一ノ瀬志希は夜歩く (151)

モバマス


「希望を志すから、志希。ってゆー」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1394607344

「どうぞよろしくおねがいしマス・みたいな」

ぴょこんと下げた頭が、ばね仕掛けのように元に戻る。
豊かに流れる波打つ髪の向こうに、猫目が悪戯気に眇められるのを見て、
池袋晶葉は、彼女なりの歓待のしぐさをとった。

「またアクの強いのが来たな」

「心外、心外。今はただのJKだよ、晶葉センパイ。学会誌見たよぉ」

「光栄だよ。よろしく頼む」

「はいナ」

志希は、夜が好きだった。

交通量の減る深夜帯は、振動を嫌う測定や合成にうってつけだし、
ひとの音は、時として彼女には苦痛だったから。

志希は、夜が嫌いだった。

都市機能の停止した町では、どこに行くにも不自由するし、
静寂は、自分の中から、見たくないものを引きずり出す。

それは、自分のほかについて、であったり、
自分について、で、あったりしたけれど。

考え始めると止まらないので、彼女は思考を塞ぐ。

だから、一之瀬志希は、夜歩く。

眠りについた街を。

「……美味しそうな子、発見♪」

「えっ」

「こんばんは、こ・う・め・ちゃん」

「あ、その、えっと……こ、こんばんゎ」

「一ノ瀬志希です」

「はい、志、志希さん。こんばん、は」

にこー、と、志希は笑う。
屈託なく。悪意のかけらも感じさせない笑顔。

理由もなく。

「お散歩? こんな時間に」

「ん……買い物、です、そこまで」

「不夜だね」

「?」

「ついて行っていい?」

「……あ、は、はい」

「よしよし。じゃ、行こー♪」

小梅の手を取り、さっさかと歩き出す。

「コンビニエンス・ストアってゆーのは」

プリンアラモードの成分表示を眺めながら、誰に向けるでもなく。

「過剰な供給の代名詞のようなものだけれど。
 それをこそ 目的と同一の 手段としているから、
 たとえば客の来ない深夜帯には閉店するとか
 公共料金の支払いには手数料をとるとか
 年にいくつも売れないような商品は仕入れないとか
 そういうことをすると よっぽど、たちゆかないのだよね」

「そういう市場を……なんて言ったかな。忘れたけどねん」

小梅ともう一度手をつなぎ、帰路に就く。志希は店を出てすぐに、空いた手でエクレアにかぶりついた。

唇に付いたコーヒークリームを、夜目にもはっとするような赤い舌が掬う。

「小梅ちゃん、寮住み?」

「ん……あ、えっと……実家」

「そう。どっち?」

「こ、こっち」

てこてこ。てくてく。

無機質な光の満ちた店内から。
有機的な闇を湛えた、住宅街へ。

「…………」

「……♪」

「…………あの」

「ん? んー。お気になさらず、続けて、続けて?」

「そう、言われても……」

言いよどみ、文香はハードカバーの本に口元を隠してしまう。
目元は艶やかな髪に隠れて、

「あはは、何も見えない」

「うう……」

「気になる? そう……ゴメンね。文香サン、カワイイねー♪」

二人掛けのソファの上でますます小さくなる文香に、肘掛に身をもたせて身を寄せる。

「イイ匂い」

「あまり、からかうなよ」

「失敬、失敬、嫌がるコトは、よくない……うんうん」

「…………いやと、いうわけでは」

「だよねえ」

「志希」

「わかってるよ、晶葉センパイ……♪ センパイも、いい匂い」

「今は多分……グリスの匂いだろうな」

「そういうコト言ってるわけじゃ、ないんだケド」

まあ、いいよ、許してあげる、と、彼女は笑った。

「たとえば詐欺。非常にわかりやすい搾取……。
 世界中のだれもが詐欺師になったと考えると、
 経済は立ちいかないことはすぐにわかる……ね。
 だのに、それが個々人となると……社会経済に還元されない刹那的享楽に、
 すぐに魅了される……。
 たとえば人間関係。非常に体系化された搾取……。
 人事の求める人材と、現場の求める人材の不一致なんて、わかりやすい非効率。
 ……なぜ、快楽主義的、権威主義的個体は常に多数を占めるのかな?
 自分を経済に寄与する個体と俯瞰し、群的役割と社会の庇護とを享受し、
 つつましく生き、ひそやかに死のうと、なぜ、思わないのかな?
 皆が、等しく、……ここでは共産主義的な意味ではなく……等しく資本主義経済に参加すれば、
 けちな搾取構造に取り入れられるよりよほど、全体益は向上するのに……」

「君は面倒なことを考えるね」

「簡単だよ」

「簡単だから面倒なのさ」

晶葉はもてあそんでいた真空グリスの瓶を机に置いて、事務椅子でくるくると回る。

「簡単な仕組みも十分に回らない、それほど個体差と自己の肥大は高等だということだ」

「自己の肥大ねー」

「自分の信じたいものを、信じたいときに、信じたいように信じる。群れた人とはそういうものだし……アイドルとは、そういう仕事だ」

「また、そうやって、卑下する」

「……褒めてるつもりなんだけれどね。人を、もう一度人を、信じたいと思えたのは、アイドルになったお陰なのだから」

「アカデミズムは、もう、ダメだよ」

「んー。モラトリアムの末期的奇観については、おおむね同感」

「だらだらと、雇われ講師をしていたんだ。必修の裏で」

「イジメ?」

「まさか。疎外だよ、悪意やそういったものじゃない、自分のための行為だ。
 そんなとき、学生にアイドルになれとけしかけられてね……このザマだよ」

「脚色が過ぎますね、晶葉ちゃん」

「その学生というのがほら、この、蛍光黄緑だ」

「くくく……にゃふふふははは」

「ウケたぞ」

「ウケましたねえ」

一ノ瀬志希は夜歩く。

考えすぎてしまうのだ。
自分が考えてもしようのない、理不尽について。不条理について。
そうして、自分が考えてもしようのないことについてひとしきりうなされて、
自分が考えてもしようがないということについてまたひととおり悩まされて。

褥について、眠るまでに繰り返される……二時間ばかりのお決まりの儀式。

それを嫌い、一ノ瀬志希は夜歩く。

「ただね、JKっていうのは楽しいよ。そう、フツーのJK。
 バイタリティに溢れてる。驚異的なくらいにね。
 誰にも極端な期待をかぶせられない。それなのに、彼女たちは無限の可能性を持っているんだ。
 生産的ではないけれど……決して享楽的でもない。
 今のところは、タイクツしないよ」

「ナナも制服の頃は……あー、今ですけれど……確かに、なんていうか、生きてましたね。無駄に。
 無駄にっていうと、なんだか悪い風ですけど」

「橋が転がってもっていうのは、伊達じゃないねー」

「その橋は、そうそう転がりませんけどね」

「ん。そうか。箸か。は→し↓ は↓し↑ うんうん」

「二十四時間営業のファミレスね……。便利な時代になったものだよ」

「ほんとにそうですよねー。ナナも現役ですけど」

ここからここまで、という雑な注文でやってきた数々のデザートを適当に食べつくしながら、感慨深げに呟く。

菜々の前には、コーヒーカップがひとつ。

「……食べていいよ?」

「あっ、いえっ、えっと、はい、イタダキマス」

菜々はあっさりと屈して、おいしい、と、ふにゃふにゃに顔を綻ばせた。

「かーわい」

「えっと……便利な時代、でしたっけ」

「そ。見てほら。あたしらのほかには……ひぃふぅ、五組。
 うち一組は寝てる、一組は定食、あとは全員ドリンクバー。
 回転率も客単価も極端に低い。でも開店。これが便利でなくてなんだというのかってくらいだよね」

「余裕があるのは……いいことです」

「余裕ね。あるのかな?」

「ほとんどお客のいないときでも、きちんと待っていられるのは、それだけの余裕があるからじゃないですか」

「……休む時に休めないのは、余裕がなく見えるけどね」

「うーん……なんていうかですね……」

困った顔をする菜々に、ずいとフォークが差し出される。菜々はとくにためらいなく、ぱくんとそのイチゴを咥えた。

「わかってるよ、視点がふらふらしているんだ。個体の話をしていたのに、群体の話になったり……逆だったり……。
 あたしの考え方は、ちょっと、理想に偏りすぎてるっていうことも」

「……いいことですよ。ちゃんと理想が見えるのは、いいことです。
 手を伸ばして、がむしゃらに走って行って、……何を目指していたのかわからなくなることだって、よくあるんですから」

「……にゃふん」

「苦しくたって、掲げた理想を追わずにいられないのは、強さです。
 でも、自分が苦しいことを、投げ出したり、まわりに助けを求められることだって、強さなんですよね」

「……ウサミンさ」

「はい」

「話が、重い」

「あらら……」

人間関係は
ツインテ天才美少女工学博士池袋晶葉『先端技術倫理』12講
ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381723751/?
から地続きです

「幼児的全能感というかね、そういうのにさ。浸っているんだ。
 心地よくはあるけれど……刹那的というんじゃない。見た感じ、そうとらえられても不思議はないけど」

「それなりに、考えてるんですよね。女子高生って」

「……まあ、岐路だからね」

グチってゴメンよー、と、志希は小瓶を取り出した。

「お詫びの品……おちかづきのシルシ。あたしブレンドの香水。ウサミンにあげよう」

「はい、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「にゃは、よきにはからえー」

「今日さ」

「ああ」

「ウサミンがさ、あたしのあげた香水をつけてくれてるんだよね」

「そりゃ、結構なことだな」

「なかなかに、嬉しいものだよ。うん。驚いてるところだ。こんなに情動があるとは」

「いわゆる……人間的感性というやつだ。私や君のような人種が、ちょくちょく、欠けていると揶揄される、な」

「……別に、情緒に欠けているつもりはないんだけどねー。ただ非合理をとる集団に、違和を覚えるだけで」

「ああ、まあ、不本意ではあるがな。そう描写したくなる心理も、わからんじゃない……くくっ、私も毒されたものだ」

「……そうでもないね」

「ほう?」

「センパイは、うん、毒されてはいない……毒のまんまだ。自らがね」

「……違いない」

「ただ多少、角が取れたかな。以前コンペティションで見たときよりは」

「ところで、その、センパイというのは、何だ」

「センパイはぁ、センパイだよー♪ あたしより先にココ入ってたし?」

「……そうか。好きにしてくれ」

「うむ。好きにしよう♪」

「どうにも、呼ばれ方が安定しなくてな」

「そのようだね。ちひろはたまに、先生と呼ぶ」

「光などは、ふざけてハカセと呼ぶ。ま、合ってるから構わないが。キョージュはさすがに止めたがね。そちらは実情に即していない」

「ふうん……もう教壇に立つ気はないんだ?」

「もともとが雇われだよ。……いや。そうだな。違う」

「マジトーンやめてー><」

言いながら、志希はソファに横向きに身を投げ出す。華奢な脚が組まれ、長い髪が艶めいて広がった。
冗談めかした物言いに、自分でくすくすと笑う。

「やめてー><だって。にゃふふ」

「まあ聞けよ……君が言い出したんだ」

「はいはい、せーんぱい♪」

「確かに雇われだったし、確かに疎外だった。だが学生に失望はしていなかった」

「ええ、そうでしたね」

バインダーを抱えたちひろが、通り過ぎざまに賛意を表して立ち去る。

「私は、あの頃、溺れていたんだ。あがき方を模索していた。ただ、アカデミーの頽廃に、私一人が太刀打ちできるものではないことも、薄々気づき始めていた」

「……国は上から、民は下から腐ると言うね。そういう意味では、アカデミーはそう、まさしく一つの国家だね」

「私や……誤解を恐れずに言うが、私や君はさ、手段が目的なんだ。私は私が、優れたロボを作り出すことができれば、極論それだけで目的が達成される」

「ああ……はいはい、そういうね」

「そう。ただまあ、うん、あれはあれで、悪くはなかったよ。特に最後の一年はね」

「おや、盛大な惚気を食らったぞ」

くくっ、と、喉の奥で志希は笑う。

「だから、今のところはそうだな、本格的に復職する予定はないな」

「結局そうなんじゃーん、ってゆー」

「志、志希さん。あの、よかったら、一緒に、え、映画、見ませんか」

「ほぅ。うんうん、おどろおどろしいパケが見えるね」

「ホラー、お好きですか……ふふ」

「ご一緒しましょ。奥で?」

ぱぁ、と、小梅の表情が華やぐ。

「んー。んっんー。邪気のない笑顔だね。実に、いたたまれなくなる」

独り言のような志希の言葉に、皮肉めかして晶葉が答えた。

「君のも大概だよ」

「おやおや」

「いつの間に小梅に懐かれたんだ?」

「え? …………さっき?」

「あ、そう」

だらだらおしゃべりをするSSです。
どうしてもキャラが偏るので、ぜひ好きなアイドルでも書いていってください

一ノ瀬志希(18)
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池袋晶葉(14)
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白坂小梅(13)
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http://i.imgur.com/MGpFlPE.jpg

鷺沢文香(19)
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安部菜々(17?)
http://i.imgur.com/tBf73q1.jpg
http://i.imgur.com/GmUotkW.jpg

「『貴女が……そう、貴女もなのね』」

「『初めまして。……いや、久しぶり……かな?』」

「『私はヘレン。字名は無しに、名はヘレン。海の向こうから来た者よ』」

「『あたしは……志希だよ。海の向こうから、帰ってきた』」

「「ナイス、世界レベル」」

満足げに立ち去るヘレンを目で追いながら、見ているだけで疲れる、と晶葉が呟く。

「……なんだ今のは」

「自己紹介ジャン? 楽しいヒトだね」

「よう新入り! にゃーにゃー言ってるそうじゃにゃーか!」

「んん? ……にゃん」

「お、おぉ、中々の猫度……しかしみくは負けにゃ……おっ、おお?」

みくを認めた志希は、おぼつかない足取りで立ち上がり、しなだれかかるように体を密着させて、官能的なしぐさで首に腕を回す。

「前川みく……猫耳アイドル……なかなかどうして、いい匂い……♪」

「こらっ、まっ、纏いつくにゃ、あっそんなとこ嗅いじゃいやっ、あかんて、ちょ」

至近距離で、とろんとした志希の瞳が瞬く。刺激的なようで甘ったるい、不思議な匂いが鼻腔をくすぐる。
唇にだけ、蠱惑的な微笑みを浮かべて、かすれた声で囁くことには。

「キミ、美味しそうだね……♪」

「んにゃっ……ニャんですとぉ……!?」

……しばらくして、志希はソファの上で目を覚ます。
みくはその腕の中に丸まっていた。

「……みくにゃん何してんの?」

「フッ……完璧にゃ、みくは志希チャンを志希にゃんと認めるにゃ……」

「そう。にゃふふ……光栄、光栄」

「しかしみくは負けたわけではないにゃ、あばよ……にゃあ」

「……♪」

ウェービーな髪に手櫛を通しながらみくを見送った彼女は、そのまままた眠り始めた。

「全員で、理想を体現する……という仕組みは、貴女には親しみ深いものではないかしら」

「ダー……エト……でも……」

「それ以上続ける必要はないわ……どうやっても、人は畑では穫れないものよ」

志希は、机に頬をつけて、スノーボールを転がしている。

「そんなにあたしおかしなコトいってるかな……」

「いいえ。ふふ……不満そうね。働きアリがお望み?」

「『働きアリ』や『働き蜂』のような形容には、既にして含意が存在するから……私は非効率と、全体益に貢献しない快楽主義の個体を……いいや」

「……Ты в порядке?」

「ああ。へーきへーき……別にさ、革命思想とかじゃないんだよね……どうしてみんな仲良くできないんだろうってゆー……子供みたいな」

「未成熟であることと……純粋で、穢れを知らないこととは、両立すれど、等号ではないわ」

「……それ慰めてくれてるの?」

「それを決めるのは、私ではないわね」

「не волноваться……きっと、叶います。アー……私も、そうでした」

「さてね……雪はやんだかな」

「ニェート。まだ、かかりそうです」

「見えなくても、星はそこに在るもの。星が輝くから、祈るのではないわ。見えなければ、標には出来ないでしょうけれど」

「にゃふふ……ちょうどいい、コーヒーでも淹れようか? わかりやすいキャラ付け」

「……いい趣向ね」

「ダー……お願いします。見るのは、初めて……」

「うんうん。あたしも、実際やるのは初めてだよ」


「フラスコでコーヒーを淹れるなんてのはね」

「…………おや。おやおや、これは……」

ガラスのチェス盤をこつこつと鳴らし、志希は難しい顔をする。

「負けました、だねー。あと十二手で詰みー」

「ふぅ……いや、危ないところだった……流石だね」

「ん。楽しかったよ、木場サン」

「真奈美さんといい勝負した人なんて久しぶりね」

「そうなの? 凄かったからねあのヒト」

「次は私と遊んで貰えるかしら? ブラック・ジャックとか」

「あー……あれは……数えれば勝てるからやめよう?」

「……驚きね」

「フェアじゃない。どこまでを戦略というかにもよるけど……ね」

レナは苦笑して、カードを手の間で飛ばす。
それを見て、志希はぴょこん、と身を乗り出してはしゃいだ。

「それだよ! スゴイなー、カッコイイなー♪ 単純に技術と技量とセンスだけのスキル! あたしはそういうのが好き」

「うふふ……アリガト」

ヘレン(24)
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前川みく(15)
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高峯のあ(24)
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アナスタシア(15)
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木場真奈美(25)
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兵藤レナ(27)
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「聞いたよ! ハカセが増えたって!」

「プラナリアか何かかな?」

「ふむ。ふむふむ。弥栄弥栄、キミが光だね?」

「白衣……! うん、南条光。ヒーロー目指してます、よろしく!」

「んー。んっんー、アイドル☆ヒーロー、新機軸だねー♪ 変身パフュームいる?」

「志希。それは戦うヒロインの方だ。しかもちょっと前のやつだ」

「夢見るアロマいる?」

「やめろ」

「ちょっとダークなハカセなの?」

「……そうだね、追加ブラックかな」

「なるほど! 仲間が増えるのはいいことだねっ」

「光。いい子だねい♪」

「わざわざ白衣を羽織るあたり、君もサービス精神良好だね」

「はてさて。あたしはそういうの、よくわからないけれど」

「けれど?」

「……キャラクターは大切にしないとねー♪」

「ほーう」

「へえ……ラボ」

「物置を改造させてもらったんだ。工学ラボ……ま、ガレージに近いかな」

「なるほどね」

「化け学ラボも作るかい?」

「考えておこうー」

あたりを興味深げに見回す。そこに呼びかける声がした。

「晶葉ちゃーん、ツールボックス貸して?」

「美世さんか。入ってくれ、好きに使ってもらって構わないよ」

「ゴメンね、こないだ降ろしてそのままだったみたいで」

志希は、ひく、と顎を上げた。

「ん……機械油の匂い」

「あ、やっぱり匂う? どうしてもね」

「……嫌いじゃないよ、あたし……機械好きなの?」

「大好きっ」

「……イイね。魅力的だ」

「あらら~?」

「あー……絶景、絶景……って、いやいや。キミ、服は?」

「こちらに」

「着なよ」

「シャワーをお借りしたのですけれどぉ、着替えを忘れてしまいましたー」

「その、手に持っているものを、着ないのかな?」

「初めましてですねー? イヴ・サンタクロースですぅ」

「にゃふふ。一ノ瀬志希だよ、カワイイサンタさん」

「んー。初めて記念に、コタツにご招待ー。ブリッツェンも紹介しますぅ」

「善哉、善哉。しかし個人用の施設が多いんだねー」

「あら……あなたは、最近いらした……」

「一ノ瀬志希だよん、茄子さん」

「うふふ。カコですよーって、お約束」

「イヴですー」

ぶもっ。と、洟を垂れた獣が鳴いた。

「そしてこちらが、トナカイのブリッツェン」

「なんともはや。実におめでたいコタツだね♪」

南条光(14)
http://i.imgur.com/9IL9lUC.jpg
http://i.imgur.com/ghtHUEb.jpg

原田美世(20)
http://i.imgur.com/d8FxwZJ.jpg
http://i.imgur.com/lNXnJ48.jpg

鷹富士茄子(20)
http://i.imgur.com/3283CYb.jpg
http://i.imgur.com/YhXj0Xh.jpg

イヴ・サンタクロース(19)
http://i.imgur.com/3i4bkiZ.jpg
http://i.imgur.com/k97IdQx.jpg

南条光(14)
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原田美世(20)
http://i.imgur.com/d8FxwZJ.jpg
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イヴ・サンタクロース(19)
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鷹富士茄子(20)
http://i.imgur.com/3i4bkiZ.jpg
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「幸運というのは、定性的で、更に言うなら、相対的なものです」

茄子はみかんを剥きながら言う。

「うん? うん」

「私は、私の、加護を……茄子の加護を、幸運だと信じます」

「ああ、晶葉から何か聞いた?」

「……ナイショ、です♪」

「まあねー、相対的というのはいい軸だと思うよ、うんうん。あたしや茄子サンは、それなりなところにいることを自覚できるしね」

「私は、もし人より秀でていると言っていただけるのなら……私の力で、誰かのためにできることがあるなら……それを為したいと思います」

「……そうか……キミか。そうだね、なるほど確かにこれは……あるイミで、『異常』なのか」

珍しく慌てた素振りで、志希はすぐにその言葉を打ち消した。

「キョーミ深い、だよ。えっと、気を悪くしないで。あたしの理想は、茄子さんなんだ、きっと」

「…………」

茄子は、黙して笑んだ。
ふごっ、と、トナカイが鳴く。

「極端な善……否か。利他……かな。成熟した自我に立脚したそれは……なるほどまったく、キョーミ深い……♪」

もぞもぞとしゃべりながら、志希はコタツに潜り込んで眼を閉じた。

権威主義は、しばしば盲目的なまでに、

派閥闘争は、あるいは暴力的なほどに、

成果至上主義は、故に近視眼的に。

彼女の夢見た世界を、踏み躙る。

研究室の総意は、もとをただせば、教授の見解であった。

教授の意見は、それすなわち、ここではない研究室への反駁であった。

再現性よりも、新規性よりも、政治的な意思が、高次に存在した。

権威ある論文におもねる論調でないと、査読を越えられなかった。

再実験の間に、有力者が同じ事実を世に出した。

……彼女は、項内交差の励起三重項発光スペクトルと512の振動培地と3100000000対のAGTCを投げ捨てた。

「彼女は……手段が目的だと言った」

けれどあたしはそうじゃない、ひとりごちる。

「手段は、経緯に、過程に過ぎなかった」

……まあ、それすらも、歩み切れなかったワケだけれど。

自嘲するようにそう嘯いて、一ノ瀬志希は夜歩く。

「……なら、あたしの目的っていうのはなんなんだろうねい」



――いや、『なんだったんだろう』、かな?

「……微睡の至福だね、これは……いやはや」

二人掛けのソファにしどけなくも脚を投げ出していた志希が目を覚ますと、その脇に小さな小さないきものが寝息を立てていた。

「……ふわぁ。おきた、のー?」

「起きたよ」

「こずえもねー、おきたのー」

「はい、おはよう」

へら、と、こずえは破顔した。眠たげな瞳に、ゆらめく志希の姿が映る。

「……きれいな眼だね」

「んー、こずえのー? しきも、きれいー……ふわふわ……ふわぁ」

「美味しそう♪」

寝転がった志希の上に、こずえが馬乗りになる。

小さな手をとって、くいくいと遊ぶと、時折身をよじってくすぐったい声を上げた。

「こずえはねー、ここじゃないところから、きたのー……」

「あたしは、海の向こうから来たんだよー」

「……なんでぇー……?」

「……ふむ」

ぷにぷに、手を揉む。頬を撫でる。

「こずえはねー。おいで、って、いわれたのー……こずえは、それで、きたのー」

「あたしは……あたしは、つまんなくてね。つまんないから、帰ってきちゃった」

「つまんないのー……?」

「そうだねー……あたしが我慢できればよかったのかな……」

「こずえはねー、こずえはねー、……ふぅ、いま、たのしいよー?」

きゅっ、と、抱きしめる。

「あたしも、うん、悪くないね」

「んふふぅ」

胸元から、志希を見上げて、笑った。

「……ピザ食べたい」

「おなかすいたーん♪」

「お」

「うん?」

「ピッツァビアンカー♪」

「スパゲティボロネーゼー♪」

いえー、と歓声を上げ、いただきます、と手を合わせた。

「ヘンなところで行儀がいいのねえ」

「んー。家で叩き込まれたかな? 覚えがないけど」

「ヘン……? 多分食事の行儀って大分根幹だと思う……ん……だけど……」

「あー、考えなくていいよ全然、あんまり深い意味とかないから」

手を止めてしまった志希をそう促して、早苗はエールをあおった。

「美味であるっ」

「そう」

得心したふうにうなづくと、一切れ取って、一口齧り、流れる手つきでそのまま、志希はあと7ピースある白いピザに大量のタバスコを回しかけた。

「ありがとね早苗さん。あたしまだこの辺歩いてみてないから」

繁華街は、夜が遅い。

自分の中から湧き出でるひとの音から逃げる方向とは、真逆だった。

「未成年が楽しげに連れだって夜遊びに行こうとしてたら、なんていうか、ね」

その言葉に、周子はわざとらしく唇をとがらせて見せた。自分がどう見えるか、感覚的に理解している魅力的なしぐさで。

「夜遊びなんて、ごはんに行くだけだって言ったよ」

「それを夜遊びって言うんですぅ」

「ん、知ってた。ふふ」

「マルゲリータを、1枚、はい、お願いしまー」

「あっ、はーい、あたしも、エール見繕ってお願いしまーす」

遊佐こずえ(11)
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http://i.imgur.com/IzMxntI.jpg

塩見周子(18)
http://i.imgur.com/77lQZ2r.jpg
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片桐早苗(28)
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http://i.imgur.com/GrVkZPk.jpg

「……飽きた」

「志、希、ちゃん。どうぞ」

楽屋でくるくるしていた志希に、くすぐるような声音とともにオランジェットが差し出される。
振り向けば、奏は眼を眇めて、差し出していたチョコ菓子を自ら咥えた。

「ん」

「ふふん?」

ウェーブのかかった髪を芸術的なまでに瞳の前へ垂らし、悪戯好きな光がその向こうに灯った。

「では、遠慮なくー……♪」

「ぁ、ん」

「……あわわ」

わずか、触れるか、触れないか――

艶やかな奏のショートヘアと、柔らかく紗のような志希の髪が、混ざり合い、溶け合う。

からかうように、澄んだコハク色が揺らぐ。
見返すブルートパーズは、挑戦的に、けれど飄然として。

くいっ、と形のいい頭を引いて、勝ち誇った表情の志希の唇には、扇情的にチョコレートが塗れていた。

「あーあ、取られちゃった、残念」

「いい匂い……♪ 化粧品と、ヘアフレグランスと……それから……ボディバターかな? 他にもたくさん……。
 自分の全部を武器にしようとする、自分の全部を理解し、管理しようとする、強い意志の匂い」

「……あまり、抉りかえさないでもらえる?」

「……ゴメン。褒めたつもりだったんだ」

「いいよ、許してあげる――」

椅子に座る志希の上に、向かい合って奏が腰を下ろす。

そして、目蓋に触れるだけのキスを落とした。

「ん……」

返して、奏の顎の下へ顔を埋めて、喉元へ唇を捧げる。

「……もう1個食べる?」

「食べる」

答えてもう一度、額に啄むキス。

「さて」

「美、優、さん」

「ひゃっ、ひゃい」

「にゃふふん……どうしたの、顔、真っ赤だよー?」

「熱でもあるの? 測ってみましょうか?」

「いえ、だ、大丈夫です……大丈夫ですからっあっ」

「柔らかくて、比喩を用いるならそう、陽の温もりを残した、溺れるほどのクッションのような……匂い」

4本の手が別々の生き物のように、美優の体へ伸び、指先だけで、触れるか、触れないか、焦らす手つきがはい回る。

「そ、っれ以上したらっ、本当にぅ、お、怒っ、ん……」

「私たち、お互いをもっとよく知るべきだと思うの……ね、美、優、さん……」

「スキンシップだよー……♪」


そして、志希は小さく小さく続けて、

「甘え方の、練習とも言う……かも、ね?」

速水奏(17)
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三船美優(26)
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「ねー、ゴメンって、キゲンなおして? ね? ちょっとだけ、ちょっとだけやりすぎたのは謝るからー」

「もう……やめてって、言ったのに」

「んー。でも、キモチよかったでしょ? ちゃんとシたよ、唇にもしてないし……」

「そういう話じゃ、ありませんっ」

「わーかった、わかりました、もう美優さんが嫌がることはしませんー」

膝枕の体勢からくるりと裏返って、腹部へ顔を埋めるように腰へ抱き着く。

「それでいい?」

「はい。私だけじゃなくて、誰にも、ですよ」

「はいはい、約束ー」

「……ふふ。志希ちゃん、子供みたいですね……」

「……あたしは、子供だもんねー♪」

「こんちわ。はじめましてっすね」

「……やあ。ああ……駐車場のピクトグラムス……グラフィティ、あれキミが描いたの?」

「あれ、なんでわかったんすか?」

「うん、ちょっとだけ、塗料の匂いがね。匂いにビンカンなの、あたし。服装もストリートカジュアルだし……、
 ソールとワックスの擦れた匂いもする……ダンスもやるでしょ」

「わぉ、だね。正解だよ。いろんな人がいるもんっすね、アタシも大概見てきたつもりだったけど」

「まあね、いろいろだよ、ほんと、いろいろだ。……カンベンしてもらいたいね」

「……ふーん? 良かったら、一緒に何か描かない? むしゃくしゃとかイライラとかでも、形にすることで見えるものって、案外あるもんっすよ」

「考えとく……仕事なら、ちひろさんに挙げといてよ」

「決まりっすね。じゃ、楽しみにしてるから」

「……アート、ねえ」

「痕?」

「うん、似たようなもの」

「そう……痕、イイ、よね……。ふふ」

ソファの上に胡坐を組んだ志希の中に、すっぽりと収まったまま小梅はくすくすと笑う。
その頭に顎を乗せ、志希は茫洋とした視線を壁の向こうに投げていた。

「反応の痕跡は、しばしばそのものより観測が容易なんだよ」

「うん、えっと、感染者の動きを、被害者から、予測する……パニックホラーで、見た……」

「そうそう。それ。っていうか反応そのものってすごーく見づらくてさ。
 写真を撮ろうとしてシンクロトロン光をぶつけたら、それで別の反応が起こっちゃったりなんかしたりして」

「お、オーメン……みたい」

「そうだね」

「……っっ!!!」

びくっ、と震え、飛び起きた。

「あたし、眠ってた!? 今何時っ」

「ほんの、1時間くらいですよ」

ぽふっ、と視界を暖かな手のひらに覆われて、優しく横臥に導かれる。

「眠ってると、志希さんって、なんていうか……とっても儚げで。1枚だけ、写真撮っちゃいました。良かったら、他のと合わせてフォトブックにしませんか? ……それとも、やっぱり消しましょうか」

「……真逆、真逆だね……。いいよ、好きにして。あたしが……驚いた」

「そうなんですか?」

おしゃべりしてたら、みんな、よく眠ってますよ? とでもいう風に、高森藍子は小首を傾げた。膝枕されて、眼を塞がれたままの志希にはその姿は見えないのだが。

「あたしね……眠れないの」

「はい」

「例えばさ、例えばだよ。明日が卒業式だとする。あたしは、先輩たちにお祝いを用意して、明日に備えて眠ろうとする」

「ええ」

「そうすると、明かりを消した部屋の中に、浮かんでくる。明日、ちょっとわくわくして学校に向かうあたしの姿がね」

「……ふふ」

「次の瞬間に、あたしはひどく転んで、けがをして、プレゼントも台無しになる」

「…………え?」

「……ごめん、愉快な話じゃないね。やっぱりやめよう」

「いいえ、続けてください」

「でも」

「……大丈夫だから」

志希は、顔から優しく藍子の手を除け、深く息を吐いた。

「他にもある。突然自動車が突っ込んできたり、道端に猫の凄惨な……死骸が転がっていたり。
 そうして、そのどれでも、次にあたしは、とてもひどく狼狽して、泣き叫ぶんだ」

藍子は、何も言わない。

「『なんで』『どうして』ってね。もちろん理由なんてない。そんなもの荒唐無稽なあたしの妄想だし、……現実だってきっとそう。
 理不尽に満ち溢れてる。不条理が横溢してる。非合理がありふれている。

 眠ろうとして、眠ろうとして、もう指先だって動かない、それなのに、次から次へ湧いてくるんだ。

 理不尽な、不条理な、そして些細でありふれた、そんなことに、顔をぐしゃぐしゃにして、子供みたいに泣きわめくあたしが。

 ……それが、怖くて」

藍子は、何も、言わない。

「……それで、夜に散歩を?」

「こんなこと、初めて誰かに言った気がするね」

「うふふ。ありがとうございます」

「アリガトー? なんで?」

「え? だって、初めて、そんな大切なことを教える相手に、私を選んでくれたんですよ。嬉しいじゃないですか」

「大切なコト、ね。不思議な子」

「そうですか……? うーん」

「……いい匂い」

「……で、なにコレは」

「三者面談、だ」

「あたしと?」

「こちらの黄緑、先生役こと千川ちひろと」

「こちらのツインテ、先生役こと池袋晶葉です」

「三者面談とか言った?」

「三者だろう」

「三人居ればいいんだっけ……?」

「まあまあ。アイドルの心身を健康に保つよう尽力するのも、私たちの仕事のうちですから」

「私の仕事って言うんじゃないが、まあ、曲がりなりにも先達としてな。迷惑でなければ、だが」

「迷惑だよ」

「……ふん」

シニカルに唇を歪める。

「そうか。興味深いな」

「知った風な口を……」

唐突といえば唐突に険のある言葉を飛ばし始める二人の間へ、ちひろが慌てて割って入った。

「ま、まあまあ、二人とも……晶葉ちゃん、煽らないでください」

眉を上げて、すこし不思議そうな表情を浮かべた晶葉は、しかしすぐに目を閉じて小さく首肯する。

「私か。いや、そうだな。私だ。だがこれでいい、この場合には、と但し書きは付くだろうが」

「……うん、この場合は、これでいいね」

「そう、なんですか? まあ……それなら、いいんですけど。禍根は残さないようにしてくださいね」

「心得ているさ」

「そういうメンドくさいのはキライだからね。もちろんだよ」

「……こほん。では改めて、三者面談を」

「あ、やっぱりそれなんだ」

と、苦笑を浮かべて見せる。

「いやなに……君が、いつまでたっても、化学ラボを立ち上げようとしないのでね」

「考えとくって言っただけだよ。考えた結果、フツーのJKは研究室なんて持たない」

「アイドルは楽しいか?」

「……ぶっ込むなあ。キライじゃないけど」

素直に困った表情をとる志希に、晶葉が続けた。

「……まさか、本当に気づいていないのか」

「何に?」

「君、時々ひどい顔をしているぞ。あらゆる意味で、今にも死にそうな顔を」

「知らなーい♪」

「怪しげなことを言う割に、香水を作るくらいで、もはや研究にも手を付けていない。……責任を感じもする」

「センパイがそんなモノを感じる必要は、ないんじゃないかな。言ってしまえばお門違いだ」

「だろうな」

「この話続けるの?」

「好きにし給え」

「……ああ?」

「いや済まない。今のは言葉が悪かった。話したくなければ構わない、余計なことをしているのは重々承知だ」

「……考えてるところだよ」

しばらく逡巡するような様子を見せて、志希は小さく声を絞り出す。

「あたしはギフテッドなんだって。

 やってみれば大体のことはすぐにできたし、できるという確信があった。

 そうして海の向こうまで行ってはみたけれど」

「……なんでもできたよ。なんだって。すぐにね。でも、それ以上には決して至れない」

「あたしは、これより上には至れない。高みを目指しても実らない。その確信だって、なんだってできるという確信と同様に、そして同時に、当然のように得られた」

「……そうして帰ってきてみたら。フツーの華の女子高生。

 驚いたさ、――なんとみんな、眠るのに薬も散歩も懊悩も絶叫も必要としない」

「あたしはなんだ? ただ起きて、歩いて、眠るのに、ひとの何倍も無駄に考えて、考えて、止まらなくて」

「……あたしは何にもできない。フツーのことが、フツーに、ね」

きぃ、と椅子を鳴らし、脚を組み替える。

「……お望み通り、続けたよ」

「ああ。ありがとう」

「言っておくが、志希。君は、『フツー』じゃ、ない」

「……晶葉ちゃん」

「その劣等感、コンプレクス、何を根源事象とする?

 差異か。不実か。それとも……睡眠不足か?」

ゆるると首を振る。横に。

「最後のだけは、違うと言うよ。それは結果だ。あたしの不愉快を募らせることはあれ、生み出すことはない」

「うん。

 ところでだ、フツーの人は嫌いか?」

同じ動きを繰り返す。

「真逆、真逆さ。さかさまだよ、あたしはひとが大好きだ」

「うん。だがひとは、君を大好きではない」

「晶葉ちゃん」

ちひろは少し語気を強めた。しかし志希がそれを留める。

「大丈夫だよ、ちひろさん」

「当たり前だね。だってひとはあたしのことなんて知らない……あたしだってひとのことなんて知らないよ。 群体の『ひと』と、個体の『ひと』は違う」

「うん。それでも君は、そこを混同してコンプレックスに還元している」

「そうだね。感情は理性とは違う。……違うらしいね。信じがたいことに。その事実があたしは我慢ならない」

「そうか」

「満足?」

「いや。興味深くはあるが。いくら明文化してもだめだな。君が既に理解している以上、それじゃあ寛解にも緩衝にもならない」

「そうだね、困ったね」

「私は別に困らないぞ」

「晶葉ちゃんっ!」

びく、とした志希は、くしゃっと笑う。

「だーいじょうぶだって」

「いいえ。今のは、ダメです」

「そうなの?」

彼女の表情はくるくるとよく変わる。不思議そうに訊ねる志希に、晶葉が自ら答えた。

「ああ。良くない」

「ふうん」

「ごめんなさい」

「よく、わからないな」

「ああ、そう、一つくらいは、答えておこう」

「うん」

「あたしは、何も、四六時中うじうじと鬱屈した思考をぐるぐるさせているわけじゃない」

彼女の表情は、くるくるとよく変わる。
ふわりと可憐に微笑んで、一ノ瀬志希はこう言った。

「結構、楽しくやってるよ」

「はーい、アナタのはぁとをシュガシュガスウィート、しゅがーはぁとだよぉ」

「うん」

「はぁとアタック☆ はぁとアタック☆」

びっ。ぺいっ。ぺしっ
びっ。ぺいっ。ぺしっ

「はぁと」

「なぁにー☆」

「あたし眠いんだよね」

「んー☆ 僥倖僥倖。ぎゅーにゅーあっためてあげようか?」

「いい……投げるのだけ、別の方にして」

「……☆」

はちみつ入りホットミルクの入っていたマグを置いて、高らかに志希は宣言した。

「復☆活!」

「はぁとアタック☆」

ぺぃっ。ぺしっ

「けみかるきゃっち(物理)」

「おっ」

「アンドりりーす(物理)」

「キャッチ・アンド・リリース! れす~」

サバオリクンを抱いて、七海がbot染みた反応をする。

「リリースするなら、ウロコも大切にしないといけないれす」

「……イカの血は青い……♪」

「んー。はぁとはお姉さんなので言いますけど
 この空間、シュガシュガとは程遠いのね」

「そうだね。はちみつだしね」

「はちみつはシュガシュガだろ☆ いい加減にしろ☆」

「美味しかったよ、はぁと」

「やーん、ありがとー」

「カワイイの定義ですか?」

「そう。造形なのかな、ってね。美醜の定義って時代や国、民族とか、かなり多様なんだ」

「それをボクに訊ねに来るのは、あなたもなかなかですよ! カワイイポイントをあげましょう!」

「そう? アリガト」

「そうですね。よく言われるのは、左右対称で、パーツの配置が整った顔は美しく見えるとか」

「うん。あとは頭の大きな造形には庇護欲をそそられるという話もあるね」

「最近ではカワイイという言葉にもさまざまな意味が含まれますからね。さくらさんとか、この間泉さんに見せられた空飛ぶスパゲッティ・モンスターをそう形容してました」

「まあ、あれはまあ、カワイイ方なんじゃないかな。いや、わかんないけどー」

「そうだ、庇護欲といえば、おあつらえの子がいますよ。小梅ちゃんとはもうお知り合いですよね。ボクたちでユニットを組んでいるんですけれど」

「こんにちは。輝子ちゃん」

がばっ、と事務机の下を覗き込む。

「フヒッ!? な、なに、サチコなに突然……フヒヒ、歓迎するけど、しますけどー」

「カワイイの話をしてたんですよ。こちら、一ノ瀬志希さん。志希さん、こちらがカワイイボクの友人である、カワイイ星輝子さんです」

「うん。なるほどね」

「カワイイでしょう」

「広範な言葉だね」

「ところで。どうしてこんな話を?」

「いやさ。アイドルに、なってしまったようだからね。カワイイとひとには言われたけれど。
 確かに造形で見れば乱れは少ないほうかもしれないにしても……。そんなこと、考えたこともなかったからさー。まあ、立場に伴う責任として、ある程度の、認識は、ないと、とか? 思ったりしてみたりなんかしたりして?」

「ナルホド。職業倫理ですね。カワイイポイントを進呈しましょう」

「やったー♪」

「フフヒ……キノコ、キノコの可愛さについて、語る、語っ、……フフ、菌糸の声を聴けええええ! ヒャッハアアアアア!!」

「輝子ちゃん」

「アッハイ。し、静かにね、静かに……語ろう。フフ。カワイイキノコ……キャッチーさのあるのは、多分、これとか……」

机の下でごそごそして、大判の原色図鑑を取り出す。

「キ、キヌガサタケ。成熟すると、表面に粘液をまとい悪臭を放つ……フヒ。目を引くのが、地面にとどくレース状の、菌網……。
 優美な姿で、吉見氏などは、キノコの女王と呼ぶ……食用」

「それから、それから、ツチグリとか……一般受け、フフ……傲岸不遜な物言い……一般受けするキノコの造形」

「へー。真菌は専門外だけど。いろいろあるものだね。おもしろーい」

隣から手を伸ばしてページをめくる志希に、びくぅっ、と輝子は飛びのいた。

「い、いつの間に……フヒヒ、マイフレーンズ」

「フレンズ?」

「サチコのトモダチ……トモダチのトモダチは、トモダチ……フヒ、どんどん増える、イイ、イイね……イイよ……フフフ」

「ふーん」

「……あっ、迷惑ですか。そっ、そうですヨネ。知ってた。ボッチ、ボッチノコー」

「うん? いや、別に。じゃあトモダチね」

「フヒッ……ボッチジャナイノコ……」

佐藤心(26)
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輿水幸子(14)
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星輝子(15)
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「……生意気な子供の意見だと思ってもらっていいけどね、僕は、貴女たちのようなヒトが他人に期待せずにいられないのを不思議だと思うよ」

「あたしもそう思うよ。どうしても人を、素敵ないきものだと信じている。……だってその方が、素晴らしいじゃないか」

「でも現実はどうだい? ボクの小さな小さな現実でさえ、何も知らないボクから未来への期待を奪い尽くすには十分すぎた」

「言いたいことはわかるよ。多少婉曲的で演技的にしてもね」

「ああ……いつだって誰だって、自分に関わりのない不幸は、口どけよく素晴らしい甘露に早変わり。

 ……貴女ならそんなヒエラルキーに縛られない、構造を飛躍した答えだって出せるハズなんじゃないのかと、そう思うのだけれど」

「あたし一人が正しく清く? カンベンしてよ」

けらけらと志希は笑う。

「……確かに、それは狂人と呼ばれるに相応しい行いかもしれない。けれど、人はそうでもしないと気づかないんじゃないか」

「っくく……そうだね、そうかもしれないね。悪いけど、そろそろあたしは行かなくちゃ」

そう言って、領収書をとって席を立つ。

「あ……」

「じゃあね」

喫茶店に一人取り残された飛鳥は、どこか憮然とした表情でティーカップを傾けた。

「何故、彼女はああいう風に笑えるのかな」

「お、や、おや。キミは……キャビネットで見たよ。トロフィーに盾に……」

「こんばんは、志希さん。こんな時間にどうして?」

「うん、ちょっと、忘れ物。愛梨さんこそ」

「今日は少し、お仕事が長引いちゃって」

「うん、ままあるね」

「それからケーキの仕込みをしていたら、こんな時間に……」

「うーん、まああるね」

「ですよねっ。もうちょっとだけ、もうちょっとだけと思ってたんですけれど……また怒られちゃうな」

「……よし。あたしはもう行くけど……愛梨さんは?」

「そうですね。一緒に帰ってくれますか?」

「もちろん♪ 駅まで散歩しよう」

「やった、嬉しいっ」

翌日、事務所に志希の姿はなかった。

「あのぉ」

「どうした、愛梨」

「昨日、志希さんと一緒に帰ったんですけど……言付があって」

「聞かせて?」

「『失踪するんでヨロシク♪』だそうです」

「……仕事片づけて休暇届出して、伝言まで残して失踪というのは。律儀なのかそれともとぼけているのか、些か判断に困るな。

 ……あーそれと、飛鳥。ちょっとこっちに」

「……何かな」

「言ったように、休暇届は既に受理されている。君と会話する前にだ。あまりヘンな考えをしても無意味だぞ」

「フフッ。心配されているのかな? ボクが傲慢なことを言って、それで彼女が出て行ったのではないかと、ボクがそう気をもむのではないかって?」

「そこまでわかっているのなら言うことはない。以上だ」

「……どうにもあしらわれているように感じられるのだけれど」

「君が私たちをあしらうのなら、そのようにするさ。残念なことにここには社会的関係性が導入されているからな」

「やれやれ。思春期の子供に、人間性を求められても困る……とも言えないか。ボクは今や、自分の力で報酬を得る立場なのだからね」

「存分に考えろ。彼女はそうした」

唇だけ歪める笑みを浮かべた晶葉の姿は、自信に満ちていた。
飛鳥は大げさに、相手にわかるよう溜息を吐く。

「了解したよ。直属上司(マイ・ロード)」

「……食べる?」

新幹線の座席で、隣に座る周子へ訊ねた。

「食べるー♪ いいの、やったー」

「いいんじゃん? 愛梨さんからもらったんだ、手作りだって、アップルパイ。すげー」

「さすがだよねー」

「……あたし今さ、失踪してるんだけど」

「うん? うん。じゃあシューコも失踪ね」

ぺろり。指を舐める姿も挑発的。ただ、妖しさより、無邪気さが先に立つのは流石といったところか。

「いいじゃんいいじゃん、あたしとお泊りデートなんてあんまりないよ? それともイヤかな?」

「……いや、別に」

「いいね、いいね、きゅんきゅんするね。シューコのこと愛してね」

「キミがあたしを愛するだけは保証しようー」

「『あなたを愛することを誓おう。あなたを許すことを誓おう。あなたのために、私は生きよう。あなたが私を愛する限り』」

周子は眠っている。

「…………愛、ね。言うほど画一的でもないよ、それは」

淡々と呟いて、隣に眠る少女の細い肩へ手を伸ばした。

「……周子。起きて。降りるよ」

「んー……そうか。よし。志希こっち」

「うん、だから降りるって」

「ここで乗り換えるからね」

「……あん?」

「予定ないんでしょ?」

「確かにそういったけれども」

「あたし行ってみたいところがあるんだよね」

「……まあいいか♪」

「いえー」

二宮飛鳥(14)
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十時愛梨(18)
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「うきゃー☆ 志希ちゃんも周子ちゃんもよっく来たにぃ☆」

「歓迎するのでごぜーますよー。ごゆるりってやがってくだせー」

「なにこれ」

「気になる旅館
 キャラ需要合わない
 翌日オフ」

「そう。そっちのことじゃないんだけど、まあいいや」

「温泉旅館ってあんまり経験なくってさー。逆に新鮮」

「温泉入りやがりますか? あれはやべーですよ、湯気しか見えねーでごぜーます」

「やっちゃう? やっちゃう? きらりお背中お流しすぅよー☆」

「そだね。ちょっと散歩……失踪したいけど、あとでいいか」

「ごあんなーい☆」

「温泉の匂いだねー。……志希ってこれで成分わかったりする?」

「んー? ……イヴ・サンローランの先行販売」

「せーかい♪ さすがー」

「エリマキトカゲの気持ちになるですよ」

シャンプーハットを被って仁奈が唱える。

「ふーん。よくやるものだね」

「エリマキトカゲには毎回お世話になりやがってますからして、いずれきちんとキグルミで気持ちになるですよ」

「ふむ……義理堅いな」

「周子。それ、誰かのマネ?」

「なんで?」

「きらりが一瞬、難しい顔をしてからウケた」

「ん? ハピハピ☆」

浴衣では流石に寒すぎたので、着替えて散歩に出てみる。

志希は道すがらの苔生した道標や看板にいちいち視線をやりながらふらふら歩いている。

周子の方は、なんとなく全体を観察しながら志希から離れないようについてきていた。

「道も狭いし妙に階段が多いね。京都とは全然違う……あっちは別に温泉地じゃないけど」

「京都みたいな温泉地もあるのかな」

「多分そっちのがよくイメージされると思うよん。……蒸し鶏。志希、これ食べたい」

「旅館に窯があったよ。じゃ、戻ろうか」

「はーい」

ガタつく障子をあけると、ガラス窓の向こうには雑然とした街並みが迫る。

温泉の湯煙に色味は薄く。

「志希、ドライフルーツ食べる?」

「まだ食べるの?」

「さっきお風呂入ったじゃん」

「その前に晩御飯食べたよ」

「そうだね」

まふ。と布団にうつぶせになる。

「……誰かと失踪するなんて初めてだよ」

「うん、普通に旅行だね」

「まったく。この間から初めてばっかりだ」

「いや?」

「別に」

「よいしょ」

周子が覆いかぶさってくる。

ごろん、転がって向き合った。

「……なに?」

「残念ながら、それは、こっちのセリフ」

「そうかな」

「何を見てるの、志希?」

「キミ」

乾燥したリンゴを咥えて、ぞっとするほど怜悧な周子の顔が迫る。

血管が見えるような。そんな錯覚さえ覚える、透き通るように白い。

がぶっ。と。

乱暴にかじって、干しリンゴを奪い取った。

「あたしを見てよ、志希」

「……」

ぱっ。起き上がって周子はからから笑った。

「なんちゃってー」

複雑な面持ちで志希も布団の上に座りなおす。

「質問を変えよう」

「……どうせ周子しか見えてないよ」

「何を見てないの、志希?」

「…………はぁー」

深く息を吐いて曰く、

「その話、今度じゃだめ?」

「いいよ」

「よし。寝よう」

「一緒に寝るぅ?」

「いらない。お茶菓子片づけたら電気消してね」

「はーい」

諸星きらり(17)
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市原仁奈(9)
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鉄輪温泉
http://www.kannawaryokan.com/

「犯人は……あなたです、志希さん」

「そうだよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「……なにやってんの都、こんなとこで」

「あっ、はい、それはですね、実はこれから私たち忍ディテクティブでお仕事があるのですが、こちらに皆さんが来ているという情報を入手したのですよ。そこで私の推理によって」

すぽこん、と、何かが飛んできて、都の頭に軽い音を立て跳ね返る。

「吹き矢っ! ……あっ、忍が忍んでいるのは言ったらいけないのでした」

すこんっ。

「ちょっ、ちょっと失礼」

<すみませんあやめさん、いやーついうっかり

<っちょ近い、近いですって

<ひとっ、ひとに向けたらいけないって! 書いてあったでしょう!?

<早く矢文を……もう矢が無い? ……なんで矢文の分まで私に飛ばしちゃうんですかもう!

<えぇ、それまで私のせいですかあ!? ちょっと、ちょっとずるくないですかねそれーっ

「……こほん。失礼しました」

「うん」

安斎都(16)
http://i.imgur.com/GELodOh.jpg
http://i.imgur.com/wNa6Dap.jpg

浜口あやめ(15)
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「それで、まあついでですので軽く伝言返しなどですね」

「返しだって。志希何かやったの」

「うん。愛梨さんに頼んだ。『あたし失踪するんでーしくよろー』って」

「わーお」

「晶葉ちゃんからお土産の催促が。『気になるリンゴが食べてみたい』そうです」

「真逆ぅー」

「通販しろ、あのセンパイめ……♪」

「ちひろさんからお土産の請願が。『地獄蒸しのトウモロコシを、お姉さま方に是非』とのことです」

「ふむ」

「『生で』」

「っ……スーパー、行きなよ」

「……ああ、冗句か」

「あのひと意外とおちゃめだから困るよね」

「生の地獄蒸しとはいったい……推理が回ります。

 小梅ちゃんからお土産の要求が。『ピエール・ジュネのデリカテッセンを』」

「ツタヤにっ! 行ってって……あーやばいだめあたしこういうのほんとだめ……あははははは」

「あっシューコ撃沈した……あー都めっちゃ満足げこれどうすんのこれ」

「では、私たちはこれで」

「えっこれ放置? いやいいけどさ……ほんとに帰った」

ひとしきり笑うのを、ぼーっと見ていた。

「んふ、うふふ……あー面白かった……なんで笑ってたんだっけ」

「いいじゃん別に。もう一回お風呂入って、お土産買って帰ろう」

「ん。了解ー。都たちは?」

「もう行っちゃったよ」

「そっか。帰りどうする?」

「大概電車はいいよ。福岡から飛行機に乗る」

「そだね」

「ただいま帰りましたよーっと」

「ただいまー」

「やあ、志希、周子。届いたぞ土産物」

「ははっ。センパイ函館行って太陽のタマゴ買ってこいよ」

「まあそう言うな、よくあることだ」

そうかなー? と周子は呟くと、がさがさと温泉まんじゅうを食べ始めた。

「え、なにその眼。違うよこれ、お土産だよ。なに、なに志希、一個くらいいいじゃん」

「何も言ってないよー、っと。ちひろサンにも届いたでしょ、トウモロコシ」

「はい、Aコープからクロネコクール便で。ありがとうございます」

「うむうむ。我ながらカンペキだね。冗句には全霊をもってこたえよう……小梅、おいで」

「あっ、は、はい……おかえりなさい、志希、さん」

「うん、ただいま。借りてきたよ、ブルーレイ。後で一緒に観よう」

「わぁ……! うん、うん……えへへ、楽しみ」

一ノ瀬志希は、夜歩く。

それは、逃避であり、あるいは反逆であり、

それは、帰属であり、同時に逸脱であり、

それは、夢現か、あるいは。

「あら……志希さん。あんまり静かな夜ですから……こんばんは」

月明かりに金色の髪は、輝くようで。

「やー音葉サン。いい夜だね。静か……なのかな? いろいろ賑やかだよ、夜の匂いだ」

「いいえ……とても、静か。貴女のよう」

「……にゃふふん」

「貴女の傍は、とても静か……どんな旋律も、どんな歌も、かき消すほどの……静謐の奔流」

「イヤな予感がするなあ」

「貴女が全部、飲み込んでしまう……。貴女は音を、消し去ってしまう……」

「……知らないよ、そんなこと」

「そう。……いい夜ですね。とても、とても……落ち着いていて」

「やかましいばっかりさ」

オーバーな動作で呆れを表現する志希へ、音葉はにっこり笑って見せた。

「きっと、貴女にも安らかな夜が訪れます」

「あたしが、静か、ねぇ」

「……お人形。ですか」

「……あたしが言えたあれじゃないんだけれどさ」

「はい」

「キミたちのその、自分にしか通じない比喩、なんなんだろうね」

「……私の場合は……アレゴリー……でしょうか」

「寓意? 人形が」

「はい。昔、私は、……人形でした。着せ替え人形。操り人形。そして……硝子匣の中の」

「ふうん。……あたし風に言えば、匂いってところだね。

 ……あたしの旋律は、つまり匂いは、無音だそうな。つまりあたしはお人形……無臭の……研究室レベルの?」

「……人形でもいいかもしれないって、最近、思ってるんです」

「へえ」

困ったように柳眉を下げて、けれど泰葉は幸せそうに笑う。

「人形でも、自分で踊れます。この道を行けば、きっと、いつか……心臓を見つけられる、そんな場所を手に入れたから」

「そう。キミはカカシか」

「志希さんは……ドロシー、ですか?」

「んにゃ。あたしは、ライオン、だよ♪」

――一ノ瀬志希は、夜歩く。

思索を結いに。

思惟を巡りに。

恣意を解きに。

主意を頼りに。

棕櫚の葉のように広がる、緑の神経網を辿りゆく。

「『あたしは』」

唱えた。祝詞のように。託宣のように。呪いのように――祈りのように。

「静かで。人形で。キミを、見ていない」

「ギフテッド。与えられしもの。華やかなりしもの。傾きもの。奇しきもの」

「賢しきもの。ひとを愛し、これを信じ、これを慈しみ、これに生き」

「これに志を、希うもの」

一ノ瀬志希は、夜に歌う。

夜に笑う。

夜に、泣く。

「……怖い。怖いよ、ひとは怖い。ひとりは怖い」

「ああ――」


「静かな夜、だね」

「そうか」

池袋晶葉は、傲岸不遜ににやりと笑んだ。

「伝えておこう。沙紀も喜ぶだろう」

「……ニヤニヤしてさ」

「そうふくれるな……喜ばしいことなのはほんとうじゃないか」

「か、勘違いしないでよねっ、センパイのためとかじゃ、ないんだからねっ!」

「ああ、そうだろう。そうだろうとも」

「うえ、ノリわるぅ」

「それは君のためだ。君が自ら選び自らのために行うことだ。……それでいい。そうだろう?」

志希は、ぷいとそっぽを向いた。

「……知らないよ、そんなこと」

くくくっ、と、晶葉は笑う。

「そうだろう。そうだろうとも」

「――聞いたっすよ志希さん! 一緒にグラフィティ描いてくれるって!」

瞳をキラキラさせて沙紀が喜色満面に言う。

飄然と志希は唇をへにゃらせた。

「誘ったのはキミだよん」

「選んでくれたのは、アナタっす」

「……真正面からそういうこと言われると、なに、その……むずがゆいねー」

「それも海の向こう。志希さんの母校の国、グラフィティの本場! ~~っ、燃えるっすね!」

「ふふ。そう?」

「そりゃそうっすよ! 超ロックです! 保証します!」

「木場サンもヨロシクね」

「ああ、尽力しよう。君の方が地理にも明るいし、当然主役も君たちなわけだが……フフ、裏方か。懐かしい響きだ」

「カン違いしないでよね。これはセンパイのためじゃない」

「ああ」

「アカデミズムへの意趣返しでもない」

「うん」

「ましてや復讐なんてものであるはずがない」

「だろうさ」

「あんまりみんなが言うものだから、ついあたしまでそんな気になっていたけれど。

 あたしは別に、こころを閉ざしてケミストリから離れたわけじゃなかったんだ」

「……くくっ」

「化学ラボ、仕様は先に伝えたとおり。準備を進めておくがいい!」

「委細承知。存分にやらかしてきたまえ」

不敵に。不遜に。美麗に可憐に彼女は笑い、白衣を纏い言い放つ。

「これは……これは、アイドル・一ノ瀬志希の出発なのだ! にゃーっはっはー!」



――カワイイ、とか。そーゆーの、今まで気にしたことなかったからすっごい新鮮かも♪

 キミたちとアイドルやったら、もっと面白いことがある、かもー♪

おわり。

ギフテッドwikiったら大変そうだったので。そんな話です。
依頼出しておきます

調べたのに間違えた

>>137
× カカシ
○ ブリキ

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