荒木比奈のジュブナイル (34)
明日の地球を投げ出せないから初投稿です
前作→荒木比奈「ジャスト・リブ・モア」
荒木比奈「ジャスト・リブ・モア」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1523199620/)
前作ですが読まなくても大丈夫です
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1539874879
二次創作ものの同人誌を書くとき、アタシって、大体決まった形になっちゃうんスよね
元が不幸なお話なら幸せに。幸せなお話ならもっと幸せに。
だって、描いてる方も読む方も、幸せな人たちを見る方がいいじゃないっスか。
少なくとも、あたしはそう思ってまス
◆◇◆
「引退……」
二人だけの会議室で。私の言葉を聞いた彼が、ポツリと呟いた。
「引退、かぁ……」
私が、少し前から抱えていた思いを受け取った彼は、どこかを一点に見つめ、手を忙しなく組み直し、大きく息を吸っては吐いている。
壁掛け時計の秒針が、大きな音を立てる。そんな無言を幾数分。
「正直」
彼が、閉ざしていた口を開く。私もそれに合わせて、顔を上げ彼に向かい合った。
「正直僕は、比奈はまだアイドルとして活躍できると思う」
今のように、いや今以上に、と彼は続けた。
アイドルになって6年。26歳になってからは一月が過ぎた。確かに、まだまだ活動できる年齢ではある。それに、今の私よりも歳を重ねてからアイドルデビューした一だってこの事務所には多い。同じブルーナポレオンの、瑞樹さんや沙理奈さんだってそうだ。二人は、今もこの芸能界で活動を続けている。瑞樹さんは女優業を主にして、と言う形ではあるけれど
「アイドルを引退した後は……歌手なりモデルなりで芸能界にとどまるのか、それとも」
「……後者、っスね」
「……そっか」
彼の声が、一段と暗くなった。静寂が、痛い。
どうしてそう決めたのか。いつ頃から考えていたのか。詳しく訊かせてほしい。
彼の質問に、私は一つずつ答えていく。自分がそう思うように至ったまでを話す。言葉を紡ぐには時間がかかって、一時間くらいは話した気がした。実際は15分も経ってなかった
全てを話して、訊かせた後、彼は口元に手を当てて机の上を見つめていた。
「反対したい気持ちだってあるよ。今だってそう考えてる。でも、比奈の意志なら、僕はそれを尊重したい」
「……」
私の方は見ずに、彼は口を動かす。
「比奈が考えて考えて、考え抜いて出した結論なら、僕がそれに反対する義理も道理もないからね」
「……っスか」
「5年も一緒にいるんだ。比奈がどう思っているかくらい、少しくらい分かるよ」
全部は流石に分からないけれど、と彼は初めて笑みを溢そうとした。引きつっていて、お世辞にも笑っているようには見えなかった。
「……引退って意志は、揺るがないんだね」
「……はい」
「わかった」
彼がまた大きく息を吸い込んだ。少し背中を反らせて、また私に向かい合う。
「最後まで、頑張ろう」
真っ直ぐ見つめる瞳。そこに映り込んだ私は、うるんだ瞳をしていた。
◆◇◆
自分が何を言ったのか、1分前のことも曖昧になっていた。きっと、引退時期のことは追々伝えるとか、明日も早いから今日はここまでにしようとか、そういうことを言ったんだと思う。
比奈が会議室からいなくなって始めて、自分が無理をしていたことに気がつく。全身を覆う虚脱感、喪失感。手から砂がこぼれ落ちて、指の間を通っていく感覚。もう、元に戻せないという絶望。喉の奥をキュッと締め付けられる気分になる。
窓の外に目をやる。初夏が近い。空は、まだほんのわずか夕焼けを残していた。
「……」
一人きりになった会議室で、思いふける。
荒木比奈は本来、アイドルになる人間じゃなかった。僕があのとき出会い、スカウトしなければ、きっと今頃彼女は全く違った人生を歩んでいただろう。
アイドル荒木比奈として幕を上げさせ、始めさせたのは自分だ。だから、せめて。幕を引くときは比奈のタイミングで、比奈自身の手で引かせてやりたいと決意していた。
していた、ハズだったのに。結局、そんな決意は仮初めだったんだ。
「……あ」
声が出ない。頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言えば良いのか分からない。そもそも、この独りぼっちの空間で、何か言っても意味などあるのだろうか
「ああ……」
でも、意味が無くても何かを言わないと、どうにかなりそうだった。おかしくなりそうだった。無意味な「ああ」だけを僕は吐き出していく
『比奈にまだ続けて欲しい』
これは嘘じゃない
『反対したい気持ちだってある』
これも嘘じゃない
『比奈の気持ちを尊重したい』
これだって真実だ。
引退して欲しくない。新しい門出を祝いたい。ずっとアイドルでいて欲しい。比奈の決意の邪魔をしたくない。背中を押したい
やめてほしくない。
二律背反。アンビバレンツ。抱えた思いはぐちゃぐちゃで、自分でも、この矛盾を解決することができない。女々しく考える自分と、そうじゃ無い自分が同居している。嫌な気分だった。
でも。
『最後まで、頑張ろう』
僕が比奈に、そう言ったんだ。だから、やろう。比奈が最高の終わりを迎えられるように。
比奈が笑顔で、アイドル荒木比奈の幕を下ろせるように。僕は、そのために尽力する。
目頭が熱くなった。唇を固くしばって、その涙が零れないようにした。どういうわけか、涙は流したくなかった。
◆◇◆
私だって、あなたと5年一緒にいたんだ。だから、あなたが何を思っているか、私にも少しは分かる。あなたが無理していたことも、私にはお見通しだ
いつも寝ているベッドの上。見慣れた天井。アイドルになる前からずっと、変わっていない景色。……いや、日焼けで天井が少し黄色くなったかも。
「……引退」
ずっと考えていた、引退を決意していた、ハズなのに。どうしても、揺らぎそうになる自分がいる。まだアイドルを続けたいと思う自分がいる。
どうしようも無く中途半端で、いくじがない。
でも、決めたんだ。もう伝えたんだ
『最後まで、頑張ろう』
あの、真っ直ぐ見つめてきた瞳に誓った。もう弱音は吐かない。もう迷わない。
終わりまで、走り抜いてやる。
『アイドル荒木比奈、今秋引退』
あれから三日。情報が公開されて、ネットニュースの見出しにはそんな類いの文言が並んだ。ありがたいことに、私の引退を惜しんでくれる人も多かった。
「比奈さん!」
惜しんでくれる人は、ファンの人たちだけじゃなく
「奈緒ちゃん……」
「引退って、アイドルやめるって……本当に……?」
事務所の、私がいつも昼食を食べる休憩室。奈緒ちゃんはそこに走り込んできて、大きな眉を八の字にして、私を見つめてくる
「……はい」
「な……なんで……」
奈緒ちゃんは瞳を潤わせて、今にも泣き出しそうになる。震えている声は、悲しげで。そんな声を奈緒ちゃんから出して欲しくないって思っちゃって、『なんちゃって』と誤魔化したくなってしまう
でも、私にはもう、そんなことできないから
「アイドルは楽しくて好きっスよ。ずっと続けて行きたいくらいっス」
「……なら」
けどね
「アイドルと同じくらい、やりたいことがアタシにあるんスよ」
泣いている奈緒ちゃんを観ると、私も泣きそうになってしまう。でも、私が泣いたら、奈緒ちゃんはきっと、もっと泣いてしまう。だから、私は必死に我慢して、笑顔に努めて、奈緒ちゃんに語りかけるようにした
「嫌になってやめるワケじゃないし、その、泣かないでほしいっス」
私の言葉を聞いた奈緒ちゃんは、頬を伝った涙を袖口で拭って、唇をギュッと締めて、大きく息を吸い込んだ
真っ直ぐ見つめられる。まだ潤んでいるけれど、涙は止まっていて、いつも以上に強く美しい瞳だった
それを私に向けながら、奈緒ちゃんは私に近づいてきて、私の手を握る。
「……わかった」
喉の奥で押しつぶされたような声。聞きにくくて、力強い声。
「比奈さんが決めたことなら、あたしは全力で応援する」
他の人が聴いたら、この声を醜いというかも知れない。つぶれていて、震えていて、小さな声。でも、私は、この声を美しいと思い、そしてこの声に力づけられた。
ありがたかった。奈緒ちゃんは優しいから、きっと、私の決意を汲んでくれたんだ
強く握られた手を、私も握り返す。熱くて、暖かい。
「……奈緒ちゃん、Pさんがね、アタシの最後の仕事をライブにしたんスよ」
「……」
昨日話した、半年後の話。10月の下旬に、ちょうど事務所のライブがある。私達は、それを最後の場にすることに決めた。どっちが言い出したか分からないけど、自然にそう決まった。
「だからね、スケジュールの調整とか、厳しいところがあるかも知れないっスけど」
「やる」
早かった。レッスン量が増えたり、生活の時間が制限されたり、そういうこともあるのに、奈緒ちゃんは一切それを考えずに即答してくれた
「やる。言ったばっかりじゃん。応援するって……それに、比奈さんの最後のステージに、一緒に立てないなんて、あたしはそんなのいやだ」
「奈緒ちゃん……ありがとうございまス」
握りあった手は、更に固く結びあう。奈緒ちゃんの中にある強さを、一緒にもらえたような気分になった
「比奈ちゃん!!」
デジャヴ。バタンと、乱暴にドアが開く音。
「「菜々さん」」
手をほどいて、私と奈緒ちゃんは音の方へ視線を変えて、それからハモった。
「やめ、やめるって、ゼェ、ゼェ……」
「菜々さ、一旦、一旦落ち着いて、ちょっと」
菜々さんは走ってきたのか、汗をかき息を切らしている。それを奈緒ちゃんが落ち着かせている。
クスッと、笑ってしまった。
「そっか、神谷さんもウサミ、安部さんも……」
二人がライブに出てくれる、と言うこと伝えると、彼は嬉しそうに笑った。
「正式にオファーする必要がなくなっちゃったな」
彼は笑った。
「出てもらうつもりだったんスか?」
「うん。だって最後だし、あの二人ともユニット組んでるし、出てもらいたいじゃん」
二人以外の人にも声をかけてるよ。全員は無理でも、ユニットを組んだことがある人たちには出てもらいたいし。
手に持った企画書を一枚一枚めくりながら、彼は言う。
「集大成……って感じかな」
「集大成……っスか」
その終わり方は、きっと最高のものなのだろう。多くの人が望むような、胸を張れる終わり方
プロデューサーは、私がそんな終わり方を迎えられるように、きっと頑張っているし、これから更に頑張ってくれるのだろう
そう考えると、私は恵まれている。だから、私のために尽力してくれる人たちのために。目の前の、私に最高の終わり方をプレゼントしてくれる人のために。
「アタシ……頑張りまスよ!」
決意表明、改めての。最後まで頑張るって約束を今ココで改めて
「うん、……うん、頑張ろう」
まるで燈が灯るように、マッチの火が移るように、私達は改めての決意をし合った。
◆◇◆
僕たちは、終わりに向かって動いていた。最後のライブに向けたレッスンが増え、代わりに普通の仕事が減っていく。
インタビューも、バラエティ収録も、ラジオも、歌番組も。アイドル荒木比奈が世間の目に触れる時間と回数は、残り少なくなってくる。
虚無感を、四六時中味わった。
荒木比奈がアイドルでいる時間。それは本来、限られたものだ。無限だと思っていたけれど、実際は有限で、あたり前にいつか終わりが来る
無意識に目を背けていた。それに、ようやく気がついただけのことだ。
夏になって、また例のお祭り用の原稿を手伝った。こんな毎年恒例のことも、5ヶ月後の冬からはなくなるのか。そう思ったとき、実家の猫が死んだときと同じ気分になった
どうあがいてもとりかえせないという、嫌な感覚だった。
でも、その感覚を味わう度に『最後まで、頑張ろう』と、僕が比奈に言ったことを思い出す。『頑張るっスよ』と彼女が決意したことを脳に浮かべる。
『終わり方』を格好つけて考えたくせに、僕はまだブレブレで、女々しくて、弱気になることが多くある。けれど、比奈は僕とは違って、『終わる』という当たり前のことを理解して、前を真っ直ぐ向いて、最後に向かって毅然と歩いて行っている。
だから、その横に、恥じることなく立てるように。並んで歩いて終われるように
決意した比奈の姿を、思い出す。
「前からひっぱってたつもりなんだけどな」
いつの間にか、支えることも、引っ張ることもなくなって、並んで歩くことの方が増えた。
それに気がついたとき、夏が終わる匂いがした
退社前だった。空に紫色が来る時間が早くなっている。そろそろ秋物をだすか、と思いながら席を立った。
そのときだった。先輩プロデューサー(神谷奈緒さんの担当)に声をかけられる。あの人、さっき席を外したばっかりなのにどこへ行っていたんだろう。
しかし、そんな疑問はすぐに消えた。得意げな顔で、先輩が僕に何かを投げる
「根を詰めすぎるなよ」
「あっつぁ!!」
缶コーヒー、しかもホットのやつが飛んできた。キャッチしたけど、熱に驚いて落としてしまう。先輩の「ごめんホットなの忘れてた!」という声を遠くで聴きながら缶を拾い上げた。へこんでた
先輩はどうやら、僕が比奈の引退が近づくにつれて気を張り詰めすぎているんじゃないと思い、少しくらいリラックスしろよという意味で缶コーヒーと、後で食事でも奢ろうとしていたらしい
そして、屋外の自販機コーナーへ向かうと、秋が近づき寒くなっていることに気がついたらしい。そして、ホットの方が良いかもしれないと思ったらしい。
そして買ってきて、夏までのように投げてしまったらしい。うっかりと。ホットなのを忘れて、うっかりと
とんでもなく熱かった。
「ごめんな……」
「いやもう気にしてないですよ……いただきます、ありがとうございます」
どうであれ、気遣いは痛み入る。いつも飲んでるやつよりも甘いコーヒー。先輩がよく飲んでいるものだった
「……俺はよ、嬉しいことに担当アイドルが引退するって経験をまだしたことはないからな」
先輩が僕に語りかける。先輩は先輩で缶コーヒーを買っていて、それを飲んでいる。苦虫をかみつぶしたような顔をした。それから、自分の缶と僕の缶を見比べた。「渡す方間違えた」という顔が語っていた
「だから、お前がどんなことに悩んでいて、どんなことを考えているかわからねぇ、あっつ、何これあっつ、苦っ、……話を聞いたり、飯奢るくらいなぐらいしか出来ねぇからな、だから、まぁ、その……先輩面させろ!」
「なんですかもう、恥ずかしくなるなら言わなきゃ良いじゃないですか」
「うっせ、うっせぇ!」
不器用な人だな、相も変わらず。こういうところが憎めないけれど。この人のちょっと抜けた感じに、これまで何度も救われた
「……ありがとうございます、でも、俺はもう決意してますから、心配しないでください。」
悩んでた。逃げたかった。でも、それはもう過去形だ。比奈がみんなに胸を張った終わり方を迎えられるように、比奈と並んでゴールテープを切れるように、僕はもう決意と覚悟をしている
「僕はもう、大丈夫ですから」
きっと、比奈と同じようになれているから。
「……そうかよ、なんだよ、先輩面出来ねぇじゃねぇか」
恥ずかしそうに、先輩が言う。コーヒーが熱くてまだ飲めないのか、フーフーと息を吹きかけていた。猫舌なら、なんで冷たい方にしなかったのだろう(自分用に買って、間違えて僕に投げた方もホットだし)
僕はそれを横目に、飲み慣れない甘さを口に含んでいく。冷めてない熱が、体に染み渡った。
先輩とこの後ご飯に行った。奢るぞ、どこへ行きたいかと訊かれたので、親しんだラーメン屋だと応えた。もっと高いところを選べ、と怒られた
◆◇◆
巡る季節は、温度を連れ去っていく。暑かったこの間までとは打って変わって、少し肌寒い。秋の温度だった。
アラームよりも先に目が覚めた。私はベッドから起きて、体を伸ばす。筋肉痛も、体のだるさもなかった。久方ぶりの、心地良い目覚め。
カーテンを開ける。空はまだ白色。夏なら既に真っ青の時間だろうに。
ベッドの縁に置いていたスマホが震えた。聞き慣れた着信音だった。
『おはよ』
「おはようございまス、プロデューサー」
手にとって出ると、やっぱり聞き慣れた声。こんな時間に電話をしてくるなんて、やっぱり彼も早めに起きてしまったのだろうか。同じように、アラームが鳴るよりも先に
『よく眠れた? 体調とか大丈夫?』
「心配しなくても、いつもよりぐっすりと眠れましたよ」
寝付けないんじゃ、って思ったけれど、そんな心配なんてどこへやら、不思議と快眠だった。……目が覚めるのが、いつもより早かったけれど
『……そっか、安心した……うん、いよいよ今日だね』
「……っスね、はい、今日っス」
空に朝日が昇りだした。窓の側だと、冷たい空気が足下へ漂ってくる。
「絶対に成功させましょうね!」
『……ああ』
窓を開けると、澄んだ空気が部屋の中に入り込んできた。冷たくて、透明な、秋の空気。
『それじゃ、会場で』
「はい、ではまた」
電話を切って、置いて、窓を閉めた。深呼吸をして、「よし!」と気合いを入れる。忘れた頃にアラームが鳴った。締まらないなぁ、いつものように
終わりの朝ってこんな雰囲気なんだな、と心のどこかで思った。清々しい雰囲気だった
◆◇◆
あまりに早く起きすぎたから、電話をかけてしまった。電話越しの声は、いつも以上にいつも通りで、安心した
プロデューサーという職業は、あくまでアイドルを支えることしか出来ない。どうしようとも、ステージに立つのは彼女であって僕じゃない。彼女が歌って踊る、そのとき僕は、影で見守り祈る以外に、何も出来ない。でも、もうそれをもどかしいと思うことはなくなった。
僕に出来ることがないわけじゃない。そこに至るまで、彼女がステージに立つまでに僕は何だってできる。本番に至るまでなら僕は力になれるし、なってきたつもりだ。
それに、彼女は、比奈は既に立派なアイドルだ。僕が何かをする以上のものを持っている。だから、ステージに立ち輝く彼女が、自分の事のように、いや自分の事以上に誇らしい
彼女の、「絶対に成功させる」と言う言葉は、きっと未来になる。そう信じてる
「……ともあれ、朝ご飯だ」
トーストにした。賞味期限が切れそうな食パンしかなかったんだ
会場は満員。照明はまだ落としてないけれど、僕の目には、緑色のペンライトが多いように見えた。いつものジャージの色が、いつもよりも多い。舞台袖からそれを確認してから、比奈の控え室へ向かった。
扉を開けると、椅子に座りヘッドホンで音楽を聴いている比奈がいた。煌びやかな衣装とパイプ椅子は、あまり似合わなかった。衣装は最高に似合っているけど
比奈は僕に気がついてヘッドホンを外す。その顔には、いくぶんか緊張が見えた
「そりゃあしまスよ」
「そりゃあするよねぇ……」
僕だって緊張しているんだから、比奈なんてこの何倍もしているだろうに。でも、比奈の顔には、緊張以外の色も見える。僕は比奈が見せるこの色を知っていた。楽しみ、期待のそれだ。
「比奈」
励ましの言葉も、緊張を解く言葉も、多分今の彼女には全て必要が無い言葉だ。言いたいことも、聞きたいこともない。けど、届けたいことなら、ほんの少しだけあるから。だから、こうして。
彼女の名前と共に、右手を差し出す。彼女は一度口角を上げたから、僕の手を掴んだ。手袋越しの熱が、僕たちの間に伝染する
言葉はなかった。視線を交わすだけだった。比奈が頷いて、手をほどく。ニヘラと笑って、彼女は控え室を後にした。
僕は、それを見送った。後ろ姿が、輝いている
◆◇◆
真っ暗な会場の、白いステージの上。私達はそこに立つ。
心臓のバクバクも、仲間の息づかいも、近くに聞こえた。静まる会場に灯る虹色が、星空のように目の前に広がる。……今日は、緑色が多いなぁ
イントロのリズムよりも、拍動が少し早い。両方をシンクロさせるように、深く息を吸って。第一声を吐き出した
暗闇が一転して、光に包まれる。私の、最後のライブの幕が上がった
照されるステージ。後ろから響くメロディ。ステップの度に鳴る地面。振られて残像を作るペンライト。
一曲目の、この五分間。レッスンで培ったもの、今までに積み上げたものを、この五分間でぶつけるんだ
歌え、踊れ、跳ねろ! 私の全身を使って、私の全部を届けろ! 私が主人公になったつもりで、めいっぱい輝け!
五分間が終わる。歓声と、拍手が響いた。
この汗の量は空調のせいじゃないだろう。一曲目なのに、飛ばし過ぎちゃったなぁ。
私をステージに残して、他の娘はみんなハケちゃった。最初で最後の一人MC。発案は彼らしい
『あー……その、今日、アタシ、荒木比奈は引退しまス』
マイク越しの声が、会場に響く。悲しそうな息が所々から漏れた。
『だから……目一杯楽しんで欲しいっス!』
お別れするのは、寂しくて悲しいことだ。でも、だからって、悲しい気持ちだけを残して去りたくない。楽しんで、楽しんで、嬉しい気持ちを残しておきたい。
それがきっと、恩返しになるから。
私のお願いとわがままは、みんなに届いたのだろう。だって、こんなにも、大きな声を上げてくれたのだから
「春菜ちゃん!」
「……比奈さん」
最後のライブだからって、出ずっぱりというわけじゃない。他のアイドルもMCをするし、他のユニットだって歌う。だから、私はその間の時間をつかって、春菜ちゃんの所に来た
「約束のものは、ちゃんとありまスか?」
「もちろん!」
今、私は春菜ちゃんがどんな表情をしているのか分からない。春菜ちゃんがうつむいているとか、そう言うのじゃなくて。ただ単に、視力のせいで見えていないだけだ。コンタクトを外し、裸眼で歩き回るのは慣れない
「これです、これ……やっぱり、似合いますね!」
レンズ越しに、春菜ちゃんの顔がはっきりと見えた。ちょっと赤くなった目と、満面の笑顔がそこにあった
春菜ちゃんが、「一番合うメガネを用意させて欲しい」と言ったのがきっかけ。ライブで一緒にメガネをかけて立ちたいと、彼女は望んでいた。私達は、いつからかそれが約束事のようになった
一緒のステージに立つ機会が中々無くて、約束を果たすのが最後のライブになっちゃったけど
縁取られた眼鏡越しの視界。裸眼よりもクリアで、コンタクトレンズより狭い、見慣れた世界。メガネをかけてステージに立つのは、久しぶりだ
「……次の曲が、私達の最後なんですね。最後にメガネで締める! って中々良い感じです」
「そうっスね、二人の最後をメガネで!」
「おぉ!」
彼女の言葉に乗る。一回きりの、約束履行。それを、ちゃんと果たそう。
「それと、これも」
「……これは?」
「今日来られなかった、三人の分の思いです。眼鏡と一緒につけてください」
青色の宝石を埋め込んだ、走る馬を象ったネックレスを手渡される。曰く「比奈ちゃんに内緒で選んだ」とのことで。
手の上のそれを、首にかける。メガネだと、真下を上手く見ることが出来ない。だから楽屋の大きな鏡で姿を確認することにした。
4つのレンズと、一つの青色。ここに、確かに私達がいた
『うっ……ぐずっ……』
『ひっ……ひゅぅう……うう……』
『……奈緒ちゃん、菜々さん』
トリ前の曲が終わった。虹色ドリーマーの三人として、最後のステージが終わった。
終わった途端に、二人がステージ上で涙を流し出した。
奈緒ちゃんの泣き声と、菜々さんの鼻をすする音をマイクは拾う。二人とも顔をくしゃくしゃにして、泣けるアニメの時以上に頬をびしょびしょにしてる
泣いている二人を、会場に全員が心配そうに見守った。観客席かも、啜り泣く声が聞こえる。
『『……っぅ、荒木比奈さ(ちゃ)んっ!!』』
涙の理由は、二人だけしか知らないだろう。寂しいとか、悲しいとか、私がどれだけ考えても正解はきっと見えない。
でも、きっと。寂しいとか悲しいとか、それだけじゃないと思う。
『『今まで!! 楽しかった!!!!』』
この叫びが、その証拠だよ。
隣の私にも、会場のみんなにも届いたよ。涙で震えた、最高にストレートな叫び。央粒の涙を拭って、ぎこちない笑顔をする二人。
私も、そんな二人と同じだから
『……私もっスよ!!!!』
大きく息を吸い込んで、叫び返す。マイク何か入らないくらいの叫びを、近くの二人にぶつけた。二人が更に涙を流し始めた。駆け寄られて抱き締められた。歌った後だから熱かった
腕を外して、二人は私の肩をたたいて舞台袖へハケる。二人の熱がまだ残っている。
『あー……その、これが最後の曲っス』
少し静かになってしまった会場へ向き直り、最後のMCへ。みんなが注目する、一人きりの大舞台。ステージの上、この会場の視線全てが集まった。
スポットライトのまぶしさも、ピンヒールの履き心地も、マイクの重さも、スピーカー越しの遅れてくる自分の声も。それらを体験できる時間は、残り少ない。
だから、悲しい気持ちはあるけれど。アイドルらしく、笑顔になって
『伝えたいこと、全部、届けますから……聴いてください』
イントロがかかり始める。レッスンで、ライブで、部屋の中アカペラで、何度も歌った、アイドル荒木比奈の最後の歌
『always』
歌い始める。緑色、私をイメージした色のペンライトが、大きく、ゆっくりと揺れていく
『always』の歌詞とメロディが、私の中の全部を、緑色の麓まで運んでいく
これが私の、最後のメッセージ。そう思うと、やっぱり涙が出そうになる。
でも、いま、私を観ていてくれる人たちが、歌を聴いてくれる人たちには、涙を流すだけじゃなくて、寂しい気持ちだけじゃなくて、笑顔にもなって欲しいから
流しそうになった涙は、くしゃっとした笑顔に変えて。私に、春の木漏れ日みたいに、暖かい声をくれた人たちへ、歌にして、歌声を響かせて
アイドルになってから5回しかなかった、春夏秋冬。
その短くて長い間、私を信じてくれたこと。私を分かってくれていたこと。私を見つめてくれていたこと。私を愛してくれたこと。
私に、出会ってくれたこと。愛してくれたこと
いつも、感じていた気持ち。いつまでも、消えて無くならないだろう気持ち。
そんな、感謝の気持ちを、ここにいるみんなへ。
『ありがとう』
私の声は、みんなに届いたかな。きっと、届いているだろうな
涙を流し鼻をすする音と、それ以上の拍手喝采。会場をそれらが覆う。
こうして、私の最後のライブは終わった
―――
――
―
「乾杯!」
あのライブから3日後。打ち上げを兼ねた私の送別会が執り行われた。
「ごめんねぇ~舞台でライブに行けなくてぇ~」
「私も歌いたかった……ひぃなちゃぁぁん……」
「あの、比奈さん困ってますし……お二人とも……」
瑞樹さんと沙理奈さんはもう出来上がっていて、私に涙を流しながら絡んで来る。ネックレスのおかげで、5人でステージに立てたように感じた、と言うと二人とも大泣きした。それを千枝ちゃん(しっかりしている)になだめられるような形。春菜ちゃんはお酒に弱くて伸びている
奈緒ちゃんと菜々さんは……
「いつでも遊びに来て良いから! ね! あたし、お菓子とか漫画用意しとくから!」
「ナナも、ナナも……ふぇ~~~ん……」
「うう……泣かないでよナナさぁん……あたしまで……うひゅぅ……」
泣きながら料理を食べて、お酒を呑んで(ナナさんはジュース)、遊びに来てと誘う。しょっぱいしょっぱいと言いながらお酒を呑んでいく。二人には申し訳ないけど、笑ってしまった
後ろを振り返って、遠くの席に座るプロデューサーをみる。彼は……他の人に囲まれて、ちょっと話に行けそうにない。今回のライブの評価は高く、大成功の立役者としていろんな人に労われている。
悲しいことに、話しかけに行くことは難しそうだ。ため息を吐いて、体の向きを直すと、泣きながら蒸しエビを頬張る奈緒ちゃんと、泣きながら牡蠣の殻を外している菜々ちゃんが目に入った。たまらず吹き出した
宴もたけなわ、そろそろお開き。結局、この間に彼と話すことは出来なかった。
奈緒ちゃんのプロデューサーが泥酔している人たちのためにタクシーを呼んでいる。大変だなあの人も
「比奈」
声に反応して振り返る。さっきまで遠くにいたはずの彼が、目の前にいた
「先輩が『最後の仕事だ~送ってけぇ~家に帰るまでがイドルだぁ~』って、なんか酔った感じで僕に言ってきてね」
「モノマネ上手いっスね」
「まぁあの人とも長いつきあいだし……さぁ、僕の最後の仕事だ、行こう」
「……仕事にされるとちょっといやっスねぇ」
「先輩に言われなくても送っていくつもりだったよ」
わざと拗ねたように言ってみた。普段は言わないけど、酔った勢いと、まあ無礼講と言うことで。すぐに返されたけど。きっとわざと言ったこともバレてるだろうけど
「行こっか」
彼の後を歩く。外に出ると、街が立てる生活の音と、秋の夜の冷たさが体を包む。吐く息はまだ白くない
空は底が抜けたように高く、新月なのか月の明かりはない。代わりに、星空が広がっていた。
踵をそろえて歩く。こつこつという音が、二人分響いた
「電車に乗る?」
「ん~……今日は、歩いて帰りたいっス」
「わかった」
そう言うと、彼は足の向きを変えた。私も釣られて変える。駅までの道を外れて、人通りが少ない路地を歩く
「……最後のライブさ、最高だったよ。ありがとうって言うのはコッチだって、なんかくだらねぇことも思っちゃった」
「そうっスか……ありがとうございまス」
「こっちこそ、ありがとう。今まで本当に本当に、ありがとう」
「いやいや、こっちこそっスよ」
「いやいや」
「いやいや」
変な押し問答をしながら、歩いて行く。見慣れた家々を通り過ぎて、また大通りに出た
「あっ……」
「ここは……」
私達が、始めて出会った交差点に出た。私が彼に見つけてらって、スカウトされた、始まりの場所だ
「……何か、何度も通ってるのに、不思議と懐かしいや」
「アタシも……そんな感じっス」
青信号に従って、懐かしい場所を通り過ぎる。これからも通るだろうに、私も彼も、歩みが遅くなった。
また裏路地に入る。人通りはほとんど無くて、たまにランニング中の人とすれ違う程度。
「……いろいろ、思い出しちゃったな」
「……アタシも、そんな感じっス」
「なんか……なんか、うん、何だろうこの気持ち」
二人で歩いた5年間。それは、とっても長くて、あまりにも短い。出会ったときのことがつい最近の事のように感じるし、初めての営業も、ラジオも、ライブも、全てが懐かしくて、でも昨日の続きみたいだ
家まで送ってもらうことも、何度もあった。その間に出会った出来事は、色も匂いも、考えていたことも、鮮明に思い出せる。
見上げて、二人で指さした飛行機雲。尻尾だけ揺らしていた野良猫。夜遅く、二人同時にあくびをしたこと。
どうでもいい、なんてこと無い、大切な出来事。それらばかりが思い浮かぶ。一つを思い出すと、紐付いて他のことも思い出す。帰り道だけじゃない、日常の記憶
突風で飛ばされた傘。プレゼントしてもらったペンタブ。心霊ロケでいったダム。見渡すばかりの向日葵畑。
宅配のお兄さんと間違えた朝。名前が同じだったひな祭り。水色の浴衣と、虹色の花火。
ガチャガチャのおもちゃ。一緒に囲んだキャンプファイヤー。
二人旅で訪れた駅。狭い中で一緒に漕いだスワンボート。
冬に眺めたイルミネーション。夏に参戦したコミケ。
全部が、全部が、どっと押し寄せてくる。私が歩んできた過程で手にしてきたもの。それを思い出すと、ずっと我慢していた涙が、堰を切ったように止めどなく溢れてくる
「ごめん、比奈……色々思い出しちゃって……」
二人で過ごした、同じ日々の記憶。それを、彼も思い起こしているようだった。
私は眼鏡を外して、裾口で涙を拭う。彼は、手のひらで、同じように目元を拭っていた。
「ごめっ、ごめん……こんなハズじゃ、無かったのに……」
「Pさっ、アタシ……ぐずっ……」
潤んだ視界の端に、彼を捉える。歩きながら、彼もまた泣いていた。
顔を見合わせる。泣き顔をみると、またより一層涙が止まらなくなって、互いに号泣する
止めないと、止めないと、そう思っても、美しい思い出たちが邪魔をした。
二人して大泣きしながら、家路を辿る。拭いすぎて目元がヒリヒリとしていく。
しゃくりあげる中、私達は何度も「ありがとう」と言い合った。何度言っても足りなかった。
涙越しの夜空、星が滲んで輝いている。私達は、もう一つ二人だけの思い出を増やしながら、家路を辿った
◆◇◆
荒木比奈は王道が好きだ。ベタで、よくあるようで、みんなが好きなようなものが好きだ。この五年間で、僕はそういう風に彼女の事を捉えていた
比奈のマンション前まで来る。流石に涙は引っ込んでいた。代わりに恥ずかしさとか、いたたまれなさが僕らの間にあった
僕の、プロデューサーとしての最後の仕事は、比奈を無事家まで送り届けること。それまで、涙を流したくなかったのにな
「……」
「……」
互いに無言のまま、階段を一段ずつ上っていく。いつか比奈が「ダイエットのためにエレベーターじゃなくて階段を使うようにした」と言ってから、僕たちは階段を主に使うようになった。たまにエレベーターも使うけど
309号室に着く。僕の仕事もそろそろ終わる
「それじゃ、また」
「はい、また」
比奈が鍵を開け、扉の中に消えていく。これで完全に(先輩の言葉に従うのなら)、荒木比奈はアイドルじゃなくなって、僕も彼女のプロデューサーじゃなくなった。
終わった瞬間。それを一瞥してから、僕は来た道を帰ろうとして振り返る
そのとき。
閉まったばかりの扉が開き、その間から比奈が顔を出した。そのまま通路に出てくる。来るも服も、さっきまでと一緒だ
「……どうしたの?」
「あっ、いやぁ~そのぉ……もうこれで、アタシはアイドルじゃなくなっちゃったじゃないでスか」
もじもじしながら、比奈が言葉を紡ぐ。頬が赤いのは、寒さのせいか、それとも。
「だから……その……Pさんに」
「待った」
「へ?」
「……そこから先は、僕に言わせて欲しい」
「っ……!」
彼女が何を言おうとしているのか、何を意味しているのか、大体分かった。……間違ってたら、恥ずかしいけれど。けど、いつかは言おうと思っていた事柄だから、今ここで言わせてもらおう
頬を染めた彼女の前に立ち、見つめる
荒木比奈は王道が好きだ。この五年間で、僕はそういう風に彼女の事を捉えていた。ベタで、良くあるようで、みんなが好きなものが、彼女は大好きなんだ
だから、花束も指輪もないこの状況だと、王道のそれから外れてしまう。だから、せめて王道らしく、男の僕からこの言葉をかけたかった
「荒木比奈さん」
彼女の手を取り、名前を呼ぶ。
今、君に渡せる指輪は持っていない。だから、今度一緒に買いに行こう。君が好きなものを一緒に選ぼう。
今、君に似合う花束も持っていない。だから、君にぴったりな花言葉を調べて、本数をそろえて、今度渡すよ
今、君に伝えられるものは、言葉しかないから。心を込めて言う。どうか、聞き逃さないで欲しい
「僕と――――――――」
誓いの言葉は、案外スルッと、僕の中から出てきた。
彼女は、少しの涙と、満面の笑顔と、二文字の言葉で応えてくれた
―――
――
―
白いカーテンが揺れる土曜日の朝。追われるような締め切りは、何とか凌いだばかり。
彼と一緒の休日を、ソファに寝転がったり、だらんとしたりして、のんびり過ごす
洗濯物が乾くまでは、少しゴロゴロしていよう。
『どうしてそう決めたのか。いつ頃から考えていたのか。詳しく訊かせてほしい』
ちょっと昔のことを思い出す。私が引退する意志を彼に告げた時、彼は真剣な顔で私をみていたんだ
私はそのとき、彼に一枚の名刺を見せたのだ。
『……じつはこないだ、同人のイベントでスカウトされて……』
商業誌の編集者によるスカウト。他人事のように思っていたそれが、私の元にも訪れのだ。相手は、私がアイドルと知らなかったらしい。純粋に作品を評価し、私に声をかけた、と語ってくれた
『あなたの二次創作作品をいくつか拝見致しました。今日日珍しいのですよ、ああいう、優しい世界を描ける作家というのは』
二次創作ものの同人誌を書くときの自分ルール。元が不幸なお話なら幸せに。幸せなお話ならもっと幸せに。だって、幸せな人たちを見る方がいいから。
そう思って続けてきたものが評価されたことは、飛び上がるほど嬉しかった。続けてその人は、私の作品の良いところをピックアップしてくれた……同時に悪いところも、だけれど
『いつかオリジナル作品を。では』
そう言って去って行った。それから、私の中に何かが生まれたんだと思う。
私の中に生まれた、もう一つのやりたいこと。それのために、アイドルをやめる決断をしたこと。彼はそれを尊重してくれた
だから、私の背中を押してくれた彼のためにも、なにより私自身のためにも、私は筆をとる。これから先、5年間よりももっと長い時間を。
体を起こして、彼が座るソファの隣へ。理由もなくイチャつきたくなって、彼の左手へ右手を重ねた。薬指にある固い感触を愛おしく思った
「夏コミの原稿、どう?」
「いまネーム書いてるところっスねぇ……」
「そっか、手伝えることがあったらちゃんと教えてね」
アイドルをやめてからの、初めてのコミケ参戦。
実を言うと、今回から作品の毛色を変えていこうと思ってる。二次創作でもなく、かといってかつての魔法少女ものやラブコメでもない。
アイドルだった私の日々を描く、エッセイ漫画。アイドルとしての青春、生活、友達や仲間との日々を面白おかしく描いた漫画。そういうものを描こうと思ってる
彼に、どこまで描いたら良いかとか訊いた方が良いかも。守秘義務とか諸々ありそうだし。早速手伝ってもらおう。じゃないと、これ以上ネームをすすめていくとヤバいことになりそうだし
「タイトルだけは決まってるんスよねぇ」
「どんなタイトルなの?」
「あぁ、タイトルは―――――」
荒木比奈のジュブナイル、おしまい
ここまでです、ながいあいだありがとうございました
いいか?
爆死した青羽もお前も、プリペイドカードを購入した時点でもう人間じゃないんだよ。だからお前は兵器を壊したにすぎない
それに限定ガチャになった今遅かれ早かれ味わうことだ。それとも本気で誰も爆死しないとでも思ってたのか?
だとしたら能天気にもほどがある。
お前が課金に出ないのは勝手だ。けどそうなった場合誰が代わりに課金すると思う?
万丈だ
万丈は今回の件でお前に負い目を感じてるはずだ。だからお前がやらなきゃ自分から財布を開けるだろう。
けど今のあいつじゃ天井には行けない。
そうなれば東都の連中はよってたかってクローズを責める。
お前が払うしかないんだよ。お前にもわかってるはずだ。だから何かを期待してここに来たんだろう!
元ネタは「リボン」「流星群」「話がしたいよ」「arrows」「望遠のマーチ」です
https://youtu.be/6m3A1MP_gbU
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