美容師「お仕事は何をなさってるんですか?」客「無職だよ」 (26)


客「……」

女店員「いらっしゃいませー!」



美容師「今日はどうされますか?」

客「適当に整えてくれ」

美容師「かしこまりました」

チョキチョキ… チョキチョキ…

美容師「ところで、お仕事は何をなさってるんですか?」

客「無職だよ」

美容師「……」

客「……」


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美容師「なるほど……」

美容師「ご年配と見受けましたが、会社を定年退職されたということでしょうか?」

客「いいや、仕事がなくなったんだよ」

美容師「……」

客「……」


美容師「仕事がなくなったというと、たとえば会社が倒産してしまったとか?」

客「こちとら自営業でね。客が来なくなっちまって、実質閉店状態になっちまったのさ」

客「そうでなきゃ、こんな時間にここに来れないよ」

美容師「……」

客「……」


美容師「失礼ですが、収入は?」

客「ああ、ちゃんと金払ってくれるかが不安かい? 安心してくれ」

客「大昔にケンカ別れした息子からの仕送りがあるからね」

美容師「それはよかったですね」

客「よくないよ。情けないったらありゃしねえ」

客「子に金もらって、その顔すらよく覚えてない。父親失格だよ、俺は」

美容師「……」

客「……」


ワシャワシャ…

美容師「かゆいところはございませんか?」

客「ない」

美容師「……」

客「……」


美容師「いかがでしょう?」

客「おお、よく仕上がってる。いい腕だ」

美容師「ありがとうございます」

客「さすが……うちの店を潰してくれただけのことはある」

美容師「……どういうことでしょう?」

客「とぼけるなよ。俺が無職も同然になったのは、あんたのせいなんだよ!」


美容師「というと、あなたは同業者……」

客「ああ、この近くにある床屋は俺の店さ。小さい店だが、それなりに繁盛してたんだぜ」

客「だが、これ見よがしにあんたの店がここに建ってから、客足がぱったり途絶えちまった」

客「若い連中はもちろん、常連まで来なくなっちまった」

美容師「……」


客「俺はな、この地域で床屋一筋40年、ずっと頑張ってきた!」

客「年中無休でハサミを握り、お客からの信頼を勝ち得てきた!」

客「若くして母ちゃんを亡くしちまったが、男手一つで息子を育て上げた!」

客「あの床屋は俺の誇りであり思い出であり、人生そのものだった!」

客「そんな俺の人生が……あんたみたいな若造にぶっ壊されたんだ! あっさりとな!」

客「見ろ! 俺の両手は今も怒りに震え上がってやがる!」プルプル…

美容師「……」


客「答えてもらおう! なぜ、こんなところに店を出した!?」

客「いや、なぜうちの店を潰しにかかった!?」

客「たまたまだなんて言わせねえぞ!」

客「あんたほどの腕なら、もっと大都会に店を出しても通用するだろうからな!」

美容師「決まってるだろう」

客「あん!?」

美容師「他ならぬお客さんのため……。いや、あんたのためだよ、親父」

客「……な!?」


客「お前……お前、まさか!?」

美容師「ああ、俺はあんたの一人息子だよ」

美容師「ケンカ別れしてからずいぶん経つし、俺もだいぶ垢抜けたから」

美容師「親父が気づかなかったのも無理はないよ」

客「くっ……」

美容師「今でも昨日のことのように思い出せる」

美容師「店を継ぎたいっていった俺と、それを認めなかったあんたとの、大ゲンカを……」

客「……」


美容師「今なら分かる。あの頃の俺はたしかに未熟だった。あんたの言い分が正しかった」

美容師「ごめんよ、親父」

客「なんでだ……なんで今頃になって、戻ってきた?」

客「それも、外堀を埋めるようにうちの客を奪うような真似をして……復讐のつもりか?」

客「仕送りをしてきたのは、俺に情けなさを味わわせるためだったのか?」

美容師「そんなわけないだろう」

美容師「俺は親父を……休ませたかったんだよ」

客「ど、どういうことだ!?」


美容師「さっきから震えてるその両手は……怒りによるものなんかじゃない」

客「!」プルプル…

美容師「親父の両手は長年の酷使で、相当集中しなきゃハサミを握り続けるのも厳しい状態になってる」

美容師「いや、長年休まず働いたせいで、親父の体はもうボロボロのはずだ」

客「……!」

美容師「だが、親父は頑固者だ。言って聞いてくれる人じゃない」

美容師「だから、近くに店を建てて客を奪うことにしたんだ。親父を働かせないために」

美容師「ちなみに、常連さんたちにも『もう親父を休ませてくれ』と頼み込んだ」

美容師「みんなも親父の状態を察してたから、快く承諾してくれたよ」

客「……」


客「ずいぶん……回りくどい真似をさせちまったな」

美容師「すまない……親父」

客「謝ることはねえ……。俺は床屋として、美容師のお前に負けたんだ」

客「負けた俺は……いさぎよくハサミを置くことにするよ」

美容師「いや、それは待ってくれないか」

客「……え?」


美容師「実は俺……今度、結婚するんだ」

客「……ほう!」

客「もしかして、さっきの可愛い店員ちゃんか?」

美容師「あ、ああ……そうだ」

美容師「親父には結婚式に出席して欲しい……」

美容師「そして、その時の俺の髪は……親父に整えて欲しいんだ」

美容師「頼む、親父! やってくれないか?」

客「……」


客「分かった……引き受けよう」

客「俺の床屋人生、最後の客は、お前だ!」

美容師「ありがとう、親父!」

女店員「ありがとうございます、お義父さん!」

客「おいおい、お義父さんなんてこっぱずかしくていけねえやな。親父でいいよ」

女店員「いえ、それは……」

客「こんな可愛い嫁さん不幸にしたら、バリカンでボウズにしちまうぞ! バカ息子!」

美容師「分かってるよ!」

客「バカ息子ですが……よろしく頼みます」

女店員「はい……妻として支えてみせます」


……

司会「それでは新郎新婦による、ケーキ入刀です!」

パチパチ… パチパチ…



出席者「いやぁ~……新婦は美しいし、新郎の髪型はビシッと決まってますね」

客(ふっ、当たり前だろう! なにしろ俺の人生最後のカットなんだからな!)


……

常連「……すまなかったな。息子さんの頼みとはいえ、あんたの店に行かなくなっちまって」

客「いや、こっちこそ、来なくなった客を逆恨みしたこともあった……許して欲しい」

客「あんたも、俺がもうハサミを握るのも辛い状態だったのは気づいてただろうに」

常連「いや、そんなことは……」

常連「しかし、引退してからというもの、若返ったみたいに元気になったな」

常連「髪型も今風にしてオシャレだし……」

客「なんたって、今は息子にカットさせてるからな! そりゃ若返るさ、アッハッハ!」


常連「ところで、息子さんたちは?」

客「孫が生まれたよ。まったく……いつの間に作ってたんだか」

常連「そりゃめでたい! 初孫だ! 可愛いだろ!」

客「ん……まぁな。ただ……」

常連「ただ?」

客「ミルクやオモチャよりも、ハサミや櫛に興味を持つ赤ん坊なんだよな……困ったもんだ」

常連「こりゃ、三代目まで安泰だな……」







~ おわり ~

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