見えることがあるんですよね」
わらし「変な噂が立つのも困りものです」
わらし「外を出歩くのも慣れないし、早く次の居候先を見つけましょう」
【民家】
わらし「とりあえず、最寄りの民家に入ってみました」
わらし「住んでいるのは老夫婦ふたりのようです」
わらし「家の広さはいい具合ですが、畳の部屋はないのでしょうか。畳が落ち着くのですが」
わらし「この部屋はまだ覗いていませんでしたね。入ってみましょう」
子供部屋おじさん「……」カタカタカタカタ
わらし「あらまあ、先客がおいででしたか」
わらし「ひとつの家に座敷わらしがふたりは要りませんよね」
わらし「残念ですが、他を当たることにしましょう。ごきげんよう」
子供部屋おじさん「……」カタカタカタカタ
【路上】
わらし「何軒か当たってみましたが、なかなか決め手がありませんね」
わらし「現代風の家屋のにおいは、どうも馴染めません」
わらし「おや、あれは。人ならざるもの」
【喫茶店】
わらし「ふふ、おぜんざいおいしいです」
口裂け女「小豆が好きなんだね」
わらし「はい。旧家ではあんパンをつまみ食いしたりもしていました」
死神「これはこれは、文献通りの座敷わらしさんですな」
メリー「本物の座敷わらしに逢えるなんて思わなかったわ」
口裂け女「あたしも。座敷わらしなんて都市伝説かと思ってたわよ」
死神「おやおや、お前さんがそれを言える口かい?」
わらし「いえいえ、私、外に出ることはめったにないので伝説になっても仕方がありません」
メリー「私たちの仕事って外回りだから、家にずっと籠ったりすることは滅多にないかな」
口裂け女「あたしも。でもメリーはあっちこっち移動するから大変よね。私は基本待ち伏せ型だから」
死神「あんたたちは怖がらせるのが仕事だから楽なもんだろう。死神は身勝手な人間や幽霊と交渉するのが仕事だから、気苦労が多いのさ」
わらし「みなさん、いろいろとお忙しいんですね」
口裂け女「まあ、あたしは以前に比べたら仕事は多くないけどね。昭和の頃には一世を風靡したこともあるのよ」
わらし「ああ、存じ上げます。あの頃は口裂け女さんのことがてれびでよく取り上げられてましたよね」
メリー「最近は時代が変わって、みんななかなか非通知の電話に出てくれないし。代わりにメールを使いだしたら今度はラ〇ンでしょ」
わらし「ああ、すまふぉっていうものですか。噂は聞いてますけど」
死神「うちの閻魔帳もデジタル化するって話が出てるんだけどさぁ。閻魔帳は紙だからこそ味があると思うんだよねぇ」
メリー「そういうの分かる。やっぱり私の怖さはナマの声を聞いてもらわないと伝わらないと思うのよね」
口裂け女「立体映像もいいけど、本物のあたしを見て腰を抜かしてほしいわ」
わらし「本物って言いますと、私たち……こんな街中のお店で姿を現しているのに。誰も気にも留めませんね」
死神「最近はコスプレっていって、怪しい格好をしている人間の集団がよくうろついているのさ」
メリー「化け物も怪奇もエンタメの対象みたいになっちゃってるのよね」
口裂け女「おかげで、あたしも怖がられる以前にただの不審者扱いされて通報される始末だよ」
わらし「あらあら、それはお気の毒です」
メリー「人間がままならないものに畏れを抱くからこそ、私たちには存在価値があるのに……」
口裂け女「ちょっと寂しいもんだね」
わらし「居場所がなくなっちゃったら、つらいですもんね……」
死神「わらしさんは人気者なんだから引く手あまただろう?」
わらし「いえいえ、なかなか条件が合わなくて。まだ行き先が決まってないんです。先客がいたりして」
死神「先客かい?」
メリー「同じ座敷わらしが住み着いてたってこと?」
わたし「はい。老夫婦の家だったんですけど。2階の子供部屋に、中年くらいの風貌の座敷わらしが」
わらし「辞去するときに声を掛けたんですが、ぱそこんに熱中していて気付かなかったようなんですけど」
死神「ほう」
メリー「へぇ」
口裂け女「……ねぇ。それは、本当に座敷わらしだったのかしら?」
わらし「え?」
江戸時代、貧困にあえぐ農村では口減らしのために間引きがたびたび行われました。
ある地方では、間引きのことを臼殺(うすごろ)と称し、子どもを石臼の下敷きにして殺して死体を家の中に埋める風習がありました。
子どもの霊は、その哀れな境遇を受け入れることができません。
成仏もかなわず、家の中にとどまり続けて、悪さをしたり、夜な夜な苦しい呻き声を上げたりしました。
そんな霊も成長し、自分を断腸の思いで殺めた親の苦悩を知るところとなります。
霊はいつしか家の守護霊として、家に住む者たちを陰ながら温かく見守るようになりました。
その霊の名は――
【民家】
老父「祐輔のやつ……また部屋に閉じこもったまま出て来ないのか」
老母「そうですね……食事のときは下りてくるようにっていつも言っているんですけど」
老父「こっちが元気なうちはいいんだがな……わしもいつまでも働けるわけじゃない。年金だけでは……」
老母「心配ですね……あの子の将来が」
【部屋】
子供部屋おじさん「……」カタカタカタカタ
子供部屋おじさん「……うっ」ぽろぽろ
子供部屋おじさん「俺は……何をしているんだ……うぷっ……うぅ……ああぁ」ぽろぽろ
わらし「いつの時代であろうと、生かされた命はひとつの例外もなく尊いものだと私は信じています」
わらし「もちろん、あなたも、あなたのご家族も」
わらし「しばらくは、ここに居候させてもらいますね」
わらし「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
(おわり)
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