【俺ガイル】二人の一日 (57)
八色。地の文あり。特にストーリー性はなし。
今日中に終わる予定です。
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寂れたアパートの一室。シックなガラステーブルと、積み上がった本と、それから湯気を吐き出すマグカップ。耳に届くのはぱたぱたと窓を叩く雨の演奏と、一定のリズムを刻む文庫本のページを捲る音だけ。
厳密に言えば頭上のほうから聴こえる静かな息遣いとか、他の部屋の生活音もだけど、それを気にするのは流石に神経質過ぎる。
日常的に触れる音はさして気にならないものだ。息遣いは別枠かもしれないけど、こちらはこちらで心地がいいから問題ない。
前頭部から首と背中をまるっと含めて腰の辺りまでの範囲に感じる温もりで、なんだかうつらうつらとしてくる。
この部屋にはテレビがないから、小説かなにか、暇つぶしになるアイテムを持参しないとこうしてじっとしているくらいしかやることがないのが困りもの。先輩の本なら目の前に沢山あるし、これ読もうかなぁ……。
「ふぁあ……」
あまりに時間を持て余し過ぎてあくびが出てしまった。別に嫌なわけじゃなくて、さっき思った通り心地よさがあるから、その影響も大きい。黙ってこうしてるだけで幸せなんだから、わたしも安い女になったもんだ。
このくらいか……あ、書き忘れたけど、いろは一人称です
そんなわたしを見てなにか思うところがあったのか、先輩はわたしの頭に乗せていた顎をずらし、左手だけ文庫本から離して、ぽすぽすと頭を撫でる。
「……悪いな。暇か?」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。でも、だいじょーぶですよ」
口と耳にあまり距離がなかったせいか、なんだかこそばゆい気持ちになりながら、のんびり言葉を返す。
しかし、どうも愛しの彼氏サマにはご納得いただけなかったご様子。栞を挟んで本を閉じると、そっと手を重ねられた。先輩の胸を背もたれにしているから顔は見えないけど、今どんな表情をしているのかはなんとなく分かる。
「もぅ、ほんとに大丈夫なのに……信用ないですね?」
「……そういうつもりじゃ、なかったんだが」
なにを言えばいいか迷っているのか、先輩は黙ってしまう。こういうところはまだまだだなぁって感じだけど、そんなまだまだがわたしにはとっても愛おしい。
手のひらを重ねるのがやっとなところ、どこかわたしの機嫌を伺ってしまうところ、言葉を探して動きが止まってしまうところ。変えて欲しいと思ったことがないとは言わない、でも、変わって欲しくないと思ったことがないとも言えない。これから先どう変わっていっても、先輩はわたしのだいすきな先輩だ。それは、変えたくないこと。
焦りか、緊張か。手の甲に触れていた少し汗ばんだ手のひらを、手を返して優しく握る。
「あはっ、冗談ですよー。……わたしを気遣ってくれたこと、わたしはちゃーんと喜んでます。ありがとうございます」
「……そう、か? それなら、まあ、いいんだが」
「あー、まーた信じてくれないんですかー?」
「……誰かを信じるってのは、勇気のいることだ」
「あ、はぐらかした」
むぅ。先輩のこういうところも、嫌いで好きです。……どっちかにするのは、ちょっと難しい。乙女心は複雑なんです。
「はぁーあ……それで? 読書を中断した先輩はわたしとなにをしてくれるんですかー?」
「それは……だな」
あー、これは考えてませんでしたね。まあ知ってましたけどね。わたし、現代文の筆者の気持ちは分かりませんけど、先輩のことならお見通しなんですよ?
「まーた、意識飛んでってる……」
「わ、悪い」
「怒ってませんから、謝らなくていいんです。ちゃんと考えようとしてくれてるところは高ポイントですよ。わたしは悪いところよりいいところを探して褒める良き上司なのです」
わたしが頭の悪いことを言うと、先輩は微笑みを漏らす。
「ホワイトだな」
「お給料は出ませんけどね」
「ホワイト詐欺……」
なんですかそれ。なんかソフト◯ンクが関わってそうですね。ホワイトプランっつって。あれ、なにがホワイトなのかぶっちゃけよく知らないけど。
「まあでもブラックって給料は少ない、残業代は出ない、朝早くて夜遅いけど、断れない人間が溜まってくから人間関係は悪くないみたいな話は聞くな」
「……唐突にリアルな話するのやめてもらっていいですか」
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