妹「お兄様は婚約されるのですね」(11)
妹「今朝お父様が仰っていました」
兄「うむ」
妹「お相手は幼馴染さんだそうですね」
兄「幼馴染も早くに両親を亡くして苦労をした」
妹「ええ。この家に引き取られて、肩身の狭い思いもあった事でしょう」
兄「俺はあれを幸せにしてやりたいのだ」
妹「大変、お兄様らしいと思います」
兄「そうだろうか?」
妹「ええ。私はお兄様のそういう所を愛しております」
兄「むず痒くなるような事を言うな」
妹「素直な気持ちでございます」
兄「お前、あの話は聞いていないのか?」
妹「あの話、ですか?」
兄「そうか、まだか」
妹「そのようです」
兄「いや、うむ。親父殿にも考えがあるのだろう。忘れてくれ」
妹「はい。忘れます」
兄「お前は、なんだ、どうしてそう素直に育ってくれたのだ」
妹「向日葵の花は、太陽に向かって真っすぐ伸びるのだそうです」
兄「それがどうしたのだ?」
妹「きっと私の側には、いつも太陽があったのです」
兄「お前は時々よく分からぬ事を言う」
妹「はい。そうかもしれません」
幼馴染「ねえ、気持ちのいい太陽だねえ」
妹「ええ」
幼馴染「私ね、少しだけ申し訳ないと思ってるよ」
妹「そうですか」
幼馴染「そうなんだ。許してくれる?」
妹「何をでしょうか?」
幼馴染「兄くんを貰うこと」
妹「幼馴染さんはお兄様に選ばれたのです」
幼馴染「そうなるのかな」
妹「はい。私はお兄様の意志に従います」
幼馴染「本当にそれで大丈夫?」
妹「ええ。それでいいのです」
幼馴染「そっか、私もお姉ちゃんになるんだねえ」
妹「そうなりますね」
幼馴染「ねえ、少し早いけど呼んでみない?」
妹「いえ」
幼馴染「そっか」
妹「はい」
幼馴染「妹ちゃん、死んだりしないよね?」
妹「死ぬ、ですか?」
幼馴染「うん」
妹「ふふ、おかしな事を言うのですね」
幼馴染「変なこと言っちゃったね。ごめんね」
妹「私はお母様とは違いますよ」
幼馴染「え?」
妹「自ら命を絶つなど、考えた事もありません」
幼馴染「知ってたの?」
妹「はい。すべて知っています」
幼馴染「その、妹ちゃんに隠してたのは」
妹「幼い私が心を痛めないように、皆が隠してくれたのですよね」
幼馴染「うん……私も、最近になって聞かされたんだ」
妹「ありがとうございます」
幼馴染「え? いや、そんな感謝されるようなこと」
妹「人に想われるのは、感謝するような事ですよ」
幼馴染「妹ちゃんは、どうしてそう素直なのかなあ」
妹「ふふふ」
幼馴染「えへへ」
兄「して親父殿、妹の婚約の話はいつするのですか?」
父「もう話した」
兄「妹は知らぬ様子でしたが」
父「あれの考えなど、俺が知るはずもない」
兄「然様でございますか」
父「あれは俺の姉によく似ておる」
兄「父の姉というと、幼馴染の死んだ母ですか?」
父「お前とあの娘は従姉弟であるから、まあそれだ」
兄「なるほど。しかし妹は、母様によく似ていると思うのですが」
父「見た目はな」
兄「むう。兄の口からこう言うのは妙な話ですが」
兄「妹のあの楚々とした雰囲気、やはり母様のそれとよく似ていると思います」
父「お前はそう思うのだな」
父「なあ兄よ。俺はな、生きるのに疲れた」
兄「何を仰るのですか」
父「まあいいから聞け」
父「俺はお前達に父親らしい事は何もしなかった」
父「それはな、俺が父親に値しない人間だからだ」
父「俺には俺が、人の人生に関わるに値する人間だと思えんのだ」
父「人生を川の流れに喩える者がいるが、俺に言わせれば人生は業火だ」
父「誰もが気付いた時にはその身を焼かれているのだ」
父「兄よ。所詮人はそれから逃げられんのだ」
父「だから俺は、お前と幼馴染の婚約に反対しなかった」
父「お前は、俺に似すぎた」
父「望むように生きろ、生きてくれ、家など捨ててしまえ、好きに生きろ」
父「すまない、本当にすまない」
これらはすべて秋の出来事である。
家中が慶事に湧き、疎遠な父子が酒を酌み交わし、心の内を語り合った。
青葉が枯葉になり落ちるように、人もまた色と形を変えては巡る。
寂しくも穏やかな秋が過ぎ去れば、冬が来るのだ。凍える冬が。
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