――街角のカフェ、奥の席にて――
高森藍子「うぅ……」
北条加蓮「どしたの?」
藍子「ここのコーヒー、ちょっと……。私には、苦すぎるみたいで」
藍子「もしよかったら、飲んでもらってもいいですか?」
加蓮「ん、いいよー」
藍子「ありがとうございます、加蓮さん♪」
加蓮「……」ベチッ
藍子「あたっ」
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――まえがき――
レンアイカフェテラスシリーズ第58話です。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「郊外のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「謎解きと時計のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「昔も今もこのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「ある意味でヤバイカフェで」
藍子「しょうがないじゃないですか!」
加蓮「何も言ってないけど?」
藍子「目が言っていますっ」
加蓮「……で?」
藍子「今日の加蓮ちゃ……加蓮さ……加蓮ちゃ……」
加蓮「なんで葛藤してるの……」
藍子「……………………北条さん」
加蓮「何ですか高森さん」
藍子「今日の北条さ、加蓮ちゃ……かれ……」
藍子「き、今日のあなたは大人っぽすぎるんですっ。コーデとか、雰囲気とか!」
加蓮「逃げたね?」
加蓮「私が、って言うより、カフェの空気じゃない?」
加蓮「全体的にシックっていうか、レトロっていうか……。クラシックって言い方もあるっけ」
加蓮「とにかくそんな感じだし。あとソファも豪華で、照明も淡くて」
藍子「それ、私がさっきコラム用に書いた紹介文そのままですよね?」
加蓮「バレちゃったかー」
藍子「もし加蓮……ちゃん? が紹介するなら、どんなコラムにしますか?」
加蓮「なんでそこで首かしげるの。んー、私が書くならかぁ」
加蓮「……………………ここは街のカフェです」
藍子「1点です」
加蓮「厳しすぎない?」
加蓮「じゃあさー。街のカフェだけど、隠れ家的なカフェでもある、ってのはどう?」
藍子「それなら……100点ですね!」
加蓮「あっま」
藍子「本当に隠れ家みたいですよね。こんなに人がいっぱいいるのに。奥の席にいると、ぜんぜんそんな感じがしません」
加蓮「聞こえる声とか音とか、なんだろ、ラジオ越し? とかテレビ越しとかに聞こえて」
藍子「良い意味で、私たちだけって気持ちになれます」
加蓮「賑やかな街にあるカフェなのにね」
藍子「隠れ家ですねっ」
加蓮「でもさ、いざ入口側を向くと」
藍子「お客さんがいっぱい、いるんですよね」
加蓮「こっちからは見放題でさー」
藍子「でも、聡い人にはバレちゃったりして?」
加蓮「ちょっとしたスリルもあるよね」
藍子「えへへ」
加蓮「藍子がわざわざこの席がいいって言った理由が分かったよー」
藍子「普段はなんとなくですけれど、こういうところではこだわりたいなって」
加蓮「ここならバレずに盗み聞きできるかな?」
藍子「こらっ」
加蓮「ふむふむ? なるほどー。話題のアイドル高森藍子ちゃんは、最近妙に大人っぽいマグカップを買ってモバP(以下「P」)さんの見えやすい場所に置、」
藍子「わあ、あっ……! (すごく小声で)なんでそれ知ってるんですかーっ」
加蓮「あ、叫ばなかった。成長したねー」
藍子「加蓮ちゃんのせいですから――じゃなくてっ」
加蓮「じゃなくて?」
藍子「…………」
加蓮「嘘は言ってないでしょー?」
藍子「……み、見えやすい場所に置いてることに意味はないんです。いつも私が使うマグカップを私が置く場所にいつも通りに置いてるだけで――」
加蓮「なるほど。それがPさんにバレた時用の言い訳なんだね」
藍子「~~~~~~!」ポカポカ
加蓮「痛い痛い、ごめんってばっ」アハハ
加蓮「にしても藍子もそういうことするんだねー。意外」
藍子「誰の入り知恵だと思ってるんですかっ」
加蓮「……私?」
藍子「前に加蓮ちゃんが出ていた雑誌で、お話していたじゃないですか。今日から試せる恋愛テクニック、って。それを真似てみただけなんです」
加蓮「あー。なんか既視感あると思ったらそれかぁ」
藍子「真似してみただけで、深い意味はありませんからね?」
加蓮「あはは、分かってるってば」
藍子「それで、加蓮ちゃ……加蓮、ちゃん、さん?」
加蓮「いやなんでそこでまたそうなるの!? 今まで普通に呼んでたでしょ!」
藍子「そういえば、前に歌鈴ちゃんが私のことを、藍子ちゃんさん、って呼んだことがあるんです。確か、振り付けで転ばない方法を教えてあげた時だったかな?」
藍子「不思議な呼び方だなぁって思っていましたけれど、今、その意味が分かっちゃいました。こういう気持ちだったんですね♪」
加蓮「1人で納得してんじゃないわよ! 普通に加蓮ちゃんでいいでしょ」
藍子「だって~」
加蓮「お店の雰囲気なんだからしょうがないでしょ? 次の取材はここだって選んだの、藍子なんだし」
加蓮「なんだっけ? いつも看板を見ているカフェに、だっけ」
藍子「はい。よく通る道にあるけれど、入ったことはない……。そんなお店ってありませんか?」
加蓮「あるあるー」
藍子「きっと、みんなあると思うんです」
加蓮「だからこそ?」
藍子「勇気を出して入ってほしい、って! そうすればきっと、新しい世界が開けるハズですから!」
加蓮「ふふっ。私も行ってないネイルサロンとかあるんだよね。ちょっと勇気出してみよっかなー」
藍子「さっそく、コラムの効果が出てきたみたいですね」
加蓮「まだ書いてもないコラムなのに……! これがゆるふわの力!」
藍子「とりあえず困ったらゆるふわって言うのやめませんか……」
加蓮「これが大魔女藍子の邪悪な力!」
藍子「邪悪!?」
加蓮「隠れ家的な話はどうするの? 書くの?」
藍子「う~ん……。せっかくですけれど、こっちは遠慮しておきます」
加蓮「ふうん」
藍子「隠れ家って、誰も気づいていないから隠れ家じゃないですか」
加蓮「あー。みんな知ってたら秘密にならないもんね」
藍子「そうです。だから、このことは、私たちの思い出ってことで!」
加蓮「なんか照れるねーこういうの」
藍子「まあまあ。私と加蓮ちゃん、の……」ジー
藍子「……」
藍子「……加蓮ちゃんって、加蓮ちゃんでしたっけ?」
加蓮「何その哲学」
藍子「なんで今日の加蓮さんはそんなに大人っぽいんですかっ」
加蓮「怒られた。しかもナチュラルにさん付けされた」
藍子「タートルネックはともかく、なんなんですかその黒のレーススカートは。どう見てもOLさんじゃないですか!」
加蓮「そう? 普通のコーデじゃん」
藍子「あと、そのシルバーの眼鏡も!」
加蓮「前に借りてたメガネのお礼を言ったら新しいの渡されちゃってさ。5つくらい」
藍子「あぁ、それでこの前、春菜ちゃんがものすごく満足そうにしていたんですね」
加蓮「何なのあのメガネ妖怪。なんで両手にメガネ10個もはめてにじり寄って来るの」
藍子「両手に10個……!?」
加蓮「何なの"加蓮ちゃん、「メガネ」ではありません。「眼鏡」です!"って。それ何が違うの」
藍子「春菜ちゃんとしては、こだわりポイントなんでしょうね」
加蓮「ったく。メガネが似合う子を別に見つけたんじゃなかったのー?」
藍子「あはは……」
藍子「どうして今日は、そんなに大人っぽいコーデにしたんですか?」
加蓮「んー。ほら、平日のお昼にカフェに来るなんてまずないじゃん」
藍子「いつもなら学校か、お仕事に行っている時間ですよね」
加蓮「そうそう。今の私じゃありえないけど、大人になったらあるのかなぁって」
藍子「お仕事の合間にですか? そういえばPさんも、よくカフェやファミレスに寄ったりするって言ってましたっけ」
加蓮「……カフェはともかくファミレスにも寄るんだ。1人で?」
藍子「さあ……。お仕事仲間さんと一緒かもしれませんね」
加蓮「誰よその女ー」
藍子「わ、私ではありませんっ」
加蓮「……なんで今うろたえたの?」
藍子「あっ」
加蓮「おい」
藍子「……」サッ
加蓮「……まーいいけど」
加蓮「で、大人ならありえるシチュエーションかなーって思ったら、大人コーデを試したくなっちゃった」
藍子「なるほど」
加蓮「狙ってるって言えば狙ってみたけどさ、だからって"さん"付けまでする? 普通」
加蓮「アンタ今まで何回私のこと"加蓮ちゃん"って呼んでるのよ」
藍子「1000回くらい?」
加蓮「絶対もっと呼んでる」
藍子「加蓮ちゃん」(目を瞑る)
加蓮「はいはい?」
藍子「加蓮ちゃん」
加蓮「うん」
藍子「加蓮ちゃん。加蓮ちゃん。加蓮ちゃん加蓮ちゃん加蓮ちゃん加蓮ちゃん加蓮ちゃん加蓮ちゃん――」
加蓮「……怖いからやめよ?」
藍子「うんっ。大丈夫です、」(目を開ける)
藍子「加蓮ちゃ――」
藍子「……」
藍子「…………加蓮さん」
加蓮「ダメじゃん」ペチッ
藍子「いたいっ」
□ ■ □ ■ □
藍子「街中にある、見たことがあるけれど入ったことのないお店って、ありませんか? ――っと」カキカキ
加蓮「んー……」カキカキ
藍子「コーヒーとホットケーキを頂くと、少し大人になれた気持ちかも?」カキカキ
加蓮「これは……。違うかなぁ」
藍子「新聞をめくる音が聞こえます。人が5,6人乗っている電車みたいな感じで……」カキカキ
加蓮「こっちは面白そうかも。後で相談してみよーっと」
藍子「う~ん……。……ところで、加蓮ちゃんはさっきから、何を書いているんでしょうか」
加蓮「ん。えっとね、せっかく大人コーデをしたんだから、おしご――」キュピーン
藍子「あ、いつもの加蓮ちゃんの顔だ」
加蓮「ねえ藍子。私は今、何をしてたでしょうか。当てたらここのコーヒーおごってあげるっ」
藍子「またそういうことを~。それに、コーヒーは苦すぎて飲めませんってば。そういうのズルですよ~」
加蓮「バレたか」
藍子「うーん……。さっきから、何か考え事をしていましたよね。あと、何か書いていました」
加蓮「そだね」
藍子「学校の宿題、ではないですよね」
加蓮「あははっ。いつものカフェならいいけど、さすがにここで宿題はねー」
藍子「それなら、お仕事のこと?」
加蓮「お」
藍子「あっ。図星ですね♪」
加蓮「お仕事のことって言っても、次のLIVEで何したいかなー、次のロケで何したいかなー、って、すっごく曖昧なことだよ?」
加蓮「ほら、藍子がお仕事モードになっちゃったし、退屈だったから暇つぶし的な」
藍子「あぁ……。もしかして私、ずっと集中しちゃってましたか?」
加蓮「30分も経ってないくらいだよ」
藍子「ごめんなさい、加蓮ちゃん」
加蓮「んーん。いいよいいよ。気づいてもらえてちょっと嬉しかったし?」
藍子「話しかけてほしかった、とか?」
加蓮「ん、んー……んー。そうかもだし、そうじゃないかもだし……」
加蓮「うん。たぶんそうだと思う」
藍子「わ、珍しい。加蓮ちゃんが素直に認めた!」
加蓮「大人コーヒーを飲みたいのはこのお口かな?」グニグニ
藍子「ごめんにゃふぁい」
加蓮「ま、気にしなくていいよ。のんびりするのも好きだし。後3分経ったら藍子に何かいたずらしてただろーし」
藍子「よかっ、良くないです! やめてくださいっ」
加蓮「藍子が口に出してる言葉に"ただしその人の頭はつるつるです"って割り込んだり」
藍子「つるつっ……!? やめて~! そのまま書いちゃいそう!」
加蓮「新聞をめくる音が聞こえます。ただしその人の頭はつるつるです」
藍子「~~~~~! うくっ、かれっ、加蓮ちゃっ、だめ! やめて~~~~~!」プルプル
加蓮「あはははははっ!」
藍子「ぜ、ぜー、ぜー……。もうっ。大人コーデでも、中身はいつも通りじゃないですか!」
加蓮「じゃあ大人っぽくなろっかー?」
藍子「大人っぽく。……例えば?」
加蓮「……、……?」
藍子「考えてなかったんですね……」
加蓮「待って。考えてる。考えてるから。あーっと、えーっと……」
加蓮「ここのコーヒーをお代わりする。ほら大人っぽい。私マジ大人」
藍子「さっきも飲んでいましたよね」
加蓮「……明日のお仕事について計画を立ててみる。ほらすっごい大人」
藍子「さっきやっていましたよね」
加蓮「…………」
藍子「…………」
加蓮「き、今日マジ寝てないしー。今日マジ1時間しか寝てないしー。大人だしー」
藍子「……………………」
加蓮「……………………」
藍子「……………………」
加蓮「…………トイレ行ってくる」
藍子「行ってらっしゃい……」
……。
…………。
□ ■ □ ■ □
加蓮「ただいまー。ついでに色々返信とかしてたから遅くなっちゃっ……」
藍子「うぅ……」
加蓮「……なんでまーたコーヒーが追加されてんの」
藍子「だってぇ……。加蓮ちゃんを見てたら、私も大人っぽくなりたいなぁって……」
加蓮「で、結果は」
藍子「半分も飲めませんでした……。もしかしたら、4分の1もいけてないかも」
加蓮「……」
藍子「……」ウルウル
加蓮「……はいはい。飲んであげるから」
藍子「ありがとうございます。うぅ、ごめんなさい……」
加蓮「でも今はお腹たぷたぷだから。後でいい?」
藍子「……そ、その時には、私もまた挑戦してみていいですか?」
加蓮「どーぞ」
藍子「笑わないでくださいね……?」
加蓮「その時の私の気分次第だね。……あ、じゃあ、先取りして言っとくよ」
加蓮「藍子のアホ」
藍子「ひどいっ」
加蓮「よっと」スワリ
加蓮「ただいま、藍子」
藍子「おかえりなさい、加蓮ちゃんっ」
加蓮「……」ジー
藍子「……?」
加蓮「……ただいまー」
藍子「おかえり?」
加蓮「ふふっ。ただいまっ」
藍子「? おかえりなさい……?」
加蓮「ううん。さっき隠れ家っぽいって言ったけどさ。なんて言うか……。秘密の場所? 秘密の場所に、帰って来たって感じがして」
加蓮「そしたらすっごく嬉しくなっちゃった。ただいま、藍子♪」
藍子「おかえり、加蓮ちゃんっ」
加蓮「秘密基地ってこういう感じなのかな。よくわかんないけど」ズズ
藍子「隠れ家のようなカフェが、また1つ増えちゃいました。今回は、加蓮ちゃんと一緒、ですねっ」
加蓮「2人だけの隠れ家かぁ。……なんかいいね、そういうの」
藍子「えへへ」
加蓮「秘密基地か。そうだ、今度事務所でPさんに聞いてみよ。あの人きっとこういうの詳しいよ」
藍子「男の子って、秘密基地とか、ヒーローごっことか好きですもんね。よく公園でやっているのを見かけます」
藍子「……Pさんも、そういう遊びをしてたのかな?」
加蓮「お。興味ある感じ」
藍子「ちょっと気になっただけですよ~。加蓮ちゃんの方が、気になっているんじゃないですか?」
加蓮「ちょっと気になったくらいかな」
藍子「おんなじですね♪」
加蓮「昔のことより今のこと! ってPさんもよく言うし」
藍子「あー……」
加蓮「とか言って、実はあーいう人ほど隠し事があるに違いないよ。恥ずかしい思い出とか」
藍子「恥ずかしい思い出……。あんまり、想像できませんね」
加蓮「だから聞いてみるんだよ。子供の頃にテレビのキャラクターになりきったりとか、すごい漢字ばっかりの名前の魔法を考えたりとか、絶対そういう経験あるよ。あの人」
藍子「あるんでしょうか?」
加蓮「さーね。ずずず……。ってホントに濃いね、このコーヒー」
藍子「そうなんです。ちょっと飲んだだけで、口の中が苦味でいっぱいになって……」
加蓮「あ、メニューの。見てよここ。長年変わらない味だって」
藍子「きっと、ずっと受け継がれてきた味なんですね」
加蓮「このカフェを知るためにも飲みきらなきゃいけないよねー?」
藍子「……か、加蓮ちゃんが飲んでください。そして私に教えてください」
加蓮「えー。私、ただの街角のカフェって紹介しか言えない女だよ?」
藍子「地味に引きずってた……」
加蓮「ずず……。そういえばさっき、トイレに行った時さー、女の人とすれ違ったの」
藍子「ふんふん」
加蓮「ちょっとびっくりしちゃった」
藍子「……? 変わった格好の方だったんですか?」
加蓮「あ、違う違う。その人がじゃなくて、人とすれ違ったことにびっくりしちゃった」
藍子「はあ」
加蓮「ほら、さっきまで私、ここに座ってたでしょ?」
加蓮「私からはいろんな人が見えるかもしれないけど、周りから私ってほとんど見えてないと思うんだ」
藍子「確かにそうかもしれませんね。私たちからは見えてて、周りからは見えていない――」
藍子「あっ。これって、いつもの加蓮ちゃんとは逆ですね」
加蓮「うん。藍子もそう思ったよね。たぶん前にも似た話をしたと思うけど――」
加蓮「誰にも見られなくて、誰の視線もなくて。私を知ってる人がだーれもいない」
藍子「ふむふむ。……、……あれ?」
加蓮「そういう場所って、寂しいけど、こうしてたまに来るなら……ちょっといい感じかも、って」
加蓮「少し、それに浸ってたから……。ほら、未体験の秘密基地! って感じがしちゃってさ」
加蓮「だからかな。さっき、ぜんぜん知らない人とすれ違って、ついでにぶつかりそうになって……目が合った時、驚いちゃった」
加蓮「あぁそっか、ここは人がいるカフェだった、って」
加蓮「びっくりついでに、ちょっぴり……なんだろ。怖かったかも」
加蓮「顔も見たことない人が、いきなり自分の部屋にいるみたい」
加蓮「……臆病な加蓮ちゃんは卒業したと思ったんだけどなー。大人コーデとかやってみても、まだまだなんだね、私」
加蓮「はー……」ズズ
藍子「…………」
加蓮「……何よ。変なこと言ってるって思ってるでしょ」
藍子「あ、いえ……」
加蓮「ま、たまにはね。昔っからずっと、誰かに見られて誰かを見てた人生だし? 1日くらいはこうして、寂しい寂しい隠れ家にこもってみるのも的な――」
藍子「あの、加蓮ちゃん?」
加蓮「……もう。何? だから変だって言いたいんでしょ。別にいいでしょ、変なこと言っても」
藍子「違いますよ。そうじゃなくて――」
加蓮「じゃあどしたの。……言っとくけど変な同情とかそういうのなら――」
藍子「誰にも、って……。私が、ここにいますよ?」
加蓮「え?」
藍子「お話を聞いていると、なんだか加蓮ちゃんが1人でいるみたいに聞こえましたけれど……」
加蓮「あ」
藍子「……お手洗いに行っている間に、忘れちゃいました?」
加蓮「いや違う違う。そうじゃなくて、そうじゃないけけどさ。そうじゃなくって」
藍子「加蓮ちゃん?」
加蓮「いや、……あっれ? ん、んんん? なんて言うか……あ、あれ?」
加蓮「そうだよね……? 藍子、ここにいるよね……?」
藍子「無意識になってしまったとか? 隣にいても、気づかないくらいに」
加蓮「無意識。無意識……? なのかな。そういうんじゃ……いや、言われてみたら、そうか――」
藍子「それとも」
藍子「私がここにいることを、当たり前だと思ってくれた、とか……?」
加蓮「も……?」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「そ……。そうそう! たぶんそんな感じ!」
藍子「そ、そうですよね。当たり前に思ってくれたんですよね。……当たり前のことで、そんなに深い意味はないんですよね?」
加蓮「ないない! だってさ、カフェって言ったら藍子。藍子って言ったらカフェでしょ?」
加蓮「私なんて、カフェに1人でってことは……全くないって言ったら嘘になるけど、ほぼないし!」
加蓮「そりゃもう藍子がいるのは当然っていうか言うまでもないっていうか、だからほら、当たり前のこと!」
加蓮「……あ、でもなんかごめんね? いないものみたいにしちゃって」
藍子「ううんっ、それはいいんです! さっきの"違う"は本当の"違う"ってこと、私も分かりましたから。それはいいんです……けど……」
加蓮「けど?」
藍子「それって、なんだか家族みたいで……」
藍子「……あれ?」
加蓮「?」
藍子「……」
加蓮「……??」
藍子「……………………」
藍子「……加蓮」
加蓮「んぐっ」
藍子「加蓮ちゃん」
加蓮「何。急にどしたの。びっくりした」
藍子「……(聞こえないほど小声で)加蓮……。加蓮ちゃん……」
加蓮「……???」
藍子「うーん」
加蓮「藍子?」
藍子「……うーん?」
加蓮「……よく分かんないけど、分かんないことは話してみれば? コーヒーの感想じゃないけど、何か答えられるかもしれないし」
藍子「……」
藍子「いるのが――」
藍子「いるのが当たり前の人って、家族みたいだな、って……。最初に思ったんです」
藍子「家に帰ったら、いてくれるのが普通のことで……。私が早く帰った時は、お母さんやお父さんが帰った時、私がいるのが当たり前で……」
加蓮「うん」
藍子「だから……。なんとなく、呼び捨てで呼んでみたくなって」
加蓮「うんう……ん? え、どういうこと」
藍子「どういうって言われても……。本当に、なんとなくなんです」
加蓮「なんとなく……」
藍子「呼び方を変えなくても、例えば、私があなたのお姉ちゃんとか、妹とか、……とにかく家族だったとしても」
藍子「私があなたのことを、加蓮ちゃん、って呼ぶのはたぶん、そんなに不自然じゃないと思います」
藍子「ただ、そういうことじゃなくて……」
藍子「違う関係を思い描くなら、違う呼び方にしてみよう、って」
加蓮「変わりたいなら変えてみるのが一番ってこと?」
藍子「かな……?」
加蓮「はぁ。それはまぁ、分かったんだけどさ。なんで藍子、そんなにつまらなさそうな顔してんの?」
藍子「それは……」
加蓮「うん」
藍子「…………」
加蓮「…………」ズズ
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……なんだか、やだなって思いました」
藍子「加蓮ちゃんって、ときどきお姉ちゃんみたいだから」
加蓮「好きだもんね。お姉ちゃんネタ」
藍子「それに、加蓮ちゃんの家にお邪魔することがあって……加蓮ちゃんも、私の家に来てくれることがあって」
藍子「そういう時に、家族みたいっていいなって、前は思っていたハズなのに」
藍子「今は、なんだかやだな、って……」
加蓮「うん」
藍子「ねえ、加蓮ちゃん」
加蓮「んー?」
藍子「……ねえ、加蓮ちゃん」
加蓮「うん」
藍子「私――」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
藍子「……なんでもないです」
加蓮「」ズコ-
加蓮「ちょっ……!? 何!? 何それ!? 今の溜めは何だったの? 何が言いたかったのよアンタ!?」
藍子「ひゃっ。か、加蓮ちゃん。しーっ、しーっ! 周りの人が見てます、隠れ家じゃなくなっちゃいますっ」
加蓮「それアンタが言うっ……て、さっき叫びそうになった時に我慢できてたっけ」
藍子「しーっ、しーっ! ねっ?」
加蓮「しー」
加蓮「……ふぅ。ごめんごめん」
藍子「お騒がせしましたっ」ペコペコ
加蓮「いや、でもあれだけ思わせぶりに何かあるんですーって顔をしといてさ、それはないと思うよ?」
藍子「それはごめんなさい! ただ、私の中でもよく分からなくて……」
藍子「とにかく、何かが嫌で、そして何かが嬉しかったんです」
藍子「今は説明はできないけれど……とにかくそんな感じなんですっ」
加蓮「いや訳分かんないし……。もー、私までモヤモヤしてきたんだけどっ」
藍子「加蓮ちゃんも?」
加蓮「だから、知らないとか分からないとかそーいうの嫌いなのっ。藍子のことならなおさらで……。もう……っ!」
藍子「……うぅ」シュン
加蓮「……ハァ。待ってあげるから、分かったらちゃんと話しなさいよ?」
藍子「はーいっ」
加蓮「もー」ズズ
藍子「……」
加蓮「……」ズズ
藍子「……」
加蓮「……うぷ。一気に飲みすぎて気持ち悪くなっちゃった」
藍子「……」
加蓮「コラムの続きでも書いてみる?」
藍子「あ、はい……。そうですね。そうそう、さっきどう書いたらいいか分からなくなっちゃった場所があるんです。一緒に考えてくれませんか?」
加蓮「いいよー。どこどこ?」
藍子「ここなんです。この部分を一緒に――」ジー
加蓮「うん……ん? 藍子? どしたの。コーヒーの跡でもついてる?」
藍子「……いえっ」
加蓮「??? まぁいいや……。えーと、なになにー?」
……。
…………。
――後日・高森藍子のコラムより一部抜粋――
普段目にするのに、実は入ったことがない。そんな場所はありませんか?
今回紹介するのは、私もよく目にする、けれど今まで来たことのなかったカフェです。
店内の様子です(写真)。シックな色合いと、豪華なソファーを照らす淡い照明が――
・
・
・
私たちの座った奥側の席です。なんだか隠れ家みたいじゃありませんか?
ここでコーヒーを飲むと、急に自分が大人になったような気持ちになれます。
……でも私はまだ子どもなので、ほとんど飲めなかったんですけどっ
――左下に小さな吹き出しがある――
ただしその人の頭はつるつるです(by加蓮ちゃん)
↑やめてーっ(by藍子)
↑結局ヒミツをバラしちゃった罰だよ(by加蓮ちゃん)
おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。
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