「サンタさん、今年は何を持ってきてくれるんだろう」
僕のそんな無邪気な言葉に、彼女は、憐憫の眼差しが注がれる。
しかし、僕は、その刺々しさをものともしない。それどころか、その鋭さが心地よくすらある。
そもそも、僕は彼女の反応を既に想定済みだった。
「もしかして社会人にもなって、まだ親からクリスマスプレゼントもらってるんですか?」
彼女の声には、憐憫を超えて強い蔑みすら感じられる。あぁ……なんと安らぐ声だろうか。
兼ねてより、僕にはMっ気があるのかもしれないと思っていたが。
どうにも彼女と出会って以来、その傾向は顕著になってきている。
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だが、強い男に憧れる身としては自分がMであるとは素直に受け入れ難い。
僕がMであるのか、そうではないのかという命題には十分な検証が必要だ。
おっと、話がそれてしまった。
「いや、そうじゃないよ。僕に両親がいないのは知っているでしょ」
彼女の澄んだ赤銅色の瞳が、幾ばくか空を泳ぐ。
「迂闊でした。ごめんなさい」
「親がいないのは君も同じだろ。親無し同士なんだから気にすることはないよ」
彼女はどこか胸をなでおろしたようだ。
さほどもない胸であるが。とにかく、なでおろした。
「どこ、見てるんですか?」
「僕には何も見えないよ」
嘘は言っていない。だって、そこには本当に何もなかったのだから。
だが、僕の言葉が気に障ったのか。彼女の白い手が、僕の頬を中心に二度三度往復した。
「さて、話を戻そうか。一般的に、クリスマスプレゼントを用意するのは誰だと思う?」
「まあ、普通なら親でしょうね。でなければ、恋人―――私からとか」
「そう。でも僕が、期待しているのはそれじゃない」
彼女は少しムッとしたように見える。彼女に機嫌を損ねられると、非常に困る。
だが、これは必要な会話なのだ。逃げるわけにはいかない。
現状、全てが台本通りとはいかないが。順調であることは間違いない。
その方向は、僕の目指すものに着実に近づきつつある。
「……先輩は、祖父母に育てられたって言ってましたよね。
じゃあ、先輩にとってのサンタさんは祖父母ということですか」
「いや、そうじゃない―――」
さあ、ようやく準備は整った。ここまでで、ようやくスタートライン。
それじゃあ、そろそろ物語の幕を開こうじゃないか。
ジャンルはミステリー、もしくはヒューマンドラマ? はたまたサスペンスかも。
語り部は僕、探偵役兼ヒロインはキミ。
僕は、彼女に気づかれぬよう両の拳にぐっと力を籠める。
「僕が期待しているのは、正真正銘サンタさんからのプレゼントさ」
いや、みなまで言わなくてもわかっている。僕は、高校卒業後すぐに勤めだして社会人3年目の21歳。
そんな男が、いまだにサンタクロースを信じているなんて告白したら、そりゃあ誰だって困惑する。
たとえ聡明で、徹底した現実主義者である彼女であっても言葉につまるのは致し方のないことだ。だから僕は、可能な限り彼女の理解が追いつくよう丁寧に話をすることにした。
「僕だって、こんな年してサンタがどうのこうの言うのは恥ずかしい。だから、この話はキミの小さい胸にしまっておいて欲しい。
もちろん、世間一般に、サンタクロースの正体が両親であることは僕も理解している。でもサンタの存在は、僕にとって確定的に明らかなことであり、それをキミにも共有してほしいんだ」
「つまり、先輩は私にもサンタが実在することを信じてほしいというわけですか」
僕の真剣な眼差しに、彼女もどうやら単なる冗句ではないと理解してくれたらしい。
「そのとおり」
「でも、いないものをいると証明するのは難しいですよ」
「悪魔の証明ってやつだね。しかし、僕の短い人生21年の間に起きた事を鑑みるに。僕に限ってはサンタは存在すると言えるんだ」
「ふふん。なかなかに面白そうな話ですね」
彼女の瞳に、好奇心の色が宿る。こうなった彼女は、本当に強い。頼りになる。もともと、僕と彼女は高校時代に図書室の常連として知り合ったわけだけど。
彼女は俗にいう、探偵脳(石黒正和曰く、ミステリ小説を好んで読む人が陥る脳の状態)であった。すなわち、他愛のない日常の出来事にですらミステリ的推理を用いてしまう人のことであるが。
そんな、彼女だからこそ本格的な非日常に強い関心を示すのだ。
そして、その性向は実生活でも十分に発揮され。彼女は在学中に、いくつもの事件を解決し、校内ではちょっとした名探偵として知られていた。
まあ、事件と言っても落とし物探しとか、その程度のものではあるが。
しかし、事件の大きさに関係なく、僕は彼女の高い推理力を買っている。だからこそ、僕は恥を忍んでサンタの話を持ち出し。その謎を、彼女に解いて欲しいと期待しているのだ。
「それじゃあ、先輩がそういう妄想に至った原因を聞かせてみてください」
よしきた。
「じゃあ、いきなり核心からいこうか。昨年の12月25日の朝、20歳独り暮らしの僕の枕元には、当然のようにクリスマスプレゼントが置かれていた。言っておくが、キミがくれたプレゼントとは別物だ。もちろん、自分で買った物でもない。ということは、何者かが僕の部屋に侵入してプレゼントを置いていったということになる。
だが、部屋の鍵は確り閉められていたし、あのボロアパートだ。人が侵入すれば床が軋んで、僕は目覚めた事だろう。つまり外からの侵入は不可能だったわけだ。
だが、そんなことに僕はちっとも驚かなかった。
なぜなら―――それは、毎年欠かさずに起こっていたことだからだ」
彼女は、口元に手をあて眉根に皺を寄せた。僕に、何を聞くべきか考えているのだろう。
「聞く限り、先輩に見つからないように先輩の祖父母がプレゼントを仕込んだと考えるのが妥当だと思います。部屋の合鍵だって渡してあるんでしょう? ―――しかし、先輩はそうではないと考えている。その理由は何ですか?」
「それは、サンタからのプレゼントとは別に祖父母は毎年プレゼントを用意してくれていたからさ」
「つまり、『犯人』が祖父母の場合。毎年二つのプレゼントを用意していたことになるわけですか。確かにそれは妙ですが、ありえないわけではない」
「『犯人』ではなくサンタクロースね」
彼女は、「これは失礼」と舌を出して見せた。
「祖父母がサンタではないと考える理由は他にもある」
「と言いますと?」
「このサンタからのプレゼントは、イブに僕と同じ部屋で床についた人すべてに贈られるんだ。
つまるところ、僕が中学1年生のお祝いに祖父から書斎を譲り受けるまで、僕と祖父母は同じ部屋で川の字になって寝ていたわけなんだけど。当然、条件を満たした祖父母にもサンタからプレゼントが届けられていたってわけさ」
「誰とも知らない人からのプレゼントに、先輩の祖父母はどういう反応を見せていたんですか?」
「祖父は、世の中には不思議なことが往々にしてあるって言っていたよ。祖母も特に、驚いた様子はなかった。
この条件に気づいたのは、僕が12歳の時だった。その年のクリスマスは、祖父母が二人そろってインフルエンザにかかってしまってね。それで、避難も兼ねて。僕は、年の近い従兄弟がいる叔母の家に預けられたんだ。僕は、従兄弟の部屋に寝床を作ってもらったんだけど……」
「その年のクリスマスプレゼントは、先輩と従兄弟の下に届けられたということですか」
僕は、頷いて見せた。
ごめんなさい
別の展開を思いついてしまったので練り直してきます
また見かけたらよろしくお願いします
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