【孤独のグルメ】家庭風スリランカカレーの店(20)

孤独のグルメの二次創作です
漫画版をベースにしてます


『家庭風スリランカカレーの店』



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その日、俺はとある馴染みの顧客の元へイギリスのアンティークのティーセットの納品に出かけていた。

その顧客はなんでも最近自分で紅茶を入れることにハマり、本格的なティーセットが欲しくなったとのことだった。

「まあ、なんて素敵なの!」

ハイブランドを嫌味なく上品に着こなす60代の貴婦人。

そんな様子の顧客は俺が用意したティーセットを気に入ってくれたようだ。

長年高級ブティックを経営していたという彼女は昨今の不況の日本でも高い買い物をしてくれる有り難い客だ。

「イギリスの古美術商に伝手がありましてね。良さそうな物を見繕ってもらったんです」

「井之頭さんは流石ねえ。今はインターネットでなんでも手に入るっていうけど、こういう本物は通販じゃ中々購入できないのよね」

「ええ。アンティークのような希少で価値のあるものを手に入れるには人間同士の繋がりがどうしても必要になってきますから」

「そうなのよねぇ。ドレスや着物だってそう。ただお金を出せばいいってものじゃないのよ」

うんうんと頷く彼女。

ブティックを経営してきただけに本物の良品を安定して供給する難しさを分かっているんだろうな。

それからしばらく彼女と紅茶の話をしてから、他にいくつかこまごまとしたアンティーク品の注文を受けて、彼女の家を辞した。

なんでも彼女はスリランカのハイグロウンティーが一番好みだそうだ。

「スリランカか。確かインドの近くの島国だよな。どんな国なんだろう」

スリランカについては紅茶の名産地ということしか知らない。

「インドの近くってことはやっぱりカレーを食べてるんだろうか」

そんなことを考えていると急に空腹感を強く感じた。

「もう二時か。そりゃあお腹が空くわけだ」

その日は先ほどの彼女の件も含めていくつか用事が重なったせいで昼食を食べられなかったのだ。

適当に車で道を走れば何かしらお店はみつかるだろうが……

「しかしこりゃあすっかりカレー腹になっちまったぞ。カレーを食べないと収まらんな」

カレーカレー。この近所にカレー屋はないものか。

「そうだ。近くの駅前にセンター街があったはずだ。そこならカレー屋くらいあるだろ」

駅の近くのコインパーキングに車を停めてさっそく向かってみた。

「お、あるある。ラーメン屋、うどん屋、洋食、トンカツ……、カレー屋はないのかな」

今日はすっかりカレー心に火がついてしまったのだ。

センター街の端にある店舗案内の表示を見てみるとかなりたくさんの料理屋があるようだ。

「あったあった。インド風カレー屋マハラジャ、カレー専門店小林屋、欧風カレーのA&B……、いくつもあるじゃないか」

やっぱり日本人はカレーが大好きなんだな。

「うーん、こりゃ迷うな……、何か決め手はないかな……、お、『家庭風スリランカカレーの店』だって?」

ドンピシャのタイミングじゃないか!家庭風っていうのも面白そうだ。

「これはこの店で決まりだな」

さてさて、噂のスリランカのカレーとやらを見せてもらいましょう!
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「へえ、ここか」

外装や中身は普通の喫茶店みたいなシックなデザイン。

特にこれぞスリランカ、といった様子はない。

しかし奥の厨房にはコック姿の褐色の肌の大柄な男性が何かの作業をしているところが見えた。

「本物のスリランカ人がやってるのかな?ちょっとワクワクしてきたぞ」

ランチタイムを過ぎているせいかお店には他に客はいなかった。

「すいませーん!」

店に入ってなるべく大きくはっきりと声をかける。聞き取られなかったら厄介だ。

すると意外にもその褐色のシェフ本人がメニューと水を持ってやってきた。

ウェイターはいないのだろうか?

「ハイ。いらっしゃいまセ。メニューをどうぞ」

アクセントに若干の違和感はあるもののかなり流暢な日本語だった。

どうやら言葉が通じないことを恐れる必要はなさそうだ。

「どれどれ。マトンカレー、チキンカレー、それに、フィッシュカレーにフルーツカレーだって?」

フィッシュはともかくフルーツカレーっていったいどんなのだろう?リンゴやバナナがごろごろ入ってるんだろうか?

気にはなったが今はフルーツを食べたい気分じゃない。

「それに紅茶とデザートのセットもあるのか。やっぱりスリランカティーなんだろうな」

しかし紅茶とカレーって合うんだろうか?

インドや東南アジアじゃカレーはヨーグルト系の飲料と合わせるという話はよく聞くけど。

「ここはオーソドックスにチキン……、いや、普段食べないマトンでいってみるか」

並みと大盛りがあるが、ここは並にしておこう。初めてのお店だし無理は禁物だ。

紅茶は……、食後にデザートと一緒に頼んでみるか。

「すいません。マトンカレー並みをお願いします」

「マトン、並でスネ。かしこまりまシタ」

やはりそのシェフ本人が注文を受けて厨房に入っていった。

他に客が来たらどうするんだろう。

そう思っていたらすぐにカレーを持って出てきた。どうやら大鍋に作り置きしているらしく、そこからついできたようだ。

なるほど、これなら1人でもなんとかなるわけだ。

あるいは忙しい時間帯だけウェイターを雇っているのかもしれない。

「マトンカレーです」


・家庭風スリランカのマトンカレー

オーソドックスな白い丸皿に盛りつけられている。

見た目は日本のカレーとほぼ同じでお皿の半分程度に白いご飯、もう半分に粘りのある茶色いカレーが載っている。

量は一般的なカレー一人分。

具はマトンと思しき一口サイズのお肉が多めに入っている。

他にハーブと思われる葉っぱのようなものとイクラくらいの大きさの黒い粒がルーにいくつも混ざっている。

付け合わせや箸休めはなく、かなりシンプル。

「見た目は日本のカレーとほとんど同じだな。あまりスリランカスリランカしてないぞ。家庭風だからかな」

もっとも家庭風じゃないスリランカカレーというものを知らないのでこれが一般的なのかどうかも分からないが。

インドカレーはもっと派手な盛り付けだった気がする。

匂いも日本のカレーと大差ないようだ。ややハーブっぽい香りを感じる気がするがカレーの匂いが強すぎてよく分からない。

日本のカレーとの違いは正体不明の黒い粒とハーブっぽい葉っぱくらいか。

「うーん、福神漬けもラッキョウもないのか」

お肉が多いのは嬉しいが付け合わせがないのはちょっと寂しいな。カレーばかりだと味に飽きてきそうだ。

こりゃあ失敗だったかな。

まあ、こういう失敗も人生経験ってもんだ。

まずご飯だけを少しだけ食べてみよう。

「うーん、これ、普通の日本のご飯じゃないか?」

拍子抜けだ。

俺は肩透かしじゃなくてもっとスリランカ的なものを食わされたかったんだけどな。

次に具なしのルーだけをスプーンで掬ってみた。かなりドロッとしている。

インドや東南アジアのカレーと違い、これは日本のカレー並みに粘りがあるな。

とりあえず口に入れてみたところ

「……これは……!」

美味い!すごい旨味と香辛料の辛味の洪水だ!

予想外の豊潤な味わいが口の中に広がった。

「なんだこの旨味は……?」

辛くもある。しかし辛さ以上に濃厚な旨味を強く感じる。

味は日本のカレーと似ているがもっとシンプルで力強い。それでいて複雑な香辛料の辛味も感じられる。

「こりゃあひょっとして豚骨スープか?」

というよりは羊骨スープなんだろうけど、この濃厚な味わいは豚骨ラーメンのスープに似てる。

濃厚な羊骨スープをベースにして香辛料を加えてカレーに仕立てているのか?

それにバターの風味も感じられる。

「こりゃあ失敗どころか大当たりだぞ」

次はご飯とルーだけを一緒に食べてみよう。

「うん、美味い。白ご飯とすごくよく合う」

この味は、給食のカレーだ。

日本の小学校の給食のカレーを何倍にも豊潤に作った味だ。

ご飯に合わない訳がない。

「遠い外国の味って気がしないなこりゃ」

思いがけない味のご近所感だ。

お肉も美味しい。マトンって結構癖があるけどカレーの風味のおかげで全然気にならない。

それでいて他の肉にない強い旨味があってカレーとよく合ってる。

「マトンも悪くないもんだな」

さて、問題のこの黒い粒と葉っぱなんだけど。

「食べられるのかな?これ」

試しに黒い粒を口に入れて噛んでみた。

「うー!こりゃあ……胡椒の実か!」

どうやら粉にひいていないコショウの実がそのまま入っていたようだ。

口の中に強烈な、でも清涼な辛さが広がった。ルーの唐辛子の辛みとは全く種類の違う辛さだ。

「しかし悪くない、悪くないぞ。コショウの実の辛さが混ざって辛味が口の中で変化して楽しいな」

次にハーブのような葉っぱを口に入れてみると今度は紫蘇を鮮烈にしたような風味が広がった。

「うわ、なんだこりゃ、イメージと全然違うぞ。でもこれも悪くないぞ」

濃厚なカレーの味に染まった舌をさっぱりとリセットしてくれる。

しかもコショウやハーブをどれくらい一緒に食べるかで口の中の味わいに変化があって飽きが来ない。

「なるほど、こりゃあ箸休めがいらないわけだ。こいつらのおかげでいくらでも食べられるんだな」

よくできてる。

「うん、美味い美味い」

夢中で貪っているうちにすっかりお皿を空っぽにしてしまった。

「ふう。美味しかった。これは親スリランカ派になる味だ」

しかし、一杯だけだとまだ足りないな。

こうなったらフルーツカレーとやらにも挑戦してみよう。

「すいませーん、フルーツカレーを追加でお願いします」

「はーい」

こちらもすぐに出てきた。


・家庭風スリランカのフルーツカレー

マトンカレーと同じ白い丸皿で供される。

盛り付けもマトンカレーと同じでお皿の半分にご飯、残り半分にルー。

ルーの色はやや黄色っぽく、ルーの中に何か小さい具がいっぱい混ざっている。

「どれどれ?」

さっそくまずはルーだけを一口食べてみる。

「む、思ったより辛いぞ」

マトンカレーほどの濃厚な旨味はなくあっさりしているが、その分ピリリと辛い。

フルーツなんていうから甘いものを想像していたのに。

次にルーに浮いている具を一緒に食べてみる。

「こりゃあ、ドライフルーツだな。レーズンとマンゴーか?」

具を噛むと濃厚なドライフルーツの甘味が広がった。だからフルーツカレーなのか。

「しかしこれは……不思議と美味い!」

ピリリと辛いカレーと濃厚なドライフルーツの甘味が不思議と調和している。

別々に味わったらこの二つの味が調和するなんてとても想像が付かないだろう。

「こりゃあ初めての体験だぞ。甘いのと辛いのが全然喧嘩してないなんて」

ルーだけならシンプルすぎてすぐ飽きるだろうし、ドライフルーツだけでも甘すぎていまいちだろう。

なのにルーの辛味とフルーツの甘味が口の中でお互いを引き立て合っている。

そしてご飯にも不思議と合うのだ。

「ご近所感あふれるカレーの次は異国情緒あふれるカレーだなんて、目まぐるしいな」

これもすぐに全部食べてしまった。

「ふー、さすがにお腹がいっぱいだ」

しかし満足した。会計をしようとするとシェフが話しかけてきた。

「スリランカの味、いかがでしタカ?」

「いやあ、美味しかったです。実はスリランカ料理を食べるのは初めてなんですが、とても親しみを感じる味でした」

「スリランカの家庭の味、実は日本と似てるんデス。スリランカ人はお米を食べまスシ、スープは鰹節とよく似たもので出汁を取るんデス」

「へえ、そうだったんですか。これが一般家庭の料理なんですか?」

「はい。材料は日本で買えるものを使ってマスシ、ちょっと贅沢にアレンジしてますケド、普通の家庭の料理デス。
 なので他のスリランカ料理のお店のカレーと比べるとちょっと地味デス」

「へえー。でもとても美味しかったですよ」

「ありがとうございマス」
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「うっぷ。ちょっと食べ過ぎたな」

コインパーキングへの道すがら

遠く離れた国の料理に日本の味とよく似た味と全く違う味の両方を見出したことに

俺は不思議な感慨を覚えていた。

「今までは紅茶のことしか知らなかったな。もっといろんな国のことを勉強してみても面白いかもしれないな」

紅茶……

……あ、紅茶とデザートのセットを頼むのを忘れてた……

以上で終了です
ちなみにこのお店は実在していませんが、日本の大学に留学していたスリランカ人の友人に
スリランカの家庭料理をご馳走してもらった時の経験がもとになっています
マトンカレー、フルーツカレー、どちらもとても美味しかったです


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