花丸「恋の魔力」 (194)

 人を好きになるきっかけって何だろう。


 運命的な体験? 日常の中の積み重ね?

 たぶん十人十色、決まった形なんてなく、唐突に訪れる。

 だけど全員に共通することもある。

 好きになると皆、恋という魔法にかけられるんだ


 それは素敵な魔法。

 世界の全てがキラキラと輝いて見える、とても素敵な。

 だけど徐々に、恋は姿を変えていく。

 その強力すぎる魔力は、人を盲目的にして、狂わせるようになり、互いに傷つき、傷つけられる。

 でも深みにはまり、苦しみを味わっても、それからは誰も逃れられない。


 だって、恋は一度味わうと抜け出せない、麻薬のような物だから、



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   ※

善子「はぁ、やっと落ち着けたわね」

 放課後、マルたち一年生しかいない部室。

 今日の練習は休みだけど、涼みたくてやってきたのだ。


ルビィ「お疲れだねぇ」

善子「ルビィは元気そうね」

ルビィ「がんばルビィしてるからね!」

善子「なにそれ、意味が分からないわ」

ルビィ「善子ちゃんの堕天使よりはマシだよぉ」

善子「マシって何よ! あとヨハネ!」

 じゃれ合うルビィちゃんと善子ちゃん。

 最初はぎこちなかった二人も、最近はすっかり仲良しさん。

 微笑ましい光景を眺めてながら、ゆっくりと本を読むこの時間はとても楽しい。


ルビィ「この後はどうする?」

善子「今日は暑いし、アイスでも食べに行くのはどうかしら」

ルビィ「うーん、それよりもかき氷屋さんに行こうよ。ちょうど今の季節は空いてるよ」

善子「あー、いいわね」

ルビィ「マルちゃんも行くよね」

花丸「うん、もちろん」


善子「じゃあさっさと行きましょう、早くしないとバスが出ちゃうわ!」

ルビィ「ま、待ってよ、善子ちゃん」

花丸「ルビィちゃん、走ると転んじゃうよ~」


 かき氷、何味がいいかな。

 やっぱりここは定番のいちご?

 でも善子ちゃんもいちごだろうし、他のにしたら交換できるかも。

 それならやっぱりみかん――は善子ちゃんが嫌いだ。

 あっ、ルビィちゃんを経由して三人で交換っこする手もある。

 まあその辺も話し合いながら行けばいいかな。

善子「あれ」

 そんな風に考えながら歩いていたんだけど、中庭の辺りで善子ちゃんが突然足を止める。


ルビィ「どうしたの?」

善子「ねえ、あそこにいるのって曜じゃない」

 善子ちゃんが指さす方向には、確かに見覚えのある灰色の癖毛の先輩の姿。

花丸「本当だ。よく気づいたね、善子ちゃん」

ルビィ「ま、マルちゃん、それに横にいるの」

花丸「あれは、クラスメイトの」


 何やら妙に距離が近い二人。

 その姿は、まるで恋人みたいで――


花丸「あっ」

 そして気づけば。自然と唇を重ね合わせていた。


ルビィ「ピギィ!」

善子「あ、あの二人、キスしたわよ!」

花丸「み、未来ずら……」

 三者三様、でもみんな顔を真っ赤にしながら、視線は二人に釘付けに。


善子「す、凄いわね、なんか」

ルビィ「うゅ……」

 目の前で繰り広げられる愛の語らいは、初心なマルたちには刺激が強すぎる。

 でも初めて生で見るそれに夢中になり、目を離すことができない


ルビィ「って善子ちゃん、バスの時間!」

善子「ああ!」

 ルビィちゃんの声で正気に戻ると、既に結構な時間が経っている。

善子「ヤバい、今度こそ走るわよ!」

ルビィ「がんばルビィ!」

花丸「ちょ、ちょっと待って~」



―――
――



善子「でもびっくりしたわね」

ルビィ「まさかあんな場面に遭遇するなんて予想外だよぉ」

 問題の場面の話で、キャッキャッとはしゃぐ二人。

 最初は恥ずかしがっていたけど、そこは女子高生、切り替えは早いみたい。


善子「でも曜さんに恋人がいたなんて」

ルビィ「しかも何か慣れてる感じだったよ」

花丸「流石曜ちゃん、大人だよねぇ」

 学校の人気者は伊達じゃないってことかな。


善子「ちょっと意外だったけどね」

善子「あの人、千歌さん一筋のイメージがあったし」

ルビィ「うゅ、複雑なのも大人の恋愛の一部なんだよ」

善子「面倒くさいわねぇ、恋愛って」

ルビィ「ルビィたちにはまだ早いかなぁ」

善子「そうねぇ」

 恋愛、か。


 マルは小説が大好きだから、物語の中の恋愛にはたくさん接してきた。

 ただ純粋な愛から、歪んだ愛まで、ある意味色んな愛を知ってる。

 小説家って変わった人が多いから、意外と純愛みたいな話は少ないんだよね。

 どこか歪で、暗くて、でもそれが美しい。

 だからそういう恋愛の方が馴染みはあるかも、なんて。


花丸「ねえ、善子ちゃんは好きな人とかいる?」

善子「な、なによ急に」

 露骨に動揺してみせる善子ちゃん。

 この反応は、もしかしたら。

花丸「あー、さてはいるんだね」

善子「いや、それはその」

ルビィ「えっ、善子ちゃん好きな人いるの!」

善子「そんなわけないでしょ、堕天使に好きな人なんて――」

ルビィ「あっ、もしかして梨子ちゃんじゃない?」

善子「!」


花丸「ルビィちゃん、この反応は当たりみたいだよ」

ルビィ「やっぱり! 善子ちゃんと梨子ちゃん仲良しさんだもんね!」

 予想が当たって嬉しそうなルビィちゃん。

 無邪気な姿、可愛いな。

善子「……そうよ、私が好きなのはリリーよ」

 流石に流れが悪いと感じたのか、善子ちゃんもあっさりと認める。

ルビィ「いつから? いつから好きになったの?」

善子「ちょ、落ち着きなさいよ」

ルビィ「わかったから、早くはやく」

善子「え、えっと、あれはね――」

 グイグイと迫るルビィちゃんに押されて、言わなくてもいいことまで喋り始める善子ちゃん。

 2人とも、ある意味らしいというか。

 でもみんな、平然と女の子が好きなのは、女子高って環境だから?

 この辺は男の子も少ないし、あんまり異性を意識する機会はないもんね。

 実際マルも、恋愛の相手をイメージするとしたら女の子になるかも。


 うーん、どんな人がいいかな。

 ぼんやりして頼りないマルを引っ張ってくれる格好いい王子様みたいな人とか素敵かも。
 
 それで物語の登場人物みたいに、どこか脆く、傷つきやすい儚さを持ってたりして――


ルビィ「マルちゃん?」

花丸「――あ、ごめん」

 しまった、想像の世界に入り込んじゃった。

 マルの悪い癖だなぁ、こういうの。

善子「そういうあんたたちはどうなの、好きな人とか」

ルビィ「ピギッ」

花丸「ずら?」

善子「私に喋らせたんだから、あんた達も話しなさいよ」

 まあごもっとも。


ルビィ「えっと、ルビィはね、内緒かな」

善子「いや、それは卑怯でしょ」

ルビィ「マルちゃんは?」

善子「聞きなさいよ!」

花丸「うーん……、マルも内緒」

 好きな人、特にいないから話しようはないし。

ルビィ「ありゃ、マルちゃんも内緒なんだ」

花丸「うん、内緒仲間だよ~」

 ちょっと残念そうなルビィちゃん。

 やっぱり仲良しの友達の好きな相手は気になるのかな。

 実際、マルもルビィちゃんの意中の相手は気になったもんね。


善子「ちょっとあんた達ね~」

花丸「あはは、マルとルビィちゃんは内緒同盟だから」

ルビィ「むしろ異端なのは善子ちゃんの方だよ」

善子「くぅ、これだから人間風情は」

花丸「まあ代わりに、善子ちゃんの恋愛を応援してあげるよ」

善子「え、本当に?」

花丸「ね、ルビィちゃん」

ルビィ「うん、ルビィも2人には上手くいってほしいし」

善子「あ、ありがとう、2人とも」

 実際、梨子さんと善子ちゃんは相性がいいと思うから。

 友達には幸せになってほしいもんね。


ルビィ「じゃあ早速、告白の計画だよ!」

善子「って待ちなさいよ、流石にそれは早い――」

ルビィ「どんなシチュエーションがいいかなぁ」

善子「ちょっと待って、もっと段階を踏んでからでもいいでしょ」

ルビィ「駄目だよ、恋愛はスピード勝負、早い者勝ちの世界だよ」

善子「経験もないのに偉そうに語らないでよ!」


 大きな声で照れ隠しをする善子ちゃん。

 その姿はとても可愛いし、話しているルビィちゃんも楽しそう。

 現実の恋愛は小説とは違って素敵なものなんだね、やっぱり。

 マルもいつか、好きな相手ができるのかな。

 相手はどんな人なんだろう、どんな恋をするんだろう。

ルビィ「マルちゃんはどんな告白がいいと思う?」

花丸「そうだねぇ、夜の海岸で『この堕天使ヨハネと恒久的な契約を結びなさい!』って言うのはどうかな」

ルビィ「あはは、その台詞で色々台無し――」

善子「いいわね、それ」

ルビまる「「ええっ!?」」

善子「でももう少し堕天使っぽさを出すために――」


 まあいっか。

 今はこうやって友達と楽しく過ごせれば。

 ルビィちゃんと一緒に善子ちゃんをからかいながらも助けてあげて、どんな人がいいかな何て理想を語り合って、現実的じゃない想像をして。

 きっとそれぐらいが、マルにはちょうどいいんだろうな。

   ※



ダイヤ「ルビィ、そこ遅れてますわよ!」

ルビィ「あっ、ごめんなさい」

ダイヤ「そうそう、そんな感じですわ」


千歌「こうやって――こうかな?」

梨子「違うわよ、千歌ちゃん……」

鞠莉「そうそう、そこはもっと派手に――」

果南「鞠莉、それも違うから」




 屋上から響く声。

 Aqoursのみんながちょうど練習中。

 大会も迫ってきてるし、みんな気合いは入ってる。

 でも今日のマルは図書委員の仕事。

 他にやる人もほとんどいないから、たまにはお手伝いしないといけないから。

 でもちょうど読書ができる時間もできて、ちょっと得した気分。


花丸「ふわぁ……」

 外は暑いけど、冷房がしっかり整備されている図書室は快適で、少しずつ眠気を誘う。

 わざわざ放課後にここに来る人なんて珍しいけど、流石に寝たらマズい。

 でも最近、練習がハードで疲れてる。ちょっとぐらい休んでもいいかな。


花丸「……」

 本を閉じて目を閉じると、何だかとてもいい気分。

 ああ、このまま本当に眠っちゃいそう――


??「すいませーん」


花丸「は、はい!」

 落ちそうなところで響いた声に急いで目を開けてると、目の前に迫る制服。

曜「お、起きたね」

花丸「よ、曜ちゃん?」

 そこには灰色の癖毛、曜ちゃんの姿。

 練習中のはずなのに、何で図書室に?


曜「今サボって寝てたでしょ~」

花丸「そ、そんなこと、ないよ」

曜「でもよだれ垂れてるよ」

花丸「えっ」

 指摘されて口元に触れると、そこには確かに水っぽさが。

曜「あはは、隠さなくてもいいよ」

花丸「は、恥ずかしい……」

曜「大丈夫だよ、可愛いから」

 そう言いながらハンカチで口元を拭ってくれる。

花丸「あ、ありがとう」

曜「うん、どういたしまして」

 流石、動きにそつがない。

 これだからモテるのかな。

 マルだったらきっと指摘することさえできないもの。

花丸「ところで曜ちゃん、練習はどうしたの?」

曜「あー、一応水泳部の方に顔出しててさ」

花丸「あ、そっか」

 曜ちゃんは水泳部との兼部だったっけ。

 よく見るとちょっと髪が湿っぽい感じがするし。


曜「それでね、早めに切り上げてAqoursの方に行こうと思ったんだけど、何か気が乗らなくて」

花丸「つまり、サボり?」

曜「そうそう、花丸ちゃんと同じサボり仲間」

 少しバツ悪そうな、でも爽やかな笑顔。

 その表情に、思わずドキッとしてしまう。

 ああ、これは恋人の1人や2人いるわけだ。

 整った顔、中性的な声、きっと男装したら王子様のように見えると思う。

 こんな人に迫られたら、あっさりと落ちちゃうよね、きっと。


曜「花丸ちゃんは練習行かないの?」

花丸「今日は最後まで図書委員の仕事があるから」

曜「仕事? この図書室を使う生徒っているの?」

花丸「えっと……」

 何とも言い返しにくい。

 実際、今日は本当に人が来ていないから。

 部活でもない限り、学校に残ってる人なんていないだろうし。

曜「ほら、やっぱりいないんでしょ」

花丸「そうだけど、流石にここを離れるわけにはいかないよ」

 ばれることはなくても、任された仕事はちゃんとこなさないといけないもん。

曜「へぇ、じゃあここを離れなきゃいいのかな」

花丸「まあ、そうだね」

 さっきも寝ちゃってたぐらいだし。


曜「ならちょうどいいや」

花丸「えっ――」

 曜ちゃんはカウンターを乗り越えると、座っていた椅子ごとマルを壁に押し付ける。


曜「暇つぶしに、私と楽しいことしない?」

 あれ、この状態なんていうんだっけ。

 確か梨子ちゃんが好きだった、壁ドン?

 間近に迫る顔、覆い被さられることによって、自分が支配されている感じ。


曜「ねえ、こっち向いて」

花丸「え、えっと」

曜「ふふっ、可愛いよ」


 さらに迫る曜ちゃんの顔と唇。

 高まる胸の鼓動、伝わってくる曜ちゃんの身体の感触。

 駄目、これじゃあ抵抗できない――



曜「なーんてね、冗談だよ」

 でも、まさにキスしようかという瞬間、曜ちゃんは離れてしまう。


花丸「な、なにを」

曜「ごめんね、ちょっとやり過ぎたかも」

花丸「ほ、本当だよ……」


 まだドキドキしている。

 強引な行為だったのに、嫌な気分はしなかった。

 これは自分の中の問題か、相手が曜ちゃんだからなのか、それは分からない。

 もし曜ちゃんが原因だとしたら、まるで恋の始まりみたい。


曜「花丸ちゃん?」

花丸「……もう、駄目だよ。曜ちゃんは彼女がいるのに」

曜「へっ、私彼女なんていないけど」

花丸「でも前に見たよ、中庭でキスしてるとこ」

曜「あぁ――あれは別に彼女じゃないよ」

花丸「でもキスしてたよ」

 彼女じゃない人とするなんて、考えられない。


曜「それはほら、あっちから迫ってきてから」

花丸「そ、そんな理由で?」

曜「駄目? 拒否するのも可哀想でしょ」

花丸「でもそんなの」

曜「やれやれ、花丸ちゃんは本当に初心だね」


 もしかして、普通のことなの?

 でも倫理的におかしい――いや、マルに恋愛経験が皆無だから分からないだけなのかな。

 もうなにがなんやら、頭が混乱している。

曜「じゃあ私は練習に行こうかな――花丸ちゃんも仕事頑張ってね」

花丸「う、うん」


 でも混乱を引き起こした張本人は、何事もなかったようにその場を立ち去ろうとして。

 何かモヤモヤするな、一言言った方がいいかな。

 でも曜ちゃんも先輩だし、特に言葉を思いついているわけじゃないし――


曜「あっ、そうだ」


 チュ


花丸「あっ」

 い、いま、ほっぺにキスされて――。


曜「あはは、その顔も可愛いよ」

 手を振って図書室を出ていく曜ちゃん。

 マルはその姿を、呆然と見送ることしかできなかった。

  ※



「――ルちゃん」


 キスされた。

 曜ちゃんに、あの人気者の曜ちゃんに、キス。

「――マルちゃん」


 あの日以来、その事で頭がいっぱいになってる。

 柔らかい唇の感触。

 物語の世界ではそれ以上の事を経験しているはずなのに、実際に体験すると、こんなに心を奪われるなんて――


ルビィ「花丸ちゃん?」

花丸「ふぁ」

 目の前に迫るルビィちゃんの顔。

 このぐらいの距離感なんて、何度も経験している仲のはずなのに、意識してしまう唇。

 曜ちゃんのややふっくらした物とは別の魅力を持った小さなそれから、目が離せない。


ルビィ「どうしたの、体調悪い?」

花丸「う、ううん、そんなことないよ」

花丸「ちょっとね、買った本について考えてて」

ルビィ「そっかぁ、マルちゃんいっぱい買ってたもんね」


 今日はルビィちゃんと沼津へ遊びに来ている。

 高校に入ってから善子ちゃんと3人が多かったから、久しぶりに2人きりで遊びに行こうと誘われたの。

 でも部活で忙しくて本屋さんに行くのも久しぶりだったから、つい買いこんでしまった。

花丸「ごめんね、せっかく遊びに来てるのに、たくさん買い物したり、ボーっとしたり」

ルビィ「そう? マルちゃんらしいし、昔に戻ったみたいでルビィは楽しいよ」

 笑顔で手元にあるジュースを飲む姿はとても微笑ましい。

 高校で新しくできた関係も素敵だけど、やっぱりルビィちゃんとの関係は特別。


ルビィ「この後はどうしようか。どこかで買った本を読む?」

花丸「うーん、でもちょっと小腹が空いたような」

ルビィ「それならクレープ屋さんに行くのはどうかな」

花丸「あ、いいね!」


 ちょうど場所も近いし、良い提案。

 甘い物を想像しただけで、テンションが上がってくる。

ルビィ「あはは、マルちゃん、よだれ垂れてきてるよ」

花丸「おっと、恥ずかしい」

 慌てて自分でよだれを拭う。

 我ながら食い意地がはりすぎている。

花丸「うぅ、ちょっと食欲を抑えていかないと太っちゃうかも」

ルビィ「大丈夫だよ、マルちゃんはそれでも可愛いから」

 ほっぺたをプニプニと突かれる。我ながらちょっと怪しい感触。


花丸「でも――――あれ?」

 突かれるのを止めようとルビィちゃんの方を向くと、ちらりと見えたオレンジ色の髪。

ルビィ「どうしたの?」

花丸「いや、いまそこに千歌ちゃんの姿が見えたような」

ルビィ「えっ、珍しいね」

花丸「誰かと遊びに来てるのかな」

ルビィ「あー、もしかして曜ちゃんと?」

花丸「っ」

 名前が出ただけで、ついドキッとしてしまう。


ルビィ「ちょっと声かけていく?」

花丸「あっ、そうだね」

 もし本当に曜ちゃんだったらどうしよう。

 あれ以来、一度も会話してないけど。どんな顔をすればいいのかな。


 というかもしかしてデート?

 千歌ちゃんと曜ちゃんは仲良しだ。

 前に言ってたように水泳部の子と付き合ってないなら、それも十分あり得るような――


花丸「あれ、千歌ちゃんの横にいるの、誰だろう」

 でも千歌ちゃんの横にいたのは、黒系のロングヘア―の女の子。

ルビィ「髪、長いね」

花丸「うん、身長もちょっと高いような」

 黒系で長い人はAqoursにもいるけど、ダイヤさんにしては体格が良いし、善子ちゃんにしては身長が高すぎる。

花丸「うーん、知らない人と一緒だったら、声かけない方がいいかな」

ルビィ「そうだね、ルビィは知らない人はちょっと……」

花丸「相変わらず人見知りだねぇ」

ルビィ「こ、これでもマシにはなったんだもん!」

花丸「知ってるよ~」

 
 ムキになって膨らませているほっぺたをプニプニし返しながら考える。

 千歌ちゃんと歩いていた人、誰なんだろう。

 ルビィちゃんは気づいてなかったみたいだけど、ずいぶん距離感が近かった気もするし、恋人なのかな。

 メンバーの恋愛話だとしたら、やっぱり気になる。


 今度、直接聞いてみようかな。

 でも曜ちゃんみたいなパターンもあるし、うーん。


ルビィ「ねえねえ、もう行っちゃったし、早くクレープを食べに行こうよ」

花丸「……うん、そうだね」

 まああんまり気にしても仕方ないかな。

 きっとじきに分かること。

 今は素直にルビィちゃんとのひとときを楽しもう。

 せっかくの貴重な時間なんだ、考え事をしてたら勿体ないよね。

ちょっと限界なので一度寝ます
明日か明後日ぐらいまでには完結させる予定です

   ※



 夏の暑さも本格的になってくると、同時に試験も近づいてくる。

善子「あぁ、もう限界……」

花丸「ちょっと善子ちゃん、手が止まってるよ」

 目の前にはダイヤさんお手製対策プリントの山。

 これを全部消化するのが今日の義務だ。


善子「仕方ないじゃない、こんなのやってられないわよ」

花丸「まあねぇ」

 正直、マルもちょっとウンザリしてる。

 普段部活に勤しみ過ぎて勉強が遅れ気味なので仕方ないけど、この量はつらい。

『一緒にいたら甘やかすでしょう』と言われて、ルビィちゃんも連れて行かれちゃうし。

善子「しかもこの内容、それなりの点を取るだけなら必要なさそうなところまで入ってるわよね」

花丸「そこはほら、ダイヤさんの場合、一位が普通になってそうだし……」


善子「あーあ、せっかくリリーとデートに行こうって話してたのになぁ」

花丸「その言い方だとあの後進展があったんだね」

善子「まあ、進展というか……」

花丸「えっ、何その意味深な言い方」

善子「いや、実はね――」


―――
――


花丸「梨子ちゃんと付き合うことになったの!?」

善子「しっ、あんまり大声で言わないでよ」


花丸「で、でも、本当に?」

善子「う、うん」

花丸「ほぇー、未来ずらぁ……」


 びっくりした。

 梨子ちゃんへの気持ちを聞き出してからそんなに経ってないのに。

 まさか、付き合うところまで進展していたなんて。


花丸「告白は善子ちゃんからしたの?」

善子「まあ、一応ね」

花丸「何か言いにくそうだね」

善子「正直、特別に何かをしたというわけじゃなくて」

花丸「なくて?」

善子「その、雰囲気とノリで付き合うことしたというか……」

花丸「えー、それはつまらないよ」

 小説だったら間違いなく売れない。

善子「仕方ないでしょ、現実の恋愛なんてそんなものよ」

花丸「むぅ、経験者の上から目線だよ」


善子「別に上からじゃ――ないわよ」

花丸「あー、いま少し間が空いたずら!」

善子「気のせいよ、気のせい」

 絶対わざとだ。

 心なしか普段よりも余裕のある態度だし。

花丸「くぅ、むかつくずら」

善子「ふふん、悔しかったらあんたも早く恋人作りなさいよ」

花丸「でもマル、相手もいないし……」

 相変わらず浮いた話もなければ好きな相手もいない。

 そもそもきっかけになることがないから発展しようがないもの。


善子「じゃあルビィでいいじゃない。仲良しでしょ」

花丸「ルビィちゃんかー」

 あんまり考えたことはなかったけど、確かに周囲の人の中では一番恋人に近い関係なのかもしれない。

 でも親友だし、恋人関係は想像しづらいかも。

善子「嫌なの?」

花丸「そうじゃないんだけど、あんまりピンとは来なくて」

善子「ふぅん、そういうものなのね」

花丸「そもそもルビィちゃんの気持ちも分からないし」

善子「確かに自分一人の気持ちじゃ成り立たないもんね」


花丸「はぁ、マルに春が来るのはまだ先なのかな」

善子「そんなに焦ることはないわよ」

花丸「そうなんだけど、なんだかね」

善子「一応相談に乗ってもらったし、もし好きな人ができたら、私もできる限り協力するから」

花丸「うん、ありがとう」


―――
――


 梨子ちゃんと一緒に帰ると善子ちゃんがいなくなり、1人きりになった教室。

花丸「恋人……」

 善子ちゃんの恋路が上手くいったのは嬉しい。

 でも少し残念だな。せっかくロマンティックな展開を楽しみしてたのに。

 堕天使だの何だのと言ってる割に、変なところで現実的なんだから。


 でも寂しいな、恋人ができたら、今までのように仲良し3人組とはいかないだろう。

 善子ちゃんは恋人優先、マルとルビィちゃんは取り残される。

 せめて、マルにも恋人がいればいいのに。

 そうすれば寂しさなんて無縁の生活を送れるだろうから。

花丸「うーん」

 ドキドキしていた時なんて、あの図書室での曜ちゃんとの絡みぐらい――


ガラッ


曜「あれ、花丸ちゃん」

花丸「曜ちゃん?」

 教室のドアが開く音に反応して目を向けると、そこには曜ちゃんの姿。

 思考は人を惹きつけるのかな、本人が来るなんて。


曜「なにしてるの?」

花丸「えっと、試験前に勉強を」

曜「一人で? 熱心だね」

 善子ちゃんが座っていた場所に、自然と腰掛ける。

 幼馴染と同じ距離感は、とても近い。

花丸「ちょっと前までは善子ちゃんが居たんだけど……」

曜「あらら、フラれちゃったの」

花丸「うん、恋人には勝てなくて」

曜「恋人?」

花丸「あれ、知らないの?」

 もしかして、言ったらマズかったかな。

 梨子ちゃんとは仲良しだから、知ってると思っていたんだけど。

曜「善子ちゃんに恋人ができたの? 誰?」

 当然、曜ちゃんは興味満々に食いついてくる。

 これ、話しちゃってもいいのかな。もしかして本当は秘密なのかも。

 でも普通に教えてくれたぐらいだし、たぶん問題ないよね。


花丸「えっとね、何か梨子ちゃんと付き合い始めたみたいで」

曜「あー、なるほど。あそこは仲良いもんね」

 納得したようにうなずく曜ちゃん。

曜「でもマジかぁ、全然知らなかったよ」

花丸「梨子ちゃん、話してなかったんだね」

曜「たぶん他のみんなも聞いてないと思う。恥ずかしがり屋だからねぇ」

花丸「あぁ」

 それだと梨子ちゃん的には隠しておきたかったかな、悪いことをしたかも。

曜「うーん、でもちょっとうらやましいよね、みんな恋人ができてさ」

花丸「曜ちゃんなら、作ろうといつでも思えばできるでしょ」

曜「それがなかなか上手くいかなくてね」

 髪をくるくるしながら天井を見上げる。


 好きな相手がいるのかな。それとも周囲にいる子がみんな自分の好みじゃないとか。

 簡単にキスをしちゃう時点で、堅い恋愛観を持っているわけじゃないだろうし。

曜「花丸ちゃんの方こそどうなの」

花丸「マル?」

曜「恋人、いるんだっけ」

花丸「ううん、いないよ」

曜「男の子にモテそうだし、ルビィちゃんもいるのにねぇ」

 また出てくるルビィちゃんの名前。

 そんなに仲良しに見えるのかな、それはちょっと嬉しいかも。


曜「でもそっか、恋人はいないのか」

 その言葉と共に真顔になり、じっと顔を見つめられる。

花丸「な、なに?」


曜「じゃあさ、私と付き合ってよ」


 そして飛び出した、予想外の言葉。


花丸「付き合うって、何に?」

 思わず聞き返してしまう。

 あまりの衝撃にショートした脳は、その言葉をとっさに処理できない。

曜「……今の話の流れだよ、分かるでしょ」


 そっけない曜ちゃんの態度。

 罰ゲームか何かなのかな? 恥ずかしがっているだけ?

 でも素直に嬉しかった。地味なマルの元に、王子様が現れた、そんな気分。


花丸「マルで、いいの?」

 だから、例え疑問があっても、断る理由なんてなかった。


曜「わざわざ聞くってことは、OKでいいのかな」

 こくりと頷く。

曜「そっか、ありがとう」

 笑顔になり、やさしく頭を撫でてくれる。

 それがこそばゆくて思わず目を細めると、迫ってくる唇。

花丸「ぅ」

 気づいたときは、マルのファーストキスは奪われていた。


曜「好きだよ」


 耳元で囁かれる甘い言葉。


曜「大好きだよ、花丸ちゃん」

花丸「ま、マルも、曜ちゃんのこと――」


 言い終わる前に、また塞がれる唇。

曜「離さないよ、絶対に」

花丸「よ、曜ちゃん……」

 恋愛なんてしたことのなかったマルには情熱的すぎる、曜ちゃんの行動。

 クラクラして、真っ白になって。

 気づけば頭の中は、曜ちゃん一色になっていた。

 これが恋の力、恋の魔力。


 流される。

 警告を発する冷静な自分は、抗えずにどこかへ消え去ってしまう。

 思考が侵略され、何も考えられない。でもそれが不思議と心地よくて。


曜「二人で、ずっと一緒にいようね」

花丸「……うん」

続きは夕方以降に投稿します



――――
―――
――



 曜ちゃんから告白された。

 曜ちゃんと付き合うことにした。

 あんな格好いい人が恋人になった。


 夢じゃない。

 朝、会った時に確認しても、確かに曜ちゃんはマルの恋人だった。

 これは現実なんだ。

 恋愛なんて、縁がないと考えてたのに。

善子「花丸、手が止まってるわよ」

花丸「あっ」

 目の前にあるプリントは、まるで進んでいない。

 曜ちゃんのことに夢中になって、普段にも増してぼんやりしてる。


善子「全く、昨日私に注意しておいて、自分でやる?」

花丸「ごめん……」

善子「……何かあったの?」

花丸「えっと……」

 曜ちゃんは特に隠そうとは言っていなかった。

 でも気軽に教えていいのかな、これは。

 曜ちゃんは特に隠そうとは言っていなかった。

 でも気軽に話していいのかな。


善子「気になるわね、誰にも言わないから教えなさいよ」

花丸「うーん、ちょっと待って」

 ただでさえ同性同士の恋愛、あんまりペラペラ喋るような話ではないのは確か。

 だけど善子ちゃんは昨日、自分の事を話してくれた。

 マルだけ隠しちゃうのも、何か不公平な気がする。


花丸「あのね、実は昨日、告白されたの」

善子「告白!?」

花丸「うん」

善子「私が帰った後に?」

花丸「そうだね」

善子「相手は誰? ルビィ?」

花丸「ううん、曜ちゃん」

善子「曜さん?」

花丸「意外かな」

善子「正直ね、あんまりかかわりがあったとは思えないから」


 そりゃそうだ。

 みんなが見てる前で曜ちゃんと話したことなんて、ほとんど記憶にない。

 二人の時も、最近の図書館と教室ぐらい。

 客観的に考えれば、曜ちゃんの名前は出てこない方が普通だろう。

善子「それで、付き合うことにしたの?」

花丸「うん」

善子「でも曜さん、恋人いなかった?」

花丸「えっと、今はちょうどフリーだったみたいで」

善子「流石は浦女のヒーロー、とんだプレイガールね……」 

 ありゃ、変な誤解をされちゃった。

 だけど恋人でもない相手にキスをしていたって話すのも変だし、仕方ないかな。


善子「不安だわ、そんな人と花丸が付き合うなんて」

花丸「そんな人って、Aqoursの仲間なのに」

善子「それとこれとは別問題よ」

花丸「大丈夫だよ、曜ちゃんはやさしい人だから」

善子「それは、分かっているけど」

 善子ちゃんが本気で心配するのも無理はない。

 傍から見れば、経験豊富な先輩に遊ばれている後輩みたいな形。

 実際、告白された意図も理解できていないのだから、それが事実な可能性も十分にある。

 でも――


花丸「心配してくれありがとう」

花丸「だけど今は、曜ちゃんを信じてるから」

善子「……それなら、一応素直に祝福しておくわ」

善子「おめでとう、花丸」

花丸「うん、ありがとう」

善子「でもこの事、ルビィには話しちゃ駄目よ」

花丸「なんで?」

善子「可哀想でしょ、一人だけ恋人がいない状態だと」

花丸「あっ、そっか」


 本当は真っ先に報告するつもりだったけど、確かにそのとおりかも。

 自分だって昨日、善子ちゃんが梨子ちゃんと付き合い始めたって聞いてショックだった。

 それが二人同時なんて、あんまりいい気がしないよね。

 昨日に続いて、ルビィちゃんがダイヤさんにさらわれていてよかった。

善子「あと、ルビィ以外の人にも言いふらしたりしない事ね」

善子「昨日、あんたに報告したことを話したら、リリーに凄く怒られたんだから」

花丸「何となく想像はできてたけど、やっぱり」

善子「だから私の件についてもこれ以上は他言無用だからね」

花丸「……了解ずら」


 曜ちゃんに教えちゃったことは話さない方がいいかも。

 でも曜ちゃんが梨子ちゃんをからかったりする姿が容易に想像できる。

 きっとその件で、また梨子ちゃんに怒られるんだろうなぁ。

 ごめん善子ちゃん、いつかお詫びはするから。

   ※


善子「あー、やっと終わったぁ」

ルビィ「うゅ~」

花丸「ずら~」

 問題の試験がようやく終了。

 試験前からの勉強が大変だったから、凄い開放感。


ルビィ「善子ちゃん、出来はどうだった?」

善子「ダイヤ効果もあってまあまあね」

ルビィ「マルちゃんは――聞くまでもないかな」

花丸「う、うん」

善子「微妙だったの?」

花丸「そこまで悪くはないんだけど……」

 しっかり勉強した割に、試験中に集中できず、感触は良くなかった。

 その原因は間違いなく曜ちゃんなんだけど。


ルビィ「じゃあ気分転換も兼ねて、どこかに寄っていかない?」

 まだ昼間、曜ちゃんとの関係を知らないルビィちゃんの誘いは当然のこと。


花丸「ごめんね、マルは今から用事があって」

ルビィ「え、そうなの」

花丸「うん」

 用事があるのは本当。

 試験が終わったら図書室に集合と、曜ちゃんと約束してるんだ。

ルビィ「……マルちゃん、付き合い悪いよぅ」

 ちょっと拗ねちゃってるルビィちゃん。

 無理もない。

 今まではお互いに、相手からの誘いを断ることなんかなかったし、何も言わなくても常に一緒にいるような仲だったから。

 それなのに試験前も(ダイヤさんの所為だけど)一緒に勉強せず、今も誘いを断る。

 マルとしても、結構申し訳なさはあるんだ。


善子「ルビィ、外せない用事かもしれないんだから、あんまり困らせちゃ駄目よ」

ルビィ「うゅ……」

花丸「この埋め合わせはちゃんとするから、ね」

ルビィ「それなら、まあ……」


―――
――



曜「ふぁぁ」

 2人きりの図書室。

 ゆっくり本を読むマルと、時々本に手を伸ばしがらも、半分はお昼寝モードの曜ちゃん。


花丸「眠いの?」

曜「流石に試験で疲れてさ」

花丸「あはは、それはマルもだよ」

曜「よく本を読めるね、試験後なのに」

花丸「マルは本が大好きだからね」

曜「私も本は嫌いじゃないけど、流石に辛い~」

 机に突っ伏しながら、足をバタバタさせる。

 付き合い始めて気づいたけど、曜ちゃんは案外子どもっぽい。

 普段の格好いい姿とのギャップが、また素敵なんだけどね。


曜「うーん何か――あ、そうだ!」

花丸「どうしたの?」


曜「花丸ちゃん、おいで」

 とつぜん曜ちゃんが膝を空けて手招きする。

花丸「これはどうすれば」

曜「膝の上に乗ればいいんだよ」

花丸「えっと――こう?」

 ちょこんと膝の上に座ると、伝わるのは鍛えられたら太ももの感触。


曜「あとはこうやってギューっとね」

 膝に乗ったまま、後ろから思い切り抱きしめられる。

花丸「よ、曜ちゃん」

曜「やっぱり柔らかい。この感触が好きなんだよね」

花丸「恥ずかしいよぉ」

曜「大丈夫、誰も来ないから」

花丸「そういう問題じゃなくて……」

曜「うーん、花丸ちゃんは可愛いねぇ」

 付き合い始めてから少しの時間が経ったけど、マルたちの関係はずっとこんな感じ。

 最初に曜ちゃんが見せてくれたような、情熱的な愛し方はしてくれない。

 仲の良い後輩か、ペットのような扱い。


 愛されているのは分かるんだけど、どうしても不安になる。

 やっぱりマルとの関係は、曜ちゃんにとって遊びに過ぎないのかなって。

 違うとは思う。でも考えてしまう。

 結局、マルには自信がないから。

 曜ちゃんに愛されているという自信が。

曜「ありゃ、黙り込んじゃった」

花丸「あ、ごめん」

曜「抱っこされるの、嫌だった?」

花丸「ううん、そんなことはないよ」

曜「そう? 本を読むのに邪魔だと思ったんだけど」

花丸「うーん、言われてみるとそうかも」

曜「あちゃー、余計な事を言ったか」

花丸「ふふっ、かもね」

曜「ホント、本の虫。スクールアイドルとは思えないねぇ」

花丸「うん、そうかもしれないね」

 ルビィちゃんや千歌ちゃん、曜ちゃんみたいな明るくて活発な子が普通のイメージ。

 一般的なアイドル象からはかけ離れたタイプなのは間違いない。


曜「花丸ちゃん、何で文芸部に入らなかったの?」

花丸「この学校、そもそも文芸部がないからね」

曜「えっ、そうなの」

花丸「うん」

曜「それはまた、残念だったね」

 ただでさえ部員の少ない学校。

 本を読むよりは外で身体を動かすのが好きな人の方が多い事を考えれば、仕方ないと思う。

花丸「例え存在しても、ルビィちゃんが居るから入らなかったとは思うけど」

曜「ルビィちゃんは嫌がるのかな」

花丸「ううん、きっとマルに合わせて入ってくれると思う」

曜「うん、そんな気はするよ」

花丸「でもね、そこで無理をさせたくないから、マルは部に入らないんだよ」


曜「……なるほど――本当に仲良いね、二人は」

花丸「曜ちゃんと千歌ちゃんも仲良しでしょ」

曜「……まあ、そうだね」

花丸「曜ちゃん?」

 急に声のトーンが落ちた。

 もしかして、変な地雷を踏んじゃったかな。

花丸「あ、あの、マル――」

曜「大丈夫、千歌ちゃんを水泳部に誘って断られたのを思い出しただけ」

 元に戻る曜ちゃん、少し安心。

 でもどうしたんだろう。

 もしかしたら、千歌ちゃんと喧嘩でもしてるのかも。


曜「元々無茶だったからね、水泳部に入ってもらうのは」

花丸「千歌ちゃん、特別泳ぎが得意なわけじゃないもんね」

曜「結局、私も水泳部を辞めて一緒にスクールアイドルを始めるんだから、面白いけどね」


花丸「へっ、曜ちゃん、水泳部を辞めたの?」

曜「うん、言ってなかったっけ」

 そんな話、聞いてない。

 ついこの前まで水泳部の活動に顔を出していたはずなのに。


花丸「どうして辞めたの」

曜「ちょっと部で揉めちゃってさ、居辛くなった」

花丸「揉めた?」

曜「ほら、前にキスした子。花丸ちゃんに見られた時の」

花丸「ああ、クラスメイトの」

曜「あの子が水泳部なんだけどね、キスから色々あってさ」


 その色々は、あまり想像したくない。

 でも仕方ないと思う、キスをされたら普通は勘違いをするもの。

 そう、キスをされただけじゃ、勘違いなんだ。

曜「いっそさ、Aqoursも辞めちゃおうか」

花丸「えっ」

曜「そうすればずっと、2人でいられるよ」

 確かにそのとおり、そのとおりだけど――。


花丸「だ、駄目だよ、それは流石に」

曜「わかってるよ、ちょっとした冗談」

 いたずらっ子のような笑顔。

花丸「も、もう、たちの悪い冗談は辞め――」

 言い終わる前に重ねられる唇。

 発しようとした言葉は遮られる。

 でもマルは、自分から唇を離す。


曜「花丸ちゃん?」

花丸「ねえ、マルとあの子にしたキスは、同じ意味なの?」

曜「……なるほど、そこが気になるか」


 もう一度キスをされる。

曜「舌、出して」

花丸「んっ」


 今までとは違う、大人のキス。

 お互いの口の中をむさぼりあう、濃厚な。

 たぶん、時間にしたら一分にも満たない。
 
 でも永遠のように感じられる、不思議な感覚。

曜「これで許してくれる?」

花丸「……仕方ないなぁ」

曜「ありがとう、花丸ちゃんは特別だからね」


 特別。

 曜ちゃんの、特別。

 嬉しかった、マルが聞きたかったのは、きっとその言葉だったから。


曜「花丸ちゃんにとっても、私は特別かな」

花丸「もちろんだよ」

曜「それは、ルビィちゃんより?」

花丸「……それは」

 曜ちゃんが特別なのは間違いない。

 でもルビィちゃんも、曜ちゃんとは違う意味で特別な人。

 二人を区別なんてしたくない。

 でも、決めなきゃいけないとしたら――


曜「ふふっ、いまのは意地悪な質問だったね」

花丸「……ごめんね」

曜「大丈夫、私も似たような質問をされたら、答えるのは難しいから」

 曜ちゃんの場合は千歌ちゃん?

 喧嘩してるかもしれないのは勘違いなのかな。

 それとも、例え険悪でも特別な相手であることには変わりないってこと?。

曜「さて、そろそろ帰ろうか、あんまり遅くなるとダイヤさん辺りに怒られそう」

花丸「うん」

曜「悪かったね、最後に変なこと言っちゃって」

花丸「ううん、気にしないで」
 

 マルは特別な人を一人選べと言われたら、曜ちゃんを選べる。

 でも曜ちゃんは違うのかな。

 幼馴染としての時間、それは簡単に乗り越えられるものじゃないのかもしれない。


 でもいつか、いつか曜ちゃんに言わせたい。

 一番の特別は、マルだって。

ここまでで全体の半分ぐらいの予定です

続きは明日投稿します


   ※



ダイヤ「はい、今日はここまでにしましょう」

 ダイヤさんの声に、一斉に崩れ落ちる面々。

 夏休みになっても、当然Aqoursは練習。

 真夏の日差しと暑さは体力を奪うけど、みんな弱音を吐くことはない。


千歌「果南ちゃん、この振り付けのところなんだけど」

果南「あー、それはさ――」


善子「リリー、この後どこか行かない」

梨子「いいけど、疲れてない?」

善子「私は全然大丈夫よ!」

 Aqoursはラブライブの決勝に進むことができなかった。


 でもみんなそこまでの悲壮感はない。

 世間に伝えたいことは十分に発信できたし、ラブライブは年に二回ある。

 まだ最後のチャンスが残っているから。


ルビィ「マルちゃん、お疲れ」

花丸「うん、お疲れ様」

ルビィ「流石にこの時期の練習はキツイね」

花丸「でも慣れたよね、最近は」

ルビィ「最初はずっと、ヒーヒー言ってたのにね」

 二人で笑い合う。

 仮入部の時、階段を登ってもすぐにバテちゃうぐらいだったのに。

 当時の体力だったら、この時期の練習は30分も持たないんだろうな。


花丸「次のラブライブ、勝てるかな」

ルビィ「大丈夫だよ、きっと」

花丸「その自信はどこから出てくるの?」

ルビィ「なんかね、根拠はないけどみんな集中できていれば、勝てる気がするんだ」

花丸「不思議ちゃんみたいだよ、その言葉」

ルビィ「預言者ルビィ! ――みたいな感じ?」

善子「格好いい!」

ルビィ「ピギッ、善子ちゃん!?」

花丸「いつの間に」


善子「いいわね、私にも似たような二つ名ちょうだい」

ルビィ「え、えっと」

花丸「中二病善子とかでいいんじゃない?」

善子「なによ中二病って! それにヨハネよ!」

 何一つ間違ったことを言ってないけど。

 そもそも普段から堕天使ヨハネって二つ名を名乗っている気が。

善子「そういうあんたは、暴食者ずら丸よ!」

花丸「いやいや、流石にそれは酷くない?」

ルビィ「あー、でも分かるかも」

花丸「ルビィちゃんまで!?」

善子「ふっふっふっ、これは多数決で決定ね」


花丸「酷い裏切りを受けたずら……、悪魔ずら……」

ルビィ「あはは、じゃあルビィは悪い子ルビィだね」

善子「あー、なんか妙にしっくりくる」

 確かに、結構語感もいいし。

花丸「でも中二病、暴食者、悪い子だと、全くアイドルには聴こえないね」

ルビィ「でもそれがいいんじゃないかなぁ、ルビィたちらしくて」

 確かに、これがAqoursらしさなのかな。

 そんな変わった人間の集団が団結するからこそ、素敵なものを生み出せるのかもしれない。


花丸「流石ルビィちゃん、いいこと言うよ」

ルビィ「えへへ~」

善子「あんたはルビィのことになると甘いわねぇ」

花丸「そんなことないよ……たぶん」

善子「自覚はあるのね、一応」

 多少、贔屓目が入っちゃってるかなとは思う。

 でも仲良しの相手にそうなるのは仕方ないよね、人間だもの。

ルビィ「そういえばマルちゃん、今度の――」

曜「花丸ちゃん、ちょっといいかな」


 ルビィちゃんの言葉と重なる、曜ちゃんの言葉。

花丸「どうしたの?」

曜「ちょっと急いで話したことがあってさ、一回下に来てくれる」

花丸「あっ、うん――ごめんルビィちゃん、話は後でもいいかな」

ルビィ「……うん、大丈夫だよ」

善子「曜さん、タイミング悪いわよ」

曜「あー、ごめん、でも緊急で」

ルビィ「あっ、あんまり気にしないでね」

 申し訳ないけど、急ぎの用なら曜ちゃんが優先。

 ルビィちゃんとも、いつでも話せるもんね。


―――
――


曜「あー、やっぱり中は涼しいねぇ」

 屋上を出て、やってきたのは部室。

花丸「どうしたの、急に」

曜「いや、外は暑いし、早く室内に入りたいな~って思ってさ」

花丸「それだけ?」

 急ぎの用って言ったのに。

曜「いや、あとあそこではしにくい話もあって」

花丸「どんな話なの」

曜「今度、デートでもしない?」

花丸「デート?」

曜「ほら、私たちそういうの全然してなかったじゃん」


 言われてみると確かに。

 夏休みに入っても練習ばかり、学校に来ても図書室で会うだけの日々。

 一度、曜ちゃんが家に来たこともあったけど、普段学校で過ごすのとほとんど変わりなくて。

花丸「デート、いいね」

曜「だよね」

花丸「どこに行くとか決めてあるの?」

曜「うん、その辺は考えてきてるよ」

 そう言いながら、自分の鞄から二枚の紙を取り出す。


曜「ちょうど遊園地のチケットを貰ったから、ここに行かない?」

花丸「遊園地!」

 遊園地といえば定番デートスポットの一つ。

 青春小説なんかだとよく出てくる、ある種憧れの場所。


曜「その反応、乗り気かね」

花丸「うんうん、行きたいずら!」

曜「よし、じゃあ決定。行くのは今度の練習休みの日でいいかな」

花丸「うん!」

 デート、デートかぁ。

 ちゃんとおめかししていかないと。

 流行りの服とかはルビィちゃんに教えてもらわなきゃ。

 あ、でもそんなこと聞いたら恋人がいることバレちゃうかな。

 でも大丈夫だよね、たぶん。

 善子ちゃんにもデートについて聞いてみよう。

 事前に本も読んで勉強しておかないと。

 
 
 あぁ、曜ちゃんとデート、楽しみだな。


   ※

 

 デート当日。

 電車に揺られ、無事にたどり着いた遊園地。


花丸「わぁ、凄いねぇ」

曜「あはは、ごめんね、TDLとかUSJじゃなくて」

花丸「ううん、マルはこういう場所の方が好きだよ」

 それなりに賑わっているけど、人が多すぎることはない。

 鮮やかに彩られたアトラクション、楽しそうに響く笑い声。

 日常と非日常の境目にあるような空間に、不思議と心が躍る。

曜「花丸ちゃん、遊園地に来たのは初めて?」

花丸「なんで?」

曜「いや、何となくそんなイメージが」

花丸「一応、中学の時に一度、ルビィちゃんと一緒に行ったよ」

曜「そうなんだ」

花丸「でもその時は2人とも慣れない場所でパニックになって、あんまり楽しめなくて」

曜「あー、人見知りちゃんだし?」

花丸「否定はしないずら……」

 田舎の中学生2人ではなかなか厳しいシチュエーションだったと、心の中では言い訳しておこう。

曜「そんな感じなら、私が主導でいいかな」

花丸「そうだね、その方が助かるかも」

曜「今日は天気が崩れるかもしれないって予報だよね」

花丸「うん、朝の天気予報だとそうだったよ」

曜「ならとりあえず、最初に定番のところを回っちゃおうか」

花丸「定番?」


曜「もちろん、ジェットコースター!」

花丸「へっ」

曜「今回の目的の一部はこれだからね! 最低3回は乗らないと!」

花丸「いや、流石に三回はちょっと――」

曜「いいから、行くよ!」

花丸「よ、曜ちゃん~」

―――
――



曜「いやぁ、満足~」

花丸「ひ、酷い目にあったずら……」

 言葉通り満足げな曜ちゃんと対照的なマル。

 抵抗もむなしく、結局複数のジェットコースターに、数回ずつ乗る羽目になった。

 おかげですっかり疲れ切って、ベンチでダウンしてる。


曜「おーい、こっち向いて」

花丸「ふぇ」


 カシャリ


 響くシャッター音と、したり顔の曜ちゃん。

曜「よし、弱った可愛い姿を撮る計画も完了!」

花丸「そんな計画も立ててたんだね……」

 たぶん文句を言うべきところだけど、その元気もない。

曜「こういうアトラクションに乗るの、初めてだっけ」

花丸「うん、ルビィちゃんと来たときは、結局メリーゴーランドやコーヒーカップしか乗ってなくて」

 最初はジェットコースターにも乗ろうと思っていたけど、ルビィちゃんが他の人の悲鳴で怖がって止めちゃった思い出。

 結局、身長制限に引っかかる小学生みたいな遊び方をしたっけ。

 それはそれで、とても楽しい時間だった気がするけど。


曜「ふーむ、なら私たちもその辺に乗ってみようか」

花丸「えっ、でも流石に高校生になって恥ずかしいような……」

曜「中学生も高校生も変わらないよ、ほら!」

花丸「結構高さあるね」

曜「だね、子どもだとなかなかのスリルかも」

 受付のお姉さんの視線が気になりながらも、結局引っ張られて乗ることに。


『それでは発車します』


 お姉さんの合図とともに、回りだす馬。

曜「あはは、揺れてるね~」

花丸「そうだね」

曜「あっ、あそこで子どもが見てるよ――おーい」

花丸「ちょ、ちょっと、恥ずかしいよ」

 だけど子どもも楽しそうに手を振り返してくれてる。

 こういう場所では恥とか考えたら駄目なのかな。

曜「ほら、花丸ちゃんも振ってみなよ」

花丸「う、うん」

 でも曜ちゃん、子どもみたいにはしゃぎながらも、白馬に跨る姿は、流石に様になっている。

 やっぱり格好いいなぁ、地味なマルとは大違い。

 まさに王子様って感じで、ますます好きになっちゃう。


『終了です、降りる時は転ばないように注意してください』


 そんな風に見惚れている内に、遊具は動きを止める。

曜「だってさ――よっと」

 アナウンスに逆行するように、馬から飛び降りる曜ちゃん。

花丸「駄目だよ、ゆっくり降りないと」

曜「まあいいじゃん、子どもじゃないんだし」

 そう言いながら、差し出される手。


花丸「……マルも子どもじゃないんだけど」

曜「そうだね、私のお姫様だもの」

花丸「お姫様――」


 お姫様って、そんな子どもやお姉さんが見ている前で。

 でもここで拒否しちゃうのも勿体ないから、大人しく曜ちゃんの手を借りて馬から降りる。

 恥ずかしい、でも曜ちゃんがマルのことを大切にしてくれているみたいで、嬉しかった。


曜「あー、楽しかったね」

花丸「そうだね――ん?」

 メリーゴーランドを出ると、盛り上がってきた気持ちを妨げるように、顔にポツリと当たる雨粒。

曜「ありゃ、降ってきちゃったか」

花丸「予報だともう少し持つはずだったのに」

曜「とりあえず一度、濡れない場所に入ろう」

花丸「うん」




曜「あーあ、だいぶ雨が強くなっちゃったね」

 徐々に強くなる雨、とりあえず急いで近くの施設の屋根の下へ。

 一息つくと、雨はすっかり大降りになっていた。

曜「どうしよう、もう帰る?」

花丸「せっかくだから、屋内の施設を見て回ろうよ、雨も止むかもしれないし」

曜「そりゃそうだよね、このままだと――」

 曜ちゃんが突然、言葉を詰まらせてマルの後ろを凝視する。

 マルもそれに倣って後ろを向くと、見覚えのある顔が見えた。


ダイヤ「あら、花丸さん」

花丸「ダイヤさん?」

ダイヤ「珍しいですね、こんなところで会うなんて」

花丸「あの、何でここに」

ダイヤ「私は遊びに来たんですよ、ね、ルビィ」

ルビィ「……」

 そこにはダイヤさんと一緒のルビィちゃんの姿。

 何で、こんなタイミング悪く鉢合わせに。


ダイヤ「花丸さんは曜さんと2人で来たんですか」

花丸「う、うん」

ルビィ「マルちゃん、何でここにいるの」

花丸「えっと、その」


 ルビィちゃんには曜ちゃんとの関係は内緒

 でもこの状態、曜ちゃんとの元々の関係を考えれば言い逃れは難しい。

 そもそも今までの行動を見られていたら、どうやって説明したら――


曜「デートだよ」

ダイヤ「はい?」

花丸「ちょ、曜ちゃん」

曜「2人でデートしにきたんだよ」

 マルの悩みなんて気にもせず、はっきりと告げる。

 まるでその事を強調するみたいに。


ダイヤ「デート?」

 怪訝そうな顔をするダイヤさん。

 そっか、この人は女の子二人でデートって発想にはならないんだね。

ルビィ「それ、本当なの」

 でもルビィちゃんは違う。

 その意味をしっかりと理解している。


曜「もちろんだよね、花丸ちゃん」

花丸「うん……」

 ここまで来たら隠せない。

 下手に誤魔化しても逆効果だ。


ルビィ「付き合ってたんだ、2人は」

曜「うん、ずっと前からね」

ルビィ「っ――」


ダイヤ「あっ、ルビィ!」

 曜ちゃんの言葉に、ダイヤさんの静止も聞かず、雨の中へ駆け出していくルビィちゃん。

ダイヤ「どうしたのかしら、傘も持たずに」
 

曜「追いかけなよ、花丸ちゃん」

花丸「でも、今は――」

曜「いいから、あのままだとマズいよ」

花丸「わ、分かった」

 そうだよね、いくらデート中だからって、様子がおかしい親友を放っておくわけにはいかない。


曜「これ、ルビィちゃんに渡してあげて」

 鞄から折り畳み傘を取り出し、渡してくれる。

花丸「ありがとう」

曜「何があったのか、ちゃんと話してきなよ、時間かかっても待ってるから」

花丸「うん」

 園内を走り回り、ようやくルビィちゃんを見つけ出したのは、さっきまで曜ちゃんと乗っていたメリーゴーランドの傍。


花丸「ルビィちゃん……」

ルビィ「マルちゃん……」

 すっかりびしょ濡れになっているルビィちゃん。

 近づくと、驚いたような表情を見せる。

 マルが来るとは、まるで想像もしていなかったような。


ルビィ「なんで、来てくれたの」

花丸「その、曜ちゃんに言われて」

ルビィ「……あぁ、そういうこと」

花丸「追いかけていいのか分からなかったけど、心配だったから」

ルビィ「……うん」

花丸「この傘、使う?」

ルビィ「いい、ちょっと濡れてたいの」

花丸「……そっか」

 でもそんなわけにもいかないので、自分の傘の中にくっつくようにしてルビィちゃんを入れる。

ルビィ「……ありがとう、マルちゃん」

花丸「うん」



「「…………」」



 無言で、降りしきる雨を眺める。

 ルビィちゃんはただうつむいて、地面を見ている。

花丸「どうして、急に飛び出したの」

花丸「マル、何かルビィちゃんの気に障るようなことを言っちゃったの?」

ルビィ「……違うよ、ルビィが勝手にショックを受けただけ」

花丸「ショック?」


ルビィ「チケットを二枚買ったんだ、友達と二人で、遊園地へ行こうと思って」

ルビィ「本当は今日ね、お姉ちゃんじゃなくて、その子とここに来るつもりだったの」

ルビィ「でもね、断られちゃったの。ううん、厳密には誘えなかった」


『そういえばマルちゃん、今度――』


花丸「あっ……」

 あの時だ、練習終わりの、曜ちゃんに呼ばれた時。

 そこで誘うつもりだったんだ、マルのことを。

花丸「ごめん……」

ルビィ「ううん、ルビィの方こそごめんね」

ルビィ「知らなかったの。マルちゃんが曜ちゃんと付き合ってるなんて」

花丸「ルビィちゃんの所為じゃないよ、言わなかったマルの所為」
 
 知らないルビィちゃんからしたら、裏切られたような気分だっただろう。

 
ルビィ「ねえ、なんでルビィにその事を隠したの」

花丸「それは、善子ちゃんに言われて」

ルビィ「そっか、善子ちゃんが気を遣ってくれたんだ」

花丸「うん、自分だけ恋人がいないって知ったら、悲しむかもと思って」


ルビィ「……違うよ、そんな理由じゃない」

花丸「でも、それ以外には」

ルビィ「察し悪いなぁ、でもずっと気づいてくれなかったマルちゃんらしいか」


 どういうこと。

 それ以外、理由なんて――


ルビィ「ルビィね、花丸ちゃんのことが好きなの」


花丸「えっ」


ルビィ「花丸ちゃんのことを、ずっと前から愛してた」

ルビィ「だから曜ちゃんとデートしてる所を見て傷ついた」

ルビィ「善子ちゃんはそれを知ってるから、曜ちゃんとの関係をルビィに隠そうとした」

ルビィ「ただ、それだけのことだよ」

 
 これは、告白?

 いや、疑問を持つことすらおかしい、正真正銘のそれ。

 ルビィちゃんから、マルへの告白。

花丸「そう、だったんだ」

 駄目だ、いま必要なのはそんな言葉じゃない。

 でも、でも、何も出てこない、脳の機能が停止している。


ルビィ「返事はいいよ、分かってるから」

花丸「でも――」

ルビィ「ごめん、しばらく関わらないで」

 走り去っていくルビィちゃん。

 遅れて追おうとした時には、もう姿は見えなくなって。


花丸「待って、ルビィちゃん!」

 方角だけを頼りに、必死に追いかける。

 でもいくら走っても、ルビィちゃんの姿を目にすることはできない。


花丸「……マルの、馬鹿」

 残ったのは、渡すはずだった曜ちゃんの傘だけだった。

―――
――



 雨宿りしていた場所に戻ると、そこにはちゃんと曜ちゃんが待っていてくれた。

曜「おかえり」

花丸「……」

曜「どうだった、ルビィちゃん」

花丸「…………」

 曜ちゃんの顔を見ると、泣きそうになる。

 でも泣く資格なんてないからと必死に耐えるせいで、言葉が出ない。


曜「その様子だと、駄目だったみたいだね」

 近づいて、抱きしめてくれようとする。

 でもマルは、その大好きな人の手を振りほどく。

花丸「ルビィちゃん、マルのこと好きだったんだって」

曜「……そっか」


花丸「マルね、ルビィちゃんを傷つけた」

花丸「きっと、いくらでも気づく機会はあったのに、見ないふりをして」


 知らなかったなんて言い訳。

 思い返せば、いくらでもそれを知らせる行動はあった。

 それなのに、勝手にルビィちゃんは自分と同じ考えだと決めつけて。


 最悪だ、マルはなんて自分勝手な人間なんだ。

曜「花丸ちゃんはルビィちゃんが好きなんだよね」

花丸「……うん」

曜「もしもさ、私より先に告白されたら、付き合っていたと思う?」

花丸「……そうだね」

 きっと、凄く悩んで、考えるだろう。

 でも最終的に、ルビィちゃんから気持ちを伝えられれば、それを受け入れていたと思う。



曜「……ねえ、観覧車に乗らない?」

花丸「観覧車?」

 何で、この状況で。


曜「話さなきゃいけないことがあるんだ、私も」

―――
――



 雨が降りしきる中での観覧車。

 物語のデート中に出てくるシチュエーションとは、全然違う、薄暗い空間。


曜「さて、と」

 頂上へ向けて登っていく中、曜ちゃんはゆっくりと口を開き始める。

曜「ごめんね、花丸ちゃん」

曜「実は私、隠していたことがたくさんある」

曜「それを全部、正直に話すよ」


花丸「曜ちゃん……」

 口ぶりと状況を考えれば、歓迎できる話なのは察することは容易だ。

 聞きたくなかった、でもこの場所では、どこにも逃げることはできない。



曜「私ね、一番好きな人は花丸ちゃんと別にいるんだ」


 単刀直入に放たれた、衝撃的な曜ちゃんの言葉。

花丸「そっか……」

 でも不思議と、それを動揺することなく受け止めることができた。


 心のどこかで理解してはいたんだ。

 強く自覚するべきだった、告白された時か、その直後に。

 曜ちゃんが求めていたのは、マルじゃないと。


 でもルビィちゃんの気持ちから逃げていたのと同じ。

 そこに踏み込むのを恐れて、逃げてしまった。

曜「私が好きな人、千歌ちゃんなんだ」


 驚くことはない。

 自分の事を好きじゃないと分かった時点で、その名前が出てくるのは自然な事。


曜「ずっとずっと、小さい頃から千歌ちゃんが好きだった」

曜「他の人から告白されることはそれなりにあったけど、全部断ってきた」

曜「私の恋人は、千歌ちゃん以外に考えられなかったから」


曜「でも千歌ちゃんね、とある人と付き合い始めたの」

曜「その人は私もよく知ってる、素敵な人」

曜「とても頼りになって、千歌ちゃんにとって、私より数倍魅力的な人」

曜「千歌ちゃんは昔からその人と仲良しで、信頼しあってる」

曜「だから悟ったの、私が千歌ちゃんを手に入れるのは不可能だって」

曜「だけど頭では理解しても、心は違う、千歌ちゃんから離れてくれない」

曜「その板挟みが、苦しくて、耐えられなかった」

曜「だからそれを誤魔化すために、他の癒しを求めた」


曜「花丸ちゃんと付き合う少し前の時期ね、恋人をとっかえひっかえしてたの」

曜「告白されたら、とりあえず受け入れて、楽しんで。面倒になったらすぐに別れて」

曜「それは全部、千歌ちゃんのことを考えないようにするため」


花丸「…………」


曜「花丸ちゃんも、例外じゃない」

曜「あの時も、誰でも良かったんだよ」

曜「水泳部の後輩と喧嘩別れした後、たまたま通りかかった教室に、花丸ちゃんが居ただけ」

曜「ほかの人とは違って、特別だったけどね」

曜「だって千歌ちゃんの大切な、Aqoursの仲間なんだから」


 やっぱり、クラスメイトの子とも付き合っていたんだ。

 この様子だと曜ちゃんは、違和感を覚えた相手に尋ねられたら、こうやって話してるんだろうな。


 そりゃ、みんな別れるよね。

 曜ちゃんの行為は最低だ。

 水泳部を辞めなきゃいけないぐらい揉めても、仕方ないこと。

 むしろ今まで、刺されていないのが奇跡。

 本当に最低最悪、なんて酷い女たらし。

曜「私たち、別れよう」


曜「別れて、花丸ちゃんはルビィちゃんの元へ行ってあげて」

曜「きっと二人はお互いの事が好きになれるから」

曜「恋をするなら、もっと健全な相手としなよ」

曜「私みたいな、最低の相手じゃなくてさ」


 別れよう、か。

 マルだって、ショックだよ。

 曜ちゃんの言うとおり、別れるのが正しいと思う。


花丸「……遅いよ、もう」

 でも無理だよ。

 今さら、告白される前には戻れない。

花丸「そんなことを言われても、遅いよ」

花丸「告白された直後だったら、すんなり別れていたかもしれない」

花丸「でもね、マルはもう曜ちゃんのことが大好きになっちゃったから」

花丸「世界で一番、他の誰よりも、曜ちゃんのことが」

花丸「どんな酷いことをされても、別れられないぐらい」
 

曜「…………」

 マルの言葉に、曜ちゃんはポカンと口を開けて呆然としてしまう。

 曜ちゃんのイメージからはかけ離れた、まさに間抜け面。


花丸「今の言葉の意味、分かるよね」

曜「……これは予想外だよ、変わってるね、花丸ちゃんは」

花丸「曜ちゃんよりはマシだよ」

曜「ははっ、それもそうか」

曜「一番は、千歌ちゃんだよ」

花丸「それでもいいよ」

曜「きっともう、ルビィちゃんとは以前のような関係に戻れないよ」

花丸「分かってる」

曜「私はきっと、たくさん迷惑をかける」

花丸「大丈夫、全部受け入れるから」

曜「後悔しても、知らないからね」

花丸「しないよ、後悔なんて」



 安定しないゴンドラを叩く雨音、鈍く明かりの見える夜景。

 それらはまるで行く末を暗示し、警告を与えているようで。


 でももう、そんなことは関係なかった。


 例え先にどんな道が待っているとしても、この人からは、恋の魔力からは逃れられないから。

予定より投稿が遅れてすいません
待ってくださった方ありがとうございます

明日までには完結させたいと思っています

  ☆



 9月になり、新学期に入った。


 ルビィちゃんとマル、曜ちゃんと千歌ちゃん。

 その関係は、何も変わっていない。

 歪な関係のまま、Aqoursの活動は続いている。


 実質的に決まってしまった廃校。

 それを阻止しようという目標が全員を一つにまとめ、回避という行動を抑制する鎖となっているから。



善子「ルビィ、帰りましょう」

ルビィ「うん」

善子「今日はどこに行こうかしら」

ルビィ「やっぱり梨子ちゃんのおうち?」
 

 教室ではずっと、ひとりぼっち。


 遊園地での出来事、マルは善子ちゃんに全部話した。

 それ以降、善子ちゃんはずっとルビィちゃんと2人でいる。

 きっと気に病んでいるんだ、自分がルビィちゃんを傷つける一因を担ってしまったことを。

 でもルビィちゃんも善子ちゃんと梨子ちゃんの中を邪魔したくないと、最近はずっと、その3人で遊んでいるみたい。

 まるで姉妹みたいで微笑ましいと、何も知らないダイヤさんが話してくれた。


 彼女はそこに、マルがいないことに違和感を持っていないみたい。

 それも仕方ないこと。

 遊園地の件を考えれば、ルビィちゃんより、曜ちゃんを優先していると思われても仕方がないから。


 善子ちゃんはルビィちゃんと一緒にいる。

 ルビィちゃんはマルを避ける。

 その状況で弾きだされるのは誰か、考えるまでもない。


 他に友達のいないマルの居場所は、どこにもない。

 残った居場所は、Aqoursと、曜ちゃんの横だけだった。

  ※



曜「…………」

 図書室の椅子に座りながらぐったりとしている曜ちゃん。


花丸「大丈夫?」

曜「……駄目、無理」

 時間の経過とともに、曜ちゃんはさらに不安定になってしまった。


曜「昨日もね、千歌ちゃんが楽しそうに惚気てきたんだ、恋人との関係」

曜「私は心の中では歯ぎしりしながら、笑顔でそれに相槌をうつ」

曜「心が悲鳴をあげてる、止めて、止めてと」

曜「それでも私は、止められなくて」

 話しかけてくるわけでもなく、ブツブツとほとんど独り言のようにつぶやく。

 マルの力が足りないから、曜ちゃんはずっとこのまま。

 千歌ちゃんと恋人の関係が深まるにつれて、苦しみを増している。


 曜ちゃんの気を紛らわす方法はたくさん考えた。

 色々な場所に遊びに行く、スポーツで汗を流す、やけ食いみたいなこともした。

 それでも全然効果がない。


 だから最終的には、性的な行為も提案した。

 でも曜ちゃんはそれを拒否した。

 理由は『下手そうだから』だって、酷いよね。

曜「千歌ちゃん、わざとやってるのかな」

曜「わたしの気持ちを知って、苦しむのを楽しむために、わざと」

曜「それで楽しんでくれているなら、千歌ちゃんの為になっている?」

曜「でも私は苦しくて――あれ、私は何をしたいのかな」

 頭を抱え、髪を掻き毟る。

 その姿は、ほとんど狂人のようで。


花丸「落ち着いて。千歌ちゃんはそんなこと――」

曜「うるさいな! そんなこと言って、私の気持ちなんて分からない癖に!」

花丸「ご、ごめんなさい……」

 最近の曜ちゃんは、余裕がないことが多い。

 こうやって怒鳴られることは日常茶飯事になってる。

曜「……ごめん、ちょっと頭を冷やしてくる」

 鞄を持って、図書室を出ていく。

 ちょっとと言いながら、今日は戻ってこないんだろうな。
 

 遊園地の件の後、曜ちゃんはマルに気を遣わなくなった。

 平気でキツイことを言ってくるし、手が出そうになることもある。

 やさしい人に囲まれて育ってきたマルには、それが結構辛いの。


 だけどそれは、心を許してくれた証。

 曜ちゃんが他人には絶対に見せない部分。

 それを晒すほど、信頼されているという事実は素直に嬉しかった。

 そしてどんなに辛くても、弱音を吐くわけにはいかない。

 マルが助けてあげないと、曜ちゃんは壊れてしまうもの。

 
 それにね、冷静になった曜ちゃんはやさしいんだ。

 本を数ページ読んでから、曜ちゃんに薦められて買ったスマホの電源を入れる。

 そして、曜ちゃん相手にしか使わないSNSアプリを開く。

 そこには予想通り、メッセージが届いていた



『怒鳴ってごめんね』

『お詫びに今度の日曜日、デートしない?』

   ※



曜「さっきのショー、凄かったよね」

花丸「うん!」

 デート当日。

 水族館で魚のショーを楽しんだ後、松月でお茶をしながら、二人で笑顔を浮かべる。


花丸「あのイルカさん、あんなに高く跳ぶなんてビックリしたよ」

曜「私も何度かバイトしたり、遊びに行ったりしてるけど、あそこまでの高さは始めて見たかも!」

 興奮気味に話す曜ちゃん。

 飛び込みの選手として、どこかシンパシーを感じたりしているのかな。

 こんなに楽しそうな曜ちゃんは久しぶり。

 水族館へ行くことを提案したのはマルだった。

 行き慣れた場所だから心配だったけど、上手くいってよかった。


曜「この後は花丸ちゃんの家に行っていいんだっけ」

花丸「うん、そうだよ」

 家族はみんな、都合よく用事で家を空けている。

 ただでさえ、Aqoursの練習の忙しさもあり、デート自体が久しぶり。

 今までに家に来たことがない曜ちゃんを呼ぶには最適な状況、逃す気ははない。

曜「うーん、でもその前にさ、海で泳いでいこうよ」

花丸「えっ、この時期に泳ぐのはちょっと……」

曜「あはは、冗談だよ」

 今日の曜ちゃんはずっとこんなテンションのまま。

 不安定じゃない時は、今までと変わらない、明るい曜ちゃんのまま。


曜「でも恋人の家か、少し緊張するなぁ」

花丸「曜ちゃんなら慣れてるでしょ」

曜「いやいや、そうでもなくてさ」

花丸「そうなの?」

曜「うん、今まで付き合った人の家に行ったことはなくて、今回が初めてなんだ」

花丸「へぇ」

 ちょっと意外かも。

 でも早く別れることが多かったから、行く暇もなかったのかな。

 事実だとしたら、初めて曜ちゃんが家を訪れた恋人ということになる。

 意味はないのかもしれないけど、少し嬉しい。


曜「でも親御さんに挨拶できないのは残念だなぁ」

花丸「普通は恋人の親って、気まずいものじゃないの?」

曜「そうかもだけど、私はそこまで気にしないな」

 逆の立場だったら、絶対に無理なのに、変わってる。

 まあ普段の曜ちゃんなら、気に入られることはあっても嫌われることはなさそうだし。

曜「さて、と」

 曜ちゃんは美味しそうにみかんジュースを飲み干すと、席を立つ。

曜「そろそろ行こうか」

花丸「うん、そうだね」

 マルも残ったジュースを飲み、曜ちゃんに倣う。


曜「歩いていけるんだっけ?」

花丸「うーん、微妙な距離かも」

曜「それならとりあえず歩こうか、タイミングよくバスが来たら乗ればいいし」

花丸「そうだね」
 
 お店を出て、鼻歌を歌いながら、上機嫌で歩き出す曜ちゃん。


 本当に機嫌が良い、良すぎて逆に不安になるぐらい――

??「あー、何で上手くいかないの!」



花丸「あ」

 すぐ近くの砂浜から響く声。

 その声の主は、いま一番遭遇したくない相手。


曜「千歌ちゃん……」

 マルでも聞き取れるんだから、当然曜ちゃんも気づき、走り出す。

 慌てて後を追い、二人で隠れて様子を見ると、そこには――


花丸「一緒にいるの、果南ちゃん?」

曜「…………」

花丸「曜ちゃん?」

 黙り込み、二人を睨むように鋭い視線を向けている。

 こんな怖い顔の曜ちゃんは、今まで見たことがない。



果南「でもさ、今のはよかったよ」

千歌「そうかな?」

果南「うん、今の調子で、もう少し練習してみよう」



花丸「もしかして、今度のライブの練習かな」

曜「……そうみたいだね」

花丸「ちょっと意外かも、あの2人が一緒にいるところ、あんまり見ないから」

曜「……そんなこと、ないよ」


 言われてみれば、幼馴染だっけ。

 曜ちゃんも含めて三人で。

 千歌ちゃんと曜ちゃん二人のイメージが強いから、すっかり忘れてたけど。

千歌「今の惜しくなかった?」

果南「そうだね、でももう少し勢いをつけるといいかも」

千歌「なるほど……」



 何となくその場から離れられないまま、立ち尽くすマルたち。

 そうしている間にも、二人の特訓は続く、

 一生懸命、でも楽しそうに。


曜「……」

花丸「曜ちゃん?」


 そんな様子を見ながら、曜ちゃんは口を真一文字に結び、震えている。

 よくない兆候だということは理解できた。

 つまり、早くこの場を離れた方がいいということは。

花丸「ねえ、曜ちゃん――」



千歌「できた、出来たよ!」

 でもそれを提案しようとしたタイミングで、一段と大きく響く千歌ちゃんの歓声。


果南「千歌!」

千歌「ねえ、今の見たでしょ!」

果南「うん! 流石は私の恋人だよ!」



花丸「えっ!?」

 恋人、恋人ってどういうこと?

 抱き合って喜ぶ二人の姿に、頭が混乱する。

曜「……花丸ちゃんには、話してなかったね」

曜「付き合ってるの、あの二人」

 千歌ちゃんの恋人は、果南ちゃんってこと?


『その人は私も知ってる、素敵な人』


 思い出す、曜ちゃんとの観覧車での会話。

 確かに果南ちゃんなら、以前の曜ちゃんの言葉に当てはまる。


 それに以前、ルビィちゃんと沼津で千歌ちゃんを見かけた時。

 一緒にいた相手が、髪を下した果南ちゃんなら、特徴と合致する。


曜「行こう、花丸ちゃん」

花丸「曜ちゃ――」

曜「これ以上、ここに居たくないから」

 曜ちゃんはマルの手を取ると、強引に引っ張って歩き出す。

 急なことで驚いたし、痛かったけど、何も言えずに、マルはそれに従うしかなかった。

―――
――



「「…………」」


 沈黙が続く。

 ただ二人並んで歩き、一度落ちつこうと、近くの公園のベンチに腰を下ろしたのに、何を言えばいいのか分からず、黙り込んだまま。


曜「千歌ちゃんがバク転するの、果南ちゃんの提案だったよね」

 曜ちゃんが唐突に、口を開く。

花丸「うん、そうだね」


曜「なんで、私に任せてくれないんだろう」

曜「私だったら、バク転なんて簡単にできるのに」

花丸「それは……」

 確かに千歌ちゃんが苦労して練習しなくてもいい。

 運動神経のいい曜ちゃんか果南ちゃんがやれば済む話。

 やっぱり、千歌ちゃんがセンターだから?

 その辺りの話は果南ちゃんと千歌ちゃんで決めていたことだから、分からない。


曜「絶対、二人三脚で、恋人同士でやりたいからだよ」

曜「なんかさ、誇示されているみたいで嫌なんだよね、自分たちの関係を」

曜「失敗、しちゃえばいいのにな」

花丸「だ、駄目だよ、そんなこと言ったら」


 曜ちゃんの気持ちは、少し分かる。

 でも本当に失敗したら、今までAqoursで頑張ってきた事が台無しになってしまう。

 そんなこと、口に出してはいけない。

曜「なんで、そんなことを言うの」


 だけど、曜ちゃんの言葉で気づいた。

 今の状況での否定の言葉、それもまた、口に出してはいけない事だと。


花丸「ご、ごめん、曜ちゃん」

曜「黙って!」


 慌てて謝るけど、遅かった。

 突然逆上した曜ちゃんに首を絞められる。

 鍛えられた腕力で締め上げられると息ができない、苦しい。

曜「黙れ、黙れ……」

花丸「っ……」


 でも、どんなに苦しくても抵抗はしない。

 受け止めるのが、曜ちゃんを落ち着かせる一番の手段だから。

 信じてる、我を失っていても、最後には冷静さを取り戻してくれると。


曜「ぁ、ぁぁ」

 でも、段々意識が無くなってきた。

 これは少し、マズいかも。


 頭の中が真っ黒になっていく、意識が落ちる、落ちる――

  ※


 目が覚めると、目の前には曜ちゃんの泣き顔。

 安堵と罪悪感が入り混じった、なんて綺麗な顔なんだろう。


曜「ごめんね、ごめんね」

花丸「……大丈夫だよ、変なことを言ったマルが悪かったんだから」


 落ち着かせるための言葉。

 でも掠れた声では逆効果のようで、涙がさらに溢れる。


曜「私、花丸ちゃんを傷つけた」

曜「八つ当たりみたいに、こんなことっ」

 言葉に詰まり、嗚咽も漏れる。

花丸「大丈夫、曜ちゃんの為になれるなら、マルは幸せだから」

 そんな曜ちゃんを、包み込むように、ゆっくりと抱き寄せる。

花丸「このぐらい、平気だから」

曜「花丸ちゃん……」

 少しずつ、涙の勢いが弱まっていくのが分かる。

 良かった、落ち着いてくれたんだ。


 辺りを見回すと、空は暗くなっている。

 時計を見ると、既に常識的な帰宅時間は過ぎている。


花丸「もうこんな時間なんだね」

曜「ごめんね、せっかくのデートが」

花丸「大丈夫だよ、膝枕してもらって、ちょっと得した気分だもん」

曜「でも、せっかく家に誘ってくれたのも」

花丸「大丈夫だよ、家にくる機会なんて、またあるだろうし」

曜「……そうだね」

花丸「じゃあ、そろそろ帰ろう――」


 言い終わる前に、キスをされる。

 曜ちゃんは寂しくなると取る行動だと、最近になって分かった。


花丸「もう少しだけ、ここにいる?」

曜「……うん」

 心細そうに、マルの袖を掴む。

 守ってあげたくなる、王子様の弱気な姿。


 マルは曜ちゃんの傍を絶対に離れない。

 例え死んでも、霊的な存在になって彼女を支え続ける。

 だから、曜ちゃんもマルから離れないでね。


 約束だよ。

   ※


 Aqoursのラブライブは、廃校の阻止という目標は、あっさりと終わってしまった。


 原因は明白だった。

 千歌ちゃんが気になって演技に集中できない曜ちゃんと、何度もダンスでミスをしたマル。


 そしてリズム乗れず、バク転を失敗してしまった千歌ちゃん。



 あの時の冷え切った会場の雰囲気は忘れられない。

 必死に立て直そうとみんなで頑張ったけど、無理だった。

 身体が重い、応援の歓声もない、途中から、早く曲が終わることだけを祈っていた。

 
 結果発表で本選に進めないことが確定した瞬間、千歌ちゃんは膝から崩れ落ち、涙を流した。

 それを慰めながら、自分でも泣く果南ちゃんや梨子ちゃん。


 その中で曜ちゃんだけは、不思議な顔をしていた。

 歓喜と悲しみが入り混じったような、複雑な顔を。

また予告より投稿が遅くなってすみません
既に最後まで書き溜めてありますが、時間も時間なので一度休みます

明日の昼過ぎの予定ですが、早ければ朝の早い時間、遅くても夜には続きを投稿して完結させます

  ※


善子「暇ね」

花丸「……」

 教室、ルビィちゃんがダイヤさんの元へ行っている状況で、久しぶりに善子ちゃんと二人の放課後。


善子「元気出しなさいよ」

花丸「うん……」

善子「仕方ないわよ、最終予選になればみんな緊張であんなもんなんだから」

花丸「そうだね……」

花丸「花丸……」

 大衆の前で盛大なミス、それで入学希望者が増えるわけがなかった。

 ライブ後、全員が集まって状況を見たけど、目標の人数に達するどころか、むしろ希望者が減ってしまったぐらい。

 廃校は決まり、ラブライブも敗退。

 目標を一気に失い、メンバーはみんな、どうすればいいのか分からなくなってる。


 リーダーの千歌ちゃんはふさぎ込んでしまい、学校にもほとんど来ていないらしい。

 みんなが心配してお見舞いに行くけど、受け入れるのは果南ちゃんだけど、それ以外の人は拒否された。

 そう、幼馴染で親友のはずの、曜ちゃんまでも。


 当然、曜ちゃんは荒れた。

 精神的に安定する事は無くなり、常に余裕がなくなっている。

 そしてそのしわ寄せは当然、マルに来る。

花丸「ごめん善子ちゃん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」

善子「……分かったわ」




 
 鏡に映る自分の姿。

 首には絞められた跡、服をまくると、節々に残る痣。


 曜ちゃんはマルに、日常的に暴力を振るうようになった。

 そしてマルもそれを止めるどころか、むしろ積極的に受け入れた。

 そうすれば、曜ちゃんは一時的に落ち着きを取り戻してくれるから。



 身体中が、痛くて、痛くて、仕方がない。

 でも誰にも言えない。薬を買ったり、病院へ行くこともできない。

 そうすれば、曜ちゃんの行動が周囲に知れ渡ってしまうかもしれないから。

 曜ちゃんは悪くない、あんなに辛い想いをしているんだもの。


 それに、どんなに酷いことをしても、その後に謝ってくれる。

 泣きながら、ごめん、ごめんと。

 そんな彼女を、どうして貶めることができるだろうか。

花丸「はぁ」

 漏れる小さなため息。

 髪で首を隠し、制服をきちんと着直す。


???「マルちゃん」

 トイレを出たタイミングで、後ろからかけられる声。


マル「ルビィちゃん」

 マルちゃんと呼ぶ人は、一人しかいない。

 見なくても分かる、そこには久しく話していない、親友の姿。


ルビィ「ちょっと時間いいかな」

 突然の誘い。

 今まで会話どころか、ほとんど目を合わせることもなかったのに、何で。

 嫌な予感がする。


花丸「ごめん、ちょっと今は――」

ルビィ「待って、マルちゃん」

花丸「いっ」
  
 腕を掴まれる。ちょうど痣になっている部分で、痛みで足が止まる。


ルビィ「少し、お話できないかな」

花丸「でも早く行かないと――」

ルビィ「待ってくれないなら、みんなに話しちゃうよ」

ルビィ「マルちゃんが、曜ちゃんから受けている行為について」

花丸「なっ」

 鎌をかけてる? 

 それとも、本当に何かを知っての質問?

ルビィ「ちょっとごめんね」

 考えている間に、制服をまくられると出てくる痣。

ルビィ「こっちも、だよね」

 髪を寄せられ、露わになる首。

 間違いなく、ルビィちゃんは知った上で、質問してきたんだ。


花丸「なんで、気づいたの」

 ルビィちゃんとはまともに会話もしてないのに。


ルビィ「そりゃ、気づくよ」

ルビィ「三年間、ずっと二人だけで過ごしてきた相手のことだもん」

 やさしく、労わるようにルビィちゃんに抱きしめられる。

ルビィ「ごめんね、気づいていたのに、何もできなくて」

ルビィ「自分の我儘で、マルちゃんを曜ちゃんから救えなくて」

花丸「救うって、そんな――」


ルビィ「無理しなくていいよ、ルビィの前では」

花丸「だけど、曜ちゃんは辛い想いをしてるのに」

ルビィ「辛いのは、花丸ちゃんも一緒だよね」

花丸「っ」


ルビィ「もう無理はしないで」

ルビィ「ルビィはマルちゃんの『親友』で、『味方』だから」


『親友』、『味方』、その言葉に、心を何とか支えていた柱が崩れ落ちる。

花丸「あ、あれ」

 自然と涙が溢れ出る。

 ぽろぽろと、零れ落ち、地面を濡らす。


 蘇る記憶。

 痛みを、苦痛を、次から次へと思い出す。

 濁流にのみ込まれ、自分が崩壊していく。


 嘔吐する、抱きしめてくれているルビィちゃんに向かって。

 それでもルビィちゃんは手を離さない。

「大丈夫だよ」とささやき、そっと頭を撫でてくれる。


 そのやさしさに甘えて、マルはあらゆるものを、吐き出し続ける。

 一人で溜めこんでいた黒い物を、全て外へ放出するように。

―――
――




ルビィ「落ち着いたかな」

花丸「うん」

 すっかり汚れてしまった制服から、置いてあった練習着に着替えたルビィちゃんは笑顔だ。


ルビィ「少しは楽になれた?」

花丸「おかげさまで」

 少しだけ、噛みあわない会話。

 まるで数ヶ月もまともに会話していなかったことの証明みたい。

ルビィ「ねえ、マルちゃん」

花丸「うん」

ルビィ「曜ちゃんと、別れなよ」


花丸「……」

ルビィ「もう限界だよ、このままだとマルちゃんは壊れちゃう」

ルビィ「もし何かあっても、ルビィが守ってあげるから」
 

 もうマルは限界、そんなことは分かっている。

 溺れてしまいたかった。

 彼女のやさしさに、このまま。

 
 でも、それだと曜ちゃんは――

ルビィ「踏ん切りがつかないなら、無理にでも別れさせる」

ルビィ「お姉ちゃんや鞠莉ちゃんに事情を話せば、何とかなるはずだから」


 ルビィちゃんは嫌われるのを覚悟で、マルの為に言ってくれているんだ。

 そうしないと、マルは曜ちゃんから離れられないって分かっているから。


花丸「お願い、曜ちゃんのことは誰にも言わないで」

 それでも、マルは曜ちゃんと別れられない。

花丸「今の曜ちゃんを見捨てることなんできないよ」

 恋の魔力から逃れることができない。

ルビィ「いいの、それで」

花丸「うん」

ルビィ「……分かったよ」

 ルビィちゃんは諦めたように、少し目を伏せる。

花丸「本当に?」

ルビィ「こうなったらマルちゃんを説得する大変さは、よく分かっているから」


ルビィ「でも、辛くなったら今みたいに吐き出しに来てね」

ルビィ「一人で溜め込んじゃ駄目だよ」

花丸「うん、ありがとう」

  ※



 冬休みが迫った頃、浦の星の統廃合が決まった。

 Aqoursも、当然解散。

 マルたちのスクールアイドルは終わった。


 ルビィちゃんや善子ちゃんとの関係は、以前のよう仲良しに戻った。

 そして曜ちゃんとの関係も変わらない。

 Aqoursがなくなったけど、日常は続いている。

  ※


ルビィ「またね、マルちゃん」

花丸「うん、また明日」


 今日は放課後の教室に残るよう、曜ちゃんに言われている。

 告白されて、初めてのキスをされた場所。

 最近、曜ちゃんが忙しいらしく会う機会が減っていた。

 その分、何か特別なサプライズがあるのではないか、そんな予感に、ちょっとワクワク。
 




曜「ごめん、待ったかな」

 本を読んで待っていると、約束より早めの時間にやってくる。曜ちゃん。

花丸「ううん、さっきHRが終わったばかりだよ」

曜「それならよかった、待たせたら悪いから」


花丸「曜ちゃん、今日はどうしたの?」

曜「報告があってね、花丸ちゃんに」

花丸「報告?」

 なんだろう、全く心当たりがない。



曜「私ね、千歌ちゃんに告白してきた」



花丸「へっ」

 前兆のない、予想外の言葉。

曜「それでフラれた、当然だけどね」

 告白、フラれた、理解が追い付かず、言葉が出ない。


曜「でもさ、フラれたらスッキリしたんだ」

曜「これ以上、誰かの支えがいらないぐらい」

 だけど曜ちゃんは、それを好都合と言わんばかりに言葉を続ける。



曜「だから別れよう、花丸ちゃん」



 別れる?

 曜ちゃんは今、確かにそう言った。


花丸「なに言ってるの、冗談だよね」

曜「ううん、冗談じゃないよ」

 真顔で語る曜ちゃんの言葉に、嘘があるようには思えない。

 まさか、本当に。


花丸「嫌だよ、マルは別れたく――」

曜「わかった、言い方を変えるよ」

花丸「曜、ちゃん」


曜「もういらないんだよ、花丸ちゃんは」

曜「不要なんだ、私にとって」


 冷たく言い放たれる言葉。


 不要。

 マルは曜ちゃんにとって、不要。

花丸「なんで、なんで、そんなこと」

曜「……もう限界だったんだよ、花丸ちゃんも、私も」

 マルも、曜ちゃんも、限界。


曜「ごめん、私が花丸ちゃんにやったことは、どんなに謝っても取り返しのつかない事だと思う」

曜「でもね、それを償う方法が、私にはわからない」

曜「だからもう、私は消えるよ」


花丸「消えるって、どこに」

曜「みんな沼津の学校に行くだろうけど、海外に行く」

曜「そこで本格的に飛び込みをする」

曜「二度とここでの事を思い出さないように、それだけに集中する」

花丸「そんなの、ズルいよ」

曜「そうだね、卑怯だと思う。責任も取らずに、逃げ出すなんて」

花丸「嫌だよ、マルから逃げないでよ」


曜「ごめんね、もう無理なんだ」

 曜ちゃんはそう言い残し、教室を出ていく。


花丸「待って、待ってよ」

 必死に追いすがろうとするけど、ショックで身体が動かない。

 這うように扉まで行き、外を見ると、そこにはもう姿はなくて。


 へたり込む、曜ちゃんはもう消えてしまった。



ルビィ「終わった、かな」

 入れ替わるように入ってくる、ルビィちゃんの姿。

 彼女のしたり顔は、すぐにこの出来事の裏側を理解させる。


花丸「話したんでしょ、ルビィちゃんが全部」

ルビィ「うん」

花丸「マルは言ったよね、曜ちゃんには言わないように」

ルビィ「そうだね」


花丸「ふざけるな!」

 頭にきて、勢いのままに掴みかかる、


ルビィ「……」

 でもルビィちゃんは、表情一つ変えない

花丸「マルは曜ちゃんと居られればよかったの」

花丸「例えどんな目に遭っても、曜ちゃんと2人で居られれば――」


ルビィ「駄目だよ」

ルビィ「それだと、マルちゃんは絶対に幸せになれない」


花丸「黙れ!」


 思いっきり、首を絞める。

 曜ちゃんに刷り込まれた、無意識の行動。

 強く、強く、何も考えずに、力を入れる。


 それでも、ルビィちゃんは抵抗しない。

ルビィ「ぅ、っ」

 でも表情は本当に苦しそうで、


 白い肌が変色していく、徐々に感じる、生命の力が弱まっていく感触。


 苦痛に歪む顔、声、目にするだけで辛くなる。

 曜ちゃんはずっと、こんな光景を見ていたんだ。


 マルの行動は、曜ちゃんの為になっていると思っていた。

 でももしかしたら、さらに曜ちゃんを苦しめるだけで――。


ルビィ「……ぁ…………」

花丸「!」


 考えている間に、ルビィちゃんの反応が鈍くなっている。

ルビィ「…………」

 手を離しても、ルビィちゃんはぐったりとしたまま。


花丸「あ、あぁ」


 息、してない?

 目も閉じている、ピクリとも動かない。


花丸「ルビィちゃん、ルビィちゃん!」

 身体を揺する、でも反応はない。


 こういう時、どうすればいいんだろう。

 分からない、本で知識は持っているはずなのに、何も出てこない。

花丸「ねえ、起きてよ」

 嫌だ、自分の衝動的な行動で、大切な人を失うなんて。


花丸「起きてよ、ルビィちゃん」

 ルビィちゃんは目を開けない。


花丸「謝るから、何でもするから、お願いだから――」



ダイヤ「ルビィ!」

花丸「だ、ダイヤさん!?」


花丸「な、なんでここに」

ダイヤ「話は後です! とにかく今は処置を!」

善子「あなたはこっちに来なさい!」

 遅れて入ってきた善子ちゃんに、腕を引かれる。


花丸「い、嫌だ」

善子「一度落ち着いて」

花丸「でも、でも」

善子「いいから、今のあなたが居ても何の役にも立たない」


 引きずられるように、教室の外に出される。

 遠ざかっていくルビィちゃんの姿と、気丈に振る舞いながらも泣き出しそうなダイヤさんの顔。

 外から響く救急車のサイレンに、現実を突きつけられる。


善子「なんで、何であんなことをしたのよ」

 善子ちゃんも泣いている。

 悲しそうに、マルを見つめている。


花丸「……そっか、マルが間違っていたんだ」

 今さら理解しても、もう遅い。

 今はただルビィちゃんの無事を祈る、それしかできなかった。

―――
――



善子「ダイヤ!」

 善子ちゃんと2人、遅れて病院へ着くと、入り口でダイヤさんが待っていた。


善子「ルビィの状態は?」

ダイヤ「幸い、一命は取り留めました」

ダイヤ「意識もあり、状態は良好です」

ダイヤ「しかし少なくとも数日間は入院が必要だそうです」


花丸「入院……」

 マルの行為の結果が、入院。


ダイヤ「あと、ルビィから花丸さんへ伝言です」

ダイヤ「『ルビィは大丈夫だから、安心して』と」


 この状況でも、ルビィちゃんはマルの心配をしてくれる。

 自分ではなく、マルの事を考えてくれる。

花丸「ダイヤさんは、何であそこに居たんですか」


ダイヤ「詳しい話を聞いていたわけではありません」

ダイヤ「ただルビィに頼まれていました」

ダイヤ「あの時間の教室に様子を見に来てほしいと」

 そっか、ルビィちゃんは分かってたんだ、こうなることを。
 

ダイヤ「ここは黒澤家に縁のある病院、多少の誤魔化しは可能です」

ダイヤ「貴女を責めることはしませんし、何かの罪に問うこともしません」

ダイヤ「それがルビィの希望ですから」


ダイヤ「けど私は、ルビィの姉として貴女を許さない」

ダイヤ「それは覚えておいてください」

   ※



 入院から数日後、ルビィちゃんに呼ばれてお見舞いにやってきた。

 ダイヤさんは否定的な反応を示していたけど、ルビィちゃんが強く望んだらしい。



花丸「ルビィちゃん……」

ルビィ「来てくれたんだね」

花丸「よかったのかな、入院させる怪我を負わせた張本人が」

ルビィ「いいんだよ、その原因を作ったのはルビィだから」


花丸「……やっぱり、分かっててやったんだね」

ルビィ「うん」

花丸「怖くないの、そんなことをされて」

ルビィ「怖いよ、もちろん」


 手を掴まれ、ルビィちゃんの首元へあてがわれる。

 数日前に触れた細い首が、そこにはある。


ルビィ「でもいいの、マルちゃんがそれを望むなら」

ルビィ「首を絞めても、叩いても、ルビィは何も言わない」

ルビィ「抵抗せずに、それを受け入れる」


 にっこりと微笑むルビィちゃん。

 その笑顔から感じられるのは、狂気。

 

ルビィ「ほら、力を入れて」

 ルビィちゃんが掴む手の力を強める。

 すると、首にマルの手が食い込んで――

花丸「えんま大王様がやってくる」

ルビィ「手首から糸が出てくる」

ダイヤ「壁に引き出しがある」

花丸「止めて!」


 身体に走る、ゾクリとした感覚。

 思い出す、苦しそうなルビィちゃんの顔。


花丸「嫌だ、マルは、マルはやりたくない」

花丸「ルビィちゃんを傷つけたくない、ルビィちゃんの苦しむ顔を見たくない」

花丸「こんな恐ろしい事、望んでないっ」




ルビィ「……そうだよ、やりたい人も、やられたい人も、本当はいないんだよ」

ルビィ「それを望んでいると、必要だと、思い込んでいるだけ」

ルビィ「必死に自分の置かれた状況を正当化して、心を誤魔化しているの」

 ルビィちゃんは手を離し、マルの頭をそっと撫でる。


ルビィ「疲れたね、大変だったね」

ルビィ「もういいの、苦しまなくて」





 どうすればいいか、分からなくなっていた。

 だから抗わないという、楽な方向へ逃げて。


 それがむしろ曜ちゃんを苦しめていた。

 今さら気づいた、そんな当たり前のことに。



花丸「ごめんね、曜ちゃん」

 止めてあげなきゃいけなかった。きっとそれを望んでいたはずなのに。


花丸「ありがとう、ルビィちゃん」

 マルを、曜ちゃんを、救ってくれて。

  ☆



 春になり、マルは二年生になった。


ルビィ「おはよう、マルちゃん」

花丸「ごめん、待った?」

ルビィ「ううん、大丈夫だよ」


 浦の星は統廃合になり、マルたちは一人を除いて、みんな沼津の高校へ。


 あの後、曜ちゃんとは一度も話を出来ていない。

 周囲に行先を告げることもせず、連絡手段も絶っていた。

 それらはきっと、曜ちゃんの強い意志表示なのだろう。

 千歌ちゃんと、一度だけ話をした。

 曜ちゃんからの告白の際、彼女の抱いていた感情、行動、洗いざらい話されたらしい。

 全部話しちゃうのは、やっぱり曜ちゃんらしい。

 それで告白を受け入れてもらえるわけないのにね。


 千歌ちゃんは謝ってくれた、『巻き込んでごめんね』と

 でもマルはそれを否定して、お礼を言った。

 曜ちゃんとの縁を繋いでくれて、ありがとうと。



 善子ちゃんと梨子ちゃんの関係も続いている。

 日頃から仲良しのところを見ると、簡単には崩れそうにない。

 いつまでも、そんな関係を続けるんだろうな。

 マルと曜ちゃんが築けなかった、素敵な関係を。

 曜ちゃんにもう一度、会いたい。

 会って、ちゃんと話したい。

 お互いに謝って、あんなこともあったねと笑い話にして。


 二度と、恋人になることはないと思う。

 それでも、あの日々を無かったことにしたくはない。

 辛い日々だったとしても、楽しい思い出もたくさんあったから。



花丸「……ルビィちゃん、マルの事、好き?」

ルビィ「うん、大好きだよ」


 でも今は、この子との時間を大切にしよう。

 身を挺してマルを守ってくれた、この大切な人との時間を。




 さようなら、マルの初恋。


 恋の楽しさも、怖さも、全部教えてくれて、ありがとう。





最後まで読んでいただき、ありがとうございました

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