老師「後継者が欲しいなぁ。どこかに弟子入りしてくれる可愛い女の子はおらんかの」 (425)

―山頂 小屋―

老師「……」

老師「キェェェェイ!!!」バキィッ!!!

老師「ふぅ……。今日のマキ割り、終わり」

老師「……」

老師(世捨て人となり、幾星霜。武術を極めはしたものの、これといって益になることはなかった)

老師「ふんっ!!」

ドォォォン!!

老師(岩をも砕く拳を手に入れても、ワシを慕う者が現れることもなかった)

老師「虚しいの……。力など、渇望するべきではなかったのかもしれぬ」

老師「はぁ……」

老師(積年の成果をこのまま朽ちさせるのも惜しいな)

老師「後継者が欲しいなぁ。弟子が欲しい」

老師「それもただの弟子ではない」

老師「可愛い女の子がええのぉ」

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老師「よっこいせっと」

老師(待てど暮らせど、この頂に来る女の子はおらんし。やはり、自分から山を下りるしかないのか)

老師「メンドーなんだけどなぁ……かわいい女の子が登山がてらやってこないものか……」

「たのもー!!!」

老師「む……。誰だ」

青年「失礼します!! 貴方の噂を聞いてやってきました」

老師「ほぉ?」

青年「自分を弟子にしてくれませんか!!」

老師「野郎に興味はない」

青年「は?」

老師「帰ってくれんか。山の麓には評判の良い道場があると耳にしたことがある。そこで自分を高めるが良い」

青年「いえ、自分は貴方に教えを乞うために……」

老師「喝!!」

青年「ぐっ……!? な、なんて威圧……」

老師「去れ。ワシは野郎の弟子などとらんっ!!」

青年「……いえ。自分は諦めません」

老師「くどいぞ」

青年「貴方の弟子になるまでは、ここを動くつもりはありません。何日、何年だろうと。待ちます」

老師「そうかい。好きにするがいい」

青年「はい」

老師「とりあえず外に出て行ってくれんか」

青年「はい!!」

老師(はー、全く。男などいらんわい)

青年(やはり、そう簡単には弟子入りなどできはしないか。だが、そんなこと覚悟の上だ)

青年(俺は、絶対に諦めない。ここで待っていれば、きっと認めてくれるはず)

青年(これは俺に与えられた、試練だ)

老師「……」

老師(なんじゃ、あいつ。家の前に座り込んだぞ)

老師(ははーん。待っていれば、その根性気に入った。弟子と認めよう。みたいな展開を期待しておるのか)

老師(甘い!! 甘いわ、小僧!! ワシは根性論が大嫌いだ!! フハハハ!!)

―翌日―

老師「ふわぁぁ、良い朝だなぁ」

青年「……」

老師「おはよう」

青年「はい」

老師「さてと、マキ割りでもしようか」

青年「む。自分がお手伝いを――」

老師「喝!!」

青年「ぐっ……」

老師「下心が見え据えておるぞ。そんなことで弟子になどせんわい」

青年「い、いえ、そ、そんなつもりは……」

老師「ワシ、そういうの一番嫌い」

青年「な、そ、そうなのですか」

老師「何故、ワシがこんな山頂で独りでいるのか、考えてみろ」

青年「それは武術を極めるためでは……」

老師「ふむ。極めるだけなら都会の真ん中でもできるわい。むしろ人が沢山いる場所のほうが技なんかを批評もしてもらえるし、良いじゃろう」

青年「た、たしかに。では、何故?」

老師「人付き合いとかしたくなかったから」

青年「は、はぁ。けれど、それは理由の一つでしょう。本当は心鎮まるこの頂で、武術を磨きたかったのでは」

老師「武術は暇だったから極めただけだ」

青年「またまた。ご謙遜を」

老師「とにかく、そこに座っていろ。ワシの手伝いなんてしなくても良いのでな」

青年「そ、そうですか」

老師「いらん。野郎の手など、借りたくもないわ。ぺっ」

青年(気難しい御人だ。だが、武道の極めた者ならばこういった面があっても納得できる)

老師(ごしゅじんさまぁって言いながらごはんつくってくれる女の子とか空から降ってこないかのぉ)

青年(俺はまだまだ甘い。確かに、この御人の機嫌をとっても意味はないんだ。武道とは心技体。煩悩などもってのほか)

青年(俺への試練は座して待つこと。それ以外になし)

老師「キェェェェイ!!!」パカッ

老師(あやつ、いつまで居るつもりか。鬱陶しいのぉ)

―数日後―

青年「……」

青年(あれから何日が経過したか……。まだなのか……まだ待たねばならないのか……)

老師「おはよう」

青年「おはよう、ございます」

老師「ふむ」

青年(俺の見る目が変わった……様な気がする。もう少しだ。きっと)

老師(漬物石の代わりぐらいにはなりそうだ)

青年(俺のための修行方針を考えてくれているのかもしれない)

老師(いや、野郎が座って漬け込まれた野菜など食べる気せんわ)

青年(待つんだ。きっと、俺の気持ちに応えてくれるはずだ)

老師(さぁて、今日は狩りにでもいくかの)

青年「む……。あの、どちらへ」

老師「座っていろ」

青年「はっ」

―数日後―

青年(持参した食料が尽き、はや三日目……。このままでは……)

老師「ほっほ。焼けてきたな。美味そうな魚じゃ」

青年「……」

老師「はむっ。うむ。うまいっ!」

青年「……」

老師「む。どうした。腹が減ったか」

青年「いえ。問題ありません」

老師「無理はするな」

青年「え……」

老師「腹、減っておるだろ」

青年(ついに……ついに……!!)

青年「あの、その……すこしだけ……」

老師「そうか。はむっ。うまいなー」

青年「え? あの……あれ……頂けるのでは……?」

老師「働かざる者、食うべからずだ。喝っ!」

青年「……」

老師「そこに座っとるだけの野郎に食わせる飯は、ないわい。ぺっ」

青年「……」

老師「自分で狩ってこんかい」

青年「そういうことでしたか……」

老師「む……」

青年「いつまで待っても……温情の一つもない……これが答えだったのか……」

老師「おぉ……。な、なに? おこってるの? でも、あれだよ。ワシ、ちゃんと最初に言ったぞ。弟子はとらないって」

青年「なんとも、愚か……」

老師「ワシ、マジで強いぞ! それでもやるのか!?」

青年「自分の愚かしさが恥ずかしい」

老師「へ?」

青年「自分はまだどこかで甘えていたのです。待っていれば手を差し伸べてもらえると、思ってしまっていた。待つだけの人間に、誰も好機など与えてくれるはずはなかった」

老師「う、うむ。そうじゃな」

青年「森林には獣が多いと聞きます。そこで狩りができるのですね」

老師「できるな。熊も虎もできるぞい」

青年「自分はまだ未熟故、熊も虎も狩ることはできないでしょう」

老師「若造には無理な話だな。鳥とかイノシシとかでいいんじゃないか。あと山菜」

青年「はい。そうします。すみませんでした」

老師「はよ、いってこい」

青年「はい」

老師(あー、怖かったぁ。何十年ぶりに怒られるかと思っちゃっただろうが。全く)

青年(俺はここで生きていくんだ。どんなことでも乗り越えてみせる)

老師「さて、マキ割りでもするかの」

老師「キエェェェイ!!!」パカッ

青年(貴方に認めてもらうためにも、俺は次の試練を耐え抜いてみせます)

老師(山中でくたばってくれたら、楽なんだがなぁ)

青年(熊や虎の肉を持ち帰れば……きっと……!!)

老師(あ、でも、食料を勝手にもってきてくれるかもしれないな。それは楽でいいな。ほっほ)

―翌日―

老師「ふわぁぁ。良い朝だ」

老師「おや? あやつ、まだ戻ってきておらんか」

老師(どうやら、無事にのたれ死んだようだな)

老師「あー、勿体ないのぉ。若い命が無駄になったわ」

老師「……」

老師「地中から美少女が生えてこないもんか」

青年「はぁ……はぁ……はぁ……」

老師「ん? 生きておったか」

青年「イノシシを捕られるのに、苦労しました……」

老師「ほほぉ。見事なり」

青年「どうぞ。自分は、一食分あれば十分ですので」

老師「そうか。今はゆっくり休むがよい」

青年(これで……認めて……貰えただろうか……)

老師(ラッキー。晩御飯、不労で手に入れちゃったぜ)

―十数日後―

老師「む……。あやつめ、また山の中に入りよったか」

老師(保存食が溜まって仕方ないわい。うっひょっひょ)

青年「ただいまもどりましたー!!」

老師(食糧庫が戻ってきたぞ。ふふ、今日もイノシシか鳥を――)

青年「見てください!! 熊を倒しました!!」ズゥゥゥン

熊「……」

老師「おぉぉぉ……」

青年「実は数日前から狙っていた熊がいたのですが、ようやく今日、仕留めることが出来ました」

老師「そ、そうなの」

青年「熊の手は絶品と聞いたことがあります。どうぞ、お納めください」

老師「う、うん」

青年「自分はいつものように一食分で結構ですので」

老師「いや、もうちょっと取ってもいいけど?」

青年「いえ。自分は貴方の敷地を間借りしている身ですので」

青年「ふぅー……」

老師「うむぅ……」

老師(こやつ、短期間で鍛えられすぎじゃないか? 山に数日籠ったからって普通、熊は倒せないぞ)

老師(ワシなんて熊を素手で倒せるようになったのは、20年ぐらい前だしなぁ……)

青年(俺はまだまだ甘い。数日かけて弱らせた熊でなければ仕留められない。一撃で熊を倒せるようにならなくては)

老師(こいつ……あれだな……ワシより、才能ありそうだな……。そんなやつと一緒になんていたくないなぁ……)

老師(劣等感、抱いちゃうぞ)

青年(精神統一……)

老師(なんとかして、追い出さねば)

老師「これ」

青年「はっ」

老師「家の中へ入れ。水ぐらいは出す」

青年「え……!!」

老師「早くせい」

青年「は、はい!!! すぐに!!」

青年(遂に、弟子入りできるのか……!!)

老師「ワシの弟子になりたいというが、何故だ」

青年「……力が、欲しいのです」

老師「何故、力を欲す」

青年「この手で、殺したい人間がいるのです」

老師「……」

老師(あっちゃー……。ヤバい奴だったかー)

青年「けれど、自分の力ではあいつに勝つことはできません。ですから、ここの門を叩きました」

青年「風の噂で山の上に武術を極めた人物がいると聞き、やってきたのです」

老師(あぁ、言われてみれば人を殺しそうな目をしとるわぁ)

老師「出て行け」

青年「……」

老師「積年の苦を私怨に憑りつかれた者になど、教えられん」

青年「……どうしてもですか」

老師「我が拳は殺人拳に非ず。帰れ」

青年「……」

老師「に、睨んでも、無理だぞっ! ぺっ」

青年「……」

老師「な、なんだ! やる気か!! ワシ、強いからな!! 嘘じゃないぞ!! ホントだよ!!」

青年「……そう、ですよね。やはり、ダメですよね」

老師「う、うむ。人殺しはよくないぞ」

青年「でも、自分は、いや、俺はあいつをどうしても殺したいのです!!」

老師「な、なにがあったの?」

青年「親を、殺されました……」

老師(重いなぁ。なんなの、こんな子、ほんといらいないんだけどなぁ)

青年「だから、こればかりは譲れないのです。ダメだと分かっていても……」

青年「俺を弟子にしてください!!!」

老師「もー!! 嫌だって言ってるだろ!! 何回言えばわかるの!?」

青年「ここまで2か月以上は待ったのです!! 俺は退きません!! ここまできたら、貴方の武術を手に入れてみせます!!」

老師(こいつ、根性さえあればなんとでもなると思っているのか!? ふざけんな!)

青年「お願いします!! おねがいしますっ!!!」

老師「ひぃぃ……せまってこないでぇ……」

青年「俺を!! 弟子に!! してください!!」

老師「や、やだよぉ……」

青年「師匠!! お願いします!! 俺に力をください!!」

老師「じゅ、じゅうぶんつよいよぉ……普通、熊とかたおせないよぉ……」

青年「ダメなんです!! この程度では……この程度では……!!」

老師「そ、そんなに仇は強いわけ?」

青年「恐ろしく、強いのです。俺、なんでもします!! だから、弟子にしてください!!!」

老師「か、顔がちかいんですけどぉ」

青年「師匠!!」

老師「ちょっと、そんな大声出されたら耳が遠くなっちゃうんですけどぉ……」

青年「あいつを倒すだけの力をください!!! おねがいしまっす!!!!」ガシッ

老師(ひぃ!? こ、ころされる!?)

老師「わ、わ、わかった!! その気合や良し!! で、弟子にしてやろう!!」

青年「ほ、本当ですか!?」

老師「と、特別だからな。まったく」

青年「ありがとうございます!! 師匠!! よろしくお願いします!!」

老師(あー、こわかったよぉ……。だから、他人とか嫌いなのにぃ)

青年「まずは何からしましょうか」

老師「そうじゃなぁ……どうしようかなぁ……。掃除とか、してもらえる?」

青年「任せてください!!! 塵一つ、残しはしません!!」

老師「元気だねぇ」

青年「うおぉぉぉ!!!」ゴシゴシゴシゴシ

老師「はぁ……」

老師(こんな暑苦しい野郎と一緒になんて生活したくないわい)

老師(更に潤いがなくなったではないか。可愛い女の子がいいんだけどなぁ)

青年(ここから、俺の一歩が始まるんだ!!! 拭き掃除だろうが、掃き掃除だろうが、全力でこなしてみせる!!)

青年「うおぉぉぉぉ!!!」

老師(まてよ……。フハハハハ。良い考えを思いついたぞ)

老師「掃除、やめい」

青年「はっ」

老師「お前に、最初の試練を与える」

青年「それは……」

老師「もう一人、ワシの弟子となる者を見つけ、ここへ連れて来い」

青年「は、はい? しかし、師匠は弟子をとらないと……」

老師「もうお前をとってしまったからな。一人も二人も一緒じゃい」

青年「そういうものでしょうか。しかし、何故、増やすのですか」

老師「ワシと二人きりで修練を繰り返すだけでは、貴様はいつか壁にぶち当たることだろう」

老師「自分を高める存在とは、優秀な師ではなく、共に苦難を歩む同志であるとワシは考えている」

青年「なるほど。けれど、師匠は一人で武術を極めました。もう一人をこちらから探しにいく理由には……」

老師「師匠の言うことがきけんのか」

青年「も、申し訳ありません」

老師「では、行ってまいれ。あれだ、男ばっかりでは臭くなるので、女がいいな。若い、可愛らしい、女の子が」

青年「じょ、女性をですか……? いや、でも、女性では修行に耐えられないのでは……」

老師「喝!!!」

青年「うぉ!?」

老師「男女差別など、時代錯誤も甚だしい。女であろうが、ワシの弟子となれば虎をも狩る拳を手に入れることが出来る」

青年「申し訳ありません。恥ずべき発言でした」

老師「精進せよ」

青年「はっ」

老師「では、連れて来い」

青年「師匠。俺と一緒に来てもらえはしませんか」

老師「何で?」

青年「俺では相手の資質を見極めることはできません。やはり、卓越した目が必要だと思います」

老師「うむぅ……」

老師(まぁ、ワシ好みの子を選べるという利点はあるが……)

青年「師匠、一緒に行きましょう」

老師「仕方ない。未熟者のお前では真の強者の目利きなど土台無理な話か」

青年「ありがとうございます」

―麓の村―

老師「はー、つかれた」

青年「ここで探しますか」

老師「そうだな。近いほうがいいからな」

青年「では、参りましょう」

老師「うむ。おや、あれが噂にきく、道場か?」

青年「ええ。門下生も多く。かなり流行っているようです」

老師「ほほお。どれどれ」

女拳士「はっ!! せいっ!!」

老師「ほほーお!!!」

青年「どうかしましたか?」

老師「あの子、あの子、よくない? 可愛いよな?」

青年「え、ええ。とても美人ですね」

老師「ちょっと、いってきて、ほら」グイッ

青年「い、いや、まずいですよ!! 他流の人間を誘うなんて!!」

老師「師匠の言うことがきけんのか」

青年「そういうことではなくて」

老師「いいではないか。あの女の子からはとてつもない才能を感じるわい」

青年「そうなのですか」

老師「100年に一人の逸材と見たり。さぁ、行け」

青年「……分かりました。これも、俺の試練です」

老師「まっことその通りよ」

青年「行ってきます」

老師「がんばってね」

老師(ありゃ、最高だなぁ。あんな子にお茶くみとかさせたいなぁ)

青年「た、頼もう」

女拳士「はい?」

青年「あの、その……ええ、と……。あ、あなたのことが、その……気になって……」

女拳士「え……そ、そんな急に言われても……困るんですけど……い、いま、稽古中ですし……」モジモジ

青年「すぐでなくても構いません。時間ができたら、是非、俺の話を聞いてほしいのです」

「キャー! なになに! どうしたのー!?」

女拳士「こ、この人がいきなり、入ってきて……」

青年「す、すみません。稽古中に」

女拳士「いえ、そんな……」

「ちょっとー、こんなカッコいい人にナンパされたのー!?」

女拳士「そ、そんなじゃないからっ!」

「私もその話に参加してもいいですかー!?」

「わたしもー」

青年「あ……あの……」

女拳士「ちょっと、困ってるじゃない」

「なによー、もうカノジョ気取りー?」

女拳士「や、やめてよー。ごめんなさい。ここ、女の子ばっかりが通っていて……みんな、あんまり男性に免疫とかなくて……」

青年「あ、あはは……そ、そうなんですか……」

女拳士「えへへ……」


老師「……」

青年「師匠。後ほど、話を聞いてもらえることになりました」

老師「よい」

青年「は?」

老師「よい。なんか、面白くない」

青年「え? はい?」

老師「腹、減ったな。どこかでメシにでもするか」

青年「は、はぁ。しかし、路銀がありません」

老師「熊の手を売ればいい。高級食材だから売れるだろ」

青年「なるほど。では、そうしましょう」

老師「売ってきて」

青年「分かりました!!」

老師「ふむ」

老師(あれでは、女の子が来てもアイツにべったりになるだけだな……それでは、ぜーんぜん、つまらん)

老師(どうにかしなければ……どうする……)

老師(ワシが誘うしかないか)

―食堂―

「はい、おまちどう」

青年「ありがとうございます」

老師「次は、ワシが手本を見せてやろう」

青年「手本、ですか」

老師「うむ。お前の誘い方は、まるでなっとらん。あれでは強引に釣り上げているだけではないか」

青年「は、はぁ。そ、そうですか」

老師「あんなことでは、女の子の心は掴めぬ。それ即ち、心の敗北。今、あの子と拳を交えれば、貴様が負ける」

青年「はい。努力します」

老師「うむ。では、食え」

青年「いただきます」

老師(グフフフ……。そもそもあんな道場に通っている女の子ではなく、もっとか弱い子を選ぶべきだな)

老師(どうせ、何にも教える気ないし)

青年「む……。師匠、後ろのテーブルから視線を感じます」

老師「気の所為じゃ」

青年「え……。そ、そうですか。いや、確かに感じます」

老師「もー、どこよ」チラッ


少女「……」


老師「あの、ガキンチョか」

青年「はい。こちらをじっと見ています」

老師「おまえがかっこいいから見とれてるんじゃないかのぉ」

青年「俺の容姿など、大したことはありませんよ」

老師「あー、そうなの? んじゃあ、お前さん、今まで、女の子と付き合ったことないわけ」

青年「いえ、数人とは……」

老師「破門じゃ!!!」

青年「な!? 何故です!?」

老師「師を超える弟子など、存在してはならんのじゃい!!」

青年「横暴です!!」

大男「おい。うるせえぞ、ジジイ!! 黙ってメシもくえねえのかよ!!」

老師「あ、すみません」

青年「申し訳ありません」

大男「おかげでメシが不味くなっちまったぜ。どうしてくれるんだ、あぁ?」

青年「騒がしかったことは謝罪します」

大男「謝るなら、ちゃんと出すもん出せよ」

青年「はい?」

大男「金だよ。慰謝料払え」

青年「な、何を言っているのです」

大男「おいおいおい!! おめえ、こっちは気分を悪くしてるんだぜ? それをごめんなさいだけで済まそうってか?」

青年「しかし」

大男「金だ。ほら」

青年「師匠、どうしますか」

老師「はむっ」

青年(流石だ。一切動じていないとは)

老師(早く食べて、店を出なきゃ)モグモグ

大男「おら、ジジイ!!」

老師「ひっ」ビクッ

大男「シカトしてんじゃねえぞ、こらぁ!! 金払っていってんだろぉ!」

老師「年金も底をついた老体をいじめんでくれ……」

青年(能ある鷹は爪を隠すという。この程度のことで、己の拳を使うことはないだろうな……。できた人だ)

大男「うるせぇ!! メシ食いに来てるなら、もってんだろうがよ!!!」

老師「やめてくれぇ……ワシ、なにももってないよぉ……」プルプル

大男「今更震えてもおせえんだよ!!!」

老師「たすけてぇ」

青年「やめろ!!」

大男「はぁ?」

青年「怪我をするぞ」

大男「誰がだよ」

青年「勿論、お前がだ」

大男「ハーッハッハッハッハ。どういうことだよ。この老いぼれがなんかしてくれるってのか!?」

青年「師匠。もういいでしょう。見せてあげてください」

老師「たすけてぇ……」プルプル

青年「師匠!」

大男「何が師匠だよ。ふんっ!!」バキッ!!!

老師「おふぅ!?」

青年「師匠!?」

大男「ちっ。ホントに何ももってないみたいだな。しけてやがんぜ」

青年「貴様……!!」

老師「ま、まて」ガシッ

青年「師匠……」

老師「その拳は使うでない。お主を曇らせていくぞ」

青年「くっ……」

老師(こいつなら勝てるだろうけど、これ以上なんかしたら、こっちまで殴られちゃうし)

青年「分かりました……」

大男「ケッ! 腰抜けが。ジジイと一緒にそうしてろ。ハーッハッハッハッハ」

青年「師匠、血が……」

老師「痛い……唇きれてるぅ……口内炎になるぅ……」

青年「あとで治療しましょう」

老師「これだから、山を下りたくないんだよなぁ」

青年「やはり、荒れていますね。村でこれだ。都会があれだけ荒れていて当然だ」

老師「うぅ……口の中、血の味がするぅ……」

少女「大丈夫?」

老師「ん?」

少女「これで、血を拭って」

青年「いいのか?」

少女「うん」

青年「ありがとう」

少女「拭いてあげる」

老師「ええのか? すまんのぉ」

少女「いいの。じっとしててね、おじいちゃん」

老師「ほっほ」

少女「これでよし。それじゃ」

青年「ああ、その手拭、洗濯して返すよ」

少女「気にしないで。バイバイ」

老師「――待ちなさい」

少女「え?」

老師「手癖が悪いようだの」

少女「な、なにが?」

老師「今、盗ったものを出せ」

少女「何言ってるの? おじいちゃん、もしかしてボケてる?」

老師「このバカ弟子の目は欺けても、ワシは騙せんぞ、お嬢さん」

少女「くっ……」

青年「師匠? 急にどうしたのですか」

老師「女子供ならば、怖いものはない。さぁ、財布を出せ」

少女「なによ。手当してあげたのに、盗人扱いするわけ?」

青年「君、盗んだのか」

少女「盗んでなんかないわよ!!」

老師「では、調べさせてもらうぞ」

少女「うるせえ!! 近づくな、ジジイ!! キモイんだよ!!」

老師「手だけでなく、口も悪いとは。調教が必要か」

少女「じゃあな!!」

青年「待て!!」ガシッ

少女「さわんじゃねえよ!!!」ゲシッ

青年「いっ……!?」

少女「ふんっ」

老師「――遅いな」

少女「な……」

少女(いつの間に背後に……!?)

老師「ほれ、この財布。お嬢さんが持つにしては年季が入りすぎておるな」

少女「このクソジジイ……」

老師「奪い返すか」

少女「調子にのんなよ!!!」

老師「喝!!!!」

少女「ひっ……」ビクッ

青年(この気迫……! 相手を一瞬で怯ませる……)

老師「まだやるか」

少女「く……そ……!! おぼえてろよ!!」ダダダッ

老師「あのようなお嬢さんが盗みに手を染めるとは、嘆かわしい世の中になったものだな」

青年「あの、師匠」

老師「どうした。スリにすら気が付けなかった間抜けよ」

青年「それは、面目ありません。修行が足りませんでした」

老師「熊を倒したからと調子に乗るでないわ」

青年「はぁ……。それはそうと、先ほどの威圧は見事でした。何故、大男には使わなかったのですか」

老師「拳とは何のために使うのか、見極めなくてはならん。それだけだ」

青年(深い言葉だ。俺にはまだ理解すらできない)

―麓の村―

老師「さて、飯も食ったし、弟子探しを再開するか」

青年「師匠、道場の女性は……」

老師「あれはどうでもよい。才能の欠片も感じられんかった」

青年「100年に一人の逸材だったのでは?」

老師「お前を試しただけのことよ。ワシの言葉を真に受けよって。迂闊者が」

青年「は、はっ! そんな考えがあったとは!! もうしわけありません!!」

老師「まだまだ青いな」

青年「師匠に言われたら、形無しです」

老師「ふむ……」

女性「遅いなぁ」

老師「あの者に眠る、才の光、この目に見たり」

青年「あの女性ですか」

老師「見ておれ」

青年「はい。勉強させていただきます」

老師「そこの者よ」

女性「はい?」

老師「我が拳に興味はないか」

女性「なに、このジジイ」

老師「まぁ、見ていなさい。このレンガを木端微塵にしてみせよう」

女性「頭、イッてるの?」

老師「破っ!!!」

ドォォォォン!!!

女性「……!?」

老師「ふぅ……。どうだ。この拳、おぬしなら、極められる」

男性「よぉ、待たせたか」

女性「あ、ちょっと、見てよ、あれ」

男性「ん? あ!? おい!! 俺んちのレンガになにしてんだこらぁ!!!」

老師「あ、あ、あなたのでしたか……これはすみません……。あ、あの熊の手とか、ありますけど、それでいいでしょうか……えへへ……」

男性「よくねえよ!!! ジジイ!!」バキッ

老師「……」

青年「ダメでしたか」

老師「帰る」

青年「え? しかし、まだ日没までにはかなりの時間があります。もう半刻程度は弟子探しをしてもいいのでは」

老師「おうちかえる!」

青年「師匠……」

老師「この村には、おらんようだ。我が、後継者に相応しい器を持つものは」

青年「そうですか。残念です」

老師「戻るぞ」

青年「はい」

老師(つまらんなぁ。山から下りるんじゃなかった)

青年「ん? 師匠!!」

老師「どうした?」

青年「先ほどの女の子が!!」

老師「道場の女子ならもういいぞ! ほら、帰るぞ! はやくこい!」

青年「違います!! スリをした女の子です!!」

老師「それがどうしたっていうの」

少女「うぅ……ぅ……」

青年「路地裏に倒れています!!」

老師「あら、まぁ、いいんじゃないか。ほっといても。悪人だし」

青年「そういうわけにもいきません!! おい、どうしたんだ!!」ダダダッ

老師「あぁ、もう、おまえさん、暑苦しすぎ」

少女「くっ……うぅ……」

青年「殴られたようなあとが……。なんて酷い……」

老師「どーせ、怖い男から財布盗もうとして失敗したんじゃろう。自業自得じゃい」

青年「そうかもしれませんが」

少女「いっ……う……」

青年「近くの医者に見せましょう」

老師「お金ないからみてくれんぞ」

青年「熊の手を売ればいいでしょう! 師匠、お願いします!!」

―診療所―

少女「すぅ……すぅ……」

医者「治療は終わりました。しばらくは絶対安静でお願いします」

青年「よかった」

医者「それにしても、こんな年端もいかない女の子をここまで殴れる人間がいるとは……」

青年「そんなにひどかったのですか」

医者「顔だけでなく、腹や胸にも大きな痣がありました。一歩間違えば致命傷になっていたかもしれません」

医者「貴方達に見つけられて、この子は一命をとりとめた様なものです」

老師「どうだ。ワシの拳、極めてみる気はないか」

看護師「私は医学を極めたいので」

老師「二足の草鞋でよかろう」

看護師「おじいさん、あまりおかしなことをいうと、空気を注射しますよ」

老師「やってみるがよい。おぬしではワシに指一本触れることはできん。そして、ワシはおぬしに触りたい放題だ」

青年「師匠、少しよろしいですか」

老師「あとにせい。今は、勧誘の最中だ」

青年「師匠。大事なことなのです」

老師「なんじゃい」

青年「この女の子の親を探しましょう」

老師「勝手にせい。ワシは帰るぞ」

青年「そんなことを仰らずに」

老師「そもそもそのお嬢ちゃんは犯罪者だ。ここまでする義理などどこにもなかろう」

青年「だからって、傷ついた子どもを捨て置くことはできません」

老師「甘いな。小僧。その甘さが己の拳を弱らせているとも知らずに」

青年「なんですって」

老師「それでは復讐など、果たせんわ。冷酷になれずして振るう拳は、迷い、虚うもの」

青年「……」

老師「やはり、お主では決められんかもしれんな」

青年「俺は!!! 絶対に諦めません!!!」ガシッ

老師「あ、うん、うん! そうね! だぶん、だいじょうぶじゃないか!?」ビクッ

少女「……うるさいなぁ」

青年「あ、すまない。起こしてしまったか」

少女「ここ、どこ」

老師「村の診療所じゃ。こんな辺鄙な村には病院など、ないのでの」

少女「あんたらが……」

青年「ああ」

少女「なんで……」

青年「そんなことは気にしなくていい」

老師「何も考えないバカが勝手に助けただけだからの」

少女「……」

青年「何があったんだ」

少女「お前らの所為だ」

青年「俺たちの……?」

少女「盗めなかったから、殴られた」

青年「な、に……」

少女「あんたらに因縁つけた男は、あたしの仲間。わざと因縁つけて、怪我させて、私が近づいて金品を盗むって作戦だったの」

老師「グルだったわけか。随分と回りくどいことをする」

少女「子どもに優しくされたら大概の大人は油断するからね」

老師「相手が悪かったな」

少女「全くだよ」

青年「どうしてそんな男と一緒にいるんだ。親は?」

少女「いない」

青年「いないって……」

少女「三年前に、死んだ。だから、こうやって生きてる」

青年「……」

老師「親はなくとも立派に働いておるのか。感心、感心」

青年「もっと、真っ当に生きられるはずだ」

少女「うるせえよ。だったら、家と金と食い物をくれよ。あと、書くものと教科書。ほら、渡してよ」

青年「……」

少女「出来もしないこと、言うな。偽善者が」

老師「こやつは一人でも生きていける力があるようだ。ほれ、ワシらが気に掛けるまでもなかったな。いい加減、戻るぞ」

青年「師匠!!」

老師「ダメだ!!」

青年「まだ何も言っていません!!」

老師「言わなくても分かるわい。このお嬢さんを弟子入りさせてくださいと、いうつもりだったろ!!」

青年「嬉しいです。俺の事、理解してくれているなんて」

老師「あー、そういうじゃないの。おぬしみたいな単細胞の考えなんて、すぐにわかるってだけなのっ」

青年「この子はまだやり直せるはずです。だから……」

老師「嫌じゃ。ワシが弟子としてほしいのは、もっとこう、女の子の体をした女の子がいいのじゃ。わかる? こんな上から下まで抵抗も凹凸もない小娘なぞ、弟子にはせん」

青年「何故ですか。武道とは心技体を鍛えるものです。この子を立派な淑女にすることもできるはずです」

老師「バカモノ! 体の出来上がっていない子どもに武道などさせてみろ!! すぐに怪我をするぞ!!」

青年「準備運動を怠らなければ問題ありません!!」

老師「そういう問題じゃないわい!!」

青年「どういう問題なんですか!?」

少女「もういいから、騒がないでよ。うるさい」

老師「喝!!! 貴様の所為で騒いでおるのだろうが!! 身の程をしれぇ!!」

少女「あたしは一人で生きていくから。偽善者とジジイの世話にはならない」

青年「また盗みを繰り返すつもりなのか」

少女「関係ないでしょ。構わないで」

青年「俺の親もいない」

少女「は?」

青年「目の前で、殺された。だが、まだ犯罪に手は染めていない」

少女「だから、なんだよ」

青年「君は、まだ戻れるはずなんだ」

老師「無理じゃな」

青年「師匠の修行についてきさえすれば、きっと……」

老師「だから、無理じゃって」

少女「帰って。もういいから」

青年「あの山の頂上に俺と師匠はいる。いつでも、きてくれ」

老師「こんでええぞ」

青年「それじゃ、失礼するよ」

―麓の村―

老師「勝手なことばかり言いよってからに。あのお嬢さんが本当に来てしまったらどうするつもりだ」

青年「そのときは、お願いします」

老師「かーっぺ! 言ったはずだ。ワシはあんな子どもは弟子にせんとな」

青年「師匠なら、あの子を更生できると思うのですが」

老師「子どもの世話など、この歳でしたくもないわい。お世話されなきゃいけないのは、こっちだというのに」

青年「いえ、師匠はまだまだお元気です。年齢を感じさせないというか」

老師(大体、あのお嬢さんに関わったら、口内炎が増えそうだしなぁ)

老師(結局、今日は無駄足だったの。かー、つまらん。こんなことならやっぱり山の上にいればよかったわ)

青年「そういえば、そろそろ約束の時間だ……」

老師「あの道場の娘か。無視じゃ、無視」

青年「ですが、こちらから声をかけたのですから」

老師「じゃ、行けば良い。ワシは帰るがな」

青年「分かりました。一応、会ってきます」

老師「好きにしろー」

―山中―

老師「……む!!」

老師(しまったー!! 小僧め!! あの道場の美人と今から夜の格闘技大会を開催する気ではないのか!?)

老師「ぬおぉぉ……!! おのれぇぇ……ワシのことを師匠と呼びながら……容易く蛮行に走るとは……!!」

老師「まぁ、よい。女に現を抜かすようでは、武道を極めるなど、夢のまた夢」

老師「カッカッカッカ。敗れたり、小僧!! 女狐に生気を搾り取られるが良いわ!!」

老師「……」

老師「帰って寝るかの」

熊「グルルルル……」

老師「なんじゃい、熊公。その道を開けろ」

熊「ガルルルル……」

老師「ほっほ。ワシは今、機嫌が悪い。手足をその場に捨てることになるぞい」

「ガルルルル……」

「グルルルル……」

老師「三匹も来るか。面白い。では、ワシの本気を見せてやろう……」ザッ

―麓の村―

女拳士「それは困ります」

青年「そうですよね……」

女拳士「あの道場ではお世話になってるし、今更流派を変えるわけにはいきません」

青年「いえ、自分もどれほど失礼なことを言っているのか、自覚しているので」

女拳士「貴方がこちらに来るというのは、どうでしょうか」

青年「え……」

女拳士「強そうだし、格闘技の心得もあるんですよね」

青年「そんな。人に誇れるほどの研鑽は積んでいません」

女拳士「どうですか? きっと貴方ならみんなも師範も歓迎してくれるはずです」

青年「嬉しいです。けれど、俺にも師匠がいますので」

女拳士「そう、ですか……」

青年「困らせるようなことを言って、申し訳ありませんでした。それでは、俺はここで」

女拳士「はい。さようなら……。ざんねんだなぁ……」

青年(師匠を追うか。ここから走れば追いつけるか……)

―山中―

青年「はぁ……はぁ……」

青年(これほどの速度で走っているのに、師匠の影すら見えないとは)

青年(あの老体からは測ることのできない力を宿しているのは理解していたつもりだが、まだまだ底がしれないな)

青年(早く師匠に認められたいものだ……)

青年(そのためにも今はなんとか追いつかなくては。いや、師匠なら既に山頂に戻っているかもしれ――)

「キェェェェイ!!!」

青年「なんだ!?」

「キエエエエェェ!!!!」

青年「この雄たけびは師匠か……? しかし、聞いたこともない声だ。まるで魂を燃やさんばかりだが」

「ホアァァァァ!!!」

青年「そうか。何かの特訓をしているのかもしれないな。これほどまでの気合だとすると、奥義かもしれない」

青年(師匠の奥義を見る絶好の機会だ。声をするほうへ――)

老師「キエェエエエエエ!!!!」ダダダダッ

青年「師匠!?」

老師「キエエエエエエ!!!!」ダダダダッ

青年(なんて速度の走りだ……! そういえば、聞いたことがある。武術を極めし仙人の歩く速度は常人の全力疾走をも上回る)

老師「ホアァァァア!!!!」ダダダダッ

青年(そして仙人の走る速度は、風よりも速いと。師匠のあの走りはまさしく疾風……!)

青年(師匠は、やはりすごい。俺みたいな若輩者が追いつけるわけなかったんだ)

老師「キエエエエエエ!!!!」ダダダダダッ

熊「ガルルルルル!!!!」ドドドドドッ

老師「どうじゃ!!! 熊公!! これがワシの実力じゃい!!! 追いつけるものなら追いついて――」

ヒグマ「ガァァァ!!!」

老師「キエエエエエ!! 挟み撃ちとはなんと卑劣な!!!」

ツキノワグマ「オォォォォォ!!!!」

老師「ぬぅぅぅぅ!!! だれかぁぁ!!! たすけておくれぇぇぇぇ!!!!」

熊「ガァァァァ!!!」

老師「三匹いっぺんに相手にできるわけないじゃろ!!! ぬおぉぉぉ!!!!」ダダダダダッ

熊「ガァァァァ!!!!」ドドドドドッ

―山頂―

老師「ハァ……ヒィ……オェェェ……」

老師「ハァ……ヒィ……ヒィ……オェェェ……」

老師「しぬ……しぬよ……ろうじんを……あんなにはしらしちゃ……いかんよ……」

青年「はぁ、はぁ……。師匠!! やっと追いつきました」

老師「お……ぅ……あ、み、みしゅ……みしゅを……」

青年「俺、師匠への憧れが更に強まりました」

老師「みしゅ……と、り、あへしゅ……みしゅ……」

青年「師匠はやはり、武術の神、武神と呼ばれるべき御人なのかもしれません」

老師「あ、う、ん……みしゅ……みしゅぅ……」

青年「貴方の下へ来ることができて、俺は幸せ者だと実感しました」

老師「ヒィ……ヒ……」

青年「貴方に認められるのなら、どのような苦難も越えてみせます!! 師匠!!」

老師「ひ……ぃ……」

青年「師匠? どうしたのですか? 師匠!? ししょー!!」

―小屋―

老師「全く!! 水をもってこいと何度もいっただろうが!!!」

青年「すみません。聞こえませんでした」

老師「ワシが死んだら困るだろ!!」バンバンッ

青年「猛省、しております。ですが、俺は師匠の能力をこの目で見て、とても感動したのです。だから」

老師「だから、とか、しかし、とか! 言い訳ばっかりだな!! 最近の若いもんはそういうところがあるぞ!!」

青年「すみません……」

老師「すみませんって言えばなんとかなると思ってるところもいかんと思うぞ!!!」バンバンッ

青年「師匠、そんなに床を叩かないでください」

老師「何をワシに注意しとるんだ!! 怒ってるのはワシなのっ!!」

青年「うっ……」

老師「もういい!! ねるっ!! 今日は散々だわい!!」

青年「あの、今日の特訓は……」

老師「ないっ!!」

青年「はぁ……」

―翌日 山頂―

老師「うーむ……」

青年「……」

青年(師匠が精神統一をしている……。邪魔はしないでおこう)

老師「うーむ……」

老師(やっぱり、昨日怪我した場所、大きい口内炎になりそう……。やだなぁ……鬱陶しいんだよなぁ、あの痛み……)

老師「はぁ……」

青年(む……。達人になれば想像を働かせることで、頭の中で組手ができると聞くが、師匠は今、まさにそれを行っているのだろうか)

老師「なんじゃい。ワシに何か用か」

青年「すみません。気を乱してしまいましたか」

老師「用件を言え」

青年「はい。今日は麓の村まで行かないのですか」

老師「連日は疲れるから行かん。おぬしは行きたいのか」

青年「あの女の子が気になるのです」

老師「スリのお嬢さんかい? あんな子どもが好きなのか。ワシとは趣味があわんのぉ」

青年「あの子は俺と同じなんです。親を亡くし、たった一人で生きている」

老師「だから、放ってはおけんとな」

青年「心配なんです」

老師「ワシは関係ない。おぬしが気になるというなら、自分の目と足を使って確かめてくることだな」

青年「師匠は気にならないのですか」

老師「ならんな。今日の晩御飯以上に気にならん」

青年「師匠も弟子を探すという目的があるではないですか。共に行きましょう」

老師「弟子探しなど、週に1回やればよい」

青年「それでは俺の修行がいつまでたっても始まらないのでは?」

老師「そうだな」

青年「……」

老師「に、にらんだって、ワシの心は変わらんぞ……ぜったいに、か、かわらんぞぉ……」

青年「師匠!!!」

老師「うん、い、いっしょにいくよぉ、冗談、ジジイの戯言だからぁ」

青年「そうですね。俺が間違っていました。師匠の手を煩わせるまでもないことでした。では、行ってまいります」

老師「喝!!!」

青年「……!!」

老師「若いの。いつになったら、孵化できる」

青年「なんですか」

老師「大局が見えずして、武の頂は見えず」

青年「どういう意味でしょうか」

老師「あのお嬢さんに関われば、その裏におる賊共と一戦交えることになるであろう。お前はその賊をたった一人で殲滅するつもりか」

青年「そ、それは……」

老師「相手は両手足の指だけでは足らんほどの人数だろうて。俄かの小僧が拳を突きつけて、五体満足でいられるか。答えは、否」

老師「貴様はただ、哀れな子どもを助けたいと考えているようだが、助けた後をも思考せよ」

老師「ここに賊共が襲撃してきたら、どうする。ワシとお嬢さんが犠牲になる。是非もないことよな」

青年「くっ……。俺が浅はかでした……」

老師「分かれば良い。薪を割って来い」

青年「……はい」

老師(危なかったぁ。ふぃー。あんな大男みたいな奴らと関わりたくもないわい)

青年「ふっ!!」パカッ

青年(師匠の言う通りだ。俺があの子をここへ連れてきたとしても、あの男たちが見逃すとは思えない)

青年(あの子を危険な目に遭わせてしまうだけだ……。それでは意味がない)

青年「ん?」

青年(いや、まて……違う……。何故、俺は言いくるめられてしまったんだ……)

青年「師匠!!!」

老師「な、なに? 急に大声出すな」ビクッ

青年「俺と師匠であの子を守ればいいだけではないですか!?」

老師「はぅ!? そこに気が付いたか!!!」

青年「そういうことですか。俺をまた試したのですね。師匠」

老師「あの、いやぁ、ヤバい連中なのは目に見えてるし、やめておいたほうがいいぞぉ」

青年「守りましょう。俺たちの手で。あの子を」

老師「だからぁ」

青年「師匠!!!」ガシッ

老師「お、おう!! ま、まもろう!! まもるとも!!」ビクッ

―麓の村―

青年「店にはいないか……」

老師「どこにもおらんて」

青年「同じ場所で同じことをしている、わけはありませんね」

老師「もういいじゃろ。かえろー」

青年「まだです。あの子はまだ、この村であの男たちと生活しているはずです」

老師「星の巡りが悪かったと思って、諦めい」

青年「まだ半刻も経ってはいませんから」

老師「みつからんぞー。おぬしではみつからんぞー」

青年「呪いをかけるとは……。師匠の試練は多種多様ですね」

老師「おぬし、なんか前向きだな」

青年「師匠。あの店を見てください」

老師「むむ……」

女店員「いらっしゃいませー」

老師「ほほお。あれは才ある者とみた。勧誘してくる」

青年「待ってください」グイッ

老師「いたぁい!! 強く握るなぁ!! 骨折したらどうするんだ!!」

青年「静かに。あの奥のテーブルを見てください」

老師「んー?」


少女「……」


老師「あちゃー……見つけてしもうたか……」

青年「あの大男もいます」

老師「むぅ……」

青年「まだつるんでいるようですね。行きましょう」

老師「無策で行くな、馬鹿者」

青年「しかし、手をこまねいている状況ではありません」

老師「一度、顔を見られておるのだぞ。逃げられたらどうする」

青年「そう、ですね。では、どのしましょうか」

老師「ワシに名案がある」

ちょっと訂正

>>46
老師「やはり、お主では決められんかもしれんな」→老師「やはり、お主では極められんな」


>>76
青年「そう、ですね。では、どのしましょうか」→青年「そう、ですね。では、どうしましょうか」

大男「おらぁ!! 箸の音がうるせえんだよぉ!! メシが不味くなっただろうがぁ!!!」

客「ひぃぃ……な、なにを……」

大男「出すもの出してもらおうかぁ。あぁん?」

客「だ、出すものって……」

大男「慰謝料だよ。有り金全部、よこしやがれ!!」

客「そ、そんなぁ……ゆ、ゆるしてくださいぃ……」

大男「うるせえ!!!」バキッ!!!

客「ぎゃぁ!? あ……がぁ……」

大男「これぐらいにしといてやるぜ」

客「う……ぅぅ……」

少女「おじさん、大丈夫ですか?」

客「あ……? あぁ……」

少女「これで血を――」

老師「ほっほ。またスリでもするのか、お嬢さんや」キリッ

少女「な……!?」

客「え……? す、り……」

老師「愛らしい見た目に騙されるでないぞ。この娘は、手癖がどうにも悪いみたいでの。人様の財産に手を出すようだ」

少女「なんで、また邪魔をするんだ……」

老師「傷も癒えていない状態で、よくこんな真似ができるものだ。感心するわい」

少女「今度は……今度はちゃんとしなきゃ……ころ……るんだ……」

老師「はいぃ? なんといったかのぉ。最近、耳が遠くてのぉ」

少女「どけよ!!! クソジジイ!!!」

老師「甘いのぉ。――ふんっ!!」ドンッ

少女「がっ……!?」

老師「女子供に、ワシは負けん」

老師「食事の邪魔をしたな。それでは」

客「あ、あの」

老師「なに、ただのおいぼれじゃ。礼はいらん。ほっほ」

客「あ……いや……」

客(あの大男のときに割ってはいてくれたら、殴られずにすんだのになぁ……)

老師「作戦、大成功だな」

青年「あの客が可哀想でしたが」

老師「これもおぬしの目的を達成するためだ。多少の犠牲はやむなし」

青年「そういうものでしょうか」

老師「ほれ、寝ているお嬢さんはおぬしが背負え」

青年「はい」

少女「……」

老師「では、行くぞ。彼奴等に見つかる前にな」

青年「分かりました」

老師(ククク。バカ弟子め。重りを背負わせられたことにも気づいていないようだな。これで万が一のときは、ワシだけが逃げおおせるという戦法だ!)

青年(お嬢さんはおぬしが背負え、か。きっと師匠はこの子の運命をも背負えという意味で言ったのだろう。そうだな。この子は俺が守らなければ……。でも、師匠なら俺と共に守ってくれるはずだ)

老師「はよこい。子ども一人を背負っているからと、甘えは許さんぞ」

青年「はい!!」

老師「これも修行。このまま山の頂まで、逃げ、いや、走るぞ!!」

青年「望むところです!! 師匠!!」

―山頂 小屋―

少女「ん……」

少女(ここは……どこ……?)

少女(あたしは……確か……あのクソジジイに……なぐられて……)

少女「そうだ!!」ガバッ

老師「うお!? びっくりしたぁ!!」

少女「お……いた……ぃ……」

老師「急に動くやつがあるか。昨日、あれだけの怪我を負っていたのだぞ。全身に激痛が走っているはず」

少女「くっ……ここは……診療所じゃないみたいだけど……」

老師「ワシの家だ」

少女「誘拐して、なにするつもり?」

老師「生憎、子どもには興味はなくてのぉ」

少女「大人はみんなそういうんだよ」

老師「ジジイもそう言っていた奴が多かったか?」

少女「え……いや、ジジイは……お前が初めてだけど……」

老師「うむ。ならばワシが最初の例となるな」

少女「何か、したんだろ。服を脱がせたりとか……」

老師「脱がしておらんわ」

少女「胸とか、触っただろ」

老師「どこが胸かの? 最近、目も悪くなったようだ。おぬしの胸がどこなのか、ぜーぜんわからん」

少女「このやろう!!」ガバッ

老師「喝っ!!!!」

少女「つっ……!?」ビクッ

老師「寝ておれ。馬鹿者が」

少女「ここ、昨日言ってた山の上なの」

老師「左様。おぬしをここまで運んだのだぞ。バカ弟子がな」

少女「目的は?」

老師「立派な大人にさせると息巻いておったが、真意はしらん」

少女「はんっ。本当に偽善者だね、あの男……」

老師「奴にとっては真の善かもしれんがな。いやはや、ホント、はた迷惑よ」

少女「偽善者は、どこにいるの?」

老師「山の中に入っていったわ。おぬしに精の付くものを用意したいといっておったな」

少女「なんか、食わせてくれるわけ」

老師「猪鍋か熊鍋か、はたまた山菜鍋か。それはわからん」

少女「食わせてはくれるんだ」

老師「して、おぬしはどうする?」

少女「どうするって……」

老師「見たところ、こんな場所で畏まっていられるような性格はしておらんようだし、山を下り、また悪事に身を窶すか」

少女「どうしようとあたしの勝手でしょ」

老師「まぁ、ワシにとっては明日の天気よりもどうでもいいことよ。おぬしの人生なんてな」

少女「ふんっ」

老師「動けるようになったら、好きにするといい。ワシ、個人の願いとしてはすぐにでも仲間の下へ戻ってほしいんだがな」

少女「仲間ね……」

老師(じゃないと、ワシ、狙われちゃうかもしれない)

少女(仲間……あんな奴らが、仲間か……笑っちゃうわね……)

―二日後 山頂―

少女「……」グゥ~

老師「はふっ! はふっ、はふっ!」

少女「おい、ジジイ」

老師「なんだ、お嬢さんや」

少女「あれから、もう二日ぐらい経ってない?」

老師「そんなに経つか。歳をとると時間が過ぎるのが早く感じるの」

少女「いい加減、ハラへったし、体だって洗いたいんだけど……」

老師「言ったはずだ。好きにすればいいと」

少女「なんだよ! 勝手に連れてきておいて、そりゃないだろ!!」

老師「勘違いするな、小娘」

少女「うっ……!?」

少女(な、なんで、こんな怖いんだ……ただのジジイのくせに……)

老師「お前の面倒はバカ弟子が見る。ワシは一切の手助けはせん」

少女「あのバカ弟子はまだ帰ってこないの?」

老師「山の中でのたれ死んだかもれんな」

少女「弟子だろ。探したりしないのかよ」

老師「おぬしの食料を取りに行ったのはあやつの自己責任。ワシが探す義理などない」

少女「ホント、クソジジイだね……」

老師「ほっほ」

老師(熊三匹に襲われたら、誰だって山が怖くなるわい)

少女「あぁ……おなかすいた……体、きもちわるいぃ……」

老師「小屋の裏に水浴び場があるぞ。勝手に浴びて来い」

少女「……覗く気だろ」

老師「子どもの裸など見ても、うれしくないわい」

少女「子ども子どもってなぁ、あたしはもう12歳だぞ」

老師「あっそ」

少女「もー、くっそはらたつぜ!!」

青年「はぁ……はぁ……ただいま……もどりました……はぁ……」

老師「おかえり。遅かったな」

少女「お、おい、何と戦ったらそんなにボロボロになれるんだよ」

青年「すまない。君にどうしても熊鍋を食べさせてあげたかったんだ……。あと、君に服を買おうと思って……熊の手もいくつは手に入れておきたかった……」

老師「いくつか、とな?」

青年「熊を二匹、この手で仕留めました」

老師「ほぉ……。そうかそうか」

老師(うっそだろ!? おいおい!! こやつ、めきめき上達してないか!? えぇえ!? ワシ、越えられちゃう!?)

少女「なにもそこまで……」グゥ~

少女「あぅ……」

青年「すぐ、作る。少しだけ、待っていてくれ」

少女「お、おう……」

老師「そんな無様な姿で何ができる。外で寝ておれ」

青年「しかし、俺が作らなねば……」

老師「この肉はワシが食す」

少女「何言ってんだよ、ジジイ!! ふざけんな!! だいたいさっき食っただろうが!!」

老師「はて? そうじゃったかのう。最近、忘れっぽくてな」

老師「ふむ。うまそうじゃい」グツグツ

少女「このやろう……」

老師「むぅ……。しかし、不思議だな。まるで食欲がわいてこんわ」

少女「そりゃそうだろ」

老師「ちょっと、運動でもしてくるかの。娘よ」

少女「なんだよ……」

老師「よいか。その鍋には絶対に手をつけるでないぞ。ワシはこれからしばらくここを空けるが、決してその鍋を食うでない」

少女「……」

老師「もし食べれば、どうなるかわかるな」

少女「どうなるんだよ」

老師「ワシの拳が貴様に刺さることになる」

少女「ふーん。ジジイの拳なんて全然痛くないし」

老師「その拳で気絶し、間抜けにも連れ去られたのはどこのどいつだったかな」

少女「さっさといけよ!!!」

老師「言われんでもそうする」

老師「ちょっと走り込みでもするか」

青年「師匠……」

老師「どうした」

青年「全部、聞こえていました。ありがとうございます」

老師「何故礼を言う」

青年「やはり、貴方は素晴らしい御人です。俺、一生ついて行こうと思います」

老師「ふんっ。気持ち悪いのぉ」

青年「少しだけ休みます」

老師「そのまま起きてこなくていいぞ」

青年「ふふ……感謝します……師匠……」

青年(面倒など見ないと豪語しながらもあの子に鍋を振る舞ってくれた……)

青年(師匠……本当に……ありが……とう、ございます……)

青年「すぅ……すぅ……」

老師「良い寝顔になりおってからに。さて、いくかの」

老師(腹を減らして熊鍋といくかー!)

―山頂―

老師「ふぃー。しゅーりょー。さて、これだけ運動すれば鍋も格別だろうて」

老師「かえったぞい」

少女「はむっ。ん? おふぁえり」

老師「……」

少女「ん?」モグモグ

老師「喝っ!!!」ドゴォ!!!!

少女「ごっほ!?」

老師「他人の飯に手を付けるとは、言語道断!! 外道の極みなり!!」

少女「な、なんだよ! これ、あたしのために作ってくれたんじゃないのかよ!?」

老師「誰がお前みたいなガキンチョのためにつくるかー!!」

少女「ちょっと優しいとか思ったあたしがバカだったぜ……」

老師「なんだ、その反抗的な態度は。ワシとやるというか」

少女「そう何度も、ジジイに負けるわけないだろ。あたしだってなぁ、荒っぽい世界で生きてきたんだ。三年間だけ」

老師「ワシはこの頂にて50年の時を過ごした。年期の圧倒的な差を身をもって知るがよい、小娘」ザッ

青年「ん……」

青年(星空が綺麗だ……。かなり、眠っていたようだな……)

青年「そろそろ、起きなければ……。今日も師匠の特訓は受けられそうにないな……」

「かーっつ!!!!」

青年「……!?」ビクッ

少女「わぁぁぁー!!」

青年「だ、大丈夫か!?」

少女「くそ……くそ……」

老師「カッカッカッカ。これで何敗目か数えておるか、小娘よ」

少女「しるかぁぁ!!!」ダダダッ

老師「せいやぁ!!!」ドンッ!!!

少女「がっ……ぁ……!?」

老師「これで101敗目よ」

少女「く……うぅぅ……うぅぅぅ……」ウルウル

老師「カッカッカッカ。弱い!! 弱いな!! いや、ワシが強すぎるだけか! フハハハハハ!!」

青年「師匠!!!」

老師「うぉ!? お、おきたの?」

青年「何故、何故、ですか!!!」

老師「ひぃ、な、なにがだよぉ」ビクッ

少女「お、おまえ……あたしのためにおこって……」

青年「何故、この子と特訓をしているのですか!! 俺は2か月以上も待ったなのに!! 何故、この子の方が先なのです!!!」

少女「は?」

青年「納得できません!!! 師匠!!!! ししょぉぉぉ!!!」ガシッ

老師「あ、いや、ちがうの! そうじゃないの! ごかいなの!!」プルプル

青年「俺に才能がないというのは自覚しています!! あなたからの試練ならばどんなことでも耐える覚悟もしていました!!! ですが、ですが、この仕打ちはあんまりです!!! 師匠!!!」ググッ

老師「肩と両手に力はいってるから! ちょっと落ち着こうか!!」プルプル

青年「師匠……!! これではこれでは、同志で高め合うことなど、俺はできないと思います!!! 師匠はどう思いますか!!!」

老師「うん!! そうだね! 無理だね!!」

青年「平等に特訓を!!! お願いします!!! 師匠!!!!」

少女(変なところにきちゃったな……)

―都会 某所―

大男「すみません。どこを探してもあのガキがいなくて……」

「……」

大男「変なジジイと若い男が連れ去ったっていう情報は手にいれ――」

「ならば、何故そのガキの死体がここにないんだ」

大男「へ……」

「俺たちへの義を破った者は、誰であろうと断罪する」

大男「そ、そりゃあ、わかってますよ……へへへ……」

「三日だ」

大男「は、はい?」

「三日以内にここへガキを連れて来い。出なければ、俺たちの義を反故にしたとして、貴様を断罪する」

大男「そ、そりゃあねえよ!!」

「今すぐ、断罪してもいいんだが」

大男「あ……くっ……。三日、三日あれば……絶対に見つけてみせます……!!」

「頼むぞ」

―山頂 小屋―

少女「んぅ……すぅ……すぅ……」

老師「喝!!!」

少女「わぁ!?」

老師「何時だと思うてか!!!」

少女「な、なに……? なんなの……」

老師「はよおきんか」グイッ

少女「ちょ、ちょっと、なにすんだよ!」

老師「昨日、言っただろうが。今日から、修行をするとな」

少女「修行って、クソジジイのバカ弟子が勝手に言ったことでしょ」

老師「黙れ。貴様も同様に鍛えねば、バカ弟子が怒るのでな」

少女「怒らせておけば?」

老師「あいつ、こわいんだもん! なんか、人殺しの目をしてるんだもん!」

少女「知らないし、弟子なんだろ」

老師「いいからこんかい! それとお前はバカ弟子二号だからな!!」

少女「なんであたしまで弟子なんだよ。しかもバカ呼ばわりすんなよ」

老師「グダグダ言うでないわ」

青年「師匠、おはようございます!」

老師「うむ。おはよう」

青年「おはよう! よく眠れたかい?」

少女「うぇ……朝から暑苦しい……」

青年「さぁ、師匠!! 今日から遂に始まるのですね!! 師匠による修行が!!」

老師「心の底から不本意ではあるがの。まぁ、弟子も二人になったことだし、やろうかのぉ。ホント、やる気とかないんだけど」

青年「ありがたき幸せです!!」

少女「やる気ないって冗談っぽくないけど」

老師「二人にはワシがこれまでにやってきたことをやってもらおうと思う」

老師「ワシがこの頂にきて、最初にやったことは何か、わかるか?」

青年「わかりません!」

少女「興味ない」

老師「喝!! もっと考えんかい!!! なんかワシが惨めだろ!! なんでもいいから答えんか!!!」

不本意だけどなんだかんだ動かざるを得ない糞メンタル老師すき

青年「武道の基本はやはり体力づくりでしょうか。体は資本となるものですし」

老師「うむ。その通りだ。ワシがここへ来て真っ先に強化したもの、それは体力にあり」

少女「フツーじゃん」

青年「その普通がちゃんとできていなければ、良い武道家にはなれないよ」

少女「あたし、武道家になる気はないんだけど」

青年「大丈夫。師匠なら、君を立派な武道家にしてくれるはずだ」

少女「なりたくないっていってんだろ!」

青年「君が俺に放った蹴りは見事だった。才能は確実にあるんだから、目指さないのは宝の持ち腐れだ」

少女「才能……? あるのか?」

青年「ありますよね、師匠」

老師「才能とは、己で磨くもの。磨かなければ石は輝かん」

青年「師匠もこういっている。君の中に眠る才能を目覚めさせるべきなんだ」

少女「ないとおもうんだけどなぁ……」

老師「まずは麓から頂まで走って2往復してもらおうかの」

少女「はぁ!? 無理に決まってるだろ!?」

老師「無理? ほっほ。ワシにも出来たことだぞ。おぬしにできんわけがない」

少女「ジジイの基準で言うなよ! あたしは女だし、無理だ」

老師「喝っ!!!」

少女「ひっ」ビクッ

老師「女子供には、容赦はせん!! 情けもかけん!! ここに来た以上、弱音は許さん!!!」

少女「な、なんで……ここに居るのはあたしの意志じゃないのに……」

青年「心配しなくてもきつくなったら言えばいい。師匠だって鬼ではないはずだ」

少女「ホント? 全く信用できないんだけど」

青年「とにかくやろう。最初から無理と言ってしまえば、自分の可能性はそこで終わってしまう」

青年「まずはやってみることが大事なんだ」

少女「そういうの一番嫌いなんだけど」

老師「ワシも」

青年「さぁ、始めよう。急がないと、昼飯に間に合わなくなる」

少女「ホンキなの!?」

老師「はよ行け」

老師「ワシも」で笑った

―山道 下り―

青年「下りはそこまできつくないだろ」

少女「いや、結構疲れたんだけど……」

青年「でも、まだ元気そうだ」

少女「これをまた登ると思うと……。というか、あたしをおぶってくれたら解決しない?」

青年「それでは俺が師匠に怒られてしまう。それに君のためにもならない」

少女「あたしのためとか……。知ってる? 人の為の善って書くと偽善になるって」

青年「なんだって……」

少女「図星つかれて腹がたった? ふん、言ったでしょ。あたしはアンタみたいな偽善者が大嫌いって――」

青年「目から鱗だよ!! 確かに人と書き、為と善を並べれば、偽善になる……!! 言葉の奥深さを垣間見た気がした」

青年「君は物事を多角的に捉えることにも長けているのかもしれないな。相手の動き、技を盗むことも訓練次第でできるようになるよ」

少女「え……いや、結構、有名な話だと思うんですけど……」

青年「君という同志に出会えて、俺は感動している。共に高みを目指そう」

少女「あ、うん」

青年「さぁ、麓まで行くぞ!!」ダダダッ

―山道 上り―

青年「どうしたんだ! 遅れているぞ!!」

少女「ハァ……ハァ……も、う……こんなの走れるわけ……ないだろ……」

青年「上りはやはりまだ体力的に無茶だったか」

少女「下ってる最中で、もう足腰に……かなり……きてた、けど……ハァ……ハァ……」

青年「まだ三分の一ほどしか登っていないし、休憩するには早いような気も……」

少女「一人で登れば……? あた、しは……ここで休む……し……」

青年「そうか。では、先に行ってるよ」

少女「お、おう……」

青年「ふっ!」ダダダッ

少女「ハァ……ハァ……」

少女「って……このままなら、村のほうへも行けるなぁ……」

少女(攫われて、理不尽に殴られて、勝手に修行に付き合わされて……なにやってんだろ、あたし……)

少女(馬鹿らしいし、このまま逃げようかな……)

少女(それもいいよね)

―山頂―

青年「よし!! 1往復め!!」

老師「はやいのぉ。お前、別に修行の必要ないな」

青年「そんなことはありません!! では、2往復目に行ってきます!!」

老師「待て」

青年「はっ。なんでしょうか」

老師「小娘はどうした」

青年「体力の限界が早々に来たようで、今は下方で休んでいると思います」

老師「そうか、そうか。予想よりもすこーしはやかったのぉ」

青年「早いとは?」

老師「戻ってみるといい。小娘はもうおらんだろうて」

青年「そんなわけありません」

老師「自分の目で確かめてこい」

青年「……はい」ダダダッ

老師(常人ならば逃げ出すわな。ワシだっていきなりこんな修行をしろと言われたら、逃げるし)

―山道―

少女「んー、やっぱ山暮らしなんてあたしには似合わなよなぁ。食うものも限られてるし」

少女「やっぱ、山よりも都会のほうに行って、いい仕事を探せばいいじゃんか」

少女「あたしって、結構可愛いし、悩殺すれば男なんかイチコロだもんねぇ」

少女「……」

少女(熊鍋は、まぁ、割と美味しかったけど……)

少女「いやいや、あんなクッソジジイと暑苦しいだけの男なんかと一緒に生活したくないっつーの」

少女「でも……」

少女(戻って、あいつらに見つかったら何をされるんだろう……今度はきっと……)

少女(まずは暫く身を隠したほうがいいだろうけど、アテなんてないし……)

ガサガサガサ……

少女「なに?」

熊「……」

少女「……」

熊「グルルル……」

あっ…

青年「ふぅ……ふぅ……!」ダダダッ

青年「確かこの辺りだったはずだが……」

青年「おーい!!」

青年「いない……。そうか! おーい!! どこで用を足しているんだー!!!」

青年「恥ずかしがることはない!! 返事をしてくれー!!!」

青年「……」

青年(返答がない……。まさか、本当に逃げ出してしまったのか……)

青年(どうしても悪の道でしか生きられないというのか。そんなこと、ないのに……)

青年「二往復、済ませよう」

「イヤァァァァ!!!!」

青年「悲鳴……! どこから……」

少女「やだ!! やだ!! やだぁぁぁぁ!!!」ダダダダッ

青年「あんな獣道を疾走している……!」

青年(くっ……。なるほど、そういうことだったのか……。このような登山道では嫌で、自ら茨の道を選択したのか……。師匠の想像をも超えるほど、彼女の意識は高かったということか……。俺も負けてはいられない!)

青年「一度、麓までいき、そして獣道で頂を目指すぞ!!!」ダダダッ

―山道 獣道―

少女「いやぁぁぁ!!」

熊「ガァァァァ!!!」ドドドドッ

少女(しぬ! こんなのしぬ!! やだ!! たべられたくない!! いや!! やだ!! いやいやいや!! しにたくないぃ!!!)

少女「あっ!?」ガッ

少女「きゃふ!?」ズサァァァ

熊「ガルルルル……」

少女「あ……いや……やめて……」

熊「グルルル」

少女「おねがい……た、たべないで……こないで……」

熊「……」

少女「やめ……て……」

熊「ガァァァァ!!!」

少女「ひぃ……!」

老師「――ふんっ!!!」ドゴォ!!!

少女「え……」

熊「グル……ゥ……ゥ……」

老師「ほっほ。連日、熊の手に困らんとは、なんとも重畳よなぁ」

少女「うそ……熊を……素手で……」

老師(この熊、右足を左前足を骨折しておるし、ところどころ生傷もあるのぉ。熊同士で争いでもしたか。まぁ、弱っていたから倒すのも楽だったわい。ワシの日頃の行いが良いからだな)

老師「カッカッカッカ。んぅ?」

少女「……」

老師「どうした、小娘よ。逃げ出したのではなかったのか」

少女「あ……あ……」

老師「てっきり逃げ出したかと思うたが、まさか獣道を登っていたとはな」

少女「あ、あり……が……」

青年「師匠!!!」ダダダッ

老師「なんじゃおぬしまで。この道は正規の登山道ではなく、上級者用だぞ」

青年「はぁ……はぁ……。いえ、この子がより厳しい道を自ら選んだことを知り、俺もこうして悪路を選んだのです。正規の登山道を往復するだけでは彼女と俺との差が広まるばかりですから」

老師(うむむ……! この道で往復するとか、どんだけ根性あるんだ……。ワシより才能があって、ワシより努力されたら……いつか弟子に殺されてしまうぞ……どうしよう……)

訂正

>>112
老師(この熊、右足を左前足を骨折しておるし、ところどころ生傷もあるのぉ。熊同士で争いでもしたか。まぁ、弱っていたから倒すのも楽だったわい。ワシの日頃の行いが良いからだな)

老師(この熊、右後ろ足と左前足を骨折しておるし、ところどころ生傷もあるのぉ。熊同士で争いでもしたか。まぁ、弱っていたから倒すのも楽だったわい。ワシの日頃の行いが良いからだな)

青年「おぉ! 師匠、この熊を倒したのですか!」

老師「うむ。一撃でな。我が拳は、一撃必殺なり」

青年「見てみたかった……! 俺なんて、二匹の熊を倒すのに二日もかかってしまったというのに……!!」

老師「まだまだじゃな。さて、正規の登山道で頂まで行くぞ」

青年「いえ! 俺はこの獣道で戻ります!!」

老師「喝!!!」

青年「……!?」

老師「貴様がこの上級者用を使うなど20年、いや、30年は早いわぁ!!! 初心者用を極めずして、上級者用で鍛えるなど片腹痛し!!!」

老師「その心が驕りを生み、そして惰性と惰弱を呼ぶ!!!」

青年「はっ……! 確かに、基礎を完璧にしてこその武道……。いきなり茨の道を進んでも、きっとどこかで茨を踏み、自滅する……」

老師「おぬしの目的は、なんだ」

青年「強くなり、復讐を果たす」

老師「その執念は焦りに変わっておる。焦りは何も身にならんことを肝に銘じておけ」

青年「はい。申し訳ありませんでした。師匠」

少女(このジジイ……本当に強い……。昨日、殴られたけど、全然力とかいれてなかったんだ……。もし、熊も一撃で倒せるほどの力で殴られていたら、あたし絶対に死んでるもんね……)

この凸凹師弟が信頼関係を築ける日が来るのだろうか
青年は(一方的に)信頼してるけど

―山頂―

青年「よし。これで早朝の特訓は終了ですね」

老師「そうだな」

老師(簡単にやり遂げられたら、ワシの苦労がなんだったのかわからんなぁ。休憩なしの二往復ができるようになるまで1年半はかかったというに)

青年「朝の特訓は何をするのでしょうか」

老師「早朝と朝は別なのか」

青年「普通は早朝、朝、正午、午後、夕方、夜、深夜で特訓項目が違うはずですが」

老師(こやつ、脳みそが筋肉に支配されておるようだのぉ。こわいわぁ。どうにかして特訓を減らせないものか)

少女「……あの」

老師「どうした、小娘」

少女「あたし、まだ一往復しかできてないんだけど」

老師「なんじゃい。もう一往復したいのか」

少女「い、一応、それが特訓なんだろ……」

老師「一人で行くのは危険だな。山中には熊だけでなく、虎も出る。バカ弟子。ついて行ってやれ」

青年「はっ」

少女「なんか、ごめん。折角、早めに終わったのに」

青年「気にすることはないよ。同じ武術を習う同志だ。苦楽を共にするのもまた修行だ」

少女「そういうものなのね」

青年「行こうか。君のペースに合わせるよ」

少女「うん……」

老師「気を付けてのぉ」

老師(ふむ。これで時間が稼げるわい。筋肉バカ弟子の特訓項目は一つ減らせたな)

老師(いやまて。小娘に付き合わせていれば、自然と時間はかかるはず……)

老師(筋肉バカ弟子で割と厳しい特訓を課せば、小娘の終える時間は何倍にもなるはず)

老師(フハハハ。それならば、アホみたいに項目を増やされる心配もないわい)

老師(うーむ。ワシってば、特訓を考える天才だな)

老師「しかし……あの筋肉バカ弟子……。今までどこで鍛えておったのか」

老師「到底、一人ではあの強さは身につかんはず」

老師「一人だとワシみたいに強くなるまで時間がかかるしのぉ」

老師「師匠がいるなら、そいつに頼ればいいものを。まったく」

―数時間後―

少女「はぁ……はぁ……ぁ……おぇ……」

青年「師匠、遅れて申し訳ありません。ただいま、戻りました」

少女「ま、した……」

老師「遅い。日が暮れるかと思うたぞ」

青年「はっ! 精進します!」

少女「これで、も……がん、ばったんだ……けど……」

老師「なんか言ったか、小娘ぇ」

少女「べ、べつに……。で、朝の、訓練は……」

老師「そんなものやる時間がどこにある。空を見よ。あの太陽の位置。既に昼となっておるではないか」

少女「あぁ……そう……」

老師「まずは休憩し、体を休めろ」

青年「俺はまだやれます」

老師「同志と共に学び、鍛え、競う。それがワシの流派。文句があるのならば、去れ」

青年「すみません。まだ己の中で焦りを消せていなかったようです。猛省いたします」

老師「分かれば良い」

少女「はぁ……はぁ……あの……さ……」

老師「なんだ」

少女「あたしも……熊を一撃で……倒せるように……なるの……」

老師「なに?」

少女「ジジ……貴方の言うこと、聞けば……はぁ……たおせるの……」

老師「何を言うておる。まずは休め。午後の特訓で死ぬぞ」

少女「もう……怯えなくても……いいの……?」

老師「おい、バカ弟子」

青年「はい?」

老師「小娘はもはや正気すらないようだ。小屋に連れて行け」

青年「はい。行こう」グイッ

少女「もう……あんな、こと……」

老師「困ったものだのぉ」

老師(女子供が熊を一撃で倒せるようになるわけなかろうて。ほっほ)

―小屋―

少女「……あ」

少女(いつの間にか、寝てたんだ……)

少女「はぁー……」

少女(すごかったなぁ……。大きな熊を一発で倒すなんて……。あんなに強くなれたら……あたしだって……)

「喝!!! なっとらぁん!!!」

「すみません!!!」

少女「次の特訓……? あたしも、行かなきゃ……」

少女(なにして……)

老師「みてみろ!! ここにも灰汁が蔓延っておろうが!!!」

青年「見落としていました!!」スッ

老師「その蒙昧な観察眼では、相手の動きは読み取れまいぞ!! そして、美味い鍋をもつくれぬわ!!」

青年「くっ……! 灰汁とりにそこまでの意味があったなんて……!!」

老師「ここにも!! ここにも!!! ここにもぉ!!! 灰汁が沸いておるわ!!! 全て取りきるまで、この苦行は続くぞ!! 心せよ!!!」

青年「はい!!!」スッスッ

老師(クーックックク! 何の意味もない特訓に精を出すとは。筋肉バカ弟子は楽でいいわい)

青年「うおぉぉぉ!!! ここにも!!! ここにもぉ!!!」スッスッ

老師「灰汁・即・斬!! それが極意なり!!」

青年「はい!!」スッスッ

少女「あの……」

老師「む? 起きたか。寝坊助」

青年「少し待っていてくれ。もうすぐに鍋が出来上がる」

少女「いや、それ、特訓、なの?」

青年「ああ」

少女「意味あるの?」

青年「素早く悪所を見定める特訓だ。言うなれば、相手の隙にいち早く反応できるようにするための修練」

少女「灰汁所と悪所をかけた駄洒落とかじゃなくて?」

老師「……」

老師(小娘……できる……!!)

青年「あっはっはっは。人よりも多角的に物事を捉えることができるというのは、場合によっては考え物かもしれないな。単純な事柄でも裏の裏を読もうとしてしまうのはいただけないね」

老師「そんなことより、鍋ができたぞ。小娘よ」

少女「くれるの?」

老師「この鍋の具材はお前の世話係が採ってきたものだ。遠慮はいらぬぞ」

少女「そう……」

青年「どうぞ」

少女「……がとう」

老師「ん? 今、なんといった?」

少女「あ、ありがとうって、言ったの」

老師「ほぉ。小娘にも礼を言うだけの常識はあったのか」

少女「なんだよ! 文句あんのかよ!!」

老師「なんもいっとらんわい」

青年「落ち着くんだ。零れてしまうぞ」

少女「ちっ……」

老師「小娘には武術よりも先に、礼節から学んでもらうほうがいいかもしれんの」

少女「はむっ」

青年「いただきます」

老師「いただくかの。はむっ」

老師「む……!?」

青年「師匠? どうかされましたか?」

老師「いや。なんでもない。黙って食せ」

青年「はい」

少女「……?」

老師「ううむ……」

老師(やはり、来てしまったか……)


大男(見つけたぜぇ……。結構、簡単に見つけられたな)

大男(これならしっかりと準備もできる。相手は、あのときの老いぼれと腰抜けか)

大男(五人つれてくりゃあ、余裕だな。俺だけでも良いが、万が一にもガキだけは逃がしちゃいけねえからなぁ)



老師(これも宿命、か)

老師(口内炎……いたいわぁ……)

青年「師匠。何か視線を感じませんか?」

老師「気の所為だろう」

青年「そうですか」

青年(確かに人影は見当たらないな)

老師「では、腹ごしらえも済んだことだ。午後の特訓を始めるとするか」

少女「まだ食ったばっかりだけど、もうちょっと休憩でもいいんじゃないの」

老師「そうだのぉ」

青年「何を言っているんだ!」

少女「な、なんだよ」

青年「武道とは一刻の怠けは、百刻の修練に匹敵すると言う。その安易な休憩が技術の錆に繋がる」

少女「へぇー。そうなの、ジジイ?」

老師「知らん」

青年「師匠も修行中の身であった頃は、一日として休むことなく、修練に励んでいたはず」

老師「いや、週に三日は休みんでぞい」

青年「師匠。謙遜もそこまでいくとただの嫌味になりますよ」

老師(マジなんだがのぉ)

少女「週に三日休みでも熊を倒せるようになるか」

老師「まぁな」

青年「そんなわけないだろう。師匠はこう言っているだけで血反吐を吐きながら、毎日毎日、雨の日も風の日も、武の道を進み続けてきたんだ」

老師「雨が降ったら土砂崩れとかの心配をしなければいかんし、ふつーに雨天休日じゃったぞい」

青年「師匠! この子が本気にしてしまったらどうするんですか」

老師「だって、ホントだもん」

少女「ホントなんじゃない?」

青年「そんなわけあるか!!」

少女「どっちを信じればいいのさ」

青年「この話に限っては、師匠を信じてはいけない。けれど、武術に関しては師匠に全幅の信頼を寄せるべきだ」

少女「けどまぁ、週三日も休めて強くなれるなら、そっちのほうがいいな」

老師「ふんっ! 週休三日で強くなれたのは、ワシだからだぞ。お前のような小便臭い小娘が、三日も休んで強くなれるなど、天地が逆転してもありえぬこと」

少女「そ、そうなのか……むずかしいんだな……」

老師(バカ弟子は恐らく毎日修行する。故に、バカ弟子二号もそれに付き合ってもらわなくては、修行効率を落とせないのでな。カッカッカッカ。ワシの威厳を守るために地獄を見てもらうぞ、小娘ぇ)

少女「とりあえずは、言われたことをこなせばいいんでしょ」

老師「やけに素直になったのぉ。なんかあったか」

少女「い、いいだろ。ほら、なにすればいいんだよ」

老師「こりゃ、バカ弟子」

青年「はっ」

老師「小娘の言葉遣いが悪いと思わぬか」

青年「そこは師匠が矯正するところでは?」

老師「はぁー? なぁにをいっとる。世話係はおぬしの役目といったはず。細かいところまで面倒なぞみんぞ」

青年「そうでした。自分がこの子の全てを背負わなくてはいけないのでしたね」

老師「その通り」

青年「いいかい? 目上の人に何かを頼むときは、きちんとお願いしますと言わなくてはいけない」

少女「んだよ。そんなの別にいいじゃんか」

青年「ダメだ。ほら、頭を下げて、お願いしますと言うんだ」

少女「うー。はいはい。よろしくおねがいしまーすっ」ペコリッ

青年「よし! よろしくお願いします!! 師匠!!」

老師「ホントに頼む気があるのか、わからんなぁ」

少女「いいから早く教えてくれっすー」

老師「敬語というのを知らんというか……」

青年「師匠!! この子は早くに親を亡くし、学校にも行けず、悪事に手を染めてきたのです!! 今はこれでいいはず!! これ以上は酷です!!!」ガシッ

老師「おぉ!?」

青年「何卒!! ご慈悲を!! 師匠!!!」

老師「お、おう! そ、そうだな! ワシも言い過ぎた感があったわい!!」

青年「ほら、師匠はとても優しい人だろう?」

少女「あんたのことが怖いだけじゃないの?」

老師「ふぅ……。クソ弟子め……無駄に威圧感をだしおってからに……」

少女「んで、なにするっすか、ジジイ」

老師「……」

青年「師匠とお呼びしろ」

少女「……ししょー、なにするっすか」

老師「基礎能力強化の続きと行こうかのぉ」

少女「うぇー。また走るの?」

老師「いいや。それでは飽きるだろう。今からやるのはワシが考案した独自の特訓だ」

青年「おぉ! その特訓が実を結んだとき、師匠に一歩近づけるということですね!!」

老師「そうかもしれんなぁ」

青年「して、どのような特訓なのでしょうか」

老師「この桶を持て」

青年「分かりました。重さが10貫はある桶なのですね」

老師「いや、ただの桶だ」

少女「水でも汲んでくるの?」

老師「うむ。ここから少し行けば湧き水を汲める場所がある。そこから水を汲んで来い」

少女「それだけ? なんだ、ヨユーじゃん」

老師「フッフッフッフ。威勢がいいのぉ。まぁ、とにかく汲んで来い」

少女「はぁーい」

青年「はっ!!」ダダダッ

老師「ククク……どれだけの苦行か……すぐにわかる……」

―湧泉―

青年「どうやら、ここみたいだな」

少女「おぉー! すげー! 水がキラキラしてるー!」

青年「生まれたての水だからな。水道から出るものや、普段見ている河川とは色が違う」

少女「ちょっと飲んでもいいかな?」

青年「いいんじゃないか」

少女「んじゃ、ちょっとだけ……」ゴクッ

少女「つめたーい! でも、なんかおいしー! お前も飲んでみろよ!」

青年「……」

少女「どうしたんだ?」

青年「いや、普通に笑うと可愛いんだと思って」

少女「別に笑わなくても、あたしは可愛いけどな。これでも大人の男を手玉に取ってきたんだぜ」

青年「そういうところはまだまだ子供だけどね」

少女「な……! 子ども扱いするなよな。12歳だっつーの」

青年「さて、汲んでいこうか。しかし、これはどういう修行なんだろうか」

―小屋―

老師「むぅ……」

老師「いたっ。口内炎、ひどくなってきてるのぉ。薬、買いに行こうかの……でも、山下りるの面倒くさいのぉ」

青年「師匠!! 汲んできました!!」

少女「ししょー、水っすー」

老師「うむ。では、この大釜に移せ」

青年「こうですか」ザバー

少女「よいしょっと。で?」

老師「もう一回、行け」

少女「はぁ!?」

老師「何を驚いておる。この大桶がいっぱいになるまで、水を運んでこんかい。大体、二人で200回ほど汲んできたら、いっぱいになるだろうて」

少女「ま、まじで……」

老師「マジで」

青年「では、時間をかけていれば……」

老師「今晩の飯はいつになるかわからぬなぁ。あと、風呂の水にも使うからのぉ。風呂もいつになるかわからぬなぁ。困ったわい。明日も早朝から特訓しなければいかんというに、睡眠時間もなくなるのぉ」

訂正

>>139
老師「いや、週に三日は休みんでぞい」→老師「いや、週に三日は休んでたぞい」


>>146
老師「何を驚いておる。この大桶がいっぱいになるまで、水を運んでこんかい。大体、二人で200回ほど汲んできたら、いっぱいになるだろうて」

老師「何を驚いておる。この大釜がいっぱいになるまで、水を運んでこんかい。大体、二人で200回ほど汲んできたら、いっぱいになるだろうて」

青年「できる限り急いだほうがいいということですか」

老師「そんなこと考えなくとも分かるじゃろうて」

少女「湧き水のとこまで、結構あったのに……」

青年「走れば往復で5分もかからないさ」

少女「いや、あんたはいいかもしれないけどさ!」

老師「グダグダいっておる暇があるのか。小娘よ。年頃の娘が水浴びもできんのは不服ではないか」

少女「う……」

老師「まぁ、小便臭いから汗臭いになるだけだがな。カッカッカッカ」

少女「やればいいんだろ!! やれば!!」

青年「行くぞ!」

少女「待てよ!!」

老師「ほっほ。元気でなにより」

老師「クックックック。ワシがここで生活する上でもっとも苦行だったのが水汲みだ……」

老師「ここで住むのならやってもらわんとなぁ」

老師「見ているだけで水が溜まっていくとは、なんと素晴らしきかな。ほっほ」

―数十分後―

青年「ふんっ!」ザバー

青年「次!!」ダダダッ

老師「五分の一といったところか。意外に早いのぉ。バカ弟子の無駄体力には頭が下がるわ」

少女「はぁ……はぁ……」

老師「それに比べて……」

少女「はぁ……くそ……結局、はしるのかよぉ……はぁ……はぁ……」

少女「あ!?」ガッ

少女「あぁぁぁ」バシャァ

老師「誰が土に水をやれといった!! バカたれ!!」

少女「この……!!」

老師「なんだ、その反抗的な目は。文句でもあるのかのぉ」

少女「ねえよ!!! クソジジイ!!!」ダダダダッ

老師「ふむ。真面目に水汲みはするのか」

少女「ちくしょー!!!」ダダダダッ

―湧泉―

青年「ふっ!!」ガバッ

青年「ふん!!」ダダダッ

少女「はぁ……はぁ……はえぇ……。あいつ、マジで修行する意味あるのかぁ……?」

少女「はぁ……もう……むり……ちょっと……休憩……。みず……」

少女「んくっ……んくっ……」ゴクゴクッ

少女「ぷっはぁ! はぁー……はぁー……」

少女(こんなのをいつまでやらなきゃいけないの……。体、もつわけないじゃん……)

少女「やっぱ、むりなのかなぁ……ジジイみたいに強くなるなんて……」

少女「……」

青年「大丈夫か?」

少女「も、もう戻ってきたの!?」

青年「無理はしなくてもいい。無理をして数日寝込むぐらいなら適度な休憩も必要になる」ガバッ

少女「一刻の怠けでもダメなんじゃないの?」

青年「君は怠けているわけではない。俺も疲れたら足を止めることはある。師匠もきっと同じだったはずだ。そこで寝てしまうのはただの怠慢だ。すぐに走り出せば、それは一時の休息にすぎない」

少女「意味、わかんないけど。とにかく休んでいいの?」

青年「休むことも修行のうちだ。人間誰でも、動き続けることはできないからね」

少女「じゃ、やすむ」

青年「ああ。その間に、少しでも俺が回数を稼いでおくから、心配しないでくれ!!」ダダダダッ

少女「すごいなぁ……。あんなに体力があれば……」

少女「……」

少女(ジジイもここで修行したから、強くなったって言ってたな……)

少女(この水、風呂で使うって言ってたし、小屋の裏にあった水浴び場だって、多分ここから汲んできた水……)

少女「ジジイはひとりで、やってたのか……」

少女「うぅぅ……」

少女「くそ……!! なんだよ……!! あー!! もー!!」ガバッ

少女「やらなきゃ……水も浴びれないなら……やるしかない……!」

少女「それに……」

少女(ジジイは何年もこんなこと一人でやってたんなら……今日ぐらいは……休ませてやっても……いいかな……)ヨロヨロ

青年「もう休憩は終わりか!! よし! 二人でがんばるぞ!!」ダダダッ

―数時間後―

少女「はぁ……ひぃ……はぁ……おぇ……」ザバー

老師「うむ。水は十分に確保できたな。ほっほ」

少女「はぁー……あぁー……おぇ……」

青年「師匠! 次は夕刻の特訓ですね!!」

少女「え!?」ビクッ

老師「おぬし。周囲を見る目を養え。隣でくたばっている弟子二号を見ても、そんなことが言えるのか」

青年「む……。無理そうか?」

少女「あたりまえだろ!! ふざけんな!! 筋肉バカ!!! はぁー……あぁぁぁ……」

青年「すまない。では、夕食の準備にしましょうか」

老師「それがええ」

老師(あとはゆっくり飯食って寝るだけなんだからのぉ。特訓なんかに付き合ってられんわい)

少女「はぁー……はぁー……あにょ……ひょっと……お、てつらい……は……むりっしゅ……」

老師「使えぬものを使おうとは思わぬ。勝手にのたれていろ」

青年「師匠、食事の準備、手伝います!」

―小屋―

少女「うぅぅぅ」

青年「彼女は食べれそうにないですね」

老師「放っておけ。いただきます」

青年「いただきます」

老師「はむっ」

老師(いたっ! 痛みが強くなっておるなぁ)

青年「師匠、なにか?」

老師「なんでもない。気にするな」

青年「はぁ……。あの」

老師「なんじゃい」

青年「夜の特訓はどのようなことをするのですか」

老師「……したいのか」

青年「もちろんです!」

老師(なんて曇りなき瞳……!! おのれ、愚弟子め!! ワシの睡眠時間を削るつもりかぁ!!)

―山頂―

青年「さぁ、師匠! お願いします!!」

老師(もう眠たいし、口内炎痛いし、弟子、うざいし。最悪の状態だな)

青年「どのようなことをするのでしょうか!!」

老師「この岩を砕いてみろ」

青年「はい!」

老師「え?」

青年「はっ!!!」ドォォォン!!!!

青年「ふぅー……」

老師「うそー……」

青年「砕きました」

老師「お、そうだな。うむ。うむ。そうだな」

青年「師匠。何が見たかったのでしょうか」

老師「あ、うん……うむ……えー……うー……」オロオロ

老師(ワシ以外に岩砕ける奴がおるとは思ってなかったんだが……というか、こやつ、本当に修行をする意味ないぞぉ……破門にしたほうがいいのか……)

青年「師匠?」

老師「あ、あれだな。岩の砕き方が、あれだ、美しくないなぁ」

青年「どういう意味でしょうか」

老師「まぁ、結果は一緒だ。岩を砕けと言われたら、まぁ、誰でもこう、拳を作り、殴りつけ、砕くという発想にいたる」

青年「はい」

老師「だが、ワシほどの実力者になれば、拳を使わずとも砕くことができる」

青年「それは、一体どのような方法で」

老師「ワシが使うのは、この掌。掌底で岩を砕いて見せようぞ」

青年「はっ! 勉強させていただきます!!」

老師「よぉく、みておれ」

老師「ふぅー……すぅー……ふぅー……」

青年「……」

老師「む。今日は呼吸が合わんな。次の機会にするか」

青年「そうですか。それは残念です」

老師「別の特訓をするかの」

老師「あっ。こういうのはどうだ。ここに斧がある」

青年「はい」

老師「これであの大木を切り倒してみろ」

青年「あの木をですか……。大の大人が数人でなければ幹を囲えないほどの太さですが……」

老師(大木を切り落とすことが出来れば、果実もとれるし、薪にもしばらくは困らん。いいこと尽くめだわい。人間にはまず無理だろうが)

青年「むぅ……」

老師「カッカッカッカ。無理なら無理だと言うても良いぞ」

青年「何度も斧を斬りかかってもいいんですよね」

老師「一撃で倒せるとは思わん」

青年「では、行ってまいります」

老師「え? やるの?」

青年「俺は止まれないのです」

老師「マグロかなにか?」

青年「それでは」ダダダッ

老師「はぁー。ホントにバカだなぁ。ま、体を壊してくれたほうがこっちも楽でいいがな」

訂正

>>156
青年「何度も斧を斬りかかってもいいんですよね」→青年「何度も斧で斬りかかってもいいんですよね」

―小屋―

少女「うぇ?」

少女「いつの間にか……ねてた……」

少女「暗いなぁ……。ジジー、メシはー?」

少女「なんか、食ったあとがあるな……。あんなに頑張ったのに、メシなしって……はぁ……」

少女「とりあえず水浴びでもしようかな」

少女(明日、朝からまた山を登ったり下ったりしなきゃいけないのかぁ……。適度に休んでいいっていってたし、いいけどさぁ)

少女「つか、あの二人どこにいるんだよ。水浴びしても大丈夫なのか?」キョロキョロ

少女「水浴びしてるところ、覗かれたら嫌だし……」

少女「いないな……。どこいったんだよ。山に女の子を一人残して何やってんだ」

「ふんっ!! ほぁー!! せぇぇい!!」

少女「(おっ。ジジイの声だ。こっちか)テテテッ

少女「おーい、ジジ――」

老師「ぬんっ!!」ドォォォォン!!!!

少女(おぉ……岩を……砕いた……!?)

老師「ふむ」

老師(なんじゃい。掌底でも打ち方を考えたら簡単に岩は砕けるな。流石、ワシ)

老師「ほっほ。よかった、よかった。明日、バカ弟子に見せつけてやろっと」

少女「おぉぉ……す、すげぇ……」

少女「あたしもあんなことできるようになるのか……?」

少女「アイツにも教えてやらないと。アイツも結構、ジジイに詰め寄るところあるみたいだし、あんまり調子のってると殺されるぜ」

少女「けど、アイツはどこに……」

ドンっ!!

少女「ん? なんの音だ? こっちか?」テテテッ

青年「ふん!!! ふん!!! ふん!!!」ドンッ!!!

少女「えぇぇ!? おい、なにしてんだよ!? そんな小さい斧でそんなバカでっかい木が切れるわけないじゃん!?」

青年「ん? ああ、起きたのか。食事は済ませたか」

少女「いや、どこにもなかったけど。つか、勝手に全部食べたんだろ」

青年「君の枕元に置いたよ」

少女「そうなのか。暗くて何も見えなかったから気づかなかったのかな……。いやいや、それよりお前こそ、なにしてんだって」

青年「これが俺に課せられた夜の訓練だ」

少女「この斧で切るの?」

青年「師匠はそう言っていた」

少女「絶対、無理だろ」

青年「無理かどうかは分からない」

少女「あぁ、ごめん。可能性が終わるんだっけ」

青年「そういうことだ」

少女「ジジイの言うことはちゃんと守るんだなぁ。けど、あんだけ強かったらアンタが従うのも分かる気がする」

少女「そうそう! あたし、さっき見たんだ! ジジイが掌でこう、ガッと岩に当てて、砕いてるの! もうすごかった!」

青年「師匠ならそれぐらいのことはできて当然だろう。この大木も師匠ならば容易く切り落とすことができると思う」

少女「へぇ~。でもさ、ジジイは村では戦おうとしなかっただろ」

青年「君と一緒にいた大男か」

少女「そう。あんだけ強いのに、なんで戦わないんだよ.おかしくないか?」

青年「それは師匠が本当に強いからさ」

少女「はぁ? 全然、意味わかんないけど」

―小屋―

少女「おっ」

老師「どこにいっていた。はむっ」

少女「あぁー!? それ、あたしのごはんだろ!?」

老師「おや? そうだったのかの。ちょっと運動して小腹がすいたので、貰っただけだ」

少女「人様の飯に手を出すのは外道の極みじゃなかったのか!?」

老師「なにをいう。ワシの飯をお前に配ってやっただけだ。それを残したのであればワシが食っても問題ない」

少女「大アリだ!!」ゲシッ

老師「ごっほ!? うごご……」

少女「メシの恨みだ。クソジジイ」

老師「老体に蹴りをいれるとは……。小娘ぇ!!! 覚悟せい!!! 喝っ!!!」

少女「ひっ」ビクッ

老師「岩をも砕く、掌底を受けるがいい!!!」

少女「なっ!? ちょっ!?」

老師「破ッ!!!!」ドゴォ!!!

―山頂―

青年「結局、小さな傷をいくつか入れただけだったな」

青年(俺の両手が裂けるか、木が倒れるか。どちらが先だろうな)

少女「わぁぁぁー!!」ゴロゴロゴロ

青年「どうした!?」

少女「うぅ……」

老師「老人を労わるがいい」

少女「飯泥棒を労わるバカがどこにいるんだよ!!!」

老師「弱さは罪だ」

少女「くぅぅ……」

青年「師匠。弟子相手に大人げないですよ」

老師「ワシ、わるくないもーん」

少女「あのクソジジイ、本当に強いのかよぉ!? お前の言ってた強さとはかけ離れてるじゃねーか!!!」

老師「女子供には滅法強いのが、このワシじゃい」

少女「死ねよ!! 屑!!」

青年「君が本当の意味で強くなれば、きっと師匠の強さもわかるはずだ」

青年「強さとは、優しき心から生まれるもの。俺はそう教わったからね」

少女「そう言われても……」

老師「さて、腹いっぱいになったし、ねようかのぉ」

少女「あのクソジジイからは優しさの欠片も感じられないけどなぁ」

老師「おやおや。空耳かのぉ。聖人君子にも青ざめて裸足で逃げ出すほどのワシに向かって、なんたる暴言か」

少女「実際、そうだろ」

老師「タダメシを食わせてやっているだけでもありがたくおもわんかい」

少女「そのメシが食えないから怒ってんだろ!!!」

青年「まぁまぁ。人間、一日二日食べなくとも死にはしない。海の向こうにある大陸では、一週間絶食することで体の邪気を払うという修行もあるぐらいだ」

少女「しらねーよ!!!」

老師「ほほお。それは良い修行だな。小娘もそれをすればお淑やかになるかもしれぬ」

少女「やるなよ!! 絶対やるなよ!! あたしが泣くぞ!!」

老師「勝手に泣き喚け。その目の前で、ワシが美味そうに飯をくってやるわい」

青年(この子も師匠とかなり打ち解けてきたみたいだ。心を閉ざしていた女の子がここまで自分をさらけ出すようになるとは。師匠の懐の大きさがよくわかる。偉大な師を持つことが出来て、俺は幸せ者だ)

―翌日 山頂―

老師「……」


青年「……」

少女「ふわぁぁ……おなかすいたぁ……」

青年「おはよう」

少女「おはよー。早朝の特訓、もうはじめるのぉ?」

青年「そうだな」

少女「ん? ジジイ、どうしたんだ?」

青年「俺が起きた時とは、もうああして遠くを見つめていた」

少女「難しい顔してるな」

青年「嫌な予感がする」

少女「な、なんだよ、変なこというなよ」

青年(師匠は何かを感じ取っているのかもしれな。遠くからくる、不吉の念を)


老師(口内炎の痛み、激しくなってきおったぞ……。いたた……。鬱陶しのう)

青年「今日も君の速度に合わせる」

少女「いいの? お前ならあたしの三倍以上の速さで二往復できるのに」

青年「胸騒ぎがするんだ。師匠を見ていると、何かが来るような気がする」

少女「考えすぎじゃない?」

青年「君を迎えに来る者がいてもおかしくはない」

少女「……っ」

青年「考えはしなかったかい」

少女「それは、まぁ……」

青年「しばらくは共に山道を往復しよう。師匠とは比べることもできないが、多少武術の心得があるし君を守ることができるはず」

少女「そういうことなら、よろしく」

青年「任せてくれ。師匠! 早朝の特訓を始めます!!」

老師「うむ」

少女(昨日とは本当に顔つきが違うな……)

青年(あの大男だけならば、俺だけでも戦うことができるが。もし、多勢に無勢という状況に陥れば師匠の助力は絶対に必要になるな)

師匠(薬、弟子たちに買いにいってもらおうかのぉ。おー、いたっ)

―山道―

青年「ふっ……ふっ……」タタタッ

少女「はぁ……ひぃ……」

青年「少し休憩にするかい」

少女「あ……うん……いいと……おもぅ……」

青年「慣れるまでどれぐらいの時間がかかるかは分からないが、続けていればきっと朝の準備運動になる日がくるよ」

少女「だ、だと……いいなぁ……はぁ……はぁ……」

青年「不思議だ」

少女「はぇ?」

青年「君のような女の子が何故悪事に手を染めていたのか、全く分からない」

少女「なんだよ急に……べつに……いいだろ……。あたしはああするしかなかったんだから……はぁ……はぁー……」

青年「親が居なくなったから、罪を犯すことでしか生きていけなかったというのも俺は納得できない」

少女「女は体を売るか悪いことしなきゃ、誰もお金をくれないんだ。だからあたしはあいつらと一緒に、盗んで、奪って、傷つけてきた」

青年「そんなことは――」

少女「この話はおしまい。ほら、もう行こう。今日は、昨日よりも早くこの特訓を終えてやるんだ」

―山頂―

青年「ただいま戻りました」

少女「おぇ……まし……た……」

老師「うむ」

青年「師匠。山道、森林では怪しい影を見ることはありませんでした」

老師「そうか」

老師(何の報告じゃい。うぅむ、それにしても口内炎がひどいわぁ。どうしたもんか)

青年(師匠の表情に変化はない。やはり、負の風を感じ取っているのか)

少女「はぁー……ひぃー……」

老師「時間も時間だ。メシにするか」

青年「はっ」

老師「ワシはいらぬから、お前たちで済ませい」

青年「食欲がないのですか」

老師「そんなところよ」

青年(襲来するものに備えて、食事すらも律するとは……。師匠、大きすぎる……この山よりも……この空よりも……)

―午後―

少女「はっ!!」ゲシッ

青年「ふっ!!」ガッ

少女「せいやぁ!」

青年「隙が大きすぎる!!」バキィッ

少女「うわぁ!?」

青年「蹴りの威力は申し分ないが、無駄な動作が多すぎる。それでは止まっているハエすらも仕留められない」

少女「んだよ……。いきなりそんなこと言われてもわかるわけないじゃん」

老師「……」

青年「師匠からも何か一言助言を」

老師「拳にしても、蹴にしても、心が伴っていなければ、ただの張りぼてにすぎない」

老師「体は技を生み、技は心で強くなる。これこそ、心技体の核心なり」

青年「ふ、ふかいおことば……! ありがとうございます!!!」

少女「なんだろうなぁ。良いセリフなんだろうけど、ジジイがいうと中身がないように思えるんだよなぁ」

老師「小娘の精進が足りんからじゃろうな」

青年「そうだぞ。師匠が辿りついた場所は、常人の俺たちでは計り知れない。その言葉の意味も、全てを理解することなど、修行中の俺たちには不可能なんだ」

少女「そうなのかなぁ」

老師「そこまで疑うのであれば良い物をみせてやろう。こちらへこい」

青年「はっ」

少女「なんだよ」

老師「この岩を砕いて見せよう。拳でも蹴りでもなく、この掌でな」

青年「おぉ……!」

少女(昨日見たやつか。もう一回見たかったんだよなぁ)

老師「心技体の全てをこの一撃にて、体現してみせようぞ」

青年「お願いします!!」

老師「すぅー……はぁー……すぅー……」

老師「ふんっ!!!」ガッ

少女(あれ……砕けてないぞ……?)

老師「せぇい!!!」ドォォォォン!!!!

少女(二発目!?)

老師(くっ……。口内炎の痛みのせいで……打ちどころを誤ってしまったではないか……)

老師「この通り、心技体を会得できれば掌の一撃で岩をも砕ける」

少女「今、二撃だったじゃん」

老師「一撃だ」

少女「ふんっ!ってやって鈍い音したじゃねーかよ!!」

老師「目の錯覚だ。多分、あれじゃ、ワシの気合が残像となってワシより先に岩を叩いてしまったのだろうな」

少女「残像って動いてからじゃないと出ないんじゃないの?」

青年「いや、そうとも限らない」

少女「え?」

老師「なに?」

青年「武を極めし者は、気を飛ばすことができるという。その気を当てられた者は、相手が突進してきたと錯覚し身構えてしまうと言う」

少女「マジかよ!?」

老師「すごいのぉ」

青年「師匠はそれをやってのけたのだろう」

少女「それが本当ならすごいけどさぁ」

老師「本当のことだ、小娘」

少女「えー……」

老師「疑りぶかい奴だ。岩をこうして砕いたのだからいいだろうて」

少女「まぁ、ね」

老師「もう、知らん。勝手にやれ」

少女「いい歳して拗ねるなよ。で、今の話は本当なのか?」

青年「聞いたことはある。しかし、師匠がそれをして見せてくれたのかは分からない。実際、君の聞いた鈍い音を俺も耳にしている」

少女「だよね!? やっぱ、あれは二撃目だったんだ! ジジイも見栄っ張りだよなぁ。素直に認めればいいのにさぁ」

青年「だとしたら、時間が迫っているのかもしれない」

少女「時間って?」

青年「師匠がどうして急ぎ弟子を探したのか」

少女「お、おい」

青年「君も師匠について行こうと思うのなら、いつか来る日を覚悟しておいた方がいい」

少女「なんのことだよ。それに、あたしはジジイに一生ついて行こうとか考えてないからな」

青年(師匠。自身の老いに焦燥感を抱いているですか)

―夜―

青年「ふんっ!! ふんっ!!」ガッ!!

少女「いたいた。今日もやるんだ」

青年「この巨木を切り倒すまでは、師匠の足下すら見ることができないからね」

少女「ほんの少ししか傷つかないんだな」

青年「俺の手がもってくれたらいいんだけど、な!」ガッ!!

少女「無理するなよー」

青年「ありがとう」

少女(きっと毎日、やるんだろうなぁ。あいつなら、切り倒せそうな気もするし)

少女「うーん」キョロキョロ

少女「おっ」

少女(これぐらいの岩なら、いけるんじゃないかな)

少女「あたしもやってみようかな」

少女(毎日山を走ったり、ジジイや筋肉おばけに殴られたりするだけじゃ強くなれないしね)

少女「せいやぁ!」ゲシッ

―翌朝―

青年「早朝特訓を開始します」

老師「うむ」

青年「ふっ!!!」ダダダダッ

老師「……」

少女「なんだよ」

老師「岩を蹴って捻挫て……。フハハハハハハ!!!!」

少女「笑うなよ!! うるせーよ!!! ぐっ……いたたた……」

老師「むっ……くっ……」

少女「どうした?」

老師「なんでもないわい」

老師(痛みの頂点にきたようだな……。くぅ……あと数日は続くぞ、これ……)

少女「具合でも悪いのか?」

老師「おぬしは黙って寝ておれ。間抜けが」

少女「そこまでいうことねーだろ……くそっ……」

―山道―

青年「ふっ……ふっ……!」

青年「ん?」

チンピラ「こっちであってのかよぉ」

大男「間違いねえって言ってんだろ。さっさとこい。今日中にあのクソガキを連れて行かねえと、殺されちまうんだからよ」

青年(あの男は……。師匠の予想通り、来てしまったか。だが、相手は5人。俺だけでもなんとかなるか)

青年(いや、驕りは禁物。慢心は己の拳を弱らせる。師匠もそう言っていた。ここは一度師匠にも助力を――)

チンピラ「ガキはどうするつもりなんだろうな」

大男「あのガキをボスの目の前で俺がぶっ殺すんだよ」

「メスガキだよなぁ。だったら殺す前にいいことしても文句いわれないよなぁ」

「ギャハハハ。変態かよ、おまえ」

大男「それぐらいならいいんじゃねえか。どうせ、殺すんだしな。体がどうなっても関係ねえだろ」

大男「むしろ、無抵抗になってくれたほうが殺すときに楽でいいしなぁ」

青年「――待て、外道共」

チンピラ「なんだぁ、てめぇ」

大男「おーおー。あの時の腰抜けやろうじゃねえかよ。お外が怖くて山籠もりでもしてたのかぁ?」

青年「あの子を取り戻しに来たのか」

大男「大事な仲間だからなぁ」

青年「悪事に利用していただけだろう」

大男「ガキが望んだことだ。俺たちは身寄りのないガキをわざわざ引き取って、仕事まで与えてやってんだ。いわば、親代わりってわけよ」

青年「親、か。では、愛情をもって接していたのか」

大男「あたりめえだろ。あいつが居るおかげで、脅しただけじゃ金を出さなかったやつからも根こそぎ奪えるようになったんだからな。貴重な人材だ」

青年「親ならば、もっと別の道を用意できたのではないか」

大男「ああ、用意してやったぜ。あんなガキでも欲しいって変態は山ほどいるからなぁ」

大男「でも、ガキがそれだけは嫌だっていうから、違う仕事をやったんだ。優しいだろ、俺」

青年「……」

大男「なのにあいつは裏切りやがった。逃げ出しやがったんだ。ボスに一言もなくな。おかげで俺のケツに火がついちまった。マジむかつくぜ。恩を仇でかえしやがってよぉ」

大男「だから、返してほしいわけだ。いいよなぁ?」ポキポキ

青年「この先に獣道がある。そこから山頂を向かうといいだろう。外道は外道らしくわき道を静かに歩け」

大男「おもしれぇ。おまえらぁ、まずはこいつから獣のエサにしちまえ!!」

―山頂―

老師(くぅぅ……もう我慢するのもつらいのぉ……痛すぎる……)

少女「なぁ」

老師「なんだ」

少女「あいつの帰り、遅くないか? まだ一往復もしてないなんて……」

老師「ふむ。そうだの。猛獣に食われたのではないか。カッカッカッカ」

少女「探しに行けよ」

老師「あやつは猛獣がいることを承知の上で山道を往復しておる。命の危険など覚悟の上。ワシが奴の身を案じる必要はない」

少女「弟子だろ」

老師「これがワシの育て方だ」

少女「あたしのことを助けてくれたのに?」

老師「熊を倒しにいったら、おぬしが都合よく熊を惹きつけていただけじゃて」

少女(このジジイ。何が本音なのか、わかんねーよ)

大男「はぁ……はぁ……み、みつけたぞ……!! クソガキィ……」

少女「ひっ……な、なんで……ここに……」

大男「てめえの所為でこっちは散々だ……!!!」

老師「ひぃ」ササッ

少女「な!? おい!! あたしを盾にするのかよ!?」

老師「な、何の用だ!」

大男「クソガキを取り戻しにきたんだよ」

老師「どうぞ」グイッ

少女「あー!? ふざけんな!!! 差し出すなよ!!!」

大男「一緒にきてもらうからな……はぁ……はぁ……」

老師「ん?」

老師(よく見れば、こやつ傷だらけではないか。ははーん、どうやら熊か虎に襲われたようだのぉ)

大男「おら、きやがれぇ!!」

少女「いや!!」

老師「待たれよ」

大男「あぁ!?」

老師「娘が怯えておるではないか。そう怒鳴ってやるな」

大男「何か文句でもあんのかよ。今、俺に差し出しただろうが」

老師「親が迎えに来たと思ったのだが、娘の怯えようを見て、どうやら違うようなのでなぁ」

少女「見たらわかるだろ!?」

老師「最近、老眼でな」

少女「言ったことなかったじゃねえか!」

大男「大人しく渡していれば長生きできたのになぁ、ジジイ」

老師「ほっほっほ。ワシは十分長生きしたわい」

大男「だったら……」

老師「だが、まだ生きていたのぉ」

大男「死にやがれぇ!!!」ブンッ

老師(我が心、明鏡止水。怪我人の拳など、あたりはせん)

老師「ほいっ」ササッ

大男「うらぁ!!!」ドゴォ!!!

老師「ごっ……!?」

少女「ジ、ジジイ!?」

大男「はぁ……はぁ……。老いぼれの分際で粋がりやがって」

老師「グググ……ぐ……」

少女「しっかりしろ!! おい!」

老師「また、口きった……うぅぅ……」

大男「来い」グイッ

少女「はなせ! この!!」

大男「うるせえ!!!」バシッ

少女「あぅ!?」

大男「いいから、来い。黙ってついてきやがれ」

少女「うぅ……ぅ……」

大男「てめえのおかげで、こっちは全滅しかけたんだからな。殺したって、気が済まねえぜ」

老師「うぐぐ……」

少女(ジジイ……うぅ……)

老師(やつめ、完全に背を向けておるな……ククク……敵にトドメを刺さず、背中をみせるとは……)

少女(ジジイが立ち上がった……)

大男「まずは俺の連れたちの慰め者になってもうぜ。クックック。いや、変態に体を売らせてもいいな」

老師「……」ザッ

少女(やっぱり、助けてくれるの……?)

大男「良い小遣い稼ぎができそうだな」

老師(行くぞ、下郎)コソコソ

少女(ゆっくり近づくのか……)

老師(こちらを振り向くなよ……振り向くなよ……。あと数歩で我が拳が、悪の背を貫く……!!)コソコソ

大男「ん?」ピクッ

少女(まずい!?)

少女「あ! あっちから熊が来るぞ!!」

大男「なに!?」

青年「追い詰めたぞ!!!」ダダダッ

大男「ぬぉ!? もうここまできやが――」

老師「油断したな、うつけ者めがぁ!!! せぇぇぇい!!!!」ドゴォ!!!

大男「ぐあぁ!? クソ、ジジイ……!!」

青年「はぁぁ!!!」バキィ!!!

大男「ごぼぉ!?」

老師「ふむ。まだやるかの」

青年「はぁ……はぁ……。去れ、下種が」

大男「ひっ……。く、くそ!!」ダダダッ

老師「カッカッカッカ。未熟者が。ワシにケンカを売るなど100年早いわ」

青年「師匠、その怪我は……」

老師「なに。かすり傷よ」

青年「あの子を守ろうとして……。すみません。俺があの男を逃がしていなければ」

老師「よい。済んだことよ」

少女「一度、差し出そうとしたよな」

老師「相手を油断させるにはまず味方からというではないか」

少女(身体を張って助けようとしてくれたのは事実だけど……うーん……。なんかもやもやする)

青年「今後も注意しなければいけませんね。この子を取り戻すためにああいった連中が来るかもしれません」

老師「えぇ……」

―山道 森林―

ガサガサガサ……

大男「ちくしょう……!! ちくしょう……!!」

大男(これじゃあ、俺が殺される……ころされちまうよ……!!)

大男(ふざけやがって!! ふざけやがって!! あのクソガキ!!!)

大男(俺が拾ってなかった、今頃飢え死にしてたくせによぉ!!!)

大男「いつか殺してやるぜ……絶対に……殺してやるからなぁ……!!」

大男「はぁ……はぁ……。だが、まずはこの先、どうするか……」

大男(ボスの目が届かないところにいかねえとな。どっちにしろ、この付近に身を隠せる場所なんてねえし)

大男「この俺が怯えながら生きていくことになるなんてなぁ」

大男「それもこれも、あのクソガキのせいだ!! くそがぁ!!!」

大男「おぼえてろよ!! ぜってぇ!! ぶっころしてやるからなぁぁ!!!」

ガサガサガサ……

大男「ん?」

虎「ガルルル……」

―夜 山頂―

青年「ふんっ!! ふんっ!!」

少女「なぁー」

青年「足はもう平気なのかい」

少女「うん。痛みはないけど、ジジイがまだ歩くなって」

青年「なら、休んでいるんだ。明日も修行ができないとなれば、100日分は成長が遅れることになる」

少女「はいはい。わかってるって」

青年「だったら、師匠の言いつけを守ってもう休むんだ」

少女「そのししょー。ホントに強いの? ぜんっぜん、あたしには伝わってこないけど」

青年「言ったはずだ。師匠の強さは、君自身が強くならないと分からないと」

少女「けど、今日だって、一度あたしを差し出して助かろうとしたとしか思えないし……」

青年「敵を欺くにはまず味方から。そうした戦法が古くからあるのも事実。それに君を守ろうとしたのは揺るがない真実だ」

少女「あのジジイは岩だって砕けるんだぞ。あんな卑怯なことしなくてもいいじゃんか」

青年「師匠はそういった戦法を使わなければいけないほど、追い込まれているのかもしれない」

少女「は? なんだよ、それ。まるでジジイが弱ってるみたいな言い方だな」

青年「どんな達人であろうとも、体の老いには勝てはしない」

少女「あ……ぅ……」

青年「だからこそ、師匠は弟子を欲していた。それもより確実に伝承できるように、一人ではなく二人の弟子が欲しかった」

青年「しかし、だれでもいいというわけでもない。全てを受け継げるだけの器量がなくてはならない」

青年「加えて師匠の修行に耐え抜ける人間でなくてはならない。一人だけでは修行に耐えられず終わってしまう可能性がある」

青年「だが、二人なら互いを支え合い、厳しい修行も乗り越えられるかもしれない。師匠にはそういった考えもあるはず」

少女「ジジイ、必死なんだな」

青年「後世に何かを残したいと思うことは自然なことだ」

青年「普通は子孫を残し、自身の血、自身の存在を語り継がせていく。けど、師匠には子どもが居る様子もない」

少女「んで、武術を残したいって思ってるわけか」

青年「これまでの人生、全てを武の道に捧げたのだ。師匠の生きた証を残すことが、弟子の使命」

少女「おもいなぁ……」

青年「君ならできるさ」

少女「なんであたしが。あんたのほうがよっぽど跡継ぎに向いてるだろ」

青年「俺ではダメだ。俺は、弱い男だからね」

少女(素人のあたしがジジイの技術とか盗めるわけねーじゃん。そりゃ、あの強さは欲しいけど)

少女「って、別に悩む必要とかないない。あたしは弟子入りした気もないし、ずっとここで生活する気もないしー」

老師「……」

少女「あ……」

少女(ジジイ、またあそこにいる。何、考えてんだ)

老師「はぁ……。つらいの……」

少女(辛い?)

老師「薬もないしの……」

少女(薬なんて、飲んでたのか)

老師「早く手を打たんとな」

少女(ジジイ、もしかして病気かなにかなのか)

少女(だから、あんな風でしか戦えないのか)

少女「……まずは、足を治さないと。うし、寝よう!」

老師「はぁ……」

老師「口内炎、もう一か所増えるなぁ」

―都会 某所―

チンピラ「だから、それからあいつのことはしらねえんです!!」

「クソガキも連れてこれず、か」

チンピラ「それが、ガキのおもりをしていた野郎がかなり強くって」

「言い訳はするな」

チンピラ「ひぃ……」

「出来損ないを連れて来い。クソガキはこの際、後回しでいい」

チンピラ「は、はい!! すぐに探し出します!!」

「必ず、目の前に生きて連れて来い。できなければ、貴様らを処刑する」

チンピラ「か、かか、必ず!! ボスの前に!!」

「頼むぞ」

チンピラ「は、はぃ!!」

「使えない奴ばかりで困るな」

「山に老人と若い男、か」

「村で何度か噂をきいたことはあったが、若い男の存在はなかったはず。弟子でもできたのか」

―数週間後 山頂―

老師「うむ」

老師(口内炎、殆ど痛みがなくなってきたのぉ。ほっほっほ。復調に向かっておるわい)

老師(それはいいのだが……)

青年「師匠! 早朝の特訓、終了しました!」

少女「はぁー、今日も負けたぁー!! ジジイ! おわったぞー!」

老師「う、うむ。では、朝食にするか」

青年「はい!! 準備に取り掛かります!!」

少女「飲み物とってくるー」テテテッ

老師「むむ……」

老師(口内炎が治る間に、弟子たちがすこしだけ強くなった気がするなぁ)

老師(いや、そんなバカな。師匠よりも弟子が強くなるとかないはず)

青年「師匠、早くこちらに」

少女「ジジイ、ほら。水」

老師「うむ。では、いただこうか」

―午後 山頂―

青年「ふっ!」ザバー

少女「よっと」ザバー

青年「これで大釜一杯だな」

少女「つかれたぁ。このあとは、組手する?」

青年「まだ日も高いしな。師匠、いいですか」

老師「すきにせい」

少女「なぁー、新しい必殺技を考えたから、受けてほしんだけど」

老師「またか。おぬしの技など受けてもつまらんのだが――」

少女「どりゃぁぁ!!!」ブンッ!!!!

老師「おぉっと!!!」ササッ

少女「くそ……。よけられたか」

老師「ちょっと! 今、致命傷狙いに来ただろ!? 頸椎に蹴りが迫ってきたぞ!!!」

少女「必殺技なんだから仕方ないだろ」

老師「破門じゃ!!! なにを勝手に殺人拳を開発しとるんだ!!! 馬鹿者!!」

青年「ここ数日、足技ばかりを磨いてきたのはその必殺技のためだったのか」

少女「うん。この蹴り技が完成したら熊だって倒せるようになるだろ」

老師「熊を倒す前にワシを殺す気じゃあるまいな」

少女「ジジイに当たらなきゃ、熊にもあたらないしなぁ」

老師「こいつ、嫌い」

青年「師匠、そう仰らずに。この子も毎晩努力し、この足技を思いついたのですから、見守ってあげてください」

老師「草葉の陰からか。冗談じゃないわい!! ワシ、まだ死にたくないもん!!」

少女「安心しろって、ジジイの武術は二人で守っていくから」

老師「アホかぁ!! 半人前、いや、三分の一人前のお前たちにワシの武術など守れるわけなかろう!! 調子に乗るでないわ!!」

青年「こら、師匠が積み上げてきたものは月にも届くほど高いんだ。そのようなこと口に出すべきじゃない」

少女「ふーんっ」

老師「相変わらず可愛くないのぉ。この弟子二号は」

青年「心を許している証拠ですよ」

老師「こんな風になるなら開いてほしくないわい」

少女「おい、組手しよ、組手。日が落ちるまでに何回かしたいしな」

―夜―

少女「はぁ!! せい!!」ドゴォ!!!

ピシッ!

少女「わぁ!? 岩にヒビがはいった……」

少女「もうちょっとで砕けるな、これ」

少女「砕けたら、ジジイだってあたしのこと認めてくれるはずだ」

少女「おっし!!」

少女「おりゃぁ!!!」ドゴォ!!!!


老師「末恐ろしいのぉ」

青年「あの子は良い武道家になれると思います」

老師「おぬしも、まだあの巨木を倒すことをあきらめておらんのか」

青年「師匠に言われた夜の特訓ですから。完遂させてみせます」

老師「その斧、何代目になる」

青年「既に5代目です」

老師(ワシの弟子、優秀すぎやせんかの。劣等感、抱いちゃうぞ)

―小屋―

老師「うむむむ……」

老師(このままでは危ういぞ。危うすぎる。ワシの50年は一体なんだったのか)

老師(一か月ほどで山の上り下り二往復になれる小娘に、最初からワシと同等以上の実力者である筋肉バカ)

老師(弟子のくせにワシを追い抜く勢いではないか)

老師(くそぉ。このままではいつか見下されるぞ。あんな小便臭い小娘と、ただの筋肉バカにコケにされてたまるかぁ)

老師(どうするか……。威厳を保つために、何ができるか)

老師(岩砕き自慢はもう何の凄みも生まん特技と化してしまっている)

老師(では、やはり組手か……うーん……組手かぁ……)

老師(何十年も一人きりで修行してきたからなぁ、対人との組手は苦手だしのぉ)

老師(相手が木とか獣なら慣れておるし、純粋な力で圧倒できる女子供はまた話が違うんだが)

老師(筋肉バカ弟子と組手なぞしたら、更にワシが惨めな結果になりそうだしのぉ)

老師「参った。他に何かこう、弟子どもを感心させる一芸はないものか……」

老師「……そうだ。あれがまだ残っておったわ。まだ一度しか成功していないが、最近調子に乗っておる二人を黙らせることはできるはず」

老師「明日、決行するか。クックックック……」

―翌日―

老師「今から、食料を調達しにいくぞ」

少女「もう保存食なかったっけ」

青年「少なくはなっていますが、調達するほど枯渇しているわけではないですが」

老師「おぬしらもここの生活に慣れてきた。故に次なる段階に進んでもいいと判断した」

青年「それは、俺たちを認めてくれたということですか!!」

少女「別にどーでもいいけどなぁ。認めてほしいとか思ったことないし」

老師「喝!! お前たちなど、まだ殻も破れぬ雛も同然!! いい気になるでないわ!!」

青年「す、すみません。つい、嬉しくなってしまって」

少女「認めてないなら、そんなこというなよな」

老師「拗ねておるのか?」

少女「拗ねてねーよ! で、なにするんだよ! 早く、言えよ!!」

青年「こら、落ち着いて」

少女「ちっ。むかつく、ジジイだなぁ」

老師「こっちの台詞じゃい。さて、食料調達だが、山を少し下り、ある場所で調達しようと思うておる」

青年「ある場所、とは」

老師「森林だ」

少女「そこで食料とってくるのが次の段階に進んだことになるの?」

老師「あの森はより凶悪な獣と遭遇しやすくてな」

青年「熊以上のものが?」

老師「うむ」

青年「それは虎ということに……」

少女「と、とらぁ!? そ、そんなのヤバくないか!?」

老師「熊とはまた一味違う獣だからのぉ」

青年「虎か……。まだ出会ったことがないな。人間が勝てるものなのでしょうか」

老師「勝てぬのなら、ワシはもう15年ほど前に死んでおるわ」

青年「流石、師匠!!」

少女「マ、マジでそんなところで調達するのかよ」

老師「何を恐れておる。今日の飯は虎肉を使ったものにするつもりだぞ」

少女「無茶だろ!? いや、熊を倒せるやつが二人もいるなら、いけるのか……? よくわかんないけど」

老師「食材確保の他に、虎は大きな資金源となる」

青年「虎骨酒にして売るのですね」

老師「よく知っておるな」

青年「恐縮です」

少女「ここつしゅって?」

青年「薬酒の一種で、かなり希少価値が高くて、かなりの高価格で取引されているものだ」

少女「へー。すごーい」

青年「痛み止めの効果が高いと聞いたことがあるよ」

少女「そんなのが取れるならいいけどさ」

老師「安心せい。虎は必ず一匹でおる。群れを成さない生き物じゃて。それに奴らは夜行性。今から攻め入れば、こちらが確実に先制できる」

青年「虎の寝こみを襲うわけですか」

老師「虎の嗅覚、聴覚を掻い潜り、近づけば間違いなく狩れる」

青年「確かに。次の段階といえるほど、難易度の高いものですね」

少女「高すぎると思うんだけど」

老師「つべこべ言わず、行くぞ。強くなりたくないのなら、ここで形稽古でもしておくんだな。ほっほ」

―森林―

ガサガサガサ……!!

少女「ひっ!?」ビクッ

鳥「アー!!!」バサッバサッ

少女「はぁ……びっくりしたぁ……」

老師「なんじゃ生娘みたいな悲鳴をだしおって。気色悪っ」

少女「なんだよ!!! ビビッて悪いかよ!!!」ブンッ!!!

老師「うひぃ!? 殺人蹴りはやめい!!!」ササッ

青年「静かに」

少女「どうかしたの」

老師「小娘がわるいんじゃい」

青年「ここを見てください」

少女「うっ……これって……」

老師「獣の糞か」

青年「この大きさからいって、そこそこの巨体かと。虎かもしれません。警戒していきましょう」

少女「だ、大丈夫なんだよな? ちゃんと、守れよ」ギュゥゥ

老師「はなれんかい。鬱陶しい」

少女「行くっていうからついてきてやったんだぞ!」

老師「こんでもええといったろうが」

青年「俺もなんだか言い知れぬ恐怖がこみ上げてきました。出会ったことのない敵と対峙していつもの力が出せるのか、不安です」

老師「こればかりは経験の差というものだな。いくら筋力をつけ、技を磨いたところで、無知という恐怖からは逃れられん。それを打ち崩すは経験。すなわち、知ることにあり」

老師「虎との対峙、すべからく恐怖と戦うことになる。そして知ればよい。その恐怖の正体を。さすればまた一つ、武の道を歩むことができる」

青年「はいっ」

少女「やだなぁ……」

老師(フハハハハ。どうやら、二人とも完全に怖気づいておるわい。こりゃ、ワシの勝ちだな。あー、負けをしりたいわい)

ガサガサガサ……

青年「むっ……」

少女「な、なになに!?」

虎「ガルルル……」

老師「現れたか、虎公。カッカッカッカ。我が拳が、そのしなやかな体躯を捉える」ザッ

少女「で、でた!? でちゃった!! マジで虎なんですけど!!」

青年「この圧力……。熊とは比較にならないぞ」

虎「ガルルル……」

老師「下がっておれ。まずは、知れ。虎との戦いをな」

青年「師匠、お願いいたします」

少女「ま、まけんなよ、ジジイ! 負けたらかっこわるいからな!」

老師「ほっほ。一匹の虎になぞ負けんわい」

虎「ガルルル……!」

ガサガサガサ……

「ガルルル……」

「グルルル……」

「ガァァ……」

老師「……」

青年「と、虎が4匹も……!!」

少女「え……えぇ……ちょっ……群れをなさないんじゃなかったの……?」

虎「ガルルルル」

青年「し、師匠、これは……ど、どうしたら……。我々よりも数が多いとなると……」

少女「ど、どうすんだよぉ、ジジイ! なぁ!!」

老師「慌てるでないわ。みっともない」

青年(この落ち着き。虎が四匹出たところで、師匠は動揺一つしていない。経験の差とはこれほどまでに人間を強くさせるのか)

少女(ジジイ、たまにかっこいいんだよなぁ)

老師(人生、色々あったの。いや、大半は山での生活だったか。最後ぐらい、可愛い女の子と隠居してみたかったのぉ)

虎「ガルルルルル……!!!」ザッ

青年「姿勢が低くなった……」

少女「ジジイ! 来るぞ!!」

老師「――かーっつ!!!!!」

青年・少女「「……!?」」ビクッ

虎「ガァァァァァ!!!!!」

老師「キタァー!!!!」ダダダダッ

少女「あ、こら!! ジジイ!! 逃げるのかよ!!! おいてくなぁ!!!!」

「ガルルル!!!」ザッ

老師「こっちからもきたぁー!!」

青年「ダメだ! 囲まれている!!」

少女「そ、そんなぁ……」

老師「で、でで、弟子よ。この窮地から脱することはできるか」

青年「師匠と一緒ならば、怖くはありません。いえ、それは嘘ですね。恐怖はどうしてもぬぐえません。しかし、ここから生きて頂へ戻ることはできると信じています」

老師「そうか。よく言ってくれた。では、まずはお前からいけい」

青年「俺からですか!?」

老師「修行の成果、ここでみせてみよ!!」

青年「はい!!!」

虎「ガァァァァ!!!!」

青年(所詮、獣だ。人間のように思考して攻撃を仕掛けてくることはない。巨体に気圧されるな!! 動きだけに集中しろ!!)

青年「はぁぁ!!!」ブンッ

虎「ガァァウ!!!」ササッ

青年(突きをかわされた!! 虎の動きは牽制だったというのか!?)

虎「ガァァァァ!!!」

青年(喰われる……!! ここまでか……)

老師「キエエエエエエイ!!!!」ドゴォ!!!!

虎「ガッ……!!!」

ズゥゥゥゥン!!

青年「お、おぉぉ……」

老師「はぁ……はぁ……」

少女「すげー!!」パチパチパチ

老師「にげるぞぉ!!!」ダダダダッ

青年(師匠でも四匹の虎を一度に相手はできないか!!)

少女「おいてくなってばぁ!!」

老師「ええい!! 愚鈍なやつじゃ!! 背に乗れ!!」グイッ

少女「おぉ」

老師「しっかりつかまっておれ!!」ダダダダッ

虎「ガァァァァ!!!」ドドドドドッ

青年「ハァ……ハァ……! 師匠!! 虎はまだ追ってきています!!」

老師「そんなもの見ればわかるわい!!」

虎「ガアアアア!!!」

少女「もっと早く走れって!! 追いつかれるぞ!!」ペシペシ

老師「ええい!! 頭を叩くな!!」

青年「師匠!! 先ほどの一撃は見事でした!! もう一度、できませんか!!」

老師「お前が囮になってくれるならみせてやれるかもしれんなぁ! 実際、さっきはそれで成功したもんねー!」

少女「最低だな、クソジジイ」

青年「わかりました!」ザッ

老師「へぇ!?」

青年「各個撃破でいきましょう」

少女「危ないって!!」

老師「そうだぞ! 同じように成功するとは限らんて!!」

青年「俺は、師匠の一番弟子です。師匠の強さは誰よりも理解してるつもりです」

老師(このおバカちゃんは!! ワシのことどこまで買いかぶるつもりじゃい!!)

虎「ガァァァァウ!!!」

少女「いやぁぁ!!」

青年「こっちだ!! 虎め!!」

虎「ガァァァァ!!!!」

老師「ええい!! バカ弟子がぁぁ!!」

青年「はぁ!!!」ブンッ

虎「ガァァウ!」サッ

青年(予想通り、躱したな!!)

青年「師匠!!」

老師「どうにでもナレエエエエエイ!!!!」ドゴォ!!!!

虎「グッ……!!」

ズゥゥゥン!!

青年「やはり獣は獣か。同じ手に引っかかって――」

「ガァァァァ!!!」バッ!!!

老師(む……!? まさか虎も囮を使ったというのか……!?)

青年「うしろ……!?」

「ガァァァァ!!!」

老師「いかん!! よけろ!!!」

青年「……!」

青年(足が動かない……これが恐怖の正体か……)

「ガァァァァ!!!!」

老師(間に合わん!!)

少女「でやぁぁぁぁ!!!」ドンッ!!!!

「ギッ……!?」

ズゥゥゥゥン!!!

少女「はぁ……はぁ……ひぃ……ひぃ……」

青年「な……蹴りで……虎を……」

老師「う、うそぉ……」

少女「はぁ……や、やっちゃった……どうしよう……」

老師「う、うむ!! これで虎の陣形は総崩れ!! 今の内に逃げるぞぉ!!!」

―山頂―

老師「はぁ……ひぃー……もうはしれん……はしれんぞい……」

青年「さ、さすがに、つかれ、ましたね……」

少女「ごっほ……おぇ……はぁ……はぁ……もういや……あんなとこ……いきたくない……」

老師「は、はじめて……いけんがあったな……こむすめ……。あの場所は……人類には早すぎたのかもしれぬ……」

少女「あたしも、そうおもう……」

青年「虎が群れで行動していたのは予想外でしたね」

老師「一匹だけならワシがビシッと決めてやったのだが。流石に二匹以上は無理だな。ムリムリ」

青年「何故、群れていたのでしょうか……?」

老師「しらんわい。子育てでもしてたんじゃないのかの」

少女「虎の赤ちゃんが傍にいたってこと?」

青年「繁殖期というのなら、雄と複数の雌がいても不思議じゃないが」

老師「複数の女を侍らせる男か。憧れるのぉ」

少女「男ってそういうのがいいんだ。全然、わかんないけど」

老師「ガキにはわからんわい」

―夜―

青年「ふんっ!! ふんっ!!」ガッ!!!

青年(俺にもっと力があれば……!! あの虎も一匹なら仕留められていたはずだ……!!)

青年「俺はまだまだ弱い!! こんなことでは奴を倒すことなどできはしない!!」

青年「ふんっ!! ふんっ!!」ガッ!!!

バキィ!!

青年「ふぅー……。もう斧が折れてしまったか。最近、壊れる間隔が短くなっているな」

青年「ここまでにするか」

青年「虎か……」

青年「目標としては悪くないかもしれない。過去の偉人たちの多くも虎狩りをしていたときく」

青年「もし素手で虎を狩ることができれば……」

青年「奴にも近づけるのか……」

青年「いや、焦りは迷いを生む。今はまだ考えるときではないか」

青年「だが、いつか……必ず……!」

青年(待っていてください、父さん、母さん。俺は二人の無念を晴らします……!!)

―小屋―

老師「今日はもう終わりにするみたいだな」

少女「やけに早いな。斧でも折れたかな」

老師「そんなところだろうて」

少女「止めなくてもいいの? あいつの手、ボロボロになっちゃうぞ」

老師「何度も止めてるわい。だが、全く言うことをきかん」

少女「親の敵討ちのためだもんなぁ」

老師「うむ……」

老師(憎悪は人間を一番強くするからなぁ。ワシよりも強くなるのは時間の問題か)

少女「気持ちはわかるなぁ」

老師「なに?」

少女「親が殺されたら、やっぱああなるよな」

老師「おぬしの親も死んだと言っていたな。よもや、殺されたというまいな」

少女「殺されたけど」

老師「なにぃ……?」

少女「殺されても仕方のない二人だったけどな」

老師「屑だったか」

少女「ジジイのほうが何百倍もマシなほどにね。親父は毎日借金しては酒飲んであたしに暴力振るうし、母親は毎日違う男と外で遊んでた」

少女「で、親父が遂にヤバい連中から金を借りて、それを踏み倒そうとしたもんだから殺された。母親は母親で男にだまされて変な店で働かされることになって……」

少女「結局、母親はそこで働くのが嫌になったみたいで自殺しちゃった」

老師(なんという、壮絶な過去だ……。どれほどの経験を積んでいるんだ、この小娘)

少女「で、あたしは親父に金を貸して、母親に職場を紹介した組織に拾われた」

老師「む? つまり親を殺したと言ってもいい連中とつるんでいたということか」

少女「そうでもしなきゃ、ごはんも食べられなかったしな」

老師「おぬしが何故、そこまでねじ曲がったのかよくわかるな」

少女「うるせーよ。でも、もうあそこには戻るつもりはないから」

老師「そうなのか」

少女「帰る場所なんて、あたしにはないしね」

老師「なんだ、ここに一生住むつもりか」

少女「そ、そんなつもりはねーよ!」

老師(金貸しもして、おかしな店へ斡旋できる組織て……もうひとつしかないのぉ……)

少女「きいてんのかよ!! あたしはここに一生住むつもりはないからな!! ひとりでも生きていけるって思ったら、容赦なく家出するつもりだからな!! おぼえとけよ!! ったく」

老師「なぁ」

少女「なんだよ」

老師「次、おぬしのお迎えがきたら、ワシは何もせんぞ」

少女「なんでだよ!!!」

老師「この歳で物騒な連中に絡まれたくないんじゃよ。ケホ、ケホ」

少女「そんな弱弱しい咳なんてしたことなかっただろ!!!」

青年「おや、まだ起きておられたのですか」

老師「ちょっと聞いてくれ。こやつ、マジヤバいぞ」

青年「何がですか」

老師「とっても恐ろしい奴らと三年ぐらい一緒にいたようだわい」

少女「んだよ、子どもにあんなことさせてる時点で察せよな」

老師「ただのごろつきだとおもってたのにぃ」

青年「子どもに対してあそこまでの暴力を振るえるやつはただのごろつきでも、いや、人間ですらありませんけどね」

―都会 某所―

チンピラ「や、やめてください!! あの!! もうすこしだけ時間を……!!」

「もう一か月だ。随分と待った方だが」

チンピラ「確証はねえんですが!! やつはもう死んでるかもしれないってところまではわかってて……!!」

「死んでいる、だと?」

チンピラ「山からおりてきたっていう情報が一切なくて!! だから、山の中でもう……!!」

「誰に殺された?」

チンピラ「わかんねえけど!! あの男かもしれねえ!! 山に居た若い男が……!!」

「なるほど。そういうこともあるかもしれないな」

チンピラ「だから、あとすこしでわかるんだ!! じかんを……!!」

「時間は、ない」

チンピラ「い、いやだぁぁぁ!!!」

ザンッ!!!

「久しぶりに行ってみるか、あの村へ」

「たまには顔をだしておかないとな」

―数日後 山頂―

青年「はっ!! せいっ!!!」

少女「はっ!! やぁ!!」

老師「……」

老師(みるみるうちに洗練されていくのぉ。きぃぃ!! 憎らしい!! 天才はこれだからなぁ!!)

青年「ふぅー。早朝の特訓に続き、朝の特訓も終了しました」

少女「おっす!!」

老師「特訓項目が何気なく増えておるな」

青年「この子も成長したので、時間に余裕がでてきましたか」

少女「目標は日の出までに二往復することだけどな」

老師(五往復に増やしてやろうか)

青年「では、次は午前の特訓に入ります」

少女「おー」

老師「まてい。今日は、特訓よりも優先すべきことがある」

青年「はぁ、なんでしょうか」

老師「買い出しじゃ」

少女「買い出し? 何か必要なものとかあったっけ?」

老師「あのなぁ。ワシだけのときは一度麓の村へ行けば半年はここに籠ることができたが、今や三人となっている」

老師「便所紙や新たな衣服等も必要になるだろう」

少女「あぁ、そっか」

青年「生活必需品の買い出しというわけですか」

老師「そうだ。行ってきてくれるな」

青年「はっ! よろこんで!」

少女「金は?」

老師「ここにある」ジャラ

少女「へえ、ちゃんと貯金してるんだな」

老師「当然だ。山籠もりをしていても、必要最低限のものは買わなくてはならんからの」

青年「では、熊の手やそのほか漢方薬となる薬草も行商人に売ってきたらいいですか」

老師「そうしてくれ。初めてではないから、要領はわかるだろ」

青年「はい。任せてください」

少女「売るのはあたしにやらせてくれないか?」

老師「自信があるのか」

少女「これでも男を手玉にとってきたんだ。そういうことはお手のものだって」

老師「子どもに優しい男を相手にしただけではなくてか?」

少女「12歳っていう利点をしっかり使わねえとな」

老師「子どもであることは認めるのか」

少女「子ども扱いするなっての」

青年「分かったよ。売るのは君に任せる」

少女「ありがと。見とけよ、相場の倍で売ってきてやるぜ」

老師「ほっほ。商売はそんなに甘くないがのぉ」

少女「言ってろ。あたしを軽く見ると後が怖いってこと思い知らせてやる」

老師「わかった、わかった。わかったからさっさと行って来い」

青年「では、行ってまいります」

少女「いってきまぁーす」

老師「ついでに昼飯もたのむぞー」

―麓の村―

少女「ここに来るのもなんだか久しぶりだなぁ」

青年「毎朝、山の上り下りはしているけど、村の中には入らないからね」

少女「売るなら、やっぱりあそこがいいかなぁ」

青年「なんだ、どこで売ればいいのかわかっているのか」

少女「この辺りで色々と盗んだりしてたからな」

青年「そうか……」

少女「んじゃ、ちょっと行ってくる」

青年「待て。一人で行くな。もし、奴らがいたらどうするんだ」

少女「お、おぅ……そっか……ごめん……」

青年「二人で行動しよう」

少女「わかった」

女拳士「あー!?」

青年「ん? あ……!」

少女「誰?」

女拳士「貴方のこと探してたんです!! よかったぁ、ようやく見つかって」

青年「はぁ、そうなのですか」

女拳士「はいっ。実はですね……」

少女「誰だよ、この女」

女拳士「えっと、妹さん?」

青年「いえ、同じ流派の者です」

女拳士「こんなに小さい子が……。ふふっ、かわいい」

少女「あぁ? 子ども扱いするなよ。こう見えても蹴りで岩にヒビをいれることだってできるんだからな」

女拳士「まぁ、怖い。強いのね」

少女「ホントだからな!!」

女拳士「それはそうと、あの、是非会って欲しい人がいるんです」

青年「はい?」

少女「あたしの話をきけよ!!」

女拳士「師範に会ってくれませんか?」

青年「師範、に?」

女拳士「うちの師範、あちこちに道場を構えていて、あまりこっちには顔を出さなかったんですけど、丁度今、戻ってきていて」

青年「そうですか」

女拳士「で、一度師範とお話ししていただいて、もしよければ、うちの道場に来ませんか?」

青年「待ってください。一度お断りしたはずですが」

女拳士「でも、その、是非、あなたといっしょに……武道をしたくて……」モジモジ

少女「おい、おばさん」

女拳士「なぁに、お嬢ちゃん?」

少女「こいつにはちゃんとした師匠がいるんだよ。勝手に誘わないでくれるか」

女拳士「貴方も一緒にくる? うちの道場、女の子ばっかりだからすぐに馴染めるよ」

少女「興味ない」

女拳士「まぁまぁ、そう言わずにお話だけでも聞いてください。ね? 師範、とってもいい人だし、きっとあなたたちも気に入ると思うから」

青年「そう言われましても……」

女拳士「お願いします。話だけでも」

青年「うーん」

少女「悩むなよ」ゲシッ

―村の道場―

女拳士「こちらです。どうぞ」

青年「失礼します」

少女「買い出しはどうするんだよー」

青年「あそこまで言われて無碍にするわけにもいかないだろう。師範と話をして、その上できっぱりと断ればいい」

少女「真面目なんだから」

女拳士「師範、お連れしました。前に話した人と、その妹弟子さんです」

少女「妹じゃないって!」

師範「ようこそ、我が道場へ。歓迎いたします」

青年「……」

女拳士「どちらも武術の心得があるそうなので、道場としても益があると思います」

師範「見ただけで分かります。お二人とも、とても鍛えていらっしゃるようだ」

少女「まぁな。このおばさんよりは毎日鍛えているつもりだ」

女拳士「あらあら、そんな大口叩いて大丈夫?」

少女「やるかぁ?」

師範「こら、やめなさい。お客様に失礼ですよ」

女拳士「ごめんなさい……」

少女「ふんっ」

青年「……」

師範「おや、これは申し訳ありません。お茶を用意してくれますか」

女拳士「はぁーい」

少女「あたしたち、用事があるんだ。勧誘するなら他をあたってくれるか」

師範「勧誘なんていたしません。貴方たちがこの道場を気に入ってくれたら――」

青年「自分の家も道場で、由緒ある流派でした」

少女「え?」

師範「そうですか。では、幼少の頃から武芸を嗜んでいたのですか」

青年「十年前、土地を明け渡せと言われました。自分の父は頑なに先祖代々譲り受けてきた土地を渡すことはできないと断り続けました」

師範「それはそれは」

青年「その年から、何故か門下生は皆、道場を去り、経営は成り立たなくなりました。そしてまた土地を譲れと言われました。それでも父親は意見を変えなかったのです」

青年「数日後、自分の両親は殺されました。道場の中で。一人の男に殺されたのです」

師範「それはお気の毒に」

青年「今でも、男の顔はよく覚えています。自分から両親と帰る場所を奪った男の顔です。忘れることなど、できはしない」

師範「……」

少女「おい、どうしたんだよ」

青年「父親が守ろうとした土地にはそれは立派な道場が建っていると聞きました。きっと、ここと同じような看板を掲げているのでしょうね」

師範「そうですよ。私の道場がそこにあるのですから」

少女「え? あの、えっと……」

女拳士「お茶、はいりましたよー」

青年「貴様がぁ!!!」

師範「はっ!!!」ガッ!!!

青年「ぐっ……!!」

師範「まだ生きていたとは、驚きですね」

青年「貴様を殺すまで、死ねるわけがない」

少女「お前の仇って……」

青年「この男で間違いない。忘れもしないぞ、そのニヤケ面だけは」

女拳士「ちょっと!! 何をしているんですか!!」

青年「黙っていろ!!!」

女拳士「は、はい!!」ビクッ

青年「こんなに近い場所にいたとは……!! 探す手間が省けたぞ……!!!」

師範「世間は狭いですね。十年前のあの子どもがこんな場所にいるとは」

青年「あのときは恐怖で何もできなかったが……。今の俺は違うぞ!!!」

師範「私の目には何も変わっていないようにみえますが」

青年「なんだと……!!」

師範「私に恐怖している目だ」

青年「そんなわけあるかぁ!!」

師範「貴方にとって偉大なる父親を簡単に殺した相手だ。怖くなるのも分かります」

青年「黙れぇ!!!」

少女「おい! 落ち着けって!」

青年「邪魔をするな!! 引っ込んでいろ!!」

少女「……!?」

師範「貴方はどうやらこの道場には向いていないようですね。どうぞ、出口はあちらです」

青年「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」ブンッ

師範「ふんっ!!!」ドゴォッ

青年「がっ……は……!?」

師範「十年、何をしてきたのかは知りませんが、自分の父親も超えてはいないようですね」

青年「うおぉぉぉぉ!!!」

師範「はいっ!」バキィッ

青年「ぐっ……!!」

師範「無駄ですよ」

女拳士「師範、その、あの……」

青年「殺してやる!! ころしてやるぞ!!!」

師範「やれやれ。まだやりますか」

少女「はぁぁぁぁ!!」バキィッ

青年「がっ……ぁ……」

師範「おや。仲間割れですか」

少女「買い出しの途中なんだ。もう行く」

師範「そうですか。その兄弟子を運ぶの、手伝いましょうか」

青年「ぐっ……うぅぅ……」

少女「余計なお世話だ。このまま引き摺って行く」

女拳士「そ、そんなぁ……かわいそう……」

少女「そうだな。可哀想だよ。親の仇を目の前にして、何もできないんだから」

女拳士「師範、その話って……」

師範「逆恨みですよ。私は正当防衛だったのですから」

少女「いくぞ」グイッ

青年「ころ……して……や……」

少女「お邪魔しました」ズルズル

青年「うぅぅ……」

女拳士「あぁ……絶対に擦り傷だらけになっちゃう……」

師範「ふふふ。また遊びにきてください。私は暫くここに滞在しますので」

少女「わかった。伝えとく」

―診療所―

医者「これで処置は完了です」

少女「ありがとうございました」

医者「あのときとは立場が逆転していますね」

少女「あはは。そうですね」

青年「……」

少女「落ち着いた?」

青年「どうして、止めたんだ」

少女「勝てないと思ったから」

青年「もう一度、行く」

少女「もう止めないよ」

青年「……」

少女「仇、とりたいなら師匠のところ戻ったほうがよくない?」

青年「くっ……うぅぅ……くそ……くそぉ……」

少女「ほら、帰ろ。買い物は済んだし、売るものも売ったしさ。今日の用事は終わりだ」

―山頂―

老師「おそいのぉ。全く、昼飯ではなく、夕飯になるではないか」

少女「帰ったよー、ジジイ」

老師「喝!!! どこで油を売っておった!!! 昼飯抜きになったではないかぁ!!! 久しぶりに村の売り物を食べたいと思っていたのにぃ!!!」

少女「肉まんなら買ってきたけど」

老師「これだけでワシは満足せんぞ!! はむっ……はむっ……」

少女「そこまで言わなくてもいいじゃんか」

老師「大体だなぁ。昼過ぎには終わる用事だったはずだぞ! えぇ!? おかしいだろうが!!!」

少女「心配してくれたの?」

老師「金を持ち逃げされたかと思って、不安だったわい」

少女「あぁ、そうですか」

青年「……」

老師「して、何があった? そんな陰気臭い顔で帰ってきたからには、相応の理由があるんだろうな? 意味もなくそんな顔をしているなら、破門じゃ」

少女「こいつの親の仇が麓の村にいたんだ」

老師「はぁ……。面倒臭いものを持って帰ってきよってからに。とにかく、小屋に入れ。白湯ぐらいは用意してやる」

―小屋―

老師「そうか……そういうことがあったのか……」

青年「申し訳ありません、師匠。自分を律することができないばかりか、この子に諭される始末」

青年「短い期間ではありましたが、俺は師匠から色々なことを学んだつもりでいました。けれど、奴を前にしたら、何もかもが消えうせてしまって……」

老師「……」

青年「面目ありません……」

老師(まぁ、別に何も教えてないしなぁ)

少女「これからどうするつもりなの」

青年「俺の目的はただ一つ、復讐だ。そのためだけに生きてきた。だから、奴を……」

老師「返り討ちに遭うだけだな。お前の両親のように」

青年「しかし!!」

老師「喝」

青年「え……」

老師「休め。今のお前は猪も倒せん」

青年「はい……。今日は、休みます……」

―山頂―

老師「風の噂でワシのことを聞いたと言っていたな……。最初に気が付くべきだったか」

少女「あいつ、寝ちゃったよ。無理もないけど」

老師「どうやら、因縁があるようだわい」

少女「因縁って?」

老師「バカ弟子は、なるべくしてワシの弟子になったようだ」

少女「そうなの?」

老師「ワシの噂は、きっと祖父から聞いたのだろうな」

少女「どうしたんだよ、ジジイ」

老師「我が弟子よ。おぬしは何のために強さを欲した」

少女「怯えなくてもいいように。どんな暴力にも怖がらずに済むほどの強さが欲しい」

少女「ジジイみたいに、強くなりたい」

老師「ワシは50年、ここに一人でいた。何故かわかるか」

少女「武術を極めるためじゃないのか」

老師「否、人間不審になったからだ。人付き合いが嫌になり、ここへ来た。そして、あまりにも暇だから体を鍛え始めた。きっかけはそれだけのことよ」

少女「そ、そうなんだ……」

老師「50年も鍛えていれば、岩の一つも砕けるようになるもんじゃな。カッカッカッカ」

少女「熊も虎もやっつけられるなら、すごいことだと思うけど」

老師「だが、人間とやり合うことは今までなかった。只管に木を殴り、獣と戯れ、この環境に適した武術を磨いただけのこと」

老師「故に、人間に相手に自身の力は発揮できぬ。心が力に鍵をかけている」

老師「ワシも人の子だ。人を殺すことは怖い」

少女「……!」

少女(だから、岩を砕けて熊や虎を倒せるぐらいに強いのに、人相手にはあんなに手加減してたのか)

老師「ワシはただただ臆病なだけだ。強くなどない」

少女「分かった。やっと今、分かった気がした」

老師「なにをだ」

少女「あたしの師匠がどれだけ強いのかってことに」

老師「おぬしの目は節穴だな」

少女「あいつの敵討ち、協力してやってくれない?」

老師「やなこった。地上げ屋はヤバい連中ばっかりなのは知っている。それが名門道場の師範ともなれば、万に一つも勝ち目はないわ。仇討ちなど諦める他ないわな」

少女「なら、なんでさっきはあいつのこと止めたのさ」

老師「……」

少女「死んでほしくないからでしょ」

老師「居なくなってくれたほうがいいわい。あいつの特訓に付き合わされる身にもなれ」

老師「朝は早いし、夜は遅い。こっちは毎日寝不足じゃい」

少女「でも、誰よりも先に起きて、誰よりも最後に寝るじゃん」

老師「あいつのほうが早起きのときもある。たまたまじゃい」

少女「お願いします、師匠」

老師「……」

少女「自分の兄弟子を、救ってやってはくれませんか」

老師「どこでそんな言葉づかいを覚えた」

少女「お願いします、師匠」

老師「……明日からだな。明日から、始めるとしよう」

少女「はい!」

老師「全く。こんなことなら弟子などとるでなかったなぁ」

―翌日 小屋―

青年「ん……」

少女「かーっつ!!!」

青年「うわぁ!?」

少女「寝坊だ。なにしてんのさ」

青年「あ、す、すまない!! すぐに支度をする!!」

少女「もう、ジジイも待ってるからね」

青年「あ、ああ」

青年(しまった。寝過ごしてしまったか……。昨日の所為か……。あれしきのことで精神が乱れてしまうとは、本当に未熟)

青年「急ごう」ゴソゴソ

青年「――すみません、遅くなりました!!」

老師「来たか」

少女「揃ったよ。何するの」

老師「早朝の特訓からだな。山を二往復してこい」

青年・少女「「はい!!」」

―数時間後 山頂―

青年「はぁ……はぁ……」

少女「ふぅー……つかれたぁ……」

老師「遅いな。もう日が昇ってしまったぞ」

青年「も、申し訳ありません」

老師「日の出までに二往復できるまでは、村へ行くことを禁ずる。文句はないな」

青年「……はい」

老師「うむ。お前もだぞ」

少女「へーい」

老師「続いて、朝の特訓に入る」

青年「はい!!」

老師「さて……」ザッ

青年「え……師匠……?」

老師「かかってこい。乱取り稽古じゃい」

青年「つ、ついに……師匠と……!! はい!! よろしくお願いします!!!」ザッ

老師「どこからでもこい」

青年「はっ!」

少女「……」

青年「でやぁぁぁぁ!!!」ブンッ

老師(我が心、明鏡止水。水の音、風の流れ、自然を感じ、自然をこの身に宿すことで相手の動きを読み取る)

老師(これこそが、無我の境地なり!!!)

青年「はぁ!!!」ドガァ!!!!

老師「ぐほぉ!?」

少女「あーあ」

青年「師匠!?」

老師「ぐぬぬ……!! おくち、きれたぁ……」

少女「唾でもつけてれば治るって」

老師「アホかぁ!! 口内炎になるわい!! あぁ、折角なおったのにぃ」

青年「し、師匠、あの……」

老師「気にするな。さぁ、ワシに胸を貸すつもりでかかってくるがよい」

少女「ジジイが借りる側かよ」

老師「うるさいわい!! これがワシのやり方じゃい!!」

青年「師匠、一体どういう……」

老師「ワシも修行中の身。だが、肉体の衰えは隠しきれぬ。どんなに鍛えても、我が体は朽ち続けていく」

老師「ただし、我が心に衰えはなし!!」

青年「……!」

少女「衰える余地もないほどに、最初からしわくちゃだもんね、その心」

老師「小娘ぇ!! 黙っていろ!! 女子供には心も体もまけんぞぉ!!」

少女「そういうところを鍛えろ!! クソジジイ!!」

青年「師匠」

老師「なんだ、バカ弟子」

青年「俺は本当に幸せ者かもしれません」

老師「おぬしの頭がお花畑なだけだろうて」

青年「いきますよ、師匠!」

老師「どこからでもかかってこい!! 何なら、足だけでかかってきてもいいぞ!!!」

―正午―

老師「……」

少女「ジジイ、ごはんできたよ」

老師「いらん。口の中が血の味でひろがっているのでな」

青年「すみません、師匠。つい嬉しくなってしまって……その……」

老師「この!! クソ弟子がぁ!! こうなったら両手両足を縄で縛ってからかかって来い!!!」ザッ

青年「えぇ……」

少女「威厳もくそもないね」

老師「老いぼれ相手にホンキ出されても困るんだがなぁ。こういうの老人虐待じゃないかなー。ねー?」

少女「誰に話しかけてるんだよ」

老師「ワシの心のよりどころは、草木だけだわい」

青年「そんなことありません。俺たちも師匠の支えになりますから」

少女「こんなジジイ、支えたくないけどなぁ、あたし」

老師「下の世話はおぬしの仕事だからな」

少女「死んでもごめんだね」

老師「年寄りは大事にするものだと教わらなかったか」

少女「生憎と育ちが悪いんだよ、あたしは」

青年「俺は師匠のお世話なら率先してやりたいです」

老師「願い下げじゃい。男に世話してもらっても、面白くないというか気持ち悪いだけ」

青年「な……」

少女「要するに奴隷が欲しいだけだろ」

老師「可愛い女の子の世話人が欲しいだけだ」

少女「一緒じゃねえか」

青年「師匠の今後を考えれば、そういった人物の確保も必要になるか」

少女「こんなクソジジイの汚いものを処理してくれる人なんて、絶対いないね。大金積まれたってやらないよ」

老師「そこまでいうか」

青年「俺たち多大なる恩義があるんだ。何かでお返ししたいと考えるのはごく普通のことだ」

少女「世話する人が迷惑するだけじゃん。やめておいたほうがいいって」

老師「あーもー! 黙って飯を食え!! 午後からも修行が待っておるでな!! 厳しくいくぞ!! 血反吐とか吐かせてやるからな!!!」

青年「よろしくお願いします!! 師匠!!」

―夕方 山頂―

老師「おぇぇぇぇ……!!」

青年「師匠!! 大丈夫ですか!!」

老師「ちょ、ちょっと、はりきり……おぇぇぇぇ……!!」

少女「あーあ、もう」

老師「老いには勝てんということかぁ……!!」

少女「あたしの蹴りを腹でまとも受けるからそうなるんだってば」

老師「こむすめぇ……おぬしの蹴りごときで……反吐をはくことになろうとはぁ……おぇぇぇ……」

青年「師匠、休んでいてください」

老師「そ、そうだな……あとは自由時間にするかの……」

老師「寝るもよし、食うもよし、鍛えるのもよし。各々が目的にあわせて、うごけい」

少女「はぁーい」

青年「付き添います、師匠」

老師「構わぬ。お前にはやるべきことがあるだろう。ワシの介護をしている暇があれば、あの巨木に少しでも傷をつけておけ」

青年「は、はい」

―小屋―

老師「うぅぅ……うぅぅ……」

老師(小娘の足技、日に日に磨きがかかってきよって……。そら、まともに決まれば虎も倒せるわい)

老師(若いってええのぉ。あと30年早く、弟子を持っていたら面白かったかもなぁ)

少女「よっと」

老師「なんじゃい」

少女「はい、山菜のお吸い物。これなら食べられるだろ」

老師「何の真似だ」

少女「自由時間だっていうから作った。ほら」

老師「いらんっ」

少女「あっそ。んじゃ、ここに置いとくから」

老師「ふんだっ。意地悪な弟子のものなど、口にしたくもないわい」

少女「それじゃ、岩でも蹴ってこようかな」

老師「また捻挫でもしたらいいわい。今度は骨折でもしてこい。カッカッカッカ」

少女「ちゃんと食えよ。おやすみー」

―山頂―

青年「はぁ!! せいっ!! うぉりゃぁ!!!」ドンッ

青年「はぁ……はぁ……。まだ倒れないか……」

青年「どうすれば深く刃を入れることができるのかは、なんとなく掴めてきたが、それでも切り倒すほどの傷は負わせられない」

青年(ただ腕を振り下ろしてもこの巨木には掠り傷させつけることはできない。樹皮の堅牢さは鉄のようだ)

青年(全身の力を上手く使うことによって、初めてこの巨木に傷をつけることができる。ほんの僅かでも力の入れ方を失敗すると、刃は通らない)

青年(全神経を一点に集中させる動作を何千回、何万回と繰り返さなくては、この木を切り倒すことは叶わない)

青年「ふぅー……。師匠も無茶な修行を言い渡してくれたものだ」

青年「だが、こうして修行の辛さが理解できるようになったということは、俺も多少は成長しているということか……」

青年(道は果てしない。されど、歩み続ければ辿りつけるはず)

青年「この場に留まることは、許されない」

青年「せぇぇぇい!!! であぁぁぁ!!!」ドンッ


少女「がんばってるなー」

少女「あたしもやるか。岩を蹴り砕いてみたいし」

少女「せぇぇい!!!」ドガァ

老師「ふむ」ズズズッ

老師「ぷはぁ。ふん、まぁまぁだな」

老師「あれだけ努力できるのは、もはや才能よ」

老師「心の強さは鍛えようと思うても、鍛えられはしない」

老師「ワシのように、ただひたすらに敗走し続けるだけよ」

老師「うむ」ズズズッ

老師「憎らしいのぉ。あー、憎らしい」

老師「はぁー……」

老師「嫉妬してしまうな。バカ弟子にも、あの小娘にも」

老師「ワシはああやって楽しそうに修行していたかのぉ」

老師「もう忘れてしまったわい」

老師「……」ズズズッ

老師「ふぅ……。さて、ワシも寝る前に軽く運動でもしておこうか」

老師「ほっほ」

老師(何十年ぶりかの。修行をしたいと思えるのは)

―森林―

部下「ここです」

師範「奴が最後に来ていた服の切れ端か」

部下「恐らくは。ここで何かに襲われたと思ったほうがいいでしょう」

「ここに人骨のようなものもありました」

師範「あの出来損ないが行方不明になってから、三月ほどが経過する。腐敗したか獣に食われたと考えたほうがよさそうだな」

部下「もし、何者かにやられたとしたら」

師範「この山の主しかありえないだろう」

部下「では、噂の老人と若い男のどちらかということになりますか」

師範「それと出来損ないが逃がしたというメスガキも関わっている可能性があるな」

師範(あのとき、一緒にいたガキ……。ククク……一石で全てのものを落とせるかもしれないな……)

ガサガサガサ……

虎「グルルルル……」

部下「うぉ!?」

師範「なんだ、ヤマネコがいるのか。ここは」

訂正

>>274
師範「奴が最後に来ていた服の切れ端か」→師範「奴が最後に着ていた服の切れ端か」

―山頂―

少女「でりゃぁぁ!!!」

ドォォォォン!!

少女「うらよっしゃー!! 見たか、ジジイ!! 岩を砕いてやったぜ!!」

老師「それは砕いたとは言わん。割ったというほうが正しい」

少女「どっちでもいいだろ。これであたしも半人前は卒業だよな」

老師「岩なんてバカ弟子でも割れるわい。自慢にならんな」

少女「なんだよ……。全然、褒めないよな」

老師(女子供のくせに、ここまで強くなれるか……。神は何故、人間に優劣をつけるのか)

少女「ま、いいけどなぁ。けど、この岩を割れたら、ジジイでもあたしのこと認めざるを得ないだろ」

老師「え……」

少女「こいつだ」ペチペチ

老師(この山頂で一番巨大な岩ではないか……!!)

少女「今日からこれを蹴るぜ!」

老師「怪我するからやめとけ」

ズゥゥゥゥゥン!!!!

少女「おぉ!?」ビクッ

老師「なんじゃい!?」

青年「ふぅー……」

老師「お、おぬし……」

青年「師匠、巨木切り完遂しました。三か月以上、かかってしまいましたが」

少女「すっげー! おぉー!! やったじゃん!!」キャッキャッ

青年「力を一点に集中させるコツを掴めた気がする。これでも俺もようやく、一歩を踏み出せる」

老師(こいつら、化け物か)

青年「師匠! 次はどんな修行をしましょうか!」

老師「とりあえず、休め」

青年「俺はまだ動けます」

老師「休め!!!」

青年「はい!!!」

少女「修行させてやれよ」

―小屋―

少女「短期目標の達成を祝って、かんぱーい!!」

老師「浮かれるでないわ。ひよっこも同然だぞ」

青年「師匠の言う通りだ。この程度のことで舞い上がっているようではまだまだだ」

少女「こういうときは自分へのご褒美も必要だと思うんだけどなぁ」

青年「褒美か……。そうかもしれないな」

少女「とりあえず、のもー!」

老師「本来なら日の出までに山の上り下り二往復ができるようにならねば、こんなことはせんのだがな」

少女「もうちょっとでできると思うんだけどなぁ。今日なんてあと5分ぐらいの差だったしな」

青年「けれど、その5分を埋めるためには更なる鍛錬が必要になるだろうね」

少女「むずかしいなぁ」

老師「あと十年はかかるかのー」

少女「一か月ぐらいあればいいんだろ」

老師「本当にできそうだから、そういうことを軽々しくいわんでくれるか」

青年(あと一ヶ月……。この鍛錬を乗り越えれば……今度は奴を……!)

少女「ぷはぁー! にひひひ、おい、ジジイ。いい加減、あたしのことをみとめろよー」ペチペチ

老師「酒癖悪いな、小娘。師の頭を叩くとはなんたる暴挙か」

少女「いいじゃん、たたきやすいしさー」ペチペチ

老師「かーっつ!!!」

少女「おぉ。びっくりぃ」

老師「はやく、ねろ!!!」ブンッ

少女「あらよっと」サッ

青年(酔拳……!?)

老師「こいつめ!! こいつめぇ!!!」

少女「あはははは、あたらないよー」

老師「ヌエエエエエイ!!!!!」ドゴォッ

少女「ごぼっ!?」

老師「はぁ……はぁ……酔いは醒めたか……」

少女「ぐぅ……すぅ……」

青年「眠ったようですね」

少女「すぅ……すぅ……」

老師「寝顔だけは子供らしいの」

青年「師匠。大事なお話があります」

老師「なんじゃい。改まりおって」

青年「彼女も言っていましたが、恐らくはあと一ヶ月ほどで師匠から課せられた修行は終えられると俺も思っています」

青年「これは自惚れではありません。手ごたえを感じています」

老師(ワシもできるとは思うなー。認めたくないけど)

青年「日の出までに二往復ができれば、俺は山を下りようと思います」

老師「好きにせい」

青年「すみません。勝手なことを言っているのは百も承知です。ですが、俺はこの手を血に染めるためにここで修行をしてきました」

青年「元々、師匠の弟子には相応しくない人間なのです。復讐を果たす以外に生きがいを見いだせない、弱い人間です」

青年「師匠の意志、武術はきっと彼女が継いでくれると思います」

少女「すぅ……すぅ……」

老師「筋肉バカの弟子か、可愛げの一切ない小生意気な弟子か。この二択は厳しいのぉ」

青年「大切に育ててあげてください」

老師「復讐を遂げたあとは、どうする」

青年「罪を償います」

老師「そうか。おぬしはそういう道を選ぶだろうな」

青年「どのような理由があろうとも人を殺めるのは、罪ですから」

老師「風の噂でワシの存在を耳にしたと言ったな」

青年「は? ええ、そうです」

老師「ワシは人間不信に陥り、この山へ来た。その後も、殆ど人間とは話さずにいた。趣味で鍛え始めたことなど、誰にも漏らしたことはない」

老師「そんなワシのことが風に乗るなど、ありえん」

青年「……」

老師「おぬしの祖父、だろう」

青年「師匠はお見通しでしたか」

老師「気づいたのは、おぬしが道場破りに失敗した日だがな」

青年「祖父から聞いていました。かつて、祖父と同年者が門扉を叩き、入門した。その者は、誰よりも優れた才を持ち、若くして師範代候補に名が挙がっていたとか」

老師「50年以上も前のことだの」

青年「道場からは去ってしまったが、今もどこかで武術を磨いているはずだと、祖父は語ってくれました」

老師「何故、去ったか教えてやろう」

青年「え?」

老師「お前のジジイにワシの初恋相手をとられたからだ」

青年「……はい?」

老師「お前の、クソジジイに!! ワシの初恋相手を寝取られたからだ!!!!」

青年「あの、言い直したほうは微妙に意味が違っていますが」

老師「親友だと思っておった……!! 応援もしてくれると……奴はいった……!!!」

老師「だが!! やつはワシの知らぬところであの娘と懇ろになったのだ!!! ええ、その糞孫よ!!!! どう思う!!!」

青年「じ、自分の祖母に恋心を抱いていたのですか……」

老師「ワシの心はあの日、砕け散った。そして、その日に武道の道を外れ、世捨て人となった」

青年「失恋は誰にだってあるものかと……」

老師「かーっつ!!!!!」

青年「……!?」ビクッ

老師「ふざけるな!! ふざけるなよぉぉぉ!!! ワシがどれだけ惨めな思いをしたのかわからんか!!!」

老師「将来を期待され、師範代候補として注目されていたワシが……何故、ふられてしまうのだ……!! なぜ、あいつにとられてしまったのだ……!! ワシより弱かったあいつにぃ……!!」

青年「あの、師匠……」

老師「あの男の子孫だと最初から気づいておれば、貴様など絶対に、ぜーったいに弟子になどせんかったのになぁ!!! あー!! むかつくぅ!!」

青年「祖父が申し訳のないことを……」

老師「あやまるなぁ!! 余計にワシが惨めになるだろうが!!!」

老師「くそう……くそう……! おかげでこのとしまで……人をしんじられん性格になってしまったわい……!! ひとを愛す方法もわすれてしまった……!!」

老師「全てはあいつが元凶じゃい……うぅぅ……」

青年「けれど、師匠は武の道へ戻ってきたのですね」

老師「山に籠ったはいいが、やることが本当になくての。体力づくりから始めて、気が付けば拳を気に打ちつけておった。自分が嫌になるわい」

老師「結局、捨てられはしなかったの」

青年「祖父も捨てられはしないと、信じているようでした」

老師「腐っても、一時は何でも語り合った仲だったしな」

青年「生涯で最も理解していた友ということですか」

老師「やめろ。虫唾が走る。奴の所為で、今のワシがあるんだからな」

青年「こうして師匠と出会えることになったのも、祖父との関係があったからですね。俺は祖父に感謝を――」

老師「ころしてやるぞ……!! バカ弟子がぁ……!!! ワシがどれだけ苦しんだか……!!! お前にはわからん!!! キエエエエエエエエエエイ!!!!」

訂正

>>286
老師「山に籠ったはいいが、やることが本当になくての。体力づくりから始めて、気が付けば拳を気に打ちつけておった。自分が嫌になるわい」

老師「山に籠ったはいいが、やることが本当になくての。体力づくりから始めて、気が付けば拳を木に打ちつけておった。自分が嫌になるわい」

青年「す、すみません。言葉を間違えてしまいました」

老師「だから、別にお前が山を下りて、何をしようがワシはまっったく、興味などない」

老師「返り討ちにあって殺されてもいいし、復讐を果たして牢獄でやせ細ってもいいし、復讐を果たし別の誰かに恨みをかって殺されてもいい」

老師「貴様がどうなっても、これっぽちも気にせん!!!」

青年「うぅ……」

老師「というか今すぐ死ね!!」

青年「くっ……師匠……お可哀想に……」

老師「同情するなぁー!! ワシをあわれむなー!!!」

青年「あの、俺はもう破門ですか? 祖父の犯した罪を考えれば、それも致し方ないと思いますが」

老師「ああ、破門にしてやりたいぐらいだ! そんで虎の巣にでも放り込んでやりたいわい!! ぺっ!!」

青年「そこまでの因縁があったというのは知りませんでした……」

老師「だが、知ったのが遅すぎたな。好きなだけここで鍛えていけ。自信をつけてから山を下りろ」

青年「師匠……」

老師「胸糞悪いが、仮にもワシの弟子が無様に負けることだけはあってはならんからな」

青年「本当に、本当にここへ来ることができて、良かったです。師匠」

―数日後 早朝 山頂―

少女「うらー!!!」ダダダダッ

青年「どうだ!?」

老師「はい、ダメー!!! もう日の出じゃー!! しっかくー!! やーい! のろまー!!」

少女「うそだろ!? これでダメって、どういうことだよ!!」

老師「みよ!! 既に空は明るくなっておるわ!!」

少女「ふざけんな!! まだ太陽はみえてないじゃんかー!!!」

老師「空が明るくなりはじめたら、それを日の出というんじゃい。ほっほ。学の無い小娘はこれだからこまるのー」

少女「このクソジジイ……!!!」

青年「まぁまぁ。師匠の言い分にも一理ある」

少女「一理しかないなら、あたしらの勝ちだな!」

老師「ああ言えばこう言う。最近の若いもんは。はぁー、やれやれ」

少女「蹴りでその曲がった根性真っ直ぐにしてやろうか、あぁ!?」

老師「やるか? 女子供には容赦せんぞい」

青年「師匠、大人げありませんよ。君も師匠に失礼だ」

少女「飯の用意できたぞー」

老師「どれどれ。相変わらず、雑な切り方だのぉ」

少女「作ってやってんだから文句言うなよ!!」

青年「それでも最初に比べたら、かなり上達していると思うけどね」

少女「だよなー? 文句言うジジイは食わなくてもいいぜ」

老師「これはワシがとってきた食材だろうて」

青年「その食材も少なくなってきましたね」

老師「消費がはげしいのぉ。誰の所為か」

少女「ジジイだよ」

青年「今日は食材摂りに行きましょうか」

少女「さんせー」

老師「がんばってこい」

少女「ジジイも行くんだよ」

老師「ケホ、ケホ。ううむ、最近、歳の所為か上手くあるけんでのぉ」

少女「いいから、動け」

―山道―

少女「これ、食えるキノコかな」

青年「それは確か毒があったような……」

少女「そっか。じゃ、いらないや」ポイッ

老師「こっそりワシの飯に混入させるつもりがなくてよかったわい」

少女「お、そっか。じゃ、拾っとこ」

老師「させんぞ!!」ググッ

少女「冗談にきまってるじゃんか……!!!」ググッ

老師「ならば、この手を引けぇ……!!」

少女「ジジイが手を押さえてるから引けないんだよ……!!」

青年「……ん?」

少女「おい、どうしたの」

青年「何か、異臭がする」

老師「む……。確かに、何の臭いかの」

青年「師匠、行ってみてもいいですか?」

老師「この先は虎の縄張りだ。危険だぞ」

青年「む……」

少女「あの時よりは強くなってるし、大丈夫じゃない?」

老師「こりゃ。本気で言うておるのか」

少女「ごめん」

青年「しかし、この臭い、気になります。もし、人だったら」

老師「ううむ。分かった。娘、そのキノコを持っておけ。もしものときは獣に食わせてやれ」

少女「どうやって? 口に投げ込むのか」

老師「持っておるだけで良い」

少女「ああ、そうなのか」

老師「うむ」

青年「では、行きましょう」

老師「二人はワシを挟むように歩けよ」

青年「わかりました」

少女「あ!! ジジイ!! キノコをもったあたしごと虎に食わせる作戦だろ!!!」

―森林―

老師「しずかにせい!」

少女「またあたしを身代わりにしようとしやがってー!!」

青年「こ、これは……!!」

老師「なにかあったか」

少女「うっ……これって……」

青年「虎の亡骸か……」

老師「この腐敗具合からみて、数週間以上はたっておるか」

青年「四匹、俺たちを襲った虎でしょうか」

老師「同じ場所だ。間違いないだろうて」

少女「なんで死んでるんだ」

老師「首が折れておるな。自然死、とは言い難い」

青年「共食いをした形跡もありませんね。他の獣にやられたということもなさそうです」

老師「誰かが虎を始末したということか」

少女「誰かって、人間がやったの?」

老師「かもしれんな」

少女「そんな奴、山にいるのか」

青年「アイツなら、やりかねない」

老師「おぬしの仇か」

青年「奴は恐ろしく強い武道家です。虎を殺せても不思議はない」

老師「なるほどの」

老師(もしそうであれば、何故このような山の中、それも獣道に入り込んでいた……?)

老師(何かを捜していたとしか思えんな)

少女「どうする?」

青年「このまま土に還るのを待つしかないだろうね」

老師「それかここから骨を回収して売りさばこうかの」

少女「マジで?」

老師「虎骨酒の原料になるからのぉ」

青年「資金源の確保のためというのなら、そうしましょうか」

老師「うむ、では、失敬して」

―山道―

老師「ほっほ。ついておるなぁ。労せずして、これだけの虎の骨が手に入るとは」

少女「悪趣味だけどなー」

老師「狩りとはそういうものだ。猪や熊を殺すことと何が違うか」

少女「そうだけどさ。死体から漁るってのが」

老師「小便臭さはまだまだ取れんか」

少女「毎日、風呂にはいってるっつーの」

老師「そういうことではないわい。さて、ワシはこのまま村のほうへ行く」

青年「早速、売却ですか」

老師「金はいくらあっても困らんからのぉ」

少女「新しい服が欲しいなぁ」

老師「言ってろ」

少女「新しい服がほしいなー!!」

老師「ではな。昼過ぎには戻る」

青年「はい。お気をつけて」

―麓の村―

「はいよ。これぐらいでいいかい?」

老師「う、うむ……い、いいと、おもうのぉ……」

「交渉成立だ」

老師「お、うん。そ、そうだな。うむ」

「まいどあり」

老師「お、う、む」

老師(ふー。久しぶりに弟子以外の人間と喋ったわい。いつまでたっても慣れんのぉ)

部下「やはり、間違いはないかと」

師範「そうか。では、決行する」

部下「はっ。ただちに出立いたします」

師範「俺も行こう」

老師(うわぁ、見るからにヤバそうな連中だな。関わらないようにせんと)コソコソ

師範「ふふふ……」

老師(まとまった金も入ったし、服でも買って行ってやるかのぉ。はぁー、我儘な弟子だわい。まったく)

―山頂―

少女「はっ!!」ブンッ

青年「ふっ!!」

少女「なぁ! やっぱり!! 今日のは間に合ってたと思うんだけど!!!」ガンッ!!!

青年「つっ! しかし! 空は確かに明るくなっていた!!」ドゴォッ

少女「ぐっ……!! つぅ……」

青年「何を拘っている」

少女「だって、絶対に間に合ってた。納得いかないんだよ」

青年「師匠もそう簡単には合格点をくれないよ」

少女「こんなにがんばってるのにか」

青年「合格させてしまうと、俺が山を下ることになるからね。その先で俺が無様な死に方をすれば、師匠の沽券にかかわる」

少女「今更、面子とか気にすることもないとおもうけどなー」

青年「君だって、気が付いているんだろう。師匠が何故、厳しい態度をとるのか」

少女「全然わかんない。ジジイが単にあたしたちをいじめて面白がってるだけだろ」

青年「そういう側面もないとは言えないけど、本質はそうじゃないよ。単に扱きたいだけならば、師匠自身が俺たちと乱取り稽古をするわけはない」

少女「まぁ……なぁ……」

青年「師匠も成長しようとしている。ここからでも伸びしろがあると自覚しているんだ」

青年「自分の限界を定めず、努力し続ける師匠は、己にも他人にも厳しい人なんだ」

少女「自分には甘い気もするけどなぁ」

青年「心にもないことを」

少女「本心だってーの。ほら、次、やろうぜ」ザッ

青年「そうだね」

「精が出ますね。まことに素晴らしい」

少女「……!」

青年「貴様……」

師範「どちらも筋が大変よろしい。このまま技術を高めれば、それはそれは見事な武道家になれることでしょうね」

青年「何しに来た」

師範「ずっと待っていたのですよ。けれど、来る様子もないので、こうして貴方達を捜し、やってきたのです。はい」

少女「まだお前に会う予定がなかっただけだ」

師範「そうですか。でも、私のほうにどうしても会わなくてはいけない理由ができてしまいましてね」

青年「理由だと」

師範「以前に、ここへ一人の男がやってきたはずです。そこの少女を迎えに」

少女「……」

青年「それがどうした」

師範「その者はどうやら帰らぬ人になってしまったようでしてね。その犯人を捜しているのです」

師範「そこで最後にあったであろう貴方達にもお話が聞ければと思いまして」

青年「何故、あの男を捜す。貴様の門下生か」

師範「いいえ。あのような鈍間で屑な人間は我が道場には必要ありません。他の門下生が怯えてしまいますのでね」

青年「では、どういう関係なんだ」

師範「貴女」

少女「あたし?」

師範「既になかった話になっているかもしれませんが、お父さんには多大な借金があったはずです」

少女「な……え……」

師範「お母さんもその借金を返すために必死に働いていましたが、最後には首をつってしまった。悲しいですねぇ。小さな子供を残してこの世を去る親の気持ちが分かりません」

少女「なんで……そのこと……知ってるの……」

師範「ふふふ……。何故でしょうかねぇ」

青年「貴様、あの大男の……」

師範「想像にお任せします。ともかく、私は君を引き取りたい」

少女「え……」

師範「武術を習いたいのであれば、私の道場で好きなだけ学ばせてあげましょう。こんな劣悪な環境では、限界もあるでしょう?」

少女「お断り。あたしは、ここが気に入ってる。今更、温い場所で鍛えようとは思ってない」

師範「そうですか……」

青年「今すぐ、貴様を殺してやりたいが、師匠には止められている。だが、そう日数はかからん。首を洗って待っているがいい」

師範「私の組織は義を重んじる。義を破りし者には容赦なく、鉄槌を下す」

青年「何の話だ」

師範「どのような出来損ないでも同朋の死は弔う。組織から簡単に抜けることはなどできはしない。そういうことです」

青年「つまり、この子をもう一度貴様の組織とやらで使おうというわけか」

師範「いいえ。とんでもない」

少女「は?」

師範「裏切者には、何も与えない。ただ、処刑するだけです」

少女「殺すってこと。武術を学ばせてくれるって言っておいて、矛盾してるよ」

師範「言葉足らずでしたね。武術は好きなだけ学ばせてあげるつもりです」

師範「まぁ、貴女はただ、私の門下生に死ぬまで殴られるだけでしょうけどねぇ」

少女「な……!」

青年「去れ!! この子は、絶対に渡さん!!」

師範「お前も」

青年「なに……」

師範「お前も私は処刑するつもりでいるぞ。同朋を弔わなくていけないからな」

青年「敵討ちということか」

師範「それが俺たちの義だ」

青年「帰るつもりはないようだな」

師範「ないな。残念ながら」

青年「では、仕方ない。ここで、決着をつけてやるぞ」

少女「あのときとは一味違うからな」ザッ

師範「半人前未満が二人では、一人の達人にすら及ばない。そんなことも分からず、構えるか。笑いもこみ上げてこないな」

青年「それはどうだろうな……」ザッ

少女「やってみなきゃ、わかんないこともある」

師範「よろしい。少し稽古をつけてあげようか」

青年「はぁぁぁぁ!!!」

少女「でやぁぁぁ!!!」

師範「はい!!」ガッ

青年(簡単に俺の突きを受け止めた……!!)

少女「くらえぇ!!!」ブンッ

師範「威力のある蹴りだ。けれど、所詮は子どもの足」ガシッ

少女(掴まれた……!?」

青年「くっ!!」ザッ

少女「おっとと」

師範「小手調べ、ということでいいかな」

少女「当たりまえだろ!! ほんのあいさつ代わりだ!!」

青年「……っ」

少女「次は殺人脚をみせてやる!!」

師範「兄弟子はどうやら、君よりも実力があるようだ」

少女「そりゃ、こっちは何年も武術を磨いてきたし、あたしの何倍も努力してきてるからな」

師範「故に今ので気が付いたのだろう」

青年「……」

少女「気が付いた?」

師範「自分では勝てないと」

青年「……!」

師範「ハッハッハッハ。いいぞ。確かにあのときよりは幾分か成長しているようだ。自分と相手との実力差が分かるようになっているじゃあないか」

青年「黙れ!! 勝負は、最後までわからん!!」

少女「そうだ!! こっちはしぶとさだけなら負けないぜ!!」

師範「分かるだろう? にわか仕込みの貴様らでは到底越えられない。根性だけではどうにもならない世界もある」

青年「黙れと言っている!!!」

少女「このやろぉぉ!!!」ダダダッ

師範「俺の道場では根性論は不要なのだよ。何故なら、根性、勇気、諦めない心、その全ては何の意味もないからだ」ザッ

師範「――せぇぇい!!!」ドゴォッ

少女「ごぉ……ぇ……!?」

青年(力を一点に集中させれば……!!!)

青年「うおりゃぁぁぁ!!!!」ブンッ

師範「ふんっ!!!」パシッ

青年「ぐっ……!?」

青年(渾身の突きまでも……!?)

師範「今のは良いぞ。とても綺麗な突きだ。だが、俺には届かないようだ。キェェェイ!!!」ドゴォッ

青年「ごっ……!?」

師範「悲しいな。修行しても俺を倒せない。努力しても、仇はとれない。悲しい、弱いということは悲しい」

青年「お、のれ……!!」

少女「ごほっ……おぇ……」

師範「君たちの師匠は留守のようですねぇ。ふむ。こういう場所も中々良い。そうだ。合宿所をこういう場所に作りましょうか。年に二回ほど、頂上での練習も悪くありませんねぇ」

青年「はぁ……はぁ……!!」ザッ

師範「まだ立ち上がりますか」

青年「ここから、去れ……!!」

師範「まずは聞きましょうか。女の子を迎えにきた男は、誰か殺したのでしょうか」

青年「誰も殺してなどいない。奴は、逃げ出した。師匠に恐れ、山の中に去っていったんだ」

師範「なるほどぉ。そうですか。では、貴方は彼を殺してはいないと」

青年「我が一門、殺人拳に非ず」

師範「私を殺したがっているのに?」

青年「お前を殺すときは、師匠の下を離れるとき。だが、今はまだ、師匠の下で武道を弟子として歩んでいる」

師範「面倒くさいですねぇ。いいでしょう。あの男は事故で死んだ、ということにしても」

師範「では、この子だけを持ち帰るとしましょうか」グイッ

少女「いっ……!?」

青年「その子に触れるな!!!」

師範「この少女は我々の組織にいた人間だ。組織の長がどう扱おうと、お前には関係のないことでしょう」

少女「はなせよ!! このやろう!!!」

師範「目上の人間に対して礼儀がなっていないようだ。余程、粗悪な師なのでしょうね」

少女「師匠の悪口をいうんじゃねえよ、糞野郎!!」

師範「ふんっ!!!」ドゴォッ

少女「う……ぇ……!?」

青年「やめろぉ!!!」

師範「ふっ!!!」ドゴォッ

少女「お……ぉ……」

青年「きさまぁぁぁぁ!!!!」

師範「遅い」バキッ

青年「づっ……!?」

師範「出て来い」

部下「――はっ」

師範「このガキを持って帰れ」

部下「はっ」

青年「ま……て……」

師範「あと、ここが気に入った。合宿所を建てることにする。なので、あの小汚い小屋を燃やしておいてくれ」

部下「了解しました」

青年「き、さま……!! きさまは、また俺から……奪うのか……!!」

青年「全てを奪うのか!!!」

師範「あぁ。結果的にそうなるか。中々いないよ。君のように不幸な人間はね」

部下「火を放て」

「はい」

青年「やめろ!! そこには師匠の積み上げてきたものがあるんだ!!!」

部下「やれ」

「はっ」ボッ

青年「やめてくれ!! やめろぉぉ!!!」

師範「ハッハッハッハッハ。もう一度、始めればいいじゃないか。三度も全てを奪われることなんてきっとない」

師範「ああ、でも、二度あることは三度あるともいうか。ふふふ、そのときは諦めて死んだ方がいいかもしれないな」

ゴォォォォ……

青年「あぁぁぁ……ぁぁ……!! ああああああああああああああ!!!!!」

師範「引き上げるぞ」

部下「はい」

―山道―

老師「むぅ。時間が少しかかりすぎたのぉ」

老師「それもこれも小娘の我儘の所為だ。大体、こういう服でいいのかもわからんしなぁ」

老師「ま、文句など絶対に言わせんがな。カッカッカッカ」

老師「ん? あの男は……」

師範「どうも」

老師「お、おぉ。どうも」

師範「ここは良い場所ですね」

老師「そうですなぁ。ワシも気に入っておる」

師範「私も気に入りました」

老師「そ、そうかそうか。さ、山頂から見る景色もまた格別ですぞ」

師範「フフフフ。ええ。格別でした。では」

老師「あ、はい」

老師(なんじゃ、見た目と反して割と性格のいい男っぽいな)

老師(あれならバカ弟子のほうがよっぽど恐ろしいわい)

部下「よっと」

師範「扱いには気を付けてください」

部下「はい。分かっております」

老師(お付きの人、中々の大荷物だな。山頂で弁当でも食ってたのか?)

老師「まぁ、ええわい。弟子らが何か知っておるかもしれんし、あとできいておくかの」

部下「しかし、あの男、殺さなくてもよかったのですか?」

師範「死ぬよりも辛いめに遭う人間なんて中々目にかかれないだろう」

部下「は?」

師範「貴重だよ。普通なら自害するところを憎悪だけで生きてきた。でも、それも無意味だった。更なる絶望に顔を歪ませていただろう」

師範「ああいう人間は中々見ることができない。生かしておく価値は十分にある」

部下「な、なるほど」

師範「今度また俺に立ち向かってきたときは、どう苛めてやろうか。もしかしたら、俺の目の前で腹を切ってくれるかもしれない」

師範「考えただけでゾクゾクする。ハーッハッハッハッハ」

師範「お前もそう思うだろ?」

部下「え、ええ。もちろんです」

―山頂―

老師「ん……」

老師(なんじゃい。この臭いは……)

老師「まさか……!!」ダダダッ

ゴォォォォ……

老師「……」

青年「けさねば……ひを……けさないと……」ザバーッ

青年「ししょうの……すべて……まもらないと……!!」ザバーッ

青年「まもら、なければ……なくなる……なくなって……しまう……!!」

老師「……」

青年「ひを……けさねば……けさね……ば……」

老師「喝!!!!」

青年「し、しょう……?」

老師「やめい。どうにもならん」

青年「あ……あぁ……ぁぁぁ……!! し、しょう……す、みません……ししょ、う……すみません……!!」

老師「酷い怪我だ。また負けたのか」

青年「おれが……みじゅくなばかりに……うぅ……」

老師「虎を倒す男に挑むには、まだ5年は早かったかの」

青年「ししょう、あの子を……たすけて……やってください……! あのこが、ころされてしまいます……!!」

老師「いいのか」

青年「え……?」

老師「それは即ち、おぬしの仇討ちは永遠に叶わなくなるということだ」

青年「……ししょうが……ししょうが……おれの……かたきを……?」

老師「いいのだな」

青年「はい……! やつは……またおれから、ぜんぶを……うばった……! あたらしいいばしょも……かぞくも……ぜんぶ……ぜんぶ……!!」

青年「もう……だれでも……いい……ころしてくれ……あいつを……ころして……!!」

老師「分かった。ここで休んでおれ。明日の日の出までには戻る」

青年「ししょう……すみません……るすばんも……できぬ……おれで……」

老師「心配せんでもよい。奴はまだおぬしから全てを奪ってはおらん。残っておるではないか。ワシという老いぼれがな」

青年「よろしく……おねがい……します……!!」

―山道―

老師「……」ダダダダッ

老師(カッコいいこと言ってしまったが、勝つ見込みなんてこれっぽっちもないぞい)

老師(虎を狩れる人間が相手か……。怖い、あー、こわいのぉ)

老師(今からでも遅くない。別の山にでも逃げてしまったほうがいいのかもしれんなぁ)

老師(こんな老いぼれが戦いを挑んだところでなにができるっていうのかのぉ)

老師(きっと、まけるんじゃろうな。死ぬんだろうなぁ)

老師「……」ダダダッ

老師(死ぬのは怖いの。負けるのも嫌じゃの)

老師(しかし……)

老師「我が生涯、最初で最後の弟子の望みなら、仕方ないか」

老師「やれるだけのことはやろうか」

老師「負けても恨むな。恨めば化けてでてやるぞい」

老師「カッカッカッカ」

老師(でも、やっぱり怖いわぁ)

―麓の村―

女拳士「しはーん!!」テテテッ

師範「おや。今、稽古終わりですか」

女拳士「はいっ。そういう師範は、今日道場に顔を出してくれなかったですね」

師範「申し訳ありません。大切な用事がありまして」

女拳士「師範が多忙なのはわかってますけど、道場のみんなも直接稽古をつけほしいって言ってるんですよ」

師範「私がいなくとも、皆さんは健やかに成長しています。心配はいりません」

女拳士「そーいうことでもないんですけどぉ。明日は来てくれますか?」

師範「残念ですが明朝ここを離れるつもりです。次に来るのは一ヶ月後になりそうです」

女拳士「えー!? そんなぁ。また都会の道場にいっちゃうんですか」

師範「本当に申し訳ありません。ですが、次に来るときはいいものをお見せできると思います」

女拳士「なんですか?」

師範「ふふ。合宿なんかを考えていましてね」

女拳士「おぉー!! 合宿ですか!?」

師範「楽しみにしていてください。合宿所の土地は確保できたので、あとは建物を作るだけですね」

女拳士「すっごく楽しみです! みんなにも伝えていいですか?」

師範「勿論。秘密にするほどのことでもありませんからね」

女拳士「それじゃ、師範。次は稽古つけてくださいね」

師範「はい。よろこんで」

女拳士「さよーならー!!」テテテッ

師範「ふふ……」

部下「――ボス。この娘、どちらに」

師範「道場の中に運べ」

部下「ここで始末するつもりですか」

師範「そのほうがいいだろう。近くの山に捨てれば、獣が食ってくれるしな」

部下「でしたら、山の中でことを済ませばよかったのでは」

師範「この子は武術を習いたいと言っていただろう? 死ぬ前に死ぬほど武術を習ってもらおうと思ってな」

部下「そういうことですか」

師範「最後の場所は、神聖なる道場だ。本望だろう?」

少女「……」

―道場―

師範「今回で二度目ですねぇ。私の道場に来るのは」

少女「……」

師範「フフフ……。感動して声もでませんか」

部下「ボス。口を塞いでいるんですから、声はでませんよ」

師範「おっと、そうだったねぇ。可哀想に。助けも呼べないなんてねぇ」

少女「……」

師範「怖いなら逃げ出してもいいんですよ。逃げる者は追いません」

部下「両手足に枷をつけたのですから、どう足掻いても逃げることはできません」

師範「ハーッハッハッハッハ。これは失敬。お嬢さん。誰がここまで酷いことをするんですかねぇ」

部下「ボスですよ」

師範「ククク……。アーッハッハッハッハッハ!!! そうだった!! 俺だなぁ!! アーッハッハッハッハ!!!!」

少女「……」グッグッ

師範「無理だよ。きちんと施錠してあるからね。この鍵を奪わない限りは、君に自由などないんだ」

少女「……」

師範「何か言いたげですね。猿轡をとってあげなさい」

部下「はい」カチャカチャ

少女「……」

師範「どうぞ。口は自由になりましたよ」

少女「稽古、つけてくれるんだろ。やるなら、早くしろよ」

師範「強気ですねぇ」

少女「ガキ一人殺すのに、何時間かかるか計っててやるよ」

師範「フフフフ。怖いくせに、その虚勢。実に愛らしい。あぁ、可愛い。可愛すぎる」

少女「ぺっ」

師範「……」

部下「ボ、ボス!?」

師範「フフフ……。唾を飛ばすとは、品のないお嬢さんですね」

少女「なんだよ。クソガキに唾吐かれても何もできない腰抜けかよ。わらっちま――」

師範「ふっ」ドゴォッ

少女「ごっ……ぶ……!?」

師範「俺は大人しい女が好みだ」

少女「あ……が……ぃ……」

師範「さて、稽古を始めようか」

少女「あ……う……」

師範「一人ずつ、相手してやれ」

部下「はい」

「やべえな。こんな可愛い子と稽古できるなんてよ」

「よろしくお願いしまっす!!」

少女「はぁー……はぁー……」

師範「どうかしましたか」

少女「なんだよ。結局、これだけの人数がいなきゃ、何もできないんだな」

師範「……」

少女「すげえ小物じゃん。あたしの師匠のほうが、何倍も器が大きい、な……」

師範「そうか。どちらにしても君は死ぬけどな」

少女(あたしが死んだら、誰か泣いてくれるのかな……)

―麓の村―

老師「すっかり日が暮れてしもうたな……。さて……」

老師(この村から既に離れたかどうか。まずはそこを調べてみないといかんな)

老師(彼奴の道場を覗いてみるかの。門下生の一人でもいれば、何か情報がつかめるやもしれん)

老師「こっちだったかの」

門番「……」

老師「ここじゃ、ここじゃ」

門番「なんだ、じいさん。この道場に何か用か」

老師「あ、えと……その……見学、できないものかと思ってのぉ……」

門番「明日にしろ。今日はもう誰もいねえよ」

老師「あぁ、そうなのか……。では、明日こようかの」

門番「おう」

老師「うぅむ……」

老師(あんなやつ、以前見たときにはおらんかったぞい)

老師(怪しい……。とても怪しい……。が、あんなやつと正面から戦うなんて、できんな。あんなぶっとい腕で殴られたくないわい)

門番「ふぃー」

門番(今頃、中では良いことしてんだろうなぁ。ガキを自由にできるなんて、羨ましいぜ)

門番(俺もはやいとこ、ボスにみとめられてーなぁ)

老師「……」コソコソ

門番(認められたら……)

門番「うへへへ」

老師(いまだ!!)ダダダッ

門番「おっと!!」ブンッ

老師「うひぃ!?」ササッ

門番「なにしてんだ、じいさん。帰ったんじゃないのかよ」

老師「すまんのぉ。最近、ボケが始まったようで、家がわからんくなったんじゃ。ワシの家、ここかの?」

門番「ここは違う。あっちいけ」

老師「そういわんと。中を見せてくれぇ。もしかしたらワシの家かもしれんぞ」

門番「そんなわけねえだろ。とっとと失せな、ジジイ」

老師「かー、年寄りの願いも聞き入れてくれんとは、最近の若いもんは優しさがないのぉ。嘆かわしいわい。昔はよかったぁ。皆、人情味に溢れておったわ」

門番「勝手に昔話を始めるんじゃねえよ。失せな」

老師「はいはい。わかったわかった」

門番「ったく」

老師「とみせかけて、うりゃぁぁぁ!!!」ダダダダッ

門番「てめ!! ジジイ!!」

老師「馬鹿者めが!! 油断大敵じゃい!!!」

門番「まちやがれ!! おらぁ!!!」ブンッ

老師「あぶなっ!?」サッ

門番「老いぼれのくせに、やけに元気じゃねえか!!」

老師「おぬしも、でかいくせに機敏だな」

門番「これでも優秀な師匠に武術を学んでるからなぁ」

老師「そうかい。ならば、その修行の成果、みせてみよ!!」

門番「みたけりゃ、みせてやるよ!!!」ブンッ

老師「わはははは!! そんな突きでは腕にハエが止まるわい!!」ダダダダッ

門番「にげんじゃねえ!!! クソジジイ!!!」

―道場―

「待ちやがれぇぇ!!!」

師範「外が騒がしいな」

部下「見てきましょうか」

師範「いや、構わない。それよりもこのクソガキの稽古を優先させろ」

部下「はい」

少女「お……ぇ……」

「また吐いたぜ」

「次、吐かせた奴の負けな」

「おもしれえな。何発目に吐くかなぁ」

少女「かっ……ぎっ……」

師範「威勢がなくなったな。ククク……」

少女「こ……て……」

師範「なんだって?」

少女「もう……ころ……せよ……」

師範「お父さんとお母さんのところに逝きたくなったか」

少女「もう……いいでしょ……」

「まだ遊び足りないっすよぉ」

師範「だ、そうだ」

少女「は……あは……は……」

少女(おわりかな……もう……)

少女(結局、糞みたいな親の所為で……こうなったの……?)

少女(あんな親の間に生まれてこなかったら……こうならなったの……)

少女(師匠のこどもとしてうまれてたら……よかったな……)

師範「フフフ。美しい。絶望した顔は何度見ても、美しい」

少女「地獄におちろ……変態野郎……!」

師範「それだけ言えればまだ持つか」

少女(生まれ変わったら……師匠の孫に……って、無理か……)

ドォォォォン!!!

部下「な、なんだ……!?」

師範「何事だ」

老師「うわぁぁぁ!!」ゴロゴロゴロ!!!!

老師「ぐえぇ!?」ドーンッ

部下「人が転がってきやがったぞ」

少女「ジ……ジジ……イ……?」

老師「ごっほ! あやつ、このワシを本気で殴るとは……!! おかげでここまで吹っ飛んだではないか!!」

門番「今のはきいただろ!! ジジイ!!」

老師「ほっほ! 全然、きいてな……くはないな……!! グググ……!! おなか、いたいぃ」

門番「ハッハー!! 次は確実に――」

師範「おい」

門番「あ……!?」

師範「お前の役割はなんだ」

門番「あ、えと、いや、不審なジジイが入り込んだから、追い返そうとおもいまして……」

師範「見張りをしていたくせに、簡単に侵入を許したばかりか、持ち場を独断で離れたのか」

門番「そ、そういうことになるかもしれませんが、でも、俺はボスに言われた仕事を遂行しようとおもって……!!」

師範「やれやれ。頭の悪い奴だ。この場にお前がいて、部外者のジジイがここに居る時点で、貴様は何もできていないんだよ」

門番「が……ぁ……」

師範「見張るように伝えたはずなのに、勝手に行動する……。義に反したな」

門番「まってください!! つぎはちゃんと……!!!」

師範「連れて行け」

「こっちだ」

門番「やめてくれぇ!! おれはなにもわるくない!! はなせ!! はなせよぉ!!!」

師範「どうしてこうも馬鹿が多いのか。折角、拾ってやったのに。どいつもこいつも、俺の言うことを聞きやがらない」

師範「師匠と慕うくせに、何一つ俺の思い通りにならない。出来損ないの駒共め

老師「ふむ。おぬしの気持ち、よくわかるぞ」

師範「これはどうも。初めまして、ではありませんね」

老師「山ですれ違ったな」

師範「私はこの道場を経営し、多くの門下生に武術を教えている者です。以後、お見知りおきを」

老師「うむ。ワシは山の頂にて、50年過ごしていた、ただの老いぼれだ。別に覚えなくともよいぞ」

少女「ジジイ……きて……くれたの……」

師範「して、こんな夜分に何用でしょうか、ご老人」

老師「これでも、ワシは50年武術を磨いてきた。自分なりに何度も試行錯誤し、そして行き付いた道がある」

老師「ワシが築いた50年の武術。ワシだけで終わらせるには惜しいと思い始めたのだ」

師範「ほう。立派な心掛けだ。生まれた技術を後世に伝えようというのですか」

老師「うむ。だからの……」

老師「後継者が欲しいなぁ。どこかに弟子入りしてくれる可愛い女の子はおらんかの」

老師「おぉ。ここにおったわい。強く、優しい娘じゃい」

少女「え……?」

老師「さて、帰るぞ」

少女「う……ぅ……ぅぅ……」

老師「何を泣く」

少女「ばか……じょうきょうを……みろよ……」

老師「絶体絶命。まさに背水の陣。ここで一つでも誤れば、待っておるのは死のみよ」

師範「その子の師匠ですか」

老師「そうだが?」

師範「取り戻しにきたということですか」

老師「そうなるかの」

師範「フフフ……。もう一人の弟子は元気でしたか? 少し稽古をつけてあげたのですが」

老師「おぬしがやったのか。いやぁ、いい勉強になったじゃろうて。努力や根性だけでは通用しないこともあるとな」

師範「貴方とは気が合いそうですね。根性論は大嫌いですか」

老師「あー、嫌じゃ嫌じゃ。そういう暑苦しいのは大嫌いだわい」

師範「私も、気合とかやる気とか。そういうのは性に合わないのです」

老師「ほっほ。おぬし、話がわかるやつよのぉ」

師範「共感することが多いようですね」

老師「だが、おぬしとは相いれることはないだろうな」

師範「おや、何故でしょうか」

老師「ワシの弟子を泣かせたからだ」

部下「ボス。ここは俺が」

老師「あいや、またれよ。おぬしも一端の武道家であろう。この状況をどう見る」

師範「多勢に無勢。貴方の敗北は目に見えていますねぇ」

老師「そうだろう、そうだろう。このままではあまりにもワシが可哀想だとは思わんか?」

部下「何をいってやがる、クソジジイ!!」

師範「下がれ」

部下「ボ、ボス……」

師範「私は、弱いものが泣き叫ぶ姿を見ると、とても興奮してしまうのです。どのような快楽にも勝る」

老師「変態か」

師範「多勢に無勢では、相手は簡単に全てを諦めるものです。それでは泣き叫ぶ姿を拝むことができません」

師範「故に、私は仲間と共に一人を相手にはしません。むしろ、私は一人で、相手が複数人のほうが望ましい」

師範「相手が私の強さを目の当たりにし、自分の弱さを悟り、そして、天を仰ぎ、声をあげ、落涙する」

師範「あぁ……。想像しただけで果ててしまいそうだ……」

少女(だから、山でも一人だけでかかってきたのか……こいつ……)

老師「おぬしの趣味は理解できんが、ワシと一騎討ちをしてくれるということか」

師範「ええ。勿論ですよ、ご老人。ただし、私に負けたあとは、部下たちに稽古をつけてあげてください」

老師「よかろう。この老体が持ち堪えるまではな。ワシが勝てば、この弟子は返してもらうぞい」

師範「はい。ご自由にどうぞ」

師範「というわけです。お前たち、黙ってみておくように」

「「はい!!」」

老師「相手にとって不足がありすぎるが、これで多少の勝機は見えたか」

少女「ジジイ……」

老師「独りを好む武道家で助かったわい。おぬしも見ておけ」

老師「師の戦い方をな」ザッ

少女「は、はいっ」

師範「見たことのない構えだ。隙があるのかないのかも分からない」

老師「おぬしも構えたらど――」

師範「はいっ!!!」バキィッ!!!

老師「ぐっ……!?」

師範「せいっ!!」ドゴォッ!!!!

老師「ごっ……!?」

少女「ジジイ!?」

師範「ん? 50年で築いた武術とはこの程度なのですか」

老師「なか、なか、やるではないか……。口を切ってしまったわい……。また、口内炎に悩まされるな」

師範「見かけ以上に頑丈ではあるようだ」

老師「だが、ワシに同じ技は通用せんぞ」ザッ

師範「そうでなくては困る」

老師(我が心、明鏡止水。相手の動きを見るのではなく、感じるのだ……)

師範「……」スッ

老師(動いた……!! 右に体をひねれば――)

師範「はっ!!!」ドゴォッ

老師「ぶっ……!?」

師範「ふぅー……。弱すぎる」

老師「お……ぉぉ……」

部下「なんだ、あのジジイ。手も足もでてないぞ」

「ボスー。壊さないでくださいよー」

老師(ここまでの差があるのか……!)

師範「貴方があと30歳ほど若ければ、いい勝負ができたのですかねぇ。フフフ。時間とは残酷なものです」

老師「まだまだ……。若いもんには負けん」ザッ

師範「これ以上、無理をされては困ります。可愛い私の部下たちにも稽古をつけてもらいたのですから」

老師「ワシと稽古ができる者は、この世で二人しかおらん。残念だが、諦めろ」

師範「負ける気はない、ということですか」

老師「自慢ではないが、ワシは武術においては今まで一敗もしたことがない」

師範「その記念すべき一敗目をここで飾りましょうか」

老師(一撃……! 一撃でいい……!! 奴に掌底を食らわせることができれば……!!)

老師「むぅぅ……」ザッ

師範「ふっ」

老師「キェェェェイ!!!!」

師範「遅すぎる」サッ

老師(見切られた……!?)

師範「でぇい!!!」ドゴッ!!!

老師「ぎっ……!? がぁ……!!」

師範「肩透かしも甚だしい。それでも弟子を持つ身ですか?」

少女(このままじゃ……ジジイが……!!)

老師「ぐ……おぇ……!!」

師範「汚いもので神聖な道場を穢さないでもらえますかねぇ」

老師「おっ……くっ……。すまんの……歳をとると……上も下も緩くなってしまってな……」

師範「介護が必要ですねぇ」

老師「全くだ……。頼むぞ」

少女「だ、だれが……ジジイの……せわなんか……」

老師「ふふ。そうか。全く、こんな弟子を命がけで守らなくてはいけないとは。ワシは不幸だのう。本当に、不幸だわい」ザッ

師範「やれやれ」

老師「キエエエエエイ!!!」

師範「くたばれ」バキィッ!!!

老師「ずっ……!?」

師範「老いぼれが、よくここまで頑張りましたねぇ」グイッ

老師「な、なにを勝ち誇っておる……ワシは死んでおらんぞ……若造……」

師範「死ななければ負けではないと? そういうことなら、望み通りにしてあげますよ、ご老人」

―山頂―

ゴォォォ……

青年「……」

青年(俺は……何をしているんだ……?)

青年(何故、師匠の生きた証が燃え尽きるのをただ黙ってみているんだ……?)

青年(師匠は俺のために……あの虎にも勝る化け物に戦いを挑みに行ったんだぞ……)

青年(今頃、師匠は戦っている。師匠であろうとも無事では済まないはずだ)

青年(何から何まで……師匠に頼り……俺は……ここで何を学んだ……?)

青年(何をしてきた……? 手の皮膚が裂けようが、続けてきたことは一体、なんだったんだ?)

青年(俺はここで何をしている……)

青年「くっ……うぅ……」

青年(弱音は吐き尽くした……涙は枯れ果てた……!! ならば、あとは立ち上がるしかない……!!)

青年(何ができるかはわからない……! だが、行かねばならない……!!)

青年「師匠までも……家族までも失うわけにはいかない……!!」

青年「もう、失いたくはないんだ……!! なにも!!」

―道場―

師範「ふっ」ドゴォッ

老師「ごぇ……!? がぁ……!? おっ……おぇぇ……!」

部下「あーあ、何度目だよ」

「ハッハッハッハ。また吐いてるぜ、あのジジイ」

師範「はぁ……はぁ……。もういいですかねぇ。少し、疲れました」

老師「う……お……ぇ……」

少女(これ以上はダメだ……!! 見てられない……!! けど……)

師範「さて、そろそろガキの稽古に戻りますか」

老師「ま、てぇ……」ガシッ

師範「ジジイ……。汚れた手で、俺の足を掴むな」

老師「ワシは……いきて、おる……まけて……おらん……」

師範「鬱陶しいんだよ!!!!」ドガッ!

老師「ぢっ……!?」

師範「あーあ、大事な服が汚れただろうが。胸糞悪いぜ」

老師「お……が……」

部下「ありゃ、顎が割れたな」

「ダハハッ。ボスに楯突くからだ」

師範「おい、ガキの――」

老師「おぉぉ……まへぇ……」ガシッ

師範「ジジイ……!!」

老師「まへと……らん……わひは……ま……ら……」ギュゥゥ

師範「負けてるんだよ。何もかも」

老師「ここで……まける、わけには……いかん……! でしのまえで……かっこうのわるい……ことなど……できはしない……!!」ギュゥゥ

「ギャハハハハ!! 這いつくばってなんかいってるぜ、あのジジイ!!」

部下「十分、無様なのに気が付いてないみたいだな」

老師「かつ……どんなてを……つかってでも……おぬしを……たおす……」

師範「離せ」ゲシッ

老師「がっ……!? は、なさん……ぜったいに……はなさん……!! でしが……みておるのだ……!! わしの……かわいいでしがぁ……!!」ギュゥゥゥ

少女「やめろ……もういいって……」

師範「ちっ。どうしても離さないなら、この腕を砕くしかないか」スッ

少女「やめろ!!!」

師範「ふんっ!!!」ドンッ

ボキィ!!

老師「はぁぁぁ……!!!! がぃぃ……!!!」

少女「ジジイ!! ジジイ!!! くそ!! もう限界だ!!」

師範「ハッハッハッハ。もう掴めは――」

老師「ぐぁ……ぃぃ……!!」ギュゥゥッ

師範「……!」

老師「いきとるぞ……うでのいっぽんぐらいで……しなんぞ……まけんぞ……!!」

師範「しぶといなぁ……このクソジジイ……」

老師「おぬしをたおすとやくそくしたのだ!! まけるわけにはいかん!!!」

師範「ふんっ!!!」バキィッ

老師「うごぉ!?」

師範「……もういい。飽きた。殺してやるよ、ジジイ」

少女「……っ」カチャンッ

老師「うぅぅ……おぇ……ぇ……」

師範「何か最後の言うことはあるか?」

老師「ワシは……負けん……」

師範「今わの際がそれか。全く、激しくおめでたいジジイだ」スッ

老師「か……つ……ぜっ……た……ぃ……」

師範「死ねっ」

少女「させるかぁぁぁ!!!」ダダダダッ

師範「なに……!?」

部下「あのガキ! 枷をどうやって外しやがった!?」

少女「おりゃぁぁぁ!!!!」ブンッ

師範「ふんっ!」ガシッ

少女「ぐっ……!」

師範「残念だったな。起死回生の不意打ちも君の実力では不発で終わった」

少女「ちくしょう……!! 化け物が……!!」

青年「はぁぁぁぁ!!!」ダダッ

部下「なんだ!?」

師範「お前は……!」

青年「せぇぇぇい!!!!」ブンッ

師範「驚いたぞ。こんなにも早く復活するとはな」ガシッ

青年「バカな……!! 完璧に意表をついたはず……!!!」

師範「これは山頂での焼き直しか? フフフフ……。ハーッハッハッハッハ!!」

老師「――そこに、ワシはおったかの」

師範「……!」

老師「キエエエエエエイ!!!!!」

師範(まだこんなに動けたのか――)

老師「ぬんっ!!!」ドォォォン!!!

師範「ぎゃ……!?」

老師「はぁ……はぁ……はぁ……」

師範「フフフ……。今のは効いたぞ……老いぼれぇ……」

老師「渾身の掌底を食らってもまだ、動くか」

師範「所詮は老いぼれの掌打……。たいした……傷には……」

師範「ごふっ……!? ごっ……オェェェ……!!」

部下「ボス!?」

師範(なんだ……なんだこれ……!? 体の中身が全部……でてきそう……だ……!!)

少女「半人前未満二人と、達人一人なら、届いたみたいだね。お前の足下にさ」

師範「ぐっ……オェェェ……!! おっ……? あぁ……? ぐっ……?」

青年「師匠のそれは岩をも砕く。割るのではなく、砕くのだ。その意味をよく考えろ」

師範「グェ……ぇぇぇ……!!」

老師「やはり、人を死に至らしめる技となっていたか。使いたくなかった。使おうとも思わなんだ。だが、獣に対しては別じゃい」

師範「う……ぎ……ぅ……!!」

部下「てめえら!! よくも!!!」

青年「やるのか」

少女「別に良いけど、あんたらもこいつみたいになるぜ?」

老師「こちらは満身創痍。勝つ見込みはいくらでもある。かかってこい」

部下「クソジジイ……!!」

「殺してやる!!」

老師「喝っ!!!!」

部下「ひっ……!?」

老師「御託はいい!! かかってこい!! ムシケラども!!!」

「ひぃぃ!!」ダダダッ

「うわぁぁぁ!!」ダダダッ

部下「お、おい!! あいては瀕死なんだぞ!! こっちが数で攻めれば……!!」

青年「勝てるかもしれないな」

少女「まぁ、あんたらも無事には済まさないけどな」

部下「くっ……!?」

老師「どうした。こんのか」

部下「く……くそ……!!」ダダダッ

青年「逃げたか……」

少女「結局、ボスがいなきゃなにもできないんじゃん。ダッサー」

師範「お……ぶぅ……!?」

老師「苦しいか」

師範「ぐ……ぉ……!!」

老師「そのまま苦しめ。そして、死ぬが良い」

師範「ぎ……ぁ……!!」

老師「ゆくぞ」

青年「師匠、腕は……」

老師「なに。左腕は無事だ」

少女「そういう問題じゃねえだろ」

老師「そうだ。医者を連れてきてはくれぬか」

青年「は、はい! すぐに!!」

少女「無理すんな。ホントに死ぬから」

老師「もう死んでもええわい。あとは任せた」

少女「冗談でもそんなこと言うな!!」

老師「ひぃ……どこまで老体に鞭を打つつもりじゃい……」

青年「こっちです!!」

医者「は、はい!!」

老師「来たか」

医者「な、なんですか!? その傷は!?」

老師「ワシよりも死にかけのやつがこの中におる。看てやってくれ」

医者「え?」

師範「お……ぉ……おっ……」

医者「あぁ!! 大変だぁ!!」

青年「師匠……」

老師「ワシの拳は殺人拳に非ず」

青年「……」

老師「嫌なら、今すぐトドメをさしてこい」

青年「……俺は、師匠の弟子でいたいです。これからもずっと」

老師「はぁー、ほんっとにバカ弟子だのぉ」

少女「ジジイも相当バカだけどな」

老師「手癖の悪い小娘には言われたくないの」

少女「この鍵のこと? 気づいてたの?」

老師「スリの技術は鈍っておらんかったのか」

少女「三年もこれで生きてきたんだから、そう簡単に忘れられないって」

老師「困った弟子だの。はぁー、これからどうするか。帰る家もないしな」

青年「すみません、師匠。貴方が生きた証は全て灰になってしまいました。俺の責任です」

老師「はぁ? なんだって? 最近、耳が遠くてな」

青年「ですから、師匠の歴史ともいえる場所は……燃えて……」

老師「安心せい。ちゃんと、残ったわい」

青年「は?」

老師「ここにな」

少女「どこだよ」

青年「あの、見当たりませんが」

老師「ほっほ」

少女「笑ってんじゃねえよ。気持ち悪いなぁ」

老師「んぎぃ!!!」ビクッ

青年「師匠!?」

少女「急になんだよ!?」

老師「おほほほほ……!! いぎぃぃ……!! ひぃぃぃ……!!」

青年「師匠! お気を確かに!!」

老師「いだい!! いたいいたい!! なんか、全身がいたくなってきたぁ!!」ジタバタ

少女「えぇぇ!? 今更!?」

老師「ダメじゃ!! しぬぅ!! ワシ、しんじゃうぅ!!!

少女「お、おい! しっかりしろ!!」

青年「師匠も極限状態だったんだろう。故に、今になって本来の痛みが全身に巡り始めたんだ」

少女「冷静に分析してんじゃねーよ!!」

老師「いたぁぁい!! ぎゃぁっぁぁぁ!!!!」

少女「大丈夫だから!! 医者もすぐそばにいるから!!」

青年「先生!! こちらもすぐに診てください!! 重傷です!!!」

老師「おわきゃぁぁ!!! ふぎゃぁぁ!!! しにたくなぁぁい!!!」

―数ヶ月後 麓の村―

女拳士「今日も師範きてくれなかったね」

「うん。合宿所の話ってどうなったの?」

女拳士「わかんないよ」

「師範、重い病に倒れたとか噂あるよね」

女拳士「やめてってばぁ」


少女「結局、あいつは逃げたのか」

青年「みたいだね」

少女「良かったのか。親の仇、まだ生きてるぞ」

青年「けど、もう武道家としては生きてはいけないはずだ。師匠の一撃は、やつを殺したんだ。間違いなく」

少女「そっか。お前がそういうならそれでいいけどな」

青年「さて、買い物を済ませて帰ろう」

少女「なぁ、服かってもいいかな?」

青年「良いと思うよ」

少女「やったー」

―山頂―

少女「戻ったぜ、ジジイ」

青年「今、戻りました。師匠」

老師「……」

少女「おい。聞こえてないのか」

老師「遅いわ。バカ弟子ども」

青年「申し訳ありません。これでも急いだのですが」

老師「ワシは今、右腕がうごかんのだが!! だれのせいかのぉ!!」

少女「いつまでその話を引っ張るつもりなんだ?」

老師「いたたたた!! いたぁ! あぁ、こりゃ、いかん! 右腕はもうつかいものにならんわい!!」

老師「これでは修行もろくにできんぞい! あぁー、こまったなぁ! こまったなぁ!!」

老師「右腕が使えぬと言うことは箸すらももてんということだなぁ!! ひぇぇぇ!!」

少女「……」

青年「もう諦めるしかないよ」

少女「そうだな。努力じゃどうにもならないこともあるしな」

少女「はい、あーん」

老師「あーっ。はむっ。うむ、普通」

少女「ぶっ殺してやろうか」

青年「落ち着いて」

老師(ほっほ。いやぁ、この右腕があれば、素直に言うことをきくのぉ。最大限利用させてもらうぞい)

少女「マジむかつくぜ」

青年「それより、渡さなくてもいいのかい」

少女「あぁ?」

青年「自分のために買った服ではないんだろう」

少女「……」

老師「なんじゃい?」

少女「これ、買ってきた」

老師「ん? なんだ、この服」

少女「お礼、してなかったからな。あたしの服、買ってきてくれてありがとう」

老師「おぉ! そういえばそんなものも買ったのぉ。でも、おぬし、一度も着た事ないよな? なんで?」

少女「ジジイの悪趣味な服なんて、着れるわけないだろ」

老師「この服も、十分悪趣味だがなのぉ」

少女「文句言うなよ!!! あーもー!!!」ダダダダッ

少女「でりゃぁぁぁぁ!!!!!」

ドォォォォン!!!!

老師「簡単に岩を割るようになりおって。天才って嫌だわぁ」

青年「師匠の買った服を着ないのは、大事にしたいかららしいです」

老師「なにをいうか。あの服は動きやすいんだぞぉ」

青年「宝物にすると、前に言っていました」

老師「ふん。少しは可愛げがでてきたかの」

青年「けど、このまま順調に成長したら、すぐに着れなくなるでしょうけどね」

老師「そのときはまた、新しい服を用意せんといかんかの」

青年「……あの男はまだ生きているようです」

老師「病院から抜け出したと聞いたわい。行くのか」

青年「その考えもありましたが。けれど、もう終わったことです。師匠が俺の仇をとってくれましたから」

老師「おぬしの仇をうったとは言えんだろうて」

青年「いえ。十分です。俺の復讐は終わりましたよ」

老師「清々しい顔になってきたな」

青年「これからもよろしくお願いします、師匠」

老師「ぺっ。さっさと独り立ちしろ。面倒みきれんわい」

青年「死ぬまでついて行くつもりです」

老師「やめてぇ、ワシ、惨めになっちゃう」

少女「ジジイ!! 特訓するぞ!!」

老師「右腕動かんから、無理」

少女「本当はもう治ってるだろ!! それぐらい知ってるぞ!!」グイッ

老師「いたたたた!!! いたぁい!! いたいわぁ!!」

少女「うぅ……」

老師(隙アリ!!)

老師「キエエエエエイ!!!!」

少女「ふんっ!!!」バキッ!!!

老師「ぐっほ!?」

少女「元気だよな。ホント」

青年「師匠。彼女に騙し討ちは通用しなくなったようです」

老師「ふふ、面白い。我が弟子よ。ならば!! 目を隠し、両手両足を縄で縛って、正々堂々かかってこい!!!」

少女「そこまでしないとあたしに勝てないのかよ」

老師「弟子にはまだまだ負けるつもりはなぁぁい!! さぁ、早く目隠しをしろ!! 話はそれからだ!!」

少女「サイテーすぎるぞ」

青年「後継者に対してはそれぐらい不利な状況でも勝って欲しいという師匠の望みなんだろう」

少女「単に負けず嫌いなだけだろ」

老師「あー! 右腕がいたい!! でも、弟子が自分の両手足縛ってくれたら治るかもしれんのー!!」

少女「真面目にやれよぉ!!!」ブンッ

老師「殺人脚やめてぇ!!」

青年(俺も彼女に負けてはいられないな。強くなり、師匠に恩返しをしなくては。後継者の座は渡さないぞ)

少女(ったく、あたしの師匠は世話がやけるなぁ。あのときは本当にかっこよかったのに。ま、いいけどな。今の師匠も嫌いじゃないし)

老師(くっそぉ!! こやつらにどう罪悪感を抱かせてやろうか……!! 罪悪感さえ抱けせてしまえば拳も鈍るはず……!! フハハハハ!! 覚悟しろ、弟子たち!! ワシを越えるのは至難ぞ!! フハハハハ!!!)

老師「キエエエエエエ!!!!」

少女「おりゃぁ!!」ドガァッ

老師「うごぉ!?」

少女「よぉーし、あたしの勝ちだな」

老師「まだだ。自惚れるな、小娘ぇ。ワシは本気をだしておらんぞ」

少女「ホンキだったろ」

老師「もう一回だ!! 今のは準備運動じゃい!!!」

少女「ざっけんな!!!」

青年「師匠、大人げないですよ」

老師「師より優れた弟子なんて存在してはいかんのだ!!」

少女「はぁー。もう疲れたぜ。師匠、そろそろ夕食にしましょうか」

青年「特訓はまた明日ということで」

老師「むぅ……。そうだのぉ。そうするか」

老師「では、本日はここまでとする」

青年・少女「「ありがとうございました!」」


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