勇者「滅びた後の世界で」 (28)

ハゲが目を覚ますと、辺りは見渡すかぎり黄金色の原野だった。
地平線から朝陽が見える。なるほど、朝の陽ざしで黄金色に輝いているのか。

ハゲは裸だった。一糸まとわぬ姿は、生まれたての赤子を思わせる。
髪の毛すら一本も生えていない。妙に頭が涼しいのは、そのせいだろう。

彼が立ち上がると、ザワザワと雑草が揺らめいた。
俺は何者なのだ。なぜ裸で草原に寝転んでいたのか。
そもそもここはどこなのか。

歩いてみる。湿った土が気持ちいい。
足の裏が少し沈み込むくらいか。毒のある虫や鋭い石も見当たらない。

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しばらく歩くと、水の流れる音が聞こえた。
音の聞こえた方に顔を向ければなんと、乳色の河が流れているではないか。
それも大河である。河岸に跪き、乳色の水を両手で掬ってみる。
匂いを嗅ぐ。乳の匂いがした。口に含む。冷たい。そして、乳の味がする。乳だ。この河は乳の大河なのだ。

牛の乳か、人の乳か知らぬが、ここまで大量の乳が流れているとは。
ハゲは喉の渇きを癒すため、さらに深く手を差し込み、乳を掬い上げた。
今度は、掌に透明な粘り気のある液体が残っている。舐めてみた。甘い。ハチミツだ。乳と一緒に、ハチミツが流れている。

どういうことなのだ。
黄金色の陽ざしが、強く原野を照らす。
眩しそうに眼を細め、乳と蜜を飲み干す全裸ハゲ。

なかなか珍妙極まる光景である。

さて、この乳はどこを水源としているのか。探ってみよう。
ハゲは立ち上がると、大河に沿って北へ北へと進んでいった。
そもそも、北という概念すら、この世界にはない。河の流れに逆らって歩く。それだけだ。

またしばらく歩くと、ハゲは巨岩の前に辿り着いた。
岩の頂上が割れて、噴水のように乳が噴き出している。

岩乳(ガンニュウ)

たぶん、そう呼ばれているのだろう。乳と蜜を噴き出す岩など、生まれて初めて目にした光景だ。
しかし、これが普通なのだ。普通でなくてはならないのだ。どうしたものか。

ハゲは座り込み、青ざめはじめた空を仰いだ。鳥も、虫もいない。無機質な空間にたった独り。
世界は滅びたのだろうか。ふと乳の河に目をやると、碧色に輝く透き通った魚が泳いでいた。
わし掴み、齧ってみる。

パキッと小枝の折れるような音。甘い。なんなのだこれは。飴のようではないか。
ほんのり、メロンの香りがする。メロン魚。メロン魚が泳ぐ岩乳の河。
そして河底に漂うハチミツを合わせれば、鬼に金棒である。

ふふ、まったく良い場所を見つけたものだ。
俺は絶対に、ここから動かない。動いてなるものか。
やっと見つけた安住の地。約束の地なのだから。

忽ち、分厚い鈍色の雲が空を覆い尽した。何事かと顔を上げるハゲ。
瞬間、ハゲの青白い頬に一本の赤い線が走った。ドロリ、と血が流れる。
見れば、足元に鋭く研ぎ済まされたガラスの針が刺さっていた。

それだけではない。

手や足や腹に次々とガラスの雨が刺さる。これはたまらんと乳の河へ飛び込んだ全裸ハゲ。
息継ぎせずにガラスの猛攻を耐え抜けるか。なにが安住の地だ。なにが約束の地だ。
ちょっと油断すればすぐに殺しにかかってくるではないか。
乳河の底にへばりつきながら、ハゲはこれからについて沈思黙考した。

ガラスの雨はますます激しさを増した。
右尻肉に容赦なく突き刺さる。

いだい。

声を上げれば酸素が漏れる。
耐えろ。まだ耐え抜くのだ。雨が止むまで。

虹色の稲妻がまるでプリズムのように、ガラスの雨の間を飛び交っていた。

雨が止んだ。
鍼治療でも施されたのか、というほどハゲの背中にはガラスの針が突き刺さっていた。
抜くと、肌に血がじわりとにじむ。もうこの場所にはいられない。別の住処を探す必要がある。

今度は、河を下っていってみよう。乳海へ出れば、集落があるかもしれない。
ガラスの痛みに耐えながら、一歩、また一歩と足を進める。ズキズキ背中が痛む。

軟膏が欲しい。布でもいい。身に纏う物が欲しい。
太陽はちょうど真南へ差し掛かっていた。昼時だ。すると、樹があった。
樹と言っても枝先から無数の眼球が生えた樹である。

あれは複眼だ。数千個の瞳が集まり、ひとつの眼球として機能しているのだ。
一個もぎとり、食べてみた。ぷぎぃ、と樹が甲高い呻き声をあげた。

ぷちゅぷちゅして美味い。

噛みごたえがある。
レンズ体も柔らかく、噛めば飲み込める。
魚の小骨のように。

キノコのような漆黒の巨塔が建っていた。
乳河を下った先の浜辺である。
そこは砂嘴といって釣り針のように曲がった地形となっており、その先端に塔はひっそりと建っていた。
何を目的として建てられたものか、とんと見当がつかぬ。
灯台やもしれぬ。

海は白かった。
岩乳で満たされていた。

キノコの頂上から、時折ビュッビュッと勢いよく乳が噴き出した。
あれが乳かどうかはともあれ、いらなくなった乳をああして捨てているのだろう。
外側に、何やら上下する物体がある。U字型の物体で、人間の手を模したものだった。

手を模した建造物が上へ、下へ行き来するたびにキノコの頂上から大量の乳が噴き出すのである。
あの物体は溜まった乳を頂上まで吸い上げる役目を担っているのだろう。
ハゲはそう考え、建物へ向かった。

ハゲは蒼く澄み渡った空へ向かい、弾丸の如く落ちていった。
空が激しく波打っている。あれは海ではないのか。
ドボン、と沈み込むと周囲から墨を流したように闇が迫ってきた。

ハゲ「クッ……」

目の前が闇に閉ざされた。
陽気な音楽も聞こえぬ。

静寂。

凍りつくほどの静寂が、この場を支配している。
光り輝く尾鰭で水を蹴る彗星。タコのように触手で岩を掴み、海底を移動する赤色矮星。
凄まじい吸引力で他の星々を喰らうブラックホール。
ありとあらゆる星が、空の海で独自の生態系を築き上げていたのだ。
そこへ飛び込んだ、一人の異端者。ハゲ。

ハゲ「この深海から早く抜け出さねば……」

水面を探しながら泳いでいく。一回水を掻いただけで、どこまでも進んで行けそうだった。
止まる場所がない。どれだけ進んだか確かめる標識もない。
そうだろう、と見当をつけた場所へ進むしかない。手探りの冒険である。

天漁師「よいさ、ほいさ、どっこいしょ」

水晶の小舟に乗り、シルクの帆をはためかせ、今宵も漁師は大海へ漕ぎ出す。
海を自由に泳ぎ回る星。それが漁師の獲物であり、生きる糧だ。
海に巨大な網を広げ、船曳網の要領で星を捕獲する。

取れたての彗星などは、尾鰭が実に美味い。
塩をまぶして焼くとなお美味い。

天漁師「おいらは愉快な天漁師。星を獲りまくるのがおいらの仕事さ。さぁて、今宵はどんな星かな」

漁師が舟に網を引き揚げる。全裸のハゲが水揚げされた。

天漁師「あれまッ! なんだ、こいつ!」

ハゲ「ち、乳を……」

天漁師「乳か!? すぐに、飲ましてやる! ちょっと待ってろ」

天漁師は急いで舟を反転させ、雲母石の家にハゲを運び込んだ。
すると、西瓜のように巨大な乳房の女がドスンドスンと大股で歩いてくるではないか。
歩くたびに張りのある乳房がぶるんぶるんと揺れる。

天女「どうしたんだい、お前さん! そんなハゲ連れてきて!」

天漁師「事情は後で話すから、早くこいつにお前の乳を飲ませてやってくれ。ここで乳を出せるのはお前しかいないんだ」

天女「仕方ないねぇ……」

天女が呆れながら乳房を握りしめる。

ブシュウ! ブシュウ! 

猛烈な勢いで母乳が噴き出した。
牛の乳搾りを思わせる光景だ。

ハゲ(甘い……地上で味わった乳……誰かが飲ませてくれている)

ハゲは目を覚ました。ぼやけていた視界が、鮮明になる。
柔らかい羽毛の寝台。銀刺繍の施された毛布。部屋の隅には沙羅双樹。

天漁師「その羽毛、月鳴鳥(ゲツメイチョウ)のものを使っているんですよ。へへへ……分かります?」

褐色の男。月の光で焼けたらしい。
もちろんハゲは月鳴鳥のことなど知らぬし、蒼い空の向こうにこんな家があることも知らない。
頭がズキズキ痛む。腹が減った。ムラムラする。

うむ、人間だ。私は人間なのだ。

ハゲは口元に笑みを浮かべた。
アルカイックスマイル。

ハゲ「私はどのように助けられたのだ?」

天漁師「おいらが網にかかっていたあんたを見つけて、それから天女が乳を飲ませて……大変でしたよ」

ハゲ「天女? 乳?」

天女「おや、もう起きたみたいだねぇ。このモヤシ男は」

肥えた半裸の女だ。乳房が大きい。ハゲの頭より大きい。
こんな巨乳、病気か何かではないのか。歩きにくくはないのか。
授乳する際、乳房の重みで赤子を圧し潰してしまうのではないか。

天女「あたしを心配する暇あったら、自分のこと考えな」

乳首から白い母乳が噴き出し、ハゲを打ちのめした。
うつ伏せに倒れたハゲ。
その背中に、天漁師がすかさず軟膏を塗る。
ガラスの雨で作った傷が、みるみる内に癒えていく。

天女「あんた、これからどうするんだい」

ハゲ「少しだけ位置させてもらおうか」

天女「みんなの庭だ。ここにゃ好きなだけいても構わない。けどね、あんたの身体じゃ辛いんじゃないのかい」

身体? ハゲは足元を見下ろした。
男根がいきり勃っていた。
それも鋭く、硬く、鍛え上げた刃のように。
熱を持っていた。
試しに水をかけてみると、ジュッと蒸発する音と共に白い湯気が立ち上った。

天女「今は男根だけだけど、そのうち身体全体が熱を持って、内臓も脳みそも目玉も溶かしちまうと思うね」

ふむ。
ハゲは小便をした。
まるで幼い頃トルコで見た河のように、赤く染まっていた。

その赤さはハゲの激情。

ハゲの忿怒。

ハゲの心火。

煮え滾る怒り。

なぜ?

ハゲ「気が変わった。私は地上へ降りる」

ハゲ「この怒りの正体を突き止めぬ限り、私は死ねない。死ぬことは許されない」

天女「ハッ! あんたなら、そう言ってくれると思ってたよ」

ハゲ「世話になった」

天女「ちょいとあんた! ハゲさん帰るみたいだよ、送っていきな!」

天漁師「うえぇ、人使いが荒いなぁ……」

天漁師「海に落ちた人間を陸まで届けるのは、並大抵のことじゃあない。それなりに時間がかかります」

天漁師「大体、3京6578兆8975億2478万9527日程度で世界の果てに到着します。そこから陸へ浮上するための準備で6京2541兆6231億3258万5009日、一気に浮上で1京8000兆5858億1234万4525日かかります。つまり10京日。途方もない時間です」

天漁師「ですが、おいらの船は一味違います。人工的に小規模なインフレーションを起こし、その膨張力・爆発力で船をカッ飛ばすんですぜ」

天漁師「しっかり捕まっててくださいよ。振り落とされたら木っ端微塵だ」

天漁師の掌に、宇宙の素が生まれた。急速に広がっていく。次の瞬間、船は光の何千倍ものスピードで進み始めた。海を泳ぐ彗星や小惑星にはいい迷惑だ。

ハゲ「あれはなんだ?」

黒い氷柱のようなものが宙に浮いている。円錐状のそれは、時おり低く無機質な歌声を響かせていた。生物か鉱物かも分からない。途方もなく大きいことだけは確かであった。

天漁師「あれは鍾乳石です」

ハゲ「乳ッ!?」

天漁師「宇宙に散らばるダークマターが長年積もりに積もってできた、鍾乳石なんです」

ハゲ「暗黒乳か。どんな味がするのだろう」

天漁師「鍾乳石を採取して売ろうと目論んだバカ共がいましてね……帰って来ませんでしたよ。どうも、あの辺りは時空が歪んでいるんです」

ハゲ「君子危うきに近寄らず、か」





ハゲ「ところで聞きたいことがあるのだが」

天漁師「何でも聞いてくだせぇ」

ハゲ「なぜ空に、海がある?」

突然、天漁師の櫓を扱う手が止まった。
考えてみれば不思議な話だった。
青空を突き抜けた先に、星々の泳ぐ海がある。ダークマターの結晶体が浮いている。
天漁師は語りにくそうに目をそらしていたが、暫くして口を開いた。

天漁師「おいらも、実のところ知らないんです」

ハゲ「は?」

天漁師「気が付いたらここで漁師をやっていた。デカい乳房の女房がいて、惑星を獲っては食っていました」

ハゲ「生まれた場所も分からないのか?」

天漁師「両親の顔も思い出せない。親不孝な漁師ですぜ、おいらは」

天漁師は寂しげに微笑み、巻貝のような笛を吹き鳴らした。

ゲュロロロロロ

ゲュロロロロロ

ゲュロロロロロ

ダークマター結晶体が紡錘形から立方体、球体と素早く形を変える。
それは一頭のイルカとなって、舟の前に躍り出た。

天漁師「この世界の秘密を解き明かしてくだせぇ」

ハゲ「このイルカは?」

天漁師「乗れ、と言っているようです」

イルカの背に跨った瞬間、ダークマターが形を変えた。
ハゲを中に取り残したまま、先端の鋭く尖った円錐形に戻る。
底部から噴き出す、黄金色の炎。

ハゲ「ヌッ!」

考えるよりも先に結晶体が動き出した。
派手な音を立て、海の中に沈んでゆく。
その速度、秒速3457兆km。
あらゆる惑星を破壊しながら突き進む。

見える。光が。大きくなる。
そうか、あれが海面か。
私は、戻ってきたのだ。
恐ろしくも、心休まる土地。
乳と蜜の流れる、安寧の地。

上昇していたはずの身体が、急に下降を始めた。
海から飛び出したのだ。
全裸のまま大の字で落ちてゆくハゲ。
遠目から見れば、隕石と思えたことだろう。
しかし、それは隕石でなくハゲであった。

ハゲ「おお、乳を噴き出す建造物ではないか」

釣り針のように曲がった砂嘴。
そうだ、あの場所から飛ばされたのだ。

ハゲ「む、あれは……」

黄金色の原野と白い乳で満たされた世界。
その中で、ひとつだけ飛びぬけて高い塔があった。
外壁を蔦で覆われた、円柱状の塔である。

ハゲ「翔べ、月明鳥(ゲツメイチョウ)!」

素早く十字を切り、真言を唱える。
この真言は誰が教えたわけではない。
ハゲがつい先程、思いついたものだ。

ハゲの背中にメタンハイドレートの翼が生える。
メタンガスを放ちながら、マッハ500000で暁の空を飛ぶ全裸ハゲ。
その行軍を遮る者は誰もいない。遮ることなど誰もできない。

地平線の彼方へ太陽の欠片が消えていく。
最後の欠片が消えた時、自分の命は尽きるのやもしれない。
それまでに、せめて天を突く塔の頂上へゆかねばならない。

天漁師の言葉に、違和感を覚えた。
気が付いたら、漁師になっていた。
自分も、気が付いたらハゲになっていた。

ハゲ「私とあの漁師は同じだ。生まれた頃の記憶がない」

その秘密を探るまでは、死ぬことは許されないのだ。

勇者「追い詰めたぞ、魔王!」

戦士「勇者、油断するなよ!」

僧侶「もう少しです! 魔王を倒せば、きっと世界は……」

魔法使い「平和になるわ! 魔族に怯えなくてすむのよ」

魔王「クソ……この虫けらどもが……」

戦士「今のうちだ。奴が体内の暗黒物質を大放出する前に、首を打ち落とせ!」

勇者「ああ、分かっているさ!」

魔王「させるか!!! 極大火焔魔法!」

ギィン!

魔王「か、身体が動かん……魔法が撃てぬ……!」

僧侶「うぐぅ……勇者様、ここは私が押さえます! あなたは早く魔王の首を!」

勇者「僧侶!」

魔王「聖女の名を騙る雌犬が、生意気な真似を……!」

魔法使い「あらあら、あたしも忘れてもらっちゃ困るわよ? 極大凍結魔法♪」

ヂュゲン!

魔王「やめろ、朕を殺すな、殺せば取り返しのつかないことになるぞ!」

勇者「戯言はよせ。もう終わりにしよう」

勇者「長い旅だった。とても、とても長い闘いだった。それだけだ」スッ

魔王「ぐ、ぐああああああああ!!!!!!」

ザシュッ

ゴトッ

超音速飛行を終えたハゲは、ゆっくりと塔の頂上に降り立った。柔らかな琴の音。すべてを包み込んでしまいそうな、絹の音色。

青年「おや、これはこれは」

糞僧衣を着た青年が1人、塔の縁に腰掛けている。
振り向きもせず、ハゲの存在を察知した。
只者ではあるまい。

ハゲ「地上で見た人間は、貴殿が初めてだ」

青年「私も、あなたが初めてです」

ハゲ「自己紹介すべきだな、お互い」

青年「その必要はございません。私は琴の奏者、あなたは旅人。それだけで良いではありませんか。詮索など不要」

ハゲは勃起したまま青年の隣に座った。
青年は溶岩のように煮え滾るハゲの男根を一瞥すると、フッと儚げに微笑んだ。

青年「あなた、だったのですね。やはり」

青年の頬を、一筋の涙が伝う。

ハゲ「なぜ、琴を弾いている」

青年「孤独がゆえ」

ハゲ「なぜ、孤独か」

青年「滅びたからです。この世界が」

僧侶「やっと……終わった……」

戦士「終わったのか?」

魔法使い「ホントに、死んだのよね?」

勇者「ああ、ピクリとも動かない。完全にマナの供給が停止してる」

勇者「魔王は死んだ! 俺達は勝ったんだ!」

戦士「よくやった、我が盟友」

勇者「戦士……!」

僧侶「神のご威光に感謝を。我らが英雄に永遠の祝福を……ありがとうございます、勇者様!」

勇者「僧侶……!」

魔法使い「勇者、これで一緒に暮らせるわね……べ、別にそんなんじゃないわよ、あんたを監視するためなんだからねッ!///」

勇者「魔法使い……!」

青年「勇者と魔王は陰と陽。対となる存在。どちらかが消えてしまえば、暗黒物資が暴走し、世界の均衡はたちまち崩れます」

ハゲ「世界が崩れたのか」

青年「ええ。辺り一面、宵闇に包まれました。戦士も僧侶も魔法使いも、空も海も生い茂る木々も、すべて消え去りました」

青年「ただひとつ残されたのは、神が愛用していた竪琴のみ」

ハゲ「その竪琴で、貴殿は光を産み、乳と蜜の流れる大地を産み、空を海で満たしたのだな」

青年「所詮、私では無理でした。奇怪な建造物や生物しか、作ることができなかった」

青年「勇者殿、あなたもその一人です」

ハゲ「私が……作られた勇者……?」

青年「滅びた後の世界で」

青年「あなたは勇者1号として」

青年「魔王である私から生を受けた」

ハゲ「……どういう意味だ」

地平線の彼方に、太陽が消えた。

ハゲ「私は暗黒物質の結晶に過ぎないのか」

ハゲ「無機質な! 心を持たぬ人形に過ぎぬというのか!」

ハゲの脳裏に、ダークマターの結晶体が浮かんだ。あれと同じなのか。この狂った世界で自分は、自分だけは、まともな人間だと思っていた。

ハゲ「世界の秘密を知るつもりが、出生の秘密を知ってしまうとは……はは……」

うなだれたハゲの肩に、そっと手を添える青年。

青年「悲しむな、息子よ。確かにあなたは暗黒物質の結晶体だ。人間ではない。しかし、だからといって無用の長物でもない」

青年「その男根は、何のためにある?」

ふつふつと滾る男根。
それはハゲの忿怒
それはハゲの激情
それはハゲの心火

心に宿りし火種は、いずれ広大な原野を焼き尽くし、新たな世界を切り拓く聖火となる。

青年「新たな世界を作りなさい。勇者よ」

青年「では、この琴を」

青年から渡された琴は、雲母石でできていた。ピンと張り詰めた弦を弾く。ポロン、と優しい音。もう一度。ポロン

青年「そう、良い調子だ」

琴の優しさに反駁するが如く、ハゲの男根は火を噴き暴れ出す。最後のあがき。亀頭の先から溶岩が滴り落ちる。その度に、気も失せるほどの痛みがハゲを襲った。

ハゲ「グッ……ヌッ……!」

痛みに耐え切れず、男根を掴もうとするハゲ。彼の手を抑えたのは、青年だった。

青年「私にも、手伝わせてほしい」

ハゲの男根を握りしめた青年。たちまち肉の焼ける音と煙が昇り立つ。しかし、彼は涼しげな表情で上へ下へ、手を動かす。

ハゲ「ヌッ……! ヌッ……!」

青年「恨みも憎しみもない世界を創ろう」

ついにハゲの男根から一筋の汁が放たれた。
それは乳のように白く、溶岩のように熱い汁だった。
世界を変える一雫。

ハゲ「心なしか、スッキリした気がする」

青年「君が抱いた怒り。それは私を倒しながら世界を救えなかった自責の念だろう」

ハゲ「魔王、貴殿はずっと待っていたのか」

青年「ああ。数百年、数千年、数万年。気が遠くなるほどの時間をかけてね……」

ハゲ「ようやく、か」

青年「ようやく、だ」

この日、世界は真っ白な闇に包まれた。


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