あの日見たアイドルの名は… (24)
アイドルマスターシンデレラガールズのSSです。
短め、書き溜めありです。
菜々さんの総選挙1位おめでとうSSです。
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俺は昔、地下アイドルのライブにハマっていた。
彼女たちが不器用に自分を表現しようとする姿が好きだった。
拙いステージを盛り上げようとする客達の熱気が好きだった。
アイドルも観客も一体となって「場」を作る――
その一体感がたまらなく好きだった。
……その中で一人、気になる子がいた。
気になると言っても恋愛感情ではない。
その子は独自の世界観を持ち、それを自らの努力で表現しようとしていた。
今では万人受けしそうにない一昔前みたいなキャピキャピしたキャラ付け。
バイトなりをしながらやっているのだろう、隠しきれない疲れの見えるパフォーマンス。
そのキャラクターでやるには明らかに無理のありそうな年齢。
引き際を誤ったのだろうと察しのつくアイドルだった。
しかし――
彼女はどんなに疲れていようと、
どんなに体調が悪かろうと、
どんな時も笑顔で楽しそうにステージに立っていた。
貼り付けたような作り笑いや、鬼気迫る形相でステージに立ってる子が多い中で、少なくとも自分には本物の笑顔を浮かべているように感じられた。
それに心を打たれたのか、最初は冷笑的だった観客達も一人、また一人と彼女を応援するようになっていった。
彼女は「ウサミン」。
地下のステージで特異な輝きを放つ彼女。
本名は知らない。
知る気も無い。
彼女が表現したいキャラクターがそれであるならそれ以上に踏み込むのはルール違反だ。
彼女の手売りするCDを買ったり、ツーショットを撮ったりはするがそれだけだ。
彼女のファンも少しずつだが増えていき。
常連たちと軽口を叩き合うような楽しい空間。
彼女が作りたかった世界がきっとここには完成していた。
そう、思っていた。
しかし
――ある日を境に彼女は地下のステージに姿を現わさなくなった。
不思議に思うものは誰もいなかった。
ここはそういう場所だ。
いきなり心が折れる日も来るだろう。
体を壊すこともあるだろう。
前日までステージに立っていた子がペラ紙一枚の挨拶と共に消えていくなんて日常茶飯事だ。
「あぁやっぱり」
「よくある事だよ」
「残念だ」
特別だったはずの彼女を思い出して放たれるいつもの言葉。
きっと彼女も諦めたのだろう。
分不相応な夢を諦めて、どこかで慎ましく暮らしているんだろう。
そう思い、また別のアイドルの応援をする日々。
すぐに彼女の事は記憶から消えてしまった。
――時は流れて数年後
社会人になった俺は毎日くたくたになって家に戻る。
学生時代に好きだったことをするような気力も無く、たまの休日は家で寝ているだけ。
楽しみといえば野球の中継を見ながらビールで晩酌をするくらいだ。
今日も近所のコンビニで買ったビールとちょっとしたツマミを持って家に帰る。
安アパートの一室。
カンカンと音を立てて階段を登り、自分の部屋へとたどり着く。
スーツを脱ぎ、テレビの前にドカッと腰を下ろし電源を入れる。
野球中継はもう中盤。
今日はキャッツが優勢のようだ。
「……このキャッツ好きのコメンテーターみたいなの、最近よく見るな」
テレビなんてニュースか野球中継くらいしか見ないので芸能人なんか全くわからなくなってしまった。
それに野球を見るといっても別に特定の球団のファンというわけでもない。
なんとなくだ。
このコメンテーターみたいに何かに夢中になれるということはもう無いだろう。
そんな体力はもう残っていない。
仕事をしながら好きな事をやるって大変だな…
ぼんやりと考えながらビールを煽る。
しばらく何をするでもなく無言でテレビを見続ける。
ビールもツマミも順調に減っていった。
野球は終盤になり、キャッツは逆転ホームランを食らってサヨナラ負け。
あのコメンテーターが打たれたピッチャーに向けて泣きながら罵詈雑言を吐いている。
「これ放送して良いのかよ…」
収拾がつかなくなったのだろう、早々と番組は締めに向かい5分間ニュースが流れ始める。
「今年も、シンデレラガール総選挙の結果が発表されました」
アナウンサーが原稿を読み上げる。
そういえばここ数年そんなのやってたな
選挙で1位になった子はニュースになるので芸能に疎くなってしまった自分でもわかる。
去年はアイドルというより女優みたいな綺麗な人が1位だったな…
今年はどんな子が1位になったんだろう
「今年1位に輝いたのは……」
アナウンサーが読み上げ、画面に映し出されたのは……
あの日居なくなったはずの「ウサミン」だった。
ステージで名前を呼ばれた彼女は数瞬呆けたような表情を浮かべ、その後状況を理解すると顔をくしゃりと歪めた。
彼女の愛らしい瞳から大粒の涙が次から次へと溢れてくる。
普通アイドルの涙となると目尻から涙がこぼれるくらいだが彼女はガチ泣きだ。
それでも彼女が何かを言おうとした瞬間、彼女の周囲のアイドル達が一斉に彼女に抱き着き彼女はもみくちゃにされてしまった。
他の――彼女に負けたはずの他のアイドル達は皆一様に笑顔で彼女を祝福している。
もみくちゃにされながら「ウサミン」…いや、「安部菜々」は目尻に涙を貯めながらも少し困ったような笑顔を浮かべている。
――あぁ
彼女は諦めてなんていなかった。
諦めることが当たり前になっていた俺達の想像を超えて、彼女の諦めはずっと悪かったらしい。
――いや
地下のステージに姿を見せなくなったあの日に
きっと彼女は一緒に夢を追いかけてくれる人に出会えたのだろう。
あの日から結構な時間が経っている
しかし彼女はあの時よりも若々しく…いや、キラキラと眩しく輝いていた。
ステージ上の彼女の仲間達も、その会場に居るファン達も、皆が涙を流して彼女を祝福していた。
あの地下ステージの小さな世界では彼女は全く満足していなかった……
今彼女が立っている場所こそが、あの日彼女が思い描いていた光景なのだろう。
彼女のキャッチフレーズ……なんだっけか……そうだ、「永遠の17歳」!
その言葉の通り、彼女は今も17歳の青春の最中に居るのだろう。
きっと彼女は更に上を目指していく。
あの仲間たちと共に……
結果だけを短く伝えるとニュースは終わり、次の番組が始まった。
俺はそれに目もくれず、彼女の活躍を検索していた。
俺が知らなかっただけで、これまでに色々な仕事をしていたらしい。
CDも何枚か出していたようだ。
掲示板では彼女のファン達が一様に祝福のコメントを投稿していた。
検索して出てくるどの写真でも彼女は楽しそうに笑っている。
……地下のステージで見せていたそれより数段輝いている。
これはきっと、ここまで諦めずに突き進んできた彼女への報酬なのだろう。
きっと彼女を知る誰もがそれを知っているのだろう。
醜い妬みも殆ど見かけず、祝福一色に染まる世界。
世界はまだこんなにも綺麗だったのか……
溢れる涙を抑えきれず、嗚咽が漏れる。
別にそこまで彼女に入れ込んでいたわけでもない。
むしろ今の今まで存在を忘れていた。
しかしあの一瞬、目に飛び込んできた彼女の笑顔は俺の心を確かに震わせた。
俺はふと思い出し、CDラックを漁りだす。
その奥底に埋もれてた数枚のCD。
彼女があの日のあのステージで売っていたCD。
それに向かって残り少ない缶ビールを掲げた。
――あの日出会ったウサミン星人に
――夢を叶えた安部菜々に
――乾杯
残っていたビールは随分としょっぱく……爽やかな味わいだった。
チュンチュン…
「ぁ……寝てた……」
時間を見ると結構ヤバい。
テレビでは朝のニュースでシンデレラガール七代目シンデレラガールの特集を放送している。
彼女のこれまでを詳しく報道している。
普段は下卑た顔で芸能ニュースを読んでいるアナウンサーやコメンテーターも、心なしか嬉しそうだ。
しばし呆けていたが、いよいよもって時間が危なくなって来た。
俺は慌てて身支度を整え、玄関を飛び出す。
外は晴れ。
香る薫風が肌に心地良い。
住まう安アパートの玄関から見渡す景色は
少しだけ、色づきを異にして見えた。
「よっし!今日も一丁頑張りますか!」
俺は一つ気合いを入れると、普段より少しだけ輝いている町へと歩き始めた。
おわりです、お付き合いありがとうございました。
菜々さん7代目シンデレラ本当におめでとう!
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