【ミリマスss】可奈「私、一人前になります!」 (71)

・完結しているので、順次投稿していきます。

・ストーリー仕立て、そこまで長くはないです。

・本編は次から

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可奈「私、一人前になる!」

志保「……」

可奈「という訳で、志保ちゃん」

可奈「一緒に聞きこみに行こう?」

志保「聞きこみ?」

可奈「うん! 色々な人に話を聞いて、参考にしようと思って」

可奈「ダメ、かなぁ?」

志保「駄目じゃないわ。私も興味あるし」

可奈「志保ちゃん、ありがとう! 一人じゃ心細くって……」

可奈「えへへ、それじゃあ、出発シンコー♪ レッツゴー♪」

――如月千早の場合――

志保「やっぱり最初は千早さんなのね」

可奈「たのも~! よろしくお願いします!」

千早「あら、矢吹さん、志保。どうしたの?」

可奈「ちちち、千早さん」

志保「(相変わらず、千早さんの前だと緊張するのね)」

志保「レッスンの直後で申し訳ないんですが、少しいいですか?」

千早「? いいけれど」

志保(小声)「ほら、しっかりしてよ。可奈」

可奈「あ、あの、千早さん」

可奈「千早さんにとって、一人前って何ですか!」

千早「!」

千早「一人前?」

可奈「は、はひ!」

可奈「私、一人前になりたくて、みんなに一人前について聞いてるんです」

可奈「千早さんの思う一人前について、教えてくれませんか?」

志保「色んな人の意見を聞いて、参考にしようと思ってるんです」

千早「……なるほど」

千早「一人前……私も偉そうに言える立場ではないのだけれど」

千早「……」

千早「そうね、一人でいられる人、じゃないかしら?」

志保「! どういう意味ですか?」

千早「その、根拠はないのだけれど、ステージで堂々と歌を披露できる人は、
自分にしっかりと芯を持っている人が多いと思うの。それは言い換えれば、
自分に自信を持っているということ」

千早「そして、自分に自信を持つためには、その背景となる努力が必要ではないかしら。
しっかりとしたパフォーマンスをできるという根拠を持っている人が、私には一人前に見えるわ」

志保「そ、そうですよね!」

千早「(どうして、志保が嬉しそうにしているのかしら?)」

可奈「……う~、そうですか」

千早「矢吹さん? 私、何かまずいことでも言ったかしら?」

可奈「えっ、ち、違います!」

可奈「千早さんのせいじゃなくて、私、自分がふがいなくて……」

可奈「千早さんの話を聞いていたら、私、全然まだまだだなぁって」

千早「矢吹さん……」

可奈「でも私、頑張ります! 千早さんみたいになれるよう、たくさん頑張りますから!」

可奈「千早さん、ありがとうございました! どんどんやるぞ~♪ ばんばん歌お~♪ 矢吹可奈の真骨頂~♪」

――天海春香の場合――

春香「ええっ! 一人前!?」

志保「ちなみに、千早さんは――」

春香「うう……千早ちゃん、そんなしっかりしたこと言ってたら、後の人が答えにくいよ~」

可奈「春香ちゃん、あの、変なこと聞いちゃったかな?」

春香「ううん! そんなことないよ」

春香「そっか、一人前かぁ……」

春香「今まで、考えたことなかったかも。可奈ちゃんは偉いね」

可奈「そ、そんなことないよ!」

志保「(照れてる)」

春香「うーん…………」

春香「ごめんね、可奈ちゃん。今度の時までに、しっかり考えておくから、
今日のところは少し待ってもらえないかな?」

可奈「はい! 矢吹可奈、待ちます」

春香「ごめんね~。この後、お仕事だから、もう行っちゃうね」

志保「忙しい所、ありがとうございました」

春香「それじゃ、可奈ちゃん、志保、頑張ってね」

可奈・志保「「はい」」

可奈「……」

志保「……」

可奈「行っちゃったね」

志保「ええ」

可奈「春香ちゃんに悪いことしたかな?」

志保「……悪い事でもないでしょ」

可奈「でも、春香ちゃんの一人前、すごく気になるね」

志保「そうね」

――高山紗代子の場合――

紗代子「一人前?」

紗代子「それはもちろん」

紗代子「何度でも諦めず、壁にぶつかっていける人だよ!」

紗代子「可奈ちゃん、一緒に一人前目指して、頑張ろうね!」

――田中琴葉の場合――

琴葉「一人前、か……」

琴葉「……」

琴葉「……」

琴葉「きっと一人前にもいろいろな一人前があると思うんだけど」

琴葉「私が思うのは、自分のことは自分でできる人、なのかな」

琴葉「ごめんね、私もまだ分からないことばっかりだから、参考にならないかもしれないけど」

――七尾百合子の場合――

百合子「一人前……!」

百合子「人に認められるためじゃない! 自分を信じてあげるために……!」

百合子「平和な村で暮らしていたカナ・ヤブキ、しかし、ある日、その平穏は
破られる。戦火に焼かれ、家を失い、故郷を離れていくカナの目には、残酷な
世界の姿が映っていた。十分な食事もとれず、街道をさまよい、街へ街へと移
動する日々の中で、カナは自分が守られるだけの存在だったことに気付く」

百合子「今のままでは誰も救えない……!」

百合子「北の果てに、どんな願いも叶えるという果実があるという話を聞き、
カナは決意する。みんなが幸せになれる世界を目指そう、と」

百合子「そして、カナは旅立つ」

百合子「仲間との熱い共闘、尊敬するあの人からの言葉」

百合子「明かされる世界の秘密と、カナに迫りくる試練!」

百合子「何かを手に入れるためには、私たちの手は小さすぎる」

百合子「苦渋の決断を迫られた時、カナが出した答えは……!」

杏奈「志保、可奈……お疲れ様」

杏奈「あとは、杏奈が引き取るね」

志保「え、ええ」

可奈「……?」

可奈「百合子さん、何の話をしてたの?」

志保「……」

志保「と、とにかく、一人前の話が聞けたし、これからどうしていくのか、考えましょう?」

志保「少し、人選が偏っていた気もするけど……」

可奈「そうだね、今日、シアターにいる人にはだいたい聞けたし」

可奈「よーし、頑張るぞ~!」

――――――――――――――

次の日

可奈「うぇ~ん、志保ちゃ~ん!」

志保「今度はどうしたの?」

可奈「何をしたらいいのか、分からなくって」

志保「とりあえず、落ち着いて?」

志保「ほら、鼻をかんで」

可奈「ちーん」

志保「涙も拭いて」

可奈「ぐすぐす」

志保「ほら、綺麗になった」

可奈「ありがと、志保ちゃん……」

志保「さて、何をしたら分からないって?」

可奈「うん、みんなの話を参考にしたんだけど、考えれば考えるだけ、分からなくなっちゃって」

志保「……みんな、抽象的な話ばかりだったものね」

志保「……」

志保「そういえば聞いてなかったけど、可奈の思う一人前って何?」

可奈「私の思う一人前?」

可奈「それは、もちろん! 千早さんみたいな、素敵な歌を唄える人だよ!」

志保「……歌。得意なことから始めていくのは、どう?」

可奈「!」

可奈「そっか、歌だね!」

可奈「私、行ってくるね!」

志保「え、ど、どこへ?」

可奈「プロデューサーさんに、歌の仕事、たくさん入れてもらうように相談してくる!」

志保「……」

志保「行っちゃった」

千早「……いま、出て行ったのは矢吹さん?」

志保「! 千早さん……」

千早「何か、急いでいたみたいだけれど」

志保「この間の、一人前の話の続きです」

志保「可奈はやっぱり、歌が一番大事みたいですよ?」

千早「……そう」

可奈「ただいま~」

可奈「志保ちゃん、プロデューサーさんOKだって!」

可奈「って、千早さん!?」

千早「……ねえ、矢吹さん」

可奈「あ、あの!」

可奈「私からいいですか?」

千早「え、ええ。どうぞ」

可奈「よ、良かったら、私とレッスンしてください!」

可奈「私、なるべく千早さんの側にいて、千早さんのこと、
たっくさん知りたいんです! 私、千早さんに迷惑かけません。
だから……私に色々なこと、教えてください……」

千早「矢吹さん……」

千早「ええ、私もそう言おうと思っていたの」

千早「一緒にレッスン頑張りましょう?」

可奈「千早さん……!」

可奈「えへへ」

志保「良かったわね、可奈」

可奈「志保ちゃん、私、きっと一人前になってみせるからね!」

千早「もしよければ、志保もどう?」

千早「一人より二人がいいのなら、三人四人と多い方がいいと思うの」

志保「いいんですか?」

可奈「志保ちゃん、一緒に頑張ろう!」

千早「矢吹さんも、賛成みたいね」

志保「……それなら、よろしくお願いします」

――――――――――――

レッスン場

千早「矢吹さんは、声量は多いのだけれど、それを上手く扱えていないわ。
唄っている時、語尾が震えることがない?」

可奈「あ、あります!」

千早「原因はきっと、筋力不足だと思うの」

千早「これは、私が毎日こなしているメニューよ」

可奈「ふ、腹筋二百回!」

志保「(それ以外にも、非常識にも思える回数、項目が並んでいる)」

志保「これを毎日ですか?」

千早「当然、これを二人にそのまま、という訳にはいかないと思っているわ。
自分の限界を知ることも、プロには必要なことだと私は思う」

志保「メニューを考えるのも、自分で、ということですか?」

千早「ええ」

可奈「じゃあ、早速!」

志保「体力測定ね」

――――――――――――

可奈「う~」

志保「……」

千早「矢吹さんは日に三十回を三セットずつ。志保は五十回を二セット、といったところかしら」

可奈「おなかがぷるぷる震えてるよ~」

千早「基礎体力はあれば、あるだけ損をするということはないわ」

千早「筋肉トレーニングと体力づくりは、宿題ね」

千早「週に一回、こうして集まる時間を作りましょう」

可奈「……」

志保「……」

千早「さて、休憩は止めにしましょう」

千早「それじゃあ、発声練習から」

可奈・志保「「はい!」」

――――――――――――

事務所

志保「課題曲、か」

可奈「『shiny smile』だよね」

志保「今度、プロデューサーさんに頼んで、ライブ映像を借りましょう」

可奈「うん!」

春香「何か、相談事?」

可奈「春香ちゃん!」

可奈「えへへ、実は――」

春香「――そっかぁ、千早ちゃんとレッスン……」

春香「やっぱり、可奈ちゃんは偉いなぁ」

可奈「そ、そんなことないよ///」

春香「ううん、可奈ちゃんは偉いよ!」

春香「真っ直ぐ、自分の道を歩いていけるのって、すっごく勇気のいることだと思うんだ……」

可奈「///」

春香「……」

春香「それでね、一人前の話なんだけど……」

春香「もう少し、考えさせてくれないかな?」

可奈「?」

春香「私、もっと自分で納得したいんだ」

春香「色々、考えてはいるんだけどね、えへへ」

可奈「私、春香ちゃんの一人前、楽しみにしてるから!」

春香「うん! 可奈ちゃんも次のライブ、楽しみにしてるからね」

可奈「はい!」

春香「それじゃあ、もう行くね」

可奈「お仕事、頑張ってください」

春香「お互い、頑張ろうね」

志保「……」

可奈「……っ」

可奈「志保ちゃん、頑張ろうね」

志保「ええ」

――――――――――――

とある幼稚園

先生「みなさ~ん、集まってください」

園児1「え~」

園児2「先生、どうしたの?」

園児3「まだ遊びたい」

先生「ふふふ、ちょっと我慢してね」

先生「今日はみんなのために、アイドルの先生が来てくれました」

先生「お歌をたくさん、教えてもらいましょうね」

先生「それじゃあ、自己紹介から」

可奈「は、はひ!」

園児1「はひ、だって」

園児2「変なの~」

可奈「矢吹可奈、14歳です。大好きなのは唄うこと。今日は、みんなと仲良くなれたらな~って思います」

可奈「唄うの大好き、矢吹可奈~♪ みんな仲良くして、くっれるかな~♪」

美奈子「佐竹美奈子、十八歳! 特技は、料理を振る舞うことです♪ みなさ~ん、
ちょっとだけ手を貸してくださいね。せーの、の合図でいきますよ~♪」

せーの

「「「「「「わっほーい!」」」」」」

朋花「天空橋朋花です~。今日は、みんなで仲良くしましょうね~。お痛、は私が許しませんよ~」

園児123「はーい」

先生「アイドルの皆さんと仲良くなれるように、簡単なゲームをやりましょう。それじゃあ、準備しましょうね」

――――――――――――

お昼休憩

可奈「はひ~。やっとお昼ですね」

朋花「沢山動いたので、お腹が空きましたね~」

美奈子「わっほ!」

可奈「美奈子さん、落ち着いてください!」

美奈子「はっ!」

可奈「大丈夫ですか?」

美奈子「ごめんね、可奈ちゃん。ありがとう」

朋花「でも、子供って元気ですね~」

可奈「みんな疲れ知らずで、私、午後もついていけるか、不安です」

美奈子「午後は先生が、お歌を唄うって言ってたよ」

可奈「本当ですか!」

美奈子「やっと可奈ちゃんの本領発揮だね」

可奈「はい! じゃんじゃんばりばり、唄いますよ~♪」

朋花「楽しみですね~」

――――――――――――

可奈「……」

可奈「(あの子、すごくつまらなそう)」

可奈「(どうしてかな?)」

可奈「(ずっと下を向いたまま)」

可奈(小声)「あの、美奈子さん、ちょっと行ってきていいですか?」

美奈子(小声)「あの子?」

可奈(小声)「はい」

美奈子(小声)「うん、お願いしちゃってもいいかな? 私たちも気にはなっていて……」

園児4「……」

可奈「どうしたの? 具合悪いの?」

園児4「……」

可奈「お歌、唄わないの?」

園児4「唄わない」

可奈「! どうして……?」

園児4「唄わないったら、唄わないの!」

可奈「……ほら、一緒に唄おう? 楽しいよ?」

園児4「唄わない……楽しくないもん」

可奈「そんなことないよ。一緒に唄おうよ」

園児4「唄わないの!」

園児4「お歌なんてきらい! だいっきらい!」

可奈「え……」

先生「ちょっと、どこにいくの!?」

可奈「わ、私が追いかけます!」

―――――――――――

可奈「ま、待って!」

園児4「付いてこないで」

可奈「つ、捕まえた!」

園児4「……」

可奈「はぁ、はぁ。ねえ、ちょっと休憩しよう?」

園児4「……い、いいよ」

可奈「は~、疲れたね」

園児4「何で、追いかけてきたのっ」

可奈「……」

園児4「ねえ!」

可奈「……歌が嫌いって言ったから」

園児4「……きらいだもん」

園児4「お歌は唄わないよ!」

可奈「うん……」

園児4「……」

可奈「……」

園児4「あたしのこと、連れてかないの?」

可奈「お歌、嫌なんでしょ?」

園児4「……うん」

園児4「で、でも、それなら、どうして付いてきたの!」

可奈「……えへへ、分かんない」

可奈「歌が嫌いって、私、よく分からなくて」

可奈「だから、つい追いかけて来ちゃったんだけど……」

可奈「……」

園児4「お姉ちゃんは、お歌、好きなの?」

可奈「うん、大好きだよ」

園児4「でも、あんまりお歌上手じゃないよ」

可奈「うぅ……」

園児4「それなのに、好きなの?」

可奈「?」

可奈「歌が好きなのと下手なのと、一緒って変なのかな?」

園児4「?」

可奈「?」

可奈「でも、唄ってると楽しいよ。嫌なことも歌にすると元気になれるんだ」

可奈「それに、唄うと笑顔になってくれる人がいるから」

園児4「そ、そんなの変だよ!」

園児4「可奈ちゃん、笑われてるんだよ!?」

可奈「笑われてる?」

園児4「そうだよ! 可奈ちゃんのお歌が下手だから――」

可奈「……」

園児4「!」

園児4「あぅ、ごめんなさい」

可奈「あっ、だ、大丈夫だよ」

可奈「怒ってないよ?」

園児4「……ごめんなさい」

可奈「……」

可奈「ねえ、あなたの名前は?」

園児4「あーちゃん」

可奈「あーちゃんは、お歌が嫌いなんだよね?」

園児4「うん」

可奈「それって、お歌が上手に歌えないから?」

園児4「……うん」

園児4「あのね、みんなね、あーちゃんが唄うと笑うの。
みんながね、へたくそって言うの。だから、きらいなの。へたくそだから、お歌きらい」

可奈「……」

可奈「あーちゃんは、本当にお歌が嫌いなの?」

園児4「……」

園児4「きらい、じゃない」

園児4「お家で唄うとね、お父さんもお母さんもきれいな声だって、褒めてくれるの」

可奈「……!」

可奈「お歌の下手な、矢吹可奈~♪ お歌の好きな、あーちゃんへ~♪ 
たくさん歌を唄うから~♪ 笑顔になってほしいかな~♪」

園児4「……!」

園児4「お、おっきい声出さないで!」

可奈「まだまだたくさん唄います~♪ あーちゃん一緒に唄いましょ~♪」

園児4「う、うぅ」

園児4「分かった! 唄う! 唄うからやめて!」

可奈「ほんと!」

園児4「うぅ……」

可奈「ねえ、あーちゃん。みんながあーちゃんのお歌が下手って言うなら、
私があーちゃんのために、お歌を作ってあげる!」

可奈「あーちゃんだけの歌だから、誰も下手なんて言わないよ」

園児4「……」

可奈「だからね、あーちゃん。一緒に唄おう? もし、それでも下手って
言う人がいたら、私も一緒にへたくそって言われてあげる!」

園児4「可奈ちゃんのバカ!」

可奈「!」

園児4「へたくそのままじゃ、意味ないもん!」

可奈「……」

園児4「で、でも、お歌は練習しないと上手にならないから」

園児4「だ、だからね、可奈ちゃんがへたくそって言われないように、
あ、あーちゃんも一緒に唄ってあげるっ」

可奈「ありがと~、あーちゃん!」

――――――――――――

帰り道

美奈子「あの子、元気になってよかったね」

可奈「はい! 一番おっきな声で唄ってくれてました」

朋花「でも、どうして初めは元気がなかったんですか~?」

可奈「それが――」

朋花「――へたくそなんて人を傷付ける子には、お仕置きが必要ですね」

美奈子「と、朋花ちゃん、抑えて」

可奈「えへへ、朋花さん。ありがとうございます」

可奈「でも、あーちゃんなら大丈夫ですよ」



園児4『可奈ちゃん、今日はありがとっ』

園児4『あーちゃん、お歌、頑張って唄うね?』

園児4『あーちゃん、お歌、好きだから……///』

園児4『可奈ちゃんみたいに、元気に唄うからね』

園児4『可奈ちゃんのこと、おーえんしてるね?』

――――――――――――

事務所

可奈「って言うことがあったんです……」

春香「そっかぁ」

可奈「だから、もしかして、歌が嫌いな人もいるのかなって」

可奈「あーちゃんみたいに、今は好きでも、嫌いになっちゃう人がいたら、
それって嫌だなぁって思ったんです」

春香「……」

春香「可奈ちゃんは、歌は好き?」

可奈「?」

可奈「大好きです」

春香「私もね、歌は好きだよ」

春香「この世界に入ろうって思ったのも、歌だったから」

春香「私より歌が好きな人なんていないって思ってたんだ」

可奈「……」

春香「だからね、今はすっごく幸せ」

春香「歌で、色んな思いを届けられる。歌で、色んな気持ちにしてあげられる。
私の歌が好きって気持ちで、みんなが幸せになれるんだよ?」

春香「それって、すごく素敵なことだよね」

可奈「……えへへ」

可奈「やっぱり春香ちゃんは、すごいなぁ」

春香「……」

春香「可奈ちゃんの方がすごいよ……」

可奈「え? 今なんて」

春香「ううん、何でもないよ」

春香「あっ、そうだ。クッキー作って来たんだけど、食べる?」

可奈「わぁ! いいんですか?」

可奈「!」

春香「どうしたの?」

可奈「うぅ、春香ちゃん、私、いまダイエット中なんです」

春香「そうなんだ。それじゃあ一つだけ、どう?」

可奈「うぅ、ありがとうございます」

可奈「すっごく美味しいですっ」

春香「それじゃあ、私はもう行っちゃうけど、レッスン頑張ってね」

可奈「はい、春香ちゃんもお仕事頑張ってください」

――――――――――――

会議室


千早「プロデューサー、御用でしょうか?」

P「ああ、急に呼び出して悪い」

可奈「……」

P「次のシアター公演の話なんだが……」

P「千早と可奈のライブバトルを企画している」

可奈・千早「!」

P「二人とも、引き受けてくれるか?」

千早「私は問題ありません」

可奈「ちょ、ちょっと待ってください!」

可奈「ぷ、プロデューサーさん、もう一度お願いします」

P「次のシアター公演では、千早と可奈のライブバトルを企画しているんだが、
可奈は引き受けてくれるか?」

可奈「な、な、な」

可奈「そんなの無理ですよ~! わ、私が千早さんとば、バトルだなんて!」

千早「……」

P「でも、最近は千早と志保と一緒に自主レッスンしてるじゃないか」

可奈「で、でも……」

P「なら、何時ならいいんだ?」

千早「プロデューサー」

P「ん?」

千早「矢吹さんが出来ないというのなら、別の人に依頼してください。
私はこの機会を譲る気はありません」

可奈「!」

P「まあ、可奈が出来ないって言う以上は――」

可奈「ま、待ってください!」

P「可奈、受けてくれるのか?」

可奈「そ、その……」

千早「……」

千早「矢吹さん、やるの? それとも降りるの?」

可奈「……」

千早「ねえ、矢吹さん? あなたがアイドルになって、一番良かったと思うのは、いつ?」

可奈「それは、歌を唄ってる時です」

千早「なら、迷うことはないと思うのだけど」

可奈「……」

千早「……私は」

千早「私は、ステージに立って、唄っている時が一番幸せを感じるわ。
そこから見える、ファンのみんなの楽しそうな顔、嬉しそうな顔、哀し
そうな顔、歌をしっかりと届けられたと実感する時が、私は一番、アイ
ドルになってよかったと思う瞬間」

千早「だから、中途半端な覚悟なら、降りてちょうだい」

千早「最高のステージを、ファンのみんなに届けるためにも」

可奈「……」

可奈「やります」

P「……いいのか?」

可奈「やります! 矢吹可奈、唄います!」

可奈「千早さんには、絶対負けません!」

千早「矢吹さん……本当にいいのね?」

可奈「千早さん……?」

千早「一つだけ言っておくけれど、手加減をするつもりはないわ」

千早「私は、765プロのみんなは仲間だけれど、同時に、仕事を奪い合う
ライバルだとも思っているわ。誰よりも、みんなを信頼している。それは、
どんな時も変わらないけれど、だからといって、互いに遠慮しあう、もたれあいの関係とは違う」

千早「矢吹さん、いいライブにしましょう」

可奈「……はい!」

――――――――――――

可奈「……」

志保「可奈、次の公演――」

可奈「――志保ぢゃ~ん、わ、わたじ~」

志保「ちょ、ちょっと鼻水が付く!」

可奈「うぅ、ぢはやざんとライブバトルなんで、むりだよ~」

志保「……」

志保「可奈、一人前になるんじゃなかったの?」

可奈「……志保ぢゃん?」

志保「可奈は、私に一人前のこと、聞かなかったわね」

志保「可奈、一人で何でも決められるようにならなきゃ駄目よ」

志保「プロだもの、何が必要で、何をすべきなのか、
自分で選び取って、決められる大人にならないと」

志保「それが、私の思う一人前」

可奈「……」

志保「それじゃあ、私もレッスンがあるから」

志保「――! ああ、そうだ」

志保「千早さんからの伝言があったの」

志保「これからも合同レッスンは続けましょうって」

志保「それじゃあ、今度こそ行くわね」

志保(小声)「……可奈、応援してるから」

――――――――――――

レッスン室

志保「(レッスンは前回、千早さんが出した課題曲をそれぞれが唄う所から始まった)」

志保「(課題曲は『shiny smile』)」

志保「(一番手は可奈。無邪気で、元気な歌い方)」

志保「(可奈らしいと言えば、可奈らしい)」

可奈「いつだって ピカピカでいたい♪」

志保「(歌詞に込められた前向きさを、そのまま押し出していく)」

志保「(一方、千早さんは歌全体の複雑な機微を、一つ一つ、丹念に拾っていこうとする。
大サビが最も盛り上がるように、抑揚を操って)」

千早「泣きそうな思いを 乗り越えたら♪」

志保「(乗り越えていく勇気を、唄う)」

志保「(同じ歌のはずなのに、こんなに見せる表情が違うなんて)」

可奈「志保ちゃん、次だよ」

志保「え、ええ」

――――――――――――

志保「(本来、私たちは追いかける立場で)」

志保「(そんな中、千早さんがレッスンを一緒に、と誘ってくれたのは、本当に幸運なことだ)」

志保「(他の事務所なら、いくら所属が同じとはいえ、ライバルに手の内を明かすようなことは、絶対にあり得ないだろう)」

志保「(それなのに)」

志保「(追いつかなければいけないのに、この突き放されていく感覚は、何だろう)」

志保「(千早さんの技術を吸収して、一瞬でも一秒でも早く、隣に並びたいと願うのに)」

志保「(身体が気持ちについていかない……)」

――――――――――――

志保「可奈っ!」

可奈「志保ちゃん……」

志保「このあと、少し付き合ってくれない?」

可奈「……」

可奈「いいよ、自主練でしょ?」

志保「ええ……」

志保「(このところ、可奈の元気がない)」

志保「(何か声を掛けてあげたいのに、何もしてあげられない)」

志保「(きっと、それは私の感じている焦りと、可奈の元気のなさは、同じものだから)」

志保「(だから、私たちは動き続けて、そんな気分を紛らわすしか方法がない)」

可奈「志保ちゃん、私ね、まだ実感が湧かないんだ」

志保「ライブバトルのこと?」

可奈「うん、そう。千早さんにも言われたんだ」

可奈「良いライブにしましょうって」

可奈「だけど、全然分からない」

可奈「ライバルなのに一緒にレッスンしたり、同じ事務所の仲間なのに
競い合ったり、どうして、そんなことするんだろうって、ばっかり考えちゃう」

可奈「私、やっぱり千早さんみたいになれないのかな?」

可奈「……」

志保「……」

可奈「えへへ、ごめんね、志保ちゃん」

可奈「さ、レッスン始めよっ」

志保「……」

志保「……千早さんになれないなんて、分かりきったことでしょう?
いくら憧れたって、その人にはなれっこない」

志保「(自分の道は、自分で見つけるしかない)」

志保「だけど、可奈は……」

志保「可奈には、そんなの必要ない」

志保「……少なくとも、私はそう思うわ」

可奈「……」

志保「誘っておいて、悪いけど、可奈はもう帰ったら?」

志保「考える時間だって必要だと思うわ」

可奈「……う、うん」

志保「可奈、また明日。レッスン頑張りましょう」

可奈「……」

――――――――――――

765シアター 屋上

可奈「はぁ……」

可奈「ライブバトルで意気消沈~♪ 溜め息ばっかり、矢吹可奈~♪」

可奈「……」

可奈「はぁ」

P「何、溜め息ばっかりついているんだか」

可奈「わっ! プ、プロデューサーさん!」

可奈「驚かさないでくださいよ~」

P「悪い、驚かす気はなかったんだけど」

P「可奈、ライブバトル、やっぱり不安か?」

可奈「不安に決まってるじゃないですか! 千早さんとですよ」

P「相手が千早じゃなかったら、不安じゃないのか?」

可奈「う、それは……」

P「前も聞いたが、可奈は何時なら不安じゃなくなる?」

P「誰が相手なら、不安じゃない?」

P「格下の相手とライブするときか? 何十回も何百回もレッスンしたあとなら
、不安じゃないか? ファンのみんなが友達だったら、不安じゃないのか?」

P「……違うよな」

可奈「……」

P「千早だって、ライブの前は指先が冷たくなるほど緊張するよ。春香も志保も、
みんな不安を抱えてる」

P「もちろん、それで可奈の不安が消える訳じゃないのは分かってる。だけど、
その不安はいつだって消えないんだ。誰だって、胸の内に隠したままステージに立つんだよ」

P「それでも、みんなやり遂げるんだ」

可奈「はい……」

P「初めてのライブ、覚えているか? 俺は何があっても忘れないぞ」

P「可奈がとんでもないヘマをやったこと、それでも、最後まで唄い上げたこと、
劇場のみんなが笑顔だったこと。今でも、昨日のことみたいに、鮮明に思い出せる」

可奈「だ、だけど! わ、笑われてただけかもしれないですよ?」

可奈「私がドジだから、みんな……笑ってたのかも」

P「!」

P「まったく誰がそんなこと言ったんだ?」

P「可奈! そんなことある訳ないだろう」

P「みんな、可奈の歌を聞いて、笑顔になったんだ。可奈が楽しそうに唄うから、
みんなも楽しくなるんだよ。可奈が本当に、本当に歌が好きだって思っているから、
みんなに伝わるんだ」

可奈「うぅ、でも」

P「信用できないか?」

可奈「……」

P「なら、俺に証明させてくれ」

P「可奈、次の公演、千早とのライブバトルなんか関係ない!」

P「思いっきり、楽しんで唄ってこい。そして、俺が間違ってなかった、
と証明してくれないか?」

可奈「私が……間違ってるかもしれませんよ?」

可奈「歌が好きって気持ちだけで、ステージに立つなんて、本当は違うのかも……」

可奈「千早さんだって、志保ちゃんだって、いろいろなことを考えてステージに
立ってるんですよ。それなのに、私だけ――」

P「――よし、分かった!」

P「それが正しいか、どうか、次のステージで確かめよう」

可奈「えぇっ、プロデューサーさん、でも」

P「でももだってもない! こんな話、いつまでも続けてたって結論は出ないだろ。
だったら、実地で確かめてみるしかないよな」

可奈「うぅ、どうしてそうなるんですか~?」

P「いいんだよ……可奈はステージを目一杯楽しめば」

――――――――――――

ライブ当日

可奈「志保ちゃん」

志保「決心はついた?」

可奈「うん、でも……少しだけ不安かな」

志保「……そう」

可奈「えへへ……」

志保「……」

可奈「ねえ、志保ちゃん、やっぱり怖いよ」

志保「……そうね、私も怖い」

可奈「……」

可奈「志保ちゃんも怖いんだ……」

志保「?」

可奈「私たち、いっぱいレッスンしてきたよね?」

志保「ええ」

可奈「千早さんたちにも負けないくらい、頑張ったよね?」

志保「……ええ」

可奈「……」

可奈「志保ちゃん、私、まだ一人前にはなれないみたい」

志保「……私だって」

可奈「え?」

志保「誰だって、自分は一人前じゃないってもがいてる」

志保「可奈、私もまだまだ大人には程遠いけど、それでも頑張ってる。だから……」

可奈「?」

志保「可奈の歌を聞かせて?」

可奈「……」

志保「可奈の歌が、私に勇気をくれるの」

志保「だから」

志保「いってらっしゃい、可奈」

志保「応援してるわ」

――――――――――――

~♪

可奈「歌うように♪ 歩いてゆく♪」

可奈「(まだまだ怖くて、指先ばっかり見てた)」

可奈「この先に何が待ってるの♪」

可奈「(ダンスに合わせて、上げた視線の先に、オレンジ色のサイリウムのお花畑が広がっていた)」

可奈「(はっとして、次の唄い出しが遅れる)」

可奈「失敗しても♪ 次また頑張る♪」

可奈「(頑張れ、可奈! 頑張れ!)」

可奈「(下を向いてなんかいられない! まだ唄えるんだから!)」

可奈「それっきゃない♪ 楽しいから♪」

可奈「(どうして唄うまで、忘れてたんだろう)」

可奈「(こんなに楽しくて、大好きなこと)

可奈「(そうだよ、こんなにキラキラして、こんなに楽しい場所で、大勢のみんなに歌を届けるんだ!)」

可奈「(私、今、すっごく幸せなんだ!)」

可奈「一生懸命♪ 今日もまた前進です♪」

可奈「(精一杯、唄うって、志保ちゃんに約束したんだ!)」

可奈「(プロデューサーさんと目一杯楽しむって約束したんだ!)

可奈「(千早さんと、良いライブにするって約束したんだ!)」

可奈「(私だけじゃない、みんなの歌なんだ!)」

可奈「もっと知りたい♪ 私へと♪」

可奈「(うん! もっと、もっと知りたい!)」

可奈「(胸の奥がうずうずして、走り出したくなる気持ち)」

可奈「(嬉しくて、悲しくて、涙が出そうになるけど、でも笑顔になっちゃう、楽しくて、切ないこの気持ち)

可奈「迷ってないで♪ 飛び込んで♪ 会いに行こう♪」

可奈「(みんなに届けたい)」

可奈「(私だけじゃないって、信じてもいいんだよね)」

可奈「やっぱり」

可奈「(良かったんだ。この気持ちのままで)」

~♪

可奈「歌が♪ 大好きっ」

――――――――――――

志保「(ステージを下りる可奈の頬に、涙が流れていた)」

志保「(可奈は舞台袖へ戻ってくると、誰とも話さず、静かに楽屋へ入っていった)」

志保「(千早さんが準備を終える)」

志保「(客席は静まり返って、可奈の歌声の余韻が、まだ響いているようだった)」

志保「(合図が来て、千早さんがそんな空気の中を舞台中央へ歩いていく)」

志保「(初め、客席は曲が始まったことにも気付いていないみたいだった)」

志保「(だけど)」

志保「(千早さんの声を聞くと、誰もが我に返るように目を見開いて、顔を上げた)」

志保「(千早さんの歌声は、圧倒的だった)」

志保「(千早さんは歌で、ステージに一つの世界を作り上げようとしていた)」

志保「(私たちは、その世界に引き寄せられて、溺れていく)」

志保「(爪先から頭まで、千早さんの歌に浸って、別の人生を生きているような錯覚に陥る。
それは、物語を聞かせるように、ゆっくりと私たちに染み渡っていった)」

――――――――――――

765シアター エントランス

可奈「はれっ?」

春香「あれ?」

可奈「春香さん?」

春香「可奈ちゃん?」

可奈「あの、私、千早さんに呼ばれて……」

春香「あ、なるほど」

春香「えへへ、可奈ちゃん、わたしも千早ちゃんに呼ばれたんだ」

可奈「?」

春香「ねえ、ちょっと歩こうよ」

可奈「でも、千早さんは?」

春香「大丈夫。ね、行こう」

可奈「あっ、待ってくださいよ~」

――――――――――――

春香「はぁ、風が気持ちいいね~」

可奈「……」

春香「今日のライブ、見てたよ」

可奈「っ!」

可奈「全然、ダメダメでしたよね?」

春香「?」

春香「どうして?」

可奈「あの、私、途中まで、その、全然別のことを考えてて」

可奈「みんなに、悪いことしちゃったのかなって」

可奈「えへへ、私、歌しかないのに」

春香「……」

春香「だから、千早ちゃんに負けたの?」

可奈「! ち、違います!」

可奈「ただ、私の実力が足りなかっただけで」

春香「可奈ちゃんは、全力で唄ったんだよね?」

可奈「はい! あ、でも初めの方は……」

春香「でも、思いっきり唄ったよね?」

可奈「その……はい」

春香「なら、私が許してあげる」

可奈「え?」

春香「可奈ちゃんが悪いことしたって思うなら、私が許してあげる。
でも、可奈ちゃんは許しちゃダメだよ。可奈ちゃんは今日のこと、
ずっと忘れないで、毎日毎日、思い出さないとダメだよ」

可奈「……」

春香「それで、きっといつか、今日を思い出して、もっともっと素敵な歌をファンのみんなに届けてあげて」

春香「ね?」

可奈「はい……」

春香「ねえ、可奈ちゃん、こんな話したの覚えてる?」

春香『可奈ちゃんは歌が好き?』

――――――――――――――

志保「千早さん、お疲れ様です」

千早「お疲れ様、志保」

志保「……」

千早「……何か、伝えたいことがあるのかしら?」

志保「……」

志保「あのっ! 私、諦めません」

志保「……今日は、千早さんが勝ちましたけど、いつか可奈は絶対、
千早さんに追いつきますから。私だって、絶対に追いついてみせますから……!」

千早「志保……」

志保「正直に言って、今日は負けたと思いました。悔しくて、胸が張り裂けそうなくらい、負けたんだって思います」

志保「だけど、負けません。……負けたくないんです」

千早「……」

千早「私は、今日、矢吹さんのステージを見て、改めて唄うのが怖いと思った」

志保「!」

千早「いつも思うの。外から見れば、小さなこのシアターが、どうして、
舞台から眺めた時、あんなに大きく見えるのか。どうして、唄うのが怖いくらい、手が震えるのかしらって」

千早「私だって、今日の勝利が明日の勝利だなんて思ってない。それに、今日の歌だって、私だけで作り上げたものじゃない」

千早「それは、志保や矢吹さん、765プロのみんなといたから作ることの出来た歌だと思ってる」

志保「私たちの?」

千早「ええ。レッスンの時、課題曲を出したでしょう?」

千早「一つの歌でも、歌い手が変われば、曲の色も変わる」

千早「そのことを強く意識させてくれたのは、いつだって矢吹さんの歌だった」

千早「私は、矢吹さんが羨ましい」

――――――――――――

可奈「覚えてます!」

可奈「歌で色んな気持ちや思いを届けられるのが幸せだって、春香さんが言ったの、覚えてます」

春香「……わたし、誰にも負けないくらい唄うことが好きだったの。それだけは負けないって、この世界に入ったくらいに」

春香「だけどね、いたの。私より歌が好きで、私よりずっと真剣に歌のことを考えている人が」

可奈「……もしかして、千早さんのことですか?」

春香「ふふっ、半分正解」

可奈「えっ?」

春香「可奈ちゃんも、そうだよ」

可奈「かな……えぇ! 私ですか!?」

春香「私は可奈ちゃんってすごいなって思うの」

春香「何度くじけたって、何度でも立ち上がる」

春香「歌が大好き、ただそれだけで何度だって諦めないで、挑戦していけるのは、
本当にすごいなぁって、思うんだ」

可奈「そ、そんな、私なんて……///」

春香「私も歌が好き。だけど、それだけで立ち上がれるほど、強くないんだ」

春香「今の私は、ファンのみんながいるから、765プロのみんながいるから、
プロデューサーさんがいるから、そして、可奈ちゃん、あなたがいるから、何度でも立ち上がれる」

春香「みんなの力が、今の私を支えてくれてるんだ」

春香「……」

春香「ねえ、こんなこと初めて言うんだけどね」

春香「私、可奈ちゃんに憧れてたの」

――――――――――――

志保「可奈が羨ましいって、どういうことですか?」

千早「矢吹さんの歌に対する姿勢が、悔しくて、涙を流すくらい羨ましい」

千早「志保は今日、負けたと思ったって言ったわね?」

志保「はい」

千早「どんなところが負けたと思ったの?」

志保「それは、千早さんの歌です」

志保「歌声だけで、一つの世界を作り上げて、観客を巻き込んでいく。
その技術が素晴らしいと思いました。私は、まだその域に達していない、と」

千早「技術……」

志保「え?」

千早「技術は所詮、技術に過ぎないわ」

千早「志保が素晴らしいと思ったものだって、私にとっては、付け焼刃もいいところ」

志保「……」

千早「私には、それは矢吹さんの物真似でしかないのよ」

志保「……?」

千早「志保は哀しい歌を唄う時、どうする?」

志保「哀しく唄うに決まってます」

千早「……そう」

千早「矢吹さんならきっと、哀しい歌はそのまま唄うでしょうね」

志保「……あの、意味が分かりません」

千早「それがきっと、私たちの限界なの」

千早「哀しい歌を、哀しく唄うことでしか届けられない」

千早「本当はその哀しみの中にだって、喜びや憂いや華やかさがあるのかもしれない。
様々なグラデーションが隠れているはずなのに、私は、その全てを届けるだけの歌を唄えない」

千早「だけど、矢吹さんは唄うのが楽しいという気持ちだけで、一直線に観客へ歌を届けられる」

千早「今日の歌だって、それを真似ただけ。歌を大きな世界に見立てて、観客に感情を委ねた。ただそれだけ」

千早「私たちは賢しらに、歌に理由をつけてしまうけれど、矢吹さんは違う」

千早「理由がなくとも歌えるのは、単純に羨ましいわ」

――――――――――――

可奈「春香……さん?」

春香「……」

春香「見て、可奈ちゃん。765シアターが見えるよ」

可奈「……!」

春香「ステージに立てば、ファンのみんなとあんなに近いのに、今はとっても大きく感じる」

春香「ライブが終わると、いっつも思うんだ」

春香「どうして、この広いシアターがライブの時だけは、あんなに狭く感じるんだろうって」

春香「多分、それって、みんながいるからなんだよね?」

春香「ファンのみんな、765プロのみんな、スタッフの人たち、みんなの熱気が集まってるから、
あんなに時が経つのが早くて、シアターが狭く感じるんだろうなって」

春香「……」

春香「ああ、早くライブしたいなぁ」

春香「可奈ちゃんも、そう思うでしょ?」

可奈「……」

春香「ファンのみんなに、歌を届けたいなぁって」

可奈「……」

可奈「(『一生懸命、唄ったんだよね?』)」

可奈「(『私が許してあげる』)」

可奈「(『可奈ちゃんは自分を許しちゃダメだよ』)」

可奈「……うぅ」

可奈「うわぁぁぁぁぁ~~~ん!」

春香「か、可奈ちゃん!?」

可奈「私……! 私ぃ……!」

可奈「私のバカバカバカぁ~!」

可奈「もっともっど、ちゃんど唄えたのに……!」

可奈「みんなに、もっともっと、歌を届けられだのに」

可奈「バカ~! 可奈のバカ~!」

春香「……!」

春香「ふ、ふふっ」

春香「うふふ、あはははは」

可奈「は、春香ざん?」

春香「ふふ、えへへ。ごめんね、可奈ちゃん」

春香「でも、笑わずにはいられないよ」

可奈「うぅ、私がドジだから笑ってるんですね?」

春香「ち、違うよ! そうじゃないの、嬉しいんだよ」

春香「やっと、可奈ちゃんが一人前になったんだなって」

可奈「一人前……?」

春香「うん、可奈ちゃんはもう一人前だよ」

春香「だから、憧れるのはもうおしまい」

可奈「?」

春香「今日から可奈ちゃんは、後輩じゃなくて」

春香「ライバルだもんね!」

後日談

可奈「千早さん、デュエットしましょう!」

千早「ええ、しましょう!」

春香「いっけー、可奈ちゃん、千早ちゃ~ん!」

志保「(まだ私が唄っているんだけど……)」

可奈「百点、狙っていきますからね!」

千早「じゃあ、低音パートは矢吹さんにお願いするわ。私は高音パートで」

可奈「はい!」

志保「(でも、楽しそうだから、いいのかな?)」

春香(小声)「志保ちゃん、次は私たちでデュエットしようか?」

志保(小声)「いいですよ、負ける気はありませんから」


おしまい

この話はこれにておしまいです。

読んでくださった方、ありがとうございました。

html化、依頼してきます。

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