【モバマス】雨の中でキミと【二宮飛鳥】 (13)
モバマスSSです。
初めて書いたSSなので拙い表現等ございますがご了承ください。
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ピピピッ ピピピッ
午前6時にセットされた目覚まし時計が部屋中に鳴り響き、持ち主に時刻を告げる。
「ん……」
二宮飛鳥は気だるそうな動きでベッドを抜け出し、机に置いてある目覚まし時計の電源を切った。眠い目を擦りながら、昨夜創作に煮詰まりそのまま放り出していた漫画ノートやポーズ集を引き出しに仕舞い登校の準備をする。
その日もいつも通り制服に着替え、身だしなみを整えると母親が作ってくれた朝食を食べ、歯磨きをして、家族にいってきますと伝えてから家を出る。
昨夜見ていたTVの天気予報通り外は雨がしとしと降っており、本格的な梅雨入りを告げていた。家から持ってきた無地の傘を差して歩きながら、飛鳥は小さく言葉を漏らした。
「……雨は嫌いだ」
"プロデューサーが亡くなった"
その訃報は1週間前、自宅にやってきた346プロダクションの役員から知らされた。
居間で母親と共に役員の話を聞いていた飛鳥だったが、終始心は空っぽの状態だった。母親に指摘されるまで飲み物に一切口もつけず、ふと唇に触れると緊張でカサついていた。
出勤途中に車に轢かれそうになっていた女の子を助けようとして亡くなったこと。その日は雨が降っていて車の急ブレーキがあまり効かない状態だったこと。担当の、しかもまだ成人にも達していないアイドルに真実を言うべきか迷ったが、プロダクション側で「これはプロデューサーとアイドルの問題でもある」という結論に至り情報公開をしたということを聞かされた。
翌日の夕方頃、母親と一緒に通夜に参列した。人生で初めて葬式に出席した飛鳥は、皆が喪服の中自分だけ制服であることに若干の違和感を感じつつも、母親にやり方を教えてもらいながらたどたどしい動作で焼香と会釈を終え、無感情で事が終わるのを眺めていた。
式も終わりに近づき、出棺する前に故人に花を添えるというので、飛鳥はスタッフに貰った花を持って棺に近づいた。焼香の際には少し遠くて見えなかったプロデューサーの顔がはっきりと見える。その顔はとても安らかで、今にも起き上がりそうな様子だった。
その顔を見た瞬間、今まで半ば夢のように感じていたプロデューサーの死がどうしようもない現実のことなのだと、もう二度とプロデューサーに会えないのだと、非情な真実に頭をガツンと殴られたような感覚に陥った。
「あぁ……」
一緒に笑ってご飯を食べたこと、ゲームセンターでスコアを競い合ったりした思い出が浮かんでは消える。
「いや……いやだ……」
周りに迷惑をかけまいと感情を殺してきたが、まだ14歳である少女の心の容量は限界だった。
「ぷろ……でゅーさー……いやだよぉ……うぅっ……うあぁぁぁ……!」
その場に座り込んで花を抱きしめながら、飛鳥は声を上げて慟哭した。初めて経験した身近な人の死は、こんなにも辛く苦しいものだということを認識しながらも、溢れ出る涙を止めることは出来なかった。
この日も、外では雨が降り続いていた。
プロダクション側の配慮により1週間の休暇を貰った飛鳥は、その時間をプロデューサーと出かけた場所の訪問に使った。
TVの収録で行った動物園やテーマパーク、アイドルになって初めて立ったステージに結婚式特集で撮影をしてもらったチャペル。その全てに、プロデューサーと過ごした思い出が詰まっていた。笑って、喧嘩して、泣いたらまた笑って。そんな記憶が頭の中を駆け巡る。思わず泣きそうになるのをぐっと堪えて、飛鳥は思い出した記憶をより深く刻んで、絶対忘れることのないように心にしまい込んだ。
休暇が終わると、飛鳥は普段通りの日常を取り戻していた。学校へ行って勉強して、帰りにレッスンをする。
プロデューサーが亡くなってもやるべきことは変わらない。自分が笑ってファンに希望を届けている姿こそ、最大の恩返しだと飛鳥は考えていた。
その日もいつも通りにレッスンルームへ赴こうとしたが、受付の女性に呼び止められる。
「二宮さん、常務からお話があるそうです。第5会議室までお越し下さい」
「……わかった」
大体話の予想はついていた。大方新しいプロデューサーの配属と紹介だろうと思いながら、飛鳥は会議室へ向かう。
「失礼します」
ノックをした後会議室に入ると、白髪の常務と男性が喋っていた。この人が新しいプロデューサーなのだろうな。そんなことを考えながら、飛鳥は常務に促されるまま席に座った。
「二宮さん、この度はご愁傷様だったね」
「いえ……それで今回の話というのは」
「あぁ、もうわかっていると思うけど、新しいプロデューサーの挨拶をさせておこうと思ってね。こちらは有坂悠誠君。他部署から移ってきたわけだが、前の部署でもティーンモデルのプロデューサーをしていたんだ。」
常務の紹介を聞きながら、飛鳥は隣の男性を改めて観察する。全体的に細身で短髪の黒髪、メガネをかけている様は新卒の社会人を思わせた。
「――というわけだ。私は席を外すから、後は2人で話して親睦を深めておくれ」
常務が笑いながら退出すると会議室に静寂が訪れた。それもそのはず、2人は初対面で相手のことなど何も知らない。親睦を深めてくれと言われても、まるで考えが浮かばない。
とりあえず挨拶だけでもと、飛鳥が口を開きかけた瞬間悠誠の方が先に口を動かした。
「ご紹介に預かりました、有坂悠誠です。この度は貴女のプロデューサーになれたこと、光栄に思います。今後ともよろしくお願いします」
定型文かと思うほどきっちりした挨拶に思わず飛鳥は面食らった。こちらもそうするべきかと緊張した面持ちで接する。
「二宮飛鳥……です……よろしくお願いします」
またしても静寂が訪れる。
場の空気に耐えきれず、今度は飛鳥が口を開く。
「……申し訳ないがこの喋り口調はボクには合わない。いつも通りの喋りでいいかい?プロデューサーも1回り以上年下の子供に敬語を使うのは気が滅入るだろう?」
「……そうか?助かるよ。改めて、俺は有坂悠誠。まぁ名前じゃなくプロデューサーと呼んでくれればいいよ。これからは君を全力でプロデュースするから期待していてくれ」
先程とは違ったラフな挨拶に若干戸惑いつつも飛鳥は言葉を返した。
「ボクは二宮飛鳥。俗に言う中二病を患ってはいるが、それがボクの存在理由でありこの世界に対しての証明でもある。よろしく頼む」
「君の言う中二病っていうのは〝右腕が疼く!〟とか〝左目に封印されし力が!〟とかそういうやつかい?」
「いや……まぁ間違ってはないが、少しベクトルが違うような感じだね」
「うーん……中二病っていうのは色々あるんだな、難しくてわからないな」
初対面ではあるが、今後二人三脚で動いていくであろうプロデューサーに中二病への理解がないという事実は、飛鳥を少し不安にさせた。
前のプロデューサーにスカウトされた時、飛鳥はアイドルに興味はなかった。しかしプロデューサーの考えさせるような含みのある言葉に共感し、波長が合う人だと、この人なら自分の可能性を引き出してくれる人だと直感的に感じたからこそ、アイドルへの道を進むことにしたのだ。
しかしこの有坂というプロデューサーからは自分のまだ知らない可能性を引き出してくれるとは現時点で思うことは出来なかった。レッスンの時間が近づいていることを告げ、部屋を後にするもレッスンが始まるまで飛鳥は新しいプロデューサーのことをずっと考えていた。
レッスンが終わり、荷物をまとめて部屋から出ると、悠誠がバッグを持って立っていた。
「お疲れ様、この後予定がなければ親睦会も兼ねて夕食を食べに行かないか?」
「……今日は遠慮しておくよ。母親が家で夕飯を用意してくれているんだ。」
「そうか。気をつけてな」
正直に言うと家に連絡を入れさえすれば夕食に行っても良かったのだが、先の会話からあまり一緒に話そうという気になれずにいた飛鳥は悠誠の横をすり抜けて出口に向かった。
そんな飛鳥の背中を、悠誠は憂うような目で見送った。
初対面こそあまり深く接することは無かったが、その後の飛鳥と悠誠の仕事ぶりは決して悪くはなかった。きちんと適正量の仕事を取ってくる悠誠に期待通り答える飛鳥。その姿は他のプロデューサーやアイドルからも「お手本のようだ」というお墨付きを貰っていた。
しかしその言葉を聞く度に、飛鳥は心にわだかまりを感じていた。
というのも、前のプロデューサーが持ってくる仕事は基本的にゴシックパンク特集の撮影やアイドル仲間である神崎蘭子とのユニット「ダークイルミネイト」としてのライブという飛鳥の望む中二病というポテンシャルを引き出せるような仕事が多かったのだが、悠誠が持ってくる仕事は下町紹介のVTR撮影やグルメロケという、およそ彼女には似つかわしくない(と飛鳥は思っている)バリエーションだった。これに関して飛鳥が悠誠に申し出たこともあったが、悠誠の言い分は「飛鳥の新しい可能性を見出したい」とのことだった。
最初は飛鳥も妥協していたが、自分のしたいことをさせてもらえないという状況は彼女の内に僅かだが少しずつフラストレーションを溜めていくことになり、そしていつしかその積もりに積もった感情はある時1つの疑問を生み出した。
"自分はお金稼ぎの道具なのではないか?"
考えてみればゴシックパンクや中二病はマニアックすぎて一定層がつきにくい。より一般受けしやすいものの方がギャラや仕事の数も増えるだろう。なによりそれをこなして会社の利益に貢献するのが雇われる側のアイドルである。しかしアイドル側の意見を反映しないとなれば話は別だ。アイドルにも自分の方向性を決める権利があり、それがないとなればそれは相互利益の関係ではなく搾取する側される側の関係になる。
半ば疑心暗鬼に陥っていた飛鳥はこの時既に悠誠を信じることが出来なくなっていた。可能性を探るなんてことは建前で、ギャラの高い順に仕事を持ってきているのではないかなど、考え出すとキリがなかった。
ある日の夕方、悠誠がデスクで書類をまとめていると、バンッという大きい音と共に入口のドアが勢いよく開く。入口に目をやると、眉間に皺を寄せた飛鳥が書類を持って立っていた。
飛鳥は一直線に悠誠のデスク前まで歩いて、書類を悠誠の目の前に叩きつけた。
「プロデューサー、なんだいこれは」
「どうしたそんな怖い顔して。これは......とときら学園の新シリーズ特番の企画書だけど」
飛鳥はきょとんとした顔を見せる悠誠を侮蔑するような目で睨む。
「どうしてボクがこんなお子様向けの番組に園児のコスプレをしてまで出なきゃいけないんだ?」
「これだって立派な仕事だ。とときら学園は安定した視聴率を出しているし、今回の企画はーー」
「ふざけないでくれ!」
飛鳥の振り下ろした両手がデスクを叩いて大きな音が鳴り、部屋内に沈黙が訪れる。
部屋の反対側にあるデスクで仕事をしていた千川ちひろが心配そうにこちらを見ていたが、飛鳥は気にしない。
「キミがプロデューサーになってからボクのところにはボクの世界観に合った仕事が殆ど来ていない。なぜボクにそういった仕事を回さないのか説明してくれ」
「俺は飛鳥の色々な選択肢を示そうとしているだけなんだ。様々な仕事から得られる知識は今後の活動に絶対に役立っていく」
「担当のアイデンティティを無理矢理犠牲にしてでもかい?それが双方の利益になるとでも?」
食い下がる飛鳥に悠誠は眉を寄せた。
「......何が言いたいんだ?」
「ボクはボクの存在をこの世界に留めるためにアイドルをしているつもりだ......全てボクのためであって誰の干渉をも受けるつもりはない。ましてや独善的な利益の為に会社の犬に成り下がるなんてボクはまっぴらごめんだ!」
そう言い放つと、飛鳥は踵を返して言葉を吐き捨てる。
「今日のダンスレッスンには行かない。どうせやってもキミの満足いく結果は得られないだろうからね」
悠誠はそのまま去っていく飛鳥を呼び止めようとしたが、かける言葉が見つからなかった。何を言っても今の飛鳥には聞き入れられないことはわかりきっていた。
「......追いかけた方がいいんじゃないですか?」
いつの間にか後ろに立っていたちひろが悠誠に話しかける。
「ちひろさん......いや、俺が行っても逆効果だと思いますよ」
「でも、飛鳥ちゃんに対する熱意は傍からでも伝わってますよ?」
「それが本人には届かなかったんでしょう。俺は飛鳥の中二病を捨てさせる気は毛頭ないんですよ。ただ、中二病だけで芸能界を歩いていくには限界があるってこと、色んな仕事を経験すれば大丈夫だということを教えたかったんですが......あんな捉え方をされていたとは」
「14歳の女の子っていうのはすごい多感な時期なんですよ?小さなことでも悩んで苦しんで、思春期ってそういうものなんです。ちゃんと労わってあげないと」
思えば他のアイドルと比べて何かと達観している飛鳥を大人と同等に信用していた節はあった。あんなふうに振る舞ってはいたが、中身は年相応の女の子であることに変わりはなかったのだ。
「......そうですね。もう1回飛鳥と話さないと」
「飛鳥ちゃんの親御さんには私から連絡しておきます。プロデューサーは万一に備えて街の捜索をお願いできますか?」
「わかりました」
見送るちひろを背に悠誠は事務所を後にする。外に出ると空が薄暗い雲で満たされ、今にも降り出しそうな天候であった。
「飛鳥傘持っていってないよな......!」
入口に戻り傘を手に取ってから、悠誠は街へと駆け出した。
アルミ製のアームが降下して、ペンギンのぬいぐるみを掴む。持ち上げ、穴まで運ぼうとするも、ぬいぐるみの重さに耐えきれずアームが緩む。程なく目当ての景品は目の前でぽとりと落ちた。
「......くそ」
飛鳥は小さく悪態をついて財布から100円玉を取り出す。
事務所を出たはいいものの、家に帰ろうにも親の早期帰宅に関する詮索があるために近場のゲームセンターで時間を潰していた飛鳥だったが、心中は感情に任せて悠誠に言葉を吐き捨てた少しの後悔と自分を理解してくれないという不満が複雑に絡まっていた。
このままでは行けないと思いつつも、こちらからアクションを起こせずにいる自分の変に高慢なプライドに辟易する。
飛鳥はその考えを振り払うように筐体へ無造作にお金を差し込もうとしたが、突然後ろに気配を感じて振り向く。
立っていたのはゲームセンターの従業員だった。
「申し訳ありませんが、16歳未満のお客様1人での入店許可時刻を過ぎましたので、退店をお願いします」
腕時計に目をやると、その針は午後6時を指していた。
「わかった」
ゲームセンターの入口まで出ると、外では既に雨が降っていた。行き交う人々は傘を差し帰宅の途についている。傘を持たずにここまで来た飛鳥だったが、躊躇いもなく通りに出て、雨に濡れながら行く宛もなく歩き始めた。
自分の居場所を誰かに奪われるというのはこんなにも孤独なのかと再認識する。プロデューサーが亡くなった時に一生分味わったと思っていた感情が、またしても飛鳥の心を締め付けにやってきたような気さえした。
「こんな時......キミがいてくれたらどんな言葉をかけてくれたんだろうか......」
空を仰ぎ見て、立ち止まる。絶え間なく落ちてくる雨粒が幾度も顔に当たって弾けるが、その感覚さえ鬱陶しく感じる。
ドンッ!
肩に強い衝撃が加わり、飛鳥の体が後ろに倒れた。
「いってぇなぁ!ちゃんと前見とけボケ!」
飛鳥が起き上がり前を睨むと、3人の男性が立っていた。
飛鳥に暴言を言い放った男はサングラスにピアス、アロハシャツに短パンといかにもチンピラという風体で、後ろの2人はニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「あれ?このガキTVに出てなかったっけ?」
「俺見たことあるぞ。二宮飛鳥だっけ?中二病でアイドルしてるとかいう」
「へぇ。中二病ってきっしょいオタクのアレだろ?今日は腕とか目とか痛まないんでちゅかぁ?」
下卑た笑いを浮かべながら腕を抑えて痛がるふりをする男たちに飛鳥は怒りを覚える。
「......黙れ」
小さな声であったが、感情から口をついて出た言葉を男たちは聞き逃さなかった。
「あ゙?なんだ黙れって?お前がよそ見して当たってきたからこんなことになってんだろ?」
「飛鳥ちゃんさぁ、こんな所で言い合うのもアレだしちょっと場所変えようか」
どこからともなく手が伸びてきて飛鳥の手首を強い力で掴む。突然の衝撃と恐怖で声が出ないことが分かってか、男たちはそのまま路地裏まで飛鳥を引っ張っていく。
「俺そういうシュミはないんだけどなぁ」
「いいじゃねぇか、こんな美味しいこと滅多にねぇぞ。遊び終わったら身代金も奪って豪遊しようや」
そんな話をしながら飛鳥を見る男たちの目はまさに獣そのものだった。
身の危険をひしひしと感じてはいるが足が動かない。助けなど来るはずがない。何も言わずに出てきたことをこんなにも悔やんだことは無かった。飛鳥は後悔と恐怖で頭がいっぱいになりながらも、なんとか掠れた声を喉から捻り出す。
「た......助けて......!」
その時
「飛鳥!!!」
聞き覚えのある声が路地裏に響く。
飛鳥と男たちが声のする方に目やると、雨に濡れて息を切らしている悠誠がそこに立っていた。
「ゆうせい......!」
「その子から離れろ!!!」
「おうおう、保護者の登場か。ただこちとら取り込み中でね、大人しくそこで見てろ」
男がそう言い終えると、端の2人が傘を捨てポケットから手に収まるくらいの何かを取り出す。
飛鳥はそれを見て濡れている体が1層冷たくなるのを感じた。
男たちが取り出したものは折りたたみ式のナイフだった。刃渡り約6cmの小さなナイフではあるが、大人を殺傷できるには十分な武器である。
対して悠誠が持っているのは傘のみ、リーチはあれど2人のナイフ持ちから身を防ぐには心許ない。
「やめてくれ......」
飛鳥の脳裏に通夜で見た亡きプロデューサーの顔が浮かび、その顔が悠誠の顔に変わっていく。2度も同じような悲しみを背負うことなんて出来ない、もうこれ以上誰も失いたくないとただただ祈るしかなかった。
にやけながらジリジリと距離を詰める男たちに対し悠誠は1歩も引かずに相手を見据える。
しかし距離が3mをきり男たちが飛びかかろうとした瞬間、突然悠誠の後ろから怒鳴り声が発せられた。
「何をしてるんだ君たち!!!」
見ると2人の警察官が警棒を片手にこちらへ走ってくる。片方の警察官はトランシーバーで本部と連絡を取っているようだった。
「男3人が刃物を持って一般人に向けている模様、至急要請を願います」
流石の男たちも警察の乱入は想定外だったようで、狼狽えながら後ずさる。
「に、逃げるぞ!」
誰かの声を合図に走り出し、そのまま蜘蛛の子を散らすように闇へと消えていった。
「すぐに応援が来ますのでそこにいてください!」
警察官はそう言い残すと男たちを追いかけるべく路地の奥へと入っていき見えなくなった。
悠誠は傘を投げ捨て全身濡れた状態で蹲っている飛鳥の元へ駆け寄る。
「飛鳥!大丈夫か!?どこも怪我はないか?」
「......んで......」
ぼそっと呟いた飛鳥の声は、悲しみとは別のような震え声だった。
「どうした?」
「どうして助けに来たんだ!!」
(違う......)
飛鳥は心中では違うことを伝えようとした。
ありがとうと、怖かったと伝えたかった。しかし口から出てくるのは悠誠を責めるような刺々しい言葉だった。
「もしかしたらあそこで刺されてたかもしれないんだ!そこまでして助ける必要はあったのかい!?」
(やめてくれ......)
「ボクがいなくなると事務所の利益損失に繋がるからか!?」
(こんなことを言いたいんじゃない......)
「ボクという駒が勝手にいなくなるのがそんなに不満か!?」
ぱんっ
少し湿ったような破裂音と同時に飛鳥の頬に痺れとじんわりとした熱さが生じる。悠誠が飛鳥の頬をはたいたのだ。
「心配だからに決まってるだろ!!!」
悠誠の顔を見ると、雨のせいか涙のせいかわからぬほどに顔をくしゃくしゃに歪めていた。初めて見る悠誠の泣き顔に飛鳥も驚く。
「ほんとに......心配したんだぞ......!」
そう言いながら、悠誠は飛鳥を抱きしめた。
冷たい感触から僅かに、だが確かに悠誠の温もりを感じる。
あぁ......この人は本当に、ボクのことを考え、大事に思ってくれていたんだ......
未熟なのはボクだった。自分の思い通りにならないと喚く子供じみたボクを見捨てずに、一生懸命考えてくれていたんだ。
全てを悟った飛鳥は、己の幼稚さを恥じながらも、今だに飛鳥を抱きしめている悠誠に「ありがとう」と、言葉を伝えようとした。
しかし
「......うぅっ......」
何故か喉から出てくるのは嗚咽で、気がつくと目からは涙が溢れていた。
いくら言葉を頭の中で紡いでも口から出てこない。張り詰めていた緊張の糸が切れた飛鳥は、ただ己の感情に身を任せるしかなかった。
「怖かった......怖かったよぅ......ひぐっうあぁぁぁっ!!!」
「そうだよな......怖かったよな......」
一層強く抱きしめる悠誠に答えるように、飛鳥もまた悠誠を抱きしめ返す。
そうしてしばらくの間、雨に打たれながら2人はお互いの温もりを感じあっていた。
程なくして2人は応援に駆けつけた警察官に保護され、事情聴取の為に警察署まで任意同行することになった。
濡れたままで震えている飛鳥を女性警官が気遣ってくれたようで、パトカーの中でタオルを手渡してくれた。同じようにタオルを貰った悠誠が飛鳥に優しく笑いかけるが先程の抱きしめあった感覚が未だに残っていて気恥しさを感じた飛鳥は、自分の顔が赤く火照っているのを悟られるのが嫌で伏し目がちになりながらそっぽを向く。
警察署に着き事情聴取をされていると、後から入ってきた警察官に先程襲ってきた男たちが捕まったことを知らされた。聞くとここら周辺では有名な犯罪集団の下っ端ということだった。
事情聴取が終わり、書類作成をするので待合室で待っていて欲しいと言われた飛鳥は、女性警官から受け取ったミルクココアを片手に部屋へ入る。そこには同じように事情聴取を終えた悠誠がソファに座っていた。
「お疲れ様。身体は大丈夫か?」
「あぁ、悠誠のお陰でね」
悠誠が座っている場所のすぐ隣に腰掛け、体育座りをする飛鳥を見ながら、悠誠はコーヒーを啜る。
少しの間沈黙が流れたが、飛鳥が口を開く。
「ボクが間違っていた。己の願望だけが先走った結果沢山の人に迷惑をかけてしまった。特に悠誠には。本当にすまなかった。」
「いや、謝るべきは俺の方だ。確かに飛鳥には将来の為に色んなことをさせたかった。だけど今の飛鳥しかできないこともあるんだって、飛鳥が飛び出していった後気づかされたよ」
苦笑する悠誠に対して飛鳥は膝に顔をうずめながら返答する。
「その話はよしてくれ。自分の幼稚さに辟易しそうだ......。そういえばなぜ悠誠はボクの居場所がわかったんだ?」
「あの後飛鳥が行きそうなゲームセンターへ寄って店員に聞いたんだけど、先程出ていったって言われたから街を探してたんだ。ちひろさんからも連絡があって、まだ家にも帰ってないって言われたから警察に電話するよう指示してから走り回ってた」
「走り回るって言ったってあんな路地裏見落としそうなものだけど」
不思議がる飛鳥に対し、悠誠は上を見上げて真実を告げる。
「あの人がこっちだって言ってるような気がしてさ」
「あの人......?」
「飛鳥の前プロデューサーだ」
「ぇ......」
飛鳥は驚愕の事実に呆然とする。まさか前プロデューサーと悠誠の間に繋がりがあるなんて想像もつかなかった。そういえば仲がいい後輩がいるという話をされたような気もする。
「あの人は俺の先輩だったんだ。俺がプロダクションのプロデューサー見習いとして配属されたのが先輩の部署でね。最初は何もわからずに失敗ばかりだったけど、先輩はいつも叱らずにやり方を教えてくれたよ」
苦笑しながらコーヒーを飲む悠誠の顔を飛鳥はまじまじと見つめる。
「先輩から何度も飛鳥の自慢話をされた。初舞台の感動とか、撮影時の笑顔はめちゃくちゃ可愛いとか。そりゃもう耳にタコができるくらいにはね」
「ははっ、いかにもあの人らしいな」
「そしてある時先輩から真面目な顔で相談されたんだ。"俺になにかあったら飛鳥をよろしく頼む"って」
その言葉を聞いて、飛鳥の表情が少し硬くなる。
「俺はその時冗談ですか?って聞いた。先輩は首を振って真面目に頼んでいると、信頼しているお前にしか頼めないことだと言っていたよ。先輩が亡くなる一週間前だった。恐らく虫の知らせでも来たんだろうな」
少しぬるくなったミルクココアをテーブルに置いて、飛鳥は悠誠の話に聞き入る。自分が知らない所でそんな約束が結ばれているとは思わなかった。
「先輩の通夜で初めて飛鳥を見た。君が棺の前で泣き崩れるのを見て、先輩は本当に慕われていたんだなと確信したよ」
「そこを見られていたのか......」
感情的だったとはいえ、飛鳥はその姿を見られたことに対して少し居心地が悪くなる。
「そして同時に、先輩が生涯をかけてプロデュースしてきた飛鳥を絶対に腐らせたりしないという決心もついた」
コーヒーを飲み終えた悠誠は飛鳥の方に向き直る。その顔は初めて会った時の顔とよく似ていて、名前の如く誠実な顔つきだった。
「俺は飛鳥のプロデューサーになれて本当に良かったと思ってる。」
悠誠の手が、飛鳥の目の前に差し伸べられる。その姿はまるでおとぎ話の王子様のようで、
「これからも、君のプロデューサーで居させて貰えないだろうか」
改めて悠誠は飛鳥に問いかける。飛鳥はその手を自分の小さな手で優しく包み込んだ。
「当たり前だ。悠誠はボクの大切なプロデューサーだからね」
真っ直ぐな瞳で悠誠の顔に笑いかける飛鳥の顔は、誰も見たことのないような満点の笑顔なのは言うまでもなかった。
「ところで、いつからか俺の呼び方がプロデューサーとかキミから悠誠って呼び捨てで呼んでくれてるのはどういうこと?」
「っっ!!?」
今まで気づかなかったが、そういえば呼び方が悠誠に変わっていたことに今更ながら気づいた飛鳥は耳まで真っ赤に染めながら後ずさる。
「どうした飛鳥!?熱でもあるのか!?ずっと雨にさらされてたから...!」
「うっうるさい!!」
この一悶着は、書類を仕上げ終えた警察官が2人を迎えにいくまで続いたのであった。
一旦事務所に戻って事の報告をするというので、2人は再度パトカーに乗せてもらい事務所へと向かう。
走り出すパトカーの中で飛鳥はふと疑問に思っていたことを悠誠に問いかけた。
「なぜ悠誠はボクに前のプロデューサーの話をしなかったんだ?話せばその後の話がスムーズになるんじゃないかと思ったんだが」
素朴な質問ではあるが、あえてそうしなかった悠誠の答えが聞きたかった飛鳥は、悠誠の返答を待った。
「1つは飛鳥が傷心してるだろうって言わなかったことかな。もう1つは、先輩をダシにしてまで関係を築こうとする自分が許せなかった」
意外な答えに、飛鳥は思わず笑ってしまう。
「な、なんだよ......かっこ悪いか?」
「いや......あの人が悠誠を選んだ理由がわかった気がしてね」
「......そうか」
雨はもう止んでいて、雲の切れ間からは月が顔を覗かせていた。
「あつい......」
「悪いが我慢してくれ、あと少しで飛鳥の出番だから」
うだるような熱気に不平を漏らす飛鳥を悠誠は優しく宥める。
夏に開催されるアイドルの晴れ舞台、「アイドルフェスティバル」の舞台裏で、2人はもうすぐ来る出番を待っていた。
ゴシックパンクの衣装に身を包んだ飛鳥は、付き添いの悠誠と共にスタッフの誘導でステージの袖まで移動する。
「飛鳥、緊張してるか?」
「全然?」
「足、震えてるぞ」
「......うるさい」
まるで兄妹のような掛け合いに周囲のスタッフも思わず苦笑してしまう。
「悠誠のせいで笑われたんだが?」
「緊張がほぐれたし結果オーライじゃないか」
飛鳥は悠誠の受け流しにやれやれとため息をつくが、すぐに目の前の大舞台に集中する。
「二宮飛鳥さん!ステージ入りまで30秒です!!」
スタッフの掛け声が聞こえ、飛鳥は静かに深呼吸をした。スタッフの声、観客の声援、ライブの音楽全てが聞こえる。
「お前の今しか出来ないパフォーマンスをしてこい」
「あぁ、悠誠が育てたアイドルの勇姿をちゃんと見ていてくれ」
「もちろんだ」
悠誠が答えた瞬間、スタッフが声をかける。
「二宮飛鳥さん!ステージ入ります!!」
スポットライト輝くステージへ走り出した飛鳥の顔は、自信に満ちていた。
快晴の下会場のファンのボルテージは最高潮に達する。
「やぁ、ボクの名前は二宮飛鳥。この世界に、ボクと共に存在を証明しようじゃないか!!」
(完)
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