鷹富士茄子「現在、未来、茄子ですよ~」 (38)


 モバマスより鷹富士茄子のSSです。
 独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。


 前作です↓
ライラ「夕焼けはソーダの味がする」
ライラ「夕焼けはソーダの味がする」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1526056349/)

 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1526315837


 今夜一杯いかがですか?

 と茄子さんからお誘いを受けたのは、週初めの月曜日だった。
 幸い夜遅くまでかかるタスクは無い。ただでさえ憂鬱な月曜の気晴らしになるだろう。
 軽くならたまにはいいかと承諾し、駅前で彼女と合流した。

「ん。今日は楓さんいないんですか?」
「あら、私と二人ではお嫌ですか~?」
「いや意外だなって。飲み行く時はいつも一緒なのに」

 二日酔い対策グッズを山盛り用意したのだが、いなければいないで肩透かし感が残る。

「今日は楓さん、他のお友達と食事に行かれるんです」
「あ、飲むことは飲むのね……」
「そういうことです♪ ということでたまには、さしで飲むのもいいでしょう?」


  ―― しばらく後


 ささやかな飲み会自体は平和に終わった。
 二人で飲み屋街をてろてろ歩き、つまんで飲んでを繰り返すうちにお互いそこそこ出来上がっていた。 


「あーまーつーかぜー♪ くーものーかよひぢー♪ ふーきとーぢよー♪」

「ご機嫌ですねぇ。何かいいことありました?」
「毎日いいことだらけですよ~。今日があることが一番の幸運です♪」

 茄子さんは両手を広げて、踊るように前を歩く。
 その歩き方があんまりにも無防備だから、今更のようなことを注意した。

「というかですね、アイドルなんだからちょっとは変装するなり……」
「あらそういえば。でもほら、全然バレてませんよ? 不思議ふしぎ~」

 振り返って子供みたいに笑う。
 いつもは白い頬に朱が差して、しかも緩みきっているから、こんな顔は人には見せられないなと思った。

 道行く人々からは、幸運にも気付かれていないようだが……。


「うなぎの肝焼き美味かったですね。このご時世に食っちゃっていいのかなぁと思ったけど」
「大丈夫ですよ。こっちで絶滅しちゃった子は、みんな向こうへ行くだけですから」
「どこですか向こうって」
「どこでしょうねぇ♪ ――をとめーのすーがたー♪ しばーしーとーどーめむー♪」

 こっちの頭も酒でぷかぷかしていて、とりとめのないやり取りをしながら歩く。



「そうそう。前から気になってたんですけど」

 やがて、駅へ向かう近道へ入る。

 街の灯りや喧騒は遠く、道の彼方の赤提灯が導みたいにぼんやり光っていた。
 くるりと踵を使って振り返り、茄子さんは唐突に切り出した。

「プロデューサーって私や楓さんには敬語を使いますよね?」
「……? そうでしたっけ」
「ほら」

 言われてみれば、という感じではある。

「それってどうしてなのかな~って。他の子にはフランクな口調でしょう?」
「うーん……なんとなくというか。強いて言えば、二人は成人してますから」

 なんかプロデューサー的にはそういうモンかと……。
 説明になっていないせいか、茄子さんはう~んと首を傾げるばかり。


「たとえば、フレデリカちゃんやイヴちゃんはもうすぐ20歳じゃないですか。二人が成人したら話し方変えます?」
「それはー……多分、そうはならないと思いますが」
「でしょ? なんとなくだから、そんなに気にすることないと思うんですよぉ」
「えーと。つまりどういうことです、茄子さん?」

 ぱっ。
 と、茄子さんは両手を広げてみせる。

「茄子、です♪」

「はい?」
「『さん』じゃなくて、呼び捨てにしてください」
「いやそんな急な!」
「まあまあほらほら、茄子ですよ、カ~コっ。はいどーぞ♡」

 いきなり言われても困る。

 何も言えないでいると、茄子さんは「ぶぅ」と可愛らしく頬を膨らませた。



「そうだ、逆に考えましょうか~」
「逆?」
「ちょっとだけ向こう向いててもらえます?」

 ?

 とりあえず言われた通りにしてみる。
 十秒くらい待った辺りで、なにやら小さな手に裾をくいくい引かれた。

 振り向くと、可愛らしいおかっぱヘアーのロリっ娘が立っていた。

 10~12歳辺り? かなりの美少女だ。
 うちのこずえよりもうちょっとお姉さんくらいで、あちらがビスクドールのようだとすれば、こちらは精巧な日本人形みたいに整った顔をしている。

「……?」
「プロデューサー♪」
「!!?」

 ロリ茄子さんはにこにこしながら見上げてくる。 
 きらきらした金の瞳など、なるほど面影があった。

「ちっっさ!! どうしてそんなに縮んじゃったんですか!? 黒服に怪しい薬でも飲まされました!?」
「そんなに縮んでますか~? あ、でもおっぱいはこの歳にしては結構」
「見せなくていい見せなくていい!!」



 いくらなんでも心臓に悪かった。

 ので、戻って貰った。後ろを向いて十秒。原理はさっぱりわからん。

「むー。年下になれば呼び捨ても抵抗無いって思ったんですが~」
「そういう問題じゃないです。ていうか気軽に超常現象起こすのやめてください」
「隠し芸のひとつです♪」
「あんな芸ある!?」

 酔いもあって頭がグラグラする。
 相も変わらず浮くように歩く茄子さんは、やっぱり何か考えているようだった。

「どうしても敬語のままですか~?」
「ん~……まあ、そういうもんで慣れちゃってますし。プロデューサーとして……」

 20歳以上のアイドルはさん付けで敬語みたいな、なんかそういうアレがある。気がする。
 納得するやらしないやら、茄子さんはこめかみに指を当てて、「あ」となにやら閃いた。


「それじゃあ仮に、アイドルとプロデューサーじゃなかったらどうなるんでしょう?」
「は?」
「ほら、見てください」


 いつの間にか、夜道は薄暗い丁字路に差し掛かっていた。



「これ、どちらに曲がります~?」
「えーっと駅に向かう道は……」
「左です。けど、右に宝くじの当たり券が落ちているとしたら?」
「茄子さん……?」

 岐路にはちょうど街灯があって、白い光がスポットライトのようだ。
 その真下に立ち、茄子さんは両方の道をそれぞれ指し示した。

「それともこういうのはどうでしょう。
 右は駅まで遠回りになるけど、左の近道には工事現場があって、近付くと危ない目に遭ってしまうかも……なんて」
「すいません、何が言いたいのか……」
「判断と選択のお話ですよ~」

 火照った頬に手を当てて、茄子さんはふわふわ微笑んでいる。


「みんな色んなことを考えて、その時々で判断して、数えきれないことを選んでますよね?
 沢山の人の、長い歴史の、何億何兆、何京何涯……という選択の、積み重ねが今なんですよ~。

 それで、その狭間に『運』の介入する余地がある。だから運命。よくできてますよね♪」



 当たり前のことでも、そう言うと物凄く壮大なことに思えるから不思議だ。

 バタフライ効果だったっけ。ブラジルで羽ばたいた蝶の風圧がやがてはテキサスに竜巻を起こす?
 たとえ小さな作用でも、長期的に劇的な効果をもたらすだろうというアレ。

 知識として知ってはいるけど、もちろん具体例をこの目に見たことは一度も無い。


「その辺りを踏まえて、可能性の旅行をしてみませんか~?」
「可能性の旅行……ですか?」

「はい。ちょっぴり覗いてみるだけです♪」



 酔った頭にはなかなかイカした提案に思える。
 可能性? 選択の積み重ね?

 難しいことはよくわからないが、茄子さんに任せて悪いようになったことはいまだかつて無い。

「わかりました。それじゃやってみま」


 す、と言い切る直前に意識が落ちた。


 ぱちんっ――と器用に指を鳴らして、彼女は世界ごと逆さまになる。


   〇


「ヤッベェ! 遅刻遅刻~っ!」

 俺の名前はP! どこにでもいるごく普通の高校生!
 春は出会いの季節。平凡な毎日に何かが起こる予感がするぜ。

 ……と言いつつ、新学期の初日から遅刻!
 おちおち朝飯のパンも食ってられないぜ!

「うおっ!?」
「きゃっ」

 ドシーン!

 とその時、曲がり角で誰かとぶつかっちまった。
 たまらず転倒、もんどりうって上も下もわからなくなる。その上視界は真っ暗だ。

「いてて……ん? なんだ、この柔らかい感触は……?」
「ひゃんっ♡」

 女の子の声…………って!!

「うわあ!? ご、ごめん!」
「もう~っ、どこを見て走ってるんですか~!?」

 俺はぶつかった女の子の上に倒れ込み、その上なんと胸に顔を埋めちまっていたのだ!
 平謝りに謝り、大慌てで走り出す。

 ……あれ? あの子、うちの制服を着てたような……。



「――えー、今日はみんなに転校生を紹介する」

 ギリギリセーフで滑り込んで、窓側最後尾の席でうたた寝をしていたところ、
 担任のターミネーター(似てるから)が聞き捨てならないことを言った。

 転校生? そんな話あったか?
 クラスのみんなもざわめいていた。

 ターミネーターが「入ってきなさい」と促し、教室の扉を開いたのは――

「鷹富士茄子です。みなさん、よろしくお願いします♪」

 あ……あ……! あの女の子!
 金魚のように口をぱくぱくさせる俺と、教壇の鷹富士とで目が合った。

「ああっ! あなた、今朝のおっぱい星人ですね~っ!」



 ぱちんっ。


   〇


 大学進学のため俺が一人暮らしを始めることを、最後まで反対していたのが茄子だった。

「兄さんは危なっかしいんだから、心配するに決まってます」
「そんなことないだろ。俺はむしろお前が心配だよ、茄子」

 子供のころから後ろばかりくっついてきていた、俺の妹。
 やたら運が良くて何でもできる優秀な奴だが、昔からとにかく離れようとしない。

 今だって部屋の隅に正座をして、荷造りする兄の背中を穴が開くほど見つめている。

「私はいいんですよ。けど兄さん、私から離れた瞬間事故に遭っちゃわないかと~……」
「いくらなんでも心配しすぎだ、なるかそんなん」
「本当ですか? 約束できます? 私がいなくても平気だって……」
「とか言って、お前本当は自分が寂しいだけじゃないのか?」
「そうですよ~?」

 即答かよ。
 スーツケースを閉じて振り向くと、茄子はいつの間にかすぐ近くにいた。

「うおっ」
「兄さん、はいこれ」

 ぎゅっと手を握られる。開いて見ると、お手製らしきお守りの袋があった。

「妹からの餞別です。茄子のこと、忘れないでくださいね~?」
「……忘れるわけないだろ、大事な妹なんだから」
「ふふっ。兄さん、泣きそうになってますよ?」

 お前こそな。



 ぱちんっ。
 


   〇


 からすがないてました。
 ぼくはころんで、けがをしてしまいました。
 そとはゆうがたで、こわいとおもいました。

 おじぞうさんのちかくですわっていると、おかあさんがむかえにきてくれました。

「Pちゃん?」
「かこおかあさん……」
「けがをしたの?」

 おかあさんはくすりをぬってくれて、いたいのいたいのとんでけ、をしてくれました。

「だいじょうぶですよ、Pちゃん。おかあさんがついていますからね~」

 おかあさんのせなかはあたたかくて、ぼくはねむくなってしまいます。
 からすがカァカァないて、おそらからぼくたちをみおろしていました。

 かこおかあさんは、ぼくをやさしくゆらしながら、「ななつのこ」をうたってくれました――



 ぱちんっ。


   〇


「茄子姉ちゃん! 俺のアイス勝手に食ったろ!?」
「ごめんね~Pくん。けど当たりが出たからもう一本ですよ~♪」

 ぱちんっ。

「行くぞ茄子! 俺たちの力を見せてやるんだ!」
「はいっ! ゴッドプロデューサーロボ、エネルギー全開! 突撃ーッ!」

 ぱちんっ。

「犯人は、あなたです! 鷹富士茄子!」
「あら~……ばれてしまいましたか~」

 ぱちんっ。

「拙者は神出礼羅流門下、Pと申す! 山奥に剣聖が潜むと聞き及び、立ち合いに参った!」
「ふふふ、お若いですね~。いいでしょう、お相手いたしますよ~♪」

 ぱちんっ。

「親方! 空から女の子が!!」
「女の子じゃなくて茄子ですよ~」

 ぱちんっ。


   〇


「ウホ! ウホホッ!」

 ウホッホウホホ、ウホウホ! ウホッ!
 ウホーホッホ、ウホホイ? ウッホ!!

「どうかなさいましたか、あなた~?」
「ウホウホーッ!」
「まあ、こんなに大きなマンモスを一人で!?」

 ウッホウッホ、ウホホーホ。ウッホッホ!
 ウッホホ? ウホホンホ! ホホッウホウホウッホッホイ!

「それじゃあ、手っ取り早く鼻を輪切りにしちゃいましょう。今夜は焼肉ですよ♪」
「ウッホホ、ウッホ! ウホーホン……ウホ」
「もう、お上手なんですから♡」

 ウホウホ、ウッホッホーイ。ホホイホイ?
 ウッホー!!!


   〇


 母なる地球を遠く離れ、我々は今まさに第346グラスシューズ銀河を抜けようとしていた。

 都合7回の冷凍睡眠を経て、128回もの超光速航法を越えた今、悲願の理想郷はもう遠くない。


「艦長」
「茄子君か。航行計画は順調かね?」
「ええ。この調子でいけば、あと2回のΩドライブでミツボシ座30番星系に到着するでしょう」
「うむ……。第77期大規模移民船団を率いる者として、最後まで気を抜くわけにはいかん」
「心配いりませんよ、艦長。私達には幸運が味方してくれていますから」
「ははは、君が言うと心からそう信じてしまえるから不思議だな」


 その時、左舷に色とりどりの眩い光が乱舞するのが見えた。
 恒星の輝きではない。あれは――


 ミンミンミン! ミンミンミン! ウーサミン!
 ミンミンミン! ミンミンミン! ウーサミン!
 ミンミンミン! ミンミンミン! ウーサミン!

 ウサウサウーサー ウーサーミーン!!


「ウサミン星の式典……。まさかこの目で見られるなんて、ラッキーでしたね♪」
「話には聞いていたが、かなりの壮観だ。きっと星の歴史に残る慶事があったのだろう」

 ピンクの惑星をバックに、ニンジン型の宇宙船団がパレードを繰り広げている。
 宇宙を彩る、星より鮮やかな光の乱舞……。通りすがりの我々までも楽しくなる賑やかさだ。

 ウサミン星人よ、我らの旅路の無事を祈ってくれ。いつか改めて諸君の星を訪おう――


 ぱちんっ。
 



   〇



 ――――なんだったっけ。

 そうだ、少し昔の話だ。


 その日はおみくじを買いに行こうとしていた。

 特に何か節目の日でもなく、なんとなくゲン担ぎのつもりだった。
 だけど俺からすればそれなりに大事なことだった。なにしろ仕事の願掛けなのだから。

 季節は春。俺の働く芸能プロダクションはここ最近、新たにアイドル部門を立ち上げた。

 色々なプロジェクトが走り出し、会社全体がアイドル業界に本格参入していく中、
 なんと俺も自分の部署を持つことになったのだ。



 とはいえこちとら未熟者。しかも正直、プロジェクト立ち上げにあたって相当な無茶をした。

 所属アイドルはモデル部門から転向した高垣楓と、どこからともなくやって来た依田芳乃の、まだ二人。
 彼女達と走り始める前に、いっちょ運試しでもしようかと思ったのだ。

 で、それが大凶だった。

 マジかよ。

 のっけから凹まされてすごすご帰る途中、ある女性と出会った。

 不思議な人だった。


 だから――と言うべきかどうかわからないが、決めたのだ。




「アイドルになってみませんか?」



 何日もかけて四方を駆け回り、やっと彼女と再会できた場所は結局最初の神社だった。
 女性は俺が渡した名刺を、しばらくしげしげ見つめていた。

 ややあって、花が綻ぶような笑顔を見せた。

「――色々試したけど、やっぱり『これ』が一番ですね~」
「はい?」

「だって、あなたが私を探して、見つけてくれたんですもの」


 ぱちんっ。



 ――と両手で挟み込んだ名刺は、彼女が手を開くと同時に、無数の桜の花弁となって舞い散った。

 面食らう暇もなく、彼女は花霞の中を泳ぐように踏み出し、俺のすぐ目の前に立った。

「鷹富士茄子と申します。茄子、とお呼びくださいね」

 と、そこからぐーっと背伸びをして、俺の耳元に口を寄せた。
 

「近いうちに直接、私の声をお届けしますから♪」





「………………たー…………」


「…………なたー……」


「そなたー」


「そなたー、お戻りなさいませー」



   〇


芳乃「ふむー。茄子さんー?」

茄子「あら芳乃ちゃん、こんばんわ♪」

芳乃「とやーっ」チョップ

茄子「あいたっ」

芳乃「かの者をあまりからかってはなりませぬー」プンプン

茄子「うふふっ、ごめんなさい。つい舞い上がっちゃって……」

P「うーん……ウホウホ……」ムニャムニャ

芳乃「よく眠っておりまするー」

芳乃「今宵はめでたき夜ですが、戯れはほどほどになさいませー?」

茄子「もちろん。みんなを困らせてもいけませんしね~」


茄子「それじゃ、帰りましょうか♪」

芳乃「はいなー」



   〇


「――――サーさん、プロデューサーさんっ」

 気が付けば、事務所で寝ていた。
 時計を見れば午前7時半。すっかり朝だ。

「……美穂?」
「おはようございます。もうっ、こんなとこで寝てたら風邪引いちゃいますよ?」
「あ、ああ。えーっと……あれ? 学校は?」
「ちょっと寄っていこうと思ったんです。何かありそうな気がして」

 寝てるなんて思いませんでしたけど――と付け加え、美穂はくすくす笑った。


 確か昨夜は茄子さんと飲みに行って、駅に続く丁字路でなんやかんや立ち話をしたような。

 シャツはちょっと寝乱れてるものの、昨日着てたものとは違うし、特に体が臭うこともない。
 ということは昨夜あの後、どっかのタイミングで家帰って風呂入って寝たことになるのだが……。
 さっぱり記憶にないぞ。



「あれ? 髪に何かついてますよ?」

 と美穂が手を伸ばして、それを取ってくれた。
 糸くずか何かだろうか? 礼を言おうと顔を上げたら、美穂は手の中のそれを見て目を丸くしていた。


「桜の花びら? ……五月なのに?」


 もう一片残らず散って久しい筈なのに。
 目を見合わせ、二人揃って首を傾げる。桜なんてどこにあったんだ?

 と、わずかに開いた窓から、初夏の風が吹き込んで――

「あっ」

 美穂の手から花弁をさらい、窓の外のどこか遠くへと連れていってしまった。


「…………不思議なこともあるんですねぇ」
「…………そうだなぁ」



「おはようございます~」

 と、茄子さんがやって来た。

「あ、茄子さん。おはようございますっ」
「おはよう、美穂ちゃん。今日もがんばりましょうね~」

 それが呼び水になったように、次々とアイドルがやってきた。
 朝から仕事がある子、美穂と同じく「何かある気がして」と通学中に立ち寄った子――

 不思議なことに続々たくさんのメンバーが集まって、事務所は朝一番とは思えないような賑わいを見せた。


 事務所がにわかに賑々しくなる中、季節外れの桜のことはすっかり意識から消えてなくなってしまった。



 今日が始まる。結構飲んだ気はするが、運がいいことに二日酔いの気配も無い。

 さて頑張るかと気合を入れ直したところ、ふと茄子さんと目が合った。

 彼女はいつか渡した名刺を指に挟み、口の前に持っていって微笑んだ。


「これからも、よろしくお願いしますね♪」


 ~オワリ~


〇オマケ


  ―― 後日 事務所


P(ふぅ、こないだの飲みは平和に終わったな……)

P(楓さんと茄子さんが揃わなければ世紀末酒豪伝説は発動しないんだ、良かった良かった)

楓「茄子ちゃん、今夜一杯どうかしら?」

茄子「あら、いいですねぇ。お付き合いしますよ~」

P(……さっそくセッティングしてるのは聞かなかったことにして)


P「あ、そうだ茄子さん」

茄子「ぷいっ」

P「えっ」

P(まさか、この間の話をまだ……)



P「……茄子さ」

茄子「つーん」

P「ぐぬぬ……」

P「……茄子」

茄子「はぁい、茄子ですよー♪」パッ

P「午後から収録ですから資料のチェックしといてくださいね茄子さん以上です」

茄子「えー、もうおしまいですか~?」

楓「!」ピコーン


P「それと楓さん」

楓「…………」

P「……楓さ」

楓「つーん」

P「ぐぐぐぐぐ…………」

P「………………楓」

楓「はーい、楓でーす♪」ニパー



ちひろ「お疲れ様です。プロデューサーさん、この資料――」ガチャ


茄子「茄子ですよー♪ カコですよー♪」ランラランラランラ

楓「楓でーす♪ 楓はかゎえぇでー♪」ルララルララー

P「やめて! 恥ずかしいから! 周りを回らないで!!」

楓「もっと呼び捨てしなすってー♪」グールグール

茄子「茄~子~め~茄~子~め~♪」ラーンラーン

P「二度と言わねー! 二度と言わねーからな!!」


ちひろ「……なんで朝っぱらから『かごめかごめ』やってるんですか成人組」


 ~オワリ~


 以上となります。お付き合いありがとうございました。

 鷹富士茄子さん、総選挙総合4位&CDデビューおめでとうございまウホ。

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