【このすば】このテクノブレイカーに異世界転生を!【オリキャラ】 (15)


ディアナ「お前、死んだんだわ」


 ディアナと名乗った女はあっさりとそう言い放った。
美しく整った顔立ち、三日月型の髪留めで留めた銀色の髪、淡く輝く羽衣……
腰掛ける豪華な玉座と相まって、月の女神という肩書きを信じざるを得ない出で立ちだ。


ライト「えっ……それって……あのまま?」


 俺……タナカ・ライトは困惑した表情で問いただす。
この場所は何かしら超常的な空間と思われ、俺たち二人の姿のほかはひたすら闇が広がっていた。


ディアナ「うん、血圧が上がりすぎて心不全で……まあ、わりかしよくあることだからさ。あんま気にすんなよ」


 ディアナは苦笑する。
俺は頭を抱えた。


ライト(まさか自慰の真っ最中に突然死することになろうとは……!)

ディアナ「……あー、死体のこととか気になる?その後的な話したほうがいい?」

ライト「やめてください。恥で死にそうです」


 俺は自分の人生を顧みる……
生まれが人より恵まれていたことは間違いないだろう。
親の力で高級な学校に行き、高級な友達と付き合い、高級な趣味に走った。
親は俺の力を超えた高校への進学を望み、裏口入学の手はずを整えた。
俺は黙って見ていた。
発覚し、破滅。
家の力で大ごとにはならなかったものの、俺は家庭内で腫れ物扱いされる引きこもりに落ちぶれた。
以後後悔と現実逃避を延々と反復した挙句、セルフ腹上死とは……なんたる人生か。


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ライト「……まあ、この死に方も徹底的な人任せの報いか……俺は地獄行きでしょうね」

ディアナ「え?地獄に行きたいの?」

ライト「別に行きたくはないですけど……俺みたいなクズが天国は無理でしょ」

ディアナ「いや、お前はそんなにカルマ溜まってないし普通に天国行けるよ」

ライト「マジですか!」


 俺の前途に一筋の希望の光が!


ディアナ「……たださあ、ここだけの話……天国ってそんないいところじゃないんだよね」


 ……ん?


ディアナ「とにかく娯楽がないんだよ。漫画も小説もインターネットも無いし、食の楽しみもない。マスかく楽しみもね」

ライト「最後のはもうどうでもいいですけど……でも死んだらそこに行くんでしょ?どうしようもないじゃないですか」

ディアナ「チッチッチ、それが違うんだな」


 ディアナはどこからともなく何かのパンフレットを取り出す。


ディアナ「異世界転生、してみない?」


 その表紙には「異世界転生のしおり・日本版」とあった。



このテクノブレイカーに異世界転生を!


ライト「えーっと……いらないです」

ディアナ「いらない?」


 ディアナは素っ頓狂な声を上げて身を乗り出してきた。
さっきから女神っていうわりに威厳は無いが……俺の死に方を笑わないだけでも聖人か。
聖人は怪訝そうな顔でパンフレットをパシパシ叩いてみせる。


ディアナ「いらないってお前……チートアイテムだよ?一撃必殺、絶対防御、無限回復、オート女たらしと何でもあるから、欲しいものを遠慮なく言ってみなよ」

ライト「いや、ありがたいんですけど、大丈夫です……ていうか最後のめっちゃ怖いですね。洗脳じゃないですか」

ディアナ「洗脳でも何でもあったほうがいいよ、二回は蘇れないんだから。基本的に向こうで死んだら天国直行だからね?」

ライト「でも言語とか最低限の常識とかは覚えられるって話ですし……」

ディアナ「もしかするとパーになるかもだけど」ボソッ

ライト「えっ?何か仰いました?」

ディアナ「言ってない☆それにしても、何で受け取ってくれないのさ?一応これも私の仕事なんだけどなあ」

ライト「……それは……もう、他人の力に頼るのは嫌なんですよ」


 俺は胸の中のモヤモヤを正直に打ち明けることにした。
女神様なら悪いようにはしないだろう。


ライト「俺はクズです。チートをもらってもたぶん何かしら失敗する……その時にあなたや転生のシステムを恨むのは嫌です。二度目の人生でまでそんなじゃ、あんまり惨めです」


ディアナ「えー、でも……脅すようで悪いけど、お前が転生する世界って結構ハードだよ?チートなしじゃかなり厳しいと思うよ?」


 この説明はさっき十分受けたところだ。
悪逆非道の魔王軍が攻め込んできてるし、そこらのカエルに食われて即死亡までありうるハードコアらしい。
人を食うカエルってどんなサイズだよ。


ライト「カエル?……まあ、その時はその時です。今度こそ自分の力でやれるなら、その結果も後悔なく受け入れるんじゃないかって……あー、何言ってんだろ、俺」

ディアナ「ふーむ……」

ディアナは俺を見つめて……ぽん、と手を叩いた。

ディアナ「気に入った!」


 おもむろに立ち上がると、その左手に銀色の弓を出現させ、同じく銀色の矢をつがえて……


ディアナ「せいっ」


 俺の左目を射抜いた。


ライト「ぎゃあっ!?」


 俺は思わず悲鳴を飛び下がる!


ライト「な、な、な、何すんだ!?」

ディアナ「何すんだとは何だ、月の女神の祝福をくれてやったのに!」


 憮然とするディアナ。
俺はハッとした。
目が普通に見えている……痛みもない。
左目を触ると、驚いたことに矢の感触はなく、傷もなかった。
矢はどこへ消えたのか?


ディアナ「タダでやるんじゃない、お前への投資だ。自分のもんだと思っていいから結果出せよな!」

ライト「はあ……ありがとうございます……?」


 ディアナは満足げに頷いた後、どこからともなく便箋を何枚か取り出し、玉座のサイドテーブルの上で何事か書きつける。


ディアナ「どうせだから向こうの女神と……アタシの教団と……昔の麻雀仲間と……アクアさんにも一筆書いといてやろう。これでよし」


 便箋を封筒に収め、俺の胸元に押し込んできた。


ディアナ「必要な時に手元に来るようにしとくからな」

ライト「どうも……アクアさんっていうのは?」

ディアナ「アタシの前任で先輩、水の女神だよ。今は向こうの下界に降臨してて……回復魔法と浄化魔法を操る気高きアークプリーストってとこかな」


 ディアナはどこか揶揄するような口ぶりだったが、俺は感心していた。
自ら魔王軍との最前線に飛び込むとは、なんてカッコいい神様だろうか。


ディアナ「さて、チートアイテムをいらんと言われれば、アタシ個人としてはできるのはこれくらいだ」


 ディアナがやりきった顔で指を鳴らすと、俺の足元に白い魔法陣が浮かび上がった。
いよいよか。


ディアナ「タナカ・ライト……案外魔王を倒して願いを叶えるのは、お前みたいなイレギュラーなのかもしれん。行ってこい!」


 ディアナの姿と声が薄れ、俺の意識が何処か遠くへ引かれていくのを感じる。
……魔王を倒せるかはわからないが、努力はしよう。
今度こそ、俺自身の力で。


受付嬢「登録手数料1000エリスが必要なのですが……」


 ……俺自身の……力で……


ライト「……すみません、今持ち合わせがないもので……」

受付嬢「あっ……はい、ではまた……」


 俺は安易に考えていた……ファンタジー世界したなら、冒険者ギルドに行けばなんとかなるだろうと。
初めに辿り着いた町「アクセル」でそれらしい施設を首尾よく発見したが、思わぬ困難に出くわしたのだった。


ライト(手数料だと……最初の最初で金が必要になるのか?クソゲーじゃないか……)


 俺はギルド内の酒場の隅の席に陣取り、金策に思いを巡らせた。
絶望的だ。
心なしか周囲の人たちの視線が痛い。
ジャージ姿のせいだろうか?


ライト(ゲームなら町の外で何か売れるものを取ってくるところだが、何が売れるのかわからないしな……)

ダスト「よお〜そこのあんちゃん!」

ライト「うわっ、何だあんたは!?」


 見知らぬ冒険者が絡んでき……臭っ!酒臭っ!
こんな真昼間から飲んでんじゃねえ!


ダスト「面白い目してんなあ、え?どういう魔法だよそれは?」


 こいつは何を言って……待て、目だと?
俺は近くのガラス窓に自分の顔を映して見……


ライト「……ん!?」


 二度見した。
左目の瞳が銀色に変わっている!
周囲の視線が厳しいのはこれもあってのことか。


ライト(片目だけカラコン入れたみたいだ……もしかしなくても祝福のせいだろうな)

ダスト「なあその目の色はよ、紅魔族的なあれか?爆裂魔法的なあれか?」

ライト「ちょ、目を……触ろうとするな!どチンピラ!」

リーン「何してんのダスト!やめやめ!」


 魔法使いっぽい女の子が酔っ払いを引き離してくれた。


リーン「ごめんね、うちのバカが……ところで君って、冒険者志望?」

ライト「え?ああ、そうですけど……」

リーン「やっぱり!ていっても、さっきから見てたんだけどさ……登録料無いんでしょ?お詫びがてら、貸してあげようか?」


ライト「えっ、それは……」


 俺は……俺は今度こそ、自分の力で……


ライト「……ぜひお願いします」


 俺の決心も怪しいもんだな。


受付嬢「あら……?どこかで冒険者だった経験がおありですか?再発行なら登録料は結構だったのですが」


 俺は無事料金を支払い、登録手続きを始めたのだが……
冒険者カードを発行してもらう段になって、受付嬢さんがおかしなことを言い出した。


ライト「え?いや、無いはずですが」

受付嬢「?しかしですね、先ほど魔道具で発行したあなたのカードには、強力な複合スキルがいくつか……」


 受付嬢が怪訝そうな顔で俺のカードを差し出してくる。
たしかに、スキルと読める欄にはいくつかカッコいい横文字が並んでいる。
なになに……「ムーンシューター」、「ナイトウォーカー」、「サテライトキャノン」、「看破の魔眼」……


ライト「魔眼?……あっ!」


 ディアナの祝福だな、これ!
しかし、強くてニューゲームかよ……
こんなのチートと変わりないんじゃ……


受付嬢「あとスキルの習得に使うポイントがこの通り赤字になってまして、しばらくは新しいスキルが習得できない状態に……」


 ……キッチリ前払いさせられてた。


ライト「……そうですよ。俺のスキル、俺の力です」


 何か文句あるか。


受付嬢「えーと、では……あら、ジョブの欄は空欄のままですね。あなたのステータスとスキルを拝見する限りでは『アーチャー』が最適ですね、かなり優秀な素質をお持ちだと思います」

ライト「アーチャーか……なんだか決め手に欠けていそうですね」


 パーティを組むのもいいが、別に俺一人で敵を倒してしまっても構わんのだろう?


受付嬢「たしかに近接職に比べればそういう傾向はありますが……」


 視界の隅で、さっきのチンピラと一緒のテーブルに座っていた男がこちらを睨んだ。
あんたアーチャーか、ごめん。


ライト「他になれそうなものはありますか?」

受付嬢「他ですか……強いて言えば盗賊か忍者、あとは基本職の冒険者くらいでしょうか」


 なんか地味なやつばっかりだな、これはアーチャー一択……待て、忍者だと?


ライト「忍者にします」


 即断だ。
日本人たるもの、忍者になれると言われて断るものがいようか。
しかし受付嬢は渋い顔をする。


受付嬢「えっと……申し上げにくいのですが、『ナイトウォーカー』が隠密系のスキルを内包しているから最低限の素質があるというだけで、ステータス自体は不向きもいいところで……」

ライト「え……」

受付嬢「決め手に欠けるのは同じですし、僭越ながら言わせていただけば、アーチャーになさっておいたほうが……」


 ……俺は困難の次は難題にぶち当たっていた。


ライト「ううーん……」


 俺はギルドの隅のテーブルに舞い戻り、延々と首をひねっていた。
俺は優秀なアーチャーの素質を持っているらしい。
理性的に判断するならアーチャー一択だろう。


ライト「しかし……忍者……!」


 しかし俺の中の情熱がその決断を妨げていた。
あのエキゾチック・ジャパニーズ・アサシンになれるチャンスをみすみす逃すなど……


ライト「いや待てよ……?」


 この世界はかなり危険だとディアナが言っていたじゃないか。
忍者のほうがカッコいい、なんて生っちょろいことを言っていていいのか?
重大なことだから受付の人も忠告してくれたのでは?


ライト「そのせいで死んだりしたらシャレにならないし……うーん……」


 ……このように、俺はかれこれ数時間悩み続けていた。
時はすでに夕刻、窓からオレンジ色の日の光が差し込んでいる。
周りの人たちは遠巻きにしてチラチラと視線を向けるばかりで、決して近づこうとしない。
そりゃ俺だって挙動不審なカラコン野郎に近づこうとは思わないしな……


ライト「実用性か……カッコよさか……うーむ」


 俺は疲労困憊してテーブルに突っ伏した。
体内のブドウ糖を使い切った感覚がある……


「カッコよさです」


 声をかけられたのはその時だった。


ライト「え……?」


 俺は目を上げた。
横に誰かが立っている。
顔は……後ろの窓から差し込む西日が逆光になっていて見えない。


ライト「あんなは……」

「何に悩んでいるのか知りませんが、カッコいいほうを選ぶべきです。自分のカッコよさは何者にも代えが効かない、オンリーワンのものなのですから」


 その人物はそれだけ言って踵を返し、冒険者ギルドから出て行ってしまった。
声からすると若い女性だったようだが……
俺はテーブルに向き直り、彼女の言葉を反芻する。


ライト「オンリーワン……」


 ディアナの口ぶりだと、これまでも多くの現代人が送り込まれているはず。
その中にはチート的な弓をもらったりした、俺より優秀なアーチャーもいたに違いない。
それでもまだ、魔王は倒せていない。
その轍を踏まないためには、何かオリジナリティが必要なはず!
俺は自分の欲望をそう正当化して受付へ駆けた。


受付嬢「あら、アーチャーになる決心が……」

ライト「俺、忍者になります!」

受付嬢「ええっ!?」


 ……俺には知る由のないことだったが。
その頃ギルドの外では先ほどのアドバイスの主と、そのパーティメンバーである転生者が合流したところだった。


「おうめぐみん、手続き任せちゃって悪かったな。ちょっと時間かかったか?」

「はい、迷える子羊を導いていたもので」

「子羊?」

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